民事法情報研究会だよりNo.56(令和5年1月)

新年のごあいさつ

 新年明けましておめでとうございます。
 会員の皆様のますますのご多幸をお祈りいたします。
 旧年を含め、ここのところコロナに始まりコロナで終わる年が続いています。
 そのため、当研究会においても、対面での会合ができなくなって久しくなってしまいました。非常に残念に思います。
 ただ、新型コロナウイルスについては、流行当初は、この世の終わりが到来するのではないかとの恐れを抱かせられるような状況だったように思いますが、近時においては、感染者数増加の報道があっても、非常事態措置やまん延防止等重点措置といった言葉そのものが出てこないような状況となり、日常生活も維持されているように思います。このように、ウイズコロナの生活様式が常態化し、社会に認知されてくれば、多人数かつ対面での会合も可能となるのではないかと期待しているところです。
 そこまでいかなくても、多少窮屈な制約付きの会合であっても開催できないかということについて、引き続き検討していきたいと思っています。
新年のごあいさつは、明るい話と決まっていますが、暗めの話に終始してしまったことをお詫びいたします。
 最後に、少し前に孫が誕生したご報告をさせていただき、新年のごあいさつとさせていただきます。
 本年も、よろしくお願いいたします。

   令和5年正月 一般社団法人民事法情報研究会 会長  小口哲男

今日この頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

手書きの温もりなど(佐々木 暁)

 令和5年卯年を迎えました。新年あけましておめでとうございます。会友の皆様には、新型コロナやインフルエンザ、押し寄せる値上げ・物価高、円安、重なる年輪等々の苦難の中、これらの難敵をものともせずに、ご健勝にて、新しい年をお迎えのこととお慶び申し上げます。
 さて、「研究会だより」の編集長から「今日この頃」欄の執筆担当者の選択的指名依頼を受けて、早速に会友の皆様のどなたかに幸運の?白羽の矢をと、思いっ切り弓を引いたところ、弦がぷっつりと切れて悲しいかな自分に跳ね返ってきてしまいました。黒羽?と化して。実は3年連続新年1月号の「今日この頃」欄に顔を出すこととなり、いささか困惑していた次第で、割り当てて頂いた編集長・会長には、この偶然的ご配慮に心から感謝?しています、が、何より難題が、3年余のコロナ禍の社会情勢下においての隠遁的?仙人的な今日この頃の生活環境の中においては、会友の皆様にご報告できるような「今日この頃」的な事柄や提供できる話題も枯渇し、一粒の滴さえしたたり落ちないことにあります。しかしながら、折角も3年連続で新年号の担当にご指名頂いた会長殿への感謝を込めて、まるで、生レモンサワーのレモンを絞る如くに力を込めて、少ないなけなしの全脳的知力を絞り出して、この先に筆を進めたいと思う次第です。言い訳だけの前書きで、ほぼ1ページになりそうですので、それではこの辺でまた来年と行きたいところですが、まだ絞り残しのレモンが少しばかり残っているようです。
 令和4年の師走を迎える頃、そろそろ令和5年新年の年賀状を書く準備と思い、令和4年新年に頂戴した年賀状を改めて拝読させていただきながら、今更ながらに気付かされたことの一つが、何とも手書きの年賀状の少ないことです。圧倒的に印刷されたもの、パソコン仕様の年賀状が多いことです。中には、手作りの版画、パソコンを駆使した仕様の楽しい年賀状もあります。そんな中に、宛先から裏の挨拶・近況文までが手書きの年賀状を拝見すると、何故か気持ちが和み、ほっとするのです。年賀状の表の自筆の私宛の住所・氏名を拝見しながら、裏の差出人が誰かを想像するのが堪らなく楽しく好きです。
 個々人の特徴的な字体は、書人の笑顔や声、人柄まで蘇らせてくれ、ご無沙汰中の空間を埋めて、想い出の場面に連れ出してくれます。手書きの宛名一つで、新年の挨拶以上のものが溢れ出て、しばし書人の笑顔と手書きの温かさを感じながら至福の時間を過ごすことができました。そんなことから、私の令和5年の年賀状も相変わらずの汚い字の手書きです。しかし、受け取り人の想いは「相変わらず汚い手書きの年賀状だな。パソコンがないのか。使えないのか。」ということかもしれませんが。決して、印刷された年賀状、パソコン仕様の年賀状を否定している訳ではないことをお断りしておきます。口悪しき隣人によれば、お前は手書きの温もりなんて偉そうに言っているが、単にパソコンが不得手で、住所録も登録していない(できない)からだろうと言います。挙句には、デジタル化時代到来時の公証人でなくて良かったね、とも。う~ん、何とも反論し難い。
 令和4年10月1日付けの読売新聞の社説に、「手書きの大切さを再確認したい」と題して、2021年度の「国語に関する世論調査」(文化庁が全国の16歳以上を対象に実施)に関する論説が掲載されていました。問題の提起として「デジタル機器の普及に伴い、漢字が書けなくなったと感じている人は多いのではないか。日常生活や教育現場で、文字を書く機会をどう確保するか、改めて考える必要がある」というものです。
 この世論調査では、全体の82%が「国語に関心がある」と答え、関心がある点は「日常の言葉遣いや話し方」「敬語の使い方」が多かったとのことです。また、パソコンやスマートフォンの普及で「手で字を書くことが減る」「漢字を書く力が衰える」という懸念が多かったとのことです。
 私もスマートフォンを使用していますが、おはようの挨拶やお礼などは、絵文字で済ませてしまうことすらあります。ひらがなを漢字に変換してくれるので、正しい漢字を選択することは今のところ出来ているようですが、いざ実際に書くとなると、あれッ、となり、一瞬漢字のイメージは湧くが正確に書けないことが多々あります。これは単に認知症の前触れかと危惧したりしています。
 この社説の中で「文化審議会は10年の答申で、手書きの重要性を指摘している。繰り返し漢字を書くことで、脳が活性化され、習得につながるという。手書き文字には、書き手の個性も表れるため、日本の文化としても大切だと位置づけています。14年度の国語世論調査では、手書きの習慣を「これからも大切にすべきだ」が92%に上った。」と紹介されています。しかし、年賀状や挨拶状を書く習慣自体が年々薄れていく中で、更に拍車をかけることになりそうなのが、教育現場におけるデジタル教科書の導入であり、社会のデジタル化ではないかと老婆心ながらささやかな心配をしています。
 私が手書き文化や漢字を書くことに少なからずも郷愁的・感傷的な気持ちを抱くのは、団塊世代として生きてきた時代背景も影響しているのだろうかと思ったりもしています。小学生、中学生、高校生の頃は、もっぱらガリ版切りをして、文集、新聞、台本創りをやり、登記所では、登記簿へのガラスペン記入、タイプライター記入・印刷を、民事局では、手書きでの増員・定数・予算等の要求書・資料の作成からやがてワープロ・パソコン機器での文章・資料作成という時代を駆け抜けて来たことも影響しているかも知れません。文明の利器が急速に進化を続けていることは承知しながらも、私の場合は、未だいざ鎌倉の時には、パソコンを開くより、紙と鉛筆を持つほうが早いかもしれません。この原稿もパソコンで仕上げましたが、紙で下書きした原稿を浄書したものです。パソコンにいきなり向かうこともありますが、なかなか文章全体の構成、流れが浮かんできません。会友の皆様には、ここまでの文章をお読み頂いて、筆者はそうは言うが、「紙で下書きしたからと言っても、必ずしも良い文章とは限らないんだな」ということをお感じになられたでしょう。悲しいかな墓穴を掘ってしまったようです。未だ発展途上中のアナログ人間そのものです。
 コロナ禍の中、平常時の交友関係もままならない世情にあるなかにおいて、旧友や知人、諸先輩、元同僚の皆さんとの近況報告等は、もっぱらハガキ、手紙のやり取りです。手書きの走り書きで、乱筆・乱文ではありますが。友人・知人からの手書きのハガキや便箋の字を見ているだけで、笑顔や人柄、額の広さ加減までが行間に滲み出てきて、涙腺を刺激されることも度々です。と言いながらも、単なる連絡、報告的な事柄は、ついついスマホによるメールやラインで済ましてしまうことも多くなってきたような気がします。さしたる刺激もない老後の生活において、63円、84円の世界の中で結構心を癒されております。
 それにしても公証事務の世界にもデジタル化の波は容赦なく押し寄せて来ているやに第三者的立場で感じつつ、それでも公証人の自筆の署名だけは残るであろうななどと、勝手に想像を巡らしながら、現役の公証人の皆様のご苦労や順応能力の素晴らしさを想いつつ、自分的には、「早い時期(デジタル化等の改革前)に退任することが出来て良かった。」(一人ホット感)と正直すぎる気持ちを心の中でそっとつぶやいて、新年の祝い酒をちびりちびりと飲みながら、何の予定も記されていない2023年のカレンダーを眺めています。
 会友の皆様本年もよろしくお願いいたします。(元大宮公証センター公証人 佐々木 暁)

看取りの歴史と将来

◆ 私には娘が二人います。娘たちがまだ小学生の頃、「お父さんが年をとり寝たきりになったら、誰が最期まで面倒を見て(看取って)くれるかな?」と冗談で尋ねると、二人、口を揃えて「自分が世話をする」と言って互いに譲らず、嬉しい喧嘩をしてくれていました。私が子どもの時代は、自宅が田舎にあったということもありますが、家族の最期は自宅で看取るのが一般的で、私の祖父母も自宅で看取られました。しかし、それから約半世紀が過ぎ、看取りの態様も様変わりし、自宅で家族の最期を看取る例は相当少なくなっています。
◆ 我が国における看取りの歴史は古く、看取りと同義とされる「取り見る」という言葉があり、奈良時代初期の歌人・山上憶良は、万葉集に「家にありて母が取り見ば慰むる心はあらまし死なば死ぬとも」という歌を残しています。日本の医療史学者である新村拓(しんむらたく)氏によると、看取りの文化の核をなしていた死の臨床は、既に平安・鎌倉期の仏教界においてマニュアル化されており、それらは出家・在家の者を問わず実践され、また、中世・近世には一般向けの教訓書・家政指南書・医書の中にそれが取り込まれ、より良き死を迎えさせるための作法として庶民の間にも定着していたとのことです。この看取りの文化は、肉親による看取りの是非といった立場の違いはあるものの、往生思想による臨終所作として仏教がそのベースにありましたが、明治期を経て看取りは宗教色が失せ、家族の問題となっていきます。その後の変遷については、学者間で若干の相違はありますが、看取りは、やがて国策として女子教育の「家政」の領域と位置づけられ、家政学の教科書の中には看取りの作法だけでなく、遺体の初歩的な処理の仕方まで掲載したものもあり、昭和中期までは一般家庭において在宅死は当たり前のことであり、女性(嫁や妻)が中心となって看取りを行い、そのためのノウハウが家や地域社会に承継されていたようです。
◆ しかし、その後、現在に至るまでの間に核家族化、共働きの増加、福祉・医療施設の拡大といった社会構造の変化に加え、死に対する国民の考え方の変化もあいまって、医療機関・介護施設等での死亡率が徐々に高まり、看取りの文化は家や地域社会から離れていくことになります。看取りが家庭や地域から医療・介護の分野に移行すること自体決して悪いことではなく、家族の負担等を考えるとむしろ必然的であったといえますが、移行が進むにつれ国民医療費・福祉関連経費が膨れ上がったため、在宅医療・在宅死への回帰を求める声が出始めます。また、医療・介護施設の現場において十分な体制が整わず、患者・入所者に対する不適切な扱いや、職員による入所者への虐待等の問題が発生し、そのほかにも終末期における延命治療や尊厳死といった個人の権利と医療倫理に関する問題も生じることとなります。
◆ 内閣府の公表した「令和4年版高齢社会白書」によると、国民の健康寿命(日常生活に制限のない期間)は令和元年時点で男性72.68年、女性75.38年となっており、平均寿命からこれを差し引いて求められる要介護期間は、男性9年弱、女性が12年余となります。iPS細胞に代表される再生・細胞医療、遺伝子治療、その他医・科学の進歩が、平均寿命・健康寿命の延びをもたらす一方で、我が国における少子化の流れは歯止めが効かず、将来、だい大かい介ご護じ時だい代が到来するのは確実視されており、このような状況を踏まえると、頼りとなる医療・介護資源が徐々に限界に近づいていくことが危惧されます(医療・介護関連のAIやロボット開発によりどの程度カバーできるのか予測できませんが…)。上記新村氏ら専門家は、これから大介護時代を迎えるに当たり、かつて日本にあった看取り文化の再生・再創造が必要であると主張し、地域包括ケアシステムという受皿の中で、家族介護者が関わっていく新たな看取り文化の構築が期待されています。また、上記高齢社会白書では、人生の最終段階における医療・ケアについては、医療従事者から本人・家族等に適切な情報の提供がなされた上で、本人・家族等及び医療・ケアチームが繰り返し話合いを行い、本人による意思決定を基本として行われることが重要であるとしています。近い将来間違いなく訪れるであろう大介護時代と看取り文化の変革は、遺言、信託、見守り契約、尊厳死宣言はもとより、終末期看取りの委任や、新分野での自己決定権に基づく意思表示といった形で、公証事務にも少なからず影響を及ぼすのではないかと考えており、その動向に注目していきたいと思っています。
(付言事項)
 先日「看取り犬とワンダフルライフ」と題したドキュメンタリーがテレビ放映されていました。愛犬を連れて入所可能な特別養護老人ホームを取材した番組で、長い人生を生きてこられた高齢者の方と、その方にそっと寄り添う犬にスポットを当てたものです。飼い主がペットの最期を看取る番組はよく見かけますが、逆のパターンは珍しく感興をそそられました。一方我が家では、自分こそがお父さんを看取ると言って喧嘩していた娘二人も30代になり、現在では二人仲良く「将来老人ホームに入所するなら、費用が高くてもしっかりしたところを選ばないといかんよ。」と口を揃え言っています。(神戸・洲本公証役場公証人 阿部精治)

公証人を退任して(近況報告)

 令和4年7月1日付けをもって古川公証役場公証人を退任し、早4か月が過ぎ去ろうとしていますが、誌友の皆様におかれましては、いかがお過ごしでしょうか。
 公証人を拝命した際には、重責を無事に全うできるかどうか心配しておりましたが、関係する皆様のご尽力により、大病を患うこともなく、9年8か月の間、曲がりなりにも何とか公証業務を処理し、無事に退任の日を迎えることができました。改めて、皆様に感謝申し上げる次第です。
さて、公証人退任後、約1か月の期間を要して残務整理や引っ越しの準備などを終え、8月初旬、ようやく終の棲家となる実家(青森県弘前市)への人生最後の引っ越しを終えました。東京での生活を続けようかとも考えましたが、長年実家も空き家となっており、また、祖父の代から生業としている果樹園の管理を姉夫婦に任せっきりにしていたことから、実家へ戻ることにした次第です。実家の裏に広がっている畑(約3,000坪)では、主に「ふじ」という品種の林檎を作付けしています(他の品種として、「紅玉」、「王林」、「金星」、「ジョナゴールド」といったものもありますが、数本程度です。)。作付面積からすれば、家族で何とかやっていける位の小規模農家といったところでしょうか。亡き父母は、長男である私に跡を継いで欲しかったようですが、その期待に沿うことなく、私は別の道を選んで今日に至ってしまいましたので、これからの人生、農業に精を出し、いくばくかでも親不孝をした穴埋めができればと思っているところです。現在、姉夫婦と共に「ふじ」という林檎を収穫しているところであり、後期高齢者である姉夫婦と共に体力の続く限り、自然と向き合いつつ営農活動を続けていきたいと思っています。
 ところで、公証人在任中に十分な取組ができていなかった事柄があります。一つは、公証業務に関する広報の件です。毎年、10月の公証週間には、地域で発行されている新聞に2回ほど広告掲載するほか、通年、地域で開催される各種交流会等に積極的に出席するなどして、公証業務の広報に努めていましたが、更に知恵を絞れば効果的・効率的な広報活動ができたのではないかということです。もう一つは、「聞く力」が不足してはいなかったかということです。嘱託事件の多くは遺言に関する案件であることから、高齢者からの相談が多くなりますが、突然訪れた相談者の中には、緊張しているためか、あるいは、まずもって十分に相談者の生活状況等を公証人に理解して貰った上で具体的な相談内容について尋ねていきたいと考えているのか分かりませんが、相談者の出生から現在の家族を含めた生活状況等に至るまで、とうとうと話し始め、訪れた目的がわからないまま、かなりの時間を費やすことがありました。時間的に余裕があれば相応の時間を費やし、懇切・丁寧な対応も可能ですが、次の嘱託事件の予定時間が迫っているときなどは、つい焦ってしまい、途中で相談者の話しを遮ることもあったかと思います。相談者からすれば、取り敢えず自分を取り巻く家庭内の諸事情を十分聞いて貰った上で、具体的な遺言内容を考えたいと訪れたにもかかわらず、十分に話しを聞いては貰えなかったという不満を抱いたかも知れません。もう少し相談者に寄り添った「聞き出す力」をも発揮した対応ができていれば、それこそ懇切・丁寧な応対に繋げられたのではないかと思っているところです。
 最後になりますが、全国的に新型コロナの感染拡大が収まっておらず、気が抜けない毎日が続いています。誌友の皆様におかれましては、改めて健康管理に十分留意され、来るべき輝かしい新年を迎えられることを祈念し、拙い本文を閉じたいと思います。有難うございました。(元仙台・古川公証役場公証人 工藤 聡)

実務の広場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.96 債務承認弁済契約公正証書作成の可否について

(質問箱より)

【質 問】
(相談要旨)
1 夫甲と妻乙は、協議離婚することに合意しており、長女丙(15歳)の養育費及び財産分与のほか、乙が甲の弟丁に貸し付けた貸金の支払いに関する事項を離婚給付等契約公正証書にしてほしいとして、乙が当公証役場に来所した。
2 公正証書により作成してほしいとする丁への貸金の支払いに関する内容は、以下のとおりである。
 ア 乙は、甲の依頼を受けて婚姻前に蓄財した自らの預貯金から、丁に対し、総額金476万6025円を貸し付けたところ、丁からその一部の支払いはされたものの、その後支払いが滞ったため、別紙のとおり、平成30年6月18日付けで〇〇簡易裁判所から支払督促の発付を受けている。
 イ 丁は、現在所在不明であり、連絡を取ることができず、支払督促による強制執行の手続は行っていない。
 ウ 甲は、この度の離婚に伴い、乙の丁への貸金に対する返済について丁に代わって乙に分割して支払うことを約束している。
上記2の貸金について、甲による第三者弁済として、乙を債権者、甲を
債務者とする債務承認弁済契約公正証書を作成することができるか。
(質問者意見)
 第三者弁済に関して、民法第474条に次のことが定められている。
(1)債務の弁済は、第三者もすることができる。ただし、その債務の性質がこれを許さないとき、又は当事者が反対の意思を表示したときは、この限りでない(改正前同条第1項)。
(2)利害関係を有しない第三者は、債務者の意思に反して弁済をすることができない(改正前同条第2項)。
 ※施行日(令和2年4月1日)前に生じた債務については、施行日以後も旧法によるものとされている(改正法附則第25条第1項)ため、改正前の民法第474条が適用される。

 丁が所在不明で連絡を取ることができない状況にあることから、民法第474条第1項及び第2項の債務者の意思を確認することができない以上、有効な第三者弁済とはいえないので、甲乙間の債務承認弁済契約公正証書を作成することはできないものと考える。
 他方、債務者丁の意思を確認することができない以上、丁の意思に明確に反する弁済とはいえないので、有効な第三者弁済と考え得る余地があり、判断に迷うところである。
 なお、離婚給付等契約公正証書の条項に離婚を原因とする給付とはいえない貸金の返済に関する事項を記載するのは適切ではないので、仮に有効な第三者弁済と認められるときは、債務承認弁済契約公正証書として作成すべきと考える。

【質問箱委員会の回答】
1 第三者弁済を前提とした契約について
 まず、本件は、平成29年法律第44号による改正民法の施行(令和2年4月1日)前に成立した丁の乙に対する債務(以下「本件債務」といいます。)に関するものであることから、以下、この改正前の民法については「旧民法」と、改正後の民法については「改正民法」と、改正民法の附則については「改正法附則」と称することとします。
 お尋ねの、改正法附則第25条第1項により本件債務の弁済に適用される旧民法第474条の規定に基づく、甲による第三者弁済を内容とする債務承認弁済契約公正証書を作成することができるかということですが、第三者弁済は、債務者丁の意思に反してはなし得ないので、仮に甲と乙との間で第三者弁済に関する契約をするとすれば、丁の意思に反しない場合に限り有効という条件を付した第三者の弁済契約ということになります。
このような契約により第三者弁済がなされたとしても、丁が反対の意思表示をすれば、第三者弁済は効力を失い、乙は既に甲から弁済を受けた金員があれば、これを返還しなければならないこととなります。
 また、甲は、道義的責任はともかくとして、法的には本件債務の履行責任のない第三者の立場で弁済するということですから、債務者でない甲と乙との間で債務承認弁済契約を締結することはできないと考えます。
 できるとすれば、前述のとおり、(条件付)第三者の弁済契約ということになりますし、本件債務について、法的には債務者でない甲に対して強制執行をするということは考えられませんから、執行証書とすることができない以上、公正証書にする意味は事実上ありません。

2 併存的(重畳的)債務引受契約について
 相談の目的を達する方法の一つとして、甲と乙との間で、乙と丁との間の本件債務はそのまま存続させておいて、これと併存する本件債務と同一の内容の債務を甲が負担するという契約をすることができます(改正民法第470条第2項)。
 この契約は、債務者丁の意思に反するときでもすることができるとされています(大判大15.3.25民集5.219)ので、第三者の弁済のような問題は生じないものと考えます。
また、甲が、既に支払督促手続で仮執行宣言も付されている本件債務を、分割して支払っていくということですので、併存的債務引受契約に付随して、分割払いによる具体的な弁済契約も締結する必要があります。
 併存的債務引受は、旧民法には規定がなかったものの、従前から判例によって認められていたもので、改正民法第470条以下は、これを整理して明文化したものです。
 元の債務者の債務と引受人の債務は連帯債務になる(改正民法第470条第1項)という点は従来と変わりませんが(最判昭41.12.20民集20.10.2139)、連帯債務に関する旧民法の規定では、一方の債務が時効消滅するとその負担部分において他方の債務に効果が及ぶなど、広く絶対的な効力が認められていたところ(旧民法第439条等)、改正民法では、連帯債務者の一人について生じた事由は、原則として他の連帯債務者に対してその効力を生じないこととされる(改正民法第441条)など、連帯債務者間の関係に違いが生じていることには注意が必要です。
 なお、本件債務が事業に係る債務であった場合、保証と同様の効果を生じさせる契約であることから、次の保証契約の保証人保護規定の潜脱と見られる可能性は排除できません。

3 保証契約について
 上記併存的債務引受契約と同様の効果があるものとして、保証契約を締結する方法も考えられます。
 債務者である丁の委託を受けない保証人として、甲が乙との間で保証契約を締結することは可能であり、分割払いということであれば、保証契約と同時に、具体的な分割払いによる弁済契約も締結する必要があります。
 なお、甲が催告の抗弁(民法第452条)及び検索の抗弁(民法第453条)並びに他にも保証人があった場合の分別の利益(民法第456条)の主張をしないということであれば、甲が本件債務について丁と連帯して債務を負担する連帯保証契約にすることによって、乙の立場はより有利になります。
 新たに(連帯)保証契約を締結する場合は、改正民法が適用されますから、本件債務が事業に係る債務であった場合は、保証人保護のための保証意思宣明公正証書の作成が必要になります(改正民法第465条の6以下)。
 この場合、改正民法第465条の10の情報提供義務に関して、上記のように甲が乙との間で(連帯)保証契約を締結する場合は、主たる債務者の委託を受けない保証人であることから、同条に定める情報の提供がなくとも、甲の履行意思(改正民法第465条の6第2項第1号イ)を確認することができれば、甲から本件債務が生じた際の事情や丁の現状を聞き取るなどすることによって、保証意思宣明公正証書の作成は可能と考えます。
 このように、本件債務が事業に係る債務であった場合には、余分な手間と費用が生ずることとなりますが、ここまでやっておけば、万一甲からの分割金の支払いが滞った場合には、問題なく強制執行をすることができるものと思われます。
 ただし、(連帯)保証債務には、主たる債務の存続、態様、消滅等について主たる債務と運命を共にするという付従性が認められていることから、主たる債務が時効により消滅してしまうと、保証人も主たる債務の消滅時効を援用することができることになります(大判昭8.10.13民集12.2520)。
 本件債務に関する支払督促手続の仮執行宣言(平成30年7月27日)の送達から2週間以内に督促異議の申立てがなかったときは(別途確定証明書を取っておくことをお勧めします。)、支払督促は確定判決と同一の効力を有することになり(民事訴訟法第396条)、本件債務にはその確定から10年間の消滅時効が進行しますから、甲の分割払いの期間がそれより長い場合には、乙は、それまでに丁に対して本件債務の時効中断の措置をしておく必要があります。

4 離婚給付と一つの証書にすることの是非について
 甲乙間の併存的債務引受契約又は(連帯)保証契約と、離婚給付に関する契約は、一つの公正証書にすることも別々の公正証書にすることも可能ですが、同一の当事者間の一方から複数の金銭給付をする場合、充当の問題が生じることがありますので、一つの証書にした上で、充当に関する条項を設けておくのが望ましいと考えます。
 例えば、養育費として毎月3万円、本件債務の弁済分として毎月3万円の合計6万円を支払うこととなっているにもかかわらず、今月は支払いが苦しいからということで5万円しか支払われなかった場合に、どちらの債務がどれだけ履行されているのかが分からないのでは、強制執行をする場合に支障となることがありますので、改正民法第488条の規定に従うということにしておくよりも、まず養育費から充当するというような条項を設けて明確にしておいた方が良いと考えます。

5 結論
 相談の目的を達する方法としては、上記2の併存的債務引受契約とすることも3の(連帯)保証契約とすることも、どちらも可能ということになりますが、その要件や効果に若干違いがありますので、当事者に説明の上、どちらにするかを選択してもらうことになります。
 一般的には、併存的債務引受契約とする方が分かりやすいと思いますが、本件債務が事業に係る債務であった場合には、保証意思宣明公正証書を作成した上で(連帯)保証契約とするのが確実と思われます。
 また、離婚給付契約と一つの公正証書とするのか別々の公正証書にするのかについても、当事者に説明の上で決めてもらうことになります。
 おって、本件債務が事業に係る債務でなければ併存的債務引受契約になると思いますので、併存的債務引受契約に関する条項案を、参考に供します。

〔参考〕
第〇条 甲は、乙に対し、甲の弟〇〇〇〇(以下「丁」という。)が平成22年9月4日から平成29年10月3日までの間に乙から貸付を受けた総額金476万6,025円の内、平成30年6月18日現在の未払残額金430万6,025円の支払債務を、令和〇年〇月〇日、併存的に引き受け、これを令和〇年〇月から令和〇年〇月までの〇回に分割し、毎月〇日限り、毎回金〇〇円(ただし、最終回は金〇〇円)ずつを、丁と連帯して、乙の指定する金融機関の口座に振り込んで支払う。

民事法情報研究会だよりNo.55(令和4年10月)

清秋の候、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
列島を縦断する台風により一気に秋がやってきたと感じる今日この頃ですが、台風による停電や断水等により不便を強いられた方々に心からお見舞い申し上げます。
家族や友人などにも新型コロナ感染者が出たなどの情報に接する機会が多くなったようで、まだまだ油断できない状況が続いています。初期の新型コロナウィルスと変異ウィルスであるオミクロン株の両方に効果が出るように改良した新しいワクチン接種が始まりましたので、その重症化予防効果に期待したいと思います。(YF)

今日この頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

75歳の壁(小畑和裕)

1 後期高齢者になった。昨年、75歳の誕生日を迎えたとき、市役所から通知があった。それまで加入していた国民健康保険から自動的に後期高齢者医療制度の被保険者となった旨の通知があり、併せて被保険者証が送られてきたのだ。加入手続きは不要だという。いよいよオレも後期高齢者と呼ばれるようになったのか、と寂しいような悲しいような複雑な思いだった。
「後期高齢者」という言葉を初めて聞いたのは、この医療制度が始まった平成20年の頃だったと思う。「後期高齢者」と聞いたとき、大変な苦労を経て、戦後の日本の復興を果たし、実質国内総生産(GDP)世界第2位という驚異的な経済成長を成し遂げた諸先輩を、後期高齢者などと呼ぶのは誠に失礼であると憤慨したものだった。だが当時はまだまだ先の事でもあり、実感も湧いてこなかった。自らの問題として捉えることはなかった。その、後期高齢者になったのだ。時の流れの速さに驚くとともに、無為に過ごして来た日々を思い、何とも表現のしようのない気持ちに包まれた。
2 私は、法務局出身公証人OB会の世話役を仰せつかっている。会員は主に東京法務局の管区内の公証役場で勤務していたOBが中心だ。春・夏・秋・冬、合わせて年4回ほどの交流会を開催しているが、最近はコロナ禍により2020年以来、休止している。この僅か二年数ヶ月の間に、6名もの会員が亡くなられた。悲しくて、悔しくて、残念でならない。いずれの会員も現役時代は言うに及ばず、退職後もご指導を賜り、お世話になった方ばかりである。しかも所謂平均寿命(今年7月の厚労省の発表では、男子81.47歳、世界第3位)よりも若い方が多く、中には後期高齢者を迎えたばかりの先輩もおられる。残念極まりない。コロナ禍に見舞われていなければ、交流会の際にお会いし、現役時代の苦労話や楽しかった思い出、健康長寿の秘訣など和気あいあいと語り合うことが出来たと思うと悔しくてたまらない。今はただ諸先輩のご冥福を祈るばかりである。
3 後期高齢者数は、2020年には、約1870万人であるが、団塊の世代の全員が後期高齢者となる2025年には約2180万人になると推計されている。後期高齢者の増加にともない雇用、医療、福祉など数々の問題が生ずると指摘されている。
 最近「75歳の壁」という言葉をよく聞く。日本人は、とかく「壁」という言葉が大好きだ。「嘆きの壁」とか「バカの壁」とか、愛読している松本清張の著作にも「目の壁」がある。「75歳の壁」の意味はよく分からないが、突き詰めて言えば、この年齢を境に各種の疾患(脳卒中や脳梗塞など)の罹患率が65歳から74歳に比べて飛躍的に跳ね上がるということだと思う。また、要介護者や認知症の発症者の割合が増加するのも「75歳の壁」だ。この壁を意識に置いて日々の健康維持に留意すべきであると、警告を発しているのだと思う。
 一方で恐い話も有る。第75回カンヌ映画祭で特別賞を受賞した「プラン75」という映画だ。この映画は、75歳を迎えた人々に「命の選択」を与える国の政策が実行された社会を描いている。現代における姥捨て山だ。人が生きていくということの意味をより深く考えさせられる作品である。架空の話ではあるが、人間の存在価値を考えるとき、生産性の有無を拠り所にするのは間違いだ。この作品は、後期高齢者の増加にともない様々な問題が発生する日本社会の現実をみつめた映画だと思う。75歳の身には深くて恐ろしい作品である。
4 最近、「75歳の壁」や後期高齢者を巡る話題は多い。背景には、間近に迫った2025年問題があるのだと思う。これらの話題に接したとき、従来とは違って自分自身を対象にした問題でもあるため、深く考えるようになった。後期高齢者として如何に生きるのか。明確な答えはまだない。しかし、はっきり言えることがある。それは、多くの人々と交流し、歓談し、明るく楽しい時を過ごすことの大切さだ。このことが、「75歳の壁」を乗り越え、楽しい人生を生きていく最大の武器になると信じている。その為にも一日も早くコロナが終息し、マスクなんかうち捨てて、多くの人々と交流出来る日がくることを願っている。(元厚木公証役場公証人 小畑和裕)

滝川公証役場について~広報活動を中心に(阿部俊彦)

【はじめに】 
 滝川公証役場で公証人をしています阿部と申します。
 滝川公証役場の公証人に任命され早いもので2年が過ぎましたが、日々悩みながら業務を行っている毎日です。
 誌面をお借りして当公証役場を紹介したいと思います。
 当役場が置かれた札幌法務局滝川支局が管轄する地域は、北海道のほぼ中央部に位置する北海道庁空知振興局管内にありますが、特に中空知地方と称し、「滝川市」、「芦別市」、「赤平市」、「砂川市」、「歌志内市」、「奈井江町」、「上砂川町」、「浦臼町」、「新十津川町」、「雨竜町」の5市5町で構成されています。(私が出張して業務ができるという意味での管轄は、札幌法務局管内全域となります。)
 中空知地方は、旧財閥系の炭鉱地帯として繁栄した空知炭田の一画にあり、その中心地である滝川市は近隣の炭鉱街からの買い物客で賑わった商業の街でありました。
 役場のある滝川市は、1987年(昭和62年)NHK朝の連続テレビ小説「チョッちゃん」の舞台として放送されました。これは、黒柳徹子さんの母の自伝「チョッちゃんが行くわよ」を原作としたもので、皆さんも放送をご覧になり、滝川市をご存じの方もいるかと思います。
 また、北海道民のソールフードである味付けジンギスカンで、全国的に有名な「松尾ジンギスカン」の本店は滝川市にあります。

【事件の動向】
 滝川公証役場は、岩見沢公証役場を置くとされていた支局のうちの一つである滝川支局に昭和63年1月に新設されましたが、役場新設当時、既に石炭産業は斜陽の一途をたどり、平成7年には管内の炭鉱は全て閉山される状況でした。したがって、役場新設当時から地域経済力の低下の兆しはありましたが、特に基幹産業が崩壊した平成7年以降は人口減に拍車がかかり、令和2年以降、管内人口は10万人を割り込み、地域経済における地盤沈下は目を覆うほどであります。
 こうした傾向は、公証事件数にも明らかに影響しており、役場新設時における事件数及び事件の種別は、現時点におけるそれとは大きな開きがあります。とりわけ、定款認証をはじめ賃貸借、消費貸借、債務承認弁済等の経済取引に関する事件は極めて減少しています。
 しかしながら、一方では、遺言、任意後見、離婚給付などの家事事件の割合が増加しています。
 そこで、このような事件の変化に対応した広報活動が必要と考え、微力ではありますが、昨年は、以下のような取り組みを行っています。

【広報活動】
1 講演会等の実施
  コロナ禍にあっては、感染対策等を講じながら実施しなければならず、非常に実施そのものが難しい中ではありますが、私自身がロータリークラブの会員ということもあり、「滝川ロータリークラブ」で、会員を対象として、公証制度全般について話をさせていただきました。
  また、滝川市内の保険事務所の依頼を受け、ファイナンシャルプランナー等を対象に主に遺言を中心に講演を行いました。
2 地元FМラジオへの出演
 公証人に就任した令和2年9月から、滝川市のコミュニティFMラジオ(エフエムなかそらち)に定期的(2か月から3か月毎)に出演をし、特に遺言制度を中心に、パーソナリティから質問を受け、それに答えるという形式で、話をさせていただいています。今後も引き続き出演させていただく予定となっています。
3 バス車内放送による広報
 北海道中央バスの役場最寄りのバス停留所(2か所)において、車内アナウンス広告を行っています。過去に何度か「車内アナウンスがあったので迷わず来ることができた。」という声もあり、ある程度の効果があると考えていますが、役場に用事のある方のみならず、バスの乗客に公証役場及び業務内容を繰り返しアナウンスすることによるPR効果があると思われます。今後の実施に当たっては、定期的に放送内容を見直すなど、マンネリ化にならないよう工夫しながら、引き続き実施したいと考えています。
4 その他
 「滝川市役所設置の案内図への掲載」、「JR時刻表への広告掲載」、「地元FM局の広報誌への掲載」、「市役所発行のパンフレットへの掲載」等を行っています。

【おわりに】
 最後に、冒頭でも記載したとおり、滝川公証役場は、元産炭地が囲む過疎地域で、公証需要の少ない地域です。そのような中で、地域住民に公証制度を「知ってもらい」、「理解してもらい」、公証役場を「利用してもらう」活動を微力ではありますが、これからもしてまいりたいと考えております。
 これからも引き続き皆様から、御指導、御鞭撻をいただければと思います。
 どうぞよろしくお願いします。(札幌・滝川公証役場公証人 阿部俊彦)

今治で想うこと(檜垣明美)

 私が住む愛媛県今治市の人口は、着任当時に比して1万人以上減少し、15万人台になっており、寂しい思いをしていますが、投稿の機会を得ましたので、最近の今治市について若干ご紹介したいと思います。

1 今治市は、「タオル」と「造船」で知られた街です。

 「タオル」は、今治タオルとして、全国的に有名で東京のデパートでも購入できます。外国製のタオルに対抗する為に、品質の良さを追求して、現在のブランド力を得ています。その吸水力と柔らかさは、非常に優れています。特に、真っ白なタオルは、肌触りが最高で(着色すると繊維が固くなるとか)、私の大のお気に入りでもあります。
しかし、タオル業者の方との話によると、このコロナ禍で各種イベント、結婚式やコンサートを始めとするイベントグッズ等の受注が大幅に減少しているとのことでした。そこで、タオル業者によるマスクの作製・販売も盛んに行われていますが、実際問題として、使用する布の量がタオルとは大きく異なるので、マスクの作製・販売のみで売り上げをカバーすることは全く無理とのこと。ここでも、コロナの影響は、飲食、観光で止まらないのだと実感しています。

「造船」については、皆さまご承知のとおり、世界に冠たる今治造船株式会社を始めとする造船会社が多くあり、今治港に近い当役場からもその姿を見ることができます。
 今治港といえば、本年は、今治港開港100周年の年であり、多くの関連イベントが開催されています。
 その中でも、特に私が興味を持っているのが、10月15日(土)に実施が予定されている、いわゆるブルーインパルスの展示飛行です。今治では初の飛行であり、今治の多くの人が一斉に空を見上げることになるでしょう。お天気に恵まれることを祈るばかりです。もう一つは、10月29日(土)開催予定の自転車競技、今治クリテリウムです。これも今治では初の開催で、今治港近くの市街地に作った周回コースを走り、サイクリスト達がその速さを競うものです。こちらは、費用面でなかなか厳しい面があり、クラウドファンディングの呼びかけも盛んに行われています。私も少しばかりですが支援しました。様々な形での行事を通して、今治市が少しでも活性化されることを切に願っています。
 また、自転車で思い出されるのは、「瀬戸内しまなみ海道」ではないでしょうか。この海道は、本州四国連絡橋ルートの一つで、西瀬戸自動車道の愛称です。広島県尾道市から瀬戸内海の島々を経て、愛媛県今治市に至ります。歩行者・自転車専用道路が併設されていますので、走った方もおられるのではないでしょうか。このサイクリストを対象にしたホテルもここ最近多く建っており、かなり盛況であると聞いています。今治市の特色を十分生かした形での発展も期待できます。

2 私が、四国の愛媛県今治市での生活を始めて、丸8年が過ぎようとしています。ここ2~3年は、コロナ禍の中、受託事件の減少や行動制限が求められ、心身ともに窮屈な日々を過ごさざるを得ない状況が続いています。この状況は、会員の皆様も同じことが言えるのでしょうが、ここにきて、コロナに対する考え方、つまり、コロナの予防接種の是非を始め行動制限がない中での行動をどのように考えるのか、人それぞれで考え方が大きく違うということを実感する場面に多々遭遇しています。行動制限のない中での自らの行動をどうすべきか、正解があるわけでもなく、非常に難しい問題ですが、私なりに個々判断の日々を過ごしています。
 私が属している地元のロータリークラブもその運営の舵取りに苦慮しており、絶対にコロナ患者を発生させない、拡げないとの強い思いで、例会等の開催に臨んでいます。
 このコロナ禍の出口は、本当にあるのかと不安に思いながらも、シェイクスピア作「マクベス」における「明けない夜はない」の言葉(他説あり)を信じ、もうしばらくここ今治の地でマスク生活を続けたいと想う今日この頃です。(松山・今治公証役場公証人 檜垣明美)

短歌

四季の短歌(高渕秀嘉)

春  花冷えといふ言(こと)の葉(は)のある国に生(あ)れし幸せ独り夜に酌む
   来る年もこの白木蓮をここで見ん彼岸会終へし寺の静けさ 
   父親は下で梯子を支へをり子が青空に楤(たら)の芽を摘む 
夏  何時からか食器洗うは我が勤め厨に奔(はし)る初夏(はつなつ)の水
   目覚むれば黙祷は今終りしと妻の声に恥づ原爆の日 
   原節子逝きて遙けき麦秋の明かりは地平に暮れずあるなり
   揚げ花火開かぬままに秘やかに銀河を目指すものもあるべし  
秋  ひと言の優しき言葉で足りたるを悔い拭ふごと母の墓洗ふ 
   むく鳥の円舞終はりぬ街の空夕焼雲は今果つる色
   夕焼に烏も喰はぬ柿たわわ昭和の飢餓は我に今なほ
冬  夫婦でも似ても似つかぬ十二桁マイナンバー届く時雨(しぐれ)寒き日
   日脚(ひあし)伸ぶと言へば肯(うべな)ふ人の居て共に歩みし道の遙るけき
   子の呉れし半纏(はんてん)を着て八十路なほ今日の寒さを嬉しと思ふ
以上 13首                     
(自註)上記は、中高年向け生活雑誌「明日の友」(婦人の友社・隔月刊)の「歌壇」(選者岡野弘彦先生次いで松坂弘先生)に投稿し入選した拙詠の内から、季節の言葉を含むものを選び、四季毎に並べてみたものです。
  俳句も少し嗜みますが(本誌No.44「新年と四季折々の俳句」)、俳句と短歌の、私の内なる関係等については、本誌No.26所収の拙稿「俳句短歌往還」をご参照いただくことがあれば幸いです。

実務の広場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.94 夫婦関係調整公正証書等について(大竹聖一)

1 はじめに
 当役場が所在する奈良県大和高田市は、大阪府に近接している関係もあり、大阪府内に居住する方々や大阪府内の弁護士、司法書士、行政書士及び税理士等から嘱託される事件も多く、また、持ち込まれる事案の中には詳細な検討を要する事案も少なくありません。
また、土地柄からか、いろいろな意味において権利意識が強く、種々雑多な相談や問合せが窓口に、そして電話等により持ち込まれます。相談等の対応については、まず当役場の書記が、その内容が公証事務に関するものかどうかを丁寧に聞いた上で、公証事務に関するものではない場合は、適切と考えられる相談窓口を紹介したり、法テラスを案内したりしています。例えば、「駐車場の土地を乗っ取られそうだと聞いたが、どうしたらよいか。」といった趣旨不明の電話があり、相談者も自身が置かれている状況がよく分からないまま電話をしてきた様子がうかがえた事例に対しては、「それは大変ですね。取りあえず法務局に土地の登記名義が書き換えられていないか確認してはいかがでしょうか。」と提案して対応を終了したことがあります。
 一方、公証事務に関する相談の予約をして来所された場合には、公証人において相談内容を詳細に聴取しなければなりません。
 例えば、①賃貸マンション(分譲マンションの1室のみを所有する個人との間の賃貸借契約によるもの)の漏水事故について、賃借人乙(個人)が、賃貸人甲(個人)との間で、水漏れの原因は配管施工業者の施工不良にあり(ただし、施工業者は認めていないようです。)、乙に責任はないこと、退去時の原状回復において本件漏水事故による損耗・損傷については、その対象としない旨の合意をしたいとか、②株式会社と銀行間の金銭消費貸借契約における連帯保証人Aが、他の連帯保証人Bとの間において、連帯保証人間の求償債務履行に関する契約を締結したいとか、③代理人弁護士から、XとXの妻との間における不動産の死因贈与契約(始期付所有権移転仮登記付き、始期・Xの死亡)を撤回し、当該不動産を他の第三者に遺贈する旨の遺言公正証書を作成したいなどの事案が持ち込まれ、その内容の確認(例えば、③については、負担付死因贈与契約か否か、負担の履行の有無その他の事情など)や案の作成に必要な資料の提出も含め、かなりの時間を要するところです。また、作成に当たっては、タイミングが合えば近公会の勉強会の協議問題として提出し、他の公証人の皆様の御意見や考え方を参考とさせていただくことも多かったのですが、残念ながら昨今のコロナ禍の影響により勉強会の開催は中断しています。

2 夫婦関係調整公正証書の作成
 そのような雑多な相談の中で、時折されるのが、表題の夫婦関係に関する公正証書の作成に関する相談です。
 夫婦共に相談に来所する場合もあって、離婚に関する公正証書の作成かと思いきや、離婚はしないが、夫婦間で取決めをしたので、その内容を公正証書にしたいという相談です。その取決めの内容は、おおむね「これまで夫(妻)は、不貞行為などを働き、あるいは放蕩三昧などを繰り返してきたことから、これを悔い改め、妻(夫)との間で、今後、不貞行為などをしないことを誓約し、不貞行為をした場合には、離婚に応じる。離婚に際して、夫(妻)は、妻(夫)に対し、財産分与(又は慰謝料)として金○○○万円支払う。」といったような内容です。
 この場合の相談対応においては、まず、「○○○の場合には、離婚に応じる。」という取決めに関する部分については、協議離婚における離婚の意思は、離婚届出の時点において存在することが必要であり、戸籍法による届出が受理されて初めて効力を生ずる要式行為であって(民法第764条で準用する同第739条第1項)、将来のある時点を基準として離婚に応じるとする旨の記載をしても、法的には何の意味もないこと、したがって、違反行為があった場合に当然に離婚の効果を生じさせることもないし、ましてや夫(妻)に離婚を強制することもできないことを説明します。ただし、強制力を持たないとしても、両者間の約束(誓約条項)として、例えば将来の離婚の際の一資料として活用することはできる(かもしれない)旨は付言し、そうした理解を得た上で、どうしても作成したいという場合には、作成に応じている実情にあります。
 また、財産分与に関する部分については、その請求権(財産分与請求権)は、将来の請求権であり、未だその請求権を基礎付ける離婚という事実が確定していないことから、強制執行認諾条項を付することはできないこと、その意味においては、公正証書として作成するメリットはないことを説明しています。
 なお、不貞行為があった場合における慰謝料の支払に関する部分については、不貞行為は妻(夫)に対する貞操義務違反になることから、法外な金額でない限りは、民法第420条第1項に規定する損害賠償の額の予定として許容されるものと思われます。
 ところで、ある相談事案においては、慰謝料や財産分与の金額を「〇億円」とするものであったことから、「そもそもこのような金額を払えるのですか(払えないでしょう。)」という私の問いに対して、その夫が「はい、払えます。」と即答したのには面喰らいました。
 ただし、このような金額の支払い自体違法とは言えないものの、通常認められるであろう慰謝料額をはるかに超える金額を慰謝料名目で支払ったり、婚姻中に増加した夫婦の財産額の2分の1相当の金額をはるかに超える金額を財産分与名目で支払ったりした場合には、超過部分が贈与とみなされて、高額の贈与税の対象となる可能性があることを注意しておく必要があります。

3 私署証書の認証
 公正証書の作成だけでなく、今後も夫婦生活を継続していくために夫婦間で合意書を作成したので、この文書を認証してもらいたいという依頼もあります。
 基本的な説明・対応のスタンスは、公正証書の作成の場合と同様ですが、合意書の内容を点検すると、公序良俗に反するようなもの、違法とは言えないまでも疑義があるものが散見される場合があり、その部分を指摘して、嘱託人自身で修正作業をしてもらうというひと手間が生じます。また、一方は暴力行為を受けたと主張し、相手方はちょっと背中を押しただけなどと反論し、その記載内容について双方の合意ができていない場合もあり、この未調整部分の文案の修正に関するやり取りが数週間に及ぶこともあります。
 しかし、一定の年齢を迎え、これまでの行為や言動を反省して、夫婦で穏やかな人生を過ごしていきたい、そのため、これまで暴力的な行為などを行ってきた一方当事者の抑止力として合意書を作成し、事案によっては、宣誓認証によることとしたいといった要望もあり、公証人としては、これに真摯に対応せざるを得ません。

4 参考文例等
  参考文例等は、次のとおりです。双方の話をよく聞いて、事案に応じて修正しています。
(1) 公正証書

夫婦関係調整公正証書
第1条 夫・○○○○(以下「甲」という。)は、妻・△△△△(以下「乙」という。)に対し、民法その他の法令に定める夫婦としての協力及び扶助の義務を履行し、夫婦として、互いに慈しみ合い、助け合い、協力し合い、共に生活していくことを誓約する。

第2条 甲は、乙に対し、次の各号に掲げる行為を行わないことを誓約する。            
(1) 不貞行為
(2) 刑法その他の法令に抵触する犯罪等の行為
(3) その他前各号に準ずる行為

第3条 甲は、乙に対し、次の各号に掲げる事項を遵守することを誓約する。                 
(1) 正当な理由がない限り同居し、扶助・協力すること。
(2) 婚姻費用(生活費)として、毎月○○万円を負担すること。
※ 事案に応じて
(3) 借主を甲、保証人を乙として、金融機関に対し負担する借入金債務については、甲が責任をもって弁済し、乙に責任を負わせないこと。

第4条 甲が、次の各号の一に該当し、乙が離婚を申し入れたときは、甲は直ちに離婚の協議に応じるものとする。
(1) 第2条各号に掲げる行為をしたとき。
(2) 第3条各号に掲げる遵守事項について重大な違反があったとき。               

第5条 第4条の離婚に際し、甲は、乙に対し、財産分与及び慰謝料として、甲及び乙が協議して定めた額を支払うものとする。

(2) 私署証書(認証事例)

夫婦間の合意契約書
妻・△△△△と(以下「甲」という。)と、夫・○○○○(以下「乙」という。)は、本日、以下のとおり合意し、本契約を締結した。
第1条(暴力行為)
乙は、甲に対し、〇〇年頃から△△年頃にわたり、夫婦間において生じた様々な事案において、話合いにより解決することができたにもかかわらず、自身の感情を押さえきれず、反復継続して甲に対する暴力行為を行ったことを認める。
第2条(謝罪及び再発防止)
乙は、甲に対し、自らの暴力行為により、甲を深く傷つけ、夫婦関係の破綻に至らしめかねない状況を招いたことを謝罪し、今後一切暴力行為を行わないことを誓約する。
第3条(慰謝料)
乙は、甲に対し、第1条の暴力行為により甲が被った精神的苦痛に対する慰謝料として、金○○万円の支払義務があることを認め、これを〇年〇月○○日限り支払う。
第4条(協議離婚) 
 乙は、甲に対し、今後、甲の求めがあれば、異議なく協議離婚の協議に応じることを誓約する。
第5条(離婚に至った場合における財産上の問題)
甲と乙は、離婚に至った場合における甲乙間の財産上の問題に関し、次のとおりとすることを約する。
(1)乙は、甲に対し、一切の財産分与の請求をしない。
(2)甲と乙は、厚生労働大臣に対し、対象期間の標準報酬の改定又は決定の請求をし、請求すべき按分割合を0.5とする。
第6条(誓約事項)
乙は、甲に対し、今後の結婚生活において次の事項を遵守することを誓約する。
(1)暴言及び暴力行為は絶対に行わない。
(2) 預貯金及び家計の管理は、全て甲において行うことを承諾する。
(3)炊事、洗濯、掃除等の家事を積極的に行う。
(4)常に甲に対する愛情の心を持ち、甲乙間の子、親族及び友人の面前において甲の悪口を言わない。
(5)浮気や浮気と誤解されるような行動をしない。
第7条 (合意管轄)
甲及び乙は、本契約に関する一切の紛争については、甲の住所地を管轄する裁判所を第一審の管轄裁判所とすることに合意する。

(参考文献)
  会報(東京公証人会発行)・平成20年5月号31ページ、同・平成28年5月号
(奈良・高田公証役場 大竹聖一)

No.95 事業用定期借地権等設定契約公正証書作成上の留意点(安田錦二郎)

はじめに
 事業用借地権は、平成4年(1992年)に制度が創設され、平成20年(2008年)には利用実績を踏まえた一部改正がされ、今日に至っています。(注1)(注2)
 制度創設から30年が経過し、店舗展開等する事業者等により活発に利用されており、最近では当初設定した契約が期間満了を迎えたことによる再契約も多くなっています。
 嘱託依頼の中心は、不動産仲介業者、賃借人等が多いですが、これら関係者にとって、契約機会がそれほど多くないこともあり、公正証書作成の過程で、さまざまな質問等が寄せられる場合も多く、公証業務に携わるまで賃貸借契約についてほとんど経験のない公証人にとって、着任当初、対応に苦労することも多いのではないでしょうか。
 一部の事業関係者からは、事業用定期借地権等の設定契約が公正証書作成を義務付けていることに対し、経費・労力の負担の観点から問題視する動きがあります。
 事業用定期借地権等設定契約を公正証書で作成することを要件とした理由は、更新のない借地権設定契約が脱法的に運用されるなど、制度濫用の危険を避けるため、公証人が内容を審査した上で、適法な契約を公正証書で作成し、将来の紛争を予防することが制度上求められたためです。
 すなわち、公証人には、事業用定期借地権等の制度趣旨、要件等に十二分に精通した上で、契約内容に脱法的な文言等が含まれていれば修正等の適切な指示を行うことはもちろん、嘱託人等の関係者からの質問、疑問に対しても的確・迅速に対応し、理解・納得してもらうことが、制度上求められているといえます。
 拙稿では、私自身の拙い経験も踏まえ、公証人着任当初、判断にとまどってしまうような問題を中心にとりあげてみました。中には不正確な内容もあるかもしれませんが、皆様からご意見・ご批判をいただければ幸いです。

(注1)平成20年1月1日施行で改正された借地借家法(以下「法」という。)23条の見出しは「事業用定期借地権等」とされている。これは、1項において「事業用定期借地権」を、2項において「事業用借地権」を規定しているためであり、同条2項の借地権は改正前の24条の事業用借地権と同様であって、他方、同条1項の借地権は、むしろ定期借地権(法22条)を事業用に限定し、かつ、期間を短縮したものであることから、これを「事業用定期借地権等」として同一の条文に規定することとしたものであると解する立場がある(別冊法学セミナー 新基本法コンメンタール 借地借家法第2版142頁。)。また、法23条1項の借地権と同条2項の借地権の法的性質の共通性に鑑み、共に「事業用定期借地権」と呼ぶ方が分かりやすいとする立場もある(新版 証書の作成と文例 借地借家関係編〔三訂版〕(以下「文例」という。)79頁)。
(注2)本稿では、以下、1項の借地権を「事業用定期借地権」、2項の借地権を「事業用借地権」(ただし、文例76頁の法23条2項の文例6の表題は「事業用
 定期借地権設定契約」と表記されている。)、両借地権を含めて「事業用定期借
 地権等」と称することとする。

一 土地の賃貸借について
1 土地の賃貸借には、建物の所有を目的としない賃貸借と、建物を所有するこ
 とを目的とする賃貸借がある。前者は民法601条以下の賃貸借の規定が適用され、後者は借地借家法の規定が適用される。ただし、建物を建てない駐車場敷地として利用する場合であっても、事業用定期借地権等の一部として建物が所在する土地と一体として利用する目的で駐車場敷地を賃貸借契約の目的とする場合は、当該駐車場敷地にも借地借家法が適用される。
2 賃貸借の存続期間は以下のとおり。
① 建物の所有を目的としない場合は50年以下。最短は定めなし。(民法604条)
② 建物の所有を目的とする場合は30年以上。最長は定めなし。(法3条。一時使用目的の場合は適用除外(法25条))
③ 定期借地権の存続期間は50年以上。最長は定めなし。(法22条)
④ 事業用定期借地権等の存続期間は、30年以上50年未満の場合(法23条
1項の事業用定期借地権の場合)と10年以上30年未満の場合(法23条2項の事業用借地権の場合)がある。 
3 借地借家法でいう「建物の所有を目的とする」とは、建物の所有を「主たる目的」とするものをいい、敷地の一部に建物が存するゴルフ練習場、テニスコート等を目的するものは、借地借家法の対象とならない。

二 借地・借家法の改正経緯等
1 平成4年の借地借家法創設以前
建物保護ニ関スル法律(明治42年5月1日法律40号)
借地法(大正10年4月8日法律49号)
借家法(大正10年4月8日法律50号)
2 平成4年8月1日 建物保護ニ関スル法律、借地法及び借家法を廃止。
  ただし、借地借家法施行後においても、当該法律が廃止される前に当該法律により生じた効力は妨げられない。
3 平成4年8月1日施行 借地借家法(平成3年法律90号)
 「事業用借地権創設」(法24条)。「存続期間10年以上20年以下」の場合のみ。
4 平成20年1月1日施行 借地借家法改正(平成19年法律132号)
  法24条を削除し法23条として事業用定期借地権等に関する規定を新設。
  法23条1項 → 30年以上50年未満 「事業用定期借地権」
  法23条2項 → 10年以上30年未満 「事業用借地権」
  改正法施行前に設定された事業用借地権については、従前の例による。

三 事業用借地権制度が創設された理由
 通常の借地権は、存続期間満了後も借地契約の法定更新が認められ、借地権設定者からの更新拒絶には制限があり、また、借地権者には建物買取請求権が認められるなど、借地権者側に有利な扱いがされている。
 その結果、一度借地権を設定するとほとんど半永久的に土地の返還が望めないという状況が生まれ、都市部を中心に新たな借地権の設定が困難になるとともに宅地供給が難しくなり、地価上昇の更なる要因ともなっていた。
 このような事情を背景として、不動産業界などから改正の要望があり、法律を改正して導入されたのが、事業用借地権制度である。
 平成4年8月1日施行の借地借家法創設の際に、①存続期間を10年以上20年以下とすること、②契約の更新規定が排除されること、③建物買取請求権が存しないこと、④設定は必ず公正証書によらなければならないこと、以上を内容とする事業用借地権制度が設けられた。
 その後の事業用借地権の運用の中で、10年以上20年以下の存続期間が建物の耐用年数に比べ短いこと等から、より長い存続期間を望む声が強くなったため、法律が改正され平成20年1月1日から施行された。

四 平成20年1月1日施行の借地借家法改正の内容
 平成20年1月1日に施行された改正法では、事業用定期借地権等の存続期間について、30年以上50年未満の場合と10年以上30年未満の場合の2つの場合に分けられた。
 法23条1項の、存続期間を30年以上50年未満として事業用定期借地権を設定する場合の要件は、⑴公正証書で作成すること、⑵以下の3事項を「特約」で設けておくことである。
 3事項の特約は、1つでも欠けると効力を生じない。
① 契約の更新がないこと
② 建物の築造による存続期間の延長がないこと
③ 建物の買取請求をしないこと
 法23条1項中の「第9条及び第16条の規定にかかわらず、契約の更新及び建物の築造による存続期間の延長がなく、並びに第13条の規定による買取りの請求をしないこととする旨を定めることができる。」の記載が特約に該当する。
 ①の特約については、法5条1項の「契約の更新を請求したとき」及び同条2項の「土地の使用を継続するとき」も含まれることを明らかにするため、「契約の更新(更新請求及び土地の使用の継続によるものを含む。)」と記載することとなる。
法23条2項の、存続期間を10年以上30年未満として事業用借地権を設定する場合の要件は、当該存続期間を定めて公正証書で作成することである。存続期間30年以上50年未満の場合のような①、②、③の特約を設けなくても法律上当然にこれらの適用が排除される。
 ただし、実務上公正証書作成の際は、「特約」としてではなく、「確認事項」等として、契約更新等がないことを明記することとしている。
 記載例は以下のとおりである。
「(確認事項)
 甲及び乙は、本件賃貸借については、契約の更新(更新請求及び土地の使用の継続によるものを含む。)及び建物の築造による存続期間の延長がなく、借地権者の建物買取請求権に関する法の規定が適用されないことを確認した。」。(注1)
 なお、以下の記載による場合もある。
「本件賃貸借については、法第3条から第8条まで、第13条及び第18条並びに民法第619条第1項の適用はない。」(注2)
(注1)文例76頁の文例6の第2条(法23条1項に係る文例65頁の文例5の 
 第3条第2項と同じ表現である。)
(注2)文例82頁(法23条1項と同条2項との実質的な差は、存続期間の定め
 である法3条の適用除外の有無である。また、民法619条1項は、法23条2項に規定されていないため、この規定の適用除外は合意を要することになる。)

五 平成20年1月1日施行改正法の経過措置
 平成20年1月1日より前に設定された改正前の借地借家法24条に基づく事業用借地権は、改正後においても改正前の借地借家法24条が適用される(改正法附則2条)。
 したがって、改正前に設定された事業用借地権で、改正後も存続期間が存続している場合には、改正前の事業用借地権の存続期間である20年以下が適用されることから、借地期間の延長をする場合には、借地期間開始日から20年以内の範囲でしか延長することができない。
 20年の存続期間が経過する前に、20年を超えた期間で借地期間を延長する場合には、改正前に締結した契約を双方において合意解約し、改正後の法律の下において、新たな契約を行う方法しかない。

六 事業用定期借地権等設定公正証書の作成手順
 以下の作成手順は当職が通常行っているものです。ご参考に願います。
① 嘱託人等からの嘱託・相談
嘱託・相談は、当事者の一方、又は仲介業者からされる場合が多い。なお、
  常連の嘱託人の場合は相談を省略し、覚書案等をメール等で送ってもらい、そのまま公正証書案を作成することも少なくない。
   相談時の確認ポイントは以下のとおりである。
• 賃借人が建築する建物が専ら事業の用に供する建物であるか。
・ 賃貸する土地が複数土地かどうか、複数土地の場合一体利用性の要件が備わっているか。
・ 土地の一部が賃貸借の対象となっていないか。一部の場合は範囲を特定する図面の提出が必要。(注1)
・ 土地の地目に田又は畑はないか。該当する場合は農業委員会の許可を得ていることを許可証により確認し、その旨を記載する。(注2)
・ 賃貸人が個人の場合、相続が発生し共有持分となっていないか。(注3)
・ 賃借人が建築する建物の構造等。(注4)
・ 存続期間の開始日が公正証書作成日以降であるか。(注5)
・ 敷金等の預託の定めがあるか。(注6)
② 公正証書案の作成。                                       
各公証役場のスタイルに則して作成することになるが、嘱託人から提出 される覚書等の中に公序良俗に反する条項があった場合、公正証書には記載できないことから、嘱託人に説明し理解を求める。(注7)
③ 公正証書案の嘱託人による確認。
嘱託人に公正証書案を送信等し、内容確認してもらう。併せて手数料についても伝えることとしている。
④ 公正証書作成日の決定。
賃貸人、賃借人、連帯保証人の本人全員に出席してもらうのが原則であるが、委任によることももちろん可能である。連帯保証人を設ける場合、賃借人は会社、連帯保証人は、当該会社の代表者が個人として保証人になることも少なくない。
⑤ 署名・押印
公正証書の作成。当事者本人又は代理人に出席してもらい最終確認のための読み聞かせ等を行い、問題なければ署名押印してもらう。作成日に必要な書類は後記のとおり。(注8)(注9)
(注1)一筆の土地の一部を賃貸借の対象とする場合、土地の範囲を明確にした図面を添付する必要がある。図面、資料を添付する場合は、3セット(原本用1部、正本用2部)を提出してもらう。
(注2)地目が「田」、「畑」の場合、当該土地に賃借権を設定する場合は農業委員会の許可が必要(農地法5条)。当該許可証の写しの提出を求め確認しなければならない。ただし、事業用定期借地権設定契約公正証書作成時点では許可等が出ていないときがあるので、「○年〇月〇日に申請済みである。」とか、「現在、許可申請のための準備中である。」といった記載をする。
(注3)土地の所有権登記名義人に相続が発生し、共有者が複数人いる場合は、共有者全員が当事者となるので、全員と賃貸借契約を締結することとなる。契約書は1通にまとめて作成することも、各別に作成することも可能である。相続人の中の1名を相続人代表者として契約することはできない。また、遺産分割協議が完了したものの未登記の場合、分割協議書に基づいて公正証書を作成することも考えられるが、対抗要件としての登記を備えた後に公正証書を作成すべきである。
(注4)建物の構造等については、公正証書作成時において判明している範囲で記載することで差し支えない。「鉄骨・2階建・床面積約500平方メートル(予定)。用途飲食店等」は問題ないが、「建物の構造等未定」では、建築する建物が専ら事業の用に供する建物かどうか判断できないため適当でない。
(注5)事業用定期借地権は公正証書作成が効力発生の要件とされていることから、賃貸借期間を公正証書作成より前に遡って作成することはできない(文例82頁)。なお、賃貸借期間の開始日を将来のある時期とすることは問題ない。
「公正証書作成日から30年間とする。」の記載では初日不算入となり、最終日の確定で混乱が生じてしまう可能性があるので、「令和○年10月1日から令和○年9月30日までの30年間」という始期と終期の特定日を定める記載とすることが望ましい。
(注6)敷金預託の定めを設けた場合、賃貸人には賃借人に対する敷金返還債務が生じることから、強制執行認諾条項に賃貸人についても記載する必要がある。この場合、賃貸人の敷金返還債務について強制執行が可能となるよう表現に留意する。
(注7)公正証書作成時に特に注意する点は、以下の2点である。
① 賃貸人からの解除条項の中で、無催告解除とする場合は、裁判例で無効とされる例があることから、催告解除に修正するか、「ただし、他の事情と相まって、賃貸人との間の信頼関係が破壊されたと認められるときに限る。」旨を書き加えてもらう(文例36頁)。
 ② 文例38頁⑶のとおり、「賃貸借契約が終了したにもかかわらず、賃借人が土地を原状に復して明け渡す義務を履行しない場合には、賃貸人は、賃借人の費用負担で借地上の建物を収去して原状に復することができる。」旨の条項は、いわゆる自力救済となることから公正証書には記載できないので、「土地の明渡し後に、賃借人が残置した物件がある場合には、賃借人において所有権を放棄したものとみなし、賃貸人において処分することができる。」旨の記載に修正してもらうよう理解を求める。
(注8)ショッピングセンター等の場合で、地権者が数十人に及ぶ場合、最終確認、署名・押印のための出席を求めるとなると数日間にわたり公証役場は他の事件処理が困難になるといった問題が生じてしまう。そのため、地権者側を代表する特定の者に代理人となってもらい、一度の確認で数十件を処理するといった方法を検討する必要がある。なお、賃貸人が、賃借人側の者を代理人として委任した場合、利益相反行為又は自己契約の問題が生じてしまう場合があるので、避けるべきである(当該代理人になる者が、取締役ではない一般社員の場合は利益相反に該当しない可能性があるが避けるべきであろう。)。仲介業者がいる場合は、当該仲介業者が代理人となることが多い。ただし、賃借人及び賃貸人双方の代理人になることは、双方代理に抵触するため認められない。
(注9)公正証書作成日に本人確認資料として必要な書類は以下のとおりである。
⑴ 個人の場合は①から④までのいずれか一つ
① 印鑑登録証明書(3か月以内)+ 実印
  ② 運転免許証 + 認印
  ③ マイナンバーカード(写真入り)+ 認印
  ④ 身体障害者手帳(写真入り)+ 認印
 ⑵ 法人の場合は①から③までの全て
  ① 登記事項証明書又は代表者事項証明書(3か月以内)
  ② 代表者の印鑑証明書(法務局発行のもの。3か月以内)
  ③ 代表者の印鑑。代表者印の持出しが難しい法人は、⑶の方法で行う。
 ⑶ 代理人で行う場合は、委任状が必要。委任状には別紙として最終確定した公正証書案を添付し、以下の委任者の印鑑で割り印又は袋綴じの処理を行う。
  ① 個人が委任者となる場合は、委任状に当該委任者の実印を押印し、印鑑登録証明書を添付する。
  ② 法人が委任者となる場合は、委任状に当該委任者の代表者印を押印し前記⑵の①及び②の証明書を添付する。 
    なお、代理人本人の本人確認資料として、前記⑴の①から④までのいずれか一つの資料及び印鑑が必要。

七 事業用定期借地権等の設定要件
① 「専ら事業の用に供する建物の所有を目的とし」の「専ら」とは
  「専ら」とは、他のものを排除する意であり、事務所等の業務用ビルに居住 
 部分が併設されているものは対象外となる。ただし、その業務用ビルを管理す
 るための住込みの管理人室がある程度の場合は、対象外とならないものと解される。(注1)
② 「専ら事業の用に供する建物の所有を目的とし」の「事業」とは
  「事業」とは、営利事業に限られず、公共、公益事業も含まれる。事業とは、反復継続して何らかの目的を達成するためになされる行為程度と考えてよい。したがって、町内会の集会所の建物などの用地としても事業用定期借地権等を設定できるものと解される。(注1)
・ 借地権者は、事業者であれば足り、寺院、教会、学校も事業者たり得る。
(注2)
 ・ 高齢者専用生活施設で、食事の提供その他日常生活上必要な便宜を供与することを目的とする施設であって、老人福祉施設でないものを有料老人ホームというが、有料老人ホームは、介護保険制度上、居宅の延長と考えられており、事業用借地権の対象とすることはできない。(注3)
 ・ 要介護者であって痴呆の状態にあるものが共同生活を営む痴呆性高齢者グループホームは、特定人が継続的に居住するための施設であり、事業用借地権の対象とすることはできない。(注4)
 ・ 医療施設ショートステイ、福祉施設ショートステイ、通所施設あるいは病院に類するものは、事業用借地権の対象とすることができる。(注5)
 ・ 特別養護老人ホームは、施設に入所する者が病院の入院患者と同じように特定の居室を、居住権をもって専用使用するといった性質のものではないことから、事業用借地権の対象とすることができるとする積極説と、入居者は長期間の入所が予定されており、入居者にとっては、居室は日常生活をする場であって住居というべきであり、事業用借地権の対象とすることはできないとする消極説がある。(注6)(注7)
 ・ 介護老人保健施設が対象とする要介護老人は、同施設で起居して日常生 活を送るので「居住者」的な面もあり、その生活の安定に配慮すべきであるが、特定の居室や起居場所を居住目的で占有使用し、その対価として費用を支払うという関係を基本としているわけではないので、法23条の「居住の用に供する」建物には当たらず、事業用定期借地権等の設定契約を締結することができる。(注8)
 ・  看護小規模多機能型居宅介護は、通いが中心のサービスであることから、事業用定期借地権等の対象とすることが可能と考える。
③ 「専ら事業の用に供する建物の所有を目的とし」の「建物」とは
   一部に居住用等事業以外の用に供する部分のある建物や賃貸マンションのように、借地権者にとっては事業用建物であっても、居住の用に供されるものは該当しない。しかし、管理人室、警備員室、宿直室等の類は、建物の管理、警備のために設けられる必要な施設であるから、それらがあっても差し支えない。(注9)(注10)(注11)(注12)
(注1)別冊法学セミナー 新基本法コンメンタール 借地借家法第2版143頁。
(注2)文例80頁。
(注3)公証138号332頁
(注4)公証138号333頁
(注5)公証138号334頁
(注6)公証128号295頁、法規委員会協議結果集録50頁、会報H22-4-37
(注7)会報H22-4-38での法規委員長発言の「居住の用に供するものというメルクマールは、・・・2つほどあって、1つは、恒常的に起臥寝食に利用される場所だということが確定している。もう一つは、その利用者が入れ替わり利用する(宿直室みたいに入れ替わり利用する)というのではなくて、特定の人が継続的にそこを使うと。こういう2つのメルクマールで見るべきだということになり」が参考になる。
(注8)会報2019-9-25
(注9)文例80頁。
(注10)山野目章夫「定期借地権論」(一粒社)62頁以下では、事業用借地権に
基づいて築造できると解すべき建物として、以下のものが掲げられている。
⑴ 一般の事務所と店舗のほか、つぎのものを含む。工場、作業場、機械室、倉庫、料理店、百貨店、銀行、映画館、劇場、発電所、変電所、給油所、公衆浴場、停車場、茶室、競馬場、遊技場、競技場、練習場、会館、集会所、市場、火葬場。
⑵ 農耕牧畜の用に供する建物、すなわち、納屋、温室、酪農舎、鶏舎、畜舎、蚕室を含む。
⑶ 駐車場法2条2号・20条・20条の2の施設で建物と認定できるもの。
⑷ 医療法1条の2(現行1条の5)第1項の病院のみならず、同2項の診療所を含む。
⑸ 学校教育法1条にいう学校の校舎、園舎、講堂のほか、同法の適用のない学習塾などの教習所、さらに研究所、保育所、体育館を含む。
⑹ 宗教法人法3条1号所掲の境内建物で建物と認定することができるも のを含む。ただし、庫裏を除く。
⑺ 人の起臥寝食に供される場所であっても、特定人が継続して専用するのでない建物は、(改正前の)24条に基づいて築造できる。保養所、旅館、ホテル、守衛所がこれに当たる。 
 ⑻ 別の建物の従物であるとみられる物置、車庫、便所は、主物である建物が事業の用に供するものと認められる場合は、(改正前の)24条に基づいて築造できる。 
(注11)メガソーラー・システムについては、事業用定期借地権等の要件である「『建物』の所有を目的とする」の要件を満たさない。(文例80頁、公証174号358頁、会報H25-10-31、会報H26-6-29)
(注12)駐車場敷地にいわゆる移動式トレーラーハウスを複数台設置することを目的として、事業用定期借地権等設定契約公正証書を作成したいとの依頼がされることがある。トレーラーハウス自体は、建物とは言えないことから、駐車場内の一部に設置される小規模な建物(実際は管理棟として使用される。)を、ホテルとして利用するなどとして、事業用目的の建物の要件を満たしているとの理由で嘱託が依頼されることがある。
この問題は、明らかにホテル機能としては利用できない建物(以下「本件建物」という。)を事業目的の建物と認めることはできず、法23条の「専ら事業の用に供する建物の所有を目的」とする要件には該当しないといった問題のほかに、土地の賃貸借の主たる目的がトレーラーハウスの設置であることが明らかである場合に、本件建物がホテル機能を有するとしたとしても、借地借家法の趣旨である建物の所有を目的として借地権を設定するものと判断できるか、といった問題がある。
  借地借家法にいう建物の「所有を目的とする」とは、土地の賃貸借の主たる目的がその土地上に建物を所有することにある場合を指し、その主たる目的が建物の所有以外の事業を行うことにある場合は、借地人が貸主からその事業のために必要な付属の事務所、倉庫等の建物を建築し、所有することの承諾を得ていたとしても、これに含まれないとするのが通説、判例である(公証174号359頁。最高裁昭和42年12月5日判決(民集21・10・2545))。
  本件に即してみれば、借地目的は本件建物の所有ではなく、トレーラーハウスの設置にあり、ホテル利用は本来の目的ではないということになれば(本件建物はトレーラーハウスを利用するための付属施設であると考えられる。)、そもそも借地借家法の目的に反するものであり、公正証書作成はできないと解すべきである。
  トレーラーハウスの設置を目的として土地を貸す場合は、民法601条以下の賃貸借契約によるべきである。
 
八 一体利用、契約書の通数
 甲地については、スーパーマーケット事業用の建物を建築所有する目的で事業用借地権設定契約を締結するとともに、乙地については、専ら同事業の駐車場として使用することを目的として、賃貸借期間10年以上20年以下で、かつ、更新のない賃貸借契約を締結しようとする場合、甲地と乙地が、所有者を異にする場合であれ、隣接していない場合であれ、両土地が借地人によって一体として管理又は利用されるという関係にあれば、共に事業用借地権として設定契約をすることができる。また、契約書は、1通で作成しても別々に作成しても問題ない。(注1)
(注1)公証104号290頁、新訂法規委員会協議結果要録95頁、公証142号222
  頁、会報H20-2-60、会報H25-3-25、会報H25-7-20、会報H29-4-58、会報H29-5-57

九 存続期間
 事業用定期借地権等設定契約は、公正証書により作成しなければ効力が生じないことから、存続期間の始期は、公正証書作成日当日又は将来の日でなければならない。したがって、存続期間の始期を公正証書作成日前とすることはできない。(注1)
公正証書作成日と存続期間の始期は同じでなくてもよい。(注2)
存続期間の始期及び終期は、原則として確定期限でなければならないが、「農地転用の許可日」とすることも認められる。また、事業用建物における事業開始の日が決まっていない場合は、存続期間の始期を、「事業開始の日」とすることも問題ない(可能であれば予定日を入れる。)。ただし、「事業開始」の定義を明確にしておくべきである。(注3)
始期及び終期が不確定期限であっても、実質的にみて、法定の存続期間を逸脱するような期間を定めたものと解される場合は別として、そのことのみで強行法規に反すると評価することはできない。(注4)
(注1)文例82頁。
(注2)公証125号310頁。
(注3)文例82頁。
(注4)会報H27-1-46、会報H27-5-42、会報2019-8-41

十 敷金、保証金等について
 平成29年民法改正により設けられた諾成的消費貸借契約に関して、諾成的消費貸借契約公正証書では、貸主に強制執行認諾文言を付すことはできるが、借主に強制執行認諾文言を付すことはできないと解されているところ、要物契約である敷金契約においては、金銭の交付がない以上、敷金契約は不成立となる(したがって、貸主が敷金を受領している場合は明記する。)ものの、諾成的敷金契約の成立まで否定する趣旨ではなく、賃借人の敷金交付義務を法的義務として認める趣旨であると考えられる。したがって、諾成的敷金契約における賃借人の敷金交付義務について、強制執行認諾文言を付すことはできるものと考えらえる。(注1)
(注1)会報2022-4-23

十一 事業用定期借地権等設定契約の変更・再契約
 最初に作成する事業用定期借地権等設定契約は公正証書でなければならないが、その後に契約を変更する場合は公正証書による必要はない。当事者間で「覚書」「変更契約書」等を作成することで有効である。(注1)
 ただし、変更契約のうち最も需要の高い賃料増額及び存続期間延長(法23条2項の事業用借地権についていえば、存続期間が10年以上30年未満であるので、例えば、期間10年と定めていたものを30年未満の範囲内で延長するとき。)の場合に、強制執行認諾条項の効力は、賃料の増額部分の支払や期間延長以後の賃料の支払については及ばないことから、当該変更事項に対しても強制執行認諾条項の効力を及ぼす場合は、変更公正証書を作成し、強制執行認諾条項規定を設ける必要がある。 (注2)
法23条2項に基づく事業用借地権設定契約においては、契約更新の規定の適用を排除しているから、借地権の設定時や存続期間の途中において、更新を認める合意がなされても、事業用借地権は更新しないことに本質的な性質があるので、その効力を認めることはできない。(注3)
期間満了時に、当事者間の協議により事業用定期借地権等の再設定を行うことは可能であり、当初の事業用定期借地権等設定契約の際に、期間満了時に再設定契約を行うか否かについて協議を行う旨を定めたり、期間満了時に新たな借地権を設定するための手順を定めておくことも可能である。(注4)
当初の事業用借地権設定契約(法23条2項の契約)において、期間満了の場合に、借地権者の請求により延長することができる旨の合意をすることも、総期間が本契約締結の日から30年未満の範囲である限り可能であると解される。ただし、法23条2項に基づく事業用借地権を法23条1項に基づく事業用定期借地権に変更することはできない。(注5)
 下図(編注:省略)「の甲乙両地につき一括して事業用借地権設定契約をした後、乙地に代えて 丙地を事業用借地権の目的とする場合、丙地が狭小で甲地の付属地にすぎないような場合は変更契約で足りると解する余地もあるが、原則として、変更契約では足りず、丙地につき(または甲地につき一旦合意解約した上で、甲地と丙地につき全体として)改めて公正証書による事業用借地権設定契約をすべきである。                               
 土地の所有者が異なる場合は、変更契約では賄えない。甲地借地権の残存期間が10年未満になっている場合も同様である。(注6)

(注1)文例70頁。会報H21-5-43。会報H24-10-23
(注2)文例70頁。公証174号361頁。会報H26-6-32
(注3)公証174号360頁。
(注4)公証174号360頁。契約設定時に再契約できる旨の記載例は以下のとおり。「本契約の終了6か月前までに、甲又は乙いずれかが相手方に対して書 面により再契約を希望する旨の申し出を行い、双方協議の上合意が成立したときは、本契約期間満了日の翌日を始期とする新たな事業用定期借地権設定契約(再契約)を締結することができる。」
(注5)公証174号361頁
(注6)法規委員会協議結果集録49頁。

十二 転貸借
賃貸人甲 ⇒賃借人(転貸人)乙 ⇒転借人(転々貸人)丙 ⇒転々借人  
(土地 A契約         B契約         C契約所有者)

 民法612条1項において、「賃借人は、賃貸人の承諾を得なければ、その賃借権を・・・転貸することができない。」とされていることから転貸借するためには賃貸人の承諾が必要となる。
 「賃貸人の承諾」とは、B契約については甲の承諾が、C契約については乙の承諾が該当する。
 B契約に係る公正証書を作成する場合、公証人は甲の転貸承諾がされていることを書面で確認することとし、公正証書には以下の例により記載する。
「なお、乙が本件土地を丙に転貸することにつき、乙は、あらかじめ甲の承諾を 得ている。」
 B契約に係る公証証書を作成する時点で、C契約を締結することが予定されている場合は、B契約の記載の中に以下の例により記載する場合がある。
「なお、丙が本件土地を丁に転貸することにつき、乙は、あらかじめ承諾する。」
 C契約に係る公正証書には、以下の例により記載する。 
「なお、丙が本件土地を丁に転貸することにつき、丙は、あらかじめ乙の承諾を得ている。」
 C契約において公証人はB契約時に乙の転貸承諾が確認できているので、別途承諾書面の提出は要しない。 
 
・ 当初から転貸借を予定した事業用借地権設定契約の当否
不動産会社Bは、自ら事業用建物を建築して所有する意思はないにもかかわらず、地主Aの依頼により、あらかじめ土地転貸の承諾を得た上、Aから事業用借地権の設定を受け、それと同時に、その土地に事業用建物を建築して所有する予定の個人Cに事業用転借地権を設定することが可能である。また、事業用建物を所有しないBに対する事業用借地権の設定も可能である。(注1)
・ 原賃貸借の存続期間を超える存続期間を定めた事業用借地権(転貸借)設定契約公正証書作成の可否                                     
 所有者甲から土地を賃借したA(原契約。借地権の残存期間10年)は、Bに事業用建物を建築させ所有させる目的でBとの間で借地借家法第23条第2項に基づく事業用借地権設定(転貸借。存続期間は15年)の公正証書を作成することができる。                                                
 事業用借地権設定契約が原賃貸借契約を基礎とする転貸借契約として成立することは差し支えなく、また、同契約は、債権契約であるから、原賃貸借契約の存続期間の定めとは関連付けず、独立ものとして成立させても、法律上問題はない。転貸借契約は、原賃貸人の承諾がないと原賃貸人に対抗できないところ、存続期間15年の事業用借地権設定契約の締結に同意した原賃貸人は、原賃貸借の更新を拒絶しない旨を約したことになろう。(注2)   
・ 原賃貸借契約が事業用借地権である場合に原賃貸借の存続期間を超える事業用借地権(転賃貸借)を締結することも、原契約も再契約が可能であるから、締結することは可能である(多数意見)。(注3)
(注1)公証115号271頁。公証112号200頁。なお、消極説もあり。
(注2)会報H25-7-21
(注3)会報H25-7-22、会報H27-1-48 

十三 法令違反・公序良俗違反等について
 賃貸借契約が終了したのに一定期間内に明け渡さない場合には、建物に立ち入って家財道具を処分する権限を与える旨の文言は、自力執行になるため公序良俗違反となる。(注1)
この場合は、「土地の明け渡し後に、賃借人が残置した物件がある場合には、賃借人において所有権を放棄したものとみなし、賃貸人においてこれを処分することができる。」旨の文言に修正するよう依頼する。(注2)
(注1)東京高判平成3年1月29日・判時1376号64、最判平成3年12月7日・公証101号295頁)。
(注2)文例39頁

十四 手数料
 事業用定期借地権等設定契約の手数料は、公証人手数料令11条、13条が適用され、契約期間中の賃料の総額の2倍。ただし、10年間分まで。
具体的には、賃料が月額10万円の場合は以下のとおりとなる。(注1)
 10万×12月×10年×2倍 = 2,400万円 ・・・ 手数料2万3,000円
賃貸人と賃借人と折半する例が多いが、一方が全額支出する場合もあり、当事者間の合意次第である。
賃料のほかに、敷金、保証金、権利金、更新料等の定めがある場合であるが、これらは手数料令23条1項の「従たる法律行為」に当たるから、手数料算定の対象とせず、賃料のみを基準に1行為として計算する。(注2)
 期間10年で、賃料が3年分しか決定されていない場合の手数料は、4年目以降も当初の3年間の賃料と同額と推認し、これの7年分を合算するのが相当。
 なお、強制執行対象とするためには、「賃料は、年額〇円と定める。ただし、4年目以降は、3年毎に増減について見直すことができる。」旨の記載をするなどの工夫が必要。(注3)
(注1)新訂公証人法330頁
(注2)公証138号319頁
(注3)会報H23-5-29、会報H23-6-31、会報H27-5-44、会報H28- 6-36

十五 地上権による事業用定期借地権等の設定
 事業用定期借地権等の設定は、土地の賃借権によるものがほとんどであるが、借地権には地上権も含まれることから(法2条1号)、地上権による事業用定期借地権等設定契約公正証書を作成することも考えられる。
 地上権は、建物のほか、橋梁、池、記念碑、トンネル、モノレール、送電施設その他の地上、地下の設備一般といった工作物に設定することができるが、このうち、借地借家法が適用されるのは、建物所有を目的とするものだけである。(注1)
地上権による事業用定期借地権等を設定する場合の留意事項は、以下のとおりである。
① 当事者について、土地の貸主が「地上権設定者」、借主が「地上権者」になる。
② 地上権の場合は「賃料」ではなく、「地代」となる(民法266条)。
③ 地上権の場合は必ず登記することとなることから、「甲は乙に対し、速やかに本件地上権による事業用定期借地権設定登記手続をする。」旨の条文を設ける。
④ 賃借権の場合、譲渡・転貸する場合は賃貸人の承諾が必要であるが(民法612
 条)、地上権については地上権設定者の承諾は不要である。
⑤ 「敷金」は賃貸借に基づくものであるので(民法622条の2)、地上権にも同様な規定を設ける場合は、敷金以外の権利金、保証金といった用語を用いることになろう。(注2)
⑥ 農地に地上権を設定する場合についても、農地法所定の許可(農地法5条)が必要である。 
(注1)文例288頁。
(注2)賃貸借については、敷金以外の権利金、保証金といった名称であっても、敷金に関する規律の適用を受けることとなる(「一問一答民法(債権関係)改正 商事法務327頁」)。もっとも、敷金に関する規律は任意規定であるため、当事者間でこれと異なる合意をすることも否定されないとする(前掲一問一答328頁)。地上権の場合であって、当事者間の合意があれば、権利金、保証金の名称を用い、内容についても返還不要とするといったものであっても問題ない。(津・津合同役場公証人 安田錦治郎)