春暖の候、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
今年は、桜の開花が例年よりかなり早いようです。すでに満開の時期を終え、葉桜になっている地域もあれば、これから見頃を迎える地域もあると思いますが、マスクを着用し歓声なしで楽しむほかないのが残念です。
新型コロナウィルスも変異体の増加などが懸念材料となっていますが、いまだに数だけの発表では、どういった行動が感染の拡大を招いているのか等について、エビデンスを示してほしいと思ってしまいます。(YF)
今日この頃
このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。
旭川公証人合同役場における新型コロナ対策について(千葉和信)
今日(令和3年1月26日)、旭川厚生病院(新型コロナウィルス感染の国内最大規模となる311人のクラスターが発生した病院)が、クラスターの終息宣言を行いました。多くの職員が感染し、人手不足に陥る中、濃厚接触者となった職員を働かせたことなどが感染拡大の一因となったようです。
これを機会に、当公証役場における新型コロナ対策を紹介しようと思います。
1 はじめに
昨年11月から北海道上川管内で旭川市を中心に猛威を振るった新型コロナの感染は、12月末以降、落ち着き、一時は逼迫した旭川市の病床使用率も19%(令和3年1月9日現在(北海道新聞調べ))に低下しています。深刻な状況を脱したようにも思えますが、気の緩みが再度の感染拡大を招きかねないので、十分に気をつける必要があります。
旭川管内の感染者は、11月から12月にかけてクラスターが9件相次いだことで急増し、12月8日と同12日は過去最多の51人に上りました。
旭川市の感染状況は、全国ニュースのトップとして扱われ、コロナ感染拡大で旭川市が有名となり、知り合いの公証人から心配の電話を多数いただきました。
このころは、正直、コロナ感染の不安を覚え、札幌や東京からの来所者もある中で、非常に緊張しながら勤務していました。
2 新型コロナ感染対策
昨年4月の緊急事態宣言以降、可能な限りの感染対策を行ってきましたので、当役場が実施している具体的な感染対策を紹介させていただきます。
⑴ 周知・広報など
① 役場入り口への張り紙
当公証役場は、6階建てビルの5階にあります。公証役場のエレベーターの降り場及び役場の入り口のドアに「新型コロナウィルス感染症に対する対応について」と題する周知文書を貼り付けました。
周知文書の内容は、次のとおりです。
・ 入室の際には、除菌スプレーを使用してください。
・ 事務室内スペースの間隔を確保するため、来所するときは、必要最小限の人数でお越しください。
・ ご来所の際は、マスクの着用をお願いします。
・ 利用者の入れ替えごとに、除菌クリーナーによる除菌と換気をさせていただきますので、あらかじめご了承ください。
・ ほかの利用者と接触する機会を極力減らすため、ご予約のお時間をお守りいただくようお願いいたします(早く到着されないよう、お時間の調整をお願いします。)。
・ 出張による遺言作成等は、病院、老人ホーム等、外部からの面会を禁止しているところも多く、緊急事態宣言発令中は、対応できない場合がありますので、あらかじめご了承ください。
② 説明会の中止
当役場では、毎年、数か所において、公証制度をはじめ、遺言、任意後見制度などの周知を図るため、講演会や説明会を実施していますが、令和2年については、すべて中止としました。
⑵ 完全予約制による密集の緩和や対面機会の減少
① 予約制の徹底
予約制を徹底し、事務室内が密にならないようにしています。突然の飛び込みの利用者には、次は必ず予約の上来所するように案内をしています。
② メールの活用
離婚給付契約については、当事者のほとんどが、若い世代の者たちであることから、公証役場のホームページを案内し、当役場のメールアドレスを案内して、メールを活用して、必要な情報や公正証書の案文などのやりとりをしています。
これまでは、来所していただいた上で、相談や公正証書の案文を確認してもらっていたので、来所者は激減しています。また、利用者は、いちいち来所しなくて済むので、好評を得ています。
③ 郵便の活用
一方、遺言については、お年寄りが多いことから、公正証書の作成については、原則として、郵便でのやりとりを行い、公正証書を作成する際にだけ来所する方式に改めています。
④ スケジュール管理ソフトの活用
公証人と書記との間で、スケジュールの共有ソフト(フリーソフトのGroupWatcher)を利用しています。
このソフトは、フリーソフトでありながらNASシステムに入れておくことで、全員で利用することが可能となる優れものです。
また、来所する利用者については、スケジュールソフトの備考欄に必ず連絡先の電話番号を記録しています。こうすることによって、万が一、公証役場の職員が新型コロナに感染したり、濃厚接触者になったりして、役場を閉鎖しなければならなくなった場合には、利用者に連絡を入れることが可能となります。
さらに、厚生労働省が提供している接触アプリケーション(COCOA)にも登録し、毎日、陽性者との接触を確認していますが、「陽性者との接触は確認されませんでした」と表示され安堵しています。
⑶ 換気・マスク着用・消毒
① 換気の徹底
事務室内の換気は、新型コロナへの最良の感染防止対策になると考えております。利用者が帰られた後には、必ず、事務室内の空気の入れ換えを行っています。ただ、旭川の真冬は、日中でも最高気温がマイナス気温(真冬日)となることがほとんどであり、時には、日中の最高気温がマイナス10度ということもあります。せっかく暖まった事務室内ですが、感染予防のために、利用者が帰った後は、必ず空気の入れ換えを行っていますが、暖まった室内の気温が一瞬にして、冷やされることになります。事務室内には冷気が入ってきて、しばらくはダウンのオーバーを着ながら仕事をしている職員もおります。
② マスク着用
職員は、必ずマスクを着用し、マスクを着用しないで来所した利用者には、不織布マスクを差し上げております。下図(略)のマスクの効果にあるように、布マスクは、来所者がいない事務室内で仕事をするときに、来所者があるときや出張で遺言を作成する場合は、不織布マスクに取り替えてと、工夫をしながら着用しています。
③ 消毒
事務室内のカウンターには、手を差し伸べれば自動的に消毒液が噴霧される非接触式手指消毒機を置いています。非接触型ですので、利用者には好評です。
また、ドアノブ、エレベーターのボタン、ソファや椅子については、利用者が帰られた都度、除菌剤を噴霧して拭き取ることを励行しています。
⑷ 健康状態の把握
公証人が、毎日、自分を含め職員の体温を、非接触型の体温器で測っています。
また、当初は、なかなか踏み切れなかったものの、今では、利用者についても手指の除菌を案内し、この非接触型の体温器で体温測定を行っています。市内の飲食店では、当たり前になっていることであり、皆さん、協力的です。
⑸ シールドの設置・利用者との距離の確保
① 飛沫防止用パーティションの設置
ある公証人から紹介してもらった段ボール製の飛沫防止パーテーションを相談机及び利用者が座るソファの前の机に設置しています。段ボール製なので非常に軽く、どこへでも移動ができます。1セット2500円で購入したものです。
これとは別に、ビニールと木をホーマックなどで購入し、自作のパーティーションを作成して、公証人の机の上と窓口カウンターに設置しています。
② 携帯助聴器の活用
利用者との距離を確保するため、公証人と利用者との距離を2メートル以上、確保するようにレイアウトを工夫しているものの、遺言者など高齢の方の中には、耳が遠くて、公証人の声が聞こえず遺言者の耳元でお話をしなければならないことがあります。
このような時に威力を発揮するのが、携帯助聴器という電話の受話器のような機器です。この機器もある公証人に紹介していただいたものですが、イヤフォン型のように耳の中に入れるものではないので、清潔ですし、受話器のように耳にあてることで、公証人の声が大きくなって聞こえるものです。新型コロナ感染対策として活用しています。 これまで、何度か利用していますが、利用者にもとても好評です。
出張の際にも必ず持参している機器です。
⑹ 空気清浄機、加湿器の設置
1台の空気清浄機及び3台の加湿器をフル稼働させています。
また、気休めかも知れませんが、仕事中は、首掛けタイプのポータブル空間除菌機や体温測定・血圧測定も可能なスマートウオッチをしています。
⑺ テレビ電話方式による電子定款認証の推進
人と接触しないことが一番の新型コロナ感染対策であることから、テレビ電話方式による電子定款の認証手続(以下「テレビ電話方式」という。)を積極的に推進しています。旭川市内以外に在住する司法書士や行政書士(以下「司法書士等」という。)に対して、定款認証の依頼があった場合は、必ず、テレビ電話方式を案内しています。札幌や留萌、深川や富良野の司法書士等は、これまで公共交通機関や自家用自動車で、1時間から2時間もかけて公証役場に来所していました。特に、冬期間は吹雪などで、道路がホワイトアウトで多重事故が発生することもあって、公証役場に来所するにも命がけという状況です。テレビ電話方式は、リスク管理や時間短縮の面からもお勧めですとして案内をしています。旭川市内以外に在住する司法書士等にとっては、メリットが多く、一度、テレビ電話方式を経験した司法書士等は、次の定款認証は必ずテレビ電話方式を希望するようになりました。
3 最後に
遺言書作成の依頼をしてきた行政書士が、遺言作成当日の朝、「濃厚接触者になったので、今日の遺言作成をキャンセルしたい」と連絡してきたり、遺言書作成のため何度も出張した冒頭の旭川厚生病院(患者様181名、職員及び関係者130名、計311名)や吉田病院(患者様136名、職員77名、計213名)でクラスターが発生するなど、新型コロナが非常に身近に感じ、いつ感染してもおかしくないという気持ちにもなりました。
紹介しました感染対策は、すでに多くの公証役場でも行っていることかもしれませんが、引き続き、マスク着用、手洗い及び換気を励行しながら、利用者と公証役場で働く職員を守っていきたいと考えています。 (千葉和信)
いきなり役場を移転するなんて(小山浩幸)
令和2年5月22日、JR弘前駅を降りて、生まれて初めて弘前の地に足を踏み入れました。7月1日が就任予定日でしたので、本当はもう少し早く訪れて、有名な桜も観てみたかったのですが、当時は日本中が新型コロナに脅かされていたことから(今もそうですが)、移動制限という、じりじりした焦燥感の中、ようやく来訪を果たすことができました。
駅からタクシーで十数分、弘前公証役場は、住宅街の一画にあり、1階が役場事務所、2階が住居の一戸建てになっていました。
緊張の面持ちで挨拶を済ませると、早速、前任者から自家用車で岩木山の麓にある道の駅のようなところの喫茶店に案内いただきました。
開口一番、「小山さんはあそこの役場で開業するつもりですか」と不思議なことを聞かれました。「もちろんです」と答えると、ポケットから紙を取り出され、そこには、現在の役場のメリットとデメリットの対照表が書かれていました。
メリットは、弘前城が近く桜が楽しめることとスーパーやクリーニング店が近いという2点しかなく、デメリットは8点くらい書いてありました。いわく、交通の便が悪くお年寄りが一人で来られない、目標物がなく電話で案内するのが難しい、融雪装置がなく冬期間の除排雪に苦労する、木造なので火災が心配、役場入口に段差があり車椅子が通れない、飲み屋街まで遠い・・・等でした。最後の点はともかく、例えそうだとしても、それでどうすればいいのかといぶかしんでいると、「役場を移転してはどうですか」と、まさに青天の霹靂(青森産ブランド米)の一言。
とっさに、「なるほど、状況はおおむね分かりました。ですが、何ぶん地理にも不案内ですので、少し落ち着いてから、候補を探すなどして前向きに検討します」と、見事な公務員トークで返答しました。ところが、「人間は腰を落ち着けると動けなくなる。移転するなら就任と同時がいい。新事務所は私が探してあげるから、小山さんは住むところを探しなさい」と、マスク越しの目がキラリと光り、「日公連と法務局には私から話を通しておくから」と言われては、うなずくしかありませんでした。
その後、役場に戻って、公証事務のイロハを伝授いただきましたが、頭の中は役場移転のA to Zが渦巻いて、ほとんど覚えられませんでした。新潟の自宅に帰ってからも放心状態でしたが、前任者から移転の日程表や引越業者の見積もりを送っていただくうちに、ようやく気持ちが固まり、とにかく時間がないことから行動に移すことにしました。
幸いにもネット社会。住まいはサイトで見つけて、仮契約を結び、6月12日に再び弘前に向かい、部屋を確認して、正式に借りることができました。
同じ日、前任者と不動産業者と共に役場の候補地を見に行きました。2件用意していただきましたが、既に心づもりがあったらしく、私の承諾によって、弘前駅前のビルの一室を確保しました。自分でもネットでそれとなく探してみたときに検索で出てきた物件で、少し賃料が高いので無理だと思っていたのですが、相当値切り攻撃をしていただいたようで、サイトでの価格の4割引にしてもらえました(交渉人でもあったのかと)。
現在の役場であるその物件は、駅から徒歩で3・4分と交通の便が良く、ヨーカドーさんの真向かいにあるため案内がしやすく、個人で除排雪をする必要がなく、堅固なビルで警備システムも万全、入口は段差なくエレベーターで7階の部屋まで来られる、飲み屋街に近い・・・等、最後の点はともかく、デメリットのほとんどが解消できるものでした。
ただ、一つだけ誤算がありました。ビルは国内最大手の生命保険会社がオーナーで、担当者が言うには、賃貸借契約の決裁は本社扱いになり、最低1か月必要ですとのことでした。 つまり、就任と同時に移転することは叶わないことになり、翌8月初日をXデーにすることになりました。
私は、この時、1か月でも余裕が生じたので、かえって良かったと内心では思いましたが、後日その間違いに気がつくのでした。
7月1日の就任手続は青森地方法務局で行われ、私の公証人生活がスタートしました。これは、諸先輩の皆様の多くがそうであったかと思いますが、公証事務の手強さに、毎日が、毎時間が冷や汗の連続でした。つてにおすがりし、電話で照会させていただきながら何とかやり過ごしましたが、前任者が7月の半ばまで2階の居住室にいてくださったことが大いに助かりました。
その後、「新しい役場での執務スタートを見られないのが残念だ」と言い残されるのをお見送りし、本当に一人になったわけですが、一人とはこういうことかと思い知らされることになります。
その頃から、移転に伴う手続の電話が頻繁にかかって来るようになっていましたが、例えば電話の移設だけをとっても、NTTだけでなく、いろいろな関連会社から次々に問合せや書類の提出依頼が入り、専門用語の連発に、その都度確認が必要でした。
組織にいたとき、庁舎の移転や引越は何度も経験してきましたが、一人ぼっちの公証人には、当たり前ですが、気鋭の会計課長も優秀な用度係長も付いていてはくれません。一方で、よちよち歩きで公証事務をこなし、一方で、移転のための準備をしなければならないという状態に翻弄される毎日で、この頃の記憶が今では少し曖昧になっています。もし、就任と移転が同時であったら、就任前は、前任者のお力添えをいただきながら移転準備をし、就任後は、移転した新しい役場で公証事務に専心することができたはずであり、忙殺されるような毎日は回避できたのではないかと思えてなりません。
ともあれ、Xデーはやって来ました。本来、その週末は、弘前ねぷた祭りが予定されていて、駅前通りは通行止めになっていたはずなのですが、新型コロナの影響で中止になり、引越作業には何の支障もありませんでした。イベントはそういうものかもしれませんが、始まってしまえば、スケジュールにしたがって淡々と進み、夕方には全ての作業が完了しました。
何も考えなくていいようにと、什器も含めて前の役場のレイアウトをそっくりそのまま移転するように依頼したので、違和感は最小限に抑えられ、ようやくスタートラインに立ったような気がしました。
あれから数か月。新役場は利用者にも好評で、買い物ついでに相談にお越しになったり、降雪時も困らず、車椅子の老人も楽々案内できます。また、トイレ、流し台、ゴミ置き場等は共用スペースにあるため、廊下やドアも含めて個別に掃除をする必要がなく、大変助かっています。
私自身も、公証事務は相変わらず冷や汗の連続ですが、環境にはすっかりなじんできたようです。過ぎてみれば、役場を移転して正解でした。
いろいろと御助言と御支援を賜った方々に感謝をいたしつつ、新型コロナが沈静したら、近くなった飲み屋街を訪ね回ってみたいと思っている今日この頃です。(小山浩幸)
公証役場の事務所移転顛末記(泉本良二)
1 はじめに
当役場は、令和2年2月に事務所を移転しました。
移転の効果として、執務環境の改善、嘱託人の利便性の向上(主に、プライバシー保護とバリアフリー)等が実現できました。
事務所移転して約1年が経過しましので、移転までの経緯と公証役場の今後の課題等について、報告させていただきます。
なお、本稿は、単独役場だからこその事情(当職の決断で行動できる)や、個別案件が含まれていますので、これを前提に、参考にしていただければ幸いです。
2 移転前の事務所の状況
(1)旧役場の物理的・客観的な事情(問題点)
当職は、平成28年7月に当役場に着任しました。着任前の引継ぎ及び着任当初の旧役場の印象は、簡単に言えば「狭い」「古い」というものでした。
当役場の歴史をたどると、明治26年9月に設置され、旧役場のビルに事務所を置いたのは昭和49年3月です。なんと、約45年間いたことになります。
旧役場は、立地条件こそJR丸亀駅から徒歩3分程度の便利な場所ですが、6階建ての建物は老朽化し(築50年程度)、エレベーターはあるものの、エレベーター手前(1階)に6段の階段があり、足の弱いお客様には極めて不親切な造りでした。特に、車イスの場合は、この階段が大きな障害です。1階にスロープを付けられれば良いのですが、玄関は狭くて、スロープを設置するスペースの余裕など、とてもありません。現在の建築基準法なら、こんな設計はあり得ないと思いますが、これが現実です。
また、エレベーターで5階に着いても、狭い廊下を通って行くことになり、悪く言えば、健脚のお客様しか考えていないという構造でした。
次に、事務室に入ると、書庫を含めて約57㎡というもので、待合の応接セットと公証人が応対する接客テーブルは一つの空間にあり、粗末なパーティションで隔てているだけで、もし、相談や読上げをしている際に、次のお客様がいると、プライバシー情報が筒抜けというありさまでした。
書庫は、事務室の一角をコンクリートブロックの壁で区切ったもので、古くからの書類と物品が積め込まれた状態でした。
駐車場は近隣に2台分を確保しているものの、離れているため「不便だ」「分かりにくい」とのご意見を受けることがしばしばでした。
(2)精神的・心理的な事情(問題点)
上記(1)のような環境であったため、職員は、余裕のある接客ができない状況でした。
例えば、相談や書類作成は予約制を基本としているものの、予約なし(飛込み)で来るお客様があり、重なった場合、職員は、先のお客様と新たなお客様の対応に振り回されることとなり、顧客サービスはおろそかにならざるを得ませんでした。
また、電話が鳴れば、応対中の職員もお客様も気が散って(あるいは殺気立ち)、集中できない状態となっていました。
稀にではあるものの、急ぎのお客様が「ちょっとでいいから、公証人と話したい」と言って、書記の応対を無視して(他のお客様も無視して)、勝手に公証人の前に来て、話し始めるという例がありました。
もっと重大なことは、(1)で触れたとおり、プライバシー保護の配慮に著しく欠ける点です。遺言では、特定の相続人には絶対に財産をあげたくない理由を話す例や、離婚に伴う養育費では、離婚原因に話が及ぶ例など、極めてプライバシー性の高い会話が交わされることがあります。こんなときは、次のお客様に「廊下で待ってください」とお願いするか、大いに迷います。
以上のような状況が毎日起きている訳ではありませんが、職員もお客様も、お互いに神経をすり減らす思いをすることがたびたびでした。
(3)移転の検討
上記の問題点は、前任者においても悩みの種だったらしく、引継ぎの際には、多くの苦労話を聞くとともに、在職中に移転先を見つけられなかったことを悔やんでいました。
当職は、その課題を引き継いだことになり、着任当時から移転の必要性は感じていました。
しかし、「まずは、仕事を覚えてから」と思い、すぐに引越しを考える余裕はありませんでした。
仕事がある程度軌道に乗ってから、休日に市内をさまよったり、仕事で接した不動産業者や司法書士等に相談したり、適当な物件を探していましたが、満足できるものが見つからず、たちまち2年が過ぎました。
先輩公証人から「事務所移転を考えるなら、早いうちに決断しなさい。退職が近くなってからでは、決断できなくなる。」との忠告を受けていました。当職は「このままでは、先輩が言ったとおり、移転する気力がなくなってしまう」と焦っていました。
そうしたところ、旧役場の隣の建物が、取壊しに向けて足場を組み始めたことに気がつきました。
さっそく当職と書記で情報収集し、①取り壊して新ビルを建てるらしい、②新ビルは貸し事務所を考えているらしい、との情報を得て、新築ビルのオーナーA氏に入居を打診しました。
A氏は「公証役場が入ってくれるんなら、大変ありがたい」との反応で、入居に向けての条件交渉等に移った次第です。
3 移転の交渉と準備
(1)オーナーとの交渉、設計会社との交渉
隣に引っ越すなら、お客様の混乱は最小限になる。新築なら、設計段階から理想の公証役場作りに意見を言える。この点は、うってつけの話と思いました。
ここから先、公証人は、交渉をする人に変わりました。
当職は、個人情報に対する意識の高揚、高齢化社会の進展に伴うフリーアクセスの必要性の高まりを考え、さらなる利用者のサービス向上のために、①プライバシーの保護と②足の弱いお客様に優しい事務所作りという目標を柱にして、A氏と話をしました。A氏は、快く応対し、新ビルの1階に当役場が入ること、希望面積の約80㎡(従前の約1.4倍)を確保すること、ビル前の駐車場3台分を当役場に確保すること等について、気持ちよく了承を得ました。
しかし、設計会社との交渉は、難航しました。
最初に示された設計図は、玄関前にスロープはあるものの、曲がりくねった動線となっているなど、玄関の配置がどうしても納得できません。
その旨を設計担当者Bに話すと、苦い顔で「無理です、ダメです」との返事でした。
さもありなん。
当職は入居者の立場であって、入居部分の構造・配置等についての要望ならともかく、玄関の設計に口を出すなんて、当職が考えても、立場をわきまえない発言と思われても仕方がありません。当職の要望は、スロープだけでなく、エレベーターの位置変更にも及んでいたからです。1階の入居者がエレベーターを使うはずはなく、余計な発言です。でも、ここを直さないと車イスがスムーズに公証役場に入れません。引き下がる訳にいかなかったのです。それは、前記②足の弱いお客様に優しい事務所作りという目標達成に大きく影響します。
でも、これ以上Bと議論しても仕方がないと考え、一度は引き下がる姿勢でお別れして、A氏と話をすることに腹を決めました。
後日、A氏と面談し、Bとの話の概要を説明した上「これでは、私の重要な目標に届かず、引っ越す意味がなくなる。残念ですが、入居の申出は辞退します。」旨を告げました。これは、本気で諦める覚悟でした。しかし、そうはならないという計算はありました。
さて、数日後、Bから電話があり「もう一度、話を聞きたい」との由。再度、Bと面談し、要望の内容と理由を熱く語りました。「持ち帰って検討する」との返事を得たものの「さて、どうなるか」と心配していたところ、改めて提示された設計図には、当職の要望が全て満たされていました。
その結果、車イスがビル前の駐車場からスロープを通じて、ほとんどまっすぐに玄関・役場待合室・事務室へ入ることができるように工夫がされていました。
当職は、Bに丁寧にお礼を言って、A氏にもお礼を伝えました。
A氏とBとの間で、どんな話が交わされたかは、知りません。
(2)移転の費用等
隣への引越しなので、トラックを調達する必要はなく、人海戦術で帳簿等を運びました。旧知の行政書士が手伝いに来てくれたり、出入りのメンテナンス業者の好意にも甘えました。節約できた部分はあったものの、多くの備品を新調したため、おおむね220万円はかかりました。細かい点は省略しますが、内装工事が大きな出費でした。
移転に際して最も悩んだのは、原状回復です。
約45年間いたことにより、相当な傷みがあります。経年変化の点はさておき、書庫の壁のコンクリートブロックを撤去するとなると、多くの費用がかかります。
そこで、旧役場オーナー担当者に「このブロックは、いつ、誰が築いたのか」について、調査を依頼しました。公証人・オーナーのいずれが築いたかによって、撤去の義務・負担が変わってくるからです。調べてもらった結果は「あまりにも昔のことなので、分からない」とのことでした。
当職は、やんわり「免除してほしいけど、どうします?」と下駄を預けると、検討結果は「そのままでいいです」となりました。
3 移転による効果
(1)お客様の印象
移転した後、お客様から「分かりやすい」「入りやすくなった」「駐車場が目の前にあって便利」「身障者トイレはすごく立派」等の声を聞くほか、車イス利用の司法書士が新事務所を訪問した際、非常に喜ぶと同時に、褒めてくださり、これまでの苦労が報われたような気分でした。
また、複数の士業者から「今だから言うけど、前はプライバシーの点で疑問だった。良くなった。」との声をいただきました。
(2)職員の印象(主に精神的効果)
書記は、大いに喜んでいます。何より大きいのは、ストレスからの解放です。
役場のドアを開けると、お客様は、まずは待合室に入り、書記は、待合室と事務室との壁に設けたガラス窓から接客が始まる形となっているため、事務室で対応中のお客様とは完全に空間が分断されています。
これにより、新規のお客様には、用件を聞いた上で「お掛けになって、少しお待ちください」と言えば、不満を言われることはほとんどなく、プライバシー情報に神経をとがらせることも少なくなりました。
偶然ですが、移転の直後にウイルス感染の懸念がクローズアップされ、ガラス窓を隔てての接客スタートは、時宜にかなったものとなっています。
職員の健康管理・モチベーションにも大きな効果があると思われ、それが親切・丁寧な接客対応、間違いのない事務処理につながると期待しています。
4 終わりに(課題を含めて)
新しい事務所は、完璧とまでは言えませんが、おかげさまで、プライバシーの保護と足の弱いお客様に優しい事務所作りという目標に、大きく近づくことができたと思っています。旧役場を知っていて、移転を知らなかったお客様から「来たらすぐ分かった」「前よりずっと良くなった」と言われると、決断して良かったと思います。ただし、箱物だけでなく、中身が重要ですので、更なるサービス改善を図っていきたいと考えています。
移転前の準備と移転後の整理の期間は、通常事務と並行しての作業だったため、繁忙を極めました。でも、幸いなことに、多くの人から温かい支援を得て、大きな混乱なく移転できました。
レイアウトなどの工夫については、先輩・同僚の事務所を見学させてもらい、また、親切かつ貴重なご意見を拝聴し、大いに参考とさせていただきました。
この機会を借りて、厚くお礼申し上げます。
お客様に満足感をもってもらうことの方策として、当職の掲げた目標は、どこの役場においても配慮すべき課題と思います。しかし、簡単に改善できるものでありません。
公証事務を取り巻く環境が厳しくなりつつある昨今、現状の問題点を打開していく工夫は、絶えず検討していく必要があると思います。
僭越な部分がありましたら、ご容赦願います。
当職の経験が、少しでも参考になればと思います。(泉本良二)
実務の広場
このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。
No.85 金利の見直しに伴う「保証意思宣明公正証書」作成の可否
(鎌倉克彦)
公証人に任命され、1年4か月を過ぎようとしていますが、毎日、業務に追われてバタバタしており、いつになったら諸先輩のように落ち着いてテキパキとこなせるようになるのかと嘆く日々です。
さて、保証意思宣明公正証書が導入されて、令和3年4月で1年を迎えることとなりますが、この制度は、私が公証人に任命されて5か月後に施行されたものであり、任命早々に新しい仕事が増えることへの戸惑いを強く感じつつ、何とか最初の1件を処理したことが思い起こされます。
当役場においては、制度導入当初は少ない嘱託件数で推移していましたが、最近になり、コロナ禍の影響もあるのか嘱託件数も多くなり、照会件数も増えている状況です。
そのような中で、最近当役場において処理した案件について、以下のとおり報告します。
(事案の概要)
1 平成23年(西暦2011年)2月15日、金銭消費貸借契約(アパート建築資金融資)とともに保証契約を
締結
・ 債権者(貸主) 某信用金庫
・ 債務者(借主) A
・ 連帯保証人 B
・ 利息 年1.875%(10年固定)、固定期間終了後は変動金利
(信用金庫所定の長期プライムレートを基準金利とした利率)
2 令和3年(西暦2021年)2月6日、固定金利期間が終了し、約定に基づく変動金利が適用された
(同日における金利は1.075%)
3 令和3年3月5日付けで、以下のとおり借入利率等に関する変更契約を締結する予定
利息 年0.985%(10年固定)固定期間終了後は変動金利
(信用金庫所定の長期プライムレートを基準金利とした利率)
(照会内容)
上記3の変更契約は、債務者Aの金利負担の軽減を目的とするものであり、従前の契約に基づく直近の金利(変動金利:年1.075%)から変更しようとする金利(少なくとも固定金利が適用される10年間は、0.985%)は、連帯保証人Bの保証債務の軽減にも資するものであるが、このような案件についても保証意思宣明公正証書の作成を要するのか。
(検討・対応内容)
本件は、民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号。以下「新法」という)の施行に伴い導入された、事業のために負担した貸金等債務を保証する保証契約等の特例による「保証意思宣明公正証書」の作成に関して、新法の施行(令和2年3月1日)前に締結した保証契約について、施行日以後に変更契約する場合における同公正証書の作成の要否に関するものです。
これに関しては、「新法の施行日以後に債権者と債務者との間で目的又は態様を加重するように主債務の内容を変更し、その効力を保証人にも及ぼすには、保証人の同意を得なければならないが(新法第448条第2項)、このような場合に、その変更の対象が保証意思宣明公正証書の法定の口授事項であれば、新法第465条の6に基づいて保証意思宣明公正証書を作成しなければならない。他方で、新法の施行日以後に主債務の目的又は態様が軽減された場合には、保証人の同意の有無にかかわらず、その変更の効力は保証人に及ぶが、この場合には、保証意思宣明公正証書を作成する必要はない。」(「Q&A改正債権法と保証実務」一般社団法人金融財政事情研究会173ページ)とされ、さらに、「新法の施行日以後に債権者と保証人との間で保証の内容を変更する場合には、その変更の対象が保証意思宣明公正証書の法定の口授事項であるときは、(中略)保証意思宣明公正証書を作成しなければならない。」が、「保証契約の変更が保証意思宣明公正証書の法定の口授事項を変更するものであっても、極度額の減額など保証人にとって有利なものであり、保証人の同意が実質的に問題とはならず、債権者の意思表示があれば認められ得るものについては、保証人の保証意思は問題とならないので、保証意思宣明公正証書の作成は不要である。」(同書174ページ)とされています。
これを本件についてみますと、変更契約による金利の変更は、法定口授事項に関するものであり、変更契約後の金利が変更契約前の金利と比較して重くなる場合は、保証意思宣明公正証書の作成を要し、変更契約後の金利が変更契約前の金利と比較して同等又は軽くなる場合は、保証人Bの責任を加重するものではないことから保証意思宣明公正証書の作成を要しないことになります。例えば利率2パーセントの固定金利の定めを利率1パーセントの固定金利に変更契約する場合は、保証人にとって有利なものであり、負担を軽減させるものであるので、保証意思宣明公正証書の作成を要しないこととなります。本件については、変動金利と保証人の負担との関係をどう考えるかが問題となります。
変動金利は、返済途中に金利が見直されるものであるところ、将来、保証人に有利に変動するか(負担が軽減されるか)、それとも、不利に変動するか(負担が増加するか)が不明です。本件については、変更契約をしなければ返済まで変動金利が適用され、直近の利率は年1.075%で、変更後の固定金利の利率0.985%よりも高率ですが、将来、固定金利の利率0.985%を下回る利率に変動することも有り得ます。変更契約当初は変更契約前よりも負担が軽減されますが、変更契約をせず当初約定の変動金利を維持した方が結果としてトータルの負担が少ないことが全くないとは言えません。そうすると、連帯保証人Bの保証債務は、変更契約により加重されることも有り得ると考えられ、本件は、保証意思宣明公正証書の作成を要しない案件とは断定できないことになります。
もっとも、保証人は、当初の契約において10年の固定金利終了後は変動金利になることについて承知しているので、変更契約して金利に変動があったとしても、当初の保証意思に含まれるものであるので、保証意思宣明公正証書の作成を要しないとの考え方もあるでしょう。
本件については、照会者に対し、新法の趣旨等を説明するとともに、本件は保証意思宣明公正証書の作成を要しない案件であるとは断定できないことについてアドバイスし(注1)、加えて、公正証書の作成を要しない案件についても公証人は作成を拒絶することはないこと(注2)についても説明しました。その結果、連帯保証人Bから保証意思宣明公正証書の作成嘱託を受け、公正証書の作成を行いました。
本件は、新法施行前の契約の変更(金利の見直し)に伴い保証意思宣明公正証書を作成した当役場における初めての案件でしたので、参考までに報告させていただきました。
なお、本件の処理については、東京公証人会会報(令和2年12月号53ページ)に掲載された協議結果も参考にさせていただきました。
(注1)
「公証人は、保証予定者から保証意思宣明公正証書の作成を嘱託された場合、基本的には嘱託人の判断を尊重して嘱託に応じるほかない。もとより、保証意思宣明公正証書作成の要否について嘱託人から尋ねられた場合は、嘱託人が適切な判断ができるよう懇切に法の規定を説明し、適切なアドバイスに心がける必要がある。」(保証意思宣明公正証書執務資料(令和元年9月版)の「Q4」20ページ参照)
(注2)
「保証予定者が保証意思宣明公正証書の作成を求めたときは、公証人は、当該保証契約が保証意思宣明公正証書を作成しなければ有効に成立しないものであるかについて判断すべきではなく、仮に当該保証契約が保証意思宣明公正証書を作成せずとも有効に成立し得るとしても、そのことを理由に、その作成を拒絶することはできない。」(「民法の一部を改正する法律の施行に伴う公証事務の取扱いについて(通達)」(令和元年6月24日法務省民事局長)の第4の1参照))(鎌倉克彦)
No.86 借地に関する、ある相談事例から(古門由久)
個人Aと社会福祉法人Bとの土地賃貸借契約について、次のような内容を含む契約書案が送付され、その内容の適否について相談されたことがありましたので、その概要等を紹介いたします。
〈事案の概要〉
土地所有者Aは、社会福祉法人Bから、Aが所有する土地をBが建設・運営する介護保険法に基づく居宅サービス事業又は施設サービス事業のための建物の敷地として貸してほしいと依頼された者であり、Bから提示された土地賃貸借契約書と題する案の内容は、次のようなものでした。
(1) この契約は、Bが建設する建物の所有を目的とし、本件土地の賃貸借期間は満30年間とされており、
期間満了後に10年単位で更新することができると記載されている。
(2) Bが建設する建物の用途は、通所介護(デイサービス)を主体とするか、介護老人保健施設(老健)とするか、若しくは介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム)にするかは、今後の所轄庁への届出や許認可等の関係で今のところ決めていない。
〈回答の概要〉
1 普通借地権とする場合について
契約書案によると、本件土地の賃貸借期間は、満30年とされており、期間満了後に10年単位で更新できることとされています。
仮に、本件借地権(=建物所有を目的とする土地の賃借権又は地上権)を借地借家法(以下「法」という。)第3条に定める普通借地権として契約する場合には、法第4条の規定により最初の更新は20年、以後の更新は10年とされていますので、そのように定めなければならず、契約書案のように10年単位で更新することはできません。
また、この契約を法第3条に定める普通借地権の設定とする場合には、期間満了後に、賃借人から賃貸人に対し建物買取請求権(法第13条)を行使することができることになりますが、賃貸人は、このことを了解しているのか疑問が生じます。なお、この規定は強行規定なので、特約で行使しないこととする旨を定めることはできません。
建築される建物の規模や構造にもよると思われますが、賃貸人が買い取る意向があるのであれば、上記の更新年数を修正する(最初の更新は20年とし、以後は10年とする)ことで足りますが、存続期間満了後に、賃貸人において、建物を買い取る意向がないのであれば、普通借地権を設定することはできないものと考えます。
2 定期借地権(法第22条)とする場合について
賃借人の建物買取請求権を行使しないこととする旨を定めることができる契約としては、定期借地権(法第22条)と事業用定期借地権等(法第23条)がありますが、建物の利用目的及び存続期間によって、いずれかを選ぶことになるものと考えます。
このうち、定期借地権は、建物の使用目的を問いませんので、当該建物を居住の用に供しても差し支えありません。したがって、Bが建設する建物を、後述するように、老人福祉施設(特別養護老人ホーム)や老人保健施設(老健)に利用し、施設入居者が恒常的に居住する場合であっても、対応できるものと思われます。
ただし、法第22条に定める定期借地権の存続期間は50年以上とされており、契約書案記載の満30年を超えることになりますので、その点の検討が必要になります。ただし、更新によって10年単位で延長する旨の内容になっていますので、当事者間で初めから満50年とする契約をすることが可能であれば、法第22条に定める定期借地権を設定することもできるものと思われます。
なお、契約の更新(更新の請求及び土地の使用の継続によるものを含む)及び建物の築造による存続期間の延長がなく、法第13条の規定による建物買取りの請求をしないこととする旨の特約が必要となり、公正証書等の書面で契約をしなければなりません。
3 事業用定期借地権(法第23条第1項)とする場合について
専ら事業の用に供する建物の所有を目的とする事業用定期借地権の存続期間は、30年以上50年未満とされていますので、契約書案の期間30年に合致しますが、契約の更新(更新の請求及び土地の使用の継続によるものを含む)及び建物の築造による存続期間の延長がなく、法第13条の規定による建物買取りの請求をしないこととする旨の特約が必要となります。
普通借地権(法第3条)及び定期借地権(法第22条)では、建物の利用目的を問いませんが、事業用定期借地権等(法第23条)では、専ら事業の用に供する建物の所有(建物の全部又は一部を居住の用に供してはならない)との制約が課されます。
本件土地に建設予定の建物は、通所介護(デイサービス)用の建物あるいは介護老人保健施設(老健)ないし介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム)とのことですが、通所介護(デイサービス)用の建物の場合を除き、居住の用に供するか否かが問題となってきます。
(参考)
1.特別養護老人ホームは、居住の用に供する場合に当たるか否かについて両説があるとされている(平成12年11月7日法規委員会協議結果・公証128号295ページ)。
2.介護専用型有料老人ホーム・痴呆性高齢者グループホームは、いずれも特定人が継続的に居住するための施設であって、住居に該当するから、これらの事業に供する建物を所有する目的で事業用借地権を設定することはできない(日公連法規委員会協議結果・公証138号331ページ)。
3.有料老人ホームには、①介護付有料老人ホーム、②住宅型有料老人ホーム、③健康型有料老人ホームの3つの形態があるが、①の介護付有料老人ホームは居住施設であり、事業用定期借地権を設定することはできない(東京会実務協議会・会報平成22年第4号37ページ)。
4.老人ホームの運営・利用形態は様々であるから、具体的な事案に即して、特定人が継続して専用使用する建物かどうか等につき検討する必要がある(平成18年6月23日付け日公連ホームページ)。
公正証書遺言を作成するために、これらの特別養護老人ホームや介護老人保健施設に赴くこともありますが、住民票上の住所を施設に移している例も見受けられるところであり、居住していると評価される実態にある例が多いような気がします。
本件において、通所介護(デイサービス)メインの使用目的とし、時として短期入所療養看護のため宿泊施設(ショートステイ)として使用する場合もあるということであれば、専ら事業の用に供する建物とみることができるものと考えますので、この事業用定期借地権を設定することも可能と考えます。
なお、この契約を法第23条第1項の事業用定期借地権として、当初30年の存続期間を定めていた場合には、変更契約により、その存続期間を10年延長して40年にすることができます。ただし、変更契約も当初の契約時の適用条項の範囲内となりますから、当初の存続期間の始期から通算50年未満までの範囲内となります(設定ではないので、公正証書によらなくても可能ですが、金銭債権の強制執行を視野に入れるときは公正証書によることが必要となります。)。
いずれにしても、Bが建設する建物を何に利用する目的なのかが確定した段階で、いずれの契約によるべきかを検討願います。(古門由久)