法務局長等人事異動(平成29年4月)

辞職(3月31日付)      弘瀬  晃 (広島法務局長) 広島法務局長        喜多 剛久 (札幌法務局長) 札幌法務局長        鎌倉 克彦 (東京法務局総務部長) 東京法務局総務部長     堀  恩恵 (東京法務局民事行政部長) 東京法務局民事行政部長   伊藤 武志 (宇都宮地方法務局長) 宇都宮地方法務局長     境野 智子 (甲府地方法務局長) 甲府地方法務局長      川本 浩二 (札幌法務局総務管理官) 札幌法務局総務管理官    槇  二葉 (仙台法務局職員課長) 辞職(3月31日付)      多田  衛 (福岡法務局長) 福岡法務局長        余田 武裕 (仙台法務局長) 仙台法務局長        秦  愼也 (高松法務局長) 高松法務局長        松尾 泰三 (横浜地方法務局長) 横浜地方法務局長      千葉 和信 (広島法務局民事行政部長) 広島法務局民事行政部長   小山 健治 (山口地方法務局長) 山口地方法務局長      秋山 二郎 (訟務局訟務企画課訟務調査室長) 辞職(3月31日付)      梅田  実 (大阪法務局民事行政部長) 大阪法務局民事行政部長   堀内 龍也 (和歌山地方法務局長) 和歌山地方法務局長     喜田 繁克 (大津地方法務局次長) 大津地方法務局次長     菅原 武志 (福島地方法務局不首席登記官) 福島地方法務局不首席登記官 酒井 順一 (旭川地方法務局首席登記官) 辞職(3月31日付)      榮  孝也 (仙台法務局民事行政部長) 仙台法務局民事行政部   戸津 利彦 (秋田地方法務局長 秋田地方法務局長      佐藤 浩雄 (釧路地方法務局次長) 釧路地方法務局次長       太田 孝治 (新潟地方法務局総務課長) 辞職(3月31日付)      大野 政徳 (高松法務局民事行政部長 高松法務局民事行政部長   須藤 義明 (高知地方法務局長 高知地方法務局長      山本 英司 (金沢地方法務局長) 金沢地方法務局長        朝山 泰秀 (高松法務局総務管理官) 高松法務局総務管理官    加川 義徳 (札幌法務局職員課長 辞職(3月31日付)      中根 俊樹 (東京法務局人権擁護部長) 東京法務局人権擁護部長   中崎 俊彦 (釧路地方法務局長) 釧路地方法務局長      播谷 秀樹 (大阪法務局人権擁護部長 大阪法務局人権擁護部長   三橋  豊 (新潟地方法務局次長 新潟地方法務局次長     庄司 健人 (宮崎地方法務局総務課長 辞職(3月31日付)      熊谷 浩一 (仙台法務局人権擁護部長) 仙台法務局人権擁護部長   中富 喜浩 (宇都宮地方法務局次長) 宇都宮地方法務局次長    東方 良司 (岡山地方法務局総務課長) 辞職(3月31日付)      笠原 久江 (札幌法務局人権擁護部長) 札幌法務局人権擁護部長   髙橋  誠 (青森地方法務局次長 青森地方法務局次長     齊藤 孝志 (仙台法務局民事行政部総務課長) 辞職(3月31日付)      竹中  章 (さいたま地方法務局長) さいたま地方法務局長    石山 順一 (福岡法務局民事行政部長) 福岡法務局民事行政部長   石本  仁 (佐賀地方法務局長 佐賀地方法務局長      森  一朋 (高知地方法務局次長) 高知地方法務局次長     後藤 芳昭 (旭川地方法務局総務課長) 辞職(3月31日付)      大竹 聖一 (千葉地方法務局長) 千葉地方法務局長      持田 弘二 (福島地方法務局長) 福島地方法務局長                  大橋 光典 (山形地方法務局長) 山形地方法務局長      小山 浩幸 (大阪法務局民事行政部不首席登) 大阪法務局民行部不首席登  降籏  元 (大津地方法務局総務課長) 定年退職(3月31日付)    石塚 裕昭 (水戸地方法務局長) 水戸地方法務局長        福田  勝 (名古屋法務局人権擁護部長 名古屋法務局人権擁護部長  藏田 和彦 (奈良地方法務局次長) 奈良地方法務局次長     脇  健一 (長野地方法務局不首席登記官) 長野地方法務局不首席登記官 林  康雄 (津地方法務局不首席登記官 津地方法務局不首席登記官  山照多賀世 (大阪法務局民行部民行調査官) 辞職(3月31日付)      鈴木 宣彦 (前橋地方法務局長) 前橋地方法務局長      岩崎 琢治 (民事局民事第二課地図企画官) 辞職(3月31日付)      三浦 信幸 (静岡地方法務局長) 静岡地方法務局長      西江 昭博 (人権擁護局人権啓発課長) 定年退職(3月31日付)    小山田才八 (長野地方法務局長) 長野地方法務局長      本田 法夫 (高松法務局人権擁護部長) 高松法務局人権擁護部長   馬場  潤 (大分地方法務局次長) 大分地方法務局次長     山口 松美 (福岡法務局民行部不首席登記官) 福岡法務局民行部不首席登  栁田  修 (宇都宮地方法務局不首席登記官 宇都宮地方法務局不首席登  松川 富栄 (さいたま地方法務局不次席登) 辞職(3月31日付)      羽田 豊光 (新潟地方法務局長) 新潟地方法務局長        加藤 武志 (津地方法務局長) 津地方法務局長       杉浦 直紀 (民事局総務課登記情報管理室長) 辞職(3月31日付)      中本 昌彦 (京都地方法務局長) 京都地方法務局長        篠原 辰夫 (民事局総務課登記情報センター室長) 辞職(3月31日付)      森元 利宏 (神戸地方法務局長) 神戸地方法務局長      山本 芳郎 (鹿児島地方法務局長) 鹿児島地方法務局長     新井 浩司 (京都地方法務局次長) 京都地方法務局次長     三村  篤 (福井地方法務局総務課長) 定年退職(3月31日付)    藤井 昇平 (奈良地方法務局長) 奈良地方法務局長      田中 茂樹 (徳島地方法務局長) 徳島地方法務局長      高見 鈴子 (岡山地方法務局次長) 岡山地方法務局次長     阿部 精治 (甲府地方法務局次長) 辞職(3月31日付)      ?原  宏 (福井地方法務局長) 福井地方法務局長      小鷹狩正美 (さいたま地方法務局次長) さいたま地方法務局次長   梅村  上 (札幌法務局民行部不首席登記官) 札幌法務局民行部不首席登  中村 雅人 (釧路地方法務局総務課長) 定年退職(3月31日付)    近藤 康文 (富山地方法務局長) 富山地方法務局長      所田 雅一 (広島法務局人権擁護部長) 広島法務局人権擁護部長   小宮山義隆 (長崎地方法務局次長) 長崎地方法務局次長     斎藤  勤 (神戸地方法務局不首席登記官) 神戸地方法務局不首席登記官 森本 浩志 (岡山地方法務局法首席登記官) 辞職(3月31日付)      宮城 直之 (岡山地方法務局長) 岡山地方法務局長      山﨑 秀義 (松江地方法務局長) 松江地方法務局長      渡辺 富雄 (鹿児島地方法務局次長) 鹿児島地方法務局次長    佐藤  毅 (秋田地方法務局総務課長) 定年退職(3月31日付)    鈴木 雅利 (大分地方法務局長) 大分地方法務局長      林  淳史 (大阪法務局総務部職員課長) 大阪法務局総務部職員課長  西田 正延 (横浜地方法務局総務課長) 辞職(3月31日付)      波多野新一 (熊本地方法務局長) 熊本地方法務局長      増永 俊朗 (那覇地方法務局長) 那覇地方法務局長      椋野 浩文 (松山地方法務局次長) 松山地方法務局次長     宮本 典幸 (津地方法務局総務課長) 辞職(3月31日付)      芳見 孝行 (青森地方法務局長) 青森地方法務局長      阿部 俊彦 (広島法務局総務管理官) 広島法務局総務管理官    大谷 勝好 (千葉地方法務局総務課長) 辞職(3月31日付)      羽澤 勝夫 (旭川地方法務局長) 旭川地方法務局長      真鍋 健次 (盛岡地方法務局次長) 盛岡地方法務局次長     中井 幸雄 (仙台法務局総務管理官) 仙台法務局総務管理官    久保井浩美 (函館地方法務局次長) 定年退職(3月31日付)    西岡 康之 (松山地方法務局長) 松山地方法務局長      吉川  隆 (長崎地方法務局長) 長崎地方法務局長      岡田 治彦 (岐阜地方法務局次長) 岐阜地方法務局次長     松岡 秀樹 (長崎地方法務局総務課長) 定年退職(3月31日付)    髙信 幸男 (東京法務局民事行政部次長) 東京法務局民事行政部次長  北田 聖一 (東京法務局民行部不首席登記官) 東京法務局民行部不首席登  山中 正登 (横浜地方法務局不首席登記官) 横浜地方法務局不首席登記官 小林  敦 (さいたま地方法務局不首席登) さいたま地方法務局不首席登 羽石 研造 (横浜地方法務局法首席登記官) 定年退職(3月31日付)    松山 芳和 (津地方法務局次長) 津地方法務局次長      岡本 高至 (佐賀地方法務局総務課長) 定年退職(3月31日付)    長尾 健二 (山口地方法務局次長) 山口地方法務局次長     野津  満 (佐賀地方法務局次長) 定年退職(3月31日付)    園部 修治 (松江地方法務局次長) 松江地方法務局次長     渡邊 康博 (前橋地方法務局総務課長) 定年退職(3月31日付)    井芹 知寛 (宮崎地方法務局次長) 宮崎地方法務局次長     原尻 真二 (鳥取方法務局次長) 辞職(3月31日付)      塩屋 朝治 (那覇地方法務局次長) 那覇地方法務局次長     吉田 光宏 (山口地方法務局総務課長) 定年退職(3月31日付)    黒澤 貞彦 (東京法務局民行部第一法首席登) 東京法務局民行部一法首席登 大滝 和成 (水戸地方法務局不首席登記官) 水戸地方法務局不首席登記官 江本 修二 (甲府地方法務局首席登記官) 定年退職(3月31日付)    中山 光市 (新潟地方法務局不首席登記官) 新潟地方法務局不首席登記官 秋葉 政良 (青森地方法務局八戸支局長) 辞職(3月31日付)              室井 孝弘 (名古屋法務局民行部不首席登) 名古屋法務局民行部不首席登 片野 靖江 (岐阜地方法務局不首席登記官) 岐阜地方法務局不首席登記官 奥村 伸吾 (奈良地方法務局首席登記官) 定年退職(3月31日付)    有田 敏博 (広島法務局民行部不首席登記官) 広島法務局民行部不首席登  岡野 光延 (鹿児島地方法務局不首席登記官) 鹿児島地方法務局不首席登  柴田 保隆 (熊本地方法務局不首席登記官) 熊本地方法務局不首席登記官 田原 教靖 (那覇地方法務局不首席登記官) 那覇地方法務局不首席登記官 佐藤 典康 (宮崎地方法務局首席登記官) 名古屋法務局民行部法首席登 相原  茂 (富山地方法務局総務課長) 定年退職(3月31日付)    川上 雅弘 (大阪法務局堺支局長) 大阪法務局堺支局長     鳥山  隆 (静岡地方法務局不首席登記官) 静岡地方法務局不首席登記官 須川 裕充 (名古屋法務局人権擁護部一課長)      ]]>

民事法情報研究会だよりNo.26(平成29年4月)

春風の候、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。 さて、当法人は5期目の事業年度を迎え、現在の役員の任期は6月17日開催の定時会員総会で終了することになります。目下、旧年度の決算、新年度の事業計画、役員改選等について資料作成中であり、4月中には会員総会の開催通知をお送りする予定です。なお、同時に行われるセミナーでは、元日本公証人連合会会長の筧康生弁護士にご講演をお願いしております。(NN

ふらんすへ・・・一人旅のすすめ(理事 小畑和裕)

旅上      萩原朔太郎 ふらんすへ行きたしとおもへども ふらんすはあまりに遠し せめては新しき背広を着て きままなる旅にいでてみん 汽車が山道をゆくとき みずいろの窓によりかかりて われひとりうれしきことをおもはむ 五月の朝のしののめ うら若草のもえいずる心まかせに

1 法務局も公証人も卒業し、自由な時間が圧倒的に多くなった。これといった趣味を持ち合わせていない身にとって、在職中から卒業後の毎日をいかにして過ごすかということの課題にきちんと対応していなかったことを後悔した。まさに「後悔先に立たず」である。あれこれ考えを巡らしている時、ふと思いだしたのが、昔から愛誦している萩原朔太郎の前掲の詩である。そうか、その手があったのか。そう言えば、旅は昔から大好きだった。学生の頃には、アルバイトで資金を蓄え、ウイスキーの小瓶と文庫本を友として、あちこち旅をしていたことを思い出した。幸い自由になる時間だけは十分ある。一人旅をこれからの人生の友として生きて行こうと決めた。 2 決めたのはいいが、実行する前に難題に直面した。そう、長年人生を共にしてきた伴侶の了解を得る必要があることに気が付いたのだ。そう言えば妻も旅が大好きだった。公証役場の書記に雇用していたが、任期が終了するころから、旅に関する新聞の特集記事を熱心にスクラップし始めた。言うまでもなく、一人旅は一人で行くから良いのだ。朔太郎も前掲の詩で「きままなる旅」とか、「われひとりうれしきことを・・」と言っている。どうしたものか。困った。その時、偶然目に留まったのが、JR東日本が主催する「大人の休日倶楽部」だ。その俱楽部では、一年に数回、会員に限り期間限定でJR東日本の全区間の電車等(新幹線、バスを含む。最近はJR北海道とも連携している。)が4、5日間乗り放題の切符を販売している。しかも料金は格安だ。妻は週4日間学童保育のアルバイトをしているので、この切符を購入した上、3日間を一緒に旅行し、残りの日々を使って一人旅をすることを許可してくれるように提案した。二人で旅行をする提案であり、しかも手軽で格安であることを強調し、なんとか了解を得ることができた。 3 退職以来初めての一人旅の朝は、期待と嬉しさでちょっぴり興奮した。いつもより早めに起床し、リュックに荷物を詰めて取りあえず東京駅に向かう。行先は未定だ。東京駅では、新幹線や在来線乗り場を歩き回り、あれこれと思案しながら行き先を決める。勿論、旅の途中での変更は全く自由で、誰の束縛も受けない。全席指定の新幹線もあるので、自由席がある列車を探す。在来線は基本的にはどの列車にも自由席がある。指定席に乗車することも可能だが、予め発券を受けておく必要がある。自由気ままな旅という目的から言って、事前に乗車する列車を決めるのは何となくそぐわない気がする。長野・新潟方面に行こうか、東北地方か、それとも伊豆方面に行くか。あれこれ考えるのは楽しい。時間はたっぷりある。取りあえず弁当とウイスキーの小瓶を買い込む。たまたま入線してきた新幹線の自由席に乗り込んで地方の拠点の都市まで行き、そこで乗り換えて、今まで利用したことも無いローカル線で一杯やりながら、ぼんやりと窓外に過ぎていく景色を眺める。至福のときである。加えて、旅先で出会った人たちとの交流は実に楽しい。旅行中の老夫婦と意気投合し、彼らが予約している温泉宿まで誘われて行き、日帰り温泉に浸かったり、鄙びた町の小さな食堂で、メニューにない食事を商売抜きでご馳走になったり、一人旅だと告げるとマイカーで名所・旧跡を案内して貰ったりしたこともある。概して言えばだが、田舎の人々の多くは一人で旅をする者に特に優しいような気がする。一人旅をする醍醐味の一つはそんな処にも有る。大きな声では言えないが、最近は一人旅をする若い女性も多く、たわいもない会話を妻の耳目を気にせず楽しむのもまた一興である。有難いことに、最近はどの都市に行っても観光案内所がある。ここを訪ねると、あらゆる情報が手に入る。応対は親切丁寧だ。その土地ならではの美味しい食事や地酒を楽しむことも可能だ。最後に老婆心ながら一言付け加えたい。それは、絶対にお土産を忘れない事だ。快く送り出してくれた妻への心遣いは重要だ。そのためには日ごろから妻の嗜好をよく理解しておく必要がある。お土産はその土地独自の物を十分吟味の上求めた方が良い。なぜなら、情報化社会が発達した今、お土産の情報は全てパソコン等から入手することが出来るからだ。おざなりに選んで買ったお土産は、直ぐ化けの皮が剥がれ冷ややかな評価を下されるのがオチである。納得と満足のいくお土産は、次回の一人旅も快く出発できる要因になる。心しなくてはならないのだ。 4 古稀を迎えてから、以前に比べ一年の経過を短く感じるようになった。若い頃は、一年をもっと長く感じていたと思う。同じ一年なのにこの違いは何処から来るのだろうか。ある人は、感受性の違いによるのだと言う。感受性が豊かな時代はあらゆる出来事を新鮮に感じたり、興味深々だった。季節の移ろいに敏感であったり、それぞれが抱いている夢を追っていたりと、毎日が充実しているからだと言う。綺麗な草花や素晴らしい風景に感動したり、多くの人々と交流し、喜怒哀楽に素直に反応する心を維持しているからだと言う。その感受性が年と共に衰えてくるのだ。それ故一年が早く過ぎていくと感じるのだと言う。ではどうすれば良いのか。詩人の茨木のり子は「自分の感受性くらい自分でまもれ ばかものよ」と突き放して叱っている(自分の感受性くらい 茨木のり子、民事法情報研究会だよりNo.13)。残念ながら年を経て感受性が衰えてきたことは否めない事実だ。ならばどう対処すれば良いのか。その答えの一つとして、たまには日常から離れて一人旅をする事を勧めたい(誰かと一緒だと日常性を脱却できないのだ。)。素晴らしい自然や名所・旧跡を訪ねて感動したり、美味しい料理や地酒に舌鼓を打ったり、また、旅先で多くの人たちと触れ合って「人間っていいなあ、生きるって素晴らしいなあ」と感じることが大切だと思う。(喜怒哀楽に敏感に反応する)そのようにして衰えていく感受性を守ることだと思う。それが、一人旅を勧める所以である。なお、誤解のないように言っておくが、一人旅は毎日の生活からの逃避行では断じてない。むしろ感受性を豊かに保ち、毎日の生活をより楽しく素晴らしいものにするためなのである。           了 

今 日 こ の 頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。 

俳句短歌往還(高渕秀嘉)

1 ことの発端

 「親不孝悔い拭ふごと墓洗ふ」 秀嘉

一昨年の秋、大分県の山間部の小さな町に墓参のため帰郷した。掲句はその時の作である。季語は「墓洗ふ」(秋)。世間で軽く自虐的に使われる「親不孝」という言葉と、やや諧謔味も感じられる「悔い拭ふごと」の表現で一応俳句になったと思った。しかし、どうも落ち着かない。墓を洗う私を突然おそった或る悔恨は、この俳句では削ぎ落されている。この思いが俳句を短歌の形に展開してみることを促した。その自然な結果が次の拙詠である。

 「ひと言の優しき言葉で足りたるを悔い拭ふごと母の墓洗ふ」 秀嘉

冒頭掲句は読む人によりあれこれ想像の働く余地があるのに対し、この拙詠は、具体的な状況全部には触れないものの、一歩踏み込んだ個人的なある特定の感慨になっている。 公証人を退職後、数年経った平成19年、囲碁の友人の勧めで俳句を始めた。一向に上達しないが、句会に出席して様々な個性の句友と交流すること、また俳句に必須の季語を通じて季節の循環を感得することは楽しい。一方、短歌は門外漢に近い。手を染めたのは俳句より少し早いが、見様見真似の作例は数えるほどしかない。私の場合、短歌を作るには俳句と違って何か強い現実の感慨が必要である。 このように俳句・短歌双方に未熟な私であるが、最近前述のように、先行の俳句を短歌の形に展開してみるという生意気なことを試みることがある。その切っ掛けは、全く思いがけないことだが、前掲の短歌がある中高年向け家庭雑誌で「特選」に選ばれたことだった(婦人之友社・明日の友218号、選者は皇室の作歌指導・歌会始の選者等として著名な岡野弘彦先生)。私の生涯における驚天動地ともいうべき出来事だった。

2 俳句から短歌へ

柳の下の泥鰌ということではないが、この「出来事」を契機に、自作の俳句を時折、短歌の形に展開してみるようになった。ただし、手当たり次第ということではなく、前述のように、句の背後に省略された私のある情感が潜んでおり、それが短歌への展開を促していると感じられる場合に限られる。

 俳句から短歌へ・作例2首 〇「日脚伸ぶと言えば頷く妻と居て」 ー「日脚伸ぶと言えばうべなふ人と居て共に歩みし道のはるけき」 秀嘉 〇「夜白むかなかな次を鳴かぬまま」 ー「かなかなの次なる声を聴かぬまま何時しか白む旅の短か夜」 秀嘉

上記は、いずれも五七五17音の俳句から五七五・七七の31音の短歌の形に一応なってはいる。しかし、このような展開の結果が先行する俳句の単なる「説明」や言わずもがなの「蛇足」になっていないか。つまり、関連はあっても俳句とは異なる「詩趣」の短歌として自立しているか、という不安がある。そうでなくては展開の意味が薄れる。前掲の2首はどうなのか、自信はない。

3 短歌から俳句へ

逆に、昔作った短歌を俳句に凝縮できるか時に試みることもある。

 沖縄行・作例2句 〇「滴りを内に秘めたる黍の穂の白き地平に日は落ちむとす」 秀嘉 ー「さたう黍の花野の果ての入日かな」 〇「白波はリーフに消えて安らけし内なんちゅうは優しかりけり」 秀嘉 ー「白波はリーフを超えず島の春」

以上も俳句として自立しているか、これも些か心許ない。

4 「往還」ということ

さて、この拙文に「俳句短歌往還」などと大袈裟なタイトルを付けてはみたが、要するに私という一人の人間が、俳句から短歌へ時には逆の「往き還り」を、その出来不出来は別として楽しんでいるということである。このような「お遊び」自体は、俳句や短歌一般を学ぶ道としても多分迂遠な邪道であろう。 しかし、異なる二つの詩形式の間で何故このような往還「運動」が可能なのか、その秘密を知るために、先ず俳句の歴史を少し勉強してみることにした。

5 俳句の歴史 ― 連れを失った孤独な発句

日本の詩歌の長い歴史をふり返ると、万葉時代に成立し現代に至る「短歌」は、千数百年の長い時間の中で「連歌」を生んだ。連歌は、短歌五七五・七七を、上の句五七五と下の句七七に分け、この両者を原則複数の人が交互に詠み進めて一定の句数で完結させるものである。 次いで、この貴族的で上品な連歌から派生して、移り行く自然と人生の諸相を世俗的な諧謔味をもって追及する「俳諧の連歌」が室町時代に成立した(「連句」又は「俳諧」とも言う。)。そして、この俳諧連歌の巻頭に置かれる第一句(五七五音)を「発句」(ほっく)と言うが、この発句が、江戸時代の芭蕉の蕉風俳諧を経て、明治時代の子規の俳諧革新運動で連歌から「分離独立」した。つまり、脇句を切り捨てた発句が作られ、それ自体が鑑賞されるようになった。これが「俳句」である。換言すれば、「連れを失った」又は、「失ったものを内に秘めた」孤高な発句に付された名称、それが俳句である。

6 俳句の母胎は短歌

こうして俳句は、俳諧連歌の最初に置かれる発句に行き着くが、発句は元々短歌の「上の句」五七五であるから、「俳句の母胎は短歌」ということに帰着する。 したがって、ある俳句の持つ句想を母胎の中で展開し短歌に仕立ててみることは不自然なことではないと言える。また逆に、ある伝統的スタイルの短歌をあれこれ腑分けしていると全ての場合ではないが、その中に核としての俳句的要素を発見する場合があっても不思議ではない。「往還」は短歌という「力の場」で起こっている事柄であろう。

7 俳句の中の遺伝子

こうした俳句短歌往還の遊びを通じて、句作の上達ではないが、「参考」になる両者の「詩趣の違い」を垣間見ることになった。感覚的に一口で言えば、概ね俳句は「写生(省略)」であり、短歌は「叙情(展開)」であること、静止画と動画の違いとも言えるだろうか。 俳句の写生、短歌の叙情という対比は、これも「俳句の出自」に関係することだと思う。 前述のとおり、俳句は俳諧連歌の発句に由来する。発句は次なる脇句を期待し誘うものであった。そのための装置として、発句には「季語」や「切れ字」(「かな」「けり」等)を使用すべしとする規則が定められていた(式目)。 五七五音という絶対的な短さによる省略(述語の省略=事物だけ=写生)や切れ字による文の断裂は、それを展開し或いは埋めてもらうべく次なる脇句を誘っている。そして、季語は一語で脇句の舞台・背景を提供する。「言いおほせて何かある」とは芭蕉の言葉。短いから発句で何もかも全部言うことは出来ない相談だし、また続く脇句の出番を阻害して好ましくない。 俳諧連歌における発句の、このような遺伝子は現代の俳句の中にも残っていると言える。現在、俳句には沢山の流派があるが、子規・虚子の流れの「写生」「花鳥諷詠」を好ましいと思う私のような者は、その句作において発句の「式目」を今一度勉強し、時には句友と俳諧連歌(連句)を実際に試みてみることも大事ではないかと、想い到った次第である。

8 今日この頃

以上、「俳句短歌往還」の遊びのお蔭で、俳句という世界最短の詩形式の歴史や特質を少し勉強することになったが、同時に勉強すべきことが未だ沢山あることも知った。 公証人退職後に得た趣味の俳句に短歌を加え、最後までこの二つに係わっていきたいと思う「今日この頃」である。

(余録) 〇 最近の拙句5句 「卒寿の手恋の歌留多を飛ばしけり」   新年 「雪吊りの縄一本を切って春」      春 「青紫蘇の草に交じらぬ高さかな」    夏 「粒毎に冷え一房の黒葡萄」       秋 「みちのくに除かれぬもの除夜の鐘」   冬 〇 比較的最近の拙詠2首 「夫婦でも似ても似つかぬ十二桁マイナンバー届く時雨寒き日に」 「娘より届く宅配の荷の底に縁(えにし)のチョコぞバレンタインの日」

 

家事調停委員となって(石戸 忠)

公証人を退職した後、長年お世話になった地域でこれまで培った知識経験を活かし、社会貢献できるようなことがないか漠然と考えていたころ、司法書士の業務をする傍ら家事調停委員をされている方から、「調停委員になってはどうか、家事のほうは男性が少ないので、私が推薦しておきますよ。」と有難い言葉をかけていただいた。何気なく「じゃお願いします。」と返事をしたところ、話はトントン拍子に進み、数日後、家裁支部の担当課長から、「○○先生から話を聞きました。履歴書と応募動機を書面で提出してください。」との連絡があった。家事調停委員の活動がどのようなものか分からないながら、退職後、趣味の平日ゴルフに打ち込むだけでは寂しいとの気持ちから、この際、家事調停委員になろうと決断をした。 そこで私は、公証人として、遺言、任意後見、離婚給付、遺産分割、年金分割など、家事調停事件との関連性のある公正証書の作成に関与してきた経験を、いくつかの具体例を挙げて述べ、それらのことから培った知識経験を家事調停の場面で活かしたい旨の申述書を提出したところ、担当課長から、「後日、本庁で家事調停委員選考のための面接があります。」との連絡を受けた。 それから約1か月後、家裁所長名で面接の日時・場所、面接の参考にするためとして、面接日の2週間前までに、テーマを決められ、A4判2枚程度にまとめてのレポート提出を求められた。 面接は、家裁所長をはじめ、裁判官、家事調査官、書記官等7名の方から、約30分間にわたり、職務経験や応募動機、提出済みのレポート内容に関し、矢継ぎ早に質問を受けたが、多少の余裕をもって答えることができた。面接が終了すると、早速、事務担当者から「仮に、家事調停委員に任命されることが決定した場合は、新任者研修会が4日間予定されていますので、○月○日から○日まで空けておいてください。」との説明があった。 正式には、面接日から約1か月近く経って任命内定の連絡を受けることとなり、本庁での新任者研修会の冒頭で辞令交付式が行われ、最高裁判所名による任命辞令を頂戴し、晴れて家事調停委員となることができた。 新任者研修会では、本庁の裁判官等からの講義やDVD鑑賞があったが、一定の時間を割いて「調停見学」というカリキュラムが組まれていた。あらかじめ、当事者双方の了解が得られた事件について、数名の研修員が一緒に実際の調停でのやり取りを傍聴するというものである。離婚や遺産分割について、事案の概要を知らされているわけではなく、その場での発言やメモを取ることも禁止されていたが、傍聴終了後、感想レポートの提出が義務付けられていたので、当事者双方のやり取りの一言一句を聞き漏らさぬよう相当の緊張を強いられた。研修最後の座談会において、研修員のほぼ全員が「大変有意義な傍聴であった。」との感想を述べていたが、私自身も多くの成果を得ることができた研修となった。 新任者研修会の受講が終わると、早速、支部の担当書記官から調停期日の連絡が来るようになったが、そのほとんどの事件が「離婚調停」である。 離婚を求める夫婦間では、親権者の指定、養育費、面会交流、財産分与、慰謝料、年金分割等が問題となるが、協議離婚を前提に、当事者間で合意が整った場合は、原則として、当事者が揃って公証役場に出向き、離婚給付等契約公正証書を作成することが最も簡便な方法であり、私自身も相当数の証書を作成してきた経験がある。しかし、夫婦間に争いがある場合は、事前相談の段階で「それは調停手続の方法しかありませんから、家庭裁判所に相談してみてください。」といった程度の説明で終わらせていたものが、今度は、その逆の立場になったわけである。おそらく、どこの公証役場においても同様の説明をしているのではないかと考えるので、この機会に調停手続の具体的な進め方について、簡単に触れてみたい。 家事調停とは、家庭内の紛争に関し、家庭裁判所の調停委員会又は裁判官の下で、紛争の当事者間では解決できない家庭内の紛争を、適正妥当な合意の成立を目指すという紛争の自主的解決を図る制度である。あくまでも合意が基本であり、いくら適正妥当と思われる解決案であっても、当事者が納得しない限り、強制的に紛争を解決することはできない。そのため、家事調停手続は、裁判官と民間から選ばれた調停委員とによって構成される調停委員会によって行われるのが原則で、調停委員の人格や様々な分野における豊かな知識経験を活かした弾力的な解決を図ることができるものとされている。 家事調停手続は、紛争を抱える当事者からの調停の申立てによって開始される。申立て自体は、できるだけ簡単に利用しやすいよう申立用紙を窓口に備え付け、記載方法も概ねチェック方式になっており、窓口で案内や相談も随時行われている。 調停が申し立てられると、事件の内容に応じ、担当裁判官が男女2人の調停委員を指名し、この裁判官と調停委員2人が調停委員会を構成し、以後、担当事件に関与することになる。特に、夫婦が対立当事者となる離婚調停では、男女間のプライバシーの領域に踏み込んだり、心理面に影響を及ぼすこととなるため、夫婦双方に信頼感を与え、適正妥当な事件の処理・解決に導くための配慮から、調停委員は男女がペアとなって対応するのが通常である。当然のことながら、各調停委員は、あらかじめ事件記録に目を通し、事案の概要、身分関係、争点等を把握し、関係人の人物像や紛争の背景などを思い描き、調停委員同士で意見交換をするなどしてイメージを共有し、役割分担、進行方法、事情聴取のポイント等を打ち合わせ、担当裁判官との事前評議や家裁調査官に意見聴取をするなどして、第1回期日を迎えることになる。 第1回期日は、激しく感情的に対立をしている当事者の場合、別々に調停室に案内し、双方の言い分をじっくり聴くようにしている。申立人は、申立書や事情説明書等では主張しきれなかった事情を述べるし、相手方は、申立人に対する不満や悪口など、感情的な発言に終始することが多々あるが、調停委員としては、丁寧かつ謙虚な姿勢で臨み、心情に配慮した対応をしながら事情聴取をしなければならない根気のいる作業である。当事者からの事情聴取は、感情面に配慮しながら、1回当たり30分程度を目途とし、交互に計2回、概ね2時間程度の時間をかけて行い、当事者との信頼関係を築く中で、当事者双方の発言から、事実上・法律上の争点を明確にして行くこととなる。そして当該期日では当事者間でどのような点で意向が一致したか、次回期日には何を話し合うか、そのため双方に対し、主張の整理や資料の提出を指示したりもする。調停委員同士では、先を見通した調停の進め方を打ち合わせながら、担当書記官と調整のうえ、概ね1か月以内を目途に次回期日を指定するようにしている。そして、当該期日の経過は、期日ごとに調停委員が交替で調停委員連絡票に記録し、担当書記官を通じて、担当裁判官に報告することとなっている。 通常、何期日かを重ね、当事者の主張も出尽くし、事件の全容が明らかになった時点で、調停委員会の評議によって、その事件を解決するにはどのような内容の調停が最も適正妥当かということを検討し、調停の基本方針というものを決める。調停の基本方針が決まると、その方向に沿って合意が成立するよう調停案を当事者に提示し、調整することになる。 調停案は、調停委員が作成に関与するが、養育費等の金銭給付にかかる定型的な文案の場合は、比較的簡単だが、既に別居状態が長く続き、子供と会っていない相手方からの請求による面会交流の取決めのような場合、面会の頻度・時間・場所、送迎方法、監護親の同行の有無、宿泊・旅行の可否、夏休み等長期休暇の取扱い、面会日時の変更方法等こと細かに記載しないと納得しないときなどは、文案を取りまとめるだけでも大変な作業である。いずれにしろ調停案の提示は、調停の成否に与える影響が大きいので、担当裁判官とも十分評議をするよう指導されている。 当事者双方の納得できる合意が得られ、調停委員会としても相当と認め、調停条項として調書に記載されたときは、調停が成立し、調停手続は終了することとなる。調停条項は、客観的に明確なものでなければならず、記載が不明確だと、後日紛争を蒸し返されることにもなりかねないし、強制執行手続をとることができない事態も起こり得るので、十分に注意を払う必要があり、担当裁判官や担当書記官とも綿密な打合せをするようにしている。 調停手続の最後には、調停委員会として、当事者双方に調停条項を読み聞かせ、意味内容を分かりやすく説明することも欠かせないが、第1回期日には激しく感情的に対立していた当事者から、感謝の言葉を聴けるようなことがあると、調停委員としても、苦労の甲斐があったと感じる一瞬でもある。 金銭給付を目的とする強制執行受諾文言付き公正証書の場合は、調停調書と同様、債務名義として強制執行力を有するが、公正証書では認められない調停証書に特有の制度についても、ついでに触れてみたい。 第1は、履行勧告の制度(家事事件手続法第289条)である。履行勧告とは、調停で決まったことが守られない場合、その調停をした家庭裁判所に申立てをすることにより、当該裁判所が書面等で、決まったことは履行するよう相手方に勧告してくれる制度である。申立方法は、電話でも受け付けてくれ、手数料は無料である。また、この制度は、強制執行とは違うので、金銭的なもの以外でも利用できる。例えば、面会交流の取決めをしたが、相手方がその取決めを守らないときは、「子供に合わせてあげなさい。」と勧告してくれる。この制度は、あくまで勧告であるから、従わないからといって罰則はないが、裁判所からの勧告なので、心理的なプレッシャーを与えることはできる。 第2は、履行命令の制度(同第290条)である。履行命令とは、調停で決まった金銭給付を目的とする義務の不履行に対しては、履行勧告と同様、家庭裁判所に申し立てることで、決まったことは履行するよう命令を発してもらえる制度である。この履行命令に従わなかった場合は、10万円以下の過料に処せられることになり、この場合の手数料は、500円ほどである。 第3は、間接強制の申立て(民事執行法第172条)である。例えば、調停で面会交流の取決めをしたのに、相手方が守らない場合、強制執行手続をとることができる。この場合の強制執行の方法は、執行官が子供を家から連れ出して会わせるという直接執行の方法は認められていないので、その代わり、調停条項に違反して会わせないということについて、相手方に金銭(制裁金)の支払いを命じて強制するという「間接強制」の手続をとることになる。具体的には、裁判所が1回会わせない度に相手方に「金○○円を支払え。」というような命令を発するものである。したがって、面会交流を拒み続けると、多額の制裁金を支払わなければならない結果となる。この間接強制の申立てをするには、調停証書など裁判所が関与した執行力ある債務名義の正本でなければならず、公正証書では認められない。 公正証書と調停調書とでは、以上のような制度の違いがあるが、離婚調停においては、夫婦間に未成年の子供がいる場合、離婚すること自体には同意するものの、親権者の指定や面会交流の取決めで当事者双方の主張が激しく対立することがよくある。調停委員としては、子供の福祉の観点から、適正妥当な解決方法を助言するが、制度の建前上、自らの意見を押し付けるわけにはいかず、そのための調整に苦労する場合が多い。特に、面会交流に関し、最近の最高裁判例(最高裁平成25.3.28決定)において、「面会交流の日時・頻度、各回の面会交流時間の長さ、子の引渡しの方法等が具体的に定められていれば、監護親に対し間接強制決定をすることができる」旨の判断が示されたこともあり、相手方からは、監護親が面会交流を拒絶した場合に備え、間接強制の方法で実現可能となるような具体的な取決めを、調停条項に盛り込むよう主張する事案も出ているようである。 公正証書での面会交流の取決めは、「甲は乙に対し、丙との面会交流を認める。面会の日時、場所、方法等は、丙の福祉に十分配慮し、甲乙が誠実に協議して定める。」といった簡単なものが多く、嘱託当事者も取り立てて問題視しなかった経験からすると、離婚調停の場面では、当事者の様々な思惑の中で、面会交流を巡る争いが激化する傾向が強いようで、新任の調停委員としては、今後、難しい調整が求められることもあろうと痛感している。

 

終 活(横山 緑)

公証役場を利用していただく多くの皆様や先輩公証人、そして家族に支えられ、公証人を拝命から間もなく満7年が過ぎようとしており、平成29年度公募対象の公証役場として公募がされ、任期を終えることができる日が近づいてきている。 今から20年程前に、自然豊かな山紫水明な環境の地に一戸建ての住居を新築し、家族が住み、公証人拝命後は自身もそこに住むことができている。というのは、単身赴任期間が長く、法務局勤務時にその住居に私が住んだのは新築後間もない時期の1年間のみであり、ご近所からは、いつしか母子家庭と思われていたようであり、7年前の4月には、誤解がないようにとご近所に改めて挨拶回りをした。 四季折々の自然を肌で感じられる住環境ではあるが、市の中心部からは少し離れており、中心部までの足は、バスとJR(徒歩15分ほどの無人駅)であり、いずれも通勤時間帯以外は1時間に1本、2時間に1本という、いつ廃止されてなくなるかもしれない厳しい交通環境にある。そのような住環境にあるため、最近、不便と不安を覚えることとなった。すぐ近くに大きな病院はなく、体調を崩して医者に診てもらうにも車で20~30分はかかる。さらに、当地は冬期間に何度か数センチから20センチ程の積雪がある。あるとき、タクシーを予約していたところ、「積雪のため住居前まで出迎えに行くことができないので、バスが走っている広い通りまで出ていただけますか。」とタクシー会社から連絡があり、やむなくその日の予定を中止ざるを得なくなった。 今はまだ自分も妻も車の運転ができるが、高齢が原因と思われる交通事故の報道を毎日のように見聞きしており、自身がその当事者になることも十分に考えられ、数年先には免許証を返納する時期が間違いなく訪れる。 子どもからも、不便な住居へ戻ってくることはないと宣告されていることもあり、仕事を終えて落ち着いたら、夫婦二人が老後の人生を不安なく、楽しく過ごすための拠点として、交通事情がよく、スーパーマーケット等の商業施設が歩いていける近くにあり、医療機関が整備・充実している地への転居を考え、インターネットで候補地の住宅情報を取得し、休日を利用して現地を訪れ、立地条件を実際に自分で歩いて確認し、可能な場合はモデルルームを見学させてもらっている。金額の縛りを除き必須条件はなく、また、いつまでにという緊迫性もないため、終活の一つと考え、納得のいく物件探しがしばらくは続くものと思われる。 公証人を退任後、最も心配しているのが、仕事がなくなり、毎日が日曜日となった後に、妻が体調不良にならないかである。医師から「夫源病(定年退職後の夫の存在が妻のストレスの原因)」ですと診断されないよう、料理などの家事の分担、テレビの旅番組で紹介され、行ってみたいと思った地への旅行など、家族への感謝の気持ちを行動に示すように心掛けていきたいと思っている今日この頃である。

実 務 の 広 場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.48 公証人に求められる当たり前のルール

公証役場には、公正証書の作成を求めて、老若男女いろいろな事情を抱えた方が直接訪ねてこられます。特に、遺言書作成のためにこられた高齢の方の多くが、初めて訪れる方であり、公証役場が何をする所かもよく分かっておられないことがあります。家族(相続人である子、その配偶者等)から詳しく説明を受けることなく、車に乗せられ公証役場に連れてこられた方は、いきなり見知らぬ公証人と対面することになります。公証人も初対面の方から話を聞くことから始まるのですが、限られた時間内で、遺言者の緊張をほぐし、公正証書に記載する内容をいかに的確に話していただける雰囲気を作れるかにかかってきます。 人と人とのコミュニケーションは、言葉と言葉以外の容貌、顔の表情、目の動き、声の質や大きさ、身振り手振りを含む態度などによって図られると言われています。そのうち、言葉が占める割合は、わずか7%と言われていますが、この言葉による対話がなければスタートしません。先ず、公証人の「○○」であることを名乗り、どのような内容の遺言書を作成されるのかを尋ねるのですが、この問いかけに的確に話をしていただける方は多くはありません。特に高齢者が多い遺言者については、世間話から始まり、これまでに遺言者が歩んで来られた人生の四方山話をお聞きすることになります。四方山話を話されることにより緊張がほぐれ、本題の、なぜ、今、遺言書を書くこととなったのかを話し始めてくれます。ここまで時間にして10分から15分、この遺言者の思いを聴く時間なくして遺言者が希望される遺言書の作成はできないように思います。したがって、初めて説明に来ていただき、話をお聞きするときは、ゆっくりと遺言者のペースで進めるようにしています。迅速・効率的ではないかもしれませんが、遺言者の思いを聴き、公証役場を訪ねてこられた皆様に、気持ちよく目的を果たしてお帰りいただくために、1時間を確保しています。証書作成後には、最初にお聞きした遺言者の人生の四方山話に触れて、今後も素敵な人生をお過ごしいただくようにとの言葉をかけるようにしています。遺言書ができあがり、帰って行かれるときに遺言者からかけていただく「これで安心しました。ありがとう」の言葉に、公証人という仕事をさせていただける幸せを感じています。 遺言者が人生の最期に向けて準備する終活の一環として作成された遺言書のうちから、その作成に携わることができて良かったと思われる事案の3件を、振り返りながら紹介させていただきます。

その1 危篤状態の中で遺言書作成 自宅で病気療養中の高齢の方から、自宅へ出張しての遺言書作成を依頼されていたところ、容体が急変し、医師からも危篤であると宣告され、遺言者の兄弟姉妹、子、孫を始めとする親族が集まり見守る中で、遺言書を作成した。自宅を訪れたときに家族から、「朝から、体を動かすこともなく会話もできない状態である。」との説明を受けた。遺言者は目を閉じてベッドに横たわっていた。家族の「公証人が来てくれたよ。」との呼びかけに応じ遺言者はしっかりと目を見開き、無言のまま当職をみていた。証人が立ち会っているこの場で遺言内容を説明していただく必要がある旨を伝えたが、遺言者に反応は見られなかった。その後も2度、3度話しかけたが、同様に反応は見られなかった。このような状態では、遺言書の作成はできない旨を反応がない遺言者及び家族の方に説明し、証人共々退去しようとしたところ、家中に響き渡る大きな声で、はっきりと「面倒をみてくれた娘の○○に全部あげる。」と発言した。朝から危篤状態の遺言者が大きな声ではっきりと発言したことに集まっていた親族からは驚きの声が漏れ、泣いておられる方が何名もいた。発言の内容は事前に確認していた内容であったことから、その場で遺言書を作成した。 翌日、家族の方から電話があり、「公証人が帰られた後、穏やかな表情になり、その後は何も話すことなく、程なく皆に見取られて息を引き取りました。」との報告があった。 危篤で話もできない状態であると聞いたときには、出張するまでもなく遺言書作成の中止を考えたが、公証人として求められている「した方が望ましい行動や取ることが望ましい態度、あるいはしてはいけないことはしない」という当たり前のルールを守ることが大切であると再認識した。 その2 家族等が求める内容による遺言書作成を求める遺言者 跡取りであり同居している長男と税理士からのアドバイスを受けて、相続税、遺留分等を踏まえた遺言内容を、準備してきたメモを見ながら苦労して説明する遺言者に、「メモを見ないで遺言者が思っている内容を説明していただけばよろしいですよ。」と説明したところ、遺言者は、「このメモのとおりに作らないといけない。このメモも自分で書いてきたものである。」と説明し、遺言者自身の思いを語っていただけない。公正証書遺言について説明し、しばらく問答を繰り返していたところ、公証人は、メモの内容による遺言書をなぜ作らないのだと、やや険悪な雰囲気になったが、その後、何とか遺言者も理解し、遺言者が書き残したい思いを語っていただけた。長男に電話して、遺言者の思いのままの内容で作成することについて了解を得たいと申し出た。結果、長男も「遺言者の思いのままの内容で作成すればよい。」と遺言者に伝えた。 遺言者は、自分の思いのままの内容の遺言書を作成することができたことについて感謝の言葉を述べて帰って行かれた。 たまにではあるが、「息子や娘の言うままに、内容もわからず遺言書を作ってしまったので作り直したい。」と公証役場を訪ねてこられる方がいる。このような思いをしていただかないように、懇切丁寧に粘り強く遺言者の思いを聴き、遺言書を作成しなければならないと再認識した。 その3 難しいことはわからないが遺言書を作成したい者の遺言書作成 「高齢で学歴もなく、難しいことはわからないが、自分が死んだときには残った預貯金の半分を、これまで一緒に生活して面倒をみてくれてきた弟(死亡している)の配偶者にあげる。」内容の遺言書を作成してほしいとの依頼があった。遺言者の推定相続人は、持参した戸籍等から兄弟姉妹(甥・姪)であり、確認できたその数は20名以上であり、遺言者に確認できたのはそのうちのごく一部の者のみであった。遺言書を作成し、弟の配偶者に遺贈させたいとの遺言者の意思は明確であるが、預貯金の残りの半分はどうするのか、遺言執行者を誰にするのかを尋ねても、難しいことはわからないと話すのみであった。しかし、なぜ弟の配偶者に預貯金の半分をあげるのかについては、「弟夫婦がいなければ遺言者が歩んできた人生、今の自分はないからである。」と語った。 「遺言者は、遺言者の有する預貯金の半分を弟の妻である○○に遺贈する。」のみを記載し、後日に提起されるであろう遺言無効確認訴訟に備え、「これまで一緒に生活して面倒をみてくれてきた者である。」旨を付言として記載した遺言書を作成した。 (横山 緑)

No.49 祭祀の主宰者として指定することの意味

1 遺言書において、「遺言者の有する財産の一切を甲に相続させる。」とした上で、「遺言者は、祭祀の主宰者として、甲を指定し、同人に祭祀用財産の一切を承継させる。」と記載する例は、よくみかけます。遺言者としては、自分の死後、これまでと同様に先祖代々の供養をしてほしいとして、祭祀の主宰者を指定するのですが、甲が財産の一切を相続しながら、祭祀の主宰者として先祖の供養をしないままにしている場合、甲の以外の相続人にとっては、甲の態度は許せるものではなく、甲に対して、何らかの措置を講ずることはできないのかという考えが生じるのは、自然な感情と思われます。 そこで、甲以外の相続人としては、遺言者が他の相続人を差し置いて甲に一切の財産を相続させるとともに同人を祭祀の主宰者に指定したという遺言書を作成したのは、負担という文言はないものの、甲に対して、祭祀の主催者として、祭祀用財産の一切を承継させるとともに、先祖代々の供養をするという負担を付したものと解する余地はないのかという疑問が生じます。 仮に、負担を付したものと解することができれば、民法第1027条で、「負担付遺贈を受けた者がその負担した義務を履行しないときは、相続人は、相当の期間を定めて、その履行を催告することができる。この場合において、その期間内に履行がないときは、その負担付遺贈に係る遺言の取消しを家庭裁判所に請求することができる。」と定めていますので、この規定を適用し、法的措置をとることができることになります。 なお、民法では、負担付遺贈について定めているだけですが、相続についても類推適用されると解されていますので、以下、負担付遺贈と表記しているところは、そのまま負担付相続についても当てはまります(公証107 229p 要録170p)。2 条件付相続と負担付相続 祭祀の主宰者として指定されたことをもって、指定された者に先祖代々の供養をさせる法的な負担を付したものであるとの見解は、見当たりません。それは、遺言者として、負担付き相続とするためには、負担を履行する者にとって負担の内容がわかるように具体的に記載することはもとより、負担付相続であることを明確に記載すべきであり、単に祭祀の主宰者として指定されたことをもって、負担付と解することは困難であるとされているからと思われます。 それでは、遺言者にとって、自分の死後、先祖代々の供養を確実に行わせるために、「祭祀の主宰者として先祖代々の供養をすることを条件」として相続させる、あるいは「祭祀の主宰者として先祖代々の供養をすることを負担」として相続させるというように、遺言書に遺言者の意図を明確に記載しておけば問題ないでしょうか。 祭祀の主宰者として先祖代々の供養をすることを停止条件付きとした場合は、いつまで先祖代々の供養を続ければ条件が成就した、すなわち相続したことになるのかという問題が生じますし、また解除条件付きとした場合、先祖代々の供養を怠ればその時から相続がなかったことになり、そうすると新たな相続財産の帰属の問題が生じることとなり、いずれにしても長期間に渡って相続財産の帰属が不安定になり、「祭祀の主宰者として先祖代々の供養をすることを条件とする相続は相当でないと思われます。 それでは、祭祀の主宰者として先祖代々の供養をすることを負担付きで相続させるとした場合はどうかというと、いったんは相続が開始しますので、条件付き相続のような問題は生じないと思いますが、先祖代々の供養といってもどの程度のことをすればよいのか、いつまで続けるのかということを具体的に記載しておく必要はあり、単に「祭祀の主宰者として指定とした」と書くだけでは具体性に欠けますし、負担が履行されないときは、遺言の取消の問題が生じますので、負担付相続も全く問題ない遺言であるということにはならないと思います。 3 祭祀の主宰者として指定の意味 そうすると、条件付相続も、負担付相続も、いずれも問題ありということになりますが、そもそも祭祀の主宰者として指定したということは、どのような意味を持つのでしょうか。これに関しては、次のような判例があります。 「祖先の祭祀を主宰する者と指定された者は死者の遺産のうち系譜、祭具、墳墓のように祭祀に関係あるものの所有権を承継する(民法897条)ことがあるだけでそれ以上の法律上の効果がないものと解すべきである。すなわちその者は被相続人の道徳的宗教的希望を託されたのみで祭祀を営むべき法律上の義務を負担するものではない。その者が祭祀を行うかどうかは一にかかってその者の個人的信仰や徳義に関することであつてこれを行わないからといつて法律上これを強制することはできない。従って受遺者が偶々祭祀を主宰する者に指定されたからといってこれを負担付遺贈を受けた者とすることはできない。」(昭和43年8月1日判決、宇都宮家庭裁判所栃木支部昭和43年(家)第601号負担付遺贈遺言の取消申立事件)と判示しています。 この判例は、祭祀の主宰者として指定された者が祭祀をどのように執り行うかは、個人の信仰の自由と絡む問題であり、遺言者が祭祀の主宰者として指定としても、その指定は、法的義務を伴うものではないとしています。確かに、信仰の自由は、憲法上保障されている権利であり、祭祀の主宰者として指定されたからといって、その者がこれまでのしきたりに従って先祖の供養をしなければならないという法的義務はないといえます。 4 結論 以上述べた点から、遺言書で、祭祀の主宰者を指定したとしても、指定された者が従来の慣習に従って先祖代々の供養をしなければならない法的義務はないとなると、法的義務を前提にした条件付相続、あるいは負担付相続として遺言書を作成することは相当でないとういうことになります。そうすると、遺言者が、祭祀の主宰者を指定し、その者に先祖の供養を行ってもらいたいと考える場合は、遺言者の希望として、その旨を遺言書に記載することが相当と思われます。(会報26.9 22p)。 (小林健二)

No.50 日本国籍の相続人の「アメリカ国籍の被相続人の相続人は、自分以外にはいない。」旨の陳述書は、宣誓認証の対象となるか。(質問箱より)

【質 問】 日本国籍の相続人から、「アメリカ国籍の被相続人の相続人は、自分以外にはいない。」旨の陳述書について、宣誓認証の対象となるか相談を受けています。 当職としては、対象となる証書は、「法律行為その他私権に関する」ものであることが必要で、身分関係に関するものは対象とはならないと考えますが、いささか疑義があることから問い合わせするものです。 【質問箱委員会回答】 1 宣誓認証制度 宣誓認証制度とは、その権限の行使の一環として、公証人が私署証書に認証を与える場合において、当事者が公証人の面前で認証の記載が真実であることを宣誓した上、証書に署名もしくは捺印し、または証書の署名もしくは捺印を自認した時は、その旨を記載して認証する制度です(公証人法58ノ2Ⅰ)。 公証人の面前で、証書の記載が虚偽なることを知り宣誓した場合は、過料に処せられることとなるので、書面の信用性、正確性を高めることになる点で、単なる私署証書の認証とは異なりますが(公証人法1②)、対象となるのは、「私署証書」であり、それに「認証」するという点においては、宣誓認証であっても、私署証書の認証であっても、変わりはありません。 2 私署証書 それでは、「私署証書」とは、どのような文書をいうのかということについては、作成者の署名のある私文書という意味であり、公文書は除かれますが、私法上の法律行為を記載した文書に限られず、法律上の権利義務関係に直接間接に影響のある事実が記載されていれば、それが法律行為であろうと法律事実であろうとすべて認証の対象になるものとされています(日本公証人連合会編「新訂公証人法」140頁)。 そこで、お尋ねの「アメリカ国籍の被相続人の相続人は、自分以外にはいない。」との文書が私署証書に該当するかですが、私法上の法律行為を記載した文書であり、法律上の権利義務関係に直接間接に影響のある事実が記載されているものですから、私署証書に該当すると思われます。身分関係に関する事実についての私署証書であっても、法律上の権利義務関係に直接間接に影響のある事実に関するものもあるので、身分関係に関するものであることのみを理由に認証の対象外とすることはできず、本件の例は、私署証書に該当するということはできるものと思われます。 なお、日本法が適用される場合にあっては、相続人の特定は民法で、その証明は戸籍法によることとなりますが、この点については、後段に記載の箇所を参照願います。 3 問題点 しかしながら、次の2点で、問題と思われます。 ⑴内容の具体性 まず、宣誓認証制度を利用するということは、証拠保全の目的や将来予想される紛争の予防を目的とするもの、紛争の現時点での解決のため作成するもの、嘱託者が将来に備えて、何らかの意味でその文書を作成保管する有用性のあるもの等が考えらます。 この点から考えると、お尋ねの文言どおりの記載では、被相続人や相続人が特定されておらず、宣誓認証をしてもあまり利用価値があるとは思われません。少なくとも被相続人については、氏名、生年月日、住所等被相続人であることを特定できる記載となっている必要がありますし、相続人についても同様に特定できる記載となっている必要があると思われます。 このことを前提にすると、「アメリカ国籍の被相続人〇〇(西暦何年何月何日生、住所〇〇、死亡しているならば死亡年月日、場所)の相続人〇〇(続柄、昭和何年何月何日生、本籍・住所〇〇)は、自分以外にはいない。」程度の内容になっている必要があるものと思われます。 もっとも、嘱託人が記載のとおりで訂正しないということであれば、私署証書とみて、認証の対象となる私文書と言わざるを得ないと思います。 ⑵内容の適法性 次に、宣誓認証を受ける文書は、内容が適法なものでなければならず、公序良俗に反する文書、違法、無効の内容を含んだ記載のある文書は、認証を受けることができないとされています(公証人法60、26の準用)。(注1) そして、「公証人は、法律行為につき証書を作成し、又は認証を与える場合に、その法律行為が有効であるかどうかについて疑があるときは、関係人に注意をし、且つ、その者に必要な説明をさせなければならない。」と規定するとともに(公証人法施行規則第13条Ⅰ)、「公証人が法律行為でない事実について証書を作成する場合に、その事実により影響を受けるべき私権の関係について疑があるときも、前項と同様とする。」と定めています(公証人法施行規則第13条Ⅱ)。 お尋ねの陳述書は、アメリカ国籍の被相続人について相続人を特定する内容の文書ですが、法の適用に関する通則法第36条によれば、「相続は、被相続人の本国法による。」と規定されていますので、アメリカ国籍を有する者を被相続人とする相続が発生したときは、原則として、アメリカ法に照らして、相続人が決定され、相続が行われることになります。このアメリカ法を調べないで、提出された陳述書をそのまま認証をすることで問題ないのか、疑問が生じます。 また、嘱託人は、日本人である相続人と思われますが、結果的に日本法が適用される例かもしれず、そうであるならば、日本には、身分関係を公に証明する制度として戸籍制度があり、相続人は、日本の戸籍によって証明されることとなります。このときは、身分関係に関する事実の証明について公証人が関与する必要はなく、戸籍制度により証明すべき事実ですから、これを戸籍制度以外の方法で認証することはできません。もっとも、相続人の特定は、戸籍によって証明されるだけでなく、遺言書による場合もあり、外国に提出する書類として日本の戸籍謄本では通用しない場合もありますので、そのような場合は、認証制度を利用できることになります。 このように、この陳述書を、問題なく有効な内容であると判断するには疑問が生じます。そうであるならば、公証人としては、認証するに当たって、疑問を解消する必要があると思われますが、渉外的な内容の文書については、外国の法制度について不明確なことも多いことから、このような陳述書の記載が適法か違法かを断定することは、現実的に困難な問題です。 そこで、公証人として、どの程度、調査すべきなのかについてですが、最高裁判所平成9年9月4日判決では、次のように述べています(この判決は、公正証書を作成した場合の例ですが、公証人法施行規則第13条第1項で公正証書の作成の場合と認証の場合を同様に取り扱っているところから、認証についても同様に当てはまるものと思われます。)。 「公証人法(以下「法」という。)は、公証人は法令に違反した事項、無効の法律行為及び無能力により取り消すことのできる法律行為について公正証書を作成することはできない(二六条)としており、公証人が公正証書の作成の嘱託を受けた場合における審査の対象は、嘱託手続の適法性にとどまるものではなく、公正証書に記載されるべき法律行為等の内容の適法性についても及ぶものと解せられる。しかし、他方、法は、公証人は正当な理由がなければ嘱託を拒むことができない(同法三条)とする反面、公証人に事実調査のための権能を付与する規定も、関係人に公証人の事実調査に協力すべきことを義務付ける規定も置くことなく、公証人法施行規則(昭和二四年法務府令第九号)において、公証人は、法律行為につき証書を作成し、又は認証を与える場合に、その法律行為が有効であるかどうか、当事者が相当の考慮をしたかどうか又はその法律行為をする能力があるかどうかについて疑いがあるときは、関係人に注意をし、かつ、その者に必要な説明をさせなければならない(一三条一項)と規定するにとどめており、このような法の構造にかんがみると、法は、原則的には、公証人に対し、嘱託された法律行為の適法性などを積極的に調査することを要請するものではなく、その職務執行に当たり、具体的疑いが生じた場合にのみ調査義務を課しているものと解するのが相当である。したがって、公証人は、公正証書を作成するに当たり、聴取した陳述(書面による陳述の場合はその書面の記載)によって知り得た事実など自ら実際に経験した事実及び当該嘱託と関連する過去の職務執行の過程において実際に経験した事実を資料として審査をすれば足り、その結果、法律行為の法令違反、無効及び無能力による取消し等の事由が存在することについて具体的な疑いが生じた場合に限って嘱託人などの関係人に対して必要な説明を促すなどの調査をすべきものであって、そのような具体的な疑いがない場合についてまで関係人に説明を求めるなどの積極的な調査をすべき義務を負うものではないと解するのが相当である。」 4 結論 実務においても、この最高裁判決の趣旨に沿った考え方で取り扱われていると思われますので、この考え方を前提にしますと、本件は、法律行為の法令違反あるいは無効による取消し等の事由が存在することについて具体的な疑いが存する事例に当たると考えられますので、嘱託人などの関係人に対して必要な説明を促すなどの調査をした上で、認証すべき事案と考えられ、次のような取扱いをされるのが相当と思われます。 ⑴嘱託人が自分を唯一の相続人と考えている根拠(被相続人と嘱託者との身分関係、被相続人の生活の本拠地や被相続人と嘱託者との交流状況等)について質問して、事実関係を調べる。 ⑵事実関係に不自然なもの(疑うべきもの)が感じられなければ、嘱託者に、陳述書の提出先及び提出先の求める文書の内容を確認した上で、嘱託人から提出先に法的に問題ないかの確認をしてもらい、このような陳述書が当該国においても違法でないということを確認する。当該国の法令に精通した外国法務弁護士に相談することようアドバイスすることも考えられる。 ⑶このような対応をして、提出先から、何らかの回答があり、違法であるという確認がとれない限り、認証をしても差し支えない。その際、提出先から違法でないことの根拠が示された場合は、それを陳述書に記載しておくことが相当と思われる。 ただし、提出先の担当者が内容を理解していないままに回答していることも懸念されるので、認証した場合は、当該私署証書が相手国で有効なものとして扱われる保証はできないことを注意しておく。 ⑷提出先から、何らの説明がなされないような場合は、認証は控えておくことが相当と思われる。 注1 この準用の意味については、公証人が作成する認証文について準用されるのであって、認証を与える書面に準用されるのではないという見解(岩本信正著「条解公証人法」94頁)もありますが、その見解によっても、公証人が行政庁として行う行為であることから、認証を与える書面の内容が法令違反等でないことは当然の前提とされています。 注2 日本法が適用される可能性のある場合には、嘱託人の原則的本人確認資料の他、可能な限り嘱託人の戸籍(場合によっては母の戸籍)及び被相続人の死亡の事実を確認できる資料の提出を求め、相続人は、戸籍により特定され、宣誓認証では証明できないことを説明し、宣誓認証するのであれば、相続人であること特定するために必要な事実関係を陳述させることが相当である旨説明することが相当です。

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