民事法情報研究会だよりNo.59(令和5年10月)

 猛暑の夏、厳しい残暑をようやく終え、少しずつ秋めいて来た今日この頃ですが、会員の皆様におかれましては、ますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
 本号は、民事法情報研究会発足10周年記念号を兼ねて発刊するものです。巻末に、これまでの記事索引等を掲載しています(編注:省略)ので、大いにご活用ください。
 また、12月9日(土)に、弁護士の住田裕子氏を講師にお迎えしてのセミナーと、10周年記念祝賀会(懇親会)を開催する予定です。数多くの皆様の参加をお待ちしています。詳細は追ってお知らせいたします。(YF)

設立10周年を迎えて
(一般社団法人民事法情報研究会 会長 小口哲男)

 一般社団法人民事法情報研究会(以下「当研究会」といいます。)は、平成25年5月31日に設立され、本年で10周年を迎えました。
 当研究会は、設立時社員数12名で出発しました。その後の3年ほどの会員数の推移を見ますと、平成25年8月の会員数は135名、平成26年1月の会員数は149名、平成26年4月の会員数146名、平成26年5月の会員数152名、平成26年6月の会員数151名、平成26年7月の会員数154名、平成26年9月の会員数165名、平成26年10月の会員数167名、平成27年4月の会員数176名、平成27年6月の会員数183名、平成27年11月の会員数189名、平成28年1月の会員数190名と増減を繰り返してはいますが、全体としては増加してきており、直近の本年10月1日現在で、正会員226名・特別会員3名の合計229名というたくさんの会員の方にご参加いただいています。
 これだけたくさんの方にご参加いただくことができましたのも、会員の皆様のご理解の賜物と感謝申し上げる次第です。
 設立10周年ですので、少しだけ過去の経緯を振り返りたいと思います。
 当研究会が設立された平成25年の数年前から、設立時社員である故清水勲様、故藤谷定勝様、故坂巻 豊様、藤原勇喜様、小林健二様、佐々木暁様を中心にOBOGが集まれる法人の設立について議論されていましたが、実際の設立に向けた手続きは、なかなか進んでいませんでした。その中で、故藤谷様が、平成24年末頃から当研究会の前会長である故野口尚彦様に法人設立に向けた手続きをお願いし、これを引き受けられた故野口様の多大かつ迅速なご努力により、平成25年5月31日の設立にこぎ着けることができた次第です。
 ちなみに、故野口様の前の事務方は私でしたが、私が定款の初期の案文を作成する際に、主たる事務所の穴埋めで私の住所を書いていたところ、故野口様が、主たる事務所の所在は、当面このままとするとされ、それが理事会でも承認されたという経緯があります。
 ところで、当研究会の活動のメインは、会員の皆様が集まり、近況の報告や仕事に係る意見交換などを通して親睦を深めることにありますが、近時は、未曾有のコロナ禍により集まること自体に制約がかかったため、令和2年6月の定時会員総会から皆様にお集まりいただくことができなくなり、本年6月の定時会員総会でやっと集まることができるようになりました。
これからは、新型コロナウイルスによる感染症もインフルエンザと同等の扱いを受ける環境下で対処していくことになりますが、その感染力が衰えたわけではありませんので、今後、様々な工夫をしながら、このコロナ禍を乗り越えて運営していかなければならないと考えています。
 今号の民事法情報研究会だよりは、設立10周年を祝した記念号として発刊します。お寄せいただいた記念論考を掲載させていただくとともに、第1号から前号までの記事索引(「実務の広場」については、事項別索引を含む。)を掲載させていただきます。今後、ご活用いただく機会がありましたら望外の喜びです。
 また、コロナ禍により皆様にお集まりいただくことができなかった時期を除き、平成25年12月から、セミナーを開催させていただいています。講師をお願いし快くお引き受けいただいた皆様に対しまして、厚くお礼申し上げます。
 今後、セミナーでどのような方のどのようなお話をお聞きしたいかのご意見を、皆様からお寄せいただきながら、当研究会の運営を進めていきたいと考えています。
 さらに、当研究会だよりは、会員の皆様の交流の場の一つでありますので、今後とも、皆様に積極的にご寄稿いただきたいと思います。これらのことを含め、引き続き、当研究会の運営へのご支援のほど、よろしくお願い申し上げます。
(当研究会会長、元千葉・船橋公証役場公証人 小口哲男)

10周年記念特別寄稿

本記事は、10周年を記念してご寄稿いただいたものです。

公証人の息子 レオナルド・ダ・ヴィンチの舞台裏(川上富次)

1 レオナルド・ダ・ヴィンチの存在感は死後5百年経つ現在でも実に色あせることなく万能の天才と
 して輝いています。
 ところで、当のレオナルドは、1452年4月15日、父セル・ピエロ・ダ・ヴィンチ、母カテリーナの間の非嫡出子として出生しています。
 「セル」というのは公証人の敬称として使用されていました。
右のセル・ピエロは有能な公証人として活躍し、然るべき婚約者もいましたが、貧しい農家の娘と情を通じて前記のレオナルドが誕生しました。
 セル・ピエロ一族は数代に亘って嫡男は公証人を継いできた名家であり、他にも一族には「セル」を使用する公証人が散見されています。
 普通ですと、レオナルドも当然公証人を期待された筈です。
 当時、非嫡出子として生を受けても、一般社会的には必ずしも恥ずかしいことではなく、ルネッサンス期のイタリアを「私生子の黄金時代」と呼ぶ歴史家もいます。
 他方、当時は職業ごとに「アルテ」と呼ぶ組合(ギルド)があり、仲間間のルールを伴っていました。このアルテの存在は絶対的なものでした。
 セル・ピエロの所属する組合(1197年設立)は由緒正しい判事、公証人の組合として非嫡出子に対しては厳しく、私生活も非の打ちどころのない信頼性と社会の王道を歩むことが求められたのでした。
 そして、あとあとの話になりますが、1476年に正妻との間の嫡男セル・ジュリアーノ(レオナルドの異母弟)に跡を継がしています。
 歴史に「if」はありませんが、若し、レオナルドの父と母が正式に結婚していれば、私達の知るレオナルド・ダ・ヴィンチは存在しなかったわけです。
 とにかく結果的に万能の天才芸術家が生まれたことは、世界の人達、いや人類の幸運といっても過言ではないでしょう。
 次に、レオナルドの最後を記述しておきたいと思います。レオナルドは、1519年5月2日享年67歳で静かにこの世を去りました。亡くなる9日前に公証人による遺言書を作っています。
内容は、異母兄弟に土地とお金を、召使いにはミラノの土地の半分と水路使用料を、家政婦には上質の服とお金を、弟子のサライにはミラノの土地の半分と家を、後継者メルツイには全記録と残りの全部を相続させています。
 そして「私の一生は幸せに満ちていた」ということでした。
2 ここで母カテリーナについてですが、公証人の父セル・ピエロと異なり、公的記録はありませんの
 で一応通説にしたがってまいります。
 カテリーナは、レオナルドを出産して後、間もなくセル・ピエロの計らいで同じ村の男性と結婚します。したがってカテリーナはレオナルドの母としての役目は僅かな期間でした。
 しかし、記録によりますとレオナルドは母憶いで生まれたことを感謝し続けていたことが窺われます。
 1493年レオナルド41歳の時、ミラノに寡婦となったカテリーナが突然訪ねて来ます。
 カテリーナは2年後病で亡くなるまでの間、二人きりの穏やかな時を過ごすことができました。
 レオナルドは母に対して心からの深い愛情をもって接し、指輪や宝石などをプレゼントした記録が残っています。
 また、母の葬儀も相応の内容の儀式が行われています。
 レオナルドンの母に対する思愛と合わせて久し振りにわが子と暮らす母としての測り知れない情愛が推察されます。
 ここで唐突ですが、あの大作「モナ・リザ」の“謎の微笑”について触れてみたいと思います。
 無私の心を愛で表現できるのは微笑です。
 科学的な視覚と芸術の分析はともかく、あの神秘の微笑は、私はカテリーナの微笑ではなかったかと考えます。レオナルドは「モナ・リザ」に筆を加え続け、亡くなる寸前まで手元に置いていました。
  以上、私の当て推量の僻論をもって、本稿舞台裏を閉じます。
(元さいたま・東松山公証役場公証人 川上富次)
(参考文献)
1 レオナルド・ダ・ヴィンチ -生涯と芸術のすべて-池上英洋(筑摩書房)
2 レオナルド・ダ・ヴィンチ  ウォルター・アイザックソン著 土方奈美訳(文芸春秋社)
3 レオナルド・ダ・ヴィンチの秘密 コンスタンティーノ・ドラッツイオ著 上野真弓訳(河出書房新社)
4 レオナルド・ダ・ヴィンチ -イラストで読む- 杉全美帆子(河出書房新社)

「本人確認」についての古い思い出(樋口忠美)

1 私は、平成25年5月に設立された当研究会の設立時から副会長という役職を仰せつかったもの  の、これといった貢献もできないまま月日を過ごし令和元年6月に退任いたしましたが、この間における当研究会の活動の主要なものは令和2年7月に急逝された野口前会長の企画・立案、実行力に負うところが多く、今でも申し訳ないと思っているところです。
 ところで、当研究会も設立から満10年を迎え会員数も順調に増加しているとのことで、全国の会員が一堂に会して研修・議論するということを楽しみにしていましたが、数年前からのコロナ禍のせいで研修会の開催などが極めて困難になり残念に思っていました。会長をはじめとする理事、監事の皆さんは、この難局を乗り切るために大変なご苦労をされたことと思い、心から感謝申し上げます。

2  私は、公証人を退職して10年以上過ぎ、当研究会の役員を退任して4年が過ぎ、その後は何かをするという予定もなく日々を過ごしており、会員の方々の参考となるような話題もありませんので、公証人在職中に何かと気になっていた「本人確認」について二十数年前の古い思い出を書いてみます。
 公証役場では、本人確認の資料として運転免許証の提示を求めることが多いと思いますが、外国人についてはパスポートの提示を求めることが多いものと思います。パスポートは自国とのつながりを示すものであり、また自分の身分を証明することができるものですからその発行手続は本人確認を含めて厳格に行われていると思われています。また、公正証書や認証のために外国の公的機関が作成した証明書の提出を求めたり、資料とする機会が増加しているものと思いますが、中にはその信ぴょう性や作成過程に?が付くものもあるかと思います。しかしながら、仮に疑問があったとしても外国の公的機関が作成したとされるものについては具体的にどの部分がおかしいと指摘できなければ、公証人がその作成者や作成過程にまでさかのぼって調べることは事実上困難であり、公証人としてその証明書等を認めるかどうかは悩むところではないでしょうか。 

3 私は、推理小説やサスペンスものの小説が好きでよく読んでいますが、その中でも大好きなイギリスの小説家フレデリック・フォーサイスが1963年に実際にあったフランスのドゴール大統領の暗殺計画を題材にして書いた「ジャッカルの日」というベストセラー小説(映画化もされました。)がありますが、その小説中で、イギリスでは出生証明書、本人の写真、手数料、返信用封筒をパスポートの発行機関に送付すると本人確認が全くされないままパスポートが返送されてくるということが実に詳細に述べられていて、簡単に他人名義のパスポートが取得できることが書かれているのです。これが事実であればパスポートは本人確認の証明書としては信頼できないことになります。この小説を最初に読んだときは、本人確認が全くされないままパスポートがこんなに簡単に取得できるはずがない、きっと小説だからこの部分はフィクションだろうと思う一方、イギリスという国は、歴史的にも海外に出る人が多いことから特別に不審なところがなければ厳格な手続なしにパスポートを発行するのが国の方針かとも思ったところです。ただ、いずれにしても小説の世界の中の出来事であるので、その真否を確認することもできずにそのまま記憶の奥にしまい込んでいました。

4 ところが、しまい込んでいた記憶を目覚めさせる思いがけないことが起きたのです。平成9年頃、民事局では電子認証制度を取り入れるための研究が進められており、その先進国のイギリスやアメリカなどにおいて実情を調査する必要が生じ、当時民事局に勤務していた私にイギリスでの調査が命ぜられたのです。
 調査はイギリスにおいて電子認証制度を担当していた、日本でいえば通商産業省(現在の経済産業省)の課長から実施の状況や問題点、今後の課題などについて話を聞いたのですが、その中で電子認証において成りすましなどを防ぐために最も重要な「本人確認はどうしているのですか」と質問したところ、いとも簡単に「パスポートを使っている」という答えがあったのです。この答えを聞いた途端、かすかな記憶となっていた前述の「ジャッカルの日」の小説に書かれていたパスポートの取得手続のことを思い出し、つい本来の調査事項になかったイギリスにおけるパスポートの取得方法について次のような質問をしました。
「①ジャッカルの日」という小説を読んだことがありますか。
 ②あの小説に書かれていたパスポートの入手手続は事実でしょうか。
 ③パスポートは本人確認の資料としては十分ですか。」と。
 このような予定にない質問に対し、相手の課長は、笑いながら「あの小説は読んだことがあります。あの小説が書かれた当時は小説に書かれているような手続でパスポートを取得できましたが、不正に取得できることが分りましたので、手続を改めて今は申請者がパスポート発行機関に出頭して受け取るようにしました。したがって、現在パスポートは本人確認の資料として十分に機能しています。」という答えがあり、私が記憶の奥にしまい込んでいた疑問が解消し、長年の胸のつかえが取れた思いです。 なお、この部分に関しては帰国後に提出した出張結果報告にはなにも記載しておりません。

 私の疑問についてはたまたま機会があって解消することができましたが、公証役場では外国で作成された文書を目にすることが多くなり、何かと疑問が生じることがますます増えてくると思いますので、適正な証書作成のために当研究会が活用されることを念願しています。
(元千葉・柏公証役場公証人 樋口忠美)

野口さんの思い出(小畑和裕)

1 一般社団法人民事法情報研究会(以下「研究会」と称します。)が設立10周年を迎えました。謹んでお祝い申し上げます。私は研究会設立の際に初代会長に就任された野口さんから「研究会を設立したいと思っている。ついては、諸々の手続き等もあり手伝って欲しい」との依頼があり、お受け致しました。当時、野口さんは現職の公証人やOB等を対象にした研究会を早急に設立したいという熱い思いで、文字通り粉骨砕身の努力をしておられました。私は、お引き受けしたもののお手伝いが十分に出来なかったことを反省しています。その後、研究会は無事設立され、野口さんは初代の理事長に就任され、私は執行理事として勤務させて頂くことになりました。研究会設立後も、野口さんは長い間、中心となってその運営等に尽力されました。私は理事としてこれと言った業績も果たさず全くお恥ずかしい限りであります。理事会ではいつも無責任な発言ばかりして野口さんや他の役員の方々にご迷惑をお掛けしていました。野口さんはそんな私の発言を嫌な顔もせず聞いてくれました。

2 野口さんと初めて出会ったのは遠い昔のことです。昭和54年4月、私は、 法務省民事局第一課(当時)予算係に転勤しました。私の異動と同時に、野口さんは予算係から隣室にあった法務局係に転勤されました。予算事務の経験が初めての私は、日に幾度もお教えを請いに野口さんを訪ねました。野口さんはそんな私に嫌な顔もみせず、懇切丁寧に指導してくれました。どんな質問にも分かりやすく説明して頂きました。中でも私が驚嘆したのは、大蔵省(当時)への予算要求に当たり二次方程式を使用したグラフを作成し、予算執行の効果を具体的に説明されていたことでした。グラフを提出して予算要求の説明をするなど当時では考えられませんでした。野口さんには、その後も、登記事務のコンピュータ化や登記特別会計の設立要求など多く場面で、適切な指導をして頂きました。また、私が法務局退職後、公証人として勤務した時にも先輩公証人としていろいろご指導を賜りました。

3 研究会が設立されてから数年後、私は理事会で有る事項を提案しました。それは研究会の機関誌ともいえる「民事法情報研究会だより」に「コラムMY HOBBY」欄を新設することでした。私は研究会の設立が話題になった頃から、新しい研究会では会員相互の交流を活発に行いたいと考えていました。その一環として、会員各位の趣味等を研究会だよりの誌面で披瀝して頂くことが良いのではないかと思っていました。野口さんは私の提案を快諾してくれました。理事会に提案し、承認を得ました。同時に私が担当を命ぜられました。
 MY HOBBYには多くの人たちに登場して頂きました。会員それぞれ実に多種多様な趣味を持って人生を楽しんでおられました。毎号、どんな趣味が寄せられてくるのか、担当者としてワクワクしていました。本稿を借りて原稿の作成につきご無理をお願いした皆様に厚く御礼を申し上げます。

4 皆様ご承知のとおり、野口さんは研究会の設立10周年を迎えることなくお亡くなりになりました。残念でたまりません。生前、お見舞いに伺った際、野口さんの研究会に対する熱い想いを改めて感じることがありました。入院中にも拘わらず、ベッドの側にパソコンや資料を持ち込み、野口さんは熱心に研究会の仕事をされていました。私はその姿を拝見したとき、何とも言い様もない気持で胸が一杯になり涙が出そうになりました。今もその姿を忘れることはありません。
もし可能であるなら、野口さんに伝えたいことがあります。研究会は新たに小口さんが理事長に就任され、優秀なスタッフと多くの会員に支えられ益々発展していることを。
そして何よりも
「野口さん!研究会が設立10周年を迎えました。おめでとうございます。」と。
研究会の益々の発展を祈ります。
(元横浜・厚木公証役場公証人 小畑和裕)

今日この頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

終活-築25年木造二階建て住宅売却の顛末(横山 緑)

 平成29年7月1日付けで法務大臣から「公証人を免ずる」発令がされ、後任公証人に引き継ぎ6年余が過ぎた。
 民事法情報研究会だよりNo.26(平成29年4月)の今日この頃欄に「終活」と題した投稿を登載していただき、当時、夫婦二人が不安なく楽しく過ごすことができる住居を探していることを伝えさせていただいた。
 平成30年に、落ち着いた街並み、景観も良い物件を見つけたが、物件が所在する一帯で、排水施設の処理能力を超えて地上にあふれる内水氾濫がおき、道路が冠水した。加えて、徒歩数分の所にあった老舗スーパーが近日中に店終いするとの情報も伝え聞くこととなったため、契約直前に締結を見合わせた。
 70歳までに転居したいとの思いで進めていた住居探し、新たな条件として、①内水氾濫・外水氾濫の危険性が限りなく低いこと、②頻発する地震に耐えられる強固な地盤であることを加えて、急いで急がない物件探しを継続することとなった。
 ここで大きな壁が立ちはだかった。自然豊かで山紫水明な環境(分かりやすく言い換えれば、市街地から数キロ離れた田畑と新興住宅が混在する地域で主な交通手段はマイカー)に所在する築25年木造二階建て住宅(以下、「自宅」という。)とその敷地の処分(売却)である。不動産仲介業者(以下、「仲介業者」という。)によると、このような物件は買い手が少ないとのことで、次の様なアドバイスを受けた。その1-手持ち資金で購入でき、転居後も自身で自宅の管理ができる距離に所在する物件を探す。その2-新物件へ転居後、数百万円の費用をかけて自宅の取り壊し、庭木の伐採、基礎コンクリート等を含む構築物一切を撤去し、更地として売却する。その3-現況有姿での売却引渡しとし、売却依頼申込み時までに可能な範囲で建物・外構の清掃・手入れ、専門業者に依頼しなくても対処できる不具合部分の修復を実施する。
売却金を含めての新規物件購入資金計画であり、アドバイスその1・その2を選択する余地はなく、アドバイスその3での売却と決めた。
 仲介業者の説明によると、売却が成立しなかった事案の多くが、建物・外構の汚れが目立ち、庭には雑草が繁茂し、建物内外に不用物品が整理されないままに放置されていることが原因と聞き、自分が購入者の立場であれば至極当然であると納得した。我が自宅も築後25年間の塵埃・汚れが半端ではなかった。
 早速、ホームセンターで建築資材(室内の窓枠・柱・鴨居・敷居・フローリング、浴室のタイル・壁、雨戸)に合わせた汚れ落としの洗剤等を調達して、入居時に据え付けたまま一度も移動させたことがない木製家具を移動しての清掃・手入れ、2階ベランダの防水シート張り替え、網戸のネット張り替え、外壁及び玄関に至る石畳の洗浄、塗料が剥離した玄関ポーチ・フェンスの塗装など、ほぼ毎日2~3時間、概ね6か月の期間、直向きに取り組み、清掃・手入れ・修復を済ませた。同時に、19年間に及んだ単身赴任生活を支えてくれた電気洗濯機・掃除機、整理タンス、衣類収納ケースなど法務局退職時に自宅へ持ち帰りその後使用することなく物置に保管してきたものを、市の定める粗大ごみ・資源ごみ等の回収方法に従い分別し、複数回に分けて処分した。
 仲介業者に自宅内外を見てもらったところ、ここまで清掃・手入れが行き届いている物件であれば買い手が現われるであろうとの見通しを立ててくれた。この「買い手が現われるであろうとの見通し」を「必ず買い手が現われる」とお墨付きを得られたと勝手に判断し、自宅引渡日を令和3年3月末日として、令和2年10月上旬に先の仲介業者に現況有姿での売却依頼をした。仲介業者店舗・ネットで物件紹介を始めると、売却物件を探している他の仲介業者、購入を検討している人が正式に申し込んでくる前に、物件の下見で現地に出向いてくるので、契約成立に至るまでは庭の草取り、玄関周りの整理・整頓、清掃を怠らないようにとのアドバイスがあった。
 物件紹介を始めて半月も経たない時期に購入希望者と購入希望者側の仲介業者が物件を見たいと訪れてきた。帰りがけに購入希望者と仲介業者が「築25年の物件でこれほどまでに清掃・手入れが行き届いており、リフォームも必要ない物件はまず無い。2台分の駐車スペース、庭付き、日当たり良好の条件をクリアしており即決しても良いのでは」と話をしていた。結果、翌日に契約申入れがあった。
双方の仲介業者間で売却価格交渉の結果、当方が提示していた価格から金100万円減で合意に至り、11月上旬に仮契約を済ませ、本契約は、所有権移転登記申請日の翌年3月吉日に締結し、同日物件を引き渡した。
 同時並行して検討していた新規物件について、購入資金の目処が立ったことから、令和2年11月に購入申込みをした。
 新規物件の専有面積が自宅の約50%しかなく、新規物件へ持ち込む家財道具は、ダイニングテーブル、木製の本棚1点、ベッドのみとし、これ以外の洋服タンス等の木製家具一切は引越し転出日までに処分、着なくなった衣類、段ボール箱に詰め込まれて大切(?)に保管していた雑誌・雑貨など思い出の品々は一部のものを除き資源ごみとして供出し、個人情報が載っている書類・図書はシュレッダーで裁断し燃えるごみとして収集日に出した。
 マイカーは、これまで食料品等の買出し、通院時など日常生活に必要不可欠であったが、新規物件には確保されている駐車スペースが少なく、抽選に外れた場合は、空きが出て割り当てられるまで個別に駐車場を確保しなければならないこともあり、引越し前にディーラーに買い取ってもらった。現在はマイカー無しの生活を送っている。マイカー無しとする決断には、現住居から徒歩約15分圏内に大型ショッピングセンター、食品スーパー、内科・歯科等のクリニック、総合病院があり、東京駅方面へのダイヤが5~10分間隔で組まれているJRの駅も徒歩5分と近いことが大きな要素であった。加えて、たびたび報道される高齢者による重大自動車事故が他人事でないとの思いも影響している。
 現住居への転居を機会に、終活の一環として築25年中古住宅の売却、重くていまいち使い勝手が良くなかった木製家具等を処分できたが、引き続き不用物品の処分に取り組み、いつか訪れる万が一のときに家族が途方にくれないよう、思いつくまま残りの終活に夫婦で取り組んでいる今日この頃である。
(元名古屋・春日井公証役場公証人 横山 緑)

老いとお客様サービスの取組(久保朝則)

 私が勤務する都城公証人役場のある都城市は、古くから島津氏の勢力下にあり、薩摩藩に関する史跡や文化などが数多く見受けられる宮崎県の南西部に位置し、鹿児島県との県境で南九州のほぼ中心に位置する雄大な霧島連山の麓にあります。その都城市で生活を始めて丸2年が過ぎました。この間、これまでの私の人生の中では、最も「老い」について実感させられる出来事を経験しました。それらを含め、近況をご報告させていただきます。
(1) 公証人として、遺言や任意後見契約、死後事務委任契約などの「お客様の老いに備える場面」に接しながら、公正証書作成のお手伝いをさせていただいていますが、お客様の抱えている「老い」の事情は様々であり、お一人お一人違うことを実感しています。
  また、お客様が公証役場に求めて来る目的の中には対応できないものもあり、できないことはお断りするしかありませんが、公証役場では対応できないけれども、これまでの経験から、お客様の相談に関連する情報を集めて提供するよう心がけています。例えば、遺言の相談にいらっしゃったお子様のいないご夫婦などの中には、自分たちだけの納骨堂を求めても、その後、お参りをしてくれる人がいない等の事情を抱えている方もいらっしゃいます。そのような方には、都城市が管理運営している「合葬墓」の情報提供をしています。この合葬墓では、20年間は骨壺に納められた状態で保管され、その後は、焼骨を骨壺から取り出し、合葬墓内部で他の焼骨と共同埋葬されるというものです。費用も格安なのですが、都城市内にお住まいのお客様でも知らない方が多いため、このような情報は選択肢の一つとして喜ばれます。
(2) 個人的には、両親の「老い」に直面しました。まず、昨年2月、父が亡くなりました。父は米寿を超えていましたが、年齢相応に健康で、母と二人で田舎で慎ましく生活していました。その日父は母と二人で大好きだった地元の温泉施設を訪れ、温泉に入ってそこで倒れ、そのまま息を引き取りました。父は以前から、「長患いをせずピンピンコロリで死にたい。」と言っていたのですが、それを体現したような最後でした。私の身内としては祖母以来、約30年振りの葬儀となり、私の子どもたちにとっては、初めて人の死を間近に体験する機会にもなりました。コロナ禍ではありましたが、父は多くの方に会葬していただきました。まだまだ元気だと思っていた父の突然の死を迎え、父も確実に老いていたのだと改めて実感しました。
  ようやく父の一周忌を終えた今年3月、今度は母が一人で山菜採りに行き斜面で転んで脊椎損傷の大けがをしました。慣れていたはずの場所で足を滑らせ、運悪く下にあった木材で頭を打ち、首から下が動かない状態で近所の人に発見されました。ドクターヘリで病院に運ばれ、手術を経てリハビリを継続していますが、医師からは元通りにはならないと言われていますので、病院を退院した後は、介護施設での生活となる見込みです。母もまた確実に老いていたのです。
  かく言う私自身も日々着実に衰え老いているのは自覚するところです。そのため、母が大けがをする前は、できるだけ年齢にあらがってゆっくりとした衰え曲線となるよう、壮年ソフトボールなどで体を動かしていましたが、現在は車で片道1時間半の母の入院している病院への見舞いを優先する日々を送っています。しかしながら、平日昼間の対応はいかんともしがたく、妻や妹、叔母などの献身的な協力に支えられながら何とかやっているところです。
(3) 最後に、お客様サービスのために都城で取り組んでいる「土曜日の無料公証相談」を紹介したいと思います。相談業務に限らず、遺言書作成など、休日対応の取組はそれぞれの公証役場で行われていることと思いますが、都城では、令和4年1月から、毎月第4土曜日に予約制の無料公証相談を行っています。平日になかなか休みが取れないというお客様に対応する目的で始めました。実際に行ってみると、毎月4~5組のお客様が利用されますので、それなりに目的を達成していると感じています。
  この取組の周知については、当役場のホームページへの掲載のほか、四半期に1回のペースで自治体広報誌への掲載依頼や司法書士会・行政書士会などの関係団体の会員への周知依頼などを行っています。これに加えて、地元の日日新聞の販売所15か所(都城市エリアと都城市に隣接する三股町のエリア)を管轄する新聞のサービスセンターに依頼し、15か所の販売所を4分割して、昨年10月から今年3月までの間に、折込チラシ(別添参照)の配布を行いました。印刷やチラシ配布などの経費は掛かりましたが、結果的には経費以上の売上につながりました。
  数か月経過した現在でも「チラシを見て来ました。」あるいは「チラシを見て電話しています。」という方がいらっしゃいます。やはり遺言作成などの利用者はお年寄りが多いことから、紙ベースの折り込みチラシは有効だと実感しています。
  また、これらの取組によって、そもそも公証相談が無料であることをご存じでないお客様が相当数いらっしゃることも判明しました。そのため、土曜日の予約を希望する電話があったときに、平日でも無料で相談をお受けしていることをお伝えすると、それならと平日を希望して利用されるお客様もかなりいらっしゃいます。キーワードは「無料相談」です。
  しかしながら、課題も見えてきました。折込チラシを見て利用したと確認できたお客様の数と配布した枚数とを比較すると、わずか0.2%程度に過ぎませんので、周知の効果としては「?」マークがつくのかもしれません。今後は、配布する時期(都城市は農業・畜産が盛んな地域のため、農閑期など)やエリア、チラシの内容などをさらに検証しつつ、取組をブラッシュアップしようと考えています。

 新型コロナの5類移行に伴い、コロナ禍前の日常が少しずつ戻ってこようとしています。公証週間を中心とした広報活動の充実が求められる中、講演会の開催や構成員となっている都城市の成年後見制度の周知普及のためのネットワーク会議への積極的な参加などのほか、日常的な広報活動の取組を工夫しながら、今後とも、公証制度の周知やお客様サービスの向上に引き続き努めて参りたいと思います。   (宮崎・都城公証人役場 久保朝則)

七尾公証役場の広報活動(太田孝治)

◎ はじめに
 本年8月1日で、七尾公証役場で公証人として勤めて、1年が経過しました。
これまで、前任の奥田元公証人をはじめ、多くの先輩公証人や、日公連をはじめとする公証人会の研修や研究会、各種の資料提供などのお陰で、「なんとか1年」が過ぎたというのが、率直な実感です。
そして、公証人に任命されるまでに漠然と感じていた、自身の知識や経験で公証事務を適正に遂行できるか、公証役場の安定的な運営ができるかなどの不安感は、少しずつ解消されてきました。というか、「・・・のお陰で、なんとかなるものだな」と思えるようになってきました。
 また、この1年で強く感じた以下の点は、比較的に(かなり?)業務量に余裕のある当公証役場での自身の目標やモチベーションの維持・高揚の糧としています。
(1) 先輩公証人の知見の広さと深さ
 多くの事例に当たりたいが、地域性等から困難な面があり、書籍や会報等の資料、各種研修への参加による自己研鑽を充実させる。苦慮した点や疑問を持った点は、逐次メモなどに残し、資料と共に結果をまとめる。
(2) 公証人間の支援体制の厚さ(先輩公証人の支援意識の高さ)
 公証人会からの情報提供、研修等の支援体制が充実されていることはもとより、先輩公証人からの些細なことなどを含めた声かけをいただき、総会、各種研修会やその後の懇親会などを通じ、何でも聞ける関係性を構築していただいている。
自身の少ない経験から得た知見であっても、機会を捉えて発信し、また、積極的に後輩の公証人に声がけしていく。
(3) 相談や証書案作成後に中止になる事案が意外に多い(実感)
 他の役場の実情を聞いたわけではないが、相談や証書案作成後に中止になる事案が意外に多いと感じている。昨年の8月以降、約1年間で9件が証書案作成後に中止となっている。内1件は、離婚給付で、嘱託人等の都合によるものであるが、他の8件は、遺言4件、任意後見等4件で、いずれも、嘱託人の体調が急変し死亡している。
決して,緩慢に事務処理をし、証書作成日程を調整していたわけではないが、事案により、一層の迅速な証書作成を進める必要がある。
(4) 公証役場や公証人の業務が周知・理解されていない状況
 嘱託人や相談者を通じ、公証人の業務(公証事務)の周知・理解が、まだまだ十分ではない状況を感じている。多くの人に、公証事務や公正証書の効果を知っていただき、公正証書作成をはじめとする公証事務の利用拡大のための周知・広報に取り組む必要がある。
上記の(1)、(2)は、自身の意識や行動で実践するように、(3)は、押しつけにならないように配慮しつつ、嘱託人の体調を踏まえた迅速な証書作成を心がけています。
そして、(4)については、他の広報事例も参考に、具体的に進める必要がると考え、より効果的に,当役場における広報活動を進めるために整理してみました。

◎ 能登地域の状況
 七尾公証役場は、石川県の能登地域にあり、当役場を利用する嘱託人や相談者の約95%が、この地域に居住しています。
 能登地域は、金沢地方法務局七尾支局が管轄する2市3町と、同局輪島支局が管轄する2市2町の、計4市5町を区域とし、石川県全域との面積比で約70%を占めています。人口比では、約21%となっており、人口減少や過疎化のほか、65歳以上の人口が約40%になるなど、高齢化が進んでいる地域で、高齢人口も減少傾向にあるといわれています。
 また、公共交通機関は、七尾市(和倉温泉)までは電車がありますが、その他には、この地域の主な都市内や、都市間を結ぶ路線バスがある程度で、住民のほとんどの移動手段は自動車となっています。一方で、主要地方道の整備も進むほか、金沢と能登半島とを直結する自動車専用道路『のと里山海道』が整備・無料化され、自動車が利用しやすい環境になっています。
 若干、地域の観光を紹介すると、この「のと里山海道」は、「日本の道100選」にも選ばれた風光明媚な道路です。夕暮れ時には日本海に沈む美しい夕陽が見られ、夏の夜には、沖合に浮かぶイカ釣り漁船の漁り火が幻想的に輝いています。また、金沢市から羽咋市までの約30キロメートルは、海岸線を眺めながら走ることができ、千里浜(ちりはま)なぎさドライブウェイや千枚田、揚げ浜式塩田、農家民宿群などがあります。この千里浜なぎさドライブウェイは、全長約8キロメートルの砂浜ドライブウェイで、自動車はもちろん、バスやバイク、自転車でも走行できます。
 これらをご存じの方もいると思いますが、最近では、輪島市、珠洲市などで頻発した地震や、七尾市の豪雨水害などで、能登地域がニュースで取り上げられており、記憶されている方も多いと思います。

◎ 当役場の現状
 公証事務の件数としては、決して多くはありませんが、その中での直近1年の証書作成事件の傾向は、遺言が約50%、賃貸借契約が約15%、保証意思宣明が約10%、委任契約が約7%、任意後見契約が約7%、離婚給付(養育費、財産分与を含む。)が約6%、その他が約5%となっています。
また、嘱託者本人が直接相談に訪れる事案は約50%であり、高齢の嘱託者に代わり、その親族や知人からの相談が約30%、司法書士、行政書士や弁護士等の資格者を通じた依頼は約10%、事業等に関係する法人担当者から相談が約10%となっています。そして、公共交通機関で来所した相談者は皆無で、すべて自動車利用(タクシー含む。)でした。

◎ 活用が望まれる公正証書と公証事務等の周知
 公正証書作成の需要拡大に向けて、その需要が見込まれる多くの高齢者との接点がある社会福祉協議会の担当者に聞いたところ、高齢者の現状として、①身寄りが無い高齢者、親族が遠方で生活しており普段の生活で支援が受けられない高齢者が多い、②これらの高齢者のほとんどが判断能力は十分であるが、足腰が弱ってきており、生活に苦労することがある、③90歳以上でも自動車を運転しているが、自動車に乗れなければすぐに生活に困る、④入院や施設入所の手続きに不安がある、⑤亡くなった後の財産の処分を案じている(相続人の多くは田舎の不動産は管理が面倒で不要との意識がある。)などがあげられました。
 この現状を踏まえて、公正証書作成の面から意見を聞いたところ、委任契約(財産管理契約、見守り契約)、任意後見契約、死後事務委任契約、民事信託契約、尊厳死宣言、遺言が有効と思われるとの回答を得ました。
 また、同担当者から、高齢者のみならず、多くの人が、公証人や公証役場の存在を知らず、公証事務の内容や、その有効性について理解していないとの意見もいただきました。

◎ 公証事務の利用拡大に向けた広報
 さらに、公証事務の利用拡大に向けた広報の方法について、これまで当役場を利用した嘱託人(司法書士等の資格者、事業等の法人担当者を除く。)に確認し、検証してみました(各項とも回答の多い順に記載)。
(1) 公証役場をどのように知ったか
① 親族・知人から聞いた
② 司法書士等から聞いた
③ 市役所・町役場の担当者から聞いた
④ 市や町の広報、地域情報紙などで知った
⑤ ホームページで知った
 誰もが必要性に迫られて公証役場を訪ねると思うが、その際に周囲の人から情報を得ている状況が確認でき、広報誌や情報誌、ホームページからの情報取得が意外に少ない状況がある。
前任公証人からも、「口コミ」が非常に有効な広報手段と聞いていたが、この結果からも,その妥当性が確認できる。
(2) どのような公証事務の内容(公正証書の種類)を知っていたか又は作成を 
検討するか
① 遺言
② 離婚給付
③ 任意後見
④ 尊厳死宣言
 遺言は、最近の相続未了土地問題や空き家問題への関心からか、圧倒的に多かった。また、遺言がない場合の手続きの煩雑さを実体験したことから作成する人も多い。
離婚給付は、知人や、市役所担当者からの勧めで知り、作成する人がほとんどであった。
任意後見は、最近の任意後見制度の広報の結果、理解が進んでいる状況が認められるものと考える。
尊厳死宣言は,現時点では非常に少ないが、一部にその有効性が認識されつつあると思われる。
(3) どのような広報が有効と思うか
① パンフレットやリーレットの配布
② 講演会(相談会)
③ 市や町の広報への掲載
④ わかりやすい、利便性のよい場所での公証役場の設置 
「パンフレットやリーフレットの配布」は、証書作成に向けた知識の醸成に有効であり、いかに効果的に配布するかが課題と思われる。
 「講演会(相談会)」は、制度の内容や具体的な活用の場面の話を聞くことで、自分の証書作成を具体化しやすくなり、興味や必要性の理解が高まるとの意見も多い。課題は、一人役場で、平日の日中での講演会等の依頼に、どのように対応していくかである(調整すれば、時間は十分にあるのだが。)。
 「市や町の広報への掲載」は、高齢者層の多くがこれらの情報紙を細かく確認しており、とりわけ、お知らせ、行事、イベントなどを興味深く読んでいる状況があることから、これら広報誌へのより効果的な掲載を行うことで、その効果が期待できる。
 「わかりやすい、利便性のよい場所での公証役場の設置」は、当然の話である。昭和57年12月、現在地に当役場が設置され、すでに40年が経過しているものの、未だに、役場への交通案内の電話が少なくない。複数回、役場を利用される方が少ないことはやむを得ないが、役場の立地も広報の充実の面からも重要である。当役場は、七尾駅から徒歩20分、最寄りのバス停から徒歩3分だが、本数が少なく利用しづらい。駅や商業施設の近隣での設置が望まれるが、理想にかなう建物の確保が難しい。

◎ 当役場の実情を踏まえた広報活動
 前述のとおり、この1年間の当役場の実情を踏まえた広報活動について整理した結果、次のとおり進めようと思っています。
(1) 何を広報していくか
 公証人や公証役場、公証事務について広報する。
また、ニーズが見込まれる、委任契約(財産管理契約、見守り契約)、任意後見契約、死後事務委任契約、民事信託契約、尊厳死宣言、遺言について、機会を捉えて重点的に広報する。
(2) どのように広報していくか
 次のとおり、「口コミ」される機会を充実させる。その際に、パンフレットやリーレットの配布、ホームページの案内を行い、効果を高める工夫をする。
・利用者(嘱託人、相談者)への説明
・市町の担当者、司法書士等の士業者を通じた公証役場の案内
・講演会(相談会)の実施
・市や町の広報への掲載
(3) 問題点等
 上記の広報活動の問題点や留意点についても、次のとおり整理しました。
・「利用者(嘱託人、相談者)への説明」
限られた時間内で興味を持ってもらうために、パンフレットや説明資料を配布した上で説明し、「押しつけ」との印象を持たれない説明を心がける。
・「市町の担当者、司法書士等の士業者を通じた公証役場の案内」
この協力の依頼は、依頼文書の送付のみでは、その効果は得られないことから、可能な限り面談して説明できる機会を設ける。また、関係団体や関係機関への依頼も併せて行う。
・「講演会(相談会)の実施」
一度に多人数への広報の機会として有効だが、最大で往復200キロメートルの距離のある開催地が想定される一人役場では、開催地の距離だったり、平日の日中での実施などの問題から、依頼のすべてに応じるのは困難な場合がある。極力、前広に応じるものとしつつ、実施日時や場所、実施対象者の情報を収集して、効果的に実施できるように調整する。
・「市や町の広報への掲載」
降雪・寒冷地域、自動車利用による参加という地域性を考慮して、12月から2月を除く期間に掲載されるように依頼する。限られたスペースでの広報となるため、相談会等のイベント情報など、耳目を引きやすい内容を盛り込むように工夫する。

◎ おわりに
 これまでの関係機関等への働きかけにより、講演会については、6月に1回(約30人)実施し、10月に1回(約300人)実施の予定です。
その他、各種の広報活動の効果は明らかではありませんが、比較的(かなり?)業務量に余裕のある当公証役場では、費用対効果を考慮しつつ、広報を充実させ、公正証書作成のみならず、公証事務の利用拡大に取り組んでいきたいと考えています。
(金沢・七尾公証役場公証人 太田孝治)

実務の広場

 このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.99 初任者のための信託公正証書作成上の留意点(小沼邦彦)

 当役場において信託が特に多いわけではありませんが、信託の公正証書作成に当たり、日頃自分が考えていることを整理してまとめてみました。信託についての一般的な留意事項を書いておくことは、初任の公証人の皆さんにとっては、若干でも参考になるのではと考えた次第です。実際は、私が今月号の実務の広場の担当であることが原稿作成の大きな理由ですが、初任の公証人の皆さんを始めとして、会員の皆様に少しでも参考になることがあれば幸いです。
 なお、基本的なことを中心に説明させていただきましたので、初任者のための留意点とさせていただきました。そして、あくまでも個人的な見解であることをお断りしておきます。
1 信託とは何か、その特色と注意点
 私が最も納得した信託の説明は歴史的な経緯によるものです。それによると、西洋の十字軍が家族を残して遠征する際に、兵士(委託者)の家族が困らないようにと、信頼できる友人(受託者)に自分の財産(領地)を託して(名義変更して)、目的に応じた財産管理をしてもらい、財産から得られる利益(受益権)を兵士の家族(受益者)に渡す仕組みが起源であると解説されていました。
 文字通り信じて託す制度であり、当事者間の信頼関係を前提にした制度ということになりますが、信託の本質は、委託者の財産権を受託者に移転し、受託者が自己の名で管理する点にあり、財産権を(物権的に)移転することによって、受益権が生ずるところに最大の特色があります。権利転換機能とも言われますが、財産(所有権)の所有・管理とその受益(経済的価値)を分別して考えるということになります。
 そして、この受益権を享受する(渡される)人が受益者ということになります。通常の契約と異なり、第三の当事者たる受益者が登場することも信託の大きな特色といえます。受益者が受益権を享受するためには、受託者の円滑な財産管理が不可欠ですので、信託で最も重要な役割を果たすのは受託者であり、その人選は慎重に行う必要があります。
 また、信託は、任意後見契約とは異なり相続税対策等を含む積極的な財産管理機能を有するほか、当初の受益者が死亡したとしても第二順位、第三順位の受益者(例えば委託者の妻や子)を指定する後継ぎ遺贈的な財産承継機能を有します。これは信託の受益権が所有権ではなく債権化しているため、所有権絶対の原則から解放されるので、このような受益者連続型信託が可能になるといわれています。ただし、30年ルール(信託法第91条)というものがあり、永久に続くわけではありません。信託設定後30年経過したときは、受益者の承継は1回のみ認められ、その受益者が死亡したときにその信託は終了します。
 さらに、信託の対象となる財産は受託者の名義となることから、委託者の遺言の対象財産ではなくなり、かつ、受託者の固有財産でもないため、誰のものでもない財産という特殊な財産形態となり(信託財産の独立性)、受託者が破産等してもその影響を受けない倒産隔離機能を有します(信託法第25条1項)。そして、税法上は契約形態にかかわらず実際に利益を得ている受益者に課税される「受益者課税の原則」により、委託者が受益者となる自益信託の場合、贈与税等は課せられませんが、委託者と受益者が異なる他益信託の場合は贈与税等が課されます。高齢者支援のための福祉型信託において、例えば父親が委託者で受益者も父親の場合には課税されないということになります。 
 一方で、信託では任意後見契約のような身上監護はできませんので、高齢者の身上監護も行いたいと考えている依頼者に対しては、任意後見契約も併せて締結する必要があります。また、財産の一部を信託にした場合には、残りの固有財産について遺言を作成しておくことも必要ですので、依頼者の要望に応じて各制度を選択(使い分け・併用)していく必要があります。
2 公正証書作成上の留意点
 信託には、事業承継型信託など様々なものがありますが、以下では、最も一般的な高齢者支援型の福祉型信託を前提に説明をさせていただきます。
 公正証書作成において私が留意している点は二つあります。一つは信託が分
かりにくい制度であるため、できるだけ分かりやすいものにすること、もう一つは信託に信託監督人等の監督機能は用意されていますが、費用等の問題もあり必ずしも設置できるとは限りません。委託者や受益者は高齢化してますます監督機能を果し得えなくなりますので、そのための工夫をすることの2点です。 
(1) 信託の目的について
 私は、信託において最も重要なことは、信託の内容を、信託財産や関係者
の構成等でどう構築するか、いわば信託の設計図をどう書くかということだと思います。そのためには、まずは信託の目的が最も重要な条項になるのではないでしょうか。信託の目的をどうするかによって、1年間の経費が算出され必要な信託財産の内容が決められ、また、信託の目的を達成するためには受託者や受益者を誰にするかということで、信託の当事者が定められることにつながるからです。
 具体的な信託の目的の条項について、私は、連合会が発行している「新版 証書の作成と文例‐売買等編‐」(以下「文例」といいます。)の内容を基本として作成しています。具体的には、「この信託は、別紙信託財産目録記載の不動産及び金融資産を信託財産として管理及び処分を行い、受益者に生活・介護・療養・納税等に必要な資金を給付して、受益者の幸福な生活及び福祉を確保することを目的として信託するものである。」というものです。これを基本に依頼者が希望する内容及び上記以外に信託で賄う費用があればそれらを加筆修正するとともに、できるだけ当事者の「思い」、例えば、「受益者の安心・安全かつ平穏無事な生活を確保する」、「円滑な遺産の承継を可能とする」等を盛り込んで自分達の信託となるように心掛けています。
(2) 信託財産について  
 次に重要なことはその信託に必要な信託財産をどう選択するかということになります。信託の対象となる財産としては信託法上の制限はありませんが、法令上等の理由により、信託財産にできないものがあります。年金受給権は一身専属権であり譲渡できませんし、預貯金債権は金融機関との預金契約により譲渡が禁止されているため、それ自体を信託財産とすることはできません。そのため預貯金債権は委託者が一度払い戻した上で、信託口座に預け入れる必要があります。農地は転用許可・届出に基づき農地以外に転用した上であればともかくとして、信託では所有権移転は許可されませんので注意が必要です(農地法第3条2項3号)。
① 不動産
 まず不動産で注意しなければならないことは、信託財産とするには受 託者への移転登記と信託の登記が必要であるということです(信託法14条)。私は、過去に公正証書案にはその旨の記載があるにもかかわらず、当日の事前確認で委託者が不動産を名義変更することは聞いていないということで、結果として公正証書の作成に至らなかった経験があります。この事件は士業者が関与したものでしたが、委託者に対して信託の重要事項を確認し、委託者の考えに反する申請を未然に防止したという意味においては、公証人の役割を果たしたのではないかと考えています。
 信託不動産の移転登記について、文例では、「管理処分行為」という条項の中に記載されており、作成に至らなかった際も同様にしていたのですが、その時の経験を踏まえて、できるだけ最初の信託財産の条項において、契約締結後速やかに信託不動産について受託者への移転登記及び信託の登記手続を行うことを明記するか又は「信託不動産に関する登記」等として別条で明確に記載するなど、少なくとも当事者間において移転登記等が必要なことをはっきり認識されるように条文を工夫することが必要と考えています。
 なお、当事者のうち、特に高齢の委託者の意思能力及び信託契約の重要事項の理解を確認することは、公証人の重要な役割ですので念のため付言しておきます。
② 金銭
 金銭を信託口口座で管理する場合には金融機関内で個人名義の預金口座とは異なる信託財産であることの手当がなされており、確実に倒産隔離機能があるといえますが、信託口口座でない専用口座の場合には、個人口座なので差押え等を受ける危険性があるという点に注意する必要があります。
 そこで、まず信託口口座のある金融機関を利用することが可能か否かを確認する必要がありますが、現状においては、都市部以外には信託口口座を開設できる金融機関は少ないと言わざるを得ません。そのため、多くの場合は、一般の金融機関において信託専用の口座を開設することになります(差押え等の危険性があることについては当事者に説明しておいてください。)。
 私は、不動産と同様に最初の信託財産の条項か又は「信託専用口座の開設」等として別条において、委託者は速やかに専用口座に目録記載の金銭を振り込む旨を記載した上で、信託専用の口座として具体的な口座名及び受託者が分別管理する旨を記載するのがいいのではないかと考えています。口座名等を具体的に明記することが、受託者の分別管理義務(信託法第34条)を遵守・徹底させ、かつ、金融機関等においても信託専用の口座として認定されることにつながると考えるからです。 
(3) 信託の当事者について  
 第3に重要なことは契約当事者をどうするかということです。委託者とし  ては、信頼できる財産管理運用者として誰を受託者にするかという点が最も重要です。そして、当該受託者に事故等があった場合に備えて第二受託者を決めておくことも肝要です。受託者が事故等で急に死亡して、当該信託に空白が生じた場合には運用ができなくなるほか、その空白が1年続くと信託の終了原因となるので(信託法第163条3号)、私は第二受託者をできるだけ決めておくように助言しています。
 次に、受益者を誰にするか、一代限りの受益者にするか、当初の受益者 を仮に父親としてその死亡後には母親や子にまで拡げる受益者連続型信託にするのか否かの検討が重要となります。私の経験では一代又は妻の二代までが多いようです。
 最後は信託監督人等ですが、適正な信託を実現するためには可能であれば設置すべきです。私が関与した事件では士業者や専門法人が信託監督人となるケースがありましたが、家族がなるケースは少ないようです。士業者が関与せず直接嘱託を受けた事件の場合は、関係者の中に報酬の必要のない適任者がいないか(例えば、受託者の兄弟姉妹で信託監督人と次順位の受託者を分担又は持ち回りするか若しくは受託者のおじ・おば等に信託監督人を依頼する等)を検討することは必要ではないかと思います。
 そして、私は、公正証書の条文の並びを以上の重要度を考慮して、まずは信託の目的、次に信託財産、そして次にこの当事者を記載することにしています。なぜならば、信託は登場人物が多いので彼らを最初に明記した方が分かりやすいものになると思うからです。すなわち、委託者・受託者・受益者が誰であるか、住所・氏名・職業・生年月日、次順位の者への変更事由を記載させ、さらに信託監督人等を設置する場合は同様に記載します。
(4) その他の条項について
 その他の条項については、私は当事者の次に契約の締結から終了するま でを時系列で記載するのがわかりやすいのではないかと考えています。具体的には、概ね次の順番となります。①信託の内容、②信託財産の追加、③受託者の義務、④信託の変更、⑤信託の終了事由、⑥清算事務、⑦最後に権利帰属者という順になります。いずれも必須と思われる条項です。
① 信託の内容
 信託の内容は信託の設計図の中心的な部分であり、公証人としては力を入れて検討すべき事項であると私は考えます。具体的には、受託者の信託財産の運用管理事務と受益者に対する金銭等の給付事務に大別されます。
 受託者の信託財産の運用管理事務とは、受託者がどのように信託財産を管理して、どのような収入を基に信託に必要な費用を賄うのか、当該信託の一年間の流れや注意すべき事項等を記載するものです。
留意すべき点は、当該信託において受託者が運用処分できる範囲を、「不動産の購入まで可能」又は「第三者からの借り入れを認める」等と記載させたり、処分等することのできる場合を、「信託の目的と照らして相当と認めるときは」と限定するなどして、受託者が委託者の想定した以上の財産の処分をできないように工夫することが重要と考えます。この点は、当事者間において事前に十分相談するよう助言してください。
 なお、この受託者が可能な処分権限を、「信託の内容」の条項ではなく、「受託者の権限」として別条で記載する方法も受託者が委託者の考えを逸脱することを防止するものとして有効であると考えます。
 一方、受益者に対する金銭等の給付事務では、受益者に給付する金銭  等の内容、給付の時期、給付の方法等を記載します。文例では「信託の内容」の条項の第2項として記載されていますが、「信託財産の給付」として別条で記載する方法も分かりやすいものになり、有効であると思います。
② 信託財産の追加
 必要経費が当初の想定よりも増加したり、契約締結後一定期間経過した等により信託財産が不足し、信託財産を追加することが必要になることは十分考えられますので必須の条項です。
③ 受託者の義務
 次に受託者が遵守すべき事項である受託者の義務を明記させます。この条項を記載することによって、受託者として果たすべき義務をより明確に当人に認識させ、当該信託の内容の適正な執行をを確保させることができると考えます。文例では、「管理処分行為」の条項に記載されているものですが、管理処分行為としてまとめられていることが、逆に私が経験したように当事者に認識不足を招く恐れがあります。
 そこで、受託者の義務として法定されているものの中でも重要な事項として、善管注意義務(信託法第29条)、分別管理義務(信託法第34条)、帳簿等の作成等、報告及び保存の義務(信託法第37条)については、それぞれ受託者の義務として別条で記載するなど、受託者にしっかり認識させる工夫が必要と考えます。
④ 信託の変更
 信託は、一般に長期の契約期間となるため、その間には子供が生まれる等家族間の関係に変更を生じ得ますので、受益者と受託者との合意等により、契約を変更することのできる規定を設けておくことが不可欠であり、必須の条項と言われています。
⑤ 信託の終了事由
 文例では第3条に信託期間として受益者の死亡の時までとされているのみで、それ以外には特に「信託の終了事由」とする条項はありません。しかし、信託では、委託者と受託者の合意で終了させることができるなど委託者が自由に終了事由を定めることができますし、法定の終了事由もあるほか、登記事項でもあるので、私は信託の終了事由として最後に明記しておく方が分かりやすいのではないかと考えています。
⑥ 清算事務、権利帰属者
 文例の解説にあるとおり、信託は、終了後も清算結了までは存続するとみなされますので(信託法第176条)、清算受託者の定めなどの清算事務と清算結了後の残余財産の帰属者の定めは、公正証書の最後に明記すべき必須の条項です。
3 最後に
 私の説明は以上ですが、私が勘違いしている部分があるかもしれません。本稿をたたき台として、今後、会員の皆様が実際に嘱託を終えた事例等を基に追加版を作成するなどして充実したものにしていただくことを期待して、ペンを置きたいと思います。
(福島・いわき公証役場公証人小沼邦彦)

民事法情報研究会だよりNO.58(令和5年7月)

 向暑の候、会員の皆様におかれましては、ますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
 去る6月17日(土)、実に4年ぶりに会員の皆様が参集する形で、会員総会、セミナー及び懇親会を開催することができました。ご参加いただきました会員の皆様、誠にありがとうございました。
本研究会も平成25年5月31日に正式に発足して以来、丁度10年を迎えました。今後、10月号を10周年記念特集号として発行する予定ですが、それまでにもお寄せいただいた記事等の一部を「だより」に掲載させていただきます。
 また、セミナーでご講演いただいた高信幸男様の講演録についても、別途編纂する予定としています。
夏に向けて暑い日が続くようですので、体調には十分ご留意願います。(YF)

10周年記念特別寄稿

西洋美術、鑑賞の勧め(小林健二)

 皆様方には、人生百年時代を迎え、様々な活動をしながら有意義に過ごされていることと思います。私は、人生2回論の考え方に立ち、退職後は新しい生活を始めるべきと軸足を住まいの周りにおいて、地域の方との交流を中心に過ごしております。毎年一団体ずつ加入していたところ、とうとう8団体に加入することになってしまい、日々あちらこちらに顔を出す生活を送っております。

 そのうちの一つに、西洋美術史の学習会(TAC美術史学習会・所沢市)という団体があります。そこでは有名な西洋絵画や彫刻について、講師の方に鑑賞の仕方を含めて解説をしていただいているのですが、そこで学んでいる内に、何故こんな絵画や彫刻が登場することになったのか、西洋絵画や彫刻の登場の背景について興味がわき、現在、少しずつ調べをすすめているところです。

 さて、皆さんの中には、水彩画や油絵を描いたり、美術館で絵画鑑賞をしたりして、絵を楽しんでおられる方もいらっしゃることと思いますが、これまで美術に興味がなかった方にも是非、西洋美術に興味を持っていただきたいと思い、いくつかの西洋絵画や彫刻を例に、描かれた絵画の背景事情を簡単に紹介しますので、これをきっかけに西洋美術に興味を持っていただければと思います。併せて、先程述べたTAC美術史学習会について紹介しますので、興味がある方は、是非参加をしていただければと思います。
 皆さんには、西洋美術の世界に浸ることによって、少しでも心豊かな人生を送っていただければと思います。

1 西洋美術の背景事情についてのいくつかの事例
⑴ 人は理想的なスタイルでなければならないギリシャ彫刻
 左の彫刻(編注:省略)は、「ミロのヴィーナス」(紀元前2世紀、ギリシャ)。この彫刻は、人間の肉体を理想的なスタイル、いわゆる黄金比(頭の先から臍までを頭3個分、臍から踵までを頭5個分の長さ、全体で八頭身)でリアルに表現したものとされている。
 ギリシャでは、人間の肉体は、神々からの授かりものであるから、美しいものであるとされてきた。このギリシャで、神ゼウスに捧げる祭典としてオリンピック大会が開催されていたが、そこでの勝者は、神からも祝福されて勝者となったのであるから、その肉体は、当然、美しく、理想的な体でなければならないとされ、勝者になったことを記念し、後世に長く伝えるための彫像も、理想的なプロポーションで制作されていた。この理想的なレベルは、人を表現する場合、常に要求されたのである。ギリシャは、やがてローマ帝国の支配下に置かれることになり、ローマ帝国が一新教であるキリスト教を公認した時に、異教の祭典であるギリシャのオリンピックは廃止された。しかし、人間の肉体は、美しく、理想的なプロポーションで表現されるべきであるとの原則は、その後の西洋美術を貫く様式として維持されることになった。

⑵ キリスト教会の勢力低下で花開いたルネサンス絵画
 左の絵画(編注:省略)は、「モナ・リザ」(レオナルド・ダ・ヴィンチ、1503年~ 1519年頃)。これまでの絵画と異なり、人間味あふれる人物像絵画。輪郭線を描かないで、何回も色を塗り重ねることによって、顔を描くスフマートという技法で描かれている。
ルネサンス以前の絵画らしきものといえば、右の絵のようなものばかりであった。これは、「全能のキリスト」(1123年)であるが、ローマ帝国がキリスト教を国教として公認してから、ヨーロッパ世界は一神教であるキリスト教の支配する地域になり、人の一生は、キリスト教会に支配されていた。読み書きのできない民衆に、キリスト教の教えを理解させるためには、キリスト像の絵が極めて有効であったことから、キリスト教の教義を厳格に守って描かれたこのような絵が利用された。
 しかしながら、14世紀になって、イタリア・フィレンツェを中心に、「ギリシャ・ローマ文化」を復活させようとする、ルネサンス美術が花開く。なぜ、このような運動が起こり、美術にまで影響を及ぼしたかは、キリスト教会の勢力の低下にある。当時は、キリスト教の聖地奪還を狙った十字軍が失敗に終わった上に、ペストによりヨーロッパで5000万人という死者が出たにもかかわらず、教会は、祈るばかりで現実の問題を解決できなかったのである。また当時のヨーロッパは、大航海時代を迎え、各地には商工業都市が誕生し、貿易で富を築いたメディチ家のような富裕層が美術の強力なパトロンとなったことがルネサンスを後押ししたのである。
 市民は、一生をキリスト教会に支配されていた生活から解放される兆しを感じ、人間味あふれるギリシャ・ローマの文化の復興を望んだ。但し、市民がキリスト教の信仰を捨てたわけではなく、信仰は、そのまま続くことになるので、絵画の題材は、イエス・キリストや聖書によるものが依然として多い。
画家も自由を感じ、遠近法を発明し、ルネサンス以前は、平面的だった絵画がリアルな表現へと変わった。加えて、油絵の具の技術が確立されたことにより、光沢のある表現ができるようになり、絵の概念を変える多くの作品が生まれた。
⑶ カトリック教会が巻き返し運動に使ったバロック絵画
 左の絵画(編集:省略)は、「聖母被昇天」(ルーベンス 1625~1626年)。亡くなった聖母マリアが天に昇る様子を描いたもので、信仰心の深い人々にとって非常に重要な場面である。
 1517年、キリスト教会の腐敗を訴え、マルティン・ルターが「信仰は祈るだけで十分」と宗教改革を訴えた。この結果、「プロテスタント」として、カトリック教会に対抗する一大勢力となった。
そこで、カトリック教会としては、イエズス会という布教団体を設立し、絵画を利用して巻き返し運動を展開した。カトリック教会と結びつき宣伝に利用された絵画がバロック絵画である。

⑷ 自由民権運動の高まりを描いたロマン主義絵画
 左の絵画(編注:省略)は、「民衆を導く自由の女神」(ドラクロワ 1830年)。ウィーン体制の確立に反対し、市民が蜂起したフランスの七月革命が題材である。
 フランス革命・ナポレオン以前のヨーロッパ国際秩序を復活させ、自由主義とナショナリズムの運動を抑えるためのウィーン会議が開催された(ウィーン体制の確立)。
 その後、フランスでは、ウィーン体制によってブルボン王朝が復活し、シャルル10世が反動政治をおこなったため七月革命が勃発し、再び自由主義運動が高まった。このような時代に、市民の燃える感情をストレートに取り上げる絵画が登場した。ロマン主義とは、ロマンスという意味ではなく、時の政権に反旗を翻した市民の闘いを意味する。

⑸ 産業革命により失われてゆく農村の原風景を描いたバビルゾン派絵画
 左の絵画(編注:省略)は「落穂拾い」(ミレー 1857年)。
 刈取りの終わった畑で、貧しい農婦が腰をまげて小麦の穂をひろっている場面である。 
イギリスで始まった第一次産業革命(軽工業)は、1830年代にヨーロッパ全土へと波及した。産業革命は、公害や失業者、低賃金労働者の急増をもたらし、労働者たちは悲惨な条件での労働、生活を余儀なくされ、農村にも変革の波が押し寄せた。この変革により失われてゆく田舎の原風景を描く絵画が登場した。

⑹ 日本の浮世絵、チューブ入り絵具、カメラにより変革した絵画
 左の絵画(編注:省略)は、「睡蓮の池と日本の橋」(モネ、1899年)。
 浮世絵から刺激を受けて作ったモネの庭を描いたものである。
ヨーロッパでは、国内が徐々に安定に向かっていく時期を迎え、1867年にパリ万博が開催された。これには、日本の絵画が初出展され、フランスの画家たちに大きな影響を与えるきっかけになった。
 この時代、自由に持ち運びができるチューブ入り絵の具ができ、戸外での絵画制作が可能となった。またカメラの出現もあって、画家の存在意義が問われるようになり、絵画の世界に革命が起きた。絵画は、対象の色や形を描くのではなく、光の変化による一瞬の印象を描こうとする印象派が登場した。何故、モネは日本の浮世絵に刺激を受けたのであろうか。その答えは、次に紹介するTAC美術史学習会講座をご覧いただけば見つかります。
            
2 TAC美術史学習会の案内
 TAC美術史学習会では、春(5月、6月)と秋(10月、11月)、年2度の美術史講座を開講しています。各講座は6回、いずれも木曜日、14時から16時までの2時間、場所は所沢ミューズ又は新所沢公民館。講師は、斎藤陽一先生(元NHKディレクター・プロデューサー、「日曜美術館」「ルーブル美術館」などの“世界の美術館”シリーズを担当)。受講料は、春、秋の各講座6回分4500円。令和5年の秋の講座内容は下記のとおりです。興味のある方は、是非参加してください。
TAC美術史学習会・第12回講座「日本に魅せられた画家たち」(6回シリーズ)
(1)10月 5日(木)「モ ネ~浮世絵との出会いと創造~」
(2)10月12日(木)「ゴーギャン~北斎礼賛~」
(3)10月19日(木)「ゴッホ~光あふれる日本への憧れ~」
(4)11月 2 日(木)「ロートレック~日本・デザインの原点~」
(5)11月 9 日(木)「クリムト~世紀末ウィーンと日本~」
(6)11月16 日(木)「ミ ロ~日本文化を愛した巨匠~」
 以上
(元千葉・松戸公証役場公証人 小林健二)

今日この頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

新居浜公証役場について(小川 満)

 本年4月、4年ぶりに広島市で開催された第52回中四公会総会が終わりに近づいた頃、隣席の今治公証役場の檜垣先生から、「ちょっとお願いがあるんだけど、民事法情報研究会の原稿を書いてほしいの。『今日この頃』の記事なんだけど、お願いね。」と半ば強引に申し渡され、否応なくお受けすることになりました。
 とはいえ、文才・発想力のない私には、会友の皆様に記すべき情報も、伝えるべき想いもないことから、新居浜公証役場のあれこれについて、ご紹介することでお許しいただきます。
 新居浜公証役場は、新居浜商工会館の3階に事務所があります。駐車場も広く、利用者にご不便をおかけすることはありませんが、これも私の前任の北野節夫先生が、私が着任(2015年6月)する概ね1年前に事務所移転をしていただいたおかげです。この場をお借りして北野先生には謝意をお伝えしたいと思います。
 さて、新居浜公証役場は、主に愛媛県の東部、四国中央市、新居浜市、西条市の市民の皆様から利用されています。四国中央市は、かの大王製紙に代表されるように古くから紙製品・パルプ製品の製造が盛んな市であり、製紙会社が数多く活動しています。その製造量は長年全国1位を続けているようです。
 新居浜市は、古くは別子銅山で栄えた町であり、現在は住友グループの各企業及び関連企業により栄えています。また、新居浜太鼓祭りは、日本三大喧嘩祭の一つと言われており、毎年10月の二日間の祭りの日は、企業・学校が休みになり、市内のあちこちで太鼓台の賑やかな音が響いており、毎年、多くのけが人が出るようです。私も仕事終わりに役場近くに祭りの見学に行きますが、幸いなことに太鼓台をぶつけ合うケンカに出くわしたことはありません。
最後は、西条市です。私は、西条市に賃貸住宅を借り、毎日新居浜まで片道30分ほどかけて自動車通勤をしています。その成果として、毎年体重が1㎏ずつ増えつづけ、法務局退職後、8年目になりますが、10㎏増えました。現職時代に公共交通機関で通勤していたのは、無自覚に健康管理をしていたのだなあとつくづく感じています。なぜ西条市に居を構えたかといいますと、西条市には、西日本最高峰の石鎚山があり、その伏流水が西条市内に流れ込んでおり、市内の至る所から湧き水(うちぬき)が出ている関係から、上水道施設がなく、井戸水を飲料水・生活用水として利用しています。蛇口から井戸水が出るので、蛇口の水をそのまま飲むことができ、その水がすごく美味しく、市内を流れる用水路も透明度が高いため、西条市に住むことを決めました。
 西条市も新居浜市同様、祭り(西条祭り)がありますが、新居浜祭りと異なり、江戸時代から続く至極厳かな祭りで、日本一と言われる百数十台の屋台(だんじり、みこし、太鼓台)が町中を練り歩く姿は壮観です。
 以上、四国中央市、新居浜市、西条市を私なりに大雑把に紹介しましたが、新居浜公証役場のあれこれをご紹介する最後は、公証業務について特筆(?)すべきことをご紹介します。
 新居浜公証役場は、先ほど紹介しましたように四国の地方都市3市(四国中央市、新居浜市、西条市)在住の方が利用しやすくなっていますので、公証業務も圧倒的に遺言公正証書の作成が多い状況ではありますが、四国中央市は大王製紙に代表される紙製品の企業がありますから、何年かに一度、紙製品に関する事実実験公正証書の作成依頼があります。昨年度も金曜日の午後から土曜、日曜の二日半にかけて、四国中央市に出張して、とある企業の紙製品(トイレットペーパー)の事実実験(紙製品の紙質検査、重量検査、引っ張り強度検査等)に立ち会いました。各実験工程毎に担当者から説明を受けますが、難解な専門用語と見たこともないような計算式で算出した数字は、これも見たこともないような数値記号で表され、四苦八苦して出来上がった公正証書は、150枚を超える大作となり、もう二度とやりたくないと思うくらい大変な作業でした。
 また、新居浜市にある住友グループのある企業は、ニッケル水素電池やリチウムイオン電池の開発を行っている関係から、当該年の成果物である電池のサンプルやデータを保管する工程において公証人に立会いを求める事実実験公正証書作成の依頼が毎年あります。こちらは毎年ほぼ同じ工程で、担当者も同じ方なので、比較的やりやすくルーティーンのような作業です。
 一方、昨今のコロナ禍を象徴する事実実験として、コロナ感染症が日本に蔓延し、日本中でマスク不足になったことは記憶に新しいのですが、このマスクに関し、ある企業が、中国から大量にマスクを輸入したところ、その大半が不良品として取引先から返品されたとのことで、中国企業に損害賠償を求めるため、公証人において不良品マスクの現認と数量確認を求めるという事実実験です。依頼主は、東京の輸入業者ですが、不良品マスクは四国中央市の巨大な倉庫に保管しているため、当役場に依頼がありました。真夏の8月、保管倉庫は、冷房設備もなく、汗びっしょりになりながら、420万枚を超えるマスクが格納されている倉庫の中で段ボール箱の一部(10箱ほど)を開封し、確認したところ、ゴム紐が簡単に千切れたり、そもそもゴム紐が接着していなかったり、虫が混入していたりと、ちょうどこの頃、中国から輸入したマスクが不良品ばかりとマスコミで騒がれていたのと同じ状態でした。
 紙友の皆様も、様々な事実実験に関与されていると思いますが、適正な事実実験公正証書作成のためには、嘱託人との事前の打合せが重要であるとつくづく感じています。今後も様々な事実実験公正証書の依頼があると思われますが、公正証書作成後は、当該公正証書が訴訟手続の重要な証拠となることも見込まれますので、嘱託人の期待を裏切ることがないよう、気を引き締めて職務を全うしたいと考える今日この頃です。
 (松山・新居浜公証役場 小川 満)

実務の広場

  このページには、公証人等の参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる箇所は筆者の個人的見解です。

No.98 未認知の子について事実上の父と母が扶養料の支払について合意した場合の公正証書の作成について(事例紹介)
(熊谷浩一)

1 はじめに
 A女(相談者)がB男の子Cを出産した。A女とB男が話し合った結果、B男はCを認知はしない(B男は他の女性と婚姻中である。)が、Cの養育費(扶養料)の支払を約束するとともに公正証書の作成にも協力するということになった。そこで、「Cの養育費(扶養料)の支払について公正証書を作成してほしい。」との相談がされた。併せて、「B男が自己破産したとき養育費の支払はどうなるか、また、Cの養育費(扶養料)の支払についてB男の親族を保証人とすることが可能か。」について相談を受けた。
 そこで、以下のとおり検討し、本問は慎重な対応が必要と考えることから、誌友の皆様の執務の参考の一助にと考えて、寄稿したものである。

2 前提
(1) 任意認知(民法779条)とは、認知者が被認知者との間に法的親子関係を発生させる身分上の法律 行為と解されている。真実に反する認知があった場合、子その他の利害関係人に認知に対する反対の事実を主張することが認められており(民法786条)、血縁上の親子関係のない者を認知しても無効と解されている(最判昭和50年9月30日)。認知によって、父と、認知された嫡出でない子との間には、子の出生時にさかのぼって父子関係が創設される(民法784条本文)。婚姻外の子について、認知がない限り、法的父子関係は生じない。
(2) 養育費とは、一般的に、未成熟子の監護養育に要する費用という意味で使用される(新版証書の作成と文例(家事関係編)〔改訂版〕6頁)。子の父母が婚姻中である場合、子の養育費は、婚姻費用(民法760条)に含まれるものと解され、子の父母が離婚する場合、「子の監護に要する費用の分担」(民法766条)として協議されるものである。父が子を認知した場合、民法788条により766条が準用される結果、子の養育費(子の監護に要する費用)について、父(認知者)と子の母が協議することになる。また、扶養義務という観点から考えると、直系血族は互いに扶養をする義務があり(民法877条)、未成熟子本人は、父母に対して、扶養料の請求をすることができる。父母が養育費の支払について定めをしていても、子が要扶養状態にあれば、子は自ら申立人となって扶養義務者に対し、扶養料を請求することができるとの裁判例がある(大阪高裁決定平成29年12月15日会報2019年10月号9頁以下)。
3 検討
(1) 本問について、Cの事実上の父であるB男が、Cを認知しないまま、Cの母であるA女に対し、Cの養育に要する費用を定期支払する義務があることを認める内容の法律行為は、その費用の額が法律上の父子関係にある父が同様の収入その他の条件のもとで未成熟子について負う養育費として一般に認められる額に比べ著しく過大である等の特段の事情がない限り、B男のCに対する扶養義務の確認及びその履行方法を合意する法律行為と解することができる。そして、これらの内容の法律行為につき、「養育費支払契約」公正証書又は「扶養料支払合意」公正証書の表題で、公正証書を作成することが可能であると解されている(別添1:公証163号306頁以下参照)。
(2) 未認知の父B男が、未成熟子Cを実子と認めた上、その養育に要する費用の定期払について、契約に基づき負う義務に係る請求権については、上記のようなB男並びにC及びCを出産した母でありその親権者であるA女という3者間の事実上の親子関係に基づく養育費ないし扶養料に係る請求権と解され、これは、認知した父の認知された子に対する養育費に係る義務に類するものに係る請求権と解することができる。

4 本問への対応
(1) 本問扶養料の支払契約について、認知された子の養育費の給付契約に適用される民事執行法の特例が適用されるか
 ア 養育費に関する民事執行法の特例の一つである継続的差押え(民事執行法151条の2第1項3
  号、確定期限が未到来のものについても債権執行の開始が可能とされている。)の適用について、
  これを積極に解する法律上の根拠が明確ではなく、執行裁判所によって、否定されるおそれがある
  と解される。
 イ この点について、A女と協議したところ、Cの満20歳までの扶養料の支給額の総額の支払義務
  を定め、これを毎月の分割払いとした上で、期限の利益喪失条項(B男が分割金の支払を怠り、そ
  の額が金○万円となったときは、前条の金○○○万円(既払分があれば控除する。)を直ちに支払う
  旨)を定めることとし、B男からも同意を得られた(養育費の支給額の総額の支払義務を定め、毎
  月の分割払いとした上で、期限の利益喪失条項を定めることの有効性について、別添2:会報令和
  2年(2020年)4月号39頁参照)。
   なお、扶養料(養育費)の一括払いの問題点(①一括払いの金額が低い場合には、再度の紛争が
  生ずる可能性があること、②一括払いを受けながら、その養育費を費消してしまった監護親から、
  事情変更などを理由として、追加支払を求められたり、子からの扶養料の請求がされる可能性があ
  ること、③子の死亡その他の事情変更により、一括払養育費の一部を減額することとなる可能性が
  あること。前記新版証書の作成と文例28頁以下参照)について、A女に説明した。
 ウ 養育費に適用される民事執行法の特例の2番目である差押え禁止の範囲の特例(民事執行法15
  2条3項、養育費支払義務者の給与等を差し押さえる場合における差押え禁止の範囲が4分の3か
  ら2分の1に引き下げられる特例)の適用についても、これを積極に解する法律上の根拠が明確で
  はなく、執行裁判所によって、否定されるおそれがあると解される。この点についてもA女に説明
  したが、この点について、特段の対応策は考えつかなかった。
(2) B男(債務者)が自己破産した場合の本問の扶養料(養育費)の支払について
 債務者が自己破産した場合の養育費の帰趨については、①破産手続開始時までの期間の養育費と、②破産手続開始時より後の期間の養育費とに分けて考える必要がある。
 ア 破産手続開始時までの期間の養育費のうち遅滞となっている部分は、破産債権(破産法2条5
  項)として、破産手続において配当の対象となる。養育費は、後述のとおり、非免責債権となるた
  め、破産手続で配当が受けられなかった残額についても、請求権が残っており、破産手続終了後、
  債務者から任意に支払を受けたり強制執行をすることが可能である。なお、破産手続中に前記養育
  費について任意に弁済をすることについては、養育費が子どもの生存権の実現に資する重要な権利
  であることにかんがみ、不相当に多額であったり、累積して巨額になっていない限り、不当性がな
  く、偏頗弁済否認(破産法162条)の対象とならないと解されているようであるが、事案によっ
  ては、偏頗弁済として否認をされたり、免責自体が認められなくなるおそれがあるので注意が必要
  である(破産法252条1項3号)。
 イ 一方、破産手続開始時より後の期間の養育費は、父子関係に基づき日々新たに発生する債権(新
  債権)であってその開始前の原因に基づいて生じた債権ではないので、破産手続中も債務者の新得
  財産(破産手続開始後の原因に基づいて生じた財産。破産法34条1項)から給付を受けることが
  可能であり、新債権として、新得財産に対する強制執行の申立も可能であると解される(別添3:
  会報平成21年2月号41頁参照)。
 ウ 本問の未認知父の契約により負う未成熟子に対する扶養料についても、これと同様に解すること
  ができる(別添1:公証163号308頁参照)。
 エ 本問の扶養料が、破産手続上、免責債権となるかどうかについては、破産法253条1項4号ホ
  の「ハに掲げる義務(民法788条において準用する民法766条の規定による子の監護に関する
  義務」に類する義務であって、契約に基づくもの(に係る請求権)」に該当し、認知父の子の養育費
  の義務に係る請求権と同様に、非免責債権として取り扱われることになると解される。
(3) 本問の扶養料の支払について連帯保証人を立てさせることについて
 本問の扶養料の支払について、A女からB男に対し、連帯保証人を立てることが求められ、B男もこれに同意し、B男の父が連帯保証人を引き受けることとなり、連帯保証人について公正証書へ記載することが強く求められた。子に対して生活保持義務を負担するのは父母であって、祖父母は直系尊属として生活扶助義務を負うに過ぎない。このような連帯保証の妥当性には疑問がある。また、養育費は、父母の一身専属的義務であり、父母が死亡した場合、養育費支払義務は消滅し、保証債務も、主たる債務の消滅により消滅する。これに対し、保証人死亡の場合、保証人の相続人が保証債務を相続すると解される(前記証書の作成と文例29頁・30頁)。連帯保証人の配偶者やB男及びB男の兄弟も、相続分に応じて保証債務を相続する可能性があり、深刻な問題となる。この点について、A女及びB男(A女を通じて)に説明をした(前記証書の作成及び文例の解説には、養育費が一身専属的義務であることに鑑み、支払義務者の死亡により債務が消滅することにより保証債務も消滅すること、一身専属的義務を保証した保証債務は、保証人の死亡により相続人に相続されることになると思われること、これを避けるために、保証期間を限定し、「ただし、その連帯保証期間は、保証人が生存する期間に限るものとする。」等の条項を入れる必要があるとされている。)。

5 最後に
 本問の扶養料支払公正証書の作成については、問題が多く、このような公正証書を作成したとしても、後日、Cから、B男に対する強制認知の訴え(民法787条)や扶養料の請求も可能であることを丁寧に説明する必要がある。また、扶養料の支払に関する連帯保証については、たとえ親族であったとしても、上記のとおり、問題が多い。このような事案を扱うに当たっては、当事者から、公正証書の作成を合意するに至った経緯を慎重に聴取するとともに、後日、一方の当事者の立場に偏って公正証書を作成したのではないかとの批判を受けることがないよう、慎重に対応する必要がある。
(福岡・大牟田公証役場公証人 熊谷浩一)

別添1 公証163号306頁以下(編注:該当部分のみを掲載)
協議問題2 (未認知婚外子の養育に必要な費用の定期払い約束の法律的性質)
  甲男乙女間に出生した婚外子丙について、甲は、丙を認知しないまま、実子 
 であることを認めた上で、甲乙間において丙の養育に必要な費用の定期支払を約する場合、甲の乙あるいは丙に対する給付は、どのような契約として認められるのが相当か。
(出題趣旨)
 甲は、丙を実子と認め、自己の給付義務を認めているのであるから、公正証書を作成するのが相当であると考えられるが、その実質は、親の認知前の未成熟子に対する生活費であるものの、認知前の子に対するものであるから、養育費あるいは扶養料とするのも法律的に問題が残り、贈与あるいは慰謝料とするのも、やや実体から離れているように考えられる。
 また、甲において、親子関係を認めた事実を記載し、債務承認弁済契約とし、実体的な法律関係を記載しない公正証書を作成するということも考えられるが、いささか疑義があるので、ご協議願いたい。
(協議結果)
1 甲及び乙が、乙の出産した丙(未成年)が甲の実子であることを相互に確認し、かつ、甲が、認知しないまま、乙に対し、丙の養育に要する費用を定期支払いする義務があることを認める内容の法律行為は、その費用の額が法律上の父子関係にある父が同様の収入その他の条件のもとで未成熟子について負う養育費として一般的に認められる額に比べ著しく過大である等の特段の事情のない限り、甲の丙に対する扶養義務の確認及びその履行方法を合意する法律行為と解することができ、これらの内容の法律行為につき、「養育費支払契約」公正証書とか、「扶養料支払合意」公正証書とかの表題で、公正証書を作成することが可能である旨の見解に異論はなかった。
2 未認知父が未成熟子を実子と認めた上その養育に要する費用の定期払いについて契約に基づき負う義務に係る請求権については、上記のような甲並びに丙及び丙を出産した母でありその親権者である乙という3者間の事実上の親子関係に基づく養育費ないし扶養料に係る請求権と解され、これは、認知父の認知した子の養育費に係る義務に類するものに係る請求権と解することができるのであって、これを贈与(東京公証人会の平成21年10月29日開催の第27回実務協議会における第14問の協議では、「贈与契約とでも構成することになる」旨の差し当たりの見解が述べられている。回報平成22年4月号46頁参照)あるいは慰謝料と認めるのは、いずれも、必ずしも当を得たものではないとする有力な意見が述べられた。そして、この意見では、次のように、認知父の認知した子についての養育費(法定養育費)の義務に係る請求権と同様に解釈すべき側面がある旨の指摘がなされた。
 (1) 破産法上の位置づけ
  ① 認知父の法定養育費については、破産手続開始時までに遅滞となった部分のみ破産債権として配当の対象となり、破産手続開始時より後の部分は、父子関係に基づき日々新たに発生する債権であってもその開始時前の原因に基づいて生じた債権(破産法103条3項参照)ではない(会報平成21年2月号41頁参照)ので、破産手続中も給付を受けることが可能なものと解されるところ、未認知父の契約により負う未成熟子の養育費用についても、これと同様に解するのが相当であろう。
  ② 破産手続上、免責債権となるかどうかについては、破産法253条1項4号ホの「(ハ)に掲げる義務(民法788条において準用する民法766条の規定によるこの監護に関する義務)に類する義務であって、契約に基づくもの(に係る請求権)」に該当し(「新破産法の基礎構造と実務」ジュリスト増刊(2007)549頁参照)、認知父のこの養育費の義務に係る請求権と同様に、これは非免責債権として取り扱われることになる。
 (2) 義務者の死亡後の未払養育費に係る債務の相続の可否
   認知した父による法定養育費に係る債務は、その父死亡後は、「被相続人の一身に専属するもの」(民法896条ただし書)としてその父の相続人に承継されないものと解されるが、未認知父による上記のような契約に基づく未成熟子の養育費用についても、その未認知父の死亡後は、その未認知父の相続人に承継されないものと解される。
3 しかし、上記のような未認知父が負う未成熟子についての「養育費」については、法律の解釈適用上、常に、認知父による認知した子の養育費と同様に扱われるものとはいい難い面もあり、公正証書を作成するに当たっては、当事者には、この点につき、例えば、次のような問題点がある旨の説明をするのが相当であるとの見解が大勢であった。
 (1) 将来における養育費の金額の変更に係る家事審判の成否
   認知した父による養育費について、将来の金額変更は、家事審判事項(家事審判法9条1項乙類4号、民法788条、766条1項)であるが、未認知父による養育費の金額変更については、家事審判事項としては掲げられておらず、むしろ、否定されるおそれがある(家事調停の余地については、別論であろう。)。
 (2) 未認知父の「養育費」の支払義務に係る定期金債権についての債権執行の特例の適用の可否
  ① 継続的差押え(民事執行法151条の2第1項3号。確定期限が未到来のものについても債権執行の開始が可能とされている。)の適用についても、これを積極的に解する法律上の根拠が明確ではなく、むしろ、否定されるおそれがある旨の見解が多かった。
  ② 差押え禁止の範囲の特例(民事執行法152条3項。養育費支払義務者の給与等の差押え禁止の範囲が四分の三から二分の一に引き下げられる特例)の適用についても、これを積極的に解する法律上の根拠が明確ではなく、むしろ、否定されるおそれがある旨の見解が多かった。

別添2 会報令和2年(2020年)4月号39頁以下(編注:該当部分のみを掲載)
第2問(養育費の給付条項に係る期限の利益喪失約款の効力)
  期限の利益喪失約款を付した養育費支払条項を定めた離婚給付等契約公正証書について、当該条項の効力は認められるか。
(協議結果)
1 養育費支払条項が「夫甲は、妻乙に対し、子丙の養育費として、〇年〇月から〇年〇月まで、一か月金5万ずつの支払義務があることを認め、これを毎月末日限り、乙の指定する預金口座に振り込んで支払う。」という場合を検討する。なお。〇年〇月から〇年〇月までは、10年間と想定する(以下同じ。)。
  この条項は、定期金の支払を定めるものであり、期限の利益喪失が問題となる時点より後に支払期日が到来する養育費の支払請求権は、未発生の債権であり、期限の利益が問題となることはないから、これについて付された期限の利益喪失約款の効力は及ばない。したがって、この条項について付された期限の利益喪失約款は無意味なものである。
2 養育費支払条項が「夫甲は、妻乙に対し、子丙の〇年〇月から〇年〇月までの養育費として金600万円の支払義務があることを認め、これを〇回に分割して、〇年〇月から〇年〇月まで毎月末日限り、金5万円ずつを乙の指定する預金口座に振り込んで支払う。」という場合を検討する。
  この条項は、確定金額を分割して支払うことを定めるものであり、将来債権の問題はない。支払うべき10年間の養育費の総額を定め、これを数回に分割して支払うことを合意することは許されるから(新版証書の作成と文例 家事関係編(改訂版)28頁、新版法規委員会協議結果集録151頁)、金銭消費貸借の分割弁済の場合と同様に、この条項に付された期限の利益喪失約款は有効なものである。
  なお、この条項の場合、家庭裁判所側から指摘される問題点(前掲家事関係編(改訂版)28頁参照)が存するが、これは別論である。
3 1と2について、養育費の支払の実態は同じであるにもかかわらず、結論を異にすることになるが、結局は、契約当事者の合意内容の違いによる結果である。養育費は、日々あるいは時々刻々発生する子供の養育費を、個別精算することが無理であることから、便宜上一定期間の分をまとめて支払うというものであり、この一定期間の定め方はあくまで技術的な問題にすぎず、それ自体に特別な意味があるものではない。したがって、1か月分として設定することも10年間分として設定することもいずれも可能であり、当事者が履行確保の可能性等諸般の事情を考慮して決定、合意できるものである。
  なお、1の養育費支払条項について、期限の利益喪失約款を付していることから、実質的には2の養育費支払条項と同趣旨の合意をする意思であったと解することは、その文言に照らして困難であろう。

別添3 会報平成21年2月号41頁以下(編注:該当部分のみを掲載、原文縦書き)
第6問(公証人会提出)
  執行証書作成後に債務者が破産し、破産管財人が選任された場合、民事執行法29条による執行証書等の送達は、債務者にすべきか、それとも破産管財人にすべきか。
(公証人会・出題趣旨等)
 両説が考えられるが、(1)破産管財人の権限(破産法78条)、破産財団に対する強制執行等の失効(同法42条)、破産債権の行使(同法100条)などの規定の趣旨との関連で、どのように解すべきか、(2)破産法81条により、破産管財人に配達される場合の送達の効力はどうなるか、また、(3)受送達者を破産管財人とする場合、執行文は、単純執行文か、承継執行文か、いずれにすべきか、などの点を含め、ご協議願いたい。なお、現実に送達が意味を持つのは、破産手続終了後の執行や破産者のいわゆる自由財産に対しての執行の場合である。
(裁判所)
 破産者を債務者とする単純執行文を付与し、破産者に送達すべきと考える。その理由は、次のとおりである。
1 破産手続が開始されると、破産債権(破産法2条5号)により、破産財団(破産法2条14号、34条)に属する財産に対する強制執行はすることができない(同法42条1項)一方、破産債権ではない債権により破産財団に属しない財産に対しては強制執行することができる。つまり、新債権(破産手続開始後の原因に基づいて生じた財産上の請求権)により、新得財産(破産手続開始後の原因に基づいて生じた財産)に対する強制執行はできることになる。
  例えば、執行センターでは、養育費について、所定の親族関係の存続により日々新たに発生する性質の権利であること等の理由から、新債権であると解し(民事執行の実務 債権執行編第二版246頁)、破産手続開始決定後の期間に対応した養育費については、新債権として、新得財産に対する債権強制執行の申立てを可能と解している(同244頁)。

民事法情報研究会だよりNo.57(令和5年4月)

 春暖の候、会員の皆様におかれましては、ますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
 新型コロナウィルスの感染防止策として行われてきたマスクの着用については、本年3月13日以降、個人の主体的な選択を尊重し、個人の判断が基本となりました。また、来る5月8日からは感染症の位置づけが2類相当から5類に変更されるとのことで、ようやく感染拡大前の日常が戻ってくるような情勢になっています。
 このため、本年6月17日(土)に、4年ぶりに定時総会及びセミナーを集合形式で行うことになりました。会員の皆様のご参加を期待しています。(YF)

今日この頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

これからが これまでを決める(髙村一之)

 青森県八戸市で生活を始めてから8年目に入っています。公証人としての任期も残り少なくなった現在において、これからの生活のことなどについて、今まで考えてもみなかったようなことが頭の中を駆け巡っています。
題名にした、「これからが これまでを決める」の言葉は、かつて上司から教示いただいた格言ですが、これからの生き方が問われている現在において、改
めてこの言葉の意味をかみしめているところです。先輩の皆様方も仕事から退
く際には、今後の生活のことなどについていろいろなことを考え、その節目を
乗り越えてこられたことと思います。個人的なことで恥ずかしい限りですが、
現在の心境の一端を紹介させていただきます。

○ これからどのように生きるのか
 これまでずっと国家公務員として働き、今現在は公証人としての仕事を中心に日々の生活を送っています。良い意味で緊張感のある生活をしていることに
なりますが、健康を維持するために、休日のゴルフや旅行などを楽しみながら息抜きをしています。
問題は仕事を退いた後をどのように生きるのかということです。生活に張り合いを持ち、充実した生活を送るための方法・秘訣などについては人それぞれだと思いますが、残念ながら、これまでは漠然としか考えていませんでした。自分はどうしたいのかが明確ではありません。
 この機会に少し整理してみると、まず、現時点でイメージする今後です。
 仕事から退いた後も元気に生活していくためには、健康が一番大事であり精神的な面においても充実していることが必要であることは言うまでもないと思います。しかし、健康などに留意して生活したとしても、自分はあと何年生きられるであろうかということを考えざるを得ません。日本人男性の平均寿命からしてもあと20年弱、ましてや身体的に元気で動けるのはもっと短い年月であると思います。これまでは、現在のこと、近い将来のことに思いを巡らすことはあっても、あと20年、あと15年というスパンで自分のことを深く考えたことはありませんでした。そう長い期間ではないことを思うと少し焦りますが、とりあえず、80歳位までは元気でいたいというのが希望です。

○ 何がしたいのか
 では、何がしたいのかと考えてみると、これがまた漠然としています。晴耕
雨読という言葉がありますが、現実はそんなに甘くはないでしょう。特に大きな目標もなく、少しばかりの畑仕事や庭いじりをしたいという意欲はありますので、実家での生活ともなれば、畑を耕して少しばかりの野菜を作ったり花を植えたりする生活もできると思います。しかし、草が生い茂っている畑や植木が伸び放題の庭という現実(毎年、町のシルバー人材センターに草刈りなどを依頼してはいる。)からすると、当面は、自宅周辺の環境整備のための作業に追われる日々が目に浮かびます。
また、実家ではないところに居を定めるとした場合、畑仕事や庭いじりのできる環境のある場所が見つかるのかなどという問題に行き着きます。
さらに、健康維持などのためにゴルフなどの運動をする機会を持ちたいと思っていますし、落ち着いたならば地域のためになるような活動もしたいと思っています。しかしながら、このことは落ち着く先が決まらないとどのように実現できるのかも見通せないというところです。

○ どこに居を定めるか
 次に、前述のようなことを実現できる生活の拠点をどこに定めるのかです。
 これまでの長期にわたる転勤生活のため、最終的な生活拠点を定めていませんでした。漠然とは実家に戻ること考えていましたが、いざどうするかということになると、なかなか悩ましいのが実情です。高齢ともなれば商業施設や病院などに近いところが良いか、しかし、実家を相続した手前、実家や土地をどうするのか、先祖からの墓をどうするのかなどといったことが浮かんできて、実家に戻るのか他の土地に家を求めるのか結論が出しにくい状況になっています。さらに、実家に戻るとしても、実家は老朽化している上、5年近く空き家にしているために建て替え等が必要になると思いますので、これからの生活に適した家とはどのようなものかを考えなくてはなりません。郷里である茨城県から遠く離れた青森県に住んでいることやコロナ禍であるが故に、頻繁に郷里との行き来をすることができず、諸々の段取りを付けることもできないでいる状況であって、さて、どうしたものかと思考が止まっているのが現状です。

○ どのように健康を維持するか
 これからどう生きるかを考えたときに、何よりも健康であることが重要であると思います。健康が維持されるということは、食事のことや運動のことに限らず、いくつもの要素が複合的に組み合わさった結果であると思いますので、その秘訣ともいうべきものは人それぞれでしょう。
私は、健康維持の一つの手段としてゴルフを続けたいと思っています。体力の維持はもちろん、多くの人との交流が生活の活性化をもたらすのではないかと思うからです。仕事関係での人との交流がなくなるのですから、趣味などを通じた人との交流に重点を移すことを考えざるを得ないと思っています。
しかしながら、次に述べるように、今現在が恵まれたゴルフ環境にあることから、これからも同様にゴルフを続けることができるかどうかも心配の種になっています。
 私は、八戸市に住むようになってすぐに、前任の公証人の紹介で3つのゴルフ愛好者の会に所属させていただきました。雪が降る地域なのでゴルフができるのはおおむね4月から11月までの8か月間位になりますが、その間、各会のコンペに参加したりゴルフ場のオープンコンペに参加して楽しんでいます。楽しんでいるつもりなのですが、苦しんでいるという側面もあります。ゴルフには技術と体力が必要ですが、メンタルも重要です。まさに「心技体」が充実していないと上手くいかない遊び・スポーツであり、自分で「今日は良かった。」と言える日はたまにしかありません。
 ある本に、「ゴルフの最大の敵は、上手くいかせたいという欲であって、ゴルフはこの欲との闘いである。」と書かれておりました。まさにそのとおりであると納得しつつも、なんとか上達したいとの思いでゴルフ雑誌を読んだり、新しい道具を試してみたりするのですが、その成果はあまり現れません。最近では、腰や肩が痛いなど体力面での問題もあって、なおさら上達は難しい状況にあります。とは言っても、カレンダーに記した次のコンペを楽しみにしているのですから、良くも悪くも生活の上での張り合いになっているのです。
では、今の仕事から退いた後に、このように恵まれたゴルフ環境があるのかということです。今の仕事を退いた後は郷里である茨城県に戻って生活することを考えています(実家かその近辺かは未定)が、どうなるかです。
 郷里には近くにいくつかのゴルフ場がありますが、どのようにして仲間に入れてもらうか(会員になることも含めて)、仲間を作れるのかが漠然とした心配ごとになっています。
会員の皆様からのお誘いを期待しつつも、落ち着く先が決まった後に情報を収集して、自分で解決しなければならないと思うところで思考は停止しています。

○ おわりに
 いずれにしても,以上に述べたようなことは、折に触れ頭の中で断片的に思
い巡っていることであり、これといった結論を出せないままに時間が過ぎている状況です。今後、どこかのタイミングで家族とも相談の上結論を出すことになりますが、仕事を退いた後も、当面は生活拠点を整えるための作業をしなければならず、のんびりしている暇はなさそうです。いつか来る日のための準備ができていないと思うと、「これまで何をしていたのか。」と自分を責めたくもなるところですが、「目の前にやるべきことがあり、張り合いがあって良いではないか。」と、前向きに考えることにしている今日この頃です。
                   (青森・八戸公証役場 髙村一之)

晴ればれ岡山サポートテラス-あれから1年(大河原清人)

 岡山県を南北に縦断する国道53号線を北に向けて車を走らせる。車には男性3人と女性1人が乗っている。運転する男性は、まばゆいばかりの緑の木々を横目に手慣れたハンドルさばきで車を走らせている。車に乗っている者たちは、かつての職場の先輩、同僚、後輩の間柄であり、互いに気心は知れている。
 岡山市を出発して約1時間30分。津山市を過ぎた先に町が見えた。鏡野町だ。人口約1万3千人の小さな町である。訪問先の事務所に着き、顔なじみの担当者の人たちと挨拶を交わし、講演会場に向かう。途中、担当者の人たちと昼食を一緒にすることも、訪問先の日程に組み込まれている。食事をしながらの会話は楽しく、話も弾む。
 これは、昨年8月に鏡野町権利擁護センターが主催する「ほっとステーションかがみの」に向かったときの情景である。
 「晴ればれ岡山サポートテラス」については、昨年4月、本民事情報研究会だより(第53号)に、当法人の専務理事永井行雄(元都城公証人役場公証人)が草創期の状況を寄稿させていただいた。それから早いもので1年が過ぎた。
 嬉しいことに事務所に顔を出してくださった先輩もいらっしゃるが、最近も年賀状や電話で、旧知の先輩や仲間たちから、「法人はうまくいっている?」「どんな活動をしているの?」などと聞かれることがある。
そこで、「あれから1年」と題して、その後の活動状況を報告させていただくこととした。

1 講座、講演会、研修会
 活動に当たっては、「一人でも多くの方に当法人を知っていただき、県民の皆さんからの信頼を得ること」が最も大事だと考えている。したがって、県内各地で行われる「講演会・講座・研修会(以下「講演会等」という。)」への講師派遣は、そのための重要な基盤づくりであり、活動のスタートラインといえる。
正直、全く初めての法人に講師派遣の依頼があるのだろうかという不安があった。ホームページでの法人の紹介は当然のこととしてもどうすればよいか。県内の市町村役場、社会福祉協議会、地域包括支援センターや公民館等への挨拶回りの際に、法人の構成メンバーや仕事の内容についてのチラシを配って講師派遣の案内をしたこと、当法人の活動が山陽新聞に紹介(本だよりNo.54)されたことなどが上手く作用して講師派遣依頼の受注の足がかりとなっていった。そのベースには、「法務局出身者による法人」という言葉による安心感、信頼感があったことは間違いない。そして、何よりもうれしいことは、一つの講演をきっかけとして、リピーターとして2度目、3度目の講演依頼をいただいたり、講演会等の受講者の一人が自分達の仲間にも聞かせたいといって、受講者自身が準備した講演会等に講師として招かれたり、さらには、定期講座の通年の講師として依頼されたものもある。
 ちなみに、当法人が講師を派遣している定期講座をいくつか報告させていただく。
 なお、講演会等の活動内容については、関係者の了解をいただき、写真と一緒に毎回ホームページ(https://harebareokayama.org)に掲載している。

○「ほっとステーションかがみの」(鏡野町社会福祉協議会権利擁護センター主催:当法人共催)
◇回数 昨年7月スタート、毎月開催(各地区12公民館)。次年度も継続開催
◇方式  講話50分(毎回テーマは同じ)、相談30分
◇担当  講話⇒当法人メンバー
相談⇒当法人メンバーと社協職員が一緒に対応

○「瀬戸内市中央公民館講座」(瀬戸内市中央公民館主催)
◇回数 昨年5月スタート、隔月開催。次年度も継続開催
◇方式 講話20分(毎回テーマが変わる。)、相談40分
◇担当 講話・相談⇒当法人職員

○「権利擁護研修会」(赤磐市地域包括支援センター主催)
◇回数 昨年6月スタート、年4回開催。次年度も継続開催
◇方式 講話90分(毎回テーマが変わる。)、相談30分
◇担当 講話・相談⇒当法人職員

 令和3年11月30日の「蒜山老人教室11月講座」で、講演デビューを果たして以来、67件の講演会等への講師派遣依頼があり、そのうち51か所に講師を派遣した(令和5年2月末日現在)。この3月には、笠岡市・里庄町成年後見センター「開設1周年記念セミナー」での基調講演も予定されている。
 これらの状況をとりまとめたものが、次の「事業実績分布地図」(編注:省略)である。

 さらに、今後の活動区域を広げていくため、昨年末には、県内各地の商工会議所への訪問を行った。今後は、講演等未実施市町村及び関係機関への再度の広報宣伝活動やロータリークラブやライオンズクラブなどへの訪問も予定している。
 なお、講演会等は、依頼者の意向を踏まえてテーマや内容を決めていくことを基本としている。多くは「相続」問題に関心があり、それに関連して「遺言」や「任意後見契約」とか「尊厳死宣言」などに話を展開する構成にしている。
 講話は、受講者の関心をひかなければならない。したがって、プロジェクター・パワーポイントを使用し、シートはすべてオリジナルである。また、講師は着座せず、受講生への質問も交えながら、立って動きながら身振り手振りを交えて話をするようにしている。着座方式は、聞く方が眠くなるとの受講者の声もあり、当初から講師は皆、立って話をしている。
 当法人のメンバーは、皆、元法務局の職員であるから、過去に何度か講演や研修の講師を経験したことはあるが、その経験値は様々である。そこで、受講者に分かりやすく、関心をひくためには、講話技術を高めていくための努力が必要であると考え、次のことに取り組んだ。
 (1) パワーポイントシートの作成
 講演会等で使用するパワーポイントシートは、私たちの事業の大切な営業商品である。内容の工夫と精度のアップは欠かせない。講演会や研修会は、受講者の対象年齢や講演等の時間もさまざまであるし、更には、目的が、老人クラブやホームヘルパーの学習会であったり、介護支援専門員や司法書士など専門家の方の研修会であったりと対象者も異なる。そこで、それぞれの対象者に応じた内容となるように、効果的な画像・画面の展開などを皆で相談して作成している。
ちなみに、パワーポイントシートはきちんと作成できているのに、本番では、画像が欠落し、シートがスクリーンに出てこないことがあり、講師が壇上で慌てるといったこともあった。最後の最後まで、気を抜けない。
 (2) 講師の模擬講話
講演等前のリハーサルである。講師を担当する者は、当日使用するパワーポイントを使って、当法人のメンバーの前で、リハーサルを行っている。しかし、これがなかなか厳しい。
 原稿なしで話すことはもとより、時間内に完結しているか、話し方(受講生に親しみやすいか、受講生の年齢層等に応じた話し方になっているかなど)や発声がきちんとできているかなど、「講話チェックシート」によって8項目について評価がされる。皆、遠慮容赦なく、バンバン指摘する。かつてのポストはここでは全く通用しない。私自身も、メンバーから「丁寧過ぎて、時間が長くなっている。」「言葉が固い。地元岡山弁を取り入れて、もっと語りかけるように話すといい。」などの指摘がされた。
 リハーサルは、人により、1回の場合や3回の場合もある。皆がOKを出すと本番に登板できるのである。
さらに、本番の前には、妻や母に聞いてもらい、素人にも分かりやすいものとなっているか、時間内に収まっているかなどを点検しているという者もいる。皆、努力している。
(3) 講演会等、終了後のアンケート
 講演会等の終了後、毎回、受講者へのアンケートを行っている。これは、私たちの商品である講座や講演の話がどのように評価され、今後どのような点を工夫、改善していかなければならないかという市場調査である。
① 講師の話は分かりやすかったか、②内容はどうであったか、③講義時間はどうだったかなど、受講者から全6項目についてアンケートを書いてもらっている。講師は、これを見るとき、とても緊張する。よければ、うれしい。悪ければ、落ち込む。皆、反省しながら前に進むようにしている。
ところで、シリーズものの講話の場合に、アンケートに「この点の説明が欲しかった。」などの意見があったときは、この意見を反映したパワーポイントシートを作成して次回の講義の最初に説明するようにしてきた。
  (4) 仲間からの厳しい評価
アンケート結果は、ありがたいことに、概ね高評価をいただいているが、厳しいのはメンバーからの評価であり、指摘である。講演会等には、当法人のメンバーが3~5人同行し、講師の講話をチェックしているのである。講話終了後の反省会では、「ここの話は分かりにくかった。」、「ここは、話すスピードが速すぎて、受講者はついていけていなかった。」など、ズバズバと言われる。外側よりも内側からの矢が、怖い。受講者によるアンケート結果よりも厳しい評価がくだされるのである(笑)。
ただ、最近では、たまに「良かったよ。」という言葉が掛けられるような場面も出てくようになってきた。

2 相談会
 (1) 講演会とのセット方式による相談会
 講演会の後、引き続いて相談会を開催するという 方式である。当法人から主催者に提案したものであ るが、主催者から好評である。実際、相談者から遺言書等の作成支援を依頼されるケースが多い。
 (2) 当法人主催による相談会 
 これまで、当事務所で2回(4日間)開催した。特に、昨年10月に開催した相談会は、山陽新聞や岡山市の広報紙に掲載され、多くの人が相談に訪れた(20人、35件)。特に新聞記事による影響は大きく、電車を乗り継いで2時間かけて来所された方もいらっしゃった。
 そのうち、10件は公正証書作成支援に発展した。
 以上の相談会による相談のほか、電話相談、事務所への来所による個別相談もあり、これまでに受けた相談件数は全部合わせると200件くらいある。
 相談の内容も、遺言や成年後見等に関するものだけではなく、遺産分割や相続登記、境界や所有者不明土地の問題とか、夫婦・親子関係や、近隣関係の問題などの相談もあった。どのような相談であれ、丁寧な応対をモットーとしている。

3 公正証書等作成支援
 相談を通じて、公正証書の作成を希望する方に対しては、当法人でその支援を行っている。
 相談を受けて、公正証書作成までの期間、概ね2週間である。公正証書作成支援のやり方は、次のとおりである。
 ○相談及び公正証書作成支援体制
   二人体制⇒公証人経験者と他の職員との組合せ
 ○公正証書作成支援の流れ
  ①相談(本人の判断能力の有無の確認、相談内容の把握、必要書類の提出依頼)→②公正証書の文案を作成し、必要経費を提示→③公証役場と調整の後、文案を相談者に説明 →④公証人と日程調整→⑤公正証書の作成
 特に、必要経費を示す際は、絶対に計算を間違ってはだめである。実際にあった失敗例であるが、依頼者にその概算額を伝えた後、当方の計算間違いがあって高くなることが判明。直ちに依頼者に連絡を取り、謝罪し、その理由を説明したが、依頼をキャンセルされるといったこともある。
 ○これまでに公正証書作成支援をした件数(令和5年2月末日現在)
 次表(編注:省略)のとおりである。
以上のとおり、遺言が35件(41%)、次いで、財産管理契約・任意後見契約がそれぞれ14件(16%)、尊厳死宣言が12件(14%)、死後事務委任契約が11件(13%)となっている。 

 ○公正証書作成支援に発展したきっかけ
 次表(編注:省略)のとおりである。
 以上のとおり、地域包括支援センターからの依頼が27件、講座・講演会の受講者と新聞を見た人からの依頼がそれぞれ20件で、合わせて78%を占めている(編注:合計が86となっているが、89と思われる)。
 特に、前述したが、新聞記事の影響は大きく、今でも1年前の新聞記事(前記1の山陽新聞。令和4年2月8日付け記事)を所持して、「何か困ったことがあったら、ここに相談しようと思って大切に保管していました。」 と言って事務所を訪れる方もいる。
 ところで、県内での公正証書作成支援実績の分布状況は、前記1「事業実績分布地図」のとおりである。
 これらの公正証書作成支援は、依頼者の意向を聞いて公証役場を選定して
いるが、これまでは県北の依頼者が多いこともあり、津山公証役場(波多野新一公証人)に作成をお願いしている。波多野公証人は、岡山県出身で県内の地理に明るく、出張遺言にも迅速に対応していただいている。

4 当法人で受任したケース
 これまでに当法人で受任した「財産管理等委任契約及び任意後見契約」は1件である。一人暮らしの高齢者が増えているので、市民後見人の利用の拡大と同様、当法人への依頼の拡大も予測されるが、現在のところ、当法人の人的体制の問題もあり、積極的な受任業務は見合わせている。実際のところ、当法人が受任したこの契約も、本人の判断力はしっかりしており、身体も動ける状況にあることから、まだ発効はしていない。
 ところが、この件については、こんなエピソードがある。委任者から、突然、当事務所に「もう自分はいつ死んでもいい。死んだら後を頼む。」という自暴自棄の電話が午後4時過ぎに入った。びっくりして、メンバー2人が委任者宅に飛んで行った。県北に家があるので1時間半かかった。しかし、面会すると、寂しくなってそんな言葉を発してしまったとのこと。深刻な状況には至らず、ほっとしたものの、帰宅は午後9時を回っていた。
 受任業務の拡大については、今後の法人の体制整備と併せて検討していきたいと考えている。

5 津山遺言フォーラム(シンポジウム)へのコーディネーター派遣
 昨年10月16日(日)津山市の津山圏域雇用労働センターにおいて、岡山地方法務局(永瀬忠局長)と津山公証役場(波多野新一公証人)との共催による遺言制度の普及定着を目的としたシンポジウムが開催された。
 当法人理事長に対してコーディネーターとして専務理事永井行雄を派遣して欲しい旨の依頼があった。永井は、公証人在任中に何度かコーディネーターを経験したこともあったことから、依頼があったものと思われるが、いずれにしても、このようなビッグイベントへの参加は、当法人にとって名誉なことである。
 パネリストは、岡山地方法務局西岡典子次長、波多野新一公証人のほか、弁護士、司法書士、信用金庫職員、民生児童委員で構成されており、職域バランスもよいと感じた。
 当日、会場は満席であり、市民の関心の高さがうかがえた。永井の進行もスムーズで あり、パネリストの発言をうまく引き出していた。

6 新メンバーの加入
 昨年7月、新たなメンバーが一人加わった。元法務局職員で岡山県出身の女性である。これで、メンバーは男性4人、女性2人となった。
  新メンバーを紹介させていただく。
●理事 井上和江(岡山市出身)
広島法務局福山支局統括登記官、岡山地方法務局岡山西出張所長、笠岡支局長
★物事に対する着眼点がいい。よく笑い、元気である。職場の雰囲気を明るくしてくれる。一日8000歩を日課に歩いている。最近ランニングを始めたとのことである。職場によく馴染み、公正証書作成支援にも積極的に関わり、経理帳簿付けもこなす。歌が上手である。水曜日を除き、常駐

7 宿泊研修
 メンバー間の親睦を兼ねて、これまで3回、1泊2日の宿泊研修をした。お酒を交えての本音トークは、気分がいい。宿泊地は、講演会等の開催地やその近隣地から選ぶことが多い。
 最近では、美作市老人クラブの講話終了後の美作の地「湯郷温泉」で、2月7日(火)に一泊して実施した。ホテル内当法人メンバー(翌日早朝)のカラオケルームで二次会をした。久しぶりのカラオケ。すっかり時間を忘れて盛り上がった。皆、よく歌を知っているし、上手である。もちろん、昭和の歌ばかりだけど・・・。
 「宿泊研修」は、楽しい。これからも度々計画していきたい。講演会等の主催 者側との懇親会を企画し、ここで一泊するなど、さらに発展させていけるとい いなと考えている。

8 おわりに
 「元法務局職員によって設立した法人です。全員が岡山県出身です。」
 これは幾度となく使ってきている当法人のキャッチフレーズである。言うまでもなく、やっぱり「法務局」のネームバリューの存在が大きい。これに助けられていることを実感し、法務省、法務局に勤務していたことに感謝している。
 「晴ればれ岡山サポートテラス」は、正直、全くのゼロからのスタートであり、手探りで暗闇の中を突き進んできた。地方自治体はもちろんのこと、関係する社会福祉協議会、公民館などの担当者との直接の面談ができ、講師派遣へとつながっていったのは、とりも直さずメンバーが「法務局出身者」という言葉に守られた「信頼」と「安心」のお陰であったと思う。これからも、元法務局職員として決して恥じない仕事をしたいと、メンバーのひとり一人が肝に銘じている。
 まだ先は見えていないが、これからも皆が力を合わせて、県民から信頼される法人として、存続できるように努めていきたい。
 今後の課題は財政基盤であるが、これまでの地道な活動を積み上げ、活動の範囲が拡がっていけば、少し時間はかかるかもしれないが、達成できる道筋も見えてくるのではないかと考えている。
 今、我々は、家族の応援も得ながら、楽しく賑やかにやっている。第二の、あるいは第三の人生として、これまでの経験と知識を地域社会のために役立てているという実感がメンバーの喜びである。
 皆が健康で、これからも一緒に歩んでいきたい。
(元水戸・土浦公証役場公証人 大河原清人)

  【連絡先】一般社団法人晴ればれ岡山サポートテラス
       〒701-2154 岡山市北区原1119-1
              TEL(086)206-3738 FAX(086)206-3739
              E-mail:harebare0712.hara@outlook.jp
              https://harebareokayama.org

津山遺言フォーラム(波多野新一)

「うわっ。会場は満席になっていますよ。立っている人もいます。」

 ステージに上がる控室の階段で、一列に並んで登壇を待っている私たちに、同じ控室の小窓から会場を覗いた支局長の声が飛んできた。

 令和4年10月16日(日)、津山市内の会場において、「津山遺言フォーラム」と命名した遺言制度の普及を図るイベントを開催した。

 主催者は、岡山地方法務局と津山公証役場である(共同主催)。準備に要した期間は4月からの約6か月。その半年間を、主観で、日記的に(裏話を含めて)振り返った。

1 ことの発端

 準備開始から遡ること数か月前。当民事法情報研究会だより№53にも記事が掲載されている「一般社団法人晴ればれ岡山サポートテラス」の永井行雄専務理事とのある日ある所での懇話中のこと。「法務局の自筆証書遺言保管制度が始まるとき、法務局と公証人が共同して遺言の普及活動をしたいとか、日公連の春季研修で法務省担当者が言ってたけど、そういう動きがないんよなあ。」、「津山で遺言のイベントをやってみてはどうだろう。」、「シンポジウムなら、都城での経験があるので、お役に立てると思うよ。」、「法務局に持ちかけて一緒にやってみよう。」と、ほぼ話がまとまった(どのセリフが誰のものかは省略)。

こののち、「永井専務理事」には、半年間濃密にお世話になることになる。

2 企画書

 令和4年3月、岡山地方法務局津山支局長の後任予定者が、事務引継の際に当役場に立ち寄ってくれた。その新支局長は、法務局在職中に幾度か共に仕事をしたことがあるだけでなく、同じ宿舎で10年間、家族ぐるみの交際をしてきた仲である。冒頭の「支局長」である。その立ち寄ってくれた折りに、「法務局も遺言書保管制度の広報が課題なんだよね。着任したら、私と一緒に遺言普及のイベントやってみようよ。」と振ってみた。「いいですね。やりましょう。」と色よい返事が返ってきた。

 4月上旬、1枚の企画書を作った。項目は、お決まりの①イベント名、②実施事項、③実施主体、④実施日時、⑤実施場所、⑥シンポジウムの概要である。イベント名は、広く認知してもらえるよう英語の「集会所」である「フォーラム」とした。実施事項は、第一部シンポジウム、第二部相談会の二部構成である。すぐに、この企画書を携えて、支局長に話を持ちかけた。

支局長は開口一番、「本当にやるんですね!」と言いながら具体的な打合せに入った。企画書には、その後「目的」を追加した。

 後日、当役場へ視察に訪れた広島法務局長に企画書を提示すると、「現役時代に戻ったんじゃないですか。」と一言いただいた。確かに。こういう企画は久しぶりだが、やはり楽しい。その視察に随行された同局のT課長は、フォーラム前日から津山に来てくれて会場の設営などを手伝ってくれた。

3 主催者の分担

 このイベントは、岡山地方法務局と津山公証役場の共催である。支局長との打合せでは、共同で様々な事項を具体化していくことを原則として、次のように分担することとした。無論、支局限りでは決められないので、この打合せ結果を本局に報告したうえで、その回答いかんで分担を決定することとした。

  <法務局の担当事項>

   ①事務局、②費用、③広報、④他団体への協力依頼、⑤記録誌の作成

  <津山公証役場の担当事項>                     

 ①登壇者(コーディネーター、パネリスト)への依頼、②台本とパワーポイントの作成

 1週間後には、本局から回答があったとの連絡が入った。津山での打合せのとおり法務局が担当するとのことだった。しかも、本局においても担当者を決めて、局をあげての事業にしたいとの心強い回答であったとのこと。

4 会場探し

 まず、実施日と会場を決めなくてはならない。準備には5か月程度が見込まれた。参加しやすい曜日で、岡山県北の農繁期を過ぎた頃とすると、10月中旬の日曜日と決めた。

 次は会場探しである。支局長と二人で探してみた。広くて公的な会場をいくつか候補に絞り込んだ。しかし、新型コロナが収まったとはいえない状況下である。ほどよいと見込んでいた複数の会場からは、新型コロナ感染対策の計画書の提出を求められ、新型コロナの感染状況次第では直前に使用許可を取り消す場合があると釘を刺された。

 やむなく次の候補を探すことにしてたどり着いたのが、「津山圏域雇用労働センター」という会場である。下見に行くと、学校の体育館のような大ホールといくつかの会議室があった。ステージも控室も備えられている。大ホールの収容人員は300人とのことだが、実際に椅子を並べてみたら、席間を少し広くしても200人は入れる。専用駐車場の使用可能台数は物足りないが、ここは観光名所津山城の側だから有料・無料の駐車場が近隣にある。新型コロナ対策の計画書は不要で、一方的な中止命令もないとのこと。なんとかなる。ここに決めた。

 後日談であるが、その会場の近くの駐車場をいくつかお借りすることができた。津山信用金庫の御厚意で職員駐車場、人権擁護委員協議会長さんのお知り合いの建設会社駐車場と眼科駐車場である。これで100台程度は確保できた。本当に有り難いことである。

5 シンポジウムの登壇者

 登壇者は、コーディネーターとパネリストである。既に、コーディネーターは、永井専務理事にお願いしている。パネリストは、まず人数を決めなければならない。会場に再下見に行き、ステージに机を並べてみた。なんとかパネリスト6人は着座できる。6人は妥当な人数だろう。

 次は、どういう業界などから参加してもらうか。                   

 法務局職員(西岡典子次長)と私(公証人)で2人は決まり。そのほか、遺言の効用を多方面から語っていただくことを期待して、①弁護士(相続争い、遺言執行)、②司法書士(相続登記)、③金融機関(金融資産の払戻)、④民生委員(市民代表、高齢者支援)から各1名をお願いすることとした。心当たりのある方々に、まず、電話で内諾をいただくことにした。お願いした方々と、最初のお答えを紹介する。

① 弁護士 高木成和氏(弁護士法人岡山パブリック法律事務所長) 

 「波多野先生からのお願いなら、喜んでできる限りの協力をさせてもらいますよ。」遺言作成など、職務上のお付き合いだが、嬉しいお返事だった。この先生、驚くほど多くの後見事務を行っておられる。

② 司法書士 石本憲行氏(土地家屋調査士、行政書士)

 「いい企画ですね。私でよければ、お引き受けします。」司法書士会支部の研修担当役員をされていた頃、支部の研修会で私が講師をしてからのお付合いである。研究熱心で、法務局の目の前に事務所がある。

③ 津山信用金庫 お客さま応援部副部長 小賀義之氏

 津山信用金庫には直接出向き、担当部長ほか4名に企画の説明をしていたところ、「私やりますよ。」と手を挙げてくださった。さすが「お客さま応援部」である。小賀副部長とは、2年ほど前に、ある不動産会社が主催する遺言セミナーでお会いしたことがあった。

④ 民生委員 高山科子氏(岡山県民生委員児童委員協議会長)

 「まあ、ええことじゃがあ。津山でやるのがええわあ。全国に発信できるんじゃろう。忙しいけど波多野さんの頼みならええよ。」高山さんには頭が上がらない。20年以上前、私が津山支局に勤務していた頃、事務補助員として勤めておられた。津山の公証人に就任するに際しては大変お世話になった。今は、民生委員として岡山県の協議会長のほか全国連合会の役員をしておられ、多忙な毎日とのことである。

 かくして、津山の最強チームが編成された。

6 共催と後援

 各方面への協力要請は法務局が担当した。その結果を伺うと、津山市と岡山県司法書士会津山支部が共催を申し出てくれ、津山市社会福祉協議会と津山信用金庫が後援をしてくれるとのことであった。一瞬、頭をよぎった。「共催が増えたということは、岡山地方法務局が主催で、津山公証役場は共催になるのではないか。」。そこで、主催は岡山地方法務局と津山公証役場の共同主催ということに落ち着かせてもらった。

7 打合せ

 お膳立ては整った。いよいよ始動である。

⑴ 第1回打合せ(6月28日)

 1回目の打合せ。場所は津山支局の会議室。出席者は、事務局と各登壇者であり、初顔合せとなった。主な議題は、開催日までのスケジュールの説明と調整である。説明したスケジュールの概要を以下に紹介する。

① 7月11日まで 各パネリストに「質問票」を送付

(質問票とは、各パネリストがこれまでに経験した相続・遺言に係るエピソードなどを提出してもらうためのもの)

② 8月1日まで 質問票に対するコメントの提出

③ 8月15日まで 主催者から各パネリストに第1稿の台本を送付

④ 8月19日 第2回打合せ  第1稿の検討

⑤ 9月12日 第3回打合せ  最終稿の確定

⑥ 10月6日 直前リハーサル 

⑵ 第2回打合せ(8月19日)

 最初に、台本の読み合わせを行った(台本作成の話は後述する。)。

 所要時間は適当か、興味を引く展開となっているか、一般にわかりやすい表現か、内容に修正・追加するところはないかなどを全員で検討するためである。

 一通り読み合わせると、ほどよい時間で終えた。起承転結が整理できた良い展開であり、多くの内容が組み込まれていて、興味を引くものであるというのが共通した感想だった。

 「わかりやすい表現か」の観点で民生委員の高山さんに意見を求めたところ、「難しい専門的な用語が多くて、分からないところが多かった。」との率直な意見が出された。

 第1稿は全体を見直すこととし、「用語集」を作成して、来場者に配布することにした。

⑶ 第3回打合せ(9月12日)

 3回目の打合せは、津山支局会議室にスクリーンをセットし、登壇者の席を本番と同じように並べて行った。スクリーンはパワーポイントを映すためのセットである。事例の紹介では、パワーポイントを用いて説明すれば、来場者にわかりやすい。パネリストも説明しやすいし、画面を見てくれていれば、原稿を読む姿を見られることもない。パワーポイントの作成については後述する。

 その打合せの内容は、本番さながらに、パワーポイントを操作しながらの台本読合せである。皆の感想は、「ほぼ完成している」で一致した。「パワーポイントの文字が小さい」、「細かい説明にはもっとパワーポイントを活用してはどうか」などの意見が出た。

8 台本とパワーポイントの作成

 シンポジウムの準備をする中で最も重要で、困難かつ時間を要することは、台本とパワーポイントの作成である。成功の鍵を握っていると言っても過言ではない。

 進行を担当するコーディネーターの永井専務理事と二人で作成していくことは、既に申し合わせていた。二人で作成の打合せをするには、時間と場所が必要である。時間は、休日に集中して合宿方式で行うことにし、打合せの場所は、晴ればれ岡山サポートテラスの事務所をお借りすることとした。事務所の使用には、同テラスの皆さんが快く同意してくださった。このイベントに全面的に協力してくださる嬉しい先輩方である。これに甘えて、計3回、台本づくりの合宿所とさせていただいた。

⑴ 1回目の合宿(7月2日(土)午前10時から)

 パネリストの皆さんに語っていただく事項を決めることが中心である。そのためには、台本の全体構成を検討しなければならない。まず、思いつくままキーワードを出し合い、それをつなぎ合わせて全体構成を考えていくこととした。誰にどういう事柄についてコメントしてもらうかをイメージしながら、当初に出し合った主なキーワードは、次のようなものである。

①遺言とは何か、②遺言することのメリット、③相続争いの事例、④預金の払戻手続、⑤相続登記の手続、⑥遺言の種類と作成方法、⑦遺言書の有無の調査方法、⑧自筆証書遺言書保管制度、⑨動けない人の遺言作成、⑩遺言が作成されていたためスムーズに財産承継がなされた事例、⑪遺言がないため苦慮した事例、⑫遺言の内容で参考になる事例、⑬高齢者の遺言作成、⑭遺言作成の費用、⑮使えない遺言の事例、⑯遺言執行者など二人で話をしながら、「たたき台」を作っていく。パソコンの画面をテレビに映しながら進めると、話がしやすい。

 なんとか「たたき台」ができた。各パネリストにお願いする質問票もできた。

 時計を見ると、3日(日)午後4時。途中、3時間ほど仮眠をしたが、ほぼ二日間、集中していた。

 16年くらい前、永井専務理事と一緒に徹夜で仕事をしたことを思い出した。久しぶりのことだが、今回は結構楽しかったし、随分捗った。

⑵ 2回目の合宿(8月11日山の日(木)午前10時30分から)

 各パネリストから提出してもらったコメントやエピソードを、たたき台に加えていく。台本の修正作業を主に私が担当し、永井専務理事は、具体的な事例をパワーポイントで作成するという分担作業である。

 このパワーポイントが秀逸!今まで見たこともないアニメーションの技術。永井専務理事は、パワーポイント作成の達人である。

 台本の方は、コーディネーターが一方的に進めているように見せないための一工夫を入れることにした。途中で民生委員の高山さんに「ちょっといいですか。」と前置きしていくつか質問してもらうことにしたのである。

 時計を見ると12日(金)の午前7時45分。午後から公正証書作成の予約があったので、ここで合宿終了。

 その後、台本は持ち帰って修正し、第2回の打合せ前に各パネリストに配布した。

⑶ 3回目の合宿(8月20日(土)午後5時から)

 いよいよ台本作成も最終段階である。前日の打合せで民生委員の高山さんから用語が分からないという御指摘をいただいていた。ほかにも、法定相続人の説明、遺留分の説明、遺言の必要性の高いケースの説明などを加えてはどうかとの意見が出ていた。

 これらの指摘、意見を踏まえて台本を編集していく。事例だけでなく、法定相続人の説明図などもパワーポイントに加えていく。会場での配布資料を作成していく。そういった作業を共同作業で進めた。

 時計を見ると21日午前9時。二人とも午後から予定があったので、3回目の合宿はここで終了。

台本とパワーポイントのデータを持ち帰り、後は自宅又は公証役場で修正していくこととした。

⑷ パワーポイントの編集

 当公証役場の書記は、パソコンの達人である。タイピングは驚異のスピード、チラシや説明図などは一般に分かりやすく作成してくれる。デザインの美的感覚は、私の10倍以上だ。

 このシンポジウムのパワーポイントでは、各項目の作成と説明シートの背景を担当してもらった。その一部は、ご覧のとおりである(編注:省略)。

 この編集作業は、本番の数日前まで、何度も行うことになった。

⑸ 台本の最終編集まで

 作った台本を読み返していると、「この用語や表現は一般の方に分かるだろうか」と気になってくる。この点は、何度修正しても、気になる。

 パワーポイントについては、本番でのパソコン操作を法務局職員が担当することになっているから、台本にクリック箇所を示さなければならない。

 この作業は、リハーサル直前まで行った。

9 広報

 広報は法務局の担当である。

 地元紙「山陽新聞」では開催記事掲載、NHKでは昼及び夕方のローカルニュースで放送、山陽放送では一分間のアピールタイムに法務局職員2名が出演、岡山県北の各市町村の広報誌に掲載といった広報が繰り広げられた。

 津山市の広報誌には紙面の都合で掲載されなかった。これを残念に感じた支局長、なんと休日返上で各戸に1,000枚のチラシのポスティングを3、4回行ったというから、頭が下がる。

   

10 会場レイアウト

 3度目の会場の下見。本番同様に机と椅子を並べ、メジャーで壁からの距離を計り、一枚の白紙に手書きでレイアウトを書き込んでいく。この白紙は、後日、書記がエクセルで清書してくれた。これがあれば本番当日の準備がスムーズに行える。

 ここで問題が発生した。パワーポイントを映写する壁面がステージの一方に偏ってしまうのである。反対側の席からは相当見えにくい。そこで、ステージの両側の壁面に同時に映写することとした。永井専務理事のアイデアである。早速、通信販売で分配器を購入し、プロジェクターは津山市から1台を借りることができることとなった。津山市からは、マイクとスピーカーも借りることにした。

11 リハーサル

 いよいよ、リハーサル。岡山地方法務局長も出席した。本番と同様に行う。

 一足先に会場に行き、ステージのセットとパワーポイントの映写実験をした。ここまでは、段取りよく進んだ。マイクの音量、要した時間の計測、パワーポイントを展開するタイミングなどもこのリハーサルで検証する。

 全体進行は津山支局総務課長。「これからコーディネーター、パネリストの皆さんが登壇されます。」の声が控え室に聞こえた。かねてからの打合せどおり、順にステージに上がる。全員が登壇したところで一礼し、着席する。

 客席には法務局職員が数名いるのみだが緊張する。コーディネーターの第一声からスタートした。自己紹介から始まる。顔を上げて話したいが、どうしても台本に目がいく。

 一通り終えたところで、客席の法務局職員に感想を聞いた。「皆さん、下を向いて台本を読んでおられました。」、「パワーポイントのいくつかの文字が小さくて読みにくいようです。」、「流れは自然でした。」。率直な意見が出される。

 パワーポイントの小修正さえすれば、本番を迎える準備はできた。

12 応援団

 いよいよ、開催日当日となった。早めに会場に着くと、多くの法務局職員が会場の開く時間を待っている。荷物の搬入、会場設営を行うためだ。一緒に会場の準備を行う。広島法務局のT課長も手伝ってくれている。準備をしていると、次々と旧知の方々が声を掛けてくれた。

 県外からは、現役・OBの法務局の後輩が3人、懐かしい顔ぶれだ。

 以前から声を掛けていた他市の職員、司法書士、平素証人をしてくださる方々、公証役場のポスターを見てくださった方もおられる。

 会場には、多くの民生委員、人権擁護委員。津山信用金庫の職員も多数。晴ればれ岡山サポートテラスからは全員が来場してくれた。

 大応援団が来場してくれている。かくして、200人分準備した席は満席となった。

13 開演

 開演前の控室。登壇のタイミングを待つ。冒頭の支局長の声が響く。満席と聞いても、不思議と緊張してはいない。むしろ、やりがいを感じている。

 合図で壇上に上がる。客席を見渡す余裕さえある。リハーサルよりも、落ち着いている。コーディネーターの問い掛けに対して顔を向けながら、台本を見ることなく、自然な形で話すことができている(と自分では思った。)。

 「準備に半年間を費やしたのだ。十分に考え、時間を掛けて練り込んだ台本だ。読み合わせも、リハーサルも行った。自分以外の登壇者も、落ち着いている。素晴らしいチームだ。」。そんなことを思いながらシンポジウムが進行していった。

14 アンケートと来場者の感想

 後日、回収したアンケートの結果を見せてもらった。回収数は89名分。

①わかりやすい内容だった。 70名

②本日のシンポジウムは参考になった。 85名

③本日のシンポジウムに参加して遺言を作りたいと思った。 62名

 そのほか、様々なコメントが寄せられた。

 来場してくださった津山信用金庫の理事長さんに、後日、お礼に伺ったときにいただいた感想を参考に記しておく。

「次から次へと話が展開し、あっという間に終わった。」、「全ての話が参考になるものばかり」、「聞きたいことが散りばめられたすばらしいシナリオだった。」、「なかでも事例は、わかりやすくてもっとたくさんお聞きしたかった。」、「画像はとてもわかりやすかった。」、「コーディネーターの進行は、スムーズで、自然で、親しみやすく、会場の参加者を引き込むものだった。」、「パネリストの皆さんも堂々とお話しされ本当に信頼できるイメージだった。」など

終えてみて

 とにかく人のつながりが大切であると感じた。忙しい中、快く引き受けてくださった登壇者の皆さん、企画段階から精力的に動いてくれた支局長はじめ法務局の職員、多方面で協力してくれた共催団体、後援団体、人権擁護委員協議会の皆さん、本当にありがたいことだと心から思う。このような手作りのイベントは、「自分にできることなら、何でも協力するよ」の気持ちの人々が一つになって大きなパワーを生み、大成功をもたらすものだとつくづく思った。

 昨年の秋から「岡山」が勢いづいている。岡山学芸館高校が全国高校サッカー優勝、倉敷高校が全国高校駅伝優勝、ウエストランド(津山市出身)がM-1優勝、ドルーリー朱瑛里さん(津山市の中学生)が都道府県対抗女子駅伝で17人抜きの大活躍、新谷仁美選手がヒューストンマラソンを日本歴代2位の好記録で優勝など。「津山遺言フォーラム」も勢いづく「岡山」の一つだった。

 公証業務は大きな転機を迎えようとしている。広報の拡大は非常に重要だ。自分たちだけでなく、様々な機関・人々と手を携えて行うことが大切である。そして、公証人自身が広報活動を楽しむことができれば、これに勝るものはないだろう。

【いろんなエピソード】

1 本番当日は、地元の秋祭りの日だった。会場の前を数台の山車が賑やかなお囃子とともに通り過ぎて行った。地元のケーブルテレビは、残念ながら祭りの取材で手一杯のようだった。

2 本番当日、パネリストの一人が自己紹介していると、そのパネリストに会場から手を振る応援団の姿があった。

3 3回目の打合せの直前、パネリストの一人が新型コロナに罹患し、急遽欠席した。読み合わせは、そのパートを法務局職員が担当した。

4 津山信用金庫の小賀副部長は、このイベントの翌日付で支店長に異動した。同金庫が、発令を待ってくれていた。

5 初回の合宿中、永井専務理事と深夜スーパーに夜食の買い出しに出かけた。10時間くらい何も食べていなかったので、巻き寿司などを一気に腹に詰め込んだ。午前1時頃、寝ようとしたが胃が重過ぎて眠れず、腰掛けていた。結局眠れないまま朝4時頃からパソコンに向かった。別室で休んでいた永井専務理事も、5時頃「胃が重くて眠れなかった」と起きてきて、一緒に続きを始めた。 

6 3回目の合宿の日は、新車の納車の日だった。津山で納車を終え、岡山に向かおうとするのだが、ガソリンの給油方法が分からない(給油キャップがない)、ナビの使い方が分からない、よく分からないスイッチがある。おまけに雷が鳴る大雨である。なんとか到着できた。

(岡山・津山公証役場公証人 波多野新一)

実 務 の 広 場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.97 事例からみた事業用(定期)借地権設定契約公正証書作成上の留意点(秦 愼也)

1 はじめに
⑴ 建物の所有を目的とする土地の使用に関する契約は、借地借家法(平成3年法律第90号、以下「法」という。)上の借地契約であり、この借地契約には、賃貸借契約によるものと、地上権設定契約によるものとがあるが、実務においては、そのほとんどが賃貸借契約によるものであるため、本稿では、賃貸借契約を中心に検討する。この賃貸借契約は、いわゆる普通借地権設定契約(借地借家法(以下「法」という)第3条以下)、定期借地権設定契約(法第22条)及び事業用定期借地権等設定契約(法第23条、以下、法23条第1項の事業用定期借地権と法第23条第2項の事業用借地権を合わせて「事業用(定期)借地権」という。ただし、同条第1項の借地権及び同条第2項の借地権を共に「事業用定期借地権」と呼ぶ考え方もある(証書の作成と文例※借地借家関係編※〔三訂版〕文例6参考事項1))に分類される。これらのそれぞれの性質については、詳細は省略するが、概ね次のとおりとなっている(編注:省略)。
⑵ この中で、事業用(定期)借地権設定契約は、公正証書によってしなければならない(法第23条第3項)とされており、公証人が行う公正証書作成業務とも深い関係があり、特に、福山公証役場においては、年間90件近くの事業用(定期)借地権設定契約公正証書を作成しているため、案件によっては、苦慮するものが多い。
⑶ このことから、福山公証役場において作成された事業用(定期)借地権設定契約公正証書において、留意すべき事例を抽出し、論点整理をした上で、解決方法等について解説を試みることとした。

2 事業用(定期)借地権について
⑴ 事業用(定期)借地権とは、建物所有を目的とする土地について期限があり、かつ、事業の目的での賃貸借契約等を締結する借地権であり、存続期間が10年以上30年未満の事業用借地権(法第23条第2項)と、存続期間が30年以上50年未満の事業用定期借地権(法第23条第1項)がある。借地権としての性質に大きな違いはないが、決定的に異なることは、前者が、契約の内容に、契約の更新及び建物の築造による存続期間の延長がないこと、並びに建物の買取りの請求をしないことを明記しなくとも、当然に、契約の更新及び建物の築造による存続期間の延長がないこと、並びに建物の買取りの請求をしないこととなるというものであり、後者は、契約の内容に、契約の更新及び建物の築造による存続期間の延長がないこと、並びに建物の買取りの請求をしないことを明記しなければ、これらの規定が適用されないというものである。
⑵ したがって、事業用(定期)借地権設定契約公正証書を作成する場合において、当該契約の存続期間が30年以上50年未満のものであるときは、契約の当事者に、契約の更新及び建物の築造による存続期間の延長がないこと、並びに建物の買取りの請求をしない旨の意思を確認した上で、これらの特約を入れなければ事業用(定期)借地権にはならないことを説明し、合意した内容として記載する(通常は、事業用(定期)借地権設定契約においては、これらの規定を入れることを前提に依頼されるものと考えられるので、公証人としては、入れることを前提に作成することになるものと思われる。)。他方、当該契約の存続期間が10年以上30年未満のものであるときにおいても、契約の更新及び建物の築造による存続期間の延長がないこと、並びに建物の買取りの請求をしないものであることを確認した旨の記述をすることが一般的である(前出文例6参照)。両者の違いは、1項が特約を合意した旨を記述するのに対し、2項は、1項の特約と同一の内容が適用されることを確認した旨を記述するという点のみである。
⑶ また、事業用(定期)借地権設定契約は、事業の用に供する建物を所有することを目的とするものであるから、当然に居住の用に供する建物があってはならないこととなる。このとき、留意すべきことは、建物が高齢者施設である場合や会社の寮が併設されるような場合であろう。高齢者施設の中には、高齢者の方々を居住させて運営するものが多く存在する。この場合、一時利用の施設であれば、問題はないが、住民票上の住所をその施設にする等居住の用に供する目的で建物を建築するような場合には、当然に事業用(定期)借地権設定契約とすることはできないので、公証人としては、事業用(定期)借地権設定契約公正証書を作成する際、建物の目的を吟味する必要がある。
⑷ さらに、令和2年4月1日に施行された改正民法下では、敷金に関するルールの明確化が図られており、事業用(定期)借地権設定契約(他の賃貸借も同様であるが)を公正証書で作成するに当たっては、敷金の返還の規定を、これまで以上に丁寧に記述する必要があるものと考える(※)。なお、地上権設定契約による場合は、保証金等の名目で金銭の授受があっても、「敷金」とはならないことに留意しなければならない。
※ 例えば、「甲は、本契約が終了し、乙から本件土地の明渡しを受けたときは、速やかに、敷金を乙に返還して支払う。」といった書きぶりで嘱託を受けることが多いと思うが、このような場合、「甲は、本契約が終了し、乙から本件土地の明渡しを受けたときは、本件土地を明け渡した日の翌日から○日以内に、敷金を乙に返還して支払う。」といったような規定とすべきである(これまでも、強制執行認諾の関係においては、このような規定が必要であったと思われるが、改正民法下においては、より一層徹底していく必要があると思われる。)。
⑸ おって、事業用(定期)借地権も、他の借地借家法上の借地権と同様、借地借家法が強行規定なので、賃借人に不利な契約条項は無効となり、賃借人が破産等しても、直ちに催告なしで契約解除できるとする規定が無効であること、契約解除後、賃借人が建物を撤去してでも自力救済できるとする規定が無効であること(※)、賃貸人が中途解約できるとの規定は無効であること等の規制があるので、公正証書作成に当たっても、このような点に留意したい。
※ 例えば、土地の明渡しの規定等において、「乙が前項に違反した場合、甲は乙が残置物の所有権を甲へ無償移転したものとみなし、任意に使用・収益・処分できるものとし、乙はこれについて一切異議を述べないものとする。」といった書きぶりで嘱託を受けることが多いと思うが、このような条項の適用は、明らかに明渡しの行為があった場合を除き、当然に無効となる可能性もあるため、当事者がこのような規定をどうしても入れたいとするならば、公証人としては、最低でも「土地の明渡し後に」といった文言を入れるべきである(前出証書の作成と文例1参考事項10(3)参照)。
⑹ 事業用(定期)借地権設定契約公正証書作成に当たって、複数の土地を対象とすることも多いであろう。このような場合、契約締結後において、賃借権設定登記をすることも考えられる。このとき、留意すべきは、公正証書の各土地又は平方メートル毎に、賃料、敷金の表記をしなければならない、とうことである。登記する際、土地毎に、賃料及び敷金の記録をしなければならないからである。

3 事例からみた事業用(定期)借地権設定契約公正証書
それでは、事業用(定期)借地権設定契約公正証書を作成する上で、事例からみた留意点を考察したい。

【事例1】
事業用(定期)借地権設定契約公正証書作成に当たっては、次のような転貸借契約を行うような依頼がある。
(編注:図面省略 A土地を甲が所有し、乙会社がその土地に賃借して借地権を設定し、これに乙会社が転借地権を設定して丙会社に転貸し、丙会社が建物を所有するケース)
 
上記のうち、借地権設定については、事業用(定期)借地権設定契約によることもできるが、嘱託者からみれば、二重に公正証書を作成する必要があり、費用負担の面から、転借地権のみを公正証書で作成したいとする嘱託も多いであろう。
このため、上記の借地権設定については、借地借家法上の普通借地権(法第3条)又は定期借地権(法第22条)によることもあるものと考える。この場合、乙丙間の事業用(定期)借地権設定契約は、甲から見れば転借地権設定となるため、転借地権設定契約書の提示を求めることも考えられる。乙丙間の借地権設定契約は、乙に対し、丙に賃借権を得させることができる権限を取得する義務を負わせる債権契約であるので、乙が、甲からその権限を取得していることが事前に確認できることが望ましいといえる。もちろん、丙の賃借権取得時期が将来の場合もあるので、乙の甲からの権限取得が将来となる場合もあり得ることになる(権限取得が間に合わないときは債務の履行遅滞の責任が発生する。)。

【事例2】
事業用(定期)借地権設定契約公正証書の作成に当たって、次のように(編注:図面省略)、土地の面積に比べて、建物の面積が非常に小さい場合、当該土地全体に対して、本当に事業用(定期)借地権設定契約を締結することができるのかという疑問がある。
この判断は、非常に困難と考えるが、各公証人にとっては、土地の利用形態に基づき判断すべきことになろう。すなわち、B建物が建てられている敷地以外の残った土地が、B建物と一体として利用されるか否か、ということになるというものである。例えば、パチンコ店や、スーパー等で、当該建物を利用するに当たって、広大な駐車場を必要とするならば、上記の例でいけば、「10-1」の土地全体を事業用(定期)借地権設定契約の対象とすべきであり、このような利用形態を嘱託人に聴取しながら、事業用(定期)借地権設定契約公正証書を作成することになるものと考える。
なお、残った土地がB建物とは関係なく利用されるものと判断されるときは、土地を分筆するか、又は土地の一部の賃貸借契約とすべきである。

【事例3】
建物が存しない土地を対象として、事業用(定期)借地権設定契約公正証書を作成することが可能かという問題がある。次のような事例(編注:図面省略)において、A所有の「10-1」の土地上に借地権を設定し、事業の用に供するB所有の建物を建築する上で、建物を建築しないC所有の「10-2」の土地を使用しなければ、B所有の建物の利用ができないような場合、「10-2」の土地に対しても事業用(定期)借地権設定契約公正証書を作成することができるのか、という問題点である。
本来、「10-2」の土地には、建物が存しないのであるから、借地借家法上の借地権が設定できないはずである。このような場合には、民法上の賃借権設定として契約することも考えられる。しかしながら、上記の事例のように、スーパーマーケット、ドラッグストア、コンビ二エンスストア等B所有の建物を利用する場合、A所有の「10-1」の土地のみでは、駐車場が足りず、B所有の建物が事業として成り立たないこともあり、このような場合には、C所有の「10-2」の土地を利用せざるを得ないこととなろう。むろん、「10-2」の土地をBが賃借して民法上の賃貸借契約を締結すれば良いのではないかとも考えられるが、民法上の賃貸借契約では、①登記がなければ対抗要件を具備できない、②借地借家法上の借地権設定契約とは異なり、賃借人に不利な条項があっても必ずしも無効とならない(例えば、解約の申入れ等)等により、事業用(定期)借地権設定契約に比して、賃借人の保護が図られない場合がある(むろん、契約内容により賃借人の保護を堅牢にする方法がなくはないが、このような契約においては、多くの場合、公証人の関与なく行われ、契約内容の不備があることも考えられる。)。したがって、契約のバランスを考慮すれば、上記の事例では、「10-2」の土地に対しても事業用(定期)借地権設定を認めるべきである。
ただし、この場合には、次のような点に留意をする必要がある。
⑴ 上記の事例において、「10-2」の土地の使用が、B所有の建物の利用に当たって不可欠であると判断されなければならないため、嘱託人当事者に、その辺の事情を聴取して的確に判断するとともに、その判断をすることができるのであれば、「10-1」の土地と、「10-2」の土地が一体的に使用されるものであることを、上記事例において、AとBとの間の事業用(定期)借地権設定契約及びCとBとの間の事業用(定期)借地権設定契約のそれぞれの契約内容に明記する必要があるほか(※)、解除条項等の共通化の必要性等についても検討する必要がある。
※ 例えば、「甲及び乙は、本件土地について、福山市***○番○の土地と一体不可分として使用することを確認する」等の文言を用いる。
⑵ 上記事例において、AとBとの間の事業用(定期)借地権設定契約及びCとBとの間の事業用(定期)借地権設定契約における存続期間が同一でなければならない。
なお、上記事例において、先に「10-1」の土地について、事業用(定期)借地権設定契約公正証書が作成されており、事業の拡大等に基づき駐車場を追加するため、後から、「10-2」の土地に対して事業用(定期)借地権設定契約公正証書を作成したいとする嘱託も考えられる。このような場合、AとBとの間の事業用(定期)借地権設定契約及びCとBとの間の事業用(定期)借地権設定契約が同時でなければできず、後から追加することは認められないとする見解も見受けられる。しかしながら、同時にしなければできないとすることのみをもって、これが認められないとすることは不合理ではないかと考える。後から追加することで、B所有の建物の事業としての利用価値を増やしていくのであれば、これが社会のニーズに合致すると考えられるからである。ただし、このような場合、先に述べた留意点のほか、後からするCとBとの事業用(定期)借地権設定契約の内容において、存続期間が10年間を下回らないかを確認する必要がある。存続期間が10年未満となるような事業用(定期)借地権設定契約はできないからである。

【事例4】
次のように(編注:図面省略)、土地の一部に対して事業用(定期)借地権設定契約公正証書の嘱託の依頼があった場合、どのように対応すべきか、という問題がある。
土地の一部に対する賃借権設定については、「不動産の一部を目的とする賃借権設定契約をすることはできるが、分筆等の登記をしなければ賃借権設定登記はできない(不動産登記令第20条第4号、昭和30年5月21日民甲第972号通達)」とする先例があり、契約上は問題ないが、登記をすることができないため、対抗要件を具備できないということになる。
したがって、まず、留意すべき事項は、嘱託人に対して、このような契約においては、登記ができないこと、もし、賃借権設定登記をする必要があるときは、まず、分筆の登記をしなければならないことを、丁寧に説明して、いったんは登記をしない前提とするのであれば、やむを得ず、土地の一部に対しての事業用(定期)借地権設定契約公正証書を作成することになる。
また、土地の一部に対して事業用(定期)借地権設定契約をする場合には、公正証書を作成する上で、賃貸借の範囲を明確に示すための図面の添付を求めることになる。この場合、後ほど、分筆の登記を求められることを考慮すれば、この図面は、分筆登記に足る地積測量図(座標値入り)がベストである。しかし、事業用(定期)借地権設定契約公正証書の作成に当たっては、ある程度借地権の範囲を示した図面(例えば、辺長のみ)で行っているのが現実であり、正確な地積測量図がなければ、後ほど登記を求められても登記ができない実情であるため、契約そのものをやり直すことも見受けられる。この点、嘱託人には、十分な説明をしておく必要があろう。
なお、嘱託人に後日の分筆登記を可能とする表現方法について、あらかじめ法務局と相談しておくことを勧めるのも一案である。

【事例5】
次のように(編注:図面省略)、事業の用に供する建物と居住用の建物が平面的に混在する土地に対して事業用(定期)借地権設定契約公正証書を作成できるのか、という問題がある。
上記の事例においては、病院という事業の用に供する建物と、寄宿舎という居住の用に供する建物が平面的に混在しているが、土地を分割して(分筆登記という意味ではない。)、事業用(定期)借地権設定契約公正証書を作成することが可能である。この場合には、上記の事例において、病院として使用する部分を特定してもらい、この特定された部分の図面を用いることにより、土地の一部に事業用(定期)借地権設定契約公正証書を作成することになろう。
なお、立体的に事業の用に供する部分と居住の用に供する部分とが混在する場合(5階建で、1階から3階までが病院で、4階及び5階が寄宿舎といった場合)には、事業用(定期)借地権設定契約公正証書を作成することはできないため、普通借地権設定又は一般定期借地権設定により契約を締結することになろう。

【事例6】
複数の土地を対象として、事業用(定期)借地権設定契約公正証書を作成するに当たって、次のように(編注:図面省略)、Aの単独所有の土地と、A持分2分の1及びB持分2分の1の土地を一つの事業用(定期)借地権設定契約公正証書で作成することが可能かという問題がある。
上記の事例において、「10-1」の土地の所有者と、「10-2」の土地の所有者は異なっているため、本来、事業用(定期)借地権設定契約に当たっては、当事者が別々ということで、二つの契約をすることになる。しかし、上記の事例においては、「10-1」の土地及び「10-2」の土地には、少なくとも、Aという所有者が共通して存在しており、別々の契約とせずとも、一つの契約で行うことで問題はないように思われる。
ただし、このような場合、事業用(定期)借地権設定契約公正証書の内容において、土地の表示中、土地ごとに所有者を明記しておくことによって、当事者を明確にしておく必要がある。

【事例7】
いったん事業用(定期)借地権設定公正証書を作成し、存続期間満了の時期がきていたところ、賃貸人及び賃借人の双方から再契約をしたいとの嘱託があったが、新たな存続期間を5年間だけとし、その後は土地を賃借人から賃貸人に返還したいとするものであった。このような場合、事業用(定期)借地権設定契約公正証書を作成することが可能か、可能ではないとすれば、どのような方法があるのか、という問題がある。
この場合には、事業用(定期)借地権設定契約公正証書の期間の延長で対応せざるを得ない。新たに事業用(定期)借地権設定契約公正証書を作成する場合には、借地借家法上の規定から最低でも10年間の存続期間を定めなければならず、5年間の存続期間の事業用(定期)借地権設定契約公正証書は認められないからである。しかし一方で、5年間であっても、事業用(定期)借地権設定契約をしたいとする当事者の意思を無視することはできず、社会的にも許容すべきと考える。このため、本来は、新たな事業用(定期)借地権設定契約公正証書を作成するところ、かかる問題に対しては、賃貸人及び賃借人の合意に基づき、事業用(定期)借地権設定契約公正証書の変更契約によって対応することができるとすべきであろう。ただし、存続期間延長の変更契約が認められるのは、事業用定期借地権の存続期間を契約当初から起算して法23条第1項の期間内で延長する場合、又は事業用借地権の存続期間を同様に契約当初から起算して法第23条第2項の期間内で延長する場合に限られ、事業用借地権の存続期間を法第23条第2項の期間を超えて法第23条第1項の期間にまで延長することはできない(平成19年12月28日民二2828号通達)。
なお、存続期間の延長についての変更契約は、法第23条第1項又は第2項に規定する期間の範囲内での存続期間に対応するものであり、再契約がこれを超えるような場合には、そもそも存続期間満了後は、いったん契約を終了させ、新たに、公正証書に基づいて事業用(定期)借地権設定契約をするのが相当である。
また、存続期間の延長に係る変更契約を公正証書によってすべきか、という点も問題があろう。これについては、法第23条第3項の「設定を目的とする契約」でないことから、公正証書によってしなければならないというものではない。しかし、延長後の賃料等について強制執行認諾の効力を及ばせる必要がある場合は、公正証書によってすることになる。

4 おわりに
 事業用(定期)借地権設定契約は、賃貸借契約の中において、公正証書によってしなければならない(法第23条第3項)とされている。これは、当事者間の権利義務を明確にして紛争を防止し、事業用(定期)借地権という要件を慎重に審査して脱法的な制度の濫用を防止するといった観点で、このように公証人の関与が求められているからである。したがって、事業用(定期)借地権設定契約公正証書の作成に当たっては、法令のみならず、判例等も参考にして、慎重に内容を判断して行うべきであるが、ときに、当事者の考えによって思わぬ内容が存在することも多いと思う。当役場においても、対応に苦慮する事例が存在しているが、他の公証役場で行った事例等も参考としながら、対応していたところである。本稿においては、当役場が対応した中で、苦慮した事例を抽出して紹介した次第であるが、この対応が、必ずしも正解であったかは不明である。しかし、法令、先例等に照らしつつ、他の公証役場の事例も参考としながら、可能な限り、適切に対応したつもりであるので、事業用(定期)借地権設定契約公正証書作成に当たって参考としていただければ幸いである。
(広島・福山公証役場公証人 秦 愼也)

民事法情報研究会だよりNo.56(令和5年1月)

新年のごあいさつ

 新年明けましておめでとうございます。
 会員の皆様のますますのご多幸をお祈りいたします。
 旧年を含め、ここのところコロナに始まりコロナで終わる年が続いています。
 そのため、当研究会においても、対面での会合ができなくなって久しくなってしまいました。非常に残念に思います。
 ただ、新型コロナウイルスについては、流行当初は、この世の終わりが到来するのではないかとの恐れを抱かせられるような状況だったように思いますが、近時においては、感染者数増加の報道があっても、非常事態措置やまん延防止等重点措置といった言葉そのものが出てこないような状況となり、日常生活も維持されているように思います。このように、ウイズコロナの生活様式が常態化し、社会に認知されてくれば、多人数かつ対面での会合も可能となるのではないかと期待しているところです。
 そこまでいかなくても、多少窮屈な制約付きの会合であっても開催できないかということについて、引き続き検討していきたいと思っています。
新年のごあいさつは、明るい話と決まっていますが、暗めの話に終始してしまったことをお詫びいたします。
 最後に、少し前に孫が誕生したご報告をさせていただき、新年のごあいさつとさせていただきます。
 本年も、よろしくお願いいたします。

   令和5年正月 一般社団法人民事法情報研究会 会長  小口哲男

今日この頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

手書きの温もりなど(佐々木 暁)

 令和5年卯年を迎えました。新年あけましておめでとうございます。会友の皆様には、新型コロナやインフルエンザ、押し寄せる値上げ・物価高、円安、重なる年輪等々の苦難の中、これらの難敵をものともせずに、ご健勝にて、新しい年をお迎えのこととお慶び申し上げます。
 さて、「研究会だより」の編集長から「今日この頃」欄の執筆担当者の選択的指名依頼を受けて、早速に会友の皆様のどなたかに幸運の?白羽の矢をと、思いっ切り弓を引いたところ、弦がぷっつりと切れて悲しいかな自分に跳ね返ってきてしまいました。黒羽?と化して。実は3年連続新年1月号の「今日この頃」欄に顔を出すこととなり、いささか困惑していた次第で、割り当てて頂いた編集長・会長には、この偶然的ご配慮に心から感謝?しています、が、何より難題が、3年余のコロナ禍の社会情勢下においての隠遁的?仙人的な今日この頃の生活環境の中においては、会友の皆様にご報告できるような「今日この頃」的な事柄や提供できる話題も枯渇し、一粒の滴さえしたたり落ちないことにあります。しかしながら、折角も3年連続で新年号の担当にご指名頂いた会長殿への感謝を込めて、まるで、生レモンサワーのレモンを絞る如くに力を込めて、少ないなけなしの全脳的知力を絞り出して、この先に筆を進めたいと思う次第です。言い訳だけの前書きで、ほぼ1ページになりそうですので、それではこの辺でまた来年と行きたいところですが、まだ絞り残しのレモンが少しばかり残っているようです。
 令和4年の師走を迎える頃、そろそろ令和5年新年の年賀状を書く準備と思い、令和4年新年に頂戴した年賀状を改めて拝読させていただきながら、今更ながらに気付かされたことの一つが、何とも手書きの年賀状の少ないことです。圧倒的に印刷されたもの、パソコン仕様の年賀状が多いことです。中には、手作りの版画、パソコンを駆使した仕様の楽しい年賀状もあります。そんな中に、宛先から裏の挨拶・近況文までが手書きの年賀状を拝見すると、何故か気持ちが和み、ほっとするのです。年賀状の表の自筆の私宛の住所・氏名を拝見しながら、裏の差出人が誰かを想像するのが堪らなく楽しく好きです。
 個々人の特徴的な字体は、書人の笑顔や声、人柄まで蘇らせてくれ、ご無沙汰中の空間を埋めて、想い出の場面に連れ出してくれます。手書きの宛名一つで、新年の挨拶以上のものが溢れ出て、しばし書人の笑顔と手書きの温かさを感じながら至福の時間を過ごすことができました。そんなことから、私の令和5年の年賀状も相変わらずの汚い字の手書きです。しかし、受け取り人の想いは「相変わらず汚い手書きの年賀状だな。パソコンがないのか。使えないのか。」ということかもしれませんが。決して、印刷された年賀状、パソコン仕様の年賀状を否定している訳ではないことをお断りしておきます。口悪しき隣人によれば、お前は手書きの温もりなんて偉そうに言っているが、単にパソコンが不得手で、住所録も登録していない(できない)からだろうと言います。挙句には、デジタル化時代到来時の公証人でなくて良かったね、とも。う~ん、何とも反論し難い。
 令和4年10月1日付けの読売新聞の社説に、「手書きの大切さを再確認したい」と題して、2021年度の「国語に関する世論調査」(文化庁が全国の16歳以上を対象に実施)に関する論説が掲載されていました。問題の提起として「デジタル機器の普及に伴い、漢字が書けなくなったと感じている人は多いのではないか。日常生活や教育現場で、文字を書く機会をどう確保するか、改めて考える必要がある」というものです。
 この世論調査では、全体の82%が「国語に関心がある」と答え、関心がある点は「日常の言葉遣いや話し方」「敬語の使い方」が多かったとのことです。また、パソコンやスマートフォンの普及で「手で字を書くことが減る」「漢字を書く力が衰える」という懸念が多かったとのことです。
 私もスマートフォンを使用していますが、おはようの挨拶やお礼などは、絵文字で済ませてしまうことすらあります。ひらがなを漢字に変換してくれるので、正しい漢字を選択することは今のところ出来ているようですが、いざ実際に書くとなると、あれッ、となり、一瞬漢字のイメージは湧くが正確に書けないことが多々あります。これは単に認知症の前触れかと危惧したりしています。
 この社説の中で「文化審議会は10年の答申で、手書きの重要性を指摘している。繰り返し漢字を書くことで、脳が活性化され、習得につながるという。手書き文字には、書き手の個性も表れるため、日本の文化としても大切だと位置づけています。14年度の国語世論調査では、手書きの習慣を「これからも大切にすべきだ」が92%に上った。」と紹介されています。しかし、年賀状や挨拶状を書く習慣自体が年々薄れていく中で、更に拍車をかけることになりそうなのが、教育現場におけるデジタル教科書の導入であり、社会のデジタル化ではないかと老婆心ながらささやかな心配をしています。
 私が手書き文化や漢字を書くことに少なからずも郷愁的・感傷的な気持ちを抱くのは、団塊世代として生きてきた時代背景も影響しているのだろうかと思ったりもしています。小学生、中学生、高校生の頃は、もっぱらガリ版切りをして、文集、新聞、台本創りをやり、登記所では、登記簿へのガラスペン記入、タイプライター記入・印刷を、民事局では、手書きでの増員・定数・予算等の要求書・資料の作成からやがてワープロ・パソコン機器での文章・資料作成という時代を駆け抜けて来たことも影響しているかも知れません。文明の利器が急速に進化を続けていることは承知しながらも、私の場合は、未だいざ鎌倉の時には、パソコンを開くより、紙と鉛筆を持つほうが早いかもしれません。この原稿もパソコンで仕上げましたが、紙で下書きした原稿を浄書したものです。パソコンにいきなり向かうこともありますが、なかなか文章全体の構成、流れが浮かんできません。会友の皆様には、ここまでの文章をお読み頂いて、筆者はそうは言うが、「紙で下書きしたからと言っても、必ずしも良い文章とは限らないんだな」ということをお感じになられたでしょう。悲しいかな墓穴を掘ってしまったようです。未だ発展途上中のアナログ人間そのものです。
 コロナ禍の中、平常時の交友関係もままならない世情にあるなかにおいて、旧友や知人、諸先輩、元同僚の皆さんとの近況報告等は、もっぱらハガキ、手紙のやり取りです。手書きの走り書きで、乱筆・乱文ではありますが。友人・知人からの手書きのハガキや便箋の字を見ているだけで、笑顔や人柄、額の広さ加減までが行間に滲み出てきて、涙腺を刺激されることも度々です。と言いながらも、単なる連絡、報告的な事柄は、ついついスマホによるメールやラインで済ましてしまうことも多くなってきたような気がします。さしたる刺激もない老後の生活において、63円、84円の世界の中で結構心を癒されております。
 それにしても公証事務の世界にもデジタル化の波は容赦なく押し寄せて来ているやに第三者的立場で感じつつ、それでも公証人の自筆の署名だけは残るであろうななどと、勝手に想像を巡らしながら、現役の公証人の皆様のご苦労や順応能力の素晴らしさを想いつつ、自分的には、「早い時期(デジタル化等の改革前)に退任することが出来て良かった。」(一人ホット感)と正直すぎる気持ちを心の中でそっとつぶやいて、新年の祝い酒をちびりちびりと飲みながら、何の予定も記されていない2023年のカレンダーを眺めています。
 会友の皆様本年もよろしくお願いいたします。(元大宮公証センター公証人 佐々木 暁)

看取りの歴史と将来

◆ 私には娘が二人います。娘たちがまだ小学生の頃、「お父さんが年をとり寝たきりになったら、誰が最期まで面倒を見て(看取って)くれるかな?」と冗談で尋ねると、二人、口を揃えて「自分が世話をする」と言って互いに譲らず、嬉しい喧嘩をしてくれていました。私が子どもの時代は、自宅が田舎にあったということもありますが、家族の最期は自宅で看取るのが一般的で、私の祖父母も自宅で看取られました。しかし、それから約半世紀が過ぎ、看取りの態様も様変わりし、自宅で家族の最期を看取る例は相当少なくなっています。
◆ 我が国における看取りの歴史は古く、看取りと同義とされる「取り見る」という言葉があり、奈良時代初期の歌人・山上憶良は、万葉集に「家にありて母が取り見ば慰むる心はあらまし死なば死ぬとも」という歌を残しています。日本の医療史学者である新村拓(しんむらたく)氏によると、看取りの文化の核をなしていた死の臨床は、既に平安・鎌倉期の仏教界においてマニュアル化されており、それらは出家・在家の者を問わず実践され、また、中世・近世には一般向けの教訓書・家政指南書・医書の中にそれが取り込まれ、より良き死を迎えさせるための作法として庶民の間にも定着していたとのことです。この看取りの文化は、肉親による看取りの是非といった立場の違いはあるものの、往生思想による臨終所作として仏教がそのベースにありましたが、明治期を経て看取りは宗教色が失せ、家族の問題となっていきます。その後の変遷については、学者間で若干の相違はありますが、看取りは、やがて国策として女子教育の「家政」の領域と位置づけられ、家政学の教科書の中には看取りの作法だけでなく、遺体の初歩的な処理の仕方まで掲載したものもあり、昭和中期までは一般家庭において在宅死は当たり前のことであり、女性(嫁や妻)が中心となって看取りを行い、そのためのノウハウが家や地域社会に承継されていたようです。
◆ しかし、その後、現在に至るまでの間に核家族化、共働きの増加、福祉・医療施設の拡大といった社会構造の変化に加え、死に対する国民の考え方の変化もあいまって、医療機関・介護施設等での死亡率が徐々に高まり、看取りの文化は家や地域社会から離れていくことになります。看取りが家庭や地域から医療・介護の分野に移行すること自体決して悪いことではなく、家族の負担等を考えるとむしろ必然的であったといえますが、移行が進むにつれ国民医療費・福祉関連経費が膨れ上がったため、在宅医療・在宅死への回帰を求める声が出始めます。また、医療・介護施設の現場において十分な体制が整わず、患者・入所者に対する不適切な扱いや、職員による入所者への虐待等の問題が発生し、そのほかにも終末期における延命治療や尊厳死といった個人の権利と医療倫理に関する問題も生じることとなります。
◆ 内閣府の公表した「令和4年版高齢社会白書」によると、国民の健康寿命(日常生活に制限のない期間)は令和元年時点で男性72.68年、女性75.38年となっており、平均寿命からこれを差し引いて求められる要介護期間は、男性9年弱、女性が12年余となります。iPS細胞に代表される再生・細胞医療、遺伝子治療、その他医・科学の進歩が、平均寿命・健康寿命の延びをもたらす一方で、我が国における少子化の流れは歯止めが効かず、将来、だい大かい介ご護じ時だい代が到来するのは確実視されており、このような状況を踏まえると、頼りとなる医療・介護資源が徐々に限界に近づいていくことが危惧されます(医療・介護関連のAIやロボット開発によりどの程度カバーできるのか予測できませんが…)。上記新村氏ら専門家は、これから大介護時代を迎えるに当たり、かつて日本にあった看取り文化の再生・再創造が必要であると主張し、地域包括ケアシステムという受皿の中で、家族介護者が関わっていく新たな看取り文化の構築が期待されています。また、上記高齢社会白書では、人生の最終段階における医療・ケアについては、医療従事者から本人・家族等に適切な情報の提供がなされた上で、本人・家族等及び医療・ケアチームが繰り返し話合いを行い、本人による意思決定を基本として行われることが重要であるとしています。近い将来間違いなく訪れるであろう大介護時代と看取り文化の変革は、遺言、信託、見守り契約、尊厳死宣言はもとより、終末期看取りの委任や、新分野での自己決定権に基づく意思表示といった形で、公証事務にも少なからず影響を及ぼすのではないかと考えており、その動向に注目していきたいと思っています。
(付言事項)
 先日「看取り犬とワンダフルライフ」と題したドキュメンタリーがテレビ放映されていました。愛犬を連れて入所可能な特別養護老人ホームを取材した番組で、長い人生を生きてこられた高齢者の方と、その方にそっと寄り添う犬にスポットを当てたものです。飼い主がペットの最期を看取る番組はよく見かけますが、逆のパターンは珍しく感興をそそられました。一方我が家では、自分こそがお父さんを看取ると言って喧嘩していた娘二人も30代になり、現在では二人仲良く「将来老人ホームに入所するなら、費用が高くてもしっかりしたところを選ばないといかんよ。」と口を揃え言っています。(神戸・洲本公証役場公証人 阿部精治)

公証人を退任して(近況報告)

 令和4年7月1日付けをもって古川公証役場公証人を退任し、早4か月が過ぎ去ろうとしていますが、誌友の皆様におかれましては、いかがお過ごしでしょうか。
 公証人を拝命した際には、重責を無事に全うできるかどうか心配しておりましたが、関係する皆様のご尽力により、大病を患うこともなく、9年8か月の間、曲がりなりにも何とか公証業務を処理し、無事に退任の日を迎えることができました。改めて、皆様に感謝申し上げる次第です。
さて、公証人退任後、約1か月の期間を要して残務整理や引っ越しの準備などを終え、8月初旬、ようやく終の棲家となる実家(青森県弘前市)への人生最後の引っ越しを終えました。東京での生活を続けようかとも考えましたが、長年実家も空き家となっており、また、祖父の代から生業としている果樹園の管理を姉夫婦に任せっきりにしていたことから、実家へ戻ることにした次第です。実家の裏に広がっている畑(約3,000坪)では、主に「ふじ」という品種の林檎を作付けしています(他の品種として、「紅玉」、「王林」、「金星」、「ジョナゴールド」といったものもありますが、数本程度です。)。作付面積からすれば、家族で何とかやっていける位の小規模農家といったところでしょうか。亡き父母は、長男である私に跡を継いで欲しかったようですが、その期待に沿うことなく、私は別の道を選んで今日に至ってしまいましたので、これからの人生、農業に精を出し、いくばくかでも親不孝をした穴埋めができればと思っているところです。現在、姉夫婦と共に「ふじ」という林檎を収穫しているところであり、後期高齢者である姉夫婦と共に体力の続く限り、自然と向き合いつつ営農活動を続けていきたいと思っています。
 ところで、公証人在任中に十分な取組ができていなかった事柄があります。一つは、公証業務に関する広報の件です。毎年、10月の公証週間には、地域で発行されている新聞に2回ほど広告掲載するほか、通年、地域で開催される各種交流会等に積極的に出席するなどして、公証業務の広報に努めていましたが、更に知恵を絞れば効果的・効率的な広報活動ができたのではないかということです。もう一つは、「聞く力」が不足してはいなかったかということです。嘱託事件の多くは遺言に関する案件であることから、高齢者からの相談が多くなりますが、突然訪れた相談者の中には、緊張しているためか、あるいは、まずもって十分に相談者の生活状況等を公証人に理解して貰った上で具体的な相談内容について尋ねていきたいと考えているのか分かりませんが、相談者の出生から現在の家族を含めた生活状況等に至るまで、とうとうと話し始め、訪れた目的がわからないまま、かなりの時間を費やすことがありました。時間的に余裕があれば相応の時間を費やし、懇切・丁寧な対応も可能ですが、次の嘱託事件の予定時間が迫っているときなどは、つい焦ってしまい、途中で相談者の話しを遮ることもあったかと思います。相談者からすれば、取り敢えず自分を取り巻く家庭内の諸事情を十分聞いて貰った上で、具体的な遺言内容を考えたいと訪れたにもかかわらず、十分に話しを聞いては貰えなかったという不満を抱いたかも知れません。もう少し相談者に寄り添った「聞き出す力」をも発揮した対応ができていれば、それこそ懇切・丁寧な応対に繋げられたのではないかと思っているところです。
 最後になりますが、全国的に新型コロナの感染拡大が収まっておらず、気が抜けない毎日が続いています。誌友の皆様におかれましては、改めて健康管理に十分留意され、来るべき輝かしい新年を迎えられることを祈念し、拙い本文を閉じたいと思います。有難うございました。(元仙台・古川公証役場公証人 工藤 聡)

実務の広場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.96 債務承認弁済契約公正証書作成の可否について

(質問箱より)

【質 問】
(相談要旨)
1 夫甲と妻乙は、協議離婚することに合意しており、長女丙(15歳)の養育費及び財産分与のほか、乙が甲の弟丁に貸し付けた貸金の支払いに関する事項を離婚給付等契約公正証書にしてほしいとして、乙が当公証役場に来所した。
2 公正証書により作成してほしいとする丁への貸金の支払いに関する内容は、以下のとおりである。
 ア 乙は、甲の依頼を受けて婚姻前に蓄財した自らの預貯金から、丁に対し、総額金476万6025円を貸し付けたところ、丁からその一部の支払いはされたものの、その後支払いが滞ったため、別紙のとおり、平成30年6月18日付けで〇〇簡易裁判所から支払督促の発付を受けている。
 イ 丁は、現在所在不明であり、連絡を取ることができず、支払督促による強制執行の手続は行っていない。
 ウ 甲は、この度の離婚に伴い、乙の丁への貸金に対する返済について丁に代わって乙に分割して支払うことを約束している。
上記2の貸金について、甲による第三者弁済として、乙を債権者、甲を
債務者とする債務承認弁済契約公正証書を作成することができるか。
(質問者意見)
 第三者弁済に関して、民法第474条に次のことが定められている。
(1)債務の弁済は、第三者もすることができる。ただし、その債務の性質がこれを許さないとき、又は当事者が反対の意思を表示したときは、この限りでない(改正前同条第1項)。
(2)利害関係を有しない第三者は、債務者の意思に反して弁済をすることができない(改正前同条第2項)。
 ※施行日(令和2年4月1日)前に生じた債務については、施行日以後も旧法によるものとされている(改正法附則第25条第1項)ため、改正前の民法第474条が適用される。

 丁が所在不明で連絡を取ることができない状況にあることから、民法第474条第1項及び第2項の債務者の意思を確認することができない以上、有効な第三者弁済とはいえないので、甲乙間の債務承認弁済契約公正証書を作成することはできないものと考える。
 他方、債務者丁の意思を確認することができない以上、丁の意思に明確に反する弁済とはいえないので、有効な第三者弁済と考え得る余地があり、判断に迷うところである。
 なお、離婚給付等契約公正証書の条項に離婚を原因とする給付とはいえない貸金の返済に関する事項を記載するのは適切ではないので、仮に有効な第三者弁済と認められるときは、債務承認弁済契約公正証書として作成すべきと考える。

【質問箱委員会の回答】
1 第三者弁済を前提とした契約について
 まず、本件は、平成29年法律第44号による改正民法の施行(令和2年4月1日)前に成立した丁の乙に対する債務(以下「本件債務」といいます。)に関するものであることから、以下、この改正前の民法については「旧民法」と、改正後の民法については「改正民法」と、改正民法の附則については「改正法附則」と称することとします。
 お尋ねの、改正法附則第25条第1項により本件債務の弁済に適用される旧民法第474条の規定に基づく、甲による第三者弁済を内容とする債務承認弁済契約公正証書を作成することができるかということですが、第三者弁済は、債務者丁の意思に反してはなし得ないので、仮に甲と乙との間で第三者弁済に関する契約をするとすれば、丁の意思に反しない場合に限り有効という条件を付した第三者の弁済契約ということになります。
このような契約により第三者弁済がなされたとしても、丁が反対の意思表示をすれば、第三者弁済は効力を失い、乙は既に甲から弁済を受けた金員があれば、これを返還しなければならないこととなります。
 また、甲は、道義的責任はともかくとして、法的には本件債務の履行責任のない第三者の立場で弁済するということですから、債務者でない甲と乙との間で債務承認弁済契約を締結することはできないと考えます。
 できるとすれば、前述のとおり、(条件付)第三者の弁済契約ということになりますし、本件債務について、法的には債務者でない甲に対して強制執行をするということは考えられませんから、執行証書とすることができない以上、公正証書にする意味は事実上ありません。

2 併存的(重畳的)債務引受契約について
 相談の目的を達する方法の一つとして、甲と乙との間で、乙と丁との間の本件債務はそのまま存続させておいて、これと併存する本件債務と同一の内容の債務を甲が負担するという契約をすることができます(改正民法第470条第2項)。
 この契約は、債務者丁の意思に反するときでもすることができるとされています(大判大15.3.25民集5.219)ので、第三者の弁済のような問題は生じないものと考えます。
また、甲が、既に支払督促手続で仮執行宣言も付されている本件債務を、分割して支払っていくということですので、併存的債務引受契約に付随して、分割払いによる具体的な弁済契約も締結する必要があります。
 併存的債務引受は、旧民法には規定がなかったものの、従前から判例によって認められていたもので、改正民法第470条以下は、これを整理して明文化したものです。
 元の債務者の債務と引受人の債務は連帯債務になる(改正民法第470条第1項)という点は従来と変わりませんが(最判昭41.12.20民集20.10.2139)、連帯債務に関する旧民法の規定では、一方の債務が時効消滅するとその負担部分において他方の債務に効果が及ぶなど、広く絶対的な効力が認められていたところ(旧民法第439条等)、改正民法では、連帯債務者の一人について生じた事由は、原則として他の連帯債務者に対してその効力を生じないこととされる(改正民法第441条)など、連帯債務者間の関係に違いが生じていることには注意が必要です。
 なお、本件債務が事業に係る債務であった場合、保証と同様の効果を生じさせる契約であることから、次の保証契約の保証人保護規定の潜脱と見られる可能性は排除できません。

3 保証契約について
 上記併存的債務引受契約と同様の効果があるものとして、保証契約を締結する方法も考えられます。
 債務者である丁の委託を受けない保証人として、甲が乙との間で保証契約を締結することは可能であり、分割払いということであれば、保証契約と同時に、具体的な分割払いによる弁済契約も締結する必要があります。
 なお、甲が催告の抗弁(民法第452条)及び検索の抗弁(民法第453条)並びに他にも保証人があった場合の分別の利益(民法第456条)の主張をしないということであれば、甲が本件債務について丁と連帯して債務を負担する連帯保証契約にすることによって、乙の立場はより有利になります。
 新たに(連帯)保証契約を締結する場合は、改正民法が適用されますから、本件債務が事業に係る債務であった場合は、保証人保護のための保証意思宣明公正証書の作成が必要になります(改正民法第465条の6以下)。
 この場合、改正民法第465条の10の情報提供義務に関して、上記のように甲が乙との間で(連帯)保証契約を締結する場合は、主たる債務者の委託を受けない保証人であることから、同条に定める情報の提供がなくとも、甲の履行意思(改正民法第465条の6第2項第1号イ)を確認することができれば、甲から本件債務が生じた際の事情や丁の現状を聞き取るなどすることによって、保証意思宣明公正証書の作成は可能と考えます。
 このように、本件債務が事業に係る債務であった場合には、余分な手間と費用が生ずることとなりますが、ここまでやっておけば、万一甲からの分割金の支払いが滞った場合には、問題なく強制執行をすることができるものと思われます。
 ただし、(連帯)保証債務には、主たる債務の存続、態様、消滅等について主たる債務と運命を共にするという付従性が認められていることから、主たる債務が時効により消滅してしまうと、保証人も主たる債務の消滅時効を援用することができることになります(大判昭8.10.13民集12.2520)。
 本件債務に関する支払督促手続の仮執行宣言(平成30年7月27日)の送達から2週間以内に督促異議の申立てがなかったときは(別途確定証明書を取っておくことをお勧めします。)、支払督促は確定判決と同一の効力を有することになり(民事訴訟法第396条)、本件債務にはその確定から10年間の消滅時効が進行しますから、甲の分割払いの期間がそれより長い場合には、乙は、それまでに丁に対して本件債務の時効中断の措置をしておく必要があります。

4 離婚給付と一つの証書にすることの是非について
 甲乙間の併存的債務引受契約又は(連帯)保証契約と、離婚給付に関する契約は、一つの公正証書にすることも別々の公正証書にすることも可能ですが、同一の当事者間の一方から複数の金銭給付をする場合、充当の問題が生じることがありますので、一つの証書にした上で、充当に関する条項を設けておくのが望ましいと考えます。
 例えば、養育費として毎月3万円、本件債務の弁済分として毎月3万円の合計6万円を支払うこととなっているにもかかわらず、今月は支払いが苦しいからということで5万円しか支払われなかった場合に、どちらの債務がどれだけ履行されているのかが分からないのでは、強制執行をする場合に支障となることがありますので、改正民法第488条の規定に従うということにしておくよりも、まず養育費から充当するというような条項を設けて明確にしておいた方が良いと考えます。

5 結論
 相談の目的を達する方法としては、上記2の併存的債務引受契約とすることも3の(連帯)保証契約とすることも、どちらも可能ということになりますが、その要件や効果に若干違いがありますので、当事者に説明の上、どちらにするかを選択してもらうことになります。
 一般的には、併存的債務引受契約とする方が分かりやすいと思いますが、本件債務が事業に係る債務であった場合には、保証意思宣明公正証書を作成した上で(連帯)保証契約とするのが確実と思われます。
 また、離婚給付契約と一つの公正証書とするのか別々の公正証書にするのかについても、当事者に説明の上で決めてもらうことになります。
 おって、本件債務が事業に係る債務でなければ併存的債務引受契約になると思いますので、併存的債務引受契約に関する条項案を、参考に供します。

〔参考〕
第〇条 甲は、乙に対し、甲の弟〇〇〇〇(以下「丁」という。)が平成22年9月4日から平成29年10月3日までの間に乙から貸付を受けた総額金476万6,025円の内、平成30年6月18日現在の未払残額金430万6,025円の支払債務を、令和〇年〇月〇日、併存的に引き受け、これを令和〇年〇月から令和〇年〇月までの〇回に分割し、毎月〇日限り、毎回金〇〇円(ただし、最終回は金〇〇円)ずつを、丁と連帯して、乙の指定する金融機関の口座に振り込んで支払う。

民事法情報研究会だよりNo.55(令和4年10月)

清秋の候、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
列島を縦断する台風により一気に秋がやってきたと感じる今日この頃ですが、台風による停電や断水等により不便を強いられた方々に心からお見舞い申し上げます。
家族や友人などにも新型コロナ感染者が出たなどの情報に接する機会が多くなったようで、まだまだ油断できない状況が続いています。初期の新型コロナウィルスと変異ウィルスであるオミクロン株の両方に効果が出るように改良した新しいワクチン接種が始まりましたので、その重症化予防効果に期待したいと思います。(YF)

今日この頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

75歳の壁(小畑和裕)

1 後期高齢者になった。昨年、75歳の誕生日を迎えたとき、市役所から通知があった。それまで加入していた国民健康保険から自動的に後期高齢者医療制度の被保険者となった旨の通知があり、併せて被保険者証が送られてきたのだ。加入手続きは不要だという。いよいよオレも後期高齢者と呼ばれるようになったのか、と寂しいような悲しいような複雑な思いだった。
「後期高齢者」という言葉を初めて聞いたのは、この医療制度が始まった平成20年の頃だったと思う。「後期高齢者」と聞いたとき、大変な苦労を経て、戦後の日本の復興を果たし、実質国内総生産(GDP)世界第2位という驚異的な経済成長を成し遂げた諸先輩を、後期高齢者などと呼ぶのは誠に失礼であると憤慨したものだった。だが当時はまだまだ先の事でもあり、実感も湧いてこなかった。自らの問題として捉えることはなかった。その、後期高齢者になったのだ。時の流れの速さに驚くとともに、無為に過ごして来た日々を思い、何とも表現のしようのない気持ちに包まれた。
2 私は、法務局出身公証人OB会の世話役を仰せつかっている。会員は主に東京法務局の管区内の公証役場で勤務していたOBが中心だ。春・夏・秋・冬、合わせて年4回ほどの交流会を開催しているが、最近はコロナ禍により2020年以来、休止している。この僅か二年数ヶ月の間に、6名もの会員が亡くなられた。悲しくて、悔しくて、残念でならない。いずれの会員も現役時代は言うに及ばず、退職後もご指導を賜り、お世話になった方ばかりである。しかも所謂平均寿命(今年7月の厚労省の発表では、男子81.47歳、世界第3位)よりも若い方が多く、中には後期高齢者を迎えたばかりの先輩もおられる。残念極まりない。コロナ禍に見舞われていなければ、交流会の際にお会いし、現役時代の苦労話や楽しかった思い出、健康長寿の秘訣など和気あいあいと語り合うことが出来たと思うと悔しくてたまらない。今はただ諸先輩のご冥福を祈るばかりである。
3 後期高齢者数は、2020年には、約1870万人であるが、団塊の世代の全員が後期高齢者となる2025年には約2180万人になると推計されている。後期高齢者の増加にともない雇用、医療、福祉など数々の問題が生ずると指摘されている。
 最近「75歳の壁」という言葉をよく聞く。日本人は、とかく「壁」という言葉が大好きだ。「嘆きの壁」とか「バカの壁」とか、愛読している松本清張の著作にも「目の壁」がある。「75歳の壁」の意味はよく分からないが、突き詰めて言えば、この年齢を境に各種の疾患(脳卒中や脳梗塞など)の罹患率が65歳から74歳に比べて飛躍的に跳ね上がるということだと思う。また、要介護者や認知症の発症者の割合が増加するのも「75歳の壁」だ。この壁を意識に置いて日々の健康維持に留意すべきであると、警告を発しているのだと思う。
 一方で恐い話も有る。第75回カンヌ映画祭で特別賞を受賞した「プラン75」という映画だ。この映画は、75歳を迎えた人々に「命の選択」を与える国の政策が実行された社会を描いている。現代における姥捨て山だ。人が生きていくということの意味をより深く考えさせられる作品である。架空の話ではあるが、人間の存在価値を考えるとき、生産性の有無を拠り所にするのは間違いだ。この作品は、後期高齢者の増加にともない様々な問題が発生する日本社会の現実をみつめた映画だと思う。75歳の身には深くて恐ろしい作品である。
4 最近、「75歳の壁」や後期高齢者を巡る話題は多い。背景には、間近に迫った2025年問題があるのだと思う。これらの話題に接したとき、従来とは違って自分自身を対象にした問題でもあるため、深く考えるようになった。後期高齢者として如何に生きるのか。明確な答えはまだない。しかし、はっきり言えることがある。それは、多くの人々と交流し、歓談し、明るく楽しい時を過ごすことの大切さだ。このことが、「75歳の壁」を乗り越え、楽しい人生を生きていく最大の武器になると信じている。その為にも一日も早くコロナが終息し、マスクなんかうち捨てて、多くの人々と交流出来る日がくることを願っている。(元厚木公証役場公証人 小畑和裕)

滝川公証役場について~広報活動を中心に(阿部俊彦)

【はじめに】 
 滝川公証役場で公証人をしています阿部と申します。
 滝川公証役場の公証人に任命され早いもので2年が過ぎましたが、日々悩みながら業務を行っている毎日です。
 誌面をお借りして当公証役場を紹介したいと思います。
 当役場が置かれた札幌法務局滝川支局が管轄する地域は、北海道のほぼ中央部に位置する北海道庁空知振興局管内にありますが、特に中空知地方と称し、「滝川市」、「芦別市」、「赤平市」、「砂川市」、「歌志内市」、「奈井江町」、「上砂川町」、「浦臼町」、「新十津川町」、「雨竜町」の5市5町で構成されています。(私が出張して業務ができるという意味での管轄は、札幌法務局管内全域となります。)
 中空知地方は、旧財閥系の炭鉱地帯として繁栄した空知炭田の一画にあり、その中心地である滝川市は近隣の炭鉱街からの買い物客で賑わった商業の街でありました。
 役場のある滝川市は、1987年(昭和62年)NHK朝の連続テレビ小説「チョッちゃん」の舞台として放送されました。これは、黒柳徹子さんの母の自伝「チョッちゃんが行くわよ」を原作としたもので、皆さんも放送をご覧になり、滝川市をご存じの方もいるかと思います。
 また、北海道民のソールフードである味付けジンギスカンで、全国的に有名な「松尾ジンギスカン」の本店は滝川市にあります。

【事件の動向】
 滝川公証役場は、岩見沢公証役場を置くとされていた支局のうちの一つである滝川支局に昭和63年1月に新設されましたが、役場新設当時、既に石炭産業は斜陽の一途をたどり、平成7年には管内の炭鉱は全て閉山される状況でした。したがって、役場新設当時から地域経済力の低下の兆しはありましたが、特に基幹産業が崩壊した平成7年以降は人口減に拍車がかかり、令和2年以降、管内人口は10万人を割り込み、地域経済における地盤沈下は目を覆うほどであります。
 こうした傾向は、公証事件数にも明らかに影響しており、役場新設時における事件数及び事件の種別は、現時点におけるそれとは大きな開きがあります。とりわけ、定款認証をはじめ賃貸借、消費貸借、債務承認弁済等の経済取引に関する事件は極めて減少しています。
 しかしながら、一方では、遺言、任意後見、離婚給付などの家事事件の割合が増加しています。
 そこで、このような事件の変化に対応した広報活動が必要と考え、微力ではありますが、昨年は、以下のような取り組みを行っています。

【広報活動】
1 講演会等の実施
  コロナ禍にあっては、感染対策等を講じながら実施しなければならず、非常に実施そのものが難しい中ではありますが、私自身がロータリークラブの会員ということもあり、「滝川ロータリークラブ」で、会員を対象として、公証制度全般について話をさせていただきました。
  また、滝川市内の保険事務所の依頼を受け、ファイナンシャルプランナー等を対象に主に遺言を中心に講演を行いました。
2 地元FМラジオへの出演
 公証人に就任した令和2年9月から、滝川市のコミュニティFMラジオ(エフエムなかそらち)に定期的(2か月から3か月毎)に出演をし、特に遺言制度を中心に、パーソナリティから質問を受け、それに答えるという形式で、話をさせていただいています。今後も引き続き出演させていただく予定となっています。
3 バス車内放送による広報
 北海道中央バスの役場最寄りのバス停留所(2か所)において、車内アナウンス広告を行っています。過去に何度か「車内アナウンスがあったので迷わず来ることができた。」という声もあり、ある程度の効果があると考えていますが、役場に用事のある方のみならず、バスの乗客に公証役場及び業務内容を繰り返しアナウンスすることによるPR効果があると思われます。今後の実施に当たっては、定期的に放送内容を見直すなど、マンネリ化にならないよう工夫しながら、引き続き実施したいと考えています。
4 その他
 「滝川市役所設置の案内図への掲載」、「JR時刻表への広告掲載」、「地元FM局の広報誌への掲載」、「市役所発行のパンフレットへの掲載」等を行っています。

【おわりに】
 最後に、冒頭でも記載したとおり、滝川公証役場は、元産炭地が囲む過疎地域で、公証需要の少ない地域です。そのような中で、地域住民に公証制度を「知ってもらい」、「理解してもらい」、公証役場を「利用してもらう」活動を微力ではありますが、これからもしてまいりたいと考えております。
 これからも引き続き皆様から、御指導、御鞭撻をいただければと思います。
 どうぞよろしくお願いします。(札幌・滝川公証役場公証人 阿部俊彦)

今治で想うこと(檜垣明美)

 私が住む愛媛県今治市の人口は、着任当時に比して1万人以上減少し、15万人台になっており、寂しい思いをしていますが、投稿の機会を得ましたので、最近の今治市について若干ご紹介したいと思います。

1 今治市は、「タオル」と「造船」で知られた街です。

 「タオル」は、今治タオルとして、全国的に有名で東京のデパートでも購入できます。外国製のタオルに対抗する為に、品質の良さを追求して、現在のブランド力を得ています。その吸水力と柔らかさは、非常に優れています。特に、真っ白なタオルは、肌触りが最高で(着色すると繊維が固くなるとか)、私の大のお気に入りでもあります。
しかし、タオル業者の方との話によると、このコロナ禍で各種イベント、結婚式やコンサートを始めとするイベントグッズ等の受注が大幅に減少しているとのことでした。そこで、タオル業者によるマスクの作製・販売も盛んに行われていますが、実際問題として、使用する布の量がタオルとは大きく異なるので、マスクの作製・販売のみで売り上げをカバーすることは全く無理とのこと。ここでも、コロナの影響は、飲食、観光で止まらないのだと実感しています。

「造船」については、皆さまご承知のとおり、世界に冠たる今治造船株式会社を始めとする造船会社が多くあり、今治港に近い当役場からもその姿を見ることができます。
 今治港といえば、本年は、今治港開港100周年の年であり、多くの関連イベントが開催されています。
 その中でも、特に私が興味を持っているのが、10月15日(土)に実施が予定されている、いわゆるブルーインパルスの展示飛行です。今治では初の飛行であり、今治の多くの人が一斉に空を見上げることになるでしょう。お天気に恵まれることを祈るばかりです。もう一つは、10月29日(土)開催予定の自転車競技、今治クリテリウムです。これも今治では初の開催で、今治港近くの市街地に作った周回コースを走り、サイクリスト達がその速さを競うものです。こちらは、費用面でなかなか厳しい面があり、クラウドファンディングの呼びかけも盛んに行われています。私も少しばかりですが支援しました。様々な形での行事を通して、今治市が少しでも活性化されることを切に願っています。
 また、自転車で思い出されるのは、「瀬戸内しまなみ海道」ではないでしょうか。この海道は、本州四国連絡橋ルートの一つで、西瀬戸自動車道の愛称です。広島県尾道市から瀬戸内海の島々を経て、愛媛県今治市に至ります。歩行者・自転車専用道路が併設されていますので、走った方もおられるのではないでしょうか。このサイクリストを対象にしたホテルもここ最近多く建っており、かなり盛況であると聞いています。今治市の特色を十分生かした形での発展も期待できます。

2 私が、四国の愛媛県今治市での生活を始めて、丸8年が過ぎようとしています。ここ2~3年は、コロナ禍の中、受託事件の減少や行動制限が求められ、心身ともに窮屈な日々を過ごさざるを得ない状況が続いています。この状況は、会員の皆様も同じことが言えるのでしょうが、ここにきて、コロナに対する考え方、つまり、コロナの予防接種の是非を始め行動制限がない中での行動をどのように考えるのか、人それぞれで考え方が大きく違うということを実感する場面に多々遭遇しています。行動制限のない中での自らの行動をどうすべきか、正解があるわけでもなく、非常に難しい問題ですが、私なりに個々判断の日々を過ごしています。
 私が属している地元のロータリークラブもその運営の舵取りに苦慮しており、絶対にコロナ患者を発生させない、拡げないとの強い思いで、例会等の開催に臨んでいます。
 このコロナ禍の出口は、本当にあるのかと不安に思いながらも、シェイクスピア作「マクベス」における「明けない夜はない」の言葉(他説あり)を信じ、もうしばらくここ今治の地でマスク生活を続けたいと想う今日この頃です。(松山・今治公証役場公証人 檜垣明美)

短歌

四季の短歌(高渕秀嘉)

春  花冷えといふ言(こと)の葉(は)のある国に生(あ)れし幸せ独り夜に酌む
   来る年もこの白木蓮をここで見ん彼岸会終へし寺の静けさ 
   父親は下で梯子を支へをり子が青空に楤(たら)の芽を摘む 
夏  何時からか食器洗うは我が勤め厨に奔(はし)る初夏(はつなつ)の水
   目覚むれば黙祷は今終りしと妻の声に恥づ原爆の日 
   原節子逝きて遙けき麦秋の明かりは地平に暮れずあるなり
   揚げ花火開かぬままに秘やかに銀河を目指すものもあるべし  
秋  ひと言の優しき言葉で足りたるを悔い拭ふごと母の墓洗ふ 
   むく鳥の円舞終はりぬ街の空夕焼雲は今果つる色
   夕焼に烏も喰はぬ柿たわわ昭和の飢餓は我に今なほ
冬  夫婦でも似ても似つかぬ十二桁マイナンバー届く時雨(しぐれ)寒き日
   日脚(ひあし)伸ぶと言へば肯(うべな)ふ人の居て共に歩みし道の遙るけき
   子の呉れし半纏(はんてん)を着て八十路なほ今日の寒さを嬉しと思ふ
以上 13首                     
(自註)上記は、中高年向け生活雑誌「明日の友」(婦人の友社・隔月刊)の「歌壇」(選者岡野弘彦先生次いで松坂弘先生)に投稿し入選した拙詠の内から、季節の言葉を含むものを選び、四季毎に並べてみたものです。
  俳句も少し嗜みますが(本誌No.44「新年と四季折々の俳句」)、俳句と短歌の、私の内なる関係等については、本誌No.26所収の拙稿「俳句短歌往還」をご参照いただくことがあれば幸いです。

実務の広場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.94 夫婦関係調整公正証書等について(大竹聖一)

1 はじめに
 当役場が所在する奈良県大和高田市は、大阪府に近接している関係もあり、大阪府内に居住する方々や大阪府内の弁護士、司法書士、行政書士及び税理士等から嘱託される事件も多く、また、持ち込まれる事案の中には詳細な検討を要する事案も少なくありません。
また、土地柄からか、いろいろな意味において権利意識が強く、種々雑多な相談や問合せが窓口に、そして電話等により持ち込まれます。相談等の対応については、まず当役場の書記が、その内容が公証事務に関するものかどうかを丁寧に聞いた上で、公証事務に関するものではない場合は、適切と考えられる相談窓口を紹介したり、法テラスを案内したりしています。例えば、「駐車場の土地を乗っ取られそうだと聞いたが、どうしたらよいか。」といった趣旨不明の電話があり、相談者も自身が置かれている状況がよく分からないまま電話をしてきた様子がうかがえた事例に対しては、「それは大変ですね。取りあえず法務局に土地の登記名義が書き換えられていないか確認してはいかがでしょうか。」と提案して対応を終了したことがあります。
 一方、公証事務に関する相談の予約をして来所された場合には、公証人において相談内容を詳細に聴取しなければなりません。
 例えば、①賃貸マンション(分譲マンションの1室のみを所有する個人との間の賃貸借契約によるもの)の漏水事故について、賃借人乙(個人)が、賃貸人甲(個人)との間で、水漏れの原因は配管施工業者の施工不良にあり(ただし、施工業者は認めていないようです。)、乙に責任はないこと、退去時の原状回復において本件漏水事故による損耗・損傷については、その対象としない旨の合意をしたいとか、②株式会社と銀行間の金銭消費貸借契約における連帯保証人Aが、他の連帯保証人Bとの間において、連帯保証人間の求償債務履行に関する契約を締結したいとか、③代理人弁護士から、XとXの妻との間における不動産の死因贈与契約(始期付所有権移転仮登記付き、始期・Xの死亡)を撤回し、当該不動産を他の第三者に遺贈する旨の遺言公正証書を作成したいなどの事案が持ち込まれ、その内容の確認(例えば、③については、負担付死因贈与契約か否か、負担の履行の有無その他の事情など)や案の作成に必要な資料の提出も含め、かなりの時間を要するところです。また、作成に当たっては、タイミングが合えば近公会の勉強会の協議問題として提出し、他の公証人の皆様の御意見や考え方を参考とさせていただくことも多かったのですが、残念ながら昨今のコロナ禍の影響により勉強会の開催は中断しています。

2 夫婦関係調整公正証書の作成
 そのような雑多な相談の中で、時折されるのが、表題の夫婦関係に関する公正証書の作成に関する相談です。
 夫婦共に相談に来所する場合もあって、離婚に関する公正証書の作成かと思いきや、離婚はしないが、夫婦間で取決めをしたので、その内容を公正証書にしたいという相談です。その取決めの内容は、おおむね「これまで夫(妻)は、不貞行為などを働き、あるいは放蕩三昧などを繰り返してきたことから、これを悔い改め、妻(夫)との間で、今後、不貞行為などをしないことを誓約し、不貞行為をした場合には、離婚に応じる。離婚に際して、夫(妻)は、妻(夫)に対し、財産分与(又は慰謝料)として金○○○万円支払う。」といったような内容です。
 この場合の相談対応においては、まず、「○○○の場合には、離婚に応じる。」という取決めに関する部分については、協議離婚における離婚の意思は、離婚届出の時点において存在することが必要であり、戸籍法による届出が受理されて初めて効力を生ずる要式行為であって(民法第764条で準用する同第739条第1項)、将来のある時点を基準として離婚に応じるとする旨の記載をしても、法的には何の意味もないこと、したがって、違反行為があった場合に当然に離婚の効果を生じさせることもないし、ましてや夫(妻)に離婚を強制することもできないことを説明します。ただし、強制力を持たないとしても、両者間の約束(誓約条項)として、例えば将来の離婚の際の一資料として活用することはできる(かもしれない)旨は付言し、そうした理解を得た上で、どうしても作成したいという場合には、作成に応じている実情にあります。
 また、財産分与に関する部分については、その請求権(財産分与請求権)は、将来の請求権であり、未だその請求権を基礎付ける離婚という事実が確定していないことから、強制執行認諾条項を付することはできないこと、その意味においては、公正証書として作成するメリットはないことを説明しています。
 なお、不貞行為があった場合における慰謝料の支払に関する部分については、不貞行為は妻(夫)に対する貞操義務違反になることから、法外な金額でない限りは、民法第420条第1項に規定する損害賠償の額の予定として許容されるものと思われます。
 ところで、ある相談事案においては、慰謝料や財産分与の金額を「〇億円」とするものであったことから、「そもそもこのような金額を払えるのですか(払えないでしょう。)」という私の問いに対して、その夫が「はい、払えます。」と即答したのには面喰らいました。
 ただし、このような金額の支払い自体違法とは言えないものの、通常認められるであろう慰謝料額をはるかに超える金額を慰謝料名目で支払ったり、婚姻中に増加した夫婦の財産額の2分の1相当の金額をはるかに超える金額を財産分与名目で支払ったりした場合には、超過部分が贈与とみなされて、高額の贈与税の対象となる可能性があることを注意しておく必要があります。

3 私署証書の認証
 公正証書の作成だけでなく、今後も夫婦生活を継続していくために夫婦間で合意書を作成したので、この文書を認証してもらいたいという依頼もあります。
 基本的な説明・対応のスタンスは、公正証書の作成の場合と同様ですが、合意書の内容を点検すると、公序良俗に反するようなもの、違法とは言えないまでも疑義があるものが散見される場合があり、その部分を指摘して、嘱託人自身で修正作業をしてもらうというひと手間が生じます。また、一方は暴力行為を受けたと主張し、相手方はちょっと背中を押しただけなどと反論し、その記載内容について双方の合意ができていない場合もあり、この未調整部分の文案の修正に関するやり取りが数週間に及ぶこともあります。
 しかし、一定の年齢を迎え、これまでの行為や言動を反省して、夫婦で穏やかな人生を過ごしていきたい、そのため、これまで暴力的な行為などを行ってきた一方当事者の抑止力として合意書を作成し、事案によっては、宣誓認証によることとしたいといった要望もあり、公証人としては、これに真摯に対応せざるを得ません。

4 参考文例等
  参考文例等は、次のとおりです。双方の話をよく聞いて、事案に応じて修正しています。
(1) 公正証書

夫婦関係調整公正証書
第1条 夫・○○○○(以下「甲」という。)は、妻・△△△△(以下「乙」という。)に対し、民法その他の法令に定める夫婦としての協力及び扶助の義務を履行し、夫婦として、互いに慈しみ合い、助け合い、協力し合い、共に生活していくことを誓約する。

第2条 甲は、乙に対し、次の各号に掲げる行為を行わないことを誓約する。            
(1) 不貞行為
(2) 刑法その他の法令に抵触する犯罪等の行為
(3) その他前各号に準ずる行為

第3条 甲は、乙に対し、次の各号に掲げる事項を遵守することを誓約する。                 
(1) 正当な理由がない限り同居し、扶助・協力すること。
(2) 婚姻費用(生活費)として、毎月○○万円を負担すること。
※ 事案に応じて
(3) 借主を甲、保証人を乙として、金融機関に対し負担する借入金債務については、甲が責任をもって弁済し、乙に責任を負わせないこと。

第4条 甲が、次の各号の一に該当し、乙が離婚を申し入れたときは、甲は直ちに離婚の協議に応じるものとする。
(1) 第2条各号に掲げる行為をしたとき。
(2) 第3条各号に掲げる遵守事項について重大な違反があったとき。               

第5条 第4条の離婚に際し、甲は、乙に対し、財産分与及び慰謝料として、甲及び乙が協議して定めた額を支払うものとする。

(2) 私署証書(認証事例)

夫婦間の合意契約書
妻・△△△△と(以下「甲」という。)と、夫・○○○○(以下「乙」という。)は、本日、以下のとおり合意し、本契約を締結した。
第1条(暴力行為)
乙は、甲に対し、〇〇年頃から△△年頃にわたり、夫婦間において生じた様々な事案において、話合いにより解決することができたにもかかわらず、自身の感情を押さえきれず、反復継続して甲に対する暴力行為を行ったことを認める。
第2条(謝罪及び再発防止)
乙は、甲に対し、自らの暴力行為により、甲を深く傷つけ、夫婦関係の破綻に至らしめかねない状況を招いたことを謝罪し、今後一切暴力行為を行わないことを誓約する。
第3条(慰謝料)
乙は、甲に対し、第1条の暴力行為により甲が被った精神的苦痛に対する慰謝料として、金○○万円の支払義務があることを認め、これを〇年〇月○○日限り支払う。
第4条(協議離婚) 
 乙は、甲に対し、今後、甲の求めがあれば、異議なく協議離婚の協議に応じることを誓約する。
第5条(離婚に至った場合における財産上の問題)
甲と乙は、離婚に至った場合における甲乙間の財産上の問題に関し、次のとおりとすることを約する。
(1)乙は、甲に対し、一切の財産分与の請求をしない。
(2)甲と乙は、厚生労働大臣に対し、対象期間の標準報酬の改定又は決定の請求をし、請求すべき按分割合を0.5とする。
第6条(誓約事項)
乙は、甲に対し、今後の結婚生活において次の事項を遵守することを誓約する。
(1)暴言及び暴力行為は絶対に行わない。
(2) 預貯金及び家計の管理は、全て甲において行うことを承諾する。
(3)炊事、洗濯、掃除等の家事を積極的に行う。
(4)常に甲に対する愛情の心を持ち、甲乙間の子、親族及び友人の面前において甲の悪口を言わない。
(5)浮気や浮気と誤解されるような行動をしない。
第7条 (合意管轄)
甲及び乙は、本契約に関する一切の紛争については、甲の住所地を管轄する裁判所を第一審の管轄裁判所とすることに合意する。

(参考文献)
  会報(東京公証人会発行)・平成20年5月号31ページ、同・平成28年5月号
(奈良・高田公証役場 大竹聖一)

No.95 事業用定期借地権等設定契約公正証書作成上の留意点(安田錦二郎)

はじめに
 事業用借地権は、平成4年(1992年)に制度が創設され、平成20年(2008年)には利用実績を踏まえた一部改正がされ、今日に至っています。(注1)(注2)
 制度創設から30年が経過し、店舗展開等する事業者等により活発に利用されており、最近では当初設定した契約が期間満了を迎えたことによる再契約も多くなっています。
 嘱託依頼の中心は、不動産仲介業者、賃借人等が多いですが、これら関係者にとって、契約機会がそれほど多くないこともあり、公正証書作成の過程で、さまざまな質問等が寄せられる場合も多く、公証業務に携わるまで賃貸借契約についてほとんど経験のない公証人にとって、着任当初、対応に苦労することも多いのではないでしょうか。
 一部の事業関係者からは、事業用定期借地権等の設定契約が公正証書作成を義務付けていることに対し、経費・労力の負担の観点から問題視する動きがあります。
 事業用定期借地権等設定契約を公正証書で作成することを要件とした理由は、更新のない借地権設定契約が脱法的に運用されるなど、制度濫用の危険を避けるため、公証人が内容を審査した上で、適法な契約を公正証書で作成し、将来の紛争を予防することが制度上求められたためです。
 すなわち、公証人には、事業用定期借地権等の制度趣旨、要件等に十二分に精通した上で、契約内容に脱法的な文言等が含まれていれば修正等の適切な指示を行うことはもちろん、嘱託人等の関係者からの質問、疑問に対しても的確・迅速に対応し、理解・納得してもらうことが、制度上求められているといえます。
 拙稿では、私自身の拙い経験も踏まえ、公証人着任当初、判断にとまどってしまうような問題を中心にとりあげてみました。中には不正確な内容もあるかもしれませんが、皆様からご意見・ご批判をいただければ幸いです。

(注1)平成20年1月1日施行で改正された借地借家法(以下「法」という。)23条の見出しは「事業用定期借地権等」とされている。これは、1項において「事業用定期借地権」を、2項において「事業用借地権」を規定しているためであり、同条2項の借地権は改正前の24条の事業用借地権と同様であって、他方、同条1項の借地権は、むしろ定期借地権(法22条)を事業用に限定し、かつ、期間を短縮したものであることから、これを「事業用定期借地権等」として同一の条文に規定することとしたものであると解する立場がある(別冊法学セミナー 新基本法コンメンタール 借地借家法第2版142頁。)。また、法23条1項の借地権と同条2項の借地権の法的性質の共通性に鑑み、共に「事業用定期借地権」と呼ぶ方が分かりやすいとする立場もある(新版 証書の作成と文例 借地借家関係編〔三訂版〕(以下「文例」という。)79頁)。
(注2)本稿では、以下、1項の借地権を「事業用定期借地権」、2項の借地権を「事業用借地権」(ただし、文例76頁の法23条2項の文例6の表題は「事業用
 定期借地権設定契約」と表記されている。)、両借地権を含めて「事業用定期借
 地権等」と称することとする。

一 土地の賃貸借について
1 土地の賃貸借には、建物の所有を目的としない賃貸借と、建物を所有するこ
 とを目的とする賃貸借がある。前者は民法601条以下の賃貸借の規定が適用され、後者は借地借家法の規定が適用される。ただし、建物を建てない駐車場敷地として利用する場合であっても、事業用定期借地権等の一部として建物が所在する土地と一体として利用する目的で駐車場敷地を賃貸借契約の目的とする場合は、当該駐車場敷地にも借地借家法が適用される。
2 賃貸借の存続期間は以下のとおり。
① 建物の所有を目的としない場合は50年以下。最短は定めなし。(民法604条)
② 建物の所有を目的とする場合は30年以上。最長は定めなし。(法3条。一時使用目的の場合は適用除外(法25条))
③ 定期借地権の存続期間は50年以上。最長は定めなし。(法22条)
④ 事業用定期借地権等の存続期間は、30年以上50年未満の場合(法23条
1項の事業用定期借地権の場合)と10年以上30年未満の場合(法23条2項の事業用借地権の場合)がある。 
3 借地借家法でいう「建物の所有を目的とする」とは、建物の所有を「主たる目的」とするものをいい、敷地の一部に建物が存するゴルフ練習場、テニスコート等を目的するものは、借地借家法の対象とならない。

二 借地・借家法の改正経緯等
1 平成4年の借地借家法創設以前
建物保護ニ関スル法律(明治42年5月1日法律40号)
借地法(大正10年4月8日法律49号)
借家法(大正10年4月8日法律50号)
2 平成4年8月1日 建物保護ニ関スル法律、借地法及び借家法を廃止。
  ただし、借地借家法施行後においても、当該法律が廃止される前に当該法律により生じた効力は妨げられない。
3 平成4年8月1日施行 借地借家法(平成3年法律90号)
 「事業用借地権創設」(法24条)。「存続期間10年以上20年以下」の場合のみ。
4 平成20年1月1日施行 借地借家法改正(平成19年法律132号)
  法24条を削除し法23条として事業用定期借地権等に関する規定を新設。
  法23条1項 → 30年以上50年未満 「事業用定期借地権」
  法23条2項 → 10年以上30年未満 「事業用借地権」
  改正法施行前に設定された事業用借地権については、従前の例による。

三 事業用借地権制度が創設された理由
 通常の借地権は、存続期間満了後も借地契約の法定更新が認められ、借地権設定者からの更新拒絶には制限があり、また、借地権者には建物買取請求権が認められるなど、借地権者側に有利な扱いがされている。
 その結果、一度借地権を設定するとほとんど半永久的に土地の返還が望めないという状況が生まれ、都市部を中心に新たな借地権の設定が困難になるとともに宅地供給が難しくなり、地価上昇の更なる要因ともなっていた。
 このような事情を背景として、不動産業界などから改正の要望があり、法律を改正して導入されたのが、事業用借地権制度である。
 平成4年8月1日施行の借地借家法創設の際に、①存続期間を10年以上20年以下とすること、②契約の更新規定が排除されること、③建物買取請求権が存しないこと、④設定は必ず公正証書によらなければならないこと、以上を内容とする事業用借地権制度が設けられた。
 その後の事業用借地権の運用の中で、10年以上20年以下の存続期間が建物の耐用年数に比べ短いこと等から、より長い存続期間を望む声が強くなったため、法律が改正され平成20年1月1日から施行された。

四 平成20年1月1日施行の借地借家法改正の内容
 平成20年1月1日に施行された改正法では、事業用定期借地権等の存続期間について、30年以上50年未満の場合と10年以上30年未満の場合の2つの場合に分けられた。
 法23条1項の、存続期間を30年以上50年未満として事業用定期借地権を設定する場合の要件は、⑴公正証書で作成すること、⑵以下の3事項を「特約」で設けておくことである。
 3事項の特約は、1つでも欠けると効力を生じない。
① 契約の更新がないこと
② 建物の築造による存続期間の延長がないこと
③ 建物の買取請求をしないこと
 法23条1項中の「第9条及び第16条の規定にかかわらず、契約の更新及び建物の築造による存続期間の延長がなく、並びに第13条の規定による買取りの請求をしないこととする旨を定めることができる。」の記載が特約に該当する。
 ①の特約については、法5条1項の「契約の更新を請求したとき」及び同条2項の「土地の使用を継続するとき」も含まれることを明らかにするため、「契約の更新(更新請求及び土地の使用の継続によるものを含む。)」と記載することとなる。
法23条2項の、存続期間を10年以上30年未満として事業用借地権を設定する場合の要件は、当該存続期間を定めて公正証書で作成することである。存続期間30年以上50年未満の場合のような①、②、③の特約を設けなくても法律上当然にこれらの適用が排除される。
 ただし、実務上公正証書作成の際は、「特約」としてではなく、「確認事項」等として、契約更新等がないことを明記することとしている。
 記載例は以下のとおりである。
「(確認事項)
 甲及び乙は、本件賃貸借については、契約の更新(更新請求及び土地の使用の継続によるものを含む。)及び建物の築造による存続期間の延長がなく、借地権者の建物買取請求権に関する法の規定が適用されないことを確認した。」。(注1)
 なお、以下の記載による場合もある。
「本件賃貸借については、法第3条から第8条まで、第13条及び第18条並びに民法第619条第1項の適用はない。」(注2)
(注1)文例76頁の文例6の第2条(法23条1項に係る文例65頁の文例5の 
 第3条第2項と同じ表現である。)
(注2)文例82頁(法23条1項と同条2項との実質的な差は、存続期間の定め
 である法3条の適用除外の有無である。また、民法619条1項は、法23条2項に規定されていないため、この規定の適用除外は合意を要することになる。)

五 平成20年1月1日施行改正法の経過措置
 平成20年1月1日より前に設定された改正前の借地借家法24条に基づく事業用借地権は、改正後においても改正前の借地借家法24条が適用される(改正法附則2条)。
 したがって、改正前に設定された事業用借地権で、改正後も存続期間が存続している場合には、改正前の事業用借地権の存続期間である20年以下が適用されることから、借地期間の延長をする場合には、借地期間開始日から20年以内の範囲でしか延長することができない。
 20年の存続期間が経過する前に、20年を超えた期間で借地期間を延長する場合には、改正前に締結した契約を双方において合意解約し、改正後の法律の下において、新たな契約を行う方法しかない。

六 事業用定期借地権等設定公正証書の作成手順
 以下の作成手順は当職が通常行っているものです。ご参考に願います。
① 嘱託人等からの嘱託・相談
嘱託・相談は、当事者の一方、又は仲介業者からされる場合が多い。なお、
  常連の嘱託人の場合は相談を省略し、覚書案等をメール等で送ってもらい、そのまま公正証書案を作成することも少なくない。
   相談時の確認ポイントは以下のとおりである。
• 賃借人が建築する建物が専ら事業の用に供する建物であるか。
・ 賃貸する土地が複数土地かどうか、複数土地の場合一体利用性の要件が備わっているか。
・ 土地の一部が賃貸借の対象となっていないか。一部の場合は範囲を特定する図面の提出が必要。(注1)
・ 土地の地目に田又は畑はないか。該当する場合は農業委員会の許可を得ていることを許可証により確認し、その旨を記載する。(注2)
・ 賃貸人が個人の場合、相続が発生し共有持分となっていないか。(注3)
・ 賃借人が建築する建物の構造等。(注4)
・ 存続期間の開始日が公正証書作成日以降であるか。(注5)
・ 敷金等の預託の定めがあるか。(注6)
② 公正証書案の作成。                                       
各公証役場のスタイルに則して作成することになるが、嘱託人から提出 される覚書等の中に公序良俗に反する条項があった場合、公正証書には記載できないことから、嘱託人に説明し理解を求める。(注7)
③ 公正証書案の嘱託人による確認。
嘱託人に公正証書案を送信等し、内容確認してもらう。併せて手数料についても伝えることとしている。
④ 公正証書作成日の決定。
賃貸人、賃借人、連帯保証人の本人全員に出席してもらうのが原則であるが、委任によることももちろん可能である。連帯保証人を設ける場合、賃借人は会社、連帯保証人は、当該会社の代表者が個人として保証人になることも少なくない。
⑤ 署名・押印
公正証書の作成。当事者本人又は代理人に出席してもらい最終確認のための読み聞かせ等を行い、問題なければ署名押印してもらう。作成日に必要な書類は後記のとおり。(注8)(注9)
(注1)一筆の土地の一部を賃貸借の対象とする場合、土地の範囲を明確にした図面を添付する必要がある。図面、資料を添付する場合は、3セット(原本用1部、正本用2部)を提出してもらう。
(注2)地目が「田」、「畑」の場合、当該土地に賃借権を設定する場合は農業委員会の許可が必要(農地法5条)。当該許可証の写しの提出を求め確認しなければならない。ただし、事業用定期借地権設定契約公正証書作成時点では許可等が出ていないときがあるので、「○年〇月〇日に申請済みである。」とか、「現在、許可申請のための準備中である。」といった記載をする。
(注3)土地の所有権登記名義人に相続が発生し、共有者が複数人いる場合は、共有者全員が当事者となるので、全員と賃貸借契約を締結することとなる。契約書は1通にまとめて作成することも、各別に作成することも可能である。相続人の中の1名を相続人代表者として契約することはできない。また、遺産分割協議が完了したものの未登記の場合、分割協議書に基づいて公正証書を作成することも考えられるが、対抗要件としての登記を備えた後に公正証書を作成すべきである。
(注4)建物の構造等については、公正証書作成時において判明している範囲で記載することで差し支えない。「鉄骨・2階建・床面積約500平方メートル(予定)。用途飲食店等」は問題ないが、「建物の構造等未定」では、建築する建物が専ら事業の用に供する建物かどうか判断できないため適当でない。
(注5)事業用定期借地権は公正証書作成が効力発生の要件とされていることから、賃貸借期間を公正証書作成より前に遡って作成することはできない(文例82頁)。なお、賃貸借期間の開始日を将来のある時期とすることは問題ない。
「公正証書作成日から30年間とする。」の記載では初日不算入となり、最終日の確定で混乱が生じてしまう可能性があるので、「令和○年10月1日から令和○年9月30日までの30年間」という始期と終期の特定日を定める記載とすることが望ましい。
(注6)敷金預託の定めを設けた場合、賃貸人には賃借人に対する敷金返還債務が生じることから、強制執行認諾条項に賃貸人についても記載する必要がある。この場合、賃貸人の敷金返還債務について強制執行が可能となるよう表現に留意する。
(注7)公正証書作成時に特に注意する点は、以下の2点である。
① 賃貸人からの解除条項の中で、無催告解除とする場合は、裁判例で無効とされる例があることから、催告解除に修正するか、「ただし、他の事情と相まって、賃貸人との間の信頼関係が破壊されたと認められるときに限る。」旨を書き加えてもらう(文例36頁)。
 ② 文例38頁⑶のとおり、「賃貸借契約が終了したにもかかわらず、賃借人が土地を原状に復して明け渡す義務を履行しない場合には、賃貸人は、賃借人の費用負担で借地上の建物を収去して原状に復することができる。」旨の条項は、いわゆる自力救済となることから公正証書には記載できないので、「土地の明渡し後に、賃借人が残置した物件がある場合には、賃借人において所有権を放棄したものとみなし、賃貸人において処分することができる。」旨の記載に修正してもらうよう理解を求める。
(注8)ショッピングセンター等の場合で、地権者が数十人に及ぶ場合、最終確認、署名・押印のための出席を求めるとなると数日間にわたり公証役場は他の事件処理が困難になるといった問題が生じてしまう。そのため、地権者側を代表する特定の者に代理人となってもらい、一度の確認で数十件を処理するといった方法を検討する必要がある。なお、賃貸人が、賃借人側の者を代理人として委任した場合、利益相反行為又は自己契約の問題が生じてしまう場合があるので、避けるべきである(当該代理人になる者が、取締役ではない一般社員の場合は利益相反に該当しない可能性があるが避けるべきであろう。)。仲介業者がいる場合は、当該仲介業者が代理人となることが多い。ただし、賃借人及び賃貸人双方の代理人になることは、双方代理に抵触するため認められない。
(注9)公正証書作成日に本人確認資料として必要な書類は以下のとおりである。
⑴ 個人の場合は①から④までのいずれか一つ
① 印鑑登録証明書(3か月以内)+ 実印
  ② 運転免許証 + 認印
  ③ マイナンバーカード(写真入り)+ 認印
  ④ 身体障害者手帳(写真入り)+ 認印
 ⑵ 法人の場合は①から③までの全て
  ① 登記事項証明書又は代表者事項証明書(3か月以内)
  ② 代表者の印鑑証明書(法務局発行のもの。3か月以内)
  ③ 代表者の印鑑。代表者印の持出しが難しい法人は、⑶の方法で行う。
 ⑶ 代理人で行う場合は、委任状が必要。委任状には別紙として最終確定した公正証書案を添付し、以下の委任者の印鑑で割り印又は袋綴じの処理を行う。
  ① 個人が委任者となる場合は、委任状に当該委任者の実印を押印し、印鑑登録証明書を添付する。
  ② 法人が委任者となる場合は、委任状に当該委任者の代表者印を押印し前記⑵の①及び②の証明書を添付する。 
    なお、代理人本人の本人確認資料として、前記⑴の①から④までのいずれか一つの資料及び印鑑が必要。

七 事業用定期借地権等の設定要件
① 「専ら事業の用に供する建物の所有を目的とし」の「専ら」とは
  「専ら」とは、他のものを排除する意であり、事務所等の業務用ビルに居住 
 部分が併設されているものは対象外となる。ただし、その業務用ビルを管理す
 るための住込みの管理人室がある程度の場合は、対象外とならないものと解される。(注1)
② 「専ら事業の用に供する建物の所有を目的とし」の「事業」とは
  「事業」とは、営利事業に限られず、公共、公益事業も含まれる。事業とは、反復継続して何らかの目的を達成するためになされる行為程度と考えてよい。したがって、町内会の集会所の建物などの用地としても事業用定期借地権等を設定できるものと解される。(注1)
・ 借地権者は、事業者であれば足り、寺院、教会、学校も事業者たり得る。
(注2)
 ・ 高齢者専用生活施設で、食事の提供その他日常生活上必要な便宜を供与することを目的とする施設であって、老人福祉施設でないものを有料老人ホームというが、有料老人ホームは、介護保険制度上、居宅の延長と考えられており、事業用借地権の対象とすることはできない。(注3)
 ・ 要介護者であって痴呆の状態にあるものが共同生活を営む痴呆性高齢者グループホームは、特定人が継続的に居住するための施設であり、事業用借地権の対象とすることはできない。(注4)
 ・ 医療施設ショートステイ、福祉施設ショートステイ、通所施設あるいは病院に類するものは、事業用借地権の対象とすることができる。(注5)
 ・ 特別養護老人ホームは、施設に入所する者が病院の入院患者と同じように特定の居室を、居住権をもって専用使用するといった性質のものではないことから、事業用借地権の対象とすることができるとする積極説と、入居者は長期間の入所が予定されており、入居者にとっては、居室は日常生活をする場であって住居というべきであり、事業用借地権の対象とすることはできないとする消極説がある。(注6)(注7)
 ・ 介護老人保健施設が対象とする要介護老人は、同施設で起居して日常生 活を送るので「居住者」的な面もあり、その生活の安定に配慮すべきであるが、特定の居室や起居場所を居住目的で占有使用し、その対価として費用を支払うという関係を基本としているわけではないので、法23条の「居住の用に供する」建物には当たらず、事業用定期借地権等の設定契約を締結することができる。(注8)
 ・  看護小規模多機能型居宅介護は、通いが中心のサービスであることから、事業用定期借地権等の対象とすることが可能と考える。
③ 「専ら事業の用に供する建物の所有を目的とし」の「建物」とは
   一部に居住用等事業以外の用に供する部分のある建物や賃貸マンションのように、借地権者にとっては事業用建物であっても、居住の用に供されるものは該当しない。しかし、管理人室、警備員室、宿直室等の類は、建物の管理、警備のために設けられる必要な施設であるから、それらがあっても差し支えない。(注9)(注10)(注11)(注12)
(注1)別冊法学セミナー 新基本法コンメンタール 借地借家法第2版143頁。
(注2)文例80頁。
(注3)公証138号332頁
(注4)公証138号333頁
(注5)公証138号334頁
(注6)公証128号295頁、法規委員会協議結果集録50頁、会報H22-4-37
(注7)会報H22-4-38での法規委員長発言の「居住の用に供するものというメルクマールは、・・・2つほどあって、1つは、恒常的に起臥寝食に利用される場所だということが確定している。もう一つは、その利用者が入れ替わり利用する(宿直室みたいに入れ替わり利用する)というのではなくて、特定の人が継続的にそこを使うと。こういう2つのメルクマールで見るべきだということになり」が参考になる。
(注8)会報2019-9-25
(注9)文例80頁。
(注10)山野目章夫「定期借地権論」(一粒社)62頁以下では、事業用借地権に
基づいて築造できると解すべき建物として、以下のものが掲げられている。
⑴ 一般の事務所と店舗のほか、つぎのものを含む。工場、作業場、機械室、倉庫、料理店、百貨店、銀行、映画館、劇場、発電所、変電所、給油所、公衆浴場、停車場、茶室、競馬場、遊技場、競技場、練習場、会館、集会所、市場、火葬場。
⑵ 農耕牧畜の用に供する建物、すなわち、納屋、温室、酪農舎、鶏舎、畜舎、蚕室を含む。
⑶ 駐車場法2条2号・20条・20条の2の施設で建物と認定できるもの。
⑷ 医療法1条の2(現行1条の5)第1項の病院のみならず、同2項の診療所を含む。
⑸ 学校教育法1条にいう学校の校舎、園舎、講堂のほか、同法の適用のない学習塾などの教習所、さらに研究所、保育所、体育館を含む。
⑹ 宗教法人法3条1号所掲の境内建物で建物と認定することができるも のを含む。ただし、庫裏を除く。
⑺ 人の起臥寝食に供される場所であっても、特定人が継続して専用するのでない建物は、(改正前の)24条に基づいて築造できる。保養所、旅館、ホテル、守衛所がこれに当たる。 
 ⑻ 別の建物の従物であるとみられる物置、車庫、便所は、主物である建物が事業の用に供するものと認められる場合は、(改正前の)24条に基づいて築造できる。 
(注11)メガソーラー・システムについては、事業用定期借地権等の要件である「『建物』の所有を目的とする」の要件を満たさない。(文例80頁、公証174号358頁、会報H25-10-31、会報H26-6-29)
(注12)駐車場敷地にいわゆる移動式トレーラーハウスを複数台設置することを目的として、事業用定期借地権等設定契約公正証書を作成したいとの依頼がされることがある。トレーラーハウス自体は、建物とは言えないことから、駐車場内の一部に設置される小規模な建物(実際は管理棟として使用される。)を、ホテルとして利用するなどとして、事業用目的の建物の要件を満たしているとの理由で嘱託が依頼されることがある。
この問題は、明らかにホテル機能としては利用できない建物(以下「本件建物」という。)を事業目的の建物と認めることはできず、法23条の「専ら事業の用に供する建物の所有を目的」とする要件には該当しないといった問題のほかに、土地の賃貸借の主たる目的がトレーラーハウスの設置であることが明らかである場合に、本件建物がホテル機能を有するとしたとしても、借地借家法の趣旨である建物の所有を目的として借地権を設定するものと判断できるか、といった問題がある。
  借地借家法にいう建物の「所有を目的とする」とは、土地の賃貸借の主たる目的がその土地上に建物を所有することにある場合を指し、その主たる目的が建物の所有以外の事業を行うことにある場合は、借地人が貸主からその事業のために必要な付属の事務所、倉庫等の建物を建築し、所有することの承諾を得ていたとしても、これに含まれないとするのが通説、判例である(公証174号359頁。最高裁昭和42年12月5日判決(民集21・10・2545))。
  本件に即してみれば、借地目的は本件建物の所有ではなく、トレーラーハウスの設置にあり、ホテル利用は本来の目的ではないということになれば(本件建物はトレーラーハウスを利用するための付属施設であると考えられる。)、そもそも借地借家法の目的に反するものであり、公正証書作成はできないと解すべきである。
  トレーラーハウスの設置を目的として土地を貸す場合は、民法601条以下の賃貸借契約によるべきである。
 
八 一体利用、契約書の通数
 甲地については、スーパーマーケット事業用の建物を建築所有する目的で事業用借地権設定契約を締結するとともに、乙地については、専ら同事業の駐車場として使用することを目的として、賃貸借期間10年以上20年以下で、かつ、更新のない賃貸借契約を締結しようとする場合、甲地と乙地が、所有者を異にする場合であれ、隣接していない場合であれ、両土地が借地人によって一体として管理又は利用されるという関係にあれば、共に事業用借地権として設定契約をすることができる。また、契約書は、1通で作成しても別々に作成しても問題ない。(注1)
(注1)公証104号290頁、新訂法規委員会協議結果要録95頁、公証142号222
  頁、会報H20-2-60、会報H25-3-25、会報H25-7-20、会報H29-4-58、会報H29-5-57

九 存続期間
 事業用定期借地権等設定契約は、公正証書により作成しなければ効力が生じないことから、存続期間の始期は、公正証書作成日当日又は将来の日でなければならない。したがって、存続期間の始期を公正証書作成日前とすることはできない。(注1)
公正証書作成日と存続期間の始期は同じでなくてもよい。(注2)
存続期間の始期及び終期は、原則として確定期限でなければならないが、「農地転用の許可日」とすることも認められる。また、事業用建物における事業開始の日が決まっていない場合は、存続期間の始期を、「事業開始の日」とすることも問題ない(可能であれば予定日を入れる。)。ただし、「事業開始」の定義を明確にしておくべきである。(注3)
始期及び終期が不確定期限であっても、実質的にみて、法定の存続期間を逸脱するような期間を定めたものと解される場合は別として、そのことのみで強行法規に反すると評価することはできない。(注4)
(注1)文例82頁。
(注2)公証125号310頁。
(注3)文例82頁。
(注4)会報H27-1-46、会報H27-5-42、会報2019-8-41

十 敷金、保証金等について
 平成29年民法改正により設けられた諾成的消費貸借契約に関して、諾成的消費貸借契約公正証書では、貸主に強制執行認諾文言を付すことはできるが、借主に強制執行認諾文言を付すことはできないと解されているところ、要物契約である敷金契約においては、金銭の交付がない以上、敷金契約は不成立となる(したがって、貸主が敷金を受領している場合は明記する。)ものの、諾成的敷金契約の成立まで否定する趣旨ではなく、賃借人の敷金交付義務を法的義務として認める趣旨であると考えられる。したがって、諾成的敷金契約における賃借人の敷金交付義務について、強制執行認諾文言を付すことはできるものと考えらえる。(注1)
(注1)会報2022-4-23

十一 事業用定期借地権等設定契約の変更・再契約
 最初に作成する事業用定期借地権等設定契約は公正証書でなければならないが、その後に契約を変更する場合は公正証書による必要はない。当事者間で「覚書」「変更契約書」等を作成することで有効である。(注1)
 ただし、変更契約のうち最も需要の高い賃料増額及び存続期間延長(法23条2項の事業用借地権についていえば、存続期間が10年以上30年未満であるので、例えば、期間10年と定めていたものを30年未満の範囲内で延長するとき。)の場合に、強制執行認諾条項の効力は、賃料の増額部分の支払や期間延長以後の賃料の支払については及ばないことから、当該変更事項に対しても強制執行認諾条項の効力を及ぼす場合は、変更公正証書を作成し、強制執行認諾条項規定を設ける必要がある。 (注2)
法23条2項に基づく事業用借地権設定契約においては、契約更新の規定の適用を排除しているから、借地権の設定時や存続期間の途中において、更新を認める合意がなされても、事業用借地権は更新しないことに本質的な性質があるので、その効力を認めることはできない。(注3)
期間満了時に、当事者間の協議により事業用定期借地権等の再設定を行うことは可能であり、当初の事業用定期借地権等設定契約の際に、期間満了時に再設定契約を行うか否かについて協議を行う旨を定めたり、期間満了時に新たな借地権を設定するための手順を定めておくことも可能である。(注4)
当初の事業用借地権設定契約(法23条2項の契約)において、期間満了の場合に、借地権者の請求により延長することができる旨の合意をすることも、総期間が本契約締結の日から30年未満の範囲である限り可能であると解される。ただし、法23条2項に基づく事業用借地権を法23条1項に基づく事業用定期借地権に変更することはできない。(注5)
 下図(編注:省略)「の甲乙両地につき一括して事業用借地権設定契約をした後、乙地に代えて 丙地を事業用借地権の目的とする場合、丙地が狭小で甲地の付属地にすぎないような場合は変更契約で足りると解する余地もあるが、原則として、変更契約では足りず、丙地につき(または甲地につき一旦合意解約した上で、甲地と丙地につき全体として)改めて公正証書による事業用借地権設定契約をすべきである。                               
 土地の所有者が異なる場合は、変更契約では賄えない。甲地借地権の残存期間が10年未満になっている場合も同様である。(注6)

(注1)文例70頁。会報H21-5-43。会報H24-10-23
(注2)文例70頁。公証174号361頁。会報H26-6-32
(注3)公証174号360頁。
(注4)公証174号360頁。契約設定時に再契約できる旨の記載例は以下のとおり。「本契約の終了6か月前までに、甲又は乙いずれかが相手方に対して書 面により再契約を希望する旨の申し出を行い、双方協議の上合意が成立したときは、本契約期間満了日の翌日を始期とする新たな事業用定期借地権設定契約(再契約)を締結することができる。」
(注5)公証174号361頁
(注6)法規委員会協議結果集録49頁。

十二 転貸借
賃貸人甲 ⇒賃借人(転貸人)乙 ⇒転借人(転々貸人)丙 ⇒転々借人  
(土地 A契約         B契約         C契約所有者)

 民法612条1項において、「賃借人は、賃貸人の承諾を得なければ、その賃借権を・・・転貸することができない。」とされていることから転貸借するためには賃貸人の承諾が必要となる。
 「賃貸人の承諾」とは、B契約については甲の承諾が、C契約については乙の承諾が該当する。
 B契約に係る公正証書を作成する場合、公証人は甲の転貸承諾がされていることを書面で確認することとし、公正証書には以下の例により記載する。
「なお、乙が本件土地を丙に転貸することにつき、乙は、あらかじめ甲の承諾を 得ている。」
 B契約に係る公証証書を作成する時点で、C契約を締結することが予定されている場合は、B契約の記載の中に以下の例により記載する場合がある。
「なお、丙が本件土地を丁に転貸することにつき、乙は、あらかじめ承諾する。」
 C契約に係る公正証書には、以下の例により記載する。 
「なお、丙が本件土地を丁に転貸することにつき、丙は、あらかじめ乙の承諾を得ている。」
 C契約において公証人はB契約時に乙の転貸承諾が確認できているので、別途承諾書面の提出は要しない。 
 
・ 当初から転貸借を予定した事業用借地権設定契約の当否
不動産会社Bは、自ら事業用建物を建築して所有する意思はないにもかかわらず、地主Aの依頼により、あらかじめ土地転貸の承諾を得た上、Aから事業用借地権の設定を受け、それと同時に、その土地に事業用建物を建築して所有する予定の個人Cに事業用転借地権を設定することが可能である。また、事業用建物を所有しないBに対する事業用借地権の設定も可能である。(注1)
・ 原賃貸借の存続期間を超える存続期間を定めた事業用借地権(転貸借)設定契約公正証書作成の可否                                     
 所有者甲から土地を賃借したA(原契約。借地権の残存期間10年)は、Bに事業用建物を建築させ所有させる目的でBとの間で借地借家法第23条第2項に基づく事業用借地権設定(転貸借。存続期間は15年)の公正証書を作成することができる。                                                
 事業用借地権設定契約が原賃貸借契約を基礎とする転貸借契約として成立することは差し支えなく、また、同契約は、債権契約であるから、原賃貸借契約の存続期間の定めとは関連付けず、独立ものとして成立させても、法律上問題はない。転貸借契約は、原賃貸人の承諾がないと原賃貸人に対抗できないところ、存続期間15年の事業用借地権設定契約の締結に同意した原賃貸人は、原賃貸借の更新を拒絶しない旨を約したことになろう。(注2)   
・ 原賃貸借契約が事業用借地権である場合に原賃貸借の存続期間を超える事業用借地権(転賃貸借)を締結することも、原契約も再契約が可能であるから、締結することは可能である(多数意見)。(注3)
(注1)公証115号271頁。公証112号200頁。なお、消極説もあり。
(注2)会報H25-7-21
(注3)会報H25-7-22、会報H27-1-48 

十三 法令違反・公序良俗違反等について
 賃貸借契約が終了したのに一定期間内に明け渡さない場合には、建物に立ち入って家財道具を処分する権限を与える旨の文言は、自力執行になるため公序良俗違反となる。(注1)
この場合は、「土地の明け渡し後に、賃借人が残置した物件がある場合には、賃借人において所有権を放棄したものとみなし、賃貸人においてこれを処分することができる。」旨の文言に修正するよう依頼する。(注2)
(注1)東京高判平成3年1月29日・判時1376号64、最判平成3年12月7日・公証101号295頁)。
(注2)文例39頁

十四 手数料
 事業用定期借地権等設定契約の手数料は、公証人手数料令11条、13条が適用され、契約期間中の賃料の総額の2倍。ただし、10年間分まで。
具体的には、賃料が月額10万円の場合は以下のとおりとなる。(注1)
 10万×12月×10年×2倍 = 2,400万円 ・・・ 手数料2万3,000円
賃貸人と賃借人と折半する例が多いが、一方が全額支出する場合もあり、当事者間の合意次第である。
賃料のほかに、敷金、保証金、権利金、更新料等の定めがある場合であるが、これらは手数料令23条1項の「従たる法律行為」に当たるから、手数料算定の対象とせず、賃料のみを基準に1行為として計算する。(注2)
 期間10年で、賃料が3年分しか決定されていない場合の手数料は、4年目以降も当初の3年間の賃料と同額と推認し、これの7年分を合算するのが相当。
 なお、強制執行対象とするためには、「賃料は、年額〇円と定める。ただし、4年目以降は、3年毎に増減について見直すことができる。」旨の記載をするなどの工夫が必要。(注3)
(注1)新訂公証人法330頁
(注2)公証138号319頁
(注3)会報H23-5-29、会報H23-6-31、会報H27-5-44、会報H28- 6-36

十五 地上権による事業用定期借地権等の設定
 事業用定期借地権等の設定は、土地の賃借権によるものがほとんどであるが、借地権には地上権も含まれることから(法2条1号)、地上権による事業用定期借地権等設定契約公正証書を作成することも考えられる。
 地上権は、建物のほか、橋梁、池、記念碑、トンネル、モノレール、送電施設その他の地上、地下の設備一般といった工作物に設定することができるが、このうち、借地借家法が適用されるのは、建物所有を目的とするものだけである。(注1)
地上権による事業用定期借地権等を設定する場合の留意事項は、以下のとおりである。
① 当事者について、土地の貸主が「地上権設定者」、借主が「地上権者」になる。
② 地上権の場合は「賃料」ではなく、「地代」となる(民法266条)。
③ 地上権の場合は必ず登記することとなることから、「甲は乙に対し、速やかに本件地上権による事業用定期借地権設定登記手続をする。」旨の条文を設ける。
④ 賃借権の場合、譲渡・転貸する場合は賃貸人の承諾が必要であるが(民法612
 条)、地上権については地上権設定者の承諾は不要である。
⑤ 「敷金」は賃貸借に基づくものであるので(民法622条の2)、地上権にも同様な規定を設ける場合は、敷金以外の権利金、保証金といった用語を用いることになろう。(注2)
⑥ 農地に地上権を設定する場合についても、農地法所定の許可(農地法5条)が必要である。 
(注1)文例288頁。
(注2)賃貸借については、敷金以外の権利金、保証金といった名称であっても、敷金に関する規律の適用を受けることとなる(「一問一答民法(債権関係)改正 商事法務327頁」)。もっとも、敷金に関する規律は任意規定であるため、当事者間でこれと異なる合意をすることも否定されないとする(前掲一問一答328頁)。地上権の場合であって、当事者間の合意があれば、権利金、保証金の名称を用い、内容についても返還不要とするといったものであっても問題ない。(津・津合同役場公証人 安田錦治郎)