民事法情報研究会だよりNo.17(平成28年3月)

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早春の候、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。 さて、民事法情報研究会だよりは原則隔月刊として偶数月にお送りしてきておりますが、既にお知らせしたとおり、「実務の広場」に掲載を予定している質問箱の事例が多いため、臨時の増刊号をお送りいたします。 なお、本研究会だよりの発送をもって本年度の当法人の事業もおおむね終了いたしました。4月に入りましたら、新年度の会費納入のご案内をお送りいたしますが、都合により退会を希望される会員は、3月末日までに郵便・ファックス等でお知らせください。 次期年度は、6月18日(土)に定時会員総会・セミナー・懇親会を、また12月10日(土)にセミナー・懇親会を予定しておりますので、よろしくお願いします。(NN)

遺贈による登記雑感(監事 藤原勇喜) 高齢化社会を迎え、遺言相続に係る不動産登記はいろんな様相を呈してくるような感じを受ける。 例えば、相続人B、C、Dのために相続登記がされている不動産がある。しかし、この不動産には被相続人A(B、C、Dの父)の公正証書によるBへの特定遺贈遺言があり、その遺言を知らないで(あるいは誰かが故意に隠して)、相続人B、C、Dのための共同相続登記がなされている(B、C、Dの共有持分各3分の1)。 この公正証書遺言には「当該不動産は長男Bに遺贈する」旨記載され、遺言執行者甲が指定されている。にもかかわらず相続人B、C、Dのために共同相続登記がされている前記不動産について、この登記を遺言のとおり受遺者Bの単独所有名義とするために、CとDの相続による持分登記について、「遺贈」を登記原因とするBへの持分移転の登記を遺言執行者甲がその資格で申請することができれば、遺言書どおりの登記が実現することになる。しかし、昭和44年10月31日民甲2337号法務省民事局長電報回答はこれを否定している。 前記先例は、被相続人Aから当該不動産の遺贈を受けた共同相続人の一人Bが遺贈による登記をする前に、他の相続人の申請により、相続人全員であるB、C、Dに各3分の1の共有持分による相続登記がされている場合において、その後、受遺者Bを登記権利者、遺言によって指定された遺言執行者甲を登記義務者として、共同申請により、受遺者Bと遺言執行者甲との間の、C、Dの持分移転登記手続をせよとする旨の記載のある和解調書を提供して、「遺贈」を登記原因とする相続人C及びDの持分移転登記申請が各別にあった場合、遺言執行者甲は実質的には遺贈者Aの所有名義の土地についてはその代理人として「遺贈」による登記をする権限を有するが、一旦相続による所有権移転登記がされた後は、登記記録上の所有名義人(B、C、D)と登記義務者(遺贈者A)の表示が符合しないので、不動産登記法の規定(旧不登法49条6号、現不登法25条7号)により却下することになるとしている。 遺贈の効力については、物権的効力があると解されている(昭和34年9月21日民甲2071号法務省民事局長回答)。つまり、被相続人名義に登記されている場合における遺贈による所有権取得の登記手続に関し、遺贈者の相続人名義に所有権保存登記をした上遺贈による所有権移転の登記をすべきか(債権説)、それとも遺贈者つまり被相続人名義に所有権保存の登記をした上遺贈による所有権移転登記をすべきか(物権説)ということにつき、明治33年8月2日民刑798号民刑局長回答及び昭和29年4月7日民甲710号民事局長回答は、前説を採っている。その理由の根底には、死亡者名義に権利の登記をすることができないという考え方があったようである。すなわち、遺贈者はすでに死亡しているのであるから、最早死亡者である遺贈者(被相続人)名義で所有権保存登記をすることができないから、相続人名義(相続人不存在の場合は相続財産たる法人名義)に所有権保存登記をせざるを得ず、その結果、相続人(又は相続財産)から受遺者への遺贈による所有権移転登記をすることになるものとする。 しかし、相続人(又は相続財産)から受遺者への遺贈による所有権移転登記をすることは、権利変動の過程に沿わない登記をすることになる。つまり、受遺者は、被相続人から遺贈を受け、遺贈者の死亡の時に遺贈の効力が生じ、被相続人から受遺者に当該不動産の所有権が移転したのであって、遺贈者の死亡によって相続人が当該財産を相続しているわけではないのである(物権的効力)。要は、相続人から受遺者に所有権が移転するものではないということである。やはり、権利変動の過程と態様を如実に登記記録に反映させることが、不動産登記法の要請であり、その要請を貫くためには、死亡者名義に登記をすることも肯定せざるを得ないと考えられる。このことは、AがBに売買した不動産につき、その登記未了のうちにAが死亡した場合のBの所有権取得の登記手続に関して、死亡者であるA名義に所有権保存登記をした上で、Bへの所有権移転登記をすべき旨の先例(昭和32年10月18日民甲1953号法務省民事局長通達)があり、死亡者名義に登記することはできると解されている。死亡者名義の登記をすることができないとすれば、権利変動の過程と態様を如実に登記に反映することができないことになるからである。 この場合、相続人は、被相続人から当該不動産を買い受けた者との関係においては、相続により当該不動産の所有権を取得したことを主張することができないのみならず、被相続人の負担する買受人への所有権移転の登記を申請する義務を負担しているのであるから、この場合の登記手続としては、一旦相続人名義に相続による所有権移転登記をすることなく、被相続人の登記名義から直接買受人のための所有権移転登記をすべきであって、不登法62条(旧不登法42条)はこの趣旨に基づく規定であると解される。 判例によれば、被相続人から、当該不動産を買い受けた者が、当該被相続人及びその権利義務の包括承継人である相続人以外の第三者に対してその所有権を主張するためには登記を必要とするから、当該被相続人は、当該買受人のための所有権取得の登記がされない間は、当該買受人以外の第三者との関係においては、依然として当該不動産の所有者たる地位を有するのであり、したがって、当該相続人は、このような関係的所有権を承継するものと解され、もし被相続人から当該不動産を買い受けた者がその登記を受けない間において、相続人がその登記をし、当該不動産を他の第三者に譲渡し、その登記をしてしまったときは、その譲受人は完全に所有権を取得し、被相続人から当該不動産を買い受けた者は、その所有権を失うことになるので、この間の関係は、同一不動産の二重売買の様相を呈することになる(大判大正15年2月1日民集5巻1号44頁)とする。 なお、判例によれば、その不動産についてすでに相続登記がされているときは、必ずしもその登記を抹消することなく、当該相続人を登記名義人とする当該買受人のための所有権移転の登記をして差し支えないとしている(大判大正15年4月30日民集5巻6号344頁)。その理由としては、登記は、「不動産に関する現在の真実な権利状態を公示する」ことを目的とするものであるとする判例理論からすると、買受人のための所有権の登記を実現する方法としては、相続人を登記名義人として所有権移転登記を受ける、あるいは被相続人を登記名義人として所有権移転登記を受ける、そのいずれの方法によるとしても差し支えないということになる。裁判のようにすでに発生している紛争を解決することを目的とするという観点からは、権利変動の過程と態様の公示よりも、現在の真実な権利状態の公示に重きを置くことになるというのはやむを得ないと考えられるが、しかし、不動産登記制度は、紛争の解決を主たる目的とする制度ではなく、紛争が発生しないようにすることを主たる目的とする制度、まさに紛争予防を目的とする制度である。裁判制度は紛争の解決に主眼があるが、行政である不動産登記制度は紛争が発生しないように、紛争予防を目的とする制度であり、そのためには現在の所有者を公示して、その所有者に権利者としての御墨付きを与えればよい(対抗要件としての登記)というだけではなく(そのこと自体大変重要な意義を有していることは勿論であるが)、そこに至る物権変動の過程と態様を公示し、国民に調査資料を提供して、安心して物件の購入等の不動産取引ができるようにする必要があるわけである。登記記録のほかに登記原因証明情報を30年間公開することにしているのは、登記記録と同時に登記原因証明情報を提供して、当該不動産について取引をしてもよいかどうかを国民が判断できるようにするためである。 ところで、前記昭和44年の先例の事案は長男Bに遺贈する旨の遺言があるにもかかわらず、相続人全員であるB、C、Dに法定相続分各3分の1の割合による相続登記がされているために、遺言による物権変動の登記ができなくなっている。そこで、遺言による物権変動の登記をするにはどうすればよいかということになるが、この点については、相続人B、C、Dのために相続登記がされている不動産について、これを受遺者Bのために、CとDの持分について、遺贈を登記原因とするBへの持分移転の登記を申請することは前述のごとくできない(前掲昭和44年10月31日民甲2337号法務省民事局長電報回答)としているのであるが、遺贈に物権的効力が認められるとする見解によれば、遺贈不動産につき相続登記がなされた場合には、受遺者と相続登記名義人が異なればその登記が無効であってこれを抹消すべきものであり、受遺者と相続登記名義人が同一であればその登記は有効であると解することも可能である。ただ、遺贈の効力につき債権説をとれば、相続人名義で登記をしたとしてもそれが誤りであるということが判明すれば、受遺者であるBは、遺贈された権利の移転を相続人C、Dに請求することができる債権を取得し、相続人C、Dはその債務を負担するので、受遺者B名義に所有権移転登記をすべき義務を負担すると構成することも考えられなくはないが、判例・通説である前記物権説に立てば、遺贈には物権的効力が認められることになるので、被相続人であるA名義から直ちに受遺者であるB名義に遺贈を登記原因として所有権移転登記をすべきことになる。にもかかわらず、このケースでは遺言による物権変動が実現されず、法定相続によるB、C、Dへの相続登記がなされてしまっているということになる。 このように考えると前記昭和44年の先例の事案では、Bの持分として登記された部分については有効であり、CとDの持分として登記された部分は無効であると解することもできなくはない。このように考えると、一部の者の持分の登記について無効原因がある場合には、当事者が申請によって相続登記全部を抹消した後、遺贈による登記をすることも差し支えないと考えられ、また、Bの登記が有効であるということで、更正の登記によってBの単独所有名義とすることも考えられなくはない。しかし、そのためには、当事者の合意等が前提となり、遺言の内容に沿った登記を実現するには相当の困難を伴うことになる。遺言書の存在を気付かないという、このような事態は通常起こりうるケースでもあると思われ、せっかく作成した公正証書遺言があるにもかかわらず、ひとつ歯車が狂うと遺言書どおりの権利変動を公示する登記が極めて難しくなる。遺言書の保管場所についてのアドバイスの大切さとその重要性を痛感するが、個別事情もあり、これで十分という周知はなかなか難しい。元公証人としては複雑な気持ちである。しかし、翻って考えてみると、ひとつ歯車が狂うとなかなかうまくいかないというのは登記だけではないかも知れない。諸事万端歯車が狂うことがないように細心の注意をすることが必要且つ重要であるということ。絡まった糸を解すのはやはり難しい。年の始めにはいつもそう思ってきたのに今年もまた同じ感じがする。しかし、今年もめげずに安心・安全の道標を求めて頑張ろう、そう思うと気持ちが少し落ち着いてきたかな!! 今年もどうぞよろしくお願いしたいと思います。(平成28年正月)

 

今 日 こ の 頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

漢字検定に挑戦(坂根資朗) しばらく前のことですが、ある集まりで近況報告をすることになりました。私は、第1に読売カルチャーセンターが主催する月2回の腹式呼吸による健康維持を目的とする「スポーツ吹矢」に通っていること(2段を取得)、第2に春と秋の天気の良い日に、大宮から熊谷経由の秩父線を利用して「秩父三十四観音霊場」を徒歩で8日間かけてお参りをしたこと、第3に「漢字検定」に挑戦したことを報告しました。 漢字検定は1年に3回行われますが、私は6月に5級を、11月に3級を、翌年2月に2級を受けました。5級は小学校6年生が対象ですので、試験会場には、2,3人の大人もいたと思いますが、70半ばを過ぎた受験生は、小学生から見ると注目の的のようで、周囲から興味のある眼で見られたことを報告したように記憶しており、後日、友人から、あの報告が大変楽しかったといううれしいお便りをいただいたことを思い出します。 漢字検定に挑戦しようと思い立った経緯は、今になるとはっきりしませんが、パソコンを利用することが多くなり、漢字を読むことはできても書くことができなくなったことと、俳優や女性アナウンサーが漢字検定で苦労した話等を聞いて、私も挑戦してみようかなと軽い気持ちで始めたように思います。 しかし、折角挑戦するなら基礎からはじめてみようと考え、日本漢字検定協力協会発行の10級(小学校1年生対象)から5級(小学校6年生対象)までの「漢字学習ステップ」と「漢検分野別問題集」を購入し、漢字1006字について、①読むことと書くこと、音読みと訓読みを正しく理解すること、対義語、類義語、同音・同訓異字、四字熟語を正しく理解すること、送り仮名や仮名遣いを正しく書くこと、②筆順を正しく書くこと、③部首として漢字の形を理解すること等を中心に、勉強を進めました。 3級になると1600字が対象で、4級と3級の「漢字学習ステップ」等を購入して勉強しましたが、送り仮名がある漢字については、小学校1年生の分からすべて書き出して一覧表を作り、基本の送り仮名とそうでないもの等を理解しながら、勉強しました。 さらに2級になると、すべての常用漢字の読み書きと、特に高等学校で学習する音・訓を理解し、文章の中で適切に使えることが要請されますので、各「漢字学習ステップ」と、これまでに学習したすべてのことが網羅されている「漢字必携」を購入し、正月を過ぎた頃から2月の試験日まで、毎日2、3時間ほど、今思うと我ながらよくやったと思うほど熱心にこれに取り組みました。 受験願書は大きな書店で扱っており、級によって多少違いますが、それに検定料を添えて申込みをするだけです。試験時間は1時間で、問題数は5級と3級が120問、2級は110問で、いずれも200点満点です。私は、字が下手なことと遅筆のせいで、どの級も結構きつい時間でした。なお、試験日は年3回ですが、試験日の時間割が級によって分かれていますので、受験の級によっては一日に複数受験することもできます。 漢字検定の受検後2週間程で、得点と設問ごとの正解及び不正解箇所についての「検定結果通知書」と「合格証書」(合格証明書2枚付き)が送られてきます。私は受験したどの級も満点を取るつもりでしたが、いずれも数箇所の間違いがあり、あれほど頑張ったのにと残念な思いがありました。しかし、3級の合格率は約50パーセント、2級になると28パーセントということでしたので、1年間努力した自分を褒めてあげたいとも思いました。 受験できる級は、まだ準1級と1級が残っていますが、私の歳では合格は残念ながら困難と思い断念しました。若い皆様には、機会がありましたら是非挑戦してみてください。朗報をお待ちしております。

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閑話休題(小口哲男) 少し時間が経ちましたが、昨年の暮れの我が家の過ごし方について書いてみたいと思います。 長野県の岡谷市にある実家には母が住んでいて、2年に一度は、私の家族も共に年越しを実家で過ごすことにしておりますが、母も高齢になり、たくさんの人が泊まるということになると掃除や片付けも大変になってきていることから、母、私の家族、実家の近くに住んでいる姉の家族の総勢12名で(それぞれ婚姻した者もいますので、都合のつく者ということで)温泉に入れるホテル等に泊まって過ごそうという話になりました。 1か月前くらいから宿を探し始めましたが、人数のせいか、はたまた時期のせいか、なかなか手ごろな宿が見つからなかったので、比較的実家に近い宿ということで、奥蓼科の渋御殿湯というところを予約しました。 予約してからではありますが、口コミ等を見たりしたところ、いろいろなことが分かってきました(調べてから予約しなよ、という御批判は、甘んじてお受けしたいと思います。)。 渋御殿湯は、実家から他の候補地と比較して近いとはいえ、茅野駅からバスで50分から1時間くらいかかる終点のバス停の目の前にあること、標高は、1,880メートルくらいであること、信玄公の隠し湯と言われているようで、名前のとおり鄙びた温泉宿らしいこと、温泉が良いのがリピートの理由との書き込みがありましたが、いずれの書き込みも、訪れた時期が春から秋までに限定されており、冬に訪れた人の書き込みがほとんどないこと。 ここまで調べた時点で、すでに、どうしようかと思いましたが、さらに、調べていくと、冬場は、暖房が炬燵と石油ストーブしかないので、点けた時、又は消した時に換気のため、窓を開けると、一気に寒くなること、トイレについては、公共下水道が通っていない(そうでしょうね)ので、ポットンであること、温泉は、良いのですが、源泉は、冷泉(約25度)と温湯(約30度)で、そのほかに沸かした湯があること(沸かし湯にしか入れない!)、お風呂は2か所で源泉のある方には、洗い場がないことと、テンションの下がる内容ばかりでした。冬場のメリットとして書かれていた唯一のことは、うまくするとカモシカを見かけられるかもしれないということでした。 最初に予約を入れた時に、宿の人から、周りは何もないですよ、とわざわざ言われた意味が分かったように思いました。 また、今回は、2年ほど前に母の米寿のお祝いをしたときに、お祝いとして温泉旅行をプレゼントしますとしていたのに、そのままになってしまっていたことの履行を兼ねていましたので、宿の人に、個室での食事に何か特別な料理を加えてもらえないかとお聞きしたところ、当初は、そのような料理は出せないとのことでしたが、その後、鯉丸ごと一本揚げと馬刺しの追加が可能となり解決しました。 さらに、トイレについても、ポットンであることには変わりはないようですが、洋式トイレになっているとのことで、安心しました。 このように、大きな不安材料と少しの安心材料を持ったまま、大晦日を迎えました。 当日は、快晴で、例年に比べて雪も少ないとのこと、問題なく宿に到着しました。 早速、宿自慢の温泉に入りに行きました。 お風呂場は、2か所あるのですが、なんといっても源泉のある方を見てみたいと思い、そちらに行ってみました。 このお風呂場には、沸かし湯、約30度の温湯、約25度の冷泉の3つの湯舟がありましたが、廊下が極めて寒かったためか、約30度の温湯も温かく感じられました。 でも、まずは温まりたいと思い、沸かし湯に先に入りました。 その時点までは、風呂場は、私だけだったのですが、すぐに別の方が入ってこられ、その方は、まず、約30度の温湯の方に入られました。 この温湯が、リピーターの方のお目当てと口コミ等に書かれている温泉で、男湯の湯舟(女湯の方は、この源泉がパイプで運ばれているそうです。)が源泉の上に造られ、底からポコポコ温泉が湧き出してくる足元湧出の源泉です。 天然のジャグジーのようなものですが、一度は入ってみようかと思い、この方の出るのを待っていましたが、一向に出てこられないので、諦めて上がろうかと思い、沸かし湯の木の蓋(短冊形の重いヤツ)をかぶせるか確認しようと声をかけたところ、温湯を替わりましょうと言われ、加えて、下から湧き出してくるので、思ったほど冷たくは感じませんよと言われてしまいました。 こうなると、逃げるわけにもいかず、私もこの温湯におそるおそる入ってみました。 入れることは入れましたが、それなりの温度で、沸かし湯に入る前に入っていた方が温かく感じられたかなというのが正直な感想です。 でも、下から温泉が湧き出してくる感触は、えも言われず不思議かつ心地よく、春から秋の季節ならもっと良かっただろうと思いつつも、源泉を楽しむことができました。 その方は、私が温湯に入っている間に、一度、沸かし湯で体を温めたあとに、約25度の冷泉に入られていましたので、つい、冷たくないですかと声をかけてしまいました。 そこから、その方との会話が始まりましたが、その方いわく、冷泉は、高炭酸泉で、意外と冷たく感じないこと、季節の良い時期は、この源泉の順番待ちが発生するほど人気であることなどをお聞きすることができました。 その方から、是非、冷泉にも入ってみてくださいと言われ、私も、意を決して約25度の冷泉に入ってみました。 確かに、体を締め付けられるような感触があり、思ったほど冷たいとは感じませんでした。 次の日の朝も、沸かし湯から冷泉、温湯、沸かし湯の順番で、温泉を堪能した次第です。 夜の料理は、川魚、山菜中心ですが、特別料理も含め美味しくいただくことができました。 店の人に、ここは高度が高く酔い易いので、飲み過ぎには注意をと言われたのですが、飲み過ぎ、早めに酔っぱらい、すぐ寝てしまいました。 また、熱燗の好きな方がいたのですが、いくら熱くとお願いしても、熱くなかったのは、高度のせいか、運んでくる途中の廊下の寒さからだったのかは、今のところ不明です。 膝が悪くなってきている母からは、階段しかない宿は勘弁してと言われてしまいましたが、秘境の宿の温泉を堪能することができたのは、良い経験であったと思っています。

実 務 の 広 場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.27 ①債権者を甲、主たる債務者を乙、連帯債務者を丙とする2件の連帯保証契約及び②債権者を甲、債務者を丙とする4件の金銭消費貸借契約が締結されているが、丙の甲に対する①、②の債務を一つの準消費貸借契約にまとめて新たな契約を締結することができるか(質問箱より)                      

【質 問】 嘱託の内容・要旨 債権者を甲、①債務者を乙とする、下記1及び2の金銭消費貸借契約(以下、乙契約という。)、②債務者を丙とする、下記3ないし6の金銭消費貸借(以下、丙契約という。)の双方の契約について、これを準消費貸借契約の一つの契約にまとめて締結したいとして弁護士から相談された。これができない場合は、債務者ごとの二つの準消費貸借契約とすることも構わないとのことである。嘱託人代理人である弁護士の作成原案は次のとおり。 第1条(既存債務の確認) 丙は甲に対し、甲丙間における平成26年12月29日付連帯保証契約(主債務者:乙)に基づく甲に対する債務が本日現在金550万円、平成27年1月29日付金銭消費貸借契約に基づく甲に対する債務が本日現在金450万円、平成27年2月28日付金銭消費貸借契約に基づく甲に対する債務が本日現在金30万円、平成27年5月11日付金銭消費貸借契約に基づく甲に対する債務が本日現在金200万円及び平成27年6月22日付連帯保証契約(主債務者:乙)に基づく甲に対する債務が本日現在金488万円、総額金1768万円の支払義務が存することを認める。 第2条(準消費貸借) 甲丙は、本日、丙の甲に対する前条の債務(1768万円)を丙の借入金とすることに合意し、甲は、丙に対し前条の金額を元本とする貸付債権を有するものとする。 第3条(弁済の条件)   〈略〉 第4条(利息等)         〈略〉 第5条(期限の利益の喪失)〈略〉 第6条(連帯保証)      〈略。なお、連帯保証人の氏名は入っていない。〉 以下省略 記 1 550万円 26.12.29 債務者    乙 連帯保証人  丙 2 670万円    27.9.11残額488万円 27.6.22 債務者    乙 連帯保証人  丙、 丁 3 450万円 27.1.29 債務者    丙 4 30万円 27.2.28 債務者    丙 5 200万円 27.5.11 債務者    丙 6 50万円 27.6.19 債務者    丙 当職意見 準消費貸借の契約の締結に際しては、契約の当事者が原契約の当事者と同一であることが必要であるところ、債務者は乙のものと丙のものとがあって、これらを一契約にまとめる内容となっていることからこのままの内容では準消費貸借契約の締結は不可能であり、また、案によるとその契約の実質には更改契約が含まれており、純粋な準消費貸借契約ではないこと、さらに旧債務が準消費貸借契約締結後消滅することを考えると、乙が債務者である契約は、このような契約を締結しても消滅しないこととなるであろうから、提出された案による依頼には応じられないものと判断しているが、このような考えでよろしいかご指導をお願いします。 ※ 同一債務者ごとの2契約とする予定です。 なお、連帯保証人については、準消費貸借契約も新たな契約ですから、原契約の連帯保証人に追加することも、変更することも可能と考えますが、それでよろしいでしょうか。併せてご教示をお願いいたします。 【質問箱委員会回答】 甲丙間には、①債権者を甲、主たる債務者を乙、連帯債務者を丙とする、2件の連帯保証契約が締結されており、もう一方で、②債権者を甲、債務者を丙とする、4件の金銭消費貸借が締結されているが、この丙の甲に対する①、②の双方の債務をまとめて一つの準消費貸借契約として締結できるか、これができないのであれば、①と②を別々にして、それぞれ準消費貸借契約として締結できるかというのが、質問の趣旨と思われます。 1 ①、②の各々について、丙の債務を準消費貸借契約の目的とすることの可否 ⑴準消費貸借契約の成立要件 民法第588条で、準消費貸借は、ⅰ「金銭その他の物を給付する義務を負う者がある場合」であること、ⅱ「当事者がその物を消費貸借の目的とすることを約したとき」に成立するとしています。 ⑵②について ②の例は、一般的にみられる例であり、まず、これについて前記ⅰ、ⅱの要件を具備しているかを検討してみましょう。②の例で、丙は、金銭を支払う義務を負っているところからⅰの要件は満たしており、甲丙間で金銭の支払いを目的とする合意はできていることからⅱの要件も満たしており、準消費貸借契約の成立に問題はないものと思われます。ただ、次の点について、疑問が生じるかもしれません。 民法第588条の文言が、「消費貸借によらないで」と定めていますので、丙の債務が金銭の支払いである点で、問題にならないかですが、大審院の大正2年1月2日判決(民禄19・11)が、消費貸借による債務を当事者の意思をもって新消費貸借の目的とすることは本条の「消費貸借に因らずして」の文詞にかかわらず、可能であるとしていますので、元の債務が金銭の支払い債務であっても差し支えないことになります。 次に、数個の債務を一つにまとめる契約が、準消費貸借に当たるのか、更改に当たるのかという点があります。この点について、数個の債権を1個の債権にした場合、更改意思が認められるとした判例(大判明35.11.29。民録8輯10巻215ページ)もありますが、旧債務を消滅させるという明確な合意がない限り、更改には当たらないと解するのが相当と考え、本件については、更改には当たらず、準消費貸借に当たると考えます。 以上の点から、②の例については、準消費貸借契約が成立することに問題はないものと考えます。 ⑶①について ①の例は、丙の債務が連帯保証債務であることを除けば、②の例で述べたことがそのまま当てはまり、その点での問題はないと思われます。問題は、丙の甲に対する債務が連帯保証債務であり、主たる債務者は乙であるところから、単に甲丙間に存する債務を準消費貸借契約の目的にする場合とは異なり、このような場合であっても、準消費貸借契約の目的とすることができるかという点にあります。 丙の甲に対する債務は、乙を主たる債務者とする連帯保証債務ですが、連帯保証債務といっても甲と丙との間において締結された、金銭の支払いを目的とする債務であり、丙の連帯保証債務には、補充性がなく(民法454条により、同452条の催告の抗弁権及び同453条の検索の抗弁権を有しないとされています。)、丙は主たる債務者乙とともに甲に対する金銭債務を負担する者ですから、民法第588条で定める、「金銭その他の物を給付する義務を負う者がある場合」に、また、そのことを甲丙間で約束したので、「当事者がその物を消費貸借の目的とすることを約したとき」に、該当することとなり、準消費貸借契約は成立すると考えます。 また、準消費貸借契約の場合、「準消費貸借契約に基づく債務は、当事者の反対の意思が明らかでないかぎり、既存債務と同一性を維持しつつ、単に消費貸借の規定に従うこととされるにすぎないものと推定される」とした判例(最高裁第一小法廷昭和50年7月17日判決。民集29巻6号1119ページ。判例時報790号58頁、判例タイムズ327号181頁、金融・商事判例478号2頁、金融法務事情764号31頁)がありますので、当事者が特別これと異なる合意をしない限り、旧債務は消滅せず、新旧債務の同一性が認められることになります(旧債務を消滅させる合意があると、実質は更改契約となります。)。 なお、前述した数個の債務を一つにまとめる契約が、準消費貸借に当たるのか、更改に当たるのかという点については、連帯保証債務を目的とした場合については、その性質上、むしろ、旧債務は消滅させない前提の合意と考えるのが自然であろうと思います。 このように、丙の連帯保証債務を準消費貸借の目的とした場合、丙の債務が準消費貸借に切り替わっても、丙の債務は既存の連帯保証債務と同一性を維持しつつ、単に金銭消費貸借の規定に従って返済することとされただけですから、乙の主債務に影響はないと考えられます。 そして、連帯保証債務も付従性を有しますから、主たる債務が乙による弁済等によって消滅すれば、当然丙の連帯保証債務も消滅し、その分の準消費貸借契約に基づく債務も消滅することになります。また、丙の準消費貸借契約に基づく債務が履行された場合、丙は乙に対して、求償することができると解されます(民法459Ⅰ)。 2 連帯保証債務と他の債務を合わせて準消費貸借契約の目的とすることの可否 主債務者乙に関する丙の連帯保証債務と丙自身の甲に対する金銭消費貸借債務とを一つにまとめて、準消費貸借契約の目的とした場合、丙の弁済によって、丙の乙に対する求償債権が発生するかどうかという問題が生じます。つまり、丙自身の甲に対する金銭消費貸借債務であれば、その分甲に対する債務が消滅するだけですが、主債務者乙に関する連帯保証債務が弁済されたのであれば、甲に対する債務が消滅するとともに、丙は乙に対する求償債権を取得することになります。丙の甲に対する債務の弁済は、乙に対する求償債権を取得することになるのか、例えばこの弁済は連帯保証債務としての支払いである旨を表示させる等特別の定めをすればあるいは可能かも知れません。例えば、準消費貸借契約の支払いを分割弁済にした場合には、何月分の支払いの○万円のうち、□万円分は求償権発生の支払い、△万円分は求償権不発生の支払い等のような特別の定めをすることになりますが、このような定めは複雑になるばかりで、さらに債務の一部のみの支払いがあった場合、どの部分に充当するのかという問題が生じ、現実には困難な問題が生じます。このようなことになりますと、丙の債務をまとめて一本化して金銭の支払いを目的とする契約にしようとした趣旨が没却されてしまいます。 したがって、これら性質の違う旧債務を一つに合わせてしまうのには問題がありますので、①と②は区別して扱うこととし、準消費貸借契約を締結したいということであれば、①と②でそれぞれのグループ毎に、準消費貸借契約を結結するのが相当と考えます。 ただ、丙の債務総額を金1768万円として、準消費貸借契約の目的にしたいのであれば、①の主たる債務について、債権者甲、主たる債務者乙、引受人丙(甲と丙との合意でも可であるが、債務者の意思に反してなすことは出来ないので、乙の合意を得る。)を契約当事者とする免責的債務引受契約を締結の上、いったん①の債務を甲に対する丙の債務とした上で、②の債務と合わせて、準消費貸借契約を締結することは可能だと思います。 3 連帯保証人の追加・変更について 「連帯保証人については、準消費貸借契約も新たな契約ですから、原契約の連帯保証人に追加することも、変更することも可能と考えますが、それでよろしいでしょうか。」とありますが、原契約に連帯保証人が付されていなくても、新たに締結する準消費貸借契約に連帯保証人を付すことは可能か、原契約の連帯保証人をそのまま新たに締結する準消費貸借契約の連帯保証人にすることなく、新たに締結する準消費貸借契約については、別の者を連帯保証人とするは可能か、という意味でしょうか。準消費貸借契約は、新たな契約ですから、債権者甲と新たに連帯保証人となる者の間で合意があれば可能です。 4 更改契約について 「案によるとその契約の実質には更改契約が含まれており、純粋な準消費貸借契約ではないこと」と記載されていますが、どの箇所からそのように解されるのか判然としませんが、更改契約については、次のように解されていますので、参考に願います。 更改契約は、民法513条第1項により、当事者が債務の要素を変更する契約をすることとされており、債務の要素とは、債務者の交替(同514条)、債権者の交替(同515条)のほか、債権の目的の変更(金銭以外の物の給付を金銭の給付に変更するなど。)をいうものとされています。 そして、更改契約がされた場合、原則として元の債務は消滅し(例外は民法517条)、それとは同一性のない新たな債務が成立することになります。 所問の場合は、いずれも金銭の給付であって、債務の要素ではなく,債務の成立原因を変更するだけのもの(何年何月何日付け連帯保証契約を、何年何月何日付け準消費貸借契約とする等)ですから、それだけの内容の合意であれば、特別に旧債務を消滅させるという明確な合意がない限り、前述のとおり、更改には当たらないものと考えます。

No.28 (1)①債権者甲と債務者乙間の数次にわたる金銭消費貸借に基づく債務と②甲が貸付資金捻出のために銀行から貸付を受け、その費用及び利息を乙が甲に支払うことを約した債務をまとめて旧債務とする準消費貸借契約公正証書作成の可否、(2)同準消費貸借の期限の利益喪失条項に「債権者死亡」を加えることの可否(質問箱より)                     

【質 問】 事例 女性(債権者)が男性(債務者)に対し、これまで11回にわたり金銭を貸与(金銭消費貸借:総額約400万円)した。 そのうちの3回の貸与に当たっては、男性への貸与資金捻出のため女性が自己の名で銀行から貸付を受け、その金員で男性へ貸与し、銀行からの貸付費用(印紙代)及び銀行利息は女性が支払っている。なお、女性は、3回目の銀行貸付(本年9月)においては、男性への貸与金額(債権額)に加え、1・2回目の銀行貸付の残高分を併せて借受け、1・2回目の銀行貸付の返済(完済)をした。 ところで、女性が銀行から各貸付を受ける際には、男性との間で、銀行からの貸付費用(印紙代)及び銀行利息は男性が負担し、男性が女性にその分と同額の金銭を支払うとの口頭での約定ができていた。 今般、女性から当職に対し、男性から返済がないとして、男性との間の、①金銭消費貸借の元本、②銀行から貸付を受けた際の契約費用(印紙代)相当額、③1・2回目の銀行貸付の利息(既払い)相当額、④3回目の貸付の銀行利息(ほとんど未払:支払計画書の利息総額分)相当額を旧債務とする準消費貸借契約(126回の分割弁済)公正証書作成の依頼があった。 また、同準消費貸借の期限の利益喪失条項として、「債権者死亡」の文言を加えてほしい旨強い要望がある。 問題点 1 上記②ないし④の契約費用(印紙代)及び銀行利息分相当額を男性が女性に支払う旨の契約の契約名をどうすべきか。 ・・・「填補金支払契約」の名称は妥当か。 2 上記④(利息はほとんど未払)を旧債務とする準消費貸借契約は可能か。 ・・・利息債権は未だ発生しておらず、繰上返済等により利息総額が変わることもあるので、これを旧債務とする準消費貸借契約は妥当でないと考えるがいかがか。 ・・・上記④については、「填補金支払契約」として、準消費貸借とは別に公正証書を作成することは可能と考えるがいかがか。強制執行認諾条項は設けない。 3 期限の利益喪失条項に、「債権者死亡」の文言を加えることは妥当か。 ・・・債務者の責めに帰する事由ではないので、期限の利益喪失条項としては妥当でないと考えるがいかがか。 期限の利益喪失条項とするのではなく、返済期限の特約として、債権者死亡の際は直ちに全額(残額)返済する旨を契約条項に設けることは契約自由の原則から可能と考えるがいかがか。 【質問箱委員会回答】 第1 問題点の整理 はじめに、この問題にお答えする前に、問題点の整理をしておきます。 事例によれば、女性が男性のために銀行からお金を借り、そのお金と自己のお金を合わせて金400万円を男性に貸したところ男性から返済がないので、女性としては、貸したお金と銀行からお金を借りるのにかかった費用(印紙、利息)等含めて、男性が負担すべきお金については、男性との間において準消費貸借契約を締結し、それを公正証書にしておきたいというものです。 ここで、女性が男性との間において締結したいとする準消費貸借契約の前提となる契約とは、当事者間で締結済みの金銭消費貸借契約と、女性が銀行と契約した際に要した費用と利息(今後発生する利息を含む。)相当金額を男性が女性に返済する契約の二つの契約と思われ、この二つの契約を基に、女性は男性との間において、返済されるべき金銭の全てを内容とする準消費貸借契約を締結しようとの要望を有しているものと思われます。 ところで、女性は、男性のために銀行との間に金銭消費貸借契約を締結したのですから、女性が銀行に返済すべき債務は、実質的に男性が返済すべき債務であり、女性と男性との間の契約は、女性と銀行との間の金銭消費貸借契約を前提に、当事者間で協議して決めることとなると思われますが、女性が銀行からお金を借りる行為は、動機は男性に用立てるためであっても、女性と銀行との間の金銭消費貸借契約であり、他方、女性が男性との間においてお金の返済(貸したお金、銀行との間で必要な印紙代、利息等の経費)に関する契約を締結する行為は、あくまでも女性と男性との間の契約であり、女性には、ⅰ銀行の間で締結した金銭消費貸借契約と、ⅱ男性との間で締結する債務の弁済に関する契約の二つの契約が現にあり、当事者の意図もそのように理解されますので、このことを前提に検討してみましょう。 なお、この事例について、女性は、男性に貸与するために銀行からお金を借りたものですが、これは、男性が直接銀行からお金を借りられないので、女性名義を借りて銀行から借り入れをした、いわゆる「名義貸し」行為にあたり、このような女性の行為は許されるべきではないとして、公正証書の作成応じるべきではないとの意見もありますが、「名義貸し」は、女性は名義だけ貸し、銀行への返済等実質的な手続きは全て男性が行うという形になるのが一般的であるところ、この事例では、あくまでも銀行への返済は女性が行うことになっているので、その点は、いわゆる「名義貸し」といわれている例とは異なり、本件のような場合までも、「名義貸し」といえるのか疑問なしとしませんが、質問者の意図は、「名義貸し」となるかどうかではないため、本稿では取り上げないこととし、このような疑問もあるというにとどめておくこととします。 それでは、以下、問題点について、整理しておきましょう。 1 問題点1では、女性が銀行との間に締結した金銭消費貸借契約から生じた債務(②、③、④)について、女性からは、男性との間について準消費貸借契約の希望があるものの、質問者からは、「填補金支払契約」という名称の債務弁済契約を締結できるかが問題とされていますので、準消費貸借契約の成立の可否ではなく、「填補金支払契約」の可否について、検討することとします。 2 問題点2では、女性が銀行との間に締結した金銭消費貸借契約から生じた債務のうち④についてのみ、男性との間の準消費貸借契約の可否、否とした場合の「填補金支払契約」公正証書の作成の可否を問題とするものですが、④は女性の銀行に対する債務であり、それを準消費貸借契約とするのであれば、銀行との間の準消費貸借契約の可否が問題となるのですが、そうではなく女性と男性との間の準消費貸借契約を問題にされているようであり、その観点から、準消費貸借契約の可否について、検討することとします。 3 女性からは、男性との間において、①、②、③、④の全てを旧債務とする準消費貸借契約(126回の分割弁済)の締結の要望がありますので、その可否について検討をしておきます。 4 問題点3では、期限の利益喪失条項が問題とされていますが、本件のどの契約ということでないと思われますので、債務弁済契約について、一般的にこのような条項を付すことができるかという点について、検討することとします。 第2 検討結果 1 問題点1について (質問②ないし④の契約費用(印紙代)及び銀行利息分相当額を男性が女性に支払う旨の契約の契約名をどうすべきか。「填補金支払契約」の名称は妥当か。) 「②ないし④の契約費用(印紙代)及び銀行利息分相当額」とありますが、内容は、女性が銀行に支払った印紙代(「②銀行から貸付を受けた際の契約費用(印紙代)相当額」)、既払い利息(「③1・2回目の銀行貸付の利息(既払い)相当額」)及び未払い利息(「④3回目の貸付の銀行利息(ほとんど未払:支払計画書の利息総額分)相当額」)となります。 これは、女性が銀行との間に締結した金銭消費貸借契約から生じた債務で、②と③は支払済みであり、④は未払いですが、これらの債務は、もともと男性への貸与資金捻出のために女性が負担したものであり、これは、本来男性が負担すべきものであるとして、女性が男性の間において締結した金400万円の金銭消費貸借契約に基づく男性の返済債務と合わせて、これらの支払いを準消費貸借契約の目的として欲しいとの要望があるとのことです。 この点に関し、質問者は、男性が女性に支払う旨の契約名を「填補金支払契約」という名称で差し支えないかという点から問題にしているところからすると、②、③、④の債務を女性と男性との間の準消費貸借契約として構成することは困難とみて、むしろこれらをひとまとめにして、別の名称を付した契約として構成することができるかということを問題にしているものと思われます。 もっとも、次に述べる問題点2で④(未払い利息)については、準消費貸借契約とすることができるかを問題としておられますが、その点については、後述することとします。 さて、ここでの問題は、名称の前に、女性が銀行との間に締結した金銭消費貸借契約から生じた債務(②、③、④)を、女性と男性との間の契約として男性に支払い義務を負わせることができるかどうかがまず検討される必要があります。これについては、女性が銀行から借り入れするに当たってかかった費用がいくらであろうとそれは、銀行から女性がお金を借りるに当たってかかった費用、つまり女性と銀行との関係であり、形式的には、男性には係わりのない事項です。 しかしながら、この費用は、男性のためにかかった費用であり、そのことを男性も了承しており、女性と男性との間で、女性が銀行に支払うべき費用の返済について男性との間で合意がされているなら(民法650参照)、それは、女性と男性との間の約束であり、当事者で債務の弁済を内容とする契約を締結し、それを公正証書にすることは問題ないものと思われます。 具体的にどのような内容になるかというと、②、③、④の支払い総額がわかりますので(②、③については金額が確定、④についても未払いではあるものの支払うべき利息総額は確定)、その総額をもって、男性から女性に返済すべき額とすることで差し支えないかを当事者で確認し、その額で差し支えなければ、それを男性から女性にどのように返済していくのか、例えば、ⅰ合算した額について、毎月の返済額、返済時期、利息(率、支払い時期)、遅延損害金(率)、返済方法等を確定する、あるいは、ⅱ②、③、④のそれぞれについて返済時期、返済方法等を確定する等その定めは当事者で定めることができます。既に、当事者間で、このような定めがされているなら、そのことを確認し、そのことを契約書にすることで足ります。 ただ、④は、未払い利息であり、これについても、同様に扱うことができるかどうかですが、未払い利息といっても、これは女性が銀行に支払うべき金銭であり、これを女性が銀行にどのように支払うかは、銀行と女性との問題であり、その原資となるお金を女性が男性からどのようにして支払いを受けるかは別問題であり、女性としては、少なくとも銀行に支払う利息支払い時期までに男性からそれに見合う額が返済されていれば問題ないと思われますので、そのことに留意して、男性との間で、②、③の債務と合わせて、返済額、時期などを定めるか、④のみ別の返済方法を定めるかは当事者で定めておけば、問題ないものと思われます。なお、④については、未だ銀行との間で支払いが発生していない債務であり、このような利息を女性と男性との間の支払い債務とすることは疑問があるとして、④は②、③とは別に考えるべきであるとして、前記のような考え方はとりえないとの立場もあるかもしれませんが、それについては、次の「問題点2について」で、説明することとします。 そして、契約名については、その実体をわかりやすく表現したものであれば良いと思いますが、既存の債務の存在を承認し、その債務につき新たな履行方法(弁済の期限や支払方法等)を定める契約ということであれば、その名称は、日本公証人連合会発行の「新版 証書の作成と文例 貸金等・人的物的担保編」45p「債務(承認)弁済契約公正証書」ということで良いと思います。 2 問題点2について (上記④(利息はほとんど未払)を旧債務とする準消費貸借契約は可能か。利息債権は未だ発生しておらず、繰上返済等により利息総額が変わることもあるので、これを旧債務とする準消費貸借契約は妥当でないと考えるがいかがか。上記④については、「填補金支払契約」として、準消費貸借とは別に公正証書を作成することは可能と考えるがいかがか。強制執行認諾条項は設けない。) 「④(利息はほとんど未払)を旧債務とする準消費貸借契約は可能か。」とありますが、この④の債務というのは、前述したように女性が銀行に支払う利息債務のことであり、この債務を旧債務として準消費貸借契約の目的とすることは可能かということであるならば、女性と銀行との間の利息支払い債務を準消費貸借契約にすることとなりますが、そうではなく、④未払いではあるものの支払うべき利息総額を、女性と男性との間の債務弁済契約とし、それを旧債務として準消費貸借契約にすることができるかという問題と思われます。 この④未払いではあるものの支払うべき利息総額を、女性と男性との間の債務弁済契約とすることについては、問題点1で述べたとおりであり、契約として成立しますので、これを旧債務として、準消費貸借契約の目的とすることができるかどうかを検討することになります。 準消費貸借契約については、民法第588条で、ⅰ「金銭その他の物を給付する義務を負う者がある場合」であること、ⅱ「当事者がその物を消費貸借の目的とすることを約したとき」に成立するとしています。つまり金銭その他の物を給付する旧債務があり、それを準消費貸借契約の目的とすることに当事者が合意している必要があるということです。 本件における、旧債務に当たるものは、女性が銀行に支払うべき未払い利息相当額を、男性が女性に支払う旨の合意ができていれば、つまり支払うべき利息総額が決まりその額は支払わなければならないものとして確定しているので、それを債務とすることには何ら問題なく、そのことについての合意が債務弁済契約であり、これを、準消費貸借契約の目的とすることには支障がないものと思われます。ただ、この④に関する事項の債務弁済契約だけをもって、準消費貸借契約としても、内容的にみて、例えば数契約を一つにまとめる等の意味はなく、準消費貸借契約とすることの意味はあまりないものと思われます。 ただ、民法で定める要件に該当しているので、準消費貸借契約としたいというのであれば、それを拒むものではありませんが、準消費貸借契約とするということになると、この債務弁済の実態が、将来発生する利息相当分の額であり、現実に女性から男性に貸与した金銭の返済ではないところから、このような債務であっても準消費貸借契約の目的とすることができるかについて、検討を要します。 これについては、当事者が未払い利息相当額と同額の債務が存在することを確認し、それをどのように返済するかという定めをする場合は、既に支払うべき債務が確定しており、個別に支払うべき分割弁済の時期が来ていないというだけですから、別段問題は生じませんが、問題1で述べたように、銀行への利息支払いが発生していないので、現段階では女性の男性に対する債務は発生しておらず、女性が銀行に利息を返済するのに合わせて返済すべき債務が発生するような約束をする場合には、いまだ発生していない債務についての準消費貸借契約を成立させることになりますので、この点から問題となります。 このことに関し、最判昭和44年7月25日判例は、「当事者間において将来金銭その他の物を給付する債務を生ずることがあるべき場合、これを準消費貸借の目的とすることを約し得るのであつて、その後該債務が生じたとき、その準消費貸借は当然にその効力を生ずるものと解すべきであり・・・(昭和40年(オ)第200号同年10月7日第一小法廷判決、民集19巻7号1723頁)」と判示しています(判例時報568号45ページ)。この判例は、保証のために連帯保証人となった者が、その債務を履行した時の求償権でも良いとする判例ですが、本件のように、金銭を支払うべき債務が将来発生するものであっても差し支えなく、これを準消費貸借契約の目的とすることは可能と考えます。また、最判昭和40年10月7日判例も「当事者間において将来金員を貸与することあるべき場合、これを準消費貸借の目的とすることを約しうるのであつて、その後該債務が生じたとき、その準消費貸借契約は当然に効力を発生するものと解すべきである。」と判示しています。 これらの判例は、要物契約である金銭消費貸借契約が未だ金銭の授受がないところから発生していなくても、停止条件付準消費貸借契約の成立は認められるとしたもので(「証書の作成と文例 貸金等人的物的担保編43p 5参照)、このような契約であってもその有効性は認められるとしているので、本件のように、未だ債務は発生していないと考える立場にたっても、契約の内容を工夫し、停止条件付契約にすれば問題ないと思われ、例えば、女性の銀行への利息支払いに応じて返済する内容の債務弁済契約であっても、それを準消費貸借契約の旧債務とすることには、何ら問題はないものと思われます。 このような旧債務について、具体的に債務弁済金額、支払い時期が記載されおり、それを基にして作成された準消費貸借契約であれば、強制執行認諾条項を付することも可能です。現実に、強制執行できるのは、支払い時期が来てからとなるのは、いうまでもありません。但し、停止条件付準消費貸借契約とした場合、未だ効力が生じていないので、当該契約に基づいて作成された公正証書には、強制執行認諾条項は記載できるものの、その公正証書について執行分の付与はできず、具体的な支払い日が到来してから執行分を付すことになります。 なお、これらの債務につき、元本債務の準消費貸借契約とは別に公正証書を作成することについては、そのような当事者の合意があるのであればもちろん可能ですし、強制執行認諾条項を付するかどうかも当事者の自由です。 ただし、公証人は、当事者の合意内容について、違法な内容の是正や、後日の紛争を防止するためのアドバイスはすべきですが、当事者の合意形成そのものに関与すべきではありませんから、仮に、このようなことを一つの方法として提案するとしても、公証人の側からこうするよう強要されたと受け取られることのないように注意しなければなりません(特に、分けることによって手数料が高くなるような場合には、苦情の原因となりかねません。)。 3 女性の要望どおりの準消費貸借契約の可否 女性(債権者)が男性(債務者)に対し、これまで11回にわたり金銭を貸与(金銭消費貸借:総額約400万円)したことに関し、この返済に関する債務弁済契約と②、③、④の契約を合わせて、準消費貸借契約とすることが可能かどうか検討しておきましょう。 まず、11回にわたる金銭貸与と②、③、④の契約をまとめて準消費貸借契約とすることができるかどうかについては、数個の債務を一つにまとめる契約が、準消費貸借に当たるのか、既存の債務を消滅させて新たな債務とする更改に当たるのかという問題がありますが、この点については、「準消費貸借契約に基づく債務は、当事者の反対の意思が明らかでないかぎり、既存債務と同一性を維持しつつ、単に消費貸借の規定に従うこととされるにすぎないものと推定される」とした判例(最高裁第一小法廷昭和50年7月17日判決。民集29巻6号1119ページ。判例時報790号58頁、判例タイムズ327号181頁、金融・商事判例478号2頁、金融法務事情764号31頁)がありますので、当事者が更改契約とするのではなく、旧債務は消滅させずに、新旧債務の同一性が認められる準消費貸借とする合意をすれば、準消費貸借契約になるものと考えます。 これらの債務は、いずれも男性の女性に対する「金銭その他の物を給付する債務」であり、当事者が準消費貸借契約とすることに「当事者が合意」しているならば、民法第588条の要件を満たしているものと思われ、準消費貸借契約として公正証書を作成することは可能と考えます。その際、債務額を合算した額を弁済すべき金額として記載し、具体的な支払い方法を記載することとなると思いますが、旧債務のうちどの債務について返済したことにするのか把握する必要がある場合は、当事者で協議し、その旨特約を付しておく必要があります。 もっとも、④利息の支払い期が未到来なので、女性と男性との間の債務弁済契約は、将来発生するとの立場に立つと、①、②、③と同時に④も含めての準消費貸借契約は、既に成立している債務と未だ成立していない債務を同時に旧債務としてとらえることになり、そのような準消費貸借契約の成立は、困難と思われます。 なお、数個の債務を一つにまとめた場合、一部の弁済がされたときに、それがどの旧債務の弁済に当たるのかという充当の問題については、当事者間で特別の約束があればそれを明記することになりますし、特にそのような特約がなく、弁済の際にその指定(民法第488条)がされなければ、民法第489条の法定充当の規定によって判断されることになります。 4 問題点3について (期限の利益喪失条項に、「債権者死亡」の文言を加える ことは妥当か。債務者の責めに帰する事由ではないので、期限の 利益喪失条項としては妥当でないと考えるがいかがか。期限の利益喪失条項とするのではなく、返済期限の特約として、債権者死亡の際は直ちに全額(残額)返済する旨を契約条項に設けることは契約自由の原則から可能と考えるがいかがか。) 期限については、民法第136条第1項が、「期限は、債務者の利益のために定めたものと推定する」と定めており、民法第137条で期限の利益喪失事項が挙げられています。これらの規定は、強行規定ではありませんので、通常これらに準ずるような条項、例えば、「他の債権者からの強制執行を受けたとき」等が、契約によって定められています。 当事者が民法第136条第1項の推定に反する内容を定めることもできますし、債務者の責めに帰すべき事由も必要ありませんが、具体的に当該条項に該当するかどうかの判断が困難で不明確な条項では後日の紛争の種となってしまいますし、債権者がその優越的な地位を利用して債務者に著しく不利な内容を押しつけるということになると、民法第90条に違反することになります。 仮に債権者の死亡を不確定期限とする債務弁済契約がされた場合、債権者の死亡は、債務者の契約不履行でなく、債務者に責任はないのですが、債務者も納得しているのであれば、それ自体が違法とされるものではありませんから、このような契約と同様に、債権者に相続が発生した場合には債務を清算するという趣旨で、期限の利益喪失事項に当該条項を入れることに債務者も納得しているということならば、債権者の死亡を期限の利益喪失事項とすることも、直ちに違法ということにはならないものと考えます。ただ、例としては、あまりみられない例です。 もっとも、このような定めは、債務者としては、何時発生するか予想もできず、自らそれを防止する等の方策も講じ得ない事由の発生によって期限の利益を失うことになる訳ですから、債務者にとって不利な条項であることに間違いなく、債権者がその優越的な地位を利用して債務者に著しく不利な内容を押しつけたという可能性は否定できません。 このような規定を設けると、例えば、公正証書作成後、1月後に債権者が死亡したとき、債務者は全額の返済を求められ、返済できなければ強制執行を受けることになるわけですが、そのような厳しい内容であることを債務者が理解しているかどうか、また、そのような強制執行がされても現実に債務弁済の効果をあげることができない(無い袖は振れない。)ということであれば、意味のない公正証書を作成してしまうことにもなりかねません。また、現に、債権者が死亡し、一括返済となったとしても、相続人が何人いて誰が相続するかをすぐには解らず、履行遅滞が発生し、債権者不確知で供託することになることが予想され、付す条件としても不適当と考えます。 公証人としては、このような条項を設けるかどうか、慎重に債務者の真意を確認し、債務者の方から申し出たというようなことでもない限り、後日の紛争の種になりかねないこと、予防司法という公証制度の目的から、後日の紛争の種になるような条項を公正証書に入れることはできないということを理解させる必要があるものと考えます。

No.29 損害賠償債務を承認し、その一部を代物弁済した残債務を免除する旨の公正証書作成手数料について(質問箱より)                      

【質 問】 次の不法行為事案につき債務承認をし,一部を代物弁済(不動産)した後の残債務については免除する旨の公正証書を作成する場合の手数料は,免除する残債務額を目的価額として差し支えないでしょうか? <事案> ①業務上横領により3億円の損害を与えたことを認め,当該債務を承認する。 ②一部履行としての代物弁済…債務の一部履行として不動産を所有権移転した。充当額は600万円とする(代物弁済に要する諸費用控除後の金額)ことにつき確認・合意した。 ③残債務金2億9,400万円については,弁済に耐えうる資力がなく賠償困難であるから,債権者は債務を免除する。 <参考先例・実例> 1 手数料・債務弁済<債務一部免除(条件付債務免除契約) 債務承認、分割履行契約公正証書において、一定金額を遅滞なく履行したときは残債務を免除する旨の意思表示(条件付債務免除契約)は、債務承認履行契約の従たる法律行為と解すべきであるから、手数料令23条により、主たる法律行為により手数料を算定すべきで、免除額について手数料を徴収すべきでない。(大阪合同役場法規委,公証112-205)。 2 手数料(連帯債務免除) ①連帯債務者の1人に対する債務を免除するとともに、②残債務につき保証する契約を締結する場合は、①については債務全額を目的価額とし、②については残債務額を目的価額とし、各別に手数料を受けるべきである(大正3.6.4民894法務局長回答・先例集718)。先例集718,連合会「公証人手数料令・印紙税法関係資料集(平成19年1月)」4p 【質問箱委員会回答】 1 公証人手数料令のうち関連する条項 本件公正証書に記載されている事項は、「①3億円の債務を承認する。②債務の一部600万円を代物弁済により履行したことを確認・合意した。③残債務金2億9,400万円について債務を免除する。」の3項目とのことです。 このような記載をした場合、公証人手数料令のどの条項に該当するのかですが、本件に関連すると思われる公証人手数料令の条文について、その考え方を整理しておきましょう。 公正証書の作成手数料は、原則として法律行為の目的の価額の区分に応じて決められます(公証人法9)。それは、公正証書の記載内容の経済的利益に着目して手数料を計算するという考え方によるものとされています。 これについて、例外として諸々の条項がありますが、本件に関連するものとしては、「承認、許可若しくは同意又は当事者の双方が履行していない契約の解除に係る証書の作成についての手数料の額は、一万千円とする。」と定められており(公証人手数料令17本文)、また「従たる法律行為について主たる法律行為とともに証書が作成されるときは、その手数料の額は、主たる法律行為により算定する。」と定められています(公証人手数料令23Ⅰ)。 このような例外が定められたのは、前者については、証書作成行為そのものが簡易で定型的なものであること、単に債務の承認だけということであれば執行証書の効力も生じないことなどの理由によるものと思われます(日本公証人連合会平成19年1月発行の公証人手数料令・印紙税法関係資料集5ページの10及び同15ページの19参照)。また、後者については、主たる行為が存在し、それとの関連で行われた行為については、手数料としては、主たる行為で評価されているので、手数料計算の対象とされていないものと思われます。 2 諸説 さて、本件が、公証人手数料令のどの条項に該当すると考えればよいのかについては、公正証書全体をみて判断するか、各記載についてみて判断するか等とらえ方によって異なるものと思われますが、公正証書の果たす役割及び嘱託人の意図するところ等をも考慮する必要があり、次のような考え方が成り立ちうるものと思います。 ⑴甲説 公正証書の手数料は、金11,000円 この公正証書の記載は、「①債務を承認する。②履行したことを確認・合意した。③債務を免除する。」となっていますが、この公正証書作成の趣旨は、全体をみれば、当事者双方が事実関係を確認して、それを承認したことが記載されているので、公証人手数料令第17条に規定されている「承認、同意」に該当し、手数料は11,000円となります。 参考 公証人手数料令・印紙税法 関係法令集(日本公証人連合会)編15頁、45頁 ⑵乙説 公正証書の手数料は、金17,000円+③については債務免除(金95,000円)又は認証の手数料(金11,000円) この公正証書の記載には、「①3億円の債務承認、②その一部の代物弁済、③残額の免除」という3つの法律行為が含まれていると考えます。 この場合、仮に、確定的な3億円の債務についてその全額を弁済するという約束があり、ただし、その一定額までの弁済が約束どおり行われたら残額は免除するという内容であれば、3億円を基礎として手数料計算をすることになりますので、基本的な手数料は95,000円ということになります。 ただし、この事案では、最初から一部の代物弁済のみが予定されており、残額については資力がないことを理由に免除するということですので、御指摘の参考先例・実例1の決議の考え方により、3億円を基礎として手数料計算するのには問題があります。 もし、①と②のみを内容とする証書ということになりますと、②が実質的な弁済契約であり、①は単なる承認(仮にこれだけを証書にするなら定額)ですから、①の承認は②の付随行為と見ることができます。①と②を別個の行為と見ることも可能かもしれませんが、承認のみの証書を定額とした考え方からして、別個に手数料を徴収するのは相当ではないと考えます。 従って、①と②のみの内容の証書の基本的な手数料は、600万円を基礎として、17,000円とするのが相当と考えます。 次に、③の債務免除についてですが、債務免除は、相手方にその分の経済的利益を生じさせるものですから、一般的にはその免除額を基礎として手数料を計算すべきものです。そうすると、仮に③の内容のみを公正証書にする場合、免除額2億9,400万円を基礎として計算することになりますから、基本的な手数料は95,000円となります。 ところで、債務免除は、民法第519条に債権者の単独の意思表示として規定されているとおり、基本的には債権者の単独行為です。債務免除も公正証書で作成することができますが、執行証書となり得るものではありませんし、債権者の意思表示を記載した私書証書の認証によっても同じ効果(公証制度による証明力)を生じさせることができます。 従って、全体を一つの公正証書で作成することも可能ですが、①と②の分の基本的な手数料17,000円と、③の分の基本的な手数料95,000円を合算すると、112,000円と相当高額になってしまいます。 公証人としては、当事者が全体を一つの公正証書にしたいと言ってきた場合でも、その場合の手数料が相当高額になること、③については、私書証書の認証とその効力が変わらず、③を切り離して私書証書の認証で行えば、この事案の場合の債務免除証書の認証手数料は11,000円(公証人手数料令34)となることを説明の上で、当事者にどちらを選ぶか決めてもらうというのが相当と考えます。 ちなみに、このような場合、公証人としてどこまで積極的に説明すべきかという問題もありますが、この事案の場合、債務免除を公正証書にした場合と私書証書の認証で行った場合の差額が84,000円とかなり高額であることから、上記のような教示をしなかった場合、後日、同じ効力でずっと安くできる方法があるのにそれを教示しなかったという苦情を受けるおそれがあります。 なお、御指摘の参考先例・実例2の先例は、主たる契約とは別に、保証人の一人について債務を免除し、それとは別に他人が残債務について新たに保証する契約をするということで、当事者も異なることから、各別に手数料を受けるべきであるというものですから、ご質問の事案には直接当てはまらないと思います。 ⑶丙説 公正証書の手数料は、金95,000円 この公正証書の記載には、「①3億円の債務承認、②その一部の代物弁済の合意、③残額債務の免除」という3つの法律行為が含まれていると考えます。 ①は、3億円の債務を承認する内容ですから、公証人手数料令17条に該当し、手数料は、11,000円となります。 ②は、代物弁済として「不動産を所有権移転した。」と「充当額は600万円とする。」ことにつき確認・合意したと記載されています。これは債務弁済行為を記載したものとみるか、このような行為があったことの承認行為とみるか、議論の余地があると思いますが、すでに終わった弁済行為についての確認・合意とみる方が素直な見方と思われ、そうであるならば、これについては、公証人手数料令17条に該当し、手数料は、11,000円となります。 ③は、「残債務金2億9,400万円について,債権者は債務を免除する。」と記載され、承認・合意とは記載されていませんので、これは、事実関係を記載したというより、ここに債権者の意思表示により債務免除という法律効果が発生する法律行為が記載されているとみることが相当と思われます。 参考先例・実例1として紹介されている例では、「一定金額を遅滞なく履行したときは残債務を免除する旨の意思表示(条件付債務免除契約)は、債務承認履行契約の従たる法律行為と解すべきである」とされていますが、本件は、一定金額600万円相当額については既に弁済済みであり、そのことを踏まえて、債務免除をするというのですから、明らかに先例とは異なる事例であり、この先例は、参考にならないものと思われます。 そうであるとすると、債務免除としての法律行為があったものとみて、公証人手数料令第9条に該当することとなりますので、2億9,400万円に相当する手数料として95,000円を徴収することは可能と思います。 以上のように考えると手数料は、合計117,000円となりますが、これは、各記載を独立したものと考え、それぞれ公証人手数料令に該当するか否かという観点から検討してみたものですが、果たして、このような考え方で、手数料計算してよいかどうかについては、この公正証書の果たすべき法的効果、あるいは経済的効果の観点から、もう一度公正証書全体をみて、その果たすべき役割を検討し直してみる必要があるものと思われます。 嘱託人が①、②については、法律行為の承認を求め、③については、債務免除の法的効果を確実にしておきたいためにこのような公正証書を作成しようとするのであれば、前述した手数料額になるものと思われます。 しかし、3億円の残余金2億9,400万円の支払いは免除するというところに趣旨があり、3億円の債務の存在及び金600万円の債務弁済は、債務免除に至る経緯を記載したものと解するならば、①と②は、③債務免除のためのいわば「従たる法律行為」に該当し、公証人手数料令第23条第1項に該当し、①と②についての手数料は徴収しないことになります。そうすると、この場合は、③債務免除についてのみ手数料95,000円を徴収することとなります。 いずれの考え方相当かは、当事者の意図に照らして判断する必要があると思われますが、①、②について手数料を支払ってまで公正証書を作成したいという意図は薄いと思われますので、当事者には確認する必要がありますが、後者に立って考えるのが相当と思われます。 もっとも、この後者の考え方に立ったとしても、乙説で述べられているような認証の方法によることとの問題がありますので、当事者には事前に、認証による方法もあること、そのときの手数料についても説明をしておくべき必要があると思います。 ⑷丁説 公正証書の手数料は、金95,000円 この公正証書の記載は、「①3億円の債務を承認する。②履行したことを確認・合意した。③残余債務を免除する。」となっているが、これは、当事者双方が3億円の債務があることを確認して、それを弁済する方法について記載するものであるので、公証人手数料令第9条に該当し、金3億円を目的の価額として手数料を算定することとなり、手数料は95,000円である。 3 結論 上記4説について、甲説は、①②③各記載をすべて合わせて当事者が単に承認したものととらえ手数料計算する考え方、乙説は、②債務弁済と③債務免除ととらえ手数料計算するが、債務免除について認証を検討する考え方、丙説は、③債務免除ととらえ手数料計算する考え方、丁説は、①②③各記載をすべて合わせて当事者間には3億円の債務承認弁済が記載されているものととらえ手数料計算する考え方で、それぞれ理由づけはできるものと考えられますので、それに基づき手数料を徴収することはできるものと思われます。 ただ、そうであるとするならば、当事者の意図を慎重に確認し、どのような公正証書にしたいのかを十分把握したうえで、どちらにでも解釈できるのではなく、例えば、「承認」であるのであればそのことが明確になるように、文言を整理して、前記4説の趣旨沿う形での記載になっているかどうか確認して、公正証書を作成する必要があるものと思われます。

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