民事法情報研究会だよりNo.24(平成28年12月)

師走の候、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。 さて、私事で恐縮ですが、人間ドックで膀胱と肺に癌が見つかり治療中です。これまで他人事と高を括っていましたが、ここ1、2年、周囲を見ても、胃癌、前立腺癌、膵臓癌、大腸癌、胆管癌と、癌に罹る人が多く、また高齢者の半数は癌の要素を持っていると聞くと、東京都知事選で鳥越候補が第一の公約を「癌検診100%」としたのにはそんなことが知事選の公約かと思いましたが、少なくとも高齢者の心構えとしては正しいのではないかと思うこの頃です。(NN)

挨拶状 ―葉書編― (理事 冨永 環)

社会人となって初めての職業に公務の道を選び、就職してからは、誰もが経験する人事異動に伴う転勤を繰り返し、所期の志を全うして現役を終えた。その後、公証人に任命され、お陰さまでこの使命と任期も全うすることができた。 挨拶状との付き合いは、就職と同時に始まった。以来、挨拶状は、配置換えや住居移転、結婚、新たな仕事に就任した際、そして退任等その時々の人生の活動の節目で役割を果たした。 挨拶とは、挨も拶も「せまる」の意味で、そばに身をすり寄せて押しあうこと。転じて、人のそばに寄ってあいさつする意となる(学研「新漢和大辞典」学研研究社)とある。 一般的な挨拶状は、定例のものとしての年賀状、暑中・寒中見舞い、喪中(欠礼)等があるが、個人的には仕事関係でのものが圧倒的に多かった。 挨拶状の特徴は、官製葉書を始め、たくさんの絵葉書等が市販されており、多種多彩の出来合いのものが入手し易く、速やかに書け、とても便利なことである。これまでの経験からすると、個人的には、自分が差し出した挨拶状について、礼を失しないように、先達から挨拶状をいただいた際、その挨拶状の表記から書き方を学ぶことが多く、教科書にない生きた教材としても大変有り難く重宝している。また、返礼を自筆で作成された挨拶状をいただいた場合、通信文の文面を拝読しただけで、差出人がどこの何方かが分かるのがとてもうれしい(その差出人の個性豊かな筆致が記憶に鮮明に焼き付いているから。)。 挨拶状は、個人的には長文で書く封書よりも葉書によることが多いが、葉書サイズであることから、自ずと枠(行数・文字数)に制限があり、短い文章で要領よく調える必要があるので、使用する漢字を選んで(近時、その際には辞書で確認することも多く、この作業も老化の防止に一役買っている。)仕上げる。 さて、この度、公証人を退任した際に作成した挨拶状は、定例文であるが、『時候の挨拶(略)「本年7月1日付けをもちまして、大分公証人合同役場 公証人を退任しました。」(中略)「皆様方には、在任中温かい御支援・御厚情を賜り誠にありがとうございました。心から厚く御礼を申し上げます」(中略)「略儀ながら、皆様方の今後の御健勝と益々の御繁栄を祈念申し上げ、書状にて、御挨拶とさせていただきます。」』というものである(なお、文面の左上部には一人一人に自筆の添え書きをした。)。 この退任の挨拶状に対し、諸先輩や同僚、後輩等から、心のこもった返礼の挨拶状(葉書)をいただいた。その文面には、何よりも有り難い言葉がある。最も多いのは、公証の使命を果たし、無事退任したことに対する心温まる労いである。その次に多いのが、今後の健康を案じる気配りである〈近年、同業者で退任後に亡くなる方がいることを察しての気遣い。〉、次に、第三の人生を社会貢献、趣味等存分に楽しんでほしい(まだ老けるには早すぎとの励ましか。)、というものである。これらの返礼の差出人が目の前に、そばに寄ってきて会釈されているような、さらに、いずれの返礼の挨拶状(葉書)もその方の気持ちを表した有り難いお気遣いを感じることができ、感無量である。 挨拶状は、四十年余り利用し、人生の節目では大いにその役割を果たした。今では電子メールが発達し便利になったものの、改まった御挨拶には、やはり挨拶状をしたためるつもりであり、これからも全文自署を徹底するとまではないとしても、受け取る人に嫌われないよう味のある筆致・独自のスタイルでしたためたいと考えている。 初春の年賀状には、平和な世の中であることを願い、新年の抱負を述べ、会員の皆様にお届けする意気込みであり、自筆の挨拶状が当分続きそうである。

今 日 こ の 頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。 

富山と北海道の縁(向 英洋)

北陸新幹線が開業して2年目、気のせいか新聞やテレビ等で富山県が登場する機会が以前と比べて随分多くなったような気がする。このところ富山市議会議員や県議会議員が政務活動費等を私物化して議員辞職のドミノ現象を起こし、全国的ニュースになっているのは全く心外であるけれども…。 私は平成12年に富山県高岡市で公証人に任ぜられ、初めて富山県人となった(出身は隣接の石川県)。公証人を辞してからもずっと高岡に居住し現在に至っているので、富山県人歴は16年余りということになる。幼少のころから父が警察官であったため石川県内で転校ばかりを繰り返していたし、法務局に勤務してからも転勤生活を余儀なく?された自らの半生を思うと、一カ所に16年も居住すること自体不思議な感じがするのである。自慢することでもないけれども、今はいっぱしの富山県人になったつもりで、暇に任せて富山の自然や文化を楽しみながら富山関連情報に一喜一憂している自分がいる。 ところで私が法務局に在職した期間は34年になるが、そのうちの3分の1近くの10年間北海道(札幌・旭川)に勤務した。法務局人生に限ってみれば、私にとっての北海道は第二のふるさと的な存在であり、今でもふとした機会に北海道時代の諸々の出来事を想い出すことが多い。一度ならず北海道出身者に間違われたことも今としては懐かしい思い出でもある。 そんな私が富山に住んでから時々感じるのは不思議な富山と北海道の“縁”である。駄文ながらその根拠を列挙してみたい。 その1.「政治的」観点から ①「北海道知事」 今をときめく第15代北海道知事 高橋はるみ 氏は富山県富山市出身(夫は札幌市出身)である。彼女の母方の祖父(元道庁職員)は富山県知事を2期勤めた高辻武邦氏、父は日本海ガス社長・インテック創業者新田嗣治朗氏。一橋大出身の彼女は北海道経済産業局長を経て、彼の町村信孝氏の支援を受けて北海道知事に就任、今は女性初の4期連続知事となっている。どちらかといえばマイナーな富山県にも優秀な人材は意外と多い。 ②「北方領土返還運動」 安倍総理大臣は年末にも予想されるプーチン大統領とのトップ会談で、主な議題として北方領土問題を取り上げるであろうと報じられている。実は富山県は全国的にみて北方4島からの引揚者が北海道に次いで多い県である。越中(富山県)は、古くは江戸時代から蝦夷(北海道)と大阪などへ向かう北前船交易で西回り航路の中継地点の一つとして栄えたこともあり、明治初期に北海道に渡り根室・千島・羅臼方面で成功した県出身の漁業経営者も多く、彼らを頼って明治の終わり頃には富山県から大勢の人々が北海道に渡った。大正になると彼らは歯舞群島などを昆布の猟場として開拓していき、歯舞群島や色丹島に定住する人も増えたという。統計によると第2次世界大戦終結時1,425人の富山県人が北方領土に渡っていたとみられ、その後引き揚げられた元島民(その子孫)はほとんど富山県東部の黒部市と入善町に集中して居住している。ネット情報によれば現在も羅臼の人口の70%は富山県にゆかりのある人で占められているそうである。そのような経緯もあり、富山県における北方領土返還運動は、昭和36年に「社団法人千島歯舞諸島居住者連盟富山県支部」が結成されたことに始まり、「富山県北方領土復帰促進協議会(昭和45年結成の“北方領土復帰促進北洋安全操業促進富山県実行委員会”の改称)」が昭和54年10月国連本部へ北方領土早期返還実現を要望するなどの運動を展開し、民間レベルでも昭和57年に設立された「北方領土返還要求富山県民会議」が時節に合わせ各種活動を行っているなど、組織化の面でも返還運動関連行事の面でも他県に比べて傑出している感じを受けている。 その2 「経済的観点」から 経済的繋がりも無視できない。富山市に本店を置く北陸銀行は、同行の前身の十二銀行が明治32年10月に北海道内の第1号店として小樽支店を開設したことにより北海道に進出した(地元の「北海道拓殖銀行」が進出した半年前)。先に述べた北前船交易により北陸と経済的・文化的繋がりが強かったこと等が背景に挙げられるだろう。私が札幌に最初に着任した折に北陸銀行の店舗が多くあることに驚いた(昭和61年末の店舗数26カ店、平成27年現在19カ店に減少)ものであるが、その株式会社北陸銀行と株式会社北海道銀行を傘下に置き、平成15年9月「ほくほくフィナンシャルグループ」(本店所在地富山市)が設立され、総資産では「ふくおかフィナンシャルグループ」に次ぐ第2の規模を持つ地方銀行グループが誕生した。この統合により富山と北海道の経済的基盤・連携がより強固になったと評価されよう。地域銀行同士の合併や経営統合はこれまでも数多くあるが、本店所在地が遠隔地にある統合は国内では初めてだそうだ。このため「飛地統合」等と呼ばれ、銀行再編の新たな形として注目されているという。 その3 「自然的観点」から 「山岳模様」 北海道の山といえば「大雪山」、富山の山といえば「立山」。この双方を代表する山に共通するのは、「大雪山」・「立山」と称する固有の単独峰が存在しないことである。大雪山は一般的に「大雪山系」と称せられ、少なくとも狭義には旭岳(2,291m)を中心として北鎮岳(2,244m)、愛別岳(2,113m)、北海岳(2,149m)、黒岳(1,984m)等を含む石狩川と忠別川の上流部に挟まれた山塊を称する。立山は雄山(3,003m)、大汝山(おおなんじやま3,015m)、富士の折立(ふじのおりたて2,999m)の三峰を総称し、広義の立山連峰には有名な剱岳(2,999m)、薬師岳(2,926m)等がある。全国的に見ればほかにも例はあるかも知れないが、日々北海道を意識して生活している私には嬉しい共通点の発見であった。 旭岳山頂には現役時代二度ばかり登頂したが、富山に来て残念ながら立山の象徴“雄山”には未だ登頂していない。山登りは嫌いではないが加齢による挑戦意欲の減退がすべてであろう。もう何年も前になるが立山登山の中継地点で賑わう「弥陀ヶ原」のエリアにある、全国最高所の温泉施設「みくりが池温泉」(標高2,430m)の狭く真っ白い湯船に浸かって記念スタンプをもらい下山した満足感は、今も十分維持されている。 ② 「鮭の遡上」 私が最初に北海道(札幌)に赴任したのは昭和51年4月である。それ以来個人的旅行や出張等で道内をあちこち廻りながら徐々に諸々の北海道文化を体験することになるが、今は最大の趣味と自称する“釣り”を覚えたのもその頃の職場仲間の伝授による。それまでは魚類にはトンと縁というか関心がなかったけれど釣りをするようになってからはいやが上にも“北海道の魚”に関心が高まった。名寄市北部の渓流でのヤマベ(「ヤマメ」の北海道的?表現)釣り体験をはじめとして、噴火湾での宗八ガレイ、積丹半島のソイ・イカ、オホーツク海のカレイ等海釣りも随分楽しんだ。鮭が群れをなして泳いでいるのを初めて目にしたのも北海道の河川である。川幅狭しと水面を真っ黒になって遡上する鮭の群れを見た道東・標津川の光景は今でも脳裏に焼き付いている。恥ずかしながらその頃は鮭は北海道固有の魚だと迂闊にも信じ込んでいた。後に東北に赴任し東北なりの鮭の漁獲・食文化があることを知ったし、高岡に住まいしてまた身近に鮭漁を目にすることとなった。 日本海側で鮭の漁場の一つとして知られているのが富山の秘境「五箇山」の山懐を縫って砺波平野を潤し、富山湾へと流れ込む「庄川(しょうがわ)」である。昭和8年に庄川養魚場が設置されて以来、サケ・マスの人工ふ化放流事業が始められ、毎年秋捕獲した鮭を増殖場で採卵、翌年2月中旬頃より稚魚を放流しているそうだ。 私はこの庄川左岸の「鮭のやな場」のすぐ近くの河川敷(管理者高岡市)の一隅を借り上げ、家庭菜園を行っている。老後の体力維持のつもりではあるが菜園自体はイマイチの収穫状況でパッとしないし、体力維持の効果も実感するまでには至っていない。それはさておき鮭漁が本格シーズンを迎える11月には「庄川鮭祭り」が開催され、北海道でも良く目にした豪快な鮭のつかみ取りなどのイベントが開催される。毎年菜園の手入れの傍らその光景を見る度、北海道千歳川の「インディアン水車」を想い出す。あれほどの規模ではないが「鮭のやな漁」のやり方はほとんど同じである。富山・庄川を出発し、遠く北海道近辺まで泳ぎ何年か後に富山の河川に帰ってくる鮭も、また富山と北海道を結びつける確かな使者に違いないと我田引水している。 その4 「食文化的観点」から 「昆布消費王国富山」 富山に住んで先ず驚いたのは、本当に多様な昆布製品があるということだった。何でもかんでも昆布〆(コブジメ)にしている。カジキマグロ、鱈、かまぼこ程度は分かるにしても、カニ、海老(甘エビ、白エビ)、イカ(マイカ・ホタルイカ)、ヒラメ等魚類のほとんどが対象となっているし、果ては野菜、牛肉、コンニャク、豆腐等と、とどまるところを知らない。山菜まで昆布〆にしているのには本当にビックリした。居酒屋やラーメン店等でお握りを注文すると、黙っていると海苔ではなく「とろろ昆布」のお握りが出てくるという。 北海道的には素材の味が一番だし、私もコブジメしたものより新鮮な魚の刺身を好む。富山には折角新鮮な魚介類がヤマとあるのに何でわざわざコブジメにまでするのだろうか?、思うに塩分の効いた昆布にシメて食材を保存食とするという用法としてではなく、将に新鮮な食材に+αとしての“昆布の味”を楽しむという独特の食文化が発展しているのではと考えざるを得ない。富山市にも高岡市にも昆布のみを取り扱う専門店があるのも不思議ではない。最近では昆布ナン・昆布クッキー・昆布入りパンなど新しい製品も開発されている。 やや古くて恐縮だが平成20年度家計調査年報によれば、富山市の1世帯当たりの「昆布」の年間支出金額は2,732円で、49年連続日本一位であり、全国平均(976円)の3倍近くだそうだ。富山の海では昆布は採れない。昆布の採れない富山にどうしてこんなに昆布文化が根付いているのか不思議ではあるが、やはり前述した道東や北方領土の漁業に多くの富山県人が関わってきたことや北前船交易のもたらすゆえんであろうか。北海道に居住していた当時から“昆布は北海道!!”と信じてやまなかった私としては、昆布の「生産王国の北海道」と「消費王国の富山県」の浅からぬ因縁を確認し、自己満足している。

加齢が進むと億劫になってか北海道には随分御無沙汰している。札幌局のOB会「桐友会」にも所属しているが欠席続きである。北海道新幹線も函館まで伸びたことだし、早い機会にまた思い出多い彼の地を訪ねてみたいと思う。 2年くらい前になるであろうか、長浜公証役場の井内公証人の仲介で、現岩渕桐友会会長はじめ北海道に縁故のある仲間を中心としたグループが大挙して高岡に来てくれて、近辺のゴルフ場でゴルフ大会を開催できた。運営上の反省点は多々あったものの北海道に縁ある仲間が富山に集結してくれた事実は、富山と北海道の縁を標榜する私の大いなる成果であったことをここに付記しておきたい。

閑話休題(その2)(小口哲男)

私の好きな漫画家さんに諸星大二郎という作家がいます。 その作品には、日本の各地にある異界のモノが惹き起こす事件に考古学者稗田礼二郎が関わっていく「妖怪ハンター」シリーズ、パプアニューギニアの民族の子コドワと日本人の子篠原波子を中心に展開する呪術的世界・精霊との関わりとこれらのものが西洋文明と交錯したときに生まれる軋轢や事件を描いた「マッドメン」(名前は、儀式に使われる泥のお面を被った男の意)、出雲神話を発端に出雲から逃げ出して長野県の諏訪にたどり着きそこに祀られた建御名方命(たけみなかたのみこと)に関わる話を出発点として、九州の古墳に見られる壁画などの謎をからめつつ、最後には仏教の教義・暗黒星雲の話にまで及ぶ「暗黒神話」、西遊記を人間である孫悟空と虐げられた民衆の怨念の凝り固まった邪神との関係を中心に、実際の史実を絡ませて描き上げられた「西遊妖猿伝」、異界のモノと平気で絡む女子高校生栞と紙魚子二人が遭遇する様々な出来事を描く「栞と紙魚子」シリーズ、中国の論語・聊斎志異などから発想された「孔子暗黒伝」、「諸怪志異」シリーズ、「無面目」、「太公望伝」、「碁娘伝」など私にとっての珠玉作品が、たくさんあります。 これらの作品には、異界と人間との関わりを書いたものが多いので、私も、知らず知らずのうちに、そのようなモノに惹かれていたのだろうかと思うことがあります。 作品中「暗黒神話」には、私の故郷(岡谷)の近くの諏訪や茅野が出てきており、その作中に出てくる「建御名方(たけみなかた)」については、私の出身である諏訪清陵高校の校歌の中に「建御名方の英霊」というフレーズとして出てくるくらい親近感が持てることも理由の一つではあると思います(「孔子暗黒伝」にも、諏訪大社の御柱が出てきます。)。 私は、あまり異界の存在を信じる方ではありませんが、ただ、全宇宙の中で地球にだけ奇跡的に生命体が存在し得ていると信じることは、とてもできそうにありません。 このようなことを書いたのは、最近、私の周りに、除霊ということではないのでしょうが、その人に取り憑いた生霊・死霊・動物霊などに離れてもらうということを験した方がおられ、験した本人は、一定の効果が認められたということでしたので、少しネットで検索したところ、ヒーリングとかの代替医療についても、世界的には認められる動きもありそうとの記述もありました(むろん、怪しげなものが多いとの記述は多かったですが。)。 異界というものについて、改めて考えるきっかけになった次第です。

img047

実 務 の 広 場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.42 株式会社(閉鎖会社)モデル定款と認証の際の留意事項(その4)

株式会社(閉鎖会社)の定款について、一般的な記載例と留意事項を掲げ、若干の解説を試みるとともに、実例の中には間違った事例も数多くみられるので、その事例も紹介し、今後の定款認証に参考になると思われる事項を記載したものである。 例文中( )書きは、そのような記載であっても差し支えないことを示している。 凡例 Q&A 日公連定款認証実務Q&A 会報  東京会報 研修  日公連専門科研修

59 定款に定めのない事項

本定款に定めのない事項は、すべて会社法その他の法令の定めるところによる。

60 代理権限事項

(認証代理の場合) ○○○株式会社設立のため、この定款を作成し発起人が次に記名押印をする。 平成○年○月○日 発起人 ○○○○  ㊞ 注 委任状は1枚もの(発起人から認証のために役場に行く代理人へ) (作成代理の場合 紙定款) ○○○株式会社設立のため、発起人○○の定款作成代理人である司法書士(行政書士)○○は、本定款を作成し、署名押印する。 平成○年○月○日 発起人○○○○ 上記発起人の定款作成代理人 住所 ○○ 司法書士(行政書士)○○ ㊞ 注 委任状は定款添付(発起人から認証のために役場に行く代理人へ) (作成代理の場合 電子定款) ○○○株式会社設立のため、発起人○○の定款作成代理人である司法書士(行政書士)○○は、電磁的記録である本定款を作成し、電子署名する。 平成○年○月○日 発起人○○○○ 上記発起人の定款作成代理人 住所 ○○ 司法書士(行政書士)○○ ㊞ 注 委任状は定款添付(発起人から認証のために役場に行く代理人へ)

1 必要書類 ⑴嘱託人が申請する場合 ①定款(法62ノ3ⅠⅢ) 2通 +1通(謄本請求) ②発起人の 印鑑証明書(3月以内)(法62ノ3Ⅳ、60準用) 注1 原本還付については、必要な場合に限るとの通達があるが、守られていない。 注2 発起人本人であるの証明は、運転免許証でも、差し支えないとも思われるが、実務は、発起人について、印鑑登録証明書提出で統一されている。 ③収入印紙 原本に貼付 注1 消印は代理人でも差し支えない。消印漏れのときは、公証人が消印 ⑵代理人による嘱託の場合 ①代理人の印鑑証明書又は運転免許証(原本に相違ない旨の記載) ②本人(発起人)の委任状 ③委任者全員の印鑑証明書 2 その他留意事項は、下記のとおり ①司法書士等が作成代理人として紙定款に押印する場合、その印鑑は実印とすべきである。本人確認としては、印鑑登録証明書だけでなく、自動車運転免許証、顔写真付き住民基本台帳カードでも差し支えなく(公62の3Ⅳ、公60、公32)、そうであるならばそれらの資料と認印の押印でも差し支えないということになるが、定款には印鑑登録証明書を添付すべしというのは実務として確立された扱いであり、それを前提にすると、押印は実印とすべきことになる。これとの関連で司法書士等が、職印を押印し、司法書士会等発行の職印証明書を添付する扱いはできないかという疑問についても、実印によるべきである。 ②電子定款に関しては、公証人法第62条の3第1項( )書きで公証人法に定める認証の規定の適用が除外されているが、「指定公証人の行う電磁的記録に関する事務に関する省令」第10条第3項により同様の規定が設けられているので、扱いとしては同様となる。(会報26.6 40p) ③電子委任状でも差し支えない。電子委任状はプリントアウトして編綴すること(研修 第3 その4) ④代理人であることを証する書面として日本行政書士会連合会発行の身分証明書が否定された判例(平成25.7.29東京地裁判決)がある。(会報26.10 16p、会報27.6 30p) 3 司法書士が発起人になる場合の取扱( 18.3.1日公連203号)

61 手数料 1 収入印紙 4万円(印2別第一6公証人保管) 注 電子定款は不要 印紙税法で印紙必要なのは公証人法62条ノ3第3項 2 手数料 5万円(公証人手数料令35) 3 枚数計算で、定款の表紙は除外する。(会報14.1 68p) 4 電子定款の同一情報の提供は、700+20×枚数(日公連速報2006.3.1、公証141 244p)

62 公証人の認証を受けた定款の変更(日公連速報2006.11.6 民事法情報245 55p) 会社法第30条は、定款認証を受けた定款につき、会社成立前に、一定の場合(会33Ⅶ・Ⅸ、37Ⅰ・Ⅱ)を除き、認証を受けた定款の変更はできないと定めている。しかし、公証人の定款認証が終了した後で、定款を変更する必要が生じることがある。例えば、取締役の定員を変更する、あるいは目的の一部を変更する等のような場合があるが、このような場合は、会社法第30条で定めるところの、定款認証後に変更が想定される事項ではないところから、最初から定款を作成し直し、再度認証手続きをしなければならないことになるが、軽微な変更や訂正までも、最初から定款認証をやり直しということになると、無用な手続きを強要することになり、会社法第30条は、一定の場合は再度認証をし直す必要はないことを定めたものと解され、軽微な変更や訂正までも禁止する趣旨ではないと思われるので、定款の基本的な部分を変更する場合を除き、それ以外の部分の変更や訂正については、公証人の定款認証が終了した後であっても、変更あるいは訂正された定款を公証人において再度認証し直すことは可能と思われ、実務もそのように扱っている。 定款変更の仕方として概ね次の2つの方法がある。 1.変更・訂正箇所のみ記載の例 注 紙定款の例 電子定款は、保存の関係から下記2全文変更 記載例(取締役の定員を変更する例) ○○株式会社変更定款 平成○年○月○日○法務局所属公証人○が同年登簿番号○号をもって認証した株式会社○○の定款中、第○条を次のとおり変更する。 株式会社○○ 定款 第○章 役員 (取締役の人数) 第○条 当会社は、取締役を○名とする。 上記会社の定款を変更するため発起人全員が次に記名押印する。 平成○年○月○日(変更定款を作成した日) 株式会社○○ 発起人○○ 印 発起人○○ 印 (必要書類) 1 発起人全員の印鑑登録証明書(3か月以内) 2 発起人全員が来られない場合は委任状 変更定款手数料:25000円 ※収入印紙は不要 2.全文を記載した変更定款 注 一部変更・訂正であっても変更・訂正後の全文記載の例 注 認証済みの定款と一体化した定款であることを表して作成する。 記載例 (初葉に次のように記載) 株式会社○○ 変更定款 平成○年○月○日○法務局所属公証人○が同年登簿(管理)番号○号をもって認証した株式会社○○の定款を、別紙「定款」のとおり変更する。なお、この変更定款は、認証を受けた定款と一体となるものである。 (次葉に変更後の定款(全ページ)を付す) 株式会社○○ 定款 第1章 総則 (商号) 第1条 当会社は、株式会社○○と称する。 (目的) 第2条 当会社は、次の事業を行うことを目的とする。 ・ ・ (定款の末尾に次のように記載) ア(発起人が定款を作成した場合) 上記会社の定款を変更するため発起人全員が次に記名押印する。 平成○年○月○日(変更定款を作成した日) 株式会社○○ 発起人○○ 印 発起人○○ 印 イ(作成代理の場合) 上記会社の定款を変更するため発起人○○の定款作成代理人○○が次に記名押印(又は電子署名)する。 平成○年○月○日(変更定款を作成した日) 株式会社○○ 発起人○○ 印 (電子定款は印不要) 発起人○○ 印 (電子定款は印不要) 定款作成代理人○○ 印 (又は電子署名) 注意事項 注1 初葉に、変更後の定款をホチキス止めし、全ページに発起人全員の割印または袋とじ。 注2 紙定款は登簿番号、電子定款は登簿管理番号。 注3 発起人の払込日付は、当初作成した定款の日付以降であれば差し支  えない。 注4 全文変更の形式で新たに定款を作成した場合であっても、先に定款認証を受けた定款と一体化した定款である記載する必要がある。そのように記載せず、単に変更定款を作成したと記載した場合は、紙の定款については、収入印紙は、40000円分が必要となるので、注意のこと。(印紙税法第6号文書に該当 問答式実務印紙税178p参照)。 必要書類 1 発起人全員の印鑑登録証明書(3か月以内) 2 (発起人のうち公証役場に来ない者がいる場合)発起人から嘱託人・代理人への委任状(作成代理は、変更した定款と同一のものを合綴) 3 代理人の印鑑登録証明書等 4 (事務所職員が認証手続きをする場合)復代理の委任状 5 (事務所職員が認証手続きをする場合)復代理人の身分証明書と印鑑 変更定款手数料:25000円 ※収入印紙は不要 他に謄本、同一情報の提供の料金約2000円程度必要 

63 その他の留意事項 1 認証を要する定款 弁護士法人、  司法書士法人、土地家屋調査士法人、有限責任中間法人、 証券会員制法人、監査法人、  信用金庫、信金中央金庫、信用金庫連合会、 金融先物会員制法人、相互会社、特定目的会社、行政書士法人、税理士法人、 社会保険労務士法人、特許業務法人 2 認証を要しない定款 合資会社、合名会社、合同会社、無限責任中間法人 3 印紙が必要な定款 株式会社(相互会社含む。)であって、紙の定款のみ。 4 その他の留意事項 ①記載した文字の訂正、加入又は削除をしたときは、その字数を欄外又は末尾の余白に記載し、その箇所に発起人又は代理人が押印することを要する。(公38、商登規48Ⅲ参照) ②公正証書で定款作成は可能であるが、認証は必要ない。(Q&A 9p) ③定款認証した後で、創立総会で本店移転を決議し、他の法務局の管内に変更した場合は、変更後の定款について改めて、変更後の本店所在地を管轄する法務局管内の公証人の認証を受けなければならない。(Q&A 9p) ④発起人の数が多く、全員が契印することが困難な場合には、実際に契印できる者、場合によっては一人の契印でも可能である。(会報17.5p37) (Q&A 5p、会報17.5 37p、公証144 320p) ⑤全ての条文に英文を付した定款の認証はしても差し支えない。(研修 番号3) ⑥設立登記申請の期限は、次に掲げる日のいずれか遅い日から2週間以内。(会911) ア 発起設立については、設立時取締役の調査(会社法46条1項)が終了した日又はあるいは発起人が定めた日。 イ 募集設立については、創立総会終結の日又は創立総会決議の日(又は事案により決議日から2週間経過した日)。

(小林健二)

No.43 事実実験に関する事例

はじめに 公証人が作成する公正証書は、法律行為その他私権に関する事実について作成される(公証人法(以下「法」という。)。法律行為の公正証書は、遺言、契約などの証書であり、私権に関する事実についての公正証書は、事実実験公正証書(以下「事実実験公正証書」という。)である。事実実験公正証書について、比較的多く作成されている貸金庫の開扉、尊厳死宣言、知的財産については、吉井直昭著「公正証書の認証の法律相談【第四版】青林書院284頁以下」に詳述されているので、割愛し、それ以外の若干の事例を紹介することとしたい。 1 公正証書の作成について、公証人は、嘱託人の依頼により、『証書を作成するには、その聴取したる陳述、その目撃したる状況その他自ら実験したる事実を録取し,かつ、その実験の方法を記載してこれをなす』とされている(法第35条)。そこで、私権に関する事実実験公正証書の作成においては、対象となる特定の物、場所、装置、現象、状況等を目撃・見分し、関係者の供述を聴取し、その経緯及び内容・結果を公証人自らが実験(体験)したものとして公正証書に記載することになる。その作成手続は、一般の公正証書と同様にするので、嘱託人本人又は代理人が公証役場に出頭し、公証人に対し、嘱託の趣旨・目的、現場(出張の場合はその場所)の特定、対象とすべき事項、具体的な内容や事実を陳述する(公証人は、法令に違反する事項に関する公正証書の作成はできず、自らの五感で認識できない事項は公正証書に記載することができないため、説明を聞いて作成の判断をする。)。 (1)指紋採取確認 ア 嘱託の趣旨 国民及び我が国に滞在している外国人等が外国において特定の業務(例えば、語学講師、教授等)に従事しようとする場合や永住権を取得しようとする場合等に、外国の官庁から、許可の審査の過程で当該国における犯歴調査を行う上で必要であるとして、公的証明のある指紋の提出を求められる。 (ア)指紋台紙は、嘱託人が持参するものによる。 通常、嘱託人が外国(例えば、カナダ、アメリカ等)の官庁から当該国の犯歴所管庁の作成した指紋台紙(外国文字)の交付を受けており、その指紋台紙の様式に従って指紋を採取するとともに所要事項を漏れなく記載して完成させることが最も重要であり、そうしなければ嘱託人が当該国において所期の目的を達成することができなくなる。 (イ)専門職による指紋の採取と採取者との調整 嘱託人から指紋の採取とそれに関する証明の依頼を受け、公証人から警察の所管部局(大分では県警察本部鑑識課)に指紋採取の依頼をし、公証役場において作成してもらうか、県警まで公証人が赴く(出張する)のかを調整するが、本職は、公証役場で実行するほうが、証明〈英文表記〉の完成、公正証書の手交まで手際よくできる体制があることから、常に公証役場で行っていた。 なお、指紋採取は、公証人が採取することもできるが、指紋の採取(左右10指を格別に全部と左右の拇指を格別に及び残り左右4指を一括)は、大量であり、かつ鮮明に採取するには高度の技術を要するので、専門職に依頼するのが最適であり、警察の担当官によって指紋採取する方法をとることが最も問題ないやり方である。 (ウ)指紋採取確認公正証書の文例 日本公証人連合会の「外国文認証事務Q&A【三訂版】37頁」の文例、項番2を参照することになるが、事実実験を本職の公証役場で行うので、『平成27年10月(  )日、大分市城崎町2-1-9大分公証人合同役場において、大分県警察本部鑑識課職員が指紋を採取した嘱託人の指紋であり、本公証人がこれを目撃し、同指紋票の採取欄に採取者に代わって署名した。』と表記し、その英文表記は、下記のとおりとした。 「 This is to certify that the fingerprints impressed On the attached FINGERPRINT CARD are  the said applicant’s fingerprints  taken before me by a police officer at the  OITA PREFECTURE IDENTIFICATION SECTIONPOLICE located at   OITALEGALAFFAIRS BUREAU NOTARY at 2-1-9 SHIROSAKI-MACHI OITA-SHI JAPAN, on the (  ) day of October,2015, and,I,NOTARY affixed my signature to the attached FINGERPRINT CARD for said officer who has taken the applicant’s  fingerprints 」 イ その他 嘱託人が持参した外国官庁からの指紋台紙(外国文字)に採取した指紋票〈現物〉は、嘱託人に手交する公正証書に合綴する(指紋照合の性質上、指紋票が現物でないと意味をなさない。)ので、公証役場の公正証書原本には、指紋票の写しを編綴する(この場合は、写しの末尾に『この指紋票の現物は、提出先用として嘱託人に交付したため、本役場には写しを保管する。』と記録している。)。 なお、複数の国に提出するケースもあるので、その場合は、指紋票を複数作成することになる。 (2)キャラクター〈イラスト〉の封緘状況の確認 ア 嘱託の趣旨 嘱託人会社の代表取締役から、自社で企画中の漫画の表題を「○○丸の▽◇学習館」とし、これに使用(登場)するキャラクター数個のイラストが描かれた印画紙を封入する状況について、誰にも気付かれることなく、公証役場でしたいとの依頼があった。封緘時現在において、当該イラストが嘱託人会社のオリジナルとして所有していたことの証拠保全としたい意向である。秘密を守る公証役場が事実実験の場所に指定されたことを光栄に思った。 イ 事実実験(目撃した事実)の状況 事実実験の日〈開始の日・時・分を記載する。〉、嘱託人が来所し、本職に対し、本件嘱託をするとともに、印画紙を収納する大型の白封筒(横23.8センチメートル、縦33センチメートル)を持参した上、本職の面前で同封等に印画紙を収め、開口部を糊付けして封鎖するとともに、嘱託人が標題を「キャラクターリスト」とし、その概要、日付及び嘱託会社人の名称・押印をした封緘紙(これには嘱託人会社の請求により、本職が確定日付を付与した。)を封筒の裏面に貼り付けた。 次いで、嘱託人が封緘紙と封筒の接合部(数か所)に同会社の代表者印をもって契印を施したので、本職が同代表者印の横に職印をもって契印した。 なお、嘱託人から、念のため、キャラクター〈イラスト〉を封入して完成した大型の白封筒の全体(封筒の形状、封印及び契印)を保存したいとの依頼を受け、当該白封筒(表・裏の両面)を複写し、公正証書にはこれを引用する形式で表記した。 このような処置をすることにより、封緘紙を破損又は封筒を破損しない限り、白封筒の内の印画紙を取り出すことは不可能となった。 ウ 保管場所の記載 この封筒は、嘱託人の陳述により、嘱託人の会社内の金庫に保管するものである旨の記述をして終了した〈終了した時・分を記載する。〉。 以上の経緯を文書にして事実実験公正証書を作成した。 エ その他 開始から約30分で終了したが、当初の相談の段階で具体的な手順をすり合わせたことにより、無駄のない進行が図られた。 (3)示談書への署名押印を指示する状況確認 ア 嘱託の趣旨 嘱託人会社の社員が同会社の工事現場で作業中、5メートル余りの立坑に転落した労災事故に関し、嘱託人会社との間で補償金、慰謝料及び和解金を支払う内容の示談の合意ができたが、日付欄及び社員の署名押印欄が空欄になっており、これを補完し、完成させる必要があるところ、当該社員は、労災事故が原因で手指が使えないので、署名押印を第三者に指示することにより完結すること、及びその意思能力に疑義を残さないため、その経過を公証人による公正証書により行いたいというものである。 イ 現場への出張 社員は、労災事故が原因で重度障害となり、目下、重度障害センターにおいてリハビリ中であり、外出ができないので、本職が同センターに出張して行うこととした。そこで、本職は、事前に当該社員の意思能力、署名の可否などについて承知する必要から、同センターに赴き、社員と面談した上、本人確認及び示談書の内容を弁識しているか等意思能力を確かめた。 ウ 目撃した事実 示談書を完成させる当日、重度障害者センターに出張したところ、同センターが用意した面談室には、社員と嘱託人会社の代理人及び第三者がいた(開始の時・分を記載する。)。そこで、嘱託人会社の代理人から住所、氏名、生年月日を聴取し、提出のあった嘱託人会社の委任状(代表者の資格証明、代表取締役の印鑑証明書付き)、代理人の免許証、社員の印鑑登録証明書及び実印を対査し、いずれも間違いないことを確認した。 次いで、当職は、示談書〈2通〉を社員に示し、その内容を確認させたところ間違いないと答えたので、示談書を完成させるには、年月日、住所、氏名及び押印が空欄であるため、この部分を記載する必要があることを伝えると、社員は、事故で両手指が動かないので、同席している第三者に署名押印を依頼する旨を申し出た。次に、同席の第三者に対し、住所、氏名、年齢、職業を聴取して人違いでないこと、及び社員との関係、社員の依頼を受諾することを確認した。そこで、社員が指示したとおりに第三者が示談書〈2通〉に記入、押印したので、続いて嘱託人会社の代理人が示談書〈2通〉に記入、押印を行った。最後に、社員及び嘱託人会社の代理人に対し完結した示談書〈2通〉を確認させたところ、その成立に異議はないと返答した(終了の時・分を記載する。)。 以上の経緯を文書にして事実実験公正証書を作成した。 エ その他 本件は、嘱託人会社が労災事故の対応から示談まで相当時間をかけて丁寧に対処しており、社員が補償金、慰謝料及び和解金について理解ができる時期に至ったことから、本嘱託に及んだようである。 2 本事例(3)に類似の署名・押印の指示に関する事実実験の事案には、「借入金の弁済方法変更契約における保証人としての署名・押印について、手指の変形により自署ができないとして、第三者に指示する。」ケースや「所有する会社の株式を跡継ぎに譲渡する契約書について、譲渡人が両手治療中のため署名・押印できないので、第三者等にこれを指示する。」ケースなどがある。これらは、法律行為による契約公正証書で作成可能なものもあるが、いずれも自宅療養あるいは病院に入院中や施設に入所中の事案では、嘱託人の思惑として、できる限り早く作成しておきたいことのほか、契約書作成時における意思能力に疑念を抱かせないようにしたいことが伺われることから、本人確認及び意思能力の有無については、慎重に判断する必要がある。 結びに 本事例のとおり、事実実験公正証書は、機動性、弾力性、秘密性(法第4条)、保存性(法施行規則第27条1項)及び証明力(法第2条)において優れた証拠保全であり、将来にわたり特定の時期に遡って事実関係を明らかにすることができるので安定した法律関係をもたらす効果があるとともに、将来法律上の紛争が起きたときなど、有力な証拠として提出することができるものである。 特に、事実関係の保全では、工夫次第で幅広い事象を対象とすることができる。 (富永 環)

No.44 単独公証役場の公証人交代に伴う事務引継ぎ等について

本年7月1日をもって福島地方法務局所属いわき公証役場の公証人を退任しましたが、後任者に対する引継ぎにあたって、公証人が単独で書記が2名(内1名は、青色申告専従者を兼ねた公証人の親族)規模の公証役場における公証人の交代に係るマニュアル的なものを作成しましたので、参考までにその内容を以下のとおり記述します。 ○事前準備 後任者が内定した段階から連絡を取り(私の場合は、メールでやり取りをした。)、後任者が就任した日から直ちに使用する職印・確定日付印、各種印判、各種用紙・封筒、名刺、書籍等の内容・様式、必要部数等を改めて案内し(職印・確定日付印及び書籍については、別途、事前に監督法務局から後任者に案内がある。)、後任者からの依頼を受け、それらを関係業者に発注する。 なお、後任者は、日本公証人連合会発行の「公証人法」及び「公証実務」を事前に購入し、精読しておく。 後任者が住居を移転する場合は、任地の住宅事情等の情報を提供する。 後任者が就任する前に、当該公証役場において実地研修を行い、その日程調整を行う。実地研修に当たり、前任者は、事務引継書(後述)を作成しておき、研修開始時にそれを後任者に手交し、後任者は、それに基づき業務処理の仕方、各種帳簿・書類等の保管場所、役場経営等について前任者から説明・指導を受ける。 公正証書の作成や定款の認証の際、後任者は、前任者がそれらを行う場に立ち会い(出張にも同行する。)、具体的にその段取りや嘱託人とのやり取りを見聞する。 各種システム・ソフトの運用について、前任者は、一連の操作をやって見せ、それらのマニュアル等を後任者に引き継ぐ。 ○書記の雇用 ほとんどの場合、前任者が雇用していた書記を後任者が引き続き雇用するものと思われるが、当役場では、新たに書記を雇用することになったので、前任公証人における雇用期間も含めて、新たに以下の内容の「労働条件通知書兼雇用契約書」を作成した上、人選・採用を行った。なお、前任者が雇用していた書記を後任者が引き続き雇用する場合も、改めてこの契約書を取り交わすことが望ましいものと考える。 書記の人選に当たっては、公証業務の遂行において極めて高度な守秘義務を要することから、信用のおける関係機関又は関係者から紹介を受けるなど、慎重な対応をすべきものと考える。 当役場では、後任公証人とほぼ同時期に併せて事前研修を行い、後任書記は、書記に係る業務について前任書記から説明・指導を受け、書記専用の教材・執務参考図書を備え付けた。 労働条件通知書兼雇用契約書 雇用者である○○公証役場公証人○○(以下「甲」という。)及び同公証人後任者○○(以下「乙」という。)は、従業員である○○(以下「丙」という。)に対し、以下のとおり通知するとともに、甲及び乙並びに丙は、雇用契約を以下のとおり締結する。 第1条(雇用期間) 平成28年6月23日から甲が公証人を退任する平成28年6月30日までは、甲が丙を雇用し、平成28年7月1日からは、同日をもって公証人に就任する乙が丙を雇用する。 なお、上記期間の丙の賃金等は、乙が支払う。 第2条(試用期間) 平成28年6月23日から平成28年9月30日までは、試用期間とし、その間に甲及び乙が丙の勤務状態等を勘案した上、丙が第4条に定める職務の遂行に適さないと認められるときは、甲及び乙は、丙を解雇できるものとし、この場合、丙に対し30日前に解雇予告をする。 第3条(就業場所) 丙の就業場所は、○○県○○市○○番地、○○ビル○階、○○公証役場とする。 第4条(職務内容) 丙は、○○公証役場の公証人の公証業務が適正、迅速かつ円滑に行われるよう公証人を補助する書記として、その職務を遂行する。 第5条(服務規律) 丙は、○○公証役場の書記として、次の服務規律を遵守する。 ① 職務を誠実かつ善良なる管理者の注意義務をもって遂行する。 ② 職務上知り得た事項を漏えいしてはならない(守秘義務)。 ③ 公証人の指示命令に従い、職場における規律に背かない。 ④ 職務の内外を問わず、公正を疑われたり、信頼を失墜するような言動をしてはならない(品位の保持)。 第6条(就業時間) 平日の始業時間は、午前8時30分とし、終業時間は、午後5時15分とする。 なお、就業時間外に職務を行う場合は、公証人の指示に従う。 第7条(休日等) 1 休日は、土曜日、日曜日及び国民の休日とする。 2 休暇は、年次有給休暇として10日及び年末年始の特別休暇とする。 なお、上記以外の夏季休暇等については、乙及び丙が協議の上、適宜定める。 第8条(賃金等) 1 丙の賃金は、国家公務員の給与制度に準ずるものとし、以下のとおりとする。 ① 採用時の基本給の月額は、○○円とする。 ② 通勤手当として、公共交通機関を利用する場合は、その1か月当りの定期の金額、自家用車を利用する場合は、1か月当りのガソリン購入金額を支給する。 ③ 就業時間外勤務手当として、その時間に応じた金額を支給する。 ④ 賞与として、国家公務員の期末・勤勉手当と同率の金額を支給する。ただし、平成28年の6月期は、支給しない。 ⑤ 毎年、人事院の国家公務員給与に関する勧告に基づき、基本給及び期末・勤勉手当の支給月数を改定する。 2 賃金の支給日は、月給は、毎月○日とし、賞与は、6月が○日、12月が○日とする。 3 乙は、丙の雇用保険の保険料を支払う。 第9条(退職等) 1 丙は、満○歳に達する日の属する年末をもって定年退職する。 なお、定年退職後、乙と丙が協議の上、再雇用契約を締結することができる。 2 丙は、自己都合退職する場合、乙に対し、退職する30日前に予告しなければならない。 3 乙は、特定退職金共済制度の積立金(月○円)を支払い、丙の退職の際、その退職金を支給する。 4 乙は、丙が第5条に定める服務規律に著しく違背した場合、直ちに丙を解雇することができる。 平成28年6月23日 雇用者(甲) 署名捺印 雇用者(乙) 署名捺印 従業員(丙) 署名捺印 ○事務引継書 前述したように、後任者に対する事前研修に当たり、前任者は、以下の項目による「事務引継書」を作成し、後任者との円滑な事務引継に資することが必要なものと考える。 なお、これらをもって事務引継は、当面終了するものの、その後の後任者からの質問や疑義事案に対し、前任者は、退任後も後任者をフォローアップしていくことが望ましいものと考える。 事 務 引 継 書 第1 嘱託事件の動向 1 公正証書の作成 当該公証役場における直近の約10年間の証書作成件数の動向と最近3か年の嘱託事件の内容の割合等を記載 2 認証 (1)定款の認証 定款の認証件数や電子申請の動向を記載 (2)私署証書の認証 特徴的な私署証書(海難報告等)の認証の動向を記載 (3)確定日付 事件の動向や不審事案について記載 第2 嘱託事件等の処理 嘱託事件の処理に当たっての心構えや倫理規定の遵守等について記載した上、以下の事項について記載 1 相談業務 相談件数の動向、その予約等の進行管理の仕方 電話による相談対応の仕方 特に遺言公正証書作成に係る相談の対応の仕方 離婚等公正証書の記載例の活用の仕方 定款の事前チェックの仕方 2 公正証書の作成 各種公正証書作成の共通手順を記載した上、主な公正証書について記載 (1)遺言公正証書 必要書類の確認・作成日時の設定や証人の手配の仕方 本人確認、口授の仕方 出張による証書作成の仕方 公正証書二重保存システムへの登録など証書作成後の処理の仕方 (2)離婚給付等契約公正証書、(3)任意後見契約公正証書、(4)事業用定期借地権設定契約公正証書について留意事項を記載 3 認証 (1)私署証書の認証 本人確認の仕方 外国文の認証の仕方 (2)定款の認証 電子定款の認証の仕方 面前認証の留意事項 4 代理認証 代理認証の留意事項 委任状の様式等 5 手数料 手数料算出の仕方及び留意事項 6 印紙 印紙税法に定められた印紙の貼付の仕方 7 誤記証明書 誤記証明書作成の仕方 第3 各種報告 1 月表(年表)等関係 各種嘱託事件の報告書類の作成、報告の仕方 2 遺言に関する報告 公正証書二重保存システムによる報告の仕方 遺言者登録件数等の県会長への報告の仕方 3 電子公証に関する報告 ブロック公証人会事務局長への報告の仕方 第4 公証人会等 以下の公証人会等の開催時期等について記載 1 日本公証人連合会 2 ブロック公証人会 3 各都道府県公証人会 4 経済合同関係 経済合同に関する仕組や総会等について記載 5 会費等 各種会費、負担金等の拠出について記載 第5 公証役場の経営 以下の事項に係る契約状況や留意事項等を記載 1 書記の雇用 2 事務所の賃貸 3 各種事務機器等 4 経理、確定申告、税理士等 第6 帳簿の保管等 1 帳簿の管理 引継帳簿一覧表の作成 保存簿の調整等の仕方 2 廃棄 各種帳簿廃棄手続の仕方 第7 広報活動 民事法情報研究だより№13における取組について記載 第8 検閲 検閲を受けるに当たっての事前準備・留意事項等を記載 第9 関係機関等 以下の関係機関等との連携・協力について記載 1 市役所等 2 各士業 3 着任の挨拶回り(別途、一覧表を作成) (本間 透)

No.45 韓国の会社が発起人となって日本に会社を設立する場合の定款認証嘱託に添付された韓国の官憲発行の登記事項証明書及び印鑑証明書にアポスティーユ(公印証明)は必要か。(質問箱より)                      

【質 問】 韓国の株式会社が発起人になり、日本で株式会社を設立するとのことです。韓国の会社の登記事項全部証明書及び印鑑証明書(証明者 法務行政処登記情報中央管理所 電算運営責任者)と、その訳文は準備できたとのことですが、韓国の発行した登記事項全部証明書及び印鑑証明書に、アポスティーユ(公印証明)が必要かどうかご教授願います。 【質問箱委員会回答】 1 問題の所在 韓国の株式会社が発起人になり、日本国内において株式会社を設立するには、当該韓国の株式会社の代表権限ある者が公証役場において定款認証の申請を行うこととなります。作成代理によるか、認証代理によるかいずれかになろうと思いますが、いずれの方法によるにしても、代表者が権限を有する者であることを証明する必要があり、韓国のように印鑑登録制度のある国については、サインとその証明によることなく、登録した印鑑を押印しその印鑑の真正を証明するために印鑑証明書を添付する方法によることも差し支えないとされています。 そのことを前提に、本件のように、韓国の会社の登記事項全部証明書(代表権限があると称する者が代表権限を有していることの証明)及び印鑑証明書(これは定款、あるいは委任状に押印された印鑑について、会社の代表権限ある者の印鑑であることの証明書)が提出されたものと思われます。 その際、これらの証明書に、アポスティーユ(公印証明)が付されていることが必要かどうか、問題になった事例です。 外国官憲発行の印鑑証明書等については、原則として、当該国の権限ある者の証明であることの公印証明(アポスティーユ)が付される必要があるといえます。日本の登記事項証明書が外国で通用するためには、登記官印を法務局長が証明し、その法務局長印を更に外務省で証明し、場合によっては、さらに当該外国の在日大使館等の認証を受けなければならないことを考えると、その逆に、外国の証明書が日本国内で通用するためには、当該国の公印証明が付されている必要があるということになるからです。 2 先例 それでは、公印証明が付されていない登記事項証明書、印鑑証明書は、証明書としての意味をなさないかどうかですが、 定款認証の際提出される登記事項証明書、印鑑証明書については、必ずしも公印証明を付す必要はないとの取扱いがなされています。 ⑴ 東京会報平成27年5月号(47p)「第32回実務協議会○法規委員会の回答」によれば、「定款認証に際し、発起人が外国法人、外国人のときの実務上の留意点をご教示いただきたい。」との問いに対して、「提出すべき書類として、法人の登記簿謄本、印鑑証明書が必要である。」旨回答していますが、そこでは、これらの証明書に公印証明を付す必要があるとはされていません。 ⑵ 昭和36年1月30日付けの民事局長通達(民事甲233号。公証事務先例集257頁)があり、この通達によれば、外国人が、嘱託の際に提出する法人資格証明書、署名証明書等は、その本店の所在する国(自然人についてはその居住する国)の権限ある官公署又は公証人の作成したものでよいとした上で、その証明書が外国語をもって作られている場合はその訳文を添付するのが相当としています。この通達でも、訳文を添付するのが相当としていますが、公印証明を付す必要があるとはされていません。 以上の先例は、定款認証の際に提出された外国の登記事項証明書等に公印証明の有無を真正面から問うものではありませんが、登記事項証明書等に公印証明が必要であれば、少なくとも、前記⑴の回答には、その旨が盛り込まれる必要があり、そのことが記載されていないということは、このような外国官庁の証明書には、必ずしも、公印証明は必要がないとの前提に立って、回答されたものと思われます。 そして、公証役場の実務においても、定款認証の際に提出された外国の登記事項証明書等には公印証明を要求していませんし、印鑑証明書制度のない国にあっては、公証人の認証したサイン証明書が提出される例が多いのですが、認証した公証人のサインにも公印証明を求めてはいないのが、取扱いの実状と思われます。 それでは、何故、定款認証の際に提出される書類に公印証明を付させる必要がないか、確かではありませんが、制度の異なる外国法人、外国人について、全て提出される書類に公印証明を付すよう求めることまで必要かというと、そこまで求めることは実務上過度な求めになるとして、公印証明を付さなくても差し支えないとの扱いがされ、その後その扱いが踏襲されてきたものと思われます。 3 回答 上記のような先例があり、現に公印証明が付されないままの扱いで特段問題が生じていない状況を踏まえると、お尋ねの韓国の会社の登記事項全部証明書及び印鑑証明書について、公印証明が付されていなくても差し支えないものと考えます。 4 参考 韓国の登記事項証明書が提出されていることから、当該会社の目的が明らかになり、この目的が新設会社の目的の一部と重複している必要がるかどうかまで判断する必要があるかどうか、疑問が生じるかもしれません。 因みに、日本の会社であれば、既存の株式会社が発起人の場合、新設会社の目的は、既存会社の「目的の範囲内」であることという要件は、未だ維持されています。会社の目的として、「商取引」等が認められるようになったことから、既存の株式会社の目的の範囲内であるかどうかは重要ではなく、不要であり、目的の範囲内か否かを判断するための登記事項証明書を提出させる必要はなくなったのでは、との意見もありますが、登記申請の際は、発起人たる会社の目的の範囲外の行為と認められない限り受理して差し支えないとの先例(昭和56.4.15民四第3087号民事局長回答)は、従前どおり維持されています(平成23年8月10日第1刷発行・全訂詳解商業登記上巻447p)。 この考え方と同様に考えれば、外国会社についても、同様に考えるべきで、大韓民国民法においても、定款に定められた範囲内で権利義務の主体となるという趣旨が定められているようであるところから(インターネット上での確認なので、確証はありませんが。)、発起人となる会社の目的と新設会社の目的とに関連性が認められない場合には、大韓民国民法の関連条文がどうなっているのか、嘱託人(又はその代理人)に確認する必要があるとの考えもありますが、外国会社にあっては、目的制度について、必ずしも日本と同じ仕組みをとっているとは限らず、仮に目的が記載されていたとしても国が異なれば事業も異なり、目的に関して厳格な扱いをすることは、かえって外国会社を不公平に扱うことになりかねず、外国会社の目的について、登記実務ではそこまで要求していないのが実状ですから、公証実務においてもあまり厳格に考える必要はないと思われます。

     ]]>

民事法情報研究会だよりNo.23(平成28年11月)

晩秋の候、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。 さて、昨年12月の最高裁判決で再婚禁止期間の100日を超える部分が違憲とされたことを受けて、本年6月、再婚禁止期間の短縮等についての民法の一部を改正する法律が公布・施行されました。来たる12月10日に開催予定の後期セミナーにおいては、これら戸籍制度をめぐる昨今の動向を踏まえて、法務局OBの中でも特に戸籍制度の大家として知られている木村三男氏(株式会社加除出版常任顧問・相談役、元大津地方法務局長)を講師にお招きして、ご講演をお願いすることとしております。(NN)

義父は大和特攻の生き残り(会長 野口尚彦)

本年2月の研究会だよりNo.16に井内理事が書いた『小倉馨著「わが航跡」を読んで』の記事で、大和特攻について触れられているが、平成21年に96歳の天寿を全うして亡くなった私の家内の父、酒匂雅三も、大和特攻の生き残りである。義父は、海兵出身(62期)で、太平洋戦争の末期には、駆逐艦初霜の艦長であった。 義父は、敗戦色が濃厚となった昭和19年8月、駆逐艦澤風艦長から駆逐艦初霜の艦長に配置換えとなり、主としてマニラ方面で、補給部隊の船団護衛任務に従事していたが、初霜が昭和20年4月、戦艦大和とともに第二水雷戦隊(旗艦、軽巡洋艦矢矧)所属の駆逐艦8隻のうちの一隻として沖縄水上特攻作戦(坊ノ岬沖海戦)に参加したことに伴い、大和特攻の一員となったものである(義父は、大正2年6月生まれであるから、その当時は31歳で、大和特攻に参加した駆逐艦長の中では最年少であった。)。 大和艦隊は、4月7日12時半頃米軍の航空機部隊に遭遇し、激しい戦闘が行われた結果、大和は2時間ほどで撃沈され、作戦中止が命令された16時頃までに矢矧のほか駆逐艦4隻を失い、3700名余の戦死者を出しているが、初霜は、大和の通信施設が敵の第一波の空襲で破壊されその通信代行を命じられたことから大和に隣接していたにもかかわらず、軽傷者3名以外に329名の全乗組員に被害はなく、沈没した駆逐艦浜風の生存者256名及び矢矧の生存者57名を救助して、翌8日に無傷で佐世保港に帰投している。初霜が唯一戦死者なく生還できたのは、敵の攻撃が7万トンの巨艦である大和に集中し、近接する1400トン足らずの初霜はあまり攻撃を受けなかったものと思われるが、義父の言によれば、それでも大和を狙ってくる雷撃機は護衛している駆逐艦の外側から何本も魚雷を落としてくるので、初霜は何本もの魚雷をスピードを上げて回避し、あるいは深く潜行して向かってくる魚雷は艦底を通過させたとのことであり、また、ぐるりを敵機群に取り囲まれ、投下してくる爆弾を瞬時の判断で舵を切りスピードでのたうち回って避け、あるいはスピードの速いロケット弾を発射しようと急降下の体勢にある敵機を防ぐため機銃弾の束を撃ちあげた等の話しを聞くと、初霜に1発の被弾もなかったことは希有な幸運であったのは紛れもない事実であろう。 大和特攻は、海戦の主役が戦艦から飛行機に移っている中で、1機の護衛戦闘機も無しに、戦艦大和とこれを護衛する巡洋艦、駆逐艦の全10隻からなる特攻艦隊を沖縄めざして出撃させ、全員玉砕して米軍の本土上陸を阻止しようとする成果の見込めない悲壮な作戦であり、その結果延べ386機の米艦上機の波状攻撃にさらされ、大和以下6隻の艦船を失い、多数の戦死者を出している。 義父は、終戦直後の昭和21年、横浜で起業し、そこそこの成功を収め、96歳で亡くなるまで矍鑠としていたが、生前折に触れ、初霜が大和特攻で唯一死亡者を出さずに乗り切った駆逐艦であったこと、無事戻った駆逐艦は「雪風」、「冬月」、「涼月」、「初霜」と寒い名前の艦ばかりで、これからの日本を象徴するようで不思議な感じがしたといったことを話していたことが思い出される。 ところで、大和特攻で海軍少尉として大和に乗り組み生還した吉田満氏の戦記小説『戦艦大和ノ最期』が昭和27年8月に創元社から出版され、その後昭和49年に北洋社から決定稿が出版されているが、戦記文学の名著と評価されるとともに、著者の実体験に基づいて大和の出撃から沈没までの様子を克明に記したものとして引用されることが多かった。 しかし、この中に、大和沈没後に駆逐艦初霜の救助艇に救われた砲術士の目撃談として、救助艇が満杯となり、なおも多くの漂流者が船べりをつかんだため、指揮官らが「用意ノ日本刀ノ鞘ヲ払ヒ、犇メク腕ヲ、手首ヨリバッサ、バッサト斬リ捨テ、マタハ足蹴ニカケテ突キ落トス」という記述があることから、初霜の通信士で艦長の命令で内火艇(内火艇は1隻しかなかった。)を下ろし艇を指揮して救助に当たった松井一彦氏(戦後東大を出て、弁護士を開業している。)は、当初静観していたが、昭和42年、『戦艦大和ノ最期』が再出版されると知って、このあまりにも残虐な描写に、「初霜は現場付近にいたが、巡洋艦矢矧の救助にあたり、大和の救助はしていない」とした上で、「別の救助艇の話であっても、軍刀で手首を斬るなど考えられない」と反論し、著者の吉田氏に削除を求める書簡を送り、その理由として(1)海軍士官が軍刀を常時携行することはなく、まして救助艇には持ち込まない(2)救助艇は狭くてバランスが悪い上、重油で滑りやすく、軍刀などは扱えない(3)救助時には敵機の再攻撃もなく、漂流者が先を争って助けを求める状況ではなかった-と指摘している(平成17年6月20日産経新聞朝刊の記事)。これに対し吉田氏からは「戦争は非情なものであることを書いたもので、次の出版の機会に削除するかどうか考えてみよう」との返書が届いたが、結局、昭和54年に吉田氏は病気で亡くなり、手首斬りの記述は変更されなかった。 これについて、初霜の艦長であった義父は、漂流者の救助作業は夕方の6時ころには終えており、洋上はまだ明るく、見渡す限り浮かんでいる人を救助艇で引き上げ、何度も運んで生存者の全員を救助したので、あり得ないことであると言っている。 『戦艦大和ノ最期』のこの記述については、江藤淳が『落ち葉の掃き寄せ(一九四六年憲法 その拘束)』の中で触れているように、昭和21年12月に雑誌「創元」の創刊号に掲載の予定だった『戦艦大和ノ最期』の初稿(初稿にはこの手首斬りの記述がない。)がGHQの検閲組織であるCCDの事前検閲を受け、軍国主義的であるという理由で発禁処分になったことから(江藤は、検閲官のこの叙事詩的著作に潜む「偉大な戦艦に対する哀惜の念」に対する嫉妬が、軍国主義的という烙印を押すことになったと見ているようである。)、再三にわたり改稿して出版の努力を繰り返す中で、戦前の日本を悪と見る戦後思想に影響を受けて、創作を加えることになったものと推測される。 昨今話題となっているいわゆる従軍慰安婦問題や南京事件など、戦前戦中の旧日本軍の行為をめぐっては、非人道的に誇張され、信憑性のない話が史実として独り歩きしている向きがあるが、この「手首斬り」もその例と言える。 『戦艦大和ノ最期』は、現在では著者自身の体験に伝聞あるいは創作を加えたフィクション小説と一般に理解されているようであるが、創作といえども一旦活字となって後世に伝えられると、謂われのない不名誉な指弾を受ける者が出て来ないとは限らない。 戦後日本は、悲惨な戦争体験を糧に不戦を誓い、平和を守り続けてきた。終戦直後の昭和20年10月生まれの私でさえも昨年古稀を迎え、早晩戦争を体験した者がいなくなる状況の中で、その体験を語り伝え、もう二度と戦争の惨禍を繰り返してはならないという不戦の誓いを堅持していかねばならないが、松井氏が言うように、「戦前戦中の出来事を否定するあまり、当時の人間性まで歪められて伝えられていることが多い」ということも、改めて考えてみる必要があるのではないだろうか。

今 日 こ の 頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。 

「英語検定」に挑戦(樋口忠美)

1 平成23年に公証人を退官し、毎日を自由に使える日がようやくやって来た、これで旅行やゴルフも好きな時にできると喜んで、海外旅行などにも出かけましたが、その後、胃の3分の2を取るという手術をしましたので、日々の健康にはそれなりに気をつけています。とはいっても、日々の生活は図書館から借りてきた小説を読んだり、テレビを見たり、時々ゴルフをしたりなど、緊張感のない暮らしであり、そのせいか人の名前がなかなか出てこず、「あれ」、「それ」といった代名詞が頻繁に出てくるようになって「ボケ」が始まったのではと心配しており、いま我が家の会話で一番多く出てくる単語は「ボケ」ではないかと思っているほどです。 2 「ボケ」ないための予防策として効果があるかどうか分かりませんが、頭を使うことがいいのではないかと思い、そしてできれば少し楽しみながらやれるものはないかと探したところ、「英語検定」の3級(中学卒業程度)であれば何とかなるのではないかと考え、今年の3月頃から問題集などを買ってきて6月の一次試験に向けて勉強を始めました。ただ中学卒業程度の試験とはいっても、この試験の内容は、中学校で学ぶ英語の単語、熟語、文法とこれを使った文章についてテストするもので、学校を卒業して以来何十年も英語の勉強をやったことがない者にとっては結構難度の高い試験です。しかも二次試験では面接官と一対一で英語のみで質疑応答を行うヒアリングがあるのです。 3 一次試験はペーパーテストで、試験会場に行くと受験生のほとんどが中学生か高校生で、その中に数人の社会人がいる程度で、私のような年配の者は一人も見当たらず、会場に着いたときには係員から「受験生の保護者の方ですか」と聞かれたくらいです。 幸い一次試験に無事合格し、二次試験を受験することになったのですが、面接官と一対一のヒアリングに自信がなく前日の夜はよく眠れないほどでした。二次試験では面接官と10分間くらい英語での質疑応答があり、うまく聞き取れないところもありましたので、結果がどうなるか少し不安でしたが、運良く合格することができました。 東京オリンピックを控えて外国人が増加していますが、この程度の英語力で外国人と意思疎通ができるとはとても思えませんので、ボケないためにもさらに上の級の試験に挑戦していきたいと思っているところです。 

見て見ぬふりする〇〇〇,見て見ぬふりできぬ〇〇〇(由良卓郎)

1 ある街に住んでいたとき,自転車で買い物に出かけた。幅の広い国道の横断歩道の近くに4~5名の紺色の制服を着た〇〇〇がいた。これから何かの取締りするように見受けられた。そこに自転車の二人乗りグループがやってきて,平然と横断歩道を横切っていった。しかし,紺色の制服を着た〇〇〇は,二人乗りの自転車に全く気付いていないかのようであった。私は,近くにいた比較的若い〇〇〇に,なぜ二人乗りを注意しないのかと尋ねところ,次のような言葉が返ってきた。 ① 先輩の〇〇〇が注意しないのに,私が注意するわけにはいかない。 ② 注意しても,ほかにもやっているじゃないかと言われる。 2 私は,自転車置場で探しやすく,また盗難に遭いにくいと思い,オレンジ色の少々目立つママチャリを使っている。 ある日,その自転車に乗って帰宅していたら,向こうから白と黒のツートンカラーの自動車がやってきて通り過ぎた。しばらくして横断歩道の手前で信号待ちをしていると,後ろから,「もしもし」と,先ほどのツートンカラーの自動車の乗務員と思われる制服を着た二人組の男に声を掛けられた。「何ですか」と聞くと,「駅前の駐輪場は,自転車の盗難が多いから,二重ロックをするように」とのこと。わざわざ戻ってきて,二重ロックの心配をしてくれたのである。そんなに親切にしていただいたのは初めてであったが,もしかして,自転車泥棒と間違われたのかも知れない。自転車泥棒に遭わないために目立つ自転車に乗っていたのに!! 自転車の色と乗っている者のバランスがよほど悪かったのだろう。いろいろやりとりがあって,二重ロックの心配をする前に,車道の右側を走っている自転車を注意すべきではないかと言うと,ちゃんと注意していると言う。その矢先,車道の右側を自転車がすいすいと走り過ぎていった。私は,その二人組に,ほら,注意しないじゃないかと言ったが,彼らは,まるで気付いていないかのように自転車に乗った人に注意しようともせず,私の指摘にも何の反応も示さなかった。 3 ある日,某所で,広場のように幅の広い歩道を自転車に乗ってゆっくりと走っていたら,向こうから自転車に乗って向かってきた老人が何かを大声で叫んだ。お互い赤信号で止まったが,青信号になって走り出したら,先ほどの老人が,すれ違いざまに,やはり大声で何かを叫んだ。しかし,それは,私にではなく,私の前を自転車で2列走行していた母娘に対してであった。その時は,その老人が何を叫んだのかよく聞き取れなかったし,その母娘も「きちんと止まったのにね」などと話して首を傾げていた。が,後刻気付いた。その老人は,「自転車は2列で走るな」あるいは「自転車は一列で走れ」と叫んでいたのである。 4 ある日,街中で,自転車に乗った若者が向こうからやってきて,私の目の前で,路端の生垣の上に空になったペットボトルを捨てた。私は,思わず,彼を呼び止め,注意し,ペットボトルを回収させた。彼は素直に「すみません」と謝り,ペットボトルを捨てた場所まで戻り,拾ってきた。その後,彼がそのペットボトルをどうしたかは知らないが,私も,先ほどの大声で何かを言っていた老人に少しずつ近付いているような気もする。 後日,そのことを知人に話したら,相手によっては何をされるか分からないから,そういうことはあまり言わない方がよいと言われた。 5 皆が気付いたことを指摘でき,誰もが節度をもった行動ができるような街になってほしいと願っているが,その願いとは逆の方向に向かっているように感ずるこの頃である。

img042

実 務 の 広 場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。 

No.41 株式会社(閉鎖会社)モデル定款と認証の際の留意事項(その3)

株式会社(閉鎖会社)の定款について、一般的な記載例と留意事項を掲げ、若干の解説を試みるとともに、実例の中には間違った事例も数多くみられるので、その事例も紹介し、今後の定款認証に参考になると思われる事項を記載したものである。 例文中( )書きは、そのような記載であっても差し支えないことを示している。 凡例 Q&A 日公連定款認証実務Q&A 会報  東京会報 研修  日公連専門科研修

49 取締役責任免除規定 会423、424、425、426

当会社は、会社法第425条の規定により、株主総会の決議をもって、同法第423条第1項に定める取締役、会計参与、監査役、又は会計監査人の責任を法令の限度に置いて免除できる。 2 取締役(取締役であった者を含む。)が職務を行うにつき善意でかつ重大な過失がない場合において、責任の原因となった事実の内容、当該取締役の職務の執行の状況その他の事情を勘案して特に必要と認めるときは、会社法第425条第1項の規定により免除することができる額を限度として取締役(当該責任を負う取締役を除く。)の過半数の同意(取締役会の決議)によって、当該取締役の会社法第423条第1項の損害賠償責任を免除することができる。 3 前項の規定に基づいて取締役の責任を免除する旨の決議を行ったときは、取締役は、遅滞なく会社法第425条第2項各号に掲げる事項及び責任を免除することに異議がある場合には一定の期間内に当該異議を述べるべき旨を株主に通知しなければならない。ただし、当該期間は1か月を下ることができない。 4 総株主(責任を負う取締役であるものを除く。)の議決権の100分の2以上の議決権を有する株主が前項の期間内に異議を述べたときは、第1項の規定による定款の定めに基づく免除をしてはならない。 5 当会社は、会計参与が職務を行うにつき、善意でかつ重大な過失がないとき等法令に定める用件に該当する場合には、当該会計参与との間に、会社法第423条第1項による賠償責任を限定する契約を締結することができる。ただし、当該契約に基づく賠償責任は、金○万円以上で予め定める額又は法令が定める額のいずれか高い額とする。

1 任務懈怠の責任は、総株主の同意がなければ免除できない(会424)。 2 監査役の監査の範囲を会計に限定する旨の定款の定めがある場合は、監査役設置会社ではない(会2⑨)。従って、会計に限定した監査役を設定している場合は本条の適用なし。 3 第2項の記載ができるのは、取締役2名以上であり、「取締役1名以上」は不可である(研修会番号26)。 

50 報酬規定 会361

取締役(及び監査役)の報酬、賞与その他の職務執行の対価として当会社から受ける財産上の利益は、株主総会の決議によって定める。

1 取締役の報酬、賞与その他の職務執行の対価として株式会社から受ける財産上の利益について、定款に当該事項を定めていないときは、株主総会の決議によって定める(会361Ⅰ)。 2 定款で「○万円を限度とする。」旨の規定をおくことは差し支えない。

51 剰余金の配当及び除斥期間 会105、445、446、453、454、458、459、461

剰余金の配当は、毎事業年度末日現在における最終の株主名簿に記載された株主又は登録株式質権者に対して行う。(前項に定める場合のほか、当会社は、基準日を定め、その最終の株主名簿に記載又は記録のある株主等に対して、剰余金の配当を行うことができる。) 2 剰余金の配当は、支払い開始の日から満○年を経過しても受領されない場合は、当会社はその支払い義務を免れるものとする。 3 未払いの剰余金の配当には、利息を付けないものとする。

1 株主は、その有する株式につき、剰余金の配当を受ける権利、残余財産を受ける権利、株主総会における議決権を有する(会105Ⅰ)。公開会社でない会社は、株主ごとに異なる扱いを行う旨を定款で定めることができる(会109Ⅱ)。 2 取締役会設置会社であれば、一事業年度の途中において、一回に限り、取締役会の決議で中間配当することができる(会454Ⅴ)。 3 株主総会の決議による場合は、定款の定めは不要であり、回数制限もない(会454Ⅰ)。 4 取締役の過半数の決議で利益配当をすることはできない。会社法第454条第1項により「株主総会の決議」によると定め、剰余金の配当に関する機関の特則としては、会社法第459条により「取締役会」と規定しているので、取締役が剰余金の配当を定めることはできない。 5 除斥期間は不当に短いものでなければ差し支えない。(Q&A310)「3年」と規定する例がほとんどである。 6 株主に対する配当の原資は、利益に限られないことから、会社法では「剰余金の配当」としている。定款も、利益配当ではなく、剰余金の配当とすることが適当である。(Q&A303p) 7 剰余金の配当は、株主総会の決議により、回数の制限を設けずに、年に何回でもすることができるとされた(会454)。但し、会社法の定める中間配当は、年1回である。(会454Ⅴ) 8 決定機関による整理 ⑴ 株主総会決議 定款の定めは必要なく、何回でも可能である。(会454Ⅰ) ⑵ 会計監査人設置会社で定款の定めある等一定の要件を満たす場合は取締役会決議によるものは、何回でも可能である。(会459Ⅰ④) ⑶ 取締役会設置会社で定款の定めがある場合において取締役会決議による中間配当は、年1回である。(会454Ⅴ) 9 剰余金配当の要件 ⑴ 会社の純資産額が300万円を下回らないこと(会458) ⑵ 分配可能額の範囲内であること(会461) ⑶ 配当により減少する剰余金の額の10分の1を資本準備金又は利益準備金として組み入れること(会445Ⅳ) 10 剰余金の配当を受ける権利又は残余財産の分配を受ける権利のいずれか一方が完全に与えられていない株式であっても、他方の権利が与えられるものであれば、差し支えない。(登記インターネット83 35p) 11 除斥期間について支払い開始日か否かについて(公証100 243p) 

52 事業年度 会2㉔、296、435、会社計算規則59Ⅱ

例1 当会社の事業年度は、毎年○月1日から翌年○月末日までとする。 例2 当会社の最初の事業年度は、会社成立の日から平成○年○月末日までとする。 (誤っている例) 当会社の事業年度は、毎年1月1日から翌年12月末日までとする。 注 1年を超えている。

1 営業年度が事業年度に整理された。 2 「会社成立の日から」が正確な記載であるが、設立でも誤りではない。 3 原則として1年を超えることはできないが、1年を2事業年度以上にすることは差し支えない。(Q&A300p) 4 事業年度を変更する場合は、1年6月まで延長が可能である。(Q&A300p) 5 最初の事業年度の記載を、「成立の日から翌年○月末日」と記載すると、1年を超える場合があるので、誤りとなる場合がある。但し、定款認証、登記の時期から1年を超えないことが明らかな場合は、差し支えない。 (各事業年度に係る計算書類) 6 会社計算規則第59条第2項に「各事業年度に係る計算書類及びその附属明細書の作成に係る期間は、当該事業年度の前事業年度の末日の翌日(当該事業年度の前事業年度がない場合にあっては、成立の日)から当該事業年度の末日までの期間とする。この場合において、当該期間は、一年(事業年度の末日を変更する場合における変更後の最初の事業年度については、一年六箇月)を超えることができない。」と規定されている。

53 設立に際して出資される財産の価額(又は最低額)   会27④、28、32 

例1 当会社の設立に際して、出資される財産の価額(又は最低額)は、金○○万円とする。 例2 当会社の設立に際して出資される財産の価額(又は最低額)、発行する株式の総数及びその発行価額は次のとおりである。 出資される財産の価額(又は最低額) 金○○万円 発行する株式の総数    ○○株 発行価額(1株につき) 金○万円

1 絶対的記載事項である(会27④)。 2 出資される財産の価額は、出資されなければならない価額のことであり、最低額はそれ以上の出資が予想される場合のことである。 3 出資される財産の価額を定めた場合は、出資の額はその価額に限られることになり、これを超える金銭の払い込みがあっても、設立時発行株式の割当はできず、定款を変更して出資される財産の価額を変更する必要がある。最低額であればそのような問題は生じない。 4 登記申請の際、募集設立については、払込金保管証明書が必要であるが、発起設立については、払込取扱銀行等が作成した保管金受入証明書、又は設立時代表取締役が作成した払込証明書に預金通帳の写し又は取引明細書を添付したもので足りる。 5 設立前でも、発起人において払込金を引き出して当該会社の設立費用として使用できる。 6 設立時における預金口座名義は、発起人代表者名義にならざるをえない。登記申請の際、設立時代表取締役名義で、払込みがあったことを証する書面を作成し(払込金額全額の払込みがあったことを証明する旨、払込みがあった金額の総額、払込みがあった株数、1株の払込金額を記載)、預金口座通帳の写しを合綴して、提出することを要する。 7 預金口座通帳に記載されている年月日は、定款認証後のものとなるはずであるが(定款認証を受けて、それから設立に際して出資される財産が預金口座に振り込まれることとなる。)、設立登記申請の際、少なくとも「定款作成日以降でなければならない。」との扱いであるから、注意を要する。

54 資本金 会32、445

当会社の設立時資本金は、金○○万円とする。 2 前条の払込みに係る価額のうち、金○○円は、資本準備金とする。 (適切ではない例)認証可 当会社設立時の資本金の額は、設立に際して株主となる者が当会社に対して払込み又は給付をした財産の額とする。 前項の払込みや給付に係る額の2分の1を超えない額は資本金として計上しないことができる。 注 資本金の額を記載すべきであるが、無効ではない。

1 資本金の額は、払い込み又は給付をした財産の額であるが、その額の2分の1を超えない額、つまり半額に満たない額は、資本金として計上しないことができるとされているので(会445Ⅰ、Ⅱ)、資本金として払込額の2分の1の額を記載している場合は、差し支えない。払込額の2分の1未満の額を記載している場合は、誤りである。 2 設立時資本金の額は、原則として出資された財産の額であり(445)、「出資される財産の価額」の場合は、これを超える出資はできないが、「最低額」の場合は、これを超える出資は可能であり、その額を超える額が資本金として記載される例もある。 3 成立後の株式会社の資本金が0円になることはありえるが、設立時においては、1円以上払い込むこととなるので、資本金0円はありえない。(Q&A318p) 4 預合は有効(日公連速報2007.1.23)

55 設立に際して発行する株式 会32,37

当会社の設立時発行株式の数は○○株とし、その発行する価額は1株につき金○万円とする。

1 商法では「設立に際して発行する株式」が絶対的記載事項であったが、会社法では任意的記載事項となった。 2 設立時発行株式の総数は、発行可能株式総数の4分の1を下ることができないとされているが、公開会社でない場合は、この限りでないとされているので(会37Ⅲ)、設立時発行株式の総数は、発行可能株式総数の範囲内であれば、問題ない。会社成立後の株式発行を予定しない会社にあっては、発行可能株式総数と同じ数を設立時発行株式の総数とする会社の例もある。 3 発起人が割当てを受ける設立時発行株式の数、設立時発行株式と引換に払い込む金銭の額、成立後の株式会社の資本金及び資本準備金に関する事項は、定款に定めないと発起人全員の同意を得て定める必要があるので、定款に定めておくことが相当である(会32)。

56 設立時の役員 会38、39、40

当会社の設立時取締役は次のとおりとする。 住所 ○○○○ 設立時取締役 甲野太郎 住所 ○○○○ 設立時取締役 乙野次郎 設立時代表取締役 甲野太郎 注 取締役会(監査役会)設置会社は必ず3名以上が必要である。

1 発起設立の設立時役員の選任手続き ⑴ 設立時取締役は、会社成立後当然に取締役になるので、定員どおりの取締役が記載されている必要がある。発起人は出資の履行後、遅滞なく設立時取締役を選任しなければならない。取締役会設置会社は取締役が3人以上でなければならない(会38Ⅰ、39Ⅰ)。 ⑵ 監査役設置会社である場合は、設立時監査役を選任しなければならい。監査役会設置会社であるときは、設立時監査役は3人以上でなければならない(会39Ⅱ) ⑶ 選任は、原則として、発起人の議決権の過半数で決定するが(会40Ⅰ)、予め定款をもって設立時取締役、設立時監査役等を定めることができ、定款で定められた者は、出資が完了したときに、設立時役員に選任されたものとみなされる(会38Ⅲ)。 2 募集設立の設立時役員の選任手続き ⑴ 設立時役員は、創立総会で選任しなければならない(会88)。 ⑵ 定款に直接定めることの可否については、会社法第88条が直接定めを禁止したものと解することは相当でなく、そのような定款の定めも許される。(Q&A 329p、相沢・登記情報540 16p、松井・商業登記ハンドブック66pは疑問であると解説) 3 発起設立時役員の解任手続きは、発起人の議決権の過半数をもって解任できる。設立時監査役は、3分の2以上に当たる多数をもって決定する(会42、43Ⅰ)。募集設立の設立時役員の解任は、議決権を行使できる設立時株主の議決権の過半数であって、出席した当該設立時株主の議決権の3分の2以上に当たる多数をもって行う(会73Ⅰ)。 4 設立時取締役は設立しようとする会社が取締役会設置会社である場合には、設立時取締役の中から株式会社の設立に際して代表取締役となる者を選定しなければならない(会47)。設立時代表取締役を原始定款に定めることができる。(Q&A246p、民事月報61.7 20p) 5 設立時役員について ⑴ 発起設立 定款に設立時取締役、設立時代表取締役を記載することができる。 ① 設立時取締役 発起人が出資完了後設立時取締役を選任(会38Ⅰ、40Ⅰ) ② 設立時代表取締役 取締役会設置会社のみ規定(会47Ⅰ) (非取締役会設置会社について)(民事月報61・7 20p) ⅰ 定款に選定方法の定めがない場合は発起人によって設立時代表取締役を選定 ⅱ 定款に定めがある場合次のいずれでも可(定款に直接記載する方法、発起人によるという選定、発起人の互選によるという設定、設立時取締役の互選によるという選定) (取締役会設置会社の場合) 設立時取締役の中から設立時代表取締役を選定(会47Ⅰ)。この規定は、設立時取締役の中から選ぶことを決めただけで、設立時取締役の互選によらなければならないことまで決めたものではなく、定款で定めること可能。 ⑵ 募集設立 定款に設立時取締役、設立時代表取締役を記載することができる。 創立総会で設立時取締役を選任(会88)するとされているが、発起人が定款に設立時取締役を記載していることまで禁じる趣旨ではない。(研修 番号3 4) 6 取締役会設置の可否いずれであろうと会社設立登記前には取締役会は存しない。 7 最初の取締役の任期の短縮あるいは伸長は可能である。(Q&A328p)監査役は4年以内に終了する事業年度という縛りがあるので、留意すること。(Q&A329p) 8 最初の取締役は設立時取締役に訂正させるべきである。(Q&A330p)

57 発起人の氏名及び住所 会27⑤

例1 発起人の氏名及び住所は、次のとおりである。 住所 ○○○○ 甲野太郎 例2 当会社の発起人の氏名又は名称及び住所、発起人が割当てを受ける設立時発行株式の数及び設立時発行株式と引換に払い込む金銭の額(現物出資)は次のとおりである。 住所 ○○○○ 甲野太郎 割当てを受ける株式の数 ○○株 払い込む金銭の額    ○○万円 住所 ○○○○ 乙野次郎 割当てを受ける株式の数 ○○株 払い込む金銭の額    ○○万円 注 中国の漢字(含む、簡体文字)で日本の漢字にないものは、日本の漢字に直して記載する。日本の漢字にないものは、カタカナ書きにする。

1 発起人は、最低でも1株を引き受けなければならない。設立時発行の株式数に相当する出資が行われても、1株も引き受けない発起人は設立に参加することはできない。逆に、1株引き受ければ、発起人としての責任を果たしたこととなる。出資される財産又はその最低額は、1円以上であれば差し支えないので、出資金の全額払込に支障がある場合に備えて最低額を記載し、発起人の引受株式数を記載しない方法がある。(Q&A317p) 2 印鑑登録証明書には、日本の漢字に直さないで中国の漢字のまま記載されているものがあるので、そのようなときは、日本の漢字に引き直して記載させる必要がある。日本の漢字に引き直せない文字は、カタカナ書きすることとなる。 3 未成年者が発起人となる場合については、次のとおり 発起人は、未成年者Aと父母BCの例 ⑴ 父母の同意で処理する場合 未成年者15歳以上の場合、判断もでき印鑑証明書の交付可能なので、原則として父母の同意で処理。その場合の取扱いは、下記のとおり。但し、父母の代理による処理も可、その際は、⑵父母の代理で処理する場合を参照のこと。 ① 紙定款の場合(本人申請) 《定款末尾の記載》 発起人A 押印 発起人B兼Aの法定代理人父B 押印 発起人C兼Aの法定代理人母C 押印 注 父母の署名押印で同意と判断 《提出書類》 Aの印鑑証明書 Aの戸籍謄本(BC記載) B・Cの同意書(定款記載の場合は不要) B・Cの印鑑証明書 ② 電子定款(司法書士X作成代理) 《定款末尾の記載》 発起人A、発起人B、発起人C ABCの定款作成代理人X Xの電子署名 《委任状》 A(法定代理人父B・法定代理人母Cが同意)・B・C→X 《提出書類》 Aの印鑑証明書 A戸籍謄本(BC記載) B・Cの印鑑証明書 B・Cの同意書(委任状記載の場合は不要) ⑵ 父母の代理で処理する場合 未成年者15歳未満の場合は、判断未熟、印鑑証明書の交付不可なので、原則として父母の代理で処理。その場合の取扱いは、下記のとおり。但し、⑴父母の同意による処理も可、その際は父母の同意による処理を参照のこと。 ① 紙定款の場合(本人申請) 《定款末尾の記載》 発起人A (押印不要) 発起人B兼Aの法定代理人父B 押印 発起人C兼Aの法定代理人母C 押印 注 父母の署名押印で代理権ありと判断 《提出書類》 (Aの印鑑証明書不要) Aの戸籍謄本(BC記載)と住民票(同居でない場合) B・Cの印鑑証明書 ② 電子定款(司法書士X作成代理) 《定款末尾の記載》 発起人A、発起人B、発起人C ABCの定款作成代理人X Xの電子署名 《委任状》 発起人Aの法定代理人父B及び発起人B 押印 発起人Aの法定代理人母C及び発起人C 押印 →X 《提出書類》 (Aの印鑑証明書不要) A戸籍謄本(BC記載)と住民票(同居でない場合) B・Cの印鑑証明書 4 外国人が発起人になる場合の取扱い(会報27.5 47p) 外国人が発起人となって会社を設立する場合の定款認証については、当該外国人が外国に在住している場合と、国内に在住している場合に区別して考え、更に、本人申請か、代理申請か、代理申請であれば、作成代理によるか、認証代理によるか、そして申請方法は、電子定款で申請するか、紙定款で申請するのかによっても異なる。 それぞれの場合に区分して留意すべき事項を考えておく必要があるが、公証役場に対して申請する行為それ自体は、発起人が日本人であるか否かで異なる点はなく、問題なのは申請行為に至るまでに準備しなければならない資料等に関してのことであるから、この点を中心に、⑴発起人が外国に在住し、国内に在住している司法書士等(以下、単に「司法書士」という。)に定款作成を委任する例として、作成代理(電子申請と紙で申請)をとりあげ、また、⑵発起人が国内に在住し、司法書士に定款認証を依頼する例として、作成代理(電子申請と紙で申請)及び認証代理をとりあげ、それぞれ手順について説明することとする。なお、嘱託人が外国法人の場合については、必要な範囲内で述べることとする。 因みに、外国人の署名押印については、外国文字による署名で足り、押印は不要である。(外国人の署名押印及び資力証明に関する法律1条)(日公連定款認証実務Q&A 6p参照)また、行為能力は日本法で判断することとされている(日公連定款認証実務Q&A 29p参照)。 <発起人が外国に在住している場合  作成代理> A 発起人が外国に在住している場合であって、日本に居住している司法書士に、定款認証手続きの一切を委任し、司法書士が代理人となってその手続きを行うとき。 ⑴ 電子申請による場合 ① 司法書士が委任者の意向を受けて、定款の原案を作成し、それを公証役場に送付し、事前に公証人の点検を受ける。いきなり定款認証の手続きにはいると、訂正があった場合、却下となり、再度やりなさなければならず、時間を要するからである。その際、司法書士は、管轄法務局にも、登記申請の際の必要書類等につき疑問があれば確認する。 注 定款に発起人としての外国人の氏名を記載するとき、定款は、日本の文書であるので、日本文字である漢字、カタカナ、ひらがなにより記載するのが原則である。定款に日本文字以外の文字の使用が認められるのは、実務で認められている商号、目的、住所に限られており、それ以外の箇所では、日本の文字により表記することになる。従って、外国人の氏名は、カタカナ表記となるが、後で訂正することのないよう外国人氏名の名前を正確に聴取し、記載することとなる。なお、韓国、中国、台湾のよう漢字圏にあっては、日本の漢字により記載しても差し支えない。(登記インターネット102 48p) ② 司法書士において、「発起人から司法書士に対する委任状」(電子申請用の委任状)を作成(日付、発起人の住所・氏名は空欄) ③ 定款(①で作成したもの)と委任状(②で作成したもの)を編綴して袋とじ(1部) ④ 袋とじしたもの(1部)を発起人に送付 その際、次の事項を指示する。 指示1 委任状に日付を記載し、委任者欄に外国人発起人が住所を記載して氏名をサインすること(法人の場合は、法人の本店所在地、法人の商号を記載し、代表者がサイン)  併せて適宜の箇所に捨てサイン(捨印にかわるもの)。但し、外国においては、捨てサインの習慣がなく、訂正さえなければ不要なので、無くても差し支えない。 指示2 委任状及び定款を袋綴じした貼合せ部分に発起人が割サイン(割印の代わり) (法人の場合は、法人の代表者がサイン) 割サインは、割印にかわるものであるが、外国においては、割サインの習慣がないので、それに代わるものとして、通し番号(○/○)を記載し、全てのページが連続していることがわかるようにしておくことでも差し支えない。 指示3 委任状のサインについて、「当職の面前でサインした」旨の当該国の領事等公的機関若しくは当該国の公証人の認証を受ける。又は、当該国の領事、公証人作成にかかるサイン証明書を提出する。 注1 サイン証明の有効期間については、印鑑登録証明書の有効期間3月と同様に考えるべきであるが、法務局によって若干取扱いが異なるようである。 当該国に印鑑登録制度があれば、署名しそこに印鑑を押印することで差し支えない。その場合は、前述したサインの箇所には、個人、法人の代表者が署名(又は記名)するとともに印鑑を押印させ、印鑑証明書を提出させることとする。印鑑証明書については、当該国の権限ある者の証明であることの公的機関の証明書が添付される必要がある。日本の登記事項証明書が外国で通用するためには、登記官印を法務局長が証明し、その法務局長印を更に外務省で証明しなければならず、それと同様に当該国の公印証明が付されている必要がある。しかしながら、実務の慣行として、外国で発行された印鑑証明書について、必ずしも「当該国の権限ある者の証明であることの公的機関の証明書」が添付されなければならないとの取扱いはされていない。なぜ、このような取扱いとなっているのかは定かでないが、定款の認証については、そこまで要求しなくても差し支えないとして、今日に至っているものと推測される(民事法情報研究会だより№24・平成28年12月号「実務の広場」№45参照)。中国は、地域によって、印鑑登録制度があり、その地域の者が発起人となる場合は、氏名、印影、住所、生年月日が記載された書類を公証人が証明する方式が一般的である。韓国は、印鑑登録制度があるが、印鑑証明書には生年月日が記載されていないので、パスポートの写し(本人の相違ない旨の記載と押印)等で補う必要がある。 注2 法人の場合は、公証人等の証明した「(代表者の)サイン証明書」のほかに、法人の資格証明書(又は認証謄本)が必要である。これは、代表者のサインだけでは、その者が代表権限を有していることが確認できないので、代表権限を有していることを証明する資料として、提出させるものである。この資格証明書については、本店所在国における官公署発行の証明書(登記事項証明書等とそれが権限ある機関から発行されたものであることを証する当該国の権限ある機関の公的証明)、又は本店所在国における公証人等の証明書を提出させる。もっとも、資格証明書に代えて、本店所在国の公証人が当該法人の内容を証明したもの(商号、所在地、代表者の氏名、その者が代表権限を有することの記載が必要)でも差し支えない。サイン証明に代えて、「当該個人が代表者に相違ない」旨の当該国の公証人の面前でなされた宣誓供述書を提出させることでも差し支えない。これには本人のサインが必要である。 この件に関し、外国会社であっても、当該会社の目的が新設会社の目的の一部と重複している必要があり、そのことを判断するためにも外国会社の登記事項証明書を提出させる必要があるのではとの疑問もあるかもしれないが、登記実務ではそこまで要求していない。外国会社は、必ずしも日本と制度が同じとは限らず、仮に目的が記載されていたとしても国が異なれば事業も異なり、目的に関して厳格に考えるまでは必要ないとされているものと思われる。 ⑤ 書類がそろったら司法書士が電子申請する。電子定款に、司法書士が電子署名する。 ⑥ 電子申請による定款認証が受理されたら、司法書士(又は、補助者)が認証定款等を受領するために、必要書類(発起人のサイン証明、委任状、司法書士の印鑑登録証明書等)を持参し公証役場に出頭し、手続きをする。 ⑵ 電子申請によらず、紙定款による場合 紙定款による作成代理の場合であっても、定款作成までの手続き(前述した⑴①~④)については、電子申請で記載した場合と同様である。異なるのは、委任状の記載内容(電子定款では無く、単に作成代理用の委任状)と委任状に添付される定款の末尾の記載(電子申請用の記載ではなく、単に作成代理である旨の記載)になっている点のみである。その後の公証役場への認証手続きについては、前述した⑴⑤⑥の箇所が、電子申請ではないので通常の作成代理の際の手続きとなる。 <発起人が日本に在住している場合  作成代理> B 日本に居住している発起人が司法書士に、定款認証手続きの一切を委任し、司法書士が代理人となってその手続きを行うとき 注 発起人が日本人である場合と同様であり、氏名表記を除き異なるところはない。 ⑴ 電子申請による場合 ① 司法書士が委任者の意向を受けて、定款の原案を作成し、それを公証役場に送付し、事前に公証人の点検を受ける。前述したように、電子申請の場合、いきなり定款認証の手続きにはいると、訂正があった場合、却下となり、最初からやり直しとなる。 注 在日外国人の氏名の記載の仕方については、前述1⑴①注に記載のとおりであるが、在日外国人については、通常、印鑑登録証明書が提出され、そこにカタカナ書きされているので、その記載のとおりに記載することとなる。このカタカナ標記は、外国人住民登録の記載に基づき、プリントアウトされているが、文字数の制限から、通常使用する名前がカットされている例もあり、外国語表記の名前が必ずしも正確に表記されていない場合もあるので、留意する必要がある。但し、印鑑登録証明書に記載のローマ字表記とカタカナ書きが極端に異なっている場合であっても、法務局ではそこに記載されているカタカナ書きどおりであれば問題としない扱いである。もっとも、市役所では、本人からの申出で容易にカタカナ書き部分の訂正を認めている。なお、印鑑登録証明書には、ローマ字のみでカタカナ書きにしていないものも散見されるが、その時は、本人に供述させ、読み名を確認する。場合によっては、戸籍謄本、外国人登録証明書、運転免許証等で日本語読みを確認することが望ましい。韓国、中国、台湾のよう漢字圏にあっては、日本の漢字により記載しても差し支えない。(登記インターネット102 48p) ② 司法書士において、「発起人から司法書士に対する委任状」(電子申請用の委任状)を作成(日付、発起人の住所・氏名は空欄) ③ 定款(①で作成したもの)と委任状(②で作成したもの)を編綴して袋とじ(1部) ④ 袋とじしたもの(1部)を発起人に手交 その際、次の事項を指示する。 指示1 日付を記載し、委任者欄に外国人発起人が住所を記載して署名の上、登録印鑑を押印する。日付、住所、氏名は記名でも差し支えない。 指示2 委任状及び定款を袋綴じした貼合せ部分に発起人が割印する。 指示3 発起人の印鑑登録証明書(有効期間3月、1通)を提出させる。有効期間3月との取扱いは、従来6月間とされたものを平成17年4月1日から短縮することとしたものである。これは印鑑登録証明書の有効期間が6月では長すぎ、既に失効しているにもかかわらず利用されるおそれがあるところからこのような措置がとられることとなったものである。 指示4 外国人が印鑑登録していない場合は、印鑑登録するよう指示し、印鑑登録証明書が提出されてから、前記のような扱いをすることとなる。ただ、印鑑登録証明書が提出できない場合に、委任状にサインし、そのサインの真正を担保させるため、本国の権限ある者(本国の公証人等)のサイン証明を提出させる扱いができるかどうかについては、公証人法第60条(公証人法28Ⅱを準用)により可能である。 ところで、当該発起人が代表取締役に就任し、会社の登記申請をすることになると、随所に「印鑑につき市区町村長の作成した証明書を添付しなければならない。」との定めており(商業登記規則61等)、現実には印鑑登録をしておかなければ、会社設立登記すらできないこととなるので、定款認証手続きについても、印鑑登録証明書を添付させる扱いとすることが無難である。 ⑤ 書類がそろったら司法書士が電子申請する。電子定款に、司法書士が電子署名する。 ⑥ 電子申請による定款認証が受理されたら、司法書士(又は、補助者)が認証定款等を受領するために、必要書類を持参し公証役場に出頭し、手続きをする。 ⑵ 電子申請によらず、紙定款による場合 電子申請によらず、紙定款による場合は、定款作成までの手続き(前述した⑴①~④)については、電子申請で記載した場合と同様である。異なるのは、委任状の記載と委任状に添付する定款末尾の記載が電子申請の際の様式ではなく、単なる作成代理による申請の様式になっていることである。その後の公証役場への認証手続きについては、前述した⑴⑤⑥の箇所が電子申請ではないので通常の作成代理の際の手続きとなる。 <発起人が日本に在住している場合  認証代理> C 発起人自ら定款を作成し、日本に居住している司法書士に、定款の認証手続きのみを委任し、司法書士が代理人となってその手続きを行うとき 注 発起人が日本人である場合と同様であり、氏名表記を除き異なるところはない。 ① 発起人が定款を作成し、司法書士に定款を手交する。 注 定款は事実上受任者が作成する例も多いと思われるが、定款に発起人として署名(又は記名)及び押印しているときは、司法書士の代理行為は、認証代理である。 ② 発起人が委任状(認証手続きを委任する旨記載)を司法書士に手交する。 注1 委任状の委任者欄に発起人が住所を記載し、署名の上、登録印鑑を押印する。日付、住所、氏名は記名でも差し支えない。あわせて適宜の箇所に捨印しておく。 注2 印鑑登録証明書の有効期間については、前記2⑴④指示3に記載のとおりである。 注3 外国人が印鑑登録していない場合は、前記2⑴④指示4に記載のとおりである。 ③ 書類がそろったら司法書士が発起人の印鑑登録証明書、定款及び委任状のほかに、司法書士個人の印鑑登録証明書(又は運転免許証等)を提出して認証の手続きをする。 5 その他の例(Q&A28p) ① 成年被後見人の行為は常に取消(民9) 後見人が代理、登記事項証明書、後見人の印鑑証明書 ② 被保佐人は保佐人の同意(民13) 保佐人の同意書、登記事項証明書、保佐人の印鑑証明書 ③ 被補助人 審判で補助人の同意必要の場合 補助人の同意書、登記事項証明書、補助人の印鑑証明書 ④ 任意後見契約の委任者 後見人に代理権を授権している場合は、後見人が代理 ①と同じ ⑤ 法人 法人の目的の範囲内(関連していれば足りる)であることを要する。(公証144 328p) ⑥ 権利能力なき社団(法人格なし)、民法上の組合(法人格なし)、投資事業有限責任組合(法人格なし)、有限責任事業組合(法人格なし)で発起人にはなれない。代表者個人が発起人になる。 注 権利能力なき社団自体が一般社団法人成りする場合については、会報22.4 56p参照。投資事業有限責任組合の組合が発起人になる場合について、Q&A28p参照。 ⑦ 公益法人は、定款又は寄付行為に定められた目的の範囲内であれば、発起人可。 ⑧ 地方公共団体は、公共の目的の範囲内であれば、発起人可。 先例 パン粉協同組合がパン粉株式会社の発起人になれる(36.8.15民事局長回答、全訂詳解商業登記452p)。 6 委任状 住宅金融公庫、又は中小企業金融公庫の委任状には印鑑証明書等によりその成立の真正を証明させる必要なし。 7 発起設立と募集設立の違い 募集設立については、創立総会で設立時取締役の選任、株主の募集をしなければならない等手続き的には複雑であるが、募集設立においても原始定款で設立時取締役を定めることもできるので(Q&A46p、244p)、原始定款における発起設立と募集設立の違いは、会社の設立に際して、発行する株式を全部発起人が引き受けるのか、その一部について引き受けるのかの違いだけである。そこで、資本金全額に相当する額の払込がされていない場合、募集設立であれば、発起人は最低1株を引き受け、他は募集することが想定されるので、資本金全額に相当する額の払込がされていなくても問題ないが、発起設立であれば、発起人が全額を引き受けなければならないので、資本金全額に相当する額の払込がされていなければ誤りである。資本金全額に相当する額の払込がされていない場合は、募集設立なのか、発起設立なのかを聞き、募集設立であれば問題なし、発起設立であれば訂正させることとなる。なお、登記申請の際、募集設立では保管金証明書、発起設立では預金通帳の写しで足りるとされているので、注意を要する。(Q&A46p)預金通帳に記載されている払込日は定款認証の日以降であることを要するとされているが、定款作成日でも差し支えないとの扱いである。(Q&A82p) 8 設立前でも発起人において払込金を引き出して当該会社の設立費用として使用できる。(Q&A81p) 9 発起人の払込金額は、1株の金額×引受株式数を超えても差し支えない。(日公連速報2006.12.15、日公連速報2006.9.14、日公連速報2006.10.25) 10 発起人は必ず印鑑登録証明書を提出しなければならないかについては、事実上の取扱である。(Q&A22p)11 発起人の氏名につき、印鑑登録証明書(川北チャールズ)のとおり訂正すべきと思うが、法務局でイミ-ゴチャールズチエドウでもよいというならそれでも差し支えないとされた例あり。(会報26.7 51) 12 旧姓を使用する旨記載した定款でも差し支えない。(会報27.7 33p) 13 実例 ① 出資金の払込口座通帳の年月日は、定款作成日以降であれば差し支えない。 ② 番地の1の「の」がなくても差し支えない。 ③ 「室」を「号」に記載は、誤り。 ④ 発起人の「氏名」を「名称」に記載は、誤り。 ⑤ 市中銀行が観光開発会社の発起人となることはできない。(研修 番号16) ⑥ 定款の難しい漢字は、カタカナ書きを併記することが無難である。作字しても、法務局のコンピュータに登録されていないと、登記できない。 ⑦ 発起人の株式引受数「0」株は、あり得ない。発起人は出資しなければならない。(Q&A45p、研修 番号32)。 ⑧ 印鑑証明書「髙」のところ、氏名を「高」と記載しても差し支えない。 ⑨ 印鑑証明書「隆(一あり)」のところ、氏名を「隆(一なし)」と記載しても差し支えない。

58 現物出資  28、33、34

当会社の設立に際して、現物出資をする者の氏名、出資の目的である財産、その価額並びにこれに対して割り当てる株式の種類及び株式数は、次の通りである。 (1)出資者 発起人○○ (2)出資財産及びその価額 (3)割り当てる株式の種類及び株式数 注 出資財産の価額が500万円を超えると検査役の検査対象となる。

1 建物賃借権、土地賃借権については、譲渡につき貸主の承諾が必要であり、一般的に譲渡先は誰でもよいという承諾はないので、現物出資の対象にはならない。(会報22.4 22p) 2 「オフィス備品一式」という記載方法では、物件が特定できず、不十分である。 3 「のれん」は事業その他が移転した場合、実物財産の評価額とこれに対して交付した対価の価額の差異をいうとされているので、「のれん」と記載することは適切でない。(Q&A320p)但し、会計規則第106条には貸借対照表に記載してもよい例として「のれん」が記載されている。 4 不動産、自動車、機械その他の動産、有価証券、債権、特許権その他の無体財産権、事業の全部又は一部(のれんはここに入る)は、対象となる。(Q&A319p) 5 期限未到来の債権は、対象となる。(Q&A321p) 6 現物出資は、発起人に限られる。(Q&A321p、登記インターネット83 27p) 7 財産引受とは、発起人が会社のために会社の成立を停止条件として特定の財産を有償で譲り受けることを約する契約をいい、会社成立後直ちに会社が事業を開始できるように設立中に不動産や設備を会社のために準備する行為をいう。(Q&A322p) 8 設立費用とは、設立事務所の賃貸料、設立事務員に対する給与、印刷費、広告費、創立総会の費用、弁護士等による証明費用があり、定款に記載した範囲内で、発起人が成立後の会社に請求することができる。(Q&A322p) 9 定款に変態設立事項の定めをし、その定款について公証人の認証を受け、記載内容につき発起人の申立に基づき検査役の調査(現物出資や財産引受の各対象財産につき定款に記載された価額の総額が500万円を超えない場合は設立時取締役の調査)を受け、不当と認めたときはこれを変更し、変更された事項につき定款を変更することができる。(Q&A323p、会報19.2 39p) 10 現物出資の価額が現実には500万円を超えているときであっても、定款に500万円未満の額で記載すると、検査の対象にはならない。 11 現物出資は、不動産であれば登記簿の記載(建物は家屋番号まで記載)、債権であれば当事者、発生日、債権の種類、債権額、機械であれば種類、型式、製造者、製造年、製造番号が必要であろう。(Q&A325p) 12 敷金返還請求権は、現実に発生している敷金返還請求権であれば現物出資の目的とできるが、現に賃貸借契約が継続中でありいまだ敷金返還請求権が発生していないものであるときは、対象とならない。(商事法務1439 実務相談室 会報22.4 22p 会報22.5 20p) 13 営業権については、「営業のノウハウ、顧客情報」と記載することで足りる。(千葉・松戸支局登記官)

(小林健二)

 ]]>

民事法情報研究会だよりNo.22(平成28年10月)

仲秋の候、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。 さて、本年6月閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2016」、「日本再興戦略2016」、「ニッポン一億総活躍プラン」の中で相続登記の促進が政府全体の取組みとされたことから、来年度予算の概算要求においても、相続登記の促進が優先課題とされており、これまで公共事業や震災の復興の妨げとなっていた相続登記されずに放置された不動産の解消という不動産登記制度の大きな懸案の解決にいよいよ乗り出すようです。これに関連して、法務省は本年7月、来春を目途に「法定相続情報証明制度(仮称)」を新設すると発表しました。この制度は、相続人の1人が被相続人の遺産相続手続に必要な戸籍謄本等の書類一式を法務局に提出しておけば、その後は法務局が当該相続手続に必要な戸籍情報等が記載された証明書を出してくれるというもので、これによって相続による不動産登記の移転や銀行の預金解約のため個別に法務局や金融機関に大量の書類を提出しなければならないという現状が改善され、遺産相続手続の簡素化が期待されるところです。(NN)

賞味期限切れでも・・(理事 小畑和裕)

1 リオ・五輪が終わった。日本人選手の活躍は素晴らしかった。獲得したメダルの総数は41個、内訳は金12個、銀8個、銅21個と過去最多を記録した。各選手の活躍に、日本中が興奮のるつぼと化した。競技の模様は、早朝から深夜まで、連日放送された。選手たちの活躍は、応援する沢山の人々に感動と勇気を与えてくれた。また、試合直後に行われたインタビューにおける選手たちの言葉も素晴らしかった。どの選手もオリンピックの出場をめざして、毎日血のにじむような努力を重ねてきた。そして、全力を出し切った。選手たちの言葉に嘘はなく、聞く者全てに感動をもたらした。メダルを獲得した各選手の言葉もよかったが、むしろメダルを逃したり、不本意な成績に終わった選手たちの言葉が印象的だった。 2 「どんなに笑われても、金メダルと言い続けよう。」 これは、7人制女子ラグビーの日本チームの主将中村知春選手の言葉である。勝負に負けて落胆している各選手に、主将として今後の目標をはっきりと各選手に伝えたのだ。失意の選手たちに、はっきりと目標を決め、4年後の東京オリンピックに向けて、自分を信じて、またチームを信じて、日々研鑽・努力しようと宣言したのだ。この目標がある限り、どんなに辛い日々の練習にも選手たちは耐えることができると信じて。 3 「お父さんに怒られる。」 女子レスリングで、惜しくも4連覇を逃がした吉田沙保里選手の試合直後の言葉だ。「お父さん」の言葉にしびれた。父と娘の固い絆が端的に表現されていた。僻み根性で言うのではないが、最近は何かにつけて父親より母親のほうが大切にされているように思う。そんな中にあって、まず「お父さん」と叫んだことは、家庭内での存在が多少軽くなっている世の父親は大いに快哉を叫んだに違いない。 「うちには銀メダルはありませんから。」 吉田選手の母の言葉である。なんと素晴らしいコメントであろうか。不本意に終わった娘の銀メダル獲得を祝福し、よく頑張ったとその苦労を労るとともに、一方で、金メダル、金メダルと言い続けるマスコミ等に対する強烈な皮肉を含んでいる。母であればこその言葉である。 4 「賞味期限切れでも、賞味期限は切れていないという気持ちをもって頑張る・・」 男子200m背泳ぎ入江選手の言葉である。決勝には進出したが、メダル獲得はならなかった。リオ・五輪でこの言葉ほど感動と勇気をもらった言葉はない。入江選手は、今回は涙をのんだが、今後も絶対「負けないぞ」という強い気持ちで頑張っていくことを表明したのだ。勿論、本人は賞味期限が切れたとは思ってもいないだろう。まだまだ頑張るぞと自己を鼓舞しているのだ。現役を卒業して、無為の日々を過ごしている身にこの言葉は心にしみた。そして大いにこの言葉に励まされ、「よし、俺もこれからだ。賞味期限なんか過ぎてない。頑張るぞ」と勇気が湧いてきた。 感動と勇気を沢山もらったリオ・五輪だった。

今 日 こ の 頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。 

孫に曳かれ(佐々木 暁)

本年6月1日、晴れて?公証人の任を解かれました。50年にわたる公務員生活に別れを告げ、この研究会だよりが会友の皆様に届く頃には、重圧・責任という重い荷物を肩から降ろして、身も心も解放され、羽が生えたようにふんわりと浮き上がっていることと思います。 さて、仕事人間?だった私にも二人の子供がおり、それぞれに二人ずつの子供がおります。つまり、私には、四人の孫がおります。男三人・女一人です。この四人の孫が、本年4月から私の自宅の近くの小学校に揃って通い始めました。今時、しかも23区外とは言え東京ではやや珍しいことかもしれません。私たち親子が○○1丁目、2丁目、3丁目と居を構えていることから、このような情況になりました。 最近の小学校では、学校公開という日があり、私たちじじ・ばばも保護者の一員として自由に授業参観ができます。この自由参観日には、親をさて置いても顔を出しておりますが、孫が一人目、二人目まではゆっくりと授業やら校内の展示物やらを観て回っていましたが、三人目の昨年はやや忙しくなり、四人目の今年は走り回るように一階から四階まで校内を行ったり来たりし、かつ、四人均等の時間割合で参観することも心掛ける必要があります(私にとってはですが)。このため、足腰をしっかりと鍛えておく必要があります。これが私の公証人退任後の目下の最大?の任務ですから。 最近の少子化の影響で、孫らの小学校の人数も少なく、1学年2クラス、1クラス30人程度で、昔々の私の田舎の小学校を想い出します。分校と言ってもいいくらいの私の通った小学校は、2学年が一緒の複式学級で、私の同級生は15人でした。小学校は自宅から30メートル位のところにあり、雨が降っていても傘など不要でした。忘れ物をしたことはありませんでした。何故か?私の机は家も学校も同じ管理下にありましたので?20秒もあれば忘れたであろうものを手元に確保できたのですから。そんな環境のせいか、親が子供の教育に関心がなかったのか、仕事が忙しかったのかは定かではありませんが、私の両親が父兄参観日(私の時代はこのように言っていました)にただの一度も来たことはありませんでした。逆に、校庭の真ん中を私道のようにして、教室の窓の外を通る親の姿をこちらが観察していたような気がします。その代わりにというか、昼食の時間になると、担任の先生が我が家の隣の公舎に帰らず、一歩手前の我が家で、生徒である私と一緒に、我が家の豪勢?な昼食を食べては学校に戻っていたと記憶しています。給食などありませんでした。ストーブの上に置かれたジャガイモ、スケソウダラの干物、塩辛、・・・三平汁・・豪華から程遠い・・毎日同じ物(魚の種類は、たまには替わる)・・たまにカボチャ・・手が黄色くなる・・、それでも先生は毎日来る・・親に私の学校での様子をあること、ないこと?も話す・・親にとってはこれ以上の情報はない・・したがって、参観日にわざわざ学校に行くことはない・・ということのようでありました。それでも子供心に多少の寂しさはあったような気がします。それでも運動会・学芸会には5人(私の妹・弟)の子供の晴れ姿を観ようと最前列に陣取っていたようでした。 そんな自分の遠い昔のことを想い出しながら、誰もが想像しなかった顔(破顔?間の抜けた?)をして(自分では、いつもの真面目顔のつもり)孫4人が在籍している小学校に出かけることを楽しみにしています。勿論、運動会は写真撮影から弁当作りまで大車輪の活躍となります。写真も4人公平な枚数になるよう心掛けます。更に、土曜・日曜ともなると、男の子3人が所属する少年野球チーム(通学する小学校主体)の練習・試合にも出かけなくてはなりません。そんなこんなで、当分は私の「小さな夢」(小料理屋の開店)は実現しそうもありませんが、この孫らを含め毎週土・日には、一族に私の料理の試作品を提供して、腕を磨いております。 少子化対策や子育て支援が参院選や都知事選の重要課題として論戦の目玉となったのは記憶に新しいところですが、いざ、自分の居住地に近いところに保育施設を建設する計画を策定したり、公園敷地の一部を利用したいとすると、必ずといっていいほど反対の声が上がります。決まり文句は、「事前の説明がない」であり、子供の声が公害?憩いの場が失われる・・・等々であります。私もそのうちの一人かもしれませんが、大体において事前説明の広報など読んでもいないし、普段は仕事でろくに子供の声など聞いたこともなく、公園など出掛けたこと、利用したことのない者が大半なのではないでしょうか。そして、何よりも、子供の元気な声、それが泣き声であっても、年寄りには何よりの魔法の、元気の源の力であることを忘れているのではないでしょうか。加えて、将来、私達高齢者を支えてくれる最高の宝であることも。 それにしても、幼子に対する親の虐待のなんと多いことでしょう。報道に接する度に胸が痛みます。公証人時代に、若い夫婦の離婚給付等契約公正証書を作成する度に、母親に抱かれてニコニコ笑っている乳幼児の行く末がいつも気にかかっておりました。 話が二転三転してしまいました。お孫さんがいなかったり、遠方にいらしてなかなか会いたくても会えない情況の会友の方には、ただのお爺の孫自慢の話になってしまいお許しください。と言いながら、少ない年金を貯め込んで、孫のおねだりを心密かに待っている不謹慎者がおります。

%e7%ab%8b%e3%81%a1%e8%aa%ad%e3%81%bf%ef%bc%92

実 務 の 広 場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.40 株式会社(閉鎖会社)モデル定款と認証の際の留意事項(その2)

株式会社(閉鎖会社)の定款について、一般的な記載例と留意事項を掲げ、若干の解説を試みるとともに、実例の中には間違った事例も数多くみられるので、その事例も紹介し、今後の定款認証に参考になると思われる事項を記載したものである。 例文中( )書きは、そのような記載であっても差し支えないことを示している。 凡例 Q&A 日公連定款認証実務Q&A 会報  東京会報 研修  日公連専門科研修

17 株主総会決議事項 会295 

(非取締役会設置会社) 株主総会は、会社法に規定する事項及び株式会社の組織、運営、管理その他株式会社に関する一切の事項について決議することができる。 (取締役会設置会社) 株主総会は、会社法に規定する事項及び定款で定めた事項に限り、決議することができる。 

取締役の選任のような株主総会で決議すべき事項を、取締役の決定や取締役会の決議において選任できるようにする定款の定めは、効力を有しない(会295Ⅲ)。しかし、株主総会において、取締役の選任決議の効力発生を取締役や取締役会の承認に係らしめる決議をすることは許される(QA202p)。株主総会において、そのような定めをするとこは、そこに株主総会の意思が明らかになっているので、会社法第295条第3項は、そのような株主総会の決議まで否定するものではないと解されている。しかし、「全て、取締役会の承認に係らしめる。」という内容の定款の定めは許されるとすると、会社法第295条第3項の趣旨を潜脱してしまうことになるのではという疑問が残る。

18 決議の方法 会309 

例1(正確な記載例) 株主総会の決議は定款に別段の定めがある場合を除き、議決権を行使することができる株主の議決権の過半数を有する株主が出席し、出席した当該株主の議決権の過半数をもって行う。 例2(最も多い例) 株主総会の決議は、法令又は定款に別段の定めがある場合を除き、出席した(議決権を行使することができる)株主の議決権の過半数をもって行う。 2 会社法第309条第2項に定める決議は、議決権を行使することができる株主の議決権の過半数(又は3分の1以上)を有する株主が出席し、出席した株主の議決権の3分の2以上に当たる多数をもって行う。 

1 定足数は軽減又は排除できるが、議決要件は軽減できない。(日公連速報2007.1.9) 2 「可否同数のときは議長が決する」旨の定めについては、定款認証実務には解説がないが、取締役会についての解説(Q&A251p 昭和34.4.21民事局長回答)によれば、決議要件の軽減になるから無効であるとされていることから、同様に考えて、このような定めは無効と解する。 3 誤りの例 「当該」を「当核」、「議決」を「決議」、「議決権」を「決議権」の事例が多い。

19 議決権の代理行使 会310 

例1 株主又はその法定代理人は、当会社の議決権を有する株主1名(又は親族)を代理人として、議決権を行使することができる。ただし、この場合には、株主総会ごとに代理権を証する書面を提出しなければならない。 例2 株主は代理人によって議決権を行使できる。この場合には株主又は代理人は、法令に別段の定めがある場合を除き、株主総会ごとに代理権を証する書面を提出しなければならない。 2 前項の代理人は当会社の議決権を有する株主に限るものとし、かつ2人以上の代理人を選任することはできない。 

20 議決権の有無・行使 会308

株主は、株主総会において、その有する株式1株につき、1個の議決権を有する。 (単元株式数の定めがある場合) 1単元の株式につき、1個の議決権を有する。 (適切ではない例) 例1 1単元株式は1株とする。 例2 発行可能株式数は1株とする。 例3 ○○の有する株式は、1株について100個の議決権がある。他の株主の配当金の100倍とする。 例4 一定割合以上の株式を保有する株主は議決権を行使できない。

1 例1は、単元株を定めた意味がなく、例2は、最低限の株式数であり、発行可能の意味がなく、いずれも削除が望ましいが、違法ではなく認証しても差し替えない(研修番号17,18)。 2 例3、4 「議決権を行使することができる事項」について異なる定めをしたものと理解できるので、削除する必要はない。(研修番号23、38) 3 代表以外の株主は議決権を有しない旨の定めは可能である。(日公連速報2006.12.15)

21 招集 会296

例1 定時株主総会は、毎事業年度終了後(又は末日)の翌日から3か月(又は2か月)以内に招集し、臨時株主総会は必要に応じて随時招集する。 例2 定時株主総会は、毎年○月末日に招集する。

1 定時株主総会は毎事業年度の終了後一定の時期に招集しなければならないと規定されているが、招集期日を「6か月」とすることは、適法ではない。前年度の決算等を決議するために開催するのが定時株主総会であり、一般的な会社であれば決算書など準備するのに2月乃至3月あれば十分であり、6か月も要するとは思われない。 2 1年を2事業年度としている会社、事業年度の末日ごとに招集しなければならない。(Q&A183p) 3 訂正の例 「総会」を「株主総会」に訂正 4 この記載例について、会報27.7 41p参照 

22 株主総会の開催地 会298 

株主総会は、本店の所在地又はその隣接地において開催する。ただし、議決権を行使することができる株主全員の同意があるときは、その他の地において開催することができる。 

 招集場所を、日本国外との定めは不適切である。(会報19.2 39p) 

23 招集権者及び議長  会296、298 

(取締役1名の非取締役会設置会社) 当会社の株主総会は、法令に別段の定めがある場合を除き、取締役(又は社長、代表取締役)が招集する。 (取締役複数名の非取締役会設置会社) 当会社の株主総会は、法令に別段の定めがある場合を除き、(取締役の過半数をもって決定し、)取締役(又は社長、代表取締役)が招集する。ただし、取締役(又は社長、代表取締役)に事故があるときは、あらかじめ取締役の過半数をもって定めた順序により、他の取締役が招集する。 2 株主総会においては、社長(代表取締役)が議長となる。ただし、社長(代表取締役)に事故があるときは、あらかじめ取締役の過半数をもって定めた順序により、他の取締役が議長となる。取締役全員に事故があるときは、株主総会において出席株主のうちから議長を選出する。 (取締役会設置会社) 当会社の株主総会は、法令に別段の定めがある場合を除き、取締役会の決議により、取締役社長(代表取締役)が招集する。ただし、取締役社長(代表取締役)に事故があるときは、あらかじめ取締役会の定めた順序により、他の取締役が招集する。 2 株主総会においては、社長(代表取締役)が議長となる。ただし、社長(代表取締役)に事故があるときは、あらかじめ取締役会の決議をもって定めた順序により、他の取締役が議長となる。取締役全員に事故があるときは、株主総会において出席株主のうちから議長を選出する。 

1 株主総会の招集は、原則として、取締役会設置会社においては、取締役会の決議により決定し、非取締役会設置会社においては、取締役の過半数をもって決定し(会298Ⅰ、Ⅳ)、いずれの場合も取締役が招集する(会296Ⅲ)。非取締役会設置会社においては、会社法第348条第3項3号において、会社法第298条第1項各号の事項についての決定を各取締役に委任できないとしているが、会社法第348条第1項、第2項で定款で別段の定めを認めているので、取締役が招集することはできる。但し、又取締役会設置会社においては、会社法第298条第4項で取締役会の決議によらなければならず、これを取締役に委任することはできない。(Q&A184p) 2 株主総会の議長については、特に会社法は定めていない。一般的には、取締役会設置会社の場合、取締役会で予め定めた順序により議長となる。取締役全員に事故があるときは、株主総会において出席株主の中から選ぶとするのが通例である。 3 代表取締役のある会社が「取締役社長が招集する」と記載することは、招集の決定ではなく招集行為を社長が行うとする趣旨と理解できるので問題ない。(日公連速報2007,3.19) 4 単に社長と記載して東京局では不可とされた例がある。(会報23.1.26p) 

24 株主総会招集通知 会298、299

(非公開会社で非取締役会設置会社) 株主総会を招集するには、(会社法第298条第1項第3号又は第4号に掲げる事項を定めた場合を除き、)株主総会の日の1週間(又は○日)前までに、(議決権を行使することができる)株主に対して招集通知を発するものとする。 2 前項の招集通知は、(会社法第298条第1項第3号又は第4号に掲げる事項を定めた場合を除き、)書面ですることを要しない。 注 1週間を下回る期間を定めることも可能である。 (非公開会社で取締役会設置会社) 株主総会を招集するには、(会社法第298条第1項第3号又は第4号に掲げる事項を定めた場合を除き、)株主総会の日の1週間前までに、議決権を行使することができる株主に対して招集通知を発するものとする。 注 取締役会設置会社は、書面通知が必要。ただし、書面投票・電子投票の定めがなく、株主全員の同意があれば不要(招集手続の省略の条項参照)。

1 株主総会の招集の通知は、株主総会の日の2週間前までに通知することが原則であるが、非公開会社にあっては、書面投票・電子投票の定めがないときは、1週間前に通知することで差し支えない。更に、取締役会設置会社以外の会社は、これを下回る期間を定めることができるとされている(会299)。 2 書面投票・電子投票を認めるとき又は取締役会設置会社の場合は、招集通知は、書面又は電磁的方法によらなければならないとされているので(会299Ⅱ、Ⅲ)、口頭による招集通知は不可である。Q&A189p 3 議決権を行使できる全ての株主の同意があるときは、書面投票・電子投票を認める場合を除き、招集手続を省略できる(会300)。 4 取締役会設置会社は、「1週間」を「7日」と記載しても差し支えない。2週間は14日確保の意味であると解説されている。 5 単に、「前項の招集通知は、書面ですることを要しない。」とのみ規定している例もあるが、例外条項まで全て記載させる必要なしとの理解で、認証は可能である(研修 番号41)。 6 取締役会設置会社以外の会社にあっては、「会日の前日までに」との記載でも差し支えない。 7 会社法第298条第2項で株主とは、(株主総会において議決権を行使できる・・)となっているので、会社法第299条の株主も同様に解することとなる。 8 招集通知を、「議決権を行使できる株主」でなく、単に「株主」としても差し支えない。(平成23.9 民事局商事課補佐官回答) 9 招集通知について(民事法情報275 63p)

25 招集手続の省略 会300

株主総会は、その総会において、議決権を行使することができる株主全員の同意があるときは、(会社法第298条第1項第3号又は第4号に掲げる事項を定めた場合を除き、)招集手続を経ずに招集することができる。

1 単に、「株主全員の同意」、「総株主の同意」と記載してあっても、差し支えない。 2 欠席株主の書面決議、欠席株主の電磁的方法による決議を設けた場合は、省略できないので注意を要する。 3 単に、「招集手続きを経ずに招集することができる。」とのみ規定している場合であっても、差し支えない。例外条項まで全て記載させる必要なしと理解できる。

26 株主総会の決議の省略 会319

株主総会の決議の目的たる事項について、取締役又は株主から提案があった場合において、その事項につき議決権を行使することができるすべての株主が、書面又は電磁的記録によりその提案に同意したときは、その提案を可決する旨の株主総会の決議があったものとみなす。 2 前項の場合には、株主総会の決議があったものとみなされた日から、10年間、同項の書面(又は電磁的記録)を当該会社の本店に備え置くものとする。

訂正すべき例 単に「総会」は、「株主総会に訂正させる。 

27 株主総会参考書類のインターネットによる開示 会301 会施規94、65

当会社は、株主総会の招集に際し、株主総会参考書類、事業報告、計算書類及び連結計算書類に記載又は表示をすべき事項にかかる情報を、法務省令に定めるところに従い、インターネットを利用する方法で開示することにより、株主に提供したものとみなすことができる。

1 株主総会参考書類に記載すべき事項については、会社法施行規則第73条以下に規定がある。 2 インターネットについては、会社法施行規則第94条(電磁的方法による旨の定款の定め)、第220条,第222条に規定がある。 

28 株主総会の報告 会320

取締役が株主の全員に対して株主総会に報告すべき事項を通知した場合において、当該事項を株主総会に報告することを要しないことにつき株主の全員が書面又は電磁的記録により同意の意思表示をしたときは、当該事項の株主総会への報告があったものとみなす。

株主全員とは、議決権を有しない株主も含まれる。(日公連速報2007.1.9)

29 株主総会議事録 会318

株主総会の議事については、法務省令(会社法施行規則第72条)の定めるところにより、議事の経過の要領及びその結果を記載又は記録した議事録を作成し、議長及び出席取締役が記名押印又は署名して10年間本店に備え置くものとする。

株主総会議事録に記載すべき事項として、「株主総会に出席した取締役、執行役、会計参与、監査役又は会計監査人の氏名又は名称」とあるが、その者について、署名、記名押印の義務付けはされていない(会施規72Ⅲ④)。しかし、株主総会において代表取締役を選定したことによる変更登記申請に際しての添付書面は、当該株主総会の議事録に議長及び出席取締役が押印した印鑑について印鑑証明書の添付を義務付けているので、定款には、署名及び記名押印を必要とする旨定めておくことが望ましい。(商登則61Ⅳ)

30 取締役の員数 会326

当会社の取締役は、○名以上(又は以内、から・まで)とする。

1 取締役会設置会社の取締役は、下限を示さず「○名以内」でも差し支えない。 2 誤っている例 取締役の規定にもかかわらず、表題が(取締役及び監査役の員数)と記載されている。 

31 取締役の選任の方法 会329,341、会施規則97

例 当会社の取締役の選任(及び解任)は、株主総会において議決権を行使することができる株主の議決権の過半数(又は3分の1以上)を有する株主が出席し、出席した当該株主の議決権の過半数をもって行う。 2 取締役の選任については、累積投票によらない。 注「行使」ではなく「ある」と記載した場合については、下記解説を参照。 (不適当な例) 例1 当会社の取締役は、株主総会において、議決権を行使することができる株主の3分の1以上であって当該株主の議決権の過半数に当たる多数をもって選任する。 (前半部分が頭数要件(一定数以上の株主)と解され不適当) 例2 当会社の取締役は、株主総会において議決権を行使することができる株主の賛成によって選任する。(頭数要件と解され不適当) 例3 取締役1名と定めながら、累積投票に関する規定を置く例。(1名であるから累積投票はあり得ない。) (好ましくはないが、認証できる例) 「株主総会の決議は、株主総会において議決権を行使することができる株主の議決権の過半数を有する株主が出席し・・・」とし、取締役選任決議は「株主総会において議決権を行使することができる株主の議決権の3分の1以上を有する株主が出席し・・・」と規定する例。(一般普通決議の要件より、特則普通決議のほうが軽減されている。)

1 「総議決権の過半数(3分の1)」は誤りである。定款できめることができるのは、会社法第341条で、定足数に関する(3分の1以上の割合を定款で定めた場合にあっては、その割合以上)の箇所、議決権に関する(これを上回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合以上)の箇所を変更できるだけである。定足数要件である「議決権を行使することができる株主」を「総株主」に変更することまで、会社法は認めておらず、「総株主の3分の1以上」と定めることはできない。(登記研究720 206p) 2 定足数に関し、頭数要件の設定は認められていない(会341)。(Q&A218) 3 選任、解任は、何も有しない者に一定の地位を付与する、又一定の地位を有する者からその地位を剥奪する場合である。これに対して選定、定める、解職は、一定の地位を有する者に更に別の職を付与する、あるいはその職を剥奪する場合である。(Q&A 232p) 4 「議決権がある株主の議決権・・・」という記載をすることは差し支えない。種類株式を発行する株式会社にあっては、議決権はあるが選任権を行使できないという株式はあるかもしれず、そのような場合は、議決権を行使できない株主を含むことが想定され、好ましくないこととなるが、一種類しか発行しない株式会社にあっては、このような問題はなく、「ある」株式であれば「行使」できる株式といえるので、「議決権がある株主の議決権・・・」のような記載は差し支えない。 5 取締役会設置会社でない株式会社については、取締役は1人で足り(会326Ⅰ)、その際は、当該取締役が代表取締役となる。

32 取締役の資格 会331 

当会社の取締役は、当会社の株主の中から選任する。ただし、必要があるときは(議決権を行使することができる株主の議決権の過半数をもって)、株主以外の者から選任することを妨げない。 注 ( )の記載を「株主の過半数をもって」と記載すると、頭数要件を定めたことになるので、不適法となる。

1 取締役が株主でなければならない旨を定款で定めることはできない。従って、取締役の資格を「持株数を100以上の株主とする。」旨の規定を設けることはできない。但し、公開会社でない株式会社においては、この限りでないとされているので(会331Ⅱ)、差し支えない。 2 取締役の資格を、成年者、日本国籍を有する者、年齢制限、あるいは親会社の取締役に限定することは可能である。 3 未成年者を取締役に選任する場合、就任承諾書に親権者の同意を要する(民5)。 4 認知症について(日公連速報2009.7.28) 

33 取締役の任期 会332,346

例1 取締役の任期は、選任後○年以内に終了する事業年度のうち最終のものに関する定時株主総会の終結の時までとする。(「終了する最終の事業年度に関する定時総会終結の時までとする。」の例が多い。) 2 任期満了前に退任した取締役の補欠として、又は増員により選任された取締役の任期は、前任者又は他の在任取締役の任期の残存期間と同一とする。 例2 取締役の任期は、選任後○年以内の最終の決算期に関する定時株主総会の終結の時までとする。 2 任期満了前に退任した取締役の補欠として、又は増員により選任された取締役の任期は、前任者又は他の在任取締役の任期の残存期間と同一とする。 例3 (例1、例2に次の条文を付加する。) 3 取締役○○の任期は、選任時の株主総会で定める。 3 設立後最初取締役の任期は、1年以内に終了する事業年度のうち最終のものに関する定時株主総会の終結の時までとする。

1 取締役の任期は選任後2年以内に終了する事業年度のうち最終のものに関する定時株主総会の終結の時までとする。ただし、定款又は株主総会の決議によってその任期を短縮することを妨げない。(会332Ⅰ)就任承諾のときではない。任期の始期が被選任者の意向にかかることになり相当でないことから、新会社法では終期を定めるものとし、その計算の始期を選任のときとしたものである。 2 公開会社でない株式会社において、定款において選任後10年以内に終了する事業年度のうち最終のものに関する定時株主総会の終結の時まで伸長することを妨げないと規定されているので(会332Ⅱ)、非公開会社の大多数の会社が取締役の任期を「選任後10年以内に終了する事業年度のうち最終のものに関する定時株主総会の終結の時」としている。 3 特定の取締役について、「その任期を選任時の株主総会において定める。」旨の定めをすることは認められる。特定の取締役の任期を他の取締役と異なる任期とする必要がある場合、定款に定めることは可能である。但し、法令の許容する期間内でなければならない。(Q&A223p、日公連速報2006.11.20) 4 取締役が欠けた場合、又は会社法若しくは定款で定める最低人数を欠くに至った場合は、任期の満了又は辞任により退任した取締役は、新任取締役が就任するまで取締役の権利義務を有する(会346Ⅰ)。 5 役員の任期を「定時株主総会の終結」のときではなく、事業年度に合わせて「1月1日から12月31日まで」のような定めとすることは好ましくない。このような規定を設けると、事業年度終了後開催しなければならない決算のための定時株主総会(会296Ⅰ)のほかに、別途、その事業年度終了の前に、役員選任のための定時株主総会を開催しなければならないこととなるが(定款には役員選任のための定時株主総会開催の規定を設けておく必要あり)、決算のための定時株主総会に出席すべき取締役は誰なのかという問題(当該事業年度の事業について責任を負うべき取締役は既に任期満了で退任しているが、新たに選任された取締役の就任時期を定時株主総会終結時まで遅らせ、それまでは既に退任した取締役が権利義務者として出席することにでもするか等)が生じ、このことは、同時期に無意味な株主総会を開催しなければならないことから生じるもので、無用の混乱を招くものである。仮にこのような役員選任のためだけの定時株主総会を認めるとしても、それを怠れば、選任懈怠(会第976条22号)の問題が生じる等の問題も生じる。 6 任期は選任されたときからであるから「取締役の任期は選任後」が正確であるが、「就任した取締役の任期は」と記載しても、選任決議後就任承諾して取締役になるのであるから、誤りとまでしなくてもよいように思われる。 7 任期は、株主総会において定める旨の定めは有効である。(日公連速報2006.11.20) 8 非公開会社において、各取締役の任期を、当該取締役の選任決議をする株主総会の決議で定めるときまでとする定款の定めは有効である(会報23.12 26p、新会社法千問の道標 285p)。定款に定めることなく、各取締役の任期を株主総会において、「選任後5年以内に終了する事業年度のうち最終のものに関する定時株主総会の終結のときまで」と定めることも可能である。任期の短縮についても、定款で個別的に任意の期間短縮する旨の定めをすることは問題ない。

34 補欠取締役 会329、会施規則96 

補欠の取締役の選任に係る決議が効力を有する期間は、当該決議後○回目に開催する定時株主総会の開始のときまでとする。ただし、株主総会決議によってその期間を短縮することを妨げない。 注 取締役の任期を10年と定める会社にあっては、補欠取締役の期間は、「第10回目に開催する定時株主総会の開始のときまで」とするのが通例である。

1 補欠の会社役員の選任に係る決議が効力を有する期間は、定款で別段の定めがある場合を除き、当該決議後最初に開催する定時株主総会の開始のときまでとする。ただし、株主総会決議によってその期間を短縮することを妨げない(会施規則96Ⅲ)とされているので、このとおり規定する例がほとんどである。但し、定款で別段の定めをすることができると規定されているので、「定時株主総会開始のときまで」を「定時株主総会終結のときまで」とすることでも差し支えない。 2 定款に「取締役5人以内」とあり、現に5名の取締役が選任されている場合、取締役1名が辞任したとしても、補欠役員が辞任した取締役の代わりに就任することはない。 欠員とは、①役員が欠けているとき(役員が一人もいない)②法律で定めた定員の欠けているとき(取締役会の3人を割った)③定款の最低限度を割ったとき、のことである。 3 補欠代表取締役の選任の定めも可能である。(Q&A23p、日公連速報2007.1.23) 

35 代表取締役及び社長(取締役会設置会社でない会社) 会349 

(適切な例) 例1(代表取締役1人の例) 当会社に取締役2人以上いるときは代表取締役1人を置き、取締役の互選(又は株主総会の決議)により定めるものとする。 2 代表取締役は、社長とする。 3 社長は、当会社を代表し、会社の業務を統括(統轄)する。 注 取締役の員数を「取締役1人以上」と定めている会社にあっては、取締役が1人となるときもあり、そのときは、その取締役が当然代表取締役となることは会社法第349条で明らか出るが、社長に関する定めを定款に設けておく必要があるとして、「取締役1人のときは、当該取締役を社長とする。」旨の規定を追加して定める例もある。もちろん、この定めは、無くても差し支えない。 例2(代表取締役複数の例) 当会社に取締役2人以上いるときは代表取締役2人を置き、取締役の互選(又は株主総会の決議)により定めるものとする。 2 代表取締役の内1人は、(取締役の互選により)社長とする。 3 社長は、当会社を代表し、会社の業務を統括(統轄)する。 注 代表取締役の員数を記載しないで、単に「代表取締役を置き」と定めることもできる。 例3(「取締役1人以上」と定め、取締役の員数が1人のときと複数のときの両方を規定) 当会社の取締役が一人のときはその取締役を代表取締役とし、当会社に複数の取締役を置くときは、取締役の互選(又は株主総会の決議)により、代表取締役1名を定め、代表取締役をもって社長とし、必要に応じて、会長、専務取締役、常務取締役各若干名を選定することができる。 2 社長は、当会社を代表し、会社の業務を統括(統轄)する。 注 上記規定に続けて以下のような条項を設ける例もある。 「前項により代表取締役を定めず取締役全員が会社の代表取締役となる場合は、取締役の互選により、内1名を社長とする。」 (適切ではない例 ただし、法務局において問題とされたことはない。) 例1 当会社は、社長1名を、必要に応じて専務取締役及び常務取締役各若干名を置き、取締役の互選により、取締役の中から選定する。 2 社長は会社を代表する。 3 社長のほか、取締役の互選により、会社を代表する取締役を定めることができる。 注 定款で定めることができるのは、「代表取締役」である。社長は、会社が勝手に付けた名称であり、法的意味を持たない。その他、適切ではない理由は、下記解説を参照のこと 例2 取締役の決議で、取締役の中から、社長1名を選定し、必要に応じて、副社長、専務取締役、常務取締役各若干名を選任することができる。 2 社長は、当会社の代表取締役として、会社の業務を統轄する。 3 取締役の決議をもって、第1項の役付取締役の中から会社を代表する取締役を選ぶことができる。 注 適切ではない理由は、例1と同じ 例3 取締役が複数いる場合は、株主総会の決議により、代表取締役社長1名を選定する。 2 代表取締役社長のほか、株主総会の決議により、当会社を代表する取締役を選定することができる。 注 代表取締役社長という役員は会社法上存在しない。その他適切ではない理由は、例1と同じ 例4 当会社に取締役2人以上いるときは取締役の互選(又は株主総会の決議)により代表取締役1人を置き、その者を社長とする。代表取締役が複数選定されたときは、その者の中から社長1名を選定する。 注 代表取締役1人と規定しながら、代表取締役複数選定と規定している。 例5 当会社に取締役2人以上いるときは、取締役の互選(又は株主総会の決議)により代表取締役を置くことができる。 2 代表取締役を定めず、取締役全員が会社を代表する場合は、取締役の互選により1名を社長とする。 注 このような定めを無効とまではいえないが、代表取締役がおかれたり、おかれなかったりの会社を認めることとなり、好ましいとはいえない。 例6 取締役は、社長とし、会社を代表する取締役とする。 注 この例は、代表取締役制を採用しない、つまり取締役が会社の代表者となるとするものである。現実には取締役が一人である場合問題ないが、複数取締役のときは全員が社長となり、「会社を代表する取締役とする」と記載しているので、いかにも代表取締役制をとっているかの誤解を与えかねず、最も不適切な記載である。

1 会社法第349条で、取締役は、株式会社を代表する権限を有し(会349Ⅰ)、取締役が二人以上いる場合は、各自が株式会社を代表する権限を有する(会349Ⅱ)と定めている。これは取締役が一人であると、複数であるとに係らず、取締役に選任すると、その取締役は当然のことながら、株式会社の代表取締役の地位にあることになる。従って、登記するとき、取締役一人のときは「取締役A」、「代表取締役A」と記載し、複数の取締役がいるときは、「取締役A」「取締役B」「代表取締役A」「代表取締役B」と記載することとなる。 但し、「代表取締役を定めた場合は、この限りでない。」と定め(会349Ⅰ但書)、会社が代表取締役をおくこととした場合は、会社を代表する権限(会349Ⅳ)は、取締役ではなく、代表取締役が有することになるとしている。取締役が一人のときは、その者が代表取締役となるが、取締役が複数のとき、全員が代表権限を持つのではなく、特定の者だけが代表権限を持つことにしたい場合は、取締役のうちから代表取締役という役職に就く者を定めれば、その者のみが代表権限を持ち、他の取締役は代表権限を持たないことになる。 そして、代表取締役をおく旨の定め方について、取締役会設置会社でない会社にあっては、「定款、定款の定めに基づく取締役の互選又は株主総会の決議によって取締役の中から代表取締役を定めることができる。」とし(会349Ⅲ)、取締役会設置会社にあっては、取締役会は、取締役の中から代表取締役を選定しなければならないとしている(会362Ⅲ)。従って、取締役会設置会社にあっては、当然のことながら代表取締役が存在することとなり、取締役会設置会社でない会社にあっては、代表取締役をおきたいのであれば、定款で「代表取締役をおく」旨を定めることとなる。 2 複数の代表取締役を選定したい場合は、単に「代表取締役を定める。」と規定すれば代表取締役は何名でも可能である。代表取締役の人数を決めておきたければ「代表取締役○名を定める。」と定める。 3 代表取締役のうち少なくとも1名は、日本に住所を有することとする先例(昭和59.9.26民事局第4課長回答)は、平成27.3.16商事課長通知で廃止されているので、留意すること。 4 共同代表を禁止する規定はないので、定款で共同代表の定めはできるが、内部的制限の意味だけである。 5 補欠代表取締役の選定は、可能である。取締役会設置会社にあっては取締役会の決議で、取締役会設置会社でない会社にあっては定款、定款の定めに基づく取締役の互選、株主総会の決議により予め補欠代表取締役を選定することができる。 6 代表取締役の任期は、取締役の任期による。 7 代表取締役を選任するは誤りである。会社法上の一定の地位を有する者について更に一定の地位を付与する場合は、「定める」か「選定する」の用語を用い、選任するとはしない。(民事法情報272 p57) 8 「取締役1名以上」と定め、「取締役は社長とする。社長は代表権限を有する。」との定めは、複数取締役の場合、社長が複数となるので、そのときのために、「複数取締役の場合は、そのうち1名を社長とする。」旨の定めを付記すべきと考えるが、法務局では特に指摘しないとの扱いである。 9 「社長を2名とする」は、誤りであり1名に訂正させる(会報23.7 21p)。 10 定款に直接代表取締役の氏名を記載しても差し支えない(349Ⅲ 松井・商業登記ハンドブック384p) 11 適切でない例の解説 「社長を選定する。」 代表権限を有する者として「社長を選定する。」旨規定する例が多いが、定款で規定しなければならないのは、会社法第349条第2項で「株式会社(取締役会設置会社を除く。)は、定款、定款の定めに基づく取締役の互選又は株主総会の決議によって、取締役の中から代表取締役を定めることができる。」と規定されているように、決めなければならないのは、「代表取締役」であり、「社長」ではない。 従って、取締役の中から代表権限を有する者を選ぶ場合は、「代表取締役を定める。」と規定する必要がある。取締役の中から社長に選ばれたとしてもその者は、単に当該会社で社長と呼ばれているにすぎず、代表権限を有していることにはならない。社長などの役職者については、会社法第354条で「代表取締役以外の取締役に社長、副社長その他株式会社を代表する権限を有するものと認められる名称を付した場合には、当該取締役がした行為について、善意の第三者に対してその責任を負う。」と規定しているように、代表取締役以外の取締役、つまり代表権限のない取締役に、社長の名称を付した場合は、その社長という名称だけでは、法律上は会社を代表する権限を有しないにも係らず、あたかも会社を代表するかのような役職名を用いているので、一般の善意の第三者を誤らせて損害を生じさせてしまうことがあるかもしれず、そのとき会社は社長というような紛らわしい名称を付したことについて責任を負わなければならないと規定している。このことは、会社法は、社長という名称は法律上の役職を表すものではなく、単に会社が勝手につけた名称に過ぎないことを明らかにしたものである。 いずれにしても、代表権限を有する者を定める必要がある場合は、代表取締役を取締役のなかから選びなさいとしているのであり、会社が代表取締役として選定された者を社長というかどうかは、法的な問題とは別問題であり、会社が自由に決めればよい問題である。 この件について、「取締役の互選により社長を定め、その者を代表取締役とする。」と定めても、「社長を定める」は同時に代表取締役を定める決議と解されるので、無効とは言えないとの意見はあるが、代表取締役制をとるか否かは、当該会社の根幹にかかわる重要な事項であり、この理由づけは相当ではない。 「会社を代表する取締役をおく。」 「会社を代表する取締役をおく。」と記載する例があるが、株式会社にあって、会社を代表する者は、「代表取締役」であるから(会47Ⅰ、会349Ⅳ)、「代表取締役をおく。」と記載すべきである。代表取締役は、会社を代表する者であるから、「会社を代表する取締役をおく。」と記載しても間違いとはいえないとの考えもあるが、会社法第349条第2項で、「代表取締役その他株式会社を代表する者を定めた場合」とあり、そこでは「代表取締役」と「それ以外に株式会社を代表する者」を区別して規定しており、ここでいう「株式会社を代表する者」とは、委員会設置会社の代表執行役を指すもの(会420)と解するのが相当であるから、取締役会設置会社でない会社にあっては、代表執行役を意味するかのごとき、「会社を代表する者をおく。」との記載は、適当でない。 12 非取締役会設置会社における代表権について(登記インターネット102 66p)

36 役付取締役 会354

取締役の過半数の同意をもって、取締役の中から、専務取締役及び常務取締役を選ぶことができる。 社長は会社の業務を統括し、専務取締役及び常務取締役は社長を補佐し、定められた事務を分掌処理し、日常業務の執行に当たる。

37 取締役会 会362

例1 取締役会の決議で、会社の代表取締役1名を定める。 2 代表取締役を社長とし、当会社の業務を統括する。 3 取締役会の決議により、取締役の中から副社長、常務取締役及び専務取締役を選定することができる。 例2 取締役会は、その決議により取締役の中から、代表取締役を選定する。 2 取締役会は、その決議により、代表取締役のうち1名を社長とし、社長が会社の業務を執行する。 3 取締役会は、その決議により、取締役の中から取締役会長、取締役副会長、専務取締役及び常務取締役若干名を選定することができる。 例3 取締役会は、その決議により取締役の中から、代表取締役を選定する。 2 代表取締役が1名のときはその者を社長とし、代表取締役が複数のときは、取締役会の決議により、代表取締役のうち1名を社長とする。 3 社長が会社の業務を執行する。 (適切でない例 ただし、法務局において問題とされたことはない。) 例1 取締役会の決議により取締役の中から社長1名を選定し、必要に応じて専務取締役、常務取締役若干名を選定できる。 2 社長は、代表取締役とする。ただし、取締役会の決議をもって、社長のほかに前項の役付き取締役の中から会社を代表する取締役を定めることができる。 注 適切でない理由については、下記解説を参照のこと 例2 取締役会の決議をもって、取締役の中から、代表取締役である取締役社長を選定する。 注 適切でない理由については、例1と同じ

1 適切でない例の解説 会社法第362条では、「取締役会は、取締役の中から代表取締役を選定しなければならない。」と定めており、代表取締役として選定された者に社長という名称を付すかどうかは会社の自由であり、会社法の定めるところではない。従って、社長を選びそれを代表取締役とするのは本末転倒である。社長などいかにも会社の代表権限を有する者と思われるような名称を付した場合については、会社法354条に規定されている。 2 取締役会設置会社は、代表取締役を取締役会で選定すると規定しているので、定款で「株主総会においてのみ選定することができる。」という定めは不適切であるが、「株主総会で選定することができる。」旨の定めを設けることはでき、その定めがあるときは、取締役会と株主総会の双方に選定権限があると解される(登記インターネット№86P61)。

38 取締役会の招集 会366、368

取締役会は社長が招集する。社長に事故があるときは、あらかじめ取締役会の決議により定めた順序により、他の取締役が社長に代わって招集する。 2 取締役会の招集通知は、各取締役及び各監査役に対して会日の1週間(又は3日)前までに発する。ただし、緊急を要する場合は更に短縮することができる。 3 取締役会は、取締役及び監査役の全員の同意があるときは、招集の手続を経ることなく開催することができる。

取締役会は、代表取締役が招集すると記載するのが、正しい記載であるが、「社長」と記載しても差し支えない。

39 決議の方法 会369

取締役会の決議は、議決に加わることができる取締役の過半数が出席し、その過半数をもって行う。 2 決議について、特別の利害関係を有する取締役は、議決権を行使することができない。

「可否同数の場合は、議長が決する。」は無効である(Q&A251p)。

40 取締役会の決議等の省略 会370,372

取締役が取締役会の決議の目的である事項について提案をした場合において、当該提案につき取締役(当該事項について議決に加わることができるものに限る。)の全員が書面又は電磁的記録により同意の意思表示をしたときは、当該提案を可決する旨の取締役会の決議があったものとみなす。ただし、監査役が異議を述べたときは、この限りではない。 2 取締役又は監査役が取締役及び監査役の全員に対して取締役会に報告すべき事 項(ただし、会社法第363条第2項の規定により報告すべき事項を除く。)を通知 したときは、当該事項を取締役会へ報告することを要しない。

1 特定の取締役の出席を会議開催の要件とすることはできない(Q&A251p)。 2 監査役の権限を会計に関するものに限定している場合は、監査役設置会社ではないので、監査役の異議は問題とならない(Q&A253p)。 3 株主総会と異なり(会319)、取締役会決議の省略は、定款に記載しないと利用できない(会370)。 4 意見交換前に議決権行使は相当でないので、書面投票、電子投票は認められていない。(Q&A254p) 5 取締役選任権付き種類株主総会で選任された取締役の出席を、取締役会の開催要件とする定款は許されない(日公連速報2007.1.23)。 6 代理人による議決権行使は、認められない。

41 取締役会議事録 会369,371

取締役会の議事については、法務省令に定めるところにより議事録を作成し、出席した取締役及び監査役がこれに署名若しくは記名押印又は電子署名を行う。

42 取締役会規程 会362

取締役会に関する事項は、法令又は本定款のほか、取締役会において定める取締役会規程によるものとする。

43 監査役   会341

当会社の監査役は、○名とする。

1 人数については、制限がないので「○名以上」とする記載でも差し支えない。 2 取締役会設置会社は監査役を置かなければならない。ただし、公開会社でない会計参与設置会社はこの限りでない(会327)。

44 選任及び解任の方法 会341

監査役の選任は、株主総会において、議決権を行使することができる株主の議決権の過半数(又は3分の1)を有する株主が出席し、出席した当該株主の議決権の過半数の決議をもって行う。 2 監査役の解任は、株主総会において、議決権を行使することができる株主の議決権の過半数(又は3分の1)を有する株主が出席し、出席した当該株主の議決権の3分の2以上に当たる多数をもって行う。

監査役の解任については、特別決議が要求されている(会309Ⅱ⑦、343Ⅳ)。

45 資格 会335、331

当会社の監査役は、当会社の株主の中から選任する。ただし、必要があるときは(議決権を行使することができる株主の議決権の過半数をもって)、株主以外の者から選任することを妨げない。

監査役の資格を株主に限定することはできない。ただし、公開会社でない株式会社はこの限りでない(会335Ⅰ、331Ⅱ)。

46 任期 会336

監査役の任期は、選任後4年以内に終了する事業年度のうち最終のものに関する定時株主総会の終結の時までとする。 2 任期満了前に退任した監査役の補欠として選任された監査役の任期は、その前任の監査役の任期の満了すべき時までとする。

1 監査役が1名の場合、補欠監査役の任期短縮の定めは不適当と解されていたが、会社法336条第3項の文言どおり、「前任の監査役の任期の満了すべき時までとする。」として差し支えない。(Q&A285p、日公連速報2006.10.16) 2 増員として選任された監査役の任期を他の監査役の任期と同一とすることは、できない。

47 監査役の監査の範囲 会389

監査役の監査の範囲は、会計に関するものに限定する。

非公開会社においては、監査の範囲は、会計に関するものに限定することができるとされている(会389)。 

48 会計監査人 会329、337,338、339、396,399 

当会社は、会計監査人を置く。 2 当会社の会計監査人は○名とする。 3 会計監査人の選任及び解任は、株主総会において、議決権を行使することができる株主の議決権の過半数(又は3分の1)を有する株主が出席し、出席した当該株主の議決権の過半数の決議をもって行う。 4 当会社の監査役は、公認会計士をもって充てる。 会計監査人の任期は、選任後1年以内に終了する事業年度のうち最終のものに関する定時株主総会の終結の時までとする。 5 会計監査人は、定時株主総会において別段の決議がなされなかったときは、当該定時株主総会において再任されたものとみなす。 6 会計監査人の報酬等は、代表取締役が監査役の同意を得て定める。 

 (小林健二)

   ]]>

民事法情報研究会だよりNo.21(平成28年9月)

初秋の候、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。 さて、小林副会長が、公証人在職当時、新任公証人向けの資料として作成した「株式会社(閉鎖会社)モデル定款と認証の際の留意事項」がよく整理されており、これをもらった公証人から、執務に非常に役立ったので、研究会だよりの「実務の広場」に掲載して公開してはどうかとの意見がありました。この資料は大部のものであるため、臨時に9月と11月にも研究会だよりを増刊することとして、9月号、10月号、11月号、12月号に分けて掲載することにいたします。(NN)

その日(理事 佐々木 暁)

二度、三度・・どうして今朝は一度で決まらないのか。50年もの間結び慣れたはずのネクタイが今朝は何故か上手く結べなかった。電車に向かう途中で、公証センターへの道すがら、何度か溜息のようなものが出た。50年間の出勤過程で、全く初めての体験である。 公証役場に行きたくない?否、そんなことはない。今日という日を机の前の法曹会発行の大きなカレンダーに、大きな丸印を付けて、まだか・まだかと待ち望んでいたはずなのに。でも、3日前から過ぎた日付に×印がついていない。忘れた?その日が来るのが怖い?そんなことはない。1年も前から、半年も前から指折り数えて待ち望んだ日なのだから。 「その日」、平成28年6月1日は、公証人退職発令の日である。「願により公証人を免ずる」(願ったと言われればそうかもしれませんが・・・やや複雑な想いも・・・)とある。誠に簡単・明瞭である。法務局・本省職員41年、民間企業2年、公証人6年半、計50年弱の奉職生活に終止符を打つこととなる日である。朝から否、数日前からの落ち着きのなさは、この瞬間の一抹の寂しさだったのだろうか。何十枚もの辞令で慣れていたはずなのに。 さいたま地方法務局長から辞令を手交された後は、想いに浸る間もなく、所属公証人会、連合会、民事局等へのご挨拶を終えたのち、私にとっての思い出の闘いの場であった、法務省赤レンガ棟を目に納めて、役場ではなく自宅に辿り着いた頃には、いつになく疲れ果てていた。今朝から13000歩。こうして、私の公証人生活「その日」は、終了した。 最後の1着の新しい背広も作り、最後の新車も納車となり、最後のゴルフクラブは廃棄処分し、財産として、これまで多くの方々との繋がり、絆をしっかり懐に納めて、新しい未知の人生の始まりである。明日からは梅雨の雨の中、傘などいらないのである。電車の運転状況も気にしなくていいのである。 しかしである。あれほど肩の荷を降ろす日を楽しみにしていたのに、その喜びの実感はなかなか湧いてこないのである。安堵感はある。 役場は上手く回っているだろうか。遺言の相談に来ていたお婆ちゃんはどうしたろうか。後任者は困っていないだろうか。等々、気持ちは退職しきれていないのである。朝の一連の動きは、出勤していた時のままである。今少しの時間が解決してくれることと思っている。 さて、せっかく手に入れた自由時間である。これからの人生を楽しく生きるために大事にしたい。が、取り敢えず明日何をしようか・・の日々である。退職新人、老・浪人に、次の「その日」が来ることを願うこの頃である。 (元大宮公証センター公証人)

img036c  

実 務 の 広 場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.39 株式会社(閉鎖会社)モデル定款と認証の際の留意事項(その1)

株式会社(閉鎖会社)の定款について、一般的な記載例と留意事項を掲げ、若干の解説を試みるとともに、実例の中には間違った事例も数多くみられるので、その事例も紹介し、今後の定款認証に参考になると思われる事項を記載したものである。 例文中( )書きは、そのような記載であっても差し支えないことを示している。 凡例 Q&A 日公連定款認証実務Q&A 会報  東京会報 研修  日公連専門科研修

1 商号  会6、27②、商登27、商登規48Ⅱ、50

当会社は、株式会社○○○○と称する。英文では、ABC Co.Ltd.とする。 注1 英文表記は、無くても差し支えない。 注2 商号中に、「株式会社」という文字を用いなければならない。 注3 商号には、漢字、カタカナ、ひらがな、ローマ字、アラビア数字その他の符合を使用することができる。 注4 既存会社と同一の商号であっても、本店の所在場所が異なっておれば、差し支えない。

1 株式会社の商号は、定款の絶対的記載事項である(会27②)。 2 商号の選定に関する原則 ⑴ 商号自由の原則 会社は、その名称を商号とする(商6Ⅰ)。株式会社にあっては、必ず商号を付けなければならない。商号については、旧商法時から商号自由の原則がとられている。これは、商号と商人の氏名や事業目的との一致を厳格に要求しない立場で、会社の事業目的がどのようなものであろうと、商号は自由に定められるということ、即ち、建設業を営んでいても、会社の商号に建設業であることがわかるように「建設」という文字を用いなければならないという制約は無い。但し、会社は、1個の商号しか用いることができず、本店、支店における商号も同一でなければならない。 ⑵ 使用する文字の原則 ① 日本の文字(漢字、カタカナ、ひらがな)の使用 定款は、会社法で作成を義務付けられている日本の文書であるから、商号は、日本の文字である漢字、カタカナ、ひらがなを用いて作成すべきである。但し、日本の文字以外には、②のような例の使用が認められている。 なお、使用できる漢字は、原則正字であり、誤字俗字は、使用できない(平成5.12.27民四7783号民事局長通達)。但し、俗字については、使用頻度により使用が認められる場合もあるので、事前に法務局に照会することが望ましい。 また、意味のある用語にしなければならないとの規制はないので、漢字、カタカナ、ひらがなが混在しても差し支えない。例えば、「山ア田い」というような表示であっても、愛を表すのに一般的には、ラブと表示するが、「ラあーぶ」のような文字使用であっても差し支えない。 ② ローマ字、アラビア数字その他の符合の使用 ローマ字、アラビア数字その他の符合で法務大臣の指定するものは使用できるとして、次のように定められている(商登規48Ⅱ、50、平成14.7.14法務省告示315、平成14.7.31民商第1839民事局長通達)。 ローマ字(大文字、小文字)、(イ)アラビア数字、(ウ)&(アンパサンド)’(アポストロフィー),(コンマ)-(ハイフォン).(ピリオド)・(中点)は可能である。 これ以外には認められないので、例えば、商号中に( )を用いることはできない。また。6種の符号は字句を区切る際の符号として使用する場合に限り使用できるので、商号の先頭、あるいは末尾に用いることはできない。但し、ピリオドは、省略を表すものとして商号の末尾に使用が可能である。カタカナによる商号中に「・」を用いることはできる(昭和54.2.19民四837号民事局第四課長回答)。ローマ字を用いて複数の単語を表記する場合に限り、当該単語の間を空白(スペース)によって区切ることは差し支えない。 ③ 英文表記 商号について、英文表記することが認められている。商号は、外国においても使用されることになるので、日本語の商号を外国でも通用できるように、英文に限って表記を記載することが認められている。記載の方法は、例示のとおりである。従って、「中国表記では、○○公詞とする。」というような中国語表記、あるいは韓国語表記等のような記載は認められない。また、「商号は、株式会社○○(英文表記はABC)と称する」とする例は、商号は日本語表記に限られているところ、英文表記の商号も認めているかのような誤解を与えるので認められない。 ④ その他の表記 商号の読み方を( )書きで記載する、あるいは「読み方は○○である。」と記載することは、商号を複数認めているかのような誤解を生じるので、許されないと解する。 ⑶ 会社法以外の法律等に基づく制約 ① 名称を使用しなければならない」及び「名称を使用してはならない」が規定されている例 銀行、信託、保険等のように公共性の強い事業を目的とする会社にあっては、商号中に銀行という文字、信託という文字、生命保険会社又は損害保険会社であることを示す文字を用いなければならないとされ、他方、このような業を目的としない者がそれらの文字を使用することは禁止している。このように、「名称の使用強制」及び「名称の使用制限」が規定されている例にあっては、商号、目的、資本金の全てをクリアーしなければ登記申請は受理できないとされているので、このような株式会社については、目的、資本金を審査するとともに、商号については、「銀行」、「信託」、「生命保険会社又は損害保険会社」という文字が用いられている必要がある。銀行業等を目的としない者が銀行等という商号を用いることはできない(登記インターネット117号7p以下参照)。 従来、目的に「債権回収」を掲げる会社の設立は、弁護士法違反とされていたが、債権管理回収業に関する特別措置法の施行後は、商号中に「債権回収」を掲げ、これを目的とする会社の設立登記は受理されることとなった。(松井信憲・商業登記ハンドブック13p参照)。 注 「銀行法第6条第1項 銀行は、その商号中に銀行という文字を使用しなければならない。同条第2項 銀行でない者は、その名称又は商号中に銀行であることを示す文字を使用してはならない。」と規定し、信託業法第14条、保険業法第7条、債権管理回収業に関する特別措置法第13条に同様の規定が設けられている。 ② 「名称を使用してはならない」のみが規定されている例 各種法律で、「名称の使用制限」が規定されている場合があり(詳解商業登記下巻487p参照)、そのような例に該当するときは、商号として使用できるかどうかを、単に商号のみでなく会社の目的にも留意して、判断する必要がある。 例えば、金融商品取引業者の例のように「金融商品取引業者でない者は、金融商品取引業者という商号若しくは名称又はこれに紛らわしい商号若しくは名称を用いてはならない。」(金融商品取引法31の3)と規定されている場合は、単に商号のみでなく会社の目的にも留意する必要があり、金融取引業を目的としていないときは、金融商品取引業者のような名称を使用した商号を選定することはできない。逆に、会社の目的に金融取引業を営むことが記載されている場合であっても、金融商品取引業者という商号の使用が強制されていないので、商号は、自由に選定できるということになる(登記インターネット117号7p以下参照)。 3 「株式会社」という文字の使用 株式会社にあっては、商号中に会社の種類を表すものとして「株式会社」という文字を用いなければならない(会6Ⅱ)。商号中に「株式会社」という文字が記載される必要があるので、「KABUSHIKIGAISHA」、「カブシキガイシャ」、「かぶしきがいしゃ」、「株日式本会社」というような表示はできない。使用する箇所については、制限がない。 4 誤認のおそれある文字使用の禁止 商号中に、他の種類と誤認されるおそれのある文字を用いてはならない(会6Ⅲ)。「株式会社合名商会」というような使用は、認められない。 5 同一商号の禁止(類似商号禁止を変更) 商号の登記は、その商号が他人の既に登記した商号と同一であり、かつ、その営業所(会社にあっては本店)の所在場所が当該他人の商号の登記に係る営業所の所在場所と同一であるときは、することができない(商登27)。本店を同一場所に設置し、同一の商号とする株式会社の設立は認められないということであるから、本店が同一場所でなければ、同一商号であっても差し支えない。同一商号とは、商号の全てが同じであること、すなわち「株式会社○」と「合同会社○」は、同一ではなく異なった商号として扱うと理解されている(詳解商業登記上巻473P) ところで、旧商業登記法27条では、商号について「登記したものと判然と区別することができないときは、することができない。」と定め、目的を同じくする会社にあっては、類似商号は使用できないとされていたが、この規定が削除され、平成18年から施行された現行商業登記法第27条で「同一の所在場所における同一の商号の登記の禁止」とされたので、同一場所でなければ、同じ商号を使用することができるようになり、この規定に反しなければ商号は自由に定めることができるようになった。但し、それ以外の事項については、従前のとおりである。 6 先例 ① 銀行・バンクの例 ア 認める例 データバンク、血液銀行(商事法務1017号44p)、バンク(目的・コンピュータ)、スペースバンク(目的・ネット関連)、GINKO(目的・喫茶店)は可 イ 認めない例 有限会社バンク(昭和54.11.12民四第5,754号民事局第四課長回答)、「株式会社TOKYO BANK」、「株式会社TOKYO GINKO」(平成14.7.31民商1839号民事局長通達)は不可 ② 保険 ア 認める例 有限会社四日市損保事務所(昭和43.8.21民四第635号民事局第四課長回答)、株式会社八戸保険事務所(昭和43.9.16民四第704号民事局第四課長回答)は可。その他実例として、保険サービス、ほけんセンターは可。 イ 認めない例 株式会社野村保険は不可(昭和53.2.21民四第1,200号民事局第四課長回答)。事務所という文字が付されることによって、一般人が保険会社と誤認するおそれはないが、単に保険という文字を用いた場合は保険会社と誤認されるというのがその理由とされている(会社の商号と事業目的(新訂版) 商事法務9p)。 ③ 紛らわしい文字 ア 「株式会社NPO法人」は、特定非営利法人に紛らわしい文字に該当し認められないが、「株式会社NPO」は認められる(平成14.7.31民商1839号民事局長通達)。 イ A投資法人株式会社、B事業公団株式会社、営団事業株式会社、科学事業団株式会社は、認められない。 ④ 一部門・代理店・特約店 ア 商号中に支店、支社、支部、出張所という文字を用いることはできない(大正10.10.21民事2223号民事局長回答)。 イ 会社の支店又は一部門であることを示す文字(例えば、「不動産部」)は、使用できない。「株式会社ABC TOKYO BRANCH」は、認められない(平成14.7.31民商1839号民事局長通達)。 ウ 商号中に支部という文字を用いることはできる(平成21.7.16民商第1679号民事局商事課長通知)。支部という組織の実態は、様々であり、独立して法人格を有するものも存在するので、一律に独立した法人格を有しないものとして却下することは相当でなく、大正10.10.21民事2223号民事局長回答(ア参照)は、抵触する部分につき変更されたものである(民事月報21.8 93p)。 エ 商号中に代理店、特約店という文字を用いることはできる(昭和29.12.21民事甲第2613民事局長回答)。 ⑤ その他 株式会社動物病院(目的 動物病院の経営)、株式会社病院再生(目的 コンサルティング)は、認められる。

2 目的 会27① 

当会社は、次の事業を営むことを目的とする。 1 ○○業(1.○○業 1.○○業でも可) 2 ○○業 3 ○○業 4 前各号に付帯又は関連する一切の事業(この号は、無くても差し支えないが、記載しておいた方が無難) 注1 適法性、営利性、明確性という要件を満たしていなければならない。 注2 目的に用いる用語は、国語辞典等一般向けの辞書に掲載されていることを要する。 注3 日本語である漢字、カタカナ、ひらがなで記載するのが原則であるが、社会的に広く認知されている英単語は使用することができる。 注4 ( )書きは、業種を例示する場合、あるいは限定する場合に用いることができるが、その際は、「等」あるいは「に限定」のように記載する。 注5 「○○業等」は、業種の範囲が不明確となり、認められない。 注6 目的は、業種を記載するものであり、「○○業一切」は、好ましくない。 (間違った事例) 当会社は、次の事業を営むことを目的とする。 1 ○○業 2 前各号に付帯又は関連する一切の事業(前号に訂正)

1 株式会社の目的は、定款の絶対的記載事項である(会27①)。 2 目的の記載方法の原則 目的の記載方法については、会社法には特に規定されてはいないが、目的に必要な要件として、従来は、適法性、営利性、明確性、具体性が必要とされると解されてきた。改正会社法、改正商業登記法施行時に、平成18年3月31日付け民商第782号民事局長通達・第7部第2「会社の目的の具体性」の項において、「会社の設立の登記等において、会社の目的の具体性については、審査を要しないものとする。」とされたので、株式会社の原始定款の認証においても、目的の具体性は、不要とされることとなったものである。それ以外の要件については、従前と同様、以下のとおりである。 注 会社の目的の具体性とは、会社の目的が「商業」のように漠然とした抽象的な記載では足りなく、会社の事業の範囲を客観的に正確に確定できる程度に具体的に記載しなければならない(中西・新版注釈会社法(2)75p、全訂詳解商業登記上巻463p参照)ということである。 ⑴ 営利性 会社の目的は、営利性のあるものでなければならない。営利活動によって得た利益を構成員に分配することを要するので、目的に掲げる事業は、利益を得る可能性のある事業でなければならないということであるが、以下のような先例がある。 ① 利益を得る可能性のない事業 利益を全て公益のために使用するもの、すなわち利益を得る可能性のない事業であっては、会社として成立しない(会105Ⅱ)。目的に必ずしも営利性は要しないとの意見もあるが、先例で「政治献金」のように、利益を得る可能性の無い事業は、会社の目的としては適格性を欠くとしており(昭和40.7.22民四発242号民事局第四課長回答)、この考え方は、現在の登記実務において維持されている(全訂詳解商業登記上巻461、松井信憲・商業登記ハンドブック16p参照)。因みに、「寄附」のみを会社の目的とするというのは、会社の目的としては相当でないが、営利を目的とする事項が掲げてあって最後に「寄附」が掲げてあるような場合は差し支えないという考え方もある(登記インターネット№86P26)。目的は、個別に判断することを要するので、この考え方は、相当でない。 ② 公益性が認められる事業 但し、会社の事業は、利益を上げることができる事業であれば足り、公益性が認められる事業であって法律で禁止されていない限り認められる。例えば、医院の経営、身体障害者の職業指導等は目的として差し支えないとされている(昭和30.5.10民事四発100号民事局第四課長回答、昭和42.2.28民事四発121民事局第四課長回答)。最近の実例としても、福祉事業やその他の公益事業、資産保有等を株式会社の目的とすること可能とされているし(論点解説・新会社法・商事法務P11)、「福祉事業への出資」、「永年勤続者への扶助」、「任意後見、成年後見、保佐及び補助の事務」を株式会社の目的とすることは可能であるとするのが実務の扱いである。 また、学校教育法に定める学校は、国、地方公共団体又は学校法人のみが設置できる(学校教育法2Ⅰ)とされているので、株式会社は学校教育法に定める学校の経営を目的とすることはできないが(幼稚園は認められないとする昭和39.9.25民事四発319号民事局第四課長回答)、それ以外の各種学校の経営を目的とすることはできる(自動車学校は認められるとする昭和35.11.22民事甲第2937号民事局長回答)ほか、構造改革特別区域法により認可を受けた株式会社は、認可書を添付して学校経営を目的とすることはできるとされている(平成16.6.18民商第1765号民事局商事課長通知)。 ③ 会社の理念を記載した目的 会社の理念を記載したものも受理されるとの意見(登記インターネット8631p)もあるが、登記実務について、これが認められているということではなく、登記実例もない。会社は、営利を目的としているので、特に理念を掲げる必要はなく、登記実務としては、「理念を掲げた定款は好ましくないが、営利性を含んだ内容を理念として記載してあったからといって、却下することはなく、ただ、その理念を登記することはなく、登記するのは、個別に記載された事項である。」との扱いである。 ⑵ 適法性 会社の目的は適法なものでなければならない。すなわち、強行法規に反するもの、又は公序良俗に反するものは会社の目的とすることはできない。これについては、以下のような先例がある。 ① 資格の必要な業務 一定の業務を行う者に資格が付与されている場合は、資格を付与された者が業務を行うことができ、会社としてこれらの者の行う業務を目的とすることはできない。この場合、資格を付与された者のみが業務を行うことができるとされている業務と資格を付与された者を雇うなどしてこれらの行為を行わせることまで禁止しているものではないとされる業務の2タイプがある。前者の例は、弁護士(昭和12.4.30法曹会決議),経理士、司法書士(昭和27.7.21民事甲第1047号民事局長回答)、行政書士(昭和39.1.24民事甲第167号民事局長回答)、弁理士(昭和29.3.6民事甲第481号民事局長通達)、税理士(昭和28.3.24民事甲第469号民事局長回答)等である。後者の例は、理髪師、美容師(昭和30.2.18民事甲第354号民事局長回答)、測量士(昭和35.10.4民事四発185号民事局第四課長心得回答)、不動産鑑定士(昭和39.12.28民事四発426号民事局第四課長回答)等である。この違いは、後者の場合は、事実行為を行うについて一定の資格が必要とされているので、それらの資格については、その者だけが業務を行うことができるということではなく、会社がそれらの資格を有する者を雇い業務を行うことは差し支えないとされている。「薬の調剤」については、会社の目的としても差し支えないとするのが実務である。また、「財務書類の調整」のような業務は、公認会計士が行う業務ではあるが、公認会計士にのみ許された業務ではないので、このような業務を会社の目的とすることは許されるとされている(昭和36.4.21民事甲第939号民事局長回答、代金回収につき昭和40.12.6民事甲第3421号民事局長回答参照)。 ② 農業 農業については、農地の移転、利用権の設定、賃貸借、使用貸借に農業委員会の許可が必要とする農地法第3条に抵触するのではとの疑問に、先例は、「農作業の代行、請負、委託」あるいは「水稲の生産販売」等について、いずれも会社の目的とすることは差し支えないとしてきたが(昭和39,4,13民事甲第1580号民事局長回答、昭和36.8.30民事甲第2091号民事局長回答)、現在は農地法第3条が改正され、一定の要件を満たした会社は農業生産法人として農地について使用収益をする権利を認められ(農地法3Ⅱ②)、また、農業生産法人以外の会社にあっても一定の要件を満たせば、同様に権利が認められることとなっているので(農地法3Ⅲ③)、株式会社(公開会社でない会社に限る。)が農業を目的とすることは可能である。 ③ 派遣事業 派遣事業として行ってはいけない業務として、労働者派遣事業法第4条で、「1港湾運送業務、2建設業務、3警備業務、派遣労働者に従事させることが適当でないと認められる業務として政令で定める業務」と規定し、その他適当でない業務として政令第2条で、「医業、歯科医業、調剤業務、保健師助産師看護師の業務、管理栄養士の業務、歯科衛生士の業務、診療放射線技師の業務、歯科技工士の業務」と規定しているので、これらの業務を派遣事業の目的とすることはできない。このような業務については、派遣事業でなく、あっせん業であれば規制されていない。 ⑶ 明確性 明確性については、これまで次のように説明されてきており、この要件は、会社法施行後も維持されている(全訂詳解商業登記上巻472p、松井信憲・商業登記ハンドブック10p参照) 明確性とは、「会社の目的として表現されるものは、社会一般あるいは取引に関与する大多数の者が同一の概念として捉えられる程度に客観性を有したものでなければならない、つまり目的に用いられている語句の意義が一般人に明らかでなければならないということである。言い換えれば、円を描くとその中身が具体性(この度不要となった。)、線にあたる部分が明確性であり、他の概念と区別することができる用語ということになるので、国語辞典等一般人が用いることのできる辞書にその用語が掲載されている必要があるということになる。専門用語が使用されているような場合、専門家であれば特定の製品等を指していることは理解できるが、一般の取引する相手方、利害関係人あるいは登記を利用する者からは、何を表わしているのか分からないので、そのような用語は明確性を欠くということになる。」と説明されている(「会社の商号と目的」商事法務83p参照)。 ① 明確性有無の判断基準 当該用語が果たして明確性を有するかを判断するに困難な場合が少なくない。用語の定義は、新聞、テレビ、インターネット、会社の広告、パンフレット、業界用語解説の辞典類にも掲載されているが、登記されている会社の目的は、一般社会の取引の安全に資するためにあるものであるから、業界用語解説の辞典類のみにその用語の意味が解説されているだけでは足りず、広く社会一般人に利用されている辞典に、その用語として定義が明確に記載されている必要があるということになる。 登記実務では、目的の記載中に特殊な専門用語、外来語、新しい業種を示す語句等が使用されているとき、国語辞典類、現代用語の基礎知識等一般向けの辞書に当該語句の説明書きが掲載されているかどうかで判断されることとなる(登記研究733 157p)。従来から、用語の使用について、この用語は社会的に熟しているとかいないとかの議論をしていたが、社会的に熟しているか否かは極めてあいまいで、結局登記官の判断次第で当該用語が目的として使用できるか否かが決められ、登記実務が混乱していたことがあり、その反省として、会社の目的を表す適当な基準として、一般向けの国語辞典等に掲載されているか否かで、統一的な処理ができるようにしたものである。 ② 目的に関する実例 目的は具体性が要件とされなくなったことから、「商業」、「営業」のように抽象的な目的であっても登記は受理され、会社成立後に不利益な点(許認可の不許可、銀行取引の困難等)が生じたとしても、それは、当該会社の自己責任ということであるということになった(全訂詳解商業登記上巻463p)。登記はできても、目的の記載内容によっては、官公庁の許認可に支障が生ずるおそれがあるので、疑問があるときは、嘱託人に予め官公庁へ照会した上で、目的の用語を決めることが望ましい。(会報27.6 29p) 3 目的に関する先例・実例 ⑴ 英単語 日本語である漢字、カタカナ、ひらがなで記載するのが原則であるが、「OA機器」、「H型鋼材」、「LPガス」、「LAN工事」、「NPO活動」のように社会的に広く認知されている英単語は使用することができる(平成14.10.7民商2364回答)。但し、広く認知されている英単語かどうかは判然とせず、判断に迷うことがあるが、一般的でないと思われる英単語については、インターネット辞書等に記載されている説明文を括弧書きにして付加する扱いがされている。 ⑵ 括弧書き 括弧書きについては、例えば、「家庭電気用品の製造(液晶パネルの組立ての下請け)」のように、株式会社の目的中の括弧書きの部分が当該株式会社の行う事業を例示するものなのか限定するものなのかが判然とせず、括弧書きの部分とそれ以外の部分との関係が明らかでない場合は、目的としての適格性を欠くとされる(登記研究733 158p、登記インターネット117号14p)。そのような場合は、嘱託人に例示か、限定かを確認した上で、記載させる必要がある。また、国語辞典等に掲載されていない用語を使用する必要がある場合、その用語の説明を括弧書きさせる扱いも実例として認められている。 ⑶ 既存会社の「目的の範囲内」 既存の株式会社が発起人の場合、新設会社の目的は、既存会社の「目的の範囲内」であることという要件は、未だ維持されているので、留意する必要がある。そのような場合、新設会社の目的は、既存の株式会社の目的の一部が重複していることで差し支えないとされている。会社の目的として、「商取引」等が認められるようになったことから、既存の株式会社の目的の範囲内であるかどうかは重要ではなく、不要であり、目的の範囲内か否かを判断するための登記事項証明書を提出させる必要はなくなったのでは、との意見もあるが、従来どおり会社の目的の範囲内でなければならないとの考えは維持されている(全訂詳解商業登記447p)。登記申請の際は、発起人たる会社の目的の範囲外の行為と認められない限り受理して差し支えないとの先例(昭和56.4.15民四第3087号民事局長回答)は、従前どおり維持されているということである。 ⑷ その他の留意すべき事項 ① 介護事業 登記実務では単に「介護事業」と記載しても登記できるが、県・市では、介護事業を目的とする株式会社にあっては、具体的に目的として記載すべき用語(法律で定めた用語)を使用すべきと定め、その用語のとおり登記していなければ事業認可しないとの扱いをしているので、せっかく会社を設立しても、目的変更の登記をしなければ、事業ができないということになる。かつて、介護事業に関して、事業できない目的を何故認証した、何故登記したのかと問題になったケースもあり、法の建前は前述のとおりとしても、用語の使用について留意する必要がある。介護事業については、県・市のホームページに、定款に記載すべき用語が掲載されている。 ② 「○○業以外」、「○○業等」のような記載は、目的の範囲を不明にするので認められない。 ③ 「インターネットによる販売」というような目的を限定する項目を付す必要はない。従来は、類似商号が禁止されていた関係で、目的を限定することによって別会社であるとし、類似商号の制約を回避してきた経緯があるが、原則として同一商号以外は使用しても差し支えなくなったので、このような記載方法は不要となった。 ④ 誤った例としては、番号の一部が欠落しているもの、目的が一つなのに「前各号に付帯・・」と記載しているもの等がある。 ⑤ 留意する用語としては、「洋品と用品」、「施行と施工」、「官工事と管工事」、「製作と制作」がある。

3 本店の所在地 会4、27③

当会社は、本店を○○県○○市(又は○○県○○市○○町○番○号)に置く。 当会社は、支店を○○県○○市(又は○○県○○市○○町○番○号)に置く。(支店が存在する場合) 注1 最小行政区画まで記載することで差し支えない。 (間違った事例) 当会社は、本店を○○県○○郡(又は○○県○○町)に置く。

1 株式会社の本店の所在地は、定款の絶対的記載事項である(会27③)。 2 会社の住所は、本店の所在地にあるとされ(会4)、本店の所在地は、独立の最小行政区画まで記載することで差し支えないとするのが、実務の扱いである(大正3.12.17民事1194回答)。独立の最小行政区画とは、市町村及び東京都の特別区をいうとされており。政令指定都市の場合、市を記載すれば足り、区まで記載する必要はないとされている(詳解商業登記476p)。 注 旧商法第19条には、「他人ガ登記シタル商号ハ同市町村内ニ於テ同一ノ営業ノ為ニ之ヲ登記スルコトヲ得ズ」と規定され、現在廃止されている商法中改正施行法5条には、最小行政区画について、「新法第19条、第20条第2項及第25条第1項ニ掲グル市ハ東京都ノ特別区ノ存スル区域及地方自治法(昭和22年法律第67号)第252条ノ19第1項ノ政令指定都市ニ在リテハ其ノ各区トス」とされていたが、今日まで前記のような扱いがされている。 3 最小行政区画まで記載することで足りるが、所在場所まで記載しても差し支えない。所在場所まで記載しておけば、登記するとき、ここでの記載がそのまま登記されるので、「○○県○○市○○町○―○―○」のように簡略した記載とせず、「○○県○○市○○町○番○号」のように正確に記載する必要がある。但し、同一市町村内で、本店移転する場合、定款の記載を最小行政区画に止めているときは、定款変更をする必要はないが、定款に所在場所まで記載していると、定款変更する必要がある。 4 その他の留意事項 ⑴ 都道府県と同一名称の市及び政令指定都市を除いては、都道府県名を記載するのが相当とされている。 ⑵ 本社ではなく本店と記載する。 ⑶ 「本店は、取締役の定める地とする。」、あるいは「本店は、A市又はB市とする。」というような記載は不適当である。 ⑷ 本店の後に「適宜必要な地に営業所又は出張所を置くことができる」と記載しても差し支えない(詳解商業登記476p参照)。

4 機関の構成 会326,327,328 

当会社は、株主総会、取締役のほか、次の機関を置く。 1取締役会 2監査役 (設置しない場合は、次のような記載は不要であるが、記載する例もある。) 当会社は、株主総会及び取締役のほか、機関を置かない。 当会社は、取締役会、監査役その他会社法第326条第2項に定める機関を設置しない。

1 非公開会社・非大会社の機関設計のパターンは、次のとおりである。 株主総会+取締役+(会計参与) 株主総会+取締役+監査役+(会計参与) 株主総会+取締役+監査役+会計監査人+(会計参与) 株主総会+取締役会+会計参与 株主総会+取締役会+監査役+(会計参与) 株主総会+取締役会+監査役会+(会計参与) 株主総会+取締役会+監査役+会計監査人+(会計参与) 株主総会+取締役会+監査役会+会計監査人+(会計参与) 株主総会+取締役会+委員会+会計監査人+(会計参与) 2 任意的な設置機関について「会計参与を置くことができる。」のというような定めはできない。

5 公告の方法 会440、939 会施行規則220Ⅰ② 

(次のいずれかを記載する。) 当会社の公告方法は、官報に掲載する方法により行う。 当会社の公告方法は、○○県内において発行する○新聞に掲載する方法により行う。 当会社の公告方法は、電子公告により行う。ただし、電子公告によることができない事故その他やむを得ない事由が生じたときは、○○新聞(又は官報)に掲載して行う。電子公告を行うホームページのアドレスは、次のとおりとする。 http://abcde (次のような事項を付記する例も差し支えない。) 但し、貸借対照表に係る情報の提供は、インターネットを使用する方法により行う。貸借対照表の情報の提供を行うホームページのアドレスは、次のとおりとする。 http://abcde (間違った事例) 広告の方法

1 旧商法(66Ⅰ⑨)では、公告方法は、絶対的記載事項とされていたが、会社法では、定款の任意的記載事項とされた。 2 公告方法を「日刊新聞」又は「電子公告」のように、選択的に記載することはできない。「○○新聞及び○○新聞」のように、複数の公告方法を記載することは差し支えないが、そのときは、全て公告する必要がある。但し、新聞を公告方法とするときは、地域を限定していないと全ての新聞に掲載する必要があるので、特定の新聞の地方版にのみ公告するのであれば、その旨を記載すべきである。 3 電子公告について、「ただし」以下は、無くても差し支えないが、電子公告によると定めながら、電子公告不能な場合の定めを欠いている場合には、定款変更し、新たに公告方法を定めない限り、公告ができなくなってしまう。そのためには、定款変更のための臨時株主総会を開催しなければならない。会社法第939条第4項の適用事例ではなく、官報公告によることはできない。このことから、「ただし」以下は、記載しておくべきである。 4 登記の場合、ウェブページのアドレスが必要となるので、予め定款に記載しておくことはできる(会911Ⅱ二九イ、会施規220Ⅰ②)。 5 広告と誤って記載する例が多いので、注意すること 6 官報公告と定めながら、「事故の場合は電子公告による」との定めはできない。官報については、事故を想定しておらず、官報についても、新聞についても、もし必要なら会社法第939条第3項のような規定を設けるはずであるが、そのような定めはない。

6 発行可能株式総数   会37,911

当会社の発行可能株式総数は、○○○○株とする。 当会社の発行可能株式総数は○万株、普通株式の発行可能株式総数は○万株、優先株式の発行可能株式総数は○万株とする。 当会社の発行可能株式総数は○万株、普通株式の発行可能株式総数は○万株、甲種類株式の発行可能株式総数は○万株とする。

1 会社が発行することができる株式の総数については、制限がない。 2 会社が発行することができる株式の総数は、必ずしも原始定款に定める必要はないが、会社成立のときまで定めなければならないとされているので、定款に記載しておくことが相当である。発行可能株式総数は、設立登記時の絶対的記載事項である(会911Ⅲ⑥)。 3 設立時発行株式の総数は発行可能株式総数の4分の1を下回ることができないが、公開会社でない場合はこの限りではないとされているので、設立時発行株式の総数との関係については、留意する必要はない。但し、将来、発行株式数を増加する必要が生じることも予想されるので、そのとき、定款変更の煩わしさを避けるため、設立時発行株式の総数の5倍、あるいは10倍程度にしておくことが相当である。

7 株券の不発行・発行 会214,215,216 

(不発行の場合、特に定める必要はないが、念のため記載すると、下記のとおり) 当会社の株式については、株券を発行しない。 (株券の発行の場合) 1 当会社の株式については、株券を発行する。 2 当会社の発行する株券は、1株券、10株券、50株券、100株券の4種類とする。 3 株券の分割、併合、汚損等の事由により株券の再発行を請求するには、当会社所定の書式による請求書に署名又は記名押印し、これに株券を添えて提出しなければならない。 4 株券の喪失によりその再発行を請求するには、当会社所定の書式による株券喪失登録申請書に署名又は記名押印し、これに必要書類を添えて提出しなければならない。

1 定款で株券を発行する旨定めた場合に限って株券の発行が可能となるので(会214)、株券を発行しない場合は、定款にその旨記載する必要はない。 2 株券の発行を定める例は、少ない。

8 株式の譲渡制限   会2⑤、107、108、136,137、139、140、145、174

当会社の株式を譲渡により取得するには、株主総会(又は取締役会、取締役、当会社、取締役の過半数)の承認を受けなければならない。ただし、株主間の譲渡(及び当会社の取締役又は従業員を譲受人とする譲渡)については、承認があったものとみなす。 (相続人等に対する売渡請求) 前項の承認を行わない場合、株主総会の決議(又は取締役会の決議)により代表取締役は指定買取人を指定することができる。 相続その他一般承継により当会社の株式を取得した者に対し、当該株式を当会社に売り渡すことを請求することができる。 (誤っている例) 取締役のみの会社であるにもかかわらず「取締役会の承認」と記載

1 譲渡制限規定を置かないと公開会社になるので、注意すること 2 譲渡等の承認の決定等(会139) 定款の定めにより、株式の種類ごとに譲渡制限が設けられるようになった(会108Ⅰ④)。1株でも自由に譲渡できる会社(会2⑤)は、公開会社であるが、公開会社であっても、株式の種類ごとに譲渡制限が設けられることになった。閉鎖会社は全ての株式について譲渡制限が設けられている会社である。 3 株式会社が株主からの承認の請求(会136)又は株式取得者からの承認の請求(会137Ⅰ)の承認をするか否かの決定をするには株主総会(取締役会設置会社にあっては、取締役会)の決議が必要である。ただし、定款に別段の定め(取締役会設置会社において株主総会の決議によるとする等。)ある場合は、この限りでない。その際、全くの第三者とすることはできない。承認したものとみなすときはその旨定款で定めなければならない(会107Ⅱ①)。 4 「当会社の承認を要する。」と記載することで差し支えない。(会報19.2 35p)「当会社」を承認機関と定めた場合には、取締役会設置会社にあっては「取締役会」が、非設置会社にあっては「株主総会」が承認機関となる(研修 番号19)。 5 株式会社が承認をしない旨の決定をしたときは、譲渡制限株式を買い取らなければならない(会140)。ただし、株主総会(取締役会設置会社にあっては、取締役会)の決議により、対象株式の全部又は一部を買い取る者(指定買取人)を指定することができる。この場合、定款に別段の定めをすることができ、定款であらかじめ指定買取人を定めることもできる。売買価格について協議不調のときは裁判所へ申立でき、株主総会の決議とすることはできない(会144)。(研修 番号21)。 6 譲渡制限の効力が及ぶのは、特定承継の場合であり、相続等一般承継の場合は、当然のことながら株式が移転する。そこで、好ましくない者を排除するため相続その他の一般承継により株式を取得した者に対し株式を会社に売り渡すよう請求できる旨を定款で定めることができる(会174)。 7 「取締役複数名置く場合には代表取締役1名」と規定している会社で、「代表取締役の承認」を要する旨の規定を置くことは差し支えない(研修 番号6)。「代表取締役」が複数会社で「取締役の承認」でも差し支えない(研修 番号22)。「取締役の過半数の承認」、「取締役の全員の承認」と記載することもできる(会348Ⅱ)。「取締役社長の承認」、「社長の承認」の記載でも差し支えない(平成23.9 民事局商事課補佐官回答)。但し、「社長の承認」とすると登記官によっては、指摘される(研修 番号35)。 8 株主総会又は代表取締役と選択的な記載も差し支えない。(Q&A108p) 9 譲渡制限株式については、株式の内容として「譲渡による当該株式の取得について当該株式会社の承認を要すること」と定めることができるとされているので(会107Ⅰ①、会108Ⅰ④)、正確には、「譲渡による取得」と記載すべきであるが、次のような扱いとしている。 ① 単に「譲渡」とのみ記載している例については、他に訂正すべき箇所があれば訂正させる、あるいは事前照会の場合は訂正させる扱いをしているが、いきなり持参して認証を求められ、他に訂正事項がない場合は訂正させないでそのまま認証する扱いである。「譲渡による当該株式の取得について」と規定されているので、「譲渡」のみの記載であっても誤りということもできないからである。 ②「譲渡又は取得するには」と記載している例については、「譲渡による当該株式の取得」について承認を要するとしているところ、それ以外の「取得」も制限することになり、記載方法としては、正確では無く修正させるのが相当である。しかし、「取得」者が譲渡による取得も意味すると解する余地もあり、認証することはできる。(研修 番号39) 10 「株主総会の承認がなければ、譲渡による取得をすることができない。」との記載でも差し支えない。 11 「当会社の株式に担保権を有する者が担保権を実行し(法定の手続きによるもののほか、法定の手続きによらない任意売却または代物弁済による実行を含む。)した結果として当会社の株式の譲渡が行われる場合は、前項の承認があったものとみなす。」と記載することでも差し支えない。 12 種類株式を発行している会社にあって、その種類株式のみについて譲渡制限を設ける場合は、その旨記載すべきであるが、全ての株式について譲渡制限を設けるのであれば、その種類株式のみを取り上げて譲渡制限を設ける旨の規定をおく必要はない。 13 取締役のみの会社であるにもかかわらず「取締役会の承認」と誤って記載している例が多いので注意を要する。 14 譲渡制限等について「取締役会で定める株式取扱規則による」と定めることはできない。(日公連速報2007.3.28) 15 「株主以外の者が譲渡によって取得するには株主総会の承認を有する。」と定めることは適法でない。株式の譲渡制限の問題は、株式の内容としてどのような定めをするかということであり、譲渡制限を付すか否かが株式の内容になっていなければならない。株主が取得するか株主以外の者が取得するかは、株式の内容の問題ではない。 16 指定買取人の記載について考慮すべき事項(会報21.6 24p)

9 募集株式の発行又は株主割当て  会199、200、201、202 

例1 募集株式の発行に必要な事項の決定は、会社法第309条第2項に定める株主総会の決議によってする。 2 前項の決定に係らず、会社法第309条第2項に定める株主総会の決議によって、募集株式の数の上限及び払込金額の下限を定めて募集事項の決定を取締役に委任することができる。 3 株主に株式の割当を受ける権利を与える場合には、募集事項及び会社法第202条第1項各号に掲げる事項は、取締役の(過半数の)決定により定める。 例2 当会社の株式(自己株式の処分による株式を含む。)及び新株予約権を引き受ける者の募集において、株主に株式及び新株予約権の割当てを受ける権利を与える場合には、その募集事項、株主に当該株式及び新株予約権の割当てを受ける権利を与える旨及び引受の申込みの期日(又は会社法第202条第1項各号に掲げる事項)の決定は取締役の(過半数の)決定によって定める。

1 会社法では、会社成立後の新株発行と自己株式の処分を同一の手続きとし、この手続きで割り当てる株式を「募集株式」として統一して規定している(会199以下)。 2 非公開会社 ⑴ 第三者割当の場合の募集事項の決定は、株主総会の特別決議によることとされているが(会199Ⅱ、309Ⅱ)、募集株式の数の上限及び払込金額の下限を定めて募集事項の決定を取締役(取締役会設置会社にあっては、取締役会)に委任することができるとされている(会200Ⅰ)。 ⑵ 株主割当の場合の募集事項の決定について、定款で、募集事項及び会社法第202条第1項各号に掲げる事項を、取締役の決定(取締役会設置会社にあっては、取締役会)で定めることができるとされている(会202Ⅲ)。 3 募集株式の発行に際して、株主に優先的に割当てる旨を定款で定めることの可否については、両説あり。 4 「株主総会の特別決議により募集株式の割当に関し、これ(株式数に応じて割当を受ける権利を有する旨の定め)と異なる定めを妨げるものではない。」との定めは、無効との見解があるが、反対説もある。(会報23.1 20p) 

10 優先株式及び種類株式 会108、109 

例 優先株式については、毎事業年度の末日において配当すべき剰余金の中より、1株につき金○円を普通株式に優先して配当する。 2 優先配当金の支払が、前項の優先配当額に達しないときは、同項の規定にかかわらず、その不足額を優先株式に対して配当しない。 3 優先株式に対して配当した後、なお配当すべき剰余金があるときは、普通株式及び優先株式の双方に対して平等の割合をもって配当する。 (拒否権付株式) 株主総会において決議すべき事項のうち、次に掲げる事項については、株主総会の決議のほか、甲種類株式を有する株主の種類株主総会の決議を要する。 ①合併、②吸収分割、③新設合併、④株式交換、⑤株式移転 注 甲種類株式はいわゆる「黄金株式」である。

1 会社法は、非公開会社については、剰余金の配当を受ける権利、残余財産の分配を受ける権利、株主総会の議決権に関する事項につき、同一種類の株式を有する株主について株主ごとに異なる取扱いを行う旨を定款で定めることができる(会108、109)。 2 非公開会社においては、株主に議決権の全部を与えない旨の定めを設けることができる(会109Ⅱ)。(Q&A137p) 3 株主の利益配当を同額にする場合は、各株主の有する株式の内容が異なる株式を発行する扱いである。例えば、利益が20円の場合は、Aは1株に10円配当の株を1株持ち、Bは1株に5円配当の株を2株持つと同じ配当になる。株式の内容が異なるので、種類株式ということなる。(21.11.20東京・首席登記官回答) 4(黄金株)拒否権付き株式を所有する株主が株主総会を欠席した場合という条件を満たしたとき、発行済み普通株式と同数を得るとの定款の定めについて(会報19.2 37p) 5 種類株式について(会報20.2 62p) 6 種類株式の内容を定款で定める場合について(日公連速報2009.3.23)

11 単元株式 会2⑳、188 

当会社の単元株式は、○株とする。

1 1単元の株式数は法務省令で定める数を超えることができない。会社法施行規則34条は、「1000及び発行済み株式総数の200分の1を超えることができない。」と定める。 2 100株~1000株が多い。1株でも可か否かについては、実務では可として扱われている。複数株をまとめるところに単元株の意味があるので、1株では意味がないが、単元株を採用している会社が単元株制度は残しつつ1株に変更する場合(単元株制度を取りやめにするより単元株は残しておきたいとの意向)、あるいは親会社が単元株を採用している場合の子会社が同様に単元株を導入する場合、1株にする例がある。会社法188条では、一定数の株式と記載されており、複数の株式とは記載されていないので、1株でも無効ということでもなく、認証できないとまではいえない。 3 単元株式数100株、発行株式数2000株の定款は認証できない。発行済み株式総数の200分の1を超えることができないと規定されているので、2000÷200=10株であり、単元株式数は10株となる。 4 単元株式について(日公連速報2009.3.23)

12 株主名簿記載事項の記載の請求 会133、会施規22 

例1 当会社の株式取得者が株主名簿記載事項を株主名簿に記載することを請求するには、当会社所定の書式による請求書に、その取得した株式の株主として株主名簿に記載された者又はその相続人その他の一般承継人及び株式取得者が署名又は記名押印し、共同して請求しなければならない。ただし、法令に別段(会社法施行規則第22条第1項各号)の定めがある場合には、株式取得者が単独で請求することができる。 例2 当会社の株式取得者は、法令に別段の定めがある場合を除き、当会社に対し、当該株式に係る株主名簿記載事項を株主名簿に記載し、又は記録することができる。 2 前項による請求は、法務省令で定める場合を除き、その取得した株式の株主として株主名簿に記載され、若しくは記録された者又はその相続人その他の一般承継人と共同してしなければならない。

1 参考事例(正確ではないが間違いとまではいえない例) ⑴ 例1 「株式の取得により、株主名簿記載事項の記載を請求するには、当会社所定の書式による請求書に、譲渡人及び譲受人が署名又は記名押印し、これを会社に提出しなければならない。 2 譲渡以外の事由による取得の場合には、その事由を証する書面を添付しなければならない。」 この例は、「譲渡による取得を原則、それ以外を例外とする」旨の理解のもとに条文を記載しているが、会社法は、「譲渡であっても共同で請求、確定判決等あれば単独で請求」との趣旨である。例のような記載では、譲渡の場合は、いかなる場合でも連名でなければならず、単独ではできないことになってしまい相当ではない。しかし、会社法は、そのような規定の仕方を排除する趣旨ではないと理解し、認証は可能である(研修 番号36)。 ⑵ 例2 「株式取得者が、株券を提示した場合その他法務省令で定める場合は、請求することができる。」(会社法施行規則第22条第2項1号の規定(株券発行会社である場合、株式取得者が株券を提示して請求をした場合)のとおり記載している例) この例は、共同申請できることを補充させるべきであるが、共同申請を排除したものとまで解する必要はなく、認証は可能である(研修 番号37)。 2 単独で請求できる場合の扱いについて(日公連速報2009.3.23)

13 質権の登録及び信託財産の表示 会147、148

当会社の株式につき、質権の登録及び信託財産の表示を請求するには、当会社所定の書式による請求書に当事者(又は設定者)が署名又は記名押印し、提出しなければならない。その登録又は表示の抹消についても同様とする。

誤った例としては、株券不発行会社であるにも関わらず、「当会社所定の請求書に株券を添えて提出」と記載している。

 14 手数料

前○○条に定める請求をする場合には、当会社所定の手数料を支払わなければならない。

 15 株主の住所等の届出等

当会社の株主、登録株式質権者又はその法定代理人若しくは代表者は、当会社所定の書式により、その氏名又は名称及び住所並びに印鑑を当会社に届け出なければならない。届出事項に変更が生じたときも、同様とする。当会社に提出する書類には、届け出た印鑑を用いなければならない。

16 基準日  会124

例1 当会社は、毎事業年度末日の最終の株主名簿に記載された議決権を有する株主をもって、その事業年度に関する定時株主総会において権利を行使することができる株主とする。ただし、当該基準日株主の権利を害しない場合には、当会社は、基準日後に募集株式の発行、吸収合併、株式交換又は吸収分割により株式を取得した者の全部又は一部を、当該定時株主総会において権利を行使することができる株主とすることができる。 2 前項のほか、株主又は登録株式質権者として権利を行使することができる者を確定するため必要があるときは、取締役の(過半数の)決定により臨時に基準日を定めることができる。(ただし、この場合には、その日を2週間前までに公告するものとする。) 例2 当会社は、(当該基準日株主の権利を害しない場合には、)当該基準日の後に株式を取得した者の全部又は一部に対して、取締役の(過半数の)決定により臨時に基準日を定めることができる。 注 例1第2項の( )は、不要の規定であるが、記載する例が多い。

1 会社法第124条は基準日を設けることができると規定しており、定めなければならないとはしていないので、定款にこの定めを設けることは必ずしも必要とされているわけではなく、この基準日に関する規定がない定款であっても、認証はできる。 しかし、複数の株主が存在することとなる株式会社にあっては、基準日を設けていなければ、現実に株主の権利行使に支障が生じるので、基準日を設けることとなるが、基準日を定めたときは、基準日の2週間前までに、基準日及び基準日株主が行使できる権利を公告しなければならないと定めているので(会124Ⅲ)、会社としては、毎事業年度の定時株主総会が来る都度、基準日を定め、公告を要することとなるが、定款にこの定めを設けていれば、基準日に関し公告するような煩雑さを避けることができるので、定款で基準日を設けていない株式会社はほとんどない。 2 基準日株主の権利を害しない限り、当該基準日の後に株式を取得した者の全部又は一部に対して、臨時に基準日を定めることができると規定している(会124Ⅳ)。この場合は、公告する旨の定めはなく、特に、官報公告は、法令で定められている事項についてのみ行われるものなので、公告の必要はない。しかし、公告を禁じていることではないので、例1第2項のように、「ただし、この場合には、その日を2週間前までに公告するものとする。」と記載しても差し支えない(日公連速報2007.1.9、)。 3 用語の修正が望ましい例 ⑴ 「決算期」を「事業年度」に訂正 定款中に「事業年度」は、随所に出てくる用語であり、この箇所だけ、「決算期に関する定時株主総会」では、他の条項との整合性がとれない。そのことを別にすれば、誤っているとまで言い切ることは困難なので認証は可能であろう。 「質権者」を「登録株式質権者」に訂正することが望ましいが、「質権者」であっても、「登録株式質権者」を除外しているとは言えず、認証は可能であろう。 ⑶ 「社長の決定により定める。」と記載しても、無効とまでいえず、好ましくはないが、認証は可能であろう。 4 誤っている例 ⑴ 毎営業年度 ⑵ 毎時業年度 ⑶ (取締役のみの会社)取締役会の決定

(小林健二)

]]>

民事法情報研究会だよりNo.20(平成28年8月)

残暑の候、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。 さて、本年2月から5月にかけて、当法人の設立にあたって、設立時社員として深く関与された清水勲先生と藤谷定勝先生が相次いで逝去されました。両先生とも、永年、法務局の発展と職員の待遇改善に尽力され、多大の成果を上げられましたが、最近は病を得て闘病生活を送られておりました。両先生のこれまでのご業績を偲び、心からご冥福をお祈りする次第です。(NN)

熊本地震 ―2度の震度「7」― (理事 冨永  環) 

はじめに 人は、一生のうちにM(マグニチュード)クラスの大地震を何度経験するのであろうか。100年、200年あるいは400年に一度起こるか起こらないかの大地震と言われるが、近年、20年余りの間に①阪神淡路大震災(1995.1.17)、②新潟県中越地震(2004.10.23)、③東日本大震災(2011.3.11)、そして④2016(平成28)年4月14日及び16日から現在も続いている熊本地震でもって、私共は、すでに4度も経験したことになる。 <熊本地震の特徴> この度の熊本地震は、人々に九州地方における大地震の記憶がない熊本・大分その近隣地域で起こった。4月14日午後9時26分と16日午前1時25分の2度のM7クラスの地震は、熊本県及び大分など隣県の人々を恐怖に引きずり込んだ。 地震の特徴の一つ目は、本震と余震が違っていた。4月14日(木)のM6.5(前震)と16日(土)の7.3(本震)(16日の地震で震度計が壊れ、気象庁のその後の調査でM7.3と判明したようだ。)の数字が表わすとおり、本震が後で起こったことである。一般的な知識として、本震が後にやってくると考えておらず、地震発生後は徐々に収束すると判断し、一旦避難先から自宅に戻った人が次の本震により倒壊した建物の下敷きになったことで人的被害が拡大した、と新聞各紙は報じた。 特徴の二つ目は、最大震度M7クラス2回を経験したこと、さらに余震の回数が多く、その震度が大きいことである。余震(震度1以上)の回数が一か月間で1240回発生しており(①阪神淡路で285回、②中越で877回)、その発生が異常に多いことである。なお、大分では、観測史上最大の震度(震度6弱)であったが、14日から20日の間に震度1以上が715回に及んだ。 なお、熊本では、2か月後の6月12日に八代市で震度5弱など、今も続く余震に不安が募る。また、最大の被災地・益城町では倒壊家屋が今でも手つかずの状況である。 その特徴の3つ目は、くり返す震源の移動である。熊本から隣県の大分へ、再び熊本へ。熊本においても日奈久断層帯から布田川断層帯と、再び大分別府・万年山(はねやま)断層帯(その延長線の四国・本州の中央構造線断層帯へとつながる。)と相互に刺激し合うような、相定外の拡大が連鎖的に起きていることである。 <熊本、大分県の被害状況> 地震発生後の集計では、熊本県が死者49人、関連死19人、不明1人、建物家屋損壊住宅被害14万1970棟、断水39万6600戸、避難生活を余儀なくされた人は18万3882人に及んだ(熊本日日新聞)。熊本では、関連死が19人に及び、車中泊やテント、避難所での生活不安が引き起こすエコノミー症候群での死者が多く、想像を超える余震の影響と言われている(同新聞)。一方、大分県では、1670人が避難し、けが26人、家屋損壊1215棟、断水は、別府、由布、九重など8市町村となっている(大分合同新聞)。 なお、地震発生後2か月後でも、避難所生活者は6400人を超え(熊本日日新聞)、仮設住宅の入居は6月14日(88戸)から始まったばかりである。この時期、九州は梅雨入りしており、高温多湿の日々であり、避難所、テントあるいは車生活をする人の健康が案じられている。一日も早い災害復旧と、日常生活への復帰が急がれる。 なお、被災者等県民に元気と希望が持てる取組みもある。熊本市の“熊本城”は、震災で無残にも壊れ、今なお痕跡が痛々しいが、ようやくライトアップが再開され、人々の希望の灯りになっている。 <大分・自宅での地震の様子> 私が、14日(木)及び16日(土)に震度6弱を体験した状況等は、次のとおりであった。 14日、帰宅後、早目の就寝のため午後9時前に床に就いており、そろそろ“夢の中”に入りかけたころ、携帯“緊急避難メール”がけたたましく鳴り、飛び起きた。以後繰り返す余震の都度、頻繁に鳴る緊急避難メールが家中に異常に響き渡った。家では置物の落下など多少の被害はあったものの、外に避難することもなかったが、結局、出勤までの間は眠れなかった。 15日(金)は、通常より早く出勤し、事務所内の書庫やPC等諸機器の点検を終え、動作が確認できたので、書記ともども安堵した。一部、書籍、簿冊の落下があったものの最少に止まった。 その日は、帰宅後夕食を早めに済ませて、翌16日(土)の県公証人会の定時総会に備え、午後10時には就寝した。ところが、再び、深夜の突然の“緊急避難メール”と同時に大きな音と横揺れで立っておれず、壁に手を当てて、座ったまま揺れの収まるのを待つ状態がどの位続いたか分らないが、一昨日とは全く違う激しさに恐怖を感じ、間断なく続く余震に備えるのみで、避難所へ行けなかった。13階に居住し、初めての大地震を体験した。 その後、間断となく続く余震は、私がこれまで経験したことのない地震であり、この状況では交通機関の不通、道路の寸断が予想され、来賓の出席が危ぶまれたので、直ちに、会員全員で協議の上、午前4時、会議の中止を決定したのは正しかった。 なお、当日は、早くから事務所の整頓に追われた。 結びに この度の熊本地震は、約400年前、1611(慶長16)年の三陸地震があり、その8年後の1619(元和5)年には熊本、八代週辺地震が起こり、麦島城が倒壊し、城下町が全滅して死者も出て、更にその後の1625(寛永2)年に現在の熊本市周辺で断層地震が発生したと記録されていて、これに酷似していると解説する(立命館大学、歴史学、山﨑有恒教授)。また、保立道久(東京大学名誉教授、歴史学)氏は、更にこれよりも1147年前の貞観地震(896年)が起き、その前後に国内外で地震・噴火が相次ぎ、貞観地震の1か月後に肥後国(現在の熊本)で大地震が起きたとする歴史書を発見したとしている。前者の山﨑教授は、文科省の「京都の文化財を災害から守るプロジェクト」に加わっている人であるが、同氏は、当時の記録が少ないので、400年後の検証は不可能としながらも、江戸時代の地震史が参考になると指摘している。そして、地震予知は、極めて難しいとされているが、「正しく怖がることが必要」とも述べている。 日本に住む我々一人一人にとって決して人ごとでないのは、確かである。 要は、これまでに経験したことから学び、現代に生きる以上、防災意識を持ち、これを意識しつつ、日頃からその対策を蓄えておくことが不可欠である。 天災は、忘れた頃にやってくる(寺田寅彦・東京都出身、随筆家)を肝に命じて。

今 日 こ の 頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。 

野鳥観察に狂う(海老原良宗)

私は、野鳥の観察に狂っている。対象は日本国内にいる鳥に絞っている。ただ、日本を通過する鳥のように滞在が一時的である場合も、また、日本列島に沿って北上し、あるいは南下する海鳥は、厳密には日本領海内に入らないときもあるかもしてないが、国内航路の船から観察できる場合は、対象の鳥に含められる。日本には、国内に自然に分布する鳥と外国から持ち込まれ繁殖するに至った外来種とを併せ、約670種の野鳥が記録されているが、その内、今までに私は、約500種の鳥を日本国内で自らの目で確認することができた。 それらの鳥には、大きく分けると、一年中日本にいるスズメのような鳥(留鳥)、冬は南の国等で過ごし夏になると日本に渡ってきて繁殖するツバメのような鳥(夏鳥)、ほとんどのカモの仲間のように夏はシベリヤなど北の地で繁殖し寒さが厳しくなると日本に渡ってきて越冬する鳥(冬鳥)、さらには、シギやチドリの仲間のように、夏シベリヤで繁殖し、冬場オーストラリア大陸を含む南の地で過ごすため、春と秋に日本を通過する鳥(旅鳥)などがある。 私が属している「日本野鳥の会・東京」では、毎月第1日曜日は、船橋海浜公園など3箇所、第2日曜日は、多磨霊園など2箇所、第3日曜日は谷津干潟など2箇所、第4日曜日は、葛西臨海公園など2箇所で、それぞれ定例野鳥観察会が行われ、他にも随時鳥の動きに合わせて観察会が開催されている。私は、それらの観察会を適宜選んで参加するとともに、自分でも、湖沼、河川、湿地、休耕田、蓮田などで水辺の鳥を、大型の公園や霊園、近隣の丘陵や高原などで山林や草地にいる鳥を、それぞれ歩き回って鳥を探しているのである。さらに、年に数度、探鳥ツアーに参加し、北は北海道の岬から南は石垣島・与那国島まで出かけ、より珍しい鳥を探し歩いている。今年は、小笠原海運が企画してくれた小笠原列島の父島・母島並びに北硫黄島・硫黄島・南硫黄島3島周遊の探鳥クルーズにも参加することができた。 その結果、まだこの文章を書いているのが6月半ばだというのに、今年になって鳥見に出歩いていた日数が100日に近づいているという狂いかたなのである。特に、冬の大洗・苫小牧航路のフェリー甲板で完全防寒の出で立ちとはいえ寒風にさらされながら一日中ミズナギドリ類その他の海鳥を探している我が身を、第三者の目で見てみたならば、奇人・変人以外の何者でもない。その私に、野口代表理事から、野鳥観察に関して何らかの文章をまとめよとの命が下りてしまった。目的は会員諸兄の頭の休憩のため以外になく、野鳥のことはあまり知らないという方を想定して、駄文をまとめたところである。 ・・・・・ ① ウグイスは、ウグイス色をしていない。 野鳥観察ではメッカの地ともいう戸隠高原の森林植物園で、私が探鳥しているときである。私より少し前方の遊歩道で、中年女性10名ほどを引率して高原の草花の説明をしていた初老の男性が、急に「ウグイスです。ウグイスが出てきましたよ」と声を張り上げた。女性達も「わー、かわいい」などと喜んでいる。見ると頭からの上面が黄緑色をして、目の周りが白い綺麗な鳥、即ちメジロが2羽、近くの枝先に出てきていた。本物のウグイスの色は、頭から背中など上面が地味な灰色味のある緑褐色、腹など下面が汚白色で、とても綺麗とはいえない。繁殖の時期に、ウグイスの雄は、「ホーホケキョ」と囀り、ときには枝先にも出てくるが、繁殖の時期以外は「ジャッ、ジャッ」と舌打に似た声で鳴きながら公園や庭の藪・笹の中を群れることなく単独で移動し、容易に人前には出てこないのである。これに対して、メジロは、色が、上面が黄緑色でウグイス色に近い色、のどが黄色、腹など下面が白色と綺麗で、庭の梅などの木にも頻繁に群で出てくる。そのため、この事例のようにウグイスと間違われることが非常に多いようである。 ② 若いツバメをつくる話。 ツバメは、日本の暖地で少数が越冬するが、原則的には冬南方の国で過ごし、日本には繁殖のため夏鳥として渡来する。つがいで、巣を造り、比較的低空を飛びまわりながら虫を捕らえ、数羽の雛を必死に育てる姿を見ていると誠にほほえましい。ところが、数年前、これらツバメのつがいの雄とそのつがいの下で育っている雛とのDNA鑑定の調査が行われ、その研究結果が公表された。つがいの育てている数羽の雛の内1羽がつがいの雄の子ではなく、別の雄の子であることが結構多い頻度で存在することが判明したのである。自然界ではより強い、より美しい子孫を残したいという自然な欲求がある。雌の心を迷わすような若くてたくましいイケメンの雄のツバメが結構いるようなのである。 ③ 鳥は雄が綺麗に身を飾る。ただし、例外が2種。 一般的に、野鳥の世界では、雄が美しく羽で身をかざる。例えば、初夏の渓谷に行くと谷にせり出した高い木の頂で、遠くまで良く通る声でさえずるオオルリという小鳥がいる。このように繁殖期にさえずるのは雄で、頭からの上面は紺瑠璃色で、腹部は真っ白の美しい小鳥である。これに対しオオルリの雌はほぼ全身が地味な淡褐色である。また、冬鳥として渡ってくる鴨類も同じ種類の雄と雌とを比べると、雌はほとんどが褐色の羽で覆われ地味な存在であるが、雄の方はより華やかに彩られている。なにせ、鳥の世界では、つがいを形成するときに相手を選ぶことができるのは専ら雌と言ってよく、雌に選んでもらうために美しく、たくましく、長い尾羽はより長くする必要があるのである。コアジサシという日本の海岸や河口付近で子育てする海鳥がいるが、この雄は雌につがいを形成してもらうため小魚を取る能力をも示さねばならず、認められるまで何度も魚をめがけて海に飛び込んでは、捕らえた小魚を雌のところへ運び食べさせるという涙ぐましい努力を払わねばならない。このようにして雌に選ばれた雄のみ自分の子孫を残すことができるのである。鳥の中には葦原で「ギョギョシ、ギョギョシ」と鳴くオオヨシキリのように、たくましくイケメンの雄1羽が自分の縄張り内で数羽の雌とそれぞれ営巣するという鳥もある。必然的に、あぶれた雄は何時までも相手を求めてさえずり続けることとなる。 ところが、日本には、上記雄と雌との関係が反対となる鳥が2種類いる。その一つは、水田・湿地に住むタマシギという鳥である。この鳥は、体長は25cm前後で眼の周囲に目立つ勾玉状の白班がある。雌の羽の色が雄に比べて鮮やかで美しく、繁殖期に連続した鳴声を立てて相手を求めるのも雌の方である。雄と結ばれて巣に3個ほどの卵を産むと、その抱卵・育雛はその雄に任せる。そして雌は他の雌に対する自分の縄張り防衛を担当しながら又自分の縄張り内で別の雄とのつがい形成を目指して動き出す。すなわち、一妻多夫の世界を作り出すのである。そして、タマシギの世界では、あぶれた雌がいつまでも雄を求めて鳴き続けることとなる。同じように、雄が抱卵・育雛をするもう1つの鳥が、南西諸島のサトウキビ畑などに住むミフウズラという14cmほどの小鳥である。 ④ 鳥は、鳥目ではない。 「鳥目」という言葉がある。鳥のように、夜になると目が良く見えなくなるという意味である。この言葉があるためか、野鳥は夜目が見えないと思っている方が多い。しかし、真実は、鳥も人間と同じく夜でもよく目が見えている。勿論、フクロウのように人間より良く見えている夜行性の鳥もある。その他の鳥で見ると、まず、シギやチドリは、満潮のときは堤防などの上で休んでいて、潮が引くと餌をとるため干潟に下りるという潮の干満に従った生活をする。そのため、夜中に潮が引くと、真っ暗な干潟で餌取りをしている。ガン類は、日中田畑で餌をとり、夕方湖沼に戻り、夜をすごすが、それと逆にカモ類の多くは、ガンと入れ替わりに、夕方湖沼から付近の田んぼ等に出かけ夜餌を取るのである。普段は昼間に活動しているヒタキ類、ツグミ類など多くの小鳥達も、渡りの季節となると夜に渡っていくことが確認されている。夜は気流が安定することが多いこと、長距離の渡りは重労働であるが体温の上昇を防げること、星と地磁気を頼りに渡りの方向を定める鳥に好都合なことなどから、夜の渡りが進化したようである。渡りの季節には、酒田市沖の飛島、村上市沖の粟島、トカラ列島の平島などに探鳥に行くが、朝、目を覚ますと昨日見られなかった小鳥の群が夜の間に海を越えて渡って来ていて、疲れを癒し、餌を貪り食っている姿に接することが結構ある。 また、普段日中に活動する鳥も、繁殖期には、夜遅くまで、雄は相手を求めて囀り、雌は雄の縄張りを巡って、お気に入りの相手がいないかと品定めをしていることが報告されている。こんなときは、鳥達も夜更かしになるようである。 ⑤ シギ・チドリの親は、幼鳥を繁殖地に置き去りにして南に旅立つ。 毎年8月に入ると、湿地や干潟では、早くも、シベリヤで子育てをしたシギやチドリが南の国へ渡る途中に立ち寄り、休養し体力をつけると、また、旅立ってゆく姿に会う。ところが、この時期の南へ渡るシギ・チドリ類はみな成鳥で、その年生まれた幼鳥が含まれていない。そして、しばらくして秋の気配が感じられる頃には、幼鳥だけのシギ・チドリの群が、日本の湿地・干潟を通過して行くのである。どうも、シギ・チドリ達は、雛が自分で餌を取れるようになると親鳥達だけで南への渡りを開始し、あとに残された幼鳥は、渡りができるまで自ら餌をとって成長し、その後幼鳥だけで南への渡りを開始するらしいのである。成鳥は、その年の春、南の国から日本を通過してシベリヤへ渡って行ったのだから、秋に南の国へ帰るのに何の問題もないと思われる。しかし、その年、卵からかえって成長しつつある幼鳥は、どこへどのようにして渡ってゆくのかの情報をどのようにして知り得るのだろう。自分達が旅立つ時には、親鳥は既に南下済みなのである。どうもDNAに刷り込まれていると考えるほかないようである。 私が「なぜ、こんなことになったのでしょうね?」と、ある野鳥に関して博学の方に尋ねたところ、「成鳥と幼鳥が同じ餌を奪い合ったら幼鳥に餌が回らなくなるから、親は自分の仕事が終わったらすぐ南下するのでは」とのことであったが、皆さんはいかが思われますか? ⑥ 抱卵・育雛を全て他の鳥任せにする鳥がいる。 皆さんも良く知っているカッコウ、ツツドリ、ホトトギスなどは、托卵といって、オオヨシキリ、ホオジロ、コルリなど(仮親)の巣に自分の卵を産み落とし、その抱卵・育雛もその仮親に任せてしまうのである。自分では抱卵も雛を育てることもしない。例えばカッコウのつがいは、営巣を始めている仮親を物色し、雄がおとりとなって仮親を巣からおびき出すなどし、そのすきに雌が仮親の卵の中に自分の卵を1個産み落とし、以後の抱卵を仮親任せにする。カッコウの雛は仮親らの卵より短期間の10日から12日程度で孵化するため、仮親の卵が孵化する前に、カッコウの雛が孵化することが多い。孵化したカッコウの雛には、孵化後一定時間内に自分の背中に接触した物を自分の背中で全て巣の外に押し出してしまうというDNA情報が組み込まれているため、まだ孵化していない仮親の卵は全て巣の外に落とされ、巣にはカッコウの雛だけが残り、仮親から餌を自分だけで受け、最後には仮親の何倍もの大きなカッコウの雛が、仮親であるオオヨシキリなどから餌をもらうという姿が見られることとなる。こんなに図体の大きな雛ならば、自分の子ではないと容易に分かりそうなものではないかと思うのだが、雛の口を開けたその内側の真っ赤な色を見ると、仮親は必死に餌を運ばざるを得なくなるのだろうとのことなのである。 ・・・・・ 鳥を観察して30年に未だ若干足りないが、長期間を経ても、まだまだ不思議なことが多い。「亭主元気で留守が良い」を言い訳にして、いつも、女房が未だ寝ている早朝にそっと家を抜け出し、マイフィールドへ向かうのである。

「世界で一番貧しい大統領」の来日と我が貧乏学生時代の思い出(渡邊玉五知)

1、「ホセ・ムヒカ」前ウルグアイ大統領が来日 去る4月5日、2010年から昨年2月までウルグアイ大統領を務めたホセ・ムヒカ氏(80歳)が来日しました。  2012年、国連の「持続可能な開発会議」で行った、底を知らない大量消費主義と急速な開発の問題点を指摘、「発展は人類を幸せにするものでなければならない。」「貧乏な人とは、少ししか物を持っていない人ではなく、無限の欲があり、いくらあっても満足しない人のことだ。」とのスピーチは有名です。 貧困家庭に生まれ、花売りなどで家計を助けながら大学を卒業。軍事政権下でゲリラ活動に参加して13年間収監され、その間、母の差し入れる書籍で広範な知識を習得しました。 大統領就任演説で印象的なのは「一番大切なのは教育・教育・そしてまた教育である。」と「教育」を連呼していることです。 大統領になっても国民と同じ暮らしをするため公邸に移らず、トタン葺きの農場に住み、報酬の9割は福祉施設に寄付、愛車は友人からもらった1987年製のフォルクスワーゲン、飛行機はエコノミークラス、時には隣国機に便乗。ノーベル平和賞候補に2度ノミネートされています。(「ホセ・ムヒカ 世界で一番貧しい大統領」訳・大橋美帆 角川文庫) 滞在中、テレビ対談や大学での講演、出版社のサイン会等多くのイベントに出演しましたがすべて無報酬とのこと。残念ながらこうしたニュースは、熊本大震災でかき消されてしまいましたが、来日を機にムヒカ関連本が数社から出版され、書籍ベストセラーランキングの1位~5位を独占し、書店では、こども用絵本版も平積みされていました。 ※ ウルグアイ東方共和国:人口340万人 面積180平方キロ(日本の47%) スペイン語 本年9月・日本人移住110周年記念式典予定 第1回・第4回サッカーワールドカップ優勝 2、夜学生時代の思い出5選 ムヒカの名言集等を読んでいるうち、なぜか、貧乏学生時代のことを思い出しました。私が4年間通ったK大学二部の「天六学舎」は、大阪天神橋商店街の北端にありました。去る4月、造幣局の桜見物の後、天神橋1丁目から7丁目まで、日本一長い商店街2.6キロを家内と共にぶらりと散策、いろんなことが頭を過ぎりました。 (1)忘れられない古書店のおじさんの親切 天六交差点から天六キャンパス跡まで数百メートルの間、今は高層マンション群ですが、当時は古本屋が軒を連ね、貧乏学生にとっては新刊では買えない専門書の貴重な供給源でした。 私はかねてから宮澤俊義の「注釈・日本国憲法」全4巻が欲しかったのですが、買いそびれていました。運よく馴染みの古書店でそれを発見したのですが、その日は持ち合わせが足りません。「あさっての給料日まで待って欲しい」と頼んだところ、店主は黙って棚から降ろし「しばらく預かっておく」と言ってくれました。 2日後に行くと、ちゃんと帳場に置いてあり、値引きまでしてくれました。念願をかなえてくれた無口な店主の親切は、古本屋の前を通る度に思い出します。 (2)中学中退から裁判官になった親友M君 古本情報をよく提供してくれたのは、検察事務官のM君です。彼は中学校を2年で中退して旋盤工となり、中学卒業検定を経て定時制高校を卒業、検察事務官になったのです。 私は3回生の時、大阪地検に隣接する大阪法務局供託課に転任したため、M君とは市電堺筋線で一緒に登校することになり、より親しくなりました。 彼は29歳で大学を卒業し、34歳で司法試験に合格して弁護士になりました。平成6年、法曹3者交流人事で大阪家裁の判事に就任、私は同年に大阪局の民事行政部長に転任したため、戸籍事務の関係で、久々に家裁の判事室で顔を合わせることになりました。 実直で、心優しい信念の人でした。惜しくも平成15年12月、他界しました。 長い間ありがとう。ゆっくり のんびり休んで下さい。 合掌 (3)教育実習で出会った定時制高校生 教員免許取得には、教育関連科目の受講と教育実習が必要です。私は、中学1級と高校2級の社会科免許のため、実習科目は世界史、授業は定時制高校で行うことになりました。 教壇に立って感じたのは、教室が暗いこと、そして学生服にまじり、鉄工所、食堂、パン工場等、社名入りの作業服が目立ち、遅れて入ってくる生徒も多いことです。 実習の最終日、お詫びとお礼を述べた後質問時間を設けたところ、歴史のことではなく、夜間大学の授業時間や授業料、公務員試験等に関する質問が続きました。 うす暗い照明の下、鉄工所の作業服で質問した生徒の、緊張した様子はM君と重なり、今でもはっきり覚えています。彼らのすべてが、大学進学等それぞれの夢を実現し、古稀を過ぎた今、穏やかな日々を送っていることを願っています。 (4)「出世払い」となったレモンスカッシュ 2回生の前期試験が終わった夜、学食でK君と精いっぱい豪華?な夕食を終え、校庭へ出たところで自治委員仲間のY君と出会いました。 試験中の部活等は休止状態のため、一緒に帰ることにしました。駅の近くで喫茶店に入り、その日が給料日のY君に「ここは君のおごりだ。」といったところ彼は、「今日は試験のため会社を休み、定期は持ったが財布を忘れ、夕食も食べていない」というのです。 ところが私とK君の所持金を合わせても、コーヒー3人分には少し足りないのです。そこで、レモンスカッシュ2杯とストロー3本を注文しました。しかしレモンスカッシュは3杯運ばれてきました。「2杯でいいんです。」と言うと、女店員は「1杯はマスターのおごりです。」と笑いながら置いていきました。 それから9時過ぎまで話し込んだ後、レジで「不足分はYが明日持ってきます。」と言うと、カウンターの奥から「社長になってからでいいぞ。」とマスターの声が聞こえてきました。 その喫茶店は、今も同じ場所にありました。 (5)貧しくても活気に満ちていた天六時代 当時は60年安保の最中で、全学連は路線対立から分裂過程にありました。私は1959年(昭和34年)、第14回全国大会(委員長・唐牛健太郎)を、全日本学生新聞連盟(全学新)の記者として取材しました。代議員400名、評議員300名による4日間の大会です。主流派は全学新を批判集団とみなし、撮影禁止、フィルム没収という分科会場もありました。K大でも政権交代が繰り返され、演説、ビラ、立て看板等で騒然としていました。 安保で社会全体が異様な雰囲気に包まれていました。経企庁は「もはや戦後ではない。」と宣言。人々の暮らしは未だ質素でしたが、右肩上がりで、活気に満ちていたように思います。 みんな貧しかったので、夕食は学食の素うどんと前田のランチクラッカーという日が続いても辛いとは思わず、給料日に学友と喫茶店で談笑する、それで十分幸せでした。 大学から二部は消え、「苦学生」「勤労学生」は死語となりましたが、当時の若者たちは、貧しくても将来への希望を胸に、夜の高校や大学でそれぞれ頑張っていました。そして、それが叶えられる時代でもありました。街の人たちが、夜学生に親切だったことも忘れられません。 天六商店街に、フランク永井のSP盤「13,800円」が流れていた頃の話しです。 ムヒカ前大統領は、TV対談で「日本人に問いたい。日本国民は幸せなのかと」

健康管理について(星野英敏)

あらゆる機会に、公証人、特に一人役場の公証人は、健康管理に留意するよう言われています。 お陰様で、私の場合、これまでの約8年間、業務を休まなければならないような健康上の問題はなく、何とかこのまま体が持ってくれればと願っているところです。 健康管理といっても、傍から見ていると不摂生と思われるような生活を続けている人でも健康を保っていたり、日頃から健康には気をつけていた人が健康を害したりすることもあり、持って生まれた体質や運というようなものもあるのではないかと思われます。 私の場合は、これまでのところは親に感謝し、運の良さに感謝し、何よりも私の健康管理に気を配ってくれている妻(毎日愛妻弁当です。)に感謝しなければならないものと思いますが、それなりに留意していることもあります。 それは、公証人となった際に、少し早めに歩いて片道約20分の所に住むこととし、通勤は徒歩にしていることです。 逆に言えば、これ以外は運動らしい運動をしていないということにもなりますが、最近ではこれに加えて、毎朝のラジオ体操(実際は、毎朝6時30分頃からテレビの体操のお姉さんのお手本を見ながらです。)をしています。 多少のことであっても、やらないよりはましと思って続けています。 皆様の御参考になるかどうかはともかく、健康上の問題で最近ちょっと大変だったことについて2点ほど御紹介しますと、まず一つ目は、40年ぶりの尿路結石のことです。 学生時代に一度やったことがあり、その時は激痛の原因が何なのかわからずに下宿で一人でうなっていたところ、心配した下宿の人たちが救急車を呼んでくれて総合病院に運び込まれ、検査の結果尿路結石とわかり、無事に自然排出したということがありました。 それからちょうど40年後の9月下旬の木曜日の朝に、公証役場に出勤してきてビルの前まで来たところ、覚えのある激痛に襲われ、這うようにして公証役場に入って脂汗を流しながら痛みに耐えていましたが、子供を保育園に送ってから出勤してきた妻が到着したころには石の動きが落ち着いて、痛みも峠を越してきました。 腎臓でできた、金平糖のようないがいが付きの石が細い尿管を傷つけながら出てくるので、石が動いているときは激しい痛みがありますが、途中でいったん止まって落ち着いてしまえば、次に動き出すまでは何でもないような状態になります。 その日は朝10時までに遺言公正証書の出張作成に行く予定でしたので、念のため妻の運転で出張先に向かい、出張先に着く頃には大分落ち着いて、いつもどおり証書作成の手続を終え、午後も予定どおり執務しました。 翌日は金曜日だったので、午後から病院に行くこととして、午後に予約をいただいていた方には事情を説明して変更してもらった上で病院に行き、検査してもらった結果、尿路結石であることが確認され、既に1個は膀胱にあり、もう1個が尿管の途中、もう1個は腎臓内にありました。 とりあえず、痛み止めだけもらって、土日の間、痛みに耐えながらひたすら水分(もちろん利尿剤としてのビールも)を取って、安静にしていては石が止まってしまうのでとにかく動き回り、途中にあった石は出してしまいました。 今でもまだ腎臓内に1個持っていますが、これは深いポケットのような所に入りこんでいて、一生出てこないだろうということでした。 それでも、また40年後にあの激痛が来るのではないかと心配している毎日です。 医者の話によれば、夏の間汗をかいて体の水分が奪われ、体内の水分不足の状態が続いていると石ができやすいということでしたので、皆さんも、暑い間はせいぜい積極的に水分を取るように心がけてください。 ついでながら、夜中に起こるこむら返りも、水分不足が原因の一つ(そのほかに、疲れや冷えも)ということで、寝る前にコップ一杯余分に水を飲むように習慣付けてから、起こらなくなりました。 こむら返りが気になる方は試してみてください(ただし、夜中にトイレに起きなければならないことも覚悟してください。)。 二つ目は、毛虫に刺されたことです。 庭に出た時、左脇腹にちくちくするような感じがあったのですが、そのときはあまり気に留めずにいたところ、上半身に発疹が出てきました。 かゆみは何とか我慢できる範囲のものでしたが、腕も顔も発疹であまりにも見苦しい状態(顔は元々?)になってしまったので医者に行ったところ、かなり強いステロイド剤を服用してみることになり、現在どのような薬を飲んでいるのかを聞かれました。 実際、百薬の長以外、薬の類は飲んでいなかったので、正直に言ったところ、同年代の医者からうらやましがられましたが、処方された薬の効き目はすごく、その日のうちにかゆみも無くなり、発疹もおさまってきました。 ところが、その翌日の朝、出勤途上でしゃっくりが出始め、公証役場に着いてから、コップの水を向こう側から飲んでみたり、書記さんに驚かせてもらったりと、色々やってみましたが、何をやっても効果はなく、尋常なものではありませんでした。 その日の午前中は、たまたま離婚に関する公正証書の作成があり、読み聞かせの最中にもしゃっくりが止まりません。 「甲及び乙は、両名間に -ケクッ- 出生した未成年の長男 -ケクッ- ・・・すいません、今、薬の影響だと思うのですが -ケクッ- しゃっくりが止まらなくなってしまって -ケクッ- 」などと、言い訳しながら何とか作成しましたが、薬の副作用ではないかと疑って、昼の空き時間に医者に行ったところ、医者が薬に関する資料を出してきて調べた結果、その副作用に間違いないということで、薬の服用を中止しました。 結局、この日しゃっくりは約8時間続き、へとへとの状態になりました。 ところが、事はこれだけに止まらず、その翌日、普段使っていなかった横隔膜や胸周辺の筋肉の筋肉痛に悩まされることになりました。 子供の頃、しゃっくりが100回続くと死ぬなどと言われたことがありましたが、あれは嘘で、正しくは、しゃっくりが8,000回くらい続くと死ぬほどの筋肉痛になるということでした。 とにかく、薬の副作用というのは怖いものですから、十分な注意が必要で、あやしいと思うような症状が出たらすぐに服用を中止して、専門医の所へ行くことです。

img031

緑の箱庭 パートⅡ(美ましき国信濃・その一断面)(清水 勲) 《長野地方法務局長随想・法務通信平成元年8月号通巻457号掲載》 「夕焼け小焼けで日が暮れて 山のお寺の鐘が鳴る・・・・」 なんとも響きの良い言葉である。この童謡を口ずさんでいると、誰しもの心が子供の頃の郷愁に駆り立てられる思いがするのではないであろうか。 長野善光寺から徒歩で約20分、局長官舎からだと約15分のところに、この夕焼け小焼けの童謡のモデルとなった「かるかや堂・往生寺」が建立されている。この一帯を「往生地」と称し、特においしいりんごの産地としても名高い。このりんご畑を左右に見ながら、かなり厳しい勾配の坂を登りつめると、あまり大きくない山寺に行き当たる。ここが往生寺である。鎌倉時代の仁平(1151~1154年)の頃、九州博多の大名で加藤佐衛門尉重氏(刈萱上人)という人がいたが、この人が世の無情を感じ、家を捨てて高野山に入り修行中のところへ、その子石堂丸が頼って来て弟子入りを迫ったので止むなく許したものの、親子の情愛に引かれて修行がおろそかになることを恐れて、ここ信濃の善光寺に来て修行を重ね、83歳でその生涯を閉じたと言われている。この往生寺は、刈萱上人の最後の修行地としての遺跡であるとされている。 この往生寺の建つ高台に立つと善光寺平(長野盆地)の大半が一望の下に見下ろすことができる。早朝に遠望するこの街は、実に静かである。街なかの道路は家並にかくれ、行き交う車の影もみえない。遠くに、道が白く、川が青く延びている。 かつて、私は「緑の箱庭」と題する小文を書いたことがある。小学校の6年生の頃であったろうか。私の生まれ故郷、北海道のほぼ中央部に位置する「和寒(わっさむ)町」の中心部から1.5キロメートル程離れた盆地の田園風景を作文にしたものであった。和寒町は、旭川市から20数キロメートル、宗谷本線を北上した所に所在する静かな田園の町であった。今から40数年も前のことであり田園の中を走る車両とて見当たらない、のどかな時代でもあった。碁盤の目のように整備された道路の中に広がる田園、散在する家、遠くの荷馬車は、見た目には静止しているとしか映らないほどの緩やかさで移動している。 物音一つしないこの田園風景を、山の中腹で眺めていると、まるで手造りの緑の箱庭を眺めているような気がして来る。突然、その静寂を引き裂くように、百舌がギャーという叫びにも似た声で鳴くと、これに応えるかのように山鳩がデデッポーと応じる。更に、他の小鳥達が後を追うように囀る。そして、またしじまが戻る。これらの様は、手造りの箱庭の上空に、鳥達の自由な鳴き声が、縦糸と横糸を交互に織り、模様までつけていくカスリの織物を織っている様にも似て、何とも形容のできない長閑な風景である。・・・という趣旨のことを書いたように思う。 ここ、往生地の高台から眺める箱庭は、40数年という時の経過を反映するかのように、見事に開発され、近代都市に変ぼうしてこの善光寺平(長野盆地)に居を移し、静かに横たわっている。 視界の右手下には、戸隠連山と小谷山地の間を流れ、鬼無里(きなさ)村瀬戸山峡や長野市小鍋峡のように両岸急峻な懸崖をなす景勝地を形成し、この地にたどりついた裾花(すそばな)川が南流下し、長野市内の丹波島附近で犀(さい)川に合流している。犀川は、北アルプスに水源を発し、東流する梓(あずさ)川と、松本平を北流する奈良井川が合流したところから、千曲川に注ぐまでの間であるが、その間に、更に安曇郡を南流して来る高瀬川を合流している。この犀川が、長野市内で千曲川と合流する地帯一帯が川中島と称され、その昔の古戦場を彷彿とさせる。この千曲川と犀川の合流地点には、この二つの河川の出合いにふさわしい落合橋という名の橋が掛けられている。この千曲川は埼玉県境の川上村に水源を求め、小海町、佐久市、小諸市、上田市を流れ、長野市を通り、中野市、飯山市を経てJR飯山線に沿って越後国に入り、信濃川となって日本海に注いでいる。千曲川と信濃川の全長が約376キロメートルであるが、その内長野県内を流れる千曲川の全長は、その58%に相当する215キロメートルにも及び、詩情豊かな数々の景観を造り出している。 善光寺平の箱庭は、これらの川と緑、そして善光寺を中心とする多くのお寺によって形成されている。視界の右手下は、長野市街の北のはずれに当たり、この高台に善光寺が南向きで建っている。私の立っている往生寺の高台は、善光寺の建つ高台より相当高い所であるが、私の視界には、善光寺本堂の屋根のみしか映らない。御本尊がまつられているこの善光寺本堂は、数度の火災に見舞われ、現在の本堂は江戸時代の宝永4年(1707年)に建立されたもので、国宝に指定されている。 正面23.7メートル、奥行き52.8メートル、高さ27メートルという大建築物であり、見るからに力強く安定感があり、参拝者の心をなごませてくれる。御本尊は、百済渡来の阿弥陀如来と、観音・勢至両菩薩を一つにおさめた一光三尊仏で、その昔勅封されて以来誰も見たことがないという秘中の仏像であるとされている。御本尊を安置してある地下は回廊になっており、その中は、正にこの世の闇である。そのまっ暗な中を手さぐりで板廊下をひと回りするのを「御戒壇めぐり」といい、回廊の中程にある板戸に取り付けられている鍵に触れることができれば、誰でもが極楽往生ができるといわれている。 少し遠くへ目を移すと、視界正面に、龍が臥したような山容の臥龍(がりゅう)山と、その山に抱きかかえられているような竜ヶ池のある臥龍公園で有名な須坂市が広がり、左手に小布施町が霞んでみえる。ここ小布施町には、江戸時代後期の代表的浮世絵師・葛飾北斎が88歳当時の作といわれる天井絵大鳳凰図で有名な岩松(がんしょう)院が所在する。岩松院本堂の天井(縦5.4メートル、横6.3メートル)のヒノ木板いっぱいに色鮮やかに描かれている大鳳凰図を御本尊の前に寝ころんで見上げていると、何かしら自分が次元の異なる世代に戻ったようにさえ感じさせられる。 この眼下に広がる長野市、須坂市そして小布施町は、いずれも標高350メートルから380メートルに位置し、善光寺平の一部を形成している。 その善光寺平を遮るように妙徳山(1294メートル)、米子山(1404メートル)、明覚山(958メートル)、奈良山(1639メートル)、紫弥萩山(1113メートル)、三沢山(1505メートル)の山並が青黒く目に迫り、更にこれら山並の上から根子岳(2128メートル)、四阿山(2333メートル)、浦倉山(2091メートル)、土鍋山(1999メートル)、御飯岳(2160メートル)、黒湯山(2007メートル)、横手山(2305メートル)、笠ヶ岳(2076メートル)と続き、かつ、まだまだ続く2000メートル級の山々が白い頭で語りかけてくる。実に雄大な、潤いのある箱庭の景観である。 40数年の時の流れによって、田園風景を模した緑の箱庭は、寺院とビルに囲まれ、名所・旧跡を内蔵した近代都市の箱庭に造りかえられているが、川と緑とそして周囲の山々には、まだまだ大自然の潤いを感じさせ、緑の箱庭にふさわしい景観である。 緑の箱庭は、私の永遠の心の故郷でもある。 ・・・・・・・・ 法務局も、戦後司法事務局と改組されてから既に40数年を経た。私が法務局に奉職したのは33年前であるが、当時は、登記簿への記入にはガラスペンを使用していたが、そのペン先さえ満足に支給されず、自費で購入し、使い勝手の良いペン先に調整し、大切に使ったものであった。複写機とてなく、謄抄本は総て手書きである。昭和34、5年頃であったろうか、日光写真機に毛の生えたようなセミコピーが配付された時の喜びは今でも忘れることができない。庁舎も事務機器も総てにおいて貧しい時代であったが、職員一人一人が生き生きとして仕事に取り組んでいたように思う。今は、物質的にも恵まれ、21世紀に向けての行政需要に対応すべく登記事務処理のコンピュータ化を始め種々の対応策が検討されている。往時とは隔世の感を禁じ得ない。 法務局が名実共に近代化していくことは大変喜ばしいことである。 北海道の片田舎に在った緑の箱庭が、40数年の時を経て、ここ長野善光寺平に居を移し、近代都市に変ぼうしても、田園の中に在った時と同じように、なお緑の箱庭としての潤いを保ち続けているように、法務局がどんなに近代化されても、法務局に働く人々の心の中に、ひたむきな情熱と潤いが保ち続けられることを希うのは、私一人であろうか。 (この随想は、故人となった清水さんを偲んで掲載しました。NN)

img032  

実 務 の 広 場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.37 「事業用定期借地権等」について考える。

公正証書作成事務の中で、事業用の借地権設定契約というものがかなりの割合を占めていますが、その根拠となる借地借家法(以下「法」と言います。)第23条の標題には、「事業用定期借地権等」とあります。 法第23条の標題に「等」が付いているのは、第1項の「事業用定期借地権」とは別に、第2項の「事業用借地権」もこの条に含まれているということを表しています(ちなみに、法第22条の標題は「定期借地権」となっていて「等」は付いていません。)。 公正証書作成の際に、「事業用定期借地権」と「事業用借地権」とを使い分けていると、時々嘱託人から、これはどう違うのですかと聞かれることもあります。 この点については、一般的な解説書等(日公連のホームページの解説も含めて。)でも明確に区別されていなかったり、30年未満の事業用借地権設定契約のための覚書の標準的な書式にも「事業用定期借地権」という表現があったりして、二つのものが混同されていることが多いように思われます。 現実には、これらが混同されていたとしても、特にそのことがトラブルの原因になるようなこともないので問題はないのですが、一応、公証人として、「事業用定期借地権等」のことと、関連する事柄について整理しておきたいと思います。 1 「事業用定期借地権」と「事業用借地権」について 法第23条第1項の「事業用定期借地権」は、事業用建物所有を目的とし、かつ、存続期間を30年以上50年未満として借地権を設定する場合、契約の更新及び建物の築造による存続期間の延長がなく、並びに建物の買取り請求をしない旨の特約を定めることができるとしていて、この規定振りは、事業用ということと存続期間以外の点については法第22条の定期借地権の規定と同じです。 これに対して、法第23条第2項の「事業用借地権」は、事業用建物所有を目的とし、かつ、存続期間を10年以上30年未満として借地権を設定する場合には、第3条から第8条まで、第13条及び第18条の規定は適用しないとしていて、当事者間の特約ではなく、法律上当然にこれらの規定(存続期間、契約の更新、建物の再築による存続期間の延長、建物買取請求権等)が適用されないこととされています。 結果的には、「事業用定期借地権」も「事業用借地権」も、存続期間が異なるだけで、実質的に同じような内容の契約となりますが、「事業用定期借地権」は当事者間で契約の更新等について特約ができるというものであるのに対し、「事業用借地権」は当事者の特約を要せず法律上当然に更新等ができないということになっています。 2 「事業用定期借地権」と「事業用借地権」の設定契約に関して公証人として注意すべき事柄について 実質的に違いがないのであれば、これを区別する実益はないように思われますが、いずれもその設定契約は公正証書でしなければならないこととされており(法第23条第3項)、法律上の類型が異なることから、公証人として注意しなければならないことがあります。 その第一は、「事業用定期借地権」設定契約公正証書として30年以上50年未満の存続期間を定めていても、①契約の更新及び②建物の築造による存続期間の延長がなく、並びに③建物の買取り請求をしないこととする旨の特約の定めを欠いた場合(この①から③の3つの特約がセットになりますから、このうちの一つでも欠けた場合を含みます。建物買取請求権排除の特約がなくとも定期借地権と認めるべきであるという学説もありますが、登記実務としては認められていません。)は、「事業用定期借地権」と記載していても、これら3つの特約がすべて効力を生じませんから、一般の借地権(更新等あり)になってしまうということです。 これに対して、「事業用借地権」設定契約公正証書の場合は、A)事業用の建物所有を目的とするものであること、B)存続期間が10年以上30年未満のものであることの二つが明記されていれば、契約の更新等がないことを明記していなくても、法律上当然に「事業用借地権」としての効力が認められることになります。 また、注意すべきことの第二は、法第24条の建物譲渡特約で、「事業用定期借地権」にはこの特約(30年以上経過後は建物を相当の対価で譲渡すること)を付することができますが、「事業用借地権」にはこの特約を付することができないということです(法第24条第1項括弧書き。)。 「事業用借地権」のことを「事業用定期借地権」と書いたとしても違法というほどのことにはなりませんが、「事業用借地権」に法第24条の建物譲渡特約を付してしまうと、公証人法第26条違反ということになってしまいます。 ちなみに、契約が終了した際の原状回復に代えて建物等を借地権設定者に無償譲渡することができるという特約は、法第24条の特約とは異なりますのでいずれに付しても問題ありませんが、土地の明渡しを要件とせず、契約終了時に借地権者が建物等の所有権を放棄したものとみなして借地権設定者がこれを任意に使用、収益、処分できるというような特約は、自力救済になりますから違法です(契約終了後も借地権者が明渡しをせずに居座っているような不法占拠の場合や、借地権者が明渡しをせずに行方不明になってしまったような場合であっても、これを原状回復するには、改めて訴訟を提起し判決を得て強制執行するしかありません。)。 これに対し、土地の明渡し行為があった場合については、原状回復義務に違反して残置された建物等に関して、借地権者がその所有権を放棄したものとみなして借地権設定者がこれを任意に使用・収益・処分できるという特約や、借地権設定者がこれを処分してその処分費用を借地権者に請求できるという特約を付することができます。 ただし、通常「事業用定期借地権等」ではあまり考えられませんが、一般の定期借地権(50年以上)を敷地利用権とする区分建物の場合、区分所有者のうち敷地利用権を失った者があったときは、その専用部分の収去を請求する権利を有する者が区分所有権を時価で売り渡すべきことを請求することができるとされている(建物の区分所有等に関する法律第10条)ことから、上記のように借地権設定者に無償譲渡するとか借地権者がその所有権を放棄したものとみなすというような特約はできません。 3 「事業用定期借地権」と「事業用借地権」の変更契約に関する注意点 いずれも、その設定契約は公正証書でしなければならないとされているところ、その変更等の契約は公正証書でする必要はないことになります(もちろん、当事者がこれを公正証書にしたいということであれば、公正証書にすることができます。)。 変更等の中で特に問題となるのは、期間の延長に関するものです。 この点については、当事者の合意による存続期間の延長は可能と考えられています(東京公証人会「会報」平成26年6月号第31頁参照。ただし、この点については、第三者の利益を侵害することになるので認められないという学説もあります。)。 ちなみに、「建物の築造による」という限定を付すことなく、「存続期間の延長ができない」という特約があった場合でも、そもそも当事者の合意で成立した契約である以上、存続期間の「延長」をするのには文言上問題があっても、存続期間の変更(実質延長)契約は可能と考えられます。 ただし、いずれも法定の存続期間の範囲内に限られ、「事業用定期借地権」の場合は当初の存続期間開始日から50年未満、「事業用借地権」の場合は当初の存続期間開始日から30年未満の範囲内に限られることとなります。 それぞれの規定の構造が違い、異なる類型の借地権である以上、法第23条第2項の「事業用借地権」の存続期間を、同条第1項の30年以上50年未満の範囲内にまで延長することはできません。 4 「事業用定期借地権」と「事業用借地権」の生い立ちについて これらの違いを理解するために、それぞれの生い立ちを見てみますと、法第23条第2項の「事業用借地権」は、最初、現在の借地借家法(平成3年法律第90号。平成4年8月1日施行)の第24条に、標題を「事業用借地権」とし、存続期間10年以上20年以下のものとして定められました。 同時に、法第22条に、現在と同じ「定期借地権」の規定も置かれました。 つまり、「定期借地権」も「事業用借地権」も、一般の借地権の特例として定められたことになります。 これに対して、「事業用定期借地権」は、借地借家法の一部を改正する法律(平成19年法律第132号。平成20年1月1日施行)により新設されたもので、その構造は、一般の「定期借地権」(存続期間50年以上)と同様ですが、目的が事業用建物の所有である場合に、存続期間を30年以上50年未満として設定することができるというものです。 また、その際に、新たな「事業用定期借地権」を第23条第1項とし、旧第24条の「事業用借地権」の存続期間の上限を20年以下から30年未満に伸長して切れ目がないようにした上で第23条第2項として整理し、第23条の標題を、これら二つのものを含む意味で「事業用定期借地権等」としたものです。 このような経緯を見ますと、「定期借地権」と「事業用借地権」は一般の借地権の特例(子)として位置付けられるのに対して、「事業用定期借地権」は、一般の借地権の特例である「定期借地権」の更なる特例(孫)という位置付けになるものと考えられます。 5 そもそも「借地権」とは ところで、借地借家法上の「借地権」というものは、法第2条で「建物の所有を目的とする地上権又は土地の賃借権」と定義されていて、民法上の地上権(地上権に関する法律により地上権と推定されるものも含みます。)及び賃借権の特例として規定されているものです。 従って、建物の所有を目的としない駐車場や資材置場のための地上権又は土地の賃借権は、「借地権」とは言いません。 地上権は物権であり、賃借権は債権で、この性質の違うものが「借地権」としてひとくくりにされています。 これは、旧借地法(大正10年法律第49号)の時からこのように規定されており、建物の所有を目的とする賃借権は、地上権と同等に手厚く保護しようという考え方によるものと思われます。 6 「借地権」の前提となる「建物」とは ここで、「建物」とはどういうものかについて考えておかなければなりませんが、民法第86条第1項で「土地及びその定着物は、不動産とする。」とされ、不動産登記規則第111条で「建物は、屋根及び周壁又はこれらに類するものを有し、土地に定着した構造物であって、その目的とする用途に供し得る状態にあるもの」とされています。 借地権の前提となる建物と登記できる不動産としての建物の定義は必ず一致しなければならないというものではないと考えますが、原則としては、上記不動産登記規則に挙げられた3つの要素①外気分断性、②定着性、③用途性を有する建築物を建物と考えて良いと思います。 現実には建物かどうか判断に迷うような物も多く、その客観的物理的な面だけではなく、一般的に建物として経済的取引(担保設定も含む。)の対象となるようなものかどうかという面も含めて総合的に判断しなければならないものと考えます。 具体的に、建物かどうかでよく問題になるのは、コンテナハウスやトレーラーハウスというようなもので、土地に置いてあるだけで簡単に運べるようなものは建物とは言えませんが、専用の基礎工事を行い、その基礎にしっかりと固定されて容易には運べないような状態のものであって、少なくとも10年以上は一定の用途に使用され得るものであれば、建物として扱うことが可能と思われます。 また、最近問題になっているものとして、ソーラー発電施設があります。 ソーラーパネル自体は建物とは認められず、仮にその敷地内に発電施設用機器の収納箱のようなものが設置されているとしても、ソーラーパネルが主である以上、建物所有を目的としたものとは認め難いと思われます。 ちなみに、ソーラー発電施設設置のための土地賃貸借契約は、借地権設定契約ではなく、民法上の土地賃貸借契約(最長20年で更新可)となりますが、その特約として、契約の更新や存続期間の延長をしないこと、施設の買取り請求をせずに原状回復することなどを定めることができますので、存続期間の上限が20年以下となる以外は、実質的に事業用借地権と同様の契約内容にすることが可能です。 7 借地権が地上権である場合と賃借権である場合の違いについて 借地権は、借地借家法が適用される範囲内では、地上権であっても賃借権であっても変わりありませんが、元々異なる権利ですから、その性質による違いが出てくる場面があります。 一つ目は、借地権の譲渡や転貸の場面です。 地上権の場合には、借地権の譲渡や転貸について地上権設定者の承諾は要件とされていませんが、賃借権の場合には、民法第612条の規定により、賃貸人の承諾が要件とされています。 二つ目は、借地権の登記に関する場面です。 地上権は物権ですから、対抗要件として登記を要することになり(民法第177条)、地上権者には登記請求権があって、地上権設定者には登記義務が生じますが、賃借権の場合、賃借人に登記請求権はありませんので、賃貸人が同意しない限り登記はできないという違いがあります。 これらの結果、賃貸人は借地権が譲渡される場合に承諾が要件となっているので現在の賃借人が誰かを知っているのですが、地上権設定者は、借地権が譲渡されても直接はわからないことになり、地上権設定者が現在の地上権者が誰かを知りたければ、登記を確認する必要があるということになります(もっとも、通常は、地代支払い等の関係で直接連絡があるはずです。)。 三つ目は、第三者が土地の使用を妨害しているような場合、地上権であれば、地上権者の権限として直接その第三者に対して妨害をやめるよう請求する権利(物権的請求権)がありますが、賃借人は、賃貸人に対して土地を賃貸借の目的どおりに使用できるように請求する権利があるだけで、妨害している第三者に対して直接請求する権利はありません(賃貸人が賃貸借契約上の義務として、当該第三者に対して妨害をやめるよう請求することになります。)。 また、四つ目として、地上権の場合には、契約終了時に土地所有者が建物等を時価相当額で買い取る権利を有することになります(民法第269条第1項ただし書き)が、賃借権の場合の土地所有者にはこのような権利はありません。 さらに、五つ目として、これは些細なことですが、地上権の場合に土地使用の対価は「地代」(民法第266条第1項)というのに対して、賃借権の場合には、「賃料」(民法第601条)となります。 8 地上権か賃借権かによって公正証書の作成上注意すべきこと 公正証書作成の際に地上権なのか賃借権なのかによって考えておかなければならないこととして、地上権の場合、地代を支払うときは永小作権の規定が一部準用されることから、不可抗力による地代の減免請求、不可抗力により収益が少なくなった場合の権利放棄、地代の支払を怠ったときの地上権の消滅請求について、どこまで永小作権の規定が準用されるのかという問題があります。 これらの条項は、地上権に準用される場合は強行規定ではないと考えられ、地上権者が地代の支払いを2年以上怠らなければ消滅請求ができないのかという点に関して、期間短縮の特約や催告を不要とする特約も、あながち不合理とは認められない事情が存在する場合には、これらの特約を有効とする裁判例(東京高裁平成4年11月16日判決)もありますので、実質的に賃借権による借地権と同等の内容とする特約をしても問題ないと思われます。 ちなみに、地上権である借地権について、「借地権者が賃料の支払いを3か月以上怠り、その滞納額がその時点の賃料の3か月分相当額に達したときは、借地権設定者は催告を要せずして本契約を解除できる。」という覚書の規定は、「借地権者が地代の支払いを3か月以上怠り、その滞納額がその時点の地代の3か月分相当額に達したときは、借地権設定者は催告を要せずして借地権の消滅請求をすることができる。」ということになりますが、これを消滅請求ではなく契約解除の規定として公正証書に記載したとしても、直ちに違法とまでは言えないものと考えます。 9 敷金、保証金、権利金について 「事業用定期借地権等」設定契約に際して、これらの金員が交付されることがありますので、その違い等について簡単に確認しておきます。 まず、一般的に敷金は、賃借人が賃料等の債務を担保するために賃貸人に預託するもので、賃料等の未払債務がなければ、契約終了の際に全額返還されるものということになります。 保証金と言われているものの中には、敷金と同じ性質のものもありますが、そのほかにも様々なものがあり、中には、借地権設定者が土地を賃貸等するために既存の施設を撤去して土地を造成するための資金として交付し、これを別途借地権者に返済する約定があるものなど、実質的には金銭消費貸借となるものもあり、どのような性質のものか判断が難しいものもあります。 権利金は、返還が予定されていないもので、その性質は、良い場所を貸してもらえたという契約締結の対価であったり、賃料又は地代の一部前払い(その分月々の賃料等を安くしてもらう)であったり、賃借権の譲渡や転貸に対する事前の承諾料であったり、様々な性質のものがあります。 公正証書作成の際に注意すべき点としては、公正証書原本に貼付すべき収入印紙の問題があります(いずれも、印紙税法別表第1の第1号文書となります。また、一つの文書が印紙税法上いくつかの課税事項に該当する場合は、最も税率の高いもの一つの文書として課税されます。)。 全額が返還される予定の敷金あるいは同様の保証金については、その金額にかかわらず、印紙税法上は契約の対価等として課税の対象になるものではありませんから、契約金額の記載のない地上権又は土地の賃借権の設定に関する契約書(印紙税法別表第1の第1号の2)となって、200円の収入印紙を貼付することになります。 保証金の場合は、その性質に応じて、敷金と同じものであれば敷金と同様になりますし、実質的に金銭消費貸借である場合は消費貸借に関する契約書(印紙税法別表第1の第1号の3)として、その金額に応じた額の収入印紙(例えば、その金額が500万円であれば収入印紙は2,000円)を貼付することになります。 権利金の場合は、その金額が印紙税法別表第1の第1号の2文書の契約金額となりますので、その金額に応じた額の収入印紙を貼付することになります。 なお、契約終了時に未払債務等がなかったとしても敷金等の一部を償却する特約がある場合、その償却される部分の金額は、権利金と同様に契約金額ということになります。 実際の状況を見てみますと、賃借権設定の場合には敷金(又はこれに類する保証金)が多く、地上権設定の場合には権利金とする例が多いのですが、地上権設定の場合の権利金は、賃借権よりも有利な権利(借地権譲渡等の承諾がいらず、登記もできる等。)を設定したもらった対価として交付されているようです。 もちろん、賃借権だから敷金、地上権だから権利金ということではなく、当事者の合意次第で、どちらとすることもできます。 (星野英敏)

No.38 共有地賃料の事                      

いうまでもなく、土地を賃貸した場合の賃料は、賃貸地の使用の対価として受けるべき金銭であるから賃貸地の法定果実で(民法第88条第2項)、法定果実は、これを収取する権利の存続期間に応じて日割計算によりこれを取得する(民法第89条第2項)。 土地の共有者がその共有する土地を賃貸したことによる賃料債権については、元物である賃貸地の共有者が、その共有持分の割合により共有することになる。 そして、賃料債権は金銭債権であるので分割可能であるから、別段の意思表示がない限り、賃料債権の各共有者は、その共有持分の割合により分割された単独債権をそれぞれ取得することになる(民法第427条)と考えられる。 しかし、債権の目的がその性質上又は当事者の意思表示によって不可分であるときは不可分債権となる(民法第428条)。 そして、共有地の賃貸借契約においては、賃貸地の共有者が賃貸地を賃借人に使用収益させる義務は性質上不可分の給付を目的とする不可分債務であることから、その対価である賃料債権も特段の事情のない限り性質上の不可分債権となると解する下級審の裁判例や学説があった(大阪高裁平成元年8月29日判決・判例タイムス709号208頁など、谷口知平・加藤一郎編「民法例題解説Ⅱ(債権)」(昭和34年)54頁(椿寿夫執筆)。裁判所職員総合研修所監修「執行文講義案(改訂版)」(平成17年8月財団法人司法協会発行)125頁参照)。 勿論当事者の意思表示により不可分債権とすることは出来るが、性質上の不可分債権と解するときは、当事者の合意がなくとも不可分債権となると解するものである。 しかし、各共有者は、元来、共有物の全部について、その持分に応じて使用することが出来るとされており(民法第249条)、収益についても同様と解されている(我妻榮著有泉亨補訂「新訂物權法(民法講義Ⅱ)」(昭和58年)322頁)。勿論果実の取得は収益に外ならない。 そして、共有地を賃貸した場合の賃料債権について、最高裁第一小法廷平成17年9月8日判決(平成16年(受)第1222号・最高裁判所民事判例集第59巻第7号1931頁)は、各共有者の共有持分の割合に応じた分割単独債権となる旨判示した。 事案は、賃貸人が死亡してその賃貸地を被上告人及び上告人らが共同で相続した場合において、相続開始から遺産分割成立までに生じた賃貸地の賃料の帰属に関するもので、相続開始から遺産分割までに遺産から生ずる果実の帰属、それは遺産の一部となるのかどうか、遺産分割の遡及効との関係が問題となり、同判決は、次のように判示した(この判例の解説として、道垣内弘人「共同相続した賃貸不動産の賃料債権の帰属と遺産分割の効力」・『平成17年度重要判例解説』(ジュリスト1313号・平成18年6月10日)90頁以下、「最高裁判所判例解説民事篇平成17年度(下)」553頁以下(松並重雄執筆)参照)。 (判旨) 遺産は、相続人が数人あるときは、相続開始から遺産分割までの間、共同相続人の共有に属するものであるから、この間に遺産である賃貸不動産を使用管理した結果生ずる金銭債権たる賃料債権は、遺産とは別個の財産というべきであって、各共同相続人がその相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得するものと解するのが相当である。遺産分割は、相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずるものであるが、各共同相続人がその相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得した上記賃料債権の帰属は、後にされた遺産分割の影響を受けないものというべきである。 したがって、相続開始から本件遺産分割決定が確定するまでの間に本件各不動産から生じた賃料債権は、被上告人及び上告人らがその相続分に応じて分割単独債権として取得したものであり、本件口座〈引用者註、本件各不動産の賃料等を管理するために開設され、本件各不動産の賃料が振り込まれ、その管理費等を支出して来た口座を指す。〉の残金は、これを前提として精算されるべきである。 勿論当事者の意思表示により不可分債権とすることは可能であるが、この判例によると、特段の意思表示がない場合は、分割単独債権となることになる。 公正証書に記載された金銭債権に基づく強制執行については裁判所の判断によることになるが、強制執行に関する解説書にあっても、共有地の賃料債権について、従前は不可分債権説を中心に説明していたもの(裁判所職員総合研修所監修「執行文講義案(改訂版)」(平成17年8月財団法人司法協会発行)125頁)でも、後には改訂して、上記平成17年9月8日最高裁判決による分割債権説によって説明している(裁判所職員総合研修所監修「執行文講義案(改訂補訂版)」(平成23年5月一般財団法人司法協会発行)123頁以下)。 なお、因みに共同賃借人の賃料債務について付言すると、判例は、賃借人が死亡して複数の共同相続人がいる場合の賃料債務について、「賃貸人トノ關係ニ於テハ各賃借人ハ目的物ノ全部ニ對スル使用収益ヲ爲シ得ルノ地位」にあることを根拠に、「賃料ノ債務ハ反對ノ事情カ認メラレサル限リ性質上之ヲ不可分債務ト認メサルヘカラス」と判示しており(大審院判決大正11年11月24日・大審院民事判例集第1巻670頁)、学説においても、「数人の者の負担する債務が、各債務者が共同不可分に受ける利益の対価たる意義を有する場合には、原則として不可分債務になると解すべきである」(我妻榮「新訂債権總論(民法講義Ⅳ)」(昭和39年)390頁)として、共同賃借人の賃料債務も、目的物の全部を利用できることの対価であることを根拠に、性質上の不可分債務と解されている(我妻榮「新訂債権總論(民法講義Ⅳ)」(昭和39年)391頁、裁判所職員総合研修所監修「執行文講義案(改訂補訂版)」(平成23年5月一般財団法人司法協会発行)124頁以下)が、学説の中には、黙示の意思表示による不可分債務と解するものもあった(「注釈民法(11)」(昭和40年)38頁(椿寿夫執筆)に紹介されている学説参照)。 (五味髙介)

 ]]>

民事法情報研究会だよりNo.19(平成28年6月)

入梅の候、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。 さて、東日本大震災から5年、とりわけ津波による福島の原子力発電所の未曾有の事故の傷跡が大きく残り、被災地の復興に国を挙げて取り組んでいる中、またもや4月14日以降相次いで発生した熊本県を震源とする大地震により、多くの方々が被災されました。亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたしますとともに、被災された皆様に心からお見舞い申し上げます。 また、この度の震災でも、自衛隊、警察、消防、海保、その他国及び地方団体の各機関が、民間や海外の支援者の方々とともに一丸となって対応する姿を見聞きするにつけ、日本という国について改めて誇らしく感慨を覚えたところであり、被災地の対応に当たられた皆様には深い敬意を表したいと思います。(NN)

お客様の「あたりまえ」を理解する(理事 横山 緑) 「ケンミンショー」というテレビの番組がある。毎回、全国各地の限られた地域に受け継がれている食文化等を紹介している。当該地では、何の疑問もなく「あたりまえ」のこととして引き継がれていることが、全国的には「あたりまえでない」独自の文化であることを紹介している。 少し前になるが、プロ野球選手間で行われていた自チームが勝った時に円陣で声出しをした選手に現金が渡されていた問題、特に疑問を持つことなく多くの球団で行われていた。長年の間、誰からも指摘を受けることがなかったために、プロ野球選手間では「あたりまえ」になっていたのではなかろうか。 さて、同じようなことが公証役場の日常の中でもあるのではないかと思い、公証人を拝命して、これまでに感じた自分の「あたりまえ」と公証役場を利用していただく皆様の「あたりまえ」とが一致しないと感じた事案のいくつかを、振り返りながら紹介させていただく。 1 「○○公証人役場」との名称から「○○市区町役場」の出先と勘違いされ、すべての相談事案を無料で受け、解決してくれるところである、とのあたりまえ。 未だ公証制度、公証人役場の認知度は低く、公証制度・公証業務等について広範囲の者を対象に積極的に広報していくことが必要である。 広報は地道に実施していくとして、窓口へ来られた方をむげにお帰りいただくわけにもいかず、相談事案が、少しでも公証業務に関連する場合は、相談を受けることとし、広報を兼ねて業務拡大につなげている。 2 窓口業務を抱えている官公庁では昼休み時間帯(12時から13時までの時間)も執務しており、当然に公証人役場も執務をしている、とのあたりまえ。 公証人が一人の役場であり、交替制勤務シフトを組むことができないため、事務室入口に、「昼休み時間であり1時までお待ち下さい」とのお知らせを掲出し、事前に昼休み時間帯も執務をしているかの確認をしていただいたお客様には昼休み時間帯の執務ができないことの事情を説明して理解を得ることに努めているが、すんなりと理解を示すお客様は少なく、公証役場を利用する者の事情を最優先し、対応すべきであると主張される。現実の問題として、昼休み時間帯について事務室を施錠しておくこと、着信の電話を受けないわけにもいかず、書記の協力を得て、来訪されたお客様、電話をかけてきたお客様については、通常の執務時間帯と同様の対応をしている。 3 証書作成に必要な書類等の説明を聞くためにわざわざ公証役場に出向くまでもなく、電話ですべてが済ませられるべき、とのあたりまえ。 当役場も公正証書遺言の作成が増加している。これに比例するように士業の者に依頼することなく遺言者自らができるのであれば、必要書類を準備して作成したいとする者が増加している。これらの遺言者は高齢者が多く、公証役場へ出向くのは最小限にしたいとして電話により説明を求める者が多い。戸籍・印鑑登録証明書・住民票・登記事項証明書等の必要書類について説明をするが、本籍と住所の相違が理解できない者も多く、特に必要戸籍について理解を得られるまでに30分を超すことが度々ある。長時間に及ぶ者には、電話回線が1本しかなく他のお客様からの電話利用ができない状況にあることを説明して理解を得ようとするが、自分もお客様であり、そのような扱いをされることは心外であると、さらに長時間電話回線を占有されることになる。 書類の収集等を手伝ってもらえる相続人・受遺者がいないか、あるいは、大切な証書作成であることを説明し、専門家に依頼する方法があることを説明することもありである。 4 公正証書の記載事項、必要書類はネットで見ればわかる、とのあたりまえ。 事案により準備していただく書類が異なる旨を説明しようとすると、インターネットで見て調べてあるので必要はないとの申し出がある場合に多くあるのが、具体的に証書作成する内容と参考にしたネットの事案とが一致していない場合である。必要書類が不足していることを説明すると、インターネットの記載が間違っているのか、なぜそのような情報が誰でも見ることができるのか、と当方の対応に問題があるがごとく責められることになる。 某公証人のホームページでは必要書類として記載がない場合であっても、証書を作成する公証人が必要と判断する書類・情報がある場合の説明には苦慮するが、必要性について丁寧に説明をすれば理解は得られる。 5 公正証書作成にあたり見積書の作成に応じるべき、とのあたりまえ。 公正証書作成の依頼をしたいが費用はいくらか、見積書の作成をお願いするとの電話がある。その際には、公正証書作成手数料の積算方法を説明することとし、どこの公証役場で作成されても公証人手数料令に基づき積算される旨を説明している。 事案の概要を説明するので具体的に積算するように求めてくる者については、あくまでも概算であるとの説明をしたうえで費用を積算することとしているが、見積書の作成に応じることはしていない。 概算を積算して伝えた者から、他の公証役場の見積額と当役場の見積額が違う、なぜ違うのか事細かに説明を求められたことがある。公正証書作成にあたり、相見積もりを取って依頼先公証役場を検討されている者がいることを知ることとなった。 6 自筆証書遺言書についても公証人が内容確認をしてくれる、とのあたりまえ。 公証役場は、遺言書作成に関するすべての業務をしてくれるところとの誤った情報のもと、自筆証書遺言書作成、相続税対策、相続人間の争いの仲裁等を求めて訪れる者がいる。公証人は、公正証書遺言の作成をするものであり、その他については関与できない旨を説明し、それぞれ専門に対応する資格者を紹介し、そこへ相談等にいかれるよう助言すると、「金儲けにならないことは断るのか。」、事務室の書棚にある図書を指し示し、関連する箇所を複写するように求めてくる。「公証人役場」の名称からの勘違いがそのような発言につながっているのではないかと考える。 便宜を図って、何らかの対応をすると、後日、「以前は対応してもらったのに今回は対応できないのか。」との追求を受けることになりかねないので、毅然とした対応が求められる。 7 遺言者の意思確認をしてあるので、証書作成時における公証人による遺言者の意思確認は不要である、とのあたりまえ。 遺言者が、遺言公正証書作成日の事前に説明をしに来ることなく、相続人あるいは士業の者が説明にきた場合には、証書作成時、遺言者に対し、公証人が改めてゼロから遺言内容の説明を求めているが、当役場を初めて利用される士業の者の中には、「遺言者がしっかりしているときに遺言内容を確認してあるので、公証人に対して説明がきちんとできないかもしれないが問題はない。」との発言をされたことがある。案の定、遺言者は、説明をすることができなく、証書の作成をすることはできなかった。また、事前に説明に来た相続人は、「遺言の内容をきちんと覚えさせ、間違いなく説明することを老人に求めても無理である。公証人は老人をいじめるのか。」と発言をされ、このような公証人に作成を依頼することはできないので、他の公証人にお願いするとして、作成依頼を撤回された。 遺言者の意思確認、遺言内容の確認は、公正証書遺言の信頼性確保のため、後日の紛争防止のためにも、厳格に対応しなければならない。公証人は、証書作成当日における遺言者の説明を受けて、遺言内容を変更した証書を作成すること、場合によっては遺言公正証書作成の中止について躊躇してはならない。 8 委任状提出による証書作成時における公証人による委任者の意思確認は不要である、とのあたりまえ。 印鑑登録証明書を添付した委任状による公正証書作成時に、公証人が委任者の意思確認をすることはないとの思い違いをされている(同種事案で公証人が意思確認の手続をこれまでにしたことはなかった。)受任者に対し、委任内容に疑問があり、疑問事項の確認をするために書類の提出を求めたところ、これを拒否したため、委任者が公証役場へ出向くことができず、確認のための書類の提出をされないのであれば、公証人が面談して確認するため委任者宅へ出向き、委任内容を確認する旨伝えたところ、公正証書作成依頼を撤回した。 公証人への任命を受けて間なしのころに、「これまでにも同様の事案について前任者に作成をしてもらっている。」、「他の役場では作成しているのになぜ作成できないのか。」との発言をして公正証書の作成を求められた事案が数件続いた。公証人として任命を受けて間もないことを説明し、適正かつ無効でない証書作成をするために、作成の可否を判断する時間を要する旨説明して対応した。また、処理した同様の事案を確認するので、前任者が作成した事案、他の役場の情報を聴取することが肝要である。他の役場の情報については、当該役場に迷惑をかけることになるから教えることはできないと受任者は説明し、速やかに証書の作成ができないのであればその役場に依頼するとして、作成依頼を撤回した。 9 債務者の居所がわからなくなった場合は、公証役場が探し強制執行の手続をしてくれる、とのあたりまえ。 特に、離婚給付等契約公正証書作成時に交付送達手続をしてある場合であって、債務者の所在が不明となり連絡が取れなくなった場合に債務者の所在確認・探索、強制執行手続の申立てのすべてを公証役場がしてくれるとの思い違いをしている債権者(若くして離婚する者に多い)がいる。証書作成時は、離婚することのみに関心があり、強制執行等についての説明を理解することなく、場合によっては聞いていない。証書作成時における強制執行認諾条項付きの公正証書の意義、効力等について、より丁寧に、かつ具体的に説明をする必要性を痛感する。 お客様の「あたりまえ」への対応 当然のことであるが、お客様への対応は、公証人一人ではなく、公証役場に勤務する公証人・書記全員によるチームプレーが求められる。公証人が対応できるまでお待ちいただく、間違った対応をするよりは良いのかもしれないが、お客様は不満を抱かれることになる。いかに納得してお待ちいただくか、かゆいところに手が届く対応が求められる。お客様の仕草や表情、声に出されなくても、何を求められているのかを的確に察知できなければ、お客様への対応としては不十分であり、お客様にとって「あたりまえ」の対応でないとして、窓口でのトラブルに発展しかねない。 自分もお客様と直接に接する業務から長年月離れていたため、公証人として執務を開始した当初は、お客様の「あたりまえ」に気付くことができなく、少なからず戸惑いを感じることがあった。 お客様の思いを確実に証書の内容に反映するためには、お客様の「あたりまえ」である思い、話を最後まで「ゆっくり、じっくり、穏やかに」肯定を前提に聴くことが大切であるとの結論に至った。 一人でも多くのお客様から「公正証書を作成して良かった。ありがとう。」の言葉がいただけるよう、これからも可能な限り、お客様の「あたりまえ」である思い、話を最後まで「ゆっくり、じっくり、穏やかに」肯定を前提に聴き、証書作成に努めていきたい。

今 日 こ の 頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

遺言雑感(由良卓郎) もしも私が先に死んだらどうなりますか 多くの人が,生まれた順に亡くなるものと思い,そのことにあまり疑問も持たずに生活していると思います。家族間であればなおさらのことであり,想像すらしたくないと思います。 ですから,公正証書の作成に際して相談者とお話しをする際にも,順番通りであろうという漠然とした期待に基づいて話しをしているように思います。 しかし,必ずしもそうならないのが今の時代です。これまで大きな病気に罹ったことのない健康な人でも,いろいろな原因で突然亡くなることがあります。 ある遺言を作成した際,その遺言で財産をもらうこととなっている人から,「もし私が先に死んだらどうなりますか」と質問されたことがありました。 その方は,お元気そうでしたから,私は,その質問に戸惑いながら,その遺言は無効になると思いますよとお答えしました(遺贈は,遺言者の死亡以前に受遺者が死亡したときは,その効力を生じない(民法994①)。相続させる旨の遺言の場合について同旨(最高裁平成23年2月22日第三小法廷判決)。 しかし,その後その方の親族が来られ,先の遺言で財産をもらうこととなっている人が遺言者より先に亡くなってしまったがどうすればよいかとの相談を受けました。 また,別の事案では,遺言で相続させることとしていた子が順に亡くなり,何度か遺言を作り直したことがありましたが,何度目かの遺言の相談の際には,さすがに予備的遺言の話はあまりできませんでした。 遺言により財産をもらうこととなる人が先に亡くなった場合を想定して,予備的遺言をすることは少なくありません。親子間の場合,親にとって子が先に亡くなることは本当に寂しいし,悔しい気持ちになると思いますが,そのことを深く考えず粛々と,予備的遺言をするかどうか本人に確認せざるを得ない場合もあり,そのことが,場合によっては残酷な質問をしていることになるかも知れません。 しかし,万が一,そのような事態が生じたときに,遺言者が遺言能力を失っていた場合には,改めて遺言をすることができませんので,予備的遺言について,一応は,説明をするようにしています。 その際,できるだけ相談者の精神的負担にならないよう,当役場では,遺言の相談者に配布する説明用ペーパーに,「予備的遺言(要・否)」の欄を設け,それに従って事務的に説明し,質問するようにしています。 なぜ,父(母)はこんな遺言をしたんでしょうか 公正証書遺言は,原本を公証役場で保管します。本人が100歳ないし120歳くらいまで保管します。自筆の遺言は,誤って捨てたり,誰かに破棄されたりしてなくなってしまうこともあり得ますが,公正証書遺言の場合は,そのような心配がありません。もし,遺言書が見つからなければ,遺言者本人が亡くなった後,利害関係者である法定相続人は,公証役場に保管されている遺言書原本から謄本の交付を受けることもできます。 公証役場の業務や,公正証書遺言について説明や講演を頼まれた際には,こういった公正証書遺言のメリットを説明しています。 あるとき,「父が亡くなったが,遺言をしているようだ」として,遺言の謄本請求がありました。謄本を見たあと,その方から,「なぜ,父はこんな遺言をしたんでしょうか」と聞かれたことがありました。 それは本人でなければ分かりませんなどとお答えするのですが,遺言者は,それぞれの子の事情や,自分亡き後の〇〇家の存続などを考慮して,遺言内容を決めておられるものと思いますが,亡き親の思いを子がどれだけ理解できるかは,区々であろうと思います。 それで,遺言の相談者には,遺言が効力を生じたときにはあなたはこの世の中にいないのですから,子が,なぜこのような遺言をしたのかと親に聞きたいと思っても聞くことはできませんし,あなたも説明することができません。ですから,残された家族へのあなたの最後のメッセージとして,遺言内容についての説明や家族への思いなどを残されてはいかがですかなどとお勧めするようにしています。 もっとも,皆さんが同調して下さるわけではありませんが。 おわりに 公正証書遺言の作成は増加傾向にあります。だからこそ,遺言の執行が少しでもスムーズにいくようにと思い,上記のほか,財産もできるだけ具体的に記載した方がよい旨お勧めすることもあります。しかし,十分に理解が得られていないように思います。今後とも工夫をして説明して参りたいと思っているこのごろです。 末筆になりましたが,本年4月には,熊本,大分方面で大規模な地震が連続して発生し,甚大な被害が発生しました。 被災された方々に対しまして,改めてお見舞いを申し上げますとともに,一日も早い復旧を心からお祈り申し上げます。 (福山公証役場)

 img010

 

実 務 の 広 場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.35 「相続させる遺言」に関する判例の動向

はじめに 周知のように,公証実務において広く用いられてきた,特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」旨の遺言(以下「相続させる遺言」という。)の法的性質については、最高裁平成3年4月19日判決(民集45巻4号477頁、東京公証人会会報(以下「会報」と略称)平成3年6月号7頁。以下「平成3年最判」という。)において、遺贈(民法964条)と解すべき特段の事情がない限り、遺産分割方法の指定(民法908条)と解するのが相当であり、かつ、これにより何らの行為を要することなく被相続人の死亡の時に直ちに当該遺産が当該相続人に相続により承継されるものと解すべきであるとの判断が示されました。 これにより、相続させる遺言の法的性質をめぐる議論に一応の決着が図られましたが、そもそも相続させる遺言については明文がなく、この遺言の結果どのような法律関係が生ずるかは専ら解釈(判例の集積)に委ねられているため、その後も、相続させる遺言による不動産の取得と登記の要否、あるいは相続させる遺言により遺産を取得するとされた推定相続人が遺言者の死亡以前に死亡した場合の当該遺言の効力等に関する最高裁判例や下級審裁判例が出され、学説上も活発な議論が続いている状況にあります。 そこで、本稿では、平成3年最判以後における相続させる遺言に関する判例等の動向を概観することとしたいと思います。 1 平成3年最判の要旨 (1) 平成3年最判の判示については、今更紹介するまでもないと思われますが、以下に紹介する判例等における判断の前提となっているものですので、その要旨を次に掲げておきます。 ① 特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」趣旨の遺言は、遺言書の記載から、その趣旨が遺贈であることが明らかであるか、又は遺贈と解すべき特段の事情のない限り、当該遺産を当該相続人をして単独で相続させる遺産分割の方法が指定されたものと解すべきである。 ② 特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」趣旨の遺言があった場合には、当該遺言において相続による承継を当該相続人の受諾の意思表示にかからせたなどの特段の事情のない限り、何らの行為を要せずして、当該遺産は、被相続人の死亡の時に直ちに当該相続人に相続により承継されるものと解すべきである。 (2) 平成3年最判は、特定の遺産を特定の相続人に相続させる遺言に関する事案ですが、その判示は、遺産の全部を1人の相続人に相続させる遺言にも当てはまるものと解されています。また、相続させる遺言により遺産分割方法の指定がされ、その対象財産の価額が当該相続人の法定相続分を超える場合には、相続分の指定(民法902条)を伴う遺産分割方法の指定と解するのが一般的です。 2 相続させる遺言による不動産の取得と登記 (1) 相続させる遺言に関する問題の1つとして、対抗問題すなわち特定の不動産を特定の相続人に相続させる遺言により、当該不動産を取得した相続人は、登記なくして第三者に対抗することができるかという問題が指摘されていました。 この点につき、最高裁平成14年6月10日判決(判時1791号59頁、会報平成14年12月号3頁。以下「平成14年最判」という。)は、被相続人甲が妻に全財産を相続させる遺言を残して死亡した後、甲の子Aの債権者が、相続財産中の不動産についてAに代位して法定相続分による相続登記を経由した上、Aの持分に対する仮差押え及び強制競売を申し立て、これに対する仮差押え及び差押えがされた事案につき、平成3年最判を引用して、特定の遺産を特定の相続人に相続させる遺言は、特段の事情がない限り、何らの行為を要せずに、被相続人の死亡の時に直ちに当該遺産が当該相続人に相続により承継されるとした上、相続させる遺言による権利の移転は、法定相続分又は指定相続分の相続の場合と本質において異なるところはなく、法定相続分又は指定相続分の相続による不動産の権利の取得については、登記なくしてその権利を第三者に対抗することができる(最高裁昭和38年2月22日判決・民集17巻1号235頁、最高裁平成5年7月19日判決・裁判集民事169号243頁)のであるから、これらの場合と同様、相続させる遺言による不動産の権利の取得については、登記なくして第三者に対抗することができると判示しました。 (2) 平成14年最判については、相続させる遺言は、被相続人の意思に基づく財産処分であるという点で、遺贈と共通性を有するところ、不動産の受遺者が自らの権利取得を第三者に対抗するためには登記の具備か要求されていること(最高裁昭和39年3月6日判決・民集18巻3号437頁)との整合性など様々な批判がみられるようです。遺言の内容を知らない第三者の保護の必要性は、既に指定相続分に関する前掲最高裁平成5年判決についても指摘されている点ですが、他方、本件のように、第三者が相続人の債権者である場合、相続開始直後に当該不動産が差し押さえられる可能性が低いとはいえず、被相続人の最終意思(例えば、A・B2人の子があり、Aが多額の借金を抱えているため、自己の遺産がその返済に充てられることを避けて、自分の面倒もみてくれているBに遺産を残したい場合)の実現を大きく制約するおそれがあると思われます。このことから、表見法理(民法94条2項又は32条1項後段の類推適用)や権利濫用法理による第三者の保護の余地を残した上、本判決に一定の積極的評価を与えることができるとする見解もあります(加毛明「相続させる旨の遺言と登記」民法判例百選Ⅲ親族・相続〔別冊ジュリスト〕150頁)。 なお、遺贈による不動産の取得については、遺言執行者が選任されている場合、相続人は遺言の執行を妨げる行為をすることはできず(民法1013条)、相続人が遺贈目的不動産を第三者に譲渡し又は第三者のため抵当権を設定したとしても、相続人の処分行為は無効であるから、受遺者は、当該不動産の取得を登記なくして第三者に対抗できるとされており(最高裁昭和62年4月23日判決・民集41巻3号474頁)、公正証書遺言の場合、遺贈については併せて遺言執行者を指定しておくのが通例ですから、実際上自筆証書遺言等において、その指定がない場合に限られると思われます。 3 相続させる遺言により遺産を相続させるものとされた推定相続人が遺言者の死亡以前に死亡した場合の当該遺言の効力 (1) 次に紹介するのは、相続させる遺言により遺産を相続させるものとされた推定相続人(以下「受益相続人」という。)が遺言者の死亡以前に死亡した場合の当該遺言の効力が争われた最高裁平成23年2月22日判決(民集65巻2号699頁、会報平成23年11月号3頁。以下「平成23年最判」という。)です。 事案は、Aは、遺産全部を子Bに相続させる旨を記載した条項及び遺言執行者の指定に係る条項の2か条から成る公正証書遺言をしていたが、Aが死亡する前にBが死亡したことから、Aのもう1人の子Xが、Aの遺産である土地建物(以下「本件不動産」という。)につき、Aの死亡により2分の1の持分を有すると主張して、Bの子(代襲相続人)であるYらに対し、Xが本件不動産の持分2分の1を有することの確認を求めたものです。 第1審の東京地裁平成20年11月12日判決(金商1366号28頁)は、本件遺言は、遺産分割方法の指定と解され、これを遺贈と解することはできないから、民法994条1項により失効するものではなく、被相続人が特定の相続人に対し、相続により承継させるとした遺産については、原則として代襲相続するものと解するのが相当であり、本件不動産につきXに2分の1の持分を認めることはできないとして、Xの請求を棄却しました。これに対し、第2審の東京高裁平成21年4月15日判決(金商1366号27頁)は、①遺言者が相続分の指定又は遺産分割方法の指定をしても、その対象となった相続人が遺言者の死亡以前に死亡していた場合には、当該遺言はその効力を生じないというべきである、②もっとも、当該遺言の趣旨として、その場合には、当該相続人の代襲相続人にその効力を及ぼす旨を定めていると読み得ることもあるが、これは遺言の解釈の問題であって、遺言が相続分又は遺産分割方法の指定であるというだけで、直ちに当該遺言には代襲相続人にその効力を及ぼす趣旨が含まれていると解するのは相当でない、③本件遺言書の記載からは、Aの死亡以前にBが死亡した場合には、代襲相続人にその効力を及ぼす趣旨が含まれていると解することはできず、本件遺言は、Bの先死亡により失効したものというべきであると判示して、1審判決を取り消してXの請求を認容しました。 (2) Yらは上告しましたが、本判決は、遺産を特定の相続人に単独で相続させる旨の遺産分割の方法を指定する「相続させる」旨の遺言は、当該遺言により遺産を相続させるものとされた推定相続人が遺言者の死亡以前に死亡した場合には、当該「相続させる」旨の遺言に係る条項と遺言書の他の記載との関係、遺言作成当時の事情及び遺言者の置かれていた状況などから、遺言者が当該推定相続人の代襲者その他の者に遺産を相続させる旨の意思を有していたとみるべき特段の事情のない限り、その効力を生ずることはないと解するのが相当であるとした上、本件遺言書には、Aの遺産全部をBに相続させる旨を記載した条項及び遺言執行者の指定に係る条項のわずか2か条しかなく、BがAの死亡以前に死亡した場合にBが承継すべきであった遺産をB以外の者に承継させる意思を推知させる条項はないなどとして、上記特段の事情があるとはいえず、本件遺言は、その効力を生ずることはないと判示して、Yらの上告を棄却しました。 (3) 従前、相続させる遺言における受益相続人が遺言者の死亡以前に死亡した場合、当該遺言は効力を生じないと解するのが一般的であったと考えられます。そこで、公証実務においては、そのような場合に備えて予備的遺言(補充遺言)を併せて残しておくことが少なくなく、また、登記実務においても、その効力が生じないことを前提とした取扱いが行われてきました(昭和62年6月30日民三第3411号民事局第三課長回答)。 ところが、東京高裁平成18年6月29日判決(判タ1256号175頁、会報平成19年6月号4頁)が、遺産分割方法を指定した相続させる遺言により遺産を取得するとされた者が被相続人より先に死亡した場合、相続人に対する遺産分割方法の指定による相続は、指定相続分による相続と性質を異にするものではなく、相続の法理に従い、代襲相続を認めるのが相当であるから、当該受益相続人が相続開始前に死亡していたときは、代襲相続に関する規定の適用ないし準用により、その者の子が代襲相続するものと解するのが相当であるとした以後、本件第1審判決のように、この代襲相続説に立つ下級審裁判例が現れ、学説上もこれを支持するものが出てきたといわれていました。他方、否定説(東京高裁平成11年5月18日判決・金判1068号37頁、本件原審判決など)は、遺言者の意思は受益相続人その人に向けられている点を重視して、受益相続人が先に死亡した場合には、当該遺言は当然に失効し、その代襲者に効力が及ぶことはないとしていました。(4) このような状況の中で、平成23年最判は、遺言者は、一般に各推定相続人との関係においては、その者と各推定相続人との身分関係及び生活状況、各推定相続人の現在及び将来の生活状況及び資産その他の経済力、特定の不動産その他の遺産についての特定の推定相続人の関わりあいの有無、程度等諸般の事情を考慮して遺言をするものであり、相続させる遺言がされる場合もこれと異なるものではなく、相続させる遺言をした遺言者は、通常、遺言時における特定の推定相続人に当該遺産を取得させる意思を有するにとどまるものと解した上で、上記のとおり、特段の事情のない限り、その効力を生ずることはないとしました。 平成23年最判の特徴は、従前議論されてきた代襲相続の可否の問題としてではなく、遺言の解釈の問題としてとらえた点にあると思われます。すなわち同判決は、「当該推定相続人の代襲者その他の者」との文言からも明らかなように、相続させる遺言において受益相続人が先に死亡した場合には、例外なく民法887条2項等による代襲相続は生じないとした上で、当該遺言の解釈により、その場合には、代襲相続人等に当該遺産を承継させる意思が遺言者にあるものと認められれば、当該遺言の効力を認めることができる旨を判示したものと考えられ、同判決をもって「原則として代襲相続」を否定したものと理解するのは正確ではないでしょう(最高裁判所判例解説民事篇平成23年度(上)110頁(注14)〔伊藤正晴〕、浦野由紀子「相続させる旨の遺言により相続させるとされた推定相続人が遺言者の死亡以前に死亡した場合」平成23年重要判例解説(別冊ジュリスト)88頁)。また、このことから受益相続人が先死亡した場合の遺言の効力について、その法的性質が遺贈であるか、相続分の指定又は遺産分割方法の指定であるかによって結論を異にする合理的な理由が見出し難い上、その場合に代襲相続を肯定することが遺言者の一般的意思とは考え難いという点も理解できるのではないかと思われます。例えば、受益相続人である長男が先死亡した場合、遺言者としては、その代襲者である長男の子(孫)ではなく、他の相続人である二男あるいは長女に承継させたいということも十分あり得ることでしょう。 (5) どのような場合にどのような遺言者の意思が認められるか(特段の事情の有無)については、事案ごとの認定問題ですので、今後の事例の集積を待つことになりますが、前掲最判解説106頁〔伊藤〕は、上記東京高裁平成18年6月29日判決の事案のように、複数の相続人それぞれに法定相続分を意識した割合で遺産を割り当てる内容の遺言の場合には、受益相続人先死亡の事態が生ずれば、その代襲相続人に相続させる意思を有していたものと認定し得ることが多いように思われ、逆に複数の相続人のうちの1人のみに全ての遺産を相続させるとし、遺産の承継に関しその余の条項が特に定められていないときは、受益相続人の先死亡の場合の遺言者の意思を認定することは困難であることが多いと考えられるとしています。また、脇村真治・法律のひろば64巻9号53頁は、遺言書中に補充的条項がないにもかかわらず、受益相続人の代襲者等に遺産を相続させる旨の意思を有していたとみるべき特段の事情があると評価できる場合は、そのような意思を有していたことをうかがわせる記載が当該遺言書にある場合に限られるのではないかとしています。 肝要なのは、遺言書の作成に関わる者が受益相続人先死亡の場合に備えた補充的条項を設けることを常に意識しておくことでしょう。公証実務では、これまでも予備的遺言として補充条項を設けておくことが少なくありませんでしたが、今後も本判決及び平成23年7月1日付けの法務局・地方法務局総務課長宛民事局総務課担当補佐官事務連絡の趣旨を踏まえ、積極的に遺言者の意思を確認した上で、予備的遺言を記載しておく必要があると思われます。 4 相続人のうちの1人に対して財産全部を相続させる遺言と相続債務の承継 (1) 次は、相続人のうちの1人に対して財産全部を相続させる遺言があった場合、相続債務は誰が承継するのか、遺留分侵害額の算定に当たって遺留分権利者の法定相続分に応じた債務の額を遺留分の額に加算することの可否が争われた最高裁平成21年3月24日判決(民集63巻3号427頁、会報平成22年2月号2頁。以下「平成21年最判」という。)です。   事案は、相続人の1人であるXが、被相続人から遺産全部を相続させる遺言によりこれを相続した他の相続人Yに対し、遺留分減殺請求権を行使したとして、相続不動産について所有権一部移転の登記手続を求めたというものです。 本判決は、①相続人のうちの1人に対して財産全部を相続させる旨の遺言により相続分の全部が当該相続人に指定された場合には、遺言の趣旨等から相続債務については当該相続人に全てを相続させる意思のないことが明らかであるなどの特段の事情のない限り、当該相続人に相続債務を全て相続させる旨の意思が表示されたものと解すべきであり、これにより相続人間においては、当該相続人が指定相続分割合に応じて相続債務を全て承継すると解するのが相当であるから、②遺留分侵害額の算定に当たり、遺留分権利者の法定相続分に応じた相続債務の額を遺留分の額に加算することは許されないものと解するのが相当であると判示しました。また、本判決は、③当該遺言による相続債務についての相続分の指定は、相続債権者に対してはその効力が及ばず、各相続人は、相続債権者から法定相続分に従った相続債務の履行を求められたときはこれに応じなければならず、他方、相続債権者の方から相続債務についての相続分指定の効力を承認し、各相続人に対し指定相続分に応じた相続債務の履行を請求することは妨げられないとしました。 (2) 本件遺言は、Yの相続分を全部と指定し、その遺産分割方法の指定として遺産全部の権利をYに移転する内容を定めたものですが、この場合、その効力がAの有している相続債務にも及ぶかが問題となり、本判決は、上記のとおり判示して、これを肯定しました。 遺言者の意思解釈の問題ですが、相続させる遺言がされた場合でも、相続債務をも相続させる趣旨とは解されないとする考え方もあるようです。しかし、相続させる遺言により遺産分割の方法が指定され、その財産の価額が当該受益相続人の法定相続分を超える場合には、相続分の指定を伴う遺産分割方法の指定と解するのが一般的であり、また、相続分の指定がされた場合、指定の効力は相続債務にも及び、共同相続人間では、各相続人が相続債務について指定相続分の割合により承継又は負担するものと解されています。したがって、遺産全部を相続人の1人に相続させる遺言がされた場合には、特段の事情がない限り、相続人間においては、相続債務についても全てその者が承継又は負担することとなるでしょう。(3) 最高裁平成8年11月26日判決(民集50巻10号2747頁、会報平成9年11月号2頁)は、被相続人が相続開始時に債務を有していた場合の遺留分の侵害額は、被相続人が相続開始時に有していた財産の価額にその贈与した財産の価額を加え、その中から債務の全額を控除して遺留分算定の基礎となる財産額を確定し、それに法定の遺留分の割合を乗じるなどして算定した遺留分の額から、遺留分権利者が相続によって得た財産の額を控除し、同人が負担すべき相続債務の額を加算して算定すべきものとしています。平成21年最判は、これを前提として、財産全部を1人の相続人に相続させる遺言がされた場合、相続人間においては、遺留分権利者が債務を履行すべき負担部分はないから、遺留分権利者の遺留分侵害額の算定において、遺留分の額に加算すべき相続債務の額は存しないこととなるとしたものです。 (4) 遺言書の作成に当たっては、遺言者の側から相続債務の負担がどうなるのかという質問があることもあると思われますが、この平成21年最判の判示を踏まえ、共同相続人間では、相続分の指定割合に応じた相続債務を負担することとなるとしても、相続債権者から請求があれば、法定相続分の割合に応じて相続債務を履行しなければならない点に留意しておく必要があるでしょう。 なお、相続させる遺言による遺産の取得についても、遺留分減殺請求の対象となることについては後述します。 5 相続させる遺言による特定遺産取得の利益の放棄の可否 (1) ここで取り上げるのは、相続させる遺言によって特定の遺産を相続することとなった受益相続人が、その特定遺産の取得を希望しない場合、これを放棄することができるかという問題です。 すなわち、遺言によって、財産全部を「相続させる」、あるいは包括して遺贈するとされている場合、これを放棄するには、家庭裁判所に対し、相続放棄又は包括遺贈放棄の申述をすることになり、債務を含む全財産を取得するか、全財産を放棄するかの選択しかありません。 これに対し、特定遺贈の場合には、受遺者は、遺言者の死亡後いつでも放棄することができ(民法986条1項)、また、特定遺贈のうちのある財産のみを放棄することも可能と考えられています。特定遺贈の放棄の意思表示には期間の制限がなく、その方式についても特別の制限はありません。 (2) それでは、特定遺産を相続させる遺言の場合はどうでしょうか。この場合、特定遺産を相続させるとされた受益相続人が、相続放棄をすること自体は何ら差し支えありませんが、相続放棄をすれば、さかのぼって相続人の地位を喪失することになります。 問題は、相続させる遺言による特定遺産の取得の利益を放棄することができるかということです。すなわち、相続させる遺言による特定遺産の取得は、遺産分割方法の指定(対象財産の価額が受益相続人の法定相続分を超えるときは、相続分の指定を含む。)であり、その承認・放棄に関する規定がないため、特定遺贈の放棄(民法986条1項)と同様、取得を希望しない特定遺産についてその取得の利益を放棄することができるかという点です。この点については、①遺産分割方法の指定及び相続分の指定については承認・放棄の制度がなく、遺贈のような明文の規定がないこと、あるいは共同相続人は遺言者の意思に拘束され、相続人の1人が無条件かつ一方的に変更することはできないとして、これを否定する考え方と、②被相続人の意思であっても、当該相続人の意思を全く無視してこれを拘束することはできないこと、負担付きなど遺産の承継は必ずしも当該相続人の利益になる場合に限られないこと、当該相続人に対して全く遺産の取得ができなくなる相続放棄か、希望しない特定遺産の取得かの二者択一を迫るのは不当であること等から、民法986条1項の趣旨は相続させる遺言にも妥当するとして、同項の類推適用を肯定する考え方があるとされています(雨宮則夫「相続させる旨の遺言について遺贈の規定の類推適用が認められるか」公証法学44号35頁以下)。 なお、共同相続人全員の合意があれば、遺言の内容と異なる遺産分割協議を成立させることは可能であると考えられており、共同相続人全員の合意が認められる限り、相続させる遺言の対象とされた特定遺産を含めて遺産分割協議の対象とすることは差し支えないものと考えられます。 (3) この点が争われたのが東京高裁平成21年12月18日判決(判タ1330号203頁、会報平成23年5月号5頁)です。事案は、被相続人が不動産全部(主として農地)を相続人の1人Yに相続させる旨の公正証書遺言をしていたが、Yはその取得を望まず、むしろ法定相続分の割合による現金及び貯金債権の取得を望み、他の相続人X、Zも同様であったことから、XがY及びZを相手方として、遺産分割を申し立て、その後の審判手続中において、Yは上記遺言の利益を放棄する旨述べたというものですが、原審判は、Aの遺志を尊重して、Yには本件不動産並びに現金及び貯金債権を法定相続分割合で取得させ、Y及びZには貯金債権のみを法定相続分割合で取得させました。 これに対し、本判決は、①相続させる遺言により特定の不動産を承継した相続人は、相続開始時に当該不動産の所有権を何らの行為を要しないで確定的に取得したものであるから、当該相続人が遺産分割の事件手続中で遺言の利益を放棄する旨述べただけでは、本件不動産が遺産分割の対象となるものではなく、また、全当事者間で本件不動産を遺産分割の対象とする旨の合意が成立している場合とも認められないから、本件不動産は遺産分割の対象とはならないとした上で、②本件不動産については、その現在価値にもかかわらず、全相続人が本件農地とは離れて暮らし、農地等の転売等の見通しも立ちにくいことその他から遺産分割により取得させられることを嫌忌される財産であることにかんがみ、民法903条を類推して生計の資本として贈与を受けたものとは認め難く、仮にこれが認められるとしても、本件遺言には持戻し免除の黙示的な意思表示が包含されているものと解釈するのが相当であると判示して、③原審判を変更し、本件不動産を除くその余の相続財産(現金及び貯金債権)を3等分して各相続人に取得させました。 (4) 本件は、特定遺産を取得させるものとした相続させる遺言の法的性質及びその効果をどう考えるのかとは別に、遺言者の意思を絶対的なものとするか、当該遺言による利益を享受するかどうかについての受益相続人の承認・放棄の自由との調整を認めるかどうかの問題と考えられます。同じく物権的効果が認められている遺贈については、受遺者による承認・放棄の自由が認められていること(民法986条1項)等を勘案すると、相続させる遺言についても、同様の調整が必要であると思われます。 地方の公証役場にいると、「子どもは全員都会に住んでいて、戻ってくるつもりもない、田舎の土地は要らないと言っている。」などと相談を受けることがあります。当該特定遺産の受益相続人がその取得を望まない場合でも、遺言者の最終意思を尊重しつつ、共同相続人全員による話し合いの中で、当該特定遺産を含めた遺産分割協議が円満に成立すれば、それに越したことはないでしょう。雨宮・前掲公証法学44号39頁は、「実際に、遺産分割調停の実務では、特定「相続させる」旨の遺言についてであっても、調停成立(合意)を目指しての話し合いであるので、遺贈と同様に放棄できることを前提として進めることが多いと思われる。」としています。 問題は、遺産分割の協議や調停において全員の合意が成立しなかった場合ですので、今後の事例の集積に注目したいと思います。 6 相続させる遺言による特定遺産の取得と特別受益 (1) 特定の遺産について相続させる遺言があった場合、平成3年最判によれば、当該特定遺産は特段の事情がない限り、何らの行為を要せずして、受益相続人が被相続人の死亡の時に直ちに相続によりその権利を取得することになります。そこで、相続させる遺言の対象とされた特定の遺産のほかに遺産がある場合には、当該特定遺産を除く遺産についての分割手続が行われることになりますが、その場合、遺贈であれば、特別受益として持戻しの対象となる(民法903条1項)ものの、相続させる遺言による特定遺産の取得については明文がないので、生前贈与や遺贈による特別受益との関係でどう処理すべきかが問題となります。 (2) この問題について明確に判示した最高裁判例は見当たりませんが、下級審裁判例として、①相続させる遺言による特定の遺産の承継についても、民法903条1項の類推適用により特別受益として持戻し計算の対象になるとしたもの(山口家裁萩支部平成6年3月28日審判・家月47巻4号50頁)、②特定物を相続させる旨の遺言により、当該特定物は被相続人の死亡と同時に当該相続人に移転しており、現実の遺産分割は残された遺産についてのみ行われるのであるから、それは特定遺贈があって、当該特定物が遺産から逸出し、残された遺産について遺産分割が行われる場合と状況が類似しているということができ、相続させる遺言による特定遺産の承継についても、民法903条1項の類推適用により、特別受益の持戻しと同様の処理をすべきであるとしたもの(広島高裁岡山支部平成17年4月11日決定・家月57巻10号86頁)があります。 (3) この問題については、①相続させる遺言は遺贈と同様、相続開始と同時に権利移転効を有し遺産分割対象財産から直ちに逸出することに着目し、民法903条を類推適用して特定遺産を遺贈財産と同様に特別受益として扱い、持戻し計算の対象になるとする特別受益該当説と、②相続させる遺言は遺産分割方法を指定するものであって、特定遺産は一部分割されたものと解し、残余財産の分割に当たっては、特定遺産を特別受益とすることなく、遺産の一部取得分としてこれを控除した残りの相続分を算定することになるとする特別受益非該当説の両説があるといわれています。雨宮・前掲公証法学44号50頁は、「公証実務では、相続人に対しては遺贈ではなく、「相続させる」旨の遺言をするというのが通常であり、遺言者としても相続人に対する遺贈に限りなく近い趣旨で「相続させる」旨の遺言がなされていることを考慮すると、民法903条を類推適用して特別受益となるとして処理することが相当であると思われる。」としています。 このような問題が生ずるのを避けるためにも、遺言書の作成に当たっては、できるだけ遺産の全部を対象とした遺言を残しておくのが望ましいといえますが、実際に、一部の遺産のみを対象に相続させる遺言を作成することとなった場合において、遺言者が当該遺産だけは別で、その余の遺産を分割するときは、これを考慮しないで分けてほしいと考えているときは、併せて特別受益持戻し免除の意思表示をしておくのがよいでしょう。 7 相続させる遺言による遺産の取得と遺留分減殺 (1) 平成3年最判は、相続させる遺言について、「場合によっては、他の相続人の遺留分減殺請求権の行使を妨げるものではない。」とも判示していますが、傍論的な部分であり、その性質・方法については明らかではありません。   この点に関し、最高裁平成10年2月26日判決(民集52巻1号274頁、会報平成10年10月号13頁)は、相続させる遺言により、特定の不動産を取得した受益相続人に対し、他の相続人が、遺留分減殺請求権の行使により当該不動産について同人に帰属した持分の確認と移転登記を求め、その場合における民法1034条所定の目的価額が争点となった事案につき、相続人に対する遺贈が遺留分減殺の対象となる場合には、当該遺贈の目的の価額のうち受遺者の遺留分額を超える部分のみが民法1034条にいう目的の価額に当たるものというべきであり、特定の遺産を特定の相続人に相続させる趣旨の遺言による当該遺産の相続が遺留分減殺の対象となる場合においても、以上と同様に解すべきであるとしています。 (2) 本判決は、遺留分制度は、遺留分を侵害されていない受遺者・受贈者に対しても、その者の遺留分額を正当に保持し得ることを保障するものであり、遺留分を侵害された者からの遺留分減殺請求により減殺を受けた受遺者の遺留分が侵害されることは遺留分制度の趣旨に反すると考え、いわゆる遺留分超過説を採用したものと考えられ、また、相続させる遺言による相続も、遺留分減殺請求の対象となることを主論において始めて明示的に認めた判例として位置付けられています(最高裁判所判例解説民事篇平成10年度(上)196頁〔野山宏〕)。 (3) この問題については、遺産分割方法の指定が相続承継である点を重視すれば、相続分の指定を含む遺産分割方法の指定が遺留分を侵害するときは、相続分指定に対する遺留分減殺ということになると思われますが、他方、相続させる遺言が遺贈と同様の権利移転効を有することを重視すれば、遺贈と同様の取扱いをすることができると考えられます。雨宮・前掲公証法学44号52頁以下は、後者のように解する方が、遺贈と相続させる遺言とが同時に行われた場合の処理が簡明であり、遺留分減殺がされても遺産共有ではなく、物権的共有となり、遺産分割を必要とせず、また、減殺の順序も遺贈と同順位になるとしています。 この点に関する下級審裁判例として、①遺産全部を特定の相続人に相続させる遺言について遺留分減殺請求権の行使があった場合には、物権共有となり、民法258条の共有物分割の訴えによらなければならないとしたもの(高松高裁平成3年11月27日決定・家月44巻12号89頁、会報平成4年8月号17頁)、②死因贈与と相続させる遺言による相続の減殺の順序について、死因贈与は、通常の生前贈与よりも遺贈に近い贈与として、遺贈に次いで生前贈与より先に減殺の対象となり、相続させる遺言による相続は、遺贈と同様に解するのが相当であるとしたもの(東京高裁平成12年3月8日判決・判時1753号57頁、会報平成14年4月号3頁)等があります。 おわりに 相続させる遺言については、当該遺言による執行(特に遺言執行者の権限)の問題もありますが、本稿の紙数もかなりのものになりましたので、別の機会に譲りたいと思います。 いずれにしろ、相続させる遺言は、早くから公証実務において広く用いられ、登記実務においても、当該遺言により(遺産分割手続を経ないで)相続による所有権移転の登記を認めてきたこと、現在では自筆証書による遺言についても「相続させる」旨の文言が用いられるようになってきたこと等を考慮すると、相続させる遺言について明文の規定がないため、専ら判例や学説上の解釈に委ねられている現状は、相続・遺言という国民にとって最も身近な問題にとって望ましいことではありません(一般の方は法律を見ただけでは分からない。)。立法的解決による明確化が待たれるところといえるでしょう。 (追記) 公証人を退任して10か月が経過しました。地元で庭いじりなどをしながら、のんびりとした日々を過ごしておりますが、そろそろ拙著「設問解説・相続法と登記」の本格的な改訂作業に取りかかりたいと思っております。余談ですが、地元の新聞紙上には、毎日「告別式の案内」が掲載され、故人の氏名・年齢・自宅や式場・喪主のほか、配偶者や子はもちろん、孫や兄弟姉妹・甥姪等親族一同の氏名、町内会や郷友会、門中、友人代表の氏名等が連なっており、併せて故人が役員あるいは勤務していた会社等からの謹告も掲載され、目覚めると、まず「告別式の案内」欄に目を通すのが日課になっています。地元沖縄ならではの縁戚関係の深さや地域等との結びつきの強さを改めて感じていますが、上記2(2)に記した「第三者が相続人の債権者である場合、相続開始直後に当該不動産が差し押さえられる可能性が低いとはいえない」との指摘については、より現実的なものとして受けとめているところです。 (幸良秋夫)

No.36 消費者と事業者間の売買契約の売買代金を目的とした準消費貸借契約において、売買契約とは無関係に付した利息・遅延損害金には利息制限法の適用があるものとして、消費者契約法の上限(14.6%)を超え利息制限法の上限(26.28%)内の遅延損害金を定めて差し支えないか。(質問箱より)                      

【質 問】 売主である自動車販売業者甲と買主乙が中古自動車の売買契約を締結し,その売買代金を消費貸借の目的とする準消費貸借契約を公正証書で作成してほしい旨の依頼が,行政書士からされました。 契約の主な内容は,次のとおりです。 債務金額(売買代金) 金157,590円 利息 年18% 支払方法 平成28年から平成29年まで,毎月末日限り,元利均等方式により12回に分割して支払う。 遅延損害金 期限後又は期限の利益を喪失したときは,支払うべき元本に対する当該期限の翌日又は期限の利益を喪失した日の翌日から支払済みまで年26.28%の割合による遅延損害金を支払う。 上記公正証書案を作成するに当たり,以下の点についてご教示をお願いします。 売買代金については消費貸借とは無関係に生じた債権でありこれに利息,遅延損害金を付しても利息制限法の適用はないとされていますが,売買代金を準消費貸借の目的として利息,遅延損害金を付す場合において利息制限法の適用があるか否かは,新旧債務が同一性を有するか否かにより,もし売買代金に付された利息が,賠償金,過怠金の意味のものであれば,新旧債務は同一性を維持しているものとして利息制限法の適用を否定すべきであり,成立した準消費貸借につき純然たる利息の意味で付したのであれば,新旧債務は同一性を失っているものとして利息制限法の適用を認めるべきであり,その判断が困難な場合には,利息制限法の適用があるものとして処理するのが相当であるとされています(公正証書・認証の法律相談(第4版)P87参照)。 上記解釈により,本件契約が利息制限法の適用があるとした場合,依頼のあった契約における利息及び遅延損害金の利率(利息制限法の利率の上限)は利息制限法上は問題はありませんが,一方,本件は,自動車販売業者と買主との間の契約,つまり,消費者と事業者との間の契約であるため消費者契約法が適用されるものであり,消費者契約法第9条第2号では,遅延損害金の利率の上限を14.6%と定めていますので,利息制限法が適用されると遅延損害金(年26.28%)の利率が消費者契約法の上限(年14.6%)を大幅に超えることとなります。 ところで,消費者契約の条項の効力については,民法及び商法以外の別の法律に別段の定めがあるときはその定めるところによるものとされておりますので(消費者契約法第11条第2項),本件のように利息制限法の適用があるものとして契約するものである場合には,消費者契約法は適用されないことになりますが,このような契約を認めると消費者契約法の趣旨に反することにならないでしょうか。 【質問箱委員会回答】 1 売買代金の支払いを準消費貸借契約にした場合の利息制限法適用の可否 利息制限法が適用されるのは、同法第1条で、「金銭を目的とする消費貸借における利息」と定め、また同法第4条で、「金銭を目的とする消費貸借上の債務の不履行による損害」と定めているところから、金銭消費貸借契約があった場合に限られることは明らかであり、自動車の売買代金の支払いについては、同法が適用されることはありません。このことは、従来から判例でも、認められているところです(旧利息制限法当時の判例、大審院大正7年1月28日判決、大審院大正10年5月18日判決、大審院大正10年11月28日判決参照) それでは、自動車の売買代金の支払いを準消費貸借の目的として、新たに契約を締結した場合、新たな契約は、金銭消費貸借ですから、利息制限法の適用ありとして、そこに付される利息,遅延損害金については、同法の制約が適用されるか否かですが、準消費貸借契約を締結した例について、最高裁判所昭和50年7月17日判決は、「準消費貸借契約に基づく債務は、当事者の反対の意思が明らかでないかぎり、既存債務と同一性を維持しつつ、単に消費貸借の規定に従うこととされるにすぎないものと推定される」としていますので、この判決を受けて、一般的には,準消費貸借が金銭の支払いに関するものだからといって単純に利息制限法が適用されるとすることなく、「新旧債務が同一性を有する場合、旧債務に利息制限法の適用がなければ、新債務である準消費貸借にも適用がなく、旧債務に利息制限法の適用があれば、新債務である準消費貸借にも適用がある。」と解され、実務もそのように取り扱われています。 つまり、旧債務が売買代金支払い債務のように利息制限法の適用がない場合は、新債務である準消費貸借契約についても、利息制限法の適用はないということになります。これを本件にそのまま適用すれば、旧債務が売買代金の支払い債務で、利息制限法の適用がないことになりますから、新たに締結する準消費貸借契約についても、利息制限法の適用はないことになります。 ところが、前述の最高裁判例でも「当事者の反対の意思が明らかでないかぎり、既存債務と同一性を維持」としているので、当事者の反対の意思表示が明らかな場合は、新旧債務は、同一性のない債務として、新債務に利息制限法を適用させる余地が生じます。 当事者間では、すでに成立している準消費貸借契約ですが、これから公正証書にしようとしているところですから、嘱託人に対し、「新たに締結する準消費貸借契約は、旧債務と同一性を維持し、利息制限法の適用がないものとして成立させたいとの趣旨なのか、それとも同一性は維持しないで、利息制限法を適用させるものとして成立させる趣旨なのか。」を聞き、作成すれば問題ないことになります。 しかしながら、「利息 年18%、遅延損害金 期限後又は期限の利益を喪失したときは,支払うべき元本に対する当該期限の翌日又は期限の利益を喪失した日の翌日から支払済みまで年26.28%の割合による遅延損害金を支払う。」の定めをすることは、同一性を維持しているとみるのか、同一性は維持されていないと見るのかは、嘱託人に聞いても答えられる問題ではなく、公証人として、このような場合は、同一性は維持しているとみるかどうかを判断し、作成する必要があるものと思われます。 この点については、 ①成立した準消費貸借につき純然たる利息の意味で付したのであれば,新旧債務は同一性を失っているものとして利息制限法の適用を認めるべきであり,その判断が困難な場合には,利息制限法の適用があるものとして処理するのが相当である(公正証書・認証の法律相談(第4版)P87参照)、 ②売買代金に対する「利息」及び「遅延損害金」の割合がいずれも利息制限法の上限と一致しており、当事者間の契約内容は、利息制限法を前提としたものであると推測でき、他の面において新旧債務の同一性が維持されているとしても、旧債務において金銭の消費貸借上の「利息」等とは異なる「賠償金」、「過怠金」の意味のものが付され、それをそのまま新債務に引き継いでいることが明確であるという特段の事情がなく、準消費貸借契約締結に当たって改めて「利息」及び「遅延損害金」が定められたのだとすれば、この「利息」及び「遅延損害金」は、売買代金を目的とする金銭の準消費貸借上のものと見るのが相当であり、利息制限法の適用がある、 ③新債務に新たな利息及び損害金を付したからといって、それだけで、自動車の売買代金の支払いであるとの法的性質が変更され、同一性の無い金銭消費貸借が新たに成立したとみることは、当事者の一般的な意思に反し相当ではなく、当事者間では、新旧債務の同一性は維持されているとみるのが相当であるから、新契約に利息制限法を適用することは否定されるべきである、 との考え方があります。 ①新債務に対して、新たに利息、損害金を付す契約をしただけで新旧債務は同一性を喪失したと解してよいか、 ②については、新旧債務に同一性を維持する、すなわち代金支払い債務でありながら、なぜ利息制限法の適用を必要があるのか、 ③については、当事者が利息制限法の適用をさせたいというのであれば、それでも否定するのかという疑問があります。準消費貸借に関する判例、学説の動向は、ほぼ同じで、かつては、準消費貸借によって既存債務は消滅し、同一性のない新債務が成立するとの考えでしたが、その後、同一性の有無は当事者の意思によって定まるとし、原則として、同一性が失われると解するものと、同一性が維持されると解するものがありました。最近では、同時履行の抗弁権、担保、時効期間のような問題を考える際に、まず新旧両債務に同一性があるかどうかを判断し、その判断に基づいて、これらの事項を個別に決定しようという考え方がとられるようになりました。例えば、人的担保については、準消費貸借では原則として新旧債務は同一性を保っているから、原則として保証は新債務にも継承される、抗弁権については、準消費貸借では債務の同一性から原則として抗弁権も承継されるというように結論付けています。 そして、商品の売買を行ったその代金について、新たに準消費貸借契約を結んだような典型的な準消費貸借については、準消費貸借契約を締結することで当事者の地位に特段の変更を加えないことが当事者の意思と思われるので、このような場合は旧債務の担保と抗弁は新債務にそのまま承継されるのが、一般的な考えとされています。ただ、どのような考え方にたっても、前述の最高裁判例でも述べられているとおり、新債務の法的性質をどのように捉えるかは当事者の意思によって定まることになりますので、最終的には、この点を考慮して、判断することになると解されています。 以上、判例、学説をみたところで、本件を考えるに、 ①は、純然たる利息を付ける意図があるのであれば、新旧債務は同一性を失い、利息制限法の適用がある、 ②は、新旧債務は同一性が維持されているとしても、新たに付される利息、損害金等には、利息制限法の適用がある、 ③は、新旧債務は、同一性を維持し、利息制限法の適用はない、 との考えですが、一般的には、旧債務の自動車代金支払い債務を準消費貸借契約に変更したからといって、債務の同一性が否定されてしまうものでもなく、旧債務の性質を維持した準消費貸借契約には、当然には利息制限法の適用はないと考えるが相当であるものの、前述の最高裁判例で、「当事者の反対の意思が明らかでないかぎり、既存債務と同一性を維持」と述べているように、本件で、「利息」あるいは「損害金」を付したことが当事者の反対の意思があったと見るかどうか、つまり、このような「利息」あるいは「損害金」を付すことが、一般的に反対の意思が明らかになったものとみるかどうかということです。 この点については、前述した①、②、③のいずれの考え方も成り立つもの思います、つまり、およそこの考えは取りえないということではないので、いずれの考えによって作成したのか明らかにし、嘱託人には、このような趣旨を説明した上で、公正証書を作成することで差し支えないものと思います。 2 利息制限法と消費者契約法との適用優先関係について 前記③のように、準消費貸借契約について、利息制限法の適用がないと考える場合には、消費者契約法のみが適用となりますので、同法第9条で定める損害金の上限14.6%の範囲内でなければ遅延損害金の定めをすることができないことになります。 逆に、前記①、②のように、準消費貸借契約について、利息制限法が適用されると考えると、消費者契約法との優先関係が問題となります。利息制限法の適用があるとすると、利息制限法第4条に定める遅延損害金の利率の最高額は、年26.28%であるのに対し、消費者契約法に定める損害金の利率の上限は、14.6%であり、いずれが優先して適用されるかということが問題となります。 消費者契約の条項の効力については,民法及び商法以外の別の法律に別段の定めがあるときはその定めるところによるものとされていますので(消費者契約法第11条第2項),本件の場合は、消費者契約法は適用されず、利息制限法の適用があるものと解してよいかどうかが問題となります。 この点については、末尾参考判例のとおり、まだ明確な判例が確立していないことから、公証人として判断に迷うところですが、金銭消費貸借の過払金請求訴訟も多く提起されている状況の中で既に消費者契約法施行後15年を経過して、いまだ過払金請求訴訟において利息制限法違反ではなく消費者契約法違反であるという判例(裁判例も含めて。)が示されていないこと自体、金銭の消費貸借については下記参考判例中②及び③のような判断が事実上確立しているように思われますし、消費者契約法第11条2項の明文の解釈としても、金銭を目的とする消費貸借上の「利息」及び「遅延損害金」の定めについては、利息制限法の適用が優先されると解して良いと思われます。 なお、利息制限法の適用が優先されるという結論が消費者契約法の趣旨に反することになるのではないかという疑問ですが、消費者契約法自体に第11条2項の規定が置かれている以上、そのような批判は当たらないものと考えます。 3 まとめ 自動車の売買代金の支払いを準消費貸借契約に変更した場合、金銭の支払い債務を、 ⑴売買契約上の債務であるとの性質を有すると同時に準消費貸借契約上の債務であるとの性質を併せ有するものとみるが、この場合 ①準消費貸借契約上の債務というのは、単に金銭の支払いを目的とした債務というだけのことであり、利息制限法の適用はないという考え、 ②金銭の支払いであるから利息制限法の適用のある債務となるという考え、 の2つがある。 もうひとつの考えは、⑵売買契約上の債務であるとの性質は失い、準消費貸借契約上の債務だけとみる考えである。 ⑴①は、利息制限法の適用はなく、消費者契約法の適用がある。 ⑴②は、利息制限法が適用され、消費者契約法は、適用されない。 ⑵は、利息制限法が適用され、消費者契約法は、適用されない。 参考判例 保証委託契約に基づく求償金元金及び約定遅延損害金請求債権については利息制限法の適用がないとする①の判断と、金銭消費貸借上の遅延損害金について同法第11条2項の規定により利息制限法の規定が優先するという②及び③の判断があります。 ①銀行からの借入金につき、債務者から保証委託を受けた保証人が代位弁済して債務者に求償した事案で、消費者契約法第9条第2項の適用はないとした保証人(控訴人)の主張に対し、「控訴人の主張は,本件保証委託契約に基づく求償金元金及び約定遅延損害金請求債権の法律的性質に根ざさない,独自の見解といわざるを得ず,かつ,消費者契約法9条2号の規定の効力をないがしろにするものといわざるを得ない(中略)その他,本件においては,本件保証委託契約につき消費者契約法の適用が排除され,利息制限法が適用されると解すべき事由の主張立証は存しない。」(東京高裁平成16年5月26日判決)、 ②「消費者契約法11条2項は、『消費者契約の条項の効力について民法及び商法以外の他の法律に別段の定めがあるときは、その定めるところによる。』と規定しているところ、『金銭を目的とする消費貸借上の債務の不履行による賠償額の予定』については、利息制限法の規定が優先して適用されるものと解するのが相当である。」(東京地裁平成17年3月15日判決)、 ③「本件和解契約は、利息制限法の適用がある本件貸金契約に基づく貸金債務について保証した本件保証契約に関して、その債務の額を利息制限法の制限利率内で確認すると共に、その弁済方法及び条件付一部債務免除等を定めたものであって、消費貸借上の債務と取扱いを異にして利息制限法上の制限利率の適用を排除すべき実質的な理由はないというべきだから(中略)本件和解契約について、消費者契約法11条2項により、利息制限法4条1項の適用があり、消費者契約法9条2号は適用されないと解すべきである」(東京高裁平成23年12月26日判決)

]]>

民事法情報研究会だよりNo.18(平成28年4月)

陽春の候、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。 さて、当法人は4期目の事業年度を迎えました。法人成立以来、事業活動をいかに充実させるか模索してまいりましたが、現在の会員のほとんどが公証人又は公証人OBとなっている現状から、会員の交流に関する事業以外の活動は公証実務関係が中心となっております。当法人の設立趣意書では、「登記、戸籍、供託、公証等の民事法情報処理の実務」について「会員相互の連絡交流を通じてその知識・経験の一層の集積を図り、民事法情報に関する調査・研究等をすることにより、民事法の普及・発展に寄与することとしたい。」としており、不動産登記・商業法人登記の分野にも事業の充実を図ってはどうかという声も聞かれるところですが、現在のように役員のボランティアによる運営には自ずと限界がありますので、今後の事業展開の前提として将来の法人の運営をどうするかについて現実的な検討が必要ではないかと考えております。 現在、6月18日の定時会員総会に向けて、旧年度の決算、新年度の事業計画等について資料作成中であり、5月中旬までには会員総会の開催通知をお送りいたします。なお、同時に行われるセミナーでは、特別会員の元民事局長、房村精一氏に講師をお願いすることとしておりますので、ご期待ください。(NN)

お伊勢参り(理事 冨永 環) 1 平成25年(2013年)、神宮式年遷宮が日本中の注目を集めたのは記憶に新しい。 この式年遷宮は、伊勢神宮(「神宮」が正式名称であり、狭義の神宮は、「内宮」と「外宮」のみを指す。)で20年に一度、神宮の社殿を新しく造営して神座を遷す行事で、飛鳥時代の天武天皇が定め、持統天皇の治世の690年に第一回が行われたとされる。途中戦国時代に120年中断し、その後延期があったものの、1300年続く大祭である。20年ごとに建て替える理由は諸説あるようだが、定期的な神事であること、木造建築の耐用年数や宮大工の伝統技術の承継、神を想う心を次世代に継承するなどがあるようだ。 神宮は、三重県五十鈴川の川上にあり、皇大神宮(内宮〈ないくう〉)と豊受大神宮(外宮〈げくう〉)の両正宮〈しょうぐう〉を中心とした14所の別宮〈べつぐう〉、109の摂社、末社、所管社から成り立つ、とても広大なエリアに数々の営造物がある。 2 神宮に参る、いわゆるお伊勢参りは、江戸時代に最も盛んに行われたようだが、伊勢参りを歌った伊勢音頭は、江戸時代の伊勢国で唄われ、次第にお伊勢参りの土産として地元に持ち帰り、作り替えられて唄われるほど親しまれ、全国に広まった民謡で、全国伊勢音頭連絡協議会を組織しているほどである。その中の一つ、正調伊勢音頭に次の歌詞がある。 《伊勢はナァーァ、津で持つ、津はナァーァ、伊勢で持つ、尾張名古屋は城で持つ〈中略〉伊勢に行きたい、伊勢路が見たい。せめて一生に一度でも〈略〉私が10代後半の頃、田舎暮らしの両親が、「いつかは、お伊勢参りをしたい。」との思いを抱いていたが、10年後に突然他界し、実行できなかったことを思い出し、自分自身が齢を重ねており、そろそろ元気な今のうちに、お伊勢参りをして、両親の心残りを実現しておきたいと考えた。それで、平成25年末にお伊勢参りを実行した。 3 内宮は、五十鈴川に架かる宇治橋を渡って大鳥居をくぐり、神域に入る。そのエリアに一歩足を運ぶと何かが違う気持ちになり、神妙になるのが不思議である。まずもって印象に残っているのは、境内に敷き詰めてある眩いばかりの玉石である。順路には5、6ミリ立方形に砕石された真っ白の玉石が敷き詰められ、一歩一歩踏みしめる度にギュッと鳴り、心が洗われる気持ちがして心地良かった(御利益?もあった。初めてのお参りとあって、靴を新調して参詣したが、立方形の砕石の切れ味がよく、靴のつま先の両方とも縦に深い亀裂が入り、一回でお蔵入りとなった。)。 順路は、参詣者が途切れることのない長蛇の列であったが、人々の話し声が緑の森の中にスーッと消え、静寂にも近いものを覚えた。いよいよ本殿を目の前にして石段が迫り、参詣者の渋滞は極限になる。前方では神宮職員の整列を促す声にしたがっている様子が伝わってくる。石段の付近は、すし詰め状態で危険なため、ゆっくり進み、のぼり詰めたところに立つ「棟持柱〈むねもちばしら〉」をくぐると、目の前に白木の掘立柱造り・萱葺屋根の社殿の全容を拝むことができた。天候にも恵まれ、遷御間もないこともあり、神殿は、神々しい一言である。また、その右側には、遷御前の旧社殿(平成5年造営)が未だ取り壊されることなく建っており、20年の歴史の重みがあり、新・旧を見ることができた。 4 長期にわたり戦争がない時代を実現した江戸幕府にあって、人々のお伊勢参りへの情熱は盛んであったようだ。幕府の記録によると、最も多いとされる1830年(天保元年)は、お伊勢参りに年間約450万人が訪れ、当時の人口が約2600万人とされることから、約5人に1人が参ったことになる。 今でもお伊勢参りの人気は高い。因みに、式年遷宮の平成25年(2013年)にお伊勢参りに訪れた人の数は、1420万4816人に達している(伊勢市観光統計)。 では、当時の人は、どのくらいの日数でお伊勢参りしたのであろうか。当時の旅は、徒歩である。江戸から伊勢までは東海道を歩いて往復30日程度、次いで大和路で大坂さらに京まで物見遊山を加えると、50日を超える長旅であったようだ。お伊勢参りが庶民の旅であったことや、その旅の様子を今に伝える読み物で東海道中膝栗毛(著者・十返舎一九)がある。十返舎一九(本名・重田貞一)は、現在の静岡市葵区生まれ、江戸で作家業を本業とした最初の人物であった。町人の弥次郎兵衛(弥次さん)と北八(北さん)の二人が江戸から桑名を経て伊勢神宮、大和めぐり、京までの旅路で滑稽と醜態の失敗談が、駄洒落、狂歌、各地の風俗、奇聞を交えて語られる。その東海道中膝栗毛には、弥次さん・北さんが内宮と外宮を参った状況について、次のように記述されている。 《すべて処々の宮めぐりをするあいだは 自然と感涙肝に銘じて ありがたさに まじめになって しゃれもなく むだ口もなし しばらくのうちに巡拝を無事終えた》 このように、滑稽な二人がこの参詣の時ばかりは神妙であった様子が伺える。 5 参道からの帰り道には、おはらい町・おかげ横丁がある。おかげとは、恩恵、力添えを指す言葉である(広辞苑)。おかげ横丁には、食事処を始め、伊勢志摩の様々な名産品があり、立ち寄って楽しむのに飽きない。おかげ横丁の往来は、参る人と帰る人が路上で対面通行となり、大変な混雑と賑わいがある。 6 結びに、今年5月、伊勢に世界の首脳が集まり、伊勢志摩サミットが開催される。ここは訪れる人々に日本の精神性を感じて貰う場所である。「安心」「安全」そして「安寧」な世の中の実現を創生する会議であってほしいと願う。 (追記・第62回式年遷宮は、平成27年3月、すべての遷宮祭が執り行われ、諸事完遂したと報じられた。)

 

今 日 こ の 頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

福島の今(その2)(本間 透) 平成23年(2011年)3月11日に東日本大震災及び東京電力福島第一原子力発電所の事故(以下「原発事故」という。)が発生してから間もなく5年が経過しようとしています。その当時及びその後の福島の状況については、本誌の平成26年4月号(№5)に掲載されましたが、現時点での福島の状況について以下のとおり紹介します。 1 避難状況等 ○ 避難者 震災と原発事故による福島県民の避難者は、最大時から約6万5000人減少したものの、今だに約10万人にのぼり、その内の県外避難者は約4万3000人、県内避難者は約5万7000人です。県内避難者の約8割が、原発事故によりほぼ全域が避難せざるを得なくなっている6町村の住民です。 今なお約1万8000人(最大時約3万3000人)が仮設住宅での暮らしを余儀なくされ、原発事故による避難者向けの災害公営住宅の整備(約4900戸)は、全体の戸数の約21%しか進捗しておらず、災害公営住宅に入居しても近隣同士の繋がりの希薄化や孤立しがちな高齢者の支援をどうするかが課題になっています。 ○ 避難指示区域 原発事故により避難指示区域が設定された12市町村は、それぞれの地域の放射線量と除染の進捗状況に応じて、帰還困難区域、居住制限区域、避難指示解除準備区域に指定されているところ、電気・ガス・水道などの日常生活に必要なインフラや医療・介護・郵便などの生活関連サービスが概ね復旧し、除染が十分に進捗した段階で自治体と住民との十分な協議を踏まえ、避難指示が解除されることとなっています。 徐々に地域復興に向けて住民の帰還と復興拠点の整備が進んでいますが、避難指示が解除されても帰還者の多くが高齢者であったり、インフラが復旧しても医療施設や商業施設がどの程度再開又は整備されるのか不透明なことが住民の帰還に当たっての不安となっています。 2 原発事故対応 ○ 原発の状況 1号機は、炉心が溶解、建屋が水素爆発し、ほとんどの溶解燃料が格納容器に落下しているものと推測され、現在、使用済み核燃料プールからの核燃料取出しに向けた建屋カバーを撤去する作業を行っています。 2号機は、炉心が溶解し、57%の溶解燃料が格納容器に落下しているものと推測され、現在、原子炉建屋内の放射線量が高いので、線量低減対策を行っています。 3号機は、炉心が溶解、建屋が水素爆発し、63%の溶解燃料が格納容器に落下しているものと推測され、現在、使用済み核燃料のプールからの瓦礫を撤去する作業を行っています。 4号機は、建屋が水素爆発しましたが、使用済み核燃料プールからの核燃料の取出しを完了しています。 5・6号機は、冷温停止して原子炉には燃料がなく、使用済み核燃料プールに核燃料が保管され、今後、廃炉に向けた研究施設として利用されることになっています。 今後、1~3号機については、平成32年度までに使用済み核燃料プールからの核燃料の取出しを目指し、最速で平成33年度から原子炉内の溶解燃料の取出しを開始することとされ、最終的に原発を解体・廃炉に至るまでは、30年~40年を要する見込みとのことです。 ところが、溶解燃料の取出しについては、そのためのロボット調査が延期されるなど、確たる見通しが立たないのではと危惧されます。一方、廃炉に向けた技術研究の拠点となる楢葉町の楢葉遠隔技術センターの運用が本年4月から本格化することになっています。 ○ 汚染水の処理 原子炉を冷却した後の汚染水と1日当たり約300トンの地下水が原子炉建屋に流入して汚染水となり、それが溜まり続けて建屋における迅速な作業を阻害していることから、それへの対策が大きな問題となっています。 汚染水を保管するためのタンクが原発敷地内に1115基ありますが、増え続ける汚染水対策としては限界があることから、東京電力は、①汚染源を取り除くための多核種除去設備(ALPS)による汚染水の浄化、海水配管トレンチ内の汚染水の浄化、②地下水を原子炉建屋に流入させないための地下水バイパスによる地下水の汲み上げ、凍土方式による陸側遮水壁の設置、③汚染水を漏らさないための海側遮水壁の設置、海側護岸の井戸からの地下水の汲み上げを行っています。 更に、原子炉建屋付近の井戸から地下水を汲み上げ、浄化後に海に流出するサブドレン計画を立てましたが、福島県漁業協同組合は、漁場への風評被害が悪化することを危惧し、当初反対していたところ、汲み上げた地下水と浄化後の水の放射性物質濃度を複数の分析機関で定期的に分析の上、東電が水質管理と情報公開を徹底・厳守することを確約し、同組合は、この計画を受け入れました。同組合の苦渋の決断は、漁業の再生と原発の廃炉促進を見据えたものと思われます。 ○ 除染等 福島県内では、約3000か所にモニタリングポストを設置し、放射線量を監視していますが、原発事故前にはなかった非日常的な物が存在し、そのデータが毎日新聞紙上に載るということが日常化しています。 原発事故で被害を受けた状況を改善し、避難地域の住民の帰還を促すことにより、原発事故前の生活を取り戻して産業等の復旧・復興を図るため、原発事故で拡散した放射性物質の除染が進められています。除染の必要性は否定できませんが、一方、その程度や範囲、それに要する莫大な予算(平成23年度~27年度にかけて約2兆6000億円の予算措置がなされている。)などの問題もあります。 また、除染に伴い大量に発生した土壌や廃棄物等が仮置場や住宅の敷地内、校庭等に保管されており、その早期の搬出・保管が大きな課題となっています。 これらの除染廃棄物を最終処分するまでの間(最長30年間)、安全かつ集中的に貯蔵するための中間貯蔵施設を整備し、そこに除染廃棄物を輸送する必要があります。 この中間貯蔵施設の建設場所は、福島第一原発の周辺で面積が約16㎢、約3000万トンの貯蔵が可能ですが、建設場所の地権者約2400人との交渉が遅々として進まず、除染廃棄物の搬入ルートについても関係地域との調整が難航しています。 ○ 風評被害 原発事故により放射性物質が拡散されたことから、それが含有等されていないことを証明する検査を行っているにもかかわらず、様々な面でマイナスイメージが生じるという風評被害があります。 福島県は、原発事故前、全国有数の農産物を生産・出荷していましたが、風評被害を払拭するため、各種農産物の放射性物質吸収抑制対策を講じるとともに検査を徹底し、特に、県産米については、全量全袋検査を行い、放射性物質基準超ゼロを確認し、県産米ブランドの再興を目指しています。 漁業では、原発事故に伴う汚染水の発生と海への流出があったことから、近海では全く出漁できない状況の中、原発事故の影響がない漁域で採った魚類を福島の漁港で水揚げしたというだけで、市場価格の半分以下となるなど、大きなダメージを受けました。現在は、近海での試験操業をしながら放射性物質の検査を行い、「常磐もの」の復活を目指しています。 観光では、ふくしまディスティネーションキャンペーンを行うなど様々なイベントを通じて観光客の誘致に努めた結果、福島県を訪れる観光客数は、原発事故後激減したものの、原発事故前の8割まで復活しました。 ○ 損害賠償 原発事故により住民や事業者が強制的に又は自主的に避難をせざるを得ない状況若しくは間接的に制約を受けた状況に置かれ、これに伴う精神的損害、就労不能損害、営業損害、風評被害、財物補償等々に対し、東京電力(国の基金)は、これまで約4兆6000億円の賠償金を支払っています。現在も様々な損害賠償の請求・訴訟がなされていますので、今後も賠償額の増大が見込まれます。 3 明るい動き 福島は、原発事故という未曽有の困難に立ち向かいながら、未来に向けて様々な取組をしています。 教育の場では、原発が立地する双葉郡に5校あった県立高校は、原発事故により県内各地に設けたサテライト校で授業をしてきましたが、郡内で開校している高校が4年間存在しない状況を解消するため、広野町に県内初の中高一貫校で文科省からスーパーグローバルハイスクールの指定を受けた「ふたば未来学園校」が開校されました。また、福島の未来に向け心を一つにして進もうという目的で、全国の中高生46人による「ふくしま未来応援団」と県内の「ふくしま復興大使」16人が集まり、原発事故からの復興の歩みを進める福島のために力を合わせる活動をしていくことになりました。 日本サッカーの聖地ともいうべきJヴィレッジは、原発事故後、その対応の拠点となり、グランドは駐車場として使用され、管理棟は作業員の詰め所となるなど、見る影もなくなりましたが、東京五輪の合宿誘致に向け、新たに全天候型サッカー練習場と宿泊棟を整備し、平成30年7月からJヴィレッジを再開することになりました。 平成26年の人口動態統計によれば、福島県の出生率が全国平均を上回る1.58で全国で最も伸び率が高くなり、全国における順位が9位で東日本では最も高くなりました。これは、原発事故により県外に避難していた若い世代が県内に戻っていることと、福島県が震災後に18歳以下の子供の医療費を無料にするなど、子育て支援を重点的に行っていることが大きな要因になっています。 4 いわき市の状況 私が居住しているいわき市は、福島県内の浜通り(太平洋側)の中核都市として、その中心地は、原発所在地から30㎞以上離れ、放射線量が低いこともあり、原発事故地域からの避難者を含めた実質人口が35万人を超えています。 また、常磐高速道が仙台まで全線開通し、JRの特急が上野駅止まりであったのが、いわき駅から東京、品川駅まで延伸したこともあり、人の動きと物流が増大しています。 さらに、被災者・避難者の転入に伴い、住宅需要が更に増加していることから、昨年7月の地価調査では、いわき市で一番高い住宅地の地価上昇率が全国で二番目に高く、全国上位10か所にいわき市の8地点が入っています。いわき市では、宅地開発の需要に応えるため、市街化調整区域を見直すこととしています。 5 公証業務 いわき公証役場では、震災・原発事故直後は嘱託が激減したものの、平成25年以降、人口増加や震災・原発事故に伴う復旧・復興事業の増大に伴い、各種相談や公正証書作成と定款認証の嘱託が増え、この3年間は、過去15年間における嘱託件数の最高を更新しています。 当職の任期は、残るところ数か月となりましたが、引き続き懇切丁寧な対応に心がけながら職務を全うしたいと思っております。 (福島県いわき公証役場公証人 平成28年2月記)

img042  

実 務 の 広 場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.30 日付情報の付与(電磁的記録に対する電子確定日付の付与)

1 はじめに 公証人がする民法施行法第5条第2項による日付情報の付与制度は,電子政府を構築するという政府方針を基礎としたものであり,電子公証業務の中では,会社等の電子定款の認証と並んで双璧の業務といえるところ,紙による確定日付の件数と日付情報の付与件数を比較すると日付情報の付与は広く普及しているとはいえないのが現状のようである。 ところで,当役場の所在地である倉敷市には,その南部に中国地方有数の河川である高梁川の河口に形成された三角州と沿岸一体の遠浅海面の埋め立てにより造成された広範な地域に「水島臨海工業地帯」がある。JX日鉱日石エネルギー,三菱化学,旭化成ケミカルズ,JFEスチール,三菱自動車工業などの大手をはじめ,251の事業所(対全県比7.1%)が事業を行っており,約23,200人(対全県比16.5%,いずれも平成25年統計)が従事している。 これら企業からの嘱託は,事業用定期借地権設定,知的財産権利保護のための事実実験公正証書作成などであるが,当該企業の研究室からの確定日付の申請もある。日々の研究日報を週単位あるいは月単位で私署証書化したものに確定日付を付与するものであるが,当然に枚数も多く封緘した形態のものもある。従来はその全部が紙による申請であったが,今般,電子による申請,いわゆる日付情報の付与申請があった。 当役場では処理した前例がなく,地方の公証役場にもついに都市型(?)が来たかと実感し,少々バタバタしつつ,先輩公証人にアドバイスをいただきながら無事に処理を完了した。日付情報の付与については,前述のとおりその申請件数は少なく周知・広報が十分ではないのかとも思える。実際に処理した感想や当該申請人から寄せられた評価等をお知らせしたい。 2 事前相談と対応 (1) 事前の相談における照会内容等は概ね次のとおりである。 ① 1冊100ページ前後の研究資料に確定日付の付与を受ける場合,紙で編綴して割印したものに確定日付を受ける方法と電子公証によって行う方法とどちらにメリットがあるか。できれば電子公証の方法によりたい。 ② 日付情報の付与申請には電子署名を取得する必要があるか。 ③ 紙によるものと電子によるものとの処理時間の差異はあるか。 ④ 電子公証の場合,1文書(1ファイル)のページ数・容量に制限はあるか。 ⑤ 公証役場での電子情報の保存について詳細に知りたい。 (2) 回答要旨 上記に対して,日本公証人連合会ホームページの「電子公証」,法務省ホームページ「1.3日付情報の付与(確定日付の付与)の請求」及び登記・供託オンライン申請システムの「申請者操作手引書」171ページを紹介した上で,次のとおり回答・説明した。 ①   電磁的記録に対する電子確定日付の付与は,従前からの紙による確定日付を電子化したものであること(新訂公証人法,日本公証人連合会編206ページ)。したがって,日付情報を付与する文書は,私署証書(私文書)である必要があること。 ②   電子署名は不要であること。 ③ 事前に,法務省ホームページ,登記・供託オンライン申請システムの「申請者情報登録」によって申請者情報の登録(IDとパスワード等)を行う必要があること。 ④   申請情報をPDF,XML又はTXT形式で作成する必要があること。 ⑤ 紙による確定日付との最大の差異は,電磁的記録を保存(公証人法第62条の7第2項,民法施行法第7条第1項,指定公証人の行う磁気的記録に関する事務に関する省令第23条)することができること(ただし,1件300円の手数料が必要)。 日付情報付与後の文書(データ)を申請人が取得することによって手続は終了し,データの保存は,申請人が取得したデータと公証役場の2箇所で保存することになること。 ⑥   電磁的記録の保存を希望する場合には,申請時にその旨意思表示する必要があること(付与申請の際に,「公証役場で文書を保存する」チェック欄をそのままに。希望しない場合はチェックを外す。)。 ⑦ 公証役場へ出向く必要はない(公証役場では受け取ることができない。)ので,少なくともその所要時間は節約できること。ただし,手数料納付のために出頭を要することもある。 ⑧ 1ファイルの容量の制限は,10メガバイトであること。 ⑨ 日付情報の付与を行う電子文書のファイル名について,文字数の制限があること(全角15文字以内)。 なお,本件においては,申請ファイル数が,複数で内容的に同内容であり,かつ継続的に利用される可能性が高いため,ファイルの名称に符号等を付して分別可能になるよう指導した(例えば,「△△研究室研究資料25-5」)。 (3) 処理の流れ 実際に行った処理流れを図示すると概ね別表のようになる(前記「1.3日付情報の付与(確定日付の付与)の請求・申請手続の流れ」及び(株)日立製作所作成にかかる「法務省オンライン申請対応版・電子公証システム公証人端末手順書」をベースにして,申請人との連絡等も含めて作成)。 img0353 処理に留意した事項、感想 ① 今回は,全17件(17ファイル)の申請で,1ファイルのデータ量は少ないものでも90ページであった。これが紙で申請されるとなると申請人がその全部を持参し,窓口で待機することになるが,電子申請では申請人が役場へ出頭しないので,当方のペースで処理ができるのがメリット。 ② 上記の情報量であるため,公証人が私署証書であることを含め内容の確認を行うのにそれなりの時間(本件においては,1ページ目に研究資料である旨及び作成者の所属氏名・作成年月日が記載され,2枚目以降は図面や化学記号等の記載されたものであった。)を要した。 なお,今回は双方初めての処理であったため,正式な申請の前の内容の事前確認として,申請予定のファイルの1つを電子公証システムではないインターネット回線を利用して送信させ,内容確認を行った。私署証書か否かについて申請人はほとんど意識していないと思われるので留意を要する。 ③ 紙による確定日付の場合,複数枚のときは割印を行う必要があるが,電子による場合はこれの必要はないこともメリット。 ④ 手数料の徴収方法に工夫が必要。なお,今回は振込による支払を希望したので,振込があったことを確認して署名処理したが,これは公証役場の実情によることになる。 4 計算書 計算書は,公証人法施行規則(以下「規則」という。)第23条により公正証書以外のその他に関するものは附録第4号の乙の様式によるものとされ,相当と認めるときは,確定日付に関するものは同号の丙の様式によることを妨げないとされている。また,指定公証人の行う電磁的記録に関する事務に関する省令(平成13年3月1日法務省令第24号,以下「省令」という。)第21条により,指定公証人の計算簿の特例が定められている。 当役場では,電子定款認証のために省令第1号様式の計算書は使用していたが,前述のとおり日付情報の付与の取扱がなかったため省令第2号様式は備え付けがなかった。 暫定的に上記丙の計算書を使用して,同様式にある「確定日付」の文言を「日付情報」「保存料」と追加・修正(訂正)して使用していることも検討したが,当役場においては,省令第21条に基づく附録第1号様式によることとした。なお,定款の電子認証の場合と登簿管理番号が相違するため,日付情報専用の計算書として別冊で処理をすることにした。 新たに計算書を調整する場合には,省令附録第2号様式の計算書を調整することとしている。 5 申請人からの評価 申請人からは,以下の事項を理由に非常に便利でメリットは高いとの評価であった。 ① 電子情報による処理であるため,紙(簿冊)によるものと比較すると,完了後の申請人会社における保存場所が省力化できる。 ② 秘密に属する知的財産に関する文書・書類の現物を工場・会社等から持ち出しすることの危険負担が全くない。ただし,電子情報としてのセキュリティの問題はある。 ③ 電磁的記録として20年間保存してもらうことができるので,二重保存の状態になり,知的財産としての保存に安心感が増す。 ④ 謄本(同一情報の提供)請求が可能なこと。 ⑤ 公証役場における20年間の保存期間を考慮すれば保存の手数料が安価であること。 6 おわりに 日付情報付与を処理した結果等は以上のとおりであり,処理してみれば意外とスムースで,電子アレルギーだったかなと反省しきりです。 申請人からの評価に加え,公証役場から遠隔地にある企業の活用も考慮し,かつ,電子政府の構築という政府方針を勘案すると,研究開発部門を持つ企業には有意と思われ,積極的に啓発する必要を感じています。 なお,電話による相談の場合は,前述のホームページ等を紹介することで足りるが,窓口で説明する場面に備えて説明資料を作成したので参考に供します。 (中西俊平) img036

No.31 法人格のない甲地区会所有の土地について、法人格のある乙地区会の名義を借りて登記する旨の私署証書(甲乙間の覚書)の認証の可否(質問箱より)                      

【質 問】 下記覚書の認証の嘱託がありましたが、同覚書中「法人格のある乙地区会の名義をお借りし登記する」とあるのは、虚偽の登記を意味するものであり、公証人法第60条(第26条・無効の法律行為)に抵触しないか疑義が生じたところであります。 つきましては、嘱託どおり認証して差し支えないか教示願います。なお、登記事項証明書では、登記原因は委任の終了、名義人は甲地区会の代表者個人名から乙地区会に変更されています。 記 (覚書) 平成27年○○月○○日付けで成立した甲地区会(法人格なし)所有の土地所有権移転登記に際し、甲地区会と乙地区会(法人格あり)との間で、次のとおり申し合わせをする。 甲地区会所有の土地名義変更に際し、今まで個人の名義をお借りし、数年ごとに名義変更、更新をしてまいりましたが、その都度に役員、当事者、親族等大勢の方に多大な労力と費用をかけてまいりました。また、名義人死亡による相続の手続きが、場合によってはできなくなるというリスクも懸念されておりました。 そこで、法人格のある乙地区会の名義をお借りし登記することによって、度々の名義変更による費用と様々なリスクを軽減できることとなります。 今後、上記の土地名義は乙地区会になりますが、今までどおり所有権は甲地区会にあり、管理、納税等の費用負担の義務は甲地区会にあり、甲地区会が負担することとします。 上記の内容を確認し、代表者が署名、押印し、両者が各一部を所有、保存する。 平成27年○○月○○日 ○○県○○番地 甲地区会会長  住所 氏名        ㊞ 同 副会長  住所 氏名        ㊞ ○○県○○番地 乙地区会会長  住所 氏名        ㊞ 同 副会長  住所 氏名        ㊞ 【質問箱委員会回答】 私署証書の認証について、文面に不動産登記法上問題と思われる事項が掲載されているところから、認証の可否に疑義が生じた事案です。私署証書については、公証人法第60条で、公正証書作成について規定する第26条を準用しているところから、そこに定める要件、すなわち「公証人ハ法令ニ違反シタル事項、無効ノ法律行為及行為能力ノ制限ニ因リテ取消スコトヲ得ヘキ法律行為ニ付証書ヲ作成スルコトヲ得ス」を満たしていなければならないことになります。 さて、本件において問題になるのは、甲地区会の所有の土地について、「法人格のある乙地区会の名義をお借りし登記することによって、度々の名義変更による費用と様々なリスクを軽減できることとなります。 今後、上記の土地名義は乙地区会になりますが、今までどおり所有権は甲地区会にあり、管理、納税等の費用負担の義務は甲地区会にあり、甲地区会が負担することとします。」と記載されている箇所です。 ここに記載されているのは、甲地区会の所有の土地であるにもかかわらず、「①乙地区会の名義を借りて登記をする、②登記名義は、乙地区会であるが、今までどおり所有権は甲地区会にあり、管理、納税等の費用負担の義務は甲地区会にある。」との文言は、公証人法第26条で定める「法令ニ違反シタル事項、無効ノ法律行為」に該当することになるのか否かです。 この点について、次の2つの考え方があります。 ⑴ 不動産に関する権利変動を登記簿に正確に反映させることを目的とする登記制度の立場からすると、①のように「他人の登記を借りて登記する。」旨の記載は、公証人法第26条で定める「法令ニ違反シタル事項、無効ノ法律行為」について記述するもので許されない、②についても、前段の箇所は、同様の理由により許されない記述であり、この記載内容のままでは、私署証書の認証は認められないという意見です。 ⑵ これから真実とは異なる所有権名義の登記をしようとする合意だとすると、これは不実の登記を出現させることを内容とするものであるから、公証人法第60条で準用される第26条の「法令に違反したる事項」に該当し、認証を与えることはできないということになりますが、本件の場合は、既に乙地区会名義の登記がされていることを前提として、①と②前段は、真実の所有権は甲地区会にあるという事実の確認であり、②後段は、実体に合った費用負担をすることの確認ということですから、この覚書の内容自体が「法令に違反したる事項」であるとまでは言えないという意見です。いずれの考え方に立って処理しても、誤った処理とまでは言えないとおもいますが、次のような問題があります。 ⑴の意見については、法律に違反する事項があるとの指摘は、そのとおりとしても、現に存在する事実をありのまま記載した箇所についてまでも認証を拒否するのは、認証実務の現状からみて少し行き過ぎではという反論があり得ます。⑵の意見については、事実を記載しているだけといっても、明らかに法律に反する内容をこれでも許されるかのごとくに記載をしている文書をそのまま認証できるとすることは、公証人法第26条で定める要件から、全く問題なしということにはならないという反論があり得ます。 いずれにしても、このままの文言で認証することには、若干問題があると言えそうです。問題になるのは、甲地区会が乙地区会名義を借用して登記できると記載している「法人格のある乙地区会の名義をお借りし登記する」の箇所と、登記名義は乙であるが所有者は甲であると記載している土地名義は乙地区会になりますが、今までどおり所有権は甲地区会にあり」の箇所です。 この箇所をそのままにして認証すると、公証人は、他の登記名義を借りて登記すること、あるいは、登記名義と所有権者が異なることであっても、法的に問題ないものとして認証したかのごとき印象をもたれてしまいそうです。また、本件は、同じ地区会という名称が付されており、乙地区会は、法人格を取得し登記しているにも関わらず、甲地区会は法人格なしということですから、甲地区会は、法人格を取得して登記できるにもかかわらず、自己都合で法人格を取得せず登記していない団体であるとみることもでき、そうであるならば、甲地区会が乙地区会の名義を借用することが許されるかのごとき記載は許されるものではなく、本件記載のまま、認証することは相当でないと考えます。もっとも、甲地区会が法人格を取得できない団体であるとした場合には、便宜的な登記を認めざるを得ないこととなりますので、その場合は、厳しい指摘もできず、考え方を変えて対処する必要があるものと思われます。 以上のことを前提に、認証できる文書にするには、どのようにしたらよいかですが、次のような方法が考えられます。 ⑴甲地区会が自己都合で法人格を取得していない場合 ①登記に関する箇所について、「本来甲地区会名義で登記すべき事案であること、現実に乙地区会名義で登記をしてしまった経緯及び早急に甲地区会名義に登記を訂正すること」を記載し、その登記が是正できるまでの間、甲地区会と乙地区会の取り扱いを定める内容とした文書に書き改める。 ②登記に関する箇所を削除し、単に甲地区会と乙地区会の取り扱いを定める内容とした文書に書き改める。 ③現在の記載内容に、「乙地区会名義の登記をせざるを得なかった経緯及び早急に甲地区会名義に登記を訂正する」旨を付記する。 ⑵甲地区会が法人格を取得できない団体である場合 ①現在の記載内容に、「乙地区会名義の登記をせざるを得ない事情」を付記する。 ②現実に乙地区会名義で登記をした経緯を記載し、甲地区会と乙地区会の取り扱いを定める内容とした文書に書き改める。 文書の訂正指示については、公証人施行規則第13条に、「公証人は、法律行為につき証書を作成し、又は認証を与える場合に、その法律行為が有効であるかどうか、当事者が相当の考慮をしたかどうか又はその法律行為をする能力があるかどうかについて疑があるときは、関係人に注意をし、且つ、その者に必要な説明をさせなければならない。」と規定しているので、訂正させることは可能です。 (参考) 権利能力なき社団の所有不動産の登記について 判例(最高裁第一小法廷昭和32.11.14判決。最高裁判所民事判例集11巻12号1943頁、裁判所時報247号10頁、判例時報131号23頁、判例タイムズ78号49頁等)は、権利能力なき社団の財産は、権利能力なき社団全員の総有という考え方をとり、これを前提として、権利能力なき社団の所有不動産の登記については、代表者が構成員全員からの受託者たる地位において個人名義(社団の代表者という肩書きを付けることも認められません。)で登記するほかないと判示(最高裁第二小法廷昭和47年6月2日判決。最高裁判所民事判例集26巻5号957頁、判例時報673号3頁、判例タイムズ282号164頁等)し、これによって登記実務が運用されているところです。 しかしながら、現在の不動産登記実務により代表者の個人名義とされた登記も、登記原因を見れば本来の個人財産とは異なるものであることがわかるはずだということかもしれませんが、一見して代表者個人の財産と区別できない登記がされており、真実の所有関係を正確に分かりやすく公示しているとは言い難いものになっていることは否定できません。 このようなことから、登記簿上は代表者個人の財産であるかのように登記されているが真実は権利能力なき社団の財産であること、及び、当該不動産に関する管理費用や税金は権利能力なき社団が負担することを確認するというような内容の公正証書の作成や私書証書の認証を求められることもあり、これらの嘱託には応じているところです。新訂公証人法91,92頁参照 なお、権利能力なき社団については、民事訴訟法第29条に、「法人でない社団又は財団で代表者又は管理人の定めがあるものは、その名において訴え、又は訴えられることができる。」とされているほか、税法上又は行政上の関係では法人とみなされている場合がありますので、権利能力なき社団が所有する不動産についても、その実体にあった利用しやすい登記方法が考えられれば良いのですが、これはすぐには解決できない問題と思われます。

No.32 電気事業者の土地及び権利売買契約について(質問箱より)                      

【質 問】 土地所有者甲が所有する土地(競売物件。甲が落札の見込み。150筆)及び甲が取得した電気事業者による再生エネルギー電気の調達に関する特別措置法第6条に基づく経済産業省の設備認定ID及び同IDに基づく地位及び権利、並びに○○電力株式会社からの発電設備系統連係承諾の地位及び権利を、甲から乙に売却するための売買契約について公正証書作成依頼がありました。 上記ID等について経済産業省及び電力会社への名義変更届出を条件とするものですが、そもそも上記ID等が売買の対象になるのか否か(一身専属的な認可ではないか)について疑義があるところ、当役場には関連の資料が乏しく、最終的には経済産業省等へ照会するしかないと考えていますが、同様の案件があればと思い照会いたします。 なお、売買代金は土地及びID権利の総額で1億円です。 【質問箱委員会回答】 電気事業者による再生可能エネルギー電気の調達に関する特別措置法(以下「特別措置法」と言う。)第6条によれば、再生可能エネルギー発電設備を用いて発電しようとする者は、経済産業省で定める基準を満たせば、発電事業者として認定されると定められています。 本件では、売買の目的物が「甲が競落により取得する見込みの土地及び甲が取得した特別措置法第6条に基づく経済産業大臣の設備認定ID及び同IDに基づく地位及び権利並びに○○電力会社からの発電設備系統連係承諾に係る地位及び権利」とされており、売買の対象として、「経済産業大臣の設備認定ID及び同IDに基づく地位及び権利」が含まれておりますので、甲としては、既に再生可能エネルギー発電設備に関する経済産業大臣の認定を受けられており、その地位及び権利も含んで再生可能エネルギー発電設備として必要とされる一切のものを他の者に売却する計画と思われます。 これに関して、経済産業省資源エネルギー庁のホームページには、次のような照会回答事例が掲載されています。 「設備認定を受けた後、発電事業者の名義を変更する必要が生じました。どのような手続が必要ですか?(20150526更新) A.発電事業者を変更する場合、まず、譲渡人と譲受人の間で発電事業の譲渡に関する契約が締結されるなど、発電事業が譲渡された事実があることが必要です。その上で、譲渡人が軽微変更届出を提出することで、認定上の発電事業者たる地位を譲受人へ変更する必要があります。その際、トラブル防止の観点から、譲受人が、発電事業者たる地位を譲渡人から承継した事実、又は譲渡人の承諾を得た事実、を証明する書類と印鑑登録証明書(印鑑証明書)を添付し、軽微変更届出には登録した印鑑を押印してください。なお、原則として、譲渡人が届出を行う必要がありますが、現在の認定者が死亡して相続が生じたなどやむを得ない場合に限って、譲受人が届出を行うことができます。 ○発電事業者たる地位を譲渡人から承継した事実、又は譲渡人の承諾を得た事実、を証明する書類について(写し可。各種書類は最新の内容が記載されたものを提出してください。各種証明書は原則として3か月以内に発行されたものを提出してください。) 【法人の代表者変更の場合】 法人の「現在事項全部証明書」及び「印鑑証明書」 【法人間又は個人間の譲渡の場合】 「譲渡契約書」又は「譲渡証明書」 譲渡人、譲受人双方について、 ・法人である場合には「現在事項全部証明書」及び「印鑑証明書」 ・個人である場合には「印鑑登録証明書」」 従って、経済産業大臣の認定を受けた者が地位を含めて再生可能エネルギー発電設備として必要とされる一切のものを他の者に売却することは、特段問題のないことであり、売買に当たっては、甲について特別措置法第6条第6項に該当する認定取消に関する事由がないことを確認させた上、必要であるならば、甲及び買主が、特別措置法に定められている譲渡に関する諸手続きを確実に履践する旨を明記しておくことで差し支えないものと考えます。

No.33 (1)信託期間の終了事由として、「受益者代理人が受託者に対し、書面により信託の終了を通知したとき」と定めることは問題ないか。(2) 信託財産について、「受託者は、信託事務執行の便宜のため、また生活の本拠として家族などと不動産の一部を無償使用することができる。」と定めることは問題ないか。(質問箱より)                      

【質 問】 委託者及び受益者を甲、受託者を乙(甲の姪)、受益者代理人を丙(司法書士)とする信託契約(家族信託)公正証書作成の嘱託がありましたが、以下の事項につき疑義があります。 (1) 信託の終了事由は法定されているところ、以下の第3号は、信託行為に別段の定めがある場合に該当するか。 (信託期間) 第3条 信託期間は、次の各事由が発生したときまでとする。 (1) 甲が死亡したとき (2) 信託財産が消滅したとき (3) 受益者代理人が受託者に対し、書面により信託の終了を通知したとき (2) 信託財産の一部について受託者の個人的使用を認める第2項は有効か。信託財産の法的性質を勘案すると相当ではないと考えていますが、なお、疑義がある。 (信託財産の管理及び給付の内容など) 第9条 乙は、乙が相当と認める方法により、信託財産の管理、運用及び処分並びにその他本信託目的の達成のために必要な行為を行う。 2 乙は、信託事務執行の便宜のため、また乙の生活の本拠として家族などと不動産の一部を無償使用することができる。 3 信託事務の処理に要した費用(公租公課、登記費用、信託事務処理代行者に対する報酬、損害保険料等)は、受益者の負担とし、乙は信託財産よりこれらを支払い、その上で、乙が相当と認める金額、時期及び方法により、甲に対して生活費、医療費及び施設利用費等を支払う。 【質問箱委員会回答】 1 信託期間の終了事由として、「受益者代理人が受託者に対し、書面により信託の終了を通知したとき」と定めることは問題ないか、について 問題ないものと考えます。 信託の終了事由を定める信託法第163条は、信託契約が終了する事由を例示(信託163①~⑧)するとともに、「信託行為において定めた事由が生じたとき」(信託163⑨)にも、信託契約は終了すると規定していますが、「信託行為において定めた事由が生じたとき」の例としては、「信託行為中に定められた存続期間が満了した場合」、あるいは「信託行為中の解除条件が成就した場合」が考えられるとされています(信託法第4版 新井誠 有斐閣 390~392頁)。 また、信託法第164条で、「委託者及び受益者は、いつでも、その合意により、信託を終了することができる。」(信託164Ⅰ)と定めるとともに、「信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによる。」(信託164Ⅲ)と定めています。 この規定の趣旨については、 委託者兼受託者が同一人である場合に委託者が信託の終了を欲している場合は信託契約を終了させても何ら問題ないという旧信託法の趣旨を基に、委託者と受託者が別人であっても双方が合意しているのであれば、信託の終了を認めることが相当であるとして、このような規定を設けるとともに、信託の終了についても、信託行為で別段の定めを設けることができるとしたものであると解されています(逐条解説新しい信託法 前法務省民事局参事官寺本昌広 商事法務365p)。 以上のことから、信託契約において、当事者が合意して、信託の終了事由を定めることは、何ら問題なく、本件のように、「一方的に受益者代理人が受託者に対し、信託の終了を通知したとき」のような定めであっても、そのような定めをすることを当事者において合意しているならば、それは、問題ないということになります。 ところで、この別段の定めは、信託法第163条第9号に定める「信託行為において定めた事由が生じたとき」に基づき定めたものか、信託法第164条第3項「信託行為に別段の定めがあるとき」に基づくものか、いずれとすべきか。信託法第163条は、客観的な事由に基づき信託契約を終了させる場合を規定し、信託法第164条は、当事者の合意に基づき信託契約を終了させる場合を規定したものであると、本件の定めは、信託法第164条第3項「信託行為に別段の定めがあるとき」に基づくものと解することになると思われます。ただ、信託法第163条第9号に定める「信託行為において定めた事由が生じたとき」に基づき定めたものと解しても、明文どおりであり問題ないものと思われます。 また、受益者代理人が信託の終了を通知することについては、「受益者代理人は、その代理する受益者のために当該受益者の権利(第42条の規定による責任の免除に係るものを除く。)に関する一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有する。信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによる」(信託139Ⅰ)と定められており、受益者については、「受益者代理人があるときは、当該受益者代理人に代理される受益者は、第92条各号に掲げる権利及び信託行為において定めた権利を除き、その権利を行使することができない。」(信託139Ⅳ)と定められ、受益者代理人の権限は広範なものであり、本件のような定めをすることには何ら問題はないと思われます。 2 信託財産について、「受託者は、信託事務執行の便宜のため、また生活の本拠として家族などと不動産の一部を無償使用することができる。」と定めることは問題ないか、について 問題ないものと考えます。 信託法第31条は、受託者は、「信託財産に属する財産(当該財産に係る権利を含む。)を固有財産に帰属させる」行為をしてはならないと定めています。受託者は、信託財産に属する財産を第三者に貸与する等活用して受益者にその利益を享受させる義務があるところ、受託者が信託財産について自己に貸与する等自己取引をすることは、受益者の利益を害するおそれがあるとして、禁止しているのです(信託31Ⅰ)。 ところが、「信託行為に当該行為をすることを許容する旨の定めがあるとき」は、自己取引等の行為をすることは許されるとも定めています(信託31Ⅱ①)。 本件の「信託事務執行の便宜のため、また乙の生活の本拠として家族などと不動産の一部を無償使用することができる。」との規定は、受託者が信託財産を他に貸与するなどの利用に供することなく、受託者のために利用することであり、信託対象の不動産につき自己取引をすることになるのですが、自己取引であっても「許容する旨の定めがあるとき」に該当するか疑問が生じたものです。 「信託行為に当該行為をすることを許容する旨の定めがあるとき」とは、どの程度の具体的な定めが要求されるのかについて、「一般論としていえば、例外として許容される行為が他の行為と客観的に識別可能な程度の具体性を持って定められ、かつ、当該行為について、これを許容することが明示的に定められていなければならず、受益者の承認を得たことによる例外(2号)が認められるためには当該行為について、重要な事実を開示することが必要であることに鑑みても、信託行為に単に「自己取引ができる」という程度の定めがあるというだけでは足りないというべきである。他方、自己取引をする信託行為があるとしても、実際に受託者が自己取引をするに当たっては、当該受託者は、別途、善管注意義務を負うから、個別具体的な取引条件まで常に信託行為で明らかにしておくべきものとまではいえないであろう。」とされています(前法務省民事局参事官寺本昌広 商事法務・逐条解説新しい信託法125p) つまり、自己取引行為が他の行為、すなわち受託者が信託契約を履行するために第三者との間で行うとされる行為、本件でいえば、不動産を第三者に貸与する等の行為と客観的に識別可能な程度の「具体性」と「明示性」を持っていることが必要であり、単に「自己取引ができる」という程度の記載では足りないとされています。 本件の自己取引に関する記載は、「乙(受託者)の生活の本拠として家族などと不動産の一部を使用する。」と記載しており、「単に「自己取引ができる」という程度の定め」以上に、具体的でかつ明示的に記載されているとみることができ、この要件を満たしているものと思われます。 なお、「無償使用する」というのは、受託者の利益享受を禁止する信託法第8条に反するとの疑問がありますが、「信託事務執行の便宜のため」に使用するとされており、全く無償ということにはなっていないので、この点からも問題ないと思われます。(新日本法規「ケーススタディにみる専門家のための家族信託活用の手引」(モデル契約書)150p参照) 以上のことから、本件のような記載は、問題ないものと考えます。

No.34 借地借家法第22条に基づき私書証書で締結した定期借地権設定契約について、借地期間開始後に、強制執行認諾文言を付した形で同一内容の公正証書を作成して差し支えないか。(質問箱より)                      

【質 問】 借地借家法第22条に基づく定期借地権の設定を、当事者間では書面(私署証書)によって「賃貸借期間を2015年1月1日から2065年12月31日までの満50年間とする」旨の約定(定期借地権としての他の要件は、全て満たしている)で、2014年12月1日に締結済みであるが、今般、当事者間での賃料支払債務と敷金返還債務の双方につき、強制執行認諾文言を付した形で公正証書化したいとして嘱託があった。 既に、当事者間では、法22条が要求する書面化した形で契約が成立しているのに、上記のような強制執行認諾文言を付すだけのため、私署証書の内容どおりでの公正証書化は、可能なようにも考えますが、いかがでしょうか? 【質問箱委員会回答】 借地借家法第22条に定める定期借地権設定契約について、特約事項を含めて既に書面を作成しているとき、契約の成立には何ら問題ないところあり、このように有効に成立している契約については、敢えて公正証書にする必要性は乏しいとおもわれるところ、嘱託人から、公正証書にしておきたいとの要望が寄せられた場合、その申し出を受けても差し支えないかどうかというのが疑問点と思われます。 事業用定期借地権のように公正証書によらなければ契約が成立しないという例を除いて、既に有効に成立している契約を公正証書にすることは、通常の例であり、例えば、金銭消費貸借契約については、既に現金の授受によって契約が成立してから公正証書を作成することとなりますし、債務弁済契約でも当事者に契約内容を決めさせてから公正証書にすることになります。その意味では、公正証書というのは、元々有効に成立している契約を公正証書にしておくのが一般的といえます。 従って、すでに有効に成立している定期借地権設定契約を公正証書にしておきたいということであれば、公正証書として作成することには何ら問題ないといえます。特に、本件については、強制執行のできる契約書にしておきたいということですから、単なる私文書による契約書ではなく、公正証書にしておくべき意義はあるということになります。 それでは、有効に成立している定期借地権設定契約であっても、公正証書として作成する場合には、どのような点に気を付けなければならないかですが、次のような点に留意すべきと思われます。 ⑴   金銭の支払いに関する事項が、強制執行できるような記載となっていること ⑵   契約解除条項等につき、借主に不利となるような不適法な文言が用いられていないこと ⑶   契約終了時に、自力救済禁止の規定に反した内容となっていないこと ⑷ 既に賃貸借契約はスタートしているので、そのことを念頭におき、文言に齟齬が生じないように留意すること

       ]]>

民事法情報研究会だよりNo.17(平成28年3月)

早春の候、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。 さて、民事法情報研究会だよりは原則隔月刊として偶数月にお送りしてきておりますが、既にお知らせしたとおり、「実務の広場」に掲載を予定している質問箱の事例が多いため、臨時の増刊号をお送りいたします。 なお、本研究会だよりの発送をもって本年度の当法人の事業もおおむね終了いたしました。4月に入りましたら、新年度の会費納入のご案内をお送りいたしますが、都合により退会を希望される会員は、3月末日までに郵便・ファックス等でお知らせください。 次期年度は、6月18日(土)に定時会員総会・セミナー・懇親会を、また12月10日(土)にセミナー・懇親会を予定しておりますので、よろしくお願いします。(NN)

遺贈による登記雑感(監事 藤原勇喜) 高齢化社会を迎え、遺言相続に係る不動産登記はいろんな様相を呈してくるような感じを受ける。 例えば、相続人B、C、Dのために相続登記がされている不動産がある。しかし、この不動産には被相続人A(B、C、Dの父)の公正証書によるBへの特定遺贈遺言があり、その遺言を知らないで(あるいは誰かが故意に隠して)、相続人B、C、Dのための共同相続登記がなされている(B、C、Dの共有持分各3分の1)。 この公正証書遺言には「当該不動産は長男Bに遺贈する」旨記載され、遺言執行者甲が指定されている。にもかかわらず相続人B、C、Dのために共同相続登記がされている前記不動産について、この登記を遺言のとおり受遺者Bの単独所有名義とするために、CとDの相続による持分登記について、「遺贈」を登記原因とするBへの持分移転の登記を遺言執行者甲がその資格で申請することができれば、遺言書どおりの登記が実現することになる。しかし、昭和44年10月31日民甲2337号法務省民事局長電報回答はこれを否定している。 前記先例は、被相続人Aから当該不動産の遺贈を受けた共同相続人の一人Bが遺贈による登記をする前に、他の相続人の申請により、相続人全員であるB、C、Dに各3分の1の共有持分による相続登記がされている場合において、その後、受遺者Bを登記権利者、遺言によって指定された遺言執行者甲を登記義務者として、共同申請により、受遺者Bと遺言執行者甲との間の、C、Dの持分移転登記手続をせよとする旨の記載のある和解調書を提供して、「遺贈」を登記原因とする相続人C及びDの持分移転登記申請が各別にあった場合、遺言執行者甲は実質的には遺贈者Aの所有名義の土地についてはその代理人として「遺贈」による登記をする権限を有するが、一旦相続による所有権移転登記がされた後は、登記記録上の所有名義人(B、C、D)と登記義務者(遺贈者A)の表示が符合しないので、不動産登記法の規定(旧不登法49条6号、現不登法25条7号)により却下することになるとしている。 遺贈の効力については、物権的効力があると解されている(昭和34年9月21日民甲2071号法務省民事局長回答)。つまり、被相続人名義に登記されている場合における遺贈による所有権取得の登記手続に関し、遺贈者の相続人名義に所有権保存登記をした上遺贈による所有権移転の登記をすべきか(債権説)、それとも遺贈者つまり被相続人名義に所有権保存の登記をした上遺贈による所有権移転登記をすべきか(物権説)ということにつき、明治33年8月2日民刑798号民刑局長回答及び昭和29年4月7日民甲710号民事局長回答は、前説を採っている。その理由の根底には、死亡者名義に権利の登記をすることができないという考え方があったようである。すなわち、遺贈者はすでに死亡しているのであるから、最早死亡者である遺贈者(被相続人)名義で所有権保存登記をすることができないから、相続人名義(相続人不存在の場合は相続財産たる法人名義)に所有権保存登記をせざるを得ず、その結果、相続人(又は相続財産)から受遺者への遺贈による所有権移転登記をすることになるものとする。 しかし、相続人(又は相続財産)から受遺者への遺贈による所有権移転登記をすることは、権利変動の過程に沿わない登記をすることになる。つまり、受遺者は、被相続人から遺贈を受け、遺贈者の死亡の時に遺贈の効力が生じ、被相続人から受遺者に当該不動産の所有権が移転したのであって、遺贈者の死亡によって相続人が当該財産を相続しているわけではないのである(物権的効力)。要は、相続人から受遺者に所有権が移転するものではないということである。やはり、権利変動の過程と態様を如実に登記記録に反映させることが、不動産登記法の要請であり、その要請を貫くためには、死亡者名義に登記をすることも肯定せざるを得ないと考えられる。このことは、AがBに売買した不動産につき、その登記未了のうちにAが死亡した場合のBの所有権取得の登記手続に関して、死亡者であるA名義に所有権保存登記をした上で、Bへの所有権移転登記をすべき旨の先例(昭和32年10月18日民甲1953号法務省民事局長通達)があり、死亡者名義に登記することはできると解されている。死亡者名義の登記をすることができないとすれば、権利変動の過程と態様を如実に登記に反映することができないことになるからである。 この場合、相続人は、被相続人から当該不動産を買い受けた者との関係においては、相続により当該不動産の所有権を取得したことを主張することができないのみならず、被相続人の負担する買受人への所有権移転の登記を申請する義務を負担しているのであるから、この場合の登記手続としては、一旦相続人名義に相続による所有権移転登記をすることなく、被相続人の登記名義から直接買受人のための所有権移転登記をすべきであって、不登法62条(旧不登法42条)はこの趣旨に基づく規定であると解される。 判例によれば、被相続人から、当該不動産を買い受けた者が、当該被相続人及びその権利義務の包括承継人である相続人以外の第三者に対してその所有権を主張するためには登記を必要とするから、当該被相続人は、当該買受人のための所有権取得の登記がされない間は、当該買受人以外の第三者との関係においては、依然として当該不動産の所有者たる地位を有するのであり、したがって、当該相続人は、このような関係的所有権を承継するものと解され、もし被相続人から当該不動産を買い受けた者がその登記を受けない間において、相続人がその登記をし、当該不動産を他の第三者に譲渡し、その登記をしてしまったときは、その譲受人は完全に所有権を取得し、被相続人から当該不動産を買い受けた者は、その所有権を失うことになるので、この間の関係は、同一不動産の二重売買の様相を呈することになる(大判大正15年2月1日民集5巻1号44頁)とする。 なお、判例によれば、その不動産についてすでに相続登記がされているときは、必ずしもその登記を抹消することなく、当該相続人を登記名義人とする当該買受人のための所有権移転の登記をして差し支えないとしている(大判大正15年4月30日民集5巻6号344頁)。その理由としては、登記は、「不動産に関する現在の真実な権利状態を公示する」ことを目的とするものであるとする判例理論からすると、買受人のための所有権の登記を実現する方法としては、相続人を登記名義人として所有権移転登記を受ける、あるいは被相続人を登記名義人として所有権移転登記を受ける、そのいずれの方法によるとしても差し支えないということになる。裁判のようにすでに発生している紛争を解決することを目的とするという観点からは、権利変動の過程と態様の公示よりも、現在の真実な権利状態の公示に重きを置くことになるというのはやむを得ないと考えられるが、しかし、不動産登記制度は、紛争の解決を主たる目的とする制度ではなく、紛争が発生しないようにすることを主たる目的とする制度、まさに紛争予防を目的とする制度である。裁判制度は紛争の解決に主眼があるが、行政である不動産登記制度は紛争が発生しないように、紛争予防を目的とする制度であり、そのためには現在の所有者を公示して、その所有者に権利者としての御墨付きを与えればよい(対抗要件としての登記)というだけではなく(そのこと自体大変重要な意義を有していることは勿論であるが)、そこに至る物権変動の過程と態様を公示し、国民に調査資料を提供して、安心して物件の購入等の不動産取引ができるようにする必要があるわけである。登記記録のほかに登記原因証明情報を30年間公開することにしているのは、登記記録と同時に登記原因証明情報を提供して、当該不動産について取引をしてもよいかどうかを国民が判断できるようにするためである。 ところで、前記昭和44年の先例の事案は長男Bに遺贈する旨の遺言があるにもかかわらず、相続人全員であるB、C、Dに法定相続分各3分の1の割合による相続登記がされているために、遺言による物権変動の登記ができなくなっている。そこで、遺言による物権変動の登記をするにはどうすればよいかということになるが、この点については、相続人B、C、Dのために相続登記がされている不動産について、これを受遺者Bのために、CとDの持分について、遺贈を登記原因とするBへの持分移転の登記を申請することは前述のごとくできない(前掲昭和44年10月31日民甲2337号法務省民事局長電報回答)としているのであるが、遺贈に物権的効力が認められるとする見解によれば、遺贈不動産につき相続登記がなされた場合には、受遺者と相続登記名義人が異なればその登記が無効であってこれを抹消すべきものであり、受遺者と相続登記名義人が同一であればその登記は有効であると解することも可能である。ただ、遺贈の効力につき債権説をとれば、相続人名義で登記をしたとしてもそれが誤りであるということが判明すれば、受遺者であるBは、遺贈された権利の移転を相続人C、Dに請求することができる債権を取得し、相続人C、Dはその債務を負担するので、受遺者B名義に所有権移転登記をすべき義務を負担すると構成することも考えられなくはないが、判例・通説である前記物権説に立てば、遺贈には物権的効力が認められることになるので、被相続人であるA名義から直ちに受遺者であるB名義に遺贈を登記原因として所有権移転登記をすべきことになる。にもかかわらず、このケースでは遺言による物権変動が実現されず、法定相続によるB、C、Dへの相続登記がなされてしまっているということになる。 このように考えると前記昭和44年の先例の事案では、Bの持分として登記された部分については有効であり、CとDの持分として登記された部分は無効であると解することもできなくはない。このように考えると、一部の者の持分の登記について無効原因がある場合には、当事者が申請によって相続登記全部を抹消した後、遺贈による登記をすることも差し支えないと考えられ、また、Bの登記が有効であるということで、更正の登記によってBの単独所有名義とすることも考えられなくはない。しかし、そのためには、当事者の合意等が前提となり、遺言の内容に沿った登記を実現するには相当の困難を伴うことになる。遺言書の存在を気付かないという、このような事態は通常起こりうるケースでもあると思われ、せっかく作成した公正証書遺言があるにもかかわらず、ひとつ歯車が狂うと遺言書どおりの権利変動を公示する登記が極めて難しくなる。遺言書の保管場所についてのアドバイスの大切さとその重要性を痛感するが、個別事情もあり、これで十分という周知はなかなか難しい。元公証人としては複雑な気持ちである。しかし、翻って考えてみると、ひとつ歯車が狂うとなかなかうまくいかないというのは登記だけではないかも知れない。諸事万端歯車が狂うことがないように細心の注意をすることが必要且つ重要であるということ。絡まった糸を解すのはやはり難しい。年の始めにはいつもそう思ってきたのに今年もまた同じ感じがする。しかし、今年もめげずに安心・安全の道標を求めて頑張ろう、そう思うと気持ちが少し落ち着いてきたかな!! 今年もどうぞよろしくお願いしたいと思います。(平成28年正月)

 

今 日 こ の 頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

漢字検定に挑戦(坂根資朗) しばらく前のことですが、ある集まりで近況報告をすることになりました。私は、第1に読売カルチャーセンターが主催する月2回の腹式呼吸による健康維持を目的とする「スポーツ吹矢」に通っていること(2段を取得)、第2に春と秋の天気の良い日に、大宮から熊谷経由の秩父線を利用して「秩父三十四観音霊場」を徒歩で8日間かけてお参りをしたこと、第3に「漢字検定」に挑戦したことを報告しました。 漢字検定は1年に3回行われますが、私は6月に5級を、11月に3級を、翌年2月に2級を受けました。5級は小学校6年生が対象ですので、試験会場には、2,3人の大人もいたと思いますが、70半ばを過ぎた受験生は、小学生から見ると注目の的のようで、周囲から興味のある眼で見られたことを報告したように記憶しており、後日、友人から、あの報告が大変楽しかったといううれしいお便りをいただいたことを思い出します。 漢字検定に挑戦しようと思い立った経緯は、今になるとはっきりしませんが、パソコンを利用することが多くなり、漢字を読むことはできても書くことができなくなったことと、俳優や女性アナウンサーが漢字検定で苦労した話等を聞いて、私も挑戦してみようかなと軽い気持ちで始めたように思います。 しかし、折角挑戦するなら基礎からはじめてみようと考え、日本漢字検定協力協会発行の10級(小学校1年生対象)から5級(小学校6年生対象)までの「漢字学習ステップ」と「漢検分野別問題集」を購入し、漢字1006字について、①読むことと書くこと、音読みと訓読みを正しく理解すること、対義語、類義語、同音・同訓異字、四字熟語を正しく理解すること、送り仮名や仮名遣いを正しく書くこと、②筆順を正しく書くこと、③部首として漢字の形を理解すること等を中心に、勉強を進めました。 3級になると1600字が対象で、4級と3級の「漢字学習ステップ」等を購入して勉強しましたが、送り仮名がある漢字については、小学校1年生の分からすべて書き出して一覧表を作り、基本の送り仮名とそうでないもの等を理解しながら、勉強しました。 さらに2級になると、すべての常用漢字の読み書きと、特に高等学校で学習する音・訓を理解し、文章の中で適切に使えることが要請されますので、各「漢字学習ステップ」と、これまでに学習したすべてのことが網羅されている「漢字必携」を購入し、正月を過ぎた頃から2月の試験日まで、毎日2、3時間ほど、今思うと我ながらよくやったと思うほど熱心にこれに取り組みました。 受験願書は大きな書店で扱っており、級によって多少違いますが、それに検定料を添えて申込みをするだけです。試験時間は1時間で、問題数は5級と3級が120問、2級は110問で、いずれも200点満点です。私は、字が下手なことと遅筆のせいで、どの級も結構きつい時間でした。なお、試験日は年3回ですが、試験日の時間割が級によって分かれていますので、受験の級によっては一日に複数受験することもできます。 漢字検定の受検後2週間程で、得点と設問ごとの正解及び不正解箇所についての「検定結果通知書」と「合格証書」(合格証明書2枚付き)が送られてきます。私は受験したどの級も満点を取るつもりでしたが、いずれも数箇所の間違いがあり、あれほど頑張ったのにと残念な思いがありました。しかし、3級の合格率は約50パーセント、2級になると28パーセントということでしたので、1年間努力した自分を褒めてあげたいとも思いました。 受験できる級は、まだ準1級と1級が残っていますが、私の歳では合格は残念ながら困難と思い断念しました。若い皆様には、機会がありましたら是非挑戦してみてください。朗報をお待ちしております。

img034

閑話休題(小口哲男) 少し時間が経ちましたが、昨年の暮れの我が家の過ごし方について書いてみたいと思います。 長野県の岡谷市にある実家には母が住んでいて、2年に一度は、私の家族も共に年越しを実家で過ごすことにしておりますが、母も高齢になり、たくさんの人が泊まるということになると掃除や片付けも大変になってきていることから、母、私の家族、実家の近くに住んでいる姉の家族の総勢12名で(それぞれ婚姻した者もいますので、都合のつく者ということで)温泉に入れるホテル等に泊まって過ごそうという話になりました。 1か月前くらいから宿を探し始めましたが、人数のせいか、はたまた時期のせいか、なかなか手ごろな宿が見つからなかったので、比較的実家に近い宿ということで、奥蓼科の渋御殿湯というところを予約しました。 予約してからではありますが、口コミ等を見たりしたところ、いろいろなことが分かってきました(調べてから予約しなよ、という御批判は、甘んじてお受けしたいと思います。)。 渋御殿湯は、実家から他の候補地と比較して近いとはいえ、茅野駅からバスで50分から1時間くらいかかる終点のバス停の目の前にあること、標高は、1,880メートルくらいであること、信玄公の隠し湯と言われているようで、名前のとおり鄙びた温泉宿らしいこと、温泉が良いのがリピートの理由との書き込みがありましたが、いずれの書き込みも、訪れた時期が春から秋までに限定されており、冬に訪れた人の書き込みがほとんどないこと。 ここまで調べた時点で、すでに、どうしようかと思いましたが、さらに、調べていくと、冬場は、暖房が炬燵と石油ストーブしかないので、点けた時、又は消した時に換気のため、窓を開けると、一気に寒くなること、トイレについては、公共下水道が通っていない(そうでしょうね)ので、ポットンであること、温泉は、良いのですが、源泉は、冷泉(約25度)と温湯(約30度)で、そのほかに沸かした湯があること(沸かし湯にしか入れない!)、お風呂は2か所で源泉のある方には、洗い場がないことと、テンションの下がる内容ばかりでした。冬場のメリットとして書かれていた唯一のことは、うまくするとカモシカを見かけられるかもしれないということでした。 最初に予約を入れた時に、宿の人から、周りは何もないですよ、とわざわざ言われた意味が分かったように思いました。 また、今回は、2年ほど前に母の米寿のお祝いをしたときに、お祝いとして温泉旅行をプレゼントしますとしていたのに、そのままになってしまっていたことの履行を兼ねていましたので、宿の人に、個室での食事に何か特別な料理を加えてもらえないかとお聞きしたところ、当初は、そのような料理は出せないとのことでしたが、その後、鯉丸ごと一本揚げと馬刺しの追加が可能となり解決しました。 さらに、トイレについても、ポットンであることには変わりはないようですが、洋式トイレになっているとのことで、安心しました。 このように、大きな不安材料と少しの安心材料を持ったまま、大晦日を迎えました。 当日は、快晴で、例年に比べて雪も少ないとのこと、問題なく宿に到着しました。 早速、宿自慢の温泉に入りに行きました。 お風呂場は、2か所あるのですが、なんといっても源泉のある方を見てみたいと思い、そちらに行ってみました。 このお風呂場には、沸かし湯、約30度の温湯、約25度の冷泉の3つの湯舟がありましたが、廊下が極めて寒かったためか、約30度の温湯も温かく感じられました。 でも、まずは温まりたいと思い、沸かし湯に先に入りました。 その時点までは、風呂場は、私だけだったのですが、すぐに別の方が入ってこられ、その方は、まず、約30度の温湯の方に入られました。 この温湯が、リピーターの方のお目当てと口コミ等に書かれている温泉で、男湯の湯舟(女湯の方は、この源泉がパイプで運ばれているそうです。)が源泉の上に造られ、底からポコポコ温泉が湧き出してくる足元湧出の源泉です。 天然のジャグジーのようなものですが、一度は入ってみようかと思い、この方の出るのを待っていましたが、一向に出てこられないので、諦めて上がろうかと思い、沸かし湯の木の蓋(短冊形の重いヤツ)をかぶせるか確認しようと声をかけたところ、温湯を替わりましょうと言われ、加えて、下から湧き出してくるので、思ったほど冷たくは感じませんよと言われてしまいました。 こうなると、逃げるわけにもいかず、私もこの温湯におそるおそる入ってみました。 入れることは入れましたが、それなりの温度で、沸かし湯に入る前に入っていた方が温かく感じられたかなというのが正直な感想です。 でも、下から温泉が湧き出してくる感触は、えも言われず不思議かつ心地よく、春から秋の季節ならもっと良かっただろうと思いつつも、源泉を楽しむことができました。 その方は、私が温湯に入っている間に、一度、沸かし湯で体を温めたあとに、約25度の冷泉に入られていましたので、つい、冷たくないですかと声をかけてしまいました。 そこから、その方との会話が始まりましたが、その方いわく、冷泉は、高炭酸泉で、意外と冷たく感じないこと、季節の良い時期は、この源泉の順番待ちが発生するほど人気であることなどをお聞きすることができました。 その方から、是非、冷泉にも入ってみてくださいと言われ、私も、意を決して約25度の冷泉に入ってみました。 確かに、体を締め付けられるような感触があり、思ったほど冷たいとは感じませんでした。 次の日の朝も、沸かし湯から冷泉、温湯、沸かし湯の順番で、温泉を堪能した次第です。 夜の料理は、川魚、山菜中心ですが、特別料理も含め美味しくいただくことができました。 店の人に、ここは高度が高く酔い易いので、飲み過ぎには注意をと言われたのですが、飲み過ぎ、早めに酔っぱらい、すぐ寝てしまいました。 また、熱燗の好きな方がいたのですが、いくら熱くとお願いしても、熱くなかったのは、高度のせいか、運んでくる途中の廊下の寒さからだったのかは、今のところ不明です。 膝が悪くなってきている母からは、階段しかない宿は勘弁してと言われてしまいましたが、秘境の宿の温泉を堪能することができたのは、良い経験であったと思っています。

実 務 の 広 場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.27 ①債権者を甲、主たる債務者を乙、連帯債務者を丙とする2件の連帯保証契約及び②債権者を甲、債務者を丙とする4件の金銭消費貸借契約が締結されているが、丙の甲に対する①、②の債務を一つの準消費貸借契約にまとめて新たな契約を締結することができるか(質問箱より)                      

【質 問】 嘱託の内容・要旨 債権者を甲、①債務者を乙とする、下記1及び2の金銭消費貸借契約(以下、乙契約という。)、②債務者を丙とする、下記3ないし6の金銭消費貸借(以下、丙契約という。)の双方の契約について、これを準消費貸借契約の一つの契約にまとめて締結したいとして弁護士から相談された。これができない場合は、債務者ごとの二つの準消費貸借契約とすることも構わないとのことである。嘱託人代理人である弁護士の作成原案は次のとおり。 第1条(既存債務の確認) 丙は甲に対し、甲丙間における平成26年12月29日付連帯保証契約(主債務者:乙)に基づく甲に対する債務が本日現在金550万円、平成27年1月29日付金銭消費貸借契約に基づく甲に対する債務が本日現在金450万円、平成27年2月28日付金銭消費貸借契約に基づく甲に対する債務が本日現在金30万円、平成27年5月11日付金銭消費貸借契約に基づく甲に対する債務が本日現在金200万円及び平成27年6月22日付連帯保証契約(主債務者:乙)に基づく甲に対する債務が本日現在金488万円、総額金1768万円の支払義務が存することを認める。 第2条(準消費貸借) 甲丙は、本日、丙の甲に対する前条の債務(1768万円)を丙の借入金とすることに合意し、甲は、丙に対し前条の金額を元本とする貸付債権を有するものとする。 第3条(弁済の条件)   〈略〉 第4条(利息等)         〈略〉 第5条(期限の利益の喪失)〈略〉 第6条(連帯保証)      〈略。なお、連帯保証人の氏名は入っていない。〉 以下省略 記 1 550万円 26.12.29 債務者    乙 連帯保証人  丙 2 670万円    27.9.11残額488万円 27.6.22 債務者    乙 連帯保証人  丙、 丁 3 450万円 27.1.29 債務者    丙 4 30万円 27.2.28 債務者    丙 5 200万円 27.5.11 債務者    丙 6 50万円 27.6.19 債務者    丙 当職意見 準消費貸借の契約の締結に際しては、契約の当事者が原契約の当事者と同一であることが必要であるところ、債務者は乙のものと丙のものとがあって、これらを一契約にまとめる内容となっていることからこのままの内容では準消費貸借契約の締結は不可能であり、また、案によるとその契約の実質には更改契約が含まれており、純粋な準消費貸借契約ではないこと、さらに旧債務が準消費貸借契約締結後消滅することを考えると、乙が債務者である契約は、このような契約を締結しても消滅しないこととなるであろうから、提出された案による依頼には応じられないものと判断しているが、このような考えでよろしいかご指導をお願いします。 ※ 同一債務者ごとの2契約とする予定です。 なお、連帯保証人については、準消費貸借契約も新たな契約ですから、原契約の連帯保証人に追加することも、変更することも可能と考えますが、それでよろしいでしょうか。併せてご教示をお願いいたします。 【質問箱委員会回答】 甲丙間には、①債権者を甲、主たる債務者を乙、連帯債務者を丙とする、2件の連帯保証契約が締結されており、もう一方で、②債権者を甲、債務者を丙とする、4件の金銭消費貸借が締結されているが、この丙の甲に対する①、②の双方の債務をまとめて一つの準消費貸借契約として締結できるか、これができないのであれば、①と②を別々にして、それぞれ準消費貸借契約として締結できるかというのが、質問の趣旨と思われます。 1 ①、②の各々について、丙の債務を準消費貸借契約の目的とすることの可否 ⑴準消費貸借契約の成立要件 民法第588条で、準消費貸借は、ⅰ「金銭その他の物を給付する義務を負う者がある場合」であること、ⅱ「当事者がその物を消費貸借の目的とすることを約したとき」に成立するとしています。 ⑵②について ②の例は、一般的にみられる例であり、まず、これについて前記ⅰ、ⅱの要件を具備しているかを検討してみましょう。②の例で、丙は、金銭を支払う義務を負っているところからⅰの要件は満たしており、甲丙間で金銭の支払いを目的とする合意はできていることからⅱの要件も満たしており、準消費貸借契約の成立に問題はないものと思われます。ただ、次の点について、疑問が生じるかもしれません。 民法第588条の文言が、「消費貸借によらないで」と定めていますので、丙の債務が金銭の支払いである点で、問題にならないかですが、大審院の大正2年1月2日判決(民禄19・11)が、消費貸借による債務を当事者の意思をもって新消費貸借の目的とすることは本条の「消費貸借に因らずして」の文詞にかかわらず、可能であるとしていますので、元の債務が金銭の支払い債務であっても差し支えないことになります。 次に、数個の債務を一つにまとめる契約が、準消費貸借に当たるのか、更改に当たるのかという点があります。この点について、数個の債権を1個の債権にした場合、更改意思が認められるとした判例(大判明35.11.29。民録8輯10巻215ページ)もありますが、旧債務を消滅させるという明確な合意がない限り、更改には当たらないと解するのが相当と考え、本件については、更改には当たらず、準消費貸借に当たると考えます。 以上の点から、②の例については、準消費貸借契約が成立することに問題はないものと考えます。 ⑶①について ①の例は、丙の債務が連帯保証債務であることを除けば、②の例で述べたことがそのまま当てはまり、その点での問題はないと思われます。問題は、丙の甲に対する債務が連帯保証債務であり、主たる債務者は乙であるところから、単に甲丙間に存する債務を準消費貸借契約の目的にする場合とは異なり、このような場合であっても、準消費貸借契約の目的とすることができるかという点にあります。 丙の甲に対する債務は、乙を主たる債務者とする連帯保証債務ですが、連帯保証債務といっても甲と丙との間において締結された、金銭の支払いを目的とする債務であり、丙の連帯保証債務には、補充性がなく(民法454条により、同452条の催告の抗弁権及び同453条の検索の抗弁権を有しないとされています。)、丙は主たる債務者乙とともに甲に対する金銭債務を負担する者ですから、民法第588条で定める、「金銭その他の物を給付する義務を負う者がある場合」に、また、そのことを甲丙間で約束したので、「当事者がその物を消費貸借の目的とすることを約したとき」に、該当することとなり、準消費貸借契約は成立すると考えます。 また、準消費貸借契約の場合、「準消費貸借契約に基づく債務は、当事者の反対の意思が明らかでないかぎり、既存債務と同一性を維持しつつ、単に消費貸借の規定に従うこととされるにすぎないものと推定される」とした判例(最高裁第一小法廷昭和50年7月17日判決。民集29巻6号1119ページ。判例時報790号58頁、判例タイムズ327号181頁、金融・商事判例478号2頁、金融法務事情764号31頁)がありますので、当事者が特別これと異なる合意をしない限り、旧債務は消滅せず、新旧債務の同一性が認められることになります(旧債務を消滅させる合意があると、実質は更改契約となります。)。 なお、前述した数個の債務を一つにまとめる契約が、準消費貸借に当たるのか、更改に当たるのかという点については、連帯保証債務を目的とした場合については、その性質上、むしろ、旧債務は消滅させない前提の合意と考えるのが自然であろうと思います。 このように、丙の連帯保証債務を準消費貸借の目的とした場合、丙の債務が準消費貸借に切り替わっても、丙の債務は既存の連帯保証債務と同一性を維持しつつ、単に金銭消費貸借の規定に従って返済することとされただけですから、乙の主債務に影響はないと考えられます。 そして、連帯保証債務も付従性を有しますから、主たる債務が乙による弁済等によって消滅すれば、当然丙の連帯保証債務も消滅し、その分の準消費貸借契約に基づく債務も消滅することになります。また、丙の準消費貸借契約に基づく債務が履行された場合、丙は乙に対して、求償することができると解されます(民法459Ⅰ)。 2 連帯保証債務と他の債務を合わせて準消費貸借契約の目的とすることの可否 主債務者乙に関する丙の連帯保証債務と丙自身の甲に対する金銭消費貸借債務とを一つにまとめて、準消費貸借契約の目的とした場合、丙の弁済によって、丙の乙に対する求償債権が発生するかどうかという問題が生じます。つまり、丙自身の甲に対する金銭消費貸借債務であれば、その分甲に対する債務が消滅するだけですが、主債務者乙に関する連帯保証債務が弁済されたのであれば、甲に対する債務が消滅するとともに、丙は乙に対する求償債権を取得することになります。丙の甲に対する債務の弁済は、乙に対する求償債権を取得することになるのか、例えばこの弁済は連帯保証債務としての支払いである旨を表示させる等特別の定めをすればあるいは可能かも知れません。例えば、準消費貸借契約の支払いを分割弁済にした場合には、何月分の支払いの○万円のうち、□万円分は求償権発生の支払い、△万円分は求償権不発生の支払い等のような特別の定めをすることになりますが、このような定めは複雑になるばかりで、さらに債務の一部のみの支払いがあった場合、どの部分に充当するのかという問題が生じ、現実には困難な問題が生じます。このようなことになりますと、丙の債務をまとめて一本化して金銭の支払いを目的とする契約にしようとした趣旨が没却されてしまいます。 したがって、これら性質の違う旧債務を一つに合わせてしまうのには問題がありますので、①と②は区別して扱うこととし、準消費貸借契約を締結したいということであれば、①と②でそれぞれのグループ毎に、準消費貸借契約を結結するのが相当と考えます。 ただ、丙の債務総額を金1768万円として、準消費貸借契約の目的にしたいのであれば、①の主たる債務について、債権者甲、主たる債務者乙、引受人丙(甲と丙との合意でも可であるが、債務者の意思に反してなすことは出来ないので、乙の合意を得る。)を契約当事者とする免責的債務引受契約を締結の上、いったん①の債務を甲に対する丙の債務とした上で、②の債務と合わせて、準消費貸借契約を締結することは可能だと思います。 3 連帯保証人の追加・変更について 「連帯保証人については、準消費貸借契約も新たな契約ですから、原契約の連帯保証人に追加することも、変更することも可能と考えますが、それでよろしいでしょうか。」とありますが、原契約に連帯保証人が付されていなくても、新たに締結する準消費貸借契約に連帯保証人を付すことは可能か、原契約の連帯保証人をそのまま新たに締結する準消費貸借契約の連帯保証人にすることなく、新たに締結する準消費貸借契約については、別の者を連帯保証人とするは可能か、という意味でしょうか。準消費貸借契約は、新たな契約ですから、債権者甲と新たに連帯保証人となる者の間で合意があれば可能です。 4 更改契約について 「案によるとその契約の実質には更改契約が含まれており、純粋な準消費貸借契約ではないこと」と記載されていますが、どの箇所からそのように解されるのか判然としませんが、更改契約については、次のように解されていますので、参考に願います。 更改契約は、民法513条第1項により、当事者が債務の要素を変更する契約をすることとされており、債務の要素とは、債務者の交替(同514条)、債権者の交替(同515条)のほか、債権の目的の変更(金銭以外の物の給付を金銭の給付に変更するなど。)をいうものとされています。 そして、更改契約がされた場合、原則として元の債務は消滅し(例外は民法517条)、それとは同一性のない新たな債務が成立することになります。 所問の場合は、いずれも金銭の給付であって、債務の要素ではなく,債務の成立原因を変更するだけのもの(何年何月何日付け連帯保証契約を、何年何月何日付け準消費貸借契約とする等)ですから、それだけの内容の合意であれば、特別に旧債務を消滅させるという明確な合意がない限り、前述のとおり、更改には当たらないものと考えます。

No.28 (1)①債権者甲と債務者乙間の数次にわたる金銭消費貸借に基づく債務と②甲が貸付資金捻出のために銀行から貸付を受け、その費用及び利息を乙が甲に支払うことを約した債務をまとめて旧債務とする準消費貸借契約公正証書作成の可否、(2)同準消費貸借の期限の利益喪失条項に「債権者死亡」を加えることの可否(質問箱より)                     

【質 問】 事例 女性(債権者)が男性(債務者)に対し、これまで11回にわたり金銭を貸与(金銭消費貸借:総額約400万円)した。 そのうちの3回の貸与に当たっては、男性への貸与資金捻出のため女性が自己の名で銀行から貸付を受け、その金員で男性へ貸与し、銀行からの貸付費用(印紙代)及び銀行利息は女性が支払っている。なお、女性は、3回目の銀行貸付(本年9月)においては、男性への貸与金額(債権額)に加え、1・2回目の銀行貸付の残高分を併せて借受け、1・2回目の銀行貸付の返済(完済)をした。 ところで、女性が銀行から各貸付を受ける際には、男性との間で、銀行からの貸付費用(印紙代)及び銀行利息は男性が負担し、男性が女性にその分と同額の金銭を支払うとの口頭での約定ができていた。 今般、女性から当職に対し、男性から返済がないとして、男性との間の、①金銭消費貸借の元本、②銀行から貸付を受けた際の契約費用(印紙代)相当額、③1・2回目の銀行貸付の利息(既払い)相当額、④3回目の貸付の銀行利息(ほとんど未払:支払計画書の利息総額分)相当額を旧債務とする準消費貸借契約(126回の分割弁済)公正証書作成の依頼があった。 また、同準消費貸借の期限の利益喪失条項として、「債権者死亡」の文言を加えてほしい旨強い要望がある。 問題点 1 上記②ないし④の契約費用(印紙代)及び銀行利息分相当額を男性が女性に支払う旨の契約の契約名をどうすべきか。 ・・・「填補金支払契約」の名称は妥当か。 2 上記④(利息はほとんど未払)を旧債務とする準消費貸借契約は可能か。 ・・・利息債権は未だ発生しておらず、繰上返済等により利息総額が変わることもあるので、これを旧債務とする準消費貸借契約は妥当でないと考えるがいかがか。 ・・・上記④については、「填補金支払契約」として、準消費貸借とは別に公正証書を作成することは可能と考えるがいかがか。強制執行認諾条項は設けない。 3 期限の利益喪失条項に、「債権者死亡」の文言を加えることは妥当か。 ・・・債務者の責めに帰する事由ではないので、期限の利益喪失条項としては妥当でないと考えるがいかがか。 期限の利益喪失条項とするのではなく、返済期限の特約として、債権者死亡の際は直ちに全額(残額)返済する旨を契約条項に設けることは契約自由の原則から可能と考えるがいかがか。 【質問箱委員会回答】 第1 問題点の整理 はじめに、この問題にお答えする前に、問題点の整理をしておきます。 事例によれば、女性が男性のために銀行からお金を借り、そのお金と自己のお金を合わせて金400万円を男性に貸したところ男性から返済がないので、女性としては、貸したお金と銀行からお金を借りるのにかかった費用(印紙、利息)等含めて、男性が負担すべきお金については、男性との間において準消費貸借契約を締結し、それを公正証書にしておきたいというものです。 ここで、女性が男性との間において締結したいとする準消費貸借契約の前提となる契約とは、当事者間で締結済みの金銭消費貸借契約と、女性が銀行と契約した際に要した費用と利息(今後発生する利息を含む。)相当金額を男性が女性に返済する契約の二つの契約と思われ、この二つの契約を基に、女性は男性との間において、返済されるべき金銭の全てを内容とする準消費貸借契約を締結しようとの要望を有しているものと思われます。 ところで、女性は、男性のために銀行との間に金銭消費貸借契約を締結したのですから、女性が銀行に返済すべき債務は、実質的に男性が返済すべき債務であり、女性と男性との間の契約は、女性と銀行との間の金銭消費貸借契約を前提に、当事者間で協議して決めることとなると思われますが、女性が銀行からお金を借りる行為は、動機は男性に用立てるためであっても、女性と銀行との間の金銭消費貸借契約であり、他方、女性が男性との間においてお金の返済(貸したお金、銀行との間で必要な印紙代、利息等の経費)に関する契約を締結する行為は、あくまでも女性と男性との間の契約であり、女性には、ⅰ銀行の間で締結した金銭消費貸借契約と、ⅱ男性との間で締結する債務の弁済に関する契約の二つの契約が現にあり、当事者の意図もそのように理解されますので、このことを前提に検討してみましょう。 なお、この事例について、女性は、男性に貸与するために銀行からお金を借りたものですが、これは、男性が直接銀行からお金を借りられないので、女性名義を借りて銀行から借り入れをした、いわゆる「名義貸し」行為にあたり、このような女性の行為は許されるべきではないとして、公正証書の作成応じるべきではないとの意見もありますが、「名義貸し」は、女性は名義だけ貸し、銀行への返済等実質的な手続きは全て男性が行うという形になるのが一般的であるところ、この事例では、あくまでも銀行への返済は女性が行うことになっているので、その点は、いわゆる「名義貸し」といわれている例とは異なり、本件のような場合までも、「名義貸し」といえるのか疑問なしとしませんが、質問者の意図は、「名義貸し」となるかどうかではないため、本稿では取り上げないこととし、このような疑問もあるというにとどめておくこととします。 それでは、以下、問題点について、整理しておきましょう。 1 問題点1では、女性が銀行との間に締結した金銭消費貸借契約から生じた債務(②、③、④)について、女性からは、男性との間について準消費貸借契約の希望があるものの、質問者からは、「填補金支払契約」という名称の債務弁済契約を締結できるかが問題とされていますので、準消費貸借契約の成立の可否ではなく、「填補金支払契約」の可否について、検討することとします。 2 問題点2では、女性が銀行との間に締結した金銭消費貸借契約から生じた債務のうち④についてのみ、男性との間の準消費貸借契約の可否、否とした場合の「填補金支払契約」公正証書の作成の可否を問題とするものですが、④は女性の銀行に対する債務であり、それを準消費貸借契約とするのであれば、銀行との間の準消費貸借契約の可否が問題となるのですが、そうではなく女性と男性との間の準消費貸借契約を問題にされているようであり、その観点から、準消費貸借契約の可否について、検討することとします。 3 女性からは、男性との間において、①、②、③、④の全てを旧債務とする準消費貸借契約(126回の分割弁済)の締結の要望がありますので、その可否について検討をしておきます。 4 問題点3では、期限の利益喪失条項が問題とされていますが、本件のどの契約ということでないと思われますので、債務弁済契約について、一般的にこのような条項を付すことができるかという点について、検討することとします。 第2 検討結果 1 問題点1について (質問②ないし④の契約費用(印紙代)及び銀行利息分相当額を男性が女性に支払う旨の契約の契約名をどうすべきか。「填補金支払契約」の名称は妥当か。) 「②ないし④の契約費用(印紙代)及び銀行利息分相当額」とありますが、内容は、女性が銀行に支払った印紙代(「②銀行から貸付を受けた際の契約費用(印紙代)相当額」)、既払い利息(「③1・2回目の銀行貸付の利息(既払い)相当額」)及び未払い利息(「④3回目の貸付の銀行利息(ほとんど未払:支払計画書の利息総額分)相当額」)となります。 これは、女性が銀行との間に締結した金銭消費貸借契約から生じた債務で、②と③は支払済みであり、④は未払いですが、これらの債務は、もともと男性への貸与資金捻出のために女性が負担したものであり、これは、本来男性が負担すべきものであるとして、女性が男性の間において締結した金400万円の金銭消費貸借契約に基づく男性の返済債務と合わせて、これらの支払いを準消費貸借契約の目的として欲しいとの要望があるとのことです。 この点に関し、質問者は、男性が女性に支払う旨の契約名を「填補金支払契約」という名称で差し支えないかという点から問題にしているところからすると、②、③、④の債務を女性と男性との間の準消費貸借契約として構成することは困難とみて、むしろこれらをひとまとめにして、別の名称を付した契約として構成することができるかということを問題にしているものと思われます。 もっとも、次に述べる問題点2で④(未払い利息)については、準消費貸借契約とすることができるかを問題としておられますが、その点については、後述することとします。 さて、ここでの問題は、名称の前に、女性が銀行との間に締結した金銭消費貸借契約から生じた債務(②、③、④)を、女性と男性との間の契約として男性に支払い義務を負わせることができるかどうかがまず検討される必要があります。これについては、女性が銀行から借り入れするに当たってかかった費用がいくらであろうとそれは、銀行から女性がお金を借りるに当たってかかった費用、つまり女性と銀行との関係であり、形式的には、男性には係わりのない事項です。 しかしながら、この費用は、男性のためにかかった費用であり、そのことを男性も了承しており、女性と男性との間で、女性が銀行に支払うべき費用の返済について男性との間で合意がされているなら(民法650参照)、それは、女性と男性との間の約束であり、当事者で債務の弁済を内容とする契約を締結し、それを公正証書にすることは問題ないものと思われます。 具体的にどのような内容になるかというと、②、③、④の支払い総額がわかりますので(②、③については金額が確定、④についても未払いではあるものの支払うべき利息総額は確定)、その総額をもって、男性から女性に返済すべき額とすることで差し支えないかを当事者で確認し、その額で差し支えなければ、それを男性から女性にどのように返済していくのか、例えば、ⅰ合算した額について、毎月の返済額、返済時期、利息(率、支払い時期)、遅延損害金(率)、返済方法等を確定する、あるいは、ⅱ②、③、④のそれぞれについて返済時期、返済方法等を確定する等その定めは当事者で定めることができます。既に、当事者間で、このような定めがされているなら、そのことを確認し、そのことを契約書にすることで足ります。 ただ、④は、未払い利息であり、これについても、同様に扱うことができるかどうかですが、未払い利息といっても、これは女性が銀行に支払うべき金銭であり、これを女性が銀行にどのように支払うかは、銀行と女性との問題であり、その原資となるお金を女性が男性からどのようにして支払いを受けるかは別問題であり、女性としては、少なくとも銀行に支払う利息支払い時期までに男性からそれに見合う額が返済されていれば問題ないと思われますので、そのことに留意して、男性との間で、②、③の債務と合わせて、返済額、時期などを定めるか、④のみ別の返済方法を定めるかは当事者で定めておけば、問題ないものと思われます。なお、④については、未だ銀行との間で支払いが発生していない債務であり、このような利息を女性と男性との間の支払い債務とすることは疑問があるとして、④は②、③とは別に考えるべきであるとして、前記のような考え方はとりえないとの立場もあるかもしれませんが、それについては、次の「問題点2について」で、説明することとします。 そして、契約名については、その実体をわかりやすく表現したものであれば良いと思いますが、既存の債務の存在を承認し、その債務につき新たな履行方法(弁済の期限や支払方法等)を定める契約ということであれば、その名称は、日本公証人連合会発行の「新版 証書の作成と文例 貸金等・人的物的担保編」45p「債務(承認)弁済契約公正証書」ということで良いと思います。 2 問題点2について (上記④(利息はほとんど未払)を旧債務とする準消費貸借契約は可能か。利息債権は未だ発生しておらず、繰上返済等により利息総額が変わることもあるので、これを旧債務とする準消費貸借契約は妥当でないと考えるがいかがか。上記④については、「填補金支払契約」として、準消費貸借とは別に公正証書を作成することは可能と考えるがいかがか。強制執行認諾条項は設けない。) 「④(利息はほとんど未払)を旧債務とする準消費貸借契約は可能か。」とありますが、この④の債務というのは、前述したように女性が銀行に支払う利息債務のことであり、この債務を旧債務として準消費貸借契約の目的とすることは可能かということであるならば、女性と銀行との間の利息支払い債務を準消費貸借契約にすることとなりますが、そうではなく、④未払いではあるものの支払うべき利息総額を、女性と男性との間の債務弁済契約とし、それを旧債務として準消費貸借契約にすることができるかという問題と思われます。 この④未払いではあるものの支払うべき利息総額を、女性と男性との間の債務弁済契約とすることについては、問題点1で述べたとおりであり、契約として成立しますので、これを旧債務として、準消費貸借契約の目的とすることができるかどうかを検討することになります。 準消費貸借契約については、民法第588条で、ⅰ「金銭その他の物を給付する義務を負う者がある場合」であること、ⅱ「当事者がその物を消費貸借の目的とすることを約したとき」に成立するとしています。つまり金銭その他の物を給付する旧債務があり、それを準消費貸借契約の目的とすることに当事者が合意している必要があるということです。 本件における、旧債務に当たるものは、女性が銀行に支払うべき未払い利息相当額を、男性が女性に支払う旨の合意ができていれば、つまり支払うべき利息総額が決まりその額は支払わなければならないものとして確定しているので、それを債務とすることには何ら問題なく、そのことについての合意が債務弁済契約であり、これを、準消費貸借契約の目的とすることには支障がないものと思われます。ただ、この④に関する事項の債務弁済契約だけをもって、準消費貸借契約としても、内容的にみて、例えば数契約を一つにまとめる等の意味はなく、準消費貸借契約とすることの意味はあまりないものと思われます。 ただ、民法で定める要件に該当しているので、準消費貸借契約としたいというのであれば、それを拒むものではありませんが、準消費貸借契約とするということになると、この債務弁済の実態が、将来発生する利息相当分の額であり、現実に女性から男性に貸与した金銭の返済ではないところから、このような債務であっても準消費貸借契約の目的とすることができるかについて、検討を要します。 これについては、当事者が未払い利息相当額と同額の債務が存在することを確認し、それをどのように返済するかという定めをする場合は、既に支払うべき債務が確定しており、個別に支払うべき分割弁済の時期が来ていないというだけですから、別段問題は生じませんが、問題1で述べたように、銀行への利息支払いが発生していないので、現段階では女性の男性に対する債務は発生しておらず、女性が銀行に利息を返済するのに合わせて返済すべき債務が発生するような約束をする場合には、いまだ発生していない債務についての準消費貸借契約を成立させることになりますので、この点から問題となります。 このことに関し、最判昭和44年7月25日判例は、「当事者間において将来金銭その他の物を給付する債務を生ずることがあるべき場合、これを準消費貸借の目的とすることを約し得るのであつて、その後該債務が生じたとき、その準消費貸借は当然にその効力を生ずるものと解すべきであり・・・(昭和40年(オ)第200号同年10月7日第一小法廷判決、民集19巻7号1723頁)」と判示しています(判例時報568号45ページ)。この判例は、保証のために連帯保証人となった者が、その債務を履行した時の求償権でも良いとする判例ですが、本件のように、金銭を支払うべき債務が将来発生するものであっても差し支えなく、これを準消費貸借契約の目的とすることは可能と考えます。また、最判昭和40年10月7日判例も「当事者間において将来金員を貸与することあるべき場合、これを準消費貸借の目的とすることを約しうるのであつて、その後該債務が生じたとき、その準消費貸借契約は当然に効力を発生するものと解すべきである。」と判示しています。 これらの判例は、要物契約である金銭消費貸借契約が未だ金銭の授受がないところから発生していなくても、停止条件付準消費貸借契約の成立は認められるとしたもので(「証書の作成と文例 貸金等人的物的担保編43p 5参照)、このような契約であってもその有効性は認められるとしているので、本件のように、未だ債務は発生していないと考える立場にたっても、契約の内容を工夫し、停止条件付契約にすれば問題ないと思われ、例えば、女性の銀行への利息支払いに応じて返済する内容の債務弁済契約であっても、それを準消費貸借契約の旧債務とすることには、何ら問題はないものと思われます。 このような旧債務について、具体的に債務弁済金額、支払い時期が記載されおり、それを基にして作成された準消費貸借契約であれば、強制執行認諾条項を付することも可能です。現実に、強制執行できるのは、支払い時期が来てからとなるのは、いうまでもありません。但し、停止条件付準消費貸借契約とした場合、未だ効力が生じていないので、当該契約に基づいて作成された公正証書には、強制執行認諾条項は記載できるものの、その公正証書について執行分の付与はできず、具体的な支払い日が到来してから執行分を付すことになります。 なお、これらの債務につき、元本債務の準消費貸借契約とは別に公正証書を作成することについては、そのような当事者の合意があるのであればもちろん可能ですし、強制執行認諾条項を付するかどうかも当事者の自由です。 ただし、公証人は、当事者の合意内容について、違法な内容の是正や、後日の紛争を防止するためのアドバイスはすべきですが、当事者の合意形成そのものに関与すべきではありませんから、仮に、このようなことを一つの方法として提案するとしても、公証人の側からこうするよう強要されたと受け取られることのないように注意しなければなりません(特に、分けることによって手数料が高くなるような場合には、苦情の原因となりかねません。)。 3 女性の要望どおりの準消費貸借契約の可否 女性(債権者)が男性(債務者)に対し、これまで11回にわたり金銭を貸与(金銭消費貸借:総額約400万円)したことに関し、この返済に関する債務弁済契約と②、③、④の契約を合わせて、準消費貸借契約とすることが可能かどうか検討しておきましょう。 まず、11回にわたる金銭貸与と②、③、④の契約をまとめて準消費貸借契約とすることができるかどうかについては、数個の債務を一つにまとめる契約が、準消費貸借に当たるのか、既存の債務を消滅させて新たな債務とする更改に当たるのかという問題がありますが、この点については、「準消費貸借契約に基づく債務は、当事者の反対の意思が明らかでないかぎり、既存債務と同一性を維持しつつ、単に消費貸借の規定に従うこととされるにすぎないものと推定される」とした判例(最高裁第一小法廷昭和50年7月17日判決。民集29巻6号1119ページ。判例時報790号58頁、判例タイムズ327号181頁、金融・商事判例478号2頁、金融法務事情764号31頁)がありますので、当事者が更改契約とするのではなく、旧債務は消滅させずに、新旧債務の同一性が認められる準消費貸借とする合意をすれば、準消費貸借契約になるものと考えます。 これらの債務は、いずれも男性の女性に対する「金銭その他の物を給付する債務」であり、当事者が準消費貸借契約とすることに「当事者が合意」しているならば、民法第588条の要件を満たしているものと思われ、準消費貸借契約として公正証書を作成することは可能と考えます。その際、債務額を合算した額を弁済すべき金額として記載し、具体的な支払い方法を記載することとなると思いますが、旧債務のうちどの債務について返済したことにするのか把握する必要がある場合は、当事者で協議し、その旨特約を付しておく必要があります。 もっとも、④利息の支払い期が未到来なので、女性と男性との間の債務弁済契約は、将来発生するとの立場に立つと、①、②、③と同時に④も含めての準消費貸借契約は、既に成立している債務と未だ成立していない債務を同時に旧債務としてとらえることになり、そのような準消費貸借契約の成立は、困難と思われます。 なお、数個の債務を一つにまとめた場合、一部の弁済がされたときに、それがどの旧債務の弁済に当たるのかという充当の問題については、当事者間で特別の約束があればそれを明記することになりますし、特にそのような特約がなく、弁済の際にその指定(民法第488条)がされなければ、民法第489条の法定充当の規定によって判断されることになります。 4 問題点3について (期限の利益喪失条項に、「債権者死亡」の文言を加える ことは妥当か。債務者の責めに帰する事由ではないので、期限の 利益喪失条項としては妥当でないと考えるがいかがか。期限の利益喪失条項とするのではなく、返済期限の特約として、債権者死亡の際は直ちに全額(残額)返済する旨を契約条項に設けることは契約自由の原則から可能と考えるがいかがか。) 期限については、民法第136条第1項が、「期限は、債務者の利益のために定めたものと推定する」と定めており、民法第137条で期限の利益喪失事項が挙げられています。これらの規定は、強行規定ではありませんので、通常これらに準ずるような条項、例えば、「他の債権者からの強制執行を受けたとき」等が、契約によって定められています。 当事者が民法第136条第1項の推定に反する内容を定めることもできますし、債務者の責めに帰すべき事由も必要ありませんが、具体的に当該条項に該当するかどうかの判断が困難で不明確な条項では後日の紛争の種となってしまいますし、債権者がその優越的な地位を利用して債務者に著しく不利な内容を押しつけるということになると、民法第90条に違反することになります。 仮に債権者の死亡を不確定期限とする債務弁済契約がされた場合、債権者の死亡は、債務者の契約不履行でなく、債務者に責任はないのですが、債務者も納得しているのであれば、それ自体が違法とされるものではありませんから、このような契約と同様に、債権者に相続が発生した場合には債務を清算するという趣旨で、期限の利益喪失事項に当該条項を入れることに債務者も納得しているということならば、債権者の死亡を期限の利益喪失事項とすることも、直ちに違法ということにはならないものと考えます。ただ、例としては、あまりみられない例です。 もっとも、このような定めは、債務者としては、何時発生するか予想もできず、自らそれを防止する等の方策も講じ得ない事由の発生によって期限の利益を失うことになる訳ですから、債務者にとって不利な条項であることに間違いなく、債権者がその優越的な地位を利用して債務者に著しく不利な内容を押しつけたという可能性は否定できません。 このような規定を設けると、例えば、公正証書作成後、1月後に債権者が死亡したとき、債務者は全額の返済を求められ、返済できなければ強制執行を受けることになるわけですが、そのような厳しい内容であることを債務者が理解しているかどうか、また、そのような強制執行がされても現実に債務弁済の効果をあげることができない(無い袖は振れない。)ということであれば、意味のない公正証書を作成してしまうことにもなりかねません。また、現に、債権者が死亡し、一括返済となったとしても、相続人が何人いて誰が相続するかをすぐには解らず、履行遅滞が発生し、債権者不確知で供託することになることが予想され、付す条件としても不適当と考えます。 公証人としては、このような条項を設けるかどうか、慎重に債務者の真意を確認し、債務者の方から申し出たというようなことでもない限り、後日の紛争の種になりかねないこと、予防司法という公証制度の目的から、後日の紛争の種になるような条項を公正証書に入れることはできないということを理解させる必要があるものと考えます。

No.29 損害賠償債務を承認し、その一部を代物弁済した残債務を免除する旨の公正証書作成手数料について(質問箱より)                      

【質 問】 次の不法行為事案につき債務承認をし,一部を代物弁済(不動産)した後の残債務については免除する旨の公正証書を作成する場合の手数料は,免除する残債務額を目的価額として差し支えないでしょうか? <事案> ①業務上横領により3億円の損害を与えたことを認め,当該債務を承認する。 ②一部履行としての代物弁済…債務の一部履行として不動産を所有権移転した。充当額は600万円とする(代物弁済に要する諸費用控除後の金額)ことにつき確認・合意した。 ③残債務金2億9,400万円については,弁済に耐えうる資力がなく賠償困難であるから,債権者は債務を免除する。 <参考先例・実例> 1 手数料・債務弁済<債務一部免除(条件付債務免除契約) 債務承認、分割履行契約公正証書において、一定金額を遅滞なく履行したときは残債務を免除する旨の意思表示(条件付債務免除契約)は、債務承認履行契約の従たる法律行為と解すべきであるから、手数料令23条により、主たる法律行為により手数料を算定すべきで、免除額について手数料を徴収すべきでない。(大阪合同役場法規委,公証112-205)。 2 手数料(連帯債務免除) ①連帯債務者の1人に対する債務を免除するとともに、②残債務につき保証する契約を締結する場合は、①については債務全額を目的価額とし、②については残債務額を目的価額とし、各別に手数料を受けるべきである(大正3.6.4民894法務局長回答・先例集718)。先例集718,連合会「公証人手数料令・印紙税法関係資料集(平成19年1月)」4p 【質問箱委員会回答】 1 公証人手数料令のうち関連する条項 本件公正証書に記載されている事項は、「①3億円の債務を承認する。②債務の一部600万円を代物弁済により履行したことを確認・合意した。③残債務金2億9,400万円について債務を免除する。」の3項目とのことです。 このような記載をした場合、公証人手数料令のどの条項に該当するのかですが、本件に関連すると思われる公証人手数料令の条文について、その考え方を整理しておきましょう。 公正証書の作成手数料は、原則として法律行為の目的の価額の区分に応じて決められます(公証人法9)。それは、公正証書の記載内容の経済的利益に着目して手数料を計算するという考え方によるものとされています。 これについて、例外として諸々の条項がありますが、本件に関連するものとしては、「承認、許可若しくは同意又は当事者の双方が履行していない契約の解除に係る証書の作成についての手数料の額は、一万千円とする。」と定められており(公証人手数料令17本文)、また「従たる法律行為について主たる法律行為とともに証書が作成されるときは、その手数料の額は、主たる法律行為により算定する。」と定められています(公証人手数料令23Ⅰ)。 このような例外が定められたのは、前者については、証書作成行為そのものが簡易で定型的なものであること、単に債務の承認だけということであれば執行証書の効力も生じないことなどの理由によるものと思われます(日本公証人連合会平成19年1月発行の公証人手数料令・印紙税法関係資料集5ページの10及び同15ページの19参照)。また、後者については、主たる行為が存在し、それとの関連で行われた行為については、手数料としては、主たる行為で評価されているので、手数料計算の対象とされていないものと思われます。 2 諸説 さて、本件が、公証人手数料令のどの条項に該当すると考えればよいのかについては、公正証書全体をみて判断するか、各記載についてみて判断するか等とらえ方によって異なるものと思われますが、公正証書の果たす役割及び嘱託人の意図するところ等をも考慮する必要があり、次のような考え方が成り立ちうるものと思います。 ⑴甲説 公正証書の手数料は、金11,000円 この公正証書の記載は、「①債務を承認する。②履行したことを確認・合意した。③債務を免除する。」となっていますが、この公正証書作成の趣旨は、全体をみれば、当事者双方が事実関係を確認して、それを承認したことが記載されているので、公証人手数料令第17条に規定されている「承認、同意」に該当し、手数料は11,000円となります。 参考 公証人手数料令・印紙税法 関係法令集(日本公証人連合会)編15頁、45頁 ⑵乙説 公正証書の手数料は、金17,000円+③については債務免除(金95,000円)又は認証の手数料(金11,000円) この公正証書の記載には、「①3億円の債務承認、②その一部の代物弁済、③残額の免除」という3つの法律行為が含まれていると考えます。 この場合、仮に、確定的な3億円の債務についてその全額を弁済するという約束があり、ただし、その一定額までの弁済が約束どおり行われたら残額は免除するという内容であれば、3億円を基礎として手数料計算をすることになりますので、基本的な手数料は95,000円ということになります。 ただし、この事案では、最初から一部の代物弁済のみが予定されており、残額については資力がないことを理由に免除するということですので、御指摘の参考先例・実例1の決議の考え方により、3億円を基礎として手数料計算するのには問題があります。 もし、①と②のみを内容とする証書ということになりますと、②が実質的な弁済契約であり、①は単なる承認(仮にこれだけを証書にするなら定額)ですから、①の承認は②の付随行為と見ることができます。①と②を別個の行為と見ることも可能かもしれませんが、承認のみの証書を定額とした考え方からして、別個に手数料を徴収するのは相当ではないと考えます。 従って、①と②のみの内容の証書の基本的な手数料は、600万円を基礎として、17,000円とするのが相当と考えます。 次に、③の債務免除についてですが、債務免除は、相手方にその分の経済的利益を生じさせるものですから、一般的にはその免除額を基礎として手数料を計算すべきものです。そうすると、仮に③の内容のみを公正証書にする場合、免除額2億9,400万円を基礎として計算することになりますから、基本的な手数料は95,000円となります。 ところで、債務免除は、民法第519条に債権者の単独の意思表示として規定されているとおり、基本的には債権者の単独行為です。債務免除も公正証書で作成することができますが、執行証書となり得るものではありませんし、債権者の意思表示を記載した私書証書の認証によっても同じ効果(公証制度による証明力)を生じさせることができます。 従って、全体を一つの公正証書で作成することも可能ですが、①と②の分の基本的な手数料17,000円と、③の分の基本的な手数料95,000円を合算すると、112,000円と相当高額になってしまいます。 公証人としては、当事者が全体を一つの公正証書にしたいと言ってきた場合でも、その場合の手数料が相当高額になること、③については、私書証書の認証とその効力が変わらず、③を切り離して私書証書の認証で行えば、この事案の場合の債務免除証書の認証手数料は11,000円(公証人手数料令34)となることを説明の上で、当事者にどちらを選ぶか決めてもらうというのが相当と考えます。 ちなみに、このような場合、公証人としてどこまで積極的に説明すべきかという問題もありますが、この事案の場合、債務免除を公正証書にした場合と私書証書の認証で行った場合の差額が84,000円とかなり高額であることから、上記のような教示をしなかった場合、後日、同じ効力でずっと安くできる方法があるのにそれを教示しなかったという苦情を受けるおそれがあります。 なお、御指摘の参考先例・実例2の先例は、主たる契約とは別に、保証人の一人について債務を免除し、それとは別に他人が残債務について新たに保証する契約をするということで、当事者も異なることから、各別に手数料を受けるべきであるというものですから、ご質問の事案には直接当てはまらないと思います。 ⑶丙説 公正証書の手数料は、金95,000円 この公正証書の記載には、「①3億円の債務承認、②その一部の代物弁済の合意、③残額債務の免除」という3つの法律行為が含まれていると考えます。 ①は、3億円の債務を承認する内容ですから、公証人手数料令17条に該当し、手数料は、11,000円となります。 ②は、代物弁済として「不動産を所有権移転した。」と「充当額は600万円とする。」ことにつき確認・合意したと記載されています。これは債務弁済行為を記載したものとみるか、このような行為があったことの承認行為とみるか、議論の余地があると思いますが、すでに終わった弁済行為についての確認・合意とみる方が素直な見方と思われ、そうであるならば、これについては、公証人手数料令17条に該当し、手数料は、11,000円となります。 ③は、「残債務金2億9,400万円について,債権者は債務を免除する。」と記載され、承認・合意とは記載されていませんので、これは、事実関係を記載したというより、ここに債権者の意思表示により債務免除という法律効果が発生する法律行為が記載されているとみることが相当と思われます。 参考先例・実例1として紹介されている例では、「一定金額を遅滞なく履行したときは残債務を免除する旨の意思表示(条件付債務免除契約)は、債務承認履行契約の従たる法律行為と解すべきである」とされていますが、本件は、一定金額600万円相当額については既に弁済済みであり、そのことを踏まえて、債務免除をするというのですから、明らかに先例とは異なる事例であり、この先例は、参考にならないものと思われます。 そうであるとすると、債務免除としての法律行為があったものとみて、公証人手数料令第9条に該当することとなりますので、2億9,400万円に相当する手数料として95,000円を徴収することは可能と思います。 以上のように考えると手数料は、合計117,000円となりますが、これは、各記載を独立したものと考え、それぞれ公証人手数料令に該当するか否かという観点から検討してみたものですが、果たして、このような考え方で、手数料計算してよいかどうかについては、この公正証書の果たすべき法的効果、あるいは経済的効果の観点から、もう一度公正証書全体をみて、その果たすべき役割を検討し直してみる必要があるものと思われます。 嘱託人が①、②については、法律行為の承認を求め、③については、債務免除の法的効果を確実にしておきたいためにこのような公正証書を作成しようとするのであれば、前述した手数料額になるものと思われます。 しかし、3億円の残余金2億9,400万円の支払いは免除するというところに趣旨があり、3億円の債務の存在及び金600万円の債務弁済は、債務免除に至る経緯を記載したものと解するならば、①と②は、③債務免除のためのいわば「従たる法律行為」に該当し、公証人手数料令第23条第1項に該当し、①と②についての手数料は徴収しないことになります。そうすると、この場合は、③債務免除についてのみ手数料95,000円を徴収することとなります。 いずれの考え方相当かは、当事者の意図に照らして判断する必要があると思われますが、①、②について手数料を支払ってまで公正証書を作成したいという意図は薄いと思われますので、当事者には確認する必要がありますが、後者に立って考えるのが相当と思われます。 もっとも、この後者の考え方に立ったとしても、乙説で述べられているような認証の方法によることとの問題がありますので、当事者には事前に、認証による方法もあること、そのときの手数料についても説明をしておくべき必要があると思います。 ⑷丁説 公正証書の手数料は、金95,000円 この公正証書の記載は、「①3億円の債務を承認する。②履行したことを確認・合意した。③残余債務を免除する。」となっているが、これは、当事者双方が3億円の債務があることを確認して、それを弁済する方法について記載するものであるので、公証人手数料令第9条に該当し、金3億円を目的の価額として手数料を算定することとなり、手数料は95,000円である。 3 結論 上記4説について、甲説は、①②③各記載をすべて合わせて当事者が単に承認したものととらえ手数料計算する考え方、乙説は、②債務弁済と③債務免除ととらえ手数料計算するが、債務免除について認証を検討する考え方、丙説は、③債務免除ととらえ手数料計算する考え方、丁説は、①②③各記載をすべて合わせて当事者間には3億円の債務承認弁済が記載されているものととらえ手数料計算する考え方で、それぞれ理由づけはできるものと考えられますので、それに基づき手数料を徴収することはできるものと思われます。 ただ、そうであるとするならば、当事者の意図を慎重に確認し、どのような公正証書にしたいのかを十分把握したうえで、どちらにでも解釈できるのではなく、例えば、「承認」であるのであればそのことが明確になるように、文言を整理して、前記4説の趣旨沿う形での記載になっているかどうか確認して、公正証書を作成する必要があるものと思われます。

]]>

民事法情報研究会だよりNo.16(平成28年2月)

立春の候、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。 さて、本年度の事業計画に掲げた「公証事務の照会・回答システムの構築」につきましては、昨年5月の通常理事会における協議の中で、公証人は本来、日公連の照会回答制度を利用するべきではないかとの意見もありましたが、比較的軽微な事務処理上の疑義について、この法人の仲間内で経験豊富な会員が相談相手となって議論し対応すること自体、何ら問題はないだろうとの判断から、とりあえずの試みとして「質問箱」の仕組みを作ることとし、7月から運用を始めました。その結果、12月までに13件の照会があり、質問箱委員会において対応していますが、利用された会員からは大変参考になったという好反応をいただいておりますので、当面この仕組みを続けて行きたいと考えております。 なお、本研究会だよりは隔月発行を原則としておりますが、「実務の広場」に掲載すべき質問箱の事例が多いため臨時に増刊することとし、次回のNo.17は、本年3月にお送りいたします。(NN)

小倉馨著「わが航跡」を読んで(理事 井内省吾)

先頃、法務局・民事局の大先輩である小倉馨先生が自分史として発刊された「わが航跡」を読ませていただきましたが、その随所で、人生、法務局ひいては日本民族ないし日本国の現在過去未来についての様々な気持ちが私の中で去来しました。 ここでその全てを取り上げることは到底できませんので、その中の一つのご論稿「大和特攻と少尉候補生の退艦命令」についてのみ触れてみたいと思います。 「大和特攻」について、ここではその詳細には触れませんが、一般には、戦争が末期に至り物的・人的資源が極めて限られてきた中で、沖縄戦において起死回生を願い立案され遂行されたものと考えられているようです。 しかしながら小倉先生は、大和特攻で出撃した大和を旗艦とする第二艦隊の各艦艇に一旦乗艦した合計73名の少尉候補生が、乗艦3日後に大和特攻が命令された直後に、命令によって全員が退艦したことなどもあり、その後終戦までの間における戦死者が極めて少数であったことを数字的に確認された上で、「軍艦「矢矧」海戦記(井川聡著)」の記述を引用し、少尉候補生の退艦の際の各々の心情を、楠正成が湊川の別れで二十余名の家臣たちとの決別の際にふるさとの後図を託したという故事になぞらえ、「出て行くのも国のためなら、残るのも国のためだった。「大和」特攻は、終戦用意の第一歩でもあったのだ。」とされています。この言葉が私の心に突き刺さったのです。 その理由は二つあります。 第一に、「大和」特攻は、一面「特攻」であると同時に、他面、「終戦用意の第一歩」であり、一度乗艦したが実戦経験のない(という一見もっともな理由のつく)多数の若者に、(遥か昔から先祖代々連綿と続いてきて、明治維新期に植民地化の危機も乗り越えた)日本「国の後図」を託したという面も有していた、と小倉先生は断言されているのです。 そのように考えると、「国の後図」は、軍指導者や特攻で散っていった人々から、生き残った人々、ひいては、その後その子孫としてこの国に生を享け現代に生きる私達全体に託されたものであるとも考えられるのではないでしょうか。 そして、小倉先生の海軍の先輩・仲間たちへの熱い思い、これまでの至る所での常に全力投球のお仕事ぶり、家族・先祖・郷土への限りない愛と感謝の念は、本書「わが航跡」でも随所に垣間見ることができますが、海軍兵学校在学中に終戦を迎えられた先生のその後の命も、この「後図」実現のために捧げられているのではないかという思いに圧倒された次第です。 第二に、「「大和」特攻は、終戦用意の第一歩」という表現の中には、「特攻のような多数の若者の理不尽な死が必要な国には二度としてほしくない」という、小倉先生はもとより、特攻をされた方々、そして少尉候補生に退艦命令を下した軍指導者の痛切な願いが表わされていると思われることです。 時あたかも、現在は、冷戦終結で一極支配が確立したと考えられた米国の油断と力の陰り等から、世界各地でテロとの戦い、グローバリズムと反グローバリズムの戦い、覇権国とそれに挑戦する国の争い等が生じ、第一次・二次世界大戦後に作られ、それなりに安定していた世界秩序が(中東における国境画定のほか、ブレトンウッズ体制や核不拡散体制等)部分的にせよ崩壊の危機に瀕するかもしれないと感じさせるような状況にあります。 このような中にあって、昨年我が国政府は集団的自衛権を認め、安保法制を作り、G21などで明確に反テロ戦線に加わるなど、それなりに旗幟を鮮明にしてきたとも考えられます。とはいえ我が国がいきなり戦争に巻き込まれるなどということはあり得ないとは思うのですが、小倉先生の「わが航跡」を読んで、今後、どのような事態が訪れようとも、感性と文化を共有する日本国民全体の力と叡智を結集して、先人の「特攻が必要な国には二度としてほしくない」という願いに応えていくべく必死の努力していかなければならないと、痛切に感じている次第です。

今 日 こ の 頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。 

帳箱は物語る大唐正秀1 由来 そのものは、2年前の真夏に、箱に入って公証役場にやってきた。正確には、土地家屋調査士のTとKが自家用車に乗せて、二人がかりで大事に運んできたものである。 そのものは、桐材により制作された縦32.4㎝×横63㎝×高さ32.6㎝の蓋付きの箱で、古い時代から長期にわたり使われてきたことが容易に分かる大型の収納(文)箱とでもいうべき容れ物である。火災・災害時等においては、直ちに持ち出し可能なように設えたものであろう。蓋付きのまま利用すれば、記帳机としても充分機能する広がりである。その時代の大人であれば、一人でも持ち上げ移動できる、いわば現代におけるボストンバッグだと想像してもらえばよろしいかと思われる代物である。 所有者は、そのものを所有すること自体への思い入れがあるからか、この箱の裏面には「名東郡東名東邑御番所下山永左エ門」と大書されている。御番所注*1参照の下山永左エ門が設えたものと読むことができる。それに続けて、江戸時代の「安政四丁巳彌生月」(安政4年、1857年)と墨書されていることから、今から158年前に製作されたという計算になる。日米和親条約が締結されたり、安政東海、安政南海地震が数年前に起こった後の封建制の頃から近代国家へと移行した過度期を経て、今日までの時代に耐えてきたものであることから、この箱は、過去からの玉手箱、換言するならば、「時の入り船」ということになろうか。

注*1 御番所(ばんしょ) 「阿波近世用語辞典」(著者:高田 豊輝)によれば、「①関所のこと、②職業の類に番所があり不詳」と説明されている。 川口番所・堺目番所・遠見番所・見張番所・船渡番所には、郡(こおり)奉行支配番人(小高取・切田取・判形人もあり)又は郷士格・庄屋等一人~二人を番に当たらせた。 遠見番所と見張番所は海上・海岸警備の番所である。遠見番所は小屋程度の規模で番人は川口番所等と兼務であった。 番所には幕府の禁令(切支丹・毒薬・耕作損亡・忠孝・捨馬の制禁、諸廻船・異国船・酒造の御定等)の高札及び藩の制札(密告褒美、伴天連訴人銀子百枚黄金拾枚、いるまん訴人銀子五拾枚黄金五枚、切支丹訴人銀子三拾~二拾枚黄金三~二枚)を建ててあった。番所は明治五年に廃止された。 ◎川口・湊口番所の所在地 幕末に四六か所あった。分一所(ぶいちしょ)を兼ねていた川口番所もある。 ◎堺目口番所の類所在地 *(他藩との藩界付近に設置されていた模様で)、幕末に一四か所あった。 ◎船渡番所等の所在地 三好郡白地村本名に船渡番所、海部郡奥浦脇ノ宮に高瀬船番所があった。 ◎遠見番所の所在地 幕末に一六か所。寛政頃設置されたと言う。 ◎見張番所の所在地 幕末に10か所あった。 右は桑井薫氏編著の「阿波淡路両国番所跡探訪記」を基にして書いた(と著者)。 筆者注:前記用語辞典では、「名東郡東名東邑」に御番所が存在したことの記録はない。下山永左エ門さんが勤務していた御番所はどこでどのような番所であったのか、今のところまだ解明できていない。

2 事始め その箱の中には、一見して、おびただしい量の文書類が無造作に収納されていた。 上記のTとKによれば、旧家の土蔵を取り壊すとのことで、建物滅失登記を依頼された関係から、現場調査に行ったところ、その土蔵の二階から収納箱が見つかった。その家の当主は、その存在自体を子どもの頃から薄々知っていたものの、「古い物であり、土蔵の取り壊しと同時に、この際、中身ごと一括して廃棄してもらって結構だ。」ということであった。 そこで、念のため箱の中を覗いたら、どうも古文書類やら昔の地図類が沢山入っている様子なので、「一度、これらを公証役場で見てもらったほうがいいのではないか。」との話になり、所有者の承諾を得て、現状有姿のまま持ち込んだというのである。 板材の樹脂が抜け落ち生暖かい手触りのするその蓋を持ち上げてみると、古家と土蔵の香りが入り混じった遙か昔の香り(実は、埃の臭い)が立ち上がり、そこにはおびただしい量の内容物が詰まっていた。その時の気持ちは、あたかも、古墳を発見した考古学者が、胸の高鳴りを押さえ切れないであろうその動悸と同視できるのではないだろうか。 必要に応じて内容物が出し入れしたことが分かる状態での保管であり、几帳面に整理が行き届いた状態ではなかったものの、和紙に書かれた古文書類、それから古地図類がその大半であることは容易に判明した。何よりも多かったのが地券の類である。そこで、手始めに地券群を整理してみたので、ここで紹介してみたい。 3 地券 収納品を分類整理してみたところ、地券は3種類に大別でき、その内訳は、「地券之證」が10枚、「明治9年改正地券」が88枚あった。 前者は手漉きの和紙製、後者は明治政府により調製され配布を受けたものである。このほか破損した地券が各種類ごとにそれぞれ数枚ずつ存在する。 (1) 地券之證 このうち「地券之證」は、壬申地券創成期のもの(10枚、縦32㎝横43㎝、保管サイズ:二つ折り後に三つ折り)であり、「地券の證」と墨筆により記されている。この10枚は、明治7甲戊年3月発行分(2枚)と明治7甲戊年5月発行分(7枚)の2期に分かれている。 「従来の持地は追って地券を付与すべし」とされた範疇に含まれるものである 注*2 壬申地券創成期の地券「その3」参照 )

注*2 壬申地券創成期の地券 壬申地券創成期の地券は、次の3種に区分することができる。 その1は、明治4年12月27日に東京府下の武家地、町地の区別を廃し、土地の所有者に交付したものである。地所の代価の2/100を沽券(証文)税として課税することを意図し券面に記載されたもので、言わば都市型の地券である。 その2は、土地の売買譲渡に伴って交付された地券であって、「地券の證」がその初出である。この地券の様式は、「地所売買譲渡ニ付地券渡方規則」(明5.2.24大蔵省達25号)の公布に伴ってその雛形が示された。この地券の様式は、売買を原由とするものであることから、言わば所有権移転型の地券の発行ということができる。 その3は、明治5年7月4日に至り、「売買譲渡以外の土地の従来所持の者へ最前相達候規則に準じすべて地券を渡すようにせよ」と各府県に通達(大蔵省達第83号)されたものである。前記「地所売買譲渡ニ付地券渡方規則」(明5.2.24大蔵省達25号)において、「従来の持地は追って地券を付与すべし」(同13条)と予定していたものであり、同日公布され、上記の様式がそのまま承継され、交付されることとされた。この地券は、所持事実の現認・認定を原由とするものであることから、言わば所有権保存型の地券の発行ということができよう。 これらその1及びその2に係る地券(「地券の證」)は、いずれも、「地所持主たる確証」(同6条)とされたのである。 なお、地券発行に係る用紙及び地券之證印並びに地券に契印する押切割印について、大蔵省から次のような達が発出されており、当分の間、用紙は強靱な用紙(名東県は和紙)とし、地券状には地券之證印を押印の上、地券状と地券大帳との押切割印は従前の府県印を用いることとされた。
明治5年8月5日大蔵省達第97号 「今般地券発行に付券状に相用候料紙は追て相達候迄其地有合堅牢にて耐久の品可相用證印の儀は各府県へ一顆づつ相渡候條右を相用押切は従前の府縣印可相用此段相達候事 但し證印受取方の儀は租税寮へ可申立事」 (近代デジタルライブラリー「法令全書」・明治5年651p内閣官報局)
明治5年8月28日大蔵省達第115号 地所売買譲渡二付地券渡方規則中第一条第二条左之通改正 第一条 地券相渡候節地券は最前の雛形通りに製し地主へ相渡地券大帳はニツ折帳に仕立     半枚に二筆宛記載し券状と割印可致置事 但腹書多分有之分は見計たる可き事 第二条 地券大帳は年々収税の照準に致し地券渡済の上一村限地所之段別地券金高とも綜合高取調租税寮へ可差出来 但綜合高取調方別紙表式之通可相心得尤表式は追て可相達事 右之通及更正候条此段相達候也 (近代デジタルライブラリー「法令全書」・明治5年663p内閣官報局)

(2)「改正地券」について もう一種類の「明治9年改正地券」は、明治9年式の改正地券(88枚)である。「明治9年改正」と朱書き印刷されているものが多い。 改正地券は、地租改正事務局から明治8年11月20日達乙第8号としてその雛形が示され、洋紙に印刷した全国一律の用紙が各府県庁あて交付された。 これらの88枚は、前記の雛形により示され、各府県庁あてに印刷交付された用紙そのものが使用されており、また、時期を異にして交付された地券であっても同一官印が押印されていることがこれらの地券全部を比較照応する(官印の押印箇所に手ぶれが見られる)ことによって判明する。このうち背景茶地印刷の地券は75枚、背景青地印刷の地券は13枚である。 なお、明治9年8月22日達乙第12号により地券の表題の上部に「明治9年改正」の朱印を押す旨の改正がなされているので容易に識別できる。 その後、地券制度は、土地台帳規則(明治22年3月22日法律第13号)が公布される明治22年まで続いた。 (3)下山家の地券の分析 下山家の地券中、「明治7甲戊年3月発行」地券之證(縦32㎝横43㎝)については、上記「地所売買譲渡ニ付地券渡方規則」の公布に伴い示された雛形と比較して、個々の「地券の證」の表記方法が、次のとおり、相当部分において異なっている。 ① 反別(地積)の表示が記載されていないものの、これは、地券渡方規則第36条の規定に従ったものと思われる。 ② 地代表記部分の左端に「御運上金注*3参照」とその額が併記され、「名東御取立」の確認押印が付加されていることから、この税額により、税の賦課が決定されたか、又は、證印税規則(明治5年7月20日大蔵省達第88号)による證印税を納付したか、いずれかの証拠となる。

注*3 運上金(うんじょうきん) 運上は、近代日本における租税の一種で、それが金銭により納付が行われる場合に運上金と呼ばれた。江戸時代では、農業以外の商工業や漁業従事者に対する一定税率が定められ、その課税したものを運上と称した。また、特定の免許を与えられた者に必要に応じ上納させたものは冥加と呼ばれた。 明治維新後も明治2年に運上、冥加は当分の間現状維持とされたが、地租改正が進捗した明治8年には地方の多種多岐にわたる雑税が廃止された際に、これまでの運上・冥加のほとんどは廃止された。

③ 前記②については、下記文献では、「この地券に基づいて課税されることもなかった」と説明されていることに注意されたい。

「㈡ 郡村地券は、郡村の田畑宅地等の幕藩時代からの持主に「持主タル確証」として交付されたが、従来から所持する田畑などには代価も不明であったことから、地券にも「適当ノ代価」が記載されるだけで、地租率なども記載されず、地券だけからは地租額も不明であったので、郡村地券は「土地の持主であることを公証する」だけで、納租の標目でもなく、また、この地券に基づいて課税されることもなかった。 ㈢ 田畑等の持主は検地帳等に登録された地主であり、賦税の照準も検地帳等に書入られた「石高」から「地価」(適当な代価)に変更されるだけであったが、この地価は明治六年地租改正法に基づく改正地券によって確定されることになる。」 以上、「近代的土地所有権の形成と帰属」(古舘 誠吾)118p

④ 本「地券の證」の証明書き本文の内容が「授与」ではなく「相渡置候」となっており、しかも、その根拠として「従前割賦之通」との理由が付記されている。なお、地所を所持する者に壬申地券を交付する名東県庁の達は次のとおりである。

明治5年7月23日名東県達第34号 「先般相達候地所売買規則第13則に従来持地は追而地券渡方之儀可相達旨掲載有之候所今般管下人民地所々持之者は都最前之規則に準じ地券可相渡旨大蔵省より御達に付其旨相心得地所所持之者は田畑従来之位付に不拘方今適当之代価書入来る8月15日迄に不洩様持区限取纏め租税課へ可差出候萬一不得止次第に而取調て及遅延分は右日限前に情実申立相当之日延可願出候 壬申七月廿三日                  名東県庁」 (徳島市史料編695p)

⑤ 本「地券の證」の証明者として3名が連署のうえ押印されている。連署者は、3名とも「證」を証明発行する根拠となる権限がいずれも銘記されておらず、「県令、大少属の氏名及び押印」という雛形様式の方式は執られていない。なお、本「地券の證」では10点とも、連署者3名のうち1名は朱印により押印し、うち2名は墨印で押捺しているとの規則性が見られる。このことは、官吏と民間人を峻別するための地域の慣習によるものなのか、あるいは、けん制順を表示するための措置であろうか。朱印と墨印の区別には特段の事情はないのかも知れないとの推測も成り立つ。 敷衍すれば(あくまで私見であるが)、朱印押印者を地券取調掛(官吏)、墨印押印者を実地適宜の者(民間人)であると仮に見立てれば、連署及び押印は「名東郡取立」つまりは證印税規則のとおり取立(つまりは徴収=納入)済であることの証拠となり、ひいては、本「地券の證」が真正に作成されたことの担保になっているとの評価に繋がるのであるが、どうであろうか。 郡村地券発行の目的が、全国の地価総額の緊急の把握にあったことに鑑みれば、地租徴収のための主要な調査対象は田畑、宅地であり、山林、原野等については、劣後する調査対象であったものと思料されるものの、原則的には、明治5年7月4日大蔵省達第83号により、売買譲渡以外の土地の従来所持の者へ「最前相達候規則に準じ」すべて地券を渡すようにせよとの各府県あてに通達( 前記注*2 壬申地券創成期の地券「その3」参照 )されたことから、東名東村としては、山林、原野等であったとしても租税課へ差し出し、地券の証の発行を求めるべきものであろう。 ところが、壬申地券創成期のものである9点の「地券の證」に限っては、そうではなく、雛形様式の方式によらずに「最前相達候規則に準じ 」て「地券の證」を墨筆書きにより調製し、しかも、県庁租税課が関与した痕跡のないままで、それらを土地の従来所持の者へ、いずれも直接に「相渡」すという手法を執っているのである。 県(権)令、大少属等の氏名、署名そして押印はないものの、私文書であるとはとても思えないのである。この地域に独自の様式が認められていたとすれば、その根拠は何であったのか、について今後調査・確認する必要がある。 なお、上勝町誌198p上段には、「明治6年10月付け地券之證」、佐那河内村史(昭和42年1月3日発行)246pには「明治6年10月23日付け地券之證」、美郷村史(昭和44年3月31日発行)189pには「明治不詳年月日付け地券之證」が掲載されており、ここでは、共に同時期、かつ、地券渡方規則雛形様式どおりの交付となっている。このほか、酒井家文書総合調査報告書(編集発行徳島県立文書館)208P表(3)「『地券の証』からみた酒井弥蔵の所有地」によれば、地目「林」、面積「3畝6歩」との表記の後に「険阻、立木これあり」とあり、地券発行年月日欄に「明治9年11月19日」と表示されていると記されているものの現品そのものを確認することが叶わないため、これ以上の詳細情報を入手することはできていない。なお、表記方法は、下山家「地券の證」との類似性が見られる。 ⑥ 「名東御取立」の官(職)印が朱印されている。また、押切割印(官印、印影に「秋」、「庸」の文字の一部が判読される、上納(秋斂)の意味であろうか。)により割付印の措置が施されており、戸長、副戸長、用掛の決済・確認が戸長役場における地券発行事務の一環として行われていたことの証となっている。また、本件証書(正本)のほか本割付印の片方である「地券大帳」の存在を明確に示している。なお、氏名の後の押印は、朱印墨印であることはともかくも、それぞれ個人印が押捺されている。 ⑦ 前記⑥の官印及び割付印の存在から、本「地券の證」は、明治5年7月4日大蔵省達第83号により、「売買譲渡以外の土地の従来所持の者へ最前相達候規則に準じすべて地券を渡すようにせよ」との各府県に通達されたものを受けて、「東名東村」の名において渡されたものであるとの一応の推定が働く。 署名・押印者が戸長、副戸長、用掛かどうかは本「地券の證」では明白になっていないのであるが、徳島市史の記録(同史101P)によれば、署名・押印者は戸長でも、副戸長でもなく、また、用掛にも該当者の掲載がないことは確認済である。 このことから、実地適宜の者として地元の名望家(例えば、伍長等)が本件小区の地券取調掛に任命され、実施機関からその権限(実地下調べを含む。)を付与され、名東県庁から派遣された地券掛官の指導、監督及び検査手続きを経て、地券発行の任にあたったものと考えられるがどうであろうか。大蔵省から短期間における緊急の民有土地全部の調査とその地券発行を命令されていること、田畑調査に劣後する山林調査であることの要請を受け、戸長、副戸長が地元の名望家を動員し、戸長、副戸長、用掛が主体となって、山林について所持の事実を確認認定する証として本「地券の證」の発行措置が図られたのではないだろうか。 土地の把握と所持者の確認という事柄の重要性を認識するならば、官が主導しない限り、私的に単独では実施できない大事業であるからである。 ⑧ 加えて、本「地券の證」証明書き本文記載の文言から、 a.本地券発行検査が行われた、 b.当該山林は従来所持者のものと確認(認定)された、 c.(このことは)従前割賦のとおりである、 d.(そこで)この證書を渡し置く、 と判読できるがどうであろうか。 本「地券の證」の証明書き本文の内容は、土地売買譲渡の場合には、地券の文言を「授与」と直接規定されているものの、売買譲渡以外の土地の従来からの所持者である場合には、「最前相達候規則に準じ」と命じられているのみで、具体的な文言とか雛形までは指示されていない。 このことから、最前相達候規則に準じて、本税(=御運上金)を取り立てている「東名東村(戸長)」としての前記a.ないしc.の確認認定事実を具体的に列記記述する方法によったことから、「授与」ではなく「相渡置」との文言になっているものと推察されるのである。 ⑨ 今日時点における一応の結論 以上①から⑧までの事実から、本件「地券の證」は私文書ではなく、「名東御取立」と押印された官印の印影から、ⓐ所持事実の確認・認定事務を行い、ⓑ賦課ないし證印税の取立権限を持つ「機関」である東名東村が、ⓒ公文書として発行したものであることは明白である。売買に伴うところの地券発行ではなく、明治政府(官)による所持事実の現認・認定による地券発行であることから、この行為は、所有権保存登記に比定することができよう。 なお、地券渡方に関する大蔵省達が下記のとおり発出されていることからは、證印税として徴収したとするのが妥当性が高いもののように思われる

明治5年7月20日大蔵省達第88号 「今般地券渡方の儀相達候付ては右諸入費は證印税規則之通取立右を以支拂置」 (近代デジタルライブラリー「法令全書」・明治5年648p内閣官報局)

4 「証文・契約書類」及び「一村全図と各字図」ほか 紙面の都合で、帳箱の中身のほんの一部しか言及できていない。地券以外にも、「証文・契約書類」「一村全図と各字図」ほか未分類のものが多く収納されている。 地券以外の「証文・契約書類」は、150本以上(現時点において未整理分を除く。)あり、一応の分類として次のように整理している。 (1) 私人間における契約書類(私文書関係) ○売渡證文、地所売渡約定証、売買契約書・・・・・・・・・・・37本 (地所、地所建物、山林の文言を冠したものを含む。) ○地券預り之証  ・・・・・・・・・・・・・3本 ○金子借用之証、金員借用之証、金銭消費貸借、金子願証、費用金借用証、金円借用証、借用金支払期日契約書、副書・・・・・・・・・・・56本 (地券書入、地所書入、山林書入、土地1番抵当権設定、質付の文言を冠したものを含む。)などと区分けできる。 この中には、明治確定日付が付与されたものも数点存在する。 「質付金銭貸借契約」に「明治43年12月14日、公証人鈴木利行役場」の確定日付印が押印され、今1点は、「動産物売渡證」に「明治44年6月15日、前記公証人役場」となっており、かの時の、かの場所での先人の公証仕事の一つを垣間見て、書証とその証拠が確かに存在することの重さに、ただただ頭が下がる思いがする。 (2) 判決書、公正証書ほか(公文書関係) ○判決言い渡し(明治11年12月4日判決) ○判決言い渡し(明治25年 5月11日判決) ○貸金請求支払命令申請書 ○仮住所届 ○地所貸借契約書(徳島県知事土居直次昭和6年3月31日) ○動産物賃貸借契約証書謄本 ○動産物売買公正証書正本 ○地租計集廿口会報 ○証(落札) ○地所公募落札同所登記願 ○地所売渡付地券御確認願 ○租税代納済證明書 ○地券証印紙税領収 ○東名東村堤防費の納入の証 ○庄外三村継続土木費追徴地方税の納入の証 ○庄外三村明治20度上半期分村費の納入の証 ○租税代納受払帳 (3) 用水開削図((4)以外の図面関係) ○阿波国第八小区相合井掛用水埋樋居込絵図 ○村役場保管の図面写し (4) 一村全図と各字図 また、「一村全図と各字図」(素図)は、東名東村全図一葉、東名東村字図三十七葉(うち字図四葉のみ欠落)、由緒書記載帯封の3セットで構成されている。 この一村全図の特徴は、トラバース測量を実施した上で全図作成がなされていることである。字図には1号から41号までの番号が付され、小字単位で字図が調製されていることから、東名東村は、41の小字を持った村であることが判明する。東名東村全図によって小字の位置及び形状が容易に見分けることができ、字図により明治期の原始筆界(区割り)や道路水路の詳細が一目瞭然となるように記されている。 下山家の「全図、字図」(素図)は、基本的には、地図の作図方法が「地籍編製心得書及び雛形(明治15・8・3徳島県達乙第119号別冊地籍編製心得書)」を踏まえてのものであることから、「地籍地図」に分類することができる。 本地図上で、①山林等で高低差のあるものにはすべからく筆界に「度数及斜面ノ距離」が記入されていること(「筆界度数斜面距離記入達(明治18・5・13徳島県乙第69号達)」)、②「川、旧二等路とか旧二等路の道敷、用水路敷、悪水路敷」つまりは、「道路、水路の敷地」に新に番号を設け、其地順に従い「一ノ二、二ノ二」と枝番(作成当時は「糸番」と呼称している模様)を付し、その番号を朱書しており、改租の際に付した地番と明確に区別し表示されていること、③ 全図は一厘を一間とし、字図は一歩を一間の縮尺としている、いわゆる一歩一間図である。これらの地図調製技法から上記の地図であることが判明するのである。 下山家の地図が上記徳島県達乙第119号の雛形と異なる特徴的な部分を列挙する。 大部分の耕地の筆界線付近(一定箇所)には、細字で「二」の表示が見られる。この表示は、耕地(ほとんどは「田」)を有するいずれの字図にも、等しく付されている。現地の地物を斟酌するならば、「二」の表示は、畦畔の存在を示しているものと考えられる。 現地における用水路(水流)を斟酌するならば、黒細線(実線)の位置により筆界を明示した上で、「二」の表示は内畦畔(長狭物)を指すものとして地図作成者が略記したものと容易に読み解けるのである。その認識をもって耕地を再見すると、「上田」と「下田」の内、「上田」と認識できる側に「二」が表示されているのである。つまり、畦畔は、「二」の表示がされている側の土地の畦畔であること、換言すると、畦畔は、「二」の表示がされている側の土地に属するものであること、がその略号によって図上略記されていることになる。「地図ながめ 二の字、二の字の下駄の跡」との軽口が口ずさみたくなるほど、浮き浮きしてくる。 ① 上田・下田の区別のために必要な措置として「二」の表示による畦畔の存在(この略記表示の段階では、未だ雛形凡例で示された色分け表記にまでは至っていない。)、 なお、色分け表記は、「地籍編製心得書及びその雛形(上記徳島県達乙第119号)」により筆界の内側に着色する方法によることが雛形凡例により示されていることに留意されたい。 ② 実線引きの後に、実線引き自体を削り取ったり、和紙小片を貼付し再度位置を変えての実線引き箇所の存在(修正のための措置が施されている箇所)、 ③ 筆界位置を正確に特定できる工夫として、2.35㎝間隔で罫線が印刷されている和紙を用いていること、 ④ 地図帯封記載由緒書に「地籍下調檢査済ニ付檢本」(検査用地図)との位置付けがなされていること、 以上のことが記録、観察できることから、最終的な製図(清書)を行うための極めて完成度の高い原図(ないし元図)と把握し得るのである。  このことから、下調べを終え、地図業者として納品するための製図(清書)を行うための事前検査を受けた上で、修正を施した検査完了の素図と推察されるのである。①筆界位置修正(第弐号字図、第五号字図、第七号字図、第28号字図)、②字界位置修正(第六号字図)、③字番号自体修正(第30号字図、第39号字図)等の手入れを実行していることの痕跡が存置されている。 5 「時の入り船」での私の旅 このように、地方で住まう者には、息づいている明治に出会える機会がまだ残されており、殊に、この地方で保存されている明治期の絵図や古文書類と比較考量しながら調査でき、アマチュアでも十分楽しむことができる法歴史学的注*4参照に価値がある史料がまだまだ埋もれている。 古文書・古地図類(明治期の史料)と出会う楽しみの本質は、何であろうか。 調べ尽くされ過去の出版物に登載され縮小化されたものとか、さらにそれをコピーしたものとか、または、レプリカ(複製物)であるとか、手あかのついたものではなく、眠っていた存在そのものに直接出会いたいとの思いである。そのものが唯一絶対のものとして対峙できること、そのものを直に手に触れて存分に浸り切ることができ、探求心が刺激されて喜びの時を手に入れることができるところにあるのだと思う。つまりは、古文書・古地図類の原本性に魅せられ惹かれているということになろうか。 公証制度も原本を創り出すことにその本質的な意味を見出すことができる。嘱託を受け、唯一無二の原本を作出するところにその苦しみも、また楽しみも併存しているのだということに気付く。 この意味において、 「時の入り船」での私の探求の旅は、これからもまだまだ続いていくのである。 それにしても、肉体的にも精神的にも老いが忍び寄ってきている証左であろうか、時折、ギックリ腰になったり及び腰になりながらも、なお、日々是好日が続いている。

  注*4 法歴史学 老後の楽しみに、昨日私が考案した学域であり、領域として、地券、古文書、古地図の3分野からなる。少数無力学派の一つ。3分野の好きな者、この指止まれ。
鉛筆素描15年  

実 務 の 広 場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。
 

No.24 法改正に伴う社会保険労務士法人の定款記載例について

社会保険労務士法人(以下「社労士法人」という。)については、社会保険労務士法(昭和43年法律第89号、以下「社労士法」または「法」という。)の一部を改正する法律(平成26年法律第116号)が、平成26年11月21日に公布され、また、同法の施行期日を定める政令(平成27年政令第69号)が、平成27年3月6日に公布され、社員が一人の社労士法人の設立等を可能とする規定を除いて、平成27年4月1日に施行されたことから、定款認証実務もそのように運用されてきたところ(「社労士法人を設立するには、その社員となろうとする社労士が2人以上必要であることは明らか」、日公連「各種法人定款認証実務Q&A」113頁参照)ですが、今般、社員が1人の社労士法人の設立を可能とする政令の施行期日が平成28年1月1日とされたことから、同日以降に成立を予定する社労士法人については、社員となろうとする社労士が1名であっても設立可能となりました。 ところで、社労士法の改正は、特定商取引に関する法律の改正に伴い、社会保険労務士の業務範囲が拡大することとなったことによるものですが、具体的には、 ① 紛争目的価額の引上げ(個別労働関係紛争に関する民間紛争解決手続における紛争目的価額の上限が、民事訴訟法第368条第1項に定める額(60万円)から120万円に引き上げられたこと) ② 補佐人制度の創設(事業における労務管理その他の労働に関する事項及び労働社会保険諸法令に基づく社会保険に関する事項について、社労士法人が当該事務の委託を受け、弁護士である訴訟代理人とともに社労士法人の社員等を裁判所に出頭させ、補佐人として陳述することができるようにしたこと) ③ 社員一人の社労士法人(社員が一人でも同法人の設立等が可能となったこと) であり、この改正に伴い、定款の目的及び社員に関する規定等について、若干の変更が生じることとなったものです。 そこで、本稿では、この改正に伴い、変更となる社会保険労務士法人定款記載の一例(さいたま地方法務局と協議済み)を、次に記しておきます。日公連「各種法人定款認証実務Q&A」109頁以下に示された定款記載例と異なる部分に下線を付してあります。 なお、本改正に伴い、全国社会保険労務士会連合会及び各都道府県社会保険労務士会の社会保険労務士法人の規定に係る会則等は既に変更されているとのことですが、社労士法人の定款認証実務における法人社員となり得る資格を有することの資格証明書(特定社員資格証明書等;別添資料)の確認が必要である点は従前と同様であり、また、定款の絶対的記載事項及び相対的記載事項並びに任意的記載事項等については、日公連「各種法人定款認証実務Q&A」109頁以下に詳しく解説されていますので、これを参照願います。 【社会保険労務士法人定款記載例】 社会保険労務士法人○○○○ 定款 第1章 総 則 (法人の名称) 第1条 当法人は、社会保険労務士法人○○○○と称する。 (目的) 第2条 当法人は、次に掲げる業務を営むことを目的とする。 (1) 社会保険労務士法(以下「法」ともいう。)別表第一に掲げる労働及び社会保険に関する法令(以下「労働社会保険諸法令」という。)に基づいて行政機関等に提出する申請書、届出書、報告書、審査請求書、異議申立書、再審査請求書その他の書類(電磁的記録を含む。以下「申請書等」という。)を作成すること (2) 申請書等について、その提出に関する手続を代わってすること (3) 労働社会保険諸法令に基づく申請、届出、報告、審査請求、異議申立て、再審査請求その他の事項(厚生労働省令で定めるものに限る。以下「申請等」という。)について、又は当該申請等に係る行政機関等の調査若しくは処分に関し当該行政機関等に対してする主張若しくは陳述(厚生労働省令で定めるものを除く。)について、代理すること (4) 個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律第6条第1項の紛争調整委員会における同法第5条第1項のあっせんの手続並びに雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律第18条第1項、育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律第52条の5第1項及び短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律第25条第1項の調停の手続について、紛争の当事者を代理すること (5) 地方自治法第180条の2の規定に基づく都道府県知事の委任を受けて都道府県労働委員会が行う個別労働関係紛争(個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律第1条に規定する個別労働関係紛争(労働関係調整法第6条に規定する労働争議にあたる紛争及び行政執行法人の労働関係に関する法律第26条第1項に規定する紛争並びに労働者の募集及び採用に関する事項についての紛争を除く。以下単に「個別労働関係紛争」という。)に関するあっせんの手続について、紛争の当事者を代理すること (6) 個別労働関係紛争(紛争の目的の価額が120万円を超える場合には、弁護士が同一の依頼者から受任しているものに限る。)に関する民間紛争解決手続(裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法律第2条第1号に規定する民間紛争解決手続をいう。)であって、個別労働関係紛争の民間紛争解決手続の業務を公正かつ適確に行うことができると認められる団体として厚生労働大臣が指定するものが行うものについて、紛争の当事者を代理すること (7) 労働社会保険諸法令に基づく帳簿書類(その作成に代えて電磁的記録を作成する場合における当該電磁的記録を含み、申請書等を除く。)を作成すること (8) 事業における労務管理その他労働に関する事項及び労働社会保険諸法令に基づく社会保険に関する事項について相談に応じ、又は指導すること及び裁判所において、補佐人として、弁護士である訴訟代理人とともに出頭し、陳述をすること  (9) 社会保険労務士法施行規則第17条の3第1号に定める事業所の労働者に係る賃金の計算を行うこと (10) 社会保険労務士法施行規則第17条の3第2号に定める労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律第2条第3号に規定する労働者派遣事業を行うこと 2 前項第4号から第6号までに掲げる業務(以下「紛争解決手続代理業務」という。)には、次に掲げる事務が含まれる。 (1) 前項第4号のあっせんの手続及び調停の手続、同項第5号のあっせんの手続並びに同項第6号の厚生労働大臣が指定する団体が行う民間紛争解決手続(以下「紛争解決手続」という。)について相談に応ずること (2) 紛争解決手続の開始から終了に至るまでの間に和解の交渉を行うこと (3) 紛争解決手続により成立した和解における合意を内容とする契約を締結すること (事務所の所在地) 第3条 当法人は、主たる事務所を埼玉県○○市に置く。 第2章 社員及び出資 (社員の氏名、住所及び出資) 第4条 当法人の社員の氏名及び住所並びに出資の目的及びその価格は、次のとおりである。 埼玉県○○市○○番地○        ○○○○ 金銭出資                 ○○○○○○ 円 現物出資 ○○○○  この価格      ○○○○○○ 円 総出資額                  ○○○○○○ 円 (持分譲渡の制限) 第5条 当法人の社員は、社員が1名のときを除き、その持分の全部又は一部を他人に譲渡するには、他の総社員の承諾を得なければならない。 (競業禁止) 第6条 当法人の社員は、自己若しくは第三者のために当法人の業務の範囲に属する取引をなし、又は他の社会保険労務士法人の社員となってはならない。 (社員法人間の取引) 第7条 当法人の社員は、社員が1名のときを除き、他の社員の過半数の承認があったときに限り、自己又は第三者のために当法人と取引をすることができる。 (新加入社員の責任) 第8条 当法人の設立の後に加入した社員は、その加入前に生じた当法人の債務についても、これを弁済する責任を負う。 第3章 法人の代表及び業務執行 (代表社員) 第9条 当法人を代表すべき社員は1名とし、社員が1名のときはその者を代表社員とする。 但し、社員が複数のときは、業務を執行する社員の中から社員の互選をもってこれを定める。 2 前項の規定にかかわらず、紛争解決手続代理業務については、法第2条第2項に規定する特定社会保険労務士である社員(以下「特定社員」という。)のみが当法人を代表する。 (業務の執行) 第10条 当法人の社員は、業務を執行する権利を有し、義務を負う。 2 前項の規定にかかわらず、紛争解決手続代理業務については、当該業務にかかる特定社員のみが業務を執行する権利を有し、義務を負う。 (業務及び財産の状況の報告義務) 第11条 代表社員は、社員が1名のときを除き、他の社員の請求があるときは、いつでも、当法人の業務及び財産の状況を報告しなければならない。 第4章 社員の加入及び脱退 (加入) 第12条 新たに社員を加入させるには、社員全員の同意を得なければならない。 (止むを得ない事由がある場合の脱退) 第13条 止むを得ない事由があるときは、社員は、いつでも、脱退することができる。 (脱退事由) 第14条 社員は、前条及び持分を差し押さえられた場合のほか、次の事由によって脱退する。 (1) 社会保険労務士の登録が抹消されたとき (2) 死亡し、若しくは失踪宣告を受けたとき (3) 破産手続開始の決定を受けたとき (4) 社員が1名のときを除き、総社員の同意があったとき (5) 成年被後見人又は被保佐人になったとき (6) 除名されたとき (除名並びに業務執行権又は代表権の消滅) 第15条 社員又は業務を執行する社員について、次の事由があるときは、当法人は、訴えをもってその社員の除名若しくは業務執行権又は代表権の消滅を裁判所に請求することができる。 但し、社員が複数のときは、対象社員以外の他の社員の過半数の決議に基づき、訴えをもってその社員の除名若しくは業務執行権又は代表権の消滅を裁判所に請求することができる。 (1) 出資の義務を履行しないとき (2) 第6条の規定に違反したとき (3) 業務を執行するに当たり不正の行為をし、又は権利なくして業務の執行に関与したとき (4) 当法人を代表するに当たって不正の行為をし、又は代表権がないのに当法人を代表して行為をしたとき (5) その他重要な義務を尽くさなかったとき (6) 当法人の業務を執行し、若しくは当法人を代表することに著しく不適任であるとき (除名社員と法人間の計算) 第16条 除名により脱退した社員と当法人との間の計算は、除名の訴えを提起した時における当法人の財産の状況に従ってこれをなし、かつ、その時から法定利息を付するものとする。 (除名以外の事由による脱退社員に対する持分の払戻) 第17条 除名以外の事由により脱退した社員に対しては、脱退の時における当法人の財産の状況によってその持分を払い戻すものとする。 (金銭による払戻) 第18条 脱退した社員の持分払戻しは、その出資の目的のいかんにかかわらず金銭をもってするものとする。 第5章 計 算 (事業年度) 第19条 当法人の事業年度は、毎年○月1日から翌年○月31日までとし、その末日をもって決算期とする。 (計算書類の承認) 第20条 社員が1名のときの代表社員は、毎決算期において、次の書類を作成し、主たる事務所に保管しなければならない。   但し、社員が複数のときの代表社員は、毎決算期に次に掲げる書類を各社員に提出して、その承認を求めなければならない。 (1) 財産目録 (2) 貸借対照表 (3) 損益計算書 (4) 事業報告書 (5) 社員資本等変動計算書 (6) 利益の処分又は損失の処理に関する議案 (積立金) 第21条 当法人は、その出資額の4分の1に達するまで、毎決算期に利益の処分として支出する金額の10分の1以上を積み立てるものとする。 (利益の配当) 第22条 当法人は、損失を補填した後でなければ利益の配当をすることができない。 (損益分配の割合) 第23条 社員が1名のときを除き、各社員の損益分配の割合は、その出資額による。 第6章 解散及び合併 (解散の事由) 第24条 当法人は、次に掲げる事由により解散する。 (1) 総社員の同意 (2) 他の社会保険労務士法人との合併 (3) 破産手続開始の決定 (4) 解散を命じる裁判 (5) 法第25条の22第2項の規定に該当することとなったこと (6) 法第25条の24第1項の規定に基づく厚生労働大臣による解散の命令 (合併) 第25条 当法人は、他の社会保険労務士法人と合併する場合には、総社員の同意を得なければならない。 第7章 清 算 (清算人の選任及び解任) 第26条 清算人の選任及び解任は、社員の過半数をもってこれを決する。 (残余財産の分配の割合) 第27条 残余財産は、社員が1名のときを除き、各社員の出資額に応じて分配する。 (任意清算) 第28条 前2条の規定にかかわらず、総社員の同意によって当法人が解散した場合における法人の財産の処分方法は、総社員の同意をもってこれを定めることができる。 第8章 定款の変更 (定款の変更) 第29条 定款の変更をするためには、総社員の同意を得なければならない。 第9章 附 則 (最初の事業年度) 第30条 当法人の最初の事業年度は、当法人成立の日から平成○年3月31日までとする。 (法令の遵守) 第31条 本定款に定めのない事項は、すべて社会保険労務士法その他の法令の規定による。 上記のとおり社会保険労務士法人○○○○設立のため、この定款を作成し、設立時社員が記名押印する。 平成   年   月   日 ○○○○      ㊞

平成  年  月  日 社会保険労務士法人の特定社員資格証明書 住  所  〒 埼玉県○○市○○○○ 番地 氏  名  ○ ○ ○ ○ 社会保険労務士登録番号  第○○○○○号   全国社会保険労務士会連合会 会 長  ○ ○ ○ ○ 貴殿について、下記の事項を証明します。 記 1. 全国全国社会保険労務士会連合会の社会保険労務士名簿に登録された社会 保険労務士であること。 2. 社会保険労務士法第25条の8第2項各号に該当しないこと。 3. 社会保険労務士法第14条の11の2の規定による付記を受けた社会保険労務 士であること。   (注.特定社員でない場合は記載がありません。)

 (松田謙太郎)

No.25 遺言公正証書の作成に際して、その過程をビデオ撮影したいとの要請があるが、これに応じて差し支えないか。(質問箱より)                      

【質 問】 当職が以前作成した遺言公正証書の全部を撤回する遺言書を、遺言者が高齢(99歳)のため遺言者の自宅で作成してほしいとの嘱託があり、あわせて依頼人で証人となる司法書士から作成当日はビデオによる撮影を行いたいとの要請がありましたが、作成手続のビデオ撮影に応じることについてはいささか疑義がありお伺いします。 なお、本件については次のとおりの経緯があることを申し添えます。 記 ・ 当初、関係者から相談があったときに、正本、謄本を回収したい旨伝えたところ、正 本、謄本については手元になく所持者から返してもらえない。また、正本、謄本がなければ作成依頼に応じないのかとの問いには、必要書類ではないが提出をお願いしていると伝えたところ、後日、法務局から電話で遺言撤回の依頼に正本、謄本の提出がなければ作成できないと言われたとの通報があったと連絡があり、その経緯を説明したところ法務局は了承した。 ・ その後、他の司法書士からも同事件の遺言撤回の相談があったが、その際にも経緯を説明したところ、その司法書士も了承し、その後連絡はなく、今回の司法書士からの依頼となった。 ・ また、本件では、別件で訴訟が提起されており、前記当職作成の遺言公正証書が乙号証として提出されている。 ・ 前記当職作成の遺言公正証書は、弁護士を通じて依頼があり、当該弁護士が証人及び遺言執行者となっている。 このような経緯もあることから、本件については、担当の司法書士に対して遺言者の法律的判断能力の有無を確認したところ問題はないとの回答を得ましたが、当日、判断能力に疑問を抱いた場合には執務を中止することや、医師の診断書の提出も促すなど、慎重に進めているところでしたが、ビデオ撮影については、今後の公証事務遂行全体に支障を及ぼすと考えられることから消極と考えておりますが、御教示願います。 【質問箱委員会回答】 1 問題点  本件は、前に作成した遺言公正証書を、撤回する遺言を作成するに際して、その模様をビデオ撮影したいが、差し支えないかというものです。ビデオ撮影を要望している者は、撤回遺言の証人・遺言執行者となる司法書士であり、その者が何故、ビデオ撮影したいのかについては、定かではありませんが、遺言公正証書作成に当たって、ビデオ撮影することには、消極的であるというのがこれまでの一般的な考えで、その理由とするところは、概ね次のようなものと思われます。 2 ビデオ撮影には消極的であるとの考え  遺言書は、死後において効力を生じるものであり、作成のやり直しができないものであるところから、その作成に当たっては、厳格な方式が採られており(民法969以下)、そして、遺言者に安心して遺言書を作成してもらえるよう作成後の遺言公正証書については、遺言の効力発生の前後を問わず、公証人に厳しい守秘義務が課せられています(公証人法4)。このような性質をもつ遺言公正証書について、その作成の過程をビデオ撮影することは、次の理由により問題点があるものと思われます。 ⑴第1に、公証人に守秘義務が課せられていることからの問題点です。当該ビデオは、撮影した司法書士が管理することになるでしょうか。そうなると、当該ビデオが利害関係者の間に流出しないとも限らず、結局のところ、公証人に課せられている守秘義務が守られない恐れが生じます。このような事態を招きかねないビデオ撮影は、許されるべきではないということになります。 ⑵第2に、遺言公正証書は、厳格な方式を踏んで作成されるものである点からも問題と思われます。遺言の方式として、代理に親しまない行為であり、証人2人の面前で遺言者自身が公証人に対して口授する等してすることとされていますが、これは、遺言公正証書の作成に当たって、遺言者の自由な意思が保障されなければならないという意味をも含んでいるものと理解されています。 ところが、通常の方式によらず、遺言者の自由な意思を妨げる状況が発生した場合は、どうでしょうか。そのような例を取り上げた裁判例があります。それによると、「公証人としては、遺言者が自己の真意に基づいて遺言をすることが妨げられるような疑義が生じる事態が生じないよう配慮すべき一般的な注意義務を負う。」ということを前提として、公証人が利害関係者の退去を要請したにもかかわらず、それが聞き入れられなかったことから遺言公正証書の作成を中止した場合に、公証人の判断は違法でないと判示しています(東京高裁平成21年4月8日判決。東京公証人会会報平成22年9月号13ページ)。 このことを踏まえてビデオ撮影について考えてみますと、真に遺言者の意思に基づくもの(自ら記念として撮って自分だけで管理するという場合)であれば特に差し支えはないものとも考えられますが、ビデオ撮影されているということは、遺言公正証書がその効力を発生する前に当該ビデオが流出し、遺言者の意に反して利害関係者に遺言の内容を知られるおそれがあることは当然予測されるところであり、そのことから遺言者にとっては、真意に基づいて遺言をすることが妨げられるおそれがあるものと考えられます。 したがって、公証人としてはまずビデオ撮影をすることについての遺言者の真意を確認する必要がありますが、上記裁判例でいうような疑義が生じるときは、ビデオ撮影をしようとしている者にこれをしないよう要請し、それが聞き入れられず、これが強行されるような場合には、その場での遺言公正証書の作成を中止しても違法とはならないものと考えます。 ⑶第3に、ビデオ撮影が、遺言公正証書の作成の有効性を証明するために、何故必要なのか不明であり、必要性について十分な理解のないまま、司法書士から要望があるからというだけで、ビデオ撮影を認めることは、厳格な方式を採用している遺言公正証書にとっては、むしろ邪魔であり、相当でないと考えます。 遺言公正証書作成に当り、最も重要なことは、遺言者の遺言能力と遺言者の意思の確認です。特に、本件のように、高齢であり、撤回の場合は、遺言者に対し、遺言能力の有無と従前の遺言の内容を確認するとともに、撤回の動機等の意思確認を特に念を入れて行う必要があります。遺言者の遺言能力を証明したいのであれば、医師の診断書を提出させ証明させるほうが効果的であり、ビデオ撮影ではあまり意味がないと思われます。また、従前の遺言の内容の確認と撤回の動機確認は、公証人が証人立会いの下に、口授させその内容を確認して行う必要があり、問題になる恐れがある場合は、日本公証人連合会からやり取りについて記録を残すこととされており、この方法が実務の取扱いとして確立された方法と言えます。ビデオ撮影が効果的とも思われるのですが、そのような扱いにはなっていないのです。このような意味から、遺言公正証書作成の要件でないビデオ撮影は、意味がなく、これに応ずべきではないものと考えます。なお、公証人が確認すべき事項の確認ができず、証書作成が不可となり、これ証明するためのビデオ撮影であったとしても、これに応ずべきではなく、証書作成ができなかった理由を書面で求められた場合は、公証人法施行規則第12条で対応すべきと考えます。 3 例外的にビデオ撮影を認められるとの考えと実例 ⑴例外的扱いの可否 それでは、ビデオ撮影は例外なく許されないかというと、①録画したビデオが流出するおそれがなく、利害関係者がみることができるような状況になることがないということであれば、公証人の守秘義務に反する恐れはなく、②遺言者自身も希望しており、あるいは了解しているような場合は、遺言者の自由な意思を阻害することにはならず、ビデオ撮影も差し支えないとも考えられます。 しかし、ビデオ撮影という民法、公証人法には定められていない方法を取り入れるわけですから、正面からこの問題を議論するとなると、①、②のような問題がないという理由だけでは不十分で、ビデオ撮影する必要があるという積極的な理由の存することが必要と思われます。 つまり、ビデオ撮影が認められるためには、①、②の要件を具備していることは当然のこととして、③例えば、訴訟対応上、ビデオ撮影をしておくことが有益な手段となり得る等、ビデオ撮影の必要性につき納得のいく説明がされるのであれば、認めても差し支えない場合もあるのではないかと思われます。 但し、この③については、様々な事由が考えられ、個別に判断せざるを得ないケースも出てくるので、①、②の要件の外に③の要件が満たされなければ、全くビデオ撮影を認めないとまで言い切るのは、いささか厳しいのではという考えもあり得るとも考えられます。③の要件まで必要と考えるかどうかについては、今後の実例の積み重ねに委ねることとせざるを得ないものと思われます。 ⑵ビデオ撮影をした例(公証法学第35号34頁参照) 目の動き以外に意思伝達方法がない者による公正証書遺言を作成した際、遺言者本人了解の下にその作成状況をビデオ撮影し、公証人の記録として遺した例がある。ビデオは、公証役場において保管されているとのことである。 4 本件についての対応 本件の対応を考えるに当たって、留意しなければならないのは、前の遺言公正証書は、弁護士が証人・遺言執行者となって作成したものであり、その遺言公正証書を巡って現在訴訟が提起されていること、その遺言公正証書を撤回しようとする遺言者の年齢は99歳と高齢であること、今回の撤回の遺言公正証書の証人・遺言執行者は司法書士であり、その司法書士が遺言公正証書作成の状況をビデオ撮影したいとの意向を示していることです。 このことを前提にすると、先に作成した遺言公正証書について不満を持つ者がおり、その者が年齢99歳の遺言者に対して前に作成した遺言公正証書を撤回するよう働きかけ、それで、今回、先の遺言公正証書を撤回しようということになったのではないかという疑問が生じます。もっとも、このような事情がなくても、本件は、年齢99歳の遺言者が本当に遺言公正証書を撤回したいと考え、そのことを公証人の面前で口授できるかどうかというが一番の問題点です。 司法書士としては、遺言公正証書の作成状況をビデオ撮影しておけば、裁判で公正証書の作成が問題になったときに、最も重要な証拠として採用されると考えているのかもしれませんが、訴訟対応としては不十分であり、むしろ、年齢99歳の遺言者の判断能力、撤回の意思確認こそが今回の撤回遺言公正証書の有効性を立証するポイントであることを考えると、司法書士に対して、ビデオ撮影だけでは有効な方策ではないこと、及びむしろ精神科専門の医師による「訴訟に耐えられる遺言者の診断書」を用意することが優先すべき問題であることを説明して、ビデオ撮影しなければならない理由が説明されない以上、認めないとする扱いが相当と思われます。 ただ、遺言者本人が了解し、録画ビデオを公証役場において保管し、診断書も準備でき、その上で、口授の状況だけでも録音を兼ねてビデオ撮影(弁護士と相談させ、訴訟上で有用であるとの確認をさせた上で)しておきたいということであれば、場合によっては、認めても差し支えないとも思われます。

No.26 共有地について事業用定期借地権設定契約をする場合に、共有者ごとに公正証書を作成することは可能か。(質問箱より)                      

【質 問】 事案の概要 所有者が、甲会社と乙ほか複数の個人との共有のA土地に事業用定期借地権を設定する場合に、共有者全員が設定には合意しているのだけれども、公正証書作成の日程調整が困難なため、各別に公正証書の作成ができないかとの照会があったもので、個人乙ほかの複数の個人と甲会社とは無関係な間柄にあります。 登記をする場合には、設定日が必要になりますので、公正証書に設定日を明記するなり、契約当事者外の共有者と共にA土地に事業用定期借地権を設定するのだという趣旨を記載すれば、共有者ごとに公正証書を作成することも可能かと考えているのですが、否定的な見解(理由は不明)を聞いたりすると自信がありません。よろしくご指導をお願いします。 【質問箱委員会回答】 1 共有地の賃貸借の法的性質 共有地について借地権を設定するということは、民法第252条にいう「管理」ではなく、同第251条の「変更」(即ち処分)と考えられますので、共有持分の価格の過半数で行えることではなく、共有者全員で行うか、少なくとも他の共有者の同意が必要となります。本件の場合、契約の当事者である共有者が公証役場に出向き、契約を締結するとのことなので、同意の問題は生じることなく、共有者各々が土地賃貸借契約の当事者となります。 ところで、共有地の賃貸借契約というは、「共有者の持分」について各共有者が貸主との間で契約を結ぶということではなく、「ある物を使用する」ところに契約締結の目的があるわけですから、「共有土地について一つの賃貸借契約が成立」し、その契約当事者は、本件でいえば、借主甲会社と貸主乙ら共有者であるということになります。もっとも、本件は、事業用定期借地権設定契約ですから、公正証書を作成する必要があります。 そこで、貸主乙ら共有者と借主甲会社は、契約当事者として、公証役場に出向き公正証書を作成することになるのですが、両者が同時に出席できないので、別々に公証役場に出向いて、各別に公正証書を作成することができるかということが問題となっています。もちろん、代理制度があることは了解しているのですが、それにはよりたくないとのことです。 2 次の事例をもとに、当事者が同時に公証役場に出向かないでも、公正証書の作成ができるかについて、検討してみましょう。 事例 ⅰ A土地(1筆)の所有者は乙1と乙2(共有者)で貸主 注 共有者が多いときは、乙2以外の者について、乙2と同様の扱い。 ⅱ 借主は甲会社 ⅲ 賃貸借期間 11月1日から20年間 ⅳ 賃料月額金10万円 ⅴ 公証役場に出頭できる日 乙1は10月7日のみ可能、乙2は10月14日のみ可能 甲会社は10月7日、10月14日のいずれの日も可能 ⅵ 乙1、乙2、甲会社、公証人は、共に10月14日契約成立で支障なし 3 共有者ごとに公正証書を作成 ⑴方法 ①公証人は、A土地に関する事業用的借地権設定契約公正証書(貸主乙1 借主甲会社)(X公正証書という。)とA土地に関する事業用的借地権設定契約公正証書(貸主乙2 借主甲会社)(Y公正証書という。)を作成し、準備 ②10月7日に、出頭した乙1と甲会社がX公正証書に署名・押印し、公証人が署名・押印してX公正証書が完成(効力は、同じ内容のY公正証書が作成されることを条件とする旨及びY公正証書作成日を設定とする旨を記載) ③10月14日に、出頭した乙2と甲会社がY公正証書に署名・押印し、公証人が署名・押印してY公正証書が完成(効力は、同じ内容のX公正証書が作成されていることを条件とする旨及び本日をもってX公正証書と同時に設定日とする旨を記載) ⑵説明 ①共有者全員の署名・押印が終わらないと公正証書としての効力が生じないので、他の共有者全員と同じ内容の契約がされることを停止条件とすることを公正証書にも明記しておき、かつ、最終の公正証書締結の日(停止条件が成就する日)が設定の日とします。相互の契約の関係を明記して停止条件付契約とするなどの工夫をしておけば、1筆の土地の共有者全員が同時に公証役場に出頭できず、各別に日時を異にして公正証書を作成することも、特にこれを禁ずる規定等はなく、このこと自体に問題はないものと考えます。 ②借主、貸主の要望ある場合は別として、貸主の手数料につき考えると、複数の公正証書とする場合の手数料の算定は、ⅰそれぞれ不可分債務である賃料額全体を基礎として算定する方法、ⅱ各契約の実質的利益に着目して、各共有者の持分割合に相当する賃料額を基礎としてそれぞれ算定する方法、ⅲ賃料額全体を基礎として算定した手数料を、共有持分割合に応じて複数の公正証書に振り分ける方法が考えられますが、この方法による場合は、作成される公正証書による実質的利益に着目して手数料を算定する手数料令の原則的考え方から、ⅱが相当と考えます。 ⑶問題点 この方法に対しては、本件賃貸借契約は、一つの契約であり、この賃貸借契約の債権である賃料は、不可分債権として理解されているので、公正証書は1通作成することが相当であり、契約当事者乙1と乙2のために公正証書2通を作成することは、対外的に混乱を招くので好ましくなく、作成すべきでないとの意見があります。 4 公正証書1通を作成 ⑴3の方法についての問題点を解消する方法として、次の方法はどうかという意見があります。 ①公証人は、事業用的借地権設定契約公正証書(貸主乙1・乙2 借主甲会社)を作成し、準備 ②10月7日に、出頭した乙1と甲会社が公正証書に署名・押印 (乙1と甲会社の署名・押印は、10月7日であるが、乙2が署名・押印し、公正証書が作成された日に効力が生じる旨付記) ③公証役場で、②をそのまま保管 ④10月14日に、出頭した乙2が公正証書に署名・押印、甲会社は確認 ⑤10月14日に、④に公証人が署名・押印して公正証書が完成 ⑵ 説明 ①共有地の賃貸借契約は、当事者が複数いたとしても、賃料請求権は分割債権ではなく不可分債権であり(乙1及び乙2の賃料請求権は内部関係に過ぎない。)、債務も共同で履行する義務があり、目的物は一つなので、一つの賃貸借契約が成立しており、公正証書も一つにすべきで、実情をそのまま表した公正証書といえます。そして、契約書の効力発生に停止条件が付けられるなら、署名について同様な考えをとっても差し支えないのではと考えます。 ②借主、貸主の要望ある場合は別として、貸主の手数料につき考えると、賃料月額をもとに手数料額全体を算定し、各共有者の持分割合、あるいは賃料債権の内部割合に応じて相当する手数料を算出することとなります。 ⑶問題点 この方法は、乙1の署名が公証人の署名が終了するまで中途な状態となり、そのような状態になること自体公証人法が想定しておらず認められないのではとの疑問が生じます。 5 上記3、4の方法に関連する先例 ⑴「事業用定期借地権設定契約の手数料について、共有土地を賃貸する場合、一行為とみるか数行為とみるかについて、賃貸借契約は一つであるから、一行為として算定する。」との先例(公証141号253p)があります。 この先例は、手数料に関するものですが、共有地の賃貸借契約では当事者が複数であっても、賃貸借契約は一行為として考えるべきであるとの考えを示したものであり、そうであるならば、契約書も一つで作成すべきで、当然のことながら、手数料も一行為として計算すべきことになります。 これに関しては、この先例は、全共有者が一緒に一つの公正証書で作成する場合が前提になっているものと思われ、共有者ごとに別々の公正証書を作成することも、債権契約としては可能と考えられるところ、当該協議結果は、その場合までを想定したものとは思われないので、共有地に関し共有者ごとに別々の公正証書を作成することを否定したものではないとの反論があります。 ⑵「嘱託人が多数いる事件については、役場が狭隘でやむを得ない場合に限り、数回に分けて公証人法第39条の手続をしても差し支えない。」との先例(明治42年8月30日民刑958号民刑局長回答(公証事務先例集191頁))があります。 この先例は、一度の署名・押印できない場合は、数回に分けて公正証書の作成を認めているものであり、理論的には、前記4の方法を肯定するものと思われます。 しかし、この先例を逆に読むと、共有者の数が特別多い場合は、数回に分けて行うこともやむを得ないが、それ以外のとき、つまり共有者が少ない場合は、一つの公正証書について法第39条の手続を分けて行うことはできないということになります。 6 結論 ⑴これまで述べたところから、同時に出頭できない当事者のために、「3共有者ごとに公正証書を作成する方法」は、理論的にも、先例からも、これを無効とする理由はなく、二つの公正証書に相互の関係が分かるように記載されていれば差し支えなく、また、「4公正証書1通を作成」も、これを無効とするとまでは、言えないと思われます。 しかしながら、前述したように、理論的には可能であるものの、通常の作成方法でなく、無理をして作成した公正証書との印象は否定できず、この方法が望ましい方法かというと決してそうではないと思われます。 ⑵以上のことから、本件に関しては、次のように考えます。 お尋ねの件に関しては、前記「3共有者ごとに公正証書を作成する方法」、あるいは「4公正証書1通を作成」に依らざるを得ない特段の事情がある場合は、それによることを否定するものではありませんが、次のような対応をされることが望まれます。 公証人は、執務時間外であっても執務することは禁止されておらず(公証人法施行規則9参照)、作成日を工夫する等により、公証役場に出頭したいとする嘱託人の意向が叶うよう努力すべきですが、その努力をもってしても、嘱託人が同時に公証役場に出頭できないときは、嘱託人に代理制度の趣旨を納得のいくよう説明し、代理制度を利用させるよう仕向ける必要があります。 それでも嘱託人において、代理人により作成することを拒否する場合は、その理由について納得のいく説明を求め、それができればともかく、おそらくそのような説明はできないと思われますが、そうだからといって、公証人の責任において、代理制度によらず、別の方法を探ることは、いわば嘱託人のわがままのために、公正制度本来の仕組み(嘱託人が出頭できないときは代理人による嘱託)を変えてまで対応することとなり、公証人として、そのような対応は許されないと考えます。 以上述べたとおりであり、公証役場に出頭できない者については、代理制度があるのでそれによるべきであり、代理人による方法を安易に避け、特段の事情がないにも関わらず、通常の作成方法を無視してまで、公正証書を作成することは、公証人自ら代理制度の存在意義を否定するものであり許されず、従わない嘱託人の申請は拒否せざるを得ないと考えます。

   ]]>