民事法情報研究会だよりNo.50(令和3年7月)

 向暑の候、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
 今年は、気象庁による平年値の見直しがされ、梅雨明けはこれまでより2日早い7月19日とのことですが、まだまだ不安定な天気が続くようです。
 高齢者の半数以上が新型コロナのワクチン接種を1回以上終えたとのことで、心理的には少し安堵感が増したような気がしますが、東京などの首都圏では感染再拡大の傾向にあるようで、開催予定のオリムピック・パラリンピックによる影響がどの程度まで及ぶのかが懸念される状況にあります。(YF)

今日のこの頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

コロナ禍の先の希望を夢見て(泉代洋一)

1 突然の電話
 昨年の11月に入って間もない頃、当役場を管轄する大垣保健所から1本の電話が入りました。この時期に保健所からの電話と言えば・・・いやな予感は的中しました。
 「3日前の午後2時頃に大垣公証役場に相談に行かれた方が新型コロナウイルスに感染していたことが判明しました。案内された場所は、役場内の相談室であったということです。感染者からの情報によれば、相談者と対応者双方ともマスク着用、透明ビニールのパーテーションが施され、相談時間も30分以内であったと聴いており、当保健所では公証役場職員は、濃厚接触者に当たらないと判断しています。通常業務は続けていただいて差し支えありませんが、潜伏期間の2週間は、役場職員の健康状態を詳細に把握願います。」との内容でした。
 保健所からは、感染された方について、プライバシー保護の観点からこれ以上の情報提供はありませんでした。ただ、当役場の規模からすれば、相談日時の情報さえあれば概ね該当者を特定することができます。頭の片隅に「あっ、あの相談の方か。」と思い浮かびましたが、特に身体に不調があったように見えなかったことから、無症状であったが関係者に感染があり検査を行って判明したものであろうと推測しました。
 このコロナウイルスのやっかいなところは2週間の潜伏期間があるということです。さすがにこの間怯えながら毎日を過ごすのは辛いものがあると思い、大垣保健所に対し何とか当役場の職員全員のPCR検査を要望しましが、予想どおりの回答で、濃厚接触者に当たらないということからPCR検査は実施できないということでした。
 この頃は、コロナウイルスの第2波が岐阜県内においてもようやく沈静化し、落ち着きを取りもどしていた時期であったので、感染対策は十分行っていたものの、当役場に直接感染者が訪れるとは思ってもいませんでした。書記らと健康状態の確認を毎日行い、カレンダーに×が14個並ぶのをひたすら待ち続けました。
 何とか苦難に満ちた2週間の潜伏期間は過ぎ、誌友の皆様にご迷惑をおかけすることはありませんでした。コロナウイルスが社会を覆い尽くして半年以上がたち、感染への危機感が薄れる「コロナ慣れ」という観点からも長く辛い2週間ではありましたが、役場内職員、改めて気を引き締める意味でこの出来事は良い機会であったと捉えました。
なお、感染した(・・・・と思われる)嘱託人の公正証書作成は、後日、無事完了しました。

2 マスクの弊害
 新型コロナウイルスにより、マスクを着けることが当たり前になったせいで相手の表情が分からない、コミュニケーションが取りにくいと感じます。当役場でも他の役場と同様に入室の際には、必ず手のアルコール消毒及びマスク着用をお願いしており、マスクを持参していないお客様に対しては、当役場からマスクを渡し着用していただいています。
 私たちは人と話す場合、口元の動きや顔の表情を見て推察します。しかし今はマスクに覆われ、感情を表す部分は目と眉毛の二つだけになります。言葉をうまく伝えるには、声質や抑揚、表情などの非言語情報を上手に使うことが重要です。そうしないと誤解を招いてしまうこともあります。例えば、人の話を聞いて「もっともな話でした。」と返すとき、笑いながら抑揚のある声だと問題はありませんが、同じことを抑揚もなく暗い表情で話すと、意思に反して「私は不快でした。」と伝わることになります。
 また、マスクを着用していることで声がこもり、口元が見えないことから、やや耳が遠い方とのコミュニケーションにも工夫が必要です。しっかりと相手の目を見ながら、加えて身振り手振りを交え、ゆっくりとそしていつもより大きな声で(飛沫に気をつけながら・・・)会話するよう配慮しています。
コロナ禍の今こそ、無表情の会話は何としても避けたいものです。
 ところで最近、某首相のコミュニケーションはどうかとマスコミが取り上げています。「人は見た目が9割」の著者、竹内一郎さんの近署「あなたはなぜ誤解されるのか」(新潮新書)の紹介文で分析すると、まず言語自体が、官僚の作文を平板に読むだけでは個性やメッセージ性がないということです。私も前職のとき会議の挨拶等は、なるべく手元の原稿に目を向けること無く出席者の目を見ながら自分の言葉で話すよう心掛けていましたが、振り返れば全ての場面で実践できていたかは疑問であり、今更ながら反省しているところです。
 また、某首相の場合は、表情がなく、人の温かみが感じられない部分が見受けられると野党から言われています。「そんな答弁だから言葉が伝わらない。」と国会で迫られ、「少々失礼じゃないか。」と気色ばんでいますが、その顔もやはり無表情であったと記憶しています。「正論は印象に勝てない。」と竹内さん。やはり「見た目」も大切であると痛感する今日この頃です。

3 コロナ禍の中で良い話
 新型コロナウイルスの勢いが一向に収まりません。長引く我慢の毎日に心が折れそうで、国民全体が精神的にも苛立ちが増し怒りっぽくなっているように感じます。
 そんなとき、ニュースで目にした言葉がありました。「明日は今日よりいい日になる。たとえ今日が普通の日だとしても・・・・」先日100歳で亡くなった英国の退役軍人トム・ムーアさんの名言です。コロナ危機に立ち向かう医療従事者を支援しようと自宅庭を100往復すると宣言し、ネットで寄付を募ったそうです。何しろ高齢です。歩行器を押しながら、少し前かがみで一歩一歩進んでいく挑戦する姿に賛同と激励の輪が広まり、寄付金は目標の13万円をはるかに上回る47億円に達しました。英国民を勇気づける英雄と賞賛され、エリザベス女王からもナイトの爵位が授与されたそうです。
 もう一人、気になった発言がありました。パキスタン出身の人権活動家マララ・ユスフザイさん。17歳でノーベル平和賞を授賞し、昨年、英オックスフォード大を卒業しました。卒業式がなかった世界中の仲間にこう呼びかけました。「ウィルスで何を失ったかではなく、どう対応するか大切である。」そして「私たちはこれから何ができるのか、とても楽しみです。」と締めくくりました。
 ついつい悲観的になりがちですが、先の名言を胸に、前向きに苦境を乗り越えたいものです。

4 希望のひかり
 新たな変異株が猛威を振るい終わりの見えないコロナ禍の中、ワクチンの接種に一縷の望みを託します。高齢者へのワクチン接種を7月末までに終えることとし、また、6月から高齢者以外の国民に対しても企業等による職場接種が一部で開始されるという報道(6月1日現在)がされています。各地で緊急事態宣言が発令・継続される中、接種を希望する国民全員がワクチン接種を終え、以前のような生活に戻れる日は、いつになるのでしょうか。
 ただ、今はその日を夢見て静かに待つことにしましょう。( 泉代洋一)

瀬戸内海放浪記(堀内龍也)

 会員の皆様、いかがお過ごしでしょうか。コロナ禍において皆様にお目にかかる機会も皆無となってしまい、さみしい限りではありますが、とりあえずワクチン接種が進み、世の中に平穏な日々が訪れることを願って止まない今日この頃です。
 もう2年前くらいのことになってしまいましたが、早くあの頃のような平穏な日々に戻らないかという思いを巡らせつつ、当時の出来事を振り返ってみたいと思います。
私は、法務局在職中からセーリングを趣味としていましたが、現職中は夏休みを利用してもせいぜい1週間の連続休暇を取得するのがやっとで、リタイアし自由な時間ができたら思う存分クルージングに時間を費やしてやろうと考えておりました。世界一周は体力的にも経済的にも厳しいので、せめて南太平洋周遊か地中海一周など出来ないかと夢見ておりました。ところが現実には3月に退職、7月に公証人任命と夢の実現はまだまだ先のようですので、公証人になるための勉強でもしておこうと思った矢先に、同じヨットを趣味としている名古屋局勤務時代の先輩で先にリタイアしていたK氏から退職したなら気分転換のつもりで一ヶ月くらい瀬戸内海沿岸を周遊してみないかとのお誘いを受け、二つ返事で出かけてきましたので、その航海日誌から行程と印象に残った出来事を書きしるしてみたいと思います。

 まず旅のコンセプトですが、
※ 艇はK氏所有の愛知県常滑市に係留している32フィートのヨットを利用する。(自分の共同所有している艇は神奈川県の三崎に係留しているので瀬戸内海へは遠い)。
※ 紀伊半島を回り瀬戸内海に入り可能であれば大分県の別府あたりまで足を延ばし温泉でゆっくりしてから帰路につく、時間的余裕があれば復路は四国の南側を回る。
※ 風まかせなので予め目的地は限定せずに臨機応変に翌日の目的地を決める。
※ 経費は飲み代に充てるため宿泊は旅館等を使わず節約し船中泊とする。
※ 朝・昼飯は自炊を原則とするが、夕食は現地の旨い食と酒を堪能する。
※ 航海は決して無理をせず、午前5時起床で遅くとも午前6時には出港し、出来るだけ次の目的地には正午前後に到着し、到着地で観光等を楽しむ。
といったお気軽な構想で出発したものです。とはいえ3月まで大阪局に勤務しておりましたので、赴任先公証役場のある群馬県太田市に住居を借りて引っ越しや各種手続を済ませ、航海の準備となかなか思うように作業が進まず当初は4月の中旬の出発予定でしたが4月22日の出港となってしまいました。

1.知多半島常滑から徳島県伊島まで
 4月21日午後に愛知県入りし、早速、前夜祭と称して港近くのホルモン屋で深酒し、二日酔いも覚めきらない22日の早朝に中部国際空港近くの「常滑」を出港しました。ヨットには30馬力程度のディーゼルエンジンも付いておりますが、そのスピードは平均5~6ノット程度(自転車程度)ですので、1日の移動距離は100km程度といったところです。初日の寄港地は三重県志摩市の「名切漁港」、2日目は尾鷲市の「三木浦港」、そして3日目にしてようやく本州最南端の「串本港」に入港できました。着岸してから最初にやることは晩飯と風呂の確保です。幸い串本には居酒屋や温泉がありますので、「松寿司」で石鯛・カンパチ・鰹料理を堪能させていただきました。その後、潮岬や南紀白浜を抜け、北上し4日目は和歌山県の「田辺港」に入港しました。翌日は和歌山マリーナシティを目指して出港したものの真向かいからの風で艇速が上がらず諦めて田辺港に引き返すこととなりました。そして翌日も強い北風が変わりませんでしたので、少しでも瀬戸内海に近づくために6日目は徳島県阿南市沖の「伊島」に入港しました。伊島は四国最東端の島で人口180人程の小さな島で自動車も走っていない自然豊かな島ですが、水不足にもかかわらず快くシャワーを使わせてくれるような人情味あふれる島でした。
紀伊半島は日本最大の半島だという認識はありましたが、1週間かけて沿岸を航海し、あらためてその大きさを実感することになりました。

2.小鳴門海峡から宮島まで
 7日目にしていよいよ瀬戸内海入りです。伊島を早朝に出港し淡路島と徳島を結ぶ大鳴門橋の手前を左折し、小鳴門海峡を抜け瀬戸内海に入りました。うず潮で有名な大鳴門は帰路の楽しみに取っておき、一度は訪れてみたかったマニアックな狭水路である小鳴門海峡を抜け、徳島県の「きたなだ海の駅」に着岸しました。北灘は天然ものの真鯛で有名な漁港です。こちらでは思う存分、真鯛を堪能させていただきました。8日目は小豆島の東側をすり抜け岡山県の「牛窓ヨットハーバー」に入港です。こちらのヨットハーバーも素晴らしいロケーションで関東のヨット乗りには憧れの場所ですので平成最後となる4月30日も素晴らしい1日となりました。
 明けて航海9日目は5月1日、本日から“令和”という新しい時代が始まりです。風まかせの旅ではありますが、この日ばかりは目的地を決めておりました。行き先は香川県の多度津です。瀬戸大橋を抜け「たどつ金比羅海の駅」に着岸しました。多度津駅から琴平駅まで鉄道で移動し参道の石畳を抜け785段の長~い石段を登り、海の神様「金刀比羅宮」に航海安全祈願です。漁師さんの船で見かける「丸金マークの黄旗」と「航海安全御札」もいただき、令和の初日も良いスタートが切れました。多度津は丸亀からも近く讃岐うどんのメッカですので翌朝は朝6時から開店している港近くのうどん店で朝うどんしてからの出港です。10日目は広島県福山市にあり瀬戸内海のほぼ中央にある景勝地の「鞆の浦」を海上から見学して「弓削島日比港」に入港です。弓削島は広島県尾道市の因島の南東側に位置する島ですが愛媛県に属する島のようです。石灰岩の山の頂にある「フェスパ」という素晴らしく眺望の良い施設でお風呂と夕食いただくことが出来ました。11日目は弓削島からしまなみ海道沿いをさらに西に進み、伯方島と大三島の間にある「鼻栗瀬戸」や呉市と倉掛島の間にある「音戸の瀬戸」といった狭い水路を抜け旧海軍兵学校のあった広島県江田島にある「沖ノ島マリーナ」に入港しました。この港には近くに飲食店がなく、久しぶりの自炊となりましたが、横浜から持参した大量の真空パックのシウマイや積み込んだ缶詰類でそれなりに豪華な晩酌となりました。
 翌12日目は江田島の隣にある厳島に向かい厳島神社の鳥居を海側から参拝しました。
宮島には何回か訪れたことがありましたがヨットでの訪問は初めてでしたので感慨ひとしおでした。その後、広島市の「五日市メープルマリーナ」に入港しました。こちらは700隻を超えるプレジャーボートが停泊する大きな港で周辺には温泉施設やお好み焼き屋が連なっており我々には理想的な環境が整っており、広島焼きで大いに深酒してしまいました。
 ここまで来ればもう一息で大分県の姫島→ゴールの別府温泉と行きたかったのですが、6月からの公証役場での修行のことを考えると5月の中旬には常滑に帰港しないとなりません。そこでこれ以上の西行きを諦め、ここからは東進しながら瀬戸内海を楽しむことにしました。

3.広島から和歌山まで
 13日目は広島から目の前を横切る自衛隊の潜水艦などを眺めながら呉の軍港巡りを行いそのまま60マイル走り再び弓削島の「弓削島海の駅」に着岸です。こちらはコインシャワーや居酒屋もありますので、着岸と同時に居酒屋に駆け込み、とりあえずの生ビールです。翌14日目は連れ潮に乗り8ノットオーバーの艇速で70マイル先の「小豆島海の駅」に着岸です。その晩は海の駅近くにある夕日が絶景の国民宿舎でお風呂と夕食をいただき、翌日はレンタカーを借りて島内観光を行いました。小豆島はオリーブ公園や二十四の瞳映画村、絶景の寒霞渓など見所が満載で1日では回りきれず連泊することとなりました。15日目はヨット仲間に紹介された隠れ家的な焼き肉店「道草」でこれでもかというくらいの焼き肉を堪能しました。
 翌16日目はいよいよ瀬戸内海ともお別れです。大鳴門橋を抜け和歌山を目指します。大鳴門では海賊船の形をした遊覧船に混じり川の流れのように早いうず潮を見学しながら「和歌山マリーナシティ」に着岸しました。和歌山マリーナシティはバブル期の建設された人工島にあるリゾートマンション併設型のマリーナですが黒潮市場や黒潮温泉といった観光施設が充実しているため閑散としているのがもったいないくらいの良い港でした。

4.和歌山から常滑まで
 翌17日目は南下して田辺の「シータイガー」で一泊し、翌18日目には潮岬を抜け串本港に入港。そして翌19日目に最後の楽しみ「那智勝浦」に入港しました。ここはご存じの方もいらっしゃるかもしれませんが、生本マグロの水揚げが多い所でホテル浦島の洞窟風呂で一風呂浴びてから和歌山局勤務時代にお世話になったマグロ料理の「桂城」でマグロのフルコースを堪能しました。
 生マグロの魅力から離れられず翌20日目も勝浦に連泊して昼夜、昼夜と4回マグロ三昧を繰り返してしまいました。翌21日目はそろそろ帰還しないとまずいので、紀伊半島東側を北上し三重県南伊勢町の「VOC志摩ヨットハーバー」に入港しました。こちらは志摩五ヶ所湾の入り江の奥にある静かな港です。このクルージングも最終盤ということで翌22日目は三重県鳥羽市沖にある「答志島」に向かいます。途中風も弱いのでエンジンで走っていたところ突然のスピードダウン。確認すると海面近くに浮いていた海藻をスクリューが巻き込んだようです。海水浴には少し早い時期でしたが潜って船底を見ると巻き付いた海藻がバスケットボールくらいの大きさになっていましたので1時間くらいナイフで海藻と格闘し、どうにか答志島に着岸しました。こちらは以前名古屋勤務の頃に何度か訪ねたことのある島ですのでいつもの「大春鮨」で大将におまかせコースをお願いし最後の1泊を堪能しました。翌23日目の5月11日は伊勢湾に入港する自動車運搬船や貨物船と併走しながら知多半島を北上し無事に母港の「常滑」に帰港することができました。
 長かったようでも終わってしまえばあっという間の23日間でしたが私にとっては法務局生活と公証人生活の一つの節目として非常に有意義な時間を過ごせたと感じている次第です。まもなく公証人を拝命して2年が経過しようとしておりますが、最初の6月間は先輩公証人や会員の皆様方に直接お会いしてご指導ご鞭撻を賜る機会にも恵まれましたが、その後の1年半はコロナ禍に陥り、ただただ役場と赴任先アパートの往復というさみしい日々を過ごしております。1日も早くこの状況が回復し自由にクルージングに出たり、皆様方と懇親できる日々が訪れることを願って止まないところです。(堀内龍也)

実務の広場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.87 事件管理カードについて(中西俊平)

 公証人に任命され,やがて8年目に突入する。
7年間継続して工夫を行ってきたことといえば,公正証書作成にかかる相談・受付から原案作成・証書作成・署名押印・保存までの嘱託事件管理のための「管理カード」を修正・整理してきたことくらいしか思い浮かばない。
先輩公証人の事務所を行脚し,処理の方法や使用する資料のデータをいただき,これらを基にして前任公証人から引き継いだものに改良等を重ね現在に至っているものである。どこの役場においても同様の相談票や管理票を作成しておられると承知しているが,これらの様式等について規定があるわけではないので,他の役場の手法を知った上で,それぞれの役場の実情にあったものを備えることが肝要と思われる。
 そこで,当役場で使用している管理カードをご紹介し,参考に供することとしたい。
1 作成している管理カードの種類等
  現在は,以下の11種類によって事務処理をしている。
 (1) 遺言管理カード -別紙1(編注:省略)
 (2) 離婚等管理カード -別紙2(同上)
 (3) 後見契約等管理カード -別紙3(同上)
 (4) 尊厳死宣言(終末医療等に関する宣言)管理カード -別紙4(同上)
 (5) 賃貸借契約管理カード -別紙5(同上)
 (6) 金銭消費貸借等管理カード -別紙6(同上)
 (7) 保証意思宣明管理カード -別紙7(同上)
 (8) 信託契約管理カード -別紙8(同上)
 (9) 規約設定管理カード -別紙9(同上)
 (10) 事実実験管理カード -別紙10(同上)
 (11) その他の契約管理カード -別紙11(同上)
2 作成に留意している事項
 (1) 管理カードは,1枚で一覧性があること(1枚に固執した)。
 (2) 相談・受付から証書作成・保管までこれのみで対応できること。
 (3) 書記とも共有可能であること。
 (4) 事後の証拠としての補助資料としても活用可能であること。
 (5) 嘱託人からの不足書類や手数料の照会に対して,誰でも迅速に対応することができること。
 (6) 証書作成時(例えば遺言であれば口授の際)に,公証人のための資料として活用可能であること。
 (7) 適法性等のチェックも可能であること(借地権等-別紙5 編注:省略)
3 具体的には
 遺言公正証書の作成を具体例として,別紙1(遺言管理カード、編注:省略)を中心にして,処理の流れを説明 すると以下のとおりである。ご覧いただければご理解いただけると思うが念のため。
 (1) 受付1・・・基本的事項の確定
  ①嘱託人(遺言者)の特定・・・本人に朱枠部分を記載させる。
⇒署名能力と基礎的な認知能力を判断
⇒過去の遺言との関係の考慮
  ②立会証人の確定
  ③出張の場合の緊急性と場所・本人の状態の確認(現在は新型コロナ感染防止対策で病院・施設はそれぞれ対応に差異があるのでこれの確認を含む。)
 (2) 受付2:必要書類と身分関係の確認
⇒必要書類の提出の有無を確認し,チェック・・・提出済み書類と不足書類が即座に確認できる。
⇒親族関係の確認
遺言者本人又は依頼者と面談しながら親族関係図を記載,かつ,財産の種類等を記載する。
 なお,親族関係図中の受遺者には①,②,③・・・を付記して作成している。
⇒遺言内容の確定
 遺言内容が,例えば「①の長男に全部,予備的に③の孫に全部」であれば,空白部分に「①に全部→③に全部」と記載して遺言内容を特定。下部の手数料計算欄の①,②,③・・・と一致させ,各法律行為の額を明確にする。
その他、必要事項(祭祀主宰者・遺言執行者等)を記入。
⇒証書作成日(署名日)が決まれば記載。
 (3) 証書原案作成
 公証人:前記遺言内容・添付資料・戸籍謄本等によって証書原案を作成するとともに,手数料を計算。
書記:前記原案について,管理カード・添付書類等の記載を確認しながら,誤植・脱字等のチェック。
 (4) 証書作成日(署名日)前の準備
 書記:前記原案に基づき,証書原本・正本・謄本案を作成。再度字句等についてチェック。手数料計算欄に基づき計算書作成。
 証書番号を証書原簿により付番し,証書番号に記載。
 手数料の連絡を要するときは,連絡したことを記録。
 (5) 証書作成日
 公証人:公証人は管理カードを基礎として,人定質問(住所・氏名・生年月日・年齢・干支)を行い,加えて,親族関係図によって配偶者や子ども・孫の氏名を陳述させる。
 その後に,遺言の趣旨を口授させる。
 (6) 保存
 公正証書原本に合綴してはいないが,遺言者本人が直接訪れたか否か,遺言内容とその理由は何だったかなどは,管理カードで明らかになる可能性もあり,また,連絡先も記載されているので,将来の訴訟や不測の事態に備えて,年別・証書番号順に別綴りとして保管している。
4 公証人に任命された以降の嘱託事件の全てについて受付票又は管理カードとして保管しているが,改めて見てみると,当初は5種類程度であった。必要を感じる都度,あるいは法改正される度に改良し,又は新たに作成し,現在は前記の11種類で処理している。今のところ,不足は感じていない。
 以上、取留めもない紹介になりましたが,少しでも参考にしていただければ幸いです。(中西俊平)

No.88 ALS患者の遺言作成について
(重度障害者用意思伝達装置を使用した事例)(小山健治)

1 はじめに
 筋萎縮性側索硬化症(以下「ALS」という。)は、手足・のど・舌の筋肉や呼吸に必要な筋肉が徐々にやせて力がなくなっていく病気ですが、筋肉そのものの病気ではなく、筋肉を動かし、かつ運動をつかさどる神経(運動ニューロン)だけが障害を受け、脳から「手足を動かせ」という命令が伝わらなくなることにより、力が弱くなり、筋肉がやせていく一方で、体の感覚、視力や聴力、内臓機能などはすべて保たれることが普通と言われている難病です。
 今回の事例は、手足を動かすことも言葉を発することもできないALS患者から、重度障害者用意思伝達装置(以下「意思伝達装置」という。)を用いれば、本人の意思を伝達することができるとして、遺言公正証書作成の依頼を受けたものです。

2 意思伝達装置について
 このようなALS患者等の意思を伝達するために、厚生労働省において「重度障害者用意思伝達装置」導入ガイドラインが示されており、そこに様々な装置の記載があります。
 今回の事例で遺言者本人が使用する意思伝達装置は、Miyasukuというソフトウェアをパソコンにインストールしたもので、その機能は、①パソコン上に現れるキーボード状のカタカナを、使用者が視線によって特定し、②パソコン上に文字列を表示する視線検出入力装置と言われる形式で、漢字変換も可能であり、また、③パソコン上の文字列をパソコン自体に発音させる(読み上げる)ことができるもので、さらに、④通信機能も付加されているため、メール等により、外部の者とのコミュニケーションも図ることができるというものです。しかし、プリンターは、日常的に必要でなく設置していないため、パソコン上の文字を紙に打ち出すことはできない状態でした。
 当初、相談に来所したのは、遺言者の妻でしたが、当役場のメールアドレスをお伝えしたところ、遺言者本人がメールにより意思伝達装置の機能の説明をしてくれ、公正証書作成の日程調整、病室への入室の手順等についても遺言者本人とのメールのやりとりで、進めることができました。

3 遺言者の意思の確認方法の検討について
 公正証書遺言の作成において公証人は、遺言者の口授などにより、遺言者から遺言趣旨・内容の伝達を受けることが必須ですが、この方法について、以下の3つの方法を検討しました。
① パソコンに遺言者が入力した文字を音声として発音する機能があるため、これを公証人が聞き取り、民法第969条第2号の「口授」とする方法
② パソコンに遺言者が入力した文字を通訳人が読み上げることにより、民 法第969条の2第1項の「通訳人による通訳による申述」として「口授」に代える方法
③ パソコンに遺言者が入力した文字を公証人が確認し、これを民法第96 9条の2第1項の「自書」として、「口授」に代える方法

 ①については、遺言者は口がきけない状態であり、パソコンに遺言者が入力した文字を意思伝達装置の機能として音声として発話することができるとしても、遺言者本人が発声したものではないため、これを「口授」とすることは難しいのではないかと考え、この方法は断念しました。
 ②の通訳人の通訳により申述させる方法については、過去の事例等も参考に、これが確実な方法ではないかと考えました。この場合、通訳人には、意思伝達装置に詳しい者が、確かに遺言者本人がパソコンに入力していることを確認することが重要であると考えられたため、遺言者に通訳人に適している者の有無を確認したところ、病院で看護又は介助を担当している者であれば、通訳人に適していると思われるが、病院関係者は自らの業務外の事柄については、引き受けてくれない旨(実際に病院側に依頼してもらった結果)の回答があり、また、病院外で今回の通訳人に適している者を探すことは難しく、仮に適した者がいた場合でも、現在の新型コロナウイルスに対する病院側の警戒体制から、病室に入る者は必要最小限にしてほしい旨の要請があり、難しいのではないかとの連絡があり、通訳人の通訳による申述以外の方法を考えざるを得ない状況となりました。
 ③の遺言者がパソコンに入力した文字を、遺言者の自書とすることの是非については、以下のように検討しました。
 口がきけない者が公正証書によって遺言をする場合の「自書」は、民法第968条の自筆証書によって遺言をする場合の自書と違い、公証人及び証人の前で、遺言者が遺言の趣旨を伝達するための自書であり、いわゆる筆談と捉えることが可能であることから、遺言者が実際に筆記用具を使用して自ら手書きするだけではなく、ワープロを使用して打ち出した場合も自書に準じるものとしてよいとされています(公証126号294ページ)。
 ところで、ワープロやパソコンに遺言者がそのキーボードを自らの手で操作して入力するのであれば、入力する際の手の動きを公証人及び証人が直接見ることによって、遺言者本人が入力していることを確認できます。しかし、今回のように視線による入力の場合には、それができないため、これに代えて公証人が、遺言内容とは直接関係がなく事前に遺言者に伝えていない質問をし、その回答としてパソコン上に表示された文字を確認し、遺言者が視線入力の方法により意思伝達装置を使って表示させたものであること確認する方法を採ることにしました。
 また、紙に遺言内容を自書した場合には、その紙が残りますし、パソコンの画面をプリントアウトできれば、プリントアウトした紙を証拠書類として残せますが、今回の事例では、プリントアウトができないため、パソコン画面をカメラで撮影して、その写真をプリントアウトして、公正証書の附属書類として保管し、遺言者が自書した遺言内容の証拠書類とすることにしました。

4 事前の準備等について
 遺言者の意思能力等の確認については、遺言者の使用する意思伝達装置により確かに遺言者の意思が確認できるのかという疑問もあり、事前に遺言者に面談し、意思伝達装置を使用しているところを確認したいと考えましたが、病院側の新型コロナウイルス対策によりできなかったため、これに代わる方法として、担当医師に対し、遺言者の病状や意思伝達の方法、意思能力等を照会し、遺言者に意思能力があり、パソコンで意思伝達可能との回答(別紙1、編注:省略)が得られたので、これを一つの資料としました。
 このほかに新型コロナウイルス感染防止のため、病院側から来院1週間以内に県外に出ないこと、体調を十分管理すること等の要請があり、また、当日来院する公証人及び証人2名の住所、氏名、勤務先等の調査に回答する必要がありました。また、遺言公正証書作成時間は10分程度にするよう要請がありましたが、これはお約束できないと回答しました。
 また、遺言内容については、全ての財産を妻に相続させ、遺言執行者にも妻を指定するというシンプルなものでしたので、遺言案を遺言者にメールで送り事前に了承をもらいました。
 メールでの遺言者との連絡は、難病とは思えないほどしっかりしており、また、意思伝達装置であるパソコンを使用し、インターネットを介して投資も行っているとのことでした。

5 遺言公正証書の作成等について
 作成の当日は、遺言者の妻も入院病棟へは入れないため、遺言者の妻とは病院の駐車場で待ち合わせ、その後、私と証人2名の計3名のみで病院の受付から入院病棟に案内されると、使い捨てのフェイスシールドを貸与され、それを着用して、病室に入りました。
 遺言者はベッドに上半身をやや起こした状態で寝ており、顔から約50㎝程度離れた位置にパソコンの画面があり、公証人と証人1名は、遺言者の顔とパソコンの画面を直接見ることのできる位置にいることができました。
 パソコンの画面は下半分にキーボード状の文字列が並び、遺言者が視線を動かすと文字列のキーの色が濃くなることで、遺言者がどの文字を見ているのか確認できるものでした(別紙2、編注:省略)。
 また、遺言者がキーを目視し、文字を確定すると、その文字がパソコン画面の上半分に表示され、キーボードの発話キーを目視すると、パソコン上に現れた文字列をパソコンが音声として読み上げる機能が付いていました。
 画面を直接見ることのできない証人1名については、パソコンの発話を聞くとともに、最後に、公証人がパソコン画面を写真撮影し、その写真の文字をその証人が見て確認することとしました。
 遺言公正証書の作成の応対は、①遺言者の本人確認、②遺言内容と直接関係のない質問に対する回答により遺言者本人がパソコン入力していることを確認、③遺言者による遺言内容のパソコンを使用した自書(公証人と遺言者の問答の形式)、④自書内容が、公証人が事前に用意した遺言公正証書案どおりであることの確認、⑤遺言公正証書案の読み聞かせ及び閲覧、⑥遺言者による遺言公正証書作成の可否の判断、⑦遺言公正証書原本への署名・押印(遺言者については、公証人が代署、代印)という順番で行い、最後に遺言者が入力したパソコン上の文字を写真撮影し、所要時間は40分程度で終了しました。
 ここで失敗したことは、①及び②の問答の際に、パソコン画面に表示された文字列が順次消えていくことに気づいた時はすでに文字が消えた後だったことで、それからは、画面に表示した文字は残すよう依頼したため、③以降に遺言者が入力した文字は画面に残り、それを写真撮影することできました。
 遺言公正証書は、通常の冒頭部分の「遺言者の遺言の趣旨の口述を筆記して」を「遺言者は口がきけないため、重度障害者用意思伝達装置付パソコンを使って自書した遺言の趣旨を筆記して」と記載し、本旨外要件の証書作成部分を「この証書は、民法第969条第1号ないし第4号まで及び第969条の2第1項に掲げる方式に従い作成し、同法第969条第5号及び第969条の2第3項に基づき本公証人が次に署名押印するものである。」として、作成しました。
 また、遺言公正証書の附属書類として、遺言者の入力した文字のパソコン画面を撮影した写真を証拠書類としましたが、パソコン画面上には、遺言者の入力した文字しか現れないため、公証人が質問した事項と遺言者が入力した文字を一覧できるよう問答を記載したメモを作成し、末尾に公証人の職印を押印したものも附属書類としました(別紙3、編注:省略)。

6 おわりに
 今回のALS患者の遺言公正証書作成を終えて、医療機器の発展の早さに驚くと共に、こうした機器を使用することで、意思の伝達が比較的スムーズに行えることが分かりました。
 本稿が、ALS患者等の遺言公正証書作成嘱託に応えるための一助になれば幸いと考えています。
 また、今回の作成にあたり、本誌No.27(平成29年6月号)12ページ、実務の広場No.51を参考にするとともに、多くの先輩公証人の皆様から多大なご指導をいただきました、紙面をお借りして厚く御礼申し上げます。  (小山健治)

前号(No.49)の訂正

 民事法情報研究会だよりNo.49に掲載のNo.86実務の広場「借地に関する、ある相談事例から」の26ページのなお書きを以下のとおり訂正します。
 「なお、この契約を法第23条第1項の事業用定期借地権として、当初30年の存続期間を定めていた場合には、変更契約により、その存続期間を10年延長して40年にすることができます。ただし、変更契約も当初の契約時の適用条項の範囲内となりますから、当初の存続期間の始期から通算50年未満までの範囲内となります(設定ではないので、公正証書によらなくても可能ですが、金銭債権の強制執行を視野に入れるときは公正証書によることが必要となります。)。」