民事法情報研究会だよりNo.68(令和8年1月)

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   新年のごあいさつ
 新年明けましておめでとうございます。
 昨年は、総会・セミナー及び懇親会を6月21日(土)に、セミナー及び懇親会を12月6日(土)に、それぞれ開催いたしました。セミナーの講師をお引き受けいただきました深山卓也様及び倉吉敬様並びにご参加いただきました会員の皆様に厚く御礼申し上げます。
 本年の総会・セミナー及び懇親会は、6月20日(土)に開催する予定です。セミナーの講師には、法務省大臣官房会計課長(前民事局総務課長)の藤田正人様を予定しております。藤田様は、昨年秋に運用が開始された電子公正証書(特に公正証書遺言のデジタル化)についての制度設計等に深く関与されており、公証制度を取り巻く諸情勢等について時宜に応じたご講演をいただけるものと期待しております。また、12月のセミナー・懇親会は、他の行事等との重複を避けるために、12月第3週(今年は12月19日)の土曜日に開催すべく現在準備を進めています。セミナーの講師には、これまた電子公正証書の実際の運用等に関するお話をしていただけるものと期待して、日本公証人連合会会長の萩原秀紀様にご依頼しているところです。
 本年のセミナーでは、特に現職の公証人の会員の方々にも数多く参加していただけるよう、現下の公証人制度の課題等について、お話を伺える機会を設けることとしましたので、数多くの会員の皆様がご参加いただきますようお願い申し上げます。
 なお、現在の当研究会の理事・監事は、次のとおりとなっています。
会長・業務執行理事      古門 由久
副会長・業務執行理事     松尾 泰三
業務執行理事         小口 哲男
業務執行理事         横山  緑
業務執行理事         檜垣 明美
業務執行理事(関東地区担当) 余田 武裕
理事(北海道・東北地区担当) 山家 史朗
理事(東海・北陸地区担当)  伊藤 敏治
理事(近畿地区担当)     大竹 聖一
理事(中国・四国地区担当)  久保井浩美
理事(九州地区担当)     前田 幸保
監事             西川  優
監事             神尾  衞
 上記のメンバーにお気軽にお声掛けいただき、民事法情報研究会だよりへの数多くの、そして積極的な寄稿をよろしくお願い申し上げます。
 終わりに、本年も会員の皆様が健康で明るい一年を迎えることができますようお祈りし、新年のごあいさつをさせていただきます。
 本年も、どうぞよろしくお願いいたします。
        令和8年正月
            一般社団法人民事法情報研究会 
                       会長  古 門 由 久

今日この頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

単身赴任生活について(三浦信幸)

 米子公証役場の公証人に任命され、鳥取県米子市に住むようになって9年目になります。自宅のある富山県を離れて(退職後公証人に任命されるまでの約2か月間は除く。)、単身赴任生活をするようになって22年目です。この間色々なことがありましたが、今回は、最近の話題から単身赴任生活を振り返ってみようと思います。

長嶋茂雄さんのこと
 野球少年だったころから憧れのスーパースターだった長嶋さんが6月3日に亡くなられました。また、11月21日に東京ドームでお別れの会が開かれて、王貞治さん、松井秀喜さん、イチローさん、大谷翔平さんらからのメッセージ等が報道されていました。
 小学5年生か6年生の頃、叔父に連れられて初めて行った後楽園球場で見た長嶋さんの姿は、今も大きな思い出となっています。
 巨人対中日戦、長嶋さんのホームランが飛び出し、3対1で巨人が勝利しました。ホームランの後、バックスクリーンから噴水が上がり、その中を悠々とダイヤモンドを一周する長嶋さんの姿、一生の宝物になりました。
 さて、単身赴任生活と長嶋さんがどのようにつながるのかというと、単身赴任生活が始まってしばらくたった頃、私が長嶋さんの大ファンだと知っている妻が、読売新聞の販売員の方から長嶋さんのカレンダーを買ってくれ、それ以来、単身赴任先での朝のルーティンとして、長嶋さんのカレンダーに一声かけて出かけるようになりました。長嶋さんの写真(姿)に元気をもらって出かけている訳です。
 この習慣は今も続いていて、気に入った月のものはその月が終わっても壁に貼り付けています。2023年3月に日本がWBCで3回目の優勝をした時、なんとその月の長嶋さんカレンダーは、長嶋さんのV3のポーズでした。やっぱりスーパースターは持っているなと改めて感動しました。
 来年のカレンダーも必ず入手したいと思います。

電子公正証書のこと
 11月17日に米子公証役場も電磁的記録に関する事務を行う役場に指定されました。
 配布されたマニュアルやビデオ、他の役場との試行テスト、情報交換等を通して何とか無事にスタートすることができましたが、本当にちゃんと登録されているか不安で一杯です。アナログ人間なので、どうも形があるものがないと落ち着かない感じです。また、役場内の事務処理の流れをどのようにするのがいいか、書記と相談しながら試行錯誤の毎日です。
 今は、嘱託人の了解を得た上で、マニュアルを片手になんとかやっています。パソコン等の操作でトラブルが発生したときにもパニックにならないよう、落ち着いて処理すれば大丈夫と言い聞かせています。慣れてきたときにミスが一番多いと言われていますので、これからも気を抜かないようにしたいと思います。
 11月17日に指定されることが決まったときは、同世代で既に退職された方をうらやましく思ったりもしましたが、新しいことを習得できる喜び(?)を感じながら前向きに取り組みたいと考えています。

再神戸北野会のこと
 単身赴任生活2年目に神戸地方法務局の国籍課に勤務しました。その年の局議メンバーが中心となって、平成18年から年に1度(12月上旬)神戸に集まって親睦を深めています。この会のことについては、常任幹事(当時の総務課長)が法務通信に寄稿されたことがあるので、御存じの方もいらっしゃるかもしれませんが、私も末席の会員として参加させてもらっています。会員の中には若くして亡くなられた方もいて、会員総数13名のうち現会員は9名となっています。
 今年は、11月1日(全員が出席できるようにと今回は日程変更されました。)に第20回目(コロナによる中止も回数に含む。)の再神戸北野会が8名の出席で開催されました。私は、昨年まで他の総会日程と重なっていたこともあって、久しぶりの参加となりましたが、思い出話やそれぞれの近況の紹介等で非常に楽しい時間を過ごすことができました。局長、次長、総務課長のお人柄はもちろん、一つの話題に全員が一緒になって盛り上がれることの楽しさを感じました。本当に元気のもらえる懇親会でした。
 なお、20回の節目をもって、今回で閉会となることが決まりましたが、いつか復活する日が来ればいいなと思える会です。

平和荘のこと
 大学3年生になる年に、大学の校舎が移転しました。移転先での学生アパートを確保するため、移転先近隣の地主と大学が協力して学生アパートを建築してくれました。その一つが私の入居した「平和荘」です。
 いくつも建築されたアパートがあるなかで、どこのアパートに入居するかは大学側で決められました。どのような基準で決まったのかは定かではありませんが、同世代、同じ大学に通う学生が2棟20室に入ることになりました。
 その中の7名で、年に1度集まって名所・旧跡をまわり親睦を深めています。
 始まりは、中国上海に勤務しているメンバーがいて、年末にそこに遊びに行こうということが発端だったように思います。当時、私は現役の公務員でしたし、単身赴任中でもあったので、一緒には行けませんでしたが、年末に実家に帰っていると上海から電話が入り、楽しそうな話し声を聞いて、非常にうらやましい思いをしました。
 その後、私が鹿児島地方法務局に勤務していた当時、メンバーの一人が三浦の単身赴任先で集まろうと提案をしてくれて、鹿児島市内・桜島観光のほか、私の宿舎で鍋パーティーをして、学生時代の思い出を語らい、楽しい時間を過ごすことができました。鹿児島の翌年は、私の次の勤務先である静岡で集まってくれ、その翌々年は現在の米子で集まってくれました。
 米子の後は、名所・旧跡を訪ねることに変更になり、頼りになる幹事がスケジュール(名所・旧跡を訪ねるタイムスケジュールを含む。)を作成してくれ、年1回、皆で集まっています。コロナによる中断もありましたが、福岡(博多)、栃木(日光・宇都宮)、広島(宮島・呉)、尾道・松山と回っています。今では、単身赴任生活に潤いと活力を与える毎年の一大イベントとなっています。偶然とはいえ、楽しいメンバーと同じアパートに住むことができた「平和荘」に感謝です。
 幹事からは、もう既に来年の予定として、令和8年11月に琵琶湖・関ヶ原で開催したいとの連絡が入っています。

単身赴任生活後のこと
 長嶋茂雄さんが「3」という数字に縁があったことは皆さん御存じのところですが、私は、自分の職業人生の節目は「23」という数字に縁があると勝手に考えています。 
 就職したのが23歳の時、その後単身赴任生活が始まったのが46歳の時、そして単身赴任生活を終えるのが69歳の時(予定)といった次第です(この考えだと92歳まで生きそうですが、そこまで望んでいる訳ではありません。)。
 単身赴任生活を終えた後の生活は、心配なことばかりです。
 健康寿命がいつまで続くか、生きがいを見つけられるか、家族から邪魔者扱いされないか等々
余り悩んでも仕方がないので、取りあえず健康寿命を維持できるよう心がけたいと思っています。
                     (鳥取・米子公証役場公証人 三浦信幸)                  

本屋大賞の主人公の職業が法務局職員って知ってる? (小沼邦彦)

 2025年の本屋大賞は阿部暁子さんの「カフネ」が受賞したのですが、なんとその主人公の職業が法務局職員なのです。皆さんご存知でしたか?それも八王子支局の供託を担当する職員として描かれているのです。ちょうど受賞の日にNHKのニュース番組で小説の舞台である八王子の本屋さんからの中継があり、中継した記者さんと店員さんがかなり喜んでいた記憶があります。なお、この原稿はだいぶ前に通読した記憶に基づいて作成していますので、記憶違いやその後の私の妄想が入り込んでいて、小説と相違する部分があることをあらかじめお断りしておきます。
 阿部さんは、小説の中で主人公が供託に関する〇〇法務局の事例集を部下職員に参考資料として渡したり、供託の事例を具体的に記述されているなど、私のあやふやな供託の知識ではその妥当性までは判断できませんが、かなり取材等して書いているなと感じました。もちろんこれは大丈夫かしら?と違和感があるところがないわけではありませんが、供託はどちらかと言うと一般の方にはポピュラーな分野ではないにもかかわらず、法務局のことをよくここまで調べて書いてくれたと感心した記憶があります。法律関係者ならともかくとして、阿部さんの経歴をみた限りではそうは思えませんので、作家さんはすごいなと思いました。
 普通はこの辺で小説のあらすじを説明するところですが本稿ではあえてしないことにしました。本の題名「カフネ」も重要な意味があるのですが一言で関連性を説明するのは難しいので同様に省略します。展開されるストーリーは私のあまり知らない分野の話であり、かつなかなか複雑でもあり、ネタバレはしない方がよいと判断しましたのでご了承ください。ただ、私はこの本に癒しを感じて好印象を持ちましたし、ネットで見た限り書店員の方からダントツで本屋大賞に選ばれたことを記載しておきます(あらすじ等の詳細はすっかり忘れていて確認しないと記載できないということも大きな理由ではあります。)。
 ところで、かなり前に木村拓哉さんが検事役として主演したHEROというテレビドラマがありました。阿部さんのこの本ではHEROのように役所の仕事の内容が小説になっているわけではありませんが、せっかくですので会員の皆さんにはあらすじよりも興味をひくことを書き留めておきましょう。
 それは法務局の自筆証書遺言書保管制度のことが出てくるのです。もちろん制度のことが詳しく出てくるというわけではありませんが、主人公にとっては新たにその受付業務が加わったことや保管した人が亡くなると法務局から関係者に通知が来ることが書いてあったと思います。支局の供託担当者にその受付業務が加わったことの取材力にも感心しましたが、保管されていた遺言書がこの小説の重要なキーワードになっているのです。そして最後の方には公証人経験者にとってさらにどきりとするキーワードが出てくる、かもしれません???
 さあ皆さん、読んでみたい気持ちが湧いてきませんか?本屋大賞ですから、今後、テレビドラマ化や映画化も可能性がゼロとは言えません。それを想像するだけでワクワクしませんか?かつて横浜で勤務していたときに海上保安庁の人が映画化等された「海猿」の話を自慢げに話されていたのを思い出します。
 例えば、ドラマ化等した場合には、主人公の女性は誰が相応しいか?キャスティングということですね。私は最近の映画やテレビでこの年代の女性の心理等をうまく演じていた松たか子さんはどうかしら?などと妄想をたくましくして楽しんでいますが、彼女は小説の主人公よりも少し年齢が上かもしれません。もう少し若い人となると、だれが相応しいでしょうか?そして、その相手役は?などとさらに妄想が膨らんできてしまいます・・・。
 この原稿は、結果として、本屋大賞受賞作を会員の皆様に関連する事項に限定して記載したものになってしまいました。しかし、この本の本来の面白さは、法務局職員であることを前提にした上でのその後の展開にあり、まさにそこに受賞の理由があります。興味を持たれた会員の皆さんは、是非手に取って、両方の面白さを味わいつつ、自分自身の楽しさを見つけてみてください。
 最後に、最近の私はというと、昨年公証人を退任して平日にもコンサート等を駆け巡って楽しくかつ忙しくしております。具体的な最近の例ではウィーン国立歌劇場、ピアニストの内田光子さん、俳優の原田知世さん、ウィーンフィル、コンセルトヘボウ管弦楽団、ベルリンフィル、東京バレエなどなどです。特に内田さんが弾いた最後のベートーヴェンのピアノソナタ、ウィーンフィルが演奏したブラームスの交響曲第4番は心に残る忘れられないものでした。そういうこともあって、本会の会合にも欠席しがちなところ、一応元気にやっていますという私自身の存在証明を兼ねて、皆さんに何か明るい話題を提供したいということで投稿させていただきました。
 それでは皆さん、お元気で!
                  (元福島・いわき公証役場公証人 小沼邦彦)

公証人になって1年半が過ぎて(江原幸紀)

1 はじめに
 兵庫県北部の豊岡市にある豊岡公証役場で公証人として働き始めてから1年半が過ぎました。この期間を振り返ることにより、近況報告とさせていただきます。
2 業務開始まで
 退職してから公証人を拝命するまでに2か月の猶予がありましたが、引越し2回(退職時の住居から自宅へ、自宅から豊岡市へ)、他の公証役場見学、海外旅行、引継ぎ・開業準備であっという間に過ぎてしまいました。
(1)他の公証役場の見学
 首都圏にある自宅近くの公証役場3か所を見学させていただきました。いずれも公証人は1人でしたが、複数名の書記とともに数多くの電話や来客者に適正かつ迅速に対応されていました。公証人と書記の役割分担が明確で、それぞれがプロ意識をもって業務に取り組んでおられるのが印象に残りました。
(2)海外旅行
 公証人が1人の公証役場は勤務日に休暇を取得することはできないため、行くなら今しかないと思い、トルコへ海外旅行に出かけました。
 トルコ内の移動はもっぱら観光バスでしたが、車窓から見る風景が地域ごとに非常に特色があり、ずっと見ていても飽きることがありませんでした。見学先も日本では見ることのない多様な建造物、遺跡等を見ることができて非常によかったです。
 物価高騰も目の当たりにしました。日本では100円台で売られている缶コーヒーやジュースがトルコでは200円から300円くらいで売られていました。ためしに一番安い300円の缶コーヒーを飲みましたが、日本の100円台のものと味はあまり変わらないように思えました。        
(3)引継ぎ・開業準備
 ゴールデンウイーク明けに公証役場近くの賃貸マンションに引越しをして前任者からの引継ぎや開業準備を行いました。公証業務もそうですが、庶務的な業務(事務所の賃貸借契約、通信会社、機器リース会社、警備会社等との契約、事業用銀行口座の開設、税務署等関係機関への諸届出など)も全て自分一人で行わなければならず、大変でした。
3 業務開始
 6月から公証業務を開始しました。5月までおられた書記は前任者の配偶者であり前任者と共にご自宅に戻られたので、新たに書記を雇うか考えました。しかし、自分自身が何をすればよいかよくわかっていない状態で、何もわからない方を雇うのはリスクが大きいと思い、最初は自分一人だけで業務を行いました。特に最初の1月は非常につらかったです。何もかもが初めてで、すぐ近くに聞く人がいないことから、書籍、マニュアルや前任者の処理結果を見て考えたり、どうしてもわからないことは、前任者や他の公証人に電話でお聞きしたりして、何とか対応しました。ストレスのせいか休日の夜間に自宅で気を失って床に倒れてしまい、気が付くと、かけていたメガネのフレームで目の下を切って血が止まらず、非常にあせったこともありました。他の公証人のお話を伺うと、最初の1月に病気になったり、入院された方も少なくないことがわかりました。しかし、結果的に、公証業務、書記業務両方とも理解して対応できるようになり、両者を総合的に判断できるようになったことはとてもよかったと思っています。
4 豊岡市
 公証役場のある豊岡市は第一次産業と観光業が盛んなところです。地産地消ということで、近くのスーパーや生協で地元産の肉、野菜、果物等をできるだけ買って味わっています。城崎温泉という開湯1300年の風情のある温泉街、映画「国宝」のロケ地としても有名になった出石永楽館や皿そばで有名な城下町・出石のほか、海水浴場やスキー場もあり、アウトドアスポーツが盛んなところです。祭り等のイベントも多く、首都圏の自宅近くでは花火が見える場所は人だらけで、人の頭と頭の間から覗き込むようにしないと見えないですが、豊岡は人があまり多くないので、花火がよく見えます。
5 最後に
 公証業務に少し慣れてきたところで、公正証書のデジタル化が始まり、対応に苦慮していますが、デジタル化の長所を少しでも活かして適正迅速な業務の推進に努めてまいりたいと思っています。今後とも会員の皆様のご指導ご鞭撻をよろしくお願いいたします。
                        (神戸・豊岡公証役場公証人 江原幸紀)

実務の広場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.109 原料物質の保管措置に関する事実実験公正証書について (久保井浩美)

1 はじめに
 倉敷公証役場が所在する岡山県倉敷市は、西日本最大規模の水島臨海工業地帯を抱えており、同工業地帯に所在の企業からは、証拠保全等のため、工業製品の原料物質や企業の研究結果等について公証制度を活用いただいています。そのうちの多くは、確定日付の方法によるものですが、将来の訴訟や原料物質の劣化状況の調査等のため、原料物質の保管措置に関して事実実験公正証書の作成を依頼されるケースが毎年あります。
 ところで、事実実験公正証書とは、公証人が自らの五感の作用により、直接体験した私権に関する事実について作成するものであり、尊厳死宣言に関するものや貸金庫の開披点検に関するものが馴染みのあるところですが、株主総会の議事の目撃に関するものや知的財産権に関係するものなどもあり、企業活動における様々な場面でその有用性が確認されています。
 公証人が事実実験公正証書に記載できるのは自らが見聞・体験した事実の範囲に限られ、こうした事実を正確に誤りなく公正証書として作成することこそが事実実験公正証書の信用性を担保するものといえます。
 当役場では、工業製品の原料物質に係る保管措置に関して、事実実験への立会いの依頼がありますので、今回、これらの案件について当職が取り組んだ内容及び取組の中で感じた点を紹介し、参考に供したいと思います。

2 事前準備について
 改めて申し上げることもありませんが、嘱託人が何を対象物として、どのような目的で、どのような事実実験を行うのかを的確に認識し把握しておくことが重要であり、そのための嘱託人との事前打合せには十分な時間を設け、綿密に行うことが必要です。
 打合せに際しては、嘱託人が作成した作業のシナリオ(作業の手順が記載されたもの)のほか、対象物品のロット番号や形状、個数等を記載したリストが提示されるのが通例であり、実験当日の作業の流れについて、シナリオ等に基づき十分な説明を受けるとともに、少しでも疑問に感じる点があればそれを提示し、解決しておく必要があります。
 嘱託人側の担当者によっては、当方の知識の有無や理解の程度にかかわらず、専門用語を駆使して作業内容のほか、原料物質の化学的性質などを説明することがあり、ときとして説明について行けないこともありますが、臆することなく基本的なところから質問し、理解できるように努めています。
 なお、事実実験には嘱託人の立会いが必要とされており、その多くは代理人によるものであり、また、代理人の補助者や説明者として社員(技術者)を立ち会わせるケースがほとんどです。当役場で取り扱う案件では、事実実験に参加する社員が10名を超えることも少なくなく、実験当日の代理人補助者や説明者を事前に把握しておくためにも、これらの方々の名簿と本人確認書類(運転免許証等の写しなど)の事前提出に協力いただいています。

3 事実実験の実施について
 公証役場に実験設備等を持ち込むことができないため、通常は嘱託人企業の研究室や工場等の一室を使用して実験が行われます。
 作業に入る前に嘱託人の代理人又は説明者から、事実実験の趣旨や目的、対象物品、実験方法について、一通り説明がなされるのが通例であり、これら説明内容については「嘱託の趣旨」として公正証書に記載しています。
 また、上記の事実実験の趣旨等の説明に加え、実験の過程で原料物質の製造方法や製品に関するロット番号の定め方、製品の販売ルート等に関する説明がされることがあり、その説明内容をも逐一、公正証書に記載するに当たっては、嘱託人側に対して、あらかじめ説明用ペーパーの提出について協力を依頼することもあります。
 次に、工業製品に係る原料物質の保管措置に関する事実実験を例にとって説明します。
 これは、原料物質が経年によってどのように変化するか調査することを目的に、大きな袋(約20㎏)に入った原料物質を一定の重量単位でアルミ製の収納袋に小分けし、その収納袋を密閉封印した上で、これら収納袋を倉庫に保管するというものです。公証人は、この実験の過程において、原料物質の点検、収納袋への収納作業の確認、収納袋の封印作業の確認、倉庫での保管状況の確認などを行うこととなります。このうち、事実実験の中核となる収納袋の封印作業について説明します。
 事実実験による封印は、証拠保全等の観点から対象物品を収納した袋等の開封口を完全に封じ、開封することができないよう当該箇所に封緘紙を貼付し、当該封緘紙と収納袋を公証人の職印等によって割印をするのが通例です。
 事実実験における封印措置として留意すべき点は、①封印措置が確実で、対象物品を収納した袋等の開封口を完全に封じ、かつ、一定の耐用性を有すること、②封印措置後に偽造等のおそれがないこと、③当該事実実験の対象物品であることを公証人が明示していることの要件を具備していることにあると考えます。
以上を踏まえ、当役場で実施している方策は次のとおりです。
(1) 封印措置と封緘紙の貼付及び割印
 封印措置の方法については、嘱託人側から事前打合せの際に詳細な説明がありますが、アルミ製の収納袋の開封口を完全に閉じるためには、熱と圧力によって収納袋の素材同士を接着させるヒートシールと呼ばれる加工方法を執るのが一般的であり、この方法によって収納袋の機密性や密閉性を高めることができます。
 なお、封印措置をする対象物品が多い場合は、嘱託人側において、対象物品の番号、銘柄、ロット番号、コードなどを記載した「明示シール」を、あらかじめ収納袋に貼付する取扱いとしています。
 開封口等に貼付する封緘紙については、従来は和紙で作成し、これを糊付けし開封口等に貼付していたところ、収納袋がアルミ製や金属製の場合は、和紙による封緘紙ではその強度や後述の割印の問題などがあるため、製本テープ(ニチバン株式会社、ホワイト、50mm×10m)を封緘紙として使用しています。具体的には、製本テープを15㎝程度に切断し,これに事実実験による封緘紙であることを明確にするため公証人の職印及び嘱託人代理人の印鑑を押印した上で作成しています(写真1)。収納袋の大きさにもよりますが、この封緘紙を収納袋の開封口を含む上下各2箇所に貼付し、割印を行うことになります。
(写真1 編注:省略)

 封緘紙を貼付するのがアルミ製の収納袋や金属製の場合、朱肉を用いて割印を行うことが物理的に難しいため、当役場では、割印可能な専用の「封印スタンプ」(ゴム印で「倉敷公証役場封印」の文字を刻印)を業者に発注し、これを使用しています。
 封印スタンプの印面に使用するインクについては、紙製、アルミ製、ビニール製及びスチール製のいずれに対しても 強固に印影が定着するものでなければならないことから、当役場においては、次の2種類のスタンプ台を使い分けています。いずれも耐水性・耐光性に優れており、数分で乾燥定着し、印影を手でこすっても変化はありません。
① シヤチハタ製・強着スタンプ台タート(TAT)黒
  非吸収面対応 金属用(油性染料系)品番ATMN-2
  (写真2 編注:省略)
② シヤチハタ製・強着スタンプ台タート(TAT)黒
  非吸収面対応 多目的用(油性顔料系)品番ATGN-2
  (写真3 編注:省略)
(2) 対象物品であることの明示
 次に、収納袋が事実実験の対象物品であることを明示するために、収納袋に和紙で作成した公証人認証用紙(以下「認証用紙」という。)を貼付することになります。
 認証用紙に記載する内容は次のとおりであり、これに公証人の職印を押しています。
 『この物品は、嘱託人・株式会社○○の嘱託の趣旨に基づき、令和○年○月○日、嘱託人代理人が株式会社○○(所在:○○市○○番地)において行った○○○○(製品名等)の点検及び封印の処理並びに保管するための処置に関して、本公証人がその現場に立ち会い目撃した事実実験の対象物品である。
令和〇年〇月〇日 公証人氏名〇〇〇〇』
 この認証用紙を貼付した後に、認証用紙と収納袋とに割印を行うに当たっても、アルミ製の袋や金属の場合は朱肉を用いた割印ができないことから、封緘紙の貼付と同じく、封印スタンプによる割印を行うこととなります。そのため、認証用紙の右下部に封印スタンプの印影を明示する取扱いとしています。
 また、認証用紙を収納袋に貼付するに当たっては、かつてはその都度、認証用紙の裏面に刷毛で糊をつけて貼付していたこともあったようですが、当職が立ち会ったケースでは、1日に120袋を超える封印措置を行ったケースもあり、このような大規模な案件については、事実実験の趣旨や目的の範囲内で、できる限り作業の効率化を図ることが必要です。
 認証用紙は、事実実験の前日までに対象物品の数に応じて作成しますが、作業の効率化や省力化の観点から、認証用紙の裏面に強力両面テープ(ニチバン、強力タイプナイスタック両面テープ25mm)を取り付けて準備しておきます(封印措置と認証用紙の貼付については写真4(編注:省略)を参照。)。
(3) 封緘紙と認証用紙の保護・補強
 対象物品の輸送及びその後の保管に当たっては、封印措置後の偽造防止や認証用紙の破損等を防止することが必須であり、そのため、封緘紙及び認証用紙の上に透明粘着テープ(幅100mm)を貼り付けて補強する取扱いとしています。
 透明粘着テープは、一定の強度を有するものが必要であるところ、嘱託人側では工業用透明粘着テープの入手ルートを持っていることが多く、当役場としては嘱託人にテープの準備をお願いしています。
 以上が封印作業の概要になりますが、こうした一連の作業については、その作業内容及び一つ一つの対象物品の封印措置の状態について、逐一写真を撮影しています。撮影した写真は、公正証書に添付しますので、対象物品リストと照らし合わせながら、撮影漏れが生じないように留意する必要があります。

4 公正証書の作成について
 公正証書の作成に当たっては、公証人が認識した事実のうち事実実験の目的を基準とし、認識事実の取捨選択を行う必要があります。特に、公証人が認識した事実と、嘱託人側関係者の指示説明とを明確に峻別した上で公正証書に記載することが必要であり、公証人が認識し得ないはずのことを認識したように記載することは公正証書の信用性を損なうことになり、厳に慎まなければなりません。その上で、実際に作成するに当たっては、一つ一つの事実について、できる限り丁寧に分かりやすい記述になるように心がけています。
 公正証書の文案ができたら、嘱託人代理人に送付し内容の確認を依頼し、その結果を踏まえて公正証書を完成させています。事実実験の内容にもよりますが、本文のほか添付する写真や関係資料を含めると、公正証書の枚数が200ページを超え、その厚みが数センチに及ぶものも少なくありません。そのため正本等については、一定数の枚数を一括して当役場に備付けの契印機で打ち抜き、その連結するページについて職印で契印を行い、最終的には袋とじの方法により作成することとしています。
 また、写真を公正証書に添付する際に、対象物品が多数ある場合は、対応する写真番号を一覧表として整理し公正証書に添付していますが、写真が多数に上る場合は、その整理と取捨選択には多大な時間を要しています。そのため、当役場ではまだ扱った経験はありませんが、嘱託人と調整しその理解を得て、写真の代わりに事実実験の様子を記録した動画をDVD等として作成する扱いも考えられます。公正証書に記録媒体を添付するとなると、添付する記録媒体は電子化できないため公正証書は電磁的記録ではなく紙媒体として作成することになると思われます。

5 おわりに
 当職が初めて事実実験に立ち会ったのは、日常の事件処理に悪戦苦闘中の任官後2か月が経過した直後のことでした。しかも3日連続しての大がかりなもので、当職の理解不足や経験不足により事実実験の進行に支障を来さないか、まさに緊張の連続でした。
 従来の封印措置に関しては、当職の前任者である中西俊平先生がこれまでの取扱方法を詳細に検討し改善されてきた経緯があり、上記で説明した取扱いに則って封印措置を行うことができたことで、なんとか初めての事実実験を無事に終えることができました。現在でも、基本的にこれらの取扱いを踏襲していますが、嘱託人側からはこれまでの作業時間を短縮できることなどからも、高い評価を得ています。
 企業が嘱託人となる事実実験については、事前打合せから始まり、実験当日に向けた準備作業、実験当日の対応、その後の公正証書の作成に至るまで多くの時間と労力を必要としますが、事実実験公正証書は企業活動における様々な場面で活用され、その有用性が確認されており、今後もその重要性は衰えることはないものと思われます。公証人として、その重要性を認識しつつ、嘱託人からの多様な依頼に十分に応えられるよう、引き続き、適切に取り組んでいきたいと考えています。
                    (岡山・倉敷公証役場公証人 久保井浩美)

No.110 最近の事例紹介(外国人の宣誓認証等)について (野崎昌利)

第1 はじめに 
 足利公証役場で勤務して5年半を経過しました。大都市の公証役場とは異なり複雑な事案は多くはありません。次の2つの案件については全国的にもそれほど件数は多くはないと思いますが、参考になればと思いご紹介します。最後の案件は、銀行が作成した遺言公正証書の案文についての個人的な意見になりますが、ご紹介させていただきます。

第2 日本に在住する外国人から宣誓認証を求められた事案
1 事案の概要
 足利市に在住する外国人から、「私は、破産手続開始の決定を受けて復権を得ない者に該当しないことを誓約します。」という宣誓供述書の認証を求められた。
2 対応
 当該外国人に標記の宣誓供述書の提出先及び提出目的を確認したところ、県の担当者から住宅宿泊仲介業、つまり民泊を行うために提出する必要(注)があり、公証役場で認証を受ける旨の説明を受けたとのことでした。
 そこで、県の担当者に、公証役場では当該外国人が本国又は日本で破産手続開始の決定を受けて復権を得ない者に該当するか否かは確認することができず、また、宣誓供述書のような私署証書の認証の対象は、私署証書の内容ではなく、証書になされた署名又は押印であり、県の担当者の面前で署名又は押印すれば足りるのではないかと質問した。
3 県の担当者の説明
 県の担当者からは、以下の説明を受けました。
 まず、住宅宿泊事業法(以下「法」という。)第3条第1項において、都道府県知事に住宅宿泊を営む旨の届出をした者は、住宅宿泊事業を営むことができるとされている。その届出をしようとする者は、国土交通省令・厚生労働省令で定められた事項を記載した届出書を提出することとされ、また、その届出書には法第4条に規定する欠格事由に該当しないことを誓約する書面等を添付しなければならないとされ(法第3条第2項・第3項)、その欠格事由の一つとして、破産手続開始の決定を受けて復権を得ない者が規定されている(法第4条第2号)。
 この欠格事由である破産手続開始の決定を受けて復権を得ない者に該当しないことを証する書面として、前記の国土交通省令・厚生労働省令である住宅宿泊事業法施行規則第4条第4項第2号イで、「届出者が破産手続開始の決定を受けて復権を得ない者に該当しない旨の市長の証明書」と記載されている。これについては運用で、外国籍の届出者については、「日本国政府の承認した外国政府又は権限のある国際機関の発行した書類その他これに準ずるもので、破産手続開始の決定を受けて復権を得ない者と同様に取り扱われている者に該当しないことを証明した書類を提出すること。当該書類が存在しない場合は、破産手続開始の決定を受けて復権を得ない者に該当する者に該当しない者であることを公証人又は公的機関等が証明した書類を提出すること。」とされている。
 また、厚生労働省、国土交通省及び観光庁の民泊制度ポータルサイト(住宅宿泊事業法 FAQ集)では、2住宅宿泊仲介事業関連(3)届出の方法②添付書面で、日本の公証役場において、当該事項を記載した書類に、宣誓認証を受けた書類と記載されている。

4 宣誓認証の実施
 県の担当者の説明内容を確認した上、当該外国人は宣誓認証の日本語が読めないことから、宣誓認証の場合は、証書の記載が虚偽であることを知って宣誓した場合は、10万円以下の過料に処せられることを英語でなんとか説明し、認証を行った。
5 雑感
 県の担当者が宣誓認証が必要な根拠を示す書類を当該外国人に渡しておけば、公証役場で時間を無駄にせず円滑に手続できたのではないかと思うと共に、実質的にあまり意味がなく、かつ、国内の機関に提出する書類として宣誓認証の制度が安易に利用されているのではないかと疑問を感じたところです。

(注)
 住宅宿泊仲介業とは、旅行業法(以下「法」という。)第6条の4第1項に規定する旅行業者以外の者が、報酬を得て、住宅宿泊仲介業務を行う事業をいい、次の行為を行います。
(1)宿泊のため、届出住宅における宿泊のサービスの提供を受けることについて、代理して契約を締結し、媒介をし、又は取次ぎをする行為
(2)住宅宿泊事業者のため、宿泊者に対する届出住宅における宿泊のサービスの提供について、代理して契約を締結し、又は媒介をする行為
 住宅宿泊仲介業を営もうとする者は、観光庁長官の登録を受ける必要があります。住宅宿泊仲介業の登録の申請の際に、法第49条第1項各号に規定する欠格要件に該当しないことの誓約書等を添付して提出する必要がある。

第3 登記識別情報を紛失した場合の公証人の認証について
1 事案の概要
 足利公証役場では、件数は多くはなく年に1件程度です。司法書士が作成した委任状に、本人が公証人の面前で署名、実印を押印し、公証人が、本人であることを確認し、その書類が真正なものであることを認証しており、これは他の公証人も同じだと思います。今回、他の公証人から司法書士の委任状を付けず、本人申請を希望した場合に認証したことがあるか照会がありました。これまでそのようなケースがなかったと回答したところ、他の公証人に聞いてみるということで電話は終了しましたが、改めて整理したものです。
2 公証人の認証の根拠等について
 不動産登記法第23条第1項において、登記官は、申請人が登記権利者及び登記義務者が共同して権利に関する登記申請をする場合その他登記名義人が政令で定める登記の申請をする場合に、登記識別情報を提供することができないときは、登記義務者に対し、当該申請があった旨及び当該申請の内容が真実であると思料するときは法務省令で定める期間内に法務省令で定めるところによりその旨の申出をすべき旨を通知しなければならないとされ、同条第4項第2号において、当該申請に係る申請情報(委任による代理人によって申請する場合にあっては、その権限を証する情報)を記載し、又は記録した書面又は電磁的記録について、公証人から当該申請人が同条第1項の登記義務者であることを確認するために必要な認証がされ、かつ、登記官がその内容を相当と認めたときは、同条第1項の規定を適当しないとされている。
3 認証の際の必要書類について
 認証の手続に必要書類は、①発行後3か月以内の印鑑証明書及び実印、②顔写真付きの公的な身分証明書(運転免許証、マイナンバーカード)(法律上①の印鑑証明書の提出を求められる場合は、①の印鑑証明書を提出してもらい、②は追加の確認書類の意味で提出していただいている。)、③当該不動産の登記事項証明書、④登記事項証明書の住所が①②の住所と異なる場合は、その住所の変遷が確認できる住民票又は戸籍の附票になると思います。
4 登記義務者の出頭について
 登記義務者が公証人の面前で署名又は記名押印するか、又は、公証人の面前で証書の署名又は押印を自認する必要があり、代理人による方式が認められないということになります。
5 検討
 申請情報の内容等が正しいか否か公証人は判断することができません。当然、登記義務者が本人申請する場合よりは、専門家の方が正しい内容である可能性が高いわけですが、そのことをもって公証人が認証を拒否することはできないと考えます。
 したがって、形式上登記情報に不備がなく、必要書類が提出され、登記義務者が出頭している場合は、登記申請書の内容等が正しいか否か公証人は判断することができず、内容に誤りがあれば再度認証が必要になることから、司法書士に委任状の作成をお願いすることを勧めた上で、本人が認証を希望した場合は、認証することになると考えます。
6 余談
 平成17年民二第457号通達「10 申請書等についての公証人の認証」において、公証人の認証文の文例が記載されており、これと異なる文言の認証文を付けたところ、法務局から通達どおりの認証文に訂正するよう求められたことがありました。

第4 銀行作成の遺言公正証書の案文について
1 はじめに
 各銀行によって遺言の雛形が異なりますが、地方銀行の案文は、大手都市銀行又は信託銀行の使用している案文を参考にしているようです。銀行の案文に手を加えると嫌がられることがありますが、特に都市銀行や信託銀行にその傾向が強いように思われます。
 表記が公用文の記載になっていないこと等、修正する点は多々ありますが、修正後のやり取りも増えることから、遺言の内容に影響がない場合は、不承不承、銀行の案のとおり記載しているところもあります。
ただし、条文として問題がある、又は解釈に疑義が生ずるおそれのある条文については、銀行案のとおりそのまま記載する訳にはいきませんので、銀行とのやり取りで雛形を修正したこともありました。
次は、銀行案を当職が修正した一例です。

2 銀行案と当職の案の比較
(銀行案)
第1条 遺言者は、遺言者の有する全ての不動産を、遺言者の弟A(昭和24年○月○日生、以下「弟A」という。)に相続させる。
第2条 遺言者は、次の各金融機関において契約中の預貯金・信託等の金銭債権、株式・債券等の有価証券等並びに遺言者の有する全ての金融資産及び現金を、次項のとおり相続させ又は遺贈する。
(金融機関の表示)
① ○○銀行 ○○支店
② ゆうちょ銀行
③  ○○農業協同組合 ○○支店
④ その他遺言者と取引のある全ての金融機関
2 遺言者は、次の者に次の割合で相続させ又は遺贈する。
 弟Aに10分の3
 遺言者の妹・B(昭和25年○月○日生。以下「妹B」という。)に10分の3
 遺言者の甥(弟Aの長男)・C(昭和54年○月○○日生。住所:兵庫県○○市○○2丁目○○番地。以下「甥C」という。)に10分の3
 遺言者の甥(弟Aの二男)・D(昭和56年○月○○日生。住所:茨城県○○市大字○○番地。以下「甥D」という。)に10分の1
第3条 遺言者は、前各条に記載した財産以外の、遺言者の有する動産その他一切の財産を、弟Aに相続させる。
第4条 前条までに記載の相続人及び受遺者が、遺言者より先に死亡(同時死亡を含む。)等により相続・遺贈の効力が生じない場合は、遺言者は前条までに基づきその者に相続させ又は遺贈するとした財産を、第2項以下の通り相続させ又は遺贈する。
2 弟Aに前項の事態が生じていた場合、弟Aに相続させるとした財産のうち、第1条及び第3条の財産を、甥Cに相続させる。また、第2条の財産を、甥C及び甥Dに均等に相続させる。
3 妹Bに第1項の事態が生じていた場合、妹Bに相続させるとした財産を、弟Aに相続させる。
4 甥Cに第1項の事態が生じていた場合、甥Cに遺贈するとした財産(第2項に基づき甥Cに相続させるとした財産を含む)を、甥Dに遺贈する。
5 甥Dに第1項の事態が生じていた場合、甥Dに遺贈するとした財産(第2項に基づき甥Dに相続させるとした財産を含む)を、甥Cに遺贈する。

(当職案)
第1条(銀行案と同じ。)
第2条 遺言者は、次の各金融機関において契約中の預貯金・信託等の金銭債権、株式・債券等の有価証券等並びに遺言者の有する全ての金融資産及び現金を、次項のとおり相続させ、又は遺贈する。
(金融機関の表示)
① ○○銀行 ○○支店
② ゆうちょ銀行
③  ○○農業協同組合 ○○支店
④ その他遺言者と取引のある全ての金融機関
2 遺言者は、次の者に次の割合で相続させ、又は遺贈する。
① 弟Aに10分の3を相続させる。
② 遺言者の妹・B(昭和25年○月○○日生。以下「妹B」という。)に 10分の3を相続させる。
③  遺言者の甥(弟栄次の長男)・C(昭和54年○月○○日生。住所:兵庫   県○○市○○2丁目○○番地。以下「甥C」という。)に10分の3を遺贈する。
④  遺言者の甥(弟栄次の二男)・D(昭和56年○月○○日生。住所:茨城県○○市大字○○番地。以下「甥友樹」という。)に10分の1を遺贈する。
第3条(銀行案と同じ。)
第4条 遺言者は、弟Aが遺言者より先に死亡(同時死亡を含む。)したこと等により相続の効力が生じない場合は、以下のとおり前各条により弟Aに相続させるとした財産を相続させる。
(1)第1条及び前条に記載の財産を、甥Cに相続させる。
(2)第2条の財産を、甥C及び甥Dに均等の割合で相続させる。
2 遺言者は、妹Bが遺言者より先に死亡(同時死亡を含む。)したこと等により相続の効力が生じない場合は、第2条により妹Bに相続させるとした財産を、弟Aに相続させる。
3 遺言者は、甥正樹が遺言者より先に死亡(同時死亡を含む。)したこと等により遺贈の効力が生じない場合は、第2条により甥Cに遺贈するとした財産を、甥Dに遺贈する。
4  遺言者は、甥Cが遺言者より先に死亡(同時死亡を含む。)したこと等により遺贈の効力が生じない場合は、第2条により甥Cに遺贈するとした財産を、Dに遺贈する。
5 遺言者は、弟A及び甥Cが共に遺言者より先に死亡(同時死亡を含む。)したこと等により相続又は遺贈の効力が生じない場合は、前各条により弟Aに相続させるとした財産及び甥Cに遺贈するとした財産を、甥Dに遺贈する。
6 遺言者は、弟A及び甥Dが共に遺言者より先に死亡(同時死亡を含む。)したこと等により相続又は遺贈の効力が生じない場合は、前各条により弟Aに相続させるとした財産及び甥Dに遺贈するとした財産を、甥Cに遺贈する。

3 銀行案についての当方と銀行の対応
 銀行案を修正した箇所は、以下のとおりです。
(1)銀行案第2条第2項では、 「次の者に次の割合で相続させ又は遺贈する。」と規定しています。相続人以外の者は、「遺贈する。」しか記載できませんが、相続人に対しては、「相続させる。」ことも、「遺贈する。」とすることもできます。「相続させる。」とすることができる場合に、わざわざ「遺贈する。」とすることは考えにくく、また、登記の際には、司法書士が「相続させる。」又は「遺贈する。」と適切に判断すると思いますが、条文上、相続なのか、遺贈なのかを明確にするのが適当ではないかいうことです。
(2)予備的遺言については、例えば、銀行案第4条第4項では、甥Cのみが死亡した場合についての規定にもかかわらず、(第2項に基づき甥Cに相続させるとした財産を含む。)とするのは、弟Aが死亡している場合を含めて記載するのは条文上問題があるとして、(当職案)のように場合分けを行って記載したものです。なお、場合分けをせず、括弧書きの記載を工夫する方法もあると思いますが、誰が読んでも解釈に違いが生まれない記載が望ましいと考えます。
 最終的には(1)及び(2)のいずれも銀行に特に異論はなく、当職の案とおりに公正証書を作成しましたが、銀行での雛形が決まっているせいか、本件と同種の案件についても毎回同じような案文が送信されているのが現状です。

4 最後に
 銀行が案文を作成している案件は、当該銀行が遺言執行者になっているケースがほとんどであるので、遺言の執行上、問題になることは少ないのかもしれませんが、そのまま放置しておくことが適当ではないものもあると思います。以前、明らかに条文の記載に問題があり、これこれこのように修正する必要があると説明したところ、最終的に本部から今回はお断りしますということになった都市銀行の案件がありました。一つの公証役場で問題とされても、では他の公証役場で作成しますという銀行の対応では問題の解決にはなりません。銀行としては既にその記載で遺言公正証書を作成しているので、修正には当然消極のはずです。まず、各ブロックの研修会等で事例を検討し、例えば、地方銀行では各県の公証人全員が是正を求めるなど、何からの方法の方策を考えていければと思います。 
                      (宇都宮・足利公証役場公証人 野崎昌利)

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