民事法情報研究会だよりNo.68(令和8年1月)

   新年のごあいさつ
 新年明けましておめでとうございます。
 昨年は、総会・セミナー及び懇親会を6月21日(土)に、セミナー及び懇親会を12月6日(土)に、それぞれ開催いたしました。セミナーの講師をお引き受けいただきました深山卓也様及び倉吉敬様並びにご参加いただきました会員の皆様に厚く御礼申し上げます。
 本年の総会・セミナー及び懇親会は、6月20日(土)に開催する予定です。セミナーの講師には、法務省大臣官房会計課長(前民事局総務課長)の藤田正人様を予定しております。藤田様は、昨年秋に運用が開始された電子公正証書(特に公正証書遺言のデジタル化)についての制度設計等に深く関与されており、公証制度を取り巻く諸情勢等について時宜に応じたご講演をいただけるものと期待しております。また、12月のセミナー・懇親会は、他の行事等との重複を避けるために、12月第3週(今年は12月19日)の土曜日に開催すべく現在準備を進めています。セミナーの講師には、これまた電子公正証書の実際の運用等に関するお話をしていただけるものと期待して、日本公証人連合会会長の萩原秀紀様にご依頼しているところです。
 本年のセミナーでは、特に現職の公証人の会員の方々にも数多く参加していただけるよう、現下の公証人制度の課題等について、お話を伺える機会を設けることとしましたので、数多くの会員の皆様がご参加いただきますようお願い申し上げます。
 なお、現在の当研究会の理事・監事は、次のとおりとなっています。
会長・業務執行理事      古門 由久
副会長・業務執行理事     松尾 泰三
業務執行理事         小口 哲男
業務執行理事         横山  緑
業務執行理事         檜垣 明美
業務執行理事(関東地区担当) 余田 武裕
理事(北海道・東北地区担当) 山家 史朗
理事(東海・北陸地区担当)  伊藤 敏治
理事(近畿地区担当)     大竹 聖一
理事(中国・四国地区担当)  久保井浩美
理事(九州地区担当)     前田 幸保
監事             西川  優
監事             神尾  衞
 上記のメンバーにお気軽にお声掛けいただき、民事法情報研究会だよりへの数多くの、そして積極的な寄稿をよろしくお願い申し上げます。
 終わりに、本年も会員の皆様が健康で明るい一年を迎えることができますようお祈りし、新年のごあいさつをさせていただきます。
 本年も、どうぞよろしくお願いいたします。
        令和8年正月
            一般社団法人民事法情報研究会 
                       会長  古 門 由 久

今日この頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

単身赴任生活について(三浦信幸)

 米子公証役場の公証人に任命され、鳥取県米子市に住むようになって9年目になります。自宅のある富山県を離れて(退職後公証人に任命されるまでの約2か月間は除く。)、単身赴任生活をするようになって22年目です。この間色々なことがありましたが、今回は、最近の話題から単身赴任生活を振り返ってみようと思います。

長嶋茂雄さんのこと
 野球少年だったころから憧れのスーパースターだった長嶋さんが6月3日に亡くなられました。また、11月21日に東京ドームでお別れの会が開かれて、王貞治さん、松井秀喜さん、イチローさん、大谷翔平さんらからのメッセージ等が報道されていました。
 小学5年生か6年生の頃、叔父に連れられて初めて行った後楽園球場で見た長嶋さんの姿は、今も大きな思い出となっています。
 巨人対中日戦、長嶋さんのホームランが飛び出し、3対1で巨人が勝利しました。ホームランの後、バックスクリーンから噴水が上がり、その中を悠々とダイヤモンドを一周する長嶋さんの姿、一生の宝物になりました。
 さて、単身赴任生活と長嶋さんがどのようにつながるのかというと、単身赴任生活が始まってしばらくたった頃、私が長嶋さんの大ファンだと知っている妻が、読売新聞の販売員の方から長嶋さんのカレンダーを買ってくれ、それ以来、単身赴任先での朝のルーティンとして、長嶋さんのカレンダーに一声かけて出かけるようになりました。長嶋さんの写真(姿)に元気をもらって出かけている訳です。
 この習慣は今も続いていて、気に入った月のものはその月が終わっても壁に貼り付けています。2023年3月に日本がWBCで3回目の優勝をした時、なんとその月の長嶋さんカレンダーは、長嶋さんのV3のポーズでした。やっぱりスーパースターは持っているなと改めて感動しました。
 来年のカレンダーも必ず入手したいと思います。

電子公正証書のこと
 11月17日に米子公証役場も電磁的記録に関する事務を行う役場に指定されました。
 配布されたマニュアルやビデオ、他の役場との試行テスト、情報交換等を通して何とか無事にスタートすることができましたが、本当にちゃんと登録されているか不安で一杯です。アナログ人間なので、どうも形があるものがないと落ち着かない感じです。また、役場内の事務処理の流れをどのようにするのがいいか、書記と相談しながら試行錯誤の毎日です。
 今は、嘱託人の了解を得た上で、マニュアルを片手になんとかやっています。パソコン等の操作でトラブルが発生したときにもパニックにならないよう、落ち着いて処理すれば大丈夫と言い聞かせています。慣れてきたときにミスが一番多いと言われていますので、これからも気を抜かないようにしたいと思います。
 11月17日に指定されることが決まったときは、同世代で既に退職された方をうらやましく思ったりもしましたが、新しいことを習得できる喜び(?)を感じながら前向きに取り組みたいと考えています。

再神戸北野会のこと
 単身赴任生活2年目に神戸地方法務局の国籍課に勤務しました。その年の局議メンバーが中心となって、平成18年から年に1度(12月上旬)神戸に集まって親睦を深めています。この会のことについては、常任幹事(当時の総務課長)が法務通信に寄稿されたことがあるので、御存じの方もいらっしゃるかもしれませんが、私も末席の会員として参加させてもらっています。会員の中には若くして亡くなられた方もいて、会員総数13名のうち現会員は9名となっています。
 今年は、11月1日(全員が出席できるようにと今回は日程変更されました。)に第20回目(コロナによる中止も回数に含む。)の再神戸北野会が8名の出席で開催されました。私は、昨年まで他の総会日程と重なっていたこともあって、久しぶりの参加となりましたが、思い出話やそれぞれの近況の紹介等で非常に楽しい時間を過ごすことができました。局長、次長、総務課長のお人柄はもちろん、一つの話題に全員が一緒になって盛り上がれることの楽しさを感じました。本当に元気のもらえる懇親会でした。
 なお、20回の節目をもって、今回で閉会となることが決まりましたが、いつか復活する日が来ればいいなと思える会です。

平和荘のこと
 大学3年生になる年に、大学の校舎が移転しました。移転先での学生アパートを確保するため、移転先近隣の地主と大学が協力して学生アパートを建築してくれました。その一つが私の入居した「平和荘」です。
 いくつも建築されたアパートがあるなかで、どこのアパートに入居するかは大学側で決められました。どのような基準で決まったのかは定かではありませんが、同世代、同じ大学に通う学生が2棟20室に入ることになりました。
 その中の7名で、年に1度集まって名所・旧跡をまわり親睦を深めています。
 始まりは、中国上海に勤務しているメンバーがいて、年末にそこに遊びに行こうということが発端だったように思います。当時、私は現役の公務員でしたし、単身赴任中でもあったので、一緒には行けませんでしたが、年末に実家に帰っていると上海から電話が入り、楽しそうな話し声を聞いて、非常にうらやましい思いをしました。
 その後、私が鹿児島地方法務局に勤務していた当時、メンバーの一人が三浦の単身赴任先で集まろうと提案をしてくれて、鹿児島市内・桜島観光のほか、私の宿舎で鍋パーティーをして、学生時代の思い出を語らい、楽しい時間を過ごすことができました。鹿児島の翌年は、私の次の勤務先である静岡で集まってくれ、その翌々年は現在の米子で集まってくれました。
 米子の後は、名所・旧跡を訪ねることに変更になり、頼りになる幹事がスケジュール(名所・旧跡を訪ねるタイムスケジュールを含む。)を作成してくれ、年1回、皆で集まっています。コロナによる中断もありましたが、福岡(博多)、栃木(日光・宇都宮)、広島(宮島・呉)、尾道・松山と回っています。今では、単身赴任生活に潤いと活力を与える毎年の一大イベントとなっています。偶然とはいえ、楽しいメンバーと同じアパートに住むことができた「平和荘」に感謝です。
 幹事からは、もう既に来年の予定として、令和8年11月に琵琶湖・関ヶ原で開催したいとの連絡が入っています。

単身赴任生活後のこと
 長嶋茂雄さんが「3」という数字に縁があったことは皆さん御存じのところですが、私は、自分の職業人生の節目は「23」という数字に縁があると勝手に考えています。 
 就職したのが23歳の時、その後単身赴任生活が始まったのが46歳の時、そして単身赴任生活を終えるのが69歳の時(予定)といった次第です(この考えだと92歳まで生きそうですが、そこまで望んでいる訳ではありません。)。
 単身赴任生活を終えた後の生活は、心配なことばかりです。
 健康寿命がいつまで続くか、生きがいを見つけられるか、家族から邪魔者扱いされないか等々
余り悩んでも仕方がないので、取りあえず健康寿命を維持できるよう心がけたいと思っています。
                     (鳥取・米子公証役場公証人 三浦信幸)                  

本屋大賞の主人公の職業が法務局職員って知ってる? (小沼邦彦)

 2025年の本屋大賞は阿部暁子さんの「カフネ」が受賞したのですが、なんとその主人公の職業が法務局職員なのです。皆さんご存知でしたか?それも八王子支局の供託を担当する職員として描かれているのです。ちょうど受賞の日にNHKのニュース番組で小説の舞台である八王子の本屋さんからの中継があり、中継した記者さんと店員さんがかなり喜んでいた記憶があります。なお、この原稿はだいぶ前に通読した記憶に基づいて作成していますので、記憶違いやその後の私の妄想が入り込んでいて、小説と相違する部分があることをあらかじめお断りしておきます。
 阿部さんは、小説の中で主人公が供託に関する〇〇法務局の事例集を部下職員に参考資料として渡したり、供託の事例を具体的に記述されているなど、私のあやふやな供託の知識ではその妥当性までは判断できませんが、かなり取材等して書いているなと感じました。もちろんこれは大丈夫かしら?と違和感があるところがないわけではありませんが、供託はどちらかと言うと一般の方にはポピュラーな分野ではないにもかかわらず、法務局のことをよくここまで調べて書いてくれたと感心した記憶があります。法律関係者ならともかくとして、阿部さんの経歴をみた限りではそうは思えませんので、作家さんはすごいなと思いました。
 普通はこの辺で小説のあらすじを説明するところですが本稿ではあえてしないことにしました。本の題名「カフネ」も重要な意味があるのですが一言で関連性を説明するのは難しいので同様に省略します。展開されるストーリーは私のあまり知らない分野の話であり、かつなかなか複雑でもあり、ネタバレはしない方がよいと判断しましたのでご了承ください。ただ、私はこの本に癒しを感じて好印象を持ちましたし、ネットで見た限り書店員の方からダントツで本屋大賞に選ばれたことを記載しておきます(あらすじ等の詳細はすっかり忘れていて確認しないと記載できないということも大きな理由ではあります。)。
 ところで、かなり前に木村拓哉さんが検事役として主演したHEROというテレビドラマがありました。阿部さんのこの本ではHEROのように役所の仕事の内容が小説になっているわけではありませんが、せっかくですので会員の皆さんにはあらすじよりも興味をひくことを書き留めておきましょう。
 それは法務局の自筆証書遺言書保管制度のことが出てくるのです。もちろん制度のことが詳しく出てくるというわけではありませんが、主人公にとっては新たにその受付業務が加わったことや保管した人が亡くなると法務局から関係者に通知が来ることが書いてあったと思います。支局の供託担当者にその受付業務が加わったことの取材力にも感心しましたが、保管されていた遺言書がこの小説の重要なキーワードになっているのです。そして最後の方には公証人経験者にとってさらにどきりとするキーワードが出てくる、かもしれません???
 さあ皆さん、読んでみたい気持ちが湧いてきませんか?本屋大賞ですから、今後、テレビドラマ化や映画化も可能性がゼロとは言えません。それを想像するだけでワクワクしませんか?かつて横浜で勤務していたときに海上保安庁の人が映画化等された「海猿」の話を自慢げに話されていたのを思い出します。
 例えば、ドラマ化等した場合には、主人公の女性は誰が相応しいか?キャスティングということですね。私は最近の映画やテレビでこの年代の女性の心理等をうまく演じていた松たか子さんはどうかしら?などと妄想をたくましくして楽しんでいますが、彼女は小説の主人公よりも少し年齢が上かもしれません。もう少し若い人となると、だれが相応しいでしょうか?そして、その相手役は?などとさらに妄想が膨らんできてしまいます・・・。
 この原稿は、結果として、本屋大賞受賞作を会員の皆様に関連する事項に限定して記載したものになってしまいました。しかし、この本の本来の面白さは、法務局職員であることを前提にした上でのその後の展開にあり、まさにそこに受賞の理由があります。興味を持たれた会員の皆さんは、是非手に取って、両方の面白さを味わいつつ、自分自身の楽しさを見つけてみてください。
 最後に、最近の私はというと、昨年公証人を退任して平日にもコンサート等を駆け巡って楽しくかつ忙しくしております。具体的な最近の例ではウィーン国立歌劇場、ピアニストの内田光子さん、俳優の原田知世さん、ウィーンフィル、コンセルトヘボウ管弦楽団、ベルリンフィル、東京バレエなどなどです。特に内田さんが弾いた最後のベートーヴェンのピアノソナタ、ウィーンフィルが演奏したブラームスの交響曲第4番は心に残る忘れられないものでした。そういうこともあって、本会の会合にも欠席しがちなところ、一応元気にやっていますという私自身の存在証明を兼ねて、皆さんに何か明るい話題を提供したいということで投稿させていただきました。
 それでは皆さん、お元気で!
                  (元福島・いわき公証役場公証人 小沼邦彦)

公証人になって1年半が過ぎて(江原幸紀)

1 はじめに
 兵庫県北部の豊岡市にある豊岡公証役場で公証人として働き始めてから1年半が過ぎました。この期間を振り返ることにより、近況報告とさせていただきます。
2 業務開始まで
 退職してから公証人を拝命するまでに2か月の猶予がありましたが、引越し2回(退職時の住居から自宅へ、自宅から豊岡市へ)、他の公証役場見学、海外旅行、引継ぎ・開業準備であっという間に過ぎてしまいました。
(1)他の公証役場の見学
 首都圏にある自宅近くの公証役場3か所を見学させていただきました。いずれも公証人は1人でしたが、複数名の書記とともに数多くの電話や来客者に適正かつ迅速に対応されていました。公証人と書記の役割分担が明確で、それぞれがプロ意識をもって業務に取り組んでおられるのが印象に残りました。
(2)海外旅行
 公証人が1人の公証役場は勤務日に休暇を取得することはできないため、行くなら今しかないと思い、トルコへ海外旅行に出かけました。
 トルコ内の移動はもっぱら観光バスでしたが、車窓から見る風景が地域ごとに非常に特色があり、ずっと見ていても飽きることがありませんでした。見学先も日本では見ることのない多様な建造物、遺跡等を見ることができて非常によかったです。
 物価高騰も目の当たりにしました。日本では100円台で売られている缶コーヒーやジュースがトルコでは200円から300円くらいで売られていました。ためしに一番安い300円の缶コーヒーを飲みましたが、日本の100円台のものと味はあまり変わらないように思えました。        
(3)引継ぎ・開業準備
 ゴールデンウイーク明けに公証役場近くの賃貸マンションに引越しをして前任者からの引継ぎや開業準備を行いました。公証業務もそうですが、庶務的な業務(事務所の賃貸借契約、通信会社、機器リース会社、警備会社等との契約、事業用銀行口座の開設、税務署等関係機関への諸届出など)も全て自分一人で行わなければならず、大変でした。
3 業務開始
 6月から公証業務を開始しました。5月までおられた書記は前任者の配偶者であり前任者と共にご自宅に戻られたので、新たに書記を雇うか考えました。しかし、自分自身が何をすればよいかよくわかっていない状態で、何もわからない方を雇うのはリスクが大きいと思い、最初は自分一人だけで業務を行いました。特に最初の1月は非常につらかったです。何もかもが初めてで、すぐ近くに聞く人がいないことから、書籍、マニュアルや前任者の処理結果を見て考えたり、どうしてもわからないことは、前任者や他の公証人に電話でお聞きしたりして、何とか対応しました。ストレスのせいか休日の夜間に自宅で気を失って床に倒れてしまい、気が付くと、かけていたメガネのフレームで目の下を切って血が止まらず、非常にあせったこともありました。他の公証人のお話を伺うと、最初の1月に病気になったり、入院された方も少なくないことがわかりました。しかし、結果的に、公証業務、書記業務両方とも理解して対応できるようになり、両者を総合的に判断できるようになったことはとてもよかったと思っています。
4 豊岡市
 公証役場のある豊岡市は第一次産業と観光業が盛んなところです。地産地消ということで、近くのスーパーや生協で地元産の肉、野菜、果物等をできるだけ買って味わっています。城崎温泉という開湯1300年の風情のある温泉街、映画「国宝」のロケ地としても有名になった出石永楽館や皿そばで有名な城下町・出石のほか、海水浴場やスキー場もあり、アウトドアスポーツが盛んなところです。祭り等のイベントも多く、首都圏の自宅近くでは花火が見える場所は人だらけで、人の頭と頭の間から覗き込むようにしないと見えないですが、豊岡は人があまり多くないので、花火がよく見えます。
5 最後に
 公証業務に少し慣れてきたところで、公正証書のデジタル化が始まり、対応に苦慮していますが、デジタル化の長所を少しでも活かして適正迅速な業務の推進に努めてまいりたいと思っています。今後とも会員の皆様のご指導ご鞭撻をよろしくお願いいたします。
                        (神戸・豊岡公証役場公証人 江原幸紀)

実務の広場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.109 原料物質の保管措置に関する事実実験公正証書について (久保井浩美)

1 はじめに
 倉敷公証役場が所在する岡山県倉敷市は、西日本最大規模の水島臨海工業地帯を抱えており、同工業地帯に所在の企業からは、証拠保全等のため、工業製品の原料物質や企業の研究結果等について公証制度を活用いただいています。そのうちの多くは、確定日付の方法によるものですが、将来の訴訟や原料物質の劣化状況の調査等のため、原料物質の保管措置に関して事実実験公正証書の作成を依頼されるケースが毎年あります。
 ところで、事実実験公正証書とは、公証人が自らの五感の作用により、直接体験した私権に関する事実について作成するものであり、尊厳死宣言に関するものや貸金庫の開披点検に関するものが馴染みのあるところですが、株主総会の議事の目撃に関するものや知的財産権に関係するものなどもあり、企業活動における様々な場面でその有用性が確認されています。
 公証人が事実実験公正証書に記載できるのは自らが見聞・体験した事実の範囲に限られ、こうした事実を正確に誤りなく公正証書として作成することこそが事実実験公正証書の信用性を担保するものといえます。
 当役場では、工業製品の原料物質に係る保管措置に関して、事実実験への立会いの依頼がありますので、今回、これらの案件について当職が取り組んだ内容及び取組の中で感じた点を紹介し、参考に供したいと思います。

2 事前準備について
 改めて申し上げることもありませんが、嘱託人が何を対象物として、どのような目的で、どのような事実実験を行うのかを的確に認識し把握しておくことが重要であり、そのための嘱託人との事前打合せには十分な時間を設け、綿密に行うことが必要です。
 打合せに際しては、嘱託人が作成した作業のシナリオ(作業の手順が記載されたもの)のほか、対象物品のロット番号や形状、個数等を記載したリストが提示されるのが通例であり、実験当日の作業の流れについて、シナリオ等に基づき十分な説明を受けるとともに、少しでも疑問に感じる点があればそれを提示し、解決しておく必要があります。
 嘱託人側の担当者によっては、当方の知識の有無や理解の程度にかかわらず、専門用語を駆使して作業内容のほか、原料物質の化学的性質などを説明することがあり、ときとして説明について行けないこともありますが、臆することなく基本的なところから質問し、理解できるように努めています。
 なお、事実実験には嘱託人の立会いが必要とされており、その多くは代理人によるものであり、また、代理人の補助者や説明者として社員(技術者)を立ち会わせるケースがほとんどです。当役場で取り扱う案件では、事実実験に参加する社員が10名を超えることも少なくなく、実験当日の代理人補助者や説明者を事前に把握しておくためにも、これらの方々の名簿と本人確認書類(運転免許証等の写しなど)の事前提出に協力いただいています。

3 事実実験の実施について
 公証役場に実験設備等を持ち込むことができないため、通常は嘱託人企業の研究室や工場等の一室を使用して実験が行われます。
 作業に入る前に嘱託人の代理人又は説明者から、事実実験の趣旨や目的、対象物品、実験方法について、一通り説明がなされるのが通例であり、これら説明内容については「嘱託の趣旨」として公正証書に記載しています。
 また、上記の事実実験の趣旨等の説明に加え、実験の過程で原料物質の製造方法や製品に関するロット番号の定め方、製品の販売ルート等に関する説明がされることがあり、その説明内容をも逐一、公正証書に記載するに当たっては、嘱託人側に対して、あらかじめ説明用ペーパーの提出について協力を依頼することもあります。
 次に、工業製品に係る原料物質の保管措置に関する事実実験を例にとって説明します。
 これは、原料物質が経年によってどのように変化するか調査することを目的に、大きな袋(約20㎏)に入った原料物質を一定の重量単位でアルミ製の収納袋に小分けし、その収納袋を密閉封印した上で、これら収納袋を倉庫に保管するというものです。公証人は、この実験の過程において、原料物質の点検、収納袋への収納作業の確認、収納袋の封印作業の確認、倉庫での保管状況の確認などを行うこととなります。このうち、事実実験の中核となる収納袋の封印作業について説明します。
 事実実験による封印は、証拠保全等の観点から対象物品を収納した袋等の開封口を完全に封じ、開封することができないよう当該箇所に封緘紙を貼付し、当該封緘紙と収納袋を公証人の職印等によって割印をするのが通例です。
 事実実験における封印措置として留意すべき点は、①封印措置が確実で、対象物品を収納した袋等の開封口を完全に封じ、かつ、一定の耐用性を有すること、②封印措置後に偽造等のおそれがないこと、③当該事実実験の対象物品であることを公証人が明示していることの要件を具備していることにあると考えます。
以上を踏まえ、当役場で実施している方策は次のとおりです。
(1) 封印措置と封緘紙の貼付及び割印
 封印措置の方法については、嘱託人側から事前打合せの際に詳細な説明がありますが、アルミ製の収納袋の開封口を完全に閉じるためには、熱と圧力によって収納袋の素材同士を接着させるヒートシールと呼ばれる加工方法を執るのが一般的であり、この方法によって収納袋の機密性や密閉性を高めることができます。
 なお、封印措置をする対象物品が多い場合は、嘱託人側において、対象物品の番号、銘柄、ロット番号、コードなどを記載した「明示シール」を、あらかじめ収納袋に貼付する取扱いとしています。
 開封口等に貼付する封緘紙については、従来は和紙で作成し、これを糊付けし開封口等に貼付していたところ、収納袋がアルミ製や金属製の場合は、和紙による封緘紙ではその強度や後述の割印の問題などがあるため、製本テープ(ニチバン株式会社、ホワイト、50mm×10m)を封緘紙として使用しています。具体的には、製本テープを15㎝程度に切断し,これに事実実験による封緘紙であることを明確にするため公証人の職印及び嘱託人代理人の印鑑を押印した上で作成しています(写真1)。収納袋の大きさにもよりますが、この封緘紙を収納袋の開封口を含む上下各2箇所に貼付し、割印を行うことになります。
(写真1 編注:省略)

 封緘紙を貼付するのがアルミ製の収納袋や金属製の場合、朱肉を用いて割印を行うことが物理的に難しいため、当役場では、割印可能な専用の「封印スタンプ」(ゴム印で「倉敷公証役場封印」の文字を刻印)を業者に発注し、これを使用しています。
 封印スタンプの印面に使用するインクについては、紙製、アルミ製、ビニール製及びスチール製のいずれに対しても 強固に印影が定着するものでなければならないことから、当役場においては、次の2種類のスタンプ台を使い分けています。いずれも耐水性・耐光性に優れており、数分で乾燥定着し、印影を手でこすっても変化はありません。
① シヤチハタ製・強着スタンプ台タート(TAT)黒
  非吸収面対応 金属用(油性染料系)品番ATMN-2
  (写真2 編注:省略)
② シヤチハタ製・強着スタンプ台タート(TAT)黒
  非吸収面対応 多目的用(油性顔料系)品番ATGN-2
  (写真3 編注:省略)
(2) 対象物品であることの明示
 次に、収納袋が事実実験の対象物品であることを明示するために、収納袋に和紙で作成した公証人認証用紙(以下「認証用紙」という。)を貼付することになります。
 認証用紙に記載する内容は次のとおりであり、これに公証人の職印を押しています。
 『この物品は、嘱託人・株式会社○○の嘱託の趣旨に基づき、令和○年○月○日、嘱託人代理人が株式会社○○(所在:○○市○○番地)において行った○○○○(製品名等)の点検及び封印の処理並びに保管するための処置に関して、本公証人がその現場に立ち会い目撃した事実実験の対象物品である。
令和〇年〇月〇日 公証人氏名〇〇〇〇』
 この認証用紙を貼付した後に、認証用紙と収納袋とに割印を行うに当たっても、アルミ製の袋や金属の場合は朱肉を用いた割印ができないことから、封緘紙の貼付と同じく、封印スタンプによる割印を行うこととなります。そのため、認証用紙の右下部に封印スタンプの印影を明示する取扱いとしています。
 また、認証用紙を収納袋に貼付するに当たっては、かつてはその都度、認証用紙の裏面に刷毛で糊をつけて貼付していたこともあったようですが、当職が立ち会ったケースでは、1日に120袋を超える封印措置を行ったケースもあり、このような大規模な案件については、事実実験の趣旨や目的の範囲内で、できる限り作業の効率化を図ることが必要です。
 認証用紙は、事実実験の前日までに対象物品の数に応じて作成しますが、作業の効率化や省力化の観点から、認証用紙の裏面に強力両面テープ(ニチバン、強力タイプナイスタック両面テープ25mm)を取り付けて準備しておきます(封印措置と認証用紙の貼付については写真4(編注:省略)を参照。)。
(3) 封緘紙と認証用紙の保護・補強
 対象物品の輸送及びその後の保管に当たっては、封印措置後の偽造防止や認証用紙の破損等を防止することが必須であり、そのため、封緘紙及び認証用紙の上に透明粘着テープ(幅100mm)を貼り付けて補強する取扱いとしています。
 透明粘着テープは、一定の強度を有するものが必要であるところ、嘱託人側では工業用透明粘着テープの入手ルートを持っていることが多く、当役場としては嘱託人にテープの準備をお願いしています。
 以上が封印作業の概要になりますが、こうした一連の作業については、その作業内容及び一つ一つの対象物品の封印措置の状態について、逐一写真を撮影しています。撮影した写真は、公正証書に添付しますので、対象物品リストと照らし合わせながら、撮影漏れが生じないように留意する必要があります。

4 公正証書の作成について
 公正証書の作成に当たっては、公証人が認識した事実のうち事実実験の目的を基準とし、認識事実の取捨選択を行う必要があります。特に、公証人が認識した事実と、嘱託人側関係者の指示説明とを明確に峻別した上で公正証書に記載することが必要であり、公証人が認識し得ないはずのことを認識したように記載することは公正証書の信用性を損なうことになり、厳に慎まなければなりません。その上で、実際に作成するに当たっては、一つ一つの事実について、できる限り丁寧に分かりやすい記述になるように心がけています。
 公正証書の文案ができたら、嘱託人代理人に送付し内容の確認を依頼し、その結果を踏まえて公正証書を完成させています。事実実験の内容にもよりますが、本文のほか添付する写真や関係資料を含めると、公正証書の枚数が200ページを超え、その厚みが数センチに及ぶものも少なくありません。そのため正本等については、一定数の枚数を一括して当役場に備付けの契印機で打ち抜き、その連結するページについて職印で契印を行い、最終的には袋とじの方法により作成することとしています。
 また、写真を公正証書に添付する際に、対象物品が多数ある場合は、対応する写真番号を一覧表として整理し公正証書に添付していますが、写真が多数に上る場合は、その整理と取捨選択には多大な時間を要しています。そのため、当役場ではまだ扱った経験はありませんが、嘱託人と調整しその理解を得て、写真の代わりに事実実験の様子を記録した動画をDVD等として作成する扱いも考えられます。公正証書に記録媒体を添付するとなると、添付する記録媒体は電子化できないため公正証書は電磁的記録ではなく紙媒体として作成することになると思われます。

5 おわりに
 当職が初めて事実実験に立ち会ったのは、日常の事件処理に悪戦苦闘中の任官後2か月が経過した直後のことでした。しかも3日連続しての大がかりなもので、当職の理解不足や経験不足により事実実験の進行に支障を来さないか、まさに緊張の連続でした。
 従来の封印措置に関しては、当職の前任者である中西俊平先生がこれまでの取扱方法を詳細に検討し改善されてきた経緯があり、上記で説明した取扱いに則って封印措置を行うことができたことで、なんとか初めての事実実験を無事に終えることができました。現在でも、基本的にこれらの取扱いを踏襲していますが、嘱託人側からはこれまでの作業時間を短縮できることなどからも、高い評価を得ています。
 企業が嘱託人となる事実実験については、事前打合せから始まり、実験当日に向けた準備作業、実験当日の対応、その後の公正証書の作成に至るまで多くの時間と労力を必要としますが、事実実験公正証書は企業活動における様々な場面で活用され、その有用性が確認されており、今後もその重要性は衰えることはないものと思われます。公証人として、その重要性を認識しつつ、嘱託人からの多様な依頼に十分に応えられるよう、引き続き、適切に取り組んでいきたいと考えています。
                    (岡山・倉敷公証役場公証人 久保井浩美)

No.110 最近の事例紹介(外国人の宣誓認証等)について (野崎昌利)

第1 はじめに 
 足利公証役場で勤務して5年半を経過しました。大都市の公証役場とは異なり複雑な事案は多くはありません。次の2つの案件については全国的にもそれほど件数は多くはないと思いますが、参考になればと思いご紹介します。最後の案件は、銀行が作成した遺言公正証書の案文についての個人的な意見になりますが、ご紹介させていただきます。

第2 日本に在住する外国人から宣誓認証を求められた事案
1 事案の概要
 足利市に在住する外国人から、「私は、破産手続開始の決定を受けて復権を得ない者に該当しないことを誓約します。」という宣誓供述書の認証を求められた。
2 対応
 当該外国人に標記の宣誓供述書の提出先及び提出目的を確認したところ、県の担当者から住宅宿泊仲介業、つまり民泊を行うために提出する必要(注)があり、公証役場で認証を受ける旨の説明を受けたとのことでした。
 そこで、県の担当者に、公証役場では当該外国人が本国又は日本で破産手続開始の決定を受けて復権を得ない者に該当するか否かは確認することができず、また、宣誓供述書のような私署証書の認証の対象は、私署証書の内容ではなく、証書になされた署名又は押印であり、県の担当者の面前で署名又は押印すれば足りるのではないかと質問した。
3 県の担当者の説明
 県の担当者からは、以下の説明を受けました。
 まず、住宅宿泊事業法(以下「法」という。)第3条第1項において、都道府県知事に住宅宿泊を営む旨の届出をした者は、住宅宿泊事業を営むことができるとされている。その届出をしようとする者は、国土交通省令・厚生労働省令で定められた事項を記載した届出書を提出することとされ、また、その届出書には法第4条に規定する欠格事由に該当しないことを誓約する書面等を添付しなければならないとされ(法第3条第2項・第3項)、その欠格事由の一つとして、破産手続開始の決定を受けて復権を得ない者が規定されている(法第4条第2号)。
 この欠格事由である破産手続開始の決定を受けて復権を得ない者に該当しないことを証する書面として、前記の国土交通省令・厚生労働省令である住宅宿泊事業法施行規則第4条第4項第2号イで、「届出者が破産手続開始の決定を受けて復権を得ない者に該当しない旨の市長の証明書」と記載されている。これについては運用で、外国籍の届出者については、「日本国政府の承認した外国政府又は権限のある国際機関の発行した書類その他これに準ずるもので、破産手続開始の決定を受けて復権を得ない者と同様に取り扱われている者に該当しないことを証明した書類を提出すること。当該書類が存在しない場合は、破産手続開始の決定を受けて復権を得ない者に該当する者に該当しない者であることを公証人又は公的機関等が証明した書類を提出すること。」とされている。
 また、厚生労働省、国土交通省及び観光庁の民泊制度ポータルサイト(住宅宿泊事業法 FAQ集)では、2住宅宿泊仲介事業関連(3)届出の方法②添付書面で、日本の公証役場において、当該事項を記載した書類に、宣誓認証を受けた書類と記載されている。

4 宣誓認証の実施
 県の担当者の説明内容を確認した上、当該外国人は宣誓認証の日本語が読めないことから、宣誓認証の場合は、証書の記載が虚偽であることを知って宣誓した場合は、10万円以下の過料に処せられることを英語でなんとか説明し、認証を行った。
5 雑感
 県の担当者が宣誓認証が必要な根拠を示す書類を当該外国人に渡しておけば、公証役場で時間を無駄にせず円滑に手続できたのではないかと思うと共に、実質的にあまり意味がなく、かつ、国内の機関に提出する書類として宣誓認証の制度が安易に利用されているのではないかと疑問を感じたところです。

(注)
 住宅宿泊仲介業とは、旅行業法(以下「法」という。)第6条の4第1項に規定する旅行業者以外の者が、報酬を得て、住宅宿泊仲介業務を行う事業をいい、次の行為を行います。
(1)宿泊のため、届出住宅における宿泊のサービスの提供を受けることについて、代理して契約を締結し、媒介をし、又は取次ぎをする行為
(2)住宅宿泊事業者のため、宿泊者に対する届出住宅における宿泊のサービスの提供について、代理して契約を締結し、又は媒介をする行為
 住宅宿泊仲介業を営もうとする者は、観光庁長官の登録を受ける必要があります。住宅宿泊仲介業の登録の申請の際に、法第49条第1項各号に規定する欠格要件に該当しないことの誓約書等を添付して提出する必要がある。

第3 登記識別情報を紛失した場合の公証人の認証について
1 事案の概要
 足利公証役場では、件数は多くはなく年に1件程度です。司法書士が作成した委任状に、本人が公証人の面前で署名、実印を押印し、公証人が、本人であることを確認し、その書類が真正なものであることを認証しており、これは他の公証人も同じだと思います。今回、他の公証人から司法書士の委任状を付けず、本人申請を希望した場合に認証したことがあるか照会がありました。これまでそのようなケースがなかったと回答したところ、他の公証人に聞いてみるということで電話は終了しましたが、改めて整理したものです。
2 公証人の認証の根拠等について
 不動産登記法第23条第1項において、登記官は、申請人が登記権利者及び登記義務者が共同して権利に関する登記申請をする場合その他登記名義人が政令で定める登記の申請をする場合に、登記識別情報を提供することができないときは、登記義務者に対し、当該申請があった旨及び当該申請の内容が真実であると思料するときは法務省令で定める期間内に法務省令で定めるところによりその旨の申出をすべき旨を通知しなければならないとされ、同条第4項第2号において、当該申請に係る申請情報(委任による代理人によって申請する場合にあっては、その権限を証する情報)を記載し、又は記録した書面又は電磁的記録について、公証人から当該申請人が同条第1項の登記義務者であることを確認するために必要な認証がされ、かつ、登記官がその内容を相当と認めたときは、同条第1項の規定を適当しないとされている。
3 認証の際の必要書類について
 認証の手続に必要書類は、①発行後3か月以内の印鑑証明書及び実印、②顔写真付きの公的な身分証明書(運転免許証、マイナンバーカード)(法律上①の印鑑証明書の提出を求められる場合は、①の印鑑証明書を提出してもらい、②は追加の確認書類の意味で提出していただいている。)、③当該不動産の登記事項証明書、④登記事項証明書の住所が①②の住所と異なる場合は、その住所の変遷が確認できる住民票又は戸籍の附票になると思います。
4 登記義務者の出頭について
 登記義務者が公証人の面前で署名又は記名押印するか、又は、公証人の面前で証書の署名又は押印を自認する必要があり、代理人による方式が認められないということになります。
5 検討
 申請情報の内容等が正しいか否か公証人は判断することができません。当然、登記義務者が本人申請する場合よりは、専門家の方が正しい内容である可能性が高いわけですが、そのことをもって公証人が認証を拒否することはできないと考えます。
 したがって、形式上登記情報に不備がなく、必要書類が提出され、登記義務者が出頭している場合は、登記申請書の内容等が正しいか否か公証人は判断することができず、内容に誤りがあれば再度認証が必要になることから、司法書士に委任状の作成をお願いすることを勧めた上で、本人が認証を希望した場合は、認証することになると考えます。
6 余談
 平成17年民二第457号通達「10 申請書等についての公証人の認証」において、公証人の認証文の文例が記載されており、これと異なる文言の認証文を付けたところ、法務局から通達どおりの認証文に訂正するよう求められたことがありました。

第4 銀行作成の遺言公正証書の案文について
1 はじめに
 各銀行によって遺言の雛形が異なりますが、地方銀行の案文は、大手都市銀行又は信託銀行の使用している案文を参考にしているようです。銀行の案文に手を加えると嫌がられることがありますが、特に都市銀行や信託銀行にその傾向が強いように思われます。
 表記が公用文の記載になっていないこと等、修正する点は多々ありますが、修正後のやり取りも増えることから、遺言の内容に影響がない場合は、不承不承、銀行の案のとおり記載しているところもあります。
ただし、条文として問題がある、又は解釈に疑義が生ずるおそれのある条文については、銀行案のとおりそのまま記載する訳にはいきませんので、銀行とのやり取りで雛形を修正したこともありました。
次は、銀行案を当職が修正した一例です。

2 銀行案と当職の案の比較
(銀行案)
第1条 遺言者は、遺言者の有する全ての不動産を、遺言者の弟A(昭和24年○月○日生、以下「弟A」という。)に相続させる。
第2条 遺言者は、次の各金融機関において契約中の預貯金・信託等の金銭債権、株式・債券等の有価証券等並びに遺言者の有する全ての金融資産及び現金を、次項のとおり相続させ又は遺贈する。
(金融機関の表示)
① ○○銀行 ○○支店
② ゆうちょ銀行
③  ○○農業協同組合 ○○支店
④ その他遺言者と取引のある全ての金融機関
2 遺言者は、次の者に次の割合で相続させ又は遺贈する。
 弟Aに10分の3
 遺言者の妹・B(昭和25年○月○日生。以下「妹B」という。)に10分の3
 遺言者の甥(弟Aの長男)・C(昭和54年○月○○日生。住所:兵庫県○○市○○2丁目○○番地。以下「甥C」という。)に10分の3
 遺言者の甥(弟Aの二男)・D(昭和56年○月○○日生。住所:茨城県○○市大字○○番地。以下「甥D」という。)に10分の1
第3条 遺言者は、前各条に記載した財産以外の、遺言者の有する動産その他一切の財産を、弟Aに相続させる。
第4条 前条までに記載の相続人及び受遺者が、遺言者より先に死亡(同時死亡を含む。)等により相続・遺贈の効力が生じない場合は、遺言者は前条までに基づきその者に相続させ又は遺贈するとした財産を、第2項以下の通り相続させ又は遺贈する。
2 弟Aに前項の事態が生じていた場合、弟Aに相続させるとした財産のうち、第1条及び第3条の財産を、甥Cに相続させる。また、第2条の財産を、甥C及び甥Dに均等に相続させる。
3 妹Bに第1項の事態が生じていた場合、妹Bに相続させるとした財産を、弟Aに相続させる。
4 甥Cに第1項の事態が生じていた場合、甥Cに遺贈するとした財産(第2項に基づき甥Cに相続させるとした財産を含む)を、甥Dに遺贈する。
5 甥Dに第1項の事態が生じていた場合、甥Dに遺贈するとした財産(第2項に基づき甥Dに相続させるとした財産を含む)を、甥Cに遺贈する。

(当職案)
第1条(銀行案と同じ。)
第2条 遺言者は、次の各金融機関において契約中の預貯金・信託等の金銭債権、株式・債券等の有価証券等並びに遺言者の有する全ての金融資産及び現金を、次項のとおり相続させ、又は遺贈する。
(金融機関の表示)
① ○○銀行 ○○支店
② ゆうちょ銀行
③  ○○農業協同組合 ○○支店
④ その他遺言者と取引のある全ての金融機関
2 遺言者は、次の者に次の割合で相続させ、又は遺贈する。
① 弟Aに10分の3を相続させる。
② 遺言者の妹・B(昭和25年○月○○日生。以下「妹B」という。)に 10分の3を相続させる。
③  遺言者の甥(弟栄次の長男)・C(昭和54年○月○○日生。住所:兵庫   県○○市○○2丁目○○番地。以下「甥C」という。)に10分の3を遺贈する。
④  遺言者の甥(弟栄次の二男)・D(昭和56年○月○○日生。住所:茨城県○○市大字○○番地。以下「甥友樹」という。)に10分の1を遺贈する。
第3条(銀行案と同じ。)
第4条 遺言者は、弟Aが遺言者より先に死亡(同時死亡を含む。)したこと等により相続の効力が生じない場合は、以下のとおり前各条により弟Aに相続させるとした財産を相続させる。
(1)第1条及び前条に記載の財産を、甥Cに相続させる。
(2)第2条の財産を、甥C及び甥Dに均等の割合で相続させる。
2 遺言者は、妹Bが遺言者より先に死亡(同時死亡を含む。)したこと等により相続の効力が生じない場合は、第2条により妹Bに相続させるとした財産を、弟Aに相続させる。
3 遺言者は、甥正樹が遺言者より先に死亡(同時死亡を含む。)したこと等により遺贈の効力が生じない場合は、第2条により甥Cに遺贈するとした財産を、甥Dに遺贈する。
4  遺言者は、甥Cが遺言者より先に死亡(同時死亡を含む。)したこと等により遺贈の効力が生じない場合は、第2条により甥Cに遺贈するとした財産を、Dに遺贈する。
5 遺言者は、弟A及び甥Cが共に遺言者より先に死亡(同時死亡を含む。)したこと等により相続又は遺贈の効力が生じない場合は、前各条により弟Aに相続させるとした財産及び甥Cに遺贈するとした財産を、甥Dに遺贈する。
6 遺言者は、弟A及び甥Dが共に遺言者より先に死亡(同時死亡を含む。)したこと等により相続又は遺贈の効力が生じない場合は、前各条により弟Aに相続させるとした財産及び甥Dに遺贈するとした財産を、甥Cに遺贈する。

3 銀行案についての当方と銀行の対応
 銀行案を修正した箇所は、以下のとおりです。
(1)銀行案第2条第2項では、 「次の者に次の割合で相続させ又は遺贈する。」と規定しています。相続人以外の者は、「遺贈する。」しか記載できませんが、相続人に対しては、「相続させる。」ことも、「遺贈する。」とすることもできます。「相続させる。」とすることができる場合に、わざわざ「遺贈する。」とすることは考えにくく、また、登記の際には、司法書士が「相続させる。」又は「遺贈する。」と適切に判断すると思いますが、条文上、相続なのか、遺贈なのかを明確にするのが適当ではないかいうことです。
(2)予備的遺言については、例えば、銀行案第4条第4項では、甥Cのみが死亡した場合についての規定にもかかわらず、(第2項に基づき甥Cに相続させるとした財産を含む。)とするのは、弟Aが死亡している場合を含めて記載するのは条文上問題があるとして、(当職案)のように場合分けを行って記載したものです。なお、場合分けをせず、括弧書きの記載を工夫する方法もあると思いますが、誰が読んでも解釈に違いが生まれない記載が望ましいと考えます。
 最終的には(1)及び(2)のいずれも銀行に特に異論はなく、当職の案とおりに公正証書を作成しましたが、銀行での雛形が決まっているせいか、本件と同種の案件についても毎回同じような案文が送信されているのが現状です。

4 最後に
 銀行が案文を作成している案件は、当該銀行が遺言執行者になっているケースがほとんどであるので、遺言の執行上、問題になることは少ないのかもしれませんが、そのまま放置しておくことが適当ではないものもあると思います。以前、明らかに条文の記載に問題があり、これこれこのように修正する必要があると説明したところ、最終的に本部から今回はお断りしますということになった都市銀行の案件がありました。一つの公証役場で問題とされても、では他の公証役場で作成しますという銀行の対応では問題の解決にはなりません。銀行としては既にその記載で遺言公正証書を作成しているので、修正には当然消極のはずです。まず、各ブロックの研修会等で事例を検討し、例えば、地方銀行では各県の公証人全員が是正を求めるなど、何からの方法の方策を考えていければと思います。 
                      (宇都宮・足利公証役場公証人 野崎昌利)

民事法情報研究会だよりNo.67(令和7年10月)

 秋冷の候、会員の皆様におかれましては、ますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
 昨年に引き続き、暑い暑い夏がようやく終わりを告げそうな気配がしてきました。今年は、台風や線状降水帯、ゲリラ豪雨、竜巻などによって全国各地に様々な災害が発生しています。とりわけ牧之原市の竜巻災害と四日市市の地下駐車場の冠水などが衝撃的でした。被災された各地の方々に心からお見舞い申し上げます。
 今年の12月のセミナー・懇親会は、例年とは異なり、第1週の6日(土)に開催することとしています。近々開催通知文書を発送する予定ですので、数多くの皆様の御参加をよろしくお願い申し上げます。
 気象庁の3か月予報によると、気温は、東日本と沖縄・奄美で高く、北・西日本で平年並みか高いとのことです。過ごしやすいこれからの季節、観光やスポーツに勤しみながら、健康に過ごしていければと考えています。(YF)

今日この頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

なんとかやっています。(小笠原 修)

 公証人を拝命し11か月を経過しようとしていた昨年(令和6年)5月26日(日)の早朝の出来事でした。目が覚めて、ベッドの上で背伸びをしたところ、腰のあたりで「プツッ」という音がしたような気がしました。
 「まさか。」
 嫌な予感を抱きつつ起きると、腰が痛くて自立して歩けません。壁につかまりながらトイレに行くのがやっとの状態です。翌、月曜日に仕事を休み、総合病院に行ったところ、腰椎椎間板ヘルニアと診断され、即時入院となってしまいました。外来診察のときは車椅子で移動していましたが、腰から右下肢の痛みがだんだん強くなり、椅子に座ることもできなくなり、入院病棟にはストレッチャーで移動した状態でした。以降、7月10日までの約1か月半、手術とリハビリのため仕事を休んでしまいました。
 前職勤務のときから、健康に留意し、体に異常があれば、その都度治療をしてきたつもりでした。また、現在住んでいる帯広市に転居してからも、定期的に健康診断と癌の腫瘍マーカー検査を受けるなどして、健康には特に気を遣っていたところでした。さらには、ぎっくり腰の経験があったため、腰に痛みや違和感があるときは整形外科にも通院していました。しかし、全く予期しない突然の入院、それも、一人役場での休職となってしまったのです。
 入院直後は、十勝・帯広地域の住民の方々、公証人の先生方各位、法務省関係者の皆様にご迷惑をお掛けしてしまうことに加え、留守を担当する書記は大丈夫か、役場業務を継続していけるかなど考えるものの、強力な鎮痛剤が効かないほど右下肢の痛みが強くなり、夜も眠れず、何もできなくなってしまいました。そして、このように皆さんにご迷惑をお掛けしてしまうなら、公証人を辞職しようかと思っていたときに、ある方から、スマートフォンにショートメッセージを頂きました。
 そのショートメッセージには、有り難い激励のお言葉が盛りだくさんに記載されておりました。また、その方の奥様が有名な大仏師の展示会に行く機会があり、薬師三尊(病気を治癒し、人々を救済するという神様)の絵はがきを買ってきたからと言って、その写真を添付して送ってくださったほか、見ているだけで楽しく元気になれるという「笑文字(えもじ)」の詩画書作家・城たいがさんの色紙の画像を毎日のように送ってくださいました。頂いたメッセージや「笑文字」を見ると気が紛れ、非常に心が落ち着きました。
 また、ある方からは、お電話を頂き、人生には三つの坂(上り坂、下り坂、そして、まさか)があるとよく言うじゃないか。誰のどんな人生にだってアップダウンがある。これ(入院)が「まさか」かぁと思って、全て受け止めて前向きに捉えるように…と励ましてくださいました。電話を頂いて、孤立感・孤独感が和らぎました。
 そのほかにも、多くの方々からご支援とご協力を頂きました。ありがとうございました。
 前職勤務のときは、大きな組織の中にいて、組織に守られ、常に組織の一体感を感じることができましたが、公証人になってからも、皆様から事務処理で不明な点をご教示いただいているほか、今回のように突然入院してご迷惑をお掛けしても、激励を頂くなど、引き続き一体感を抱きながら業務を継続していけるということは、本当に有り難く感謝をいたしております。

  おかげさまで、現在、足先のしびれが後遺症として残るものの、杖を使わず歩けるようにまで回復しており、何とかやっているという状態です。
 ところで、椎間板ヘルニアは、再発もあるそうで、主治医の話によれば、最短での再発は、ヘルニアの手術で入院をし、退院する前に再発した事例があると話していました。そのような話を聞くと、私も、いつ再発するか心配ではありますが、今後、一層健康に注意して使命を全うしたいと思っております。主治医からは、長時間椅子に座っていることが腰には大敵で、30分に1回は席を立つのが良いとアドバイスを受けております。
 公正証書の起案をしておりますと、気がつけば1時間以上座ったままでいることが多々ありますが、皆さんもご注意をなさってはいかがでしょうか。参考までに、主治医から頂いた腰の負担のイラストを添付いたします。     (釧路・帯広公証役場公証人 小笠原 修)

初めての《119》番緊急通報(横山 緑)

1  マンション管理組合理事に就任
 新型コロナウイルスの感染を防ぐ3つの密(密閉空間、密集場所、密接場面)の回避などが呼びかけられていた最中に竣工されたマンション(総戸数65戸)の管理組合(以下、「管理組合」という。)定時総会において役員改選(毎年4名中2名)があり、理事(任期2年間、全入居者が輪番で担当)に選任され就任した。

2 入居者参加型消防訓練
 入居後これまでは、管理組合理事会(以下、「理事会」という。)がマンション入居者(以下、「入居者」という。)あてに、東京消防庁が公開している動画をネットで視聴するよう働きかけるお知らせ文書を配布し、入居者参加型の消防訓練は行われてこなかった。
 隔月に開催される理事会で、コロナ禍も収まってきたこともあり、所轄消防署(以下、「消防署」という。)の支援を受けて入居者参加型の消防訓練(水消火器を使用した消火活動・AED(自動体外式除細動器)を使用する応急手当等)の実施を議決した。
 早速、消防署に出向き、入居者参加型消防訓練への支援を依頼しようとしたところ、消防署の担当者から『消防署長あてに、マンション管理組合理事長から消防法に定める「甲種防火管理者選任届出書」及び甲種防火管理者から「消防訓練実施書」を提出して依頼してください。』との説明を受けた。

-1 防火管理者
「防火管理者」について、消防法(昭和23年7月24日法律第186号)第8条第1項に次のように定められている。
第8条 学校、病院、工場、事業場、興行場、百貨店、複合用途防火対象物その他多数の者が出入りし、勤務し、又は居住する防火対象物(㊟1)で政令(消防法施行令 昭和36年3月25日政令第37号)で定めるものの管理について権原を有する者(㊟2)は、政令で定める資格を有する者(㊟3)のうちから防火管理者を定め、・・・防火管理上必要な業務を行わせなければならない。
㊟1 多数の者が居住する防火対象物
◎ 非特定防火対象物
消防法施行令第1条の2 3 (1) ハ 別表第1 (5) 項ロ、(7) 項、(12) 項 他
  建物全体の収容人員が50人以上の寄宿舎・下宿・共同住宅・事務所ビル・(小・中・高等)学校・各種学校・工場
◎ 特定防火対象物 
 消防法施行令第1条の2 3 (1) ハ 別表第1 (1) 項から (4) 項まで 他
 不特定多数の者が利用する防火対象物で、火災が発生した場合に人命に及ぼす危険性が高い施設等、建物全体の収容人員が30人以上の劇場・映画館・集会場・カラオケボックス・飲食店・百貨店など(避難が困難な要介護者が入居する養護老人ホーム・救護施設・障害者支援施設などは収容人員が10人以上) 
㊟2 管理について権原を有する者 消防法施行令第1条の2で定める防火対象物の管理について権原を有する者で、一般には建物所有者、会社や事業所を代表する者、マンション管理組合の代表者(理事長)のことをいう。
㊟3 資格を有する者(消防法施行令第3条)都道府県知事、消防長、総務大臣の登録を受けた一般財団法人日本防火・防災協会が実施する防火管理者資格講習(甲種防火管理新規講習(2日間)及び防災管理新規講習)の課程を修了した者及び学識経験を有する者
㊟4 防火対象物は、用途や火災の危険性などを考慮して区分され消防法施行令別表第1によって甲種防火対象物と乙種防火対象物に区分されており、防火管理者の資格も甲種と乙種に分けられている。共同住宅は甲種防火対象物である。因みに、甲種防火管理新規講習の課程修了者は、その用途、規模、収容人員にかかわらず、すべての防火対象物において防火管理者になることができる。
  即ち、収容人員が50人以上の共同住宅にあっては、管理組合の代表者(理事長)が、総務大臣の登録を受けた一般財団法人日本防火・防災協会が実施する防火管理者資格講習の課程を修了した者の内から防火管理者(防火管理の責任者)を定め、災害発生時の避難誘導、消火活動、救助・救護活動を協力して行う体制を確保するなどの防火管理上必要な業務を行わせなければならない。

3-2 防火管理の意義
 防火管理とは、火災の発生を未然に防止し、万一火災が発生した場合でもその被害を最小限にとどめるため、必要な万全の対策を樹立し、実践することをいう。

3-3  自主防火管理の原則
(1) 「自分の生命や財産は、自らが守る」気持ちで防火管理を実践する。
(2) 「法律で定められているから仕方なく行う」のではなく、日頃から防火設備の維持・管理に努め、いざというときに適切な行動がとれるように訓練しておく
(3) 共同住宅の居住者が協力し、火災の発生を防ぐと共に、万一火災が発生してしまった場合でも早期に発見し、通報、初期消火や避難活動を行って、被害の拡大を防止するよう努力する。

4 防火管理者の業務
 消防法施行令第3条の2第2項に定められている防火管理者の業務は次のとおりである。
  ① 消火、通報及び避難の訓練の実施
  ② 消防の用に供する設備、消防用水又は消火活動上必要な施設の点検及び整備
  ③ 火気の使用又は取扱いに関する監督
  ④ 避難又は防火上必要な構造及び設備の維持管理
  ⑤ 収容人員の管理
  ⑥ その他防火管理上必要な業務の遂行

5 甲種防火管理者の選任
 理事会で防火管理者の選任について協議した結果、当マンション管理人の執務時間が日曜日・月曜日を除く週5日午前中となっていることを考慮し、管理人不在時、防火管理上必要な業務遂行に支障がない者を選任することが望ましいとの判断がなされ、入居者の内から退職者等で日中もマンション内もしくは近辺に滞在するで、平日に2日間連続して実施される防火管理者資格講習を近々に受講できる者が適任ではないかとなり、理事会メンバーの内で条件が合致する当職に白羽の矢が立った。

6 甲種防火管理新規資格講習を受講
 講習は、全国各地で年間に複数回開催されており、適宜都合の良い講習会場・時期に受講を申し込むことができる。特に受講資格・制限はなく、私が受講した会場は定員130名であったが申込み開始から3日目には定員に達したとして申込手続きが打ち切られていた。
 講習2日間で、Ⅰ 防火管理の意義と制度の概要 Ⅱ 火気取扱いの基本知識と出火防止対策 Ⅲ 施設・設備の維持管理 Ⅳ 自衛消防 Ⅴ 防火管理の進め方と消防計画 について受講し、最後に講習効果測定(筆記試験)があった。

7 甲種防火管理者として消防訓練の実施を消防署へ依頼
 訓練内容として、Ⅰ 居住室から1階エントランスホールまで非常階段(エレベータを利用できない想定)での避難訓練 Ⅱ 水消火器を使用しての消火活動 Ⅲ 心肺蘇生=胸骨圧迫と人口呼吸・AED(自動体外式除細動器)を使用する応急手当 とし、訓練実施後、共同住宅における火災発生時の注意事項の説明、訓練参加者からの質疑応答、所要時間概ね1時間で依頼した。なお、訓練実施日の開始時に消防署管内で火災・緊急事案・熱中症患者の搬送などが多く発生し、担当消防士を派遣できない場合がある旨の説明を受けた。

 消防訓練実施
 指導に来ていただいた消防士から、非常階段での避難訓練で1階のエントランスホールに訓練参加者が集合した直後、いきなり訓練予定に入っていなかった『火事現場に遭遇した皆さんによる緊急通報訓練をしてみましょう。』との提案があり、実施することとなった。
 緊急通報訓練の実施にあたり、訓練開始直前に緊急通報指令室に「119番での通報訓練」が可能かを照会確認し、対応可能であるとの回答を得て訓練に追加した旨の説明があった。  

9 スマートフォンから《119》番緊急通報!!
 今年の1月から3月にかけて民放「月9」枠で放送されたドラマ「119番エマージェンシーコール」(横浜市消防局が制作に協力し、火災や救急時に市民から通報される119番通報に対応する緊急通報指令室の活動を紹介)を興味深く視聴し、市民からの119番通報が火災の延焼防止、病気や事故などで心停止になった人の救命活動に重要な役割を担っていることを改めて理解した。因みに、これまで幸い、緊急通報をしなければならない場に遭遇したことはなかった。
 消防士から、『(私の方を見て)そこのあなた、あなたのスマホで119番へ通報してください。あなた以外の訓練参加者にも緊急通報指令室担当者(以下、「担当者」という。)とのやりとりを聞いてもらいますので「スピーカ」機能にしてください。担当者が『消防です。火事ですか、救急ですか。』と最初に問いかけてきますので、最初に訓練である旨【訓練・訓練・訓練】と3回連呼してから、問いかけに落ち着いて答えて下さい。』と有無を言わせない雰囲気、訓練参加者の視線を感じ、初めてスマートフォンから「119」を押下し緊急通報した。
 担当者と次のとおりのやりとりをした。
 【担当者】消防です。火事ですか、救急ですか。
 〔通報者〕【訓練・訓練・訓練】と3回連呼 火事です。
 【担当者】火事がおきてる所の住所は分かりますか。
〔通報者〕◎◎市○○区△△町2丁目8番3号です。
 【担当者】マンションですか、戸建てですか。
〔通報者〕マンションです。
 【担当者】マンションの名前はわかりますか。
〔通報者〕△△マンションです。
 【担当者】何階建てか分かりますか。
〔通報者〕14階建てです。
 【担当者】出火場所は何階か分かりますか。
〔通報者〕7階の○○号室で、私の部屋です。
 【担当者】あなたの名前と何が燃えているか教えてください。
〔通報者〕私は○○です。モバイルバッテリーが発火し、窓際のカーテンに火がつきました。
 【担当者】炎はどのくらいの高さですか。
〔通報者〕50cmくらいです。
 【担当者】消火器はありますか。
〔通報者〕家族が廊下にある消火器を持ってきました。
【担当者】燃えているカーテンに近づき腰を低くして消火剤を放射し、消火に努めてください。消火が難しいときは、室内にある火災通報システムを押し、同一階の居住者に「火事だ」と大きな声で知らせて安全な場所へ避難してください。  
【担当者】消防車が向かっています。安全な場所で避難していて下さい。

10 甲種防火管理新規講習・消防訓練で説明された内容の一部を参考までに掲記しておく。
(1) 通報時の注意事項
  ① 火災の内容が十分把握できていない段階でもまず通報し、状況が確認でき次第随時情報を通報する。
  ② 誰かが既に通報しているだろうでなく、その場に遭遇したら必ず通報する。
  ③ 聞かれたことについて早口を避け、落ち着いて正確に答える。
  ④ 延焼しているときには、逃げ遅れて救助を求めている者の有無等もわかる範囲で説明する。
  ⑤ 火事がおきてる所の住所が分からないときは、コンビニエンスストア、大きなビルの名称、最寄りの電柱に表示されている住所を読み上げる。
(2) 火災が発生した場合の行動
 ① 火災を発生させた者又は火災を発見した居住者は、大声で同一階の居住者に知らせる。
 ② 119番通報は、火災を発生させた者又は同一階の居住者が協力して行う。
 ③ 初期消火は、消防隊が到着するまで居住者と同一階の居住者が協力して行う。
 消火器による初期消火は、消火薬剤量の放射時間(約15秒、火元への実質放射時間約10秒)・放射距離(5m)など限られており、火災の初期段階では有効であるが、炎が天井に達するような状況になると消火が困難になる。消火器による初期消火活動の限界は「天井に火が移る前まで」を一応の目安とし、燃焼状況(煙や熱気、火の勢い等)により判断する。
 共同住宅の場合、同一階に複数の消火器が備え付けられているので、隣人等の協力を仰ぎ、煙に惑わされないよう、火元(燃えている物)近くにできるだけ多く集め、連続して直接放射する。
 ④ 消火器の操作にあたっては、Ⅰ 避難口を確保する。Ⅱ 燃えている物に近づきすぎない。Ⅲ 姿勢を低くする。Ⅳ 炎の根元を狙って放射する。Ⅴ 危ないと思ったら避難する。Ⅵ 玄関から避難できない場合は、バルコニーの仕切板を破壊して隣戸から安全な場所へ避難する。
 ⑤ 火災発生後一部の壁や家具で徐々に燃えていた火が、爆発を起こしたように一気に燃え上がる現象が「フラッシュオーバー」で、出火後、フラッシュオーバーまでの時間は、だいたい5~15分くらいといわれている。火災の炎が小さくても手遅れにならないように避難する。
(3) マンションの一室で火災が発生したときに、マンション全体に避難を伝える火災対策
 ① 遠隔監視 各住戸内のTVモニター付きインターホンの非常押しボタンを押すと、24時間遠隔監視センターに自動通報される。
 ② 火災警報装置 各住戸内の全居室とキッチン等に感知器を設置してあり、同一階及び直下階の火災も自動で感知し、音声で『火事です』と警報を発する。
(4) 消防訓練時の質疑応答
 心肺蘇生=胸骨圧迫を訓練用の人形で実施した際にかなりの圧で何回も胸骨の部分を圧迫するように指導を受けたが、圧迫時に肋骨が折れることはないのかの質問に、お年寄りに行った場合に肋骨が折れたことはある、骨折より救命を優先。胸骨圧迫をすべきかの判断に迷うときは、119番通報をして、担当官の指示に従う。一人での対応は体力的に厳しい場合が多いので、周りに人がいる場合には協力を求め、複数人で対処されるようにと応答。

11 火災・災害に備え、防火管理者が取り組むべき事項
(1) 災害発生時に備えた体制整備
 管理組合を中心に、居住者相互の安否確認や負傷者の救護、共用の防災備蓄品の使用などがスムーズにできる体制の整備
(2) 防災管理補助員の選任
 防災備蓄倉庫の鍵管理、火災発生場所と同一階からの避難誘導、避難困難者への支援、建物出入口自動扉の停電時対応
(3) 防災訓練・講習会の実施
 平常時に前記4①に記載の消火、通報及び避難の訓練に加え、以下のような訓練を行うと、実際の災害時に落ち着いて行動できると同時に、マンション内居住者間の交流が図れる。
 ① 防災備蓄備品、物品使用訓練
 ② マンション内安否確認訓練
 ③ 災害対策本部立ち上げ訓練 等

12 まとめ 
 防火管理新規資格講習の受講、消防署との打合せを経ての消防訓練を実施してみて、防火管理者として取り組まなければならない多くの事項が判明した。防火管理者に就任後習得した知識・情報を無駄にしないよう、昼間、働きに出かけ留守宅が多い当マンションにおいて、どこまでできるのか、すべきなのかを判断する必要はあるが、「仕方なく行う」という気持ちではなく、効果的な防火管理を行えるよう「自分たちのために行う」という気持ちで、体力と相談しながら取り組んでいる今日この頃です。
                     (元名古屋・春日井公証役場公証人 横山 緑)

実務の広場

 このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.108 男女(夫婦)間の合意等に係る公正証書について (石打正己)

1 はじめに
 男女間(夫婦を含む。)の合意等に関連する公正証書というと、その内容は非常に多岐にわたると思います。離婚一つを見ても、養育費、慰謝料、財産分与や住宅ローン、年金分割など、いろいろな種類の合意がありますし、離婚以外にも、別居後の婚姻費用の分担等に関する契約、事実婚に関する契約、婚姻関係にない当事者間の認知子又は未認知子に係る養育費(扶養料)の支払に関する契約、不貞・セクハラ行為に係る慰謝料の請求に関する契約など、嘱託人の置かれている立場や、多様な価値観、考え方などを反映して、いろいろな内容の合意や誓約事項を盛り込んで証書を作成することがあります。
 どのような案件であっても、嘱託人の話によく耳を傾けた上で、公正証書として作成することが適切なのかどうか、私署証書の認証や確定日付とした場合との違いなどを検討し、嘱託人に分かりやすく説明をする必要があります。
 その上で、公正証書として作成するのかどうか、公正証書として作成するとした場合に、どのような内容をどの程度盛り込むのかなどを嘱託人に決めてもらうことになりますが、中には金銭の授受を伴わない内容であっても、公正証書として作成することを強く希望される場合があります。
 当役場では、離婚を含めて男女間の合意に関する公正証書の作成例が多いわけではありませんが、当役場で把握している文例を踏まえ、参考になると思われる事例について紹介したいと思います。

2 婚姻届を提出する前の合意に関する公正証書について
 これから婚姻届を提出する予定の男女が、婚姻後の結婚生活における約束事項を公正証書にしてほしいとして相談されることがあります。
 このようなケースでは、その一方の側の従来の素行があまりいいものではなかったので、婚姻届を提出する機会に、これまでの自身の素行を改めることを決意するとともに、二人の間で互いに守るべき約束を決めたので、その内容を公正証書にしてほしいというものが多いと思います。
 金銭の授受を伴う内容はあまりなく、当事者の約束(合意)と誓約事項が中心となるものであり、私署証書の認証でも特に問題ないのかなと思ったりします。当事者に対しては、公正証書として作成しても、約束(合意)の内容を強制的に履行させるようなことはできないことを説明しますが、公正証書という体裁や作成の方式(公証役場における読み聞かせ等)という点にこだわりがあったり、約束(合意)等を証拠として第三者(公証人)の関与を得て残したいという強い希望があるような場合には、嘱託に応じている実情にあります。その際には、おおむね《例1》のような内容(民法の定める夫婦財産契約としての効力を生じさせるものを含む場合もあります。)で公正証書を作成することになると思います。

3 不貞行為の相手方との合意に関する公正証書について
 婚姻関係にある当事者の一方が、配偶者の不貞行為の相手方と公正証書を作成するケースでは、不貞行為により被った精神的苦痛に対する慰謝料請求をその内容とするものが多いと思いますが、中には、慰謝料の請求を伴うことなく、合意事項や誓約事項だけで作成してほしいという場合があります。
 前記2の場合と同じように、公正証書には約束(合意)の内容を強制的に履行させるようなことはできないこと、また、仮に違約金の支払等に関する事項(誓約事項に違反した場合の損害賠償の約定)を定めたとしても、相手方がその支払に応じない場合における強制執行に関して、誓約事項に違反したことは、債権者の証明すべき事実であり、債権者の損害賠償請求に係る執行文は、債権者がその事実の到来したことを証する文書を公証人に提出したときに限り、付与することができるものであって、通常、そのような事実を立証することは困難な場合が多く、別途訴訟を提起して勝訴の確定判決を得るなど、公正証書以外の債務名義を取得する必要があることやその約定に係る損害賠償の額が著しく高額なときは、公序良俗に反するとして無効となることがあり得ることなどを説明しますが、公正証書としての証明力や相手方に対する心理的な圧力が期待できるなどの理由から、公正証書を作成してほしいという場合があります。
 そのような場合には、不貞行為の相手方が、公正証書を作成すること及びその内容に合意しているかどうかなどを慎重に確認しながら、おおむね《例2》のような内容で公正証書を作成することになると思います。

4 その他の合意・誓約事項等について
 以上のような事案以外にも、夫婦を含む男女間の合意や誓約事項を盛り込む場面はというと、離婚給付に伴う公正証書を作成する場面が最も多いかと思います。
 そのような場合でも、合意・誓約事項等の内容、趣旨等を確認した上で、公正証書に記載すること自体に問題はないのか、公正証書に記載した場合にどのような効果が期待できるのかなどを嘱託人に説明した上で、可能な限り嘱託人の気持ちや思いに沿った公正証書を作成するように心掛けています(個人的には、記載してもあまり意味がないのではないかと思うようなものもありますが…。)。
 これらの合意・誓約事項等には、いろいろな内容がありますが、おおむね《例3》のようなものが考えられると思います。

5 おわりに
 男女間(夫婦を含む。)の合意だけに限らず、当事者の合意や誓約事項を主な内容とする公正証書を作成してほしいという依頼があったときには、公正証書として作成するか否かという点で悩ましい場合があると思います。特に、金銭の授受を伴わないような内容であれば、公正証書として作成する必要性に乏しいのではないかと考えてしまいがちです。しかしながら、嘱託人によっては、合意・誓約事項等を公証役場において公正証書という「かたち」にすることによって、当事者の信頼感が醸成されることを期待したり、相手方に心理的な圧力が加わることによって合意事項が遵守されることを期待するという場合があるようです(この稿では取り上げませんでしたが、パートナーシップ合意契約なども、合意を中心とした公正証書の代表的なものと言えると思います。)。
 公正証書を作成することで、当事者の約束、合意等の証拠として、公正証書の原本が公証役場に保管されますが、それ以外に、当事者の生活や男女間の適切な関係の維持にどのような効果がどの程度期待できるのかというのは、当事者次第というところだと思います。しかし、公証人を通じて作成される公正証書が、当事者の動機や意識付けの面において効果を発揮し、合意内容や誓約事項が遵守されることによって、男女間や家庭内の紛争が予防され、円満な人間関係の構築、社会生活の実現に少しでも寄与するのであれば、それはそれで、公正証書の大きな効用と言えるのではないかと思います。
《例1》
婚姻前合意等契約公正証書
第1条(お互いの尊重)
 甲及び乙は、お互いの人格、性質、育ってきた生活環境や価値観、趣味嗜好等の違いを尊重しあい、婚姻生活においては両者が平等であることを自覚し、互いに生涯の伴侶として助け合うものとする。
第2条(夫婦の在り方)
 甲及び乙は、いつどのようなときであっても互いに愛し合い、それぞれが築いてきた生活を更に充実させ、発展させられるよう協力することを互いに誓約する。
第3条(婚姻届)
 甲及び乙は、婚姻届にそれぞれ署名(捺印)し、甲乙両名で、○○県○○市役所に届出をする。
第4条(夫婦の財産及び生活費の分担)
1 甲及び乙は、それぞれが婚姻前から所有する財産及び親族から譲り受け又は相続した財産は、それぞれの固有の財産とし、婚姻後に取得した財産は、特段の合意のない限り、夫婦共有の財産であることを確認する。
2 甲及び乙は、婚姻後に相手方の承諾を得てした第三者からの借入れ(借金)及び日常家事で生じる債務は、特段の合意のない限り両名の連帯債務とする。
第5条(確認、誓約事項)
 甲及び乙は、次の事項について、互いに確認・誓約する。
(1) 第三者と性的な関係を持たない。また、浮気又は浮気と誤解されるような行動はしない。
(2) 事情のいかんを問わず、暴力は絶対に振るわない。
(3) 炊事、洗濯、掃除等の家事は、積極的に協力し合う。
(4) ギャンブルはしない。
(5) 無断で外泊をしない。
(6) 相手方に無断で貸金業者等から借入れをしない。
(7) 犯罪行為など相手方の信頼を著しく損なう行動、言動をしない。
第6条(離婚の場合の合意)
 甲及び乙は、万一、離婚に至った場合には、離婚に伴う親権者の指定、子の養育費の支払、慰謝料、財産分与等に関し、甲乙間で誠意をもって協議し、離婚給付等に係る公正証書(強制執行認諾条項付)を作成する。

《例2》 ※ 甲乙は夫婦、丙は不貞の相手方
男女関係に関する合意等契約公正証書
第1条(事実の確認、謝罪の意思表示)
 丙は、乙が甲の配偶者であることを知りながら、令和○○年○○月頃から令和○○年○○月頃までの間、継続して乙と面会し、不適切な関係を重ねた結果、甲に対して著しい精神的苦痛を与えるとともに、甲の家庭に悪影響を与えるに至った。
 丙は、甲に対し、上記の事実を認め、深く謝罪する。
第2条(誓約・遵守事項等)
1 丙は、甲に対し、今後、乙と不適切な関係を持たないことはもちろん、面会、電話、メール送信、手紙、SNSなど、その手段を問わず、乙との一切の連絡・接触をしないことを誓約する。
2 丙は、前項の誓約を実現するために、現在把握している乙の連絡先、電話番号、メールアドレス、SNSのアカウント等、乙に関する情報を全て削除又は消去する。また、丙は、甲に対し、乙に関する情報を新たに取得しないことを誓約する。
第3条(確認事項等)
 甲及び丙は、本合意の成立及び内容をみだりに第三者に口外しない。また、他方の名誉を害したり、迷惑となる発言、行為等を一切行わない。

《例3》※ 甲乙は夫婦又は男女、丙は被扶養者
・ 甲 及び乙は、第〇条に定める養育費の支払が終了した後の丙に係る扶養料について、丙の成長の度合い、生活の状況、就労や収入の見込みなど、客観的な状況を総合的に勘案し、かつ、丙の自主性や権利利益を保護する観点を踏まえ、その後の扶養料の要否、要とした場合の金額及びその負担割合等につき、丙の利益と福祉を最も優先して考慮しながら誠実に協議して定めるものとする。
※被扶養者の病気等により、就労が懸念される場合のもの
・ 甲及び乙は、丙が幼少にある間は、甲乙間の離婚の事実、その原因等を、丙に対して積極的に伝えないこととする。
・ 乙において、育児放棄や虐待が発生するなど、丙の養育状況が適切でないときは、甲及び乙は、丙の福祉と利益のために、親権者変更の申立てをすることについて誠実に協議する。
・ 甲及び乙は、今後、互いに相手方のプライバシーを尊重し、相手方の生活に干渉しない。また、相手方を誹謗中傷し、又は離婚原因や本公正証書の合意内容をみだりに口外するなどして相手方の名誉を傷つけ感情を害する行為に及ばない。
・ 甲及び乙は、互いの自宅を訪問する場合には、必ず事前に連絡する。
・ 甲は、丙が成年に達するまでは、(親子交流の際に)甲が交際する相手方と対面、交流させることをしない。
・ 甲は、丙が満○○歳に達するまでの間、甲が所有する不動産(○○市○○町○○番地の土地建物)を乙及び丙が無償で使用することを認める。

・ 甲は、乙に対し、丙の学校行事、PTA、子供会の役員等、また、子らが病気になるなど支援が必要なときは、乙の求めに応じて適時適切に協力する。
・ 甲は、乙に対する尊敬の心を常に持ち、子どもや親族の面前で乙の悪口を言わない。
・ 乙は、丙の学校行事(体育大会、修学旅行等)に関する情報(日時、場所、内容等)を了知したときは、甲に対して速やかに連絡する。
・ 甲及び乙が飼育している犬2匹については、乙が責任をもって飼育する。ただし、飼育に要する費用は、甲と乙が折半して負担する。
・ 甲は、乙に対し、甲乙間の年金分割に協力することとし、本契約締結後、速やかに手続を行う。
・ 異性との交流を目的としたコミュニティサイトを利用しない。
・ 性風俗特殊営業等、性的サービスを提供する店舗、施設を利用しない。
・ 甲及び乙は、公序良俗に反するような事情がない限り、対象期間の標準報酬の改定又は決定の請求をしないこと及び対象期間の標準報酬の改定又は決定の請求について、厚生年金保険法第78条の2第2項に規定する請求すべき按分割合を定める調停又は審判の申立てをしないことを合意する。

 夫婦間の合意、夫婦関係調整に係る公正証書については、民事法情報研究会だよりNo.55、11ページ、東京公証人会会報平成20年5月号31ページ、 同平成28年5月号50ページに詳述されています。
                         (神戸・龍野公証役場公証人 石打正己)

民事法情報研究会だよりNo.66(令和7年7月)

向暑の候、会員の皆様におかれましては、ますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
去る6月21日(土)に、定時会員総会、セミナー及び懇親会を開催いたしました。ご参加いただきました会員の皆様、誠にありがとうございました。
今年の梅雨は、近畿・中国・四国・九州で平年より約3週間早く明け、東日本の太平洋側も事実上梅雨明けしたとみられるなど、梅雨前線が日本列島に居座り1か月ほど何日も雨の日が続くといった従来のイメージを覆すものとなったようです。これから猛暑日が続く厳しく暑い夏が来るようですので、熱中症対策を含め、体調管理に十分留意して過ごしていこうと考えています。(YF)

今日この頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

元気じゃっど(川野達哉)

【はじめに】
 令和5年7月1日に鹿児島地方法務局所属の川内公証役場(「せんだい」と読みます。)の公証人として任命され、約2年が過ぎました。業務を開始した当初は、当然ながら経験のない業務ですので、何から手を付ければ良いのか、全く手探りの状態でしたが、諸先輩や同期の皆様のお力添えのお陰で、何とか3年目を迎えることができました。今も、日々悩みながらではありますが、適正な業務が遂行できるように心掛けている毎日であります。
 さて、公証役場がある薩摩川内市は、鹿児島県の北西の薩摩半島側に位置し、平成の大合併により、川内市を含む1市4町4村が合併して発足し、薩摩地方北部及び甑島(こしきしま)列島を区域とする鹿児島県内で最大の面積を有する市であります。薩摩川内市の人口は、昭和60年には約10万8千人とピークを迎えましたが、その後は、年々減少傾向にあり、現在は約9万人となっています。薩摩川内市は、鹿児島市から高速道路を利用した場合には、片道約1時間の距離にあり、また、九州新幹線を利用すると、鹿児島中央駅・川内駅間が約13分、川内駅・博多駅間が最短で約1時間6分の所に位置しています。
【甑島列島】
 ところで、甑島といえば、薩摩川内市から高速船で約1時間の所に位置し、上甑、中甑、下甑の三つの島から形成されており、豊富な海の幸(「キビナゴ」を七輪で焼いたものがお薦めです。)や「カノコユリ」の群生地など、自然景観に恵まれた島です。また、令和2年8月に中甑と下甑を結ぶ甑大橋が開通され、甑島列島が陸路でつながることになりました。また、離島での過酷な医療状況と島での人間関係が情緒豊に描かれた原作の漫画やフジテレビ系で放映された「Dr.コトー診療所」のモデルとなった医師が勤務していた島でもあります。また、平成9年に公開された映画「釣りバカ日誌9」では、甑島がロケ地になるなど、釣りスポットとしても有名で、多くの釣り人が訪れる島です。私も以前は観光で甑島に行ったことはありましたが、こちらに来てからは、なかなか訪れる機会がありません。釣り好きの方には、お薦めの場所ですので、是非、一度は訪れてみてはいかがでしょうか?

【川内大綱引】
 また、薩摩川内市では、国の重要無形民俗文化財である「川内大綱引」が毎年9月の秋分の日の前日に行われ、市内はもとより、周辺地域からも多くの参加者や見物客が訪れて賑わいを見せる九州地方最大の綱引き行事があります。大綱引きは、綱練り(つなねり)と本綱(ほんづな)の二つから構成され、綱練りは大綱を練り上げる作業のことで、早朝より住民総出で長さ約365メートル、直径約40センチ、重さ約7トンの大綱を練ります。本綱は、実際の綱引きのことで、上方(赤組)と下方(白組)とに分かれ、引き方の指令・伝令役となる太鼓隊、引き手となる引き隊、引き手を妨害する押し隊などの役割があります。総勢約3,000人にのぼる上半身裸の若者たちが一斉に綱を引き合い、引き手の邪魔をしようと相手陣内に押し入ろうとする押し隊同士のぶつかり合いは勇壮なものです。

【甲冑工房】
 そのほか、薩摩川内市には、「甲冑工房丸武」というお薦めの観光施設もあります。ご存じの方もいるとは思いますが、同施設では、映画や大河ドラマなどに使われる甲冑(鎧・兜)の展示や製造工程を見ることができます。この丸武という会社は、昭和33年に、釣竿メーカーとして設立されましたが、昭和48年に釣竿製造不況のため、創業者の趣味が高じて甲冑のレプリカ製造に転身し、その後、ドラマや映画で観る甲冑のほとんどが、この工房から産み出されているそうです(国内シェアは8割以上)。休日に工房に出かけると、外国人の観光客もいて、鎧・兜の人気の高さがうかがわれるところです。また、近年は、アメリカ大リーグで活躍している大谷翔平選手がエンゼルスに在籍中に、ホームランを放った選手に兜をかぶせるパフォーマンスがありましたが、この兜も丸武で制作されたものが使用されていました(税込み33万円だそうです。)。穴場スポットとして、戦国時代などの歴史好きの方にはお薦めです。

【芋焼酎】
 あと、鹿児島と言えば、芋焼酎です。県内には数々の芋焼酎がありますが、鹿児島県を代表する三大芋焼酎と言われる3Mは、「魔王」、「森伊蔵」、「村尾」の三つの銘柄で、それぞれ特徴的な味わいがあり、芋焼酎ファンから高い支持を得ています。その中で、「村尾」は、薩摩川内市にある村尾酒造が製造する芋焼酎で、芋焼酎本来の重厚感がある味わいが特徴のようです。ただ、3Mの焼酎は、定価で入手できるのは、抽選販売や一部の酒屋のみで、なかなか手に入らないので、高値でインターネット等により取引されています。高値のため、自宅で「村尾」を飲むことは、ほとんどありませんが、現在も、現役時代ほどの酒量には及ばないものの、仕事が終わった後の「だれやめ」(※)で、よく鹿児島で飲まれている「島美人」、「黒伊佐」の焼酎をたしなんでいます。
 ※「だれやめ」は、南九州の方言で、一日の疲れを癒やすために晩酌で焼酎などを飲むことを指します。「だれ」(疲れる)をやめる(止める)という意味です。

【公証役場の紹介】
 それでは、公証役場について紹介します。
 現在の公証役場は、平成28年7月に国道3号線沿いの川内高校の隣に移転してきました。それまでの役場は、建物の2階部分にあり、1階には学習塾が入居しており、エレベーターがなく、高齢の方や車椅子利用者などの2階事務室での対応が困難な来客者への応対の際には、1階にある学習塾の教室を借りていたとのことです。
 そういったこともあり、前任の内木場公証人が、現在の事務所の賃貸人である不動産会社と交渉した結果、公証役場用として不動産会社が建築する新築建物(平家建)を借りることで話がまとまり、書庫の収納スペースの確保やバリアフリーに配慮した現在の事務所へ移転しました。
 次に、当役場の令和5年と令和6年の事件数の動向についてみると、定款認証が約22パーセント減に対し、件数自体はまだ少ないですが、任意後見契約公正証書が約40パーセント増でした。また、遺言公正証書が約30パーセント増と、高齢者社会の進行や相続登記の義務化等により、任意後見契約公正証書及び遺言公正証書の件数が増加傾向にあります。また、出張による遺言公正証書の作成では、薩摩川内市やその近辺の市のほかに、自動車で片道約1時間40分の距離にある薩摩半島の南端にある枕崎市(台風が上陸する時に、よくニュースで放映される市、また、かつお節の生産量が日本一です。)まで出張することもあります。
 ところで、公正証書作成の需要拡大のための広報活動の一環として、いわゆる終活等に関する講師派遣等の要請に関して、日本公証人連合会から全国社会福祉協議会を通じて、各都道府県・市区町村の社会福祉協議会に対しても通知が発出されているところ、その影響かもしれませんが、従来からの薩摩川内市の「市民後見人養成講座」における講演に加えて、令和6年からは、新たに、薩摩川内市以外の社会福祉協議会からも、ケアマネージャーを対象とした研修会や成年後見センターでの研修会の講演依頼がありました。また、令和7年4月からは、市の「心配ごと相談」において相談員を担当することになり、相談者から遺言公正証書を作成したいと言われることもありました。
 最後に、このような広報活動を通じて、目に見えた効果が出るまで時間は掛かると思いますが、これからも、地域住民の方と接する機会を捉えて、公証業務の利用拡大に取り組んでいきたいと考えています。また、日々の相談のきっかけをみると、知人の紹介で公証役場を訪れる相談者も少なからずいますので、今後も、相談者に対して丁寧な対応を心掛けていきたいと思います。 
    (鹿児島・川内公証役場公証人 川野達哉)

令和7年5月・新宮での「今日この頃」(三橋 豊)

皆様、お元気ですか。
新宮に住んで、早3年半が過ぎました。
今回は、新宮公証役場でのトピックスや、新宮での生活について、お伝えします。

5月9日金曜日 後見人について
この日、任意後見契約を3組6件調印しました。
 一件目は、夫婦の後見人を、夫の姪がそれぞれ受任する契約です。
 姪は大阪に住んでいるので、相談時に、後見人の事務を説明し、距離が遠いが大丈夫か確認しました。また、身近にいる夫婦が互いの後見人になる考えはないかも尋ねました。しかし、夫婦はいつも行動を共にするから第三者が良いとのこと。また、近所で後見を任せる人がいないので、姪に頼むとの意思でした。姪も、叔父夫婦は元気だから大丈夫との反応で、現実的に後見する場面を想像していない様子が気に掛かりました。
 身寄りのない夫婦の相談が多く、今後も同様の後見契約はあるでしょう。今は元気なご夫婦でも、いざというときに夫婦の一方が配偶者の身の回りの事務をすることができない不安定さを感じました。
 二件目は、長期に入院している姉の後見を、3人の弟妹が受任する契約です。
 長年、姉の面倒を見ている年長の弟は既に70歳代で、車を運転せず、病院まで電車とバスを乗り継ぎ、片道2時間かけて通っています。その弟から姉との後見の嘱託があったとき、私から他の弟妹と相談してはどうかと提案しました。車を運転し、10歳以上も若い弟妹の方が、後見の事務をするにも適当と考えたからです。すると、兄弟妹で話し合った結果、3人で後見人になると意思表明がありました。
 病院にて証書を作成するとき、姉は嬉しそうに笑顔を見せていました。後で話を聞くと、年少の弟が姉に会うのは数年ぶりで、妹はもっと姉に関わらなければならないと話してくれました。
 独り身の後見を誰がするのか、地方において大きな問題です。周囲の親族が関わり、身の回りの事務をサポートできれば良いなと実感しました。
 三件目は、独居の高齢女性で、全く親族がいないため、近所に住む付き合いの深い知人女性が後見を受任する契約でした。一回り以上若い知人女性は、職場の後輩だったようで、日頃から会話を交わしているとのこと。周囲とのコミュニケーションが、終活においても大事な役割になると思い知らされました。
 任意後見契約が増えるにつれ、様々な家族関係を見聞きします。老後の財産の管理や療養の看護のため、委任する人、後見人になる人に、後見事務の内容を丁寧に伝えながら、高齢者やその家族、周囲の方々が安心して暮らせるようになればと感じた一日でした。

5月10日土曜日 ストレス解消策! 
 連休明けの休日、畑にトマト、ナス、唐辛子、ししとうの苗を植えました。
 借家の一部にある畑は、縦10メートル、横5メートル程で、転居当時は砂利が混じり雑草が生い茂る放棄地でした。仕事を終えた後、毎日少しずつ、草を刈り、小石を取り除き、土地を耕して、再生させてきた畑です。化学肥料は一切使わず、家庭で出る野菜くずなどを土に混ぜ、熟成させて微生物を増やし、それらを肥料として土壌を改良し、一年一年、野菜作りを楽しんでいます。
 トマトは、育つにつれて枝葉が伸びるので、縦に支えを立て、横に麻紐を張って、その成長を助けます。ナスやししとうは、1本の支柱に茎を緩く八の字に紐で結び、風に倒れないよう支えます。また、暑さ対策に、刈り取った雑草をそれぞれの生え際に敷き、遮熱して、保温性を高めています。夕方に土や葉に触れ、蝶やテントウムシを見つけると、自然とストレスが解消されているようです。
 前の年に育てた大葉やエゴマは、収穫を終えた秋に種が落ち、春になると畑のあちこちで葉を広げます。その芽生えを見つけた時は、つい顔がほころんでいます。大葉はマグロの刺身に添えて、エゴマは自家製のタレに浸して、朝ご飯に巻いて食し、自然の栄養をいただいています。
 昨年の実から取ったオクラの種は、栽培用のポットで発芽し、双葉に成長しました。この記事が読まれる頃には、美味しく実っていることでしょう。
 野菜たちの成長を楽しみに汗をかく、のどかな田舎の休日です。

5月20日火曜日 指紋押捺確認??
 この日は、初めての事実実験公正証書の作成です。
 それも、指紋押捺確認という耳慣れない事例が嘱託されました。
 日本人の嘱託人によると、ニュージーランドに妻が永住していて、自分も同国に住みたい、ビザを取得するには、過去に在留歴のあるカナダ政府に対して無犯罪証明を取り寄せる必要がある、その申請のために指紋を提出しなければならないとのことでした。
 最初の電話で「指紋を押しているところを公証人に証明してほしい。」と言われ、何のことか理解できず、各地の公証人に電話をすると、前記の公正証書を作る事実実験であることが判明。ただし、もっぱらこの証書は、県警本部のある県庁所在地の公証役場で作られることが多いと分かり、和歌山及び京都の公証役場に指導を仰ぎ、資料などを送っていただきました。
 事務の内容は、令和2年11月の日公連通知に基づくのですが、嘱託人に交付する正本に特徴があります。通常は、「嘱託人の請求により、令和年月日、原本に基づきこの正本を作成した。」旨の認証文を付記しますが、コピーでは当該政府の申請に使えない場合が起こり得ます。そこで、「原本のコピー」と分かる文言を記載しない特例があり、この点に留意して準備をしました。
 この日、警察署に出向いて、嘱託人が警察官の前で指紋を押捺する現場を確認し、その場で公証人が指紋票に署名、役場に戻り証書の原本及び交付用の正本(正本の表記はない)に嘱託人とともに署名し、公証人は押印して、英文のCertificateにサインし、スタンプを押して、指紋票の原本を添付した一部を嘱託人に交付し、他の一部を原本として保存しました。
 事実実験は貸金庫の確認などが一般的ですが、新宮の警察官も初めてという指紋の押捺確認を作成して、「また、あるかも?」と思った出来事でした。

5月31日土曜日 マグロを食す! 
 週末の楽しみは、草野球の練習と、夕飯でいただくマグロです。
 新宮市の隣、那智勝浦町は、マグロの水揚げで有名な港町で、町中にはマグロの無人販売所があります。パックに入った新鮮なマグロが、300円から2,000円ほどで冷蔵のショーケースに並び、客は集金箱に現金を入れて買い求めます。田舎ならではの信用販売で、お金を間違えないよう、慎重に確認して支払いします。
 マグロと言えば、大間のマグロで知られるクロマグロや、海外で漁獲され、冷凍で運ばれるミナミ(インド)マグロなどを思い浮かべますが、販売所に多く出回るのは、メバチ、キハダ、そしてビンチョウなどの生マグロです。1パック500円程のこれら3種のマグロを買い、土曜日は刺身で食べ比べ、日曜日はカルパッチョにして、残りは月曜朝にごま油とのりで和えてマグロ丼でいただきます。
 中でも、冬から春の時期に出回る、もちビンチョウと呼ばれる獲れ立てのビンチョウマグロは、食感がモチッとしていて、弾力があり、少し醤油や塩を付けると、マグロのうま味を味わうことができます。まさに、絶品です!
 本紙の原稿締め切りを前に、今週も地物の美味しいマグロをいただく、今日この頃です。 
               (和歌山・新宮公証役場公証人 三橋 豊)

実務の広場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.107 公共交通機関を利用できない交通過疎地域における出張の際の旅費額について(小田切 学)

1.はじめに
 旭川地方法務局管内には、51の市町村(内訳:8市38町5村)あり、北のさいはて(日本最北)の公証役場である名寄公証役場が出張する可能性のある市町村は、旭川地方法務局の名寄支局管轄、紋別支局管轄、稚内支局管轄及び留萌支局管轄の5市22町4村(一部旭川公証人合同役場の出張範囲と重複します。)になります。
 しかしながら、それぞれの市町村へ出張するには、交通の便が著しく悪く、名寄市を除く4市を含む30の市町村への出張に際しては、公証人自らが自家用自動車を運転して出張し用務を行っています。

2.出張に際して(自家用)自動車を使用しなければならない理由
 当職が出張するに際し、(自家用)自動車を使用しなければならない理由を30の市町村を代表する4市(距離の遠い順に、稚内市、留萌市、紋別市及び士別市)について説明させていただきます。
 (1) 稚内市
 名寄市から鉄路で183.2㎞(陸路169㎞)離れた場所に位置し、公共交通機関であるJRを使用して往復するにも、往路は日に5本(うち、特急3本)、復路は日に6本(うち、特急3本)しか列車がなく、そのうち往路は2本、復路は3本が普通列車という状況です。
 参考までに、列車の時刻表を掲載しますと、
  名寄→稚内(往路)
     (名寄発) (稚内着)    (所要時間)
    ①  7:53 → 12:06 普通列車   4時間13分
    ②  9:56 → 12:42 特急列車   2時間46分
    ③ 14:31 → 17:25 特急列車   2時間54分
    ④ 14:59 → 19:51 普通列車   4時間52分
    ⑤ 21:03 → 23:47 特急列車   2時間44分
   の5本であり、公正証書を作成するために利用できる列車は①と②の2本のみとなります。
  稚内→名寄(復路)
     (稚内発) (名寄着)   (所要時間)
    ①  5:22 →  8:46 普通列車   3時間24分
    ②  6:36 →  9:23 特急列車   2時間47分
    ③ 10:29 → 14:17 普通列車   3時間48分
    ④ 13:01 → 15:48 特急列車   2時間47分
    ⑤ 17:44 → 20:30 特急列車   2時間46分
      ⑥  18:11 → 21:49 普通列車   3時間38分
 証書作成後に帰庁するために利用できる列車は、⑤と⑥の2本のみであり、通常の勤務が終了する時間を過ぎてからの列車への乗車となり、著しく合理性に欠けます。

 (2) 留萌市
 名寄市から156㎞離れた場所に位置する留萌市までの出張は、公共交通機関を利用した往路は次の2パターンがあり、証書作成のために利用できると考えられる時間帯のものは、各1つとなります。
  ア 名寄→留萌(往路)
   (ア) 名寄市→旭川市→滝川市→留萌市と移動する方法
 名寄(JR)6:45発→旭川8:15着、旭川(JR)8:30発→滝川9:02着、滝川(バス)9:16発→留萌10:32着(所要時間3時間47分)
   (イ) 名寄市→旭川市→深川市→留萌市と移動する方法
 名寄(JR)9:25→旭川10:19着、旭川(JR)10:41発→深川11:06着、深川(バス)12:14発→留萌13:15着(所要時間3時間50分)
*なお、(イ)の方法による場合に、深川11:11発のバスがありますが、JRを下車してからバスへの乗り換えまで5分しか時間がなく、過去に利用したことがない駅で、駅からバス停まで5分で移動しなければならないため、利用不可と判断しています。
  イ 留萌→名寄(復路)
    午後に名寄に戻る移動ができるのは、
   (イ) 留萌市→深川市→旭川市→名寄市と移動する方法
 留萌(バス)14:08発→深川15:28着、深川(JR)16:06発→旭川16:25着、旭川(JR)16:40発→名寄18:14着(所要時間4時間6分)
   (ア) 留萌市→滝川市→旭川市→名寄市と移動する方法
 留萌(バス)14:50発→滝川16:13着、滝川(JR)16:28発→旭川17:05着、旭川(JR)18:00発→名寄19:15着(所要時間4時間25分)
 証書作成のために利用できる方法は、往路・復路とも方法が2つに限定されてしまうこと、往路に(イ)の方法を用いた場合、復路が(ア)の方法となり、往路と復路で経路が違うこと、待ち時間などに無駄な時間を費やしていることなどを考えるとやはり合理的とはいえません。

(3) 紋別市
 名寄市から陸路で93.2㎞離れた場所に位置する紋別市までの出張は、JR名寄本線(名寄-遠軽間138.1㎞、名寄-紋別間は93.1㎞)が廃止になったことから、JRで直接行くことができなくなっており、公共交通機関で出張するためには次の2つの方法が考えられます。
  ア 興部町で路線バスを乗り継いで出張する方法
 路線バスを乗り継ぐ出張は、某テレビ局の路線バスを乗り継ぐ旅番組のようですが、往路・復路とも5つの方法しかなく、参考までにその方法を掲載しますと、
   (ア) 名寄→紋別(往路)
     (名寄発)(興部着) (興部発)(紋別着) (所要時間)
    ①  5:52 →  7:25    8:20 →  9:01    3時間09分
    ②  5:52 →  7:25    9:13 →  9:56    4時間06分
    ③ 10:17 → 11:50   12:08 → 12:51   2時間36分
    ④ 13:02 → 14:35   16:04 → 16:47   3時間47分
    ⑤ 16:55 → 18:30   18:36 → 19:19   2時間22分
 の5つの方法(①と②の名寄発のバスは同じバス)であり、公正証書を作成するために利用できるバスは③の1本のみとなります。
   (イ) 紋別→名寄(往路)
     (紋別発)(興部着) (興部発)(名寄着)  (所要時間)
    ①~③は紋別を午前中の出発のため省略します。
    ④ 13:52 → 14:38   14:55 → 16:25   2時間33分
    ⑤ 16:49 → 17:33   19:05 → 20:35   3時間46分
 証書作成後に帰庁するために利用できるバスは、⑤の1本のみであり、通常の勤務が終了する時間近くの乗車となり、著しく合理性に欠けます。
*④のバスは、往路で12時51分に紋別のバスターミナルに到着し、その後、1時間01分の間に、遺言者等の自宅まで移動し、公正証書を作成した後、再びバスターミナルまで移動することは不可能に近いため除外しています。
  イ.JRで旭川まで移動し、旭川から高速バスで出張する方法
  確かに、この方法で移動することはできるものの、旭川から紋別までの高速バスは日に2本(12:45発と17:15発)しかないため、公正証書作成のための出張に利用することはできません。
  ウ.JRで旭川を経由して遠軽まで移動し、遠軽からバスで出張する方法
    往路(名寄市→旭川市→遠軽町→紋別市)
    名寄(JR) 6:45発→旭川 8:15着、旭川(JR・特急) 8:31発→遠軽10:29着、遠軽(バス)11:10発→紋別12:35着(所要時間5時間50分)
    復路(紋別市→遠軽町→旭川市→名寄市)
    紋別(バス)14:35発→遠軽16:00着、遠軽(JR・特急)16:23発→旭川18:22着、旭川(JR)18:41発→名寄20:09着(所要時間5時間34分)
 この方法で出張する場合に、利用できるJRとバスは上記のとおり往路・復路とも各1つの方法しかなく、移動時間の合計が11時間を超えることから、公正証書作成のための出張に利用することは合理的ではありません。

 (4) 士別市
 名寄市から鉄路で22.3㎞(陸路23.6㎞)離れた場所に位置し、公共交通機関であるJRを使用して往復するには、往路、復路とも日に15本(うち、それぞれ特急3本)ありますが、往復で利用できる時間帯の列車の時刻表を掲載しますと、
  名寄→士別(往路)
    (名寄発) (士別着)         (所要時間)
    ①~③は早朝の出発のため省略します。
    ④  9:25 →  9:40 特急列車     15分
    ⑤ 10:08 → 10:31 普通列車     23分
    ⑥ 11:01 → 11:26 普通列車     25分
    ⑦ 13:37 → 13:57 普通列車     20分
    ⑧以降の列車は到着時間が午後3時以降となるため省略します。
   の4本であり、復路は、
   士別→名寄(復路)
     (士別発) (名寄着)     (所要時間)
    ①~③は午前10時までの出発のため省略します。
    ④ 12:20 → 12:41 普通列車     21分
    ⑤ 13:32 → 13:55 普通列車     23分
    ⑥ 14:15 → 14:29 特急列車     14分
    ⑦ 15:04 → 15:28 普通列車     24分
    ⑧ 16:06 → 16:27 普通列車     21分
    ⑨以降の列車は出発時間が午後5時50分以降となるため省略します。
 の5本となります。これを見る限り、公共交通機関での出張が十分可能なように思えますが、士別駅から出張先(用務地)までの移動にはハイヤー(タクシー)を使うこととなり(ハイヤーを利用する場合、ハイヤー会社に電話をかけて士別駅まで呼ばなければ乗車できません。)、混雑の度合いによっては、直ちに乗車することができず、やはり合理性に欠けます。
 これらのことから、いずれの市へ出張するにも(自家用)自動車を利用するのが最も合理的と考えられるのです。

3.利用する自動車をハイヤー(タクシー)として、公証役場から目的地まで利用することについて
 公証役場から、出張先(用務地)までの移動に、ハイヤー(タクシー)を利用すると非常に便利でしょうが、次の理由から利用することはできないと考えます。
 道北地方(名寄市、稚内市など)のハイヤー(タクシー)料金は、旭川B地区の料金となり、その計算は、以下のようになります。
 最初の1,400mまで720円、以後227m毎に80円
 この算式で、名寄から4市までの運賃(片道)を計算すると、
  名寄→稚内(169㎞)
   (169000-1400)÷227=783.33
     ∴720円+784×80円=63,440円(片道)
  名寄→留萌(156㎞)
   (156000-1400)÷227=681.06
     ∴720円+682×80円=55,280円(片道)
  名寄→紋別(93.2㎞)
   (93200-1400)÷227=404.41
     ∴720円+405×80円=33,120円(片道)
  名寄→士別(23.6㎞)
   (23600-1400)÷227=97.80
     ∴720円+98×80円=8,560円(片道)
 となり、公共交通機関を利用する場合に比べて著しく高額になってしまうため、出張に利用することはできないと考えます。

4.自家用自動車を利用する場合の旅費額(実費額)の計算と請求額について
 (1) 稚内市への出張について(請求額20,000円)
 当役場では、基本的に公共交通機関(JRを優先する)で最寄り駅まで行き、最寄り駅から出張先(用務地)まではハイヤー(タクシー)を利用する方法を根拠に旅費額を決定しており、ハイヤー(タクシー)の料金は、片道2,500円(往復5,000円)で計算して旅費額を決定しています。
 つまり、公共交通機関の料金+5,000円を算定の基準として各市町村までの旅費額を決定しているわけです。
 それでは、稚内市への出張のための旅費額(20,000円)が正当な額となるのかについて、過去に、当職が実際に稚内市に出張した2か所で検証してみます。
 なお、名寄-稚内間のJR運賃(往復)は15,140円(指定席特急料金を含む。)とし、ハイヤー(タクシー)運賃は、旭川B地区の料金計算によります。
   ①稚内市富岡3丁目(JR稚内駅から5.6㎞)
   ハイヤー(タクシー)運賃(5600-1400)÷227=18.50
    ∴720円+19×80円=2,240円(片道)
 よって、JR運賃15,140円にハイヤー(タクシー)運賃2,240円×2を加えると19,620円となります。
   ②稚内市富士見5丁目(JR稚内駅から8.1㎞)
   ハイヤー(タクシー)運賃(8100-1400)÷227=29.52
    ∴720円+30×80円=3,120円(片道)
 よって、JR運賃15,140円にハイヤー(タクシー)運賃3,120円×2を加えると21,380円となります。
    ①②の金額の平均値は、
     19,620円+21,380円=41,000円
      41,000円÷2=20,500円
    と、平均で20,500円となります。
 したがいまして、稚内市への出張のための旅費額が20,000円となることの理由付けが正しいことが分かっていただけると思います。
 (2) 他の3市への出張について
 他の3市までの旅費額を決定する際にも、基本的に、公共交通機関(JRを優先する)で最寄り駅まで行き、最寄り駅から出張先(用務地)まではハイヤー(タクシー)を利用する方法で、旅費額を算定しています。
  ア.留萌市(請求額18,000円)
   (ア) 滝川経由の場合 片道9,160円(内訳:公共交通機関(片道)6,660円(JR4,760円、バス1,900円)、ハイヤー(タクシー)(片道)2,500円)、往復18,320円
   (イ) 深川経由の場合 片道7,810円(内訳:公共交通機関(片道)5,310円(JR4,210円、バス1,100円)、ハイヤー(タクシー)(片道)2,500円)、往復15,620円
 となり、深川経由の方が料金が安いですが、実際の出張では高速道路及び高規格道路を利用する(料金:士別剣淵-深川西(深川西から留萌までは無料区間)片道2,370円(往復4,740円)ため、有料道路の料金を考慮して、(ア)(イ)の平均値ではなく、高い方の滝川経由の料金を参考に18,000円を旅費額としています。
  イ.紋別市(請求額15,000円)
   (ア) 名寄(バス)→興部(バス)→紋別で計算した料金は、片道5,020円(内訳:公共交通機関(片道)2,520円(バス2,520円)ハイヤー(タクシー)(片道)2,500円)、往復10,040円
   (イ) 名寄(JR)→旭川(バス)→紋別で計算した料金は、片道9,800円(内訳:公共交通機関(片道)7,300円(JR3,700円、バス3,600円)ハイヤー(タクシー)(片道)2,500円)、往復19,600円
   (ウ) 名寄(JR)→旭川(JR)→遠軽(バス)→紋別で計算した料金は、片道11,030円(内訳:公共交通機関(片道)8,530円(JR7,200円、バス1,330円)ハイヤー(タクシー)(片道)2,500円)、往復22,060円
 ただし、(ウ)の方法は片道約6時間を必要とするため、利用できる条件(ちょうど良い時間帯へのダイヤ変更など)が整ったとしても、おそらく利用しないと考えられるため算定の根拠とはせず、(ア)(イ)の平均値で算定することとしました。
 よって、(ア)(イ)の平均額は(10,040円+19,600円)÷2=14,820円となり、これが紋別への出張の場合に、15,000円を旅費額としている算定の根拠となります。
  ウ.士別市(請求額7,000円)
    士別までのJR運賃は、片道580円(時間帯により特急を利用すると850円加算されます。)
   (ア) 普通列車利用の場合 片道3,080円(JR580円、ハイヤー(タクシー)(片道)2,500円)、往復6,160円
   (イ) 特急列車利用の場合 片道3,930円片道(JR1,430円、ハイヤー(タクシー)(片道)2,500円)、往復7,860円
   (ア)の額と(イ)の額の平均
    (6,160円+7,860円)÷2=7,010円
 士別市への出張の場合、特急列車を利用した料金と普通列車を利用した場合の料金の平均値を参考に、7,000円を旅費額としており、これが旅費額の算定の根拠となります。
   以上をまとめると
     (出張先)  (距離)                 (旅費額)
     稚内市  169㎞  (鉄路183.2㎞) 20,000円
     留萌市  156㎞                            18,000円
     紋別市   93.2㎞                          15,000円
     士別市    23.6㎞                             7,000円

 (3) 上記4市以外への出張について
 当職が出張する可能性のある全ての市町村までの旅費額は、上記のように公共交通機関を利用して出張した場合にかかる費用などを参考に、各市町村までの距離・要する時間及び有料自動車道路の料金なども勘案して算定しています。
 参考までに、各距離ごとの旅費額(往復)の基準は以下のとおりとなります(離島は、別途フェリー代、宿泊代の実費額を加算します。)。
     1.0㎞ 未満               0円
     1.0㎞ ~   4.0㎞     1,000円
     4.1㎞ ~   6.0㎞     2,000円
     6.1㎞ ~   8.0㎞     3,000円
     8.1㎞ ~  10.0㎞     4,000円
    10.1㎞ ~  14.0㎞     5,000円
    14.1㎞ ~  19.0㎞     6,000円
    19.1㎞ ~  25.0㎞     7,000円
    25.1㎞ ~  50.0㎞    10,000円
    50.1㎞ ~  70.0㎞    12,000円
    70.1㎞ ~ 100.0㎞    15,000円
   100.1㎞ ~ 130.0㎞    18,000円
   130.1㎞ ~ 175.0㎞    20,000円
   175.1㎞ 以上          24,000円
5 国家公務員等の旅費に関する法律(昭和25年法律第114号)第19条でで計算される旅費額について
  国家公務員等の旅費に関する法律(以下「旅費法」という。)第19条第1項では、「車賃の額は、1キロメートルにつき37円とする。ただし、公務上の必要又は天災その他やむを得ない事情により定額の車賃で旅行の実費を支弁することができない場合には、実費額による」と定めており、これを検討した4市の計算に当てはめると、次のような額になります。
    (出張先)   (計算式)        (旅費額)
    稚内市 169㎞×2×37円  12,506円
    留萌市 156㎞×2×37円  10,608円
    紋別市 93.2㎞×2×37円  6,882円
    士別市  23.6㎞×2×37円  1,739円
 旅費法の車賃の計算と、当役場の請求している旅費額には、およそ5,000円から8,000円程度の開差がありますが、次のような理由から当役場で請求している旅費額に正当性が認められるものと考えています。
 (1) 自家用自動車を使用することにやむを得ない事情があること
 上記2で説明したとおりのやむを得ない事情と、上記3で説明したとおり、ハイヤー(タクシー)を利用して実費額を請求することが嘱託人の過大な負担になること。
 (2) 公共交通機関を利用する場合より、時間的な制約がないこと
 公共交通機関を利用する場合と違い、嘱託人の希望する時間に出張先(用務地)に出向くことが容易となり、嘱託人の希望に応じやすくなるメリットがあること。
 (3) 公共交通機関を利用する場合の旅費額とほぼ同額であること
 旅費額の算定に当たっては、ご紹介した4市以外にも、全ての市町村への出張の旅費額は、公共交通機関を利用した場合の旅費額を算定の基準としており、嘱託人に余計な負担(公共交通機関を利用した場合の旅費額以上の旅費)を求めていないこと。
 (4) 有料自動車道路を利用した場合であっても、その料金を請求していないこと
 上記4(2)アの留萌市への出張のように、有料自動車道路を利用した場合であっても、その料金を請求していないこと。
 (5) 公証人が相当な危険負担をしていること
 特に、北海道では自動車を運転する場合、大きく2つの危険負担を強いられます。
 一つは、野生動物との衝突回避です。野生動物は、オールシーズン道路上に突如出没して毎年相当数が自動車と衝突しており、エゾ鹿の場合には、死亡交通事故も発生している状況にあります。
 もう一つは、冬期間の路面状況です。冬の北海道は、ブラックアイスバーンやホワイトアウトなど、車を運転するには過酷な状況になることが多く、出発時に晴れていても帰庁時には猛吹雪になっているということも何度もありました。

6 おわりに
 公証人が出張するための旅費については、当然のことですが、嘱託人との間でトラブルが生じないよう、請求する旅費額とその理由(公共交通機関を使用した場合とほぼ同額をいただくことになりますが、自動車を使用することで、嘱託人の希望する時間に出張先(用務地)に出向くことができる可能性が高くなることなど)をしっかりと説明し、請求する旅費及び日当について、嘱託人から事前に承諾を得ておくことが何より重要だと思っています。
                        (旭川・名寄公証役場公証人 小田切 学)

(編集者注)
〇 公証人手数料令第43条(抄)
 公証人は、その職務を執行するために出張したときは、次に掲げる日当及び旅費を受けることができる。
 一 日当(省略)
 二 旅費 交通に要する実費の額及び宿泊を要する場合にあっては、国家公務員等の旅費に関する法     律(昭和25年法律第114号)第21条第1項の規定により一般職の職員の給与等に関する法律(昭和25年法律第95号)第6条第1項第10号に規定する指定職俸給表の適用を受ける職員に支給される宿泊料に相当する額
〇 筆者の見解によれば、出張に自家用車を利用した場合の旅費として、公共交通機関を利用した場合の旅費とタクシー代の合計額に相当する金額を定額的に旅費として請求するとされています。
 しかしながら、積算に用いた交通手段と実際の交通手段とが異なっていることから、「交通に要する実費の額」を請求できるとする法令上の根拠を欠いた請求になるのではないかとの指摘もあり得るものと考えます。
 公証人の中には、実際の旅程、自家用車の燃費及びガソリンの単価等を換算して実費に近いと思われる額(ガソリン代)を請求している役場や、距離等に応じて定額的に請求している役場もあるようです。 定額的に請求する場合でも、掲載した考え方のように十分説明に耐える定額にすべきとの考え方からここに掲載したものです。

民事法情報研究会だよりNo.65(令和7年4月)

陽春の候 会員の皆様におかれましては、ますますご清祥のこととお喜び申し上げます。

埼玉県八潮市の道路陥没事故や岩手県大船渡市をはじめとする全国各地での大規模山林火災など、近年我々の想像をはるかに超え、多くの人々に暮らしや生活に大きな影響を与える事件や大災害が頻発しているような気がします。また、米価の高止まりなどの物価の高騰やトランプ大統領の関税の引上げ等による市民生活への影響も懸念される状況です。早く安心安全に暮らしていける世の中になることを切に願っているところです。(YF)

   今年度の民事法情報研究会の活動について
会長 小口哲男
 令和7年度の当研究会の活動の予定については、4月20日(日)に開催予定の定時理事会において正式に決定されることとなりますが、皆様の日程調整上の便宜を考慮いたしまして、あらかじめ概要をお伝えいたしますので、日程の確保等をよろしくお願いいたします。
1 会員総会・セミナーについて
 (1) 定時会員総会・セミナー
   令和7年6月21日(土)の午後開催予定(毎年第3土曜日に開催)
   講師は、深山元民事局長・元最高裁判事にお願いする見込み。
 (2) (後期)セミナー
   令和7年12月13日(土)の午後開催予定(毎年第2土曜日に開催)
   講師は、未定

2 民事法情報研究会だよりの発行
 「今日この頃」「コラムMY HOBBY」「実務の広場」それぞれ原稿募集しています。会員間の情報交換の場となることが発足の大きな目的ですので、近況報告などを楽しみにしておられる方も多いので、原稿をお待ちしています。

3 質問箱の運用
 公証人の方も多いところ、基本的なことがなかなか聞けないとか判断に困ることがあるようなときに、お気軽にご利用ください。難しい問題で他の方にも参考となるような事例については、当研究会だよりの誌上に紹介させていただくこともあります。

4 会費の納入について
 会費規程上の会費は、年2万円となっていますが、コロナ下で対面による会議が開催できなかった時期があり、ここ数年は年1万円としておりましたが、昨年の第2回定時理事会において、残余財産額の状況を考慮し、本年度から、規程どおり年2万円の会費(4月1日に80歳を超える会員は会費が免除されます。)とすることとされましたので、以下の口座への振込みをお願いいたします。

【振込先口座】ゆうちょ銀行  記号   番号 (省略)

今日この頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

今日この頃(檜垣明美)

 昨年7月1日付けで公証人を卒業してはや9か月すぎ、本研究会における「今日この頃」のコーナーに寄稿の機会を得ましたので、近況をしたためることにしました。
1 パリオリンピック
 2021年夏に開催された東京オリンピックを観戦したとき、もちろんテレビ  で日本を応援していたのですが、なぜか、次に開催されるパリオリンピックは、現地で直接選手を応援したいという思いに強くかられてしまいました。その思いは枯れることなく、自分の気持ちの中でどんどん膨らんでいきました。そのためにフランス語も勉強せねばとNHKのフランス語講座も学び始めましたが、誌友の皆様のご想像のとおり、ほとんど身につきませんでした。そして、2024年の7月末から8月上旬の6泊8日の予定で具体的な旅行スケジュールを決めていきました。
 決まっているのは、日仏間の往復の飛行機(幸いにも日本航空)と宿泊ホテルのみ。後は自分で観戦したい種目を申し込んでいくものでした。旅慣れていない私としては、のんびりオリンピック観戦ツアーをイメージしていたのですが、自分で日程を組む必要がありました。結果としてはこれで良かったと思っています。
 私は日焼けを避けたかったので、室内競技の中で興味のある体操、水泳、柔道そしてバドミントンの観戦を申し込み、日程をさらに詰めていきました。
 羽田空港での出発までは、周りの誰に話しても、「えっ?」という反応ばかり。私自身も無事に帰って来られるのか全く自信なく、「大冒険」がスタートしました。
 無事にパリのシャルル・ド・ゴール空港に着いてからは、誰もお世話をしてくれる人はいません。フランス語もほとんど分からず旅行社の事前アドバイスを頼りに、スマホの翻訳機能を最大限駆使し、何とか宿泊ホテルに到着しました。心配していたトコジラミもいないし、エアコンも館内統一でコントロールされてはいるものの十分効いており、思っていたより快適に過ごせました。ただ、部屋のテレビは、毎日フランスの選手の活躍の映像ばかり、これは仕方ない。
 毎日、パリの地下鉄路線図を唯一頼りにしながら、各会場での観戦をスタートさせました。期間中の地下鉄フリーパスやデジタル観戦チケットを何とか使いこなし、お手製の日の丸うちわを振って日本の応援に努めました。おかげで、男子体操の岡選手の金メダル獲得で、日の丸の掲揚とともに君が代を聞くことができました。
 大きなトラブルもなく、順調に旅行日程をこなすことができ、本当にラッキーでした。帰りの飛行機で一緒だった日本代表のバスケットボール選手の渡邊選手、ホーキンソン選手そしてホーバスヘッドコーチのサインまでゲット出来て、ミーハーな私にとってはまさに最高すぎる海外旅行でした。
 本当に、勇気を出して海外に行って良かったと思いますが、パリまで行ってルーブル美術館等観光を一切していません。でも、オリンピックで私なりに日本の応援をしたいという当初の目的が達成できて満足感で一杯です。

2 筋トレ
 一昨年の秋、家族の一言、「お腹が出ている。」というこの言葉をきっかけにトレーニングを決意しました。自ら自宅で行うことは、自分に甘い私としては到底長続きしないと考え、勇気を出してパーソナルジムに通うことを決意しました。そこで、週2回各50分の指導をマッチョなトレーナーから受けるにしたがって、筋力や心肺機能の維持向上及びタンパク質摂取の重要性等の意識改革ができました。そのことを実感したことから、東京に転居後は、パーソナルジムのほかにさらに24時間利用可能なフィットネスジムにも通い、ランニングマシン(と言ってもウォーキングがメインですが)で、平日はほぼ毎日汗をかいています。汗をかくと幸せホルモンが出るとも言われています。心身ともにリフレッシュでき、誌友の皆さんにもぜひお勧めしたいです。少しでも健康寿命を延ばしていきましょう。

3 今日この頃
 仕事を離れて、すごく自由な時間ができました。平日の昼間に外をウロウロすることに対する罪悪感?もなくなり、随分慣れて、いろいろなストレスから解放されています。これからは、何でもいいので、自分のしたいことに時間を最大限使っていきたいと思う今日この頃です。
                        (元松山・今治公証役場公証人 檜垣明美)


西国三十三か所巡り(途中)(安田錦治郎)

 この冬体調を崩し、体中の衰えが進んでいることを自覚させられました。齢67歳の年齢を考えてみても、いつあの世からお迎えがきてもおかしくないと不安になりました。
 私は元来、過去を振り返ることは好きではありませんが、これまでの行いを振り返ったとき、善行もあったかもしれませんが、悪行の方が圧倒的に多く、不快の思いでご迷惑をおかけした方も多くおられ、反省と後悔でひどく落ち込んでしまいました。あの世にいくならばもちろん極楽にいきたいと思うのですが、このままでは閻魔大王に地獄行きを確実に宣告されそうです。ずいぶん昔に福岡のあるお寺で見た、地獄に落とされた人々が針の山地獄、釜茹地獄で叫び苦しむ声が聞こえるような実に恐ろしい地獄絵図が思い出されました。
 そのよう日々を送る中で、白洲正子さんの「西国巡礼」(講談社文芸文庫)という本に出会いました。この本によると、西国三十三か所のお寺を全部巡ると地獄行きの人間も極楽浄土にいくことができるらしい。藁をもつかむ思いで、これは元気な内にぜひとも三十三か所を巡らねばと決意し、この冬からはじめようと思い立ったしだいです。まだ始めたばかりで、誌面で紹介するのは気が引けるのですが、原稿書きもいつまでできるかわかりませんので、この機会にご紹介させていただきます。
 西国三十三か所のいわれについて、先の本では、「養老年間(8世紀)に、大和の国の長谷寺に、徳道上人と呼ばれる坊さんがいた。ある時、病を得て死に、冥途の入口で閻魔王に会い、汝は本土へ返って、諸人を救うため、三十三ヵ所の観音霊場をひろめよといわれ、その証拠として、三十三の宝印を与えられて蘇生した。」と記されています。この時代、地獄に送られる人間がとても多く、見かねた閻魔大王が徳道上人に申し渡したということですが、不眠無休で働く鬼たちがこのままでは過労死してしまう、なんとかしてほしいと閻魔大王に直談判し、いたしかたなくの行動ではなかったのではないでしょうか。
 しかし、閻魔大王の願いもすぐには実現には至らなかったようです。
 先の本では、「上人は甦ったのち、実行にうつったが、誰もその話を信用してくれない。落胆した上人は,宝印を中山寺に埋め、そののちかえりみる人もなかったが、平安朝のころ、花山院によって掘り出され、はじめて巡礼が一般にも行われるようになったという。」と記されています。「中山寺」とは、24番札所である兵庫県宝塚市にある紫雲寺中山寺のことをいい、花山院(花山法皇)とは2年で出家させられた65代花山天皇のことです。昨年の大河ドラマ「光る君へ」では俳優の本郷奏多氏が好演していました。ドラマでは花山院が登場する場面は少しでしたが、実際の花山院は、19歳で出家した後は西国巡礼の修行に勤め、その結果、巡礼が人々の間にひろがり、今日の隆盛を迎える礎になったと伝えられています。
 西国三十三か所とは、1番の那智山青岸渡寺から始まり、33番の岐阜県揖斐町の谷汲山華厳寺までの、和歌山、大阪、兵庫、京都、奈良、滋賀、岐阜の2府5県にまたがる、総距離1,000㎞に及ぶものです。実際に徒歩で歩くと大変ですが、そのような巡礼者は数少なく、多くは自家用車かバスツアーを利用し観光客気分で回る人がほとんどのようです。1泊2日の予定を組むと5寺前後を回ることができるようになっており、余裕のある計画を組んでも10回ほどで全部を回ることができます。順番が付されていますが、順番どおりに回らなくても問題ないとのことです。
 私は、閻魔大王様より怖い嫁様にも極楽に行ってもらいたいと願い、一緒に巡ることとし、順番どおり1番から始めることとしました。
 最初の1日目は、1番の青岸渡寺(那智山)、2番の紀三井寺金剛宝寺(和歌山市内)の2か所を巡りました。1番と2番の距離は大変長く、車もない道も整備されていない時代に熊野の厳しい山道を花山院はどういう気持ちで歩かれたのか思いを馳せました。
 2日目は、3番の粉河寺(和歌山県紀の川市)、4番の槙尾寺(施福寺。大阪府和泉市)、5番の葛井寺(大阪府藤井寺市)の3か所を巡りました。槙尾寺は駐車場から山道で30分ほど登って行くことになります。途中の案内に花山法皇も苦しくて難儀したとあるくらいに本格登山に近い観光気分を削がれる山道でした。ただし、この槙尾寺では、ほとんどのお寺では秘仏として非公開の観音様を観覧することができました。    
 三十三か所のお寺の中には、長谷寺や清水寺のような有名なお寺もありますが、知られていないお寺がほとんどです。しかし、実際に訪れてみるとりっぱなお寺が多く、3番の粉河寺の本堂の規模(特に屋根)には目を見張るものがありました。
 今年中には、最後までたどり着きたいと思いますが、三十三か所全部を回り終えた御朱印帖は、臨終の際は必ず棺桶に入れてもらい、閻魔大王の前でお見せし、ぜひとも極楽に導いていただきたいものだと思っています。
 今回は、西国三十三か所をご案内させていただきましたが、関東には坂東三十三か所巡礼、秩父三十四か所巡礼が、九州にも西国三十三か所があります。地獄行きを避けたい方はぜひとも挑戦されてはいかがでしょうか。ただし極楽に行けるかどうかの責任は持てませんが。
                      (津・津合同公証役場 公証人 安田錦治郎)

今日この頃 -宇部の日々-(新井浩司)

 宇部で暮らすようになって4年半近くが経ちます。生まれ育った町、結婚して所帯を持った町に次いで、長く暮らす町になりました。
 宇部での暮らしで今までと一番違うところは、住む部屋の窓から海が見えるところです。海といっても風光明媚な海ではなく、どちらかといえば無味乾燥な宇部港が見えるのですが、生まれも育ちも海なし県の私にとっては、かなり新鮮です。
 宇部港は、工業港であり、港の周囲には、工場群が広がっています。「無味乾燥」と言ったゆえんですが、見る人によっては(=「工場萌え」の人たちにとっては)、たまらなく魅惑的な風景であるに違いありません。
 一連の工場群は、宇部興産(現在は「UBE」に商号変更していますが、ここでは「宇部興産」と呼ぶことにします。)の工場群です。宇部市は、良くも悪くも宇部興産とともに発展してきた町であり、宇部港の入り口にあるこれらの工場群は、その象徴にもなっています。
 宇部市は、大正10年(2021年)に市制が施行されており、今年で104年目を迎えます。山口県内では、下関市に次いで2番目に早い市制施行であり、なおかつ、町を経ずに村から直接市になっており、戦前における同様の例は、全国に4例しかないそうです。
 それもこれも、明治以降にこの地域で石炭の採掘が本格的になり、急激に人口が増えたからです。当地の石炭産業を主導したのが、その前身を沖の山炭鉱組合といった宇部興産であり、以後、宇部市は、宇部興産と一体となって、「宇部興産の町」として、発展を遂げてきたのです。
 なにしろ、宇部市の下水道事業の礎を作ったのも、宇部興産ですし、宇部市最大の観光地「ときわ公園」は、沖の山炭鉱組合の創業者であった渡邊祐策翁が土地を購入して宇部市に寄贈し、成り立ったものです。また、この渡邊祐策翁の功績を称えた「渡辺翁記念会館」という音楽ホールもありますし、つい最近まで「宇部興産中央病院」という名称の総合病院もありました。
 こちらも今は名称が変わりましたが、宇部興産は、「宇部興産専用道路」という日本一長い私道も所有していました。その長さは、宇部市から美祢市までの全長31.94キロにも及びます。その起点近くには、長さ1020メートルにもなる立派な橋が宇部港をまたいで架かっています。「興産大橋」と呼ばれるその橋は、私の部屋の窓から、日々、アーチ形の美しい姿を見せてくれています。
 自宅から役場までは、10分ほどの道のりを徒歩で通っています。宇部市は人口16万人弱の町であり、私の住む地区は市役所もあり、また、数年前まではデパートもあった、宇部市の中心市街地とされる地区ですが、車で通勤する人が多いためでしょうか、通勤の行き帰りに人と行き交うことはあまりありません。
 役場からの帰路に、いつも立ち寄るスーパーがあります。以前は、今とは違うスーパーだったようですが、そのスーパーは閉店し、幸いにも私が来る直前に、今のスーパーがオープンしたのです。家の近くにはこのスーパーしかないため、この店がなかったらどんなにか不便だったろうと、二度と再び閉店することのないように、足繁く通っています。
 このスーパーは、新天町商店街という商店街にあります。この名は、福岡市天神の新天町商店街にあやかって付けられたようであり、かつては本家同様、肩が触れ合うほどの賑わいだったようですが、今では地方都市の商店街のご多分に漏れず、シャッターが閉まっている店が多いです。
 そもそも宇部市の人口そのものが、平成当初の18万人から徐々に減少しています。寅さんの山田洋次さん、ユニクロの柳井正さん、エヴァンゲリオンの庵野秀明さんなどの宇部市ゆかりのビッグネームも、町の活性化にはあまり結び付いていないようです。
 スーパーに足繁く通っているのは、単身赴任生活を送るようになってからというもの、食事を自炊しているからでもあります。単身赴任生活も12年を数えるようになりましたので、夜食だけでも3000食を下らない食事を作ったことになり、一般的な家庭で出てくるような食事はたいてい作ったと自負しています。それでも、あくまでも食べることが目的であり、作ることが目的ではないため、いつまで経ってもあまり上達はしません。高校の頃、学校近くの喫茶店で食べた焼きそばの味が今でも忘れられませんが、いまだその味を再現するには至っていません。たかが焼きそば、されど焼きそば、です。
 家で時間をつぶすのに、読書をしています。読書といっても、寄る年波には抗えず、紙ではなく電子で、それも、国会答弁書よろしくの大きな活字にして、読んでいます。長らく小説を読むことはありませんでしたが、こちらに来てからは、昔の小説を読んだりしています。最近では、おそらく50年ぶりぐらいに、川端康成さんを読み返してみました。
 読み返して改めて感じたことは、もとよりノーベル文学賞作家ですので当然といえば当然なのですが、こんなにも文章がお上手で美しかったのかということです。川端さんの作品は、いまだ著作権が切れておらず、その美しい文章を引用するのもはばかれますので、別のことを書きますが、子どもの頃、家の百科事典に「川端康成氏蔵」と書かれた国宝の絵を見つけて、たいそう驚いたことを覚えています。その絵は、池大雅と与謝蕪村合作の「十便十宜図」という絵で、郵便切手にもなっているのでご存じの方も多いでしょうが、川端さんが家を買うのをあきらめてこの絵を買ったという逸話が残されています。国宝になったのは川端さんが所蔵してからだそうで、川端さんの美へのこだわり、また、その審美眼のほどがうかがえるエピソードです。
 川端さんの作品は、その美しさゆえに、映像化された作品も多くあります。代表作「雪国」も何度か映像化されていますが、昭和55年に松坂慶子さんが主役の駒子を演じた、テレビドラマの「雪国」が、松坂慶子さんがなんとも美しく、印象に残っています。もう一度見たいのですが、残念ながら、DVD等にはなっていないようです。映画では、岸惠子さんと岩下志麻さんが駒子を演じました。越後湯沢の駅には、駒子の人形が飾られていますが、岸惠子さんに似ているようです。
 これもまた有名な「山の音」という作品は、成瀬巳喜男さんという映画監督が映画化しています。まだ連載中の映画化であったため、結末が実際の小説とは全く違っており、また、年上の上原謙さんが息子役、年下の山村聡さんが父親役と、配役も斬新です。お嫁さん役の原節子さんがとても魅力的です。
 成瀬巳喜男さんをはじめ、昔の映画が好きなので、これも時間つぶしによく観ています。こちらも、今では、家で容易に観られるようになっており、つくづく良い時代になったと思います。
 その最高傑作と名高い「浮雲」をはじめ、成瀬作品には、「デコちゃん」こと高峰秀子さんが数多く出演しています。高峰秀子さんは、大正13年(1924年)生まれ、ご存命ならば今年で101歳です。当役場にも、大正13年生まれの方がいらしたことがあり、「高峰秀子さんと同い年なんだ」と妙な感慨を覚えたものです。
 成瀬巳喜男さんと黒澤明さんは、黒澤さんが成瀬さんの助監督をしたことのあるような関係ですが、成瀬さんは、黒澤さんの作品の中では、「素晴らしき日曜日」という作品が最も好きだと言っていたそうです。それかあらぬか、「素晴らしき日曜日」の主演の中北千枝子さんは、その後、成瀬作品によく出演しています。
 「素晴らしき日曜日」は、昭和22年公開の映画です。敗戦直後の東京でデートをする二人の男女を描いた映画ですが、題名とは裏腹に二人のデートは決して「素晴らしき」ものではありませんでした。さまざまな苦難の後、二人がたどり着いたのは、日比谷野外音楽堂、彼氏はそのステージの上に立ってこれまでの苦難を振り払うように、オーケストラの指揮者よろしく指揮棒を振る真似をし始めます。そして、彼女は、映画の観客に向かって、「皆さん、お願いです。どうか拍手をしてやってください」と叫びます。
 彼氏が演奏した曲は、シューベルトの「未完成交響曲」、二人が初めてのデートで聴いた思い出の曲でした。「未完成交響曲」は、日本では、三大交響曲の一つとされています。残りの二つは、ベートーヴェンの「運命」とドヴォルザークの「新世界より」です。「三大〇〇」には、何が入るのかに争いのある場合も多いですが、この「三大交響曲」には争いがないように思えます。
 クラシックの音楽家の中では、「第九の呪い」というものがあるそうです。ベートーヴェンが「第九」を作曲して亡くなったことから、9番目の交響曲を作曲すると亡くなるという言い伝えです。マーラーなどは、この呪いを信じていたのか、彼の9番目の交響曲に番号を付けず、「大地の歌」という名前を付けています。「新世界より」はドヴォルザークの9番目の交響曲であり、最後の交響曲ですし、シューベルトの交響曲も数え方によっては9番までとされています。もちろん九つ以上の交響曲を作曲した人も多くいるので、「第九の呪い」は、ベートーヴェンの偉大さを物語る言い伝えのように思えます。
 クラシックを聴くということもまた時代の変化で容易になったことの一つでしょう。かつては、一つの曲を指揮者によって聴き比べることは容易ではありませんでしたが、今では、「第九はフルトヴェングラーに限る」と言われれば、比較的容易にそれを聴くことができます。クラシック音楽を聴くこともまた、私の時間つぶしの一つになっています。
 ということで、これまで今日この頃の宇部の日々について駄文を弄してきました。改めて日々の日常を書き記してみると、身体はしんどい時もありますが、案外、平穏な日々を送っていることに気づかされます。そして、このように平穏で充実した日々を送れるのも、IT技術の進歩のお陰であることに気づかされます。古い小説を読み、古い映画を観て、古い音楽を聴くことがIT技術の進歩のお陰とはなんとも逆説的ですが、それのみならず、地方都市であっても都会と同じような生活ができているのも、EC事業のなせる業でしょう。IT技術の進歩には負の側面もありますが、生活を潤してくれていることもまたまぎれもない事実のようです。AI技術の進歩は、思いもよらない潤いを私たちの生活にもたらしてくれるかもしれません。
 この生活は、あと数年は続くものと思われます。仕事をめぐる状況は決して平穏なものではありませんが、これからも健康には留意して、宇部の日々を楽しく充実したものにしていきたいと考えています。近い将来、宇部の日々が「昨日その頃」になったその時に、懐かしく、そして、笑って、振り返ることができますように。
                      (山口・宇部公証役場公証人 新井浩司)

実務の広場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.105 貸金庫開披点検に関する事実実験公正証書について ~銀行の店舗移転と遺言執行者による開披事例~ (西江昭博)

 貸金庫開披点検に関する事実実験公正証書については、過去の実務の広場において、橘田博先生が寄稿されており(民事法情報研究会だよりNo.13・平成27年8月)、また、公証実務(いわゆる黒本)にも文例や解説が掲載されています。もっとも、多くの公証人は、使用料不払いによる強制解約に伴う貸金庫開披の事案については取り扱ったことがあるものの、それ以外の事案については取扱いの経験が少ないものと思われます。そこで、私が取り扱った銀行の店舗移転に伴う事例及び遺言執行者からの嘱託事例を紹介し、執務の参考に供したいと思います。もとより以下の記述は私の経験を紹介するにとどまりますので、その前提でお読みください。

第1 銀行の店舗移転に伴う貸金庫の開披・点検
1 貸金庫の方式
 銀行の貸金庫は、貸金庫に付属する鍵正副2個のうち、正鍵を使用者が保管し、副鍵は銀行立会いの上、使用者が届出の印章により封印して銀行が保管し、使用者は、正鍵を用いて貸金庫を開披し、格納品の出し入れを行うというものが一般的かと思われます。
 嘱託人銀行は、これに加えて移動自由なビニール製バッグであるセーフティケースの開披点検も希望しました。この銀行のセーフティケースは、銀行所定の保護ケースに使用者が格納品を収納した上、その保護ケースを銀行に預けるというもので、付属する鍵は1個とし、使用者が保管することとされ、使用者は、この鍵を用いてセーフティケースを開披し、格納品の出し入れを行います。
 銀行の貸金庫の方式にも多様なものがあります。嘱託人銀行の場合、①開披にあたって銀行所定の貸金庫開閉票に届出の印章により記名(又は署名)押印して提出し、銀行所定の場所で正鍵により開披する、②貸金庫への入室にあたって専用入口に備付けの解錠操作盤にあらかじめ銀行が発行し使用者に貸与した貸金庫ご利用カードを挿入し、届出の暗証番号をボタンにより操作の上入室し、銀行所定の場所で正鍵により開披する、③開披にあたって銀行所定の貸金庫開閉票に届出の印章により記名(又は署名)押印して提出し、貸金庫の入室にあたって専用入口に備付けの解錠操作盤に銀行から貸与するカードを挿入の上入室し、銀行所定の場所で正鍵により開披するなどの方式がありました。

2 店舗移転に伴う貸金庫の移設
 店舗移転に伴う貸金庫の移設の態様にも様々なものがあるようです。
 嘱託人銀行の場合、貸金庫使用者に個別に連絡し、期日までに貸金庫の格納品を銀行所定の移設袋に移し替え、使用者及び銀行が移設袋に封印を施し、この移設袋を新店舗に搬送します。ただし、この手続に応じない使用者については、貸金庫規定に基づき、公証人立会いのもと銀行において貸金庫を開披し、格納品を取り出した上、銀行所定の移設袋に移し替え、銀行担当者と公証人において封印処理したものを新店舗に搬送することになります。銀行の嘱託の趣旨は、この開披・点検・封入までの一連の手続について目撃状況を記録し、公正証書を作成してもらいたいというものでした。
 これ以外にも、①所定の手続に応じない使用者の貸金庫について銀行において開披し、内函(保護函)を取り出し、封印し、新店舗に搬送して貸金庫内に納めるまでの一連の手続について目撃状況を記録するもの、②事前に使用者において格納品を銀行所定の移設袋に移し替え、使用者及び銀行担当者がこれを封印した上内函(保護函)に戻しておき、店舗移転時に内函(保護函)を開披して移設袋を取り出し、当該移設袋をその状態のまま新店舗の貸金庫の内函(保護函)に収納する手続について目撃状況を記録するもの、③個別の貸金庫について開披措置をせず、貸金庫の内函(保護函)そのものをそのまま移転する手続について目撃状況を記録するものなどがあるようです。

3 事前準備
 銀行との事前打合せを行い、事実実験の期日までに準備を整える必要があることは、使用料不払いによる強制解約に伴う事実実験と同様ですが、上記1及び2のとおり、貸金庫の方式のみならず、貸金庫移設の態様も様々ですので、事前の打合せにより実験当日のイメージを固めておくことがより重要になります。
 事前打合せの際には、貸金庫規定、セーフティケース規定、貸金庫印鑑届、セーフティケース印鑑届、貸金庫使用者宛内容証明郵便として差し出された旨の証明のある文書、郵便物等配達証明書、返送された封筒、嘱託人銀行から代理人宛の委任状、同銀行代表者の資格証明書・印鑑登録証明書、代理人の本人確認資料、代理人の職氏名等が記載された名刺等を提供してもらうとよいと思います。
 打合せにおいて、嘱託人銀行が公証人に目撃・記録してもらいたい事項を確認するとともに、事実実験当日の作業手順を確認します。手順ごとに、銀行の誰が何を行い、公証人(又は書記)が何を行うのか、可能な限り確定させておきます。また、複数の貸金庫・セーフティケースがある場合に公正証書の作成通数をどうするかについて銀行の意向を確認しつつ確定させること、銀行に交付する写しは正本1通で足りるかどうか確認すること、手数料算定のベースとなる作業時間の考え方について銀行と意識を共有することも事前打合せの際に行っておきます。なお、銀行の店舗移転の場合、事実実験の日程が週休日に当たることもあるので、日程調整にも注意が必要です。
 事前打合せを踏まえて、実験当日の作業内容を思い描きながら、証書の下書きをあらかじめ作成しておきます。

4 事実実験当日
 通常の出張時以外の当日の持ち物としては、記録用のメモ用紙、デジタルカメラ、サインペン、はさみ、のり、ガムテープ、セロハンテープなどでしょうか(現実的には、事務用品は銀行側が準備していると思われます。)。
 銀行に赴き、銀行の担当者と作業内容を再度確認し、事実実験に入ります。
 事実実験には、嘱託人の立会いが必要的であるとされていますが、嘱託人が銀行の場合、代理人が立ち会うことになります。
 事前に打ち合わせた作業手順に従い、証書の下書きを頭に入れながら、銀行の担当者が行う個別の作業について時刻と内容をメモするとともに、デジタルカメラで(予備としてスマートフォンでも)各作業や対象物を記録していきます。実際の事例では、副鍵袋の封緘状態に異常が無いこと、副鍵袋を開封して副鍵を取り出し、貸金庫を開錠し、格納品を取り出す各状況を記録していきます。格納品については、銀行の担当者が銀行が準備した「貸金庫格納品目録」に個別に(格納品が無い場合はその旨)記録し、公証人及び銀行代理人が品目ごとに確認印を押印していきました。その後、格納品を一括して銀行所定の封筒に梱包し、かつ銀行代理人及び公証人が封印する状況を記録します。
 なお、格納品の点検において、封をしてある物を開くことは避けるべきであり、また、格納品の材質等を公証人において断定して記録することは避けるべきであるとされています(このほか、格納品の点検・記録の留意事項については、公証実務133ページを参照願います。)。

5 公正証書の作成
 銀行から帰庁後、公正証書の起案を行います。
 事前に作成しておいた下書きをもとに、実際の事実実験の内容を踏まえて完成させていきます。その際、デジタルカメラの画像を確認して、証書に添付・引用する画像を確定させ、文案に反映させていきます。個々の格納品の特定は、銀行の担当者が作成した「貸金庫格納品目録」の写しを引用して行います。
 起案終了後、銀行の担当者と打合せを行い、案文を確定させた上、銀行の代理人に役場に来所してもらい、内容を確認の上、署名押印させ、公正証書を作成します。
 なお、事実実験公正証書については、実験現場で記録した資料等に基づいて後日公証人役場に当事者の出頭を求めて公正証書を作成する場合がほとんどであり、この場合の公正証書に記録する公正証書の作成場所は当該公証人役場であり、作成日は嘱託人(代理人)が公証人役場に出頭して署名押印した日であるとされています(公証実務125ページ)。

6 手数料
 事実実験公正証書の作成手数料は、事実の実験並びにその録取及びその実験の方法の記載に要した時間1時間までごとに1万1000円です。事実実験に要した時間だけでなく、公証役場においての作業時間等も含まれますので、前記3のとおり、事前に銀行側と意識合わせをしておきます。このほか日当・旅費も請求できます。公正証書原本が4枚を超えた場合の枚数加算は、法律行為の公正証書と異なり、適用されません。

7 参考作成例
 作成例1は、貸金庫について格納品が存在しなかった事案、作成例2は、セーフティケースについて格納品が存在した事案です。
(作成例1)
    貸金庫の開披点検に関する事実実験公正証書
 本公証人は、令和○年○月○日、嘱託人株式会社○○銀行(以下「嘱託人」という。)の後記趣旨の嘱託に基づき、○○県○○市○○○○○○所在の株式会社○○銀行○○支店(以下「本件支店」という。)に設置してある貸金庫の開披及び点検・処理に関し、その現場に立ち会い、目撃した事実を録取し、その結果について、同年○月○日、当役場において、この証書を作成する。
   嘱託の趣旨
 嘱託人は、本公証人に対し、次のとおり説明等した。
1 本件支店が、令和○年○月○日に、○○県○○市○○○○○○に移転して営業することになった。
2 このような場合には、貸金庫については、貸金庫規定第○条及び第○条によって、嘱託人が貸金庫使用者(以下「使用者」という。)に対し、格納品の一時引き取り又は貸金庫の変更をお願いしたときは、使用者は、これに直ちに応じていただく義務があり、このことから、これに応じない使用者に対しては、貸金庫規定にしたがって、届出のあった住所地に相当期間を定めて催告し、その期間内に一時引き取り等に応じない場合には、嘱託人が保管する副鍵を使用するなどして貸金庫を開披の上、格納品を点検し、別途管理する運用をしている。
3 嘱託人は、本件支店内に設置してある貸金庫(貸金庫番号:○○号(以下「本件貸金庫」という。))の使用者である○○○○(○年○月○日生、届出住所:○○県○○市○○○○○○、以下「本件使用者」という。)に対し、令和○年○月○日に差し出した内容証明郵便により、本件使用者の届出住所に宛てて、貸金庫規定第○条及び第○条により、令和○年○月○日までに本件使用者による格納物の移し替え等に応じない場合には、公証人立会いによる貸金庫の開披及び内容物の点検を実施する旨の通知書を送付したが、「保管期間経過」との理由で、令和○年○月○日、返送された。
4 嘱託人は、上記の経過により、保管中の副鍵を使用して本件貸金庫を開披し、その格納品を点検した上、一定の場所に格納する処置を実行したいので、本公証人に対し、その現場に立ち会い、目撃した事実を録取した公正証書の作成を嘱託するというものである。
5 嘱託人は、この嘱託にあたり、貸金庫規定、貸金庫印鑑(署名鑑)届、内容証明郵便として差し出された旨の証明のある文書、返送された封筒(「受取人様が保管期間内にお受け取りになりませんので、お返しいたします」との記載がある。)等を提示し、嘱託人と本件使用者との契約関係、嘱託人が本件貸金庫を開披し格納品を別途保管することのできる権限を証明した。
    実験事実
 本公証人は、令和○年○月○日午前○時○分から午前○時○分まで、本件支店○○課長である○○○○(なお、この貸金庫開披にあたっては、同課長の補助者として、○○銀行○○部○○○○が開披等を行ったが、これらの補助者を含めて、以下「代理人」という。)が、本件貸金庫とともに別件セーフティケースを順次開披する処置を目撃し、そのうち、本件貸金庫に関する事柄は、次のとおりである。
1 代理人は、本公証人に対し、本件支店の支店長室兼会議室において、①貸金庫番号○○号に該当する貸金庫は、貸金庫の種別にかかわらず、ひとつしかないこと、②これから、本件貸金庫を当室まで持参し、本件支店が副鍵袋に入れて保管している副鍵を用いて本件貸金庫を開披する予定である旨説明した。
2 代理人は、本件支店の支店長室兼会議室において、本件貸金庫の副鍵袋を本公証人に提示し、封印状態に異常のないことを告げ、本公証人もそれを確認した。その後、代理人は、はさみを用いてこれを開封し、副鍵を取り出した。本公証人と代理人は、本件支店の支店長室兼会議室において、本件貸金庫の外観に異常がないこと、正常に施錠されていることを確認した。次いで代理人は、副鍵を用いて本件貸金庫を開けたところ、格納品はなかった。代理人は、副鍵を用いて本件貸金庫を施錠し、午前○時○分、点検は終了した。

(作成例2)

   セーフティケースの開披点検に関する事実実験公正証書
 本公証人は、令和○年○月○日、嘱託人株式会社○○銀行(以下「嘱託人」という。)の後記趣旨の嘱託に基づき、○○県○○市○○○○○○所在の株式会社○○銀行○○支店(以下「本件支店」という。)に保管してあるセーフティケースの開披及び点検・処理に関し、その現場に立ち会い、目撃した事実を録取し、その結果について、同年○月○日、当役場において、この証書を作成する。
   嘱託の趣旨
 嘱託人は、本公証人に対し、次のとおり説明等した。
1 本件支店が、令和○年○月○日に、○○県○○市○○○○○○に移転して営業することになった。
2 このような場合には、セーフティケースについては、セーフティケース規定第○条及び第○条によって、嘱託人がセーフティケース使用者(以下「使用者」という。)に対し、格納品の一時引き取り又はセーフティケースの変更をお願いしたときは、使用者は、これに直ちに応じていただく義務があり、このことから、これに応じない使用者に対しては、セーフティケース規定にしたがって、届出のあった住所地に相当期間を定めて催告し、その期間内に一時引き取り等に応じない場合には、嘱託人がセーフティケースを開披の上、格納品を点検し、別途管理する運用をしている。
3 嘱託人は、本件支店内に保管してあるセーフティケース(セーフティケース番号:○○号(以下「本件セーフティケース」という。))の使用者である○○○○(届出住所:○○県○○市○○○○○○、以下「本件使用者」という。)に対し、令和○年○月○日に差し出した内容証明郵便により、本件使用者の届出住所に宛てて、セーフティケース規定第○条及び第○条により、令和○年○月○日までに本件使用者による格納物の移し替え等に応じない場合には、公証人立会いによるセーフティケースの開披及び内容物の点検を実施する旨の通知書を送付し、同通知書は、令和○年○月○日、日本郵便株式会社○○郵便局 により配達された。
4 嘱託人は、上記の経過により、本件セーフティケースを開披し、その格納品を点検した上、一定の場所に格納する処置を実行したいので、本公証人に対し、その現場に立ち会い、目撃した事実を録取した公正証書の作成を嘱託するというものである。
5 嘱託人は、この嘱託にあたり、セーフティケース規定、保護ケース印鑑届、内容証明郵便として差し出された旨の証明のある文書、郵便物等配達証明書等を提示し、嘱託人と本件使用者との契約関係、嘱託人が本件セーフティケースを開披し格納品を別途保管することのできる権限を証明した。
   実験事実
 本公証人は、令和○年○月○日午前○時○分から午前○時○分まで、本件支店○○課長である○○○○(なお、このセーフティケース開披にあたっては、同課長の補助者として、○○銀行○○部○○○○が開披等を行ったが、これらの補助者を含めて、以下「代理人」という。)が、本件セーフティケースとともに別件貸金庫を順次開披する処置を目撃し、そのうち、本件セーフティケースに関する事柄は、次のとおりである。
1 代理人は、本公証人に対し、本件支店の支店長室兼会議室において、①セーフティケース番号○○号に該当するセーフティケースは、ひとつしかないこと、②セーフティケースに付属する鍵は1個であり、使用者が保管すること、③これから、本件セーフティケースを当室まで持参し、本件セーフティケースを開披する予定である旨説明した。
2 本公証人と代理人は、本件支店の支店長室兼会議室において、本件セーフティケースの外観に異常がないこと、正常に施錠されていることを確認した。次いで代理人は、カッターナイフを用いて本件セーフティケースを開け、内容物を点検した。その種類及び数量は、別紙貸金庫格納品目録記載のとおりである。
3 代理人は、上記格納品を一括して紙製の封筒に梱包し、その封筒の所定欄にセーフティケース番号と本件使用者の氏名等を記載した紙を貼り付け、代理人と本公証人がその貼り付けた紙と封筒に契印した上、さらに、その封筒をビニール製の袋に梱包し、その袋に代理人と本公証人が契印することにより封印し、同日午前○時○分、点検は終了した。

第2 遺言執行者による貸金庫の開披・点検
1 嘱託の趣旨
 遺言執行者が相続財産の把握のために遺言者の貸金庫を開披し、格納品を確認する状況を目撃し、記録するものです。
2 事前準備
 嘱託人である遺言執行者と事前に打合せを行います。
 事前打合の際には、遺言公正証書の正本(遺言執行者に貸金庫の開披等の権限を与える旨の記載がある。)、遺言者の死亡除籍謄本、貸金庫規定、貸金庫届、嘱託人の本人確認資料等を提供してもらいます。
 事実実験の日程調整や実験当日の作業手順について、嘱託人において銀行側と十分協議しておくよう依頼します。
 実際の事例の場合、格納品の有無が不明だったため、有る場合と無い場合の双方を想定して証書の下書きを準備しました。
3 事実実験当日
 銀行に赴き、嘱託人である遺言執行者と作業内容を再度確認し、事実実験に入ります。
 事前に打ち合わせた作業手順に従い、証書の下書きを頭に入れながら、嘱託人が行う個別の作業について時刻と内容をメモするとともに、デジタルカメラで(予備としてスマートフォンでも)各作業や対象物を記録していきます。
4 公正証書の作成
 銀行から帰庁後、公正証書の起案を行います。
 事前に作成しておいた下書きをもとに、実際の事実実験の内容を踏まえて完成させていきます。その際、デジタルカメラの画像を確認して、証書に添付・引用する画像を確定させ、文案に反映させていきます。個々の格納品の特定は、一覧表にまとめて記載しました。
 起案終了後、嘱託人に役場に来所してもらい、証書の内容を確認の上、署名押印させ、公正証書を作成します。
5 参考作成例
(作成例3)
   貸金庫の開披点検に関する事実実験公正証書
 本公証人は、令和○年○月○日、〇〇〇〇の嘱託により、次の事実につき目撃し、本証書を作成する。
第1条 嘱託の趣旨は、次のとおりである。
 嘱託人は、〇年〇月〇日〇〇法務局所属公証人〇〇〇〇作成同年第〇〇号遺言公正証書(以下「遺言公正証書」という。)に基づく遺言者〇〇〇〇の遺言の遺言執行者である。
 遺言者〇〇〇〇の死亡(〇年〇月〇日死亡)により、嘱託人が遺言公正証書に基づき遺言執行者として執行するために、〇〇〇〇名義の株式会社〇〇銀行〇〇支店の貸金庫(第〇〇号)を開披し、格納品である財産の確認をしたい。
 よって、同現場に臨場し、貸金庫の内容物を確認の上、内容物を記載した公正証書を作成する件を嘱託する。
 なお、嘱託人は、遺言公正証書の正本、〇〇〇〇の除籍謄本、〇〇〇〇作成の「貸金庫届」、「貸金庫規定」と題する印刷物を本公証人に提示し、これによって嘱託人の遺言執行者としての権限を証明した。
第2条 本公証人は、令和〇年〇月〇日、〇〇県〇〇市〇〇〇〇〇〇所在の〇〇銀行〇〇支店において、次の事実を目撃した。
1 〇〇銀行〇〇支店の担当者〇〇〇〇によって、遺言者〇〇〇〇の貸金庫(第〇〇号)が同支店会議室に持ち込まれ、嘱託人及び本公証人が同貸金庫の外観に異常が無いこと、正常に施錠されていることを確認した。
2 嘱託人が正鍵を使って貸金庫を開き、内容物を取り出した。
3 本公証人において内容物を点検した結果、その内容物は、別紙「内容物一覧表」記載のとおりであった。
4 点検後、嘱託人によりすべての内容物は再び貸金庫内に格納され、同貸金庫は施錠された。
                      (福岡・久留米公証役場公証人 西江昭博)

No.106 遺言検索及び正・謄本請求に関する留意事項 (安田錦治郎)

 はじめに
 公証人が作成した遺言(以下「公正証書遺言」という。)について、遺言者本人や遺言者の相続人が、遺言の存否、内容を確認したい場合、まずは遺言検索を行い、検索の結果遺言が作成されていた場合、正本又は謄本を請求することとなる。
 遺言の存否の確認については、平成元年(1989年)以降作成された公正証書遺言については、日本公証人連合会が運用する遺言検索システムを利用することで、全国いずれかの公証役場で遺言公正証書を作成しておれば、全国いずれの公証役場でも、遺言を検索することが可能である。(注1)(注2)
 遺言が作成されていることが確認できた後、正本又は謄本の請求を行うことになろうが、現在の取扱いとしては、正本又は謄本の請求は、公正証書遺言を作成した公証役場に対して請求することとなり、請求方法としては、直接当該公証役場に出向いて請求するか、あるいは郵送で請求することとなる。なお、公正証書遺言の内容を確認する方法として原本の閲覧制度があるが、閲覧を請求できる者の範囲は正本又は謄本請求と同様であることから、本稿では対象としないこととした。
 遺言検索の利用者は、親が遺言書を作成したことは知っているものの、公正証書遺言の所在がわからないといった場合、相続人の一人が公正証書遺言を持っているのはわかっているがそれを見せてくれないといった場合に、公正証書遺言の存否や内容を確認したいという人が多いと思われる。中には相続人が遺言に基づき金融機関に対して遺言者の預貯金の払戻請求する場合に、遺言はもっとも直近に作成されたものが優先することとなるため、相続人が持参した遺言書よりも新しい遺言が作成されていないかを念のため金融機関において確認したいため、相続人に遺言検索を依頼するといった場合もある。
 公正証書遺言の検索及び正・謄本の請求があった場合にもっとも留意しなければならないことは、申出人が、請求権限を有する遺言者本人又は遺言者の相続人等の利害関係人であるか否かの確認である。
 遺言は個人情報が多く含まれていることから、守秘義務という観点からはもちろんのこと、遺言は、法定相続に優先し、かつ遺言の間でも新しい遺言が優先することになり、不動産、預貯金等といった重要財産の帰属について、遺言の存否・内容は、相続人等の利害関係人に対して決定的な影響を及ぼすことから、遺言検索及び正・謄本請求の対応に当たっては、請求権限を有さない者に対して情報提供をすることがないよう、慎重の上にも慎重に取り扱わなければならない。
 本稿では、公証人に任命され、着任した当初、遺言検索等の対応で戸惑うことが多いと思われる部分を中心として、遺言検索及び正・謄本の請求手続について、先例(「公証」、「会報」誌等に掲載された法規委員会等の協議結果等をいう。)を参考として、解説することとしたい。
 遺言検索、正本及び謄本が請求できる者(以下「請求者」という。)の範囲は共通であるので、まずは請求者について説明し、その後に、遺言検索、正本及び謄本請求の手続について解説することとしたい。
 なお、意見にわたる部分は個人的見解である。
(注1)遺言検索は、閲覧、正本・謄本請求と異なり、法令の根拠に基づかない公証人の内部の取扱い、いわゆる行政サービスとして実施してきたものである(「遺言検索システム実施要領」(昭和63年5月20日定時総会決議(公証87号)、平成26年4月1日定時総会最終改正決議)、「公正証書原本二重保存システム実施要領」(平成25年5月18日定時総会決議))。
正本・謄本請求の前提として請求するものがほとんどであり、公証人にとっても検索の労力が著しく軽減されることから、適切に対応する必要がある。
なお、遺言検索については、令和4年6月末までは日本公証人連合会事務局にファクシミリで検索依頼を行い、同事務局において検索し、その検索結果を受け取るという方法であったが、令和4年7月以降から、各公証役場において、遺言情報管理検索システムが導入され、直接検索することが可能となった(「遺言情報管理システム実施要領」(令和4年5月21日定時総会決議)、「遺言情報管理システム実施要領細則について」(令和4年6月22日会長通知))。
(注2)公正証書遺言ではない自筆証書遺言については、その保管を法務局で行う制度(自筆証書遺言書保管制度)が令和2年7月10日から開始されており、自筆証書遺言の内、当該制度を利用して保管している遺言については、遺言者死亡後の遺言に限るが、遺言書保管事実証明の交付請求制度を利用することで、自筆証書遺言の存否の確認が可能となっている。

第1 遺言検索及び正・謄本請求の請求者について
 遺言検索及び正・謄本請求については、遺言者本人が生存中の請求であるか、死亡後の請求であるかで請求者の範囲が異なる。そのため、遺言検索及び正・謄本請求があった場合、まずは遺言者本人が生存しているか、死亡しているかを確認する必要がある。
1 遺言者が生存中の請求者
 遺言者が生存している場合は、請求者は遺言者本人又は遺言者本人から委任された代理人に限られ、それ以外の者は請求することができない。
(1)遺言者本人が請求者となる場合の留意事項
  遺言者本人であると申出た者から遺言検索の申出があった場合は、本人で  あることが確認できれば請求人と認めることができるので、運転免許証、個人 番号カード、印鑑証明書・実印等によって本人確認(注1)を行い、本人であることが確認できた場合は遺言検索を実行し、検索の結果を本人に伝える。
(注1)本人確認の資料については、「新訂 公証人法」87頁以下を参照。
(2) 遺言者の代理人が請求者となる場合の留意事項
 遺言者本人がほかの者に委任し、委任された者(代理人)や代理人からさらに委任された者(復代理人)は、本人に代わって遺言検索及び正・謄本請求の請求者となることができる。
 遺言者が生存中の間は、推定相続人がその立場で遺言検索及び正・謄本の請 求者になることはできないが、遺言者が推定相続人の中の一人に委任し、その者が遺言者本人の代理人の立場で請求することは可能である。
 なお、先例は、代理人の場合は、遺言検索を求める事情等を聞くなどして、本人の意思能力や本人の意思に基づくものであることを代理人に対して確認すべきであるとする。(注1)
 委任を受けた弁護士の補助者や弁護士法人の従業員については復代理委任状の提出が必要である。(注2)(注3)
 代理人が請求する場合は、委任状、委任者の印鑑証明書(3か月以内)、代理人の本人確認資料が必要であるが、委任状様式については、以下を参考にされたい(正本又は謄本請求の委任事項を含む。)。

              委任状
     代理人  住所  氏名
     私は、上記の者を代理人と定め、下記の権限を委任します。
           


1 遺言者 〇〇〇〇(  年 月 日生)の遺言公正証書の検索の請求
2 上記公正証書原本の閲覧、同正本又は謄本の交付請求及び受領
3 復代理人選任の権限
4 以上に関連する一切の事項
                   令和 年 月 日
     委任者 住所   氏名                実印

※  委任者の印鑑証明書(3か月以内)を添付する。
※  代理人は、運転免許証等の写真付証明書を提示する。
(注1)会報2024-7-27
(注2)「公正証書等の謄本請求における代理人弁護士等の補助者につき、当該弁護士の使者とする取扱いについては消極である。」(会報2024-4-29)
(注3)「弁護士法人が遺言検索について委任を受けた場合、社員である弁護士は、定款に別段の定めのない限り、各自、弁護士法人を代表して遺言検索を行うことができる。弁護士法人の従業員については、弁護士からの委任(復委任)を受けて、復代理人として遺言検索を行うことができるが、弁護士法人への委任状の委任事項に、復代理人の選任事項が記載されていなければならない。」(会報2024-7-26)

(3)遺言者生存中の遺言者の法定後見人・任意後見人は請求できるか。
 遺言者本人が認知症で判断能力がなくなった場合、本人自身が遺言検索等を請求することはできない。この場合、先例は、遺言者が生存中の間は、遺言者本人の法定後見人(成年後見人)、任意後見人からの遺言検索及び正・謄本請求は認められないとする。(注1)(注2)(注3)(注4)
 請求が認められない理由は、遺言は遺言者本人の生存中は法的効力がなく、本人以外の者は何ら法的利害関係を持たないことからである。当該理由からすれば、遺言者が生存中の間は遺言者の債権者、破産管財人からの請求についても認められないことになろう。
 ただし、先例は、任意後見契約の代理権目録の中に具体的に遺言検索等の権限が記載されていれば、任意後見契約の受任者についても請求者と認められるとする。(注5)(注6)
 この場合は、任意後見契約により遺言者が判断能力を有している時点で、遺言者本人から受任者へ具体的に遺言検索等の委任行為をしたことが確認できることから、前記(2)の代理人の取扱いに含まれると解されるからである。
(注1)「禁治産者が正常な時にした公正証書遺言について、その者の法定後見人である妻から謄本の交付請求があった場合、これに応じることができない。」昭和63年12月2日民一6776号民事局長回答(公証89号173頁、新訂公証人法116頁)
(注2)「昭和63年民事局長回答は、新制度における成年後見人についても妥当するものと解される。」(会報H24-10-25)
(注3)「成年後見人による被後見人生存中の遺言検索及び謄本交付請求はいずれも応じないのが相当」(公証184号185頁。会報H29-9-30)
(注4)「任意後見人は、本人の生活、療養看護及び財産の管理に関する事務の全部又は一部に係る受託事務について代理権を行使するものであるから、成年後見人との対比からみても、遺言検索等の権限を一般的に肯定することはできない。」(会報H24-10-25)
(注5)「任意後見契約の代理権目録に「遺言検索、原本閲覧請求及び正・謄本交付請求についての権限」と具体的に記載がされた場合には、遺言者が当該公正証書作成時に敢えてその権限を付与する判断をしたと考えられることからみて、抽象的には、これに応じてよいと考えられる。」(会報H24-10-25、会報H24-10-30)
 なお、前記先例では、「そもそも、任意後見契約の性質からみて、任意後見人が本人の財産管理のため、遺言公正証書の検索等をする必要性ないし相当性がどれだけあるのか想定しにくいところがあるから、その証書作成時において、そのような条項を代理権目録に記載する具体的必要性を十分吟味した上で、具体的記載に応ずることとするのが相当である。」と解説されており、遺言検索等の権限を代理権目録に定型的に記載することは控えるべきであろう。
(注6)任意後見契約については、委任契約と任意後見契約の契約を同時に締結する移行型があるが、委任契約の代理権目録に遺言検索等の権限を記載することの可否という問題が生じるが、委任契約の濫用の防止の観点からは、当該記載は行うべきでなく、遺言検索等の都度、委任状及び印鑑証明書の提出を求める取扱いをすべきである。

2 遺言者死亡後の請求者について
 遺言者生存中は、遺言者本人以外の者は遺言検索及び正・謄請求者になることができないが、遺言者が死亡した後は、遺言者の承継人(法定相続人、受遺者、相続分譲受人)、法律上の利害関係人(遺言執行者等)、又はそれらの任意代理人、検察官等が請求者となることができる。
(1)法定相続人が請求者となる場合の留意事項
 法定相続人であるという者から申出があった場合は、遺言者の死亡の事実が確認できる除籍謄本、申出人が遺言者の法定相続人に該当していることが確認できる戸籍謄本、及び申出人の本人確認ができる資料(運転免許証等)の提出により、申出人が請求者に該当していることを確認する。
 法定相続人から相続分を譲渡された者であるという者については、譲渡人である法定相続人に係る前記の戸籍謄本等の資料のほか、相続分譲渡証明書及び当該証明書に押印された譲渡人の実印を証明する印鑑証明書が必要である。
 請求者であることが確認できれば遺言検索を行い、検索の結果、当該公証役場で遺言書が作成されおり、正・謄本の請求を希望するということであれば、正・謄本請求書を提出してもらうこととなる。 
 ほかの公証役場で遺言書が作成されていた場合は、検索結果帳票を手交するのと併せて、当該公証役場に直接出向いて正・謄本請求をするのか、郵送で請求するのかの意思確認をし、郵送で請求したい意向が示された場合は、郵送請求の手続を説明することとなる。
 法定相続人の申出については、請求者権限を有する者は、遺言者が死亡した時点における法定相続人に限られるのか、遺言検索申出時点において当該法定相続人にさらに相続が発生し、第2次、第3次相続人がいた場合にこれらの者も請求者権限を有するのかといった問題がある。
 先例は、数次相続人であることが戸籍等で立証できた場合は、遺言者の権利義務を承継していないことが明らかな特段の事情のない限り、遺言検索の申出及び謄本の交付請求に応じるのが相当であるとする。(注1)
(注1)会報2024-6-21。なお、同先例では、特段の事情の不存在の立証を請求者に求めるのは極めて困難であるから、請求者自身が特段の事情(相続の放棄等)の存在を自認しているような場合を除けば、立証を求めることなく請求に応じてよいと考える旨の解説がされている。

(2)受遺者、遺言執行者が請求者となる場合の留意事項
 遺言者から包括遺贈又は特定遺贈されたという者(受遺者)や遺言執行者であるという者から遺言検索等の申出があった場合は、申出人が公正証書遺言の正本又は謄本、これらの写しを所持していた場合は、当該資料の内容を確認することで、請求者に該当するか否かを確認することができるが、これら資料を所持していなかった場合は、遺言検索を行い、実際に遺言書の内容を確認してみなければ請求者に該当するかどうかを判断することができないという問題がある。
 正本等の公正証書遺言の内容を確認できる資料を持参している場合は、当該資料の提出のほか、遺言者が死亡していることを確認するための除籍謄本、並びに受遺者、遺言執行者本人であることが確認できる運転免許証等の写真付証明書等の提出を求め、本人確認ができれば遺言検索を実行する。
 正本等の資料の持参がない場合の対応については、遺言者が公正証書遺言を作成していること、申出人が受遺者又は遺言執行者として記載されていることについて、根拠となっている事実等を申出人から可能な限り聴取し、聴取の結果、公証人として、受遺者、遺言執行者に該当しているものとの確信が持てた場合は、正式な遺言検索申出の請求書を記載してもらい、提出された除籍謄本の情報に基づいて遺言検索する。その結果、公正証書遺言が作成されていれば。遺言の内容を確認し、遺言書が作成されている旨を伝えるとともに、正本・謄本の交付請求の意向について確認することとなる。
 遺言検索した結果、公正証書遺言作成の該当がない場合は、「利害関係を確認することができなかった」旨の回答を行うこととする。回答する際に、「受遺者にはなっていない」、「遺言執行者になっていない」旨の回答をした場合、請求権限のない者に対して遺言内容の一部を情報提供したことになってしまうことから、回答には注意を要する。
 次に、遺言検索した結果、公正証書遺言を作成していることが確認できたが、当該遺言書が遺言検索した公証役場以外で作成されていた場合は、申出人が遺言書に記載されているかどうかの確認を検索した公証役場で行うことはできないため、遺言書を作成した公証役場において遺言書の内容を確認してもらい、正本・謄本を請求する権限を有するか否かの判断をしてもらうよう説明する必要がある。
 この場合、申出人は遺言書を作成した公証役場に正本・謄本請求を行うこととなるが、直接当該公証役場に出向いて請求することのほかに、郵送請求も可能かといった問題がある。
 正本・謄本請求の時点では請求権限があるか否か不明であるものの、受遺者又は遺言者として請求し、遺言書の内容を確認した結果、遺言書に当該申出人の記載がされていない場合は、当該請求については、「利害関係を確認することができなかった」として、請求を取り下げてもらう手続が考えられるが、正式に請求書を送付してもらう前に、申し出を受けた公証役場の公証人が遺言書作成公証役場の公証人に電話連絡し、事実上の内容確認を依頼し、記載の有無を確認した上で、記載がされていない場合は、「利害関係を確認することができなかった」旨の回答をする取扱いが最も合理的ではないかと考える。(注1)(注2)(注3)
(注1)公正証書遺言では、受遺者、遺言執行者の記載は、自然人であれば住所、氏名、生年月日を記載し、法人であれば本店所在地、商号等を記載していることから、同一人、同一法人の確認は容易であろうが、住所、生年月日等の記載がなく氏名のみしか記載されていないとか、氏名についても本名ではなくペンネームや芸名で記載されている場合は、同一人であることが確認できる資料の提出を求め、同一人と確認することができれば請求人と認めて差し支えないものと考える。
(注2)「受遺者であると称する者に、要望の趣旨、受遺者であるとする根拠等を質問し、できるだけ正確に事実関係を調査、把握した上で、受遺者である可能性があるとの心証を抱いた場合は、少なくとも遺言検索には応じるのが相当である。なお、受遺者になっていない旨をそのまま伝えると、利害関係者でない者に、当該遺言の内容を一部漏らしたこととなってしまうので、「利害関係を確認できなかった」等、伝え方に工夫が必要である。」(会報H27-5-22、新訂法規委員会協議結果要録231頁)
(注3)「遺言者Xには、配偶者及び子Yがいたが、「自己の有する甲不動産を実子Yに相続させる。自己の有する乙不動産を知人Zに遺贈する。」旨の公正証書遺言(以下「第1遺言」という。)をした。Xは、その2年後、「自己の有する甲及び乙不動産を実子Yに相続させる。」旨の公正証書遺言(以下「第2遺言」という。)をし、その翌年に死亡した。
Zから第2遺言の閲覧請求があった場合、Zは第2遺言によって確定的に受遺者でなくなったとは断定できないことから、Zが第1遺言の受遺者であることを明らかにすれば、第2遺言についても利害関係者であると認められるので、閲覧申請に応ずるのが相当である。(会報H27-5-20)

(3) 遺言者死亡後の遺言者の法定後見人、保佐人、任意後見人は請求できるか。
 遺言者が生存中は、遺言者の法定後見人、任意後見人は請求者になれないことは前記1の(3)のとおりであるが、先例は、遺言者が死亡した後についても、これらの者は原則として、請求者になることについて消極であるとする。(注1)(注2)
 しかしながら、実際問題として、法定後見人が被後見人の財産の清算をする際、遺言の有無が大きく影響することとなることから、一律、遺言検索、正本・謄本の請求を認めないことは問題である。
 清算手続等で遺言内容の確認が必要である旨の申し出があれば、請求者と認めて差し支えないものと考える。(注2のなお書)(注3)
 なお、法定後見人や任意後見人からの請求を認める場合は、必要資料として、法定後見人に選任されたことが証明できる裁判所の決定書等の原本、任意後見人の場合は任意後見登記の登記事項証明書の原本の提出が必要である。(注4)
(注1)「法定後見人であることから直ちに法律上の利害関係があるということはできないが、法律上の利害関係が存在することを証明したときは、謄本の請求を認める。」(会報H24-5-25)
(注2)「成年被後見人が死亡した時点以降、成年後見人は、被後見人のした遺言公正証書の閲覧の請求をすることについては、原則的には、法律上の利害関係を有しないと解されるので、その閲覧の請求に応じるべきでないとする考え方が大方の一致するところであった。なお、個々の事案によっては、後見の計算なり管理財産の引継ぎなりをなすべき相手方を知り、又は確認するために、その閲覧をするにつき、法律上の利害関係を有する余地があるとする考え方もあった。」
(注3)「任意後見契約において遺言検索についての具体的な代理権の付与がない場合であっても、遺言者の死亡後においては、任意後見人は、後見の終了により、その財産管理の計算、引継ぎ等をしなければならないので、そのような義務の存在を踏まえ、具体的な法律上の利害関係を証明した場合(民法646条及び654条により任務違反の責任が問われる事情等の存在など)には、任意後見人(であった者)からの遺言公正証書原本の閲覧請求や謄本の交付請求は認められるものと考える。」(会報H24-10-30)
(注4)任意後見契約公正証書の正本の提出では、当該契約が解除されている可能性があり、請求時に契約が有効であることを確認するためには、登記事項証明書の提出を求めるべきである。

(4)遺言者死亡後の遺言者の債権者等の利害関係人は請求できるか。
 遺言者に対して債権を有していた債権者が遺言者死亡後、法律上の利害関係人として遺言検索、正本・謄本請求することができるかであるが、先例は、債権者の地位にあるだけでは請求者とは認められず、少なくとも遺言者が死亡する前に、債務名義を取得していなければならないとする。(注1)
 なお、遺言者の債権者等の利害関係人からの請求を認める場合は、必要資料として、債務名義の存在を証明することができる資料として、裁判所の勝訴判決及び確定証明書の原本等の提出が必要である。
(注1)「単に遺言者の債権者であるというだけでは公証人法44条1項、51条1項の法律上の利害関係を有するとはいえない。とする点については異論はなかった。問題は、既に債務名義を取得している債権者で、これについては、積極・消極の両説に分かれた。執行に着手した後に債務者が死亡した場合については積極説が多数であった。」(会報H9-2-30、公証121号213頁、会報2019-12-35)

(5)相続人の成年後見人、保佐人、任意後見人は請求できるか。
 遺言者が死亡した後は、法定相続人であれば請求者になることができるが、法定相続人が認知症等を原因として判断能力がなくなり、当該法定相続人の法定後見人が選任され、又は任意後見契約の効力が発生した場合、当該法定相続人の法定後見人、任意後見人が請求者になることができるかという問題である。
 この場合については、先例はいずれも請求者として認められるとする。(注1)(注2)(注3)
 なお、法定相続人の法定後見人や任意後見人からの請求を認める場合は、必要資料として、法定後見人に選任されたことが証明できる裁判所の決定書等の原本、任意後見人の場合は任意後見登記の登記事項証明書の原本の提出が必要である。
(注1)「成年後見人は、成年被後見人の法定代理人であり、後見事務として、成年被後見人の財産の調査、管理を行い、その財産に関する法律行為について成年被後見人を代表する者である(民法853条1項、859条)。したがって、成年被後見人が遺言者の承継人である場合、成年後見人は、成年被後見人の法定代理人として、遺言検索等をすることができる。」(会報2023-6-35)
(注2)「保佐人は、被保佐人の代理人として、被保佐人の被相続人の遺言公正証書について、遺言検索の申出及び謄本の交付請求をする権限を有しているから(家庭裁判所の審判で付与された権限は①相続の承認又は放棄、②贈与又は遺贈の受諾、③遺産分割又は単独相続に関する諸手続、④遺留分侵害額請求に関する諸手続、⑤これらの各事務に関連する一切の事項であり、⑤により遺言検索の申出等の権限が付与されていると解される。)、保佐人からの遺言検索の申出及び謄本の交付請求に応じることができる。」(会報2024-6-19)
(注3)「任意後見人は、任意後見契約で定められた財産の管理に関する事務を後見事務として委託を受け、それについて代理権を付与された者である。任意後見人の代理権目録中の「不動産、動産等全ての財産の保存、管理及び処分に関する事項」の対象となる財産に相続財産も含まれ、被相続人である遺言者の遺言検索等は上記代理事項中の任意被後見人の財産に係る保存若しくは管理行為又はそれに付随する行為に当たると解することができるので、任意後見人も、任意被後見人の任意代理人として、それらの行為をすることができると解される。なお、反対意見もあり得ることを考慮すると、代理権目録に、「委任者の被相続人の遺言の検索申立て、遺言公正証書の原本閲覧請求、謄本交付請求に関する事項」という代理事項を定めておくのが相当である。」(会報2023-6-35)

(6)相続人の相続財産管理人、相続財産清算人は請求できるか。
 遺言者が死亡した後の相続人の相続財産管理人や相続財産清算人は、請求者になることができる。(注1)(注2)(注3)
 なお、相続財産管理人や相続財産清算人からの請求を認める場合は、必要資料として、相続財産管理人、相続財産清算人に選任されたことが証明できる裁判所の決定書等の原本の提出が必要である。
(注1)「相続財産管理人は、遺言検索システムによる遺言公正証書の検索を求めること並びに公正証書謄本の交付を求めることができる。相続財産の清算人についても、同様の取扱いとするのが相当である。平成20年7月4日法規委員会協議結果(公証155号242頁)は、変更するのが相当である。」(公証199号250頁、会報2022-10-37)
(注2)「後見開始の審判前の保全処分による財産管理者に選任された弁護士から、成年被後見人となる者の亡夫の遺言公正証書について遺言検索等の請求があった場合、その者について、家事事件手続法126条2項の後見命令が発せられていれば遺言検索等をすることができる。」(会報2023-6-34)
(注3)「後見命令が発せられていない財産管理者については、財産保全のための管理行為を超えて探索的な財産調査には及ばないとするのが相当である。したがって、この財産管理者は、遺言検索等をすることができる利害関係人に当たらない。(多数意見)」(会報2023-6-34)

3 司法警察員、国税局職員等からの遺言検索、閲覧、謄本請求があった場合の留意事項
 司法警察員から、刑事訴訟法197条2項に基づく遺言の存否及び内容に関する照会があった場合の対応については、従前、公証人法4条及び44条4項の規定を根拠に、検察官を経由してされない限り応じることはできない旨の対応をしてきたところであるが、平成27年10月15日付け日本公証人連合会理事長通知により、その取扱いが改められ、当該照会に当たっては、原則として応じるのが相当であるとされた。(注1)
 反対先例(注2)もあるが、平成27年通知に従うべきである。(注3)
 なお、「検察官ハ何時ニテモ証書ノ原本ノ閲覧ヲ請求スルコトヲ得」とする公証人法44条4項の規定は、令和5年法律第53号「民事関係手続等における情報通信技術の活用等の推進を図るための関係法律の整備に関する法律」(以下「改正公証人法」という。)により削除されているので、改正公証人法施行後は、検察官経由の根拠法自体がなくなっていることから、平成27年通知の取扱いによらなければならないこととなる。(注4)
 税務署長からの照会に対しても、司法警察員に準じて対応することとなる。(注5)(注6)
 問題は回答方法であるが、遺言者や相続人等からの請求に対しては謄本の内容を一部の範囲に限って作成して交付することはできないが(後記4の注3参照)、司法警察等からの照会に対しては、守秘義務との関係もあり、必要最小限の範囲に限定し、内容の一部について回答することになる。(注7)
 したがって、回答については、遺言書の正本・謄本をそのまま交付するのでなく、文書回答の方法によることとなるが、照会部分に限定して回答するためには、照会内容について、できる限り範囲を限定し、かつ具体的な内容にしてもらう必要がある。
 市町村等からの申入れについては応じることができないが、先例は、閲覧等について法律的根拠があれば、必要最小限の範囲に限定して応じて差し支えないとするのが多数意見である。(注8)
(注1)「刑事訴訟法197条2項に基づく遺言の存否及び内容に関する捜査関係事項照会に対する回答については、原則として応じるのが相当である。ただし、回答に当たっては、捜査の必要性と回答内容とを勘案し、必要最小限の範囲で回答すべきである。」(平成27年10月15日付け日本公証人連合会理事長通知「司法警察員からされる遺言公正証書の存否等に関する捜査関係事項照会(刑事訴訟法197条2項[遺言検索システムに基づくもの])への対応について」)
(注2)「公証人法第4条の守秘義務の規定及び同法第44条第1項、第4項という現行法の規定を前提とする限り、捜査上の必要性がある場合であっても、警察署からの遺言公正証書の閲覧請求はできないと解するのが相当で、公証人は、これに応じるべきではなく、捜査機関としては、令状を得てその差押えをするか、又は検察官を経由してその目的を達するべきであるというのが、多数の意見であった。」(会報H29-5-34)
(注3)令和7年2月6日付け日本公証人連合会総括理事事務連絡参照
(注4)民事月報「公正証書に係る一連の手続のデジタル化~令和5年改正公証人法の解説~」によれば、廃止理由について、「旧公証人法においては、検察官がいつでも公正証書の閲覧を請求することができる旨の規定が設けられていた(「旧公証人法第44条第4項」)。しなしながら、検察官は、捜査のために公正証書の閲覧が必要なときは、刑事訴訟法(昭和23年法律第131号)第197条第2項又は第218条第1項に基づき、公証人への照会や公正証書の差押えを行うことが可能である。また、公益の代表者としての事務の遂行のために公正証書の閲覧が必要なときは、旧公証人法第44条第1項に基づき、利害関係者として閲覧を請求することが可能である(改正法による改正後も、新公証人法第42条第1項に基づき、利害関係者として閲覧を請求することが可能である。)。このように、検察官による公正証書の閲覧に関しては、別途の規定が整備されており、公証実務も、旧公証人法第44条第4項を根拠とした閲覧請求が行われた実例はなく、死文化した状況にあった。そこで、新公証人法では、旧公証人法第44条第4項に係る規律を廃止している」と解説されている。
(注5)「税務署長から、国税通則法74条の12第6項に基づく特定の個人に関する遺言公正証書の有無の回答とその複写の送付依頼があった場合、照会書の記載及び担当者への問い合わせ等から、具体的な必要性を認めることができれば、これを勘案した最小限度の範囲で、遺言公正証書の有無及び内容の回答を行うのが相当である。(公証184号178頁)
(注6)「国税通則法74条の12第1項は、公証人法4条の「別段の定め」に当たるが、本問の国税局職員は、公正証書の閲覧・謄本交付請求ができる法律上の利害関係人には当たらないから、同請求に応じることはできず、国税通則法74条の12第1項に基づく請求への対応としては、国税局職員から具体的な必要性について聴取し、これを認めることができれば、これを勘案した最小限の範囲で、当該公正証書の有無及び内容の回答を行うのが相当である。」(公証198号108頁、会報H29-9-23。債務承認弁済公正証書の閲覧等について会報2022-5-32)
(注7)回答方法については、前記の平成27年10月15日付け日本公証人連合会理事長通知を参照されたい。
(注8)空家等対策の推進に関する特別措置法に基づく対策実施のため、所有者特定の必要から、A市長から遺言検索の申立て及び公正証書謄本の交付請求があったとしても、いずれも応じることはできない。なお、本特措法10条3項に基づき、遺言公正証書の存否及びその内容について情報提供の申出がされた場合には、公証人法4条の「法律ニ別段ノ定アル場合」に該当するので、遺言公正証書が存在すること及び本件家屋に関する遺言事項の内容を回答する対応を行うという意見が多数であった。」(会報2022-2-14)

4 撤回した遺言の謄本請求があった場合又は遺言の一部の謄本請求があった場合の留意事項
 公正証書遺言を撤回した場合、撤回された遺言は無効になるが、無効となった当該遺言について、謄本請求や閲覧請求がされた場合、これに応じてよいかという問題がある。先例は、応じて差し支えないとする。(注1)(注2)
 また、公正証書遺言について、利害関係がある部分に限定して謄本交付や閲覧があった場合に、これに応じて差し支えないかという問題があるが、これについては、先例は一部の謄本請求や閲覧請求には応じることはできないとする。(注3)
 したがって、請求権限があることを確認することができれば、遺言の全部について謄本交付、閲覧に応じることとなる。
(注1)「撤回された遺言は無効なものであり法的に存在しないものとして取り扱うべきものであるとするA説と、閲覧を拒むことができる旨の規定がないので、閲覧請求を拒むことができず、これを認めるのが相当であるとするB説があるが、B説が多数説。」(会報H24-3-29)
(注2)「法律行為の無効又は法律行為の取消若しくは変更により、その全部又は一部が無効とみられる証書についても、謄本の交付請求があれば、これに応じて差し支えない。」(昭和45年6月15日民事甲2733民事局長回答(公証事務先例集968頁)、会報H26-9-24)
(注3)「公証人法には、適法な利害関係者による公正証書の全部の閲覧請求及び謄本の交付請求に対し、公正証書の一部しか閲覧させなかったり、抄本しか交付しないことを許容する規定はなく、公正証書の閲覧請求及び謄本の交付請求に関する規定ぶりに照らし、いずれも許容していないと解さざるを得ない(多数意見)。」(会報H28-5-44)

第2 遺言検索及び正・謄本請求手続の流れ
1 遺言検索の手続に係る留意事項
 遺言検索は、請求者が公証役場に直接出頭した場合しか認められない。
 電話、郵送、メールによる申出は認められない。その理由は、遺言検索は、法律上の権利ではなく、公証人のサービスと位置付けられていること、全国どこの公証役場でも申出可能であり、出頭を要求しても過剰な負担を求めることにはならないといったことが理由として考えられる。ただし、将来においては、Web会議システムを利用して本人確認を行うといった方法により、出頭要件が緩和されることは十分に考えられる。
 遺言検索は、所定の請求書に請求者の住所氏名、遺言者の生年月日、死亡年月日、遺言者との関係等を記載して請求することになるが、請求書のほか、請求者の本人確認、請求権限を有することを証明する資料の提示又は添付をしなければならない。(注1)
 遺言者本人が請求する場合は、本人確認資料として、写真付証明書として運転免許証又は個人番号カード等を提示してもらい、これら写真付証明書がない場合は、請求書に請求者の実印を押印し、印鑑証明書(3か月以内)を提出しなければならない。(注1)
 なお、遺言者本人について、遺言書作成時の住所、氏名に変更がある場合は、住所が変更されたことが確認できる住民票又は戸籍の附票、氏名変更が確認できる戸籍謄本の提出を求めることになる。
 法定相続人が請求する場合は、前記の本人確認資料のほかに、①遺言者の死亡事項が記載された除籍謄本、②遺言者と請求者との関係がわかる戸籍謄本(①の除籍謄本に請求者が記載されている場合は①だけで足りる。)が必要になる。
 受遺者が請求する場合や法定相続人以外の者が遺言執行者に指定され、この者が請求する場合は、前記の本人確認資料のほかに、住民票が必要であり、遺言書記載の住所と異なる場合は、つながりがわかる住民票又は戸籍の附票の提出が必要になる。
 法定後見人、任意後見人、相続財産管理人等が請求する場合は、除籍謄本のほかに、法定相続人の任意後見人等であることが証明できる裁判所の決定書、審判書、公正証書正本等の提出が必要になる。
 なお、代理人が請求する場合には委任状の添付が必要となるが、委任状様式については、前記第1の1の(2)のとおりである。    
 遺言検索の具体的な手順は、「遺言情報管理システム実施要領」(令和4年5月21日定時総会決議)、「遺言情報管理システム実施要領細則について」(令和4年6月22日会長通知)及びマニュアルに従い検索を実行し、その結果を請求者に交付する。
 (注1)遺言検索申請書の押印の取扱いについては、本人確認書類として、印鑑登録証明書を提出する場合は実印の押印が必要であるが、運転免許証又は個人番号カードを提示する場合は、押印の廃止が可能とする取扱いが、2022年(令和4年)1月1日から実施されている。(令和3年11月24日付け日本公証人連合会総括理事通知「嘱託人作成文書の押印の廃止について」)

2 正・謄本の交付手続に係る留意事項
 正・謄本の交付請求は、請求者が、遺言公正証書を作成した公証役場へ直接出向いて請求することも可能であり、郵送で請求することも可能である。(注1)
 現時点では、メールによる請求は認められていない。
 遺言公正証書を作成した公証役場に直接出向いて請求する方法は前記1の遺言検索の請求方法と同様である。遺言検索した後に、引き続き正・謄本請求を行う場合は、所定の正・謄本請求書を提出してもらうだけでよい。なお、請求者の押印の取扱いについては注2参照のこと。
 遺言検索した結果,検索した公証役場ではない、ほかの公証役場で作成していることが判明した場合は、請求者に対して、直接当該公証役場に出向いて請求するか、郵送により請求するかを確認し、郵送請求を選択した場合は、郵送請求方法を説明することになる。
 郵送請求は、所定の請求書に、請求者の住所、氏名等を記載して請求することとなるが、請求者の押印の取扱いについては、下記注2参照のこと。(注2)
 郵送請求の手順は、以下のとおりである。
①  請求書、遺言検索結果の写し、添付資料(除籍謄本、印鑑証明書等)及び返信用レターパックの送信
② 請求された公証役場において公正証書遺言の原本を確認し、手数料及び振込口座を請求者に連絡する。
③  手数料振込の確認ができた後、謄本等を請求者に送信する。
(注1)正本又は謄本請求については郵送による請求が認められるが、その取扱いは、2022年1月1日から開始したものであり、それまでの郵送請求を認めないとする取扱いを改めたものである。(令和3年11月24日日本公証人連合会総括理事通知、同年11月8日同連合会会長照会、同年11月18日法務省民事局長回答)
(注2)正・謄本の交付請求書の押印の取扱いについは以下のとおりである。
 ア 申請人が直接公証役場に出向いた場合は、本人確認書類として、印鑑登録証明書を提出する場合は実印の押印が必要であるが、運転免許証又は個人番号カードを提示する場合は、押印の廃止が可能とする取扱いが、2022年(令和4年)1月1日から実施されている。(令和3年11月24日付け日本公証人連合会総括理事通知「嘱託人作成文書の押印の廃止について」)
 イ 郵送で請求する場合は、本人確認書類として印鑑登録証明書を提出する場合は、請求書には実印を押印する必要があるが、本人確認書類として、運転免許証又は個人番号カード等の写真付身分証明書の写しを同封し、かつテレビ電話による本人確認(定款認証で利用するWeb会議システムを利用して写真付身分証明書の画面提示と記録(キャプチャ))を行った場合は、請求書への押印は不要である。
                         (津・津合同役場公証人 安田錦治郎)

民事法情報研究会だよりNo.64(令和7年1月)

   新年のごあいさつ
 新年明けましておめでとうございます。
 昨年は、総会・セミナー及び懇親会を6月15日(土)に、セミナー及び懇親会を12月14日(土)にそれぞれ開催いたしました。セミナーの講師をお引き受けいただきました早川智様及び後藤博様並びにご参加いただきました会員の皆様に厚くお礼申し上げます。
そもそも、当研究会が設立されましたのは、法務局を退官された後の全国的な交流の場が少ないことに鑑み、そのような場を提供しようということにありました。また、せっかく皆さんにお集まりいただきますので、ご関心のある話をお聞きいただければということでセミナーも開催しています。そのような趣旨に鑑みますと、出席者が少ない傾向にあることは残念に思われます。6月の会員総会・セミナー・懇親会を第3土曜日に、12月のセミナー・懇親会を第2土曜日に固定していますのも、他の行事と重なることを避けるためでありますので、他の行事を検討されますときにご配慮いただきますと幸いです。
 ただ、遠隔地から来られるのが困難であることは理解できるところでありますが、これから更に年齢を重ねていきますと、一層遠隔地に旅行することは困難となるものと思います。動けるうちにということで今後のご出席をご検討いただきますようお願いいたします。
出席が難しい方のためにという趣旨を込めて、民事法情報研究会だよりを発行しています。日頃お会いできない方の近況を綴った文に接することができますのも、会員であればこそでありますので、少なくとも一度は筆をお執りいただきたく思います。もちろん、何度もお書きいただけることは望外の喜びですので、複数回のご投稿をお待ちしています。お近くの担当理事を中心にサポートさせていただきます。
現在の当研究会の理事・監事は、次のとおりとなっています。
会長・業務執行理事      小口 哲男
副会長・業務執行理事     古門 由久
業務執行理事         佐々木 暁
業務執行理事         横山 緑
業務執行理事         檜垣 明美
業務執行理事(関東地区担当) 余田 武裕
理事(北海道・東北地区担当) 山家 史朗
理事(東海・北陸地区担当)  安田 錦治郎
理事(近畿地区担当)     大竹 聖一
理事(中国・四国地区担当)  久保井 浩美
理事(九州地区担当)     前田 幸保
監事             西川 優
監事             神尾 衞
 上記メンバーにお気軽にお声がけいただきたいと思います。
 最後に、皆様が明るい一年を迎えることができますようお祈りし、新年のごあいさつとさせていただきます。
 本年も、どうぞよろしくお願いいたします。
令和7年正月
        一般社団法人民事法情報研究会会長  小 口 哲男


 

今日この頃

 このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

字は心の鏡(佐々木 暁)

 2025年(令和7年)巳年が明け、会員の皆様には、新たなお気持ちで新しい年をお迎えになられたことでしょう。新年あけましておめでとうございます。初詣には、少ない年金の小遣いの中から、私としては思いっきりのお賽銭を投げ入れて、「今年も健康で無事に一年間過ごせますように」と、一番先に我が身の大事を祈願して、続いて、妻や子・孫らの無病息災を真心をもって?祈願するのが、新年の慣わしです。決して、宝くじの当選や、競馬の大穴狙いが着ますようになどとはお願いしません。会員の皆様におかれましては、先ずは良き伴侶の健康長寿を願い、合わせて子や孫の健康安全を祈り、最後に我が身の健康を祈願されておられることでしょう。
 今年も一月号の「今日この頃」の五回目の担当を編集部のご厚意により仰せつかり、7億円の宝くじに当選したかのような喜びを胸に、遅々として進まぬ筆をクルクル回しては、溜息をついている次第です。
 巳年の「巳」は、古代中国では、「探求心と情熱」を表し、執念深いと言われる蛇ですが、助けてくれた人には恩返しを行うと言われているようです。
 さて、私と言えば、今年の日本の政治・経済、社会生活、そして世界の情勢は何処に向かっていくのだと、新聞・テレビに向かって、一人ブツブツ文句を言いながら過ごす一年になりそうな予感の中の正月を過ごしています。
 お正月と言えば、年賀状ですが、会員の皆様もお屠蘇を飲みながら、ゆっくりと拝見されたことでしょう。この年齢になると、年賀状のご辞退・ご遠慮、加えてラインやメールでの新年のあいさつが増えて、更には郵便料金の値上げにより、めっきり枚数が減ってきました。頂いた年賀状もパソコンか印刷された文字のものが大半となり、直筆・肉筆の年賀状が少なくなり、寂しい思いをしています。
 私の場合は、年賀状はもとより、手紙や葉書は、全て手書き・直筆です。パソコンが苦手だからというものではなく(少しはあるものの)、字が上手いから(むしろ下手かも)というものでも勿論ありません。
「名は体を表す」という言葉がありますが、最近では、「字は体を表す」、とか「字は人を表す」、「字は心を表す」、と言われているようです。やや大げさに言えば、自分の事を表現するために、自分であることを確認してもらうために直筆にこだわっているのかもしれません。
 文字は、人柄やその人の持つ教養までも表し、筆跡は、その人の性格を表し、内面の特性を読み取ることができるとも言われているようです。
 その日の体調で、字体(筆跡)が崩れていたり、角ばっていたり、流れていたりすることがままあります。友人・知人からの便りが、直筆であれば、何時もの精神状態か、今日は何かあったのか、少しばかり筆跡が揺れているな、などと相手方の心情も併せて読み取ることが出来るかも知れません。手紙の文面や字体・筆跡から、何か嬉しいこと、良い事があったなとか、何か悩みがあるなとか、気持ちが沈んでいるなとか、何かに怒っているな、とかに気付くことがあります。パソコン文字や携帯メールでは、気付きにくいかもしれない。
 嘗て一昔前、民事局において、予算・施設・増員等を含めてすべての要求作業に携わったことがありました。要求書の作成に全く経験のない私にとっては、過去の要求資料を取り出し参考とすることから始まりました。それは素人の私にとってまさにバイブルそのものでした。資料のバインダー・ファイルの背表紙には、担当者であった先輩の直筆で「〇〇に関する要求書」「昭和〇〇年度予算要求資料」等々記載され、整然とスチールロッカーに並べられていました。その背表紙の字体・筆跡を見て、この資料は、〇〇先輩の作成した何年頃の〇〇に関する要求資料だということが一見して分かったものです。勿論、ワープロもパソコンも無い時代です。したがって、要求書の中身は全て担当者の手書き、直筆で書かれています。2Bの柔らかい鉛筆で書かれた要求書の文字に込められた先輩の熱い思いが伝わり、その笑顔とともに蘇るような気がしたものでした。暑い夏の日の旧三宿寮の作業部屋の中で、何度も何度も消しては書いてを繰り返したであろう痕跡が窺え、先輩のご苦労に感謝しながら、私の要求資料の参考にさせてもらいました。勿論、先輩の作成した要求書の文字に手を合わせて。
 先に「字は体を表す」と書きましたが、今でも直筆の筆跡に接する度に友人・知人、先輩の名と笑顔が懐かしく浮かび上がって、自然に気持ちも和らぎます。
 今は天国にいる私の法務局採用時の同期生だった彼もまた自体が性格をよく表していた一人でした。字は決して上手いとは言えない。しかし、一字一句はしっかりと自己主張していて、真面目が羽織袴を着て歩いているような字であり文章でした。仕事ぶりもまさに字体通りの堅実なものでした。しかし、一旦アルコールが入ると、がらりと変わり羽織袴は脱ぎ捨てられ、真面目も何処かに消え去るのでした。「字は体を表す」が少し揺らいだ瞬間でした。「字は読めれば良いのだ」が彼の主張でした。確かに。
 最近は、文章そのものを書く機会もないに等しく、たまに不幸にも交通事故のように「今日この頃」に当選の憂き目に逢うぐらいであります。ましてや、直筆のまま世に出ることはありません。直筆は専ら、私的な手紙や葉書になります。
 文字・筆跡には、書く人の性格やその時の感情が表れ、何とも言えない情感に浸され、笑顔が浮かんだり、泣き顔、怒り顔、苦渋の顔が見えてきます。
 人によっては、使う道具によっても全く違う筆跡になることがあります。書道八段と言う友人の筆字は素晴らしいと称賛しつつ、万年筆で書かれたハガキの字を読むのに苦労したことがあり、同一人物かと疑ったことさえあります。日本語の漢字・ひらがなは、書く人の感情を表現する最高の言語だと改めて感じた次第です。
 戦国武将同士の書簡のやり取りや著名な文豪諸氏同士の書簡・手紙の類が時代を経て発見され、新聞等で報道されることがありますが、その内容はもちろんですが、本人直筆の筆跡にも大いに興味が湧くところです。戦いの駆け引き、作家同士の借金の申し入れ、恋の駆け引き等々も面白い。
 と、あれこれ話はとりとめのないところに飛んでしまいましたが、お正月の祝い酒を飲みながら、頂いた年賀状を拝見しつつ、なんとパソコン文字の多いことかと嘆きながら、たまに出てくる直筆文字に感動しながら、差出人の笑顔を思い出しては盃を満たしている今日この頃の喜寿を迎えた老人の感傷的戯言のオンパレードを会員の皆様の寛大なるお心でお許しください。
 本年もよろしくお願いいたします。
                   (さいたま・大宮公証センター元公証人 佐々木 暁)

竹山道雄と名著「ビルマの竪琴」をめぐって(川上富次)

1 竹山道雄といえば多くの人が反射的に「ビルマの竪琴」を思い浮かべます。
  昭和22年から23年にかけ出版され、当時国民的作家といわれる程多くの読者を獲得しました。
 その後、昭和31年には市川崑(日活)監督、俳優三国連太郎、安井昌二等により映画化され、ヴエネツィア映画祭でサン・ジョルジョ賞を授けられています。
 この映画により一層名声を高めました。
 ところで、竹山道雄とはいかなる人か、その人物像となると意外に知られていません。
 実は、誌友の皆様には、多方面でなじみの深い香川保一先生(以降「先生」)が生前「竹山道雄は私の恩師です。」といわれていたことが耳底に残っています。
 一高で教鞭をとっておられた竹山道雄、37歳。青雲の志に燃えて一高の門をくぐられた先生が19歳。お二方の出合いがいかに親炙に浴されたものであったか。先生が昭和18年の学徒出陣で、いよいよ海軍の任務につきますと伺った際、餞の言葉は「死ぬなよ」だったと承っています。
 竹山道雄は数多くの論文、著作集を残し昭和58年菊池寛賞を受賞、日本芸術院会員となりますが翌59年6月15日、肝硬変のため東京厚生年金病院で逝去されました。
 享年80歳でした。

2 第一話 うたう部隊 -抽出引用―
 『ほんとうにわれわれはよく歌をうたいました。嬉しいときでも、つらいときでも、歌をうたいました。いつ戦闘がはじまるかもしれない、そして死ぬかも分からない、せめて生きているうちにこれだけは立派にしあげて、胸一杯にうたっておきたい―、そんな気がしていたかもしれません。隊の者はみな心からうちこんで練習をしました。それも、なるべく深みのあるすぐれた歌をうたいたがりました。
― 中略 ―
 「まて!」と隊長は大きな声で叫びました。「あの歌をきけ!」
 森の中の歌声はたちまち二つ三つと数を増し、ついにはあちらからもこちらからもそれに和しました。そしてそれは「はにゅうの宿」の節を英語で「ホーム・ホーム・スイート・スイート・ホーム」とうたっているのです。
 われわれは顔を見あわせました。これはどうしたということだろう?森の中にいるのは、われわれの命をねらうおそろしい敵ではなかったのだろうか?村の人々だったのだろうか?そんならこんな心配をするのではなかった。そう思うと、にわかにほっとしました。そうして、武器を下におきました。
 森の端の方では、別の一団の声が「庭の千草」の節をうたっています。しかし、それも「………ザ・ラースト・ローズ・オブ・サンマ―……」と英語です。
 森の中は歌の声で一杯になりました。とおくの川の崖の陰からも、合唱がおこりました。われわれもそれに合わせてうたいました。
 月が出ていました。涼しげな青い光が、あたりを一面にそめています。樹々のあいだは、ガラスの柱を幾本も立てたようになっていました。その中を、森から広場へ、人影がばらばらと走り出てきました。
 よく見ると、それはイギリス兵でした。
 かれらはいくつもの塊となって合唱しています。思いをこめて「スイート・ホーム」や「ザ・ラースト・ローズ」をうたっているのです。「はにゅうの宿」も「庭の千草」も、日本人がこれがむかしから日本の歌だと思っていますが、もともとはイギリスの古い歌の節なのです。ことに「はにゅうの宿」はイギリス人が自慢をするかれらの家庭の楽しみをうたったものなので、すべてのイギリス人は、これをきくと、自分たちが幼かった頃のこと、母親のこと、故郷のことを思うのです。それが、こんなビルマの山の中で、危険きわまりないと思っていた敵を包囲していたときに、その敵がしきりにうたっているのをきいたのですから、何ともいえない異様な感動をうけたのです。
 こうなるともう敵も味方もありませんでした。戦闘もはじまりませんでした。イギリス兵とわれわれとは、いつのまにかいっしょになって合唱しました。両方から兵隊が出ていって、手を握りました。ついには、広場の中央に火をたいて、それをかこんで、われらの隊長の指揮でいっしょにこれらの曲をうたいました。
 一人の背の高いインド兵が、ポケットから家族の写真を出して、うたいながら焚き火の光でながめていました。彼は頭を白い布で巻いて、黒い頬髭を生やして、堂々とした威厳のある様子をしていましたが、目は実にやさしくて羊のようでした。彼はその写真をわれわれにも見せました。写真には、奥さんと二人の子供が椰子の木の下に笑ってうつっていました。この人はカルカッタの商人だということでした。
 一人の何国人だかよく分からない兵隊は、われわれにも家族の写真を見せろ、といいました。一人の戦友が日本のお婆さんの写真を出すと、彼はそれを頬にあてて、接吻をしました。
 一人の血色のいいイギリス兵が「イフ・ア・ボディ・ミタ・ボディ……」とうたいました。それと同じ節を、一人の日本兵が「夕空はれて……」とうたいました。すると、そのイギリス兵は日本兵と肩を組んで、あたりを大股に歩きました。日本兵は「ああ、わがはらから、たれとあそぶ」と声をはりあげました。ここで、またあたらしい合唱がはじまりました。
 水島はさまざまな合いの手を入れて、これに伴奏しました。これはイギリス兵からも非常な喝采をうけました。彼が焚き火の炎に半面をてらされながら弾いている顔を見ると、頬には涙がながれていました。それを見て、どこの国の兵隊も涙をながしていっしょにうたいました。
 この夜、われわれはもう三日前に停戦になっていたことを知りました。イギリス軍はあくまでも凶悪だとおもっていたわれわれにそれを知らせる法もなく、残敵掃蕩のためには、ことによったら殲滅もやむをえない、と思っていたのでした。われわれは武器をすてました。』

3 「ビルマの竪琴」は、第一話 うたう部隊 第二話 青い鸚哥 第三話 僧の手紙の三つの話から成り立っています。
 著者は一番書きたかったのはこの中の第三話だと述べておられます。
 僧の手紙は、部隊を離脱してビルマ僧となり、手造りの竪琴を弾きながら多くの戦跡をめぐり歩いた水島上等兵が隊長にあて「あの無数の無名の戦死者たちの骨が私を呼んでいます。私が行くのをまっています。私はこの呼び声に応えなくてはなりません」とビルマに残留して、野ざらしのまま残されている多くの白骨を埋葬して供養し、一生を盡すと決意しましたと書き綴っているのです。
 著者は、戦時中から、遠い異国に屍をさらしている人々のことに心を傷め続けていました。
 若い教え子がどこかの地で野ざらしになっているかと思えば堪えられない心境でした。
 葬儀に行くと柩は空で剣だけが置かれていたり、見なれた姿の写真のみが飾られていたり「知られず柩におさめられず、葬いの鐘も鳴らされず」―バイロン―戦争の原因とか責任とかはさて置き、国のため、家族のため総てを捧げて勇戦・散華した人達が放置された儘でよいのでしょうか。
 筆路は変わりますが、戦没者遺骨収集の会によりますと未だ112万柱の遺骨が残されているようです。
 平成28年になってやっと「戦没者遺骨収集推進法」が成立、国の責務として令和11年まで集中実施と報道されています。相手国の事情や予算上の問題等隘路も多々あり、一朝一夕には進まないと思いますが、国家の事業として最後まで続けて欲しいと念じています。
 平成25年硫黄島を訪問した安倍晋三元首相は、滑走路の下にも多数の遺骨が埋もれている可能性の示唆を受けると、滑走路にひざまづき手を合わせて冥福を祈られたと仄聞しています。

「国の為重きつとめを果し得て 矢弾尽き果て散るぞ悲しき」
 硫黄島総指揮官栗林忠道の辞世の句           鎮魂 

付記1 文中映画に係る記述は、公証人連合会会友永井敬一氏の教えを頂きました。感謝を込めて記します。
付記2 底本 竹山道雄 少年少女日本文学館16巻「ビルマの竪琴」講談社刊 今は新潮社文庫に収録
                      (さいたま・東松山公証役場元公証人 川上富次)

光輝幸齢(本間 透)

 私は今年の7月に75歳を迎え、めでたく「後期高齢者」になりました。何故めでたいのかというと、近くに住む孫娘が「後期高齢者」についてネットで調べたところ、それを「光輝幸齢者」と当て字をして「光り輝く幸いな年齢の人」と捉えることもできると教えてくれたからです。それほどではないにしても、年相応に物忘れやできないことが増えていますが、今のところ行動が制限される持病がなく、やりたいことを十分に楽しんでいることから、改めてポジティブな気持ちで年を重ねていこうと思いました。
 ところで、2025年には、日本の総人口の5分の1が75歳以上になるという超高齢社会を迎え、その3分の1が介護の必要な状態になるとの予測がなされています。まさしく自分がその真っ只中に居ることから、そうならないようにして、健康寿命を保っていかなければと痛感している次第です。そのためには、「フレイル予防」が欠かせないとされ、フレイル(虚弱)とは、健康な状態と要介護状態との間のことで、その予防を怠ると当然早く要介護状態になってしまう恐れが増すことになります。
 期せずして、私が住む千葉県柏市の東京大学の柏キャンパスに「高齢社会総合研究機構」があり、2012年から柏市と共催で抽出された65歳以上の住民を対象に「栄養とからだの健康増進調査研究」が行われ、2021年に私がその対象になり、フレイル予防のための調査に応じました。さらに今年の10月にその追跡調査が同機構において行われました。
 調査の内容としては、事前に記載した食事・運動・社会参加に関する詳細にわたる項目のアンケートを提出し、①問診・採血(当日の健康状態のチェック)②身体測定(身長、体重、腹囲、四肢周囲径、両手両足の筋肉量)③もの忘れ(認知機能に関する聞き取り)④運動機能(動きの俊敏さ、立ち回り、体のパワーバランスなど筋力と歩行の状態)⑤口の健康度(歯科医師等による口腔内の状態と機能のチェック)⑥飲み込む力(専用の機器による食べ物や水の飲み込む力のチェック)⑦表情(真顔、笑顔を会話しながら撮影)⑧話し方・声のはり測定(2パターンの短い文章を3回読む)⑨飲料容器の開け閉めの力(開け閉めする際の握力や指先の力)について行われました。これらの調査研究の詳細な結果は、後日個別に通知されるとともに統計的に処理されたものは、学術的な会議や学術雑誌への論文で公表されるとのことでした。
 上記の調査による私の速報レポートとして、握力、ふくらはぎ周囲径、五回椅子立ち上がり、滑舌に関しては、いずれも基準値を上回っていました。また、アンケート調査による健康長寿に必要な三大要素である栄養(毎日3食食べ、硬いものが噛める)・運動(歩行又は同等の身体活動を1日1時間以上行う)・社会参加(家族・友人や社会とのつながり)に関しても標準をクリアしていました。
 栄養に関しては、妻のおかげで「さかな・あぶら・にく・ぎゅうにゅう・やさい・かいそう・いも・たまご・だいず・くだもの」→「さあにぎやか(に)いただく」というバランスの良い食事がとれています。歯は全部自分のもので硬い物でも難なく食べられ、これを保つために3か月ごとに歯科検診を受けています。
 運動に関しては、毎週平日のゴルフで片道約50Km運転し、適度の運動と気分転換が図られ、ゴルフ以外の日は、保育園に通う孫のお迎えと遊び相手になっていることで、注意力が養われるとともに足腰の鍛錬に繋がっていると思われます。
 社会参加に関しては、法務局の現職当時や公証人当時のつながりでコロナ禍を乗り越えて再開された本研究会を始めとする各種OB会(本省民事局、官房人事課、官房会計課、五か所の法務局)、ゴルフ同好会、公証人を辞した方々との親睦会に出席するなど、お誘いがあれば積極的に参加するようにしています。また、今年から自宅マンションの管理組合の理事長になり、大規模修繕を控えて大変な思いをしながら頑張っています。
 誌友の皆さんにおかれてもフレイル予防に努めていただき、できるだけ長く健康寿命を保っていただくよう願っています。
                      (福島・いわき公証役場元公証人 本間 透)

戸籍事務の改変(青木 惺)

 最近における戸籍事務の取扱いについて、数次にわたり大きく改正されています。その改正の原因も戸籍事務本来の取扱い上の要請や使命に基づく改正ではなく、他の国家事務の遂行に当たって戸籍を利用する、いわゆる他の行政機関との情報の連携(特にマイナンバー法との連携)の対象に戸籍が利用されることになって戸籍事務が大きく改正される結果となり、さらに令和6年3月1日から法務大臣の使用に係る電子計算機と市町村長の使用に係る電子計算機を電気通信回線で接続した電子情報処理組織により戸籍事務が取り扱われることとなった結果、戸籍事務の取扱いが大きく変わりました。その改正の例をいくつか紹介することとします。

第1 戸籍及び除籍の副本について
 従来、戸籍及び除籍の副本は、市町村から管轄法務局若しくは地方法務局又はその支局に送付し、保存されていたが、今後は磁気ディスクをもって調整された戸籍及び除籍の副本は、市町村から法務大臣に送信されることとなり、法務大臣が戸籍関係情報を作成するために利用することができるとともに、法務大臣がその情報を保存することとされた。

第2 本籍地以外の市町村に対する戸籍証明書等の交付請求

 1 従来、戸籍に関する証明書は本籍地の市町村においてのみ請求することができたが、戸籍等が磁気ディスクで調整されているときは、戸籍に記載されている者又はその配偶者、直系尊属若しくは直系卑属は、いずれの市町村に対しても請求できる、いわゆる広域交付が認められた。
 2 公用請求についても、当該市町村の機関がするものに限り、当該市町村の長に対してもすることができることとなった。したがって、広域交付における公用請求は、当該公用請求から交付までの手続きが同一市町村内で完結する場合に限り、当該市町村の長に対してすることができる。
 3 上記1、2の広域交付によって戸籍証明書等を交付したときは、当該市町村長は、本籍地の市町村長に対してその旨の情報を提供することとされている。
 4 行政機関から戸籍証明書等の提出を求められた場合、市町村窓口で「戸籍電子証明書提供用識別符号」の発行を受け、これを行政機関に提供し、行政機関が戸籍電子証明書の内容を確認することになるので、戸籍証明書の提出は不要となる。
 5 戸籍の記載内容は、市町村長が法務大臣保管に係る副本で確認できることから、転籍、分籍の届出に戸籍謄本の提出は不要とされた。

第3 届書等情報の取扱いについて
 戸籍の届書等の情報については、従来は届書等を受理した市町村長から関係市町村長へ届書等を送付する方法がとられていたが、これら「届書情報」は、法務大臣に提供し、法務大臣から関係市町村長に通知されることとなった。したがって、届書等は従来のように法務局へ送付する必要はなくなった。したがって、副本も届書も法務局で保管することはなくなった。

第4 オンラインシステムによる戸籍事務の取扱
(1)戸籍法第118条第1項の電子情報処理組織と戸籍謄本等の交付請求をする者の使用にかかる電子計算機とを電気通信回線で接続した電子情報処理組織を使用して戸籍証明書のオンライン交付請求が可能となった。
(2)戸籍の届出についても、オンラインで届出できることとなった。
(注)オンラインによる戸籍事務の取扱は、現在のところ市町村側にその受入れ体制が整備されていないので、わずか数か所(10か所にも満たない)の市町村で実施されているのみであり、全面的な実現は相当先のこととなるものと思われる。

第5 氏名の振り仮名の法制化
 行政手続きにおける特定の個人を識別するための番号の利用に関する法律等(いわゆるマイナンバー法)の一部改正に伴い戸籍法の一部が改正されることとなった。その内容は、戸籍の記載事項について、現行の氏名に加えて、新たにその読み方として振り仮名を追加するとともに、これに関する諸手続きを整備するものである。この取扱いの施行は令和7年5月26日からとされている。その内容は次のとおりである。
 1 戸籍、戸籍の届書及び棄児発見調書の記載事項として氏名の振り仮名が追加された。その氏名の振り仮名の読み方は、「氏名として用いられる文字の読み方として一般に認められているもの」でなければならないとされている。したがって、子の出生届の際には、一般の読み方と認められる振り仮名を付して届け出ることになる。したがって、今後は「キラキラネーム」の命名に制限がかけられる可能性はあると思われる。
 2 氏又は名を変更しようとするときは、氏又は名及びそれらの振り仮名を変更することについて家庭裁判所の許可を得て、その許可を得た氏又は名及びそれらの振り仮名を届け出なければならない。
 3 氏名の振り仮名の変更
   やむを得ない事由により氏の振り仮名を変更しようとするときは、戸籍の筆頭に記載した者及びその配偶者は、家庭裁判所の許可を得て、その旨を届け出なければならないとし、正当な事由によって名の振り仮名を変更しようとする者は、家庭裁判所の許可を得てその旨を届け出なければならないとされている。
4 現に戸籍に記載されている者に係る氏名の振り仮名の収集についての経過措置
  (1)氏名の振り仮名の届出は、令和7年5月26日の施行後、1年以内にすることができる。具体的には、本籍地市町村長から市町村が保有する情報等を参考にして、例えば「あなたの氏名の振り仮名は〇〇〇〇〇でよいか」の確認の通知がなされる予定である。
(2)(1)について届出がなければ、本籍地の市町村長は管轄法務局長等の許可を得て施行の日から1年を経過した日に通知した振り仮名を記載することになる。
(3)① 氏の振り仮名の届出人は、戸籍の筆頭者であり、筆頭者が除籍されている場合は、その配偶者、その配偶者も除籍されている時は、その子が届出人となる。
   ② 名の振り仮名の届出人は、戸籍に記載されている者それぞれが届出人となる。
   ③ 届出するところは本籍地又は所在地の市町村となるが、窓口への出頭のみならず郵送も可能であるとされている。
   ④ 一般に認められている読み方と異なる読み方を現に使用している場合には、その読み方が通用していることを証明する書面(例えば、旅券(パスポート)や預金通帳など)を提出する必要がある。

 以上、戸籍事務の改正の概略を紹介しましたが、戸籍事務がすべてコンピュータ化されていくことについて、紙の戸籍に愛着を持ち、淋しい思いがしているのは私だけでしょうか?
 なお、電子情報処理組織で取り扱いできない紙戸籍はまだ存在していますし、戸籍法も紙戸籍を基本とする規定がそのままになっていることから、電子情報処理組織による取扱規程との併存が非常に複雑な状況にあり、混乱を生じる要因となっているように思われます。
                      (甲府・大月公証役場元公証人 青木 惺)

私の心臓が止まった日(林 淳司)

 令和3年7月1日に京都の宇治に公証人として就任し、3年余りが経過しました。この3年余りの間で業務にも慣れてきたところですが、まだまだ事務処理に追われる日々を過ごしております。この度は、着任後、ちょうど1週間を経過した日の出来事につきまして、誌友の皆様の健康管理への警笛又は一助になればと思い、その経緯を投稿いたします。
 令和3年7月8日(金)、私の心拍が一度停止した日です。心筋梗塞のためカテーテル手術の最中、心拍が停止しました。
 これまで、私は人間ドックを毎年受けており、心臓に関する指摘を受けたことがありませんでした。ただ、若い頃から脂っこいものが好きで、よく食べる方でしたので、40代の頃から高血圧を指摘され、悪玉コレステロールの値も高くなっていました。50代には糖尿病との診断を受けました。法務局を退職する頃には、HbA1c(ヘモグロビンエーワンシー)が8くらいになっていました。食事制限を医師から指導されていたにもかかわらず、あまり気にすることもなく、自由に食べていました。家族にも注意されていましたが、症状がもっと重くなったら、気を付ければいいか、くらいに考えていました。
 しかしながら、心筋梗塞は突然やって来ました。
 自分では気付いていなかったのですが、心筋梗塞の兆候は現れていたようです。同年6月22日(火)某公証役場にて、公証事務の指導を受けた際のことです。業務終了後、軽く一杯とのことでお酒を飲んでいると、左側の肩甲骨から左腕にかけて、重く、だるく、どうしようもないくらい気分が悪くなりました。その時は、お酒に酔ったせいで気分が悪いのかと思っていました。私は、元々お酒に弱く、その日もそんなに飲んでいませんでしたが、コロナ禍でしばらくお酒を飲んでいなかったので、極端にお酒に弱くなったのかと思いました。居酒屋を出て駅まで何とか歩いてたどり着き、電車に乗り座っていたところ、スーッと楽になりました。苦しかったのは、30分くらいで、酔いが覚めたのだと思いました。その1週間後くらいに、今度は夜中に目が覚めて、同じような症状が起こりました。その日、お酒は飲んでいませんでした。さらに、7月1日(木)宇治公証役場に着任し2~3日後、出勤直後に同じ症状が起こりました。
 7月8日(金)、翌日からの東京での新任公証人研修のため、21時頃、前泊するホテルに入りました。しばらくするとまた、左側の肩甲骨と腕がだるくなってきましたので、ホテルのフロントにマッサージを頼みました。マッサージの方が来るまでに、どんどんだるさがきつくなってきて、もうじっとしていられないくらいになっていました。次第に胸も苦しくなってきました。マッサージの方が到着し、左側の肩甲骨の辺りを揉んでもらったのですが、症状は一向に改善せず、夏だというのに震えが来るような寒さが襲ってきました。悪寒はどんどん増し、もうどうしようもなくなってきたので、マッサージの方に部屋の外に出てもらい熱いシャワーを浴びましたが、いくらシャワーを浴びても悪寒は止まりませんでした。様子がおかしいと察したマッサージの方がフロントに連絡し、フロントの方が室内に入ってこられ、そのまま私は救急車で運ばれました。
 コロナ禍ではありましたが、運良くホテルから車で5分くらいのところにある東京慈恵会医科大学附属病院で受け入れてもらいました。病院では、コロナの検査を始めとした種々の検査を受けた後、すぐにカテーテル治療を行うこととなりました。カテーテル治療は部分麻酔ですので、意識はあり、医師の先生方の話も聞こえます。カテーテル治療も終盤に差し掛かった頃、ある先生が「これ以上細い血管は困難なので、カテーテル治療はここまでとします。」とおっしゃられたので、私は無事治療が終わったのだと思いました。そうするとある先生が「心拍停止です!」と大きな声をあげられ、手術室がざわつくのがわかりました。まさにテレビドラマの一場面のようでした。心拍が停止しても、耳も聞こえ、意識もありました。私は、「え?おれ、こんな簡単に死ぬんや」と思い、その後、寝落ちするようにスーッと意識を失いました。次の瞬間、ドーンという衝撃で目が覚めました。後になって気付いたのですが、胸の辺りに黒い痕が残っていましたので、おそらく電気ショックで目覚めたのだと思います。心拍停止している間、死の世界に一歩足を踏み入れたのだと思いますが、三途の川もお花畑も何も見ませんでした。「心停止」による脳への酸素供給が4分途絶えると、心拍再開後も脳障害が生じるそうです。私の場合、後遺症が残っていないので、停止時間が短かったのだと思います。
 心臓には3本の太い血管があり、私の場合、その真ん中の血管が詰まり、心臓の真ん中の一部分が壊死したようです。リハビリを慎重にやらないと、心臓の左右の動きに真ん中の部分が耐えられなくなり、心臓が破裂したり裂けたりすると言われましたので、7月24日(土)退院する日まで、毎日慎重にリハビリを行いました。余談ではありますが、入院中、東京オリンピックが開催されており、病室の窓からブルーインパルスの飛行を見ることができました。単調な入院生活の中、気持ちが明るくなる出来事でした。
 以上、長くなりましたが、心筋梗塞発症の経緯につきまして、順を追って書かせていただきました。心筋梗塞というと強い胸痛をイメージしますが、私のように心臓から離れた場所に痛み等を生じる場合がありますので、皆様もお気を付けください。
 振り返りますと、つくづく私は運が良かったのだと思います。発症した場所が出張先の東京のホテルであり、ホテル近くに東京慈恵会医科大学附属病院という急性期及び重症の虚血性心疾患を中心に診療を行うCCU (coronary care unit)を有している病院があったことです。退院後に、自宅近くの兵庫医科大学病院を受診した際には、「東京慈恵会医科大学附属病院で迅速かつ最良の処置がされており、最新のステント(注)が使用されています。本当に運が良かったですね。」と言われました。当時は、役場まで車で通勤しておりましたので、もし、帰宅する途中の、高速道路上の車の中で発症していたらどうなっていたのだろうと背筋が凍る思いです。また、マッサージの方が適切な判断をしてくださったことにも感謝しなければなりません。この方がいなかったら、私はホテルの浴室で意識を失い、そのまま死んでいたかもしれません。
 本当に、生かしていただいたことに感謝の思いでいっぱいで、人生観も変わりました。今では、心臓の壊死したと思われた部分も奇跡的に動いていますし、HbA1cも正常値である6くらいになっています。日々、塩分やカロリーに配慮した食事をし、週に一度の心臓リハビリを欠かさず、常に健康であることを意識しています。
 失っていたとしてもおかしくない命ですので、これからも公証事務を通じて社会に貢献し、有意義に生きていきたいと考えております。

(注)体内の管状の部分を内側から広げるために使用する器具(体に害の少ない金属でできた網目状の筒)。心筋梗塞などの治療においては、冠動脈の狭くなった部分を押し広げるために、先端に小さなバルーン(風船)を取り付けたカテーテルという医療用の細いチューブを使用するが、このときにバルーンにステントを取り付けておくと、ステントが血管の壁を内側から押さえるような形で固定されるため、血管が再び詰まる危険性を軽減することができる。
                        (京都・宇治公証役場公証人 林 淳司)

八戸は元気です(山家 史朗)

 近況報告を兼ねて、以下に記します。
 令和5年7月に青森地方法務局所属の八戸公証役場公証人に任命され1年半が過ぎました。同じ東北地方の宮城県出身ですが、青森県での勤務は初めてになります。
 公証役場がある八戸市は、十数年前に、息子が高校のウエイトリフティングの東北大会に出場したときに、会場だった八戸市体育館に初めて訪れて以来となりました。当時は、まさか将来、ここ八戸市に住むことになるなどとは全く考えていませんでした。東北大会での息子の成績は、優勝でしたので、八戸に何か縁起の良さを勝手に感じています。
 さて、八戸市は、現在、人口約22万人で青森県では青森市に次ぐ第2位の人口です。しかし、ピーク時には約25万人だった八戸市の人口も、年々減少しており、更には、着任する前年の令和4年に八戸市内にあった百貨店三春屋や市内唯一の映画館があった商業ビルチーノはちのへが次々に閉店し、メイン通りはその他に閉店した地元のお店も散見され人通りも少なく閑散としていて、町に言いようのないさみしさを感じました。その年の3月まで、大阪法務局に勤務し、天王寺駅、あべのハルカス近くの宿舎に住んでいたこともあり、大阪の賑わいとのギャップに気持ちが沈みました。
 しかし、着任して1か月、この静かな八戸市が一変しました。今までどこにこのエネルギーを隠していたのか。
 それが、以下に紹介する八戸市の2大祭りです。
◎八戸三社大祭
 〇期日 7月31日~8月4日まで
 〇歴史 1720年(江戸時代中期)、凶作を危惧していた八戸の有力者たちが法霊大明神に好天と豊作を祈願、成就のお礼として翌年長者山虚空蔵堂(現在の新羅神社)まで法霊神の渡御を行ったのが始まりと言われている。その後明治時代に入り、法霊神社はおがみ神社に改称。1884年長者山新羅神社が加わり二社祭に。1889年神明宮が加わり三社による行列となる。時代の流れと共に日程や名称などの変更を繰り返し歴史と伝統を受け継いできている。2004年「八戸三社大祭の山車行事」として国重要無形民俗文化財に指定され、2016年に八戸三社大祭を含む全国33の「山・鉾・屋台行事」がユネスコ無形文化遺産に登録され日本を代表する祭りのひとつとなっている。
 2020年に300年の節目を迎え、コロナ禍を乗り越え2023年から通常に戻り、盛大に開催されている。
 〇山車行列について
   三社ごとの神社行列と山車が合同運行。
   神社行列では、稚児行列、氏子行列、鉾、旗、神楽、駒踊、笹の葉踊など。
   山車は、歴史や文化(歌舞伎など)、八戸にまつわるものなどを題材に工夫を凝らしたつくりとなっている。中心街を練り歩く様子は、まるで豪華絢爛な時代絵巻のよう。
 〇日程 7月31日  前夜祭
    8月 1日  出発式 お通り(15時から18時)
    8月 2日  騎馬打毬 徒打毬 中日山車合同運行(18時から21時)
    8月 3日  お還り(15時から19時)
    8月 4日  後夜祭

◎八戸えんぶり
 〇期日 2月17日~2月20日まで
 〇歴史 豊作を祈願する「田遊び」や「田植え踊り」などから発展したともいわれる。北奥羽地方の春を呼び豊作を願う伝統芸能であり、国重要無形民俗文化財に指定。えぶり(田をならす農具)を手に持って舞ったことから「えんぶり」という名がついたといわれている。
 鎌倉時代初期からで800年以上の歴史があるといわれているが、起源ははっきりしない。明治に数年途絶えたとされたが、旧藩士大澤多門が1881年に長者山新羅神社の豊年祈願祭に位置付けることで再興した。
 〇えんぶりについて
 「太夫」(3人あるいは5人編成の烏帽子をかぶった舞手)が『摺り』と呼ばれる舞で種まきや稲作の動作を表現し大地に豊穣の祈りを捧げる。合間にはえびす舞や大黒舞。エンコエンコなど子どもを中心とした「祝福芸」も披露される。
 えんぶりには、『ながえんぶり』、『どうさいえんぶり』がある。ながえんぶりは、歌や振り付けがゆったりとしており優雅に舞う。藤九郎と呼ばれる主役の太夫は、鳴子他の太夫は鍬台を持つ。藤九郎の烏帽子には、赤いボタンの花や白いウツギの花がついている。どうさいえんぶりは、摺りもテンポも速く棒の先に金具がついたジャンギを持ち勇壮華麗に舞う。烏帽子は、前髪と呼ばれる五色の房がついている。
 〇日程
  2月17日
  奉納:長者山新羅神社にえんぶり組が集結し、本殿の前でえんぶりの摺りを奉納する行列。神社行列の神輿とえんぶり組がお囃子を響かせながら中心街を目指す。
  一斉摺り:メインイベント。三日町、十三日町など五か所で行われる。
  17日から20日
   市内各所に披露する場が設けられている。
  お庭えんぶり:更上閣(明治時代に実業家東山家の邸宅として建築。現在は、国の登録有形文化財)の大広間からえんぶりをみて楽しむことができる。
 かがり火えんぶり:かがり火に照らされた市庁前市民広場で勇壮なえんぶりをみられる。午後6時、7時、8時に。
 ※市内各所でステージ発表、写真展、展示、ワークショップ、茶席、えんぶり着付けなどさまざまな体験もできる。

 以上紹介したこの2つのお祭りのいいところは、子どもから若者から高齢者まで、共に協力して準備し、数日前から町中に練習であろう笛・太鼓などが鳴り響き、本番では共に舞い踊り、地域一つ一つが一体となるところです。特に感じたのは、子どもたちが元気で、大人と子どもが継続的に伝統文化を伝えながらコミュニケーションを図っていることです。八戸市の将来は安泰と感じる瞬間でした。
 八戸はまだまだ元気です。
 私は、現在、日々日々仕事で悩むところはありますが、これらの2大祭りに影響を受け、何とか元気を取り戻し、2年目の業務をこなしています。残りの任期を健康に過ごしたいです。
 最後に、八戸公証役場の事件等の状況を紹介しますと、八戸公証役場の事件は、前年と比べて、定款認証件数、任意後見契約公正証書が約5%増と微増ですが、遺言公正証書が約20%増です。遺言公正証書が大幅に増加しているのは、令和6年4月からスタートした相続登記の義務化が原因かと感じています。相続登記が義務になったので残された者が困らないように遺言書を作っておきたいと来庁される方が増えています。10万円の過料も気になっているみたいです。また、遺言や任意後見のテーマでの講演会や講義の依頼も増えており、八戸市内の高齢者向けの大学や福祉協議会、複数の老人会からの依頼のほかに、八戸市以外の市町村からの講義依頼も来ています。終活への関心が高まっていることが感じられます。
 今後も民事法情報研究会誌の記事を参考に、そして、誌友の皆様のお力添えをいただきながら、業務を遂行していく所存です。今後ともよろしくお願いいたします。 
                        (青森・八戸公証役場公証人 山家史朗)

津波対策のため役場を移転しました(本田法夫)

1 はじめに
 令和5年5月15日(月)、釧路公証人合同役場は、旧事務所であった釧路市末広町七丁目2番地 金森ビル1階から、釧路市錦町5番地3 三ッ輪ビル4階(新事務所)に移転しました。その主な理由は、津波による災害対応のためです。以下、私の経験が参考になれば幸いです。

2 移転検討の経緯
 (1) 海抜2メートル
 私は、令和元年7月1日に当役場の公証人となりました。就任に当たり、前任の先生から、事務室、什器、事務機器、参考図書等を含め役場ごと全てを引き継がせていただきました。
 旧事務所は、1室が11.7坪(36.68平方メートル)の隣り合う102号室及び103号室の2室を借り受け(計23.4坪、73.36平方メートル)、間の壁を3分の1取り払い、102号室全部と103号室の3分の1をL字型の事務室兼調印室とし、103号室は、残りの3分の2のところに新たな仕切り壁を設け、書庫兼図書室として使用していました。作成した公正証書は、全てこの1階・103号室の書庫に保管しておりました。
 旧事務所が入る金森ビルは、釧路市のいわゆる繁華街にある3階建の建物で、建物の前には、「ここは海抜2メートルです」との掲示がされています。
 釧路市の中央には、屈斜路湖(くっしゃろこ)を源流とし、日本最大の湿原である釧路湿原(くしろしつげん)を通って流れる釧路川(くしろがわ)の河口があります。その河口から1キロメートル位上流に弊舞橋(ぬさまいばし)という有名な橋が架かっており、その南側が南大通(みなみおおどおり)、北側が北大通(きたおおどおり)となっております。この北大通の周辺がいわゆる釧路市の繁華街で、釧路市の市街地は、この北大通を中心とする繁華街から、その北側にある釧路湿原までの間となっています。
 戦前・戦後まもなくは漁業を中心とした南大通が街の中心でした。商業は海の近くの平地で、住居・行政の中心は、その東南にある海抜20メートルを超える高台でという状況でした。その名残として、裁判所、検察庁、刑務所などの機関は今も高台にあります。釧路市の高台は、北海道の土地の象徴である縦・横の道路がしっかり区画されている地域とはほど遠く、昔からのいわゆる里道を増幅した曲がりくねった道をそのまま使用しており、とても分かりにくい区画となっています。さらに、平地がほとんどないことから、ビルを建築するのは困難な地域です。
 昭和30年頃からは、弊舞橋から北に向かい(釧路駅もその途中にあります。)、釧路湿原を開拓し整地されたのが今の釧路市街地です。湿原を埋め立てているため、釧路市街地のほとんどが海抜4メートル以下の地域となっており、繁華街はほとんどが海抜2メートルとなっています。繁華街は、釧路港(海)から1キロメートル位しか離れておらず、また、釧路川に隣接している状況です。

 (2) 津波の心配
ア 法務局での経験
 平成23年3月11日の東日本大震災が発生したとき、私は、山形地方法務局の首席登記官として勤務していました。山形市から、仙台法務局気仙沼支局が津波被害にあった姿をみることとなりました。
 気仙沼支局か入居していた合同庁舎は、5階建で、法務局は、2階部分と3階部分を使用し、法務局が合庁管理庁となっていました。
 大津波は、2階部分を超え3階部分にまで入り込み、2階の登記書庫にあった800冊を超える登記簿冊を飲み込んで流出させてしまいました。
 気仙沼支局は、公証人法第8条支局に指定されており、支局長が公正証書を作成し、保管していました。支局長室も2階にあったことから、やはり、保管していた遺言公正証書を含む公正証書等が流出してしまい、滅失してしまいました。
イ 釧路市での津波浸水想定
 令和3年7月19日、北海道庁から、「北海道太平洋沿岸における津波浸水想定」が公表されました。太平洋沿岸で最大クラスの津波が発生した場合想定される津波高は、釧路市繁華街で、5メートル以上10メートル未満とされました。
 東日本大震災のときの気仙沼湾における第1波の津波高が9.69メートルですので、気仙沼支局が受けた津波と同じくらいの津波が想定されます。
ウ 旧事務所管理事務所への聞き取り
 旧事務所の所有会社は、函館市の観光地・函館ベイエリアのランドマークとして有名な「金森赤レンガ倉庫」を経営する、函館市本店の金森商船株式会社の釧路出張所です。3階建建物の2階に事務所があります。
 担当者に「この建物での津波対策は」と聞くと、「玄関シャッターを閉め、避難指定建物に逃げるしかありません。」との答えでした。
 東日本大震災のときも、釧路市沿岸には大津波警報が出されたそうです。管理事務所担当者は、前任の先生に、事務所から逃げるよう要請したそうですが、前任の先生は、事務所の入り口扉の鉄製シャッター(建物の玄関シャッターとは別にあり、公証役場のためだけに後付けしたもの)を閉め、事務所内で待機したそうです。津波は、釧路川両岸に浸水し、100戸に及ぶ床上浸水被害はあったものの、金森ビルまでは来なかったということでした。
エ これらのことから、津波対策のためには、事務所を移転するしかないと考えるようになりました。
 とりあえずの対策として、金森ビルの3階の空き室を無償で借り受け、キャビネを設置して、遺言公正証書と長期保存公正証書を保管する対策を取りました。金森ビルには、エレベーターが設置されておらず、必要の都度、階段を利用しての運搬となりました。

3 移転先の検討
 (1) 高台か繁華街か
ア 高台への移転の検討
 津波対策のみを考えると、まず高台への移転を考えました。裁判所、検察庁、北海道釧路総合振興局などの役所もありますし、複数の弁護士事務所もあります。
 しかし、高台にある役所は、昔のまま残っている役所で、現在は、税務署、北海道開発局、市役所、警察署など主な役所は、高台から北大通の周辺のいわゆる繁華街に移転しております。釧路地方法務局も、高台の裁判所の隣から、北海道開発局の入る10階建の合同庁舎に移転しました。銀行等金融機関、保険会社の入るビルは、軒並み繁華街に集中しております。
 また、高台は、上記のとおり、細い道が連なり、地理が分かりにくく、入居できそうなビルが存在しないのが実情でした。 
イ 繁華街への移転の検討
 高台への移転は現実的でないと考え、旧事務所の近隣で事務所を探すこととしました。そして、次の条件を基準とすることとしました。
➀ 気仙沼支局の被害を参考に、4階以上に入居する。
② 高齢者が多い嘱託人の利便性を考え、エレベーターがあり、駐車場が隣接し、立体駐車場でないこと。
③ 旧事務所と同じ程度の床面積で賃料が上がらないこと。
  旧事務所の賃料は、駐車場借料も含め、1月17万円で、冬期間は、駐車場の除雪費用が回数に応じ1月1万円以上加算されていました。
 (2) 繁華街での物件探し
ア 個人での物件探し
 まずは、私個人で、昼休みに散歩しながら、街中のビルを見渡し、インターネット情報も利用し、物件探しをしました。
 物件を探し出すと、①、②の条件に合うものが数件ありましたが、いずれも③の条件を満たすものではありませんでした。
 なかなか物件を決められない日々がしばらく続くこととなりました。
イ 転機
 話がそれますが、私は、公正証書遺言の証人を斡旋して欲しいとの要望を受けたときの証人として、前任の先生のときから依頼している法務局OBの職員ご夫婦(奥様も元職員でした。)に、引き続き、お願いしていました。このご夫婦は、札幌市に自宅マンションはあるものの、転勤で訪れた釧路市が気に入り、一軒家を借りて住まわれ、退職後は、法務局の登記相談員を担当していただき、その後証人を引き受けてくださっておりました。ご夫婦ともに仕事はしておらず、とても依頼しやすい状況でした。
 ところが、令和3年の9月初旬のある日、このご夫婦から、娘が住む札幌のマンションに転居することとした。転居時期は、令和4年10月で、証人は今月末で辞めたいと話がありました。
 この年の春先に、ご主人が体調を崩され、2週間ほど休まれましたが、その後は元気に証人を再開していただいたので、とても驚くとともに、困った状況となりました。
 もう一組ご夫婦で証人をお願いできる法務局OB職員の方がおりましたが(このご夫婦も前任の先生のときから証人を依頼している方でした。)、年齢が85歳を超えており、コロナ禍もあって、この時期はほとんど依頼しておりませんでした。
 事務所の移転よりも、緊急に対処しなければならない案件となりました。
 ご夫婦で依頼を受けてくれる法務局OBの職員を探そうと思い、釧路地方法務局のOB会の会長に連絡しましたが、釧路市内にはめぼしい方がいないということでした。
 私は、福島県出身で、釧路市内には知人もなく、どのようにして探したら良いか分かりませんでした。
 そこで、私が、平成24年度・25年度と釧路地方法務局の総務課長として勤務した際に、乙号の民間委託の入札案件や司法書士の懲戒事件でお世話になった、当時の釧路司法書士会会長のA司法書士に誰か知り合いに適任の人はいないか相談しました。
 A司法書士は、釧路市内で90年以上司法書士をしてきた家の三代目の方で、数年前まで、旧事務所の目の前のビルで司法書士をされてきた方でした。土地家屋調査士も兼業し、旧事務所近隣の情報も詳しいと思われ相談した次第です。
 事情を話したところ、A司法書士から、自分と息子でやってあげるよとの思わぬ返事がありました。息子さんは、土地家屋調査士の資格を持ちながら、父親の司法書士の補助者をしており、もう一人の補助者と3人で業務を行っていました。
 思わぬ形で、証人不在の問題が一気に解決しました。
 さらに、A司法書士の事務所は、新事務所となる三ッ輪ビルの3階にありました。
 三ッ輪ビルは、旧事務所の金森ビルよりも200メートルほど釧路港に近づくものの、同じ海抜2メートルで、釧路市役所の目の前にあり、所有者が、釧路市で最大のグループ企業の三ッ輪グループ傘下の会社でした。5階建の建物で、建物の設備も申し分なく、駐車場もビルの前に確保されており、個人的には、とても利用しやすいビルと考えておりました。
 A司法書士に証人を依頼する事件が増加し、会う機会が増え、いろんな話をできるような関係が生まれました。
 令和4年に入り、私も公証人4年目を迎える年となり、任期の半分が近づいていました。
 そろそろ、事務所の移転も決着を付けなければならないと思い、A司法書士に、実は、津波災害対策のため、4階以上のビルに転居することを考えている旨相談しました。
 すると、A司法書士は三ッ輪ビルのオーナーの知り合いで、三ッ輪ビルに空きがあること、ビルのオーナーが法曹関係の事業所など堅い業種の入居を希望していることを教えてくれ、賃料も相談に乗ると言ってるからと三ッ輪ビルの担当者との面会を仲介してくれました。
ウ 決定
 三ッ輪ビル担当者と会い、事務所を移転したい理由、賃料もあまり出せないことなどを伝えると、是非入居してもらいたい、賃料は相談にのるとの回答をいただきました。
 実際に、ビルの空き部屋を見せてもらうと、4階の釧路港(津波が押し寄せてくる海側)と反対側の東端の部屋とその隣接する北東角の部屋の2部屋が空いており、東端の部屋を事務室に、北東角の部屋を書庫兼図書室に使用するとうまくいきそうです。三ッ輪ビルの費用で、二つの部屋をつなぐドアも新設してくれるというのです。
 賃料も、駐車場借料も入れ、公表価格では約20万円のところを、約4割安くしていただけることとなり、入居することを決定しました。
 令和4年9月のことでした。

4 転居時期の決定・引越準備
 監督を受ける釧路地方法務局にも報告しなければと、事務所の移転を考えている旨連絡すると、認可の上申をし認可が下りるまで、約3か月みてくださいとのお話しでした。
 道東の冬の期間は長いため、11月からまだ雪の降る可能性のある5月のゴールデンウイークまでの引越は困難と考え、令和5年の5月のゴールデンウイーク明けの5月13日(土)に移転し、5月15日(月)から新事務所での事務をスタートさせることとしました。
 そして、その間に、過去から積み残してある書類、古くて使わなくなった参考資料や図書を、毎週一回整理し、廃棄しました。

5 引越
 令和5年5月13日(土)、雨も降らず、朝から行った引越作業は、午後2時には終了しました。
 当日及び翌日曜日中に、新しく設置したキャビネ6台に保存中の全ての公正証書を保管することができました。
 新しく設置した本棚6台には、その後数日間掛けて図書を備付け、一連の引越は完了しました。

6 事務所移転の効果
 (1) 津波対策
 第1の効果は、5階建の4階、それも海と反対側の角部屋に入居したことにより、津波災害への不安がなくなりました。100%の対応とは言えないかもしれませんが、今できる最善の対策が行えたと思っています。
 お預かりした公正証書を安全に保管できる体制ができ、安心感が生まれました。
 (2) 場所が分かりやすい
 三ッ輪ビルは、釧路市役所のすぐ前に立つビルで繁華街の中心にあること、三ッ輪グループのビルであること、地下に過去にミシュランガイド北海道に掲載されたことのある料亭が入っていること等により、釧路市民は、ほぼその場所を知っているようです。ビルの名前を言っただけで、分かりましたとの返事があります。釧路市以外の方も、釧路市役所の前ですと説明すると理解してもらえます。場所の説明が、とてもし易くなりました。
 旧事務所のときは、同じ繁華街にありましたが、近隣にめぼしい建物がなく、「近くまで来ているのですが、場所が分かりません。」との電話をもらうことが多く、ビルを出て探しに行くことが多くありました。
 (3) 明るく静かな事務所
 新事務所は、東向きの窓があり、午前中は太陽の陽が差し込み、4階であることから、車の走る音もあまり聞こえません。
 旧事務所は、北向きの窓しかなく、一年中陽が差し込むことがない事務所でした。来訪するお客様に、事務所が明るくなりましたねの言葉をいただくことが多くなりました。また、1階であり、ビルが十字路の角にあったことから、車が必ず一時停止し発車することになり、トラック等その音が大きく聞こえるところでした。
 (4) 駐車場が利用しやすい
 旧事務所のときの駐車場は、金森ビルが十字路の東南の角にあり、駐車場は、十字路を挟んで北東の角にあったことから、駐車場から2回車道を渡る必要があり不便でした。
 雪が降り道路が凍結したときには、駐車場から事務所に来る間に、滑って転んでしまうことも度々ありました。
 新事務所の駐車場は、建物に隣接して設置されており、そのままビルに入ることができ便利になったこと、駐車場管理人がおり、案内してくれるなど安心感があることなど、利用しやすいと好評です。
 (5) 冬が暖かい
 新事務所は、全館をまかなう空調による暖房で、部屋が4階でもあり、冬でも暖かく仕事ができるようになりました。
 旧事務所は、各部屋ごとにガス空調機が1台設置されており、また、部屋は1階で北向きであり、床下は土の地面が露出し、ガス空調機の設定温度を高めてもなかなか暖まらないとても寒い部屋でした。

7 終わりに
 就任したときから心配していた事務所移転を、なんとか無事終えることができました。
 移転に要した費用は、➀旧事務所の原状回復費用50万円、②新たな書庫に設置した公正証書用キャビネ6台、図書用本棚6台の費用65万円、③事務所用本箱等什器費用22万円、④引越作業費用20万円、⑤インターネット回線、電話機移転費用15万円など総額180万円を超え思ったよりも多くの費用がかかりました。また、引越準備や後片付けなどの作業を私と書記の二人で行ったため、大変な作業ではありました。
 新事務所は、事務室兼調印室が旧事務所のときより狭くなりましたが、現在の事務量では問題なさそうです。かえって、効果も多く移転して良かったなと感じております。
 私も書記も、とても仕事をし易い環境になったと思っております。
 私の任期も後半に入りましたが、新事務所で、地域の皆さんに、公証役場に相談して良かったなと思っていただけるよう努めてまいりたいと思います。
                        (釧路・釧路公証人合同役場公証人 本田法夫)

実務の広場

 このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.104 電子確定日付について(川本浩二)

1  はじめに
 宇和島公証役場(以下「当役場」という。)は、電子確定日付センターの一つに指定され、これまでに約13,300件(昨年8月末日時点)を処理している。
こうした実情から、実務の広場として「電子確定日付」について投稿してほしいとの依頼がきた。
会員の皆様は、電子公証システムを使用して、既に電子定款の認証を数多く処理されているはずである。電子定款の認証も電子確定日付の付与も同じ電子公証制度として運用しているので、電子公証制度の仕組みを理解していれば、ここで電子確定日付の付与に関して特別な説明をする必要はないこととなる。

ところが、「電子確定日付の付与のことは今一つ分からない。」という公証人の声をしばしば耳にする。今でも、嘱託人から「某公証役場に電話したところ、うちの役場では電子確定日付は扱っていないので、センターに相談してほしいと言われたので、こちらに電話しました。」という言葉を耳にする。
 そこで、今回は、電子確定日付センターが指定された経緯、運用の実際、上記のような言葉を耳にする原因等について、推測を交えて述べることとする。

2  電子確定日付センターの指定
 電子公証制度は、平成12年4月「公証制度に基礎を置く電子公証制度」が創設され、平成14年1月15日から本格運用が開始された。その内容は、電子私署証書の認証、電子定款の認証、電磁的記録に対する確定日付(日付情報)の付与及び認証を受けた情報・確定日付の付与された情報の保存、内容の証明である。
 なお、残る公正証書の作成の電子化については、ご承知のとおり、令和7年上期からスタートすることとなっている。
 ところで、理由は判然としないが、平成の後期頃から電子確定日付の付与の申請件数が伸び、一度に数十件、100件、200件等の大量の電子確定日付の付与の嘱託がされる事案が増加してきた。大都市の繁忙な公証役場にこのような数の嘱託が一度にあると、迅速な対応が困難となる。他方、電子確定日付は管轄がないため、全国どこの公証役場においても対応できる。
 そこで、令和の時代になった頃から、業務量的に迅速な対応が可能である地方の公証役場を選定し、それらの拠点において、迅速な公証サービスの提供と、利用者の利便の向上を図ることとして、令和2年7月13日付け総括理事依頼「電子確定日付センターの運用開始について」が策定され、同通知に添付された「電子確定日付センターの試行について」(以下「運用要領」という。)に基づき全国6か所の公証役場が「電子確定日付センター」に指定された。
 具体的には、①武生公証役場(福井)、②宇和島公証役場(愛媛)、③古川公証役場(仙台)④笠岡公証役場(岡山)、⑤苫小牧公証役場(札幌)、⑥大牟田公証役場(福岡)である。
 そして、電子確定日付センターとしての運用が試行的に開始されたのは、令和2年8月3日からである。

3  運用開始後の状況
 (1) 嘱託件数の動向
 上記のとおり令和2年8月から運用が試行的に開始されたが、電子確定日付の付与の嘱託が出始めたのは9月からであった。徐々に件数は増え、多い月は400件超(最高数は528件)であったが、最近は、200件から300件とやや低迷している。
 なお、当役場に対する令和2年8月から令和6年8月までの申請状況は、下表(編注:省略)のとおりである。
⑵  嘱託事件の管理方法
 申請があった都度、下表の「電子確定日付付与申請一覧」にデータを入力して、1か月単位で管理している。
 嘱託人の商号・氏名等は、記号で特定し、登簿管理番号については、セルの書式設定を工夫し、下4桁又は下5桁の数字を入力すればよいこととしている。また、嘱託件数を入力すると、手数料が自動計算されるとともに、末尾の登簿管理番号が自動で表示されるように設定している。
 この「電子確定日付付与申請一覧」をベースに、嘱託人ごとに、1か月分の取扱事件を取りまとめた「ご請求明細書」を月末又は翌月の初営業日に作成し、それをPDF化して嘱託人の担当者宛てに電子メールで送信している。
⑶  手数料の取扱い
 手数料は、原則として、処理する前又は処理後直ちに納付させるのが一般的であるが、運用要領においては、嘱託人の意向を尊重し、1か月分をまとめての清算も可能としている。
 基本的には、処理後、当役場の預金口座に手数料を振り込んでもらうこととしているが、毎月一定数を嘱託してくる嘱託人に対しては、⑵のとおり、1か月分を取りまとめた「ご請求明細書」を作成し、翌月末日までに先月分の手数料を一括して預金口座に振り込んでもらうこととしている。
⑷  領収書の取扱い
 手数料が預金口座に振り込まれたら、振り込まれた日付をもって作成した「計算書兼領収書」(以下「領収書」という。)を作成(別紙として「取扱明細書」を添付している。)し、これをPDF化して担当者宛てにメールで送信している。

4  電子確定日付の対象となる文書
 電子確定日付の対象となる電子文書は、PDF形式、TXT形式、XML形式で作成されたものである。
 1文書のファイルサイズは10メガバイト以下でなければならない。
 また、ファイル名は、31文字(全角の場合は15文字)以内とする必要がある。
 電子署名は必須ではなく、電子文書には空白があっても差し支えない。

5  却下することはあるか
 却下する事例もある。その事例は次のものが多く、そのほとんどは担当者のうっかりミスに過ぎないものである。①以外は却下事由に該当しないが、便宜上却下している。違法性や無効になる疑いのある内容による却下事案は、今のところない。
①  添付された電子文書の作成日が申請日の後日となっているもの。
②  エクセルで作成した表をPDF化している場合に、表の一部が「#######」と表示されているもの。
③  電子文書の情報の保存は申請しない嘱託人であるにもかからず保存の申請をしてきたもの。
④  作成した文書の一部が欠けていると思われる電子文書であるもの。

6  私署証書の原本が紙で作成されている場合
 例えば、第三債務者が作成する債権譲渡承諾書が紙で作成されている場合に、当該承諾書をPDF化した電子文書に対して電子確定日付の付与を申請されたときに、当該申請に応じてよいかとの点に関して、次のような見解がある。
 まず、令和2年6月24日付け総括理事通知「電子確定日付の対象物の作成者等の明示の要否について」(以下「令和2年通知」という。)であるが、これによれば、「嘱託人が飽くまでもそのような状態(PDFに電子署名はもとより、署名も記名押印もない状態)で電子確定日付の付与を求めるのであれば、公証人としては、嘱託を拒否することはできず、補正をさせることなく、電子確定日付を付与することにな」るとある。
 この通知の趣旨によれば、私署証書の原本が紙で作成されていて、それをPDF化した電子文書であっても、電子確定日付を付与して差し支えないということになる。
 次に、電子署名がされている私文書である電子文書(PDF)をプリントアウトしたもの(電子署名は、記名の右側に可視化されている。)への確定日付の付与の可否について、会報(令和3年7月号59ページ)は、「本件承諾書面は、電磁的記録をプリントアウトしたものであって、電子文書でない通常の文書であり、また、記名の横に印刷されている電子署名がされていることが分かるマークも、電子署名そのものではなく、紙に印刷されたものであり、名義人の印鑑によって捺印されたものでもないから、押印にも当たらない。そうすると、本件承諾書面は、署名又は記名押印のされた文書ではなく、これを私署証書ということはできないから、これに確定日付を付与することはできない。」とある。
 後者は、電子文書をプリントアウトした紙について確定日付の付与の申請があった場合は、プリントアウトしたのみの紙は私署証書に当たらないから、確定日付は付与できないということになるが、プリントアウトした紙を再度PDF化して電子確定日付の付与を申請すれば、前者(通知)の見解に基づき、電子確定日付は付与できるということになる。
 ところで、紙で作成した私署証書をコピーし、そのコピーした文書に対して確定日付の付与の申請があった場合はどうかというと、「コピーでは、原本に確定日附効が及ばないのではないかという意見が多かった。」や「コピーの場合もそのままでは付与できない。」(公証78号79ページ以下)。」という見解が示されている。そのため、コピーした文書に確定日付を付与する場合は、当該コピー文書に署名又は記名押印を求めている。
 このように、私署証書の原本が紙で作成されている場合の電子確定日付の取扱いに関してはモヤモヤとしたものがある。
 ちなみに、当役場においては、債権譲渡の第三債務者が紙で作成した債権譲渡承諾書をPDF化した電子文書に電子確定日付の付与に関して相談があった場合は、当該PDFファイルに対して、担当者において、①原本の写しである旨、②日付、③担当者の氏名及び印影を付すよう案内している。もっとも、この処理により債権譲渡の第三者対抗要件が具備されているといえるかどうかは明言できないが、当役場において現在処理しているケースは、グループ企業内の会社間の債権譲渡であるため、実際に債権譲渡の対抗要件を争う場面は想定されないとして、このような方法で処理している。
 なお、東京公証人会は、紙の債権譲渡承諾書をPDF化した電子文書に確定日付を付与することには否定的である(会報令和4年6月号23ページ)が、本部は、第三者対抗要件を備えるためには有効な方法ではないと説明するのが望ましいとした上、申請があれば、確定日付を付与して差し支えないとの見解を示している(令和4年度第3回電子公証委員会議事録)。

7  なぜ「電子確定日付は分からない」という声が多いのか
 ⑴  日付情報付与後の活用方法が判然としない
 電子公証といえば「電子定款」は馴染みが深いであろう。電子定款は馴染みがあるのに、同じ電子公証の一つである電子確定日付は「分からない」という声が多いのであろうか。
 電子定款の場合、認証した電子定款とともに、電子定款を出力した「同一情報」(いわゆる「謄本」)を提供するのであるが、電子定款の認証の嘱託を求めてくるものは司法書士、行政書士等の資格者代理人がほとんどであって、かつ、認証後の電子定款を添付して会社等の法人の設立をする場合は、法務局職員が当該定款(電子文書)を確認するし、金融機関に対しては、設立後の会社等の登記事項証明書等のほかに定款の提出を求められた場合は、定款の謄本を提出すれば足りることから、電子定款の認証を終えてしまったら、一件落着という気分になれる。しかも、法人設立後、定款の提出を求められた場合は、一般的には、認証を受けた電子定款を印刷し、それに当該法人の代表者が定款である旨記載して提出すれば足りるのであるから、認証後の電子定款の利用方法も明確である。
 しかし、電子確定日付の場合、申請された電子文書に日付情報を付与するのみで処理が完結する。定款のように当該電子文書を印刷して謄本として提供するわけではないし、確定日付が付与された電子文書の活用方法が判然としない。このため、なんとなく後味が悪い。
⑵  照会が多い
 また、申請してくる者(会社等)は、資格者代理人ではない一般の者が多い。このため、電子確定日付に関する質問が多く寄せられる。
 例えば、①電子確定日付の付与を申請する手順、②電子確定日付の仕組みと活用方法(文書作成日が争点となった場合に、確定日付が付与されていることをどのようにして第三者に証明できるのかなど)、③情報の同一性に関する証明とは何か、④同一情報の提供を申請する場合の方法などである。
 つまり、電子定款の場合、嘱託人や提出先が限られているため、電子公証制度に関する質問はほとんどないが、電子確定日付の場合は、不特定多数の者から電子公証制度に関する質問がある。そのため、「電子確定日付はよく分からない。」という声につながるのだと思う。
 しかし、繰り返しだが、電子定款も電子確定日付も全く同じ理屈で処理しているのであり、電子確定日付だけ特別な処理をしているわけではない。

8  電子確定日付の申請を受けたがらない理由
 ⑴  誰からどんな文書が届くか分からない
 確定日付の付与は、御存知のとおり、単に日付を確定するものに過ぎず、その行為の性質上、文書成立の真否、内容の真実性、有効性を何ら証明するものではない。しかし、公証人の印章が押捺されていることにより、この制度について十分な知識がない者や法制の異なる外国においては、文書の内容について公証人が何らかの認証を与え、あるいは記載されている内容が有効なものと認めて確定日付を付与したと誤解されるおそれがある。この点に着目して、意図的に、内容が違法、無効な文書について確定日付の付与を求める事案が発生している。現に、従来から、確定日付の付与に関する不審事案が発生しており、その都度、各役場に対して注意喚起されている。
 電子確定日付の付与は、全国どの公証人に対しても請求できる(すなわち、嘱託人が公証役場に出向く必要がないし、嘱託人の本人確認もしない。)ことから、このような仕組みを悪用し、意図的に、違法、無効な内容が記載されている電子文書について、システムを用いて確定日付の付与を申請してくるのではないかと心配される。
 実際、「12,000,000.00ポンド」という高い金額が記載されている英文で記載された文書について確定日付が付与できるかとの相談を受けたことがある。そのときは、知り合いに無償で翻訳してもらったところ、違法性が認められる内容ではないことが確認できた。しかし、結果的に、確定日付の付与の申請はなかったと記憶している。今回は大事に至らなかったが、電子公証制度を悪用して、違法、無効な内容が記載されている電子文書について確定日付の付与が申請されるのではないかとの不安がある。
 こうしたことも、電子確定日付は扱いたくないという気持ちにさせているのではないかと想像する。
 なお、近時は、外国文で作成された文書であっても、Googleの翻訳機能を使用すれば瞬時に翻訳できるので、活用してみたらよいと思う。
 ⑵  説明が大変
 上述のとおり、電子確定日付の付与を求めようとするに当たり、企業の担当者からの質問が多くある。担当者は、電子確定日付の仕組みや申請用総合ソフトの操作方法、手数料の納付方法などを確認し、上司に報告する必要があるからである。
 今はそんなに苦労していないが、公証人になって間もない時期に、これらの質問を受けたときは、なかなか辛いものがあった。

(主な質問)
①  日付情報の付与の申請をする手順(申請人側の手順)
※  ⅰ)電子文書の作成方法、ⅱ)電子署名の付与の要否、ⅲ)申請用総合ソフトのインストール方法、ⅳ)その操作方法(申請から電子公文書の保存まで)
②  手数料の納付方法
③  電子公文書の中身の説明(ハッシュ値、xmlファイルのことなど)
④  確定日付が電磁的に付与されていることを第三者に証明する方法
⑤  債権譲渡通知の対抗力を得るための方法
⑥  確定日付制度そのもの
⑦  情報の同一性に関する証明の申請方法、利用方法
⑧  同一情報の提供を申請する方法、利用方法
⑨  複数の部署の各担当者から日付情報の付与を申請する場合の留意事項
⑩  情報の保存の意義
⑪  日付情報が付与された電子公文書の保管方法
⑫  日付情報を付与することが可能な電子文書

⑶  どう理解すればよいか判然としない
 ある者から、「キャラクターをパソコン上でデザインしたので、そのキャラクターが表示されているパソコン画面をハードコピーして作成した画像データ(以下「キャラクター画像」という。)について電子確定日付を付与してほしい。」との依頼があった。
 この画像データが私署証書としての要件を満たすかどうかの点は判然としない。一般的にキャラクター自体に著作権はないが、当該キャラクターを小説や漫画、アニメ、ゲーム、ポスターなど具体的な形で表現すれば著作権があることとなる。ある者がいうキャラクターが著作権の対象となり得るかどうかは、公証役場では判断しづらいので、嘱託人が、著作権があるものとして確定日付の付与を依頼したいとのことであれば、私文書には該当しないとして拒否することはできないと考える。
 ところで、確定日付の対象となる文書については、「図面または写真自体は、意見、観念等を表示しているとは言えませんので、それ自体に確定日付を付することはできません。しかし、例えば、写真を台紙に貼って割印し、台紙に撮影の日時場所等のデータを記入した証明文を記載して記名押印する方法で私署証書とした場合には、これに確定日付を付与することができます。」と説明されている(日公連HPから)。
 この説明からすると、キャラクター画像のみを印刷した紙を持参されても、作成日時や作成者の表示もないので、確定日付は付与できないこととなる。
 一方、令和2年通知は、「電子確定日付を付与するに当たっては、ファイル形式の対象物に、作成日はもとより、作成者が明示されていなくても、その補正をさせなければならないものではないことが確認されました(作成日の明示については、それが電子確定日付付与の要件でないことは明らかであると思われます。)。」とある。
 そうすると、(令和2年通知によれば)キャラクター画像(電子文書)に電子確定日付の付与申請があった場合は、拒否することはできないと思われる。
 センターがこのような悩みを持っているというような情報に接すると、電子確定日付はできるだけ避けたいとの気持ちになるのだと思う。

⑷  手数料が安い
 確定日付の手数料は1件当たり700円である。これは電子確定日付も同じである。
 確定日付を付与したら、領収書を作成して嘱託人に渡すのだが、電子確定日付の場合は、役場に嘱託人が来るわけではないので、嘱託人宛てに領収書を郵送しなければならない。しかも、その費用(封筒代、切手代)は、役場側で負担することとされているので、もし、1件だけ申請があった場合は、700円の手数料から110円の切手代を役場が負担することとなる。会社によっては、請求書も必要というところもある。この場合、700円の手数料は、実質480円の所得にしかならないこととなる。
 電子確定日付の付与の処理はそんなに手間はかからないが、作成した領収書を郵送しなければならない手間が増える上、郵送料も負担しなければならないとなると、電子確定日付はできるだけ避けたいという気持ちになるのも理解できる。
 このため、当役場は、嘱託人の理解を得て、請求書及び領収書のいずれもPDF化して電子メールで担当者宛てに送信している。

9  電子確定日付の付与の課題
 ⑴  債権譲渡承諾書と第三者対抗要件
 電子公証制度が開始するに当たり、電子確定日付の付与は、債権譲渡手続の電子化に資するといわれており、民間企業が行うタイムスタンプと比較して証拠としての取扱いの面で絶対的に利用者にとって有利となることをアピールしていく必要があると言われ、運用が開始すると、電子確定日付は飛躍的に増加すると予想されていた。
 しかし、債権譲渡の第三者対抗要件を備えるためには、例えば、下記のような取扱いがされた場合とされているため、実際は利用しづらいのである。(参考:会報令和3年12月34ページ)
 X社が有する売掛債権をZ社に譲渡することについて、債務者であるY社が承諾した旨の債権譲渡承諾書を作成しX社に提出した後、司法書士が、当該債権譲渡承諾書をPDF化した上、これを添付した債権譲渡承諾書の写しの作成に関する報告書を作成し、これに電子署名を付して日付情報の付与申請した場合、当該債権譲渡承諾書に確定日付が付されたと解することができる。
 ⑵  電子ファイルを裁判の証拠として扱う場合
 裁判の証拠として電子ファイル(電子データ)を扱う場合、電子データを電磁的記録媒体に記録し、証拠として提出する場合は、当該ファイルのメタデータを含めてファイルが改ざんされていないかを確認するため、当該ファイルが作成された時点や証拠保全された時点のハッシュ値の提供を受け、当該ファイルのハッシュ値と比較してチェックしなければならない。
 御存知のとおり、この検証は、法務省提供の申請用総合ソフトを用いて行うのであるが、数百から数千件に上る電子公証ファイル(公文書)を一ファイルずつ確認するのかという疑問がある。
 ⑶  電子確定日付情報の保存期間
 令和2年7月31日付け総括理事通知「電子確定日付情報の長期保存について」が発出され、電子確定日付情報の保存期間について50年とされた。
 ここにいう電子確定日付情報とは具体的に何を指しているか判然としないが、おそらく電子確定日付が付与された公文書(日付情報が付与されたフォルダ)と思われる。この情報は、電子公証システムにおいて保存していると思われるが、指定公証人においても当該情報を保存しなければならない(平成13年3月1日付け法務省令第24号「指定公証人の行う電磁的記録に関する事務に関する省令」第22条)。
 ちなみに、本部に対し、「電子公証システムが電子確定日付情報を保存しているのだから、指定公証人側は、わざわざ保存する必要はないのではないか。」と質問したが、それに対する回答は、「省令で定まっている以上、各指定公証人も情報の複製を作成して保存する必要がある。」と回答された。
 上記省令第22条第1項は、「(略)の規定により保存した情報を記録した電磁的記録媒体の複製を作成しなければならない。」とあるから、電子公証システムにより処理した「署名済フォルダ」にあるデータの複製を作成しなければならない。そのため、電子公証システム端末に外部記憶媒体(外部HDD又はSSD)を取り付けて、定期的に署名済フォルダに格納されたデータをバックアップしなければならないということになる(平成27年2月20日付け電子公証委員会配布資料「電子公証における主な過誤事例」ケース11参照)。
 複製したデータを50年間保存するということは簡単なことではない。HDD、USBメモリ、SDカード、SSDは長期保存に向いていないし、DVDやブルーレイディスク(BD)などの光ディスクであっても10年程度といわれているからである。
 さらに、電子定款の場合は、認証した電子定款の保存の申請がセットになっているが、電子確定日付情報の場合は、当役場に対しては保存の申請はほとんどない(ほとんどの申請について、保存もセットに申請してくるセンターもあるらしい。)。では、保存の申請がなかった電子確定日付を付与した場合、「署名済フォルダ」に格納された当該ファイル(フォルダ)は削除してよいのかとの疑問があるが、この点も判然としない。

10  電子確定日付の展望
 ここまでの説明だと、電子確定日付制度には夢がないように受け止められるかも知れない。
 もし、仮に、毎月300件の電子確定日付の付与の申請があるとすると、それたけで21万円の収入となる。これだけの収入があると、書記1名分の給与の支払いは十分賄える。
 ところで、300件の申請が、300の嘱託人から1件ずつされたらとても大変な作業となるが、1の嘱託人から300件申請されたら楽勝である。
 その理由は、企業からの申請される確定日付の対象となる電子文書はほとんど統一された様式になっていて、違法性とか無効となる疑いのある内容が含まれていない。そのため、文書の内容を一つずつ詳細に確認する必要性は乏しく、確認作業が容易である。そして、請求書と領収書を1通ずつ作成すれば足りるからである。
 電子確定日付は、嘱託人が日付情報の付与申請を行った日付が付与(注)され、指定公証人が処理した日の日付が付与されるものではない。そのため、申請日の翌日又は翌営業日に処理をしたとしても、付与される日付が変わることはない。このため、公証人としては、慌てて処理する必要がない。このことは、電子確定日付のメリットと考えられる。
 債権譲渡の第三者対抗要件に関する問題点が解消されれば、電子確定日付の付与の申請は一気に増加すると思われる。
 (注)電子確定日付は、法務省のオンラインシステムを経由して電子公証センターのサーバーに申請情報が届く。正確には、この電子公証センターに到達した時点の日付が付与されるので、午後5時前後に申請した場合は、翌日に電子公証センターのサーバーに申請情報が届く場合がある。このような場合は、申請した日の翌日又は翌営業日の日付となる。

11  終わりに
 電子確定日付に関するエピソードを一つ紹介する。
 ある大手企業(R社)のことであるが、R社に就職した新人に対し、「業務改善」の課題が与えられた。新人の中に「サキ」という者がいた。サキさんは、総務部に配属され、毎月、多数の書類を公証役場に持参して確定日付の付与を申請していた。サキさんは、確定日付を得るために、会社と公証役場を往復しなければならないことを面倒臭いと思っていた。そんな中、サキさんは、「電子確定日付」の存在を知った。
 そこで、サキさんは、確定日付の申請をオンラインでできるようになれば業務の効率化が図れるはずだとして、当役場に照会してきた。サキさんは、上司の理解を得るために次々と質問してきた。これに対し、その都度詳しく説明した。このようなやり取りを重ねた後、R社は、毎月、一定数の電子確定日付の付与申請をするようになった。
 その後、サキさんは、「業務改善」に係る「成果発表」として、電子確定日付への移行を発表したところ、高く評価されたとのことである。
 サキさんは、当職に感謝の気持ちを伝えたいとして、わざわざ東京から松山までやってきた。 
                     (松山・宇和島公証役場公証人 川本浩二)