民事法情報研究会だよりNo.59(令和5年10月)

 猛暑の夏、厳しい残暑をようやく終え、少しずつ秋めいて来た今日この頃ですが、会員の皆様におかれましては、ますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
 本号は、民事法情報研究会発足10周年記念号を兼ねて発刊するものです。巻末に、これまでの記事索引等を掲載しています(編注:省略)ので、大いにご活用ください。
 また、12月9日(土)に、弁護士の住田裕子氏を講師にお迎えしてのセミナーと、10周年記念祝賀会(懇親会)を開催する予定です。数多くの皆様の参加をお待ちしています。詳細は追ってお知らせいたします。(YF)

設立10周年を迎えて
(一般社団法人民事法情報研究会 会長 小口哲男)

 一般社団法人民事法情報研究会(以下「当研究会」といいます。)は、平成25年5月31日に設立され、本年で10周年を迎えました。
 当研究会は、設立時社員数12名で出発しました。その後の3年ほどの会員数の推移を見ますと、平成25年8月の会員数は135名、平成26年1月の会員数は149名、平成26年4月の会員数146名、平成26年5月の会員数152名、平成26年6月の会員数151名、平成26年7月の会員数154名、平成26年9月の会員数165名、平成26年10月の会員数167名、平成27年4月の会員数176名、平成27年6月の会員数183名、平成27年11月の会員数189名、平成28年1月の会員数190名と増減を繰り返してはいますが、全体としては増加してきており、直近の本年10月1日現在で、正会員226名・特別会員3名の合計229名というたくさんの会員の方にご参加いただいています。
 これだけたくさんの方にご参加いただくことができましたのも、会員の皆様のご理解の賜物と感謝申し上げる次第です。
 設立10周年ですので、少しだけ過去の経緯を振り返りたいと思います。
 当研究会が設立された平成25年の数年前から、設立時社員である故清水勲様、故藤谷定勝様、故坂巻 豊様、藤原勇喜様、小林健二様、佐々木暁様を中心にOBOGが集まれる法人の設立について議論されていましたが、実際の設立に向けた手続きは、なかなか進んでいませんでした。その中で、故藤谷様が、平成24年末頃から当研究会の前会長である故野口尚彦様に法人設立に向けた手続きをお願いし、これを引き受けられた故野口様の多大かつ迅速なご努力により、平成25年5月31日の設立にこぎ着けることができた次第です。
 ちなみに、故野口様の前の事務方は私でしたが、私が定款の初期の案文を作成する際に、主たる事務所の穴埋めで私の住所を書いていたところ、故野口様が、主たる事務所の所在は、当面このままとするとされ、それが理事会でも承認されたという経緯があります。
 ところで、当研究会の活動のメインは、会員の皆様が集まり、近況の報告や仕事に係る意見交換などを通して親睦を深めることにありますが、近時は、未曾有のコロナ禍により集まること自体に制約がかかったため、令和2年6月の定時会員総会から皆様にお集まりいただくことができなくなり、本年6月の定時会員総会でやっと集まることができるようになりました。
これからは、新型コロナウイルスによる感染症もインフルエンザと同等の扱いを受ける環境下で対処していくことになりますが、その感染力が衰えたわけではありませんので、今後、様々な工夫をしながら、このコロナ禍を乗り越えて運営していかなければならないと考えています。
 今号の民事法情報研究会だよりは、設立10周年を祝した記念号として発刊します。お寄せいただいた記念論考を掲載させていただくとともに、第1号から前号までの記事索引(「実務の広場」については、事項別索引を含む。)を掲載させていただきます。今後、ご活用いただく機会がありましたら望外の喜びです。
 また、コロナ禍により皆様にお集まりいただくことができなかった時期を除き、平成25年12月から、セミナーを開催させていただいています。講師をお願いし快くお引き受けいただいた皆様に対しまして、厚くお礼申し上げます。
 今後、セミナーでどのような方のどのようなお話をお聞きしたいかのご意見を、皆様からお寄せいただきながら、当研究会の運営を進めていきたいと考えています。
 さらに、当研究会だよりは、会員の皆様の交流の場の一つでありますので、今後とも、皆様に積極的にご寄稿いただきたいと思います。これらのことを含め、引き続き、当研究会の運営へのご支援のほど、よろしくお願い申し上げます。
(当研究会会長、元千葉・船橋公証役場公証人 小口哲男)

10周年記念特別寄稿

本記事は、10周年を記念してご寄稿いただいたものです。

公証人の息子 レオナルド・ダ・ヴィンチの舞台裏(川上富次)

1 レオナルド・ダ・ヴィンチの存在感は死後5百年経つ現在でも実に色あせることなく万能の天才と
 して輝いています。
 ところで、当のレオナルドは、1452年4月15日、父セル・ピエロ・ダ・ヴィンチ、母カテリーナの間の非嫡出子として出生しています。
 「セル」というのは公証人の敬称として使用されていました。
右のセル・ピエロは有能な公証人として活躍し、然るべき婚約者もいましたが、貧しい農家の娘と情を通じて前記のレオナルドが誕生しました。
 セル・ピエロ一族は数代に亘って嫡男は公証人を継いできた名家であり、他にも一族には「セル」を使用する公証人が散見されています。
 普通ですと、レオナルドも当然公証人を期待された筈です。
 当時、非嫡出子として生を受けても、一般社会的には必ずしも恥ずかしいことではなく、ルネッサンス期のイタリアを「私生子の黄金時代」と呼ぶ歴史家もいます。
 他方、当時は職業ごとに「アルテ」と呼ぶ組合(ギルド)があり、仲間間のルールを伴っていました。このアルテの存在は絶対的なものでした。
 セル・ピエロの所属する組合(1197年設立)は由緒正しい判事、公証人の組合として非嫡出子に対しては厳しく、私生活も非の打ちどころのない信頼性と社会の王道を歩むことが求められたのでした。
 そして、あとあとの話になりますが、1476年に正妻との間の嫡男セル・ジュリアーノ(レオナルドの異母弟)に跡を継がしています。
 歴史に「if」はありませんが、若し、レオナルドの父と母が正式に結婚していれば、私達の知るレオナルド・ダ・ヴィンチは存在しなかったわけです。
 とにかく結果的に万能の天才芸術家が生まれたことは、世界の人達、いや人類の幸運といっても過言ではないでしょう。
 次に、レオナルドの最後を記述しておきたいと思います。レオナルドは、1519年5月2日享年67歳で静かにこの世を去りました。亡くなる9日前に公証人による遺言書を作っています。
内容は、異母兄弟に土地とお金を、召使いにはミラノの土地の半分と水路使用料を、家政婦には上質の服とお金を、弟子のサライにはミラノの土地の半分と家を、後継者メルツイには全記録と残りの全部を相続させています。
 そして「私の一生は幸せに満ちていた」ということでした。
2 ここで母カテリーナについてですが、公証人の父セル・ピエロと異なり、公的記録はありませんの
 で一応通説にしたがってまいります。
 カテリーナは、レオナルドを出産して後、間もなくセル・ピエロの計らいで同じ村の男性と結婚します。したがってカテリーナはレオナルドの母としての役目は僅かな期間でした。
 しかし、記録によりますとレオナルドは母憶いで生まれたことを感謝し続けていたことが窺われます。
 1493年レオナルド41歳の時、ミラノに寡婦となったカテリーナが突然訪ねて来ます。
 カテリーナは2年後病で亡くなるまでの間、二人きりの穏やかな時を過ごすことができました。
 レオナルドは母に対して心からの深い愛情をもって接し、指輪や宝石などをプレゼントした記録が残っています。
 また、母の葬儀も相応の内容の儀式が行われています。
 レオナルドンの母に対する思愛と合わせて久し振りにわが子と暮らす母としての測り知れない情愛が推察されます。
 ここで唐突ですが、あの大作「モナ・リザ」の“謎の微笑”について触れてみたいと思います。
 無私の心を愛で表現できるのは微笑です。
 科学的な視覚と芸術の分析はともかく、あの神秘の微笑は、私はカテリーナの微笑ではなかったかと考えます。レオナルドは「モナ・リザ」に筆を加え続け、亡くなる寸前まで手元に置いていました。
  以上、私の当て推量の僻論をもって、本稿舞台裏を閉じます。
(元さいたま・東松山公証役場公証人 川上富次)
(参考文献)
1 レオナルド・ダ・ヴィンチ -生涯と芸術のすべて-池上英洋(筑摩書房)
2 レオナルド・ダ・ヴィンチ  ウォルター・アイザックソン著 土方奈美訳(文芸春秋社)
3 レオナルド・ダ・ヴィンチの秘密 コンスタンティーノ・ドラッツイオ著 上野真弓訳(河出書房新社)
4 レオナルド・ダ・ヴィンチ -イラストで読む- 杉全美帆子(河出書房新社)

「本人確認」についての古い思い出(樋口忠美)

1 私は、平成25年5月に設立された当研究会の設立時から副会長という役職を仰せつかったもの  の、これといった貢献もできないまま月日を過ごし令和元年6月に退任いたしましたが、この間における当研究会の活動の主要なものは令和2年7月に急逝された野口前会長の企画・立案、実行力に負うところが多く、今でも申し訳ないと思っているところです。
 ところで、当研究会も設立から満10年を迎え会員数も順調に増加しているとのことで、全国の会員が一堂に会して研修・議論するということを楽しみにしていましたが、数年前からのコロナ禍のせいで研修会の開催などが極めて困難になり残念に思っていました。会長をはじめとする理事、監事の皆さんは、この難局を乗り切るために大変なご苦労をされたことと思い、心から感謝申し上げます。

2  私は、公証人を退職して10年以上過ぎ、当研究会の役員を退任して4年が過ぎ、その後は何かをするという予定もなく日々を過ごしており、会員の方々の参考となるような話題もありませんので、公証人在職中に何かと気になっていた「本人確認」について二十数年前の古い思い出を書いてみます。
 公証役場では、本人確認の資料として運転免許証の提示を求めることが多いと思いますが、外国人についてはパスポートの提示を求めることが多いものと思います。パスポートは自国とのつながりを示すものであり、また自分の身分を証明することができるものですからその発行手続は本人確認を含めて厳格に行われていると思われています。また、公正証書や認証のために外国の公的機関が作成した証明書の提出を求めたり、資料とする機会が増加しているものと思いますが、中にはその信ぴょう性や作成過程に?が付くものもあるかと思います。しかしながら、仮に疑問があったとしても外国の公的機関が作成したとされるものについては具体的にどの部分がおかしいと指摘できなければ、公証人がその作成者や作成過程にまでさかのぼって調べることは事実上困難であり、公証人としてその証明書等を認めるかどうかは悩むところではないでしょうか。 

3 私は、推理小説やサスペンスものの小説が好きでよく読んでいますが、その中でも大好きなイギリスの小説家フレデリック・フォーサイスが1963年に実際にあったフランスのドゴール大統領の暗殺計画を題材にして書いた「ジャッカルの日」というベストセラー小説(映画化もされました。)がありますが、その小説中で、イギリスでは出生証明書、本人の写真、手数料、返信用封筒をパスポートの発行機関に送付すると本人確認が全くされないままパスポートが返送されてくるということが実に詳細に述べられていて、簡単に他人名義のパスポートが取得できることが書かれているのです。これが事実であればパスポートは本人確認の証明書としては信頼できないことになります。この小説を最初に読んだときは、本人確認が全くされないままパスポートがこんなに簡単に取得できるはずがない、きっと小説だからこの部分はフィクションだろうと思う一方、イギリスという国は、歴史的にも海外に出る人が多いことから特別に不審なところがなければ厳格な手続なしにパスポートを発行するのが国の方針かとも思ったところです。ただ、いずれにしても小説の世界の中の出来事であるので、その真否を確認することもできずにそのまま記憶の奥にしまい込んでいました。

4 ところが、しまい込んでいた記憶を目覚めさせる思いがけないことが起きたのです。平成9年頃、民事局では電子認証制度を取り入れるための研究が進められており、その先進国のイギリスやアメリカなどにおいて実情を調査する必要が生じ、当時民事局に勤務していた私にイギリスでの調査が命ぜられたのです。
 調査はイギリスにおいて電子認証制度を担当していた、日本でいえば通商産業省(現在の経済産業省)の課長から実施の状況や問題点、今後の課題などについて話を聞いたのですが、その中で電子認証において成りすましなどを防ぐために最も重要な「本人確認はどうしているのですか」と質問したところ、いとも簡単に「パスポートを使っている」という答えがあったのです。この答えを聞いた途端、かすかな記憶となっていた前述の「ジャッカルの日」の小説に書かれていたパスポートの取得手続のことを思い出し、つい本来の調査事項になかったイギリスにおけるパスポートの取得方法について次のような質問をしました。
「①ジャッカルの日」という小説を読んだことがありますか。
 ②あの小説に書かれていたパスポートの入手手続は事実でしょうか。
 ③パスポートは本人確認の資料としては十分ですか。」と。
 このような予定にない質問に対し、相手の課長は、笑いながら「あの小説は読んだことがあります。あの小説が書かれた当時は小説に書かれているような手続でパスポートを取得できましたが、不正に取得できることが分りましたので、手続を改めて今は申請者がパスポート発行機関に出頭して受け取るようにしました。したがって、現在パスポートは本人確認の資料として十分に機能しています。」という答えがあり、私が記憶の奥にしまい込んでいた疑問が解消し、長年の胸のつかえが取れた思いです。 なお、この部分に関しては帰国後に提出した出張結果報告にはなにも記載しておりません。

 私の疑問についてはたまたま機会があって解消することができましたが、公証役場では外国で作成された文書を目にすることが多くなり、何かと疑問が生じることがますます増えてくると思いますので、適正な証書作成のために当研究会が活用されることを念願しています。
(元千葉・柏公証役場公証人 樋口忠美)

野口さんの思い出(小畑和裕)

1 一般社団法人民事法情報研究会(以下「研究会」と称します。)が設立10周年を迎えました。謹んでお祝い申し上げます。私は研究会設立の際に初代会長に就任された野口さんから「研究会を設立したいと思っている。ついては、諸々の手続き等もあり手伝って欲しい」との依頼があり、お受け致しました。当時、野口さんは現職の公証人やOB等を対象にした研究会を早急に設立したいという熱い思いで、文字通り粉骨砕身の努力をしておられました。私は、お引き受けしたもののお手伝いが十分に出来なかったことを反省しています。その後、研究会は無事設立され、野口さんは初代の理事長に就任され、私は執行理事として勤務させて頂くことになりました。研究会設立後も、野口さんは長い間、中心となってその運営等に尽力されました。私は理事としてこれと言った業績も果たさず全くお恥ずかしい限りであります。理事会ではいつも無責任な発言ばかりして野口さんや他の役員の方々にご迷惑をお掛けしていました。野口さんはそんな私の発言を嫌な顔もせず聞いてくれました。

2 野口さんと初めて出会ったのは遠い昔のことです。昭和54年4月、私は、 法務省民事局第一課(当時)予算係に転勤しました。私の異動と同時に、野口さんは予算係から隣室にあった法務局係に転勤されました。予算事務の経験が初めての私は、日に幾度もお教えを請いに野口さんを訪ねました。野口さんはそんな私に嫌な顔もみせず、懇切丁寧に指導してくれました。どんな質問にも分かりやすく説明して頂きました。中でも私が驚嘆したのは、大蔵省(当時)への予算要求に当たり二次方程式を使用したグラフを作成し、予算執行の効果を具体的に説明されていたことでした。グラフを提出して予算要求の説明をするなど当時では考えられませんでした。野口さんには、その後も、登記事務のコンピュータ化や登記特別会計の設立要求など多く場面で、適切な指導をして頂きました。また、私が法務局退職後、公証人として勤務した時にも先輩公証人としていろいろご指導を賜りました。

3 研究会が設立されてから数年後、私は理事会で有る事項を提案しました。それは研究会の機関誌ともいえる「民事法情報研究会だより」に「コラムMY HOBBY」欄を新設することでした。私は研究会の設立が話題になった頃から、新しい研究会では会員相互の交流を活発に行いたいと考えていました。その一環として、会員各位の趣味等を研究会だよりの誌面で披瀝して頂くことが良いのではないかと思っていました。野口さんは私の提案を快諾してくれました。理事会に提案し、承認を得ました。同時に私が担当を命ぜられました。
 MY HOBBYには多くの人たちに登場して頂きました。会員それぞれ実に多種多様な趣味を持って人生を楽しんでおられました。毎号、どんな趣味が寄せられてくるのか、担当者としてワクワクしていました。本稿を借りて原稿の作成につきご無理をお願いした皆様に厚く御礼を申し上げます。

4 皆様ご承知のとおり、野口さんは研究会の設立10周年を迎えることなくお亡くなりになりました。残念でたまりません。生前、お見舞いに伺った際、野口さんの研究会に対する熱い想いを改めて感じることがありました。入院中にも拘わらず、ベッドの側にパソコンや資料を持ち込み、野口さんは熱心に研究会の仕事をされていました。私はその姿を拝見したとき、何とも言い様もない気持で胸が一杯になり涙が出そうになりました。今もその姿を忘れることはありません。
もし可能であるなら、野口さんに伝えたいことがあります。研究会は新たに小口さんが理事長に就任され、優秀なスタッフと多くの会員に支えられ益々発展していることを。
そして何よりも
「野口さん!研究会が設立10周年を迎えました。おめでとうございます。」と。
研究会の益々の発展を祈ります。
(元横浜・厚木公証役場公証人 小畑和裕)

今日この頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

終活-築25年木造二階建て住宅売却の顛末(横山 緑)

 平成29年7月1日付けで法務大臣から「公証人を免ずる」発令がされ、後任公証人に引き継ぎ6年余が過ぎた。
 民事法情報研究会だよりNo.26(平成29年4月)の今日この頃欄に「終活」と題した投稿を登載していただき、当時、夫婦二人が不安なく楽しく過ごすことができる住居を探していることを伝えさせていただいた。
 平成30年に、落ち着いた街並み、景観も良い物件を見つけたが、物件が所在する一帯で、排水施設の処理能力を超えて地上にあふれる内水氾濫がおき、道路が冠水した。加えて、徒歩数分の所にあった老舗スーパーが近日中に店終いするとの情報も伝え聞くこととなったため、契約直前に締結を見合わせた。
 70歳までに転居したいとの思いで進めていた住居探し、新たな条件として、①内水氾濫・外水氾濫の危険性が限りなく低いこと、②頻発する地震に耐えられる強固な地盤であることを加えて、急いで急がない物件探しを継続することとなった。
 ここで大きな壁が立ちはだかった。自然豊かで山紫水明な環境(分かりやすく言い換えれば、市街地から数キロ離れた田畑と新興住宅が混在する地域で主な交通手段はマイカー)に所在する築25年木造二階建て住宅(以下、「自宅」という。)とその敷地の処分(売却)である。不動産仲介業者(以下、「仲介業者」という。)によると、このような物件は買い手が少ないとのことで、次の様なアドバイスを受けた。その1-手持ち資金で購入でき、転居後も自身で自宅の管理ができる距離に所在する物件を探す。その2-新物件へ転居後、数百万円の費用をかけて自宅の取り壊し、庭木の伐採、基礎コンクリート等を含む構築物一切を撤去し、更地として売却する。その3-現況有姿での売却引渡しとし、売却依頼申込み時までに可能な範囲で建物・外構の清掃・手入れ、専門業者に依頼しなくても対処できる不具合部分の修復を実施する。
売却金を含めての新規物件購入資金計画であり、アドバイスその1・その2を選択する余地はなく、アドバイスその3での売却と決めた。
 仲介業者の説明によると、売却が成立しなかった事案の多くが、建物・外構の汚れが目立ち、庭には雑草が繁茂し、建物内外に不用物品が整理されないままに放置されていることが原因と聞き、自分が購入者の立場であれば至極当然であると納得した。我が自宅も築後25年間の塵埃・汚れが半端ではなかった。
 早速、ホームセンターで建築資材(室内の窓枠・柱・鴨居・敷居・フローリング、浴室のタイル・壁、雨戸)に合わせた汚れ落としの洗剤等を調達して、入居時に据え付けたまま一度も移動させたことがない木製家具を移動しての清掃・手入れ、2階ベランダの防水シート張り替え、網戸のネット張り替え、外壁及び玄関に至る石畳の洗浄、塗料が剥離した玄関ポーチ・フェンスの塗装など、ほぼ毎日2~3時間、概ね6か月の期間、直向きに取り組み、清掃・手入れ・修復を済ませた。同時に、19年間に及んだ単身赴任生活を支えてくれた電気洗濯機・掃除機、整理タンス、衣類収納ケースなど法務局退職時に自宅へ持ち帰りその後使用することなく物置に保管してきたものを、市の定める粗大ごみ・資源ごみ等の回収方法に従い分別し、複数回に分けて処分した。
 仲介業者に自宅内外を見てもらったところ、ここまで清掃・手入れが行き届いている物件であれば買い手が現われるであろうとの見通しを立ててくれた。この「買い手が現われるであろうとの見通し」を「必ず買い手が現われる」とお墨付きを得られたと勝手に判断し、自宅引渡日を令和3年3月末日として、令和2年10月上旬に先の仲介業者に現況有姿での売却依頼をした。仲介業者店舗・ネットで物件紹介を始めると、売却物件を探している他の仲介業者、購入を検討している人が正式に申し込んでくる前に、物件の下見で現地に出向いてくるので、契約成立に至るまでは庭の草取り、玄関周りの整理・整頓、清掃を怠らないようにとのアドバイスがあった。
 物件紹介を始めて半月も経たない時期に購入希望者と購入希望者側の仲介業者が物件を見たいと訪れてきた。帰りがけに購入希望者と仲介業者が「築25年の物件でこれほどまでに清掃・手入れが行き届いており、リフォームも必要ない物件はまず無い。2台分の駐車スペース、庭付き、日当たり良好の条件をクリアしており即決しても良いのでは」と話をしていた。結果、翌日に契約申入れがあった。
双方の仲介業者間で売却価格交渉の結果、当方が提示していた価格から金100万円減で合意に至り、11月上旬に仮契約を済ませ、本契約は、所有権移転登記申請日の翌年3月吉日に締結し、同日物件を引き渡した。
 同時並行して検討していた新規物件について、購入資金の目処が立ったことから、令和2年11月に購入申込みをした。
 新規物件の専有面積が自宅の約50%しかなく、新規物件へ持ち込む家財道具は、ダイニングテーブル、木製の本棚1点、ベッドのみとし、これ以外の洋服タンス等の木製家具一切は引越し転出日までに処分、着なくなった衣類、段ボール箱に詰め込まれて大切(?)に保管していた雑誌・雑貨など思い出の品々は一部のものを除き資源ごみとして供出し、個人情報が載っている書類・図書はシュレッダーで裁断し燃えるごみとして収集日に出した。
 マイカーは、これまで食料品等の買出し、通院時など日常生活に必要不可欠であったが、新規物件には確保されている駐車スペースが少なく、抽選に外れた場合は、空きが出て割り当てられるまで個別に駐車場を確保しなければならないこともあり、引越し前にディーラーに買い取ってもらった。現在はマイカー無しの生活を送っている。マイカー無しとする決断には、現住居から徒歩約15分圏内に大型ショッピングセンター、食品スーパー、内科・歯科等のクリニック、総合病院があり、東京駅方面へのダイヤが5~10分間隔で組まれているJRの駅も徒歩5分と近いことが大きな要素であった。加えて、たびたび報道される高齢者による重大自動車事故が他人事でないとの思いも影響している。
 現住居への転居を機会に、終活の一環として築25年中古住宅の売却、重くていまいち使い勝手が良くなかった木製家具等を処分できたが、引き続き不用物品の処分に取り組み、いつか訪れる万が一のときに家族が途方にくれないよう、思いつくまま残りの終活に夫婦で取り組んでいる今日この頃である。
(元名古屋・春日井公証役場公証人 横山 緑)

老いとお客様サービスの取組(久保朝則)

 私が勤務する都城公証人役場のある都城市は、古くから島津氏の勢力下にあり、薩摩藩に関する史跡や文化などが数多く見受けられる宮崎県の南西部に位置し、鹿児島県との県境で南九州のほぼ中心に位置する雄大な霧島連山の麓にあります。その都城市で生活を始めて丸2年が過ぎました。この間、これまでの私の人生の中では、最も「老い」について実感させられる出来事を経験しました。それらを含め、近況をご報告させていただきます。
(1) 公証人として、遺言や任意後見契約、死後事務委任契約などの「お客様の老いに備える場面」に接しながら、公正証書作成のお手伝いをさせていただいていますが、お客様の抱えている「老い」の事情は様々であり、お一人お一人違うことを実感しています。
  また、お客様が公証役場に求めて来る目的の中には対応できないものもあり、できないことはお断りするしかありませんが、公証役場では対応できないけれども、これまでの経験から、お客様の相談に関連する情報を集めて提供するよう心がけています。例えば、遺言の相談にいらっしゃったお子様のいないご夫婦などの中には、自分たちだけの納骨堂を求めても、その後、お参りをしてくれる人がいない等の事情を抱えている方もいらっしゃいます。そのような方には、都城市が管理運営している「合葬墓」の情報提供をしています。この合葬墓では、20年間は骨壺に納められた状態で保管され、その後は、焼骨を骨壺から取り出し、合葬墓内部で他の焼骨と共同埋葬されるというものです。費用も格安なのですが、都城市内にお住まいのお客様でも知らない方が多いため、このような情報は選択肢の一つとして喜ばれます。
(2) 個人的には、両親の「老い」に直面しました。まず、昨年2月、父が亡くなりました。父は米寿を超えていましたが、年齢相応に健康で、母と二人で田舎で慎ましく生活していました。その日父は母と二人で大好きだった地元の温泉施設を訪れ、温泉に入ってそこで倒れ、そのまま息を引き取りました。父は以前から、「長患いをせずピンピンコロリで死にたい。」と言っていたのですが、それを体現したような最後でした。私の身内としては祖母以来、約30年振りの葬儀となり、私の子どもたちにとっては、初めて人の死を間近に体験する機会にもなりました。コロナ禍ではありましたが、父は多くの方に会葬していただきました。まだまだ元気だと思っていた父の突然の死を迎え、父も確実に老いていたのだと改めて実感しました。
  ようやく父の一周忌を終えた今年3月、今度は母が一人で山菜採りに行き斜面で転んで脊椎損傷の大けがをしました。慣れていたはずの場所で足を滑らせ、運悪く下にあった木材で頭を打ち、首から下が動かない状態で近所の人に発見されました。ドクターヘリで病院に運ばれ、手術を経てリハビリを継続していますが、医師からは元通りにはならないと言われていますので、病院を退院した後は、介護施設での生活となる見込みです。母もまた確実に老いていたのです。
  かく言う私自身も日々着実に衰え老いているのは自覚するところです。そのため、母が大けがをする前は、できるだけ年齢にあらがってゆっくりとした衰え曲線となるよう、壮年ソフトボールなどで体を動かしていましたが、現在は車で片道1時間半の母の入院している病院への見舞いを優先する日々を送っています。しかしながら、平日昼間の対応はいかんともしがたく、妻や妹、叔母などの献身的な協力に支えられながら何とかやっているところです。
(3) 最後に、お客様サービスのために都城で取り組んでいる「土曜日の無料公証相談」を紹介したいと思います。相談業務に限らず、遺言書作成など、休日対応の取組はそれぞれの公証役場で行われていることと思いますが、都城では、令和4年1月から、毎月第4土曜日に予約制の無料公証相談を行っています。平日になかなか休みが取れないというお客様に対応する目的で始めました。実際に行ってみると、毎月4~5組のお客様が利用されますので、それなりに目的を達成していると感じています。
  この取組の周知については、当役場のホームページへの掲載のほか、四半期に1回のペースで自治体広報誌への掲載依頼や司法書士会・行政書士会などの関係団体の会員への周知依頼などを行っています。これに加えて、地元の日日新聞の販売所15か所(都城市エリアと都城市に隣接する三股町のエリア)を管轄する新聞のサービスセンターに依頼し、15か所の販売所を4分割して、昨年10月から今年3月までの間に、折込チラシ(別添参照)の配布を行いました。印刷やチラシ配布などの経費は掛かりましたが、結果的には経費以上の売上につながりました。
  数か月経過した現在でも「チラシを見て来ました。」あるいは「チラシを見て電話しています。」という方がいらっしゃいます。やはり遺言作成などの利用者はお年寄りが多いことから、紙ベースの折り込みチラシは有効だと実感しています。
  また、これらの取組によって、そもそも公証相談が無料であることをご存じでないお客様が相当数いらっしゃることも判明しました。そのため、土曜日の予約を希望する電話があったときに、平日でも無料で相談をお受けしていることをお伝えすると、それならと平日を希望して利用されるお客様もかなりいらっしゃいます。キーワードは「無料相談」です。
  しかしながら、課題も見えてきました。折込チラシを見て利用したと確認できたお客様の数と配布した枚数とを比較すると、わずか0.2%程度に過ぎませんので、周知の効果としては「?」マークがつくのかもしれません。今後は、配布する時期(都城市は農業・畜産が盛んな地域のため、農閑期など)やエリア、チラシの内容などをさらに検証しつつ、取組をブラッシュアップしようと考えています。

 新型コロナの5類移行に伴い、コロナ禍前の日常が少しずつ戻ってこようとしています。公証週間を中心とした広報活動の充実が求められる中、講演会の開催や構成員となっている都城市の成年後見制度の周知普及のためのネットワーク会議への積極的な参加などのほか、日常的な広報活動の取組を工夫しながら、今後とも、公証制度の周知やお客様サービスの向上に引き続き努めて参りたいと思います。   (宮崎・都城公証人役場 久保朝則)

七尾公証役場の広報活動(太田孝治)

◎ はじめに
 本年8月1日で、七尾公証役場で公証人として勤めて、1年が経過しました。
これまで、前任の奥田元公証人をはじめ、多くの先輩公証人や、日公連をはじめとする公証人会の研修や研究会、各種の資料提供などのお陰で、「なんとか1年」が過ぎたというのが、率直な実感です。
そして、公証人に任命されるまでに漠然と感じていた、自身の知識や経験で公証事務を適正に遂行できるか、公証役場の安定的な運営ができるかなどの不安感は、少しずつ解消されてきました。というか、「・・・のお陰で、なんとかなるものだな」と思えるようになってきました。
 また、この1年で強く感じた以下の点は、比較的に(かなり?)業務量に余裕のある当公証役場での自身の目標やモチベーションの維持・高揚の糧としています。
(1) 先輩公証人の知見の広さと深さ
 多くの事例に当たりたいが、地域性等から困難な面があり、書籍や会報等の資料、各種研修への参加による自己研鑽を充実させる。苦慮した点や疑問を持った点は、逐次メモなどに残し、資料と共に結果をまとめる。
(2) 公証人間の支援体制の厚さ(先輩公証人の支援意識の高さ)
 公証人会からの情報提供、研修等の支援体制が充実されていることはもとより、先輩公証人からの些細なことなどを含めた声かけをいただき、総会、各種研修会やその後の懇親会などを通じ、何でも聞ける関係性を構築していただいている。
自身の少ない経験から得た知見であっても、機会を捉えて発信し、また、積極的に後輩の公証人に声がけしていく。
(3) 相談や証書案作成後に中止になる事案が意外に多い(実感)
 他の役場の実情を聞いたわけではないが、相談や証書案作成後に中止になる事案が意外に多いと感じている。昨年の8月以降、約1年間で9件が証書案作成後に中止となっている。内1件は、離婚給付で、嘱託人等の都合によるものであるが、他の8件は、遺言4件、任意後見等4件で、いずれも、嘱託人の体調が急変し死亡している。
決して,緩慢に事務処理をし、証書作成日程を調整していたわけではないが、事案により、一層の迅速な証書作成を進める必要がある。
(4) 公証役場や公証人の業務が周知・理解されていない状況
 嘱託人や相談者を通じ、公証人の業務(公証事務)の周知・理解が、まだまだ十分ではない状況を感じている。多くの人に、公証事務や公正証書の効果を知っていただき、公正証書作成をはじめとする公証事務の利用拡大のための周知・広報に取り組む必要がある。
上記の(1)、(2)は、自身の意識や行動で実践するように、(3)は、押しつけにならないように配慮しつつ、嘱託人の体調を踏まえた迅速な証書作成を心がけています。
そして、(4)については、他の広報事例も参考に、具体的に進める必要がると考え、より効果的に,当役場における広報活動を進めるために整理してみました。

◎ 能登地域の状況
 七尾公証役場は、石川県の能登地域にあり、当役場を利用する嘱託人や相談者の約95%が、この地域に居住しています。
 能登地域は、金沢地方法務局七尾支局が管轄する2市3町と、同局輪島支局が管轄する2市2町の、計4市5町を区域とし、石川県全域との面積比で約70%を占めています。人口比では、約21%となっており、人口減少や過疎化のほか、65歳以上の人口が約40%になるなど、高齢化が進んでいる地域で、高齢人口も減少傾向にあるといわれています。
 また、公共交通機関は、七尾市(和倉温泉)までは電車がありますが、その他には、この地域の主な都市内や、都市間を結ぶ路線バスがある程度で、住民のほとんどの移動手段は自動車となっています。一方で、主要地方道の整備も進むほか、金沢と能登半島とを直結する自動車専用道路『のと里山海道』が整備・無料化され、自動車が利用しやすい環境になっています。
 若干、地域の観光を紹介すると、この「のと里山海道」は、「日本の道100選」にも選ばれた風光明媚な道路です。夕暮れ時には日本海に沈む美しい夕陽が見られ、夏の夜には、沖合に浮かぶイカ釣り漁船の漁り火が幻想的に輝いています。また、金沢市から羽咋市までの約30キロメートルは、海岸線を眺めながら走ることができ、千里浜(ちりはま)なぎさドライブウェイや千枚田、揚げ浜式塩田、農家民宿群などがあります。この千里浜なぎさドライブウェイは、全長約8キロメートルの砂浜ドライブウェイで、自動車はもちろん、バスやバイク、自転車でも走行できます。
 これらをご存じの方もいると思いますが、最近では、輪島市、珠洲市などで頻発した地震や、七尾市の豪雨水害などで、能登地域がニュースで取り上げられており、記憶されている方も多いと思います。

◎ 当役場の現状
 公証事務の件数としては、決して多くはありませんが、その中での直近1年の証書作成事件の傾向は、遺言が約50%、賃貸借契約が約15%、保証意思宣明が約10%、委任契約が約7%、任意後見契約が約7%、離婚給付(養育費、財産分与を含む。)が約6%、その他が約5%となっています。
また、嘱託者本人が直接相談に訪れる事案は約50%であり、高齢の嘱託者に代わり、その親族や知人からの相談が約30%、司法書士、行政書士や弁護士等の資格者を通じた依頼は約10%、事業等に関係する法人担当者から相談が約10%となっています。そして、公共交通機関で来所した相談者は皆無で、すべて自動車利用(タクシー含む。)でした。

◎ 活用が望まれる公正証書と公証事務等の周知
 公正証書作成の需要拡大に向けて、その需要が見込まれる多くの高齢者との接点がある社会福祉協議会の担当者に聞いたところ、高齢者の現状として、①身寄りが無い高齢者、親族が遠方で生活しており普段の生活で支援が受けられない高齢者が多い、②これらの高齢者のほとんどが判断能力は十分であるが、足腰が弱ってきており、生活に苦労することがある、③90歳以上でも自動車を運転しているが、自動車に乗れなければすぐに生活に困る、④入院や施設入所の手続きに不安がある、⑤亡くなった後の財産の処分を案じている(相続人の多くは田舎の不動産は管理が面倒で不要との意識がある。)などがあげられました。
 この現状を踏まえて、公正証書作成の面から意見を聞いたところ、委任契約(財産管理契約、見守り契約)、任意後見契約、死後事務委任契約、民事信託契約、尊厳死宣言、遺言が有効と思われるとの回答を得ました。
 また、同担当者から、高齢者のみならず、多くの人が、公証人や公証役場の存在を知らず、公証事務の内容や、その有効性について理解していないとの意見もいただきました。

◎ 公証事務の利用拡大に向けた広報
 さらに、公証事務の利用拡大に向けた広報の方法について、これまで当役場を利用した嘱託人(司法書士等の資格者、事業等の法人担当者を除く。)に確認し、検証してみました(各項とも回答の多い順に記載)。
(1) 公証役場をどのように知ったか
① 親族・知人から聞いた
② 司法書士等から聞いた
③ 市役所・町役場の担当者から聞いた
④ 市や町の広報、地域情報紙などで知った
⑤ ホームページで知った
 誰もが必要性に迫られて公証役場を訪ねると思うが、その際に周囲の人から情報を得ている状況が確認でき、広報誌や情報誌、ホームページからの情報取得が意外に少ない状況がある。
前任公証人からも、「口コミ」が非常に有効な広報手段と聞いていたが、この結果からも,その妥当性が確認できる。
(2) どのような公証事務の内容(公正証書の種類)を知っていたか又は作成を 
検討するか
① 遺言
② 離婚給付
③ 任意後見
④ 尊厳死宣言
 遺言は、最近の相続未了土地問題や空き家問題への関心からか、圧倒的に多かった。また、遺言がない場合の手続きの煩雑さを実体験したことから作成する人も多い。
離婚給付は、知人や、市役所担当者からの勧めで知り、作成する人がほとんどであった。
任意後見は、最近の任意後見制度の広報の結果、理解が進んでいる状況が認められるものと考える。
尊厳死宣言は,現時点では非常に少ないが、一部にその有効性が認識されつつあると思われる。
(3) どのような広報が有効と思うか
① パンフレットやリーレットの配布
② 講演会(相談会)
③ 市や町の広報への掲載
④ わかりやすい、利便性のよい場所での公証役場の設置 
「パンフレットやリーフレットの配布」は、証書作成に向けた知識の醸成に有効であり、いかに効果的に配布するかが課題と思われる。
 「講演会(相談会)」は、制度の内容や具体的な活用の場面の話を聞くことで、自分の証書作成を具体化しやすくなり、興味や必要性の理解が高まるとの意見も多い。課題は、一人役場で、平日の日中での講演会等の依頼に、どのように対応していくかである(調整すれば、時間は十分にあるのだが。)。
 「市や町の広報への掲載」は、高齢者層の多くがこれらの情報紙を細かく確認しており、とりわけ、お知らせ、行事、イベントなどを興味深く読んでいる状況があることから、これら広報誌へのより効果的な掲載を行うことで、その効果が期待できる。
 「わかりやすい、利便性のよい場所での公証役場の設置」は、当然の話である。昭和57年12月、現在地に当役場が設置され、すでに40年が経過しているものの、未だに、役場への交通案内の電話が少なくない。複数回、役場を利用される方が少ないことはやむを得ないが、役場の立地も広報の充実の面からも重要である。当役場は、七尾駅から徒歩20分、最寄りのバス停から徒歩3分だが、本数が少なく利用しづらい。駅や商業施設の近隣での設置が望まれるが、理想にかなう建物の確保が難しい。

◎ 当役場の実情を踏まえた広報活動
 前述のとおり、この1年間の当役場の実情を踏まえた広報活動について整理した結果、次のとおり進めようと思っています。
(1) 何を広報していくか
 公証人や公証役場、公証事務について広報する。
また、ニーズが見込まれる、委任契約(財産管理契約、見守り契約)、任意後見契約、死後事務委任契約、民事信託契約、尊厳死宣言、遺言について、機会を捉えて重点的に広報する。
(2) どのように広報していくか
 次のとおり、「口コミ」される機会を充実させる。その際に、パンフレットやリーレットの配布、ホームページの案内を行い、効果を高める工夫をする。
・利用者(嘱託人、相談者)への説明
・市町の担当者、司法書士等の士業者を通じた公証役場の案内
・講演会(相談会)の実施
・市や町の広報への掲載
(3) 問題点等
 上記の広報活動の問題点や留意点についても、次のとおり整理しました。
・「利用者(嘱託人、相談者)への説明」
限られた時間内で興味を持ってもらうために、パンフレットや説明資料を配布した上で説明し、「押しつけ」との印象を持たれない説明を心がける。
・「市町の担当者、司法書士等の士業者を通じた公証役場の案内」
この協力の依頼は、依頼文書の送付のみでは、その効果は得られないことから、可能な限り面談して説明できる機会を設ける。また、関係団体や関係機関への依頼も併せて行う。
・「講演会(相談会)の実施」
一度に多人数への広報の機会として有効だが、最大で往復200キロメートルの距離のある開催地が想定される一人役場では、開催地の距離だったり、平日の日中での実施などの問題から、依頼のすべてに応じるのは困難な場合がある。極力、前広に応じるものとしつつ、実施日時や場所、実施対象者の情報を収集して、効果的に実施できるように調整する。
・「市や町の広報への掲載」
降雪・寒冷地域、自動車利用による参加という地域性を考慮して、12月から2月を除く期間に掲載されるように依頼する。限られたスペースでの広報となるため、相談会等のイベント情報など、耳目を引きやすい内容を盛り込むように工夫する。

◎ おわりに
 これまでの関係機関等への働きかけにより、講演会については、6月に1回(約30人)実施し、10月に1回(約300人)実施の予定です。
その他、各種の広報活動の効果は明らかではありませんが、比較的(かなり?)業務量に余裕のある当公証役場では、費用対効果を考慮しつつ、広報を充実させ、公正証書作成のみならず、公証事務の利用拡大に取り組んでいきたいと考えています。
(金沢・七尾公証役場公証人 太田孝治)

実務の広場

 このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.99 初任者のための信託公正証書作成上の留意点(小沼邦彦)

 当役場において信託が特に多いわけではありませんが、信託の公正証書作成に当たり、日頃自分が考えていることを整理してまとめてみました。信託についての一般的な留意事項を書いておくことは、初任の公証人の皆さんにとっては、若干でも参考になるのではと考えた次第です。実際は、私が今月号の実務の広場の担当であることが原稿作成の大きな理由ですが、初任の公証人の皆さんを始めとして、会員の皆様に少しでも参考になることがあれば幸いです。
 なお、基本的なことを中心に説明させていただきましたので、初任者のための留意点とさせていただきました。そして、あくまでも個人的な見解であることをお断りしておきます。
1 信託とは何か、その特色と注意点
 私が最も納得した信託の説明は歴史的な経緯によるものです。それによると、西洋の十字軍が家族を残して遠征する際に、兵士(委託者)の家族が困らないようにと、信頼できる友人(受託者)に自分の財産(領地)を託して(名義変更して)、目的に応じた財産管理をしてもらい、財産から得られる利益(受益権)を兵士の家族(受益者)に渡す仕組みが起源であると解説されていました。
 文字通り信じて託す制度であり、当事者間の信頼関係を前提にした制度ということになりますが、信託の本質は、委託者の財産権を受託者に移転し、受託者が自己の名で管理する点にあり、財産権を(物権的に)移転することによって、受益権が生ずるところに最大の特色があります。権利転換機能とも言われますが、財産(所有権)の所有・管理とその受益(経済的価値)を分別して考えるということになります。
 そして、この受益権を享受する(渡される)人が受益者ということになります。通常の契約と異なり、第三の当事者たる受益者が登場することも信託の大きな特色といえます。受益者が受益権を享受するためには、受託者の円滑な財産管理が不可欠ですので、信託で最も重要な役割を果たすのは受託者であり、その人選は慎重に行う必要があります。
 また、信託は、任意後見契約とは異なり相続税対策等を含む積極的な財産管理機能を有するほか、当初の受益者が死亡したとしても第二順位、第三順位の受益者(例えば委託者の妻や子)を指定する後継ぎ遺贈的な財産承継機能を有します。これは信託の受益権が所有権ではなく債権化しているため、所有権絶対の原則から解放されるので、このような受益者連続型信託が可能になるといわれています。ただし、30年ルール(信託法第91条)というものがあり、永久に続くわけではありません。信託設定後30年経過したときは、受益者の承継は1回のみ認められ、その受益者が死亡したときにその信託は終了します。
 さらに、信託の対象となる財産は受託者の名義となることから、委託者の遺言の対象財産ではなくなり、かつ、受託者の固有財産でもないため、誰のものでもない財産という特殊な財産形態となり(信託財産の独立性)、受託者が破産等してもその影響を受けない倒産隔離機能を有します(信託法第25条1項)。そして、税法上は契約形態にかかわらず実際に利益を得ている受益者に課税される「受益者課税の原則」により、委託者が受益者となる自益信託の場合、贈与税等は課せられませんが、委託者と受益者が異なる他益信託の場合は贈与税等が課されます。高齢者支援のための福祉型信託において、例えば父親が委託者で受益者も父親の場合には課税されないということになります。 
 一方で、信託では任意後見契約のような身上監護はできませんので、高齢者の身上監護も行いたいと考えている依頼者に対しては、任意後見契約も併せて締結する必要があります。また、財産の一部を信託にした場合には、残りの固有財産について遺言を作成しておくことも必要ですので、依頼者の要望に応じて各制度を選択(使い分け・併用)していく必要があります。
2 公正証書作成上の留意点
 信託には、事業承継型信託など様々なものがありますが、以下では、最も一般的な高齢者支援型の福祉型信託を前提に説明をさせていただきます。
 公正証書作成において私が留意している点は二つあります。一つは信託が分
かりにくい制度であるため、できるだけ分かりやすいものにすること、もう一つは信託に信託監督人等の監督機能は用意されていますが、費用等の問題もあり必ずしも設置できるとは限りません。委託者や受益者は高齢化してますます監督機能を果し得えなくなりますので、そのための工夫をすることの2点です。 
(1) 信託の目的について
 私は、信託において最も重要なことは、信託の内容を、信託財産や関係者
の構成等でどう構築するか、いわば信託の設計図をどう書くかということだと思います。そのためには、まずは信託の目的が最も重要な条項になるのではないでしょうか。信託の目的をどうするかによって、1年間の経費が算出され必要な信託財産の内容が決められ、また、信託の目的を達成するためには受託者や受益者を誰にするかということで、信託の当事者が定められることにつながるからです。
 具体的な信託の目的の条項について、私は、連合会が発行している「新版 証書の作成と文例‐売買等編‐」(以下「文例」といいます。)の内容を基本として作成しています。具体的には、「この信託は、別紙信託財産目録記載の不動産及び金融資産を信託財産として管理及び処分を行い、受益者に生活・介護・療養・納税等に必要な資金を給付して、受益者の幸福な生活及び福祉を確保することを目的として信託するものである。」というものです。これを基本に依頼者が希望する内容及び上記以外に信託で賄う費用があればそれらを加筆修正するとともに、できるだけ当事者の「思い」、例えば、「受益者の安心・安全かつ平穏無事な生活を確保する」、「円滑な遺産の承継を可能とする」等を盛り込んで自分達の信託となるように心掛けています。
(2) 信託財産について  
 次に重要なことはその信託に必要な信託財産をどう選択するかということになります。信託の対象となる財産としては信託法上の制限はありませんが、法令上等の理由により、信託財産にできないものがあります。年金受給権は一身専属権であり譲渡できませんし、預貯金債権は金融機関との預金契約により譲渡が禁止されているため、それ自体を信託財産とすることはできません。そのため預貯金債権は委託者が一度払い戻した上で、信託口座に預け入れる必要があります。農地は転用許可・届出に基づき農地以外に転用した上であればともかくとして、信託では所有権移転は許可されませんので注意が必要です(農地法第3条2項3号)。
① 不動産
 まず不動産で注意しなければならないことは、信託財産とするには受 託者への移転登記と信託の登記が必要であるということです(信託法14条)。私は、過去に公正証書案にはその旨の記載があるにもかかわらず、当日の事前確認で委託者が不動産を名義変更することは聞いていないということで、結果として公正証書の作成に至らなかった経験があります。この事件は士業者が関与したものでしたが、委託者に対して信託の重要事項を確認し、委託者の考えに反する申請を未然に防止したという意味においては、公証人の役割を果たしたのではないかと考えています。
 信託不動産の移転登記について、文例では、「管理処分行為」という条項の中に記載されており、作成に至らなかった際も同様にしていたのですが、その時の経験を踏まえて、できるだけ最初の信託財産の条項において、契約締結後速やかに信託不動産について受託者への移転登記及び信託の登記手続を行うことを明記するか又は「信託不動産に関する登記」等として別条で明確に記載するなど、少なくとも当事者間において移転登記等が必要なことをはっきり認識されるように条文を工夫することが必要と考えています。
 なお、当事者のうち、特に高齢の委託者の意思能力及び信託契約の重要事項の理解を確認することは、公証人の重要な役割ですので念のため付言しておきます。
② 金銭
 金銭を信託口口座で管理する場合には金融機関内で個人名義の預金口座とは異なる信託財産であることの手当がなされており、確実に倒産隔離機能があるといえますが、信託口口座でない専用口座の場合には、個人口座なので差押え等を受ける危険性があるという点に注意する必要があります。
 そこで、まず信託口口座のある金融機関を利用することが可能か否かを確認する必要がありますが、現状においては、都市部以外には信託口口座を開設できる金融機関は少ないと言わざるを得ません。そのため、多くの場合は、一般の金融機関において信託専用の口座を開設することになります(差押え等の危険性があることについては当事者に説明しておいてください。)。
 私は、不動産と同様に最初の信託財産の条項か又は「信託専用口座の開設」等として別条において、委託者は速やかに専用口座に目録記載の金銭を振り込む旨を記載した上で、信託専用の口座として具体的な口座名及び受託者が分別管理する旨を記載するのがいいのではないかと考えています。口座名等を具体的に明記することが、受託者の分別管理義務(信託法第34条)を遵守・徹底させ、かつ、金融機関等においても信託専用の口座として認定されることにつながると考えるからです。 
(3) 信託の当事者について  
 第3に重要なことは契約当事者をどうするかということです。委託者とし  ては、信頼できる財産管理運用者として誰を受託者にするかという点が最も重要です。そして、当該受託者に事故等があった場合に備えて第二受託者を決めておくことも肝要です。受託者が事故等で急に死亡して、当該信託に空白が生じた場合には運用ができなくなるほか、その空白が1年続くと信託の終了原因となるので(信託法第163条3号)、私は第二受託者をできるだけ決めておくように助言しています。
 次に、受益者を誰にするか、一代限りの受益者にするか、当初の受益者 を仮に父親としてその死亡後には母親や子にまで拡げる受益者連続型信託にするのか否かの検討が重要となります。私の経験では一代又は妻の二代までが多いようです。
 最後は信託監督人等ですが、適正な信託を実現するためには可能であれば設置すべきです。私が関与した事件では士業者や専門法人が信託監督人となるケースがありましたが、家族がなるケースは少ないようです。士業者が関与せず直接嘱託を受けた事件の場合は、関係者の中に報酬の必要のない適任者がいないか(例えば、受託者の兄弟姉妹で信託監督人と次順位の受託者を分担又は持ち回りするか若しくは受託者のおじ・おば等に信託監督人を依頼する等)を検討することは必要ではないかと思います。
 そして、私は、公正証書の条文の並びを以上の重要度を考慮して、まずは信託の目的、次に信託財産、そして次にこの当事者を記載することにしています。なぜならば、信託は登場人物が多いので彼らを最初に明記した方が分かりやすいものになると思うからです。すなわち、委託者・受託者・受益者が誰であるか、住所・氏名・職業・生年月日、次順位の者への変更事由を記載させ、さらに信託監督人等を設置する場合は同様に記載します。
(4) その他の条項について
 その他の条項については、私は当事者の次に契約の締結から終了するま でを時系列で記載するのがわかりやすいのではないかと考えています。具体的には、概ね次の順番となります。①信託の内容、②信託財産の追加、③受託者の義務、④信託の変更、⑤信託の終了事由、⑥清算事務、⑦最後に権利帰属者という順になります。いずれも必須と思われる条項です。
① 信託の内容
 信託の内容は信託の設計図の中心的な部分であり、公証人としては力を入れて検討すべき事項であると私は考えます。具体的には、受託者の信託財産の運用管理事務と受益者に対する金銭等の給付事務に大別されます。
 受託者の信託財産の運用管理事務とは、受託者がどのように信託財産を管理して、どのような収入を基に信託に必要な費用を賄うのか、当該信託の一年間の流れや注意すべき事項等を記載するものです。
留意すべき点は、当該信託において受託者が運用処分できる範囲を、「不動産の購入まで可能」又は「第三者からの借り入れを認める」等と記載させたり、処分等することのできる場合を、「信託の目的と照らして相当と認めるときは」と限定するなどして、受託者が委託者の想定した以上の財産の処分をできないように工夫することが重要と考えます。この点は、当事者間において事前に十分相談するよう助言してください。
 なお、この受託者が可能な処分権限を、「信託の内容」の条項ではなく、「受託者の権限」として別条で記載する方法も受託者が委託者の考えを逸脱することを防止するものとして有効であると考えます。
 一方、受益者に対する金銭等の給付事務では、受益者に給付する金銭  等の内容、給付の時期、給付の方法等を記載します。文例では「信託の内容」の条項の第2項として記載されていますが、「信託財産の給付」として別条で記載する方法も分かりやすいものになり、有効であると思います。
② 信託財産の追加
 必要経費が当初の想定よりも増加したり、契約締結後一定期間経過した等により信託財産が不足し、信託財産を追加することが必要になることは十分考えられますので必須の条項です。
③ 受託者の義務
 次に受託者が遵守すべき事項である受託者の義務を明記させます。この条項を記載することによって、受託者として果たすべき義務をより明確に当人に認識させ、当該信託の内容の適正な執行をを確保させることができると考えます。文例では、「管理処分行為」の条項に記載されているものですが、管理処分行為としてまとめられていることが、逆に私が経験したように当事者に認識不足を招く恐れがあります。
 そこで、受託者の義務として法定されているものの中でも重要な事項として、善管注意義務(信託法第29条)、分別管理義務(信託法第34条)、帳簿等の作成等、報告及び保存の義務(信託法第37条)については、それぞれ受託者の義務として別条で記載するなど、受託者にしっかり認識させる工夫が必要と考えます。
④ 信託の変更
 信託は、一般に長期の契約期間となるため、その間には子供が生まれる等家族間の関係に変更を生じ得ますので、受益者と受託者との合意等により、契約を変更することのできる規定を設けておくことが不可欠であり、必須の条項と言われています。
⑤ 信託の終了事由
 文例では第3条に信託期間として受益者の死亡の時までとされているのみで、それ以外には特に「信託の終了事由」とする条項はありません。しかし、信託では、委託者と受託者の合意で終了させることができるなど委託者が自由に終了事由を定めることができますし、法定の終了事由もあるほか、登記事項でもあるので、私は信託の終了事由として最後に明記しておく方が分かりやすいのではないかと考えています。
⑥ 清算事務、権利帰属者
 文例の解説にあるとおり、信託は、終了後も清算結了までは存続するとみなされますので(信託法第176条)、清算受託者の定めなどの清算事務と清算結了後の残余財産の帰属者の定めは、公正証書の最後に明記すべき必須の条項です。
3 最後に
 私の説明は以上ですが、私が勘違いしている部分があるかもしれません。本稿をたたき台として、今後、会員の皆様が実際に嘱託を終えた事例等を基に追加版を作成するなどして充実したものにしていただくことを期待して、ペンを置きたいと思います。
(福島・いわき公証役場公証人小沼邦彦)

民事法情報研究会だよりNO.58(令和5年7月)

 向暑の候、会員の皆様におかれましては、ますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
 去る6月17日(土)、実に4年ぶりに会員の皆様が参集する形で、会員総会、セミナー及び懇親会を開催することができました。ご参加いただきました会員の皆様、誠にありがとうございました。
本研究会も平成25年5月31日に正式に発足して以来、丁度10年を迎えました。今後、10月号を10周年記念特集号として発行する予定ですが、それまでにもお寄せいただいた記事等の一部を「だより」に掲載させていただきます。
 また、セミナーでご講演いただいた高信幸男様の講演録についても、別途編纂する予定としています。
夏に向けて暑い日が続くようですので、体調には十分ご留意願います。(YF)

10周年記念特別寄稿

西洋美術、鑑賞の勧め(小林健二)

 皆様方には、人生百年時代を迎え、様々な活動をしながら有意義に過ごされていることと思います。私は、人生2回論の考え方に立ち、退職後は新しい生活を始めるべきと軸足を住まいの周りにおいて、地域の方との交流を中心に過ごしております。毎年一団体ずつ加入していたところ、とうとう8団体に加入することになってしまい、日々あちらこちらに顔を出す生活を送っております。

 そのうちの一つに、西洋美術史の学習会(TAC美術史学習会・所沢市)という団体があります。そこでは有名な西洋絵画や彫刻について、講師の方に鑑賞の仕方を含めて解説をしていただいているのですが、そこで学んでいる内に、何故こんな絵画や彫刻が登場することになったのか、西洋絵画や彫刻の登場の背景について興味がわき、現在、少しずつ調べをすすめているところです。

 さて、皆さんの中には、水彩画や油絵を描いたり、美術館で絵画鑑賞をしたりして、絵を楽しんでおられる方もいらっしゃることと思いますが、これまで美術に興味がなかった方にも是非、西洋美術に興味を持っていただきたいと思い、いくつかの西洋絵画や彫刻を例に、描かれた絵画の背景事情を簡単に紹介しますので、これをきっかけに西洋美術に興味を持っていただければと思います。併せて、先程述べたTAC美術史学習会について紹介しますので、興味がある方は、是非参加をしていただければと思います。
 皆さんには、西洋美術の世界に浸ることによって、少しでも心豊かな人生を送っていただければと思います。

1 西洋美術の背景事情についてのいくつかの事例
⑴ 人は理想的なスタイルでなければならないギリシャ彫刻
 左の彫刻(編注:省略)は、「ミロのヴィーナス」(紀元前2世紀、ギリシャ)。この彫刻は、人間の肉体を理想的なスタイル、いわゆる黄金比(頭の先から臍までを頭3個分、臍から踵までを頭5個分の長さ、全体で八頭身)でリアルに表現したものとされている。
 ギリシャでは、人間の肉体は、神々からの授かりものであるから、美しいものであるとされてきた。このギリシャで、神ゼウスに捧げる祭典としてオリンピック大会が開催されていたが、そこでの勝者は、神からも祝福されて勝者となったのであるから、その肉体は、当然、美しく、理想的な体でなければならないとされ、勝者になったことを記念し、後世に長く伝えるための彫像も、理想的なプロポーションで制作されていた。この理想的なレベルは、人を表現する場合、常に要求されたのである。ギリシャは、やがてローマ帝国の支配下に置かれることになり、ローマ帝国が一新教であるキリスト教を公認した時に、異教の祭典であるギリシャのオリンピックは廃止された。しかし、人間の肉体は、美しく、理想的なプロポーションで表現されるべきであるとの原則は、その後の西洋美術を貫く様式として維持されることになった。

⑵ キリスト教会の勢力低下で花開いたルネサンス絵画
 左の絵画(編注:省略)は、「モナ・リザ」(レオナルド・ダ・ヴィンチ、1503年~ 1519年頃)。これまでの絵画と異なり、人間味あふれる人物像絵画。輪郭線を描かないで、何回も色を塗り重ねることによって、顔を描くスフマートという技法で描かれている。
ルネサンス以前の絵画らしきものといえば、右の絵のようなものばかりであった。これは、「全能のキリスト」(1123年)であるが、ローマ帝国がキリスト教を国教として公認してから、ヨーロッパ世界は一神教であるキリスト教の支配する地域になり、人の一生は、キリスト教会に支配されていた。読み書きのできない民衆に、キリスト教の教えを理解させるためには、キリスト像の絵が極めて有効であったことから、キリスト教の教義を厳格に守って描かれたこのような絵が利用された。
 しかしながら、14世紀になって、イタリア・フィレンツェを中心に、「ギリシャ・ローマ文化」を復活させようとする、ルネサンス美術が花開く。なぜ、このような運動が起こり、美術にまで影響を及ぼしたかは、キリスト教会の勢力の低下にある。当時は、キリスト教の聖地奪還を狙った十字軍が失敗に終わった上に、ペストによりヨーロッパで5000万人という死者が出たにもかかわらず、教会は、祈るばかりで現実の問題を解決できなかったのである。また当時のヨーロッパは、大航海時代を迎え、各地には商工業都市が誕生し、貿易で富を築いたメディチ家のような富裕層が美術の強力なパトロンとなったことがルネサンスを後押ししたのである。
 市民は、一生をキリスト教会に支配されていた生活から解放される兆しを感じ、人間味あふれるギリシャ・ローマの文化の復興を望んだ。但し、市民がキリスト教の信仰を捨てたわけではなく、信仰は、そのまま続くことになるので、絵画の題材は、イエス・キリストや聖書によるものが依然として多い。
画家も自由を感じ、遠近法を発明し、ルネサンス以前は、平面的だった絵画がリアルな表現へと変わった。加えて、油絵の具の技術が確立されたことにより、光沢のある表現ができるようになり、絵の概念を変える多くの作品が生まれた。
⑶ カトリック教会が巻き返し運動に使ったバロック絵画
 左の絵画(編集:省略)は、「聖母被昇天」(ルーベンス 1625~1626年)。亡くなった聖母マリアが天に昇る様子を描いたもので、信仰心の深い人々にとって非常に重要な場面である。
 1517年、キリスト教会の腐敗を訴え、マルティン・ルターが「信仰は祈るだけで十分」と宗教改革を訴えた。この結果、「プロテスタント」として、カトリック教会に対抗する一大勢力となった。
そこで、カトリック教会としては、イエズス会という布教団体を設立し、絵画を利用して巻き返し運動を展開した。カトリック教会と結びつき宣伝に利用された絵画がバロック絵画である。

⑷ 自由民権運動の高まりを描いたロマン主義絵画
 左の絵画(編注:省略)は、「民衆を導く自由の女神」(ドラクロワ 1830年)。ウィーン体制の確立に反対し、市民が蜂起したフランスの七月革命が題材である。
 フランス革命・ナポレオン以前のヨーロッパ国際秩序を復活させ、自由主義とナショナリズムの運動を抑えるためのウィーン会議が開催された(ウィーン体制の確立)。
 その後、フランスでは、ウィーン体制によってブルボン王朝が復活し、シャルル10世が反動政治をおこなったため七月革命が勃発し、再び自由主義運動が高まった。このような時代に、市民の燃える感情をストレートに取り上げる絵画が登場した。ロマン主義とは、ロマンスという意味ではなく、時の政権に反旗を翻した市民の闘いを意味する。

⑸ 産業革命により失われてゆく農村の原風景を描いたバビルゾン派絵画
 左の絵画(編注:省略)は「落穂拾い」(ミレー 1857年)。
 刈取りの終わった畑で、貧しい農婦が腰をまげて小麦の穂をひろっている場面である。 
イギリスで始まった第一次産業革命(軽工業)は、1830年代にヨーロッパ全土へと波及した。産業革命は、公害や失業者、低賃金労働者の急増をもたらし、労働者たちは悲惨な条件での労働、生活を余儀なくされ、農村にも変革の波が押し寄せた。この変革により失われてゆく田舎の原風景を描く絵画が登場した。

⑹ 日本の浮世絵、チューブ入り絵具、カメラにより変革した絵画
 左の絵画(編注:省略)は、「睡蓮の池と日本の橋」(モネ、1899年)。
 浮世絵から刺激を受けて作ったモネの庭を描いたものである。
ヨーロッパでは、国内が徐々に安定に向かっていく時期を迎え、1867年にパリ万博が開催された。これには、日本の絵画が初出展され、フランスの画家たちに大きな影響を与えるきっかけになった。
 この時代、自由に持ち運びができるチューブ入り絵の具ができ、戸外での絵画制作が可能となった。またカメラの出現もあって、画家の存在意義が問われるようになり、絵画の世界に革命が起きた。絵画は、対象の色や形を描くのではなく、光の変化による一瞬の印象を描こうとする印象派が登場した。何故、モネは日本の浮世絵に刺激を受けたのであろうか。その答えは、次に紹介するTAC美術史学習会講座をご覧いただけば見つかります。
            
2 TAC美術史学習会の案内
 TAC美術史学習会では、春(5月、6月)と秋(10月、11月)、年2度の美術史講座を開講しています。各講座は6回、いずれも木曜日、14時から16時までの2時間、場所は所沢ミューズ又は新所沢公民館。講師は、斎藤陽一先生(元NHKディレクター・プロデューサー、「日曜美術館」「ルーブル美術館」などの“世界の美術館”シリーズを担当)。受講料は、春、秋の各講座6回分4500円。令和5年の秋の講座内容は下記のとおりです。興味のある方は、是非参加してください。
TAC美術史学習会・第12回講座「日本に魅せられた画家たち」(6回シリーズ)
(1)10月 5日(木)「モ ネ~浮世絵との出会いと創造~」
(2)10月12日(木)「ゴーギャン~北斎礼賛~」
(3)10月19日(木)「ゴッホ~光あふれる日本への憧れ~」
(4)11月 2 日(木)「ロートレック~日本・デザインの原点~」
(5)11月 9 日(木)「クリムト~世紀末ウィーンと日本~」
(6)11月16 日(木)「ミ ロ~日本文化を愛した巨匠~」
 以上
(元千葉・松戸公証役場公証人 小林健二)

今日この頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

新居浜公証役場について(小川 満)

 本年4月、4年ぶりに広島市で開催された第52回中四公会総会が終わりに近づいた頃、隣席の今治公証役場の檜垣先生から、「ちょっとお願いがあるんだけど、民事法情報研究会の原稿を書いてほしいの。『今日この頃』の記事なんだけど、お願いね。」と半ば強引に申し渡され、否応なくお受けすることになりました。
 とはいえ、文才・発想力のない私には、会友の皆様に記すべき情報も、伝えるべき想いもないことから、新居浜公証役場のあれこれについて、ご紹介することでお許しいただきます。
 新居浜公証役場は、新居浜商工会館の3階に事務所があります。駐車場も広く、利用者にご不便をおかけすることはありませんが、これも私の前任の北野節夫先生が、私が着任(2015年6月)する概ね1年前に事務所移転をしていただいたおかげです。この場をお借りして北野先生には謝意をお伝えしたいと思います。
 さて、新居浜公証役場は、主に愛媛県の東部、四国中央市、新居浜市、西条市の市民の皆様から利用されています。四国中央市は、かの大王製紙に代表されるように古くから紙製品・パルプ製品の製造が盛んな市であり、製紙会社が数多く活動しています。その製造量は長年全国1位を続けているようです。
 新居浜市は、古くは別子銅山で栄えた町であり、現在は住友グループの各企業及び関連企業により栄えています。また、新居浜太鼓祭りは、日本三大喧嘩祭の一つと言われており、毎年10月の二日間の祭りの日は、企業・学校が休みになり、市内のあちこちで太鼓台の賑やかな音が響いており、毎年、多くのけが人が出るようです。私も仕事終わりに役場近くに祭りの見学に行きますが、幸いなことに太鼓台をぶつけ合うケンカに出くわしたことはありません。
最後は、西条市です。私は、西条市に賃貸住宅を借り、毎日新居浜まで片道30分ほどかけて自動車通勤をしています。その成果として、毎年体重が1㎏ずつ増えつづけ、法務局退職後、8年目になりますが、10㎏増えました。現職時代に公共交通機関で通勤していたのは、無自覚に健康管理をしていたのだなあとつくづく感じています。なぜ西条市に居を構えたかといいますと、西条市には、西日本最高峰の石鎚山があり、その伏流水が西条市内に流れ込んでおり、市内の至る所から湧き水(うちぬき)が出ている関係から、上水道施設がなく、井戸水を飲料水・生活用水として利用しています。蛇口から井戸水が出るので、蛇口の水をそのまま飲むことができ、その水がすごく美味しく、市内を流れる用水路も透明度が高いため、西条市に住むことを決めました。
 西条市も新居浜市同様、祭り(西条祭り)がありますが、新居浜祭りと異なり、江戸時代から続く至極厳かな祭りで、日本一と言われる百数十台の屋台(だんじり、みこし、太鼓台)が町中を練り歩く姿は壮観です。
 以上、四国中央市、新居浜市、西条市を私なりに大雑把に紹介しましたが、新居浜公証役場のあれこれをご紹介する最後は、公証業務について特筆(?)すべきことをご紹介します。
 新居浜公証役場は、先ほど紹介しましたように四国の地方都市3市(四国中央市、新居浜市、西条市)在住の方が利用しやすくなっていますので、公証業務も圧倒的に遺言公正証書の作成が多い状況ではありますが、四国中央市は大王製紙に代表される紙製品の企業がありますから、何年かに一度、紙製品に関する事実実験公正証書の作成依頼があります。昨年度も金曜日の午後から土曜、日曜の二日半にかけて、四国中央市に出張して、とある企業の紙製品(トイレットペーパー)の事実実験(紙製品の紙質検査、重量検査、引っ張り強度検査等)に立ち会いました。各実験工程毎に担当者から説明を受けますが、難解な専門用語と見たこともないような計算式で算出した数字は、これも見たこともないような数値記号で表され、四苦八苦して出来上がった公正証書は、150枚を超える大作となり、もう二度とやりたくないと思うくらい大変な作業でした。
 また、新居浜市にある住友グループのある企業は、ニッケル水素電池やリチウムイオン電池の開発を行っている関係から、当該年の成果物である電池のサンプルやデータを保管する工程において公証人に立会いを求める事実実験公正証書作成の依頼が毎年あります。こちらは毎年ほぼ同じ工程で、担当者も同じ方なので、比較的やりやすくルーティーンのような作業です。
 一方、昨今のコロナ禍を象徴する事実実験として、コロナ感染症が日本に蔓延し、日本中でマスク不足になったことは記憶に新しいのですが、このマスクに関し、ある企業が、中国から大量にマスクを輸入したところ、その大半が不良品として取引先から返品されたとのことで、中国企業に損害賠償を求めるため、公証人において不良品マスクの現認と数量確認を求めるという事実実験です。依頼主は、東京の輸入業者ですが、不良品マスクは四国中央市の巨大な倉庫に保管しているため、当役場に依頼がありました。真夏の8月、保管倉庫は、冷房設備もなく、汗びっしょりになりながら、420万枚を超えるマスクが格納されている倉庫の中で段ボール箱の一部(10箱ほど)を開封し、確認したところ、ゴム紐が簡単に千切れたり、そもそもゴム紐が接着していなかったり、虫が混入していたりと、ちょうどこの頃、中国から輸入したマスクが不良品ばかりとマスコミで騒がれていたのと同じ状態でした。
 紙友の皆様も、様々な事実実験に関与されていると思いますが、適正な事実実験公正証書作成のためには、嘱託人との事前の打合せが重要であるとつくづく感じています。今後も様々な事実実験公正証書の依頼があると思われますが、公正証書作成後は、当該公正証書が訴訟手続の重要な証拠となることも見込まれますので、嘱託人の期待を裏切ることがないよう、気を引き締めて職務を全うしたいと考える今日この頃です。
 (松山・新居浜公証役場 小川 満)

実務の広場

  このページには、公証人等の参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる箇所は筆者の個人的見解です。

No.98 未認知の子について事実上の父と母が扶養料の支払について合意した場合の公正証書の作成について(事例紹介)
(熊谷浩一)

1 はじめに
 A女(相談者)がB男の子Cを出産した。A女とB男が話し合った結果、B男はCを認知はしない(B男は他の女性と婚姻中である。)が、Cの養育費(扶養料)の支払を約束するとともに公正証書の作成にも協力するということになった。そこで、「Cの養育費(扶養料)の支払について公正証書を作成してほしい。」との相談がされた。併せて、「B男が自己破産したとき養育費の支払はどうなるか、また、Cの養育費(扶養料)の支払についてB男の親族を保証人とすることが可能か。」について相談を受けた。
 そこで、以下のとおり検討し、本問は慎重な対応が必要と考えることから、誌友の皆様の執務の参考の一助にと考えて、寄稿したものである。

2 前提
(1) 任意認知(民法779条)とは、認知者が被認知者との間に法的親子関係を発生させる身分上の法律 行為と解されている。真実に反する認知があった場合、子その他の利害関係人に認知に対する反対の事実を主張することが認められており(民法786条)、血縁上の親子関係のない者を認知しても無効と解されている(最判昭和50年9月30日)。認知によって、父と、認知された嫡出でない子との間には、子の出生時にさかのぼって父子関係が創設される(民法784条本文)。婚姻外の子について、認知がない限り、法的父子関係は生じない。
(2) 養育費とは、一般的に、未成熟子の監護養育に要する費用という意味で使用される(新版証書の作成と文例(家事関係編)〔改訂版〕6頁)。子の父母が婚姻中である場合、子の養育費は、婚姻費用(民法760条)に含まれるものと解され、子の父母が離婚する場合、「子の監護に要する費用の分担」(民法766条)として協議されるものである。父が子を認知した場合、民法788条により766条が準用される結果、子の養育費(子の監護に要する費用)について、父(認知者)と子の母が協議することになる。また、扶養義務という観点から考えると、直系血族は互いに扶養をする義務があり(民法877条)、未成熟子本人は、父母に対して、扶養料の請求をすることができる。父母が養育費の支払について定めをしていても、子が要扶養状態にあれば、子は自ら申立人となって扶養義務者に対し、扶養料を請求することができるとの裁判例がある(大阪高裁決定平成29年12月15日会報2019年10月号9頁以下)。
3 検討
(1) 本問について、Cの事実上の父であるB男が、Cを認知しないまま、Cの母であるA女に対し、Cの養育に要する費用を定期支払する義務があることを認める内容の法律行為は、その費用の額が法律上の父子関係にある父が同様の収入その他の条件のもとで未成熟子について負う養育費として一般に認められる額に比べ著しく過大である等の特段の事情がない限り、B男のCに対する扶養義務の確認及びその履行方法を合意する法律行為と解することができる。そして、これらの内容の法律行為につき、「養育費支払契約」公正証書又は「扶養料支払合意」公正証書の表題で、公正証書を作成することが可能であると解されている(別添1:公証163号306頁以下参照)。
(2) 未認知の父B男が、未成熟子Cを実子と認めた上、その養育に要する費用の定期払について、契約に基づき負う義務に係る請求権については、上記のようなB男並びにC及びCを出産した母でありその親権者であるA女という3者間の事実上の親子関係に基づく養育費ないし扶養料に係る請求権と解され、これは、認知した父の認知された子に対する養育費に係る義務に類するものに係る請求権と解することができる。

4 本問への対応
(1) 本問扶養料の支払契約について、認知された子の養育費の給付契約に適用される民事執行法の特例が適用されるか
 ア 養育費に関する民事執行法の特例の一つである継続的差押え(民事執行法151条の2第1項3
  号、確定期限が未到来のものについても債権執行の開始が可能とされている。)の適用について、
  これを積極に解する法律上の根拠が明確ではなく、執行裁判所によって、否定されるおそれがある
  と解される。
 イ この点について、A女と協議したところ、Cの満20歳までの扶養料の支給額の総額の支払義務
  を定め、これを毎月の分割払いとした上で、期限の利益喪失条項(B男が分割金の支払を怠り、そ
  の額が金○万円となったときは、前条の金○○○万円(既払分があれば控除する。)を直ちに支払う
  旨)を定めることとし、B男からも同意を得られた(養育費の支給額の総額の支払義務を定め、毎
  月の分割払いとした上で、期限の利益喪失条項を定めることの有効性について、別添2:会報令和
  2年(2020年)4月号39頁参照)。
   なお、扶養料(養育費)の一括払いの問題点(①一括払いの金額が低い場合には、再度の紛争が
  生ずる可能性があること、②一括払いを受けながら、その養育費を費消してしまった監護親から、
  事情変更などを理由として、追加支払を求められたり、子からの扶養料の請求がされる可能性があ
  ること、③子の死亡その他の事情変更により、一括払養育費の一部を減額することとなる可能性が
  あること。前記新版証書の作成と文例28頁以下参照)について、A女に説明した。
 ウ 養育費に適用される民事執行法の特例の2番目である差押え禁止の範囲の特例(民事執行法15
  2条3項、養育費支払義務者の給与等を差し押さえる場合における差押え禁止の範囲が4分の3か
  ら2分の1に引き下げられる特例)の適用についても、これを積極に解する法律上の根拠が明確で
  はなく、執行裁判所によって、否定されるおそれがあると解される。この点についてもA女に説明
  したが、この点について、特段の対応策は考えつかなかった。
(2) B男(債務者)が自己破産した場合の本問の扶養料(養育費)の支払について
 債務者が自己破産した場合の養育費の帰趨については、①破産手続開始時までの期間の養育費と、②破産手続開始時より後の期間の養育費とに分けて考える必要がある。
 ア 破産手続開始時までの期間の養育費のうち遅滞となっている部分は、破産債権(破産法2条5
  項)として、破産手続において配当の対象となる。養育費は、後述のとおり、非免責債権となるた
  め、破産手続で配当が受けられなかった残額についても、請求権が残っており、破産手続終了後、
  債務者から任意に支払を受けたり強制執行をすることが可能である。なお、破産手続中に前記養育
  費について任意に弁済をすることについては、養育費が子どもの生存権の実現に資する重要な権利
  であることにかんがみ、不相当に多額であったり、累積して巨額になっていない限り、不当性がな
  く、偏頗弁済否認(破産法162条)の対象とならないと解されているようであるが、事案によっ
  ては、偏頗弁済として否認をされたり、免責自体が認められなくなるおそれがあるので注意が必要
  である(破産法252条1項3号)。
 イ 一方、破産手続開始時より後の期間の養育費は、父子関係に基づき日々新たに発生する債権(新
  債権)であってその開始前の原因に基づいて生じた債権ではないので、破産手続中も債務者の新得
  財産(破産手続開始後の原因に基づいて生じた財産。破産法34条1項)から給付を受けることが
  可能であり、新債権として、新得財産に対する強制執行の申立も可能であると解される(別添3:
  会報平成21年2月号41頁参照)。
 ウ 本問の未認知父の契約により負う未成熟子に対する扶養料についても、これと同様に解すること
  ができる(別添1:公証163号308頁参照)。
 エ 本問の扶養料が、破産手続上、免責債権となるかどうかについては、破産法253条1項4号ホ
  の「ハに掲げる義務(民法788条において準用する民法766条の規定による子の監護に関する
  義務」に類する義務であって、契約に基づくもの(に係る請求権)」に該当し、認知父の子の養育費
  の義務に係る請求権と同様に、非免責債権として取り扱われることになると解される。
(3) 本問の扶養料の支払について連帯保証人を立てさせることについて
 本問の扶養料の支払について、A女からB男に対し、連帯保証人を立てることが求められ、B男もこれに同意し、B男の父が連帯保証人を引き受けることとなり、連帯保証人について公正証書へ記載することが強く求められた。子に対して生活保持義務を負担するのは父母であって、祖父母は直系尊属として生活扶助義務を負うに過ぎない。このような連帯保証の妥当性には疑問がある。また、養育費は、父母の一身専属的義務であり、父母が死亡した場合、養育費支払義務は消滅し、保証債務も、主たる債務の消滅により消滅する。これに対し、保証人死亡の場合、保証人の相続人が保証債務を相続すると解される(前記証書の作成と文例29頁・30頁)。連帯保証人の配偶者やB男及びB男の兄弟も、相続分に応じて保証債務を相続する可能性があり、深刻な問題となる。この点について、A女及びB男(A女を通じて)に説明をした(前記証書の作成及び文例の解説には、養育費が一身専属的義務であることに鑑み、支払義務者の死亡により債務が消滅することにより保証債務も消滅すること、一身専属的義務を保証した保証債務は、保証人の死亡により相続人に相続されることになると思われること、これを避けるために、保証期間を限定し、「ただし、その連帯保証期間は、保証人が生存する期間に限るものとする。」等の条項を入れる必要があるとされている。)。

5 最後に
 本問の扶養料支払公正証書の作成については、問題が多く、このような公正証書を作成したとしても、後日、Cから、B男に対する強制認知の訴え(民法787条)や扶養料の請求も可能であることを丁寧に説明する必要がある。また、扶養料の支払に関する連帯保証については、たとえ親族であったとしても、上記のとおり、問題が多い。このような事案を扱うに当たっては、当事者から、公正証書の作成を合意するに至った経緯を慎重に聴取するとともに、後日、一方の当事者の立場に偏って公正証書を作成したのではないかとの批判を受けることがないよう、慎重に対応する必要がある。
(福岡・大牟田公証役場公証人 熊谷浩一)

別添1 公証163号306頁以下(編注:該当部分のみを掲載)
協議問題2 (未認知婚外子の養育に必要な費用の定期払い約束の法律的性質)
  甲男乙女間に出生した婚外子丙について、甲は、丙を認知しないまま、実子 
 であることを認めた上で、甲乙間において丙の養育に必要な費用の定期支払を約する場合、甲の乙あるいは丙に対する給付は、どのような契約として認められるのが相当か。
(出題趣旨)
 甲は、丙を実子と認め、自己の給付義務を認めているのであるから、公正証書を作成するのが相当であると考えられるが、その実質は、親の認知前の未成熟子に対する生活費であるものの、認知前の子に対するものであるから、養育費あるいは扶養料とするのも法律的に問題が残り、贈与あるいは慰謝料とするのも、やや実体から離れているように考えられる。
 また、甲において、親子関係を認めた事実を記載し、債務承認弁済契約とし、実体的な法律関係を記載しない公正証書を作成するということも考えられるが、いささか疑義があるので、ご協議願いたい。
(協議結果)
1 甲及び乙が、乙の出産した丙(未成年)が甲の実子であることを相互に確認し、かつ、甲が、認知しないまま、乙に対し、丙の養育に要する費用を定期支払いする義務があることを認める内容の法律行為は、その費用の額が法律上の父子関係にある父が同様の収入その他の条件のもとで未成熟子について負う養育費として一般的に認められる額に比べ著しく過大である等の特段の事情のない限り、甲の丙に対する扶養義務の確認及びその履行方法を合意する法律行為と解することができ、これらの内容の法律行為につき、「養育費支払契約」公正証書とか、「扶養料支払合意」公正証書とかの表題で、公正証書を作成することが可能である旨の見解に異論はなかった。
2 未認知父が未成熟子を実子と認めた上その養育に要する費用の定期払いについて契約に基づき負う義務に係る請求権については、上記のような甲並びに丙及び丙を出産した母でありその親権者である乙という3者間の事実上の親子関係に基づく養育費ないし扶養料に係る請求権と解され、これは、認知父の認知した子の養育費に係る義務に類するものに係る請求権と解することができるのであって、これを贈与(東京公証人会の平成21年10月29日開催の第27回実務協議会における第14問の協議では、「贈与契約とでも構成することになる」旨の差し当たりの見解が述べられている。回報平成22年4月号46頁参照)あるいは慰謝料と認めるのは、いずれも、必ずしも当を得たものではないとする有力な意見が述べられた。そして、この意見では、次のように、認知父の認知した子についての養育費(法定養育費)の義務に係る請求権と同様に解釈すべき側面がある旨の指摘がなされた。
 (1) 破産法上の位置づけ
  ① 認知父の法定養育費については、破産手続開始時までに遅滞となった部分のみ破産債権として配当の対象となり、破産手続開始時より後の部分は、父子関係に基づき日々新たに発生する債権であってもその開始時前の原因に基づいて生じた債権(破産法103条3項参照)ではない(会報平成21年2月号41頁参照)ので、破産手続中も給付を受けることが可能なものと解されるところ、未認知父の契約により負う未成熟子の養育費用についても、これと同様に解するのが相当であろう。
  ② 破産手続上、免責債権となるかどうかについては、破産法253条1項4号ホの「(ハ)に掲げる義務(民法788条において準用する民法766条の規定によるこの監護に関する義務)に類する義務であって、契約に基づくもの(に係る請求権)」に該当し(「新破産法の基礎構造と実務」ジュリスト増刊(2007)549頁参照)、認知父のこの養育費の義務に係る請求権と同様に、これは非免責債権として取り扱われることになる。
 (2) 義務者の死亡後の未払養育費に係る債務の相続の可否
   認知した父による法定養育費に係る債務は、その父死亡後は、「被相続人の一身に専属するもの」(民法896条ただし書)としてその父の相続人に承継されないものと解されるが、未認知父による上記のような契約に基づく未成熟子の養育費用についても、その未認知父の死亡後は、その未認知父の相続人に承継されないものと解される。
3 しかし、上記のような未認知父が負う未成熟子についての「養育費」については、法律の解釈適用上、常に、認知父による認知した子の養育費と同様に扱われるものとはいい難い面もあり、公正証書を作成するに当たっては、当事者には、この点につき、例えば、次のような問題点がある旨の説明をするのが相当であるとの見解が大勢であった。
 (1) 将来における養育費の金額の変更に係る家事審判の成否
   認知した父による養育費について、将来の金額変更は、家事審判事項(家事審判法9条1項乙類4号、民法788条、766条1項)であるが、未認知父による養育費の金額変更については、家事審判事項としては掲げられておらず、むしろ、否定されるおそれがある(家事調停の余地については、別論であろう。)。
 (2) 未認知父の「養育費」の支払義務に係る定期金債権についての債権執行の特例の適用の可否
  ① 継続的差押え(民事執行法151条の2第1項3号。確定期限が未到来のものについても債権執行の開始が可能とされている。)の適用についても、これを積極的に解する法律上の根拠が明確ではなく、むしろ、否定されるおそれがある旨の見解が多かった。
  ② 差押え禁止の範囲の特例(民事執行法152条3項。養育費支払義務者の給与等の差押え禁止の範囲が四分の三から二分の一に引き下げられる特例)の適用についても、これを積極的に解する法律上の根拠が明確ではなく、むしろ、否定されるおそれがある旨の見解が多かった。

別添2 会報令和2年(2020年)4月号39頁以下(編注:該当部分のみを掲載)
第2問(養育費の給付条項に係る期限の利益喪失約款の効力)
  期限の利益喪失約款を付した養育費支払条項を定めた離婚給付等契約公正証書について、当該条項の効力は認められるか。
(協議結果)
1 養育費支払条項が「夫甲は、妻乙に対し、子丙の養育費として、〇年〇月から〇年〇月まで、一か月金5万ずつの支払義務があることを認め、これを毎月末日限り、乙の指定する預金口座に振り込んで支払う。」という場合を検討する。なお。〇年〇月から〇年〇月までは、10年間と想定する(以下同じ。)。
  この条項は、定期金の支払を定めるものであり、期限の利益喪失が問題となる時点より後に支払期日が到来する養育費の支払請求権は、未発生の債権であり、期限の利益が問題となることはないから、これについて付された期限の利益喪失約款の効力は及ばない。したがって、この条項について付された期限の利益喪失約款は無意味なものである。
2 養育費支払条項が「夫甲は、妻乙に対し、子丙の〇年〇月から〇年〇月までの養育費として金600万円の支払義務があることを認め、これを〇回に分割して、〇年〇月から〇年〇月まで毎月末日限り、金5万円ずつを乙の指定する預金口座に振り込んで支払う。」という場合を検討する。
  この条項は、確定金額を分割して支払うことを定めるものであり、将来債権の問題はない。支払うべき10年間の養育費の総額を定め、これを数回に分割して支払うことを合意することは許されるから(新版証書の作成と文例 家事関係編(改訂版)28頁、新版法規委員会協議結果集録151頁)、金銭消費貸借の分割弁済の場合と同様に、この条項に付された期限の利益喪失約款は有効なものである。
  なお、この条項の場合、家庭裁判所側から指摘される問題点(前掲家事関係編(改訂版)28頁参照)が存するが、これは別論である。
3 1と2について、養育費の支払の実態は同じであるにもかかわらず、結論を異にすることになるが、結局は、契約当事者の合意内容の違いによる結果である。養育費は、日々あるいは時々刻々発生する子供の養育費を、個別精算することが無理であることから、便宜上一定期間の分をまとめて支払うというものであり、この一定期間の定め方はあくまで技術的な問題にすぎず、それ自体に特別な意味があるものではない。したがって、1か月分として設定することも10年間分として設定することもいずれも可能であり、当事者が履行確保の可能性等諸般の事情を考慮して決定、合意できるものである。
  なお、1の養育費支払条項について、期限の利益喪失約款を付していることから、実質的には2の養育費支払条項と同趣旨の合意をする意思であったと解することは、その文言に照らして困難であろう。

別添3 会報平成21年2月号41頁以下(編注:該当部分のみを掲載、原文縦書き)
第6問(公証人会提出)
  執行証書作成後に債務者が破産し、破産管財人が選任された場合、民事執行法29条による執行証書等の送達は、債務者にすべきか、それとも破産管財人にすべきか。
(公証人会・出題趣旨等)
 両説が考えられるが、(1)破産管財人の権限(破産法78条)、破産財団に対する強制執行等の失効(同法42条)、破産債権の行使(同法100条)などの規定の趣旨との関連で、どのように解すべきか、(2)破産法81条により、破産管財人に配達される場合の送達の効力はどうなるか、また、(3)受送達者を破産管財人とする場合、執行文は、単純執行文か、承継執行文か、いずれにすべきか、などの点を含め、ご協議願いたい。なお、現実に送達が意味を持つのは、破産手続終了後の執行や破産者のいわゆる自由財産に対しての執行の場合である。
(裁判所)
 破産者を債務者とする単純執行文を付与し、破産者に送達すべきと考える。その理由は、次のとおりである。
1 破産手続が開始されると、破産債権(破産法2条5号)により、破産財団(破産法2条14号、34条)に属する財産に対する強制執行はすることができない(同法42条1項)一方、破産債権ではない債権により破産財団に属しない財産に対しては強制執行することができる。つまり、新債権(破産手続開始後の原因に基づいて生じた財産上の請求権)により、新得財産(破産手続開始後の原因に基づいて生じた財産)に対する強制執行はできることになる。
  例えば、執行センターでは、養育費について、所定の親族関係の存続により日々新たに発生する性質の権利であること等の理由から、新債権であると解し(民事執行の実務 債権執行編第二版246頁)、破産手続開始決定後の期間に対応した養育費については、新債権として、新得財産に対する債権強制執行の申立てを可能と解している(同244頁)。