民事法情報研究会だよりNo.60(令和6年1月)

 新年のごあいさつ
 新年明けましておめでとうございます。
 昨年は、新型コロナウイルス禍で実施できなかった対面での総会、セミナー及び懇親会を6月17日に、セミナー及び懇親会を12月9日にそれぞれ開催することができました。4年ぶりに旧交を温めることができ、楽しい時間を過ごすことができました。セミナーの講師をお引き受けいただきました髙信幸男様及び住田裕子様並びにご参加いただきました会員の皆様に厚くお礼申し上げます。
 新型コロナウイルス感染症が感染症法上の5類に移行したとはいえ、感染力が強いものであることに変わりはありませんので、仕事の関係で、対面の行事への出席を控えたい方々がいらっしゃるのはもっともなことと思います。そこで、出席が難しい方のためにも、民事法情報研究会だよりの内容を一層充実させることが重要であると考えています。200人を超える会員の方がおられることに鑑みますと、自分はこのようなところに住んでこのようなことをしていますよ!といったことを、皆さまに知っていただくことにも大きな意味があるものと考えますので、会員の皆様に一度はご寄稿いただきたいと考えています。お近くの担当理事にお声がけいただければと思います。
 なお、現在の当協会の理事・監事は、次のとおりとなっています。
会長・業務執行理事      小口 哲男
副会長・業務執行理事     古門 由久
業務執行理事         佐々木 暁
業務執行理事         星野 英敏
業務執行理事         横山  緑
業務執行理事(関東地区担当) 浅井 琢児
理事(北海道・東北地区担当) 小沼 邦彦
理事(東海・北陸地区担当)  多田  衛
理事(近畿地区担当)     大竹 聖一
理事(中国・四国地区担当)  檜垣 明美
理事(九州地区担当)     前田 幸保
監事             西川  優
監事             神尾  衞
 上記メンバーで当協会の活動を支えてまいりたいと思います。
本年度は、平成25年5月31日に当研究会が設立されてから10周年に当たりますが、新型コロナウイルス禍で身動きのできない期間が含まれていることから、もう10年も経ったんだと思われた方も多かったように思います。でも、着実に歩みを続けてきていることも事実でありますので、皆さまのご協力を得ながらさらに一歩ずつ進んでいきたいと思います。
 最後に、皆様が明るい一年を迎えることができますようお祈りし、新年のごあいさつとさせていただきます。
本年も、どうぞよろしくお願いいたします。
令和6年正月
一般社団法人民事法情報研究会 会長  小口哲男  

今日この頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

ゆるやかに人とつながる(佐々木 暁)

 「九州在住の研修同期生の彼氏は、今日も元気で、今頃は焼酎のお湯割りで晩酌を楽しんでいるんだろうなあ。本当に旨そうに飲むんだよなあ。」「北海道在住のあの方は、今年も耳かきに似た細い棒で、北の大地を開拓していたのだろうか。豪快な空振りも記憶に残っている。飛距離が年齢に逆らっていると言って嘆いていると風の便りに聞いてはいるが。傘寿も近いのに、春のオープンに向けて体力増強中。」、とか。
 こんな想いを巡らしながら過ごした令和5年師走の年賀状作りの一コマである。一人一人一枚ごと、友人・知人と言いながらも一年振りの賀状での再会に想いを巡らしながらの作業となり、さっぱりはかどらない。まあ時間はたっぷりある。これも古くからの友人・知人とのゆるやかでのんびりとした、「付き合い・つながり」の確認作業の一つだと勝手に納得している。
そんな年賀状作りをようやく終えて、無事に郵便局に持ち込んだ。そして、めでたく令和6年新年を迎えることが出来た。
 会友の皆様、新年あけましておめでとうございます。皆様には、コロナ禍の中の令和5年新年とはやや違う、少し明るい気持ちで令和6年の新年をお迎えになられたことでしょう。コロナ禍の中の4年間は心の弾まない年の初めでした。今年こそは、今年こそは・・・の想いがようやく少しずつかないつつある。どうぞ本年もよろしくお願い致します。
 本年も「研究会だより」編集部からの心温まるお年玉プレゼントとして、新年号4回目となる「今日この頃」欄に寄稿せよとの名誉あるご下命を頂戴した。他に代わって寄稿してあげるという後輩会員もなく(不徳の致すところ)、止む無く老骨にムチ打ったところである。したがって、毎度のことながら文脈自由文法で進みますのでお許しください。
 「少しずつ頭が顔に侵蝕されかけているな」、「少ない年金暮らしとぼやいている割には良く肥えているな」、「年の割に歯がやたら白く、生えそろっているな」などと、一人ブツブツ言いながら令和5年の年賀状を読み返しつつ、令和6年の年賀状作りを楽しんでいたが、年賀状一枚一枚にしたためられた短い文面の中の近況や筆跡にゆったりとした長い付き合いの歴史、繋がりが感じられて、何とも言いようのない癒されの時間であった。あの人とはもう何年来の付き合いになるのだろう、50年?高校からだと60年、小学校時代からだと70年、法務局採用時からだと57年余り、年賀状のやり取りだけで、別れてから一度も顔を合わせていない人もいるが、心の中にずっと住みついている気がする。若かりし頃の顔や想い出に浸りながら、こんなゆったりとした年賀状ならではの付き合いもあるんだなと。常日頃から顔を合わせていることだけが付き合い、つながりではなく、顔を合わせなくてもつながりは保てると確信しながらも、日頃のご無沙汰の言い訳にもしている。こんな調子だから年賀状作りははかどらない。親戚筋へのお義理の?年賀状も織り交ぜて何とか完了させている。
 私は、性格的にやや欠陥があり、真に友人・知人としてお付き合いを頂くまでには多少の時間を要している。要するに話下手で、話題性に乏しく、人付き合いが下手くそなのである。受け入れて頂くのに時間がかかるのである。付き合いに慎重ということでは無いらしい。自分の事を相手の方に知って貰うのが下手なようである。相手の方の事を知り、理解することは、早くて得意かもしれない。ようやく相思相愛、意思疎通全開となれば、そこからはしつこいほどのお付き合いになっていく予感がするのである。
 齢76年の我が人生過程の中には、多くの友人・知人がいてくれる。小学校時代から高校時代、職場関係者(職場を介して繋がりを得た方々)、近隣関係者、親戚筋の方々等々実に多くの人にお付き合いを頂きながら歩いてきた。繋がる糸は、太かったり、細かったり、長短あったり、赤・青・黄色であったり様々なようである。口の悪い?友人が言うには、「お前の場合は、全て「酒」繋がり」だと言うが、「少数・異端説だ」と反論はしている。
 このような方々との交友・親交も年を重ねるに連れて、その付き合いの間隔も徐々に遠のきやがていつの間にか年一回の賀状交換会?に変身し、それもついには、高齢に付き今回限りと通告を頂き(敢えて通告するまでもなく、毎年悲しいかな自然減?がある。残念である。)、途絶える。〆は喪中はがきか。これでは何とも寂しい限りのお付き合いである。
 さて、ここ数年来のコロナ禍の中、携帯電話の普及の中、人の付き合い方、つながり方も様変わりしてきたように感じる。辛うじて繋がっていた義理的会合、寄り合い、趣味の会、ゴルフコンペ、OB会、県人会等々を通じての付き合い、つながりも、コロナ禍の中、人が集まれないことを理由に、かなり整理・清算・解散という道を結果として選択せざるを得なかったという事象も生じているらしい。そろそろ退会しようか迷っていた方、解散等を考えていた方にとっては、コロナ禍は一つの転機を与えてくれたかもしれない。人との関わり、付き合い、つながりというものを考えてみる機会ではあったかもしれない。
 高齢となり、終活の一環として、付き合いの整理、お中元・お歳暮、年賀状の整理も必要になるかも知れないが、頭では理解できそうだが、私としては何処か寂しい。「〇〇会」という名の宴会の整理は少し嬉しいかも。
 老若男女問わず人それぞれの人との付き合い方、繋がり方があり、正しい付き合い方、繋がり方などは無く、まさに千差万別であろう。コロナ禍を経て、携帯電話片手にしながらの、人との付き合い方、繋がり方は、形も含め大きく変わったような気がする。真に必要な時にだけ連絡を取り合い、コミュニケーションをとる。合理的ではある。
 形だけの会や、辞めたくても抜けられなかった会から自然解放された。唯一コロナの功績かも。こんな中、最近の風潮で、社内忘年会や、社員旅行が見直され、新たな職場内での人の付き合い、つながりが見直されているとか。団塊世代には懐かしいやら、嬉しいやらの複雑な心境である。
色々と訳の分からないことをダラダラと文脈自由文法に則り書き綴ってきたところですが、これがまさに私の今日この頃の生活状況の一幕である。その日その日の風の向き、春夏秋冬の風を感じながら、風の中に友の顔を見つけては、「63円」の便りで、「元気か」と声をかけて、これからもゆるやかにつながって行きたいと思っている。そして、長年(52年)の盟友たる我が家の山の神様とも。
会友の皆様、今年も元気でゆるやかにつながって行きましょう。
(元さいたま・大宮公証センター公証人 佐々木 暁)

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萩 往 還(山﨑秀義)

 萩往還とは、江戸時代に毛利氏の城下町である萩から江戸への参勤交代のために藩主が通る「御成道(おなりみち)」として整備された道で、日本海側の萩と瀬戸内海側の三田尻港(現防府市)をほぼ直線で結ぶ全長約53kmの街道です。その多くは現在も国道や県道として利用されているようですが、険しい山間を通る箇所などは、新たに道が作られ、廃道となった箇所もあったところ、近年その歴史的な価値が見いだされ、後世に伝えるために保存・整備が進められています。
 江戸時代に整備された街道としては、いずれも江戸・日本橋を起点とする東海道、中山道、日光街道、奥州街道及び甲州街道の五街道などがあり、五街道の道幅は5間(9m)と定められていたようですが、実際の道幅はおよそ3間から4間(5.4m-7.2m)、箱根峠や鈴鹿峠などの山間部では道幅2間(3.6m)とされていたようです。
 萩往還は、中国山地を越えて萩・山口・三田尻を最短で結ぶ重要な道であったことから、長州藩では道幅2間の大道として位置づけ、道筋には人馬の往来に必要な施設として一里塚やお茶屋、通行人を取り締まる口屋などを置き、道の両側には往還松などが植えられていました。
 幕末期、長州藩は倒幕を目指して活発な運動を展開しますが、維新の志士達もこの街道を頻繁に往来し、その発端や中心となった高杉晋作や桂小五郎(木戸孝允)、伊藤博文、村田蔵六(大村益次郎)などもこの道から時代の先端を駆け抜けたのではないかと思われます。

かえらじと思いさだめし旅なれば、
    一入(ひとしお)ぬるる涙松かな
 
 前掲の句は、吉田松陰が安政の大獄に連座し、萩から江戸に送られる途中、萩往還で当時、涙松と呼ばれていた地で読んだ句です。(山口(の一部?)では、吉田松陰を呼び捨てではなく、「松陰先生」と呼称しますが、本稿では、吉田松陰又は松陰と記します。)
 「涙松」とは、萩城下を出立後、城下を振り返ることができる最後の見納めの地で、萩往還を往来する人は、ここで松並木の間に見え隠れする萩城下を見返りつつ別れを惜しんで涙し、また萩に帰った時には嬉し涙を流したということから、いつしか「涙松」と呼ばれるようになったところです。
 松陰は、安政6年(1859年)に29歳という若さでこの世を去りますが、若くして全国を遊歴し、歩いた距離は13,000kmに及び、その間には、何度となく「涙松」で嬉し涙を流したものと思われます。しかし、安政の大獄に連座し、江戸へ送られる途次、萩の城下を振り返りながら、二度と萩の地を踏むことはないであろうと覚悟した一句です。
 萩往還沿線には、吉田松陰関連の物として、涙松のほかにも松陰の短歌句碑や松陰資料館(道の駅萩往還横)などもありますし、江戸時代の歴史を感じる遺物などが数多く整備されています。

 前置きが大変長くなりました。山口に居を移して6年、山口市、防府市を中心に公証業務に従事していますが、出張時や休日に「萩往還」と書かれた案内板を市内の各所で目にすることがあり、いつかは歩いてみたいと思っていました。しかしながら、生来の自堕落さから先延ばしにしていたところ、先般(地元法務局主催の遺言に関する講演会を翌日に控え講演原稿の最終確認を行っていた矢先)、中四国担当理事から「今日この頃」の原稿提出の依頼(御指示)がありました。ちょうど良い機会かと思い、歩いてみようと思い立ったものです。
 
 「萩往還」をネットで検索すると、「歴史の道 萩往還」という山口市が開設しているホームページがあります。そこにルートマップが掲載されており、萩の唐樋札場跡から三田尻の英雲荘(三田尻御茶屋)までの行路が6つに区切られています。

 10月29日(日)、晴天の下、ルートマップ04「防長国境~大内御堀」間の「天花坂口」から「板堂峠」を経て「国境の碑」までの道、約3kmを歩きました(往復で約6kmです。)。山口市側の天花坂口から板堂峠に向かう場合、ルート上に急坂(上り坂)の「四十二の曲がり」と萩往還で標高が一番高い板堂峠(標高537m)が待ち構えており、萩往還一の難所と言われています。しかし、「歴史の道 萩往還」を肌で感じ、往時の苦労を偲ぶためにトライすることとしました。
 右の写真(編注:省略)の後ろに写っている石畳の坂を歩き始めて300mほどで「四十二の曲がり」に差し掛かります。ここからは、急勾配の上り坂がいくつもジグザグに続き、50mも歩かないうちに息が上がります。曲がり角で小休止を繰り返しながら、ゆっくり、ゆっくりと歩を進めるのですが、曲がり角で立ち止まるたびに思わず、俳人種田山頭火(山口県防府市出身)の「分け入っても 分け入っても 青い山」ならぬ、「曲がりても 曲がりても 急な上り坂」と愚痴りたくなります。
 「降りてくだされ旦那様」と駕籠かきが唄ったとも言われる箇所ですので、参勤交代で殿様がここを通るときには駕籠を降りて歩いたのかな、などとも想像します。

四十二の曲がり」を過ぎると「六軒茶屋跡」に到着します。ここは、かつて6軒の農家があり、軒先を茶店にして旅人をもてなしていたことから「六軒茶屋」と呼ばれていた場所で、現在は、案内板のほかに四阿(アズマヤ)が建っておりそこで休憩することができるほか、トイレも整備されています。

 六軒茶屋跡を過ぎ、「一の坂一里塚」や「一貫石」、「キンチヂミの清水」といった名所を過ぎると、いよいよ萩往還で一番標高の高い「板堂峠」を目指します。六軒茶屋跡からは比較的ゆるやかな勾配の上り坂であった道が、途中の県道を横断して、峠の頂上に近づくにつれ勾配を増し、「さながら坂の上の青い天に輝く一朶の白い雲を目指すが如く」歩くと、やがて「板堂峠」と書かれた道標のある地点に到着です(前ページの写真)。ここまで来れば後は下りで、再度、県道を横断して少し階段を上がると直ぐに「国境の碑」です。
 この国境の碑は、高さ2m余りの花崗岩に「南 周防国 吉敷郡 北 長門国 阿武郡 文化5年戊辰11月建立」と彫ってあります(と説明板に書かれています。)。
 1808年(文化5年)に建立されたこの国境の碑は、215年の長きにわたってここに存在し、旅ゆく人々を見守り続けたものと思われます。その中には、前掲の長州藩士や坂本龍馬などもいたでしょうし、「今日、私もそこに含まれた」わけです・・・・などと感傷に浸る間もなく、早々と、もと来た道を天花坂口まで戻りました。
 行きは1時間半、帰りは1時間の合計2時間半の行程でした。
 
 この日に歩いた距離は、片道約3kmですので、萩往還全長約53kmのほんの一部となります。しかし、普段は何の運動もせず、アパートと職場までの平坦な道(片道約1.5km)を歩くのがせいぜいであった私が、萩往還で一番の難所を往復踏破したことから、萩往還の全行程を歩き通す決心がつきました。
 翌週の11月3日(金)文化の日は、萩の「唐樋札場跡」から「涙松跡」を経て「悴坂(かせがざか)一里塚」までの約8.6km(往復約17km)を歩きました。

 10月29日、11月3日は、いずれの日も、自宅から出発地点までは自家用車で行ったため、往復する必要がありましたが、以降は、バスを利用することとし、次回に予定している「悴坂(かせがざか)一里塚」から「明木(あきらぎ)」を経て「佐々並市(ささなみいち)」までのコースを歩くべく、バスの時刻表を眺めている「今日この頃」です。
(山口・山口公証役場公証人 山﨑秀義)

今日この頃~法務局退職から公証人任命、そして最近まで (大橋光典)

 令和4年7月1日に千葉地方法務局所属公証人に任命され、松戸公証役場に着任いたしました大橋光典と申します。本稿では、せっかくいただいた機会でもありますので、法務局を退職した令和4年の3月から最近までの状況を振り返り、会友の皆様への御報告とさせていただきたいと思います。

 昨年、令和4年3月中旬、公証人選考試験の合格、同年7月1日付けの公証人任命、千葉地方法務局所属公証人浅井琢児先生の後任を命ぜられて松戸市の勤務となる旨の内定をいただきました。選考試験では、うまく答えられたという自信を必ずしも持てておりませんでしたので、試験合格・任命内定の報に接したときはホッとしたというのが偽らざる心境でした。
 令和4年3月31日に福岡法務局を無事退職し、晴れて(?) 自由人となった私は、JRの「青春18きっぷ」を活用して4月1日から4日間をかけて、途中格安ホテルに宿泊しながら、15年ぶりの単身生活にピリオドを打つべく自宅のある埼玉県吉川市を目指しました。途中まだ訪れたことのなかった広島平和記念公園や姫路城といった観光名所を訪問したほか、従前の勤務地である大阪法務局や静岡地方法務局、当時の宿舎周辺や思い出の地などを訪問しながら、孤独のグルメを堪能する楽しい退職一人旅になりました。
 4月6日には、早速、松戸公証役場を初訪問し、浅井先生に御挨拶して、今後の身の処し方について御相談し、いろいろ貴重なアドバイスを頂戴しました。「公証人になってからは、他の公証役場を訪問する機会は持てないから、他の公証役場、他の公証人の仕事の仕方をできるだけ多く見せてもらいなさい。」という御示唆に基づき、現役の時にお世話になった先輩方を中心にアポを取って訪問させていただきました。諸先輩方には御多忙のところ、訪問を快く受け入れていただき、丁寧に御指導いただきました。また公証人に就いた後も電話で色々と質問させていただき、御示唆いただく機会も多々あり、紙面をお借りして御礼申し上げます。
 6月になると、松戸公証役場に詰めて、浅井先生の日常に密着して、細かいところまで実地に教えていただきました。たくさんの事件をスケジュールに従ってどんどん対処していくお姿を拝見して「果たして自分に務まるだろうか」という不安もありました。その一方で、3人の書記さんたちがテキパキと仕事をこなしている様子には安心感もいただきました。浅井先生には公証人に就いてからもしばらくは毎日のように本当につまらない質問をたくさんさせていただきましたが、懇切丁寧に御指導いただき、現在も、折に触れて御指導いただいており、感謝の念に堪えません。
7月1日には、千葉地方法務局で昔の部下でもある星野辰守局長(現上越公証役場公証人)から公証人の任命辞令等を頂戴し、住川洋英千葉公証人会会長などに御挨拶申し上げて、松戸公証役場に着任しました。お祝いのお花などをたくさん先輩方からいただき、いよいよ公証人の仕事が始まる、と身の引き締まる思いでした。
 新任公証人を最初に苦しめることになるのが、公証人法第3条の嘱託受諾義務です。すなわち、「公証人ハ正当ノ理由アルニ非サレハ嘱託ヲ拒ムコトヲ得ス」ということです。「私は新人で能力不足ですから、他の公証役場に行ってください。」とはなかなか言えないわけです。ただ、嘱託人であるお客様から見れば、「そういうことなら、早めに言ってください。」ということも実際あり得るわけで、着任直後の7月上旬にお受けした家族信託の事件などについては、もしかしたら事情を話して他の役場に当たっていただくことを促した方が良かったのかもしれません。当時の私は信託の知識はほぼ無いといってよく、まずは信託の入門書を読破し、たまたま信託をテーマとする7月9日の日本公証人連合会(以下「日公連」と言います。)主催の実務研修を受講し、ようやく7月下旬ころに至って、「ここを手直ししてください。」といくつか指摘したところ、「1か月も待たしておいて今頃何ですか、他を当たります。」と御立腹されて仕事を取り上げられるという目にも遭いました。管轄のしっかりとした法務局育ちで、いただいた仕事を他の役場へ任せる、あるいは、一度いただいた仕事を取り上げられるということなどはその時は思いもよらなかったのですが、嘱託人側から見ると、公証役場を替えることにはそれほど抵抗がないことのようであるというのは最近になってようやく認識したところです。現に、追加で書面の提出を求めたり、疎明することを求めたりすると、「他の役場を当たります」と(あるいは、何の断りもなしに)他の役場に嘱託して(当役場への嘱託を事実上取り下げて)しまう嘱託人もいらっしゃいますが、そのようなことを知るのは実務を相当数こなしてからのことでした。
 ちなみに、嘱託受諾義務に関しては、日公連編の「新訂公証人法」では、嘱託を拒否できる場合として、「一つは事件数の問題」として、「そこには必然的に事件処理の能力に限度がある。したがって、この能力を超えた事件数の嘱託があったときは、拒否すべき正当な理由があるといえよう。」とされています。嘱託人が求めるスケジュールが、当役場のキャパを超えてしまう場合は「当役場でお受けすると少なくとも○○程度の期間をいただきますが、それでもよろしいですか・・・?」と親切心で申し上げていますが、これは許されるということになります。「もう一つは、特殊な事件や自己の経験のない種類の事件等で能力的な限界を超えると思うような事件の嘱託があった場合である。」とし、「安易に嘱託を拒否することは許され」ないが、「他方、事件処理の不適正を来すことも許されないので、当事者に事情を説明して他の公証人を紹介するなど適切な措置をとることが許される場合もあろう。」とされています。ただ、現実には「能力不足ですので、他を当たって」とはなかなか言えないですよね。嘱託人から仕事を取り上げられない限りは自分にとって荷が重い仕事でも、参考文献を調べて諸先輩の御示唆を賜りながら、何とか踏ん張って対処しているというのが現在の状況です。
 公証人任官直前の6月17日から同月19日の3日間に渡ってテレビ会議で受講させていただいた日公連主催の「新任公証人研修」は真に新任の公証人にとっては非常にありがたい研修で、その際いただいたテキストは今でもよく参照する機会のある貴重なものです。その研修の冒頭、公証人の職務の二面性についての説明がされました。すなわち、公務員(法律専門家)としての立場と個人事業主(自営業者)の立場があるので、両者の立場の調和が重要だということです。公証人の職務を遂行するに当たって、法律の専門家として、あるいは公務員として譲れないところは厳として譲りませんが、定款の認証業務などはできるだけ早期に、できれば即日に処理しようと努めておりますし、テレビ電話による定款認証などで遠方から嘱託いただいた方などには「千葉県内での設立の法人があったら、また御用命ください。」といった営業トークも忘れないよう心がけています。こうした営業トークするということは法務省・法務局に勤務していた自分からはおよそ想像すらできかったことです。
 8月・9月の夏季は、世間は夏休みの時期ですが、当役場は遺言を中心に意外と事件が多く、大変でした。ただ当初1時間も2時間も要していた定款認証のための確認作業も軌道に乗り、「軌道に乗り」というより「度胸がつき」、何とか常識的な時間で内容を精査することができるようになってきました。この頃には、初めての「執務中止」の事件にも遭遇しました。ある士業者が仲介していた遺言の事件でしたが、戸籍上亡くなっている夫について遺言者が「生きている」と答えたので、認知能力に疑問が生じて、「本日は何月何日ですか」「何曜日ですか」といった問いかけをしたところ、いずれも全く適切に応えられず、「今日は何をするためにここに来ましたか。」と問いかけましたが、いずれも饒舌にお話しするものの要領を得ないために、遺言能力がないものと判断して、執務中止といたしました。  その後も、遺言の公正証書作成事案について、役場で、あるいは、出張先で執務中止の判断をせざるを得ないものにいくつか遭遇しています。士業者等の仲介者が本人から十分に話を聞かずに、財産を受けとる方の話ばかりを聞いていて遺言者本人の遺言能力の把握が不十分なまま持ち込まれたものと推察できる事案もありますが、中には、「1か月前はこんな様子ではなかったのですが・・・」と肩を落とす仲介者もおります。公証人としては、遺言者本人にお会いできたときが全てなのであり、そこでの遺言者の状況を見て判断せざるを得ません。その場で即中止の判断をせずに日延べしてもう一度お話を聞く機会を設けるということもあります。これも二度目の状況は様々で、前と同様に明確な口授ができない場合、前とは打って変って明確な口授ができる場合、いずれの事例も経験いたしました。遺言能力の判断は、公証人として勤めていく上で常に問題意識をもって適切に対処していかなければならない課題の一つですが、なかなか難しいなと日々感じております。
 事務処理上の明確な誤りというのも、これまでにいくつか経験しました。失敗談は余りしたくはないわけですが、他人の失敗例は、特に、「ためになる」話題であるとも思いますので、恥を忍んでお話ししたいと思います。幸い、これまでのところ、「公正証書」については明確な誤記や、クレームをいただいたり、裁判で争われたりするといった事態には遭遇しておりません。明確な誤りが発覚したのは株式会社の「定款認証」の事案です。原始定款の認証については、その後、法務局に対する株式会社の設立登記の申請に認証後の定款が添付されますので、その審査に付されます。「法務局から、公証人の誤記証明書の提出を求められました」という、いくつかの事案がありました。そのうち、特に悔いが残っている2事例を紹介したいと思います。いずれも士業者が作成した株式会社の原始定款ですが、一つ目は、商号中に「‘」(アポストロフィの逆の記号、バックアポストロフィと言うようです。)を使用しているのを見逃したもの、二つ目は、目的中に、「保育園、幼稚園及び認定こども園の経営」とあり、「幼稚園の経営」が株式会社の事業目的として適切でないことを見逃したものです。いずれも、知識としてダメであること、認証できないことは認識していただけに見逃してしまったことには悔いが残ります。当該士業者から連絡をいただいたときは、恥ずかしくて申し訳ない、という何とも言えない気持ちになりましたが、誤記証明書に署名して、「二度と同様の誤りはしない」と誓って、気持ちに区切りを付けました。
 改めて1年半を振り返りますと、時には、遺言公正証書を作成し終わって、「これで安心して死ねます。先生には大変お世話になり、本当にありがとうございました。」と20歳以上も上の、人生の大先輩方から、もったいないお言葉を頂戴して疲れが吹き飛ぶうれしい瞬間もございましたが、一言で申し上げるとすると、やはり、極めて忙しくて時間的にも精神的にも余裕のない1年半だったということになろうかと思います。法務省・法務局勤務の現役のころの最終盤は、法務局の幹部をさせていただいておりましたので、何か大きな行事でもなければ、コロナ禍でもあり、休日の行事もほとんどなかったわけですし、平日の残業も、部下に迷惑を掛けないよう、できるだけしないように心掛けていました。一方、公証人任官直後は土曜日も日曜日も終日休める日はほとんどなく、取り分け、最初の1か月は丸1日休めたのは腰痛で動けなかった日曜日の1日だけで、あとはほぼフル稼働という状況でした。最近でこそ土日のうちの1日は何とか休めるようにはなってきたものの、平日は、気が付くと夜10時、11時まで残業してしまうことが多く、健康管理の観点からも、この仕事時間を減らして持続可能な執務環境を整えていくことが目下の最大の課題となっています。少しでも時間を確保するために、令和5年8月には、埼玉県吉川市の自宅から役場のある松戸市内に安アパートを借りて夫婦ともども引っ越しました。
そのような多忙を極める中、一服の清涼剤となっているのが、趣味の将棋です。なかなか同好の方と対局するまでの時間は持てないのですが(ちなみに、単身赴任中は、地元の将棋クラブに入って週末の対局を楽しみにしたり、プロ棋士のタイトル戦が行われている現地まで行って大盤解説会に参加したりしていた時期もありました。)、タイトル戦をインターネットで観戦するなどして楽しんでおります。取り分け、最近では、藤井聡太竜王名人(八冠)の大活躍もあって将棋人気の高まりを見せておりますが、この死角がないとも思われる絶対王者を、いったい誰がその一角を崩すのかといった点や、日本将棋連盟の新会長に就任した、こちらもスーパースターの羽生善治九段がどのような新施策を展開するのか、采配を振るうのか、棋士としての成績に影響は出ないのかなど点についても興味が尽きません。将棋に限らず、どちらかというと多趣味な方なのですが、こうした趣味の時間も何とか少しずつ確保していきたいと思っている今日この頃です。

 以上、まとまりの無い文章を長々と書き綴ってしまい、大変恐縮しておりますが、1年半程度の経験では公証人の職務を十分に理解することは到底できません。会友の皆様には、今後ともいろいろ教えていただく機会があろうかと思いますが、引き続きの懇切丁寧な御指導をお願いいたしまして、拙稿を終えたいと思います。最後までお読みいただきありがとうございました。
(千葉・松戸公証役場公証人 大橋光典)

実務の広場

 このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.100 確定日付の付与の手続きについて(小口哲男)

1 確定日付の付与手続は、その役場の総事件数の多寡にもよりますが、公証人が日付の付与を請求さ れた文書に問題がないかについての判断を行い、実際の付与の手続きは書記が行うこととしている役場も多いと思います。
 その場合であっても、状況によっては公証人自ら全ての手続きを行わなければならない場面も出てくるものと思います。
 そのときに、誤りのない手続きを確保するにはどうしたら良いか不安になる場合もあると思います。
 そこで、私が、船橋公証役場において公証人の仕事をしていたときの書記(百武恵子氏)が作成していた「確定日付の手引き」を同氏の了解を得て、別添添付しますので、これを参考にご自分なりにアレンジしていただければと思います。(ご承知のとおり、黒い本「公証実務-解説と文例-」279頁以降が確定日付付与の解説になります。)
2 電子確定日付の付与手続は、電子定款の認証などの電子公証を行う端末(PC)で手続きを行うことになります。
  公証人が内容を適切と認め、手数料納付を確認した上で、確定日付の付与を請求された文書に日付情報を付与するとその時点から嘱託人は確定日付が付与された文書をダウンロードすることができるようになりますので、次の点に留意して手続きを行う必要があります。(次の留意事項も前記百武氏のメモを参考にさせていただきました。記してお礼申し上げます。)
(1) 電子確定日付の付与を希望する旨の連絡があったときに、請求時の手続きを円滑に進めるため、あらかじめ当該文書の内容が分かるものをメール又はFAX等で送付してもらい、公証人が確認する。(これは、申請された内容に不備があったときには再申請をしてもらわなければならなくなるため、この手間を省くためのものであり、必ずこの手続きを経なければならないというものではない。)
(2) 内容に問題がなければ、当該電子文書を電子公証システムのサーバーに送信してもらう。(この際、申請者の電子署名は不要であるので、電子公証システムにおいても、他の電子認証と異なり電子署名検証の手続きは省略される。)
(3) 申請された内容に問題がない場合は、手数料を支払っていただく。日付情報付与の手数料は700円(公証人手数料令37条の2)であるが、嘱託人はこの確定日付が付与された電磁的記録の保存を請求することができ、これを行うと紙の確定日付付与(証明されるのは確定日付印が押捺された文書のみ)と異なり、後日、同一の確定日付が付与された電子文書の証明書を入手することができるようになることから、そのための手数料として別途300円(公証人手数料令41条の2)が必要となる。電磁的記録の保存は、電子確定日付申請時に請求する必要があるので、電磁的記録の保存が必要であれば合計1000円の手数料を納付する必要があることを嘱託人に説明する。手数料の支払い方法は、窓口に来庁して行う方法とインターネットバンキング等による方法があるが、窓口に来庁された場合は、支払いを受領次第、公証人が日付情報付与の手続きを行い、嘱託人にこの時点からダウンロードできる旨を伝え、領収書を手交する。インターネットバンキング等による場合は、手数料額を伝えるときに振り込んだ時点で公証役場に連絡するよう伝え、連絡があり次第振込みの事実を確認する。振込みの事実が確認できた時は、直ちに日付情報付与の手続きを行い、嘱託人に連絡して、この時点からダウンロードできることを伝え、別途、領収書を郵送する。(1回限り利用の嘱託人の場合は、手数料の支払いを完了してからでないとダウンロードされたが連絡がつかなくなるといった事態が生じる恐れもありますが、反復継続して利用されている嘱託人の場合は、ある程度信用して手続きを進めることもあり得るものと考えます。)
(4) 私が2016年に処理したものの記録と船橋公証役場で用いた領収書の様式を参考までに添付します。
3 今回は、船橋公証役場において私が行っていたものの説明でしたので、その後、取扱いが変わっている部分もあるかもしれません。参考にできる部分を取り入れてご自分の手引きを必要に応じてお作りいただければと思います。
(元千葉・船橋公証役場公証人 小口哲男)

お詫びと訂正 前号(No.59)において『「本人確認」についての古い思い出』をご寄稿いただきました樋口忠美様の元所属の記載が「元千葉・松戸公証役場公証人」となっていましたが、「元千葉・柏公証役場公証人」の誤りでしたので、心よりお詫びして訂正いたします。  

民事法情報研究会だよりNo.59(令和5年10月)

 猛暑の夏、厳しい残暑をようやく終え、少しずつ秋めいて来た今日この頃ですが、会員の皆様におかれましては、ますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
 本号は、民事法情報研究会発足10周年記念号を兼ねて発刊するものです。巻末に、これまでの記事索引等を掲載しています(編注:省略)ので、大いにご活用ください。
 また、12月9日(土)に、弁護士の住田裕子氏を講師にお迎えしてのセミナーと、10周年記念祝賀会(懇親会)を開催する予定です。数多くの皆様の参加をお待ちしています。詳細は追ってお知らせいたします。(YF)

設立10周年を迎えて
(一般社団法人民事法情報研究会 会長 小口哲男)

 一般社団法人民事法情報研究会(以下「当研究会」といいます。)は、平成25年5月31日に設立され、本年で10周年を迎えました。
 当研究会は、設立時社員数12名で出発しました。その後の3年ほどの会員数の推移を見ますと、平成25年8月の会員数は135名、平成26年1月の会員数は149名、平成26年4月の会員数146名、平成26年5月の会員数152名、平成26年6月の会員数151名、平成26年7月の会員数154名、平成26年9月の会員数165名、平成26年10月の会員数167名、平成27年4月の会員数176名、平成27年6月の会員数183名、平成27年11月の会員数189名、平成28年1月の会員数190名と増減を繰り返してはいますが、全体としては増加してきており、直近の本年10月1日現在で、正会員226名・特別会員3名の合計229名というたくさんの会員の方にご参加いただいています。
 これだけたくさんの方にご参加いただくことができましたのも、会員の皆様のご理解の賜物と感謝申し上げる次第です。
 設立10周年ですので、少しだけ過去の経緯を振り返りたいと思います。
 当研究会が設立された平成25年の数年前から、設立時社員である故清水勲様、故藤谷定勝様、故坂巻 豊様、藤原勇喜様、小林健二様、佐々木暁様を中心にOBOGが集まれる法人の設立について議論されていましたが、実際の設立に向けた手続きは、なかなか進んでいませんでした。その中で、故藤谷様が、平成24年末頃から当研究会の前会長である故野口尚彦様に法人設立に向けた手続きをお願いし、これを引き受けられた故野口様の多大かつ迅速なご努力により、平成25年5月31日の設立にこぎ着けることができた次第です。
 ちなみに、故野口様の前の事務方は私でしたが、私が定款の初期の案文を作成する際に、主たる事務所の穴埋めで私の住所を書いていたところ、故野口様が、主たる事務所の所在は、当面このままとするとされ、それが理事会でも承認されたという経緯があります。
 ところで、当研究会の活動のメインは、会員の皆様が集まり、近況の報告や仕事に係る意見交換などを通して親睦を深めることにありますが、近時は、未曾有のコロナ禍により集まること自体に制約がかかったため、令和2年6月の定時会員総会から皆様にお集まりいただくことができなくなり、本年6月の定時会員総会でやっと集まることができるようになりました。
これからは、新型コロナウイルスによる感染症もインフルエンザと同等の扱いを受ける環境下で対処していくことになりますが、その感染力が衰えたわけではありませんので、今後、様々な工夫をしながら、このコロナ禍を乗り越えて運営していかなければならないと考えています。
 今号の民事法情報研究会だよりは、設立10周年を祝した記念号として発刊します。お寄せいただいた記念論考を掲載させていただくとともに、第1号から前号までの記事索引(「実務の広場」については、事項別索引を含む。)を掲載させていただきます。今後、ご活用いただく機会がありましたら望外の喜びです。
 また、コロナ禍により皆様にお集まりいただくことができなかった時期を除き、平成25年12月から、セミナーを開催させていただいています。講師をお願いし快くお引き受けいただいた皆様に対しまして、厚くお礼申し上げます。
 今後、セミナーでどのような方のどのようなお話をお聞きしたいかのご意見を、皆様からお寄せいただきながら、当研究会の運営を進めていきたいと考えています。
 さらに、当研究会だよりは、会員の皆様の交流の場の一つでありますので、今後とも、皆様に積極的にご寄稿いただきたいと思います。これらのことを含め、引き続き、当研究会の運営へのご支援のほど、よろしくお願い申し上げます。
(当研究会会長、元千葉・船橋公証役場公証人 小口哲男)

10周年記念特別寄稿

本記事は、10周年を記念してご寄稿いただいたものです。

公証人の息子 レオナルド・ダ・ヴィンチの舞台裏(川上富次)

1 レオナルド・ダ・ヴィンチの存在感は死後5百年経つ現在でも実に色あせることなく万能の天才と
 して輝いています。
 ところで、当のレオナルドは、1452年4月15日、父セル・ピエロ・ダ・ヴィンチ、母カテリーナの間の非嫡出子として出生しています。
 「セル」というのは公証人の敬称として使用されていました。
右のセル・ピエロは有能な公証人として活躍し、然るべき婚約者もいましたが、貧しい農家の娘と情を通じて前記のレオナルドが誕生しました。
 セル・ピエロ一族は数代に亘って嫡男は公証人を継いできた名家であり、他にも一族には「セル」を使用する公証人が散見されています。
 普通ですと、レオナルドも当然公証人を期待された筈です。
 当時、非嫡出子として生を受けても、一般社会的には必ずしも恥ずかしいことではなく、ルネッサンス期のイタリアを「私生子の黄金時代」と呼ぶ歴史家もいます。
 他方、当時は職業ごとに「アルテ」と呼ぶ組合(ギルド)があり、仲間間のルールを伴っていました。このアルテの存在は絶対的なものでした。
 セル・ピエロの所属する組合(1197年設立)は由緒正しい判事、公証人の組合として非嫡出子に対しては厳しく、私生活も非の打ちどころのない信頼性と社会の王道を歩むことが求められたのでした。
 そして、あとあとの話になりますが、1476年に正妻との間の嫡男セル・ジュリアーノ(レオナルドの異母弟)に跡を継がしています。
 歴史に「if」はありませんが、若し、レオナルドの父と母が正式に結婚していれば、私達の知るレオナルド・ダ・ヴィンチは存在しなかったわけです。
 とにかく結果的に万能の天才芸術家が生まれたことは、世界の人達、いや人類の幸運といっても過言ではないでしょう。
 次に、レオナルドの最後を記述しておきたいと思います。レオナルドは、1519年5月2日享年67歳で静かにこの世を去りました。亡くなる9日前に公証人による遺言書を作っています。
内容は、異母兄弟に土地とお金を、召使いにはミラノの土地の半分と水路使用料を、家政婦には上質の服とお金を、弟子のサライにはミラノの土地の半分と家を、後継者メルツイには全記録と残りの全部を相続させています。
 そして「私の一生は幸せに満ちていた」ということでした。
2 ここで母カテリーナについてですが、公証人の父セル・ピエロと異なり、公的記録はありませんの
 で一応通説にしたがってまいります。
 カテリーナは、レオナルドを出産して後、間もなくセル・ピエロの計らいで同じ村の男性と結婚します。したがってカテリーナはレオナルドの母としての役目は僅かな期間でした。
 しかし、記録によりますとレオナルドは母憶いで生まれたことを感謝し続けていたことが窺われます。
 1493年レオナルド41歳の時、ミラノに寡婦となったカテリーナが突然訪ねて来ます。
 カテリーナは2年後病で亡くなるまでの間、二人きりの穏やかな時を過ごすことができました。
 レオナルドは母に対して心からの深い愛情をもって接し、指輪や宝石などをプレゼントした記録が残っています。
 また、母の葬儀も相応の内容の儀式が行われています。
 レオナルドンの母に対する思愛と合わせて久し振りにわが子と暮らす母としての測り知れない情愛が推察されます。
 ここで唐突ですが、あの大作「モナ・リザ」の“謎の微笑”について触れてみたいと思います。
 無私の心を愛で表現できるのは微笑です。
 科学的な視覚と芸術の分析はともかく、あの神秘の微笑は、私はカテリーナの微笑ではなかったかと考えます。レオナルドは「モナ・リザ」に筆を加え続け、亡くなる寸前まで手元に置いていました。
  以上、私の当て推量の僻論をもって、本稿舞台裏を閉じます。
(元さいたま・東松山公証役場公証人 川上富次)
(参考文献)
1 レオナルド・ダ・ヴィンチ -生涯と芸術のすべて-池上英洋(筑摩書房)
2 レオナルド・ダ・ヴィンチ  ウォルター・アイザックソン著 土方奈美訳(文芸春秋社)
3 レオナルド・ダ・ヴィンチの秘密 コンスタンティーノ・ドラッツイオ著 上野真弓訳(河出書房新社)
4 レオナルド・ダ・ヴィンチ -イラストで読む- 杉全美帆子(河出書房新社)

「本人確認」についての古い思い出(樋口忠美)

1 私は、平成25年5月に設立された当研究会の設立時から副会長という役職を仰せつかったもの  の、これといった貢献もできないまま月日を過ごし令和元年6月に退任いたしましたが、この間における当研究会の活動の主要なものは令和2年7月に急逝された野口前会長の企画・立案、実行力に負うところが多く、今でも申し訳ないと思っているところです。
 ところで、当研究会も設立から満10年を迎え会員数も順調に増加しているとのことで、全国の会員が一堂に会して研修・議論するということを楽しみにしていましたが、数年前からのコロナ禍のせいで研修会の開催などが極めて困難になり残念に思っていました。会長をはじめとする理事、監事の皆さんは、この難局を乗り切るために大変なご苦労をされたことと思い、心から感謝申し上げます。

2  私は、公証人を退職して10年以上過ぎ、当研究会の役員を退任して4年が過ぎ、その後は何かをするという予定もなく日々を過ごしており、会員の方々の参考となるような話題もありませんので、公証人在職中に何かと気になっていた「本人確認」について二十数年前の古い思い出を書いてみます。
 公証役場では、本人確認の資料として運転免許証の提示を求めることが多いと思いますが、外国人についてはパスポートの提示を求めることが多いものと思います。パスポートは自国とのつながりを示すものであり、また自分の身分を証明することができるものですからその発行手続は本人確認を含めて厳格に行われていると思われています。また、公正証書や認証のために外国の公的機関が作成した証明書の提出を求めたり、資料とする機会が増加しているものと思いますが、中にはその信ぴょう性や作成過程に?が付くものもあるかと思います。しかしながら、仮に疑問があったとしても外国の公的機関が作成したとされるものについては具体的にどの部分がおかしいと指摘できなければ、公証人がその作成者や作成過程にまでさかのぼって調べることは事実上困難であり、公証人としてその証明書等を認めるかどうかは悩むところではないでしょうか。 

3 私は、推理小説やサスペンスものの小説が好きでよく読んでいますが、その中でも大好きなイギリスの小説家フレデリック・フォーサイスが1963年に実際にあったフランスのドゴール大統領の暗殺計画を題材にして書いた「ジャッカルの日」というベストセラー小説(映画化もされました。)がありますが、その小説中で、イギリスでは出生証明書、本人の写真、手数料、返信用封筒をパスポートの発行機関に送付すると本人確認が全くされないままパスポートが返送されてくるということが実に詳細に述べられていて、簡単に他人名義のパスポートが取得できることが書かれているのです。これが事実であればパスポートは本人確認の証明書としては信頼できないことになります。この小説を最初に読んだときは、本人確認が全くされないままパスポートがこんなに簡単に取得できるはずがない、きっと小説だからこの部分はフィクションだろうと思う一方、イギリスという国は、歴史的にも海外に出る人が多いことから特別に不審なところがなければ厳格な手続なしにパスポートを発行するのが国の方針かとも思ったところです。ただ、いずれにしても小説の世界の中の出来事であるので、その真否を確認することもできずにそのまま記憶の奥にしまい込んでいました。

4 ところが、しまい込んでいた記憶を目覚めさせる思いがけないことが起きたのです。平成9年頃、民事局では電子認証制度を取り入れるための研究が進められており、その先進国のイギリスやアメリカなどにおいて実情を調査する必要が生じ、当時民事局に勤務していた私にイギリスでの調査が命ぜられたのです。
 調査はイギリスにおいて電子認証制度を担当していた、日本でいえば通商産業省(現在の経済産業省)の課長から実施の状況や問題点、今後の課題などについて話を聞いたのですが、その中で電子認証において成りすましなどを防ぐために最も重要な「本人確認はどうしているのですか」と質問したところ、いとも簡単に「パスポートを使っている」という答えがあったのです。この答えを聞いた途端、かすかな記憶となっていた前述の「ジャッカルの日」の小説に書かれていたパスポートの取得手続のことを思い出し、つい本来の調査事項になかったイギリスにおけるパスポートの取得方法について次のような質問をしました。
「①ジャッカルの日」という小説を読んだことがありますか。
 ②あの小説に書かれていたパスポートの入手手続は事実でしょうか。
 ③パスポートは本人確認の資料としては十分ですか。」と。
 このような予定にない質問に対し、相手の課長は、笑いながら「あの小説は読んだことがあります。あの小説が書かれた当時は小説に書かれているような手続でパスポートを取得できましたが、不正に取得できることが分りましたので、手続を改めて今は申請者がパスポート発行機関に出頭して受け取るようにしました。したがって、現在パスポートは本人確認の資料として十分に機能しています。」という答えがあり、私が記憶の奥にしまい込んでいた疑問が解消し、長年の胸のつかえが取れた思いです。 なお、この部分に関しては帰国後に提出した出張結果報告にはなにも記載しておりません。

 私の疑問についてはたまたま機会があって解消することができましたが、公証役場では外国で作成された文書を目にすることが多くなり、何かと疑問が生じることがますます増えてくると思いますので、適正な証書作成のために当研究会が活用されることを念願しています。
(元千葉・柏公証役場公証人 樋口忠美)

野口さんの思い出(小畑和裕)

1 一般社団法人民事法情報研究会(以下「研究会」と称します。)が設立10周年を迎えました。謹んでお祝い申し上げます。私は研究会設立の際に初代会長に就任された野口さんから「研究会を設立したいと思っている。ついては、諸々の手続き等もあり手伝って欲しい」との依頼があり、お受け致しました。当時、野口さんは現職の公証人やOB等を対象にした研究会を早急に設立したいという熱い思いで、文字通り粉骨砕身の努力をしておられました。私は、お引き受けしたもののお手伝いが十分に出来なかったことを反省しています。その後、研究会は無事設立され、野口さんは初代の理事長に就任され、私は執行理事として勤務させて頂くことになりました。研究会設立後も、野口さんは長い間、中心となってその運営等に尽力されました。私は理事としてこれと言った業績も果たさず全くお恥ずかしい限りであります。理事会ではいつも無責任な発言ばかりして野口さんや他の役員の方々にご迷惑をお掛けしていました。野口さんはそんな私の発言を嫌な顔もせず聞いてくれました。

2 野口さんと初めて出会ったのは遠い昔のことです。昭和54年4月、私は、 法務省民事局第一課(当時)予算係に転勤しました。私の異動と同時に、野口さんは予算係から隣室にあった法務局係に転勤されました。予算事務の経験が初めての私は、日に幾度もお教えを請いに野口さんを訪ねました。野口さんはそんな私に嫌な顔もみせず、懇切丁寧に指導してくれました。どんな質問にも分かりやすく説明して頂きました。中でも私が驚嘆したのは、大蔵省(当時)への予算要求に当たり二次方程式を使用したグラフを作成し、予算執行の効果を具体的に説明されていたことでした。グラフを提出して予算要求の説明をするなど当時では考えられませんでした。野口さんには、その後も、登記事務のコンピュータ化や登記特別会計の設立要求など多く場面で、適切な指導をして頂きました。また、私が法務局退職後、公証人として勤務した時にも先輩公証人としていろいろご指導を賜りました。

3 研究会が設立されてから数年後、私は理事会で有る事項を提案しました。それは研究会の機関誌ともいえる「民事法情報研究会だより」に「コラムMY HOBBY」欄を新設することでした。私は研究会の設立が話題になった頃から、新しい研究会では会員相互の交流を活発に行いたいと考えていました。その一環として、会員各位の趣味等を研究会だよりの誌面で披瀝して頂くことが良いのではないかと思っていました。野口さんは私の提案を快諾してくれました。理事会に提案し、承認を得ました。同時に私が担当を命ぜられました。
 MY HOBBYには多くの人たちに登場して頂きました。会員それぞれ実に多種多様な趣味を持って人生を楽しんでおられました。毎号、どんな趣味が寄せられてくるのか、担当者としてワクワクしていました。本稿を借りて原稿の作成につきご無理をお願いした皆様に厚く御礼を申し上げます。

4 皆様ご承知のとおり、野口さんは研究会の設立10周年を迎えることなくお亡くなりになりました。残念でたまりません。生前、お見舞いに伺った際、野口さんの研究会に対する熱い想いを改めて感じることがありました。入院中にも拘わらず、ベッドの側にパソコンや資料を持ち込み、野口さんは熱心に研究会の仕事をされていました。私はその姿を拝見したとき、何とも言い様もない気持で胸が一杯になり涙が出そうになりました。今もその姿を忘れることはありません。
もし可能であるなら、野口さんに伝えたいことがあります。研究会は新たに小口さんが理事長に就任され、優秀なスタッフと多くの会員に支えられ益々発展していることを。
そして何よりも
「野口さん!研究会が設立10周年を迎えました。おめでとうございます。」と。
研究会の益々の発展を祈ります。
(元横浜・厚木公証役場公証人 小畑和裕)

今日この頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

終活-築25年木造二階建て住宅売却の顛末(横山 緑)

 平成29年7月1日付けで法務大臣から「公証人を免ずる」発令がされ、後任公証人に引き継ぎ6年余が過ぎた。
 民事法情報研究会だよりNo.26(平成29年4月)の今日この頃欄に「終活」と題した投稿を登載していただき、当時、夫婦二人が不安なく楽しく過ごすことができる住居を探していることを伝えさせていただいた。
 平成30年に、落ち着いた街並み、景観も良い物件を見つけたが、物件が所在する一帯で、排水施設の処理能力を超えて地上にあふれる内水氾濫がおき、道路が冠水した。加えて、徒歩数分の所にあった老舗スーパーが近日中に店終いするとの情報も伝え聞くこととなったため、契約直前に締結を見合わせた。
 70歳までに転居したいとの思いで進めていた住居探し、新たな条件として、①内水氾濫・外水氾濫の危険性が限りなく低いこと、②頻発する地震に耐えられる強固な地盤であることを加えて、急いで急がない物件探しを継続することとなった。
 ここで大きな壁が立ちはだかった。自然豊かで山紫水明な環境(分かりやすく言い換えれば、市街地から数キロ離れた田畑と新興住宅が混在する地域で主な交通手段はマイカー)に所在する築25年木造二階建て住宅(以下、「自宅」という。)とその敷地の処分(売却)である。不動産仲介業者(以下、「仲介業者」という。)によると、このような物件は買い手が少ないとのことで、次の様なアドバイスを受けた。その1-手持ち資金で購入でき、転居後も自身で自宅の管理ができる距離に所在する物件を探す。その2-新物件へ転居後、数百万円の費用をかけて自宅の取り壊し、庭木の伐採、基礎コンクリート等を含む構築物一切を撤去し、更地として売却する。その3-現況有姿での売却引渡しとし、売却依頼申込み時までに可能な範囲で建物・外構の清掃・手入れ、専門業者に依頼しなくても対処できる不具合部分の修復を実施する。
売却金を含めての新規物件購入資金計画であり、アドバイスその1・その2を選択する余地はなく、アドバイスその3での売却と決めた。
 仲介業者の説明によると、売却が成立しなかった事案の多くが、建物・外構の汚れが目立ち、庭には雑草が繁茂し、建物内外に不用物品が整理されないままに放置されていることが原因と聞き、自分が購入者の立場であれば至極当然であると納得した。我が自宅も築後25年間の塵埃・汚れが半端ではなかった。
 早速、ホームセンターで建築資材(室内の窓枠・柱・鴨居・敷居・フローリング、浴室のタイル・壁、雨戸)に合わせた汚れ落としの洗剤等を調達して、入居時に据え付けたまま一度も移動させたことがない木製家具を移動しての清掃・手入れ、2階ベランダの防水シート張り替え、網戸のネット張り替え、外壁及び玄関に至る石畳の洗浄、塗料が剥離した玄関ポーチ・フェンスの塗装など、ほぼ毎日2~3時間、概ね6か月の期間、直向きに取り組み、清掃・手入れ・修復を済ませた。同時に、19年間に及んだ単身赴任生活を支えてくれた電気洗濯機・掃除機、整理タンス、衣類収納ケースなど法務局退職時に自宅へ持ち帰りその後使用することなく物置に保管してきたものを、市の定める粗大ごみ・資源ごみ等の回収方法に従い分別し、複数回に分けて処分した。
 仲介業者に自宅内外を見てもらったところ、ここまで清掃・手入れが行き届いている物件であれば買い手が現われるであろうとの見通しを立ててくれた。この「買い手が現われるであろうとの見通し」を「必ず買い手が現われる」とお墨付きを得られたと勝手に判断し、自宅引渡日を令和3年3月末日として、令和2年10月上旬に先の仲介業者に現況有姿での売却依頼をした。仲介業者店舗・ネットで物件紹介を始めると、売却物件を探している他の仲介業者、購入を検討している人が正式に申し込んでくる前に、物件の下見で現地に出向いてくるので、契約成立に至るまでは庭の草取り、玄関周りの整理・整頓、清掃を怠らないようにとのアドバイスがあった。
 物件紹介を始めて半月も経たない時期に購入希望者と購入希望者側の仲介業者が物件を見たいと訪れてきた。帰りがけに購入希望者と仲介業者が「築25年の物件でこれほどまでに清掃・手入れが行き届いており、リフォームも必要ない物件はまず無い。2台分の駐車スペース、庭付き、日当たり良好の条件をクリアしており即決しても良いのでは」と話をしていた。結果、翌日に契約申入れがあった。
双方の仲介業者間で売却価格交渉の結果、当方が提示していた価格から金100万円減で合意に至り、11月上旬に仮契約を済ませ、本契約は、所有権移転登記申請日の翌年3月吉日に締結し、同日物件を引き渡した。
 同時並行して検討していた新規物件について、購入資金の目処が立ったことから、令和2年11月に購入申込みをした。
 新規物件の専有面積が自宅の約50%しかなく、新規物件へ持ち込む家財道具は、ダイニングテーブル、木製の本棚1点、ベッドのみとし、これ以外の洋服タンス等の木製家具一切は引越し転出日までに処分、着なくなった衣類、段ボール箱に詰め込まれて大切(?)に保管していた雑誌・雑貨など思い出の品々は一部のものを除き資源ごみとして供出し、個人情報が載っている書類・図書はシュレッダーで裁断し燃えるごみとして収集日に出した。
 マイカーは、これまで食料品等の買出し、通院時など日常生活に必要不可欠であったが、新規物件には確保されている駐車スペースが少なく、抽選に外れた場合は、空きが出て割り当てられるまで個別に駐車場を確保しなければならないこともあり、引越し前にディーラーに買い取ってもらった。現在はマイカー無しの生活を送っている。マイカー無しとする決断には、現住居から徒歩約15分圏内に大型ショッピングセンター、食品スーパー、内科・歯科等のクリニック、総合病院があり、東京駅方面へのダイヤが5~10分間隔で組まれているJRの駅も徒歩5分と近いことが大きな要素であった。加えて、たびたび報道される高齢者による重大自動車事故が他人事でないとの思いも影響している。
 現住居への転居を機会に、終活の一環として築25年中古住宅の売却、重くていまいち使い勝手が良くなかった木製家具等を処分できたが、引き続き不用物品の処分に取り組み、いつか訪れる万が一のときに家族が途方にくれないよう、思いつくまま残りの終活に夫婦で取り組んでいる今日この頃である。
(元名古屋・春日井公証役場公証人 横山 緑)

老いとお客様サービスの取組(久保朝則)

 私が勤務する都城公証人役場のある都城市は、古くから島津氏の勢力下にあり、薩摩藩に関する史跡や文化などが数多く見受けられる宮崎県の南西部に位置し、鹿児島県との県境で南九州のほぼ中心に位置する雄大な霧島連山の麓にあります。その都城市で生活を始めて丸2年が過ぎました。この間、これまでの私の人生の中では、最も「老い」について実感させられる出来事を経験しました。それらを含め、近況をご報告させていただきます。
(1) 公証人として、遺言や任意後見契約、死後事務委任契約などの「お客様の老いに備える場面」に接しながら、公正証書作成のお手伝いをさせていただいていますが、お客様の抱えている「老い」の事情は様々であり、お一人お一人違うことを実感しています。
  また、お客様が公証役場に求めて来る目的の中には対応できないものもあり、できないことはお断りするしかありませんが、公証役場では対応できないけれども、これまでの経験から、お客様の相談に関連する情報を集めて提供するよう心がけています。例えば、遺言の相談にいらっしゃったお子様のいないご夫婦などの中には、自分たちだけの納骨堂を求めても、その後、お参りをしてくれる人がいない等の事情を抱えている方もいらっしゃいます。そのような方には、都城市が管理運営している「合葬墓」の情報提供をしています。この合葬墓では、20年間は骨壺に納められた状態で保管され、その後は、焼骨を骨壺から取り出し、合葬墓内部で他の焼骨と共同埋葬されるというものです。費用も格安なのですが、都城市内にお住まいのお客様でも知らない方が多いため、このような情報は選択肢の一つとして喜ばれます。
(2) 個人的には、両親の「老い」に直面しました。まず、昨年2月、父が亡くなりました。父は米寿を超えていましたが、年齢相応に健康で、母と二人で田舎で慎ましく生活していました。その日父は母と二人で大好きだった地元の温泉施設を訪れ、温泉に入ってそこで倒れ、そのまま息を引き取りました。父は以前から、「長患いをせずピンピンコロリで死にたい。」と言っていたのですが、それを体現したような最後でした。私の身内としては祖母以来、約30年振りの葬儀となり、私の子どもたちにとっては、初めて人の死を間近に体験する機会にもなりました。コロナ禍ではありましたが、父は多くの方に会葬していただきました。まだまだ元気だと思っていた父の突然の死を迎え、父も確実に老いていたのだと改めて実感しました。
  ようやく父の一周忌を終えた今年3月、今度は母が一人で山菜採りに行き斜面で転んで脊椎損傷の大けがをしました。慣れていたはずの場所で足を滑らせ、運悪く下にあった木材で頭を打ち、首から下が動かない状態で近所の人に発見されました。ドクターヘリで病院に運ばれ、手術を経てリハビリを継続していますが、医師からは元通りにはならないと言われていますので、病院を退院した後は、介護施設での生活となる見込みです。母もまた確実に老いていたのです。
  かく言う私自身も日々着実に衰え老いているのは自覚するところです。そのため、母が大けがをする前は、できるだけ年齢にあらがってゆっくりとした衰え曲線となるよう、壮年ソフトボールなどで体を動かしていましたが、現在は車で片道1時間半の母の入院している病院への見舞いを優先する日々を送っています。しかしながら、平日昼間の対応はいかんともしがたく、妻や妹、叔母などの献身的な協力に支えられながら何とかやっているところです。
(3) 最後に、お客様サービスのために都城で取り組んでいる「土曜日の無料公証相談」を紹介したいと思います。相談業務に限らず、遺言書作成など、休日対応の取組はそれぞれの公証役場で行われていることと思いますが、都城では、令和4年1月から、毎月第4土曜日に予約制の無料公証相談を行っています。平日になかなか休みが取れないというお客様に対応する目的で始めました。実際に行ってみると、毎月4~5組のお客様が利用されますので、それなりに目的を達成していると感じています。
  この取組の周知については、当役場のホームページへの掲載のほか、四半期に1回のペースで自治体広報誌への掲載依頼や司法書士会・行政書士会などの関係団体の会員への周知依頼などを行っています。これに加えて、地元の日日新聞の販売所15か所(都城市エリアと都城市に隣接する三股町のエリア)を管轄する新聞のサービスセンターに依頼し、15か所の販売所を4分割して、昨年10月から今年3月までの間に、折込チラシ(別添参照)の配布を行いました。印刷やチラシ配布などの経費は掛かりましたが、結果的には経費以上の売上につながりました。
  数か月経過した現在でも「チラシを見て来ました。」あるいは「チラシを見て電話しています。」という方がいらっしゃいます。やはり遺言作成などの利用者はお年寄りが多いことから、紙ベースの折り込みチラシは有効だと実感しています。
  また、これらの取組によって、そもそも公証相談が無料であることをご存じでないお客様が相当数いらっしゃることも判明しました。そのため、土曜日の予約を希望する電話があったときに、平日でも無料で相談をお受けしていることをお伝えすると、それならと平日を希望して利用されるお客様もかなりいらっしゃいます。キーワードは「無料相談」です。
  しかしながら、課題も見えてきました。折込チラシを見て利用したと確認できたお客様の数と配布した枚数とを比較すると、わずか0.2%程度に過ぎませんので、周知の効果としては「?」マークがつくのかもしれません。今後は、配布する時期(都城市は農業・畜産が盛んな地域のため、農閑期など)やエリア、チラシの内容などをさらに検証しつつ、取組をブラッシュアップしようと考えています。

 新型コロナの5類移行に伴い、コロナ禍前の日常が少しずつ戻ってこようとしています。公証週間を中心とした広報活動の充実が求められる中、講演会の開催や構成員となっている都城市の成年後見制度の周知普及のためのネットワーク会議への積極的な参加などのほか、日常的な広報活動の取組を工夫しながら、今後とも、公証制度の周知やお客様サービスの向上に引き続き努めて参りたいと思います。   (宮崎・都城公証人役場 久保朝則)

七尾公証役場の広報活動(太田孝治)

◎ はじめに
 本年8月1日で、七尾公証役場で公証人として勤めて、1年が経過しました。
これまで、前任の奥田元公証人をはじめ、多くの先輩公証人や、日公連をはじめとする公証人会の研修や研究会、各種の資料提供などのお陰で、「なんとか1年」が過ぎたというのが、率直な実感です。
そして、公証人に任命されるまでに漠然と感じていた、自身の知識や経験で公証事務を適正に遂行できるか、公証役場の安定的な運営ができるかなどの不安感は、少しずつ解消されてきました。というか、「・・・のお陰で、なんとかなるものだな」と思えるようになってきました。
 また、この1年で強く感じた以下の点は、比較的に(かなり?)業務量に余裕のある当公証役場での自身の目標やモチベーションの維持・高揚の糧としています。
(1) 先輩公証人の知見の広さと深さ
 多くの事例に当たりたいが、地域性等から困難な面があり、書籍や会報等の資料、各種研修への参加による自己研鑽を充実させる。苦慮した点や疑問を持った点は、逐次メモなどに残し、資料と共に結果をまとめる。
(2) 公証人間の支援体制の厚さ(先輩公証人の支援意識の高さ)
 公証人会からの情報提供、研修等の支援体制が充実されていることはもとより、先輩公証人からの些細なことなどを含めた声かけをいただき、総会、各種研修会やその後の懇親会などを通じ、何でも聞ける関係性を構築していただいている。
自身の少ない経験から得た知見であっても、機会を捉えて発信し、また、積極的に後輩の公証人に声がけしていく。
(3) 相談や証書案作成後に中止になる事案が意外に多い(実感)
 他の役場の実情を聞いたわけではないが、相談や証書案作成後に中止になる事案が意外に多いと感じている。昨年の8月以降、約1年間で9件が証書案作成後に中止となっている。内1件は、離婚給付で、嘱託人等の都合によるものであるが、他の8件は、遺言4件、任意後見等4件で、いずれも、嘱託人の体調が急変し死亡している。
決して,緩慢に事務処理をし、証書作成日程を調整していたわけではないが、事案により、一層の迅速な証書作成を進める必要がある。
(4) 公証役場や公証人の業務が周知・理解されていない状況
 嘱託人や相談者を通じ、公証人の業務(公証事務)の周知・理解が、まだまだ十分ではない状況を感じている。多くの人に、公証事務や公正証書の効果を知っていただき、公正証書作成をはじめとする公証事務の利用拡大のための周知・広報に取り組む必要がある。
上記の(1)、(2)は、自身の意識や行動で実践するように、(3)は、押しつけにならないように配慮しつつ、嘱託人の体調を踏まえた迅速な証書作成を心がけています。
そして、(4)については、他の広報事例も参考に、具体的に進める必要がると考え、より効果的に,当役場における広報活動を進めるために整理してみました。

◎ 能登地域の状況
 七尾公証役場は、石川県の能登地域にあり、当役場を利用する嘱託人や相談者の約95%が、この地域に居住しています。
 能登地域は、金沢地方法務局七尾支局が管轄する2市3町と、同局輪島支局が管轄する2市2町の、計4市5町を区域とし、石川県全域との面積比で約70%を占めています。人口比では、約21%となっており、人口減少や過疎化のほか、65歳以上の人口が約40%になるなど、高齢化が進んでいる地域で、高齢人口も減少傾向にあるといわれています。
 また、公共交通機関は、七尾市(和倉温泉)までは電車がありますが、その他には、この地域の主な都市内や、都市間を結ぶ路線バスがある程度で、住民のほとんどの移動手段は自動車となっています。一方で、主要地方道の整備も進むほか、金沢と能登半島とを直結する自動車専用道路『のと里山海道』が整備・無料化され、自動車が利用しやすい環境になっています。
 若干、地域の観光を紹介すると、この「のと里山海道」は、「日本の道100選」にも選ばれた風光明媚な道路です。夕暮れ時には日本海に沈む美しい夕陽が見られ、夏の夜には、沖合に浮かぶイカ釣り漁船の漁り火が幻想的に輝いています。また、金沢市から羽咋市までの約30キロメートルは、海岸線を眺めながら走ることができ、千里浜(ちりはま)なぎさドライブウェイや千枚田、揚げ浜式塩田、農家民宿群などがあります。この千里浜なぎさドライブウェイは、全長約8キロメートルの砂浜ドライブウェイで、自動車はもちろん、バスやバイク、自転車でも走行できます。
 これらをご存じの方もいると思いますが、最近では、輪島市、珠洲市などで頻発した地震や、七尾市の豪雨水害などで、能登地域がニュースで取り上げられており、記憶されている方も多いと思います。

◎ 当役場の現状
 公証事務の件数としては、決して多くはありませんが、その中での直近1年の証書作成事件の傾向は、遺言が約50%、賃貸借契約が約15%、保証意思宣明が約10%、委任契約が約7%、任意後見契約が約7%、離婚給付(養育費、財産分与を含む。)が約6%、その他が約5%となっています。
また、嘱託者本人が直接相談に訪れる事案は約50%であり、高齢の嘱託者に代わり、その親族や知人からの相談が約30%、司法書士、行政書士や弁護士等の資格者を通じた依頼は約10%、事業等に関係する法人担当者から相談が約10%となっています。そして、公共交通機関で来所した相談者は皆無で、すべて自動車利用(タクシー含む。)でした。

◎ 活用が望まれる公正証書と公証事務等の周知
 公正証書作成の需要拡大に向けて、その需要が見込まれる多くの高齢者との接点がある社会福祉協議会の担当者に聞いたところ、高齢者の現状として、①身寄りが無い高齢者、親族が遠方で生活しており普段の生活で支援が受けられない高齢者が多い、②これらの高齢者のほとんどが判断能力は十分であるが、足腰が弱ってきており、生活に苦労することがある、③90歳以上でも自動車を運転しているが、自動車に乗れなければすぐに生活に困る、④入院や施設入所の手続きに不安がある、⑤亡くなった後の財産の処分を案じている(相続人の多くは田舎の不動産は管理が面倒で不要との意識がある。)などがあげられました。
 この現状を踏まえて、公正証書作成の面から意見を聞いたところ、委任契約(財産管理契約、見守り契約)、任意後見契約、死後事務委任契約、民事信託契約、尊厳死宣言、遺言が有効と思われるとの回答を得ました。
 また、同担当者から、高齢者のみならず、多くの人が、公証人や公証役場の存在を知らず、公証事務の内容や、その有効性について理解していないとの意見もいただきました。

◎ 公証事務の利用拡大に向けた広報
 さらに、公証事務の利用拡大に向けた広報の方法について、これまで当役場を利用した嘱託人(司法書士等の資格者、事業等の法人担当者を除く。)に確認し、検証してみました(各項とも回答の多い順に記載)。
(1) 公証役場をどのように知ったか
① 親族・知人から聞いた
② 司法書士等から聞いた
③ 市役所・町役場の担当者から聞いた
④ 市や町の広報、地域情報紙などで知った
⑤ ホームページで知った
 誰もが必要性に迫られて公証役場を訪ねると思うが、その際に周囲の人から情報を得ている状況が確認でき、広報誌や情報誌、ホームページからの情報取得が意外に少ない状況がある。
前任公証人からも、「口コミ」が非常に有効な広報手段と聞いていたが、この結果からも,その妥当性が確認できる。
(2) どのような公証事務の内容(公正証書の種類)を知っていたか又は作成を 
検討するか
① 遺言
② 離婚給付
③ 任意後見
④ 尊厳死宣言
 遺言は、最近の相続未了土地問題や空き家問題への関心からか、圧倒的に多かった。また、遺言がない場合の手続きの煩雑さを実体験したことから作成する人も多い。
離婚給付は、知人や、市役所担当者からの勧めで知り、作成する人がほとんどであった。
任意後見は、最近の任意後見制度の広報の結果、理解が進んでいる状況が認められるものと考える。
尊厳死宣言は,現時点では非常に少ないが、一部にその有効性が認識されつつあると思われる。
(3) どのような広報が有効と思うか
① パンフレットやリーレットの配布
② 講演会(相談会)
③ 市や町の広報への掲載
④ わかりやすい、利便性のよい場所での公証役場の設置 
「パンフレットやリーフレットの配布」は、証書作成に向けた知識の醸成に有効であり、いかに効果的に配布するかが課題と思われる。
 「講演会(相談会)」は、制度の内容や具体的な活用の場面の話を聞くことで、自分の証書作成を具体化しやすくなり、興味や必要性の理解が高まるとの意見も多い。課題は、一人役場で、平日の日中での講演会等の依頼に、どのように対応していくかである(調整すれば、時間は十分にあるのだが。)。
 「市や町の広報への掲載」は、高齢者層の多くがこれらの情報紙を細かく確認しており、とりわけ、お知らせ、行事、イベントなどを興味深く読んでいる状況があることから、これら広報誌へのより効果的な掲載を行うことで、その効果が期待できる。
 「わかりやすい、利便性のよい場所での公証役場の設置」は、当然の話である。昭和57年12月、現在地に当役場が設置され、すでに40年が経過しているものの、未だに、役場への交通案内の電話が少なくない。複数回、役場を利用される方が少ないことはやむを得ないが、役場の立地も広報の充実の面からも重要である。当役場は、七尾駅から徒歩20分、最寄りのバス停から徒歩3分だが、本数が少なく利用しづらい。駅や商業施設の近隣での設置が望まれるが、理想にかなう建物の確保が難しい。

◎ 当役場の実情を踏まえた広報活動
 前述のとおり、この1年間の当役場の実情を踏まえた広報活動について整理した結果、次のとおり進めようと思っています。
(1) 何を広報していくか
 公証人や公証役場、公証事務について広報する。
また、ニーズが見込まれる、委任契約(財産管理契約、見守り契約)、任意後見契約、死後事務委任契約、民事信託契約、尊厳死宣言、遺言について、機会を捉えて重点的に広報する。
(2) どのように広報していくか
 次のとおり、「口コミ」される機会を充実させる。その際に、パンフレットやリーレットの配布、ホームページの案内を行い、効果を高める工夫をする。
・利用者(嘱託人、相談者)への説明
・市町の担当者、司法書士等の士業者を通じた公証役場の案内
・講演会(相談会)の実施
・市や町の広報への掲載
(3) 問題点等
 上記の広報活動の問題点や留意点についても、次のとおり整理しました。
・「利用者(嘱託人、相談者)への説明」
限られた時間内で興味を持ってもらうために、パンフレットや説明資料を配布した上で説明し、「押しつけ」との印象を持たれない説明を心がける。
・「市町の担当者、司法書士等の士業者を通じた公証役場の案内」
この協力の依頼は、依頼文書の送付のみでは、その効果は得られないことから、可能な限り面談して説明できる機会を設ける。また、関係団体や関係機関への依頼も併せて行う。
・「講演会(相談会)の実施」
一度に多人数への広報の機会として有効だが、最大で往復200キロメートルの距離のある開催地が想定される一人役場では、開催地の距離だったり、平日の日中での実施などの問題から、依頼のすべてに応じるのは困難な場合がある。極力、前広に応じるものとしつつ、実施日時や場所、実施対象者の情報を収集して、効果的に実施できるように調整する。
・「市や町の広報への掲載」
降雪・寒冷地域、自動車利用による参加という地域性を考慮して、12月から2月を除く期間に掲載されるように依頼する。限られたスペースでの広報となるため、相談会等のイベント情報など、耳目を引きやすい内容を盛り込むように工夫する。

◎ おわりに
 これまでの関係機関等への働きかけにより、講演会については、6月に1回(約30人)実施し、10月に1回(約300人)実施の予定です。
その他、各種の広報活動の効果は明らかではありませんが、比較的(かなり?)業務量に余裕のある当公証役場では、費用対効果を考慮しつつ、広報を充実させ、公正証書作成のみならず、公証事務の利用拡大に取り組んでいきたいと考えています。
(金沢・七尾公証役場公証人 太田孝治)

実務の広場

 このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.99 初任者のための信託公正証書作成上の留意点(小沼邦彦)

 当役場において信託が特に多いわけではありませんが、信託の公正証書作成に当たり、日頃自分が考えていることを整理してまとめてみました。信託についての一般的な留意事項を書いておくことは、初任の公証人の皆さんにとっては、若干でも参考になるのではと考えた次第です。実際は、私が今月号の実務の広場の担当であることが原稿作成の大きな理由ですが、初任の公証人の皆さんを始めとして、会員の皆様に少しでも参考になることがあれば幸いです。
 なお、基本的なことを中心に説明させていただきましたので、初任者のための留意点とさせていただきました。そして、あくまでも個人的な見解であることをお断りしておきます。
1 信託とは何か、その特色と注意点
 私が最も納得した信託の説明は歴史的な経緯によるものです。それによると、西洋の十字軍が家族を残して遠征する際に、兵士(委託者)の家族が困らないようにと、信頼できる友人(受託者)に自分の財産(領地)を託して(名義変更して)、目的に応じた財産管理をしてもらい、財産から得られる利益(受益権)を兵士の家族(受益者)に渡す仕組みが起源であると解説されていました。
 文字通り信じて託す制度であり、当事者間の信頼関係を前提にした制度ということになりますが、信託の本質は、委託者の財産権を受託者に移転し、受託者が自己の名で管理する点にあり、財産権を(物権的に)移転することによって、受益権が生ずるところに最大の特色があります。権利転換機能とも言われますが、財産(所有権)の所有・管理とその受益(経済的価値)を分別して考えるということになります。
 そして、この受益権を享受する(渡される)人が受益者ということになります。通常の契約と異なり、第三の当事者たる受益者が登場することも信託の大きな特色といえます。受益者が受益権を享受するためには、受託者の円滑な財産管理が不可欠ですので、信託で最も重要な役割を果たすのは受託者であり、その人選は慎重に行う必要があります。
 また、信託は、任意後見契約とは異なり相続税対策等を含む積極的な財産管理機能を有するほか、当初の受益者が死亡したとしても第二順位、第三順位の受益者(例えば委託者の妻や子)を指定する後継ぎ遺贈的な財産承継機能を有します。これは信託の受益権が所有権ではなく債権化しているため、所有権絶対の原則から解放されるので、このような受益者連続型信託が可能になるといわれています。ただし、30年ルール(信託法第91条)というものがあり、永久に続くわけではありません。信託設定後30年経過したときは、受益者の承継は1回のみ認められ、その受益者が死亡したときにその信託は終了します。
 さらに、信託の対象となる財産は受託者の名義となることから、委託者の遺言の対象財産ではなくなり、かつ、受託者の固有財産でもないため、誰のものでもない財産という特殊な財産形態となり(信託財産の独立性)、受託者が破産等してもその影響を受けない倒産隔離機能を有します(信託法第25条1項)。そして、税法上は契約形態にかかわらず実際に利益を得ている受益者に課税される「受益者課税の原則」により、委託者が受益者となる自益信託の場合、贈与税等は課せられませんが、委託者と受益者が異なる他益信託の場合は贈与税等が課されます。高齢者支援のための福祉型信託において、例えば父親が委託者で受益者も父親の場合には課税されないということになります。 
 一方で、信託では任意後見契約のような身上監護はできませんので、高齢者の身上監護も行いたいと考えている依頼者に対しては、任意後見契約も併せて締結する必要があります。また、財産の一部を信託にした場合には、残りの固有財産について遺言を作成しておくことも必要ですので、依頼者の要望に応じて各制度を選択(使い分け・併用)していく必要があります。
2 公正証書作成上の留意点
 信託には、事業承継型信託など様々なものがありますが、以下では、最も一般的な高齢者支援型の福祉型信託を前提に説明をさせていただきます。
 公正証書作成において私が留意している点は二つあります。一つは信託が分
かりにくい制度であるため、できるだけ分かりやすいものにすること、もう一つは信託に信託監督人等の監督機能は用意されていますが、費用等の問題もあり必ずしも設置できるとは限りません。委託者や受益者は高齢化してますます監督機能を果し得えなくなりますので、そのための工夫をすることの2点です。 
(1) 信託の目的について
 私は、信託において最も重要なことは、信託の内容を、信託財産や関係者
の構成等でどう構築するか、いわば信託の設計図をどう書くかということだと思います。そのためには、まずは信託の目的が最も重要な条項になるのではないでしょうか。信託の目的をどうするかによって、1年間の経費が算出され必要な信託財産の内容が決められ、また、信託の目的を達成するためには受託者や受益者を誰にするかということで、信託の当事者が定められることにつながるからです。
 具体的な信託の目的の条項について、私は、連合会が発行している「新版 証書の作成と文例‐売買等編‐」(以下「文例」といいます。)の内容を基本として作成しています。具体的には、「この信託は、別紙信託財産目録記載の不動産及び金融資産を信託財産として管理及び処分を行い、受益者に生活・介護・療養・納税等に必要な資金を給付して、受益者の幸福な生活及び福祉を確保することを目的として信託するものである。」というものです。これを基本に依頼者が希望する内容及び上記以外に信託で賄う費用があればそれらを加筆修正するとともに、できるだけ当事者の「思い」、例えば、「受益者の安心・安全かつ平穏無事な生活を確保する」、「円滑な遺産の承継を可能とする」等を盛り込んで自分達の信託となるように心掛けています。
(2) 信託財産について  
 次に重要なことはその信託に必要な信託財産をどう選択するかということになります。信託の対象となる財産としては信託法上の制限はありませんが、法令上等の理由により、信託財産にできないものがあります。年金受給権は一身専属権であり譲渡できませんし、預貯金債権は金融機関との預金契約により譲渡が禁止されているため、それ自体を信託財産とすることはできません。そのため預貯金債権は委託者が一度払い戻した上で、信託口座に預け入れる必要があります。農地は転用許可・届出に基づき農地以外に転用した上であればともかくとして、信託では所有権移転は許可されませんので注意が必要です(農地法第3条2項3号)。
① 不動産
 まず不動産で注意しなければならないことは、信託財産とするには受 託者への移転登記と信託の登記が必要であるということです(信託法14条)。私は、過去に公正証書案にはその旨の記載があるにもかかわらず、当日の事前確認で委託者が不動産を名義変更することは聞いていないということで、結果として公正証書の作成に至らなかった経験があります。この事件は士業者が関与したものでしたが、委託者に対して信託の重要事項を確認し、委託者の考えに反する申請を未然に防止したという意味においては、公証人の役割を果たしたのではないかと考えています。
 信託不動産の移転登記について、文例では、「管理処分行為」という条項の中に記載されており、作成に至らなかった際も同様にしていたのですが、その時の経験を踏まえて、できるだけ最初の信託財産の条項において、契約締結後速やかに信託不動産について受託者への移転登記及び信託の登記手続を行うことを明記するか又は「信託不動産に関する登記」等として別条で明確に記載するなど、少なくとも当事者間において移転登記等が必要なことをはっきり認識されるように条文を工夫することが必要と考えています。
 なお、当事者のうち、特に高齢の委託者の意思能力及び信託契約の重要事項の理解を確認することは、公証人の重要な役割ですので念のため付言しておきます。
② 金銭
 金銭を信託口口座で管理する場合には金融機関内で個人名義の預金口座とは異なる信託財産であることの手当がなされており、確実に倒産隔離機能があるといえますが、信託口口座でない専用口座の場合には、個人口座なので差押え等を受ける危険性があるという点に注意する必要があります。
 そこで、まず信託口口座のある金融機関を利用することが可能か否かを確認する必要がありますが、現状においては、都市部以外には信託口口座を開設できる金融機関は少ないと言わざるを得ません。そのため、多くの場合は、一般の金融機関において信託専用の口座を開設することになります(差押え等の危険性があることについては当事者に説明しておいてください。)。
 私は、不動産と同様に最初の信託財産の条項か又は「信託専用口座の開設」等として別条において、委託者は速やかに専用口座に目録記載の金銭を振り込む旨を記載した上で、信託専用の口座として具体的な口座名及び受託者が分別管理する旨を記載するのがいいのではないかと考えています。口座名等を具体的に明記することが、受託者の分別管理義務(信託法第34条)を遵守・徹底させ、かつ、金融機関等においても信託専用の口座として認定されることにつながると考えるからです。 
(3) 信託の当事者について  
 第3に重要なことは契約当事者をどうするかということです。委託者とし  ては、信頼できる財産管理運用者として誰を受託者にするかという点が最も重要です。そして、当該受託者に事故等があった場合に備えて第二受託者を決めておくことも肝要です。受託者が事故等で急に死亡して、当該信託に空白が生じた場合には運用ができなくなるほか、その空白が1年続くと信託の終了原因となるので(信託法第163条3号)、私は第二受託者をできるだけ決めておくように助言しています。
 次に、受益者を誰にするか、一代限りの受益者にするか、当初の受益者 を仮に父親としてその死亡後には母親や子にまで拡げる受益者連続型信託にするのか否かの検討が重要となります。私の経験では一代又は妻の二代までが多いようです。
 最後は信託監督人等ですが、適正な信託を実現するためには可能であれば設置すべきです。私が関与した事件では士業者や専門法人が信託監督人となるケースがありましたが、家族がなるケースは少ないようです。士業者が関与せず直接嘱託を受けた事件の場合は、関係者の中に報酬の必要のない適任者がいないか(例えば、受託者の兄弟姉妹で信託監督人と次順位の受託者を分担又は持ち回りするか若しくは受託者のおじ・おば等に信託監督人を依頼する等)を検討することは必要ではないかと思います。
 そして、私は、公正証書の条文の並びを以上の重要度を考慮して、まずは信託の目的、次に信託財産、そして次にこの当事者を記載することにしています。なぜならば、信託は登場人物が多いので彼らを最初に明記した方が分かりやすいものになると思うからです。すなわち、委託者・受託者・受益者が誰であるか、住所・氏名・職業・生年月日、次順位の者への変更事由を記載させ、さらに信託監督人等を設置する場合は同様に記載します。
(4) その他の条項について
 その他の条項については、私は当事者の次に契約の締結から終了するま でを時系列で記載するのがわかりやすいのではないかと考えています。具体的には、概ね次の順番となります。①信託の内容、②信託財産の追加、③受託者の義務、④信託の変更、⑤信託の終了事由、⑥清算事務、⑦最後に権利帰属者という順になります。いずれも必須と思われる条項です。
① 信託の内容
 信託の内容は信託の設計図の中心的な部分であり、公証人としては力を入れて検討すべき事項であると私は考えます。具体的には、受託者の信託財産の運用管理事務と受益者に対する金銭等の給付事務に大別されます。
 受託者の信託財産の運用管理事務とは、受託者がどのように信託財産を管理して、どのような収入を基に信託に必要な費用を賄うのか、当該信託の一年間の流れや注意すべき事項等を記載するものです。
留意すべき点は、当該信託において受託者が運用処分できる範囲を、「不動産の購入まで可能」又は「第三者からの借り入れを認める」等と記載させたり、処分等することのできる場合を、「信託の目的と照らして相当と認めるときは」と限定するなどして、受託者が委託者の想定した以上の財産の処分をできないように工夫することが重要と考えます。この点は、当事者間において事前に十分相談するよう助言してください。
 なお、この受託者が可能な処分権限を、「信託の内容」の条項ではなく、「受託者の権限」として別条で記載する方法も受託者が委託者の考えを逸脱することを防止するものとして有効であると考えます。
 一方、受益者に対する金銭等の給付事務では、受益者に給付する金銭  等の内容、給付の時期、給付の方法等を記載します。文例では「信託の内容」の条項の第2項として記載されていますが、「信託財産の給付」として別条で記載する方法も分かりやすいものになり、有効であると思います。
② 信託財産の追加
 必要経費が当初の想定よりも増加したり、契約締結後一定期間経過した等により信託財産が不足し、信託財産を追加することが必要になることは十分考えられますので必須の条項です。
③ 受託者の義務
 次に受託者が遵守すべき事項である受託者の義務を明記させます。この条項を記載することによって、受託者として果たすべき義務をより明確に当人に認識させ、当該信託の内容の適正な執行をを確保させることができると考えます。文例では、「管理処分行為」の条項に記載されているものですが、管理処分行為としてまとめられていることが、逆に私が経験したように当事者に認識不足を招く恐れがあります。
 そこで、受託者の義務として法定されているものの中でも重要な事項として、善管注意義務(信託法第29条)、分別管理義務(信託法第34条)、帳簿等の作成等、報告及び保存の義務(信託法第37条)については、それぞれ受託者の義務として別条で記載するなど、受託者にしっかり認識させる工夫が必要と考えます。
④ 信託の変更
 信託は、一般に長期の契約期間となるため、その間には子供が生まれる等家族間の関係に変更を生じ得ますので、受益者と受託者との合意等により、契約を変更することのできる規定を設けておくことが不可欠であり、必須の条項と言われています。
⑤ 信託の終了事由
 文例では第3条に信託期間として受益者の死亡の時までとされているのみで、それ以外には特に「信託の終了事由」とする条項はありません。しかし、信託では、委託者と受託者の合意で終了させることができるなど委託者が自由に終了事由を定めることができますし、法定の終了事由もあるほか、登記事項でもあるので、私は信託の終了事由として最後に明記しておく方が分かりやすいのではないかと考えています。
⑥ 清算事務、権利帰属者
 文例の解説にあるとおり、信託は、終了後も清算結了までは存続するとみなされますので(信託法第176条)、清算受託者の定めなどの清算事務と清算結了後の残余財産の帰属者の定めは、公正証書の最後に明記すべき必須の条項です。
3 最後に
 私の説明は以上ですが、私が勘違いしている部分があるかもしれません。本稿をたたき台として、今後、会員の皆様が実際に嘱託を終えた事例等を基に追加版を作成するなどして充実したものにしていただくことを期待して、ペンを置きたいと思います。
(福島・いわき公証役場公証人小沼邦彦)

民事法情報研究会だよりNO.58(令和5年7月)

 向暑の候、会員の皆様におかれましては、ますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
 去る6月17日(土)、実に4年ぶりに会員の皆様が参集する形で、会員総会、セミナー及び懇親会を開催することができました。ご参加いただきました会員の皆様、誠にありがとうございました。
本研究会も平成25年5月31日に正式に発足して以来、丁度10年を迎えました。今後、10月号を10周年記念特集号として発行する予定ですが、それまでにもお寄せいただいた記事等の一部を「だより」に掲載させていただきます。
 また、セミナーでご講演いただいた高信幸男様の講演録についても、別途編纂する予定としています。
夏に向けて暑い日が続くようですので、体調には十分ご留意願います。(YF)

10周年記念特別寄稿

西洋美術、鑑賞の勧め(小林健二)

 皆様方には、人生百年時代を迎え、様々な活動をしながら有意義に過ごされていることと思います。私は、人生2回論の考え方に立ち、退職後は新しい生活を始めるべきと軸足を住まいの周りにおいて、地域の方との交流を中心に過ごしております。毎年一団体ずつ加入していたところ、とうとう8団体に加入することになってしまい、日々あちらこちらに顔を出す生活を送っております。

 そのうちの一つに、西洋美術史の学習会(TAC美術史学習会・所沢市)という団体があります。そこでは有名な西洋絵画や彫刻について、講師の方に鑑賞の仕方を含めて解説をしていただいているのですが、そこで学んでいる内に、何故こんな絵画や彫刻が登場することになったのか、西洋絵画や彫刻の登場の背景について興味がわき、現在、少しずつ調べをすすめているところです。

 さて、皆さんの中には、水彩画や油絵を描いたり、美術館で絵画鑑賞をしたりして、絵を楽しんでおられる方もいらっしゃることと思いますが、これまで美術に興味がなかった方にも是非、西洋美術に興味を持っていただきたいと思い、いくつかの西洋絵画や彫刻を例に、描かれた絵画の背景事情を簡単に紹介しますので、これをきっかけに西洋美術に興味を持っていただければと思います。併せて、先程述べたTAC美術史学習会について紹介しますので、興味がある方は、是非参加をしていただければと思います。
 皆さんには、西洋美術の世界に浸ることによって、少しでも心豊かな人生を送っていただければと思います。

1 西洋美術の背景事情についてのいくつかの事例
⑴ 人は理想的なスタイルでなければならないギリシャ彫刻
 左の彫刻(編注:省略)は、「ミロのヴィーナス」(紀元前2世紀、ギリシャ)。この彫刻は、人間の肉体を理想的なスタイル、いわゆる黄金比(頭の先から臍までを頭3個分、臍から踵までを頭5個分の長さ、全体で八頭身)でリアルに表現したものとされている。
 ギリシャでは、人間の肉体は、神々からの授かりものであるから、美しいものであるとされてきた。このギリシャで、神ゼウスに捧げる祭典としてオリンピック大会が開催されていたが、そこでの勝者は、神からも祝福されて勝者となったのであるから、その肉体は、当然、美しく、理想的な体でなければならないとされ、勝者になったことを記念し、後世に長く伝えるための彫像も、理想的なプロポーションで制作されていた。この理想的なレベルは、人を表現する場合、常に要求されたのである。ギリシャは、やがてローマ帝国の支配下に置かれることになり、ローマ帝国が一新教であるキリスト教を公認した時に、異教の祭典であるギリシャのオリンピックは廃止された。しかし、人間の肉体は、美しく、理想的なプロポーションで表現されるべきであるとの原則は、その後の西洋美術を貫く様式として維持されることになった。

⑵ キリスト教会の勢力低下で花開いたルネサンス絵画
 左の絵画(編注:省略)は、「モナ・リザ」(レオナルド・ダ・ヴィンチ、1503年~ 1519年頃)。これまでの絵画と異なり、人間味あふれる人物像絵画。輪郭線を描かないで、何回も色を塗り重ねることによって、顔を描くスフマートという技法で描かれている。
ルネサンス以前の絵画らしきものといえば、右の絵のようなものばかりであった。これは、「全能のキリスト」(1123年)であるが、ローマ帝国がキリスト教を国教として公認してから、ヨーロッパ世界は一神教であるキリスト教の支配する地域になり、人の一生は、キリスト教会に支配されていた。読み書きのできない民衆に、キリスト教の教えを理解させるためには、キリスト像の絵が極めて有効であったことから、キリスト教の教義を厳格に守って描かれたこのような絵が利用された。
 しかしながら、14世紀になって、イタリア・フィレンツェを中心に、「ギリシャ・ローマ文化」を復活させようとする、ルネサンス美術が花開く。なぜ、このような運動が起こり、美術にまで影響を及ぼしたかは、キリスト教会の勢力の低下にある。当時は、キリスト教の聖地奪還を狙った十字軍が失敗に終わった上に、ペストによりヨーロッパで5000万人という死者が出たにもかかわらず、教会は、祈るばかりで現実の問題を解決できなかったのである。また当時のヨーロッパは、大航海時代を迎え、各地には商工業都市が誕生し、貿易で富を築いたメディチ家のような富裕層が美術の強力なパトロンとなったことがルネサンスを後押ししたのである。
 市民は、一生をキリスト教会に支配されていた生活から解放される兆しを感じ、人間味あふれるギリシャ・ローマの文化の復興を望んだ。但し、市民がキリスト教の信仰を捨てたわけではなく、信仰は、そのまま続くことになるので、絵画の題材は、イエス・キリストや聖書によるものが依然として多い。
画家も自由を感じ、遠近法を発明し、ルネサンス以前は、平面的だった絵画がリアルな表現へと変わった。加えて、油絵の具の技術が確立されたことにより、光沢のある表現ができるようになり、絵の概念を変える多くの作品が生まれた。
⑶ カトリック教会が巻き返し運動に使ったバロック絵画
 左の絵画(編集:省略)は、「聖母被昇天」(ルーベンス 1625~1626年)。亡くなった聖母マリアが天に昇る様子を描いたもので、信仰心の深い人々にとって非常に重要な場面である。
 1517年、キリスト教会の腐敗を訴え、マルティン・ルターが「信仰は祈るだけで十分」と宗教改革を訴えた。この結果、「プロテスタント」として、カトリック教会に対抗する一大勢力となった。
そこで、カトリック教会としては、イエズス会という布教団体を設立し、絵画を利用して巻き返し運動を展開した。カトリック教会と結びつき宣伝に利用された絵画がバロック絵画である。

⑷ 自由民権運動の高まりを描いたロマン主義絵画
 左の絵画(編注:省略)は、「民衆を導く自由の女神」(ドラクロワ 1830年)。ウィーン体制の確立に反対し、市民が蜂起したフランスの七月革命が題材である。
 フランス革命・ナポレオン以前のヨーロッパ国際秩序を復活させ、自由主義とナショナリズムの運動を抑えるためのウィーン会議が開催された(ウィーン体制の確立)。
 その後、フランスでは、ウィーン体制によってブルボン王朝が復活し、シャルル10世が反動政治をおこなったため七月革命が勃発し、再び自由主義運動が高まった。このような時代に、市民の燃える感情をストレートに取り上げる絵画が登場した。ロマン主義とは、ロマンスという意味ではなく、時の政権に反旗を翻した市民の闘いを意味する。

⑸ 産業革命により失われてゆく農村の原風景を描いたバビルゾン派絵画
 左の絵画(編注:省略)は「落穂拾い」(ミレー 1857年)。
 刈取りの終わった畑で、貧しい農婦が腰をまげて小麦の穂をひろっている場面である。 
イギリスで始まった第一次産業革命(軽工業)は、1830年代にヨーロッパ全土へと波及した。産業革命は、公害や失業者、低賃金労働者の急増をもたらし、労働者たちは悲惨な条件での労働、生活を余儀なくされ、農村にも変革の波が押し寄せた。この変革により失われてゆく田舎の原風景を描く絵画が登場した。

⑹ 日本の浮世絵、チューブ入り絵具、カメラにより変革した絵画
 左の絵画(編注:省略)は、「睡蓮の池と日本の橋」(モネ、1899年)。
 浮世絵から刺激を受けて作ったモネの庭を描いたものである。
ヨーロッパでは、国内が徐々に安定に向かっていく時期を迎え、1867年にパリ万博が開催された。これには、日本の絵画が初出展され、フランスの画家たちに大きな影響を与えるきっかけになった。
 この時代、自由に持ち運びができるチューブ入り絵の具ができ、戸外での絵画制作が可能となった。またカメラの出現もあって、画家の存在意義が問われるようになり、絵画の世界に革命が起きた。絵画は、対象の色や形を描くのではなく、光の変化による一瞬の印象を描こうとする印象派が登場した。何故、モネは日本の浮世絵に刺激を受けたのであろうか。その答えは、次に紹介するTAC美術史学習会講座をご覧いただけば見つかります。
            
2 TAC美術史学習会の案内
 TAC美術史学習会では、春(5月、6月)と秋(10月、11月)、年2度の美術史講座を開講しています。各講座は6回、いずれも木曜日、14時から16時までの2時間、場所は所沢ミューズ又は新所沢公民館。講師は、斎藤陽一先生(元NHKディレクター・プロデューサー、「日曜美術館」「ルーブル美術館」などの“世界の美術館”シリーズを担当)。受講料は、春、秋の各講座6回分4500円。令和5年の秋の講座内容は下記のとおりです。興味のある方は、是非参加してください。
TAC美術史学習会・第12回講座「日本に魅せられた画家たち」(6回シリーズ)
(1)10月 5日(木)「モ ネ~浮世絵との出会いと創造~」
(2)10月12日(木)「ゴーギャン~北斎礼賛~」
(3)10月19日(木)「ゴッホ~光あふれる日本への憧れ~」
(4)11月 2 日(木)「ロートレック~日本・デザインの原点~」
(5)11月 9 日(木)「クリムト~世紀末ウィーンと日本~」
(6)11月16 日(木)「ミ ロ~日本文化を愛した巨匠~」
 以上
(元千葉・松戸公証役場公証人 小林健二)

今日この頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

新居浜公証役場について(小川 満)

 本年4月、4年ぶりに広島市で開催された第52回中四公会総会が終わりに近づいた頃、隣席の今治公証役場の檜垣先生から、「ちょっとお願いがあるんだけど、民事法情報研究会の原稿を書いてほしいの。『今日この頃』の記事なんだけど、お願いね。」と半ば強引に申し渡され、否応なくお受けすることになりました。
 とはいえ、文才・発想力のない私には、会友の皆様に記すべき情報も、伝えるべき想いもないことから、新居浜公証役場のあれこれについて、ご紹介することでお許しいただきます。
 新居浜公証役場は、新居浜商工会館の3階に事務所があります。駐車場も広く、利用者にご不便をおかけすることはありませんが、これも私の前任の北野節夫先生が、私が着任(2015年6月)する概ね1年前に事務所移転をしていただいたおかげです。この場をお借りして北野先生には謝意をお伝えしたいと思います。
 さて、新居浜公証役場は、主に愛媛県の東部、四国中央市、新居浜市、西条市の市民の皆様から利用されています。四国中央市は、かの大王製紙に代表されるように古くから紙製品・パルプ製品の製造が盛んな市であり、製紙会社が数多く活動しています。その製造量は長年全国1位を続けているようです。
 新居浜市は、古くは別子銅山で栄えた町であり、現在は住友グループの各企業及び関連企業により栄えています。また、新居浜太鼓祭りは、日本三大喧嘩祭の一つと言われており、毎年10月の二日間の祭りの日は、企業・学校が休みになり、市内のあちこちで太鼓台の賑やかな音が響いており、毎年、多くのけが人が出るようです。私も仕事終わりに役場近くに祭りの見学に行きますが、幸いなことに太鼓台をぶつけ合うケンカに出くわしたことはありません。
最後は、西条市です。私は、西条市に賃貸住宅を借り、毎日新居浜まで片道30分ほどかけて自動車通勤をしています。その成果として、毎年体重が1㎏ずつ増えつづけ、法務局退職後、8年目になりますが、10㎏増えました。現職時代に公共交通機関で通勤していたのは、無自覚に健康管理をしていたのだなあとつくづく感じています。なぜ西条市に居を構えたかといいますと、西条市には、西日本最高峰の石鎚山があり、その伏流水が西条市内に流れ込んでおり、市内の至る所から湧き水(うちぬき)が出ている関係から、上水道施設がなく、井戸水を飲料水・生活用水として利用しています。蛇口から井戸水が出るので、蛇口の水をそのまま飲むことができ、その水がすごく美味しく、市内を流れる用水路も透明度が高いため、西条市に住むことを決めました。
 西条市も新居浜市同様、祭り(西条祭り)がありますが、新居浜祭りと異なり、江戸時代から続く至極厳かな祭りで、日本一と言われる百数十台の屋台(だんじり、みこし、太鼓台)が町中を練り歩く姿は壮観です。
 以上、四国中央市、新居浜市、西条市を私なりに大雑把に紹介しましたが、新居浜公証役場のあれこれをご紹介する最後は、公証業務について特筆(?)すべきことをご紹介します。
 新居浜公証役場は、先ほど紹介しましたように四国の地方都市3市(四国中央市、新居浜市、西条市)在住の方が利用しやすくなっていますので、公証業務も圧倒的に遺言公正証書の作成が多い状況ではありますが、四国中央市は大王製紙に代表される紙製品の企業がありますから、何年かに一度、紙製品に関する事実実験公正証書の作成依頼があります。昨年度も金曜日の午後から土曜、日曜の二日半にかけて、四国中央市に出張して、とある企業の紙製品(トイレットペーパー)の事実実験(紙製品の紙質検査、重量検査、引っ張り強度検査等)に立ち会いました。各実験工程毎に担当者から説明を受けますが、難解な専門用語と見たこともないような計算式で算出した数字は、これも見たこともないような数値記号で表され、四苦八苦して出来上がった公正証書は、150枚を超える大作となり、もう二度とやりたくないと思うくらい大変な作業でした。
 また、新居浜市にある住友グループのある企業は、ニッケル水素電池やリチウムイオン電池の開発を行っている関係から、当該年の成果物である電池のサンプルやデータを保管する工程において公証人に立会いを求める事実実験公正証書作成の依頼が毎年あります。こちらは毎年ほぼ同じ工程で、担当者も同じ方なので、比較的やりやすくルーティーンのような作業です。
 一方、昨今のコロナ禍を象徴する事実実験として、コロナ感染症が日本に蔓延し、日本中でマスク不足になったことは記憶に新しいのですが、このマスクに関し、ある企業が、中国から大量にマスクを輸入したところ、その大半が不良品として取引先から返品されたとのことで、中国企業に損害賠償を求めるため、公証人において不良品マスクの現認と数量確認を求めるという事実実験です。依頼主は、東京の輸入業者ですが、不良品マスクは四国中央市の巨大な倉庫に保管しているため、当役場に依頼がありました。真夏の8月、保管倉庫は、冷房設備もなく、汗びっしょりになりながら、420万枚を超えるマスクが格納されている倉庫の中で段ボール箱の一部(10箱ほど)を開封し、確認したところ、ゴム紐が簡単に千切れたり、そもそもゴム紐が接着していなかったり、虫が混入していたりと、ちょうどこの頃、中国から輸入したマスクが不良品ばかりとマスコミで騒がれていたのと同じ状態でした。
 紙友の皆様も、様々な事実実験に関与されていると思いますが、適正な事実実験公正証書作成のためには、嘱託人との事前の打合せが重要であるとつくづく感じています。今後も様々な事実実験公正証書の依頼があると思われますが、公正証書作成後は、当該公正証書が訴訟手続の重要な証拠となることも見込まれますので、嘱託人の期待を裏切ることがないよう、気を引き締めて職務を全うしたいと考える今日この頃です。
 (松山・新居浜公証役場 小川 満)

実務の広場

  このページには、公証人等の参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる箇所は筆者の個人的見解です。

No.98 未認知の子について事実上の父と母が扶養料の支払について合意した場合の公正証書の作成について(事例紹介)
(熊谷浩一)

1 はじめに
 A女(相談者)がB男の子Cを出産した。A女とB男が話し合った結果、B男はCを認知はしない(B男は他の女性と婚姻中である。)が、Cの養育費(扶養料)の支払を約束するとともに公正証書の作成にも協力するということになった。そこで、「Cの養育費(扶養料)の支払について公正証書を作成してほしい。」との相談がされた。併せて、「B男が自己破産したとき養育費の支払はどうなるか、また、Cの養育費(扶養料)の支払についてB男の親族を保証人とすることが可能か。」について相談を受けた。
 そこで、以下のとおり検討し、本問は慎重な対応が必要と考えることから、誌友の皆様の執務の参考の一助にと考えて、寄稿したものである。

2 前提
(1) 任意認知(民法779条)とは、認知者が被認知者との間に法的親子関係を発生させる身分上の法律 行為と解されている。真実に反する認知があった場合、子その他の利害関係人に認知に対する反対の事実を主張することが認められており(民法786条)、血縁上の親子関係のない者を認知しても無効と解されている(最判昭和50年9月30日)。認知によって、父と、認知された嫡出でない子との間には、子の出生時にさかのぼって父子関係が創設される(民法784条本文)。婚姻外の子について、認知がない限り、法的父子関係は生じない。
(2) 養育費とは、一般的に、未成熟子の監護養育に要する費用という意味で使用される(新版証書の作成と文例(家事関係編)〔改訂版〕6頁)。子の父母が婚姻中である場合、子の養育費は、婚姻費用(民法760条)に含まれるものと解され、子の父母が離婚する場合、「子の監護に要する費用の分担」(民法766条)として協議されるものである。父が子を認知した場合、民法788条により766条が準用される結果、子の養育費(子の監護に要する費用)について、父(認知者)と子の母が協議することになる。また、扶養義務という観点から考えると、直系血族は互いに扶養をする義務があり(民法877条)、未成熟子本人は、父母に対して、扶養料の請求をすることができる。父母が養育費の支払について定めをしていても、子が要扶養状態にあれば、子は自ら申立人となって扶養義務者に対し、扶養料を請求することができるとの裁判例がある(大阪高裁決定平成29年12月15日会報2019年10月号9頁以下)。
3 検討
(1) 本問について、Cの事実上の父であるB男が、Cを認知しないまま、Cの母であるA女に対し、Cの養育に要する費用を定期支払する義務があることを認める内容の法律行為は、その費用の額が法律上の父子関係にある父が同様の収入その他の条件のもとで未成熟子について負う養育費として一般に認められる額に比べ著しく過大である等の特段の事情がない限り、B男のCに対する扶養義務の確認及びその履行方法を合意する法律行為と解することができる。そして、これらの内容の法律行為につき、「養育費支払契約」公正証書又は「扶養料支払合意」公正証書の表題で、公正証書を作成することが可能であると解されている(別添1:公証163号306頁以下参照)。
(2) 未認知の父B男が、未成熟子Cを実子と認めた上、その養育に要する費用の定期払について、契約に基づき負う義務に係る請求権については、上記のようなB男並びにC及びCを出産した母でありその親権者であるA女という3者間の事実上の親子関係に基づく養育費ないし扶養料に係る請求権と解され、これは、認知した父の認知された子に対する養育費に係る義務に類するものに係る請求権と解することができる。

4 本問への対応
(1) 本問扶養料の支払契約について、認知された子の養育費の給付契約に適用される民事執行法の特例が適用されるか
 ア 養育費に関する民事執行法の特例の一つである継続的差押え(民事執行法151条の2第1項3
  号、確定期限が未到来のものについても債権執行の開始が可能とされている。)の適用について、
  これを積極に解する法律上の根拠が明確ではなく、執行裁判所によって、否定されるおそれがある
  と解される。
 イ この点について、A女と協議したところ、Cの満20歳までの扶養料の支給額の総額の支払義務
  を定め、これを毎月の分割払いとした上で、期限の利益喪失条項(B男が分割金の支払を怠り、そ
  の額が金○万円となったときは、前条の金○○○万円(既払分があれば控除する。)を直ちに支払う
  旨)を定めることとし、B男からも同意を得られた(養育費の支給額の総額の支払義務を定め、毎
  月の分割払いとした上で、期限の利益喪失条項を定めることの有効性について、別添2:会報令和
  2年(2020年)4月号39頁参照)。
   なお、扶養料(養育費)の一括払いの問題点(①一括払いの金額が低い場合には、再度の紛争が
  生ずる可能性があること、②一括払いを受けながら、その養育費を費消してしまった監護親から、
  事情変更などを理由として、追加支払を求められたり、子からの扶養料の請求がされる可能性があ
  ること、③子の死亡その他の事情変更により、一括払養育費の一部を減額することとなる可能性が
  あること。前記新版証書の作成と文例28頁以下参照)について、A女に説明した。
 ウ 養育費に適用される民事執行法の特例の2番目である差押え禁止の範囲の特例(民事執行法15
  2条3項、養育費支払義務者の給与等を差し押さえる場合における差押え禁止の範囲が4分の3か
  ら2分の1に引き下げられる特例)の適用についても、これを積極に解する法律上の根拠が明確で
  はなく、執行裁判所によって、否定されるおそれがあると解される。この点についてもA女に説明
  したが、この点について、特段の対応策は考えつかなかった。
(2) B男(債務者)が自己破産した場合の本問の扶養料(養育費)の支払について
 債務者が自己破産した場合の養育費の帰趨については、①破産手続開始時までの期間の養育費と、②破産手続開始時より後の期間の養育費とに分けて考える必要がある。
 ア 破産手続開始時までの期間の養育費のうち遅滞となっている部分は、破産債権(破産法2条5
  項)として、破産手続において配当の対象となる。養育費は、後述のとおり、非免責債権となるた
  め、破産手続で配当が受けられなかった残額についても、請求権が残っており、破産手続終了後、
  債務者から任意に支払を受けたり強制執行をすることが可能である。なお、破産手続中に前記養育
  費について任意に弁済をすることについては、養育費が子どもの生存権の実現に資する重要な権利
  であることにかんがみ、不相当に多額であったり、累積して巨額になっていない限り、不当性がな
  く、偏頗弁済否認(破産法162条)の対象とならないと解されているようであるが、事案によっ
  ては、偏頗弁済として否認をされたり、免責自体が認められなくなるおそれがあるので注意が必要
  である(破産法252条1項3号)。
 イ 一方、破産手続開始時より後の期間の養育費は、父子関係に基づき日々新たに発生する債権(新
  債権)であってその開始前の原因に基づいて生じた債権ではないので、破産手続中も債務者の新得
  財産(破産手続開始後の原因に基づいて生じた財産。破産法34条1項)から給付を受けることが
  可能であり、新債権として、新得財産に対する強制執行の申立も可能であると解される(別添3:
  会報平成21年2月号41頁参照)。
 ウ 本問の未認知父の契約により負う未成熟子に対する扶養料についても、これと同様に解すること
  ができる(別添1:公証163号308頁参照)。
 エ 本問の扶養料が、破産手続上、免責債権となるかどうかについては、破産法253条1項4号ホ
  の「ハに掲げる義務(民法788条において準用する民法766条の規定による子の監護に関する
  義務」に類する義務であって、契約に基づくもの(に係る請求権)」に該当し、認知父の子の養育費
  の義務に係る請求権と同様に、非免責債権として取り扱われることになると解される。
(3) 本問の扶養料の支払について連帯保証人を立てさせることについて
 本問の扶養料の支払について、A女からB男に対し、連帯保証人を立てることが求められ、B男もこれに同意し、B男の父が連帯保証人を引き受けることとなり、連帯保証人について公正証書へ記載することが強く求められた。子に対して生活保持義務を負担するのは父母であって、祖父母は直系尊属として生活扶助義務を負うに過ぎない。このような連帯保証の妥当性には疑問がある。また、養育費は、父母の一身専属的義務であり、父母が死亡した場合、養育費支払義務は消滅し、保証債務も、主たる債務の消滅により消滅する。これに対し、保証人死亡の場合、保証人の相続人が保証債務を相続すると解される(前記証書の作成と文例29頁・30頁)。連帯保証人の配偶者やB男及びB男の兄弟も、相続分に応じて保証債務を相続する可能性があり、深刻な問題となる。この点について、A女及びB男(A女を通じて)に説明をした(前記証書の作成及び文例の解説には、養育費が一身専属的義務であることに鑑み、支払義務者の死亡により債務が消滅することにより保証債務も消滅すること、一身専属的義務を保証した保証債務は、保証人の死亡により相続人に相続されることになると思われること、これを避けるために、保証期間を限定し、「ただし、その連帯保証期間は、保証人が生存する期間に限るものとする。」等の条項を入れる必要があるとされている。)。

5 最後に
 本問の扶養料支払公正証書の作成については、問題が多く、このような公正証書を作成したとしても、後日、Cから、B男に対する強制認知の訴え(民法787条)や扶養料の請求も可能であることを丁寧に説明する必要がある。また、扶養料の支払に関する連帯保証については、たとえ親族であったとしても、上記のとおり、問題が多い。このような事案を扱うに当たっては、当事者から、公正証書の作成を合意するに至った経緯を慎重に聴取するとともに、後日、一方の当事者の立場に偏って公正証書を作成したのではないかとの批判を受けることがないよう、慎重に対応する必要がある。
(福岡・大牟田公証役場公証人 熊谷浩一)

別添1 公証163号306頁以下(編注:該当部分のみを掲載)
協議問題2 (未認知婚外子の養育に必要な費用の定期払い約束の法律的性質)
  甲男乙女間に出生した婚外子丙について、甲は、丙を認知しないまま、実子 
 であることを認めた上で、甲乙間において丙の養育に必要な費用の定期支払を約する場合、甲の乙あるいは丙に対する給付は、どのような契約として認められるのが相当か。
(出題趣旨)
 甲は、丙を実子と認め、自己の給付義務を認めているのであるから、公正証書を作成するのが相当であると考えられるが、その実質は、親の認知前の未成熟子に対する生活費であるものの、認知前の子に対するものであるから、養育費あるいは扶養料とするのも法律的に問題が残り、贈与あるいは慰謝料とするのも、やや実体から離れているように考えられる。
 また、甲において、親子関係を認めた事実を記載し、債務承認弁済契約とし、実体的な法律関係を記載しない公正証書を作成するということも考えられるが、いささか疑義があるので、ご協議願いたい。
(協議結果)
1 甲及び乙が、乙の出産した丙(未成年)が甲の実子であることを相互に確認し、かつ、甲が、認知しないまま、乙に対し、丙の養育に要する費用を定期支払いする義務があることを認める内容の法律行為は、その費用の額が法律上の父子関係にある父が同様の収入その他の条件のもとで未成熟子について負う養育費として一般的に認められる額に比べ著しく過大である等の特段の事情のない限り、甲の丙に対する扶養義務の確認及びその履行方法を合意する法律行為と解することができ、これらの内容の法律行為につき、「養育費支払契約」公正証書とか、「扶養料支払合意」公正証書とかの表題で、公正証書を作成することが可能である旨の見解に異論はなかった。
2 未認知父が未成熟子を実子と認めた上その養育に要する費用の定期払いについて契約に基づき負う義務に係る請求権については、上記のような甲並びに丙及び丙を出産した母でありその親権者である乙という3者間の事実上の親子関係に基づく養育費ないし扶養料に係る請求権と解され、これは、認知父の認知した子の養育費に係る義務に類するものに係る請求権と解することができるのであって、これを贈与(東京公証人会の平成21年10月29日開催の第27回実務協議会における第14問の協議では、「贈与契約とでも構成することになる」旨の差し当たりの見解が述べられている。回報平成22年4月号46頁参照)あるいは慰謝料と認めるのは、いずれも、必ずしも当を得たものではないとする有力な意見が述べられた。そして、この意見では、次のように、認知父の認知した子についての養育費(法定養育費)の義務に係る請求権と同様に解釈すべき側面がある旨の指摘がなされた。
 (1) 破産法上の位置づけ
  ① 認知父の法定養育費については、破産手続開始時までに遅滞となった部分のみ破産債権として配当の対象となり、破産手続開始時より後の部分は、父子関係に基づき日々新たに発生する債権であってもその開始時前の原因に基づいて生じた債権(破産法103条3項参照)ではない(会報平成21年2月号41頁参照)ので、破産手続中も給付を受けることが可能なものと解されるところ、未認知父の契約により負う未成熟子の養育費用についても、これと同様に解するのが相当であろう。
  ② 破産手続上、免責債権となるかどうかについては、破産法253条1項4号ホの「(ハ)に掲げる義務(民法788条において準用する民法766条の規定によるこの監護に関する義務)に類する義務であって、契約に基づくもの(に係る請求権)」に該当し(「新破産法の基礎構造と実務」ジュリスト増刊(2007)549頁参照)、認知父のこの養育費の義務に係る請求権と同様に、これは非免責債権として取り扱われることになる。
 (2) 義務者の死亡後の未払養育費に係る債務の相続の可否
   認知した父による法定養育費に係る債務は、その父死亡後は、「被相続人の一身に専属するもの」(民法896条ただし書)としてその父の相続人に承継されないものと解されるが、未認知父による上記のような契約に基づく未成熟子の養育費用についても、その未認知父の死亡後は、その未認知父の相続人に承継されないものと解される。
3 しかし、上記のような未認知父が負う未成熟子についての「養育費」については、法律の解釈適用上、常に、認知父による認知した子の養育費と同様に扱われるものとはいい難い面もあり、公正証書を作成するに当たっては、当事者には、この点につき、例えば、次のような問題点がある旨の説明をするのが相当であるとの見解が大勢であった。
 (1) 将来における養育費の金額の変更に係る家事審判の成否
   認知した父による養育費について、将来の金額変更は、家事審判事項(家事審判法9条1項乙類4号、民法788条、766条1項)であるが、未認知父による養育費の金額変更については、家事審判事項としては掲げられておらず、むしろ、否定されるおそれがある(家事調停の余地については、別論であろう。)。
 (2) 未認知父の「養育費」の支払義務に係る定期金債権についての債権執行の特例の適用の可否
  ① 継続的差押え(民事執行法151条の2第1項3号。確定期限が未到来のものについても債権執行の開始が可能とされている。)の適用についても、これを積極的に解する法律上の根拠が明確ではなく、むしろ、否定されるおそれがある旨の見解が多かった。
  ② 差押え禁止の範囲の特例(民事執行法152条3項。養育費支払義務者の給与等の差押え禁止の範囲が四分の三から二分の一に引き下げられる特例)の適用についても、これを積極的に解する法律上の根拠が明確ではなく、むしろ、否定されるおそれがある旨の見解が多かった。

別添2 会報令和2年(2020年)4月号39頁以下(編注:該当部分のみを掲載)
第2問(養育費の給付条項に係る期限の利益喪失約款の効力)
  期限の利益喪失約款を付した養育費支払条項を定めた離婚給付等契約公正証書について、当該条項の効力は認められるか。
(協議結果)
1 養育費支払条項が「夫甲は、妻乙に対し、子丙の養育費として、〇年〇月から〇年〇月まで、一か月金5万ずつの支払義務があることを認め、これを毎月末日限り、乙の指定する預金口座に振り込んで支払う。」という場合を検討する。なお。〇年〇月から〇年〇月までは、10年間と想定する(以下同じ。)。
  この条項は、定期金の支払を定めるものであり、期限の利益喪失が問題となる時点より後に支払期日が到来する養育費の支払請求権は、未発生の債権であり、期限の利益が問題となることはないから、これについて付された期限の利益喪失約款の効力は及ばない。したがって、この条項について付された期限の利益喪失約款は無意味なものである。
2 養育費支払条項が「夫甲は、妻乙に対し、子丙の〇年〇月から〇年〇月までの養育費として金600万円の支払義務があることを認め、これを〇回に分割して、〇年〇月から〇年〇月まで毎月末日限り、金5万円ずつを乙の指定する預金口座に振り込んで支払う。」という場合を検討する。
  この条項は、確定金額を分割して支払うことを定めるものであり、将来債権の問題はない。支払うべき10年間の養育費の総額を定め、これを数回に分割して支払うことを合意することは許されるから(新版証書の作成と文例 家事関係編(改訂版)28頁、新版法規委員会協議結果集録151頁)、金銭消費貸借の分割弁済の場合と同様に、この条項に付された期限の利益喪失約款は有効なものである。
  なお、この条項の場合、家庭裁判所側から指摘される問題点(前掲家事関係編(改訂版)28頁参照)が存するが、これは別論である。
3 1と2について、養育費の支払の実態は同じであるにもかかわらず、結論を異にすることになるが、結局は、契約当事者の合意内容の違いによる結果である。養育費は、日々あるいは時々刻々発生する子供の養育費を、個別精算することが無理であることから、便宜上一定期間の分をまとめて支払うというものであり、この一定期間の定め方はあくまで技術的な問題にすぎず、それ自体に特別な意味があるものではない。したがって、1か月分として設定することも10年間分として設定することもいずれも可能であり、当事者が履行確保の可能性等諸般の事情を考慮して決定、合意できるものである。
  なお、1の養育費支払条項について、期限の利益喪失約款を付していることから、実質的には2の養育費支払条項と同趣旨の合意をする意思であったと解することは、その文言に照らして困難であろう。

別添3 会報平成21年2月号41頁以下(編注:該当部分のみを掲載、原文縦書き)
第6問(公証人会提出)
  執行証書作成後に債務者が破産し、破産管財人が選任された場合、民事執行法29条による執行証書等の送達は、債務者にすべきか、それとも破産管財人にすべきか。
(公証人会・出題趣旨等)
 両説が考えられるが、(1)破産管財人の権限(破産法78条)、破産財団に対する強制執行等の失効(同法42条)、破産債権の行使(同法100条)などの規定の趣旨との関連で、どのように解すべきか、(2)破産法81条により、破産管財人に配達される場合の送達の効力はどうなるか、また、(3)受送達者を破産管財人とする場合、執行文は、単純執行文か、承継執行文か、いずれにすべきか、などの点を含め、ご協議願いたい。なお、現実に送達が意味を持つのは、破産手続終了後の執行や破産者のいわゆる自由財産に対しての執行の場合である。
(裁判所)
 破産者を債務者とする単純執行文を付与し、破産者に送達すべきと考える。その理由は、次のとおりである。
1 破産手続が開始されると、破産債権(破産法2条5号)により、破産財団(破産法2条14号、34条)に属する財産に対する強制執行はすることができない(同法42条1項)一方、破産債権ではない債権により破産財団に属しない財産に対しては強制執行することができる。つまり、新債権(破産手続開始後の原因に基づいて生じた財産上の請求権)により、新得財産(破産手続開始後の原因に基づいて生じた財産)に対する強制執行はできることになる。
  例えば、執行センターでは、養育費について、所定の親族関係の存続により日々新たに発生する性質の権利であること等の理由から、新債権であると解し(民事執行の実務 債権執行編第二版246頁)、破産手続開始決定後の期間に対応した養育費については、新債権として、新得財産に対する債権強制執行の申立てを可能と解している(同244頁)。

民事法情報研究会だよりNo.57(令和5年4月)

 春暖の候、会員の皆様におかれましては、ますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
 新型コロナウィルスの感染防止策として行われてきたマスクの着用については、本年3月13日以降、個人の主体的な選択を尊重し、個人の判断が基本となりました。また、来る5月8日からは感染症の位置づけが2類相当から5類に変更されるとのことで、ようやく感染拡大前の日常が戻ってくるような情勢になっています。
 このため、本年6月17日(土)に、4年ぶりに定時総会及びセミナーを集合形式で行うことになりました。会員の皆様のご参加を期待しています。(YF)

今日この頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

これからが これまでを決める(髙村一之)

 青森県八戸市で生活を始めてから8年目に入っています。公証人としての任期も残り少なくなった現在において、これからの生活のことなどについて、今まで考えてもみなかったようなことが頭の中を駆け巡っています。
題名にした、「これからが これまでを決める」の言葉は、かつて上司から教示いただいた格言ですが、これからの生き方が問われている現在において、改
めてこの言葉の意味をかみしめているところです。先輩の皆様方も仕事から退
く際には、今後の生活のことなどについていろいろなことを考え、その節目を
乗り越えてこられたことと思います。個人的なことで恥ずかしい限りですが、
現在の心境の一端を紹介させていただきます。

○ これからどのように生きるのか
 これまでずっと国家公務員として働き、今現在は公証人としての仕事を中心に日々の生活を送っています。良い意味で緊張感のある生活をしていることに
なりますが、健康を維持するために、休日のゴルフや旅行などを楽しみながら息抜きをしています。
問題は仕事を退いた後をどのように生きるのかということです。生活に張り合いを持ち、充実した生活を送るための方法・秘訣などについては人それぞれだと思いますが、残念ながら、これまでは漠然としか考えていませんでした。自分はどうしたいのかが明確ではありません。
 この機会に少し整理してみると、まず、現時点でイメージする今後です。
 仕事から退いた後も元気に生活していくためには、健康が一番大事であり精神的な面においても充実していることが必要であることは言うまでもないと思います。しかし、健康などに留意して生活したとしても、自分はあと何年生きられるであろうかということを考えざるを得ません。日本人男性の平均寿命からしてもあと20年弱、ましてや身体的に元気で動けるのはもっと短い年月であると思います。これまでは、現在のこと、近い将来のことに思いを巡らすことはあっても、あと20年、あと15年というスパンで自分のことを深く考えたことはありませんでした。そう長い期間ではないことを思うと少し焦りますが、とりあえず、80歳位までは元気でいたいというのが希望です。

○ 何がしたいのか
 では、何がしたいのかと考えてみると、これがまた漠然としています。晴耕
雨読という言葉がありますが、現実はそんなに甘くはないでしょう。特に大きな目標もなく、少しばかりの畑仕事や庭いじりをしたいという意欲はありますので、実家での生活ともなれば、畑を耕して少しばかりの野菜を作ったり花を植えたりする生活もできると思います。しかし、草が生い茂っている畑や植木が伸び放題の庭という現実(毎年、町のシルバー人材センターに草刈りなどを依頼してはいる。)からすると、当面は、自宅周辺の環境整備のための作業に追われる日々が目に浮かびます。
また、実家ではないところに居を定めるとした場合、畑仕事や庭いじりのできる環境のある場所が見つかるのかなどという問題に行き着きます。
さらに、健康維持などのためにゴルフなどの運動をする機会を持ちたいと思っていますし、落ち着いたならば地域のためになるような活動もしたいと思っています。しかしながら、このことは落ち着く先が決まらないとどのように実現できるのかも見通せないというところです。

○ どこに居を定めるか
 次に、前述のようなことを実現できる生活の拠点をどこに定めるのかです。
 これまでの長期にわたる転勤生活のため、最終的な生活拠点を定めていませんでした。漠然とは実家に戻ること考えていましたが、いざどうするかということになると、なかなか悩ましいのが実情です。高齢ともなれば商業施設や病院などに近いところが良いか、しかし、実家を相続した手前、実家や土地をどうするのか、先祖からの墓をどうするのかなどといったことが浮かんできて、実家に戻るのか他の土地に家を求めるのか結論が出しにくい状況になっています。さらに、実家に戻るとしても、実家は老朽化している上、5年近く空き家にしているために建て替え等が必要になると思いますので、これからの生活に適した家とはどのようなものかを考えなくてはなりません。郷里である茨城県から遠く離れた青森県に住んでいることやコロナ禍であるが故に、頻繁に郷里との行き来をすることができず、諸々の段取りを付けることもできないでいる状況であって、さて、どうしたものかと思考が止まっているのが現状です。

○ どのように健康を維持するか
 これからどう生きるかを考えたときに、何よりも健康であることが重要であると思います。健康が維持されるということは、食事のことや運動のことに限らず、いくつもの要素が複合的に組み合わさった結果であると思いますので、その秘訣ともいうべきものは人それぞれでしょう。
私は、健康維持の一つの手段としてゴルフを続けたいと思っています。体力の維持はもちろん、多くの人との交流が生活の活性化をもたらすのではないかと思うからです。仕事関係での人との交流がなくなるのですから、趣味などを通じた人との交流に重点を移すことを考えざるを得ないと思っています。
しかしながら、次に述べるように、今現在が恵まれたゴルフ環境にあることから、これからも同様にゴルフを続けることができるかどうかも心配の種になっています。
 私は、八戸市に住むようになってすぐに、前任の公証人の紹介で3つのゴルフ愛好者の会に所属させていただきました。雪が降る地域なのでゴルフができるのはおおむね4月から11月までの8か月間位になりますが、その間、各会のコンペに参加したりゴルフ場のオープンコンペに参加して楽しんでいます。楽しんでいるつもりなのですが、苦しんでいるという側面もあります。ゴルフには技術と体力が必要ですが、メンタルも重要です。まさに「心技体」が充実していないと上手くいかない遊び・スポーツであり、自分で「今日は良かった。」と言える日はたまにしかありません。
 ある本に、「ゴルフの最大の敵は、上手くいかせたいという欲であって、ゴルフはこの欲との闘いである。」と書かれておりました。まさにそのとおりであると納得しつつも、なんとか上達したいとの思いでゴルフ雑誌を読んだり、新しい道具を試してみたりするのですが、その成果はあまり現れません。最近では、腰や肩が痛いなど体力面での問題もあって、なおさら上達は難しい状況にあります。とは言っても、カレンダーに記した次のコンペを楽しみにしているのですから、良くも悪くも生活の上での張り合いになっているのです。
では、今の仕事から退いた後に、このように恵まれたゴルフ環境があるのかということです。今の仕事を退いた後は郷里である茨城県に戻って生活することを考えています(実家かその近辺かは未定)が、どうなるかです。
 郷里には近くにいくつかのゴルフ場がありますが、どのようにして仲間に入れてもらうか(会員になることも含めて)、仲間を作れるのかが漠然とした心配ごとになっています。
会員の皆様からのお誘いを期待しつつも、落ち着く先が決まった後に情報を収集して、自分で解決しなければならないと思うところで思考は停止しています。

○ おわりに
 いずれにしても,以上に述べたようなことは、折に触れ頭の中で断片的に思
い巡っていることであり、これといった結論を出せないままに時間が過ぎている状況です。今後、どこかのタイミングで家族とも相談の上結論を出すことになりますが、仕事を退いた後も、当面は生活拠点を整えるための作業をしなければならず、のんびりしている暇はなさそうです。いつか来る日のための準備ができていないと思うと、「これまで何をしていたのか。」と自分を責めたくもなるところですが、「目の前にやるべきことがあり、張り合いがあって良いではないか。」と、前向きに考えることにしている今日この頃です。
                   (青森・八戸公証役場 髙村一之)

晴ればれ岡山サポートテラス-あれから1年(大河原清人)

 岡山県を南北に縦断する国道53号線を北に向けて車を走らせる。車には男性3人と女性1人が乗っている。運転する男性は、まばゆいばかりの緑の木々を横目に手慣れたハンドルさばきで車を走らせている。車に乗っている者たちは、かつての職場の先輩、同僚、後輩の間柄であり、互いに気心は知れている。
 岡山市を出発して約1時間30分。津山市を過ぎた先に町が見えた。鏡野町だ。人口約1万3千人の小さな町である。訪問先の事務所に着き、顔なじみの担当者の人たちと挨拶を交わし、講演会場に向かう。途中、担当者の人たちと昼食を一緒にすることも、訪問先の日程に組み込まれている。食事をしながらの会話は楽しく、話も弾む。
 これは、昨年8月に鏡野町権利擁護センターが主催する「ほっとステーションかがみの」に向かったときの情景である。
 「晴ればれ岡山サポートテラス」については、昨年4月、本民事情報研究会だより(第53号)に、当法人の専務理事永井行雄(元都城公証人役場公証人)が草創期の状況を寄稿させていただいた。それから早いもので1年が過ぎた。
 嬉しいことに事務所に顔を出してくださった先輩もいらっしゃるが、最近も年賀状や電話で、旧知の先輩や仲間たちから、「法人はうまくいっている?」「どんな活動をしているの?」などと聞かれることがある。
そこで、「あれから1年」と題して、その後の活動状況を報告させていただくこととした。

1 講座、講演会、研修会
 活動に当たっては、「一人でも多くの方に当法人を知っていただき、県民の皆さんからの信頼を得ること」が最も大事だと考えている。したがって、県内各地で行われる「講演会・講座・研修会(以下「講演会等」という。)」への講師派遣は、そのための重要な基盤づくりであり、活動のスタートラインといえる。
正直、全く初めての法人に講師派遣の依頼があるのだろうかという不安があった。ホームページでの法人の紹介は当然のこととしてもどうすればよいか。県内の市町村役場、社会福祉協議会、地域包括支援センターや公民館等への挨拶回りの際に、法人の構成メンバーや仕事の内容についてのチラシを配って講師派遣の案内をしたこと、当法人の活動が山陽新聞に紹介(本だよりNo.54)されたことなどが上手く作用して講師派遣依頼の受注の足がかりとなっていった。そのベースには、「法務局出身者による法人」という言葉による安心感、信頼感があったことは間違いない。そして、何よりもうれしいことは、一つの講演をきっかけとして、リピーターとして2度目、3度目の講演依頼をいただいたり、講演会等の受講者の一人が自分達の仲間にも聞かせたいといって、受講者自身が準備した講演会等に講師として招かれたり、さらには、定期講座の通年の講師として依頼されたものもある。
 ちなみに、当法人が講師を派遣している定期講座をいくつか報告させていただく。
 なお、講演会等の活動内容については、関係者の了解をいただき、写真と一緒に毎回ホームページ(https://harebareokayama.org)に掲載している。

○「ほっとステーションかがみの」(鏡野町社会福祉協議会権利擁護センター主催:当法人共催)
◇回数 昨年7月スタート、毎月開催(各地区12公民館)。次年度も継続開催
◇方式  講話50分(毎回テーマは同じ)、相談30分
◇担当  講話⇒当法人メンバー
相談⇒当法人メンバーと社協職員が一緒に対応

○「瀬戸内市中央公民館講座」(瀬戸内市中央公民館主催)
◇回数 昨年5月スタート、隔月開催。次年度も継続開催
◇方式 講話20分(毎回テーマが変わる。)、相談40分
◇担当 講話・相談⇒当法人職員

○「権利擁護研修会」(赤磐市地域包括支援センター主催)
◇回数 昨年6月スタート、年4回開催。次年度も継続開催
◇方式 講話90分(毎回テーマが変わる。)、相談30分
◇担当 講話・相談⇒当法人職員

 令和3年11月30日の「蒜山老人教室11月講座」で、講演デビューを果たして以来、67件の講演会等への講師派遣依頼があり、そのうち51か所に講師を派遣した(令和5年2月末日現在)。この3月には、笠岡市・里庄町成年後見センター「開設1周年記念セミナー」での基調講演も予定されている。
 これらの状況をとりまとめたものが、次の「事業実績分布地図」(編注:省略)である。

 さらに、今後の活動区域を広げていくため、昨年末には、県内各地の商工会議所への訪問を行った。今後は、講演等未実施市町村及び関係機関への再度の広報宣伝活動やロータリークラブやライオンズクラブなどへの訪問も予定している。
 なお、講演会等は、依頼者の意向を踏まえてテーマや内容を決めていくことを基本としている。多くは「相続」問題に関心があり、それに関連して「遺言」や「任意後見契約」とか「尊厳死宣言」などに話を展開する構成にしている。
 講話は、受講者の関心をひかなければならない。したがって、プロジェクター・パワーポイントを使用し、シートはすべてオリジナルである。また、講師は着座せず、受講生への質問も交えながら、立って動きながら身振り手振りを交えて話をするようにしている。着座方式は、聞く方が眠くなるとの受講者の声もあり、当初から講師は皆、立って話をしている。
 当法人のメンバーは、皆、元法務局の職員であるから、過去に何度か講演や研修の講師を経験したことはあるが、その経験値は様々である。そこで、受講者に分かりやすく、関心をひくためには、講話技術を高めていくための努力が必要であると考え、次のことに取り組んだ。
 (1) パワーポイントシートの作成
 講演会等で使用するパワーポイントシートは、私たちの事業の大切な営業商品である。内容の工夫と精度のアップは欠かせない。講演会や研修会は、受講者の対象年齢や講演等の時間もさまざまであるし、更には、目的が、老人クラブやホームヘルパーの学習会であったり、介護支援専門員や司法書士など専門家の方の研修会であったりと対象者も異なる。そこで、それぞれの対象者に応じた内容となるように、効果的な画像・画面の展開などを皆で相談して作成している。
ちなみに、パワーポイントシートはきちんと作成できているのに、本番では、画像が欠落し、シートがスクリーンに出てこないことがあり、講師が壇上で慌てるといったこともあった。最後の最後まで、気を抜けない。
 (2) 講師の模擬講話
講演等前のリハーサルである。講師を担当する者は、当日使用するパワーポイントを使って、当法人のメンバーの前で、リハーサルを行っている。しかし、これがなかなか厳しい。
 原稿なしで話すことはもとより、時間内に完結しているか、話し方(受講生に親しみやすいか、受講生の年齢層等に応じた話し方になっているかなど)や発声がきちんとできているかなど、「講話チェックシート」によって8項目について評価がされる。皆、遠慮容赦なく、バンバン指摘する。かつてのポストはここでは全く通用しない。私自身も、メンバーから「丁寧過ぎて、時間が長くなっている。」「言葉が固い。地元岡山弁を取り入れて、もっと語りかけるように話すといい。」などの指摘がされた。
 リハーサルは、人により、1回の場合や3回の場合もある。皆がOKを出すと本番に登板できるのである。
さらに、本番の前には、妻や母に聞いてもらい、素人にも分かりやすいものとなっているか、時間内に収まっているかなどを点検しているという者もいる。皆、努力している。
(3) 講演会等、終了後のアンケート
 講演会等の終了後、毎回、受講者へのアンケートを行っている。これは、私たちの商品である講座や講演の話がどのように評価され、今後どのような点を工夫、改善していかなければならないかという市場調査である。
① 講師の話は分かりやすかったか、②内容はどうであったか、③講義時間はどうだったかなど、受講者から全6項目についてアンケートを書いてもらっている。講師は、これを見るとき、とても緊張する。よければ、うれしい。悪ければ、落ち込む。皆、反省しながら前に進むようにしている。
ところで、シリーズものの講話の場合に、アンケートに「この点の説明が欲しかった。」などの意見があったときは、この意見を反映したパワーポイントシートを作成して次回の講義の最初に説明するようにしてきた。
  (4) 仲間からの厳しい評価
アンケート結果は、ありがたいことに、概ね高評価をいただいているが、厳しいのはメンバーからの評価であり、指摘である。講演会等には、当法人のメンバーが3~5人同行し、講師の講話をチェックしているのである。講話終了後の反省会では、「ここの話は分かりにくかった。」、「ここは、話すスピードが速すぎて、受講者はついていけていなかった。」など、ズバズバと言われる。外側よりも内側からの矢が、怖い。受講者によるアンケート結果よりも厳しい評価がくだされるのである(笑)。
ただ、最近では、たまに「良かったよ。」という言葉が掛けられるような場面も出てくようになってきた。

2 相談会
 (1) 講演会とのセット方式による相談会
 講演会の後、引き続いて相談会を開催するという 方式である。当法人から主催者に提案したものであ るが、主催者から好評である。実際、相談者から遺言書等の作成支援を依頼されるケースが多い。
 (2) 当法人主催による相談会 
 これまで、当事務所で2回(4日間)開催した。特に、昨年10月に開催した相談会は、山陽新聞や岡山市の広報紙に掲載され、多くの人が相談に訪れた(20人、35件)。特に新聞記事による影響は大きく、電車を乗り継いで2時間かけて来所された方もいらっしゃった。
 そのうち、10件は公正証書作成支援に発展した。
 以上の相談会による相談のほか、電話相談、事務所への来所による個別相談もあり、これまでに受けた相談件数は全部合わせると200件くらいある。
 相談の内容も、遺言や成年後見等に関するものだけではなく、遺産分割や相続登記、境界や所有者不明土地の問題とか、夫婦・親子関係や、近隣関係の問題などの相談もあった。どのような相談であれ、丁寧な応対をモットーとしている。

3 公正証書等作成支援
 相談を通じて、公正証書の作成を希望する方に対しては、当法人でその支援を行っている。
 相談を受けて、公正証書作成までの期間、概ね2週間である。公正証書作成支援のやり方は、次のとおりである。
 ○相談及び公正証書作成支援体制
   二人体制⇒公証人経験者と他の職員との組合せ
 ○公正証書作成支援の流れ
  ①相談(本人の判断能力の有無の確認、相談内容の把握、必要書類の提出依頼)→②公正証書の文案を作成し、必要経費を提示→③公証役場と調整の後、文案を相談者に説明 →④公証人と日程調整→⑤公正証書の作成
 特に、必要経費を示す際は、絶対に計算を間違ってはだめである。実際にあった失敗例であるが、依頼者にその概算額を伝えた後、当方の計算間違いがあって高くなることが判明。直ちに依頼者に連絡を取り、謝罪し、その理由を説明したが、依頼をキャンセルされるといったこともある。
 ○これまでに公正証書作成支援をした件数(令和5年2月末日現在)
 次表(編注:省略)のとおりである。
以上のとおり、遺言が35件(41%)、次いで、財産管理契約・任意後見契約がそれぞれ14件(16%)、尊厳死宣言が12件(14%)、死後事務委任契約が11件(13%)となっている。 

 ○公正証書作成支援に発展したきっかけ
 次表(編注:省略)のとおりである。
 以上のとおり、地域包括支援センターからの依頼が27件、講座・講演会の受講者と新聞を見た人からの依頼がそれぞれ20件で、合わせて78%を占めている(編注:合計が86となっているが、89と思われる)。
 特に、前述したが、新聞記事の影響は大きく、今でも1年前の新聞記事(前記1の山陽新聞。令和4年2月8日付け記事)を所持して、「何か困ったことがあったら、ここに相談しようと思って大切に保管していました。」 と言って事務所を訪れる方もいる。
 ところで、県内での公正証書作成支援実績の分布状況は、前記1「事業実績分布地図」のとおりである。
 これらの公正証書作成支援は、依頼者の意向を聞いて公証役場を選定して
いるが、これまでは県北の依頼者が多いこともあり、津山公証役場(波多野新一公証人)に作成をお願いしている。波多野公証人は、岡山県出身で県内の地理に明るく、出張遺言にも迅速に対応していただいている。

4 当法人で受任したケース
 これまでに当法人で受任した「財産管理等委任契約及び任意後見契約」は1件である。一人暮らしの高齢者が増えているので、市民後見人の利用の拡大と同様、当法人への依頼の拡大も予測されるが、現在のところ、当法人の人的体制の問題もあり、積極的な受任業務は見合わせている。実際のところ、当法人が受任したこの契約も、本人の判断力はしっかりしており、身体も動ける状況にあることから、まだ発効はしていない。
 ところが、この件については、こんなエピソードがある。委任者から、突然、当事務所に「もう自分はいつ死んでもいい。死んだら後を頼む。」という自暴自棄の電話が午後4時過ぎに入った。びっくりして、メンバー2人が委任者宅に飛んで行った。県北に家があるので1時間半かかった。しかし、面会すると、寂しくなってそんな言葉を発してしまったとのこと。深刻な状況には至らず、ほっとしたものの、帰宅は午後9時を回っていた。
 受任業務の拡大については、今後の法人の体制整備と併せて検討していきたいと考えている。

5 津山遺言フォーラム(シンポジウム)へのコーディネーター派遣
 昨年10月16日(日)津山市の津山圏域雇用労働センターにおいて、岡山地方法務局(永瀬忠局長)と津山公証役場(波多野新一公証人)との共催による遺言制度の普及定着を目的としたシンポジウムが開催された。
 当法人理事長に対してコーディネーターとして専務理事永井行雄を派遣して欲しい旨の依頼があった。永井は、公証人在任中に何度かコーディネーターを経験したこともあったことから、依頼があったものと思われるが、いずれにしても、このようなビッグイベントへの参加は、当法人にとって名誉なことである。
 パネリストは、岡山地方法務局西岡典子次長、波多野新一公証人のほか、弁護士、司法書士、信用金庫職員、民生児童委員で構成されており、職域バランスもよいと感じた。
 当日、会場は満席であり、市民の関心の高さがうかがえた。永井の進行もスムーズで あり、パネリストの発言をうまく引き出していた。

6 新メンバーの加入
 昨年7月、新たなメンバーが一人加わった。元法務局職員で岡山県出身の女性である。これで、メンバーは男性4人、女性2人となった。
  新メンバーを紹介させていただく。
●理事 井上和江(岡山市出身)
広島法務局福山支局統括登記官、岡山地方法務局岡山西出張所長、笠岡支局長
★物事に対する着眼点がいい。よく笑い、元気である。職場の雰囲気を明るくしてくれる。一日8000歩を日課に歩いている。最近ランニングを始めたとのことである。職場によく馴染み、公正証書作成支援にも積極的に関わり、経理帳簿付けもこなす。歌が上手である。水曜日を除き、常駐

7 宿泊研修
 メンバー間の親睦を兼ねて、これまで3回、1泊2日の宿泊研修をした。お酒を交えての本音トークは、気分がいい。宿泊地は、講演会等の開催地やその近隣地から選ぶことが多い。
 最近では、美作市老人クラブの講話終了後の美作の地「湯郷温泉」で、2月7日(火)に一泊して実施した。ホテル内当法人メンバー(翌日早朝)のカラオケルームで二次会をした。久しぶりのカラオケ。すっかり時間を忘れて盛り上がった。皆、よく歌を知っているし、上手である。もちろん、昭和の歌ばかりだけど・・・。
 「宿泊研修」は、楽しい。これからも度々計画していきたい。講演会等の主催 者側との懇親会を企画し、ここで一泊するなど、さらに発展させていけるとい いなと考えている。

8 おわりに
 「元法務局職員によって設立した法人です。全員が岡山県出身です。」
 これは幾度となく使ってきている当法人のキャッチフレーズである。言うまでもなく、やっぱり「法務局」のネームバリューの存在が大きい。これに助けられていることを実感し、法務省、法務局に勤務していたことに感謝している。
 「晴ればれ岡山サポートテラス」は、正直、全くのゼロからのスタートであり、手探りで暗闇の中を突き進んできた。地方自治体はもちろんのこと、関係する社会福祉協議会、公民館などの担当者との直接の面談ができ、講師派遣へとつながっていったのは、とりも直さずメンバーが「法務局出身者」という言葉に守られた「信頼」と「安心」のお陰であったと思う。これからも、元法務局職員として決して恥じない仕事をしたいと、メンバーのひとり一人が肝に銘じている。
 まだ先は見えていないが、これからも皆が力を合わせて、県民から信頼される法人として、存続できるように努めていきたい。
 今後の課題は財政基盤であるが、これまでの地道な活動を積み上げ、活動の範囲が拡がっていけば、少し時間はかかるかもしれないが、達成できる道筋も見えてくるのではないかと考えている。
 今、我々は、家族の応援も得ながら、楽しく賑やかにやっている。第二の、あるいは第三の人生として、これまでの経験と知識を地域社会のために役立てているという実感がメンバーの喜びである。
 皆が健康で、これからも一緒に歩んでいきたい。
(元水戸・土浦公証役場公証人 大河原清人)

  【連絡先】一般社団法人晴ればれ岡山サポートテラス
       〒701-2154 岡山市北区原1119-1
              TEL(086)206-3738 FAX(086)206-3739
              E-mail:harebare0712.hara@outlook.jp
              https://harebareokayama.org

津山遺言フォーラム(波多野新一)

「うわっ。会場は満席になっていますよ。立っている人もいます。」

 ステージに上がる控室の階段で、一列に並んで登壇を待っている私たちに、同じ控室の小窓から会場を覗いた支局長の声が飛んできた。

 令和4年10月16日(日)、津山市内の会場において、「津山遺言フォーラム」と命名した遺言制度の普及を図るイベントを開催した。

 主催者は、岡山地方法務局と津山公証役場である(共同主催)。準備に要した期間は4月からの約6か月。その半年間を、主観で、日記的に(裏話を含めて)振り返った。

1 ことの発端

 準備開始から遡ること数か月前。当民事法情報研究会だより№53にも記事が掲載されている「一般社団法人晴ればれ岡山サポートテラス」の永井行雄専務理事とのある日ある所での懇話中のこと。「法務局の自筆証書遺言保管制度が始まるとき、法務局と公証人が共同して遺言の普及活動をしたいとか、日公連の春季研修で法務省担当者が言ってたけど、そういう動きがないんよなあ。」、「津山で遺言のイベントをやってみてはどうだろう。」、「シンポジウムなら、都城での経験があるので、お役に立てると思うよ。」、「法務局に持ちかけて一緒にやってみよう。」と、ほぼ話がまとまった(どのセリフが誰のものかは省略)。

こののち、「永井専務理事」には、半年間濃密にお世話になることになる。

2 企画書

 令和4年3月、岡山地方法務局津山支局長の後任予定者が、事務引継の際に当役場に立ち寄ってくれた。その新支局長は、法務局在職中に幾度か共に仕事をしたことがあるだけでなく、同じ宿舎で10年間、家族ぐるみの交際をしてきた仲である。冒頭の「支局長」である。その立ち寄ってくれた折りに、「法務局も遺言書保管制度の広報が課題なんだよね。着任したら、私と一緒に遺言普及のイベントやってみようよ。」と振ってみた。「いいですね。やりましょう。」と色よい返事が返ってきた。

 4月上旬、1枚の企画書を作った。項目は、お決まりの①イベント名、②実施事項、③実施主体、④実施日時、⑤実施場所、⑥シンポジウムの概要である。イベント名は、広く認知してもらえるよう英語の「集会所」である「フォーラム」とした。実施事項は、第一部シンポジウム、第二部相談会の二部構成である。すぐに、この企画書を携えて、支局長に話を持ちかけた。

支局長は開口一番、「本当にやるんですね!」と言いながら具体的な打合せに入った。企画書には、その後「目的」を追加した。

 後日、当役場へ視察に訪れた広島法務局長に企画書を提示すると、「現役時代に戻ったんじゃないですか。」と一言いただいた。確かに。こういう企画は久しぶりだが、やはり楽しい。その視察に随行された同局のT課長は、フォーラム前日から津山に来てくれて会場の設営などを手伝ってくれた。

3 主催者の分担

 このイベントは、岡山地方法務局と津山公証役場の共催である。支局長との打合せでは、共同で様々な事項を具体化していくことを原則として、次のように分担することとした。無論、支局限りでは決められないので、この打合せ結果を本局に報告したうえで、その回答いかんで分担を決定することとした。

  <法務局の担当事項>

   ①事務局、②費用、③広報、④他団体への協力依頼、⑤記録誌の作成

  <津山公証役場の担当事項>                     

 ①登壇者(コーディネーター、パネリスト)への依頼、②台本とパワーポイントの作成

 1週間後には、本局から回答があったとの連絡が入った。津山での打合せのとおり法務局が担当するとのことだった。しかも、本局においても担当者を決めて、局をあげての事業にしたいとの心強い回答であったとのこと。

4 会場探し

 まず、実施日と会場を決めなくてはならない。準備には5か月程度が見込まれた。参加しやすい曜日で、岡山県北の農繁期を過ぎた頃とすると、10月中旬の日曜日と決めた。

 次は会場探しである。支局長と二人で探してみた。広くて公的な会場をいくつか候補に絞り込んだ。しかし、新型コロナが収まったとはいえない状況下である。ほどよいと見込んでいた複数の会場からは、新型コロナ感染対策の計画書の提出を求められ、新型コロナの感染状況次第では直前に使用許可を取り消す場合があると釘を刺された。

 やむなく次の候補を探すことにしてたどり着いたのが、「津山圏域雇用労働センター」という会場である。下見に行くと、学校の体育館のような大ホールといくつかの会議室があった。ステージも控室も備えられている。大ホールの収容人員は300人とのことだが、実際に椅子を並べてみたら、席間を少し広くしても200人は入れる。専用駐車場の使用可能台数は物足りないが、ここは観光名所津山城の側だから有料・無料の駐車場が近隣にある。新型コロナ対策の計画書は不要で、一方的な中止命令もないとのこと。なんとかなる。ここに決めた。

 後日談であるが、その会場の近くの駐車場をいくつかお借りすることができた。津山信用金庫の御厚意で職員駐車場、人権擁護委員協議会長さんのお知り合いの建設会社駐車場と眼科駐車場である。これで100台程度は確保できた。本当に有り難いことである。

5 シンポジウムの登壇者

 登壇者は、コーディネーターとパネリストである。既に、コーディネーターは、永井専務理事にお願いしている。パネリストは、まず人数を決めなければならない。会場に再下見に行き、ステージに机を並べてみた。なんとかパネリスト6人は着座できる。6人は妥当な人数だろう。

 次は、どういう業界などから参加してもらうか。                   

 法務局職員(西岡典子次長)と私(公証人)で2人は決まり。そのほか、遺言の効用を多方面から語っていただくことを期待して、①弁護士(相続争い、遺言執行)、②司法書士(相続登記)、③金融機関(金融資産の払戻)、④民生委員(市民代表、高齢者支援)から各1名をお願いすることとした。心当たりのある方々に、まず、電話で内諾をいただくことにした。お願いした方々と、最初のお答えを紹介する。

① 弁護士 高木成和氏(弁護士法人岡山パブリック法律事務所長) 

 「波多野先生からのお願いなら、喜んでできる限りの協力をさせてもらいますよ。」遺言作成など、職務上のお付き合いだが、嬉しいお返事だった。この先生、驚くほど多くの後見事務を行っておられる。

② 司法書士 石本憲行氏(土地家屋調査士、行政書士)

 「いい企画ですね。私でよければ、お引き受けします。」司法書士会支部の研修担当役員をされていた頃、支部の研修会で私が講師をしてからのお付合いである。研究熱心で、法務局の目の前に事務所がある。

③ 津山信用金庫 お客さま応援部副部長 小賀義之氏

 津山信用金庫には直接出向き、担当部長ほか4名に企画の説明をしていたところ、「私やりますよ。」と手を挙げてくださった。さすが「お客さま応援部」である。小賀副部長とは、2年ほど前に、ある不動産会社が主催する遺言セミナーでお会いしたことがあった。

④ 民生委員 高山科子氏(岡山県民生委員児童委員協議会長)

 「まあ、ええことじゃがあ。津山でやるのがええわあ。全国に発信できるんじゃろう。忙しいけど波多野さんの頼みならええよ。」高山さんには頭が上がらない。20年以上前、私が津山支局に勤務していた頃、事務補助員として勤めておられた。津山の公証人に就任するに際しては大変お世話になった。今は、民生委員として岡山県の協議会長のほか全国連合会の役員をしておられ、多忙な毎日とのことである。

 かくして、津山の最強チームが編成された。

6 共催と後援

 各方面への協力要請は法務局が担当した。その結果を伺うと、津山市と岡山県司法書士会津山支部が共催を申し出てくれ、津山市社会福祉協議会と津山信用金庫が後援をしてくれるとのことであった。一瞬、頭をよぎった。「共催が増えたということは、岡山地方法務局が主催で、津山公証役場は共催になるのではないか。」。そこで、主催は岡山地方法務局と津山公証役場の共同主催ということに落ち着かせてもらった。

7 打合せ

 お膳立ては整った。いよいよ始動である。

⑴ 第1回打合せ(6月28日)

 1回目の打合せ。場所は津山支局の会議室。出席者は、事務局と各登壇者であり、初顔合せとなった。主な議題は、開催日までのスケジュールの説明と調整である。説明したスケジュールの概要を以下に紹介する。

① 7月11日まで 各パネリストに「質問票」を送付

(質問票とは、各パネリストがこれまでに経験した相続・遺言に係るエピソードなどを提出してもらうためのもの)

② 8月1日まで 質問票に対するコメントの提出

③ 8月15日まで 主催者から各パネリストに第1稿の台本を送付

④ 8月19日 第2回打合せ  第1稿の検討

⑤ 9月12日 第3回打合せ  最終稿の確定

⑥ 10月6日 直前リハーサル 

⑵ 第2回打合せ(8月19日)

 最初に、台本の読み合わせを行った(台本作成の話は後述する。)。

 所要時間は適当か、興味を引く展開となっているか、一般にわかりやすい表現か、内容に修正・追加するところはないかなどを全員で検討するためである。

 一通り読み合わせると、ほどよい時間で終えた。起承転結が整理できた良い展開であり、多くの内容が組み込まれていて、興味を引くものであるというのが共通した感想だった。

 「わかりやすい表現か」の観点で民生委員の高山さんに意見を求めたところ、「難しい専門的な用語が多くて、分からないところが多かった。」との率直な意見が出された。

 第1稿は全体を見直すこととし、「用語集」を作成して、来場者に配布することにした。

⑶ 第3回打合せ(9月12日)

 3回目の打合せは、津山支局会議室にスクリーンをセットし、登壇者の席を本番と同じように並べて行った。スクリーンはパワーポイントを映すためのセットである。事例の紹介では、パワーポイントを用いて説明すれば、来場者にわかりやすい。パネリストも説明しやすいし、画面を見てくれていれば、原稿を読む姿を見られることもない。パワーポイントの作成については後述する。

 その打合せの内容は、本番さながらに、パワーポイントを操作しながらの台本読合せである。皆の感想は、「ほぼ完成している」で一致した。「パワーポイントの文字が小さい」、「細かい説明にはもっとパワーポイントを活用してはどうか」などの意見が出た。

8 台本とパワーポイントの作成

 シンポジウムの準備をする中で最も重要で、困難かつ時間を要することは、台本とパワーポイントの作成である。成功の鍵を握っていると言っても過言ではない。

 進行を担当するコーディネーターの永井専務理事と二人で作成していくことは、既に申し合わせていた。二人で作成の打合せをするには、時間と場所が必要である。時間は、休日に集中して合宿方式で行うことにし、打合せの場所は、晴ればれ岡山サポートテラスの事務所をお借りすることとした。事務所の使用には、同テラスの皆さんが快く同意してくださった。このイベントに全面的に協力してくださる嬉しい先輩方である。これに甘えて、計3回、台本づくりの合宿所とさせていただいた。

⑴ 1回目の合宿(7月2日(土)午前10時から)

 パネリストの皆さんに語っていただく事項を決めることが中心である。そのためには、台本の全体構成を検討しなければならない。まず、思いつくままキーワードを出し合い、それをつなぎ合わせて全体構成を考えていくこととした。誰にどういう事柄についてコメントしてもらうかをイメージしながら、当初に出し合った主なキーワードは、次のようなものである。

①遺言とは何か、②遺言することのメリット、③相続争いの事例、④預金の払戻手続、⑤相続登記の手続、⑥遺言の種類と作成方法、⑦遺言書の有無の調査方法、⑧自筆証書遺言書保管制度、⑨動けない人の遺言作成、⑩遺言が作成されていたためスムーズに財産承継がなされた事例、⑪遺言がないため苦慮した事例、⑫遺言の内容で参考になる事例、⑬高齢者の遺言作成、⑭遺言作成の費用、⑮使えない遺言の事例、⑯遺言執行者など二人で話をしながら、「たたき台」を作っていく。パソコンの画面をテレビに映しながら進めると、話がしやすい。

 なんとか「たたき台」ができた。各パネリストにお願いする質問票もできた。

 時計を見ると、3日(日)午後4時。途中、3時間ほど仮眠をしたが、ほぼ二日間、集中していた。

 16年くらい前、永井専務理事と一緒に徹夜で仕事をしたことを思い出した。久しぶりのことだが、今回は結構楽しかったし、随分捗った。

⑵ 2回目の合宿(8月11日山の日(木)午前10時30分から)

 各パネリストから提出してもらったコメントやエピソードを、たたき台に加えていく。台本の修正作業を主に私が担当し、永井専務理事は、具体的な事例をパワーポイントで作成するという分担作業である。

 このパワーポイントが秀逸!今まで見たこともないアニメーションの技術。永井専務理事は、パワーポイント作成の達人である。

 台本の方は、コーディネーターが一方的に進めているように見せないための一工夫を入れることにした。途中で民生委員の高山さんに「ちょっといいですか。」と前置きしていくつか質問してもらうことにしたのである。

 時計を見ると12日(金)の午前7時45分。午後から公正証書作成の予約があったので、ここで合宿終了。

 その後、台本は持ち帰って修正し、第2回の打合せ前に各パネリストに配布した。

⑶ 3回目の合宿(8月20日(土)午後5時から)

 いよいよ台本作成も最終段階である。前日の打合せで民生委員の高山さんから用語が分からないという御指摘をいただいていた。ほかにも、法定相続人の説明、遺留分の説明、遺言の必要性の高いケースの説明などを加えてはどうかとの意見が出ていた。

 これらの指摘、意見を踏まえて台本を編集していく。事例だけでなく、法定相続人の説明図などもパワーポイントに加えていく。会場での配布資料を作成していく。そういった作業を共同作業で進めた。

 時計を見ると21日午前9時。二人とも午後から予定があったので、3回目の合宿はここで終了。

台本とパワーポイントのデータを持ち帰り、後は自宅又は公証役場で修正していくこととした。

⑷ パワーポイントの編集

 当公証役場の書記は、パソコンの達人である。タイピングは驚異のスピード、チラシや説明図などは一般に分かりやすく作成してくれる。デザインの美的感覚は、私の10倍以上だ。

 このシンポジウムのパワーポイントでは、各項目の作成と説明シートの背景を担当してもらった。その一部は、ご覧のとおりである(編注:省略)。

 この編集作業は、本番の数日前まで、何度も行うことになった。

⑸ 台本の最終編集まで

 作った台本を読み返していると、「この用語や表現は一般の方に分かるだろうか」と気になってくる。この点は、何度修正しても、気になる。

 パワーポイントについては、本番でのパソコン操作を法務局職員が担当することになっているから、台本にクリック箇所を示さなければならない。

 この作業は、リハーサル直前まで行った。

9 広報

 広報は法務局の担当である。

 地元紙「山陽新聞」では開催記事掲載、NHKでは昼及び夕方のローカルニュースで放送、山陽放送では一分間のアピールタイムに法務局職員2名が出演、岡山県北の各市町村の広報誌に掲載といった広報が繰り広げられた。

 津山市の広報誌には紙面の都合で掲載されなかった。これを残念に感じた支局長、なんと休日返上で各戸に1,000枚のチラシのポスティングを3、4回行ったというから、頭が下がる。

   

10 会場レイアウト

 3度目の会場の下見。本番同様に机と椅子を並べ、メジャーで壁からの距離を計り、一枚の白紙に手書きでレイアウトを書き込んでいく。この白紙は、後日、書記がエクセルで清書してくれた。これがあれば本番当日の準備がスムーズに行える。

 ここで問題が発生した。パワーポイントを映写する壁面がステージの一方に偏ってしまうのである。反対側の席からは相当見えにくい。そこで、ステージの両側の壁面に同時に映写することとした。永井専務理事のアイデアである。早速、通信販売で分配器を購入し、プロジェクターは津山市から1台を借りることができることとなった。津山市からは、マイクとスピーカーも借りることにした。

11 リハーサル

 いよいよ、リハーサル。岡山地方法務局長も出席した。本番と同様に行う。

 一足先に会場に行き、ステージのセットとパワーポイントの映写実験をした。ここまでは、段取りよく進んだ。マイクの音量、要した時間の計測、パワーポイントを展開するタイミングなどもこのリハーサルで検証する。

 全体進行は津山支局総務課長。「これからコーディネーター、パネリストの皆さんが登壇されます。」の声が控え室に聞こえた。かねてからの打合せどおり、順にステージに上がる。全員が登壇したところで一礼し、着席する。

 客席には法務局職員が数名いるのみだが緊張する。コーディネーターの第一声からスタートした。自己紹介から始まる。顔を上げて話したいが、どうしても台本に目がいく。

 一通り終えたところで、客席の法務局職員に感想を聞いた。「皆さん、下を向いて台本を読んでおられました。」、「パワーポイントのいくつかの文字が小さくて読みにくいようです。」、「流れは自然でした。」。率直な意見が出される。

 パワーポイントの小修正さえすれば、本番を迎える準備はできた。

12 応援団

 いよいよ、開催日当日となった。早めに会場に着くと、多くの法務局職員が会場の開く時間を待っている。荷物の搬入、会場設営を行うためだ。一緒に会場の準備を行う。広島法務局のT課長も手伝ってくれている。準備をしていると、次々と旧知の方々が声を掛けてくれた。

 県外からは、現役・OBの法務局の後輩が3人、懐かしい顔ぶれだ。

 以前から声を掛けていた他市の職員、司法書士、平素証人をしてくださる方々、公証役場のポスターを見てくださった方もおられる。

 会場には、多くの民生委員、人権擁護委員。津山信用金庫の職員も多数。晴ればれ岡山サポートテラスからは全員が来場してくれた。

 大応援団が来場してくれている。かくして、200人分準備した席は満席となった。

13 開演

 開演前の控室。登壇のタイミングを待つ。冒頭の支局長の声が響く。満席と聞いても、不思議と緊張してはいない。むしろ、やりがいを感じている。

 合図で壇上に上がる。客席を見渡す余裕さえある。リハーサルよりも、落ち着いている。コーディネーターの問い掛けに対して顔を向けながら、台本を見ることなく、自然な形で話すことができている(と自分では思った。)。

 「準備に半年間を費やしたのだ。十分に考え、時間を掛けて練り込んだ台本だ。読み合わせも、リハーサルも行った。自分以外の登壇者も、落ち着いている。素晴らしいチームだ。」。そんなことを思いながらシンポジウムが進行していった。

14 アンケートと来場者の感想

 後日、回収したアンケートの結果を見せてもらった。回収数は89名分。

①わかりやすい内容だった。 70名

②本日のシンポジウムは参考になった。 85名

③本日のシンポジウムに参加して遺言を作りたいと思った。 62名

 そのほか、様々なコメントが寄せられた。

 来場してくださった津山信用金庫の理事長さんに、後日、お礼に伺ったときにいただいた感想を参考に記しておく。

「次から次へと話が展開し、あっという間に終わった。」、「全ての話が参考になるものばかり」、「聞きたいことが散りばめられたすばらしいシナリオだった。」、「なかでも事例は、わかりやすくてもっとたくさんお聞きしたかった。」、「画像はとてもわかりやすかった。」、「コーディネーターの進行は、スムーズで、自然で、親しみやすく、会場の参加者を引き込むものだった。」、「パネリストの皆さんも堂々とお話しされ本当に信頼できるイメージだった。」など

終えてみて

 とにかく人のつながりが大切であると感じた。忙しい中、快く引き受けてくださった登壇者の皆さん、企画段階から精力的に動いてくれた支局長はじめ法務局の職員、多方面で協力してくれた共催団体、後援団体、人権擁護委員協議会の皆さん、本当にありがたいことだと心から思う。このような手作りのイベントは、「自分にできることなら、何でも協力するよ」の気持ちの人々が一つになって大きなパワーを生み、大成功をもたらすものだとつくづく思った。

 昨年の秋から「岡山」が勢いづいている。岡山学芸館高校が全国高校サッカー優勝、倉敷高校が全国高校駅伝優勝、ウエストランド(津山市出身)がM-1優勝、ドルーリー朱瑛里さん(津山市の中学生)が都道府県対抗女子駅伝で17人抜きの大活躍、新谷仁美選手がヒューストンマラソンを日本歴代2位の好記録で優勝など。「津山遺言フォーラム」も勢いづく「岡山」の一つだった。

 公証業務は大きな転機を迎えようとしている。広報の拡大は非常に重要だ。自分たちだけでなく、様々な機関・人々と手を携えて行うことが大切である。そして、公証人自身が広報活動を楽しむことができれば、これに勝るものはないだろう。

【いろんなエピソード】

1 本番当日は、地元の秋祭りの日だった。会場の前を数台の山車が賑やかなお囃子とともに通り過ぎて行った。地元のケーブルテレビは、残念ながら祭りの取材で手一杯のようだった。

2 本番当日、パネリストの一人が自己紹介していると、そのパネリストに会場から手を振る応援団の姿があった。

3 3回目の打合せの直前、パネリストの一人が新型コロナに罹患し、急遽欠席した。読み合わせは、そのパートを法務局職員が担当した。

4 津山信用金庫の小賀副部長は、このイベントの翌日付で支店長に異動した。同金庫が、発令を待ってくれていた。

5 初回の合宿中、永井専務理事と深夜スーパーに夜食の買い出しに出かけた。10時間くらい何も食べていなかったので、巻き寿司などを一気に腹に詰め込んだ。午前1時頃、寝ようとしたが胃が重過ぎて眠れず、腰掛けていた。結局眠れないまま朝4時頃からパソコンに向かった。別室で休んでいた永井専務理事も、5時頃「胃が重くて眠れなかった」と起きてきて、一緒に続きを始めた。 

6 3回目の合宿の日は、新車の納車の日だった。津山で納車を終え、岡山に向かおうとするのだが、ガソリンの給油方法が分からない(給油キャップがない)、ナビの使い方が分からない、よく分からないスイッチがある。おまけに雷が鳴る大雨である。なんとか到着できた。

(岡山・津山公証役場公証人 波多野新一)

実 務 の 広 場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.97 事例からみた事業用(定期)借地権設定契約公正証書作成上の留意点(秦 愼也)

1 はじめに
⑴ 建物の所有を目的とする土地の使用に関する契約は、借地借家法(平成3年法律第90号、以下「法」という。)上の借地契約であり、この借地契約には、賃貸借契約によるものと、地上権設定契約によるものとがあるが、実務においては、そのほとんどが賃貸借契約によるものであるため、本稿では、賃貸借契約を中心に検討する。この賃貸借契約は、いわゆる普通借地権設定契約(借地借家法(以下「法」という)第3条以下)、定期借地権設定契約(法第22条)及び事業用定期借地権等設定契約(法第23条、以下、法23条第1項の事業用定期借地権と法第23条第2項の事業用借地権を合わせて「事業用(定期)借地権」という。ただし、同条第1項の借地権及び同条第2項の借地権を共に「事業用定期借地権」と呼ぶ考え方もある(証書の作成と文例※借地借家関係編※〔三訂版〕文例6参考事項1))に分類される。これらのそれぞれの性質については、詳細は省略するが、概ね次のとおりとなっている(編注:省略)。
⑵ この中で、事業用(定期)借地権設定契約は、公正証書によってしなければならない(法第23条第3項)とされており、公証人が行う公正証書作成業務とも深い関係があり、特に、福山公証役場においては、年間90件近くの事業用(定期)借地権設定契約公正証書を作成しているため、案件によっては、苦慮するものが多い。
⑶ このことから、福山公証役場において作成された事業用(定期)借地権設定契約公正証書において、留意すべき事例を抽出し、論点整理をした上で、解決方法等について解説を試みることとした。

2 事業用(定期)借地権について
⑴ 事業用(定期)借地権とは、建物所有を目的とする土地について期限があり、かつ、事業の目的での賃貸借契約等を締結する借地権であり、存続期間が10年以上30年未満の事業用借地権(法第23条第2項)と、存続期間が30年以上50年未満の事業用定期借地権(法第23条第1項)がある。借地権としての性質に大きな違いはないが、決定的に異なることは、前者が、契約の内容に、契約の更新及び建物の築造による存続期間の延長がないこと、並びに建物の買取りの請求をしないことを明記しなくとも、当然に、契約の更新及び建物の築造による存続期間の延長がないこと、並びに建物の買取りの請求をしないこととなるというものであり、後者は、契約の内容に、契約の更新及び建物の築造による存続期間の延長がないこと、並びに建物の買取りの請求をしないことを明記しなければ、これらの規定が適用されないというものである。
⑵ したがって、事業用(定期)借地権設定契約公正証書を作成する場合において、当該契約の存続期間が30年以上50年未満のものであるときは、契約の当事者に、契約の更新及び建物の築造による存続期間の延長がないこと、並びに建物の買取りの請求をしない旨の意思を確認した上で、これらの特約を入れなければ事業用(定期)借地権にはならないことを説明し、合意した内容として記載する(通常は、事業用(定期)借地権設定契約においては、これらの規定を入れることを前提に依頼されるものと考えられるので、公証人としては、入れることを前提に作成することになるものと思われる。)。他方、当該契約の存続期間が10年以上30年未満のものであるときにおいても、契約の更新及び建物の築造による存続期間の延長がないこと、並びに建物の買取りの請求をしないものであることを確認した旨の記述をすることが一般的である(前出文例6参照)。両者の違いは、1項が特約を合意した旨を記述するのに対し、2項は、1項の特約と同一の内容が適用されることを確認した旨を記述するという点のみである。
⑶ また、事業用(定期)借地権設定契約は、事業の用に供する建物を所有することを目的とするものであるから、当然に居住の用に供する建物があってはならないこととなる。このとき、留意すべきことは、建物が高齢者施設である場合や会社の寮が併設されるような場合であろう。高齢者施設の中には、高齢者の方々を居住させて運営するものが多く存在する。この場合、一時利用の施設であれば、問題はないが、住民票上の住所をその施設にする等居住の用に供する目的で建物を建築するような場合には、当然に事業用(定期)借地権設定契約とすることはできないので、公証人としては、事業用(定期)借地権設定契約公正証書を作成する際、建物の目的を吟味する必要がある。
⑷ さらに、令和2年4月1日に施行された改正民法下では、敷金に関するルールの明確化が図られており、事業用(定期)借地権設定契約(他の賃貸借も同様であるが)を公正証書で作成するに当たっては、敷金の返還の規定を、これまで以上に丁寧に記述する必要があるものと考える(※)。なお、地上権設定契約による場合は、保証金等の名目で金銭の授受があっても、「敷金」とはならないことに留意しなければならない。
※ 例えば、「甲は、本契約が終了し、乙から本件土地の明渡しを受けたときは、速やかに、敷金を乙に返還して支払う。」といった書きぶりで嘱託を受けることが多いと思うが、このような場合、「甲は、本契約が終了し、乙から本件土地の明渡しを受けたときは、本件土地を明け渡した日の翌日から○日以内に、敷金を乙に返還して支払う。」といったような規定とすべきである(これまでも、強制執行認諾の関係においては、このような規定が必要であったと思われるが、改正民法下においては、より一層徹底していく必要があると思われる。)。
⑸ おって、事業用(定期)借地権も、他の借地借家法上の借地権と同様、借地借家法が強行規定なので、賃借人に不利な契約条項は無効となり、賃借人が破産等しても、直ちに催告なしで契約解除できるとする規定が無効であること、契約解除後、賃借人が建物を撤去してでも自力救済できるとする規定が無効であること(※)、賃貸人が中途解約できるとの規定は無効であること等の規制があるので、公正証書作成に当たっても、このような点に留意したい。
※ 例えば、土地の明渡しの規定等において、「乙が前項に違反した場合、甲は乙が残置物の所有権を甲へ無償移転したものとみなし、任意に使用・収益・処分できるものとし、乙はこれについて一切異議を述べないものとする。」といった書きぶりで嘱託を受けることが多いと思うが、このような条項の適用は、明らかに明渡しの行為があった場合を除き、当然に無効となる可能性もあるため、当事者がこのような規定をどうしても入れたいとするならば、公証人としては、最低でも「土地の明渡し後に」といった文言を入れるべきである(前出証書の作成と文例1参考事項10(3)参照)。
⑹ 事業用(定期)借地権設定契約公正証書作成に当たって、複数の土地を対象とすることも多いであろう。このような場合、契約締結後において、賃借権設定登記をすることも考えられる。このとき、留意すべきは、公正証書の各土地又は平方メートル毎に、賃料、敷金の表記をしなければならない、とうことである。登記する際、土地毎に、賃料及び敷金の記録をしなければならないからである。

3 事例からみた事業用(定期)借地権設定契約公正証書
それでは、事業用(定期)借地権設定契約公正証書を作成する上で、事例からみた留意点を考察したい。

【事例1】
事業用(定期)借地権設定契約公正証書作成に当たっては、次のような転貸借契約を行うような依頼がある。
(編注:図面省略 A土地を甲が所有し、乙会社がその土地に賃借して借地権を設定し、これに乙会社が転借地権を設定して丙会社に転貸し、丙会社が建物を所有するケース)
 
上記のうち、借地権設定については、事業用(定期)借地権設定契約によることもできるが、嘱託者からみれば、二重に公正証書を作成する必要があり、費用負担の面から、転借地権のみを公正証書で作成したいとする嘱託も多いであろう。
このため、上記の借地権設定については、借地借家法上の普通借地権(法第3条)又は定期借地権(法第22条)によることもあるものと考える。この場合、乙丙間の事業用(定期)借地権設定契約は、甲から見れば転借地権設定となるため、転借地権設定契約書の提示を求めることも考えられる。乙丙間の借地権設定契約は、乙に対し、丙に賃借権を得させることができる権限を取得する義務を負わせる債権契約であるので、乙が、甲からその権限を取得していることが事前に確認できることが望ましいといえる。もちろん、丙の賃借権取得時期が将来の場合もあるので、乙の甲からの権限取得が将来となる場合もあり得ることになる(権限取得が間に合わないときは債務の履行遅滞の責任が発生する。)。

【事例2】
事業用(定期)借地権設定契約公正証書の作成に当たって、次のように(編注:図面省略)、土地の面積に比べて、建物の面積が非常に小さい場合、当該土地全体に対して、本当に事業用(定期)借地権設定契約を締結することができるのかという疑問がある。
この判断は、非常に困難と考えるが、各公証人にとっては、土地の利用形態に基づき判断すべきことになろう。すなわち、B建物が建てられている敷地以外の残った土地が、B建物と一体として利用されるか否か、ということになるというものである。例えば、パチンコ店や、スーパー等で、当該建物を利用するに当たって、広大な駐車場を必要とするならば、上記の例でいけば、「10-1」の土地全体を事業用(定期)借地権設定契約の対象とすべきであり、このような利用形態を嘱託人に聴取しながら、事業用(定期)借地権設定契約公正証書を作成することになるものと考える。
なお、残った土地がB建物とは関係なく利用されるものと判断されるときは、土地を分筆するか、又は土地の一部の賃貸借契約とすべきである。

【事例3】
建物が存しない土地を対象として、事業用(定期)借地権設定契約公正証書を作成することが可能かという問題がある。次のような事例(編注:図面省略)において、A所有の「10-1」の土地上に借地権を設定し、事業の用に供するB所有の建物を建築する上で、建物を建築しないC所有の「10-2」の土地を使用しなければ、B所有の建物の利用ができないような場合、「10-2」の土地に対しても事業用(定期)借地権設定契約公正証書を作成することができるのか、という問題点である。
本来、「10-2」の土地には、建物が存しないのであるから、借地借家法上の借地権が設定できないはずである。このような場合には、民法上の賃借権設定として契約することも考えられる。しかしながら、上記の事例のように、スーパーマーケット、ドラッグストア、コンビ二エンスストア等B所有の建物を利用する場合、A所有の「10-1」の土地のみでは、駐車場が足りず、B所有の建物が事業として成り立たないこともあり、このような場合には、C所有の「10-2」の土地を利用せざるを得ないこととなろう。むろん、「10-2」の土地をBが賃借して民法上の賃貸借契約を締結すれば良いのではないかとも考えられるが、民法上の賃貸借契約では、①登記がなければ対抗要件を具備できない、②借地借家法上の借地権設定契約とは異なり、賃借人に不利な条項があっても必ずしも無効とならない(例えば、解約の申入れ等)等により、事業用(定期)借地権設定契約に比して、賃借人の保護が図られない場合がある(むろん、契約内容により賃借人の保護を堅牢にする方法がなくはないが、このような契約においては、多くの場合、公証人の関与なく行われ、契約内容の不備があることも考えられる。)。したがって、契約のバランスを考慮すれば、上記の事例では、「10-2」の土地に対しても事業用(定期)借地権設定を認めるべきである。
ただし、この場合には、次のような点に留意をする必要がある。
⑴ 上記の事例において、「10-2」の土地の使用が、B所有の建物の利用に当たって不可欠であると判断されなければならないため、嘱託人当事者に、その辺の事情を聴取して的確に判断するとともに、その判断をすることができるのであれば、「10-1」の土地と、「10-2」の土地が一体的に使用されるものであることを、上記事例において、AとBとの間の事業用(定期)借地権設定契約及びCとBとの間の事業用(定期)借地権設定契約のそれぞれの契約内容に明記する必要があるほか(※)、解除条項等の共通化の必要性等についても検討する必要がある。
※ 例えば、「甲及び乙は、本件土地について、福山市***○番○の土地と一体不可分として使用することを確認する」等の文言を用いる。
⑵ 上記事例において、AとBとの間の事業用(定期)借地権設定契約及びCとBとの間の事業用(定期)借地権設定契約における存続期間が同一でなければならない。
なお、上記事例において、先に「10-1」の土地について、事業用(定期)借地権設定契約公正証書が作成されており、事業の拡大等に基づき駐車場を追加するため、後から、「10-2」の土地に対して事業用(定期)借地権設定契約公正証書を作成したいとする嘱託も考えられる。このような場合、AとBとの間の事業用(定期)借地権設定契約及びCとBとの間の事業用(定期)借地権設定契約が同時でなければできず、後から追加することは認められないとする見解も見受けられる。しかしながら、同時にしなければできないとすることのみをもって、これが認められないとすることは不合理ではないかと考える。後から追加することで、B所有の建物の事業としての利用価値を増やしていくのであれば、これが社会のニーズに合致すると考えられるからである。ただし、このような場合、先に述べた留意点のほか、後からするCとBとの事業用(定期)借地権設定契約の内容において、存続期間が10年間を下回らないかを確認する必要がある。存続期間が10年未満となるような事業用(定期)借地権設定契約はできないからである。

【事例4】
次のように(編注:図面省略)、土地の一部に対して事業用(定期)借地権設定契約公正証書の嘱託の依頼があった場合、どのように対応すべきか、という問題がある。
土地の一部に対する賃借権設定については、「不動産の一部を目的とする賃借権設定契約をすることはできるが、分筆等の登記をしなければ賃借権設定登記はできない(不動産登記令第20条第4号、昭和30年5月21日民甲第972号通達)」とする先例があり、契約上は問題ないが、登記をすることができないため、対抗要件を具備できないということになる。
したがって、まず、留意すべき事項は、嘱託人に対して、このような契約においては、登記ができないこと、もし、賃借権設定登記をする必要があるときは、まず、分筆の登記をしなければならないことを、丁寧に説明して、いったんは登記をしない前提とするのであれば、やむを得ず、土地の一部に対しての事業用(定期)借地権設定契約公正証書を作成することになる。
また、土地の一部に対して事業用(定期)借地権設定契約をする場合には、公正証書を作成する上で、賃貸借の範囲を明確に示すための図面の添付を求めることになる。この場合、後ほど、分筆の登記を求められることを考慮すれば、この図面は、分筆登記に足る地積測量図(座標値入り)がベストである。しかし、事業用(定期)借地権設定契約公正証書の作成に当たっては、ある程度借地権の範囲を示した図面(例えば、辺長のみ)で行っているのが現実であり、正確な地積測量図がなければ、後ほど登記を求められても登記ができない実情であるため、契約そのものをやり直すことも見受けられる。この点、嘱託人には、十分な説明をしておく必要があろう。
なお、嘱託人に後日の分筆登記を可能とする表現方法について、あらかじめ法務局と相談しておくことを勧めるのも一案である。

【事例5】
次のように(編注:図面省略)、事業の用に供する建物と居住用の建物が平面的に混在する土地に対して事業用(定期)借地権設定契約公正証書を作成できるのか、という問題がある。
上記の事例においては、病院という事業の用に供する建物と、寄宿舎という居住の用に供する建物が平面的に混在しているが、土地を分割して(分筆登記という意味ではない。)、事業用(定期)借地権設定契約公正証書を作成することが可能である。この場合には、上記の事例において、病院として使用する部分を特定してもらい、この特定された部分の図面を用いることにより、土地の一部に事業用(定期)借地権設定契約公正証書を作成することになろう。
なお、立体的に事業の用に供する部分と居住の用に供する部分とが混在する場合(5階建で、1階から3階までが病院で、4階及び5階が寄宿舎といった場合)には、事業用(定期)借地権設定契約公正証書を作成することはできないため、普通借地権設定又は一般定期借地権設定により契約を締結することになろう。

【事例6】
複数の土地を対象として、事業用(定期)借地権設定契約公正証書を作成するに当たって、次のように(編注:図面省略)、Aの単独所有の土地と、A持分2分の1及びB持分2分の1の土地を一つの事業用(定期)借地権設定契約公正証書で作成することが可能かという問題がある。
上記の事例において、「10-1」の土地の所有者と、「10-2」の土地の所有者は異なっているため、本来、事業用(定期)借地権設定契約に当たっては、当事者が別々ということで、二つの契約をすることになる。しかし、上記の事例においては、「10-1」の土地及び「10-2」の土地には、少なくとも、Aという所有者が共通して存在しており、別々の契約とせずとも、一つの契約で行うことで問題はないように思われる。
ただし、このような場合、事業用(定期)借地権設定契約公正証書の内容において、土地の表示中、土地ごとに所有者を明記しておくことによって、当事者を明確にしておく必要がある。

【事例7】
いったん事業用(定期)借地権設定公正証書を作成し、存続期間満了の時期がきていたところ、賃貸人及び賃借人の双方から再契約をしたいとの嘱託があったが、新たな存続期間を5年間だけとし、その後は土地を賃借人から賃貸人に返還したいとするものであった。このような場合、事業用(定期)借地権設定契約公正証書を作成することが可能か、可能ではないとすれば、どのような方法があるのか、という問題がある。
この場合には、事業用(定期)借地権設定契約公正証書の期間の延長で対応せざるを得ない。新たに事業用(定期)借地権設定契約公正証書を作成する場合には、借地借家法上の規定から最低でも10年間の存続期間を定めなければならず、5年間の存続期間の事業用(定期)借地権設定契約公正証書は認められないからである。しかし一方で、5年間であっても、事業用(定期)借地権設定契約をしたいとする当事者の意思を無視することはできず、社会的にも許容すべきと考える。このため、本来は、新たな事業用(定期)借地権設定契約公正証書を作成するところ、かかる問題に対しては、賃貸人及び賃借人の合意に基づき、事業用(定期)借地権設定契約公正証書の変更契約によって対応することができるとすべきであろう。ただし、存続期間延長の変更契約が認められるのは、事業用定期借地権の存続期間を契約当初から起算して法23条第1項の期間内で延長する場合、又は事業用借地権の存続期間を同様に契約当初から起算して法第23条第2項の期間内で延長する場合に限られ、事業用借地権の存続期間を法第23条第2項の期間を超えて法第23条第1項の期間にまで延長することはできない(平成19年12月28日民二2828号通達)。
なお、存続期間の延長についての変更契約は、法第23条第1項又は第2項に規定する期間の範囲内での存続期間に対応するものであり、再契約がこれを超えるような場合には、そもそも存続期間満了後は、いったん契約を終了させ、新たに、公正証書に基づいて事業用(定期)借地権設定契約をするのが相当である。
また、存続期間の延長に係る変更契約を公正証書によってすべきか、という点も問題があろう。これについては、法第23条第3項の「設定を目的とする契約」でないことから、公正証書によってしなければならないというものではない。しかし、延長後の賃料等について強制執行認諾の効力を及ばせる必要がある場合は、公正証書によってすることになる。

4 おわりに
 事業用(定期)借地権設定契約は、賃貸借契約の中において、公正証書によってしなければならない(法第23条第3項)とされている。これは、当事者間の権利義務を明確にして紛争を防止し、事業用(定期)借地権という要件を慎重に審査して脱法的な制度の濫用を防止するといった観点で、このように公証人の関与が求められているからである。したがって、事業用(定期)借地権設定契約公正証書の作成に当たっては、法令のみならず、判例等も参考にして、慎重に内容を判断して行うべきであるが、ときに、当事者の考えによって思わぬ内容が存在することも多いと思う。当役場においても、対応に苦慮する事例が存在しているが、他の公証役場で行った事例等も参考としながら、対応していたところである。本稿においては、当役場が対応した中で、苦慮した事例を抽出して紹介した次第であるが、この対応が、必ずしも正解であったかは不明である。しかし、法令、先例等に照らしつつ、他の公証役場の事例も参考としながら、可能な限り、適切に対応したつもりであるので、事業用(定期)借地権設定契約公正証書作成に当たって参考としていただければ幸いである。
(広島・福山公証役場公証人 秦 愼也)

民事法情報研究会だよりNo.56(令和5年1月)

新年のごあいさつ

 新年明けましておめでとうございます。
 会員の皆様のますますのご多幸をお祈りいたします。
 旧年を含め、ここのところコロナに始まりコロナで終わる年が続いています。
 そのため、当研究会においても、対面での会合ができなくなって久しくなってしまいました。非常に残念に思います。
 ただ、新型コロナウイルスについては、流行当初は、この世の終わりが到来するのではないかとの恐れを抱かせられるような状況だったように思いますが、近時においては、感染者数増加の報道があっても、非常事態措置やまん延防止等重点措置といった言葉そのものが出てこないような状況となり、日常生活も維持されているように思います。このように、ウイズコロナの生活様式が常態化し、社会に認知されてくれば、多人数かつ対面での会合も可能となるのではないかと期待しているところです。
 そこまでいかなくても、多少窮屈な制約付きの会合であっても開催できないかということについて、引き続き検討していきたいと思っています。
新年のごあいさつは、明るい話と決まっていますが、暗めの話に終始してしまったことをお詫びいたします。
 最後に、少し前に孫が誕生したご報告をさせていただき、新年のごあいさつとさせていただきます。
 本年も、よろしくお願いいたします。

   令和5年正月 一般社団法人民事法情報研究会 会長  小口哲男

今日この頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

手書きの温もりなど(佐々木 暁)

 令和5年卯年を迎えました。新年あけましておめでとうございます。会友の皆様には、新型コロナやインフルエンザ、押し寄せる値上げ・物価高、円安、重なる年輪等々の苦難の中、これらの難敵をものともせずに、ご健勝にて、新しい年をお迎えのこととお慶び申し上げます。
 さて、「研究会だより」の編集長から「今日この頃」欄の執筆担当者の選択的指名依頼を受けて、早速に会友の皆様のどなたかに幸運の?白羽の矢をと、思いっ切り弓を引いたところ、弦がぷっつりと切れて悲しいかな自分に跳ね返ってきてしまいました。黒羽?と化して。実は3年連続新年1月号の「今日この頃」欄に顔を出すこととなり、いささか困惑していた次第で、割り当てて頂いた編集長・会長には、この偶然的ご配慮に心から感謝?しています、が、何より難題が、3年余のコロナ禍の社会情勢下においての隠遁的?仙人的な今日この頃の生活環境の中においては、会友の皆様にご報告できるような「今日この頃」的な事柄や提供できる話題も枯渇し、一粒の滴さえしたたり落ちないことにあります。しかしながら、折角も3年連続で新年号の担当にご指名頂いた会長殿への感謝を込めて、まるで、生レモンサワーのレモンを絞る如くに力を込めて、少ないなけなしの全脳的知力を絞り出して、この先に筆を進めたいと思う次第です。言い訳だけの前書きで、ほぼ1ページになりそうですので、それではこの辺でまた来年と行きたいところですが、まだ絞り残しのレモンが少しばかり残っているようです。
 令和4年の師走を迎える頃、そろそろ令和5年新年の年賀状を書く準備と思い、令和4年新年に頂戴した年賀状を改めて拝読させていただきながら、今更ながらに気付かされたことの一つが、何とも手書きの年賀状の少ないことです。圧倒的に印刷されたもの、パソコン仕様の年賀状が多いことです。中には、手作りの版画、パソコンを駆使した仕様の楽しい年賀状もあります。そんな中に、宛先から裏の挨拶・近況文までが手書きの年賀状を拝見すると、何故か気持ちが和み、ほっとするのです。年賀状の表の自筆の私宛の住所・氏名を拝見しながら、裏の差出人が誰かを想像するのが堪らなく楽しく好きです。
 個々人の特徴的な字体は、書人の笑顔や声、人柄まで蘇らせてくれ、ご無沙汰中の空間を埋めて、想い出の場面に連れ出してくれます。手書きの宛名一つで、新年の挨拶以上のものが溢れ出て、しばし書人の笑顔と手書きの温かさを感じながら至福の時間を過ごすことができました。そんなことから、私の令和5年の年賀状も相変わらずの汚い字の手書きです。しかし、受け取り人の想いは「相変わらず汚い手書きの年賀状だな。パソコンがないのか。使えないのか。」ということかもしれませんが。決して、印刷された年賀状、パソコン仕様の年賀状を否定している訳ではないことをお断りしておきます。口悪しき隣人によれば、お前は手書きの温もりなんて偉そうに言っているが、単にパソコンが不得手で、住所録も登録していない(できない)からだろうと言います。挙句には、デジタル化時代到来時の公証人でなくて良かったね、とも。う~ん、何とも反論し難い。
 令和4年10月1日付けの読売新聞の社説に、「手書きの大切さを再確認したい」と題して、2021年度の「国語に関する世論調査」(文化庁が全国の16歳以上を対象に実施)に関する論説が掲載されていました。問題の提起として「デジタル機器の普及に伴い、漢字が書けなくなったと感じている人は多いのではないか。日常生活や教育現場で、文字を書く機会をどう確保するか、改めて考える必要がある」というものです。
 この世論調査では、全体の82%が「国語に関心がある」と答え、関心がある点は「日常の言葉遣いや話し方」「敬語の使い方」が多かったとのことです。また、パソコンやスマートフォンの普及で「手で字を書くことが減る」「漢字を書く力が衰える」という懸念が多かったとのことです。
 私もスマートフォンを使用していますが、おはようの挨拶やお礼などは、絵文字で済ませてしまうことすらあります。ひらがなを漢字に変換してくれるので、正しい漢字を選択することは今のところ出来ているようですが、いざ実際に書くとなると、あれッ、となり、一瞬漢字のイメージは湧くが正確に書けないことが多々あります。これは単に認知症の前触れかと危惧したりしています。
 この社説の中で「文化審議会は10年の答申で、手書きの重要性を指摘している。繰り返し漢字を書くことで、脳が活性化され、習得につながるという。手書き文字には、書き手の個性も表れるため、日本の文化としても大切だと位置づけています。14年度の国語世論調査では、手書きの習慣を「これからも大切にすべきだ」が92%に上った。」と紹介されています。しかし、年賀状や挨拶状を書く習慣自体が年々薄れていく中で、更に拍車をかけることになりそうなのが、教育現場におけるデジタル教科書の導入であり、社会のデジタル化ではないかと老婆心ながらささやかな心配をしています。
 私が手書き文化や漢字を書くことに少なからずも郷愁的・感傷的な気持ちを抱くのは、団塊世代として生きてきた時代背景も影響しているのだろうかと思ったりもしています。小学生、中学生、高校生の頃は、もっぱらガリ版切りをして、文集、新聞、台本創りをやり、登記所では、登記簿へのガラスペン記入、タイプライター記入・印刷を、民事局では、手書きでの増員・定数・予算等の要求書・資料の作成からやがてワープロ・パソコン機器での文章・資料作成という時代を駆け抜けて来たことも影響しているかも知れません。文明の利器が急速に進化を続けていることは承知しながらも、私の場合は、未だいざ鎌倉の時には、パソコンを開くより、紙と鉛筆を持つほうが早いかもしれません。この原稿もパソコンで仕上げましたが、紙で下書きした原稿を浄書したものです。パソコンにいきなり向かうこともありますが、なかなか文章全体の構成、流れが浮かんできません。会友の皆様には、ここまでの文章をお読み頂いて、筆者はそうは言うが、「紙で下書きしたからと言っても、必ずしも良い文章とは限らないんだな」ということをお感じになられたでしょう。悲しいかな墓穴を掘ってしまったようです。未だ発展途上中のアナログ人間そのものです。
 コロナ禍の中、平常時の交友関係もままならない世情にあるなかにおいて、旧友や知人、諸先輩、元同僚の皆さんとの近況報告等は、もっぱらハガキ、手紙のやり取りです。手書きの走り書きで、乱筆・乱文ではありますが。友人・知人からの手書きのハガキや便箋の字を見ているだけで、笑顔や人柄、額の広さ加減までが行間に滲み出てきて、涙腺を刺激されることも度々です。と言いながらも、単なる連絡、報告的な事柄は、ついついスマホによるメールやラインで済ましてしまうことも多くなってきたような気がします。さしたる刺激もない老後の生活において、63円、84円の世界の中で結構心を癒されております。
 それにしても公証事務の世界にもデジタル化の波は容赦なく押し寄せて来ているやに第三者的立場で感じつつ、それでも公証人の自筆の署名だけは残るであろうななどと、勝手に想像を巡らしながら、現役の公証人の皆様のご苦労や順応能力の素晴らしさを想いつつ、自分的には、「早い時期(デジタル化等の改革前)に退任することが出来て良かった。」(一人ホット感)と正直すぎる気持ちを心の中でそっとつぶやいて、新年の祝い酒をちびりちびりと飲みながら、何の予定も記されていない2023年のカレンダーを眺めています。
 会友の皆様本年もよろしくお願いいたします。(元大宮公証センター公証人 佐々木 暁)

看取りの歴史と将来

◆ 私には娘が二人います。娘たちがまだ小学生の頃、「お父さんが年をとり寝たきりになったら、誰が最期まで面倒を見て(看取って)くれるかな?」と冗談で尋ねると、二人、口を揃えて「自分が世話をする」と言って互いに譲らず、嬉しい喧嘩をしてくれていました。私が子どもの時代は、自宅が田舎にあったということもありますが、家族の最期は自宅で看取るのが一般的で、私の祖父母も自宅で看取られました。しかし、それから約半世紀が過ぎ、看取りの態様も様変わりし、自宅で家族の最期を看取る例は相当少なくなっています。
◆ 我が国における看取りの歴史は古く、看取りと同義とされる「取り見る」という言葉があり、奈良時代初期の歌人・山上憶良は、万葉集に「家にありて母が取り見ば慰むる心はあらまし死なば死ぬとも」という歌を残しています。日本の医療史学者である新村拓(しんむらたく)氏によると、看取りの文化の核をなしていた死の臨床は、既に平安・鎌倉期の仏教界においてマニュアル化されており、それらは出家・在家の者を問わず実践され、また、中世・近世には一般向けの教訓書・家政指南書・医書の中にそれが取り込まれ、より良き死を迎えさせるための作法として庶民の間にも定着していたとのことです。この看取りの文化は、肉親による看取りの是非といった立場の違いはあるものの、往生思想による臨終所作として仏教がそのベースにありましたが、明治期を経て看取りは宗教色が失せ、家族の問題となっていきます。その後の変遷については、学者間で若干の相違はありますが、看取りは、やがて国策として女子教育の「家政」の領域と位置づけられ、家政学の教科書の中には看取りの作法だけでなく、遺体の初歩的な処理の仕方まで掲載したものもあり、昭和中期までは一般家庭において在宅死は当たり前のことであり、女性(嫁や妻)が中心となって看取りを行い、そのためのノウハウが家や地域社会に承継されていたようです。
◆ しかし、その後、現在に至るまでの間に核家族化、共働きの増加、福祉・医療施設の拡大といった社会構造の変化に加え、死に対する国民の考え方の変化もあいまって、医療機関・介護施設等での死亡率が徐々に高まり、看取りの文化は家や地域社会から離れていくことになります。看取りが家庭や地域から医療・介護の分野に移行すること自体決して悪いことではなく、家族の負担等を考えるとむしろ必然的であったといえますが、移行が進むにつれ国民医療費・福祉関連経費が膨れ上がったため、在宅医療・在宅死への回帰を求める声が出始めます。また、医療・介護施設の現場において十分な体制が整わず、患者・入所者に対する不適切な扱いや、職員による入所者への虐待等の問題が発生し、そのほかにも終末期における延命治療や尊厳死といった個人の権利と医療倫理に関する問題も生じることとなります。
◆ 内閣府の公表した「令和4年版高齢社会白書」によると、国民の健康寿命(日常生活に制限のない期間)は令和元年時点で男性72.68年、女性75.38年となっており、平均寿命からこれを差し引いて求められる要介護期間は、男性9年弱、女性が12年余となります。iPS細胞に代表される再生・細胞医療、遺伝子治療、その他医・科学の進歩が、平均寿命・健康寿命の延びをもたらす一方で、我が国における少子化の流れは歯止めが効かず、将来、だい大かい介ご護じ時だい代が到来するのは確実視されており、このような状況を踏まえると、頼りとなる医療・介護資源が徐々に限界に近づいていくことが危惧されます(医療・介護関連のAIやロボット開発によりどの程度カバーできるのか予測できませんが…)。上記新村氏ら専門家は、これから大介護時代を迎えるに当たり、かつて日本にあった看取り文化の再生・再創造が必要であると主張し、地域包括ケアシステムという受皿の中で、家族介護者が関わっていく新たな看取り文化の構築が期待されています。また、上記高齢社会白書では、人生の最終段階における医療・ケアについては、医療従事者から本人・家族等に適切な情報の提供がなされた上で、本人・家族等及び医療・ケアチームが繰り返し話合いを行い、本人による意思決定を基本として行われることが重要であるとしています。近い将来間違いなく訪れるであろう大介護時代と看取り文化の変革は、遺言、信託、見守り契約、尊厳死宣言はもとより、終末期看取りの委任や、新分野での自己決定権に基づく意思表示といった形で、公証事務にも少なからず影響を及ぼすのではないかと考えており、その動向に注目していきたいと思っています。
(付言事項)
 先日「看取り犬とワンダフルライフ」と題したドキュメンタリーがテレビ放映されていました。愛犬を連れて入所可能な特別養護老人ホームを取材した番組で、長い人生を生きてこられた高齢者の方と、その方にそっと寄り添う犬にスポットを当てたものです。飼い主がペットの最期を看取る番組はよく見かけますが、逆のパターンは珍しく感興をそそられました。一方我が家では、自分こそがお父さんを看取ると言って喧嘩していた娘二人も30代になり、現在では二人仲良く「将来老人ホームに入所するなら、費用が高くてもしっかりしたところを選ばないといかんよ。」と口を揃え言っています。(神戸・洲本公証役場公証人 阿部精治)

公証人を退任して(近況報告)

 令和4年7月1日付けをもって古川公証役場公証人を退任し、早4か月が過ぎ去ろうとしていますが、誌友の皆様におかれましては、いかがお過ごしでしょうか。
 公証人を拝命した際には、重責を無事に全うできるかどうか心配しておりましたが、関係する皆様のご尽力により、大病を患うこともなく、9年8か月の間、曲がりなりにも何とか公証業務を処理し、無事に退任の日を迎えることができました。改めて、皆様に感謝申し上げる次第です。
さて、公証人退任後、約1か月の期間を要して残務整理や引っ越しの準備などを終え、8月初旬、ようやく終の棲家となる実家(青森県弘前市)への人生最後の引っ越しを終えました。東京での生活を続けようかとも考えましたが、長年実家も空き家となっており、また、祖父の代から生業としている果樹園の管理を姉夫婦に任せっきりにしていたことから、実家へ戻ることにした次第です。実家の裏に広がっている畑(約3,000坪)では、主に「ふじ」という品種の林檎を作付けしています(他の品種として、「紅玉」、「王林」、「金星」、「ジョナゴールド」といったものもありますが、数本程度です。)。作付面積からすれば、家族で何とかやっていける位の小規模農家といったところでしょうか。亡き父母は、長男である私に跡を継いで欲しかったようですが、その期待に沿うことなく、私は別の道を選んで今日に至ってしまいましたので、これからの人生、農業に精を出し、いくばくかでも親不孝をした穴埋めができればと思っているところです。現在、姉夫婦と共に「ふじ」という林檎を収穫しているところであり、後期高齢者である姉夫婦と共に体力の続く限り、自然と向き合いつつ営農活動を続けていきたいと思っています。
 ところで、公証人在任中に十分な取組ができていなかった事柄があります。一つは、公証業務に関する広報の件です。毎年、10月の公証週間には、地域で発行されている新聞に2回ほど広告掲載するほか、通年、地域で開催される各種交流会等に積極的に出席するなどして、公証業務の広報に努めていましたが、更に知恵を絞れば効果的・効率的な広報活動ができたのではないかということです。もう一つは、「聞く力」が不足してはいなかったかということです。嘱託事件の多くは遺言に関する案件であることから、高齢者からの相談が多くなりますが、突然訪れた相談者の中には、緊張しているためか、あるいは、まずもって十分に相談者の生活状況等を公証人に理解して貰った上で具体的な相談内容について尋ねていきたいと考えているのか分かりませんが、相談者の出生から現在の家族を含めた生活状況等に至るまで、とうとうと話し始め、訪れた目的がわからないまま、かなりの時間を費やすことがありました。時間的に余裕があれば相応の時間を費やし、懇切・丁寧な対応も可能ですが、次の嘱託事件の予定時間が迫っているときなどは、つい焦ってしまい、途中で相談者の話しを遮ることもあったかと思います。相談者からすれば、取り敢えず自分を取り巻く家庭内の諸事情を十分聞いて貰った上で、具体的な遺言内容を考えたいと訪れたにもかかわらず、十分に話しを聞いては貰えなかったという不満を抱いたかも知れません。もう少し相談者に寄り添った「聞き出す力」をも発揮した対応ができていれば、それこそ懇切・丁寧な応対に繋げられたのではないかと思っているところです。
 最後になりますが、全国的に新型コロナの感染拡大が収まっておらず、気が抜けない毎日が続いています。誌友の皆様におかれましては、改めて健康管理に十分留意され、来るべき輝かしい新年を迎えられることを祈念し、拙い本文を閉じたいと思います。有難うございました。(元仙台・古川公証役場公証人 工藤 聡)

実務の広場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.96 債務承認弁済契約公正証書作成の可否について

(質問箱より)

【質 問】
(相談要旨)
1 夫甲と妻乙は、協議離婚することに合意しており、長女丙(15歳)の養育費及び財産分与のほか、乙が甲の弟丁に貸し付けた貸金の支払いに関する事項を離婚給付等契約公正証書にしてほしいとして、乙が当公証役場に来所した。
2 公正証書により作成してほしいとする丁への貸金の支払いに関する内容は、以下のとおりである。
 ア 乙は、甲の依頼を受けて婚姻前に蓄財した自らの預貯金から、丁に対し、総額金476万6025円を貸し付けたところ、丁からその一部の支払いはされたものの、その後支払いが滞ったため、別紙のとおり、平成30年6月18日付けで〇〇簡易裁判所から支払督促の発付を受けている。
 イ 丁は、現在所在不明であり、連絡を取ることができず、支払督促による強制執行の手続は行っていない。
 ウ 甲は、この度の離婚に伴い、乙の丁への貸金に対する返済について丁に代わって乙に分割して支払うことを約束している。
上記2の貸金について、甲による第三者弁済として、乙を債権者、甲を
債務者とする債務承認弁済契約公正証書を作成することができるか。
(質問者意見)
 第三者弁済に関して、民法第474条に次のことが定められている。
(1)債務の弁済は、第三者もすることができる。ただし、その債務の性質がこれを許さないとき、又は当事者が反対の意思を表示したときは、この限りでない(改正前同条第1項)。
(2)利害関係を有しない第三者は、債務者の意思に反して弁済をすることができない(改正前同条第2項)。
 ※施行日(令和2年4月1日)前に生じた債務については、施行日以後も旧法によるものとされている(改正法附則第25条第1項)ため、改正前の民法第474条が適用される。

 丁が所在不明で連絡を取ることができない状況にあることから、民法第474条第1項及び第2項の債務者の意思を確認することができない以上、有効な第三者弁済とはいえないので、甲乙間の債務承認弁済契約公正証書を作成することはできないものと考える。
 他方、債務者丁の意思を確認することができない以上、丁の意思に明確に反する弁済とはいえないので、有効な第三者弁済と考え得る余地があり、判断に迷うところである。
 なお、離婚給付等契約公正証書の条項に離婚を原因とする給付とはいえない貸金の返済に関する事項を記載するのは適切ではないので、仮に有効な第三者弁済と認められるときは、債務承認弁済契約公正証書として作成すべきと考える。

【質問箱委員会の回答】
1 第三者弁済を前提とした契約について
 まず、本件は、平成29年法律第44号による改正民法の施行(令和2年4月1日)前に成立した丁の乙に対する債務(以下「本件債務」といいます。)に関するものであることから、以下、この改正前の民法については「旧民法」と、改正後の民法については「改正民法」と、改正民法の附則については「改正法附則」と称することとします。
 お尋ねの、改正法附則第25条第1項により本件債務の弁済に適用される旧民法第474条の規定に基づく、甲による第三者弁済を内容とする債務承認弁済契約公正証書を作成することができるかということですが、第三者弁済は、債務者丁の意思に反してはなし得ないので、仮に甲と乙との間で第三者弁済に関する契約をするとすれば、丁の意思に反しない場合に限り有効という条件を付した第三者の弁済契約ということになります。
このような契約により第三者弁済がなされたとしても、丁が反対の意思表示をすれば、第三者弁済は効力を失い、乙は既に甲から弁済を受けた金員があれば、これを返還しなければならないこととなります。
 また、甲は、道義的責任はともかくとして、法的には本件債務の履行責任のない第三者の立場で弁済するということですから、債務者でない甲と乙との間で債務承認弁済契約を締結することはできないと考えます。
 できるとすれば、前述のとおり、(条件付)第三者の弁済契約ということになりますし、本件債務について、法的には債務者でない甲に対して強制執行をするということは考えられませんから、執行証書とすることができない以上、公正証書にする意味は事実上ありません。

2 併存的(重畳的)債務引受契約について
 相談の目的を達する方法の一つとして、甲と乙との間で、乙と丁との間の本件債務はそのまま存続させておいて、これと併存する本件債務と同一の内容の債務を甲が負担するという契約をすることができます(改正民法第470条第2項)。
 この契約は、債務者丁の意思に反するときでもすることができるとされています(大判大15.3.25民集5.219)ので、第三者の弁済のような問題は生じないものと考えます。
また、甲が、既に支払督促手続で仮執行宣言も付されている本件債務を、分割して支払っていくということですので、併存的債務引受契約に付随して、分割払いによる具体的な弁済契約も締結する必要があります。
 併存的債務引受は、旧民法には規定がなかったものの、従前から判例によって認められていたもので、改正民法第470条以下は、これを整理して明文化したものです。
 元の債務者の債務と引受人の債務は連帯債務になる(改正民法第470条第1項)という点は従来と変わりませんが(最判昭41.12.20民集20.10.2139)、連帯債務に関する旧民法の規定では、一方の債務が時効消滅するとその負担部分において他方の債務に効果が及ぶなど、広く絶対的な効力が認められていたところ(旧民法第439条等)、改正民法では、連帯債務者の一人について生じた事由は、原則として他の連帯債務者に対してその効力を生じないこととされる(改正民法第441条)など、連帯債務者間の関係に違いが生じていることには注意が必要です。
 なお、本件債務が事業に係る債務であった場合、保証と同様の効果を生じさせる契約であることから、次の保証契約の保証人保護規定の潜脱と見られる可能性は排除できません。

3 保証契約について
 上記併存的債務引受契約と同様の効果があるものとして、保証契約を締結する方法も考えられます。
 債務者である丁の委託を受けない保証人として、甲が乙との間で保証契約を締結することは可能であり、分割払いということであれば、保証契約と同時に、具体的な分割払いによる弁済契約も締結する必要があります。
 なお、甲が催告の抗弁(民法第452条)及び検索の抗弁(民法第453条)並びに他にも保証人があった場合の分別の利益(民法第456条)の主張をしないということであれば、甲が本件債務について丁と連帯して債務を負担する連帯保証契約にすることによって、乙の立場はより有利になります。
 新たに(連帯)保証契約を締結する場合は、改正民法が適用されますから、本件債務が事業に係る債務であった場合は、保証人保護のための保証意思宣明公正証書の作成が必要になります(改正民法第465条の6以下)。
 この場合、改正民法第465条の10の情報提供義務に関して、上記のように甲が乙との間で(連帯)保証契約を締結する場合は、主たる債務者の委託を受けない保証人であることから、同条に定める情報の提供がなくとも、甲の履行意思(改正民法第465条の6第2項第1号イ)を確認することができれば、甲から本件債務が生じた際の事情や丁の現状を聞き取るなどすることによって、保証意思宣明公正証書の作成は可能と考えます。
 このように、本件債務が事業に係る債務であった場合には、余分な手間と費用が生ずることとなりますが、ここまでやっておけば、万一甲からの分割金の支払いが滞った場合には、問題なく強制執行をすることができるものと思われます。
 ただし、(連帯)保証債務には、主たる債務の存続、態様、消滅等について主たる債務と運命を共にするという付従性が認められていることから、主たる債務が時効により消滅してしまうと、保証人も主たる債務の消滅時効を援用することができることになります(大判昭8.10.13民集12.2520)。
 本件債務に関する支払督促手続の仮執行宣言(平成30年7月27日)の送達から2週間以内に督促異議の申立てがなかったときは(別途確定証明書を取っておくことをお勧めします。)、支払督促は確定判決と同一の効力を有することになり(民事訴訟法第396条)、本件債務にはその確定から10年間の消滅時効が進行しますから、甲の分割払いの期間がそれより長い場合には、乙は、それまでに丁に対して本件債務の時効中断の措置をしておく必要があります。

4 離婚給付と一つの証書にすることの是非について
 甲乙間の併存的債務引受契約又は(連帯)保証契約と、離婚給付に関する契約は、一つの公正証書にすることも別々の公正証書にすることも可能ですが、同一の当事者間の一方から複数の金銭給付をする場合、充当の問題が生じることがありますので、一つの証書にした上で、充当に関する条項を設けておくのが望ましいと考えます。
 例えば、養育費として毎月3万円、本件債務の弁済分として毎月3万円の合計6万円を支払うこととなっているにもかかわらず、今月は支払いが苦しいからということで5万円しか支払われなかった場合に、どちらの債務がどれだけ履行されているのかが分からないのでは、強制執行をする場合に支障となることがありますので、改正民法第488条の規定に従うということにしておくよりも、まず養育費から充当するというような条項を設けて明確にしておいた方が良いと考えます。

5 結論
 相談の目的を達する方法としては、上記2の併存的債務引受契約とすることも3の(連帯)保証契約とすることも、どちらも可能ということになりますが、その要件や効果に若干違いがありますので、当事者に説明の上、どちらにするかを選択してもらうことになります。
 一般的には、併存的債務引受契約とする方が分かりやすいと思いますが、本件債務が事業に係る債務であった場合には、保証意思宣明公正証書を作成した上で(連帯)保証契約とするのが確実と思われます。
 また、離婚給付契約と一つの公正証書とするのか別々の公正証書にするのかについても、当事者に説明の上で決めてもらうことになります。
 おって、本件債務が事業に係る債務でなければ併存的債務引受契約になると思いますので、併存的債務引受契約に関する条項案を、参考に供します。

〔参考〕
第〇条 甲は、乙に対し、甲の弟〇〇〇〇(以下「丁」という。)が平成22年9月4日から平成29年10月3日までの間に乙から貸付を受けた総額金476万6,025円の内、平成30年6月18日現在の未払残額金430万6,025円の支払債務を、令和〇年〇月〇日、併存的に引き受け、これを令和〇年〇月から令和〇年〇月までの〇回に分割し、毎月〇日限り、毎回金〇〇円(ただし、最終回は金〇〇円)ずつを、丁と連帯して、乙の指定する金融機関の口座に振り込んで支払う。

民事法情報研究会だよりNo.55(令和4年10月)

清秋の候、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
列島を縦断する台風により一気に秋がやってきたと感じる今日この頃ですが、台風による停電や断水等により不便を強いられた方々に心からお見舞い申し上げます。
家族や友人などにも新型コロナ感染者が出たなどの情報に接する機会が多くなったようで、まだまだ油断できない状況が続いています。初期の新型コロナウィルスと変異ウィルスであるオミクロン株の両方に効果が出るように改良した新しいワクチン接種が始まりましたので、その重症化予防効果に期待したいと思います。(YF)

今日この頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

75歳の壁(小畑和裕)

1 後期高齢者になった。昨年、75歳の誕生日を迎えたとき、市役所から通知があった。それまで加入していた国民健康保険から自動的に後期高齢者医療制度の被保険者となった旨の通知があり、併せて被保険者証が送られてきたのだ。加入手続きは不要だという。いよいよオレも後期高齢者と呼ばれるようになったのか、と寂しいような悲しいような複雑な思いだった。
「後期高齢者」という言葉を初めて聞いたのは、この医療制度が始まった平成20年の頃だったと思う。「後期高齢者」と聞いたとき、大変な苦労を経て、戦後の日本の復興を果たし、実質国内総生産(GDP)世界第2位という驚異的な経済成長を成し遂げた諸先輩を、後期高齢者などと呼ぶのは誠に失礼であると憤慨したものだった。だが当時はまだまだ先の事でもあり、実感も湧いてこなかった。自らの問題として捉えることはなかった。その、後期高齢者になったのだ。時の流れの速さに驚くとともに、無為に過ごして来た日々を思い、何とも表現のしようのない気持ちに包まれた。
2 私は、法務局出身公証人OB会の世話役を仰せつかっている。会員は主に東京法務局の管区内の公証役場で勤務していたOBが中心だ。春・夏・秋・冬、合わせて年4回ほどの交流会を開催しているが、最近はコロナ禍により2020年以来、休止している。この僅か二年数ヶ月の間に、6名もの会員が亡くなられた。悲しくて、悔しくて、残念でならない。いずれの会員も現役時代は言うに及ばず、退職後もご指導を賜り、お世話になった方ばかりである。しかも所謂平均寿命(今年7月の厚労省の発表では、男子81.47歳、世界第3位)よりも若い方が多く、中には後期高齢者を迎えたばかりの先輩もおられる。残念極まりない。コロナ禍に見舞われていなければ、交流会の際にお会いし、現役時代の苦労話や楽しかった思い出、健康長寿の秘訣など和気あいあいと語り合うことが出来たと思うと悔しくてたまらない。今はただ諸先輩のご冥福を祈るばかりである。
3 後期高齢者数は、2020年には、約1870万人であるが、団塊の世代の全員が後期高齢者となる2025年には約2180万人になると推計されている。後期高齢者の増加にともない雇用、医療、福祉など数々の問題が生ずると指摘されている。
 最近「75歳の壁」という言葉をよく聞く。日本人は、とかく「壁」という言葉が大好きだ。「嘆きの壁」とか「バカの壁」とか、愛読している松本清張の著作にも「目の壁」がある。「75歳の壁」の意味はよく分からないが、突き詰めて言えば、この年齢を境に各種の疾患(脳卒中や脳梗塞など)の罹患率が65歳から74歳に比べて飛躍的に跳ね上がるということだと思う。また、要介護者や認知症の発症者の割合が増加するのも「75歳の壁」だ。この壁を意識に置いて日々の健康維持に留意すべきであると、警告を発しているのだと思う。
 一方で恐い話も有る。第75回カンヌ映画祭で特別賞を受賞した「プラン75」という映画だ。この映画は、75歳を迎えた人々に「命の選択」を与える国の政策が実行された社会を描いている。現代における姥捨て山だ。人が生きていくということの意味をより深く考えさせられる作品である。架空の話ではあるが、人間の存在価値を考えるとき、生産性の有無を拠り所にするのは間違いだ。この作品は、後期高齢者の増加にともない様々な問題が発生する日本社会の現実をみつめた映画だと思う。75歳の身には深くて恐ろしい作品である。
4 最近、「75歳の壁」や後期高齢者を巡る話題は多い。背景には、間近に迫った2025年問題があるのだと思う。これらの話題に接したとき、従来とは違って自分自身を対象にした問題でもあるため、深く考えるようになった。後期高齢者として如何に生きるのか。明確な答えはまだない。しかし、はっきり言えることがある。それは、多くの人々と交流し、歓談し、明るく楽しい時を過ごすことの大切さだ。このことが、「75歳の壁」を乗り越え、楽しい人生を生きていく最大の武器になると信じている。その為にも一日も早くコロナが終息し、マスクなんかうち捨てて、多くの人々と交流出来る日がくることを願っている。(元厚木公証役場公証人 小畑和裕)

滝川公証役場について~広報活動を中心に(阿部俊彦)

【はじめに】 
 滝川公証役場で公証人をしています阿部と申します。
 滝川公証役場の公証人に任命され早いもので2年が過ぎましたが、日々悩みながら業務を行っている毎日です。
 誌面をお借りして当公証役場を紹介したいと思います。
 当役場が置かれた札幌法務局滝川支局が管轄する地域は、北海道のほぼ中央部に位置する北海道庁空知振興局管内にありますが、特に中空知地方と称し、「滝川市」、「芦別市」、「赤平市」、「砂川市」、「歌志内市」、「奈井江町」、「上砂川町」、「浦臼町」、「新十津川町」、「雨竜町」の5市5町で構成されています。(私が出張して業務ができるという意味での管轄は、札幌法務局管内全域となります。)
 中空知地方は、旧財閥系の炭鉱地帯として繁栄した空知炭田の一画にあり、その中心地である滝川市は近隣の炭鉱街からの買い物客で賑わった商業の街でありました。
 役場のある滝川市は、1987年(昭和62年)NHK朝の連続テレビ小説「チョッちゃん」の舞台として放送されました。これは、黒柳徹子さんの母の自伝「チョッちゃんが行くわよ」を原作としたもので、皆さんも放送をご覧になり、滝川市をご存じの方もいるかと思います。
 また、北海道民のソールフードである味付けジンギスカンで、全国的に有名な「松尾ジンギスカン」の本店は滝川市にあります。

【事件の動向】
 滝川公証役場は、岩見沢公証役場を置くとされていた支局のうちの一つである滝川支局に昭和63年1月に新設されましたが、役場新設当時、既に石炭産業は斜陽の一途をたどり、平成7年には管内の炭鉱は全て閉山される状況でした。したがって、役場新設当時から地域経済力の低下の兆しはありましたが、特に基幹産業が崩壊した平成7年以降は人口減に拍車がかかり、令和2年以降、管内人口は10万人を割り込み、地域経済における地盤沈下は目を覆うほどであります。
 こうした傾向は、公証事件数にも明らかに影響しており、役場新設時における事件数及び事件の種別は、現時点におけるそれとは大きな開きがあります。とりわけ、定款認証をはじめ賃貸借、消費貸借、債務承認弁済等の経済取引に関する事件は極めて減少しています。
 しかしながら、一方では、遺言、任意後見、離婚給付などの家事事件の割合が増加しています。
 そこで、このような事件の変化に対応した広報活動が必要と考え、微力ではありますが、昨年は、以下のような取り組みを行っています。

【広報活動】
1 講演会等の実施
  コロナ禍にあっては、感染対策等を講じながら実施しなければならず、非常に実施そのものが難しい中ではありますが、私自身がロータリークラブの会員ということもあり、「滝川ロータリークラブ」で、会員を対象として、公証制度全般について話をさせていただきました。
  また、滝川市内の保険事務所の依頼を受け、ファイナンシャルプランナー等を対象に主に遺言を中心に講演を行いました。
2 地元FМラジオへの出演
 公証人に就任した令和2年9月から、滝川市のコミュニティFMラジオ(エフエムなかそらち)に定期的(2か月から3か月毎)に出演をし、特に遺言制度を中心に、パーソナリティから質問を受け、それに答えるという形式で、話をさせていただいています。今後も引き続き出演させていただく予定となっています。
3 バス車内放送による広報
 北海道中央バスの役場最寄りのバス停留所(2か所)において、車内アナウンス広告を行っています。過去に何度か「車内アナウンスがあったので迷わず来ることができた。」という声もあり、ある程度の効果があると考えていますが、役場に用事のある方のみならず、バスの乗客に公証役場及び業務内容を繰り返しアナウンスすることによるPR効果があると思われます。今後の実施に当たっては、定期的に放送内容を見直すなど、マンネリ化にならないよう工夫しながら、引き続き実施したいと考えています。
4 その他
 「滝川市役所設置の案内図への掲載」、「JR時刻表への広告掲載」、「地元FM局の広報誌への掲載」、「市役所発行のパンフレットへの掲載」等を行っています。

【おわりに】
 最後に、冒頭でも記載したとおり、滝川公証役場は、元産炭地が囲む過疎地域で、公証需要の少ない地域です。そのような中で、地域住民に公証制度を「知ってもらい」、「理解してもらい」、公証役場を「利用してもらう」活動を微力ではありますが、これからもしてまいりたいと考えております。
 これからも引き続き皆様から、御指導、御鞭撻をいただければと思います。
 どうぞよろしくお願いします。(札幌・滝川公証役場公証人 阿部俊彦)

今治で想うこと(檜垣明美)

 私が住む愛媛県今治市の人口は、着任当時に比して1万人以上減少し、15万人台になっており、寂しい思いをしていますが、投稿の機会を得ましたので、最近の今治市について若干ご紹介したいと思います。

1 今治市は、「タオル」と「造船」で知られた街です。

 「タオル」は、今治タオルとして、全国的に有名で東京のデパートでも購入できます。外国製のタオルに対抗する為に、品質の良さを追求して、現在のブランド力を得ています。その吸水力と柔らかさは、非常に優れています。特に、真っ白なタオルは、肌触りが最高で(着色すると繊維が固くなるとか)、私の大のお気に入りでもあります。
しかし、タオル業者の方との話によると、このコロナ禍で各種イベント、結婚式やコンサートを始めとするイベントグッズ等の受注が大幅に減少しているとのことでした。そこで、タオル業者によるマスクの作製・販売も盛んに行われていますが、実際問題として、使用する布の量がタオルとは大きく異なるので、マスクの作製・販売のみで売り上げをカバーすることは全く無理とのこと。ここでも、コロナの影響は、飲食、観光で止まらないのだと実感しています。

「造船」については、皆さまご承知のとおり、世界に冠たる今治造船株式会社を始めとする造船会社が多くあり、今治港に近い当役場からもその姿を見ることができます。
 今治港といえば、本年は、今治港開港100周年の年であり、多くの関連イベントが開催されています。
 その中でも、特に私が興味を持っているのが、10月15日(土)に実施が予定されている、いわゆるブルーインパルスの展示飛行です。今治では初の飛行であり、今治の多くの人が一斉に空を見上げることになるでしょう。お天気に恵まれることを祈るばかりです。もう一つは、10月29日(土)開催予定の自転車競技、今治クリテリウムです。これも今治では初の開催で、今治港近くの市街地に作った周回コースを走り、サイクリスト達がその速さを競うものです。こちらは、費用面でなかなか厳しい面があり、クラウドファンディングの呼びかけも盛んに行われています。私も少しばかりですが支援しました。様々な形での行事を通して、今治市が少しでも活性化されることを切に願っています。
 また、自転車で思い出されるのは、「瀬戸内しまなみ海道」ではないでしょうか。この海道は、本州四国連絡橋ルートの一つで、西瀬戸自動車道の愛称です。広島県尾道市から瀬戸内海の島々を経て、愛媛県今治市に至ります。歩行者・自転車専用道路が併設されていますので、走った方もおられるのではないでしょうか。このサイクリストを対象にしたホテルもここ最近多く建っており、かなり盛況であると聞いています。今治市の特色を十分生かした形での発展も期待できます。

2 私が、四国の愛媛県今治市での生活を始めて、丸8年が過ぎようとしています。ここ2~3年は、コロナ禍の中、受託事件の減少や行動制限が求められ、心身ともに窮屈な日々を過ごさざるを得ない状況が続いています。この状況は、会員の皆様も同じことが言えるのでしょうが、ここにきて、コロナに対する考え方、つまり、コロナの予防接種の是非を始め行動制限がない中での行動をどのように考えるのか、人それぞれで考え方が大きく違うということを実感する場面に多々遭遇しています。行動制限のない中での自らの行動をどうすべきか、正解があるわけでもなく、非常に難しい問題ですが、私なりに個々判断の日々を過ごしています。
 私が属している地元のロータリークラブもその運営の舵取りに苦慮しており、絶対にコロナ患者を発生させない、拡げないとの強い思いで、例会等の開催に臨んでいます。
 このコロナ禍の出口は、本当にあるのかと不安に思いながらも、シェイクスピア作「マクベス」における「明けない夜はない」の言葉(他説あり)を信じ、もうしばらくここ今治の地でマスク生活を続けたいと想う今日この頃です。(松山・今治公証役場公証人 檜垣明美)

短歌

四季の短歌(高渕秀嘉)

春  花冷えといふ言(こと)の葉(は)のある国に生(あ)れし幸せ独り夜に酌む
   来る年もこの白木蓮をここで見ん彼岸会終へし寺の静けさ 
   父親は下で梯子を支へをり子が青空に楤(たら)の芽を摘む 
夏  何時からか食器洗うは我が勤め厨に奔(はし)る初夏(はつなつ)の水
   目覚むれば黙祷は今終りしと妻の声に恥づ原爆の日 
   原節子逝きて遙けき麦秋の明かりは地平に暮れずあるなり
   揚げ花火開かぬままに秘やかに銀河を目指すものもあるべし  
秋  ひと言の優しき言葉で足りたるを悔い拭ふごと母の墓洗ふ 
   むく鳥の円舞終はりぬ街の空夕焼雲は今果つる色
   夕焼に烏も喰はぬ柿たわわ昭和の飢餓は我に今なほ
冬  夫婦でも似ても似つかぬ十二桁マイナンバー届く時雨(しぐれ)寒き日
   日脚(ひあし)伸ぶと言へば肯(うべな)ふ人の居て共に歩みし道の遙るけき
   子の呉れし半纏(はんてん)を着て八十路なほ今日の寒さを嬉しと思ふ
以上 13首                     
(自註)上記は、中高年向け生活雑誌「明日の友」(婦人の友社・隔月刊)の「歌壇」(選者岡野弘彦先生次いで松坂弘先生)に投稿し入選した拙詠の内から、季節の言葉を含むものを選び、四季毎に並べてみたものです。
  俳句も少し嗜みますが(本誌No.44「新年と四季折々の俳句」)、俳句と短歌の、私の内なる関係等については、本誌No.26所収の拙稿「俳句短歌往還」をご参照いただくことがあれば幸いです。

実務の広場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.94 夫婦関係調整公正証書等について(大竹聖一)

1 はじめに
 当役場が所在する奈良県大和高田市は、大阪府に近接している関係もあり、大阪府内に居住する方々や大阪府内の弁護士、司法書士、行政書士及び税理士等から嘱託される事件も多く、また、持ち込まれる事案の中には詳細な検討を要する事案も少なくありません。
また、土地柄からか、いろいろな意味において権利意識が強く、種々雑多な相談や問合せが窓口に、そして電話等により持ち込まれます。相談等の対応については、まず当役場の書記が、その内容が公証事務に関するものかどうかを丁寧に聞いた上で、公証事務に関するものではない場合は、適切と考えられる相談窓口を紹介したり、法テラスを案内したりしています。例えば、「駐車場の土地を乗っ取られそうだと聞いたが、どうしたらよいか。」といった趣旨不明の電話があり、相談者も自身が置かれている状況がよく分からないまま電話をしてきた様子がうかがえた事例に対しては、「それは大変ですね。取りあえず法務局に土地の登記名義が書き換えられていないか確認してはいかがでしょうか。」と提案して対応を終了したことがあります。
 一方、公証事務に関する相談の予約をして来所された場合には、公証人において相談内容を詳細に聴取しなければなりません。
 例えば、①賃貸マンション(分譲マンションの1室のみを所有する個人との間の賃貸借契約によるもの)の漏水事故について、賃借人乙(個人)が、賃貸人甲(個人)との間で、水漏れの原因は配管施工業者の施工不良にあり(ただし、施工業者は認めていないようです。)、乙に責任はないこと、退去時の原状回復において本件漏水事故による損耗・損傷については、その対象としない旨の合意をしたいとか、②株式会社と銀行間の金銭消費貸借契約における連帯保証人Aが、他の連帯保証人Bとの間において、連帯保証人間の求償債務履行に関する契約を締結したいとか、③代理人弁護士から、XとXの妻との間における不動産の死因贈与契約(始期付所有権移転仮登記付き、始期・Xの死亡)を撤回し、当該不動産を他の第三者に遺贈する旨の遺言公正証書を作成したいなどの事案が持ち込まれ、その内容の確認(例えば、③については、負担付死因贈与契約か否か、負担の履行の有無その他の事情など)や案の作成に必要な資料の提出も含め、かなりの時間を要するところです。また、作成に当たっては、タイミングが合えば近公会の勉強会の協議問題として提出し、他の公証人の皆様の御意見や考え方を参考とさせていただくことも多かったのですが、残念ながら昨今のコロナ禍の影響により勉強会の開催は中断しています。

2 夫婦関係調整公正証書の作成
 そのような雑多な相談の中で、時折されるのが、表題の夫婦関係に関する公正証書の作成に関する相談です。
 夫婦共に相談に来所する場合もあって、離婚に関する公正証書の作成かと思いきや、離婚はしないが、夫婦間で取決めをしたので、その内容を公正証書にしたいという相談です。その取決めの内容は、おおむね「これまで夫(妻)は、不貞行為などを働き、あるいは放蕩三昧などを繰り返してきたことから、これを悔い改め、妻(夫)との間で、今後、不貞行為などをしないことを誓約し、不貞行為をした場合には、離婚に応じる。離婚に際して、夫(妻)は、妻(夫)に対し、財産分与(又は慰謝料)として金○○○万円支払う。」といったような内容です。
 この場合の相談対応においては、まず、「○○○の場合には、離婚に応じる。」という取決めに関する部分については、協議離婚における離婚の意思は、離婚届出の時点において存在することが必要であり、戸籍法による届出が受理されて初めて効力を生ずる要式行為であって(民法第764条で準用する同第739条第1項)、将来のある時点を基準として離婚に応じるとする旨の記載をしても、法的には何の意味もないこと、したがって、違反行為があった場合に当然に離婚の効果を生じさせることもないし、ましてや夫(妻)に離婚を強制することもできないことを説明します。ただし、強制力を持たないとしても、両者間の約束(誓約条項)として、例えば将来の離婚の際の一資料として活用することはできる(かもしれない)旨は付言し、そうした理解を得た上で、どうしても作成したいという場合には、作成に応じている実情にあります。
 また、財産分与に関する部分については、その請求権(財産分与請求権)は、将来の請求権であり、未だその請求権を基礎付ける離婚という事実が確定していないことから、強制執行認諾条項を付することはできないこと、その意味においては、公正証書として作成するメリットはないことを説明しています。
 なお、不貞行為があった場合における慰謝料の支払に関する部分については、不貞行為は妻(夫)に対する貞操義務違反になることから、法外な金額でない限りは、民法第420条第1項に規定する損害賠償の額の予定として許容されるものと思われます。
 ところで、ある相談事案においては、慰謝料や財産分与の金額を「〇億円」とするものであったことから、「そもそもこのような金額を払えるのですか(払えないでしょう。)」という私の問いに対して、その夫が「はい、払えます。」と即答したのには面喰らいました。
 ただし、このような金額の支払い自体違法とは言えないものの、通常認められるであろう慰謝料額をはるかに超える金額を慰謝料名目で支払ったり、婚姻中に増加した夫婦の財産額の2分の1相当の金額をはるかに超える金額を財産分与名目で支払ったりした場合には、超過部分が贈与とみなされて、高額の贈与税の対象となる可能性があることを注意しておく必要があります。

3 私署証書の認証
 公正証書の作成だけでなく、今後も夫婦生活を継続していくために夫婦間で合意書を作成したので、この文書を認証してもらいたいという依頼もあります。
 基本的な説明・対応のスタンスは、公正証書の作成の場合と同様ですが、合意書の内容を点検すると、公序良俗に反するようなもの、違法とは言えないまでも疑義があるものが散見される場合があり、その部分を指摘して、嘱託人自身で修正作業をしてもらうというひと手間が生じます。また、一方は暴力行為を受けたと主張し、相手方はちょっと背中を押しただけなどと反論し、その記載内容について双方の合意ができていない場合もあり、この未調整部分の文案の修正に関するやり取りが数週間に及ぶこともあります。
 しかし、一定の年齢を迎え、これまでの行為や言動を反省して、夫婦で穏やかな人生を過ごしていきたい、そのため、これまで暴力的な行為などを行ってきた一方当事者の抑止力として合意書を作成し、事案によっては、宣誓認証によることとしたいといった要望もあり、公証人としては、これに真摯に対応せざるを得ません。

4 参考文例等
  参考文例等は、次のとおりです。双方の話をよく聞いて、事案に応じて修正しています。
(1) 公正証書

夫婦関係調整公正証書
第1条 夫・○○○○(以下「甲」という。)は、妻・△△△△(以下「乙」という。)に対し、民法その他の法令に定める夫婦としての協力及び扶助の義務を履行し、夫婦として、互いに慈しみ合い、助け合い、協力し合い、共に生活していくことを誓約する。

第2条 甲は、乙に対し、次の各号に掲げる行為を行わないことを誓約する。            
(1) 不貞行為
(2) 刑法その他の法令に抵触する犯罪等の行為
(3) その他前各号に準ずる行為

第3条 甲は、乙に対し、次の各号に掲げる事項を遵守することを誓約する。                 
(1) 正当な理由がない限り同居し、扶助・協力すること。
(2) 婚姻費用(生活費)として、毎月○○万円を負担すること。
※ 事案に応じて
(3) 借主を甲、保証人を乙として、金融機関に対し負担する借入金債務については、甲が責任をもって弁済し、乙に責任を負わせないこと。

第4条 甲が、次の各号の一に該当し、乙が離婚を申し入れたときは、甲は直ちに離婚の協議に応じるものとする。
(1) 第2条各号に掲げる行為をしたとき。
(2) 第3条各号に掲げる遵守事項について重大な違反があったとき。               

第5条 第4条の離婚に際し、甲は、乙に対し、財産分与及び慰謝料として、甲及び乙が協議して定めた額を支払うものとする。

(2) 私署証書(認証事例)

夫婦間の合意契約書
妻・△△△△と(以下「甲」という。)と、夫・○○○○(以下「乙」という。)は、本日、以下のとおり合意し、本契約を締結した。
第1条(暴力行為)
乙は、甲に対し、〇〇年頃から△△年頃にわたり、夫婦間において生じた様々な事案において、話合いにより解決することができたにもかかわらず、自身の感情を押さえきれず、反復継続して甲に対する暴力行為を行ったことを認める。
第2条(謝罪及び再発防止)
乙は、甲に対し、自らの暴力行為により、甲を深く傷つけ、夫婦関係の破綻に至らしめかねない状況を招いたことを謝罪し、今後一切暴力行為を行わないことを誓約する。
第3条(慰謝料)
乙は、甲に対し、第1条の暴力行為により甲が被った精神的苦痛に対する慰謝料として、金○○万円の支払義務があることを認め、これを〇年〇月○○日限り支払う。
第4条(協議離婚) 
 乙は、甲に対し、今後、甲の求めがあれば、異議なく協議離婚の協議に応じることを誓約する。
第5条(離婚に至った場合における財産上の問題)
甲と乙は、離婚に至った場合における甲乙間の財産上の問題に関し、次のとおりとすることを約する。
(1)乙は、甲に対し、一切の財産分与の請求をしない。
(2)甲と乙は、厚生労働大臣に対し、対象期間の標準報酬の改定又は決定の請求をし、請求すべき按分割合を0.5とする。
第6条(誓約事項)
乙は、甲に対し、今後の結婚生活において次の事項を遵守することを誓約する。
(1)暴言及び暴力行為は絶対に行わない。
(2) 預貯金及び家計の管理は、全て甲において行うことを承諾する。
(3)炊事、洗濯、掃除等の家事を積極的に行う。
(4)常に甲に対する愛情の心を持ち、甲乙間の子、親族及び友人の面前において甲の悪口を言わない。
(5)浮気や浮気と誤解されるような行動をしない。
第7条 (合意管轄)
甲及び乙は、本契約に関する一切の紛争については、甲の住所地を管轄する裁判所を第一審の管轄裁判所とすることに合意する。

(参考文献)
  会報(東京公証人会発行)・平成20年5月号31ページ、同・平成28年5月号
(奈良・高田公証役場 大竹聖一)

No.95 事業用定期借地権等設定契約公正証書作成上の留意点(安田錦二郎)

はじめに
 事業用借地権は、平成4年(1992年)に制度が創設され、平成20年(2008年)には利用実績を踏まえた一部改正がされ、今日に至っています。(注1)(注2)
 制度創設から30年が経過し、店舗展開等する事業者等により活発に利用されており、最近では当初設定した契約が期間満了を迎えたことによる再契約も多くなっています。
 嘱託依頼の中心は、不動産仲介業者、賃借人等が多いですが、これら関係者にとって、契約機会がそれほど多くないこともあり、公正証書作成の過程で、さまざまな質問等が寄せられる場合も多く、公証業務に携わるまで賃貸借契約についてほとんど経験のない公証人にとって、着任当初、対応に苦労することも多いのではないでしょうか。
 一部の事業関係者からは、事業用定期借地権等の設定契約が公正証書作成を義務付けていることに対し、経費・労力の負担の観点から問題視する動きがあります。
 事業用定期借地権等設定契約を公正証書で作成することを要件とした理由は、更新のない借地権設定契約が脱法的に運用されるなど、制度濫用の危険を避けるため、公証人が内容を審査した上で、適法な契約を公正証書で作成し、将来の紛争を予防することが制度上求められたためです。
 すなわち、公証人には、事業用定期借地権等の制度趣旨、要件等に十二分に精通した上で、契約内容に脱法的な文言等が含まれていれば修正等の適切な指示を行うことはもちろん、嘱託人等の関係者からの質問、疑問に対しても的確・迅速に対応し、理解・納得してもらうことが、制度上求められているといえます。
 拙稿では、私自身の拙い経験も踏まえ、公証人着任当初、判断にとまどってしまうような問題を中心にとりあげてみました。中には不正確な内容もあるかもしれませんが、皆様からご意見・ご批判をいただければ幸いです。

(注1)平成20年1月1日施行で改正された借地借家法(以下「法」という。)23条の見出しは「事業用定期借地権等」とされている。これは、1項において「事業用定期借地権」を、2項において「事業用借地権」を規定しているためであり、同条2項の借地権は改正前の24条の事業用借地権と同様であって、他方、同条1項の借地権は、むしろ定期借地権(法22条)を事業用に限定し、かつ、期間を短縮したものであることから、これを「事業用定期借地権等」として同一の条文に規定することとしたものであると解する立場がある(別冊法学セミナー 新基本法コンメンタール 借地借家法第2版142頁。)。また、法23条1項の借地権と同条2項の借地権の法的性質の共通性に鑑み、共に「事業用定期借地権」と呼ぶ方が分かりやすいとする立場もある(新版 証書の作成と文例 借地借家関係編〔三訂版〕(以下「文例」という。)79頁)。
(注2)本稿では、以下、1項の借地権を「事業用定期借地権」、2項の借地権を「事業用借地権」(ただし、文例76頁の法23条2項の文例6の表題は「事業用
 定期借地権設定契約」と表記されている。)、両借地権を含めて「事業用定期借
 地権等」と称することとする。

一 土地の賃貸借について
1 土地の賃貸借には、建物の所有を目的としない賃貸借と、建物を所有するこ
 とを目的とする賃貸借がある。前者は民法601条以下の賃貸借の規定が適用され、後者は借地借家法の規定が適用される。ただし、建物を建てない駐車場敷地として利用する場合であっても、事業用定期借地権等の一部として建物が所在する土地と一体として利用する目的で駐車場敷地を賃貸借契約の目的とする場合は、当該駐車場敷地にも借地借家法が適用される。
2 賃貸借の存続期間は以下のとおり。
① 建物の所有を目的としない場合は50年以下。最短は定めなし。(民法604条)
② 建物の所有を目的とする場合は30年以上。最長は定めなし。(法3条。一時使用目的の場合は適用除外(法25条))
③ 定期借地権の存続期間は50年以上。最長は定めなし。(法22条)
④ 事業用定期借地権等の存続期間は、30年以上50年未満の場合(法23条
1項の事業用定期借地権の場合)と10年以上30年未満の場合(法23条2項の事業用借地権の場合)がある。 
3 借地借家法でいう「建物の所有を目的とする」とは、建物の所有を「主たる目的」とするものをいい、敷地の一部に建物が存するゴルフ練習場、テニスコート等を目的するものは、借地借家法の対象とならない。

二 借地・借家法の改正経緯等
1 平成4年の借地借家法創設以前
建物保護ニ関スル法律(明治42年5月1日法律40号)
借地法(大正10年4月8日法律49号)
借家法(大正10年4月8日法律50号)
2 平成4年8月1日 建物保護ニ関スル法律、借地法及び借家法を廃止。
  ただし、借地借家法施行後においても、当該法律が廃止される前に当該法律により生じた効力は妨げられない。
3 平成4年8月1日施行 借地借家法(平成3年法律90号)
 「事業用借地権創設」(法24条)。「存続期間10年以上20年以下」の場合のみ。
4 平成20年1月1日施行 借地借家法改正(平成19年法律132号)
  法24条を削除し法23条として事業用定期借地権等に関する規定を新設。
  法23条1項 → 30年以上50年未満 「事業用定期借地権」
  法23条2項 → 10年以上30年未満 「事業用借地権」
  改正法施行前に設定された事業用借地権については、従前の例による。

三 事業用借地権制度が創設された理由
 通常の借地権は、存続期間満了後も借地契約の法定更新が認められ、借地権設定者からの更新拒絶には制限があり、また、借地権者には建物買取請求権が認められるなど、借地権者側に有利な扱いがされている。
 その結果、一度借地権を設定するとほとんど半永久的に土地の返還が望めないという状況が生まれ、都市部を中心に新たな借地権の設定が困難になるとともに宅地供給が難しくなり、地価上昇の更なる要因ともなっていた。
 このような事情を背景として、不動産業界などから改正の要望があり、法律を改正して導入されたのが、事業用借地権制度である。
 平成4年8月1日施行の借地借家法創設の際に、①存続期間を10年以上20年以下とすること、②契約の更新規定が排除されること、③建物買取請求権が存しないこと、④設定は必ず公正証書によらなければならないこと、以上を内容とする事業用借地権制度が設けられた。
 その後の事業用借地権の運用の中で、10年以上20年以下の存続期間が建物の耐用年数に比べ短いこと等から、より長い存続期間を望む声が強くなったため、法律が改正され平成20年1月1日から施行された。

四 平成20年1月1日施行の借地借家法改正の内容
 平成20年1月1日に施行された改正法では、事業用定期借地権等の存続期間について、30年以上50年未満の場合と10年以上30年未満の場合の2つの場合に分けられた。
 法23条1項の、存続期間を30年以上50年未満として事業用定期借地権を設定する場合の要件は、⑴公正証書で作成すること、⑵以下の3事項を「特約」で設けておくことである。
 3事項の特約は、1つでも欠けると効力を生じない。
① 契約の更新がないこと
② 建物の築造による存続期間の延長がないこと
③ 建物の買取請求をしないこと
 法23条1項中の「第9条及び第16条の規定にかかわらず、契約の更新及び建物の築造による存続期間の延長がなく、並びに第13条の規定による買取りの請求をしないこととする旨を定めることができる。」の記載が特約に該当する。
 ①の特約については、法5条1項の「契約の更新を請求したとき」及び同条2項の「土地の使用を継続するとき」も含まれることを明らかにするため、「契約の更新(更新請求及び土地の使用の継続によるものを含む。)」と記載することとなる。
法23条2項の、存続期間を10年以上30年未満として事業用借地権を設定する場合の要件は、当該存続期間を定めて公正証書で作成することである。存続期間30年以上50年未満の場合のような①、②、③の特約を設けなくても法律上当然にこれらの適用が排除される。
 ただし、実務上公正証書作成の際は、「特約」としてではなく、「確認事項」等として、契約更新等がないことを明記することとしている。
 記載例は以下のとおりである。
「(確認事項)
 甲及び乙は、本件賃貸借については、契約の更新(更新請求及び土地の使用の継続によるものを含む。)及び建物の築造による存続期間の延長がなく、借地権者の建物買取請求権に関する法の規定が適用されないことを確認した。」。(注1)
 なお、以下の記載による場合もある。
「本件賃貸借については、法第3条から第8条まで、第13条及び第18条並びに民法第619条第1項の適用はない。」(注2)
(注1)文例76頁の文例6の第2条(法23条1項に係る文例65頁の文例5の 
 第3条第2項と同じ表現である。)
(注2)文例82頁(法23条1項と同条2項との実質的な差は、存続期間の定め
 である法3条の適用除外の有無である。また、民法619条1項は、法23条2項に規定されていないため、この規定の適用除外は合意を要することになる。)

五 平成20年1月1日施行改正法の経過措置
 平成20年1月1日より前に設定された改正前の借地借家法24条に基づく事業用借地権は、改正後においても改正前の借地借家法24条が適用される(改正法附則2条)。
 したがって、改正前に設定された事業用借地権で、改正後も存続期間が存続している場合には、改正前の事業用借地権の存続期間である20年以下が適用されることから、借地期間の延長をする場合には、借地期間開始日から20年以内の範囲でしか延長することができない。
 20年の存続期間が経過する前に、20年を超えた期間で借地期間を延長する場合には、改正前に締結した契約を双方において合意解約し、改正後の法律の下において、新たな契約を行う方法しかない。

六 事業用定期借地権等設定公正証書の作成手順
 以下の作成手順は当職が通常行っているものです。ご参考に願います。
① 嘱託人等からの嘱託・相談
嘱託・相談は、当事者の一方、又は仲介業者からされる場合が多い。なお、
  常連の嘱託人の場合は相談を省略し、覚書案等をメール等で送ってもらい、そのまま公正証書案を作成することも少なくない。
   相談時の確認ポイントは以下のとおりである。
• 賃借人が建築する建物が専ら事業の用に供する建物であるか。
・ 賃貸する土地が複数土地かどうか、複数土地の場合一体利用性の要件が備わっているか。
・ 土地の一部が賃貸借の対象となっていないか。一部の場合は範囲を特定する図面の提出が必要。(注1)
・ 土地の地目に田又は畑はないか。該当する場合は農業委員会の許可を得ていることを許可証により確認し、その旨を記載する。(注2)
・ 賃貸人が個人の場合、相続が発生し共有持分となっていないか。(注3)
・ 賃借人が建築する建物の構造等。(注4)
・ 存続期間の開始日が公正証書作成日以降であるか。(注5)
・ 敷金等の預託の定めがあるか。(注6)
② 公正証書案の作成。                                       
各公証役場のスタイルに則して作成することになるが、嘱託人から提出 される覚書等の中に公序良俗に反する条項があった場合、公正証書には記載できないことから、嘱託人に説明し理解を求める。(注7)
③ 公正証書案の嘱託人による確認。
嘱託人に公正証書案を送信等し、内容確認してもらう。併せて手数料についても伝えることとしている。
④ 公正証書作成日の決定。
賃貸人、賃借人、連帯保証人の本人全員に出席してもらうのが原則であるが、委任によることももちろん可能である。連帯保証人を設ける場合、賃借人は会社、連帯保証人は、当該会社の代表者が個人として保証人になることも少なくない。
⑤ 署名・押印
公正証書の作成。当事者本人又は代理人に出席してもらい最終確認のための読み聞かせ等を行い、問題なければ署名押印してもらう。作成日に必要な書類は後記のとおり。(注8)(注9)
(注1)一筆の土地の一部を賃貸借の対象とする場合、土地の範囲を明確にした図面を添付する必要がある。図面、資料を添付する場合は、3セット(原本用1部、正本用2部)を提出してもらう。
(注2)地目が「田」、「畑」の場合、当該土地に賃借権を設定する場合は農業委員会の許可が必要(農地法5条)。当該許可証の写しの提出を求め確認しなければならない。ただし、事業用定期借地権設定契約公正証書作成時点では許可等が出ていないときがあるので、「○年〇月〇日に申請済みである。」とか、「現在、許可申請のための準備中である。」といった記載をする。
(注3)土地の所有権登記名義人に相続が発生し、共有者が複数人いる場合は、共有者全員が当事者となるので、全員と賃貸借契約を締結することとなる。契約書は1通にまとめて作成することも、各別に作成することも可能である。相続人の中の1名を相続人代表者として契約することはできない。また、遺産分割協議が完了したものの未登記の場合、分割協議書に基づいて公正証書を作成することも考えられるが、対抗要件としての登記を備えた後に公正証書を作成すべきである。
(注4)建物の構造等については、公正証書作成時において判明している範囲で記載することで差し支えない。「鉄骨・2階建・床面積約500平方メートル(予定)。用途飲食店等」は問題ないが、「建物の構造等未定」では、建築する建物が専ら事業の用に供する建物かどうか判断できないため適当でない。
(注5)事業用定期借地権は公正証書作成が効力発生の要件とされていることから、賃貸借期間を公正証書作成より前に遡って作成することはできない(文例82頁)。なお、賃貸借期間の開始日を将来のある時期とすることは問題ない。
「公正証書作成日から30年間とする。」の記載では初日不算入となり、最終日の確定で混乱が生じてしまう可能性があるので、「令和○年10月1日から令和○年9月30日までの30年間」という始期と終期の特定日を定める記載とすることが望ましい。
(注6)敷金預託の定めを設けた場合、賃貸人には賃借人に対する敷金返還債務が生じることから、強制執行認諾条項に賃貸人についても記載する必要がある。この場合、賃貸人の敷金返還債務について強制執行が可能となるよう表現に留意する。
(注7)公正証書作成時に特に注意する点は、以下の2点である。
① 賃貸人からの解除条項の中で、無催告解除とする場合は、裁判例で無効とされる例があることから、催告解除に修正するか、「ただし、他の事情と相まって、賃貸人との間の信頼関係が破壊されたと認められるときに限る。」旨を書き加えてもらう(文例36頁)。
 ② 文例38頁⑶のとおり、「賃貸借契約が終了したにもかかわらず、賃借人が土地を原状に復して明け渡す義務を履行しない場合には、賃貸人は、賃借人の費用負担で借地上の建物を収去して原状に復することができる。」旨の条項は、いわゆる自力救済となることから公正証書には記載できないので、「土地の明渡し後に、賃借人が残置した物件がある場合には、賃借人において所有権を放棄したものとみなし、賃貸人において処分することができる。」旨の記載に修正してもらうよう理解を求める。
(注8)ショッピングセンター等の場合で、地権者が数十人に及ぶ場合、最終確認、署名・押印のための出席を求めるとなると数日間にわたり公証役場は他の事件処理が困難になるといった問題が生じてしまう。そのため、地権者側を代表する特定の者に代理人となってもらい、一度の確認で数十件を処理するといった方法を検討する必要がある。なお、賃貸人が、賃借人側の者を代理人として委任した場合、利益相反行為又は自己契約の問題が生じてしまう場合があるので、避けるべきである(当該代理人になる者が、取締役ではない一般社員の場合は利益相反に該当しない可能性があるが避けるべきであろう。)。仲介業者がいる場合は、当該仲介業者が代理人となることが多い。ただし、賃借人及び賃貸人双方の代理人になることは、双方代理に抵触するため認められない。
(注9)公正証書作成日に本人確認資料として必要な書類は以下のとおりである。
⑴ 個人の場合は①から④までのいずれか一つ
① 印鑑登録証明書(3か月以内)+ 実印
  ② 運転免許証 + 認印
  ③ マイナンバーカード(写真入り)+ 認印
  ④ 身体障害者手帳(写真入り)+ 認印
 ⑵ 法人の場合は①から③までの全て
  ① 登記事項証明書又は代表者事項証明書(3か月以内)
  ② 代表者の印鑑証明書(法務局発行のもの。3か月以内)
  ③ 代表者の印鑑。代表者印の持出しが難しい法人は、⑶の方法で行う。
 ⑶ 代理人で行う場合は、委任状が必要。委任状には別紙として最終確定した公正証書案を添付し、以下の委任者の印鑑で割り印又は袋綴じの処理を行う。
  ① 個人が委任者となる場合は、委任状に当該委任者の実印を押印し、印鑑登録証明書を添付する。
  ② 法人が委任者となる場合は、委任状に当該委任者の代表者印を押印し前記⑵の①及び②の証明書を添付する。 
    なお、代理人本人の本人確認資料として、前記⑴の①から④までのいずれか一つの資料及び印鑑が必要。

七 事業用定期借地権等の設定要件
① 「専ら事業の用に供する建物の所有を目的とし」の「専ら」とは
  「専ら」とは、他のものを排除する意であり、事務所等の業務用ビルに居住 
 部分が併設されているものは対象外となる。ただし、その業務用ビルを管理す
 るための住込みの管理人室がある程度の場合は、対象外とならないものと解される。(注1)
② 「専ら事業の用に供する建物の所有を目的とし」の「事業」とは
  「事業」とは、営利事業に限られず、公共、公益事業も含まれる。事業とは、反復継続して何らかの目的を達成するためになされる行為程度と考えてよい。したがって、町内会の集会所の建物などの用地としても事業用定期借地権等を設定できるものと解される。(注1)
・ 借地権者は、事業者であれば足り、寺院、教会、学校も事業者たり得る。
(注2)
 ・ 高齢者専用生活施設で、食事の提供その他日常生活上必要な便宜を供与することを目的とする施設であって、老人福祉施設でないものを有料老人ホームというが、有料老人ホームは、介護保険制度上、居宅の延長と考えられており、事業用借地権の対象とすることはできない。(注3)
 ・ 要介護者であって痴呆の状態にあるものが共同生活を営む痴呆性高齢者グループホームは、特定人が継続的に居住するための施設であり、事業用借地権の対象とすることはできない。(注4)
 ・ 医療施設ショートステイ、福祉施設ショートステイ、通所施設あるいは病院に類するものは、事業用借地権の対象とすることができる。(注5)
 ・ 特別養護老人ホームは、施設に入所する者が病院の入院患者と同じように特定の居室を、居住権をもって専用使用するといった性質のものではないことから、事業用借地権の対象とすることができるとする積極説と、入居者は長期間の入所が予定されており、入居者にとっては、居室は日常生活をする場であって住居というべきであり、事業用借地権の対象とすることはできないとする消極説がある。(注6)(注7)
 ・ 介護老人保健施設が対象とする要介護老人は、同施設で起居して日常生 活を送るので「居住者」的な面もあり、その生活の安定に配慮すべきであるが、特定の居室や起居場所を居住目的で占有使用し、その対価として費用を支払うという関係を基本としているわけではないので、法23条の「居住の用に供する」建物には当たらず、事業用定期借地権等の設定契約を締結することができる。(注8)
 ・  看護小規模多機能型居宅介護は、通いが中心のサービスであることから、事業用定期借地権等の対象とすることが可能と考える。
③ 「専ら事業の用に供する建物の所有を目的とし」の「建物」とは
   一部に居住用等事業以外の用に供する部分のある建物や賃貸マンションのように、借地権者にとっては事業用建物であっても、居住の用に供されるものは該当しない。しかし、管理人室、警備員室、宿直室等の類は、建物の管理、警備のために設けられる必要な施設であるから、それらがあっても差し支えない。(注9)(注10)(注11)(注12)
(注1)別冊法学セミナー 新基本法コンメンタール 借地借家法第2版143頁。
(注2)文例80頁。
(注3)公証138号332頁
(注4)公証138号333頁
(注5)公証138号334頁
(注6)公証128号295頁、法規委員会協議結果集録50頁、会報H22-4-37
(注7)会報H22-4-38での法規委員長発言の「居住の用に供するものというメルクマールは、・・・2つほどあって、1つは、恒常的に起臥寝食に利用される場所だということが確定している。もう一つは、その利用者が入れ替わり利用する(宿直室みたいに入れ替わり利用する)というのではなくて、特定の人が継続的にそこを使うと。こういう2つのメルクマールで見るべきだということになり」が参考になる。
(注8)会報2019-9-25
(注9)文例80頁。
(注10)山野目章夫「定期借地権論」(一粒社)62頁以下では、事業用借地権に
基づいて築造できると解すべき建物として、以下のものが掲げられている。
⑴ 一般の事務所と店舗のほか、つぎのものを含む。工場、作業場、機械室、倉庫、料理店、百貨店、銀行、映画館、劇場、発電所、変電所、給油所、公衆浴場、停車場、茶室、競馬場、遊技場、競技場、練習場、会館、集会所、市場、火葬場。
⑵ 農耕牧畜の用に供する建物、すなわち、納屋、温室、酪農舎、鶏舎、畜舎、蚕室を含む。
⑶ 駐車場法2条2号・20条・20条の2の施設で建物と認定できるもの。
⑷ 医療法1条の2(現行1条の5)第1項の病院のみならず、同2項の診療所を含む。
⑸ 学校教育法1条にいう学校の校舎、園舎、講堂のほか、同法の適用のない学習塾などの教習所、さらに研究所、保育所、体育館を含む。
⑹ 宗教法人法3条1号所掲の境内建物で建物と認定することができるも のを含む。ただし、庫裏を除く。
⑺ 人の起臥寝食に供される場所であっても、特定人が継続して専用するのでない建物は、(改正前の)24条に基づいて築造できる。保養所、旅館、ホテル、守衛所がこれに当たる。 
 ⑻ 別の建物の従物であるとみられる物置、車庫、便所は、主物である建物が事業の用に供するものと認められる場合は、(改正前の)24条に基づいて築造できる。 
(注11)メガソーラー・システムについては、事業用定期借地権等の要件である「『建物』の所有を目的とする」の要件を満たさない。(文例80頁、公証174号358頁、会報H25-10-31、会報H26-6-29)
(注12)駐車場敷地にいわゆる移動式トレーラーハウスを複数台設置することを目的として、事業用定期借地権等設定契約公正証書を作成したいとの依頼がされることがある。トレーラーハウス自体は、建物とは言えないことから、駐車場内の一部に設置される小規模な建物(実際は管理棟として使用される。)を、ホテルとして利用するなどとして、事業用目的の建物の要件を満たしているとの理由で嘱託が依頼されることがある。
この問題は、明らかにホテル機能としては利用できない建物(以下「本件建物」という。)を事業目的の建物と認めることはできず、法23条の「専ら事業の用に供する建物の所有を目的」とする要件には該当しないといった問題のほかに、土地の賃貸借の主たる目的がトレーラーハウスの設置であることが明らかである場合に、本件建物がホテル機能を有するとしたとしても、借地借家法の趣旨である建物の所有を目的として借地権を設定するものと判断できるか、といった問題がある。
  借地借家法にいう建物の「所有を目的とする」とは、土地の賃貸借の主たる目的がその土地上に建物を所有することにある場合を指し、その主たる目的が建物の所有以外の事業を行うことにある場合は、借地人が貸主からその事業のために必要な付属の事務所、倉庫等の建物を建築し、所有することの承諾を得ていたとしても、これに含まれないとするのが通説、判例である(公証174号359頁。最高裁昭和42年12月5日判決(民集21・10・2545))。
  本件に即してみれば、借地目的は本件建物の所有ではなく、トレーラーハウスの設置にあり、ホテル利用は本来の目的ではないということになれば(本件建物はトレーラーハウスを利用するための付属施設であると考えられる。)、そもそも借地借家法の目的に反するものであり、公正証書作成はできないと解すべきである。
  トレーラーハウスの設置を目的として土地を貸す場合は、民法601条以下の賃貸借契約によるべきである。
 
八 一体利用、契約書の通数
 甲地については、スーパーマーケット事業用の建物を建築所有する目的で事業用借地権設定契約を締結するとともに、乙地については、専ら同事業の駐車場として使用することを目的として、賃貸借期間10年以上20年以下で、かつ、更新のない賃貸借契約を締結しようとする場合、甲地と乙地が、所有者を異にする場合であれ、隣接していない場合であれ、両土地が借地人によって一体として管理又は利用されるという関係にあれば、共に事業用借地権として設定契約をすることができる。また、契約書は、1通で作成しても別々に作成しても問題ない。(注1)
(注1)公証104号290頁、新訂法規委員会協議結果要録95頁、公証142号222
  頁、会報H20-2-60、会報H25-3-25、会報H25-7-20、会報H29-4-58、会報H29-5-57

九 存続期間
 事業用定期借地権等設定契約は、公正証書により作成しなければ効力が生じないことから、存続期間の始期は、公正証書作成日当日又は将来の日でなければならない。したがって、存続期間の始期を公正証書作成日前とすることはできない。(注1)
公正証書作成日と存続期間の始期は同じでなくてもよい。(注2)
存続期間の始期及び終期は、原則として確定期限でなければならないが、「農地転用の許可日」とすることも認められる。また、事業用建物における事業開始の日が決まっていない場合は、存続期間の始期を、「事業開始の日」とすることも問題ない(可能であれば予定日を入れる。)。ただし、「事業開始」の定義を明確にしておくべきである。(注3)
始期及び終期が不確定期限であっても、実質的にみて、法定の存続期間を逸脱するような期間を定めたものと解される場合は別として、そのことのみで強行法規に反すると評価することはできない。(注4)
(注1)文例82頁。
(注2)公証125号310頁。
(注3)文例82頁。
(注4)会報H27-1-46、会報H27-5-42、会報2019-8-41

十 敷金、保証金等について
 平成29年民法改正により設けられた諾成的消費貸借契約に関して、諾成的消費貸借契約公正証書では、貸主に強制執行認諾文言を付すことはできるが、借主に強制執行認諾文言を付すことはできないと解されているところ、要物契約である敷金契約においては、金銭の交付がない以上、敷金契約は不成立となる(したがって、貸主が敷金を受領している場合は明記する。)ものの、諾成的敷金契約の成立まで否定する趣旨ではなく、賃借人の敷金交付義務を法的義務として認める趣旨であると考えられる。したがって、諾成的敷金契約における賃借人の敷金交付義務について、強制執行認諾文言を付すことはできるものと考えらえる。(注1)
(注1)会報2022-4-23

十一 事業用定期借地権等設定契約の変更・再契約
 最初に作成する事業用定期借地権等設定契約は公正証書でなければならないが、その後に契約を変更する場合は公正証書による必要はない。当事者間で「覚書」「変更契約書」等を作成することで有効である。(注1)
 ただし、変更契約のうち最も需要の高い賃料増額及び存続期間延長(法23条2項の事業用借地権についていえば、存続期間が10年以上30年未満であるので、例えば、期間10年と定めていたものを30年未満の範囲内で延長するとき。)の場合に、強制執行認諾条項の効力は、賃料の増額部分の支払や期間延長以後の賃料の支払については及ばないことから、当該変更事項に対しても強制執行認諾条項の効力を及ぼす場合は、変更公正証書を作成し、強制執行認諾条項規定を設ける必要がある。 (注2)
法23条2項に基づく事業用借地権設定契約においては、契約更新の規定の適用を排除しているから、借地権の設定時や存続期間の途中において、更新を認める合意がなされても、事業用借地権は更新しないことに本質的な性質があるので、その効力を認めることはできない。(注3)
期間満了時に、当事者間の協議により事業用定期借地権等の再設定を行うことは可能であり、当初の事業用定期借地権等設定契約の際に、期間満了時に再設定契約を行うか否かについて協議を行う旨を定めたり、期間満了時に新たな借地権を設定するための手順を定めておくことも可能である。(注4)
当初の事業用借地権設定契約(法23条2項の契約)において、期間満了の場合に、借地権者の請求により延長することができる旨の合意をすることも、総期間が本契約締結の日から30年未満の範囲である限り可能であると解される。ただし、法23条2項に基づく事業用借地権を法23条1項に基づく事業用定期借地権に変更することはできない。(注5)
 下図(編注:省略)「の甲乙両地につき一括して事業用借地権設定契約をした後、乙地に代えて 丙地を事業用借地権の目的とする場合、丙地が狭小で甲地の付属地にすぎないような場合は変更契約で足りると解する余地もあるが、原則として、変更契約では足りず、丙地につき(または甲地につき一旦合意解約した上で、甲地と丙地につき全体として)改めて公正証書による事業用借地権設定契約をすべきである。                               
 土地の所有者が異なる場合は、変更契約では賄えない。甲地借地権の残存期間が10年未満になっている場合も同様である。(注6)

(注1)文例70頁。会報H21-5-43。会報H24-10-23
(注2)文例70頁。公証174号361頁。会報H26-6-32
(注3)公証174号360頁。
(注4)公証174号360頁。契約設定時に再契約できる旨の記載例は以下のとおり。「本契約の終了6か月前までに、甲又は乙いずれかが相手方に対して書 面により再契約を希望する旨の申し出を行い、双方協議の上合意が成立したときは、本契約期間満了日の翌日を始期とする新たな事業用定期借地権設定契約(再契約)を締結することができる。」
(注5)公証174号361頁
(注6)法規委員会協議結果集録49頁。

十二 転貸借
賃貸人甲 ⇒賃借人(転貸人)乙 ⇒転借人(転々貸人)丙 ⇒転々借人  
(土地 A契約         B契約         C契約所有者)

 民法612条1項において、「賃借人は、賃貸人の承諾を得なければ、その賃借権を・・・転貸することができない。」とされていることから転貸借するためには賃貸人の承諾が必要となる。
 「賃貸人の承諾」とは、B契約については甲の承諾が、C契約については乙の承諾が該当する。
 B契約に係る公正証書を作成する場合、公証人は甲の転貸承諾がされていることを書面で確認することとし、公正証書には以下の例により記載する。
「なお、乙が本件土地を丙に転貸することにつき、乙は、あらかじめ甲の承諾を 得ている。」
 B契約に係る公証証書を作成する時点で、C契約を締結することが予定されている場合は、B契約の記載の中に以下の例により記載する場合がある。
「なお、丙が本件土地を丁に転貸することにつき、乙は、あらかじめ承諾する。」
 C契約に係る公正証書には、以下の例により記載する。 
「なお、丙が本件土地を丁に転貸することにつき、丙は、あらかじめ乙の承諾を得ている。」
 C契約において公証人はB契約時に乙の転貸承諾が確認できているので、別途承諾書面の提出は要しない。 
 
・ 当初から転貸借を予定した事業用借地権設定契約の当否
不動産会社Bは、自ら事業用建物を建築して所有する意思はないにもかかわらず、地主Aの依頼により、あらかじめ土地転貸の承諾を得た上、Aから事業用借地権の設定を受け、それと同時に、その土地に事業用建物を建築して所有する予定の個人Cに事業用転借地権を設定することが可能である。また、事業用建物を所有しないBに対する事業用借地権の設定も可能である。(注1)
・ 原賃貸借の存続期間を超える存続期間を定めた事業用借地権(転貸借)設定契約公正証書作成の可否                                     
 所有者甲から土地を賃借したA(原契約。借地権の残存期間10年)は、Bに事業用建物を建築させ所有させる目的でBとの間で借地借家法第23条第2項に基づく事業用借地権設定(転貸借。存続期間は15年)の公正証書を作成することができる。                                                
 事業用借地権設定契約が原賃貸借契約を基礎とする転貸借契約として成立することは差し支えなく、また、同契約は、債権契約であるから、原賃貸借契約の存続期間の定めとは関連付けず、独立ものとして成立させても、法律上問題はない。転貸借契約は、原賃貸人の承諾がないと原賃貸人に対抗できないところ、存続期間15年の事業用借地権設定契約の締結に同意した原賃貸人は、原賃貸借の更新を拒絶しない旨を約したことになろう。(注2)   
・ 原賃貸借契約が事業用借地権である場合に原賃貸借の存続期間を超える事業用借地権(転賃貸借)を締結することも、原契約も再契約が可能であるから、締結することは可能である(多数意見)。(注3)
(注1)公証115号271頁。公証112号200頁。なお、消極説もあり。
(注2)会報H25-7-21
(注3)会報H25-7-22、会報H27-1-48 

十三 法令違反・公序良俗違反等について
 賃貸借契約が終了したのに一定期間内に明け渡さない場合には、建物に立ち入って家財道具を処分する権限を与える旨の文言は、自力執行になるため公序良俗違反となる。(注1)
この場合は、「土地の明け渡し後に、賃借人が残置した物件がある場合には、賃借人において所有権を放棄したものとみなし、賃貸人においてこれを処分することができる。」旨の文言に修正するよう依頼する。(注2)
(注1)東京高判平成3年1月29日・判時1376号64、最判平成3年12月7日・公証101号295頁)。
(注2)文例39頁

十四 手数料
 事業用定期借地権等設定契約の手数料は、公証人手数料令11条、13条が適用され、契約期間中の賃料の総額の2倍。ただし、10年間分まで。
具体的には、賃料が月額10万円の場合は以下のとおりとなる。(注1)
 10万×12月×10年×2倍 = 2,400万円 ・・・ 手数料2万3,000円
賃貸人と賃借人と折半する例が多いが、一方が全額支出する場合もあり、当事者間の合意次第である。
賃料のほかに、敷金、保証金、権利金、更新料等の定めがある場合であるが、これらは手数料令23条1項の「従たる法律行為」に当たるから、手数料算定の対象とせず、賃料のみを基準に1行為として計算する。(注2)
 期間10年で、賃料が3年分しか決定されていない場合の手数料は、4年目以降も当初の3年間の賃料と同額と推認し、これの7年分を合算するのが相当。
 なお、強制執行対象とするためには、「賃料は、年額〇円と定める。ただし、4年目以降は、3年毎に増減について見直すことができる。」旨の記載をするなどの工夫が必要。(注3)
(注1)新訂公証人法330頁
(注2)公証138号319頁
(注3)会報H23-5-29、会報H23-6-31、会報H27-5-44、会報H28- 6-36

十五 地上権による事業用定期借地権等の設定
 事業用定期借地権等の設定は、土地の賃借権によるものがほとんどであるが、借地権には地上権も含まれることから(法2条1号)、地上権による事業用定期借地権等設定契約公正証書を作成することも考えられる。
 地上権は、建物のほか、橋梁、池、記念碑、トンネル、モノレール、送電施設その他の地上、地下の設備一般といった工作物に設定することができるが、このうち、借地借家法が適用されるのは、建物所有を目的とするものだけである。(注1)
地上権による事業用定期借地権等を設定する場合の留意事項は、以下のとおりである。
① 当事者について、土地の貸主が「地上権設定者」、借主が「地上権者」になる。
② 地上権の場合は「賃料」ではなく、「地代」となる(民法266条)。
③ 地上権の場合は必ず登記することとなることから、「甲は乙に対し、速やかに本件地上権による事業用定期借地権設定登記手続をする。」旨の条文を設ける。
④ 賃借権の場合、譲渡・転貸する場合は賃貸人の承諾が必要であるが(民法612
 条)、地上権については地上権設定者の承諾は不要である。
⑤ 「敷金」は賃貸借に基づくものであるので(民法622条の2)、地上権にも同様な規定を設ける場合は、敷金以外の権利金、保証金といった用語を用いることになろう。(注2)
⑥ 農地に地上権を設定する場合についても、農地法所定の許可(農地法5条)が必要である。 
(注1)文例288頁。
(注2)賃貸借については、敷金以外の権利金、保証金といった名称であっても、敷金に関する規律の適用を受けることとなる(「一問一答民法(債権関係)改正 商事法務327頁」)。もっとも、敷金に関する規律は任意規定であるため、当事者間でこれと異なる合意をすることも否定されないとする(前掲一問一答328頁)。地上権の場合であって、当事者間の合意があれば、権利金、保証金の名称を用い、内容についても返還不要とするといったものであっても問題ない。(津・津合同役場公証人 安田錦治郎)

民事法情報研究会だよりNo.54(令和4年7月)

向暑の候、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
例年より大幅に早く梅雨明け宣言が出され、真夏日や猛暑日が連続して観測されるなど、今年の夏は暑くなりそうですので、体調の維持に十分ご留意願います。(YF)

今日この頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

私と運動(松尾泰三)

 昭和48年夏。場所は和歌山県橋本市立橋本中央中学校の野球グラウンド。夏の中学校野球大会(いわゆる中体連)の郡内予選2回戦。1点リードで迎えた6回裏相手方の攻撃。ツーアウト満塁。バッターの打った打球は平凡なショートゴロ。遊撃手はそのボールを慎重にキャッチし、一塁に送球。しかし、肩に力が入ったのか、一塁手の手前でショートバウンド後逸。ボールは転々と外野のファールグラウンドへ。走者が一掃し、その試合は逆転負け。そう、その遊撃手はもうお分かりでしょうが、私です。
 三年生の夏、苦しくも楽しかった3年間の野球部生活が終了した。「もう二度と野球はやりたくない!」、「二度と団体スポーツはやりたくない!」と強く感じた(ただし、昭和62年に本省に転勤し、本省内レクリエーション野球大会に参加したとき、エラーして当然との雰囲気の中で、参加者みんなが協力し盛り上がる体験を得て、団体スポーツとしての野球の楽しさを改めて実感させていただいた。)。
 「団体スポーツはしない。」、「野球はしない。」との思いから、高校で陸上部に入部した。確かに駅伝、リレー競技は別にして、基本的には個人競技であり、野球のような細かな技術は求められない。いかに人よりも早く走るかという、極めてシンプルな競技に思えた。しかし、陸上部監督は、箱根駅伝の経験があり、10000メートル走の県内記録を持った副担任で、練習は非常に厳しかった。長距離走の練習には付いて行けず、また、短距離走としての脚力も十分ではなかった。競技では、長距離走、短距離走の出場ではなく、中距離走(主に800メートル、400メートル)に参加したが、インターハイ、国体の県内予選では、一度も第一次予選を通過することができなかった(中距離走には、長距離走と短距離走の両方の能力が備わっていないとできない難しい競技であることを実感した。)。「相手と競い合う苦しいスポーツはやりたくない!」と強く感じた。

 その後、陸上部を退部して以降、法務局に採用されてからも特に運動らしい運動はしなかった。むしろ、マジック(民事法情報研究会だより№40 MY HOBBY参照)やイラストといった文化系の趣味を楽しんだ。

 昭和59年4月。局内では鉄人ランナーと言われていた先輩と同じ係となった。穏やかな口調で、いつも前向きな話をされていた。その先輩から、結果的に走る楽しさを教えていただいた。最初は、誘いを拒否していたが、何度も誘われ、それではと歩くような速さでジョギングを始めたのが、時々昼休みに大阪城公園を走っているうちに毎日走ることとなり、いつのまにか公園内周回コースの自己記録更新を目的とした走り方になっていた。相手と競い合う苦しいスポーツはやらないはずであったのが、記録更新が刺激となり、時には昼休みの限られた時間内に、実業団チームに交じって1500メートル走のインターバル3本といった練習を行っていた。休日には、各地でのマラソン大会に参加し、自己記録を更新することに喜びを感じていた。

 昭和62年4月に本省に転勤して以降も、昼休みに皇居の周回コースを走っていた。民事局で勤務していた頃、直属の上司であった総括補佐官が笑いながら「松尾君、かく汗が違うのではないか。」と言われた(このコメントは使えると思い、その後、何人かの後輩に対して使わせていただいた。)。しかし、その後、繁忙を理由として怠け心が芽生え、徐々に走る機会が少なくなり、自己記録更新を狙う意欲もなくなっていた。

 転機は平成21年4月の奈良局への転勤であった。休日は、奈良公園内を自由に走り回り、若草山山頂や、平城宮跡、山辺の道へも走りに行った。走る意欲が戻ってきて、観光を兼ねた新たな走り方を実感することができた。しかし、その頃からか、徐々に膝に痛みが出始め、医者の判断は「軟骨のすり減り」とのことであった。

 平成29年度に職場の駅伝大会に参加し、無理をしたのが原因で膝の痛みが増し、ジョギングすらできない状態となった。翌年度の髙松では、ジョギングが無理であればウオーキングに切り替えるしかないと、宿舎近くの栗林公園内を数多く歩いたが、膝の回復には至らず、ウオーキング中でも膝の痛みが消えることがなかった。

 退職後、朝のラジオ体操と、軟骨近くの筋肉を鍛える目的で、椅子に座り足首に重りを巻いた状態で膝を交互に伸ばす運動を毎日継続して行った。2年ほど過ぎた頃、ようやくウオーキングでの膝の痛みは解消し、わずかの距離ではあるが、ジョギングもできるようになってきた。

 今は、小山市内でいくつかのウオーキングコースを設定し、休日はもとより、平日も歩く機会を作っている。「団体スポーツはやりたくない!」とか「相手と競い合う苦しいスポーツはやりたくない!」と感じていた頃は、今思えば体力が有り余っていて、体力の衰えなんか全く念頭になかったのだろう。確かに満足なジョギングができないことに多少寂しい思いもあるが、「一人で」、「誰とも競い合うことなく」、「楽しくのんびりと」ウオーキングをすることができている。これからも、自分の体調に合った運動を見つけ出し、いかに健康年齢を延ばしていくかを考えている今日この頃である。

(松尾泰三)

銚子あれこれ(岩本尚文)

 昨年の秋から銚子で生活を始めて1年も経っていませんが、日々の生活を書き連ねたいと思います。

1 強い風
 意外に思われるかもしれませんが、テレビの天気予報を見ていますと、銚子の夏は都心より3~4℃涼しく、反対に、冬は3~4℃暖かい予想気温となることが多いようです。この点、銚子は住みやすい所かな、と思われます。
 ただ、風が強いのには閉口します。昨年10月1日、大型で非常に強い台風16号が接近し、朝の全国ニュースでは「ここ八丈島では最大瞬間風速40メートルに達しています」と実況中継されていました。しかし、銚子は41.8メートルの暴風雨でした。
 その日は、遺言の作成が午前と午後に1件ずつ予定されていました。16号は避難指示も必至、と予想されていましたから、前日の9月30日に、遺言者に延期の確認をしたところ、午前の予定者は「台風の中を高齢者は役場まで行けそうにありません」、一方、午後の予定者は「明日の天気を見てから決めます」という返事でした。ひるんだ私は、台風の銚子最接近は翌1日午後と聞いていたので、作成するにしてもキャンセルで空いた午前に変更を打診したところ、幸い了解を得ることができました。ところが、その案件は出張遺言だったことを思い出し、再び気落ちしたものの、台風の状況次第で遺言者が翻意してくれることを期待することにしました。
 翌朝、台風の威力は増しており、関東では屋根の飛散や倒木が発生、航空機や船舶は欠航、停電も相次ぎました。出発前に改めて確認の電話を入れたところ、やはり「今日お願いします」。覚悟を決めて豪雨の中を車に乗り込み、一路、老人ホームに向かいました。運転中、空からの雨と道路からの水しぶきがウドンのようになってフロントガラスを叩き付けます。ワイパーは全く利きません。ハンドルを握る両手は痺れました。ようやく到着し、手続きを終えた後には遺言者家族から感謝され、えも言われぬ充実感を得ることができましたが、同時に、開けた車のドアが横殴りの雨のために閉まらない、という貴重な経験も得ることになった往復74キロの出張でした。
 銚子は外洋に突出して周囲に高い山がないためか、年間の3分の1は風速10メートルの風が吹いているそうです。銚子沖やキャベツ畑(ちなみに春キャベツの生産量は日本一)に多くの風車が設置され、風力発電が営まれている様子は、引っ越してきた当初はやや違和感を覚えましたが、ECOやSDGsの面でヨーロッパでは標準となりつつあるようで、いずれは日本各地でも当たり前の景観になるのかもしれません。
 銚子に来てから3か月の間に、ビニール傘2本と折り畳み傘1本がおちょこになって使えなくなりました。これに懲りた今は、耐風性の傘(強風を受けるとすぐおちょこになり骨を折らずにすむ傘)を愛用しています。

2 銚子電鉄
 市内と犬吠埼を結ぶ銚子電鉄(通称銚電)は、レトロ感溢れる様子から全国の鉄道マニアに親しまれ、休日には撮り鉄の姿もよく見かけます。ただし、レトロには訳があって、経営難でリニューアルする財源がない、というのが実情のようです。車輌は他社のお下がり、全長6.4キロの短めな沿線に10ある駅舎は概ね老朽化、自宅近くの仲ノ町駅舎に至っては築100年です。
 コロナ禍と相俟って銚電の赤字は今も予断が許されないようですが、どうやって経営を維持しているのでしょうか。実は、売上の7割は副業収入で、有名なところでは「ぬれ煎餅」や、味ではなく経営が「まずい棒」を販売しています。先日、仲ノ町駅を覗いたところ、赤ボールペンと赤色シートが袋詰めされて「赤字が消える暗記セット」として販売されていたので、私も銚電の赤字を消したい思いで購入しました。
 もはや何でもありの銚電は、笠上黒生(かさがみくろはえ)駅の名前を髪毛黒生(かみのけくろはえ)としてシャンプーメーカーに売り、昨年は映画「電車を止めるな!~のろいの6.4㎞~」を製作して、収益の増加を図りました。先日も歌手のきゃりーぱみゅぱみゅを招いてコラボ企画が実施され、観音駅がピンク色に染まった様子が報道されました。
 今年のGWに鎌倉へ出掛けてきました。街を走る江ノ電は、銚電と同じ単線で、路線距離、駅数、車輌の外観、そして沿線の様子、どれを取ってもさほど変わりはありません(と思いたいです)。銚電には、これからもユニークな活動を元気に展開して、江ノ電を目指してもらいたいものです。皆さんも銚電に乗車して、一番の人気区間「緑のトンネル」を満喫してみてはいかがでしょうか(あっという間に通過するので瞬き厳禁)。

3 地名の由来
 初めてJR銚子駅に降り立ち、大通りを少し歩いた時のことです。目の前に水面と沢山の漁船が見えて来たので、てっきり太平洋かと思いましたが利根川でした。川沿いに「銚子漁港」の看板が見えたのは、川のすぐ先が太平洋だからでしょう。
 国内最大の流域面積を誇る利根川は、なぜか河口付近の幅は狭くなっていて、川の流れが海に注ぐ様子は、あたかも酒器の銚子の口から酒が注がれるように見えます。そこで、銚子という地名になった、と言われています。これは当地に限ることではなく、川の出口が狭くなっている場所は銚子と付く地名が多いようです。もっとも、今は居酒屋でお銚子を注文すると徳利が出て来ますが、これは酒を注ぐという機能が同じだから、とのことです。
 
 巧打篠塚(元巨人)、豪腕土屋(元中日~ロッテ)を擁して高校野球で優勝した銚子商業の活躍(昭和49年)や、視聴率が55パーセントを超えた朝ドラ「澪つくし」の放映(昭和60年)で、銚子の名は全国で認知されていると思っていましたが、先日、テレビ番組で出演者が「千葉県のちょうし」の漢字を「頂子」や「調子」とフリップに書いたときは、前につんのめりそうになりました。

4 千葉市の次!?
 コロナがなかなか終息しません。毎朝、新聞で県内の状況をチェックしていますが、市町村ごとに感染者数を掲載する一覧表に銚子市は千葉市の次に掲げられています。なぜ、県庁所在地の次に記載されているのでしょうか。
 単に市町村コードの順番にすぎない、という考えは置いといて、その理由を江戸  時代まで遡って調べたところ、当時の銚子は、現在の千葉県東部から茨城県南部一帯の社会経済の中心地であったことが浮かび上がってきました。
 以前は江戸湾(東京湾)に流れていた利根川が、徳川家康によって現在のような太平洋に注ぎ込む流れに移されたのをきっかけに、銚子がクローズアップされました。当時の経済の中心は米でしたから、全国各地で生産される米を、いかに早く大量に江戸まで運ぶか、これが大きな問題とされていたのです。そこで、江戸と銚子を結ぶ利根川水運路が整備され、さらに、東北の天領米は銚子経由で江戸に輸送するとされたことで、銚子は、江戸と東北を結ぶ一大物流拠点として大いに発展したようです。
 その後、鉄道や自動車の発達で利根水運は役割を終え、銚子の繁栄も一旦は終止符を打ちますが、それからは醤油醸造が隆盛しました。また、銚子漁港は今も全国一の水揚げ量を誇っています。銚子に県内で最初の商工会議所ができたのも頷けるところです。 
なお、市内の飲食店には必ずと言っていいほどヤマサとヒゲタの醤油が両方置かれており、キッコーマンはあまりお見かけしません。

 銚子のスーパーには新鮮な魚が豊富に並んでいます。魚料理の経験はほとんどありませんでしたが、今では鰯の蒲焼きやメヒカリの唐揚げに挑戦して、美味しく頂いています。風光明媚な土地で生活できることを幸せに思いながら、今日も執務に励みたいと思います。(岩本尚文)

北(見)の国から(髙橋 誠)

 公証人に任命され、1年8か月が過ぎようとしていますが、いまだにあたふたし、諸先輩や同期の皆様の教えをいただきながら業務を遂行している毎日です。そんな折、原稿の依頼をいただきましたが、知識も乏しくまた本誌に掲載できるような事案や経験もないことからお断りしようとも思いましたが、気軽な近況報告でよいからとのことでしたので、お引き受けした次第です。ということで、皆様には気軽に読み飛ばしていただければと思います。

1 北見のご紹介
 北見公証役場が所在する北見市は、北海道の道東と呼ばれる地方にあります。最寄りの法務局は釧路地方法務局北見支局となります。支局の管轄区域を公証人の職務エリア(公証人の職務執行区域という意味ではありません。)とすれば、支局の管轄市町村数は2市11町あり、管轄内住民登録人口は令和4年3月31日現在で、234,690人。うち北見市が約11万4千人、網走市が約3万3千人です。管轄総面積は7,785.28平方キロメートルあり、静岡県とほぼ同じ広さがあります。また、 北見市の東西に延びる道路の距離は約110キロメートルで、これは東京駅から箱根までの距離に相当します。このように、職務エリアが広大かつ公共交通機関の便もよいとはいえないこともあり、出張の際には自家用車を使用していますが、片道1時間以上となることもあります。
 気候は、一日の中でも寒暖の差が大きく、1年を通して1日の気温差が20度を超えることもあります。真夏には30度を超える日も多くあります。冬期間は、晴れる日が多く、積雪量は私の自宅のある山形市と同じくらいですが、放射冷却現象のため、連日氷点下20度を下回ります。子供の頃何かで見た記憶で厳寒の中で湿らせたタオルを振り回したら聖火のトーチのように立ち上がったことを思い出し、厳冬期の早朝に湿ったタオルを振り回したところタオルがトーチ状になり感動しました。この体験は、網走市にあるオホーツク流氷館で1年中体験できます。職場へは、出張案件がない限り徒歩通勤(約18分ほど)をしていますが、真冬の通勤は、冷気が額や頬に痛いように突き刺さり、涙目になっています。道路は積雪路ありアイスバーンありで、車で出張した際にスリップを経験したことから、前輪駆動車から四輪駆動車に替えました。その際、車のディーラーのセールスの方の話ですが、こちらでは二輪駆動の需要はほとんどないとのことでした。
 産業として、生産量日本一のタマネギのほかビート(てん菜)、ジャガイモ、小麦、小豆などの畑作、乳牛・肉牛の肥育。漁業ではホタテや鮭・鱒・毛ガニ・牡蠣・ウニなどがあげられます。また、北見は戦前世界の7割を生産したハッカで栄えた町です。現在はハッカの生産はわずかとなっていますが、当役場の近くにハッカ記念館とハッカ蒸留所(下の写真、編注:省略)があり、北見におけるハッカ生産の歴史の紹介とハッカオイルやハッカオイルを使用したハンドクリームなどの製品を販売しており、ハンドクリームは制作体験もできます。

 食として、北見市は焼肉の町として売り出しています。人口当たりの焼肉店が北海道No.1ということで、確かに焼肉店の数は多いです。そのほか、ジャガイモのお菓子の「ほがじゃ」やポテトチップスを作っている湖池屋、カーリングのロコソラーレがもぐもぐタイムで食べていた「赤いサイロ」(ちなみにロコソラーレは北見市の常呂(ところ)地区のチームです。市内には、カーリング場が何か所かあり、カーリングの体験もできます。)。サロマ湖でとれるホタテ、ホタテの入ったあんかけ焼きそばや干し貝柱ラーメン、オホーツク海の毛ガニなどおいしいものがたくさんありますが、私の一押しは、日本一の生産量を誇る名産のタマネギを使った「たまコロ」、タマネギを使ったコロッケです。このコロッケはジャガイモを一切使わず、甘くなるまで炒めたタマネギとツナ・ニンジン・マヨネーズを餡としたコロッケで、タマネギの甘さと旨みがギュッと詰まったイッピンで、2016年の「全国コロッケフェスティバル」で優勝しています。

2 公証役場移転
 私は、令和2年8月から勤務をしておりますが、役場(以下「旧役場」という。)の入っているビルが都市再開発計画(計画期間令和4年度~)地区に入っており、そのため、前任の先生までの事務所の賃貸借契約期間は3年でしたが、私が結んだ賃貸借契約期間は、令和4年10月末までの2年3か月というものでした。そこで、移転先を探すことが着任当初からの懸案でした。旧役場は北見駅から徒歩5分ほどのところにありましたが、カーナビの案内では役場駐車場の入口がない道路からの進入を案内することもあり、所在地の問合せの回答に時間を要することもありました。そこで、役場所在地の案内も容易で、公共交通機関等の便もよいところを候補と考えていました。その頃、北見市役所の一部機関が北見駅すぐ横にある以前「東急百貨店」が入居していたビル(ビル名称:まちきた大通ビル パラボ。以下「パラボ」という。)の4階・5階を仮庁舎として使用しており、市役所新営庁舎は、パラボの西側に2階部分で渡り廊下(スカイウォークと言っています。)によりパラボとつながる形で建設中でした。市役所がパラボから退居後のフロアに当役場が入居できたらなと考えていたときに、令和2年9月の市議会だより(市広報とともに各戸配布)に市役所の新営庁舎での業務開始(令和3年1月)後に、市役所退居後のパラボの利活用に関する質疑応答が掲載されていました。市の回答は、「フロアに民間テナント誘致を考えているが、新型コロナ感染症の影響拡大などで新規出店を控える動きが見られることから、テナント誘致は難しいと判断し、今後は公共的施設の配置を軸として検討したい。」とのことでした(なお、パラボのビル所有者は北見市で、株式会社まちづくり北見が管理運営をしています。)。これを読んですぐ(令和2年9月1日)に市役所の担当部署に当役場入居の可能性について打診したところ、9月16日に回答があり、パラボへの民間の入居希望状況や市の機関の入居計画が現時点では固まっていないので、役場移転時期が近くなったら再度連絡をいただきたいとのことでした。そこで、令和3年中の移転を考慮し、令和3年度になってから市の担当者に再度入居について照会しました。その結果、令和3年4月8日に市役所担当者から入居意思に変わりがないかの確認があり、4月19日、パラボの管理会社に電話をするよう連絡がありました。翌20日はパラボが休業日であったことから、管理会社には21日に連絡したところ、入居オーケーとの回答でした。市役所が退居した後ですので、入居スペースの現状確認の上、内装のリフォームや書庫の設置、室内レイアウトの検討、電話回線の引き込み、引越業者の選定、旧役場の原状回復手続、挨拶状や広報関係、各種ゴム印や封筒などの消耗品の発注、法務局への移転認可申請、日公連への連絡、電子公証システム移設手続など諸々のスケジュールを策定し、令和3年12月4日(土)に引越、6日(月)から新役場での業務開始となりました。引越当日は思わぬアクシンデントもありましたが、6日朝に電子公証システムの疎通が確認できたときはホッとしました。
 写真手前(編注:省略)の赤地にParaboと白文字で書いてある看板の付いているビルの5階に当役場があり、同フロアには北見市雇用・就業サポートセンターや民生委員児童委員協議会、北見市消費生活センターなど公的機関が多く入居しています。地下1階から3階までは食料品・衣料品・服飾雑貨等のテナント、4階が新型コロナワクチンの集団接種会場、6階がレストラン街です。

 写真(編注:省略)奥の白いビルが北見市役所で、壁にはロコソラーレの北京オリンピック銀メダル獲得のお祝い懸垂幕が下がっています。移転後の役場は、駅から徒歩2分、バス停はビルの目の前(9月からバスの車内広告で、「パラボ5階 北見公証役場へお越しの方は、こちらでお降りになると便利です。」とのアナウンスを流すことにしています。)です。役場所在地の問合せにも、「パラボ」あるいは「旧東急百貨店」と伝えれば事足り、案内する手間が随分と省力されました。また、駐車場も広くなり市役所も隣ですので、便利になったとのお話しを嘱託人の方からいただいております。

 新型コロナ感染症の心配はまだ続いてはおりますが、北海道はこれから夏の観光シーズンを迎えます。知床観光船の痛ましい事故はありましたが、世界自然遺産「知床」もあります。私は、まだヒグマには出会ったことがありませんが、エゾシカ、エゾリス、キタキツネには何度か出会っています。誌友の皆様、機会がございましたら道東観光にもお越しください。(髙橋 誠)

公証役場移転に要した6年間(田畑恵一)

1 はじめに
 昨年5月に当役場を移転してから早1年が経過しました。
 移転後の事務所は、伊那市の中心街に位置し、JR伊那北駅から徒歩5分と立地条件に恵まれ、さらに、交通が不便な地方都市にあって、市内循環バスの停留所が目の前にあり約10分間隔で運行されていて、非常に利便性が高いものとなっています。また、国道を隔てた反対側には、金融機関の支店が3店舗もあり、コンビニエンスストア、ファミリーレストランや飲食店が軒を並べていて、お客様に限らず当役場に勤務する職員にとっても大変よい環境にあります。
 着任以来、長年の懸案であった役場の移転に際し、関係者各位の理解と協力により実現できたことに、心から感謝しているところです。
 そこで、役場移転に要した6年間の経緯と現状や課題などについてお話しさせていただきたいと思います。今後、役場の移転を計画されている方の参考になれば幸甚です。

2 入居建物について
 当役場が入居した「福祉まちづくリセンター」は、伊那市が所有する建物ですが、主に高齢者や生活困窮者、障害者の権利擁護など、「福祉の総合相談と支援」を行うため、市の「福祉相談課」と「伊那市社会福祉協議会」がここで業務を行い、隣接する保健センターの「伊那市子ども相談室」との連携体制の強化を図る目的から新築されたものです。建物全体がバリアフリー化されており、また、市民が気軽に交流のできるスペースや貸館として、研修室等が8室整備され、情報・交流コーナーや軽食・喫茶コーナーもあります。地元産の木材をふんだんに使ってあり、温かみと安らぎのある雰囲気とともに、ペレットストーブ、木製家具を置<ことで、木のぬくもりに触れることができる施設となっています。 さらに、LED照明の使用や太陽光発電施設と蓄電池が備え付けられ、二酸化炭素の排出軽減と緊急時の電源確保もされています。駐車場は約100台の駐車が可能となっています。
 竣工は、昨年3月31日を予定していましたが、実際に全ての工事が完了したのは4月中頃でした。総工費約10億3000万円、鉄骨造、3階建、延床面積2504.32㎡で、当役場は3階に入居しています。

3 旧役場の状況
 旧役場は平成3年4月から使用が開始され、当職を含め4人の公証人が30年にわたり使用してきました。
 当職は、平成27年6月に当役場に着任しましたが、退職後2か月という短期間での着任であったため、事務引継のための様々な手続に忙殺され、事務所の移転は全く念頭にありませんでした。着任前に勉強のためお邪魔した複数の先輩公証人の方々から、伊那公証役場は高齢者や障害のあるお客様にとって非常に不便で利用しづらく、プライバシーが守られない事務室との指摘を受けるとともに、速やかに移転を考えるべきとのご意見をいただきました。
 確かに、先輩方のご指摘どおり、築50年ほど経過した建物の2階に事務所があり、エレベーターがなく、また、約45度の急角度の階段を上り下りしてもらうため、常に転落の危険性があったことから当職が付き添っている状況でした。さらに、障害のある方にとっては、階段を利用することは不可能であり証書作成の障害となっていました。そこで、同ビルのオーナーに対して1階にある空き室(旧寿司チェーン店の調理室)をお借りできないかと相談したところ、利用する予定もないこと及び入居希望者があった場合は速やかに退去することを条件に快く承諾してもらい無償でお借りすることができました。無償とはいえ事務室として利用するためには一部改造する必要があり、多少の出費はありましたが車椅子に乗ったままで入室ができ、危険な階段を利用しなくてもよくなったことから、お客様の評判は上々でした。
 2階事務室内については、台所、トイレを含め50㎡と決して広くないため、1階の別室を確保するまでの間は、待合室もなく、パーテーションで区切られた場所で相談・証書作成を行わざるを得ず、プライバシー確保に大変苦慮していました。また、書庫とは名ばかりで、パネルで仕切った簡易なもので、およそ耐火構造とはなっていませんでした。さらに、2階部分がせり出している構造になっていたため、支柱のない部分が沈下し床が傾斜している状況にありました。
 駐車場に関しては、入居している事務所の共用として3台程度しかなく、駐車スペースが少ないとの苦情や、隣の空き地に無断駐車し管理者からお叱りを受けることがしばしばありました。

4 移転の経緯
 着任から半年後、仕事にもある程度なれてきたことから本格的に物件探しをすることを決意し、不動産業者、司法書士、行政書士、建築会社、設計会社等に情報の提供をお願いするとともに、知人を通じて商工会議所にも直接出向いて交渉を行うなど、空き時間を利用しては市内の空き店舗を見て回りました。
 伊那市の中心街は天竜川(別名、暴れ天竜)の両岸に形成されたもので、過去には堤防の決壊による水害が度々発生し、幾度となく避難命令が発せられており、利用者及び職員の安全確保、重要な帳簿類の管理が確実にできることが要求されます。そのためには、2階以上の堅牢な建物に移転する必要があり、さらに、エレベーターが完備されている必要がありました。その間、各方面から様々な情報をいただき現場に赴きましたが、条件に合う物件は見つかりませんでした。
 移転先を探し始めて約1年後、司法書士を通じて、社会福祉協議会の入居している市所有の建物(旧市営病院跡)が老朽化により建て替えられるとの情報がもたらされたため、早速、市長にアポを取り、新築建物に当役場を入居させていただきたい旨のお願いをしました。当職からの要望に対して、大変ありがたいことに、弁護士会、司法書士会、行政書士会が三者の連名による陳情書を市長に対して提出いただけることとなり、市議会議員からの働きかけもいただきました。
 要望から半年間、市からの連絡が全く無かったため関係者に聞いたところ、予算不足により新築はせず耐震工事を行う方針に変更されたとの情報を受け、役場移転の夢は潰えたかに思われたところ、平成29年6月頃、耐震工事は不可能との判断がなされ、新築することに決定されたとの朗報が舞い込んできました。
 しかしながら、市関係以外の機関が入居するためには市議会の承認が必要であり、当役場以外の希望する機関については反対の声が出たとのことでしたが、当役場の入居については反対する意見はなかったとのことでした。

5 建築に当たっての要望事項
平成30年7月から設計に入り、平成31年3月に設計案が示されましたが、入居予定の3階には当役場以外の入居はなく、研修室、書庫、更衣室のみでしたが、当役場の位置はエレベーターから25メートルも離れた隅に配置され、階下は調理室となっていたため、お客様の利便と防火上の観点から配置場所の変更を強くお願いしたところ、エレベーターのすぐ脇に変更してもうことができました。また、事務室の面積についても拡張のお願いをしたところ、約62㎡を確保することができました。
新事務室内のレイアウト・仕様については、当職による自由設計が認められ、工事は市の予算で実施してもらえることになり、次の要望を提出させてもらいました。
①床はバリアフリーを基本とし、OAフロア(フリーアクセス)にすること、②防音・採光に配慮した相談・証書作成室を設けること、③書庫は防火仕様とし、耐火扉にすること、④事務室が狭いことから、書庫を除くドアはスライド式にすること、⑤電話回線は2回線取り出せる仕様とすること、⑥事務室入り口について、設計段階では車椅子での出入り及び機器搬入に支障があるため、最低でも1200mmとすること等をお願いしたところ、全ての要望をかなえてもらいました。

6 移転作業  
移転時の作業をスムーズに行うためには荷物を極力少なくする必要がありました。そこで事前作業として保存簿との突合作業を実施し、保存期限を過ぎた帳簿類や不要物品の廃棄作業を行いました。
具体的な移転手続に当たっては、直前に移転を経験された先輩公証人からご指導をいただきました。
反省すべき点として、移転に合わせて電話回線をADSL回線(2回線分割)から光回線に変更したため、本来2回線設置すべきところ、1回線のみを設置するというミスを犯してしまい、移転当初は電子認証が行えず、近くの公証人にお願いする事態となり、お客様には多大な迷惑をかけてしまいました。また、パソコン・コピー機等の精密機械の移設、設置については、納入業者にお願いしましたが、祝祭日は完全休業するとのことであったため、旧役場での業務終了後に機器の移送のみをしてもらい、新役場における各種機器の設置、配線作業は自ら行わざるを得ず大変な苦労をしたところです。
なお、参考までに、移転に伴う手続の概略は次のとおりです。

伊那公証役場事務所移転作業計画一覧 (編注:省略)                      

7 新役場の状況
 移転後の事務室は3階ではありますが、エレベーターを降りてから事務所入り口まで2メートル余りで、お客様に負担をかけることもなく大変わかりやすい配置となっています。
事務室内に独立した相談室・証書作成室を設けたことから、プライバシーの確保という問題も解決することができました。
 本建物は、コロナウイルスの渦中に新築されたこともあり、ウイルス感染対策として24時間換気システムが導入されており、利用者、職員ともに安心して相談、対応ができています。何より、厳寒の中、窓を開けての換気が少なくてすむことから大変助かっています。また、書庫を除く全ての床をOAフロア(フリーアクセス)にしてもらったことから、新たな機器の設置やレイアウトの変更など、将来に向けた柔軟な対応ができるものとなっています。
 なお、役場案内板については、市において作成してもらいましたが、景観条例による制約から文字が小さく、お客様から全くわからないとの意見をいただいたため、市の許可を得て事務所の窓ガラスに公証役場の表示をさせてもらいましたが、根本的な解決には至っていないことから、今後、市との協議を継続していくこととしています。

8 お客様の声
 移転に際しては、市町村の広報誌、地元新聞、タウン誌等に掲載するなどの広報を行うとともに、旧役場に移転先の張り紙もしましたが、知らなかったというお客様も多く、中には、「旧役場に行ったところ、もぬけの殻であった。夜逃げでもしたのかと思った。」などと冗談交じりの厳しいご意見もいただき、より一層の周知を図る必要性を感じています。
 事務所に関しては、「以前は駐車できず困っていたが、駐車場も広く利用しやすくなった。」「事務室も明るく広くなった。」「エレベーターから近く大変ありがたい。」「個室が用意され相談しやすくなった。」「市福祉課と社会福祉協議会もあり、福祉関係の相談も一度にできてありがたい。」などのご意見をいただき、様々な苦労はありましたが、「移転して本当によかった」としみじみ感じています。

9 終わりに
 新しい事務所は、お客様の利便向上とプライバシーの確保を図るという目標が一定程度達成できたものと考えます。今後も、満足することなくお客様の声に耳を傾け、さらなる改善に取り組んでいきたいと思います。
 昨今、経済界や政界からは公証人に対する厳しい視線が向けられており、公証事務を取り巻く環境もますます厳しくなりつつあります。今後とも、相談しやすく、懇切丁寧で迅速な対応を心がけ、親しまれ、信頼される公証人・公証役場を目指して頑張っていきたいと考えています。
 最後に、このたびの役場移転に際しては、様々な方からご支援・ご協力をいただきました。本誌をお借りして、厚く御礼申し上げます。(田畑恵一)

新城での日々(境野智子)

 新城公証役場に赴任して3年目の春を迎えています。
 3年目になりましたが、まだ日々悩みながら事件に向き合っている状況です。
 1年目は、会議等で、先輩の皆様にお会いする機会も得ましたが、程なくコロナ禍となり、なかなかお会いする機会もなく、残念です。
緊急事態宣言が発令された2020年のゴールデンウィーク期間は、帰省もできず、なんてつまらないものになるのかと期間が始まる前は落胆しました。県の要請どおり、どこにも出かけず、ずっとマンションで過ごしましたが、本や食材等を十分用意して、好きな時間に好きなことができるというのは、外に出なくても楽しく過ごせるのだと思いがけず快適でした。その後の緊急事態や蔓延防止の時もマンションこもり生活で過ごしていますが、狭いベランダに椅子を出して本を読むと日のひかりで本も読みやすく、これも新しい発見でした。
 
 新城市は、愛知県でも静岡県寄りに位置しています。新東名高速道路の新城インターがあるので、東名高速道路だけのときより、大変便利になったようです。
 そんな新城市で出会えたことがいくつかありますので、つらつらと書かせていただきます。

大家さんと知り合ったこと
 新城公証役場は開設以来、同じ大家さん(女性、現在90歳以上)で、現在もお世話になっておりますが、知り合いのいない私にとても親切にしてくださり、赴任当時は、帰りの遅い私を心配してくれ、いろいろな面で助けられました。今でも折に触れ声を掛けていただき、「1週間に1回は顔見ないと元気出ないよ。」と言ってくれ、いつも仲良くしていただいています。
 大家さんは、役場のすぐ裏に住んでいて、お庭には池や手入れが行き届いた樹木があり、訪ねるたびに池で泳ぐ鯉や樹木の花々に癒やされています。同じ敷地内にいる大家さんの娘さんにも良くしていただき、開設時にいただいた胡蝶蘭は、花が落ちた後も自宅に持ち帰りしっかりと管理していただいたことから、3年目も花を咲かせてもらったので今でも飾ってもらっています。

レーダーセンサーアシスト運転
 コロナ禍前は、帰省先である群馬県に帰るときには新幹線を利用していましたが、コロナ禍後は、自動車で新東名から東名、圏央道、関越と高速道路を走り帰省しています。アシスト運転は使用したことがなかったのですが、高速道路を運転するときは便利と教えていただき実践することにしました。確かに、速度を決めアクセルを踏まなくてもよいので疲れの軽減ができ、助かっています。富士山や素晴らしい景色も楽しみつつ、高速道路はトンネルが多く、ラジオを聴いていても途中で電波が途切れてしまうので、スマートフォンをセットしておいて、音楽や聴きたいラジオ番組を選択して聴き、いろいろなサービスエリアで買い物をしたりしてドライブを楽しんでいますが、それまであまり車の運転は好きでなかった私の新たな楽しみのひとつになりました。

新城産のお茶に出会えたこと
 お隣の方からお茶をいただき、その際に「このお茶は、新城市でお茶畑からお茶までにして作っているお茶屋さんだからとてもおいしいよ。」と教えていただきました。群馬県生まれの私は、お茶畑には縁がなく、摘み立てのお茶とはどんなお味かしら?と楽しみにいただくととても美味しく、感激しました。
 いただいたお茶が飲み終わったので、早速、購入しようと電話すると、お店はやっておらず、農協での販売とのことで、「農協に買いに行きますね。」というと、「そちらに届けますよ。」と親切なお言葉で、届けていただきました。それ以来、そのお茶をいただいています。紅茶も作っていてこれもまたとても美味しいのです。新城市のお茶生産量は愛知県1位で、ほかにもお茶屋さんがあるので、これからいろいろいただいてみようと思っています。
 
歴史上につながり?
 天正3年(1575年)に、三河国長篠城をめぐり、織田信長、徳川家康の連合軍と武田勝頼の軍勢が戦った長篠の戦いがあり、長篠城主で奥平貞昌の決死の働きによって、勝利し、この戦いの勝利後、奥平家は新城の地に移り城を築き、新城城主として新城の町の礎を築いたそうですが、この奥平氏は、1375年に上野国(現在の群馬県)から新城地区である作手というところに居を構えたそうです。奥平貞昌は、家康の長女亀姫を妻として、新城市で5人の子供を育てたそうです。奥平家のふるさとが、群馬県吉井町下奥平(現在の群馬県高崎市)であり、また、奥平信昌(貞昌)は、天正18年(1590年)家康の関東入国と同時に上州宮崎(現在の群馬県富岡市)に移ったとのことで、私の出身地である群馬県と新城市に650年前につながりがあったとは想像もしませんでしたので、とても驚きました。
大河ドラマは好きで観ていますが、今度の大河ドラマは、徳川家康が主人公ということで益々楽しみになりました。
 
おいしい和菓子
 役場からすぐのところに和菓子屋さんが三軒あり、少し離れたところにも二軒あるので、これも和菓子好きの私にとってうれしい出会いでした。
和菓子は、新城市でとれた栗を使った栗蒸しようかん、新城産のいちごを使ったいちご大福、みたらし団子にあんこが入っているやわらかお団子、もろこし餡(小豆)の柏餅、自家製お赤飯等、季節によってそれぞれのお店で販売されていて、楽しみにしています。残念なのは、一軒の和菓子屋さんでは、ケーキも販売していてすごく美味しかったのですが、少し前にケーキはなくなってしまったことです。
 当役場の書記さんは新城市在住30年以上なのですが、どの和菓子のことも知らなかったとのことで、この出会いを一緒に楽しんでいます。

 人との出会いや物との出会いは、仕事をする上でも生活を充実させるためにもとても大切なことであると再認識しました。また、新たな出会いを探していきたいと思っています。
 これからもまわりの方々に支えられていることに感謝し、仕事をしていきたいと思いますので、御指導どうぞよろしくお願いいたします。(境野智子)

公証人2年生(中崎俊彦)

 今年の7月を迎えると、公証人に任命されて2年が過ぎることとなります。この間は、コロナウィルス感染症の蔓延に伴い、人と会うことが抑制された期間でもあります。そのため、各種研修等もオンラインによる受講が多く、人と会う機会も少なく、孤独感と寂しさを感じることが多いのですが、一方で読書に費やす時間が少し増えました。そこで、今回は最近読んで気になった本をご紹介したいと思います。
 タイトルは、「夢をかなえるゾウ1」、作者は、「水野敬也」です。自己啓発小説で、内容は、今の自分を変えたい、変わりたいと思っている青年の前に、ガネーシャという神様が現れ、1日一つの課題を出し、その意味するところを歴史上の偉人達の格言を交え教えるというものです。
 ガネーシャという神様は、人間の身体と象の頭、四本の腕を持ったインドの大衆神で、障害を取り除いたり、財産をもたらしたりするといわれているそうです。また、徹底的な現世利益の神様として知られており、インドでは人々に最も親しまれている神様だそうです。
 しかし、小説の中でこの神様は、何故か関西弁を話し、酒は飲むは、タバコは吸うはと、およそ神様とは思えないような親しみを持った描き方がされています。
 いくつかある課題のうち、二つについて触れたいと思います。
 まずは、『明日の準備をする』というものです。
 これは、ガネーシャが友達のお釈迦様を誘って、明日、富士急ハイランドのジェットコースターの「ドドンパ」に乗りたいという要望をしました。それに対し、青年が明日は早いので何のスケジューリングをしないまま寝ようとしたので、ガネーシャが『神様のワシでさえ3時間待ちなんやぞ。ええか、自分、富士急ナメとったら足下すくわれるで』と言って、明日のスケジュールを立てさせるくだりであります。この準備の大切さについて、人類で初めてニューヨークからパリまでの大西洋無着陸飛行に成功したリンドバーグの逸話を引用しております。リンドバーグは、当時はまだ航空技術がそれほど進んでおらず機体が非常に重かったので、普通であれば他の添乗員を一緒に乗せて飛ぶところを一人で飛ぶことにし、しかも緊急脱出用のパラシュートまで積まないという判断をしました。それは、レーダーのなかった当時、彼は大西洋の天候や季節風を何遍も計算して綿密なルートマップを作り上げ、細かい計算をした上での判断でした。常に結果を出すには、普通に考えられているよりずっと綿密な準備が必要だということです。身につまされます。
 次は、『人気店に入り、人気の理由を観察する』というものです。
 これは、ガネーシャと青年が、最近話題となっていて行列のできるシュークリーム屋さんに入って、なぜこんなにも人気なのか原因を探るものです。その要因は、真心が込められた感じのする手書きのオススメ商品の品書きや、シュークリームのカスタードが外に出ても手につかないようわざわざ大きな包み紙を使ったり、店全体でお客さんを喜ばせたいという気持ちがあるためだと分かります。お店は、自分らが『おいしい』『気持ちいい』と思う場所であると同時に、優れたサービスを学ぶ場所でもあり、その店がどんなことをしてお客さんを喜ばせようとしているか観察すべき所だと言っています。つまり、みんなと同じような視点で同じようなことを考えていたら、みんなと同じような結論しか出せない。しかし、人と同じようなことをしている時でも、人と違う視点や発想で、世の中を眺めなければならないということです。
 最近、月に1、2日程度他の公証役場で代理として、事務を行う機会を得ています。そこで、些細なことではありますが、こんなことをすると効率的に事務が進むのだなとか、こんなサービスもあるのかと気づかされることがあります。実際に公証事務を経験した上で、他の公証役場の事務を観察してみるのも有意義なことだと感じています。出来れば、諸先輩方と対面でお目にかかり、公証事務を行っていく中での裏話など、もっといろんなお話を伺いたいものです。早く、元の生活に戻り、気兼ねなく人と会うことができる日が来てくれればと思います。
 ところで、皆さんは神社やお寺にお参りに行ってどんなことをお願いしますか。ガネーシャ神様が言われるのには、毎日毎日、世界津々浦々から『健康になりたい。』、『幸せになりたい』、『お金が欲しい』などの願いごとが多く届くのだそうです。そんな中で、『いつもいつも良くしていただいて、神様ありがとうございます。』といったことは、神様側からしたら、そういうのぐっとくるそうです。神様仲間のあいだでは、こういう人の願い事を優先的にかなえることが、内々での暗黙の了解になっているそうです。これが、お参りの裏技だそうです。皆さんも是非お試しください。
(参考文献「夢をかなえるゾウ1」水野敬也(文響社))   (中崎俊彦)

思い起こすことー砂原浩太郎「黛家の兄弟」を読んで-(小沼邦彦)

 フィギュアスケートの羽生結弦選手が北京オリンピックの記者会見において、4回転半に挑戦した理由の一つとして、「心の中に9歳の自分がいて、あいつが跳べとずっと言っていたんですよ」と発言していたことが妙に印象に残りました。我々は相当の年齢に達していますので、子供の頃の記憶が今の自分たちの行動を動かすことは少ないと思いますが、歳をとるというか退職してからは、昔のことを思い起こすことがよくあります。
 特に少年期・青年期の忘れられない思い出、それも後悔の思いがあることを思い出すことが最近はよくあるのです。なぜあのときにそうではない対応ができなかったのだろうかと。会員の皆様にはそのような御経験はないでしょうか。また、就職など人生の重要な選択をしたときに、その選択ではない別の選択はなかったのか、その選択をしなかったら自分はどう変わっていただろうかなどと、特にアルコールが入ったりすると、いつの間にか「たられば」の空想の世界に耽っている自分にふと気づくことがあります。
 砂原浩太郎の「黛家の兄弟」は、代々筆頭家老職にある黛家の三男を主人公として、その黛家の兄弟と、彼らと対峙するもう一方の家老職の家族とを取り巻く人間模様を描いた時代小説です。それはある意味で藩の権力闘争を描いたものということにもなるのですが、この小説ではそれとは別にいわゆる「人生の選択とその後」ということが一つのテーマとして描かれています。そのため、私の場合は本作が前述のような「たられば」の空想の世界に導いてくれました。その意味では、自分の人生を振り返させてくれる小説であるということもできますので、現役を退いた我々の年代の者にとっては、現役公証人である会員の皆様を含めて、興味を持たれるのではないかと考え、会報でご紹介することにしました。
 本作では、そこに権力闘争の展開が加味されているのでおもしろさが増すということになりますが、登場人物の心理描写も巧みです。この駄文を起草中に、本作が山本周五郎賞を受賞したとの報に接しましたので、やはり作品としての力は評価されるものがあると考える次第です。登場人物の心の動きにおいても頷かせられることが私にはとても多くあったからです。
 この物語の最初の事件は、主人公が大目付の黒沢家に養子として迎えられる少し前の青年時代に起こります。それは養家の娘である主人公の結婚相手や黛家の兄弟との花見の席に、宿敵として対峙する家老職の家族が乱入しようとするささやかな諍いだったのですが、これが両家の因縁の争いのきっかけとなるできごとになります。その後、主人公は大目付の黒沢家に婿入りします。三男坊の人生の選択としては、目付になるという就職も果たすことができました。
 しかし、この後に、目付としての力量が試される重大事件が起こります。藩の権力闘争が絡んだ両家の因縁の関係による事件でもあり、結果として耐え難い結末を迎えるわけですが、砂原は、ここで、13年の時(とき)をおいた第2部に転換させます。この転換が本作の最大の仕掛けであり、この仕掛けこそが「人生の選択とその後」という「たられば」の空想の世界へ誘(いざな)う大きな要素ともなっているのです。また、その間に何が起きたのかは伏せられているため、ミステリー的効果を上げる鍵ともなっています。そして、ここから怒涛のような展開が始まり、読むのが止まらなくなるのです。
当時においては、就職や結婚は、いわば「家」のためのものとならざるを得ませんから、拒否する余地はほとんどありません。彼らにとって人生の選択が現代よりも厳しいので、苦悩や葛藤という感情の揺れが大きく、その中で様々な決断をしていくことになるため、物語としては面白いということにもなります。その心理描写に重点をおいた作風が藤沢周平に似ていると言うと藤沢周平ファンに叱られそうですが、藤沢は作中人物の気持ちに寄り添った抑えた筆致が魅力であるところ、砂原のこの作品は、内容が藩の権力闘争ですし、物語の展開を劇的というかややミステリー的に書き過ぎているところがあり、そこに好き嫌いが出てくるかもしれません。
 原稿の紙幅が埋まりませんので、ここで私自身の話を少しだけしておきます。それは自分の就職のことで思い起こすことがあるからです。それは父とのことです。父は当時小学校の校長だったと思いますが、私は教員試験も一応受けていて筆記試験は受かっていたので、面接試験には赴きました。そして、そのときは迷惑を掛けてはいけないと思い、国家公務員としての内定を受けていることは説明しましたので合格通知が来るはずがありません。私としては、父と同じ職業を選ばなかったということになりますが、その父が亡くなった今、振り返ってみると、申し訳なかったなという思いが残るのを禁じ得ません。
 さて、話を戻しますが、砂原は、前作の「高瀬庄左衛門御留書」が直木賞候補となるなど評判になりました。「高瀬庄左衛門御留書」は、主人公の高瀬庄左衛門が息子に家督を譲った後の生活を描いた小説です。現役を退いてからという第2の人生の話になりますので、我々の世代にとってはより近しいものとも言えます。私は、この作品で砂原浩太郎という作家を初めて知ったのですが、本作を読んで、その作中人物の気持ちがうまく描かれており、すぐに彼のファンとなった次第です。「黛家の兄弟」を気に入られた方は、是非、こちらにも手を伸ばしていただければと思います。両作品とも少し厚手の本ではありますが、比較的簡単に読み切ることができるはずです。
さあ、会員の皆様方も砂原浩太郎の本で、人生を振り返る楽しい(ときには苦(にが)いものがあるかもしれませんが)空想の世界に入られてみてはいかがですか?(小沼邦彦)

短歌

震災十年

新アララギ会会員 東北アララギ会「郡山」代表 皆川二郎  

列島のをちこちに起こる地震あれば巨大なるもの常に恐れぬ
まだ寒き散歩コースの公園に連翹の花咲けば寄りゆく
朱深く朝の日受けて紅梅のわが坪山にいち早く咲く
かの日より十一年目の発生時海に向かひて黙祷捧ぐ
かの日より十一年経つ浜の道慰霊を兼ねて車走らす
防波堤兼ねたる高き浜の道ときをり停めて海を見つめぬ
青空の下に広ごる海原を見放けて暫しかの日を思ふ
集落のところどころに土盛りし避難の丘の古墳のごとく
鎮魂の慰霊碑の立つ集落跡往時を偲び祈り捧げぬ
突然の深夜の揺れに崩れ落ち書斎の本が部屋に乱れぬ

実務の広場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.93 親権を利用した知的障害のある未成年者の保護のための任意後見契約について(その2)    (佐藤浩雄)

 標題のテーマについては、本誌令和2年8月号(№46)実務の広場(№81)に喜多剛久公証人が投稿されていますが、当時は、公証人に任命されたばかりで、よもや自分が同事案の実務に関わるとは思っていなかったので、掲載された内容は流し読みした程度でした。ところが、標題のテーマに関しては、その後に大きな動きがあり、それを背景として、実務に携わることになりましたので、任意後見契約公正証書作成事務の参考にしていただければと思い、以下のとおり2つの相談(対応)事例を紹介させていただきます。

【相談事例その1】
 最初に相談を受けたのは、昨年の12月でした。本年4月から成年年齢が18歳となる改正民法が施行される状況で、特別支援学校高等部に通う知的障害のある子どもの両親から、その子が1月の誕生日に18歳を迎えることから、将来において、その子に後見人が必要になったときに備えて、母親が後見人となって、その子の身上監護及び財産管理を行うことができるように、改正民法が施行される前に、両親が親権を使って、母親を任意後見受任者として任意後見契約を締結したいという内容でした。
 相談者は、子どもの将来に不安を抱える親どうしのネットワークを通じて、当然に成年後見制度の課題等についても承知していました。特に心配していたことは、後見開始の申立ての際に、親又はその親族を成年後見人の候補者にする例が多い中で、必ずしも候補者が成年後見人に選任されるわけではなく、その場合、弁護士、司法書士、社会福祉士等の専門職が選任される例があることから、不便さや不自由さを感じて、申立てを躊躇せざるを得ないということでした。そこで、子が成年年齢に達する前に、任意後見制度を利用して、母親を任意後見人として確保しておくことで、安心してその子の支援ができるという説明をされていました。また、親どうしのネットワークの中で、○○公証役場では任意後見契約公正証書を作成できたが、別の公証役場では、回答を留保されているとかの情報も持っていました。
 当職としては、安易な回答はできないので、少し考え方を整理する時間をいただきました。少し記憶に残っていた上記の実務の広場(№81)を紐解いて、引用された文献を確認した上で、メリットや利益相反行為などの問題点を自分なりに整理しました。一方で、令和3年10月6日付け日本公証人連合会総括理事通知(以下「総括理事通知」といいます。)「精神障害・知的障害のために意思能力が欠ける未成年者の親からの任意後見契約締結の申入れについて(通知)」(※1)が発出されており、留意事項として、「報酬の約定を定めた場合は、特別代理人の選任が必要」とコメントされていたので、契約上の利益相反を回避するために、特別代理人の選任を必要とするか否かは、報酬に関する約定の有無によるものと解釈しました。
 その決断に迷っていると、上記の令和3年10月6日付け総括理事通知を変更する取扱いとして、同年12月13日付け総括理事通知「精神障害・知的障害のために意思能力が欠ける未成年者の親からの任意後見契約締結の申入れの扱いの変更について(通知)」(※2)が発出され、①法務省から、当該任意後見契約に係る任意後見登記の嘱託の取扱いについて利益相反行為に該当するか等の観点から検討中であること、②任意後見契約を締結するに当たっては、家庭裁判所において特別代理人の選任を受けた上、受任者とならない親権者の片方と特別代理人とが共同で未成年者を代理し、受任者となる親権者と任意後見契約を締結するといった慎重な対応が相当であることが示されました。
 その後、同年12月24日付け総括理事通知「未成年者とその共同親権者である両親の一方を任意後見受任者とする任意後見契約締結の申入れの扱いについて(通知)」(※3)を始めとして、立て続けに総括理事通知が発出され、法務省からの正式な見解、東京法務局で登記が保留されている嘱託事件の取扱い、登記された無権代理行為に係る任意後見契約の特別代理人による追認手続などが示されました。
 以上の経緯を踏まえ、相談された両親に対して、家庭裁判所において特別代理人の選任を受けた上、委任者(子)の法定代理人共同親権者父(甲)及び家庭裁判所は選任した特別代理人(丙)と受任者共同親権者母(乙)の任意後見契約を締結することができる旨、当職の見解を回答しました。両親は、特別代理人を母親の妹に依頼することで、手続を進めたいと希望されたので、当職は、特別代理人選任申立に必要な任意後見契約案を提供しました。そして、3月上旬までに公正証書を作成することを目途として、特別代理人選任審判書謄本を取得後に改めて連絡をもらうことにしました。
 しかし、その後母親から、家族で相談した結果、任意後見契約の締結は見送りたいという内容の連絡がありました。その理由は、将来、子に後見人が必要になったときに、成年後見制度を利用する場合の懸念や不安がある程度解消されたということでした。親どうしのネットワークを通して、後見開始の申立ての際に、母親を成年後見人の候補者にした場合、特段の事情がない限り、相当高い割合で候補者として認められるという感触を得たので、急いで後見人を選任しなくても大丈夫という考えに至ったようでした。
 残念ながら本件は、預かった原本書類を返却して、契約に至らない案件として終了しました。他方、本件に関する総括理事通知は、「その8」まで発出されているところであり、この相談がなければ、本課題に対して無関心のまま、総括理事通知を流し読みしていたと思うと、少しながら充実感が残りました。

【相談事例その2】
 本年2月中旬に、司法書士から「相談事例その1」と同じ趣旨の相談が寄せられました。その子は、同じ特別支援学校高等部に通っており、既に18歳の誕生日を迎えていて、改正民法施行前に任意後見契約を締結するとすれば、3月末までしか時間が残されていませんでした。司法書士には、契約上の利益相反を回避するために、特別代理人の選任が必要であることを伝え、早急に手続を進めてほしい旨回答しました。
 その後、司法書士からは、依頼者と相談した結果、受任者を母親ではなく、兄(大学生)にして任意後見契約を締結したいとして依頼がありました。この場合、契約上の利益相反が発生しないので、司法書士と契約内容を調整の上、3月中旬に、委任者(子)の法定代理人共同親権者父(甲)及び母(乙)と受任者兄(丙)との間で、任意後見契約を締結するに至りました。東京法務局への嘱託も指摘なく受理され、後日登記完了通知が届いた際は、少し安堵感がありました。
 任意後見契約締結時の席上、依頼者家族からは、特別代理人のハードル(時間的要因を含む。)が高かったこと、弟思いの兄が快く受任者を引き受けてくれたことなど、いろいろと話を聞いたのですが、改正民法が施行される前に、何とか公正証書の作成が間に合ったことに安堵されていました。また両親は、将来、この任意後見契約をどの時点で発効させるのか分からないので、当面は、公正証書をお守り代わりにしておきたいと考えているようでした。

【その他】
 本年2月26日に開催された春期専門研修には、ネット聴講で参加しましたが、研修のテーマが「任意後見制度」に関するもので、標題のテーマに触れられた部分もあり、大変参考になりました。特に、家庭裁判所への後見開始の申立ての際に、親又はその親族を成年後見人の候補者にする例が多い中で、候補者が成年後見人に選任されないケースやその割合(親どうしのネットワークの情報とほぼ同じ。)などが紹介されていました。そのケースとしては、①資産が多かったり親族間の対立があったりなど複雑な状況の場合、②本人と候補者の資産が適切に分離されていないような場合、③候補者に後見に適する能力がないと判断された場合などのようですが、今回の2件の実務を通じて、公証人として、本業の任意後見制度だけでなく、法定後見制度にも精通しておくべきことを痛感する機会となりました。

<※1 令和3年10月6日付け総括理事通知の要旨>
 精神障害・知的障害のため意思能力が欠ける未成年者の両親から、自らを任意後見受任者とする任意後見契約の締結が可能かとの問い合わせがされているが、民法第818条第3項ただし書により、共同親権の例外として、一方の親が未成年者の親権者として子を代理し、他方の親が同契約の任意後見受任者として自ら任意後見契約を締結するという方法について、日公連は積極説を採っており、公証実務においても、これが認められている。ただし、留意すべき事項として、報酬の約定を定めた場合は、民法第826条第1項の利益相反行為に該当するので、その際は、家庭裁判所に特別代理人の選任を請求してもらい、その特別代理人と契約する必要がある。

<※2 令和3年12月13日付け総括理事通知の要旨>
 法務省から、当該任意後見契約に係る任意後見登記の嘱託の取扱いについて利益相反行為に該当するか等の観点から検討中であるとの情報に接した。当面、上記の任意後見契約を締結するに当たっては、家庭裁判所において特別代理人の選任を受けた上、受任者とならない親権者の片方と特別代理人とが共同で未成年者を代理し、受任者となる親権者と任意後見契約を締結するといった慎重な対応が相当と考えられる。また、これまで、このような任意後見契約に係る登記の嘱託が受け付けられていた実態があったが、今後、こうした取扱いが改められる可能性がある。

<※3 令和3年12月24日付け総括理事通知の要旨>
 法務省から、「未成年者とその共同親権者である両親の一方を任意後見受任者とする任意後見契約については、受任者とならない親権者の一方と特別代理人が共同で子を代理し、受任者となる親権者との間で締結される必要があるところ、特別代理人の選任がなく、受任者とならない親権者の一方のみが子を代理して締結している場合には、無権代理に該当する」との見解が示された。これに伴い、①今後作成予定の任意後見契約親権者である代理人の肩書きの表示方法、②東京法務局で登記が保留されている嘱託事件の取扱い、③公正証書を作成し終えた任意後見契約で、東京法務局での登記がされているものの対応の方針が具体化された。
(佐藤浩雄)

民事法情報研究会だよりNo.53(令和4年4月)

 春暖の候、会員の皆様におかれましては、ますますご清祥のこととお喜び申し上げます。

 新型コロナウィルスのオミクロン株による第6波の感染拡大に伴い、18都道府県に発令されていた蔓延防止等重点措置が解除された春を迎えることができました。ただし、専門家の中にはいまだ第6波の途中であると指摘する向きもあるようで、人流が増加する年度始まりの時期と重なり、オミクロン亜種株による再拡大も懸念される状況とのことですので、引き続き感染対策に万全を期していきたいと考えています。できるならば、今年こそは、会員の皆様が参集できる会合やセミナーが開かれる年度になることを願っています。(YF)

今日この頃

   このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

晴ればれ岡山サポートテラス(永井行雄)

岡山県を南北に縦断する国道53号線を北に向けて車を走らせる。車には2人の男が乗っている。年下の男が運転しているが、その男は久しぶりに袖を通す背広にやや窮屈さを感じながらも、道ばたに咲くコスモスにいくぶんか心が癒やされている。この2人はかつて同じ職場の先輩後輩の間柄であり、気心は知れている。しかし、車中での会話はなかなか弾まない。なぜならば、2人とも目的地のことが気になっているからである。

 岡山市を出発して約1時間、町が見えた。津山市だ。人口は約10万人で県北の政治、経済、文化の中心地である。訪問先は津山市役所。緊張しながらアポを入れていた課を訪ねる。ぎこちない声で肩書きを名乗って名刺を差し出す。対応に出た職員は「はい。うかがっております。」と、はきはきした態度で迎えてくれた。ほっとした。公証人を退任して3か月余、新しい環境で初めて外部の機関を訪問したときの情景や心境である。

 私たちは昨年、岡山県出身の法務局OB・OG5人で高齢者の支援のための「一般社団法人晴ればれ岡山サポートテラス」を設立し、10月から活動をスタートさせた。法務局のブランド力や公証人の肩書きはなく、しかも、発足したばかりの一法人の者が市役所を訪問して、果たしてきちんと対応してくれるだろうかという心配があった。それで、車中での会話が弾まなかったのである。しかし、心配をよそに担当者は丁寧に対応してくれた。その理由は後述させていただく。

1 法人設立のきっかけ

 令和元年9月に岡山市で開催された岡山地方法務局のOB会で、当法人のメンバーが久しぶりに再会したとき、今の仕事を辞めた後、何をするのかという話になった。「特にねぇなー。」「家でゴロゴロしとっても、家族に嫌われるしなぁ。」「そうじゃなぁ。」「これまでやってきたことが活かせるような法人でも作ってみたらどうじゃろうか。」「おー!そりゃええなー。」という軽いノリからスタートした。

 それから、開業までの2年半、気心の知れたこのメンバーが10数回集まった。NPO法人か一般社団法人か、事業の適法性、資金面、事務所、需要の予測など、皆で情報を持ち寄り自由に意見を交換し合った。

 今まさに超高齢化社会である。全国の高齢化率は29%、岡山県は30%で特に県北は40%を超える自治体が9つもある。そして、高齢者のうち5人に1人が認知症だといわれているほか、高齢者のみの世帯は全国で28.7%(厚生労働省「令和3年国民生活基礎調査」)もある。

 こういった現状を踏まえ、国は、成年後見制度の利用の促進に関する法律のほか、自筆証書遺言書の方式緩和や法務局保管制度に関する法律を整備した。また、公証人も積極的に講座・講演会・相談会などを通じて遺言や任意後見制度の普及・定着を図っている。

 しかし、実際にこれらの制度利用を促進していくためには、現場においてそれぞれの制度を理解した者が、高齢者(対象者)の気持ちや生活環境などを把握した上で、どのような制度を利用するのが良いのかの水先案内人を務め、担当機関とのつなぎ役を果たしていくことが重要だと思う。実際に、自分で動けない高齢者もたくさんいる。そこで、我々がこのつなぎ役をやってみようということになったのである。

2 法人のメンバー

 前述のとおり気の合う仲間で立ち上げた。イメージは子供の頃の遊び仲間の延長のようなものである。理事長は人望があって、人をまとめられる人物、元広島法務局福山支局長の清水博志さんにお願いすることで一致した。皆の総意である。副理事長以下の役は理事長に一任した。次のとおりである。

●理 事 長 清水博志(総社市出身)

広島法務局訟務部訟務管理官、岡山地方法務局首席登記官(不動産登記担当)、広島法務局福山支局長、家事調停委員(令和3年9月退任)

★バランス感覚がよく、人間観察力に優れている。一日2万歩が日課。野菜作りが上手。かつて麻雀の名手、物事の流れを読む勝負感は今でも健在。常駐

●副理事長 川上幸江(倉敷市出身)

岡山地方法務局勝山支局登記官、同局不動産登記部門総務登記官、広島法務局福山支局総務登記官、現司法書士・行政書士(15年間従事)

★頭の回転が速く決断力があり親分肌。地域で多くの役職を務めるなど周囲の信頼は厚い。ただ、声が大きめなので内緒話はできない。遠路につき非常駐

●専務理事 永井行雄(和気町出身)

法務省大臣官房行政訟務課補佐官、那覇地方法務局長、福岡法務局民事行政部長、都城公証人役場公証人(令和3年7月退任)

 ★登山や飲み会など遊ぶことが大好き。様々な場面で企画力や行動力を発揮。ただ、突き進むところがあるので要注意(以上仲間評)。食材調達が得意。常駐

●常務理事 大河原清人(邑久町出身)

 法務省民事局総務課補佐官、法務省人権擁護局人権啓発課長、広島法務局長、土浦公証役場公証人(令和3年11月退任)

 ★思考力が高く、冷静な判断力がある。相談に丁寧に対応、傾聴力に優れている。数10年ぶりの帰郷、岡山弁取戻し中。看板書きや大根おろしが得意。常駐

●常任理事 笠工博史(久世町出身)

広島法務局上席訟務官、同局総括表示専門官、同局次席登記官(不動産登記担当)、岡山地方法務局備前支局長

★登記のプロ、土地家屋調査士有資格者。動きが軽く、整理整頓能力が高い。彼がいると事務所がすっきり整理される。車の運転が上手。木金のみ出勤

3 法人の名前

 「一般社団法人晴ればれ岡山サポートテラス」と名付けた。岡山県は全国の中でも日照時間が長いので「晴れの国」と呼ばれている。法人の名前は、晴れの国と、岡山県内を活動エリアとして高齢者の方を支援し、高齢者の方にテラスの陽だまりで寛いでいただけるような温かい支援活動を目指すことをイメージしている。

4 法人の仕事

 大きく分けると二つである。一つは高齢者の権利擁護のための手続き(遺言・任意後見契約・尊厳死宣言・死後事務委任契約など)の支援(担当機関へのつなぎ役)と、もう一つは各種講座・講演会・研修会等への講師派遣である。私と大河原さんは、公証人の経験がすぐに活かせるし、他の者も民事関係の法律実務の経験者であり現役の司法書士もいる。人材はそろっている。

 実際、あいさつ回りをしたとき、実務経験者というセールスポイントに対して、相手方の反応はよかった。県内にこういった手続きを支援する法人は、あまり見受けられないようである。

5 作業や費用

    運営資金、事務所の確保、法人の設立登記、電話・インターネット回線の引込み、備品の調達、広報ペーパー・ホームページ・報酬表の作成、税務署・労働基準監督署への届出や銀行口座の開設とか、広報のやり方など、やることは山ほどある。この分野の先駆者である「NPO法人高齢者・障がい者安心サポートネット」(福岡市)や先輩士業者からも情報提供を受けた。

 慣れない作業で大変だったが、皆で相談し、役割分担しながら進めていった。設立登記は現役の司法書士である副理事長がやってくれ、備品は家で使っていない物を持ち寄ったり、リサイクルショップやネットで安価なものを買った。ホームページの作成は、パソコンに詳しいかつての法務局の仲間が力を貸してくれた。費用は、全体の金額を算出して出資金という形で5人が均等に負担することとした。

6 営業活動

 ○地方自治体へのあいさつ回り 

 まずは、我々の業務を知ってもらう必要があるので、県内の地方自治体にあいさつを兼ねて業務紹介に赴くことにした。県内の地方自治体は27ある。そこで、高齢者の支援業務を担当している機関や部署(市町村役場、社会福祉協議会、権利擁護センター、地域包括支援センター、公民館等)のアポ取りをすることにした。アポ取りは、電話の掛け方の均質化を図るためのマニュアルを作成した。皆、最初はぎこちなく、言葉が噛みそうになっていたが、数をこなすうち、徐々に慣れてきた。120か所に電話を掛けまくりアポを取った。アポが取れたらすぐに、相手方に当方の訪問者の役職氏名を書いた書面と広報ペーパー(業務内容と構成メンバーの略歴を書いたもの)をFAXで送付することにした。ねらいは、我々は怪しい者ではないことの証明と、電話を受けた者が上司や関係者に説明する資料として使ってもらうためである。このやり方は効果的であった。当日は、どこも資料に目を通してくれており、時間どおり待っていてくれた。応対は、責任者であったり、担当者であったりとまちまちであったが、結果として、仕事の依頼に発展したのは、担当者に説明をしたところが多い。

 2人1組で約1月半かけて全部回った。皆、笑顔の写真入りの名刺と広報ペーパーを配って回った。まさに営業である。相手方への説明も数をこなすうちに上手になっていった。長居をすると嫌われるので、1か所15分程度とした。県北の自治体はどこも高齢者支援の問題を抱えていた。「こういった法人を設立していただいて、ありがたいです。」と言ってくれた自治体がいくつもあった。

 ナビに行き先を設定したものの、おかしな道を案内したり、建物が分からずウロウロして、車中で相手先に電話を掛けて確認したり、いろいろ失敗もあったが、このあいさつ回りが、後日の仕事の依頼へと発展していったのである。

 それと、もう一つ大事なことがある。あいさつ回りで反応がよかったところには、後日、「近いうちにそちら方面に行く機会があるので、何か用事はありませんか。」と電話を掛けることもあった。すると「実は職員研修を計画しているのですが、よければ講師をお願いできますか。」「いいですよ。いつでしょうか。」と、トントン拍子に話が進む。そして、研修終了後に受講者から個別相談があり、公正証書の作成支援の依頼に発展することもあった。あいさつ回り後のフォローなど、次の手を打つことが大事だと思った。

 ○新聞への掲載 

 岡山県には、山陽新聞という岡山県全域を配達エリアとする新聞社がある。昨年11月始め頃、ここに取材依頼の電話を掛けたが、年内は忙しいので、資料があれば送って欲しいとのことであった。そこで、資料をメール送信したものの、電話の感触として取材は難しいだろうと思っていた。ところが、今年1月の始め頃、記者から電話があり、「取材をしたいので、事務所におじゃましたい。」とのこと。取材の日、記者はこちらの資料をよく読み込んでおり、事務所では細部にわたって取材してくれた。また、1月下旬の公民館講座にも足を運んでくれた。そして、新聞に大きく掲載してくれたのである(山陽新聞2022年2月8日朝刊/山陽新聞社提供・転載許可済)。この新聞掲載の反響は大きく、当日は電話が20本くらい掛かってきたほか、5組の方が事務所に相談に訪れた。

7 仕事の依頼

 ○公正証書作成支援依頼

2月末現在で、公正証書(遺言・任意後見契約・尊厳死宣言等)の作成を支援したのは26件である。依頼は、地方自治体や社会福祉協議会からの紹介によるものが7割、残り3割は講演会や新聞掲載などをきっかけとした個人からの直接依頼のものである。そのほか現在、公正証書作成支援中のものが6件あり、これらは全部、新聞を見た人からの直接の依頼である。参考までに、これまでの取扱事例を2件紹介する。

 <事例1>79歳男性、妻は死亡、一人暮らし。

 長男と長女がいるが、長男とはいざこざがあり、10年以上断絶状態、長女は結婚して東京に住んでいて、親の面倒をみられない。財産は家・宅地、預金約1,000万円。長男には一切財産を残したくない。長女に残したい。今後、自分が動けなくなったとき、お金の管理や病院の手続きなどが不安であるとのこと。これは社会福祉協議会を通じて相談があったものである。

 遺言、任意後見契約、尊厳死宣言の各公正証書の作成を支援したほか、これらの手続きとは別に警備会社による「一人暮らしの高齢者のための見守りサービス」を紹介し、契約締結のお手伝いをした。

 <事例2>84歳女性、独身、一人暮らし。

 末期がん、余命数か月。相続人なし。近所に親しくしている女性(62歳)がいる。財産は家・宅地、預金約600万円。この女性に財産を全部残したい。亡くなった後のことも任せたいとのこと。こちらも社会福祉協議会を通じて相談があった。

 緊急性を要するので、相談があった日の翌日、すぐに本人と面談し、公証人に事情を説明して、約1週間で遺言書、尊厳死宣言、死後事務委任契約の各公正証書の作成にこぎつけた。

以上のとおり、迅速な対応をモットーとし、公正証書の作成支援は2人の元公証人がそれぞれ他の者と組む形で行うことにしている。

 ○講座・講演会・研修会への講師派遣依頼

 現在、講座・講演会・研修会への講師派遣依頼は、派遣済のものも入れて17件あるほか、既に来年度の定期講座の話が2か所(隔月開催)からきている。依頼先は、地方自治体・社会福祉協議会・地域包括支援センター・公民館からが9割、残りの1割が老人クラブである。

 皆で講師の留意事項を三つ決めた。①初めて講師を担当するときは事前に事務所で模擬講話をして、他のメンバーのチェックを受けること、②講話は統一のパワーポイントを使って進めること、③受講者にアンケート票を書いてもらうこと、である。「話」は商品であるから、いい商品を売るためにはチェックが大事ということである。特にアンケート結果にはいつもビクビクさせられる。

 情けないことがあったので一つ紹介する。1月下旬に県北の社会福祉協議会主催の研修に行ったときのことである。雪が心配だったので前泊した。スタッドレスタイヤは持っていないが、未使用のチェーンがあったので念のためそれを積んだ。前日は天気がよかったので、翌日も大丈夫だろうと思っていた。ところが、翌朝外を見ると50センチくらい雪が積もっていた。一晩にである。びっくりした。チェーンの付け方が分からない。困っていると宿泊所の方がJAFを呼んでくれ装着できたが、今度は、帰る途中、コンビニの駐車場で外そうとしたところ、外し方が分からない。車には3人乗っているが誰も分からない。それでまたJAFを呼んだ。装着のときに来た人と同じだ。情けない。着脱の練習をしなければならないと思いながら帰路についた。

8 法務局のブランド力

 地方自治体等を訪問した際、どこも丁寧に対応してくれた。冒頭で「その理由は後述させていただく。」と書いたが、その理由は法務局のブランド力だと感じた。法務局にいた人が作った法人なら信用できると思ってくれたのだろう。訪問先の雰囲気でそれを感じた。

 最初の講師派遣依頼があったのは、あいさつ回りを始めてから1月経った頃である。それからも、どんどん入ってきている。しかも、公的機関が多い。活動を始めて4か月で17件である。法務局のブランド力のお陰だと思っている。本当にありがたい。

9 これから

 「晴ればれ岡山サポートテラス」は発足したばかりの法人である。これから先、存続していくためには、①依頼者や関係者からの信頼を得て、これを積み重ねること、②法人の知名度アップを図ること、この二つが重要だと思っている。依頼があれば、依頼者に寄り添う支援活動をスピーディに、そして、あらゆる手法を用いて効果的な広報・営業活動を展開していこうと思っている。

10 そして、今の気持ち

 今、とても充実している。20数年の時を経てかつての仲間が集結し、もう一度社会の中で動き出そうとしている。人は、信頼という絆の下に、支え合い、力を合わせれば、いろんなことができる。法人という看板は心強い。これから先、気持ちと身体が続く限り、この素晴らしい仲間と同じ時間を過ごせたら、幸せだと思っている。

 今、出航したばかりの「晴ればれ岡山丸」に乗って、クルー全員が仲良く楽しく、ゆっくりでいいから、航行できたらいいと思っている。

   【連絡先】一般社団法人晴ればれ岡山サポートテラス

        〒701-2154 岡山市北区原1119-1

        TEL(086)206-3738 FAX(086)206-3739

        E-mail:harebare0712.hara@outlook.jp

https://harebareokayama.org

                                        (永井行雄)

  “カマス”の悲劇(中垣治夫)  

 相当以前に読んだ本で、「“カマス”の悲劇」を紹介しているものがあります(内橋克人『匠の時代・第5巻』(サンケイ出版))。分かりやすい話であり、Webにも掲げられているので、御存知の方もおられるかと思います。私も在職中、講話や研修などのまとまった時間があるときは、紹介するようにしていました。概要は、次のとおりです。

 水槽の中にカマスを放して餌の小魚を入れると、カマスは追いかけて食べ尽くしてしまいます。数日間餌やりを繰り返した後、水槽の真ん中にガラス板を入れて仕切り、カマスがいない方の半分に餌を入れます。すると、カマスは一生懸命餌を食べようとしますが、コツンとガラス板にぶつかるだけで、食べられません。100回くらいは挑戦するようですが、そのまま数日経つと、カマスはもう餌に関心を示さなくなります。ここで仕切りのガラス板を抜いて餌を入れます。しかし、カマスは、餌を食べられないと決め込んでいるので、せっかくの餌に見向きもしません。目の前にうまそうな小魚が泳いできても、もはや食いつく意欲が湧いてこないのです。放っておくとカマスは死んでしまいます。これを「カマスの悲劇」といいます。

 では、この水槽のカマスにもう一度餌を食べさせるにはどうすればよいか。皆さんは、どう思いますか? 答えは、「もう一匹、別のカマスを水槽に入れる。」です。新しいカマスは、ガラス板のことを知らないので、普通にパクッと食べます。これを見ていて、前のカマスも思い出すのでしょう。あっ、また食えるんだと目を覚ますのです。

 役に立つ新鮮な情報や変革の波が発生し、目の前を通り過ぎているのに、これに見向きもしない。あるいは、数少ない貴重な情報や千載一遇とまでは言わないまでも僅かな機会をやり過ごしてしまう。新しいカマスがいない組織では、それがおいしいものであること、これから必要になる重要なものであることが分からないのです。

 現行の公証人法の施行から、約110年を経過しています。十分に成熟した制度であると言ってよいと考えますが、近時の様々な見直し、動きを見ていると、今後、10年程度で相当大規模な見直し、制度改革が見込まれます。従来の、創成期・成長期の比較的ゆっくりとした変革・見直しから成熟期の、しかも急激な変革へと変わっていく中で、今後は、更に国民・利用者のための見直しが軸足となっていくことでしょう。新しいカマスが必要な時期がすぐ目の前まで来ていると考える次第です。

 ウクライナ侵攻のニュースに接して

 数日間、構想を温め、推敲を重ねて、さあ提出しようとしたところで、「ロシア軍のウクライナ侵攻」のニュースに接しました。

 大いに驚き、憤り、何でこんなことになるのか・・・無力感・・と、いろいろな感情が沸き上がってきます。侵攻前に、侵攻が見込まれる旨の報道はされていたのですが、21世紀の今日、まさかそんなことはないでしょうと思っていました。しかし、そのまさかが、現実のものとなってしまったのです。

 第2次世界大戦以降、各国においては、国内の統治機構や国家間の条約等により、それなりの、紛争、戦闘、戦争の回避・防止のための組織、機構、仕組み造りがされてきたと考えるのですが、今回の事態には、有効に機能しなかったのでしょう。いわゆる西側諸国は、制裁を打ち出していますが、戦闘が収まることはなく、終息には無関係であるかのように戦闘が継続しています。制裁の効果が表れるまでには、それなりの時間が掛かるのでしょう。現時点では、交渉、協議、仲介など、何でもよいので何らかの方策により、また、誰(国・人)でもよいので誰かの尽力により、戦闘が終了し、平和が訪れることを祈ることしかできません。

 10年くらい前の映画で「ハンナ・アーレント」というのがあります。最近、WOWOWで放送されていたので、ご覧になった方もおられるかもしれません。ユダヤ人虐殺に大きく関わり、逃亡していた元ナチスのアイヒマンが逮捕され、哲学者のハンナ・アーレントが、そのアイヒマン裁判を傍聴するなかで、「悪の陳腐さ」について考察するものです。

 アイヒマンは、裁判で「命令に従っただけです。殺害するかどうかは命令次第でした。」等と証言します。ハンナ・アーレントは、これらを踏まえて、アイヒマンは「命令に従っただけ。ただの役人」よと評価します。アイヒマンが20世紀最悪の犯罪者になったのは、”思考不能”だったからであり、本当の悪は、平凡な人間が行う悪であり、これを「悪の陳腐さ」と名付けました。

 考えることを止め、組織の命令に黙々と従う「悪の陳腐さ」、これこそがナチスの本質的罪だとこの映画は訴えるのですが、この映画を今般のロシア軍のウクライナ侵攻のニュースに接し思い出しました。黙々と大統領の命令に従う「ただの役人」がいるだけの国家は、大変危ういのです。「大統領、お言葉ですが・・・。」と侵攻反対を主張する側近がいなかったのか、悔やまれてなりません。                         (中垣治夫)

  函館公証人合同役場の広報活動について(岩渕英喜)  

 令和元年から公証週間の広報活動の一環として、函館市、北斗市及び七飯町の町会に対し、チラシの回覧又は配布及びポスターの掲示を依頼する取組を行いましたので、その概要を説明させていただきます。

 そこで、事件の増加につながるような効果を期待して、町会に対し、各世帯へのチラシの回覧又は配布及び町会会館へのポスターの掲示について協力を依頼する広報活動を行うこととしました。各世帯に回覧又は配布する日公連のチラシには下図(編注:略)のメッセージを裏面印刷し、公証制度のキャッチコピーと日公連の無料電話相談の電話番号のほか、公正証書の種類と当役場の連絡先も周知することにしました。

            

1 取組の日程

日公連と町会のスケジュールを踏まえて、次のような日程で進めました。

(1) 4月下旬:チラシ及びポスターを日公連に申込み

(2) 7月上旬:例年と同じ電話番号を使用するかどうかを北海道会の広報委員を通じて日公連に確認

(3) 7月上旬:裏面印刷したチラシ(サンプル)の作成

(4) 7月上旬:対象市町に対し、町会への広報活動に関する協力又は「町会一覧」(町会会館又は町会会長の住所・電話番号・所属世帯数が記載されたもの)の提供の依頼(上記サンプルを添付)

(5) 7月中旬:日公連から無料・有料チラシ及びポスターの送付

(6) 7月中旬:チラシ裏面印刷を印刷会社に発注

(7) 8月上旬~下旬:町会に対してチラシの回覧(回覧を廃止している町会については配布)及びポスターの掲示を電話で依頼し、承諾が得られた町会にチラシ及びポスターを発送

(8) 8月下旬:日公連から電話公証相談の電話番号の通知

(9) 8月下旬~9月中旬:町会による所属世帯へのチラシの回覧又は配布

2 3市町の町会に対する取組状況

 過去3年のチラシの回覧又は配布数は、表1(編注:略)のとおりです。3市町の対応は次のとおり。

(1) 函館市(令和元年~令和3年)

 最初に函館市でこの取組を実施するときに、町会を担当している市民・男女共同参画課に対し、各町会にチラシ及びポスターの配布を打診したところ、町会側が受け入れるかどうかを決めるので、公証役場の方から町会に個別に依頼してもらいたいとのことでした。

 そこで同課から「町会一覧」を入手し、町会会館があるところは会館に、会館がないところは町会会長に電話し、公証週間の広報活動について趣旨を説明してチラシの回覧又は配布及びポスターの掲示について協力を依頼しました。3年間で、1町会を除いて、電話したほぼ全ての町会から協力する旨の回答をいただきました。

 なお、函館市は140,931世帯(令和3年9月末現在)あり、単年度で全て実施するのは困難なので、年ごとに異なるエリアの町会を選定して実施しています。

(2) 北斗市(令和2年)

 町会を担当している北斗市町会連合会事務局に対し、各町会にチラシの配布を打診したところ、町会への配布物は発出元が北斗市役所のほか、国、北海道などの行政機関、公共機関に限られるとして応じてもらえませんでした。そこで公証人は法務大臣から任命されていること、公証役場は法務局に所属していること、公証制度は公共性が高いことなどを説明したほか、函館市の例を紹介して、チラシを所属世帯に回覧又は配布するか否かについては直接各町会に当方から確認させていただけないかとお願いしたところ、了承されました。

 同事務局から提供された町会名簿によりチラシの回覧又は配布について各町会に電話で依頼しましたが、函館市の場合とは異なり、警戒感の強い反応が多く、協力が得られたのは一部の町会に限られました。

 全町会の約半分に電話したところで、北斗市の担当者から連絡があり、一部の町会から、「町会によって対応が異なるのはおかしい。」という苦言が寄せられたとして、北斗市を通じて全町会にチラシを配布(市役所内に設置されている町会ごとの連絡棚にチラシを入れる方法)し、町会から所属世帯に配布することになりました。

 町会ごとの必要配布部数が記載されたリストの提供を受けて、連絡棚に北斗市の協力依頼文書を添えてチラシを入れました。後日町会が連絡棚のチラシを持ち帰り、所属世帯に配布しています。

(3) 七飯町(令和2年)

 七飯町福祉協議会内にある七飯町町会連合会事務局に電話し、全世帯にチラシの配布を打診したところ、快く承諾していただきました。8月上旬に同事務局にチラシ全世帯分2,250枚を持参し、町会を通じて配布していただきました。

※ 函館市及び北斗市から提供された町会一覧等については、日公連への公証週間活動報告を提出した後に廃棄しています。

3 本広報活動の費用対効果

 私が当役場に着任した平成26年7月以降、遺言公正証書の事件数については、毎年7月から9月の第二四半期はやや少なく10月から12月の第三四半期は増加する傾向にあります。表2(編注:略)は本広報活動の取組前の平成26年から平成30年までの5年間と取組後の令和元年から令和3年までの3年間について、遺言公正証書の第三四半期の手数料額が第二四半期よりいくら増加したのかを年平均で比較したものです。

 第三四半期の方が第二四半期よりも増加する傾向であることはどちらも変わりありませんが、本広報活動の取組後の方が取組前よりも遺言公正証書の手数料額を平均60万円以上押し上げる結果となっています。費用対効果を検討するためには、この押上額と広報活動費用を対比する必要があります。広報活動費用の主な内訳は日公連のチラシ・ポスター購入費、チラシ裏面印刷代及び町会への郵送料ですが、3年間の広報活動費用の平均額は79,954円です。押上額から広報活動費用を差し引いた金額を費用対効果とした場合、その額は548,371円となります。ただし、一昨年と昨年については、新型コロナの感染者数の影響を受けて事件数が増減しており、費用対効果を検討するにはその影響を考慮する必要があると思いますが、公証週間以降「チラシを見た。」と言って遺言公正証書作成について電話をかけてくるお客様が増加しているのは間違いありません。

 今後の課題としては、対象町会を3市町からどう拡大していくのかということになります。北斗市型又は七飯町型の市町村であれば対象を拡大することは比較的容易です。函館市型であっても取組時期を早めるとか、年ごとに対象市町村を設定するなどの工夫をすれば拡大は可能ですので、他の市町村にもアプローチして情報を収集したいと考えています。                            (岩渕英喜)

  

実務の広場

 このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.91 事実実験公正証書の事例紹介(石山順一)

 事実実験公正証書は、貸金庫の開披・点検、知的財産権の保全、尊厳死宣言等多くの場面で利用されていると思われます。当公証役場においては、私の在任中、貸金庫の開披・点検と尊厳死宣言の事実実験公正証書を作成したことしかありませんでしたが、最近、知的財産権に関する事実実験公正証書作成の嘱託が2事例ありましたので、参考になればと思い紹介します。

<事例1> コンピュータゲームソフトの海賊版への対応のための事実実験

1 嘱託の趣旨

 嘱託人は、自社が開発したコンピュータゲームソフト(以下「本件ゲームソフト」といいます。)を独占的に配信する権利を与える契約を中国法人との間で締結していたところ、本件ゲームソフトの海賊版が中国国内において出回り、当該中国法人が損害を被っている。ついては、本件ゲームソフトを配信する正当な権利を当該中国法人が有していることを中国の裁判所において立証するため、本件ゲームソフトの著作権を嘱託人が有することを確認する必要があるというものです。

 そこで、ゲームソフトには、通常、開発した会社の会社名、開発年月日等の記載がされていることから、本件ゲームソフトアプリをパソコンの画面に表示の上、それを公証人が目撃した結果を事実実験公正証書として作成してほしいというものでした。

2 事実実験の内容

 公証役場備付けのパソコンは、本件ゲームソフトをダウンロードする環境が整っていないため、嘱託人が用意したエミュレーターソフト(BlueStacks5)がインストールされたパソコンを使用することにしました。これを本職が自ら操作し、嘱託人が本件ゲームソフトを提供しているグーグルプレイストアを開き、本件ゲームソフトを検索し、パソコン上に表示された本件ゲームソフトの画面左上に、ゲームソフト名及び制作会社名が「○○○○ △△△△ Inc.」と掲載されていることを確認の上、同画面全体をいわゆるハードコピーとしてプリントアウトしました。

 次に、本件ゲームソフトをダウンロードして、その内容を見分し、表示された画面左下に、制作年及び制作会社名が「(C)2018 △△△△ Inc.」、画面右下にバージョン情報が「Ver.1.038.54」と掲載されていることを確認の上、上記と同様にプリントアウトし、目撃した事実実験の結果を公正証書として作成しました。

 この事実実験公正証書によって、嘱託人が望む目的が達せられたかどうかは不確かですが、本件ゲームソフトには、その開発段階で制作者しか知り得ない「隠し著作表示(隠し文字)」が記されているとのことであり、必要があればその事実実験を行うことも検討することを嘱託人に伝えて、今回の事実実験は終えることにしました。なお、これまでのところ嘱託人から新たな依頼はきておりません。

<事例2> 確定日付により封印された技術資料を開封して再封入・封印する事実実験

1 嘱託の趣旨

 嘱託人は、技術資料の先使用権の証拠保全として、約20年前に確定日付の付与手続により封印された段ボール16箱(以下「本件封印資料」といいます。)を保管していたところ、本件封印資料を複写した物を確認することができないため、一旦、本件封印資料を開封し、収納物のコピーを取った上で、改めて再封入・封印したい。ついては、このような事実実験公正証書の作成が可能かとの相談を受けました。

 調べた限りでは、先使用権の保全として、事実実験により封印した物品のサンプルについて、その一部を使用する必要が生じたため、物品のサンプルが収納された封筒を開封し、再封入・封印する事実実験を行った事例を確認することはできましたが、確定日付の付与手続により封印された段ボール箱を開封し、再封入・封印した事例を探し出すことはできませんでした。

 当職としては、上記の前例を参考に、段ボール箱の開封から本件封印資料を再封入・封印するまでの一連の作業について、公証人が立会い、目撃した事実を事実実験公正証書として作成することは可能であると考え、本嘱託を受けることにしました。

2 事前の準備・打合せ

 今回の事実実験は、その対象物が膨大で、かつ、実施回数も複数回に及ぶことが予想されたため、実験の実施方法について嘱託人と綿密な打合せを行いました。特に、本件の目的は、開封前の本件封印資料と、複写後に再封入する資料との同一性を証明することです。そのため、①本件封印資料が確定日付を付与されたままの状態で保管され、現在においても存在し、その状態に異常がないこと、②収納物の内容及び収納の状態を確認すること、③本件封印資料の複写前後で、本件封印資料に異常(変更等)がないことを確認すること、④封印の方法、について公証人が立会い、目撃した事実を公正証書として作成することとしました。

3 事実実験の状況

(1)実験の場所・日程等

 事実実験は、本職が嘱託人会社に赴き、同社の一室にコピー機3台を設置し、その実験の場所をロープで仕切り、嘱託人代理人、複写作業員及び公証人以外の者の立入りができないようにするとともに、筆記具、用紙等の持込みを禁止し、コピー機には、他の用紙が紛れないように、A4用紙及びA3用紙以外の用紙がセットされていないことを、あらかじめ本職が確認しました。

 また、実験の日程については、一週間に1回程度、その日の午後に実施することとしましたが、対象物全ての事実実験を完了するまで約5か月間を要しました。

(2)本件封印資料の保管・封印状況の確認

 まずは、確定日付の付与手続により封印された段ボール箱の封印・保管状況を確認しました。段ボール箱には、収納物の資料名とその明細、作成者の記名押印等がされた私署証書に某公証人による確定日付印が押されたものが貼付され、かつ、その確定日付印をもって私署証書と段ボール箱との間に割印がされた状態で保管されており、本職も封印状況を点検し、異常がないことを確認しました。

(3)段ボール箱の開封、収納物の確認

 開封した段ボール箱には、A4又はA3の文書が、A4サイズのドッチファイルに綴じられたもの、クリップ又はホッチキスにより留められたもの、その他封筒に封入されたものが、整然と収納されていました。

(4)複写前後の収納物に異常がないことの確認

 本件封印資料が複写前後に異常がないことを証明する方法としては、収納されている全ての文書について1枚ごとに写真撮影し、その撮影した文書と複写後の文書とを一枚一枚照合・点検して相違がないことを確認することが万全な方法と思われますが、文書の量が膨大に上る本件では、その方法を執ることは現実的に不可能でした。そのため、本件では、開封後のファイル等に綴じられている文書の枚数と、複写した後の文書の枚数が一致することを確認することにより、本件封印資料の複写前後において、文書の追加、差し替え、抜き取り等がされていないことの証明度を確保することにしました。

 加えて、前述したとおり、実験場所をロープで仕切り、外部の者の立入りを禁止するとともに、筆記具等の持込みができない措置を講じ、本件封印資料への加筆、変更等ができる余地がないようにしました。以上の状況を本職が確認しました。

(5)封入・封印の状況

 封印の方法は、嘱託人代理人が段ボール箱に、布ガムテープを縦横十文字に巻き付け、同ガムテープの交差する段ボール上面中央部に、封入した技術資料の明細のほか、日時、嘱託人代理人の署名押印、公証人の記名押印を施したA4サイズの和紙を糊付けし、同和紙と段ボール箱の継ぎ目4箇所に嘱託人代理人の認印を押印しました。さらに、本職も同様に同和紙と段ボール箱の継ぎ目4箇所に職印で封印しました。

4 公正証書の作成

 本件は、約5か月間に及ぶ事実実験を経て、ようやく公正証書の作成に至りました。本件の事実実験は、対象物が膨大な量であり、かつ、実験の回数も複数回に及んだことから、事実実験公正証書は、添付する写真を含めると、約200ページに及ぶ膨大なものになりましたが、各実験の実施後、速やかに証書案を作成し、嘱託人代理人に内容の確認を求めていたため、最終的な証書の確認についてはスムーズにできたと思っています。また、正本等の製本については、当役場備え付けのホッチキスでは一括して綴じることができないため工夫を要しました。正本等は、約40枚ごとにホッチキスで留めて契印機で打ち抜き、それぞれの連結部には職印で契印して、袋とじによる方法で作成しました。

 証書の作成当日は、嘱託人代理人に来所してもらい、事実実験の内容を記した公正証書案を示し、その内容に相違がないことを確認の上、証書への署名を行い、事実実験公正証書を完成することができました。長期間にわたる作業に対し、お互いが労をねぎらい安堵した瞬間でした。

5 結びに

 事実実験公正証書について、二つ事例を紹介させていただきました。特に、二つ目の事例については、実験の内容自体はそれほど複雑・困難な事案ではありませんでしたが、前例がなく、適切な対応ができたかどうか迷うところです。

 事実実験公正証書については、活用の場面が多く、これからも様々な事実実験についての公正証書作成依頼や相談がされることも多いと思いますが、可能な限り嘱託人の要請に応えることができればと思っています。(石山順一)

No.92 贈与者の生存中は所有権移転登記を行わないとの特約がある不動産贈与契約公正証書作成嘱託について(質問箱より)

【質 問】

「譲渡契約書」と題する不動産(建物)の贈与(親から子へ)について、司法書士から公正証書の作成を依頼されました。

次の点について、ご教示をお願いいたします。

 契約書案を見ると、

  •  譲渡人から譲受人に対する本件物件(建物)の引渡しは、本契約後速やかに行う。
  •  所有権移転登記については、譲渡人が生存中は行わない。
  •  譲渡人死亡後速やかに譲受人へ移転登記手続が行われるよう協力することを、推定相続人に対し、周知しておくものとする。

との条項があります。

 贈与については、意思表示と承諾により効力が生ずることになっています(民法549条)。

しかし、譲受人にとっては、対抗要件を備えるためには登記が必要であり、登記手続を請求する権利は持ち合わせていると思います。

上記のような対抗要件の具備を制限する規定を置くことは可能でしょうか。

 三宅正男・現代法律学全集9契約法(各論)上巻・31ページには、「物の贈与により贈与者の負う義務は、引渡の義務である。贈与者の登記手続は、不動産登記法の建前により義務とされるに過ぎず、贈与の内容即ち本来の意味での履行ではない」との記述があります。

 また、売買の効力については、改正民法では「対抗要件を備えさせる義務を負う」旨の規定(民法560条)が新設されていますが、贈与にはそのような規定は見受けられません。

 当事者双方が合意し、譲受人が不利益を甘受するのを承知の上で公正証書を作成するのであれば、可能とも思います。

 しかし、譲受人(子)が譲渡人(親)に対して移転登記手続の請求をした場合には、譲渡人(親)は拒否できないのではないかとも思いますが、いかがでしょうか。

 なお、司法書士の言によりますと、嘱託人の希望として「親の生存中には当該不動産を売らないでもらいたい」とのことです。

 嘱託人にとっては思い入れのある不動産なのかもしれません。

 そのほかに取り立てて理由はないように言っていました。

【質問箱委員会の回答】

1 契約書案の②の条項は、所有権の内容のうち他のものは速やかに移転させるものの、所有権移転登記請求権の行使時期に不確定期限を付するという内容です。

 表示の登記については、登記義務が定められている場合がありますが、これ まで権利の登記については、いつまでに登記しなければならないという登記義務に関する定めはありませんでした。

 これは、登記が対抗要件であり、通常、登記権利者が早期に対抗要件を備えたいと考えることから、登記義務の定めを置く必要まではないと考えられていたものと思われます(ただし、相続の登記については、令和3年の法律改正により、令和6年4月1日から、不動産を取得した相続人には、その取得を知った日から3年以内に相続登記の申請をすることが義務付けられることとなりました。)。

 現在のところ、贈与によって所有権が移転した場合、一定の期間内にその登記を申請しなければならないという義務はありませんが、取引の安全を確保するという登記制度の趣旨からして、実体と異なる登記をいつまでも放置しておいて良いということにはなりませんから、登記を留保するとしても、合理的な理由がある場合に、それに必要な期間内に止めるのが相当と考えます。

 なお、贈与は無償契約ですから、民法第560条の準用(民法第559条)はありませんが、民法第560条は、従来の判例を条文化したもので、これが準用されないことによって贈与者の不動産登記法上の登記義務が否定されることになったとは考えられません。

 お尋ねの場合、譲渡人の思い入れのある物件なので、自分が生きているうちに他人のものにしてほしくないという気持ちは理解できるものの、相当の程度を超えて長期間実体と異なる登記を現出させる結果となるような場合は相当ではありません。

 おって、登記を留保している間に、二重譲渡や差押えなどがあり得ることも考えると、譲受人には大きなリスクがあります。

 また、契約に譲渡制限の特約を付する方法も考えられますが、所有者の処分権限を制約するものであり、これも、合理的な理由がある場合に、それに必要な期間内に止めるのが相当であることは変わりありません。

 譲受人が承諾しているとしても、譲渡人が優越的な地位を利用して契約させた場合や、特にこれらの特約が相当な程度を超えて長期間に及ぶ場合には、その有効性に疑問が生じる場合があります。

 以上のことから、お尋ねの②のような条項を盛り込んでほしいとの要請があった場合は、まず、その理由について説明を求め(公証人法施行規則第13条第1項)、合理的な理由があるのか、またその条項の内容がその目的からして相当な範囲内のものであるのか、他にその目的をより適切に達する方法がないのか等を検討の上、他に適切な方法があれば適切な方法を教示し、それでも②のような方法を採りたいという場合には、仮登記(不動産登記法第105条第1号)をしておくことが可能かどうか嘱託人から管轄法務局に問い合わせてもらい、可能ということであれば仮登記する旨の条項を追加しておくよう促すのも一つの方法であると考えます。

2 ところで、譲渡人の前述のような希望を適切に実現する方法としては、死因贈与契約を締結する方法もあります。

 死因贈与契約であれば、所有権の移転は譲渡人の死亡時になり、それまで譲渡人の意に反して他人のものになる心配はありません。

 それまでの間、譲受人が当該物件を使用したいときは、使用貸借契約又は賃貸借契約(固定資産税相当額を賃料と定める等)を併せて締結しておけば良いことになります。

 死因贈与契約については、仮登記(不動産登記法第105条第2号)をしておくことができますので、譲受人の権利保全のために仮登記をしておくこともお勧めします。

 また、死因贈与契約に執行者を定めておけば(譲受人を執行者とすることも可)、他の相続人の協力がなくても所有権移転登記ができることになりますので、③のような条項を置く必要もなくなります。

3 ちなみに、贈与をしたという場合でも、譲受人が贈与税を納付(相続時精算

 課税制度を利用する場合も含む。)しておらず、贈与後の固定資産税の負担もしていなかったとすると、③のような特約は、本来、事実上のもので、相続人の登記への協力という法的効果を生じさせるものではありませんから、贈与契約公正証書があったとしても、他の相続人が贈与の事実を否認して、当該財産を遺産分割の対象財産に含めるべきであるとして争ってくる可能性もあります(このような場合、仮に親が生きているうちは贈与について「わかった」と言っていた相続人も、親が亡くなったとたん前言を翻すこともあり得ます。)。

民事法情報研究会だよりNo.52(令和4年1月)

新年あけましておめでとうございます。会員の皆様におかれましては、ますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
 オミクロン株による新型コロナウィルスの爆発的な感染が世界的に起こっている中で、日本では海外からの帰国者にとどまらず、市中感染の事例も散見されるようになり、不安が尽きない中で迎える新年になりました。
 今年こそは、人数制限や場所的制約なく、会合やセミナーが開かれるような年になることを願ってやみません。(YF)

今日この頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

最後の晩餐(佐々木 暁)

新しい年を迎えました。令和4年・寅年の始まりです。あけましておめでとうございます。会員の皆様にはご健勝にて新年をお迎えになられましたこととお慶び申し上げます。又、それぞれにそれぞれの想いを込められて、ある人は古稀に向かい、ある人は喜寿に、傘寿に、米寿に、卒寿に、白寿に、百寿に・・向かって力強く今年の第一歩を踏み出されたのではないでしょうか。
 そういう私はと言えば、いわゆる数え年で、いよいよ「後期高齢者」待機枠に突入する年を迎えてしまいました。予定通りの道程ではあるが、とりあえず無事に喜寿が迎えられることを素直に祈っている。昨年6月に、民事法務協会を退職して、コロナ禍の中をしぶとく生き抜いて、目下、不自由な中、55年ぶりの悠遊自適(自堕落な)生活を満喫している。
 2年余にわたるコロナ禍の中、自由・気ままな生活環境というのも随分と様変わりしたことを実感した。最後の職場を後にしながら、念願の自由の身になったことに思わず「バンザイ」と叫びたくなるような衝動に駆られ、思わず「スキップ」したくなる(したかもしれません)ような、何物にも例えがたい、ホット感、安堵感、開放感に包まれた。多くの先輩諸氏も味わられたであろう人生の一つの区切りとして、天からもらったご褒美感に浸った瞬間である。
 その喜びに浸った瞬間から早半年を過ぎようとしているが、未だ自由の身の使い方も解らず、コロナのせいにするのもいい加減にしてとコロナにも愛想をつかされながら、老後の生き方、過ごし方について、暗中模索、研究?の日々を無駄に過ごしている。悠遊自適、晴耕雨読と言ってみても、私には、耕す畑も、読むべき蔵書もないのである。
 こんな頼りない生活のなかで辛うじて続いているのは「今宵の一品」、「晩酌の友」造り、夕食造りで、夢の小料理屋の開店目指しての板場修行?を玉ねぎを刻みながら、涙と鼻水を流して細々とやっている。
 その昔に、他誌のエッセイに「小さな夢の続き」と題して「いつかは小料理店の親父の役をやるのが夢だ。」と身の程知らずに書いたことがある。諸般の事情により実現可能性は年々低くなっているようであるが、僅かながらも夢は持ち続けている。現役の頃、現職の裁判官から料理人に華麗な転身をされた方の報道に接し、その鮮やかさ振りに大いに刺激された記憶がある。夢の実現のために持ち続けている気持ちの他にもう一つ持ち続けている物がある。包丁である。転勤や退職の度に、とある同僚から天下の名刀ならぬ高級包丁を頂戴し、今も数本が息を潜めて出番を待ち焦がれている。未だ未使用の大きなまな板も時々は、その木肌の感触を楽しませて貰っている。
 夢の小料理屋が開店の運びになったとしても、果たしてお客さんに喜んでもらえる料理が出せるのか、包丁さばきは大丈夫か、はたまた、「みをつくし料理帖」(高田 郁著)の「澪」のような多彩な料理と味は出せるのか等々高レベルな前提条件を作り上げて勝手に挫折しているというか、一人楽しんでいるという有様で笑止千万ものである。それでも認知症予防の一環としての期待も込めて夕食の献立と調理を包丁一本に賭けて(大げさ。)修行?を重ねている。他にも、近所に住んでいるパラサイト家族(子と孫ら8人。)のために、土曜日・日曜日の夕食会の仕込みや各人の誕生会の祝い膳を造ったり、コロナ禍の中では、集合できないので、土・日に限り夕食のおかずの宅配をしたりして、包丁と腕の切れのさび付き加減の確認と献立能力の開発養成に無駄な努力をしている。孫のための料理は、4人それぞれの好みに合わせて毎回工夫を凝らしているが、私と妻の分と言えば誠に簡単質素なもので、冷蔵庫の中にある物、余りもの食材を引き合わせて創る「ひらめき・思いつき料理」が毎日の献立である。これが意外と旨い。酒にも合う(合うように造っていると言う人もいるが。)。残り物には福がある的に最後まで食材を生かし切る(要するに、ケチか貧乏性。)のである。
 ことのついでに調子に乗って言ってしまうと、お正月のおせち料理は、結婚以来この正月まで、すべて私の手造りである。妻の名誉のために言うと、きんとん・黒豆・うま煮・昆布巻き等々は妻の担当である。秋ごろから新聞広告等に掲載されるおせち料理の写真を横目で見るくらいの自信はややある。ただし、高級食材の数では負ける。が、ここは、私の故郷の海の幸が埋めてくれる。後は彩である。ここは料理人のセンスが問われるところであるから、ついつい力が入る。三段重と二段重を基本として、刺身盛り合わせ等を添えて並べて、一人悦に入っている。
 私の料理の基本は、お袋さんのマネと小料理屋さんのカウンター越しに垣間見た料理人さんの下ごしらえの包丁捌きと味付けであり、居酒屋さんの珍味料理である。料理本やテレビの料理番組での、塩〇〇g、砂糖〇〇g、油小さじ一杯、胡椒少々等々は大事なことであるが、私には全く覚えられないので、すべて感覚と想像力での味付けとなる。妻が言うには、私が、テレビの料理番組で高級レストランや高級寿司店の紹介を観ていて、芸能人の方やリポーターの方が「さすがこのお店のこの〇〇は、コクがあって、脂がのって、まろやかで、とろける様で、旨い、美味しい、最高です。」等々のいわゆる食リポを聞きながら発する一言は「当たり前だ。マグロや牛肉の希少部位を使い、キャビア・フォアグラ・アワビ等々の高級食材をふんだんに使った料理が不味いわけがない。何ら手を加えなくてもそもそも食材そのものが良いのだから。料理してない?から旨いんだ。高価が旨いんだ。」と叫んでテレビのチャンネルを替えるらしい。
 さて、我ながらさすがにくど過ぎる程の自慢話満開の前置きが長すぎてお題目が何であったか忘れそうになっていることにようやく気が付き、この辺でお題目に戻ることとする。
 会友の皆様は、「あなたの一番好きな食べ物は何ですか。」と聞かれた時「私は、〇〇が一番好きです。」と即座に答えられますか。大半の方は少し悩み考え込むのではないでしょうか。長い人生で沢山美味しいものを食べてきたことでしょうから。そして「人生の最後に食べたいものは何ですか。」と聞かれ、最初に聞かれた一番好きな食べ物と重なり答えに窮する方も多いことでしょう。一方「我々の歳になれば、趣味・嗜好や最後の晩餐メニューまで、しっかりと固まっているよ。長い人生今更迷いはないよ。」という方もおられるでしょう。
 そういうお前はどうか?と聞かれると、まだ自分は若い?と思っているらしく「未だ悩みの境地をさ迷っている」と言う答えである。要するに最後に食べたい物が沢山あるらしいのである。
 どちらかと言うと、魚は「身」より「頭・アラ」を好み、肉は「牛」より「成吉思汗・ジビエ」を好み、野菜系は、野生の「行者ニンニク・ワラビ・フキ・ボリボリ(キノコの一種)山ワサビ等々」を好む言わば偏食・亜流系・自然派の私である。私は、北海道から東京に転勤となって以来、いつの間にか45年にもなるが、まだ右も左もわからない頃の良き先輩諸氏?に連行され、訓練を受けたのが名高きあの有楽町のガード下である。私は、育った職の環境のせいか、東京に来るまで、マグロ、塩辛、レバー、臓物系はどちらかというとあまり好きではなかった、というより嫌いだった。それが度重なる訓練の成果?でいつしか食べられるようになった。訓練のやり方は、これまた初めて口にするガード下の銘酒「ホッピー」とやらで流し込むのである。訓練の賜物でいつしか有楽町育ちの都会派?になっていました。田舎に帰ってそんな話をすると、近所の人や親戚やら同級生が、「そんなものしか食えないような生活をしているのか。かわいそうに。」と同情され、日高の太平洋の海で採れた、ウニやつぶ貝、カレイやタコの刺身、蟹やホッキ貝等々の正統派?食材を食べさせてくれた。今もである。
 最後の晩餐と言えば、ついつい思い浮かべるのが、高級食材をふんだんに使ったフランス料理、イタリア・スペイン料理を名のある高級店でワイングラスを片手にして・・・最高で最後の一夜を過ごし・・・そしてその余韻に浸りながらの「PPK」(ピンピンコロリ)・・・まさに理想的な終焉の宴である。
 しかしながら、食に関してやや偏屈気味の私の場合は、そういうカッコいい最後の晩餐とはいかないようである。
 目を閉じて浮かんでくるのは、・・・赤々と燃える薪ストーブの上に、無造作に置いた開いた助宗ダラの干物、イカの干物、男爵芋、シシャモなどが並びストーブの横には竹串に刺したハタハタが焙られている。円卓には、バフンウニの塩辛、バター、イカの塩辛がジャガイモにのっかる順番を待っている。刺身は、ホッキ貝、松川(カレイ)、真ツブ貝。鍋物は、助宗たらのタチ(白子)が入った三平汁。漬物は、ニシン漬け、そして伝統の鮭の飯寿司、さらに叶うなら、マンボウの肝和え。・・・等々があればほぼ完璧な我儘な私の最後の晩餐メニューである。
 この空想絵巻は私の好物のオンパレードである。高級感などどこにも漂ってはいない。どこかで体験したような、記憶の中に潜んでいるような風景なのである。そうです。私が高校時代まで過ごした故郷の実家や近所の食事の風景なのである。子供の頃は、毎日のこの食事メニューが嫌で、卵焼きや、ハム・ソーセージが食べたくてたまらなかった。
 私に最後の晩餐のメニューをこのような昔の田舎の実家の食事風景を想起させたのは、酒を嗜むようになったからなのかもしれない。それとも有楽町ガード下で育まれた対応能力?のせいなのか。はたまた高級料理と言われるものを食したことがないのか、高級店と言われる所に入ったことがないからなのか。いずれにしても、見た目からして、はなはだ貧弱で貧相な私の最後の晩餐の絵面である。が、私にとっては、最高級な最後の晩餐メニューなのである。
 ようやくお題目の「最後の晩餐」に少しだけ近づいてきた感はありますが、それにしても男という生き物は、故郷を否応なしに離れて45年も経て今なお心の隅に故郷を残しているんだなとしみじみ思った。恥ずかしながら、この気持ちは今は亡きお袋さんを想う気持ちに似ているのかも(親父さんには悪いが。)。やや気持ちが湿ってきたところで、今日この頃のご報告とさせて頂くこととする。会員の皆様には、毎日の食卓でその日その日の晩餐会をお楽しみ頂き、今年もお元気でお過ごし下さい。       (佐々木 暁)

宇和島公証役場に着任して(川本浩二)

1 はじめに
 公証人となって早1年半になろうとしている。宇和島公証役場は1人役場で、書記も全くの新人。右も左も分からない手探り状態での事務開始となった。予想していたとおり、事務を開始した当初は、バタバタ・オロオロの連続であった。しかし、諸先輩方の多大な力添えで、なんとかここまで務めることができた。歳を重ねるにつれて、「人間は独りじゃ生きられない。」と感じるようになったが、そのことを再認識した。感謝感激である。
 さて、前任の植田先生が座っていたイスに初めて座ってみると、データはどこにあるのか、資料はどこにあるのか、用紙類はどこにあるのか、など戸惑うことが続発した。そんな状況下で、突然の来客や電話照会があると、すぐに対応できない。「なんだったけなぁ」と思って文献や資料を確認しようとするが、なかなか探せない。とにかく、うろたえる日々が続いた。
 こうした経験から、とにかく効率的に仕事ができる環境を整備することが必要と考えた。効率的に仕事ができる環境が整っていれば、突然の来客や電話相談にも、素早く対応できるし、その結果、落ち着きを持って対応できるのである。
そこで、私が、最初の1年目に取り組んだ効率化策について、ご紹介してみる。

2 デュアルモニター化
 Steelcaseがマイクロソフトが仕事環境を機能的にするために行っている調査・研究の紹介記事「How Multiple Monitors Affect Wellbeing」に大変興味深い記事があった。
記事によると、マイクロソフトの技術コンサルタントが「ディスプレイと作業効率を定量化」した報告によると、「シングルモニターをデュアルモニターに変更しただけで、デスクワークの生産性が42%向上した。」という。
 また、別の研究、ウィチタ州立大学の研究レポートでも、スクリーンサイズに関係なく、マルチモニターが仕事のパフォーマンスを高め、実際に、シングルディスプレイからデュアルディスプレイにした人の98%が「仕事をするならデュアルディスプレイを選ぶ。」と回答している。
この情報を受けて、当役場もデュアルモニター化した。追加したモニターは6,000円(右側、中古)。しかも、簡単な作業でデュアル化できた。
 ちなみに、42%作業向上するなら、60分間で従来の60×1.42%=85.2分間の作業ができることになる。1日8時間労働だとすると、デュアル化した後は、8時間×60分÷85.2分=5.63時間=「5時間38分」で仕事が完了することとなる。
私の場合、左のディスプレイに、起案中の証書案や作成中の資料を表示させ、右側のディスプレイには、会計ソフト、ウエブ画面、メール画面、資料などを表示させており、右側の画面に出た情報を参照しながら、また、左側の画面にあるワード等にコピーするなどして作業を進めている。どれくらい効率化できたかを数値で説明することはできないが、かなり効率化されたとの実感は十分ある。もはや、一つのモニターで仕事をする気になど全くなれない。

3 文字情報基盤検索システム
 外字の問題である。標記のシステムは、おそらく多くの方が既に利用されていると思う。しかし、知らないという方もいたので、今回ご紹介してみる。
市販のパソコンにインストールされている規格化された文字数は僅か約1.2万文字しかない。これでは、様々な字体がある氏名に対応できない。そこで、殆どの自治体が、住民票や戸籍の人名に使用できるようにするため、膨大な数の外字を作成していた。しかし、外字の文字コードはそれぞれの役所で異なるため、オンラインによって連携されることの大きな障害になっていた。
そこで、総務省が「文字情報基盤整備作業」を実施して、行政で用いられる人名漢字等約6万文字の漢字フォントを作成した。それが、「IPAmj明朝」フォントである。ちなみに、次図は、葛飾区の「葛」の文字であるが、この一文字だけで、これだけの文字が用意されているのである。
これを利用すれば、外字を使用することはない。もちろん、外字を作成する作業も不要となる。

 ちなみに、IPAmj明朝」フォントは、「文字情報記述促進協議会」のホームページなどからダウンロードできる。もちろん、無料である。
 なお、使い方まで紹介すると長くなってしまうので、今回は省略させていただくことをお許し願いたい。

4 契印機
 前任者は職印で契印していたが、契印機がほしくなったので、思い切って購入した。やはり効率的である。この商品は18枚機であるが、22枚程度は対応してくれる。ただし、契印可能枚数は、紙の厚さによって変動することはいうまでもない。
ちなみに、「契印」と「割印」の意味の違いを知ったのは、最近のことである(笑)

5 LINE
 LINEを使っている方は多いと思う。もちろん、私も使用している。実に使い勝手のよいアプリである。
 嘱託人等とやり取りするのに、LINEを使用することが多々ある。FAXはない、メールは使っていないという嘱託人等がほとんどだからである。なんといっても、「LINEでやり取りしましょう。」というと依頼者に喜ばれるのである。
LINEはスマホというイメージが強いが、パソコン版もある。パソコン版だとファイルを簡単に添付できるし、苦手なフリック入力をしなくて済むのである。

6 会計ソフト
 クラウド型の会計ソフトを使用している。クラウド型会計ソフトの最大のメリットは、預金口座と連動していることにある。預金口座の入金・出金状況が事務所に居ながらにして直ちに確認できる。確認できるだけではなく、会計ソフトと連動しているので、帳簿付けが簡単にできる。
当役場は、電子確定日付センターに指定されているので、電子確定日付の請求があった場合の手数料の入金確認をするのも、会計ソフトで行っている。会計ソフトで確認する場合は、ボタンを一つクリックするだけで足り、インターネットバンキングのように、いちいちログインする必要がないのである。

7 最後に
 業務の効率化は、まだまだある。最初に書いたとおり、執務に必要な情報を迅速に検索できる仕組みも考えたい。こんなことを考えつつ、小さなことからコツコツと効率化に取り組んでいきたい。          (川本浩二)

実務の広場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.90 パートナーシップ合意契約について(小沼邦彦)

 先に5年ぶりの東京オリンピックが様々な批判を浴びながらも開催されました。開会式では、日本の男子旗手は八村塁さん、聖火の最終点火者が大坂なおみさんと、大会の理念である「多様性と調和」ということがクローズアップされた大会でもありました。そして、ちょうどこの大会期間中に当役場で初めてのパートナーシップ合意契約の公正証書が作成されたのです。仲介した行政書士はLGBT関係専門の方のようでしたので、今後、他の役場においてもこの契約の嘱託があろうかと思い、1つの相談事例として紹介します。
1 パートナーシップ合意契約の概要
 この契約は、一言でいえば「同性婚契約」であり、共同生活に関する合意契約ということになります。ここでいう「パートナーシップ」とは、連合会の「証書の作成と文例」(以下「文例」といいます。)によると、婚姻関係(同性・異性を問わない。)ではない2名以上の者による共同関係との一般的な意味で使用すると説明されています。また、渋谷区で初めて開始された「パートナーシップ証明書」を交付するために制定された条例においては、「男女の婚姻関係と異ならない程度の実質を備える戸籍上の性別が同一である二者間の社会生活関係」と定義されています。渋谷区においては、この合意契約と任意後見契約を公正証書で作成したパートナーに証明書が交付されますが、この証明書は、婚姻事項を記載した戸籍謄本の代わりになるものということが言えると思います。
渋谷区においては、生涯を共にすることを誓約するという重要性を考慮し、二つの公正証書の作成を求めているわけですが、例外として任意後見契約の作成を免除する場合もあり、その一つとして、財産形成過程にある年齢の若い方達には、パートナーシップ合意契約の中にその事情と将来的には作成する旨を記載する取扱いも認められています。
 当役場の相談者は、40~50代の方でしたので、渋谷区のそれに倣って各人ごとに任意後見契約をしたいとの希望であり、これは通常の様式によるものでした。
2 パートナーシップ合意契約の内容
ア 契約の内容を簡単に説明しますと、法律婚では婚姻により民法等で認められる法律関係が同性婚では認められませんので、二人の共同生活に必要な内容について契約するものと考えていただければいいのではないかと思います。
 その中で、まず重要な事項が強い愛情で結ばれる関係であることを宣言する第1条の「本証書の趣旨」です。ここには、二人の結びつきや互いに対する強い思いなどを聴取した上で、公証人としてはそれらの事情や思いを十分に加味した内容にして記載すべきと考えます。例えば、このような記載ぶりになります。

第1条(本証書の趣旨)
 甲及び乙は、現在まで〇〇年に渡る共同生活の事実及びそれにより育まれた深い愛情と信頼に基づき、お互いに生涯にわたるパートナーとしての意思が揺るぎなく、添い遂げることをここに誓約するとともに、甲及び乙ができるだけ婚姻における配偶者と同等の権利義務を得られるようにするため、次条以下のとおり合意する。
 なお、甲及び乙は、それぞれの親族、関係者並びに関係機関に対し、本契約の趣旨を尊重され、二人の家族としての共同生活に対し、理解と配慮並びに協力していただくよう強く表明するものである。


イ 第1条において、真摯な愛情と信頼で結ばれた関係にあること、そして生涯のパートナーとして添い遂げることを合意した上で、以下、具体的な内容を規定していきます。まず、同居して、支え合うことを誓う「同居・協力・扶助義務」、共同生活の費用の分担、契約前と契約後の財産の帰属を明記する「財産関係」、本契約が解消された場合の財産分割方法を記載する「財産の清算」、そして、本契約を終了する方法及び終了するについて責任ある相手方の慰謝料支払義務等を定める「本契約の終了」など、財産に関する事項が中心となります。
当役場の相談者は、40~50代の方でしたので、「相互の介護」、「災害時の連絡」、「終末期の対応」、「葬儀・埋葬」等の終末期等に関する事項についての要望も多くありました。
3 パートナーシップ合意契約の特色
ア この契約において特徴的な事項として挙げられるのが「療養看護に関する委任」です。これは、病院で治療や手術を受ける場合に、通常配偶者に与えられる同意などの権利を相互に付与するものです。少し長くなりますが、法律婚でなければ認められないものを条文化したものですので紹介します。


1 甲及び乙は、そのいずれか一方が疾病、事故等により医療機関において治療又は手術等を受ける場合、他方に対して、治療等の場面に立ち会い、本人とともに、又は本人に代わって、主治医その他の医療関係者から、症状や治療の方針、見通し等について十分な説明(カルテの開示を含む。)を受けることを予め委任する。
2 前項の場合において、罹患した本人が自らの意思を表明できない場合、治療方針及び治療行為(人体の切開等の外科手術を含む。)の決定に同意するなど、通常配偶者に与えられる権限を予め相互に付与する。
3 罹患した本人は、その通院、入院、手術時及び危篤時において、他方に対し、入院時の付添い、面会謝絶時の面会、手術同意書への署名、本人が予め同意する臓器提供に係る同意等を含む、通常配偶者に与えられる権利の行使について、本人の最近親の親族に優先する権利を相互に付与する。医療契約、入院契約、介護申請及び医療費の支払も他方に委任する。
 

 これは、文例の記載例とほぼ同じものですが、他の条項に比較して詳細なものになっており、渋谷区の条例制定に伴い公正証書の案文作成に携われた先輩公証人の御労苦に感謝を申し上げなければなりません。公証法学(第49号)に掲載された下川德純公証人の講演論文によれば、この制度が実施された平成27年11月当初は、渋谷区の方が証明書を取得するために公正証書を作成するのが多かったのに対し、翌年からはこの「療養監護に関する委任」条項を求めて、渋谷区外の各地からこの合意契約を行う方々が増加しているとのことです。
 この公正証書を入院した病院に示すことにより、配偶者同様の説明を受け、同性パートナーとして、処置方法について同意することにより、パートナーの命が救われることもあるとのことです。法的根拠はありませんので全ての病院で通用するわけではありませんが、まさに公正証書であるからこその効果であると言えます。
イ この契約のもう一つの特色は、これも前記下川公証人の論文にもあるとおり、契約者にとっては記念的な意味合いを持つものと言うことができます。私は、当初、仲介した東京在住の行政書士に対し、コロナ対策もあり、立会はお断りしたのですが、二人の記念写真を撮ってあげたいと言うので受け入れることにしました。前記の下川論文によれば、彼らにとって公正証書作成日は結婚記念日と同じ意味があり、最後に公証人を囲んでの記念撮影を求められることもあるということを承知していたからです。幸い、当役場の仲介者は、署名をするところの撮影を希望するところまででしたが、嘱託人の要請があれば仲介者を立会人とすることも可能と助言したところ、結果として、公正証書には立会人として仲介者の名前が記載されました。
4 法律婚でないことへの対応
ア 同性パートナーは、この契約を行ったとしても法律婚ではないため配偶 者としての相続人にはなれませんので、各人の死亡後の財産をどうするかという問題が残ります。年齢に応じて、遺言、信託等を行う必要がありますが、当役場の相談者はそれぞれ死因贈与契約を締結することを希望していました。
 そこで、公正証書の形式としては、合意契約と死因贈与契約を一体のものとし、合意契約を第1、死因贈与契約を第2とした上で、死因贈与契約の趣旨の条文においては、「甲及び乙は、第1の合意契約において婚姻に準ずる関係の権利義務を認めたことに伴い、相手方が死亡した場合の財産を承継させるため、相互に死因贈与契約を締結する」とその関係性を明記しました。
手数料は、合意契約で1件、死因贈与契約で各1件(各人の目的価額による計算)、任意後見契約は各人ごとに作成しましたので各1件となり、合計5件分としての計算となります。
イ 「パートナーシップ証明書」が交付されたことに伴い、携帯電話の家族割が認められたり、生命保険の受取人として認められる商品が出てきたりと、少しずつ改善が図られているわけですが、法律婚ではないため、同性パートナーに認められていない権利は現在も少なくありません。
相談者からは、その中でも法律婚の場合には認められる生命保険及び社会保険における配偶者としての権利について、将来のことを考慮し、配偶者として受領する意思を表明しておきたいとの要望がありました。確かに、将来の法整備によっては認められる余地は十分あります。このことは、LGBTの方々の権利擁護を図ることを目的とするパートナーシップ合意契約の趣旨からしても記載すべきものであると考え、合意契約に盛り込むことにしました。
5 最後に
 私が関与したパートナーシップ合意契約書については以上のとおりです。
 公正証書の作成がLGBTの方々の権利を擁護することになることは公証人としても喜びであり、今回のオリンピックの開催と相俟って私にとって印象に残るものとなりました。今後、一層、一人一人の個性を重んじる社会になってほしいと感じた次第です。         (小沼邦彦)

民事法情報研究会だよりNo.51(令和3年10月)

秋涼の候、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
 9月末日までとの期限で、全国各地に出されていた緊急事態宣言は、いずれも解除されることになりましたが、一部の専門家によると、10月以降も感染再拡大のおそれなしとのことで、まだまだ安心はできない状況が続くようです。
 先般、当研究会の理事等で協議した結果、誠に残念ながら、12月11日に予定していたセミナーを中止することを理事会で決議しました。政府で検討している緩和措置の内容の詳細は判明していませんが、現時点では、全国から多くの人が集まって飲酒を伴う会食を行うことが許容される状況にはありませんし、仮に行うとしても、着席による飲食となり、かつ、席の異動を原則禁止とせざるを得ないなど、例年のように、会員各位が相集い、懇親を深められる形態での開催が難しいと判断されたものです。
 今後の情勢の変化等を注視しながら、来年6月18日開催予定の会員総会のときには、例年の形式での開催ができることを期待しているところです。(YF)

今日この頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

爆弾を抱えて(星野英敏)

1 右足の膝から下だけが腫れる
 今年(令和3年)の3月初め、右足のふくらはぎに筋肉痛のような痛みを感じたので、風呂に浸かりながらマッサージでもしてみようかと思って良く見ると、左足に比べて右足の膝から下が異様に腫れていて、腫れた部分を圧迫すると痛みを感じることがわかりました。
2 血栓症を疑う
 インターネットで調べてみると、深部静脈血栓症(いわゆるエコノミークラス症候群)が疑われることから、直ぐに血管外科を受診すべきだということが書かれていました。
右足の腫れは3月4日をピークに5日には引き始めていましたが、念のため、6日の土曜日に近隣の血管外科がどこにあるのかを調べ、車で約1時間の大学病院に行ってみました。
 しかし、土曜日は血管外科の外来受付をしていなかったため、やむを得ず自宅近くの病院で内科の診察を受けた結果、足の静脈に血栓が生じている可能性があることから、改めて次の木曜日にその病院に来る非常勤の循環器内科医に診察してもらうこととして、とりあえず血流を改善し血栓を防止する薬の処方を受けました。
3 深部静脈血栓症確定
 3月11日の木曜日に循環器内科の医師の診察を受け、血液検査とMRI検査の結果から、右足の膝付近で、一番太い深部静脈の血流がほぼ完全に止まっていることが判明しました。
 足の腫れが4日をピークに引いてきたのは、塞がった静脈の代わりに他の静脈がバイパスとなって働きだした結果と思われるとのことでした。
 この間、何らかの原因で血栓がはがれて流れ出していれば、命の危険もある肺動脈塞栓症のほか、脳梗塞や心筋梗塞などを発症する可能性があり、運よく命が助かっても、半身不随といった後遺症が残ることもあるとのことでした。
 そこで、3月25日に別の総合病院の血管外科を受診できるよう予約をとってもらい、紹介状も書いてもらいました(田舎のことで、市内最大の総合病院でも血管外科の専門医は常駐しておらず、診察も週1回だけという事情から、ちょっと先の予約となりましたが、本当は、できるだけ早く専門医の診断を受けるべきです。)。
4 爆弾抱えて
 3月11日から次の受診までの2週間は、いつ爆発するかもしれない時限爆弾を抱えて過ごすような毎日となりましたが、半身不随でも命さえ助かればと覚悟を決め、救急搬送に備えた準備をして、平日は毎日、調停委員として裁判所に通っていました。
 調停委員としての活動中も、右足に刺激を与えないよう、文字通り腫物に触るように、階段も避けてエレベーターを使う毎日でした。
5 血管外科受診
 3月25日、血管外科の専門医を受診し、改めて超音波による検査を受けました。
 場合によっては手術が必要になるかもしれないと思っていましたが、薬が効いて血栓は縮小し、血流も回復しているとのことでした。
 ただし、まだ血栓が飛ぶことも考えられることから、少なくとも3か月は薬を続けることが必要とのことでしたので、最初に受診した病院で投薬と経過観察をしてもらうことになりました。
 また、体質的な要因やがんなどの病気によって血栓ができている可能性もあるとのことから、併行してそれらの要因の有無も検査してもらいましたが、それらは確認されませんでした。
 最終的には、発症から半年程度経った今年の9月か10月ころに再度検査し、その時点で血栓が確認されなければ、今回の治療を終わる予定です。
6 血栓はどこへ
 血栓は縮小したとのことでしたが、少しずつ溶けてしまったのか、小さく分かれてどこかに飛んで行ったのかはわかりません。
 最近の物忘れは血栓による脳梗塞のせいかもしれないと思いましたが、随分前からの症状なので、今回の血栓症が原因ではないようです。
7 血栓ができる原因と予兆と思われること
 この時は、まだ新型コロナウイルスのワクチン接種前だったので、血栓ができる原因としては、血管の老化、運動不足、水分不足などが考えられ、これに加えて体の特定部位の血流を阻害するような姿勢を継続していたこと(我が家の猫たちと一緒に寝ていたので、そうなってしまったのでしょうか。)が引き金になったものと思われます。
 振り返ってみれば、夜中にこむら返りを起こしたり、洗い物で特定の指だけ手荒れがひどくなったりしたのも、一部の血管の流れが良くないことが原因と思われ、このようなことも予兆の一つだったかもしれません。
8 血栓症予防策など
 血栓症を起こさない対策としては、適度な運動、こまめな水分補給(特に就寝前及び起床時の水分補給)、過度の飲酒の抑制(これはなかなか困難です。)、飲酒後にはこれを補う水分を補給しておくこと(これは心掛けています。)などが考えられます。
 また、長時間同じ姿勢をとらないようにすること、やむを得ない場合はこまめに休憩を入れて軽い運動をするか、少しずつでも足を動かしておくことなどです。
 そのほか、前述の予兆のようなことがあれば、水分補給のほか、食事面でも、血液をサラサラにする食品を採るよう心掛けるのも良いと思われます(妻はしばらくの間、毎食玉ねぎスライスを出してくれました。)。
血栓症を発症してみて、自分の体もガタがきていることを思い知らされ、小さな異変も見逃さないよう自分の体に向き合っていかなければとの思いを強くしたところです。(星野英敏)

回想法(小畑和裕)

1 公証人を退職してから8年が過ぎた。辞めた当初は旅行をしたり、図書館やジムに通ったりして仕事から開放さ  れた喜びを満喫していたが、やがて飽きた。NHKのチコちゃんから「ボーッと生きてんじゃねえよ!」と、どやされる日々となるのは意外に早かった。自然の美しさや、様々な出来事に感動することも少なくなった。特に酷くなったのは、人の名や地名を直ぐに思い出せない事だ。テレビを見ていてそのタレントの名が思い出せない。一緒にいる相棒に聞くとやはり分からない。その代わり、その人が最近結婚したこと、誰それの子であることなど、タレントの付属情報などはやけに良く覚えている。暫くすると、何の脈絡もなくフッと思い出す。「認知症になったのかな」という思いが強くなる。
2 ある日、散歩の途中、本屋に立ち寄り吃驚した。長谷川和夫医師の新刊本が目についたのだ。本のタイトルが、「ボクはやっと認知症のことが分かった」とある。今更言うまでもなく彼は、公正証書遺言を作成する際、嘱託人の意思確認をするため幾度となくお世話になった「長谷川式簡易知能評価スケール(HDS―R)の考案者だ。その先生が認知症になられたのだ。その事に驚く一方で、「やっと認知症のことが分かった」とはどういう意味なのか。疑問が湧いてきた。
またある日、新聞で認知症の義父をケアしている親族の苦労話を読んだ。その人は、正しい方法でケアをするために認知症のことを基礎から勉強し、資格試験に挑戦したという。認知症に関心を持ち始めていた私は、漠然とした知識しか持っていなかった認知症について勉強をしてみる気になった。受験のための公式テキストを買い求めた。
3 介護保険法によれば、認知症とは、「脳の器質的な変化により日常生活に支障が生じる程度にまで記憶機能及びその他の認知機能が低下した状態をいう」とある。つまり認知症は、認知機能に障害があり、日常生活に支障が生じる状態にある病気なのだ。前述した人名や地名が一時的に思い出せないのは、老化による、物忘れ・度忘れであり、日常生活に支障は生じておらず病気ではない。認知症ではないのだ。安心した。しかし油断は禁物だ。認知症ではないが軽度認知障害(MCI、Mild Cognitive Impairment)といわれ、認知症予備軍だという。古いデータで恐縮だが、2012年の認知症有病者数は462万人であり第1次団塊の世代がすべて後期高齢者となる2025年には約700万人になると推計されている。また、軽度認知障害(MCI)者は400万人といわれ、その半数は適切なケアを行っても、5年後には認知症に進行するとされている。2025年問題だ。大変な事態になっているのである。
 厚生労働省は、認知症の高齢者が増加する中にあって、当初は早期発見・早期治療を目指していたが、認知症の予防に重点を置くこととし、2012年に介護予防・日常生活総合支援事業を創設した。その事業を実施するための、「介護予防マニュアル」では、「認知症を予防するためには、その前段階とされる軽度認知障害(MCI)の時期で認知機能低下を抑制する方法が現時点では最も効果的である」とされている。つまり、認知症の発病を予防することを最重要視しているのだ。
4 認知症患者の認知機能の改善に回想法という手法がある。回想法は、1960年代にアメリカの精神科医ロバート・バトラーが提唱したもので、当初はうつ病治療に行われていた。過去を語ることで精神が安定し、認知機能の改善も期待できる心理療法であることから、認知症患者のリハビリにも利用されるようになった。認知症は、記憶障害が進んでも古い記憶は比較的最後まで残っている。その特徴を生かした手法だ。回想法にはグループで行う方法と個人で行う方法とがある。最近、この方法は認知症の予防にも効果があると考えられている。多くの人々と出会い、交流し、懐かしい思い出話を語り合う。「話す」、「聞く」、「コミュニケーションをとる」という行為が記憶を維持し、脳の適度な刺激になり、認知機能の維持に効果があるとされている。
5 購入した受験テキストを読んでは忘れ、また読むという生活を三ヶ月ほど続けた。運転免許証取得のための勉強以来、久しぶりの受験だったが楽しかった。受験者は殆ど若い人たちだった。しかも施設で働いている人や家族の介護を現実に行っていると思われる方々が多かった。家族には内緒で受験したが何とか合格し、認知症予防支援相談士の認定証を頂いた。マイスターと我が名が表示されたカードを携帯しているが、相談を受けた実績は全くない。
新型コロナの感染が一日も早く終息し、民事局や法務局のOB会等に参加し、過去の苦労話や楽しかった思い出を語り合い、脳の刺激をうけ、楽しい時を過ごす。その効果として、5年後においても認知証は絶対に発症しない。言い忘れたが、軽度認知障害(MCI)の状態から5年後には、適切なケアをしても、その半数が認知症を発症すると推計されているが、40%は現状維持、10%が正常になるという。適切なケアに努めて10%を目指すのが現在の目標だ。
ボーッと生きてなんかおられないのだ!(小畑和裕)

実務の広場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.89 保証意思宣明公正証書の作成について(アンケート結果)

(羽田豊光)

 保証意思宣明公正証書の作成に当たっては、適正・迅速な事務処理のために様々な工夫をしておられることと思います。そこで、九公会では、昨年、会員に対するアンケートを実施し、各役場における取扱いを取りまとめ、その結果を周知していたところですが、会長の了承を得たので、皆様にご紹介します。

1 作成する上で工夫又留意している事項
⑴ 口授について
○ 保証の法律関係、効果について資料を渡して説明し、理解度を慎重に判断した上で、必要事項を口授させている。
○ 質問事項、特に保証リスクについては、具体的で分かりやすい表現に努めている。
○ 金融機関によって(同一の金融機関でも本店・支店によって)今回の民法の一部を改正する法律で規定された「事業に係る債務についての保証契約」等の理解度や、保証意思宣明公正証書に関わる理解度が異なることから、金融機関の担当者から保証人になろうとする者に対して事前に保証意思宣明公正証書に関して的確な説明がされていないケースが散見されるので、保証人になろうとする者の口授に関しても、時間をとって丁寧な対応を心掛けている。
○ 遺言と同様の方法で口授を求めており、保証意思宣明公正証書として特段の工夫等はしていない(主債務者又は金融機関担当者が同行することがあり、事前に説明等を受けることはあるが、口授の際は退席をお願いしている。)。
○ 民法第465条の6第2項第1号の口授は、保証意思宣明公正証書作成の際に行ってもらうことになるが、これが円滑にいくように、次の手順で、進めている。
 まず、端緒として、債権者、主たる債務者又は保証人予定者から電話が入ってくるので、保証意思宣明公正証書を作成することの趣旨と保証意思宣明公正証書を作成する前提として、保証人予定者が理解していなければならない事項、主たる債務者から情報提供を受けていなければならない情報について説明し、これらを確認するために所定の書類が必要であることを説明する。
 次に、保証人予定者に、当職が説明した書類を持参の上、公証役場に来てもらい、保証人予定者が、主たる債務の内容、自分が負うことになる保証契約の内容と保証リスク、主たる債務者からの情報提供事項について、理解しているかどうか、情報提供を受けているかどうかを聴取し、おおむね理解しているようであれば、保証意思宣明書について、説明をし、記入をしてもらう。保証意思宣明公正証書の作成日について予約をし、帰ってもらう。
○ 保証意思宣明書の各項目について、順次質問し、同質問に答えてもらうという手順で行っている。
○ 嘱託人に保証意思宣明書を準備して来所するよう依頼している。
○ 保証意思宣明書を粛々と読み上げてもらっている(保証意思宣明書を粛々と読み上げれば足りるように作成してもらっている。)。
○ 相談時に保証予定者に対し、公証人から質問する予定の内容を示しており、更に金融機関の担当者からもレクチャーを受けるなどして保証する内容をしっかり把握するよう伝えている。
○ 保証意思宣明書のほかに口授すべき事項を文書で伝えている。
○ 事前相談においては、法改正がされた経緯と改正民法の概要等を十分説明した上で口授を受けている。
○ 質問シートを作成し、それに従って口授を受けている。
○ 嘱託人及び金融機関に対し、公正証書作成当日に公証人が嘱託人に対してする質問事項について、当役場で独自に作成した「手続案内ペーパー」をあらかじめ渡している。作成当日は、嘱託人がメモを見て応答する方法を採っている。
○ 保証意思宣明書を見せないで口授してもらっている。
○ 保証予定者に、あらかじめ、口授をしてもらう事項を記載した資料(他の公証役場と共同で作成したもの)を交付し、口授の進行の一助にしている。
○ 債権者、主たる債務者を確認の上、まず、主たる債務者が借り受ける資金の使途を聞くようにしている。そのほとんどが共同住宅建築のための資金であるため、共同住宅の部屋数、賃料を確認し、それから借入元金、利率等を聴取し、共同住宅の入居率が低下し、金融機関等への支払いが滞った場合に保証人が支払わなければならないことを理解しているかを確認している。
⑵ 公証人使用欄(口授メモ)について
○ チェック式のメモを活用している。
○ 作成当日は、口授メモを利用し書き留めている。
○ 質問及び回答事項を簡潔にメモしている。また、メモ事項は、日公連文例委員会の執務資料の記載を参考に作成している。
○ 「情報提供」、「履行意思」については、保証人が全くの第三者の場合は、債権者との関係、保証人を引き受けた経緯、債務者の他の債務の返済状況等を聴取して、詳細な記載をしている。
○ 「違約金」や「その他」については、口授の後、契約書の当該条項等に当たり確認させた旨記載している。
○ 求償権者農業信用基金協会の求償債務のうち、求償元金の遅延損害金の額が利子補給に絡むものについては、県のホームページ等に掲載されている現在の利子補給率を嘱託人に示して確認させた旨記載している。
○ 口授が予定されている事項について、事前に提出された主債務者の情報提供義務に係る資料及び保証内容の裏付け資料を基にあらかじめ内容を記載しておき、口授内容と齟齬する点がないかどうかチェックするとともに、保証予定者の保証意思、保証リスクの理解度を確認している。
○ 相談があった段階で作成し、口授の際の参考にしている。
○ 主債務者との密接な関係性に着目して聴取しメモするよう心がけている。
○ 面談の際のメモ用として活用はしているが、記録保存用としては適さないと判断し、記録用のメモは別途パソコンで作成している。
○ 保証意思宣明書として公証人印を押印し、原本に連綴している。
○ 都城役場から情報提供を受けた様式を使用している。
○ 質問シートを作成し、利用している。
○ 別途、当役場独自の様式を作成し、使用している。
○ 口授事項に沿ったメモを作成している。
○ 効率化のために、公証人が、事前に提出を受けた「宣明書」に基づき口授メモを記載しておき、作成当日は、保証予定者の口授を受けて、口授メモの記載を確認する方法を採っている。
○ 日本公証人連合会作成の保証意思宣明公正証書執務資料(令和元年9月版)の口授メモを使用し、付属書類として公正証書に添付している。
⑶ 日程調整(口授日と作成日)について
○ 保証意思の有無を十分確認するため、当面、口授日と作成日を分けて行うこととしている。
○ 第1回目の相談日とは別に、公正証書作成日を定め、その日に口授を受け作成している。公正証書作成の場には、保証人予定者しか入れていない。
○ 口授日と作成日は、同一日としているが、事前に「保証意思宣明書」や資料等を持参等してもらい、その時に作成日時を確定している。
○ 口授日と作成日は、同一日としている。
○ 保証意思宣明書を提出して、おおむね1週間後に公正証書作成日をセットしている。
○ 保証人になろうとする者の都合や金融機関の要望も踏まえながら、口授日と作成日を同一日に設定する方向で、日程調整の段階から保証人になろうとする者又は金融機関と綿密な事前打合せを行っている。
○ 必ず事前に保証意思宣明書ほかの資料を持参してもらって口授事項を確認しており、原則、翌日以降に証書を作成(作成日に改めて口授)している。
○ 嘱託人が役場に来るのは、原則1回とする取扱いをしている。そのため、事前に宣明書、身分証、契約書等を郵送、ファクシミリ等により提出させ、電話で日程の調整を行っている。なお、直接、宣明書等を持参して申込みに来た場合にも口授はさせず、宣明書、契約書等の内容を確認する程度にしている。
○ 口授日と作成日を同一日にしているので、保証予定者にはあらかじめ確認事項をきちんと理解した上で来所するよう要請している。事前提出資料の提出を受けてから3日から4日後に口授日及び作成日を設定している。
○ 事前に打合せを行うことによって、口授から作成まで同一日に行っている。
○ 現時点においては、口授日と作成日を分けて行っている。
○ 保証契約日を確認した上で、相談日と証書作成日を調整している。
○ 保証人に資料を持参させている。受付から1週間以内には作成している。
⑷ 作成できなかった事案について
○ 連帯保証人は、92歳で、物上保証人でもある。主たる債務者は、その息子である。連帯保証人が所有する土地に共同住宅を建築する。借り入れる元金は述べたものの、その他の利息、損害金等の口授事項については述べることなく、他の話を繰り返す。認知症ではないかと思われた。その後、金融機関から公正証書を作成できなかった理由を聞かれたが、保証契約の内容を理解していない旨回答した。
⑸ 事務の効率化のために工夫している事項について
○ 口授日と作成日を分けることによって、不足資料の提出、保証意思宣明書の補正、公正証書の作成等がスムーズに行える。
○ 債権者(金融機関)、債務者及び保証人予定者からの照会に対応するため、必要書類のメモを作成し、FAXなどで送信又は交付している。しかし、最も重要なことは、主たる債務の内容(契約当事者、債権額、利息、違約金、損害賠償の定め、弁済期、弁済方法など)及び保証契約の内容が確定していること及び主たる債務者から保証人予定者に対し情報提供が行われていることなので、債務の内容が未確定であったり、主たる債務者からの情報提供がされていないと、保証意思宣明公正証書の作成には着手できない旨伝えている。
○ 作成に必要な書類を箇条書きした案内文書を渡している。また、あらかじめ、必要書類のコピー等をメール・FAX・持参してもらい、口授日に証書を交付できるよう準備している。
○ 事前の面談やファクシミリ等により、保証に関する民法等の説明と本人の保証意思等を確認して、作成当日の公正証書作成がスムーズに行えるようにしている。
○ 債権者(銀行等)へ十分な説明を行っている。銀行に対し、連帯保証人が理解できる資料の作成を依頼している。
○ 初期段階(相談段階)から、金融機関の担当者の理解度又は保証人になろうとする者の属人的要素を考慮した丁寧な対応を心掛けている。その観点からは、事務の効率化のためのツールとしては、公証人の説明段階での、法務省作成の関連パンフレット(法律の素人目線で分かりやすく新制度の要点が記載されたパンフレット)の活用が有用であると実感している。
○ 事案によっては、事前に嘱託人に公正証書案文を手交し、金融機関の確認をお願いしている(嘱託人の考えと金融機関の意向が相違していたため再作成を要した事案がある。)。
※編者注:令和2年1月16日付け日公連総括理事通知により、証書案文
  の事前手交は相当でないとされている。
○ 事前提出資料を基に保証意思宣明公正証書(案)を作成しておくとともに、口授内容が保証意思宣明公正証書(案)と齟齬することがないよう、保証予定者にはあらかじめ確認事項をきちんと理解した上で来所するよう要請している。
○ 主に金融機関の担当者と事前の打合せを行うことによって主たる債務の内容の把握に努めている。
○ 事前相談時に質問シート(保証意思宣明書)を渡し、記入押印し提出させ 
 ている。
○ 当初は、金融機関ごと、貸金、手形貸付、求償、根保証等の案件ごとに類型化しようとしたが、同じ銀行であっても融資案件ごとに口述事項(ひいては証書記載事項)がばらばらであることから、類型化による省力化は困難であった。現在は、保証意思宣明書の作成について、きちんと作成できるよう十分な説明を行い、提出があった保証意思宣明書については、その紙をスキャナで読み込み、OCRソフトでテキスト化し、それをMSワードに貼り付けることで作成している。300 dpiでの読み込みでは、誤読があったが、600 dpiでの読み込みでは、誤読が少なくなった。
○ 「都城公証人作成の案内書」により、相談時にこれを示して説明している。
○ 事前相談においては、債権者及び保証予定者に対して、口授事項と情報提供すべき資料等を十分説明するとともに、金融機関に対して、進捗状況を確認している。
○ 相談の際に、説明資料を渡して公正証書作成の流れを説明し、公正証書の作成ができないことのないように、口授事項については、十分に理解してから公正証書作成に臨むよう話をしている。
○ 事前相談後、主債務目録の内容については金融機関に確認している。
○ 当役場独自に作成した「手続案内ペーパー」を金融機関及び嘱託人に事前配布しておき、作成までの手続をスムーズに進められるようにしている。
○ 最初の相談には、金融機関の担当者を同席させている。本制度スタート直後は、金融機関の担当者の同席を認めなかった。そのため、嘱託人が必要書類を準備するのに、何度も金融機関と公証人役場を往復する等、嘱託人への負担が過大となったので、これを改めた。もちろん、公正証書作成の際には、金融機関の担当者及び主債務者等の同席は認めていない。ちなみに、遺言相談では、受遺者の同席を認めているので、その方法に準じた取扱いとした。
○ 相談段階で、金融機関に内容を確認しなければならない事があり、できるだけ金融機関の担当者も同席させるようにしている。
⑹ その他について
○ 口授の前に、民法改正の経緯及び改正民法の概要等を説明している。

2 主債務目録の記載事項
⑴ 利息(変動利率の場合)について
○ 利息、違約金、遅延損害金その他その債務に従たる全てのものの定めについては、その有無を記載し、有りの場合は、主債務に係る契約書等の定めを原則としてそのまま記載している。保証意思宣明書への記載もそのように指導している。
○ 該当事例がまだないが、変動利率の約定を記載する。
○ 利率に関する特別な事案(変動利率など)はない。
○ 契約書どおり記載する。
○ 変動利率に関して、具体的な利率等を数値で定める予定ではあるものの、保証意思宣明公正証書の作成時は、その利率が確定していないケースにおいて、保証人になろうとする者に保証リスクの上限を認識させる観点から、「年○パーセントの範囲内で定める利率」などと口授させるよう留意した事例があった。
○ 具体的に契約書どおりの記載をしている(保証意思宣明書には該当欄が狭いので別紙で記載(契約書の写し等)してもらっている。)なお、金融機関によっては、保証意思宣明書・契約書に「○○%以内で定める率」と記載されており、その場合は主債務目録にも同様の記載をしている。
○ 利率と金利が固定されている期間があればその年数を記載し、固定期間終了後については、その旨(短期プライムレ―トに連動など)記載している。
○ 金銭消費貸借契約書等などに示された利息の記載を相当程度敷衍して記載している。
 (例)利息 変動金利 年○.○○%(短期プライムレート±○.○○%の割合とし、長期貸出最優遇金利に基づき設定)
○ 「年○%(変動金利)」と記載している。
※編者注:変動利率に関する約定の内容をそのまま口授し、筆記すれば足りるとされている(執務資料10ページ)。
○ 契約書、特約書等のとおりに記載してもらっている。
○ 変動金利であるの旨の記載は行うが、詳細な記載は行っていない。
〇 債権者との確認のもと、契約書に記載されている変動利率の内容をほぼそのまま記載している。
○ 変動利率の記載は、記載事項が大量になるものがあるが、契約書案の利息欄に記載されているとおりに記載している。利息欄に記載されている引用部分は記載していない。なお、口授の際は、引用部分についても口述を求めている。
○ 保証意思宣明書に記載された利息を基に主債務目録を作成している。その前提として保証意思宣明書に記載された利息と金銭消費貸借契約書案とを照合している。保証意思宣明書は、嘱託人が金融機関の協力を得て作成している。
○ 契約書の変動利率の内容をほぼそのまま記載している。
○ 5年間は固定金利で、5年後に合意により金利を見直す。ただし、合意できないときは、変動金利となる事例の場合に、当該変動金利の内容等も記載すべきか苦慮する。
○ 利息〇%(変動金利)短期プライムレート-〇〇%
 ただし、変動金利利用期間中に任意に固定金利に切り替え可能(住宅ローンについては、金利選択型住宅ローンが多く、ただし書きのとおり記載してもらいたい旨要望あり。記載については、口授があれば記載することとしている。)。
⑵ 元金の支払期限又は支払方法について
○ 元金の支払期限等は、法定の記載事項(法定口授事項ではない。)(民法465条の6第2項)ではないため、保証意思宣明書に記載していないので、公正証書にも記載していない。
 ※編者注:法定口授事項ではないことから、保証意思宣明書には記入する欄が設けられていないものの、保証する債権の内容を確認するため、文例では、元金の支払期限(又は支払方法)が記載されています(執務資料37ページ)。
○ 通達及び種々の解説書に従い、「期限の利益喪失条項」などは書いていな 
 いが、保証人が保証リスクについて理解しているかという観点からすれば、本当はこれも書く必要があるかも知れないと考えている。
○ 執務資料14ページ12行以下に該当する事例(同額の金銭消費貸借が複数ある場合)でなければ、記載していない。
○ 支払期限又は支払方法を記載している。
○ 日公連文例委員会の執務資料では記載例が示してあるが、口授事項ではないので、原則記載していない。口授メモに記載することはある。
○ 元金の支払期限のみ記載している。
○ 原則として記載していない。
○ 当初、1か月程度は記載していたが、契約書案では300回の分割払いであったところ、公正証書作成後、銀行から「当初は300回で進めていたのですが、最終的に297回になりました。どうしましょう。」と相談があったこと等から、以後、同一内容の融資があって支払期限等で差別化が必要など、特に必要がない限りは、記載しないこととした。
○ 現在のところ記載しているが、法定の記載事項ではないので、今後は、記載しないようにしたいと考えている。
○ 元金の最終弁済期日を記載している。
○ 最終支払い期限、毎月の支払額を記載している。銀行からは返済期間 〇年〇か月、毎月払い 第1回○○円、第2回から第60回 〇〇円と記載してもらいたい旨の要望あり(年月を記載すると、融資実行日の変更があった場合に対応できず、再度保証意思宣明書の作成が必要になる。)。口授事項でないから、記載しない方向で検討中。
⑶ その他について
○ 日公連作成の執務資料(令和元年9月版)37ページの「主債務目録」に記載はないが、「違約金」及び「その他債務に従たる全てのもの」の2つの事項を追加記載し、「主債務目録」を作成している(民法第465条の6の第2項1号イ及び同項2号から)。
○ 「違約金」及び「その他主たる債務に従たる全てもの」については、法定口授事項であるから、当該項目に関する定めがあるかないかも記載する必要があり、当該項目に関する定めがない場合には、「定めなし」と記載する。
○ 保証人になろうとする者は、主債務の元本の内容については理解しているものの、利息、違約金、損害賠償その他元本債務に従たる全てのものの定めの有無やその内容については「無関心」、「無頓着」な者が散見されることから、保証意思宣明公正証書の制度趣旨等についての公証人による事前説明(金融機関の担当者に対する説明を含む。)の位置付けが重要と考える。
○ 違約金その他の事項の記載に苦慮することがある(執務資料に文例なし。基本的には契約書記載のとおりに記載すべきかと考えている。)。
○ 違約金及びその他保証すべきものについては、原則、主債務目録に記載していないが、例えば、嘱託人が宣明書に違約金「上限200万円」と記載し、また、口授し、かつ資料等からそれが裏付けられる場合などは、嘱託人の口授した事実を証書に反映させる観点から、その旨記載している。
○ 「違約金」、「その他保証すべきもの」を項目として追加している。
○ 違約金がある場合も、契約書の記載をほぼそのまま記載している。
3 保証予定者から提出された主債務者の情報提供義務(改正法第465の10)に係る資料及び保証内容の裏付け資料等の保管方法
⑴ 連綴方法について
○ 附属書類として公正証書原本に連綴(執務資料29ページ)。
○ 保証人予定者の印鑑証明書、保証意思宣明書、金銭消費貸借契約書・保証契約書(信用金庫取引約定書・保証約定書など)、主たる債務者の確定申告書の控え(附属書類を含む。)、財産債務調書、主たる債務者に他に債権者がいる場合の他の債権者の債権額及び履行状況が分かる書面、今回の債権者に担保を提供する場合の担保目録を連綴している。
○ 保証意思宣明公正証書に添付して保管している(資料等は添付の茶封筒の中に保管)。
○ 証書とは別に(連綴せず)保管している(分厚くなるため)。
○ 執務資料29ページによると、「資料を附属書類として公正証書原本に連
 綴することが望ましい」とあるが、「望ましい」との記載に止めてあるため、現時点では、参考資料扱いとし、連綴や契印などはしていない。
○ 主債務者の情報提供義務に係る資料及び保証内容の裏付け資料は、可能な限り保証意思宣明公正証書原本と連綴している。
○ 資料等は量が多いことから、当面は別冊として保管している。
○ 確定申告書、貸借対照表、損益計算書等が提出され、これらの資料により情報提供を受けた旨の記載がある場合は、連綴している。
○ 現在は、仮綴りの状況にある。
○ 資料等は別綴りとしているが、保証意思宣明書は原本に連綴している。
○ 参考資料として、別保管している。
○ 附属書類として保管している。
⑵ 契印について
○ 附属書類であるから契印する。
○ 保証人予定者の印鑑登録証明書のみ契印をしている。
○ 契印はしていない。
○ 連綴する書類には、契印をしている。連綴しない、参考で綴っておくものについては契印していない。
○ 契印を行うのは、本人確認資料までとしており、情報提供の資料等には契印を行っていない。
⑶ その他について
○ 保証人になろうとする者が、債権者や主債務者との間柄や人的関係から強く保証人になることを要請(懇願)されたような諸事情が窺われるケースでは、特に、保証人になろうとする者が「保証のリスク」を正確に認識しているか否かを公証人が確認するために、①情報提供義務の裏付けとなる資料等の確認と、②保証人になろうとする者が保証人になろうと決断した経緯や諸事情についても念入りに確認を心掛けている。
○ 情報提供に関する資料としては、基本的には確定申告書の写しの提供を受け、保管している。
4 その他について
○ 債権者の本店・商号(主たる事務所・名称)、主たる債務者の住所・氏名
 の記載の正確性を確保するため、会社の登記事項証明書、住民票又はそれらのコピーの提出をお願いしている。
○ 令和2年4月1日の改正民法施行前に、公証役場で、地元の主要銀行の融資部門担当者に対して(銀行担当者からの質問・相談を受ける形で)保証意思宣明公正証書に関する簡単な説明会を実施したが、同一の金融機関であっても本店・支店によって保証意思宣明公正証書に対する理解度に差異があることや、中小の金融機関(信用金庫・信用組合等)に対しては丁寧な事前説明が必要と感じるケースが多々あることから、機会を見つけて、公証人が講師となり、県内の全ての金融機関向けの研修等を企画する必要があるかもしれないと考えているところである。
○ 執務資料6ページにおいて「保証意思を確認する際には、この新たに創設された情報提供義務に基づいて提供された情報の内容も確認し、保証予定者がその情報も踏まえて保証人になろうとしているかを見極めることになる。」との説明がされているが、主債務者から保証予定者へ提供された情報中、主債務者の財務及び収支の状況等に関する情報に関する部分について、公証人として、どの程度の資料を求めて把握すれば足りるのか苦慮している。
○ 根保証の「主債務の範囲」について、嘱託人にどこまで口授させるか、また、具体的な記載内容(項目)をどうするかについて苦慮している。
○ 嘱託人は、主たる債務者と同居している配偶者、親、子がほとんどで、これらの嘱託人にどこまでの資料の提出を求めるか、苦慮している。
○ 主債務の内容及び支払方法が明確な債務弁済契約(元金均等分割弁済、利息・損害金なし。)について、事前相談を経ることなく、連帯保証人へのリスクの説明及び質問シート(保証意思宣明書)への記入により、債務弁済契約と連件で作成したことがある。
○ 居住用建物に附属している売電のための太陽光発電設備を含む融資案件についても、作成に応じている。このような融資も事業のための貸金等として保証意思宣明公正証書の作成が必要かどうかについて疑義があるものの、嘱託があれば作成している。
○ 融資案件に保証会社がつく場合の求償債務等保証意思宣明公正証書については、金融機関の担当者も理解していないことがあり、貸金等の原契約の保証意思宣明公正証書作成時に融資金融機関に保証会社の保証が付く案件なのか確認しながら対応した方が良いものがある。
  このような案件は、①原契約である貸金等連帯保証意思宣明公正証書及び②求償債務等連帯保証意思宣明公正証書の2件の公正証書作成が必要となる。(羽田豊光)