民事法情報研究会だよりNo.11(平成27年4月)

春風の候、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。 さて、早いもので、当法人は成立後3年目の事業年度を迎え、現在の役員の任期は6月20日開催の定時会員総会で終了することになります。手探りで始めた法人の活動ですが、なんとか軌道に乗り、昨年設置した編集委員会でも、研究会だよりの「実務の広場」に搭載する原稿のとりまとめが順調に推移しておりますので、今後は、新たに公証事務の照会・回答システムの構築について検討するなど、引き続き活動の充実を図っていきたいと考えているところです。 なお、この度、元法務省民事局長の房村精一氏(現公安審査委員会委員長)に特別会員としてご入会いただきましたので、お知らせします。 また、従来ホームページにのみ掲載していた法務局長等人事異動を研究会だよりにも掲載することといたしました。(NN)

公証人雑感(その2)(理事 小口哲男) 公証人実務の中では、遺言、離婚等の渉外事件にも、ときどきめぐり合います。 その時に困るのが、適用される法律とその内容が分からないことが多いということです。 そこで、インターネット等で調べることになります。今回は、そのようにして調べたものを御紹介させていただきます。 事例は、中国人同士の離婚です。 この場合、どこの国の法令が適用されるかの準拠法を定めるのに、日本では「法の適用に関する通則法」(以下、通則法といいます。旧法名は「法例」)のように独立した法律がありますが、中国では、個別の民商事法典中に準拠法を定める規定を置いています。 中華人民共和国民法通則第8章渉外民事関係の法律適用には、次のような規定があります。(「中国の国際私法」というコラムを引用させていただきます。) ○渉外民事関係の法律適用(第142条) 渉外民事関係の法律適用は、この章の規定に従って確定する。 中華人民共和国が締結若しくは参加している国際条約が中華人民共和国の民事法と異なる規定がある場合は、国際条約の規定を適用する。ただし、中華人民共和国が留保を声明した条項はこの限りではない。 中華人民共和国の法律と中華人民共和国が締結若しくは参加している国際条約に規定のないものについては、国際慣例を適用することができる。 ○民事行為能力の準拠法(第143条) 中華人民共和国公民が国外に定住する場合は、その民事行為能力については、その定住国の法律を適用することができる。 ○不動産の所有権(第144条) 不動産の所有権については、不動産の所在地法を適用する。 ○契約当事者の選択(第145条) 渉外契約の当事者は、法律に別の規定があるときを除いて、紛争の処理に適用する法律を選択することができる。 渉外契約の当事者が選択しない場合は、契約と最も密接な関係を有する国家の法律を適用する。 ○権利侵害行為(第146条) 権利侵害行為の損害賠償については、権利侵害行為地の法律を適用する。当事者双方の国籍が同じであるとき、若しくは同一国家において住所を有するときは、当事者の本国の法律若しくは居住地の法律を適用することもできる。 中華人民共和国の法律により、中華人民共和国領域外で発生した行為が権利侵害行為ではないと判断されるときは、権利侵害行為として処理しない。 ○婚姻の準拠法(第147条) 中華人民共和国公民と外国人の婚姻は婚姻挙行地の法律を適用し、離婚は案件を受理する裁判所の所在地の法律を適用する。 ○扶養の準拠法(第148条) 扶養は被扶養者と最も密接な関係を有する国家の法律を適用する。 ○相続の準拠法(第149条) 遺産の法定相続については、動産は被相続人死亡時の居住地の法律を適用し、不動産は不動産所在地の法律を適用する。 ○公序則(第150条) この章の規定に従って外国法若しくは国際慣例を適用する場合は、中華人民共和国の社会公共利益に違反してはならない。 以上、少し長くなりましたが、中国の規定を紹介させていただきました。 我が国の通則法第27条によれば、夫婦の本国法が同一であるときはその法により、となっていますので、中国法が適用されることになります。 中国の協議離婚は次のようになるようです(山梨学院ロー ジャーナルの加藤美穂子先生の論説を参考にさせていただきました。)。 中国で、協議離婚(両願離婚)とは、婚姻当事者双方が自らの意思にもとづいて離婚を望み、同時に離婚の効果、特に子どもの扶養教育と夫婦財産分割関係の協議を達成させた上で、関係部門である婚姻登記機関の認可を経て、婚姻関係を解消する離婚方式とされ、民事上の完全な行為能力者である夫婦双方が揃って婚姻登記機関へ出頭申請しなければならず、当事者のいずれかが出頭申請できない場合には協議離婚はできず、裁判離婚のみとされるとのことです。 この関係で、中国婚姻登記機関への申請、同機関の審査がない場合の日本で行った協議離婚の効力について、これを肯定する判決(大阪家裁 平成21年6月4日判決)とこれを否定する判決(大阪家裁平成19年9月10日判決)があることを申し添えて、御参考に供したいと思います。

実 務 の 広 場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

 No.8 意思能力が裁判で問題とされた事例(事例紹介)

平成14年2月に奈良県大和高田市にある高田公証役場に着任し、退職する平成23年5月まで、以来9年3ヶ月にわたって公証人の仕事に従事し、4200件ほどの各種公正証書を作成してきた。退職後4年近くなり、事件の記憶も薄れつつあるが、在任中を振り返ると、当役場の特色として集団事件、定型事件がほとんどなく、1件1件それなりに密度の濃い事件が多く、中には、処理に頭を悩ました事案も多かったように思う。他の参考になるか分からないが、それらの一部を紹介することにする。

Ⅰ 大阪高裁に遺言事件の証人として出廷 公証人になって5年目の頃、大阪高裁民事部から証人呼出状が公証役場あてに送達された。この件に関しては、その2週間ぐらい前に被控訴人(被告)代理人の弁護士から、公証人の作成した遺言公正証書について、遺言者の遺言能力を問題にして控訴人(原告)代理人から当職(当時)を証人申請した旨連絡を受けていた。出廷前に原本の内容を確認はしたが、2年以上前の事案であり、特に原本と附属書類(印鑑証明書)以外、資料は保存しておらず、具体的な記憶はほとんどなかったものの、幸い私的に作成した面接メモは残していた。尋問当日、控訴人(原告)代理人は、遺言者に対する意思確認の方法、遺言能力ありと判断した経緯等について質してきたので、当職としては、着任後毎年200件前後の遺言を扱ってきていること、当該事件については原本と附属書類以外特別の資料は保存しておらず、特段の記憶もないが、私的なメモは残しており、それによると、会話は普通にでき、遺言内容についてはっきり口述した旨メモしていることから、特に問題がない事案と考えること、一般的には、遺言公正証書を作成する際、先ず遺言能力があることを確認することから始まり、そのための色々の質問をし、能力に問題がないことを確認した後に、遺言内容について本人の口述を得て遺言公正証書を作成し、さらに、最後に必ず読み聞かせをして内容に間違いないかを再確認し、本人及び証人2名の署名押印を経た後、公証人が署名押印して作成完了していること、作成過程で遺言能力に問題があると判断したときは作成を打ち切り“中止”とし、若干でも問題になりそうなことがあれば、そのことを定型の聴取録に記載し保存することにしていること、そして、当該事案については、そのような意味の聴取録は残していないこと等、問われるままに自分の記憶と見解を述べた。本件に関しては、もともとは、遺言者の亡夫の死亡に伴う遺産分割登記をめぐって子供たちの間で争いになっていたようで(裁判所の事件名も「更正登記手続請求事件」となっている。)、その間になされた母親の遺言が、判断能力のない状態でなされたものであることを主張し、遺産分割協議に際しても、母親は意思能力がなかったことの論拠にしょうとしていたようである。証言の中で、本件に関しては、遺言公正証書原本への本人の署名押印は達筆で鮮明になされており、疑問があるなら原本の写しを請求してもらえば何時でも応ずる旨、応答したところ、後日、控訴人(原告)代理人から謄本請求があり、原本の写しを謄本として交付した。結局本件に関しては、その後、双方で和解が成立し、訴訟は取り下げられたとのことである。 いずれにしても、初めての証人経験が高裁であったため、かなり緊張したうえ、裁判官の席が証人席から随分高いところにあり、上から見下ろされて証言することはあまり気分のいいものではなかった。特に、裁判長から、証言するために事前に資料等をよく調べてきていないのかとたしなめられたが、自分としては協力者の立場で貴重な時間を割いてきているつもりなので、何か刑事被告人を咎めるような裁判長の口調にも相当な違和感を覚えた。 主・反対尋問あわせて25分ぐらいで尋問は終了したが、最後に、裁判長が「終わりました。証人は退席して結構です。」と言われたものの、特別のねぎらいの言葉のなかったことも、何か気持の上では釈然としないまま法廷を退席した。

Ⅱ 奈良地裁に任意後見事件の証人として出廷 偶然にも1回目の証人経験の7ヶ月ぐらい後に、2回目の証人としての出廷経験をすることになり、やはり2年ぐらい前に作成した移行型任意後見契約事案に関して奈良地裁から自宅(大阪府枚方市)宛に期日呼出状が送達された。法曹会の職員録には公証人の住所も掲載されているが、部外者には非売品になっている筈であり、どうして自宅が分かったのか先ずもって疑問に思えた上、当初は呼び出し状に記載された事件名(「損害賠償請求事件」となっていた。)、当事者名、尋問事項の記載を見ても、自分が何の関係で呼ばれるのか判然としなかった。遺言に関しては、ほとんどの事件について簡単な聴取メモを残していたので、それを繰ってみたが呼出状に記載されている当事者名は見当たらず、任意後見の事前確認書(全事件について作成している。)を繰ったところ、やっと姓が同一の事案が見つかり、原本を確認したところ、当事者の名前が登場していたので、その事案で呼ばれていることが分かった。事前に双方の代理人から証人依頼の連絡は一切なく、裁判所から一方的に日時を指定して呼出を受けたことに不満を感じながら、多分短時間で終わるだろうと高を括って出廷したところ、証人申請している原告代理人から、主尋問の冒頭で、尋問は1時間を予定しているとの発言があったので驚いた。たまたま、その代理人の弁護士は、若い頃法務局訟務部勤務時代に法廷で相手側代理人として出廷しているのをよく見かけた弁護士で、既にかなり高齢になっているはずにもかかわらず、まだまだ意気軒昂で、法廷で大声でまくし立てる勇姿(?)は昔と変わっていなかった。 主尋問では、先ず当該委任及び任意後見契約公正証書が作成された経緯について、誰が、何時、誰と一緒に、何を持って相談に来たか、作成まで、何回、何時間面接したか、面接時の本人(委任者)の状況はどうであったか、当時、本人はアルツハイマー症であったことを知っていたか、そもそも、公証人はアルツハイマーについて、どの程度知識を持っていたのか、その知識を得るためにどのような努力をしたのか、等について執拗に質してきた。そして、本人が公正証書作成前からアルツハイマーであったことの証拠資料として、医大医師の鑑定書、担当医師の診断書、その他行状を示す各種資料等がファイルされた厚めのバインダー一冊分が書証として提出されており、これらを呈示して見解を聞かれた。これに対し、当職(当時)としては、公正証書作成の経緯の詳細については特に記憶はしていないが、面接時の聴取メモは残しており、それによると、特に問題があるとの記載はなく、所見として「弁識能力あり」と記載していることから、公正証書作成時に正常な判断能力があったことは間違いないと確信している旨、応答した。とにかく、原告代理人の微に入り細に入る執拗な尋問には些か閉口したうえ、反論的なことを述べようとすると「証人は、聞かれたことのみ答えてください」として阻止されるので、フラストレーションは募る一方であった。漸く、反対尋問の中で、当該事案について、具体的な記憶はないが、面接時の聴取メモは残していること、一般的な作成手順を説明し、本件についても、特段のことのない限りその手順で作成していると思われること、したがって、本人の意思確認は、適正に行ったうえで、本公正証書を作成したことの確信を持っている旨、何とか証言でき、1時間あまりで尋問は終了した。 本件に関しては、結局、一審判決では、原告敗訴となり、大阪高裁へ控訴されたが、控訴審でも控訴人(原告)敗訴となったようである。 なお、訴え提起とは別に、本件では、1審の原告代理人5名の連名により公証人法78条による異議申出書が公証人所属の地方法務局長あてに提出された。内容の詳細は覚えていないが、公証人が不法な公正証書を作成したことを理由に公証人に対する処分を求めるものであったと思う。法務局から連絡を受け、本件に関して当職が関わった経緯、前記の裁判に証人として出廷した結果と、私見として、公証人法78条により異議申出が許されるのは公証人の事務取扱いに限定され、本件のように既に作成済みの公正証書について、嘱託人の意思確認の適否を問題にすることは、公正証書の効力に関わることでもあり、訴訟によってしか解決できない事柄であると考えること、又、公証人には厳格な守秘義務が課せられている(公証人法4条)ことからも、異議申出によって申出人に開示できる内容は当然その制約を受けることになる旨、本件異議申し出に対する当職の見解をまとめ、所属地方法務局長に報告した。 公証人法78条による異議申出については、これを詳しく解説した文献、先例等は少なく(注①、注②)、行政不服審査法との関係、申し出の方式、当事者適格、異議申出の対象、申出期間、申出を受けた法務局の長の処分の内容、更に、その処分が不服な場合に法務大臣に対してする異議申出(公証人法78条2項)の方法、内容等、未解明の部分が多いように思われる。 何はともあれ、本件に関しては、結局、法務局の処理としては、本件申出は公証人法第78条による正式な異議申し出として取り扱うことはできないとして、受理しなかったようである。

(注①)公証人法78条の適用に関する先例としては、明治42・8・24民刑第875号民刑局長回答がある。この先例は、「公証人の事務取扱不適当と認めたるときは…公証人に対し相当の訓令を発すべきものと思料候得共…不適当の点なかりしときは抗告人に対しては其旨通告すべきものなるや」という照会に対して、「抗告人に通告すべき義務なきも之を便宜とする場合に於いて相当の通告を与ふるも差支えなし」と回答されたものであり、異議申出は監督権の発動を求めてなされるものであるとの前提に立っていると思われるが、訓令の内容は必ずしも申出人に通知する義務は存在しないとしているようである。現在も、この考え方が維持されているかどうかは、疑問である。 (注②)公証人法78条による異議申出と行政不服審査法との関係について論じた文献として、尼崎健造「公証事務のあらましとこれに関する最近の通達の解説」(民事月報44・2の6ページ以下参照)がある。  

Ⅲ 嘱託人の意思能力 公正証書作成に際しては、先ず嘱託人の意思能力・判断能力があることが必要要件であることは言うまでもない。遺言に関しては遺言能力の有無という形で問題になるが、一般的には、遺言能力は「遺言の内容を理解しその法律効果を弁識して、そのような遺言をすることを決定することのできる能力」と言われている。この遺言能力があるかどうかは、一般的・抽象的に考えるのではなく、問題となっている遺言の内容との関連において、相対的に判断するのが正しいとされている(宍戸達徳「公正証書遺言と遺言作成能力」民事法情報229号66頁)。遺言者の遺言能力の有無に関する問題については、すべての公証人は、日ごろから細心の注意を払い、慎重に判断していると思われるが、特に認知症等に罹っている遺言者については、面談したときの言動からは正常な判断能力の持主とうかがえても、日常生活では問題行動を取っていたというケースもあり、公証人にとって一番頭を悩ますところである(注③)。 もとより、遺言者の意思能力(行為能力)がないと確信したときは、作成すべきでないのは当然ではあるが、遺言能力がないとまで断定できない微妙な事案についてどう対処すべきかは意見の分かれるところである。公証人は「法令に違反したる事項、無効の法律行為や行為能力の制限によりて取り消すことを得べき法律行為に付き証書を作成することを得ず」(公証人法26条)とされているのに、確信の持てないときは作成すべきでないというのが一つの考え方である。しかし、裁判所が有効と判断する可能性があるものについても作成を拒否することは、結果的には公証人が遺言能力についての最終判断権者になる恐れがあり、遺言能力が微妙であっても、なお能力ありと判断する余地がある限りは嘱託に応じて作成し、最終判断を裁判所に委ねるべきであるとする考え方もあると思われる(注④)。特に、病気等で公証人の出張を求めなければ公正証書を作成できない遺言者にとっては、同県内の公証人に拒否されれば他府県の公証人には頼めない(公証人法17条)ところから、遺言公正証書作成の機会を事実上奪うことになりかねない場合もあり、遺言者の最終の意思の実現に公証人としては最大限努力すべきではないかと考える。その結果、後日裁判で争われ、遺言能力がなかったとして無効と判断される事例が生じたとしても、ある程度はやむを得ないものと考える。 特に、遺言能力を否定された各裁判例(注⑤)のどの事案を見ても、その理由として、公正証書遺言作成の前後の相当長期間の遺言者の生活歴、行状、言動、治療状況等を根拠にして、公正証書作成当時、遺言能力を欠く状態にあったとの認定がされているが、公証人としては、遺言能力についての慎重な判断を要することは言うまでもないものの、遺言者と面接し口述を聴取したときの状況を総合判断し、必要があれば主治医の診断書等も提出させるなどして、公正証書作成時に正常な判断能力を有しているかどうかを判断すれば足りるのではないかと考える。現実問題としても、公正証書作成時以前の生活状況全般についてまで認定資料を求めることは不可能であり、最近やや増加傾向にあると思われる遺言能力を否定した各裁判例の事案でも、公証人にそこまで求めているとすれば大いに疑問がある。 けだし、認知症等の症状のある者でも、それが一律ではなく諸症状があり、少なくとも、公証人が遺言者本人と面接したときの状況が精神上の障害により判断能力を欠く状態でなく、真意に基づく意思表示がなされていると判断できるのであれば、遺言者の意思を確認した上公正証書を作成すべきであり(公証人法3条により、正当の理由がなければ嘱託を拒否できない。)、成年被後見人でも一時能力を回復する場合があることを当然の前提として、医師2人以上の立会いの下に遺言できることを法自体が認めている(民法973条)趣旨と附合すると思われる。 ともあれ、実際に裁判で争われることになると、それに対応するための労力、時間は甚大となるので、公証人としては、後日遺言者の遺言能力が裁判等で争われたときのために日頃から証拠を保全し、公正証書作成当時、遺言者は遺言能力を有していたと認定した根拠を明らかにできるように、遺言公正証書の作成経過等をできる限り詳細に記録し、公正証書とともに保存しておく必要があると思われる(平成12年3月13日法務省民一第634号民事局長通達第1・2・(1)・ウ参照)。ちなみに、筆者は、上記2回の証人出廷経験後、遺言公正証書作成の際に作成していた聴取メモの様式を改め、遺言者の来所日時、回数、同行者の氏名と遺言者との関係、作成時の遺言者の言動(住所、氏名、生年月日、家族の氏名・続柄、を正確に言えたかどうか、面接中の所作の状況、等)、健康状態(視力・文字の判読、聴力・対話の応答の可否、病気の有無(病歴を含む)、診断書の有無・治療状況、日常生活への支障の有無、介護の要否・程度を含む)、及び遺言の動機(自発的若しくは誰に勧められた)と遺言の内容(自分で決めた若しくは○○と相談した、等)及び総合的な所見をA4の用紙に一覧表形式にまとめ、「面接記録(遺言)」として保存することにしていた(別紙1参照)。 また、任意後見契約公正証書作成に関しても、それまで作成していた「事前確認書」の様式を改め、概ね上記「面接記録」の内容のほか、受任者と本人の関係、契約内容の理解の程度、弁識能力についての総合所見などを一覧表形式にまとめ、新たな「任意後見契約事前確認書」として保存することにしていた(別紙2参照)。

以上の内容は、かって近畿公証情報誌(47~48号)(注⑥)に筆者が投稿した内容をさらに補筆、修正したものであるが、執筆時から相当期間も経過しており、現在の実務の実情と符合しない部分があるかもしれないことをご容赦願いたい。関与した事件が争訟に発展することは通常はないと思っていても、いざ提起されると相応の対応はせざるを得ない。本稿が、そのようなときのため、多少なりとも参考になれば幸いである。

(注③)川崎幸クリニック杉山孝博院長がその著「認知症に対する取り組み ― 介護の展望」(人権のひろば2007・9号15頁)の中で、認知症介護の特徴として次のように述べられているのが参考になる。 「認知症は、老衰、疾病、障害などの原因による知的機能低下によってもたらされる生活障害であり、介護の視点から見ると次のような特徴がある。・・・  他人にはしっかりした言動をするため、介護者と周囲の者との間に認識の大きなギャップが生じるものである。従って、診察室などで本人の示す言動などから、家庭での状態を把握することはきわめて困難な場合が少なくない。認知症高齢者は例外なく、介護者に対してひどい症状を出して困らせるのに、よその人には応対がしっかりできる。そのため、介護する人と周囲の人たちの間に症状の理解に大きな差が出るのである。介護者一人が嘆きつらい思いをして、他の家族は『大げさすぎる』と言って介護者の苦労を感謝しないばかりかむしろ非難するといった『認知症問題』が、これまで数多くの家庭に発生してきた。診察室や認知症相談の場や訪問調査の際、認知症高齢者は普段の様子からは想像できないほどしっかりと対応できるため、認知症がひどくないと診断されがちである。・・・」 (注④) 篠田省二元公証人は、「公証人としては、遺言時の状況、遺言内容(単純か、複雑か、合理性の有無など)、遺言作成の経緯、動機の合理性などを検討し、なお遺言能力がないと断定できない場合には、やはり、嘱託に応ずるべきであろう。」とされる(「遺言能力について」公証・120号36頁)。 (注⑤) 嘱託人の遺言・判断能力が争われた裁判例等については拙著・「公正証書にかかわる余話―遺言能力」登記インターネット103号116頁以下参照 (注⑥) 平成12年4月、近公会会員及びOBらが中心となって発足した任意団体である「近畿公証情報センター」が発足以来季刊として年4回発行している情報誌。現在、60号まで発行されており、近公会会員及びOBのほか他ブロックの購読希望者にも有料(年間2000円)で配布されており、日常的な公証業務に関する情報交換、研究発表のほか親睦を図る場として活用されている。 (町谷雄次)

(別紙1) 平成  年第    号 面接記録(遺言) 公証人 遺言者氏名             (明、大、昭、平  年  月  日生・  才) 日  時  平成  年  月  日 午前、午後   時   分~   時   分 場  所                  公証役場 ○同行者 無  有(資格・氏名                          ) 証人(資格・氏名                                ) ○来所手段 徒歩 自動車(   が運転) タクシー その他(           ) 来所回数回(                                 ) ○入室方法 独立歩行 介添えあり(介添者     ) 杖使用 車椅子 その他(                               ) ○動作  普通  ゆっくり  慌しく  その他(                ) ○顔色  普通 不健康 その他(                        ) ○視力(文字の判読)  できる  大体できる  できない(            ) ○聴力(対話の理解応答)  できる  大体できる  できない(          ) ○発話  普通 不明瞭 その他(                        ) 〔応答事項〕 ○氏名、生年月日、住所  言えた  大体言えた  言えない(           ) ○家族の氏名・続柄  言えた  言えない(                    ) ○居住関係   独居  家族と同居  施設入居(     年から        ) ○健康状態についての申述 病気の有無  無  有(病名                 診断書  有・無) 治療状況 症状(日常生活に支障はないか) 他人の介護 否・要(介護の程度                   ) ○遺言の動機    自発的   (         )に勧められた ○遺言の内容    自分で決めた   (        )と相談した (備 考) 所 見 (別紙2) 平成   年第   号 任意後見契約事前確認書 公証人 委任者氏名           (明、大、昭、平  年   月   日生・   才) 日  時  平成  年  月  日 午前、午後   時  分~   時   分 場  所                公証役場 〔 委任者の状況 〕 ○来所手段 徒歩 自動車(     が運転) タクシー その他(        ) ○入室方法 独立歩行 介添えあり(介添者    ) 杖使用 車椅子 その他(  ) ○動作  普通  ゆっくり  慌しく  その他(               ) ○顔色  普通  不健康  その他(                     ) ○視力(文字の判読)  できる  大体できる  できない ○聴力(対話の理解応答)  できる  大体できる  できない ○発話  普通  不明瞭  その他(                     ) 〔 応答事項 〕 ○住所、氏名、生年月日、  言えた  大体言えた  言えない ○受任者の関係  親族(   ) 知人(友人) 公的機関からの紹介 その他(   ) ○家族の氏名・続柄    言えた   言えない ○生活   他人の介護 否・要(介護の程度                    ) ○居住関係   独居  家族と同居  施設入居(               ) ○健康状態についての申述 健康病気あり( 病名           診断書有・無) 日常生活に支障なし・あり(              )の介護を受けている ○任意後見契約の意義の理解 理解している   大体理解している   理解していない ○成年被後見人等該当の有無  成年被後見人 被保佐人 被補助人 いずれでもない ○契約書(案)及び委任事項 理解している   大体理解している   理解していない ○代理権目録のチェック 全部自分でした  (     )に相談した  その他(        ) ○所見  弁識能力あり   弁識能力なし(                  )

No.10 知的財産権に関する事実実験(事例紹介)

1 はじめに 新聞報道によりますと,特許などの知的財産権の取引で海外から稼ぐ金額が増え、2014年1月から11月までに1兆6005億円の黒字で過去最高だった13年通年を約2割上回っており、生産拠点の海外移転で日本にある本社が海外子会社に特許などを貸して得る収入が増えていると報じられています(2015,1,14日本経済新聞)。大手企業は、特許出願を奨励するだけでなく、開発テーマを量から質への転換を図り、あるいは、海外における模倣業者を国際貿易委員会(ITC)に提訴して模倣品の封じ込めを図るなど、知的財産に関しての戦略を攻めに転じたとの記事もあります。 このような状況からでしょうか。公証人在任中、知的財産権に関する事実実験公正証書についての照会もしだいに多くなってきたとの印象を強くしました。知的財産権に関して受託した合計8件のうち6件は、袋に梱包された原材料を未開封の状態で点検・封印・保管したものや、袋から原材料をサンプリングしてその形状等を計測したもので、その目的とするところは先使用の事実の証拠保全にありました。 平成18年に公表された特許庁のガイドラインにおいて、公開されなければ他者が追随できないような技術については、特許出願をせずにノウハウとして秘匿した状態で事業化する戦略的ノウハウ管理の手法が紹介されており、6件の事案もこの種に属するわけですが、特徴的なのはガイドライン公表時期より以前の段階で既存していた物品に関しての証拠保全も含まれていたことでした。類似性能を有する諸外国の後発製品が流通しつつあるようですので、これら潜在的需要は大手企業に限らず相当数に上るのではないかと推察されます。 もう1件は、廃車直前の古い乗用車から部品を取り出し、当該部品の特定箇所を計測して封印・保管したものですが、これは近時に至って類似の製品が特許を取得したために、その新規性の不存在に関する証拠保全を図るためでした。あと1件はウェブサイトの状況に関するものです(ちなみに、この事実実験は5分程度で完了しましたが,事前の打合せを含めると約3時間は要したと思います。)。 主に物品の点検・保管という事例を経験したに過ぎませんが、この種の証書作成に当たって気づいたことを整理してみました。

2 事前の準備 (1)事前打合せ ① 事実実験における事前打合せのウエイトはより高いといえます。事実実験は、大抵の場合、嘱託人の工場や事務所の現場に赴いて実施するわけですが、公証人が実験内容を徹底的に理解し具体的なイメージをもって臨むことになりますから、打合せの時から既に事実実験は始まっているといっても過言ではありません。 事実実験について経験のある企業であれば、必要書類とともに実験当日のシナリオなども持参し用意周到の準備をしてくるので世話がありませんが、そのような例はむしろ少数派です。ですから、公証人の側から必要書類、委任状の様式、事実実験の概要などを記した別紙実施要綱(骨子案)を事前にFAXしておき、効果的な打合せができるようリードします。 ② 打合せには、知的財産部門の責任者とその部下、さらには実験現場の担当者らが出席し、持参した資料に基づき実験内容について、背景の事情も含めて詳細な説明を受けます。ここで質疑応答を繰り返して骨子案を傍らに本件に係る事実実験のシナリオを練り上げていきます。当然のことでありますが事実実験公正証書は、公証人自らが五感で知得したのみ記載するものですから、そのことによって嘱託人が望む実験目的が達せられるのかどうかの観点から質問や助言を行います。写真撮影は事実実験の状況を裏付ける意味合いがあり、通常の場合は証書に添付されるので、証書本文との整合性に支障を来さないよう撮影の箇所等を決めておきます。なお、写真については撮影後の現像プロセスを明確にしておく必要がありますので、嘱託人側の担当者が撮影した写真データを活用する場合は、現場において写真データが公証人に手渡されるまでの経緯も事実実験します。 例えば、ある原材料の点検・確認等に関する事実実験が先使用の事実の証拠保全の一環として実施するのであるならば、当然のことながら特許法第79条の要件を念頭に置いて対応することになるので、公証人の見聞する対象が、対象物品のみならず対象物品に関する一連の資料(顧客からの発注書、製造記録、検査表及び出荷記録等)も含まれる旨、助言をし、さらに、必要な場合は、状況に応じて事情をよく知る担当者に宣誓供述書の作成を指示し、事実実験の前に宣誓認証の手続きを執っておきます。一連の資料が散逸して当該対象物品の製造時期等が特定できないときは、社員の中で、当該対象物品の準備段階から製造実施に至る経緯について事情を知る者からの供述が有力な証拠となるからです。もっとも事実実験において公証人が見聞して始めて製造時期等が確認できる場合もあるわけであり、その際は宣誓供述書によって補強されることとなります。 写真撮影は事実実験の状況を裏付ける意味合いがあり、通常の場合は証書に添付されるので、証書本文との整合性に支障を来さないよう撮影の箇所等を決めておきます。なお、写真については撮影後の現像プロセスを明確にしておく必要がありますので、嘱託人側の担当者が撮影した写真データを活用する場合は、現場において写真データが公証人に手渡されるまでの経緯も事実実験します。 ③ 対象物品を計測する場合は、使用する計測機器類のメーカや規格を把握しておき、計測方法、使用する計測機器、計測回数、計測条件などについて打合せます。微量な物体の重量を高性能の計量器で測定する場合は、室内の空気の流れ等外的要因による影響を受けることから、これらを回避する措置も事前に念押ししておきます。 ④ 点検・確認等を了した対象物品を、将来に向けて保管する場合は、必ず封印措置を講じます。事後に当該物品の成分分析等の必要から、再度事実実験をする場合は、封印を開披する際に公証人が立会いますから、事実実験の連続性を担保する意味合いもあります。なお、封印した対象物品が事実実験を了したものであることを外見上明らかにするために、その旨を記載して公証人が署名押印した和紙を貼付する措置を講じるのがよいと考えます。 ⑤ 実験を終えた後の保管方法についても確認しておきます。保管庫や施錠の要否いかんによっては、相応の準備が必要だからです。 (2)実験直前の準備 事実実験用のシナリオは、前記(1)の打合せの後も必要に応じて代理人と意見調整して確定版を準備します。なお、委任状については、実験当日までに提出できるよう必要な指示をしておきます。また、事実実験において用いる備品等については調達の分担を再確認しておきます。

3 実験当日 (1) 現場に到着すると、案内されて入室する前に時刻と場所(大抵は看板が掲げられている。)を最初に確認します。入室後は実験のため出席した代理人等の面前で本人確認資料と委任状を点検したうえ、出席者にシナリオ又はその簡略版を配布して実験の手順、概括内容、役割分担を説明しておきます。 (2)実験はシナリオに沿って粛々と進めます。特に対象物品が多岐に及ぶ場合は、確認作業や説明に一部脱落があると遡って再度行わざるを得なくなりますので、ルーチンワークであっても一つずつ確実に、かつ、効率的に行えるよう担当者を指揮します。写真撮影をする際は、その箇所を特定するために整理番号を記したポスト・イットを物品に貼付しておけば、事後の整理に役立ちます。蛇足ながら、撮影は念のため複数人でするのが得策でしょう。 なお、事実実験の現場においては往々にして当初想定していたこと以外のことが生じるものです。微量な物質の計量においては風袋の付着物すら影響するため急遽実験方法を変更したものや、開封されていないはずの対象物品の袋の角がわずかに破損していたことが発見されたものの、二重袋となっており内袋が無事であったため事なきを得たものなど、やはり実験してみて始めて分かることがあるものです。 その際、即座に臨機適切な対応が求められるのは出張遺言の場合と同じであり、ここが公証人の腕の見せ所です。実験内容の変更箇所はシナリオに明らかにしておきます。 (3) 封緘・封印については、封緘紙として和紙を用いることから対象物が紙なら問題ないのですが、それ以外の場合は、接着剤、接着方法、封緘・封印方法の工夫が必要です(急遽、多用途ボンドを近くのホームセンターで調達させたことがありました。)。封緘・封印等の摩耗を防止するため、封緘完了後さらに透明ビニール袋でカバーをかける場合もあり得ます。

4 証書等の作成 実験後は直ちにシナリオ、資料、写真を整理して証書案を作成し、特に証書に添付する関連資料及び物品等の固有名詞について代理人に事前確認したうえで証書を完成させます。なお、証書に資料や写真を添付すると、時としてそのボリュームは電話帳位になる場合があるので、正本・謄本の製本に工夫を要します。

5 感想 事実実験は他の公正証書に比べると予想外に手間と時間がかかるものの、知的財産権の保護に関して自らの手で一翼を担ったという達成感は、他の公正証書作成とはひと味違ったものです。事前打合せの際、嘱託人から「参考までに、物質の化学構造式はシカジカで…」と例の亀の甲模様を見せられたときは、「理化系の専門ではないので…」と腰が引けそうになったのですが,公証人が五感で知得する実験現場においては、その点はまったくの杞憂に過ぎません。臨機適切な対応が求められる現場においては、むしろ「カメノコウヨリトシノコウ」との想いを強くした次第です。                         (大谷昂士)

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