民事法情報研究会だよりNo.36(平成30年12月)

歳末の候、会員の皆様におかれましては何かと心せわしい日々をお過ごしのことと存じます。
さて、平成23年3月の東日本大震災発生当時、仙台法務局長をしていた橘田会員(厚木公証人)にそのときの様子を、本号と次号の2回に分けて、寄稿していただきました。災害は忘れた頃にやってくる・・・時が経つと災害の記憶や助け合いの気持ちは薄れがちですが、昨今の次から次に発生する地震・豪雨・台風等の悲惨なニュースを見るにつけ、決して他人事にしてはならないという思いを新たにする今日この頃です。(NN)

今 日 こ の 頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

あの日 それから7年余を経て(その1)(橘田 博)

平成23年3月11日午後2時46分、多くの犠牲者と多くの街を壊滅させ、福島の原発事故の引き金となった、あの日あの時から7年余の歳月が流れました。
今般、本誌編集幹事から、あの時の様子など書いていただけたらとのお話があり、筆をとることにいたしました。
あの日から一月余りは、すべてが無我夢中の中で過ごした日々であり、退職後、当時を記録したデータが引っ越し荷物にまぎれ紛失したことから、曖昧な記憶に基づく回顧になっています。また、とりとめのない話や情緒的な表現が多々登場しますが、寛容な読者の皆様ゆえお許しいただきたくお願いいたします。
この原稿を書き始めようと重い腰を上げたころ、BSNHKの「心旅・2018秋」が始まりました。
毎朝、8時45分から楽しみに視聴している番組です。
今回は、北海道から静岡県までの旅です。その放送の開始直後、北海道胆振東部大地震が発生しました。
地震は、一行が襟裳から帯広に抜け、厚岸に着いた日の夜半に発災し、翌日の行程は、電気、鉄道も止まっているため、中止となった旨、放送は伝えていました。
翌日以降の放送を見ると、その後、旅は続けられ、青森県にわたり、10月中旬には、岩手県、下旬には宮城県を火野正平さんは、走り続けています。
しばらく訪れていない東北の地をテレビで見させていただき、また海岸線の町々の映像を見るたびに、当時のことが昨日のように蘇ってきて、なかなか進まない復興の難しさを感じるとともに、しかしながら、そこに暮らす人々の笑顔に救われる思いをしています。
前書きが長くなりましたが、当時のことを思い返しながら、筆を進めたいと思います。

1 二日前(その前日から)
発災3日前の3月8日、あと数日で、法務局生活にピリオドを打つ最後の職場視察に朝から出かけ、県北の登米支局、気仙沼支局に伺う。気仙沼市にて、いつもの常宿に宿泊。
気仙沼支局において、当時の東海林支局長と地震・津波に備えた防災訓練が話題となり、気仙沼支局が入居する国の港湾合同庁舎では、机上訓練は行っているが、実地訓練は未実施と伺いました。
気仙沼の港周辺の港湾施設の中の中高層ビルは、港湾合同庁舎と県合同庁舎のみであり、付近には缶詰工場など水産加工場が多数あることから、いざというときには、2棟の合同庁舎に避難者が予想されるが、国合同庁舎の出入り口は自動ドアのため、停電により開閉が困難になるので、1階の入居庁に速やかに開けてもらう必要がある等々意見交換をし、できれば実地訓練を行っていくのが管理庁としてベストである旨をお話ししたと記憶しています。
その夜は、支局の皆様と、来るたびにお邪魔する居酒屋「ぴんぽん」さんにて、珍味に舌鼓をうち、楽しい夜をすごしました。
翌日、気仙沼支局から仙台本局への帰途、正午前であったと記憶しています。三陸道を南下中、妻からメールが入り、「今、震度5強の地震があった。どこを走っているか?」とのこと。急ぎ、官用者車備え付けのテレビを見ると、大きな被害はないものの、相当大きな地震のようでありました。私たちは高速道路上(高架ではない)にいたため、気が付かなかったようでした。
東北では、30数年に1度、宮城沖地震が発生すると予測されており、国等の機関の長が集まる月曜会(毎月1度、幹事は持ち回り)においては、必ず地震の話題が出され、参加者も意見交換を行っておりました。私も着任以来、その備えに取り組んでいました。
職場に戻り、地震の様子や庁舎の被害状況等を管内にも照会をし、ほとんど被害がないことを確認しました。
これが宮城県沖地震であったとしても、昔と違い、建物の新営等されたのであるから、大丈夫であろうと、このとき、私自身、都合よく、思いこんでしまった感じがありました。
規模も小さくはありませんでしたが、それほど大きくもありませんでした。それでも震度は5強でしたので、宮城県沖地震が発生したのではないかと思い込んでしまったような気がします。
相当程度地震エネルギーが放出されれば、しばらくは大丈夫かと思い、二日後の大地震について、思いを巡らすことはありませんでした。

2 当日の朝から発災前
当日の朝から発災前にかけての記憶は、あまり鮮明に覚えていませんが、お昼は、奥山技官の案内で、美味しいお蕎麦をいただい後、大河原支局を視察し、大河原公証役場に伺い、前島公証人(当時)にご挨拶し、夕方の会食での再会を約して、大河原から亘理町、岩沼市を経て、名取出張所へ向かう途中でした。
前島公証人、木島公証人(当時古川公証役場公証人)のお二人には、石巻公証役場井上公証人が急逝されたことから、長らく石巻公証役場の代理公証人をお願いしており、夕方、仙台駅前の某所で、お二人に対する御礼とお別れの会食予定でした。
また、会食後、夜半には、当時、東京局総務部長であった西川現所沢公証人と仙台において、一献酌み交わす予定でした。
勤務中ながら、私の気持ちは、早く帰庁し、その準備にと、そちらに傾いていたように思います。

3 発災
亘理町、岩沼市を抜け名取市に入り、国道から法務局に向かう交差点の手前に差し掛かった時、テレビで緊急地震速報がながれ、奥山技官の機転で、交差点を急ぎ抜け、名取出張所へあと数十メートルという地点についたとき、経験のない激しい揺れに襲われ、私たちは官用者の中でしがみついているのが精一杯でした。防いでいても車の天井に頭を何度もぶつけているのが、わかりました。
ゆれる車窓から周りを見ると、車が揺れているせいもあるあったのでしょうが、道路が波を打っているように感じ、横に建つホテルルートインの建物が、右に左に撓るように揺れ、今にも横倒れになるような恐怖感を覚えました。
(名取出張所の事務室内)
少し、揺れが収まり、車外へ出ると、名取出張所から飛び出した人たちが、ある人は街路樹につかまり、ある人は地べたに座りこみ、自分の体を支えるのに必死の状態でした。
当時、名取出張所は、3月下旬の本局への統合を控え、管内から応援職員を派遣し、未済解消に向けて取り組んでいる最中でした。
その中の職員が、「局長、しばらくは車内にいたほうが安全ですよ。」と大きな声で、私たちに車に留まるよう声を張り上げていたのを覚えています。
私としては、とにかく、出張所の中の様子を確認することが大事と思い、中に入りましたが、待合室の記載台はことごとく転倒し、足の踏み場もない状態でした。受付カウンターをはじめ、卓上の端末のほとんどは、落下し、書庫をみれば、これもほとんどの簿冊が落下し、到底、速やかな原状回復は困難なことが確認できました。
名取出張所は、旧バックアップセンターの建物であり、他の施設からみると、強靭に造られた建物であるにも関わらず、これほどのダメージを受けるのかと、大きなショックと他の建物の被害がいかばかりかと、思わず身が震えた記憶があります。
車中のテレビでは、大きな津波が予想される旨、速やかに非難するよう繰り返し伝えておりました。
私としては、本局との連絡がままならない状態の中、とにかく帰庁することを優先し、名取出張所の職員には、速やかに事務所を閉鎖して、最上階へ避難することを指示し、本局への帰途につきました。このときには、津波からの避難を優先するが先と思い、職員には帰宅せず、状況が判明するまで待機すること、併せて、職員個々の単独行動は控え、できる限り情報収集にあたるよう指示し、仙台に向かいました。
(名取から仙台本局まで)
名取出張所を発ったのは、午後3時半過ぎだったと記憶しています。文化会館を回り国道へ出た途端、停電のため信号機が作動せず、大渋滞の中に身を置かざるを得ませんでした。
車窓からは、屋根が大きく壊れ落下している大手電機メーカーの工場、外壁が崩れ落ちている数々のビルが見え、地震エネルギーの凄まじさを感じずにはいられませんでした。
車内テレビでは、自衛隊(若しくは海上保安庁)の航空機が三陸沖に巨大津波が発生し、陸地に向かって押し寄せている様が映し出されました。その時の海側の空は、見たこともない灰色とも黒色ともつかない、濃い群青色に染まっておりました。
私たちは、車の窓を開け、大渋滞に巻き込まれている多くの車に「津波が来るぞー」と山側へ逃げるよう大声で叫びましたが、他の車に届いたどうかわかりません。
仙台に戻るには名取川を越えなければ戻れません。しかし、これは危険と考え、山側へ逃避することにしました。途中、ホームセンターの屋上駐車場に入り、海側を見てみましたが、名取市内までは、相当距離があること、途中高速道路(三陸道東道路)が縦に連なっていることから、幾ばくの安心はありましたが、とにかく山側を通り、八木山を回って仙台市内に戻ることにしました。
幸いにも、同乗者は、名取市在住の石川庶務課長と地理にめっぽう詳しい奥山技官でしたので、道案内に戸惑うことはありませんでした。
帰路の途中、農家の納屋がぺちゃんこに潰れていたり、14条地図を作成した緑ケ丘地区においては、道路が地滑りを起こして迂回を余儀なくされたり等々しながら、渋滞する中、3時間余をかけて、6時半過ぎ仙台本局に到着しました。

4 帰庁
3時間余をかけて到着した本局庁舎は、周囲が停電する中、自家発電を稼働させてひときわ明るく地震がなかったように堂々としておりました。
話はそれますが、本局庁舎新営は仙台局の念願であり、2年余の歳月をかけて、3月14日に落成したばかりでありました。
外観に被害はなく、安堵したのを覚えております。
(安否確認)
庶務課においては、沢藤庶務課長補佐をはじめ多くの職員が、本局、管内支局出張所、ブロック内各局の被害状況、職員及び家族の安否確認に奔走しておりました。
停電の下、安否確認がままならず、頼りは、職員の携帯電話という状況であったと思います。全員無事の報告の度に、安どの声が漏れていました。
しかし、携帯電話の電源も心もとない状況下での、被害状況の確認、安否確認の困難さを実感しました。
戸津統括登記官(現盛岡地方法務局首席登記官)が自家用車を庁内駐車場に持ち込んで来られたので、車載テレビで、沿岸部の被害状況をみていると、気仙沼支局が入居する港湾合同庁舎が周りを火の海に囲まれ、その屋上からは救助を待ちわびる多くの人々が手を振っているのが映し出され、よく見ると、気仙沼支局が所在する2階フロアーは、無残にも大津波の直撃を受けておりました。
気仙沼支局との通信は確保できておらず、ただただ職員の無事を祈ることしかできませんでした。
庶務課、会計課、職員課の職員をはじめ、徹夜での安否確認作業となりました。
(対策本部の立ち上げ)
当日は、人権擁護部長、総務管理官、職員課長、首席登記官をはじめ多くの幹部が、本省等への出張のため不在でありました。
各部課室、各部門から部課長のほか、筆頭の代理者を集め、現在までに収集できた被害状況等、情報の共有化を図るとともに、1日3回(午前8時30分、午後1時、午後5時)の本部会議を行うこととし、当該時間までに収集した情報の共有化、各課室の所掌事務のうち急ぎ取り組まなければならない事項の洗い出し、翌週月曜日からの各所掌事務の復旧の可否、それに向けた取り組み及びその状況を報告することを指示し、毎回の会議においては、報告を受け、私が具体的な指示(短期的なこと、中期的こと)を行う、それを具体的に取り組んでもらい、次の会議において、その取り組み状況の報告を受け、また指示を行うということを繰り返し、徐々にではありますが、数日たち被害の全容と、課題が見えてまいりました。
本来であれば、会議をし、議論することも大事でありますが、今まで誰もが経験のしたことのない事態に遭遇し、また、職員自身が被災者でもあります。会議において各方面の課題を議論すれば、なかなか前向きになれないのが心情かと思い、ここは、とにかく今は私の指示に従い、目鼻が立つまで、頑張ってほしい旨お願いをいたしました。
幹部の皆さん、職員の皆さんの中には、ご親族をこの災害で亡くされた方も少なくなく、心中を察するとおかけする言葉もありませんでしたが、そこを何とか奮い立って頑張っていただき、あの時を乗り越えられたと、感謝の気持ちでいっぱいです。
(気仙沼支局に関する対応)
テレビ映像で、気仙沼支局の被災をみて、至急、気仙沼支局の事務停止と本局への事務の委任措置を行うよう、併せて、名取出張所の本局統合も取り急ぎ延期すること(この時点では、官報公告の準備が進んでいたと記憶しています。)を高橋民事行政調査官(現仙台法務局不動産首席登記官)に指示し、本省と緊密な連絡を取るようお願いしました。
気仙沼支局の状況等については、別途記述したいと思います。
(避難者)
話は前後しますが、帰庁し駐車場を経て、1階ロビーに向かうと多くの避難者の方々がいらっしゃいました。災害時の避難所は、近くの小学校が指定されており、当局庁舎は避難所に指定されてはおりませんでしたが、避難所には大勢の避難者がいて入ることができない等々、当局へ来られた方々には様々な理由があったろうと思います。
当局には、避難所に対応する備品が備わっていないこと等から、職員が避難所に移動されるよう説得をしておりましたが、険悪な状況も見られたことから、当局は避難所でないが、現在来られている方は受け入れる、しかし、物資は備蓄していないので満足なものは供給できないこと等を説明し、大会議室へ案内するともに、自家発電の停止を指示しました。
非常灯以外は、明かりがなくなった庁舎は、災害が嘘のように静寂につつまれ、余震の度に、建物のきしむ音のみが響いていました。
避難者への対応は、避難された方が相当数いたことから、その中から代表を決めていただき、当局も担当者を決め、そこを窓口として要望事項を伺い、また、当方が規律ある避難生活をするために従っていただきたいルール等、お互いの信頼を確保する作業から始めました。
幸いにも、仙台局には、宮城沖地震に備え、水、アルファ米、簡易トイレ、携帯コンロ等、職員数に相当する備蓄をしておりました。
発災翌日の土曜日の朝から、避難者への食事を考えなければならず、とりあえず、水とアルファ米を人数分提供すること、石油ストーブ(1個しかなかった)を提供し、お湯を沸かしてポットにためてもらい、それを避難者で飲料してもらう等々の対応を行いました。
(電源の確保)
仙台本局には、真新しい自家発電があり、この地震対応が初の稼働となるとは思いもよりませんでした。
しかしながら、その発電能力は4時間までで、発災直後に2時間ほど使用してしまっており、重油の残量は2時間分しかない状況でした。その電源は、月曜日各種システムの立ち上げ、点検に要することから、各種通信手段確保のために無駄に使用することはできませんでした。
発電機を探したところ、簡易ボンベの発電機があり使用してみましたが、発電量が小さく、携帯電源程度しかないことがわかり、次に灯油発電機を見つけ、それを使用しようとしたところ、ブースターケーブルがない等々いろいろありましたが、当時の堀内会計課長の自家車用ケーブルを拝借して何とか発電にこぎつけ、人権局との電話及びパソコン回線を確保することができました。この間、職員には、ガソリンスタンドへ灯油の買い出しに何度も往復をお願いしまた。
(被災職員家族の本局への避難)
これは賛否があると思われますが、私の妻も含め職員の家族も本局庁舎へ避難させることを決めました。その際に、冷蔵庫の中のものはできる限り持参してもらうようお願いをしました。これが、その後の籠城に大いに役に立ちました。
発災の夜は、余震が収まらず、震度4を超える大きなものがたびたび発生し、不安もあり寝付かれぬ夜をみんなで過ごしていました。ただ、長丁場になることが予想されたので、できる限り睡眠をとることをみんなに伝えましたが、一睡もできない人々がほとんどであり、不安な夜を過ごしました。
(窓から見る停電した街並み)
東北の大都市仙台も、一帯が暗闇となり舞う小雪に寒さが一段とつのりました。
窓から見える街並みは、建物の外観が、車が通る際のライトに照らされる際に浮かび上がるだけで、加えて寒さも手伝い、知らず知らずに不安感が押し寄せてくるそんな夜でした。
津波の大きさは、車載テレビで見ているものの、どれだけの被害が出ているのか、翌日以降に次々に明らかになる被害の大きさに想像も及びませんでした。
(以下 次号)

世代間のギャップを考える(尾﨑一雄)

いささか旧聞に属するが、世代間ギャップの現状を特集した新聞記事があり、
「そりゃー大変だ」と思ったり、「自分ならどうする」と、思わず引き込まれた。
まず、「先輩のおどろき」ランキングの第1位は、「友達感覚でなれなれしいときがある。」、「何でもマジですかと返してくる。」、「まじめな話をしている時の受け答えが軽い。」などであり、「新人のおどろき」ランキングの第1位は、「余計なことを言うと変な空気になる。」、「事前の根回しで方向性が決まっている。」、「有給があるのに取ってはいけない暗黙のルールがある。」、「休むときは一人一人に理由を説明しなければならない。」などである。
多くの職場は人的な資源が限られており、限られた人員で最も効率的に機能するようにそれぞれの職責が定まっているが、スマホで人と人が直接つながっていることを実感している世代には、なかなか理解しがたいのかもしれない。
限られた人員で構成されるが故に、他人への思いやり、あるいは「忖度」などが不可欠にならざるを得ないが、幼い頃から大事にされて育ってくると、ある日、「あなたは世界の中心ではない。」と突然言われても、「そんな馬鹿な。」ということになるのかもしれない。
次に、「先輩のおどろき」ランキングの第2位は、「会議で突然指名されても堂々と意見を言う。」、「自分が同じ年の頃はそんなにはきはき答えられなかった。」であるのに対し、「新人のおどろき」ランキングの第2位は、「マニュアルがないことでミスが改善されない。」「いちいち口で説明して非効率」、「文字で見た方が覚えやすいのでやりずらい。」というものである。
先輩としては、好意的に教えてあげているのに、非効率とは何だ、「私たちは教えてさえもらえなかった。」と意気込む人も多いのではないかと思う。
「仕事は盗んで覚えろ」と言われて生きてきた我々としては、マニュアルどおりに繰り返されるコンビニのレジ等の味気ない応対に辟易しているので、「マニュアルにない事態が起こったときも、本当に大丈夫?」といらざる心配をしてしまう。
予算担当から事件担当の部署に異動し、判決の要旨を書くことになったときのこと、何度起案しても、係長から返され、4・5回目に「掲載されているものをよく見ろ。」と教えていただいたが、確かに掲載されているものは数行であるのに対し、私のものは、その3・4倍に及ぶものであった。要は判決の前提となった要件事実を書けば良かったものを、事案の概要を書いていたということになる。
当時は、起案文書を放り投げる怖い先輩も皆無ではなかったことなど、今の若い人からは想像もできないかもしれないが、もちろん四六時中怖いわけではなく、飲みに連れて行って、いろいろアドバイスをしていただくなど、優しい面もあるわけで、そういう環境の中で我々はある意味大事に育てられた。
要は人を育てるための手段・方法の違いということであろうが、今にして思えば、何より情が通っていたというのは間違いのないところである。
「要件事実を書くように」と結論だけを明示し、その通りにやれば効率も上がるし,間違いもないというのは、一見素晴らしい手法のように見えるが、長い目で見たときにはどうであろうか。
長い目などと言っている余裕がないと言ってはばからず、効率のみを追求する組織には人も育たず、将来がないように思えるが、いかがであろうか。
「先輩のおどろき」ランキングの第3位は、「トラブルが発生して大変なときに休みを取る。」、「男同士で月1回行く飲み会に誘ったら、きっぱり断った。」などであるのに対し、「新人のおどろき」第3位は、「大きな地震があったが出勤した。」、「台風直撃でも定時に出勤した。」というものである。
いずれもプライベートに関わるものであるが、私の出張所勤務時代を思い出すと、少なくとも週に2・3回は近くの立ち飲み屋、居酒屋などに出かけており、安月給の新人がお金を払うことは、まずなかった。
大げさに言えば、職場の人間関係や、仕事の進め方を理解する場としては、時間中(当時は乙号担当で、一日中、倉庫と閲覧席との間を行ったり来たりしていた。)より、アフター5の方が、大事だったような気がする。
私が係員、係長の時代は、各職場に旅行会があり、給料から天引きされて、年1回近くの温泉地などに出かけたものであった。
関西であれば、白浜温泉など紀伊半島の温泉地、また、芦原温泉など北陸温泉郷がその主な候補地で、電車に乗るなり飲み始め、到着する頃にはすっかりできあがっていて、降りるのはイヤと駄々をこね、幹事を困らせた先輩も今では懐かしい思い出になっている。
こういう飲み会・旅行の場を通じて日頃じっくり話す機会のない職員間・組織のコミュニケーションが図られていたように思う。
できの悪い私などは、係長の前に座らされ、お説教されるのはいつものことで、当時口癖のようになっていた「絶対・・・・・・」についても、世の中に絶対というものはないから、軽々しく口にしてはいけないと指導を受け、その後、気を付けるようになった。
いつの頃からか、旅行会が食事会になったことを覚えているが、今は月1回の飲み会も難しくなっているようで、寂しい限りである。
台風時の出勤なども幾度となく経験したが、公務という仕事の性格からか、皆、普段と同じように対応していたような気がしている。
以下4位以下6位までを見てみると次のとおりである。
「先輩のおどろき」ランキングの第4位は、「覇気がなく平均で満足している感じがする。」、同第5位は、「1から10まで伝えないと理解しない。」「先輩の仕事ぶりを盗もうという姿勢がない。」、同第6位は、「何の努力や工夫もなくできないと平気でいう。」、これに対して、「新人のおどろき」ランキングの第4位は、「飲みに誘われない。」、同第5位は、「残業が美徳と思っている先輩が多く、ちっとも効率を考えて仕事をしない。」、「低賃金だったので、残業代で稼ぐために定時過ぎまで残る先輩がかなりいた。」、同第6位は、「個人の直感的な対応が最終的な対応策になることが多い。」、「長く仕事をしているのに説明が下手だったり、機器が使いこなせていなかったりする。」というものである。
「俺たちが若い頃は、・・・」という言い古された慣用句を待つまでもなく、世代間のギャップはいつの時代にもあったが、情報化が進展し、ありとあらゆる情報が簡単なキィ操作で入手できるようになった今日、それも違った様相を呈しているような気がしてならない。
仕事を進めるに当たって、先輩の経験と実績の重みが昔ほど重要視されなくなってきたのかも知れないが、実際には、経験と実績に裏打ちされたものでなければ使い物にならないような気がするのは、私だけだろうか。
ここまで書いてきて、今から50年ほど前、「珍しい事件だから、記載例をあげる。」と言って、先輩から手刷りの登記記載例を分けていただいたことをふと思い出した。
今、法務局では新規採用が再開され、職場には20代の職員が増えていると聞く、先輩と後輩を繋ぐ絆はどうなっているのか、気になるところである。

主夫、調停委員になる(星野英敏)

―調停委員になる―
昨年9月に公証人を退任後、早く一人前の主夫となれるようにと考えていたところ、認知症予防のためにも何か仕事をしてはどうかという勧めを受けたこともあり、調停委員であれば主夫とも両立可能なことから、自宅から近い家庭裁判所支部の家事調停委員になることにしました。
自宅から一番近い家庭裁判所支部に出向き、家事調停委員になりたい旨を告げると、家事調停委員の任期は2年で、更新はあるけれども70歳になると更新はされないので、私の場合既に66歳でしたから、更新は1回のみで、最長でも4年間ということでした。
70歳近くの方は、任期が短くなってしまうことから、採用が難しくなるようです。
それでも、面接試験を受けた結果採用となり、今年の4月1日付けで家事調停委員の任命を受けることになったのですが、突発的な事情により今年の1月末から5月いっぱいまでは半田公証役場の公証人を勤めなければならないこととなったので、裁判所の方はそれまで待ってもらうこととしました。
6月からは裁判所に行くことができるようになったので、最初に2日間、午前・午後の2期日ずつ先輩調停委員が実際に調停を行っているところを見学させていただき、その後は、ベテランの家事調停委員とのペアで調停を進めることとなりました。
最初のうちは、事件の配分もあまりなかったので、週に1日か2日裁判所に行く程度でしたが、次第に事件の配分が増え、新規事件のほかに継続して2回目、3回目となる事件もあることから、毎週3日は午前と午後に期日が入るという状況になりました。
また、10月からは、家事以外に、地方裁判所の民事事件と簡易裁判所の調停委員にも任命され(そのための面接試験も別途受けました。)、平日はほぼ毎日裁判所に行くことになってきました。

―主夫の朝は大変―
主夫の仕事もあまり手を抜くわけにはいきませんので、特に朝の時間配分が大変です。
毎朝5時ころには起きて薪ストーブに火をつけ(寒い時期のみですが)、みそ汁を作り、猫たちに餌をやり、洗濯をして干し、ラジオ体操をし(腰痛予防のために始めましたが、もう5~6年続けています。)、ふとんを上げ、ゴミの日にはゴミを出し、というところで、朝食(おかずは妻が作ってくれます。)を食べて出勤となってしまいます。
午前中に期日が入っていない日には、朝のうちに掃除機かけもできるのですが、これをサボると部屋の中を猫の毛のかたまりが漂い始めてしまいます。
何よりも、主夫の一番の悩みは、水仕事による手荒れです。
いつの間にか指にひび割れができ、水がしみて痛くなりますので、炊事用手袋や洗濯掃除用手袋のお世話になったり、色々な塗り薬やハンドクリームなどを試してみていますが、思うようには効果がありません。
また、地元の町内会長も引き受けてしまったことから、土日の半分くらいは町内会の行事等でとられてしまい、平日手抜きをした掃除などの穴埋めも難しく、子供たちと遊ぶ時間もなかなか取れません(だんだん子供たちも遊んでくれなくなってきました。)。

―通勤―
下の子が生まれ、それまでのアパートが手狭になってきたことから、西尾市内に家を建ててしまいましたが、アパートも家も、その当時の勤務先であった西尾駅前から徒歩約20分のところを選びました。
健康維持のため、徒歩通勤と考えたことによるのですが、片道30分ではくじけてしまいそうですし、あまり短いのでは意味がないということで、この距離にしました。
現在は、家から駅まで徒歩約20分、駅から電車約40分で裁判所支部の最寄駅、そこからまた徒歩約20分ということになりますが、暑さの酷い時期や悪天候の際には、裁判所支部の最寄駅からはバスを使うこともあります。

―調停委員会―
調停委員は、兼務の制限はないので、別に本業としての仕事を持っている方も多く、弁護士や司法書士、税理士、不動産鑑定士などの専門家もいて、その専門知識が生かされています。
民事や簡易裁判所の事件では、女性の調停委員が少ないことから、男性の調停委員2名と担当裁判官による調停委員会が多くなりますが、家事調停の場合は、原則として女性の家事調停委員と男性の家事調停委員各1名と担当裁判官の3名で調停委員会を組織します。
担当裁判官は、同時に複数の調停委員会を持っていますので、通常の調停の進行は2名の調停委員で行い、随時裁判官と相談しながら進めて、成立時等必要な時には裁判官に出席してもらいます。
本業が忙しい調停委員は、月に1,2回しか調停委員としての仕事ができないという方もおいでになりますので、日常的に裁判所に来ている調停委員は、退職者や主婦(夫)が多くなります。

―調停―
調停は、裁判官が判断を示すというものではなく、当事者間の話し合いによる合意を目指す制度ですが、そもそも当事者どうしでの話し合いがうまくいかないことから調停を利用しているので、双方の当事者を直接話し合わせても非難の応酬となってしまうことが多く、調停委員が間に入って交互に各当事者の話を聞きながら進めていくことになります。
なお、最初に各当事者に調停制度について説明しますが、金銭の支払いについて合意が成立した場合、確定判決と同じ効力を持つことから、強制執行の対象となることも注意しておきます。
離婚等の場合、「相手の方が悪い」という点だけ双方の意見が一致して、真っ向から対立することが多いのですが、それぞれの言い分を十分に聞き、信頼関係を築いてから法制度の考え方を説明し、あなたの気持ちは良くわかるけれども法的には直接それを通すことは難しいので、この点は譲る代わりにこのような方向で合意を目指してはどうかというような提案をしていくことになります。
中には、とにかく早く離婚したいという一心で、支払い不可能と思われる法外な給付を提案したり、相手方の無茶な申し入れに合意しようとしたりということもありますが、すぐに破綻してしまうことにならないか、子供の今後の生活は本当に大丈夫なのかなどの観点から再考を促したり、納得のいかないまま合意を急いではいけませんなどと注意をすることもあります。
また、相手や子供の気持ちを察するよりも、自分の主張に固執する当事者がおり、離婚に当たって子供の親権をどちらが取るかで深刻な争いになることもあります(大岡裁きのように、双方に子供の手を引っ張らせるというわけにはいきません。)。
このような場合、父親も母親もどちらも好きなのにその二人が争っていることで心を痛めている子供の気持ちを察するように促すと、気持ちが動く場合もあり、このような時に調停委員としてのやりがいを感じます。
離婚に関する事件では、双方とも外国人で、それもそれぞれ国籍が違うという場合もあります。
そのような場合は、法の適用に関する通則法や扶養義務の準拠法に関する法律によって適用する法を定め、外国法が適用される場合には関係する外国法を書記官に調べてもらって判断することになりますが、そもそも親権や監護権というような概念自体が日本とは異なっているのではないかと思われる場合もあります。

―算定表―
家事調停では、別居中の夫婦の婚姻費用や子の養育費が問題となることが多く、家庭裁判所のホームページで公開されている「養育費・婚姻費用の算定表」がその目安として使われています。
この算定表は、「新版 証書の作成と文例 家事関係編〔改訂版〕」34ページ以下及び85ページ以下にも掲載されているので、公証人の皆様はご存知と思いますが、その考え方の詳細については、別途実務の広場等でご説明したいと思います。
ここでは、養育費等の算定表で、子の年齢により0~14歳の表と15~19歳の表とに分かれている理由についてだけ指摘しておきます。
これは、公立の中学校までの平均的学費と公立の高等学校の平均的学費の差に基づくもので、本来は、子が高等学校に進学する時点で、適用される算定表が切り替わるのです。
したがって、0~14歳の表に基づいて養育費等の額を定める場合には、「進学に伴う特別な費用については別途協議する」というような条項が必要となりますので、公正証書作成相談の場合にも、別途協議するという条項の追加を助言していただきたいと思います。

―婚姻費用又は養育費に関する合意―
調停では、できるだけ当事者の合意を尊重することから、審判や裁判による裁判官の判断よりは合意の効力が認められる幅は広くなりますが、算定表の目安よりも大幅に低い金額で当事者が合意する場合、子供の将来の生活に支障がないかという観点から再考を促すことになりますし、大幅に高い金額となる場合には、本当に支障なく支払えるのか、破綻してしまうことにならないのか確認することとなります。
また、婚姻費用も養育費も、直面する生活費の問題ですから、その解決は早急にしなければなりませんし、すぐに合意できない場合には、暫定的な支払いを促すことになります。
最終的な金額が決まっていない段階でも、暫定的に一定の金額を支払ってもらい、後日金額が決まった時に、不足していた場合には未払い分の追加支払いということになりますし、過剰だった場合には清算となりますが、支払う側としても暫定的に一部でも支払っておけば、後日の追加未払い分は少なくなりますし、支払いを受ける側としても当面の生活費が確保できることで、双方の利益につながります。

―日々反省―
期日が終わると、もっとこのように説明した方が良かったのではないかとか、あの当事者はこんなことを考えていたのではないかなど、日々反省と新たな気付きの連続で、確かに認知症予防には効果がありそうです(そうは言っても、確実に認知症が進行していることを自覚せざるを得ない毎日です。)。
公証人経験者が調停委員となるには、最初に述べたとおり、年齢的な問題がありますが、可能であれば退職後の認知症予防のための選択肢の一つとして考えてみてはいかがでしょうか。
また、戸籍や登記、訟務、人権などの経験が役立つ仕事で、司法書士等の業務と両立させることも可能ですので、機会がありましたら、後輩の法務局退職者にも声をかけていただければと思います。
ただし、報酬は、週3~4日出勤したとして、月額10万円程度です。


実 務 の 広 場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.65 甲・乙共有地の乙の持分に甲が賃借権を設定したいという事例について

本件については,本紙No.29(平成29年10月)において,3つの事例に絞って検討を試みたもののうち,事例1について再掲するものである。
原稿掲載後いくつかの意見をいただいた。説明不足の感も否めないので,改めて以下のとおり文案を修正して紹介したい。
記載が重複する部分も多いと思うが,書直しなのでご容赦願いたい。また,本稿の内容については,引用文以外筆者の個人的見解であることを,あらかじめお断りしておきたい。
事例1 甲・乙共有地の乙の持分に甲が賃借権を設定したいという事例
概要:甲は,ある事業目的で,乙単独所有地(A地)と甲・乙共有地(B地)を乙から借り受けて一体として使用したい。賃料は,A地とB地(乙持分)併せて金〇〇万円と決めた。この内容で不動産賃貸借契約公正証書を作成して欲しい。
検討:このような事案は、実例としては、ありそうな気がする。例えば、親兄弟で共同相続したB土地全体を、共同相続人の一人が賃貸用駐車場用地として使用し、他の2名には賃料相当額を支払うといった場合などである。
本事例は、法律的には、甲・乙共有のB地について、乙持分を甲が乙から借りるべく、甲・乙間で賃貸借契約を締結することができるかという問題である。
甲・乙共有地に第三者である丙が賃借権を設定できることについては,異論はないであろう。
しかし、甲又は乙の共有持分の全部又はその一部に賃借権の設定ができるかということについては、肯定論もあるようであるが、実務は否定的に運用されていると思われる。なぜなら、賃貸借について、民法601条は、「賃貸借は、当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し、相手方がこれに対してその賃料を支払うことを約することによって、その効力を生ずる」と規定し、賃貸借の成立要件の一つとして「物の使用・・・を約すこと」を掲げている。すなわち、対象が物であることを前提としており、土地であれば当該土地が対象物となり、共有持分権という権利を対象としていないからである。また、民法249条は、「各共有者は、共有物の全部について、その持分に応じた使用をすることができる」とし、「持分に応じた使用」とはしているものの、(共有)物の全部の使用を前提としている。そうすると、乙の持分に賃借権を設定することはできないことになる。登記実務においても、共有持分についての賃借権設定登記を否定している(昭和37年3月26日民甲844号通達・登記研究320-63ページ参照、昭和48年10月13日民三7694号回答)。
それでは、甲がB地全部をある程度長期間使用したい場合、どのような契約を結ぶことができるのかということであるが、大別して以下の3つの方法が考えられる。
①  共有物を現物分割し、分筆して乙所有部分として特定した箇所を甲が賃借する方法
この方法は、甲及び乙が合意しなければできないし、本問では、甲・乙共有のまま甲が使用することを前提としているので、本問の回答にはならない。
②  貸主を甲及び乙とし、借主を甲とする賃貸借契約を締結する方法
この方法は、甲が貸主であるとともに借主になることから、借地借家法15条のような自己借地権の規定がない限り、また、混同の原則により難しいという意見がある。
③ 甲・乙間において、その共有するB土地を甲のみが使用することについての,共有土地の使用に関する合意契約のような契約を締結する方法
債権については、物権法定主義のような縛りはないから、このような契約も可能と考える。
以下において、②、③の説について、共有持分の賃貸借という観点から若干検討してみたい。
まず、共有物の賃貸借が、共有物の変更、管理、保存(民法251条,252条)のいずれに該当するかという問題がある。多少見解の相違もあるようであるが、短期賃貸借はともかく、長期間の賃貸借の場合は、共有物の変更として共有者全員の同意が必要と解されている。したがって、本事例のようにB地を賃貸用駐車場としてある程度長期間にわたり賃貸借する場合も、共有物の変更に当たり、共有者全員の同意が必要と解される。
本事例の場合、乙の同意が得られれば、B地を賃貸借契約の対象とすることには何ら問題がない。ただ、借主がB土地の共有者の一人である甲であっても問題がないかということである。
まず、前記②は、貸主を甲及び乙とし、借主を甲とする賃貸借契約ができないかという問題提起である。この場合、甲は貸主と借主の双方の立場にあるが、貸主は、甲だけではなく甲及び乙であり、しかもその対象は、甲の共有持分権ではなく甲及び乙の共有地という物であることから、単に甲が甲の土地を借りるということではなく、この意味において自己の所有地に自ら権利を設定する混同には必ずしも該当しないと理解することで差し支えないのではないかというものである。
しかし,この意見については,前記②のとおりの問題が指摘される。
ところで、借地借家法第15条(自己借地権)は,借地権設定者が他の者とともに借地権者となれる旨の規定であるが、この法改正(新設)の理由として以下のとおり説明されている。
「建物が区分所有建物である場合あるいは共有にかかる建物である場合には、建物所有者のなかに土地所有者である者とない者が混在するという状況がしばしば生ずる。この場合に建物を建てるための占有権原として借地権を設定しようとしても、現行法体系のもとでは認められない。土地所有者が自らを権利者とする借地権をその所有地に設定することが混同の原則により許されていない(民法179条1項,520条)ということがその基本にある。しかし、法律上、土地と建物とを別個の所有権の対象とし、建物を所有する権利として典型的に借地権を認めておきながら、しばしば生ずる土地所有者が建物所有者の一人であるという状況に対応した借地権を認めないのは不都合である。そこで、新法15条1項では、このような不便を解消するため、他人と共に借地権者となる場合に限り、自己を借地権者として借地権を設定することを認めることとした。」(寺田逸郎・新借地借家法の解説(4)NBL494号28ページ)
私がこの問題を取り上げたのは、借地権者が複数の場合には、自己借地権を創設するという借地借家法の改正により問題解決が図られたが、その逆、すなわち、(借地借家法の適用の有無にかかわらず)共有地を当該共有者の一部の者が使用する場合について、しばしば生ずる問題であるにもかかわらず、法規上明確な方策が示されてないように思われたことによるものである。
この点については、前記、借地借家法の解説(4)において、「借地権者となる者に借地権設定者でない者がいない場合、たとえばA・Bが所有する土地をAだけが使用するような場合には、15条の規定による借地権の設定が認められることはない。この場合には、共有者間の土地利用の合意という形で占有権原が存在するのである」と説明されている。(NBL494号29ページ)
これは、建物の共同所有を目的とする借地権設定については、建物共有事例の不都合を救済するため法15条のような規定を設ける必要があるものの、共有土地の利用にあっては、共有者間の土地利用の合意ということで対応することで足り、特別な規定は必要ないことを前提としたものと解される。
そうであるならば、②の考え方に対する前述の疑問は解消されたことになるが、「貸主を甲及び乙とし、借主を甲とする賃貸借契約」とするよりも、「甲及び乙の共有地を甲が利用する合意契約」とするのが、より的を得た契約であると思われる。
そうすると、このことを明らかにした③の考え方が相当であると思われるが、これには、次の3つの説があり、契約を締結する場合、かかる議論に留意する必要があるとされる(齋藤理・宮城栄司、共有・分有土地上に存在する建物に係る土地利用権について(上)、ARES不動産証券化ジャーナルVol.10,120ページ以下)。
ア:共有者間における共有物利用に関する合意と考える見解
イ:甲を一方当事者とし、甲及び乙を他方当事者とする土地利用の設定契約 と考える見解
ウ:乙の土地共有持分について甲に利用権を設定する合意と考える見解
これらの考え方は、前記②で説明したとおり、共有土地の利用は、「共有者間の土地利用の合意という形で占有権原が存在するのである。」との解説に沿った考え方であり、上記ア、イ、ウは、説明の仕方の相違に過ぎず、いずれの説が正しいということではなく、いずれの考え方によったとしても、具体的な契約方法に変わりはないものと思われる。
それでは、この考えによるとしても、甲が乙に対して、一定額の利用料を支払うということになれば、そのことを決めなければならず、そうなると、合意内容といっても賃貸借契約と同様の内容の契約となってしまうこととなろう。
(結論)
以上のことを踏まえて、本件の契約内容をいかにすべきか考えるに、「共有者間の土地利用の合意」というのは、「甲及び乙の共有地(B地)を甲が単独で利用することに甲と乙が合意し、その利用期間は〇年、利用対価は毎月金〇円、支払時期は月末まで等」を定めることになるものと思われる。
そうであるならば、契約書は「甲乙間における共有物利用の合意」とし、共有地(B地)を甲が単独で使用することに甲及び乙が合意した旨と利用対価等を記載し、公正証書とすることが最も相当な方法であろう。
しかしながら、結局のところ、上記の合意内容は、甲・乙共有地の乙持分に甲が賃借権を設定するのと実質的には同様の結果となるものであり、当事者の意に沿うものであると考えるがいかがであろうか。
(由良卓郎)

No.66 地方自治体と市中銀行が発起人となって株式会社を設立することの可否について(質問箱より)

【質 問】
今般、地方自治体と市中銀行が発起人となって株式会社を設立したいとの相談がありました。
当職といたしましては、昭和42・1・21法規委協議結果(新訂法規委員会協議結果要録(362ページ))を踏まえて、地方自治体については、当該地方自治体の長の会社の発起人となることが地方自治体の目的の範囲内である理由を付した証明書の添付があれば、発起人となることは、可能であると考えます。
一方、昭和42・1・21法規委協議結果(新訂法規委員会協議結果要録(365ページ))においては、市中銀行等が観光開発会社の発起人になることについては、消極とされています。
しかし、現在、産官学連携による地産地消の推進等、地域の活性化が図られているところ、市中銀行が発起人となることについても可能であると考えますが、いささか疑義がありますので照会させていただきます。
併せて、相談時における設立予定の会社の目的は、次のとおりです。当職といたしましては、この内容では、営利事業を行う法人と何ら変わりなく、私人の営業と競争的に営利事業を行うと解される(前掲、新訂法規委員会協議結果要録(363ページ))ので、許可できないと考えますが、一方で、この協議結果は50年以上も前のものであり、特に官民が一体となって地域の活性化を図ることが普及している現在の社会経済に適応していないのではないかとも考えられますので、併せてご教示願います。
(設立予定の会社の目的)
第 条 当会社は、次の事業を営むことを目的とする。
1 発電事業及びその管理・運営並びに電気の売電に関する事業
2 インターネット及び情報サービスに関する事業
3 各種イベントの企画及び運営に関する事業
4 各種研修、教育、セミナー等の企画及び運営に関する事業
5 企業向けの相談窓口に関する事業
6 人材派遣及び雇用支援に関する事業
7 コンサルティングに関する事業
8 不動産、動産管理及びリースに関する事業
9 広告及び宣伝に関する事業
10 食品等販売に関する事業
11 上記各号に附帯する一切の事業

【質問箱委員会回答】
1 法人の行為能力について
法人は、民法第34条に定められているとおり、「定款その他の基本約款で定められた目的の範囲内において、権利を有し義務を負う」ことから、その目的の範囲外の行為はできません。
したがって、新設株式会社の発起人としての権利義務を有することができるかどうかは、新設株式会社の目的が、発起人となる法人の目的の範囲内のものであるかどうかで判断されることとなります。
その判断基準について、判例は、営利法人の場合「定款に記載された目的自体に包含されない行為であっても目的遂行に必要な行為は、社団の目的の範囲に属するものと解すべきであり、その目的遂行に必要かどうかは、問題となっている行為が、会社の定款記載の目的に現実に必要かどうかの基準によるべきでなく、定款の記載自体から観察して、客観的・抽象的に必要となり得るかどうかの基準に従って決すべきものである。」(最判昭和27.2.15)と、非営利法人の場合「法人の行為が法人の目的の範囲内に属するかどうかは、その行為が法人としての活動上必要な行為であり得るかどうかを客観的・抽象的に観察して判断すべきである。」(最判昭和44.4.3)と示しています。
また、具体的な目的の範囲の判断においては、非営利法人より営利法人の方が、比較的広く認められているようにも思われます(他人の債務引き受けに関する大判昭和10.4.13と大判昭和16.3.25等)。
2 地方公共団体の目的について
前記1の観点から、地方公共団体の目的について検討してみますと、地方公共団体は、地方自治法第1条の2第1項の「地方公共団体は、住民の福祉の増進を図ることを基本として、地域における行政を自主的かつ総合的に実施する役割を広く担うものとする。」という規定を基本とし、同法第2条で規定されている自治事務及び法定受託事務を行うものとされていますが、自治事務については定款等その目的を個別具体的に記載したものは存在しません。
このようなことから、地方自治体が特定の新設株式会社の発起人となり得るかどうかについては、それが当該地方自治体の目的の範囲内である理由を付した当該地方自治体の長の証明書によって個別に判断せざるを得ないものと考えられます。
なお、御意見のとおり、地方自治体の目的は、社会経済情勢の変化に応じて変化していくものと考えられますので、地方自治体の目的の範囲外であることが明らかでない限りは、定款の認証を拒むことはできないものと考えます。
おって、地方自治体が発起人となった株式会社が、単に営利を目的として民業を圧迫するようなことをするのは好ましくないと思われますが、定款認証の際に公証人がこの点をチェックしなければならないものではなく、実際に新設株式会社が営業を開始してから、地域住民によってチェックされるべきものと考えます。
3 銀行の目的について
銀行は、株式会社(営利法人)であり(銀行法第4条の2)、その目的は登記されていますので、当該銀行が新設株式会社の発起人となれるかどうかについては、現に登記されている当該銀行の目的の記載自体から観察して、客観的・抽象的に必要となり得るかどうかを判断することになります。
そして、この判断においては、銀行法第1条第1項の「この法律は、銀行の業務の公共性にかんがみ、信用を維持し、預金者等の保護を確保するとともに金融の円滑を図るため、銀行の業務の健全かつ適切な運営を期し、もって国民経済の健全な発展に資することを目的とする。」という規定や、銀行が子会社とすることのできる会社(銀行法第16条の2)及び銀行持株会社が子会社とすることのできる会社(銀行法第52条の23)に関する規定が手掛かりになるものと思われますが、銀行等が子会社とすることのできる子会社対象会社には、社会経済情勢の変化に応じて、いわゆるベンチャー企業等が追加されています。
具体的に当該銀行の目的を確認する必要はありますが、このようなことを前提に、質問箱検討委員の間でも見解が分かれたところです。
一つは、一定の融資先の支援等は銀行の目的に含まれるものの、自ら起業するという前提でご質問の新設会社の目的を見る限り、金融取引で構成された銀行の目的の範囲を超え、また、その目的に関連しているとも言えないのではないかという見解です。
他方は、現在の社会経済情勢を踏まえると、市中銀行が出資して発起人となり、様々な事業を活性化させることも広い意味で銀行の目的と考えて、ご質問の新設会社の目的5、7等がこれに該当するものと考えて差し支えないのではないかという見解です。
質問箱検討委員の間でも見解の分かれているところですので、当該銀行の目的を確認し、不明確なところがあれば嘱託人から説明を求めるなどして、各公証人において判断していただくこととなります。
なお、銀行の出資比率が50%を超えたり、出資比率は少なくても役員を送り込むなど財務及び事業の方針の決定を支配している場合(会社法施行規則第3条第1項)に該当しますと、会社法第2条第3号にいう「子会社」となり、銀行法第16条の2に限定列挙された子会社対象会社であるかどうかも確認しなければなりませんので、銀行の目的の範囲内と判断する場合には、念のためこの点にもご注意願います。

民事法情報研究会だよりNo.35(平成30年10月)

燈火親しむの候、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
さて、本年度の後期会員セミナーは、12月8日を予定しておりますが、講師は、元広島法務局長で、最高検検事で退官後、公証人(溝ノ口)を務められ、退任後は、日本大学大学院法務研究科教授(刑訴)として教鞭を執られていた会員の加藤康榮先生にお願いしております。講演テーマは未定ですが、本年6月導入され司法取引制度についてお話いただけるものと思います。(NN)

今 日 こ の 頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

爺爺(GG)力(佐々木 暁)

私の亡父(大正9年生)は、私(昭和22年生)が物心つく頃には、それまでの馬追業(馬そり又は馬車を使って、山奥から伐採した樹木をトラックが入山できるところまで、馬で運び出す仕事)から自動車運送業に転業した。要するに輸送手段を馬から車に替えたのである。
どうやら父は、馬追より戦後急速に普及し始めた自動車を運転する方がカッコ良いと思ったようである。流行り物に敏感だったようでもある。その証拠に父のすぐ上の兄、伯父、甥などは、その後もしばらくは馬追を続けていたからである。何よりも馬の世話をしなくて良いし、馬糞の臭いよりガソリンの臭いの方がまだ良い。車は、まさに時代の先端を走っていたのである。
そんな流行り物好きの父ではあったが、車はとにかく大事にした。最初の車は、くろがね社の三輪車、その後マツダの○ハンドルの三輪車、四輪車と乗り換えて行ったと記憶している。私はいつも父の運転席の隣の助手席にいた。三輪車の時は雨や風がまともに当たった。父はこれらの車の修理、車検の下準備などの一切を一人でやっていた。田舎の国道は舗装されていなくて、いつもパンクしていた。それらの修理も全部自分でしていた・・・否、半分は、3分の1は私もいつの間にか手伝わされていた。小型トラックのタイヤのチューブを取り出すのは容易ではない。空気を入れるのも、やや大きめの空気入れで千回近く押すこととなる。修理工場は遙か隣町である。従って、車庫には修理工場に負けないくらいの工具があった。
父は、今思うと、専門の整備士よりも知識も技量も持ち合わせ、かつ、すべてのことに器用で、何事にも、かっちり・きっちり屋であった。
そのことが家族や周りの人々にとって災いの元でもあった。合わせものはどこまでもピッタリと、真っ直ぐなものはどこまでも真っ直ぐに、結び目はどこまでもキツく、揃えるものはどこまでもキッシリと、弛み、緩み、不揃い等々は一切許されない。OKが出るまで何度でもやり直しである。子供ながらに反骨精神豊かになったことは言うまでもない。が、父の仕事振りを見ていると、それらのことを難なくやっているのである。しっかりとやるだけに悔しかった。
私も成長し、中学生の頃は自転車(スポーツタイプ)、高校生の頃はバイク(ホンダ125CC)をアルバイトで得た報酬で購入して通学の足とした。隣町の学校まで約8㎞の道程を雨の日も風の日も乗った。国道は卒業まで舗装されることはなかった。従って、よくよくパンクした。全部自分で修理したことは言うまでもない。いつの間にか門前の小僧となっていた。パンクはもちろん、ブレーキの故障、チエ―ンの外れ、ライトの故障、バッテリーの充電、プラグの点検・修理等々の簡単なことはお手の物となっていた。
田舎育ち故、家業の手伝いは半強制的であり、近所の家の仕事の手伝いも当たり前の日常であった。そのおかげで大体の仕事のお手伝いはできるようになっていた。仕事は違っても要領や段取りは共通点が多い。おかげで成人となり、社会人、組織人、家庭人となっても、幼少の頃からの経験が大いに役立ち、大抵の修理や作業は自分で手がけることができる。このことだけは、亡き父に感謝している。
私が法務局に入った頃(昭和41年)からしばらくは、人事異動期の引っ越し作業、新営庁舎への移転作業が頻繁にあった。この時の段取りや荷造りは、本務以上に力を発揮したものである。
そして古稀を迎えた今、少しは何かに役立っているのだろうか。家庭内修理はほぼ完璧にこなしていると自負しているが、一番は、自転車修理である。パンクはもとより、ブレーキ、ライト、もろもろの箇所の修理である。
土・日はもちろん普段でも近所に住む孫・子らが壊れた自転車を押してくる。妻や自分の自転車も当然である。爺ちゃんは自転車屋じゃないと言いながらも孫らの直った時の笑顔が見たくて、いつの間にか工具を手にしている。ただ、車に関しては、今の車は、かすり傷程度は何とかごまかせても、その他のことはボンネットを開けてもさっぱり解らない。せいぜいがオイル点検とバッテリーとウオッシャー液の点検位である。下手に触ると故障の原因?になる。パンク修理もタイヤの構造自体がよく解らないので手を出さない。
かくして、団塊世代の筆頭爺爺にとっては、戦後の田舎で生きるための生活の中での小さな知恵や経験が、そして親の背中から授かった生活の知恵が細々と引き継がれて、今は小さな爺爺力となっているような気がする。修理だけではなく、料理、畑仕事、漁師仕事も教えられた。というよりやらされて体が覚えていた。襖張り、障子張りはお手の物である。
孫に対する爺爺力は、自転車修理の他は、野球・卓球・テニス・水泳(太平洋に限る?)・スケートまでは、ぎりぎり発揮できると自分では思っているが・・・日々(年々ではない)下降線上にある。それでもこの夏も、孫にせがまれ、カブトムシ・クワガタの採集に、大いに爺爺力を発揮して見せたものである。しかし、最近、爺爺の心を深く傷つける情報に出会うこととなる。「パンクしない自転車(タイヤ)」の出現である。参りました、残念である。
でも、でもである。孫らは日々成長する。その過程で、いつか心がパンクすることもあろう、傷つくこともあろう。その時は、いつでも心の修理ができる、必要とされる爺爺力を身につけながら、年を重ねていきたいと思うこの頃である。
さて、自慢の限り、背伸びの限り、思いつく限りの爺爺力を掲げてみたものの最早限界が見えている。会友の皆様もどうせ喜寿までもたない爺爺力だから許してやろう、言わせておこうと思ってくださっていることに感謝しながらこの辺で終わりとしたい。
我が身を我が心を古稀の風がゆっくりと流れてゆく・・・・。
さて、会友の皆様はどんな爺爺(GG)力をお持ちでしょうか。

夢受け継いで50年 未来へ羽ばたけ小笠原(佐藤 努)

本年7月、念願であった小笠原諸島を訪島しましたので、ここにご紹介させて頂きます。
1945年(昭和20年)8月にポツダム宣言を受託し、日本は、連合国軍最高司令官総司令部、所謂GHQの占領下におかれ、この被占領状態は1952年(昭和27年)4月のサンフランシスコ講和条約発効まで続きます。同条約の発効をもって国家としての全権を回復することになりますが、誠に遺憾なことに、日本のすべての領土において主権が回復した訳ではありません。ご承知のとおり奄美群島、小笠原諸島、沖縄県は、引き続きアメリカの施政権下におかれ、奄美群島は講和条約発効翌年の1953年(昭和28年)12月に、小笠原諸島は講和条約発効から何と16年後の1968年(昭和43年)6月に、そして沖縄県はそれより更に4年遅い1972年(昭和47年)5月に、やっと日本復帰が果たせたのです。
沖縄県には、復帰前にも、また復帰後にも私的に幾度となく旅行しましたし、数回出張もさせて頂きました。奄美群島には2003年(平成15年)10月に、奄美大島に出張させて頂く機会がありましたが、偶然にもこの年は奄美群島日本復帰50周年の記念の年に当たり、同年11月には奄美大島で記念式典が開催されています。そして、今回旅行した小笠原諸島も、今年は日本復帰50年目に当たり、6月30日には父島で、7月1日には母島で、それぞれ記念式典が開催されています。因みに、本稿の標題は、小笠原諸島父島に掲げられていた横断幕の標語を借用させて頂きました。
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始めに、旅行中に得た知識も踏まえて、小笠原諸島について若干ご紹介させて頂きます。
小笠原諸島は、父島、母島のほか、今なお海底火山活発な西之島、日本最南端の島である沖ノ鳥島、また最東端の島である南鳥島、更には悲劇的な激戦地となった硫黄島など、大小30余の島々からなり、南北約400キロメートルにも達するとのことです。また、東京都とは言え、東京都心部から小笠原諸島の中心となる父島までは、南南東に約1000キロメートルもあり、東京・鹿児島間が約960キロメートルですので、それより少し遠いことになります。父島の緯度は沖縄とほぼ同じ27度4分、村役場が所在し、小中高等学校が各1校宛あります。面積は23.45平方キロメートル、人口は約2000人、島民が居住しているのは、この父島と母島だけです。7月の気候ですが、最高気温は東京より3度程低く、最低気温は3度程高いとのことですし、降雨量は東京の約3分の1とのことですので、東京より快適な気候とも言えるでしょう。
戦時中、父島には海軍飛行場が建設され、零戦が配備されていたとのことですが、現在の父島に飛行場はありません。飛行場建設は島民の悲願であるものの後述するように世界自然遺産であることもあってか、都との交渉は思うように進展していないようです。従って、小笠原諸島訪島には客船を利用するしかありません。東京・竹芝桟橋と父島・二見港間に定期便「おがさわら丸」が運行しています。原則として6日で1往復、最短で5泊6日の日程となりますが、片道に約25時間を要するため、父島滞在は正味2日間となります。
ところで、2011年(平成23年)小笠原諸島は世界自然遺産に登録されました。これは、小笠原諸島では、海洋性孤島の形成と進化の過程をプレートの沈み込みの初期段階から現在進行中のものまで見ることができること、また、限られた面積の中で独自の種分化が起こり数多くの固有種がみられ、特に陸産貝類や植物、昆虫類においては、今なお進行中の過程を見ることができること(これは「適応放散」と言われ、特にカタツムリのカタマイマイ属が有名です。樹上性、地上性などの生態型により形態変化が見られ、化石種を含めて、過去から現在までの進化系列や種多様性の歴史的変遷を追うことができるとのことです。)、さらに、小さな海洋島(大陸と一度も接したことのない島)でありながら独自の種分化をとげた結果、高い固有種率となっており、世界的に重要な絶滅のおそれのある種の生育・生息地でもあることなどが評価されて登録されたとのことです。小笠原諸島の固有種は、前述のとおり天敵や競争相手の少ない海洋島の中で進化してきたことから、決して強い存在ではなく、外来種の進入に抵抗できず、個体数を減らすことになり(絶滅した種もあるとのことです。)、現在、外来種を持ち込まないようにするだけでなく、既存の外来種の駆除や捕獲対策も実施しています。
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次に、私の旅行をご紹介させて頂きます。今回は、ちょっと贅沢をしてクルーズ客船・飛鳥Ⅱを利用して小笠原諸島父島に行ってきました。5泊6日の行程で、父島には2日間停泊します。旅行初日、夕方に横浜港大桟橋を出航し、2日目は1日中クルージング。船内では、サルサ楽団として世界的に有名なオルケスタ・デ・ラ・ルスのスペシャルステージを楽しみ、また、小笠原諸島が世界自然遺産に登録する際、推薦書を作成された脇山成二氏(一般社団法人自然環境研究センター上席研究員)の講演を拝聴しました。船上での時間に飽きること無く瞬く間に2日目が過ぎ、3日目の早朝には、父島・二見港に入港しました。二見港には全長200メートル以下の船舶しか接岸できないため、錨泊(ブイ係留)となり、飛鳥Ⅱに常備されている救命艇兼用のテンダーボートで上陸することになります。
父島での1日目、早速、遊漁船にて父島の南西約1キロメートルの沖合に浮かぶ南島及びその周辺海域を観光しました。南島の周辺海域は世界自然遺産区域であり、南島自身は国の天然記念物の指定を受け、厳しい上陸制限が課されています。南島への往路、幸運にも海上を飛ぶトビウオや海中を泳ぐウミガメに遭遇し、また、海岸淵には戦時中日本軍が設営したトーチカが見られました。遊漁船の若い船員によれば、このトーチカはアクセスが大変なものの夕日が美しく、恋人達のデートスポットになっているとのことです。南島は0.34平方キロメートルの小さな無人島ですが、周辺には大小、様々な岩礁が隆起し、カルスト地形が海中に沈降した沈水カルスト地形が見られる貴重な区域となっています。南島及びこれらの岩礁には、鋭く尖った岩(「ラピエ」)が幾重にも見られ、また、荒波によって浸食された洞穴があるなど、透明感のある青く美しい海上に幾つもの奇岩が居並ぶと言った絶景に感嘆しました。写真マニアでない私であっても、シャッターを切りまくってしまいました。南島には残念ながら上陸しませんでしたが、同島にある窪地(「ドリーネ」)は扇池と呼ばれ、真っ白な砂浜(この砂浜、アオウミガメの産卵場所とのことです。)に囲まれた美しい水辺と青い海が大地を砕いた洞穴で繋がっていると言う風景は、スタジオジブリ作品「紅の豚」の隠れ家のモデルになったと言われています。
昼食は父島の中心地である大村に戻り、小笠原諸島での食文化の知見を深めるべく、有名な洋辛子を使用した島寿司と、カメの刺身を食べてみました。島寿司は不思議にも何の違和感も無く食べられましたし、またカメの刺身は赤身で臭いも無く、弾力があって美味しいものでした。
午後は、文禄2年(1593年)に創建された大神山神社をお参りしました。宮司さんは研修中のため不在でしたが、居られるときはタコノキ(固有種)の葉細工でできたウミガメのお守りをいただけるそうです。この神社、200段近くある階段を登った高台にあるので、二見港や珊瑚礁による美しい海岸である大村海岸を観望でき、南国の青く清々しい風景を楽しむことができました。
父島2日目は、小笠原諸島における自然、歴史、文化に関する情報を収集すべく、大村海岸沿いに建設された「小笠原ビジターセンター」に行きました。同センターには、戦前・戦後の島民の生活を知る貴重な写真や資料が展示されていたほか、世界自然遺産に関するDVDも放映され、大変勉強になったのですが、残念なことは全て撮影禁止となっていました。
午後は、折角小笠原諸島に来た以上は海水浴を楽しもうと、大村からバスで20分程の小港海岸に行きました(この小港海岸のバス停は、東京都最南端のバス停とのことです。)。小港海岸は白い砂浜が300メートル程続く、波穏やかな開放感のある海岸で、素足でも遊泳できます。海岸には、飛鳥Ⅱに乗船してきた旅行者10名程しかいない上、海水浴を楽しんでいるのは外国人の老夫婦と私と妻の4人程で、プライベートビーチのような、ゆったりとした贅沢な時間を過ごすことができました。岩場でのシュノーケリングでは、南海の色鮮やかな魚は見られなかったもののナマコが居たのには仰天しました。
こうして父島での2日間も終わり、夕方には、係留していた縄を解き、飛鳥Ⅱは帰路に就くのですが、その際、多くの遊漁船等が併走し、南島を案内してくれた若い船員を含む多くの島民の方々の見送りを受けました。お互いに、大声で、別れとお礼の言葉を交わしていると、ほんの一瞬の出会いであったにも拘わらず、いや、それだからこそか一層胸が熱くなってしまいました。
旅行5日目はクルージング。船内では、マスコミでお馴染みの脳科学者・茂木健一郎氏による「脳と自然」と題する講演等が開催され、これまた瞬く間に時は過ぎ、6日目の早朝、横浜港大桟橋に接岸、これにて全行程が終了しました。天候に恵まれたこともあって、殊の外海・空ともに青く、心地よい波音など癒やしの時間・空間を体感でき大変満足な旅行となりました。
日本復帰50年、ますます魅力増す小笠原諸島に、皆様も、是非行かれてみては如何でしょうか。

水戸黄門とAI(安田錦治郎)

昭和から平成に時代が変わる頃、私は法務総合研究所事務局三課で法務局職員を対象とした研修業務に従事していました。当時は研修カリキュラムも余裕があり、研修半ば頃、研修生、教官、事務局担当者が一緒に箱根まで足を運び一泊して親交を深める一大行事がありました。
夕刻になると懇親会が催され、恒例の出し物大会が始まります。ブロック対抗で工夫を凝らした出し物が披露され毎回おおいに盛り上がります。旅館からクレームが寄せられることも少なくありませんでした。教官と事務局担当者も出し物を披露するのですが、水戸黄門の寸劇が恒例となっていました。
シナリオは毎回事務局担当者が書き下ろしていましたが、勧善懲悪のワンパターンストーリーといえども、出演者が毎回入れ替わり、それぞれの個性に合わせた話しを展開させていくため、シナリオ創りは悩みの種でした。
研修三部長は大概チンピラ役で、早々に助けさん、角さんに足蹴にされ切り捨てられ、難しい考査問題を出し研修生からは悪評の教官も悪代官か悪党親分役で、最後は土下座といったいつもどおりの展開となりますが、いかに観客受けするかギリギリまで悩み、結局は旅行前日に徹夜してなんとか書き上げ、新宿発のロマンスカーに乗り込むというのが常でした。
懇親会開催の1時間前に出演者全員が部屋に集まり1回だけリハーサルを行い本番に臨むこととなります。もちろん台詞は覚える時間はありませんからシナリオを手に持ちながらの本番ですが、持ち込んだ芝居道具でにわか役者となった教官の皆さんの姿、そしていつも厳しい教官が足蹴にされるさまは、毎回研修生の皆様には大受けで、にわかシナリオ作家の苦労が報われるときでした。

数分間の寸劇でもシナリオ創りにはずいぶんと苦労したものですが、今話題のAI、すなわち人口知能は、小説や作曲といったこれまで人間の専売特許とされてきた創作分野にもどんどん進出してきているようです。水戸黄門のような筋書きがほぼ決まった勧善懲悪ものは、むしろAIの得意とするところのようです。
2045年には、いよいよ人口知能が人知を超える「シンギュラティー(特異点)」を迎えると言われています。人間の配下の存在であったAIが人間の存在を脅かす存在になってしまうかもしれません。
これまでもSF映画では、AIが兵器をコントロールし、人間を支配するといった作品がいくつかありますが、もっとも現実的で恐怖と考えられているのが、人間の仕事をAIが代替してしまうというものです。多くの人間が失業してしまうのではないか、ということが真剣に議論されています。
単純労働の分野だけでなく、むしろ経営者、医師、会計士、教師、法律家などの高度のコミュニケーション能力と高度な専門性が要求される分野こそAIの進出が加速するといわれています。たとえば、社長業務の内、人事業務といった負担の大きい部分はAIに任せ、人間は会社を左右するような戦略的判断に特化する、といったことを研究開発している企業が既にありますし、弁護士の世界でも、アメリカでは膨大な裁判判例を検索するためにAIを活用することが既に現実となっています。近い将来にAIの裁判官、弁護士、AIの公証人が登場することはないでしょうが、遠い将来はどうなることでしょうか。
AIは、法律がこれまで全く想定しなかった新たな問題を生み出すことになるかもしれません。その一つが、高齢者とAIの問題です。昔、AIBOという犬型ロボットがありましたが、ロボットとしての能力は現在に比べかなり低いものでしたが、長年一緒に接していると愛着がわき最後は供養までしてあげる、といった話を聞いたことがあります。
高齢で配偶者を亡くした人はなかなか話し相手を見つけることが難しく、孤立化していくケースが多いといいますが、これを防ぐために話し相手としてAIが活用されていくだろうといわれています。AIは相手に合わせて話し相手になってくれ、どんなわがままも聞いてくれるわけですから、人間以上に愛着がわいてくることは間違いないでしょう。
2045年頃には、人間とAIとの間で、結婚、離婚、相続といった問題が発生し、法律家の頭を悩ます時代になっているかもしれません。

AIの進出がもはや止まることはないでしょうから、人間は、AIとのつきあい方を真剣に考えないといけない時代が確実にやってきます。判断に間違いがなく、失敗もしない、さらには悩みも抱えないAIが支配する社会よりも、失敗や間違いをし、悩みだらけで弱い人間が支え合う、水戸黄門の物語が成立する社会がこれからも続いていくことを願いますが、はたしてそれが許される時代がくるのでしょうか。

 

実 務 の 広 場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.63 家族信託契約の当初受託者の任務が終了し、新たな受託者を選任する必要がある場合の選任権者について

先日,あるNPO法人が主催する研修会に出席したところ,主に遺言に関する内容であり,その講義の終盤で講師から,「最近は,家族信託という制度を利用する方も増えている」との説明がありました。
「家族信託」は,委託者本人の生活を護り,また,その大切な資産を承継遺贈するという仕組みであるとされ,成年後見制度,遺言や相続制度を補完するといわれており,最近,利用する方が増加しているようです。

家族信託公正証書の作成については,本研究会だよりNo.31に小鹿先生が投稿されており,いつかは作成依頼があるであろうとは思っていましたが,いよいよ当役場にも,資格者から家族信託契約を公正証書により締結したいとの依頼があり,案文が送付されてきました。
その内容を確認したところ,当初受託者と新受託者(後継受託者)に関する定めがされており,指定された新受託者が信託の引き受けをせず若しくはこれ(引き受け)をすることができないときは「信託法第62条の定めにかかわらず,受益者又は信託監督人が単独で選任できる。」との定めがありました。
家族信託において「受託者」は,信託の事務を遂行する者であり,最も重要な関係人であることから,その内容を慎重に検討する必要があると判断したものの,実務先例等が見当たらないこともあり,私なりに,次のような検討をしてみましたので,ご紹介いたします。

信託契約の制度設計にもよるでしょうが,信託の開始から終了・清算までは相当長期間となることが見込まれ,委託者はもとより,受託者が死亡,後見開始又は保佐開始の審判を受けることも考えられます。
受託者にこのような事由が発生したときは,受託者の任務は終了し,新たな受託者が就任しない状態が1年間継続したときは,信託そのものが終了してしまう(信託法第163条3号)ため,新受託者の選任規定は重要となります。
信託法第62条第1項では「委託者及び受益者は,その合意により,新受託者を選任することができる。」とあり,合意が整わない場合には「裁判所は,利害関係人の申立てにより,新受託者を選任することができる。」(同条第4項)とされており,さらには,委託者が現に存しない場合「第1項の「委託者及び受益者は,その合意により」を「受益者は」とする。」(同条第8項)とされています。
これによると,委託者が死亡後であれば,受益者が単独で新受託者を選任することができそうですが,信託監督人が単独で新受託者を選任することができるのかどうかが疑問となります。
信託監督人の権限については,同法第132条に規定されており,「新受託者となるべき者として指定された者に対し,・・就任の承諾をするかどうかを・・催告することができる。」権限を有しているものの,新受託者を選任する権限までは認められていないようです。
しかし,同条のただし書きには,「信託行為に別段の定めがあるときは,その定めるところによる。」とあり,法に定められた権限以外にも,権限を付与してもよいようにも考えられます。
この「別段の定め」との文言は,同法に散見され,一見自由に信託契約を設計できそうではありますが,当然限度はあるはずです。
信託監督人は,受益者が自ら受託者の監督を適切に行えないときに,これを補完的に行う機関として,受託者を監督するために必要な権限(同法第92条に規定された受益者の権利のうち,受益権の放棄等一定の権利を除くものの行使権限)のみが与えられていることからすると,信託監督人の権限を拡大する必要は考えられず,むしろ,この場合の「別段の定め」は,信託監督人の権限を限定する必要があるときに使われるべきものではないかと考えられます。
この点に関して,①「信託法(道垣内弘人著・有斐閣)374頁では「権限範囲について,信託行為における別段の定めは許容されているが(132条1項ただし書き),各受益者の自益的な権利についてまで信託監督人の権限とすることはできず,結局,より制約する定めのみが許されるというべきである。」とされており,また,②条解信託法(弘文堂)597頁では「本条(132条)1項本文に挙げられていない権利の行使を信託監督人に認める旨の信託行為の定めは,どうか(権利の行使を認めてよいか)。そのような権利の代表的なものとして,受益債権の行使及び受益債権の弁済の受領,信託に関する意思決定に係る権利がある。このうち,受益債権の行使及び受益債権の弁済の受領を信託監督人に認めることは,受益者に帰属する個人的な利益を他人である信託監督人が固有の権限として消滅させることができるということであるから,受益権を受益者に権利として与えたことの法的意味を失わせる結果となる。(中略)信託に関する意思決定にかかる権利は,受益債権のように個人的な利益の実現に直接関わるものではないが,受益権(そこに含まれる受益的利益)の内容の変更にもつながりうるものであり,受益債権の行使等と区別すべき積極的な理由はないと思われる。したがって,本条(132条)1項本文に挙げられていない権利行使を信託監督人に認める旨の信託行為の定めも,効力を認められないと解すべきである。このように解したとしても,それらの権利を他人に行使させるための制度として受益者代理人の制度が設けられており,その利用が合理的であるから,実質的に不都合を生ずることもないと思われる。」とされています。
本件については,以上の趣旨を資格者に伝えたところ,公正証書を作成する段階において,あらかじめ新たな受託者を指定しておくという,あっけない結果となりました。

家族信託契約全般にわたる事案ではなく,誌友の皆様には,必ずしも参考とはならないかもしれません。ただ,前述のように,信託法は,信託行為における『別段の定め』を数多く許容しています。この別段の定めが万能のものではないことは当然であるものの,その規定内容が許容されるかどうかについて判例,先例等の積み重ねがない現段階では,当面,「別段の定め」が規定する権利の主体,権限の内容並びに付加又は規制する権利,利益の主体及び内容等を当該条項や信託法全体の趣旨を勘案した上で,解釈で判断していかざるを得ない局面があろうかと思います。
今後,家族信託契約が増加していくであろうことを考え,あえて紹介させて頂きます。
(竹村政男)

No.64 移行型の任意後見契約と家族信託契約を併用する公正証書作成に関する疑義について。(質問箱より)

【質 問】
行政書士から、別添のとおり、移行型の任意後見契約と家族信託契約を併用する公正証書作成依頼がありました。
委託者及び委任者はA(父)であり、信託契約にあっては、受託者をB(孫)、当初受益者をA、後継受益者をE(長女)とD(長女の夫かつ養子)とし、後継受託者をC(孫)、信託代理人をF(孫)とするもので、任意後見契約にあっては、任意後見受任者をEとするものです。
信託契約と任意後見契約の併用については、利便であるとして推奨されているところ、件数的には現段階では少ないものと承知していますが、今後増加することを念頭にすると、考え方を固めておく必要性を感じています。このような趣旨から以下の事項について疑義(やや自信がない。)がありますので、質問箱に質問をさせていただきます。
〈信託契約について〉
1 第2条について
信託の目的として、当職は、「本信託は次条、第4条記載の不動産及び金銭等金融資産を信託財産として管理運用及び処分、その他本信託目的の達成のために必要な行為を行い、受益者に生活・介護・療養・納税等に必要な資金を給付することにより、受益者の幸福で安定した生活及び福祉を確保することを目的とする。」を示したが、嘱託人は、別添のとおりを依頼主が希望しているとしてきた。
「(2) 委託者の財産管理の負担を低減すること。」は、目的ではなく結果というべきと思われるがいかがか。
2 第6条第2項について
後継受託者の就任事由について、「死亡その他の原因により信託事務を行えなくなった場合」は曖昧であって信託行為に別段の定めがあるとはいえないと思われるため、「信託法第56条第1項各号に掲げる事由により当初受託者の任務が終了したときの後継受託者は次の者とする。」が相当と考える。
3 第11条について
受益者代理人の就任原因を「受益者が、受託者に対し書面による意思表示を行った場合」に限定しているが、後見契約と併用する趣旨等を勘案すると、受益者の判断能力が低下することを前提にしていないため相当ではなく、「本信託の受益者につき後見開始若しくは保佐開始の審判を受けあるいは任意後見契約が発効したとき、又は受益者が、受託者に対し書面による意思表示を行った場合、直ちに次の者を受益者代理人として選任する。」が相当と考える。
4 第16条について
信託報酬額の決定に関して受益者に絶対的な権限を付す旨の規定は、事後のトラブルに発展しかねないのでいかがか(遠藤「新しい家族信託」280ページ)。
〈任意後見契約について〉
1 代理権目録15及び16について
本人が信託契約の受益者であるときの、受益権の代理行使は目録に記載可能と思われるが(大野重國「信託フォーラム9号」29ページ)、固有財産の追加信託としての引渡しは問題があると考える。
けだし、追加信託は、信託法には直接規定はないが、可能であるとされているところ、追加信託をすることができるのは委託者本人に限られ(先の遠藤弁護士の講演資料)、任意後見発効後は判断能力がないと考えるのが相当で、かつ任意後見人の権限は身上監護・財産管理であることを勘案すると、追加信託財産の引渡しを行うことは矛盾する。
〈委任契約について〉
1 代理権目録8及び9について
上記の趣旨から、判断能力が有ることを前提にした委任契約に記載することは不相当。

〔別添〕
不動産及び金銭等管理運用処分信託契約
(契約の締結、趣旨)
第1条 委託者Aは、受託者Bに対し、次条記載の信託の目的達成のため、第3条記載の財産を信託財産として管理処分することを信託し、Bはこれを引き受けた。
(信託目的)
第2条 本信託の目的は、以下のとおりである。
委託者の不動産及び金銭等金融資産を信託財産として、受託者が管理運用及び処分、その他本信託目的の達成のために必要な行為を行うことにより、
(1) 受益者の幸福で安定した生活及び福祉を確保すること。
(2) 委託者の財産管理の負担を低減すること。
(3) 財産の承継を実現すること。
(信託財産)
第3条 当初の信託財産は、別紙「信託財産目録」記載の不動産(以下「信託不動産」という。)及び金銭等金融資産(以下「信託金融資産」という。)とする。
(追加信託)
第4条 委託者は、本件信託財産に不動産及び金銭の追加信託をすることができる。
2 第1項の追加信託をする場合、不動産の追加については、本信託に基づく所有権移転及び信託の登記手続きを行い、金銭の追加については、委託者は受託者指定の銀行口座への振込により行うものとし、受託者は、振込を受けたときは、速やかに追加信託を受けた旨を委託者に対し報告を行うものとする。
(信託財産責任負担債務)
第5条 (省略)
(受託者)
第6条 本信託の当初受託者は、次の者とする。
当初受託者 住所 ○○市△△町1230番地
続柄 委託者の孫
氏名 B
生年月日 昭和  年  月  日
2 信託が終了する前に前項の受託者が死亡その他の原因により信託事務を行えなくなった場合には、以下の者を後継受託者とする。
後継受託者 住所 ○○市△△町1230番地
続柄 委託者の孫
氏名 C
生年月日 昭和  年  月  日
3 受託者は、善良な管理者としての注意義務を持って事務処理を行うものとする。
(受益者)
第7条 本信託の当初受益者は、委託者 A とする。
2 当初受益者死亡後の後継受益者は次の者とし、受益権割合は2分の1ずつとする。ただし、当初受益者死亡以前に第二次受益者の一方が死亡していた場合、他方の第二次受益者が全ての受益権を取得する。
第二次受益者 住所 ○○市△△町1230番地
続柄 委託者の養子
氏名 D
生年月日 昭和  年  月  日
第二次受益者 住所 ○○市△△町1230番地
続柄 委託者の子
氏名 E
生年月日 昭和  年  月  日
3 第二次受益者 Dが死亡した場合、Dの受益権は消滅し、Eが全ての受益権を取得する。
4 第二次受益者 Eが死亡した場合、Eの受益権は消滅し、Dが全ての受益権を取得する。
(受益権)
第8条 (省略)
(信託期間)
第9条 (省略)
(信託終了の協議)
第10条 (省略)
(受益者代理人)
第11条 本信託の受益者が、受託者に対し書面による意思表示を行った場合、次の者を受益者代理人として選任する。
受益者代理人 住所 ○○市△△町1079番地2
続柄 当初受益者の孫
氏名 F
生年月日 昭和  年  月  日
2 受益者の1名が前項の意思表示を行った場合、受益者代理人はその意思表示を行った者の代理人とする。
3 複数の受益者が第1項による意思表示を行った場合、受益者代理人は原則として全員の代理人とし、それぞれの受益者の状況を考慮し、各受益者の安定した生活のため、公平に受益権を享受できるようその権利を行使することとする。
(信託財産の管理運用処分及び給付の内容等)
第12条 (省略)
(その他の管理等に必要な事項)
第13条 (省略)
(契約に定めのない事項の処理及び契約の変更等)
第14条 (省略)
(清算受託者及び帰属権利者等)
第15条 (省略)
(信託報酬)
第16条 受益者は受託者の報酬を決定し、支給する権限を有することとし、受益者が複数の場合は、受益者全員の合意が無ければ当該報酬を支給することはできない。また、報酬額は原則として月額10万円若しくは信託不動産の年間賃料収入の5パーセントを月額換算した金額のうち、いずれか低い方の金額とし、毎月末日に支給する。なお、受益者は報酬額を決定することにつき、特に必要な場合は専門的知識を有する第三者に相談することができる。
別紙 信託財産目録(省略)

委任契約及び任意後見契約
契約の内容は、委任者をA、受任者をEとして、日本公証人連合会の文例とほぼ同一で問題はないと考えているが、代理権目録が以下のとおりであり、アンダーライン部分に問題がある。
代理権目録Ⅰ(委任契約)
1 不動産、動産等全ての財産(信託財産に属するものを除く。)の管理、保存
2~7 (省略・・・一般的)
8 Aさんが別途契約締結している不動産及び金銭等管理運用処分信託契約に基づく金銭の受領に関する事項
9 Aさん固有の財産を当該信託契約の追加信託として受託者へ引渡しに関する事項
10 (省略)
代理権目録Ⅱ(任意後見契約)
1 不動産、動産等全ての財産(信託財産に属するものを除く。)の保存、管理及び処分に関する事項
2~14 (省略・・・一般的)
15 Aさんが別途契約締結している不動産及び金銭等管理運用処分信託契約に基づく金銭の受領に関する事項
16 Aさん固有の財産を当該信託契約の追加信託として受託者へ引渡しに関する事項
17以降 (省略)
同意を要する特約目録
Eさんが下記の行為を行うには、個別に任意後見監督人の書面による同意を要します。

1 居住用不動産の購入及び処分
2 不動産その他重要な財産(信託財産に属するものを除く。)の処分
3 Aさん固有の財産を当該信託契約の追加信託として受託者へ引渡しに関する事項
4 弁護士に対する民事訴訟法第55条第2項の特別授権事項の授権を含む訴訟行為の委任
5 復代理人の選任

【質問箱委員会回答】
〈信託契約について〉
質問事項1について
信託契約(信託法第3条第1号)による信託の仕組みは、委託者が受託者に対して信託財産の譲渡等の処分を行い、受託者が信託財産の管理又は処分及びその他の行為を通じて受益者に受益権を享受させることにより、信託契約によって定められた「一定の目的」(信託法第2条第1項)を達成するものであるところ、ご質問の「(2) 委託者の財産管理の負担を低減すること。」は、委託者の財産を信託財産として受託者に譲渡することの反射的利益として実現されるものであり、受益者に受益権を享受させることによって達成される信託法第2条第1項の「一定の目的」とは異質のものと言わざるを得ません。
ただし、委託者の財産管理の負担低減も、信託契約締結の目的ないし動機の一部ではあることから、これが信託契約本来の「一定の目的」に追加して記載されていたとしても、信託契約そのものを無効としてしまうような違法な記載とまでは言えないものと考えます。

質問事項2について
新受託者の選任に関する信託法第62条第1項及び第2項は、「第56条第1項各号に掲げる事由により受託者の任務が終了した場合において」と規定しているところ、「死亡その他の原因により信託事務を行えなくなった場合」という規定もこれと同様のものと解する余地はありますが、ご質問の案による方が明確であり、後日の紛争防止という観点から、より適切であると考えます。

質問事項3について
後日の紛争防止という観点から、ご質問の案のとおり、将来の判断能力低下に備える内容も含めておいた方が、より適切であると考えます。
なお、第1項をご指摘のように変更した場合、第2項の「受益者の1名が前項の意思表示を行った場合」は「受益者の1名が前項に該当した場合」と、第3項の「複数の受益者が第1項による意思表示を行った場合」は「複数の受益者が第1項に該当した場合」と改めることになります。

質問事項4について
受託者の報酬は、「信託行為に受託者が信託財産から信託報酬を受ける旨の定めがある場合に限り、信託財産から信託報酬を受けることができる」(信託法第54条第1項)とされており、「信託報酬の額は、信託行為に信託報酬の額又は算定方法に関する定めがあるときはその定めるところにより、その定めがないときは相当の額とする」(信託法第54条第2項)とされています。
そして、信託報酬の額についての定めがないときは、「受託者は、信託財産から信託報酬を受けるには、受益者に対し、信託報酬の額及びその算定の根拠を通知しなければならない」(信託法第54条第3項)とされています。
したがって、信託報酬については、まず信託報酬を受ける旨の定めが必要なところ、別添の不動産及び金銭等管理運用処分信託契約第16条の規定は、受益者に報酬の決定及び支給の権限があること及び受益者が複数の場合に受益者全員の合意がなければ報酬の支給ができないことを定めているところ、「受託者が信託財産から信託報酬を受ける旨の定め」としてはあまり適切な表現ではなく、後日の紛争防止の観点からは、①受託者が信託財産から信託報酬を受ける旨、②信託報酬の額又は算定方法に関する定め、③受益者が信託報酬の額を変更することができる旨を、明確にしておくのが相当と考えます。
一例としては、「受託者は、毎月末日に信託財産から信託報酬を受けるものとし、その額は月額10万円又は信託不動産の年間賃料収入の5パーセントを月額換算した金額のうちいずれか低い方の金額とする。ただし、受益者は、信託報酬を相当な額に変更することができるものとし、受益者が信託報酬額を決定するにつき、特に必要な場合は専門的知識を有する第三者に相談することができる。なお、受益者が複数の場合、信託報酬額の変更の決定は受益者全員の合意がなければならない。」のように変更することが考えられます。

〈任意後見契約について〉
質問事項1について
代理権目録Ⅱ(任意後見契約)15の受益権に基づく金銭給付の代理受領については、特に問題ないものと考えますが、16の追加信託として本人の固有財産を受託者へ引き渡すことには、問題があります。
そもそも、本人の財産の管理は任意後見人の本来業務であり、本人の生活及び療養看護のため必要な場合には本人の固有財産の処分もできますが、本人の固有財産の保全等を目的とした任意後見制度支援信託を利用する場合以外、任意後見人が自ら財産管理を行わずに信託制度を利用することは、任意後見制度の趣旨から相当ではありませんし、仮にあらかじめ本人が追加信託をすると決定しておいた財産についてその履行行為を行うことだけを委任するという趣旨であるならば、追加信託する財産を具体的に特定した上でその履行行為に必要な事項を記載しておく必要があるものと考えます。
また、任意後見契約の受任者であるEが信託契約の第二次受益者となっていることから、利益相反行為ともなりかねませんので、特に慎重な対応が必要となります。

〈委任契約について〉
質問事項1について
代理権目録Ⅰ(委任契約)8の受益権に基づく金銭給付の代理受領については、任意後見契約の場合と同様特に問題はないものと考えます。
9の追加信託として本人の固有財産を受託者へ引き渡すことについては、受任者には財産の処分権限がないことから、委任者が自ら追加信託することを決定した場合にその履行行為のみを代理して行うという趣旨の規定であるとしても、不動産の追加信託の場合の登記申請の代理権を証する書面としてはこのような包括委任は適当でないと考えますので、任意後見契約について述べたのと同様に、追加信託する財産を具体的に特定した上でその履行行為に必要な事項を記載した委任事項とするか、この委任契約とは別の個別の委任行為とするのが相当と考えます。
また、移行型任意後見契約の委任契約にかかる代理権の濫用等の指摘を受けて、この場合の代理権の範囲を日常的な事項等に限定して作成するなどの工夫をしていることも踏まえて、委任事項の内容については慎重に検討しておく必要があるものと考えます。

 

民事法情報研究会だよりNo.34(平成30年8月)

残暑の候、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
さて、去る6月16日の前期セミナーでは76名の会員が参加して、元法務省人権擁護局長で弁護士の吉戒修一先生から「裁判、行政、企業における人権」についてご講演をいただきました。現在、講演録の冊子の作成中ですが、でき次第皆様にお送りいたします。(NN)

今 日 こ の 頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

成年後見制度低迷の原因・後見人選任のミスマッチ
ミスマッチのない選任システムを構築しよう!
(NPO法人高齢者・障害者安心サポートネット理事長 森 山 彰)

1 利用低迷の原因
我国の成年後見制度は、創設後18年を経過したにもかかわらず、その利用率は、現在おおよそ認知症高齢者約460万人、知的、精神障害者約340万人と推定される中で、平成29年末現在、制度の利用者数は約21万人、その利用率は2.6%程度で、極めて低迷していると言わざるを得ない。
そこで、この利用促進を図るため、平成28年4月「成年後見制度利用促進法」が制定された。次いで、翌29年3月、促進法で明らかにされた利用促進の「基本理念」や「基本方針」に関する施策を総合的かつ計画的に推進するため、「基本計画」が策定されたことは、周知のとおりである。
なぜ利用が低迷しているのか、この基本計画の冒頭に鋭い分析がある。簡潔に要約すると、「後見人に対する地域住民のニーズは、意思決定支援・身上保護重視の後見であるにもかかわらず、家庭裁判所では、財産管理重視の観点から第三者専門家を後見人に選任、ビジネスライクの後見を行ってきたため、利用者のニーズが充たされず、成年後見制度のメリットや素晴らしさが実感されていない。」と指摘し、その主要な原因が選任のミスマッチの積み重ねに求めている。

2 家庭裁判所における選任のやり方
その一般的な具体例を示そう。ここに登場するA女は、子供に恵まれず、長年連れ添った夫にも先立たれて、たまたま近くに住む姪B子の手助けで、細々と生活する独居高齢者である。常々A女はB子に対し、「もし、私が認知になったら、必ずあなたが後見人になって面倒を見てね」と頼み、B子もこれを快諾していた。やがて、A女に認知症状が出て、判断能力の診断をしてもらった結果、「成年後見」相当と出た。そこで、B子は約束に従い、自らを後見人候補として後見開始の審判申立てを行った。
ところで、家庭裁判所では、調査の冒頭、必ず次のような説明がある。「誰を後見人に選任するかは、裁判所の裁量に委ねられているから、後見人選任の審判がでれば、それに不満でも、即時抗告はできない。だからと言って、取下げを願い出ても、家裁の許可を得なければ、それもできない。」
この説明で、大抵の申立人や候補者は、圧倒されて萎縮してしまう。説明の態度は柔和でも、内容は、まったく威圧的である。
それでも、B子は、A女の後見人就任は本人の意思で、A女とは強い信頼関係で結ばれ、生活支援のノウハウも熟知しているので、「適任者は、自分以外にいる筈はない。」と確信していた。しかし、実際に選任されたのは、見ず知らずの専門家Ⅽだった。B子は泣き寝入りするしかなかったが,A女も、後見人Cと信頼関係が築けず、不満だらけの多い生活を送ることになった。
上記のような家裁の後見人選任の取扱いは、もちろん民法や家事事件手続 法に法的根拠があるから、違法ではない。しかし、仮に家裁が本人の自己決定権を尊重し、本人の身上保護を重視する観点から後見人を選任していたら、おそらくB子が選任されていたと思われる。そうだとすれば、選任権の乱用の疑念は残る。
仄聞するところ、このような家裁の選任のやり方は、全国津々浦々で行われているようである。ちなみに、制度創設当初の親族と第三者専門職における後見人の選任比率は、前者が9割で、後者が1割にも満たなかったのに対し、28年には、親族が3割弱に減少、専門職が7割を超えるまでに急増した。この急増の原因が、このような一方的で、威圧的な選任のやり方にあるとしたら、誠に嘆かわしいと言わざるを得ない。と同時に、この選任のやり方が、おそらく家庭裁判所に対する不信感を増幅し、延いては成年後見制度の信用失墜の原因になっていると判断せざるを得ない。

3 ミスマッチの防止策
この度の利用促進法における後見の担い手は、地域連携ネットワークに支援された市民後見人である。そこで、基本計画では、市区町村等一定の地域ごとに、権利擁護の地域連携ネットワークを構築し、そのネットワークが家裁に対し的確な情報を提供して、適切な後見人が選任されるよう支援する仕組みを作る計画である。そのため、検討すべき施策として、①.地域連携ネットワークと家裁との連携の強化、②.市民後見人候補者名簿の整備、③.市民後見人の研修、育成、活用等様々な施策を提案しているが、しかし、この程度の施策では、これまでの柔軟さを欠く家裁の態度から推測して、満足できる成果は期待できないのではないかと危惧される。
やはり、家裁の後見人選任のやり方が、「選任のミスマッチ」の元凶であることを十分認識してもらい、この点は踏み込んだ改善が必要だと思う。
第1の改善点は、地域連携ネットワークやしかるべき団体が、本人との適応性を調査し、後見人候補を推薦したときは、家裁はその推薦を尊重して、被推薦者を後見人に選任する仕組みにすべきである。そうなれば、家裁の裁量の幅が狭まって、身上保護重視のニーズが強い高齢者・障害者に対して、身上保護に殆ど関心を持たない特定分野の専門家を威圧的に押し付けるようなミスマッチは、激減するだろう。
第2の改善点は、現在における後見人選任のミスマッチの状況を見ると、後見人の選任基準を定めた民法843条4項の規定は、有って無きが如く、無視されている印象がある。しかし、このような規定がある以上、家裁が申立による後見人候補者と異なる後見人を選任したときは、そのような事案だけでも、選任基準の妥当性等について即時抗告ができるように改正すべきではないかと考える。
このような改正で、選任における家裁の強引で一方的な裁量が抑制され、即時抗告した者にも、選任理由が明確になるので、そのメリットは大きいと思う。

4 おわりに
成年後見制度利用促進法及びそれを受けた「基本計画」が策定され、33年度までの基本計画の工程表まで明らかにされたが、何と言っても、成年後見制度の運用主体は、家裁である。また、その手続を規律するのは、「家事事件手続法」である。したがって、プログラム法である利用促進法に盛られた基本理念や基本施策が、現実に具体化するかどうかは、制度の中枢に位置する家裁の取組み如何にかかっていることは、明白である。
他方では、促進法に盛られた基本理念や基本施策が、国民の賛同と支持を得ていることも事実であるから、家裁は、成年後見制度が超高齢社会で果たす役割を十分に理解して、率先垂範してその実現に努めることは、家裁に対する国民の信頼性向上に大いに寄与することになると思う。この面での家庭裁判所の積極的なリーダーシップを心から期待したい。

参考 民法843条4項 成年後見人を選任するには、成年被後見人の心身の状態並びに生活及び財産の状況、成年後見人となるべき者の職業及び経歴並びに成年被後見人との利害関係の有無(成年後見人となる者が法人であるときは、その事業の種類及び内容並びにその法人及びその代表者との利害関係の有無)、成年被後見人の意見その他一切の事情を考慮しなければならない。

吉﨑さんのこと(小畑和裕)

吉﨑さんが亡くなった。彼は現役の公証人であり、余りにも早く逝ってしまった。訃報を聞いて驚愕した。悲しさよりも、何故だという気持ちや、彼を襲った病魔に対する怒り、悔しさの感情が先に立った。数か月が経た今もその死を受け容れられない。悲しくやるせない気持ちを解消する方法がなく鬱々とした毎日だ。思えば、彼との付き合いは長い。初めて会ったのは、30年余りも前だ。昭和61年4月から民事局第一課登記情報管理室で予算事務を共にして以来だ。厚生管理官室で活躍していた彼は、抜擢されて当時繁忙を極めていた予算係に異動してきたのだ。その頃の民事局・法務局は、世紀の大事業である登記事務のコンピュータ化に組織をあげて取り組んでいた。その事業の財政的基盤を支えるため登記特別会計制度は創設された。特別会計を所管することは、法務省や、関係省庁である大蔵省主計局司法警察係にとっても初めてのことであり、先例も経験もなくすべてが手探りだった。予算係は、登記特別会計の歳入・歳出予算の概算要求、獲得した予算の執行事務に加えて、毎月の手数料の収入予測に基づく資金の運用管理も重要な仕事だった。特に、6月、12月のボーナス時期には膨大な資金が必要になり、そのやり繰りには苦労が多かった。
また、登記特別会計が創設されたことにより、民事局・法務局が所管する予算も登記事務を中心とする登記特別会計予算と戸籍等を中心とする一般会計予算に分かれた。それにより、職員の所属や人件費、物件費、施設費なども二分して管理することになった。予算事務は複雑かつ困難化した。当然のことながら増員もなく、事務処理は繁忙を極めていた。そんな時に彼は新人として赴任して来たのだった。当時、「花の予算」という言葉があった。予算係が花形だという意味があるのかどうか不明だが、花(桜)の咲く頃がのんびりできる時期だという経験則があった。その時期に彼がひたすら予算書の読み込みをしていたことを思い出す。彼は明るく元気で気力・体力ともに充実していた。付き合いも良く、仕事も前向きで頑張り屋だった。特に彼の功績としていまも忘れられないのは、事務処理に初めてワープロを導入したことだ。というのも、当時は大蔵省に提出する予算の概算要求書は、各担当者ごとに手書きしていた。そのため、要求書に訂正や変更が出ると、全てのページを書き換える必要があり、大変な労力を要した。また、書き手の個性が出て、大蔵省の担当官から書かれている字が読みにくいとして清書して再提出するように求められたこともあった。そこで彼は、ワープロの活用を提案したのだ。ワープロはその当時まだ一般化されてはいなかったので、他の職員はその効果について半信半疑だった。しかし、彼は熱心にワープロの利便性を説き、実現した。出来上がった要求書はきれいで読みやすく、かつ訂正や変更にも簡単に対応できた。また、データや書式を保存しておけば、翌年度も利用できるという効果もあった。事務処理の合理化にもつながり良いことずくめだった。みな賞賛した。ただし、ワープロで要求書を作成したことが初めてなので、大蔵省主計局の担当官に対する説明で変換ミスを指摘され、平身低頭したことも一再ならずあったが。二年目以降の事務処理の合理化に大いに貢献したことは言うまでもない。コンピュータ化が進展するに伴い繁忙の度合いは益々進み、定時に退庁できることは殆どなく、土・日の出勤もごく普通のことだった。大晦日に予算速報を中央郵便局に持参し、全国の法務局に発送して、有楽町で年越しそばを食べて解散するのが通常だった。そんな時、彼がいつも嫌な顔をせず世話役を引き受けてくれた。懐かしい思い出だ。
古稀を過ぎても、老いていくということの意味がまだ何一つ分からない。ただ、彼の死を通じて一つだけ実感したことがある。ここ数年の間に、民事局で指導を受けた清水、藤谷両先輩を始め多くの人たちが亡くなられた。そして今また、彼が亡くなった。老いるとは多くの人々との別れを経験しながら生きるということなのかなと思う。「ハナニアラシノタトヘモアルゾ サヨナラ ダケガ人生ダ ― 井伏鱒二」
今はひたすら彼のご冥福を祈っている。

再登板(本間 透)

プロ野球が開幕して、スポーツニュースで贔屓のチームの勝敗結果が気になるところですが、日本では、中日の松坂投手の復活やソフトバンクの柳田選手の打率4割達成などが話題になり、アメリカでは、エンゼルスの大谷選手が投打二刀流で大活躍し、日米の野球ファンが興奮しています。
これとは全く次元が異なりますが、私は、一端リタイアした身でありながら、本年4月2日から公証人として野球で言えば再登板することとなりました。この経緯等を以下に述べます。
本年3月初旬に法務省の後輩の栄転の内報に接し、送別会の案内を木更津公証役場の吉﨑公証人(以下「吉﨑さん」といいます。)にメールしたところ、都合が悪くて出席できないとのことでした。ところが、数日して吉﨑さんが再手術するため入院したことが判明しましたので、吉﨑さんの病状を気にしていたこところ、3月20日に千葉地方法務局総務課長から自宅に電話があり、吉﨑さんの入院が長引きそうなので、4月から木更津公証役場の代理公証人をしてもらいたい旨の依頼がありました。私と吉﨑さんとは、法務省民事局で登記特別会計発足時の予算係で一緒に仕事をして以来公私にわたり長いお付き合いがあったことから、他ならぬ吉﨑さんのためならと思い、その依頼を受けました。その上で、吉﨑さんに「私が4月から貴殿の代理で木更津公証役場に行くので、治療に専念してじっくり養生してください。」とメールしたところ、「感謝します。早く復帰できるよう頑張ります。」と返信がありました。
代理公証人の発令は、4月2日とのことで、それに必要な書類について千葉地方法務局から取りあえず電話連絡があり、大至急必要書類を用意し、後日送付された書面を作成して同局に送付しました。
3月31日に吉﨑さんの病状が思わしくないとの連絡があったので、私は、4月1日の午後に吉﨑さんが入院している中野の警察病院に見舞いに行きました。
吉﨑さんは、3月20日に予定していた再手術ができず、ベッドから起き上がるのが困難な様子でしたが、私が「明日から吉﨑さんの代理で木更津公証役場に行くので、役場のことは心配しないで早く良くなってください。」と言ったところ、私の手を握って「本間さんに任せることができ、ありがたく安心しました。くれぐれもよろしくお願いします。」とおっしゃいました。
4月2日に千葉地方法務局に赴き、着任したばかりの三橋局長から、法務大臣からの公証人に任ずる辞令と木更津公証役場の代理公証人に任ずる辞令をいただくとともに、局長からの代理期間に関する辞令をいただいた後、木更津公証役場に赴きました。私の公証人の職印と確定日付印は、前任地で使用していたものを保管していましたので、証書作成と確定日付の交付には即対応できましたが、電子定款の認証に必要な電子証明書(カード)は、新たに発行され、19日から使用可能となりました。
それから10日後、吉﨑さんの訃報に接し、生前の何事にもエネルギッシュな吉﨑さんを思いうかべ、あまりにも早い逝去に愕然としました。私としては、少しでも吉﨑さんの霊に報いるためにも木更津公証役場の業務を滞りなく遂行しようと決意した次第です。
4月12日に千葉地方法務局の総務課長から電話があり、12日付けで法務大臣から吉﨑公証人の後任を命ずる辞令が発せられる旨伝達され、後日、同日付で法務大臣からの木更津公証役場の公証人に任ずる辞令をいただきました。そこで、私が4月下旬以降に予定していた平日の旅行等を全部キャンセルするとともに、吉﨑さんの通夜・告別式後、木更津公証役場での今後の業務遂行・役場運営について、改めて書記と打ち合わせました。これに伴い、各種事務機器等に関する契約や各種公共料金における契約者の名義変更の手続も行いました。4月25日に吉﨑さんの奥様が木更津公証役場に来られ、各種支払いに関する書類や経理・労務関係の帳簿等を引き継ぎました。
4月26日に千葉地方法務局長から電話があり、私の任期については、おそらく来年になると思われるが後任者が決まるまでお願いしたいとのことで、ショートリリーフの予定がロングリリーフになり、本格的に1年9か月ぶりに公証人として公証業務を行い、10年ぶりに電車通勤することになりました。
公証業務については、書記が優秀で仕事熱心なこともあり、あまりブランクを感じることなく遂行しております。通勤は、乗り換えに要する時間や電車の混み具合を考慮して往路と復路を変え、3回乗り換えてドア・ツウ・ドア片道2時間の道程です。このような生活は、脳の活性化と足腰の鍛錬になるものと考え、日々精進しております。
さて、毎年、現職の公証人が病で亡くなったり、長期療養を余儀なくされていますが、私も法務局の退職間際に初期胃がんが発見されたことから、その当時の最新の施術方法である内視鏡手術により、その部分の粘膜を電子メスで切除しました(入院期間1週間)。その後、いわき公証役場の公証人就任後2年目にその切除した胃壁に穿孔が生じたことから、あまりの痛みに耐えかねて妻に救急車を呼んでもらいました。救急病院での検査の結果、胃の内容物が腹部に充満して、このままだと腹膜炎になり命にかかわる状態であると医師に言われ、即手術となりました(その日は、私の満60歳の誕生日でした。)。開腹手術の結果、胃がんの前歴があることから、胃の3分の2と回りのリンパ節も切除されました。麻酔から目が覚めたら、集中治療室のベッドに固定され、二日間は面会謝絶でした。それから1か月入院し、退院後、食事制限に慣れ体力を回復するため、1か月自宅療養しました。
この2か月のいわき公証役場の業務は、相馬公証役場の当時の小原公証人に週2~3回来ていただき、代理公証人として対応していただきました。こうして私自身も被代理公証人の経験があり、代理公証人制度のありがたさを本当に痛感し、おかげで療養に専念することができ、病後の早期回復を図ることができました。
両方の立場を経験した私としては、現職の公証人が病気療養を余儀なくされた場合は、代理公証人制度等をもっと柔軟かつ機動的に運用できるような仕組にしていただき、安心して気兼ねなく療養できるようになればと願ってやみません。 (平成30年6月1日記)

静岡まつり大御所花見行列に参加して(板谷浩禎)

静岡市では、毎年4月初旬(今年は3月31日、4月1日)に静岡まつりが二日間にわたって開催されます。
静岡まつりは、「大御所・家康公が、大名・旗本などを引き連れて花見をした」という故事に倣い、駿府の街・静岡だけができる大御所の花見行列をメインに、桜の咲く頃のお祭りとして昭和32年に始まりました。この祭りも今年で第62回を数え「市民が参加するお祭り」となり、今年は二日間とも天候も良く桜も満開となり絶好の花見日和で静岡市中心街は多くの人々で賑わいました。
このように、静岡まつりは桜の咲く頃の静岡市の一大イベントですが、そもそも、なぜに私がその祭りに参加することになったのかというと、それは、これまで私が住んでいる地区(静岡市の東部)は静岡まつりへの関心度が低いため、静岡市と静岡まつり実行委員会が静岡まつりをより一層盛り上げるために、私共の自治会連合会に協力要請があったことによるものです。私は、法務局を退職と同時に自治会役員を10数年間務め現在に至っておりますが、その「お努め」に対するご褒美なのかどうかわかりませんが、約5千世帯の地区代表として大御所・家康公の行列奉行・彦坂光正の役柄で馬に乗り大御所花見行列に指名されることになりました。
さて、行列奉行という大役を引き受けたものの馬に乗るのは初めてであり、かつ、行列時間が約2時間と長時間であること、更には実行委員会から「過去には多くの見物客に驚いて馬が暴れ落馬したこともある」との事例を聞き少し不安を覚えましたが、大御所の行列奉行として静岡まつりに参加するという貴重な体験は、今後ないかもしれないと思い参加を決意しました。
私のように馬乗りの初心者には、2日間(1回の所要時間15分)の練習時間が与えられます。初心者にとって2回の練習は、大変貴重でありました。その効果もあり、本番は予想していたよりも堂々とした乗馬ぶり(?)であると自画自賛したところです。後から聞いた話ですが、11名の乗馬者の中から彦坂光正に一番大人しい馬を当ててくれるという静岡市実行委員会の配慮があったようです。
静岡市は、我が国の人口が少子高齢化・人口減少社会に突入した中で、人口減少対策は当然のこととして交流人口の増加にも力を注いでいます。私共の自治会連合会も静岡市と協調して「活気ある街づくり」に知恵を出していけたらと考えています。外国人を含めた多くの観光客が静岡空港や清水港、東名・新東名高速道路を利用して、来年の駿府の街・静岡まつり大御所花見まつりを盛り上げてくれたらと願っています。

※ 彦坂光正
江戸初期の駿府町奉行、今川義元の家臣の子として徳川家康に仕え、天正12年の長久手の戦で戦功をあげた。家康の駿府引退後は、駿府町奉行を務めた(朝日日本歴史人物事典から抽出引用した)。

遺言で家族の絆を取り戻した話(斎藤和博)

ある日、80歳代のご婦人が、遺言の相談でやってきた。いつものように、公証人室の中にご婦人を導き入れ、私の名前を名乗った後、受付用紙に住所、氏名、生年月日等を記載してもらい、具体的な相談内容に入っていく。
家族関係は、夫は、既に亡くなっており、子どもは長男と二男の二人だけ。私の内心では、そんなに難しい案件ではないなと思いながら、話を進めていく。
すると、長男は、大学進学とともに家を出て、その後、就職もし、結婚もしているが、長男が家を出た後、長男との交流が全くない状況だという。夫の葬儀にも来ないし、その時は、二男の手助けを得ながら夫の葬儀を行ったという。自分も高齢になったので、この際、遺言書を作成したいと考えているが、どのように考えて行けばいいのか分からないので、教えて欲しいというのが相談の趣旨であった。
そこで、「まずは、自分の財産を「不動産」と「預貯金」の大きく二つに分けて考えて、不動産はどのように相続させるのか?預貯金はどのように分配するのか?というように考えてみてはいかがですか。ただし、不動産の場合には、相続人二人の共有関係にすると相続の後に様々な問題が発生する可能性もあるので、なるべくならば、不動産の場合は一人の人に相続させた方がいいと思いますが、不動産については、どのように相続させたいと考えていますか?」と尋ねると、しばらく間があった後、「不動産は、やはり長男に相続させたいと思います。でも、いらないと言われたらどうしよう?…。」という答えが返ってきた。そして、「それでは、預貯金は、どのようにしたいですか?」と尋ねると、「二人に分けてあげたいと思います。どのように分ければいいかは、まだ、わかりません。」いう答えが返ってきたので、とりあえず、聞き取った内容を、【遺言内容(未定)】のタイトルを付して「1 不動産は長男に…。2 預貯金は、二人に(割合は未定)…。」と書いたメモを本人に渡し、「よく考えて、遺言の内容が固まったら、また来てください。」と話し、その日は終了した。
そのご婦人は車の免許を持っていない。近くに待機している車や自転車も見当たらなかったので、タクシーを呼びましょうかと声をかけたら、「いいえ、大丈夫です。歩いて帰りますから。」との一言。(唖然!)そのご婦人の入居しているケアハウスは、公証役場から8km以上はある。車なら15分程度だが、徒歩では2時間ほどはかかる距離。常日頃、何でも車を使って用を済ます私にとっては衝撃的な一言であった。聞けば、亡くなったご主人が介護のために施設に入居した際には、毎日、自宅から夫のいる施設まで歩いて通っていたとのこと。そのような日々を過ごしているうちに、ご婦人自身も体調を崩され、福祉関係者の勧めもあって、夫とは別の現在のケアハウスに入居したとのことでしたが、歩くことは苦になりませんとさらりと言われた。
その後、2か月くらい後に再度来庁され、「長男に電話で遺言の話をしたら、『俺は、一切財産はいらない。』と言われてしまいました。」とのこと。「それでは、不動産は二男に相続させることにしましょうか?…。預貯金はどうしますか?」と尋ねると「預貯金は、いくらもないけれども、私としては長男にも分けてあげたい。」という答えであった。
そこで、【遺言内容(未定)】のタイトルはそのままに先に渡した遺言内容を修正したメモを渡し、2回目の面談は終了した。当然、その日も徒歩で帰られた。
3回目の面談では、ご婦人は、「2回目の面談でもらったメモの内容を、長男、二男に伝えたところ、長男は、『俺は、お金もいらないから、弟に多くやってくれ。』という返事で、二男は、『不動産は自分が相続したい。』と言ってくれたので、不動産は二男に、預貯金は、長男に○分の●、二男に○分の△の割合で決めました。」とのことであった。よくよく聞いてみると、自宅は、現在、二男が住んでいてアトリエとして使っているということなので、落ち着くべきところに落ち着いたなと感じた。あとは、長男が、母の気持をくんで預貯金を受け取ってくれるか?という一抹の不安だけ。
いよいよ遺言公正証書作成日を迎え、滞りなく遺言公正証書は完成!。しばし雑談をしていると、ご婦人から、「先日、仏教でいうところのお盆の催しがあり、その席に、長男も出席してくれて、久しぶりに親子3人の時を過ごすことができました。」と、遺言書作成のいくつかの過程を経て、永らく交流の無かった家族の絆が戻ったことを、とても喜んで語ってくれた。そして、とびっきりの清々しい笑顔で、証人の車に同乗して帰路につかれた。
このご婦人の笑顔を励みに、残りの公証人の任期を全うしたいと思っている。

 

実 務 の 広 場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.60 離婚後の夫婦及び子の氏と戸籍について

1 はじめに
当役場にも、幼い子を抱えた若い夫婦、主にその妻が離婚に関する公正証書の作成について相談に訪れます。その多くは養育費に関することが中心となりますが、離婚前の相談であると、「離婚の合意は?」、「親権者、監護養育者は?」「離婚届出は?」という具合に話を進めているうちに、相談者が離婚後の自身の氏や子の氏がどのようになるのか、また、戸籍がどのようになるのかについて、ほとんど理解していないことに気付かされます。離婚後の氏や戸籍の変動は、離婚後の親子の生活にも大きく関わる問題であることから、当職は、この時とばかり、相談者に法務局時代に培った知識を、聞かれた以上にレクチャーすることになります。
この度、本誌への寄稿の機会をいただいたことから、離婚後の夫婦及び子の氏と戸籍について、少し書かせていただくことにしました。
なお、本稿は、戸籍事務経験のない方の執務の一助となればと思い、寄稿を試みたものでありますので、なにを今さらと思われる方につきましては、御容赦をお願いします。
2 婚姻中の夫婦及び子の氏と戸籍
人の称する氏は出生時に定まり、その後、婚姻・離婚等の身分変動や氏の変更手続に伴い当該人の称する氏も変動します。これら事実及び身分変動等により、当該人の称する氏は、全て民法の規定により定まります。そして、この民法により定まった氏を基に、戸籍法の規定により当該人の入籍する戸籍が定まります。
最も基本的・典型的な例を挙げれば、いずれも親の戸籍に在籍する夫甲野太郎と妻乙川花子が夫の氏を称して婚姻すると、戸籍は甲野の氏で太郎を筆頭者とする夫婦の新戸籍が編製されます(民法750条、戸籍法16条)。この場合の花子について考えると、婚姻という身分変動があり、これに伴い氏を改めるという氏の変動が生じ、入籍戸籍が定まったということになります。そして、この夫婦の婚姻中に生まれた子、長男一郎は父母の氏を称し(民法790条)、父母の戸籍に入ることになります(戸籍法18条)。
3 離婚後の夫婦及び子の氏と戸籍
(1) 上記の太郎・花子夫婦について、その後、離婚という身分変動が生じたときは、婚姻の際に氏を改めた妻花子について、婚姻前の氏に復するという氏の変動が生じます(民法767条)。その結果、花子は、同じ戸籍に在籍していた夫太郎、子一郎と氏を異にすることになりますから、婚姻時の戸籍から出なければなりません。
この場合、花子には3つの選択肢があります。
① 婚姻前の氏(乙川)を称し、親の戸籍(婚姻前の戸籍)に戻る。
② 婚姻前の氏(乙川)を称し、自身を戸籍の筆頭者とする新戸籍を編製する。
③ 婚姻中の氏(甲野)を継続して称し、自身を戸籍の筆頭者とする新戸    籍を編製する。
上記のとおり、花子には3つの選択肢がありますが、留意すべきは、花子が③を選択した場合でも、民法により定まった花子の*民法上の氏(民法767条)は、あくまでも乙川であり、③の花子の称する氏(甲野)は、一旦乙川の氏に復氏した上で、民法の特別な規定及び戸籍法の規定により称することが認められた*呼称上の氏(民法767条2項、戸籍法77条の2)であることです。
したがって、今後、花子について婚姻・離婚、縁組・離縁等の身分変動(特に離婚・離縁)に伴い、花子の称する氏及び入籍する戸籍について判断するときや上記③の花子の戸籍に子が入籍するときの手続等においては、花子の民法上の氏は乙川であることを踏まえておく必要があります。
ただし、公証事務を行うに当たって、この辺りの知識を活用する場面はあまりないかも知れません。
(2) 次に、上記の例で太郎と花子が、子一郎の親権者及び監護養育者を花子と定め、離婚した後の一郎の氏と戸籍はどうなるのでしょう。
結論から述べると、太郎と花子夫婦に離婚という身分変動があっても、一郎の氏に変動はなく、一郎は同じ戸籍に留まることになります。
このような結論となる理由は、父母の離婚という身分変動は、子の身分に何ら影響を及ぼすものではないし、子自身に養子縁組などのような身分変動が生じたわけではありませんから、子の氏に変動をもたらす原因がありません。したがって、上記のとおりの結論となります。この氏と戸籍の取扱いについては、相談者の多くが親権者及び監護養育者は母である自分であるから、当然に母子で同じ氏(乙川)を称し、同じ戸籍になると誤解しているところです。
(3) ただ、この例のように、元の氏に戻った花子が親権者及び監護養育者として一郎を引き取り養育していく場合、花子と一郎の氏及び戸籍が異なると、親子の社会生活上不都合な場面が数多く出てくることが考えられます。
そこで、このような場合には、花子と一郎の氏及び戸籍を同じにする手 続を取る必要があります。この手続については民法791条に定められています。この例では、一郎が(一郎が満15歳未満である場合は、親権者である花子が法定代理人として)家庭裁判所に『子の氏変更許可申立書』を提出して、一郎の氏を変更する許可を申し立てます。家庭裁判所が申立てに問題がないと判断すれば、一郎の氏の変更を認める審判がなされ、許可の審判書が交付されます。一郎又は法定代理人花子がこの審判書を添えて市区町村役場に『母の氏を称する入籍届』を提出すれば、花子と一郎は同じ氏を称して同じ戸籍に入ることになります。なお、花子の戸籍が前記③の場合、花子と一郎は既に同じ「甲野」の氏を称していますが、前述したように民法上の氏は異なっているため、上記手続を取ることが必要となります。
では、花子が『母の氏を称する入籍届』を市区町村役場に提出した場合、花子と一郎の戸籍が具体的にどのようになるのかを前記①から③の例で述べておきます。
前記①の場合:花子を戸籍の筆頭者とする新戸籍が編製され、同戸籍に一郎が入籍します。
前記②の場合:既にある花子を戸籍の筆頭者とする戸籍に一郎が入籍します。
前記③の場合:既にある花子を戸籍の筆頭者とする戸籍に一郎が入籍 します。
ただし、一郎について称する氏は変わりません。
(4) 次に、花子が離婚の際に前記①又は②を選択した後、様々な事情から婚姻時の甲野の氏を称することを望む場合や③を選択した後、婚姻前の乙川の氏を称することを望む場合は、どのような手続を取ることになるかについて述べておきます。
これらの場合、花子が取る手続は、次のとおりです。ただし、これらは民法で定まった民法上の氏を変更する手続ではなく、あくまでも呼称上の氏を変更する手続であることに留意していただきたいと思います。
〈甲野の氏を称したい場合〉
ア 離婚後3ヶ月以内であれば、離婚の際の氏を称する届出により、甲野の氏を称することができます(民法767条2項、戸籍法77条の2)。
イ 離婚後3ヶ月を過ぎてしまうと上記アの届出はできず、戸籍法107条の規定により家庭裁判所に『氏の変更許可申立書』を提出して、家庭裁判所の許可を得た上で市区町村役場に『氏の変更届』を提出することになります。しかし、この場合において、家庭裁判所の許可を得るためには、氏を変更しないと社会生活上著しい支障が生じるなど、やむを得ない事情があることが必要となります。
〈乙川の氏を称したい場合〉
上記イの手続を取ることになります。
4 おわりに
以上、離婚後の夫婦及び子の氏と戸籍について述べてみましたが、冒頭述べたように、多くの相談者は離婚後の氏や戸籍がどのようになるのか、ほとんど理解していない上に、特に離婚後、子の親権者及び監護養育者となる母は、当然に母子で同じ氏を称し、同じ戸籍になるものと誤解していることが多いように思われます。そのようなときに、公証人がやさしくその誤解を指摘し、その後の必要な手続について、的確なアドバイスをすることができれば、公証人への信頼が一層高まることにつながるのではないかと思われます。

*「民法上の氏」とは民法の規定により定まった氏のことを指し、「呼称上の氏」とは、民法の規定により定まった氏はそのままに、戸籍法の規定により呼称だけを変更した氏を指す。「呼称上の氏」の例を挙げると、戸籍法77条の2の離婚の際の氏を称する届により称する氏、戸籍法107条の氏変更届により称する氏がこれに該当する。
(加藤三男)

No.61 任意後見監督人選任前の任意後見契約について、委任者が病気で役場に出頭できない場合、契約解除合意書の代理人による代理自認認証は可能か。(質問箱より)

【質 問】
任意後見監督人選任前の任意後見契約(発効前)について、合意解除の相談がありました。委任者が病気で役場に出頭できない場合、契約解除合意書の認証は、代理人による代理自認認証は可能でしょうか。
【質問箱委員会回答】
1 結論
まず、結論から申し上げますと、任意後見契約に関する法律第9条第1項に規定されている公証人の認証については、代理人による嘱託の場合を排除しているものとは解されませんが、当事者の意思確認に疑問を生じた場合や任意後見契約をめぐって親族間で争いを生じるおそれがある場合など、公証人として慎重に当事者の真意(意思能力の有無も含む。)を確認する必要があるときで、当事者が病気等のため出頭できないときは、公証人が出張して当事者に面接の上認証手続をするのが相当と考えます。
2 公証人の行う「認証」について
公証人の認証は、国の機関である公証人が、その書面にされた署名若しくは捺印について、本人がしたものに間違いないという証明をするものであり、その書面の記載内容を証明するものではありませんが、その書面が作成者の意思に基づいて作成されたものであることを証明するものです。
公証人の認証には、目撃認証と自認認証があり、さらに、自認認証には本人が出頭して自認する場合と代理人が出頭して代理嘱託する場合があります。
外国に提出する文書等で、本人が公証人の面前で署名することが要件とされているものや、戸籍届出の不受理申出書など本人の真意であることを確認する必要があるとされているものについては、本人が病気等のため公証人役場に出頭できないときは、公証人法第18条第2項の「事件ノ性質カ之ヲ許ササル場合」に該当するものとして、公証人が出張して認証を行うこととなります。
なお、本人が公証人役場に出頭できない事情の確認については、医師の診断書の提出等によることになりますが、仮に、出頭できない事情がなかったにもかかわらず公証人が出張して認証した場合、認証の効力に影響はありませんが、当該公証人は公証人法第18条第2項違反として懲戒の対象になる可能性があります(公証人法第79条)。
3 任意後見契約に関する法律第9条第1項の規定について
任意後見監督人選任前の任意後見契約の解除は、任意後見契約に関する法律第9条第1項により、公証人の認証を受けた書面によって行うこととされていますが、この認証について代理人の嘱託によるものを排除するというようなことは明記されておりません。
この点について、日本公証人連合会の平成28年度春期公証人専門研修の講師は、「任意後見契約の解除は、東京地裁の判例があるとおり、代理人による嘱託でもできます。」と述べており(「公証」第184号21ページ)、実際に代理人による自認認証の書面によって任意後見契約が解除されている事例があると承知しています。
ただし、同講師は、上記の後に、「平成18年7月6日の東京地裁の判決では、先行する任意後見契約の解除と後行の任意後見契約の締結が無効とされました。」(前同)と述べていることから、親族間で争いが生ずるおそれのある場合などには、公証人として慎重に本人の真意を確認する必要があるでしょう。
4 任意後見契約解除の際の認証について
民法の一部を改正する法律等の施行に伴う公証事務の取扱いについての民事局長通達(平成12年3月13日付け法務省民一第634号)第2の3(1)アには、「任意後見契約の公正証書を作成するに当たっては、本人の事理を弁識する能力及び任意後見契約を締結する意思を確認するため、原則として本人と面接するものとする(本人が病気等のため公証人役場に赴くことができない場合は、公証人法第18条第2項ただし書の「事件ノ性質カ之ヲ許ササル場合」にあたる。)。」としています。
同じことが、任意後見契約解除の際の認証についても言えるのかどうかということですが、この認証について、「この手続要件も、公証人の関与により、解除についての当事者の明確な意思の存在を担保し、当事者の不利益を回避する趣旨であるとされている」(日本評論社「新基本法コンメンタール 親族」347ページ)との解説や、「任意後見契約の解除については、公証人法第58条以下の規定に従って行うが、認証を必要とした趣旨に鑑みれば、署名の真正の審査に当たっては解除が本人の真意に基づくものであることを確認することが必要であろう。疑いがあるときは、本人と面接するなどして確認することになる。」(「公証」第127号271ページ)との解説は、任意後見契約解除の際の認証についても、任意後見契約締結の際の本人の意思確認と同様の注意を必要とする趣旨と解することができます。
任意後見契約の場合、既に本人の判断能力が不十分な状況になってしまっている可能性があることも考えますと、任意後見契約解除の際の認証についても、前記民事局長通達にあるとおり、本人の事理を弁識する能力の有無の確認も含め、原則として本人と面接するのが相当と考えます。
特に、親族間で争いが生じるおそれがある場合など、より慎重な対応が求められる場合には、代理人による嘱託は避けるべきでしょう。
5 その他
任意後見契約合意解除の際の認証について、仮に、代理人による嘱託で問題ないと公証人が判断した場合でも、受任者が委任者の代理人を兼ねることは、既に合意解除の意思表示がされた書面について認証を受けるだけの行為ではあるものの、利害の対立する相手方を通じて本人の真意を確認することで良いのかという疑問が生じますし、民法第108条(自己契約及び双方代理)の趣旨に反することにもなりかねませんので、受任者とは別の、委任者の代理人から嘱託を受けるのが相当と考えます。
なお、委任者の真意が確認できない場合であっても、受任者が解除の意思を有しているのであれば、受任者からの一方的な解除通知に認証する方法でも任意後見契約の解除が可能です。
ただし、一方的な解除通知の場合には、内容証明郵便の送付が要件となります。

No.62 公正証書作成時に債務者が未成年者である場合の法定代理人がした執行認諾の記載方法について。(質問箱より)

【質 問】
強制執行に服する旨の陳述は,公証人に対する訴訟上の効果を発生させる訴訟行為であるから,嘱託時に債務者が未成年者である場合には,法定代理人自身によってなされることが必要であるとされている(民訴法31条,会報昭和61年4月号23ページ,会報平成2年10月号19ページ)ところ,この場合の執行認諾に服する旨の記載については,①「債務者の法定代理人何某は,本契約による金銭債務を履行しないときは,……」と記載する(新版証書の作成と文例〔三訂〕4ページ)旨と,②通常の記載「債務者は,本契約による金銭債務を履行しないときは,……」と記載する(会報昭和63年3月号16ページ)旨(法定代理人が認諾したように記載する必要がない。)の両説あるが,いずれによるべきか。
【質問箱委員会回答】
1 未成年者の法律行為について
未成年者が法律行為をするには、その法定代理人の同意を得なければならないこととされています(民法第5条第1項)。
一般的に10歳未満の幼児には意思能力も認められていませんが、15歳に達した者は遺言をすることができるとする民法第961条の規定や、15歳以上であれば未成年者が自ら身分上の行為を行えることを前提とした民法の規定(民法第791条、第797条、第811条)があることから、15歳に達した者であれば自ら法律行為を行うことができるものと考えて問題はないでしょう(10歳以上15歳未満の者については、個別に判断されることになります。)。
また、通常、15歳に達した者であれば印鑑の登録が認められていますので、面識のない嘱託人の本人確認の原則である印鑑証明書の提出(公証人法第28条第2項)も可能となりますから、公正証書作成嘱託を受けるのにも支障はありません。
2 法定代理人からの公正証書作成嘱託について
自ら法律行為をすることのできる未成年者の場合であっても、その法定代理人が未成年者に代わって法律行為をすることができるのは当然のことです。
法定代理人が未成年者に代わって公正証書の作成嘱託をする場合、公正証書の本文中に代理人による旨を記載すべきこととはされておりませんし、法定代理人が強制執行認諾の陳述したときもそのことは本旨外要件の記載から明らかですから、この場合には、通常どおりの②の記載方法で問題ありません。
3 未成年者からの公正証書作成嘱託について
(1) 法定代理人の同意を得て行う場合
15歳に達していれば、未成年者であっても自ら法律行為を行うことができ、法律行為に関する公正証書作成嘱託も可能と考えて問題ありませんが、民法第5条第1項の規定により、原則として、その法定代理人の同意を得なければなりません。
この場合、嘱託人である未成年者の印鑑登録証明書等の本人確認資料、法定代理人を確認するための戸籍謄本、法定代理人の同意書(法定代理人の印鑑登録証明書付)の提出が必要となります(法定代理人の当該公正証書への署名押印によって同意書の提出に代えることもできます。)。
ただし、法律行為に関する公正証書の作成嘱託はできても、未成年者が自ら強制執行の認諾を行うことはできませんから(民事訴訟法第31条)、未成年者に強制執行認諾の効果を及ぼすためには、その法定代理人が出頭して強制執行認諾の陳述をするか、法定代理人が選任した代理人によって強制執行認諾の陳述をすることになります。
このときに、法定代理人が未成年者の法律行為に同意を与えただけでなく、法定代理人として強制執行認諾の陳述をしたことを明らかにするためには、①の記載方法による必要があるものと考えます。
(2) 法定代理人の同意を要しない場合
ところで、法定代理人の同意を要せずに未成年者が法律行為を行える場合がいくつかあります。
一つ目は、単に権利を得、又は義務を免れる法律行為(民法第5条第1項ただし書き)です。
当然のことですが、未成年者の側が強制執行認諾の陳述をするということはありません。
この場合、未成年者が面識者でなければ、印鑑登録証明書等の本人確認資料が必要となります。
二つ目は、営業を許可された未成年者がその営業に関する法律行為をする場合(民法第6条)で、許可された営業に関しては成年者と同一の行為能力を有することとされていますので、自ら強制執行認諾の陳述をすることもできます。
この場合、未成年者が営業を許可されていることを証明する未成年者登記簿の登記事項証明書及び印鑑証明書(いずれも法務局から発行されるもので、市町村発行の印鑑登録証明書でないことに注意してください。)が必要となります。
なお、同様に、持分会社の無限責任社員になることを許された未成年者についても、社員の資格に基づく行為については行為能力者とみなされることになります(会社法第584条)。
三つ目は、未成年者が労働契約を締結する場合(労働基準法第58条)及び賃金を請求する場合(労働基準法第59条)で、未成年者が独立して行うことができます。
なお、使用者は、原則として、満15歳に達した日以後の最初の3月31日が終了するまでの未成年者を使用することはできないこととされています(労働基準法第56条)。
この労働契約を公正証書にする場合、未成年者が面識者でなければ、印鑑登録証明書等の本人確認資料が必要となります。
四つ目は、未成年者が婚姻をした場合(民法第753条)で、これによって成年に達したものとみなされ、すべての面において成年者として扱われますので、自ら強制執行認諾の陳述をすることもできます。
この場合、婚姻していることを証明する戸籍謄本の提出が必要となるほかは、通常の成年者の場合と同じです。
4 結論
結論として、未成年者がその法定代理人の同意を得て公正証書の作成嘱託をした場合に当該法定代理人が強制執行認諾の陳述をしたときは①の記載方法により、未成年者の法定代理人が未成年者に代わって公正証書の作成嘱託をして強制執行認諾の陳述をしたときは②の記載方法で差し支えないということになります。

民事法情報研究会だよりNo.33(平成30年6月)

入梅の候、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
さて、民事法情報研究会だよりについては、広く会員の皆様のご投稿をいただいて、会員情報誌としての充実を図ることとしておりますが、過日開催された通常理事会において6月号から、「今日この頃」、「コラム MY HOBBY」、「実務の広場」等にご投稿を頂いた方にお礼としてクオカードをお送りすることといたしました。皆様のご投稿をお待ちしております。(NN)

今 日 こ の 頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

都城市代表監査委員となって(新井克美)

1 監査委員就任経緯
私は、平成25年6月に都城公証人を退職した。東京の自宅マンションは、賃貸に出しているため、東京の自宅には帰れず、当面は都城市に引き続き住むことになった(住まざるを得なかった。)。私は、表示に関する登記の沿革を勉強したいと考えていた。
私は、現都城市長とは、都城公証人在任中、財務省から都城市に出向し副市長として勤務していた関係から、市長主催の市内官公署長の会合(「三水会」と称する。)等を通じて、中央省庁出身者という共通項から意見交換をしていた。その副市長は、参議院議員に転出した市長の後継者として、市長選に立候補し、私の公証人退職時は都城市長となっていた。そんな関係で、私は、公証人を退職した際、都城市長への退職挨拶の際、「当面は都城市にいるので、何か市行政にお役に立てる場面があればお手伝いします」と、伝えた(私は、月一回程度委員会等の委員を想定していた。)。
一方、都城市において、主として成年後見事務を行う「一般社団法人テミス総合支援センタ」において、理事としてお世話になることになった。
平成25年の秋、東京出張中の私の携帯電話に、都城市長から電話。「新井さん、都城市代表監査委員に就任してもらえませんか。年4回の市議会の本会議への出席が主な仕事です。本会議は、1会期10日程度です。任期は平成26年2月から4年間です。詳細は事務職員を説明にいかせます。」との内容。
都城に帰り、市の職員課長から代表監査委員の事務内容の説明を受けた。なんと、市議会本会議への出席のほか、毎週3日間(月・水・金)出勤とのこと。私は、これでは、自分の仕事が思うようにできないと考え、即座に、「週3日勤務では自分の仕事に支障があるので就任は無理です。市長にその旨を伝えてください。」と回答した。
翌日、職員課長から、「市長等と協議した結果、一日の勤務時間は長くなりますが、毎週二日(火・木)出勤でどうか」との回答があった。私は、市長からの勤務形態を変更してまでしての監査委員就任の要請については「断れない」と考え、これを受託した。
平成25年12月定例議会において、私を含めた3人の監査委員の選任につき、議会の同意が得られた。これを受けて、私は、前任者の任期終了後の2月に、市長から、代表監査委員の辞令交付を受けた。

2 監査委員の職務
(1) 監査委員の選任
監査委員は、地方公共団体の執行機関の一つで、地方公共団体の財務や事業について監査を行う機関である。
監査委員は、地方公共団体の長が、議会の同意を得て、次に掲げる者から選任する(地方自治法(以下「地自法」という。)196条1項前段、197条本文)。
① 識見委員 人格が高潔で、普通地方公共団体の財務管理、事業の経営管理その他行政運営に関し優れた識見を有する者。任期は4年
② 議選委員 。任期は議員の任期
(2) 定数等
市の監査委員の定数は、2人(人口25万以上の市は4人)であるが、条例で増加することができる(地自法195条2項)。都城市は、条例で監査委員の定数を3人(識見委員2人、議選委員1人)としている。
監査委員は、複数人いるが、教育委員会(地自法180条の8)、選挙管理委員会(同法181条以下)、農業委員会(同法202条の2)等とは異なり、合議制でなく、委員一人一人が独任制であるため、監査委員会とはいわない。
監査委員は、その職務を遂行するに当たっては、常に公正不偏の態度を保持して、監査をしなければならず(地自法198条の3第1項)、また、職務上知り得た秘密を漏らしてはならない。(同条2項)。
(3) 代表監査委員
監査委員の定数が3人以上の場合は識見委員のうちの1人を、2人の場合は識見委員を代表監査委員としなければならない(地自法199条の3第1項)。
代表監査委員は、次の事務処理を担当する。
① 監査委員に関する庶務を処理する(地自法199条の3第2項)
② 監査委員の処分又は裁決に係る市を被告とする訴訟に関する事務を処理する(地自法199条の3第2項、3項)。
③ 住民訴訟に関する事務を処理する(地自法199条の3第2項、242条の3第5項)。
④ 代表監査委員又は監査委員の処分又は裁決に係る市を被告とする訴訟において、代表監査委員が市を代表する(地自法199条の3第3項)。
(4) 監査委員事務局
監査委員は、事務局に事務局長及び書記を置き(地自法200条2項、3項)、事務局長及び書記は代表監査委員が任免する(同条5項)。
事務局長、書記その他の常勤の職員の定数は、条例で定める(地自法200条6項本文)。都城市は、事務局長1名及び書記6名である。
監査委員の事務処理に当たっては、監査委員事務局の職員である書記が補佐する(地自法200条7項)。
(5) 監査委員の事務
監査委員の行う事務には、大別すると、①監査、②審査及び③検査がある。これらの概要は、以下のとおりである。
ア 監査
(ア) 定期監査
監査委員は、毎会計年度少なくとも一回以上期日を定めて財務に関する事務の執行及び市の経営に係る事業の管理を監査しなければならない(地自法199条4項)。
(イ) 財政援助団体等監査
監査委員は、必要があると認めるとき又は市長の要求があるときは、市が補助金、交付金、負担金、貸付金、損失補償、利子補給その他の財政的援助を与えているもの等の出納その他の事務の執行で当該財政的援助に係るものを監査することができる(地自法199条7項。「財政援助団体等監査」と呼ばれている。)。
(ウ) 随時監査
監査委員は、定期監査のほか、必要があると認めるときは、いつでも市の財務に関する事務の執行及び市の経営に係る事業の管理を監査することができる(地自法199条5項)。
(エ) 住民監査請求による監査
市民は、市長若しくは委員会若しくは委員又は市職員について、違法若しくは不当な公金の支出、財産の取得、管理若しくは処分、契約の締結若しく履行若しくは債務その他の義務の負担があると認めるとき、又は違法若しくは不当に公金の賦課若しくは徴収若しくは財産の管理を怠る事実があると認めるときは、これらを証す書面を提出して、監査委員に対し、監査を求め、当該行為を防止し、若しくは是正し、若しくは当該怠る事実を改め、又は当該行為若しくは怠たる事実によって市の被った損害を補填するために必要な措置を講ずべきことを請求することができる(地自法242条1項)。
監査委員は、この監査請求(住民監査請求)があった場合は、監査を行い、請求に理由がないと認めるときは、理由を付して、その旨を、書面により、請求人通知するとともに、これを公表しなければならない(地自法242条4項)。また、請求に理由があると認めるときは、市議会、市長その他の執行機関又は職員に対し、期間を示して、必要な措置を講ずべきことを勧告するとともに、当該勧告の内容を請求人に通知し、かつ、これを公表しなければならない(地自法242条4項)。
(オ) 行政監査
監査委員は、必要があると認めるときは、普通地方公共団体の事務又は普通地方公共団体の長若しくは委員会若しくは委員の権限に属する事務の執行について監査することができる(地自法199条2項)。
(カ) 議会の要求による事務監査
議会は、監査委員に対し、当該普通地方公共団体の事務に関する監査を求め、その結果の報告を請求することができる(地自法98条2項)。
(キ) 市長の要求監査
監査委員は、当該地方公共団体の長から当該普通地方公共団体の事務の執行に関し監査の要求があったときは、その要求に係る事項について監査をしなければならない(地自法199条6項)。
(ク) 職員の賠償責任監査
市長は、会計管理者等が故意又は重大な過失により、その保管に係る現金、物品を亡失する等によって市に損害を与えたと認めるときは、監査委員に対し、その事実があるかどうかを監査し、賠償責任の有無及び賠償額を決定することを求め、その決定に基づき、期限を定めて賠償を命じなければならない(地自法243条の2第3項)。
イ 審査
(ア) 決算審査
市長は、決算及び証書類その他の書類を監査委員の審査に付さなければならず(地自法233条2項)、監査委員は、毎年度、市長から提出された決算書に基づき決算を審査しなければならない(同条3項)。この審査は、監査委員の合議による(地自法233条4項)。
(イ) 健全化判断比率審査
市長は、毎年度、前年度の決算後、速やかに、健全化判断比率及びその算定の基礎となる事項を記載した書類を監査委員の審査に付し、その意見を付けて当該健全化判断比率を議会に報告し、公表しなければならない(地方公共団体の財政の健全化に関する法律(以下「健全化法」という。)3条1項)。この監査委員の意見の決定は、監査委員の合議による(健全化法3条2項)。
なお、「健全化判断比率」は、地方公共団体の財政状況を客観的に表し、財政の早期健全化や再生の必要性を判断するための制度であり、次の4つの財政指標がある(健全化法3条1項)。
① 実質赤字比率(地方公共団体の「一般会計」等に生じている赤字の大きさを、その地方公共団体の財政規模に対する割合で表したもの)
② 連結実質赤字比率(公立病院や下水道など公営企業を含む「地方公共団体の全会計」に生じている赤字の大きさを、財政規模に対する割合で表したもの)
③ 実質公債費比率(地方公共団体の借入金(地方債)の返済額(公債費)の大きさを、その地方公共団体の財政規模に対する割合で表したもの)
④ 将来負担比率(地方公共団体の借入金(地方債)など現在抱えている負債の大きさを、その地方公共団体の財政規模に対する割合で表したもの)
(ウ) 資金不足比率審査
公営企業を経営する市長は、毎年度、当該公営企業の前年度の決算の提出を受けた後、速やかに、「資金不足比率」及びその算定の基礎となる事項を記載した書類を監査委員の審査に付し、その意見を付けて当該資金不足比率を議会に報告し、公表しなければならない(健全化法22条1項)。この監査委員の意見の決定は、監査委員の合議による(健全化法22条3項で準用する同法3条2項)。
ハ 検査
例月現金出納検査
普通地方公共団体の現金の出納は、毎月例日を定めて監査委員がこれを検査しなければならない(地自法235条の2第1項)。そして、監査委員は、この検査の結果に関する報告を議会及び市長に提出しなければならない(地自法235条の2第3項)。

3 市議会本会議への出席
都城市の定例議会は、3月、6月、9月及び12月に開催されるのが通例とされている。 私たち監査委員3名の就任に関する同意議案は、平成25年 12月開催の定例議会で承認され、翌26年2月25日付けをもって発令された。
都城市議会は、本会議において、市長部局(市長、副市長及び部長、支所長)のほか、行政委員会として、教育長、教育委員長、教育部長、選挙管理委員会委員長、農業委員会会長とともに、代表監査委員が出席すべきこととされていた。このため、私は、平成25年の3月定例議会から代表監査委員として本会議に出席した。本会議におけるメインは、一般質問であった。都城市議会における一般質問は、会派で調整することなく、希望する議員は、事前通告をすれば自由に質問をすることができ、その内容がケーブルテレで生中継されている関係からか、盛況(内容はともかく)であった。一般質問は、一人60分(質問及び答弁を含む。)で、午前10時から、一日5人、1週間程度行われた。私は、議場内において、議員と市長部局との一般質問を拝聴することは、都城市の抱えている問題点を理解することができ、監査委員の職務に関する知識の習得に有益であるところから、真剣に聴いた。しかし、私は、地方行政の経験は皆無であり、また、都城市は公証人として勤務した8年のみであることから、質問の内容(特に、法令、条例の内容、地名等)は良く理解できないものが多かった。そこで、議会事務局に、議場内にタブレットを持ち込むことの許可をお願いし、議会運営委員会の承認を得た。
一方、私は、平成25年度の土地家屋調査士試験委員を拝命していたため、本会議開催日に法務省での試験問題検討会議が重なることがあり、その都度、議長に対して、理由を付して、事前に、欠席届を提出し、議会運営委員会の承認を得なければならなかった。このため、私は、議長に対して、土地家屋調査士試験のため欠席の説明に訪れた際に、監査員に対する質問がほとんどないこと、監査委員室でケーブルテレビを見ていれば本会議の議事の経過を把握することができること、監査委員が本会議に出席しないことになればその間に監査委員の事務を行うことができること等を説明し、監査委員に対する質問要求がない場合は本会議に出席することを要しないとする取扱いを検討してもらえないかをお願いした。その結果、議会運営委員会での議論を経て、9月定例議会から、選挙管理委員会委員長、農業委員会会長及び監査委員については、質問要求がない場合は本会議に出席することを要しないことになった。選挙管理委員会委員長及び農業委員会会長からは、感謝された。

4 住民監査請求
前述のとおり、地方自治法は、住民監査請求を認めている。しかし、都城市においては、オンブズマンがいないこともあり、十数年間、住民監査請求がなかった。
ところが、私が監査委員に就任した直後、住民監査請求書が提出された。私が新たな仕事を呼び込んだのではないかと噂された。市議会議員選挙の際に市から支給される選挙用のポスター及びはがきの印刷費用を水増しして請求しているのではないかというのが請求の趣旨であった。
調査の結果、理由がないとして、請求を棄却した。訴えの提起の動きもあったようだったが、最終的には、収束した。ホットした。採決書の起案に当たっては、住民監査請求制度を勉強するとともに、法務省訟務局等当時の上司にご指導をいただいた。本当にありがたかった。

5 監査等の具体的な事務
監査委員の一年間の事務は、おおむね以下のとおりである。
(1) 監査計画の立案
監査委員及び監査委員事務局は、年度当初、当年度の監査計画(定期監査の対象部課及び重点項目、行政監査実施の有無及びその内容)を立案する。そして、対象部課等に対して、監査項目に応じた監査資料の提出を求める。
(2) 例月現金出納検査
支出命令書等の会計書類が会計課から監査委員に送付される。私が就任にした当時は、事務局職員がこれをすべて点検していた。計算誤り等の有無を再点検し、計算誤り等を発見した場合はその旨を指摘し、その是正結果の報告を求めるのである。この事務量が膨大であるため、監査業務が十分できない状態であった。一方、計算誤り等の件数は年間数件程度あり、その年間の合計額は数千円ないし数万円程度であった。
監査委員就任時の事務局長(会計事務の大ベテラン職員)は、私に対する監査事務の説明の中で、少しの過誤事案でも指摘することが正確な会計事務の処理にとって極めて重要である旨を説明してくれた。そして、事務局職員は、すべての会計書類を調査し、過誤事案がないを一所懸命に点検しており、これが監査委員の基本の職務であると考えていた。
このような状況をみていて、私は、監査委員制度は、非常勤職員である監査委員が、市長部局から独立した行政組織として監査を実施し、しかもその結果を市長及び議会に報告するとともに、公表するという制度の趣旨からすると、計算誤り等の有無を再点検することが主要な事務ではなく、市民目線で、条例改正を含む制度上の問題点を明らかにすることにあるのではないか、と考えた。
そこで、監査委員就任3年目から、監査委員及び事務局職員と議論を重ねた上、会計課との協議を経て、会計課から監査委員に送付された会計書類の点検作業は、これまでの悉皆調査から試査(抽出調査)に変更し、その余力を、定期監査の充実や新たな行政監査の実施に充てることとなった。
(3) 決算審査
会計管理者は、毎会計年度後、決算を調製し、出納の閉鎖後3か月以内に、証書類等と併せて、市長に提出する(地自法233条1項)。市長は、決算を監査委員の審査に付さなければならない(同条2項)。
監査委員事務局は、6月に、決算書等の提出を受けて、決算内容を分析し、意見書を作成する。例年、お盆を返上し、8月中に、市長に提出する。
一般会計及び特別会計(11会計)別に、歳入・歳出の決算の状況を、主として対前年度と比較した表を作成し、意見を述べるのである。水道事業等の公営企業会計についても同様である。これらに併せて、健全化判断比率審査及び資金不足比率審査に対する意見書を作成する。
監査委員に就任した年は、これら意見書作成に当たって、予算・決算の仕組みや会計用語の説明を受けるのであるが、初心者の私にとって内容が理解できない。法務局在職時に会計課長を2年経験したが、当時は登記所の適正配置計画の実行や折衝の仕事が中心であったことや、優秀な部下職員のおかげで、会計手続を全く勉強しないで過ごした。会計法規を勉強していけばよかった。後悔してもどうにもならない。幸いなことに、私と同時に就任した識見委員(以下「相方委員」という。)が、元監査事務局長であり、しかも水道局勤務の経験があったため企業会計に精通していた。私の疑問について、関係法規、条例、規則、マニュアル、文献を示し、親切、丁寧、詳細に教えてくれた。本当にありがたかった。
(4) 定期監査等
ア 定期監査の実施
定期監査は、監査委員の中心的事務である。年度当初に作成した監査計画に基づいて、書記は、2人1組のチームを組んで、例年、9月から翌1月までの間、定期監査を実施する。監査対象部課等から、監査計画に基づいて資料の提出を求めた後、現地に赴いて会計帳簿を精査するとともに、担当職員の立会を求め、疑問点を聴取する等して、会計帳簿の内容が条例、規則等に基づいているか等を調査する。書記は、調査結果を踏まえて、問題点、疑問点等をまとめ、この内容を監査委員事務局全員で議論し、検討する。
財務に関する監査の中心は、事務処理に当たって最少の経費で最大の効果を挙げているか(地自法2条14号)である。私は、このことについては素人であるため、多くは相方委員に頼っている。私は、市長部局は法令及び条例の執行機関であること、市職員は市民に対して平等に行政サービスを提供する義務があること、そして平等な行政サービスを提供するたには法令及び条例に基づいた事務処理を励行する必要があること、と理解し、定期監査の対象事務が法令、条例等に基づいて処理されているかを中心に審査を行った。
そして、監査委員室において、監査委員事務局全員で議論した結果に基づく問題点、疑問点等について対象機関の部長及び課長等の見解を求めた(これを「講評」と称している。)。
2月から3月にかけて、市長及び議長に対する意見書を作成する。意見書作成に当たっては、監査委員(3人)及び職員全員(7人)で、プロジェクター(当初は私個人のものを使用)を用い、意見書案、関係法令・条例等及び会計書類をスクリーンに映し、担当者の説明を受けて、意見書の内容のほか、漢字や送り仮名、句読点の用い方を含め、議論する方法を取り入れた。これは、監査委員室が少人数であったこと、職員の起案能力・弁論能力の向上を図ること、組織の一体化を図ること、事務処理の迅速化・効率化を図ること等を考慮したものである。
イ 財政援助団体等監査の実施
定期監査に併せて、財政援助団体等及びその所管課に対して監査を実施する。その方法は、定期監査とおおむね同様である。
ウ 随時監査の実施
平成28年、富山市議会で、政務活動費(1人15万円)を不正に受給していた14人の議員が相次いで辞職する事件が発生した。この事件の報道を受けて、都城市内のスナックなどで、都城市議会の政務活動費は大丈夫か、との質問を複数回受けた。私は、都城市議会の政務活動費は1人月額3万円と少額であることを説明した。また、前年の議会事務局に対する定期監査において政務活動費について調査したが問題は見つからなかった。
監査委員において、市民の間に政務活動費に関する疑念があるのであれば随時監査を実施するのが相当ではないか、ということになった。しかし、年度計画による定期監査及び新規の行政監査の実施が進行しているため監査事務局には余裕がなかった。そこで、議員選出の監査委員は利害関係人であるため除斥となり(地自法198条の2)、私と相方委員が直接担当することになった。
政務活動費(政務調査費を改称)は、地方議会の議員に政策調査研究等の活動(議員活動の範囲に関係する書籍等の購入費用、民間主催の議員研修会への参加費用、先進地視察の諸費用、事務所経費等)のために支給される費用である。政務活動費の詳細は、条例により定められ、議会の会派又は議員に対して支給される。
監査の結果、政務活動費の使途についておおむね適正であるが、政務活動費に対する市民の不信を払拭するため、更なる使途の透明性を図る必要があり、議会において、条例改正を含めた検討を期待する旨の意見を述べた。これを受けて、議会事務局では、運用で改善できるものについては取扱手続を改善した。当時の議長は、私に対して、条例改正を伴うものについては議会として議論をする必要があるが、選挙が近いので具体的には改選後にならざるを得ないのではないかと、述べていた。その後、本年1月に実施された市議会選挙後に選任された議長は、私が代表監査委員再任の挨拶に赴いた際、議会は、市長が提案する条例の賛否を審議するだけではなく、議員立法の形で条例を作りたいとの希望を述べたので、随時監査の結果を踏まえて、政務活動費に関する条例改正を手がけるのがいいのではないか、との意見を述べた。
エ 行政監査の実施
監査委員は、行政監査を行うことができることとされていたが、都城市では実施していなかった。定期監査は、組織ごとに実施するため、政策目的を横断的に調査することは困難であった。
公の施設の管理に関する指定管理者制度は、公の施設の管理について民間事業者等の有するノウハウを活用する目的から、平成15年の地方自治法の一部改正により創設されたものであるが、平成27年における財政援助団体等監査において、当該財政援助団体等が指定管理者となっている施設において、実施が義務付けられているモリタリングが励行されてない事例が散見された。
そこで、平成28年に実施した行政監査のテーマとして、指定管理者制度を導入しているすべての公の施設を対象として、モリタリングの実施状況、を選定した。市長及び議長に対して、問題点として、①形式的なモニタリングマニュアル、②漫然としたモニタリングの実施情況、及び③定期モニタリングと評価が混在したマニュアルを指摘した上、指定管理者制度の主管課に対しては指定管理施設の規模、利用形態等に応じた効果的かつ具体的なモニタリングの実施を所管課に指導すべき旨を、また、個々の指定管理施設の所管課に対しては規模、利用形態等に応じて実効性のあるモニタリングを実施すべき旨を、それぞれ意見として述べた。
次に、平成28年度決算審査において、徴収未済債権の管理について、担当者は、形式的に、電話で支払のお願いをする程度で、時効の到来を待って欠損処理をしている事例が散見された。このため、平成28年度定期監査の講評において、法令に基づく時効中断の措置を講ずるなどの債権管理の事務を怠り、漫然と時効を到来させた職員は、住民監査請求があると責任を免れないこと、市民の不平等を招くこと等を説明した結果、債権管理条例が制定された。
そこで、平成29年度は、法務局在職時代に経験した債権管理に関する裁判手続(国の債権の管理等に関する法律と地方自治法とでは、若干の違いがある。)を思い出しながら、債権管理条例の内容及び非強制徴収債権に関する債権管理事務手続について、行政監査を実施した。市長及び議長に対して、履行期限到来後の遅延損害金の取扱いや延納特約手続としての債務名義の取得手続等について、債権管理条例の問題点を指摘し、意見を述べた。
オ 定期監査等の意見等に対する市長部局の対応等
年度末に、監査委員全員が、市長室及び議長室に赴き、市長(副市長同席)及び議長に対して、要旨を説明の上、定期監査等の意見書を手交する。
その際、市長に対して、部長を通じて、監査結果及び監査意見を職員に周知させ、事務の改善に利用することを強く求めた。これに対し、市長は、監査結果及び監査意見を高く評価し、職員への周知について、部長等に指示した。

6 監査委員になって
監査委員は、地方自治全般に関する知識が必要である。ところが、私は、地方自治は未経験である。監査委員就任当初、地方自治に関する知識がなく、しかも、勉強する能力が劣化している高齢者の私が、監査委員の職務を遂行できるのだろうか、市民から「税金泥棒」と批判されないだろうか、と心配であった。
法務省・法務局在職中に培った法令解釈の知識や裁判手続、秘書課在職中に経験した国会対応等が監査委員の事務処理に役に立った。そして、なりよりもありがたかったのは、法務省・法務局在職中にお付き合いをいただいた上司、先輩、同僚、そしてかつての部下の助言であった。
そして、相方委員の存在である。彼は、地方自治事務や会計事務はもとより、簿記の知識が豊富であり、いろいろな場面で指導、助言をいただいた。私が各地での講演で不在になる場面でも、私の日程に併せた日程調整に応じてくれた。彼がいなかったら、私の監査委員は務まらなかった。相方委員には本当に感謝している。
また、監査委員の事務局職員は、優秀で、事務処理に支障はなかった。特に、平成29年度のメンバーは、4月に監査事務に配属後の職員を含め、独学で勉強し、全員が、6月に日商簿記3級の資格を取得した(続けて2級の資格を取得した者もいる。)。私は、職員に対して、相方委員の簿記の知識を前提に、指定管理者の監査に当たっては財務諸表を理解する必要があること、地方自治体も将来的には公会計に移行すること、60歳になって定年退職後は、組織で培った市役所での知識経験が求められて民間に再就職した場合、簿記が読めなければ経営に参加できないこと等を説明して、簿記資格取得の必要性を説いてきた。もっとも、私は、公証人在職中、個人事業者として、税務申告のためにパソコンソフトを利用する中で、ちょっぴり勉強したものの、講義を何回か受けたが、体系的には、はっきり言って「無知」ではあるが……。
さらに、市長及び市議会議員の多くは、私が公証人在職中に面識があった。これは、監査委員の仕事をする上で非常にありがたいことであった。
最後に、私たち監査委員の任期は、平成30年2月25日をもって満了した。市長から、昨年秋に、再任の打診があった。私は、71歳(6月で72歳)であり、再任されると75歳まで勤務することになる。後期高齢者である。最近は、年々、「昨年できたことが今年はできない」ことの確認の連続である。妻や子どもに相談したところ、一言「働けるだけ働け」だと。しかたがない、再任を受託しよう。
そこで、市長に対して、①相方委員と一緒であること、②監査報告の結果に対して市長部局として真摯に対応すること、そして、③体調悪化の場合は途中で退任することがあること、の3条件を付して、監査委員再任の受託を伝えた。
その後、議会の同意を得て、平成30年2月26日、議員選出の新任辞令とともに、相方委員と一緒に再任辞令を受けた。
これから、4年間、後期高齢者になるまで、都城市役所で、頑張らなければならない。

犯人は誰だ!!(由良卓郎)

ある休日の朝,事務所に行くべく自車を走らせていたところ,自宅から1キロも行かない間に,今まで聞いたことのない警告音が鳴り続いた。驚いてメーターを見ると,メーターの一角に赤いランプが点灯している。よく見ると左前輪のタイヤの空気圧が異常に低くなっており,パンクの表示がされていた。直ぐに停車して確認したところ,左前輪中央部に大きなボルトが綺麗に刺さっていた。
ディーラーに電話したが休業日のため出ず,やむを得ず行きつけのガソリンスタンドで応急措置としてのパンク修理をしてもらった。スタンドの職員曰く,「とりあえず空気は漏れないようにしたが,このタイヤは修理ができないと思うので,ディーラーに行ってみてもらってほしい。ディーラーではタイヤ交換を勧められると思うし,4本とも交換するよう勧められるかも知れない。」とのこと。自動車に乗り始めて50年近くになるが,パンクした記憶はほとんどない。それが何だってこんな面倒くさいタイヤのときにパンクをするのか。ひょっとして,誰かの仕業ではないのか。などとよからぬ憶測をしたり,いやいや人を疑ってはいけないなどと思ったりしつつ,ディーラーにタイヤ交換の相談をしたりしていた。パンクだけで収まっていれば私も自損と思い「しょうがないな」で済ましたと思う。しかし,それから丁度一週間後の朝,駐車場に行くと,今度は右後輪のそばでネズミが死んでいた。今時ネズミなんて滅多に見ないし,生まれてこの方,自分の車のそばでネズミが死んでいたなんてことは全く経験がないのに,先週は左前輪のパンク,今度はその対角線上にある右後輪のそばにネズミの死骸。やはり誰かの仕業ではないのか。自分の知らないところで,誰かの恨みを買っていているのかも知れないなどと思い始めると,私はちょっと気持ちが悪くなり,マンションの管理会社に電話して,事の顛末を話し,監視カメラの映像をチェックして欲しいと頼んだ。幸いにも私の車の直ぐ上に監視カメラが設置されている。
管理会社は,私の我が儘な要望を快諾してくれて,マンションの管理組合の了承も得て,監視カメラを確認してくれた。
その結果,何と,予想外にも,いや予想できたことかもしれないが,私が車を止めてから翌朝までの間に,右後輪付近を白い子猫がうろついており,その猫がネズミを置いたようだとのことだった。
そういえば,昨夜11時頃車で帰宅し,駐車場に車を止めようとした際,白い子猫がヘッドライトに照らされていたことを思い出した。あの猫か!!
どうもその白い子猫が,取ってきたネズミを「そうだ,あの車,さっきは眩しかったなあ,よーし,このネズミ,あの車の横に置いておいてやろう」と思ったのかも知れない。
侮れない子猫,なかなかの子猫だ。
ちなみに,左前輪付近には,該当する時間帯に人影らしきものは確認できなかったとのことで,これはやはり自損のようで,たまたま滅多に生じない偶然が重なったようだ。

最北の公証役場で(木村 繁)

公証人任命から、瀬戸内笠岡で3年1月、北の大地に帰り名寄で2年8か月、瀬戸内の海の幸も懐かしいものの、もとより北国育ちですから、北の海の幸が口に合い、真冬の寒さ対策は完璧、日ごろの運動不足を除雪作業と昨年新たに買い換えたスキー靴を履き、スキー場で多少でも解消していると言ったところでしょうか。
法務局時代2度通算7年の名寄での勤務があり、勤務時のマイナス35.7℃や冬の降雪量が13メートルに達したころと比べると、昨年の降雪量は7メートルと半減したものの、最低気温はマイナス28.1℃と豪雪地帯の割には、氷の世界は健在です。
マイナスイメージが多い(私は思ってない!)ですが、春から秋にかけての名寄は、夏も最高気温が昨年は31℃、雨が少なく、カラッとして北海道らしい、ひまわりが似合う田舎町です。(そだねー!)
みなさんご存知でしょうが、旭川と名寄の旭川公証人会の管轄エリアは、北は稚内から南は占冠(帯広まで80㌔の村)まで南北に350㎞、東は流氷の町紋別から西はニシン番屋の留萌まで220㌔と、その面積は約2万2000平方㌔㍍で、四国4県に長崎県を加えた面積とほぼ同じです。
ちなみに全国最大の面積は釧路公証人会管轄で釧路、根室、十勝、網走、北見をカバーし、当地域はこれに次ぎます。
最北の公証役場として、2か月に1回は、名寄から稚内まで170㌔超の出張があり、法務局時代は1泊でしたが、1人庁ならではの日帰りです。公共交通機関はJRですが、特急が朝、昼、夜の3本ですので、朝9時過ぎの特急で名寄を出発、稚内に午後1時前到着、証書作成後、帰りは夕方5時過ぎの特急に乗り、名寄には夜10時到着の行程になります。
往復約6時間以上を列車の中で過ごすことになり、効率悪く、しかも、宗谷本線の廃止の声があることも影響してか、雪のため、あるいは線路冠水のため等々、最近はとみに事前運休が多くなり、鹿との遭遇もありますが、冬期間も車で出張することにしています。
地域の多くが、枝幸、紋別、羽幌など、既にJR路線が廃止となり、アクセスが不便な地域の場合は、ハンドルを握って目的地に向かっています。
必然的に、車は必需品ですし、長距離運転しなければならないのは、最北の公証役場の特色と言えます。
長距離運転は、事務所にこもるより、楽しみもありますが、高速はなく、車の比較的少ない国道走行で、夏は良いのですが、真冬に峠を越えるとき、オホーツク海側や日本海側のオロロンラインの海岸線では、悪天候のため出張延期や出張しても猛烈な地吹雪に遭い緊張を強いられます。除雪が行き届いていても、帰路、夜はブラックアイスバーンとなり、意図しないカーブを描くカーリング気分を味わうこともできます。
管轄面積の広大さはあるものの、当地域全体の人口密度は32人/平方㌔㍍、全国の平均人口密度は343人/平方㌔㍍ですから、10分の1。旭川市以外地域の人口密度は17人/平方㌔㍍程度ですから、全国平均の20分の1となりますが公証人を必要とするお客様が広い地域に散らばっている以上、公証人の移動距離が伸びるのは必然かもしれません。
観光案内にもなりませんが、春夏秋冬、様々な景色を愛でながら、楽しく共に生きることを目標に、昨年から離島における公証相談に出かけております。是非、余裕をもって、利尻・礼文島含む北の大地に足を運んでいただければ、ご案内いたします。

断捨離を免れた話材「花嫁の電話」(中垣治夫)

法務省・法務局に在職中は、いい話材があると打合せ会、研修、会食などでの話題のほか、局報等の原稿などで利用・活用するため、いろいろと切り抜いて残していました。退職後1年ほど経った頃、もう使うことはないなということで、世の中の「断捨離」の流れに従って、クリアファイルで3冊あったのですが、全部廃棄したのでした。
退職して2年が経った今、「今日この頃」などの原稿書きの機会に恵まれ?、残念なことをしてしまったと大いに反省しつつ、何か話材がないかと日頃書き留めていたノートを読み返していたところ、1片の紙切れが、そのノートに挟まっていました。話材としての利用がないのでそのノートに挟まっていたのですが、そのおかげで断捨離を免れたのでした。
断捨離を免れた話材ではあるのですが、さて、これを基に一昨年の長男の披露宴の話にしようか、今秋予定の長女の結婚式の話にしようか、それとも結婚観の今・昔のような話をしようかと悩んだのですが、結局、この作品の素晴らしさをそのまま皆さまに届けるのが相当と考え、原文のまま紹介することとしました。
ほんの少しの時間、日頃の苦労を忘れ、緊張から解放された、ゆったりした気持ちで、また皆さんの子供たちの披露宴を思い出しながら、一読し、心を動かせてください。

第4回NTT西日本コミュニケーション大賞 グランプリ受賞作品
作品「花嫁の電話」   作者・神馬せつを(石川県)

由香ちゃんが近所に引っ越してきたのは、まだ小学校三年生のときでした。
ときどき我が家に電話を借りに来るのですが、いつも両親ではなく由香ちゃんが来るので、おかしいなと思っていたのですが、しばらくしてそのワケがわかりました。
由香ちゃんのご両親は、耳が聞こえない聴覚障がいがある方で、お母様は言葉を発することが出来ません。
親御さんが書いたメモを見ながら、一生懸命に用件を伝える由香ちゃんの姿を見ていると、なんだか胸が熱くなる思いでした。
今なら携帯電話のメールがありますが、その時代を生きた聴覚障がいをもつみなさんは、さぞ大変だったろうと思います。
由香ちゃんの親孝行ぶりに感動して、我が家の電話にファックス機能をつけたのは、それから間もなくのことでした。
しかし、当初は明るい笑顔の、とてもかわいい少女だったのに、ご両親のことで、近所の子どもたちにいじめられ、次第に黙りっ子になっていきました。
そんな由香ちゃんも中学生になるころ、父親の仕事の都合で引っ越していきました。

それから十年余りの歳月が流れ、由香ちゃんが由香さんになり、めでたく結婚することになりました。
その由香さんが、
「おじさんとの約束を果たすことができました。ありがとうございます。」
と頭を下げながら、わざわざ招待状を届けに来てくれました。
私は覚えていなかったのですが、「由香ちゃんは、きっといいお嫁さんになれるよ。だから負けずに頑張ってネ」
と、小学生の由香ちゃんを励ましたことがあったらしいのです。
そのとき「ユビキリゲンマン」をしたので、どうしても結婚式に出席してほしいと言うのです。
「電話でもよかったのに」
と、私が言うと、
「電話では迷惑ばかりかけましたから。」
と、由香さんが微笑みました。

その披露宴でのことです。
新郎の父親の謝辞を、花嫁の由香さんが手話で通訳するという、温かな趣向が凝らされました。
その挨拶と手話は、ゆっくりゆっくり、お互いの呼吸を合わせながら、心をひとつにして進みました。
「花嫁由香さんのご両親は耳が間こえません。お母様は言葉も話せませんが、こんなにすばらしい花嫁さんを育てられました。障がいをおもちのご両親が、由香さんを産み育てられることは、並大抵の苦労ではなかったろうと深い感銘を覚えます。嫁にいただく親として深く感謝しています。由香さんのご両親は、『私達がこんな身体であることが申し訳なくてすみません』と申されますが、私は若い二人の親として、今ここに同じ立場に立たせていただくことを、最高の誇りに思います。」
新郎の父親の挨拶は、深く確かに心に沁みる、感動と感激に満ちたものでした。
その挨拶を、涙も拭かずに手話を続けた由香さんの姿こそ、ご両親への最高の親孝行だったのではないでしょうか。
花嫁の両親に届けとばかりに鳴り響く、大きな大きな拍手の波が、いつまでも披露宴会場に打ち寄せました。
その翌日。新婚旅行先の由香さんから電話が入りました。
「他人様の前で絶対に涙を見せないことが、我が家の約束ごとでした。ですから、両親の涙を見たのは初めてでした。」
という由香さんの言葉を聞いて、ふたたび胸がキュンと熱くなりました。
(NTT西日本 ハローインフォメーション 2007・9・第85号)

実務の広場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.58 事業用定期借地権設定契約公正証書の作成手数料について

1 はじめに
現在,日本公証人連合会の関係委員会において,遺言公正証書作成における不動産の評価基準や予備的遺言手数料の算定方法に関する議論が進んでいます。当職においては,公証人手数料令及び前任者から引き継いだ考え方に従った手数料算定の取扱いをしていますが,嘱託事件の中には判断に苦慮する事案もあるところです。
ところで,青森県内では,平成27年6月にセブンイレブンが青森県に初めて出店したことがニュースになりましたが,八戸市近郊においてもコンビニエンスストアや複合型の大型商業施設の出店などが目立つようになり,事業用定期借地権設定契約の嘱託を受ける機会も多いように感じられます。
本稿では,当職が平成29年中に取り扱った事業用定期借地権設定契約事案の中から,「解体協力金」,「解体保証金」,「外構負担金」などに係る条項が含まれていて,手数料算定に関して若干の疑義が生じたことなどについて記してみたいと思います。

2 賃貸借契約公正証書の手数料算定について
賃貸借契約公正証書の手数料の算定に関しては,「賃料のみに基づいて手数料を算定する。敷金,保証金,権利金,管理費,共益費等賃料以外については手数料算定の基礎としない。ただし,建設協力金については,その具体的な内容に応じて賃貸借契約以外の別の1行為として,手数料を算定する場合がある。」とされています(平成18年2月24日法規委員会協議結果の要旨。新版法規委員会協議結果集録(平成8年~平成24年)264,265ページ。)。
それ以前の法規委員会の協議では,建物賃貸借における建築工事協力金差入条項は付随行為か否かについて,概要,「昭和36年11月27日民事甲第2975号民事局長通達によれば付随行為とあり,印紙税法基本通達では建設協力金保証金は原則として消費貸借に関する契約書として取扱うとしている。ただ,注意すべきことは,印紙税法基本通達は徴税手続上の一つの目安を定めたものに過ぎないのであって問題を積極に解する一つの支えにはなるであろうがこれを積極論のすべての根拠にすることは適当でない。~中略~。前記民事局長通達は,この種事例の少なかった時代のものであり,現時の実状の下において妥当なものかどうか再検討の要があることは間違いない。」としており(昭和45年4月25日法規小委員会協議結果),また,「いわゆる建設協力金については,金銭消費貸借として,別行為とする取扱いが紹介された(昭和51年7月9日法規委員会協議結果)とあります(上記は新訂法規委員会協議結果要録426~428ページ)。
さらに,建設協力金については,「建物の賃貸借契約などにおいて建設協力金等の名義のもとに金銭が支払われる場合がありますが,これは,賃借人から賃貸人に対する貸金とみられるものと解されます。」と解説されているところです(最新公正証書モデル文例集1 388ページ)。

3 具体的事例
以下に,敷金,保証金,管理費,共益費などとは違った名目の金員に関して規定されている事例の具体的条項を紹介します。
事例1
(建物解体保証金)
第◯◯条 乙は,建物解体保証金として,金◯◯,◯◯◯,◯◯◯円を甲に預託するものとする。
2  前項預託金は,乙が建物を解体し,甲への土地明け渡しが完了した後,乙に無利息で返還する。
事例2
(原状回復費用の積立て)
第◯◯条 乙は甲に対し,本件借地契約満了後の原状回復費用として,1か月金◯万円を積み立てるものとし,翌月分を毎月末日までに甲の指定する金融機関口座に振り込んで支払う。
2 甲は,本件借地契約満了時に,積み立てられた金額を乙に返還する。
事例3
(解体協力金)
第◯◯条 甲及び乙は,乙が甲に対し,平成28年◯月◯◯日,別途甲乙間で協議により定めた解体協力金◯,◯◯◯万円を無利息で融資し,甲が本件土地の上に現存した建物及びその附属建物を解体したことを確認した。
2  甲による前項の解体協力金の返済は,初回賃料支払月を第1回として20年間,240回均等の毎月末日払いにて乙に返還するものとし,甲はこれを支払う。
3  第◯条第◯項及び甲を原因とする同条第◯項及び第◯◯条に基づき,本件借地契約が解約・解除となった場合は,その時点で残存する甲の乙に対する解体協力金の返還債務は引き続き存続し,甲は前項に定める本件借地契約期間中と同じ支払条件により,乙に対して,残存する当該解体協力金を返還するものとし,これを支払う。
4  甲は,乙が第◯条の賃料の支払債務と第1項の解体協力金の返還債権とを対当額をもって相殺することを承諾する。
事例4
(外構負担金)
第◯◯条 甲及び乙は,外構負担金について次のとおり合意した。
甲が本件土地を商業施設用地として整備するに当たり,土地造成及び駐
車場舗装工事,外構設計及びこれにかかわる許認可申請,大規模小売店舗立地法に基づく申請業務委託に対する乙の費用負担として,外構負担金◯◯,◯◯◯,◯◯◯円を甲に支払う。その支払方法は次のとおりとする。
①  平成29年◯月◯日 金◯,◯◯◯,◯◯◯円
②  本件建物開店日   金◯◯,◯◯◯,◯◯◯円
事例5
(前払賃料)
第◯◯条 乙は甲に対し,賃料の前払いとして金◯◯◯,◯◯◯,◯◯◯円を平成29年◯月◯日付事業用定期借地権設定予約契約の締結時に甲の指定する下記金融機関の預金口座に振り込みにて支払い,甲はこれを受領済であることを確認する。
2 前払賃料は開店日から20年間分の賃料の一部として均等に充当するものとし,乙は末尾の「賃料支払予定表」に基づき,開店日の翌月以降の月額賃料から毎月金◯◯◯,◯◯◯円を差し引いて支払う。賃貸借期間満了前に本件借地契約が解除又は解約された場合,甲は前払賃料のうち残余期間に相当する金額を解除又は解約と同時に乙に返還する。
3 考察
(1) 事例1及び事例2については,「建物解体保証金」,「原状回復費用」との名目はともかく,借地契約終了時において,借主に建物の解体をはじめとする土地の原状回復を確実に実施させるために預託させる金員であり,貸主に預託された金員は全額借主に返還されるものです。
この金員の性質としては,賃貸借契約に基づき発生する債務を担保す るために差し入れられる敷金と同様のものとみることができ,手数料算定の基礎としない取扱いが妥当であると考えます。
(2) 事例3については,賃貸借契約を締結するに当たり,貸主が借主から融資を受けて対象土地上に現存する建物を解体したというものであり,融資された金員の返還は,借主の賃料支払債務と解体協力金の返還債権とを対当額で相殺するというものです。
この事案では,条文の文言から別行為の金銭消費貸借であるとみることができると考えられますが,念のため,前記2の法規委員会協議結果中の,「建設協力金」の場合に当てはめてみると,建設協力金については,「建物建築時に賃貸人が建設資金として用いることを目的として賃借人から借りる金銭のことを指し,賃貸における保証金と同様のものとして扱われる。」などとされ,その返済については,「月々の賃料の中から相殺する形で,契約期間内に賃貸側から賃借側に全額償却を行うリースバック方式と10~15年程度据え置いた後,一定程度の利息を付けて返済を行う方式」があること,そして,「建設協力金は差入保証金の一種ではあるが,建物を借りる側は賃借の条件となっているため,原則として貸付金として扱われる。」などと解説されています。
法規委員会の協議結果に言う「その具体的な内容に応じて」とは,いかなる内容を言うのかが問題になりますが,ここで言う,「具体的な内容」とは,何のための金員であり,どの時点で支払われるものなのか,また,その金員は返還されるものであるのか,返還される場合の返還方法はどのような形なのかなどを勘案すれば足りるのではないかと考え,その視点で事案を見ると,この金員は貸主所有の既存建物を解体する目的で融資されたものであり,その金員は賃料と相殺する形で返還されること,敷金,保証金,権利金,管理費,共益費など土地の賃貸借契約に付随した一般的な金員ではないことがうかがわれることから,別行為であると判断し,手数料算定の基礎とすることにしました。
ただし,本事例の第3項に,「ただし,本件借地契約の解約・解除が乙の責めに帰すべき事由による場合,乙は,残存する解体協力金の返還請求権を放棄するものとする。」というような条項があった場合,この解体協力金には敷金的要素があるものと解し,別行為ではなく付随行為とすることも考えられます。
なお,解体協力金に関する契約について,公正証書作成の手数料計算上,借地契約とは別の行為とした場合でも,借地契約の付随行為とした場合でも,印紙税法上はいずれも金銭消費貸借契約と扱われることから,印紙税法別表1の課税物件表の適用に関する通則にしたがって公正証書原本に貼るべき印紙額を決めることになります。
(3) 事例4については,貸主が対象土地を商業施設用地として整備するための費用について,借主にも負担を求めるものです。当該土地を賃貸するための整備に要する費用という目的では,事例3の場合と同じ性質の金員と見ることができますが,当該金員を返還しないという点で相違します。
また,この金員は事例3の場合と同様,管理費や共益費と同様のものとして見ることはできないのではないかと考えます。
したがって,賃料,管理費及び共益費とは違う性質の金員であり,貸金でもないことになりますが,この金員を手数料算定の上ではどのように評価すべきであるのか判断に迷います。借主から貸主への給付という別行為であると見ることもできますが,「賃料以外は手数料算定の基礎としない。」との法規委員会協議結果が気になり,結果として手数料算定の基礎としない取扱いにしました。
(4) 以上のとおり,判断に迷うのは事例3及び事例4のように,既存建物の取り壊しや対象土地を整備するための費用という,賃貸借契約を締結するための事前準備的な行為に対する借主の金員の支出をどのように評価するのかということです。
当該金員を借主に返還する場合も返還しない場合でも,土地の賃貸借契約に必須の金員ではないと考えられ,本来,貸主の資力をもって行うべき既存建物の取り壊しや土地の整備を,借主から資金を調達して行うものと見ることができることから,当該金員の授受については別行為として評価しても良いのではないかと考えますがいかがであろうか。
ちなみに,事例5を引き合いにして考えると,事例5そのものは前払賃料であり賃料そのものであるため,手数料算定の基礎になるものですが,事例4のように,貸主の事前準備的な行為に要する資金を,賃料の前払いの形で提供することも考えられます。そうすると,その金員の使用目的は同じであるにもかかわらず,名目が「賃料」か否かで手数料算定の基礎になるかならないかが決まることになり,バランスを欠くことになるのではないかと思います。
また,仮に,名目が「協力金」,「負担金」などであれば,その性質に関係なく手数料算定の基礎としないとした場合,実際は融資のような形態である場合にも,当事者間において,意図的にこのことを前提とした契約条項が作成されることも考えられ,これも望ましい姿ではないと思います。
もとより,事前に当事者間で締結される覚書にはこのような金員に関する事項があっても,公正証書には記載しないのであれば手数料の問題は生じませんが,いずれにしても,このことに関してはどのように判断すべきであるのか悩ましいため,各公証役場での取扱いを承知したいと思っている次第です。
(髙村一之)

No.59 尊厳死宣言公正証書と人生の最終段階における医療

1 はじめに
尊厳死という用語については、「回復の見込みのない末期状態の患者に対し、生命維持治療を差し控え又は中止し、人間としての尊厳を保たせつつ、死を迎えさせること」をいうものとされており(「新版 証書の作成と文例 家事関係編〔改訂版〕」237頁)、尊厳死公正証書第1条には「それが不治であり、かつ、死期が迫っている場合」であって、そのことが「担当医を含む2名以上の医師により診断された場合」に「死期を延ばすためだけの延命措置は一切行わないでください」とされている。
私の在職中、ある嘱託人から「私は、胃瘻を装着しない。」という公正証書を作成してほしいとの依頼を受け、大いに悩み、所属の近公会の勉強会にそのような公正証書を作成することの可否を問題として提出したことがある。
問題点としては、①胃瘻の装着をすれば普通に暮らせるにもかかわらずこれをしないことは、患者が自らの意思で飲食せずに死を早めようとする行為(VSED)*にならないか疑問があり、そういう余地がある以上、本人の意思を表明する文書とは言え、公序良俗に違反するのではないか、②公正証書については、一般市民の意思や取り決めが、将来、紛争となることがないような予防司法の機能を有しているとされているが、その趣旨に反するものとならないか、③尊厳死宣言については、患者の自己決定権を医師が受け入れるかどうかにかかっているが、①のような問題があり、医師において宣言を受け入れることが困難だとすれば、そのような公正証書を作成しても、結局、嘱託人の意思が叶えられないこととなり、嘱託人に無用な経済的負担をかけるのではないかなどと考えたためであったが、記憶によれば、そのときの勉強会の意見も消極とするものであったように思う。
その後在職中そのような嘱託はなかったが、退官後、思わぬことからこういうことだったのかと考えさせられることがあったこと、高齢化による多死社会を見据え、「人生の最終段階における医療」(厚生労働省は、本年3月、「人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドライン(以下「ガイドライン」という。)」を改訂し、従来の「終末期医療」から名称の変更を行った。)に対する考え方が整理されてきたことなどを踏まえ、「人生の最終段階における医療」と尊厳死宣言公正証書との関わりについて考えてみたい。
2 認知症と人生の最終段階における医療
まず、何をもって人生の最終段階にあるとするかは、老衰、事故により生命の維持が人工心肺装置により維持されているというような状態、あるいは積極的治療を試みたにもかかわらず、当該疾患が回復不能な状況に陥っているなど多様であるが、「どのような状態が人生の最終段階かは、本人の状態を踏まえて、医療・ケアチームの適切かつ妥当な判断によるべき事柄です。」(ガイドライン解説編3頁)とされている。
私事で恐縮であるが、私の身内で当時92歳になる者が介護老人保健施設に入所していたところ、あるとき施設から呼び出しがあり、食事を進んで摂らない状態が続いていることから、当該施設の判断は「看取り」の時期に達しており、あと2~3週間で亡くなられると思われること、その事態を回避するためには胃瘻等により栄養の摂取が必要となるが、「看取り」を希望しない場合は当該施設から病院へ転院してほしい旨、告げられた。当時、本人は難しいことはともかく家族を識別できる状況で何より元気であり、食欲がないほかは他に悪いところもなかったため、胃瘻の装着等について、家族で相談することになった。
ちなみに「看取り」とは、近い将来死が避けられないとされた人に対し、身体的苦痛や精神的苦痛を緩和軽減するとともに、人生の最後まで尊厳のある生活を支援することとされており、その開始については、医師により一般に認められている医学的知見から判断して回復の見込みがないと判断し、かつ、医療機関での対応の必要性が薄いと判断した対象者につき、医師より利用者又は家族にその判断内容を説明した上、看取り介護に関する計画を作成し、終末期を施設で介護を受けて過ごすことに同意を得て実施されるものである 。実際には、点滴や酸素吸入などの医療的なケアではなく、食事や排泄の介助、褥瘡の防止など、日常生活のケアを中心に行うこととされている。 平成29年版内閣府高齢社会白書によれば、91.1%の人が、「延命のみを目的とした医療は行わず、自然にまかせてほしい」との意向であるとされているので、普通のことかもしれないが、間もなく亡くなるということを聞かされる家族としては、冷静ではいられないものである。
家族で相談した結果、まだ元気であり、何より餓死させるようなことは避けるべきだということで、胃瘻を装着することとなった。
アルツハイマー型認知症の終末期については、「病理的には大脳皮質機能が広範に失われた状態で、失外套症候群(例えば四肢の随意運動、発語、追視、表情が見られず、尿便失禁の状態)といえる。-略- この時期になると嚥下障害(誤嚥)が見られ、経過とともにその頻度が増して、経口摂取が不能になる。嚥下不能のため、経管栄養を行うことも多く、従って、この期間は数ヶ月から数年続くこともあり、期間を限定することはできない。従って癌の末期とは定義が違うことになる。点滴、経鼻カテーテルや胃瘻による栄養法、中心静脈栄養法(IVH)など強制的な栄養法をとらなければ、間もなく脱水、衰弱などにより死の転帰を迎えることになります。」(NPO法人在宅ケアを支える診療所・市民ネットワークによる「認知症高齢者の在宅生活を支える地域の医療支援システムに関する調査研究Ⅱ報告書」:平成17年3月)とされており、このようなことから、「認知症については、生命予後が極めて悪くなるような身体状況の出現をもって末期と考えます。」(日本尊厳死協会「リビングウィルについて」)とされている。
私の身内の場合、その後、2年余を経過しているが、発語はあるものの意味が不明であったり、何より眠っている時間が長くなり、私自身を分かってくれているのかも判然としない。
自分が意思表示できなくなった状況において、自分の意思と異なり、ただ単に死の瞬間を引き延ばす延命措置を受けずに済むように意思表示しておく尊厳死宣言については、ガイドラインにおいても、「人生の最終段階における医療」においては、本人による意思決定を基本としたうえで、人生の最終段階における医療・ケアを進めることが最も重要な原則であるとされていることから、病態の如何に関わらず、認知症における場合も同様に尊重されるべきものであると思われる。
尊厳死宣言公正証書について相談を受ける際、ややもすると交通事故や癌の末期における状況などを想定し、認知症により意思表示ができなくなった場合も尊厳死宣言は有効であるということを失念しがちであるが、慢性疾患等により予後が長くとも2~3か月と予測ができる場合に比べて「人生の最終段階」が長くなりがちな認知症罹患者においてこそ有用なものだと考えられる。
65歳以上の認知症高齢者数と有病率の将来推計についてみると、平成24(2012)年は認知症高齢者数が462万人と、65歳以上の高齢者の約7人に1人(有病率15.0%)であったものが、37(2025)年には675万人と、約5人に1人になるとの推計(平成29年版内閣府高齢社会白書)があり、今後ますます尊厳死宣言の有用性が増すものと思われるが、「胃瘻を装着しない。」という嘱託人の真意はこういうところにあったのかと、今更ながらに思うところである。
なお、検討に当たっての参考に供するため、末尾に認知症に罹患した場合を想定した尊厳死宣言公正証書(案)を掲載した。
*VSED
Voluntarily Stopping Eating and Drinkingの略で、自力で食べることが可能にもかかわらず、点滴や飲食を拒む行為。米国看護師協会は、2017年、患者にはVSEDの権利があり、その意思を尊重すべきだとの声明を発表したが、欧米では医師がVSEDを容認すべきか、安楽死とともに倫理的な観点から議論されている。

3 「ガイドライン」-本人の意思決定が確認できない場合
厚生労働省は、平成18年3月、富山県射水市における人工呼吸器取外し事件(末期状態の患者7人から医師が人工呼吸器を取り外した後、患者らが死亡)が報道されたことを契機として人生の最終段階における医療のあり方について、患者・医療従事者ともに広くコンセンサスが得られる基本的な点について確認をし、それをガイドラインとして示すことが、よりよき人生の最終段階における医療の実現に資するとして、平成19年5月に「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」を策定していたところ、これを改訂し、本年3月14日「人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドライン」として発表した。
高齢多死社会の進展に伴い、地域包括ケアの構築に対応する必要があることや、英米諸国を中心としてACP(アドバンス・ケア・プランニング)の概念を踏まえた研究・取組が普及してきていることなどを踏まえ改訂を行ったとされているが、本稿では、本人の意思が確認できない場合の「人生の最終段階における医療の決定プロセス」について、「本人の意思決定が確認できない場合には家族等の役割がいっそう重要になります。特に、本人が自らの意思を伝えられない状態になった場合に備えて、特定の家族等を自らの意思を推定する者として前もって定め、その者を含めてこれまでの人生観や価値観、どのような生き方や医療・ケアを望むかを含め、日頃から繰り返し話し合っておくことにより、本人の意思が推定しやすくなります。その場合にも、本人が何を望むかを基本とし、それがどうしても分からない場合には、本人の最善の利益が何であるかについて、家族等と医師・ケアチームが十分に話し合い、合意を形成することが必要です。」(ガイドライン解説編5頁)とされていることについて、考えてみたい。
なお、本文中「家族等」の意味について、「今後、単身世帯が増えることも想定し、本人が信頼を寄せ、人生の最終段階の本人を支える存在であるという趣旨ですから、法的な意味での親族関係のみを意味せず、より広い範囲の人(親しい友人等)を含みますし、複数人存在することも考えられます。」とされている。
ところで、医師が患者に対して医療行為を行うためには、原則として当該医療行為の対象者に対し、治療の内容等についてよく説明を行い、対象者が十分理解した上で、自らの自由意思に基づいて医師と治療について合意すること(インフォームド・コンセント。なお、「同意」だけでなく、説明を受けた上で治療を拒否することも含まれる)が必要とされている。
さらに、インフォームド・コンセントが有効であるためには、患者が自己の状態、当該医療行為の意義・内容、危険性への認識等を理解できる能力が備わっている必要があるとされている。
患者本人に同意能力がない場合に誰が医療行為に同意を与えるかについては、患者本人が未成年の場合は、親権者等の法定代理人が医療行為についての同意権限を有するとするのが判例・通説であるが、患者が成年被後見人における場合は、法律上明確なものはない。
成年後見人には、成年被後見人の生活、療養看護、及び財産の管理の事務を行うなど、身上監護権が認められている(民858)が、契約等の法律行為に関する事項に限られ、成年被後見人に対する治療方針を決定するなどの医療行為に対する代理権は認められていない。これは、医療行為に関する決定は、一身専属権であり、法律行為の意思表示とは異なり代理になじまないことによるものだと思われる。
ガイドラインは、上記法律の不備を前提として、我が国の治療現場では、患者本人の意思が確認できない場合、医師の求めに応じて家族が治療方針を決定し、あるいは選択したりしている実情があるため、その状況を円滑に行うための方策として示されたものと思われる。
したがって、「自らの意思を推定する者」としての家族等は、患者の代理人となって治療方針を決めるのではなく、医療・ケアチームが最善の方針をとることに協力する者であることに注意する必要がある。
「本人が自らの意思を伝えられない状態になった場合に備えて、特定の家族等を自らの意思を推定する者として前もって定め」としていることは、あらかじめ特定の者を指定するという点において、契約型尊厳死宣言公正証書(「公証」138号88頁)の仕組み、即ち、委任者甲が延命のみを目的とする措置は行わないで、苦痛を和らげる措置を執って、人間として自然なかたちで尊厳を保って安らかに死を迎えることができるように甲の主治医に要請することを受任者乙に委任し、乙がこれを承諾するという委任契約上の仕組みに似かよっている。
尊厳死宣言公正証書は、法規委員会の協議結果を踏まえ、契約型が影を潜め、「宣言型」が主流となっているが、今後新たな動きが見られることになるのかもしれない。
(尾﨑一雄)

(尊厳死宣言公正証書案)
平成  年第  号
尊厳死宣言公正証書
本公証人は、尊厳死宣言者 〇〇 〇〇 の嘱託により、平成  年  月  日、その陳述内容が本人の真意であることを確認の上、宣言に関する陳述の趣旨を録取し、この証書を作成する。
第1条 私 〇〇 〇〇 は、私が将来、病気、事故又は老衰等(以下「傷病等」といいます。)により、現在の医学では不治の状態に陥り、かつ、死期が迫っている場合に備えて、私の家族及び私の医療に携わっている方々に以下の要望を宣言します。
なお、ここに明記した特定の医療行為の実施又は拒否については、医師の事前説明は不要とします。
(1) 私の傷病等が現在の医学では不治の状態に陥り既に死期が迫っていると担当医を含む2名以上の医師により診断された場合には、死期を延ばすためだけの延命措置は一切行わないでください。
また、既に延命措置がとられているときは、すみやかに取りやめてください。
しかし、私の苦痛を和らげる処置は、最大限実施してください。
そのために、麻薬などの副作用により死亡時期が早まったとしてもかまいません。
(2) たとえ、死期が定かでなくとも、精神上の障害によって事理を弁識する能力を欠く常況(例えば、重度の認知症)となり、これが回復する見込みのないことを、担当医を含む2名以上の医師により診断された場合には、
① あらゆる循環停止や呼吸停止の場合の蘇生措置をしないでください。
② 私に苦痛を与えたり、私の体に負担のかかる医療措置(他人の組織や臓器の提供を受けることを含むあらゆる手術等)はしないでください(ただし、血液及び血液成分については、私の苦痛を和らげる目的に限って受け容れます。)。
③ 人工的栄養補給や水分補給(口、鼻、腹壁から管を通しての胃への栄養補給、静脈からの栄養補給等)は、私の苦痛を和らげるための必要最小限の援助となるもの以外はしないでください。
これらのことのために、死亡時期が早まったとしてもかまいません。
第2条 この証書の作成に当たっては、あらかじめ私の家族である次の者の了解を得ております。
妻  〇〇 □□(昭和 年 月 日生)
長男 〇〇 ◇◇(昭和 年 月 日生)
長女 △△ △△(昭和 年 月 日生)
2 私に前条記載の症状が発生したときは、医師も家族も私の意思に従い、私が人間として尊厳を保った安らかな死を迎えることができるよう御配慮ください。
第3条 私のこの宣言による要望を忠実に果たして下さる方々に深く感謝申し上げます。
そして、その方々が私の要望に従ってされた行為の一切の責任は、私自身にあります。
警察、検察の関係者におかれましては、私の家族や医師が私の意思に沿った行動をとったことにより、これら方々に対する犯罪捜査や訴追の対象とすることのないよう特にお願いします。
第4条 この宣言は、私の精神が健全な状態にあるときにしたものです。
したがって、私の精神が健全な状態にあるときに私自身が撤回しない限り、その効力を持続するものであることを明らかにしておきます。

法務局長等人事異動(平成30年4月)

大阪高等裁判所判事    森木田邦裕(大阪法務局長)
大阪法務局長       杉浦 徳宏(大阪地方裁判所判事)
辞職(3月31日付)     喜多 剛久(広島法務局長)
広島法務局長       醍醐 邦治(大阪法務局総務部長)
大阪法務局総務部長    堀内 龍也(大阪法務局民事行政部長)
大阪法務局民事行政部長  林  淳史(大分地方法務局長)
大分地方法務局長     友利りつ子(富山地方法務局次長)
富山地方法務局次長    川野 達哉(高知地方法務局総務課長)
辞職(3月31日付)     余田 武裕(福岡法務局長)
福岡法務局長       鎌倉 克彦(札幌法務局長)
札幌法務局長       堀  恩惠(東京法務局総務部長)
東京法務局総務部長    伊藤 武志(東京法務局民事行政部長)
東京法務局民事行政部長  篠原 辰夫(京都地方法務局長)
京都地方法務局長     田中 茂樹(奈良地方法務局長)
奈良地方法務局長     鈴木 通広(福島地方法務局次長)
福島地方法務局次長    齊藤 孝志(青森地方法務局次長)
青森地方法務局次長    木野 忠和(岐阜地方法務局総務課長)
辞職(3月31日付)     秦  愼也(仙台法務局長)
仙台法務局長       西江 昭博(静岡地方法務局長)
静岡地方法務局長     渡辺 富雄(松江地方法務局長)
松江地方法務局長     冨澤 清治(人権擁護局人権擁護推進室長)
辞職(3月31日付)     松尾 泰三(高松法務局長)
高松法務局長       石山 順一(さいたま地方法務局長)
さいたま地方法務局長   境野 智子(宇都宮地方法務局長)
宇都宮地方法務局長    鈴木  朗(名古屋法務局総務管理官)
名古屋法務局総務管理官  永瀬  忠(広島法務局職員課長)
辞職(3月31日付)     前田 幸保(名古屋法務局民事行政部長)
名古屋法務局民事行政部長 泉代 洋一(岐阜地方法務局長)
岐阜地方法務局長     高見 鈴子(徳島地方法務局長)
徳島地方法務局長     岩本 尚文(訟務局訟務調査室長)
辞職(3月31日付)     佐藤  隆(札幌法務局民事行政部長)
札幌法務局民事行政部長  阿部 俊彦(青森地方法務局長)
青森地方法務局長     松田 淳一(福岡法務局総務管理官)
福岡法務局総務管理官   綿谷  修(盛岡地方法務局総務課長)
辞職(3月31日付)     千葉 和信(横浜地方法務局長)
横浜地方法務局長     須藤 義明(高松法務局民事行政部長)
高松法務局民事行政部長  岡田 治彦(長崎地方法務局長)
長崎地方法務局長     齊藤 惠子(静岡地方法務局次長)
静岡地方法務局次長    雨宮 広幸(山形地方法務局次長)
山形地方法務局次長    徳永 勝幸(秋田地方法務局次長)
秋田地方法務局次長    石崎  司(熊本地方法務局総務課長)
辞職(3月31日付)     持田 弘二(千葉地方法務局長)
千葉地方法務局長     三橋  豊(大阪法務局人権擁護部長)
大阪法務局人権擁護部長  梶木 新一(横浜地方法務局次長)
横浜地方法務局次長    樋口 祐子(福岡法務局職員課長)
辞職(3月31日付)     福田  勝(水戸地方法務局長)
水戸地方法務局長     栁田  修(福岡法務局民行部不首席登)
福岡法務局民行部不首席登 東  洋一(松山地方法務局不首席登)
松山地方法務局不首席登  安藤 英昭(高松法務局人権部第一課長)
辞職(3月31日付)     加藤 武志(新潟地方法務局長)
新潟地方法務局長     新井 浩司(鹿児島地方法務局長)
鹿児島地方法務局長    椋野 浩文(那覇地方法務局長)
那覇地方法務局長     鈴木 和男(長野地方法務局次長)
長野地方法務局次長    村井  誠(甲府地方法務局次長)
甲府地方法務局次長    高丸 雅幸(鹿児島地方法務局総務課長)
辞職(3月31日付)     山本 芳郎(神戸地方法務局長)
神戸地方法務局長     阿野 純秀(大津地方法務局長)
大津地方法務局長     數原 裕一(民事局総務課民事調査官)
民事局民事第一課長    杉浦 直紀(津地方法務局長)
津地方法務局長      菅原 武志(大津地方法務局次長)
大津地方法務局次長    坂野 恵美(鳥取地方法務局総務課長)
辞職(3月31日付)     所田 雅一(富山地方法務局長)
富山地方法務局長     小宮山義隆(広島法務局人権擁護部長)
広島法務局人権擁護部長  平出 正良(神戸地方法務局次長)
神戸地方法務局次長    波田野和孝(名古屋法務局職員課長)
辞職(3月31日付)     山﨑 秀義(岡山地方法務局長)
岡山地方法務局長     丸尾 秀一(鳥取地方法務局長)
鳥取地方法務局長     阿部 精治(岡山地方法務局次長)
岡山地方法務局次長    佐竹 昭彦(福井地方法務局次長)
福井地方法務局次長    伊藤いつき(奈良地方法務局総務課長)
辞職(3月31日付)     増永 俊朗(熊本地方法務局長)
熊本地方法務局長     土師実千秋(福岡法務局人権擁護部長)
福岡法務局人権擁護部長  久保 朝則(前橋地方法務局次長)
前橋地方法務局次長    今澤 一也(徳島地方法務局次長)
徳島地方法務局次長    八田 和恵(水戸地方法務局総務課長)
辞職(3月31日付)     巣山 弘清(宮崎地方法務局長)
宮崎地方法務局長     馬場  潤(高松法務局人権擁護部長)
高松法務局人権擁護部長  小田切 学(仙台法務局民行部不首席登)
仙台法務局民行部不首席登 髙橋  誠(札幌法務局人権擁護部長)
札幌法務局人権擁護部長  山本 憲幸(和歌山地方法務局次長)
和歌山地方法務局次長   池田 哲郎(金沢地方法務局総務課長)
定年退職(3月31日付)   原口 克広(函館地方法務局長)
函館地方法務局長     中野  亨(千葉地方法務局次長)
千葉地方法務局次長    小笠原 修(宇都宮地方法務局総務課長)
辞職(3月31日付)     播谷 秀樹(釧路地方法務局長)
釧路地方法務局長     中富 喜浩(仙台法務局人権擁護部長)
仙台法務局人権擁護部長  梅村  上(さいたま地方法務局次長)
さいたま地方法務局次長  大塚 隆夫(旭川地方法務局次長)
旭川地方法務局次長    齋藤 広安(静岡地方法務局総務課長)
辞職(3月31日付)     山本 英司(高知地方法務局長)
高知地方法務局長     齋藤  勤(長崎地方法務局次長)
長崎地方法務局次長    星野 辰守(山形地方法務局総務課長)
辞職(3月31日付)     吉川  隆(松山地方法務局長)
松山地方法務局長     山岡 徳光(盛岡地方法務局長)
盛岡地方法務局長     石打 正己(大阪法務局民行部第一法首)
大阪法務局民行部第一法首 片山 勝也(岡山地方法務局不首席登)
岡山地方法務局不首席登  正井 義一(大津地方法務局首席登記官)
定年退職(3月31日付)   柳澤 育義(金沢地方法務局次長)
金沢地方法務局次長    中井 幸雄(盛岡地方法務局次長)
旭川地方法務局次長    河井 茂行(松江地方法務局総務課長)
定年退職(3月31日付)   山中 正登(東京法務局民行部不首席登)
東京法務局民行部不首席登 小林  敦(横浜地方法務局不首席登)
横浜地方法務局不首席登  江本 修二(水戸地方法務局不首席登)
水戸地方法務局不首席登  西尾 修治(山口地方法務局首席登記官)
辞職(3月31日付)     松下  悟(前橋地方法務局首席登記官)
前橋地方法務局首席登記官 大野 正雄(東京法務局後見登録課長)
辞職(3月31日付)     林  康雄(長野地方法務局不首席登)
長野地方法務局不首席登  穗坂 浩一(神戸地方法務局姫路支局長)
神戸地方法務局姫路支局長 南多 実男(京都地方法務局不首席登)
京都地方法務局不首席登  山照多賀世(津地方法務局不首席登記官)
津地方法務局不首席登記官 大築  誠(和歌山地方法務局首席登)
定年退職(3月31日付)   松尾 雅広(高松法務局民行部不首席登)
高松法務局民行部不首席登 中山 浩行(大分地方法務局総務課長)
定年退職(3月31日付)   平田 和也(福岡法務局北九州支局長)
福岡法務局北九州支局長  柴田 保隆(鹿児島地方法務局不首席登)
鹿児島地方法務局不首席登 田原 昭男(福岡法務局民行部法首席登)
福岡法務局民行部法首席登 井上 隆幸(宮崎地方法務局首席登記官)

民事法情報研究会だよりNo.32(平成30年4月)

春風の候、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
さて、当法人は6期目の事業年度を迎えました。目下、4月21日開催予定の第1回通常理事会及び6月16日開催予定の会員総会に向けて、旧年度の決算、新年度の事業計画等について資料作成中であり、4月中には会員総会の開催通知をお送りする予定です。なお、同時に行われるセミナーでは、元東京高裁長官の吉戒修一弁護士にご講演をお願いしております。(NN)

今 日 こ の 頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

ネット時代の憂鬱 ~子どもたちのネット利用の危うさ~
倉吉 敬(法務省中央更生保護審査会委員長)

※ 本稿は、「人権のひろば」(公益財団法人人権擁護協力会編集・発行)2018年1月号に「特別寄稿」として掲載されたエッセイに加筆・転載したものです。

1 子どものしつけ
著名な女性バイオリニストのTさんが、9歳の息子に買い与えた任天堂のゲーム機を二つ折りにして壊した。ゲーム機で遊ぶのは週末宿題が終わった後に限ると息子に約束させ、息子は土曜日の午後5時から7時までをゲーム時間にすると予定表に書き込んでいた。ところが、平日の金曜日に仕事を終えて帰宅したら息子がゲーム機で遊んでいたので、怒ったのである。彼女はこの話を自身のブログで紹介し、新聞のコラムにも書いた。そうしたら、ネット上で大炎上した。「子どもへの虐待」「子供の気持ちをわかろうとしない親はバカ」「任天堂に謝れ」等々の声が殺到したという。
しかし、私は、Tさんのしつけ方に感心した(ちなみに、作家の佐藤愛子さんは、「Tさんの気持ち、約束を守らなかった息子さんに腹を立ててゲーム機を二つに折った気持ち、私にはよくわかる、普通の母親であれば誰だってカンカンに怒る。それが母親というものだ。」と書いている。佐藤愛子「九十歳。何がめでたい」181頁)。最近の子供たちのネット利用の危うさに大いに関係するのだが、第一に、ゲーム機を買い与えた時に、息子がゲーム機に依存しかねないことを危惧し、使い方のルールを決めたこと、第2に、息子のルール違反をなあなあで済ませることなく、親として正面から息子の非を指摘し、怒ったことである。たかがゲーム機の話ではないかと思われるかもしれないが、最近のゲームサイトにはSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)機能が付いていて、ネットを通じて競技者同士がコミュニケーションをしながらゲームを楽しめるものがある。幼いころにゲーム機に無原則に依存していた子どもが、このようなゲームサイトにのめり込むと、見ず知らずの危険な大人と出会うことにもなりかねないのである。
2 ネットによる犯罪と子どもたち
警察庁は、SNSなどネット上で不特定多数の相手とやりとりできるサイトのうち、出会い系サイトを除いたものをコミュニティサイトと総称し、これを、「ツイッター」や「LINE(ライン)」といった複数交流系、チャット系、動画等投稿・配信系、ゲーム・アバター系などに分類し、18歳未満の児童に対するネットによる犯罪の現状等を公開している。
最新の統計は平成29年上半期(1~6月)のもの(警察庁ホームページ→「平成29年上半期におけるコミュニティサイト等に起因する事犯の現状と対策について」)だが、これによると、コミュニティサイトで犯罪被害に遭った児童は過去最多の919人で、その9割は中高校生。罪種別では、淫行などの青少年育成条例違反が350人(38.1%)で、児童ポルノ289人、児童買春243人がこれに続く。一方、出会い系サイトの被害児童数は過去最少の13人で、平成20年の出会い系サイト規制法の改正以降減少傾向にある。
コミュニティサイト関係についてみると、被害者の大半が女子で、被疑者と会った理由では、「金品目的」や「性的関係目的」といった援助交際に関連する理由が約4割を占める。自ら「援助交際」を申し入れ、あるいは、男たちからの申入れに応じた上、見ず知らずの男について行ったわけで、その無防備ぶりに驚かされる。男について行って強姦や誘拐など凶悪判罪の被害に遭った子どもも25人いた。子どもたちの約9割がスマートフォンでサイトにアクセスしており、サイト別では、短文投稿サイトの「ツイッター」が327人で最も多く、全体の3割強を占めている。
有害サイトの閲覧を制限する「フィルタリング」は、被害児童の9割が利用していなかった。保護者へのアンケート調査では、利用しない理由について、64%が「特に理由はない」、20%が「子どもを信用している」と答えている。保護者の無関心、知識不足が大きな問題といえそうだ。なお、フィルタリング利用の徹底を義務付けた改正青少年インターネット環境整備法が、平成30年6月までに施行される(注・平成30年2月1日施行された。)。
3 ネットによるいじめと子どもたち
教育現場の悩みも深い。文部科学省は、毎年「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸問題」についての調査結果を公表している。最新の調査では、「いじめ」に当たると考えられるケースを広く拾うようにしたということだが、これによると、平成28年度の全国小中高校のいじめの認知件数は32万3808件で、過去最多となった。
このうち1万7833件がネットによるいじめだった。文科省のホームページをみると、いじめの統計をとるようになった平成19年度は約6000件だったのが、ここ数年で急増した。
典型的なのは、特定の生徒を中傷し、のけ者にするよう呼びかけるメールをクラスメートに送るという類のものだが、特定の生徒の名をかたって、いかがわしい合成写真画像やメッセージをサイトに送り、不特定多数のサイト参加者の好奇の目にさらすといった手の込んだものもあるという。「LINE(ライン)」で「きもい」などと書かれた生徒が自殺したというケースも報道されており、事態は深刻である。
ネットによるいじめで問題なのは、加害生徒には軽いいたずら程度の気持ちしかなく、加害者意識に欠ける場合が多いことだといわれる。これほど陰湿で卑劣なことをしておきながら加害者意識に欠けるとはなにごとかと唖然とするが、今の子どもたちには、そんな感受性や正義感を身に付ける機会が乏しいのだろうか。それだけに、保護者も教師も、ネットによるいじめが深く相手を傷つけること、卑怯で卑劣なやり方であること、調査すれば、システム上犯人はわかること等を、生徒に強く伝え自覚を促す必要がある。また、被害生徒も率直に被害を訴えることが少ないため、保護者や教師も気づきにくいようだ。悩みがあってもそれを見せずにことさら明るく振る舞おうとする近頃の若者気質も影響しているのかもしれないので、要注意である。
いじめだけでなく、上記2の犯罪に巻き込まれる可能性があることも考慮にいれると、より根本的な問題として、子どもにスマホを自由に使わせていいのかということがある。スマホは依存性が強く、勉強中も、食事中も、学校の休み時間でも、時には授業中ですら、始終スマホをいじっている中高校生もいると聞く。全面使用禁止は現実的でないとしても、上記1のエピソードのようにスマホ使用のルールを決めて守らせること、上記2のフィルタリング機能を付すことは、最小限必要だろう。
法務省の宣伝をするわけではないが、法務省人権擁護局のホームページ(「人権擁護局フロントページ」→「啓発活動」→「インターネットを悪用した人権侵害をなくしましょう」)には、「インターネットの向こう側」と題する啓発ビデオがある。秀逸な学園ドラマに仕上がっていて、ネットによるいじめの実態がよくわかる。視聴回数は72万3000を超えている。まだご覧になっていない方には、視聴をお勧めしたい。
4 終わりに
この原稿を書いていた平成29年10月30日に、神奈川県座間市のアパートで、18歳未満の子どもを含む9人の遺体が発見された。脱稿した11月19日現在、被疑者は、死体遺棄等、次いで殺人の罪で逮捕、勾留されている。捜査中の事件なので憶測でものを言うことはできないが、報道によれば、被疑者と被害者を結びつけたのは、自殺願望に関するツイッターでのやりとりだったという。裁判官だった経験で学んだことの一つが、世の中にはとてつもなく悪い人間がいるということだった。「相手の境遇や考えていることがわかれば、それに乗じた作り話で即座に金をだまし取る自信がある」と供述した詐欺師もいた。匿名のネットの世界で胸のうちを明かした相手の誘いに乗ることほど危険なことはない。ネットの相手は、想像を超える悪意を秘めている可能性があること、そして、それが世間の常識なのだということを、子どもたちや若者にわかってもらわなければならない。家族、学校、そして社会の重い課題だと思う。

喜寿を前にして戯言(町谷雄次)

平成23年5月に公証人を退職して、以後は悠々自適な生活をしているはずであるが、どうもゆっくりするというのは性に合わないようで、テニス、絵画、水墨などの習いごとと畑仕事(貸農園)に追われる傍ら、OB会、同窓会、老人会、自治会などの各種世話人を引き受けて、気が付いたら喜寿を迎える年になっている。加えて、最近は、妻と交互に病院通いの日も増えた。折角、投稿の依頼を受けたので、何か有意義なものをと考えていたが、年齢の関係かアドレナリンの分泌も悪くなっているようで、中々考えがまとまらない。結局、公証人退職後にOB会や所属クラブの情報紙等に寄稿したものの中から、小文を抜粋して近況の披露に代えさせて戴くことにしました。
〇 青 春 の 老 成
昨年(注・2015年)のサロン・エウスン展(注・四国の絵画クラブの作品展)講評の席で、顧問のK先生が話された“青春とは”の話が強く印象に残っている。“青春とは人生の或る期間を言うのではなく、心の様相を言うのだ”、“年を重ねただけでは人は老いない。理想を失う時に初めて老いがくる”、“希望ある限り若く、失望と共に老い朽ちる”。これは、アメリカの無名の作詩家といわれるサミエル・ウルマンの“Youth(青春)”という詩の翻訳文の一節を引用されたものであるが、古希も通り過ぎて、青春とは無縁の存在と自覚していた自分にとって、何かカンフル剤を打たれたような気分になる言葉であった。後に調べて分かったことだが、原文(英語)の詩は、第2次大戦後、日比谷の占領軍総司令部のマッカーサー元帥が座右の銘として何時も執務室の壁に飾っていたとのことであり、漢詩調の翻訳したものは松下幸之助氏の眼に止まり、インタビューで紹介し,雑誌にも掲載され一躍有名になったようである。又、ロバート・ケネディーがエドワード・ケネディーへの弔辞にこの詩の一節を引用したのも有名な話になっているようである。
“青春時代は昔の話よ”と諦めきっていた中高年、或いは老年期の世代にとって、“青春の詩”は、正に“年をとっても、いつまでも青年の志は持ち続けよ”と、叱咤・激励の言葉に聞こえたのは、私だけではなかったと思う。
たまたま、上記打上げ会のすぐ後の昨年11月に、その5ヶ月前の6月に93歳で亡くなられた元最高裁判事で法務省民事局長なども務められた香川保一先生を忍ぶ会が東京であり出席した。その際、「香川保一随想録」(株式会社テイハンが出版している)が記念品として出席者に配られた。香川先生は、生粋の法律家であり、特に現在の不動産登記制度を確固たるものにした第一人者と言われる人で、関係者からは登記の神様と称されている人であるが、配られた冊子の中身は、法律とは無縁の香川先生の生き様、人生観とかが詩情豊かに語られた随筆、エッセイ集であった。その中で特に目をひいたのは、香川先生も“老い”と“青春”についてひたむきに探求し続けてこられたこと、そして、最後まで青春の気概を持ち続けてこられたことである。その中で、先生は「青春の老成」という造語を編み出し、随所に使用されている。その幾つかをピックアップする。

〔庭仕事の愉しみ〕 「日本でもその小説(…)がよく読まれたヘルマン・ヘッセの『人は成熟するにつれて若くなる』(エッセイと詩の和訳)が平成7年に出版された。私の拙い『青春の老成』の造語はこれにヒントを得たものであるが、ついで、平成8年に『庭仕事の愉しみ』(エッセイと詩の和訳)が出版された。彼は文筆を採る以外の多くの時間を庭仕事に過ごしたといわれるが、その土と植物、自然を相手にして、草花や樹木から教示される生命の神秘、尊さを瞑想し、『年年歳歳花相似たり』の自然と人生の心理を追求、会得した彼にしてはじめて、人はいかにして老いを生きることができるかを教示し、人生の老いの素晴らしさ、楽しさを綴る前者の『若くなる』が後者の『愉しみ』から生まれたように思われる。」。
〔送歳迎年〕 「人間は、その肉体の衰えはいかんともし難いが、その心、精神は、自助努力により年輪のように連綿と日々新生を重ね、それが肉体の老化をも防ぐことができるものである。…送歳迎年の機に日々新たなることを念じ、なお年新たなることを期したいものである。…『青春の老成』を新しい年のモットーとしよう。」
〔青春の老成〕 「人皆若い頃は発奮して一所懸命になるが、中年を過ぎるとその気概を亡くしてゆく。老いては尚更である。しかし、花を咲かせて実を結び、また花を咲かせる気概があってこそ、老いて朽ちないのである。老いてなお気概があると同時に、おおらかなゆとり、楽しみがあってこそ、老いのいたらんとするのを知らないのである。人間が熟するためには、この気概とゆとりがなければならない。」
〔「敬老の日」の老いのくりごと〕 「私も老人の仲間入りをせざるを得ない年齢となって、できるだけ若い人たちの負担とならないよう、『日に新たに、日々新たなり』を訓えとして、活気のある人間となるべく努力しているが、さらに「青春の老成」という言葉を頼りとして、老熟した人間を志している。それかあらぬか、最近は夕焼けをこよなく美しいものと思う。それは決して老いの残りの少ない人生と対比してのものでなく、老いたればこその新しい美なるものの発見である。『夕日は故人の情』のせまりくるというよりも、老いたることにより自然と人生の深い美を発見することができると勇気づけられているのである。」

 “青春の詩”と“青春の老成”、時期を同じくして、否応なしに“老い”を受容しようとしていた自身の心に、何か清風が吹き込んだことは確かである。
〇 日 々 是 好 日
今、日本は超長寿社会に突入しつつあります。平均寿命は、男性80.5歳、女性86.83歳、今後も延びると予想され、人生90年時代の到来も遠くない状況で、総人口に占める65歳以上の割合は25パーセントを超え、2060年には40%となる見込みです(平成27年9月21日読売新聞)。総務省が平成27年9月21日の敬老の日に合わせて発表した日本の高齢者人口の推計でも、65歳以上の高齢者が前年比80万人増の3384万人(男女別では男性1462万人、女性1921万人)で、総人口に占める割合は前年比0.8ポイント増の26.7%となり、最高を更新、そのうち80歳以上は1002万人(前年比38万人増)で初めて1000万人を超え、世界的にも突出した高齢国家になることは間違いない情勢なのです。ちなみに、私の住む大阪府交野市(人口79,000人)の松塚という地区では、特に高齢化が進み、地区の高齢化率は約40パーセントに達しているとのことであり、現在、地元の大学が高齢化のモデル地区としての調査を実施しています。たしかに、町を歩いても子供を見ることは少なく、逆に、高齢者には必ずお目にかかります。そして、町のあちこちに設置された市の広報用のスピーカーからは、度々、家を出て徘徊している老人の行方探しの協力依頼のアナウンスが流されています。
健康な状態で高齢化するならむしろ喜ばしいことかもしれませんが、残念ながら寝たきりとか認知症の状態での高齢者の比率も増加の一途を辿っているようであり、その結果、様々な社会問題が生起しているのも実情です。
先般も,重度の認知症の高齢者(当時91歳)が徘徊して列車にはねられ死亡した事故をめぐって、JR東海が男性の妻や長男に監督義務を怠ったとして損害賠償を求めた裁判で、一,二審の賠償命令を破棄して請求を棄却した最高裁判決があり大きな波紋を呼びました。判決が大きく注目された一番の理由は、決して他人事ではない、というのが多くの人の共通の認識だったからではないでしょうか。
これからの老い行く人生を、どう生きるか、高齢者の誰もが直面する共通の課題です。私が尊敬する大先輩の前田榮先生(御年92歳)が、ある情報誌に自身の気構えを次のように書いておられます。 「まさに『我が国は、高齢社会の真っ只中である。』、『楽しい事より悲しい事が多くなる高齢者、しかし、生ある以上生きねばならぬ。“限りある一度限りの人生”、知識、見識、胆識を持って、世の移り変わりや現今世情の全体像を見渡しつつ、長生の道は自立自尊と心得て生きていく。・・』と。
私は、仕事をリタイアし、古希も過ぎた後、「日々是好日」を座右の銘としてきました。元々は、禅語で、中国の雲門禅師の言葉ですが、文字通り解釈すれば、「毎日が平安で無事の日である」という意味になりますが、禅語としての意味は深く、「どんな雨風があろうとも、日々に起きる好悪の出来事があっても、この一日は二度とない一日であり、かけがえの無い一時であり、一日である。この一日を全身全霊で生きることができれば、まさに日々是れ好日となるのである。好日は願って得られるものではなく、待ってかなえられるものではない。・・只座して待つのでなく主体的に時を作り充実したよき一日一日としていきていくところにこの語の真意がある。」(「禅語に親しむ」から)と説かれています。
今はやりの言葉で言えば、“ポジティブに生きる”ということでしょうか。
〇 二度とない人生だから
ところで、私自身は、とにかく限られた残りの人生を、できるだけ有意義な時間を使うことをモットーに、手持ちの予定表には相変わらず隙間なく日程を詰め込み、周囲の人に“多忙”をひけらかしてきました。ただ、以前は、趣味の活動と各種会合等への出席等が主な中身であったのが、最近は、妻の病院通いの送迎のほかに自身の通院(泌尿器科、眼科など)の回数も増え、多忙の中身が変貌しつつあります。
たまたま、大谷大学ホームページの「今日のことば」を検索しましたら、かつて、四国で人権の仕事に勤務していた頃にはよく記憶していたのに、その後ほとんど忘れていた仏教詩人・坂村真民の詩句のことが紹介されていました。「二度とない人生だから」と題する7節からなる詩で、どの節も「二度とない人生だから」で始まっていますが、そのうち第5節の全文が取り上げられていました。
二度とない人生だから
つゆくさのつゆにも
めぐりあいのふしぎを思い
足をとどめてみつめてゆこう
そして、「きょうのことば」として、次の文言が添えられています。
「この詩句を眼にしたあなたは、『人生が一度きりであることは分かっています。だからこそ私は、必死に生きているのです。』と、内心思われたかもしれません。でも、そんなあなたこそ、この詩句に込められた真民の思いを、味わってみてはいかがでしょうか。そっと口ずさんでみてください。少し肩の力が抜けたような気持ちになりませんか。
実は、かく言う私が、この詩句をふと目にしたとき、足を止めて草花の表情をみつめたことなど、この数年なかったことに思い当たりました。ついつい『忙しい』を口癖にして暮らしている私は、思わず深呼吸をしていました。
思えば、『忙しい』の『忙』という漢字は、『忄(こころ)』(=立心偏)に『亡(うしな)う』と書きます。日々、途切れぬ仕事、目前の課題や役目に追われるなか廻りが視野に入らないばかりか、自らも見失っている。残念ながら、これが今を生きる私たちの姿でしょうし、さらに言えば、私たちは、そんな自らを省みる余裕すら失っているのかもしれません。
今の私たちのライフスタイルが、そのような息が詰まりそうなものであることに気づくとき、この真民の言葉は、私たちの身の回りの環境(世界)や自分自身をもう少し慈しみ暮らすことの大切さを教えてくれるのではないでしょうか。」
これまで、「二度とない人生だから」を自他を激励する意味でしかとらえてこなかった私にとっては、まさに「目から鱗(うろこ)」でした。皆さんはいかがでしょうか。

OB会(本間 透)

誌友の皆さんの中には、法務局を退職してから関係のあった各局のOB会の会員になっている方が多いと思います。私も出身局の秋田、北海道での勤務が長かった縁で札幌、そして退職局となった千葉の三か所のOB会に入会しています。それぞれの会則で入会資格が定められていますが、概ね何らかの関係があり、希望すれば入会できるようです。
秋田県法友会からは、法務局退職直後、大先輩の幹事の方から早々に電話をいただき、「当然に入会するでしょうから、総会は9月末の予定なので是非出席するように」と有無を言わせない?お誘いに、一つ返事で「勿論です、よろしくお願いします」と申し上げました。最初に出席した総会では、会員の中には私が秋田局を出てから27年ぶりにお会いする方もおられ、諸先輩を前に緊張しながら挨拶をし、全テーブルを回って皆さんにお酌をした際に「本間君、よく来てくれたね」と言っていただき、改めて郷土の諸先輩の温かさを感じました。
秋田局では、採用されて間もない未熟な私を、礼儀から仕事に対する心構えまで公私にわたり御指導いただき(ある先輩の「酒が飲めない奴は、仕事もできない」という言葉を真に受けて、毎晩のように飲み歩いたものでした。)、秋田局から本省に転出する際は、「何があっても戻ってくるなよ」と温かい?激励をいただきました。秋田局は、私の法務局人生の正しく原点でした。
札幌桐友会には、管区局の札幌局で2度勤務したことから、管内地方局の方々とも公私にわたりお付き合いいただき、仕事以外では、特にゴルフを通じて転出後も長く親交を深めていたこともあり、快く入会させていただきました。北海道管内は、総じてオープンマインドでオールウエルカムの気質があり、管内地方局の多くの職員との知己を得て、在京の北海道会にも参加させていただいています。こうして北海道の方々とのお付き合いが多いことからか、私が北海道出身と思われたようで、一時、在京の東北会からお呼びがかからないこともありました。
毎年、6月末の札幌桐友会総会では、土曜日の午後からの総会前に有志によるゴルフが企画されるとともに、翌日曜日には、総会ゴルフコンペが開催されており、これも総会出席の大きな楽しみとなっています。桐友会役員の方々には、総会の準備、進行等と共にゴルフに伴う送迎等もしていただいており、おもてなしの気持ちに深く感謝しております。
千法会には、千葉局在職中に登記所の地図整備や登記相談等の事業の推進に当たり、多くのOBの方々に御理解と御協力をいただくとともに多大の御尽力をいただいたことに少しでも感謝したい気持ちと、私の法務局人生の仕上げとなった局としての思いから入会させいただきました。
千法会は、1月の新年会と7月の総会があり、他の会と同様に現職幹部職員も出席しますが、組合役員も出席しているのが特徴なのかもしれません。在職時は、立場の違いこそあれ、千葉局の課題や在り方について熱心に議論し、お互いに如何にして千葉局を盛り上げていくか考えたものでした。総会等では、その当時のことを懐かしみながら若い現職の方々と語らい、法務局全体や千葉局を取り巻く最近の状況などを知る貴重な機会となっています。
私は、一昨年の6月末をもって公証人を退任し、7月に福島県いわき市から千葉県柏市に転居したことにより、正しく名実共に千法会の会員になりました。
それぞれのOB会では、会員同士が再会して親交を深め、物故者の冥福を祈り、昔話や近況を語らうなど、退職後も現職時代の延長のように感じられます。これは、故枇杷田先生が唱えられた法務局文化を各職場で一緒になって担ってきたという共通の強い意識があるからではないでしょうか。その証として、他の国の機関では、全国各局における法務局OB会のような集いがないと思われ、公証人在職当時に法務局出身ではない方に法務局OB会のことをとても羨ましいと言われたことがありました。
また、各局のOB会に現職幹部職員も出席され、自分が在職時に本省やブロック間人事交流で他局に送り出した職員が期待に応えて活躍し、幹部職員としてOB会で再会したときは、感慨深いものがあります。
ところが、私達団塊の世代の大量退職が過ぎたという量的な面や退職後も在職当時の上司、先輩と関わりたくないという意識もあるようで、OB会の会員が増えず、むしろ減る傾向にあるように思われます。何事も時代の流れと人の意識の影響で変わりゆくとはいえ、寂しい気がします。
私は、法務局OB会の他にも機会をとらえてOB会的な集まりに参加していますが、いずれも法務省・法務局繋がりで、中には同じような顔ぶれのものもありますが、これまでの諸先輩の御厚情に少しでも報いるとともに、嫌がられない程度で後輩の役に立てればと思っておりますので、引き続きよろしくお願いいたします。

マスク(由良卓郎)

最近、季節や場所を問わずやたらとマスクを付けている人を見かけるようになりました。一種異様ささえ覚えることもありますが、このように申し上げる私もマスク使用者の一人であります。
マスクを使用する目的は人それぞれで、私どもがとやかく申し上げるべきものではありませんが、公証役場に訪れる方の中にも、老若男女を問わず、マスクをしている方がいらっしゃいます。
ある公正証書作成に際して、帽子を被りマスクをして来た人がいましたので、マスクを外して顔を見せてくださいとお願いしたところ、快くマスクを外して顔をみせてくださいました。そして、帽子を脱がない理由として、現在病気治療のため投薬している関係からとお話しされました。抵抗力が低下していることによる感染症予防のためにマスクをされていたようです。その後直ぐにマスクをしていただいたのは、申し上げるまでもありませんし、私もマスクをして対応させていただきました。
私は、最近、時々マスクをするのを忘れることがありますが、私がマスクをする理由は、福山に来て2年ほど経った頃でしょうか、風邪がなかなか治らず、咳が長引きましたので、妻からも医師に診てもらうよう再三再四やかましく言われ、内科、耳鼻科などにも行きましたが原因が分からず、最終的に呼吸器内科で、咳喘息だろうという診断にたどり着きました。
相談時や証書作成時に咳き込むこともあり、随分と皆さんに不愉快な思いをさせてしまったと反省しています。
それで、今では、冒頭に申し上げた方と同様、季節や場所を問わずマスクをするようになりました。冬などは、防寒のために深々と帽子を着てマスクをして、徒歩通勤していますと、行き交う人からは不審人物のように見られているかも知れませんが、それでもマスクを付けて、外気を直接吸い込まないようにすると、その日は事務室でマスクをしていなくても咳き込むことが少なくなったように思います。マスクなしで通勤した日は、その日一日中、咳き込むことが多いように思います。
過日テレビを見ていますと、咳喘息から気管支喘息に進行する割合は結構あるようですし、気管支喘息で亡くなる方もあるようですから、気を付けたいと思っています。
私は、マスクを付けるのは元来好まないのですが、狭い街で、公証役場に来たことのある方とお会いしたときに、相手様に気を遣わせないためにも、便利なグッズかも知れないと思っています。
マスクを付ける付けないは皆様のご自由ですが、何とぞご健康にはくれぐれもご留意ください。寒い日に外を歩くときは、私の場合、結構大きな効果があると思っています。

実 務 の 広 場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.57 相続人又は受遺者の地位にない遺言執行者からの遺言検索及び遺言公正証書の謄本交付請求における取り扱いについて

公正証書の作成や私書証書の認証等については,予約制をお願いしていることもあり,事前に検討することができますが,公正証書の謄本請求や確定日付の付与請求は予約をせず窓口へ来られる方も多く,その場での判断が求められることがあります。
先日,他の公証役場で作成された遺言公正証書の謄本を持参された方から,「自分(甲)は,乙の遺言により,遺言執行者に指定された者(相続人又は受遺者の地位にない)であるが,乙は,この遺言の他にも遺言を作成している可能性があるので,遺言の検索を申請し,その結果,他に遺言があった場合は,当該遺言公正証書の謄本を請求したい。」と申出がありました。
甲は,①乙の遺言公正証書の謄本のほか,②乙が死亡した記載がある戸籍謄本,③甲の本人確認書類を持参していました。

遺言検索の照会が可能とされる者は,「公文書等により遺言者が死亡した事実及び法律上利害関係を有することの証明があった者」(「遺言検索システム実施要領」昭和63年5月20日定時総会決議)とされており,乙の遺言検索の時点で,遺言執行者である甲が法律上の利害関係を有していることは明らかです。しかし,検索の結果,甲が持参した遺言公正証書の「前・後」に遺言公正証書が作成されていたことが判明した場合でも,甲は,当然に公証人法第51条第1項の「法律上の利害関係」を有する者に該当するのかについては疑問が生じました。なぜなら,遺言は,遺言者の死亡の時からその効力を生ずる(民985),また,前の遺言が後の遺言と抵触するときは,その抵触する部分については,後の遺言で前の遺言を撤回したものとみなす(民1023)とされ、仮に,甲が前後の遺言において,遺言執行者又は受遺者として遺言書に記載されていない場合には,甲に利害関係があるといえるか否か疑問が生じるからです。
そこで,「他の遺言書において,甲に利害関係があると認められない場合には,他の遺言公正証書の存否そのものについてもお答えできませんが,よろしいですか?」と念押ししたうえで,検索に応じ,その検索結果を注視していたところ,甲が持参した遺言以外に乙の遺言は作成されていないことが判明したことから,その旨を口頭で甲に伝え,この件は無事終了しましたが,今後,同様な事案が生じた場合に備え,少し検討してみることにしました。

今回の事例の場合,甲が持参した遺言公正証書の「前」に乙の遺言公正証書が存在していた場合でも,甲は,前遺言との抵触を確認した上で甲が遺言執行者である遺言公正証書(以下「本遺言」といいます。)を執行しなければならないという遺言執行者の法律上の任務から考えて,当該証書の謄本交付請求を甲が法律上の利害関係人としてできることに問題はなさそうです。しかし,本遺言の「後」の遺言公正証書の存在が判明した場合において,その内容が本遺言と完全に抵触しかつ甲が遺言執行者として記載されていない場合は,甲の遺言執行者としての地位は否定されることになり,その場合,甲は,「後」に作成された証書の謄本交付請求をする法律上の利害関係人に当たらないともいえそうです。
しかし、その一方で,遺言執行者は,相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する(民1012),遺言執行者は相続人の代理人とみなす(民1015)という規定等から,「後」の遺言の内容が明らかになっていない時点では,本遺言により,相続財産に対する管理処分権は遺言執行者である甲にあると推測され,それと矛盾する相続人の管理処分権は喪失させられている状態(民1013)にあることになります。また,甲にしてみれば,善管注意義務をもって遺産を管理する義務及び管理に付される財産目録と執行状況の報告義務を負わされている状態であり,しかも任務を行わなければ職務懈怠の責任が生ずることにもなりかねません(民1012,644)。甲がこれらの義務や懈怠責任を相続人に対し抗弁するためには,甲を利害関係人とする考えもありそうです。
他方,この辺の事情について,公証人の立場からすると,「後」の遺言によって,一部の相続人が,あるいは受遺者が既に遺言の執行を開始していることも考えられ,後の遺言が他の役場で作成されていたりするとなおさらその辺の実態は公証人としては分からず,仮に謄本請求に応じた場合,相続人又は受遺者ではない者に謄本を交付したことになり相続人等から利害関係のない者に謄本を交付したとして非難される可能性は否定できないところです。
結局,結論が出ず先延ばしにしていたところ,後日,ある検討会で協議していただく機会を得,その協議のまとめでは,2つの意見に別れました。
A説では,「利害関係人に該当するとして,検索及び謄本の交付を許容すべき」とし,B説では,「遺言の秘密性も考慮し,相続人からの請求を促すような対応をする」というもので,議論は白熱しA説とB説が拮抗しましたが,A説がやや多数という結果でした。
今回検討した事例は,非常にまれな事例であり,そもそも「前」の遺言が「後」の遺言と抵触するかは,個別具体的に判断することになりますが,遺言検索の結果,「後」の遺言が他の公証役場で作成されていることもあることから,そのような場合,検索結果を甲に伝えるにあたり,甲が謄本を請求できないと判断される場合があることを伝えるなど慎重な対応が必要と考えています。
本件について,小職が本誌で結論めいた見解を示すことは荷が重いので,控えたいと思いますが,公証人法第51条の「法律上の利害関係」の意味を考える上で,参考になる事例と考えたので,紹介させていただく次第です。また、上記の協議会で各位から示された論点については,本稿の中でひととおり触れたつもりですが,それも含めて足りない点は本誌友のご指摘を待ちたいと思います。
(小田切敏夫)

民事法情報研究会だよりNo.31(平成30年2月)

立春の候、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
さて、民事法情報研究会だよりについては、会員の交流を補助する会員情報誌として12月号から「今日この頃」の記事の充実を図ることとしております。会員の皆様の積極的なご投稿をお願いします。
なお、昨年12月9日のセミナー講演録は、研究会だよりの号外として作成中です。でき次第お送りしますので、しばらくお待ちください。
次年度の会員交流事業については、6月16日(土)に定時会員総会・セミナー・懇親会を、また12月8日(土)にセミナー・懇親会を予定しておりますので、よろしくお願いします。
おって、4月に入りましたら、新年度の会費納入のご案内をお送りいたしますが、都合により本年度限り退会を希望される会員は、3月末日までに郵便・ファックス等でお知らせください。(NN)

今 日 こ の 頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

自分流で心豊かに(小林健二)

高齢者になれば、誰しも、介護や家事を抱え、自分の健康問題もあり、これらことに時間が割かれるのはやむを得ないが、それは当然の前提として、それ以外の時間、つまり、いつ訪れるかわからない人生の終末までの残された時間を、日々どう過ごしていけばよいのかは、なかなか難しく、人生最後の難問ともいえよう。もっとも、日本人の平均寿命は、やがて90歳時代が到来するとも言われており、末期までの過ごし方は、そんなに急ぐ問題でもなく、まだまだ先のことと思われがちであるが、振り返ってみても、年々時の経過が早く感じられる時代であり、その時は意外に早く訪れるのではないかと思う。
もちろん、書店には、退職後の一般的な過ごし方を取り上げた本が人気を博し、「定年後」という本はベストセラーとなっていると報じられているが、一方で、「人間は、最後は一人で逝くのだから、群れることばかりでなく、一人で過ごすべき時間をもっと大切にすべきである。」とする、自分のための生き方を取り上げている本や新聞記事が目立つようになってきた。
これは、多くの者が終末を意識しながら過ごしているという時代性を反映しているのではないかと思われる。ただ、これらの本は、文才にたけた人が頭の中だけで考えたことであり、参考にならないとは言えないものの、人生最後の難問解決のためにストレートに役立つかというと、疑問である。人生ドラマは人の数だけあるといわれるように、人の生き方は様々であり、この問題については、自分で答えを出さなければならないのである。
私も、退職したての頃は、やれ趣味を持て、旅行に出かけろ、ボランティア活動に参加すべきという言葉に踊らされて、趣味を持たなければならないかのごとき気持ちで、自分に合った趣味はどれだろうかとあちこち手を出したり、方々に出かけたり、町内会活動に時間を費やしてきた。時間が埋まっていることが有意義な過ごし方であるかのように感じ、空いた時間にテレビを見ることは、無駄な時間を過ごしたと思っていた。
確かに趣味も旅行も楽しい時間であり、それなりに有意義で、時間つぶしにはなるが、それはそれだけのこと、つまり絵を描いた、旅行したというだけのことであり、趣味や旅行等に必要以上にのめり込んでしまうものを見いだせずに、逆に、こんなことで、時間を潰してしまっていいのかと、もやもやした気持ちが募るようになってきた。趣味や旅行は、これからも続けていくことになろうが、もっと有意義に時間を使い、悔いの無い心豊かに過ごす方法がないものだろうかと感じるようになった。
そんな時、以前、「絵は見るものではなく、絵は読み解くものである。」をテーマにした、美術史家による講座で、「絵を読み解くには、絵の「テーマ」、「画家の人物像」、「描かれている事物の意味」、「技法」を理解することは当然のこととして、「時代背景」を理解しなければ、絵を見てもその絵を理解できたとは言えない。」といわれていたことを思い出した。これまで、時代背景をしっかりつかんでいなかったために、理解できなかったテレビドラマ、小説があったことも思い出され、これからも、テレビドラマの鑑賞や読書にかなりの時間を割くことになるので、それなら、時代背景ぐらいは理解できるようにしておこうと思った。それに、歴史に関して、キリスト教とローマ帝国皇帝の関係、日本各地に点在する平氏と源氏の出自、あるいは室町時代の終焉あたりがどうもあやふやな感じで何時かはきちんと整理しておきたいとも思っていたこともあって、歴史を整理してみようと思い立った。
そこで、歴史書を数冊買ってきて、世界史、中国・朝鮮史、日本史に区分し、起こった出来事を、紀元前から今日まで年号順にエクセルにインプットし、併せて著名な芸術家とその作品もインプットする作業を始めた。この作業は、時間があるとき、好きな時間だけパソコンに向かえばできる作業なので、いつでもできた。歴史をこのようにまとめるのは、高校時代以来久しぶりのことであり、歴史は、年号ばかり覚えさせられた面白みのない科目との記憶が残っており、続くかなと思ったのであるが、それは危惧に終わった。
歴史上の出来事を順に追って入力すると、いろいろ疑問に感じていた事がどんどん解決した。「ああ、そうだったのか」と謎が解け、いろいろ新しい知識が詰まって行くことに喜びが感じられ、とても楽しい作業となった。加えてもやもやしていた問題も解消した。
ただ、新しい知識が得られると同時に疑問も湧いてきて、それを解消するためいろいろ調べなくてはならなくなり、歴史を整理する作業は延々と続くことになりそうである。最近、「応仁の乱」という本がベストセラーとなっているとのことであるが、歴史のもやもやしたところを理解しておきたいという人が増えてきていることの証であろうか。
このように歴史を整理することで、映画、テレビドラマ、小説を時代背景を踏まえて鑑賞でき、そうすると、映画監督や小説家がなぜこのような表現を使っているのかが理解できるようになり、映画、テレビドラマや小説がこれまでとは比べ物にならないくらいに深く味わえるようになった。もちろん、NHKの大河ドラマの嘘にも気づかされてしまう。
私は、こんな方法で、一日のうち空いた僅かな時間を過ごすことにしたのであるが、新しい知識が得られることは、本当に、人の心を豊かにしてくれる。人間である以上、煩悩を捨て去ることはできず、人生の終焉を迎えたとき、満足だと思えるようにはならないかもしれないが、当面、自分流の心豊かな方法を見つけて、過ごすことができれば良いのではないのだろうかと思っている。皆さんは、どのような自分流を見つけて、心豊かな生活を送られていますか。

登記官になれなかった男の見果てぬ夢物語(佐々木 暁)

その日、法務局に採用が決まった少年Aは、お世話になった知り合いの甲さん宅に旅立ちの挨拶に向かった。甲さんは、少年Aの同級生の父親で役場職員の乙さんと懇意で、乙さんの家の隣に住んでいた。甲さんの職業はわからなかったが、何かの事務所らしきところで、普段は「旦那さん」と呼ばれていた。
少年Aと甲さんとが知り合うきっかけとなったのは、同級生と共に甲さんの家の日曜日の留守番を頼まれたことが始まりである。家は、事務所と住宅が長屋のようにくっついた建物である。留守番の時は、冬支度の薪割りをしてあげたり、石炭を小屋に運んだり、草取りをしてあげたりしていた。もちろん、無報酬である。留守番のお駄賃は、冷蔵庫の中のたっぷりの飲料全部とお菓子である。甲さんは、40歳ぐらいのとても優しい方で、奥様も綺麗で優しい方でした。その優しい甲さんが一つだけ厳しい顔で言ったのは、「留守番をお願いするのは、住宅の方だけ。事務所の方は、鍵をかけてはいるが、絶対に立ち入らないこと」ということでした。少年Aらは、その約束ごとをしっかりと守ったことは言うまでもありません。そんなことが何回かあり、甲さんは、少年Aらの高校卒業後の就職のことも心配してくれたりもしていた。
このような甲さんとの関係から、甲さん宅(事務所)に挨拶に伺ったのである。「おかげさまで何とか就職先が決まりました。お世話になりました。明日の汽車で札幌に行きます。」「そうかそうか、それは良かった。ところで、就職先は?」「はい、国家公務員になります。札幌法務局と言うところです。」「何、法務局、なんだなんだそれは、・・私のところじゃないか、そうかそうか、私の後輩になるか、なぜそれを早く言わないんだ。」「だって、甲さんは、旦那さん、登記所の・・それが何で後輩になるの?札幌法務局って、札幌の大通りにある6階建てのビルですよ。甲さんの事務所は平屋で木造で小さいし、甲さん一人しかいないし・・・看板も見たことないし・・」。甲さんは、狐に包まれたような顔をしている少年Aを門のところまで連れて行き、丸太の門柱に掛かっている立て看板を指さして、「ほら、見てごらん札幌法務局様似出張所と書いてあるだろう」と言って笑った。かくして少年Aは、甲さんの住んでいる建物が法務局の出張所であり、街の人からは登記所と呼ばれていたこと、甲さんは旦那さんと呼ばれていたが所長であることを初めて知ることとなった。
翌日札幌に向かう日高線のジーゼルカー(汽車)の中で、少年Aの頭の中は、札幌の6階建てのビルと甲さんの働く建物とが交錯し、少年Aは、複雑な想いでまだ雪の残る札幌駅に降り立ったのである。昭和41年3月末少年A、18歳の春である。
さて、札幌法務局登記課に配属となった少年Aは、夢に描いていた「法律を専門とする国家公務員」像とは全く違った日常というか公務員生活を送ることとなる。六法全書どころか個人の机もなくロッカーは5人で共用、配布された事務服は女性用でボタンの位置が違う(少年Aの名前の所為らしい。女性の補助者に指摘されるまでまじめに着用)。
来る日も来る日も大量に申請される登記簿閲覧申請書を片手に、書庫から閲覧室までバインダー式登記簿・図面綴込帳の搬出入の繰り返しの毎日である。
登記簿が所定の書棚に格納されていないときは大変である。登記課中探し回る。申請人からは、「未だか、遅い」の声が飛んでくる。時として、調査・記入をしている先輩の机の上に高々と積み上げている登記簿の山を崩してしまい怒鳴られ、ひたすら謝る日々を繰り返して1年。2年目は、これまた来る日も来る日も全自動謄抄本作成機を駆使しての謄抄本作成でアンモニア臭まみれの日々。一日コピー用紙の箱を何箱焼けるか、一度に抄本を何枚複写できるか、同僚とのやけくそ紛れの競争。時にアンモニアのポリタンクを倒してしまうこともあったが、決して嫌になって蹴飛ばしたのではない。いわゆる新人の大登記所乙号事務5年の修行時代である。
そんな頃、先輩・上司といえば、一人一個の机に向かい、調査・記入事務に専念。ときに登記小六法を開き、時に先例集や分厚い本を開いては難しい顔をしている。夢に見た法務事務官らしい仕事をしているではないか。さらに、係長と言えば、校合とやらをしていて、登記簿に記入したものを点検しながら何やら重々しく判子を押している。時々「○○君、何だこれは。間違ってるじゃないか。」と怒鳴っている。凄い、格好いい、これだ、早く先輩や係長のようになりたい。これぞ法務事務官の仕事である。事務員少年Aもいつか法務事務官Aとなっていた。
Aは、係長の押していた判子が「登記官印」であり、係長は、登記官印を押す時は、「登記官」であることを肌で知ることとなり、一日も早く「登記官」になり、「登記官印」を押すことができる日を夢に見て、目標とすることとなる。
Aが登記官を目指すこととなるもう一つのきっかけは、係長(登記官)が部下職員の疑問・質問にまるで神業のように難なく即答している姿である。「それは、不登法○○条」「それは、何年何月民事局長通達」「解説集の○○頁」「何年の最高裁判例」等々。これぞ「登記官」のカッコ良さというところを目の当たりにしたからである。
Aは、入局後3年目にして、初めて一人庁の代理官として出張することとなった。所長が登記官会同で不在となるためである。初めて登記官印を押すことができるチャンスが訪れたのである。代理官登録簿にAの私印を登録する。もちろん正式の登記官でもなく、法上の登記官印でもないが、Aの心は躍る。しかし、しかしである。所長は、Aに対して「A君は調査と記入をしておいてくれるだけでいいから。私が帰ってから再度点検して、私が登記官印を押すから。よろしく。」と言って会同にと出かけた。Aにとっては非情ともいえるお達しで、かくして、Aの登記官印は押されることなく、最初で最後(後で想えば)の機会は幻と化したのである。
それでも法務局の仕事が少しずつわかってきたAは、いつの間にか「登記」こそが法務局の最大の仕事であり、やりがいのある仕事であると思うようになり、自分の最終の目標は「登記の神様」になることだと心に決めた(当時は各地に登記の神様がいると聞いた。)。
不登法第9条(登記官)登記所における事務は、登記官(略)が取り扱う。
不登法第11条(登記)登記は、登記官が登記簿に登記事項を記録することによって行う。
Aは、この二つの条文の虜となり、少ない給与から、登記小六法を買い、登記研究、登記先例解説集を買い、登記実務総覧等々を買った。正に登記官への道まっしぐらである。
ところが、今度は、まさか、まさかである。世の中自分の思うようにはいかない、何が起こるかわからないということを知るのは、もう少し大人になってからである。入局10年目にして、会計課に配置換え、その1年後に、晴天の霹靂たる本省民事局への転任。何やらおかしい。登記官への道からどんどん外れている。それでも送り出して頂いた?上司から、「2,3年、長くても5,6年だから」と変な説得をされて、Aは津軽海峡の冷たい、二度と戻ることのかなわぬ海を渡ることとなる。
そこからである。Aはまるで奈落の底にでも落ちるように、別の世界に迷い込んだように、登記官への道から遠ざかるのである。
「何年の民事局長通達」「解説集の○○頁」「何年の最高裁判例」といとも簡単に出てくる夢に見た先輩登記官の姿に重ねるAの姿はどこにもない。「増員」「定数」「予算」「国籍」「人権」・・・・どこにもない・・「登記」の「登」の字もである。
目標がいつの間にか夢と化し、その夢も見果てぬ夢物語となり、Aはいよいよ42年間の法務事務官としての法務局生活に別れを告げるときが来た。
Aは、最後の悪あがきと知りながらも、法務事務官を42年間も勤めたのだから、せめて司法書士試験の受験資格は付与されるだろうと、担当職員に問いかけたところ、「Aさんは、法務事務官の経歴だけは十二分にありますが、肝心の登記官経験が全くありませんので、残念ながら受験資格はありません。」との解ってはいたが誠に簡単明瞭で冷たい回答である。かくして、Aの登記の道は霞の彼方に完全に消えたのである。あれほどに登記官の増員、登記官の級別定数の切り上げ、常直庁の廃止、登記所の新営、登記事務の様々な改善のための予算要求・・・等々登記官・登記所に関わるありとあらゆる仕事に携わってきたのに・・・である(Aの単なる悔し紛れの放言である。)。
パソコンに映し出された登記記録の「画面」に「カチ」というのも今様でなかなか能率的でカッコ良いが、今は無きブック式「登記簿」に登記官(校合官)として朱肉たっぷりの「登記官」印を押すことのできる日を目標とし(ア・・そんなことを言いながら、Aは、船橋辺りでブックレス化に何かと関与していたではないか。裏切り者か?。)、そして、「登記の神様」と呼ばれる日を夢見た法務局職員は、決してAだけではなかったのではなかろうか。そして、今も多くの法務局職員が「登記官」「登記の神様」を目標として、日夜頑張っていることを願う日々である。

作成されなかった遺言書(尾﨑一雄)

公証人の職を離れて4年近くなり、それなりに仕事はしてきたと思うものの、個々の事件については具体的に思い出すことが難しくなった。多くの公証人がそうであるように、私も遺言書の作成が主たるものであったので、いささかなりとも現役の皆様にお役に立つことがあればと思い、私が作成しなかった遺言書のことを、かすかな記憶を元に掘り起こすこととしたい。

1 事前面接の不備で遺言の意思が確認できなかった場合
顔見知りの先生から紹介された遺言者の長女が相談に来たもので、遺言の内容は、特定の不動産を長女に相続させるというものであった。
紹介した先生に遺言者について確認すると、現在入院しているが、よく知った人で間違いないというので、遺言書を作成することとした。
後日、遺言書作成のため病院へ出向き、遺言者に遺言書の作成に来ましたと言うと、キョトンとした風で、「それは長女が言っているのでしょう。」と言われ、念のため遺言書を作成するつもりがないかを確認し、直ちに中止することとした。
私は、遺言書の作成に当たっては、原則として事前に本人と面接することにしていたが、この件で改めて遺言者との事前面接の必要性を痛感することとなった。以後、遠隔地の弁護士等からの依頼であっても、原則として事前に役場へ出向いていただくこととし、遺言者の体調がそれを許さないような場合は、先生による事前面接で、遺言能力、遺言内容等について確認を求めることとした。また、それもできない場合は、自分で出向いて面接することとした。
2 提出書類の遺産総額と本人が承知している遺産総額が大きく異なる場合
その嘱託は顔見知りの先生から依頼されたものであったが、提出された書類によれば、遺言者には、複数の法定相続人がおり、また、全国各地に一棟建の賃貸マンションを所有しているほか、多額の金融資産等もあった。
遺言内容は、一切の財産を長男に相続させるというものであり、先生も事前に遺言者に面接し、遺言能力に欠けることはないとの話であった。
遺言書作成の期日には、遺言者は長男と同行されたが、足が不自由ということで、車内(宇治公証役場は2階にあるがエレベータがないため、近くの役場も紹介しながら、どうしても宇治でという場合は、ビル内の地下駐車場に駐車した車内で作成することとしていた。)で作成することとした。
私は遺言書の作成に当たって、住所、氏名、生年月日はもちろんのこと、同行者、来所手段、入室方法、動作、顔色、視力、聴力、発話、家族関係について確認することとしていたので、それらの事項について質問し、問題がないことを確認した上、次に遺産の内容等について、質問したところ、「あんまりありません。」を繰り返されるだけであった。貸家を十数棟所有しているにもかかわらず、「現預金はない。」と言いつのる人もいないわけではないが、嘘を言っておられるようでもないので、更に質問すると、「もう少しあれば、孫にもあげられるのに。」と言われるので、いくらぐらいありますかと具体的に聞くと、「K銀行に200万円ぐらい。」と言われる。
遺言者の財産の総額は、不動産を含め数億円に上るものであるが、それを200万ぐらいの預貯金と認識していること、さらに、200万円を超える財産があれば、孫にも遺贈したいとの意思があることから、遺言者が自己の所有財産を正確に把握したときには、作成した遺言書と異なる遺言がされることが考えられたので、この遺言書は作成しないこととした。
ところで、遺言の効力については、民法第5編第7章第3節に規定されているが、遺言の効力に関する規定は、その効力発生時期を定める985条以外見当たらない。遺言も法律行為であるので、民法総則に規定する法律行為との関係を意識せざるを得ないが、本件の場合、遺言者に錯誤があるのではないかと思い、作成しないこととしたものである。
3 長男の死亡を認めない遺言者
この案件は、遺言者とその長女による相談であったが、いつものように事前面接を行うも何ら問題がなかったが、最後に家族関係を確認すると、提出された戸籍謄本に死亡事項が記載されている長男を相続人として言われるので、父親に席を外してもらい長女から事情を聞くと、長男が事故死したため、将来、相続が難しくなるのではないかと考え、父親に遺言書を作成してもらうこととして来庁されたとのこと、遺言者は、普段は何の問題もなく一人で暮らしており、長女が面倒をみているが、長男が死亡したことだけは受け入れてもらえないとのことであった。そこで、しばらく日を置いて遺言者の精神状態が落ち着いてから再度遺言の手続きをすることとした。
数ヶ月後、再度来庁され、前回と同様事前面接を行い特に問題もなかったため、遺言の内容を確認すると、長男に相続させる旨を言われる。死者が相続することはないので、その時点で作成手続きを中止した。
長男が既に死亡していることについて積極的に触れることはなかったが、公証人として執るべき対応としてはよかったのか、少し心残りがある案件である。
4 不倫関係にある相手方への遺贈
中年の男女が来庁され、話を聞くと、二人は、職場関係で知り合い、数十年にわたって不倫の関係あること、男は他県に居住しているが、男名義で相手方のために住宅を取得したので、それを遺贈したいというものである。
いわゆる公序良俗が問題となる案件であり、この問題については、論説等も多数あり、それなりに検討し、近公会の勉強会でも協議いただいたが、公証人としては、作成した上、遺言の有効無効は裁判所に委ねれば良いとする意見、無効となるおそれのある遺言書の作成は控えるべきであるとの意見もあり、明確な結論は得られなかったため、私としては、作成しないこととし、二人には、法律的にはいろいろな考え方のあるところなので、他の公証人にも相談されるよう勧めた。
なお、気になって後日確認したところ、他の公証人により作成してもらったとのことであった。

以上、思い出したものを書いてみたが、現役当時、私が遺言書の作成に当たって特に気を付けていたことは、①遺言者は、所有財産の概要を確認できるか、②遺言者は、自分の法定相続人を承知しているか、③法定相続人以外の者に対する遺贈については、その理由などであるが、そのいずれかが欠けた場合は慎重に対応することとしていた。

実務の広場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.56 信託法に基づく家族信託公正証書の作成について

1 はじめに
遺言について相談したいという依頼人からの相談を受け、その内容を聴取していったところ、定期贈与契約、遺言、家族信託などの説明を求められ、結果として、家族信託による公正証書の作成に至ったが、何分初めての経験であり、日本公証人連合会の「証書の作成と文例」や各種解説本の説明だけでは私の頭脳では容易に理解できず、先輩公証人のお知恵も拝借して何とか嘱託に応じることができ、ほっと安堵したその経緯を参考までにご紹介させていただきたい。
2 嘱託者からの相談の内容
高齢の女性(母A)とその二人の娘(B及びC。Aの推定相続人はB及びCの二人のみである。)及び娘Bの夫(D)の計4人からの相談である。
相談の内容は、概ね次のとおりである。
母Aは、自分の資産を今後二人の娘、B及びCに対し、贈与税として課税されても構わないので、自分が生きている限り、毎年一人当たり金110万円を贈与したい。また、自分が亡くなった後は、残った財産はこの二人に渡したいというものであった。
この相談を受け、当初は定期贈与契約と遺言書の作成を行うための準備をしようとして相談を終了させようとしたところ、次のような事情の説明がされた。
Aは、近いうちに高齢者施設に入ることを希望しており、全ての財産を入居する施設に持ち込んで管理することは適当ではないと考えていること、自分の娘又は信頼のおける娘の夫に財産の管理をお願いし、生活に必要な経費を毎月自分に渡してもらいたいこと、毎年娘二人に贈与するお金を確実に渡してほしいこと、自分の死亡後に残された財産の引継ぎをお願いしたいとのことであった。
上記のような内容を包含した家族信託ができないか、具体的には、信託財産から、自分の毎月の生活に必要な資金を渡して貰うこと、施設に入所した際には、施設への費用の支払をお願いしたいこと、その他支払等の債務の弁済もお願いしたいとのことである。
また、Aは、必要があれば、財産を管理する者において、将来不動産を換価処分して、その換価金をもって債務の弁済や生活資金の給付等に充ててほしいという意向である。
そして、自分が亡くなった後は、残余の財産は自分の娘二人に均等に分けたいとの意向であり、仮に娘が自分より先に亡くなったときは、その娘の法定相続人に財産を引き継がせたいとのことである。そして、信託財産の管理は、娘二人に任せることにしたいとのことであった。
3 検討
本件相談の検討に際しては、日本加除出版・弁護士遠藤英嗣著、新訂「新しい家族信託」(以下、「参考本」という。)を特に参考にさせていただいたが、本件相談は家族信託における財産管理機能のうち、長期的管理機能、利益分配機能、財産の承継機能(参考本40頁、41頁参照)を用いることによって、すべて適えることが可能であり、家族信託の典型的な事案と考えて公正証書の作成を検討することとした。
・ 信託契約の内容
① 信託の内容
受益者Aの生活資金等の給付及び債務等の支払並びに受益者B及びCの生活資金の給付である。
② 信託の目的・類型
いわゆる高齢者福祉型信託(参考本421頁以下参照)の方法によることとなる。
③ 信託財産
信託財産は不動産及び現金・預貯金等の金融資産のすべてである。
④ 信託期間
Aが死亡するまでの間
⑤ 受託者
Aの娘B及びCの二人
⑥ 受益者
委託者であるAの生活資金の給付を内容とするため、受益者はAとなるが、このほか、定期贈与も含めることが可能であれば、B及びCも受益者とすることとなる。
ところで、定期贈与の贈与者は母Aであり、受贈者は娘二人であるが、信託契約の内容に当てはめると、母Aは委託者、娘二人は受託者という関係になる。信託法(以下「法」という。)第8条は、「受託者は、受益者として信託の利益を享受する場合を除き、何人の名義をもってするかを問わず、信託の利益を享受することができない。」とされているので、娘二人に定期贈与をすることも信託の内容に含めて、娘二人を受益者兼受託者とする契約であれば、信託契約は可能と考えられる。
次に、受託者を娘二人とするということであるが、信託法では受託者が二人以上ある信託の特例を定めており、法第79条では信託財産が合有であること、法第80条では信託事務処理は受託者の過半数をもって決するなどの特例が定められている。本件嘱託については、娘二人を受託者とした場合、受託者の意見が相違した場合のことなどを考慮すると二人とすることが適当か否か検討の余地があるのではないかと思われ、その旨を相談者に伝えて、検討をお願いした。
⑦ その他
信託の変更、管理処分行為、清算事務及び権利帰属者について定めること。
・ 信託契約公正証書の文例の検討
新版「証書の作成と文例」(売買等編の文例28の1、信託(委託者生前の自益信託)P139)を参考にして、信託契約の公正証書を作成することしたが、当初は、Aの生活資金の給付を目的とすることから、Aは委託者であり、かつ、受益者とすること、B及びCは受託者であり、かつ、受益者であるとしてB及びCへの生活資金の給付(ただし、B及びCへの給付は毎年1回12月末日までに特定の金額を給付。)をすることを内容として作成することとした。
また、当初、受託者はB及びCの二人であることから、「証書の作成と文例」の中には例示されていないが、法第80条第1項ないし第3項までの規定を参考までに契約の条文として掲記することとした。
4 相談者とのその後の経緯について
嘱託人を含む4人の相談者のその後の検討において、受託者はB及びCの二人からD一人を受託者とすることとし、B及びCへの定期贈与も信託の内容とはせずに、別に公正証書を作成したいとのことであった。
また、母Aは、Bの夫であるDに対し、無償で信託の受託者を引き受けて貰うには申し訳ないので、何らかの手当をあげたいが可能かとの相談がされた。Dはお金は一切不要であるとのことであったが、Aの気持ちを考慮して応じることとしたが、少額であればということであった。法第8条では、受託者の利益の享受は禁止されているが、受益者として信託の利益を享受することは可能であることと、法第54条で受託者の信託報酬について定められ、契約中にその定めがあれば受託者は信託財産から信託報酬を受けることができることとなっている。したがって、このどちらかの規定に基づいて公正証書中に定めるならば可能であることを説明した。Aからは、報酬額をいくらとするのが良いか相談されたが、相談者らのこれまでの相談の内容及び諸事情を勘案すると、あくまでも参考としてではあるが、後見人の報酬を参考にして決められてはいかがかということを説明した。
5 引受金融機関への確認について
信託契約を締結したとして、実際に預貯金等を管理するためには、受託者の固有財産との分別管理が必要となるが、金融機関が信託財産としての引受を行ってくれるか否かを確認しておいた方が無難である旨伝えた。受託者であるDが旭川市内にある金融機関の全てに出向いて引受をお願いしたところ、皆無であったとのことで、どうしたらよいかとの相談を受けた。札幌の公証人からは、札幌市内にある銀行の一支店のみが引き受けているという情報が伝えられたので、同銀行の旭川にある支店に再度相談してはいかがかとアドバイスしたところ、引き受けてくれることになったとのことであった。
6 信託契約の文案について
以上のような経緯を踏まえ、次のとおりの文案を作成して、公正証書を作成することとした。
*******************
第1条(契約の趣旨)
委託者母Aは、受託者Dに対し、次条記載の信託の目的達成のため、委託者の財産を信託財産として管理処分することを信託し、受託者はこれを引き受けた。
第2条(信託財産及び信託の目的)
この信託は、別紙信託財産目録記載の不動産(以下「信託不動産」という。)及び同目録記載の現預金(以下「信託金融資産」という。)を信託財産として管理及び処分を行い、受益者に生活・介護・療養・納税・債務の弁済等に必要な資金を給付して、受益者の幸福な生活及び福祉を確保することを目的として信託するものである。
第3条(信託期間)
この信託の契約期間は、受益者の死亡の時までとする。
第4条(受託者)
この信託の当初受託者は、次の者とする。
住所 <略>
職業 <略>
氏名 D
生年月日 <略>
2 信託法第56条第1項各号に掲げる事由により当初受託者の任務が終了したときは、委託者は、次の者を新たな受託者として指定する。
住所 <略>
職業 <略>
氏名 B
生年月日 <略>
第5条(受益者)
この信託の受益者は、委託者とする。
第6条(信託の内容)
受託者は、本件信託不動産の管理を行い、賃貸用不動産についてはこれを賃貸して、同不動産から生ずる賃料その他の収益及び信託金融資産をもって、公租公課、保険料、管理費及び修繕積立金、敷金保証金等の預り金の返還金、管理委託手数料、登記費用その他の本件信託に関して生ずる一切の必要経費等を支払う。
2 受託者は、必要に応じて、信託金融資産を銀行等の金融機関に預金し、管理・運用することができる。
3 受託者は、受益者の要望を聞き、受託者が相当と認める受益者の生活・介護・療養・納税・債務の弁済等に必要な費用を前項の収益及び信託金融資産の中から受益者に給付し、また、受益者の医療費、施設利用費等を支払う。
4 受託者は、前三項の業務につき、業務遂行上必要と認めた場合、第三者にその任務を行わせることができるものとし、その選任については、受託者に一任する。
第7条(信託の変更等)
受託者は、受益者との合意により、この信託の内容を変更し、若しくはこの信託を一部解除し、又はこの信託を終了させることができる。
第8条(管理処分行為)
信託財産の管理処分のために受託者がすべき行為は、次の各号に掲げる行為とする。
(1) 信託不動産については信託による所有権移転又は所有権保存の登記及び信託の登記手続をする。
(2) 信託不動産の保存又は管理運用に必要な処置、特に信託不動産の維持・保全・修繕又は改良は、受託者が適当と認める方法、時期及び範囲において行うものとする。なお、信託不動産については、第三者に賃貸することができる。
(3) 受託者は、信託の目的に照らして相当と認めるときは、信託財産を換価処分することができる。
(4) 信託金融資産の保存又は管理運用に必要な処置は、受託者が必要と認める方法、時期及び範囲において行うものとする。
(5) 受託者は、この信託の開始と同時に、①信託財産目録、②会計帳簿、③事務処理日誌を作成し、受益者又はその法定代理人等からの求めに応じ書面にて報告する。
(6) 受託者は、受益者又はその法定代理人等から報告を求められたときは、速やかにその求められた事項をその者に報告する。
(7) 受託者は、信託事務処理に必要な諸費用(旅費を含む。)を立替払したときは、これについて信託財産から償還を受けることができる。
(8) この信託が終了したときは、受託者は、第5号記載の書面を作成して信託財産及び関係書類等について清算受託者に引き渡し、事務の引継ぎを行うものとする。
第9条(清算事務)
清算受託者として、この信託終了時の受託者を指定する。
2 清算受託者は、信託清算事務を行うに当たっては、この信託の契約条項及び信託法令に従って事務手続を行うものとする。
第10条(権利帰属者)
残余の財産については、委託者の長女B及び同二女Cに均等の割合で帰属する。
2 前項に定める委託者の長女B及び同二女Cのいずれかが、委託者より先に又は委託者と同時に死亡したときは、当該死亡した者に帰属すべき財産は、その者の法定相続人に法定相続分の割合で帰属する。
第11条(信託報酬)
信託報酬は、1か月金<略>円とし、毎月末日に受託者自らが信託財産から受け取ることができる。
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7 終わりに
相談者からの当初の相談から数ヶ月経過していたため、嘱託はされないのであろうとの想いから、検討資料等を処分しようとしていたところ、作成に至ったものである。
初めての経験で、かつ、戸惑いもあり、できばえについても心配な部分がないわけではない。少しでも参考になれば幸いである。
(小鹿 愼)

民事法情報研究会だよりNo.30(平成29年12月)

師走の候、会員の皆様におかれましては何かと心せわしい日々をお過ごしのことと存じます。
さて、本研究会だよりは法人発足直後の平成25年6月に発行した第1号以降、30まで号を重ねて参りました。会員の皆様に法人の活動状況等をお知らせする手段として、インターネットのホームページとともに採用したものですが、おかげさまでご好評をいただいております。これからも会員の皆様の交流を補助するツールとしても、充実を図っていきたいと考えております。つきましては、本年10月開催の通常理事会の協議を踏まえて、今月号から巻頭言を廃し、「今日この頃」の記事に一元化し、広く会員の皆様からの投稿をいただいて、ご紹介することといたしました。ご投稿は、各理事を経由して若しくは直接、会長(野口理事)又は編集委員長(小林理事)にお送りください。(NN)

今日この頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

後期高齢者になって(坂巻 豊)

平成29年6月に満75歳となり、行政から後期高齢者医療保険者証が送付されました。
ご承知のように75歳になると全ての人が、それまで加入していた被用者保険や国民健康保険から後期高齢者医療保険に移行します。そして、医療費のうち、後期高齢者が医療機関などの窓口で支払った金額を除いた残りの分は、①税金(約50%)、②若年者からの支援金(約40%)、③後期高齢者からの保険金(約10%)の3つの資金でまかなわれているようで、被用者保険や国民健康保険の加入者が支払う保険料には後期高齢者医療制度への支援金が含まれているようです。
ところで、この後期高齢者医療制度にも「2025年問題」があるようです。この問題は、2025年には日本の人口形成の中心に位置する団塊の世代の約800万人が75歳以上となり後期高齢者になることから上記の②の世代が一斉に給付を受ける側にまわることを意味し、後期高齢者の支払う保険料も、若年者の負担も増えていき、また、若年者の世代の数も減っていく見込みから若年者の1人当りの負担も更に重くなる、ということです。社会保障制度全体に影響するものと思われます。
目下のところ、おかげさまで医師のお世話になることもなく過ごしております。ただ、数年前から足腰の衰えや筋力の衰えからか道路のちょっとしたでこぼこに躓いたり、階段の上り・下りをするときに自然と体が手すりの方に寄っていたり、歩幅が狭くなったりを実感しています。若い頃、いろいろの場所で、どうしてフラフラと、また動作がにぶい高齢者に舌打ちすることがありましたが、自分がその身になり、はじめてわかることが多くなっております。また、最近、しきりと話題になり週刊誌などで記事になっている誤嚥性肺炎が気になります。著名な作家が週刊誌のコラムで「人は厄介なものを飲みこむ際に誤嚥をおこすわけではない。水でも、空気でも誤嚥はおこるのだ。そんな時、ごほん、ごほん、とむせる。このむせる力が大事なのだが、年をとると盛大にむせることができなくなってくる。朝、錠剤を飲みこむ時にも、うっかりするとスムーズに喉を通らないことがあるのだ。誤嚥の一つの原因は、慌てることだ。もう一つが、無意識にやることである。さあ、今からちゃんと飲みこむぞ、と自分に言いきかせてごっくんする。」と述べておられます。私も、これを心掛けるようにと思っております。
私は、20数年前からプルーン系の健康食品を家族全員で毎日夕食後に食べております。当初は誰かが脱落し全滅するだろうと思った時期もありましたが、今日まで続いております。これを食したからといって目に見える効果がはっきりと分かるものでなく、また何かが改善されていることも意識できません。ただ風邪をひいた時に、食べる量を少し多くすることで風邪をこじらせる予防にはなっているのではと体感しています。先般、消費者庁は健康食品を利用する際の注意点をパンフレットにまとめました。それには「健康食品に、病気を治したり、防いだりする効果はありません」、「健康食品だけで楽に痩せることはありません」等と過度な期待を抱きがちな消費者に警鐘を鳴らす内容になっており、パンフレットを監修した担当官は、「同時にバランスの良い食事や適度な運動を心がけたなら、効果が表れる可能性が高い」と述べておられます。これを肝に銘じて続けていきたいと思います。
後期高齢者なった今、体調を維持するために具体的に何かを思い至っておりませんが、ともかく健康寿命を一秒でも長く保つことに心掛けていきたいと考えております。

酒 (小畑和裕)

1 高校一年生の秋、景気づけに一杯引っかけて村祭りの神輿を担ぎ、三日間の停学を食らって以来、酒との付き合いは永い。京都で過ごした学生時代のアルバイトは、もっぱら酒屋の御用聞きだったし、採用された京都地方法務局の初任地は、灘と並ぶ有名な酒どころの伏見だった。出張所の宿直室には伏見の名だたる名酒が山ほど積まれていて、時たまペーペーにも払い下げがあった。当時はそれほど呑兵衛ではなかったので、すべて下宿のオヤジに進呈することにしていたが、酒に目のないオヤジは、私がすばらしい役所に就職したことをほめたたえ、陽当たりの良い部屋に移してくれるなど、格段に待遇を改善してくれた。
社会人としての飲酒のマナーは、各種行事の際の飲み会等を通じて上司や先輩から直接指導を受けた。当時の法務局は、一年を通して様々な行事があった。桜の花見に始まり、歓迎会、旅行会(春、秋)、野球・卓球・ボーリング大会、秋の運動会、忘年会、新年会等々。加えて庁内清掃や定期的な勉強会後の懇親会など、飲酒の機会は多かった。また、先輩から個別に誘われたり、同期の仲間との飲み会など、ほとんど毎日酒と付き合っていた。酒を飲みながら、上司・先輩の話に耳を傾け、仕事のこと、人付き合いのことなどを直接若しくは間接に教わるのである。同僚と飲むときは、もっぱら上司の悪口が肴になった(ただし、上司が憎い訳ではない。)。その頃、日本列島改造のアオリを受けて超繁忙になった登記事務処理上の不満や疲れも酒で癒した。毎日、酒を飲むことで一日を閉じると共に明日への英気を養っていたのである。
2 酒の効用は、ストレス発散のほか、酒の力を借りて、思いのたけを本音で語り合い、その結果円滑な人間関係がきずけることにある。仕事の不満や、人間関係の悩みなど、素面ではとても言えない場合には、酒を飲んで上司や同僚に打ち明けた。また、いかめしく取っつきにくい上司が、酒の場で意外にやさしい一面を見せてくれて親近感を持つことも多くあった。そんな酒の効用として今でも忘れられないことがある。それは、法務局から民事局に転勤したての頃のことだ。いつものように、係全員で居酒屋に行き、酒を酌み交わしていた。現場と本省の仕事ぶりに違和感を抱いていた私は、生意気にも酒の勢いで直属の上司にその不満をぶちまけた。当然のことながらその上司からは大いに反論された。両方とも、かなりの酒を飲んでいて一歩も引かなかった。座が白けてきたのが分かった。他の上司から、若年のお前が謝れ、と命ぜられたがそれでも引かなかった。
帰宅して酔いが醒め冷静になるにつれ、猛然と反省の気持ちが湧いてきた。愚にもつかない未熟で幼稚な意見を言い張って、楽しい懇親の場をぶち壊し、先輩諸氏に迷惑をかけた。翌朝、早めに登庁し、上司に謝罪しようと決めた。ところが、翌朝いつもより早く出勤すると、その上司はすでに出勤しておられ、「昨夜は悪かった。大人げなかったな。」と謝罪された。私は、深く自分を恥じた。なんと余裕のない器の小さい人間なのだろうと恥じた。そんなことがあってから、その先輩には親しくしていただき数々の指導を受けた。数年前鬼籍に入られたが、私はその上司をいまも尊敬し敬愛している。
3 一方、酒を飲んで失敗したことも数えきれないほどある。今思い出しても冷や汗の出る強烈な思い出は、大阪法務局戸籍課での失敗である。その当時、すなわち昭和47年の戸籍事務は繁忙を極めていた。5月15日には沖縄復帰、9月29日には日中国交回復など、歴史的な出来事があり、本土復帰を果たした沖縄戸籍の訂正・回復、台湾系中国人を中心とした帰化事件が激増、加えて大阪局特有な事情として族称の記載がある除籍・原戸籍等の再製の認可の検査などにより、超繁忙だったのだ。一方で、戸籍事務の窓口を他の業務も担当する総合窓口制とする市町村が増え、担当者の養成が喫緊の課題となっていた。そのため、戸籍課では、戸籍事務吏員の養成研修に力を入れていた。そんな中、ペーペーの私にも、戸籍実務研修の講義を命ぜられた。しかも、先輩達が繁忙であるため、私の担当は、戸籍実務では重要な科目である「養子縁組・離縁」である。講義時間も長時間が割り振られていた。必死で参考書・先例集等を読み込み独自の講義ノートを作成したり、直接市町村の職員に問題となる事例を聞くなどそれなりの準備をした。講義の前日には、前回の担当者から飲み会に誘われ、初めて講義を担当する心得を伝授していただいた。先輩から、「研修の大きな目的は、市町村の担当者に君を覚えてもらうことにある。担当者が、実務で分からないことがあった時、勝手に処理しないで、君のところに電話して指示を仰ぐという体制づくりにある。」との教示を受けた。張り切っていた私は、いささか気が抜けたが、反面、緊張も和らぎ、大いに気が楽になった。当然、酒も進んだ。結果、痛飲し、京都の自宅に着いたのは深夜だった。いかん!寝過ごした。翌朝、あわてて、朝食も取らずに自宅を出た。あれほど頑張って作成した講義ノートと六法全書を忘れたと気がついたのは、研修講義の壇上について鞄を開いた時だった。長い講義時間をどのように過ごしたかは、とても記す気にはなれない。法務局人生における、最初の進退窮まった出来事であった。もっとも、後日談だが、市町村の担当者からは、この失敗のお蔭で親近感を持たれたのか、気軽にしかも頻繁に電話連絡が入るようにはなったのだが・・・。
4 最近、法務局では、以前に比べ酒を飲む機会が減っていると聞く。呑兵衛の身としてはいささか寂しい思いである。

「シロモチくん」(渡辺秀喜)

安倍総理大臣は,「景気回復軌道をより確かなものとし,その実感を必ずや全国津々浦々にまでお届けする」(平成26年9月3日第二次安倍改造内閣所信表明)や「そして,必ずや,景気回復の実感を全国津々浦々へとお届けしてまいります」(平成26年12月24日第三次安倍内閣総理大臣記者会見)などのように,「全国津々浦々」という言葉をよく使われているようですが,若者の間では,この「つつうらうら」って何?。「津は港を,浦は入り江や海岸を意味し,全国いたるところ」の意味。「へえ~そうなんだ」といった具合のようです。もはや「津々浦々」は死語のようです。むしろ若者向けには「全国コンビニ道の駅」と言った方が通じるのでしょうか?
ところで,当役場がある三重県津市は,そのむかし「安濃津」(あのつ)と呼ばれ,「博多津」(福岡市)や「坊津」(鹿児島県南さつま市)とともに,日本三津に挙げられていました。その安濃津の景気ですが,津財務事務所による本年10月の三重県内の経済情勢は「一部に弱さがみられるものの,全体として回復している」,また,津商工会議所の10月業況DIでも「3カ月ぶりに改善。先行きは慎重な見方残り,ほぼ横ばいの動き」だそうです。ここのところヒマで「うつらうつら」状態の当役場にも,ようやく景気循環のトリクルダウンが,ダウンする前に来るのではないかと心待ちにしているところです。
さて,前置きが長かったですが,その安濃津は,藤堂藩32万石の城下町で,藩祖は藤堂高虎公です。津市民は,敬愛を込めて「高虎さん」と呼よび,NHK大河ドラマの主人公に取り上げてほしいと平成14年以降毎年誓願を重ねております。そのようなこともあって,私も一津市民として応援いたしたく,ここに高虎公の人物像などを紹介します。
藤堂高虎は,1556年に近江国犬上郡藤堂村(滋賀県甲良町)で生まれ,幼いころから人並み外れた身体で,成長した頃には身長六尺二寸(約190㎝),体重三十貫(約113㎏)の大男であったそうです。14歳で浅井長政に出仕したのを皮切りに主君を替えて渡り歩いた後,羽柴秀長(秀吉の弟)に足軽300石で召し抱えられて2万石の筆頭家老に上り詰め,秀長亡き後は豊臣秀吉の水軍司令として伊予宇和島・大津8万石の大名となり,秀吉亡き後は徳川家康の片腕となって豊臣滅亡に貢献するなど生涯7人の主君に仕えたそうです。そのためか,「世渡り上手」,「日和見武将」,「裏切り者」などのネガティブイメージもあるようです。
しかし,高虎は,実際には仕えた主君を裏切ったことはなく,自分を評価してくれる主君には「槍一本」で常に先陣に立って勇猛果敢に戦って戦功を挙げました。とりわけ,秀長のもとでは,信長・秀吉による天下統一のため,播磨攻めや四国攻め,九州攻めの先陣に立って大きな戦果を挙げており,また,秀長と家康の親交が深かったことから,秀長亡き後は家康を深く尊敬するに至り,関ヶ原の戦いや大坂の陣では徳川方の先陣として大きな犠牲を払いながらも戦功を挙げ,家康の信頼を決定的なものにしました。
なぜ高虎は秀吉の臣下でありながら家康側についたのかについては諸説ありますが,私は,高虎は秀吉の天下統一や朝鮮出兵のために数多の戦に加わり,戦乱の世の悲惨さや国内の疲弊を間近に見ていることから,豊臣一強による中央集権国家よりも,幕藩体制による分権国家によって天下泰平の世を築くという家康の考え「偃武(えんぶ)」(武器を伏せて戦のない泰平の世)に共鳴し,同じ志を持ったと考えます。そうでなければ,自ら家康に進言して幕府側に従った伊達政宗に藤堂家の所領宇和島10万石を譲ったり,また,家康の死後も14年間75歳の生涯を閉じるまで,徳川家の相談役として,二代将軍秀忠の末娘「和子」を天皇家に嫁がせたりするなど,徳川幕府の体制整備に尽力するということはなかったと思います。
また,高虎は,築城の名手で,甲良大工衆や石垣積み穴太衆などの専門技術集団とも太いパイプがあり,その築城技術は,石垣を高く積み上げることと堀の設計に特徴があり,徳川方における大坂城包囲網をつくるべく,今治城,篠山城,津城,伊賀上野城や膳所城などを築城しています。
そのため,高虎は,常に徳川家康に重用され,外様大名でありながらも別格譜代として,江戸城の縄張りや江戸の町割り,日光東照宮の普請などを行っています。このような高虎の偉業により,藤堂藩は,明治維新まで改易されることなく260年間続いたそうです。
ところで,表題の「シロモチくん」とは,主君を求めて放浪の中の高虎が,三河国吉田宿(豊橋市)の餅屋で,空腹のあまりに銭がないのに餅を注文し,ぺろりと餅を食い終えてから,正直に無銭飲食であることを店主にわびると,店主は年若い高虎に対し,それをとがめるどころか帰郷の路銀まで恵み,支払いは出世したときでよいといって無罪放免にした。これに感激した高虎は,「白餅」と「城持ち」をかけ,「白もち三つ」(重ね餅)を旗印とし,大名に出世した後で再び吉田宿を訪れ,店主に丁重なお礼をしたそうです。そのようなエピソードにちなんで,津市が2008年に「高虎公の津入府400年」を記念してイメージキャラクターとして制定したものです。なお,2011年「ゆるキャラグランプリ」のランキングは,200位中87位だそうです(この年は「くまモン」が1位)。人気は,日光の一つ手前「イマイチくん」ですね。
最後に,自己を評価してくれる主君には全身全霊を尽くすという高虎の生き方は,現代のトップエリートが正当に評価してくれる会社を渡り歩き,会社の再建や発展に尽くすという姿にも通ずるものがあると思いませんか…。ぜひ藤堂高虎公がNHK大河ドラマの主人公となりますよう,応援のほどよろしくお願いいたします。
なお,藤堂高虎公に興味を持たれた方へ。高虎に関する書籍としては,「藤堂高虎」(横山高治:創元社),「藤堂高虎という生き方」(江宮隆之:(株)KADOKAWA),「江戸時代の設計者‐異能の武将・藤堂高虎‐」(藤田達生:講談社現代新書)などがありますが,読み物としては「下天を謀る」(安部龍太郎:新潮社)が面白いと思います。

42.195への道(永井行雄)

目的地まであと5キロ、その男の身体は限界に近づき、心は折れそうになっていた。「きつい。休みたい。」という気持ちを何とか抑えて、ヤシの木の並木道を左にUターンしたとき、目の前に現れた遠くまで広がる青い海、白い砂浜、空からの光を浴びてキラキラと輝く波、その男は、この美しい景色に感動し、少しの間、走りを止め、海風を身体一杯にゆっくりと何度も吸い込んだ。すると、脳が活性化され、肺に酸素が充填されたのだろう。「もう少しだ。頑張ろう。」と、その男に最後の力がみなぎった。
この絶景の地は、スタートから37キロの地点、宮崎県の青島トロピカルロードから望む日向灘の景色である。三人の仲間と一緒にゴールしたその男の顔は、満足感と達成感にあふれていた。
これは、私が、昨年12月に宮崎市で開催された「第30回青島太平洋マラソン」(フルマラソン)を走ったときのゴール前の情景である。
マラソンは、法務局に勤務していた平成22年に沖縄で始めた。きっかけは、体重を落とすために始めた運動が高じてマラソンへと発展したのである。
その年の春、人間ドックで医者にこう言われた「永井さん、たばこを止めないと、5年後には酸素ボンベを付けて生活しなければならなくなりますよ。」と、これにはショックを受けた。今までの医者とはトーンが違う。その医者に禁煙治療を勧められ、治療を受け、苦悶しながら何とか止めることができた。反面、食欲が増し、体重が5~6キロ増え、80キロ近くになった。身長は169センチである。身体が重い。歩くとすぐに足が痛くなる。体重を落とさなければ・・・。しかし、食事制限は辛い、他の方法はないか・・・と。
そこで、運動を始めてみることにした。これまで、ほとんど運動をやっていなかったので、まず、歩くことから始めた。1か月くらいは1キロをゆっくりと歩き、それから、距離を少しずつ伸ばした。2か月経った頃、軽く走ってみた。上半身がぐらぐらする。500メートルくらい走るのがやっとだった。しかし、人の身体は不思議なもので、徐々に慣れ、やがて身体も安定してきた。そこで、距離を少しずつ伸ばして、3キロくらい走れるようになった。運動を始めてから4か月、体重は4キロくらい落ちた。
そして、翌23年3月、職場のメンバーに誘われて糸満市で開催された「なんぶトリムマラソン」に参加した。10キロコースである。不安だったが、経験者からいろいろ指導してもらい、何とか完走することができた。
翌4月に福岡に転勤になったが、そこでも、職場の人たちと10キロマラソンを何度か走った。そのころ、飲むことも多く、体重は75キロをキープしていた。そして、2年後の平成25年3月に法務局を退職して、都城市で公証人の仕事をすることになった。週5日3キロ走は、一人でひっそりと続けていたが、体重が落ちることはなかった。まだまだメタボど真ん中であった。
そのような生活をしていたところ、平成27年、人間ドックで医者から次のことを言われた。「永井さん。肝機能が相当悪いです。このままでは肝硬変になりますよ。」「とにかく、体重を落としてください。」「まず、5キロの減量を目標にしてください。」と、私は「毎日3キロくらい走っていますよ。」と言ったところ、「それくらいの運動量では体重は落ちません。カロリー摂取量を減らさなければ絶対に無理です。」と厳しく言われた。私は、これまで20数年来、人間ドックでは、コレステロールや中性脂肪の数値が高く、特にγーGTPは基準値の3~4倍であった。医者からは、脂肪肝と診断され、アルコールを控えて、体重を減らすようにと、ずっと言われていたが、自覚症状がないので、食事制限などの努力は何もしなかった。しかし、「肝硬変」という言葉にかなりショックを受けた。
それで、病院からの帰りに、本屋に寄って、何冊か本を買い込んだ。楽をして減量できるのが一番いい、何か方法はないか・・・と。これだ!見つけた。「岡本羽加著・脂肪燃焼ダイエットスープ」である。それと、夜だけ炭水化物抜きである。ダイエットスープ(野菜とすり下ろしショウガ、味付けは何でもOK)は夜だけ、肉や魚は夜OK。朝昼は何でもOK。これならできる。即、実践してみた。ところが、なかなか体重が落ちない。「止めようか・・・。」と思いながら、惰性で続けていた。1月半くらい経った頃である。「あれ?1キロ減っている。」。翌日また1キロ減った。それから日を追うごとに減ってきた。とうとう70キロの壁を破った。20年ぶりだ。減量を始めて4か月、65キロまで落ちた。沖縄当時のピーク時からすると15キロ近く落ちたことになる。この変化に病気ではないかと心配してくれる人もいた。しかし、驚くことにメタボが改善されていたのである。この食生活を始めてから10か月後には肝機能はすべて正常値になった。信じられないことが起きたのである。
そして、平成27年の11月頃のこと、都城でこちらの仲間と飲んでいたときに、マラソン大会に出ようという話になった。近くハーフ(約21キロ)があるのでこれに出ようということになり、その勢いで「天翔けろ 南九州クラブ」という12人ほどのチームが発足したのである。
出ると言ったものの、走れるのだろうか、不安になった。そこに、救いの神が現れた。フルマラソンを何度も完走しているAさんとYさんである。
AさんとYさんのマラソンに対する考え方は、タイムを競うのではなく、完走を目指す。苦しい走り方はしないことである。Aさんには、ペース配分や呼吸の仕方、上り坂や下り坂の走り方などを教えもらった。Yさんには、足の運び方、丹田(へその下)に力を入れるイメージや上り坂は太ももで走ることなどを教えてもらった。初めてのハーフ、無事にゴールできた。
その後、ハーフを1本走って、とうとう、昨年12月に冒頭に書いたように、フルマラソンに挑戦することになったのである。ハーフからわずか9か月後、ここでも、二人からフルマラソン用の特訓を受けた。この歳になって、フルマラソンを完走できるとは思ってもみなかった。この二人が私に新しい世界を見せてくれた。本当に感謝している。
マラソンは、ランナーと地域の人たちとの間に一体感が生まれる。沿道の人たちの声援は、折れそうになった心をつないでくれる。エイド(給水・給食の施設)の温かいおもてなしに勇気づけられる。そして、走り終わった後、メンバーと温泉で疲れを癒やし、乾杯。互いの連帯感が強まり、達成感を共有できる。素晴らしいひとときである。
人は、仕事を離れて、趣味や遊びなど外部からの刺激や感動に触れて、情操力が高まり感受性が豊かになるものだと思う。
それは、仕事にも生かされてくるのではないかと思う。例えば、遺言の場合、本旨事項は、法律に従ったものでなければならないが、付言事項は、遺言者の気持ちを受け止めて、それを適切に反映した文章に仕上げるのがよいと思う。そのためには書き手に、遺言者の気持ちを受け止めるだけの情操力や感受性が備わっていることが大事だと思われるが、ときどき、付言事項に涙してくれる遺言者がいてくれることは、公証人として嬉しい限りである。マラソンを通じて得た内面的なものが仕事に役に立っているように思われる。
これから来年の春にかけて、ハーフを2本、フルを1本走ってみたいと思っている。これからも、身体と心を健康に保って、公証人の任期を全うしたい。

新人公証人、悪戦苦闘の数か月(榮 孝也)

私は、本年6月1日付けで米沢公証役場公証人に任命されました。この間、公証人の諸先輩方から教えを請いながら、何とか業務遂行ができておりますことに、紙面をお借りし厚く御礼を申し上げます。
さて、公証役場のある米沢市は、山形県南部に位置する人口約8万5千人の地方都市です。とろけるような美味しさの『米沢牛』で御承知の方も多いことでしょう。江戸時代に遡れば、上杉藩(米沢藩)30万石の城下町で、「為せば成る、為さねば成らぬ何事も。成らぬは人の為さぬなりけり・・・」の名言で知られる第10代藩主上杉鷹山公による質素倹約・殖産興業の藩政改革がなされた地であります。現在も、上杉城趾公園や上杉謙信公を始めとする歴代藩主の御廟所があり、閑静な城下町のたたずまいが色濃く残っている街です。
公証役場の建物は、市内中心部にはありましたが、幹線道路から中に入った住宅地の中にあり、木造2階建ての民家を賃借して、これまで公証人が5代にわたり就業してまいりました。来庁者に場所を案内するにしても、目立った建物もなく一苦労でした。就任前には、何度か公証役場に足を運び、前任公証人からの引継を受けたわけですが、その中の一つが、冬期間の除雪作業のことです。県内でも有数の豪雪地帯にあり、除雪車が路肩に寄せた雪の壁で、役場前の道路は車1台がやっと通れるぐらいであるとのこと。唯一ある1台分の来庁者用駐車場も雪の山。役場利用者のために、心して雪片づけに努めるべしと・・・。
就任して間もなく、一念発起し役場を移転することにしました。公証業務もまだまだ心もとない状況であるにもかかわらず、就任から3ヶ月間は、土日返上で不動産屋を巡り、やっとのことで物件を探し当てました。書庫や事務スペースの模様替え工事を経て、9月17日、台風18号が来襲する中、無事、役場の移転作業を終えることができました。現職中に、出先の統廃合による庁舎移転に数多く関わった経験から、移転作業の成否は入念な準備作業にかかっていることを承知しているため、約2週間余りを費やして準備を行いました。結果、一滴の雨滴もかかることなく、短時間で全ての書類、備品等を運び入れることができました。
一方、30年近く賃借していた役場の原状回復にも苦心しました。役場開設当初に、書庫の床、壁、天井を約15センチほどの分厚いコンクリート壁に改造しており、建て替えない限り原状回復は困難な状況です。幸いにも大家さんの理解を得て、現状のまま返還させていただくことができ、ほっと胸を撫で下ろした次第です。
新役場は、少々古い建物ですが、鉄筋コンクリート造4階建ての1階テナント、約80平米の広さで、消雪設備完備の駐車場4台分もあり、同じ建物の4階には居住用のアパートも賃借できました。冬期間の除雪作業の心配もなく、出勤はエレベータを降りるだけ。市役所、郵便局、年金事務所、法務局、各種金融機関、農協などが一直線上に存在する幹線道路に面した立地であり、来庁者への案内も容易となりました。来庁者の利便性は、大幅に向上しています。
新米公証人の悪戦苦闘の数か月が過ぎ、これからは、公証業務に専念して、自らの知識を深めつつ、公証役場が地域の皆様に更に親しまれ、一層、公証制度を利活用していただけるよう精一杯努めてまいる所存です。
諸先輩公証人の皆様の御指導御鞭撻のほど、今後ともよろしくお願い申し上げます。

詩 歌

聞こえる     佐々木 暁

風の音が聞こえていますか
花の咲く音が聞こえていますか
星の瞬く音が聞こえていますか
川の流れの音 鮎の跳ねる音が聞こえていますか
雲の流れる音 雨の足音聞こえていますか
夜更けの音 夜明けの音聞こえていますか
自分の歩いている足音聞こえていますか
-確かな一歩の音を ゆっくりな一歩の音を
-想い出の足音を 軌跡の足音を
-未来の足音を

実務の広場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.55 委任契約及び任意後見契約無効の訴えに対する陳述書

1 遺言公正証書について遺言無効の裁判が提起された場合における、公正証書作成についての陳述書については、民事法情報研究会だよりNo.25(平成29年2月)の実務の広場No.46において紹介されています。遺言公正証書の作成について、陳述書の提出を求められた会員は、相当数おられるのではないでしょうか。
2 今般、私が直面したのは、作成した委任契約及び任意後見契約公正証書について無効の訴えが提起されたということで、弁護士から公正証書作成時の説明や陳述書の提出を求められたものです。弁護士から聞き及んだところでは、任意後見契約の委任者の子Aが法定後見の手続を進める中で、委任者の子Bが任意後見契約をしていることが分かり、委任者は契約当時高齢であり、判断能力がなかったとして、その契約の無効を主張し訴えの提起に及んだもののようです。
3 会員の皆さんは、遺言書を作成する場合は、意思確認や内容の確認を厳格に行っており、その遺言が無効となるような事態は生じていないと考えますが、委任契約及び任意後見契約公正証書について無効が争われ、裁判所から呼出しや陳述書の提出、あるいは公正証書の作成状況について説明を求められると、前例がないこともあり、困難な事態となります。そこで、会員の参考になればということで、弁護士に提出した陳述書を紹介します。なお、その後の裁判の経緯は、不明です。

弁護士 〇〇〇〇 殿
大分公証人合同役場
公証人 中垣治夫 ㊞
平成〇年〇月〇日付け平成〇年第〇号をもって当職が作成した委任契約及び任意後見契約公正証書について、次のとおり回答します。
1 大分公証人合同役場において委任契約及び任意後見契約公正証書(以下「公正証書」という。)を作成する場合の一般的な手順は、次のとおりです。
⑴ 事前準備
大分公証人合同役場において公正証書を作成する場合は、まず予約をして、委任者及び受任者又はこれらの者の意思を正確に公証人に伝えることができる者(親族、委託を受けた司法書士、弁護士、行政書士等(以下、これらの者を「親族等」という。)に公証役場に出向いてもらって、①委任契約及び任意後見契約の内容の説明、及び②公正証書の作成に必要な書類の説明を聴くように促し、予約の日時を設定します。
⑵ 事前相談
ア 公正証書作成のための事前相談日には、委任者、受任者又は親族等に公証役場に出向いてもらって公証人と面談します。
イ 事前相談は、公証人が委任者、受任者又は親族等に対して、①別添資料1(契約書案文)を交付した上で、委任契約及び任意後見契約(代理権目録を含む。)について説明し、②これらの者から公正証書に記載するために必要な次に掲げる内容を聴き取り、③委任者本人が来所しているときはその事理弁識能力及び授権意思について観察し、判断することを主な内容としています。
また、この別添資料1(契約書案文)が公正証書の内容になるので、当事者2人がこれを熟読し、十分に内容を理解することが必要であることをあわせて説明している。
(ア) 委任契約(第1章)関係について
a 契約の開始時期(第4条関係)
b 報酬の有無、ある場合は月額(第7条関係)
c 報告の期間(第8条関係)
(イ) 任意後見契約(第2章)関係について
a 報酬の有無、ある場合は月額(第7条関係)
b 報告の期間(第8条関係)
ウ 委任者本人と面談する場合において、その事理弁識能力及び授権意思について疑義があるときは、まず雑談(天気、公証役場までの交通手段、親族関係、居住関係など)をして雰囲気を和らげながら、委任者が事理弁識能力及び授権意思を有していることを確認し、その後に聴き取り事項の内容を聴き取るようにしています。また、雑談等をしてもなお委任者の事理弁識能力及び授権意思について疑義がある場合は、別添資料2(診断書様式)を交付し、診断書の提出を求めています。
エ 委任者本人が来所せず親族等と面談する場合は、委任者本人と親族等との関係、委任者本人の健康状態(特に公正証書作成について支障の有無)、公正証書に記載する内容を聴き取り確認します。
なお、司法書士等が来所するときは、委任者及び受任者と打合せをした上で作成した公正証書案を持参することが多いが、このときでも司法書士等から公正証書案の内容を聴き取り、①委任者及び受任者が契約内容を十分理解していること並びに②委任者が事理弁識能力及び授権意思を有していること確認します。
また、委任者本人が来所せずしかも高齢である場合は、親族等に対し、委任者の事理弁識能力は問題ないかを尋ね、公正証書作成日において「委任者の事理弁識能力及び授権意思に疑問を抱かせるような事態が見受けられた場合には、直ちに公正証書の作成を延期又は中止する」ことを説明し、当日、延期又は中止があっては困るようであれば、あらかじめ医師の診断書を提出することを求めています。
オ 事前面談から数日又は1~2数週間後、事前面談の際に交付していたイ(ア)及び(イ)に掲げる事項の書き込みをした別添資料1(契約書案文)及び必要書類が委任者、受任者又は親族等から、提出されます。
また、この際に事前相談の際に交付していた別添資料1(契約書案文)の内容について質問などがされることもあります。
カ 大分公証人合同役場では、これらの書類提出があると公正証書案の作成に取り掛かり、書類提出の日から、おおむね1週間後の契約当事者である委任者及び受任者の都合の良い日時に公正証書作成日時を設定して、公証役場に出向いてもらいます。
⑶ 公正証書作成
公正証書作成時には、委任者及び受任者が来所したら、閲覧用に準備している書類(公正証書が完成したらその正本になるもの)を読んでもらって委任者及び受任者による内容の確認を行った後、公証人、委任者及び受任者が一つのテーブルに着席します。
ア まず、公証人が委任者に対し、氏名及び生年月日を述べさせます(公証人から、「○○さんですね」とか、「何年何月何日生れですね」といった聞き方はせず、「氏名・生年月日をお願いします」と言って、必ず本人に氏名及び生年月日を述べてもらう。)。その後、本人により、提出済みの印鑑登録証明書に実印を押印させ、両印影を照合し、委任者本人であることを確認します。次に、公証人が受任者に対し、氏名及び生年月日を述べさせます(委任者本人の場合と同じ。)。その後、本人により、提出済みの印鑑登録証明書に実印を押印させ、両印影を照合し、受任者本人であることを確認します。
なお、事前相談の際に親族等が来所していたため、公証人が委任者本人と面談していない場合(この時が公証人と委任者本人とが初対面である場合)には、最初に雑談(天気、公証役場までの交通手段、親族関係、居住関係など)をして雰囲気を和らげながら、委任者が事理弁識能力及び授権意思を有していることを確認した後、氏名及び生年月日を述べてもらい、実印の照合をしています。
イ 次に、契約当事者の本人確認が済んだら、委任者の事理弁識能力及び授権意思のほか、委任者及び受任者が契約の内容を理解しているかを確認するために「契約書案文は熟読しましたか」、とか「内容は理解できましたか」等の質問をします。多くの場合は、「大丈夫です」、「分かりました」等という回答ですが、中には(割合にして1割程度か)「読んだけど分からなかった」、「理解できない」等の回答をする当事者がいます。
ウ 公証人は、イにおいて「分かりました」等と回答した案件については、公正証書全文の読み聞かせを省略し、公正証書の条項の幾つかについて説明をし、委任者及び受任者に閲覧の結果に間違いがないことの確認をします。
他方、イにおいて「理解できない」等と回答した案件については、公証人は、公正証書全条項の理解がないと公正証書は作成できないことをまず説明し、公正証書全文の読み聞かせ及び質問・回答等を行った後、委任者及び受任者に対し「いま読み上げた内容で間違いありませんか」と確認します。
エ いずれも委任者及び受任者が「間違いない」旨述べたときは、公正証書原本に委任者及び受任者が自ら署名し、押印してもらいます。
オ 委任者及び受任者に署名・押印させ、公証人が署名・押印することによって公正証書の作成が完了し、委任者及び受任者に対し公正証書正本を交付します。
カ ところで、公正証書を作成する過程(アからオまで)において、異常な事態や委任者の事理弁識能力及び授権意思に疑問を抱かせるような事態が見受けられた場合には、直ちに公正証書の作成を延期又は中止し、医師の診断書を提出させるなど、客観的資料によって確認することになります。
また、後日の紛争防止等のために、公証人が必要と認めるときは、委任者本人の事理弁識能力の確認に関し、面接した際の本人の言動その他の状況又は親族等から聴取した状況等を記載した書面(以下「録取書面」という。)を作成します。
2 本件委任者・〇〇〇〇、受任者・〇〇〇〇の公正証書作成については、次のとおりです。
⑴ 私は、公証人として事務を開始して以来、相当数の公正証書を作成しており、そのために多数の依頼者等と面談を行っていますので、よほど特殊な状況や異常な事態がない限り、公正証書作成当時の依頼者の状況等について記憶していることはありません。
⑵ 本件受任者〇〇〇〇の公正証書作成については、特に記憶していることはありませんので、本件公正証書は、公証人が①受任者及び受任者が契約内容を理解していること、②1⑵オで提出された所要の書き込みをした別添資料1(契約書案文)と齟齬がないこと、及び③1⑵オで提出された必要書類と齟齬がないことを確認した後、受任者及び受任者に自署させ、かつ、押印させて公正証書の作成を完了するという大分公証人合同役場における一般的な手順に従って作成したものと考えます。
3 ところで、委任者・〇〇〇〇が公正証書作成当時、〇〇歳であることからすると、事前相談において判断能力に問題がないことの記載のある診断書を求めるのが通常と考えられるにもかかわらず、診断書の提出がないまま公正証書を作成していることからすると、当時、事前相談における公証人からの診断書の提出の求めに対し、来所した者から「本人に会ってください。会えば、判断能力等は何ら問題がなく、しっかりしていることが分かるはずです。」等との回答があり、公証人が「それでは委任者の事理弁識能力及び授権意思に疑問を抱かせるような事態が見受けられた場合には、直ちに公正証書の作成を延期又は中止する」ことを告げた上で、公正証書の作成に及んだものと想定されます。
4 以上のこと及び録取書面を作成していないことからすると、本件公正証書を作成する過程において、異常な事態や委任者の事理弁識能力及び授権意思に疑問を抱くような事態はなかったものと考えます。

別添資料1
【移行型】
任意後見契約公正証書作成のための資料について
任意後見契約を公正証書で作成するには、あらかじめ次のものを準備してください。
1 委任者
(1) 印鑑登録証明書(発行後3か月以内のもの) 1通
(2) 戸籍全部事項証明書(戸籍謄本) 1通
(3) 住民票 1通
2 受任者
(1) 印鑑登録証明書(発行後3か月以内のもの) 1通
(2) 住民票(本籍の記載あり) 1通
詳しいことは、お尋ねください。相談は無料です。
大分公証人合同役場
電 話 097-535-0888
FAX 097-535-0891

委任契約及び任意後見契約公正証書
本職は、委任者○○○○(以下「甲」という。)及び受任者○○○○(以下「乙」という。)の嘱託により、次の法律行為に関する陳述の趣旨を録取し、この証書を作成する。
(趣旨)
甲と乙は、平成○○年○月○日(公正証書作成日)、次の二つの契約を締結する。
⑴ 第1章の委任契約は、甲が甲の療養看護及び財産の管理についての事務を委任するものである。
⑵ 第2章は、甲が任意後見契約に関する法律第4条第1項に定める「精神上の障害により事理を弁識する能力が不十分な状況」すなわち甲の判断能力が不十分な状況になったときに、甲の療養看護及び財産管理についての事務を委任するものである。
第1章 委任契約
(契約の趣旨)
第1条 甲は、乙に対し、平成○○年○月○日(公正証書作成日)、甲の生活、療養看護及び財産の管理に関する事務(以下「委任事務」という。)を委任し、乙は、これを受任する(以下「本委任契約」という。)。
(任意後見契約との関係)
第2条 本委任契約締結後、甲が精神上の障害により事理を弁識する能力が不十分な状況になったときは、乙は、速やかに家庭裁判所に対し、任意後見監督人の選任の請求をしなければならない。
2 本委任契約は、第2章の任意後見契約につき任意後見監督人が選任され、同契約が効力を生じた時に終了する。
(委任事務の範囲)
第3条 甲は、乙に対し、別紙「代理権目録(委任契約)」記載の委任事務(以下「本件委任事務」という。)を委任し、その事務処理のための代理権を付与する。
(委任事務の開始)
[契約と同時]
第4条 本件委任事務は、本委任契約の締結と同時に開始する。
[甲の申し出により開始]
第4条 本件委任事務は、甲の乙に対する委任事務開始の申出により開始するものとする。
2 甲の委任事務開始の申出は書面によるものとし、書面による申出ができない場合に限り、口頭での申出によるものとする。この場合、乙はその旨を書面に記録しておくものとする。
(証書等の引渡し等)
第5条 甲は、乙に対し、本件委任事務処理のために必要と認める範囲で、適宜の時期に、次の証書等及びこれらに準ずるものを引き渡す。
①登記済権利証・登記識別情報通知、②実印・銀行印、③印鑑登録カード、住民基本台帳カード、個人番号(マイナンバー)カード・個人番号(マイナンバー)通知カード、④預貯金通帳、⑤キャッシュカード、⑥有価証券・その預り証、⑦年金関係書類、⑧健康保険証、介護保険証、⑨土地・建物賃貸借契約書等の重要な契約書類
2 乙は、前項の証書等の引渡しを受けたときは、甲に対し、預り証を交付してこれを保管し、この証書等を本件委任事務処理のために使用することができる。
(費用の負担)
第6条 乙が本件委任事務を処理するために必要な費用は、甲の負担とし、乙は、その管理する甲の財産からこれを支出することができる。
(報酬)
[報酬額の定めがある場合]
第7条 甲は、乙に対し、本件委任事務処理に対する報酬として、1か月当たり金○○○円を当月末日限り支払うものとし、乙は、その管理する甲の財産からその支払を受けることができる。
[無報酬の場合]
第7条 乙の本件委任事務処理は、無報酬とする。
(報告)
第8条 乙は、甲に対し、○か月ごとに、本件委任事務処理の状況につき報告書を提出して報告する。
2 甲は、乙に対し、いつでも、本件委任事務処理状況につき報告を求めることができる。
(契約の変更)
第9条 本委任契約に定める代理権の範囲を変更する契約は、公正証書によってするものとする。
(契約の解除)
第10条 甲及び乙は、いつでも公証人の認証を受けた書面によって本委任契約を解除することができる。ただし、本委任契約の解除は、後記本任意後見契約の解除とともにしなければならない。
(契約の終了)
第11条 本委任契約は、第2条第2項に定める場合のほか、次の場合に終了する。
⑴ 甲又は乙が死亡し、又は破産手続開始決定を受けたとき。
⑵ 甲又は乙が後見開始の審判を受けたとき。
⑶ 本委任契約が解除されたとき。
第2章 任意後見契約
(契約の趣旨)
第1条 甲は、乙に対し、平成○○年○月○日(公正証書作成日)、任意後見契約に関する法律に基づき、精神上の障害により事理を弁識する能力が不十分な状況における甲の生活、療養看護及び財産の管理に関する事務(以下「後見事務」という。)を委任し、乙は、これを受任する(以下「本任意後見契約」という。)。
(契約の発効)
第2条 本任意後見契約は、任意後見監督人が選任された時からその効力を生ずる。
2 本任意後見契約締結後、甲が精神上の障害により事理を弁識する能力が不十分な状況になったときは、乙は、速やかに、家庭裁判所に対し、任意後見監督人の選任の請求をしなければならない。
3 本任意後見契約の効力発生後における甲と乙との間の法律関係については、任意後見契約に関する法律及び本任意後見契約に定めるもののほか、民法の規定に従う。
(後見事務の範囲)
第3条 甲は、乙に対し、別紙「代理権目録(任意後見契約)」記載の後見事務(以下「本件後見事務」という。)を委任し、その事務処理のための代理権を付与する。
(身上配慮の責務)
第4条 乙は、本件後見事務を処理するに当たっては、甲の意思を尊重し、かつ、甲の身上に配慮するものとし、その事務処理のため、適宜甲と面接し、ヘルパーその他日常生活援助者から甲の生活状況につき報告を求め、主治医その他医療関係者から甲の心身の状態につき説明を受けることなどにより、甲の生活状況及び健康状態の把握に努めるものとする。
(証書等の保管等)
第5条 乙は、甲から本件後見事務処理のために必要な次の証書等及びこれらに準ずるものの引渡しを受けたときは、甲に対し、その明細及び保管方法を記載した預り証を交付する。
①登記済権利証・登記識別情報、②実印・銀行印、③印鑑登録カード、住民基本台帳カード、個人番号(マイナンバー)カード・個人番号(マイナンバー)通知カード、④預貯金通帳、⑤キャッシュカード、⑥有価証券・その預り証、⑦年金関係書類、⑧健康保険証、介護保険証、⑨土地・建物賃貸借契約書等の重要な契約書類
2 乙は、本任意後見契約の効力発生後、甲以外の者が前項記載の証書等を占有所持しているときは、その者からこれらの証書等の引渡しを受けて、自らこれを保管することができる。
3 乙は、本件後見事務を処理するために必要な範囲で前記の証書等を使用するほか、甲宛ての郵便物その他の通信を受領し、本件後見事務に関連すると思われるものを開封することができる。
(費用の負担)
第6条 乙が本件後見事務を処理するために必要な費用は、甲の負担とし、乙は、その管理する甲の財産からこれを支出することができる。
(報酬)
[報酬額の定めがある場合]
第7条 甲は、本任意後見契約の効力発生後、乙に対し、本件後見事務処理に対する報酬として、1か月当たり金○○○円を当月末日限り支払うものとし、乙は、その管理する甲の財産からその支払を受けることができる。
2 前項の報酬額が次の事由により不相当となった場合には、甲及び乙は、任意後見監督人と協議の上、これを変更することができる。
⑴ 甲の生活状況又は健康状態の変化
⑵ 経済情勢の変動
⑶ その他現行報酬額を不相当とする特段の事情の発生
3 前項の場合において、甲がその意思を表示することができない状況にあるときは、乙は、甲を代表する任意後見監督人との間の合意によりこれを変更することができる。
4 前2項の変更契約は、公正証書によってしなければならない。
5 後見事務処理が、不動産の売却処分、訴訟行為、その他通常の財産管理事務の範囲を超えた場合には、甲は、乙に対し、毎月の報酬とは別に報酬を支払う。この場合の報酬額は、甲と乙が任意後見監督人と協議の上、これを定める。甲がその意思を表示することができないときは、乙は、甲を代表する任意後見監督人との間の合意によりこれを定めることができる。この報酬支払契約は、公正証書によってしなければならない。
[無報酬の場合]
第7条 乙の本件後見事務処理は、無報酬とする。
2 本件後見事務処理を無報酬とすることが、次の事由により不相当となったときは、甲及び乙は、任意後見監督人と協議の上、報酬を定め、また、定めた報酬を変更することができる。
⑴ 甲の生活状況又は健康状態の変化
⑵ 経済情勢の変動
⑶ その他本件後見事務処理を無報酬とすることを不相当とする特段の事情の発生
3 前項の場合において、甲がその意思を表示することができない状況にあるときは、乙は、甲を代表する任意後見監督人との間の合意により報酬を定め、また、定めた報酬を変更することができる。
4 前2項の報酬支払契約又は変更契約は、公正証書によってしなければならない。
5 (報酬額の定めがある場合の第5項に同じ)
(報告)
第8条 乙は、任意後見監督人に対し、3か月ごとに、本件後見事務に関する次の事項について書面で報告する。
⑴ 乙の管理する甲の財産の管理状況
⑵ 甲を代理して取得した財産の内容、取得の時期・理由・相手方及び甲を代理して処分した財産の内容、処分の時期・理由・相手方
⑶ 甲を代理して受領した金銭及び支払った金銭の状況
⑷ 甲の生活又は療養看護につき行った措置
⑸ 費用の支出及び支出した時期・理由・相手方
⑹ 〔報酬の定めがある場合〕報酬の収受
2 乙は、任意後見監督人の請求があるときは、いつでも速やかにその求められた事項につき報告する。
(契約の解除)
第9条 甲又は乙は、任意後見監督人が選任されるまでの間は、いつでも公証人の認証を受けた書面によって、本任意後見契約を解除することができる。ただし、本任意後見契約の解除は、本委任契約の解除とともにしなければならない。
2 甲又は乙は、任意後見監督人が選任された後は、正当な事由がある場合に限り、家庭裁判所の許可を得て、本任意後見契約を解除することができる。
(契約の終了)
第10条 本任意後見契約は、次の場合に終了する。
⑴ 甲又は乙が死亡し、又は破産手続開始決定を受けたとき。
⑵ 乙が後見開始の審判を受けたとき。
⑶ 乙が任意後見人を解任されたとき。
⑷ 甲が任意後見監督人選任後に法定後見(後見・保佐・補助)開始の審判を受けたとき。
⑸ 本任意後見契約が解除されたとき。
2 任意後見監督人が選任された後に前項各号の事由が生じた場合、甲又は乙は、速やかにその旨を任意後見監督人に通知するものとする。
3 任意後見監督人が選任された後に第1項各号の事由が生じた場合、甲又は乙は、速やかに任意後見契約の終了の登記を申請しなければならない。

 

 

民事法情報研究会だよりNo.29(平成29年10月)

天高く馬肥ゆる秋、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
さて、本年度の当研究会の後期セミナーは、12月9日に開催を予定しておりますが、講師には東京大学名誉教授の内田貴氏(民事法務協会会長)に再度お願いしております。講演テーマは未定ですが、好評だった前回(27年度後期セミナー)の講演後の研究成果等についてお話を伺うことができるものと思います。セミナーの開催通知につきましては、11月までには会員の皆様にお送りいたしますので、よろしくお願いいたします。(NN)

画一化と多様性(ダイバーシティ)(理事 中垣治夫)

CDラジカセという商品があります。電器屋に行くと幾多のメーカーから様々な製品が販売されており、所狭しと並べてあります。このCDラジカセ一つ取ってもおそらく数百からの種類があるに違いありません。SDカード対応の有無、ハイレゾ対応の有無、大きいのから小さいのまで、いろんな色があり実にカラフルです。買い手はどれを選ぼうか、長い時間を掛けなければなりません。
多くの人々の沢山のニーズに応えるため、こんなに種類があるのだとは思うのですが、よくよく考えてみると、CDという商品にも一定の規格があるのに気が付きます。どんなに大きな製品でも、またどんなに小さなものでも使用するCDは皆同じ規格なのです。数百という種類の製品が開発されていますが、全て同じ規格の枠内で開発されているのです。そうでなければ商品としての価値が全くなくなってしまいます。確かに、製品開発時に規格を作ることは便利であるし、必要なことでしょう。生産効率も上がるし、コストも低減できます。故障した時だって簡単に修理できるでしょう。さらに、消費者にとっても皆が同じCDを使えるという、これほど有り難いことはありません。
確かに製品作りのとき、規格の枠内で設計するのは必要なことでしょう。生産性を上げ、コストを下げ、数多く購入してもらうということが大切です。したがって、今日では、規格品は一般的ですし(スーパーでは、野菜にも規格があります。)、それゆえ規格作りで各国・各社が熾(し)烈な競争をし、規格が策定されるとその枠内での開発競争にしのぎを削ることになります。
ところで、今日の日本の社会は人間にまで、この規格を当てはめようとしているように思えてなりません。教育の画一化はその典型的な例の一つと考えます。私たちの学生の頃を含め長い間当然と考えられていた「詰め込み教育」→私たちの子供の世代になると、過度の受験競争が、いじめ、不登校等を誘発しているとの批判から生まれた「ゆとり教育」→さらに、私たちの孫の世代になると、ゆとりの持たせすぎや学力低下などの批判から「ゆとり教育からの転換」など、子供たちが皆、ひとつの枠内で教育され、競争し、しのぎを削っているのです。優秀な子というのは規格の中で優秀なのであって、規格を外れたらそれは社会のはみ出し者になるというリスクがあります。そういう環境は、異質なものを嫌う社会をつくります。身体障害者を排除し、落ちこぼれを切り捨て、老人を疎ましく思い、苦しむ者が横にいても自分と関係がなければ無視する、というそんな社会を作ってしまってはいないでしょうか。
今、日本を始め世界中が異質を嫌う社会をますます作りあげているような気がしてなりません。シリア内戦、アメリカンファースト、白人至上主義、果ては北朝鮮のミサイル問題まで、世界中が異質を嫌う社会、異質を排斥する社会を長い期間をかけて作りあげてきた結果が、今になって顕在化しているのです。ところで、近時、マネッジメントの世界を中心に、多様性(ダイバーシティ)が叫ばれるようになりました。異質を好きになることは困難であるにしても、少なくとも排斥はしない、嫌いではない、普通に存在を認め合う社会の到来が期待できそうです。孫たちが活躍する時代には、そのような教育が徹底され、異質を排斥しないことが普通の社会になっていることを望むばかりです。

今 日 こ の 頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

今日この頃(鈴木健一)

これまでは、本紙に大きな期待を抱いていたのに何らの貢献もせずに、ただ徒に馬齢を重ねるのみで、現職その他の方々の活動状況を垣間見ているだけだった。何か書くように要請を受けながら、言を左右にして徒にその任を免れてきた。本紙が会員の方々の日常におけるたゆみない努力により間もなく30号を超えるところまで実績を重ね、多くの先輩同僚の道しるべとして大きな存在に発展していることに畏敬の念を感じているところである。
私が公証人就任の折に感じたことは、公証制度は多くの市民の日常生活に役立ち定着していて不可欠の制度として重きをなしている、その担い手として任命されるのであるから、不断の努力によって維持していかなければならないということであった。今日の民主主義社会においてどのような社会事象が発生しようと、この崇高な理念に基づく制度を支え、市民社会に広く普及させ、福祉の向上に寄与していかなければならないということである。そのためにこの有用な制度の担い手として将来にわたって発展させていかねばならない。
とは言え、人生の大半を終え、現在身心が今日の会員諸氏のように活発に動かない。最近も経験したことであるが、ある会合に出席するため会場近くの私鉄の駅を降りて十数歩歩いたところで、道を誤ったかなかなか目的の会場に着かない。途中で通行人に尋ねてようやく見覚えのある会場にたどり着いた。ところが私が訪ねた場所は、翌週に予定されているとのこと、止むなく引き返した。原因は私の記憶誤り。これだけは小事であるが、会や会員諸氏にどれほどの迷惑をかけたか、反省することしきりである。
今後も各種会合にできるだけ出席させていただき、各位の活動ぶりを拝聴したいと思っているが、若い会員諸氏のように活発に動けない。会合で皆さんの御高説を聴くことは大いに楽しみあり、期待もしている。ただ私は受け取るだけで、与えるものは殆どない。市井の公証人の良き理解者と思っていただきたい。

新米公証人として(芳見孝行)

本年7月1日に公証人に任命され、2か月半が経過しました。
東日本大震災の被災地でもある岩手県沿岸の公証役場で、被災者の皆様に寄り添いながら、どれだけ貢献できるのか毎日奮闘しております。
○アパート探し
3月に宮古市内のアパートを探すべく、ネットで調査したところ、東日本大震災の復興工事で県外からの工事業者が多くアパート事情が非常に悪いことが分かった。不動産業者を探し、電話で訪ねてみたところ、希望に添う物件はおろか、貸出予定のアパートが全くなかった。
役場事務所の賃貸人は、建築・建設業を営んでいる陸中建設(株)であったため、事情を話したところ、運良く1LDKの物件が見つかり、4月中旬にトントン拍子で仮契約まで済ませ、安堵していた。
先輩から、公証人任命後は休めなくなるから、公証人任命前に家族旅行をした方が良いといわれ、4月下旬に妻との沖縄旅行を計画済みであった。福島県二本松市の自宅から仙台空港へ車で向かった。まもなく空港に着く頃に、私の携帯電話が鳴り、運転していたため妻が対応した。内容は、「アパートの住人は、復興工事が伸びたため、退去しない」とのことで、振り出しに戻ってしまった。ルンルン気分の沖縄旅行が暗い状況に・・・・?
最悪、ホテル暮らしか寝袋持参で宮古市内に住むしかないかと考えたが、沖縄旅行後、手当たり次第に不動産業者に電話し、なんとか見つかり、5月下旬に契約を済ませ、6月中旬に入居した。
法務局退職後の2か月は、公証業務の勉強も頑張らなくてはいけない時期であったが、なんとなく気分が優れない日々を過ごしていた。
○はんこスーパー宮古店
6月に公証業務に必要な印判を注文した。店は,きれいな新しい建物で、東日本大震災の津波で店が流され、最近新築したことが分かる建物であった。
注文した印判を受け取りに行き、店主と津波の話をしていたところ、実は昨年8月の台風10号でこの店の1階部分が全部浸水したとのこと。下閉伊郡岩泉町の老人福祉施設が川の氾濫で流され、入居者全員が死亡したとのTV報道は有名であったが、宮古市内も閉伊川の氾濫で甚大な被害を受けていた。
店主は、「泣きっ面に蜂」ではないが、どこに怒りをぶつけて良いか分からないと言ってた。
宮古地方は、東日本大震災の津波と台風10号の被害状況を十分承知していないと、嘱託人の心の内が分からないことになることから、遺言書作成時の説明には気を遣っているところである。
○神棚と観葉植物
法務局在職時、退職までの14年間は単身赴任生活であった。
7月から書記(妻)と同居し、公証業務の間も一緒にいる時間が多くなり、どのように過ごすか少し悩むものである。
任命当初の7月は、嘱託事件が少なく(前任公証人の6月は普段の倍くらいの嘱託件数であった反動か?)、一日に電話が一度も鳴らない日が続き、書記に公証役場に電話させ、電話回線に異常がないことを確認することもあった。
宮古公証役場の入居先は、元々は農協関連の3階建のJAビルであったが、陸中建設(株)がビルを買い取り、陸中ビルとして現在に至っている。
前任公証人が陸中建設(株)社長の遺言公正証書を作成したときに、陸中ビルに空部屋があり、公証役場が入居してもらえば、地元からも信頼の置けるビルになるから入居してはとの話があり、入居が決まったと聞いていた。2階に、陸中建設(株)の本社、ひまわり弁護士事務所と公証役場とが仕切られて事務室ができている。
役場事務室内には、2.5メートル幅のケヤキ造りの立派な神棚がある。公証役場の事務室には似合わないものである。どうやら、JAビル時代に設置されたものであるが、前任公証人は何も飾らずほこりをかぶっていた。
早速、書記と共に、宮古市内の「横山八幡宮」と釜石市内の「釜石大観音」にお参りに行き、御札を神棚に飾ることにした。さらに、書記は、福島県二本松市の自宅にあったケヤキ造りの30センチほどの恵比寿様と大黒様を持参し、神棚に飾っている。
書記は、観葉植物が趣味で、冬場になると二本松市の自宅は、観葉植物の保護のため、廊下や部屋が占領されていた。
役場事務所の環境は、観葉植物に最良であるらしく、8月になると自宅から「君子蘭」、「モンステラ」、「オリヅルラン」、「コーヒーの木」、「サンスベリー」、「セローム」、「ストレチア」、「ポトス」など10数鉢運び込まれている。
その中にひっそりと「金のなる木」も一鉢並んでいる。
○トップダウン
嘱託人の相談を受けると、公証役場は「何をやっているところか分からなかった」、「公証役場の場所が分からない」、「相談は有料だと思っていた」などの声が聞こえてくる。また、地元市町村広報誌を見て相談に来る人が多いことも分かった。
前任公証人からは、宮古市の遺言件数が少なく、土地柄があるのか釜石市は宮古市よりも人口は少ないが、遺言件数は多いと聞いていた。
7月末、宮古市役所の相談担当室長に挨拶に行くと「私は3年在職しているが、公証人と会うのも話すのも初めてである」旨、嫌み口調で話された。
宮古市の広報誌を見ると、公証業務の相談日が毎月第3火曜日の1日で、弁護士相談と同じ並びで掲載してある。これでは、「相談はその日以外はだめなのか?」、「相談は有料?」と受け取られかねないと感じた。
8月、沿岸の首長と面談をし、実情を話し、広報誌の内容の充実を図ることにした。
ある市長は、祖父の公正証書遺言で、孫である自分が財産を相続した経験があり、公正証書の重要性を分かってくれて、内容を吟味する旨回答をいただいた。9月号の広報誌は、当職の要望どおりに変更されていた。
また、ある町長は、面談時、担当課長を町長室に呼び、トップダウンで広報内容を検討するよう指示していただいた。小さい町では、町長の力が非常に大きいと感じた。
○電子公証システム
全国で電子公証システムを導入していない役場は、数カ所と聞いていた。
起業したい方から定款作成の相談があるが、収入印紙4万円が節約できるので電子公証でやりたいと切り出されることも数件あった。盛岡の他の公証役場ではできますと回答しているのが実情である。
現在、回線工事を9月下旬に行い、11月1日の指定に向け、日本公証人連合会、日立製作所と連絡を取り、準備中である。
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離婚給付等公正証書作成は、両人の複雑な関係もあり、なかなか難しいものがあります。離婚後の未成年の子の将来を第一に考え、最善の内容を提案しております。
また、遺言公正証書を作成し、安心される嘱託人の顔を拝見すると公証人になって良かったと感じます。
とりとめのない話を書きましたが、新米公証人で、嘱託件数は少ないですが、毎日汗をかきながら奮闘しております。引き続きご指導宜しくお願いします。

実 務 の 広 場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.54 不動産の賃貸借契約について

地方都市では,自家用自動車の普及とともに,公共交通機関が減少してきた。その結果,スーパーマーケット等は,駐車場の確保が難しい駅前を敬遠し,郊外の大型店舗を構える傾向にある。福山も例外ではなく,公証役場に持ち込まれる不動産賃貸借契約も,郊外型大型店舗を所有するための事業用定期借地権設定契約などが多いように思う。
本稿では,定期借地権に限らず,不動産の賃貸借契約について公正証書の作成の依頼を受けていて,気付いたことを数点紹介させていただいたが,問題提起として記載したものであることをご了承いただきたい。

事例1 甲・乙共有地の乙の持分に甲が賃借権を設定したいという事例
概要:甲は,ある事業目的で,乙単独所有地(A地)と甲・乙共有地(B地)を乙から借り受けて一体として使用したい。賃料は,A地とB地(乙持分)併せて金〇〇万円と決めた。この内容で不動産賃貸借契約公正証書を作成して欲しい。
検討:このような事案は,実例としては,ありそうな気がする。例えば,親兄弟で共同相続したB土地全体を,共同相続人の一人が賃貸用駐車場用地として使用し,他の2名には賃料を支払うといった場合などである。この事例は,法律的には,甲・乙共有のB地について,乙持分に関し甲・乙間で賃貸借契約を締結することができるかという問題である。
そもそも,乙持分について,賃貸借契約が締結できるかという点については,持分権についての賃借権の設定はできないと解されている。なぜなら,賃貸借について,民法第601条は,「賃貸借は,当事者の一方がある物の使用・・・」と規定し,賃貸借の成立要件は,「物の使用をさせることである。」としている。つまり,土地そのものを使用することによって賃貸借は成立するとしており,共有持分のように,他の共有者によって制約を受けるような場合は,設定できないということである。このことから,乙の持分について,賃貸借を設定することはできないことになる。
それでは,甲がB地を借用したい場合には,どのような契約を結べばよいかということになるが,方法の一つとして,共有物を現物分割し,分筆して乙所有部分として特定できた箇所を賃借する方法が考えられる。他の一つは,B地を対象とし,貸主甲及び乙,借主甲として賃貸借契約を締結することができるかである。B地を第三者に貸す場合は,その第三者との間に借主第三者,貸主甲及び乙として賃貸借契約を結ぶことができるのであるから,この場合も同様に考えられるのではないかと思う。
そもそも,共有物の賃貸借については,共有物の変更,管理,保存のいずれに該当するかという問題もあるが,賃貸借期間が長期にわたる場合は,共有物の変更として共有者全員の同意が必要と解されており,本件のようにB地を事業用借地として長期間に渡り賃貸する場合は,甲・乙の同意が必要となる。本件では,乙の同意が得られれば,B地を賃貸借契約の対象とすることには何ら問題がなく,貸主甲及び乙,借主甲という賃貸借契約は,可能ではないかと考える。ただ,甲が貸主と借主の双方の立場にあるが,貸主としての甲は,共有物の変更に同意しているという立場の甲であると理解することで差し支えないと考えるがどうであろうか。
似た例として,自己借地権があるが,これはA所有地上にA・B共有の建物を所有する場合であるから,本事例に適用することはできない。

事例2 ある土地に事業用定期借地権設定後,隣接地を駐車場として借り増しするために事業用定期借地権を設定したいという事例
概要:A地とB地について事業用定期借地権設定契約を締結したが,後日,隣接するC地をA地及びB地とともに一体として使用する駐車場とするために,C地についても事業用定期借地権を設定したい。このような要望の背景には,C地は,A地及びB地と一体として事業用に供されることにより,賃料収入が確実視されることや,所定の期間が到来すれば返還してもらえるという安心感があるから貸すのであり,また,借主も安心して借りられるという事情もある。
検討:事業の用に供する建物と一体として使用する駐車場についても,事業用定期借地権設定契約ができると解されているが,これらの契約は建物所有地と同時にすべきであり,後日,追加的に駐車場用地を借り増しする場合には,事業用定期借地権設定契約は困難である(したがって,民法上の賃貸借契約によるべきである)旨説明されている。しかし,同時に契約できないのには,それぞれに事情がある。
例えば,大規模小売店舗所有に必要な広大な土地を借り受けるため多くの地権者との折衝を重ねてきたが,駐車場用地の一部について地権者との合意ができない,当該土地を除いて,とりあえず店舗開店に必要な土地について事業用定期借地権を設定する場合がある。この場合,後日当該地権者と合意ができた段階で土地の賃貸借契約を締結することになる。また,今は借りないが,将来駐車場用地として使用したいとして地権者から内諾を得ている場合もあるかも知れないし,あらかじめ内諾は得ていないとしても,事業拡大に伴って駐車場の借り増しが必要となる場合もある。しかし,このような背景事情は契約書に明記するものでもないので,背景事情によって事業用定期借地権が認められたり認められなかったりするのは適当ではない。
そこで,後日に事業用借地として提供したい土地が出てきた場合に,当該土地を事業用借地として扱っても差し支えないのではないかという意見が出てくるのは十分理解できるところである。問題は,当該土地について,事業用借地と一体ではなく,駐車場として利用するための土地賃貸借では,何故駄目なのかであるが,通常の土地の賃貸借契約は,20年を超えて締結することができないとされており(民法604),借主である事業者にとっては,長期にわたる事業展開には契約満了で解約されると不都合という問題あるかもしれないが,契約を更新すれば済む問題であるし,貸主にとっても,20年間,契約は尊重され,20年経過後は契約の更新,解除のいずれの選択肢もあり,それほど不都合とも思われない。
しかし,事業用借地として一体として取り扱うことはできないとすることも,何か不都合があればできないとして差し支えないが,特段の事情もなく,事業用定期借地権を設定したいという要望があり,既に事業用定期借地権設定契約を締結している土地と一体として使用することが明確であり,賃貸借期間も既設定の事業用定期借地権設定契約に求められる賃貸借期間期間を満たしている場合は,駐車場用地等の借り増しについても,事業用定期借地権を設定することは,可能として取り扱っても差し支えないと考えるがどうであろうか。

事例3 解約違約金についての事例
概要:借地権設定契約等によっては,借主側からの中途解約権を留保し,中途解約による違約金を定める例もあるが,この違約金はどの程度まで許されるか。
検討:建物賃貸借契約の中途解約の違約金について,賃借人からの申出による解約について,解約予告日の翌日より期間満了日までの賃料相当額の違約金支払い条項が一部無効であるとした東京地裁平成8年8月22日判決(注)があり,その趣旨は,定期借地権にも参考になるところである。
ただ,土地の賃貸借契約の場合,当該土地について,農地を宅地に変更するような場合や,多数の土地を一体として造成するなど,完全な原状回復が困難な場合もあり,建物賃貸借とは相当事情が異なる。
したがって,このような場合の違約金は,建物所有を目的とする土地賃貸借契約という建物賃貸借との違いを考慮すれば,相当程度多額となってもやむを得ず,前記判例では,違約金を賃料の1年程度が相当としたものの(判決は,違約金条項それ自体は有効と判断),違約金として「解約予告日の翌日より期間満了日までの賃料を支払う。」という条項がある場合,契約締結後直ちに解約した場合であっても,その条項をそのまま適用する例が生じても差し支えないと考える。
注 東京地裁平成8年8月22日の判例は,「期間4年の建物賃貸借契約を 締結した際,賃借人が期間満了前に解約する場合は,解約予告日の翌日より期間満了日までの賃料を支払う,との違約金条項が定められていた契約で,契約締結10月後の解約事例について,違約金として残期間3年2月分の賃料請求は,無効であり1年間について認める。」という事案である。
民事法情報研究会だより№7実務のページp3参照。

(由良卓郎)

 

 

民事法情報研究会だよりNo.28(平成29年8月)

残暑の候、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
さて、去る6月17日の前期セミナーでは68名の会員が参加して、元日公連会長で弁護士の筧康生先生から「公証制度改革と公証人の役割」についてご講演をいただきました。日公連による公証制度の改革、とりわけ低収入役場支援策実施に至る部内の経緯等は、具体的で興味あるお話しでしたが、都合により講演録の冊子の印刷配付はいたしませんでした。欠席された会員の皆様には、講演レジメのみ本号に掲載いたしましたのでご了解ください。(NN)

今治とはどんなところ?(会員 檜垣明美)

私が、ここ愛媛県今治市に居を構えて、3年近くが過ぎました。
着任して1年あまりは、家庭の事情もあり、毎週末今治を離れていましたが、やっと腰を落ち着けて今治の生活を楽しむことができるようになりました。
昨今は、春から物騒な事件や大学の獣医学部新設関連で「愛媛県今治市」の名前がマスコミ等でたびたび話題になっていますので、ご存知の方も多いかもしれません。
ここ今治市は、愛媛県の東予地方にある人口約16万人の、県庁所在地である松山市に次ぐ愛媛県第2の都市です。今治駅前に、「造船とタオルの町にようこそ」との看板があるとおり、商売の街と言えるでしょう。
「造船」については、日本最大の海事都市であり、「海事代理士」という海運関係の司法書士的役割を果たす方がいます。仕事上、その名を初めて耳にしたときには、仕事の内容もイメージできませんでしたが、内航海運業関係の書籍を読んだり、海事代理士の個別レクチャーを受けつつ知識を深めながら「船舶共同建造」等の公正証書を作成しています。
また、先日は、今年で5回目になる「バリシップ2017」という3日間のビッグイベントも開催され、賑わいをみせました。
「バリシップ」とは、西日本最大の海事展として国内外に知られているものであり、日本の海事関連企業からはその最新の技術、サービスが展示されるほか、国外のナショナルパビリオンも設置され、出展社数300社を超える世界の業界関係者から注目を浴びるイベントです。
「タオル」については、「今治ブランド」で全国的にも有名になっていますので、ご存じのことと思います。肌触りがとても良く、私の大のお気に入りタオルです。高級な贈答品から、日常使いまで多岐にわたり品揃えされており、各社主催のバーゲンセールも頻繁に開催され、個人的にいろいろと買い込んでいます。
また、市内には「夢」や「文化」、「癒し」などがテーマになっているタオルとアートを融合させた世界的にも例を見ない「タオル美術館」があります。訪ねてみるのも一興かもしれません。
さらに、お出かけスポットと言えば、焼き肉のたれで有名な日本食研株式会社の宮廷工場等の見学はいかがでしょうか。敷地に入ると、工場方面からいい匂いがしてきますので、「食いしん坊」の方にはお勧めです。また、松山の道後温泉に知名度ではかないませんが、市内には日帰り温泉も幾つかあり、好評です。
そして、今治と言えば、やはり「しまなみ海道」でしょう。
瀬戸内「しまなみ海道」は、広島県尾道市と愛媛県今治市を結ぶ全長約60キロメートルの自動車専用道路で西瀬戸自動車道、生口島道路、大島道路からなっています。この道路は、瀬戸内海に浮かぶ芸予諸島の島々を橋で結んでおり、新尾道大橋以外の各橋には、原動機付き自転車道及び自転車・歩行者専用の道路が整備されています。瀬戸内海に散在する島々を眺めながらのサイクリングやドライブは絶景です。
島々に架かる橋の中で私の一番のお勧めは、来島海峡大橋です。世界初の三連吊橋で美しいブルーの海と優美な橋の姿は感動ものです。
そのほか、ゆるキャラのバリィさんがPRする「やきとり」や「柑橘類」もはずせません。
以上、雑駁な「今治」紹介をしてきましたが、「百聞は一見に如かず」です。当地にお越しいただく機会があれば、ぜひ声をかけていただけたらと思います。お待ちしています。
「住めば都」と言いますが、四季の移ろいを感じながら、その地域の良さをじっくり味わえる日々を過ごせたらいいなぁと思う今日このごろです。

今 日 こ の 頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。 

 

公証人の仕事に伴い体験した健康問題等(門田稔永) 

はじめに
公証人の仕事を終えて間もなく10年を迎えます。70歳代を迎え既に半ばを過ぎたためか、「高齢者」という言葉の響きに違和感も無くなったような気がします。しかし、果たして何歳を区切りとして「高齢者」と称するのが正しいのかという思いもあります。
ところで、6月初旬に霞が関ビルで開催された民事局OB会に出席した際、以前一緒に仕事をしたことがある現職公証人から、私の日々の健康管理等に関する生活スタイルについて聞かれました。そこで、若い現職公証人で体調が悪い方がおられる話をお聞きしたこともあること、及びたまたま本誌「民事法情報研究会の野口代表」から原稿依頼をされていたこともあり、誠に駄弁であるとは承知の上で小生が公証人に着任予定の間際に経験した想定外の出来事と、その後に於ける8年間の公証人在職中に体験等した健康問題とその対応等について書いてみました。少しでも在職中の公証人及び今後公証人に任命される後輩の方々のご参考にでもなれば幸甚です。

Ⅰ 健康管理は自己管理・・・人生初めての忘れられない脳手術の経験

1 俗に「健康管理は自己管理」と言いますが、誰でも長い人生の中で「自己管理」を図りつつ日々健康な生活を維持することは、易しい様でなかなか難しい問題ですね。私も健康管理には、それなりに注意したと思いますが、法務局退職時(平成12年3月)には、身長165cmにして、①体重は70.1キロ(標準体重61.6キロ)という完全なメタボ体質と血圧の高めの身体になっていたこと、②加えて複数の若手職員の方が同時期に脳動脈瘤破裂で退職されたこと等を知り、年齢等を考慮して我が身を振り返った時、この病状に関しては決して他人事とは思われず、日々の生活の中で一種の恐怖感みたいなものを抱くような気持になっていました。
そこで平成10年6月に共済組合のT中央総合病院の「脳ドックセンター」に於いて初めて「脳ドック検査」を受けました。その結果、自分でも一瞬信じられない想定外の「約3ミリ位の脳動脈瘤があります。」との主治医の診断に驚きましたが、更にビックリしたのは「当センターの脳神経外科からは、早急に手術をすることを勧められました。」との説明でした。正に突然、我が身に降りかかった病状に関する「宣告」に、驚愕と呆然とする思いでした。そのために、暫くの間、隣局の友人等に休日ゴルフに誘われた時には、「プレー中に破裂しないか」との不安な思いをすることもありました。しかし、取り敢えずこの事は家内にも伏せて「先ずは何とか無事に退職の日を迎えるのが第一だ!」という思いを心に秘め、約一年半は毎月の定期検診を受けながら日頃の「健康管理」に努めていました。
お陰様で平成12年3月、危惧するような症状の急変も無くて浦和局を最後に退職することとなり、通算35年間の公務員生活(民事局・法務局等職員)を無事に終えることができました。

2 「脳動脈瘤」の手術に当たって・・・我が身を託す慎重な病院・医師の選択
今でこそ色々な病気等に関連し医療機関の選択に当たっては、「かかりつけ医」との接触から始まり、患者の意思により自由に他の病院を選択すること(いわゆる「セカンド・オピニオン」)の活用が出来ることは、ごく当たり前の事として理解されております。しかし、平成12年頃では未だこの「セカンド・オピニオン」たる考え方や言葉は、必ずしも一般的に知られていたとは思われません。むしろ、通院している病院から他院を訪ねること等に関しては、患者の立場として何か引け目・弱みの様な思いがあったのではないでしょうか。

3 副院長の「ひと言」で決断した私なりの「セカンド・オピニオン」の実行
私の退職後の仕事に関しては、公証人として赴任地の内示は受けていたことから、その準備のための住居(マンション等)探しをしながら、前掲「脳ドックセンター」での検診と具体的な手術等につき担当医師と相談をしていました。そんな折、何故か担当医師から「受診予約は当方で行いますので、是非、T脳ドックセンターの副院長の診察(土曜の午後)を受けて頂きたい。」との説明がありました。従ってその後は、当該副院長による診察を受けることになりましたが、確か平成12年4月頃の検診の時に「未破裂脳動脈瘤」の手術とは言え、我が身と家族の将来の有り様等に係る手術であることから、副院長の診察による説明が終わった時、私は自分なりに覚悟を決めた思いで「誠に失礼な不躾な質問で申し訳ありませんが、先生がもし、私と同じ様な症状の脳動脈瘤の手術を受けられるとしましたら、当脳ドックセンターに於いて手術を受けられますか?」とお尋ねしたら、暫しの沈黙後に「それは、何とも言えないですね・・。」という回答でした。私は「えっ!」と一瞬、信じ難い言葉の様に聞こえたことから、「それでは、私自身この手術の結果に全てを託していますので、もし先生が信頼できる病院と思われている他の病院をご存知なら、それは何処の病院か是非お教え願えませんでしょうか。」とお聞きすると、暫くして「それはT女子医大の脳神経外科かな。」という答えでした。更に私は、厚かましいことは承知の上で、「では、誠に申し訳ありませんが、是非そのT女子医大脳神経外科で信頼できる先生をご紹介方、お願い頂けませんでしょうか。」と懇願した結果、「H省関連の共済職員の方だから、後から訴訟にでもなったら困るからなあ・・」と笑いながら話された後、最近、他大学からT女子医大脳神経外科の筆頭教授として帰任されている「H教授」への紹介状を書いて頂きました。
今から顧みますと、「大変厚かましかったかな?」と苦笑する思いもしますが、その甲斐あって今日の自分があることを考えると、「これは、私なりの「セカンド・オピニオン」の先取りだったかな?」という思いはあります。

4 前掲1及び3の経緯を経て、私は希望通りに平成12年6月7日にT女子大脳神経外科に入院。前掲3の筆頭教授の下に主治医のK准助教(と思った)外4名のチームが手術を担当されることとなり、病名は「脳動脈瘤(未破裂)」で入院後の約1週間は、各種の事前検査等が実施され、6月14日午前9時から前記の手術(クリッピング術)が施行されました。私が麻酔から覚めICUの部屋から個室に戻ったのは、6時間余を過ぎた午後3時過ぎでしたが、麻酔から覚めた時に先ず私がやったことは、両手の指折りが出来るか否かの確認であり、それを確認してから再び安らかな眠りに就きました。術後の回復も順調で痛み等も無く身体機能も平常に戻って無事に退院したのは、奇しくも私の誕生日(6月30日)の日でした。

5 私は、前掲の「脳動脈瘤(未破裂)」の手術後、約2か月半後の9月1日をもって公証人に任命され、愛知県西尾公証役場の公証人として着任しました。約3年間位は年に数回定期検診の為に上京しましたが、以後症状変化も無くて現在に至っております。余談ですが、私の担当主治医であったK先生は、その後栄進されて数年前からT女子医大脳神経センター(以前の「脳神経外科」から改称)の筆頭教授として活躍されておられます。もし前掲の手術での失敗等があったとしたら、私は公証人としての任命(任命及び退任時に於ける法務大臣は、同じ保岡興治氏)をお断りする覚悟を決めていた事も、今は懐かしい思い出の一つです。

Ⅱ 公証人として在職中に体験した幾つかの健康問題

私は満76歳を迎えたばかりですが、現在の身体状況等は、①身長164cm、②体重59キロ、③体脂肪16.5、④基礎代謝量1310、⑤内臓脂肪11、⑥筋肉量47という状態です。この数値は、私の年齢・身長から見れば問題のない身体状況の様ですが、現在日々の健康管理として心掛けているのは、適度な運動と筋トレ等を含め、食事等にも留意しながら過ごしております。以下は、私が公証人在職中に於いて体験した幾つかの病状等ですが、必ずしも公証人の仕事に伴う職業病とまでは言えないとしても、この仕事関係と全く無関係とは言い難い公証人在任中に体験した健康問題等に関連した出来事について記憶を辿ってみました。

1 公証業務を開始して間もなくの胃炎発生・・・近くの医者とは仲良くすべし
公証役場に来所される人達は、それぞれ目的等も異なることからその対応等については、各公証役場でそれぞれ工夫・苦心されておられることと思われます。また、公証役場に来所される方は、初めての人や来所経験豊かな人等、色々あると思われます。しかし、公証人となって間もない頃は、来所者の目的やその心中の思い等を直感的に把握することは必ずしも容易なことではなく、一般的にそんな心の余裕が持てる状況でもないように思われます。顧みますと、私自身も当初は同様の状態であったように思いますが、何か良い方策はないかと思案していた折に、「公証役場の公証人として、来所者に対する最大最良のサービスとは、先ずは公証人自身の元気な笑顔と来所者を安心・安堵させる最初の一言(言葉)ではないか?」という思いに辿りつき、以後、その実行を日頃から心掛けるようにしていました。
しかし、公証人として仕事開始当初は、一日の終わり頃は心身ともに疲労感等を感じるのが一般的ではないでしょうか。大袈裟に言えば、正に一日の間に仕事で抱え込んだ色々なものが体に纏わり付いた状態ではないかと思われました。そこで、私は自宅に帰ってからは可能な限り「ゆったりした気持ち」で食事等を終え、寝る前は、疲れを癒すための呪文のような「宵越しの ストレス残さず 朝ぼらけ」の思いを大事にするよう心掛けていました。しかし、やはり数か月後「胃炎の症状」を感じるようになりました。幸いだったのは、近隣に同じロータリークラブ会員の内科医が居られましたので、早速、相談したところ、診察後その当時に普及し始めた胃癌防止のための「ピロリ菌の駆除」を勧められ、①潰瘍の薬と②2種類の抗生物質の3種類によって一次除菌に成功して、お陰様で所要の服薬等によって以後は胃炎の症状も解消されました。
但し、現在の状況から言いますと、過去に於いて「ピロリ菌の駆除をした人」は、それが原因で一般的には胃の「萎縮性胃炎」の症状が見られると説明されていますが、その指摘はピタリと当たっており、私も毎年受診している「胃の内視鏡検査」に於ける結果では、その症状があることが指摘され現在に至っております。

2 突発性難聴・・・夜更けの駅で「かかりつけ医」との思わぬ出会い
⑴ 「突発性難聴」とは、いつから耳の聞こえが悪くなったのか、はっきり自覚できる状態で突然に難聴が起こることが特徴であり、難聴の多くは片方の耳に起こるとのことです。また、適切な治療は発症後2週間がリミットであり、治療開始の時期によって完治率が左右される旨の説明がされています。しかし、適切な治療を受けたとしても難聴が完治する確率は、約3分の1とも言われているようです。
ちなみに、その原因としてはストレス、ウィルス感染、内耳循環障害(血流障害)等が考えられるも、明確な原因に関しては未だ判っていないとのことですが、私自身がある日突然、この「突発性難聴」たる病を体験することになるとは、全く想像もしていなかった出来事でした。
⑵ 私の体験した「突発性難聴」は
① 西尾市に所在する私の公証役場から僅かな距離に隣接する地に市内でも信頼の高い「耳鼻咽喉科」がありました。平日は混んでいること等から夫婦共々土曜日に定期検診等に行きお世話になっていたこともあり、先生のお顔も存じておりました。
私の日頃の検診結果では何事も無かったのですが、確か平成16年の秋頃の朝起きた時に、右側の耳がジンジンする痛みと「ボアッ」とした感じがあり、何の音も聞こえない状態に「一体何事だ!」とビックリしました。しかし、その日は土曜日で生憎、昼頃からJR名古屋駅近くのホテルで「名公会」の会議等が予定されていました。取り敢えず病院に行きたくても時間外であるので、仕方なく救急処置も諦めて予定通り名古屋駅前の会場に行き、何とか「左側の聞き耳」だけで一日を過ごして懇親会にも出席しました。しかし、時間の経過と共に強い痛みも感じるようになったことから、懇親会終了と同時に急いで帰途の電車に乗りました。
② 自宅近くの駅に着く前から、右耳の痛みも更に増してくるので一晩中痛みが続くことも思案しながら、その駅を乗り過ごし「夜勤の方が居られないか耳鼻科を訪ねてみよう。開いているかな?」という不安も抱きながら西尾駅まで行き改札口へ降りている時でした。何と思い掛けないことに耳鼻科の先生も改札口に向かっておられる姿を拝見して、一瞬「助ける神様も居られたか!」という安堵の思いでした。改札口を出るとき先生に挨拶したら「私も名古屋に用事があり遅くなりました。」とのお話でしたが、私が「誠に申し訳ない話ですが」とお断りして、今朝以降の出来事等を先生にお伝えすると「ああ、それは突発性難聴ですよ。夜勤の看護師も居ますからどうぞ一緒に来て下さい。」と病室に案内して頂きました。多分、10時頃と思われましたが、診察後に「今夜は病室に泊って下さい。」とのことで直ぐ点滴が始まりました。しかし、点滴の針が上手く入らないための痛みが残り、なかなか眠れない一夜でしたが、無事に終わったのは朝焼けの陽射しが眩しい頃でした。自宅には名古屋からの帰途に奇しくも耳鼻科の先生と会えて、病院で朝まで点滴が続く旨を伝えましたが、「突発性難聴」という人生初めての経験の中で得た心に残る忘れ難い人との出会いの有り難さと尊さを噛みしめた夜でした。突発性難聴の治療法は、飲み薬が中心で薬物療法には「副腎皮質ホルモン薬・ステロイド薬」等があるとのことですが、あの夜の長時間に及ぶ点滴の痛さは身に堪えました。

3 気付かぬ内に進行する目の病・・・サイレントキラー的な白内障
⑴ 目の病気の一つである「白内障」とは、目の中のレンズの役割をする水晶体が濁ってしまう病気であると言われていますが、私は平成10年に宇都宮局に在任中の頃から、視界の中で小さな虫が飛び交うような、いわゆる「飛蚊症」の症状があることに気付いて通院していました。しかし、ある程度その症状が治まったことや転勤等で、それ以降は特に眼科での治療はしないままで、平成12年9月から西尾公証役場での公証人としての仕事が始まり数年を経ていました。
⑵ 少し、「飛蚊症」の話とは外れますが、私は法務局等の在任中「車の運転免許」に関しては、全くその気もなく必要性も感じない生活でした。しかし、西尾市での公証人の仕事に慣れた頃から住居地周辺はトヨタ自動車やその系列会社のデンソウ等があり、また、近隣住民の多くが小型自動車なら数台所有という「車社会」であることに気付きました。そして、思いついたこととは「もし将来このままで車と全く縁がないとしたらどうなるか?」との不安と共に、時々見掛ける高齢者の方の「手押し車」による買い物姿と同じような家内の姿を想像すると「何とも不憫で可哀そうだ!」という思いに駆られました。そこで、たまたま自動車教習所が自宅に近い所にあることから、63歳で「ヨッシャ。必ず運転免許を取るぞ!」と3月頃に思い立ち、早朝の散歩を兼ねて教習所の練習コースの下見等や練習を繰り返し、平成15年7月24日に幸いにも一回で試験に合格して普通車の運転免許取得が実現しました。正に夢心地での「快哉!」を叫びたい思いでした。
⑶ そして、運転免許取得の1か月後に自家用車を買いましたが、この自家用車購入に当たって私が心に決めていたことは、①決して自動車教習所で乗車した車と同じ、又はそれより小型の車は買わない(小型に慣れて普通車への乗り換えの考えは無駄である。)、②地元のトヨタ系の自動車は絶対買わない(新車の発売毎に買い替えを勧められる。)という思い等から、自家用車を買う時は、③「若しもの事故等に遭遇した際、車両は傷ついても、運転者・同乗者等に対する被害を最小限に留める。」という、創業者・本田宗一郎氏の「ホンダイズム」の思いに心惹かれること及び車両の構造等に関して、先ず、①衝突安全ボディを採用していること、②運転席・助手席のエアバッグの標準装備、及び③オプションによってサイドエアバッグの装備ができること等から推測されるように、初心者にとっては極めて安全性が高く当たり負けしない車であることを考慮して、車種は普通車・5人乗り・総排気量1.99、長さ466cm等の「ホンダ・アコード」を購入することに決めました。在任中は、この愛車で公正証書による遺言等の際に外出するようになりましたが、帰途は装備されているCDプレイヤーで好きな「カーペンターズの歌」を遠慮なく聞かれることが何より楽しみで、「精神的な面で車の効用の有り難さ」を噛みしめる思いでした。現在でもこの愛車に乗って同じ様に音楽を楽しんでおりますが、気分転換とボケ防止等にも役立っているように思われます。
⑷ 話は「白内障」のことに戻って、運転免許取得から2年余を過ぎた頃から、車の運転中に周辺の灯りが眩しく感じることがあり、特に夜間には強い光や街灯の光を見た場合は眩しく見えることが多くなりました。また、雨の日の夜間運転の際は対向車のヘッドライトが通常より更に強い眩しさを感じることが多くなり、これらの症状が気になる状態であることに気付きました。今迄は特に日常生活に於いて特段の支障はなかったように思いますが、これらの症状が徐々に進行して今日に至ったことが不安になり、西尾市に来て初めて眼科医院を訪ねました。
その診察の結果は、「両目とも白内障の症状がありますね。」という診断でした。現在の仕事等との関係では、何より視力等が大事なことを考えると、ガックリする思いでしたが、宇都宮局在任中に経験した「飛蚊症」の症状等が公証役場の長時間に及ぶパソコン使用等によって影響があったかなという思いもしました。しかし、厄介なことに「白内障」という症状の特徴は、気が付いた時には既に「手術」以外の方法が選べなくなっている場合が多いとの説明でした。そこで、手術をする場合に術後の療養期間及び仕事との関係等を考えても直ぐには良策は見当たらないので、結論的には公証人在任中に於ける手術は諦めて、その間は当病院を「かかりつけ医」として診察を継続する旨のお願いをしました。幸いなことに、特に私から他病院への通院等を依頼したことはなかったのですが、毎週の診察過程に於ける症状等を踏まえて「かかりつけ医」が自ら、近辺に所在する市営病院内の眼科を紹介してくれたこともあり、公証人退任迄の間は当該病院に通院することにしました(医師自身からのセカンド・オピニオンか?)。
⑸ 私は平成20年9月1日付けをもって公証人を退任後、暫く西尾市内に在住中に前掲「白内障」の手術を考えていました。病院は情報で名古屋市熱田区三本松所在の「中京眼科」に「白内障手術・硝子体手術」の「いわゆる名医」が居られることを知って、数回通院後に先ずは右目の「日帰りの白内障手術」を受けました。手術時間は約10分以内で「あっという間」に終わって、「大きい眼帯」を付けた状態での帰宅でしたが、特に痛みもありませんでした。但し、目を保護するための自宅での予後措置は大変でした。しかし、結果的には短期間の通院によって眼帯を外す日が来て、右目の眼帯を外した時の周辺の様相が「何と世間が明るく見えて綺麗な風景だ!」と感動したことを記憶しています。
その後、平成21年の春頃に横浜市の自宅に戻りました。その数年後に横浜市青葉区内に開院して間もない眼科医のことを知り、「白内障の手術」もしている旨の情報を知って通院するようになり、平成24年5月頃にもう片方の「左目の手術」をしました。このように、私は時を異にして左右の両目につき「白内障の手術」をしましたが、現在に於ける視力は両目共に1.2の状態です。しかし、残念ながら現在は、高齢者に多い「緑内障」の症状があるとのことから、月1回の通院をしていますが、つい最近、眼科医の処方箋によるパソコン使用時の「専用の老眼鏡」の購入を指導され、その眼鏡を初めて使用して本原稿を作成した次第です。

 

クルーズの楽しみ(本間 透) 

私は、昨年の7月1日をもって福島県のいわき公証役場の公証人を退任してから1年が経過しようとしています。退任直後は、達成感と一抹の寂しさがありましたが、現在は、安堵感と解放感に浸っています。
公証人在任中は、毎日、ひっきりなしに相談や証書作成等で嘱託人と接し、声が嗄れるほどしゃべっていましたが、退任後は、毎日しかも四六時中妻と一緒ですので、そんなにしゃべることもないせいか、妻から活舌が悪くなったと指摘されています。それだけでなく、お互いに目につくことや気になることがいろいろと生じますが、先が長いと思われる老後のことを考えると、至らないことは、素直に認め、できるだけ二人が一緒に楽しめることをするようにしています。
最近、テレビや新聞広告等で豪華客船のクルーズが取り上げられ、日本近海や遠くはハワイ、カリブ海、地中海、エーゲ海などのクルーズが人気となっています。その期間は、短いものでは、3日間、長いものでは、数か月かけての世界一周など様々です。
クルーズの魅力は、①オールインクルーシブ(全部込み)で、移動、宿泊、食事、アミューズメント施設(ショーやプールなど)に要する費用全部がクルーズ料金に含まれる(個人的な買物やアルコールは除く。)ので、船内でお金を使わないで済む。②レストランや食事スタイルが複数あり、食事の選択肢が増える。③客室カテゴリーは、スイートから内側まで多岐にわたり、料金によって選べる。④甲板からの360°の大海原や出入港の際の景色など他にはない非日常的性がある。⑤船内では、生演奏やショーが催され、ゲーム、カジノ、映画、プール、スポーツジムなどが楽しめる。⑥荷物は、客室にそのままで、寝ている間に移動するので、体力的に負担が少ない。⑦寄港地では、上陸して観光が楽しめる。ことにあります。

私達夫婦もクルーズにはまっており、そのきっかけは、妻が加山雄三さん(今年で80歳の永遠の若大将)の大ファンで、私もその影響でコンサートがあれば一緒にあちこち出かけていました。そのうち、加山さんが「飛鳥Ⅱ」でコンサートをするクルーズがあることを知り、早速申し込んだところ、予約がいっぱいでスイートしか空いていないとのことで、妻に聞いたら、迷うことなく「即予約でしょ!」となり、横浜港から出港して伊豆諸島を廻って横浜港に戻る2泊3日のクルーズに参加しました。
ちなみに、飛鳥Ⅱは、日本最大の客船(50,142トン、全長241m、全幅29.6m、最高速度21ノット、乗客定員872名、客室数436、乗組員約470名)で、日本発着のクルーズが主ですが、来年は、世界一周のクルーズを復活するとのことです。
飛鳥Ⅱでの船旅は、短期間でしたがこれまで経験したことのないゆったりとした優雅な旅行で、しかもディナーの際は、サプライズで加山さんが私達のテーブルの間近で乾杯の音頭をとり、加山さんとの握手会や講演会そして乗客だけの素晴らしいいショータイムがあり、初めてのクルーズに大満足でした。

その後、クルーズに関してネットで調べていたところ、世界の豪華客船の中で洋上の貴婦人と言われ、最も格式の高い「クイーンエリザベス」が、神戸港開港150年を記念して初めて日本発着のクルーズを行うことが分かり、一昨年の11月の予約開始日に複数の旅行会社を通じて予約しましたが、いずれもキャンセル待ちで、それもかなり後順位であったことから諦めていたところ、昨年の11月にキャンセル待ちをキープしてくれていた旅行会社からキャンセルが出た旨の連絡があり、とても幸運でした。
ちなみに、世界の豪華客船の種類としては、カジュアル船:旅行代金が格安で、3~7泊のクルーズが中心となり、乗客定員が2,000名を超す70,000トン級の船、プレミアム船:乗客2名に対し約1名の乗組員が乗船しているので、きめ細かいサービスが期待でき、7泊以上のクルーズが中心となり、船内もゆったりしている船、ラグジュアリー船:2週間から3か月以上のロングクルーズが中心の高級船で、乗組員1名当たりの乗客数が2名以下で優雅で充実したサービスを味わうことができる船があり、それらの占める割合は、カジュアル船が80%、プレミアム船が16%、ラグジュアリー船が4%となっています。クイーンエリザベスは、90,900トン、全長294m、全幅32.3m、高さ54.5m(12フロア)、乗客定員2,081名、客室数1,043、乗組員数1,105名のラグジュアリー船となります。
本年3月13日に憧れのクイーンエリザベスに神戸港から乗船し、神戸港開港150年記念イベントとして盛大な見送りを受け、午後8時に出港しました。クイーンエリザベスは、世界一周の途中で神戸港に寄港し、そこで記念クルーズに参加した日本人を乗船させ、8日間にわたり各地を巡りながら神戸港に戻り、記念クルーズの日本人は下船し、これ以外の世界各国の乗客は、世界一周を続けるとのことでした。
2日目は、終日クルーズ、3日目は、鹿児島に寄港し、市内を観光、4日目は、韓国の釜山に寄港し、慶州を観光、5日目は、終日クルーズ、6日目は、広島に寄港し、市内観光、7日目は、高知に寄港し、市内観光、8日目は、神戸に帰港しました。この間、2回ドレスコード(ディナーの際の服装の決まり)のフォーマル(男性はタキシード、女性はイブニングドレス)の日があり、私も初めてタキシードを着用しましたが、慣れないせいか食後はかなり疲れました。日本の寄港地では、いずれもクイーンエリザベスが入港するのが初めてということもあり、盛大で心のこもった歓送迎イベントがあり、日本のおもてなしの気持ちが十分に伝わりました。

本年5月には、札幌在住のS氏から勧められ、かねてから是非実現したいと熱望していたマイン河・ライン河の船旅とスイスの名峰ユングフラウの観光に行ってきました。
5月13日に成田空港からスイス航空でスイスのチューリヒに向かい、そこで乗り継いでドイツのミュンヘンに到着し(飛行時間等約15時間)、バスで船旅の船が停泊しているニュルンベルグに向かい、午後11時に到着し、「セレナーデ号」に乗船しました。このセレナーデ号は、日本の旅行会社が日本人乗客専用の船として建造したもので、船籍はオランダ、1,700トン、全長110m、全幅11.4m、乗客定員137名、客室数70、乗組員30名、日本からの添乗員7名のリバークルーズ船です。
翌日から9日間かけてマイン河の上流からライン川に入り、50か所以上の水門を経て、両方の河添いにあるドイツとフランスの10か所の世界遺産等の都市を訪れました。途中でマイン河とライン川の分岐から古城渓谷に入り、両岸の山上に築かれた古城群やローレライの岩、急斜面の広大なブドウ畑を船のサンデッキから眺める景色は、このクルーズならではのものでした。
数々の世界遺産の都市では、ヨーロッパ中世の神聖ローマ帝国時代に築かれた堅牢でそびえ立つ城壁と天を突かんばかりの高い尖塔のある大聖堂が残っており、当時の領主と大司教を兼ねた権力者の計り知れない権勢と財力を思い知らされました。
11日目にスイスのバーゼルに入港し、そこからバスでベルンを経由してアルプス観光の拠点であるグリンデルワルトのホテルに到着しました。ホテルのベランダからは、アルプスの名峰であるアイガーを始めとする山々が眼前に迫り、何時までも見飽きない景色でした。そして、二日間かけてロープウェーや登山列車を乗り継ぎ、標高2,970mのシルトホルン展望台やヨーロッパ最高地点の標高3,454mのユングフラウヨッホ駅に行き、その車中や展望台から眺めるアルプスの絶景を満喫しました。
こうした15日間でクルーズ仲間として多くの方々と知り合い、特に船中での食事やイベントの際にいろいろと会話できたことも大きな楽しみでした。

その後も旅行雑誌やネットでクルーズ情報を見ながら、時間的かつ経済的に許される範囲でクルーズを楽しみたいと思っております。

 

 

実 務 の 広 場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.52 債権回収会社(いわゆる「サービサー」)から執行文の付与及び送達の申立てがあった場合の手続について

公証人に任命されてから早いもので数年が経ちました。今だに悩む事案も多々ありますが,苦労しながらも他の役場の公証人の方々のご指導を得ながら何とかここまで来たという感じです。そんな中,先般の「民事法情報研究会だより」に、執行文の付与等に関する経験談が掲載されていましたが,私も公証人に任命されてまだ間もないころに,執行文の付与・送達申立て事案を苦労して処理したことがありました。
そこで,私が経験した執行文付与と特別送達の事案について紹介し、参考に供したいと思います。

1 申立ての概要(実際の事案を簡略化しています。)は、次のとおりです。
(1) 執行文を受ける執行証書 昭和○○年第○○号「金銭消費貸借契約公正証書」
公正証書中に期限の利益喪失条項として「債権者の催告」が条件として記載されている。
(2) 債権者 ○○公庫(政府系金融機関。以下「甲」という。)
債権者甲は,公正証書作成後,法律に基づき解散し,○○機構(以下「乙」という。)が甲の権利・義務を承継している。その後、前記公正証書記載の債権については、乙が○○債権回収株式会社(以下「サービサー」という。)に対し、その管理回収を委託している。
(3) 債務者 丙
丙は死亡し丙の債務を丁が相続している。
(4) 強制執行をすることができる範囲 債権の一部
債権者は,債務者から貸金債権の一部弁済を受け、また、貸金債権を被担保債権とする抵当権実行として配当金を受領している。

2 執行文付与の手続において特に検討を要した事項
(1) 執行文付与の申立適格者は誰か。
執行文付与の際の①債務名義が存在すること、②債務名義が執行に適した内容を有すること、③債務名義の執行力が現存すること、④執行認諾文言が記載されていること等一般的な要件については充足しており、特段問題となることはありませんでしたが、本件の場合において,執行文付与を申し立て得る者(公正証書に表示された債権者又はその承継人)が誰になるのか、つまり、債権者甲の権利・義務を法律に基づき承継した乙なのか、又は乙から債権の管理回収を委託されたサービサーになるのか、について疑問が生じました。
この点に関し、サービサーの権限については、債権管理回収業に関する特別措置法第11条第1項にその定めがあり、「債権回収会社は,委託を受けて債権の管理又は回収の業務を行う場合には、委託者のために自己の名をもって、当該債権の管理又は回収に関する一切の裁判上又は裁判外の行為を行う権限を有する。」とされており、同条の説明として、「(サービサーが)①委託者のために、自己の名で裁判外の行為等を行い、その効果を委託者に帰属させることができることを明らかにするとともに、②任意的訴訟担当として、委託者のために自己の名で裁判上の行為を行うことができることを明らかにした規定であると解されており、委託がなされた場合には,執行の場面においても,サービサーが執行当事者適格を有することとなる…」(東京会報12.2.10p以下参照)、さらに「…サービサーを執行当事者とする承継執行文付与が必要」(前同)とありましたので、サービサーを執行当事者適格を有する者と認めるとともに、サービサーを承継人として執行文を付与することとしました。
(2) 証明書等として何を提出させるか。
本件申立ては、債権者・債務者の承継(民執法27Ⅱ)、事実到来(民執法27Ⅰ)、強制執行できる範囲が一部(民執規17Ⅰ)についての執行文付与の申立てであり、これらの証明文書として何を提出させるかについて検討を要しましたが、次の文書を提出してもらいました。
① 債権者甲から乙に権利・義務が承継されたことの証明として,その根拠となる法律が掲載された官報の写し,及び申立てに係る債権の管理を乙からサービサーに委託したことを証明するものとして乙の証明書
② 債務者丙の相続により相続人丁が申立てに係る債務を承継したことを 証明するものとして,戸除籍謄本,並びに相続の放棄及び限定承認の申述が受理されていないことの家庭裁判所からの回答書
③ 前記公正証書の期限の利益喪失条項に,「債権者からの請求を受けたときは…期限の利益を失う」旨の約定がありましたので,債権者から債務者に催告をした事実を証明する文書等として「催告書」(内容証明郵便)及び「郵便物等配達証明書」
④ 以上のほか,強制執行のできる範囲が公正証書記載の貸金債権の一部 ということでしたので,執行文付与申立書にその範囲を具体的に記載してもらい,併せて利息・損害金算出の計算書も提出してもらいました。
(3) 執行文をどのように記載するか。
単純執行文,事実到来執行文,承継執行文,請求権の一部執行の各場合については,日本公証人連合会発行の「公証実務」160ページ以下に,それぞれ執行文の文例が個別に掲載されていますが,本件は,
①債権者の承継(甲⇒乙⇒サービサー)があったこと。
②債務者の承継(丙⇒丁)があったこと。
③債権者の証明すべき事実が到来したこと。
④請求権 の一部についての執行ができる旨
のすべてを執行文中に記載する必要があり,具体的にどのように遺漏なく正確に記載したらよいかについてはかなり悩むところとなりました。
種々苦慮した結果,日本公証人連合会発行の「公証実務」184ページに掲載されている執行文書式を使用することとしました。この書式は,表形式で所要事項を記載することができるものであったため労少なく作成することができました。この書式が裁判所で通用するかどうか一抹の不安はありましたが,このことにつき特に指摘はありませんでした。実例を示すと末尾に掲載した資料のとおりです。
今後,本件のような複雑な執行文の場合には,この書式が有効に活用できるのではないかと思っています。

3 送達手続
(1) 送達を要する書類
強制執行をするには,公正証書の謄本を債務者に送達しなければなりません。また,本件のように,執行証書に表示された債権者・債務者以外の者に対して執行文が付与される場合及び執行が条件にかかる場合には,債務者に対し前記公正証書の謄本のほかに債権者が提出した証明文書の謄本と執行文謄本とを送達しなければなりません(民執法29)。本件は,執行文の付与の申立てと同時に送達の申立てもありましたので,その申立てに基づき,次の書類の送達手続を行いました。
①公正証書謄本
②債権者及び債務者の承継の事実を証明する文書の謄本
③事実到来を証明する文書の謄本
④執行文の謄本(②③を含む。)
(2) 郵便送達報告書の記載内容の確認及び送達証明書の発行
⑴の①から④の書類について郵便局において特別送達手続を行い,その後,郵便局から郵便送達報告書を受領しましたが,送達先である受送達者の住所と郵便送達報告書に記載された送達場所が異なっていることが判明しました。郵便送達報告書には,同居者等ではなく受送達者本人が受領した旨の記載がありましたので,転居後の新住所に適正に送達されたことは推測できましたが,「送付を受けた公証人は『郵便送達報告書』の記載内容を点検し,送達場所が特別送達の宛先場所と異なっているときなどは,その理由等を担当の郵便集配人に問い質し,有効な送達がなされているか否かを確認する。」(公証人法関係解説・先例集(法務省民事局編)185ページ)こととされていますので,念のため,当職から郵便局に電話してその理由を確認しました。これに対し,郵便局は,「郵便送達報告書記載のとおり,本件送達は適正に送付された。」と答えるのみでした。そのため,当職としては,本件書類については有効に送達がされたものと認めることとしましたが,裁判所の強制執行手続においてこのことが問題になってはいけないと考え,念のため,「郵便局に適正に送達されていることを確認済み」の旨を記載した簡単な文書を送達証明書に添付(職印で契印)して,申立人に,執行文を付与した公正証書正本とともに交付しました。
4 その他
以上の手続後,公正証書原本に執行文付与の旨の記入(民執法規18Ⅰ)を終えて,本件事案の手続をすべて終了することができました。
実はこの事案には後日談があります。それは,申立人に執行文及び送達証明書を交付後しばらくして,申立人から「裁判所が執行文中の執行債権者(承継人)はサービサーではなく乙を記載すべきである,と言っているので,執行文を訂正してほしい」旨の連絡がありました。この指摘に一瞬戸惑いましたが,上記処理に誤りはないはずとの確信のもと,申立人を通じて裁判所に対しその旨を説明しましたが,裁判所は直ちには理解をしてくれません。そこで,当職から裁判所の担当書記官に直接説明をし,資料を送付して,最終的に理解を得ることができました。
以上,最初から最後まで苦労の連続でしたが,いい経験をさせていただきました。

(椿  栄一)

 

No.53 法人格のないマンションの管理組合と管理費の滞納者間で債務弁済契約公正証書を作成する上での留意点(質問箱より)                      

【質 問】
法人格のないマンションの管理組合から管理費を滞納している人との債務弁済契約の公正証書を作成したい旨の相談がありましたが、公正証書を作成する上での留意点について、ご教授ください。
【質問箱委員会回答】
マンションの所有者は、全員で、建物並びにその敷地及び附属施設の管理を行うための団体を構成し、管理組合法人とすることができるのですが(区分所有法3、47Ⅰ)、お尋ねの管理組合は、法人化の手続きをしていない団体と思われます。このような団体を、法人格なき団体あるいは権利能力なき団体と呼んでいますが、法人格なき団体が公正証書を作成する上での留意点としては、次のようなことがあると考えられます。
1 法人格のない団体を当事者とする公正証書作成嘱託の可否
法人格のない団体については、一定の場合に当事者能力を認める取扱い(民事訴訟法第29条、特許法第6条、供託規則第14条第3項)や、法人とみなす場合(国税通則法第3条、所得税法第4条、法人税法第3条)などがありますが、公正証書作成嘱託については、そのような規定がないことから、その団体を当事者とする公正証書作成の嘱託には応じられないものとされています(昭和35.3.28民事甲733号民事局長回答。日本公証人連合会編「公証事務先例集」221頁)。
そうすると、このような法人格なき団体の公正証書の作成は、登記申請の場合に「社団の代表者が、社団の構成員全員の受託者たる地位において、個人の名義で所有権の登記をすることができるに過ぎず、社団を権利者とする登記をし、または、社団の代表者である旨の肩書を付した代表者個人名義の登記をすることは、許されない」旨判示した判例(最高裁昭和47年6月2日第二小法廷判決。判例タイムズ282号164頁、民事月報27巻11号191頁等)の考え方と同様に、団体の代表者とされる個人名義で行うほかないこととなります。
このような考え方は、公証実務において定着した扱いであり、お尋ねのような法人格のないマンション管理組合にあっては、団体名義での公正証書の作成はできず、当該管理組合の代表者である管理者個人を当事者として公正証書を作成することになります。
2 公正証書本文に当事者として記載する団体名の表示方法
法人格のないマンション管理組合にあっては、その名義ではなく、代表者である管理者個人を当事者として公正証書を作成するとしても、そこに記載されている個人は、マンション管理組合の代表者としての個人であり、純然たる個人としての権利義務に関するものではないので、公正証書本文においてそのことを明らかにしておく必要があるものと思われます。
そこで、実務においては、公正証書の本文中において、通常の場合であれば「債権者○○太郎(以下「甲」という。)は、」のようにするところを、「債権者□□マンション管理組合管理者○○太郎(以下「甲」という。)は、」のようにするほか、「甲が本契約に基づいて受領した金員は、□□マンション管理組合の△△会計に所属させる」旨を明記するなどして、甲個人の債権債務とは別のものであることを明記しておくのが一般的な扱いです。
なお、本件は、管理組合が債権者となる例であり、余談となりますが、仮に管理組合が債務者となって強制執行認諾を行う場合、債務者はその団体の代表者個人とせざるを得ないので、代表者個人の財産に強制執行がされないよう、前述のように、甲個人の債権債務とは別のものであることを明記するほか、執行受諾文言において債務の引当財産として団体の財産を特定して記載し、これに限定する旨を明記しておくなどの方策が必要となります。
3 本旨外要件に当事者として記載する団体名の表示方法
法人格のない団体の代表者を当事者とする公正証書を作成する場合、法人格のない団体の代表者の場合に関する特別の根拠規定もありませんから、本旨外要件の嘱託人欄は、個人としての住所・氏名等を記載するほかないことになりますが、この場合は、括弧書きにより団体の代表者たる肩書きを併記する取扱いが相当であり、そのような記載方法は可能とされています(日本公証人連合会編「新訂 公証人法」91頁)。
4 提示(提出)を求める資料
公証人法では、嘱託人の確認のため印鑑証明書の提出を要するほかこれに準ずべき確実なる方法により人違いなきことを証明させることを要すると規定していますので(公証人法28Ⅱ)、マンション管理組合の管理者個人及び債務者は、印鑑証明書あるいは自動車運転免許証等の提出を要することになりますが(代理人による場合については、公証人法31、32Ⅰ)、それ以外にどのような資料を提出させるかについては、公証人法は、何ら規定を設けていないので、公証人の判断に委ねられることになります。本件のような場合には、次のような資料について、原本の提示を求めるか、写しの提出を求めるのが相当と思われます。
(1) マンション管理組合規約(当該マンション管理組合が法人格はないものの団体として存在していることが必要であり、そのことを確認)
(注)管理組合の主たる事務所について、規約に定めのないときは、これを定めた理事会の議事録
(2) 総会議事録(嘱託人が当該マンション管理組合の管理者として選任された者であることを確認)
(注)写しが提出された場合は、議事録の写しに相違ない旨の理事長の署名・実印の押印が必要
(3) 総会又は理事会議事録(本件債務弁済契約を締結することについて、管理規約に基づく有効な決議がなされていることを確認)
(4) 場合によっては、区分所有者名簿
(参考文献)
財団法人東京公証人協会公証問題研究会編著「公証Q&A 公証役場へ行こう!」(社団法人民事法情報センター)24頁、新訂法規委員会協議結果要録542頁、公証実務(解説と文例)43頁、公証82号92頁