民事法情報研究会だよりNo.14(平成27年10月)

清秋の候、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。 さて、安全保障法制で揺れた第189国会は9月27日をもって終了し、同国会に提出されていた民法の一部を改正する法律案は審議入りすることがなく次期国会に先送りされるところとなりました。本年12月12日開催予定の当研究会の後期セミナーでは、法務省経済関係民刑基本法整備推進本部参与として法制審議会民法(債権関係)部会委員を務められた、東京大学名誉教授の内田貴氏を講師にお願いしておりますが、前記法律案が成立するまでは、民法(債権関係)改正を講演テーマにすることはできないと言われております関係上、現時点で講演テーマは未定となっております。いずれにいたしましても、同氏のお話を伺うことは非常に有意義なことですので、ご期待いただきたいと思います。セミナーの開催通知につきましては、11月早々に会員の皆様にお送りいたしますので、よろしくお願いいたします。(NN)  

レオナルド・ダヴィンチの父親は公証人だった(副会長 小林健二) 今年の6月から所沢市の市民大学に通っている。市が音頭をとって、一線を退いた人を対象に交流の場を提供するとの企画で設けられている「大学」であり、原則として、毎週木曜日に用意されている講座に参加するのであるが、先だって、斎藤陽一先生(美術史研究家・元NHK美術チーフ・プロデューサー)の「絵画を読む ダ・ヴィンチ・モナリザの謎」を受講した。その中で、先生は、「レオナルド・ダ・ヴィンチの父親は公証人だった。」と話された。レオナルド・ダ・ヴィンチは、ミケランジェロ、ラファエロとともに「盛期ルネサンスの三大巨匠」と称され(最近は、この3人のほかに「ボッティチェリ」も有名になっている。)、『モナ・リザ』(ルーヴル美術館所蔵)、「最後の晩餐」(サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院(ミラノ)所蔵)は、あまりにも有名であるが、このレオナルド・ダ・ヴィンチの父親が公証人であったというのは、いささか驚きであった。 先生の話によると、レオナルド・ダ・ヴィンチの出生の経緯は、次のような状況であった。 レオナルド・ダ・ヴィンチは、1452年4月15日イタリヤ・トスカーナ地方であるフィレンツェ領内のヴィンチ村で、父親セル・ピエロ・ダ・ヴィンチと母カテリーナとの間に生まれた。父親は、フィレンツェの裕福な公証人であり、母カテリーナは、セル・ピエロ家近郊の農家の娘であった。当時、公証人であったセル・ピエロ・ダ・ヴィンチは、地位も高く資産家でもあり、奴隷の娘であるとの説もあるカテリーナとは、結婚できるわけがなく、レオナルド・ダ・ヴィンチは、私生児として父方に引き取られ育てられることになった。レオナルド・ダ・ヴィンチの父親は、レオナルド・ダ・ヴィンチが生まれて間もなく良家の娘アルビエーラ・アマドーリ(当時16歳)と結婚、母カテリーナはレオナルド出産後、同じ村のアントニオ・ディ・ピエロと結婚した。 父親に関する先生の話は、そこまでであったので、父親のセル・ピエロ・ダ・ヴィンチのことについて、調べてみると、フィレンツェやピサで公証人として働いていたということがわかった。なぜ、公証人であることが分かるのかと言えば、セルというのは、「公証人」を意味する言葉(敬称)だそうである。そして、レオナルド・ダ・ヴィンチの出生名は、「レオナルド・ディ・セル・ピエロ・ダ・ヴィンチ」であるが、「ヴィンチ村(出身)のセル(公証人)・ピエロの(息子の)レオナルド」という意味となり、そのことからも、レオナルド・ダ・ヴィンチの父親が公証人についていたことを示しているとのことである。 当時の公証人は、今でいう弁護士と公認会計士を合わせたようなものらしく、契約や遺産相続の証人として立ちあい、証書を作成しその記録を保管する政府の役人へ提出することや文字の書けない農民や職人のかわりに役所へ提出する書類の代筆をしていたとのことである。そして、公証人になるには大学を卒業している必要があり、しかも、正式に婚姻している夫婦から出生した子でなければならないとされていたようであり、この条件をみたしていなかったレオナルド・ダ・ヴィンチには、公証人になる道は閉ざされていたといえよう。もし、彼が正妻の子供として養育されていたなら、大学を卒業し、公証人になっていたかもしれない。因みに、彼の異母兄弟のうちの一人は、父親の跡をついで、公証人になったとのことである。  また、レオナルド・ダ・ヴィンチは、当時から左利きで鏡文字を書いたそうであり、これはレオナルド・ダ・ヴィンチが読み書きの教育を受けなかった為ともされ、彼の文字の癖は、父の公証人という仕事を継ぐことに大きな障害となったともいわれている。 こんな事情のもとで、レオナルド・ダ・ヴィンチは、1466年、14歳の時、「フィレンツェでもっとも優れた」工房のひとつを主宰していた芸術家ヴェロッキオに弟子入りし、絵の道に進むことになるのであるが、もし公証人になっていたら、私たちは、彼の素晴らしい作品に出合うことがなかったかもしれない。そういう意味では、公証人にならなくて良かったといえようか。(以上の記述については、①イタリアンガイドマップ・イタリア総合案内歴史・レオナルド・ダ・ヴィンチの生涯、②YAHOOブログ・レオナルド・ダ・ヴィンチの小部屋、③レオナルド・ダ・ヴィンチ・Wikipedia、④レオナルド2父、⑤レオナルド・ダ・ヴィンチを参考にした。) ところで、レオナルド・ダ・ヴィンチの「モナ・リザ」は、謎めいた笑みを浮かべた婦人の絵であり、直ぐにも思い浮かんでくる絵ですが、参考までに、先生から聞いた、モナ・リザのことについて、触れておくと、モナ・リザの微笑が謎めいているのは、この絵から、老若、超然、悲しみ、男女両性のようないくつもの相反するものが感じられ、絵の右は明るく、左は沈んだ色で描かれており、人物については、未だにモデルはだれか不明であるが(主に6説ある。)、顔は右方向を向きながら目は正面を向き、顔と身体がねじれている、目の位置がかすかにずれている、唇が左右不均衡であるというところにあり、また、背景には、岩山が描かれているが、左右つながっておらず、右は、人間の営みができる盛年期の宇宙が描かれているのに対して、左側は朽ちかけていく世界が描かれており、人間の将来を予測しているのではというところにあるとのことである。 因みに、日本人として、一度は見たい名画の第1位は、モナ・リザであり、この絵は、昭和69年に日本で公開されているが、そのときの入場者数は、150万人だったそうである。 また、レオナルド・ダ・ヴィンチは、旺盛な探究心の持ち主であり、人体、自然、宇宙を貫く法則を見極めようと様々な分野において観察、考察、思考を重ね、その過程を記録した膨大なノート(8,000ページ)を残しており、その中で地動説を唱えたガリレオより100年前に「太陽、月、地球は浮かぶ球体である。」との考えも明らかにしていたことが分かっているが、このノートは1ページ1億円の値段がついているとのことである。 このように名画については、解説をしてもらってから、観賞すると格段に興味深く見ることができる。

 

実 務 の 広 場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

 

No.18 遺言公正証書作成時の立会証人の紹介について

 

【はじめに】 遺言公正証書の作成が全国的に増加傾向にありますが、当役場でも遺言公正証書の作成件数が増加しております。特に相続税見直しについての報道を受けて、平成26年末から平成27年当初には、遺言書作成を検討したいと直接窓口に来られる相談者(遺言者)あるいは電話での相談者が急増しました。 相談者は高齢の方が多く、自筆証書遺言と公正証書遺言の違いから説明を求められますが、安全・安心な公正証書遺言についての理解が得られ、作成意思の確認ができた場合に、遺言内容に応じて必要書類の説明、遺言書作成に至るまでの手続の流れを説明し、証書作成時に民法第969条第1号の定めるところにより証人2人以上の立会いのもとに作成することを説明しています。 【立会証人紹介の実情】 公正証書作成時の立会証人は、公証人による遺言者の遺言能力の確認や公正証書の内容に関する遺言者の意思確認などを含む法定の手続をチェックする重要な責務を有し、筆記の正確なことを承認した後(民法第969条第4号)署名押印することが求められており、筆記の正確なことを承認する能力のある者でなければならず、かつ、その場で見聞きした事実を他に口外しない義務を遺言者に対して負っており、しかも立会証人になる者は、民法第974条第2号に定める欠格事由(推定相続人及び受遺者並びにこれらの配偶者及び直系血族)に該当してはならないとされています。 従って、遺言書を作成しようとする方に対して、立会証人になる者は、前記のような重要な責務を負っていること及び一定の身分関係にある者は立会証人になる資格がない旨を具体的に説明したうえで必要書類の持参時に立会証人の情報(住所・職業・氏名・生年月日)を記載したメモを提出していただくようにしていますが、最初の相談時にはお願いする予定の人がいると言っておられた人も、後日、「色々考えると、お願いする人がいない。」、「予定していた人に断られた。」などとして、当役場に立会証人の紹介を依頼する方がほとんどで、弁護士、税理士や司法書士などの専門士業(以下、「専門士業」といいます。)の者を介することなく個人で直接に証書作成を嘱託される方のうち、約9割の方について、当役場で立会証人を紹介することとなります。 また、近時は、専門士業の者が遺言者あるいは遺言者の家族から依頼を受けた事案で、自らは遺言執行者を引き受けることはあっても、公平を期する主旨か、後日の相続人間の紛争に巻き込まれることを回避する主旨かはわかりませんが、立会証人となることなく、当役場へ立会証人の紹介を依頼してくる事案が増えてきています。 各公証役場も同様に立会証人の紹介を求められており、どのような者を立会証人として紹介されているのかを複数の公証役場に尋ねてみたところ、知人、司法書士、税理士など、その都度、連絡をとり、対応が可能な者にお願いしていますとのことでした。 当役場も、私が公証人として任命を受けた当初は、前任者の扱いと同様に司法書士等にその都度依頼をしていましたが、専門士業の複数の者から、「自分も立会証人を依頼される際のメンバーに加えて下さい。」、「立会証人の選定(紹介)基準を示してください。」との申し入れが立て続けてあり、遺言者に立会証人を紹介するあり方についての検討を迫られました。 【当役場の実情】 そんな折に、公益目的事業を達成するための事業として「遺言公正証書の証人活動」を行っている公益社団法人家庭問題情報センター(英文では、FAMILY PROBLEMS INFORMATION CENTER と称します。以下、「FPIC」といいます。)を利用されていた公証人からその存在を紹介され、当役場では、立会証人の紹介を求められた場合には、以後、個別に司法書士等に依頼することなく、FPICに依頼することとしており、現在に至っています。 ちなみに、FPICのホームページに、「公正証書遺言立会証人の職責について」と題して、「当法人は、定款第4条の公益目的事業の一つである『公正証書遺言者への支援』として、ご依頼があれば、その立会証人に相応しい当法人の会員を紹介しています。会員は、元家庭裁判所調査官、家事調停委員経験者等、家事問題に通じており、さらに遺言立会証人の職務内容及び義務について研修を受けたうえで、立会証人候補者としています。」と記載されています。 FPICから派遣される人は、研修を受け、立会証人の役割を十分に理解され、証書作成時には、遺言者の本人確認、遺言者の口授、公証人作成の証書の内容の確認を的確にされ、立会証人として、遺言者の判断能力・遺言意思に疑問がありとして署名をすることができないとの判断をされた事案もあります。 遺言者が連れてこられる立会証人は、遺言者の知人・友人、遺言者の相続人の知人・友人、親類縁者などが多く、証人の役割を十分に理解しないまま、証書作成時に立ち会ってほしいとの依頼に応じて出頭してきた者が多いように思われます。したがって、立会証人としての責務を十分に理解していないのではないかと思われる人に対しては、遺言公正証書作成に入る前に、まず民法第974条第2号の条文を示し、欠格事由に該当しないかの確認を徹底するとともに、立会証人の役割を十分に説明し、併せて、公正証書の本旨外要件の事項に「証人が民法第974条に抵触しない旨の証人の陳述を受けた」旨の記載をし、その役割を的確に認識してもらうようにしています。 遺言者の遺言能力・判断能力に問題がない場合や、相続人全員(遺留分)に配慮した内容の場合は別として、後日紛争になりそうな、特定の者に限定しての遺言内容などの場合には、事前の説明にあたり、相続開始時の紛争回避のためにも、第三者・専門士業等の者を証人とされるようにアドバイスをすることも必要ではないでしょうか。 【相続人からの遺言書作成時の状況について説明を求められた際の対応】 遺言者死亡後に、遺産争いをしている相続人が当役場を訪れ、遺言書作成時に、遺言者が遺言書に記載されているような内容を理解することはできない状態にあったとして、遺言書作成時の遺言者の様子等について説明を求めてくる事案が年間何件かあります。 その際には、公正証書作成手順、公証人の責務、立会証人の役割・責務について説明をし、具体的内容には守秘義務に従って回答できない旨の説明をしますが、納得されることなく、お帰りいただく場合がほとんどです。公証人からの情報収集ができないのであれば、立会証人のところへも同様な説明を求めて出かけていくと言い残して、現実に当役場を後にした直後に訪ねていった事案もありました。 このようなとき、立会証人がその立場・責務を十分に理解されている場合は、具体的内容には守秘義務に従って回答できないなど適切な対応をしていただけると思いますが、果たして、知人・友人などが立会証人として作成した場合に、どのような対応をされるかについては、証書作成時に十分に説明をしてはありますが、はなはだ疑問であります。 FPICから派遣された証人の立会のもと作成した遺言公正証書について、遺言無効確認等の訴訟が提起され、立会証人に対し遺言書作成時の様子等についての照会があった場合には、派遣された証人個人でなくFPICが組織として対応されるそうです。 【今後への対応】 遺言公正証書を作成される人は、今後も増えていくものと思われます。公証人に対し、立会証人の紹介を求める事案も確実に増えるものと思われます。 遺言者からすれば、依頼をした立会証人がどのような人なのか関心が大きいことは当然であります。 公証人が個別・個人的に立会証人を依頼することなく、安心して依頼することができ、遺言者をはじめ対外的に納得していただける立会証人を安定的に確保できる仕組み(派遣依頼できる組織)を考えなくてはならない時期が来ているのではないかと思います。 (横山 緑)

No.19 不正に取得した自動車運転免許証等により公正証書を作成した事例                        (事例紹介)

【はじめに】 平成18年7月から平成27年6月までの9年間、富士公証役場において公証人の仕事に従事してきましたが、この間、取扱い事件量は相当数あり多忙な日々でありました。 全国の公証役場においては、毎年、遺言書作成事件数が増加傾向にあり、私の在任期間中においても約6割強が遺言公正証書の取扱事件数でした。その他の証書作成としては、離婚、事業用定期借地権が大半を占め、金銭消費貸借や債務弁済契約の証書作成が後に続く事件量となっていました。 遺言や離婚に関する公正証書に関しては、これまで多くの会員の方々から、このコーナーで数種の事例紹介がなされておりますので、在任期間中での特異な事例と思われる公正証書の作成における本人確認方法と原本の閲覧請求に関する事例を紹介させていただきます。 【証書の公開請求について】 ある日、突然に警察署の巡査部長が来所し、警察手帳と巡査部長の名刺を提示した上で、当職に対して、次のような質問(質問は概要であり全てが正確な表現ではない。)があった。 (巡査部長の質問要旨) 生活保護費不正受給に関して被疑者を逮捕したので、その関連捜査をしている。当該被疑者らは、共謀して富士公証役場で公正証書(巡査部長は金銭の貸借関係の公正証書と説明した。)を作成していると思われるので、その証書を公開して欲しい。当該被疑者の内、一人は、自動車運転免許証(以下、「運転免許証」という。)を不正取得した「成り済まし」である。公証人は、書類の作成に当たって本人確認の方法はどのようにするのか。また、公証人が作成した書類は、その書類で強制執行は可能か。併せて公正証書の法的性格についても説明して欲しい。 【巡査部長に対する当職の対応】 事前に何も通告もなく当職の面前にやってきた私服警察官にびっくりはしたものの、これに対して当職は、次のような対応をした。 公証人は、取り扱った事件に関して秘密を守る義務があるため、貴職の質問に対する回答はできない(公証人法4)。公正証書原本の閲覧は、嘱託人、その承継人又は法律上の利害関係人でそのことを証明できる者に限り閲覧が可能となる旨(公証人法44Ⅰ)、また、検察官は、証書原本の閲覧が可能である(公証人法44Ⅳ)ことを付言した。 さらに、公正証書の法的性格については、本件紹介のポイントである本人確認方法(印鑑証明書と印鑑(実印)の突合又は運転免許証などの顔写真の付いた公的証明書の提示)と、公証人の職務内容、公正証書の証拠力など公証人の職務権限と金銭に係る公正証書作成の場合の強制執行認諾条項について説明をした。 【本件について確認したこと】 巡査部長が退席した後、巡査部長から発言のあった当事者二人の氏名をもとに該当する相談表と公正証書原本を調べてみた。 相談表と公正証書原本によると、被疑者2人が来所し、当人達で作成した借用書(金銭借用は数回に亘っている。)の写しと、二人が共に印鑑証明書を持参して公正証書作成の依頼をしていたこと、及び当人達から運転免許証を提示させ処理していたことが判明した。 当職は、遺言と金銭消費貸借契約や債務弁済契約の公正証書に関しては、原則として印鑑証明書と実印を突合して本人確認をしている。 ただし、必要があるものと判断した時は、念のための手段として印鑑証明書と運転免許証やパスポートなどの顔写真の付いた公的証明書を添付させる場合もあるが、この取り扱った事件は、本人を特定するために印鑑証明書と運転免許証の写しを徴取して付属書類として保管している。 このことが後に、刑事事件に関連する証拠書類になるものとは思ってもみなかったところであるが、当事者(被疑者ら)との面談の中で「直観力が働いたのか。」、或は「何となく不自然さを感じたのか。」、当事者双方の印鑑証明書の他に運転免許証の提示を求めてその写しを添付させたものである。 【検察官による公正証書原本の閲覧】 それから数日後、検察庁の副検事から当職に対して、本件に関する電話予約があり、約束した面会当日、次のとおり対応した。 副検事の身分証明書を確認した後、副検事から「公正証書に記載されている債権者が生活保護費の不正受給をするために不法行為をした疑いがあり、捜査している。この事件で一番悪いのは、債権者であるが、公証役場との関係で知りたいのは、公正証書に債務者と記載されているもう一方の被疑者のことである。この者の本名は「A男」であるが、「A男」が印鑑登録証と運転免許証を「B男」に成り済まして不正取得したものであり、市役所も警察も騙されてしまった。」と、事情説明があった。 さらに、副検事から、「公正証書原本の閲覧と当該公正証書原本の公証役場外への持ち出しは可能か。」と質問があった。 【これに対する当職の対応】 先日、来所した巡査部長と今回の副検事の説明から判断すると、前もって調査しておいた債務弁済契約公正証書と特定されたので、副検事が提出した捜査関係事項照会書と身分証明書を確認した上で、当該公正証書原本を証書綴りから抽出して副検事に閲覧させた。 なお、公正証書原本は、裁判所の命令又は嘱託ある場合は別であるが、天災地変などのため滅失毀損するおそれを避けるためにするする場合を除き、役場外に持ち出すことは禁止されていること(公証人法25Ⅰ、民事訴訟法223、226)を説明すると、副検事から「写真撮影は可能か。」と質問があった。 公正証書原本とその付属書類の写真撮影が可能であることは、事前に監督法務局に照会済であったので、検察官による公正証書原本等の写真撮影は可能である旨、回答すると、副検事は、公正証書原本とその付属書類(不正取得した運転免許証等)の写真撮影をした(明治42年7月30日民刑704号民刑局長回答)。 当然であるが、副検事の閲覧については、手数料を徴収していない(明42.7.30民刑704号民刑局長回答)。 なお、今回は、副検事からの公正証書原本の閲覧請求であったが、検察官による公正証書の謄本請求については、原則応ずべきではないが、証書の内容について報告を求められた場合には、応じてよいとの先例がある(昭41.5.31民事局第一課長電信回答)。 今回の事例は、生活保護費不正受給という違法行為と公正証書の作成がどのような関係にあるのか詳細は不明であるが、犯罪に絡んで、公正証書作成と印鑑証明書及び運転免許証の不正取得という形で公証役場と関係機関が利用された事例である。 公正証書作成の基本である本人確認については、印鑑証明書と実印が「B男」であり印鑑も照合している。また、「B男」が持参した運転免許証原本(顔写真は「A男」)の住所・氏名・生年月日が印鑑証明書と一致しているところの「A男」である。つまりは、「B男」に成り済ました「A男」が運転免許証と印鑑証明書を不正取得したものである。当職としては、当事者双方の本人確認は、適正な手続きを執ったはずであったが、結果として公証役場が利用されてしまったことにやりきれない心境である。 唯一救われるのは、本人確認をするために被疑者双方の印鑑証明書の他に、双方の運転免許証を公正証書の付属書類として保管したことが、この度の生活保護費不正受給という刑事事件の証拠書類に活用されたのであれば幸いである。 なお、余談とはなるが、後日の新聞に本件に関するものと思われる生活保護費不正受給という刑事事件の報道が掲載されていた。 (板谷 浩禎)

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