民事法情報研究会だよりNo.17(平成28年3月)

早春の候、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。 さて、民事法情報研究会だよりは原則隔月刊として偶数月にお送りしてきておりますが、既にお知らせしたとおり、「実務の広場」に掲載を予定している質問箱の事例が多いため、臨時の増刊号をお送りいたします。 なお、本研究会だよりの発送をもって本年度の当法人の事業もおおむね終了いたしました。4月に入りましたら、新年度の会費納入のご案内をお送りいたしますが、都合により退会を希望される会員は、3月末日までに郵便・ファックス等でお知らせください。 次期年度は、6月18日(土)に定時会員総会・セミナー・懇親会を、また12月10日(土)にセミナー・懇親会を予定しておりますので、よろしくお願いします。(NN)

遺贈による登記雑感(監事 藤原勇喜) 高齢化社会を迎え、遺言相続に係る不動産登記はいろんな様相を呈してくるような感じを受ける。 例えば、相続人B、C、Dのために相続登記がされている不動産がある。しかし、この不動産には被相続人A(B、C、Dの父)の公正証書によるBへの特定遺贈遺言があり、その遺言を知らないで(あるいは誰かが故意に隠して)、相続人B、C、Dのための共同相続登記がなされている(B、C、Dの共有持分各3分の1)。 この公正証書遺言には「当該不動産は長男Bに遺贈する」旨記載され、遺言執行者甲が指定されている。にもかかわらず相続人B、C、Dのために共同相続登記がされている前記不動産について、この登記を遺言のとおり受遺者Bの単独所有名義とするために、CとDの相続による持分登記について、「遺贈」を登記原因とするBへの持分移転の登記を遺言執行者甲がその資格で申請することができれば、遺言書どおりの登記が実現することになる。しかし、昭和44年10月31日民甲2337号法務省民事局長電報回答はこれを否定している。 前記先例は、被相続人Aから当該不動産の遺贈を受けた共同相続人の一人Bが遺贈による登記をする前に、他の相続人の申請により、相続人全員であるB、C、Dに各3分の1の共有持分による相続登記がされている場合において、その後、受遺者Bを登記権利者、遺言によって指定された遺言執行者甲を登記義務者として、共同申請により、受遺者Bと遺言執行者甲との間の、C、Dの持分移転登記手続をせよとする旨の記載のある和解調書を提供して、「遺贈」を登記原因とする相続人C及びDの持分移転登記申請が各別にあった場合、遺言執行者甲は実質的には遺贈者Aの所有名義の土地についてはその代理人として「遺贈」による登記をする権限を有するが、一旦相続による所有権移転登記がされた後は、登記記録上の所有名義人(B、C、D)と登記義務者(遺贈者A)の表示が符合しないので、不動産登記法の規定(旧不登法49条6号、現不登法25条7号)により却下することになるとしている。 遺贈の効力については、物権的効力があると解されている(昭和34年9月21日民甲2071号法務省民事局長回答)。つまり、被相続人名義に登記されている場合における遺贈による所有権取得の登記手続に関し、遺贈者の相続人名義に所有権保存登記をした上遺贈による所有権移転の登記をすべきか(債権説)、それとも遺贈者つまり被相続人名義に所有権保存の登記をした上遺贈による所有権移転登記をすべきか(物権説)ということにつき、明治33年8月2日民刑798号民刑局長回答及び昭和29年4月7日民甲710号民事局長回答は、前説を採っている。その理由の根底には、死亡者名義に権利の登記をすることができないという考え方があったようである。すなわち、遺贈者はすでに死亡しているのであるから、最早死亡者である遺贈者(被相続人)名義で所有権保存登記をすることができないから、相続人名義(相続人不存在の場合は相続財産たる法人名義)に所有権保存登記をせざるを得ず、その結果、相続人(又は相続財産)から受遺者への遺贈による所有権移転登記をすることになるものとする。 しかし、相続人(又は相続財産)から受遺者への遺贈による所有権移転登記をすることは、権利変動の過程に沿わない登記をすることになる。つまり、受遺者は、被相続人から遺贈を受け、遺贈者の死亡の時に遺贈の効力が生じ、被相続人から受遺者に当該不動産の所有権が移転したのであって、遺贈者の死亡によって相続人が当該財産を相続しているわけではないのである(物権的効力)。要は、相続人から受遺者に所有権が移転するものではないということである。やはり、権利変動の過程と態様を如実に登記記録に反映させることが、不動産登記法の要請であり、その要請を貫くためには、死亡者名義に登記をすることも肯定せざるを得ないと考えられる。このことは、AがBに売買した不動産につき、その登記未了のうちにAが死亡した場合のBの所有権取得の登記手続に関して、死亡者であるA名義に所有権保存登記をした上で、Bへの所有権移転登記をすべき旨の先例(昭和32年10月18日民甲1953号法務省民事局長通達)があり、死亡者名義に登記することはできると解されている。死亡者名義の登記をすることができないとすれば、権利変動の過程と態様を如実に登記に反映することができないことになるからである。 この場合、相続人は、被相続人から当該不動産を買い受けた者との関係においては、相続により当該不動産の所有権を取得したことを主張することができないのみならず、被相続人の負担する買受人への所有権移転の登記を申請する義務を負担しているのであるから、この場合の登記手続としては、一旦相続人名義に相続による所有権移転登記をすることなく、被相続人の登記名義から直接買受人のための所有権移転登記をすべきであって、不登法62条(旧不登法42条)はこの趣旨に基づく規定であると解される。 判例によれば、被相続人から、当該不動産を買い受けた者が、当該被相続人及びその権利義務の包括承継人である相続人以外の第三者に対してその所有権を主張するためには登記を必要とするから、当該被相続人は、当該買受人のための所有権取得の登記がされない間は、当該買受人以外の第三者との関係においては、依然として当該不動産の所有者たる地位を有するのであり、したがって、当該相続人は、このような関係的所有権を承継するものと解され、もし被相続人から当該不動産を買い受けた者がその登記を受けない間において、相続人がその登記をし、当該不動産を他の第三者に譲渡し、その登記をしてしまったときは、その譲受人は完全に所有権を取得し、被相続人から当該不動産を買い受けた者は、その所有権を失うことになるので、この間の関係は、同一不動産の二重売買の様相を呈することになる(大判大正15年2月1日民集5巻1号44頁)とする。 なお、判例によれば、その不動産についてすでに相続登記がされているときは、必ずしもその登記を抹消することなく、当該相続人を登記名義人とする当該買受人のための所有権移転の登記をして差し支えないとしている(大判大正15年4月30日民集5巻6号344頁)。その理由としては、登記は、「不動産に関する現在の真実な権利状態を公示する」ことを目的とするものであるとする判例理論からすると、買受人のための所有権の登記を実現する方法としては、相続人を登記名義人として所有権移転登記を受ける、あるいは被相続人を登記名義人として所有権移転登記を受ける、そのいずれの方法によるとしても差し支えないということになる。裁判のようにすでに発生している紛争を解決することを目的とするという観点からは、権利変動の過程と態様の公示よりも、現在の真実な権利状態の公示に重きを置くことになるというのはやむを得ないと考えられるが、しかし、不動産登記制度は、紛争の解決を主たる目的とする制度ではなく、紛争が発生しないようにすることを主たる目的とする制度、まさに紛争予防を目的とする制度である。裁判制度は紛争の解決に主眼があるが、行政である不動産登記制度は紛争が発生しないように、紛争予防を目的とする制度であり、そのためには現在の所有者を公示して、その所有者に権利者としての御墨付きを与えればよい(対抗要件としての登記)というだけではなく(そのこと自体大変重要な意義を有していることは勿論であるが)、そこに至る物権変動の過程と態様を公示し、国民に調査資料を提供して、安心して物件の購入等の不動産取引ができるようにする必要があるわけである。登記記録のほかに登記原因証明情報を30年間公開することにしているのは、登記記録と同時に登記原因証明情報を提供して、当該不動産について取引をしてもよいかどうかを国民が判断できるようにするためである。 ところで、前記昭和44年の先例の事案は長男Bに遺贈する旨の遺言があるにもかかわらず、相続人全員であるB、C、Dに法定相続分各3分の1の割合による相続登記がされているために、遺言による物権変動の登記ができなくなっている。そこで、遺言による物権変動の登記をするにはどうすればよいかということになるが、この点については、相続人B、C、Dのために相続登記がされている不動産について、これを受遺者Bのために、CとDの持分について、遺贈を登記原因とするBへの持分移転の登記を申請することは前述のごとくできない(前掲昭和44年10月31日民甲2337号法務省民事局長電報回答)としているのであるが、遺贈に物権的効力が認められるとする見解によれば、遺贈不動産につき相続登記がなされた場合には、受遺者と相続登記名義人が異なればその登記が無効であってこれを抹消すべきものであり、受遺者と相続登記名義人が同一であればその登記は有効であると解することも可能である。ただ、遺贈の効力につき債権説をとれば、相続人名義で登記をしたとしてもそれが誤りであるということが判明すれば、受遺者であるBは、遺贈された権利の移転を相続人C、Dに請求することができる債権を取得し、相続人C、Dはその債務を負担するので、受遺者B名義に所有権移転登記をすべき義務を負担すると構成することも考えられなくはないが、判例・通説である前記物権説に立てば、遺贈には物権的効力が認められることになるので、被相続人であるA名義から直ちに受遺者であるB名義に遺贈を登記原因として所有権移転登記をすべきことになる。にもかかわらず、このケースでは遺言による物権変動が実現されず、法定相続によるB、C、Dへの相続登記がなされてしまっているということになる。 このように考えると前記昭和44年の先例の事案では、Bの持分として登記された部分については有効であり、CとDの持分として登記された部分は無効であると解することもできなくはない。このように考えると、一部の者の持分の登記について無効原因がある場合には、当事者が申請によって相続登記全部を抹消した後、遺贈による登記をすることも差し支えないと考えられ、また、Bの登記が有効であるということで、更正の登記によってBの単独所有名義とすることも考えられなくはない。しかし、そのためには、当事者の合意等が前提となり、遺言の内容に沿った登記を実現するには相当の困難を伴うことになる。遺言書の存在を気付かないという、このような事態は通常起こりうるケースでもあると思われ、せっかく作成した公正証書遺言があるにもかかわらず、ひとつ歯車が狂うと遺言書どおりの権利変動を公示する登記が極めて難しくなる。遺言書の保管場所についてのアドバイスの大切さとその重要性を痛感するが、個別事情もあり、これで十分という周知はなかなか難しい。元公証人としては複雑な気持ちである。しかし、翻って考えてみると、ひとつ歯車が狂うとなかなかうまくいかないというのは登記だけではないかも知れない。諸事万端歯車が狂うことがないように細心の注意をすることが必要且つ重要であるということ。絡まった糸を解すのはやはり難しい。年の始めにはいつもそう思ってきたのに今年もまた同じ感じがする。しかし、今年もめげずに安心・安全の道標を求めて頑張ろう、そう思うと気持ちが少し落ち着いてきたかな!! 今年もどうぞよろしくお願いしたいと思います。(平成28年正月)

 

今 日 こ の 頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

漢字検定に挑戦(坂根資朗) しばらく前のことですが、ある集まりで近況報告をすることになりました。私は、第1に読売カルチャーセンターが主催する月2回の腹式呼吸による健康維持を目的とする「スポーツ吹矢」に通っていること(2段を取得)、第2に春と秋の天気の良い日に、大宮から熊谷経由の秩父線を利用して「秩父三十四観音霊場」を徒歩で8日間かけてお参りをしたこと、第3に「漢字検定」に挑戦したことを報告しました。 漢字検定は1年に3回行われますが、私は6月に5級を、11月に3級を、翌年2月に2級を受けました。5級は小学校6年生が対象ですので、試験会場には、2,3人の大人もいたと思いますが、70半ばを過ぎた受験生は、小学生から見ると注目の的のようで、周囲から興味のある眼で見られたことを報告したように記憶しており、後日、友人から、あの報告が大変楽しかったといううれしいお便りをいただいたことを思い出します。 漢字検定に挑戦しようと思い立った経緯は、今になるとはっきりしませんが、パソコンを利用することが多くなり、漢字を読むことはできても書くことができなくなったことと、俳優や女性アナウンサーが漢字検定で苦労した話等を聞いて、私も挑戦してみようかなと軽い気持ちで始めたように思います。 しかし、折角挑戦するなら基礎からはじめてみようと考え、日本漢字検定協力協会発行の10級(小学校1年生対象)から5級(小学校6年生対象)までの「漢字学習ステップ」と「漢検分野別問題集」を購入し、漢字1006字について、①読むことと書くこと、音読みと訓読みを正しく理解すること、対義語、類義語、同音・同訓異字、四字熟語を正しく理解すること、送り仮名や仮名遣いを正しく書くこと、②筆順を正しく書くこと、③部首として漢字の形を理解すること等を中心に、勉強を進めました。 3級になると1600字が対象で、4級と3級の「漢字学習ステップ」等を購入して勉強しましたが、送り仮名がある漢字については、小学校1年生の分からすべて書き出して一覧表を作り、基本の送り仮名とそうでないもの等を理解しながら、勉強しました。 さらに2級になると、すべての常用漢字の読み書きと、特に高等学校で学習する音・訓を理解し、文章の中で適切に使えることが要請されますので、各「漢字学習ステップ」と、これまでに学習したすべてのことが網羅されている「漢字必携」を購入し、正月を過ぎた頃から2月の試験日まで、毎日2、3時間ほど、今思うと我ながらよくやったと思うほど熱心にこれに取り組みました。 受験願書は大きな書店で扱っており、級によって多少違いますが、それに検定料を添えて申込みをするだけです。試験時間は1時間で、問題数は5級と3級が120問、2級は110問で、いずれも200点満点です。私は、字が下手なことと遅筆のせいで、どの級も結構きつい時間でした。なお、試験日は年3回ですが、試験日の時間割が級によって分かれていますので、受験の級によっては一日に複数受験することもできます。 漢字検定の受検後2週間程で、得点と設問ごとの正解及び不正解箇所についての「検定結果通知書」と「合格証書」(合格証明書2枚付き)が送られてきます。私は受験したどの級も満点を取るつもりでしたが、いずれも数箇所の間違いがあり、あれほど頑張ったのにと残念な思いがありました。しかし、3級の合格率は約50パーセント、2級になると28パーセントということでしたので、1年間努力した自分を褒めてあげたいとも思いました。 受験できる級は、まだ準1級と1級が残っていますが、私の歳では合格は残念ながら困難と思い断念しました。若い皆様には、機会がありましたら是非挑戦してみてください。朗報をお待ちしております。

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閑話休題(小口哲男) 少し時間が経ちましたが、昨年の暮れの我が家の過ごし方について書いてみたいと思います。 長野県の岡谷市にある実家には母が住んでいて、2年に一度は、私の家族も共に年越しを実家で過ごすことにしておりますが、母も高齢になり、たくさんの人が泊まるということになると掃除や片付けも大変になってきていることから、母、私の家族、実家の近くに住んでいる姉の家族の総勢12名で(それぞれ婚姻した者もいますので、都合のつく者ということで)温泉に入れるホテル等に泊まって過ごそうという話になりました。 1か月前くらいから宿を探し始めましたが、人数のせいか、はたまた時期のせいか、なかなか手ごろな宿が見つからなかったので、比較的実家に近い宿ということで、奥蓼科の渋御殿湯というところを予約しました。 予約してからではありますが、口コミ等を見たりしたところ、いろいろなことが分かってきました(調べてから予約しなよ、という御批判は、甘んじてお受けしたいと思います。)。 渋御殿湯は、実家から他の候補地と比較して近いとはいえ、茅野駅からバスで50分から1時間くらいかかる終点のバス停の目の前にあること、標高は、1,880メートルくらいであること、信玄公の隠し湯と言われているようで、名前のとおり鄙びた温泉宿らしいこと、温泉が良いのがリピートの理由との書き込みがありましたが、いずれの書き込みも、訪れた時期が春から秋までに限定されており、冬に訪れた人の書き込みがほとんどないこと。 ここまで調べた時点で、すでに、どうしようかと思いましたが、さらに、調べていくと、冬場は、暖房が炬燵と石油ストーブしかないので、点けた時、又は消した時に換気のため、窓を開けると、一気に寒くなること、トイレについては、公共下水道が通っていない(そうでしょうね)ので、ポットンであること、温泉は、良いのですが、源泉は、冷泉(約25度)と温湯(約30度)で、そのほかに沸かした湯があること(沸かし湯にしか入れない!)、お風呂は2か所で源泉のある方には、洗い場がないことと、テンションの下がる内容ばかりでした。冬場のメリットとして書かれていた唯一のことは、うまくするとカモシカを見かけられるかもしれないということでした。 最初に予約を入れた時に、宿の人から、周りは何もないですよ、とわざわざ言われた意味が分かったように思いました。 また、今回は、2年ほど前に母の米寿のお祝いをしたときに、お祝いとして温泉旅行をプレゼントしますとしていたのに、そのままになってしまっていたことの履行を兼ねていましたので、宿の人に、個室での食事に何か特別な料理を加えてもらえないかとお聞きしたところ、当初は、そのような料理は出せないとのことでしたが、その後、鯉丸ごと一本揚げと馬刺しの追加が可能となり解決しました。 さらに、トイレについても、ポットンであることには変わりはないようですが、洋式トイレになっているとのことで、安心しました。 このように、大きな不安材料と少しの安心材料を持ったまま、大晦日を迎えました。 当日は、快晴で、例年に比べて雪も少ないとのこと、問題なく宿に到着しました。 早速、宿自慢の温泉に入りに行きました。 お風呂場は、2か所あるのですが、なんといっても源泉のある方を見てみたいと思い、そちらに行ってみました。 このお風呂場には、沸かし湯、約30度の温湯、約25度の冷泉の3つの湯舟がありましたが、廊下が極めて寒かったためか、約30度の温湯も温かく感じられました。 でも、まずは温まりたいと思い、沸かし湯に先に入りました。 その時点までは、風呂場は、私だけだったのですが、すぐに別の方が入ってこられ、その方は、まず、約30度の温湯の方に入られました。 この温湯が、リピーターの方のお目当てと口コミ等に書かれている温泉で、男湯の湯舟(女湯の方は、この源泉がパイプで運ばれているそうです。)が源泉の上に造られ、底からポコポコ温泉が湧き出してくる足元湧出の源泉です。 天然のジャグジーのようなものですが、一度は入ってみようかと思い、この方の出るのを待っていましたが、一向に出てこられないので、諦めて上がろうかと思い、沸かし湯の木の蓋(短冊形の重いヤツ)をかぶせるか確認しようと声をかけたところ、温湯を替わりましょうと言われ、加えて、下から湧き出してくるので、思ったほど冷たくは感じませんよと言われてしまいました。 こうなると、逃げるわけにもいかず、私もこの温湯におそるおそる入ってみました。 入れることは入れましたが、それなりの温度で、沸かし湯に入る前に入っていた方が温かく感じられたかなというのが正直な感想です。 でも、下から温泉が湧き出してくる感触は、えも言われず不思議かつ心地よく、春から秋の季節ならもっと良かっただろうと思いつつも、源泉を楽しむことができました。 その方は、私が温湯に入っている間に、一度、沸かし湯で体を温めたあとに、約25度の冷泉に入られていましたので、つい、冷たくないですかと声をかけてしまいました。 そこから、その方との会話が始まりましたが、その方いわく、冷泉は、高炭酸泉で、意外と冷たく感じないこと、季節の良い時期は、この源泉の順番待ちが発生するほど人気であることなどをお聞きすることができました。 その方から、是非、冷泉にも入ってみてくださいと言われ、私も、意を決して約25度の冷泉に入ってみました。 確かに、体を締め付けられるような感触があり、思ったほど冷たいとは感じませんでした。 次の日の朝も、沸かし湯から冷泉、温湯、沸かし湯の順番で、温泉を堪能した次第です。 夜の料理は、川魚、山菜中心ですが、特別料理も含め美味しくいただくことができました。 店の人に、ここは高度が高く酔い易いので、飲み過ぎには注意をと言われたのですが、飲み過ぎ、早めに酔っぱらい、すぐ寝てしまいました。 また、熱燗の好きな方がいたのですが、いくら熱くとお願いしても、熱くなかったのは、高度のせいか、運んでくる途中の廊下の寒さからだったのかは、今のところ不明です。 膝が悪くなってきている母からは、階段しかない宿は勘弁してと言われてしまいましたが、秘境の宿の温泉を堪能することができたのは、良い経験であったと思っています。

実 務 の 広 場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.27 ①債権者を甲、主たる債務者を乙、連帯債務者を丙とする2件の連帯保証契約及び②債権者を甲、債務者を丙とする4件の金銭消費貸借契約が締結されているが、丙の甲に対する①、②の債務を一つの準消費貸借契約にまとめて新たな契約を締結することができるか(質問箱より)                      

【質 問】 嘱託の内容・要旨 債権者を甲、①債務者を乙とする、下記1及び2の金銭消費貸借契約(以下、乙契約という。)、②債務者を丙とする、下記3ないし6の金銭消費貸借(以下、丙契約という。)の双方の契約について、これを準消費貸借契約の一つの契約にまとめて締結したいとして弁護士から相談された。これができない場合は、債務者ごとの二つの準消費貸借契約とすることも構わないとのことである。嘱託人代理人である弁護士の作成原案は次のとおり。 第1条(既存債務の確認) 丙は甲に対し、甲丙間における平成26年12月29日付連帯保証契約(主債務者:乙)に基づく甲に対する債務が本日現在金550万円、平成27年1月29日付金銭消費貸借契約に基づく甲に対する債務が本日現在金450万円、平成27年2月28日付金銭消費貸借契約に基づく甲に対する債務が本日現在金30万円、平成27年5月11日付金銭消費貸借契約に基づく甲に対する債務が本日現在金200万円及び平成27年6月22日付連帯保証契約(主債務者:乙)に基づく甲に対する債務が本日現在金488万円、総額金1768万円の支払義務が存することを認める。 第2条(準消費貸借) 甲丙は、本日、丙の甲に対する前条の債務(1768万円)を丙の借入金とすることに合意し、甲は、丙に対し前条の金額を元本とする貸付債権を有するものとする。 第3条(弁済の条件)   〈略〉 第4条(利息等)         〈略〉 第5条(期限の利益の喪失)〈略〉 第6条(連帯保証)      〈略。なお、連帯保証人の氏名は入っていない。〉 以下省略 記 1 550万円 26.12.29 債務者    乙 連帯保証人  丙 2 670万円    27.9.11残額488万円 27.6.22 債務者    乙 連帯保証人  丙、 丁 3 450万円 27.1.29 債務者    丙 4 30万円 27.2.28 債務者    丙 5 200万円 27.5.11 債務者    丙 6 50万円 27.6.19 債務者    丙 当職意見 準消費貸借の契約の締結に際しては、契約の当事者が原契約の当事者と同一であることが必要であるところ、債務者は乙のものと丙のものとがあって、これらを一契約にまとめる内容となっていることからこのままの内容では準消費貸借契約の締結は不可能であり、また、案によるとその契約の実質には更改契約が含まれており、純粋な準消費貸借契約ではないこと、さらに旧債務が準消費貸借契約締結後消滅することを考えると、乙が債務者である契約は、このような契約を締結しても消滅しないこととなるであろうから、提出された案による依頼には応じられないものと判断しているが、このような考えでよろしいかご指導をお願いします。 ※ 同一債務者ごとの2契約とする予定です。 なお、連帯保証人については、準消費貸借契約も新たな契約ですから、原契約の連帯保証人に追加することも、変更することも可能と考えますが、それでよろしいでしょうか。併せてご教示をお願いいたします。 【質問箱委員会回答】 甲丙間には、①債権者を甲、主たる債務者を乙、連帯債務者を丙とする、2件の連帯保証契約が締結されており、もう一方で、②債権者を甲、債務者を丙とする、4件の金銭消費貸借が締結されているが、この丙の甲に対する①、②の双方の債務をまとめて一つの準消費貸借契約として締結できるか、これができないのであれば、①と②を別々にして、それぞれ準消費貸借契約として締結できるかというのが、質問の趣旨と思われます。 1 ①、②の各々について、丙の債務を準消費貸借契約の目的とすることの可否 ⑴準消費貸借契約の成立要件 民法第588条で、準消費貸借は、ⅰ「金銭その他の物を給付する義務を負う者がある場合」であること、ⅱ「当事者がその物を消費貸借の目的とすることを約したとき」に成立するとしています。 ⑵②について ②の例は、一般的にみられる例であり、まず、これについて前記ⅰ、ⅱの要件を具備しているかを検討してみましょう。②の例で、丙は、金銭を支払う義務を負っているところからⅰの要件は満たしており、甲丙間で金銭の支払いを目的とする合意はできていることからⅱの要件も満たしており、準消費貸借契約の成立に問題はないものと思われます。ただ、次の点について、疑問が生じるかもしれません。 民法第588条の文言が、「消費貸借によらないで」と定めていますので、丙の債務が金銭の支払いである点で、問題にならないかですが、大審院の大正2年1月2日判決(民禄19・11)が、消費貸借による債務を当事者の意思をもって新消費貸借の目的とすることは本条の「消費貸借に因らずして」の文詞にかかわらず、可能であるとしていますので、元の債務が金銭の支払い債務であっても差し支えないことになります。 次に、数個の債務を一つにまとめる契約が、準消費貸借に当たるのか、更改に当たるのかという点があります。この点について、数個の債権を1個の債権にした場合、更改意思が認められるとした判例(大判明35.11.29。民録8輯10巻215ページ)もありますが、旧債務を消滅させるという明確な合意がない限り、更改には当たらないと解するのが相当と考え、本件については、更改には当たらず、準消費貸借に当たると考えます。 以上の点から、②の例については、準消費貸借契約が成立することに問題はないものと考えます。 ⑶①について ①の例は、丙の債務が連帯保証債務であることを除けば、②の例で述べたことがそのまま当てはまり、その点での問題はないと思われます。問題は、丙の甲に対する債務が連帯保証債務であり、主たる債務者は乙であるところから、単に甲丙間に存する債務を準消費貸借契約の目的にする場合とは異なり、このような場合であっても、準消費貸借契約の目的とすることができるかという点にあります。 丙の甲に対する債務は、乙を主たる債務者とする連帯保証債務ですが、連帯保証債務といっても甲と丙との間において締結された、金銭の支払いを目的とする債務であり、丙の連帯保証債務には、補充性がなく(民法454条により、同452条の催告の抗弁権及び同453条の検索の抗弁権を有しないとされています。)、丙は主たる債務者乙とともに甲に対する金銭債務を負担する者ですから、民法第588条で定める、「金銭その他の物を給付する義務を負う者がある場合」に、また、そのことを甲丙間で約束したので、「当事者がその物を消費貸借の目的とすることを約したとき」に、該当することとなり、準消費貸借契約は成立すると考えます。 また、準消費貸借契約の場合、「準消費貸借契約に基づく債務は、当事者の反対の意思が明らかでないかぎり、既存債務と同一性を維持しつつ、単に消費貸借の規定に従うこととされるにすぎないものと推定される」とした判例(最高裁第一小法廷昭和50年7月17日判決。民集29巻6号1119ページ。判例時報790号58頁、判例タイムズ327号181頁、金融・商事判例478号2頁、金融法務事情764号31頁)がありますので、当事者が特別これと異なる合意をしない限り、旧債務は消滅せず、新旧債務の同一性が認められることになります(旧債務を消滅させる合意があると、実質は更改契約となります。)。 なお、前述した数個の債務を一つにまとめる契約が、準消費貸借に当たるのか、更改に当たるのかという点については、連帯保証債務を目的とした場合については、その性質上、むしろ、旧債務は消滅させない前提の合意と考えるのが自然であろうと思います。 このように、丙の連帯保証債務を準消費貸借の目的とした場合、丙の債務が準消費貸借に切り替わっても、丙の債務は既存の連帯保証債務と同一性を維持しつつ、単に金銭消費貸借の規定に従って返済することとされただけですから、乙の主債務に影響はないと考えられます。 そして、連帯保証債務も付従性を有しますから、主たる債務が乙による弁済等によって消滅すれば、当然丙の連帯保証債務も消滅し、その分の準消費貸借契約に基づく債務も消滅することになります。また、丙の準消費貸借契約に基づく債務が履行された場合、丙は乙に対して、求償することができると解されます(民法459Ⅰ)。 2 連帯保証債務と他の債務を合わせて準消費貸借契約の目的とすることの可否 主債務者乙に関する丙の連帯保証債務と丙自身の甲に対する金銭消費貸借債務とを一つにまとめて、準消費貸借契約の目的とした場合、丙の弁済によって、丙の乙に対する求償債権が発生するかどうかという問題が生じます。つまり、丙自身の甲に対する金銭消費貸借債務であれば、その分甲に対する債務が消滅するだけですが、主債務者乙に関する連帯保証債務が弁済されたのであれば、甲に対する債務が消滅するとともに、丙は乙に対する求償債権を取得することになります。丙の甲に対する債務の弁済は、乙に対する求償債権を取得することになるのか、例えばこの弁済は連帯保証債務としての支払いである旨を表示させる等特別の定めをすればあるいは可能かも知れません。例えば、準消費貸借契約の支払いを分割弁済にした場合には、何月分の支払いの○万円のうち、□万円分は求償権発生の支払い、△万円分は求償権不発生の支払い等のような特別の定めをすることになりますが、このような定めは複雑になるばかりで、さらに債務の一部のみの支払いがあった場合、どの部分に充当するのかという問題が生じ、現実には困難な問題が生じます。このようなことになりますと、丙の債務をまとめて一本化して金銭の支払いを目的とする契約にしようとした趣旨が没却されてしまいます。 したがって、これら性質の違う旧債務を一つに合わせてしまうのには問題がありますので、①と②は区別して扱うこととし、準消費貸借契約を締結したいということであれば、①と②でそれぞれのグループ毎に、準消費貸借契約を結結するのが相当と考えます。 ただ、丙の債務総額を金1768万円として、準消費貸借契約の目的にしたいのであれば、①の主たる債務について、債権者甲、主たる債務者乙、引受人丙(甲と丙との合意でも可であるが、債務者の意思に反してなすことは出来ないので、乙の合意を得る。)を契約当事者とする免責的債務引受契約を締結の上、いったん①の債務を甲に対する丙の債務とした上で、②の債務と合わせて、準消費貸借契約を締結することは可能だと思います。 3 連帯保証人の追加・変更について 「連帯保証人については、準消費貸借契約も新たな契約ですから、原契約の連帯保証人に追加することも、変更することも可能と考えますが、それでよろしいでしょうか。」とありますが、原契約に連帯保証人が付されていなくても、新たに締結する準消費貸借契約に連帯保証人を付すことは可能か、原契約の連帯保証人をそのまま新たに締結する準消費貸借契約の連帯保証人にすることなく、新たに締結する準消費貸借契約については、別の者を連帯保証人とするは可能か、という意味でしょうか。準消費貸借契約は、新たな契約ですから、債権者甲と新たに連帯保証人となる者の間で合意があれば可能です。 4 更改契約について 「案によるとその契約の実質には更改契約が含まれており、純粋な準消費貸借契約ではないこと」と記載されていますが、どの箇所からそのように解されるのか判然としませんが、更改契約については、次のように解されていますので、参考に願います。 更改契約は、民法513条第1項により、当事者が債務の要素を変更する契約をすることとされており、債務の要素とは、債務者の交替(同514条)、債権者の交替(同515条)のほか、債権の目的の変更(金銭以外の物の給付を金銭の給付に変更するなど。)をいうものとされています。 そして、更改契約がされた場合、原則として元の債務は消滅し(例外は民法517条)、それとは同一性のない新たな債務が成立することになります。 所問の場合は、いずれも金銭の給付であって、債務の要素ではなく,債務の成立原因を変更するだけのもの(何年何月何日付け連帯保証契約を、何年何月何日付け準消費貸借契約とする等)ですから、それだけの内容の合意であれば、特別に旧債務を消滅させるという明確な合意がない限り、前述のとおり、更改には当たらないものと考えます。

No.28 (1)①債権者甲と債務者乙間の数次にわたる金銭消費貸借に基づく債務と②甲が貸付資金捻出のために銀行から貸付を受け、その費用及び利息を乙が甲に支払うことを約した債務をまとめて旧債務とする準消費貸借契約公正証書作成の可否、(2)同準消費貸借の期限の利益喪失条項に「債権者死亡」を加えることの可否(質問箱より)                     

【質 問】 事例 女性(債権者)が男性(債務者)に対し、これまで11回にわたり金銭を貸与(金銭消費貸借:総額約400万円)した。 そのうちの3回の貸与に当たっては、男性への貸与資金捻出のため女性が自己の名で銀行から貸付を受け、その金員で男性へ貸与し、銀行からの貸付費用(印紙代)及び銀行利息は女性が支払っている。なお、女性は、3回目の銀行貸付(本年9月)においては、男性への貸与金額(債権額)に加え、1・2回目の銀行貸付の残高分を併せて借受け、1・2回目の銀行貸付の返済(完済)をした。 ところで、女性が銀行から各貸付を受ける際には、男性との間で、銀行からの貸付費用(印紙代)及び銀行利息は男性が負担し、男性が女性にその分と同額の金銭を支払うとの口頭での約定ができていた。 今般、女性から当職に対し、男性から返済がないとして、男性との間の、①金銭消費貸借の元本、②銀行から貸付を受けた際の契約費用(印紙代)相当額、③1・2回目の銀行貸付の利息(既払い)相当額、④3回目の貸付の銀行利息(ほとんど未払:支払計画書の利息総額分)相当額を旧債務とする準消費貸借契約(126回の分割弁済)公正証書作成の依頼があった。 また、同準消費貸借の期限の利益喪失条項として、「債権者死亡」の文言を加えてほしい旨強い要望がある。 問題点 1 上記②ないし④の契約費用(印紙代)及び銀行利息分相当額を男性が女性に支払う旨の契約の契約名をどうすべきか。 ・・・「填補金支払契約」の名称は妥当か。 2 上記④(利息はほとんど未払)を旧債務とする準消費貸借契約は可能か。 ・・・利息債権は未だ発生しておらず、繰上返済等により利息総額が変わることもあるので、これを旧債務とする準消費貸借契約は妥当でないと考えるがいかがか。 ・・・上記④については、「填補金支払契約」として、準消費貸借とは別に公正証書を作成することは可能と考えるがいかがか。強制執行認諾条項は設けない。 3 期限の利益喪失条項に、「債権者死亡」の文言を加えることは妥当か。 ・・・債務者の責めに帰する事由ではないので、期限の利益喪失条項としては妥当でないと考えるがいかがか。 期限の利益喪失条項とするのではなく、返済期限の特約として、債権者死亡の際は直ちに全額(残額)返済する旨を契約条項に設けることは契約自由の原則から可能と考えるがいかがか。 【質問箱委員会回答】 第1 問題点の整理 はじめに、この問題にお答えする前に、問題点の整理をしておきます。 事例によれば、女性が男性のために銀行からお金を借り、そのお金と自己のお金を合わせて金400万円を男性に貸したところ男性から返済がないので、女性としては、貸したお金と銀行からお金を借りるのにかかった費用(印紙、利息)等含めて、男性が負担すべきお金については、男性との間において準消費貸借契約を締結し、それを公正証書にしておきたいというものです。 ここで、女性が男性との間において締結したいとする準消費貸借契約の前提となる契約とは、当事者間で締結済みの金銭消費貸借契約と、女性が銀行と契約した際に要した費用と利息(今後発生する利息を含む。)相当金額を男性が女性に返済する契約の二つの契約と思われ、この二つの契約を基に、女性は男性との間において、返済されるべき金銭の全てを内容とする準消費貸借契約を締結しようとの要望を有しているものと思われます。 ところで、女性は、男性のために銀行との間に金銭消費貸借契約を締結したのですから、女性が銀行に返済すべき債務は、実質的に男性が返済すべき債務であり、女性と男性との間の契約は、女性と銀行との間の金銭消費貸借契約を前提に、当事者間で協議して決めることとなると思われますが、女性が銀行からお金を借りる行為は、動機は男性に用立てるためであっても、女性と銀行との間の金銭消費貸借契約であり、他方、女性が男性との間においてお金の返済(貸したお金、銀行との間で必要な印紙代、利息等の経費)に関する契約を締結する行為は、あくまでも女性と男性との間の契約であり、女性には、ⅰ銀行の間で締結した金銭消費貸借契約と、ⅱ男性との間で締結する債務の弁済に関する契約の二つの契約が現にあり、当事者の意図もそのように理解されますので、このことを前提に検討してみましょう。 なお、この事例について、女性は、男性に貸与するために銀行からお金を借りたものですが、これは、男性が直接銀行からお金を借りられないので、女性名義を借りて銀行から借り入れをした、いわゆる「名義貸し」行為にあたり、このような女性の行為は許されるべきではないとして、公正証書の作成応じるべきではないとの意見もありますが、「名義貸し」は、女性は名義だけ貸し、銀行への返済等実質的な手続きは全て男性が行うという形になるのが一般的であるところ、この事例では、あくまでも銀行への返済は女性が行うことになっているので、その点は、いわゆる「名義貸し」といわれている例とは異なり、本件のような場合までも、「名義貸し」といえるのか疑問なしとしませんが、質問者の意図は、「名義貸し」となるかどうかではないため、本稿では取り上げないこととし、このような疑問もあるというにとどめておくこととします。 それでは、以下、問題点について、整理しておきましょう。 1 問題点1では、女性が銀行との間に締結した金銭消費貸借契約から生じた債務(②、③、④)について、女性からは、男性との間について準消費貸借契約の希望があるものの、質問者からは、「填補金支払契約」という名称の債務弁済契約を締結できるかが問題とされていますので、準消費貸借契約の成立の可否ではなく、「填補金支払契約」の可否について、検討することとします。 2 問題点2では、女性が銀行との間に締結した金銭消費貸借契約から生じた債務のうち④についてのみ、男性との間の準消費貸借契約の可否、否とした場合の「填補金支払契約」公正証書の作成の可否を問題とするものですが、④は女性の銀行に対する債務であり、それを準消費貸借契約とするのであれば、銀行との間の準消費貸借契約の可否が問題となるのですが、そうではなく女性と男性との間の準消費貸借契約を問題にされているようであり、その観点から、準消費貸借契約の可否について、検討することとします。 3 女性からは、男性との間において、①、②、③、④の全てを旧債務とする準消費貸借契約(126回の分割弁済)の締結の要望がありますので、その可否について検討をしておきます。 4 問題点3では、期限の利益喪失条項が問題とされていますが、本件のどの契約ということでないと思われますので、債務弁済契約について、一般的にこのような条項を付すことができるかという点について、検討することとします。 第2 検討結果 1 問題点1について (質問②ないし④の契約費用(印紙代)及び銀行利息分相当額を男性が女性に支払う旨の契約の契約名をどうすべきか。「填補金支払契約」の名称は妥当か。) 「②ないし④の契約費用(印紙代)及び銀行利息分相当額」とありますが、内容は、女性が銀行に支払った印紙代(「②銀行から貸付を受けた際の契約費用(印紙代)相当額」)、既払い利息(「③1・2回目の銀行貸付の利息(既払い)相当額」)及び未払い利息(「④3回目の貸付の銀行利息(ほとんど未払:支払計画書の利息総額分)相当額」)となります。 これは、女性が銀行との間に締結した金銭消費貸借契約から生じた債務で、②と③は支払済みであり、④は未払いですが、これらの債務は、もともと男性への貸与資金捻出のために女性が負担したものであり、これは、本来男性が負担すべきものであるとして、女性が男性の間において締結した金400万円の金銭消費貸借契約に基づく男性の返済債務と合わせて、これらの支払いを準消費貸借契約の目的として欲しいとの要望があるとのことです。 この点に関し、質問者は、男性が女性に支払う旨の契約名を「填補金支払契約」という名称で差し支えないかという点から問題にしているところからすると、②、③、④の債務を女性と男性との間の準消費貸借契約として構成することは困難とみて、むしろこれらをひとまとめにして、別の名称を付した契約として構成することができるかということを問題にしているものと思われます。 もっとも、次に述べる問題点2で④(未払い利息)については、準消費貸借契約とすることができるかを問題としておられますが、その点については、後述することとします。 さて、ここでの問題は、名称の前に、女性が銀行との間に締結した金銭消費貸借契約から生じた債務(②、③、④)を、女性と男性との間の契約として男性に支払い義務を負わせることができるかどうかがまず検討される必要があります。これについては、女性が銀行から借り入れするに当たってかかった費用がいくらであろうとそれは、銀行から女性がお金を借りるに当たってかかった費用、つまり女性と銀行との関係であり、形式的には、男性には係わりのない事項です。 しかしながら、この費用は、男性のためにかかった費用であり、そのことを男性も了承しており、女性と男性との間で、女性が銀行に支払うべき費用の返済について男性との間で合意がされているなら(民法650参照)、それは、女性と男性との間の約束であり、当事者で債務の弁済を内容とする契約を締結し、それを公正証書にすることは問題ないものと思われます。 具体的にどのような内容になるかというと、②、③、④の支払い総額がわかりますので(②、③については金額が確定、④についても未払いではあるものの支払うべき利息総額は確定)、その総額をもって、男性から女性に返済すべき額とすることで差し支えないかを当事者で確認し、その額で差し支えなければ、それを男性から女性にどのように返済していくのか、例えば、ⅰ合算した額について、毎月の返済額、返済時期、利息(率、支払い時期)、遅延損害金(率)、返済方法等を確定する、あるいは、ⅱ②、③、④のそれぞれについて返済時期、返済方法等を確定する等その定めは当事者で定めることができます。既に、当事者間で、このような定めがされているなら、そのことを確認し、そのことを契約書にすることで足ります。 ただ、④は、未払い利息であり、これについても、同様に扱うことができるかどうかですが、未払い利息といっても、これは女性が銀行に支払うべき金銭であり、これを女性が銀行にどのように支払うかは、銀行と女性との問題であり、その原資となるお金を女性が男性からどのようにして支払いを受けるかは別問題であり、女性としては、少なくとも銀行に支払う利息支払い時期までに男性からそれに見合う額が返済されていれば問題ないと思われますので、そのことに留意して、男性との間で、②、③の債務と合わせて、返済額、時期などを定めるか、④のみ別の返済方法を定めるかは当事者で定めておけば、問題ないものと思われます。なお、④については、未だ銀行との間で支払いが発生していない債務であり、このような利息を女性と男性との間の支払い債務とすることは疑問があるとして、④は②、③とは別に考えるべきであるとして、前記のような考え方はとりえないとの立場もあるかもしれませんが、それについては、次の「問題点2について」で、説明することとします。 そして、契約名については、その実体をわかりやすく表現したものであれば良いと思いますが、既存の債務の存在を承認し、その債務につき新たな履行方法(弁済の期限や支払方法等)を定める契約ということであれば、その名称は、日本公証人連合会発行の「新版 証書の作成と文例 貸金等・人的物的担保編」45p「債務(承認)弁済契約公正証書」ということで良いと思います。 2 問題点2について (上記④(利息はほとんど未払)を旧債務とする準消費貸借契約は可能か。利息債権は未だ発生しておらず、繰上返済等により利息総額が変わることもあるので、これを旧債務とする準消費貸借契約は妥当でないと考えるがいかがか。上記④については、「填補金支払契約」として、準消費貸借とは別に公正証書を作成することは可能と考えるがいかがか。強制執行認諾条項は設けない。) 「④(利息はほとんど未払)を旧債務とする準消費貸借契約は可能か。」とありますが、この④の債務というのは、前述したように女性が銀行に支払う利息債務のことであり、この債務を旧債務として準消費貸借契約の目的とすることは可能かということであるならば、女性と銀行との間の利息支払い債務を準消費貸借契約にすることとなりますが、そうではなく、④未払いではあるものの支払うべき利息総額を、女性と男性との間の債務弁済契約とし、それを旧債務として準消費貸借契約にすることができるかという問題と思われます。 この④未払いではあるものの支払うべき利息総額を、女性と男性との間の債務弁済契約とすることについては、問題点1で述べたとおりであり、契約として成立しますので、これを旧債務として、準消費貸借契約の目的とすることができるかどうかを検討することになります。 準消費貸借契約については、民法第588条で、ⅰ「金銭その他の物を給付する義務を負う者がある場合」であること、ⅱ「当事者がその物を消費貸借の目的とすることを約したとき」に成立するとしています。つまり金銭その他の物を給付する旧債務があり、それを準消費貸借契約の目的とすることに当事者が合意している必要があるということです。 本件における、旧債務に当たるものは、女性が銀行に支払うべき未払い利息相当額を、男性が女性に支払う旨の合意ができていれば、つまり支払うべき利息総額が決まりその額は支払わなければならないものとして確定しているので、それを債務とすることには何ら問題なく、そのことについての合意が債務弁済契約であり、これを、準消費貸借契約の目的とすることには支障がないものと思われます。ただ、この④に関する事項の債務弁済契約だけをもって、準消費貸借契約としても、内容的にみて、例えば数契約を一つにまとめる等の意味はなく、準消費貸借契約とすることの意味はあまりないものと思われます。 ただ、民法で定める要件に該当しているので、準消費貸借契約としたいというのであれば、それを拒むものではありませんが、準消費貸借契約とするということになると、この債務弁済の実態が、将来発生する利息相当分の額であり、現実に女性から男性に貸与した金銭の返済ではないところから、このような債務であっても準消費貸借契約の目的とすることができるかについて、検討を要します。 これについては、当事者が未払い利息相当額と同額の債務が存在することを確認し、それをどのように返済するかという定めをする場合は、既に支払うべき債務が確定しており、個別に支払うべき分割弁済の時期が来ていないというだけですから、別段問題は生じませんが、問題1で述べたように、銀行への利息支払いが発生していないので、現段階では女性の男性に対する債務は発生しておらず、女性が銀行に利息を返済するのに合わせて返済すべき債務が発生するような約束をする場合には、いまだ発生していない債務についての準消費貸借契約を成立させることになりますので、この点から問題となります。 このことに関し、最判昭和44年7月25日判例は、「当事者間において将来金銭その他の物を給付する債務を生ずることがあるべき場合、これを準消費貸借の目的とすることを約し得るのであつて、その後該債務が生じたとき、その準消費貸借は当然にその効力を生ずるものと解すべきであり・・・(昭和40年(オ)第200号同年10月7日第一小法廷判決、民集19巻7号1723頁)」と判示しています(判例時報568号45ページ)。この判例は、保証のために連帯保証人となった者が、その債務を履行した時の求償権でも良いとする判例ですが、本件のように、金銭を支払うべき債務が将来発生するものであっても差し支えなく、これを準消費貸借契約の目的とすることは可能と考えます。また、最判昭和40年10月7日判例も「当事者間において将来金員を貸与することあるべき場合、これを準消費貸借の目的とすることを約しうるのであつて、その後該債務が生じたとき、その準消費貸借契約は当然に効力を発生するものと解すべきである。」と判示しています。 これらの判例は、要物契約である金銭消費貸借契約が未だ金銭の授受がないところから発生していなくても、停止条件付準消費貸借契約の成立は認められるとしたもので(「証書の作成と文例 貸金等人的物的担保編43p 5参照)、このような契約であってもその有効性は認められるとしているので、本件のように、未だ債務は発生していないと考える立場にたっても、契約の内容を工夫し、停止条件付契約にすれば問題ないと思われ、例えば、女性の銀行への利息支払いに応じて返済する内容の債務弁済契約であっても、それを準消費貸借契約の旧債務とすることには、何ら問題はないものと思われます。 このような旧債務について、具体的に債務弁済金額、支払い時期が記載されおり、それを基にして作成された準消費貸借契約であれば、強制執行認諾条項を付することも可能です。現実に、強制執行できるのは、支払い時期が来てからとなるのは、いうまでもありません。但し、停止条件付準消費貸借契約とした場合、未だ効力が生じていないので、当該契約に基づいて作成された公正証書には、強制執行認諾条項は記載できるものの、その公正証書について執行分の付与はできず、具体的な支払い日が到来してから執行分を付すことになります。 なお、これらの債務につき、元本債務の準消費貸借契約とは別に公正証書を作成することについては、そのような当事者の合意があるのであればもちろん可能ですし、強制執行認諾条項を付するかどうかも当事者の自由です。 ただし、公証人は、当事者の合意内容について、違法な内容の是正や、後日の紛争を防止するためのアドバイスはすべきですが、当事者の合意形成そのものに関与すべきではありませんから、仮に、このようなことを一つの方法として提案するとしても、公証人の側からこうするよう強要されたと受け取られることのないように注意しなければなりません(特に、分けることによって手数料が高くなるような場合には、苦情の原因となりかねません。)。 3 女性の要望どおりの準消費貸借契約の可否 女性(債権者)が男性(債務者)に対し、これまで11回にわたり金銭を貸与(金銭消費貸借:総額約400万円)したことに関し、この返済に関する債務弁済契約と②、③、④の契約を合わせて、準消費貸借契約とすることが可能かどうか検討しておきましょう。 まず、11回にわたる金銭貸与と②、③、④の契約をまとめて準消費貸借契約とすることができるかどうかについては、数個の債務を一つにまとめる契約が、準消費貸借に当たるのか、既存の債務を消滅させて新たな債務とする更改に当たるのかという問題がありますが、この点については、「準消費貸借契約に基づく債務は、当事者の反対の意思が明らかでないかぎり、既存債務と同一性を維持しつつ、単に消費貸借の規定に従うこととされるにすぎないものと推定される」とした判例(最高裁第一小法廷昭和50年7月17日判決。民集29巻6号1119ページ。判例時報790号58頁、判例タイムズ327号181頁、金融・商事判例478号2頁、金融法務事情764号31頁)がありますので、当事者が更改契約とするのではなく、旧債務は消滅させずに、新旧債務の同一性が認められる準消費貸借とする合意をすれば、準消費貸借契約になるものと考えます。 これらの債務は、いずれも男性の女性に対する「金銭その他の物を給付する債務」であり、当事者が準消費貸借契約とすることに「当事者が合意」しているならば、民法第588条の要件を満たしているものと思われ、準消費貸借契約として公正証書を作成することは可能と考えます。その際、債務額を合算した額を弁済すべき金額として記載し、具体的な支払い方法を記載することとなると思いますが、旧債務のうちどの債務について返済したことにするのか把握する必要がある場合は、当事者で協議し、その旨特約を付しておく必要があります。 もっとも、④利息の支払い期が未到来なので、女性と男性との間の債務弁済契約は、将来発生するとの立場に立つと、①、②、③と同時に④も含めての準消費貸借契約は、既に成立している債務と未だ成立していない債務を同時に旧債務としてとらえることになり、そのような準消費貸借契約の成立は、困難と思われます。 なお、数個の債務を一つにまとめた場合、一部の弁済がされたときに、それがどの旧債務の弁済に当たるのかという充当の問題については、当事者間で特別の約束があればそれを明記することになりますし、特にそのような特約がなく、弁済の際にその指定(民法第488条)がされなければ、民法第489条の法定充当の規定によって判断されることになります。 4 問題点3について (期限の利益喪失条項に、「債権者死亡」の文言を加える ことは妥当か。債務者の責めに帰する事由ではないので、期限の 利益喪失条項としては妥当でないと考えるがいかがか。期限の利益喪失条項とするのではなく、返済期限の特約として、債権者死亡の際は直ちに全額(残額)返済する旨を契約条項に設けることは契約自由の原則から可能と考えるがいかがか。) 期限については、民法第136条第1項が、「期限は、債務者の利益のために定めたものと推定する」と定めており、民法第137条で期限の利益喪失事項が挙げられています。これらの規定は、強行規定ではありませんので、通常これらに準ずるような条項、例えば、「他の債権者からの強制執行を受けたとき」等が、契約によって定められています。 当事者が民法第136条第1項の推定に反する内容を定めることもできますし、債務者の責めに帰すべき事由も必要ありませんが、具体的に当該条項に該当するかどうかの判断が困難で不明確な条項では後日の紛争の種となってしまいますし、債権者がその優越的な地位を利用して債務者に著しく不利な内容を押しつけるということになると、民法第90条に違反することになります。 仮に債権者の死亡を不確定期限とする債務弁済契約がされた場合、債権者の死亡は、債務者の契約不履行でなく、債務者に責任はないのですが、債務者も納得しているのであれば、それ自体が違法とされるものではありませんから、このような契約と同様に、債権者に相続が発生した場合には債務を清算するという趣旨で、期限の利益喪失事項に当該条項を入れることに債務者も納得しているということならば、債権者の死亡を期限の利益喪失事項とすることも、直ちに違法ということにはならないものと考えます。ただ、例としては、あまりみられない例です。 もっとも、このような定めは、債務者としては、何時発生するか予想もできず、自らそれを防止する等の方策も講じ得ない事由の発生によって期限の利益を失うことになる訳ですから、債務者にとって不利な条項であることに間違いなく、債権者がその優越的な地位を利用して債務者に著しく不利な内容を押しつけたという可能性は否定できません。 このような規定を設けると、例えば、公正証書作成後、1月後に債権者が死亡したとき、債務者は全額の返済を求められ、返済できなければ強制執行を受けることになるわけですが、そのような厳しい内容であることを債務者が理解しているかどうか、また、そのような強制執行がされても現実に債務弁済の効果をあげることができない(無い袖は振れない。)ということであれば、意味のない公正証書を作成してしまうことにもなりかねません。また、現に、債権者が死亡し、一括返済となったとしても、相続人が何人いて誰が相続するかをすぐには解らず、履行遅滞が発生し、債権者不確知で供託することになることが予想され、付す条件としても不適当と考えます。 公証人としては、このような条項を設けるかどうか、慎重に債務者の真意を確認し、債務者の方から申し出たというようなことでもない限り、後日の紛争の種になりかねないこと、予防司法という公証制度の目的から、後日の紛争の種になるような条項を公正証書に入れることはできないということを理解させる必要があるものと考えます。

No.29 損害賠償債務を承認し、その一部を代物弁済した残債務を免除する旨の公正証書作成手数料について(質問箱より)                      

【質 問】 次の不法行為事案につき債務承認をし,一部を代物弁済(不動産)した後の残債務については免除する旨の公正証書を作成する場合の手数料は,免除する残債務額を目的価額として差し支えないでしょうか? <事案> ①業務上横領により3億円の損害を与えたことを認め,当該債務を承認する。 ②一部履行としての代物弁済…債務の一部履行として不動産を所有権移転した。充当額は600万円とする(代物弁済に要する諸費用控除後の金額)ことにつき確認・合意した。 ③残債務金2億9,400万円については,弁済に耐えうる資力がなく賠償困難であるから,債権者は債務を免除する。 <参考先例・実例> 1 手数料・債務弁済<債務一部免除(条件付債務免除契約) 債務承認、分割履行契約公正証書において、一定金額を遅滞なく履行したときは残債務を免除する旨の意思表示(条件付債務免除契約)は、債務承認履行契約の従たる法律行為と解すべきであるから、手数料令23条により、主たる法律行為により手数料を算定すべきで、免除額について手数料を徴収すべきでない。(大阪合同役場法規委,公証112-205)。 2 手数料(連帯債務免除) ①連帯債務者の1人に対する債務を免除するとともに、②残債務につき保証する契約を締結する場合は、①については債務全額を目的価額とし、②については残債務額を目的価額とし、各別に手数料を受けるべきである(大正3.6.4民894法務局長回答・先例集718)。先例集718,連合会「公証人手数料令・印紙税法関係資料集(平成19年1月)」4p 【質問箱委員会回答】 1 公証人手数料令のうち関連する条項 本件公正証書に記載されている事項は、「①3億円の債務を承認する。②債務の一部600万円を代物弁済により履行したことを確認・合意した。③残債務金2億9,400万円について債務を免除する。」の3項目とのことです。 このような記載をした場合、公証人手数料令のどの条項に該当するのかですが、本件に関連すると思われる公証人手数料令の条文について、その考え方を整理しておきましょう。 公正証書の作成手数料は、原則として法律行為の目的の価額の区分に応じて決められます(公証人法9)。それは、公正証書の記載内容の経済的利益に着目して手数料を計算するという考え方によるものとされています。 これについて、例外として諸々の条項がありますが、本件に関連するものとしては、「承認、許可若しくは同意又は当事者の双方が履行していない契約の解除に係る証書の作成についての手数料の額は、一万千円とする。」と定められており(公証人手数料令17本文)、また「従たる法律行為について主たる法律行為とともに証書が作成されるときは、その手数料の額は、主たる法律行為により算定する。」と定められています(公証人手数料令23Ⅰ)。 このような例外が定められたのは、前者については、証書作成行為そのものが簡易で定型的なものであること、単に債務の承認だけということであれば執行証書の効力も生じないことなどの理由によるものと思われます(日本公証人連合会平成19年1月発行の公証人手数料令・印紙税法関係資料集5ページの10及び同15ページの19参照)。また、後者については、主たる行為が存在し、それとの関連で行われた行為については、手数料としては、主たる行為で評価されているので、手数料計算の対象とされていないものと思われます。 2 諸説 さて、本件が、公証人手数料令のどの条項に該当すると考えればよいのかについては、公正証書全体をみて判断するか、各記載についてみて判断するか等とらえ方によって異なるものと思われますが、公正証書の果たす役割及び嘱託人の意図するところ等をも考慮する必要があり、次のような考え方が成り立ちうるものと思います。 ⑴甲説 公正証書の手数料は、金11,000円 この公正証書の記載は、「①債務を承認する。②履行したことを確認・合意した。③債務を免除する。」となっていますが、この公正証書作成の趣旨は、全体をみれば、当事者双方が事実関係を確認して、それを承認したことが記載されているので、公証人手数料令第17条に規定されている「承認、同意」に該当し、手数料は11,000円となります。 参考 公証人手数料令・印紙税法 関係法令集(日本公証人連合会)編15頁、45頁 ⑵乙説 公正証書の手数料は、金17,000円+③については債務免除(金95,000円)又は認証の手数料(金11,000円) この公正証書の記載には、「①3億円の債務承認、②その一部の代物弁済、③残額の免除」という3つの法律行為が含まれていると考えます。 この場合、仮に、確定的な3億円の債務についてその全額を弁済するという約束があり、ただし、その一定額までの弁済が約束どおり行われたら残額は免除するという内容であれば、3億円を基礎として手数料計算をすることになりますので、基本的な手数料は95,000円ということになります。 ただし、この事案では、最初から一部の代物弁済のみが予定されており、残額については資力がないことを理由に免除するということですので、御指摘の参考先例・実例1の決議の考え方により、3億円を基礎として手数料計算するのには問題があります。 もし、①と②のみを内容とする証書ということになりますと、②が実質的な弁済契約であり、①は単なる承認(仮にこれだけを証書にするなら定額)ですから、①の承認は②の付随行為と見ることができます。①と②を別個の行為と見ることも可能かもしれませんが、承認のみの証書を定額とした考え方からして、別個に手数料を徴収するのは相当ではないと考えます。 従って、①と②のみの内容の証書の基本的な手数料は、600万円を基礎として、17,000円とするのが相当と考えます。 次に、③の債務免除についてですが、債務免除は、相手方にその分の経済的利益を生じさせるものですから、一般的にはその免除額を基礎として手数料を計算すべきものです。そうすると、仮に③の内容のみを公正証書にする場合、免除額2億9,400万円を基礎として計算することになりますから、基本的な手数料は95,000円となります。 ところで、債務免除は、民法第519条に債権者の単独の意思表示として規定されているとおり、基本的には債権者の単独行為です。債務免除も公正証書で作成することができますが、執行証書となり得るものではありませんし、債権者の意思表示を記載した私書証書の認証によっても同じ効果(公証制度による証明力)を生じさせることができます。 従って、全体を一つの公正証書で作成することも可能ですが、①と②の分の基本的な手数料17,000円と、③の分の基本的な手数料95,000円を合算すると、112,000円と相当高額になってしまいます。 公証人としては、当事者が全体を一つの公正証書にしたいと言ってきた場合でも、その場合の手数料が相当高額になること、③については、私書証書の認証とその効力が変わらず、③を切り離して私書証書の認証で行えば、この事案の場合の債務免除証書の認証手数料は11,000円(公証人手数料令34)となることを説明の上で、当事者にどちらを選ぶか決めてもらうというのが相当と考えます。 ちなみに、このような場合、公証人としてどこまで積極的に説明すべきかという問題もありますが、この事案の場合、債務免除を公正証書にした場合と私書証書の認証で行った場合の差額が84,000円とかなり高額であることから、上記のような教示をしなかった場合、後日、同じ効力でずっと安くできる方法があるのにそれを教示しなかったという苦情を受けるおそれがあります。 なお、御指摘の参考先例・実例2の先例は、主たる契約とは別に、保証人の一人について債務を免除し、それとは別に他人が残債務について新たに保証する契約をするということで、当事者も異なることから、各別に手数料を受けるべきであるというものですから、ご質問の事案には直接当てはまらないと思います。 ⑶丙説 公正証書の手数料は、金95,000円 この公正証書の記載には、「①3億円の債務承認、②その一部の代物弁済の合意、③残額債務の免除」という3つの法律行為が含まれていると考えます。 ①は、3億円の債務を承認する内容ですから、公証人手数料令17条に該当し、手数料は、11,000円となります。 ②は、代物弁済として「不動産を所有権移転した。」と「充当額は600万円とする。」ことにつき確認・合意したと記載されています。これは債務弁済行為を記載したものとみるか、このような行為があったことの承認行為とみるか、議論の余地があると思いますが、すでに終わった弁済行為についての確認・合意とみる方が素直な見方と思われ、そうであるならば、これについては、公証人手数料令17条に該当し、手数料は、11,000円となります。 ③は、「残債務金2億9,400万円について,債権者は債務を免除する。」と記載され、承認・合意とは記載されていませんので、これは、事実関係を記載したというより、ここに債権者の意思表示により債務免除という法律効果が発生する法律行為が記載されているとみることが相当と思われます。 参考先例・実例1として紹介されている例では、「一定金額を遅滞なく履行したときは残債務を免除する旨の意思表示(条件付債務免除契約)は、債務承認履行契約の従たる法律行為と解すべきである」とされていますが、本件は、一定金額600万円相当額については既に弁済済みであり、そのことを踏まえて、債務免除をするというのですから、明らかに先例とは異なる事例であり、この先例は、参考にならないものと思われます。 そうであるとすると、債務免除としての法律行為があったものとみて、公証人手数料令第9条に該当することとなりますので、2億9,400万円に相当する手数料として95,000円を徴収することは可能と思います。 以上のように考えると手数料は、合計117,000円となりますが、これは、各記載を独立したものと考え、それぞれ公証人手数料令に該当するか否かという観点から検討してみたものですが、果たして、このような考え方で、手数料計算してよいかどうかについては、この公正証書の果たすべき法的効果、あるいは経済的効果の観点から、もう一度公正証書全体をみて、その果たすべき役割を検討し直してみる必要があるものと思われます。 嘱託人が①、②については、法律行為の承認を求め、③については、債務免除の法的効果を確実にしておきたいためにこのような公正証書を作成しようとするのであれば、前述した手数料額になるものと思われます。 しかし、3億円の残余金2億9,400万円の支払いは免除するというところに趣旨があり、3億円の債務の存在及び金600万円の債務弁済は、債務免除に至る経緯を記載したものと解するならば、①と②は、③債務免除のためのいわば「従たる法律行為」に該当し、公証人手数料令第23条第1項に該当し、①と②についての手数料は徴収しないことになります。そうすると、この場合は、③債務免除についてのみ手数料95,000円を徴収することとなります。 いずれの考え方相当かは、当事者の意図に照らして判断する必要があると思われますが、①、②について手数料を支払ってまで公正証書を作成したいという意図は薄いと思われますので、当事者には確認する必要がありますが、後者に立って考えるのが相当と思われます。 もっとも、この後者の考え方に立ったとしても、乙説で述べられているような認証の方法によることとの問題がありますので、当事者には事前に、認証による方法もあること、そのときの手数料についても説明をしておくべき必要があると思います。 ⑷丁説 公正証書の手数料は、金95,000円 この公正証書の記載は、「①3億円の債務を承認する。②履行したことを確認・合意した。③残余債務を免除する。」となっているが、これは、当事者双方が3億円の債務があることを確認して、それを弁済する方法について記載するものであるので、公証人手数料令第9条に該当し、金3億円を目的の価額として手数料を算定することとなり、手数料は95,000円である。 3 結論 上記4説について、甲説は、①②③各記載をすべて合わせて当事者が単に承認したものととらえ手数料計算する考え方、乙説は、②債務弁済と③債務免除ととらえ手数料計算するが、債務免除について認証を検討する考え方、丙説は、③債務免除ととらえ手数料計算する考え方、丁説は、①②③各記載をすべて合わせて当事者間には3億円の債務承認弁済が記載されているものととらえ手数料計算する考え方で、それぞれ理由づけはできるものと考えられますので、それに基づき手数料を徴収することはできるものと思われます。 ただ、そうであるとするならば、当事者の意図を慎重に確認し、どのような公正証書にしたいのかを十分把握したうえで、どちらにでも解釈できるのではなく、例えば、「承認」であるのであればそのことが明確になるように、文言を整理して、前記4説の趣旨沿う形での記載になっているかどうか確認して、公正証書を作成する必要があるものと思われます。

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民事法情報研究会だよりNo.16(平成28年2月)

立春の候、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。 さて、本年度の事業計画に掲げた「公証事務の照会・回答システムの構築」につきましては、昨年5月の通常理事会における協議の中で、公証人は本来、日公連の照会回答制度を利用するべきではないかとの意見もありましたが、比較的軽微な事務処理上の疑義について、この法人の仲間内で経験豊富な会員が相談相手となって議論し対応すること自体、何ら問題はないだろうとの判断から、とりあえずの試みとして「質問箱」の仕組みを作ることとし、7月から運用を始めました。その結果、12月までに13件の照会があり、質問箱委員会において対応していますが、利用された会員からは大変参考になったという好反応をいただいておりますので、当面この仕組みを続けて行きたいと考えております。 なお、本研究会だよりは隔月発行を原則としておりますが、「実務の広場」に掲載すべき質問箱の事例が多いため臨時に増刊することとし、次回のNo.17は、本年3月にお送りいたします。(NN)

小倉馨著「わが航跡」を読んで(理事 井内省吾)

先頃、法務局・民事局の大先輩である小倉馨先生が自分史として発刊された「わが航跡」を読ませていただきましたが、その随所で、人生、法務局ひいては日本民族ないし日本国の現在過去未来についての様々な気持ちが私の中で去来しました。 ここでその全てを取り上げることは到底できませんので、その中の一つのご論稿「大和特攻と少尉候補生の退艦命令」についてのみ触れてみたいと思います。 「大和特攻」について、ここではその詳細には触れませんが、一般には、戦争が末期に至り物的・人的資源が極めて限られてきた中で、沖縄戦において起死回生を願い立案され遂行されたものと考えられているようです。 しかしながら小倉先生は、大和特攻で出撃した大和を旗艦とする第二艦隊の各艦艇に一旦乗艦した合計73名の少尉候補生が、乗艦3日後に大和特攻が命令された直後に、命令によって全員が退艦したことなどもあり、その後終戦までの間における戦死者が極めて少数であったことを数字的に確認された上で、「軍艦「矢矧」海戦記(井川聡著)」の記述を引用し、少尉候補生の退艦の際の各々の心情を、楠正成が湊川の別れで二十余名の家臣たちとの決別の際にふるさとの後図を託したという故事になぞらえ、「出て行くのも国のためなら、残るのも国のためだった。「大和」特攻は、終戦用意の第一歩でもあったのだ。」とされています。この言葉が私の心に突き刺さったのです。 その理由は二つあります。 第一に、「大和」特攻は、一面「特攻」であると同時に、他面、「終戦用意の第一歩」であり、一度乗艦したが実戦経験のない(という一見もっともな理由のつく)多数の若者に、(遥か昔から先祖代々連綿と続いてきて、明治維新期に植民地化の危機も乗り越えた)日本「国の後図」を託したという面も有していた、と小倉先生は断言されているのです。 そのように考えると、「国の後図」は、軍指導者や特攻で散っていった人々から、生き残った人々、ひいては、その後その子孫としてこの国に生を享け現代に生きる私達全体に託されたものであるとも考えられるのではないでしょうか。 そして、小倉先生の海軍の先輩・仲間たちへの熱い思い、これまでの至る所での常に全力投球のお仕事ぶり、家族・先祖・郷土への限りない愛と感謝の念は、本書「わが航跡」でも随所に垣間見ることができますが、海軍兵学校在学中に終戦を迎えられた先生のその後の命も、この「後図」実現のために捧げられているのではないかという思いに圧倒された次第です。 第二に、「「大和」特攻は、終戦用意の第一歩」という表現の中には、「特攻のような多数の若者の理不尽な死が必要な国には二度としてほしくない」という、小倉先生はもとより、特攻をされた方々、そして少尉候補生に退艦命令を下した軍指導者の痛切な願いが表わされていると思われることです。 時あたかも、現在は、冷戦終結で一極支配が確立したと考えられた米国の油断と力の陰り等から、世界各地でテロとの戦い、グローバリズムと反グローバリズムの戦い、覇権国とそれに挑戦する国の争い等が生じ、第一次・二次世界大戦後に作られ、それなりに安定していた世界秩序が(中東における国境画定のほか、ブレトンウッズ体制や核不拡散体制等)部分的にせよ崩壊の危機に瀕するかもしれないと感じさせるような状況にあります。 このような中にあって、昨年我が国政府は集団的自衛権を認め、安保法制を作り、G21などで明確に反テロ戦線に加わるなど、それなりに旗幟を鮮明にしてきたとも考えられます。とはいえ我が国がいきなり戦争に巻き込まれるなどということはあり得ないとは思うのですが、小倉先生の「わが航跡」を読んで、今後、どのような事態が訪れようとも、感性と文化を共有する日本国民全体の力と叡智を結集して、先人の「特攻が必要な国には二度としてほしくない」という願いに応えていくべく必死の努力していかなければならないと、痛切に感じている次第です。

今 日 こ の 頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。 

帳箱は物語る大唐正秀1 由来 そのものは、2年前の真夏に、箱に入って公証役場にやってきた。正確には、土地家屋調査士のTとKが自家用車に乗せて、二人がかりで大事に運んできたものである。 そのものは、桐材により制作された縦32.4㎝×横63㎝×高さ32.6㎝の蓋付きの箱で、古い時代から長期にわたり使われてきたことが容易に分かる大型の収納(文)箱とでもいうべき容れ物である。火災・災害時等においては、直ちに持ち出し可能なように設えたものであろう。蓋付きのまま利用すれば、記帳机としても充分機能する広がりである。その時代の大人であれば、一人でも持ち上げ移動できる、いわば現代におけるボストンバッグだと想像してもらえばよろしいかと思われる代物である。 所有者は、そのものを所有すること自体への思い入れがあるからか、この箱の裏面には「名東郡東名東邑御番所下山永左エ門」と大書されている。御番所注*1参照の下山永左エ門が設えたものと読むことができる。それに続けて、江戸時代の「安政四丁巳彌生月」(安政4年、1857年)と墨書されていることから、今から158年前に製作されたという計算になる。日米和親条約が締結されたり、安政東海、安政南海地震が数年前に起こった後の封建制の頃から近代国家へと移行した過度期を経て、今日までの時代に耐えてきたものであることから、この箱は、過去からの玉手箱、換言するならば、「時の入り船」ということになろうか。

注*1 御番所(ばんしょ) 「阿波近世用語辞典」(著者:高田 豊輝)によれば、「①関所のこと、②職業の類に番所があり不詳」と説明されている。 川口番所・堺目番所・遠見番所・見張番所・船渡番所には、郡(こおり)奉行支配番人(小高取・切田取・判形人もあり)又は郷士格・庄屋等一人~二人を番に当たらせた。 遠見番所と見張番所は海上・海岸警備の番所である。遠見番所は小屋程度の規模で番人は川口番所等と兼務であった。 番所には幕府の禁令(切支丹・毒薬・耕作損亡・忠孝・捨馬の制禁、諸廻船・異国船・酒造の御定等)の高札及び藩の制札(密告褒美、伴天連訴人銀子百枚黄金拾枚、いるまん訴人銀子五拾枚黄金五枚、切支丹訴人銀子三拾~二拾枚黄金三~二枚)を建ててあった。番所は明治五年に廃止された。 ◎川口・湊口番所の所在地 幕末に四六か所あった。分一所(ぶいちしょ)を兼ねていた川口番所もある。 ◎堺目口番所の類所在地 *(他藩との藩界付近に設置されていた模様で)、幕末に一四か所あった。 ◎船渡番所等の所在地 三好郡白地村本名に船渡番所、海部郡奥浦脇ノ宮に高瀬船番所があった。 ◎遠見番所の所在地 幕末に一六か所。寛政頃設置されたと言う。 ◎見張番所の所在地 幕末に10か所あった。 右は桑井薫氏編著の「阿波淡路両国番所跡探訪記」を基にして書いた(と著者)。 筆者注:前記用語辞典では、「名東郡東名東邑」に御番所が存在したことの記録はない。下山永左エ門さんが勤務していた御番所はどこでどのような番所であったのか、今のところまだ解明できていない。

2 事始め その箱の中には、一見して、おびただしい量の文書類が無造作に収納されていた。 上記のTとKによれば、旧家の土蔵を取り壊すとのことで、建物滅失登記を依頼された関係から、現場調査に行ったところ、その土蔵の二階から収納箱が見つかった。その家の当主は、その存在自体を子どもの頃から薄々知っていたものの、「古い物であり、土蔵の取り壊しと同時に、この際、中身ごと一括して廃棄してもらって結構だ。」ということであった。 そこで、念のため箱の中を覗いたら、どうも古文書類やら昔の地図類が沢山入っている様子なので、「一度、これらを公証役場で見てもらったほうがいいのではないか。」との話になり、所有者の承諾を得て、現状有姿のまま持ち込んだというのである。 板材の樹脂が抜け落ち生暖かい手触りのするその蓋を持ち上げてみると、古家と土蔵の香りが入り混じった遙か昔の香り(実は、埃の臭い)が立ち上がり、そこにはおびただしい量の内容物が詰まっていた。その時の気持ちは、あたかも、古墳を発見した考古学者が、胸の高鳴りを押さえ切れないであろうその動悸と同視できるのではないだろうか。 必要に応じて内容物が出し入れしたことが分かる状態での保管であり、几帳面に整理が行き届いた状態ではなかったものの、和紙に書かれた古文書類、それから古地図類がその大半であることは容易に判明した。何よりも多かったのが地券の類である。そこで、手始めに地券群を整理してみたので、ここで紹介してみたい。 3 地券 収納品を分類整理してみたところ、地券は3種類に大別でき、その内訳は、「地券之證」が10枚、「明治9年改正地券」が88枚あった。 前者は手漉きの和紙製、後者は明治政府により調製され配布を受けたものである。このほか破損した地券が各種類ごとにそれぞれ数枚ずつ存在する。 (1) 地券之證 このうち「地券之證」は、壬申地券創成期のもの(10枚、縦32㎝横43㎝、保管サイズ:二つ折り後に三つ折り)であり、「地券の證」と墨筆により記されている。この10枚は、明治7甲戊年3月発行分(2枚)と明治7甲戊年5月発行分(7枚)の2期に分かれている。 「従来の持地は追って地券を付与すべし」とされた範疇に含まれるものである 注*2 壬申地券創成期の地券「その3」参照 )

注*2 壬申地券創成期の地券 壬申地券創成期の地券は、次の3種に区分することができる。 その1は、明治4年12月27日に東京府下の武家地、町地の区別を廃し、土地の所有者に交付したものである。地所の代価の2/100を沽券(証文)税として課税することを意図し券面に記載されたもので、言わば都市型の地券である。 その2は、土地の売買譲渡に伴って交付された地券であって、「地券の證」がその初出である。この地券の様式は、「地所売買譲渡ニ付地券渡方規則」(明5.2.24大蔵省達25号)の公布に伴ってその雛形が示された。この地券の様式は、売買を原由とするものであることから、言わば所有権移転型の地券の発行ということができる。 その3は、明治5年7月4日に至り、「売買譲渡以外の土地の従来所持の者へ最前相達候規則に準じすべて地券を渡すようにせよ」と各府県に通達(大蔵省達第83号)されたものである。前記「地所売買譲渡ニ付地券渡方規則」(明5.2.24大蔵省達25号)において、「従来の持地は追って地券を付与すべし」(同13条)と予定していたものであり、同日公布され、上記の様式がそのまま承継され、交付されることとされた。この地券は、所持事実の現認・認定を原由とするものであることから、言わば所有権保存型の地券の発行ということができよう。 これらその1及びその2に係る地券(「地券の證」)は、いずれも、「地所持主たる確証」(同6条)とされたのである。 なお、地券発行に係る用紙及び地券之證印並びに地券に契印する押切割印について、大蔵省から次のような達が発出されており、当分の間、用紙は強靱な用紙(名東県は和紙)とし、地券状には地券之證印を押印の上、地券状と地券大帳との押切割印は従前の府県印を用いることとされた。
明治5年8月5日大蔵省達第97号 「今般地券発行に付券状に相用候料紙は追て相達候迄其地有合堅牢にて耐久の品可相用證印の儀は各府県へ一顆づつ相渡候條右を相用押切は従前の府縣印可相用此段相達候事 但し證印受取方の儀は租税寮へ可申立事」 (近代デジタルライブラリー「法令全書」・明治5年651p内閣官報局)
明治5年8月28日大蔵省達第115号 地所売買譲渡二付地券渡方規則中第一条第二条左之通改正 第一条 地券相渡候節地券は最前の雛形通りに製し地主へ相渡地券大帳はニツ折帳に仕立     半枚に二筆宛記載し券状と割印可致置事 但腹書多分有之分は見計たる可き事 第二条 地券大帳は年々収税の照準に致し地券渡済の上一村限地所之段別地券金高とも綜合高取調租税寮へ可差出来 但綜合高取調方別紙表式之通可相心得尤表式は追て可相達事 右之通及更正候条此段相達候也 (近代デジタルライブラリー「法令全書」・明治5年663p内閣官報局)

(2)「改正地券」について もう一種類の「明治9年改正地券」は、明治9年式の改正地券(88枚)である。「明治9年改正」と朱書き印刷されているものが多い。 改正地券は、地租改正事務局から明治8年11月20日達乙第8号としてその雛形が示され、洋紙に印刷した全国一律の用紙が各府県庁あて交付された。 これらの88枚は、前記の雛形により示され、各府県庁あてに印刷交付された用紙そのものが使用されており、また、時期を異にして交付された地券であっても同一官印が押印されていることがこれらの地券全部を比較照応する(官印の押印箇所に手ぶれが見られる)ことによって判明する。このうち背景茶地印刷の地券は75枚、背景青地印刷の地券は13枚である。 なお、明治9年8月22日達乙第12号により地券の表題の上部に「明治9年改正」の朱印を押す旨の改正がなされているので容易に識別できる。 その後、地券制度は、土地台帳規則(明治22年3月22日法律第13号)が公布される明治22年まで続いた。 (3)下山家の地券の分析 下山家の地券中、「明治7甲戊年3月発行」地券之證(縦32㎝横43㎝)については、上記「地所売買譲渡ニ付地券渡方規則」の公布に伴い示された雛形と比較して、個々の「地券の證」の表記方法が、次のとおり、相当部分において異なっている。 ① 反別(地積)の表示が記載されていないものの、これは、地券渡方規則第36条の規定に従ったものと思われる。 ② 地代表記部分の左端に「御運上金注*3参照」とその額が併記され、「名東御取立」の確認押印が付加されていることから、この税額により、税の賦課が決定されたか、又は、證印税規則(明治5年7月20日大蔵省達第88号)による證印税を納付したか、いずれかの証拠となる。

注*3 運上金(うんじょうきん) 運上は、近代日本における租税の一種で、それが金銭により納付が行われる場合に運上金と呼ばれた。江戸時代では、農業以外の商工業や漁業従事者に対する一定税率が定められ、その課税したものを運上と称した。また、特定の免許を与えられた者に必要に応じ上納させたものは冥加と呼ばれた。 明治維新後も明治2年に運上、冥加は当分の間現状維持とされたが、地租改正が進捗した明治8年には地方の多種多岐にわたる雑税が廃止された際に、これまでの運上・冥加のほとんどは廃止された。

③ 前記②については、下記文献では、「この地券に基づいて課税されることもなかった」と説明されていることに注意されたい。

「㈡ 郡村地券は、郡村の田畑宅地等の幕藩時代からの持主に「持主タル確証」として交付されたが、従来から所持する田畑などには代価も不明であったことから、地券にも「適当ノ代価」が記載されるだけで、地租率なども記載されず、地券だけからは地租額も不明であったので、郡村地券は「土地の持主であることを公証する」だけで、納租の標目でもなく、また、この地券に基づいて課税されることもなかった。 ㈢ 田畑等の持主は検地帳等に登録された地主であり、賦税の照準も検地帳等に書入られた「石高」から「地価」(適当な代価)に変更されるだけであったが、この地価は明治六年地租改正法に基づく改正地券によって確定されることになる。」 以上、「近代的土地所有権の形成と帰属」(古舘 誠吾)118p

④ 本「地券の證」の証明書き本文の内容が「授与」ではなく「相渡置候」となっており、しかも、その根拠として「従前割賦之通」との理由が付記されている。なお、地所を所持する者に壬申地券を交付する名東県庁の達は次のとおりである。

明治5年7月23日名東県達第34号 「先般相達候地所売買規則第13則に従来持地は追而地券渡方之儀可相達旨掲載有之候所今般管下人民地所々持之者は都最前之規則に準じ地券可相渡旨大蔵省より御達に付其旨相心得地所所持之者は田畑従来之位付に不拘方今適当之代価書入来る8月15日迄に不洩様持区限取纏め租税課へ可差出候萬一不得止次第に而取調て及遅延分は右日限前に情実申立相当之日延可願出候 壬申七月廿三日                  名東県庁」 (徳島市史料編695p)

⑤ 本「地券の證」の証明者として3名が連署のうえ押印されている。連署者は、3名とも「證」を証明発行する根拠となる権限がいずれも銘記されておらず、「県令、大少属の氏名及び押印」という雛形様式の方式は執られていない。なお、本「地券の證」では10点とも、連署者3名のうち1名は朱印により押印し、うち2名は墨印で押捺しているとの規則性が見られる。このことは、官吏と民間人を峻別するための地域の慣習によるものなのか、あるいは、けん制順を表示するための措置であろうか。朱印と墨印の区別には特段の事情はないのかも知れないとの推測も成り立つ。 敷衍すれば(あくまで私見であるが)、朱印押印者を地券取調掛(官吏)、墨印押印者を実地適宜の者(民間人)であると仮に見立てれば、連署及び押印は「名東郡取立」つまりは證印税規則のとおり取立(つまりは徴収=納入)済であることの証拠となり、ひいては、本「地券の證」が真正に作成されたことの担保になっているとの評価に繋がるのであるが、どうであろうか。 郡村地券発行の目的が、全国の地価総額の緊急の把握にあったことに鑑みれば、地租徴収のための主要な調査対象は田畑、宅地であり、山林、原野等については、劣後する調査対象であったものと思料されるものの、原則的には、明治5年7月4日大蔵省達第83号により、売買譲渡以外の土地の従来所持の者へ「最前相達候規則に準じ」すべて地券を渡すようにせよとの各府県あてに通達( 前記注*2 壬申地券創成期の地券「その3」参照 )されたことから、東名東村としては、山林、原野等であったとしても租税課へ差し出し、地券の証の発行を求めるべきものであろう。 ところが、壬申地券創成期のものである9点の「地券の證」に限っては、そうではなく、雛形様式の方式によらずに「最前相達候規則に準じ 」て「地券の證」を墨筆書きにより調製し、しかも、県庁租税課が関与した痕跡のないままで、それらを土地の従来所持の者へ、いずれも直接に「相渡」すという手法を執っているのである。 県(権)令、大少属等の氏名、署名そして押印はないものの、私文書であるとはとても思えないのである。この地域に独自の様式が認められていたとすれば、その根拠は何であったのか、について今後調査・確認する必要がある。 なお、上勝町誌198p上段には、「明治6年10月付け地券之證」、佐那河内村史(昭和42年1月3日発行)246pには「明治6年10月23日付け地券之證」、美郷村史(昭和44年3月31日発行)189pには「明治不詳年月日付け地券之證」が掲載されており、ここでは、共に同時期、かつ、地券渡方規則雛形様式どおりの交付となっている。このほか、酒井家文書総合調査報告書(編集発行徳島県立文書館)208P表(3)「『地券の証』からみた酒井弥蔵の所有地」によれば、地目「林」、面積「3畝6歩」との表記の後に「険阻、立木これあり」とあり、地券発行年月日欄に「明治9年11月19日」と表示されていると記されているものの現品そのものを確認することが叶わないため、これ以上の詳細情報を入手することはできていない。なお、表記方法は、下山家「地券の證」との類似性が見られる。 ⑥ 「名東御取立」の官(職)印が朱印されている。また、押切割印(官印、印影に「秋」、「庸」の文字の一部が判読される、上納(秋斂)の意味であろうか。)により割付印の措置が施されており、戸長、副戸長、用掛の決済・確認が戸長役場における地券発行事務の一環として行われていたことの証となっている。また、本件証書(正本)のほか本割付印の片方である「地券大帳」の存在を明確に示している。なお、氏名の後の押印は、朱印墨印であることはともかくも、それぞれ個人印が押捺されている。 ⑦ 前記⑥の官印及び割付印の存在から、本「地券の證」は、明治5年7月4日大蔵省達第83号により、「売買譲渡以外の土地の従来所持の者へ最前相達候規則に準じすべて地券を渡すようにせよ」との各府県に通達されたものを受けて、「東名東村」の名において渡されたものであるとの一応の推定が働く。 署名・押印者が戸長、副戸長、用掛かどうかは本「地券の證」では明白になっていないのであるが、徳島市史の記録(同史101P)によれば、署名・押印者は戸長でも、副戸長でもなく、また、用掛にも該当者の掲載がないことは確認済である。 このことから、実地適宜の者として地元の名望家(例えば、伍長等)が本件小区の地券取調掛に任命され、実施機関からその権限(実地下調べを含む。)を付与され、名東県庁から派遣された地券掛官の指導、監督及び検査手続きを経て、地券発行の任にあたったものと考えられるがどうであろうか。大蔵省から短期間における緊急の民有土地全部の調査とその地券発行を命令されていること、田畑調査に劣後する山林調査であることの要請を受け、戸長、副戸長が地元の名望家を動員し、戸長、副戸長、用掛が主体となって、山林について所持の事実を確認認定する証として本「地券の證」の発行措置が図られたのではないだろうか。 土地の把握と所持者の確認という事柄の重要性を認識するならば、官が主導しない限り、私的に単独では実施できない大事業であるからである。 ⑧ 加えて、本「地券の證」証明書き本文記載の文言から、 a.本地券発行検査が行われた、 b.当該山林は従来所持者のものと確認(認定)された、 c.(このことは)従前割賦のとおりである、 d.(そこで)この證書を渡し置く、 と判読できるがどうであろうか。 本「地券の證」の証明書き本文の内容は、土地売買譲渡の場合には、地券の文言を「授与」と直接規定されているものの、売買譲渡以外の土地の従来からの所持者である場合には、「最前相達候規則に準じ」と命じられているのみで、具体的な文言とか雛形までは指示されていない。 このことから、最前相達候規則に準じて、本税(=御運上金)を取り立てている「東名東村(戸長)」としての前記a.ないしc.の確認認定事実を具体的に列記記述する方法によったことから、「授与」ではなく「相渡置」との文言になっているものと推察されるのである。 ⑨ 今日時点における一応の結論 以上①から⑧までの事実から、本件「地券の證」は私文書ではなく、「名東御取立」と押印された官印の印影から、ⓐ所持事実の確認・認定事務を行い、ⓑ賦課ないし證印税の取立権限を持つ「機関」である東名東村が、ⓒ公文書として発行したものであることは明白である。売買に伴うところの地券発行ではなく、明治政府(官)による所持事実の現認・認定による地券発行であることから、この行為は、所有権保存登記に比定することができよう。 なお、地券渡方に関する大蔵省達が下記のとおり発出されていることからは、證印税として徴収したとするのが妥当性が高いもののように思われる

明治5年7月20日大蔵省達第88号 「今般地券渡方の儀相達候付ては右諸入費は證印税規則之通取立右を以支拂置」 (近代デジタルライブラリー「法令全書」・明治5年648p内閣官報局)

4 「証文・契約書類」及び「一村全図と各字図」ほか 紙面の都合で、帳箱の中身のほんの一部しか言及できていない。地券以外にも、「証文・契約書類」「一村全図と各字図」ほか未分類のものが多く収納されている。 地券以外の「証文・契約書類」は、150本以上(現時点において未整理分を除く。)あり、一応の分類として次のように整理している。 (1) 私人間における契約書類(私文書関係) ○売渡證文、地所売渡約定証、売買契約書・・・・・・・・・・・37本 (地所、地所建物、山林の文言を冠したものを含む。) ○地券預り之証  ・・・・・・・・・・・・・3本 ○金子借用之証、金員借用之証、金銭消費貸借、金子願証、費用金借用証、金円借用証、借用金支払期日契約書、副書・・・・・・・・・・・56本 (地券書入、地所書入、山林書入、土地1番抵当権設定、質付の文言を冠したものを含む。)などと区分けできる。 この中には、明治確定日付が付与されたものも数点存在する。 「質付金銭貸借契約」に「明治43年12月14日、公証人鈴木利行役場」の確定日付印が押印され、今1点は、「動産物売渡證」に「明治44年6月15日、前記公証人役場」となっており、かの時の、かの場所での先人の公証仕事の一つを垣間見て、書証とその証拠が確かに存在することの重さに、ただただ頭が下がる思いがする。 (2) 判決書、公正証書ほか(公文書関係) ○判決言い渡し(明治11年12月4日判決) ○判決言い渡し(明治25年 5月11日判決) ○貸金請求支払命令申請書 ○仮住所届 ○地所貸借契約書(徳島県知事土居直次昭和6年3月31日) ○動産物賃貸借契約証書謄本 ○動産物売買公正証書正本 ○地租計集廿口会報 ○証(落札) ○地所公募落札同所登記願 ○地所売渡付地券御確認願 ○租税代納済證明書 ○地券証印紙税領収 ○東名東村堤防費の納入の証 ○庄外三村継続土木費追徴地方税の納入の証 ○庄外三村明治20度上半期分村費の納入の証 ○租税代納受払帳 (3) 用水開削図((4)以外の図面関係) ○阿波国第八小区相合井掛用水埋樋居込絵図 ○村役場保管の図面写し (4) 一村全図と各字図 また、「一村全図と各字図」(素図)は、東名東村全図一葉、東名東村字図三十七葉(うち字図四葉のみ欠落)、由緒書記載帯封の3セットで構成されている。 この一村全図の特徴は、トラバース測量を実施した上で全図作成がなされていることである。字図には1号から41号までの番号が付され、小字単位で字図が調製されていることから、東名東村は、41の小字を持った村であることが判明する。東名東村全図によって小字の位置及び形状が容易に見分けることができ、字図により明治期の原始筆界(区割り)や道路水路の詳細が一目瞭然となるように記されている。 下山家の「全図、字図」(素図)は、基本的には、地図の作図方法が「地籍編製心得書及び雛形(明治15・8・3徳島県達乙第119号別冊地籍編製心得書)」を踏まえてのものであることから、「地籍地図」に分類することができる。 本地図上で、①山林等で高低差のあるものにはすべからく筆界に「度数及斜面ノ距離」が記入されていること(「筆界度数斜面距離記入達(明治18・5・13徳島県乙第69号達)」)、②「川、旧二等路とか旧二等路の道敷、用水路敷、悪水路敷」つまりは、「道路、水路の敷地」に新に番号を設け、其地順に従い「一ノ二、二ノ二」と枝番(作成当時は「糸番」と呼称している模様)を付し、その番号を朱書しており、改租の際に付した地番と明確に区別し表示されていること、③ 全図は一厘を一間とし、字図は一歩を一間の縮尺としている、いわゆる一歩一間図である。これらの地図調製技法から上記の地図であることが判明するのである。 下山家の地図が上記徳島県達乙第119号の雛形と異なる特徴的な部分を列挙する。 大部分の耕地の筆界線付近(一定箇所)には、細字で「二」の表示が見られる。この表示は、耕地(ほとんどは「田」)を有するいずれの字図にも、等しく付されている。現地の地物を斟酌するならば、「二」の表示は、畦畔の存在を示しているものと考えられる。 現地における用水路(水流)を斟酌するならば、黒細線(実線)の位置により筆界を明示した上で、「二」の表示は内畦畔(長狭物)を指すものとして地図作成者が略記したものと容易に読み解けるのである。その認識をもって耕地を再見すると、「上田」と「下田」の内、「上田」と認識できる側に「二」が表示されているのである。つまり、畦畔は、「二」の表示がされている側の土地の畦畔であること、換言すると、畦畔は、「二」の表示がされている側の土地に属するものであること、がその略号によって図上略記されていることになる。「地図ながめ 二の字、二の字の下駄の跡」との軽口が口ずさみたくなるほど、浮き浮きしてくる。 ① 上田・下田の区別のために必要な措置として「二」の表示による畦畔の存在(この略記表示の段階では、未だ雛形凡例で示された色分け表記にまでは至っていない。)、 なお、色分け表記は、「地籍編製心得書及びその雛形(上記徳島県達乙第119号)」により筆界の内側に着色する方法によることが雛形凡例により示されていることに留意されたい。 ② 実線引きの後に、実線引き自体を削り取ったり、和紙小片を貼付し再度位置を変えての実線引き箇所の存在(修正のための措置が施されている箇所)、 ③ 筆界位置を正確に特定できる工夫として、2.35㎝間隔で罫線が印刷されている和紙を用いていること、 ④ 地図帯封記載由緒書に「地籍下調檢査済ニ付檢本」(検査用地図)との位置付けがなされていること、 以上のことが記録、観察できることから、最終的な製図(清書)を行うための極めて完成度の高い原図(ないし元図)と把握し得るのである。  このことから、下調べを終え、地図業者として納品するための製図(清書)を行うための事前検査を受けた上で、修正を施した検査完了の素図と推察されるのである。①筆界位置修正(第弐号字図、第五号字図、第七号字図、第28号字図)、②字界位置修正(第六号字図)、③字番号自体修正(第30号字図、第39号字図)等の手入れを実行していることの痕跡が存置されている。 5 「時の入り船」での私の旅 このように、地方で住まう者には、息づいている明治に出会える機会がまだ残されており、殊に、この地方で保存されている明治期の絵図や古文書類と比較考量しながら調査でき、アマチュアでも十分楽しむことができる法歴史学的注*4参照に価値がある史料がまだまだ埋もれている。 古文書・古地図類(明治期の史料)と出会う楽しみの本質は、何であろうか。 調べ尽くされ過去の出版物に登載され縮小化されたものとか、さらにそれをコピーしたものとか、または、レプリカ(複製物)であるとか、手あかのついたものではなく、眠っていた存在そのものに直接出会いたいとの思いである。そのものが唯一絶対のものとして対峙できること、そのものを直に手に触れて存分に浸り切ることができ、探求心が刺激されて喜びの時を手に入れることができるところにあるのだと思う。つまりは、古文書・古地図類の原本性に魅せられ惹かれているということになろうか。 公証制度も原本を創り出すことにその本質的な意味を見出すことができる。嘱託を受け、唯一無二の原本を作出するところにその苦しみも、また楽しみも併存しているのだということに気付く。 この意味において、 「時の入り船」での私の探求の旅は、これからもまだまだ続いていくのである。 それにしても、肉体的にも精神的にも老いが忍び寄ってきている証左であろうか、時折、ギックリ腰になったり及び腰になりながらも、なお、日々是好日が続いている。

  注*4 法歴史学 老後の楽しみに、昨日私が考案した学域であり、領域として、地券、古文書、古地図の3分野からなる。少数無力学派の一つ。3分野の好きな者、この指止まれ。
鉛筆素描15年  

実 務 の 広 場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。
 

No.24 法改正に伴う社会保険労務士法人の定款記載例について

社会保険労務士法人(以下「社労士法人」という。)については、社会保険労務士法(昭和43年法律第89号、以下「社労士法」または「法」という。)の一部を改正する法律(平成26年法律第116号)が、平成26年11月21日に公布され、また、同法の施行期日を定める政令(平成27年政令第69号)が、平成27年3月6日に公布され、社員が一人の社労士法人の設立等を可能とする規定を除いて、平成27年4月1日に施行されたことから、定款認証実務もそのように運用されてきたところ(「社労士法人を設立するには、その社員となろうとする社労士が2人以上必要であることは明らか」、日公連「各種法人定款認証実務Q&A」113頁参照)ですが、今般、社員が1人の社労士法人の設立を可能とする政令の施行期日が平成28年1月1日とされたことから、同日以降に成立を予定する社労士法人については、社員となろうとする社労士が1名であっても設立可能となりました。 ところで、社労士法の改正は、特定商取引に関する法律の改正に伴い、社会保険労務士の業務範囲が拡大することとなったことによるものですが、具体的には、 ① 紛争目的価額の引上げ(個別労働関係紛争に関する民間紛争解決手続における紛争目的価額の上限が、民事訴訟法第368条第1項に定める額(60万円)から120万円に引き上げられたこと) ② 補佐人制度の創設(事業における労務管理その他の労働に関する事項及び労働社会保険諸法令に基づく社会保険に関する事項について、社労士法人が当該事務の委託を受け、弁護士である訴訟代理人とともに社労士法人の社員等を裁判所に出頭させ、補佐人として陳述することができるようにしたこと) ③ 社員一人の社労士法人(社員が一人でも同法人の設立等が可能となったこと) であり、この改正に伴い、定款の目的及び社員に関する規定等について、若干の変更が生じることとなったものです。 そこで、本稿では、この改正に伴い、変更となる社会保険労務士法人定款記載の一例(さいたま地方法務局と協議済み)を、次に記しておきます。日公連「各種法人定款認証実務Q&A」109頁以下に示された定款記載例と異なる部分に下線を付してあります。 なお、本改正に伴い、全国社会保険労務士会連合会及び各都道府県社会保険労務士会の社会保険労務士法人の規定に係る会則等は既に変更されているとのことですが、社労士法人の定款認証実務における法人社員となり得る資格を有することの資格証明書(特定社員資格証明書等;別添資料)の確認が必要である点は従前と同様であり、また、定款の絶対的記載事項及び相対的記載事項並びに任意的記載事項等については、日公連「各種法人定款認証実務Q&A」109頁以下に詳しく解説されていますので、これを参照願います。 【社会保険労務士法人定款記載例】 社会保険労務士法人○○○○ 定款 第1章 総 則 (法人の名称) 第1条 当法人は、社会保険労務士法人○○○○と称する。 (目的) 第2条 当法人は、次に掲げる業務を営むことを目的とする。 (1) 社会保険労務士法(以下「法」ともいう。)別表第一に掲げる労働及び社会保険に関する法令(以下「労働社会保険諸法令」という。)に基づいて行政機関等に提出する申請書、届出書、報告書、審査請求書、異議申立書、再審査請求書その他の書類(電磁的記録を含む。以下「申請書等」という。)を作成すること (2) 申請書等について、その提出に関する手続を代わってすること (3) 労働社会保険諸法令に基づく申請、届出、報告、審査請求、異議申立て、再審査請求その他の事項(厚生労働省令で定めるものに限る。以下「申請等」という。)について、又は当該申請等に係る行政機関等の調査若しくは処分に関し当該行政機関等に対してする主張若しくは陳述(厚生労働省令で定めるものを除く。)について、代理すること (4) 個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律第6条第1項の紛争調整委員会における同法第5条第1項のあっせんの手続並びに雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律第18条第1項、育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律第52条の5第1項及び短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律第25条第1項の調停の手続について、紛争の当事者を代理すること (5) 地方自治法第180条の2の規定に基づく都道府県知事の委任を受けて都道府県労働委員会が行う個別労働関係紛争(個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律第1条に規定する個別労働関係紛争(労働関係調整法第6条に規定する労働争議にあたる紛争及び行政執行法人の労働関係に関する法律第26条第1項に規定する紛争並びに労働者の募集及び採用に関する事項についての紛争を除く。以下単に「個別労働関係紛争」という。)に関するあっせんの手続について、紛争の当事者を代理すること (6) 個別労働関係紛争(紛争の目的の価額が120万円を超える場合には、弁護士が同一の依頼者から受任しているものに限る。)に関する民間紛争解決手続(裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法律第2条第1号に規定する民間紛争解決手続をいう。)であって、個別労働関係紛争の民間紛争解決手続の業務を公正かつ適確に行うことができると認められる団体として厚生労働大臣が指定するものが行うものについて、紛争の当事者を代理すること (7) 労働社会保険諸法令に基づく帳簿書類(その作成に代えて電磁的記録を作成する場合における当該電磁的記録を含み、申請書等を除く。)を作成すること (8) 事業における労務管理その他労働に関する事項及び労働社会保険諸法令に基づく社会保険に関する事項について相談に応じ、又は指導すること及び裁判所において、補佐人として、弁護士である訴訟代理人とともに出頭し、陳述をすること  (9) 社会保険労務士法施行規則第17条の3第1号に定める事業所の労働者に係る賃金の計算を行うこと (10) 社会保険労務士法施行規則第17条の3第2号に定める労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律第2条第3号に規定する労働者派遣事業を行うこと 2 前項第4号から第6号までに掲げる業務(以下「紛争解決手続代理業務」という。)には、次に掲げる事務が含まれる。 (1) 前項第4号のあっせんの手続及び調停の手続、同項第5号のあっせんの手続並びに同項第6号の厚生労働大臣が指定する団体が行う民間紛争解決手続(以下「紛争解決手続」という。)について相談に応ずること (2) 紛争解決手続の開始から終了に至るまでの間に和解の交渉を行うこと (3) 紛争解決手続により成立した和解における合意を内容とする契約を締結すること (事務所の所在地) 第3条 当法人は、主たる事務所を埼玉県○○市に置く。 第2章 社員及び出資 (社員の氏名、住所及び出資) 第4条 当法人の社員の氏名及び住所並びに出資の目的及びその価格は、次のとおりである。 埼玉県○○市○○番地○        ○○○○ 金銭出資                 ○○○○○○ 円 現物出資 ○○○○  この価格      ○○○○○○ 円 総出資額                  ○○○○○○ 円 (持分譲渡の制限) 第5条 当法人の社員は、社員が1名のときを除き、その持分の全部又は一部を他人に譲渡するには、他の総社員の承諾を得なければならない。 (競業禁止) 第6条 当法人の社員は、自己若しくは第三者のために当法人の業務の範囲に属する取引をなし、又は他の社会保険労務士法人の社員となってはならない。 (社員法人間の取引) 第7条 当法人の社員は、社員が1名のときを除き、他の社員の過半数の承認があったときに限り、自己又は第三者のために当法人と取引をすることができる。 (新加入社員の責任) 第8条 当法人の設立の後に加入した社員は、その加入前に生じた当法人の債務についても、これを弁済する責任を負う。 第3章 法人の代表及び業務執行 (代表社員) 第9条 当法人を代表すべき社員は1名とし、社員が1名のときはその者を代表社員とする。 但し、社員が複数のときは、業務を執行する社員の中から社員の互選をもってこれを定める。 2 前項の規定にかかわらず、紛争解決手続代理業務については、法第2条第2項に規定する特定社会保険労務士である社員(以下「特定社員」という。)のみが当法人を代表する。 (業務の執行) 第10条 当法人の社員は、業務を執行する権利を有し、義務を負う。 2 前項の規定にかかわらず、紛争解決手続代理業務については、当該業務にかかる特定社員のみが業務を執行する権利を有し、義務を負う。 (業務及び財産の状況の報告義務) 第11条 代表社員は、社員が1名のときを除き、他の社員の請求があるときは、いつでも、当法人の業務及び財産の状況を報告しなければならない。 第4章 社員の加入及び脱退 (加入) 第12条 新たに社員を加入させるには、社員全員の同意を得なければならない。 (止むを得ない事由がある場合の脱退) 第13条 止むを得ない事由があるときは、社員は、いつでも、脱退することができる。 (脱退事由) 第14条 社員は、前条及び持分を差し押さえられた場合のほか、次の事由によって脱退する。 (1) 社会保険労務士の登録が抹消されたとき (2) 死亡し、若しくは失踪宣告を受けたとき (3) 破産手続開始の決定を受けたとき (4) 社員が1名のときを除き、総社員の同意があったとき (5) 成年被後見人又は被保佐人になったとき (6) 除名されたとき (除名並びに業務執行権又は代表権の消滅) 第15条 社員又は業務を執行する社員について、次の事由があるときは、当法人は、訴えをもってその社員の除名若しくは業務執行権又は代表権の消滅を裁判所に請求することができる。 但し、社員が複数のときは、対象社員以外の他の社員の過半数の決議に基づき、訴えをもってその社員の除名若しくは業務執行権又は代表権の消滅を裁判所に請求することができる。 (1) 出資の義務を履行しないとき (2) 第6条の規定に違反したとき (3) 業務を執行するに当たり不正の行為をし、又は権利なくして業務の執行に関与したとき (4) 当法人を代表するに当たって不正の行為をし、又は代表権がないのに当法人を代表して行為をしたとき (5) その他重要な義務を尽くさなかったとき (6) 当法人の業務を執行し、若しくは当法人を代表することに著しく不適任であるとき (除名社員と法人間の計算) 第16条 除名により脱退した社員と当法人との間の計算は、除名の訴えを提起した時における当法人の財産の状況に従ってこれをなし、かつ、その時から法定利息を付するものとする。 (除名以外の事由による脱退社員に対する持分の払戻) 第17条 除名以外の事由により脱退した社員に対しては、脱退の時における当法人の財産の状況によってその持分を払い戻すものとする。 (金銭による払戻) 第18条 脱退した社員の持分払戻しは、その出資の目的のいかんにかかわらず金銭をもってするものとする。 第5章 計 算 (事業年度) 第19条 当法人の事業年度は、毎年○月1日から翌年○月31日までとし、その末日をもって決算期とする。 (計算書類の承認) 第20条 社員が1名のときの代表社員は、毎決算期において、次の書類を作成し、主たる事務所に保管しなければならない。   但し、社員が複数のときの代表社員は、毎決算期に次に掲げる書類を各社員に提出して、その承認を求めなければならない。 (1) 財産目録 (2) 貸借対照表 (3) 損益計算書 (4) 事業報告書 (5) 社員資本等変動計算書 (6) 利益の処分又は損失の処理に関する議案 (積立金) 第21条 当法人は、その出資額の4分の1に達するまで、毎決算期に利益の処分として支出する金額の10分の1以上を積み立てるものとする。 (利益の配当) 第22条 当法人は、損失を補填した後でなければ利益の配当をすることができない。 (損益分配の割合) 第23条 社員が1名のときを除き、各社員の損益分配の割合は、その出資額による。 第6章 解散及び合併 (解散の事由) 第24条 当法人は、次に掲げる事由により解散する。 (1) 総社員の同意 (2) 他の社会保険労務士法人との合併 (3) 破産手続開始の決定 (4) 解散を命じる裁判 (5) 法第25条の22第2項の規定に該当することとなったこと (6) 法第25条の24第1項の規定に基づく厚生労働大臣による解散の命令 (合併) 第25条 当法人は、他の社会保険労務士法人と合併する場合には、総社員の同意を得なければならない。 第7章 清 算 (清算人の選任及び解任) 第26条 清算人の選任及び解任は、社員の過半数をもってこれを決する。 (残余財産の分配の割合) 第27条 残余財産は、社員が1名のときを除き、各社員の出資額に応じて分配する。 (任意清算) 第28条 前2条の規定にかかわらず、総社員の同意によって当法人が解散した場合における法人の財産の処分方法は、総社員の同意をもってこれを定めることができる。 第8章 定款の変更 (定款の変更) 第29条 定款の変更をするためには、総社員の同意を得なければならない。 第9章 附 則 (最初の事業年度) 第30条 当法人の最初の事業年度は、当法人成立の日から平成○年3月31日までとする。 (法令の遵守) 第31条 本定款に定めのない事項は、すべて社会保険労務士法その他の法令の規定による。 上記のとおり社会保険労務士法人○○○○設立のため、この定款を作成し、設立時社員が記名押印する。 平成   年   月   日 ○○○○      ㊞

平成  年  月  日 社会保険労務士法人の特定社員資格証明書 住  所  〒 埼玉県○○市○○○○ 番地 氏  名  ○ ○ ○ ○ 社会保険労務士登録番号  第○○○○○号   全国社会保険労務士会連合会 会 長  ○ ○ ○ ○ 貴殿について、下記の事項を証明します。 記 1. 全国全国社会保険労務士会連合会の社会保険労務士名簿に登録された社会 保険労務士であること。 2. 社会保険労務士法第25条の8第2項各号に該当しないこと。 3. 社会保険労務士法第14条の11の2の規定による付記を受けた社会保険労務 士であること。   (注.特定社員でない場合は記載がありません。)

 (松田謙太郎)

No.25 遺言公正証書の作成に際して、その過程をビデオ撮影したいとの要請があるが、これに応じて差し支えないか。(質問箱より)                      

【質 問】 当職が以前作成した遺言公正証書の全部を撤回する遺言書を、遺言者が高齢(99歳)のため遺言者の自宅で作成してほしいとの嘱託があり、あわせて依頼人で証人となる司法書士から作成当日はビデオによる撮影を行いたいとの要請がありましたが、作成手続のビデオ撮影に応じることについてはいささか疑義がありお伺いします。 なお、本件については次のとおりの経緯があることを申し添えます。 記 ・ 当初、関係者から相談があったときに、正本、謄本を回収したい旨伝えたところ、正 本、謄本については手元になく所持者から返してもらえない。また、正本、謄本がなければ作成依頼に応じないのかとの問いには、必要書類ではないが提出をお願いしていると伝えたところ、後日、法務局から電話で遺言撤回の依頼に正本、謄本の提出がなければ作成できないと言われたとの通報があったと連絡があり、その経緯を説明したところ法務局は了承した。 ・ その後、他の司法書士からも同事件の遺言撤回の相談があったが、その際にも経緯を説明したところ、その司法書士も了承し、その後連絡はなく、今回の司法書士からの依頼となった。 ・ また、本件では、別件で訴訟が提起されており、前記当職作成の遺言公正証書が乙号証として提出されている。 ・ 前記当職作成の遺言公正証書は、弁護士を通じて依頼があり、当該弁護士が証人及び遺言執行者となっている。 このような経緯もあることから、本件については、担当の司法書士に対して遺言者の法律的判断能力の有無を確認したところ問題はないとの回答を得ましたが、当日、判断能力に疑問を抱いた場合には執務を中止することや、医師の診断書の提出も促すなど、慎重に進めているところでしたが、ビデオ撮影については、今後の公証事務遂行全体に支障を及ぼすと考えられることから消極と考えておりますが、御教示願います。 【質問箱委員会回答】 1 問題点  本件は、前に作成した遺言公正証書を、撤回する遺言を作成するに際して、その模様をビデオ撮影したいが、差し支えないかというものです。ビデオ撮影を要望している者は、撤回遺言の証人・遺言執行者となる司法書士であり、その者が何故、ビデオ撮影したいのかについては、定かではありませんが、遺言公正証書作成に当たって、ビデオ撮影することには、消極的であるというのがこれまでの一般的な考えで、その理由とするところは、概ね次のようなものと思われます。 2 ビデオ撮影には消極的であるとの考え  遺言書は、死後において効力を生じるものであり、作成のやり直しができないものであるところから、その作成に当たっては、厳格な方式が採られており(民法969以下)、そして、遺言者に安心して遺言書を作成してもらえるよう作成後の遺言公正証書については、遺言の効力発生の前後を問わず、公証人に厳しい守秘義務が課せられています(公証人法4)。このような性質をもつ遺言公正証書について、その作成の過程をビデオ撮影することは、次の理由により問題点があるものと思われます。 ⑴第1に、公証人に守秘義務が課せられていることからの問題点です。当該ビデオは、撮影した司法書士が管理することになるでしょうか。そうなると、当該ビデオが利害関係者の間に流出しないとも限らず、結局のところ、公証人に課せられている守秘義務が守られない恐れが生じます。このような事態を招きかねないビデオ撮影は、許されるべきではないということになります。 ⑵第2に、遺言公正証書は、厳格な方式を踏んで作成されるものである点からも問題と思われます。遺言の方式として、代理に親しまない行為であり、証人2人の面前で遺言者自身が公証人に対して口授する等してすることとされていますが、これは、遺言公正証書の作成に当たって、遺言者の自由な意思が保障されなければならないという意味をも含んでいるものと理解されています。 ところが、通常の方式によらず、遺言者の自由な意思を妨げる状況が発生した場合は、どうでしょうか。そのような例を取り上げた裁判例があります。それによると、「公証人としては、遺言者が自己の真意に基づいて遺言をすることが妨げられるような疑義が生じる事態が生じないよう配慮すべき一般的な注意義務を負う。」ということを前提として、公証人が利害関係者の退去を要請したにもかかわらず、それが聞き入れられなかったことから遺言公正証書の作成を中止した場合に、公証人の判断は違法でないと判示しています(東京高裁平成21年4月8日判決。東京公証人会会報平成22年9月号13ページ)。 このことを踏まえてビデオ撮影について考えてみますと、真に遺言者の意思に基づくもの(自ら記念として撮って自分だけで管理するという場合)であれば特に差し支えはないものとも考えられますが、ビデオ撮影されているということは、遺言公正証書がその効力を発生する前に当該ビデオが流出し、遺言者の意に反して利害関係者に遺言の内容を知られるおそれがあることは当然予測されるところであり、そのことから遺言者にとっては、真意に基づいて遺言をすることが妨げられるおそれがあるものと考えられます。 したがって、公証人としてはまずビデオ撮影をすることについての遺言者の真意を確認する必要がありますが、上記裁判例でいうような疑義が生じるときは、ビデオ撮影をしようとしている者にこれをしないよう要請し、それが聞き入れられず、これが強行されるような場合には、その場での遺言公正証書の作成を中止しても違法とはならないものと考えます。 ⑶第3に、ビデオ撮影が、遺言公正証書の作成の有効性を証明するために、何故必要なのか不明であり、必要性について十分な理解のないまま、司法書士から要望があるからというだけで、ビデオ撮影を認めることは、厳格な方式を採用している遺言公正証書にとっては、むしろ邪魔であり、相当でないと考えます。 遺言公正証書作成に当り、最も重要なことは、遺言者の遺言能力と遺言者の意思の確認です。特に、本件のように、高齢であり、撤回の場合は、遺言者に対し、遺言能力の有無と従前の遺言の内容を確認するとともに、撤回の動機等の意思確認を特に念を入れて行う必要があります。遺言者の遺言能力を証明したいのであれば、医師の診断書を提出させ証明させるほうが効果的であり、ビデオ撮影ではあまり意味がないと思われます。また、従前の遺言の内容の確認と撤回の動機確認は、公証人が証人立会いの下に、口授させその内容を確認して行う必要があり、問題になる恐れがある場合は、日本公証人連合会からやり取りについて記録を残すこととされており、この方法が実務の取扱いとして確立された方法と言えます。ビデオ撮影が効果的とも思われるのですが、そのような扱いにはなっていないのです。このような意味から、遺言公正証書作成の要件でないビデオ撮影は、意味がなく、これに応ずべきではないものと考えます。なお、公証人が確認すべき事項の確認ができず、証書作成が不可となり、これ証明するためのビデオ撮影であったとしても、これに応ずべきではなく、証書作成ができなかった理由を書面で求められた場合は、公証人法施行規則第12条で対応すべきと考えます。 3 例外的にビデオ撮影を認められるとの考えと実例 ⑴例外的扱いの可否 それでは、ビデオ撮影は例外なく許されないかというと、①録画したビデオが流出するおそれがなく、利害関係者がみることができるような状況になることがないということであれば、公証人の守秘義務に反する恐れはなく、②遺言者自身も希望しており、あるいは了解しているような場合は、遺言者の自由な意思を阻害することにはならず、ビデオ撮影も差し支えないとも考えられます。 しかし、ビデオ撮影という民法、公証人法には定められていない方法を取り入れるわけですから、正面からこの問題を議論するとなると、①、②のような問題がないという理由だけでは不十分で、ビデオ撮影する必要があるという積極的な理由の存することが必要と思われます。 つまり、ビデオ撮影が認められるためには、①、②の要件を具備していることは当然のこととして、③例えば、訴訟対応上、ビデオ撮影をしておくことが有益な手段となり得る等、ビデオ撮影の必要性につき納得のいく説明がされるのであれば、認めても差し支えない場合もあるのではないかと思われます。 但し、この③については、様々な事由が考えられ、個別に判断せざるを得ないケースも出てくるので、①、②の要件の外に③の要件が満たされなければ、全くビデオ撮影を認めないとまで言い切るのは、いささか厳しいのではという考えもあり得るとも考えられます。③の要件まで必要と考えるかどうかについては、今後の実例の積み重ねに委ねることとせざるを得ないものと思われます。 ⑵ビデオ撮影をした例(公証法学第35号34頁参照) 目の動き以外に意思伝達方法がない者による公正証書遺言を作成した際、遺言者本人了解の下にその作成状況をビデオ撮影し、公証人の記録として遺した例がある。ビデオは、公証役場において保管されているとのことである。 4 本件についての対応 本件の対応を考えるに当たって、留意しなければならないのは、前の遺言公正証書は、弁護士が証人・遺言執行者となって作成したものであり、その遺言公正証書を巡って現在訴訟が提起されていること、その遺言公正証書を撤回しようとする遺言者の年齢は99歳と高齢であること、今回の撤回の遺言公正証書の証人・遺言執行者は司法書士であり、その司法書士が遺言公正証書作成の状況をビデオ撮影したいとの意向を示していることです。 このことを前提にすると、先に作成した遺言公正証書について不満を持つ者がおり、その者が年齢99歳の遺言者に対して前に作成した遺言公正証書を撤回するよう働きかけ、それで、今回、先の遺言公正証書を撤回しようということになったのではないかという疑問が生じます。もっとも、このような事情がなくても、本件は、年齢99歳の遺言者が本当に遺言公正証書を撤回したいと考え、そのことを公証人の面前で口授できるかどうかというが一番の問題点です。 司法書士としては、遺言公正証書の作成状況をビデオ撮影しておけば、裁判で公正証書の作成が問題になったときに、最も重要な証拠として採用されると考えているのかもしれませんが、訴訟対応としては不十分であり、むしろ、年齢99歳の遺言者の判断能力、撤回の意思確認こそが今回の撤回遺言公正証書の有効性を立証するポイントであることを考えると、司法書士に対して、ビデオ撮影だけでは有効な方策ではないこと、及びむしろ精神科専門の医師による「訴訟に耐えられる遺言者の診断書」を用意することが優先すべき問題であることを説明して、ビデオ撮影しなければならない理由が説明されない以上、認めないとする扱いが相当と思われます。 ただ、遺言者本人が了解し、録画ビデオを公証役場において保管し、診断書も準備でき、その上で、口授の状況だけでも録音を兼ねてビデオ撮影(弁護士と相談させ、訴訟上で有用であるとの確認をさせた上で)しておきたいということであれば、場合によっては、認めても差し支えないとも思われます。

No.26 共有地について事業用定期借地権設定契約をする場合に、共有者ごとに公正証書を作成することは可能か。(質問箱より)                      

【質 問】 事案の概要 所有者が、甲会社と乙ほか複数の個人との共有のA土地に事業用定期借地権を設定する場合に、共有者全員が設定には合意しているのだけれども、公正証書作成の日程調整が困難なため、各別に公正証書の作成ができないかとの照会があったもので、個人乙ほかの複数の個人と甲会社とは無関係な間柄にあります。 登記をする場合には、設定日が必要になりますので、公正証書に設定日を明記するなり、契約当事者外の共有者と共にA土地に事業用定期借地権を設定するのだという趣旨を記載すれば、共有者ごとに公正証書を作成することも可能かと考えているのですが、否定的な見解(理由は不明)を聞いたりすると自信がありません。よろしくご指導をお願いします。 【質問箱委員会回答】 1 共有地の賃貸借の法的性質 共有地について借地権を設定するということは、民法第252条にいう「管理」ではなく、同第251条の「変更」(即ち処分)と考えられますので、共有持分の価格の過半数で行えることではなく、共有者全員で行うか、少なくとも他の共有者の同意が必要となります。本件の場合、契約の当事者である共有者が公証役場に出向き、契約を締結するとのことなので、同意の問題は生じることなく、共有者各々が土地賃貸借契約の当事者となります。 ところで、共有地の賃貸借契約というは、「共有者の持分」について各共有者が貸主との間で契約を結ぶということではなく、「ある物を使用する」ところに契約締結の目的があるわけですから、「共有土地について一つの賃貸借契約が成立」し、その契約当事者は、本件でいえば、借主甲会社と貸主乙ら共有者であるということになります。もっとも、本件は、事業用定期借地権設定契約ですから、公正証書を作成する必要があります。 そこで、貸主乙ら共有者と借主甲会社は、契約当事者として、公証役場に出向き公正証書を作成することになるのですが、両者が同時に出席できないので、別々に公証役場に出向いて、各別に公正証書を作成することができるかということが問題となっています。もちろん、代理制度があることは了解しているのですが、それにはよりたくないとのことです。 2 次の事例をもとに、当事者が同時に公証役場に出向かないでも、公正証書の作成ができるかについて、検討してみましょう。 事例 ⅰ A土地(1筆)の所有者は乙1と乙2(共有者)で貸主 注 共有者が多いときは、乙2以外の者について、乙2と同様の扱い。 ⅱ 借主は甲会社 ⅲ 賃貸借期間 11月1日から20年間 ⅳ 賃料月額金10万円 ⅴ 公証役場に出頭できる日 乙1は10月7日のみ可能、乙2は10月14日のみ可能 甲会社は10月7日、10月14日のいずれの日も可能 ⅵ 乙1、乙2、甲会社、公証人は、共に10月14日契約成立で支障なし 3 共有者ごとに公正証書を作成 ⑴方法 ①公証人は、A土地に関する事業用的借地権設定契約公正証書(貸主乙1 借主甲会社)(X公正証書という。)とA土地に関する事業用的借地権設定契約公正証書(貸主乙2 借主甲会社)(Y公正証書という。)を作成し、準備 ②10月7日に、出頭した乙1と甲会社がX公正証書に署名・押印し、公証人が署名・押印してX公正証書が完成(効力は、同じ内容のY公正証書が作成されることを条件とする旨及びY公正証書作成日を設定とする旨を記載) ③10月14日に、出頭した乙2と甲会社がY公正証書に署名・押印し、公証人が署名・押印してY公正証書が完成(効力は、同じ内容のX公正証書が作成されていることを条件とする旨及び本日をもってX公正証書と同時に設定日とする旨を記載) ⑵説明 ①共有者全員の署名・押印が終わらないと公正証書としての効力が生じないので、他の共有者全員と同じ内容の契約がされることを停止条件とすることを公正証書にも明記しておき、かつ、最終の公正証書締結の日(停止条件が成就する日)が設定の日とします。相互の契約の関係を明記して停止条件付契約とするなどの工夫をしておけば、1筆の土地の共有者全員が同時に公証役場に出頭できず、各別に日時を異にして公正証書を作成することも、特にこれを禁ずる規定等はなく、このこと自体に問題はないものと考えます。 ②借主、貸主の要望ある場合は別として、貸主の手数料につき考えると、複数の公正証書とする場合の手数料の算定は、ⅰそれぞれ不可分債務である賃料額全体を基礎として算定する方法、ⅱ各契約の実質的利益に着目して、各共有者の持分割合に相当する賃料額を基礎としてそれぞれ算定する方法、ⅲ賃料額全体を基礎として算定した手数料を、共有持分割合に応じて複数の公正証書に振り分ける方法が考えられますが、この方法による場合は、作成される公正証書による実質的利益に着目して手数料を算定する手数料令の原則的考え方から、ⅱが相当と考えます。 ⑶問題点 この方法に対しては、本件賃貸借契約は、一つの契約であり、この賃貸借契約の債権である賃料は、不可分債権として理解されているので、公正証書は1通作成することが相当であり、契約当事者乙1と乙2のために公正証書2通を作成することは、対外的に混乱を招くので好ましくなく、作成すべきでないとの意見があります。 4 公正証書1通を作成 ⑴3の方法についての問題点を解消する方法として、次の方法はどうかという意見があります。 ①公証人は、事業用的借地権設定契約公正証書(貸主乙1・乙2 借主甲会社)を作成し、準備 ②10月7日に、出頭した乙1と甲会社が公正証書に署名・押印 (乙1と甲会社の署名・押印は、10月7日であるが、乙2が署名・押印し、公正証書が作成された日に効力が生じる旨付記) ③公証役場で、②をそのまま保管 ④10月14日に、出頭した乙2が公正証書に署名・押印、甲会社は確認 ⑤10月14日に、④に公証人が署名・押印して公正証書が完成 ⑵ 説明 ①共有地の賃貸借契約は、当事者が複数いたとしても、賃料請求権は分割債権ではなく不可分債権であり(乙1及び乙2の賃料請求権は内部関係に過ぎない。)、債務も共同で履行する義務があり、目的物は一つなので、一つの賃貸借契約が成立しており、公正証書も一つにすべきで、実情をそのまま表した公正証書といえます。そして、契約書の効力発生に停止条件が付けられるなら、署名について同様な考えをとっても差し支えないのではと考えます。 ②借主、貸主の要望ある場合は別として、貸主の手数料につき考えると、賃料月額をもとに手数料額全体を算定し、各共有者の持分割合、あるいは賃料債権の内部割合に応じて相当する手数料を算出することとなります。 ⑶問題点 この方法は、乙1の署名が公証人の署名が終了するまで中途な状態となり、そのような状態になること自体公証人法が想定しておらず認められないのではとの疑問が生じます。 5 上記3、4の方法に関連する先例 ⑴「事業用定期借地権設定契約の手数料について、共有土地を賃貸する場合、一行為とみるか数行為とみるかについて、賃貸借契約は一つであるから、一行為として算定する。」との先例(公証141号253p)があります。 この先例は、手数料に関するものですが、共有地の賃貸借契約では当事者が複数であっても、賃貸借契約は一行為として考えるべきであるとの考えを示したものであり、そうであるならば、契約書も一つで作成すべきで、当然のことながら、手数料も一行為として計算すべきことになります。 これに関しては、この先例は、全共有者が一緒に一つの公正証書で作成する場合が前提になっているものと思われ、共有者ごとに別々の公正証書を作成することも、債権契約としては可能と考えられるところ、当該協議結果は、その場合までを想定したものとは思われないので、共有地に関し共有者ごとに別々の公正証書を作成することを否定したものではないとの反論があります。 ⑵「嘱託人が多数いる事件については、役場が狭隘でやむを得ない場合に限り、数回に分けて公証人法第39条の手続をしても差し支えない。」との先例(明治42年8月30日民刑958号民刑局長回答(公証事務先例集191頁))があります。 この先例は、一度の署名・押印できない場合は、数回に分けて公正証書の作成を認めているものであり、理論的には、前記4の方法を肯定するものと思われます。 しかし、この先例を逆に読むと、共有者の数が特別多い場合は、数回に分けて行うこともやむを得ないが、それ以外のとき、つまり共有者が少ない場合は、一つの公正証書について法第39条の手続を分けて行うことはできないということになります。 6 結論 ⑴これまで述べたところから、同時に出頭できない当事者のために、「3共有者ごとに公正証書を作成する方法」は、理論的にも、先例からも、これを無効とする理由はなく、二つの公正証書に相互の関係が分かるように記載されていれば差し支えなく、また、「4公正証書1通を作成」も、これを無効とするとまでは、言えないと思われます。 しかしながら、前述したように、理論的には可能であるものの、通常の作成方法でなく、無理をして作成した公正証書との印象は否定できず、この方法が望ましい方法かというと決してそうではないと思われます。 ⑵以上のことから、本件に関しては、次のように考えます。 お尋ねの件に関しては、前記「3共有者ごとに公正証書を作成する方法」、あるいは「4公正証書1通を作成」に依らざるを得ない特段の事情がある場合は、それによることを否定するものではありませんが、次のような対応をされることが望まれます。 公証人は、執務時間外であっても執務することは禁止されておらず(公証人法施行規則9参照)、作成日を工夫する等により、公証役場に出頭したいとする嘱託人の意向が叶うよう努力すべきですが、その努力をもってしても、嘱託人が同時に公証役場に出頭できないときは、嘱託人に代理制度の趣旨を納得のいくよう説明し、代理制度を利用させるよう仕向ける必要があります。 それでも嘱託人において、代理人により作成することを拒否する場合は、その理由について納得のいく説明を求め、それができればともかく、おそらくそのような説明はできないと思われますが、そうだからといって、公証人の責任において、代理制度によらず、別の方法を探ることは、いわば嘱託人のわがままのために、公正制度本来の仕組み(嘱託人が出頭できないときは代理人による嘱託)を変えてまで対応することとなり、公証人として、そのような対応は許されないと考えます。 以上述べたとおりであり、公証役場に出頭できない者については、代理制度があるのでそれによるべきであり、代理人による方法を安易に避け、特段の事情がないにも関わらず、通常の作成方法を無視してまで、公正証書を作成することは、公証人自ら代理制度の存在意義を否定するものであり許されず、従わない嘱託人の申請は拒否せざるを得ないと考えます。

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