民事法情報研究会だよりNo.15(平成27年12月)

師走の候、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。 さて、過日ご案内いたしましたとおり、12月12日の後期セミナーは、東京大学名誉教授の内田貴氏に「日本人はどのように法学を受容したのか?」と題して講演をいただくことにしております。また、セミナー修了後は会員相互の交流のための懇親会をご用意いたしております。まだ会場には余裕がございますので、欠席の回報をされている方でも当日都合がついた場合は、電話・FAX等でご連絡のうえ、ご出席ください。(NN)

「ありがとう」は五つのひらがな(理事 佐々木 暁) ?♪さようならは さようならは 五つのひらがな♪たった五つのひらがなに秘められた女の…♪♪で始まるロスプリモスの唄が私は大好きで、良くカラオケで恥をかいておりました。たった五つのひらがなにも色んな想いが込められ、人生の喜怒哀楽が秘められ、感謝や優しさが十分に伝えられるものであることが、馬齢を重ねるにつれ、しみじみと思うようになってきました。 主として私の性格だと思いますが、男のかってな気持ちや高慢さ?がなせることなのか、我が妻に対して、心に思っていても素直に「ありがとう」と口に出して言えないというか言っていませんでした。もちろん感謝の気持ちは十二分にあるのですが、ただ、口に出して言えないのです。ついでに恥をかけば、「美味しい」とか「お疲れ様」とかも頻繁には口にしていないような気がします。 住友信託銀行が主宰していたと記憶しておりますが、「60歳のラブレター」流に言えば、仮に「68歳のラブレター」を出すとすれば…「妻へ  ゴメン ありがとう の一言が言えなくて これからは出来るだけ口に出して言います ありがとう と」と心の中で書いてみたりもしました。 平成27年9月23日は、私の誕生日で、結婚43年目の記念日でもありました。その夜にふと改めて自分の年齢を考え、これまでの自分の事や婚姻生活等に想いを巡らしていると、反省することばかりが頭をよぎり、中でも一番は、妻にもよく言われていた、私の性格の事でした。妻に性格を改めるようによく言われて常に反省しては直そうとしてきたつもりなのですが、一向に改善?されていないようです。瞬間湯沸かし器的であること、仕事以外では口数が少ないこと、頑固であること、口が悪いこと等々(誌面の関係で省略)数知れないようです。努力はしているのです。必死に。如何せん結果が出ません。しかももう68歳。 ところで、私には間もなく晴れて人生のご褒美?の悠々自適?の日が訪れる予定となっており、子らが独立した今、この悠々自適の日々を妻と二人で歩む(歩まして頂く)には、その前提として、性悪な自身の性格をまず直さなければならないという大問題が控えており目下の悩みであります。 「ありがとう」の一言が、当たりまえの感謝の一言が、なんの躊躇いもなく口から発せられるよう特段の努力をしなければならないことを痛感しつつ、通勤電車の車窓を流れる景色を見つめているこの頃です。 法務局勤務時代、公証人となってからも、お客様や嘱託人には、いとも簡単に何の躊躇いもなく「ありがとう」と言えるのに。仕事で「ありがとう」を言い過ぎて家では玉切れ?と自分勝手な言い訳も世に通じないことも承知しているのですが。 私は、遺言書を作成するため公証役場に来られるご夫婦には、付言事項の段になり、「ご主人は、これまで奥様に対して、お礼とか愛しているよと言ってこられましたか?」「否、そんなこと思っていても男の俺から照れくさくてとても言えないよ」「奥様は、ご主人からそんな言葉がほしかったですか?」「まぁ、今更いいけど無いより在ったほうがいいわね(少し照れくさそうに)」「それではご主人の気持ちをせめて遺言書の最後に、・・・妻○○さん今日まで色々とありがとう・・・と書いておきましょうか?」「いいよ書かなくても。今更照れくさい。でも公証人が書きたいなら書いてもいいよ(やや顔を赤くして)」と人様の事には、いとも簡単に余計なお節介をするのですが。このやり取りがあって、ともすれば緊張し、重たい雰囲気の証書作成の場をやわらげて、スムーズな作成へと導いてくれているような気がしています。 人のことはどうあれ、これからはもっと素直な気持ちで「ありがとう」というたった五つのひらがなが言えるように、幼稚園児のような気持ちで余生を過ごしたいと思うこの頃でございます。 実は、私には、お題にはないもう一つの難題があるのです。結婚以来、妻を名前で呼んだ記憶がほとんどないのです。もう、二人きりでの中で「お父さん」「お母さん」「お爺ちゃん」「お婆ちゃん」と呼び合うのもどうかとは思ってはいるのですが(この呼び方さえもあまりしていない。よく言えば阿吽の呼吸で)。妻を「○○子・○○さん・○○ちゃん」と今更呼ぶのは、これまたシャイな私にとっては一大決意を要する超難題なのでありますが、多くの女性は名前で呼ばれることを望んでいるようです。誌友の偉大なる同志の皆様、何卒悩める老羊にご指導の手をよろしくお願いいたします。

 

今 日 こ の 頃

   このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

回想(澤脇達文) 時の経つのは早いもので、私も公的な職を退いて間もなく7年を過ぎようとしています。7年の経過で、年齢が70の大台に乗り着実に平均寿命に近づいています。 これを機に、この7年間でのあまり一般的でないと思われる経験を振り返ってみようと思います。 あまり一般的でないと思われる経験とは、①公証人会事務局勤務のこと、②シニアユニバーシティ在学のこと、③大型の大腸ポリープ切除のこと、で、私の勝手な回想にご容赦をいただくよう、予め申し上げておきます。 1 公証人会事務局勤務のこと 平成20年8月11日から平成25年11月1日まで日本公証人連合会・東京公証人会併用事務局・事務局長(以下、単に「事務局長」と略称する。)として勤務しました。 事務局長の仕事は、組織としての一般的な経常事務を行う事務局の事務処理および事務局職員の指導監督を行うほか、二つの公証人会の会長以下の執行部と業務分野ごとに設置されている委員会の指示又は要請に応える仕事を行います。 更に、一般の人からの公証人会あての相談・照会等に対応する仕事もしていますが、この仕事は量的にみて相当なウエイトを占めています。 この相談・照会対応の仕事は、公証人OBが事務局長に就くこととなった大きな要因で、公証人OBが事務局長に就任したのは、私で3人目です。 公証人OBの就任は、当時の日公連会長が、事務局の確実性、迅速性等を備えた事務処理および一般の人からの相談・照会に的確に対応することを図り、これを実現するため、人材登用のウルトラCとして公証人OBに着目し口説き落とした、と聞いています。 公証人会の事務処理上で、事務局長の果たしている役割は、この所期の目的の効果を十二分に発揮していると言って過言ではないと思います。 私の前任のお二人は、就任期間2年と短い期間でしたが、私の場合は後任者の人選の都合で、結局5年2か月、概ね二人分の期間を務めることになりました。もちろん、私としては恋々としてしがみついていた思いはありませんが、 職務の遂行の面では、私なりにできる限りの努力はしたつもりでおります。 具体的に大きなこととしては、継続していた遺言検索システム上の問題点(正確性の確認、外国人の検索)解消、いわゆる支援策の導入、UINLの初のアジア地区フォーラムの東京開催等々がありました。いずれも、全てを事務局が行ったものではありませんが、十分なサポートができたと思っています。 おしまいに、日公連本部に寄せられる苦情についてです。 苦情の多くは公証人に対するもので、苦情の性格上、相手はすぐには納得しません。最初に応対する事務局長も神経を使いました。もちろん苦情申し出の不当性を感じ、公証人の処理の理由を説明・説得するケースも多くありましたが、逆に、公証人の対応、説明に若干の疑問を感じることもありました。 最終的には、当番役員が処理することになりますが、苦情に関しては、エネルギーの消費は相当なものです。 付け加えますと、公証人ついての苦情のほとんどは、接遇に起因するもので、苦情申し出を生きがいにしているような人の場合を除けば、公証人が説明を惜しまない丁寧な対応をすることにより、大方の苦情は解消できるのではと思いました。 ただ、昨今の公証人の皆さんは、接遇の大事さも十分認識され、研修等の効果も相まって、この点の苦情は、減少をしているのではと思っています。 2 シニアユニバーシティでのこと 平成25年11月に事務局の仕事を卒業して、年金生活になりました。 しかし、それまで、ずっと決められた時間にしたがって働いていた生活習慣が抜けきれなく、毎日が日曜日と言っても、勤務中の本、資料は山積みのまま整理する気が起きず、長い習性は俄かに変わりません。 そこで、今までの生活時間の過ごし方も考慮し、1つは、さいたま市のシニアユニバーシティに入学して世間を知ること、2つは、シニアパソコン友の会に入会して、それなりにパソコンを使えるようになること、の目的で、それぞれ毎月2回通っています。 シニアユニバーシティは、現・元大学教授、専門分野で活躍された人等の講義が中心です。 内容は、例えば、歴史面(さいたまの歴史、邪馬台国は何処にあったか、養生訓を読む、等々)、健康面(高齢者の健康、薬と上手に付き合う法、介護について、歯と健康、等々)、社会面(環境問題と自然保護、食糧問題を考える、経済の動向とくらし、等々)のように、広範囲で知識として感心して聞くことも多い講義です。講義内容については、皆さんご承知のことと思いますので割愛します。 講義のほか東京証券取引所、県立近代美術館、盆栽美術館等の見学や三笑亭笑三の落語会を楽しみました。 講義のうち、貝原益軒(1630年生、1714年没・当時としては驚異的な長寿を全うした。)の養生訓については、今から300年以上前の476の 文章からなる人間の生きることに関わる作品とのことで、養生訓の一部分の講義でありましたが、なるほどとの私の勝手な思いで講義の一部分を転記します。 (養生訓・巻第一総論上・原文のまま以下同じ) 6 凡ての人、生れ付たる天年はおほくは長し。天年をみじかく生れ付たる人はまれなり。生れ付て元気さかんにして、身つよき人も、養生の術をしらず、朝夕元気をそこなひ、日夜精力をへらせば、生れ付たる其年をたもたずして、早世する人、世に多し。・・・・・ (巻第二総論下) 16 養生の道、多くいふ事を用ひず。只飲食をすくなくし、病をたすく  る物をくらはず、色欲をつゝしみ、精気をおしみ、怒哀憂思を過さず。  心を平にして気を和らげ、言をすくなくして無用の事をはぶき、風寒暑 湿の外邪をふせぎ、又、時々身をうごかし、歩行し、時ならずしてねぶり臥す事なく、食気をめぐらすべし。是養生の要なり。 (巻第三飲食上) 24 交友と同じく食する時、美饌にむかへば食過やすし。飲食十分に満足するは禍の基なり。花は半開に見、酒は微酔にのむといへるが如くすべし。興に乗じて戒を忘るべからず。慾を恣にすれば禍となる。楽の極まれるは悲の基なり。 (巻第八養老) 4 老後は、わかき時より月日の早き事、十ばいなれば、一日を十日とし、 十日を百日とし、一月を一年とし、喜楽して、あだに、日をくらすべからず。つねに時日をおしむべし。心しづかに、従容として余日を楽み、いかりなく、慾すくなくして、残軀をやしなふべし。老後一日も楽まずして、空しく過ごすはおしむべし。老後の一日、千金にあたるべし。人の子たる者、是を心にかけて思はざるべけんや。  大きな大腸ポリープ切除のこと ⑴ 20歳の頃に虫垂炎手術のため入院した以外には、大病もなく、健康そのものだったのですが、今年は、予想外の大腸ポリープの切除ということで、入院したのです。経過を書きます。 きっかけは、定期健康診断(人間ドック)でした。自宅近くの総合病院で、検査を受けた結果、便に潜血(+)あり、精密検査を受けることと告げられ、すこし離れた内視鏡検査の名手という噂の胃腸科個人病院で内視鏡検査を受けました(3月23日)。 ⑵ 結果は、ポリープ4個確認、うち1つは2センチを超える大きさ、しかも平板型でこの1つは、名手と噂される医師から当院では措置不能、他の病院でと。他の病院はどこかを相談、東大附属病院消化器外科(医師は、外科を念頭に置いていたようです。)を紹介してもらって手続きを終了しました。 ⑶ 東大附属病院消化器内科で内視鏡検査を受け、検査結果の患部の写真を見ながら説明を受けました(4月17日)。ポリープの状況は、前の個人専門医と変わらず。 ただし、問題の大型ポリープについては、がんの疑いあり。切除は不可欠で、検査(CT、レントゲン、血液、超音波、心電図)の実施と切除の方法の説明を受けました。 ⑷ ポリープ切除の方法は、直径2センチ以下の小さい場合は、外来内視鏡検査の際に切除することができるが、サイズの大きなものや難しい部位にあるもの、がんが強く疑われるものは、従来は外科的手術で腸管切除によっていたが、昨今では内視鏡的治療(内視鏡的粘膜下層剥離術)を考慮し、内視鏡的治療が難しいと思われる場合は、がんでなくても外科的な腸管切除することが行われている、とのことでした(内視鏡的治療は、数年前から健康保険治療の対象として行われるようになったようです。)。 ⑸ 私の場合は、直径約3センチであるが、内視鏡的治療が可能な範囲と判断している。施術中に外科的に腸管切除を要する場合には、手術に切り替えることを前提に治療に当たることでどうか(外科医師が対応できる体制を打合せ済。)と説明され、この方針で治療を受けることになりました。 ⑹ 治療は、入院して行われることになり、5月6日入院、5月8日施術の日程で行われ、施術は予定どおりの方法(大腸の粘膜層で腫瘍を内視鏡により剥離して切除)で成功裡に終了、その後は、回復度等経過診断、食事管理等で入院を継続し、経過良好で5月12日退院しました。 ⑺ 主治医から、5月26日に今回の治療全体の結果説明を受け、CT・血液等種々の検査結果、切除したポリープの組織検査の結果に異状はなく、施術後の状況等を総合的に判断して、完治したことを伝えられました。 年寄りの記憶の引き出しは、過去にウエイトが置かれ、現在のための記憶容量が乏しくなっていると言われます。少しでも引き出しの中身を入れ替えようと思ってはいるのですが、寄る年波には勝てそうにありません。時折、過去のことを回想文にして、その分の記憶の引き出しを新規にまわせばどうでしょうか。

退職後の自由気ままな楽しい生活(前島俊一) ゴルフ 現職時代は自由な時間も余裕もなく十分できなかったゴルフを退職して郷里に帰ってから本格的にやり始めた。私の帰郷を待っていてくれたかつての同僚や後輩たちと同じゴルフ場会員権を購入し「好天、好人物とのラウンドこそゴルフの醍醐味」と思い楽しんでいたが、スコアは一向に伸びず同僚たちとの差も縮まらずだんだん物足りなさを感じるようになった。長年ゴルフをやっている義兄に話してみたところ、義兄は、レッスンプロに習ったこともあるがさほど上手くなるものではなく今でも100を切るのがやっとだが、ゴルフによって友情を深め健康を保つことができ、今でも月に2回のゴルフが楽しみだと言っていた。 しかし私は今のスコアを少しでも良くしたいという思いが強く、初めて正式にゴルフの基本を習うことにした。上田市スポーツ教室のレディース・シニアゴルフの案内に、「ゴルフは生涯のスポーツとして最高!技術の向上はもちろん、ルールとマナーも大切です。ゴルフを始めようという方、始めたばかりの方、一緒に基本を学びましょう。」と紹介されているのを見て、これだと思い早速受講の申し込みをした。この教室は年に4回開かれ、一回のレッスン期間は9週間で、毎週水曜日の午前10時から12時まで、最後の週はコース研修を行う。受講者は、初心者もいれば長い期間やっていてもっと上達したい人など様々で、女性は主婦が主で男性は退職後間もない人が多く年齢も62~3歳がほとんどで70歳を超えているのは私だけだった。レッスンは5~6人に一人の先生がついて最初の20分ぐらいは先生が基本を教え、残りの時間はそれぞれのレベルに合わせて個人レッスンをしてくれる方法で行っている。 私は体が硬くすべての動きについて注意され、柔軟体操をもっとやったほうが良いと指導されている。何回も教室に通ううちに私に合った先生に出会うことができたのだが、その先生は、アマチュアの県大会で3回も優勝したという人で、「練習は、嘘をつかない」から毎日たとえ10分でも良いからクラブを振りなさい、クラブを振る所がなかったら柔軟体操をしなさいと言う。自身は、毎日3~4時間練習していたそうだ。私に対しての指導は、細かいことはいっぱいあるが「ボールをよく見て頭を動かさずクラブをゆっくり最後まで振りなさい」ということだった。女子プロの「イ・ボミ」のスイングが良いと! 楽しいので私はもう6回続けて参加している。こんなに長く教室に通っている人は2~3人しかいない。今では受講生12人で毎月1回例会を開き、たまには先生にも参加してもらってラウンドを楽しんでいるが、私のスコアがどの程度向上したかはご想像におまかせする。 ゴルフは、年齢、男女、先輩、後輩や社会的地位に関係なくプレーができる素晴らしいスポーツなので、年齢じゃない絶頂期はこれから来ると思って続けていきたい。余り欲張らず3オン狙いでスコアをまとめることをモットーに、ラウンド後はよく眠れる最高の健康法でもあるゴルフを楽しみたいと思っている。 家庭菜園や花づくり 長年留守にしていた私の実家は農家で田畑があり、一昨年までは米作りは弟に頼み、畑や休耕田はシルバー人材センターに頼んで草刈をしてもらっていたが、今は畑いっぱいに野菜を作り米作りも弟と協力してやっている。私は、土いじりが好きで公証人当時も役場の近くに畑を借りて野菜を作り、道路際には花を植えたりしていた。通りかかった人に花を褒められたり、野菜作りのアドバイスを受けたりするのも楽しみだった。 実家に帰ってからは春先のビオラから始まって、夏から秋にかけては朝顔、ぺチュニア、百日草など様々な草花を絶やすことなく花壇やプランター、フェンスにひっかけた鉢などに咲かせている。 特に力を入れているのはビオラで、種から育てている。まず毎年8月末に10種類の種を2袋ずつ購入し、平鉢ひとつに1袋(40粒)の種をピンセットで蒔き、その上に湿らせた新聞紙をかぶせて、雨の当たらない涼しい場所に置く。以後、受け皿には水を切らさないように補給し、発芽したところで新聞紙をはずし日当たりの良い場所に移す。双葉が出そろったら、受け皿の腰水を薄い液肥に変え本葉が2~3枚になるまで続ける。大変なのは、小さな苗を傷めないように注意して平鉢からビニールポットに植えかえる作業だ。移植後1か月、本葉が6~8枚になるのを待って花壇や鉢に定植する。このようにしてビオラの苗を6~700(発芽率80%)作りそのうち500位を、隣近所、親戚、友人や母がお世話になっているデイサービスセンターなどに配り喜ばれている。3月から6月ごろにかけてあちこちでそのビオラが咲いているのを見るのが楽しみで、数年続けている。今も、皆が待っていてくれるのが励みで管理に神経を使いながら育てている。 野菜については、農協で主催している年7回(4月から10月)の「家庭菜園の楽しみ方」講座に参加しその時期の野菜の作り方を勉強している。畑をフル稼働し、美味しい野菜を作ることを目標に頑張っている。 なるべく沢山の種類を試したいと思い、今では38種類もの野菜を作るようになった。悩みは、畑も広いし種の量の都合もありどうしても1種類の野菜を沢山作ってしまうことで、なるべく新鮮なうちに親しい人などにあげるようにしているが、捨てざるを得ないときもある。自分で言うのもおかしいが講座に参加して教わったとおりに作っているせいか、私が作った野菜は隣近所の人が作ったものより立派なものが多いと自信を持っている。 野菜は人の足音を聞いて育つというが、朝起きてすぐ家の前の畑を見に行き、成長具合によって水や肥料をやったりすることも私の楽しみの一つだ。また、新鮮な旬の野菜や、疎抜きの葉物の美味しいこと、畑に残った葉物や根菜類を放っておくと薹が立ち春は菜の花畑のようになるが、その柔らかいところをかいてきてお浸しなどにするとこれも非常に美味しくて、農家ならではの喜びを感じる。 しかし、同じように種を蒔き管理をしても天候によっては上手くいかなかったり、種の蒔き時期や移植する時期が雨などで遅れたことによって上手くいかない場合があったりで、難しいことも多い。これからも、土づくりを基本に作付け計画、肥培管理をきちんとやり、取れた野菜の貯蔵や保存方法についても工夫していきたい。 自治会の仕事 田舎に帰ると今までご無沙汰していたせいかすぐ自治会の役員が回ってくる。私も公民館の副館長、青少年育成指導員の会長、人権同和の委員、老人会の役員等を仰せつかり慣れない仕事をやっているが、雑用が多すぎて忙しい。改善したほうが良いと感じることが色々あり、私と同じような考えの役員も多いことはわかっているが、帰ってきて間もない自分がそれを口に出すと嫌がられるのは確かなので1年間は我慢して何も言わないつもりだ。 先日公民館で「相続と遺言について」という題で1時間半の講演をやったところ、聞きに来てくれた人たちから、「長時間難しい話を聞いていると飽きるのではないかと思っていたが、実例を挙げてわかりやすく説明してくれたので時間も短く感じた」とお褒めの言葉をいただいた。これからも地域のためにお役にたつなら私の経験してきたことでできることは積極的にやりたいと思っている。

 

実 務 の 広 場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.20 遺言書作成に当たって留意したこと(事例紹介)

はじめに 私が勤務していた公証役場では、1日平均約2件の遺言書を作成しており,「遺言」役場を自称していた。遺言書作成に当たっては、留意しなければならないことが数多くあるが、何といっても遺言書作成で最も悩まく、かつ、神経を使うのは遺言能力の問題である。この点に関して、どのような点に留意して作成してきたか、気がつくまま述べ、公証実務の参考に供したい。 1「遺言能力」 「遺言能力」は,一般的には,遺言の内容を理解して,遺言の結果を弁識し得るに足りる意思能力と解されている。具体的には、①遺言者の遺言書作成当時の心身の状況、②遺言の内容(簡単か複雑か)、③遺言作成の動機(遺言内容が不自然でないか)、④署名代筆がされた場合はその事情、⑤医者の証明書の有無等が問題となろう。 上記②は、例えば、介護をしている妻に全財産を相続させるというような比較的単純で分かりやすい遺言の内容であれば,さほど高い判断能力は必要ないであろう。これに対して、多数の不動産や金融資産があり、これら財産を多数の相続人に分配したり,遺留分に配慮したり、というような複雑な内容の遺言を作成する場合は、ある程度高い遺言能力が必要であろう。 上記③は、例えば、長年連れ添い、看護や介護をしている妻に全財産を相続させる旨の遺言、あるいは仕事を辞めて、同居し、介護をしている娘に全財産を相続させる旨の遺言であれば、遺言内容は自然である。これに対して、介護施設に父親が入居し、長女が父親の面倒をみているにもかかわらず、東京の妻の実家敷地内に自宅を建築して疎遠であった長男が帰郷した際に、長男に全財産を相続させる旨の遺言を作成することは、不自然な印象を免れない。 遺言の作成依頼が誰からか―遺言者本人からか、遺言者の親族からか、それとも受遺者からか―も問題である。すなわち、遺言者自身は,自らが遺言をしたいのか、それとも遺言をさせられているのか、である。  遺言書作成の動機・目的 遺言能力との関係で重要なのは、遺言をするに至った動機・目的である。人間の死亡率は100%であることは理論的には分かっているが、できれば避けたい、あるいは先延ばししたいのが人情である。遺言は、「自分の死」を前提とするものであるから、積極的にする人は稀である。遺言は、いつかはしなければならない、あるいは遺言をした方がいいことは分かっている。しかし、「今、死亡するわけではない」から、「遺言はもっと齢を重ねてから……」と思うのが通常である。その証拠に、常日頃、嘱託者への相談や講演で、遺言作成の重要性について熱心に説明し、「遺言はいつやるの、今でしょ!遺言をするなら公正証書遺言が安全確実」と述べている公証人本人が遺言書を作成しているのは稀であろう。 遺言書作成の具体的行動に出るのは、相続人から強制される場合を除いて、①この人に遺産をやりたい(積極的動機)、②あの子には絶対に遺産をやりたくない(消極的動機)、③会社経営者が事業承継者に株式を相続させる(事業承継動機)、④遺産整理を迅速・簡便化しておきたい(遺産整理動機)などが一般的であろう。 積極的動機としては、①看護、介護をしてくれている親族に自分の遺産を譲りたい、②お墓を守ってくれる子ども(祭祀承継者)に遺産を譲りたい、③妻が死亡した後、老後の面倒をみてくれている事実上の妻に自分が死んだ後の生活ができるようにしておきたい……等がある。 消極的動機としては、①暴力を振るう息子にこれまでお金の無心の等に悩まされた、②娘の夫に浪費性があり、娘に遺産が入っても夫が浪費してしまう、③息子の嫁が可愛い孫に会わせない、④養子が、縁組みした途端冷たくなった……等がある。 3 遺言書作成に関する対応実例 ⑴ 遺言者の真意 「孫は可愛い」「可愛い孫と会うのが一番の楽しみ」というおばあちゃん。ところが、息子はいつも嫁の言いなりになっている → 息子の嫁は可愛い孫に会わせない → 可愛い孫に会わせない息子の嫁は憎い → 嫁が憎けりゃ息子も憎い……だから、息子には絶対に財産はやりたくない、と涙ながらに訴える事例は、意外と多い。 「じいちゃん、ばあちゃんにとって、孫はなぜ可愛いか」。それは、「じいちゃん、ばあちゃんは、可愛い時しか孫の相手をしていないからだ」、「孫が東京から来てくれた。とても嬉しかった。……デモ、だんだん疲れてきた。」、「孫が東京へ帰った。正直、ホットした。……お金が減って、疲れが溜まった。」、「孫が可愛いのは小学校まで。中学生になったら、じいちゃん、ばあちゃんはお小遣いをくれる人に過ぎない。そのうち、年金が下りた時期にしか会いに来なくなる……?」。 私は、一時的な感情で遺言をしたいというばあちゃんに対しては、このようなことを話しながら、「遺言はいつでも作成することができる。もう少し、ゆっくり考えて作りましょう」と申し上げている。 ⑵ 介護者 仕事を辞めて、親と同居し、介護をしている娘に全財産を相続させる旨の遺言をする事例は多い。しかし、体が不自由になったり、軽い認知症になっている老親を介護すると称して、長男が老親を自分の自宅に連れてきて、自己に有利な遺言を書かせる事例がある。そして、そのことを知った次男が、老親を自分の自宅に連れてきて、前の遺言を取り消して、次男に有利な遺言を書かせる事例がある。遺言を書かせるために老親の介護を装っているのである。 子どものいない人が、甥・姪、あるいは近所の友人が老後の面倒をみるとして、これらの者に財産を相続させる旨の遺言に併せて、財産管理契約及び任意後見契約を作成する事例がある。ところが、認知症が進み、遺言の取消ができなくなった時期を見計らったように、遺言者の面倒をみなくなる事例が見受けられた。 また、財産管理契約を締結することによって、介護者がお年寄りの財産を使って飲み食いをしたり、交通費等と称して多額の費用を請求する事例もあった。 ⑶ 養子縁組 子のいないお年寄りが、甥や姪との間で、老後の面倒やお墓を守ってもらうとして、養子縁組をする事例は多い。 ところが、養子縁組をした後は、これまで親切にしてくれていた甥や姪が、だんだん態度が冷たくなったり、寄りつかなくなったりする例がある。要するに遺産狙いの養子縁組である。 養子縁組は、一方的に離縁する方法はない。このため、このような養子には相続させなくするために遺言をする事例は、かなり散見された。 老後の面倒をみてもらう方法としては、養子縁組の方法のほかに、いやになったら、いつでも、一方的に破棄することができる遺言及び任意後見契約の方法がある旨を説明している。 ⑷ 事業承継 事業承継動機として、ロータリークラブ、ライオンズクラブ等会社経営者に対する講演で、次のように説明していた。 「あなたの会社で一番仕事ができる人は誰ですか?社長、あなたではないですか? 会社の中で社長よりも仕事ができる社員がいたら、その社員は独立してますよネ。社長も独立したのではないですか? あなたの会社の中で一番仕事ができる社長が、もし交通事故等で死亡したら、会社はどうなりますか? 会社は、あなた独りのものではないはずです。あなたの家族はもちろんのこと、社員もいるし、取引先もあります。 この『もしもこと』に備えるのが危機管理対策ではないですか。あなたの会社にとって、一番の危機管理対策は『社長のもしも』に備えることではないですか?」 そして、次のように説明を続ける。 「会社経営者で大事なことは、後継者を養成すること、そして、後継者に社長の株式を譲渡すること、です。 会社の業績が良く、株価が高く評価されている場合は、いつ、どのタイミングで、どの程度の株式を譲渡するかは、税理士と相談してください。 ただし、生前に社長の持株の全部を譲渡してしまうと、社長の老後資金が心配になります。生前は、社長が株式を保有し、株主として会社の経営を見守る方法もあります。 そのためには、遺言が必要です。そして、遺言は、公正証書遺言に限ります。私は、自分が公証人だから、営業行為として公正証書遺言を薦めているわけではありません。今、相続、遺言に関する本がブームです。どの本にも公正証書遺言が安全、確実と書いています。今日の私の話をきっかけに、奥さんと相談して、『もしも』に備える勉強をしてください。」 ⑸ 医師の診断書 自分が作成した遺言について、認知症が疑われ、遺言無効の裁判が提起されたらどのように対応したらいいか?この問題は、私の頭の中でいつも自問自答していた。 高齢者の遺言には診断書の提出を求めるべきではないか、診断書があれば、これを作成した医者は遺言無効の裁判で遺言能力はあったと証言することが期待できるのではないか、そうであれば、遺言無効の判決が出ても公証人の過失は否定されるのでないか……などと考えていたところ、地元新聞に、「認知症遺言トラブル」との見出で「遺言能力を証明するために診断書の保存が必要だ。必ず診断書の提出を求める公証人もいるが請求がなくても準備した方が良い」との記事があった。 これを契機に、高齢者の遺言作成には、原則として診断書の提出を求めることとした。 診断書の様式(別掲)を定め、管内の司法書士会、土地家屋調査士及び行政書士会の各支部に対して、協力要請文書(別掲)を出した。

公正証書遺言の作成について(お願い) 秋冷の候,貴会にはますますご盛栄のこととお喜び申し上げます。 公証事務につきまして格別のご理解とご協力を賜り厚く御礼申し上げます。 さて,認知症が疑われる者等が公正証書遺言を作成する場合には,公正証書遺言の更なる有効性を確保するとともに,遺言無効の争いの未然防止を図る(別添裁判例要旨参照)ため,原則として,医者の遺言能力に関する証明書(別添書式参照)を提出していただく取扱いとしましたので,ご協力方をお願いします。 なお,個別具体的案件の取扱いにつきましては,事前に公証役場にご相談下さい。 記 1 明治・大正生まれの者 2 認知症が疑われる者 3 自宅・病院・施設等で遺言をする者 4 自署ができない者

 

診 断 書(証 明 書) 住  所 氏  名 生年月日 傷 病 名 上記の者は,上記疾患にて治療中である。 上記の者は,精神的障害などはなく,意思表示が明確にでき,判断能力に問題は見られないことを証明する。 なお,自己の財産を単独で管理・処分する能力は十分にあると認められる。 平成  年  月  日 病院所在地 病 院 名 担当医師             ㊞  

 

当初、診断書提出に反発する司法書士等もいた。 これに対して、私は、「先生方が遺言の証人となっているので、遺言無効の裁判が提起された先生方が証人として証言することになる。その時に、遺言能力がある旨の診断書は有用ではないですか。」と説明をした。司法書士等の理解を得、高齢者の遺言に診断書を提出する取扱いはおおむね定着したと思っている。 司法書士から、「高齢者からの登記申請の意思確認に公証人の作った診断書を利用していいか」との問合せがあった。勿論OKである。 一般の依頼者からは、「診断書がないと遺言することができないのか」と質問が多かった。 これに対して、私は、「遺言が効力を生ずるのは、遺言者が死亡した後である。遺産争いは、遺言者死亡の後である。遺言無効の裁判が提起されるのは、更に先のことである。そして、遺言無効の裁判で争われるのは、遺言者が死亡した時や、裁判が提起された時のことではなく、遺言作成時に遺言能力があったか否かである。裁判が提起された時には遺言者はもうこの世にはいないのであるから、遺言作成時の遺言能力の有無は、誰も証明できない。その中で、遺言作成時に作成された、遺言者は遺言能力を有する旨の医者の証明書は、遺言者が、遺言作成時に、遺言能力を有する事実の有力な証拠になる。あなたは、醜い遺産争いが生じないために遺言するのでしょ?診断書があれば、裁判を起こしても無駄だと思う人もいるでしょう。診断書はこのためのものです。」と、説明している。 私が、診断書の様式を定めた理由は、①医師は多忙であるため診断書を作成する時間を軽減したいこと、②診断書の提出目的は遺言者の病名把握ではなく、遺言能力の有無であるので、このことを明確にした証明書が必要であること、③医師は、カルテは毎日書いているが、これは医師のメモであり、文章を書き慣れているとは限らないこと等からである。 ほとんどの医師は、この様式の診断書により、証明してくれた。 しかし、中には、「若干認知症が疑われるので、この様式の診断書では作成することはできない」と電話してくる医師がいる。 これに対して、私は、「この診断書の様式は多忙な先生のために、見本として作成したものです。先生の責任と判断で、この様式を修正したものでも、他の用紙を用いたものでも結構です。」と説明している。 また、「私は、このような内容の診断書は書かない」という医師もいる。かつて、医療過誤訴訟等の証人として裁判所に出廷し、弁護士から厳しい尋問を受けたためであろうか? これに対して、私は、「先生は、この患者さんを診察していますよネ。診察行為は医療契約ですから、患者さんは20歳以上の判断能力があるのでしょ?遺言能力は15歳ですけど?」などと、嫌みを言ったりしたこともあります。 診断書がない状態で、「公証人としては、遺言能力がないと思われるので、遺言書は作成できません」と説明すると、遺言書が作成できないという責任は公証人が負うことになる。嘱託拒否の説明責任(公証人法3条)が生ずる。 これに対して、遺言能力はない旨の診断書がでた場合は、「医者がノーと言っている以上、遺言書の作成は困難ですネ」と説明すると、多くの依頼者は、納得して遺言作成をあきらめてくれる。これにて一件落着である。アー良かった。これで今夜はぐっすり眠れる。 ところが、たまに、遺言能力はない旨の診断書の内容に納得しない依頼者がいる。 「先生、バァちゃんはしっかりしているんですよ。遺言は、バァちゃんが作ると言っているんです。先生、バァちゃんに会ってください」と主張する依頼者もいる。 そこで、私は、依頼者の陳述の趣旨に基づく遺言書(案)を作成し、遺言ができない場合でも中止手数料及び日当旅費が必要であることを説明した上で、遺言者のいる自宅や病院等に行く。この場合、証人に対して、遺言能力はない旨の診断書を見せて、遺言できない可能性が高いことを伝えた。 病床のバァちゃんに会って、遺言の話をすると、明確ではないが、自分の口から、○○が自分の老後の介護をしてくれいるので、財産を渡す旨を話すではないか。そこで、私は証人に対して、医師は遺言能力がない旨の診断書を出しているが、遺言書を作成可能か、作成した場合、証人として裁判所で証言できるか等を確認した。 遺言能力の問題は、医学上の問題ではなく、法律上の問題であり、最終的には裁判所で判断する事柄である。公証人は、遺言能力はない旨の診断書がある場合は、その存在を前提として、法律上の問題として、諸般の事情を勘案し、遺言能力の有無を判断した上で遺言書を作成すべきである、と判断した。 そして、証人と協議し、本件については、①遺言無効の裁判に備えて、遺言作成の経緯を明らかにした文書を作成すること、②遺言直後に作成文書であることを明らかにするため、この文書を登記所で確定日付の付与を受けておくこと、③この文書の保管を確実にするため、この原本を遺言書とともに公証人役場で保管すること、とした。 ⑹ 長谷川式簡易知能評価スケール 手軽に認知症の検査ができるものとして、長谷川式簡易知能評価スケールがある。私は、これをインターネットから入手して、窓口においた。認知症が疑われる遺言者の家族に、これで検査してみてくださいと言って、渡していた。「先生、大丈夫です」と言って遺言の依頼に来た者は、皆無であった。私は、遺言能力が疑われるお年寄りの遺言の作成依頼を断るのに利用した。 長谷川式簡易知能評価スケールとは、一般の高齢者から認知高齢者をスクリーニングするために作成されたものであり、記憶を中心とした高齢者の大まかな認知機能障害の有無をみるものである。検査項目としては、①自己の見当識(年齢を問う)、②時間に関する見当識(月、日、曜日、年)、③場所に関する見当識(ここはどこか)、④作業記憶(単語の直後再生、数字の逆唱)、⑤計算(計算及びおよび近時記憶の干渉課題)、⑥近時記憶(三単語の遅延再生)、⑦非言語性記銘(五品の視覚的記銘)、⑧前頭葉機能(野菜語想起)がある。 毎日のように遺言の相談を受け、大体同じような内容であるため、後日、遺言作成に来庁人の顔、氏名、相談内容をほとんど覚えていないのだった。物忘れを自覚するようになってきた。人様の心配をしている場合ではない……そんなことを心配していたある日、知人から、「新しい精神科の診療所ができたので、先生、プレオープンに行ってみませんか」と誘いをいただいた。 脳ドックを受けたら、なんと、長谷川式簡易知能評価スケールをやらされた。自信をもって臨んだら、引き算のテスト(上記⑤)で頭が真っ白になった。複雑な計算はエクセルを、簡単な計算は電卓を使用しており、暗算は全くしていない。買物は、カードかプリペイカードを利用しているし、公証人になってからは、釣銭用の小銭を用意するために、いつも一万円札を出してお釣りをもらっていた。暗算ができなくなっていたのであった。 診察の際に、「私の認知症は大丈夫ですか?」と聞いた。医師曰く、「大丈夫ですヨ、新井先生。年相応です」ダト。どういう意味なのか……?? その後は、長谷川式簡易知能評価スケールは利用していない。これは、記憶力テストであって、遺言能力とは直接関係ない。 (新井克美)

 

No.21 第三者の債務につき会社とその代表取締役が共に連帯保証人となる場合、利益相反行為として株主総会又は取締役会の承認決議を要するか (質問箱より)

【質 問】 金銭消費貸借公正証書に関して、ご教示ください。 【事例】 貸主は、A個人。借主は株式会社B。債権額は1500万円。毎月100万円を15回の分割弁済。無利息。ただし、遅延損害金は21.5%。 連帯債務者として、B社の代表取締役B1のほかC株式会社及びその代表取締役C1が個人として連帯保証人になります。 【問題点】 C社及びその代表取締役C1がB社の債務の連帯保証人になることがC社の利益相反行為になり、株式会社の承認決議が必要となるかどうか疑問があります。 「公証証実務(解説と文例)」63頁に「第三者の債務につき会社とその代表取締役が共に連帯保証人となり、かつ、会社の物件を担保に供する行為については、昭和43年10月8日最判(民集22巻10号2172頁)の趣旨からして、利益相反行為と解すべき」とされています。 本事例では、会社の物件を担保に供することは内容とされていませんので、上記解説で「かつ、会社の物件を担保に供する」とされていることとの関係で疑問が生じます。 この場合、①会社の物件を担保に供する場合に限って、利益相反となり、本事例は当たらないと考えるべきでしょうか? ②それとも、そもそも連帯保証債務はC社とC1のどちらに請求してもよいことから、潜在的にC社とC1の利益とが相反しているとみて、株主総会の承認決議を要求すべきなのでしょうか? 【質問箱委員会回答】 会社法第356条第1項3号で、「取締役以外の者との間において株式会社と取締役との利益が相反する取引をしようとするとき」は、当該株式会社の株主総会あるいは取締役会の承認決議を要するとされています。C会社(代表取締役C1)と代表取締役 C1が共にB社の債務(Aに対する1500万円の債務)につき連帯保証する行為は、利益相反行為に該当する行為となるのか、それだけでは利益相反行為とはいえず、C会社の不動産を担保に提供するような場合に限って利益相反行為といえるかどうかが問題となった事案です。 b社の債務について、C社の物件を担保に提供するようなことはしないで、単に連帯保証人になる場合について考えてみると、B社が債務を履行できなかったときは、BC社、Cは、各々がAに対して未履行分全額を履行する責めを負うことになり、C社が履行すれば、BCは履行を免れる、またCが履行すればBC社は履行を免れることになり、利益相反する関係にあるといえそうですが、連帯債務者間では求償できるので、理論的には、履行の負担は平等となります。このような関係であっても利益相反関係にあるとみるか、それだけでは利益相反関係にあるとはいえず、Cの不動産を担保に提供するような場合に限って、利益相反関係にあるということになるのでしょうか。 この点については、意見が分かれましたので、両説とその根拠を説明しておきます。 甲説 C社、Cが連帯保証人になるだけでは利益相反行為に該当しない。C社が連帯保証人になるほかに、C社の物件を担保に提供するような場合には利益相反行為に該当し、C社の株主総会決議が必要となる。 (理由) 平成4年12月10日最高裁判所第一小法廷判決(注1)は、親権者が未成年者の所有する物件を担保に提供する案件についてですが、「親権者に子を代理する権限を授与した法の趣旨に著しく反すると認められる特段の事情が存しない限り、親権者による代理権の濫用に当たると解することはできないものというべきである。」と判示し、代理権限の有無につき形式的に判断することで差し支えないとの見解(以下、便宜「形式判断説」という。)に立った上、場合によっては、民法93条ただし書きを使って現実的な救済を図るという考え方になっています。 したがって、形式的判断説に立つ限り、C会社とその代表取締役C1が、ともにB会社の連帯保証人になることは、形式的に利害が対立する行為ではないので、C会社とC1との利益相反行為には該当しないということになります。 ただし、C1が個人的に連帯保証人になる必要があるときに、C1の負担を軽減する目的で、本来関係ないC会社も連帯保証人にした場合、その事情をAが知っていると、C会社の連帯保証行為の効力が生じないということがあります。 しかしながら、公証人としては、特にそのようなことを疑わせる特別の事情がない限り、形式的判断によって、利益相反行為には該当しないものとして処理することで問題ないと考えます。 物上保証を伴う場合については、昭和43年10月8日最高裁判所第三小法廷判決(注2)は、形式的判断説からも、このような物上保証をすることが、利益相反行為に該当するという判断を示したものです。御指摘の「公証実務」63ページの⑥の事例は、考え方としては、①の事例と同様のものと考えられます。 したがって、所問のような場合、物上保証を伴わなければ利益相反には該当しませんが、C会社の所有物件を担保に供するということになると、利益相反行為に該当するということになります。 乙説 C社、C1が連帯保証人になることは利益相反行為に該当する。従って、C社の株主総会決議が必要となる。連帯保証人になるほかに、C社の物件を担保に提供するか否かで結論は異ならない。 (理由)C社の代表取締役であるC1がC社を代表してB社の債務につき連帯保証する行為は、会社の代表取締役としての行為であり、そのこと自体は、何ら問題の無い行為である。 平成4年12月10日最高裁判所第一小法廷判決は、親権者と子が利益相反行為に当たらない例について、親権者としての代理権の在り方を判断したものですが、「代理する権限を授与した法の趣旨に著しく反すると認められる特段の事情が存しない限り、代理権の濫用に当たると解することはできない」と述べられているように、付与された権限のとおり行使することには何ら問題がないとするもので、そのことと、当該行為が利害の対立する行為であるかどうかは、別途判断が必要と思われます。 そこで、C社、Cの利害が対立する関係にあるかどうかですが、C社が全額債務を履行したとしても、求償することによって最終的には、B1、C社、C1の負担は平等となるので、そのことからすれば、利害の対立する関係にはならず、利益相反行為とはならないと考えられます。 この点について、昭和43年10月8日最高裁判所第三小法廷判決は、「第三者の金銭債務について、親権者がみずから連帯保証をするとともに、子の代理人として、同一債務について連帯保証をし、かつ、親権者と子が共有する不動産について抵当権を設定するなどの判示事実関係のもとでは、子のためにされた連帯保証債務負担行為および抵当権設定行為は、民法第826条にいう利益相反行為にあたる。」と判示し、その中で「債権者が抵当権の実行を選択するときは、本件不動産における子らの持分の競売代金が弁済に充当される限度において親権者の責任が軽減され、その意味で親権者が子らの不利益において利益を受け、また、債権者が親権者に対する保証責任の追究を選択して、親権者から弁済を受けるときは、親権者と子らとの間の求償関係および子の持分の上の抵当権について親権者による代位の問題が生ずる等のことが、前記連帯保証ならびに抵当権設定行為自体の外形からも当然予想される。」として、具体的に不利益が生じる場合を指摘しています。 担保の問題がない本件には、このような問題が生じないので、C社に不利益はないということになりそうですが、C1が自ら連帯保証人となりながら、C社の代表取締役としてC社も連帯保証人とする行為は、結果的に、C1自身の履行の負担を軽減させることにつながり、このような場合であっても、利害が対立する関係にないといえるか疑問です。 C社が連帯保証しているところに、C1も連帯保証する場合は、C社とC1は利害が対立することになりますが、会社にとって利益になりますので、会社法第356条に定める利益相反第1項の問題は生じません。逆に、C1が連帯保証しているところに、C社も連帯保証させる行為は、C1との関係では利益が相反することになり、この場合は、明らかに「株式会社と取締役との利益が相反する取引」(会356Ⅰ③)に該当することになります。 本件は、同時に連帯保証する場合ですが、C社が連帯保証することによって、結果的にはC1が利することになりますので、利益相反行為に該当すると考えるのが相当と思われます。 「公証証実務(解説と文例)」63頁の説明は、昭和43年10月8日最高裁判所の判例をもとに説明したものですが、「会社の物件を担保に供する行為」がない場合までも、排除することまで意図したものではないと考えます。 以上のことから、B社の債務について、C社及びC1が同時に連帯保証する場合は、C社が担保提供していなくても、C社とC1の利害が対立することになり、利益相反行為となり、C社の承認決議が必要と考えます。 なお、この事例については、公証117号211ページ、公証137号221ページに、日本公証人連合会の検討結果が掲載されていますので、参考に願います。 (注1) 平成4年12月10日最高裁判所第一小法廷判決 未成年者の所有する不動産について、親権者が根抵当権設定契約を締結した事案について、「一 親権者が子を代理する権限を濫用して法律行為をした場合において、その行為の相手方が権限濫用の事実を知り又は知り得べかりしときは、民法九三条ただし書の規定の類推適用により、その行為の効果は子には及ばない。二 親権者が子を代理してその所有する不動産を第三者の債務の担保に供する行為は、親権者に子を代理する権限を授与した法の趣旨に著しく反すると認められる特段の事情が存しない限り、代理権の濫用には当たらない。」判示した。 (注2) 昭和43.10.8最高裁判所第三小法廷判決 親権者が、みずからは共有者の一員として、また、未成年者の親権者として、債務について各連帯保証契約を締結するとともに、同一債務を担保するため、いわゆる物上保証として本件不動産全部について抵当権を設定する等の事案について、「第三者の金銭債務について、親権者がみずから連帯保証をするとともに、子の代理人として、同一債務について連帯保証をし、かつ、親権者と子が共有する不動産について抵当権を設定するなどの判示事実関係のもとでは、子のためにされた連帯保証債務負担行為および抵当権設定行為は、民法第826条にいう利益相反行為にあたる。」と判示した。

 

No.22 買戻特約付土地売買契約公正証書の手数料について(質問箱より)                      

【質 問】 1 事例 土地所有者甲が、乙に対し、買戻特約付売買を行う。 売買代金は金4,000万円(ただし、売買日翌日から2年間、当該土地を甲が乙から賃借し、その借料金800万円を相殺するので、実際の支払額は金3,200万円) 2年後に甲は乙に対し、金4,000万円を支払って買い戻すことができる。 賃貸借については、「年月日~年月日の間賃借する、借料は金○○円」と記載する。 2 照会内容 この場合の手数料の積算は、売買契約1件(4,000万円×2)、特約1件(4,000万円×2)、賃貸借1件(800万円)として積算して差し支えないか。 【質問箱委員会回答】 1 先ず、買戻特約付売買ですが、民法第579条に「不動産の売主は、売買契約と同時にした買戻しの特約により、買主が支払った代金及び契約の費用を返還して、売買の解除をすることができる。」と明記されているとおり、売主甲が一定期間内当該売買契約を法定の要件(民法第579条から第585条)に従って解除する権利(単独で契約関係を遡及的に消滅させる権利)を留保する特約(買戻特約)が付された売買契約が締結されるのであって、甲から乙へ、乙から甲へという二つの売買契約が締結されるわけではありません。 また、解除権留保の特約は、売買契約とは別個の独立した契約というものではなく、不動産売買契約とともになされる境界標識設置特約、債務不履行による損害賠償特約、危険負担特約など(昭和40年7月21日民事甲1912号民事局長回答。公証事務先例集497ページ参照)と同様に、「従たる法律行為」ということになります。 したがって、買戻特約付売買契約は1行為(双務契約ですから、4,000万円×2)として手数料を積算するのが相当と考えます(公証人手数料令第23条第1項)。 なお、売買代金の一部が相殺され、実際の支払額が3,200万円ということですが、売買代金の一部の支払方法として相殺(相殺契約も「従たる法律行為」)されるものですから、売買代金は4,000万円として積算することになります。 2 次に、賃貸借契約ですが、これは売買契約とは別個の契約で、従たる法律行為とは言えませんから、契約期間(2年間)の賃料総額が800万円ということであれば、「800万円×2」(双務契約ですから×2となります。)として手数料を積算することになります。 したがって、賃貸借契約も買戻特約付売買契約と同じ公正証書で作成する場合は、売買契約1行為(4,000万円×2)、賃貸借契約1行為(800万円×2)として積算した手数料を合算することになります。 ただし、本件土地が建物の所有を目的として賃貸される場合は、借地借家法の適用を受けることになり、契約期間は最低30年(強行規定である借地借家法第3条)となりますから、その場合の賃貸借契約の手数料は、2年後に買戻しが予定されているとしても、10年分(1年間の賃料額が400万円として、4,000万円×2)で積算することになります。 なお、賃貸借契約、特に借地借家法の適用を受ける場合の賃貸借契約は、買戻特約付売買契約とは別の公正証書にしておくことが望ましいと思いますが、嘱託人の意向により、一つの公正証書で作成することも、禁じられているということではありません。

 

No.23 旧借地法が適用される建物所有を目的とする土地賃貸借契約(普通建物で20年)の更新契約において「賃借人の死亡により賃貸借契約を終了する」旨の条項を加えること及び当該建物を賃貸人に遺贈することの可否(質問箱より)                      

【質 問】 土地賃貸借契約及び遺言公正証書に関するものです。 1 土地賃貸借契約 司法書士を仲介者とする賃貸人A、賃借人Bの間の建物所有を目的とする土地賃貸借契約(普通建物で20年)の更新です。昭和50年代に最初の土地賃貸借契約をしているものの2回目の更新で、旧借地法の適用になります。 次の事情から、今回の更新で「賃借人の死亡により賃貸借契約を終了する」旨の条項を加えたいとの要望がありました。 (事情) ・Bには、配偶者・卑属がおらず、推定相続人は兄弟姉妹のみ ・建物は築40年以上で、将来的に相続を希望する者はいない。 ・AB間の話し合いでB死亡後はAが取り壊す合意がある。 【問題点】 上記特約により賃借人の死亡を終了原因とすることが旧法第11条の「借地権者に不利なもの」に該当する可能性があると考えられます。「基本法コンメンタール借地借家法」169頁には「存続期間が有効に約定された場合には、借地権は、原則として約定期間の満了によってのみ消滅する。したがって、約定期間の満了以外の事由で消滅する(用法等違反の場合は別として)その効力を有しない」との記述があり、賃借人の死亡は消滅事由にできないように読めますが、文献等に賃借人の死亡を終了事由とすることに関する直接的な記述は見つかりませんでした。類似の事例等ありましたらご教示いただければ幸いです。 2 遺言公正証書 【事例】 1と併せて、上記Bから遺言公正証書の作成依頼がありました。内容は、「1の建物を上記A(土地賃貸人)に遺贈する」とのものであり、1の建物以外にはほとんど財産はないとのことです。 【問題点】 本人の能力と真意を確認する必要がありますが、仮に真意だとすると、遺言自由の原則からこのような遺言も可能となりそうです。しかし、上記1と併せてこのような遺言することは、旧借地法11条の趣旨からしていかがなものかと考えられるところです。 【質問箱委員会回答】 建物所有を目的とする土地賃貸借契約について、現行では借地借家法が適用になりますが、昭和50年代に最初の土地賃貸借契約をしている更新に関する本件については、旧借地法第5条で定める「当事者が契約を更新する場合においては借地権の存続期間は更新のときより起算し、20年とする。」旨の規定が適用になります。これに反し、これより短期間の契約を締結することは、一般的には、旧借地法第11条で「借地権者に不利なものはこれを定めざるものとみなす。」に該当し、無効になると解されています。 ところで、当事者間で、「賃借人の死亡により賃貸借契約を終了する。」旨の特約を結ぶことは、旧借地法第11条で定める「借地権者にとって不利なもの」に該当し、このような特約は、無効となるかどうかが問題となったものですが、この特約は、借地契約について借地権者の死亡という、いつ時期が到来するかが不確定な期限を設定し、その期限到来により借地契約を解約することを内容とするので、いわゆる「賃借人一代限りの特約」といわれ、この特約の法的性質は、不確定期限を付した合意解除契約、一般的には、「不確定期限付合意解約」と呼ばれています。 この特約は、借地契約後20年未満で賃借人が亡くなった場合にはその時点で賃貸借契約の期間が満了するという特約ですので、借地権の更新後の存続期間を最低でも20年とする旧借地法第5条の規定に反することになります。このような考え方に立ち、このような特約は、許されないとの考えも成り立ちえます。 しかし、この点について、最高裁第三小法廷昭和44年5月20日判決(民集23巻6号974頁、判例時報559号42頁、判例タイムズ236号117頁、法曹時報22巻4号71頁、民商法雑誌62巻3号88頁)は、「従来存続している土地賃貸借につき一定の期限を設定し、その到来により賃貸借契約を解約するという期限附合意解約は、借地法の適用がある土地賃貸借の場合においても、右合意に際し貸借人が真実土地賃貸借を解約する意思を有していると認めるに足りる合理的客観的理由があり、しかも他に右合意を不当とする事情の認められないかぎり許されないものではなく、借地法11条に該当するものではないと解すべきである」と判示しています。 そこで、賃借人Bの死亡を不確定期限とする解約合意の特約ができるかどうかということについては、最高裁判例が示している要件、すなわち、このような特約が、⑴賃借人が真実解約の意思を有していると認めるに足りる合理的客観的理由があること、加えて⑵他に右合意を不当とする事情の認められないこと、という要件を具備しているかどうかにより判断することとなります。 当事者の事情(①Bには、配偶者・卑属がおらず、推定相続人は兄弟姉妹。②建物は築40年以上で、将来的に相続を希望する者はいない。③賃貸人AとB間の話し合いでB死亡後はAが取り壊す合意がある。)を踏まえると、賃借人Bについても特約を締結しておきたいとの思いであることが伺え、また賃貸人Aが優越的地位を利用して借地法の適用を回避する目的でないことも理解でき、前記事情を覆すような事情も伺えないところから、⑴の要件及び⑵の要件を満たしているものと思われますので、このような不確定期限を付した合意解除を内容とする契約は差し使えないものと考えます。 なお、参考までに、特約条項を加入した事情を記録に留めておかれるとよいと思います。 2 遺言公正証書について Bの遺言能力に問題なく、その内容がBの真意であれば、自己の財産の一部である借地権を、賃貸人に遺贈する旨の遺言をすることは、何ら問題はないものと思われます。兄弟姉妹だけが法定の相続人ということであれば、遺留分もありませんから、後日問題となることもないと考えます。 (参考) 建物の賃貸借については、高齢者が安心して生活できる居住環境を実現する趣旨で制定された『高齢者の居住の安定確保に関する法律』により、一定の要件を満たした場合のみ、借地借家法30条の特例として、終身建物賃貸借契約を締結することが認められています。ただし、終身建物賃貸借事業者としての都道府県知事の認可、一定の基準を満たしたバリアフリー住宅であること、60歳以上の賃借人に対し終身にわたって賃貸するものであること等の条件が必要です。

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民事法情報研究会だよりNo.14(平成27年10月)

清秋の候、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。 さて、安全保障法制で揺れた第189国会は9月27日をもって終了し、同国会に提出されていた民法の一部を改正する法律案は審議入りすることがなく次期国会に先送りされるところとなりました。本年12月12日開催予定の当研究会の後期セミナーでは、法務省経済関係民刑基本法整備推進本部参与として法制審議会民法(債権関係)部会委員を務められた、東京大学名誉教授の内田貴氏を講師にお願いしておりますが、前記法律案が成立するまでは、民法(債権関係)改正を講演テーマにすることはできないと言われております関係上、現時点で講演テーマは未定となっております。いずれにいたしましても、同氏のお話を伺うことは非常に有意義なことですので、ご期待いただきたいと思います。セミナーの開催通知につきましては、11月早々に会員の皆様にお送りいたしますので、よろしくお願いいたします。(NN)  

レオナルド・ダヴィンチの父親は公証人だった(副会長 小林健二) 今年の6月から所沢市の市民大学に通っている。市が音頭をとって、一線を退いた人を対象に交流の場を提供するとの企画で設けられている「大学」であり、原則として、毎週木曜日に用意されている講座に参加するのであるが、先だって、斎藤陽一先生(美術史研究家・元NHK美術チーフ・プロデューサー)の「絵画を読む ダ・ヴィンチ・モナリザの謎」を受講した。その中で、先生は、「レオナルド・ダ・ヴィンチの父親は公証人だった。」と話された。レオナルド・ダ・ヴィンチは、ミケランジェロ、ラファエロとともに「盛期ルネサンスの三大巨匠」と称され(最近は、この3人のほかに「ボッティチェリ」も有名になっている。)、『モナ・リザ』(ルーヴル美術館所蔵)、「最後の晩餐」(サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院(ミラノ)所蔵)は、あまりにも有名であるが、このレオナルド・ダ・ヴィンチの父親が公証人であったというのは、いささか驚きであった。 先生の話によると、レオナルド・ダ・ヴィンチの出生の経緯は、次のような状況であった。 レオナルド・ダ・ヴィンチは、1452年4月15日イタリヤ・トスカーナ地方であるフィレンツェ領内のヴィンチ村で、父親セル・ピエロ・ダ・ヴィンチと母カテリーナとの間に生まれた。父親は、フィレンツェの裕福な公証人であり、母カテリーナは、セル・ピエロ家近郊の農家の娘であった。当時、公証人であったセル・ピエロ・ダ・ヴィンチは、地位も高く資産家でもあり、奴隷の娘であるとの説もあるカテリーナとは、結婚できるわけがなく、レオナルド・ダ・ヴィンチは、私生児として父方に引き取られ育てられることになった。レオナルド・ダ・ヴィンチの父親は、レオナルド・ダ・ヴィンチが生まれて間もなく良家の娘アルビエーラ・アマドーリ(当時16歳)と結婚、母カテリーナはレオナルド出産後、同じ村のアントニオ・ディ・ピエロと結婚した。 父親に関する先生の話は、そこまでであったので、父親のセル・ピエロ・ダ・ヴィンチのことについて、調べてみると、フィレンツェやピサで公証人として働いていたということがわかった。なぜ、公証人であることが分かるのかと言えば、セルというのは、「公証人」を意味する言葉(敬称)だそうである。そして、レオナルド・ダ・ヴィンチの出生名は、「レオナルド・ディ・セル・ピエロ・ダ・ヴィンチ」であるが、「ヴィンチ村(出身)のセル(公証人)・ピエロの(息子の)レオナルド」という意味となり、そのことからも、レオナルド・ダ・ヴィンチの父親が公証人についていたことを示しているとのことである。 当時の公証人は、今でいう弁護士と公認会計士を合わせたようなものらしく、契約や遺産相続の証人として立ちあい、証書を作成しその記録を保管する政府の役人へ提出することや文字の書けない農民や職人のかわりに役所へ提出する書類の代筆をしていたとのことである。そして、公証人になるには大学を卒業している必要があり、しかも、正式に婚姻している夫婦から出生した子でなければならないとされていたようであり、この条件をみたしていなかったレオナルド・ダ・ヴィンチには、公証人になる道は閉ざされていたといえよう。もし、彼が正妻の子供として養育されていたなら、大学を卒業し、公証人になっていたかもしれない。因みに、彼の異母兄弟のうちの一人は、父親の跡をついで、公証人になったとのことである。  また、レオナルド・ダ・ヴィンチは、当時から左利きで鏡文字を書いたそうであり、これはレオナルド・ダ・ヴィンチが読み書きの教育を受けなかった為ともされ、彼の文字の癖は、父の公証人という仕事を継ぐことに大きな障害となったともいわれている。 こんな事情のもとで、レオナルド・ダ・ヴィンチは、1466年、14歳の時、「フィレンツェでもっとも優れた」工房のひとつを主宰していた芸術家ヴェロッキオに弟子入りし、絵の道に進むことになるのであるが、もし公証人になっていたら、私たちは、彼の素晴らしい作品に出合うことがなかったかもしれない。そういう意味では、公証人にならなくて良かったといえようか。(以上の記述については、①イタリアンガイドマップ・イタリア総合案内歴史・レオナルド・ダ・ヴィンチの生涯、②YAHOOブログ・レオナルド・ダ・ヴィンチの小部屋、③レオナルド・ダ・ヴィンチ・Wikipedia、④レオナルド2父、⑤レオナルド・ダ・ヴィンチを参考にした。) ところで、レオナルド・ダ・ヴィンチの「モナ・リザ」は、謎めいた笑みを浮かべた婦人の絵であり、直ぐにも思い浮かんでくる絵ですが、参考までに、先生から聞いた、モナ・リザのことについて、触れておくと、モナ・リザの微笑が謎めいているのは、この絵から、老若、超然、悲しみ、男女両性のようないくつもの相反するものが感じられ、絵の右は明るく、左は沈んだ色で描かれており、人物については、未だにモデルはだれか不明であるが(主に6説ある。)、顔は右方向を向きながら目は正面を向き、顔と身体がねじれている、目の位置がかすかにずれている、唇が左右不均衡であるというところにあり、また、背景には、岩山が描かれているが、左右つながっておらず、右は、人間の営みができる盛年期の宇宙が描かれているのに対して、左側は朽ちかけていく世界が描かれており、人間の将来を予測しているのではというところにあるとのことである。 因みに、日本人として、一度は見たい名画の第1位は、モナ・リザであり、この絵は、昭和69年に日本で公開されているが、そのときの入場者数は、150万人だったそうである。 また、レオナルド・ダ・ヴィンチは、旺盛な探究心の持ち主であり、人体、自然、宇宙を貫く法則を見極めようと様々な分野において観察、考察、思考を重ね、その過程を記録した膨大なノート(8,000ページ)を残しており、その中で地動説を唱えたガリレオより100年前に「太陽、月、地球は浮かぶ球体である。」との考えも明らかにしていたことが分かっているが、このノートは1ページ1億円の値段がついているとのことである。 このように名画については、解説をしてもらってから、観賞すると格段に興味深く見ることができる。

 

実 務 の 広 場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

 

No.18 遺言公正証書作成時の立会証人の紹介について

 

【はじめに】 遺言公正証書の作成が全国的に増加傾向にありますが、当役場でも遺言公正証書の作成件数が増加しております。特に相続税見直しについての報道を受けて、平成26年末から平成27年当初には、遺言書作成を検討したいと直接窓口に来られる相談者(遺言者)あるいは電話での相談者が急増しました。 相談者は高齢の方が多く、自筆証書遺言と公正証書遺言の違いから説明を求められますが、安全・安心な公正証書遺言についての理解が得られ、作成意思の確認ができた場合に、遺言内容に応じて必要書類の説明、遺言書作成に至るまでの手続の流れを説明し、証書作成時に民法第969条第1号の定めるところにより証人2人以上の立会いのもとに作成することを説明しています。 【立会証人紹介の実情】 公正証書作成時の立会証人は、公証人による遺言者の遺言能力の確認や公正証書の内容に関する遺言者の意思確認などを含む法定の手続をチェックする重要な責務を有し、筆記の正確なことを承認した後(民法第969条第4号)署名押印することが求められており、筆記の正確なことを承認する能力のある者でなければならず、かつ、その場で見聞きした事実を他に口外しない義務を遺言者に対して負っており、しかも立会証人になる者は、民法第974条第2号に定める欠格事由(推定相続人及び受遺者並びにこれらの配偶者及び直系血族)に該当してはならないとされています。 従って、遺言書を作成しようとする方に対して、立会証人になる者は、前記のような重要な責務を負っていること及び一定の身分関係にある者は立会証人になる資格がない旨を具体的に説明したうえで必要書類の持参時に立会証人の情報(住所・職業・氏名・生年月日)を記載したメモを提出していただくようにしていますが、最初の相談時にはお願いする予定の人がいると言っておられた人も、後日、「色々考えると、お願いする人がいない。」、「予定していた人に断られた。」などとして、当役場に立会証人の紹介を依頼する方がほとんどで、弁護士、税理士や司法書士などの専門士業(以下、「専門士業」といいます。)の者を介することなく個人で直接に証書作成を嘱託される方のうち、約9割の方について、当役場で立会証人を紹介することとなります。 また、近時は、専門士業の者が遺言者あるいは遺言者の家族から依頼を受けた事案で、自らは遺言執行者を引き受けることはあっても、公平を期する主旨か、後日の相続人間の紛争に巻き込まれることを回避する主旨かはわかりませんが、立会証人となることなく、当役場へ立会証人の紹介を依頼してくる事案が増えてきています。 各公証役場も同様に立会証人の紹介を求められており、どのような者を立会証人として紹介されているのかを複数の公証役場に尋ねてみたところ、知人、司法書士、税理士など、その都度、連絡をとり、対応が可能な者にお願いしていますとのことでした。 当役場も、私が公証人として任命を受けた当初は、前任者の扱いと同様に司法書士等にその都度依頼をしていましたが、専門士業の複数の者から、「自分も立会証人を依頼される際のメンバーに加えて下さい。」、「立会証人の選定(紹介)基準を示してください。」との申し入れが立て続けてあり、遺言者に立会証人を紹介するあり方についての検討を迫られました。 【当役場の実情】 そんな折に、公益目的事業を達成するための事業として「遺言公正証書の証人活動」を行っている公益社団法人家庭問題情報センター(英文では、FAMILY PROBLEMS INFORMATION CENTER と称します。以下、「FPIC」といいます。)を利用されていた公証人からその存在を紹介され、当役場では、立会証人の紹介を求められた場合には、以後、個別に司法書士等に依頼することなく、FPICに依頼することとしており、現在に至っています。 ちなみに、FPICのホームページに、「公正証書遺言立会証人の職責について」と題して、「当法人は、定款第4条の公益目的事業の一つである『公正証書遺言者への支援』として、ご依頼があれば、その立会証人に相応しい当法人の会員を紹介しています。会員は、元家庭裁判所調査官、家事調停委員経験者等、家事問題に通じており、さらに遺言立会証人の職務内容及び義務について研修を受けたうえで、立会証人候補者としています。」と記載されています。 FPICから派遣される人は、研修を受け、立会証人の役割を十分に理解され、証書作成時には、遺言者の本人確認、遺言者の口授、公証人作成の証書の内容の確認を的確にされ、立会証人として、遺言者の判断能力・遺言意思に疑問がありとして署名をすることができないとの判断をされた事案もあります。 遺言者が連れてこられる立会証人は、遺言者の知人・友人、遺言者の相続人の知人・友人、親類縁者などが多く、証人の役割を十分に理解しないまま、証書作成時に立ち会ってほしいとの依頼に応じて出頭してきた者が多いように思われます。したがって、立会証人としての責務を十分に理解していないのではないかと思われる人に対しては、遺言公正証書作成に入る前に、まず民法第974条第2号の条文を示し、欠格事由に該当しないかの確認を徹底するとともに、立会証人の役割を十分に説明し、併せて、公正証書の本旨外要件の事項に「証人が民法第974条に抵触しない旨の証人の陳述を受けた」旨の記載をし、その役割を的確に認識してもらうようにしています。 遺言者の遺言能力・判断能力に問題がない場合や、相続人全員(遺留分)に配慮した内容の場合は別として、後日紛争になりそうな、特定の者に限定しての遺言内容などの場合には、事前の説明にあたり、相続開始時の紛争回避のためにも、第三者・専門士業等の者を証人とされるようにアドバイスをすることも必要ではないでしょうか。 【相続人からの遺言書作成時の状況について説明を求められた際の対応】 遺言者死亡後に、遺産争いをしている相続人が当役場を訪れ、遺言書作成時に、遺言者が遺言書に記載されているような内容を理解することはできない状態にあったとして、遺言書作成時の遺言者の様子等について説明を求めてくる事案が年間何件かあります。 その際には、公正証書作成手順、公証人の責務、立会証人の役割・責務について説明をし、具体的内容には守秘義務に従って回答できない旨の説明をしますが、納得されることなく、お帰りいただく場合がほとんどです。公証人からの情報収集ができないのであれば、立会証人のところへも同様な説明を求めて出かけていくと言い残して、現実に当役場を後にした直後に訪ねていった事案もありました。 このようなとき、立会証人がその立場・責務を十分に理解されている場合は、具体的内容には守秘義務に従って回答できないなど適切な対応をしていただけると思いますが、果たして、知人・友人などが立会証人として作成した場合に、どのような対応をされるかについては、証書作成時に十分に説明をしてはありますが、はなはだ疑問であります。 FPICから派遣された証人の立会のもと作成した遺言公正証書について、遺言無効確認等の訴訟が提起され、立会証人に対し遺言書作成時の様子等についての照会があった場合には、派遣された証人個人でなくFPICが組織として対応されるそうです。 【今後への対応】 遺言公正証書を作成される人は、今後も増えていくものと思われます。公証人に対し、立会証人の紹介を求める事案も確実に増えるものと思われます。 遺言者からすれば、依頼をした立会証人がどのような人なのか関心が大きいことは当然であります。 公証人が個別・個人的に立会証人を依頼することなく、安心して依頼することができ、遺言者をはじめ対外的に納得していただける立会証人を安定的に確保できる仕組み(派遣依頼できる組織)を考えなくてはならない時期が来ているのではないかと思います。 (横山 緑)

No.19 不正に取得した自動車運転免許証等により公正証書を作成した事例                        (事例紹介)

【はじめに】 平成18年7月から平成27年6月までの9年間、富士公証役場において公証人の仕事に従事してきましたが、この間、取扱い事件量は相当数あり多忙な日々でありました。 全国の公証役場においては、毎年、遺言書作成事件数が増加傾向にあり、私の在任期間中においても約6割強が遺言公正証書の取扱事件数でした。その他の証書作成としては、離婚、事業用定期借地権が大半を占め、金銭消費貸借や債務弁済契約の証書作成が後に続く事件量となっていました。 遺言や離婚に関する公正証書に関しては、これまで多くの会員の方々から、このコーナーで数種の事例紹介がなされておりますので、在任期間中での特異な事例と思われる公正証書の作成における本人確認方法と原本の閲覧請求に関する事例を紹介させていただきます。 【証書の公開請求について】 ある日、突然に警察署の巡査部長が来所し、警察手帳と巡査部長の名刺を提示した上で、当職に対して、次のような質問(質問は概要であり全てが正確な表現ではない。)があった。 (巡査部長の質問要旨) 生活保護費不正受給に関して被疑者を逮捕したので、その関連捜査をしている。当該被疑者らは、共謀して富士公証役場で公正証書(巡査部長は金銭の貸借関係の公正証書と説明した。)を作成していると思われるので、その証書を公開して欲しい。当該被疑者の内、一人は、自動車運転免許証(以下、「運転免許証」という。)を不正取得した「成り済まし」である。公証人は、書類の作成に当たって本人確認の方法はどのようにするのか。また、公証人が作成した書類は、その書類で強制執行は可能か。併せて公正証書の法的性格についても説明して欲しい。 【巡査部長に対する当職の対応】 事前に何も通告もなく当職の面前にやってきた私服警察官にびっくりはしたものの、これに対して当職は、次のような対応をした。 公証人は、取り扱った事件に関して秘密を守る義務があるため、貴職の質問に対する回答はできない(公証人法4)。公正証書原本の閲覧は、嘱託人、その承継人又は法律上の利害関係人でそのことを証明できる者に限り閲覧が可能となる旨(公証人法44Ⅰ)、また、検察官は、証書原本の閲覧が可能である(公証人法44Ⅳ)ことを付言した。 さらに、公正証書の法的性格については、本件紹介のポイントである本人確認方法(印鑑証明書と印鑑(実印)の突合又は運転免許証などの顔写真の付いた公的証明書の提示)と、公証人の職務内容、公正証書の証拠力など公証人の職務権限と金銭に係る公正証書作成の場合の強制執行認諾条項について説明をした。 【本件について確認したこと】 巡査部長が退席した後、巡査部長から発言のあった当事者二人の氏名をもとに該当する相談表と公正証書原本を調べてみた。 相談表と公正証書原本によると、被疑者2人が来所し、当人達で作成した借用書(金銭借用は数回に亘っている。)の写しと、二人が共に印鑑証明書を持参して公正証書作成の依頼をしていたこと、及び当人達から運転免許証を提示させ処理していたことが判明した。 当職は、遺言と金銭消費貸借契約や債務弁済契約の公正証書に関しては、原則として印鑑証明書と実印を突合して本人確認をしている。 ただし、必要があるものと判断した時は、念のための手段として印鑑証明書と運転免許証やパスポートなどの顔写真の付いた公的証明書を添付させる場合もあるが、この取り扱った事件は、本人を特定するために印鑑証明書と運転免許証の写しを徴取して付属書類として保管している。 このことが後に、刑事事件に関連する証拠書類になるものとは思ってもみなかったところであるが、当事者(被疑者ら)との面談の中で「直観力が働いたのか。」、或は「何となく不自然さを感じたのか。」、当事者双方の印鑑証明書の他に運転免許証の提示を求めてその写しを添付させたものである。 【検察官による公正証書原本の閲覧】 それから数日後、検察庁の副検事から当職に対して、本件に関する電話予約があり、約束した面会当日、次のとおり対応した。 副検事の身分証明書を確認した後、副検事から「公正証書に記載されている債権者が生活保護費の不正受給をするために不法行為をした疑いがあり、捜査している。この事件で一番悪いのは、債権者であるが、公証役場との関係で知りたいのは、公正証書に債務者と記載されているもう一方の被疑者のことである。この者の本名は「A男」であるが、「A男」が印鑑登録証と運転免許証を「B男」に成り済まして不正取得したものであり、市役所も警察も騙されてしまった。」と、事情説明があった。 さらに、副検事から、「公正証書原本の閲覧と当該公正証書原本の公証役場外への持ち出しは可能か。」と質問があった。 【これに対する当職の対応】 先日、来所した巡査部長と今回の副検事の説明から判断すると、前もって調査しておいた債務弁済契約公正証書と特定されたので、副検事が提出した捜査関係事項照会書と身分証明書を確認した上で、当該公正証書原本を証書綴りから抽出して副検事に閲覧させた。 なお、公正証書原本は、裁判所の命令又は嘱託ある場合は別であるが、天災地変などのため滅失毀損するおそれを避けるためにするする場合を除き、役場外に持ち出すことは禁止されていること(公証人法25Ⅰ、民事訴訟法223、226)を説明すると、副検事から「写真撮影は可能か。」と質問があった。 公正証書原本とその付属書類の写真撮影が可能であることは、事前に監督法務局に照会済であったので、検察官による公正証書原本等の写真撮影は可能である旨、回答すると、副検事は、公正証書原本とその付属書類(不正取得した運転免許証等)の写真撮影をした(明治42年7月30日民刑704号民刑局長回答)。 当然であるが、副検事の閲覧については、手数料を徴収していない(明42.7.30民刑704号民刑局長回答)。 なお、今回は、副検事からの公正証書原本の閲覧請求であったが、検察官による公正証書の謄本請求については、原則応ずべきではないが、証書の内容について報告を求められた場合には、応じてよいとの先例がある(昭41.5.31民事局第一課長電信回答)。 今回の事例は、生活保護費不正受給という違法行為と公正証書の作成がどのような関係にあるのか詳細は不明であるが、犯罪に絡んで、公正証書作成と印鑑証明書及び運転免許証の不正取得という形で公証役場と関係機関が利用された事例である。 公正証書作成の基本である本人確認については、印鑑証明書と実印が「B男」であり印鑑も照合している。また、「B男」が持参した運転免許証原本(顔写真は「A男」)の住所・氏名・生年月日が印鑑証明書と一致しているところの「A男」である。つまりは、「B男」に成り済ました「A男」が運転免許証と印鑑証明書を不正取得したものである。当職としては、当事者双方の本人確認は、適正な手続きを執ったはずであったが、結果として公証役場が利用されてしまったことにやりきれない心境である。 唯一救われるのは、本人確認をするために被疑者双方の印鑑証明書の他に、双方の運転免許証を公正証書の付属書類として保管したことが、この度の生活保護費不正受給という刑事事件の証拠書類に活用されたのであれば幸いである。 なお、余談とはなるが、後日の新聞に本件に関するものと思われる生活保護費不正受給という刑事事件の報道が掲載されていた。 (板谷 浩禎)

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民事法情報研究会だよりNo.13(平成27年8月)

暑中お見舞い申し上げます。 さて、7月から運用を開始した質問箱につきましては、これまでに数件のご利用があり、迷っていたことが自信をもって処理できるとのお礼のメールも届いているようです。質問箱はまだ始まったばかりですが、多くの会員から気軽に利用していただけるようになれば、会員相互の交流を通じて会員の知識・経験を生かしていこうという当法人の設立目的にも沿う大変有意義な事業となるものと思われます。 なお、6月20日開催されたセミナーにおける藤谷会員による民法(債権関係)の改正案に関する講演を記録した講演録は、現在、民事法情報研究会だよりの号外として印刷製本を依頼しており、出来上がり次第、全会員にお送りいたします。改正法案は早晩成立するものと思われますが、いち早くこのテーマを取り上げて解説したこの講演録は、改正内容を理解するうえで非常に参考になるものと思いますので、セミナーに参加できなかった会員も含めて皆様にご利用いただきたいと思います。(NN)

毎日が日曜日(理事 小畑和裕)

1 「毎日が日曜日」という言葉が流行語になったのは、昭和51年に出版された城山三郎の「毎日が日曜日」という長編小説のタイトルに由来します。小説の舞台は、戦後日本の驚異的な経済発展を支え  た、いわゆる巨大商社の猛烈サラリーマンの活躍と挫折、定年後の生活です。全世界の隅々まで出かけて、死に物狂いで活躍した商社マンの姿と退職後の生活が描かれています。 公証人を終えて、毎日が日曜日になってから2年になりました。(毎日酒を飲んでいるので、毎日が水(酔)曜日だと豪語される先輩もおられますが。)その日が来れば、各種の資料や膨大な写真の整理など、あれもしよう、これもやろうと思っていました。しかし、「小人閑居して不善をなす。」のたとえの通り、何をするでもなく、いたずらに2年の歳月が経過しました。無為徒食の毎日でお恥ずかしい限りですが、恥を忍んでその一端を披瀝することにしました。反面教師として、いつの日か毎日が日曜日を迎えることとなる、現役の公証人の会員の皆様に役に立てば幸いです。

2 倚(よ)りかからず 「倚りかからず」という詩集がベストセラーになったのは、平成11年頃のことだったと思います。大好きな詩人の一人である茨木のり子の詩集です。その詩は、「もはや できあいの思想には倚りかかりたくない もはや できあいの宗教には倚りかかりたくない もはや できあいの学問には倚りかかりたくない もはや いかなる権威にも倚りかかりたくない ながく生きて学んだのはそれぐらい じぶんの耳目じぶんの二本足のみで立っていてなに不都合のことやある 倚りかかるとすれば それは椅子の背もたれだけ  茨木のり子」というものです。 毎日が日曜日になり、この詩を改めて読みました。現役時代は、仕事では、国という権威や、上司、先輩、同僚、部下に倚りかかり、私生活では妻や家族に倚りかかり、どっぷりと倚りかかって生きてきた人生でした。よし、これからは家事を覚えて自立するぞ、親孝行もするぞ、いままでないがしろにしてきた地域社会にも貢献するぞと、決意しましたが、不発に終わりました。今日に至るも何一つ変わらず、相変わらず倚りかかって生活しています。この状態を反省するどころか、最近は、居直り気味に、やはり大好きな自由律詩人種田山頭火の次の句に共感を覚えています。 ここまできて この木にもたれている 山頭火

3 感受性の衰え 毎日が日曜日になって悲しいことの一つに感受性の衰えが有ります。現役を離れると、今まで得ていた各種の情報が圧倒的に少なくなります。少なくなれば当然に感受性も鈍くなります。ここでいう感受性とは、外界の印象を受け入れる能力のことです。美しいものを美しいと捉え、悲しいときは大いに悲しむ。日常生活の中で吃驚したり感動したりする能力が衰えていくのです。ところが最近、前出の茨木のり子さんの次の詩を読み、大いに反省しました。何を甘えたことを言っているんだと、笑われ、叱られました。 自分の感受性くらい ぱさぱさに乾いていく心をひとのせいにはするな みずから水やりを怠っておいて 気難しくなってきたのを友人のせいにはするな しなやかさを失ったのはどちらなのか 苛立つのを近親のせいにはするな 何もかも下手だったのは私 初心消えかかるのを暮らしのせいにはするな そもそもはひよわな志にすぎなかった 駄目なことの一切を時代のせいにはするな わずかに光る尊厳の放棄 自分の感受性くらい 自分でまもれ ばかものよ     茨木のり子

4 一日一生 最後に小説「毎日が日曜日」に関するトリビアを一つ。城山三郎は、読者から署名を求められたとき、「毎日が日曜日の」扉に「一日一生」と書いたということです。私はそのことを最近再読した同書の巻末の解説で知り、深く感動しました。毎日が日曜日ではあっても、その毎日毎日を大切に生きて行く。一日を一生のつもりで悔いなく生きる。その心構えの大切さを教わりました。毎日を無為に過ごすことの無いように強く戒められたのです。大いに共感しましたが、現実は相変わらずだらしない毎日です。 どうしようもないわたしが歩いてゐる  山頭火

左様なわけで、「毎日が日曜日」を生きるのは大変なことなのです。            了

 

実 務 の 広 場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.13 貸金庫の開扉、蔵置品の点検に関する事実実験公正証書について

金融機関の貸金庫の開扉、点検に公証人が立会いを求められる案件には、様々な事例があると思われますが、代表的と思われる金融機関の開扉、点検の案件について、当公証役場における嘱託から証書作成までの事務処理の流れを説明し、執務の参考に供することとします。なお、これは、当公証役場における扱いであることを念のため申し添えます。

1 金融機関が貸金庫の開扉、点検を嘱託する理由 ① 貸金庫使用者が、使用料を長期間支払わず、銀行業務に支障が生じていることから、当該貸金庫を強制開錠して蔵置品の有無を確認し、保管物があれば、別途保管のための措置を講じ、当該貸金庫を他に利用させるためのもの。 ② 金融機関の施設移転(店舗の廃止、開設)に伴い、貸金庫の移設をするに当たり、個別の貸金庫を、開扉措置をせず、貸金庫そのものをそのまま移転するもの。 ③ 金融機関に施設内において、貸金庫のリニューアル等により、貸金庫の設置場所を移転するもの。 等が考えられます。

2 貸金庫の設置状況 貸金庫の方式は必ずしも同じような方式に統一されているわけではなく、各金融機関の施設ごとに導入されている貸金庫の方式が異なります。そこで、代表的と思われる2つの方式を紹介します。 (1)  貸金庫使用者が貸金庫室(いわゆる金庫)に入室して利用する方式 多くの金融機関の施設で導入されている方法です。金庫室内に各使用者の貸金庫が整然と番号順に格納され、使用者は自己の貸金庫を、直接、金庫室内の格納場所で開錠し、蔵置品についての点検等の用件を済ませ、その後、格納場所に格納、施錠するという使用方法です。 (2)  貸金庫使用者が施設内の所定のブースにおいて、利用する方法 施設内所定のブースに貸金庫使用者が入室し、ブース内からの遠隔操作(手許で、自己の貸金庫をブースまで取り寄せる操作)により、別室の金庫室に格納されている自己の貸金庫を取り寄せ、そのブース内で貸金庫を開錠し、蔵置品についての点検等の用件を済ませ、施錠し、格納操作を行い、所定の貸金庫室に機械操作により格納されるものです。 このシステムは、ベルトコンベアなどで、金庫室からブースに自動搬送されるシステムとなっており、使用者は金庫室まで出向く必要がなく、最近はこのシステムが普及している模様です。

3 事実実験期日までの準備(金融機関担当者等との打ち合わせ) 初めて訪問する場合には、貸金庫の設置場所、内容物点検場所等が不明なため、臨場から点検までの行程及び場所の確認のほか、臨場当日の作業手順について金融機関の担当者と打ち合わせをあらかじめ行ってから臨場することが、その後の作業を円滑に行うためには望ましいと考えます。 また、あらかじめ「嘱託書」、当該金融機関の「貸金庫規定」等の規約、手数料未納者に対する督促状等の写し、担当者の身分証明書の提出を依頼しておくことも、作業が円滑にすすむ方法です。 特に、施設(店舗)の移転に伴うものや、施設内における貸金庫室自体の移転などは、土日や休日を利用して行う場合が多く、その移転・運搬方法、移転に当たって各貸金庫の開扉の有無、格納に当たっての確認すべき事項等々、一連の作業行程について詳細に打合せを行い、公証人が確認、点検を必要とする行程について、金融機関担当者(場合によっては、運搬業者を含めて)と綿密に詰め、期日当日の具体的な作業行程、人の動き等をイメージしておく必要があります。場合によっては、担当者とともに一度リハーサルを行っておくと期日当日の進行がより具体的にイメージでき、円滑に進行します。

4 事実実験期日までの準備(内業) 3の打合せの中で、確認できた作業行程を、時刻の順に追った作業の流れ(担当者の誰がどのような行為を行うか)、公証人が確認すべき事項等を網羅した下書きを作成しておくと、期日当日の公証人の確認作業がスムーズに運びます。 別記の公正証書作成例文の文案をあらかじめ作成、持参し、その文案に確認事項を書き込むことによって、より漏れのない、事実実験証書が作成できます。

5 事実実験期日当日 当日の持ち物としては、打合せした作業行程表、下書き、メモ用紙(筆記用のバインダーがあると便利)、デジタルカメラ、職印等を持参する。 担当者と作業行程を再確認した後、事実実験の作業に入ります。 作業に当たっては、あらかじめ打ち合わせた作業行程どおり、作業が進行しているか、下書きしたものと実際の作業に齟齬がないかを確認しながら点検していきます。 一般的な1の①の貸金庫の開扉、点検作業を例に進め方を説明します。 確認作業を始めるに当たって、時刻を確認し、作業を開始します。作業行程に沿って、作業開始時刻をメモし、各行程ごとに開始、確認、終了時刻をメモします。 また、デジタルカメラを使用しながら、次の各作業行程を記録しておくことが間違いのない公正証書を作成することにつながります。 副鍵が封緘されている状況、担当者が封緘された副鍵を開封している状況、副鍵とマスターキー(利用しない貸金庫もある。)を使用して当該貸金庫を開錠している状況、開錠後、蔵置品(内容物)の確認に移り、開扉したときの状況、蔵置品があれば、蔵置品全体の収納状況、蔵置品1点ごとの状況(例えば、大封筒にいくつかの蔵置品が封入されている場合には、大封筒の状況、蔵置品1点ごとの状況、預金通帳であれば、金融機関及び支店名、口座番号、名義人が確認できる程度、権利証、各種領収書等も同じ)、最後に蔵置品を金融機関の大封筒に封入するに当たって、その封入作業状況、担当者による大封筒の封緘状況、公証人による封緘状況、取り出した蔵置品を最終的な保管場所に格納するまでの確認をする場合は、その場所における格納保管状況など なお、作業の際のメモ取り(蔵置品の書き出し作業)は、書記を帯同できる場合は書記に筆記させ、公証人が単独で赴くときは公証人自らが筆記します。金融機関の担当者の協力が得られれば、メモ取りをお願いする場合もあります。

6 公正証書作成作業(帰庁後の内業) 帰庁後、作業において使用した確認メモ、蔵置品の書き出しメモ及びデジタルカメラの映像を参考にして、公正証書案文を作成します。 案文作成完了後、金融機関の担当者(代理人)に来所を求め、内容確認後、署名押印させ、完了します。 なお、蔵置品が多数ある場合には、一覧表を作成し、別紙として添付する方法もあります。

7 手数料の計算 手数料の計算に当たっては、事実実験当日に要した時間、内業に要した時間を合算して計算します。そのほか日当旅費が加算されます。貸金庫自体の移設、移転のような場合は、事前の打合せが重要であり、当該施設に出向いての打合せ、事前リハーサル等を行った場合は、その所要時間について、嘱託人に説明の上、旅費日当も含め、積算する取扱いで差し支えないものと思います。 (参考) 複数の貸金庫を開扉する場合、開扉した貸金庫ごとに1通ずつ公正証書を作成するか、空の金庫のみまとめて1通作成し内容物のある金庫については金庫ごとに1通作成するかについては、金融機関の意向に従うこととし、手数料は各通ごとに所要時間を計算して算出する。(2006.3.16日公連速報) 金庫の開扉について、金庫の数だけの日当を徴収することはできず、1回の出張に1日当のみ徴収できる。(2006.3.16日公連速報)

8 参考文例の説明 文例1は、1の①の例。 文例2は、1の②の施設内の施設の例であり、貸金庫ごとに作成せず、一括して作成したものです。

(文例1 蔵置品のない例) 平成○○年第     号 貸金庫の開披点検に関する事実実験公正証書 本職は、嘱託人株式会社〇○○銀行の以下の嘱託に基づき、同銀行〇○支店に設備してある貸金庫の開披及び蔵置品の点検、処理等に関し、その現場に立会い目撃した事実を録取してこの証書を作成する。 嘱 託 の 趣 旨 嘱託人株式会社〇○○銀行は、貸金庫使用者株式会社〇○○○に対し同銀行の「自動貸金庫規定」に基づき同銀行〇○支店に設備の貸金庫(貸金庫番号・第××××××号)を、平成〇○年〇月〇日から使用させてきたが、使用者は、平成〇○年〇月から約定の使用料を支払わず、かつ、前記「自動貸金庫規定」による貸金庫の明渡し蔵置品の引き取り手続きを執らずにいるため銀行営業事務の運営に支障、損害を生ずるおそれがある。ついては、嘱託人銀行は前記使用者の貸金庫を開披し蔵置品を点検のうえ一定の場所に格納する処置を実行したいので、本公証人に対し、その現場に立会い、目撃した事実を録取した公正証書の作成を嘱託するというにある。 以上の趣旨の嘱託にあたり嘱託人は「自動貸金庫規定」、「貸金庫取引印鑑届」、「貸金庫手数料ご入金のお願い」と題する書面を提出したからその写を本公正証書(*提出資料を原本にのみ添付する場合は、「原本」と記載する。)の末尾に添付する。 本公証人は平成〇○年〇月〇○日午後〇時〇○分から同〇時〇○分までの間、○○県〇○市〇○町〇丁目〇番〇号所在の嘱託人銀行の貸金庫所在場所である〇○支店に赴き同支店お客さまサービス課長〇○○○が以下に記載の処置を実行するのを目撃した。 なお、上記の処置の実行に当たっては、同銀行〇○支店お客様サービス課〇○○○が終始立ち会った。 記 1 前記○○○○は、銀行保管の副鍵を使用するにあたり、これを封緘した封袋を本公証人に提示し、その封印状況に異状のないことを告げ、本公証人もこれを認めた。 2 前記○○○○は、上記封袋を開き使用者の副鍵を取出し、これを使用して使用者の貸金庫を開披し、その蔵置品を点検したところ蔵置品はなかった。 以 上
(文例2 貸金庫の移設) 平成○○年第    号 貸金庫の移設に関する事実実験公正証書 本職は、嘱託人〇○○銀行株式会社の以下の嘱託に基づき、同銀行〇○支店3階金庫室に設備してある旧貸金庫を開扉し、格納品の内容及び破損のおそれの有無等を点検し、そのおそれのある場合には、梱包などの必要な取扱いをした上、当該格納品を同行専用の封緘袋に入れて封緘、搬送し、同支店内2階金庫室の新貸金庫に移設格納することに関し、その現場に立会い目撃した事実を録取してこの証書を作成する。 嘱 託 の 趣 旨 第1 本件嘱託の趣旨は、次のとおりである。 嘱託人〇○○銀行株式会社は、同銀行〇○支店(〇○県〇○市〇○町〇丁目〇番〇号所在)3階金庫室に設備してある貸金庫(以下「旧貸金庫」という。)の老朽化に伴い新たに貸金庫(以下「新貸金庫」という。)を設置したことから、貸金庫使用者のうち、未手続の下記貸金庫使用者について、貸金庫使用者の格納品を旧貸金庫から新貸金庫に移し替える必要があるため、平成〇○年〇月〇日、同銀行自動貸金庫規定(別添1)第11条及び第12条に基づき、旧貸金庫を開扉し、格納品の内容及び破損のおそれの有無等を点検し、そのおそれのある場合には、梱包などの必要な取扱いをした上、当該格納品を同行金庫室の新貸金庫に移設格納用の封緘袋に入れて封緘、封印して搬送し、同支店内2階金庫室の新貸金庫に移し替える措置をするので、その現場に立会い、下記事項について目撃した事実を録取した公正証書を作成することを嘱託する。 なお、嘱託人は、貸金庫規定写し、予め貸金庫契約者に対して通知した「貸金庫ご利用のお客様へ」(別添2)、「貸金庫移設お手続きのお願い」(別添3)及び下記使用者からの「貸金庫使用申込書ならびに印鑑」と題する書面(別添4-1ないし別添4-3)を本公証人に提示した。 記 1 対象貸金庫番号及び使用者の氏名 第一種B列第××××号  〇○○○ 第一種B列第△△△△号  〇○○○ 第一種C列第□□□□号  〇○○○ 2 嘱託事項 前記1の⑴ないし⑶の貸金庫に対する下記措置について、現場に立ち会い、目撃した事実の録取。 (1)  旧貸金庫と旧貸金庫副鍵袋の封緘に異常のないことの確認及び旧貸金庫と「貸金庫使用申込書ならびに印鑑、貸金庫副鍵袋の照合 (2)  旧貸金庫副鍵袋を開封し、同鍵を利用し、旧貸金庫を開扉し、格納品の内容及び破損のおそれの有無等の点検 (3)  破損のおそれのある場合には、梱包などの必要な取扱いをした上、当該格納品を同行専用の封緘袋に入れて封緘 (4)  封緘した旧貸金庫格納品を搬送し、新金庫への移設格納 第2 本公証人は、平成〇○年〇月〇日午後〇時〇○分から同〇時〇○分までの間、○○県〇○市〇○町〇丁目〇番〇号所在の嘱託人銀行の貸金庫所在場所である〇○支店に赴き、同支店次長 〇○○○、同支店課長 〇○○○が、以下に記載の処置を実行するのを目撃した。なお、本事実実験に当たり、本公証人とともに嘱託人〇○○銀行株式会社〇○○○及び〇○○○が全過程に立ち会った。 記 (第一種B列第××××号〇○○○の貸金庫に関して目撃した事実。) 1 平成〇○年〇月〇日午後〇時〇分、○○支店3階旧貸金庫室において対象の第一種B列第××××号〇○○○の旧貸金庫が金庫業者によって所定場所から取り出され、未開錠のまま2階応接室卓上に搬出されるのを目撃した(なお、同時に第一種B列第△△△△号、第一種C列第□□□□号も搬出された。)。 旧金庫について、その番号を「貸金庫使用申込書ならびに印鑑」と題する書面で確認し、使用者〇○○○の旧貸金庫であることを確認した。 2 前記○○○○は、銀行保管の副鍵を使用するにあたり、これを封緘した封袋を本公証人に提示し、その封印状況に異状のないことを告げ、本公証人もこれを認めた。 3 前記○○○○は、前記封袋を開き使用者の副鍵を取り出し、それを使用して使用者の貸金庫を開扉し、その格納品を点検したところ、別紙1格納品目録記載の格納品があった。 4 前記○○○○及び〇○○○は、別紙1格納品目録記載の格納品を同銀行の封緘袋に入れて封緘し、封緘部分の上下5か所に同人の印鑑で割印を押し、当職も上下5か所に同じく職印で割印を押した。 5 搬出格納 前記○○○○は、前記格納品を封緘した同銀行の封緘袋を同支店内2階金庫室に搬送し、新貸金庫に移し替え格納した(終了時刻 同日午後〇時〇○分)。 (第一種B列第△△△△号〇○○○の貸金庫に関して目撃した事実。) 1 平成〇○年〇月〇日午後〇時〇○分、○○支店3階旧貸金庫室において対象の第一種B列第△△△△号〇○○○の旧貸金庫が金庫業者によって所定場所から取り出され、未開錠のまま2階応接室卓上に搬出されるのを目撃した(なお、同時に第一種B列第××××号、第一種C列第□□□□号も搬出された。)。 同日午後〇時〇○分、旧金庫について、その番号を「貸金庫使用申込書ならびに印鑑」と題する書面で確認し、使用者〇○○○の旧貸金庫であることを確認した。 2 前記○○○○は、銀行保管の副鍵を使用するにあたり、これを封緘した封袋を本公証人に提示し、その封印状況に異状のないことを告げ、本公証人もこれを認めた。 3 前記○○○○は、前記封袋を開き使用者の副鍵を取り出し、それを使用して使用者の貸金庫を開扉し、その格納品を点検したところ、格納品はなかった。 (終了時刻 同日午後〇時〇○分) (第一種C列第□□□□号〇○○○の貸金庫に関して目撃した事実。) 1 平成〇○年〇月〇日午後〇時〇〇分、○○支店3階旧貸金庫室において対象の第一種C列第□□□□号〇○○○の旧貸金庫が金庫業者によって所定場所から取り出され、未開錠のまま2階応接室卓上に搬出されるのを目撃した(なお、同時に第一種B列第××××号、第一種B列第△△△△号も搬出された。)。 同日午後〇時〇○分、旧金庫について、その番号を「貸金庫使用申込書ならびに印鑑」と題する書面で確認し、使用者〇○○○の旧貸金庫であることを確認した。 2 前記○○○○は、銀行保管の副鍵を使用するにあたり、これを封緘した封袋を本公証人に提示し、その封印状況に異状のないことを告げ、本公証人もこれを認めた。 3 前記○○○○は、前記封袋を開き使用者の副鍵を取り出し、それを使用して使用者の貸金庫を開扉し、その格納品を点検したところ、別紙2格納品目録記載の格納品があった。 4 前記○○○○及び〇○○○は、別紙2格納品目録記載の格納品を同銀行の封緘袋に入れて封緘し、封緘部分の上下5か所に同人の印鑑で割印を押し、当職も上下5か所に同じく職印で割印を押した。 5 搬出格納 前記○○○○は、前記格納品を封緘した同銀行の封緘袋を同支店内2階金庫室に搬送し、新貸金庫に移し替え格納した(終了時刻 同日午後〇時〇○分)。 以 上 (橘田 博)

No.14 発起人が外国人である場合の定款認証について

はじめに 外国人が発起人となって会社を設立する場合の定款認証については、当該外国人が外国に在住している場合と、国内に在住している場合に区別して考え、更に、本人申請か、代理申請か、代理申請であれば、作成代理によるか、認証代理によるか、そして申請方法は、電子定款で申請するか、紙定款で申請するのかによっても異なる。 それぞれの場合に区分して留意すべき事項を考えておく必要があるが、公証役場に対して申請する行為それ自体は、発起人が日本人であるか否かで異なる点はなく、問題なのは申請行為に至るまでに準備しなければならない資料等に関してのことであるから、この点を中心に、(1)発起人が外国に在住し、国内に在住している司法書士等(以下、単に「司法書士」という。)に定款作成を委任する例として、作成代理(電子申請と紙で申請)をとりあげ、また、(2)発起人が国内に在住し、司法書士に定款認証を依頼する例として、作成代理(電子申請と紙で申請)及び認証代理をとりあげ、それぞれ手順について説明することとする。なお、嘱託人が外国法人の場合については、必要な範囲内で述べることとする。 因みに、外国人の署名押印については、外国文字による署名で足り、押印は不要である。(外国人の署名押印及び資力証明に関する法律1条)(日公連定款認証実務Q&A 6p参照)また、行為能力は日本法で判断することとされている(日公連定款認証実務Q&A 29p参照)。 <発起人が外国に在住している場合  作成代理> 1 発起人が外国に在住している場合であって、日本に居住している司法書士に、定款認証手続きの一切を委任し、司法書士が代理人となってその手続きを行うとき。 (1)  電子申請による場合 ①司法書士が委任者の意向を受けて、定款の原案を作成し、それを公証役場に送付し、事前に公証人の点検を受ける。いきなり定款認証の手続きにはいると、訂正があった場合、却下となり、再度やりなさなければならず、時間を要するからである。その際、司法書士は、管轄法務局にも、登記申請の際の必要書類等につき疑問があれば確認する。 (注)定款に発起人としての外国人の氏名を記載するとき、定款は、日本の文書であるので、日本文字である漢字、カタカナ、ひらがなにより記載するのが原則である。定款に日本文字以外の文字の使用が認められるのは、実務で認められている商号、目的、住所に限られており、それ以外の箇所では、日本の文字により表記することになる。従って、外国人の氏名は、カタカナ表記となるが、後で訂正することのないよう外国人氏名の名前を正確に聴取し、記載することとなる。なお、韓国、中国、台湾のよう漢字圏にあっては、日本の漢字により記載しても差し支えない。(登記インターネット102 48p) ②司法書士において、「発起人から司法書士に対する委任状」(電子申請用の委任状)を作成(日付、発起人の住所・氏名は空欄) ③定款(①で作成したもの)と委任状(②で作成したもの)を編綴して袋とじ(1部) ④袋とじしたもの(1部)を発起人に送付 その際、次の事項を指示する。 《指示1》 委任状に日付を記載し、委任者欄に外国人発起人が住所を記載して氏名をサインすること(法人の場合は、法人の本店所在地、法人の商号を記載し、代表者がサイン)  併せて適宜の箇所に捨てサイン(捨印にかわるもの)。但し、外国においては、捨てサインの習慣がなく、訂正さえなければ不要なので、無くても差し支えない。 《指示2》 委任状及び定款を袋綴じした貼合せ部分に発起人が割サイン(割印の代わり) (法人の場合は、法人の代表者がサイン) 割サインは、割印にかわるものであるが、外国においては、割サインの習慣がないので、それに代わるものとして、通し番号(○/○)を記載し、全てのページが連続していることがわかるようにしておくことでも差し支えない。 《指示3》 委任状のサインについて、「当職の面前でサインした」旨の当該国の領事等公的機関若しくは当該国の公証人の認証を受ける。又は、当該国の領事、公証人作成にかかるサイン証明書を提出する。 (注1)サイン証明の有効期間については、印鑑登録証明書の有効期間3月と同様に考えるべきであるが、法務局によって若干取扱いが異なるようである。 当該国に印鑑登録制度があれば、署名しそこに印鑑を押印することで差し支えない。その場合は、前述したサインの箇所には、個人、法人の代表者が署名(又は記名)するとともに印鑑を押印させ、印鑑証明書を提出させることとする。印鑑証明書については、当該国の権限ある者の証明であることの公的機関の証明書が添付される必要がある。日本の登記事項証明書が外国で通用するためには、登記官印を法務局長が証明し、その法務局長印を更に外務省で証明しなければならず、それと同様に当該国の公印証明が付されている必要がある。中国は、地域によって、印鑑登録制度があり、その地域の者が発起人となる場合は、氏名、印影、住所、生年月日が記載された書類を公証人が証明する方式が一般的である。韓国は、印鑑登録制度があるが、印鑑証明書には生年月日が記載されていないので、パスポートの写し(本人の相違ない旨の記載と押印)等で補う必要がある。 (注2)法人の場合は、公証人等の証明した「(代表者の)サイン証明書」のほかに、法人の資格証明書(又は認証謄本)が必要である。これは、代表者のサインだけでは、その者が代表権限を有していることが確認できないので、代表権限を有していることを証明する資料として、提出させるものである。この資格証明書については、本店所在国における官公署発行の証明書(登記事項証明書等とそれが権限ある機関から発行されたものであることを証する当該国の権限ある機関の公的証明)、又は本店所在国における公証人等の証明書を提出させる。もっとも、資格証明書に代えて、本店所在国の公証人が当該法人の内容を証明したもの(商号、所在地、代表者の氏名、その者が代表権限を有することの記載が必要)でも差し支えない。サイン証明に代えて、「当該個人が代表者に相違ない」旨の当該国の公証人の面前でなされた宣誓供述書を提出させることでも差し支えない。これには本人のサインが必要である。 この件に関し、外国会社であっても、当該会社の目的が新設会社の目的の一部と重複している必要があり、そのことを判断するためにも外国会社の登記事項証明書を提出させる必要があるのではとの疑問もあるかもしれないが、登記実務ではそこまで要求していない。外国会社は、必ずしも日本と制度が同じとは限らず、仮に目的が記載されていたとしても国が異なれば事業も異なり、目的に関して厳格に考えるまでは必要ないとされているものと思われる。 ⑤書類がそろったら司法書士が電子申請する。電子定款に、司法書士が電子署名する。 ⑥電子申請による定款認証が受理されたら、司法書士(又は、補助者)が認証定款等を受領するために、必要書類(発起人のサイン証明、委任状、司法書士の印鑑登録証明書等)を持参し公証役場に出頭し、手続きをする。 (2)  電子申請によらず、紙定款による場合 紙定款による作成代理の場合であっても、定款作成までの手続き(前述した⑴①~④)については、電子申請で記載した場合と同様である。異なるのは、委任状の記載内容(電子定款では無く、単に作成代理用の委任状)と委任状に添付される定款の末尾の記載(電子申請用の記載ではなく、単に作成代理である旨の記載)になっている点のみである。その後の公証役場への認証手続きについては、前述した⑴⑤⑥の箇所が、電子申請ではないので通常の作成代理の際の手続きとなる。 <発起人が日本に在住している場合  作成代理> 2 日本に居住している発起人が司法書士に、定款認証手続きの一切を委任し、 司法書士が代理人となってその手続きを行うとき (注)発起人が日本人である場合と同様であり、氏名表記を除き異なるところはない。 (1)  電子申請による場合 ①司法書士が委任者の意向を受けて、定款の原案を作成し、それを公証役場に送付し、事前に公証人の点検を受ける。前述したように、電子申請の場合、いきなり定款認証の手続きにはいると、訂正があった場合、却下となり、最初からやり直しとなる。 (注)在日外国人の氏名の記載の仕方については、前述1(1)①注に記載のとおりであるが、在日外国人については、通常、印鑑登録証明書が提出され、そこにカタカナ書きされているので、その記載のとおりに記載することとなる。このカタカナ標記は、外国人住民登録の記載に基づき、プリントアウトされているが、文字数の制限から、通常使用する名前がカットされている例もあり、外国語表記の名前が必ずしも正確に表記されていない場合もあるので、留意する必要がある。但し、印鑑登録証明書に記載のローマ字表記とカタカナ書きが極端に異なっている場合であっても、法務局ではそこに記載されているカタカナ書きどおりであれば問題としない扱いである。もっとも、市役所では、本人からの申出で容易にカタカナ書き部分の訂正を認めている。なお、印鑑登録証明書には、ローマ字のみでカタカナ書きにしていないものも散見されるが、その時は、本人に供述させ、読み名を確認する。場合によっては、戸籍謄本、外国人登録証明書、運転免許証等で日本語読みを確認することが望ましい。韓国、中国、台湾のよう漢字圏にあっては、日本の漢字により記載しても差し支えない。(登記インターネット102 48p) ②司法書士において、「発起人から司法書士に対する委任状」(電子申請用の委任状)を作成(日付、発起人の住所・氏名は空欄) ③定款(①で作成したもの)と委任状(②で作成したもの)を編綴して袋とじ(1部) ④袋とじしたもの(1部)を発起人に手交 その際、次の事項を指示する。 《指示1》 日付を記載し、委任者欄に外国人発起人が住所を記載して署名の上、登録印鑑を押印する。日付、住所、氏名は記名でも差し支えない。 《指示2》 委任状及び定款を袋綴じした貼合せ部分に発起人が割印する。 《指示3》 発起人の印鑑登録証明書(有効期間3月、1通)を提出させる。有効期間3月との取扱いは、従来6月間とされたものを平成17年4月1日から短縮することとしたものである。これは印鑑登録証明書の有効期間が6月では長すぎ、既に失効しているにもかかわらず利用されるおそれがあるところからこのような措置がとられることとなったものである。 《指示4》 外国人が印鑑登録していない場合は、印鑑登録するよう指示し、印鑑登録証明書が提出されてから、前記のような扱いをすることとなる。ただ、印鑑登録証明書が提出できない場合に、委任状にサインし、そのサインの真正を担保させるため、本国の権限ある者(本国の公証人等)のサイン証明を提出させる扱いができるかどうかについては、公証人法第60条(公証人法28Ⅱを準用)により可能である。 ところで、当該発起人が代表取締役に就任し、会社の登記申請をすることになると、随所に「印鑑につき市区町村長の作成した証明書を添付しなければならない。」との定めており(商業登記規則61等)、現実には印鑑登録をしておかなければ、会社設立登記すらできないこととなるので、定款認証手続きについても、印鑑登録証明書を添付させる扱いとすることが無難である。 ⑤書類がそろったら司法書士が電子申請する。電子定款に、司法書士が電子署名する。 ⑥電子申請による定款認証が受理されたら、司法書士(又は、補助者)が認証定款等を受領するために、必要書類を持参し公証役場に出頭し、手続きをする。 (2)  電子申請によらず、紙定款による場合 電子申請によらず、紙定款による場合は、定款作成までの手続き(前述した⑴①~④)については、電子申請で記載した場合と同様である。異なるのは、委任状の記載と委任状に添付する定款末尾の記載が電子申請の際の様式ではなく、単なる作成代理による申請の様式になっていることである。その後の公証役場への認証手続きについては、前述した⑴⑤⑥の箇所が電子申請ではないので通常の作成代理の際の手続きとなる。 <発起人が日本に在住している場合  認証代理> 3 発起人自ら定款を作成し、日本に居住している司法書士に、定款の認証手続 きのみを委任し、司法書士が代理人となってその手続きを行うとき (注)発起人が日本人である場合と同様であり、氏名表記を除き異なるところはない。 ①発起人が定款を作成し、司法書士に定款を手交する。 (注)定款は事実上受任者が作成する例も多いと思われるが、定款に発起人として署名(又は記名)及び押印しているときは、司法書士の代理行為は、認証代理である。 ②発起人が委任状(認証手続きを委任する旨記載)を司法書士に手交する。 (注1)委任状の委任者欄に発起人が住所を記載し、署名の上、登録印鑑を押印する。日付、住所、氏名は記名でも差し支えない。あわせて適宜の箇所に捨印しておく。 (注2)印鑑登録証明書の有効期間については、前記2⑴④指示3に記載のとおりである。 (注3)外国人が印鑑登録していない場合は、前記2⑴④指示4に記載のとおりである。 ③書類がそろったら司法書士が発起人の印鑑登録証明書、定款及び委任状のほかに、司法書士個人の印鑑登録証明書(又は運転免許証等)を提出して認証の手続きをする。 (小林 健二)

No.15 公証業務の広報活動について

公証業務の広報活動については、毎年の公証週間における全国的な取組や各地域の実情に応じた日頃からの取組が公証誌で報告され、各公証役場では、それらを参考にして様々な広報活動が行われています。 当公証役場では、特に、関係機関との連携・協力に重点を置いて広報活動を行っており、関係機関が嘱託人と公証役場との橋渡し的役割を果たすなどにより、公証業務の需要喚起に繋がっていることから、参考までにその取組状況を以下に紹介いたします。

Ⅰ 行政機関 1 市役所 (1)  いわき市役所の市民課及び相談窓口用として、「遺言公正書作成のための準備について」というペーパー(A4・1枚)と「公証役場所在地図」をCDに入れて配布し、相談対応に活用していただくとともに、必要に応じて公証役場を紹介してもらっている。 (2)  生涯学習課を通じて市内の各公民館(37か所)に対し、各公民館が企画する市民講座、高齢者学級、寿教室、いきいきミセス教室などの講師派遣について案内し、「老後を安心に!」というテーマで遺言、成年後見等に関する講演を行っている(時間は、90分~120分)。その際に、各種パンフレットを配布するとともに民事法務協会作成の任意後見啓発DVDを活用している。 (3)  長寿介護課主催の「権利擁護講演会」においては、市民及び高齢者支援に関わる担当者などを対象として成年後見制度について講演し、「いわき市シルバーにこにこ学園」においては、高齢者を対象として遺産相続等について講演している。 (4)  いわき市が平成26年9月に新たに設置した「権利擁護・成年後見センター」(保健福祉課所管)の依頼により、任意後見に関する資料提供及び相談に応じている。 (5)  いわき市が民間業者に委託して市民課窓口に設置している呼出番号表示システムにおける広報用スライドショーに当役場も広告している(有料、15秒、1時間に10回程度)。

Ⅱ 社会福祉機関 1 社会福祉協議会 (1)  いわき市社会福祉協議会と民生・児童委員合同研修会において、福祉推進委員及び民生・児童委員を対象に遺言及び成年後見制度について講演している。 (2)  社会福祉協議会が推進する「心配ごと相談事業」における心配ごと相談員の資質向上のための連絡会又はいわき市内の地区協議会の「ボランティア講座」において、「老後を安心に!」というテーマで遺言、成年後見等に関する講演を行っている。 2 地域包括支援センター いわき市地域包括支援センター事務局又は市内の各地域包括支援センターからの依頼により、各種資料提供及び相談に応じている。

Ⅲ 士業関係 1 司法書士 (1)  福島県司法書士会いわき支部の研修会において、「公証業務について」と題し、公証業務の遂行状況や嘱託の傾向について説明するとともに、最近の情報提供及び意見交換を行っている。 (2)  福島県司法書士会における毎年2月の相続登記推進キャンペーンの一環として県内地方紙(2紙)に遺言公正証書についても記事を掲載していただいている。特に、本年1月末の紙面においては、同会会長と当職とが対談の形式で相続登記と遺言公正証書についてそれぞれの役割等を述べ、遺言公正証については、これまで以上の割合で紙面を占めたことから、その後の相談や証書作成の嘱託が顕著に増加した。 2 行政書士 (1)  毎年、福島県行政書士会いわき支部が主催している「市民なんでも相談所」において遺言、任意後見等について講演するとともに、その後の相談会にも対応している。 (2)  福島県行政書士会いわき支部の研修会の講師として、定期的にテーマ別に講演するとともに、具体的事例を参考に質疑応答も行っている。 (3)  成年後見制度については、平成22年に通年にわたり研修会が開催され、その講師を務めた。

Ⅳ マスコミ関係 1 地方紙 (1)  いわき市で発行されている(約12万世帯が購読)夕刊紙「いわき民報」において定期的に公証業務について広告している。 (2)  いわき民報社からの依頼により、同社が毎月発行しているフリーペーパーのコラム欄において30回にわたり公証業務について連載し、終了後、それを「あんしん生活」という冊子にした上、いわき市内の公民館等の関係機関に配布し、窓口や相談コーナーに備え付けてもらっている。 2 NHK NHK文化センターいわき教室が開催している講座(年2回)において、「公証人が教える老後の安心」というテーマで遺言、成年後見等について講演している。

Ⅴ その他 特定非営利活動法人そよ風ネットいわき(高齢者や障がい者を支援する団体)が主催する「権利擁護サポーター養成講座」におけるカリキュラムである公証役場の役割、成年後見の法律知識、遺言公正証書等に関する講師の派遣依頼に応じている。 (本間 透)

No.16 相続登記が未了のまま相続人を当事者として、事業用定期借地権契約が可能か(質問箱より)

【質 問】 相続登記が未了のまま(相続登記をするつもりがない。)相続人を当事者として、事業用定期借地権契約が可能か? 所有権の帰属が未定のままでは、敷金の返還等で問題が発生する可能性があり、消極と考えていますが、相続人は、同族会社と賃貸借契約を結んだうえで、その同族会社が当事者となって、事業用定期借地権を設定することを考えているようです。 どのように考えるべきか悩んでおります。よろしくお願いします。 【質問箱委員会回答】 「相続人は、同族会社と賃貸借契約を結んだうえで、その同族会社が当事者となって、事業用定期借地権を設定することを考えている。」とのことですから、公正証書として作成する事業用定期借地権設定契約は、同族会社と第三者との間で締結し、その前提として同族会社にその権限を付与するために、相続人と同族会社の間で、賃貸借契約を締結することが想定されています。 同族会社が事業用定期借地権設定契約の当事者となるには、当該土地に関しその権限を有している必要がありますが、その前提として、相続人と同族会社との間で、当該土地に関して賃貸借契約を締結することによって、同族会社が第三者との間で事業用定期借地権設定契約ができるようにすることは、一般的に採られる方法です。 ところで、当該土地の登記名義は被相続人のままとなっており、相続登記は、未了のままということですが、登記は、対抗要件に過ぎず、相続登記が未了であっても、当該土地の所有権は、相続開始と同時に、相続人に帰属しているので(民896、民898)、相続人が契約の当事者となることに何ら問題はありません。この問題は、契約途中で地主が死亡し、相続が発生すると、契約当事者としての地位を法定相続人全員が相続することになりますが、その場合の法律関係と何ら変わりがありません。 ただ、同族会社との契約にあたって、相続人が一人の場合(当初から相続人が一人の場合、あるいは遺産分割協議が終わり特定の者が当該不動産を取得している場合で、登記は未了)は、賃貸借契約の締結はシンプルですが、相続人が複数の場合(相続人が複数で遺産分割協議が行われていない場合で、共同相続登記は未了)は、共同相続人全員が賃貸借契約の当事者になる例と、共同相続人全員から委託等を受けた相続人の代表者又は第三者がなる例が考えられ、それぞれに応じて契約が締結されることとなります。 そして、公証人としては、同族会社が当該土地について、事業用定期借地権設定契約締結の権限を有していることを確認する必要があり、少なくとも当該土地に関する「相続人(又は委託を受けた代表者等)と同族会社との間の賃貸借契約書(写し)」を提出させる必要はあると思いますが、後々のことを考えると、戸籍により相続人を特定し、その相続人全員が前述の賃貸借契約に同意していることを確認しておくことが望ましいと考えます。 なお、相続登記は、いずれはしなければならず、遅れると手続きが複雑になるので、早期にしておく必要がある旨、嘱託人に説明しておくべきでしょう。

No.17 離婚の財産分与の記載方法(質問箱より)

 【質 問】 甲乙間の離婚の財産分与の記載方法に関してです。 1 事例 自宅不動産の土地建物を甲が5分の3、乙が5分の2で共有し、甲及び乙はA銀行の住宅ローンの連帯債務者になっています。 住宅ローンは甲の口座からの引落し(月額9万円)となっています。乙の債務引受、履行引受は銀行が認めていません。 2 記載内容 ①自宅不動産には乙と子供丙丁が引き続き居住する予定で、ローン完済後は、自宅の所有権を乙に移転し、登記する。 ②A銀行の住宅ローン債務については、甲が支払うものとする。 ③乙は、②の債務の弁済資金の一部として、月額7万円を甲の口座に振り込んで支払う。 3 ご教示いただきたい事項 ①日公連の記載例45頁では、乙による「履行引受」の場合が記載されているのですが、このように履行引受せずに乙が甲に弁済資金の提供だけするということは可能でしょうか?当事者の要望としてはあり得ることと思われます。 ②この場合、実質は、ローン資金の提供なのですが、強制執行認諾条項を付しても差し支えないでしょうか? 【質問箱委員会回答】 「甲及び乙はA銀行の住宅ローンの連帯債務者」ということは、甲乙ともに月額9万円を支払う債務を負っており、銀行としては、どちらに請求してもよいが、現在のところ、9万円全額を甲に請求することとし、甲の口座からその額を引落としている状況にあり、甲の支払いが滞ると乙へ請求することもあり得るということになるものと思われ、これを前提に、お尋ねの件について検討すると、以下のようなことが考えられるものと思われます。 ①について 「履行引受でなく、乙が甲に弁済資金の提供だけするということ」は、乙としては、甲が滞りなく住宅ローンを返済できるように(甲の口座には、引き落とし時に常に9万円以上の額が残存している必要あり)、甲の口座に月額7万円を振り込んで援助することですが、その方法として、乙が甲に、贈与するか、財産分与するか、金銭消費貸借するか、3つの方法が考えられます。いずれの方法も可能であり、記載例に従って、公正証書として作成することは、問題なく、どの方法を採用したとしても、甲が7万円を受領する権利があり、乙は毎月7万円を甲の口座に振り込んで支払う責務を負う内容となります。但し、乙としては、提供した7万円が確実に住宅ローンの返済に使用される必要がありますので、そのことを条件とする旨記載する必要があり、また、住宅ローンの返済に確実に使用されれば当該資金提供は目的を達したことになるものの、使用されていないことが明らかになった場合は、その対処方策を盛り込んでおく必要があると思われます。 その方法ですが、贈与あるいは財産分与によることとした場合は、7万円が住宅ローンの返済に使用されたときは目的を達したこととなりますので、特段の問題は生じないのですが、使用されなかったことが明らかになった場合は、それ以後の契約解除と使用されなかった金額(甲の住宅ローンの返済が滞ると、金融機関から甲及び乙に速やかに、督促されると思われるので、乙が甲の支払い滞納の事実を長期間にわたって知らずに7万円を振込続けることは想定し辛く、乙の被害金額は多額にはならないと思われる。)の返還を記載しておく必要があると思われます。 金銭消費貸借によることとした場合は、貸したお金の返還をどのようにするか記載する必要がありますが、元々毎月7万円の日払いは、住宅ローン完済後は、返済を要しないお金として提供するのであれば、金銭消費貸借という方法ではなく、前記贈与か財産分与によることが相当と思われます。 ②について ①を前提にすると、贈与、財産分与としては、いずれの契約も、甲は、毎月7万円を受領する権利があり、乙は、毎月7万円を支払う責務(甲が金融機関への弁済に充当したことを条件)があることを内容とするものですから、乙がその支払いを怠ったとき、強制執行認諾条項を付した公正証書(執行文は条件付成就)を作成することは可能と思われます。乙が強制執行できる内容の公正証書にしたいのであれば、甲が住宅ローンの返済への充当を怠ったことを条件として契約解除ができ、それまで支払った金銭のうち住宅ローン返済に充てられていない額(7万円×未充当月数で金額を特定)を返還請求できるとし、返還されなければ強制執行できるという条項を盛り込むことも可能と思われます。 しかしながら、以上のような公正証書を作成する例は、あまりありません。なぜならば、本件のような例で、甲の方から、7万円の支払いを負担しなければならない乙の支払能力を疑問視して公正証書を作成しておきたいとすることはほとんどないと思われます(例としては、極僅かである。)。逆に、7万円を提供する乙としては、提供した7万円が確実に金融機関に支払われるかどうか不安があり、そのために、乙の提供した7万円が確実に住宅ローン返済に充てられることを内容とする公正証書を作成しておきたいと思っても、作成される公正証書は、前述したように乙に支払い義務を課すことがメインとなる内容で、確実な支払いは条件として記載される程度であり、わざわざ費用をかけて前記したような公正証書を作成しても、乙の本意とは異なったものとなってしまい、また、僅かではあるが、支払いに充てられなかった金銭を甲から取り戻せるかというと、甲としては、経済的に余裕がないから支払いを滞納しているので、乙からの請求には、無い袖はふれないということになるものと思われ、つまるところ、前記の例の公正証書の作成は、精神的な負担を強いる程度で、それ以上の効果はないものと思われるので、乙からも公正証書の作成方の要望は、出されないものと思われます。 そうであるならば、離婚給付契約公正証書のなかに、甲が支払いを履行する義務がある旨を明確に記載しておくことで足りるものと思われます。 金融機関は、履行引受を認めないとのことですが、乙が甲の口座に漫然と振り込むのは危険であり、乙としては、金融機関の甲の口座の残額がいくらあるのかを常に確認できるようにしておくとともに、金融機関が引き落とす直前に振込する等、少なくとも金7万円は確実に金融機関に届く方法を講じておく必要があります。

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民事法情報研究会だよりNo.12(平成27年6月)

入梅の候、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。 さて、過日ご案内いたしました本月20日開催の定時会員総会では、役員の任期満了に伴う改選が行われます。法人設立以後2年が経ちましたが、なお事業目的に沿った活動の充実を図るべく模索中であり、先般開催された通常理事会において、今回は役員を全員重任させる提案をすることとしたところです。 また、今後も引き続きセミナーの年2回開催を維持し、時宜にあった研究テーマを採りあげるとともに、その際の懇親会を会員が親しく交流する機会としていきたいと考えております。(NN)

いまは昔(副会長 樋口忠美) 1 平成の時代になってすでに27年、四半世紀を超え、平成生まれの人が世の中で大勢活躍する時代となり、明治時代、大正時代、昭和時代と肩を並べる「平成」という一つの時代を形づくってきております。私が人生の大半を過ごしてきた「昭和」という時代は遥か彼方の遠くに行ってしまい、懐かしいと思っても見ることができるのは懐メロか古い映画の世界となってしまいました。 ところで、この「昭和」というような元号を使用するという制度は、今では世界でも珍しい制度だと言われており、若い人などは西暦表示のほうが分かりやすいという人もいます。しかし、歴史小説や時代小説が好きな私にとっては、昭和にかぎらず明治、大正もその元号を聞いただけでその時代の特徴や背景が浮かんできますので、大変便利でいい制度だと思っていますが、会員の皆様は如何でしょうか。 2 私は、民事局が所管する強制執行法の改正法案(民事執行法案)を国会に提出する手伝いをするということで出向した内閣法制局で、この元号を定める方法についての法律案ができるまでの作業を垣間見る機会がありました。 昭和53年1月ころ、内閣法制局では民事執行法案を国会に提出するための事前審査が始まり、国会提出の期限もあることから土・日もなく連日連夜の深夜勤務といった今では考えられないようなハードな勤務の中で、喧々諤々の議論がされていました。 ところがその傍らの隣のテーブルでは、静かに、そしてひっそりと事前審査が続けられている法案がありました。それが昭和天皇が崩御された後、小渕官房長官がテレビで掲げて見せた「平成」という元号を定めることができるようにした「元号法案」です。「昭和」までの元号は皇室典範により定められていましたが、憲法改正の際にその根拠が削除されてしまい、「昭和」が終わったときには元号をどうするのかという議論が起きていました。ただ「昭和が終わったとき」ということは、昭和天皇が崩御されるということであり、あまり大きな声で議論できることではありません。とはいっても、国の大きな制度であり、そのときがくるまで放置しておくということができるものでもないので、慎重の上にも慎重に検討をして結論を出す必要があり、さらには国会でも十分に時間をかけて審議する必要があるものですから、ひっそりと、しかしながら十分に時間をかけて元号の制度や必要性、諸外国の制度や歴史、元号の定め方、国民への周知方法などについて慎重に事前審査が行われているのを横目で見ていました。法案自体は元号の定め方を定めるだけのもの(「元号は、政令で定める。」)で極めてシンプルであり、法案本文は2項目、文字数にしてわずか29文字、そのほかに附則が2項目です。 3 昭和54年4月に民事局に戻していただき、香川民事局長の下で法規係長(国会担当)を命ぜられ、毎日を忙しく過ごしておりましたところ、内閣法制局で横目で見ていた「元号法案」が国会に提出されたのです。この法案自体は、民事局と直接的に関係があるものではありませんが、国の業務の中で最も多く元号を使用しているのは民事局が所管する登記、戸籍の業務であるということで、元号法案に反対する野党は、登記、戸籍業務で元号を使用することを止めさせ、「西暦を使用する」という答弁があれば元号法案は不要ということにもなると考えたのか、民事局長をほとんど毎日国会に呼び出し、同じような質問を繰り返し行いました。香川民事局長は、「国民が元号を使用するか否かは国民自身が決めることであるが、登記、戸籍の業務は国の業務であり、国が管理する帳簿には国が定めた元号で記載する」と一貫して答弁されていました。この法案が提出された当時の国会情勢は、与党が多数で法案は採決すればすぐにでも成立するというような状況であったものの、元号法案は天皇陛下にかかわるものということもあってか、強行採決はしないという方針があったようで、野党が質問することがなくなった時点で採決されて成立し、昭和54年6月12日公布されました。多分、こんなに短い条文をこんなに長い時間かけて審議した例はほかになく、この法律の1文字当たりの国会審議時間の記録は歴代1位だろうと思います。 4 昭和天皇が崩御されたのは、この法律が制定されて10年近く経った昭和64年1月7日で、そのころは長崎局で会計課長をしていました。テレビなどで昭和天皇の容態の悪化が連日報道されていましたので、会計課長としては「昭和」が終わったときの準備(例えば、登記事務などの処理に必要な新年号のゴム印、印判などの発注)もしておく必要があり、業者を呼んで「当局は離島が多く発送しても到着まで時間がかかるので、新しい年号が発表されたら最優先で納入してもらいたい。」というような依頼をしたことを思い出します。 そして、昭和天皇崩御の報道があり、その後小渕官房長官が掲げた「平成」と書いたボードをテレビで見たときに、太平洋戦争、満州からの引揚げ、貧しい戦後、東京オリンピック、右肩上がりの経済成長とバブルの崩壊のきざしなどがあった激動の昭和が終わったことを実感し、涙が止まりませんでした。

 

実 務 の 広 場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

 No.11 東京電力株式会社の財物補償における公正証書の作成

平成23年3月11日に発生した東日本大震災による東京電力福島第一原子力発電所における事故(以下「原発事故」という。)に伴う損害賠償については、精神的、物的その他様々な面での補償がなされています。 それらの一環として、相続登記未了の土地・建物(以下「対象物件」という。)について、公正証書を作成することにより、速やかな損害賠償を図ること(以下「本件損害賠償」という。)については、日本公証人連合会から参考文例等(別紙資料参照)が通知されているところ、この公正証書作成の依頼が多く見込まれる福島県公証人会として、実務上の取扱いの統一を図るとともに、東京電力株式会社(以下「東電」という。)の本社担当者及び現地事務所担当者との協議に基づき、県内の各公証役場で公正証書の作成に当たっております。 いまだに原発事故による帰還困難及び自主避難の住民約11,000人が県内外(47都道府県に及ぶ。)に避難しており、今後、原発事故の収束作業の進捗状況や放射線の除染状況により、将来を見極めた上、福島県内のみならず避難先の他県においても、この公正証書作成に関する相談等が見込まれます。 そこで、相続登記未了の土地・建物に係る「損害賠償金支払契約公正証書」(以下「本件公正証書」という。)の相談等に資するため、改めてその手続等について、以下に述べます。

Ⅰ 本件損害賠償における対象物件等 1 対象物件 原発事故に伴う避難指示区域内において、その事故により損害を受けた土地・建物のうち、事故前に相続で取得したが、相続登記を行っていなかったもの。 2 損害賠償 避難指示期間における対象物件の財産的価値が喪失又は減少することに対する賠償金の支払い。 3 請求者 対象物件の相続人らの一人が、他の相続人からの同意書で損害賠償請求権を有していることを明らかにすることができないにもかかわらず、条件を付して損害賠償請求をする。

Ⅱ 東電における手続 1 本件損害賠償に関する説明 原発事故に伴う損害賠償の相談において、その一環として本件損害賠償があることを説明し、これを希望するかどうか確認する。 2 請求者等の確認 対象物件の相続人全員を戸籍謄本等により確認し、請求者がその相続人の一人で、他の相続人から損害賠償の請求がなく、相続人間で争いのおそれがないことを確認し、これに反する場合は、支払われた賠償金の全額を東電に返還することについて請求者の理解を得る。 本件損害賠償に係る契約書は、公正証書で作成し、上記返還に応じない場合は、強制執行に応ずる旨を確認する。 以上について東電と請求者間で確認書を取り交わす。 3 覚書の締結 本件損害賠償の賠償金額が確定した後、東電と請求者間で以下の内容の覚書(契約書案を添付)を締結する。 (1)賠償金の支払いに関し、契約書を公正証書により作成し、強制執行認諾文言を付すこと。 (2)公正証書が作成された後、同証書に定めた支払期日に賠償金を支払うこと。 (3)公正証書作成のため、相互に必要な措置をとること。

Ⅲ 本件公正証書の作成 1 事前相談 東電担当者から本件公正証書作成について事前の相談を受け、必要書類 等について確認の上、上記覚書の写しと共に事前に提出させる。 2 必要書類 (1)対象物件に関するもの 登記事項証明書、未登記の場合は、固定資産評価証明書 (2)請求者に関するもの ① 対象物件の被相続人の出生から死亡までの連続した戸籍謄本 ② 対象物件の相続人である請求者を含めた相続人全員の確定に必要な戸籍謄本 ③ 印鑑登録証明書 (3)東電に関するもの ① 東電の登記事項証明書及び代表者の印鑑証明書 ② 上記代表者から本件公正証書作成の代理人(東電社員)に対する委任状 ③ 代理人の運転免許証及び東電社員証(顔写真付)の写し 3 証書作成 (1)請求者への説明 公正証書の読み聞かせに当たり、請求者に対し、改めて場合によっては賠償金の返還義務が生じ、これに応じない場合は、強制執行がなされることを説明するとともに、請求者がこのことを納得の上、公正証書を作成することを確認する。 (2)本旨外要件の記載 ① 請求者の住所 請求者のほとんどは、住所を移転しているにもかかわらず、住民票はそのままにして避難先に居住しており、必要に応じて「居住証明書」又は「届出避難場所証明書」が発行される。 強制執行のための特別送達を考慮して、印鑑登録証明書上の住所と上記証明書上の居住地を併記することも考えられるが、請求者が併記を希望しない限り、印鑑登録証明書上の住所の記載で足りるものとした。 ② 東電代表者の住所等 法人代表者が自社社員を代理人として公正証書を作成する場合の取扱いにより、東電代表者の住所及び生年月日については、記載を要しな いものとした。 ③ 代理人の住所 東電社員である代理人の住所は、東電社員証により社員であることを確認の上、東電の本店所在地と同所として記載することとした。

(別紙) 平成○○年第○○号 損害賠償金支払等契約公正証書 本職は、当事者の嘱託により、以下の法律行為に関する陳述の趣旨を録取し、この証書を作成する。 第1条 ○○○○(以下「甲」という。)と東京電力株式会社(以下「乙」という。)は、平成23年3月11日に発生した、福島第一原子力発電所及び福島第二原子力発電所の事故による、末尾記載の物件(以下「本件物件」という。)にかかる避難指示期間中の財物的価値の喪失又は減少による損害に対する賠償金 (以下「本件賠償金」という。)の支払に関し、次条以下のとおり合意する。 第2条 甲は、乙に対し、甲以外に乙に対して本件賠償金の支払いを請求する者はいないことを確約する。 2.本公正証書締結後に、甲以外の者が乙に対して、本件賠償金請求権の全部又は一部が甲ではなく自らに帰属することを理由として異議を申し立てた場合、甲の責任においてその異議に対応し、乙はこれに一切関与しない。 第3条 乙は、甲に対し、本件賠償金として、金○○○○○○○円を平成○○年○月○日までに甲の指定する金融機関の口座に振り込む方法により支払う。振り込み手数料は、乙の負担とする。 第4条 第2条の定めにもかかわらず、乙が前条の支払をする前に、甲以外の者が乙に対して、第2条第2項に定める異議を申し立てた場合には、 乙は、当該異議申立がなされた日から起算して1ヶ月を限度として、前条の支払を留保することができる。 その場合、甲は、乙に対し、前条の金員について当該留保期間中に発生する遅延損害金の支払義務を免除する。 2.第3条の支払期日(第4条第1項により支払が留保された場合は、その留保期間)が経過するまでの間に、 甲以外の者が乙に対して、本件賠償金請求権の全部又は一部が甲ではなく自らに帰属することを理由として、その支払に関する訴えの提起、調停等の申立、その他の書面による請求行為(請求の根拠を明示し、具体的金員の支払いを求めるものに限る。)をした場合であって、乙が甲に対して当該請求行為があった旨を通知したときは、第1条及び第3条に基づく金員支払の合意は遡ってその効力を失い、乙の同条に基づく支払義務は生じなかったものとする。 第5条 第2条の定めにもかかわらず、乙が第3条の支払をした後に、甲以外の者が乙に対して、前条第2項に定める請求行為をした場合であって、 乙が甲に対して支払済みの本件賠償金の返還を、書面により請求したときは、第1条及び第3条に基づく金員の支払の合意は遡ってその効力を失い、乙の同条に基づく支払義務は生じなかったものとする。その場合、甲は、乙に対し、第3条により既に受領した金員の返還として、 金○○○○○○○円を一括して、乙が上記書面において指定する期日までに乙の指定する金融機関の口座に振り込む方法により支払う。その場合の振り込み手数料は、甲の負担とする。 なお、乙は、甲に対し、乙が第3条により支払った金員について当該指定返還期日までに発生する利息又は遅延損害金の支払義務を免除する。 第6条 本契約締結にあたり、公証人に支払う所要の費用については、乙の負担とする。 第7条 甲及び乙は、第3条又は第5条の金銭債務を履行しないときは、直ちに強制執行に服する旨陳述した。 (物件の表示) 資産の種類      宅地 ・ 建物 所在および地番 地目/種類および構造 築年(建物のみ) 地積/床面積

(本間 透)

No.12 定款雑考(非公開会社における属人的種類株式の定め、監査役設置会社と監査役の監査権限、会社成立後の資本金及び資本準備金)

これまで、公証人として数多くの定款を認証してきたが、定款認証の可否に影響するものではないものの、いささか気になる定款の条文に出会うことがあったので、そのいくつかを取り上げ、私見を述べることとする。

1 公開会社でない株式会社における属人的種類株式の定め ⑴ 株主平等の原則と種類株式 会社法制定前の商法の下では、法律に株主平等の原則の明文の規定はなかったものの、一株一議決権の定めが株式会社における基本的な原則の一つとして考えられており、株主は、その所有する株式数に応じて平等の取扱いを受けることとされていた。例えば、一株一議決権の定め(旧商法241条1項)、株主の所有株式数に応じた新株引受権の定め(同法280条ノ4第1項)、株主の新株予約権の引受権の定め(同法280条ノ25第1項)、所有株式数に応じた配当(同法293条)、所有株式数に応じた残余財産の分配(同法425条)等である。そして、その例外として、定款をもって内容の異なる数種の株式及びその数を定めて種類株式を発行することができる制度が設けられていた(同法222条)が、当然のことながら、数種の株式のうち同一内容の株式の株主については、同一の取扱いが求められていた。 また、会社更生手続の上でも、株主に一株一議決権を定め(会社更生法166条1項)、更生計画案の策定においても株主平等の原則を念頭に置いて関係者集会が行われ、意見が述べられている。 会社法においては、「株式会社は、株主を、その有する株式の内容及び数に応じて、平等に取り扱わなければならない」として株主平等の原則を明定しており(会社法109条1項)、旧商法と同様に、一株一議決権(会社法308条1項)、株式無償割当て(同法186条2項)、募集株式の株主割当て(同法202条2項)、新株予約権無償割当て(同法278条2項)、剰余金の配当(同法454条3項)、残余財産の分配(同法504条3項)等について定めている。ただし、会社法の下でも、内容の異なる二以上の種類の株式について多様化した形で次の事項及び発行可能種類株式総数を定款で定めて、これを発行することができることとされている(会社法108条1項、2項各号)。すなわち、①剰余金の配当、②残余財産の分配、③株主総会において議決権を行使することができる事項、④譲渡による当該種類の株式の取得について当該株式会社の承認を要すること、⑤当該種類の株式について、株主が当該株式会社に対してその取得を請求することができること、⑥当該種類の株式について、当該株式会社が一定の事由が生じたことを条件としてこれを取得することができること、⑦当該種類の株式について、当該株式会社が株主総会の決議によってその全部を取得すること、⑧株主総会において決議すべき事項のうち、当該決議のほか、当該種類の株式の種類株主を構成員とする種類株主総会の決議があることを必要とするもの、⑨当該種類の株式の種類株主を構成員とする種類株主総会において取締役又は監査役を選任することであり、これらの内容及び発行可能種類株式総数並びにその種類及び種類ごとの発行済株式の総数は登記事項とされている(会社法911条3項7号、9号)。 ⑵ 公開会社でない株式会社における属人的種類株式の定め 上記の種類株式の制度は、株式会社が発行する株式の内容について異なる二以上の種類を設けることができる制度であるのに対して、会社法においては、公開会社でない株式会社は、①剰余金の配当を受ける権利、②残余財産の分配を受ける権利及び③株主総会における議決権について、属人的に株主ごとに異なる取扱いを行う旨を定款で定めることができるとしている(会社法109条2項、105条1項各号)。ただし、株主に前記①及び②に掲げる権利の全部を与えない旨の定款の定めは、その効力を有しない(会社法105条2項)。 そして、原始定款に属人的種類株式の定めを設ける場合を除き、株式会社の成立後に定款を変更して属人的種類株式の定めを設け、又はこれを変更する株主総会の決議(当該定款の定めを廃止する場合を除く。)は、総株主の半数以上(これを上回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合以上)であって、総株主の議決権の4分の3以上に当たる多数による特別決議によらなければならないと定めている(会社法309条4項)。この決議要件は、旧有限会社法における定款変更の社員総会決議要件と同じである。 この属人的種類株式の定めは、「公開会社でない株式会社においては、株主の異動が乏しく、株主相互間の関係が緊密であることが通常であることから株主に着目して異なる取扱いを認めるニーズがあるとともに、認めることにより特段の不都合が生じることは無いと考えられるためこれを認めることとしたものであ」り、旧有限会社法において、有限会社の組織が小規模で閉鎖的なものであり、定款の定めにより各社員について異なる取扱いをすることが認められると解釈されていた(旧有限会社法39条1項ただし書、44条、73条参照)ことから、株式の譲渡制限の定めを置く公開会社でない株式会社についても、同様に取り扱うことが相当であるとし、これを明確にして会社法に引き継いだものと説明されている(江頭憲治郎「株式会社法」127頁、相澤哲「一問一答新・会社法」60頁)。 ⑶ 登記事項とされていない属人的種類株式の定め しかし、会社法の施行に伴い、旧有限会社が特例有限会社に移行するに当たり、当該旧有限会社の定款に、旧有限会社法39条1項ただし書(議決権を行使することができる事項)、44条(利益の配当)又は73条(残余財産の分配)に規定する別段の定めがある場合には、それぞれ会社法108条1項3号、同項1号又は同項2号に定める規定に掲げる事項についての定めがある種類の株式とみなされ(会社法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(以下「整備法」という。)10条)、当該特例有限会社は、整備法施行日から6月以内にその旨の登記をすることが義務づけられ(整備法42条8項)、その登記懈怠については、過料に処せられることとされた(整備法42条10項)。これに対して、会社法109条2項に定める属人的種類株式の定めは、第7編の規定の適用がない(会社法109条3項参照)から、登記されることはないこととされた(江頭憲治郎「株式会社法」158頁)。このことは、前述のように、公開会社でない株式会社については、属人的種類株式の定めが登記事項とされていないのに対して、特例有限会社については種類株式とみなされた上で、その登記が義務づけられることと比較すると、整合性に欠けるのではないかと考える次第である。 おそらく、登記事項にしないこととされたのは、旧有限会社法の時代に、属人的種類株式の登記実例がほとんど存在しなかったこと、また、この定めが利用されるのは組織が極めて小規模で閉鎖的な会社であることを考えると定款の定めで十分であり、登記して公示させる必要は薄いとされたことによるものと推測される。 いずれにしても、登記事項ではないものの定款に記載することはできるが、属人的種類株式に係る具体的な定款の記載方法としては、次のような例が考えられる。 「剰余金の配当は、各株主の持ち株数にかかわらず、全株主同額とする」、 「株主Aに対する剰余金の配当は、金○○万円を上限とする」、 「株主Aに対する剰余金の配当は、1株当たり他の株主に対する配当金の2倍とする」、 「残余財産の分配は、各株主の持ち株数にかかわらず、全株主同額とする」、 「株主の議決権は、その持ち株数にかかわらず1人1議決権とする」、 「株主Aが所有する株式のうち1株について、総議決権数の過半数の議決権を与える」、 「株主Aが所有する株式については、1株につき2個の議決権を与える」、 「株主Aは、議決権を行使することができない」等が考えられる。 ちなみに、筆者が公証役場において認証した定款のうち属人的種類株式の定めが設けられていた事例及び公証人の検討会で取り上げた事例は、2例であった。 属人的種類株式は、同じ株式を有しながら、株式の移転により株主が替わった途端にその権利内容が変化することに他ならず、私見ではあるが、旧有限会社における社員の持分権の論理が株式会社における株主権についてそのまま妥当するのか疑義なしとしない。しかし、当然のことながら、会社法がこれを許容している以上、認証実務もこれに従うべきであることから、属人的種類株式の定めがある定款についても認証したところである。 なお、会社成立後にA株主の反対にもかかわらず、定款変更手続によって、「Aが取得する株式の議決権は、ないものとする」旨の定款の定めを設定することは、株式の基本的原理に反しており、効力を有しないと解するのが相当と考える。

2 監査役設置会社と監査役の監査権限 ⑴ 監査役設置会社 取締役会設置会社(公開会社でない会計参与設置会社を除く。)又は会計監査人設置会社は、委員会設置会社を除き、監査役を置かなければならない(会社法327条2項、3項)が、委員会設置会社は、監査役を置くことができない(会社法327条4項)。 上記以外の株式会社においては、定款の定めによって、自由に監査役を設置することができる(会社法326条2項)。 そして、会社法は、監査役を置く株式会社(監査役の監査の範囲を会計に関するものに限定する旨の定款の定めがあるものを除く。)又は監査役を置かなければならない株式会社を「監査役設置会社」と定義している(会社法2条9号)。 ⑵ 監査役の業務監査権限 監査役は、取締役(会計参与設置会社にあっては、取締役及び会計参与)の職務の執行を監査(業務監査権限)し、監査役は、法務省令で定めるところにより、監査報告を作成しなければならない(会社法381条1項、会社法施行規則129条1項)。そして、監査役は、いつでも、取締役及び会計参与並びに支配人その他の使用人に対して事業の報告を求め、又は監査役設置会社の業務及び財産の状況の調査をすることができる。また、取締役会設置会社にあっては、取締役会に出席して意見を述べなければならず(会社法383条1項)、必要と認めるときは取締役会の招集を請求することができ(会社法383条2項)、さらに、取締役が株主総会に提出しようとする議案、書類その他法務省令で定めるものを調査しなければならず、この場合に、法令若しくは定款に違反し、又は著しく不当な事項があると認められるときは、その調査の結果を株主総会に報告しなければならない(会社法384条)。 監査役は、取締役が会社の目的の範囲外の行為その他法令若しくは定款に違反する行為をし、又はこれらの行為をするおそれがある場合において当該行為によって会社に著しい損害が生ずるおそれがあるときは、当該取締役に対し、当該行為をやめることを請求することができ(会社法385条1項)、会社と取締役との間の訴えについては、監査役が会社を代表する(会社法386条)。 ⑶ 定款による監査範囲の限定 前記のように、監査役は、業務監査及び会計監査の権限を有するが、公開会社でない会社にあっては、監査役の監査の範囲を会計に関するものに限定する旨を定款で定めることができるとされている(会社法389条1項)。これは、会社法制定前は、株式会社の監査等に関する商法の特例に関する法律(商法特例法。会社法の制定に伴い廃止(整備法1条))において、小会社の監査役の監査権限を会計監査に限定していたことに対応するものであり、したがって、会社法施行前に小会社であった会社は、会社法の施行に当たり、定款に監査役の権限を会計監査に限定する旨の定めがあるものとみなされている(整備法53条)。 監査権限を会計監査に限定した監査役は、法務省令で定めるところにより、監査報告を作成しなければならず(会社法389条2項、会社法施行規則129条2項)、取締役が株主総会に提出しようとする会計に関する議案、書類その他の法務省令で定めるものを調査し、その調査の結果を株主総会に報告しなければならない(会社法389条3項)。 なお、会計監査に限定した監査役を置いた会社については、会社法上、監査役設置会社とはみなされない(会社法2条9号)から、取締役の責任免除に関する定款の規定を置くことができない(会社法426条1項)。 ⑷ 監査役設置会社の登記 会社法は、監査役設置会社(監査役の監査の範囲を会計に関するものに限定する旨の定款の定めがある株式会社を含む。)は、その旨及び監査役の氏名を登記しなければならないと定めている(会社法911条3項17号)が、前述のように、会社法2条9号では、監査役設置会社には会計監査権限に限定した株式会社を含まないと定義しているにもかかわらず、登記に関しては、監査役設置会社に会計監査権限に限定した株式会社を含むとしている点で、論理的ではなく、理解しにくいと思われる。定款認証に来られる相談者に対しても、説明に窮するところであった。 また、監査役の権限を会計監査に限定した場合に、その旨の登記がされないから、登記情報を見る限りでは、当該監査役の権限が業務監査権限を有するものか、会計監査権限に限定されるものか判断することができず、登記の公示機能としても不十分であるとの批判があった(稲葉威雄「会社法の基本を問う」28頁、同「会社法の解明」100頁、207頁等)ところであるが、この点に関しては、平成26年6月20日成立、同月27日公布の会社法の一部を改正する法律(平成27年5月1日施行)により、監査役の監査の範囲を会計に関するものに限定する旨の定款の定めがある株式会社であるときは、その旨についても登記事項とする改正がされた(会社法911条3項17号イ)。ただし、改正法施行の際、現に監査役の監査の範囲に関するものに限定する旨の定款の定めがある株式会社は、改正法施行後最初に監査役が就任し、又は退任するまでの間は、当該事項の登記をすることを要しないとされている(同改正法附則22条1項)。なお、その具体的登記事務に関しては、平成27年2月6日付け法務省民商第13号民事局長通達「会社法の一部を改正する法律の施行に伴う商業登記事務の取扱い」を参照されたい。

3 「株式会社成立後の資本金及び資本準備金の額」について ⑴ 定款の記載事項 株式会社設立時の定款には、「設立に際して出資される財産の価額又はその最低額」及び「発起人の氏名又は名称及び住所」を定めることを要し(絶対的記載事項。会社法27条4号、5号)、通常、定款の附則として定められている。 このほか、発起人は、「発起人が割当てを受ける設立時発行株式の数」、「設立時発行株式と引換えに払い込む金銭の額」及び「成立後の株式会社の資本金及び資本準備金の額に関する事項」について、定款に定めがある事項を除き、その全員の同意を得て定めなければならない(会社法32条1項各号)。すなわち、これらの事項は、定款の絶対的記載事項とはされていないが、会社設立時の重要事項であるから、もとより定款に定めることは差し支えなく、定款に定めなかった場合には、発起人全員の同意により定めることになる。これは、失権株式が生じた等の事態に機動的に対応できるように絶対的記載事項から除外されていると説明されている(江頭憲治郎「株式会社法」73頁)が、実務上は、大多数の会社が定款にこの規定を定めているのが実情である。 これ以外の設立時発行株式に関する事項については、発起人の多数決で決定することになる。 ⑵ 「株式会社成立後の資本金及び資本準備金の額」の定め 上記事項のうち、「株式会社成立後の資本金及び資本準備金の額」とあるのは、会社成立の時点における資本金及び資本準備金の額のことである。株式会社は、その本店所在地において設立の登記をすることによって成立する(会社法49条)のであり、株式会社の設立時の資本金の額は、原則として、設立時に株主となる者が会社に対して払込み又は給付をした財産の額とされる(会社法445条1項)が、払込み又は給付に係る額の2分の1を超えない額を資本金として計上せずに資本準備金とすることができる(同条2項、3項)ことから、資本金の額を確定し、これを登記する必要がある(会社法911条3項5号)。 したがって、株式会社成立時の資本金の額は、登記時点における資本の額のことであるから、正確には、「株式会社設立時(又は成立時)の資本金及び資本準備金の額」とするのが相当であって、「成立後」と記載すると、会社設立後長期間にわたる資本金及び資本準備金の増加や減少をも含む意味となり、正確を欠くのではないかと疑義を覚えているところである(現に、他の用語については「設立時発行株式」、「設立時役員」等として「設立時」の語を用いており、これに平仄を合わせてよいのではないかと考える。)。 しかし、そもそも会社法の条文が「成立後」となっている上、法務省、日公連及び司法書士会等が示している定款の記載例も「成立後」の用語を使用していることから、定款認証実務に際しては、これらのことを勘案して、そのまま認証してきた次第であるが、諸兄は、どのように考えられるであろうか。 (西潟英策)

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民事法情報研究会だよりNo.11(平成27年4月)

春風の候、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。 さて、早いもので、当法人は成立後3年目の事業年度を迎え、現在の役員の任期は6月20日開催の定時会員総会で終了することになります。手探りで始めた法人の活動ですが、なんとか軌道に乗り、昨年設置した編集委員会でも、研究会だよりの「実務の広場」に搭載する原稿のとりまとめが順調に推移しておりますので、今後は、新たに公証事務の照会・回答システムの構築について検討するなど、引き続き活動の充実を図っていきたいと考えているところです。 なお、この度、元法務省民事局長の房村精一氏(現公安審査委員会委員長)に特別会員としてご入会いただきましたので、お知らせします。 また、従来ホームページにのみ掲載していた法務局長等人事異動を研究会だよりにも掲載することといたしました。(NN)

公証人雑感(その2)(理事 小口哲男) 公証人実務の中では、遺言、離婚等の渉外事件にも、ときどきめぐり合います。 その時に困るのが、適用される法律とその内容が分からないことが多いということです。 そこで、インターネット等で調べることになります。今回は、そのようにして調べたものを御紹介させていただきます。 事例は、中国人同士の離婚です。 この場合、どこの国の法令が適用されるかの準拠法を定めるのに、日本では「法の適用に関する通則法」(以下、通則法といいます。旧法名は「法例」)のように独立した法律がありますが、中国では、個別の民商事法典中に準拠法を定める規定を置いています。 中華人民共和国民法通則第8章渉外民事関係の法律適用には、次のような規定があります。(「中国の国際私法」というコラムを引用させていただきます。) ○渉外民事関係の法律適用(第142条) 渉外民事関係の法律適用は、この章の規定に従って確定する。 中華人民共和国が締結若しくは参加している国際条約が中華人民共和国の民事法と異なる規定がある場合は、国際条約の規定を適用する。ただし、中華人民共和国が留保を声明した条項はこの限りではない。 中華人民共和国の法律と中華人民共和国が締結若しくは参加している国際条約に規定のないものについては、国際慣例を適用することができる。 ○民事行為能力の準拠法(第143条) 中華人民共和国公民が国外に定住する場合は、その民事行為能力については、その定住国の法律を適用することができる。 ○不動産の所有権(第144条) 不動産の所有権については、不動産の所在地法を適用する。 ○契約当事者の選択(第145条) 渉外契約の当事者は、法律に別の規定があるときを除いて、紛争の処理に適用する法律を選択することができる。 渉外契約の当事者が選択しない場合は、契約と最も密接な関係を有する国家の法律を適用する。 ○権利侵害行為(第146条) 権利侵害行為の損害賠償については、権利侵害行為地の法律を適用する。当事者双方の国籍が同じであるとき、若しくは同一国家において住所を有するときは、当事者の本国の法律若しくは居住地の法律を適用することもできる。 中華人民共和国の法律により、中華人民共和国領域外で発生した行為が権利侵害行為ではないと判断されるときは、権利侵害行為として処理しない。 ○婚姻の準拠法(第147条) 中華人民共和国公民と外国人の婚姻は婚姻挙行地の法律を適用し、離婚は案件を受理する裁判所の所在地の法律を適用する。 ○扶養の準拠法(第148条) 扶養は被扶養者と最も密接な関係を有する国家の法律を適用する。 ○相続の準拠法(第149条) 遺産の法定相続については、動産は被相続人死亡時の居住地の法律を適用し、不動産は不動産所在地の法律を適用する。 ○公序則(第150条) この章の規定に従って外国法若しくは国際慣例を適用する場合は、中華人民共和国の社会公共利益に違反してはならない。 以上、少し長くなりましたが、中国の規定を紹介させていただきました。 我が国の通則法第27条によれば、夫婦の本国法が同一であるときはその法により、となっていますので、中国法が適用されることになります。 中国の協議離婚は次のようになるようです(山梨学院ロー ジャーナルの加藤美穂子先生の論説を参考にさせていただきました。)。 中国で、協議離婚(両願離婚)とは、婚姻当事者双方が自らの意思にもとづいて離婚を望み、同時に離婚の効果、特に子どもの扶養教育と夫婦財産分割関係の協議を達成させた上で、関係部門である婚姻登記機関の認可を経て、婚姻関係を解消する離婚方式とされ、民事上の完全な行為能力者である夫婦双方が揃って婚姻登記機関へ出頭申請しなければならず、当事者のいずれかが出頭申請できない場合には協議離婚はできず、裁判離婚のみとされるとのことです。 この関係で、中国婚姻登記機関への申請、同機関の審査がない場合の日本で行った協議離婚の効力について、これを肯定する判決(大阪家裁 平成21年6月4日判決)とこれを否定する判決(大阪家裁平成19年9月10日判決)があることを申し添えて、御参考に供したいと思います。

実 務 の 広 場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

 No.8 意思能力が裁判で問題とされた事例(事例紹介)

平成14年2月に奈良県大和高田市にある高田公証役場に着任し、退職する平成23年5月まで、以来9年3ヶ月にわたって公証人の仕事に従事し、4200件ほどの各種公正証書を作成してきた。退職後4年近くなり、事件の記憶も薄れつつあるが、在任中を振り返ると、当役場の特色として集団事件、定型事件がほとんどなく、1件1件それなりに密度の濃い事件が多く、中には、処理に頭を悩ました事案も多かったように思う。他の参考になるか分からないが、それらの一部を紹介することにする。

Ⅰ 大阪高裁に遺言事件の証人として出廷 公証人になって5年目の頃、大阪高裁民事部から証人呼出状が公証役場あてに送達された。この件に関しては、その2週間ぐらい前に被控訴人(被告)代理人の弁護士から、公証人の作成した遺言公正証書について、遺言者の遺言能力を問題にして控訴人(原告)代理人から当職(当時)を証人申請した旨連絡を受けていた。出廷前に原本の内容を確認はしたが、2年以上前の事案であり、特に原本と附属書類(印鑑証明書)以外、資料は保存しておらず、具体的な記憶はほとんどなかったものの、幸い私的に作成した面接メモは残していた。尋問当日、控訴人(原告)代理人は、遺言者に対する意思確認の方法、遺言能力ありと判断した経緯等について質してきたので、当職としては、着任後毎年200件前後の遺言を扱ってきていること、当該事件については原本と附属書類以外特別の資料は保存しておらず、特段の記憶もないが、私的なメモは残しており、それによると、会話は普通にでき、遺言内容についてはっきり口述した旨メモしていることから、特に問題がない事案と考えること、一般的には、遺言公正証書を作成する際、先ず遺言能力があることを確認することから始まり、そのための色々の質問をし、能力に問題がないことを確認した後に、遺言内容について本人の口述を得て遺言公正証書を作成し、さらに、最後に必ず読み聞かせをして内容に間違いないかを再確認し、本人及び証人2名の署名押印を経た後、公証人が署名押印して作成完了していること、作成過程で遺言能力に問題があると判断したときは作成を打ち切り“中止”とし、若干でも問題になりそうなことがあれば、そのことを定型の聴取録に記載し保存することにしていること、そして、当該事案については、そのような意味の聴取録は残していないこと等、問われるままに自分の記憶と見解を述べた。本件に関しては、もともとは、遺言者の亡夫の死亡に伴う遺産分割登記をめぐって子供たちの間で争いになっていたようで(裁判所の事件名も「更正登記手続請求事件」となっている。)、その間になされた母親の遺言が、判断能力のない状態でなされたものであることを主張し、遺産分割協議に際しても、母親は意思能力がなかったことの論拠にしょうとしていたようである。証言の中で、本件に関しては、遺言公正証書原本への本人の署名押印は達筆で鮮明になされており、疑問があるなら原本の写しを請求してもらえば何時でも応ずる旨、応答したところ、後日、控訴人(原告)代理人から謄本請求があり、原本の写しを謄本として交付した。結局本件に関しては、その後、双方で和解が成立し、訴訟は取り下げられたとのことである。 いずれにしても、初めての証人経験が高裁であったため、かなり緊張したうえ、裁判官の席が証人席から随分高いところにあり、上から見下ろされて証言することはあまり気分のいいものではなかった。特に、裁判長から、証言するために事前に資料等をよく調べてきていないのかとたしなめられたが、自分としては協力者の立場で貴重な時間を割いてきているつもりなので、何か刑事被告人を咎めるような裁判長の口調にも相当な違和感を覚えた。 主・反対尋問あわせて25分ぐらいで尋問は終了したが、最後に、裁判長が「終わりました。証人は退席して結構です。」と言われたものの、特別のねぎらいの言葉のなかったことも、何か気持の上では釈然としないまま法廷を退席した。

Ⅱ 奈良地裁に任意後見事件の証人として出廷 偶然にも1回目の証人経験の7ヶ月ぐらい後に、2回目の証人としての出廷経験をすることになり、やはり2年ぐらい前に作成した移行型任意後見契約事案に関して奈良地裁から自宅(大阪府枚方市)宛に期日呼出状が送達された。法曹会の職員録には公証人の住所も掲載されているが、部外者には非売品になっている筈であり、どうして自宅が分かったのか先ずもって疑問に思えた上、当初は呼び出し状に記載された事件名(「損害賠償請求事件」となっていた。)、当事者名、尋問事項の記載を見ても、自分が何の関係で呼ばれるのか判然としなかった。遺言に関しては、ほとんどの事件について簡単な聴取メモを残していたので、それを繰ってみたが呼出状に記載されている当事者名は見当たらず、任意後見の事前確認書(全事件について作成している。)を繰ったところ、やっと姓が同一の事案が見つかり、原本を確認したところ、当事者の名前が登場していたので、その事案で呼ばれていることが分かった。事前に双方の代理人から証人依頼の連絡は一切なく、裁判所から一方的に日時を指定して呼出を受けたことに不満を感じながら、多分短時間で終わるだろうと高を括って出廷したところ、証人申請している原告代理人から、主尋問の冒頭で、尋問は1時間を予定しているとの発言があったので驚いた。たまたま、その代理人の弁護士は、若い頃法務局訟務部勤務時代に法廷で相手側代理人として出廷しているのをよく見かけた弁護士で、既にかなり高齢になっているはずにもかかわらず、まだまだ意気軒昂で、法廷で大声でまくし立てる勇姿(?)は昔と変わっていなかった。 主尋問では、先ず当該委任及び任意後見契約公正証書が作成された経緯について、誰が、何時、誰と一緒に、何を持って相談に来たか、作成まで、何回、何時間面接したか、面接時の本人(委任者)の状況はどうであったか、当時、本人はアルツハイマー症であったことを知っていたか、そもそも、公証人はアルツハイマーについて、どの程度知識を持っていたのか、その知識を得るためにどのような努力をしたのか、等について執拗に質してきた。そして、本人が公正証書作成前からアルツハイマーであったことの証拠資料として、医大医師の鑑定書、担当医師の診断書、その他行状を示す各種資料等がファイルされた厚めのバインダー一冊分が書証として提出されており、これらを呈示して見解を聞かれた。これに対し、当職(当時)としては、公正証書作成の経緯の詳細については特に記憶はしていないが、面接時の聴取メモは残しており、それによると、特に問題があるとの記載はなく、所見として「弁識能力あり」と記載していることから、公正証書作成時に正常な判断能力があったことは間違いないと確信している旨、応答した。とにかく、原告代理人の微に入り細に入る執拗な尋問には些か閉口したうえ、反論的なことを述べようとすると「証人は、聞かれたことのみ答えてください」として阻止されるので、フラストレーションは募る一方であった。漸く、反対尋問の中で、当該事案について、具体的な記憶はないが、面接時の聴取メモは残していること、一般的な作成手順を説明し、本件についても、特段のことのない限りその手順で作成していると思われること、したがって、本人の意思確認は、適正に行ったうえで、本公正証書を作成したことの確信を持っている旨、何とか証言でき、1時間あまりで尋問は終了した。 本件に関しては、結局、一審判決では、原告敗訴となり、大阪高裁へ控訴されたが、控訴審でも控訴人(原告)敗訴となったようである。 なお、訴え提起とは別に、本件では、1審の原告代理人5名の連名により公証人法78条による異議申出書が公証人所属の地方法務局長あてに提出された。内容の詳細は覚えていないが、公証人が不法な公正証書を作成したことを理由に公証人に対する処分を求めるものであったと思う。法務局から連絡を受け、本件に関して当職が関わった経緯、前記の裁判に証人として出廷した結果と、私見として、公証人法78条により異議申出が許されるのは公証人の事務取扱いに限定され、本件のように既に作成済みの公正証書について、嘱託人の意思確認の適否を問題にすることは、公正証書の効力に関わることでもあり、訴訟によってしか解決できない事柄であると考えること、又、公証人には厳格な守秘義務が課せられている(公証人法4条)ことからも、異議申出によって申出人に開示できる内容は当然その制約を受けることになる旨、本件異議申し出に対する当職の見解をまとめ、所属地方法務局長に報告した。 公証人法78条による異議申出については、これを詳しく解説した文献、先例等は少なく(注①、注②)、行政不服審査法との関係、申し出の方式、当事者適格、異議申出の対象、申出期間、申出を受けた法務局の長の処分の内容、更に、その処分が不服な場合に法務大臣に対してする異議申出(公証人法78条2項)の方法、内容等、未解明の部分が多いように思われる。 何はともあれ、本件に関しては、結局、法務局の処理としては、本件申出は公証人法第78条による正式な異議申し出として取り扱うことはできないとして、受理しなかったようである。

(注①)公証人法78条の適用に関する先例としては、明治42・8・24民刑第875号民刑局長回答がある。この先例は、「公証人の事務取扱不適当と認めたるときは…公証人に対し相当の訓令を発すべきものと思料候得共…不適当の点なかりしときは抗告人に対しては其旨通告すべきものなるや」という照会に対して、「抗告人に通告すべき義務なきも之を便宜とする場合に於いて相当の通告を与ふるも差支えなし」と回答されたものであり、異議申出は監督権の発動を求めてなされるものであるとの前提に立っていると思われるが、訓令の内容は必ずしも申出人に通知する義務は存在しないとしているようである。現在も、この考え方が維持されているかどうかは、疑問である。 (注②)公証人法78条による異議申出と行政不服審査法との関係について論じた文献として、尼崎健造「公証事務のあらましとこれに関する最近の通達の解説」(民事月報44・2の6ページ以下参照)がある。  

Ⅲ 嘱託人の意思能力 公正証書作成に際しては、先ず嘱託人の意思能力・判断能力があることが必要要件であることは言うまでもない。遺言に関しては遺言能力の有無という形で問題になるが、一般的には、遺言能力は「遺言の内容を理解しその法律効果を弁識して、そのような遺言をすることを決定することのできる能力」と言われている。この遺言能力があるかどうかは、一般的・抽象的に考えるのではなく、問題となっている遺言の内容との関連において、相対的に判断するのが正しいとされている(宍戸達徳「公正証書遺言と遺言作成能力」民事法情報229号66頁)。遺言者の遺言能力の有無に関する問題については、すべての公証人は、日ごろから細心の注意を払い、慎重に判断していると思われるが、特に認知症等に罹っている遺言者については、面談したときの言動からは正常な判断能力の持主とうかがえても、日常生活では問題行動を取っていたというケースもあり、公証人にとって一番頭を悩ますところである(注③)。 もとより、遺言者の意思能力(行為能力)がないと確信したときは、作成すべきでないのは当然ではあるが、遺言能力がないとまで断定できない微妙な事案についてどう対処すべきかは意見の分かれるところである。公証人は「法令に違反したる事項、無効の法律行為や行為能力の制限によりて取り消すことを得べき法律行為に付き証書を作成することを得ず」(公証人法26条)とされているのに、確信の持てないときは作成すべきでないというのが一つの考え方である。しかし、裁判所が有効と判断する可能性があるものについても作成を拒否することは、結果的には公証人が遺言能力についての最終判断権者になる恐れがあり、遺言能力が微妙であっても、なお能力ありと判断する余地がある限りは嘱託に応じて作成し、最終判断を裁判所に委ねるべきであるとする考え方もあると思われる(注④)。特に、病気等で公証人の出張を求めなければ公正証書を作成できない遺言者にとっては、同県内の公証人に拒否されれば他府県の公証人には頼めない(公証人法17条)ところから、遺言公正証書作成の機会を事実上奪うことになりかねない場合もあり、遺言者の最終の意思の実現に公証人としては最大限努力すべきではないかと考える。その結果、後日裁判で争われ、遺言能力がなかったとして無効と判断される事例が生じたとしても、ある程度はやむを得ないものと考える。 特に、遺言能力を否定された各裁判例(注⑤)のどの事案を見ても、その理由として、公正証書遺言作成の前後の相当長期間の遺言者の生活歴、行状、言動、治療状況等を根拠にして、公正証書作成当時、遺言能力を欠く状態にあったとの認定がされているが、公証人としては、遺言能力についての慎重な判断を要することは言うまでもないものの、遺言者と面接し口述を聴取したときの状況を総合判断し、必要があれば主治医の診断書等も提出させるなどして、公正証書作成時に正常な判断能力を有しているかどうかを判断すれば足りるのではないかと考える。現実問題としても、公正証書作成時以前の生活状況全般についてまで認定資料を求めることは不可能であり、最近やや増加傾向にあると思われる遺言能力を否定した各裁判例の事案でも、公証人にそこまで求めているとすれば大いに疑問がある。 けだし、認知症等の症状のある者でも、それが一律ではなく諸症状があり、少なくとも、公証人が遺言者本人と面接したときの状況が精神上の障害により判断能力を欠く状態でなく、真意に基づく意思表示がなされていると判断できるのであれば、遺言者の意思を確認した上公正証書を作成すべきであり(公証人法3条により、正当の理由がなければ嘱託を拒否できない。)、成年被後見人でも一時能力を回復する場合があることを当然の前提として、医師2人以上の立会いの下に遺言できることを法自体が認めている(民法973条)趣旨と附合すると思われる。 ともあれ、実際に裁判で争われることになると、それに対応するための労力、時間は甚大となるので、公証人としては、後日遺言者の遺言能力が裁判等で争われたときのために日頃から証拠を保全し、公正証書作成当時、遺言者は遺言能力を有していたと認定した根拠を明らかにできるように、遺言公正証書の作成経過等をできる限り詳細に記録し、公正証書とともに保存しておく必要があると思われる(平成12年3月13日法務省民一第634号民事局長通達第1・2・(1)・ウ参照)。ちなみに、筆者は、上記2回の証人出廷経験後、遺言公正証書作成の際に作成していた聴取メモの様式を改め、遺言者の来所日時、回数、同行者の氏名と遺言者との関係、作成時の遺言者の言動(住所、氏名、生年月日、家族の氏名・続柄、を正確に言えたかどうか、面接中の所作の状況、等)、健康状態(視力・文字の判読、聴力・対話の応答の可否、病気の有無(病歴を含む)、診断書の有無・治療状況、日常生活への支障の有無、介護の要否・程度を含む)、及び遺言の動機(自発的若しくは誰に勧められた)と遺言の内容(自分で決めた若しくは○○と相談した、等)及び総合的な所見をA4の用紙に一覧表形式にまとめ、「面接記録(遺言)」として保存することにしていた(別紙1参照)。 また、任意後見契約公正証書作成に関しても、それまで作成していた「事前確認書」の様式を改め、概ね上記「面接記録」の内容のほか、受任者と本人の関係、契約内容の理解の程度、弁識能力についての総合所見などを一覧表形式にまとめ、新たな「任意後見契約事前確認書」として保存することにしていた(別紙2参照)。

以上の内容は、かって近畿公証情報誌(47~48号)(注⑥)に筆者が投稿した内容をさらに補筆、修正したものであるが、執筆時から相当期間も経過しており、現在の実務の実情と符合しない部分があるかもしれないことをご容赦願いたい。関与した事件が争訟に発展することは通常はないと思っていても、いざ提起されると相応の対応はせざるを得ない。本稿が、そのようなときのため、多少なりとも参考になれば幸いである。

(注③)川崎幸クリニック杉山孝博院長がその著「認知症に対する取り組み ― 介護の展望」(人権のひろば2007・9号15頁)の中で、認知症介護の特徴として次のように述べられているのが参考になる。 「認知症は、老衰、疾病、障害などの原因による知的機能低下によってもたらされる生活障害であり、介護の視点から見ると次のような特徴がある。・・・  他人にはしっかりした言動をするため、介護者と周囲の者との間に認識の大きなギャップが生じるものである。従って、診察室などで本人の示す言動などから、家庭での状態を把握することはきわめて困難な場合が少なくない。認知症高齢者は例外なく、介護者に対してひどい症状を出して困らせるのに、よその人には応対がしっかりできる。そのため、介護する人と周囲の人たちの間に症状の理解に大きな差が出るのである。介護者一人が嘆きつらい思いをして、他の家族は『大げさすぎる』と言って介護者の苦労を感謝しないばかりかむしろ非難するといった『認知症問題』が、これまで数多くの家庭に発生してきた。診察室や認知症相談の場や訪問調査の際、認知症高齢者は普段の様子からは想像できないほどしっかりと対応できるため、認知症がひどくないと診断されがちである。・・・」 (注④) 篠田省二元公証人は、「公証人としては、遺言時の状況、遺言内容(単純か、複雑か、合理性の有無など)、遺言作成の経緯、動機の合理性などを検討し、なお遺言能力がないと断定できない場合には、やはり、嘱託に応ずるべきであろう。」とされる(「遺言能力について」公証・120号36頁)。 (注⑤) 嘱託人の遺言・判断能力が争われた裁判例等については拙著・「公正証書にかかわる余話―遺言能力」登記インターネット103号116頁以下参照 (注⑥) 平成12年4月、近公会会員及びOBらが中心となって発足した任意団体である「近畿公証情報センター」が発足以来季刊として年4回発行している情報誌。現在、60号まで発行されており、近公会会員及びOBのほか他ブロックの購読希望者にも有料(年間2000円)で配布されており、日常的な公証業務に関する情報交換、研究発表のほか親睦を図る場として活用されている。 (町谷雄次)

(別紙1) 平成  年第    号 面接記録(遺言) 公証人 遺言者氏名             (明、大、昭、平  年  月  日生・  才) 日  時  平成  年  月  日 午前、午後   時   分~   時   分 場  所                  公証役場 ○同行者 無  有(資格・氏名                          ) 証人(資格・氏名                                ) ○来所手段 徒歩 自動車(   が運転) タクシー その他(           ) 来所回数回(                                 ) ○入室方法 独立歩行 介添えあり(介添者     ) 杖使用 車椅子 その他(                               ) ○動作  普通  ゆっくり  慌しく  その他(                ) ○顔色  普通 不健康 その他(                        ) ○視力(文字の判読)  できる  大体できる  できない(            ) ○聴力(対話の理解応答)  できる  大体できる  できない(          ) ○発話  普通 不明瞭 その他(                        ) 〔応答事項〕 ○氏名、生年月日、住所  言えた  大体言えた  言えない(           ) ○家族の氏名・続柄  言えた  言えない(                    ) ○居住関係   独居  家族と同居  施設入居(     年から        ) ○健康状態についての申述 病気の有無  無  有(病名                 診断書  有・無) 治療状況 症状(日常生活に支障はないか) 他人の介護 否・要(介護の程度                   ) ○遺言の動機    自発的   (         )に勧められた ○遺言の内容    自分で決めた   (        )と相談した (備 考) 所 見 (別紙2) 平成   年第   号 任意後見契約事前確認書 公証人 委任者氏名           (明、大、昭、平  年   月   日生・   才) 日  時  平成  年  月  日 午前、午後   時  分~   時   分 場  所                公証役場 〔 委任者の状況 〕 ○来所手段 徒歩 自動車(     が運転) タクシー その他(        ) ○入室方法 独立歩行 介添えあり(介添者    ) 杖使用 車椅子 その他(  ) ○動作  普通  ゆっくり  慌しく  その他(               ) ○顔色  普通  不健康  その他(                     ) ○視力(文字の判読)  できる  大体できる  できない ○聴力(対話の理解応答)  できる  大体できる  できない ○発話  普通  不明瞭  その他(                     ) 〔 応答事項 〕 ○住所、氏名、生年月日、  言えた  大体言えた  言えない ○受任者の関係  親族(   ) 知人(友人) 公的機関からの紹介 その他(   ) ○家族の氏名・続柄    言えた   言えない ○生活   他人の介護 否・要(介護の程度                    ) ○居住関係   独居  家族と同居  施設入居(               ) ○健康状態についての申述 健康病気あり( 病名           診断書有・無) 日常生活に支障なし・あり(              )の介護を受けている ○任意後見契約の意義の理解 理解している   大体理解している   理解していない ○成年被後見人等該当の有無  成年被後見人 被保佐人 被補助人 いずれでもない ○契約書(案)及び委任事項 理解している   大体理解している   理解していない ○代理権目録のチェック 全部自分でした  (     )に相談した  その他(        ) ○所見  弁識能力あり   弁識能力なし(                  )

No.10 知的財産権に関する事実実験(事例紹介)

1 はじめに 新聞報道によりますと,特許などの知的財産権の取引で海外から稼ぐ金額が増え、2014年1月から11月までに1兆6005億円の黒字で過去最高だった13年通年を約2割上回っており、生産拠点の海外移転で日本にある本社が海外子会社に特許などを貸して得る収入が増えていると報じられています(2015,1,14日本経済新聞)。大手企業は、特許出願を奨励するだけでなく、開発テーマを量から質への転換を図り、あるいは、海外における模倣業者を国際貿易委員会(ITC)に提訴して模倣品の封じ込めを図るなど、知的財産に関しての戦略を攻めに転じたとの記事もあります。 このような状況からでしょうか。公証人在任中、知的財産権に関する事実実験公正証書についての照会もしだいに多くなってきたとの印象を強くしました。知的財産権に関して受託した合計8件のうち6件は、袋に梱包された原材料を未開封の状態で点検・封印・保管したものや、袋から原材料をサンプリングしてその形状等を計測したもので、その目的とするところは先使用の事実の証拠保全にありました。 平成18年に公表された特許庁のガイドラインにおいて、公開されなければ他者が追随できないような技術については、特許出願をせずにノウハウとして秘匿した状態で事業化する戦略的ノウハウ管理の手法が紹介されており、6件の事案もこの種に属するわけですが、特徴的なのはガイドライン公表時期より以前の段階で既存していた物品に関しての証拠保全も含まれていたことでした。類似性能を有する諸外国の後発製品が流通しつつあるようですので、これら潜在的需要は大手企業に限らず相当数に上るのではないかと推察されます。 もう1件は、廃車直前の古い乗用車から部品を取り出し、当該部品の特定箇所を計測して封印・保管したものですが、これは近時に至って類似の製品が特許を取得したために、その新規性の不存在に関する証拠保全を図るためでした。あと1件はウェブサイトの状況に関するものです(ちなみに、この事実実験は5分程度で完了しましたが,事前の打合せを含めると約3時間は要したと思います。)。 主に物品の点検・保管という事例を経験したに過ぎませんが、この種の証書作成に当たって気づいたことを整理してみました。

2 事前の準備 (1)事前打合せ ① 事実実験における事前打合せのウエイトはより高いといえます。事実実験は、大抵の場合、嘱託人の工場や事務所の現場に赴いて実施するわけですが、公証人が実験内容を徹底的に理解し具体的なイメージをもって臨むことになりますから、打合せの時から既に事実実験は始まっているといっても過言ではありません。 事実実験について経験のある企業であれば、必要書類とともに実験当日のシナリオなども持参し用意周到の準備をしてくるので世話がありませんが、そのような例はむしろ少数派です。ですから、公証人の側から必要書類、委任状の様式、事実実験の概要などを記した別紙実施要綱(骨子案)を事前にFAXしておき、効果的な打合せができるようリードします。 ② 打合せには、知的財産部門の責任者とその部下、さらには実験現場の担当者らが出席し、持参した資料に基づき実験内容について、背景の事情も含めて詳細な説明を受けます。ここで質疑応答を繰り返して骨子案を傍らに本件に係る事実実験のシナリオを練り上げていきます。当然のことでありますが事実実験公正証書は、公証人自らが五感で知得したのみ記載するものですから、そのことによって嘱託人が望む実験目的が達せられるのかどうかの観点から質問や助言を行います。写真撮影は事実実験の状況を裏付ける意味合いがあり、通常の場合は証書に添付されるので、証書本文との整合性に支障を来さないよう撮影の箇所等を決めておきます。なお、写真については撮影後の現像プロセスを明確にしておく必要がありますので、嘱託人側の担当者が撮影した写真データを活用する場合は、現場において写真データが公証人に手渡されるまでの経緯も事実実験します。 例えば、ある原材料の点検・確認等に関する事実実験が先使用の事実の証拠保全の一環として実施するのであるならば、当然のことながら特許法第79条の要件を念頭に置いて対応することになるので、公証人の見聞する対象が、対象物品のみならず対象物品に関する一連の資料(顧客からの発注書、製造記録、検査表及び出荷記録等)も含まれる旨、助言をし、さらに、必要な場合は、状況に応じて事情をよく知る担当者に宣誓供述書の作成を指示し、事実実験の前に宣誓認証の手続きを執っておきます。一連の資料が散逸して当該対象物品の製造時期等が特定できないときは、社員の中で、当該対象物品の準備段階から製造実施に至る経緯について事情を知る者からの供述が有力な証拠となるからです。もっとも事実実験において公証人が見聞して始めて製造時期等が確認できる場合もあるわけであり、その際は宣誓供述書によって補強されることとなります。 写真撮影は事実実験の状況を裏付ける意味合いがあり、通常の場合は証書に添付されるので、証書本文との整合性に支障を来さないよう撮影の箇所等を決めておきます。なお、写真については撮影後の現像プロセスを明確にしておく必要がありますので、嘱託人側の担当者が撮影した写真データを活用する場合は、現場において写真データが公証人に手渡されるまでの経緯も事実実験します。 ③ 対象物品を計測する場合は、使用する計測機器類のメーカや規格を把握しておき、計測方法、使用する計測機器、計測回数、計測条件などについて打合せます。微量な物体の重量を高性能の計量器で測定する場合は、室内の空気の流れ等外的要因による影響を受けることから、これらを回避する措置も事前に念押ししておきます。 ④ 点検・確認等を了した対象物品を、将来に向けて保管する場合は、必ず封印措置を講じます。事後に当該物品の成分分析等の必要から、再度事実実験をする場合は、封印を開披する際に公証人が立会いますから、事実実験の連続性を担保する意味合いもあります。なお、封印した対象物品が事実実験を了したものであることを外見上明らかにするために、その旨を記載して公証人が署名押印した和紙を貼付する措置を講じるのがよいと考えます。 ⑤ 実験を終えた後の保管方法についても確認しておきます。保管庫や施錠の要否いかんによっては、相応の準備が必要だからです。 (2)実験直前の準備 事実実験用のシナリオは、前記(1)の打合せの後も必要に応じて代理人と意見調整して確定版を準備します。なお、委任状については、実験当日までに提出できるよう必要な指示をしておきます。また、事実実験において用いる備品等については調達の分担を再確認しておきます。

3 実験当日 (1) 現場に到着すると、案内されて入室する前に時刻と場所(大抵は看板が掲げられている。)を最初に確認します。入室後は実験のため出席した代理人等の面前で本人確認資料と委任状を点検したうえ、出席者にシナリオ又はその簡略版を配布して実験の手順、概括内容、役割分担を説明しておきます。 (2)実験はシナリオに沿って粛々と進めます。特に対象物品が多岐に及ぶ場合は、確認作業や説明に一部脱落があると遡って再度行わざるを得なくなりますので、ルーチンワークであっても一つずつ確実に、かつ、効率的に行えるよう担当者を指揮します。写真撮影をする際は、その箇所を特定するために整理番号を記したポスト・イットを物品に貼付しておけば、事後の整理に役立ちます。蛇足ながら、撮影は念のため複数人でするのが得策でしょう。 なお、事実実験の現場においては往々にして当初想定していたこと以外のことが生じるものです。微量な物質の計量においては風袋の付着物すら影響するため急遽実験方法を変更したものや、開封されていないはずの対象物品の袋の角がわずかに破損していたことが発見されたものの、二重袋となっており内袋が無事であったため事なきを得たものなど、やはり実験してみて始めて分かることがあるものです。 その際、即座に臨機適切な対応が求められるのは出張遺言の場合と同じであり、ここが公証人の腕の見せ所です。実験内容の変更箇所はシナリオに明らかにしておきます。 (3) 封緘・封印については、封緘紙として和紙を用いることから対象物が紙なら問題ないのですが、それ以外の場合は、接着剤、接着方法、封緘・封印方法の工夫が必要です(急遽、多用途ボンドを近くのホームセンターで調達させたことがありました。)。封緘・封印等の摩耗を防止するため、封緘完了後さらに透明ビニール袋でカバーをかける場合もあり得ます。

4 証書等の作成 実験後は直ちにシナリオ、資料、写真を整理して証書案を作成し、特に証書に添付する関連資料及び物品等の固有名詞について代理人に事前確認したうえで証書を完成させます。なお、証書に資料や写真を添付すると、時としてそのボリュームは電話帳位になる場合があるので、正本・謄本の製本に工夫を要します。

5 感想 事実実験は他の公正証書に比べると予想外に手間と時間がかかるものの、知的財産権の保護に関して自らの手で一翼を担ったという達成感は、他の公正証書作成とはひと味違ったものです。事前打合せの際、嘱託人から「参考までに、物質の化学構造式はシカジカで…」と例の亀の甲模様を見せられたときは、「理化系の専門ではないので…」と腰が引けそうになったのですが,公証人が五感で知得する実験現場においては、その点はまったくの杞憂に過ぎません。臨機適切な対応が求められる現場においては、むしろ「カメノコウヨリトシノコウ」との想いを強くした次第です。                         (大谷昂士)

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民事法情報研究会だよりNo.10(平成27年2月)

向春の候、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。 さて、この度、昨年12月のセミナー講演録を皆様にお送りして、当法人の本年度の事業もおおむね終了しました。次期年度は、6月20日(土)に定時会員総会・セミナー・懇親会を、また12月12日(土)にセミナー・懇親会を予定しておりますので、よろしくお願いします。 本号では、佐々木理事の「母を想う」と、水野隆昭会員からご寄稿いただいた随想「キラキラネームに思う」を掲載いたします。(NN)

母を想う(理事 佐々木 暁) 「暁、頑張りなさい」と注射痕だらけの細くなった倅の腕を何度も何度もさすって、病室を後にした母の顔・後姿が今も脳裏に焼き付いています。 私の年代(団塊の世代)の母親の世代は、概ね大正10年前後生まれで、現在、90歳から95歳位の方でしょうか。私の母は米寿のお祝いをした翌年、89歳で他界しましたが、昨年の暮れには多くの同世代の方々から、「母が永眠しました」という喪中のお知らせを頂戴し、自身のことのように心寂しい想いに駆られました。 今、同僚の公証人、元公証人、友人・知人の多くの方々が高齢となった母若しくは父の介護や一人暮らしの生活の支援をされておられることを承知しておりますが、その御労苦や御負担は大変であろうことは、外からは見えづらいところではありますが容易に推察されます。 母と共に暮らしたのは、高校を卒業した18歳までですが、当時は、親から、田舎から、飛び出したい一心の頃でしたから、親の想い、母の気持ちなど知る由もありませんでした。 母は隣村のそれなりの大きな商店の一人娘で、高等教育も受けた経歴もあると、後で伯父や伯母に聞きはしましたが、父と結婚して、7人(うち2人は幼少に死亡)の子育てに奮闘の日々の中ではその面影さえなかったように記憶しています。父の兄弟は11人で、その中に突然に入り、それなりの苦労があったことは、子供心に記憶しています。本家から分家してからも、その日のお米にこと欠く事も多々あり、本家の大姑さまに頭を下げる姿を何度か目にしたことがありました。実家の母の両親は既に他界していたこともあり、母の精神的・経済的な拠りどころもなかった情況の苦労が子や孫を持つ身になってようやく解ってきた気がします。生魚など触ったこともない母が、5人もの子供を育てるために、正になりふり構わず、髪振り乱して働いていた姿は忘れられなく、今でも感謝の気持ちで一杯です。私が時々趣味として料理の真似事をするのは、たぶんにその頃の母の調理の仕方を観察していた影響であろうと思います。 念願どおり憧れの札幌に出て、念願どおり?法務局に就職した私は、文字通り一人で大きくなったと思っていましたが、縁あって民事局に異動しないかと局からの打診を受けた時は、あれだけ離れたがっていた父母なのに、その父母のいない内地に転勤する勇気はなく、いつしか父母の顔を想い浮かべていました。結局、父の後押しがあって決断することになりますが、苫小牧港のフェリーの桟橋で涙ぐむ母の姿には、とんでもない親不孝をしたような辛い思いをしました。以来24年間、北海道に勤務することもなく、母にもたまの帰省の際にしか会うこともありませんでした。会っても無口な男の私の事ですので、余り言葉を交わすこともないまま時は流れておりました。 そんな中、平成13年4月に釧路局勤務となりました。後から聞いたところ、母はようやく近くに(田舎と釧路は約200kmしか?離れていない)来たと喜んでくれたようです。そして、母が喜んだのもつかの間、その7月に私が白血病のため、病の床に伏すことになってしまいました。当時としては、この病は完治の見込みは無く、余命僅かと誰もが感じていたようでした。 母は、入院して間もなく、僅か?200kmの釧路の病院まで弟夫婦と見舞いに訪れてくれました。母の思いはどんなだったか今では知る由もありませんし、推測の域は出ませんが、少なくとも、親より子が先に逝くことの悲しみ、無常さが目に溢れていたような気がしてなりません。その気持ちが思わず私のか細い腕を擦ったのではなかろうか。普段、言葉も交わすことも少なかった母と息子の誠にぎこちない感情表現であったような気がします。 父が73歳で逝った時の心の穴は信じられないほどに大きかった記憶がありますが、母又これに勝るとも劣ることのない大きな心の支えを失った衝撃を感じました。 遺言の相談で公証役場を訪れるご高齢の方にお会いする都度、ついつい必要以上に話しかけたり、優しい言葉をかけたりするのは、私の母に対する孝行不足の反省と懺悔の表れなのでしょうか。 誌友の皆様の中には今正にご高齢の母や父の介護や生活の手助けをされておられる方が多いことと思いますが、誠に余計なことですが、どうぞ少しでも長く共に過ごす時間を持っていただき、生活の手助け、介護支援をしてあげてください。 親が天国に召されて始めて、自分の心の中に占めていた、母や父の存在が日々大きくなっていくような気がしています。

 〈母が逝った時の心情〉 波の華 磯に咲かせて 母逝かん 波の間に うさぎ飛びたり 母の逝く (「うさぎ」「波の華」・・・磯に飛び交う波の泡)

「キラキラネーム」に思う(水野隆昭) 最近のテレビ放送は、お笑いを中心にした軽薄なものが目立ち、グルメや旅番組、それに視聴者からの投稿動画などが多く、また、BS放送の方も経費や手間をかけたと思えるものは少なく、通販番組ばかりが多くを占めて、視聴率さえ取れれば何でもありという状況である。公共放送であるNHKとて、クイズ番組やら宣伝に多くの時間を割いていることなどから、視聴率を気にしているのは例外でないように思う。かつてジャーナリストの大宅壮一さんが、テレビ番組に対して「1億総白痴化」と警鐘を鳴らしていたことが思い出されるが、見応えがあって考えさせられるような番組が全体的に少なくなってきていると感じているのは私だけであろうか? 日常、私は、テレビ番組について、このような思いを抱きながらも、やはり日々最大の情報源は、テレビと新聞である。先頃、夜遅くニュース番組を見ようとしたところ、たまたま「キラキラネーム」について放映されていた。正直、私はそれまで「キラキラネーム」が如何なるものか知らなかったが、古くからのネーミングではなさそうで、「漫画の主人公などを真似た変わった読み方の名前」とか、「読み方の判らない奇抜な名前」といった意味に使われているようである。私も、近年子供や若者に関する報道などで、判読できない難しい名前が多くなってきたとは感じつつあった。同番組のナレーターは、相当以前からこうした名前が出てきており、最近では出生子の名前の2~3割にも達するとも言い、毎年キラキラネームのランキングも発表されているそうである。 参考までに、こうした名前をいくつか挙げてみると、苺愛(べりーあ)、皇帝(しいざあ)、葵絆(きずな)、凡那(ちかな)、緑輝(さふぁいあ)、姫星(きてい)、瑠輝空(るきあ)、愛保(らぶほ)、四奏音(しふおん)、神月(じゃむ)、今鹿(なうしか)、光(ぴかちゅう)、伽路瑠(きゃろる)、黄熊(ぷう)、世歩玲(せふれ)、亘利翔(ぎりしゃ)、大男(びっぐまん)、結萌(もえ)などなどである。例示が多いと思うかも知れないが、これらはほんの一部で、このように振り仮名がないと読めない、逆に、名前から漢字の見当がつかない名前は、ナレーターがいう2、3割はともかく、私が想像している以上に多いのかも知れない。 この番組には、シニアの命名研究家・牧野恭仁男(くにお)氏がコメンテーターとして出演しておられたが、同氏は、難解で奇抜な名前は平成に入ってから徐々に多くなってきているとのこと、また、ご自身の体験として、他人が読めない「恭仁男」という名前のため長いこと色々苦労してきたことを話されていた。同氏は、相談に来た親には、自分の体験として子供に苦労させないため平易な名前を勧めているが、親の中には、他人が絶対に読めない難解で個性的な名前を付けたいと考えている人達が相当いるとのことである。そして、子に変わった名前を命名する親は、特に変わった人達というのではなく、ごく普通の親であるとのことである。 また、番組中では、子の命名が親の権利か子の権利かは法律上はっきりしていないことや(命名権の本質については、①親の持つ親権作用説、②命名権は子の固有のものであるが、親権者は代行するとの説、③命名の基礎は出生子自身にあるが、親権者が事務管理者として代行するとの説、がある。)、子供の名前には、制限内の漢字ならどんな漢字を使用し、それをどう読んでも良く、読み方についての規定はないこと、明言はできないが、こうした名前が受験や就職などに悪影響することがあるとの噂があること、改名の手続き、それに、名前が時代背景により幼児の死亡率が高かった頃には、くま、とら、かめ、つる、など、強くて長命な動物の名が付けられたことなどが話題となっていた。そして、最後に、キラキラネームなどをこのまま放置しておくべきではなく、行政の問題として、行政が解決すべきことであるというのが番組での結論であったと思う。 私がこの番組を見てすぐ頭に浮かんだのは、「悪魔」ちゃん命名事件である。これについては、当時随分マスコミで大々的に取り上げられたのでご記憶の方が多いことだろうが、もう20年以上も前のことであり、また経緯の詳細を語るのは大変なので、簡単に概略を述べてみよう。 平成5年8月11日都下昭島市に「悪魔」と命名した男児の出生届が提出され、制限内の文字であるところから受理された。しかし、その後この名の受理に疑義が生じたため、東京法務局八王子支局に照会(伺い)がなされ、その後本件は、東京法務局が法務省民事局に照会して回答(平成5年9月14日付け第6145号民事局長回答)を得て、同年9月28日、処理するのは妥当ではないので、名を追完させ、その間は名未定として取り扱うように指示された。これにより、同市は、戸籍に所定の手続きをした上、父親に名の追完をするように催告した。この扱いを不服として、父親は、東京家裁八王子支部に名の記載を求めて家事審判の申し立てをした。同支部は、平成6年1月31日、要旨として『子供に「悪魔」と名付けるのは、いじめの対象となり、社会的不適応を起こす可能性もあるので、命名権の濫用に当たり、本来は出生届を受理されなくてもやむを得ないが、一旦受理した以上、届出人が追完に応じないときは、市長は戸籍にそのまま「悪魔」と記載するしかなく、名の戸籍を抹消した市長の処分は違法、無効である。』との審判を下した。そこで、市側は、東京高裁に即時抗告をしたが、その後紆余曲折はあったものの、父親は類似の「亜駆」という名前の追完届を出し、これが受理されたので、父親は不服申し立てを取り下げ、市側もこれに同意したことから、即時抗告審は未決のまま終わりとなった。余談ながら、その後この父母は別れて、父親は、数年後覚せい剤取締法違反で逮捕されたと報道されていた。 ところで、戸籍法50条では、「子の名には、常用平易な文字を用いなければならない。」と規定しており、子の名前に使用できる文字は、常用漢字と人名用漢字及び片仮名又は平仮名に限られている。この限られた文字を使って、親が子の命名をすることは、原則として自由であると言えよう。しかし、使用できる文字ほど明確な基準はないにしろ、命名権の濫用にあたる場合や社会通念上明らかに名として不適当な場合、一般の常識から著しく逸脱しているとき、人の名として本来の機能を著しく損なう場合などには、審査権により名前の受理を拒否することが許されるとするのが、前記の家裁八王子支部の審判の判断理由である。また、夫が子に妻と同じ漢字の名前を付け、振り仮名で別の読み方をした出生届に対し、判例(決定)は、「・・・その人を特定する公の呼称であるから、いかなる名がつけられるかは、本人・世人は利害関係をもっており、したがって、難解・卑猥・使用の著しい不便・識別の困難などの名は命名することができないものと解すべく・・・」(昭和38.11.9名古屋高裁、高裁民集16・8・664)とするものもある。このように、命名について、使用文字のように明確な基準がないので、実際に判断することは難しいだろうが、そこに一定の制約があることに誰も異論はないだろう。 そこで、キラキラネームについて少し考えてみたいが、私の記憶間違いでなければ、漢字の「一」に「はじめ」と振り仮名を振った名(漢字と振り仮名が一体で名となる。)も先例で認められていたと思うが、私はそうした名前を戸籍で見た記憶はないと思う。仮に、キラキラネームの出生届(この判断自体も難しいことがあろうが)には振り仮名を振ることとして、その振り仮名も名前であるということになったら戸籍制度そのものが混乱し、情報化の現代においては制度自体の維持も難しくなるに違いない。また、キラキラネームの大半は、前記の審判や決定がいう制約(別にいえば、命名権の濫用)のいずれかに該当するとも考えられないことはない。 私には、親にとって子は大事な存在であり、子は親の分身とはいえ、自分の子だけ特別個性的で判読困難な命名をしたいとする気持ちは理解し難い。言うまでもなく、名前は個人を特定するために命名され、それは、親や子供だけのものではなく、前記の決定がいうように「公の呼称」であり、子供が組織や社会あるいは多くの世人などと関係を持ちながら一生使用するものである。したがって、たとえ命名権が親権の作用と解しても、親が一方的に奇抜で判読困難な名を付けることが許されるものではなく、あくまで子供の福祉や人格尊重の観点から使用を制限している漢字内で平易な判りやすい名前に制限することは、公共の福祉に合致しているとも言えよう。 私は、キラキラネームが出生子(平成25年度で103万人弱)の内でどの程度の割合で付けられているのか、資料がないので判らないが、前述の2~3割というのはともかく、仮に1割としても大変な数である。また、15歳になったら改名できることは実際の解決策にはならないし、名前によるいじめ、あるいは有るかも知れない入学や就職における悪影響、それに何より名前で一生本人がいろいろの場面などで苦労することは認め難いことだし、単に個人の不利益に止まらず、社会的にも大きな不都合や混乱・損失を生じさせることが懸念される。また、感情論として、名は体を表すと言うが、こうした名前から偏見や誤解を受けたら、子供は自分の名前に誇りが持てないし、名前から何人(なんぴと)か判らないのも同国人として悲しい気がする。 そこで、私は出生子の名は、使用できる文字がやさしい一定のものに制限がされているし、それに合わせてやさしく判りやすい読み方になるのが望ましいと思うので、命名に何らかの制限を設けるのが望ましいと思う。この制限には、前記の審判や決定の判断理由で示された事項も基準になり得るが、ただ、前述したように、こうした制約の事項は、抽象的で実際には判断が難しい場合が多いだろう。その他、制限の基準として、出生届に書く名の振り仮名から、その漢字が「音」か「訓」で読めるものに限るのも一つの方法で、漢字の概念とか感覚などから付けられた前記のキラキラネームとか、例えば、完全無敵(つよし)、七音(どれみ)、世導(りいだ)、本気(まじ)、男(あだむ)などの届けは、受理できないことになる。このような制限で相当数のキラキラネームなどは阻止できるであろうが、キラキラネーム中には、漢字の音や訓に一応合った名前、例えば、沙利菜愛利江留(さりなありえる)、嘉斉漣(かさいれん)、振門体(ふるもんてい)、頼音(らいおん)、大大(だいだい)、梨李愛乃(りりあの)、亜斗夢(あとむ)、杏奴(あんめ)などがあり、完全に制限することは困難である。後は、名前の字数からの制約(例えば、特別な事情がない限り漢字5字以内)も考えられるが、これは実用的とは言えないだろう。 最終的には、立法による制約ということになるのかも知れない。しかし、私は前述した戸籍法50条の規定で「子の名には、常用平易な文字」と定めた趣旨から、また、子の命名について唯一の条文でもあるので、「子の名には、常用平易な文字及び読み方」と解し、通達などでの制約は無理であろうか? ただ、前記の東京法務局から民事局への照会中の意見では『・・・名「悪魔」は、制限内の文字であり、戸籍法第50条の問題はない。』として、同条を「制限内の文字」の規定であると限定的に解しているし、この解釈から、漢字の読み方は規定がなく自由なので、漢字と関連しない奇抜で判読困難な名が現実に受理されているのであろう。いずれにしろ、先例の積み重ねや親への説得、PRなどあらゆる手段を講じて、命名権を濫用しているキラキラネームを早急に阻止する必要があると考える。 最後に少し言い訳をさせていただくと、私の戸籍事務の直接の経験は、40数年前に通算して3年程で、戸籍の専門家からは、この記述や理屈は誤りであるとお叱りを頂くに相違ない。しかし、テレビ番組を見て、奇抜で判読困難な名前は制約すべきと考え、思い付くままを知識も資料もない中で述べたに過ぎないので、ご容赦をお願いしたい。また、私は近年のテレビ番組を批判したが、マスメディアの姿勢も、キラキラネーム命名の一要因となっていると言うのは、言い過ぎであろうか?

実 務 の 広 場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.6 公正証書遺言が悪用されないために - 関西連続不審死事件について思うこと -

 1 はじめに 公証人の業務については,公証人法等において,①法律行為その他私権に関する事実につき公正証書を作成すること,②私署証書に認証を与えること,③会社法第30条第1項及びその準用規定並びに一般社団法人及び一般財団法人に関する法律第13条及び第155条の規定により定款に認証を与えること,④電磁的記録に認証を与えること,⑤私署証書への確定日付の付与(民法施行法)などが規定されており,任意後見契約や事業用定期借地権など,個別の法律において公正証書によることが義務付けられているものもあります。 公証人は,このように法律に基づいて,各種公正証書の作成,定款認証,各種私署証書の認証,確定日付の付与などを行っていますが,公正証書の作成状況をみると,近年,遺言が増加傾向にあるように感じています。 また,遺言や相続に関する講演等の要請も少なくありませんが,その講演等への出席状況も良く,皆さん熱心に聞かれることからも,遺言に対する関心は一層高まっているように感じています。 ある士業者の話によりますと,公正証書遺言があれば,相続登記手続が大変スムーズにできるとのことですが,公正証書遺言は,公証人が本人及び本人の意思確認をした上で作成していることから,相続を巡る相続人間の紛争を未然に予防するという大きな役割ももっています。このようなことから,近年,遺言は公正証書でと希望する人が増えてきているのだと思います。 しかし,関西地方で発生した連続不審死事件(本稿では,便宜「連続不審死事件」又は「本事件」といいます。)は,このような公正証書のメリットが悪用された可能性を否定できない事例といえます。

2 連続不審死事件 連続不審死事件は,報道によりますと,ある高齢女性(以下「A女」という。)が,高齢の男性と再婚等(内縁を含む。以下同じ。)を繰り返しつつ,相手方男性はその有する財産をA女に与える旨の公正証書遺言を作成し,その後間もなくその男性が死亡し,財産を取得したA女は,更に別の男性と再婚し,当該男性が前記同様の公正証書を作成し,次いでその男性が死亡し,A女がその財産を取得するという一連の行為を繰り返すことにより,多額の財産を得たとされているものです。 本事件に関する一連の報道をみて公正証書の存在や,その重要性,強い効力などを知った人も少なくないと思いますが,報道内容が事実とすれば,遺言者の遺言の動機はゆがめられたものであると言わざるを得ず,公正証書の作成を通じて予防司法に貢献しようとする公証人にとっても誠に残念かつ悲しい事件です。

3 遺言の実際 公正証書遺言は,証人2名の立会が必要とされていますが,一部週刊誌によると,公正証書遺言の作成過程がいかにも杜撰であるかのごとく記載され,また,その際に必要な立会証人の役割についても軽視した,誤った記事が掲載されました。 しかし,実際には,次の点に十分に配慮した上で,遺言者には,公証人と立会証人2名の前で遺言内容(誰に何を相続させるか等)を口述してもらい,立会証人には,遺言者の口述する遺言内容を遺言者の遺言能力や遺言意思に留意しながら聞いてもらい,最後に遺言内容を読み聞かせる際にも,遺言内容を見てもらいながら,遺言者が何を誰に相続させ,又は遺贈するのかといった遺言者の口述内容が公正証書に正しく記載されているのかを公証人とともに確認していただいているものです。そして,そのことによって公正証書遺言の適正性・適法性が担保されているのです。 ① 本人確認等 公正証書の作成に限らず,嘱託人の本人確認は重要ですが,本人確認に加えて,本人の意思能力の確認も必要ですし,遺言の場合は,本人がどのような内容の遺言を希望しているかという遺言内容の確認も重要です。 ② 相続人等の確認 また,当然のことですが,遺言により財産をもらう人が相続人か,相続人以外かを確認するとともに,相続人の場合は相続関係を証明する戸籍謄本等の提出を求め,相続人以外の場合は,住民票等の提出を求めるなどして,その人が実在していることを確認し,氏名,生年月日,遺言者との続柄や住所等により,これを特定します。 しかし,遺言は単独行為であることや,2名の立会証人以外は原則として遺言の席に同席させないことから,遺言に際して,公証人が遺言により財産をもらう人(相続人や受遺者,以下「相続人等」という。)の本人確認をすることは予定されていません。 ですから,相続人等の人物像について,事前に相談等で面談する機会がある場合は別として,提出された書類と遺言者が口述する内容以外,公証人が知ることはできません。また,遺言手続においてそういったことを調査することは,プライバシーに必要以上に踏み込むことになり,避けるべきことだろうと思います。

4 本事件類似の場合の遺言等の作成について 本事件は,このような公正証書遺言の作成過程をよく知った者が関与した可能性がありますが,では,現行の遺言の方式が適当ではないのかといえば,そうは思いません。 遺言者が公正証書遺言を作成するに至る事情は各人区々ですが,中には,子や配偶者に頼まれて遺言をする人もいると思います。頼まれてする遺言も,遺言者が十分に理解した上であれば何ら問題はありませんし,その内容についても,遺言者が納得していれば問題はありません。したがって,婚姻後まだ日が浅いとか,高齢再婚であるといったことも遺言で相続させ又は遺贈する相手として不適当であるということにもなりません。むしろ,互いにそれなりの高齢になっていますから,自分亡き後の配偶者等(内縁関係を含む。以下同じ)の生活を案じて遺言をすることはよくあることだろうと思います。 しかし,本事件が発生し,その内容が上記のごとく報道され,一般に広く知られるに至ったわけですから,これから遺言の相談を受ける際には,遺言者の話や提出された書類等から,本事件を想起するような不安が感じられた場合には,遺言者に対して,相続人等と知り合った経緯くらいは聞いてもよいのかも知れません。その結果不安が払拭されなかったとしても,遺言者の遺言意思が固ければ,公証人としては,その嘱託に応じざるを得ないだろうと思います。

5 どのような公正証書を作成するか。 例えば,遺言者の再婚等に至った状況が本事件に類似しているような場合で,遺言者は遺言書を作りたいが,万が一を考えて,何らかの予防措置,又は抑止措置を講じておきたい場合,あくまで仮定の問題ですが,どのような遺言が考えられるでしょうか。例えば次のような遺言はどうでしょうか。ただし,このような遺言は,あらかじめその相続人等に見せておかなければ,予防や抑止は働かないかも知れません。 ① 遺産分割協議を5年間禁ずる遺言 もっとも,遺産分割協議を要しない場合はこのような遺言はできませんし,相続人等の納得が得られないかもしれません(納得を得るべき性質のものではありませんが。)。 ② 相続開始後一定の間(年単位),相続人等に月々の生活費を定額給付する遺言信託を設定する。 自分亡き後,僅かの間に遺産を食いつぶすことがないよう信託することはままあることです。ただし,信託の場合は受託者に人材を得ることが必要となります。 ③ 相続人等を死亡保険金の受取人とする生命保険に加入した上,当該生命保険金が支給された時に、遺産を相続させ又は遺贈するとする遺言 このような遺言も可能ではないかと思うものです。保険法第51条第3号によれば,保険金受取人が被保険者を殺害したときは,保険者は,保険給付を行う責任を負わないとされ,このような場合は,通常保険金は支給されないと思いますが,前記保険法にいうような問題がなければ保険金は支給されますから,遺言による財産も遺言どおり相続等させられます。また,前記保険法に該当する事実が明らかになれば,相続欠格条項に該当することも明らかになりますし,死亡保険金支払に際しての調査を回避する手段として公正証書が悪用されることを防止することもできるように思います。 ④ 遺言者の財産を他の相続人等と共有で相続させる(又は遺贈する。)。 全財産を配偶者等に相続等させる必要がなければ,このような遺言をすることにより,第三者を関与させることも考えられます。 ⑤ 遺言執行者を指定しない。 相続人等が一人しかいない場合は遺言執行者を指定しない意味はないかもしれませんが,他に相続人がいる場合は,遺言執行者を指定していなければ,遺言執行に他の相続人も関与することになりますし,仮に,裁判所で遺言執行者の選任する場合は,裁判所の審理を経ることになり,一定のハードルになります。 ⑥ 遺言執行者を,相続人等及びその関係者以外の者とする。 効果は少ないかも知れませんが,相続人等を遺言執行者にするよりは抑止力があると思います。 ⑦ 配偶者等が再婚等したときは効力を失う旨の遺言,又は一定の期間内に再婚等したときは効力を失う旨の遺言 これは,遺言者死亡後,配偶者等にすぐに再婚等されては,自分の残した財産や仏壇・仏具を遺言者の希望どおり維持・管理してくれるかが心配です。したがって,遺言者亡き後再婚等するならやらないという遺言や,一定期間(年単位)を決めてその間に再婚等したらやらないという遺言です。しかし,内縁関係にとどめているような場合はその実態把握が難しいかもしれません。また,実際に相続等の手続が終わってしまえば,散逸した財産の回収は難しいかも知れませんし,回収を誰がするかという問題は残ります。 以上,思いつくままにいくつかを紹介しましたが,これ以外に,より適切な遺言があるかもしれませんので,実際に直面した場合は,更に検討したいと思います。

6 今後の取組み 当公証役場では,一部週刊誌で報じられたような立会証人の役割について,あらぬ誤解を招かないために,公正証書遺言の相談者に渡す必要書類の説明用紙及び立会証人2名の住所・氏名等を記載して提出していただく用紙に次のような一文を追加し,立会証人の役割についてあらかじめ説明しています。 「証人(立会証人です。保証人ではありません。)には,公証人による遺言者の遺言能力の確認や遺言者の意思の公正証書への記載などをチェックしていただきます。その際見分したことは,他に口外しない義務を負っています。」 高齢で再婚し,その後日が浅い方が,その配偶者等に多くの財産を与える旨の公正証書を作成しようとする場合には,慎重な検討を促すとともに,公証人としても慎重な対応に心がけて参りたいと思っているところです。もっとも,相続人等と共に相談に来たような場合に,どのようなアドバイスができるかは,まだ課題ですが,講演など多数の方が集まる機会には,そういったアドバイスや注意はしやすいのではないかと思っています。

7 おわりに 近年,遺言への関心が高くなり,公正証書で遺言を作成しようとする人も多いですが,日常の遺言書作成業務においては,遺言者が,遺言をしたことによって余生を失うかも知れないなどといったことは考えも及ばないところです。しかし,本事件に関する報道を踏まえ,今後,本事件に類似した身分関係を有する人から相談があった場合には,より慎重に対応して参りたいと考えているところです。                            (由良卓郎)

No.7 遺言公正証書に生命保険金を相続させる旨記載することの可否

遺言者から生命保険のことも遺言公正証書に記載して欲しいといわれることがたびたびある。遺言者が死亡し、保険会社から生命保険金が支払われることになる場合、死亡保険金も遺言者の残した財産であるから、それについても当然のことながら遺言公正証書に記載されることになると思ってのことである。生命保険契約で、保険金の受取人が妻や子と定められている一般的な例にあっては、死亡保険金は、遺産でなく生命保険金受取人に認められた固有の権利であり、記載する必要はないと説明するのであるが、遺言者にとっては、どうも納得がいかないという表情をされることがままある。そこで、本稿では、生命保険金のことをなぜ遺言公正証書に記載することができないのかについて、一般的な例をもとに整理してみることとした。 (注)保険については、商法に定められていたが、平成22年4月1日から保険法が施行され、保険法附則第2条で、「この法律の規定は、この法律の施行の日(以下「施行日」という。)以後に締結された保険契約について適用する。」とされたので、この施行日前後で生命保険契約に関する適用法律が異なることとなる。本稿では保険法を前提に記載することとするが、保険法は、商法の考え方を根本的に変えるものではないので、施行日前に成立した保険契約についても、本稿の記載は当てはまるものである。もっとも、考え方を変更した箇所もあり、商法と保険法の異なる点は、「遺言のすべてQ&A(全訂版)」社団法人民事法情報センター発行に詳述されているので、それを参照願いたい。

1 生命保険制度の基本的な仕組み 生命保険契約については、保険者(保険契約の当事者のうち、保険給付を行う義務を負う者であり、一般的には保険会社)、保険契約者(保険契約の当事者のうち、保険料を支払う義務を負う者)、被保険者(その者の生存又は死亡に関し保険者が保険給付を行うこととなる者)、保険金受取人(保険給付を受ける者として生命保険契約で定めるもの)が登場し、保険法では、生命保険契約とは、保険契約者が保険者に対し保険料を支払い、保険者が人の生存又は死亡に関し保険金受取人に対し一定の金銭を支払うことを約するものと定めている(保険法2)。 そして、この生命保険契約には、⑴自己のためにする生命保険契約、すなわち保険契約者が保険金受取人となる保険契約と、⑵第三者のためにする生命保険契約、すなわち、保険契約者以外の第三者を保険金受取人にする保険契約の2タイプがある(保険法42)。そして、これらのそれぞれにつき、保険契約者と被保険者が同一人である場合を自己の生命保険といい、保険契約者と被保険者が別人である場合を他人の生命保険という。後者の場合は、保険契約の締結等の際、被保険者の同意がなければその効力を生じないとされている(保険法38)。

2 生命保険契約別にみた保険金の受領者 遺言においては、遺言公正証書に生命保険金の受取人のことをきちんと書いて欲しいという要望が寄せられるが、どのような生命保険契約になっているのかを予め知っておく必要があり、生命保険契約別に整理してみる。 ⑴ 自己のためにする生命保険契約(保険契約者が保険金受取人となる保険契約)における保険金の受取人について、次の①②に分けて考えてみる。 ①自己の生命保険(保険契約者と被保険者が同一人である場合)の例

保険契約者

遺言者(死亡・・ア)

被保険者

遺言者(死亡・・ア)

保険金受取人

遺言者(相続・・イ)

遺言者が保険契約者で、かつ被保険者及び保険金受取人となっている場合は、(ア)被保険者である遺言者が死亡したとき、保険金受取人は遺言者となるが、遺言者は死亡しているので、その相続人が保険金請求権を取得することになると解されている。遺言者がこのような生命保険契約を締結している場合は、(イ)保険金請求権は遺産の一部を構成し、それが相続人に相続されるとの考えに基づいているので、財産である保険金請求権を誰に相続させるかを遺言公正証書に記載することは何ら問題ないということになりそうである。 しかしながら、このような生命保険契約については、保険契約者兼被保険者が死亡したときに備えて、保険金請求権を誰が取得するのかを約款で詳細に定めているのが一般的で、その約款は、保険契約者すなわち遺言者が保険者すなわち保険会社と合意したものであり、それを無視して遺言者が約款と異なる遺言をすることは、遺言者と保険会社が合意した約款を遺言者が一方的に破棄することとなるので、保険会社の了解を得ないで、遺言公正証書に記載することはできないし、その約款により新たな保険金受取人を定めたものと解されるので、そうであれば、後記⑵①のとおり新たな保険金受取人が自己固有の権利として当該保険金を取得することになると解される。 ただ、ことは遺言者の財産に絡む問題なので、遺言者が死亡した場合の保険金受取人について規定する約款のとおりの内容にして遺言公正証書に記載することは、何ら問題ないものと思われる。因みに、遺言者において強い要望があれば、このような保険契約にあっても、その約款と異なる者に保険金請求権を相続する者を定めることができるのか、遺言者から保険者(保険会社)に確認させ、対応することとなろう。 ②他人の生命保険(保険契約者と被保険者が別人である場合)の例

保険契約者

遺言者(死亡・・イ)

被保険者

 妻(死亡・・ア)

保険金受取人

遺言者

遺言者が保険契約者であり保険金受取人であるが、被保険者は別人となっている場合、例えば、遺言者が妻を被保険者として、保険金受取人を遺言者自身とする保険契約を締結している場合は、被保険者である妻が死亡したとき、保険金受取の問題が発生するが、それは、遺言者が妻の死亡によって生命保険金を受け取り、遺言者の財産が増加するだけのことであり、そのことを遺言公正証書に記載したいのであれば、一般的な財産権の相続として記載しておけば足りることである。遺言者が死亡した場合のことを前提にする遺言公正証書にあって、この例の場合、問題になるのは、遺言者の死亡によって保険契約者としての地位が相続の対象財産になるかどうかである。保険契約者である遺言者が死亡した場合、死亡とともに当然その保険契約が解消されてしまうということになるのか、そうではなく、保険契約者としての地位を一つの財産権ととらえ、誰かが相続し、そのまま保険契約は継続されるのか、いろいろ意見のあるところである。 通常、保険契約の約款には、保険契約者の変更についての規定を設けており、理論的にも、財産権としてとらえることができるので、遺言公正証書で保険契約者としての地位を相続する者を指定できると解するが、約款で保険契約者が生存していることを前提に変更を認める旨規定している場合、あるいは保険契約の内容によっては、これを許さないものも存すると思われるので、保険契約者の地位の相続の可否については、保険者である保険会社の意見を踏まえて、記載できるか検討することとなろう。 ⑵ 第三者のためにする生命保険契約(保険者契約者以外の第三者を保険金受取人にする保険契約)の保険金受取人について次の①②に分けて考えてみよう。 ①自己の生命保険(保険契約者と被保険者が同一人である場合)の例

保険契約者

遺言者(死亡・・ア)

被保険者

遺言者(死亡・・ア)

保険金受取人

 妻

遺言者が保険契約者であり被保険者であるが、別人が保険金受取人となっている場合、例えば、遺言者が自ら被保険者となり、妻を保険金受取人とする保険契約を締結している場合は、(ア)被保険者である遺言者が死亡したとき、妻が保険金受取人となる。保険法第42条で「保険金受取人が生命保険契約の当事者以外の者であるときは、当該保険金受取人は、当然に当該生命保険契約の利益を享受する。」と定め、これは、保険金受取人が自己固有の権利として取得するもの、言い換えれば、保険契約者がいったん取得した権利を保険金受取人が承継的に取得するものではなく、保険金受取人が直接保険者に対して保険金の支払いを求める権利を有するものであると解されている(民法537Ⅰ)。 遺言者がこのような生命保険契約を締結している場合は、保険金請求権は遺産の一部を構成することにはならず、それをどのように相続させるかを遺言公正証書に記載することはできないということになる。このような一般的な例について、保険金受取人の固有の権利と説明してもなかなか理解されない場合は、保険金は、保険会社が支払うものであり、あなたの遺産から支払われるものではないと説明すると納得される場合がある。 ②他人の生命保険(保険契約者と被保険者が別人である場合)の例

保険契約者

遺言者(死亡・・イ)

被保険者

 妻 (死亡・・ア)

保険金受取人

子供

遺言者が保険契約者で、被保険者と保険金受取人が別人である場合、例えば、妻を被保険者、保険金受取人を子供とする保険契約を締結している場合は、被保険者である妻が死亡したとき、保険金受取人は子供になるが、(イ)保険契約者である遺言者がそういう生命保険契約(言い換えれば、子供が直接保険会社に対して保険金の支払いを求める権利を有する生命保険契約)を締結していたというだけのことであり、前述したとおり、このことを遺言公正証書に記載する意味はないということになろう。この場合は、前述したとおり遺言者の死亡によって問題になるのは、保険契約者としての地位が相続の対象財産になるかどうかである。これについては、前述したと同様に財産権と捉えて、それを誰に相続させるかを遺言公正証書に記載できると解するが、いろいろ意見等のあるところであり、保険者である保険会社の意見を踏まえて、記載できるか検討することとなろう。

3 その他の事例 以上のことを踏まえて、生命保険の証書をみるとどのタイプの生命保険契約なのか理解できると思うが、保険金受取人を指定していない場合、あるいは生命保険金受取人を単に相続人とのみ指定している場合等について、判例は、「他人のためにする生命保険契約」と解すると判示している(最判昭和48年6月29日、最判昭和40年2月2日。前掲「遺言のすべてQ&A(全訂版)」P234、P352参照)ので、このような例では、前述したとおり2⑵により取り扱うこととなる。 そのほか、生命保険の保証は一定期間だけで、一定の期限が経過したその後は、単なる財産権になるものがあるが、これについては、一定の期限の経過後は遺言者の遺産になるので、その権利を誰に相続させるのか記載することはできるといえる。その際、どのように記載しておけば問題ないかは、保険会社に問い合わせて対応することとなろう。 ところで、最近は、死亡生命保険ではあるものの、保険料を投資の財源とし保険契約者が生存中に利益がでれば一定金額を年金として受領できるタイプ(投資型個人年金保険。死亡すれば生命保険も支給)等様々な商品が発売されている。この種の生命保険は、一括で多額の保険料を保険会社に支払うので、その分個人資産が減少することとなり、節税対策商品とされていることもあってか、利用する人が増加しているとのことであるが、遺言者のなかには、これについて遺言公正証書に記載できる事項があれば記載して欲しいという要望がある。 これも生命保険であるから、生命保険金の部分については、前述した考え方がそのまま当てはまるが、この保険の場合、生命保険金のほかに保険契約期間中一定額の年金が支給されると定めているので、この年金部分について、遺言者として何らかの遺言ができるかである。年金は、保険契約期間中、被保険者が生存中は勿論こと、被保険者が死亡した場合であっても当該期間内に支給される予定の年金額が支払われる(期間途中で被保険者が死亡したとき、残りの期間支払われるべき年金を一括で支払うものと残存期間中も年金として支払うものの2タイプ)とされているが、この保険契約は、保険契約者である遺言者が年金を受け取るための契約であるから、被保険者を遺言者とし、年金の受取人も遺言者としている場合が一般的で、遺言者が死亡した場合、保険金受取人を誰にするのか問題となるが、前述した2⑴①と同様の考え方で対応することとなろう。 この場合も、保険契約時に年金受取人を定めることとされており、それが保険証書に記載されているだけでなく、この種の保険契約にあっては、後継年金受取人(予め定めた年金受取人が死亡した場合に備えて予備的に指定した年金受取人)も定めることができるので、その旨定めておけば、敢えて遺言公正証書に記載しなければならないような問題はおきないと思われる。加えて、後継年金受取人が指定されていない場合、あるいは後継年金受取人死亡後変更手続きが取られていない場合に備えて、約款で年金受取人を定めているので、この点からも問題はないと思われる。 ただ、ことは遺言者の財産に絡む問題なので、遺言者が死亡した場合の保険金受取人について規定する約款のとおりの内容にして遺言公正証書に記載することは、何ら問題ないものと思われる。 以上の例のほか、生命保険契約には、配当金、返戻金等様々な付加価値を付けているものもあるが、このような財産権につき、保険契約者である遺言者が死亡した場合受取人を誰にするのか約款で詳細に定めているので、遺言公正証書に記載する必要があるものはほとんどないと思われるが、保険会社に確認した上で、対応することが望ましい。

4 保険金受取人の変更 以上のとおり、生命保険金については、保険契約できちんと契約されていれば、遺言公正証書に敢えて記載しなければならないケースはほとんどないと思われるが、保険法第43条第1項で、「保険金受取人の変更は遺言によっても、することができる。」と規定されたので、遺言者が保険金受取人の変更をしたいとの希望をもっているのであれば、遺言公正証書によってもできることを説明しておく必要がある。 但し、保険金受取人の変更ができるといっても、約款で変更する場合のことにつき詳細に定めている場合があり、また県民共済保険、企業内保険のように死亡保険金受取人の変更を認めない保険契約もあるし、死亡保険金受取人の変更を認める保険契約であっても、もともと死亡保険金受取人になれない者と定めている例もあるかもしれないので、遺言公正証書に死亡保険金受取人変更の記載をする場合は、保険会社の法務担当者にどの程度の記載をすれば、遺言公正証書として問題ない記載なのか、例えば、保険証書に記載されている保険商品名、証書番号等について、どの程度記載する必要があるか、また被保険者の同意の有無と死亡保険金受取人を誰から誰に変更するのか等について、どのように記載すべきか確認しておく必要がある。 因みに、保険金受取人を変更する場合であっても、遺言公正証書で変更しなければならない特段の事情がある場合は別として、遺言者が保険会社に出向き、保険契約の保険金受取人の変更手続きをしておくことが一番問題ないので、遺言者にはその方法を勧めることがベターである。 いずれにしても、生命保険については、生命保険契約のとおりであれば、遺言公正証書に記載しなければならないような例はほとんどないと思われるが、遺言者が記載することを強く望む場合は、付言事項を活用するのも一つの方法であるし、仮に生命保険契約書あるいは約款のとおりであれば遺言公正証書本文に記載したとしても問題になることはないであろう。 (小林健二)

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