民事法情報研究会だよりNo.10(平成27年2月)

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向春の候、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。 さて、この度、昨年12月のセミナー講演録を皆様にお送りして、当法人の本年度の事業もおおむね終了しました。次期年度は、6月20日(土)に定時会員総会・セミナー・懇親会を、また12月12日(土)にセミナー・懇親会を予定しておりますので、よろしくお願いします。 本号では、佐々木理事の「母を想う」と、水野隆昭会員からご寄稿いただいた随想「キラキラネームに思う」を掲載いたします。(NN)

母を想う(理事 佐々木 暁) 「暁、頑張りなさい」と注射痕だらけの細くなった倅の腕を何度も何度もさすって、病室を後にした母の顔・後姿が今も脳裏に焼き付いています。 私の年代(団塊の世代)の母親の世代は、概ね大正10年前後生まれで、現在、90歳から95歳位の方でしょうか。私の母は米寿のお祝いをした翌年、89歳で他界しましたが、昨年の暮れには多くの同世代の方々から、「母が永眠しました」という喪中のお知らせを頂戴し、自身のことのように心寂しい想いに駆られました。 今、同僚の公証人、元公証人、友人・知人の多くの方々が高齢となった母若しくは父の介護や一人暮らしの生活の支援をされておられることを承知しておりますが、その御労苦や御負担は大変であろうことは、外からは見えづらいところではありますが容易に推察されます。 母と共に暮らしたのは、高校を卒業した18歳までですが、当時は、親から、田舎から、飛び出したい一心の頃でしたから、親の想い、母の気持ちなど知る由もありませんでした。 母は隣村のそれなりの大きな商店の一人娘で、高等教育も受けた経歴もあると、後で伯父や伯母に聞きはしましたが、父と結婚して、7人(うち2人は幼少に死亡)の子育てに奮闘の日々の中ではその面影さえなかったように記憶しています。父の兄弟は11人で、その中に突然に入り、それなりの苦労があったことは、子供心に記憶しています。本家から分家してからも、その日のお米にこと欠く事も多々あり、本家の大姑さまに頭を下げる姿を何度か目にしたことがありました。実家の母の両親は既に他界していたこともあり、母の精神的・経済的な拠りどころもなかった情況の苦労が子や孫を持つ身になってようやく解ってきた気がします。生魚など触ったこともない母が、5人もの子供を育てるために、正になりふり構わず、髪振り乱して働いていた姿は忘れられなく、今でも感謝の気持ちで一杯です。私が時々趣味として料理の真似事をするのは、たぶんにその頃の母の調理の仕方を観察していた影響であろうと思います。 念願どおり憧れの札幌に出て、念願どおり?法務局に就職した私は、文字通り一人で大きくなったと思っていましたが、縁あって民事局に異動しないかと局からの打診を受けた時は、あれだけ離れたがっていた父母なのに、その父母のいない内地に転勤する勇気はなく、いつしか父母の顔を想い浮かべていました。結局、父の後押しがあって決断することになりますが、苫小牧港のフェリーの桟橋で涙ぐむ母の姿には、とんでもない親不孝をしたような辛い思いをしました。以来24年間、北海道に勤務することもなく、母にもたまの帰省の際にしか会うこともありませんでした。会っても無口な男の私の事ですので、余り言葉を交わすこともないまま時は流れておりました。 そんな中、平成13年4月に釧路局勤務となりました。後から聞いたところ、母はようやく近くに(田舎と釧路は約200kmしか?離れていない)来たと喜んでくれたようです。そして、母が喜んだのもつかの間、その7月に私が白血病のため、病の床に伏すことになってしまいました。当時としては、この病は完治の見込みは無く、余命僅かと誰もが感じていたようでした。 母は、入院して間もなく、僅か?200kmの釧路の病院まで弟夫婦と見舞いに訪れてくれました。母の思いはどんなだったか今では知る由もありませんし、推測の域は出ませんが、少なくとも、親より子が先に逝くことの悲しみ、無常さが目に溢れていたような気がしてなりません。その気持ちが思わず私のか細い腕を擦ったのではなかろうか。普段、言葉も交わすことも少なかった母と息子の誠にぎこちない感情表現であったような気がします。 父が73歳で逝った時の心の穴は信じられないほどに大きかった記憶がありますが、母又これに勝るとも劣ることのない大きな心の支えを失った衝撃を感じました。 遺言の相談で公証役場を訪れるご高齢の方にお会いする都度、ついつい必要以上に話しかけたり、優しい言葉をかけたりするのは、私の母に対する孝行不足の反省と懺悔の表れなのでしょうか。 誌友の皆様の中には今正にご高齢の母や父の介護や生活の手助けをされておられる方が多いことと思いますが、誠に余計なことですが、どうぞ少しでも長く共に過ごす時間を持っていただき、生活の手助け、介護支援をしてあげてください。 親が天国に召されて始めて、自分の心の中に占めていた、母や父の存在が日々大きくなっていくような気がしています。

 〈母が逝った時の心情〉 波の華 磯に咲かせて 母逝かん 波の間に うさぎ飛びたり 母の逝く (「うさぎ」「波の華」・・・磯に飛び交う波の泡)

「キラキラネーム」に思う(水野隆昭) 最近のテレビ放送は、お笑いを中心にした軽薄なものが目立ち、グルメや旅番組、それに視聴者からの投稿動画などが多く、また、BS放送の方も経費や手間をかけたと思えるものは少なく、通販番組ばかりが多くを占めて、視聴率さえ取れれば何でもありという状況である。公共放送であるNHKとて、クイズ番組やら宣伝に多くの時間を割いていることなどから、視聴率を気にしているのは例外でないように思う。かつてジャーナリストの大宅壮一さんが、テレビ番組に対して「1億総白痴化」と警鐘を鳴らしていたことが思い出されるが、見応えがあって考えさせられるような番組が全体的に少なくなってきていると感じているのは私だけであろうか? 日常、私は、テレビ番組について、このような思いを抱きながらも、やはり日々最大の情報源は、テレビと新聞である。先頃、夜遅くニュース番組を見ようとしたところ、たまたま「キラキラネーム」について放映されていた。正直、私はそれまで「キラキラネーム」が如何なるものか知らなかったが、古くからのネーミングではなさそうで、「漫画の主人公などを真似た変わった読み方の名前」とか、「読み方の判らない奇抜な名前」といった意味に使われているようである。私も、近年子供や若者に関する報道などで、判読できない難しい名前が多くなってきたとは感じつつあった。同番組のナレーターは、相当以前からこうした名前が出てきており、最近では出生子の名前の2~3割にも達するとも言い、毎年キラキラネームのランキングも発表されているそうである。 参考までに、こうした名前をいくつか挙げてみると、苺愛(べりーあ)、皇帝(しいざあ)、葵絆(きずな)、凡那(ちかな)、緑輝(さふぁいあ)、姫星(きてい)、瑠輝空(るきあ)、愛保(らぶほ)、四奏音(しふおん)、神月(じゃむ)、今鹿(なうしか)、光(ぴかちゅう)、伽路瑠(きゃろる)、黄熊(ぷう)、世歩玲(せふれ)、亘利翔(ぎりしゃ)、大男(びっぐまん)、結萌(もえ)などなどである。例示が多いと思うかも知れないが、これらはほんの一部で、このように振り仮名がないと読めない、逆に、名前から漢字の見当がつかない名前は、ナレーターがいう2、3割はともかく、私が想像している以上に多いのかも知れない。 この番組には、シニアの命名研究家・牧野恭仁男(くにお)氏がコメンテーターとして出演しておられたが、同氏は、難解で奇抜な名前は平成に入ってから徐々に多くなってきているとのこと、また、ご自身の体験として、他人が読めない「恭仁男」という名前のため長いこと色々苦労してきたことを話されていた。同氏は、相談に来た親には、自分の体験として子供に苦労させないため平易な名前を勧めているが、親の中には、他人が絶対に読めない難解で個性的な名前を付けたいと考えている人達が相当いるとのことである。そして、子に変わった名前を命名する親は、特に変わった人達というのではなく、ごく普通の親であるとのことである。 また、番組中では、子の命名が親の権利か子の権利かは法律上はっきりしていないことや(命名権の本質については、①親の持つ親権作用説、②命名権は子の固有のものであるが、親権者は代行するとの説、③命名の基礎は出生子自身にあるが、親権者が事務管理者として代行するとの説、がある。)、子供の名前には、制限内の漢字ならどんな漢字を使用し、それをどう読んでも良く、読み方についての規定はないこと、明言はできないが、こうした名前が受験や就職などに悪影響することがあるとの噂があること、改名の手続き、それに、名前が時代背景により幼児の死亡率が高かった頃には、くま、とら、かめ、つる、など、強くて長命な動物の名が付けられたことなどが話題となっていた。そして、最後に、キラキラネームなどをこのまま放置しておくべきではなく、行政の問題として、行政が解決すべきことであるというのが番組での結論であったと思う。 私がこの番組を見てすぐ頭に浮かんだのは、「悪魔」ちゃん命名事件である。これについては、当時随分マスコミで大々的に取り上げられたのでご記憶の方が多いことだろうが、もう20年以上も前のことであり、また経緯の詳細を語るのは大変なので、簡単に概略を述べてみよう。 平成5年8月11日都下昭島市に「悪魔」と命名した男児の出生届が提出され、制限内の文字であるところから受理された。しかし、その後この名の受理に疑義が生じたため、東京法務局八王子支局に照会(伺い)がなされ、その後本件は、東京法務局が法務省民事局に照会して回答(平成5年9月14日付け第6145号民事局長回答)を得て、同年9月28日、処理するのは妥当ではないので、名を追完させ、その間は名未定として取り扱うように指示された。これにより、同市は、戸籍に所定の手続きをした上、父親に名の追完をするように催告した。この扱いを不服として、父親は、東京家裁八王子支部に名の記載を求めて家事審判の申し立てをした。同支部は、平成6年1月31日、要旨として『子供に「悪魔」と名付けるのは、いじめの対象となり、社会的不適応を起こす可能性もあるので、命名権の濫用に当たり、本来は出生届を受理されなくてもやむを得ないが、一旦受理した以上、届出人が追完に応じないときは、市長は戸籍にそのまま「悪魔」と記載するしかなく、名の戸籍を抹消した市長の処分は違法、無効である。』との審判を下した。そこで、市側は、東京高裁に即時抗告をしたが、その後紆余曲折はあったものの、父親は類似の「亜駆」という名前の追完届を出し、これが受理されたので、父親は不服申し立てを取り下げ、市側もこれに同意したことから、即時抗告審は未決のまま終わりとなった。余談ながら、その後この父母は別れて、父親は、数年後覚せい剤取締法違反で逮捕されたと報道されていた。 ところで、戸籍法50条では、「子の名には、常用平易な文字を用いなければならない。」と規定しており、子の名前に使用できる文字は、常用漢字と人名用漢字及び片仮名又は平仮名に限られている。この限られた文字を使って、親が子の命名をすることは、原則として自由であると言えよう。しかし、使用できる文字ほど明確な基準はないにしろ、命名権の濫用にあたる場合や社会通念上明らかに名として不適当な場合、一般の常識から著しく逸脱しているとき、人の名として本来の機能を著しく損なう場合などには、審査権により名前の受理を拒否することが許されるとするのが、前記の家裁八王子支部の審判の判断理由である。また、夫が子に妻と同じ漢字の名前を付け、振り仮名で別の読み方をした出生届に対し、判例(決定)は、「・・・その人を特定する公の呼称であるから、いかなる名がつけられるかは、本人・世人は利害関係をもっており、したがって、難解・卑猥・使用の著しい不便・識別の困難などの名は命名することができないものと解すべく・・・」(昭和38.11.9名古屋高裁、高裁民集16・8・664)とするものもある。このように、命名について、使用文字のように明確な基準がないので、実際に判断することは難しいだろうが、そこに一定の制約があることに誰も異論はないだろう。 そこで、キラキラネームについて少し考えてみたいが、私の記憶間違いでなければ、漢字の「一」に「はじめ」と振り仮名を振った名(漢字と振り仮名が一体で名となる。)も先例で認められていたと思うが、私はそうした名前を戸籍で見た記憶はないと思う。仮に、キラキラネームの出生届(この判断自体も難しいことがあろうが)には振り仮名を振ることとして、その振り仮名も名前であるということになったら戸籍制度そのものが混乱し、情報化の現代においては制度自体の維持も難しくなるに違いない。また、キラキラネームの大半は、前記の審判や決定がいう制約(別にいえば、命名権の濫用)のいずれかに該当するとも考えられないことはない。 私には、親にとって子は大事な存在であり、子は親の分身とはいえ、自分の子だけ特別個性的で判読困難な命名をしたいとする気持ちは理解し難い。言うまでもなく、名前は個人を特定するために命名され、それは、親や子供だけのものではなく、前記の決定がいうように「公の呼称」であり、子供が組織や社会あるいは多くの世人などと関係を持ちながら一生使用するものである。したがって、たとえ命名権が親権の作用と解しても、親が一方的に奇抜で判読困難な名を付けることが許されるものではなく、あくまで子供の福祉や人格尊重の観点から使用を制限している漢字内で平易な判りやすい名前に制限することは、公共の福祉に合致しているとも言えよう。 私は、キラキラネームが出生子(平成25年度で103万人弱)の内でどの程度の割合で付けられているのか、資料がないので判らないが、前述の2~3割というのはともかく、仮に1割としても大変な数である。また、15歳になったら改名できることは実際の解決策にはならないし、名前によるいじめ、あるいは有るかも知れない入学や就職における悪影響、それに何より名前で一生本人がいろいろの場面などで苦労することは認め難いことだし、単に個人の不利益に止まらず、社会的にも大きな不都合や混乱・損失を生じさせることが懸念される。また、感情論として、名は体を表すと言うが、こうした名前から偏見や誤解を受けたら、子供は自分の名前に誇りが持てないし、名前から何人(なんぴと)か判らないのも同国人として悲しい気がする。 そこで、私は出生子の名は、使用できる文字がやさしい一定のものに制限がされているし、それに合わせてやさしく判りやすい読み方になるのが望ましいと思うので、命名に何らかの制限を設けるのが望ましいと思う。この制限には、前記の審判や決定の判断理由で示された事項も基準になり得るが、ただ、前述したように、こうした制約の事項は、抽象的で実際には判断が難しい場合が多いだろう。その他、制限の基準として、出生届に書く名の振り仮名から、その漢字が「音」か「訓」で読めるものに限るのも一つの方法で、漢字の概念とか感覚などから付けられた前記のキラキラネームとか、例えば、完全無敵(つよし)、七音(どれみ)、世導(りいだ)、本気(まじ)、男(あだむ)などの届けは、受理できないことになる。このような制限で相当数のキラキラネームなどは阻止できるであろうが、キラキラネーム中には、漢字の音や訓に一応合った名前、例えば、沙利菜愛利江留(さりなありえる)、嘉斉漣(かさいれん)、振門体(ふるもんてい)、頼音(らいおん)、大大(だいだい)、梨李愛乃(りりあの)、亜斗夢(あとむ)、杏奴(あんめ)などがあり、完全に制限することは困難である。後は、名前の字数からの制約(例えば、特別な事情がない限り漢字5字以内)も考えられるが、これは実用的とは言えないだろう。 最終的には、立法による制約ということになるのかも知れない。しかし、私は前述した戸籍法50条の規定で「子の名には、常用平易な文字」と定めた趣旨から、また、子の命名について唯一の条文でもあるので、「子の名には、常用平易な文字及び読み方」と解し、通達などでの制約は無理であろうか? ただ、前記の東京法務局から民事局への照会中の意見では『・・・名「悪魔」は、制限内の文字であり、戸籍法第50条の問題はない。』として、同条を「制限内の文字」の規定であると限定的に解しているし、この解釈から、漢字の読み方は規定がなく自由なので、漢字と関連しない奇抜で判読困難な名が現実に受理されているのであろう。いずれにしろ、先例の積み重ねや親への説得、PRなどあらゆる手段を講じて、命名権を濫用しているキラキラネームを早急に阻止する必要があると考える。 最後に少し言い訳をさせていただくと、私の戸籍事務の直接の経験は、40数年前に通算して3年程で、戸籍の専門家からは、この記述や理屈は誤りであるとお叱りを頂くに相違ない。しかし、テレビ番組を見て、奇抜で判読困難な名前は制約すべきと考え、思い付くままを知識も資料もない中で述べたに過ぎないので、ご容赦をお願いしたい。また、私は近年のテレビ番組を批判したが、マスメディアの姿勢も、キラキラネーム命名の一要因となっていると言うのは、言い過ぎであろうか?

実 務 の 広 場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.6 公正証書遺言が悪用されないために - 関西連続不審死事件について思うこと -

 1 はじめに 公証人の業務については,公証人法等において,①法律行為その他私権に関する事実につき公正証書を作成すること,②私署証書に認証を与えること,③会社法第30条第1項及びその準用規定並びに一般社団法人及び一般財団法人に関する法律第13条及び第155条の規定により定款に認証を与えること,④電磁的記録に認証を与えること,⑤私署証書への確定日付の付与(民法施行法)などが規定されており,任意後見契約や事業用定期借地権など,個別の法律において公正証書によることが義務付けられているものもあります。 公証人は,このように法律に基づいて,各種公正証書の作成,定款認証,各種私署証書の認証,確定日付の付与などを行っていますが,公正証書の作成状況をみると,近年,遺言が増加傾向にあるように感じています。 また,遺言や相続に関する講演等の要請も少なくありませんが,その講演等への出席状況も良く,皆さん熱心に聞かれることからも,遺言に対する関心は一層高まっているように感じています。 ある士業者の話によりますと,公正証書遺言があれば,相続登記手続が大変スムーズにできるとのことですが,公正証書遺言は,公証人が本人及び本人の意思確認をした上で作成していることから,相続を巡る相続人間の紛争を未然に予防するという大きな役割ももっています。このようなことから,近年,遺言は公正証書でと希望する人が増えてきているのだと思います。 しかし,関西地方で発生した連続不審死事件(本稿では,便宜「連続不審死事件」又は「本事件」といいます。)は,このような公正証書のメリットが悪用された可能性を否定できない事例といえます。

2 連続不審死事件 連続不審死事件は,報道によりますと,ある高齢女性(以下「A女」という。)が,高齢の男性と再婚等(内縁を含む。以下同じ。)を繰り返しつつ,相手方男性はその有する財産をA女に与える旨の公正証書遺言を作成し,その後間もなくその男性が死亡し,財産を取得したA女は,更に別の男性と再婚し,当該男性が前記同様の公正証書を作成し,次いでその男性が死亡し,A女がその財産を取得するという一連の行為を繰り返すことにより,多額の財産を得たとされているものです。 本事件に関する一連の報道をみて公正証書の存在や,その重要性,強い効力などを知った人も少なくないと思いますが,報道内容が事実とすれば,遺言者の遺言の動機はゆがめられたものであると言わざるを得ず,公正証書の作成を通じて予防司法に貢献しようとする公証人にとっても誠に残念かつ悲しい事件です。

3 遺言の実際 公正証書遺言は,証人2名の立会が必要とされていますが,一部週刊誌によると,公正証書遺言の作成過程がいかにも杜撰であるかのごとく記載され,また,その際に必要な立会証人の役割についても軽視した,誤った記事が掲載されました。 しかし,実際には,次の点に十分に配慮した上で,遺言者には,公証人と立会証人2名の前で遺言内容(誰に何を相続させるか等)を口述してもらい,立会証人には,遺言者の口述する遺言内容を遺言者の遺言能力や遺言意思に留意しながら聞いてもらい,最後に遺言内容を読み聞かせる際にも,遺言内容を見てもらいながら,遺言者が何を誰に相続させ,又は遺贈するのかといった遺言者の口述内容が公正証書に正しく記載されているのかを公証人とともに確認していただいているものです。そして,そのことによって公正証書遺言の適正性・適法性が担保されているのです。 ① 本人確認等 公正証書の作成に限らず,嘱託人の本人確認は重要ですが,本人確認に加えて,本人の意思能力の確認も必要ですし,遺言の場合は,本人がどのような内容の遺言を希望しているかという遺言内容の確認も重要です。 ② 相続人等の確認 また,当然のことですが,遺言により財産をもらう人が相続人か,相続人以外かを確認するとともに,相続人の場合は相続関係を証明する戸籍謄本等の提出を求め,相続人以外の場合は,住民票等の提出を求めるなどして,その人が実在していることを確認し,氏名,生年月日,遺言者との続柄や住所等により,これを特定します。 しかし,遺言は単独行為であることや,2名の立会証人以外は原則として遺言の席に同席させないことから,遺言に際して,公証人が遺言により財産をもらう人(相続人や受遺者,以下「相続人等」という。)の本人確認をすることは予定されていません。 ですから,相続人等の人物像について,事前に相談等で面談する機会がある場合は別として,提出された書類と遺言者が口述する内容以外,公証人が知ることはできません。また,遺言手続においてそういったことを調査することは,プライバシーに必要以上に踏み込むことになり,避けるべきことだろうと思います。

4 本事件類似の場合の遺言等の作成について 本事件は,このような公正証書遺言の作成過程をよく知った者が関与した可能性がありますが,では,現行の遺言の方式が適当ではないのかといえば,そうは思いません。 遺言者が公正証書遺言を作成するに至る事情は各人区々ですが,中には,子や配偶者に頼まれて遺言をする人もいると思います。頼まれてする遺言も,遺言者が十分に理解した上であれば何ら問題はありませんし,その内容についても,遺言者が納得していれば問題はありません。したがって,婚姻後まだ日が浅いとか,高齢再婚であるといったことも遺言で相続させ又は遺贈する相手として不適当であるということにもなりません。むしろ,互いにそれなりの高齢になっていますから,自分亡き後の配偶者等(内縁関係を含む。以下同じ)の生活を案じて遺言をすることはよくあることだろうと思います。 しかし,本事件が発生し,その内容が上記のごとく報道され,一般に広く知られるに至ったわけですから,これから遺言の相談を受ける際には,遺言者の話や提出された書類等から,本事件を想起するような不安が感じられた場合には,遺言者に対して,相続人等と知り合った経緯くらいは聞いてもよいのかも知れません。その結果不安が払拭されなかったとしても,遺言者の遺言意思が固ければ,公証人としては,その嘱託に応じざるを得ないだろうと思います。

5 どのような公正証書を作成するか。 例えば,遺言者の再婚等に至った状況が本事件に類似しているような場合で,遺言者は遺言書を作りたいが,万が一を考えて,何らかの予防措置,又は抑止措置を講じておきたい場合,あくまで仮定の問題ですが,どのような遺言が考えられるでしょうか。例えば次のような遺言はどうでしょうか。ただし,このような遺言は,あらかじめその相続人等に見せておかなければ,予防や抑止は働かないかも知れません。 ① 遺産分割協議を5年間禁ずる遺言 もっとも,遺産分割協議を要しない場合はこのような遺言はできませんし,相続人等の納得が得られないかもしれません(納得を得るべき性質のものではありませんが。)。 ② 相続開始後一定の間(年単位),相続人等に月々の生活費を定額給付する遺言信託を設定する。 自分亡き後,僅かの間に遺産を食いつぶすことがないよう信託することはままあることです。ただし,信託の場合は受託者に人材を得ることが必要となります。 ③ 相続人等を死亡保険金の受取人とする生命保険に加入した上,当該生命保険金が支給された時に、遺産を相続させ又は遺贈するとする遺言 このような遺言も可能ではないかと思うものです。保険法第51条第3号によれば,保険金受取人が被保険者を殺害したときは,保険者は,保険給付を行う責任を負わないとされ,このような場合は,通常保険金は支給されないと思いますが,前記保険法にいうような問題がなければ保険金は支給されますから,遺言による財産も遺言どおり相続等させられます。また,前記保険法に該当する事実が明らかになれば,相続欠格条項に該当することも明らかになりますし,死亡保険金支払に際しての調査を回避する手段として公正証書が悪用されることを防止することもできるように思います。 ④ 遺言者の財産を他の相続人等と共有で相続させる(又は遺贈する。)。 全財産を配偶者等に相続等させる必要がなければ,このような遺言をすることにより,第三者を関与させることも考えられます。 ⑤ 遺言執行者を指定しない。 相続人等が一人しかいない場合は遺言執行者を指定しない意味はないかもしれませんが,他に相続人がいる場合は,遺言執行者を指定していなければ,遺言執行に他の相続人も関与することになりますし,仮に,裁判所で遺言執行者の選任する場合は,裁判所の審理を経ることになり,一定のハードルになります。 ⑥ 遺言執行者を,相続人等及びその関係者以外の者とする。 効果は少ないかも知れませんが,相続人等を遺言執行者にするよりは抑止力があると思います。 ⑦ 配偶者等が再婚等したときは効力を失う旨の遺言,又は一定の期間内に再婚等したときは効力を失う旨の遺言 これは,遺言者死亡後,配偶者等にすぐに再婚等されては,自分の残した財産や仏壇・仏具を遺言者の希望どおり維持・管理してくれるかが心配です。したがって,遺言者亡き後再婚等するならやらないという遺言や,一定期間(年単位)を決めてその間に再婚等したらやらないという遺言です。しかし,内縁関係にとどめているような場合はその実態把握が難しいかもしれません。また,実際に相続等の手続が終わってしまえば,散逸した財産の回収は難しいかも知れませんし,回収を誰がするかという問題は残ります。 以上,思いつくままにいくつかを紹介しましたが,これ以外に,より適切な遺言があるかもしれませんので,実際に直面した場合は,更に検討したいと思います。

6 今後の取組み 当公証役場では,一部週刊誌で報じられたような立会証人の役割について,あらぬ誤解を招かないために,公正証書遺言の相談者に渡す必要書類の説明用紙及び立会証人2名の住所・氏名等を記載して提出していただく用紙に次のような一文を追加し,立会証人の役割についてあらかじめ説明しています。 「証人(立会証人です。保証人ではありません。)には,公証人による遺言者の遺言能力の確認や遺言者の意思の公正証書への記載などをチェックしていただきます。その際見分したことは,他に口外しない義務を負っています。」 高齢で再婚し,その後日が浅い方が,その配偶者等に多くの財産を与える旨の公正証書を作成しようとする場合には,慎重な検討を促すとともに,公証人としても慎重な対応に心がけて参りたいと思っているところです。もっとも,相続人等と共に相談に来たような場合に,どのようなアドバイスができるかは,まだ課題ですが,講演など多数の方が集まる機会には,そういったアドバイスや注意はしやすいのではないかと思っています。

7 おわりに 近年,遺言への関心が高くなり,公正証書で遺言を作成しようとする人も多いですが,日常の遺言書作成業務においては,遺言者が,遺言をしたことによって余生を失うかも知れないなどといったことは考えも及ばないところです。しかし,本事件に関する報道を踏まえ,今後,本事件に類似した身分関係を有する人から相談があった場合には,より慎重に対応して参りたいと考えているところです。                            (由良卓郎)

No.7 遺言公正証書に生命保険金を相続させる旨記載することの可否

遺言者から生命保険のことも遺言公正証書に記載して欲しいといわれることがたびたびある。遺言者が死亡し、保険会社から生命保険金が支払われることになる場合、死亡保険金も遺言者の残した財産であるから、それについても当然のことながら遺言公正証書に記載されることになると思ってのことである。生命保険契約で、保険金の受取人が妻や子と定められている一般的な例にあっては、死亡保険金は、遺産でなく生命保険金受取人に認められた固有の権利であり、記載する必要はないと説明するのであるが、遺言者にとっては、どうも納得がいかないという表情をされることがままある。そこで、本稿では、生命保険金のことをなぜ遺言公正証書に記載することができないのかについて、一般的な例をもとに整理してみることとした。 (注)保険については、商法に定められていたが、平成22年4月1日から保険法が施行され、保険法附則第2条で、「この法律の規定は、この法律の施行の日(以下「施行日」という。)以後に締結された保険契約について適用する。」とされたので、この施行日前後で生命保険契約に関する適用法律が異なることとなる。本稿では保険法を前提に記載することとするが、保険法は、商法の考え方を根本的に変えるものではないので、施行日前に成立した保険契約についても、本稿の記載は当てはまるものである。もっとも、考え方を変更した箇所もあり、商法と保険法の異なる点は、「遺言のすべてQ&A(全訂版)」社団法人民事法情報センター発行に詳述されているので、それを参照願いたい。

1 生命保険制度の基本的な仕組み 生命保険契約については、保険者(保険契約の当事者のうち、保険給付を行う義務を負う者であり、一般的には保険会社)、保険契約者(保険契約の当事者のうち、保険料を支払う義務を負う者)、被保険者(その者の生存又は死亡に関し保険者が保険給付を行うこととなる者)、保険金受取人(保険給付を受ける者として生命保険契約で定めるもの)が登場し、保険法では、生命保険契約とは、保険契約者が保険者に対し保険料を支払い、保険者が人の生存又は死亡に関し保険金受取人に対し一定の金銭を支払うことを約するものと定めている(保険法2)。 そして、この生命保険契約には、⑴自己のためにする生命保険契約、すなわち保険契約者が保険金受取人となる保険契約と、⑵第三者のためにする生命保険契約、すなわち、保険契約者以外の第三者を保険金受取人にする保険契約の2タイプがある(保険法42)。そして、これらのそれぞれにつき、保険契約者と被保険者が同一人である場合を自己の生命保険といい、保険契約者と被保険者が別人である場合を他人の生命保険という。後者の場合は、保険契約の締結等の際、被保険者の同意がなければその効力を生じないとされている(保険法38)。

2 生命保険契約別にみた保険金の受領者 遺言においては、遺言公正証書に生命保険金の受取人のことをきちんと書いて欲しいという要望が寄せられるが、どのような生命保険契約になっているのかを予め知っておく必要があり、生命保険契約別に整理してみる。 ⑴ 自己のためにする生命保険契約(保険契約者が保険金受取人となる保険契約)における保険金の受取人について、次の①②に分けて考えてみる。 ①自己の生命保険(保険契約者と被保険者が同一人である場合)の例

保険契約者

遺言者(死亡・・ア)

被保険者

遺言者(死亡・・ア)

保険金受取人

遺言者(相続・・イ)

遺言者が保険契約者で、かつ被保険者及び保険金受取人となっている場合は、(ア)被保険者である遺言者が死亡したとき、保険金受取人は遺言者となるが、遺言者は死亡しているので、その相続人が保険金請求権を取得することになると解されている。遺言者がこのような生命保険契約を締結している場合は、(イ)保険金請求権は遺産の一部を構成し、それが相続人に相続されるとの考えに基づいているので、財産である保険金請求権を誰に相続させるかを遺言公正証書に記載することは何ら問題ないということになりそうである。 しかしながら、このような生命保険契約については、保険契約者兼被保険者が死亡したときに備えて、保険金請求権を誰が取得するのかを約款で詳細に定めているのが一般的で、その約款は、保険契約者すなわち遺言者が保険者すなわち保険会社と合意したものであり、それを無視して遺言者が約款と異なる遺言をすることは、遺言者と保険会社が合意した約款を遺言者が一方的に破棄することとなるので、保険会社の了解を得ないで、遺言公正証書に記載することはできないし、その約款により新たな保険金受取人を定めたものと解されるので、そうであれば、後記⑵①のとおり新たな保険金受取人が自己固有の権利として当該保険金を取得することになると解される。 ただ、ことは遺言者の財産に絡む問題なので、遺言者が死亡した場合の保険金受取人について規定する約款のとおりの内容にして遺言公正証書に記載することは、何ら問題ないものと思われる。因みに、遺言者において強い要望があれば、このような保険契約にあっても、その約款と異なる者に保険金請求権を相続する者を定めることができるのか、遺言者から保険者(保険会社)に確認させ、対応することとなろう。 ②他人の生命保険(保険契約者と被保険者が別人である場合)の例

保険契約者

遺言者(死亡・・イ)

被保険者

 妻(死亡・・ア)

保険金受取人

遺言者

遺言者が保険契約者であり保険金受取人であるが、被保険者は別人となっている場合、例えば、遺言者が妻を被保険者として、保険金受取人を遺言者自身とする保険契約を締結している場合は、被保険者である妻が死亡したとき、保険金受取の問題が発生するが、それは、遺言者が妻の死亡によって生命保険金を受け取り、遺言者の財産が増加するだけのことであり、そのことを遺言公正証書に記載したいのであれば、一般的な財産権の相続として記載しておけば足りることである。遺言者が死亡した場合のことを前提にする遺言公正証書にあって、この例の場合、問題になるのは、遺言者の死亡によって保険契約者としての地位が相続の対象財産になるかどうかである。保険契約者である遺言者が死亡した場合、死亡とともに当然その保険契約が解消されてしまうということになるのか、そうではなく、保険契約者としての地位を一つの財産権ととらえ、誰かが相続し、そのまま保険契約は継続されるのか、いろいろ意見のあるところである。 通常、保険契約の約款には、保険契約者の変更についての規定を設けており、理論的にも、財産権としてとらえることができるので、遺言公正証書で保険契約者としての地位を相続する者を指定できると解するが、約款で保険契約者が生存していることを前提に変更を認める旨規定している場合、あるいは保険契約の内容によっては、これを許さないものも存すると思われるので、保険契約者の地位の相続の可否については、保険者である保険会社の意見を踏まえて、記載できるか検討することとなろう。 ⑵ 第三者のためにする生命保険契約(保険者契約者以外の第三者を保険金受取人にする保険契約)の保険金受取人について次の①②に分けて考えてみよう。 ①自己の生命保険(保険契約者と被保険者が同一人である場合)の例

保険契約者

遺言者(死亡・・ア)

被保険者

遺言者(死亡・・ア)

保険金受取人

 妻

遺言者が保険契約者であり被保険者であるが、別人が保険金受取人となっている場合、例えば、遺言者が自ら被保険者となり、妻を保険金受取人とする保険契約を締結している場合は、(ア)被保険者である遺言者が死亡したとき、妻が保険金受取人となる。保険法第42条で「保険金受取人が生命保険契約の当事者以外の者であるときは、当該保険金受取人は、当然に当該生命保険契約の利益を享受する。」と定め、これは、保険金受取人が自己固有の権利として取得するもの、言い換えれば、保険契約者がいったん取得した権利を保険金受取人が承継的に取得するものではなく、保険金受取人が直接保険者に対して保険金の支払いを求める権利を有するものであると解されている(民法537Ⅰ)。 遺言者がこのような生命保険契約を締結している場合は、保険金請求権は遺産の一部を構成することにはならず、それをどのように相続させるかを遺言公正証書に記載することはできないということになる。このような一般的な例について、保険金受取人の固有の権利と説明してもなかなか理解されない場合は、保険金は、保険会社が支払うものであり、あなたの遺産から支払われるものではないと説明すると納得される場合がある。 ②他人の生命保険(保険契約者と被保険者が別人である場合)の例

保険契約者

遺言者(死亡・・イ)

被保険者

 妻 (死亡・・ア)

保険金受取人

子供

遺言者が保険契約者で、被保険者と保険金受取人が別人である場合、例えば、妻を被保険者、保険金受取人を子供とする保険契約を締結している場合は、被保険者である妻が死亡したとき、保険金受取人は子供になるが、(イ)保険契約者である遺言者がそういう生命保険契約(言い換えれば、子供が直接保険会社に対して保険金の支払いを求める権利を有する生命保険契約)を締結していたというだけのことであり、前述したとおり、このことを遺言公正証書に記載する意味はないということになろう。この場合は、前述したとおり遺言者の死亡によって問題になるのは、保険契約者としての地位が相続の対象財産になるかどうかである。これについては、前述したと同様に財産権と捉えて、それを誰に相続させるかを遺言公正証書に記載できると解するが、いろいろ意見等のあるところであり、保険者である保険会社の意見を踏まえて、記載できるか検討することとなろう。

3 その他の事例 以上のことを踏まえて、生命保険の証書をみるとどのタイプの生命保険契約なのか理解できると思うが、保険金受取人を指定していない場合、あるいは生命保険金受取人を単に相続人とのみ指定している場合等について、判例は、「他人のためにする生命保険契約」と解すると判示している(最判昭和48年6月29日、最判昭和40年2月2日。前掲「遺言のすべてQ&A(全訂版)」P234、P352参照)ので、このような例では、前述したとおり2⑵により取り扱うこととなる。 そのほか、生命保険の保証は一定期間だけで、一定の期限が経過したその後は、単なる財産権になるものがあるが、これについては、一定の期限の経過後は遺言者の遺産になるので、その権利を誰に相続させるのか記載することはできるといえる。その際、どのように記載しておけば問題ないかは、保険会社に問い合わせて対応することとなろう。 ところで、最近は、死亡生命保険ではあるものの、保険料を投資の財源とし保険契約者が生存中に利益がでれば一定金額を年金として受領できるタイプ(投資型個人年金保険。死亡すれば生命保険も支給)等様々な商品が発売されている。この種の生命保険は、一括で多額の保険料を保険会社に支払うので、その分個人資産が減少することとなり、節税対策商品とされていることもあってか、利用する人が増加しているとのことであるが、遺言者のなかには、これについて遺言公正証書に記載できる事項があれば記載して欲しいという要望がある。 これも生命保険であるから、生命保険金の部分については、前述した考え方がそのまま当てはまるが、この保険の場合、生命保険金のほかに保険契約期間中一定額の年金が支給されると定めているので、この年金部分について、遺言者として何らかの遺言ができるかである。年金は、保険契約期間中、被保険者が生存中は勿論こと、被保険者が死亡した場合であっても当該期間内に支給される予定の年金額が支払われる(期間途中で被保険者が死亡したとき、残りの期間支払われるべき年金を一括で支払うものと残存期間中も年金として支払うものの2タイプ)とされているが、この保険契約は、保険契約者である遺言者が年金を受け取るための契約であるから、被保険者を遺言者とし、年金の受取人も遺言者としている場合が一般的で、遺言者が死亡した場合、保険金受取人を誰にするのか問題となるが、前述した2⑴①と同様の考え方で対応することとなろう。 この場合も、保険契約時に年金受取人を定めることとされており、それが保険証書に記載されているだけでなく、この種の保険契約にあっては、後継年金受取人(予め定めた年金受取人が死亡した場合に備えて予備的に指定した年金受取人)も定めることができるので、その旨定めておけば、敢えて遺言公正証書に記載しなければならないような問題はおきないと思われる。加えて、後継年金受取人が指定されていない場合、あるいは後継年金受取人死亡後変更手続きが取られていない場合に備えて、約款で年金受取人を定めているので、この点からも問題はないと思われる。 ただ、ことは遺言者の財産に絡む問題なので、遺言者が死亡した場合の保険金受取人について規定する約款のとおりの内容にして遺言公正証書に記載することは、何ら問題ないものと思われる。 以上の例のほか、生命保険契約には、配当金、返戻金等様々な付加価値を付けているものもあるが、このような財産権につき、保険契約者である遺言者が死亡した場合受取人を誰にするのか約款で詳細に定めているので、遺言公正証書に記載する必要があるものはほとんどないと思われるが、保険会社に確認した上で、対応することが望ましい。

4 保険金受取人の変更 以上のとおり、生命保険金については、保険契約できちんと契約されていれば、遺言公正証書に敢えて記載しなければならないケースはほとんどないと思われるが、保険法第43条第1項で、「保険金受取人の変更は遺言によっても、することができる。」と規定されたので、遺言者が保険金受取人の変更をしたいとの希望をもっているのであれば、遺言公正証書によってもできることを説明しておく必要がある。 但し、保険金受取人の変更ができるといっても、約款で変更する場合のことにつき詳細に定めている場合があり、また県民共済保険、企業内保険のように死亡保険金受取人の変更を認めない保険契約もあるし、死亡保険金受取人の変更を認める保険契約であっても、もともと死亡保険金受取人になれない者と定めている例もあるかもしれないので、遺言公正証書に死亡保険金受取人変更の記載をする場合は、保険会社の法務担当者にどの程度の記載をすれば、遺言公正証書として問題ない記載なのか、例えば、保険証書に記載されている保険商品名、証書番号等について、どの程度記載する必要があるか、また被保険者の同意の有無と死亡保険金受取人を誰から誰に変更するのか等について、どのように記載すべきか確認しておく必要がある。 因みに、保険金受取人を変更する場合であっても、遺言公正証書で変更しなければならない特段の事情がある場合は別として、遺言者が保険会社に出向き、保険契約の保険金受取人の変更手続きをしておくことが一番問題ないので、遺言者にはその方法を勧めることがベターである。 いずれにしても、生命保険については、生命保険契約のとおりであれば、遺言公正証書に記載しなければならないような例はほとんどないと思われるが、遺言者が記載することを強く望む場合は、付言事項を活用するのも一つの方法であるし、仮に生命保険契約書あるいは約款のとおりであれば遺言公正証書本文に記載したとしても問題になることはないであろう。 (小林健二)

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