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民事法情報研究会だよりNo.54(令和4年7月)

向暑の候、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
例年より大幅に早く梅雨明け宣言が出され、真夏日や猛暑日が連続して観測されるなど、今年の夏は暑くなりそうですので、体調の維持に十分ご留意願います。(YF)

今日この頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

私と運動(松尾泰三)

 昭和48年夏。場所は和歌山県橋本市立橋本中央中学校の野球グラウンド。夏の中学校野球大会(いわゆる中体連)の郡内予選2回戦。1点リードで迎えた6回裏相手方の攻撃。ツーアウト満塁。バッターの打った打球は平凡なショートゴロ。遊撃手はそのボールを慎重にキャッチし、一塁に送球。しかし、肩に力が入ったのか、一塁手の手前でショートバウンド後逸。ボールは転々と外野のファールグラウンドへ。走者が一掃し、その試合は逆転負け。そう、その遊撃手はもうお分かりでしょうが、私です。
 三年生の夏、苦しくも楽しかった3年間の野球部生活が終了した。「もう二度と野球はやりたくない!」、「二度と団体スポーツはやりたくない!」と強く感じた(ただし、昭和62年に本省に転勤し、本省内レクリエーション野球大会に参加したとき、エラーして当然との雰囲気の中で、参加者みんなが協力し盛り上がる体験を得て、団体スポーツとしての野球の楽しさを改めて実感させていただいた。)。
 「団体スポーツはしない。」、「野球はしない。」との思いから、高校で陸上部に入部した。確かに駅伝、リレー競技は別にして、基本的には個人競技であり、野球のような細かな技術は求められない。いかに人よりも早く走るかという、極めてシンプルな競技に思えた。しかし、陸上部監督は、箱根駅伝の経験があり、10000メートル走の県内記録を持った副担任で、練習は非常に厳しかった。長距離走の練習には付いて行けず、また、短距離走としての脚力も十分ではなかった。競技では、長距離走、短距離走の出場ではなく、中距離走(主に800メートル、400メートル)に参加したが、インターハイ、国体の県内予選では、一度も第一次予選を通過することができなかった(中距離走には、長距離走と短距離走の両方の能力が備わっていないとできない難しい競技であることを実感した。)。「相手と競い合う苦しいスポーツはやりたくない!」と強く感じた。

 その後、陸上部を退部して以降、法務局に採用されてからも特に運動らしい運動はしなかった。むしろ、マジック(民事法情報研究会だより№40 MY HOBBY参照)やイラストといった文化系の趣味を楽しんだ。

 昭和59年4月。局内では鉄人ランナーと言われていた先輩と同じ係となった。穏やかな口調で、いつも前向きな話をされていた。その先輩から、結果的に走る楽しさを教えていただいた。最初は、誘いを拒否していたが、何度も誘われ、それではと歩くような速さでジョギングを始めたのが、時々昼休みに大阪城公園を走っているうちに毎日走ることとなり、いつのまにか公園内周回コースの自己記録更新を目的とした走り方になっていた。相手と競い合う苦しいスポーツはやらないはずであったのが、記録更新が刺激となり、時には昼休みの限られた時間内に、実業団チームに交じって1500メートル走のインターバル3本といった練習を行っていた。休日には、各地でのマラソン大会に参加し、自己記録を更新することに喜びを感じていた。

 昭和62年4月に本省に転勤して以降も、昼休みに皇居の周回コースを走っていた。民事局で勤務していた頃、直属の上司であった総括補佐官が笑いながら「松尾君、かく汗が違うのではないか。」と言われた(このコメントは使えると思い、その後、何人かの後輩に対して使わせていただいた。)。しかし、その後、繁忙を理由として怠け心が芽生え、徐々に走る機会が少なくなり、自己記録更新を狙う意欲もなくなっていた。

 転機は平成21年4月の奈良局への転勤であった。休日は、奈良公園内を自由に走り回り、若草山山頂や、平城宮跡、山辺の道へも走りに行った。走る意欲が戻ってきて、観光を兼ねた新たな走り方を実感することができた。しかし、その頃からか、徐々に膝に痛みが出始め、医者の判断は「軟骨のすり減り」とのことであった。

 平成29年度に職場の駅伝大会に参加し、無理をしたのが原因で膝の痛みが増し、ジョギングすらできない状態となった。翌年度の髙松では、ジョギングが無理であればウオーキングに切り替えるしかないと、宿舎近くの栗林公園内を数多く歩いたが、膝の回復には至らず、ウオーキング中でも膝の痛みが消えることがなかった。

 退職後、朝のラジオ体操と、軟骨近くの筋肉を鍛える目的で、椅子に座り足首に重りを巻いた状態で膝を交互に伸ばす運動を毎日継続して行った。2年ほど過ぎた頃、ようやくウオーキングでの膝の痛みは解消し、わずかの距離ではあるが、ジョギングもできるようになってきた。

 今は、小山市内でいくつかのウオーキングコースを設定し、休日はもとより、平日も歩く機会を作っている。「団体スポーツはやりたくない!」とか「相手と競い合う苦しいスポーツはやりたくない!」と感じていた頃は、今思えば体力が有り余っていて、体力の衰えなんか全く念頭になかったのだろう。確かに満足なジョギングができないことに多少寂しい思いもあるが、「一人で」、「誰とも競い合うことなく」、「楽しくのんびりと」ウオーキングをすることができている。これからも、自分の体調に合った運動を見つけ出し、いかに健康年齢を延ばしていくかを考えている今日この頃である。

(松尾泰三)

銚子あれこれ(岩本尚文)

 昨年の秋から銚子で生活を始めて1年も経っていませんが、日々の生活を書き連ねたいと思います。

1 強い風
 意外に思われるかもしれませんが、テレビの天気予報を見ていますと、銚子の夏は都心より3~4℃涼しく、反対に、冬は3~4℃暖かい予想気温となることが多いようです。この点、銚子は住みやすい所かな、と思われます。
 ただ、風が強いのには閉口します。昨年10月1日、大型で非常に強い台風16号が接近し、朝の全国ニュースでは「ここ八丈島では最大瞬間風速40メートルに達しています」と実況中継されていました。しかし、銚子は41.8メートルの暴風雨でした。
 その日は、遺言の作成が午前と午後に1件ずつ予定されていました。16号は避難指示も必至、と予想されていましたから、前日の9月30日に、遺言者に延期の確認をしたところ、午前の予定者は「台風の中を高齢者は役場まで行けそうにありません」、一方、午後の予定者は「明日の天気を見てから決めます」という返事でした。ひるんだ私は、台風の銚子最接近は翌1日午後と聞いていたので、作成するにしてもキャンセルで空いた午前に変更を打診したところ、幸い了解を得ることができました。ところが、その案件は出張遺言だったことを思い出し、再び気落ちしたものの、台風の状況次第で遺言者が翻意してくれることを期待することにしました。
 翌朝、台風の威力は増しており、関東では屋根の飛散や倒木が発生、航空機や船舶は欠航、停電も相次ぎました。出発前に改めて確認の電話を入れたところ、やはり「今日お願いします」。覚悟を決めて豪雨の中を車に乗り込み、一路、老人ホームに向かいました。運転中、空からの雨と道路からの水しぶきがウドンのようになってフロントガラスを叩き付けます。ワイパーは全く利きません。ハンドルを握る両手は痺れました。ようやく到着し、手続きを終えた後には遺言者家族から感謝され、えも言われぬ充実感を得ることができましたが、同時に、開けた車のドアが横殴りの雨のために閉まらない、という貴重な経験も得ることになった往復74キロの出張でした。
 銚子は外洋に突出して周囲に高い山がないためか、年間の3分の1は風速10メートルの風が吹いているそうです。銚子沖やキャベツ畑(ちなみに春キャベツの生産量は日本一)に多くの風車が設置され、風力発電が営まれている様子は、引っ越してきた当初はやや違和感を覚えましたが、ECOやSDGsの面でヨーロッパでは標準となりつつあるようで、いずれは日本各地でも当たり前の景観になるのかもしれません。
 銚子に来てから3か月の間に、ビニール傘2本と折り畳み傘1本がおちょこになって使えなくなりました。これに懲りた今は、耐風性の傘(強風を受けるとすぐおちょこになり骨を折らずにすむ傘)を愛用しています。

2 銚子電鉄
 市内と犬吠埼を結ぶ銚子電鉄(通称銚電)は、レトロ感溢れる様子から全国の鉄道マニアに親しまれ、休日には撮り鉄の姿もよく見かけます。ただし、レトロには訳があって、経営難でリニューアルする財源がない、というのが実情のようです。車輌は他社のお下がり、全長6.4キロの短めな沿線に10ある駅舎は概ね老朽化、自宅近くの仲ノ町駅舎に至っては築100年です。
 コロナ禍と相俟って銚電の赤字は今も予断が許されないようですが、どうやって経営を維持しているのでしょうか。実は、売上の7割は副業収入で、有名なところでは「ぬれ煎餅」や、味ではなく経営が「まずい棒」を販売しています。先日、仲ノ町駅を覗いたところ、赤ボールペンと赤色シートが袋詰めされて「赤字が消える暗記セット」として販売されていたので、私も銚電の赤字を消したい思いで購入しました。
 もはや何でもありの銚電は、笠上黒生(かさがみくろはえ)駅の名前を髪毛黒生(かみのけくろはえ)としてシャンプーメーカーに売り、昨年は映画「電車を止めるな!~のろいの6.4㎞~」を製作して、収益の増加を図りました。先日も歌手のきゃりーぱみゅぱみゅを招いてコラボ企画が実施され、観音駅がピンク色に染まった様子が報道されました。
 今年のGWに鎌倉へ出掛けてきました。街を走る江ノ電は、銚電と同じ単線で、路線距離、駅数、車輌の外観、そして沿線の様子、どれを取ってもさほど変わりはありません(と思いたいです)。銚電には、これからもユニークな活動を元気に展開して、江ノ電を目指してもらいたいものです。皆さんも銚電に乗車して、一番の人気区間「緑のトンネル」を満喫してみてはいかがでしょうか(あっという間に通過するので瞬き厳禁)。

3 地名の由来
 初めてJR銚子駅に降り立ち、大通りを少し歩いた時のことです。目の前に水面と沢山の漁船が見えて来たので、てっきり太平洋かと思いましたが利根川でした。川沿いに「銚子漁港」の看板が見えたのは、川のすぐ先が太平洋だからでしょう。
 国内最大の流域面積を誇る利根川は、なぜか河口付近の幅は狭くなっていて、川の流れが海に注ぐ様子は、あたかも酒器の銚子の口から酒が注がれるように見えます。そこで、銚子という地名になった、と言われています。これは当地に限ることではなく、川の出口が狭くなっている場所は銚子と付く地名が多いようです。もっとも、今は居酒屋でお銚子を注文すると徳利が出て来ますが、これは酒を注ぐという機能が同じだから、とのことです。
 
 巧打篠塚(元巨人)、豪腕土屋(元中日~ロッテ)を擁して高校野球で優勝した銚子商業の活躍(昭和49年)や、視聴率が55パーセントを超えた朝ドラ「澪つくし」の放映(昭和60年)で、銚子の名は全国で認知されていると思っていましたが、先日、テレビ番組で出演者が「千葉県のちょうし」の漢字を「頂子」や「調子」とフリップに書いたときは、前につんのめりそうになりました。

4 千葉市の次!?
 コロナがなかなか終息しません。毎朝、新聞で県内の状況をチェックしていますが、市町村ごとに感染者数を掲載する一覧表に銚子市は千葉市の次に掲げられています。なぜ、県庁所在地の次に記載されているのでしょうか。
 単に市町村コードの順番にすぎない、という考えは置いといて、その理由を江戸  時代まで遡って調べたところ、当時の銚子は、現在の千葉県東部から茨城県南部一帯の社会経済の中心地であったことが浮かび上がってきました。
 以前は江戸湾(東京湾)に流れていた利根川が、徳川家康によって現在のような太平洋に注ぎ込む流れに移されたのをきっかけに、銚子がクローズアップされました。当時の経済の中心は米でしたから、全国各地で生産される米を、いかに早く大量に江戸まで運ぶか、これが大きな問題とされていたのです。そこで、江戸と銚子を結ぶ利根川水運路が整備され、さらに、東北の天領米は銚子経由で江戸に輸送するとされたことで、銚子は、江戸と東北を結ぶ一大物流拠点として大いに発展したようです。
 その後、鉄道や自動車の発達で利根水運は役割を終え、銚子の繁栄も一旦は終止符を打ちますが、それからは醤油醸造が隆盛しました。また、銚子漁港は今も全国一の水揚げ量を誇っています。銚子に県内で最初の商工会議所ができたのも頷けるところです。 
なお、市内の飲食店には必ずと言っていいほどヤマサとヒゲタの醤油が両方置かれており、キッコーマンはあまりお見かけしません。

 銚子のスーパーには新鮮な魚が豊富に並んでいます。魚料理の経験はほとんどありませんでしたが、今では鰯の蒲焼きやメヒカリの唐揚げに挑戦して、美味しく頂いています。風光明媚な土地で生活できることを幸せに思いながら、今日も執務に励みたいと思います。(岩本尚文)

北(見)の国から(髙橋 誠)

 公証人に任命され、1年8か月が過ぎようとしていますが、いまだにあたふたし、諸先輩や同期の皆様の教えをいただきながら業務を遂行している毎日です。そんな折、原稿の依頼をいただきましたが、知識も乏しくまた本誌に掲載できるような事案や経験もないことからお断りしようとも思いましたが、気軽な近況報告でよいからとのことでしたので、お引き受けした次第です。ということで、皆様には気軽に読み飛ばしていただければと思います。

1 北見のご紹介
 北見公証役場が所在する北見市は、北海道の道東と呼ばれる地方にあります。最寄りの法務局は釧路地方法務局北見支局となります。支局の管轄区域を公証人の職務エリア(公証人の職務執行区域という意味ではありません。)とすれば、支局の管轄市町村数は2市11町あり、管轄内住民登録人口は令和4年3月31日現在で、234,690人。うち北見市が約11万4千人、網走市が約3万3千人です。管轄総面積は7,785.28平方キロメートルあり、静岡県とほぼ同じ広さがあります。また、 北見市の東西に延びる道路の距離は約110キロメートルで、これは東京駅から箱根までの距離に相当します。このように、職務エリアが広大かつ公共交通機関の便もよいとはいえないこともあり、出張の際には自家用車を使用していますが、片道1時間以上となることもあります。
 気候は、一日の中でも寒暖の差が大きく、1年を通して1日の気温差が20度を超えることもあります。真夏には30度を超える日も多くあります。冬期間は、晴れる日が多く、積雪量は私の自宅のある山形市と同じくらいですが、放射冷却現象のため、連日氷点下20度を下回ります。子供の頃何かで見た記憶で厳寒の中で湿らせたタオルを振り回したら聖火のトーチのように立ち上がったことを思い出し、厳冬期の早朝に湿ったタオルを振り回したところタオルがトーチ状になり感動しました。この体験は、網走市にあるオホーツク流氷館で1年中体験できます。職場へは、出張案件がない限り徒歩通勤(約18分ほど)をしていますが、真冬の通勤は、冷気が額や頬に痛いように突き刺さり、涙目になっています。道路は積雪路ありアイスバーンありで、車で出張した際にスリップを経験したことから、前輪駆動車から四輪駆動車に替えました。その際、車のディーラーのセールスの方の話ですが、こちらでは二輪駆動の需要はほとんどないとのことでした。
 産業として、生産量日本一のタマネギのほかビート(てん菜)、ジャガイモ、小麦、小豆などの畑作、乳牛・肉牛の肥育。漁業ではホタテや鮭・鱒・毛ガニ・牡蠣・ウニなどがあげられます。また、北見は戦前世界の7割を生産したハッカで栄えた町です。現在はハッカの生産はわずかとなっていますが、当役場の近くにハッカ記念館とハッカ蒸留所(下の写真、編注:省略)があり、北見におけるハッカ生産の歴史の紹介とハッカオイルやハッカオイルを使用したハンドクリームなどの製品を販売しており、ハンドクリームは制作体験もできます。

 食として、北見市は焼肉の町として売り出しています。人口当たりの焼肉店が北海道No.1ということで、確かに焼肉店の数は多いです。そのほか、ジャガイモのお菓子の「ほがじゃ」やポテトチップスを作っている湖池屋、カーリングのロコソラーレがもぐもぐタイムで食べていた「赤いサイロ」(ちなみにロコソラーレは北見市の常呂(ところ)地区のチームです。市内には、カーリング場が何か所かあり、カーリングの体験もできます。)。サロマ湖でとれるホタテ、ホタテの入ったあんかけ焼きそばや干し貝柱ラーメン、オホーツク海の毛ガニなどおいしいものがたくさんありますが、私の一押しは、日本一の生産量を誇る名産のタマネギを使った「たまコロ」、タマネギを使ったコロッケです。このコロッケはジャガイモを一切使わず、甘くなるまで炒めたタマネギとツナ・ニンジン・マヨネーズを餡としたコロッケで、タマネギの甘さと旨みがギュッと詰まったイッピンで、2016年の「全国コロッケフェスティバル」で優勝しています。

2 公証役場移転
 私は、令和2年8月から勤務をしておりますが、役場(以下「旧役場」という。)の入っているビルが都市再開発計画(計画期間令和4年度~)地区に入っており、そのため、前任の先生までの事務所の賃貸借契約期間は3年でしたが、私が結んだ賃貸借契約期間は、令和4年10月末までの2年3か月というものでした。そこで、移転先を探すことが着任当初からの懸案でした。旧役場は北見駅から徒歩5分ほどのところにありましたが、カーナビの案内では役場駐車場の入口がない道路からの進入を案内することもあり、所在地の問合せの回答に時間を要することもありました。そこで、役場所在地の案内も容易で、公共交通機関等の便もよいところを候補と考えていました。その頃、北見市役所の一部機関が北見駅すぐ横にある以前「東急百貨店」が入居していたビル(ビル名称:まちきた大通ビル パラボ。以下「パラボ」という。)の4階・5階を仮庁舎として使用しており、市役所新営庁舎は、パラボの西側に2階部分で渡り廊下(スカイウォークと言っています。)によりパラボとつながる形で建設中でした。市役所がパラボから退居後のフロアに当役場が入居できたらなと考えていたときに、令和2年9月の市議会だより(市広報とともに各戸配布)に市役所の新営庁舎での業務開始(令和3年1月)後に、市役所退居後のパラボの利活用に関する質疑応答が掲載されていました。市の回答は、「フロアに民間テナント誘致を考えているが、新型コロナ感染症の影響拡大などで新規出店を控える動きが見られることから、テナント誘致は難しいと判断し、今後は公共的施設の配置を軸として検討したい。」とのことでした(なお、パラボのビル所有者は北見市で、株式会社まちづくり北見が管理運営をしています。)。これを読んですぐ(令和2年9月1日)に市役所の担当部署に当役場入居の可能性について打診したところ、9月16日に回答があり、パラボへの民間の入居希望状況や市の機関の入居計画が現時点では固まっていないので、役場移転時期が近くなったら再度連絡をいただきたいとのことでした。そこで、令和3年中の移転を考慮し、令和3年度になってから市の担当者に再度入居について照会しました。その結果、令和3年4月8日に市役所担当者から入居意思に変わりがないかの確認があり、4月19日、パラボの管理会社に電話をするよう連絡がありました。翌20日はパラボが休業日であったことから、管理会社には21日に連絡したところ、入居オーケーとの回答でした。市役所が退居した後ですので、入居スペースの現状確認の上、内装のリフォームや書庫の設置、室内レイアウトの検討、電話回線の引き込み、引越業者の選定、旧役場の原状回復手続、挨拶状や広報関係、各種ゴム印や封筒などの消耗品の発注、法務局への移転認可申請、日公連への連絡、電子公証システム移設手続など諸々のスケジュールを策定し、令和3年12月4日(土)に引越、6日(月)から新役場での業務開始となりました。引越当日は思わぬアクシンデントもありましたが、6日朝に電子公証システムの疎通が確認できたときはホッとしました。
 写真手前(編注:省略)の赤地にParaboと白文字で書いてある看板の付いているビルの5階に当役場があり、同フロアには北見市雇用・就業サポートセンターや民生委員児童委員協議会、北見市消費生活センターなど公的機関が多く入居しています。地下1階から3階までは食料品・衣料品・服飾雑貨等のテナント、4階が新型コロナワクチンの集団接種会場、6階がレストラン街です。

 写真(編注:省略)奥の白いビルが北見市役所で、壁にはロコソラーレの北京オリンピック銀メダル獲得のお祝い懸垂幕が下がっています。移転後の役場は、駅から徒歩2分、バス停はビルの目の前(9月からバスの車内広告で、「パラボ5階 北見公証役場へお越しの方は、こちらでお降りになると便利です。」とのアナウンスを流すことにしています。)です。役場所在地の問合せにも、「パラボ」あるいは「旧東急百貨店」と伝えれば事足り、案内する手間が随分と省力されました。また、駐車場も広くなり市役所も隣ですので、便利になったとのお話しを嘱託人の方からいただいております。

 新型コロナ感染症の心配はまだ続いてはおりますが、北海道はこれから夏の観光シーズンを迎えます。知床観光船の痛ましい事故はありましたが、世界自然遺産「知床」もあります。私は、まだヒグマには出会ったことがありませんが、エゾシカ、エゾリス、キタキツネには何度か出会っています。誌友の皆様、機会がございましたら道東観光にもお越しください。(髙橋 誠)

公証役場移転に要した6年間(田畑恵一)

1 はじめに
 昨年5月に当役場を移転してから早1年が経過しました。
 移転後の事務所は、伊那市の中心街に位置し、JR伊那北駅から徒歩5分と立地条件に恵まれ、さらに、交通が不便な地方都市にあって、市内循環バスの停留所が目の前にあり約10分間隔で運行されていて、非常に利便性が高いものとなっています。また、国道を隔てた反対側には、金融機関の支店が3店舗もあり、コンビニエンスストア、ファミリーレストランや飲食店が軒を並べていて、お客様に限らず当役場に勤務する職員にとっても大変よい環境にあります。
 着任以来、長年の懸案であった役場の移転に際し、関係者各位の理解と協力により実現できたことに、心から感謝しているところです。
 そこで、役場移転に要した6年間の経緯と現状や課題などについてお話しさせていただきたいと思います。今後、役場の移転を計画されている方の参考になれば幸甚です。

2 入居建物について
 当役場が入居した「福祉まちづくリセンター」は、伊那市が所有する建物ですが、主に高齢者や生活困窮者、障害者の権利擁護など、「福祉の総合相談と支援」を行うため、市の「福祉相談課」と「伊那市社会福祉協議会」がここで業務を行い、隣接する保健センターの「伊那市子ども相談室」との連携体制の強化を図る目的から新築されたものです。建物全体がバリアフリー化されており、また、市民が気軽に交流のできるスペースや貸館として、研修室等が8室整備され、情報・交流コーナーや軽食・喫茶コーナーもあります。地元産の木材をふんだんに使ってあり、温かみと安らぎのある雰囲気とともに、ペレットストーブ、木製家具を置<ことで、木のぬくもりに触れることができる施設となっています。 さらに、LED照明の使用や太陽光発電施設と蓄電池が備え付けられ、二酸化炭素の排出軽減と緊急時の電源確保もされています。駐車場は約100台の駐車が可能となっています。
 竣工は、昨年3月31日を予定していましたが、実際に全ての工事が完了したのは4月中頃でした。総工費約10億3000万円、鉄骨造、3階建、延床面積2504.32㎡で、当役場は3階に入居しています。

3 旧役場の状況
 旧役場は平成3年4月から使用が開始され、当職を含め4人の公証人が30年にわたり使用してきました。
 当職は、平成27年6月に当役場に着任しましたが、退職後2か月という短期間での着任であったため、事務引継のための様々な手続に忙殺され、事務所の移転は全く念頭にありませんでした。着任前に勉強のためお邪魔した複数の先輩公証人の方々から、伊那公証役場は高齢者や障害のあるお客様にとって非常に不便で利用しづらく、プライバシーが守られない事務室との指摘を受けるとともに、速やかに移転を考えるべきとのご意見をいただきました。
 確かに、先輩方のご指摘どおり、築50年ほど経過した建物の2階に事務所があり、エレベーターがなく、また、約45度の急角度の階段を上り下りしてもらうため、常に転落の危険性があったことから当職が付き添っている状況でした。さらに、障害のある方にとっては、階段を利用することは不可能であり証書作成の障害となっていました。そこで、同ビルのオーナーに対して1階にある空き室(旧寿司チェーン店の調理室)をお借りできないかと相談したところ、利用する予定もないこと及び入居希望者があった場合は速やかに退去することを条件に快く承諾してもらい無償でお借りすることができました。無償とはいえ事務室として利用するためには一部改造する必要があり、多少の出費はありましたが車椅子に乗ったままで入室ができ、危険な階段を利用しなくてもよくなったことから、お客様の評判は上々でした。
 2階事務室内については、台所、トイレを含め50㎡と決して広くないため、1階の別室を確保するまでの間は、待合室もなく、パーテーションで区切られた場所で相談・証書作成を行わざるを得ず、プライバシー確保に大変苦慮していました。また、書庫とは名ばかりで、パネルで仕切った簡易なもので、およそ耐火構造とはなっていませんでした。さらに、2階部分がせり出している構造になっていたため、支柱のない部分が沈下し床が傾斜している状況にありました。
 駐車場に関しては、入居している事務所の共用として3台程度しかなく、駐車スペースが少ないとの苦情や、隣の空き地に無断駐車し管理者からお叱りを受けることがしばしばありました。

4 移転の経緯
 着任から半年後、仕事にもある程度なれてきたことから本格的に物件探しをすることを決意し、不動産業者、司法書士、行政書士、建築会社、設計会社等に情報の提供をお願いするとともに、知人を通じて商工会議所にも直接出向いて交渉を行うなど、空き時間を利用しては市内の空き店舗を見て回りました。
 伊那市の中心街は天竜川(別名、暴れ天竜)の両岸に形成されたもので、過去には堤防の決壊による水害が度々発生し、幾度となく避難命令が発せられており、利用者及び職員の安全確保、重要な帳簿類の管理が確実にできることが要求されます。そのためには、2階以上の堅牢な建物に移転する必要があり、さらに、エレベーターが完備されている必要がありました。その間、各方面から様々な情報をいただき現場に赴きましたが、条件に合う物件は見つかりませんでした。
 移転先を探し始めて約1年後、司法書士を通じて、社会福祉協議会の入居している市所有の建物(旧市営病院跡)が老朽化により建て替えられるとの情報がもたらされたため、早速、市長にアポを取り、新築建物に当役場を入居させていただきたい旨のお願いをしました。当職からの要望に対して、大変ありがたいことに、弁護士会、司法書士会、行政書士会が三者の連名による陳情書を市長に対して提出いただけることとなり、市議会議員からの働きかけもいただきました。
 要望から半年間、市からの連絡が全く無かったため関係者に聞いたところ、予算不足により新築はせず耐震工事を行う方針に変更されたとの情報を受け、役場移転の夢は潰えたかに思われたところ、平成29年6月頃、耐震工事は不可能との判断がなされ、新築することに決定されたとの朗報が舞い込んできました。
 しかしながら、市関係以外の機関が入居するためには市議会の承認が必要であり、当役場以外の希望する機関については反対の声が出たとのことでしたが、当役場の入居については反対する意見はなかったとのことでした。

5 建築に当たっての要望事項
平成30年7月から設計に入り、平成31年3月に設計案が示されましたが、入居予定の3階には当役場以外の入居はなく、研修室、書庫、更衣室のみでしたが、当役場の位置はエレベーターから25メートルも離れた隅に配置され、階下は調理室となっていたため、お客様の利便と防火上の観点から配置場所の変更を強くお願いしたところ、エレベーターのすぐ脇に変更してもうことができました。また、事務室の面積についても拡張のお願いをしたところ、約62㎡を確保することができました。
新事務室内のレイアウト・仕様については、当職による自由設計が認められ、工事は市の予算で実施してもらえることになり、次の要望を提出させてもらいました。
①床はバリアフリーを基本とし、OAフロア(フリーアクセス)にすること、②防音・採光に配慮した相談・証書作成室を設けること、③書庫は防火仕様とし、耐火扉にすること、④事務室が狭いことから、書庫を除くドアはスライド式にすること、⑤電話回線は2回線取り出せる仕様とすること、⑥事務室入り口について、設計段階では車椅子での出入り及び機器搬入に支障があるため、最低でも1200mmとすること等をお願いしたところ、全ての要望をかなえてもらいました。

6 移転作業  
移転時の作業をスムーズに行うためには荷物を極力少なくする必要がありました。そこで事前作業として保存簿との突合作業を実施し、保存期限を過ぎた帳簿類や不要物品の廃棄作業を行いました。
具体的な移転手続に当たっては、直前に移転を経験された先輩公証人からご指導をいただきました。
反省すべき点として、移転に合わせて電話回線をADSL回線(2回線分割)から光回線に変更したため、本来2回線設置すべきところ、1回線のみを設置するというミスを犯してしまい、移転当初は電子認証が行えず、近くの公証人にお願いする事態となり、お客様には多大な迷惑をかけてしまいました。また、パソコン・コピー機等の精密機械の移設、設置については、納入業者にお願いしましたが、祝祭日は完全休業するとのことであったため、旧役場での業務終了後に機器の移送のみをしてもらい、新役場における各種機器の設置、配線作業は自ら行わざるを得ず大変な苦労をしたところです。
なお、参考までに、移転に伴う手続の概略は次のとおりです。

伊那公証役場事務所移転作業計画一覧 (編注:省略)                      

7 新役場の状況
 移転後の事務室は3階ではありますが、エレベーターを降りてから事務所入り口まで2メートル余りで、お客様に負担をかけることもなく大変わかりやすい配置となっています。
事務室内に独立した相談室・証書作成室を設けたことから、プライバシーの確保という問題も解決することができました。
 本建物は、コロナウイルスの渦中に新築されたこともあり、ウイルス感染対策として24時間換気システムが導入されており、利用者、職員ともに安心して相談、対応ができています。何より、厳寒の中、窓を開けての換気が少なくてすむことから大変助かっています。また、書庫を除く全ての床をOAフロア(フリーアクセス)にしてもらったことから、新たな機器の設置やレイアウトの変更など、将来に向けた柔軟な対応ができるものとなっています。
 なお、役場案内板については、市において作成してもらいましたが、景観条例による制約から文字が小さく、お客様から全くわからないとの意見をいただいたため、市の許可を得て事務所の窓ガラスに公証役場の表示をさせてもらいましたが、根本的な解決には至っていないことから、今後、市との協議を継続していくこととしています。

8 お客様の声
 移転に際しては、市町村の広報誌、地元新聞、タウン誌等に掲載するなどの広報を行うとともに、旧役場に移転先の張り紙もしましたが、知らなかったというお客様も多く、中には、「旧役場に行ったところ、もぬけの殻であった。夜逃げでもしたのかと思った。」などと冗談交じりの厳しいご意見もいただき、より一層の周知を図る必要性を感じています。
 事務所に関しては、「以前は駐車できず困っていたが、駐車場も広く利用しやすくなった。」「事務室も明るく広くなった。」「エレベーターから近く大変ありがたい。」「個室が用意され相談しやすくなった。」「市福祉課と社会福祉協議会もあり、福祉関係の相談も一度にできてありがたい。」などのご意見をいただき、様々な苦労はありましたが、「移転して本当によかった」としみじみ感じています。

9 終わりに
 新しい事務所は、お客様の利便向上とプライバシーの確保を図るという目標が一定程度達成できたものと考えます。今後も、満足することなくお客様の声に耳を傾け、さらなる改善に取り組んでいきたいと思います。
 昨今、経済界や政界からは公証人に対する厳しい視線が向けられており、公証事務を取り巻く環境もますます厳しくなりつつあります。今後とも、相談しやすく、懇切丁寧で迅速な対応を心がけ、親しまれ、信頼される公証人・公証役場を目指して頑張っていきたいと考えています。
 最後に、このたびの役場移転に際しては、様々な方からご支援・ご協力をいただきました。本誌をお借りして、厚く御礼申し上げます。(田畑恵一)

新城での日々(境野智子)

 新城公証役場に赴任して3年目の春を迎えています。
 3年目になりましたが、まだ日々悩みながら事件に向き合っている状況です。
 1年目は、会議等で、先輩の皆様にお会いする機会も得ましたが、程なくコロナ禍となり、なかなかお会いする機会もなく、残念です。
緊急事態宣言が発令された2020年のゴールデンウィーク期間は、帰省もできず、なんてつまらないものになるのかと期間が始まる前は落胆しました。県の要請どおり、どこにも出かけず、ずっとマンションで過ごしましたが、本や食材等を十分用意して、好きな時間に好きなことができるというのは、外に出なくても楽しく過ごせるのだと思いがけず快適でした。その後の緊急事態や蔓延防止の時もマンションこもり生活で過ごしていますが、狭いベランダに椅子を出して本を読むと日のひかりで本も読みやすく、これも新しい発見でした。
 
 新城市は、愛知県でも静岡県寄りに位置しています。新東名高速道路の新城インターがあるので、東名高速道路だけのときより、大変便利になったようです。
 そんな新城市で出会えたことがいくつかありますので、つらつらと書かせていただきます。

大家さんと知り合ったこと
 新城公証役場は開設以来、同じ大家さん(女性、現在90歳以上)で、現在もお世話になっておりますが、知り合いのいない私にとても親切にしてくださり、赴任当時は、帰りの遅い私を心配してくれ、いろいろな面で助けられました。今でも折に触れ声を掛けていただき、「1週間に1回は顔見ないと元気出ないよ。」と言ってくれ、いつも仲良くしていただいています。
 大家さんは、役場のすぐ裏に住んでいて、お庭には池や手入れが行き届いた樹木があり、訪ねるたびに池で泳ぐ鯉や樹木の花々に癒やされています。同じ敷地内にいる大家さんの娘さんにも良くしていただき、開設時にいただいた胡蝶蘭は、花が落ちた後も自宅に持ち帰りしっかりと管理していただいたことから、3年目も花を咲かせてもらったので今でも飾ってもらっています。

レーダーセンサーアシスト運転
 コロナ禍前は、帰省先である群馬県に帰るときには新幹線を利用していましたが、コロナ禍後は、自動車で新東名から東名、圏央道、関越と高速道路を走り帰省しています。アシスト運転は使用したことがなかったのですが、高速道路を運転するときは便利と教えていただき実践することにしました。確かに、速度を決めアクセルを踏まなくてもよいので疲れの軽減ができ、助かっています。富士山や素晴らしい景色も楽しみつつ、高速道路はトンネルが多く、ラジオを聴いていても途中で電波が途切れてしまうので、スマートフォンをセットしておいて、音楽や聴きたいラジオ番組を選択して聴き、いろいろなサービスエリアで買い物をしたりしてドライブを楽しんでいますが、それまであまり車の運転は好きでなかった私の新たな楽しみのひとつになりました。

新城産のお茶に出会えたこと
 お隣の方からお茶をいただき、その際に「このお茶は、新城市でお茶畑からお茶までにして作っているお茶屋さんだからとてもおいしいよ。」と教えていただきました。群馬県生まれの私は、お茶畑には縁がなく、摘み立てのお茶とはどんなお味かしら?と楽しみにいただくととても美味しく、感激しました。
 いただいたお茶が飲み終わったので、早速、購入しようと電話すると、お店はやっておらず、農協での販売とのことで、「農協に買いに行きますね。」というと、「そちらに届けますよ。」と親切なお言葉で、届けていただきました。それ以来、そのお茶をいただいています。紅茶も作っていてこれもまたとても美味しいのです。新城市のお茶生産量は愛知県1位で、ほかにもお茶屋さんがあるので、これからいろいろいただいてみようと思っています。
 
歴史上につながり?
 天正3年(1575年)に、三河国長篠城をめぐり、織田信長、徳川家康の連合軍と武田勝頼の軍勢が戦った長篠の戦いがあり、長篠城主で奥平貞昌の決死の働きによって、勝利し、この戦いの勝利後、奥平家は新城の地に移り城を築き、新城城主として新城の町の礎を築いたそうですが、この奥平氏は、1375年に上野国(現在の群馬県)から新城地区である作手というところに居を構えたそうです。奥平貞昌は、家康の長女亀姫を妻として、新城市で5人の子供を育てたそうです。奥平家のふるさとが、群馬県吉井町下奥平(現在の群馬県高崎市)であり、また、奥平信昌(貞昌)は、天正18年(1590年)家康の関東入国と同時に上州宮崎(現在の群馬県富岡市)に移ったとのことで、私の出身地である群馬県と新城市に650年前につながりがあったとは想像もしませんでしたので、とても驚きました。
大河ドラマは好きで観ていますが、今度の大河ドラマは、徳川家康が主人公ということで益々楽しみになりました。
 
おいしい和菓子
 役場からすぐのところに和菓子屋さんが三軒あり、少し離れたところにも二軒あるので、これも和菓子好きの私にとってうれしい出会いでした。
和菓子は、新城市でとれた栗を使った栗蒸しようかん、新城産のいちごを使ったいちご大福、みたらし団子にあんこが入っているやわらかお団子、もろこし餡(小豆)の柏餅、自家製お赤飯等、季節によってそれぞれのお店で販売されていて、楽しみにしています。残念なのは、一軒の和菓子屋さんでは、ケーキも販売していてすごく美味しかったのですが、少し前にケーキはなくなってしまったことです。
 当役場の書記さんは新城市在住30年以上なのですが、どの和菓子のことも知らなかったとのことで、この出会いを一緒に楽しんでいます。

 人との出会いや物との出会いは、仕事をする上でも生活を充実させるためにもとても大切なことであると再認識しました。また、新たな出会いを探していきたいと思っています。
 これからもまわりの方々に支えられていることに感謝し、仕事をしていきたいと思いますので、御指導どうぞよろしくお願いいたします。(境野智子)

公証人2年生(中崎俊彦)

 今年の7月を迎えると、公証人に任命されて2年が過ぎることとなります。この間は、コロナウィルス感染症の蔓延に伴い、人と会うことが抑制された期間でもあります。そのため、各種研修等もオンラインによる受講が多く、人と会う機会も少なく、孤独感と寂しさを感じることが多いのですが、一方で読書に費やす時間が少し増えました。そこで、今回は最近読んで気になった本をご紹介したいと思います。
 タイトルは、「夢をかなえるゾウ1」、作者は、「水野敬也」です。自己啓発小説で、内容は、今の自分を変えたい、変わりたいと思っている青年の前に、ガネーシャという神様が現れ、1日一つの課題を出し、その意味するところを歴史上の偉人達の格言を交え教えるというものです。
 ガネーシャという神様は、人間の身体と象の頭、四本の腕を持ったインドの大衆神で、障害を取り除いたり、財産をもたらしたりするといわれているそうです。また、徹底的な現世利益の神様として知られており、インドでは人々に最も親しまれている神様だそうです。
 しかし、小説の中でこの神様は、何故か関西弁を話し、酒は飲むは、タバコは吸うはと、およそ神様とは思えないような親しみを持った描き方がされています。
 いくつかある課題のうち、二つについて触れたいと思います。
 まずは、『明日の準備をする』というものです。
 これは、ガネーシャが友達のお釈迦様を誘って、明日、富士急ハイランドのジェットコースターの「ドドンパ」に乗りたいという要望をしました。それに対し、青年が明日は早いので何のスケジューリングをしないまま寝ようとしたので、ガネーシャが『神様のワシでさえ3時間待ちなんやぞ。ええか、自分、富士急ナメとったら足下すくわれるで』と言って、明日のスケジュールを立てさせるくだりであります。この準備の大切さについて、人類で初めてニューヨークからパリまでの大西洋無着陸飛行に成功したリンドバーグの逸話を引用しております。リンドバーグは、当時はまだ航空技術がそれほど進んでおらず機体が非常に重かったので、普通であれば他の添乗員を一緒に乗せて飛ぶところを一人で飛ぶことにし、しかも緊急脱出用のパラシュートまで積まないという判断をしました。それは、レーダーのなかった当時、彼は大西洋の天候や季節風を何遍も計算して綿密なルートマップを作り上げ、細かい計算をした上での判断でした。常に結果を出すには、普通に考えられているよりずっと綿密な準備が必要だということです。身につまされます。
 次は、『人気店に入り、人気の理由を観察する』というものです。
 これは、ガネーシャと青年が、最近話題となっていて行列のできるシュークリーム屋さんに入って、なぜこんなにも人気なのか原因を探るものです。その要因は、真心が込められた感じのする手書きのオススメ商品の品書きや、シュークリームのカスタードが外に出ても手につかないようわざわざ大きな包み紙を使ったり、店全体でお客さんを喜ばせたいという気持ちがあるためだと分かります。お店は、自分らが『おいしい』『気持ちいい』と思う場所であると同時に、優れたサービスを学ぶ場所でもあり、その店がどんなことをしてお客さんを喜ばせようとしているか観察すべき所だと言っています。つまり、みんなと同じような視点で同じようなことを考えていたら、みんなと同じような結論しか出せない。しかし、人と同じようなことをしている時でも、人と違う視点や発想で、世の中を眺めなければならないということです。
 最近、月に1、2日程度他の公証役場で代理として、事務を行う機会を得ています。そこで、些細なことではありますが、こんなことをすると効率的に事務が進むのだなとか、こんなサービスもあるのかと気づかされることがあります。実際に公証事務を経験した上で、他の公証役場の事務を観察してみるのも有意義なことだと感じています。出来れば、諸先輩方と対面でお目にかかり、公証事務を行っていく中での裏話など、もっといろんなお話を伺いたいものです。早く、元の生活に戻り、気兼ねなく人と会うことができる日が来てくれればと思います。
 ところで、皆さんは神社やお寺にお参りに行ってどんなことをお願いしますか。ガネーシャ神様が言われるのには、毎日毎日、世界津々浦々から『健康になりたい。』、『幸せになりたい』、『お金が欲しい』などの願いごとが多く届くのだそうです。そんな中で、『いつもいつも良くしていただいて、神様ありがとうございます。』といったことは、神様側からしたら、そういうのぐっとくるそうです。神様仲間のあいだでは、こういう人の願い事を優先的にかなえることが、内々での暗黙の了解になっているそうです。これが、お参りの裏技だそうです。皆さんも是非お試しください。
(参考文献「夢をかなえるゾウ1」水野敬也(文響社))   (中崎俊彦)

思い起こすことー砂原浩太郎「黛家の兄弟」を読んで-(小沼邦彦)

 フィギュアスケートの羽生結弦選手が北京オリンピックの記者会見において、4回転半に挑戦した理由の一つとして、「心の中に9歳の自分がいて、あいつが跳べとずっと言っていたんですよ」と発言していたことが妙に印象に残りました。我々は相当の年齢に達していますので、子供の頃の記憶が今の自分たちの行動を動かすことは少ないと思いますが、歳をとるというか退職してからは、昔のことを思い起こすことがよくあります。
 特に少年期・青年期の忘れられない思い出、それも後悔の思いがあることを思い出すことが最近はよくあるのです。なぜあのときにそうではない対応ができなかったのだろうかと。会員の皆様にはそのような御経験はないでしょうか。また、就職など人生の重要な選択をしたときに、その選択ではない別の選択はなかったのか、その選択をしなかったら自分はどう変わっていただろうかなどと、特にアルコールが入ったりすると、いつの間にか「たられば」の空想の世界に耽っている自分にふと気づくことがあります。
 砂原浩太郎の「黛家の兄弟」は、代々筆頭家老職にある黛家の三男を主人公として、その黛家の兄弟と、彼らと対峙するもう一方の家老職の家族とを取り巻く人間模様を描いた時代小説です。それはある意味で藩の権力闘争を描いたものということにもなるのですが、この小説ではそれとは別にいわゆる「人生の選択とその後」ということが一つのテーマとして描かれています。そのため、私の場合は本作が前述のような「たられば」の空想の世界に導いてくれました。その意味では、自分の人生を振り返させてくれる小説であるということもできますので、現役を退いた我々の年代の者にとっては、現役公証人である会員の皆様を含めて、興味を持たれるのではないかと考え、会報でご紹介することにしました。
 本作では、そこに権力闘争の展開が加味されているのでおもしろさが増すということになりますが、登場人物の心理描写も巧みです。この駄文を起草中に、本作が山本周五郎賞を受賞したとの報に接しましたので、やはり作品としての力は評価されるものがあると考える次第です。登場人物の心の動きにおいても頷かせられることが私にはとても多くあったからです。
 この物語の最初の事件は、主人公が大目付の黒沢家に養子として迎えられる少し前の青年時代に起こります。それは養家の娘である主人公の結婚相手や黛家の兄弟との花見の席に、宿敵として対峙する家老職の家族が乱入しようとするささやかな諍いだったのですが、これが両家の因縁の争いのきっかけとなるできごとになります。その後、主人公は大目付の黒沢家に婿入りします。三男坊の人生の選択としては、目付になるという就職も果たすことができました。
 しかし、この後に、目付としての力量が試される重大事件が起こります。藩の権力闘争が絡んだ両家の因縁の関係による事件でもあり、結果として耐え難い結末を迎えるわけですが、砂原は、ここで、13年の時(とき)をおいた第2部に転換させます。この転換が本作の最大の仕掛けであり、この仕掛けこそが「人生の選択とその後」という「たられば」の空想の世界へ誘(いざな)う大きな要素ともなっているのです。また、その間に何が起きたのかは伏せられているため、ミステリー的効果を上げる鍵ともなっています。そして、ここから怒涛のような展開が始まり、読むのが止まらなくなるのです。
当時においては、就職や結婚は、いわば「家」のためのものとならざるを得ませんから、拒否する余地はほとんどありません。彼らにとって人生の選択が現代よりも厳しいので、苦悩や葛藤という感情の揺れが大きく、その中で様々な決断をしていくことになるため、物語としては面白いということにもなります。その心理描写に重点をおいた作風が藤沢周平に似ていると言うと藤沢周平ファンに叱られそうですが、藤沢は作中人物の気持ちに寄り添った抑えた筆致が魅力であるところ、砂原のこの作品は、内容が藩の権力闘争ですし、物語の展開を劇的というかややミステリー的に書き過ぎているところがあり、そこに好き嫌いが出てくるかもしれません。
 原稿の紙幅が埋まりませんので、ここで私自身の話を少しだけしておきます。それは自分の就職のことで思い起こすことがあるからです。それは父とのことです。父は当時小学校の校長だったと思いますが、私は教員試験も一応受けていて筆記試験は受かっていたので、面接試験には赴きました。そして、そのときは迷惑を掛けてはいけないと思い、国家公務員としての内定を受けていることは説明しましたので合格通知が来るはずがありません。私としては、父と同じ職業を選ばなかったということになりますが、その父が亡くなった今、振り返ってみると、申し訳なかったなという思いが残るのを禁じ得ません。
 さて、話を戻しますが、砂原は、前作の「高瀬庄左衛門御留書」が直木賞候補となるなど評判になりました。「高瀬庄左衛門御留書」は、主人公の高瀬庄左衛門が息子に家督を譲った後の生活を描いた小説です。現役を退いてからという第2の人生の話になりますので、我々の世代にとってはより近しいものとも言えます。私は、この作品で砂原浩太郎という作家を初めて知ったのですが、本作を読んで、その作中人物の気持ちがうまく描かれており、すぐに彼のファンとなった次第です。「黛家の兄弟」を気に入られた方は、是非、こちらにも手を伸ばしていただければと思います。両作品とも少し厚手の本ではありますが、比較的簡単に読み切ることができるはずです。
さあ、会員の皆様方も砂原浩太郎の本で、人生を振り返る楽しい(ときには苦(にが)いものがあるかもしれませんが)空想の世界に入られてみてはいかがですか?(小沼邦彦)

短歌

震災十年

新アララギ会会員 東北アララギ会「郡山」代表 皆川二郎  

列島のをちこちに起こる地震あれば巨大なるもの常に恐れぬ
まだ寒き散歩コースの公園に連翹の花咲けば寄りゆく
朱深く朝の日受けて紅梅のわが坪山にいち早く咲く
かの日より十一年目の発生時海に向かひて黙祷捧ぐ
かの日より十一年経つ浜の道慰霊を兼ねて車走らす
防波堤兼ねたる高き浜の道ときをり停めて海を見つめぬ
青空の下に広ごる海原を見放けて暫しかの日を思ふ
集落のところどころに土盛りし避難の丘の古墳のごとく
鎮魂の慰霊碑の立つ集落跡往時を偲び祈り捧げぬ
突然の深夜の揺れに崩れ落ち書斎の本が部屋に乱れぬ

実務の広場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.93 親権を利用した知的障害のある未成年者の保護のための任意後見契約について(その2)    (佐藤浩雄)

 標題のテーマについては、本誌令和2年8月号(№46)実務の広場(№81)に喜多剛久公証人が投稿されていますが、当時は、公証人に任命されたばかりで、よもや自分が同事案の実務に関わるとは思っていなかったので、掲載された内容は流し読みした程度でした。ところが、標題のテーマに関しては、その後に大きな動きがあり、それを背景として、実務に携わることになりましたので、任意後見契約公正証書作成事務の参考にしていただければと思い、以下のとおり2つの相談(対応)事例を紹介させていただきます。

【相談事例その1】
 最初に相談を受けたのは、昨年の12月でした。本年4月から成年年齢が18歳となる改正民法が施行される状況で、特別支援学校高等部に通う知的障害のある子どもの両親から、その子が1月の誕生日に18歳を迎えることから、将来において、その子に後見人が必要になったときに備えて、母親が後見人となって、その子の身上監護及び財産管理を行うことができるように、改正民法が施行される前に、両親が親権を使って、母親を任意後見受任者として任意後見契約を締結したいという内容でした。
 相談者は、子どもの将来に不安を抱える親どうしのネットワークを通じて、当然に成年後見制度の課題等についても承知していました。特に心配していたことは、後見開始の申立ての際に、親又はその親族を成年後見人の候補者にする例が多い中で、必ずしも候補者が成年後見人に選任されるわけではなく、その場合、弁護士、司法書士、社会福祉士等の専門職が選任される例があることから、不便さや不自由さを感じて、申立てを躊躇せざるを得ないということでした。そこで、子が成年年齢に達する前に、任意後見制度を利用して、母親を任意後見人として確保しておくことで、安心してその子の支援ができるという説明をされていました。また、親どうしのネットワークの中で、○○公証役場では任意後見契約公正証書を作成できたが、別の公証役場では、回答を留保されているとかの情報も持っていました。
 当職としては、安易な回答はできないので、少し考え方を整理する時間をいただきました。少し記憶に残っていた上記の実務の広場(№81)を紐解いて、引用された文献を確認した上で、メリットや利益相反行為などの問題点を自分なりに整理しました。一方で、令和3年10月6日付け日本公証人連合会総括理事通知(以下「総括理事通知」といいます。)「精神障害・知的障害のために意思能力が欠ける未成年者の親からの任意後見契約締結の申入れについて(通知)」(※1)が発出されており、留意事項として、「報酬の約定を定めた場合は、特別代理人の選任が必要」とコメントされていたので、契約上の利益相反を回避するために、特別代理人の選任を必要とするか否かは、報酬に関する約定の有無によるものと解釈しました。
 その決断に迷っていると、上記の令和3年10月6日付け総括理事通知を変更する取扱いとして、同年12月13日付け総括理事通知「精神障害・知的障害のために意思能力が欠ける未成年者の親からの任意後見契約締結の申入れの扱いの変更について(通知)」(※2)が発出され、①法務省から、当該任意後見契約に係る任意後見登記の嘱託の取扱いについて利益相反行為に該当するか等の観点から検討中であること、②任意後見契約を締結するに当たっては、家庭裁判所において特別代理人の選任を受けた上、受任者とならない親権者の片方と特別代理人とが共同で未成年者を代理し、受任者となる親権者と任意後見契約を締結するといった慎重な対応が相当であることが示されました。
 その後、同年12月24日付け総括理事通知「未成年者とその共同親権者である両親の一方を任意後見受任者とする任意後見契約締結の申入れの扱いについて(通知)」(※3)を始めとして、立て続けに総括理事通知が発出され、法務省からの正式な見解、東京法務局で登記が保留されている嘱託事件の取扱い、登記された無権代理行為に係る任意後見契約の特別代理人による追認手続などが示されました。
 以上の経緯を踏まえ、相談された両親に対して、家庭裁判所において特別代理人の選任を受けた上、委任者(子)の法定代理人共同親権者父(甲)及び家庭裁判所は選任した特別代理人(丙)と受任者共同親権者母(乙)の任意後見契約を締結することができる旨、当職の見解を回答しました。両親は、特別代理人を母親の妹に依頼することで、手続を進めたいと希望されたので、当職は、特別代理人選任申立に必要な任意後見契約案を提供しました。そして、3月上旬までに公正証書を作成することを目途として、特別代理人選任審判書謄本を取得後に改めて連絡をもらうことにしました。
 しかし、その後母親から、家族で相談した結果、任意後見契約の締結は見送りたいという内容の連絡がありました。その理由は、将来、子に後見人が必要になったときに、成年後見制度を利用する場合の懸念や不安がある程度解消されたということでした。親どうしのネットワークを通して、後見開始の申立ての際に、母親を成年後見人の候補者にした場合、特段の事情がない限り、相当高い割合で候補者として認められるという感触を得たので、急いで後見人を選任しなくても大丈夫という考えに至ったようでした。
 残念ながら本件は、預かった原本書類を返却して、契約に至らない案件として終了しました。他方、本件に関する総括理事通知は、「その8」まで発出されているところであり、この相談がなければ、本課題に対して無関心のまま、総括理事通知を流し読みしていたと思うと、少しながら充実感が残りました。

【相談事例その2】
 本年2月中旬に、司法書士から「相談事例その1」と同じ趣旨の相談が寄せられました。その子は、同じ特別支援学校高等部に通っており、既に18歳の誕生日を迎えていて、改正民法施行前に任意後見契約を締結するとすれば、3月末までしか時間が残されていませんでした。司法書士には、契約上の利益相反を回避するために、特別代理人の選任が必要であることを伝え、早急に手続を進めてほしい旨回答しました。
 その後、司法書士からは、依頼者と相談した結果、受任者を母親ではなく、兄(大学生)にして任意後見契約を締結したいとして依頼がありました。この場合、契約上の利益相反が発生しないので、司法書士と契約内容を調整の上、3月中旬に、委任者(子)の法定代理人共同親権者父(甲)及び母(乙)と受任者兄(丙)との間で、任意後見契約を締結するに至りました。東京法務局への嘱託も指摘なく受理され、後日登記完了通知が届いた際は、少し安堵感がありました。
 任意後見契約締結時の席上、依頼者家族からは、特別代理人のハードル(時間的要因を含む。)が高かったこと、弟思いの兄が快く受任者を引き受けてくれたことなど、いろいろと話を聞いたのですが、改正民法が施行される前に、何とか公正証書の作成が間に合ったことに安堵されていました。また両親は、将来、この任意後見契約をどの時点で発効させるのか分からないので、当面は、公正証書をお守り代わりにしておきたいと考えているようでした。

【その他】
 本年2月26日に開催された春期専門研修には、ネット聴講で参加しましたが、研修のテーマが「任意後見制度」に関するもので、標題のテーマに触れられた部分もあり、大変参考になりました。特に、家庭裁判所への後見開始の申立ての際に、親又はその親族を成年後見人の候補者にする例が多い中で、候補者が成年後見人に選任されないケースやその割合(親どうしのネットワークの情報とほぼ同じ。)などが紹介されていました。そのケースとしては、①資産が多かったり親族間の対立があったりなど複雑な状況の場合、②本人と候補者の資産が適切に分離されていないような場合、③候補者に後見に適する能力がないと判断された場合などのようですが、今回の2件の実務を通じて、公証人として、本業の任意後見制度だけでなく、法定後見制度にも精通しておくべきことを痛感する機会となりました。

<※1 令和3年10月6日付け総括理事通知の要旨>
 精神障害・知的障害のため意思能力が欠ける未成年者の両親から、自らを任意後見受任者とする任意後見契約の締結が可能かとの問い合わせがされているが、民法第818条第3項ただし書により、共同親権の例外として、一方の親が未成年者の親権者として子を代理し、他方の親が同契約の任意後見受任者として自ら任意後見契約を締結するという方法について、日公連は積極説を採っており、公証実務においても、これが認められている。ただし、留意すべき事項として、報酬の約定を定めた場合は、民法第826条第1項の利益相反行為に該当するので、その際は、家庭裁判所に特別代理人の選任を請求してもらい、その特別代理人と契約する必要がある。

<※2 令和3年12月13日付け総括理事通知の要旨>
 法務省から、当該任意後見契約に係る任意後見登記の嘱託の取扱いについて利益相反行為に該当するか等の観点から検討中であるとの情報に接した。当面、上記の任意後見契約を締結するに当たっては、家庭裁判所において特別代理人の選任を受けた上、受任者とならない親権者の片方と特別代理人とが共同で未成年者を代理し、受任者となる親権者と任意後見契約を締結するといった慎重な対応が相当と考えられる。また、これまで、このような任意後見契約に係る登記の嘱託が受け付けられていた実態があったが、今後、こうした取扱いが改められる可能性がある。

<※3 令和3年12月24日付け総括理事通知の要旨>
 法務省から、「未成年者とその共同親権者である両親の一方を任意後見受任者とする任意後見契約については、受任者とならない親権者の一方と特別代理人が共同で子を代理し、受任者となる親権者との間で締結される必要があるところ、特別代理人の選任がなく、受任者とならない親権者の一方のみが子を代理して締結している場合には、無権代理に該当する」との見解が示された。これに伴い、①今後作成予定の任意後見契約親権者である代理人の肩書きの表示方法、②東京法務局で登記が保留されている嘱託事件の取扱い、③公正証書を作成し終えた任意後見契約で、東京法務局での登記がされているものの対応の方針が具体化された。
(佐藤浩雄)

民事法情報研究会だよりNo.53(令和4年4月)

 春暖の候、会員の皆様におかれましては、ますますご清祥のこととお喜び申し上げます。

 新型コロナウィルスのオミクロン株による第6波の感染拡大に伴い、18都道府県に発令されていた蔓延防止等重点措置が解除された春を迎えることができました。ただし、専門家の中にはいまだ第6波の途中であると指摘する向きもあるようで、人流が増加する年度始まりの時期と重なり、オミクロン亜種株による再拡大も懸念される状況とのことですので、引き続き感染対策に万全を期していきたいと考えています。できるならば、今年こそは、会員の皆様が参集できる会合やセミナーが開かれる年度になることを願っています。(YF)

今日この頃

   このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

晴ればれ岡山サポートテラス(永井行雄)

岡山県を南北に縦断する国道53号線を北に向けて車を走らせる。車には2人の男が乗っている。年下の男が運転しているが、その男は久しぶりに袖を通す背広にやや窮屈さを感じながらも、道ばたに咲くコスモスにいくぶんか心が癒やされている。この2人はかつて同じ職場の先輩後輩の間柄であり、気心は知れている。しかし、車中での会話はなかなか弾まない。なぜならば、2人とも目的地のことが気になっているからである。

 岡山市を出発して約1時間、町が見えた。津山市だ。人口は約10万人で県北の政治、経済、文化の中心地である。訪問先は津山市役所。緊張しながらアポを入れていた課を訪ねる。ぎこちない声で肩書きを名乗って名刺を差し出す。対応に出た職員は「はい。うかがっております。」と、はきはきした態度で迎えてくれた。ほっとした。公証人を退任して3か月余、新しい環境で初めて外部の機関を訪問したときの情景や心境である。

 私たちは昨年、岡山県出身の法務局OB・OG5人で高齢者の支援のための「一般社団法人晴ればれ岡山サポートテラス」を設立し、10月から活動をスタートさせた。法務局のブランド力や公証人の肩書きはなく、しかも、発足したばかりの一法人の者が市役所を訪問して、果たしてきちんと対応してくれるだろうかという心配があった。それで、車中での会話が弾まなかったのである。しかし、心配をよそに担当者は丁寧に対応してくれた。その理由は後述させていただく。

1 法人設立のきっかけ

 令和元年9月に岡山市で開催された岡山地方法務局のOB会で、当法人のメンバーが久しぶりに再会したとき、今の仕事を辞めた後、何をするのかという話になった。「特にねぇなー。」「家でゴロゴロしとっても、家族に嫌われるしなぁ。」「そうじゃなぁ。」「これまでやってきたことが活かせるような法人でも作ってみたらどうじゃろうか。」「おー!そりゃええなー。」という軽いノリからスタートした。

 それから、開業までの2年半、気心の知れたこのメンバーが10数回集まった。NPO法人か一般社団法人か、事業の適法性、資金面、事務所、需要の予測など、皆で情報を持ち寄り自由に意見を交換し合った。

 今まさに超高齢化社会である。全国の高齢化率は29%、岡山県は30%で特に県北は40%を超える自治体が9つもある。そして、高齢者のうち5人に1人が認知症だといわれているほか、高齢者のみの世帯は全国で28.7%(厚生労働省「令和3年国民生活基礎調査」)もある。

 こういった現状を踏まえ、国は、成年後見制度の利用の促進に関する法律のほか、自筆証書遺言書の方式緩和や法務局保管制度に関する法律を整備した。また、公証人も積極的に講座・講演会・相談会などを通じて遺言や任意後見制度の普及・定着を図っている。

 しかし、実際にこれらの制度利用を促進していくためには、現場においてそれぞれの制度を理解した者が、高齢者(対象者)の気持ちや生活環境などを把握した上で、どのような制度を利用するのが良いのかの水先案内人を務め、担当機関とのつなぎ役を果たしていくことが重要だと思う。実際に、自分で動けない高齢者もたくさんいる。そこで、我々がこのつなぎ役をやってみようということになったのである。

2 法人のメンバー

 前述のとおり気の合う仲間で立ち上げた。イメージは子供の頃の遊び仲間の延長のようなものである。理事長は人望があって、人をまとめられる人物、元広島法務局福山支局長の清水博志さんにお願いすることで一致した。皆の総意である。副理事長以下の役は理事長に一任した。次のとおりである。

●理 事 長 清水博志(総社市出身)

広島法務局訟務部訟務管理官、岡山地方法務局首席登記官(不動産登記担当)、広島法務局福山支局長、家事調停委員(令和3年9月退任)

★バランス感覚がよく、人間観察力に優れている。一日2万歩が日課。野菜作りが上手。かつて麻雀の名手、物事の流れを読む勝負感は今でも健在。常駐

●副理事長 川上幸江(倉敷市出身)

岡山地方法務局勝山支局登記官、同局不動産登記部門総務登記官、広島法務局福山支局総務登記官、現司法書士・行政書士(15年間従事)

★頭の回転が速く決断力があり親分肌。地域で多くの役職を務めるなど周囲の信頼は厚い。ただ、声が大きめなので内緒話はできない。遠路につき非常駐

●専務理事 永井行雄(和気町出身)

法務省大臣官房行政訟務課補佐官、那覇地方法務局長、福岡法務局民事行政部長、都城公証人役場公証人(令和3年7月退任)

 ★登山や飲み会など遊ぶことが大好き。様々な場面で企画力や行動力を発揮。ただ、突き進むところがあるので要注意(以上仲間評)。食材調達が得意。常駐

●常務理事 大河原清人(邑久町出身)

 法務省民事局総務課補佐官、法務省人権擁護局人権啓発課長、広島法務局長、土浦公証役場公証人(令和3年11月退任)

 ★思考力が高く、冷静な判断力がある。相談に丁寧に対応、傾聴力に優れている。数10年ぶりの帰郷、岡山弁取戻し中。看板書きや大根おろしが得意。常駐

●常任理事 笠工博史(久世町出身)

広島法務局上席訟務官、同局総括表示専門官、同局次席登記官(不動産登記担当)、岡山地方法務局備前支局長

★登記のプロ、土地家屋調査士有資格者。動きが軽く、整理整頓能力が高い。彼がいると事務所がすっきり整理される。車の運転が上手。木金のみ出勤

3 法人の名前

 「一般社団法人晴ればれ岡山サポートテラス」と名付けた。岡山県は全国の中でも日照時間が長いので「晴れの国」と呼ばれている。法人の名前は、晴れの国と、岡山県内を活動エリアとして高齢者の方を支援し、高齢者の方にテラスの陽だまりで寛いでいただけるような温かい支援活動を目指すことをイメージしている。

4 法人の仕事

 大きく分けると二つである。一つは高齢者の権利擁護のための手続き(遺言・任意後見契約・尊厳死宣言・死後事務委任契約など)の支援(担当機関へのつなぎ役)と、もう一つは各種講座・講演会・研修会等への講師派遣である。私と大河原さんは、公証人の経験がすぐに活かせるし、他の者も民事関係の法律実務の経験者であり現役の司法書士もいる。人材はそろっている。

 実際、あいさつ回りをしたとき、実務経験者というセールスポイントに対して、相手方の反応はよかった。県内にこういった手続きを支援する法人は、あまり見受けられないようである。

5 作業や費用

    運営資金、事務所の確保、法人の設立登記、電話・インターネット回線の引込み、備品の調達、広報ペーパー・ホームページ・報酬表の作成、税務署・労働基準監督署への届出や銀行口座の開設とか、広報のやり方など、やることは山ほどある。この分野の先駆者である「NPO法人高齢者・障がい者安心サポートネット」(福岡市)や先輩士業者からも情報提供を受けた。

 慣れない作業で大変だったが、皆で相談し、役割分担しながら進めていった。設立登記は現役の司法書士である副理事長がやってくれ、備品は家で使っていない物を持ち寄ったり、リサイクルショップやネットで安価なものを買った。ホームページの作成は、パソコンに詳しいかつての法務局の仲間が力を貸してくれた。費用は、全体の金額を算出して出資金という形で5人が均等に負担することとした。

6 営業活動

 ○地方自治体へのあいさつ回り 

 まずは、我々の業務を知ってもらう必要があるので、県内の地方自治体にあいさつを兼ねて業務紹介に赴くことにした。県内の地方自治体は27ある。そこで、高齢者の支援業務を担当している機関や部署(市町村役場、社会福祉協議会、権利擁護センター、地域包括支援センター、公民館等)のアポ取りをすることにした。アポ取りは、電話の掛け方の均質化を図るためのマニュアルを作成した。皆、最初はぎこちなく、言葉が噛みそうになっていたが、数をこなすうち、徐々に慣れてきた。120か所に電話を掛けまくりアポを取った。アポが取れたらすぐに、相手方に当方の訪問者の役職氏名を書いた書面と広報ペーパー(業務内容と構成メンバーの略歴を書いたもの)をFAXで送付することにした。ねらいは、我々は怪しい者ではないことの証明と、電話を受けた者が上司や関係者に説明する資料として使ってもらうためである。このやり方は効果的であった。当日は、どこも資料に目を通してくれており、時間どおり待っていてくれた。応対は、責任者であったり、担当者であったりとまちまちであったが、結果として、仕事の依頼に発展したのは、担当者に説明をしたところが多い。

 2人1組で約1月半かけて全部回った。皆、笑顔の写真入りの名刺と広報ペーパーを配って回った。まさに営業である。相手方への説明も数をこなすうちに上手になっていった。長居をすると嫌われるので、1か所15分程度とした。県北の自治体はどこも高齢者支援の問題を抱えていた。「こういった法人を設立していただいて、ありがたいです。」と言ってくれた自治体がいくつもあった。

 ナビに行き先を設定したものの、おかしな道を案内したり、建物が分からずウロウロして、車中で相手先に電話を掛けて確認したり、いろいろ失敗もあったが、このあいさつ回りが、後日の仕事の依頼へと発展していったのである。

 それと、もう一つ大事なことがある。あいさつ回りで反応がよかったところには、後日、「近いうちにそちら方面に行く機会があるので、何か用事はありませんか。」と電話を掛けることもあった。すると「実は職員研修を計画しているのですが、よければ講師をお願いできますか。」「いいですよ。いつでしょうか。」と、トントン拍子に話が進む。そして、研修終了後に受講者から個別相談があり、公正証書の作成支援の依頼に発展することもあった。あいさつ回り後のフォローなど、次の手を打つことが大事だと思った。

 ○新聞への掲載 

 岡山県には、山陽新聞という岡山県全域を配達エリアとする新聞社がある。昨年11月始め頃、ここに取材依頼の電話を掛けたが、年内は忙しいので、資料があれば送って欲しいとのことであった。そこで、資料をメール送信したものの、電話の感触として取材は難しいだろうと思っていた。ところが、今年1月の始め頃、記者から電話があり、「取材をしたいので、事務所におじゃましたい。」とのこと。取材の日、記者はこちらの資料をよく読み込んでおり、事務所では細部にわたって取材してくれた。また、1月下旬の公民館講座にも足を運んでくれた。そして、新聞に大きく掲載してくれたのである(山陽新聞2022年2月8日朝刊/山陽新聞社提供・転載許可済)。この新聞掲載の反響は大きく、当日は電話が20本くらい掛かってきたほか、5組の方が事務所に相談に訪れた。

7 仕事の依頼

 ○公正証書作成支援依頼

2月末現在で、公正証書(遺言・任意後見契約・尊厳死宣言等)の作成を支援したのは26件である。依頼は、地方自治体や社会福祉協議会からの紹介によるものが7割、残り3割は講演会や新聞掲載などをきっかけとした個人からの直接依頼のものである。そのほか現在、公正証書作成支援中のものが6件あり、これらは全部、新聞を見た人からの直接の依頼である。参考までに、これまでの取扱事例を2件紹介する。

 <事例1>79歳男性、妻は死亡、一人暮らし。

 長男と長女がいるが、長男とはいざこざがあり、10年以上断絶状態、長女は結婚して東京に住んでいて、親の面倒をみられない。財産は家・宅地、預金約1,000万円。長男には一切財産を残したくない。長女に残したい。今後、自分が動けなくなったとき、お金の管理や病院の手続きなどが不安であるとのこと。これは社会福祉協議会を通じて相談があったものである。

 遺言、任意後見契約、尊厳死宣言の各公正証書の作成を支援したほか、これらの手続きとは別に警備会社による「一人暮らしの高齢者のための見守りサービス」を紹介し、契約締結のお手伝いをした。

 <事例2>84歳女性、独身、一人暮らし。

 末期がん、余命数か月。相続人なし。近所に親しくしている女性(62歳)がいる。財産は家・宅地、預金約600万円。この女性に財産を全部残したい。亡くなった後のことも任せたいとのこと。こちらも社会福祉協議会を通じて相談があった。

 緊急性を要するので、相談があった日の翌日、すぐに本人と面談し、公証人に事情を説明して、約1週間で遺言書、尊厳死宣言、死後事務委任契約の各公正証書の作成にこぎつけた。

以上のとおり、迅速な対応をモットーとし、公正証書の作成支援は2人の元公証人がそれぞれ他の者と組む形で行うことにしている。

 ○講座・講演会・研修会への講師派遣依頼

 現在、講座・講演会・研修会への講師派遣依頼は、派遣済のものも入れて17件あるほか、既に来年度の定期講座の話が2か所(隔月開催)からきている。依頼先は、地方自治体・社会福祉協議会・地域包括支援センター・公民館からが9割、残りの1割が老人クラブである。

 皆で講師の留意事項を三つ決めた。①初めて講師を担当するときは事前に事務所で模擬講話をして、他のメンバーのチェックを受けること、②講話は統一のパワーポイントを使って進めること、③受講者にアンケート票を書いてもらうこと、である。「話」は商品であるから、いい商品を売るためにはチェックが大事ということである。特にアンケート結果にはいつもビクビクさせられる。

 情けないことがあったので一つ紹介する。1月下旬に県北の社会福祉協議会主催の研修に行ったときのことである。雪が心配だったので前泊した。スタッドレスタイヤは持っていないが、未使用のチェーンがあったので念のためそれを積んだ。前日は天気がよかったので、翌日も大丈夫だろうと思っていた。ところが、翌朝外を見ると50センチくらい雪が積もっていた。一晩にである。びっくりした。チェーンの付け方が分からない。困っていると宿泊所の方がJAFを呼んでくれ装着できたが、今度は、帰る途中、コンビニの駐車場で外そうとしたところ、外し方が分からない。車には3人乗っているが誰も分からない。それでまたJAFを呼んだ。装着のときに来た人と同じだ。情けない。着脱の練習をしなければならないと思いながら帰路についた。

8 法務局のブランド力

 地方自治体等を訪問した際、どこも丁寧に対応してくれた。冒頭で「その理由は後述させていただく。」と書いたが、その理由は法務局のブランド力だと感じた。法務局にいた人が作った法人なら信用できると思ってくれたのだろう。訪問先の雰囲気でそれを感じた。

 最初の講師派遣依頼があったのは、あいさつ回りを始めてから1月経った頃である。それからも、どんどん入ってきている。しかも、公的機関が多い。活動を始めて4か月で17件である。法務局のブランド力のお陰だと思っている。本当にありがたい。

9 これから

 「晴ればれ岡山サポートテラス」は発足したばかりの法人である。これから先、存続していくためには、①依頼者や関係者からの信頼を得て、これを積み重ねること、②法人の知名度アップを図ること、この二つが重要だと思っている。依頼があれば、依頼者に寄り添う支援活動をスピーディに、そして、あらゆる手法を用いて効果的な広報・営業活動を展開していこうと思っている。

10 そして、今の気持ち

 今、とても充実している。20数年の時を経てかつての仲間が集結し、もう一度社会の中で動き出そうとしている。人は、信頼という絆の下に、支え合い、力を合わせれば、いろんなことができる。法人という看板は心強い。これから先、気持ちと身体が続く限り、この素晴らしい仲間と同じ時間を過ごせたら、幸せだと思っている。

 今、出航したばかりの「晴ればれ岡山丸」に乗って、クルー全員が仲良く楽しく、ゆっくりでいいから、航行できたらいいと思っている。

   【連絡先】一般社団法人晴ればれ岡山サポートテラス

        〒701-2154 岡山市北区原1119-1

        TEL(086)206-3738 FAX(086)206-3739

        E-mail:harebare0712.hara@outlook.jp

https://harebareokayama.org

                                        (永井行雄)

  “カマス”の悲劇(中垣治夫)  

 相当以前に読んだ本で、「“カマス”の悲劇」を紹介しているものがあります(内橋克人『匠の時代・第5巻』(サンケイ出版))。分かりやすい話であり、Webにも掲げられているので、御存知の方もおられるかと思います。私も在職中、講話や研修などのまとまった時間があるときは、紹介するようにしていました。概要は、次のとおりです。

 水槽の中にカマスを放して餌の小魚を入れると、カマスは追いかけて食べ尽くしてしまいます。数日間餌やりを繰り返した後、水槽の真ん中にガラス板を入れて仕切り、カマスがいない方の半分に餌を入れます。すると、カマスは一生懸命餌を食べようとしますが、コツンとガラス板にぶつかるだけで、食べられません。100回くらいは挑戦するようですが、そのまま数日経つと、カマスはもう餌に関心を示さなくなります。ここで仕切りのガラス板を抜いて餌を入れます。しかし、カマスは、餌を食べられないと決め込んでいるので、せっかくの餌に見向きもしません。目の前にうまそうな小魚が泳いできても、もはや食いつく意欲が湧いてこないのです。放っておくとカマスは死んでしまいます。これを「カマスの悲劇」といいます。

 では、この水槽のカマスにもう一度餌を食べさせるにはどうすればよいか。皆さんは、どう思いますか? 答えは、「もう一匹、別のカマスを水槽に入れる。」です。新しいカマスは、ガラス板のことを知らないので、普通にパクッと食べます。これを見ていて、前のカマスも思い出すのでしょう。あっ、また食えるんだと目を覚ますのです。

 役に立つ新鮮な情報や変革の波が発生し、目の前を通り過ぎているのに、これに見向きもしない。あるいは、数少ない貴重な情報や千載一遇とまでは言わないまでも僅かな機会をやり過ごしてしまう。新しいカマスがいない組織では、それがおいしいものであること、これから必要になる重要なものであることが分からないのです。

 現行の公証人法の施行から、約110年を経過しています。十分に成熟した制度であると言ってよいと考えますが、近時の様々な見直し、動きを見ていると、今後、10年程度で相当大規模な見直し、制度改革が見込まれます。従来の、創成期・成長期の比較的ゆっくりとした変革・見直しから成熟期の、しかも急激な変革へと変わっていく中で、今後は、更に国民・利用者のための見直しが軸足となっていくことでしょう。新しいカマスが必要な時期がすぐ目の前まで来ていると考える次第です。

 ウクライナ侵攻のニュースに接して

 数日間、構想を温め、推敲を重ねて、さあ提出しようとしたところで、「ロシア軍のウクライナ侵攻」のニュースに接しました。

 大いに驚き、憤り、何でこんなことになるのか・・・無力感・・と、いろいろな感情が沸き上がってきます。侵攻前に、侵攻が見込まれる旨の報道はされていたのですが、21世紀の今日、まさかそんなことはないでしょうと思っていました。しかし、そのまさかが、現実のものとなってしまったのです。

 第2次世界大戦以降、各国においては、国内の統治機構や国家間の条約等により、それなりの、紛争、戦闘、戦争の回避・防止のための組織、機構、仕組み造りがされてきたと考えるのですが、今回の事態には、有効に機能しなかったのでしょう。いわゆる西側諸国は、制裁を打ち出していますが、戦闘が収まることはなく、終息には無関係であるかのように戦闘が継続しています。制裁の効果が表れるまでには、それなりの時間が掛かるのでしょう。現時点では、交渉、協議、仲介など、何でもよいので何らかの方策により、また、誰(国・人)でもよいので誰かの尽力により、戦闘が終了し、平和が訪れることを祈ることしかできません。

 10年くらい前の映画で「ハンナ・アーレント」というのがあります。最近、WOWOWで放送されていたので、ご覧になった方もおられるかもしれません。ユダヤ人虐殺に大きく関わり、逃亡していた元ナチスのアイヒマンが逮捕され、哲学者のハンナ・アーレントが、そのアイヒマン裁判を傍聴するなかで、「悪の陳腐さ」について考察するものです。

 アイヒマンは、裁判で「命令に従っただけです。殺害するかどうかは命令次第でした。」等と証言します。ハンナ・アーレントは、これらを踏まえて、アイヒマンは「命令に従っただけ。ただの役人」よと評価します。アイヒマンが20世紀最悪の犯罪者になったのは、”思考不能”だったからであり、本当の悪は、平凡な人間が行う悪であり、これを「悪の陳腐さ」と名付けました。

 考えることを止め、組織の命令に黙々と従う「悪の陳腐さ」、これこそがナチスの本質的罪だとこの映画は訴えるのですが、この映画を今般のロシア軍のウクライナ侵攻のニュースに接し思い出しました。黙々と大統領の命令に従う「ただの役人」がいるだけの国家は、大変危ういのです。「大統領、お言葉ですが・・・。」と侵攻反対を主張する側近がいなかったのか、悔やまれてなりません。                         (中垣治夫)

  函館公証人合同役場の広報活動について(岩渕英喜)  

 令和元年から公証週間の広報活動の一環として、函館市、北斗市及び七飯町の町会に対し、チラシの回覧又は配布及びポスターの掲示を依頼する取組を行いましたので、その概要を説明させていただきます。

 そこで、事件の増加につながるような効果を期待して、町会に対し、各世帯へのチラシの回覧又は配布及び町会会館へのポスターの掲示について協力を依頼する広報活動を行うこととしました。各世帯に回覧又は配布する日公連のチラシには下図(編注:略)のメッセージを裏面印刷し、公証制度のキャッチコピーと日公連の無料電話相談の電話番号のほか、公正証書の種類と当役場の連絡先も周知することにしました。

            

1 取組の日程

日公連と町会のスケジュールを踏まえて、次のような日程で進めました。

(1) 4月下旬:チラシ及びポスターを日公連に申込み

(2) 7月上旬:例年と同じ電話番号を使用するかどうかを北海道会の広報委員を通じて日公連に確認

(3) 7月上旬:裏面印刷したチラシ(サンプル)の作成

(4) 7月上旬:対象市町に対し、町会への広報活動に関する協力又は「町会一覧」(町会会館又は町会会長の住所・電話番号・所属世帯数が記載されたもの)の提供の依頼(上記サンプルを添付)

(5) 7月中旬:日公連から無料・有料チラシ及びポスターの送付

(6) 7月中旬:チラシ裏面印刷を印刷会社に発注

(7) 8月上旬~下旬:町会に対してチラシの回覧(回覧を廃止している町会については配布)及びポスターの掲示を電話で依頼し、承諾が得られた町会にチラシ及びポスターを発送

(8) 8月下旬:日公連から電話公証相談の電話番号の通知

(9) 8月下旬~9月中旬:町会による所属世帯へのチラシの回覧又は配布

2 3市町の町会に対する取組状況

 過去3年のチラシの回覧又は配布数は、表1(編注:略)のとおりです。3市町の対応は次のとおり。

(1) 函館市(令和元年~令和3年)

 最初に函館市でこの取組を実施するときに、町会を担当している市民・男女共同参画課に対し、各町会にチラシ及びポスターの配布を打診したところ、町会側が受け入れるかどうかを決めるので、公証役場の方から町会に個別に依頼してもらいたいとのことでした。

 そこで同課から「町会一覧」を入手し、町会会館があるところは会館に、会館がないところは町会会長に電話し、公証週間の広報活動について趣旨を説明してチラシの回覧又は配布及びポスターの掲示について協力を依頼しました。3年間で、1町会を除いて、電話したほぼ全ての町会から協力する旨の回答をいただきました。

 なお、函館市は140,931世帯(令和3年9月末現在)あり、単年度で全て実施するのは困難なので、年ごとに異なるエリアの町会を選定して実施しています。

(2) 北斗市(令和2年)

 町会を担当している北斗市町会連合会事務局に対し、各町会にチラシの配布を打診したところ、町会への配布物は発出元が北斗市役所のほか、国、北海道などの行政機関、公共機関に限られるとして応じてもらえませんでした。そこで公証人は法務大臣から任命されていること、公証役場は法務局に所属していること、公証制度は公共性が高いことなどを説明したほか、函館市の例を紹介して、チラシを所属世帯に回覧又は配布するか否かについては直接各町会に当方から確認させていただけないかとお願いしたところ、了承されました。

 同事務局から提供された町会名簿によりチラシの回覧又は配布について各町会に電話で依頼しましたが、函館市の場合とは異なり、警戒感の強い反応が多く、協力が得られたのは一部の町会に限られました。

 全町会の約半分に電話したところで、北斗市の担当者から連絡があり、一部の町会から、「町会によって対応が異なるのはおかしい。」という苦言が寄せられたとして、北斗市を通じて全町会にチラシを配布(市役所内に設置されている町会ごとの連絡棚にチラシを入れる方法)し、町会から所属世帯に配布することになりました。

 町会ごとの必要配布部数が記載されたリストの提供を受けて、連絡棚に北斗市の協力依頼文書を添えてチラシを入れました。後日町会が連絡棚のチラシを持ち帰り、所属世帯に配布しています。

(3) 七飯町(令和2年)

 七飯町福祉協議会内にある七飯町町会連合会事務局に電話し、全世帯にチラシの配布を打診したところ、快く承諾していただきました。8月上旬に同事務局にチラシ全世帯分2,250枚を持参し、町会を通じて配布していただきました。

※ 函館市及び北斗市から提供された町会一覧等については、日公連への公証週間活動報告を提出した後に廃棄しています。

3 本広報活動の費用対効果

 私が当役場に着任した平成26年7月以降、遺言公正証書の事件数については、毎年7月から9月の第二四半期はやや少なく10月から12月の第三四半期は増加する傾向にあります。表2(編注:略)は本広報活動の取組前の平成26年から平成30年までの5年間と取組後の令和元年から令和3年までの3年間について、遺言公正証書の第三四半期の手数料額が第二四半期よりいくら増加したのかを年平均で比較したものです。

 第三四半期の方が第二四半期よりも増加する傾向であることはどちらも変わりありませんが、本広報活動の取組後の方が取組前よりも遺言公正証書の手数料額を平均60万円以上押し上げる結果となっています。費用対効果を検討するためには、この押上額と広報活動費用を対比する必要があります。広報活動費用の主な内訳は日公連のチラシ・ポスター購入費、チラシ裏面印刷代及び町会への郵送料ですが、3年間の広報活動費用の平均額は79,954円です。押上額から広報活動費用を差し引いた金額を費用対効果とした場合、その額は548,371円となります。ただし、一昨年と昨年については、新型コロナの感染者数の影響を受けて事件数が増減しており、費用対効果を検討するにはその影響を考慮する必要があると思いますが、公証週間以降「チラシを見た。」と言って遺言公正証書作成について電話をかけてくるお客様が増加しているのは間違いありません。

 今後の課題としては、対象町会を3市町からどう拡大していくのかということになります。北斗市型又は七飯町型の市町村であれば対象を拡大することは比較的容易です。函館市型であっても取組時期を早めるとか、年ごとに対象市町村を設定するなどの工夫をすれば拡大は可能ですので、他の市町村にもアプローチして情報を収集したいと考えています。                            (岩渕英喜)

  

実務の広場

 このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.91 事実実験公正証書の事例紹介(石山順一)

 事実実験公正証書は、貸金庫の開披・点検、知的財産権の保全、尊厳死宣言等多くの場面で利用されていると思われます。当公証役場においては、私の在任中、貸金庫の開披・点検と尊厳死宣言の事実実験公正証書を作成したことしかありませんでしたが、最近、知的財産権に関する事実実験公正証書作成の嘱託が2事例ありましたので、参考になればと思い紹介します。

<事例1> コンピュータゲームソフトの海賊版への対応のための事実実験

1 嘱託の趣旨

 嘱託人は、自社が開発したコンピュータゲームソフト(以下「本件ゲームソフト」といいます。)を独占的に配信する権利を与える契約を中国法人との間で締結していたところ、本件ゲームソフトの海賊版が中国国内において出回り、当該中国法人が損害を被っている。ついては、本件ゲームソフトを配信する正当な権利を当該中国法人が有していることを中国の裁判所において立証するため、本件ゲームソフトの著作権を嘱託人が有することを確認する必要があるというものです。

 そこで、ゲームソフトには、通常、開発した会社の会社名、開発年月日等の記載がされていることから、本件ゲームソフトアプリをパソコンの画面に表示の上、それを公証人が目撃した結果を事実実験公正証書として作成してほしいというものでした。

2 事実実験の内容

 公証役場備付けのパソコンは、本件ゲームソフトをダウンロードする環境が整っていないため、嘱託人が用意したエミュレーターソフト(BlueStacks5)がインストールされたパソコンを使用することにしました。これを本職が自ら操作し、嘱託人が本件ゲームソフトを提供しているグーグルプレイストアを開き、本件ゲームソフトを検索し、パソコン上に表示された本件ゲームソフトの画面左上に、ゲームソフト名及び制作会社名が「○○○○ △△△△ Inc.」と掲載されていることを確認の上、同画面全体をいわゆるハードコピーとしてプリントアウトしました。

 次に、本件ゲームソフトをダウンロードして、その内容を見分し、表示された画面左下に、制作年及び制作会社名が「(C)2018 △△△△ Inc.」、画面右下にバージョン情報が「Ver.1.038.54」と掲載されていることを確認の上、上記と同様にプリントアウトし、目撃した事実実験の結果を公正証書として作成しました。

 この事実実験公正証書によって、嘱託人が望む目的が達せられたかどうかは不確かですが、本件ゲームソフトには、その開発段階で制作者しか知り得ない「隠し著作表示(隠し文字)」が記されているとのことであり、必要があればその事実実験を行うことも検討することを嘱託人に伝えて、今回の事実実験は終えることにしました。なお、これまでのところ嘱託人から新たな依頼はきておりません。

<事例2> 確定日付により封印された技術資料を開封して再封入・封印する事実実験

1 嘱託の趣旨

 嘱託人は、技術資料の先使用権の証拠保全として、約20年前に確定日付の付与手続により封印された段ボール16箱(以下「本件封印資料」といいます。)を保管していたところ、本件封印資料を複写した物を確認することができないため、一旦、本件封印資料を開封し、収納物のコピーを取った上で、改めて再封入・封印したい。ついては、このような事実実験公正証書の作成が可能かとの相談を受けました。

 調べた限りでは、先使用権の保全として、事実実験により封印した物品のサンプルについて、その一部を使用する必要が生じたため、物品のサンプルが収納された封筒を開封し、再封入・封印する事実実験を行った事例を確認することはできましたが、確定日付の付与手続により封印された段ボール箱を開封し、再封入・封印した事例を探し出すことはできませんでした。

 当職としては、上記の前例を参考に、段ボール箱の開封から本件封印資料を再封入・封印するまでの一連の作業について、公証人が立会い、目撃した事実を事実実験公正証書として作成することは可能であると考え、本嘱託を受けることにしました。

2 事前の準備・打合せ

 今回の事実実験は、その対象物が膨大で、かつ、実施回数も複数回に及ぶことが予想されたため、実験の実施方法について嘱託人と綿密な打合せを行いました。特に、本件の目的は、開封前の本件封印資料と、複写後に再封入する資料との同一性を証明することです。そのため、①本件封印資料が確定日付を付与されたままの状態で保管され、現在においても存在し、その状態に異常がないこと、②収納物の内容及び収納の状態を確認すること、③本件封印資料の複写前後で、本件封印資料に異常(変更等)がないことを確認すること、④封印の方法、について公証人が立会い、目撃した事実を公正証書として作成することとしました。

3 事実実験の状況

(1)実験の場所・日程等

 事実実験は、本職が嘱託人会社に赴き、同社の一室にコピー機3台を設置し、その実験の場所をロープで仕切り、嘱託人代理人、複写作業員及び公証人以外の者の立入りができないようにするとともに、筆記具、用紙等の持込みを禁止し、コピー機には、他の用紙が紛れないように、A4用紙及びA3用紙以外の用紙がセットされていないことを、あらかじめ本職が確認しました。

 また、実験の日程については、一週間に1回程度、その日の午後に実施することとしましたが、対象物全ての事実実験を完了するまで約5か月間を要しました。

(2)本件封印資料の保管・封印状況の確認

 まずは、確定日付の付与手続により封印された段ボール箱の封印・保管状況を確認しました。段ボール箱には、収納物の資料名とその明細、作成者の記名押印等がされた私署証書に某公証人による確定日付印が押されたものが貼付され、かつ、その確定日付印をもって私署証書と段ボール箱との間に割印がされた状態で保管されており、本職も封印状況を点検し、異常がないことを確認しました。

(3)段ボール箱の開封、収納物の確認

 開封した段ボール箱には、A4又はA3の文書が、A4サイズのドッチファイルに綴じられたもの、クリップ又はホッチキスにより留められたもの、その他封筒に封入されたものが、整然と収納されていました。

(4)複写前後の収納物に異常がないことの確認

 本件封印資料が複写前後に異常がないことを証明する方法としては、収納されている全ての文書について1枚ごとに写真撮影し、その撮影した文書と複写後の文書とを一枚一枚照合・点検して相違がないことを確認することが万全な方法と思われますが、文書の量が膨大に上る本件では、その方法を執ることは現実的に不可能でした。そのため、本件では、開封後のファイル等に綴じられている文書の枚数と、複写した後の文書の枚数が一致することを確認することにより、本件封印資料の複写前後において、文書の追加、差し替え、抜き取り等がされていないことの証明度を確保することにしました。

 加えて、前述したとおり、実験場所をロープで仕切り、外部の者の立入りを禁止するとともに、筆記具等の持込みができない措置を講じ、本件封印資料への加筆、変更等ができる余地がないようにしました。以上の状況を本職が確認しました。

(5)封入・封印の状況

 封印の方法は、嘱託人代理人が段ボール箱に、布ガムテープを縦横十文字に巻き付け、同ガムテープの交差する段ボール上面中央部に、封入した技術資料の明細のほか、日時、嘱託人代理人の署名押印、公証人の記名押印を施したA4サイズの和紙を糊付けし、同和紙と段ボール箱の継ぎ目4箇所に嘱託人代理人の認印を押印しました。さらに、本職も同様に同和紙と段ボール箱の継ぎ目4箇所に職印で封印しました。

4 公正証書の作成

 本件は、約5か月間に及ぶ事実実験を経て、ようやく公正証書の作成に至りました。本件の事実実験は、対象物が膨大な量であり、かつ、実験の回数も複数回に及んだことから、事実実験公正証書は、添付する写真を含めると、約200ページに及ぶ膨大なものになりましたが、各実験の実施後、速やかに証書案を作成し、嘱託人代理人に内容の確認を求めていたため、最終的な証書の確認についてはスムーズにできたと思っています。また、正本等の製本については、当役場備え付けのホッチキスでは一括して綴じることができないため工夫を要しました。正本等は、約40枚ごとにホッチキスで留めて契印機で打ち抜き、それぞれの連結部には職印で契印して、袋とじによる方法で作成しました。

 証書の作成当日は、嘱託人代理人に来所してもらい、事実実験の内容を記した公正証書案を示し、その内容に相違がないことを確認の上、証書への署名を行い、事実実験公正証書を完成することができました。長期間にわたる作業に対し、お互いが労をねぎらい安堵した瞬間でした。

5 結びに

 事実実験公正証書について、二つ事例を紹介させていただきました。特に、二つ目の事例については、実験の内容自体はそれほど複雑・困難な事案ではありませんでしたが、前例がなく、適切な対応ができたかどうか迷うところです。

 事実実験公正証書については、活用の場面が多く、これからも様々な事実実験についての公正証書作成依頼や相談がされることも多いと思いますが、可能な限り嘱託人の要請に応えることができればと思っています。(石山順一)

No.92 贈与者の生存中は所有権移転登記を行わないとの特約がある不動産贈与契約公正証書作成嘱託について(質問箱より)

【質 問】

「譲渡契約書」と題する不動産(建物)の贈与(親から子へ)について、司法書士から公正証書の作成を依頼されました。

次の点について、ご教示をお願いいたします。

 契約書案を見ると、

  •  譲渡人から譲受人に対する本件物件(建物)の引渡しは、本契約後速やかに行う。
  •  所有権移転登記については、譲渡人が生存中は行わない。
  •  譲渡人死亡後速やかに譲受人へ移転登記手続が行われるよう協力することを、推定相続人に対し、周知しておくものとする。

との条項があります。

 贈与については、意思表示と承諾により効力が生ずることになっています(民法549条)。

しかし、譲受人にとっては、対抗要件を備えるためには登記が必要であり、登記手続を請求する権利は持ち合わせていると思います。

上記のような対抗要件の具備を制限する規定を置くことは可能でしょうか。

 三宅正男・現代法律学全集9契約法(各論)上巻・31ページには、「物の贈与により贈与者の負う義務は、引渡の義務である。贈与者の登記手続は、不動産登記法の建前により義務とされるに過ぎず、贈与の内容即ち本来の意味での履行ではない」との記述があります。

 また、売買の効力については、改正民法では「対抗要件を備えさせる義務を負う」旨の規定(民法560条)が新設されていますが、贈与にはそのような規定は見受けられません。

 当事者双方が合意し、譲受人が不利益を甘受するのを承知の上で公正証書を作成するのであれば、可能とも思います。

 しかし、譲受人(子)が譲渡人(親)に対して移転登記手続の請求をした場合には、譲渡人(親)は拒否できないのではないかとも思いますが、いかがでしょうか。

 なお、司法書士の言によりますと、嘱託人の希望として「親の生存中には当該不動産を売らないでもらいたい」とのことです。

 嘱託人にとっては思い入れのある不動産なのかもしれません。

 そのほかに取り立てて理由はないように言っていました。

【質問箱委員会の回答】

1 契約書案の②の条項は、所有権の内容のうち他のものは速やかに移転させるものの、所有権移転登記請求権の行使時期に不確定期限を付するという内容です。

 表示の登記については、登記義務が定められている場合がありますが、これ まで権利の登記については、いつまでに登記しなければならないという登記義務に関する定めはありませんでした。

 これは、登記が対抗要件であり、通常、登記権利者が早期に対抗要件を備えたいと考えることから、登記義務の定めを置く必要まではないと考えられていたものと思われます(ただし、相続の登記については、令和3年の法律改正により、令和6年4月1日から、不動産を取得した相続人には、その取得を知った日から3年以内に相続登記の申請をすることが義務付けられることとなりました。)。

 現在のところ、贈与によって所有権が移転した場合、一定の期間内にその登記を申請しなければならないという義務はありませんが、取引の安全を確保するという登記制度の趣旨からして、実体と異なる登記をいつまでも放置しておいて良いということにはなりませんから、登記を留保するとしても、合理的な理由がある場合に、それに必要な期間内に止めるのが相当と考えます。

 なお、贈与は無償契約ですから、民法第560条の準用(民法第559条)はありませんが、民法第560条は、従来の判例を条文化したもので、これが準用されないことによって贈与者の不動産登記法上の登記義務が否定されることになったとは考えられません。

 お尋ねの場合、譲渡人の思い入れのある物件なので、自分が生きているうちに他人のものにしてほしくないという気持ちは理解できるものの、相当の程度を超えて長期間実体と異なる登記を現出させる結果となるような場合は相当ではありません。

 おって、登記を留保している間に、二重譲渡や差押えなどがあり得ることも考えると、譲受人には大きなリスクがあります。

 また、契約に譲渡制限の特約を付する方法も考えられますが、所有者の処分権限を制約するものであり、これも、合理的な理由がある場合に、それに必要な期間内に止めるのが相当であることは変わりありません。

 譲受人が承諾しているとしても、譲渡人が優越的な地位を利用して契約させた場合や、特にこれらの特約が相当な程度を超えて長期間に及ぶ場合には、その有効性に疑問が生じる場合があります。

 以上のことから、お尋ねの②のような条項を盛り込んでほしいとの要請があった場合は、まず、その理由について説明を求め(公証人法施行規則第13条第1項)、合理的な理由があるのか、またその条項の内容がその目的からして相当な範囲内のものであるのか、他にその目的をより適切に達する方法がないのか等を検討の上、他に適切な方法があれば適切な方法を教示し、それでも②のような方法を採りたいという場合には、仮登記(不動産登記法第105条第1号)をしておくことが可能かどうか嘱託人から管轄法務局に問い合わせてもらい、可能ということであれば仮登記する旨の条項を追加しておくよう促すのも一つの方法であると考えます。

2 ところで、譲渡人の前述のような希望を適切に実現する方法としては、死因贈与契約を締結する方法もあります。

 死因贈与契約であれば、所有権の移転は譲渡人の死亡時になり、それまで譲渡人の意に反して他人のものになる心配はありません。

 それまでの間、譲受人が当該物件を使用したいときは、使用貸借契約又は賃貸借契約(固定資産税相当額を賃料と定める等)を併せて締結しておけば良いことになります。

 死因贈与契約については、仮登記(不動産登記法第105条第2号)をしておくことができますので、譲受人の権利保全のために仮登記をしておくこともお勧めします。

 また、死因贈与契約に執行者を定めておけば(譲受人を執行者とすることも可)、他の相続人の協力がなくても所有権移転登記ができることになりますので、③のような条項を置く必要もなくなります。

3 ちなみに、贈与をしたという場合でも、譲受人が贈与税を納付(相続時精算

 課税制度を利用する場合も含む。)しておらず、贈与後の固定資産税の負担もしていなかったとすると、③のような特約は、本来、事実上のもので、相続人の登記への協力という法的効果を生じさせるものではありませんから、贈与契約公正証書があったとしても、他の相続人が贈与の事実を否認して、当該財産を遺産分割の対象財産に含めるべきであるとして争ってくる可能性もあります(このような場合、仮に親が生きているうちは贈与について「わかった」と言っていた相続人も、親が亡くなったとたん前言を翻すこともあり得ます。)。

民事法情報研究会だよりNo.52(令和4年1月)

新年あけましておめでとうございます。会員の皆様におかれましては、ますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
 オミクロン株による新型コロナウィルスの爆発的な感染が世界的に起こっている中で、日本では海外からの帰国者にとどまらず、市中感染の事例も散見されるようになり、不安が尽きない中で迎える新年になりました。
 今年こそは、人数制限や場所的制約なく、会合やセミナーが開かれるような年になることを願ってやみません。(YF)

今日この頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

最後の晩餐(佐々木 暁)

新しい年を迎えました。令和4年・寅年の始まりです。あけましておめでとうございます。会員の皆様にはご健勝にて新年をお迎えになられましたこととお慶び申し上げます。又、それぞれにそれぞれの想いを込められて、ある人は古稀に向かい、ある人は喜寿に、傘寿に、米寿に、卒寿に、白寿に、百寿に・・向かって力強く今年の第一歩を踏み出されたのではないでしょうか。
 そういう私はと言えば、いわゆる数え年で、いよいよ「後期高齢者」待機枠に突入する年を迎えてしまいました。予定通りの道程ではあるが、とりあえず無事に喜寿が迎えられることを素直に祈っている。昨年6月に、民事法務協会を退職して、コロナ禍の中をしぶとく生き抜いて、目下、不自由な中、55年ぶりの悠遊自適(自堕落な)生活を満喫している。
 2年余にわたるコロナ禍の中、自由・気ままな生活環境というのも随分と様変わりしたことを実感した。最後の職場を後にしながら、念願の自由の身になったことに思わず「バンザイ」と叫びたくなるような衝動に駆られ、思わず「スキップ」したくなる(したかもしれません)ような、何物にも例えがたい、ホット感、安堵感、開放感に包まれた。多くの先輩諸氏も味わられたであろう人生の一つの区切りとして、天からもらったご褒美感に浸った瞬間である。
 その喜びに浸った瞬間から早半年を過ぎようとしているが、未だ自由の身の使い方も解らず、コロナのせいにするのもいい加減にしてとコロナにも愛想をつかされながら、老後の生き方、過ごし方について、暗中模索、研究?の日々を無駄に過ごしている。悠遊自適、晴耕雨読と言ってみても、私には、耕す畑も、読むべき蔵書もないのである。
 こんな頼りない生活のなかで辛うじて続いているのは「今宵の一品」、「晩酌の友」造り、夕食造りで、夢の小料理屋の開店目指しての板場修行?を玉ねぎを刻みながら、涙と鼻水を流して細々とやっている。
 その昔に、他誌のエッセイに「小さな夢の続き」と題して「いつかは小料理店の親父の役をやるのが夢だ。」と身の程知らずに書いたことがある。諸般の事情により実現可能性は年々低くなっているようであるが、僅かながらも夢は持ち続けている。現役の頃、現職の裁判官から料理人に華麗な転身をされた方の報道に接し、その鮮やかさ振りに大いに刺激された記憶がある。夢の実現のために持ち続けている気持ちの他にもう一つ持ち続けている物がある。包丁である。転勤や退職の度に、とある同僚から天下の名刀ならぬ高級包丁を頂戴し、今も数本が息を潜めて出番を待ち焦がれている。未だ未使用の大きなまな板も時々は、その木肌の感触を楽しませて貰っている。
 夢の小料理屋が開店の運びになったとしても、果たしてお客さんに喜んでもらえる料理が出せるのか、包丁さばきは大丈夫か、はたまた、「みをつくし料理帖」(高田 郁著)の「澪」のような多彩な料理と味は出せるのか等々高レベルな前提条件を作り上げて勝手に挫折しているというか、一人楽しんでいるという有様で笑止千万ものである。それでも認知症予防の一環としての期待も込めて夕食の献立と調理を包丁一本に賭けて(大げさ。)修行?を重ねている。他にも、近所に住んでいるパラサイト家族(子と孫ら8人。)のために、土曜日・日曜日の夕食会の仕込みや各人の誕生会の祝い膳を造ったり、コロナ禍の中では、集合できないので、土・日に限り夕食のおかずの宅配をしたりして、包丁と腕の切れのさび付き加減の確認と献立能力の開発養成に無駄な努力をしている。孫のための料理は、4人それぞれの好みに合わせて毎回工夫を凝らしているが、私と妻の分と言えば誠に簡単質素なもので、冷蔵庫の中にある物、余りもの食材を引き合わせて創る「ひらめき・思いつき料理」が毎日の献立である。これが意外と旨い。酒にも合う(合うように造っていると言う人もいるが。)。残り物には福がある的に最後まで食材を生かし切る(要するに、ケチか貧乏性。)のである。
 ことのついでに調子に乗って言ってしまうと、お正月のおせち料理は、結婚以来この正月まで、すべて私の手造りである。妻の名誉のために言うと、きんとん・黒豆・うま煮・昆布巻き等々は妻の担当である。秋ごろから新聞広告等に掲載されるおせち料理の写真を横目で見るくらいの自信はややある。ただし、高級食材の数では負ける。が、ここは、私の故郷の海の幸が埋めてくれる。後は彩である。ここは料理人のセンスが問われるところであるから、ついつい力が入る。三段重と二段重を基本として、刺身盛り合わせ等を添えて並べて、一人悦に入っている。
 私の料理の基本は、お袋さんのマネと小料理屋さんのカウンター越しに垣間見た料理人さんの下ごしらえの包丁捌きと味付けであり、居酒屋さんの珍味料理である。料理本やテレビの料理番組での、塩〇〇g、砂糖〇〇g、油小さじ一杯、胡椒少々等々は大事なことであるが、私には全く覚えられないので、すべて感覚と想像力での味付けとなる。妻が言うには、私が、テレビの料理番組で高級レストランや高級寿司店の紹介を観ていて、芸能人の方やリポーターの方が「さすがこのお店のこの〇〇は、コクがあって、脂がのって、まろやかで、とろける様で、旨い、美味しい、最高です。」等々のいわゆる食リポを聞きながら発する一言は「当たり前だ。マグロや牛肉の希少部位を使い、キャビア・フォアグラ・アワビ等々の高級食材をふんだんに使った料理が不味いわけがない。何ら手を加えなくてもそもそも食材そのものが良いのだから。料理してない?から旨いんだ。高価が旨いんだ。」と叫んでテレビのチャンネルを替えるらしい。
 さて、我ながらさすがにくど過ぎる程の自慢話満開の前置きが長すぎてお題目が何であったか忘れそうになっていることにようやく気が付き、この辺でお題目に戻ることとする。
 会友の皆様は、「あなたの一番好きな食べ物は何ですか。」と聞かれた時「私は、〇〇が一番好きです。」と即座に答えられますか。大半の方は少し悩み考え込むのではないでしょうか。長い人生で沢山美味しいものを食べてきたことでしょうから。そして「人生の最後に食べたいものは何ですか。」と聞かれ、最初に聞かれた一番好きな食べ物と重なり答えに窮する方も多いことでしょう。一方「我々の歳になれば、趣味・嗜好や最後の晩餐メニューまで、しっかりと固まっているよ。長い人生今更迷いはないよ。」という方もおられるでしょう。
 そういうお前はどうか?と聞かれると、まだ自分は若い?と思っているらしく「未だ悩みの境地をさ迷っている」と言う答えである。要するに最後に食べたい物が沢山あるらしいのである。
 どちらかと言うと、魚は「身」より「頭・アラ」を好み、肉は「牛」より「成吉思汗・ジビエ」を好み、野菜系は、野生の「行者ニンニク・ワラビ・フキ・ボリボリ(キノコの一種)山ワサビ等々」を好む言わば偏食・亜流系・自然派の私である。私は、北海道から東京に転勤となって以来、いつの間にか45年にもなるが、まだ右も左もわからない頃の良き先輩諸氏?に連行され、訓練を受けたのが名高きあの有楽町のガード下である。私は、育った職の環境のせいか、東京に来るまで、マグロ、塩辛、レバー、臓物系はどちらかというとあまり好きではなかった、というより嫌いだった。それが度重なる訓練の成果?でいつしか食べられるようになった。訓練のやり方は、これまた初めて口にするガード下の銘酒「ホッピー」とやらで流し込むのである。訓練の賜物でいつしか有楽町育ちの都会派?になっていました。田舎に帰ってそんな話をすると、近所の人や親戚やら同級生が、「そんなものしか食えないような生活をしているのか。かわいそうに。」と同情され、日高の太平洋の海で採れた、ウニやつぶ貝、カレイやタコの刺身、蟹やホッキ貝等々の正統派?食材を食べさせてくれた。今もである。
 最後の晩餐と言えば、ついつい思い浮かべるのが、高級食材をふんだんに使ったフランス料理、イタリア・スペイン料理を名のある高級店でワイングラスを片手にして・・・最高で最後の一夜を過ごし・・・そしてその余韻に浸りながらの「PPK」(ピンピンコロリ)・・・まさに理想的な終焉の宴である。
 しかしながら、食に関してやや偏屈気味の私の場合は、そういうカッコいい最後の晩餐とはいかないようである。
 目を閉じて浮かんでくるのは、・・・赤々と燃える薪ストーブの上に、無造作に置いた開いた助宗ダラの干物、イカの干物、男爵芋、シシャモなどが並びストーブの横には竹串に刺したハタハタが焙られている。円卓には、バフンウニの塩辛、バター、イカの塩辛がジャガイモにのっかる順番を待っている。刺身は、ホッキ貝、松川(カレイ)、真ツブ貝。鍋物は、助宗たらのタチ(白子)が入った三平汁。漬物は、ニシン漬け、そして伝統の鮭の飯寿司、さらに叶うなら、マンボウの肝和え。・・・等々があればほぼ完璧な我儘な私の最後の晩餐メニューである。
 この空想絵巻は私の好物のオンパレードである。高級感などどこにも漂ってはいない。どこかで体験したような、記憶の中に潜んでいるような風景なのである。そうです。私が高校時代まで過ごした故郷の実家や近所の食事の風景なのである。子供の頃は、毎日のこの食事メニューが嫌で、卵焼きや、ハム・ソーセージが食べたくてたまらなかった。
 私に最後の晩餐のメニューをこのような昔の田舎の実家の食事風景を想起させたのは、酒を嗜むようになったからなのかもしれない。それとも有楽町ガード下で育まれた対応能力?のせいなのか。はたまた高級料理と言われるものを食したことがないのか、高級店と言われる所に入ったことがないからなのか。いずれにしても、見た目からして、はなはだ貧弱で貧相な私の最後の晩餐の絵面である。が、私にとっては、最高級な最後の晩餐メニューなのである。
 ようやくお題目の「最後の晩餐」に少しだけ近づいてきた感はありますが、それにしても男という生き物は、故郷を否応なしに離れて45年も経て今なお心の隅に故郷を残しているんだなとしみじみ思った。恥ずかしながら、この気持ちは今は亡きお袋さんを想う気持ちに似ているのかも(親父さんには悪いが。)。やや気持ちが湿ってきたところで、今日この頃のご報告とさせて頂くこととする。会員の皆様には、毎日の食卓でその日その日の晩餐会をお楽しみ頂き、今年もお元気でお過ごし下さい。       (佐々木 暁)

宇和島公証役場に着任して(川本浩二)

1 はじめに
 公証人となって早1年半になろうとしている。宇和島公証役場は1人役場で、書記も全くの新人。右も左も分からない手探り状態での事務開始となった。予想していたとおり、事務を開始した当初は、バタバタ・オロオロの連続であった。しかし、諸先輩方の多大な力添えで、なんとかここまで務めることができた。歳を重ねるにつれて、「人間は独りじゃ生きられない。」と感じるようになったが、そのことを再認識した。感謝感激である。
 さて、前任の植田先生が座っていたイスに初めて座ってみると、データはどこにあるのか、資料はどこにあるのか、用紙類はどこにあるのか、など戸惑うことが続発した。そんな状況下で、突然の来客や電話照会があると、すぐに対応できない。「なんだったけなぁ」と思って文献や資料を確認しようとするが、なかなか探せない。とにかく、うろたえる日々が続いた。
 こうした経験から、とにかく効率的に仕事ができる環境を整備することが必要と考えた。効率的に仕事ができる環境が整っていれば、突然の来客や電話相談にも、素早く対応できるし、その結果、落ち着きを持って対応できるのである。
そこで、私が、最初の1年目に取り組んだ効率化策について、ご紹介してみる。

2 デュアルモニター化
 Steelcaseがマイクロソフトが仕事環境を機能的にするために行っている調査・研究の紹介記事「How Multiple Monitors Affect Wellbeing」に大変興味深い記事があった。
記事によると、マイクロソフトの技術コンサルタントが「ディスプレイと作業効率を定量化」した報告によると、「シングルモニターをデュアルモニターに変更しただけで、デスクワークの生産性が42%向上した。」という。
 また、別の研究、ウィチタ州立大学の研究レポートでも、スクリーンサイズに関係なく、マルチモニターが仕事のパフォーマンスを高め、実際に、シングルディスプレイからデュアルディスプレイにした人の98%が「仕事をするならデュアルディスプレイを選ぶ。」と回答している。
この情報を受けて、当役場もデュアルモニター化した。追加したモニターは6,000円(右側、中古)。しかも、簡単な作業でデュアル化できた。
 ちなみに、42%作業向上するなら、60分間で従来の60×1.42%=85.2分間の作業ができることになる。1日8時間労働だとすると、デュアル化した後は、8時間×60分÷85.2分=5.63時間=「5時間38分」で仕事が完了することとなる。
私の場合、左のディスプレイに、起案中の証書案や作成中の資料を表示させ、右側のディスプレイには、会計ソフト、ウエブ画面、メール画面、資料などを表示させており、右側の画面に出た情報を参照しながら、また、左側の画面にあるワード等にコピーするなどして作業を進めている。どれくらい効率化できたかを数値で説明することはできないが、かなり効率化されたとの実感は十分ある。もはや、一つのモニターで仕事をする気になど全くなれない。

3 文字情報基盤検索システム
 外字の問題である。標記のシステムは、おそらく多くの方が既に利用されていると思う。しかし、知らないという方もいたので、今回ご紹介してみる。
市販のパソコンにインストールされている規格化された文字数は僅か約1.2万文字しかない。これでは、様々な字体がある氏名に対応できない。そこで、殆どの自治体が、住民票や戸籍の人名に使用できるようにするため、膨大な数の外字を作成していた。しかし、外字の文字コードはそれぞれの役所で異なるため、オンラインによって連携されることの大きな障害になっていた。
そこで、総務省が「文字情報基盤整備作業」を実施して、行政で用いられる人名漢字等約6万文字の漢字フォントを作成した。それが、「IPAmj明朝」フォントである。ちなみに、次図は、葛飾区の「葛」の文字であるが、この一文字だけで、これだけの文字が用意されているのである。
これを利用すれば、外字を使用することはない。もちろん、外字を作成する作業も不要となる。

 ちなみに、IPAmj明朝」フォントは、「文字情報記述促進協議会」のホームページなどからダウンロードできる。もちろん、無料である。
 なお、使い方まで紹介すると長くなってしまうので、今回は省略させていただくことをお許し願いたい。

4 契印機
 前任者は職印で契印していたが、契印機がほしくなったので、思い切って購入した。やはり効率的である。この商品は18枚機であるが、22枚程度は対応してくれる。ただし、契印可能枚数は、紙の厚さによって変動することはいうまでもない。
ちなみに、「契印」と「割印」の意味の違いを知ったのは、最近のことである(笑)

5 LINE
 LINEを使っている方は多いと思う。もちろん、私も使用している。実に使い勝手のよいアプリである。
 嘱託人等とやり取りするのに、LINEを使用することが多々ある。FAXはない、メールは使っていないという嘱託人等がほとんどだからである。なんといっても、「LINEでやり取りしましょう。」というと依頼者に喜ばれるのである。
LINEはスマホというイメージが強いが、パソコン版もある。パソコン版だとファイルを簡単に添付できるし、苦手なフリック入力をしなくて済むのである。

6 会計ソフト
 クラウド型の会計ソフトを使用している。クラウド型会計ソフトの最大のメリットは、預金口座と連動していることにある。預金口座の入金・出金状況が事務所に居ながらにして直ちに確認できる。確認できるだけではなく、会計ソフトと連動しているので、帳簿付けが簡単にできる。
当役場は、電子確定日付センターに指定されているので、電子確定日付の請求があった場合の手数料の入金確認をするのも、会計ソフトで行っている。会計ソフトで確認する場合は、ボタンを一つクリックするだけで足り、インターネットバンキングのように、いちいちログインする必要がないのである。

7 最後に
 業務の効率化は、まだまだある。最初に書いたとおり、執務に必要な情報を迅速に検索できる仕組みも考えたい。こんなことを考えつつ、小さなことからコツコツと効率化に取り組んでいきたい。          (川本浩二)

実務の広場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.90 パートナーシップ合意契約について(小沼邦彦)

 先に5年ぶりの東京オリンピックが様々な批判を浴びながらも開催されました。開会式では、日本の男子旗手は八村塁さん、聖火の最終点火者が大坂なおみさんと、大会の理念である「多様性と調和」ということがクローズアップされた大会でもありました。そして、ちょうどこの大会期間中に当役場で初めてのパートナーシップ合意契約の公正証書が作成されたのです。仲介した行政書士はLGBT関係専門の方のようでしたので、今後、他の役場においてもこの契約の嘱託があろうかと思い、1つの相談事例として紹介します。
1 パートナーシップ合意契約の概要
 この契約は、一言でいえば「同性婚契約」であり、共同生活に関する合意契約ということになります。ここでいう「パートナーシップ」とは、連合会の「証書の作成と文例」(以下「文例」といいます。)によると、婚姻関係(同性・異性を問わない。)ではない2名以上の者による共同関係との一般的な意味で使用すると説明されています。また、渋谷区で初めて開始された「パートナーシップ証明書」を交付するために制定された条例においては、「男女の婚姻関係と異ならない程度の実質を備える戸籍上の性別が同一である二者間の社会生活関係」と定義されています。渋谷区においては、この合意契約と任意後見契約を公正証書で作成したパートナーに証明書が交付されますが、この証明書は、婚姻事項を記載した戸籍謄本の代わりになるものということが言えると思います。
渋谷区においては、生涯を共にすることを誓約するという重要性を考慮し、二つの公正証書の作成を求めているわけですが、例外として任意後見契約の作成を免除する場合もあり、その一つとして、財産形成過程にある年齢の若い方達には、パートナーシップ合意契約の中にその事情と将来的には作成する旨を記載する取扱いも認められています。
 当役場の相談者は、40~50代の方でしたので、渋谷区のそれに倣って各人ごとに任意後見契約をしたいとの希望であり、これは通常の様式によるものでした。
2 パートナーシップ合意契約の内容
ア 契約の内容を簡単に説明しますと、法律婚では婚姻により民法等で認められる法律関係が同性婚では認められませんので、二人の共同生活に必要な内容について契約するものと考えていただければいいのではないかと思います。
 その中で、まず重要な事項が強い愛情で結ばれる関係であることを宣言する第1条の「本証書の趣旨」です。ここには、二人の結びつきや互いに対する強い思いなどを聴取した上で、公証人としてはそれらの事情や思いを十分に加味した内容にして記載すべきと考えます。例えば、このような記載ぶりになります。

第1条(本証書の趣旨)
 甲及び乙は、現在まで〇〇年に渡る共同生活の事実及びそれにより育まれた深い愛情と信頼に基づき、お互いに生涯にわたるパートナーとしての意思が揺るぎなく、添い遂げることをここに誓約するとともに、甲及び乙ができるだけ婚姻における配偶者と同等の権利義務を得られるようにするため、次条以下のとおり合意する。
 なお、甲及び乙は、それぞれの親族、関係者並びに関係機関に対し、本契約の趣旨を尊重され、二人の家族としての共同生活に対し、理解と配慮並びに協力していただくよう強く表明するものである。


イ 第1条において、真摯な愛情と信頼で結ばれた関係にあること、そして生涯のパートナーとして添い遂げることを合意した上で、以下、具体的な内容を規定していきます。まず、同居して、支え合うことを誓う「同居・協力・扶助義務」、共同生活の費用の分担、契約前と契約後の財産の帰属を明記する「財産関係」、本契約が解消された場合の財産分割方法を記載する「財産の清算」、そして、本契約を終了する方法及び終了するについて責任ある相手方の慰謝料支払義務等を定める「本契約の終了」など、財産に関する事項が中心となります。
当役場の相談者は、40~50代の方でしたので、「相互の介護」、「災害時の連絡」、「終末期の対応」、「葬儀・埋葬」等の終末期等に関する事項についての要望も多くありました。
3 パートナーシップ合意契約の特色
ア この契約において特徴的な事項として挙げられるのが「療養看護に関する委任」です。これは、病院で治療や手術を受ける場合に、通常配偶者に与えられる同意などの権利を相互に付与するものです。少し長くなりますが、法律婚でなければ認められないものを条文化したものですので紹介します。


1 甲及び乙は、そのいずれか一方が疾病、事故等により医療機関において治療又は手術等を受ける場合、他方に対して、治療等の場面に立ち会い、本人とともに、又は本人に代わって、主治医その他の医療関係者から、症状や治療の方針、見通し等について十分な説明(カルテの開示を含む。)を受けることを予め委任する。
2 前項の場合において、罹患した本人が自らの意思を表明できない場合、治療方針及び治療行為(人体の切開等の外科手術を含む。)の決定に同意するなど、通常配偶者に与えられる権限を予め相互に付与する。
3 罹患した本人は、その通院、入院、手術時及び危篤時において、他方に対し、入院時の付添い、面会謝絶時の面会、手術同意書への署名、本人が予め同意する臓器提供に係る同意等を含む、通常配偶者に与えられる権利の行使について、本人の最近親の親族に優先する権利を相互に付与する。医療契約、入院契約、介護申請及び医療費の支払も他方に委任する。
 

 これは、文例の記載例とほぼ同じものですが、他の条項に比較して詳細なものになっており、渋谷区の条例制定に伴い公正証書の案文作成に携われた先輩公証人の御労苦に感謝を申し上げなければなりません。公証法学(第49号)に掲載された下川德純公証人の講演論文によれば、この制度が実施された平成27年11月当初は、渋谷区の方が証明書を取得するために公正証書を作成するのが多かったのに対し、翌年からはこの「療養監護に関する委任」条項を求めて、渋谷区外の各地からこの合意契約を行う方々が増加しているとのことです。
 この公正証書を入院した病院に示すことにより、配偶者同様の説明を受け、同性パートナーとして、処置方法について同意することにより、パートナーの命が救われることもあるとのことです。法的根拠はありませんので全ての病院で通用するわけではありませんが、まさに公正証書であるからこその効果であると言えます。
イ この契約のもう一つの特色は、これも前記下川公証人の論文にもあるとおり、契約者にとっては記念的な意味合いを持つものと言うことができます。私は、当初、仲介した東京在住の行政書士に対し、コロナ対策もあり、立会はお断りしたのですが、二人の記念写真を撮ってあげたいと言うので受け入れることにしました。前記の下川論文によれば、彼らにとって公正証書作成日は結婚記念日と同じ意味があり、最後に公証人を囲んでの記念撮影を求められることもあるということを承知していたからです。幸い、当役場の仲介者は、署名をするところの撮影を希望するところまででしたが、嘱託人の要請があれば仲介者を立会人とすることも可能と助言したところ、結果として、公正証書には立会人として仲介者の名前が記載されました。
4 法律婚でないことへの対応
ア 同性パートナーは、この契約を行ったとしても法律婚ではないため配偶 者としての相続人にはなれませんので、各人の死亡後の財産をどうするかという問題が残ります。年齢に応じて、遺言、信託等を行う必要がありますが、当役場の相談者はそれぞれ死因贈与契約を締結することを希望していました。
 そこで、公正証書の形式としては、合意契約と死因贈与契約を一体のものとし、合意契約を第1、死因贈与契約を第2とした上で、死因贈与契約の趣旨の条文においては、「甲及び乙は、第1の合意契約において婚姻に準ずる関係の権利義務を認めたことに伴い、相手方が死亡した場合の財産を承継させるため、相互に死因贈与契約を締結する」とその関係性を明記しました。
手数料は、合意契約で1件、死因贈与契約で各1件(各人の目的価額による計算)、任意後見契約は各人ごとに作成しましたので各1件となり、合計5件分としての計算となります。
イ 「パートナーシップ証明書」が交付されたことに伴い、携帯電話の家族割が認められたり、生命保険の受取人として認められる商品が出てきたりと、少しずつ改善が図られているわけですが、法律婚ではないため、同性パートナーに認められていない権利は現在も少なくありません。
相談者からは、その中でも法律婚の場合には認められる生命保険及び社会保険における配偶者としての権利について、将来のことを考慮し、配偶者として受領する意思を表明しておきたいとの要望がありました。確かに、将来の法整備によっては認められる余地は十分あります。このことは、LGBTの方々の権利擁護を図ることを目的とするパートナーシップ合意契約の趣旨からしても記載すべきものであると考え、合意契約に盛り込むことにしました。
5 最後に
 私が関与したパートナーシップ合意契約書については以上のとおりです。
 公正証書の作成がLGBTの方々の権利を擁護することになることは公証人としても喜びであり、今回のオリンピックの開催と相俟って私にとって印象に残るものとなりました。今後、一層、一人一人の個性を重んじる社会になってほしいと感じた次第です。         (小沼邦彦)

民事法情報研究会だよりNo.51(令和3年10月)

秋涼の候、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
 9月末日までとの期限で、全国各地に出されていた緊急事態宣言は、いずれも解除されることになりましたが、一部の専門家によると、10月以降も感染再拡大のおそれなしとのことで、まだまだ安心はできない状況が続くようです。
 先般、当研究会の理事等で協議した結果、誠に残念ながら、12月11日に予定していたセミナーを中止することを理事会で決議しました。政府で検討している緩和措置の内容の詳細は判明していませんが、現時点では、全国から多くの人が集まって飲酒を伴う会食を行うことが許容される状況にはありませんし、仮に行うとしても、着席による飲食となり、かつ、席の異動を原則禁止とせざるを得ないなど、例年のように、会員各位が相集い、懇親を深められる形態での開催が難しいと判断されたものです。
 今後の情勢の変化等を注視しながら、来年6月18日開催予定の会員総会のときには、例年の形式での開催ができることを期待しているところです。(YF)

今日この頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

爆弾を抱えて(星野英敏)

1 右足の膝から下だけが腫れる
 今年(令和3年)の3月初め、右足のふくらはぎに筋肉痛のような痛みを感じたので、風呂に浸かりながらマッサージでもしてみようかと思って良く見ると、左足に比べて右足の膝から下が異様に腫れていて、腫れた部分を圧迫すると痛みを感じることがわかりました。
2 血栓症を疑う
 インターネットで調べてみると、深部静脈血栓症(いわゆるエコノミークラス症候群)が疑われることから、直ぐに血管外科を受診すべきだということが書かれていました。
右足の腫れは3月4日をピークに5日には引き始めていましたが、念のため、6日の土曜日に近隣の血管外科がどこにあるのかを調べ、車で約1時間の大学病院に行ってみました。
 しかし、土曜日は血管外科の外来受付をしていなかったため、やむを得ず自宅近くの病院で内科の診察を受けた結果、足の静脈に血栓が生じている可能性があることから、改めて次の木曜日にその病院に来る非常勤の循環器内科医に診察してもらうこととして、とりあえず血流を改善し血栓を防止する薬の処方を受けました。
3 深部静脈血栓症確定
 3月11日の木曜日に循環器内科の医師の診察を受け、血液検査とMRI検査の結果から、右足の膝付近で、一番太い深部静脈の血流がほぼ完全に止まっていることが判明しました。
 足の腫れが4日をピークに引いてきたのは、塞がった静脈の代わりに他の静脈がバイパスとなって働きだした結果と思われるとのことでした。
 この間、何らかの原因で血栓がはがれて流れ出していれば、命の危険もある肺動脈塞栓症のほか、脳梗塞や心筋梗塞などを発症する可能性があり、運よく命が助かっても、半身不随といった後遺症が残ることもあるとのことでした。
 そこで、3月25日に別の総合病院の血管外科を受診できるよう予約をとってもらい、紹介状も書いてもらいました(田舎のことで、市内最大の総合病院でも血管外科の専門医は常駐しておらず、診察も週1回だけという事情から、ちょっと先の予約となりましたが、本当は、できるだけ早く専門医の診断を受けるべきです。)。
4 爆弾抱えて
 3月11日から次の受診までの2週間は、いつ爆発するかもしれない時限爆弾を抱えて過ごすような毎日となりましたが、半身不随でも命さえ助かればと覚悟を決め、救急搬送に備えた準備をして、平日は毎日、調停委員として裁判所に通っていました。
 調停委員としての活動中も、右足に刺激を与えないよう、文字通り腫物に触るように、階段も避けてエレベーターを使う毎日でした。
5 血管外科受診
 3月25日、血管外科の専門医を受診し、改めて超音波による検査を受けました。
 場合によっては手術が必要になるかもしれないと思っていましたが、薬が効いて血栓は縮小し、血流も回復しているとのことでした。
 ただし、まだ血栓が飛ぶことも考えられることから、少なくとも3か月は薬を続けることが必要とのことでしたので、最初に受診した病院で投薬と経過観察をしてもらうことになりました。
 また、体質的な要因やがんなどの病気によって血栓ができている可能性もあるとのことから、併行してそれらの要因の有無も検査してもらいましたが、それらは確認されませんでした。
 最終的には、発症から半年程度経った今年の9月か10月ころに再度検査し、その時点で血栓が確認されなければ、今回の治療を終わる予定です。
6 血栓はどこへ
 血栓は縮小したとのことでしたが、少しずつ溶けてしまったのか、小さく分かれてどこかに飛んで行ったのかはわかりません。
 最近の物忘れは血栓による脳梗塞のせいかもしれないと思いましたが、随分前からの症状なので、今回の血栓症が原因ではないようです。
7 血栓ができる原因と予兆と思われること
 この時は、まだ新型コロナウイルスのワクチン接種前だったので、血栓ができる原因としては、血管の老化、運動不足、水分不足などが考えられ、これに加えて体の特定部位の血流を阻害するような姿勢を継続していたこと(我が家の猫たちと一緒に寝ていたので、そうなってしまったのでしょうか。)が引き金になったものと思われます。
 振り返ってみれば、夜中にこむら返りを起こしたり、洗い物で特定の指だけ手荒れがひどくなったりしたのも、一部の血管の流れが良くないことが原因と思われ、このようなことも予兆の一つだったかもしれません。
8 血栓症予防策など
 血栓症を起こさない対策としては、適度な運動、こまめな水分補給(特に就寝前及び起床時の水分補給)、過度の飲酒の抑制(これはなかなか困難です。)、飲酒後にはこれを補う水分を補給しておくこと(これは心掛けています。)などが考えられます。
 また、長時間同じ姿勢をとらないようにすること、やむを得ない場合はこまめに休憩を入れて軽い運動をするか、少しずつでも足を動かしておくことなどです。
 そのほか、前述の予兆のようなことがあれば、水分補給のほか、食事面でも、血液をサラサラにする食品を採るよう心掛けるのも良いと思われます(妻はしばらくの間、毎食玉ねぎスライスを出してくれました。)。
血栓症を発症してみて、自分の体もガタがきていることを思い知らされ、小さな異変も見逃さないよう自分の体に向き合っていかなければとの思いを強くしたところです。(星野英敏)

回想法(小畑和裕)

1 公証人を退職してから8年が過ぎた。辞めた当初は旅行をしたり、図書館やジムに通ったりして仕事から開放さ  れた喜びを満喫していたが、やがて飽きた。NHKのチコちゃんから「ボーッと生きてんじゃねえよ!」と、どやされる日々となるのは意外に早かった。自然の美しさや、様々な出来事に感動することも少なくなった。特に酷くなったのは、人の名や地名を直ぐに思い出せない事だ。テレビを見ていてそのタレントの名が思い出せない。一緒にいる相棒に聞くとやはり分からない。その代わり、その人が最近結婚したこと、誰それの子であることなど、タレントの付属情報などはやけに良く覚えている。暫くすると、何の脈絡もなくフッと思い出す。「認知症になったのかな」という思いが強くなる。
2 ある日、散歩の途中、本屋に立ち寄り吃驚した。長谷川和夫医師の新刊本が目についたのだ。本のタイトルが、「ボクはやっと認知症のことが分かった」とある。今更言うまでもなく彼は、公正証書遺言を作成する際、嘱託人の意思確認をするため幾度となくお世話になった「長谷川式簡易知能評価スケール(HDS―R)の考案者だ。その先生が認知症になられたのだ。その事に驚く一方で、「やっと認知症のことが分かった」とはどういう意味なのか。疑問が湧いてきた。
またある日、新聞で認知症の義父をケアしている親族の苦労話を読んだ。その人は、正しい方法でケアをするために認知症のことを基礎から勉強し、資格試験に挑戦したという。認知症に関心を持ち始めていた私は、漠然とした知識しか持っていなかった認知症について勉強をしてみる気になった。受験のための公式テキストを買い求めた。
3 介護保険法によれば、認知症とは、「脳の器質的な変化により日常生活に支障が生じる程度にまで記憶機能及びその他の認知機能が低下した状態をいう」とある。つまり認知症は、認知機能に障害があり、日常生活に支障が生じる状態にある病気なのだ。前述した人名や地名が一時的に思い出せないのは、老化による、物忘れ・度忘れであり、日常生活に支障は生じておらず病気ではない。認知症ではないのだ。安心した。しかし油断は禁物だ。認知症ではないが軽度認知障害(MCI、Mild Cognitive Impairment)といわれ、認知症予備軍だという。古いデータで恐縮だが、2012年の認知症有病者数は462万人であり第1次団塊の世代がすべて後期高齢者となる2025年には約700万人になると推計されている。また、軽度認知障害(MCI)者は400万人といわれ、その半数は適切なケアを行っても、5年後には認知症に進行するとされている。2025年問題だ。大変な事態になっているのである。
 厚生労働省は、認知症の高齢者が増加する中にあって、当初は早期発見・早期治療を目指していたが、認知症の予防に重点を置くこととし、2012年に介護予防・日常生活総合支援事業を創設した。その事業を実施するための、「介護予防マニュアル」では、「認知症を予防するためには、その前段階とされる軽度認知障害(MCI)の時期で認知機能低下を抑制する方法が現時点では最も効果的である」とされている。つまり、認知症の発病を予防することを最重要視しているのだ。
4 認知症患者の認知機能の改善に回想法という手法がある。回想法は、1960年代にアメリカの精神科医ロバート・バトラーが提唱したもので、当初はうつ病治療に行われていた。過去を語ることで精神が安定し、認知機能の改善も期待できる心理療法であることから、認知症患者のリハビリにも利用されるようになった。認知症は、記憶障害が進んでも古い記憶は比較的最後まで残っている。その特徴を生かした手法だ。回想法にはグループで行う方法と個人で行う方法とがある。最近、この方法は認知症の予防にも効果があると考えられている。多くの人々と出会い、交流し、懐かしい思い出話を語り合う。「話す」、「聞く」、「コミュニケーションをとる」という行為が記憶を維持し、脳の適度な刺激になり、認知機能の維持に効果があるとされている。
5 購入した受験テキストを読んでは忘れ、また読むという生活を三ヶ月ほど続けた。運転免許証取得のための勉強以来、久しぶりの受験だったが楽しかった。受験者は殆ど若い人たちだった。しかも施設で働いている人や家族の介護を現実に行っていると思われる方々が多かった。家族には内緒で受験したが何とか合格し、認知症予防支援相談士の認定証を頂いた。マイスターと我が名が表示されたカードを携帯しているが、相談を受けた実績は全くない。
新型コロナの感染が一日も早く終息し、民事局や法務局のOB会等に参加し、過去の苦労話や楽しかった思い出を語り合い、脳の刺激をうけ、楽しい時を過ごす。その効果として、5年後においても認知証は絶対に発症しない。言い忘れたが、軽度認知障害(MCI)の状態から5年後には、適切なケアをしても、その半数が認知症を発症すると推計されているが、40%は現状維持、10%が正常になるという。適切なケアに努めて10%を目指すのが現在の目標だ。
ボーッと生きてなんかおられないのだ!(小畑和裕)

実務の広場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.89 保証意思宣明公正証書の作成について(アンケート結果)

(羽田豊光)

 保証意思宣明公正証書の作成に当たっては、適正・迅速な事務処理のために様々な工夫をしておられることと思います。そこで、九公会では、昨年、会員に対するアンケートを実施し、各役場における取扱いを取りまとめ、その結果を周知していたところですが、会長の了承を得たので、皆様にご紹介します。

1 作成する上で工夫又留意している事項
⑴ 口授について
○ 保証の法律関係、効果について資料を渡して説明し、理解度を慎重に判断した上で、必要事項を口授させている。
○ 質問事項、特に保証リスクについては、具体的で分かりやすい表現に努めている。
○ 金融機関によって(同一の金融機関でも本店・支店によって)今回の民法の一部を改正する法律で規定された「事業に係る債務についての保証契約」等の理解度や、保証意思宣明公正証書に関わる理解度が異なることから、金融機関の担当者から保証人になろうとする者に対して事前に保証意思宣明公正証書に関して的確な説明がされていないケースが散見されるので、保証人になろうとする者の口授に関しても、時間をとって丁寧な対応を心掛けている。
○ 遺言と同様の方法で口授を求めており、保証意思宣明公正証書として特段の工夫等はしていない(主債務者又は金融機関担当者が同行することがあり、事前に説明等を受けることはあるが、口授の際は退席をお願いしている。)。
○ 民法第465条の6第2項第1号の口授は、保証意思宣明公正証書作成の際に行ってもらうことになるが、これが円滑にいくように、次の手順で、進めている。
 まず、端緒として、債権者、主たる債務者又は保証人予定者から電話が入ってくるので、保証意思宣明公正証書を作成することの趣旨と保証意思宣明公正証書を作成する前提として、保証人予定者が理解していなければならない事項、主たる債務者から情報提供を受けていなければならない情報について説明し、これらを確認するために所定の書類が必要であることを説明する。
 次に、保証人予定者に、当職が説明した書類を持参の上、公証役場に来てもらい、保証人予定者が、主たる債務の内容、自分が負うことになる保証契約の内容と保証リスク、主たる債務者からの情報提供事項について、理解しているかどうか、情報提供を受けているかどうかを聴取し、おおむね理解しているようであれば、保証意思宣明書について、説明をし、記入をしてもらう。保証意思宣明公正証書の作成日について予約をし、帰ってもらう。
○ 保証意思宣明書の各項目について、順次質問し、同質問に答えてもらうという手順で行っている。
○ 嘱託人に保証意思宣明書を準備して来所するよう依頼している。
○ 保証意思宣明書を粛々と読み上げてもらっている(保証意思宣明書を粛々と読み上げれば足りるように作成してもらっている。)。
○ 相談時に保証予定者に対し、公証人から質問する予定の内容を示しており、更に金融機関の担当者からもレクチャーを受けるなどして保証する内容をしっかり把握するよう伝えている。
○ 保証意思宣明書のほかに口授すべき事項を文書で伝えている。
○ 事前相談においては、法改正がされた経緯と改正民法の概要等を十分説明した上で口授を受けている。
○ 質問シートを作成し、それに従って口授を受けている。
○ 嘱託人及び金融機関に対し、公正証書作成当日に公証人が嘱託人に対してする質問事項について、当役場で独自に作成した「手続案内ペーパー」をあらかじめ渡している。作成当日は、嘱託人がメモを見て応答する方法を採っている。
○ 保証意思宣明書を見せないで口授してもらっている。
○ 保証予定者に、あらかじめ、口授をしてもらう事項を記載した資料(他の公証役場と共同で作成したもの)を交付し、口授の進行の一助にしている。
○ 債権者、主たる債務者を確認の上、まず、主たる債務者が借り受ける資金の使途を聞くようにしている。そのほとんどが共同住宅建築のための資金であるため、共同住宅の部屋数、賃料を確認し、それから借入元金、利率等を聴取し、共同住宅の入居率が低下し、金融機関等への支払いが滞った場合に保証人が支払わなければならないことを理解しているかを確認している。
⑵ 公証人使用欄(口授メモ)について
○ チェック式のメモを活用している。
○ 作成当日は、口授メモを利用し書き留めている。
○ 質問及び回答事項を簡潔にメモしている。また、メモ事項は、日公連文例委員会の執務資料の記載を参考に作成している。
○ 「情報提供」、「履行意思」については、保証人が全くの第三者の場合は、債権者との関係、保証人を引き受けた経緯、債務者の他の債務の返済状況等を聴取して、詳細な記載をしている。
○ 「違約金」や「その他」については、口授の後、契約書の当該条項等に当たり確認させた旨記載している。
○ 求償権者農業信用基金協会の求償債務のうち、求償元金の遅延損害金の額が利子補給に絡むものについては、県のホームページ等に掲載されている現在の利子補給率を嘱託人に示して確認させた旨記載している。
○ 口授が予定されている事項について、事前に提出された主債務者の情報提供義務に係る資料及び保証内容の裏付け資料を基にあらかじめ内容を記載しておき、口授内容と齟齬する点がないかどうかチェックするとともに、保証予定者の保証意思、保証リスクの理解度を確認している。
○ 相談があった段階で作成し、口授の際の参考にしている。
○ 主債務者との密接な関係性に着目して聴取しメモするよう心がけている。
○ 面談の際のメモ用として活用はしているが、記録保存用としては適さないと判断し、記録用のメモは別途パソコンで作成している。
○ 保証意思宣明書として公証人印を押印し、原本に連綴している。
○ 都城役場から情報提供を受けた様式を使用している。
○ 質問シートを作成し、利用している。
○ 別途、当役場独自の様式を作成し、使用している。
○ 口授事項に沿ったメモを作成している。
○ 効率化のために、公証人が、事前に提出を受けた「宣明書」に基づき口授メモを記載しておき、作成当日は、保証予定者の口授を受けて、口授メモの記載を確認する方法を採っている。
○ 日本公証人連合会作成の保証意思宣明公正証書執務資料(令和元年9月版)の口授メモを使用し、付属書類として公正証書に添付している。
⑶ 日程調整(口授日と作成日)について
○ 保証意思の有無を十分確認するため、当面、口授日と作成日を分けて行うこととしている。
○ 第1回目の相談日とは別に、公正証書作成日を定め、その日に口授を受け作成している。公正証書作成の場には、保証人予定者しか入れていない。
○ 口授日と作成日は、同一日としているが、事前に「保証意思宣明書」や資料等を持参等してもらい、その時に作成日時を確定している。
○ 口授日と作成日は、同一日としている。
○ 保証意思宣明書を提出して、おおむね1週間後に公正証書作成日をセットしている。
○ 保証人になろうとする者の都合や金融機関の要望も踏まえながら、口授日と作成日を同一日に設定する方向で、日程調整の段階から保証人になろうとする者又は金融機関と綿密な事前打合せを行っている。
○ 必ず事前に保証意思宣明書ほかの資料を持参してもらって口授事項を確認しており、原則、翌日以降に証書を作成(作成日に改めて口授)している。
○ 嘱託人が役場に来るのは、原則1回とする取扱いをしている。そのため、事前に宣明書、身分証、契約書等を郵送、ファクシミリ等により提出させ、電話で日程の調整を行っている。なお、直接、宣明書等を持参して申込みに来た場合にも口授はさせず、宣明書、契約書等の内容を確認する程度にしている。
○ 口授日と作成日を同一日にしているので、保証予定者にはあらかじめ確認事項をきちんと理解した上で来所するよう要請している。事前提出資料の提出を受けてから3日から4日後に口授日及び作成日を設定している。
○ 事前に打合せを行うことによって、口授から作成まで同一日に行っている。
○ 現時点においては、口授日と作成日を分けて行っている。
○ 保証契約日を確認した上で、相談日と証書作成日を調整している。
○ 保証人に資料を持参させている。受付から1週間以内には作成している。
⑷ 作成できなかった事案について
○ 連帯保証人は、92歳で、物上保証人でもある。主たる債務者は、その息子である。連帯保証人が所有する土地に共同住宅を建築する。借り入れる元金は述べたものの、その他の利息、損害金等の口授事項については述べることなく、他の話を繰り返す。認知症ではないかと思われた。その後、金融機関から公正証書を作成できなかった理由を聞かれたが、保証契約の内容を理解していない旨回答した。
⑸ 事務の効率化のために工夫している事項について
○ 口授日と作成日を分けることによって、不足資料の提出、保証意思宣明書の補正、公正証書の作成等がスムーズに行える。
○ 債権者(金融機関)、債務者及び保証人予定者からの照会に対応するため、必要書類のメモを作成し、FAXなどで送信又は交付している。しかし、最も重要なことは、主たる債務の内容(契約当事者、債権額、利息、違約金、損害賠償の定め、弁済期、弁済方法など)及び保証契約の内容が確定していること及び主たる債務者から保証人予定者に対し情報提供が行われていることなので、債務の内容が未確定であったり、主たる債務者からの情報提供がされていないと、保証意思宣明公正証書の作成には着手できない旨伝えている。
○ 作成に必要な書類を箇条書きした案内文書を渡している。また、あらかじめ、必要書類のコピー等をメール・FAX・持参してもらい、口授日に証書を交付できるよう準備している。
○ 事前の面談やファクシミリ等により、保証に関する民法等の説明と本人の保証意思等を確認して、作成当日の公正証書作成がスムーズに行えるようにしている。
○ 債権者(銀行等)へ十分な説明を行っている。銀行に対し、連帯保証人が理解できる資料の作成を依頼している。
○ 初期段階(相談段階)から、金融機関の担当者の理解度又は保証人になろうとする者の属人的要素を考慮した丁寧な対応を心掛けている。その観点からは、事務の効率化のためのツールとしては、公証人の説明段階での、法務省作成の関連パンフレット(法律の素人目線で分かりやすく新制度の要点が記載されたパンフレット)の活用が有用であると実感している。
○ 事案によっては、事前に嘱託人に公正証書案文を手交し、金融機関の確認をお願いしている(嘱託人の考えと金融機関の意向が相違していたため再作成を要した事案がある。)。
※編者注:令和2年1月16日付け日公連総括理事通知により、証書案文
  の事前手交は相当でないとされている。
○ 事前提出資料を基に保証意思宣明公正証書(案)を作成しておくとともに、口授内容が保証意思宣明公正証書(案)と齟齬することがないよう、保証予定者にはあらかじめ確認事項をきちんと理解した上で来所するよう要請している。
○ 主に金融機関の担当者と事前の打合せを行うことによって主たる債務の内容の把握に努めている。
○ 事前相談時に質問シート(保証意思宣明書)を渡し、記入押印し提出させ 
 ている。
○ 当初は、金融機関ごと、貸金、手形貸付、求償、根保証等の案件ごとに類型化しようとしたが、同じ銀行であっても融資案件ごとに口述事項(ひいては証書記載事項)がばらばらであることから、類型化による省力化は困難であった。現在は、保証意思宣明書の作成について、きちんと作成できるよう十分な説明を行い、提出があった保証意思宣明書については、その紙をスキャナで読み込み、OCRソフトでテキスト化し、それをMSワードに貼り付けることで作成している。300 dpiでの読み込みでは、誤読があったが、600 dpiでの読み込みでは、誤読が少なくなった。
○ 「都城公証人作成の案内書」により、相談時にこれを示して説明している。
○ 事前相談においては、債権者及び保証予定者に対して、口授事項と情報提供すべき資料等を十分説明するとともに、金融機関に対して、進捗状況を確認している。
○ 相談の際に、説明資料を渡して公正証書作成の流れを説明し、公正証書の作成ができないことのないように、口授事項については、十分に理解してから公正証書作成に臨むよう話をしている。
○ 事前相談後、主債務目録の内容については金融機関に確認している。
○ 当役場独自に作成した「手続案内ペーパー」を金融機関及び嘱託人に事前配布しておき、作成までの手続をスムーズに進められるようにしている。
○ 最初の相談には、金融機関の担当者を同席させている。本制度スタート直後は、金融機関の担当者の同席を認めなかった。そのため、嘱託人が必要書類を準備するのに、何度も金融機関と公証人役場を往復する等、嘱託人への負担が過大となったので、これを改めた。もちろん、公正証書作成の際には、金融機関の担当者及び主債務者等の同席は認めていない。ちなみに、遺言相談では、受遺者の同席を認めているので、その方法に準じた取扱いとした。
○ 相談段階で、金融機関に内容を確認しなければならない事があり、できるだけ金融機関の担当者も同席させるようにしている。
⑹ その他について
○ 口授の前に、民法改正の経緯及び改正民法の概要等を説明している。

2 主債務目録の記載事項
⑴ 利息(変動利率の場合)について
○ 利息、違約金、遅延損害金その他その債務に従たる全てのものの定めについては、その有無を記載し、有りの場合は、主債務に係る契約書等の定めを原則としてそのまま記載している。保証意思宣明書への記載もそのように指導している。
○ 該当事例がまだないが、変動利率の約定を記載する。
○ 利率に関する特別な事案(変動利率など)はない。
○ 契約書どおり記載する。
○ 変動利率に関して、具体的な利率等を数値で定める予定ではあるものの、保証意思宣明公正証書の作成時は、その利率が確定していないケースにおいて、保証人になろうとする者に保証リスクの上限を認識させる観点から、「年○パーセントの範囲内で定める利率」などと口授させるよう留意した事例があった。
○ 具体的に契約書どおりの記載をしている(保証意思宣明書には該当欄が狭いので別紙で記載(契約書の写し等)してもらっている。)なお、金融機関によっては、保証意思宣明書・契約書に「○○%以内で定める率」と記載されており、その場合は主債務目録にも同様の記載をしている。
○ 利率と金利が固定されている期間があればその年数を記載し、固定期間終了後については、その旨(短期プライムレ―トに連動など)記載している。
○ 金銭消費貸借契約書等などに示された利息の記載を相当程度敷衍して記載している。
 (例)利息 変動金利 年○.○○%(短期プライムレート±○.○○%の割合とし、長期貸出最優遇金利に基づき設定)
○ 「年○%(変動金利)」と記載している。
※編者注:変動利率に関する約定の内容をそのまま口授し、筆記すれば足りるとされている(執務資料10ページ)。
○ 契約書、特約書等のとおりに記載してもらっている。
○ 変動金利であるの旨の記載は行うが、詳細な記載は行っていない。
〇 債権者との確認のもと、契約書に記載されている変動利率の内容をほぼそのまま記載している。
○ 変動利率の記載は、記載事項が大量になるものがあるが、契約書案の利息欄に記載されているとおりに記載している。利息欄に記載されている引用部分は記載していない。なお、口授の際は、引用部分についても口述を求めている。
○ 保証意思宣明書に記載された利息を基に主債務目録を作成している。その前提として保証意思宣明書に記載された利息と金銭消費貸借契約書案とを照合している。保証意思宣明書は、嘱託人が金融機関の協力を得て作成している。
○ 契約書の変動利率の内容をほぼそのまま記載している。
○ 5年間は固定金利で、5年後に合意により金利を見直す。ただし、合意できないときは、変動金利となる事例の場合に、当該変動金利の内容等も記載すべきか苦慮する。
○ 利息〇%(変動金利)短期プライムレート-〇〇%
 ただし、変動金利利用期間中に任意に固定金利に切り替え可能(住宅ローンについては、金利選択型住宅ローンが多く、ただし書きのとおり記載してもらいたい旨要望あり。記載については、口授があれば記載することとしている。)。
⑵ 元金の支払期限又は支払方法について
○ 元金の支払期限等は、法定の記載事項(法定口授事項ではない。)(民法465条の6第2項)ではないため、保証意思宣明書に記載していないので、公正証書にも記載していない。
 ※編者注:法定口授事項ではないことから、保証意思宣明書には記入する欄が設けられていないものの、保証する債権の内容を確認するため、文例では、元金の支払期限(又は支払方法)が記載されています(執務資料37ページ)。
○ 通達及び種々の解説書に従い、「期限の利益喪失条項」などは書いていな 
 いが、保証人が保証リスクについて理解しているかという観点からすれば、本当はこれも書く必要があるかも知れないと考えている。
○ 執務資料14ページ12行以下に該当する事例(同額の金銭消費貸借が複数ある場合)でなければ、記載していない。
○ 支払期限又は支払方法を記載している。
○ 日公連文例委員会の執務資料では記載例が示してあるが、口授事項ではないので、原則記載していない。口授メモに記載することはある。
○ 元金の支払期限のみ記載している。
○ 原則として記載していない。
○ 当初、1か月程度は記載していたが、契約書案では300回の分割払いであったところ、公正証書作成後、銀行から「当初は300回で進めていたのですが、最終的に297回になりました。どうしましょう。」と相談があったこと等から、以後、同一内容の融資があって支払期限等で差別化が必要など、特に必要がない限りは、記載しないこととした。
○ 現在のところ記載しているが、法定の記載事項ではないので、今後は、記載しないようにしたいと考えている。
○ 元金の最終弁済期日を記載している。
○ 最終支払い期限、毎月の支払額を記載している。銀行からは返済期間 〇年〇か月、毎月払い 第1回○○円、第2回から第60回 〇〇円と記載してもらいたい旨の要望あり(年月を記載すると、融資実行日の変更があった場合に対応できず、再度保証意思宣明書の作成が必要になる。)。口授事項でないから、記載しない方向で検討中。
⑶ その他について
○ 日公連作成の執務資料(令和元年9月版)37ページの「主債務目録」に記載はないが、「違約金」及び「その他債務に従たる全てのもの」の2つの事項を追加記載し、「主債務目録」を作成している(民法第465条の6の第2項1号イ及び同項2号から)。
○ 「違約金」及び「その他主たる債務に従たる全てもの」については、法定口授事項であるから、当該項目に関する定めがあるかないかも記載する必要があり、当該項目に関する定めがない場合には、「定めなし」と記載する。
○ 保証人になろうとする者は、主債務の元本の内容については理解しているものの、利息、違約金、損害賠償その他元本債務に従たる全てのものの定めの有無やその内容については「無関心」、「無頓着」な者が散見されることから、保証意思宣明公正証書の制度趣旨等についての公証人による事前説明(金融機関の担当者に対する説明を含む。)の位置付けが重要と考える。
○ 違約金その他の事項の記載に苦慮することがある(執務資料に文例なし。基本的には契約書記載のとおりに記載すべきかと考えている。)。
○ 違約金及びその他保証すべきものについては、原則、主債務目録に記載していないが、例えば、嘱託人が宣明書に違約金「上限200万円」と記載し、また、口授し、かつ資料等からそれが裏付けられる場合などは、嘱託人の口授した事実を証書に反映させる観点から、その旨記載している。
○ 「違約金」、「その他保証すべきもの」を項目として追加している。
○ 違約金がある場合も、契約書の記載をほぼそのまま記載している。
3 保証予定者から提出された主債務者の情報提供義務(改正法第465の10)に係る資料及び保証内容の裏付け資料等の保管方法
⑴ 連綴方法について
○ 附属書類として公正証書原本に連綴(執務資料29ページ)。
○ 保証人予定者の印鑑証明書、保証意思宣明書、金銭消費貸借契約書・保証契約書(信用金庫取引約定書・保証約定書など)、主たる債務者の確定申告書の控え(附属書類を含む。)、財産債務調書、主たる債務者に他に債権者がいる場合の他の債権者の債権額及び履行状況が分かる書面、今回の債権者に担保を提供する場合の担保目録を連綴している。
○ 保証意思宣明公正証書に添付して保管している(資料等は添付の茶封筒の中に保管)。
○ 証書とは別に(連綴せず)保管している(分厚くなるため)。
○ 執務資料29ページによると、「資料を附属書類として公正証書原本に連
 綴することが望ましい」とあるが、「望ましい」との記載に止めてあるため、現時点では、参考資料扱いとし、連綴や契印などはしていない。
○ 主債務者の情報提供義務に係る資料及び保証内容の裏付け資料は、可能な限り保証意思宣明公正証書原本と連綴している。
○ 資料等は量が多いことから、当面は別冊として保管している。
○ 確定申告書、貸借対照表、損益計算書等が提出され、これらの資料により情報提供を受けた旨の記載がある場合は、連綴している。
○ 現在は、仮綴りの状況にある。
○ 資料等は別綴りとしているが、保証意思宣明書は原本に連綴している。
○ 参考資料として、別保管している。
○ 附属書類として保管している。
⑵ 契印について
○ 附属書類であるから契印する。
○ 保証人予定者の印鑑登録証明書のみ契印をしている。
○ 契印はしていない。
○ 連綴する書類には、契印をしている。連綴しない、参考で綴っておくものについては契印していない。
○ 契印を行うのは、本人確認資料までとしており、情報提供の資料等には契印を行っていない。
⑶ その他について
○ 保証人になろうとする者が、債権者や主債務者との間柄や人的関係から強く保証人になることを要請(懇願)されたような諸事情が窺われるケースでは、特に、保証人になろうとする者が「保証のリスク」を正確に認識しているか否かを公証人が確認するために、①情報提供義務の裏付けとなる資料等の確認と、②保証人になろうとする者が保証人になろうと決断した経緯や諸事情についても念入りに確認を心掛けている。
○ 情報提供に関する資料としては、基本的には確定申告書の写しの提供を受け、保管している。
4 その他について
○ 債権者の本店・商号(主たる事務所・名称)、主たる債務者の住所・氏名
 の記載の正確性を確保するため、会社の登記事項証明書、住民票又はそれらのコピーの提出をお願いしている。
○ 令和2年4月1日の改正民法施行前に、公証役場で、地元の主要銀行の融資部門担当者に対して(銀行担当者からの質問・相談を受ける形で)保証意思宣明公正証書に関する簡単な説明会を実施したが、同一の金融機関であっても本店・支店によって保証意思宣明公正証書に対する理解度に差異があることや、中小の金融機関(信用金庫・信用組合等)に対しては丁寧な事前説明が必要と感じるケースが多々あることから、機会を見つけて、公証人が講師となり、県内の全ての金融機関向けの研修等を企画する必要があるかもしれないと考えているところである。
○ 執務資料6ページにおいて「保証意思を確認する際には、この新たに創設された情報提供義務に基づいて提供された情報の内容も確認し、保証予定者がその情報も踏まえて保証人になろうとしているかを見極めることになる。」との説明がされているが、主債務者から保証予定者へ提供された情報中、主債務者の財務及び収支の状況等に関する情報に関する部分について、公証人として、どの程度の資料を求めて把握すれば足りるのか苦慮している。
○ 根保証の「主債務の範囲」について、嘱託人にどこまで口授させるか、また、具体的な記載内容(項目)をどうするかについて苦慮している。
○ 嘱託人は、主たる債務者と同居している配偶者、親、子がほとんどで、これらの嘱託人にどこまでの資料の提出を求めるか、苦慮している。
○ 主債務の内容及び支払方法が明確な債務弁済契約(元金均等分割弁済、利息・損害金なし。)について、事前相談を経ることなく、連帯保証人へのリスクの説明及び質問シート(保証意思宣明書)への記入により、債務弁済契約と連件で作成したことがある。
○ 居住用建物に附属している売電のための太陽光発電設備を含む融資案件についても、作成に応じている。このような融資も事業のための貸金等として保証意思宣明公正証書の作成が必要かどうかについて疑義があるものの、嘱託があれば作成している。
○ 融資案件に保証会社がつく場合の求償債務等保証意思宣明公正証書については、金融機関の担当者も理解していないことがあり、貸金等の原契約の保証意思宣明公正証書作成時に融資金融機関に保証会社の保証が付く案件なのか確認しながら対応した方が良いものがある。
  このような案件は、①原契約である貸金等連帯保証意思宣明公正証書及び②求償債務等連帯保証意思宣明公正証書の2件の公正証書作成が必要となる。(羽田豊光)

民事法情報研究会だよりNo.50(令和3年7月)

 向暑の候、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
 今年は、気象庁による平年値の見直しがされ、梅雨明けはこれまでより2日早い7月19日とのことですが、まだまだ不安定な天気が続くようです。
 高齢者の半数以上が新型コロナのワクチン接種を1回以上終えたとのことで、心理的には少し安堵感が増したような気がしますが、東京などの首都圏では感染再拡大の傾向にあるようで、開催予定のオリムピック・パラリンピックによる影響がどの程度まで及ぶのかが懸念される状況にあります。(YF)

今日のこの頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

コロナ禍の先の希望を夢見て(泉代洋一)

1 突然の電話
 昨年の11月に入って間もない頃、当役場を管轄する大垣保健所から1本の電話が入りました。この時期に保健所からの電話と言えば・・・いやな予感は的中しました。
 「3日前の午後2時頃に大垣公証役場に相談に行かれた方が新型コロナウイルスに感染していたことが判明しました。案内された場所は、役場内の相談室であったということです。感染者からの情報によれば、相談者と対応者双方ともマスク着用、透明ビニールのパーテーションが施され、相談時間も30分以内であったと聴いており、当保健所では公証役場職員は、濃厚接触者に当たらないと判断しています。通常業務は続けていただいて差し支えありませんが、潜伏期間の2週間は、役場職員の健康状態を詳細に把握願います。」との内容でした。
 保健所からは、感染された方について、プライバシー保護の観点からこれ以上の情報提供はありませんでした。ただ、当役場の規模からすれば、相談日時の情報さえあれば概ね該当者を特定することができます。頭の片隅に「あっ、あの相談の方か。」と思い浮かびましたが、特に身体に不調があったように見えなかったことから、無症状であったが関係者に感染があり検査を行って判明したものであろうと推測しました。
 このコロナウイルスのやっかいなところは2週間の潜伏期間があるということです。さすがにこの間怯えながら毎日を過ごすのは辛いものがあると思い、大垣保健所に対し何とか当役場の職員全員のPCR検査を要望しましが、予想どおりの回答で、濃厚接触者に当たらないということからPCR検査は実施できないということでした。
 この頃は、コロナウイルスの第2波が岐阜県内においてもようやく沈静化し、落ち着きを取りもどしていた時期であったので、感染対策は十分行っていたものの、当役場に直接感染者が訪れるとは思ってもいませんでした。書記らと健康状態の確認を毎日行い、カレンダーに×が14個並ぶのをひたすら待ち続けました。
 何とか苦難に満ちた2週間の潜伏期間は過ぎ、誌友の皆様にご迷惑をおかけすることはありませんでした。コロナウイルスが社会を覆い尽くして半年以上がたち、感染への危機感が薄れる「コロナ慣れ」という観点からも長く辛い2週間ではありましたが、役場内職員、改めて気を引き締める意味でこの出来事は良い機会であったと捉えました。
なお、感染した(・・・・と思われる)嘱託人の公正証書作成は、後日、無事完了しました。

2 マスクの弊害
 新型コロナウイルスにより、マスクを着けることが当たり前になったせいで相手の表情が分からない、コミュニケーションが取りにくいと感じます。当役場でも他の役場と同様に入室の際には、必ず手のアルコール消毒及びマスク着用をお願いしており、マスクを持参していないお客様に対しては、当役場からマスクを渡し着用していただいています。
 私たちは人と話す場合、口元の動きや顔の表情を見て推察します。しかし今はマスクに覆われ、感情を表す部分は目と眉毛の二つだけになります。言葉をうまく伝えるには、声質や抑揚、表情などの非言語情報を上手に使うことが重要です。そうしないと誤解を招いてしまうこともあります。例えば、人の話を聞いて「もっともな話でした。」と返すとき、笑いながら抑揚のある声だと問題はありませんが、同じことを抑揚もなく暗い表情で話すと、意思に反して「私は不快でした。」と伝わることになります。
 また、マスクを着用していることで声がこもり、口元が見えないことから、やや耳が遠い方とのコミュニケーションにも工夫が必要です。しっかりと相手の目を見ながら、加えて身振り手振りを交え、ゆっくりとそしていつもより大きな声で(飛沫に気をつけながら・・・)会話するよう配慮しています。
コロナ禍の今こそ、無表情の会話は何としても避けたいものです。
 ところで最近、某首相のコミュニケーションはどうかとマスコミが取り上げています。「人は見た目が9割」の著者、竹内一郎さんの近署「あなたはなぜ誤解されるのか」(新潮新書)の紹介文で分析すると、まず言語自体が、官僚の作文を平板に読むだけでは個性やメッセージ性がないということです。私も前職のとき会議の挨拶等は、なるべく手元の原稿に目を向けること無く出席者の目を見ながら自分の言葉で話すよう心掛けていましたが、振り返れば全ての場面で実践できていたかは疑問であり、今更ながら反省しているところです。
 また、某首相の場合は、表情がなく、人の温かみが感じられない部分が見受けられると野党から言われています。「そんな答弁だから言葉が伝わらない。」と国会で迫られ、「少々失礼じゃないか。」と気色ばんでいますが、その顔もやはり無表情であったと記憶しています。「正論は印象に勝てない。」と竹内さん。やはり「見た目」も大切であると痛感する今日この頃です。

3 コロナ禍の中で良い話
 新型コロナウイルスの勢いが一向に収まりません。長引く我慢の毎日に心が折れそうで、国民全体が精神的にも苛立ちが増し怒りっぽくなっているように感じます。
 そんなとき、ニュースで目にした言葉がありました。「明日は今日よりいい日になる。たとえ今日が普通の日だとしても・・・・」先日100歳で亡くなった英国の退役軍人トム・ムーアさんの名言です。コロナ危機に立ち向かう医療従事者を支援しようと自宅庭を100往復すると宣言し、ネットで寄付を募ったそうです。何しろ高齢です。歩行器を押しながら、少し前かがみで一歩一歩進んでいく挑戦する姿に賛同と激励の輪が広まり、寄付金は目標の13万円をはるかに上回る47億円に達しました。英国民を勇気づける英雄と賞賛され、エリザベス女王からもナイトの爵位が授与されたそうです。
 もう一人、気になった発言がありました。パキスタン出身の人権活動家マララ・ユスフザイさん。17歳でノーベル平和賞を授賞し、昨年、英オックスフォード大を卒業しました。卒業式がなかった世界中の仲間にこう呼びかけました。「ウィルスで何を失ったかではなく、どう対応するか大切である。」そして「私たちはこれから何ができるのか、とても楽しみです。」と締めくくりました。
 ついつい悲観的になりがちですが、先の名言を胸に、前向きに苦境を乗り越えたいものです。

4 希望のひかり
 新たな変異株が猛威を振るい終わりの見えないコロナ禍の中、ワクチンの接種に一縷の望みを託します。高齢者へのワクチン接種を7月末までに終えることとし、また、6月から高齢者以外の国民に対しても企業等による職場接種が一部で開始されるという報道(6月1日現在)がされています。各地で緊急事態宣言が発令・継続される中、接種を希望する国民全員がワクチン接種を終え、以前のような生活に戻れる日は、いつになるのでしょうか。
 ただ、今はその日を夢見て静かに待つことにしましょう。( 泉代洋一)

瀬戸内海放浪記(堀内龍也)

 会員の皆様、いかがお過ごしでしょうか。コロナ禍において皆様にお目にかかる機会も皆無となってしまい、さみしい限りではありますが、とりあえずワクチン接種が進み、世の中に平穏な日々が訪れることを願って止まない今日この頃です。
 もう2年前くらいのことになってしまいましたが、早くあの頃のような平穏な日々に戻らないかという思いを巡らせつつ、当時の出来事を振り返ってみたいと思います。
私は、法務局在職中からセーリングを趣味としていましたが、現職中は夏休みを利用してもせいぜい1週間の連続休暇を取得するのがやっとで、リタイアし自由な時間ができたら思う存分クルージングに時間を費やしてやろうと考えておりました。世界一周は体力的にも経済的にも厳しいので、せめて南太平洋周遊か地中海一周など出来ないかと夢見ておりました。ところが現実には3月に退職、7月に公証人任命と夢の実現はまだまだ先のようですので、公証人になるための勉強でもしておこうと思った矢先に、同じヨットを趣味としている名古屋局勤務時代の先輩で先にリタイアしていたK氏から退職したなら気分転換のつもりで一ヶ月くらい瀬戸内海沿岸を周遊してみないかとのお誘いを受け、二つ返事で出かけてきましたので、その航海日誌から行程と印象に残った出来事を書きしるしてみたいと思います。

 まず旅のコンセプトですが、
※ 艇はK氏所有の愛知県常滑市に係留している32フィートのヨットを利用する。(自分の共同所有している艇は神奈川県の三崎に係留しているので瀬戸内海へは遠い)。
※ 紀伊半島を回り瀬戸内海に入り可能であれば大分県の別府あたりまで足を延ばし温泉でゆっくりしてから帰路につく、時間的余裕があれば復路は四国の南側を回る。
※ 風まかせなので予め目的地は限定せずに臨機応変に翌日の目的地を決める。
※ 経費は飲み代に充てるため宿泊は旅館等を使わず節約し船中泊とする。
※ 朝・昼飯は自炊を原則とするが、夕食は現地の旨い食と酒を堪能する。
※ 航海は決して無理をせず、午前5時起床で遅くとも午前6時には出港し、出来るだけ次の目的地には正午前後に到着し、到着地で観光等を楽しむ。
といったお気軽な構想で出発したものです。とはいえ3月まで大阪局に勤務しておりましたので、赴任先公証役場のある群馬県太田市に住居を借りて引っ越しや各種手続を済ませ、航海の準備となかなか思うように作業が進まず当初は4月の中旬の出発予定でしたが4月22日の出港となってしまいました。

1.知多半島常滑から徳島県伊島まで
 4月21日午後に愛知県入りし、早速、前夜祭と称して港近くのホルモン屋で深酒し、二日酔いも覚めきらない22日の早朝に中部国際空港近くの「常滑」を出港しました。ヨットには30馬力程度のディーゼルエンジンも付いておりますが、そのスピードは平均5~6ノット程度(自転車程度)ですので、1日の移動距離は100km程度といったところです。初日の寄港地は三重県志摩市の「名切漁港」、2日目は尾鷲市の「三木浦港」、そして3日目にしてようやく本州最南端の「串本港」に入港できました。着岸してから最初にやることは晩飯と風呂の確保です。幸い串本には居酒屋や温泉がありますので、「松寿司」で石鯛・カンパチ・鰹料理を堪能させていただきました。その後、潮岬や南紀白浜を抜け、北上し4日目は和歌山県の「田辺港」に入港しました。翌日は和歌山マリーナシティを目指して出港したものの真向かいからの風で艇速が上がらず諦めて田辺港に引き返すこととなりました。そして翌日も強い北風が変わりませんでしたので、少しでも瀬戸内海に近づくために6日目は徳島県阿南市沖の「伊島」に入港しました。伊島は四国最東端の島で人口180人程の小さな島で自動車も走っていない自然豊かな島ですが、水不足にもかかわらず快くシャワーを使わせてくれるような人情味あふれる島でした。
紀伊半島は日本最大の半島だという認識はありましたが、1週間かけて沿岸を航海し、あらためてその大きさを実感することになりました。

2.小鳴門海峡から宮島まで
 7日目にしていよいよ瀬戸内海入りです。伊島を早朝に出港し淡路島と徳島を結ぶ大鳴門橋の手前を左折し、小鳴門海峡を抜け瀬戸内海に入りました。うず潮で有名な大鳴門は帰路の楽しみに取っておき、一度は訪れてみたかったマニアックな狭水路である小鳴門海峡を抜け、徳島県の「きたなだ海の駅」に着岸しました。北灘は天然ものの真鯛で有名な漁港です。こちらでは思う存分、真鯛を堪能させていただきました。8日目は小豆島の東側をすり抜け岡山県の「牛窓ヨットハーバー」に入港です。こちらのヨットハーバーも素晴らしいロケーションで関東のヨット乗りには憧れの場所ですので平成最後となる4月30日も素晴らしい1日となりました。
 明けて航海9日目は5月1日、本日から“令和”という新しい時代が始まりです。風まかせの旅ではありますが、この日ばかりは目的地を決めておりました。行き先は香川県の多度津です。瀬戸大橋を抜け「たどつ金比羅海の駅」に着岸しました。多度津駅から琴平駅まで鉄道で移動し参道の石畳を抜け785段の長~い石段を登り、海の神様「金刀比羅宮」に航海安全祈願です。漁師さんの船で見かける「丸金マークの黄旗」と「航海安全御札」もいただき、令和の初日も良いスタートが切れました。多度津は丸亀からも近く讃岐うどんのメッカですので翌朝は朝6時から開店している港近くのうどん店で朝うどんしてからの出港です。10日目は広島県福山市にあり瀬戸内海のほぼ中央にある景勝地の「鞆の浦」を海上から見学して「弓削島日比港」に入港です。弓削島は広島県尾道市の因島の南東側に位置する島ですが愛媛県に属する島のようです。石灰岩の山の頂にある「フェスパ」という素晴らしく眺望の良い施設でお風呂と夕食いただくことが出来ました。11日目は弓削島からしまなみ海道沿いをさらに西に進み、伯方島と大三島の間にある「鼻栗瀬戸」や呉市と倉掛島の間にある「音戸の瀬戸」といった狭い水路を抜け旧海軍兵学校のあった広島県江田島にある「沖ノ島マリーナ」に入港しました。この港には近くに飲食店がなく、久しぶりの自炊となりましたが、横浜から持参した大量の真空パックのシウマイや積み込んだ缶詰類でそれなりに豪華な晩酌となりました。
 翌12日目は江田島の隣にある厳島に向かい厳島神社の鳥居を海側から参拝しました。
宮島には何回か訪れたことがありましたがヨットでの訪問は初めてでしたので感慨ひとしおでした。その後、広島市の「五日市メープルマリーナ」に入港しました。こちらは700隻を超えるプレジャーボートが停泊する大きな港で周辺には温泉施設やお好み焼き屋が連なっており我々には理想的な環境が整っており、広島焼きで大いに深酒してしまいました。
 ここまで来ればもう一息で大分県の姫島→ゴールの別府温泉と行きたかったのですが、6月からの公証役場での修行のことを考えると5月の中旬には常滑に帰港しないとなりません。そこでこれ以上の西行きを諦め、ここからは東進しながら瀬戸内海を楽しむことにしました。

3.広島から和歌山まで
 13日目は広島から目の前を横切る自衛隊の潜水艦などを眺めながら呉の軍港巡りを行いそのまま60マイル走り再び弓削島の「弓削島海の駅」に着岸です。こちらはコインシャワーや居酒屋もありますので、着岸と同時に居酒屋に駆け込み、とりあえずの生ビールです。翌14日目は連れ潮に乗り8ノットオーバーの艇速で70マイル先の「小豆島海の駅」に着岸です。その晩は海の駅近くにある夕日が絶景の国民宿舎でお風呂と夕食をいただき、翌日はレンタカーを借りて島内観光を行いました。小豆島はオリーブ公園や二十四の瞳映画村、絶景の寒霞渓など見所が満載で1日では回りきれず連泊することとなりました。15日目はヨット仲間に紹介された隠れ家的な焼き肉店「道草」でこれでもかというくらいの焼き肉を堪能しました。
 翌16日目はいよいよ瀬戸内海ともお別れです。大鳴門橋を抜け和歌山を目指します。大鳴門では海賊船の形をした遊覧船に混じり川の流れのように早いうず潮を見学しながら「和歌山マリーナシティ」に着岸しました。和歌山マリーナシティはバブル期の建設された人工島にあるリゾートマンション併設型のマリーナですが黒潮市場や黒潮温泉といった観光施設が充実しているため閑散としているのがもったいないくらいの良い港でした。

4.和歌山から常滑まで
 翌17日目は南下して田辺の「シータイガー」で一泊し、翌18日目には潮岬を抜け串本港に入港。そして翌19日目に最後の楽しみ「那智勝浦」に入港しました。ここはご存じの方もいらっしゃるかもしれませんが、生本マグロの水揚げが多い所でホテル浦島の洞窟風呂で一風呂浴びてから和歌山局勤務時代にお世話になったマグロ料理の「桂城」でマグロのフルコースを堪能しました。
 生マグロの魅力から離れられず翌20日目も勝浦に連泊して昼夜、昼夜と4回マグロ三昧を繰り返してしまいました。翌21日目はそろそろ帰還しないとまずいので、紀伊半島東側を北上し三重県南伊勢町の「VOC志摩ヨットハーバー」に入港しました。こちらは志摩五ヶ所湾の入り江の奥にある静かな港です。このクルージングも最終盤ということで翌22日目は三重県鳥羽市沖にある「答志島」に向かいます。途中風も弱いのでエンジンで走っていたところ突然のスピードダウン。確認すると海面近くに浮いていた海藻をスクリューが巻き込んだようです。海水浴には少し早い時期でしたが潜って船底を見ると巻き付いた海藻がバスケットボールくらいの大きさになっていましたので1時間くらいナイフで海藻と格闘し、どうにか答志島に着岸しました。こちらは以前名古屋勤務の頃に何度か訪ねたことのある島ですのでいつもの「大春鮨」で大将におまかせコースをお願いし最後の1泊を堪能しました。翌23日目の5月11日は伊勢湾に入港する自動車運搬船や貨物船と併走しながら知多半島を北上し無事に母港の「常滑」に帰港することができました。
 長かったようでも終わってしまえばあっという間の23日間でしたが私にとっては法務局生活と公証人生活の一つの節目として非常に有意義な時間を過ごせたと感じている次第です。まもなく公証人を拝命して2年が経過しようとしておりますが、最初の6月間は先輩公証人や会員の皆様方に直接お会いしてご指導ご鞭撻を賜る機会にも恵まれましたが、その後の1年半はコロナ禍に陥り、ただただ役場と赴任先アパートの往復というさみしい日々を過ごしております。1日も早くこの状況が回復し自由にクルージングに出たり、皆様方と懇親できる日々が訪れることを願って止まないところです。(堀内龍也)

実務の広場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.87 事件管理カードについて(中西俊平)

 公証人に任命され,やがて8年目に突入する。
7年間継続して工夫を行ってきたことといえば,公正証書作成にかかる相談・受付から原案作成・証書作成・署名押印・保存までの嘱託事件管理のための「管理カード」を修正・整理してきたことくらいしか思い浮かばない。
先輩公証人の事務所を行脚し,処理の方法や使用する資料のデータをいただき,これらを基にして前任公証人から引き継いだものに改良等を重ね現在に至っているものである。どこの役場においても同様の相談票や管理票を作成しておられると承知しているが,これらの様式等について規定があるわけではないので,他の役場の手法を知った上で,それぞれの役場の実情にあったものを備えることが肝要と思われる。
 そこで,当役場で使用している管理カードをご紹介し,参考に供することとしたい。
1 作成している管理カードの種類等
  現在は,以下の11種類によって事務処理をしている。
 (1) 遺言管理カード -別紙1(編注:省略)
 (2) 離婚等管理カード -別紙2(同上)
 (3) 後見契約等管理カード -別紙3(同上)
 (4) 尊厳死宣言(終末医療等に関する宣言)管理カード -別紙4(同上)
 (5) 賃貸借契約管理カード -別紙5(同上)
 (6) 金銭消費貸借等管理カード -別紙6(同上)
 (7) 保証意思宣明管理カード -別紙7(同上)
 (8) 信託契約管理カード -別紙8(同上)
 (9) 規約設定管理カード -別紙9(同上)
 (10) 事実実験管理カード -別紙10(同上)
 (11) その他の契約管理カード -別紙11(同上)
2 作成に留意している事項
 (1) 管理カードは,1枚で一覧性があること(1枚に固執した)。
 (2) 相談・受付から証書作成・保管までこれのみで対応できること。
 (3) 書記とも共有可能であること。
 (4) 事後の証拠としての補助資料としても活用可能であること。
 (5) 嘱託人からの不足書類や手数料の照会に対して,誰でも迅速に対応することができること。
 (6) 証書作成時(例えば遺言であれば口授の際)に,公証人のための資料として活用可能であること。
 (7) 適法性等のチェックも可能であること(借地権等-別紙5 編注:省略)
3 具体的には
 遺言公正証書の作成を具体例として,別紙1(遺言管理カード、編注:省略)を中心にして,処理の流れを説明 すると以下のとおりである。ご覧いただければご理解いただけると思うが念のため。
 (1) 受付1・・・基本的事項の確定
  ①嘱託人(遺言者)の特定・・・本人に朱枠部分を記載させる。
⇒署名能力と基礎的な認知能力を判断
⇒過去の遺言との関係の考慮
  ②立会証人の確定
  ③出張の場合の緊急性と場所・本人の状態の確認(現在は新型コロナ感染防止対策で病院・施設はそれぞれ対応に差異があるのでこれの確認を含む。)
 (2) 受付2:必要書類と身分関係の確認
⇒必要書類の提出の有無を確認し,チェック・・・提出済み書類と不足書類が即座に確認できる。
⇒親族関係の確認
遺言者本人又は依頼者と面談しながら親族関係図を記載,かつ,財産の種類等を記載する。
 なお,親族関係図中の受遺者には①,②,③・・・を付記して作成している。
⇒遺言内容の確定
 遺言内容が,例えば「①の長男に全部,予備的に③の孫に全部」であれば,空白部分に「①に全部→③に全部」と記載して遺言内容を特定。下部の手数料計算欄の①,②,③・・・と一致させ,各法律行為の額を明確にする。
その他、必要事項(祭祀主宰者・遺言執行者等)を記入。
⇒証書作成日(署名日)が決まれば記載。
 (3) 証書原案作成
 公証人:前記遺言内容・添付資料・戸籍謄本等によって証書原案を作成するとともに,手数料を計算。
書記:前記原案について,管理カード・添付書類等の記載を確認しながら,誤植・脱字等のチェック。
 (4) 証書作成日(署名日)前の準備
 書記:前記原案に基づき,証書原本・正本・謄本案を作成。再度字句等についてチェック。手数料計算欄に基づき計算書作成。
 証書番号を証書原簿により付番し,証書番号に記載。
 手数料の連絡を要するときは,連絡したことを記録。
 (5) 証書作成日
 公証人:公証人は管理カードを基礎として,人定質問(住所・氏名・生年月日・年齢・干支)を行い,加えて,親族関係図によって配偶者や子ども・孫の氏名を陳述させる。
 その後に,遺言の趣旨を口授させる。
 (6) 保存
 公正証書原本に合綴してはいないが,遺言者本人が直接訪れたか否か,遺言内容とその理由は何だったかなどは,管理カードで明らかになる可能性もあり,また,連絡先も記載されているので,将来の訴訟や不測の事態に備えて,年別・証書番号順に別綴りとして保管している。
4 公証人に任命された以降の嘱託事件の全てについて受付票又は管理カードとして保管しているが,改めて見てみると,当初は5種類程度であった。必要を感じる都度,あるいは法改正される度に改良し,又は新たに作成し,現在は前記の11種類で処理している。今のところ,不足は感じていない。
 以上、取留めもない紹介になりましたが,少しでも参考にしていただければ幸いです。(中西俊平)

No.88 ALS患者の遺言作成について
(重度障害者用意思伝達装置を使用した事例)(小山健治)

1 はじめに
 筋萎縮性側索硬化症(以下「ALS」という。)は、手足・のど・舌の筋肉や呼吸に必要な筋肉が徐々にやせて力がなくなっていく病気ですが、筋肉そのものの病気ではなく、筋肉を動かし、かつ運動をつかさどる神経(運動ニューロン)だけが障害を受け、脳から「手足を動かせ」という命令が伝わらなくなることにより、力が弱くなり、筋肉がやせていく一方で、体の感覚、視力や聴力、内臓機能などはすべて保たれることが普通と言われている難病です。
 今回の事例は、手足を動かすことも言葉を発することもできないALS患者から、重度障害者用意思伝達装置(以下「意思伝達装置」という。)を用いれば、本人の意思を伝達することができるとして、遺言公正証書作成の依頼を受けたものです。

2 意思伝達装置について
 このようなALS患者等の意思を伝達するために、厚生労働省において「重度障害者用意思伝達装置」導入ガイドラインが示されており、そこに様々な装置の記載があります。
 今回の事例で遺言者本人が使用する意思伝達装置は、Miyasukuというソフトウェアをパソコンにインストールしたもので、その機能は、①パソコン上に現れるキーボード状のカタカナを、使用者が視線によって特定し、②パソコン上に文字列を表示する視線検出入力装置と言われる形式で、漢字変換も可能であり、また、③パソコン上の文字列をパソコン自体に発音させる(読み上げる)ことができるもので、さらに、④通信機能も付加されているため、メール等により、外部の者とのコミュニケーションも図ることができるというものです。しかし、プリンターは、日常的に必要でなく設置していないため、パソコン上の文字を紙に打ち出すことはできない状態でした。
 当初、相談に来所したのは、遺言者の妻でしたが、当役場のメールアドレスをお伝えしたところ、遺言者本人がメールにより意思伝達装置の機能の説明をしてくれ、公正証書作成の日程調整、病室への入室の手順等についても遺言者本人とのメールのやりとりで、進めることができました。

3 遺言者の意思の確認方法の検討について
 公正証書遺言の作成において公証人は、遺言者の口授などにより、遺言者から遺言趣旨・内容の伝達を受けることが必須ですが、この方法について、以下の3つの方法を検討しました。
① パソコンに遺言者が入力した文字を音声として発音する機能があるため、これを公証人が聞き取り、民法第969条第2号の「口授」とする方法
② パソコンに遺言者が入力した文字を通訳人が読み上げることにより、民 法第969条の2第1項の「通訳人による通訳による申述」として「口授」に代える方法
③ パソコンに遺言者が入力した文字を公証人が確認し、これを民法第96 9条の2第1項の「自書」として、「口授」に代える方法

 ①については、遺言者は口がきけない状態であり、パソコンに遺言者が入力した文字を意思伝達装置の機能として音声として発話することができるとしても、遺言者本人が発声したものではないため、これを「口授」とすることは難しいのではないかと考え、この方法は断念しました。
 ②の通訳人の通訳により申述させる方法については、過去の事例等も参考に、これが確実な方法ではないかと考えました。この場合、通訳人には、意思伝達装置に詳しい者が、確かに遺言者本人がパソコンに入力していることを確認することが重要であると考えられたため、遺言者に通訳人に適している者の有無を確認したところ、病院で看護又は介助を担当している者であれば、通訳人に適していると思われるが、病院関係者は自らの業務外の事柄については、引き受けてくれない旨(実際に病院側に依頼してもらった結果)の回答があり、また、病院外で今回の通訳人に適している者を探すことは難しく、仮に適した者がいた場合でも、現在の新型コロナウイルスに対する病院側の警戒体制から、病室に入る者は必要最小限にしてほしい旨の要請があり、難しいのではないかとの連絡があり、通訳人の通訳による申述以外の方法を考えざるを得ない状況となりました。
 ③の遺言者がパソコンに入力した文字を、遺言者の自書とすることの是非については、以下のように検討しました。
 口がきけない者が公正証書によって遺言をする場合の「自書」は、民法第968条の自筆証書によって遺言をする場合の自書と違い、公証人及び証人の前で、遺言者が遺言の趣旨を伝達するための自書であり、いわゆる筆談と捉えることが可能であることから、遺言者が実際に筆記用具を使用して自ら手書きするだけではなく、ワープロを使用して打ち出した場合も自書に準じるものとしてよいとされています(公証126号294ページ)。
 ところで、ワープロやパソコンに遺言者がそのキーボードを自らの手で操作して入力するのであれば、入力する際の手の動きを公証人及び証人が直接見ることによって、遺言者本人が入力していることを確認できます。しかし、今回のように視線による入力の場合には、それができないため、これに代えて公証人が、遺言内容とは直接関係がなく事前に遺言者に伝えていない質問をし、その回答としてパソコン上に表示された文字を確認し、遺言者が視線入力の方法により意思伝達装置を使って表示させたものであること確認する方法を採ることにしました。
 また、紙に遺言内容を自書した場合には、その紙が残りますし、パソコンの画面をプリントアウトできれば、プリントアウトした紙を証拠書類として残せますが、今回の事例では、プリントアウトができないため、パソコン画面をカメラで撮影して、その写真をプリントアウトして、公正証書の附属書類として保管し、遺言者が自書した遺言内容の証拠書類とすることにしました。

4 事前の準備等について
 遺言者の意思能力等の確認については、遺言者の使用する意思伝達装置により確かに遺言者の意思が確認できるのかという疑問もあり、事前に遺言者に面談し、意思伝達装置を使用しているところを確認したいと考えましたが、病院側の新型コロナウイルス対策によりできなかったため、これに代わる方法として、担当医師に対し、遺言者の病状や意思伝達の方法、意思能力等を照会し、遺言者に意思能力があり、パソコンで意思伝達可能との回答(別紙1、編注:省略)が得られたので、これを一つの資料としました。
 このほかに新型コロナウイルス感染防止のため、病院側から来院1週間以内に県外に出ないこと、体調を十分管理すること等の要請があり、また、当日来院する公証人及び証人2名の住所、氏名、勤務先等の調査に回答する必要がありました。また、遺言公正証書作成時間は10分程度にするよう要請がありましたが、これはお約束できないと回答しました。
 また、遺言内容については、全ての財産を妻に相続させ、遺言執行者にも妻を指定するというシンプルなものでしたので、遺言案を遺言者にメールで送り事前に了承をもらいました。
 メールでの遺言者との連絡は、難病とは思えないほどしっかりしており、また、意思伝達装置であるパソコンを使用し、インターネットを介して投資も行っているとのことでした。

5 遺言公正証書の作成等について
 作成の当日は、遺言者の妻も入院病棟へは入れないため、遺言者の妻とは病院の駐車場で待ち合わせ、その後、私と証人2名の計3名のみで病院の受付から入院病棟に案内されると、使い捨てのフェイスシールドを貸与され、それを着用して、病室に入りました。
 遺言者はベッドに上半身をやや起こした状態で寝ており、顔から約50㎝程度離れた位置にパソコンの画面があり、公証人と証人1名は、遺言者の顔とパソコンの画面を直接見ることのできる位置にいることができました。
 パソコンの画面は下半分にキーボード状の文字列が並び、遺言者が視線を動かすと文字列のキーの色が濃くなることで、遺言者がどの文字を見ているのか確認できるものでした(別紙2、編注:省略)。
 また、遺言者がキーを目視し、文字を確定すると、その文字がパソコン画面の上半分に表示され、キーボードの発話キーを目視すると、パソコン上に現れた文字列をパソコンが音声として読み上げる機能が付いていました。
 画面を直接見ることのできない証人1名については、パソコンの発話を聞くとともに、最後に、公証人がパソコン画面を写真撮影し、その写真の文字をその証人が見て確認することとしました。
 遺言公正証書の作成の応対は、①遺言者の本人確認、②遺言内容と直接関係のない質問に対する回答により遺言者本人がパソコン入力していることを確認、③遺言者による遺言内容のパソコンを使用した自書(公証人と遺言者の問答の形式)、④自書内容が、公証人が事前に用意した遺言公正証書案どおりであることの確認、⑤遺言公正証書案の読み聞かせ及び閲覧、⑥遺言者による遺言公正証書作成の可否の判断、⑦遺言公正証書原本への署名・押印(遺言者については、公証人が代署、代印)という順番で行い、最後に遺言者が入力したパソコン上の文字を写真撮影し、所要時間は40分程度で終了しました。
 ここで失敗したことは、①及び②の問答の際に、パソコン画面に表示された文字列が順次消えていくことに気づいた時はすでに文字が消えた後だったことで、それからは、画面に表示した文字は残すよう依頼したため、③以降に遺言者が入力した文字は画面に残り、それを写真撮影することできました。
 遺言公正証書は、通常の冒頭部分の「遺言者の遺言の趣旨の口述を筆記して」を「遺言者は口がきけないため、重度障害者用意思伝達装置付パソコンを使って自書した遺言の趣旨を筆記して」と記載し、本旨外要件の証書作成部分を「この証書は、民法第969条第1号ないし第4号まで及び第969条の2第1項に掲げる方式に従い作成し、同法第969条第5号及び第969条の2第3項に基づき本公証人が次に署名押印するものである。」として、作成しました。
 また、遺言公正証書の附属書類として、遺言者の入力した文字のパソコン画面を撮影した写真を証拠書類としましたが、パソコン画面上には、遺言者の入力した文字しか現れないため、公証人が質問した事項と遺言者が入力した文字を一覧できるよう問答を記載したメモを作成し、末尾に公証人の職印を押印したものも附属書類としました(別紙3、編注:省略)。

6 おわりに
 今回のALS患者の遺言公正証書作成を終えて、医療機器の発展の早さに驚くと共に、こうした機器を使用することで、意思の伝達が比較的スムーズに行えることが分かりました。
 本稿が、ALS患者等の遺言公正証書作成嘱託に応えるための一助になれば幸いと考えています。
 また、今回の作成にあたり、本誌No.27(平成29年6月号)12ページ、実務の広場No.51を参考にするとともに、多くの先輩公証人の皆様から多大なご指導をいただきました、紙面をお借りして厚く御礼申し上げます。  (小山健治)

前号(No.49)の訂正

 民事法情報研究会だよりNo.49に掲載のNo.86実務の広場「借地に関する、ある相談事例から」の26ページのなお書きを以下のとおり訂正します。
 「なお、この契約を法第23条第1項の事業用定期借地権として、当初30年の存続期間を定めていた場合には、変更契約により、その存続期間を10年延長して40年にすることができます。ただし、変更契約も当初の契約時の適用条項の範囲内となりますから、当初の存続期間の始期から通算50年未満までの範囲内となります(設定ではないので、公正証書によらなくても可能ですが、金銭債権の強制執行を視野に入れるときは公正証書によることが必要となります。)。」