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民事法情報研究会だよりNo.56(令和5年1月)

新年のごあいさつ

 新年明けましておめでとうございます。
 会員の皆様のますますのご多幸をお祈りいたします。
 旧年を含め、ここのところコロナに始まりコロナで終わる年が続いています。
 そのため、当研究会においても、対面での会合ができなくなって久しくなってしまいました。非常に残念に思います。
 ただ、新型コロナウイルスについては、流行当初は、この世の終わりが到来するのではないかとの恐れを抱かせられるような状況だったように思いますが、近時においては、感染者数増加の報道があっても、非常事態措置やまん延防止等重点措置といった言葉そのものが出てこないような状況となり、日常生活も維持されているように思います。このように、ウイズコロナの生活様式が常態化し、社会に認知されてくれば、多人数かつ対面での会合も可能となるのではないかと期待しているところです。
 そこまでいかなくても、多少窮屈な制約付きの会合であっても開催できないかということについて、引き続き検討していきたいと思っています。
新年のごあいさつは、明るい話と決まっていますが、暗めの話に終始してしまったことをお詫びいたします。
 最後に、少し前に孫が誕生したご報告をさせていただき、新年のごあいさつとさせていただきます。
 本年も、よろしくお願いいたします。

   令和5年正月 一般社団法人民事法情報研究会 会長  小口哲男

今日この頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

手書きの温もりなど(佐々木 暁)

 令和5年卯年を迎えました。新年あけましておめでとうございます。会友の皆様には、新型コロナやインフルエンザ、押し寄せる値上げ・物価高、円安、重なる年輪等々の苦難の中、これらの難敵をものともせずに、ご健勝にて、新しい年をお迎えのこととお慶び申し上げます。
 さて、「研究会だより」の編集長から「今日この頃」欄の執筆担当者の選択的指名依頼を受けて、早速に会友の皆様のどなたかに幸運の?白羽の矢をと、思いっ切り弓を引いたところ、弦がぷっつりと切れて悲しいかな自分に跳ね返ってきてしまいました。黒羽?と化して。実は3年連続新年1月号の「今日この頃」欄に顔を出すこととなり、いささか困惑していた次第で、割り当てて頂いた編集長・会長には、この偶然的ご配慮に心から感謝?しています、が、何より難題が、3年余のコロナ禍の社会情勢下においての隠遁的?仙人的な今日この頃の生活環境の中においては、会友の皆様にご報告できるような「今日この頃」的な事柄や提供できる話題も枯渇し、一粒の滴さえしたたり落ちないことにあります。しかしながら、折角も3年連続で新年号の担当にご指名頂いた会長殿への感謝を込めて、まるで、生レモンサワーのレモンを絞る如くに力を込めて、少ないなけなしの全脳的知力を絞り出して、この先に筆を進めたいと思う次第です。言い訳だけの前書きで、ほぼ1ページになりそうですので、それではこの辺でまた来年と行きたいところですが、まだ絞り残しのレモンが少しばかり残っているようです。
 令和4年の師走を迎える頃、そろそろ令和5年新年の年賀状を書く準備と思い、令和4年新年に頂戴した年賀状を改めて拝読させていただきながら、今更ながらに気付かされたことの一つが、何とも手書きの年賀状の少ないことです。圧倒的に印刷されたもの、パソコン仕様の年賀状が多いことです。中には、手作りの版画、パソコンを駆使した仕様の楽しい年賀状もあります。そんな中に、宛先から裏の挨拶・近況文までが手書きの年賀状を拝見すると、何故か気持ちが和み、ほっとするのです。年賀状の表の自筆の私宛の住所・氏名を拝見しながら、裏の差出人が誰かを想像するのが堪らなく楽しく好きです。
 個々人の特徴的な字体は、書人の笑顔や声、人柄まで蘇らせてくれ、ご無沙汰中の空間を埋めて、想い出の場面に連れ出してくれます。手書きの宛名一つで、新年の挨拶以上のものが溢れ出て、しばし書人の笑顔と手書きの温かさを感じながら至福の時間を過ごすことができました。そんなことから、私の令和5年の年賀状も相変わらずの汚い字の手書きです。しかし、受け取り人の想いは「相変わらず汚い手書きの年賀状だな。パソコンがないのか。使えないのか。」ということかもしれませんが。決して、印刷された年賀状、パソコン仕様の年賀状を否定している訳ではないことをお断りしておきます。口悪しき隣人によれば、お前は手書きの温もりなんて偉そうに言っているが、単にパソコンが不得手で、住所録も登録していない(できない)からだろうと言います。挙句には、デジタル化時代到来時の公証人でなくて良かったね、とも。う~ん、何とも反論し難い。
 令和4年10月1日付けの読売新聞の社説に、「手書きの大切さを再確認したい」と題して、2021年度の「国語に関する世論調査」(文化庁が全国の16歳以上を対象に実施)に関する論説が掲載されていました。問題の提起として「デジタル機器の普及に伴い、漢字が書けなくなったと感じている人は多いのではないか。日常生活や教育現場で、文字を書く機会をどう確保するか、改めて考える必要がある」というものです。
 この世論調査では、全体の82%が「国語に関心がある」と答え、関心がある点は「日常の言葉遣いや話し方」「敬語の使い方」が多かったとのことです。また、パソコンやスマートフォンの普及で「手で字を書くことが減る」「漢字を書く力が衰える」という懸念が多かったとのことです。
 私もスマートフォンを使用していますが、おはようの挨拶やお礼などは、絵文字で済ませてしまうことすらあります。ひらがなを漢字に変換してくれるので、正しい漢字を選択することは今のところ出来ているようですが、いざ実際に書くとなると、あれッ、となり、一瞬漢字のイメージは湧くが正確に書けないことが多々あります。これは単に認知症の前触れかと危惧したりしています。
 この社説の中で「文化審議会は10年の答申で、手書きの重要性を指摘している。繰り返し漢字を書くことで、脳が活性化され、習得につながるという。手書き文字には、書き手の個性も表れるため、日本の文化としても大切だと位置づけています。14年度の国語世論調査では、手書きの習慣を「これからも大切にすべきだ」が92%に上った。」と紹介されています。しかし、年賀状や挨拶状を書く習慣自体が年々薄れていく中で、更に拍車をかけることになりそうなのが、教育現場におけるデジタル教科書の導入であり、社会のデジタル化ではないかと老婆心ながらささやかな心配をしています。
 私が手書き文化や漢字を書くことに少なからずも郷愁的・感傷的な気持ちを抱くのは、団塊世代として生きてきた時代背景も影響しているのだろうかと思ったりもしています。小学生、中学生、高校生の頃は、もっぱらガリ版切りをして、文集、新聞、台本創りをやり、登記所では、登記簿へのガラスペン記入、タイプライター記入・印刷を、民事局では、手書きでの増員・定数・予算等の要求書・資料の作成からやがてワープロ・パソコン機器での文章・資料作成という時代を駆け抜けて来たことも影響しているかも知れません。文明の利器が急速に進化を続けていることは承知しながらも、私の場合は、未だいざ鎌倉の時には、パソコンを開くより、紙と鉛筆を持つほうが早いかもしれません。この原稿もパソコンで仕上げましたが、紙で下書きした原稿を浄書したものです。パソコンにいきなり向かうこともありますが、なかなか文章全体の構成、流れが浮かんできません。会友の皆様には、ここまでの文章をお読み頂いて、筆者はそうは言うが、「紙で下書きしたからと言っても、必ずしも良い文章とは限らないんだな」ということをお感じになられたでしょう。悲しいかな墓穴を掘ってしまったようです。未だ発展途上中のアナログ人間そのものです。
 コロナ禍の中、平常時の交友関係もままならない世情にあるなかにおいて、旧友や知人、諸先輩、元同僚の皆さんとの近況報告等は、もっぱらハガキ、手紙のやり取りです。手書きの走り書きで、乱筆・乱文ではありますが。友人・知人からの手書きのハガキや便箋の字を見ているだけで、笑顔や人柄、額の広さ加減までが行間に滲み出てきて、涙腺を刺激されることも度々です。と言いながらも、単なる連絡、報告的な事柄は、ついついスマホによるメールやラインで済ましてしまうことも多くなってきたような気がします。さしたる刺激もない老後の生活において、63円、84円の世界の中で結構心を癒されております。
 それにしても公証事務の世界にもデジタル化の波は容赦なく押し寄せて来ているやに第三者的立場で感じつつ、それでも公証人の自筆の署名だけは残るであろうななどと、勝手に想像を巡らしながら、現役の公証人の皆様のご苦労や順応能力の素晴らしさを想いつつ、自分的には、「早い時期(デジタル化等の改革前)に退任することが出来て良かった。」(一人ホット感)と正直すぎる気持ちを心の中でそっとつぶやいて、新年の祝い酒をちびりちびりと飲みながら、何の予定も記されていない2023年のカレンダーを眺めています。
 会友の皆様本年もよろしくお願いいたします。(元大宮公証センター公証人 佐々木 暁)

看取りの歴史と将来

◆ 私には娘が二人います。娘たちがまだ小学生の頃、「お父さんが年をとり寝たきりになったら、誰が最期まで面倒を見て(看取って)くれるかな?」と冗談で尋ねると、二人、口を揃えて「自分が世話をする」と言って互いに譲らず、嬉しい喧嘩をしてくれていました。私が子どもの時代は、自宅が田舎にあったということもありますが、家族の最期は自宅で看取るのが一般的で、私の祖父母も自宅で看取られました。しかし、それから約半世紀が過ぎ、看取りの態様も様変わりし、自宅で家族の最期を看取る例は相当少なくなっています。
◆ 我が国における看取りの歴史は古く、看取りと同義とされる「取り見る」という言葉があり、奈良時代初期の歌人・山上憶良は、万葉集に「家にありて母が取り見ば慰むる心はあらまし死なば死ぬとも」という歌を残しています。日本の医療史学者である新村拓(しんむらたく)氏によると、看取りの文化の核をなしていた死の臨床は、既に平安・鎌倉期の仏教界においてマニュアル化されており、それらは出家・在家の者を問わず実践され、また、中世・近世には一般向けの教訓書・家政指南書・医書の中にそれが取り込まれ、より良き死を迎えさせるための作法として庶民の間にも定着していたとのことです。この看取りの文化は、肉親による看取りの是非といった立場の違いはあるものの、往生思想による臨終所作として仏教がそのベースにありましたが、明治期を経て看取りは宗教色が失せ、家族の問題となっていきます。その後の変遷については、学者間で若干の相違はありますが、看取りは、やがて国策として女子教育の「家政」の領域と位置づけられ、家政学の教科書の中には看取りの作法だけでなく、遺体の初歩的な処理の仕方まで掲載したものもあり、昭和中期までは一般家庭において在宅死は当たり前のことであり、女性(嫁や妻)が中心となって看取りを行い、そのためのノウハウが家や地域社会に承継されていたようです。
◆ しかし、その後、現在に至るまでの間に核家族化、共働きの増加、福祉・医療施設の拡大といった社会構造の変化に加え、死に対する国民の考え方の変化もあいまって、医療機関・介護施設等での死亡率が徐々に高まり、看取りの文化は家や地域社会から離れていくことになります。看取りが家庭や地域から医療・介護の分野に移行すること自体決して悪いことではなく、家族の負担等を考えるとむしろ必然的であったといえますが、移行が進むにつれ国民医療費・福祉関連経費が膨れ上がったため、在宅医療・在宅死への回帰を求める声が出始めます。また、医療・介護施設の現場において十分な体制が整わず、患者・入所者に対する不適切な扱いや、職員による入所者への虐待等の問題が発生し、そのほかにも終末期における延命治療や尊厳死といった個人の権利と医療倫理に関する問題も生じることとなります。
◆ 内閣府の公表した「令和4年版高齢社会白書」によると、国民の健康寿命(日常生活に制限のない期間)は令和元年時点で男性72.68年、女性75.38年となっており、平均寿命からこれを差し引いて求められる要介護期間は、男性9年弱、女性が12年余となります。iPS細胞に代表される再生・細胞医療、遺伝子治療、その他医・科学の進歩が、平均寿命・健康寿命の延びをもたらす一方で、我が国における少子化の流れは歯止めが効かず、将来、だい大かい介ご護じ時だい代が到来するのは確実視されており、このような状況を踏まえると、頼りとなる医療・介護資源が徐々に限界に近づいていくことが危惧されます(医療・介護関連のAIやロボット開発によりどの程度カバーできるのか予測できませんが…)。上記新村氏ら専門家は、これから大介護時代を迎えるに当たり、かつて日本にあった看取り文化の再生・再創造が必要であると主張し、地域包括ケアシステムという受皿の中で、家族介護者が関わっていく新たな看取り文化の構築が期待されています。また、上記高齢社会白書では、人生の最終段階における医療・ケアについては、医療従事者から本人・家族等に適切な情報の提供がなされた上で、本人・家族等及び医療・ケアチームが繰り返し話合いを行い、本人による意思決定を基本として行われることが重要であるとしています。近い将来間違いなく訪れるであろう大介護時代と看取り文化の変革は、遺言、信託、見守り契約、尊厳死宣言はもとより、終末期看取りの委任や、新分野での自己決定権に基づく意思表示といった形で、公証事務にも少なからず影響を及ぼすのではないかと考えており、その動向に注目していきたいと思っています。
(付言事項)
 先日「看取り犬とワンダフルライフ」と題したドキュメンタリーがテレビ放映されていました。愛犬を連れて入所可能な特別養護老人ホームを取材した番組で、長い人生を生きてこられた高齢者の方と、その方にそっと寄り添う犬にスポットを当てたものです。飼い主がペットの最期を看取る番組はよく見かけますが、逆のパターンは珍しく感興をそそられました。一方我が家では、自分こそがお父さんを看取ると言って喧嘩していた娘二人も30代になり、現在では二人仲良く「将来老人ホームに入所するなら、費用が高くてもしっかりしたところを選ばないといかんよ。」と口を揃え言っています。(神戸・洲本公証役場公証人 阿部精治)

公証人を退任して(近況報告)

 令和4年7月1日付けをもって古川公証役場公証人を退任し、早4か月が過ぎ去ろうとしていますが、誌友の皆様におかれましては、いかがお過ごしでしょうか。
 公証人を拝命した際には、重責を無事に全うできるかどうか心配しておりましたが、関係する皆様のご尽力により、大病を患うこともなく、9年8か月の間、曲がりなりにも何とか公証業務を処理し、無事に退任の日を迎えることができました。改めて、皆様に感謝申し上げる次第です。
さて、公証人退任後、約1か月の期間を要して残務整理や引っ越しの準備などを終え、8月初旬、ようやく終の棲家となる実家(青森県弘前市)への人生最後の引っ越しを終えました。東京での生活を続けようかとも考えましたが、長年実家も空き家となっており、また、祖父の代から生業としている果樹園の管理を姉夫婦に任せっきりにしていたことから、実家へ戻ることにした次第です。実家の裏に広がっている畑(約3,000坪)では、主に「ふじ」という品種の林檎を作付けしています(他の品種として、「紅玉」、「王林」、「金星」、「ジョナゴールド」といったものもありますが、数本程度です。)。作付面積からすれば、家族で何とかやっていける位の小規模農家といったところでしょうか。亡き父母は、長男である私に跡を継いで欲しかったようですが、その期待に沿うことなく、私は別の道を選んで今日に至ってしまいましたので、これからの人生、農業に精を出し、いくばくかでも親不孝をした穴埋めができればと思っているところです。現在、姉夫婦と共に「ふじ」という林檎を収穫しているところであり、後期高齢者である姉夫婦と共に体力の続く限り、自然と向き合いつつ営農活動を続けていきたいと思っています。
 ところで、公証人在任中に十分な取組ができていなかった事柄があります。一つは、公証業務に関する広報の件です。毎年、10月の公証週間には、地域で発行されている新聞に2回ほど広告掲載するほか、通年、地域で開催される各種交流会等に積極的に出席するなどして、公証業務の広報に努めていましたが、更に知恵を絞れば効果的・効率的な広報活動ができたのではないかということです。もう一つは、「聞く力」が不足してはいなかったかということです。嘱託事件の多くは遺言に関する案件であることから、高齢者からの相談が多くなりますが、突然訪れた相談者の中には、緊張しているためか、あるいは、まずもって十分に相談者の生活状況等を公証人に理解して貰った上で具体的な相談内容について尋ねていきたいと考えているのか分かりませんが、相談者の出生から現在の家族を含めた生活状況等に至るまで、とうとうと話し始め、訪れた目的がわからないまま、かなりの時間を費やすことがありました。時間的に余裕があれば相応の時間を費やし、懇切・丁寧な対応も可能ですが、次の嘱託事件の予定時間が迫っているときなどは、つい焦ってしまい、途中で相談者の話しを遮ることもあったかと思います。相談者からすれば、取り敢えず自分を取り巻く家庭内の諸事情を十分聞いて貰った上で、具体的な遺言内容を考えたいと訪れたにもかかわらず、十分に話しを聞いては貰えなかったという不満を抱いたかも知れません。もう少し相談者に寄り添った「聞き出す力」をも発揮した対応ができていれば、それこそ懇切・丁寧な応対に繋げられたのではないかと思っているところです。
 最後になりますが、全国的に新型コロナの感染拡大が収まっておらず、気が抜けない毎日が続いています。誌友の皆様におかれましては、改めて健康管理に十分留意され、来るべき輝かしい新年を迎えられることを祈念し、拙い本文を閉じたいと思います。有難うございました。(元仙台・古川公証役場公証人 工藤 聡)

実務の広場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.96 債務承認弁済契約公正証書作成の可否について

(質問箱より)

【質 問】
(相談要旨)
1 夫甲と妻乙は、協議離婚することに合意しており、長女丙(15歳)の養育費及び財産分与のほか、乙が甲の弟丁に貸し付けた貸金の支払いに関する事項を離婚給付等契約公正証書にしてほしいとして、乙が当公証役場に来所した。
2 公正証書により作成してほしいとする丁への貸金の支払いに関する内容は、以下のとおりである。
 ア 乙は、甲の依頼を受けて婚姻前に蓄財した自らの預貯金から、丁に対し、総額金476万6025円を貸し付けたところ、丁からその一部の支払いはされたものの、その後支払いが滞ったため、別紙のとおり、平成30年6月18日付けで〇〇簡易裁判所から支払督促の発付を受けている。
 イ 丁は、現在所在不明であり、連絡を取ることができず、支払督促による強制執行の手続は行っていない。
 ウ 甲は、この度の離婚に伴い、乙の丁への貸金に対する返済について丁に代わって乙に分割して支払うことを約束している。
上記2の貸金について、甲による第三者弁済として、乙を債権者、甲を
債務者とする債務承認弁済契約公正証書を作成することができるか。
(質問者意見)
 第三者弁済に関して、民法第474条に次のことが定められている。
(1)債務の弁済は、第三者もすることができる。ただし、その債務の性質がこれを許さないとき、又は当事者が反対の意思を表示したときは、この限りでない(改正前同条第1項)。
(2)利害関係を有しない第三者は、債務者の意思に反して弁済をすることができない(改正前同条第2項)。
 ※施行日(令和2年4月1日)前に生じた債務については、施行日以後も旧法によるものとされている(改正法附則第25条第1項)ため、改正前の民法第474条が適用される。

 丁が所在不明で連絡を取ることができない状況にあることから、民法第474条第1項及び第2項の債務者の意思を確認することができない以上、有効な第三者弁済とはいえないので、甲乙間の債務承認弁済契約公正証書を作成することはできないものと考える。
 他方、債務者丁の意思を確認することができない以上、丁の意思に明確に反する弁済とはいえないので、有効な第三者弁済と考え得る余地があり、判断に迷うところである。
 なお、離婚給付等契約公正証書の条項に離婚を原因とする給付とはいえない貸金の返済に関する事項を記載するのは適切ではないので、仮に有効な第三者弁済と認められるときは、債務承認弁済契約公正証書として作成すべきと考える。

【質問箱委員会の回答】
1 第三者弁済を前提とした契約について
 まず、本件は、平成29年法律第44号による改正民法の施行(令和2年4月1日)前に成立した丁の乙に対する債務(以下「本件債務」といいます。)に関するものであることから、以下、この改正前の民法については「旧民法」と、改正後の民法については「改正民法」と、改正民法の附則については「改正法附則」と称することとします。
 お尋ねの、改正法附則第25条第1項により本件債務の弁済に適用される旧民法第474条の規定に基づく、甲による第三者弁済を内容とする債務承認弁済契約公正証書を作成することができるかということですが、第三者弁済は、債務者丁の意思に反してはなし得ないので、仮に甲と乙との間で第三者弁済に関する契約をするとすれば、丁の意思に反しない場合に限り有効という条件を付した第三者の弁済契約ということになります。
このような契約により第三者弁済がなされたとしても、丁が反対の意思表示をすれば、第三者弁済は効力を失い、乙は既に甲から弁済を受けた金員があれば、これを返還しなければならないこととなります。
 また、甲は、道義的責任はともかくとして、法的には本件債務の履行責任のない第三者の立場で弁済するということですから、債務者でない甲と乙との間で債務承認弁済契約を締結することはできないと考えます。
 できるとすれば、前述のとおり、(条件付)第三者の弁済契約ということになりますし、本件債務について、法的には債務者でない甲に対して強制執行をするということは考えられませんから、執行証書とすることができない以上、公正証書にする意味は事実上ありません。

2 併存的(重畳的)債務引受契約について
 相談の目的を達する方法の一つとして、甲と乙との間で、乙と丁との間の本件債務はそのまま存続させておいて、これと併存する本件債務と同一の内容の債務を甲が負担するという契約をすることができます(改正民法第470条第2項)。
 この契約は、債務者丁の意思に反するときでもすることができるとされています(大判大15.3.25民集5.219)ので、第三者の弁済のような問題は生じないものと考えます。
また、甲が、既に支払督促手続で仮執行宣言も付されている本件債務を、分割して支払っていくということですので、併存的債務引受契約に付随して、分割払いによる具体的な弁済契約も締結する必要があります。
 併存的債務引受は、旧民法には規定がなかったものの、従前から判例によって認められていたもので、改正民法第470条以下は、これを整理して明文化したものです。
 元の債務者の債務と引受人の債務は連帯債務になる(改正民法第470条第1項)という点は従来と変わりませんが(最判昭41.12.20民集20.10.2139)、連帯債務に関する旧民法の規定では、一方の債務が時効消滅するとその負担部分において他方の債務に効果が及ぶなど、広く絶対的な効力が認められていたところ(旧民法第439条等)、改正民法では、連帯債務者の一人について生じた事由は、原則として他の連帯債務者に対してその効力を生じないこととされる(改正民法第441条)など、連帯債務者間の関係に違いが生じていることには注意が必要です。
 なお、本件債務が事業に係る債務であった場合、保証と同様の効果を生じさせる契約であることから、次の保証契約の保証人保護規定の潜脱と見られる可能性は排除できません。

3 保証契約について
 上記併存的債務引受契約と同様の効果があるものとして、保証契約を締結する方法も考えられます。
 債務者である丁の委託を受けない保証人として、甲が乙との間で保証契約を締結することは可能であり、分割払いということであれば、保証契約と同時に、具体的な分割払いによる弁済契約も締結する必要があります。
 なお、甲が催告の抗弁(民法第452条)及び検索の抗弁(民法第453条)並びに他にも保証人があった場合の分別の利益(民法第456条)の主張をしないということであれば、甲が本件債務について丁と連帯して債務を負担する連帯保証契約にすることによって、乙の立場はより有利になります。
 新たに(連帯)保証契約を締結する場合は、改正民法が適用されますから、本件債務が事業に係る債務であった場合は、保証人保護のための保証意思宣明公正証書の作成が必要になります(改正民法第465条の6以下)。
 この場合、改正民法第465条の10の情報提供義務に関して、上記のように甲が乙との間で(連帯)保証契約を締結する場合は、主たる債務者の委託を受けない保証人であることから、同条に定める情報の提供がなくとも、甲の履行意思(改正民法第465条の6第2項第1号イ)を確認することができれば、甲から本件債務が生じた際の事情や丁の現状を聞き取るなどすることによって、保証意思宣明公正証書の作成は可能と考えます。
 このように、本件債務が事業に係る債務であった場合には、余分な手間と費用が生ずることとなりますが、ここまでやっておけば、万一甲からの分割金の支払いが滞った場合には、問題なく強制執行をすることができるものと思われます。
 ただし、(連帯)保証債務には、主たる債務の存続、態様、消滅等について主たる債務と運命を共にするという付従性が認められていることから、主たる債務が時効により消滅してしまうと、保証人も主たる債務の消滅時効を援用することができることになります(大判昭8.10.13民集12.2520)。
 本件債務に関する支払督促手続の仮執行宣言(平成30年7月27日)の送達から2週間以内に督促異議の申立てがなかったときは(別途確定証明書を取っておくことをお勧めします。)、支払督促は確定判決と同一の効力を有することになり(民事訴訟法第396条)、本件債務にはその確定から10年間の消滅時効が進行しますから、甲の分割払いの期間がそれより長い場合には、乙は、それまでに丁に対して本件債務の時効中断の措置をしておく必要があります。

4 離婚給付と一つの証書にすることの是非について
 甲乙間の併存的債務引受契約又は(連帯)保証契約と、離婚給付に関する契約は、一つの公正証書にすることも別々の公正証書にすることも可能ですが、同一の当事者間の一方から複数の金銭給付をする場合、充当の問題が生じることがありますので、一つの証書にした上で、充当に関する条項を設けておくのが望ましいと考えます。
 例えば、養育費として毎月3万円、本件債務の弁済分として毎月3万円の合計6万円を支払うこととなっているにもかかわらず、今月は支払いが苦しいからということで5万円しか支払われなかった場合に、どちらの債務がどれだけ履行されているのかが分からないのでは、強制執行をする場合に支障となることがありますので、改正民法第488条の規定に従うということにしておくよりも、まず養育費から充当するというような条項を設けて明確にしておいた方が良いと考えます。

5 結論
 相談の目的を達する方法としては、上記2の併存的債務引受契約とすることも3の(連帯)保証契約とすることも、どちらも可能ということになりますが、その要件や効果に若干違いがありますので、当事者に説明の上、どちらにするかを選択してもらうことになります。
 一般的には、併存的債務引受契約とする方が分かりやすいと思いますが、本件債務が事業に係る債務であった場合には、保証意思宣明公正証書を作成した上で(連帯)保証契約とするのが確実と思われます。
 また、離婚給付契約と一つの公正証書とするのか別々の公正証書にするのかについても、当事者に説明の上で決めてもらうことになります。
 おって、本件債務が事業に係る債務でなければ併存的債務引受契約になると思いますので、併存的債務引受契約に関する条項案を、参考に供します。

〔参考〕
第〇条 甲は、乙に対し、甲の弟〇〇〇〇(以下「丁」という。)が平成22年9月4日から平成29年10月3日までの間に乙から貸付を受けた総額金476万6,025円の内、平成30年6月18日現在の未払残額金430万6,025円の支払債務を、令和〇年〇月〇日、併存的に引き受け、これを令和〇年〇月から令和〇年〇月までの〇回に分割し、毎月〇日限り、毎回金〇〇円(ただし、最終回は金〇〇円)ずつを、丁と連帯して、乙の指定する金融機関の口座に振り込んで支払う。

民事法情報研究会だよりNo.55(令和4年10月)

清秋の候、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
列島を縦断する台風により一気に秋がやってきたと感じる今日この頃ですが、台風による停電や断水等により不便を強いられた方々に心からお見舞い申し上げます。
家族や友人などにも新型コロナ感染者が出たなどの情報に接する機会が多くなったようで、まだまだ油断できない状況が続いています。初期の新型コロナウィルスと変異ウィルスであるオミクロン株の両方に効果が出るように改良した新しいワクチン接種が始まりましたので、その重症化予防効果に期待したいと思います。(YF)

今日この頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

75歳の壁(小畑和裕)

1 後期高齢者になった。昨年、75歳の誕生日を迎えたとき、市役所から通知があった。それまで加入していた国民健康保険から自動的に後期高齢者医療制度の被保険者となった旨の通知があり、併せて被保険者証が送られてきたのだ。加入手続きは不要だという。いよいよオレも後期高齢者と呼ばれるようになったのか、と寂しいような悲しいような複雑な思いだった。
「後期高齢者」という言葉を初めて聞いたのは、この医療制度が始まった平成20年の頃だったと思う。「後期高齢者」と聞いたとき、大変な苦労を経て、戦後の日本の復興を果たし、実質国内総生産(GDP)世界第2位という驚異的な経済成長を成し遂げた諸先輩を、後期高齢者などと呼ぶのは誠に失礼であると憤慨したものだった。だが当時はまだまだ先の事でもあり、実感も湧いてこなかった。自らの問題として捉えることはなかった。その、後期高齢者になったのだ。時の流れの速さに驚くとともに、無為に過ごして来た日々を思い、何とも表現のしようのない気持ちに包まれた。
2 私は、法務局出身公証人OB会の世話役を仰せつかっている。会員は主に東京法務局の管区内の公証役場で勤務していたOBが中心だ。春・夏・秋・冬、合わせて年4回ほどの交流会を開催しているが、最近はコロナ禍により2020年以来、休止している。この僅か二年数ヶ月の間に、6名もの会員が亡くなられた。悲しくて、悔しくて、残念でならない。いずれの会員も現役時代は言うに及ばず、退職後もご指導を賜り、お世話になった方ばかりである。しかも所謂平均寿命(今年7月の厚労省の発表では、男子81.47歳、世界第3位)よりも若い方が多く、中には後期高齢者を迎えたばかりの先輩もおられる。残念極まりない。コロナ禍に見舞われていなければ、交流会の際にお会いし、現役時代の苦労話や楽しかった思い出、健康長寿の秘訣など和気あいあいと語り合うことが出来たと思うと悔しくてたまらない。今はただ諸先輩のご冥福を祈るばかりである。
3 後期高齢者数は、2020年には、約1870万人であるが、団塊の世代の全員が後期高齢者となる2025年には約2180万人になると推計されている。後期高齢者の増加にともない雇用、医療、福祉など数々の問題が生ずると指摘されている。
 最近「75歳の壁」という言葉をよく聞く。日本人は、とかく「壁」という言葉が大好きだ。「嘆きの壁」とか「バカの壁」とか、愛読している松本清張の著作にも「目の壁」がある。「75歳の壁」の意味はよく分からないが、突き詰めて言えば、この年齢を境に各種の疾患(脳卒中や脳梗塞など)の罹患率が65歳から74歳に比べて飛躍的に跳ね上がるということだと思う。また、要介護者や認知症の発症者の割合が増加するのも「75歳の壁」だ。この壁を意識に置いて日々の健康維持に留意すべきであると、警告を発しているのだと思う。
 一方で恐い話も有る。第75回カンヌ映画祭で特別賞を受賞した「プラン75」という映画だ。この映画は、75歳を迎えた人々に「命の選択」を与える国の政策が実行された社会を描いている。現代における姥捨て山だ。人が生きていくということの意味をより深く考えさせられる作品である。架空の話ではあるが、人間の存在価値を考えるとき、生産性の有無を拠り所にするのは間違いだ。この作品は、後期高齢者の増加にともない様々な問題が発生する日本社会の現実をみつめた映画だと思う。75歳の身には深くて恐ろしい作品である。
4 最近、「75歳の壁」や後期高齢者を巡る話題は多い。背景には、間近に迫った2025年問題があるのだと思う。これらの話題に接したとき、従来とは違って自分自身を対象にした問題でもあるため、深く考えるようになった。後期高齢者として如何に生きるのか。明確な答えはまだない。しかし、はっきり言えることがある。それは、多くの人々と交流し、歓談し、明るく楽しい時を過ごすことの大切さだ。このことが、「75歳の壁」を乗り越え、楽しい人生を生きていく最大の武器になると信じている。その為にも一日も早くコロナが終息し、マスクなんかうち捨てて、多くの人々と交流出来る日がくることを願っている。(元厚木公証役場公証人 小畑和裕)

滝川公証役場について~広報活動を中心に(阿部俊彦)

【はじめに】 
 滝川公証役場で公証人をしています阿部と申します。
 滝川公証役場の公証人に任命され早いもので2年が過ぎましたが、日々悩みながら業務を行っている毎日です。
 誌面をお借りして当公証役場を紹介したいと思います。
 当役場が置かれた札幌法務局滝川支局が管轄する地域は、北海道のほぼ中央部に位置する北海道庁空知振興局管内にありますが、特に中空知地方と称し、「滝川市」、「芦別市」、「赤平市」、「砂川市」、「歌志内市」、「奈井江町」、「上砂川町」、「浦臼町」、「新十津川町」、「雨竜町」の5市5町で構成されています。(私が出張して業務ができるという意味での管轄は、札幌法務局管内全域となります。)
 中空知地方は、旧財閥系の炭鉱地帯として繁栄した空知炭田の一画にあり、その中心地である滝川市は近隣の炭鉱街からの買い物客で賑わった商業の街でありました。
 役場のある滝川市は、1987年(昭和62年)NHK朝の連続テレビ小説「チョッちゃん」の舞台として放送されました。これは、黒柳徹子さんの母の自伝「チョッちゃんが行くわよ」を原作としたもので、皆さんも放送をご覧になり、滝川市をご存じの方もいるかと思います。
 また、北海道民のソールフードである味付けジンギスカンで、全国的に有名な「松尾ジンギスカン」の本店は滝川市にあります。

【事件の動向】
 滝川公証役場は、岩見沢公証役場を置くとされていた支局のうちの一つである滝川支局に昭和63年1月に新設されましたが、役場新設当時、既に石炭産業は斜陽の一途をたどり、平成7年には管内の炭鉱は全て閉山される状況でした。したがって、役場新設当時から地域経済力の低下の兆しはありましたが、特に基幹産業が崩壊した平成7年以降は人口減に拍車がかかり、令和2年以降、管内人口は10万人を割り込み、地域経済における地盤沈下は目を覆うほどであります。
 こうした傾向は、公証事件数にも明らかに影響しており、役場新設時における事件数及び事件の種別は、現時点におけるそれとは大きな開きがあります。とりわけ、定款認証をはじめ賃貸借、消費貸借、債務承認弁済等の経済取引に関する事件は極めて減少しています。
 しかしながら、一方では、遺言、任意後見、離婚給付などの家事事件の割合が増加しています。
 そこで、このような事件の変化に対応した広報活動が必要と考え、微力ではありますが、昨年は、以下のような取り組みを行っています。

【広報活動】
1 講演会等の実施
  コロナ禍にあっては、感染対策等を講じながら実施しなければならず、非常に実施そのものが難しい中ではありますが、私自身がロータリークラブの会員ということもあり、「滝川ロータリークラブ」で、会員を対象として、公証制度全般について話をさせていただきました。
  また、滝川市内の保険事務所の依頼を受け、ファイナンシャルプランナー等を対象に主に遺言を中心に講演を行いました。
2 地元FМラジオへの出演
 公証人に就任した令和2年9月から、滝川市のコミュニティFMラジオ(エフエムなかそらち)に定期的(2か月から3か月毎)に出演をし、特に遺言制度を中心に、パーソナリティから質問を受け、それに答えるという形式で、話をさせていただいています。今後も引き続き出演させていただく予定となっています。
3 バス車内放送による広報
 北海道中央バスの役場最寄りのバス停留所(2か所)において、車内アナウンス広告を行っています。過去に何度か「車内アナウンスがあったので迷わず来ることができた。」という声もあり、ある程度の効果があると考えていますが、役場に用事のある方のみならず、バスの乗客に公証役場及び業務内容を繰り返しアナウンスすることによるPR効果があると思われます。今後の実施に当たっては、定期的に放送内容を見直すなど、マンネリ化にならないよう工夫しながら、引き続き実施したいと考えています。
4 その他
 「滝川市役所設置の案内図への掲載」、「JR時刻表への広告掲載」、「地元FM局の広報誌への掲載」、「市役所発行のパンフレットへの掲載」等を行っています。

【おわりに】
 最後に、冒頭でも記載したとおり、滝川公証役場は、元産炭地が囲む過疎地域で、公証需要の少ない地域です。そのような中で、地域住民に公証制度を「知ってもらい」、「理解してもらい」、公証役場を「利用してもらう」活動を微力ではありますが、これからもしてまいりたいと考えております。
 これからも引き続き皆様から、御指導、御鞭撻をいただければと思います。
 どうぞよろしくお願いします。(札幌・滝川公証役場公証人 阿部俊彦)

今治で想うこと(檜垣明美)

 私が住む愛媛県今治市の人口は、着任当時に比して1万人以上減少し、15万人台になっており、寂しい思いをしていますが、投稿の機会を得ましたので、最近の今治市について若干ご紹介したいと思います。

1 今治市は、「タオル」と「造船」で知られた街です。

 「タオル」は、今治タオルとして、全国的に有名で東京のデパートでも購入できます。外国製のタオルに対抗する為に、品質の良さを追求して、現在のブランド力を得ています。その吸水力と柔らかさは、非常に優れています。特に、真っ白なタオルは、肌触りが最高で(着色すると繊維が固くなるとか)、私の大のお気に入りでもあります。
しかし、タオル業者の方との話によると、このコロナ禍で各種イベント、結婚式やコンサートを始めとするイベントグッズ等の受注が大幅に減少しているとのことでした。そこで、タオル業者によるマスクの作製・販売も盛んに行われていますが、実際問題として、使用する布の量がタオルとは大きく異なるので、マスクの作製・販売のみで売り上げをカバーすることは全く無理とのこと。ここでも、コロナの影響は、飲食、観光で止まらないのだと実感しています。

「造船」については、皆さまご承知のとおり、世界に冠たる今治造船株式会社を始めとする造船会社が多くあり、今治港に近い当役場からもその姿を見ることができます。
 今治港といえば、本年は、今治港開港100周年の年であり、多くの関連イベントが開催されています。
 その中でも、特に私が興味を持っているのが、10月15日(土)に実施が予定されている、いわゆるブルーインパルスの展示飛行です。今治では初の飛行であり、今治の多くの人が一斉に空を見上げることになるでしょう。お天気に恵まれることを祈るばかりです。もう一つは、10月29日(土)開催予定の自転車競技、今治クリテリウムです。これも今治では初の開催で、今治港近くの市街地に作った周回コースを走り、サイクリスト達がその速さを競うものです。こちらは、費用面でなかなか厳しい面があり、クラウドファンディングの呼びかけも盛んに行われています。私も少しばかりですが支援しました。様々な形での行事を通して、今治市が少しでも活性化されることを切に願っています。
 また、自転車で思い出されるのは、「瀬戸内しまなみ海道」ではないでしょうか。この海道は、本州四国連絡橋ルートの一つで、西瀬戸自動車道の愛称です。広島県尾道市から瀬戸内海の島々を経て、愛媛県今治市に至ります。歩行者・自転車専用道路が併設されていますので、走った方もおられるのではないでしょうか。このサイクリストを対象にしたホテルもここ最近多く建っており、かなり盛況であると聞いています。今治市の特色を十分生かした形での発展も期待できます。

2 私が、四国の愛媛県今治市での生活を始めて、丸8年が過ぎようとしています。ここ2~3年は、コロナ禍の中、受託事件の減少や行動制限が求められ、心身ともに窮屈な日々を過ごさざるを得ない状況が続いています。この状況は、会員の皆様も同じことが言えるのでしょうが、ここにきて、コロナに対する考え方、つまり、コロナの予防接種の是非を始め行動制限がない中での行動をどのように考えるのか、人それぞれで考え方が大きく違うということを実感する場面に多々遭遇しています。行動制限のない中での自らの行動をどうすべきか、正解があるわけでもなく、非常に難しい問題ですが、私なりに個々判断の日々を過ごしています。
 私が属している地元のロータリークラブもその運営の舵取りに苦慮しており、絶対にコロナ患者を発生させない、拡げないとの強い思いで、例会等の開催に臨んでいます。
 このコロナ禍の出口は、本当にあるのかと不安に思いながらも、シェイクスピア作「マクベス」における「明けない夜はない」の言葉(他説あり)を信じ、もうしばらくここ今治の地でマスク生活を続けたいと想う今日この頃です。(松山・今治公証役場公証人 檜垣明美)

短歌

四季の短歌(高渕秀嘉)

春  花冷えといふ言(こと)の葉(は)のある国に生(あ)れし幸せ独り夜に酌む
   来る年もこの白木蓮をここで見ん彼岸会終へし寺の静けさ 
   父親は下で梯子を支へをり子が青空に楤(たら)の芽を摘む 
夏  何時からか食器洗うは我が勤め厨に奔(はし)る初夏(はつなつ)の水
   目覚むれば黙祷は今終りしと妻の声に恥づ原爆の日 
   原節子逝きて遙けき麦秋の明かりは地平に暮れずあるなり
   揚げ花火開かぬままに秘やかに銀河を目指すものもあるべし  
秋  ひと言の優しき言葉で足りたるを悔い拭ふごと母の墓洗ふ 
   むく鳥の円舞終はりぬ街の空夕焼雲は今果つる色
   夕焼に烏も喰はぬ柿たわわ昭和の飢餓は我に今なほ
冬  夫婦でも似ても似つかぬ十二桁マイナンバー届く時雨(しぐれ)寒き日
   日脚(ひあし)伸ぶと言へば肯(うべな)ふ人の居て共に歩みし道の遙るけき
   子の呉れし半纏(はんてん)を着て八十路なほ今日の寒さを嬉しと思ふ
以上 13首                     
(自註)上記は、中高年向け生活雑誌「明日の友」(婦人の友社・隔月刊)の「歌壇」(選者岡野弘彦先生次いで松坂弘先生)に投稿し入選した拙詠の内から、季節の言葉を含むものを選び、四季毎に並べてみたものです。
  俳句も少し嗜みますが(本誌No.44「新年と四季折々の俳句」)、俳句と短歌の、私の内なる関係等については、本誌No.26所収の拙稿「俳句短歌往還」をご参照いただくことがあれば幸いです。

実務の広場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.94 夫婦関係調整公正証書等について(大竹聖一)

1 はじめに
 当役場が所在する奈良県大和高田市は、大阪府に近接している関係もあり、大阪府内に居住する方々や大阪府内の弁護士、司法書士、行政書士及び税理士等から嘱託される事件も多く、また、持ち込まれる事案の中には詳細な検討を要する事案も少なくありません。
また、土地柄からか、いろいろな意味において権利意識が強く、種々雑多な相談や問合せが窓口に、そして電話等により持ち込まれます。相談等の対応については、まず当役場の書記が、その内容が公証事務に関するものかどうかを丁寧に聞いた上で、公証事務に関するものではない場合は、適切と考えられる相談窓口を紹介したり、法テラスを案内したりしています。例えば、「駐車場の土地を乗っ取られそうだと聞いたが、どうしたらよいか。」といった趣旨不明の電話があり、相談者も自身が置かれている状況がよく分からないまま電話をしてきた様子がうかがえた事例に対しては、「それは大変ですね。取りあえず法務局に土地の登記名義が書き換えられていないか確認してはいかがでしょうか。」と提案して対応を終了したことがあります。
 一方、公証事務に関する相談の予約をして来所された場合には、公証人において相談内容を詳細に聴取しなければなりません。
 例えば、①賃貸マンション(分譲マンションの1室のみを所有する個人との間の賃貸借契約によるもの)の漏水事故について、賃借人乙(個人)が、賃貸人甲(個人)との間で、水漏れの原因は配管施工業者の施工不良にあり(ただし、施工業者は認めていないようです。)、乙に責任はないこと、退去時の原状回復において本件漏水事故による損耗・損傷については、その対象としない旨の合意をしたいとか、②株式会社と銀行間の金銭消費貸借契約における連帯保証人Aが、他の連帯保証人Bとの間において、連帯保証人間の求償債務履行に関する契約を締結したいとか、③代理人弁護士から、XとXの妻との間における不動産の死因贈与契約(始期付所有権移転仮登記付き、始期・Xの死亡)を撤回し、当該不動産を他の第三者に遺贈する旨の遺言公正証書を作成したいなどの事案が持ち込まれ、その内容の確認(例えば、③については、負担付死因贈与契約か否か、負担の履行の有無その他の事情など)や案の作成に必要な資料の提出も含め、かなりの時間を要するところです。また、作成に当たっては、タイミングが合えば近公会の勉強会の協議問題として提出し、他の公証人の皆様の御意見や考え方を参考とさせていただくことも多かったのですが、残念ながら昨今のコロナ禍の影響により勉強会の開催は中断しています。

2 夫婦関係調整公正証書の作成
 そのような雑多な相談の中で、時折されるのが、表題の夫婦関係に関する公正証書の作成に関する相談です。
 夫婦共に相談に来所する場合もあって、離婚に関する公正証書の作成かと思いきや、離婚はしないが、夫婦間で取決めをしたので、その内容を公正証書にしたいという相談です。その取決めの内容は、おおむね「これまで夫(妻)は、不貞行為などを働き、あるいは放蕩三昧などを繰り返してきたことから、これを悔い改め、妻(夫)との間で、今後、不貞行為などをしないことを誓約し、不貞行為をした場合には、離婚に応じる。離婚に際して、夫(妻)は、妻(夫)に対し、財産分与(又は慰謝料)として金○○○万円支払う。」といったような内容です。
 この場合の相談対応においては、まず、「○○○の場合には、離婚に応じる。」という取決めに関する部分については、協議離婚における離婚の意思は、離婚届出の時点において存在することが必要であり、戸籍法による届出が受理されて初めて効力を生ずる要式行為であって(民法第764条で準用する同第739条第1項)、将来のある時点を基準として離婚に応じるとする旨の記載をしても、法的には何の意味もないこと、したがって、違反行為があった場合に当然に離婚の効果を生じさせることもないし、ましてや夫(妻)に離婚を強制することもできないことを説明します。ただし、強制力を持たないとしても、両者間の約束(誓約条項)として、例えば将来の離婚の際の一資料として活用することはできる(かもしれない)旨は付言し、そうした理解を得た上で、どうしても作成したいという場合には、作成に応じている実情にあります。
 また、財産分与に関する部分については、その請求権(財産分与請求権)は、将来の請求権であり、未だその請求権を基礎付ける離婚という事実が確定していないことから、強制執行認諾条項を付することはできないこと、その意味においては、公正証書として作成するメリットはないことを説明しています。
 なお、不貞行為があった場合における慰謝料の支払に関する部分については、不貞行為は妻(夫)に対する貞操義務違反になることから、法外な金額でない限りは、民法第420条第1項に規定する損害賠償の額の予定として許容されるものと思われます。
 ところで、ある相談事案においては、慰謝料や財産分与の金額を「〇億円」とするものであったことから、「そもそもこのような金額を払えるのですか(払えないでしょう。)」という私の問いに対して、その夫が「はい、払えます。」と即答したのには面喰らいました。
 ただし、このような金額の支払い自体違法とは言えないものの、通常認められるであろう慰謝料額をはるかに超える金額を慰謝料名目で支払ったり、婚姻中に増加した夫婦の財産額の2分の1相当の金額をはるかに超える金額を財産分与名目で支払ったりした場合には、超過部分が贈与とみなされて、高額の贈与税の対象となる可能性があることを注意しておく必要があります。

3 私署証書の認証
 公正証書の作成だけでなく、今後も夫婦生活を継続していくために夫婦間で合意書を作成したので、この文書を認証してもらいたいという依頼もあります。
 基本的な説明・対応のスタンスは、公正証書の作成の場合と同様ですが、合意書の内容を点検すると、公序良俗に反するようなもの、違法とは言えないまでも疑義があるものが散見される場合があり、その部分を指摘して、嘱託人自身で修正作業をしてもらうというひと手間が生じます。また、一方は暴力行為を受けたと主張し、相手方はちょっと背中を押しただけなどと反論し、その記載内容について双方の合意ができていない場合もあり、この未調整部分の文案の修正に関するやり取りが数週間に及ぶこともあります。
 しかし、一定の年齢を迎え、これまでの行為や言動を反省して、夫婦で穏やかな人生を過ごしていきたい、そのため、これまで暴力的な行為などを行ってきた一方当事者の抑止力として合意書を作成し、事案によっては、宣誓認証によることとしたいといった要望もあり、公証人としては、これに真摯に対応せざるを得ません。

4 参考文例等
  参考文例等は、次のとおりです。双方の話をよく聞いて、事案に応じて修正しています。
(1) 公正証書

夫婦関係調整公正証書
第1条 夫・○○○○(以下「甲」という。)は、妻・△△△△(以下「乙」という。)に対し、民法その他の法令に定める夫婦としての協力及び扶助の義務を履行し、夫婦として、互いに慈しみ合い、助け合い、協力し合い、共に生活していくことを誓約する。

第2条 甲は、乙に対し、次の各号に掲げる行為を行わないことを誓約する。            
(1) 不貞行為
(2) 刑法その他の法令に抵触する犯罪等の行為
(3) その他前各号に準ずる行為

第3条 甲は、乙に対し、次の各号に掲げる事項を遵守することを誓約する。                 
(1) 正当な理由がない限り同居し、扶助・協力すること。
(2) 婚姻費用(生活費)として、毎月○○万円を負担すること。
※ 事案に応じて
(3) 借主を甲、保証人を乙として、金融機関に対し負担する借入金債務については、甲が責任をもって弁済し、乙に責任を負わせないこと。

第4条 甲が、次の各号の一に該当し、乙が離婚を申し入れたときは、甲は直ちに離婚の協議に応じるものとする。
(1) 第2条各号に掲げる行為をしたとき。
(2) 第3条各号に掲げる遵守事項について重大な違反があったとき。               

第5条 第4条の離婚に際し、甲は、乙に対し、財産分与及び慰謝料として、甲及び乙が協議して定めた額を支払うものとする。

(2) 私署証書(認証事例)

夫婦間の合意契約書
妻・△△△△と(以下「甲」という。)と、夫・○○○○(以下「乙」という。)は、本日、以下のとおり合意し、本契約を締結した。
第1条(暴力行為)
乙は、甲に対し、〇〇年頃から△△年頃にわたり、夫婦間において生じた様々な事案において、話合いにより解決することができたにもかかわらず、自身の感情を押さえきれず、反復継続して甲に対する暴力行為を行ったことを認める。
第2条(謝罪及び再発防止)
乙は、甲に対し、自らの暴力行為により、甲を深く傷つけ、夫婦関係の破綻に至らしめかねない状況を招いたことを謝罪し、今後一切暴力行為を行わないことを誓約する。
第3条(慰謝料)
乙は、甲に対し、第1条の暴力行為により甲が被った精神的苦痛に対する慰謝料として、金○○万円の支払義務があることを認め、これを〇年〇月○○日限り支払う。
第4条(協議離婚) 
 乙は、甲に対し、今後、甲の求めがあれば、異議なく協議離婚の協議に応じることを誓約する。
第5条(離婚に至った場合における財産上の問題)
甲と乙は、離婚に至った場合における甲乙間の財産上の問題に関し、次のとおりとすることを約する。
(1)乙は、甲に対し、一切の財産分与の請求をしない。
(2)甲と乙は、厚生労働大臣に対し、対象期間の標準報酬の改定又は決定の請求をし、請求すべき按分割合を0.5とする。
第6条(誓約事項)
乙は、甲に対し、今後の結婚生活において次の事項を遵守することを誓約する。
(1)暴言及び暴力行為は絶対に行わない。
(2) 預貯金及び家計の管理は、全て甲において行うことを承諾する。
(3)炊事、洗濯、掃除等の家事を積極的に行う。
(4)常に甲に対する愛情の心を持ち、甲乙間の子、親族及び友人の面前において甲の悪口を言わない。
(5)浮気や浮気と誤解されるような行動をしない。
第7条 (合意管轄)
甲及び乙は、本契約に関する一切の紛争については、甲の住所地を管轄する裁判所を第一審の管轄裁判所とすることに合意する。

(参考文献)
  会報(東京公証人会発行)・平成20年5月号31ページ、同・平成28年5月号
(奈良・高田公証役場 大竹聖一)

No.95 事業用定期借地権等設定契約公正証書作成上の留意点(安田錦二郎)

はじめに
 事業用借地権は、平成4年(1992年)に制度が創設され、平成20年(2008年)には利用実績を踏まえた一部改正がされ、今日に至っています。(注1)(注2)
 制度創設から30年が経過し、店舗展開等する事業者等により活発に利用されており、最近では当初設定した契約が期間満了を迎えたことによる再契約も多くなっています。
 嘱託依頼の中心は、不動産仲介業者、賃借人等が多いですが、これら関係者にとって、契約機会がそれほど多くないこともあり、公正証書作成の過程で、さまざまな質問等が寄せられる場合も多く、公証業務に携わるまで賃貸借契約についてほとんど経験のない公証人にとって、着任当初、対応に苦労することも多いのではないでしょうか。
 一部の事業関係者からは、事業用定期借地権等の設定契約が公正証書作成を義務付けていることに対し、経費・労力の負担の観点から問題視する動きがあります。
 事業用定期借地権等設定契約を公正証書で作成することを要件とした理由は、更新のない借地権設定契約が脱法的に運用されるなど、制度濫用の危険を避けるため、公証人が内容を審査した上で、適法な契約を公正証書で作成し、将来の紛争を予防することが制度上求められたためです。
 すなわち、公証人には、事業用定期借地権等の制度趣旨、要件等に十二分に精通した上で、契約内容に脱法的な文言等が含まれていれば修正等の適切な指示を行うことはもちろん、嘱託人等の関係者からの質問、疑問に対しても的確・迅速に対応し、理解・納得してもらうことが、制度上求められているといえます。
 拙稿では、私自身の拙い経験も踏まえ、公証人着任当初、判断にとまどってしまうような問題を中心にとりあげてみました。中には不正確な内容もあるかもしれませんが、皆様からご意見・ご批判をいただければ幸いです。

(注1)平成20年1月1日施行で改正された借地借家法(以下「法」という。)23条の見出しは「事業用定期借地権等」とされている。これは、1項において「事業用定期借地権」を、2項において「事業用借地権」を規定しているためであり、同条2項の借地権は改正前の24条の事業用借地権と同様であって、他方、同条1項の借地権は、むしろ定期借地権(法22条)を事業用に限定し、かつ、期間を短縮したものであることから、これを「事業用定期借地権等」として同一の条文に規定することとしたものであると解する立場がある(別冊法学セミナー 新基本法コンメンタール 借地借家法第2版142頁。)。また、法23条1項の借地権と同条2項の借地権の法的性質の共通性に鑑み、共に「事業用定期借地権」と呼ぶ方が分かりやすいとする立場もある(新版 証書の作成と文例 借地借家関係編〔三訂版〕(以下「文例」という。)79頁)。
(注2)本稿では、以下、1項の借地権を「事業用定期借地権」、2項の借地権を「事業用借地権」(ただし、文例76頁の法23条2項の文例6の表題は「事業用
 定期借地権設定契約」と表記されている。)、両借地権を含めて「事業用定期借
 地権等」と称することとする。

一 土地の賃貸借について
1 土地の賃貸借には、建物の所有を目的としない賃貸借と、建物を所有するこ
 とを目的とする賃貸借がある。前者は民法601条以下の賃貸借の規定が適用され、後者は借地借家法の規定が適用される。ただし、建物を建てない駐車場敷地として利用する場合であっても、事業用定期借地権等の一部として建物が所在する土地と一体として利用する目的で駐車場敷地を賃貸借契約の目的とする場合は、当該駐車場敷地にも借地借家法が適用される。
2 賃貸借の存続期間は以下のとおり。
① 建物の所有を目的としない場合は50年以下。最短は定めなし。(民法604条)
② 建物の所有を目的とする場合は30年以上。最長は定めなし。(法3条。一時使用目的の場合は適用除外(法25条))
③ 定期借地権の存続期間は50年以上。最長は定めなし。(法22条)
④ 事業用定期借地権等の存続期間は、30年以上50年未満の場合(法23条
1項の事業用定期借地権の場合)と10年以上30年未満の場合(法23条2項の事業用借地権の場合)がある。 
3 借地借家法でいう「建物の所有を目的とする」とは、建物の所有を「主たる目的」とするものをいい、敷地の一部に建物が存するゴルフ練習場、テニスコート等を目的するものは、借地借家法の対象とならない。

二 借地・借家法の改正経緯等
1 平成4年の借地借家法創設以前
建物保護ニ関スル法律(明治42年5月1日法律40号)
借地法(大正10年4月8日法律49号)
借家法(大正10年4月8日法律50号)
2 平成4年8月1日 建物保護ニ関スル法律、借地法及び借家法を廃止。
  ただし、借地借家法施行後においても、当該法律が廃止される前に当該法律により生じた効力は妨げられない。
3 平成4年8月1日施行 借地借家法(平成3年法律90号)
 「事業用借地権創設」(法24条)。「存続期間10年以上20年以下」の場合のみ。
4 平成20年1月1日施行 借地借家法改正(平成19年法律132号)
  法24条を削除し法23条として事業用定期借地権等に関する規定を新設。
  法23条1項 → 30年以上50年未満 「事業用定期借地権」
  法23条2項 → 10年以上30年未満 「事業用借地権」
  改正法施行前に設定された事業用借地権については、従前の例による。

三 事業用借地権制度が創設された理由
 通常の借地権は、存続期間満了後も借地契約の法定更新が認められ、借地権設定者からの更新拒絶には制限があり、また、借地権者には建物買取請求権が認められるなど、借地権者側に有利な扱いがされている。
 その結果、一度借地権を設定するとほとんど半永久的に土地の返還が望めないという状況が生まれ、都市部を中心に新たな借地権の設定が困難になるとともに宅地供給が難しくなり、地価上昇の更なる要因ともなっていた。
 このような事情を背景として、不動産業界などから改正の要望があり、法律を改正して導入されたのが、事業用借地権制度である。
 平成4年8月1日施行の借地借家法創設の際に、①存続期間を10年以上20年以下とすること、②契約の更新規定が排除されること、③建物買取請求権が存しないこと、④設定は必ず公正証書によらなければならないこと、以上を内容とする事業用借地権制度が設けられた。
 その後の事業用借地権の運用の中で、10年以上20年以下の存続期間が建物の耐用年数に比べ短いこと等から、より長い存続期間を望む声が強くなったため、法律が改正され平成20年1月1日から施行された。

四 平成20年1月1日施行の借地借家法改正の内容
 平成20年1月1日に施行された改正法では、事業用定期借地権等の存続期間について、30年以上50年未満の場合と10年以上30年未満の場合の2つの場合に分けられた。
 法23条1項の、存続期間を30年以上50年未満として事業用定期借地権を設定する場合の要件は、⑴公正証書で作成すること、⑵以下の3事項を「特約」で設けておくことである。
 3事項の特約は、1つでも欠けると効力を生じない。
① 契約の更新がないこと
② 建物の築造による存続期間の延長がないこと
③ 建物の買取請求をしないこと
 法23条1項中の「第9条及び第16条の規定にかかわらず、契約の更新及び建物の築造による存続期間の延長がなく、並びに第13条の規定による買取りの請求をしないこととする旨を定めることができる。」の記載が特約に該当する。
 ①の特約については、法5条1項の「契約の更新を請求したとき」及び同条2項の「土地の使用を継続するとき」も含まれることを明らかにするため、「契約の更新(更新請求及び土地の使用の継続によるものを含む。)」と記載することとなる。
法23条2項の、存続期間を10年以上30年未満として事業用借地権を設定する場合の要件は、当該存続期間を定めて公正証書で作成することである。存続期間30年以上50年未満の場合のような①、②、③の特約を設けなくても法律上当然にこれらの適用が排除される。
 ただし、実務上公正証書作成の際は、「特約」としてではなく、「確認事項」等として、契約更新等がないことを明記することとしている。
 記載例は以下のとおりである。
「(確認事項)
 甲及び乙は、本件賃貸借については、契約の更新(更新請求及び土地の使用の継続によるものを含む。)及び建物の築造による存続期間の延長がなく、借地権者の建物買取請求権に関する法の規定が適用されないことを確認した。」。(注1)
 なお、以下の記載による場合もある。
「本件賃貸借については、法第3条から第8条まで、第13条及び第18条並びに民法第619条第1項の適用はない。」(注2)
(注1)文例76頁の文例6の第2条(法23条1項に係る文例65頁の文例5の 
 第3条第2項と同じ表現である。)
(注2)文例82頁(法23条1項と同条2項との実質的な差は、存続期間の定め
 である法3条の適用除外の有無である。また、民法619条1項は、法23条2項に規定されていないため、この規定の適用除外は合意を要することになる。)

五 平成20年1月1日施行改正法の経過措置
 平成20年1月1日より前に設定された改正前の借地借家法24条に基づく事業用借地権は、改正後においても改正前の借地借家法24条が適用される(改正法附則2条)。
 したがって、改正前に設定された事業用借地権で、改正後も存続期間が存続している場合には、改正前の事業用借地権の存続期間である20年以下が適用されることから、借地期間の延長をする場合には、借地期間開始日から20年以内の範囲でしか延長することができない。
 20年の存続期間が経過する前に、20年を超えた期間で借地期間を延長する場合には、改正前に締結した契約を双方において合意解約し、改正後の法律の下において、新たな契約を行う方法しかない。

六 事業用定期借地権等設定公正証書の作成手順
 以下の作成手順は当職が通常行っているものです。ご参考に願います。
① 嘱託人等からの嘱託・相談
嘱託・相談は、当事者の一方、又は仲介業者からされる場合が多い。なお、
  常連の嘱託人の場合は相談を省略し、覚書案等をメール等で送ってもらい、そのまま公正証書案を作成することも少なくない。
   相談時の確認ポイントは以下のとおりである。
• 賃借人が建築する建物が専ら事業の用に供する建物であるか。
・ 賃貸する土地が複数土地かどうか、複数土地の場合一体利用性の要件が備わっているか。
・ 土地の一部が賃貸借の対象となっていないか。一部の場合は範囲を特定する図面の提出が必要。(注1)
・ 土地の地目に田又は畑はないか。該当する場合は農業委員会の許可を得ていることを許可証により確認し、その旨を記載する。(注2)
・ 賃貸人が個人の場合、相続が発生し共有持分となっていないか。(注3)
・ 賃借人が建築する建物の構造等。(注4)
・ 存続期間の開始日が公正証書作成日以降であるか。(注5)
・ 敷金等の預託の定めがあるか。(注6)
② 公正証書案の作成。                                       
各公証役場のスタイルに則して作成することになるが、嘱託人から提出 される覚書等の中に公序良俗に反する条項があった場合、公正証書には記載できないことから、嘱託人に説明し理解を求める。(注7)
③ 公正証書案の嘱託人による確認。
嘱託人に公正証書案を送信等し、内容確認してもらう。併せて手数料についても伝えることとしている。
④ 公正証書作成日の決定。
賃貸人、賃借人、連帯保証人の本人全員に出席してもらうのが原則であるが、委任によることももちろん可能である。連帯保証人を設ける場合、賃借人は会社、連帯保証人は、当該会社の代表者が個人として保証人になることも少なくない。
⑤ 署名・押印
公正証書の作成。当事者本人又は代理人に出席してもらい最終確認のための読み聞かせ等を行い、問題なければ署名押印してもらう。作成日に必要な書類は後記のとおり。(注8)(注9)
(注1)一筆の土地の一部を賃貸借の対象とする場合、土地の範囲を明確にした図面を添付する必要がある。図面、資料を添付する場合は、3セット(原本用1部、正本用2部)を提出してもらう。
(注2)地目が「田」、「畑」の場合、当該土地に賃借権を設定する場合は農業委員会の許可が必要(農地法5条)。当該許可証の写しの提出を求め確認しなければならない。ただし、事業用定期借地権設定契約公正証書作成時点では許可等が出ていないときがあるので、「○年〇月〇日に申請済みである。」とか、「現在、許可申請のための準備中である。」といった記載をする。
(注3)土地の所有権登記名義人に相続が発生し、共有者が複数人いる場合は、共有者全員が当事者となるので、全員と賃貸借契約を締結することとなる。契約書は1通にまとめて作成することも、各別に作成することも可能である。相続人の中の1名を相続人代表者として契約することはできない。また、遺産分割協議が完了したものの未登記の場合、分割協議書に基づいて公正証書を作成することも考えられるが、対抗要件としての登記を備えた後に公正証書を作成すべきである。
(注4)建物の構造等については、公正証書作成時において判明している範囲で記載することで差し支えない。「鉄骨・2階建・床面積約500平方メートル(予定)。用途飲食店等」は問題ないが、「建物の構造等未定」では、建築する建物が専ら事業の用に供する建物かどうか判断できないため適当でない。
(注5)事業用定期借地権は公正証書作成が効力発生の要件とされていることから、賃貸借期間を公正証書作成より前に遡って作成することはできない(文例82頁)。なお、賃貸借期間の開始日を将来のある時期とすることは問題ない。
「公正証書作成日から30年間とする。」の記載では初日不算入となり、最終日の確定で混乱が生じてしまう可能性があるので、「令和○年10月1日から令和○年9月30日までの30年間」という始期と終期の特定日を定める記載とすることが望ましい。
(注6)敷金預託の定めを設けた場合、賃貸人には賃借人に対する敷金返還債務が生じることから、強制執行認諾条項に賃貸人についても記載する必要がある。この場合、賃貸人の敷金返還債務について強制執行が可能となるよう表現に留意する。
(注7)公正証書作成時に特に注意する点は、以下の2点である。
① 賃貸人からの解除条項の中で、無催告解除とする場合は、裁判例で無効とされる例があることから、催告解除に修正するか、「ただし、他の事情と相まって、賃貸人との間の信頼関係が破壊されたと認められるときに限る。」旨を書き加えてもらう(文例36頁)。
 ② 文例38頁⑶のとおり、「賃貸借契約が終了したにもかかわらず、賃借人が土地を原状に復して明け渡す義務を履行しない場合には、賃貸人は、賃借人の費用負担で借地上の建物を収去して原状に復することができる。」旨の条項は、いわゆる自力救済となることから公正証書には記載できないので、「土地の明渡し後に、賃借人が残置した物件がある場合には、賃借人において所有権を放棄したものとみなし、賃貸人において処分することができる。」旨の記載に修正してもらうよう理解を求める。
(注8)ショッピングセンター等の場合で、地権者が数十人に及ぶ場合、最終確認、署名・押印のための出席を求めるとなると数日間にわたり公証役場は他の事件処理が困難になるといった問題が生じてしまう。そのため、地権者側を代表する特定の者に代理人となってもらい、一度の確認で数十件を処理するといった方法を検討する必要がある。なお、賃貸人が、賃借人側の者を代理人として委任した場合、利益相反行為又は自己契約の問題が生じてしまう場合があるので、避けるべきである(当該代理人になる者が、取締役ではない一般社員の場合は利益相反に該当しない可能性があるが避けるべきであろう。)。仲介業者がいる場合は、当該仲介業者が代理人となることが多い。ただし、賃借人及び賃貸人双方の代理人になることは、双方代理に抵触するため認められない。
(注9)公正証書作成日に本人確認資料として必要な書類は以下のとおりである。
⑴ 個人の場合は①から④までのいずれか一つ
① 印鑑登録証明書(3か月以内)+ 実印
  ② 運転免許証 + 認印
  ③ マイナンバーカード(写真入り)+ 認印
  ④ 身体障害者手帳(写真入り)+ 認印
 ⑵ 法人の場合は①から③までの全て
  ① 登記事項証明書又は代表者事項証明書(3か月以内)
  ② 代表者の印鑑証明書(法務局発行のもの。3か月以内)
  ③ 代表者の印鑑。代表者印の持出しが難しい法人は、⑶の方法で行う。
 ⑶ 代理人で行う場合は、委任状が必要。委任状には別紙として最終確定した公正証書案を添付し、以下の委任者の印鑑で割り印又は袋綴じの処理を行う。
  ① 個人が委任者となる場合は、委任状に当該委任者の実印を押印し、印鑑登録証明書を添付する。
  ② 法人が委任者となる場合は、委任状に当該委任者の代表者印を押印し前記⑵の①及び②の証明書を添付する。 
    なお、代理人本人の本人確認資料として、前記⑴の①から④までのいずれか一つの資料及び印鑑が必要。

七 事業用定期借地権等の設定要件
① 「専ら事業の用に供する建物の所有を目的とし」の「専ら」とは
  「専ら」とは、他のものを排除する意であり、事務所等の業務用ビルに居住 
 部分が併設されているものは対象外となる。ただし、その業務用ビルを管理す
 るための住込みの管理人室がある程度の場合は、対象外とならないものと解される。(注1)
② 「専ら事業の用に供する建物の所有を目的とし」の「事業」とは
  「事業」とは、営利事業に限られず、公共、公益事業も含まれる。事業とは、反復継続して何らかの目的を達成するためになされる行為程度と考えてよい。したがって、町内会の集会所の建物などの用地としても事業用定期借地権等を設定できるものと解される。(注1)
・ 借地権者は、事業者であれば足り、寺院、教会、学校も事業者たり得る。
(注2)
 ・ 高齢者専用生活施設で、食事の提供その他日常生活上必要な便宜を供与することを目的とする施設であって、老人福祉施設でないものを有料老人ホームというが、有料老人ホームは、介護保険制度上、居宅の延長と考えられており、事業用借地権の対象とすることはできない。(注3)
 ・ 要介護者であって痴呆の状態にあるものが共同生活を営む痴呆性高齢者グループホームは、特定人が継続的に居住するための施設であり、事業用借地権の対象とすることはできない。(注4)
 ・ 医療施設ショートステイ、福祉施設ショートステイ、通所施設あるいは病院に類するものは、事業用借地権の対象とすることができる。(注5)
 ・ 特別養護老人ホームは、施設に入所する者が病院の入院患者と同じように特定の居室を、居住権をもって専用使用するといった性質のものではないことから、事業用借地権の対象とすることができるとする積極説と、入居者は長期間の入所が予定されており、入居者にとっては、居室は日常生活をする場であって住居というべきであり、事業用借地権の対象とすることはできないとする消極説がある。(注6)(注7)
 ・ 介護老人保健施設が対象とする要介護老人は、同施設で起居して日常生 活を送るので「居住者」的な面もあり、その生活の安定に配慮すべきであるが、特定の居室や起居場所を居住目的で占有使用し、その対価として費用を支払うという関係を基本としているわけではないので、法23条の「居住の用に供する」建物には当たらず、事業用定期借地権等の設定契約を締結することができる。(注8)
 ・  看護小規模多機能型居宅介護は、通いが中心のサービスであることから、事業用定期借地権等の対象とすることが可能と考える。
③ 「専ら事業の用に供する建物の所有を目的とし」の「建物」とは
   一部に居住用等事業以外の用に供する部分のある建物や賃貸マンションのように、借地権者にとっては事業用建物であっても、居住の用に供されるものは該当しない。しかし、管理人室、警備員室、宿直室等の類は、建物の管理、警備のために設けられる必要な施設であるから、それらがあっても差し支えない。(注9)(注10)(注11)(注12)
(注1)別冊法学セミナー 新基本法コンメンタール 借地借家法第2版143頁。
(注2)文例80頁。
(注3)公証138号332頁
(注4)公証138号333頁
(注5)公証138号334頁
(注6)公証128号295頁、法規委員会協議結果集録50頁、会報H22-4-37
(注7)会報H22-4-38での法規委員長発言の「居住の用に供するものというメルクマールは、・・・2つほどあって、1つは、恒常的に起臥寝食に利用される場所だということが確定している。もう一つは、その利用者が入れ替わり利用する(宿直室みたいに入れ替わり利用する)というのではなくて、特定の人が継続的にそこを使うと。こういう2つのメルクマールで見るべきだということになり」が参考になる。
(注8)会報2019-9-25
(注9)文例80頁。
(注10)山野目章夫「定期借地権論」(一粒社)62頁以下では、事業用借地権に
基づいて築造できると解すべき建物として、以下のものが掲げられている。
⑴ 一般の事務所と店舗のほか、つぎのものを含む。工場、作業場、機械室、倉庫、料理店、百貨店、銀行、映画館、劇場、発電所、変電所、給油所、公衆浴場、停車場、茶室、競馬場、遊技場、競技場、練習場、会館、集会所、市場、火葬場。
⑵ 農耕牧畜の用に供する建物、すなわち、納屋、温室、酪農舎、鶏舎、畜舎、蚕室を含む。
⑶ 駐車場法2条2号・20条・20条の2の施設で建物と認定できるもの。
⑷ 医療法1条の2(現行1条の5)第1項の病院のみならず、同2項の診療所を含む。
⑸ 学校教育法1条にいう学校の校舎、園舎、講堂のほか、同法の適用のない学習塾などの教習所、さらに研究所、保育所、体育館を含む。
⑹ 宗教法人法3条1号所掲の境内建物で建物と認定することができるも のを含む。ただし、庫裏を除く。
⑺ 人の起臥寝食に供される場所であっても、特定人が継続して専用するのでない建物は、(改正前の)24条に基づいて築造できる。保養所、旅館、ホテル、守衛所がこれに当たる。 
 ⑻ 別の建物の従物であるとみられる物置、車庫、便所は、主物である建物が事業の用に供するものと認められる場合は、(改正前の)24条に基づいて築造できる。 
(注11)メガソーラー・システムについては、事業用定期借地権等の要件である「『建物』の所有を目的とする」の要件を満たさない。(文例80頁、公証174号358頁、会報H25-10-31、会報H26-6-29)
(注12)駐車場敷地にいわゆる移動式トレーラーハウスを複数台設置することを目的として、事業用定期借地権等設定契約公正証書を作成したいとの依頼がされることがある。トレーラーハウス自体は、建物とは言えないことから、駐車場内の一部に設置される小規模な建物(実際は管理棟として使用される。)を、ホテルとして利用するなどとして、事業用目的の建物の要件を満たしているとの理由で嘱託が依頼されることがある。
この問題は、明らかにホテル機能としては利用できない建物(以下「本件建物」という。)を事業目的の建物と認めることはできず、法23条の「専ら事業の用に供する建物の所有を目的」とする要件には該当しないといった問題のほかに、土地の賃貸借の主たる目的がトレーラーハウスの設置であることが明らかである場合に、本件建物がホテル機能を有するとしたとしても、借地借家法の趣旨である建物の所有を目的として借地権を設定するものと判断できるか、といった問題がある。
  借地借家法にいう建物の「所有を目的とする」とは、土地の賃貸借の主たる目的がその土地上に建物を所有することにある場合を指し、その主たる目的が建物の所有以外の事業を行うことにある場合は、借地人が貸主からその事業のために必要な付属の事務所、倉庫等の建物を建築し、所有することの承諾を得ていたとしても、これに含まれないとするのが通説、判例である(公証174号359頁。最高裁昭和42年12月5日判決(民集21・10・2545))。
  本件に即してみれば、借地目的は本件建物の所有ではなく、トレーラーハウスの設置にあり、ホテル利用は本来の目的ではないということになれば(本件建物はトレーラーハウスを利用するための付属施設であると考えられる。)、そもそも借地借家法の目的に反するものであり、公正証書作成はできないと解すべきである。
  トレーラーハウスの設置を目的として土地を貸す場合は、民法601条以下の賃貸借契約によるべきである。
 
八 一体利用、契約書の通数
 甲地については、スーパーマーケット事業用の建物を建築所有する目的で事業用借地権設定契約を締結するとともに、乙地については、専ら同事業の駐車場として使用することを目的として、賃貸借期間10年以上20年以下で、かつ、更新のない賃貸借契約を締結しようとする場合、甲地と乙地が、所有者を異にする場合であれ、隣接していない場合であれ、両土地が借地人によって一体として管理又は利用されるという関係にあれば、共に事業用借地権として設定契約をすることができる。また、契約書は、1通で作成しても別々に作成しても問題ない。(注1)
(注1)公証104号290頁、新訂法規委員会協議結果要録95頁、公証142号222
  頁、会報H20-2-60、会報H25-3-25、会報H25-7-20、会報H29-4-58、会報H29-5-57

九 存続期間
 事業用定期借地権等設定契約は、公正証書により作成しなければ効力が生じないことから、存続期間の始期は、公正証書作成日当日又は将来の日でなければならない。したがって、存続期間の始期を公正証書作成日前とすることはできない。(注1)
公正証書作成日と存続期間の始期は同じでなくてもよい。(注2)
存続期間の始期及び終期は、原則として確定期限でなければならないが、「農地転用の許可日」とすることも認められる。また、事業用建物における事業開始の日が決まっていない場合は、存続期間の始期を、「事業開始の日」とすることも問題ない(可能であれば予定日を入れる。)。ただし、「事業開始」の定義を明確にしておくべきである。(注3)
始期及び終期が不確定期限であっても、実質的にみて、法定の存続期間を逸脱するような期間を定めたものと解される場合は別として、そのことのみで強行法規に反すると評価することはできない。(注4)
(注1)文例82頁。
(注2)公証125号310頁。
(注3)文例82頁。
(注4)会報H27-1-46、会報H27-5-42、会報2019-8-41

十 敷金、保証金等について
 平成29年民法改正により設けられた諾成的消費貸借契約に関して、諾成的消費貸借契約公正証書では、貸主に強制執行認諾文言を付すことはできるが、借主に強制執行認諾文言を付すことはできないと解されているところ、要物契約である敷金契約においては、金銭の交付がない以上、敷金契約は不成立となる(したがって、貸主が敷金を受領している場合は明記する。)ものの、諾成的敷金契約の成立まで否定する趣旨ではなく、賃借人の敷金交付義務を法的義務として認める趣旨であると考えられる。したがって、諾成的敷金契約における賃借人の敷金交付義務について、強制執行認諾文言を付すことはできるものと考えらえる。(注1)
(注1)会報2022-4-23

十一 事業用定期借地権等設定契約の変更・再契約
 最初に作成する事業用定期借地権等設定契約は公正証書でなければならないが、その後に契約を変更する場合は公正証書による必要はない。当事者間で「覚書」「変更契約書」等を作成することで有効である。(注1)
 ただし、変更契約のうち最も需要の高い賃料増額及び存続期間延長(法23条2項の事業用借地権についていえば、存続期間が10年以上30年未満であるので、例えば、期間10年と定めていたものを30年未満の範囲内で延長するとき。)の場合に、強制執行認諾条項の効力は、賃料の増額部分の支払や期間延長以後の賃料の支払については及ばないことから、当該変更事項に対しても強制執行認諾条項の効力を及ぼす場合は、変更公正証書を作成し、強制執行認諾条項規定を設ける必要がある。 (注2)
法23条2項に基づく事業用借地権設定契約においては、契約更新の規定の適用を排除しているから、借地権の設定時や存続期間の途中において、更新を認める合意がなされても、事業用借地権は更新しないことに本質的な性質があるので、その効力を認めることはできない。(注3)
期間満了時に、当事者間の協議により事業用定期借地権等の再設定を行うことは可能であり、当初の事業用定期借地権等設定契約の際に、期間満了時に再設定契約を行うか否かについて協議を行う旨を定めたり、期間満了時に新たな借地権を設定するための手順を定めておくことも可能である。(注4)
当初の事業用借地権設定契約(法23条2項の契約)において、期間満了の場合に、借地権者の請求により延長することができる旨の合意をすることも、総期間が本契約締結の日から30年未満の範囲である限り可能であると解される。ただし、法23条2項に基づく事業用借地権を法23条1項に基づく事業用定期借地権に変更することはできない。(注5)
 下図(編注:省略)「の甲乙両地につき一括して事業用借地権設定契約をした後、乙地に代えて 丙地を事業用借地権の目的とする場合、丙地が狭小で甲地の付属地にすぎないような場合は変更契約で足りると解する余地もあるが、原則として、変更契約では足りず、丙地につき(または甲地につき一旦合意解約した上で、甲地と丙地につき全体として)改めて公正証書による事業用借地権設定契約をすべきである。                               
 土地の所有者が異なる場合は、変更契約では賄えない。甲地借地権の残存期間が10年未満になっている場合も同様である。(注6)

(注1)文例70頁。会報H21-5-43。会報H24-10-23
(注2)文例70頁。公証174号361頁。会報H26-6-32
(注3)公証174号360頁。
(注4)公証174号360頁。契約設定時に再契約できる旨の記載例は以下のとおり。「本契約の終了6か月前までに、甲又は乙いずれかが相手方に対して書 面により再契約を希望する旨の申し出を行い、双方協議の上合意が成立したときは、本契約期間満了日の翌日を始期とする新たな事業用定期借地権設定契約(再契約)を締結することができる。」
(注5)公証174号361頁
(注6)法規委員会協議結果集録49頁。

十二 転貸借
賃貸人甲 ⇒賃借人(転貸人)乙 ⇒転借人(転々貸人)丙 ⇒転々借人  
(土地 A契約         B契約         C契約所有者)

 民法612条1項において、「賃借人は、賃貸人の承諾を得なければ、その賃借権を・・・転貸することができない。」とされていることから転貸借するためには賃貸人の承諾が必要となる。
 「賃貸人の承諾」とは、B契約については甲の承諾が、C契約については乙の承諾が該当する。
 B契約に係る公正証書を作成する場合、公証人は甲の転貸承諾がされていることを書面で確認することとし、公正証書には以下の例により記載する。
「なお、乙が本件土地を丙に転貸することにつき、乙は、あらかじめ甲の承諾を 得ている。」
 B契約に係る公証証書を作成する時点で、C契約を締結することが予定されている場合は、B契約の記載の中に以下の例により記載する場合がある。
「なお、丙が本件土地を丁に転貸することにつき、乙は、あらかじめ承諾する。」
 C契約に係る公正証書には、以下の例により記載する。 
「なお、丙が本件土地を丁に転貸することにつき、丙は、あらかじめ乙の承諾を得ている。」
 C契約において公証人はB契約時に乙の転貸承諾が確認できているので、別途承諾書面の提出は要しない。 
 
・ 当初から転貸借を予定した事業用借地権設定契約の当否
不動産会社Bは、自ら事業用建物を建築して所有する意思はないにもかかわらず、地主Aの依頼により、あらかじめ土地転貸の承諾を得た上、Aから事業用借地権の設定を受け、それと同時に、その土地に事業用建物を建築して所有する予定の個人Cに事業用転借地権を設定することが可能である。また、事業用建物を所有しないBに対する事業用借地権の設定も可能である。(注1)
・ 原賃貸借の存続期間を超える存続期間を定めた事業用借地権(転貸借)設定契約公正証書作成の可否                                     
 所有者甲から土地を賃借したA(原契約。借地権の残存期間10年)は、Bに事業用建物を建築させ所有させる目的でBとの間で借地借家法第23条第2項に基づく事業用借地権設定(転貸借。存続期間は15年)の公正証書を作成することができる。                                                
 事業用借地権設定契約が原賃貸借契約を基礎とする転貸借契約として成立することは差し支えなく、また、同契約は、債権契約であるから、原賃貸借契約の存続期間の定めとは関連付けず、独立ものとして成立させても、法律上問題はない。転貸借契約は、原賃貸人の承諾がないと原賃貸人に対抗できないところ、存続期間15年の事業用借地権設定契約の締結に同意した原賃貸人は、原賃貸借の更新を拒絶しない旨を約したことになろう。(注2)   
・ 原賃貸借契約が事業用借地権である場合に原賃貸借の存続期間を超える事業用借地権(転賃貸借)を締結することも、原契約も再契約が可能であるから、締結することは可能である(多数意見)。(注3)
(注1)公証115号271頁。公証112号200頁。なお、消極説もあり。
(注2)会報H25-7-21
(注3)会報H25-7-22、会報H27-1-48 

十三 法令違反・公序良俗違反等について
 賃貸借契約が終了したのに一定期間内に明け渡さない場合には、建物に立ち入って家財道具を処分する権限を与える旨の文言は、自力執行になるため公序良俗違反となる。(注1)
この場合は、「土地の明け渡し後に、賃借人が残置した物件がある場合には、賃借人において所有権を放棄したものとみなし、賃貸人においてこれを処分することができる。」旨の文言に修正するよう依頼する。(注2)
(注1)東京高判平成3年1月29日・判時1376号64、最判平成3年12月7日・公証101号295頁)。
(注2)文例39頁

十四 手数料
 事業用定期借地権等設定契約の手数料は、公証人手数料令11条、13条が適用され、契約期間中の賃料の総額の2倍。ただし、10年間分まで。
具体的には、賃料が月額10万円の場合は以下のとおりとなる。(注1)
 10万×12月×10年×2倍 = 2,400万円 ・・・ 手数料2万3,000円
賃貸人と賃借人と折半する例が多いが、一方が全額支出する場合もあり、当事者間の合意次第である。
賃料のほかに、敷金、保証金、権利金、更新料等の定めがある場合であるが、これらは手数料令23条1項の「従たる法律行為」に当たるから、手数料算定の対象とせず、賃料のみを基準に1行為として計算する。(注2)
 期間10年で、賃料が3年分しか決定されていない場合の手数料は、4年目以降も当初の3年間の賃料と同額と推認し、これの7年分を合算するのが相当。
 なお、強制執行対象とするためには、「賃料は、年額〇円と定める。ただし、4年目以降は、3年毎に増減について見直すことができる。」旨の記載をするなどの工夫が必要。(注3)
(注1)新訂公証人法330頁
(注2)公証138号319頁
(注3)会報H23-5-29、会報H23-6-31、会報H27-5-44、会報H28- 6-36

十五 地上権による事業用定期借地権等の設定
 事業用定期借地権等の設定は、土地の賃借権によるものがほとんどであるが、借地権には地上権も含まれることから(法2条1号)、地上権による事業用定期借地権等設定契約公正証書を作成することも考えられる。
 地上権は、建物のほか、橋梁、池、記念碑、トンネル、モノレール、送電施設その他の地上、地下の設備一般といった工作物に設定することができるが、このうち、借地借家法が適用されるのは、建物所有を目的とするものだけである。(注1)
地上権による事業用定期借地権等を設定する場合の留意事項は、以下のとおりである。
① 当事者について、土地の貸主が「地上権設定者」、借主が「地上権者」になる。
② 地上権の場合は「賃料」ではなく、「地代」となる(民法266条)。
③ 地上権の場合は必ず登記することとなることから、「甲は乙に対し、速やかに本件地上権による事業用定期借地権設定登記手続をする。」旨の条文を設ける。
④ 賃借権の場合、譲渡・転貸する場合は賃貸人の承諾が必要であるが(民法612
 条)、地上権については地上権設定者の承諾は不要である。
⑤ 「敷金」は賃貸借に基づくものであるので(民法622条の2)、地上権にも同様な規定を設ける場合は、敷金以外の権利金、保証金といった用語を用いることになろう。(注2)
⑥ 農地に地上権を設定する場合についても、農地法所定の許可(農地法5条)が必要である。 
(注1)文例288頁。
(注2)賃貸借については、敷金以外の権利金、保証金といった名称であっても、敷金に関する規律の適用を受けることとなる(「一問一答民法(債権関係)改正 商事法務327頁」)。もっとも、敷金に関する規律は任意規定であるため、当事者間でこれと異なる合意をすることも否定されないとする(前掲一問一答328頁)。地上権の場合であって、当事者間の合意があれば、権利金、保証金の名称を用い、内容についても返還不要とするといったものであっても問題ない。(津・津合同役場公証人 安田錦治郎)

民事法情報研究会だよりNo.54(令和4年7月)

向暑の候、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
例年より大幅に早く梅雨明け宣言が出され、真夏日や猛暑日が連続して観測されるなど、今年の夏は暑くなりそうですので、体調の維持に十分ご留意願います。(YF)

今日この頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

私と運動(松尾泰三)

 昭和48年夏。場所は和歌山県橋本市立橋本中央中学校の野球グラウンド。夏の中学校野球大会(いわゆる中体連)の郡内予選2回戦。1点リードで迎えた6回裏相手方の攻撃。ツーアウト満塁。バッターの打った打球は平凡なショートゴロ。遊撃手はそのボールを慎重にキャッチし、一塁に送球。しかし、肩に力が入ったのか、一塁手の手前でショートバウンド後逸。ボールは転々と外野のファールグラウンドへ。走者が一掃し、その試合は逆転負け。そう、その遊撃手はもうお分かりでしょうが、私です。
 三年生の夏、苦しくも楽しかった3年間の野球部生活が終了した。「もう二度と野球はやりたくない!」、「二度と団体スポーツはやりたくない!」と強く感じた(ただし、昭和62年に本省に転勤し、本省内レクリエーション野球大会に参加したとき、エラーして当然との雰囲気の中で、参加者みんなが協力し盛り上がる体験を得て、団体スポーツとしての野球の楽しさを改めて実感させていただいた。)。
 「団体スポーツはしない。」、「野球はしない。」との思いから、高校で陸上部に入部した。確かに駅伝、リレー競技は別にして、基本的には個人競技であり、野球のような細かな技術は求められない。いかに人よりも早く走るかという、極めてシンプルな競技に思えた。しかし、陸上部監督は、箱根駅伝の経験があり、10000メートル走の県内記録を持った副担任で、練習は非常に厳しかった。長距離走の練習には付いて行けず、また、短距離走としての脚力も十分ではなかった。競技では、長距離走、短距離走の出場ではなく、中距離走(主に800メートル、400メートル)に参加したが、インターハイ、国体の県内予選では、一度も第一次予選を通過することができなかった(中距離走には、長距離走と短距離走の両方の能力が備わっていないとできない難しい競技であることを実感した。)。「相手と競い合う苦しいスポーツはやりたくない!」と強く感じた。

 その後、陸上部を退部して以降、法務局に採用されてからも特に運動らしい運動はしなかった。むしろ、マジック(民事法情報研究会だより№40 MY HOBBY参照)やイラストといった文化系の趣味を楽しんだ。

 昭和59年4月。局内では鉄人ランナーと言われていた先輩と同じ係となった。穏やかな口調で、いつも前向きな話をされていた。その先輩から、結果的に走る楽しさを教えていただいた。最初は、誘いを拒否していたが、何度も誘われ、それではと歩くような速さでジョギングを始めたのが、時々昼休みに大阪城公園を走っているうちに毎日走ることとなり、いつのまにか公園内周回コースの自己記録更新を目的とした走り方になっていた。相手と競い合う苦しいスポーツはやらないはずであったのが、記録更新が刺激となり、時には昼休みの限られた時間内に、実業団チームに交じって1500メートル走のインターバル3本といった練習を行っていた。休日には、各地でのマラソン大会に参加し、自己記録を更新することに喜びを感じていた。

 昭和62年4月に本省に転勤して以降も、昼休みに皇居の周回コースを走っていた。民事局で勤務していた頃、直属の上司であった総括補佐官が笑いながら「松尾君、かく汗が違うのではないか。」と言われた(このコメントは使えると思い、その後、何人かの後輩に対して使わせていただいた。)。しかし、その後、繁忙を理由として怠け心が芽生え、徐々に走る機会が少なくなり、自己記録更新を狙う意欲もなくなっていた。

 転機は平成21年4月の奈良局への転勤であった。休日は、奈良公園内を自由に走り回り、若草山山頂や、平城宮跡、山辺の道へも走りに行った。走る意欲が戻ってきて、観光を兼ねた新たな走り方を実感することができた。しかし、その頃からか、徐々に膝に痛みが出始め、医者の判断は「軟骨のすり減り」とのことであった。

 平成29年度に職場の駅伝大会に参加し、無理をしたのが原因で膝の痛みが増し、ジョギングすらできない状態となった。翌年度の髙松では、ジョギングが無理であればウオーキングに切り替えるしかないと、宿舎近くの栗林公園内を数多く歩いたが、膝の回復には至らず、ウオーキング中でも膝の痛みが消えることがなかった。

 退職後、朝のラジオ体操と、軟骨近くの筋肉を鍛える目的で、椅子に座り足首に重りを巻いた状態で膝を交互に伸ばす運動を毎日継続して行った。2年ほど過ぎた頃、ようやくウオーキングでの膝の痛みは解消し、わずかの距離ではあるが、ジョギングもできるようになってきた。

 今は、小山市内でいくつかのウオーキングコースを設定し、休日はもとより、平日も歩く機会を作っている。「団体スポーツはやりたくない!」とか「相手と競い合う苦しいスポーツはやりたくない!」と感じていた頃は、今思えば体力が有り余っていて、体力の衰えなんか全く念頭になかったのだろう。確かに満足なジョギングができないことに多少寂しい思いもあるが、「一人で」、「誰とも競い合うことなく」、「楽しくのんびりと」ウオーキングをすることができている。これからも、自分の体調に合った運動を見つけ出し、いかに健康年齢を延ばしていくかを考えている今日この頃である。

(松尾泰三)

銚子あれこれ(岩本尚文)

 昨年の秋から銚子で生活を始めて1年も経っていませんが、日々の生活を書き連ねたいと思います。

1 強い風
 意外に思われるかもしれませんが、テレビの天気予報を見ていますと、銚子の夏は都心より3~4℃涼しく、反対に、冬は3~4℃暖かい予想気温となることが多いようです。この点、銚子は住みやすい所かな、と思われます。
 ただ、風が強いのには閉口します。昨年10月1日、大型で非常に強い台風16号が接近し、朝の全国ニュースでは「ここ八丈島では最大瞬間風速40メートルに達しています」と実況中継されていました。しかし、銚子は41.8メートルの暴風雨でした。
 その日は、遺言の作成が午前と午後に1件ずつ予定されていました。16号は避難指示も必至、と予想されていましたから、前日の9月30日に、遺言者に延期の確認をしたところ、午前の予定者は「台風の中を高齢者は役場まで行けそうにありません」、一方、午後の予定者は「明日の天気を見てから決めます」という返事でした。ひるんだ私は、台風の銚子最接近は翌1日午後と聞いていたので、作成するにしてもキャンセルで空いた午前に変更を打診したところ、幸い了解を得ることができました。ところが、その案件は出張遺言だったことを思い出し、再び気落ちしたものの、台風の状況次第で遺言者が翻意してくれることを期待することにしました。
 翌朝、台風の威力は増しており、関東では屋根の飛散や倒木が発生、航空機や船舶は欠航、停電も相次ぎました。出発前に改めて確認の電話を入れたところ、やはり「今日お願いします」。覚悟を決めて豪雨の中を車に乗り込み、一路、老人ホームに向かいました。運転中、空からの雨と道路からの水しぶきがウドンのようになってフロントガラスを叩き付けます。ワイパーは全く利きません。ハンドルを握る両手は痺れました。ようやく到着し、手続きを終えた後には遺言者家族から感謝され、えも言われぬ充実感を得ることができましたが、同時に、開けた車のドアが横殴りの雨のために閉まらない、という貴重な経験も得ることになった往復74キロの出張でした。
 銚子は外洋に突出して周囲に高い山がないためか、年間の3分の1は風速10メートルの風が吹いているそうです。銚子沖やキャベツ畑(ちなみに春キャベツの生産量は日本一)に多くの風車が設置され、風力発電が営まれている様子は、引っ越してきた当初はやや違和感を覚えましたが、ECOやSDGsの面でヨーロッパでは標準となりつつあるようで、いずれは日本各地でも当たり前の景観になるのかもしれません。
 銚子に来てから3か月の間に、ビニール傘2本と折り畳み傘1本がおちょこになって使えなくなりました。これに懲りた今は、耐風性の傘(強風を受けるとすぐおちょこになり骨を折らずにすむ傘)を愛用しています。

2 銚子電鉄
 市内と犬吠埼を結ぶ銚子電鉄(通称銚電)は、レトロ感溢れる様子から全国の鉄道マニアに親しまれ、休日には撮り鉄の姿もよく見かけます。ただし、レトロには訳があって、経営難でリニューアルする財源がない、というのが実情のようです。車輌は他社のお下がり、全長6.4キロの短めな沿線に10ある駅舎は概ね老朽化、自宅近くの仲ノ町駅舎に至っては築100年です。
 コロナ禍と相俟って銚電の赤字は今も予断が許されないようですが、どうやって経営を維持しているのでしょうか。実は、売上の7割は副業収入で、有名なところでは「ぬれ煎餅」や、味ではなく経営が「まずい棒」を販売しています。先日、仲ノ町駅を覗いたところ、赤ボールペンと赤色シートが袋詰めされて「赤字が消える暗記セット」として販売されていたので、私も銚電の赤字を消したい思いで購入しました。
 もはや何でもありの銚電は、笠上黒生(かさがみくろはえ)駅の名前を髪毛黒生(かみのけくろはえ)としてシャンプーメーカーに売り、昨年は映画「電車を止めるな!~のろいの6.4㎞~」を製作して、収益の増加を図りました。先日も歌手のきゃりーぱみゅぱみゅを招いてコラボ企画が実施され、観音駅がピンク色に染まった様子が報道されました。
 今年のGWに鎌倉へ出掛けてきました。街を走る江ノ電は、銚電と同じ単線で、路線距離、駅数、車輌の外観、そして沿線の様子、どれを取ってもさほど変わりはありません(と思いたいです)。銚電には、これからもユニークな活動を元気に展開して、江ノ電を目指してもらいたいものです。皆さんも銚電に乗車して、一番の人気区間「緑のトンネル」を満喫してみてはいかがでしょうか(あっという間に通過するので瞬き厳禁)。

3 地名の由来
 初めてJR銚子駅に降り立ち、大通りを少し歩いた時のことです。目の前に水面と沢山の漁船が見えて来たので、てっきり太平洋かと思いましたが利根川でした。川沿いに「銚子漁港」の看板が見えたのは、川のすぐ先が太平洋だからでしょう。
 国内最大の流域面積を誇る利根川は、なぜか河口付近の幅は狭くなっていて、川の流れが海に注ぐ様子は、あたかも酒器の銚子の口から酒が注がれるように見えます。そこで、銚子という地名になった、と言われています。これは当地に限ることではなく、川の出口が狭くなっている場所は銚子と付く地名が多いようです。もっとも、今は居酒屋でお銚子を注文すると徳利が出て来ますが、これは酒を注ぐという機能が同じだから、とのことです。
 
 巧打篠塚(元巨人)、豪腕土屋(元中日~ロッテ)を擁して高校野球で優勝した銚子商業の活躍(昭和49年)や、視聴率が55パーセントを超えた朝ドラ「澪つくし」の放映(昭和60年)で、銚子の名は全国で認知されていると思っていましたが、先日、テレビ番組で出演者が「千葉県のちょうし」の漢字を「頂子」や「調子」とフリップに書いたときは、前につんのめりそうになりました。

4 千葉市の次!?
 コロナがなかなか終息しません。毎朝、新聞で県内の状況をチェックしていますが、市町村ごとに感染者数を掲載する一覧表に銚子市は千葉市の次に掲げられています。なぜ、県庁所在地の次に記載されているのでしょうか。
 単に市町村コードの順番にすぎない、という考えは置いといて、その理由を江戸  時代まで遡って調べたところ、当時の銚子は、現在の千葉県東部から茨城県南部一帯の社会経済の中心地であったことが浮かび上がってきました。
 以前は江戸湾(東京湾)に流れていた利根川が、徳川家康によって現在のような太平洋に注ぎ込む流れに移されたのをきっかけに、銚子がクローズアップされました。当時の経済の中心は米でしたから、全国各地で生産される米を、いかに早く大量に江戸まで運ぶか、これが大きな問題とされていたのです。そこで、江戸と銚子を結ぶ利根川水運路が整備され、さらに、東北の天領米は銚子経由で江戸に輸送するとされたことで、銚子は、江戸と東北を結ぶ一大物流拠点として大いに発展したようです。
 その後、鉄道や自動車の発達で利根水運は役割を終え、銚子の繁栄も一旦は終止符を打ちますが、それからは醤油醸造が隆盛しました。また、銚子漁港は今も全国一の水揚げ量を誇っています。銚子に県内で最初の商工会議所ができたのも頷けるところです。 
なお、市内の飲食店には必ずと言っていいほどヤマサとヒゲタの醤油が両方置かれており、キッコーマンはあまりお見かけしません。

 銚子のスーパーには新鮮な魚が豊富に並んでいます。魚料理の経験はほとんどありませんでしたが、今では鰯の蒲焼きやメヒカリの唐揚げに挑戦して、美味しく頂いています。風光明媚な土地で生活できることを幸せに思いながら、今日も執務に励みたいと思います。(岩本尚文)

北(見)の国から(髙橋 誠)

 公証人に任命され、1年8か月が過ぎようとしていますが、いまだにあたふたし、諸先輩や同期の皆様の教えをいただきながら業務を遂行している毎日です。そんな折、原稿の依頼をいただきましたが、知識も乏しくまた本誌に掲載できるような事案や経験もないことからお断りしようとも思いましたが、気軽な近況報告でよいからとのことでしたので、お引き受けした次第です。ということで、皆様には気軽に読み飛ばしていただければと思います。

1 北見のご紹介
 北見公証役場が所在する北見市は、北海道の道東と呼ばれる地方にあります。最寄りの法務局は釧路地方法務局北見支局となります。支局の管轄区域を公証人の職務エリア(公証人の職務執行区域という意味ではありません。)とすれば、支局の管轄市町村数は2市11町あり、管轄内住民登録人口は令和4年3月31日現在で、234,690人。うち北見市が約11万4千人、網走市が約3万3千人です。管轄総面積は7,785.28平方キロメートルあり、静岡県とほぼ同じ広さがあります。また、 北見市の東西に延びる道路の距離は約110キロメートルで、これは東京駅から箱根までの距離に相当します。このように、職務エリアが広大かつ公共交通機関の便もよいとはいえないこともあり、出張の際には自家用車を使用していますが、片道1時間以上となることもあります。
 気候は、一日の中でも寒暖の差が大きく、1年を通して1日の気温差が20度を超えることもあります。真夏には30度を超える日も多くあります。冬期間は、晴れる日が多く、積雪量は私の自宅のある山形市と同じくらいですが、放射冷却現象のため、連日氷点下20度を下回ります。子供の頃何かで見た記憶で厳寒の中で湿らせたタオルを振り回したら聖火のトーチのように立ち上がったことを思い出し、厳冬期の早朝に湿ったタオルを振り回したところタオルがトーチ状になり感動しました。この体験は、網走市にあるオホーツク流氷館で1年中体験できます。職場へは、出張案件がない限り徒歩通勤(約18分ほど)をしていますが、真冬の通勤は、冷気が額や頬に痛いように突き刺さり、涙目になっています。道路は積雪路ありアイスバーンありで、車で出張した際にスリップを経験したことから、前輪駆動車から四輪駆動車に替えました。その際、車のディーラーのセールスの方の話ですが、こちらでは二輪駆動の需要はほとんどないとのことでした。
 産業として、生産量日本一のタマネギのほかビート(てん菜)、ジャガイモ、小麦、小豆などの畑作、乳牛・肉牛の肥育。漁業ではホタテや鮭・鱒・毛ガニ・牡蠣・ウニなどがあげられます。また、北見は戦前世界の7割を生産したハッカで栄えた町です。現在はハッカの生産はわずかとなっていますが、当役場の近くにハッカ記念館とハッカ蒸留所(下の写真、編注:省略)があり、北見におけるハッカ生産の歴史の紹介とハッカオイルやハッカオイルを使用したハンドクリームなどの製品を販売しており、ハンドクリームは制作体験もできます。

 食として、北見市は焼肉の町として売り出しています。人口当たりの焼肉店が北海道No.1ということで、確かに焼肉店の数は多いです。そのほか、ジャガイモのお菓子の「ほがじゃ」やポテトチップスを作っている湖池屋、カーリングのロコソラーレがもぐもぐタイムで食べていた「赤いサイロ」(ちなみにロコソラーレは北見市の常呂(ところ)地区のチームです。市内には、カーリング場が何か所かあり、カーリングの体験もできます。)。サロマ湖でとれるホタテ、ホタテの入ったあんかけ焼きそばや干し貝柱ラーメン、オホーツク海の毛ガニなどおいしいものがたくさんありますが、私の一押しは、日本一の生産量を誇る名産のタマネギを使った「たまコロ」、タマネギを使ったコロッケです。このコロッケはジャガイモを一切使わず、甘くなるまで炒めたタマネギとツナ・ニンジン・マヨネーズを餡としたコロッケで、タマネギの甘さと旨みがギュッと詰まったイッピンで、2016年の「全国コロッケフェスティバル」で優勝しています。

2 公証役場移転
 私は、令和2年8月から勤務をしておりますが、役場(以下「旧役場」という。)の入っているビルが都市再開発計画(計画期間令和4年度~)地区に入っており、そのため、前任の先生までの事務所の賃貸借契約期間は3年でしたが、私が結んだ賃貸借契約期間は、令和4年10月末までの2年3か月というものでした。そこで、移転先を探すことが着任当初からの懸案でした。旧役場は北見駅から徒歩5分ほどのところにありましたが、カーナビの案内では役場駐車場の入口がない道路からの進入を案内することもあり、所在地の問合せの回答に時間を要することもありました。そこで、役場所在地の案内も容易で、公共交通機関等の便もよいところを候補と考えていました。その頃、北見市役所の一部機関が北見駅すぐ横にある以前「東急百貨店」が入居していたビル(ビル名称:まちきた大通ビル パラボ。以下「パラボ」という。)の4階・5階を仮庁舎として使用しており、市役所新営庁舎は、パラボの西側に2階部分で渡り廊下(スカイウォークと言っています。)によりパラボとつながる形で建設中でした。市役所がパラボから退居後のフロアに当役場が入居できたらなと考えていたときに、令和2年9月の市議会だより(市広報とともに各戸配布)に市役所の新営庁舎での業務開始(令和3年1月)後に、市役所退居後のパラボの利活用に関する質疑応答が掲載されていました。市の回答は、「フロアに民間テナント誘致を考えているが、新型コロナ感染症の影響拡大などで新規出店を控える動きが見られることから、テナント誘致は難しいと判断し、今後は公共的施設の配置を軸として検討したい。」とのことでした(なお、パラボのビル所有者は北見市で、株式会社まちづくり北見が管理運営をしています。)。これを読んですぐ(令和2年9月1日)に市役所の担当部署に当役場入居の可能性について打診したところ、9月16日に回答があり、パラボへの民間の入居希望状況や市の機関の入居計画が現時点では固まっていないので、役場移転時期が近くなったら再度連絡をいただきたいとのことでした。そこで、令和3年中の移転を考慮し、令和3年度になってから市の担当者に再度入居について照会しました。その結果、令和3年4月8日に市役所担当者から入居意思に変わりがないかの確認があり、4月19日、パラボの管理会社に電話をするよう連絡がありました。翌20日はパラボが休業日であったことから、管理会社には21日に連絡したところ、入居オーケーとの回答でした。市役所が退居した後ですので、入居スペースの現状確認の上、内装のリフォームや書庫の設置、室内レイアウトの検討、電話回線の引き込み、引越業者の選定、旧役場の原状回復手続、挨拶状や広報関係、各種ゴム印や封筒などの消耗品の発注、法務局への移転認可申請、日公連への連絡、電子公証システム移設手続など諸々のスケジュールを策定し、令和3年12月4日(土)に引越、6日(月)から新役場での業務開始となりました。引越当日は思わぬアクシンデントもありましたが、6日朝に電子公証システムの疎通が確認できたときはホッとしました。
 写真手前(編注:省略)の赤地にParaboと白文字で書いてある看板の付いているビルの5階に当役場があり、同フロアには北見市雇用・就業サポートセンターや民生委員児童委員協議会、北見市消費生活センターなど公的機関が多く入居しています。地下1階から3階までは食料品・衣料品・服飾雑貨等のテナント、4階が新型コロナワクチンの集団接種会場、6階がレストラン街です。

 写真(編注:省略)奥の白いビルが北見市役所で、壁にはロコソラーレの北京オリンピック銀メダル獲得のお祝い懸垂幕が下がっています。移転後の役場は、駅から徒歩2分、バス停はビルの目の前(9月からバスの車内広告で、「パラボ5階 北見公証役場へお越しの方は、こちらでお降りになると便利です。」とのアナウンスを流すことにしています。)です。役場所在地の問合せにも、「パラボ」あるいは「旧東急百貨店」と伝えれば事足り、案内する手間が随分と省力されました。また、駐車場も広くなり市役所も隣ですので、便利になったとのお話しを嘱託人の方からいただいております。

 新型コロナ感染症の心配はまだ続いてはおりますが、北海道はこれから夏の観光シーズンを迎えます。知床観光船の痛ましい事故はありましたが、世界自然遺産「知床」もあります。私は、まだヒグマには出会ったことがありませんが、エゾシカ、エゾリス、キタキツネには何度か出会っています。誌友の皆様、機会がございましたら道東観光にもお越しください。(髙橋 誠)

公証役場移転に要した6年間(田畑恵一)

1 はじめに
 昨年5月に当役場を移転してから早1年が経過しました。
 移転後の事務所は、伊那市の中心街に位置し、JR伊那北駅から徒歩5分と立地条件に恵まれ、さらに、交通が不便な地方都市にあって、市内循環バスの停留所が目の前にあり約10分間隔で運行されていて、非常に利便性が高いものとなっています。また、国道を隔てた反対側には、金融機関の支店が3店舗もあり、コンビニエンスストア、ファミリーレストランや飲食店が軒を並べていて、お客様に限らず当役場に勤務する職員にとっても大変よい環境にあります。
 着任以来、長年の懸案であった役場の移転に際し、関係者各位の理解と協力により実現できたことに、心から感謝しているところです。
 そこで、役場移転に要した6年間の経緯と現状や課題などについてお話しさせていただきたいと思います。今後、役場の移転を計画されている方の参考になれば幸甚です。

2 入居建物について
 当役場が入居した「福祉まちづくリセンター」は、伊那市が所有する建物ですが、主に高齢者や生活困窮者、障害者の権利擁護など、「福祉の総合相談と支援」を行うため、市の「福祉相談課」と「伊那市社会福祉協議会」がここで業務を行い、隣接する保健センターの「伊那市子ども相談室」との連携体制の強化を図る目的から新築されたものです。建物全体がバリアフリー化されており、また、市民が気軽に交流のできるスペースや貸館として、研修室等が8室整備され、情報・交流コーナーや軽食・喫茶コーナーもあります。地元産の木材をふんだんに使ってあり、温かみと安らぎのある雰囲気とともに、ペレットストーブ、木製家具を置<ことで、木のぬくもりに触れることができる施設となっています。 さらに、LED照明の使用や太陽光発電施設と蓄電池が備え付けられ、二酸化炭素の排出軽減と緊急時の電源確保もされています。駐車場は約100台の駐車が可能となっています。
 竣工は、昨年3月31日を予定していましたが、実際に全ての工事が完了したのは4月中頃でした。総工費約10億3000万円、鉄骨造、3階建、延床面積2504.32㎡で、当役場は3階に入居しています。

3 旧役場の状況
 旧役場は平成3年4月から使用が開始され、当職を含め4人の公証人が30年にわたり使用してきました。
 当職は、平成27年6月に当役場に着任しましたが、退職後2か月という短期間での着任であったため、事務引継のための様々な手続に忙殺され、事務所の移転は全く念頭にありませんでした。着任前に勉強のためお邪魔した複数の先輩公証人の方々から、伊那公証役場は高齢者や障害のあるお客様にとって非常に不便で利用しづらく、プライバシーが守られない事務室との指摘を受けるとともに、速やかに移転を考えるべきとのご意見をいただきました。
 確かに、先輩方のご指摘どおり、築50年ほど経過した建物の2階に事務所があり、エレベーターがなく、また、約45度の急角度の階段を上り下りしてもらうため、常に転落の危険性があったことから当職が付き添っている状況でした。さらに、障害のある方にとっては、階段を利用することは不可能であり証書作成の障害となっていました。そこで、同ビルのオーナーに対して1階にある空き室(旧寿司チェーン店の調理室)をお借りできないかと相談したところ、利用する予定もないこと及び入居希望者があった場合は速やかに退去することを条件に快く承諾してもらい無償でお借りすることができました。無償とはいえ事務室として利用するためには一部改造する必要があり、多少の出費はありましたが車椅子に乗ったままで入室ができ、危険な階段を利用しなくてもよくなったことから、お客様の評判は上々でした。
 2階事務室内については、台所、トイレを含め50㎡と決して広くないため、1階の別室を確保するまでの間は、待合室もなく、パーテーションで区切られた場所で相談・証書作成を行わざるを得ず、プライバシー確保に大変苦慮していました。また、書庫とは名ばかりで、パネルで仕切った簡易なもので、およそ耐火構造とはなっていませんでした。さらに、2階部分がせり出している構造になっていたため、支柱のない部分が沈下し床が傾斜している状況にありました。
 駐車場に関しては、入居している事務所の共用として3台程度しかなく、駐車スペースが少ないとの苦情や、隣の空き地に無断駐車し管理者からお叱りを受けることがしばしばありました。

4 移転の経緯
 着任から半年後、仕事にもある程度なれてきたことから本格的に物件探しをすることを決意し、不動産業者、司法書士、行政書士、建築会社、設計会社等に情報の提供をお願いするとともに、知人を通じて商工会議所にも直接出向いて交渉を行うなど、空き時間を利用しては市内の空き店舗を見て回りました。
 伊那市の中心街は天竜川(別名、暴れ天竜)の両岸に形成されたもので、過去には堤防の決壊による水害が度々発生し、幾度となく避難命令が発せられており、利用者及び職員の安全確保、重要な帳簿類の管理が確実にできることが要求されます。そのためには、2階以上の堅牢な建物に移転する必要があり、さらに、エレベーターが完備されている必要がありました。その間、各方面から様々な情報をいただき現場に赴きましたが、条件に合う物件は見つかりませんでした。
 移転先を探し始めて約1年後、司法書士を通じて、社会福祉協議会の入居している市所有の建物(旧市営病院跡)が老朽化により建て替えられるとの情報がもたらされたため、早速、市長にアポを取り、新築建物に当役場を入居させていただきたい旨のお願いをしました。当職からの要望に対して、大変ありがたいことに、弁護士会、司法書士会、行政書士会が三者の連名による陳情書を市長に対して提出いただけることとなり、市議会議員からの働きかけもいただきました。
 要望から半年間、市からの連絡が全く無かったため関係者に聞いたところ、予算不足により新築はせず耐震工事を行う方針に変更されたとの情報を受け、役場移転の夢は潰えたかに思われたところ、平成29年6月頃、耐震工事は不可能との判断がなされ、新築することに決定されたとの朗報が舞い込んできました。
 しかしながら、市関係以外の機関が入居するためには市議会の承認が必要であり、当役場以外の希望する機関については反対の声が出たとのことでしたが、当役場の入居については反対する意見はなかったとのことでした。

5 建築に当たっての要望事項
平成30年7月から設計に入り、平成31年3月に設計案が示されましたが、入居予定の3階には当役場以外の入居はなく、研修室、書庫、更衣室のみでしたが、当役場の位置はエレベーターから25メートルも離れた隅に配置され、階下は調理室となっていたため、お客様の利便と防火上の観点から配置場所の変更を強くお願いしたところ、エレベーターのすぐ脇に変更してもうことができました。また、事務室の面積についても拡張のお願いをしたところ、約62㎡を確保することができました。
新事務室内のレイアウト・仕様については、当職による自由設計が認められ、工事は市の予算で実施してもらえることになり、次の要望を提出させてもらいました。
①床はバリアフリーを基本とし、OAフロア(フリーアクセス)にすること、②防音・採光に配慮した相談・証書作成室を設けること、③書庫は防火仕様とし、耐火扉にすること、④事務室が狭いことから、書庫を除くドアはスライド式にすること、⑤電話回線は2回線取り出せる仕様とすること、⑥事務室入り口について、設計段階では車椅子での出入り及び機器搬入に支障があるため、最低でも1200mmとすること等をお願いしたところ、全ての要望をかなえてもらいました。

6 移転作業  
移転時の作業をスムーズに行うためには荷物を極力少なくする必要がありました。そこで事前作業として保存簿との突合作業を実施し、保存期限を過ぎた帳簿類や不要物品の廃棄作業を行いました。
具体的な移転手続に当たっては、直前に移転を経験された先輩公証人からご指導をいただきました。
反省すべき点として、移転に合わせて電話回線をADSL回線(2回線分割)から光回線に変更したため、本来2回線設置すべきところ、1回線のみを設置するというミスを犯してしまい、移転当初は電子認証が行えず、近くの公証人にお願いする事態となり、お客様には多大な迷惑をかけてしまいました。また、パソコン・コピー機等の精密機械の移設、設置については、納入業者にお願いしましたが、祝祭日は完全休業するとのことであったため、旧役場での業務終了後に機器の移送のみをしてもらい、新役場における各種機器の設置、配線作業は自ら行わざるを得ず大変な苦労をしたところです。
なお、参考までに、移転に伴う手続の概略は次のとおりです。

伊那公証役場事務所移転作業計画一覧 (編注:省略)                      

7 新役場の状況
 移転後の事務室は3階ではありますが、エレベーターを降りてから事務所入り口まで2メートル余りで、お客様に負担をかけることもなく大変わかりやすい配置となっています。
事務室内に独立した相談室・証書作成室を設けたことから、プライバシーの確保という問題も解決することができました。
 本建物は、コロナウイルスの渦中に新築されたこともあり、ウイルス感染対策として24時間換気システムが導入されており、利用者、職員ともに安心して相談、対応ができています。何より、厳寒の中、窓を開けての換気が少なくてすむことから大変助かっています。また、書庫を除く全ての床をOAフロア(フリーアクセス)にしてもらったことから、新たな機器の設置やレイアウトの変更など、将来に向けた柔軟な対応ができるものとなっています。
 なお、役場案内板については、市において作成してもらいましたが、景観条例による制約から文字が小さく、お客様から全くわからないとの意見をいただいたため、市の許可を得て事務所の窓ガラスに公証役場の表示をさせてもらいましたが、根本的な解決には至っていないことから、今後、市との協議を継続していくこととしています。

8 お客様の声
 移転に際しては、市町村の広報誌、地元新聞、タウン誌等に掲載するなどの広報を行うとともに、旧役場に移転先の張り紙もしましたが、知らなかったというお客様も多く、中には、「旧役場に行ったところ、もぬけの殻であった。夜逃げでもしたのかと思った。」などと冗談交じりの厳しいご意見もいただき、より一層の周知を図る必要性を感じています。
 事務所に関しては、「以前は駐車できず困っていたが、駐車場も広く利用しやすくなった。」「事務室も明るく広くなった。」「エレベーターから近く大変ありがたい。」「個室が用意され相談しやすくなった。」「市福祉課と社会福祉協議会もあり、福祉関係の相談も一度にできてありがたい。」などのご意見をいただき、様々な苦労はありましたが、「移転して本当によかった」としみじみ感じています。

9 終わりに
 新しい事務所は、お客様の利便向上とプライバシーの確保を図るという目標が一定程度達成できたものと考えます。今後も、満足することなくお客様の声に耳を傾け、さらなる改善に取り組んでいきたいと思います。
 昨今、経済界や政界からは公証人に対する厳しい視線が向けられており、公証事務を取り巻く環境もますます厳しくなりつつあります。今後とも、相談しやすく、懇切丁寧で迅速な対応を心がけ、親しまれ、信頼される公証人・公証役場を目指して頑張っていきたいと考えています。
 最後に、このたびの役場移転に際しては、様々な方からご支援・ご協力をいただきました。本誌をお借りして、厚く御礼申し上げます。(田畑恵一)

新城での日々(境野智子)

 新城公証役場に赴任して3年目の春を迎えています。
 3年目になりましたが、まだ日々悩みながら事件に向き合っている状況です。
 1年目は、会議等で、先輩の皆様にお会いする機会も得ましたが、程なくコロナ禍となり、なかなかお会いする機会もなく、残念です。
緊急事態宣言が発令された2020年のゴールデンウィーク期間は、帰省もできず、なんてつまらないものになるのかと期間が始まる前は落胆しました。県の要請どおり、どこにも出かけず、ずっとマンションで過ごしましたが、本や食材等を十分用意して、好きな時間に好きなことができるというのは、外に出なくても楽しく過ごせるのだと思いがけず快適でした。その後の緊急事態や蔓延防止の時もマンションこもり生活で過ごしていますが、狭いベランダに椅子を出して本を読むと日のひかりで本も読みやすく、これも新しい発見でした。
 
 新城市は、愛知県でも静岡県寄りに位置しています。新東名高速道路の新城インターがあるので、東名高速道路だけのときより、大変便利になったようです。
 そんな新城市で出会えたことがいくつかありますので、つらつらと書かせていただきます。

大家さんと知り合ったこと
 新城公証役場は開設以来、同じ大家さん(女性、現在90歳以上)で、現在もお世話になっておりますが、知り合いのいない私にとても親切にしてくださり、赴任当時は、帰りの遅い私を心配してくれ、いろいろな面で助けられました。今でも折に触れ声を掛けていただき、「1週間に1回は顔見ないと元気出ないよ。」と言ってくれ、いつも仲良くしていただいています。
 大家さんは、役場のすぐ裏に住んでいて、お庭には池や手入れが行き届いた樹木があり、訪ねるたびに池で泳ぐ鯉や樹木の花々に癒やされています。同じ敷地内にいる大家さんの娘さんにも良くしていただき、開設時にいただいた胡蝶蘭は、花が落ちた後も自宅に持ち帰りしっかりと管理していただいたことから、3年目も花を咲かせてもらったので今でも飾ってもらっています。

レーダーセンサーアシスト運転
 コロナ禍前は、帰省先である群馬県に帰るときには新幹線を利用していましたが、コロナ禍後は、自動車で新東名から東名、圏央道、関越と高速道路を走り帰省しています。アシスト運転は使用したことがなかったのですが、高速道路を運転するときは便利と教えていただき実践することにしました。確かに、速度を決めアクセルを踏まなくてもよいので疲れの軽減ができ、助かっています。富士山や素晴らしい景色も楽しみつつ、高速道路はトンネルが多く、ラジオを聴いていても途中で電波が途切れてしまうので、スマートフォンをセットしておいて、音楽や聴きたいラジオ番組を選択して聴き、いろいろなサービスエリアで買い物をしたりしてドライブを楽しんでいますが、それまであまり車の運転は好きでなかった私の新たな楽しみのひとつになりました。

新城産のお茶に出会えたこと
 お隣の方からお茶をいただき、その際に「このお茶は、新城市でお茶畑からお茶までにして作っているお茶屋さんだからとてもおいしいよ。」と教えていただきました。群馬県生まれの私は、お茶畑には縁がなく、摘み立てのお茶とはどんなお味かしら?と楽しみにいただくととても美味しく、感激しました。
 いただいたお茶が飲み終わったので、早速、購入しようと電話すると、お店はやっておらず、農協での販売とのことで、「農協に買いに行きますね。」というと、「そちらに届けますよ。」と親切なお言葉で、届けていただきました。それ以来、そのお茶をいただいています。紅茶も作っていてこれもまたとても美味しいのです。新城市のお茶生産量は愛知県1位で、ほかにもお茶屋さんがあるので、これからいろいろいただいてみようと思っています。
 
歴史上につながり?
 天正3年(1575年)に、三河国長篠城をめぐり、織田信長、徳川家康の連合軍と武田勝頼の軍勢が戦った長篠の戦いがあり、長篠城主で奥平貞昌の決死の働きによって、勝利し、この戦いの勝利後、奥平家は新城の地に移り城を築き、新城城主として新城の町の礎を築いたそうですが、この奥平氏は、1375年に上野国(現在の群馬県)から新城地区である作手というところに居を構えたそうです。奥平貞昌は、家康の長女亀姫を妻として、新城市で5人の子供を育てたそうです。奥平家のふるさとが、群馬県吉井町下奥平(現在の群馬県高崎市)であり、また、奥平信昌(貞昌)は、天正18年(1590年)家康の関東入国と同時に上州宮崎(現在の群馬県富岡市)に移ったとのことで、私の出身地である群馬県と新城市に650年前につながりがあったとは想像もしませんでしたので、とても驚きました。
大河ドラマは好きで観ていますが、今度の大河ドラマは、徳川家康が主人公ということで益々楽しみになりました。
 
おいしい和菓子
 役場からすぐのところに和菓子屋さんが三軒あり、少し離れたところにも二軒あるので、これも和菓子好きの私にとってうれしい出会いでした。
和菓子は、新城市でとれた栗を使った栗蒸しようかん、新城産のいちごを使ったいちご大福、みたらし団子にあんこが入っているやわらかお団子、もろこし餡(小豆)の柏餅、自家製お赤飯等、季節によってそれぞれのお店で販売されていて、楽しみにしています。残念なのは、一軒の和菓子屋さんでは、ケーキも販売していてすごく美味しかったのですが、少し前にケーキはなくなってしまったことです。
 当役場の書記さんは新城市在住30年以上なのですが、どの和菓子のことも知らなかったとのことで、この出会いを一緒に楽しんでいます。

 人との出会いや物との出会いは、仕事をする上でも生活を充実させるためにもとても大切なことであると再認識しました。また、新たな出会いを探していきたいと思っています。
 これからもまわりの方々に支えられていることに感謝し、仕事をしていきたいと思いますので、御指導どうぞよろしくお願いいたします。(境野智子)

公証人2年生(中崎俊彦)

 今年の7月を迎えると、公証人に任命されて2年が過ぎることとなります。この間は、コロナウィルス感染症の蔓延に伴い、人と会うことが抑制された期間でもあります。そのため、各種研修等もオンラインによる受講が多く、人と会う機会も少なく、孤独感と寂しさを感じることが多いのですが、一方で読書に費やす時間が少し増えました。そこで、今回は最近読んで気になった本をご紹介したいと思います。
 タイトルは、「夢をかなえるゾウ1」、作者は、「水野敬也」です。自己啓発小説で、内容は、今の自分を変えたい、変わりたいと思っている青年の前に、ガネーシャという神様が現れ、1日一つの課題を出し、その意味するところを歴史上の偉人達の格言を交え教えるというものです。
 ガネーシャという神様は、人間の身体と象の頭、四本の腕を持ったインドの大衆神で、障害を取り除いたり、財産をもたらしたりするといわれているそうです。また、徹底的な現世利益の神様として知られており、インドでは人々に最も親しまれている神様だそうです。
 しかし、小説の中でこの神様は、何故か関西弁を話し、酒は飲むは、タバコは吸うはと、およそ神様とは思えないような親しみを持った描き方がされています。
 いくつかある課題のうち、二つについて触れたいと思います。
 まずは、『明日の準備をする』というものです。
 これは、ガネーシャが友達のお釈迦様を誘って、明日、富士急ハイランドのジェットコースターの「ドドンパ」に乗りたいという要望をしました。それに対し、青年が明日は早いので何のスケジューリングをしないまま寝ようとしたので、ガネーシャが『神様のワシでさえ3時間待ちなんやぞ。ええか、自分、富士急ナメとったら足下すくわれるで』と言って、明日のスケジュールを立てさせるくだりであります。この準備の大切さについて、人類で初めてニューヨークからパリまでの大西洋無着陸飛行に成功したリンドバーグの逸話を引用しております。リンドバーグは、当時はまだ航空技術がそれほど進んでおらず機体が非常に重かったので、普通であれば他の添乗員を一緒に乗せて飛ぶところを一人で飛ぶことにし、しかも緊急脱出用のパラシュートまで積まないという判断をしました。それは、レーダーのなかった当時、彼は大西洋の天候や季節風を何遍も計算して綿密なルートマップを作り上げ、細かい計算をした上での判断でした。常に結果を出すには、普通に考えられているよりずっと綿密な準備が必要だということです。身につまされます。
 次は、『人気店に入り、人気の理由を観察する』というものです。
 これは、ガネーシャと青年が、最近話題となっていて行列のできるシュークリーム屋さんに入って、なぜこんなにも人気なのか原因を探るものです。その要因は、真心が込められた感じのする手書きのオススメ商品の品書きや、シュークリームのカスタードが外に出ても手につかないようわざわざ大きな包み紙を使ったり、店全体でお客さんを喜ばせたいという気持ちがあるためだと分かります。お店は、自分らが『おいしい』『気持ちいい』と思う場所であると同時に、優れたサービスを学ぶ場所でもあり、その店がどんなことをしてお客さんを喜ばせようとしているか観察すべき所だと言っています。つまり、みんなと同じような視点で同じようなことを考えていたら、みんなと同じような結論しか出せない。しかし、人と同じようなことをしている時でも、人と違う視点や発想で、世の中を眺めなければならないということです。
 最近、月に1、2日程度他の公証役場で代理として、事務を行う機会を得ています。そこで、些細なことではありますが、こんなことをすると効率的に事務が進むのだなとか、こんなサービスもあるのかと気づかされることがあります。実際に公証事務を経験した上で、他の公証役場の事務を観察してみるのも有意義なことだと感じています。出来れば、諸先輩方と対面でお目にかかり、公証事務を行っていく中での裏話など、もっといろんなお話を伺いたいものです。早く、元の生活に戻り、気兼ねなく人と会うことができる日が来てくれればと思います。
 ところで、皆さんは神社やお寺にお参りに行ってどんなことをお願いしますか。ガネーシャ神様が言われるのには、毎日毎日、世界津々浦々から『健康になりたい。』、『幸せになりたい』、『お金が欲しい』などの願いごとが多く届くのだそうです。そんな中で、『いつもいつも良くしていただいて、神様ありがとうございます。』といったことは、神様側からしたら、そういうのぐっとくるそうです。神様仲間のあいだでは、こういう人の願い事を優先的にかなえることが、内々での暗黙の了解になっているそうです。これが、お参りの裏技だそうです。皆さんも是非お試しください。
(参考文献「夢をかなえるゾウ1」水野敬也(文響社))   (中崎俊彦)

思い起こすことー砂原浩太郎「黛家の兄弟」を読んで-(小沼邦彦)

 フィギュアスケートの羽生結弦選手が北京オリンピックの記者会見において、4回転半に挑戦した理由の一つとして、「心の中に9歳の自分がいて、あいつが跳べとずっと言っていたんですよ」と発言していたことが妙に印象に残りました。我々は相当の年齢に達していますので、子供の頃の記憶が今の自分たちの行動を動かすことは少ないと思いますが、歳をとるというか退職してからは、昔のことを思い起こすことがよくあります。
 特に少年期・青年期の忘れられない思い出、それも後悔の思いがあることを思い出すことが最近はよくあるのです。なぜあのときにそうではない対応ができなかったのだろうかと。会員の皆様にはそのような御経験はないでしょうか。また、就職など人生の重要な選択をしたときに、その選択ではない別の選択はなかったのか、その選択をしなかったら自分はどう変わっていただろうかなどと、特にアルコールが入ったりすると、いつの間にか「たられば」の空想の世界に耽っている自分にふと気づくことがあります。
 砂原浩太郎の「黛家の兄弟」は、代々筆頭家老職にある黛家の三男を主人公として、その黛家の兄弟と、彼らと対峙するもう一方の家老職の家族とを取り巻く人間模様を描いた時代小説です。それはある意味で藩の権力闘争を描いたものということにもなるのですが、この小説ではそれとは別にいわゆる「人生の選択とその後」ということが一つのテーマとして描かれています。そのため、私の場合は本作が前述のような「たられば」の空想の世界に導いてくれました。その意味では、自分の人生を振り返させてくれる小説であるということもできますので、現役を退いた我々の年代の者にとっては、現役公証人である会員の皆様を含めて、興味を持たれるのではないかと考え、会報でご紹介することにしました。
 本作では、そこに権力闘争の展開が加味されているのでおもしろさが増すということになりますが、登場人物の心理描写も巧みです。この駄文を起草中に、本作が山本周五郎賞を受賞したとの報に接しましたので、やはり作品としての力は評価されるものがあると考える次第です。登場人物の心の動きにおいても頷かせられることが私にはとても多くあったからです。
 この物語の最初の事件は、主人公が大目付の黒沢家に養子として迎えられる少し前の青年時代に起こります。それは養家の娘である主人公の結婚相手や黛家の兄弟との花見の席に、宿敵として対峙する家老職の家族が乱入しようとするささやかな諍いだったのですが、これが両家の因縁の争いのきっかけとなるできごとになります。その後、主人公は大目付の黒沢家に婿入りします。三男坊の人生の選択としては、目付になるという就職も果たすことができました。
 しかし、この後に、目付としての力量が試される重大事件が起こります。藩の権力闘争が絡んだ両家の因縁の関係による事件でもあり、結果として耐え難い結末を迎えるわけですが、砂原は、ここで、13年の時(とき)をおいた第2部に転換させます。この転換が本作の最大の仕掛けであり、この仕掛けこそが「人生の選択とその後」という「たられば」の空想の世界へ誘(いざな)う大きな要素ともなっているのです。また、その間に何が起きたのかは伏せられているため、ミステリー的効果を上げる鍵ともなっています。そして、ここから怒涛のような展開が始まり、読むのが止まらなくなるのです。
当時においては、就職や結婚は、いわば「家」のためのものとならざるを得ませんから、拒否する余地はほとんどありません。彼らにとって人生の選択が現代よりも厳しいので、苦悩や葛藤という感情の揺れが大きく、その中で様々な決断をしていくことになるため、物語としては面白いということにもなります。その心理描写に重点をおいた作風が藤沢周平に似ていると言うと藤沢周平ファンに叱られそうですが、藤沢は作中人物の気持ちに寄り添った抑えた筆致が魅力であるところ、砂原のこの作品は、内容が藩の権力闘争ですし、物語の展開を劇的というかややミステリー的に書き過ぎているところがあり、そこに好き嫌いが出てくるかもしれません。
 原稿の紙幅が埋まりませんので、ここで私自身の話を少しだけしておきます。それは自分の就職のことで思い起こすことがあるからです。それは父とのことです。父は当時小学校の校長だったと思いますが、私は教員試験も一応受けていて筆記試験は受かっていたので、面接試験には赴きました。そして、そのときは迷惑を掛けてはいけないと思い、国家公務員としての内定を受けていることは説明しましたので合格通知が来るはずがありません。私としては、父と同じ職業を選ばなかったということになりますが、その父が亡くなった今、振り返ってみると、申し訳なかったなという思いが残るのを禁じ得ません。
 さて、話を戻しますが、砂原は、前作の「高瀬庄左衛門御留書」が直木賞候補となるなど評判になりました。「高瀬庄左衛門御留書」は、主人公の高瀬庄左衛門が息子に家督を譲った後の生活を描いた小説です。現役を退いてからという第2の人生の話になりますので、我々の世代にとってはより近しいものとも言えます。私は、この作品で砂原浩太郎という作家を初めて知ったのですが、本作を読んで、その作中人物の気持ちがうまく描かれており、すぐに彼のファンとなった次第です。「黛家の兄弟」を気に入られた方は、是非、こちらにも手を伸ばしていただければと思います。両作品とも少し厚手の本ではありますが、比較的簡単に読み切ることができるはずです。
さあ、会員の皆様方も砂原浩太郎の本で、人生を振り返る楽しい(ときには苦(にが)いものがあるかもしれませんが)空想の世界に入られてみてはいかがですか?(小沼邦彦)

短歌

震災十年

新アララギ会会員 東北アララギ会「郡山」代表 皆川二郎  

列島のをちこちに起こる地震あれば巨大なるもの常に恐れぬ
まだ寒き散歩コースの公園に連翹の花咲けば寄りゆく
朱深く朝の日受けて紅梅のわが坪山にいち早く咲く
かの日より十一年目の発生時海に向かひて黙祷捧ぐ
かの日より十一年経つ浜の道慰霊を兼ねて車走らす
防波堤兼ねたる高き浜の道ときをり停めて海を見つめぬ
青空の下に広ごる海原を見放けて暫しかの日を思ふ
集落のところどころに土盛りし避難の丘の古墳のごとく
鎮魂の慰霊碑の立つ集落跡往時を偲び祈り捧げぬ
突然の深夜の揺れに崩れ落ち書斎の本が部屋に乱れぬ

実務の広場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.93 親権を利用した知的障害のある未成年者の保護のための任意後見契約について(その2)    (佐藤浩雄)

 標題のテーマについては、本誌令和2年8月号(№46)実務の広場(№81)に喜多剛久公証人が投稿されていますが、当時は、公証人に任命されたばかりで、よもや自分が同事案の実務に関わるとは思っていなかったので、掲載された内容は流し読みした程度でした。ところが、標題のテーマに関しては、その後に大きな動きがあり、それを背景として、実務に携わることになりましたので、任意後見契約公正証書作成事務の参考にしていただければと思い、以下のとおり2つの相談(対応)事例を紹介させていただきます。

【相談事例その1】
 最初に相談を受けたのは、昨年の12月でした。本年4月から成年年齢が18歳となる改正民法が施行される状況で、特別支援学校高等部に通う知的障害のある子どもの両親から、その子が1月の誕生日に18歳を迎えることから、将来において、その子に後見人が必要になったときに備えて、母親が後見人となって、その子の身上監護及び財産管理を行うことができるように、改正民法が施行される前に、両親が親権を使って、母親を任意後見受任者として任意後見契約を締結したいという内容でした。
 相談者は、子どもの将来に不安を抱える親どうしのネットワークを通じて、当然に成年後見制度の課題等についても承知していました。特に心配していたことは、後見開始の申立ての際に、親又はその親族を成年後見人の候補者にする例が多い中で、必ずしも候補者が成年後見人に選任されるわけではなく、その場合、弁護士、司法書士、社会福祉士等の専門職が選任される例があることから、不便さや不自由さを感じて、申立てを躊躇せざるを得ないということでした。そこで、子が成年年齢に達する前に、任意後見制度を利用して、母親を任意後見人として確保しておくことで、安心してその子の支援ができるという説明をされていました。また、親どうしのネットワークの中で、○○公証役場では任意後見契約公正証書を作成できたが、別の公証役場では、回答を留保されているとかの情報も持っていました。
 当職としては、安易な回答はできないので、少し考え方を整理する時間をいただきました。少し記憶に残っていた上記の実務の広場(№81)を紐解いて、引用された文献を確認した上で、メリットや利益相反行為などの問題点を自分なりに整理しました。一方で、令和3年10月6日付け日本公証人連合会総括理事通知(以下「総括理事通知」といいます。)「精神障害・知的障害のために意思能力が欠ける未成年者の親からの任意後見契約締結の申入れについて(通知)」(※1)が発出されており、留意事項として、「報酬の約定を定めた場合は、特別代理人の選任が必要」とコメントされていたので、契約上の利益相反を回避するために、特別代理人の選任を必要とするか否かは、報酬に関する約定の有無によるものと解釈しました。
 その決断に迷っていると、上記の令和3年10月6日付け総括理事通知を変更する取扱いとして、同年12月13日付け総括理事通知「精神障害・知的障害のために意思能力が欠ける未成年者の親からの任意後見契約締結の申入れの扱いの変更について(通知)」(※2)が発出され、①法務省から、当該任意後見契約に係る任意後見登記の嘱託の取扱いについて利益相反行為に該当するか等の観点から検討中であること、②任意後見契約を締結するに当たっては、家庭裁判所において特別代理人の選任を受けた上、受任者とならない親権者の片方と特別代理人とが共同で未成年者を代理し、受任者となる親権者と任意後見契約を締結するといった慎重な対応が相当であることが示されました。
 その後、同年12月24日付け総括理事通知「未成年者とその共同親権者である両親の一方を任意後見受任者とする任意後見契約締結の申入れの扱いについて(通知)」(※3)を始めとして、立て続けに総括理事通知が発出され、法務省からの正式な見解、東京法務局で登記が保留されている嘱託事件の取扱い、登記された無権代理行為に係る任意後見契約の特別代理人による追認手続などが示されました。
 以上の経緯を踏まえ、相談された両親に対して、家庭裁判所において特別代理人の選任を受けた上、委任者(子)の法定代理人共同親権者父(甲)及び家庭裁判所は選任した特別代理人(丙)と受任者共同親権者母(乙)の任意後見契約を締結することができる旨、当職の見解を回答しました。両親は、特別代理人を母親の妹に依頼することで、手続を進めたいと希望されたので、当職は、特別代理人選任申立に必要な任意後見契約案を提供しました。そして、3月上旬までに公正証書を作成することを目途として、特別代理人選任審判書謄本を取得後に改めて連絡をもらうことにしました。
 しかし、その後母親から、家族で相談した結果、任意後見契約の締結は見送りたいという内容の連絡がありました。その理由は、将来、子に後見人が必要になったときに、成年後見制度を利用する場合の懸念や不安がある程度解消されたということでした。親どうしのネットワークを通して、後見開始の申立ての際に、母親を成年後見人の候補者にした場合、特段の事情がない限り、相当高い割合で候補者として認められるという感触を得たので、急いで後見人を選任しなくても大丈夫という考えに至ったようでした。
 残念ながら本件は、預かった原本書類を返却して、契約に至らない案件として終了しました。他方、本件に関する総括理事通知は、「その8」まで発出されているところであり、この相談がなければ、本課題に対して無関心のまま、総括理事通知を流し読みしていたと思うと、少しながら充実感が残りました。

【相談事例その2】
 本年2月中旬に、司法書士から「相談事例その1」と同じ趣旨の相談が寄せられました。その子は、同じ特別支援学校高等部に通っており、既に18歳の誕生日を迎えていて、改正民法施行前に任意後見契約を締結するとすれば、3月末までしか時間が残されていませんでした。司法書士には、契約上の利益相反を回避するために、特別代理人の選任が必要であることを伝え、早急に手続を進めてほしい旨回答しました。
 その後、司法書士からは、依頼者と相談した結果、受任者を母親ではなく、兄(大学生)にして任意後見契約を締結したいとして依頼がありました。この場合、契約上の利益相反が発生しないので、司法書士と契約内容を調整の上、3月中旬に、委任者(子)の法定代理人共同親権者父(甲)及び母(乙)と受任者兄(丙)との間で、任意後見契約を締結するに至りました。東京法務局への嘱託も指摘なく受理され、後日登記完了通知が届いた際は、少し安堵感がありました。
 任意後見契約締結時の席上、依頼者家族からは、特別代理人のハードル(時間的要因を含む。)が高かったこと、弟思いの兄が快く受任者を引き受けてくれたことなど、いろいろと話を聞いたのですが、改正民法が施行される前に、何とか公正証書の作成が間に合ったことに安堵されていました。また両親は、将来、この任意後見契約をどの時点で発効させるのか分からないので、当面は、公正証書をお守り代わりにしておきたいと考えているようでした。

【その他】
 本年2月26日に開催された春期専門研修には、ネット聴講で参加しましたが、研修のテーマが「任意後見制度」に関するもので、標題のテーマに触れられた部分もあり、大変参考になりました。特に、家庭裁判所への後見開始の申立ての際に、親又はその親族を成年後見人の候補者にする例が多い中で、候補者が成年後見人に選任されないケースやその割合(親どうしのネットワークの情報とほぼ同じ。)などが紹介されていました。そのケースとしては、①資産が多かったり親族間の対立があったりなど複雑な状況の場合、②本人と候補者の資産が適切に分離されていないような場合、③候補者に後見に適する能力がないと判断された場合などのようですが、今回の2件の実務を通じて、公証人として、本業の任意後見制度だけでなく、法定後見制度にも精通しておくべきことを痛感する機会となりました。

<※1 令和3年10月6日付け総括理事通知の要旨>
 精神障害・知的障害のため意思能力が欠ける未成年者の両親から、自らを任意後見受任者とする任意後見契約の締結が可能かとの問い合わせがされているが、民法第818条第3項ただし書により、共同親権の例外として、一方の親が未成年者の親権者として子を代理し、他方の親が同契約の任意後見受任者として自ら任意後見契約を締結するという方法について、日公連は積極説を採っており、公証実務においても、これが認められている。ただし、留意すべき事項として、報酬の約定を定めた場合は、民法第826条第1項の利益相反行為に該当するので、その際は、家庭裁判所に特別代理人の選任を請求してもらい、その特別代理人と契約する必要がある。

<※2 令和3年12月13日付け総括理事通知の要旨>
 法務省から、当該任意後見契約に係る任意後見登記の嘱託の取扱いについて利益相反行為に該当するか等の観点から検討中であるとの情報に接した。当面、上記の任意後見契約を締結するに当たっては、家庭裁判所において特別代理人の選任を受けた上、受任者とならない親権者の片方と特別代理人とが共同で未成年者を代理し、受任者となる親権者と任意後見契約を締結するといった慎重な対応が相当と考えられる。また、これまで、このような任意後見契約に係る登記の嘱託が受け付けられていた実態があったが、今後、こうした取扱いが改められる可能性がある。

<※3 令和3年12月24日付け総括理事通知の要旨>
 法務省から、「未成年者とその共同親権者である両親の一方を任意後見受任者とする任意後見契約については、受任者とならない親権者の一方と特別代理人が共同で子を代理し、受任者となる親権者との間で締結される必要があるところ、特別代理人の選任がなく、受任者とならない親権者の一方のみが子を代理して締結している場合には、無権代理に該当する」との見解が示された。これに伴い、①今後作成予定の任意後見契約親権者である代理人の肩書きの表示方法、②東京法務局で登記が保留されている嘱託事件の取扱い、③公正証書を作成し終えた任意後見契約で、東京法務局での登記がされているものの対応の方針が具体化された。
(佐藤浩雄)

民事法情報研究会だよりNo.53(令和4年4月)

 春暖の候、会員の皆様におかれましては、ますますご清祥のこととお喜び申し上げます。

 新型コロナウィルスのオミクロン株による第6波の感染拡大に伴い、18都道府県に発令されていた蔓延防止等重点措置が解除された春を迎えることができました。ただし、専門家の中にはいまだ第6波の途中であると指摘する向きもあるようで、人流が増加する年度始まりの時期と重なり、オミクロン亜種株による再拡大も懸念される状況とのことですので、引き続き感染対策に万全を期していきたいと考えています。できるならば、今年こそは、会員の皆様が参集できる会合やセミナーが開かれる年度になることを願っています。(YF)

今日この頃

   このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

晴ればれ岡山サポートテラス(永井行雄)

岡山県を南北に縦断する国道53号線を北に向けて車を走らせる。車には2人の男が乗っている。年下の男が運転しているが、その男は久しぶりに袖を通す背広にやや窮屈さを感じながらも、道ばたに咲くコスモスにいくぶんか心が癒やされている。この2人はかつて同じ職場の先輩後輩の間柄であり、気心は知れている。しかし、車中での会話はなかなか弾まない。なぜならば、2人とも目的地のことが気になっているからである。

 岡山市を出発して約1時間、町が見えた。津山市だ。人口は約10万人で県北の政治、経済、文化の中心地である。訪問先は津山市役所。緊張しながらアポを入れていた課を訪ねる。ぎこちない声で肩書きを名乗って名刺を差し出す。対応に出た職員は「はい。うかがっております。」と、はきはきした態度で迎えてくれた。ほっとした。公証人を退任して3か月余、新しい環境で初めて外部の機関を訪問したときの情景や心境である。

 私たちは昨年、岡山県出身の法務局OB・OG5人で高齢者の支援のための「一般社団法人晴ればれ岡山サポートテラス」を設立し、10月から活動をスタートさせた。法務局のブランド力や公証人の肩書きはなく、しかも、発足したばかりの一法人の者が市役所を訪問して、果たしてきちんと対応してくれるだろうかという心配があった。それで、車中での会話が弾まなかったのである。しかし、心配をよそに担当者は丁寧に対応してくれた。その理由は後述させていただく。

1 法人設立のきっかけ

 令和元年9月に岡山市で開催された岡山地方法務局のOB会で、当法人のメンバーが久しぶりに再会したとき、今の仕事を辞めた後、何をするのかという話になった。「特にねぇなー。」「家でゴロゴロしとっても、家族に嫌われるしなぁ。」「そうじゃなぁ。」「これまでやってきたことが活かせるような法人でも作ってみたらどうじゃろうか。」「おー!そりゃええなー。」という軽いノリからスタートした。

 それから、開業までの2年半、気心の知れたこのメンバーが10数回集まった。NPO法人か一般社団法人か、事業の適法性、資金面、事務所、需要の予測など、皆で情報を持ち寄り自由に意見を交換し合った。

 今まさに超高齢化社会である。全国の高齢化率は29%、岡山県は30%で特に県北は40%を超える自治体が9つもある。そして、高齢者のうち5人に1人が認知症だといわれているほか、高齢者のみの世帯は全国で28.7%(厚生労働省「令和3年国民生活基礎調査」)もある。

 こういった現状を踏まえ、国は、成年後見制度の利用の促進に関する法律のほか、自筆証書遺言書の方式緩和や法務局保管制度に関する法律を整備した。また、公証人も積極的に講座・講演会・相談会などを通じて遺言や任意後見制度の普及・定着を図っている。

 しかし、実際にこれらの制度利用を促進していくためには、現場においてそれぞれの制度を理解した者が、高齢者(対象者)の気持ちや生活環境などを把握した上で、どのような制度を利用するのが良いのかの水先案内人を務め、担当機関とのつなぎ役を果たしていくことが重要だと思う。実際に、自分で動けない高齢者もたくさんいる。そこで、我々がこのつなぎ役をやってみようということになったのである。

2 法人のメンバー

 前述のとおり気の合う仲間で立ち上げた。イメージは子供の頃の遊び仲間の延長のようなものである。理事長は人望があって、人をまとめられる人物、元広島法務局福山支局長の清水博志さんにお願いすることで一致した。皆の総意である。副理事長以下の役は理事長に一任した。次のとおりである。

●理 事 長 清水博志(総社市出身)

広島法務局訟務部訟務管理官、岡山地方法務局首席登記官(不動産登記担当)、広島法務局福山支局長、家事調停委員(令和3年9月退任)

★バランス感覚がよく、人間観察力に優れている。一日2万歩が日課。野菜作りが上手。かつて麻雀の名手、物事の流れを読む勝負感は今でも健在。常駐

●副理事長 川上幸江(倉敷市出身)

岡山地方法務局勝山支局登記官、同局不動産登記部門総務登記官、広島法務局福山支局総務登記官、現司法書士・行政書士(15年間従事)

★頭の回転が速く決断力があり親分肌。地域で多くの役職を務めるなど周囲の信頼は厚い。ただ、声が大きめなので内緒話はできない。遠路につき非常駐

●専務理事 永井行雄(和気町出身)

法務省大臣官房行政訟務課補佐官、那覇地方法務局長、福岡法務局民事行政部長、都城公証人役場公証人(令和3年7月退任)

 ★登山や飲み会など遊ぶことが大好き。様々な場面で企画力や行動力を発揮。ただ、突き進むところがあるので要注意(以上仲間評)。食材調達が得意。常駐

●常務理事 大河原清人(邑久町出身)

 法務省民事局総務課補佐官、法務省人権擁護局人権啓発課長、広島法務局長、土浦公証役場公証人(令和3年11月退任)

 ★思考力が高く、冷静な判断力がある。相談に丁寧に対応、傾聴力に優れている。数10年ぶりの帰郷、岡山弁取戻し中。看板書きや大根おろしが得意。常駐

●常任理事 笠工博史(久世町出身)

広島法務局上席訟務官、同局総括表示専門官、同局次席登記官(不動産登記担当)、岡山地方法務局備前支局長

★登記のプロ、土地家屋調査士有資格者。動きが軽く、整理整頓能力が高い。彼がいると事務所がすっきり整理される。車の運転が上手。木金のみ出勤

3 法人の名前

 「一般社団法人晴ればれ岡山サポートテラス」と名付けた。岡山県は全国の中でも日照時間が長いので「晴れの国」と呼ばれている。法人の名前は、晴れの国と、岡山県内を活動エリアとして高齢者の方を支援し、高齢者の方にテラスの陽だまりで寛いでいただけるような温かい支援活動を目指すことをイメージしている。

4 法人の仕事

 大きく分けると二つである。一つは高齢者の権利擁護のための手続き(遺言・任意後見契約・尊厳死宣言・死後事務委任契約など)の支援(担当機関へのつなぎ役)と、もう一つは各種講座・講演会・研修会等への講師派遣である。私と大河原さんは、公証人の経験がすぐに活かせるし、他の者も民事関係の法律実務の経験者であり現役の司法書士もいる。人材はそろっている。

 実際、あいさつ回りをしたとき、実務経験者というセールスポイントに対して、相手方の反応はよかった。県内にこういった手続きを支援する法人は、あまり見受けられないようである。

5 作業や費用

    運営資金、事務所の確保、法人の設立登記、電話・インターネット回線の引込み、備品の調達、広報ペーパー・ホームページ・報酬表の作成、税務署・労働基準監督署への届出や銀行口座の開設とか、広報のやり方など、やることは山ほどある。この分野の先駆者である「NPO法人高齢者・障がい者安心サポートネット」(福岡市)や先輩士業者からも情報提供を受けた。

 慣れない作業で大変だったが、皆で相談し、役割分担しながら進めていった。設立登記は現役の司法書士である副理事長がやってくれ、備品は家で使っていない物を持ち寄ったり、リサイクルショップやネットで安価なものを買った。ホームページの作成は、パソコンに詳しいかつての法務局の仲間が力を貸してくれた。費用は、全体の金額を算出して出資金という形で5人が均等に負担することとした。

6 営業活動

 ○地方自治体へのあいさつ回り 

 まずは、我々の業務を知ってもらう必要があるので、県内の地方自治体にあいさつを兼ねて業務紹介に赴くことにした。県内の地方自治体は27ある。そこで、高齢者の支援業務を担当している機関や部署(市町村役場、社会福祉協議会、権利擁護センター、地域包括支援センター、公民館等)のアポ取りをすることにした。アポ取りは、電話の掛け方の均質化を図るためのマニュアルを作成した。皆、最初はぎこちなく、言葉が噛みそうになっていたが、数をこなすうち、徐々に慣れてきた。120か所に電話を掛けまくりアポを取った。アポが取れたらすぐに、相手方に当方の訪問者の役職氏名を書いた書面と広報ペーパー(業務内容と構成メンバーの略歴を書いたもの)をFAXで送付することにした。ねらいは、我々は怪しい者ではないことの証明と、電話を受けた者が上司や関係者に説明する資料として使ってもらうためである。このやり方は効果的であった。当日は、どこも資料に目を通してくれており、時間どおり待っていてくれた。応対は、責任者であったり、担当者であったりとまちまちであったが、結果として、仕事の依頼に発展したのは、担当者に説明をしたところが多い。

 2人1組で約1月半かけて全部回った。皆、笑顔の写真入りの名刺と広報ペーパーを配って回った。まさに営業である。相手方への説明も数をこなすうちに上手になっていった。長居をすると嫌われるので、1か所15分程度とした。県北の自治体はどこも高齢者支援の問題を抱えていた。「こういった法人を設立していただいて、ありがたいです。」と言ってくれた自治体がいくつもあった。

 ナビに行き先を設定したものの、おかしな道を案内したり、建物が分からずウロウロして、車中で相手先に電話を掛けて確認したり、いろいろ失敗もあったが、このあいさつ回りが、後日の仕事の依頼へと発展していったのである。

 それと、もう一つ大事なことがある。あいさつ回りで反応がよかったところには、後日、「近いうちにそちら方面に行く機会があるので、何か用事はありませんか。」と電話を掛けることもあった。すると「実は職員研修を計画しているのですが、よければ講師をお願いできますか。」「いいですよ。いつでしょうか。」と、トントン拍子に話が進む。そして、研修終了後に受講者から個別相談があり、公正証書の作成支援の依頼に発展することもあった。あいさつ回り後のフォローなど、次の手を打つことが大事だと思った。

 ○新聞への掲載 

 岡山県には、山陽新聞という岡山県全域を配達エリアとする新聞社がある。昨年11月始め頃、ここに取材依頼の電話を掛けたが、年内は忙しいので、資料があれば送って欲しいとのことであった。そこで、資料をメール送信したものの、電話の感触として取材は難しいだろうと思っていた。ところが、今年1月の始め頃、記者から電話があり、「取材をしたいので、事務所におじゃましたい。」とのこと。取材の日、記者はこちらの資料をよく読み込んでおり、事務所では細部にわたって取材してくれた。また、1月下旬の公民館講座にも足を運んでくれた。そして、新聞に大きく掲載してくれたのである(山陽新聞2022年2月8日朝刊/山陽新聞社提供・転載許可済)。この新聞掲載の反響は大きく、当日は電話が20本くらい掛かってきたほか、5組の方が事務所に相談に訪れた。

7 仕事の依頼

 ○公正証書作成支援依頼

2月末現在で、公正証書(遺言・任意後見契約・尊厳死宣言等)の作成を支援したのは26件である。依頼は、地方自治体や社会福祉協議会からの紹介によるものが7割、残り3割は講演会や新聞掲載などをきっかけとした個人からの直接依頼のものである。そのほか現在、公正証書作成支援中のものが6件あり、これらは全部、新聞を見た人からの直接の依頼である。参考までに、これまでの取扱事例を2件紹介する。

 <事例1>79歳男性、妻は死亡、一人暮らし。

 長男と長女がいるが、長男とはいざこざがあり、10年以上断絶状態、長女は結婚して東京に住んでいて、親の面倒をみられない。財産は家・宅地、預金約1,000万円。長男には一切財産を残したくない。長女に残したい。今後、自分が動けなくなったとき、お金の管理や病院の手続きなどが不安であるとのこと。これは社会福祉協議会を通じて相談があったものである。

 遺言、任意後見契約、尊厳死宣言の各公正証書の作成を支援したほか、これらの手続きとは別に警備会社による「一人暮らしの高齢者のための見守りサービス」を紹介し、契約締結のお手伝いをした。

 <事例2>84歳女性、独身、一人暮らし。

 末期がん、余命数か月。相続人なし。近所に親しくしている女性(62歳)がいる。財産は家・宅地、預金約600万円。この女性に財産を全部残したい。亡くなった後のことも任せたいとのこと。こちらも社会福祉協議会を通じて相談があった。

 緊急性を要するので、相談があった日の翌日、すぐに本人と面談し、公証人に事情を説明して、約1週間で遺言書、尊厳死宣言、死後事務委任契約の各公正証書の作成にこぎつけた。

以上のとおり、迅速な対応をモットーとし、公正証書の作成支援は2人の元公証人がそれぞれ他の者と組む形で行うことにしている。

 ○講座・講演会・研修会への講師派遣依頼

 現在、講座・講演会・研修会への講師派遣依頼は、派遣済のものも入れて17件あるほか、既に来年度の定期講座の話が2か所(隔月開催)からきている。依頼先は、地方自治体・社会福祉協議会・地域包括支援センター・公民館からが9割、残りの1割が老人クラブである。

 皆で講師の留意事項を三つ決めた。①初めて講師を担当するときは事前に事務所で模擬講話をして、他のメンバーのチェックを受けること、②講話は統一のパワーポイントを使って進めること、③受講者にアンケート票を書いてもらうこと、である。「話」は商品であるから、いい商品を売るためにはチェックが大事ということである。特にアンケート結果にはいつもビクビクさせられる。

 情けないことがあったので一つ紹介する。1月下旬に県北の社会福祉協議会主催の研修に行ったときのことである。雪が心配だったので前泊した。スタッドレスタイヤは持っていないが、未使用のチェーンがあったので念のためそれを積んだ。前日は天気がよかったので、翌日も大丈夫だろうと思っていた。ところが、翌朝外を見ると50センチくらい雪が積もっていた。一晩にである。びっくりした。チェーンの付け方が分からない。困っていると宿泊所の方がJAFを呼んでくれ装着できたが、今度は、帰る途中、コンビニの駐車場で外そうとしたところ、外し方が分からない。車には3人乗っているが誰も分からない。それでまたJAFを呼んだ。装着のときに来た人と同じだ。情けない。着脱の練習をしなければならないと思いながら帰路についた。

8 法務局のブランド力

 地方自治体等を訪問した際、どこも丁寧に対応してくれた。冒頭で「その理由は後述させていただく。」と書いたが、その理由は法務局のブランド力だと感じた。法務局にいた人が作った法人なら信用できると思ってくれたのだろう。訪問先の雰囲気でそれを感じた。

 最初の講師派遣依頼があったのは、あいさつ回りを始めてから1月経った頃である。それからも、どんどん入ってきている。しかも、公的機関が多い。活動を始めて4か月で17件である。法務局のブランド力のお陰だと思っている。本当にありがたい。

9 これから

 「晴ればれ岡山サポートテラス」は発足したばかりの法人である。これから先、存続していくためには、①依頼者や関係者からの信頼を得て、これを積み重ねること、②法人の知名度アップを図ること、この二つが重要だと思っている。依頼があれば、依頼者に寄り添う支援活動をスピーディに、そして、あらゆる手法を用いて効果的な広報・営業活動を展開していこうと思っている。

10 そして、今の気持ち

 今、とても充実している。20数年の時を経てかつての仲間が集結し、もう一度社会の中で動き出そうとしている。人は、信頼という絆の下に、支え合い、力を合わせれば、いろんなことができる。法人という看板は心強い。これから先、気持ちと身体が続く限り、この素晴らしい仲間と同じ時間を過ごせたら、幸せだと思っている。

 今、出航したばかりの「晴ればれ岡山丸」に乗って、クルー全員が仲良く楽しく、ゆっくりでいいから、航行できたらいいと思っている。

   【連絡先】一般社団法人晴ればれ岡山サポートテラス

        〒701-2154 岡山市北区原1119-1

        TEL(086)206-3738 FAX(086)206-3739

        E-mail:harebare0712.hara@outlook.jp

https://harebareokayama.org

                                        (永井行雄)

  “カマス”の悲劇(中垣治夫)  

 相当以前に読んだ本で、「“カマス”の悲劇」を紹介しているものがあります(内橋克人『匠の時代・第5巻』(サンケイ出版))。分かりやすい話であり、Webにも掲げられているので、御存知の方もおられるかと思います。私も在職中、講話や研修などのまとまった時間があるときは、紹介するようにしていました。概要は、次のとおりです。

 水槽の中にカマスを放して餌の小魚を入れると、カマスは追いかけて食べ尽くしてしまいます。数日間餌やりを繰り返した後、水槽の真ん中にガラス板を入れて仕切り、カマスがいない方の半分に餌を入れます。すると、カマスは一生懸命餌を食べようとしますが、コツンとガラス板にぶつかるだけで、食べられません。100回くらいは挑戦するようですが、そのまま数日経つと、カマスはもう餌に関心を示さなくなります。ここで仕切りのガラス板を抜いて餌を入れます。しかし、カマスは、餌を食べられないと決め込んでいるので、せっかくの餌に見向きもしません。目の前にうまそうな小魚が泳いできても、もはや食いつく意欲が湧いてこないのです。放っておくとカマスは死んでしまいます。これを「カマスの悲劇」といいます。

 では、この水槽のカマスにもう一度餌を食べさせるにはどうすればよいか。皆さんは、どう思いますか? 答えは、「もう一匹、別のカマスを水槽に入れる。」です。新しいカマスは、ガラス板のことを知らないので、普通にパクッと食べます。これを見ていて、前のカマスも思い出すのでしょう。あっ、また食えるんだと目を覚ますのです。

 役に立つ新鮮な情報や変革の波が発生し、目の前を通り過ぎているのに、これに見向きもしない。あるいは、数少ない貴重な情報や千載一遇とまでは言わないまでも僅かな機会をやり過ごしてしまう。新しいカマスがいない組織では、それがおいしいものであること、これから必要になる重要なものであることが分からないのです。

 現行の公証人法の施行から、約110年を経過しています。十分に成熟した制度であると言ってよいと考えますが、近時の様々な見直し、動きを見ていると、今後、10年程度で相当大規模な見直し、制度改革が見込まれます。従来の、創成期・成長期の比較的ゆっくりとした変革・見直しから成熟期の、しかも急激な変革へと変わっていく中で、今後は、更に国民・利用者のための見直しが軸足となっていくことでしょう。新しいカマスが必要な時期がすぐ目の前まで来ていると考える次第です。

 ウクライナ侵攻のニュースに接して

 数日間、構想を温め、推敲を重ねて、さあ提出しようとしたところで、「ロシア軍のウクライナ侵攻」のニュースに接しました。

 大いに驚き、憤り、何でこんなことになるのか・・・無力感・・と、いろいろな感情が沸き上がってきます。侵攻前に、侵攻が見込まれる旨の報道はされていたのですが、21世紀の今日、まさかそんなことはないでしょうと思っていました。しかし、そのまさかが、現実のものとなってしまったのです。

 第2次世界大戦以降、各国においては、国内の統治機構や国家間の条約等により、それなりの、紛争、戦闘、戦争の回避・防止のための組織、機構、仕組み造りがされてきたと考えるのですが、今回の事態には、有効に機能しなかったのでしょう。いわゆる西側諸国は、制裁を打ち出していますが、戦闘が収まることはなく、終息には無関係であるかのように戦闘が継続しています。制裁の効果が表れるまでには、それなりの時間が掛かるのでしょう。現時点では、交渉、協議、仲介など、何でもよいので何らかの方策により、また、誰(国・人)でもよいので誰かの尽力により、戦闘が終了し、平和が訪れることを祈ることしかできません。

 10年くらい前の映画で「ハンナ・アーレント」というのがあります。最近、WOWOWで放送されていたので、ご覧になった方もおられるかもしれません。ユダヤ人虐殺に大きく関わり、逃亡していた元ナチスのアイヒマンが逮捕され、哲学者のハンナ・アーレントが、そのアイヒマン裁判を傍聴するなかで、「悪の陳腐さ」について考察するものです。

 アイヒマンは、裁判で「命令に従っただけです。殺害するかどうかは命令次第でした。」等と証言します。ハンナ・アーレントは、これらを踏まえて、アイヒマンは「命令に従っただけ。ただの役人」よと評価します。アイヒマンが20世紀最悪の犯罪者になったのは、”思考不能”だったからであり、本当の悪は、平凡な人間が行う悪であり、これを「悪の陳腐さ」と名付けました。

 考えることを止め、組織の命令に黙々と従う「悪の陳腐さ」、これこそがナチスの本質的罪だとこの映画は訴えるのですが、この映画を今般のロシア軍のウクライナ侵攻のニュースに接し思い出しました。黙々と大統領の命令に従う「ただの役人」がいるだけの国家は、大変危ういのです。「大統領、お言葉ですが・・・。」と侵攻反対を主張する側近がいなかったのか、悔やまれてなりません。                         (中垣治夫)

  函館公証人合同役場の広報活動について(岩渕英喜)  

 令和元年から公証週間の広報活動の一環として、函館市、北斗市及び七飯町の町会に対し、チラシの回覧又は配布及びポスターの掲示を依頼する取組を行いましたので、その概要を説明させていただきます。

 そこで、事件の増加につながるような効果を期待して、町会に対し、各世帯へのチラシの回覧又は配布及び町会会館へのポスターの掲示について協力を依頼する広報活動を行うこととしました。各世帯に回覧又は配布する日公連のチラシには下図(編注:略)のメッセージを裏面印刷し、公証制度のキャッチコピーと日公連の無料電話相談の電話番号のほか、公正証書の種類と当役場の連絡先も周知することにしました。

            

1 取組の日程

日公連と町会のスケジュールを踏まえて、次のような日程で進めました。

(1) 4月下旬:チラシ及びポスターを日公連に申込み

(2) 7月上旬:例年と同じ電話番号を使用するかどうかを北海道会の広報委員を通じて日公連に確認

(3) 7月上旬:裏面印刷したチラシ(サンプル)の作成

(4) 7月上旬:対象市町に対し、町会への広報活動に関する協力又は「町会一覧」(町会会館又は町会会長の住所・電話番号・所属世帯数が記載されたもの)の提供の依頼(上記サンプルを添付)

(5) 7月中旬:日公連から無料・有料チラシ及びポスターの送付

(6) 7月中旬:チラシ裏面印刷を印刷会社に発注

(7) 8月上旬~下旬:町会に対してチラシの回覧(回覧を廃止している町会については配布)及びポスターの掲示を電話で依頼し、承諾が得られた町会にチラシ及びポスターを発送

(8) 8月下旬:日公連から電話公証相談の電話番号の通知

(9) 8月下旬~9月中旬:町会による所属世帯へのチラシの回覧又は配布

2 3市町の町会に対する取組状況

 過去3年のチラシの回覧又は配布数は、表1(編注:略)のとおりです。3市町の対応は次のとおり。

(1) 函館市(令和元年~令和3年)

 最初に函館市でこの取組を実施するときに、町会を担当している市民・男女共同参画課に対し、各町会にチラシ及びポスターの配布を打診したところ、町会側が受け入れるかどうかを決めるので、公証役場の方から町会に個別に依頼してもらいたいとのことでした。

 そこで同課から「町会一覧」を入手し、町会会館があるところは会館に、会館がないところは町会会長に電話し、公証週間の広報活動について趣旨を説明してチラシの回覧又は配布及びポスターの掲示について協力を依頼しました。3年間で、1町会を除いて、電話したほぼ全ての町会から協力する旨の回答をいただきました。

 なお、函館市は140,931世帯(令和3年9月末現在)あり、単年度で全て実施するのは困難なので、年ごとに異なるエリアの町会を選定して実施しています。

(2) 北斗市(令和2年)

 町会を担当している北斗市町会連合会事務局に対し、各町会にチラシの配布を打診したところ、町会への配布物は発出元が北斗市役所のほか、国、北海道などの行政機関、公共機関に限られるとして応じてもらえませんでした。そこで公証人は法務大臣から任命されていること、公証役場は法務局に所属していること、公証制度は公共性が高いことなどを説明したほか、函館市の例を紹介して、チラシを所属世帯に回覧又は配布するか否かについては直接各町会に当方から確認させていただけないかとお願いしたところ、了承されました。

 同事務局から提供された町会名簿によりチラシの回覧又は配布について各町会に電話で依頼しましたが、函館市の場合とは異なり、警戒感の強い反応が多く、協力が得られたのは一部の町会に限られました。

 全町会の約半分に電話したところで、北斗市の担当者から連絡があり、一部の町会から、「町会によって対応が異なるのはおかしい。」という苦言が寄せられたとして、北斗市を通じて全町会にチラシを配布(市役所内に設置されている町会ごとの連絡棚にチラシを入れる方法)し、町会から所属世帯に配布することになりました。

 町会ごとの必要配布部数が記載されたリストの提供を受けて、連絡棚に北斗市の協力依頼文書を添えてチラシを入れました。後日町会が連絡棚のチラシを持ち帰り、所属世帯に配布しています。

(3) 七飯町(令和2年)

 七飯町福祉協議会内にある七飯町町会連合会事務局に電話し、全世帯にチラシの配布を打診したところ、快く承諾していただきました。8月上旬に同事務局にチラシ全世帯分2,250枚を持参し、町会を通じて配布していただきました。

※ 函館市及び北斗市から提供された町会一覧等については、日公連への公証週間活動報告を提出した後に廃棄しています。

3 本広報活動の費用対効果

 私が当役場に着任した平成26年7月以降、遺言公正証書の事件数については、毎年7月から9月の第二四半期はやや少なく10月から12月の第三四半期は増加する傾向にあります。表2(編注:略)は本広報活動の取組前の平成26年から平成30年までの5年間と取組後の令和元年から令和3年までの3年間について、遺言公正証書の第三四半期の手数料額が第二四半期よりいくら増加したのかを年平均で比較したものです。

 第三四半期の方が第二四半期よりも増加する傾向であることはどちらも変わりありませんが、本広報活動の取組後の方が取組前よりも遺言公正証書の手数料額を平均60万円以上押し上げる結果となっています。費用対効果を検討するためには、この押上額と広報活動費用を対比する必要があります。広報活動費用の主な内訳は日公連のチラシ・ポスター購入費、チラシ裏面印刷代及び町会への郵送料ですが、3年間の広報活動費用の平均額は79,954円です。押上額から広報活動費用を差し引いた金額を費用対効果とした場合、その額は548,371円となります。ただし、一昨年と昨年については、新型コロナの感染者数の影響を受けて事件数が増減しており、費用対効果を検討するにはその影響を考慮する必要があると思いますが、公証週間以降「チラシを見た。」と言って遺言公正証書作成について電話をかけてくるお客様が増加しているのは間違いありません。

 今後の課題としては、対象町会を3市町からどう拡大していくのかということになります。北斗市型又は七飯町型の市町村であれば対象を拡大することは比較的容易です。函館市型であっても取組時期を早めるとか、年ごとに対象市町村を設定するなどの工夫をすれば拡大は可能ですので、他の市町村にもアプローチして情報を収集したいと考えています。                            (岩渕英喜)

  

実務の広場

 このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.91 事実実験公正証書の事例紹介(石山順一)

 事実実験公正証書は、貸金庫の開披・点検、知的財産権の保全、尊厳死宣言等多くの場面で利用されていると思われます。当公証役場においては、私の在任中、貸金庫の開披・点検と尊厳死宣言の事実実験公正証書を作成したことしかありませんでしたが、最近、知的財産権に関する事実実験公正証書作成の嘱託が2事例ありましたので、参考になればと思い紹介します。

<事例1> コンピュータゲームソフトの海賊版への対応のための事実実験

1 嘱託の趣旨

 嘱託人は、自社が開発したコンピュータゲームソフト(以下「本件ゲームソフト」といいます。)を独占的に配信する権利を与える契約を中国法人との間で締結していたところ、本件ゲームソフトの海賊版が中国国内において出回り、当該中国法人が損害を被っている。ついては、本件ゲームソフトを配信する正当な権利を当該中国法人が有していることを中国の裁判所において立証するため、本件ゲームソフトの著作権を嘱託人が有することを確認する必要があるというものです。

 そこで、ゲームソフトには、通常、開発した会社の会社名、開発年月日等の記載がされていることから、本件ゲームソフトアプリをパソコンの画面に表示の上、それを公証人が目撃した結果を事実実験公正証書として作成してほしいというものでした。

2 事実実験の内容

 公証役場備付けのパソコンは、本件ゲームソフトをダウンロードする環境が整っていないため、嘱託人が用意したエミュレーターソフト(BlueStacks5)がインストールされたパソコンを使用することにしました。これを本職が自ら操作し、嘱託人が本件ゲームソフトを提供しているグーグルプレイストアを開き、本件ゲームソフトを検索し、パソコン上に表示された本件ゲームソフトの画面左上に、ゲームソフト名及び制作会社名が「○○○○ △△△△ Inc.」と掲載されていることを確認の上、同画面全体をいわゆるハードコピーとしてプリントアウトしました。

 次に、本件ゲームソフトをダウンロードして、その内容を見分し、表示された画面左下に、制作年及び制作会社名が「(C)2018 △△△△ Inc.」、画面右下にバージョン情報が「Ver.1.038.54」と掲載されていることを確認の上、上記と同様にプリントアウトし、目撃した事実実験の結果を公正証書として作成しました。

 この事実実験公正証書によって、嘱託人が望む目的が達せられたかどうかは不確かですが、本件ゲームソフトには、その開発段階で制作者しか知り得ない「隠し著作表示(隠し文字)」が記されているとのことであり、必要があればその事実実験を行うことも検討することを嘱託人に伝えて、今回の事実実験は終えることにしました。なお、これまでのところ嘱託人から新たな依頼はきておりません。

<事例2> 確定日付により封印された技術資料を開封して再封入・封印する事実実験

1 嘱託の趣旨

 嘱託人は、技術資料の先使用権の証拠保全として、約20年前に確定日付の付与手続により封印された段ボール16箱(以下「本件封印資料」といいます。)を保管していたところ、本件封印資料を複写した物を確認することができないため、一旦、本件封印資料を開封し、収納物のコピーを取った上で、改めて再封入・封印したい。ついては、このような事実実験公正証書の作成が可能かとの相談を受けました。

 調べた限りでは、先使用権の保全として、事実実験により封印した物品のサンプルについて、その一部を使用する必要が生じたため、物品のサンプルが収納された封筒を開封し、再封入・封印する事実実験を行った事例を確認することはできましたが、確定日付の付与手続により封印された段ボール箱を開封し、再封入・封印した事例を探し出すことはできませんでした。

 当職としては、上記の前例を参考に、段ボール箱の開封から本件封印資料を再封入・封印するまでの一連の作業について、公証人が立会い、目撃した事実を事実実験公正証書として作成することは可能であると考え、本嘱託を受けることにしました。

2 事前の準備・打合せ

 今回の事実実験は、その対象物が膨大で、かつ、実施回数も複数回に及ぶことが予想されたため、実験の実施方法について嘱託人と綿密な打合せを行いました。特に、本件の目的は、開封前の本件封印資料と、複写後に再封入する資料との同一性を証明することです。そのため、①本件封印資料が確定日付を付与されたままの状態で保管され、現在においても存在し、その状態に異常がないこと、②収納物の内容及び収納の状態を確認すること、③本件封印資料の複写前後で、本件封印資料に異常(変更等)がないことを確認すること、④封印の方法、について公証人が立会い、目撃した事実を公正証書として作成することとしました。

3 事実実験の状況

(1)実験の場所・日程等

 事実実験は、本職が嘱託人会社に赴き、同社の一室にコピー機3台を設置し、その実験の場所をロープで仕切り、嘱託人代理人、複写作業員及び公証人以外の者の立入りができないようにするとともに、筆記具、用紙等の持込みを禁止し、コピー機には、他の用紙が紛れないように、A4用紙及びA3用紙以外の用紙がセットされていないことを、あらかじめ本職が確認しました。

 また、実験の日程については、一週間に1回程度、その日の午後に実施することとしましたが、対象物全ての事実実験を完了するまで約5か月間を要しました。

(2)本件封印資料の保管・封印状況の確認

 まずは、確定日付の付与手続により封印された段ボール箱の封印・保管状況を確認しました。段ボール箱には、収納物の資料名とその明細、作成者の記名押印等がされた私署証書に某公証人による確定日付印が押されたものが貼付され、かつ、その確定日付印をもって私署証書と段ボール箱との間に割印がされた状態で保管されており、本職も封印状況を点検し、異常がないことを確認しました。

(3)段ボール箱の開封、収納物の確認

 開封した段ボール箱には、A4又はA3の文書が、A4サイズのドッチファイルに綴じられたもの、クリップ又はホッチキスにより留められたもの、その他封筒に封入されたものが、整然と収納されていました。

(4)複写前後の収納物に異常がないことの確認

 本件封印資料が複写前後に異常がないことを証明する方法としては、収納されている全ての文書について1枚ごとに写真撮影し、その撮影した文書と複写後の文書とを一枚一枚照合・点検して相違がないことを確認することが万全な方法と思われますが、文書の量が膨大に上る本件では、その方法を執ることは現実的に不可能でした。そのため、本件では、開封後のファイル等に綴じられている文書の枚数と、複写した後の文書の枚数が一致することを確認することにより、本件封印資料の複写前後において、文書の追加、差し替え、抜き取り等がされていないことの証明度を確保することにしました。

 加えて、前述したとおり、実験場所をロープで仕切り、外部の者の立入りを禁止するとともに、筆記具等の持込みができない措置を講じ、本件封印資料への加筆、変更等ができる余地がないようにしました。以上の状況を本職が確認しました。

(5)封入・封印の状況

 封印の方法は、嘱託人代理人が段ボール箱に、布ガムテープを縦横十文字に巻き付け、同ガムテープの交差する段ボール上面中央部に、封入した技術資料の明細のほか、日時、嘱託人代理人の署名押印、公証人の記名押印を施したA4サイズの和紙を糊付けし、同和紙と段ボール箱の継ぎ目4箇所に嘱託人代理人の認印を押印しました。さらに、本職も同様に同和紙と段ボール箱の継ぎ目4箇所に職印で封印しました。

4 公正証書の作成

 本件は、約5か月間に及ぶ事実実験を経て、ようやく公正証書の作成に至りました。本件の事実実験は、対象物が膨大な量であり、かつ、実験の回数も複数回に及んだことから、事実実験公正証書は、添付する写真を含めると、約200ページに及ぶ膨大なものになりましたが、各実験の実施後、速やかに証書案を作成し、嘱託人代理人に内容の確認を求めていたため、最終的な証書の確認についてはスムーズにできたと思っています。また、正本等の製本については、当役場備え付けのホッチキスでは一括して綴じることができないため工夫を要しました。正本等は、約40枚ごとにホッチキスで留めて契印機で打ち抜き、それぞれの連結部には職印で契印して、袋とじによる方法で作成しました。

 証書の作成当日は、嘱託人代理人に来所してもらい、事実実験の内容を記した公正証書案を示し、その内容に相違がないことを確認の上、証書への署名を行い、事実実験公正証書を完成することができました。長期間にわたる作業に対し、お互いが労をねぎらい安堵した瞬間でした。

5 結びに

 事実実験公正証書について、二つ事例を紹介させていただきました。特に、二つ目の事例については、実験の内容自体はそれほど複雑・困難な事案ではありませんでしたが、前例がなく、適切な対応ができたかどうか迷うところです。

 事実実験公正証書については、活用の場面が多く、これからも様々な事実実験についての公正証書作成依頼や相談がされることも多いと思いますが、可能な限り嘱託人の要請に応えることができればと思っています。(石山順一)

No.92 贈与者の生存中は所有権移転登記を行わないとの特約がある不動産贈与契約公正証書作成嘱託について(質問箱より)

【質 問】

「譲渡契約書」と題する不動産(建物)の贈与(親から子へ)について、司法書士から公正証書の作成を依頼されました。

次の点について、ご教示をお願いいたします。

 契約書案を見ると、

  •  譲渡人から譲受人に対する本件物件(建物)の引渡しは、本契約後速やかに行う。
  •  所有権移転登記については、譲渡人が生存中は行わない。
  •  譲渡人死亡後速やかに譲受人へ移転登記手続が行われるよう協力することを、推定相続人に対し、周知しておくものとする。

との条項があります。

 贈与については、意思表示と承諾により効力が生ずることになっています(民法549条)。

しかし、譲受人にとっては、対抗要件を備えるためには登記が必要であり、登記手続を請求する権利は持ち合わせていると思います。

上記のような対抗要件の具備を制限する規定を置くことは可能でしょうか。

 三宅正男・現代法律学全集9契約法(各論)上巻・31ページには、「物の贈与により贈与者の負う義務は、引渡の義務である。贈与者の登記手続は、不動産登記法の建前により義務とされるに過ぎず、贈与の内容即ち本来の意味での履行ではない」との記述があります。

 また、売買の効力については、改正民法では「対抗要件を備えさせる義務を負う」旨の規定(民法560条)が新設されていますが、贈与にはそのような規定は見受けられません。

 当事者双方が合意し、譲受人が不利益を甘受するのを承知の上で公正証書を作成するのであれば、可能とも思います。

 しかし、譲受人(子)が譲渡人(親)に対して移転登記手続の請求をした場合には、譲渡人(親)は拒否できないのではないかとも思いますが、いかがでしょうか。

 なお、司法書士の言によりますと、嘱託人の希望として「親の生存中には当該不動産を売らないでもらいたい」とのことです。

 嘱託人にとっては思い入れのある不動産なのかもしれません。

 そのほかに取り立てて理由はないように言っていました。

【質問箱委員会の回答】

1 契約書案の②の条項は、所有権の内容のうち他のものは速やかに移転させるものの、所有権移転登記請求権の行使時期に不確定期限を付するという内容です。

 表示の登記については、登記義務が定められている場合がありますが、これ まで権利の登記については、いつまでに登記しなければならないという登記義務に関する定めはありませんでした。

 これは、登記が対抗要件であり、通常、登記権利者が早期に対抗要件を備えたいと考えることから、登記義務の定めを置く必要まではないと考えられていたものと思われます(ただし、相続の登記については、令和3年の法律改正により、令和6年4月1日から、不動産を取得した相続人には、その取得を知った日から3年以内に相続登記の申請をすることが義務付けられることとなりました。)。

 現在のところ、贈与によって所有権が移転した場合、一定の期間内にその登記を申請しなければならないという義務はありませんが、取引の安全を確保するという登記制度の趣旨からして、実体と異なる登記をいつまでも放置しておいて良いということにはなりませんから、登記を留保するとしても、合理的な理由がある場合に、それに必要な期間内に止めるのが相当と考えます。

 なお、贈与は無償契約ですから、民法第560条の準用(民法第559条)はありませんが、民法第560条は、従来の判例を条文化したもので、これが準用されないことによって贈与者の不動産登記法上の登記義務が否定されることになったとは考えられません。

 お尋ねの場合、譲渡人の思い入れのある物件なので、自分が生きているうちに他人のものにしてほしくないという気持ちは理解できるものの、相当の程度を超えて長期間実体と異なる登記を現出させる結果となるような場合は相当ではありません。

 おって、登記を留保している間に、二重譲渡や差押えなどがあり得ることも考えると、譲受人には大きなリスクがあります。

 また、契約に譲渡制限の特約を付する方法も考えられますが、所有者の処分権限を制約するものであり、これも、合理的な理由がある場合に、それに必要な期間内に止めるのが相当であることは変わりありません。

 譲受人が承諾しているとしても、譲渡人が優越的な地位を利用して契約させた場合や、特にこれらの特約が相当な程度を超えて長期間に及ぶ場合には、その有効性に疑問が生じる場合があります。

 以上のことから、お尋ねの②のような条項を盛り込んでほしいとの要請があった場合は、まず、その理由について説明を求め(公証人法施行規則第13条第1項)、合理的な理由があるのか、またその条項の内容がその目的からして相当な範囲内のものであるのか、他にその目的をより適切に達する方法がないのか等を検討の上、他に適切な方法があれば適切な方法を教示し、それでも②のような方法を採りたいという場合には、仮登記(不動産登記法第105条第1号)をしておくことが可能かどうか嘱託人から管轄法務局に問い合わせてもらい、可能ということであれば仮登記する旨の条項を追加しておくよう促すのも一つの方法であると考えます。

2 ところで、譲渡人の前述のような希望を適切に実現する方法としては、死因贈与契約を締結する方法もあります。

 死因贈与契約であれば、所有権の移転は譲渡人の死亡時になり、それまで譲渡人の意に反して他人のものになる心配はありません。

 それまでの間、譲受人が当該物件を使用したいときは、使用貸借契約又は賃貸借契約(固定資産税相当額を賃料と定める等)を併せて締結しておけば良いことになります。

 死因贈与契約については、仮登記(不動産登記法第105条第2号)をしておくことができますので、譲受人の権利保全のために仮登記をしておくこともお勧めします。

 また、死因贈与契約に執行者を定めておけば(譲受人を執行者とすることも可)、他の相続人の協力がなくても所有権移転登記ができることになりますので、③のような条項を置く必要もなくなります。

3 ちなみに、贈与をしたという場合でも、譲受人が贈与税を納付(相続時精算

 課税制度を利用する場合も含む。)しておらず、贈与後の固定資産税の負担もしていなかったとすると、③のような特約は、本来、事実上のもので、相続人の登記への協力という法的効果を生じさせるものではありませんから、贈与契約公正証書があったとしても、他の相続人が贈与の事実を否認して、当該財産を遺産分割の対象財産に含めるべきであるとして争ってくる可能性もあります(このような場合、仮に親が生きているうちは贈与について「わかった」と言っていた相続人も、親が亡くなったとたん前言を翻すこともあり得ます。)。

民事法情報研究会だよりNo.52(令和4年1月)

新年あけましておめでとうございます。会員の皆様におかれましては、ますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
 オミクロン株による新型コロナウィルスの爆発的な感染が世界的に起こっている中で、日本では海外からの帰国者にとどまらず、市中感染の事例も散見されるようになり、不安が尽きない中で迎える新年になりました。
 今年こそは、人数制限や場所的制約なく、会合やセミナーが開かれるような年になることを願ってやみません。(YF)

今日この頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

最後の晩餐(佐々木 暁)

新しい年を迎えました。令和4年・寅年の始まりです。あけましておめでとうございます。会員の皆様にはご健勝にて新年をお迎えになられましたこととお慶び申し上げます。又、それぞれにそれぞれの想いを込められて、ある人は古稀に向かい、ある人は喜寿に、傘寿に、米寿に、卒寿に、白寿に、百寿に・・向かって力強く今年の第一歩を踏み出されたのではないでしょうか。
 そういう私はと言えば、いわゆる数え年で、いよいよ「後期高齢者」待機枠に突入する年を迎えてしまいました。予定通りの道程ではあるが、とりあえず無事に喜寿が迎えられることを素直に祈っている。昨年6月に、民事法務協会を退職して、コロナ禍の中をしぶとく生き抜いて、目下、不自由な中、55年ぶりの悠遊自適(自堕落な)生活を満喫している。
 2年余にわたるコロナ禍の中、自由・気ままな生活環境というのも随分と様変わりしたことを実感した。最後の職場を後にしながら、念願の自由の身になったことに思わず「バンザイ」と叫びたくなるような衝動に駆られ、思わず「スキップ」したくなる(したかもしれません)ような、何物にも例えがたい、ホット感、安堵感、開放感に包まれた。多くの先輩諸氏も味わられたであろう人生の一つの区切りとして、天からもらったご褒美感に浸った瞬間である。
 その喜びに浸った瞬間から早半年を過ぎようとしているが、未だ自由の身の使い方も解らず、コロナのせいにするのもいい加減にしてとコロナにも愛想をつかされながら、老後の生き方、過ごし方について、暗中模索、研究?の日々を無駄に過ごしている。悠遊自適、晴耕雨読と言ってみても、私には、耕す畑も、読むべき蔵書もないのである。
 こんな頼りない生活のなかで辛うじて続いているのは「今宵の一品」、「晩酌の友」造り、夕食造りで、夢の小料理屋の開店目指しての板場修行?を玉ねぎを刻みながら、涙と鼻水を流して細々とやっている。
 その昔に、他誌のエッセイに「小さな夢の続き」と題して「いつかは小料理店の親父の役をやるのが夢だ。」と身の程知らずに書いたことがある。諸般の事情により実現可能性は年々低くなっているようであるが、僅かながらも夢は持ち続けている。現役の頃、現職の裁判官から料理人に華麗な転身をされた方の報道に接し、その鮮やかさ振りに大いに刺激された記憶がある。夢の実現のために持ち続けている気持ちの他にもう一つ持ち続けている物がある。包丁である。転勤や退職の度に、とある同僚から天下の名刀ならぬ高級包丁を頂戴し、今も数本が息を潜めて出番を待ち焦がれている。未だ未使用の大きなまな板も時々は、その木肌の感触を楽しませて貰っている。
 夢の小料理屋が開店の運びになったとしても、果たしてお客さんに喜んでもらえる料理が出せるのか、包丁さばきは大丈夫か、はたまた、「みをつくし料理帖」(高田 郁著)の「澪」のような多彩な料理と味は出せるのか等々高レベルな前提条件を作り上げて勝手に挫折しているというか、一人楽しんでいるという有様で笑止千万ものである。それでも認知症予防の一環としての期待も込めて夕食の献立と調理を包丁一本に賭けて(大げさ。)修行?を重ねている。他にも、近所に住んでいるパラサイト家族(子と孫ら8人。)のために、土曜日・日曜日の夕食会の仕込みや各人の誕生会の祝い膳を造ったり、コロナ禍の中では、集合できないので、土・日に限り夕食のおかずの宅配をしたりして、包丁と腕の切れのさび付き加減の確認と献立能力の開発養成に無駄な努力をしている。孫のための料理は、4人それぞれの好みに合わせて毎回工夫を凝らしているが、私と妻の分と言えば誠に簡単質素なもので、冷蔵庫の中にある物、余りもの食材を引き合わせて創る「ひらめき・思いつき料理」が毎日の献立である。これが意外と旨い。酒にも合う(合うように造っていると言う人もいるが。)。残り物には福がある的に最後まで食材を生かし切る(要するに、ケチか貧乏性。)のである。
 ことのついでに調子に乗って言ってしまうと、お正月のおせち料理は、結婚以来この正月まで、すべて私の手造りである。妻の名誉のために言うと、きんとん・黒豆・うま煮・昆布巻き等々は妻の担当である。秋ごろから新聞広告等に掲載されるおせち料理の写真を横目で見るくらいの自信はややある。ただし、高級食材の数では負ける。が、ここは、私の故郷の海の幸が埋めてくれる。後は彩である。ここは料理人のセンスが問われるところであるから、ついつい力が入る。三段重と二段重を基本として、刺身盛り合わせ等を添えて並べて、一人悦に入っている。
 私の料理の基本は、お袋さんのマネと小料理屋さんのカウンター越しに垣間見た料理人さんの下ごしらえの包丁捌きと味付けであり、居酒屋さんの珍味料理である。料理本やテレビの料理番組での、塩〇〇g、砂糖〇〇g、油小さじ一杯、胡椒少々等々は大事なことであるが、私には全く覚えられないので、すべて感覚と想像力での味付けとなる。妻が言うには、私が、テレビの料理番組で高級レストランや高級寿司店の紹介を観ていて、芸能人の方やリポーターの方が「さすがこのお店のこの〇〇は、コクがあって、脂がのって、まろやかで、とろける様で、旨い、美味しい、最高です。」等々のいわゆる食リポを聞きながら発する一言は「当たり前だ。マグロや牛肉の希少部位を使い、キャビア・フォアグラ・アワビ等々の高級食材をふんだんに使った料理が不味いわけがない。何ら手を加えなくてもそもそも食材そのものが良いのだから。料理してない?から旨いんだ。高価が旨いんだ。」と叫んでテレビのチャンネルを替えるらしい。
 さて、我ながらさすがにくど過ぎる程の自慢話満開の前置きが長すぎてお題目が何であったか忘れそうになっていることにようやく気が付き、この辺でお題目に戻ることとする。
 会友の皆様は、「あなたの一番好きな食べ物は何ですか。」と聞かれた時「私は、〇〇が一番好きです。」と即座に答えられますか。大半の方は少し悩み考え込むのではないでしょうか。長い人生で沢山美味しいものを食べてきたことでしょうから。そして「人生の最後に食べたいものは何ですか。」と聞かれ、最初に聞かれた一番好きな食べ物と重なり答えに窮する方も多いことでしょう。一方「我々の歳になれば、趣味・嗜好や最後の晩餐メニューまで、しっかりと固まっているよ。長い人生今更迷いはないよ。」という方もおられるでしょう。
 そういうお前はどうか?と聞かれると、まだ自分は若い?と思っているらしく「未だ悩みの境地をさ迷っている」と言う答えである。要するに最後に食べたい物が沢山あるらしいのである。
 どちらかと言うと、魚は「身」より「頭・アラ」を好み、肉は「牛」より「成吉思汗・ジビエ」を好み、野菜系は、野生の「行者ニンニク・ワラビ・フキ・ボリボリ(キノコの一種)山ワサビ等々」を好む言わば偏食・亜流系・自然派の私である。私は、北海道から東京に転勤となって以来、いつの間にか45年にもなるが、まだ右も左もわからない頃の良き先輩諸氏?に連行され、訓練を受けたのが名高きあの有楽町のガード下である。私は、育った職の環境のせいか、東京に来るまで、マグロ、塩辛、レバー、臓物系はどちらかというとあまり好きではなかった、というより嫌いだった。それが度重なる訓練の成果?でいつしか食べられるようになった。訓練のやり方は、これまた初めて口にするガード下の銘酒「ホッピー」とやらで流し込むのである。訓練の賜物でいつしか有楽町育ちの都会派?になっていました。田舎に帰ってそんな話をすると、近所の人や親戚やら同級生が、「そんなものしか食えないような生活をしているのか。かわいそうに。」と同情され、日高の太平洋の海で採れた、ウニやつぶ貝、カレイやタコの刺身、蟹やホッキ貝等々の正統派?食材を食べさせてくれた。今もである。
 最後の晩餐と言えば、ついつい思い浮かべるのが、高級食材をふんだんに使ったフランス料理、イタリア・スペイン料理を名のある高級店でワイングラスを片手にして・・・最高で最後の一夜を過ごし・・・そしてその余韻に浸りながらの「PPK」(ピンピンコロリ)・・・まさに理想的な終焉の宴である。
 しかしながら、食に関してやや偏屈気味の私の場合は、そういうカッコいい最後の晩餐とはいかないようである。
 目を閉じて浮かんでくるのは、・・・赤々と燃える薪ストーブの上に、無造作に置いた開いた助宗ダラの干物、イカの干物、男爵芋、シシャモなどが並びストーブの横には竹串に刺したハタハタが焙られている。円卓には、バフンウニの塩辛、バター、イカの塩辛がジャガイモにのっかる順番を待っている。刺身は、ホッキ貝、松川(カレイ)、真ツブ貝。鍋物は、助宗たらのタチ(白子)が入った三平汁。漬物は、ニシン漬け、そして伝統の鮭の飯寿司、さらに叶うなら、マンボウの肝和え。・・・等々があればほぼ完璧な我儘な私の最後の晩餐メニューである。
 この空想絵巻は私の好物のオンパレードである。高級感などどこにも漂ってはいない。どこかで体験したような、記憶の中に潜んでいるような風景なのである。そうです。私が高校時代まで過ごした故郷の実家や近所の食事の風景なのである。子供の頃は、毎日のこの食事メニューが嫌で、卵焼きや、ハム・ソーセージが食べたくてたまらなかった。
 私に最後の晩餐のメニューをこのような昔の田舎の実家の食事風景を想起させたのは、酒を嗜むようになったからなのかもしれない。それとも有楽町ガード下で育まれた対応能力?のせいなのか。はたまた高級料理と言われるものを食したことがないのか、高級店と言われる所に入ったことがないからなのか。いずれにしても、見た目からして、はなはだ貧弱で貧相な私の最後の晩餐の絵面である。が、私にとっては、最高級な最後の晩餐メニューなのである。
 ようやくお題目の「最後の晩餐」に少しだけ近づいてきた感はありますが、それにしても男という生き物は、故郷を否応なしに離れて45年も経て今なお心の隅に故郷を残しているんだなとしみじみ思った。恥ずかしながら、この気持ちは今は亡きお袋さんを想う気持ちに似ているのかも(親父さんには悪いが。)。やや気持ちが湿ってきたところで、今日この頃のご報告とさせて頂くこととする。会員の皆様には、毎日の食卓でその日その日の晩餐会をお楽しみ頂き、今年もお元気でお過ごし下さい。       (佐々木 暁)

宇和島公証役場に着任して(川本浩二)

1 はじめに
 公証人となって早1年半になろうとしている。宇和島公証役場は1人役場で、書記も全くの新人。右も左も分からない手探り状態での事務開始となった。予想していたとおり、事務を開始した当初は、バタバタ・オロオロの連続であった。しかし、諸先輩方の多大な力添えで、なんとかここまで務めることができた。歳を重ねるにつれて、「人間は独りじゃ生きられない。」と感じるようになったが、そのことを再認識した。感謝感激である。
 さて、前任の植田先生が座っていたイスに初めて座ってみると、データはどこにあるのか、資料はどこにあるのか、用紙類はどこにあるのか、など戸惑うことが続発した。そんな状況下で、突然の来客や電話照会があると、すぐに対応できない。「なんだったけなぁ」と思って文献や資料を確認しようとするが、なかなか探せない。とにかく、うろたえる日々が続いた。
 こうした経験から、とにかく効率的に仕事ができる環境を整備することが必要と考えた。効率的に仕事ができる環境が整っていれば、突然の来客や電話相談にも、素早く対応できるし、その結果、落ち着きを持って対応できるのである。
そこで、私が、最初の1年目に取り組んだ効率化策について、ご紹介してみる。

2 デュアルモニター化
 Steelcaseがマイクロソフトが仕事環境を機能的にするために行っている調査・研究の紹介記事「How Multiple Monitors Affect Wellbeing」に大変興味深い記事があった。
記事によると、マイクロソフトの技術コンサルタントが「ディスプレイと作業効率を定量化」した報告によると、「シングルモニターをデュアルモニターに変更しただけで、デスクワークの生産性が42%向上した。」という。
 また、別の研究、ウィチタ州立大学の研究レポートでも、スクリーンサイズに関係なく、マルチモニターが仕事のパフォーマンスを高め、実際に、シングルディスプレイからデュアルディスプレイにした人の98%が「仕事をするならデュアルディスプレイを選ぶ。」と回答している。
この情報を受けて、当役場もデュアルモニター化した。追加したモニターは6,000円(右側、中古)。しかも、簡単な作業でデュアル化できた。
 ちなみに、42%作業向上するなら、60分間で従来の60×1.42%=85.2分間の作業ができることになる。1日8時間労働だとすると、デュアル化した後は、8時間×60分÷85.2分=5.63時間=「5時間38分」で仕事が完了することとなる。
私の場合、左のディスプレイに、起案中の証書案や作成中の資料を表示させ、右側のディスプレイには、会計ソフト、ウエブ画面、メール画面、資料などを表示させており、右側の画面に出た情報を参照しながら、また、左側の画面にあるワード等にコピーするなどして作業を進めている。どれくらい効率化できたかを数値で説明することはできないが、かなり効率化されたとの実感は十分ある。もはや、一つのモニターで仕事をする気になど全くなれない。

3 文字情報基盤検索システム
 外字の問題である。標記のシステムは、おそらく多くの方が既に利用されていると思う。しかし、知らないという方もいたので、今回ご紹介してみる。
市販のパソコンにインストールされている規格化された文字数は僅か約1.2万文字しかない。これでは、様々な字体がある氏名に対応できない。そこで、殆どの自治体が、住民票や戸籍の人名に使用できるようにするため、膨大な数の外字を作成していた。しかし、外字の文字コードはそれぞれの役所で異なるため、オンラインによって連携されることの大きな障害になっていた。
そこで、総務省が「文字情報基盤整備作業」を実施して、行政で用いられる人名漢字等約6万文字の漢字フォントを作成した。それが、「IPAmj明朝」フォントである。ちなみに、次図は、葛飾区の「葛」の文字であるが、この一文字だけで、これだけの文字が用意されているのである。
これを利用すれば、外字を使用することはない。もちろん、外字を作成する作業も不要となる。

 ちなみに、IPAmj明朝」フォントは、「文字情報記述促進協議会」のホームページなどからダウンロードできる。もちろん、無料である。
 なお、使い方まで紹介すると長くなってしまうので、今回は省略させていただくことをお許し願いたい。

4 契印機
 前任者は職印で契印していたが、契印機がほしくなったので、思い切って購入した。やはり効率的である。この商品は18枚機であるが、22枚程度は対応してくれる。ただし、契印可能枚数は、紙の厚さによって変動することはいうまでもない。
ちなみに、「契印」と「割印」の意味の違いを知ったのは、最近のことである(笑)

5 LINE
 LINEを使っている方は多いと思う。もちろん、私も使用している。実に使い勝手のよいアプリである。
 嘱託人等とやり取りするのに、LINEを使用することが多々ある。FAXはない、メールは使っていないという嘱託人等がほとんどだからである。なんといっても、「LINEでやり取りしましょう。」というと依頼者に喜ばれるのである。
LINEはスマホというイメージが強いが、パソコン版もある。パソコン版だとファイルを簡単に添付できるし、苦手なフリック入力をしなくて済むのである。

6 会計ソフト
 クラウド型の会計ソフトを使用している。クラウド型会計ソフトの最大のメリットは、預金口座と連動していることにある。預金口座の入金・出金状況が事務所に居ながらにして直ちに確認できる。確認できるだけではなく、会計ソフトと連動しているので、帳簿付けが簡単にできる。
当役場は、電子確定日付センターに指定されているので、電子確定日付の請求があった場合の手数料の入金確認をするのも、会計ソフトで行っている。会計ソフトで確認する場合は、ボタンを一つクリックするだけで足り、インターネットバンキングのように、いちいちログインする必要がないのである。

7 最後に
 業務の効率化は、まだまだある。最初に書いたとおり、執務に必要な情報を迅速に検索できる仕組みも考えたい。こんなことを考えつつ、小さなことからコツコツと効率化に取り組んでいきたい。          (川本浩二)

実務の広場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.90 パートナーシップ合意契約について(小沼邦彦)

 先に5年ぶりの東京オリンピックが様々な批判を浴びながらも開催されました。開会式では、日本の男子旗手は八村塁さん、聖火の最終点火者が大坂なおみさんと、大会の理念である「多様性と調和」ということがクローズアップされた大会でもありました。そして、ちょうどこの大会期間中に当役場で初めてのパートナーシップ合意契約の公正証書が作成されたのです。仲介した行政書士はLGBT関係専門の方のようでしたので、今後、他の役場においてもこの契約の嘱託があろうかと思い、1つの相談事例として紹介します。
1 パートナーシップ合意契約の概要
 この契約は、一言でいえば「同性婚契約」であり、共同生活に関する合意契約ということになります。ここでいう「パートナーシップ」とは、連合会の「証書の作成と文例」(以下「文例」といいます。)によると、婚姻関係(同性・異性を問わない。)ではない2名以上の者による共同関係との一般的な意味で使用すると説明されています。また、渋谷区で初めて開始された「パートナーシップ証明書」を交付するために制定された条例においては、「男女の婚姻関係と異ならない程度の実質を備える戸籍上の性別が同一である二者間の社会生活関係」と定義されています。渋谷区においては、この合意契約と任意後見契約を公正証書で作成したパートナーに証明書が交付されますが、この証明書は、婚姻事項を記載した戸籍謄本の代わりになるものということが言えると思います。
渋谷区においては、生涯を共にすることを誓約するという重要性を考慮し、二つの公正証書の作成を求めているわけですが、例外として任意後見契約の作成を免除する場合もあり、その一つとして、財産形成過程にある年齢の若い方達には、パートナーシップ合意契約の中にその事情と将来的には作成する旨を記載する取扱いも認められています。
 当役場の相談者は、40~50代の方でしたので、渋谷区のそれに倣って各人ごとに任意後見契約をしたいとの希望であり、これは通常の様式によるものでした。
2 パートナーシップ合意契約の内容
ア 契約の内容を簡単に説明しますと、法律婚では婚姻により民法等で認められる法律関係が同性婚では認められませんので、二人の共同生活に必要な内容について契約するものと考えていただければいいのではないかと思います。
 その中で、まず重要な事項が強い愛情で結ばれる関係であることを宣言する第1条の「本証書の趣旨」です。ここには、二人の結びつきや互いに対する強い思いなどを聴取した上で、公証人としてはそれらの事情や思いを十分に加味した内容にして記載すべきと考えます。例えば、このような記載ぶりになります。

第1条(本証書の趣旨)
 甲及び乙は、現在まで〇〇年に渡る共同生活の事実及びそれにより育まれた深い愛情と信頼に基づき、お互いに生涯にわたるパートナーとしての意思が揺るぎなく、添い遂げることをここに誓約するとともに、甲及び乙ができるだけ婚姻における配偶者と同等の権利義務を得られるようにするため、次条以下のとおり合意する。
 なお、甲及び乙は、それぞれの親族、関係者並びに関係機関に対し、本契約の趣旨を尊重され、二人の家族としての共同生活に対し、理解と配慮並びに協力していただくよう強く表明するものである。


イ 第1条において、真摯な愛情と信頼で結ばれた関係にあること、そして生涯のパートナーとして添い遂げることを合意した上で、以下、具体的な内容を規定していきます。まず、同居して、支え合うことを誓う「同居・協力・扶助義務」、共同生活の費用の分担、契約前と契約後の財産の帰属を明記する「財産関係」、本契約が解消された場合の財産分割方法を記載する「財産の清算」、そして、本契約を終了する方法及び終了するについて責任ある相手方の慰謝料支払義務等を定める「本契約の終了」など、財産に関する事項が中心となります。
当役場の相談者は、40~50代の方でしたので、「相互の介護」、「災害時の連絡」、「終末期の対応」、「葬儀・埋葬」等の終末期等に関する事項についての要望も多くありました。
3 パートナーシップ合意契約の特色
ア この契約において特徴的な事項として挙げられるのが「療養看護に関する委任」です。これは、病院で治療や手術を受ける場合に、通常配偶者に与えられる同意などの権利を相互に付与するものです。少し長くなりますが、法律婚でなければ認められないものを条文化したものですので紹介します。


1 甲及び乙は、そのいずれか一方が疾病、事故等により医療機関において治療又は手術等を受ける場合、他方に対して、治療等の場面に立ち会い、本人とともに、又は本人に代わって、主治医その他の医療関係者から、症状や治療の方針、見通し等について十分な説明(カルテの開示を含む。)を受けることを予め委任する。
2 前項の場合において、罹患した本人が自らの意思を表明できない場合、治療方針及び治療行為(人体の切開等の外科手術を含む。)の決定に同意するなど、通常配偶者に与えられる権限を予め相互に付与する。
3 罹患した本人は、その通院、入院、手術時及び危篤時において、他方に対し、入院時の付添い、面会謝絶時の面会、手術同意書への署名、本人が予め同意する臓器提供に係る同意等を含む、通常配偶者に与えられる権利の行使について、本人の最近親の親族に優先する権利を相互に付与する。医療契約、入院契約、介護申請及び医療費の支払も他方に委任する。
 

 これは、文例の記載例とほぼ同じものですが、他の条項に比較して詳細なものになっており、渋谷区の条例制定に伴い公正証書の案文作成に携われた先輩公証人の御労苦に感謝を申し上げなければなりません。公証法学(第49号)に掲載された下川德純公証人の講演論文によれば、この制度が実施された平成27年11月当初は、渋谷区の方が証明書を取得するために公正証書を作成するのが多かったのに対し、翌年からはこの「療養監護に関する委任」条項を求めて、渋谷区外の各地からこの合意契約を行う方々が増加しているとのことです。
 この公正証書を入院した病院に示すことにより、配偶者同様の説明を受け、同性パートナーとして、処置方法について同意することにより、パートナーの命が救われることもあるとのことです。法的根拠はありませんので全ての病院で通用するわけではありませんが、まさに公正証書であるからこその効果であると言えます。
イ この契約のもう一つの特色は、これも前記下川公証人の論文にもあるとおり、契約者にとっては記念的な意味合いを持つものと言うことができます。私は、当初、仲介した東京在住の行政書士に対し、コロナ対策もあり、立会はお断りしたのですが、二人の記念写真を撮ってあげたいと言うので受け入れることにしました。前記の下川論文によれば、彼らにとって公正証書作成日は結婚記念日と同じ意味があり、最後に公証人を囲んでの記念撮影を求められることもあるということを承知していたからです。幸い、当役場の仲介者は、署名をするところの撮影を希望するところまででしたが、嘱託人の要請があれば仲介者を立会人とすることも可能と助言したところ、結果として、公正証書には立会人として仲介者の名前が記載されました。
4 法律婚でないことへの対応
ア 同性パートナーは、この契約を行ったとしても法律婚ではないため配偶 者としての相続人にはなれませんので、各人の死亡後の財産をどうするかという問題が残ります。年齢に応じて、遺言、信託等を行う必要がありますが、当役場の相談者はそれぞれ死因贈与契約を締結することを希望していました。
 そこで、公正証書の形式としては、合意契約と死因贈与契約を一体のものとし、合意契約を第1、死因贈与契約を第2とした上で、死因贈与契約の趣旨の条文においては、「甲及び乙は、第1の合意契約において婚姻に準ずる関係の権利義務を認めたことに伴い、相手方が死亡した場合の財産を承継させるため、相互に死因贈与契約を締結する」とその関係性を明記しました。
手数料は、合意契約で1件、死因贈与契約で各1件(各人の目的価額による計算)、任意後見契約は各人ごとに作成しましたので各1件となり、合計5件分としての計算となります。
イ 「パートナーシップ証明書」が交付されたことに伴い、携帯電話の家族割が認められたり、生命保険の受取人として認められる商品が出てきたりと、少しずつ改善が図られているわけですが、法律婚ではないため、同性パートナーに認められていない権利は現在も少なくありません。
相談者からは、その中でも法律婚の場合には認められる生命保険及び社会保険における配偶者としての権利について、将来のことを考慮し、配偶者として受領する意思を表明しておきたいとの要望がありました。確かに、将来の法整備によっては認められる余地は十分あります。このことは、LGBTの方々の権利擁護を図ることを目的とするパートナーシップ合意契約の趣旨からしても記載すべきものであると考え、合意契約に盛り込むことにしました。
5 最後に
 私が関与したパートナーシップ合意契約書については以上のとおりです。
 公正証書の作成がLGBTの方々の権利を擁護することになることは公証人としても喜びであり、今回のオリンピックの開催と相俟って私にとって印象に残るものとなりました。今後、一層、一人一人の個性を重んじる社会になってほしいと感じた次第です。         (小沼邦彦)