民事法情報研究会だよりNo.24(平成28年12月)

師走の候、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。 さて、私事で恐縮ですが、人間ドックで膀胱と肺に癌が見つかり治療中です。これまで他人事と高を括っていましたが、ここ1、2年、周囲を見ても、胃癌、前立腺癌、膵臓癌、大腸癌、胆管癌と、癌に罹る人が多く、また高齢者の半数は癌の要素を持っていると聞くと、東京都知事選で鳥越候補が第一の公約を「癌検診100%」としたのにはそんなことが知事選の公約かと思いましたが、少なくとも高齢者の心構えとしては正しいのではないかと思うこの頃です。(NN)

挨拶状 ―葉書編― (理事 冨永 環)

社会人となって初めての職業に公務の道を選び、就職してからは、誰もが経験する人事異動に伴う転勤を繰り返し、所期の志を全うして現役を終えた。その後、公証人に任命され、お陰さまでこの使命と任期も全うすることができた。 挨拶状との付き合いは、就職と同時に始まった。以来、挨拶状は、配置換えや住居移転、結婚、新たな仕事に就任した際、そして退任等その時々の人生の活動の節目で役割を果たした。 挨拶とは、挨も拶も「せまる」の意味で、そばに身をすり寄せて押しあうこと。転じて、人のそばに寄ってあいさつする意となる(学研「新漢和大辞典」学研研究社)とある。 一般的な挨拶状は、定例のものとしての年賀状、暑中・寒中見舞い、喪中(欠礼)等があるが、個人的には仕事関係でのものが圧倒的に多かった。 挨拶状の特徴は、官製葉書を始め、たくさんの絵葉書等が市販されており、多種多彩の出来合いのものが入手し易く、速やかに書け、とても便利なことである。これまでの経験からすると、個人的には、自分が差し出した挨拶状について、礼を失しないように、先達から挨拶状をいただいた際、その挨拶状の表記から書き方を学ぶことが多く、教科書にない生きた教材としても大変有り難く重宝している。また、返礼を自筆で作成された挨拶状をいただいた場合、通信文の文面を拝読しただけで、差出人がどこの何方かが分かるのがとてもうれしい(その差出人の個性豊かな筆致が記憶に鮮明に焼き付いているから。)。 挨拶状は、個人的には長文で書く封書よりも葉書によることが多いが、葉書サイズであることから、自ずと枠(行数・文字数)に制限があり、短い文章で要領よく調える必要があるので、使用する漢字を選んで(近時、その際には辞書で確認することも多く、この作業も老化の防止に一役買っている。)仕上げる。 さて、この度、公証人を退任した際に作成した挨拶状は、定例文であるが、『時候の挨拶(略)「本年7月1日付けをもちまして、大分公証人合同役場 公証人を退任しました。」(中略)「皆様方には、在任中温かい御支援・御厚情を賜り誠にありがとうございました。心から厚く御礼を申し上げます」(中略)「略儀ながら、皆様方の今後の御健勝と益々の御繁栄を祈念申し上げ、書状にて、御挨拶とさせていただきます。」』というものである(なお、文面の左上部には一人一人に自筆の添え書きをした。)。 この退任の挨拶状に対し、諸先輩や同僚、後輩等から、心のこもった返礼の挨拶状(葉書)をいただいた。その文面には、何よりも有り難い言葉がある。最も多いのは、公証の使命を果たし、無事退任したことに対する心温まる労いである。その次に多いのが、今後の健康を案じる気配りである〈近年、同業者で退任後に亡くなる方がいることを察しての気遣い。〉、次に、第三の人生を社会貢献、趣味等存分に楽しんでほしい(まだ老けるには早すぎとの励ましか。)、というものである。これらの返礼の差出人が目の前に、そばに寄ってきて会釈されているような、さらに、いずれの返礼の挨拶状(葉書)もその方の気持ちを表した有り難いお気遣いを感じることができ、感無量である。 挨拶状は、四十年余り利用し、人生の節目では大いにその役割を果たした。今では電子メールが発達し便利になったものの、改まった御挨拶には、やはり挨拶状をしたためるつもりであり、これからも全文自署を徹底するとまではないとしても、受け取る人に嫌われないよう味のある筆致・独自のスタイルでしたためたいと考えている。 初春の年賀状には、平和な世の中であることを願い、新年の抱負を述べ、会員の皆様にお届けする意気込みであり、自筆の挨拶状が当分続きそうである。

今 日 こ の 頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。 

富山と北海道の縁(向 英洋)

北陸新幹線が開業して2年目、気のせいか新聞やテレビ等で富山県が登場する機会が以前と比べて随分多くなったような気がする。このところ富山市議会議員や県議会議員が政務活動費等を私物化して議員辞職のドミノ現象を起こし、全国的ニュースになっているのは全く心外であるけれども…。 私は平成12年に富山県高岡市で公証人に任ぜられ、初めて富山県人となった(出身は隣接の石川県)。公証人を辞してからもずっと高岡に居住し現在に至っているので、富山県人歴は16年余りということになる。幼少のころから父が警察官であったため石川県内で転校ばかりを繰り返していたし、法務局に勤務してからも転勤生活を余儀なく?された自らの半生を思うと、一カ所に16年も居住すること自体不思議な感じがするのである。自慢することでもないけれども、今はいっぱしの富山県人になったつもりで、暇に任せて富山の自然や文化を楽しみながら富山関連情報に一喜一憂している自分がいる。 ところで私が法務局に在職した期間は34年になるが、そのうちの3分の1近くの10年間北海道(札幌・旭川)に勤務した。法務局人生に限ってみれば、私にとっての北海道は第二のふるさと的な存在であり、今でもふとした機会に北海道時代の諸々の出来事を想い出すことが多い。一度ならず北海道出身者に間違われたことも今としては懐かしい思い出でもある。 そんな私が富山に住んでから時々感じるのは不思議な富山と北海道の“縁”である。駄文ながらその根拠を列挙してみたい。 その1.「政治的」観点から ①「北海道知事」 今をときめく第15代北海道知事 高橋はるみ 氏は富山県富山市出身(夫は札幌市出身)である。彼女の母方の祖父(元道庁職員)は富山県知事を2期勤めた高辻武邦氏、父は日本海ガス社長・インテック創業者新田嗣治朗氏。一橋大出身の彼女は北海道経済産業局長を経て、彼の町村信孝氏の支援を受けて北海道知事に就任、今は女性初の4期連続知事となっている。どちらかといえばマイナーな富山県にも優秀な人材は意外と多い。 ②「北方領土返還運動」 安倍総理大臣は年末にも予想されるプーチン大統領とのトップ会談で、主な議題として北方領土問題を取り上げるであろうと報じられている。実は富山県は全国的にみて北方4島からの引揚者が北海道に次いで多い県である。越中(富山県)は、古くは江戸時代から蝦夷(北海道)と大阪などへ向かう北前船交易で西回り航路の中継地点の一つとして栄えたこともあり、明治初期に北海道に渡り根室・千島・羅臼方面で成功した県出身の漁業経営者も多く、彼らを頼って明治の終わり頃には富山県から大勢の人々が北海道に渡った。大正になると彼らは歯舞群島などを昆布の猟場として開拓していき、歯舞群島や色丹島に定住する人も増えたという。統計によると第2次世界大戦終結時1,425人の富山県人が北方領土に渡っていたとみられ、その後引き揚げられた元島民(その子孫)はほとんど富山県東部の黒部市と入善町に集中して居住している。ネット情報によれば現在も羅臼の人口の70%は富山県にゆかりのある人で占められているそうである。そのような経緯もあり、富山県における北方領土返還運動は、昭和36年に「社団法人千島歯舞諸島居住者連盟富山県支部」が結成されたことに始まり、「富山県北方領土復帰促進協議会(昭和45年結成の“北方領土復帰促進北洋安全操業促進富山県実行委員会”の改称)」が昭和54年10月国連本部へ北方領土早期返還実現を要望するなどの運動を展開し、民間レベルでも昭和57年に設立された「北方領土返還要求富山県民会議」が時節に合わせ各種活動を行っているなど、組織化の面でも返還運動関連行事の面でも他県に比べて傑出している感じを受けている。 その2 「経済的観点」から 経済的繋がりも無視できない。富山市に本店を置く北陸銀行は、同行の前身の十二銀行が明治32年10月に北海道内の第1号店として小樽支店を開設したことにより北海道に進出した(地元の「北海道拓殖銀行」が進出した半年前)。先に述べた北前船交易により北陸と経済的・文化的繋がりが強かったこと等が背景に挙げられるだろう。私が札幌に最初に着任した折に北陸銀行の店舗が多くあることに驚いた(昭和61年末の店舗数26カ店、平成27年現在19カ店に減少)ものであるが、その株式会社北陸銀行と株式会社北海道銀行を傘下に置き、平成15年9月「ほくほくフィナンシャルグループ」(本店所在地富山市)が設立され、総資産では「ふくおかフィナンシャルグループ」に次ぐ第2の規模を持つ地方銀行グループが誕生した。この統合により富山と北海道の経済的基盤・連携がより強固になったと評価されよう。地域銀行同士の合併や経営統合はこれまでも数多くあるが、本店所在地が遠隔地にある統合は国内では初めてだそうだ。このため「飛地統合」等と呼ばれ、銀行再編の新たな形として注目されているという。 その3 「自然的観点」から 「山岳模様」 北海道の山といえば「大雪山」、富山の山といえば「立山」。この双方を代表する山に共通するのは、「大雪山」・「立山」と称する固有の単独峰が存在しないことである。大雪山は一般的に「大雪山系」と称せられ、少なくとも狭義には旭岳(2,291m)を中心として北鎮岳(2,244m)、愛別岳(2,113m)、北海岳(2,149m)、黒岳(1,984m)等を含む石狩川と忠別川の上流部に挟まれた山塊を称する。立山は雄山(3,003m)、大汝山(おおなんじやま3,015m)、富士の折立(ふじのおりたて2,999m)の三峰を総称し、広義の立山連峰には有名な剱岳(2,999m)、薬師岳(2,926m)等がある。全国的に見ればほかにも例はあるかも知れないが、日々北海道を意識して生活している私には嬉しい共通点の発見であった。 旭岳山頂には現役時代二度ばかり登頂したが、富山に来て残念ながら立山の象徴“雄山”には未だ登頂していない。山登りは嫌いではないが加齢による挑戦意欲の減退がすべてであろう。もう何年も前になるが立山登山の中継地点で賑わう「弥陀ヶ原」のエリアにある、全国最高所の温泉施設「みくりが池温泉」(標高2,430m)の狭く真っ白い湯船に浸かって記念スタンプをもらい下山した満足感は、今も十分維持されている。 ② 「鮭の遡上」 私が最初に北海道(札幌)に赴任したのは昭和51年4月である。それ以来個人的旅行や出張等で道内をあちこち廻りながら徐々に諸々の北海道文化を体験することになるが、今は最大の趣味と自称する“釣り”を覚えたのもその頃の職場仲間の伝授による。それまでは魚類にはトンと縁というか関心がなかったけれど釣りをするようになってからはいやが上にも“北海道の魚”に関心が高まった。名寄市北部の渓流でのヤマベ(「ヤマメ」の北海道的?表現)釣り体験をはじめとして、噴火湾での宗八ガレイ、積丹半島のソイ・イカ、オホーツク海のカレイ等海釣りも随分楽しんだ。鮭が群れをなして泳いでいるのを初めて目にしたのも北海道の河川である。川幅狭しと水面を真っ黒になって遡上する鮭の群れを見た道東・標津川の光景は今でも脳裏に焼き付いている。恥ずかしながらその頃は鮭は北海道固有の魚だと迂闊にも信じ込んでいた。後に東北に赴任し東北なりの鮭の漁獲・食文化があることを知ったし、高岡に住まいしてまた身近に鮭漁を目にすることとなった。 日本海側で鮭の漁場の一つとして知られているのが富山の秘境「五箇山」の山懐を縫って砺波平野を潤し、富山湾へと流れ込む「庄川(しょうがわ)」である。昭和8年に庄川養魚場が設置されて以来、サケ・マスの人工ふ化放流事業が始められ、毎年秋捕獲した鮭を増殖場で採卵、翌年2月中旬頃より稚魚を放流しているそうだ。 私はこの庄川左岸の「鮭のやな場」のすぐ近くの河川敷(管理者高岡市)の一隅を借り上げ、家庭菜園を行っている。老後の体力維持のつもりではあるが菜園自体はイマイチの収穫状況でパッとしないし、体力維持の効果も実感するまでには至っていない。それはさておき鮭漁が本格シーズンを迎える11月には「庄川鮭祭り」が開催され、北海道でも良く目にした豪快な鮭のつかみ取りなどのイベントが開催される。毎年菜園の手入れの傍らその光景を見る度、北海道千歳川の「インディアン水車」を想い出す。あれほどの規模ではないが「鮭のやな漁」のやり方はほとんど同じである。富山・庄川を出発し、遠く北海道近辺まで泳ぎ何年か後に富山の河川に帰ってくる鮭も、また富山と北海道を結びつける確かな使者に違いないと我田引水している。 その4 「食文化的観点」から 「昆布消費王国富山」 富山に住んで先ず驚いたのは、本当に多様な昆布製品があるということだった。何でもかんでも昆布〆(コブジメ)にしている。カジキマグロ、鱈、かまぼこ程度は分かるにしても、カニ、海老(甘エビ、白エビ)、イカ(マイカ・ホタルイカ)、ヒラメ等魚類のほとんどが対象となっているし、果ては野菜、牛肉、コンニャク、豆腐等と、とどまるところを知らない。山菜まで昆布〆にしているのには本当にビックリした。居酒屋やラーメン店等でお握りを注文すると、黙っていると海苔ではなく「とろろ昆布」のお握りが出てくるという。 北海道的には素材の味が一番だし、私もコブジメしたものより新鮮な魚の刺身を好む。富山には折角新鮮な魚介類がヤマとあるのに何でわざわざコブジメにまでするのだろうか?、思うに塩分の効いた昆布にシメて食材を保存食とするという用法としてではなく、将に新鮮な食材に+αとしての“昆布の味”を楽しむという独特の食文化が発展しているのではと考えざるを得ない。富山市にも高岡市にも昆布のみを取り扱う専門店があるのも不思議ではない。最近では昆布ナン・昆布クッキー・昆布入りパンなど新しい製品も開発されている。 やや古くて恐縮だが平成20年度家計調査年報によれば、富山市の1世帯当たりの「昆布」の年間支出金額は2,732円で、49年連続日本一位であり、全国平均(976円)の3倍近くだそうだ。富山の海では昆布は採れない。昆布の採れない富山にどうしてこんなに昆布文化が根付いているのか不思議ではあるが、やはり前述した道東や北方領土の漁業に多くの富山県人が関わってきたことや北前船交易のもたらすゆえんであろうか。北海道に居住していた当時から“昆布は北海道!!”と信じてやまなかった私としては、昆布の「生産王国の北海道」と「消費王国の富山県」の浅からぬ因縁を確認し、自己満足している。

加齢が進むと億劫になってか北海道には随分御無沙汰している。札幌局のOB会「桐友会」にも所属しているが欠席続きである。北海道新幹線も函館まで伸びたことだし、早い機会にまた思い出多い彼の地を訪ねてみたいと思う。 2年くらい前になるであろうか、長浜公証役場の井内公証人の仲介で、現岩渕桐友会会長はじめ北海道に縁故のある仲間を中心としたグループが大挙して高岡に来てくれて、近辺のゴルフ場でゴルフ大会を開催できた。運営上の反省点は多々あったものの北海道に縁ある仲間が富山に集結してくれた事実は、富山と北海道の縁を標榜する私の大いなる成果であったことをここに付記しておきたい。

閑話休題(その2)(小口哲男)

私の好きな漫画家さんに諸星大二郎という作家がいます。 その作品には、日本の各地にある異界のモノが惹き起こす事件に考古学者稗田礼二郎が関わっていく「妖怪ハンター」シリーズ、パプアニューギニアの民族の子コドワと日本人の子篠原波子を中心に展開する呪術的世界・精霊との関わりとこれらのものが西洋文明と交錯したときに生まれる軋轢や事件を描いた「マッドメン」(名前は、儀式に使われる泥のお面を被った男の意)、出雲神話を発端に出雲から逃げ出して長野県の諏訪にたどり着きそこに祀られた建御名方命(たけみなかたのみこと)に関わる話を出発点として、九州の古墳に見られる壁画などの謎をからめつつ、最後には仏教の教義・暗黒星雲の話にまで及ぶ「暗黒神話」、西遊記を人間である孫悟空と虐げられた民衆の怨念の凝り固まった邪神との関係を中心に、実際の史実を絡ませて描き上げられた「西遊妖猿伝」、異界のモノと平気で絡む女子高校生栞と紙魚子二人が遭遇する様々な出来事を描く「栞と紙魚子」シリーズ、中国の論語・聊斎志異などから発想された「孔子暗黒伝」、「諸怪志異」シリーズ、「無面目」、「太公望伝」、「碁娘伝」など私にとっての珠玉作品が、たくさんあります。 これらの作品には、異界と人間との関わりを書いたものが多いので、私も、知らず知らずのうちに、そのようなモノに惹かれていたのだろうかと思うことがあります。 作品中「暗黒神話」には、私の故郷(岡谷)の近くの諏訪や茅野が出てきており、その作中に出てくる「建御名方(たけみなかた)」については、私の出身である諏訪清陵高校の校歌の中に「建御名方の英霊」というフレーズとして出てくるくらい親近感が持てることも理由の一つではあると思います(「孔子暗黒伝」にも、諏訪大社の御柱が出てきます。)。 私は、あまり異界の存在を信じる方ではありませんが、ただ、全宇宙の中で地球にだけ奇跡的に生命体が存在し得ていると信じることは、とてもできそうにありません。 このようなことを書いたのは、最近、私の周りに、除霊ということではないのでしょうが、その人に取り憑いた生霊・死霊・動物霊などに離れてもらうということを験した方がおられ、験した本人は、一定の効果が認められたということでしたので、少しネットで検索したところ、ヒーリングとかの代替医療についても、世界的には認められる動きもありそうとの記述もありました(むろん、怪しげなものが多いとの記述は多かったですが。)。 異界というものについて、改めて考えるきっかけになった次第です。

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実 務 の 広 場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.42 株式会社(閉鎖会社)モデル定款と認証の際の留意事項(その4)

株式会社(閉鎖会社)の定款について、一般的な記載例と留意事項を掲げ、若干の解説を試みるとともに、実例の中には間違った事例も数多くみられるので、その事例も紹介し、今後の定款認証に参考になると思われる事項を記載したものである。 例文中( )書きは、そのような記載であっても差し支えないことを示している。 凡例 Q&A 日公連定款認証実務Q&A 会報  東京会報 研修  日公連専門科研修

59 定款に定めのない事項

本定款に定めのない事項は、すべて会社法その他の法令の定めるところによる。

60 代理権限事項

(認証代理の場合) ○○○株式会社設立のため、この定款を作成し発起人が次に記名押印をする。 平成○年○月○日 発起人 ○○○○  ㊞ 注 委任状は1枚もの(発起人から認証のために役場に行く代理人へ) (作成代理の場合 紙定款) ○○○株式会社設立のため、発起人○○の定款作成代理人である司法書士(行政書士)○○は、本定款を作成し、署名押印する。 平成○年○月○日 発起人○○○○ 上記発起人の定款作成代理人 住所 ○○ 司法書士(行政書士)○○ ㊞ 注 委任状は定款添付(発起人から認証のために役場に行く代理人へ) (作成代理の場合 電子定款) ○○○株式会社設立のため、発起人○○の定款作成代理人である司法書士(行政書士)○○は、電磁的記録である本定款を作成し、電子署名する。 平成○年○月○日 発起人○○○○ 上記発起人の定款作成代理人 住所 ○○ 司法書士(行政書士)○○ ㊞ 注 委任状は定款添付(発起人から認証のために役場に行く代理人へ)

1 必要書類 ⑴嘱託人が申請する場合 ①定款(法62ノ3ⅠⅢ) 2通 +1通(謄本請求) ②発起人の 印鑑証明書(3月以内)(法62ノ3Ⅳ、60準用) 注1 原本還付については、必要な場合に限るとの通達があるが、守られていない。 注2 発起人本人であるの証明は、運転免許証でも、差し支えないとも思われるが、実務は、発起人について、印鑑登録証明書提出で統一されている。 ③収入印紙 原本に貼付 注1 消印は代理人でも差し支えない。消印漏れのときは、公証人が消印 ⑵代理人による嘱託の場合 ①代理人の印鑑証明書又は運転免許証(原本に相違ない旨の記載) ②本人(発起人)の委任状 ③委任者全員の印鑑証明書 2 その他留意事項は、下記のとおり ①司法書士等が作成代理人として紙定款に押印する場合、その印鑑は実印とすべきである。本人確認としては、印鑑登録証明書だけでなく、自動車運転免許証、顔写真付き住民基本台帳カードでも差し支えなく(公62の3Ⅳ、公60、公32)、そうであるならばそれらの資料と認印の押印でも差し支えないということになるが、定款には印鑑登録証明書を添付すべしというのは実務として確立された扱いであり、それを前提にすると、押印は実印とすべきことになる。これとの関連で司法書士等が、職印を押印し、司法書士会等発行の職印証明書を添付する扱いはできないかという疑問についても、実印によるべきである。 ②電子定款に関しては、公証人法第62条の3第1項( )書きで公証人法に定める認証の規定の適用が除外されているが、「指定公証人の行う電磁的記録に関する事務に関する省令」第10条第3項により同様の規定が設けられているので、扱いとしては同様となる。(会報26.6 40p) ③電子委任状でも差し支えない。電子委任状はプリントアウトして編綴すること(研修 第3 その4) ④代理人であることを証する書面として日本行政書士会連合会発行の身分証明書が否定された判例(平成25.7.29東京地裁判決)がある。(会報26.10 16p、会報27.6 30p) 3 司法書士が発起人になる場合の取扱( 18.3.1日公連203号)

61 手数料 1 収入印紙 4万円(印2別第一6公証人保管) 注 電子定款は不要 印紙税法で印紙必要なのは公証人法62条ノ3第3項 2 手数料 5万円(公証人手数料令35) 3 枚数計算で、定款の表紙は除外する。(会報14.1 68p) 4 電子定款の同一情報の提供は、700+20×枚数(日公連速報2006.3.1、公証141 244p)

62 公証人の認証を受けた定款の変更(日公連速報2006.11.6 民事法情報245 55p) 会社法第30条は、定款認証を受けた定款につき、会社成立前に、一定の場合(会33Ⅶ・Ⅸ、37Ⅰ・Ⅱ)を除き、認証を受けた定款の変更はできないと定めている。しかし、公証人の定款認証が終了した後で、定款を変更する必要が生じることがある。例えば、取締役の定員を変更する、あるいは目的の一部を変更する等のような場合があるが、このような場合は、会社法第30条で定めるところの、定款認証後に変更が想定される事項ではないところから、最初から定款を作成し直し、再度認証手続きをしなければならないことになるが、軽微な変更や訂正までも、最初から定款認証をやり直しということになると、無用な手続きを強要することになり、会社法第30条は、一定の場合は再度認証をし直す必要はないことを定めたものと解され、軽微な変更や訂正までも禁止する趣旨ではないと思われるので、定款の基本的な部分を変更する場合を除き、それ以外の部分の変更や訂正については、公証人の定款認証が終了した後であっても、変更あるいは訂正された定款を公証人において再度認証し直すことは可能と思われ、実務もそのように扱っている。 定款変更の仕方として概ね次の2つの方法がある。 1.変更・訂正箇所のみ記載の例 注 紙定款の例 電子定款は、保存の関係から下記2全文変更 記載例(取締役の定員を変更する例) ○○株式会社変更定款 平成○年○月○日○法務局所属公証人○が同年登簿番号○号をもって認証した株式会社○○の定款中、第○条を次のとおり変更する。 株式会社○○ 定款 第○章 役員 (取締役の人数) 第○条 当会社は、取締役を○名とする。 上記会社の定款を変更するため発起人全員が次に記名押印する。 平成○年○月○日(変更定款を作成した日) 株式会社○○ 発起人○○ 印 発起人○○ 印 (必要書類) 1 発起人全員の印鑑登録証明書(3か月以内) 2 発起人全員が来られない場合は委任状 変更定款手数料:25000円 ※収入印紙は不要 2.全文を記載した変更定款 注 一部変更・訂正であっても変更・訂正後の全文記載の例 注 認証済みの定款と一体化した定款であることを表して作成する。 記載例 (初葉に次のように記載) 株式会社○○ 変更定款 平成○年○月○日○法務局所属公証人○が同年登簿(管理)番号○号をもって認証した株式会社○○の定款を、別紙「定款」のとおり変更する。なお、この変更定款は、認証を受けた定款と一体となるものである。 (次葉に変更後の定款(全ページ)を付す) 株式会社○○ 定款 第1章 総則 (商号) 第1条 当会社は、株式会社○○と称する。 (目的) 第2条 当会社は、次の事業を行うことを目的とする。 ・ ・ (定款の末尾に次のように記載) ア(発起人が定款を作成した場合) 上記会社の定款を変更するため発起人全員が次に記名押印する。 平成○年○月○日(変更定款を作成した日) 株式会社○○ 発起人○○ 印 発起人○○ 印 イ(作成代理の場合) 上記会社の定款を変更するため発起人○○の定款作成代理人○○が次に記名押印(又は電子署名)する。 平成○年○月○日(変更定款を作成した日) 株式会社○○ 発起人○○ 印 (電子定款は印不要) 発起人○○ 印 (電子定款は印不要) 定款作成代理人○○ 印 (又は電子署名) 注意事項 注1 初葉に、変更後の定款をホチキス止めし、全ページに発起人全員の割印または袋とじ。 注2 紙定款は登簿番号、電子定款は登簿管理番号。 注3 発起人の払込日付は、当初作成した定款の日付以降であれば差し支  えない。 注4 全文変更の形式で新たに定款を作成した場合であっても、先に定款認証を受けた定款と一体化した定款である記載する必要がある。そのように記載せず、単に変更定款を作成したと記載した場合は、紙の定款については、収入印紙は、40000円分が必要となるので、注意のこと。(印紙税法第6号文書に該当 問答式実務印紙税178p参照)。 必要書類 1 発起人全員の印鑑登録証明書(3か月以内) 2 (発起人のうち公証役場に来ない者がいる場合)発起人から嘱託人・代理人への委任状(作成代理は、変更した定款と同一のものを合綴) 3 代理人の印鑑登録証明書等 4 (事務所職員が認証手続きをする場合)復代理の委任状 5 (事務所職員が認証手続きをする場合)復代理人の身分証明書と印鑑 変更定款手数料:25000円 ※収入印紙は不要 他に謄本、同一情報の提供の料金約2000円程度必要 

63 その他の留意事項 1 認証を要する定款 弁護士法人、  司法書士法人、土地家屋調査士法人、有限責任中間法人、 証券会員制法人、監査法人、  信用金庫、信金中央金庫、信用金庫連合会、 金融先物会員制法人、相互会社、特定目的会社、行政書士法人、税理士法人、 社会保険労務士法人、特許業務法人 2 認証を要しない定款 合資会社、合名会社、合同会社、無限責任中間法人 3 印紙が必要な定款 株式会社(相互会社含む。)であって、紙の定款のみ。 4 その他の留意事項 ①記載した文字の訂正、加入又は削除をしたときは、その字数を欄外又は末尾の余白に記載し、その箇所に発起人又は代理人が押印することを要する。(公38、商登規48Ⅲ参照) ②公正証書で定款作成は可能であるが、認証は必要ない。(Q&A 9p) ③定款認証した後で、創立総会で本店移転を決議し、他の法務局の管内に変更した場合は、変更後の定款について改めて、変更後の本店所在地を管轄する法務局管内の公証人の認証を受けなければならない。(Q&A 9p) ④発起人の数が多く、全員が契印することが困難な場合には、実際に契印できる者、場合によっては一人の契印でも可能である。(会報17.5p37) (Q&A 5p、会報17.5 37p、公証144 320p) ⑤全ての条文に英文を付した定款の認証はしても差し支えない。(研修 番号3) ⑥設立登記申請の期限は、次に掲げる日のいずれか遅い日から2週間以内。(会911) ア 発起設立については、設立時取締役の調査(会社法46条1項)が終了した日又はあるいは発起人が定めた日。 イ 募集設立については、創立総会終結の日又は創立総会決議の日(又は事案により決議日から2週間経過した日)。

(小林健二)

No.43 事実実験に関する事例

はじめに 公証人が作成する公正証書は、法律行為その他私権に関する事実について作成される(公証人法(以下「法」という。)。法律行為の公正証書は、遺言、契約などの証書であり、私権に関する事実についての公正証書は、事実実験公正証書(以下「事実実験公正証書」という。)である。事実実験公正証書について、比較的多く作成されている貸金庫の開扉、尊厳死宣言、知的財産については、吉井直昭著「公正証書の認証の法律相談【第四版】青林書院284頁以下」に詳述されているので、割愛し、それ以外の若干の事例を紹介することとしたい。 1 公正証書の作成について、公証人は、嘱託人の依頼により、『証書を作成するには、その聴取したる陳述、その目撃したる状況その他自ら実験したる事実を録取し,かつ、その実験の方法を記載してこれをなす』とされている(法第35条)。そこで、私権に関する事実実験公正証書の作成においては、対象となる特定の物、場所、装置、現象、状況等を目撃・見分し、関係者の供述を聴取し、その経緯及び内容・結果を公証人自らが実験(体験)したものとして公正証書に記載することになる。その作成手続は、一般の公正証書と同様にするので、嘱託人本人又は代理人が公証役場に出頭し、公証人に対し、嘱託の趣旨・目的、現場(出張の場合はその場所)の特定、対象とすべき事項、具体的な内容や事実を陳述する(公証人は、法令に違反する事項に関する公正証書の作成はできず、自らの五感で認識できない事項は公正証書に記載することができないため、説明を聞いて作成の判断をする。)。 (1)指紋採取確認 ア 嘱託の趣旨 国民及び我が国に滞在している外国人等が外国において特定の業務(例えば、語学講師、教授等)に従事しようとする場合や永住権を取得しようとする場合等に、外国の官庁から、許可の審査の過程で当該国における犯歴調査を行う上で必要であるとして、公的証明のある指紋の提出を求められる。 (ア)指紋台紙は、嘱託人が持参するものによる。 通常、嘱託人が外国(例えば、カナダ、アメリカ等)の官庁から当該国の犯歴所管庁の作成した指紋台紙(外国文字)の交付を受けており、その指紋台紙の様式に従って指紋を採取するとともに所要事項を漏れなく記載して完成させることが最も重要であり、そうしなければ嘱託人が当該国において所期の目的を達成することができなくなる。 (イ)専門職による指紋の採取と採取者との調整 嘱託人から指紋の採取とそれに関する証明の依頼を受け、公証人から警察の所管部局(大分では県警察本部鑑識課)に指紋採取の依頼をし、公証役場において作成してもらうか、県警まで公証人が赴く(出張する)のかを調整するが、本職は、公証役場で実行するほうが、証明〈英文表記〉の完成、公正証書の手交まで手際よくできる体制があることから、常に公証役場で行っていた。 なお、指紋採取は、公証人が採取することもできるが、指紋の採取(左右10指を格別に全部と左右の拇指を格別に及び残り左右4指を一括)は、大量であり、かつ鮮明に採取するには高度の技術を要するので、専門職に依頼するのが最適であり、警察の担当官によって指紋採取する方法をとることが最も問題ないやり方である。 (ウ)指紋採取確認公正証書の文例 日本公証人連合会の「外国文認証事務Q&A【三訂版】37頁」の文例、項番2を参照することになるが、事実実験を本職の公証役場で行うので、『平成27年10月(  )日、大分市城崎町2-1-9大分公証人合同役場において、大分県警察本部鑑識課職員が指紋を採取した嘱託人の指紋であり、本公証人がこれを目撃し、同指紋票の採取欄に採取者に代わって署名した。』と表記し、その英文表記は、下記のとおりとした。 「 This is to certify that the fingerprints impressed On the attached FINGERPRINT CARD are  the said applicant’s fingerprints  taken before me by a police officer at the  OITA PREFECTURE IDENTIFICATION SECTIONPOLICE located at   OITALEGALAFFAIRS BUREAU NOTARY at 2-1-9 SHIROSAKI-MACHI OITA-SHI JAPAN, on the (  ) day of October,2015, and,I,NOTARY affixed my signature to the attached FINGERPRINT CARD for said officer who has taken the applicant’s  fingerprints 」 イ その他 嘱託人が持参した外国官庁からの指紋台紙(外国文字)に採取した指紋票〈現物〉は、嘱託人に手交する公正証書に合綴する(指紋照合の性質上、指紋票が現物でないと意味をなさない。)ので、公証役場の公正証書原本には、指紋票の写しを編綴する(この場合は、写しの末尾に『この指紋票の現物は、提出先用として嘱託人に交付したため、本役場には写しを保管する。』と記録している。)。 なお、複数の国に提出するケースもあるので、その場合は、指紋票を複数作成することになる。 (2)キャラクター〈イラスト〉の封緘状況の確認 ア 嘱託の趣旨 嘱託人会社の代表取締役から、自社で企画中の漫画の表題を「○○丸の▽◇学習館」とし、これに使用(登場)するキャラクター数個のイラストが描かれた印画紙を封入する状況について、誰にも気付かれることなく、公証役場でしたいとの依頼があった。封緘時現在において、当該イラストが嘱託人会社のオリジナルとして所有していたことの証拠保全としたい意向である。秘密を守る公証役場が事実実験の場所に指定されたことを光栄に思った。 イ 事実実験(目撃した事実)の状況 事実実験の日〈開始の日・時・分を記載する。〉、嘱託人が来所し、本職に対し、本件嘱託をするとともに、印画紙を収納する大型の白封筒(横23.8センチメートル、縦33センチメートル)を持参した上、本職の面前で同封等に印画紙を収め、開口部を糊付けして封鎖するとともに、嘱託人が標題を「キャラクターリスト」とし、その概要、日付及び嘱託会社人の名称・押印をした封緘紙(これには嘱託人会社の請求により、本職が確定日付を付与した。)を封筒の裏面に貼り付けた。 次いで、嘱託人が封緘紙と封筒の接合部(数か所)に同会社の代表者印をもって契印を施したので、本職が同代表者印の横に職印をもって契印した。 なお、嘱託人から、念のため、キャラクター〈イラスト〉を封入して完成した大型の白封筒の全体(封筒の形状、封印及び契印)を保存したいとの依頼を受け、当該白封筒(表・裏の両面)を複写し、公正証書にはこれを引用する形式で表記した。 このような処置をすることにより、封緘紙を破損又は封筒を破損しない限り、白封筒の内の印画紙を取り出すことは不可能となった。 ウ 保管場所の記載 この封筒は、嘱託人の陳述により、嘱託人の会社内の金庫に保管するものである旨の記述をして終了した〈終了した時・分を記載する。〉。 以上の経緯を文書にして事実実験公正証書を作成した。 エ その他 開始から約30分で終了したが、当初の相談の段階で具体的な手順をすり合わせたことにより、無駄のない進行が図られた。 (3)示談書への署名押印を指示する状況確認 ア 嘱託の趣旨 嘱託人会社の社員が同会社の工事現場で作業中、5メートル余りの立坑に転落した労災事故に関し、嘱託人会社との間で補償金、慰謝料及び和解金を支払う内容の示談の合意ができたが、日付欄及び社員の署名押印欄が空欄になっており、これを補完し、完成させる必要があるところ、当該社員は、労災事故が原因で手指が使えないので、署名押印を第三者に指示することにより完結すること、及びその意思能力に疑義を残さないため、その経過を公証人による公正証書により行いたいというものである。 イ 現場への出張 社員は、労災事故が原因で重度障害となり、目下、重度障害センターにおいてリハビリ中であり、外出ができないので、本職が同センターに出張して行うこととした。そこで、本職は、事前に当該社員の意思能力、署名の可否などについて承知する必要から、同センターに赴き、社員と面談した上、本人確認及び示談書の内容を弁識しているか等意思能力を確かめた。 ウ 目撃した事実 示談書を完成させる当日、重度障害者センターに出張したところ、同センターが用意した面談室には、社員と嘱託人会社の代理人及び第三者がいた(開始の時・分を記載する。)。そこで、嘱託人会社の代理人から住所、氏名、生年月日を聴取し、提出のあった嘱託人会社の委任状(代表者の資格証明、代表取締役の印鑑証明書付き)、代理人の免許証、社員の印鑑登録証明書及び実印を対査し、いずれも間違いないことを確認した。 次いで、当職は、示談書〈2通〉を社員に示し、その内容を確認させたところ間違いないと答えたので、示談書を完成させるには、年月日、住所、氏名及び押印が空欄であるため、この部分を記載する必要があることを伝えると、社員は、事故で両手指が動かないので、同席している第三者に署名押印を依頼する旨を申し出た。次に、同席の第三者に対し、住所、氏名、年齢、職業を聴取して人違いでないこと、及び社員との関係、社員の依頼を受諾することを確認した。そこで、社員が指示したとおりに第三者が示談書〈2通〉に記入、押印したので、続いて嘱託人会社の代理人が示談書〈2通〉に記入、押印を行った。最後に、社員及び嘱託人会社の代理人に対し完結した示談書〈2通〉を確認させたところ、その成立に異議はないと返答した(終了の時・分を記載する。)。 以上の経緯を文書にして事実実験公正証書を作成した。 エ その他 本件は、嘱託人会社が労災事故の対応から示談まで相当時間をかけて丁寧に対処しており、社員が補償金、慰謝料及び和解金について理解ができる時期に至ったことから、本嘱託に及んだようである。 2 本事例(3)に類似の署名・押印の指示に関する事実実験の事案には、「借入金の弁済方法変更契約における保証人としての署名・押印について、手指の変形により自署ができないとして、第三者に指示する。」ケースや「所有する会社の株式を跡継ぎに譲渡する契約書について、譲渡人が両手治療中のため署名・押印できないので、第三者等にこれを指示する。」ケースなどがある。これらは、法律行為による契約公正証書で作成可能なものもあるが、いずれも自宅療養あるいは病院に入院中や施設に入所中の事案では、嘱託人の思惑として、できる限り早く作成しておきたいことのほか、契約書作成時における意思能力に疑念を抱かせないようにしたいことが伺われることから、本人確認及び意思能力の有無については、慎重に判断する必要がある。 結びに 本事例のとおり、事実実験公正証書は、機動性、弾力性、秘密性(法第4条)、保存性(法施行規則第27条1項)及び証明力(法第2条)において優れた証拠保全であり、将来にわたり特定の時期に遡って事実関係を明らかにすることができるので安定した法律関係をもたらす効果があるとともに、将来法律上の紛争が起きたときなど、有力な証拠として提出することができるものである。 特に、事実関係の保全では、工夫次第で幅広い事象を対象とすることができる。 (富永 環)

No.44 単独公証役場の公証人交代に伴う事務引継ぎ等について

本年7月1日をもって福島地方法務局所属いわき公証役場の公証人を退任しましたが、後任者に対する引継ぎにあたって、公証人が単独で書記が2名(内1名は、青色申告専従者を兼ねた公証人の親族)規模の公証役場における公証人の交代に係るマニュアル的なものを作成しましたので、参考までにその内容を以下のとおり記述します。 ○事前準備 後任者が内定した段階から連絡を取り(私の場合は、メールでやり取りをした。)、後任者が就任した日から直ちに使用する職印・確定日付印、各種印判、各種用紙・封筒、名刺、書籍等の内容・様式、必要部数等を改めて案内し(職印・確定日付印及び書籍については、別途、事前に監督法務局から後任者に案内がある。)、後任者からの依頼を受け、それらを関係業者に発注する。 なお、後任者は、日本公証人連合会発行の「公証人法」及び「公証実務」を事前に購入し、精読しておく。 後任者が住居を移転する場合は、任地の住宅事情等の情報を提供する。 後任者が就任する前に、当該公証役場において実地研修を行い、その日程調整を行う。実地研修に当たり、前任者は、事務引継書(後述)を作成しておき、研修開始時にそれを後任者に手交し、後任者は、それに基づき業務処理の仕方、各種帳簿・書類等の保管場所、役場経営等について前任者から説明・指導を受ける。 公正証書の作成や定款の認証の際、後任者は、前任者がそれらを行う場に立ち会い(出張にも同行する。)、具体的にその段取りや嘱託人とのやり取りを見聞する。 各種システム・ソフトの運用について、前任者は、一連の操作をやって見せ、それらのマニュアル等を後任者に引き継ぐ。 ○書記の雇用 ほとんどの場合、前任者が雇用していた書記を後任者が引き続き雇用するものと思われるが、当役場では、新たに書記を雇用することになったので、前任公証人における雇用期間も含めて、新たに以下の内容の「労働条件通知書兼雇用契約書」を作成した上、人選・採用を行った。なお、前任者が雇用していた書記を後任者が引き続き雇用する場合も、改めてこの契約書を取り交わすことが望ましいものと考える。 書記の人選に当たっては、公証業務の遂行において極めて高度な守秘義務を要することから、信用のおける関係機関又は関係者から紹介を受けるなど、慎重な対応をすべきものと考える。 当役場では、後任公証人とほぼ同時期に併せて事前研修を行い、後任書記は、書記に係る業務について前任書記から説明・指導を受け、書記専用の教材・執務参考図書を備え付けた。 労働条件通知書兼雇用契約書 雇用者である○○公証役場公証人○○(以下「甲」という。)及び同公証人後任者○○(以下「乙」という。)は、従業員である○○(以下「丙」という。)に対し、以下のとおり通知するとともに、甲及び乙並びに丙は、雇用契約を以下のとおり締結する。 第1条(雇用期間) 平成28年6月23日から甲が公証人を退任する平成28年6月30日までは、甲が丙を雇用し、平成28年7月1日からは、同日をもって公証人に就任する乙が丙を雇用する。 なお、上記期間の丙の賃金等は、乙が支払う。 第2条(試用期間) 平成28年6月23日から平成28年9月30日までは、試用期間とし、その間に甲及び乙が丙の勤務状態等を勘案した上、丙が第4条に定める職務の遂行に適さないと認められるときは、甲及び乙は、丙を解雇できるものとし、この場合、丙に対し30日前に解雇予告をする。 第3条(就業場所) 丙の就業場所は、○○県○○市○○番地、○○ビル○階、○○公証役場とする。 第4条(職務内容) 丙は、○○公証役場の公証人の公証業務が適正、迅速かつ円滑に行われるよう公証人を補助する書記として、その職務を遂行する。 第5条(服務規律) 丙は、○○公証役場の書記として、次の服務規律を遵守する。 ① 職務を誠実かつ善良なる管理者の注意義務をもって遂行する。 ② 職務上知り得た事項を漏えいしてはならない(守秘義務)。 ③ 公証人の指示命令に従い、職場における規律に背かない。 ④ 職務の内外を問わず、公正を疑われたり、信頼を失墜するような言動をしてはならない(品位の保持)。 第6条(就業時間) 平日の始業時間は、午前8時30分とし、終業時間は、午後5時15分とする。 なお、就業時間外に職務を行う場合は、公証人の指示に従う。 第7条(休日等) 1 休日は、土曜日、日曜日及び国民の休日とする。 2 休暇は、年次有給休暇として10日及び年末年始の特別休暇とする。 なお、上記以外の夏季休暇等については、乙及び丙が協議の上、適宜定める。 第8条(賃金等) 1 丙の賃金は、国家公務員の給与制度に準ずるものとし、以下のとおりとする。 ① 採用時の基本給の月額は、○○円とする。 ② 通勤手当として、公共交通機関を利用する場合は、その1か月当りの定期の金額、自家用車を利用する場合は、1か月当りのガソリン購入金額を支給する。 ③ 就業時間外勤務手当として、その時間に応じた金額を支給する。 ④ 賞与として、国家公務員の期末・勤勉手当と同率の金額を支給する。ただし、平成28年の6月期は、支給しない。 ⑤ 毎年、人事院の国家公務員給与に関する勧告に基づき、基本給及び期末・勤勉手当の支給月数を改定する。 2 賃金の支給日は、月給は、毎月○日とし、賞与は、6月が○日、12月が○日とする。 3 乙は、丙の雇用保険の保険料を支払う。 第9条(退職等) 1 丙は、満○歳に達する日の属する年末をもって定年退職する。 なお、定年退職後、乙と丙が協議の上、再雇用契約を締結することができる。 2 丙は、自己都合退職する場合、乙に対し、退職する30日前に予告しなければならない。 3 乙は、特定退職金共済制度の積立金(月○円)を支払い、丙の退職の際、その退職金を支給する。 4 乙は、丙が第5条に定める服務規律に著しく違背した場合、直ちに丙を解雇することができる。 平成28年6月23日 雇用者(甲) 署名捺印 雇用者(乙) 署名捺印 従業員(丙) 署名捺印 ○事務引継書 前述したように、後任者に対する事前研修に当たり、前任者は、以下の項目による「事務引継書」を作成し、後任者との円滑な事務引継に資することが必要なものと考える。 なお、これらをもって事務引継は、当面終了するものの、その後の後任者からの質問や疑義事案に対し、前任者は、退任後も後任者をフォローアップしていくことが望ましいものと考える。 事 務 引 継 書 第1 嘱託事件の動向 1 公正証書の作成 当該公証役場における直近の約10年間の証書作成件数の動向と最近3か年の嘱託事件の内容の割合等を記載 2 認証 (1)定款の認証 定款の認証件数や電子申請の動向を記載 (2)私署証書の認証 特徴的な私署証書(海難報告等)の認証の動向を記載 (3)確定日付 事件の動向や不審事案について記載 第2 嘱託事件等の処理 嘱託事件の処理に当たっての心構えや倫理規定の遵守等について記載した上、以下の事項について記載 1 相談業務 相談件数の動向、その予約等の進行管理の仕方 電話による相談対応の仕方 特に遺言公正証書作成に係る相談の対応の仕方 離婚等公正証書の記載例の活用の仕方 定款の事前チェックの仕方 2 公正証書の作成 各種公正証書作成の共通手順を記載した上、主な公正証書について記載 (1)遺言公正証書 必要書類の確認・作成日時の設定や証人の手配の仕方 本人確認、口授の仕方 出張による証書作成の仕方 公正証書二重保存システムへの登録など証書作成後の処理の仕方 (2)離婚給付等契約公正証書、(3)任意後見契約公正証書、(4)事業用定期借地権設定契約公正証書について留意事項を記載 3 認証 (1)私署証書の認証 本人確認の仕方 外国文の認証の仕方 (2)定款の認証 電子定款の認証の仕方 面前認証の留意事項 4 代理認証 代理認証の留意事項 委任状の様式等 5 手数料 手数料算出の仕方及び留意事項 6 印紙 印紙税法に定められた印紙の貼付の仕方 7 誤記証明書 誤記証明書作成の仕方 第3 各種報告 1 月表(年表)等関係 各種嘱託事件の報告書類の作成、報告の仕方 2 遺言に関する報告 公正証書二重保存システムによる報告の仕方 遺言者登録件数等の県会長への報告の仕方 3 電子公証に関する報告 ブロック公証人会事務局長への報告の仕方 第4 公証人会等 以下の公証人会等の開催時期等について記載 1 日本公証人連合会 2 ブロック公証人会 3 各都道府県公証人会 4 経済合同関係 経済合同に関する仕組や総会等について記載 5 会費等 各種会費、負担金等の拠出について記載 第5 公証役場の経営 以下の事項に係る契約状況や留意事項等を記載 1 書記の雇用 2 事務所の賃貸 3 各種事務機器等 4 経理、確定申告、税理士等 第6 帳簿の保管等 1 帳簿の管理 引継帳簿一覧表の作成 保存簿の調整等の仕方 2 廃棄 各種帳簿廃棄手続の仕方 第7 広報活動 民事法情報研究だより№13における取組について記載 第8 検閲 検閲を受けるに当たっての事前準備・留意事項等を記載 第9 関係機関等 以下の関係機関等との連携・協力について記載 1 市役所等 2 各士業 3 着任の挨拶回り(別途、一覧表を作成) (本間 透)

No.45 韓国の会社が発起人となって日本に会社を設立する場合の定款認証嘱託に添付された韓国の官憲発行の登記事項証明書及び印鑑証明書にアポスティーユ(公印証明)は必要か。(質問箱より)                      

【質 問】 韓国の株式会社が発起人になり、日本で株式会社を設立するとのことです。韓国の会社の登記事項全部証明書及び印鑑証明書(証明者 法務行政処登記情報中央管理所 電算運営責任者)と、その訳文は準備できたとのことですが、韓国の発行した登記事項全部証明書及び印鑑証明書に、アポスティーユ(公印証明)が必要かどうかご教授願います。 【質問箱委員会回答】 1 問題の所在 韓国の株式会社が発起人になり、日本国内において株式会社を設立するには、当該韓国の株式会社の代表権限ある者が公証役場において定款認証の申請を行うこととなります。作成代理によるか、認証代理によるかいずれかになろうと思いますが、いずれの方法によるにしても、代表者が権限を有する者であることを証明する必要があり、韓国のように印鑑登録制度のある国については、サインとその証明によることなく、登録した印鑑を押印しその印鑑の真正を証明するために印鑑証明書を添付する方法によることも差し支えないとされています。 そのことを前提に、本件のように、韓国の会社の登記事項全部証明書(代表権限があると称する者が代表権限を有していることの証明)及び印鑑証明書(これは定款、あるいは委任状に押印された印鑑について、会社の代表権限ある者の印鑑であることの証明書)が提出されたものと思われます。 その際、これらの証明書に、アポスティーユ(公印証明)が付されていることが必要かどうか、問題になった事例です。 外国官憲発行の印鑑証明書等については、原則として、当該国の権限ある者の証明であることの公印証明(アポスティーユ)が付される必要があるといえます。日本の登記事項証明書が外国で通用するためには、登記官印を法務局長が証明し、その法務局長印を更に外務省で証明し、場合によっては、さらに当該外国の在日大使館等の認証を受けなければならないことを考えると、その逆に、外国の証明書が日本国内で通用するためには、当該国の公印証明が付されている必要があるということになるからです。 2 先例 それでは、公印証明が付されていない登記事項証明書、印鑑証明書は、証明書としての意味をなさないかどうかですが、 定款認証の際提出される登記事項証明書、印鑑証明書については、必ずしも公印証明を付す必要はないとの取扱いがなされています。 ⑴ 東京会報平成27年5月号(47p)「第32回実務協議会○法規委員会の回答」によれば、「定款認証に際し、発起人が外国法人、外国人のときの実務上の留意点をご教示いただきたい。」との問いに対して、「提出すべき書類として、法人の登記簿謄本、印鑑証明書が必要である。」旨回答していますが、そこでは、これらの証明書に公印証明を付す必要があるとはされていません。 ⑵ 昭和36年1月30日付けの民事局長通達(民事甲233号。公証事務先例集257頁)があり、この通達によれば、外国人が、嘱託の際に提出する法人資格証明書、署名証明書等は、その本店の所在する国(自然人についてはその居住する国)の権限ある官公署又は公証人の作成したものでよいとした上で、その証明書が外国語をもって作られている場合はその訳文を添付するのが相当としています。この通達でも、訳文を添付するのが相当としていますが、公印証明を付す必要があるとはされていません。 以上の先例は、定款認証の際に提出された外国の登記事項証明書等に公印証明の有無を真正面から問うものではありませんが、登記事項証明書等に公印証明が必要であれば、少なくとも、前記⑴の回答には、その旨が盛り込まれる必要があり、そのことが記載されていないということは、このような外国官庁の証明書には、必ずしも、公印証明は必要がないとの前提に立って、回答されたものと思われます。 そして、公証役場の実務においても、定款認証の際に提出された外国の登記事項証明書等には公印証明を要求していませんし、印鑑証明書制度のない国にあっては、公証人の認証したサイン証明書が提出される例が多いのですが、認証した公証人のサインにも公印証明を求めてはいないのが、取扱いの実状と思われます。 それでは、何故、定款認証の際に提出される書類に公印証明を付させる必要がないか、確かではありませんが、制度の異なる外国法人、外国人について、全て提出される書類に公印証明を付すよう求めることまで必要かというと、そこまで求めることは実務上過度な求めになるとして、公印証明を付さなくても差し支えないとの扱いがされ、その後その扱いが踏襲されてきたものと思われます。 3 回答 上記のような先例があり、現に公印証明が付されないままの扱いで特段問題が生じていない状況を踏まえると、お尋ねの韓国の会社の登記事項全部証明書及び印鑑証明書について、公印証明が付されていなくても差し支えないものと考えます。 4 参考 韓国の登記事項証明書が提出されていることから、当該会社の目的が明らかになり、この目的が新設会社の目的の一部と重複している必要がるかどうかまで判断する必要があるかどうか、疑問が生じるかもしれません。 因みに、日本の会社であれば、既存の株式会社が発起人の場合、新設会社の目的は、既存会社の「目的の範囲内」であることという要件は、未だ維持されています。会社の目的として、「商取引」等が認められるようになったことから、既存の株式会社の目的の範囲内であるかどうかは重要ではなく、不要であり、目的の範囲内か否かを判断するための登記事項証明書を提出させる必要はなくなったのでは、との意見もありますが、登記申請の際は、発起人たる会社の目的の範囲外の行為と認められない限り受理して差し支えないとの先例(昭和56.4.15民四第3087号民事局長回答)は、従前どおり維持されています(平成23年8月10日第1刷発行・全訂詳解商業登記上巻447p)。 この考え方と同様に考えれば、外国会社についても、同様に考えるべきで、大韓民国民法においても、定款に定められた範囲内で権利義務の主体となるという趣旨が定められているようであるところから(インターネット上での確認なので、確証はありませんが。)、発起人となる会社の目的と新設会社の目的とに関連性が認められない場合には、大韓民国民法の関連条文がどうなっているのか、嘱託人(又はその代理人)に確認する必要があるとの考えもありますが、外国会社にあっては、目的制度について、必ずしも日本と同じ仕組みをとっているとは限らず、仮に目的が記載されていたとしても国が異なれば事業も異なり、目的に関して厳格な扱いをすることは、かえって外国会社を不公平に扱うことになりかねず、外国会社の目的について、登記実務ではそこまで要求していないのが実状ですから、公証実務においてもあまり厳格に考える必要はないと思われます。

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