向暑の候、会員の皆様におかれましては、ますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
去る6月17日(土)、実に4年ぶりに会員の皆様が参集する形で、会員総会、セミナー及び懇親会を開催することができました。ご参加いただきました会員の皆様、誠にありがとうございました。
本研究会も平成25年5月31日に正式に発足して以来、丁度10年を迎えました。今後、10月号を10周年記念特集号として発行する予定ですが、それまでにもお寄せいただいた記事等の一部を「だより」に掲載させていただきます。
また、セミナーでご講演いただいた高信幸男様の講演録についても、別途編纂する予定としています。
夏に向けて暑い日が続くようですので、体調には十分ご留意願います。(YF)
10周年記念特別寄稿
西洋美術、鑑賞の勧め(小林健二)
皆様方には、人生百年時代を迎え、様々な活動をしながら有意義に過ごされていることと思います。私は、人生2回論の考え方に立ち、退職後は新しい生活を始めるべきと軸足を住まいの周りにおいて、地域の方との交流を中心に過ごしております。毎年一団体ずつ加入していたところ、とうとう8団体に加入することになってしまい、日々あちらこちらに顔を出す生活を送っております。
そのうちの一つに、西洋美術史の学習会(TAC美術史学習会・所沢市)という団体があります。そこでは有名な西洋絵画や彫刻について、講師の方に鑑賞の仕方を含めて解説をしていただいているのですが、そこで学んでいる内に、何故こんな絵画や彫刻が登場することになったのか、西洋絵画や彫刻の登場の背景について興味がわき、現在、少しずつ調べをすすめているところです。
さて、皆さんの中には、水彩画や油絵を描いたり、美術館で絵画鑑賞をしたりして、絵を楽しんでおられる方もいらっしゃることと思いますが、これまで美術に興味がなかった方にも是非、西洋美術に興味を持っていただきたいと思い、いくつかの西洋絵画や彫刻を例に、描かれた絵画の背景事情を簡単に紹介しますので、これをきっかけに西洋美術に興味を持っていただければと思います。併せて、先程述べたTAC美術史学習会について紹介しますので、興味がある方は、是非参加をしていただければと思います。
皆さんには、西洋美術の世界に浸ることによって、少しでも心豊かな人生を送っていただければと思います。
1 西洋美術の背景事情についてのいくつかの事例
⑴ 人は理想的なスタイルでなければならないギリシャ彫刻
左の彫刻(編注:省略)は、「ミロのヴィーナス」(紀元前2世紀、ギリシャ)。この彫刻は、人間の肉体を理想的なスタイル、いわゆる黄金比(頭の先から臍までを頭3個分、臍から踵までを頭5個分の長さ、全体で八頭身)でリアルに表現したものとされている。
ギリシャでは、人間の肉体は、神々からの授かりものであるから、美しいものであるとされてきた。このギリシャで、神ゼウスに捧げる祭典としてオリンピック大会が開催されていたが、そこでの勝者は、神からも祝福されて勝者となったのであるから、その肉体は、当然、美しく、理想的な体でなければならないとされ、勝者になったことを記念し、後世に長く伝えるための彫像も、理想的なプロポーションで制作されていた。この理想的なレベルは、人を表現する場合、常に要求されたのである。ギリシャは、やがてローマ帝国の支配下に置かれることになり、ローマ帝国が一新教であるキリスト教を公認した時に、異教の祭典であるギリシャのオリンピックは廃止された。しかし、人間の肉体は、美しく、理想的なプロポーションで表現されるべきであるとの原則は、その後の西洋美術を貫く様式として維持されることになった。
⑵ キリスト教会の勢力低下で花開いたルネサンス絵画
左の絵画(編注:省略)は、「モナ・リザ」(レオナルド・ダ・ヴィンチ、1503年~ 1519年頃)。これまでの絵画と異なり、人間味あふれる人物像絵画。輪郭線を描かないで、何回も色を塗り重ねることによって、顔を描くスフマートという技法で描かれている。
ルネサンス以前の絵画らしきものといえば、右の絵のようなものばかりであった。これは、「全能のキリスト」(1123年)であるが、ローマ帝国がキリスト教を国教として公認してから、ヨーロッパ世界は一神教であるキリスト教の支配する地域になり、人の一生は、キリスト教会に支配されていた。読み書きのできない民衆に、キリスト教の教えを理解させるためには、キリスト像の絵が極めて有効であったことから、キリスト教の教義を厳格に守って描かれたこのような絵が利用された。
しかしながら、14世紀になって、イタリア・フィレンツェを中心に、「ギリシャ・ローマ文化」を復活させようとする、ルネサンス美術が花開く。なぜ、このような運動が起こり、美術にまで影響を及ぼしたかは、キリスト教会の勢力の低下にある。当時は、キリスト教の聖地奪還を狙った十字軍が失敗に終わった上に、ペストによりヨーロッパで5000万人という死者が出たにもかかわらず、教会は、祈るばかりで現実の問題を解決できなかったのである。また当時のヨーロッパは、大航海時代を迎え、各地には商工業都市が誕生し、貿易で富を築いたメディチ家のような富裕層が美術の強力なパトロンとなったことがルネサンスを後押ししたのである。
市民は、一生をキリスト教会に支配されていた生活から解放される兆しを感じ、人間味あふれるギリシャ・ローマの文化の復興を望んだ。但し、市民がキリスト教の信仰を捨てたわけではなく、信仰は、そのまま続くことになるので、絵画の題材は、イエス・キリストや聖書によるものが依然として多い。
画家も自由を感じ、遠近法を発明し、ルネサンス以前は、平面的だった絵画がリアルな表現へと変わった。加えて、油絵の具の技術が確立されたことにより、光沢のある表現ができるようになり、絵の概念を変える多くの作品が生まれた。
⑶ カトリック教会が巻き返し運動に使ったバロック絵画
左の絵画(編集:省略)は、「聖母被昇天」(ルーベンス 1625~1626年)。亡くなった聖母マリアが天に昇る様子を描いたもので、信仰心の深い人々にとって非常に重要な場面である。
1517年、キリスト教会の腐敗を訴え、マルティン・ルターが「信仰は祈るだけで十分」と宗教改革を訴えた。この結果、「プロテスタント」として、カトリック教会に対抗する一大勢力となった。
そこで、カトリック教会としては、イエズス会という布教団体を設立し、絵画を利用して巻き返し運動を展開した。カトリック教会と結びつき宣伝に利用された絵画がバロック絵画である。
⑷ 自由民権運動の高まりを描いたロマン主義絵画
左の絵画(編注:省略)は、「民衆を導く自由の女神」(ドラクロワ 1830年)。ウィーン体制の確立に反対し、市民が蜂起したフランスの七月革命が題材である。
フランス革命・ナポレオン以前のヨーロッパ国際秩序を復活させ、自由主義とナショナリズムの運動を抑えるためのウィーン会議が開催された(ウィーン体制の確立)。
その後、フランスでは、ウィーン体制によってブルボン王朝が復活し、シャルル10世が反動政治をおこなったため七月革命が勃発し、再び自由主義運動が高まった。このような時代に、市民の燃える感情をストレートに取り上げる絵画が登場した。ロマン主義とは、ロマンスという意味ではなく、時の政権に反旗を翻した市民の闘いを意味する。
⑸ 産業革命により失われてゆく農村の原風景を描いたバビルゾン派絵画
左の絵画(編注:省略)は「落穂拾い」(ミレー 1857年)。
刈取りの終わった畑で、貧しい農婦が腰をまげて小麦の穂をひろっている場面である。
イギリスで始まった第一次産業革命(軽工業)は、1830年代にヨーロッパ全土へと波及した。産業革命は、公害や失業者、低賃金労働者の急増をもたらし、労働者たちは悲惨な条件での労働、生活を余儀なくされ、農村にも変革の波が押し寄せた。この変革により失われてゆく田舎の原風景を描く絵画が登場した。
⑹ 日本の浮世絵、チューブ入り絵具、カメラにより変革した絵画
左の絵画(編注:省略)は、「睡蓮の池と日本の橋」(モネ、1899年)。
浮世絵から刺激を受けて作ったモネの庭を描いたものである。
ヨーロッパでは、国内が徐々に安定に向かっていく時期を迎え、1867年にパリ万博が開催された。これには、日本の絵画が初出展され、フランスの画家たちに大きな影響を与えるきっかけになった。
この時代、自由に持ち運びができるチューブ入り絵の具ができ、戸外での絵画制作が可能となった。またカメラの出現もあって、画家の存在意義が問われるようになり、絵画の世界に革命が起きた。絵画は、対象の色や形を描くのではなく、光の変化による一瞬の印象を描こうとする印象派が登場した。何故、モネは日本の浮世絵に刺激を受けたのであろうか。その答えは、次に紹介するTAC美術史学習会講座をご覧いただけば見つかります。
2 TAC美術史学習会の案内
TAC美術史学習会では、春(5月、6月)と秋(10月、11月)、年2度の美術史講座を開講しています。各講座は6回、いずれも木曜日、14時から16時までの2時間、場所は所沢ミューズ又は新所沢公民館。講師は、斎藤陽一先生(元NHKディレクター・プロデューサー、「日曜美術館」「ルーブル美術館」などの“世界の美術館”シリーズを担当)。受講料は、春、秋の各講座6回分4500円。令和5年の秋の講座内容は下記のとおりです。興味のある方は、是非参加してください。
TAC美術史学習会・第12回講座「日本に魅せられた画家たち」(6回シリーズ)
(1)10月 5日(木)「モ ネ~浮世絵との出会いと創造~」
(2)10月12日(木)「ゴーギャン~北斎礼賛~」
(3)10月19日(木)「ゴッホ~光あふれる日本への憧れ~」
(4)11月 2 日(木)「ロートレック~日本・デザインの原点~」
(5)11月 9 日(木)「クリムト~世紀末ウィーンと日本~」
(6)11月16 日(木)「ミ ロ~日本文化を愛した巨匠~」
以上
(元千葉・松戸公証役場公証人 小林健二)
今日この頃
このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。
新居浜公証役場について(小川 満)
本年4月、4年ぶりに広島市で開催された第52回中四公会総会が終わりに近づいた頃、隣席の今治公証役場の檜垣先生から、「ちょっとお願いがあるんだけど、民事法情報研究会の原稿を書いてほしいの。『今日この頃』の記事なんだけど、お願いね。」と半ば強引に申し渡され、否応なくお受けすることになりました。
とはいえ、文才・発想力のない私には、会友の皆様に記すべき情報も、伝えるべき想いもないことから、新居浜公証役場のあれこれについて、ご紹介することでお許しいただきます。
新居浜公証役場は、新居浜商工会館の3階に事務所があります。駐車場も広く、利用者にご不便をおかけすることはありませんが、これも私の前任の北野節夫先生が、私が着任(2015年6月)する概ね1年前に事務所移転をしていただいたおかげです。この場をお借りして北野先生には謝意をお伝えしたいと思います。
さて、新居浜公証役場は、主に愛媛県の東部、四国中央市、新居浜市、西条市の市民の皆様から利用されています。四国中央市は、かの大王製紙に代表されるように古くから紙製品・パルプ製品の製造が盛んな市であり、製紙会社が数多く活動しています。その製造量は長年全国1位を続けているようです。
新居浜市は、古くは別子銅山で栄えた町であり、現在は住友グループの各企業及び関連企業により栄えています。また、新居浜太鼓祭りは、日本三大喧嘩祭の一つと言われており、毎年10月の二日間の祭りの日は、企業・学校が休みになり、市内のあちこちで太鼓台の賑やかな音が響いており、毎年、多くのけが人が出るようです。私も仕事終わりに役場近くに祭りの見学に行きますが、幸いなことに太鼓台をぶつけ合うケンカに出くわしたことはありません。
最後は、西条市です。私は、西条市に賃貸住宅を借り、毎日新居浜まで片道30分ほどかけて自動車通勤をしています。その成果として、毎年体重が1㎏ずつ増えつづけ、法務局退職後、8年目になりますが、10㎏増えました。現職時代に公共交通機関で通勤していたのは、無自覚に健康管理をしていたのだなあとつくづく感じています。なぜ西条市に居を構えたかといいますと、西条市には、西日本最高峰の石鎚山があり、その伏流水が西条市内に流れ込んでおり、市内の至る所から湧き水(うちぬき)が出ている関係から、上水道施設がなく、井戸水を飲料水・生活用水として利用しています。蛇口から井戸水が出るので、蛇口の水をそのまま飲むことができ、その水がすごく美味しく、市内を流れる用水路も透明度が高いため、西条市に住むことを決めました。
西条市も新居浜市同様、祭り(西条祭り)がありますが、新居浜祭りと異なり、江戸時代から続く至極厳かな祭りで、日本一と言われる百数十台の屋台(だんじり、みこし、太鼓台)が町中を練り歩く姿は壮観です。
以上、四国中央市、新居浜市、西条市を私なりに大雑把に紹介しましたが、新居浜公証役場のあれこれをご紹介する最後は、公証業務について特筆(?)すべきことをご紹介します。
新居浜公証役場は、先ほど紹介しましたように四国の地方都市3市(四国中央市、新居浜市、西条市)在住の方が利用しやすくなっていますので、公証業務も圧倒的に遺言公正証書の作成が多い状況ではありますが、四国中央市は大王製紙に代表される紙製品の企業がありますから、何年かに一度、紙製品に関する事実実験公正証書の作成依頼があります。昨年度も金曜日の午後から土曜、日曜の二日半にかけて、四国中央市に出張して、とある企業の紙製品(トイレットペーパー)の事実実験(紙製品の紙質検査、重量検査、引っ張り強度検査等)に立ち会いました。各実験工程毎に担当者から説明を受けますが、難解な専門用語と見たこともないような計算式で算出した数字は、これも見たこともないような数値記号で表され、四苦八苦して出来上がった公正証書は、150枚を超える大作となり、もう二度とやりたくないと思うくらい大変な作業でした。
また、新居浜市にある住友グループのある企業は、ニッケル水素電池やリチウムイオン電池の開発を行っている関係から、当該年の成果物である電池のサンプルやデータを保管する工程において公証人に立会いを求める事実実験公正証書作成の依頼が毎年あります。こちらは毎年ほぼ同じ工程で、担当者も同じ方なので、比較的やりやすくルーティーンのような作業です。
一方、昨今のコロナ禍を象徴する事実実験として、コロナ感染症が日本に蔓延し、日本中でマスク不足になったことは記憶に新しいのですが、このマスクに関し、ある企業が、中国から大量にマスクを輸入したところ、その大半が不良品として取引先から返品されたとのことで、中国企業に損害賠償を求めるため、公証人において不良品マスクの現認と数量確認を求めるという事実実験です。依頼主は、東京の輸入業者ですが、不良品マスクは四国中央市の巨大な倉庫に保管しているため、当役場に依頼がありました。真夏の8月、保管倉庫は、冷房設備もなく、汗びっしょりになりながら、420万枚を超えるマスクが格納されている倉庫の中で段ボール箱の一部(10箱ほど)を開封し、確認したところ、ゴム紐が簡単に千切れたり、そもそもゴム紐が接着していなかったり、虫が混入していたりと、ちょうどこの頃、中国から輸入したマスクが不良品ばかりとマスコミで騒がれていたのと同じ状態でした。
紙友の皆様も、様々な事実実験に関与されていると思いますが、適正な事実実験公正証書作成のためには、嘱託人との事前の打合せが重要であるとつくづく感じています。今後も様々な事実実験公正証書の依頼があると思われますが、公正証書作成後は、当該公正証書が訴訟手続の重要な証拠となることも見込まれますので、嘱託人の期待を裏切ることがないよう、気を引き締めて職務を全うしたいと考える今日この頃です。
(松山・新居浜公証役場 小川 満)
実務の広場
このページには、公証人等の参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる箇所は筆者の個人的見解です。
No.98 未認知の子について事実上の父と母が扶養料の支払について合意した場合の公正証書の作成について(事例紹介)
(熊谷浩一)
1 はじめに
A女(相談者)がB男の子Cを出産した。A女とB男が話し合った結果、B男はCを認知はしない(B男は他の女性と婚姻中である。)が、Cの養育費(扶養料)の支払を約束するとともに公正証書の作成にも協力するということになった。そこで、「Cの養育費(扶養料)の支払について公正証書を作成してほしい。」との相談がされた。併せて、「B男が自己破産したとき養育費の支払はどうなるか、また、Cの養育費(扶養料)の支払についてB男の親族を保証人とすることが可能か。」について相談を受けた。
そこで、以下のとおり検討し、本問は慎重な対応が必要と考えることから、誌友の皆様の執務の参考の一助にと考えて、寄稿したものである。
2 前提
(1) 任意認知(民法779条)とは、認知者が被認知者との間に法的親子関係を発生させる身分上の法律 行為と解されている。真実に反する認知があった場合、子その他の利害関係人に認知に対する反対の事実を主張することが認められており(民法786条)、血縁上の親子関係のない者を認知しても無効と解されている(最判昭和50年9月30日)。認知によって、父と、認知された嫡出でない子との間には、子の出生時にさかのぼって父子関係が創設される(民法784条本文)。婚姻外の子について、認知がない限り、法的父子関係は生じない。
(2) 養育費とは、一般的に、未成熟子の監護養育に要する費用という意味で使用される(新版証書の作成と文例(家事関係編)〔改訂版〕6頁)。子の父母が婚姻中である場合、子の養育費は、婚姻費用(民法760条)に含まれるものと解され、子の父母が離婚する場合、「子の監護に要する費用の分担」(民法766条)として協議されるものである。父が子を認知した場合、民法788条により766条が準用される結果、子の養育費(子の監護に要する費用)について、父(認知者)と子の母が協議することになる。また、扶養義務という観点から考えると、直系血族は互いに扶養をする義務があり(民法877条)、未成熟子本人は、父母に対して、扶養料の請求をすることができる。父母が養育費の支払について定めをしていても、子が要扶養状態にあれば、子は自ら申立人となって扶養義務者に対し、扶養料を請求することができるとの裁判例がある(大阪高裁決定平成29年12月15日会報2019年10月号9頁以下)。
3 検討
(1) 本問について、Cの事実上の父であるB男が、Cを認知しないまま、Cの母であるA女に対し、Cの養育に要する費用を定期支払する義務があることを認める内容の法律行為は、その費用の額が法律上の父子関係にある父が同様の収入その他の条件のもとで未成熟子について負う養育費として一般に認められる額に比べ著しく過大である等の特段の事情がない限り、B男のCに対する扶養義務の確認及びその履行方法を合意する法律行為と解することができる。そして、これらの内容の法律行為につき、「養育費支払契約」公正証書又は「扶養料支払合意」公正証書の表題で、公正証書を作成することが可能であると解されている(別添1:公証163号306頁以下参照)。
(2) 未認知の父B男が、未成熟子Cを実子と認めた上、その養育に要する費用の定期払について、契約に基づき負う義務に係る請求権については、上記のようなB男並びにC及びCを出産した母でありその親権者であるA女という3者間の事実上の親子関係に基づく養育費ないし扶養料に係る請求権と解され、これは、認知した父の認知された子に対する養育費に係る義務に類するものに係る請求権と解することができる。
4 本問への対応
(1) 本問扶養料の支払契約について、認知された子の養育費の給付契約に適用される民事執行法の特例が適用されるか
ア 養育費に関する民事執行法の特例の一つである継続的差押え(民事執行法151条の2第1項3
号、確定期限が未到来のものについても債権執行の開始が可能とされている。)の適用について、
これを積極に解する法律上の根拠が明確ではなく、執行裁判所によって、否定されるおそれがある
と解される。
イ この点について、A女と協議したところ、Cの満20歳までの扶養料の支給額の総額の支払義務
を定め、これを毎月の分割払いとした上で、期限の利益喪失条項(B男が分割金の支払を怠り、そ
の額が金○万円となったときは、前条の金○○○万円(既払分があれば控除する。)を直ちに支払う
旨)を定めることとし、B男からも同意を得られた(養育費の支給額の総額の支払義務を定め、毎
月の分割払いとした上で、期限の利益喪失条項を定めることの有効性について、別添2:会報令和
2年(2020年)4月号39頁参照)。
なお、扶養料(養育費)の一括払いの問題点(①一括払いの金額が低い場合には、再度の紛争が
生ずる可能性があること、②一括払いを受けながら、その養育費を費消してしまった監護親から、
事情変更などを理由として、追加支払を求められたり、子からの扶養料の請求がされる可能性があ
ること、③子の死亡その他の事情変更により、一括払養育費の一部を減額することとなる可能性が
あること。前記新版証書の作成と文例28頁以下参照)について、A女に説明した。
ウ 養育費に適用される民事執行法の特例の2番目である差押え禁止の範囲の特例(民事執行法15
2条3項、養育費支払義務者の給与等を差し押さえる場合における差押え禁止の範囲が4分の3か
ら2分の1に引き下げられる特例)の適用についても、これを積極に解する法律上の根拠が明確で
はなく、執行裁判所によって、否定されるおそれがあると解される。この点についてもA女に説明
したが、この点について、特段の対応策は考えつかなかった。
(2) B男(債務者)が自己破産した場合の本問の扶養料(養育費)の支払について
債務者が自己破産した場合の養育費の帰趨については、①破産手続開始時までの期間の養育費と、②破産手続開始時より後の期間の養育費とに分けて考える必要がある。
ア 破産手続開始時までの期間の養育費のうち遅滞となっている部分は、破産債権(破産法2条5
項)として、破産手続において配当の対象となる。養育費は、後述のとおり、非免責債権となるた
め、破産手続で配当が受けられなかった残額についても、請求権が残っており、破産手続終了後、
債務者から任意に支払を受けたり強制執行をすることが可能である。なお、破産手続中に前記養育
費について任意に弁済をすることについては、養育費が子どもの生存権の実現に資する重要な権利
であることにかんがみ、不相当に多額であったり、累積して巨額になっていない限り、不当性がな
く、偏頗弁済否認(破産法162条)の対象とならないと解されているようであるが、事案によっ
ては、偏頗弁済として否認をされたり、免責自体が認められなくなるおそれがあるので注意が必要
である(破産法252条1項3号)。
イ 一方、破産手続開始時より後の期間の養育費は、父子関係に基づき日々新たに発生する債権(新
債権)であってその開始前の原因に基づいて生じた債権ではないので、破産手続中も債務者の新得
財産(破産手続開始後の原因に基づいて生じた財産。破産法34条1項)から給付を受けることが
可能であり、新債権として、新得財産に対する強制執行の申立も可能であると解される(別添3:
会報平成21年2月号41頁参照)。
ウ 本問の未認知父の契約により負う未成熟子に対する扶養料についても、これと同様に解すること
ができる(別添1:公証163号308頁参照)。
エ 本問の扶養料が、破産手続上、免責債権となるかどうかについては、破産法253条1項4号ホ
の「ハに掲げる義務(民法788条において準用する民法766条の規定による子の監護に関する
義務」に類する義務であって、契約に基づくもの(に係る請求権)」に該当し、認知父の子の養育費
の義務に係る請求権と同様に、非免責債権として取り扱われることになると解される。
(3) 本問の扶養料の支払について連帯保証人を立てさせることについて
本問の扶養料の支払について、A女からB男に対し、連帯保証人を立てることが求められ、B男もこれに同意し、B男の父が連帯保証人を引き受けることとなり、連帯保証人について公正証書へ記載することが強く求められた。子に対して生活保持義務を負担するのは父母であって、祖父母は直系尊属として生活扶助義務を負うに過ぎない。このような連帯保証の妥当性には疑問がある。また、養育費は、父母の一身専属的義務であり、父母が死亡した場合、養育費支払義務は消滅し、保証債務も、主たる債務の消滅により消滅する。これに対し、保証人死亡の場合、保証人の相続人が保証債務を相続すると解される(前記証書の作成と文例29頁・30頁)。連帯保証人の配偶者やB男及びB男の兄弟も、相続分に応じて保証債務を相続する可能性があり、深刻な問題となる。この点について、A女及びB男(A女を通じて)に説明をした(前記証書の作成及び文例の解説には、養育費が一身専属的義務であることに鑑み、支払義務者の死亡により債務が消滅することにより保証債務も消滅すること、一身専属的義務を保証した保証債務は、保証人の死亡により相続人に相続されることになると思われること、これを避けるために、保証期間を限定し、「ただし、その連帯保証期間は、保証人が生存する期間に限るものとする。」等の条項を入れる必要があるとされている。)。
5 最後に
本問の扶養料支払公正証書の作成については、問題が多く、このような公正証書を作成したとしても、後日、Cから、B男に対する強制認知の訴え(民法787条)や扶養料の請求も可能であることを丁寧に説明する必要がある。また、扶養料の支払に関する連帯保証については、たとえ親族であったとしても、上記のとおり、問題が多い。このような事案を扱うに当たっては、当事者から、公正証書の作成を合意するに至った経緯を慎重に聴取するとともに、後日、一方の当事者の立場に偏って公正証書を作成したのではないかとの批判を受けることがないよう、慎重に対応する必要がある。
(福岡・大牟田公証役場公証人 熊谷浩一)
別添1 公証163号306頁以下(編注:該当部分のみを掲載)
協議問題2 (未認知婚外子の養育に必要な費用の定期払い約束の法律的性質)
甲男乙女間に出生した婚外子丙について、甲は、丙を認知しないまま、実子
であることを認めた上で、甲乙間において丙の養育に必要な費用の定期支払を約する場合、甲の乙あるいは丙に対する給付は、どのような契約として認められるのが相当か。
(出題趣旨)
甲は、丙を実子と認め、自己の給付義務を認めているのであるから、公正証書を作成するのが相当であると考えられるが、その実質は、親の認知前の未成熟子に対する生活費であるものの、認知前の子に対するものであるから、養育費あるいは扶養料とするのも法律的に問題が残り、贈与あるいは慰謝料とするのも、やや実体から離れているように考えられる。
また、甲において、親子関係を認めた事実を記載し、債務承認弁済契約とし、実体的な法律関係を記載しない公正証書を作成するということも考えられるが、いささか疑義があるので、ご協議願いたい。
(協議結果)
1 甲及び乙が、乙の出産した丙(未成年)が甲の実子であることを相互に確認し、かつ、甲が、認知しないまま、乙に対し、丙の養育に要する費用を定期支払いする義務があることを認める内容の法律行為は、その費用の額が法律上の父子関係にある父が同様の収入その他の条件のもとで未成熟子について負う養育費として一般的に認められる額に比べ著しく過大である等の特段の事情のない限り、甲の丙に対する扶養義務の確認及びその履行方法を合意する法律行為と解することができ、これらの内容の法律行為につき、「養育費支払契約」公正証書とか、「扶養料支払合意」公正証書とかの表題で、公正証書を作成することが可能である旨の見解に異論はなかった。
2 未認知父が未成熟子を実子と認めた上その養育に要する費用の定期払いについて契約に基づき負う義務に係る請求権については、上記のような甲並びに丙及び丙を出産した母でありその親権者である乙という3者間の事実上の親子関係に基づく養育費ないし扶養料に係る請求権と解され、これは、認知父の認知した子の養育費に係る義務に類するものに係る請求権と解することができるのであって、これを贈与(東京公証人会の平成21年10月29日開催の第27回実務協議会における第14問の協議では、「贈与契約とでも構成することになる」旨の差し当たりの見解が述べられている。回報平成22年4月号46頁参照)あるいは慰謝料と認めるのは、いずれも、必ずしも当を得たものではないとする有力な意見が述べられた。そして、この意見では、次のように、認知父の認知した子についての養育費(法定養育費)の義務に係る請求権と同様に解釈すべき側面がある旨の指摘がなされた。
(1) 破産法上の位置づけ
① 認知父の法定養育費については、破産手続開始時までに遅滞となった部分のみ破産債権として配当の対象となり、破産手続開始時より後の部分は、父子関係に基づき日々新たに発生する債権であってもその開始時前の原因に基づいて生じた債権(破産法103条3項参照)ではない(会報平成21年2月号41頁参照)ので、破産手続中も給付を受けることが可能なものと解されるところ、未認知父の契約により負う未成熟子の養育費用についても、これと同様に解するのが相当であろう。
② 破産手続上、免責債権となるかどうかについては、破産法253条1項4号ホの「(ハ)に掲げる義務(民法788条において準用する民法766条の規定によるこの監護に関する義務)に類する義務であって、契約に基づくもの(に係る請求権)」に該当し(「新破産法の基礎構造と実務」ジュリスト増刊(2007)549頁参照)、認知父のこの養育費の義務に係る請求権と同様に、これは非免責債権として取り扱われることになる。
(2) 義務者の死亡後の未払養育費に係る債務の相続の可否
認知した父による法定養育費に係る債務は、その父死亡後は、「被相続人の一身に専属するもの」(民法896条ただし書)としてその父の相続人に承継されないものと解されるが、未認知父による上記のような契約に基づく未成熟子の養育費用についても、その未認知父の死亡後は、その未認知父の相続人に承継されないものと解される。
3 しかし、上記のような未認知父が負う未成熟子についての「養育費」については、法律の解釈適用上、常に、認知父による認知した子の養育費と同様に扱われるものとはいい難い面もあり、公正証書を作成するに当たっては、当事者には、この点につき、例えば、次のような問題点がある旨の説明をするのが相当であるとの見解が大勢であった。
(1) 将来における養育費の金額の変更に係る家事審判の成否
認知した父による養育費について、将来の金額変更は、家事審判事項(家事審判法9条1項乙類4号、民法788条、766条1項)であるが、未認知父による養育費の金額変更については、家事審判事項としては掲げられておらず、むしろ、否定されるおそれがある(家事調停の余地については、別論であろう。)。
(2) 未認知父の「養育費」の支払義務に係る定期金債権についての債権執行の特例の適用の可否
① 継続的差押え(民事執行法151条の2第1項3号。確定期限が未到来のものについても債権執行の開始が可能とされている。)の適用についても、これを積極的に解する法律上の根拠が明確ではなく、むしろ、否定されるおそれがある旨の見解が多かった。
② 差押え禁止の範囲の特例(民事執行法152条3項。養育費支払義務者の給与等の差押え禁止の範囲が四分の三から二分の一に引き下げられる特例)の適用についても、これを積極的に解する法律上の根拠が明確ではなく、むしろ、否定されるおそれがある旨の見解が多かった。
別添2 会報令和2年(2020年)4月号39頁以下(編注:該当部分のみを掲載)
第2問(養育費の給付条項に係る期限の利益喪失約款の効力)
期限の利益喪失約款を付した養育費支払条項を定めた離婚給付等契約公正証書について、当該条項の効力は認められるか。
(協議結果)
1 養育費支払条項が「夫甲は、妻乙に対し、子丙の養育費として、〇年〇月から〇年〇月まで、一か月金5万ずつの支払義務があることを認め、これを毎月末日限り、乙の指定する預金口座に振り込んで支払う。」という場合を検討する。なお。〇年〇月から〇年〇月までは、10年間と想定する(以下同じ。)。
この条項は、定期金の支払を定めるものであり、期限の利益喪失が問題となる時点より後に支払期日が到来する養育費の支払請求権は、未発生の債権であり、期限の利益が問題となることはないから、これについて付された期限の利益喪失約款の効力は及ばない。したがって、この条項について付された期限の利益喪失約款は無意味なものである。
2 養育費支払条項が「夫甲は、妻乙に対し、子丙の〇年〇月から〇年〇月までの養育費として金600万円の支払義務があることを認め、これを〇回に分割して、〇年〇月から〇年〇月まで毎月末日限り、金5万円ずつを乙の指定する預金口座に振り込んで支払う。」という場合を検討する。
この条項は、確定金額を分割して支払うことを定めるものであり、将来債権の問題はない。支払うべき10年間の養育費の総額を定め、これを数回に分割して支払うことを合意することは許されるから(新版証書の作成と文例 家事関係編(改訂版)28頁、新版法規委員会協議結果集録151頁)、金銭消費貸借の分割弁済の場合と同様に、この条項に付された期限の利益喪失約款は有効なものである。
なお、この条項の場合、家庭裁判所側から指摘される問題点(前掲家事関係編(改訂版)28頁参照)が存するが、これは別論である。
3 1と2について、養育費の支払の実態は同じであるにもかかわらず、結論を異にすることになるが、結局は、契約当事者の合意内容の違いによる結果である。養育費は、日々あるいは時々刻々発生する子供の養育費を、個別精算することが無理であることから、便宜上一定期間の分をまとめて支払うというものであり、この一定期間の定め方はあくまで技術的な問題にすぎず、それ自体に特別な意味があるものではない。したがって、1か月分として設定することも10年間分として設定することもいずれも可能であり、当事者が履行確保の可能性等諸般の事情を考慮して決定、合意できるものである。
なお、1の養育費支払条項について、期限の利益喪失約款を付していることから、実質的には2の養育費支払条項と同趣旨の合意をする意思であったと解することは、その文言に照らして困難であろう。
別添3 会報平成21年2月号41頁以下(編注:該当部分のみを掲載、原文縦書き)
第6問(公証人会提出)
執行証書作成後に債務者が破産し、破産管財人が選任された場合、民事執行法29条による執行証書等の送達は、債務者にすべきか、それとも破産管財人にすべきか。
(公証人会・出題趣旨等)
両説が考えられるが、(1)破産管財人の権限(破産法78条)、破産財団に対する強制執行等の失効(同法42条)、破産債権の行使(同法100条)などの規定の趣旨との関連で、どのように解すべきか、(2)破産法81条により、破産管財人に配達される場合の送達の効力はどうなるか、また、(3)受送達者を破産管財人とする場合、執行文は、単純執行文か、承継執行文か、いずれにすべきか、などの点を含め、ご協議願いたい。なお、現実に送達が意味を持つのは、破産手続終了後の執行や破産者のいわゆる自由財産に対しての執行の場合である。
(裁判所)
破産者を債務者とする単純執行文を付与し、破産者に送達すべきと考える。その理由は、次のとおりである。
1 破産手続が開始されると、破産債権(破産法2条5号)により、破産財団(破産法2条14号、34条)に属する財産に対する強制執行はすることができない(同法42条1項)一方、破産債権ではない債権により破産財団に属しない財産に対しては強制執行することができる。つまり、新債権(破産手続開始後の原因に基づいて生じた財産上の請求権)により、新得財産(破産手続開始後の原因に基づいて生じた財産)に対する強制執行はできることになる。
例えば、執行センターでは、養育費について、所定の親族関係の存続により日々新たに発生する性質の権利であること等の理由から、新債権であると解し(民事執行の実務 債権執行編第二版246頁)、破産手続開始決定後の期間に対応した養育費については、新債権として、新得財産に対する債権強制執行の申立てを可能と解している(同244頁)。