民事法情報研究会だよりNo.56(令和5年1月)

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新年のごあいさつ

 新年明けましておめでとうございます。
 会員の皆様のますますのご多幸をお祈りいたします。
 旧年を含め、ここのところコロナに始まりコロナで終わる年が続いています。
 そのため、当研究会においても、対面での会合ができなくなって久しくなってしまいました。非常に残念に思います。
 ただ、新型コロナウイルスについては、流行当初は、この世の終わりが到来するのではないかとの恐れを抱かせられるような状況だったように思いますが、近時においては、感染者数増加の報道があっても、非常事態措置やまん延防止等重点措置といった言葉そのものが出てこないような状況となり、日常生活も維持されているように思います。このように、ウイズコロナの生活様式が常態化し、社会に認知されてくれば、多人数かつ対面での会合も可能となるのではないかと期待しているところです。
 そこまでいかなくても、多少窮屈な制約付きの会合であっても開催できないかということについて、引き続き検討していきたいと思っています。
新年のごあいさつは、明るい話と決まっていますが、暗めの話に終始してしまったことをお詫びいたします。
 最後に、少し前に孫が誕生したご報告をさせていただき、新年のごあいさつとさせていただきます。
 本年も、よろしくお願いいたします。

   令和5年正月 一般社団法人民事法情報研究会 会長  小口哲男

今日この頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

手書きの温もりなど(佐々木 暁)

 令和5年卯年を迎えました。新年あけましておめでとうございます。会友の皆様には、新型コロナやインフルエンザ、押し寄せる値上げ・物価高、円安、重なる年輪等々の苦難の中、これらの難敵をものともせずに、ご健勝にて、新しい年をお迎えのこととお慶び申し上げます。
 さて、「研究会だより」の編集長から「今日この頃」欄の執筆担当者の選択的指名依頼を受けて、早速に会友の皆様のどなたかに幸運の?白羽の矢をと、思いっ切り弓を引いたところ、弦がぷっつりと切れて悲しいかな自分に跳ね返ってきてしまいました。黒羽?と化して。実は3年連続新年1月号の「今日この頃」欄に顔を出すこととなり、いささか困惑していた次第で、割り当てて頂いた編集長・会長には、この偶然的ご配慮に心から感謝?しています、が、何より難題が、3年余のコロナ禍の社会情勢下においての隠遁的?仙人的な今日この頃の生活環境の中においては、会友の皆様にご報告できるような「今日この頃」的な事柄や提供できる話題も枯渇し、一粒の滴さえしたたり落ちないことにあります。しかしながら、折角も3年連続で新年号の担当にご指名頂いた会長殿への感謝を込めて、まるで、生レモンサワーのレモンを絞る如くに力を込めて、少ないなけなしの全脳的知力を絞り出して、この先に筆を進めたいと思う次第です。言い訳だけの前書きで、ほぼ1ページになりそうですので、それではこの辺でまた来年と行きたいところですが、まだ絞り残しのレモンが少しばかり残っているようです。
 令和4年の師走を迎える頃、そろそろ令和5年新年の年賀状を書く準備と思い、令和4年新年に頂戴した年賀状を改めて拝読させていただきながら、今更ながらに気付かされたことの一つが、何とも手書きの年賀状の少ないことです。圧倒的に印刷されたもの、パソコン仕様の年賀状が多いことです。中には、手作りの版画、パソコンを駆使した仕様の楽しい年賀状もあります。そんな中に、宛先から裏の挨拶・近況文までが手書きの年賀状を拝見すると、何故か気持ちが和み、ほっとするのです。年賀状の表の自筆の私宛の住所・氏名を拝見しながら、裏の差出人が誰かを想像するのが堪らなく楽しく好きです。
 個々人の特徴的な字体は、書人の笑顔や声、人柄まで蘇らせてくれ、ご無沙汰中の空間を埋めて、想い出の場面に連れ出してくれます。手書きの宛名一つで、新年の挨拶以上のものが溢れ出て、しばし書人の笑顔と手書きの温かさを感じながら至福の時間を過ごすことができました。そんなことから、私の令和5年の年賀状も相変わらずの汚い字の手書きです。しかし、受け取り人の想いは「相変わらず汚い手書きの年賀状だな。パソコンがないのか。使えないのか。」ということかもしれませんが。決して、印刷された年賀状、パソコン仕様の年賀状を否定している訳ではないことをお断りしておきます。口悪しき隣人によれば、お前は手書きの温もりなんて偉そうに言っているが、単にパソコンが不得手で、住所録も登録していない(できない)からだろうと言います。挙句には、デジタル化時代到来時の公証人でなくて良かったね、とも。う~ん、何とも反論し難い。
 令和4年10月1日付けの読売新聞の社説に、「手書きの大切さを再確認したい」と題して、2021年度の「国語に関する世論調査」(文化庁が全国の16歳以上を対象に実施)に関する論説が掲載されていました。問題の提起として「デジタル機器の普及に伴い、漢字が書けなくなったと感じている人は多いのではないか。日常生活や教育現場で、文字を書く機会をどう確保するか、改めて考える必要がある」というものです。
 この世論調査では、全体の82%が「国語に関心がある」と答え、関心がある点は「日常の言葉遣いや話し方」「敬語の使い方」が多かったとのことです。また、パソコンやスマートフォンの普及で「手で字を書くことが減る」「漢字を書く力が衰える」という懸念が多かったとのことです。
 私もスマートフォンを使用していますが、おはようの挨拶やお礼などは、絵文字で済ませてしまうことすらあります。ひらがなを漢字に変換してくれるので、正しい漢字を選択することは今のところ出来ているようですが、いざ実際に書くとなると、あれッ、となり、一瞬漢字のイメージは湧くが正確に書けないことが多々あります。これは単に認知症の前触れかと危惧したりしています。
 この社説の中で「文化審議会は10年の答申で、手書きの重要性を指摘している。繰り返し漢字を書くことで、脳が活性化され、習得につながるという。手書き文字には、書き手の個性も表れるため、日本の文化としても大切だと位置づけています。14年度の国語世論調査では、手書きの習慣を「これからも大切にすべきだ」が92%に上った。」と紹介されています。しかし、年賀状や挨拶状を書く習慣自体が年々薄れていく中で、更に拍車をかけることになりそうなのが、教育現場におけるデジタル教科書の導入であり、社会のデジタル化ではないかと老婆心ながらささやかな心配をしています。
 私が手書き文化や漢字を書くことに少なからずも郷愁的・感傷的な気持ちを抱くのは、団塊世代として生きてきた時代背景も影響しているのだろうかと思ったりもしています。小学生、中学生、高校生の頃は、もっぱらガリ版切りをして、文集、新聞、台本創りをやり、登記所では、登記簿へのガラスペン記入、タイプライター記入・印刷を、民事局では、手書きでの増員・定数・予算等の要求書・資料の作成からやがてワープロ・パソコン機器での文章・資料作成という時代を駆け抜けて来たことも影響しているかも知れません。文明の利器が急速に進化を続けていることは承知しながらも、私の場合は、未だいざ鎌倉の時には、パソコンを開くより、紙と鉛筆を持つほうが早いかもしれません。この原稿もパソコンで仕上げましたが、紙で下書きした原稿を浄書したものです。パソコンにいきなり向かうこともありますが、なかなか文章全体の構成、流れが浮かんできません。会友の皆様には、ここまでの文章をお読み頂いて、筆者はそうは言うが、「紙で下書きしたからと言っても、必ずしも良い文章とは限らないんだな」ということをお感じになられたでしょう。悲しいかな墓穴を掘ってしまったようです。未だ発展途上中のアナログ人間そのものです。
 コロナ禍の中、平常時の交友関係もままならない世情にあるなかにおいて、旧友や知人、諸先輩、元同僚の皆さんとの近況報告等は、もっぱらハガキ、手紙のやり取りです。手書きの走り書きで、乱筆・乱文ではありますが。友人・知人からの手書きのハガキや便箋の字を見ているだけで、笑顔や人柄、額の広さ加減までが行間に滲み出てきて、涙腺を刺激されることも度々です。と言いながらも、単なる連絡、報告的な事柄は、ついついスマホによるメールやラインで済ましてしまうことも多くなってきたような気がします。さしたる刺激もない老後の生活において、63円、84円の世界の中で結構心を癒されております。
 それにしても公証事務の世界にもデジタル化の波は容赦なく押し寄せて来ているやに第三者的立場で感じつつ、それでも公証人の自筆の署名だけは残るであろうななどと、勝手に想像を巡らしながら、現役の公証人の皆様のご苦労や順応能力の素晴らしさを想いつつ、自分的には、「早い時期(デジタル化等の改革前)に退任することが出来て良かった。」(一人ホット感)と正直すぎる気持ちを心の中でそっとつぶやいて、新年の祝い酒をちびりちびりと飲みながら、何の予定も記されていない2023年のカレンダーを眺めています。
 会友の皆様本年もよろしくお願いいたします。(元大宮公証センター公証人 佐々木 暁)

看取りの歴史と将来

◆ 私には娘が二人います。娘たちがまだ小学生の頃、「お父さんが年をとり寝たきりになったら、誰が最期まで面倒を見て(看取って)くれるかな?」と冗談で尋ねると、二人、口を揃えて「自分が世話をする」と言って互いに譲らず、嬉しい喧嘩をしてくれていました。私が子どもの時代は、自宅が田舎にあったということもありますが、家族の最期は自宅で看取るのが一般的で、私の祖父母も自宅で看取られました。しかし、それから約半世紀が過ぎ、看取りの態様も様変わりし、自宅で家族の最期を看取る例は相当少なくなっています。
◆ 我が国における看取りの歴史は古く、看取りと同義とされる「取り見る」という言葉があり、奈良時代初期の歌人・山上憶良は、万葉集に「家にありて母が取り見ば慰むる心はあらまし死なば死ぬとも」という歌を残しています。日本の医療史学者である新村拓(しんむらたく)氏によると、看取りの文化の核をなしていた死の臨床は、既に平安・鎌倉期の仏教界においてマニュアル化されており、それらは出家・在家の者を問わず実践され、また、中世・近世には一般向けの教訓書・家政指南書・医書の中にそれが取り込まれ、より良き死を迎えさせるための作法として庶民の間にも定着していたとのことです。この看取りの文化は、肉親による看取りの是非といった立場の違いはあるものの、往生思想による臨終所作として仏教がそのベースにありましたが、明治期を経て看取りは宗教色が失せ、家族の問題となっていきます。その後の変遷については、学者間で若干の相違はありますが、看取りは、やがて国策として女子教育の「家政」の領域と位置づけられ、家政学の教科書の中には看取りの作法だけでなく、遺体の初歩的な処理の仕方まで掲載したものもあり、昭和中期までは一般家庭において在宅死は当たり前のことであり、女性(嫁や妻)が中心となって看取りを行い、そのためのノウハウが家や地域社会に承継されていたようです。
◆ しかし、その後、現在に至るまでの間に核家族化、共働きの増加、福祉・医療施設の拡大といった社会構造の変化に加え、死に対する国民の考え方の変化もあいまって、医療機関・介護施設等での死亡率が徐々に高まり、看取りの文化は家や地域社会から離れていくことになります。看取りが家庭や地域から医療・介護の分野に移行すること自体決して悪いことではなく、家族の負担等を考えるとむしろ必然的であったといえますが、移行が進むにつれ国民医療費・福祉関連経費が膨れ上がったため、在宅医療・在宅死への回帰を求める声が出始めます。また、医療・介護施設の現場において十分な体制が整わず、患者・入所者に対する不適切な扱いや、職員による入所者への虐待等の問題が発生し、そのほかにも終末期における延命治療や尊厳死といった個人の権利と医療倫理に関する問題も生じることとなります。
◆ 内閣府の公表した「令和4年版高齢社会白書」によると、国民の健康寿命(日常生活に制限のない期間)は令和元年時点で男性72.68年、女性75.38年となっており、平均寿命からこれを差し引いて求められる要介護期間は、男性9年弱、女性が12年余となります。iPS細胞に代表される再生・細胞医療、遺伝子治療、その他医・科学の進歩が、平均寿命・健康寿命の延びをもたらす一方で、我が国における少子化の流れは歯止めが効かず、将来、だい大かい介ご護じ時だい代が到来するのは確実視されており、このような状況を踏まえると、頼りとなる医療・介護資源が徐々に限界に近づいていくことが危惧されます(医療・介護関連のAIやロボット開発によりどの程度カバーできるのか予測できませんが…)。上記新村氏ら専門家は、これから大介護時代を迎えるに当たり、かつて日本にあった看取り文化の再生・再創造が必要であると主張し、地域包括ケアシステムという受皿の中で、家族介護者が関わっていく新たな看取り文化の構築が期待されています。また、上記高齢社会白書では、人生の最終段階における医療・ケアについては、医療従事者から本人・家族等に適切な情報の提供がなされた上で、本人・家族等及び医療・ケアチームが繰り返し話合いを行い、本人による意思決定を基本として行われることが重要であるとしています。近い将来間違いなく訪れるであろう大介護時代と看取り文化の変革は、遺言、信託、見守り契約、尊厳死宣言はもとより、終末期看取りの委任や、新分野での自己決定権に基づく意思表示といった形で、公証事務にも少なからず影響を及ぼすのではないかと考えており、その動向に注目していきたいと思っています。
(付言事項)
 先日「看取り犬とワンダフルライフ」と題したドキュメンタリーがテレビ放映されていました。愛犬を連れて入所可能な特別養護老人ホームを取材した番組で、長い人生を生きてこられた高齢者の方と、その方にそっと寄り添う犬にスポットを当てたものです。飼い主がペットの最期を看取る番組はよく見かけますが、逆のパターンは珍しく感興をそそられました。一方我が家では、自分こそがお父さんを看取ると言って喧嘩していた娘二人も30代になり、現在では二人仲良く「将来老人ホームに入所するなら、費用が高くてもしっかりしたところを選ばないといかんよ。」と口を揃え言っています。(神戸・洲本公証役場公証人 阿部精治)

公証人を退任して(近況報告)

 令和4年7月1日付けをもって古川公証役場公証人を退任し、早4か月が過ぎ去ろうとしていますが、誌友の皆様におかれましては、いかがお過ごしでしょうか。
 公証人を拝命した際には、重責を無事に全うできるかどうか心配しておりましたが、関係する皆様のご尽力により、大病を患うこともなく、9年8か月の間、曲がりなりにも何とか公証業務を処理し、無事に退任の日を迎えることができました。改めて、皆様に感謝申し上げる次第です。
さて、公証人退任後、約1か月の期間を要して残務整理や引っ越しの準備などを終え、8月初旬、ようやく終の棲家となる実家(青森県弘前市)への人生最後の引っ越しを終えました。東京での生活を続けようかとも考えましたが、長年実家も空き家となっており、また、祖父の代から生業としている果樹園の管理を姉夫婦に任せっきりにしていたことから、実家へ戻ることにした次第です。実家の裏に広がっている畑(約3,000坪)では、主に「ふじ」という品種の林檎を作付けしています(他の品種として、「紅玉」、「王林」、「金星」、「ジョナゴールド」といったものもありますが、数本程度です。)。作付面積からすれば、家族で何とかやっていける位の小規模農家といったところでしょうか。亡き父母は、長男である私に跡を継いで欲しかったようですが、その期待に沿うことなく、私は別の道を選んで今日に至ってしまいましたので、これからの人生、農業に精を出し、いくばくかでも親不孝をした穴埋めができればと思っているところです。現在、姉夫婦と共に「ふじ」という林檎を収穫しているところであり、後期高齢者である姉夫婦と共に体力の続く限り、自然と向き合いつつ営農活動を続けていきたいと思っています。
 ところで、公証人在任中に十分な取組ができていなかった事柄があります。一つは、公証業務に関する広報の件です。毎年、10月の公証週間には、地域で発行されている新聞に2回ほど広告掲載するほか、通年、地域で開催される各種交流会等に積極的に出席するなどして、公証業務の広報に努めていましたが、更に知恵を絞れば効果的・効率的な広報活動ができたのではないかということです。もう一つは、「聞く力」が不足してはいなかったかということです。嘱託事件の多くは遺言に関する案件であることから、高齢者からの相談が多くなりますが、突然訪れた相談者の中には、緊張しているためか、あるいは、まずもって十分に相談者の生活状況等を公証人に理解して貰った上で具体的な相談内容について尋ねていきたいと考えているのか分かりませんが、相談者の出生から現在の家族を含めた生活状況等に至るまで、とうとうと話し始め、訪れた目的がわからないまま、かなりの時間を費やすことがありました。時間的に余裕があれば相応の時間を費やし、懇切・丁寧な対応も可能ですが、次の嘱託事件の予定時間が迫っているときなどは、つい焦ってしまい、途中で相談者の話しを遮ることもあったかと思います。相談者からすれば、取り敢えず自分を取り巻く家庭内の諸事情を十分聞いて貰った上で、具体的な遺言内容を考えたいと訪れたにもかかわらず、十分に話しを聞いては貰えなかったという不満を抱いたかも知れません。もう少し相談者に寄り添った「聞き出す力」をも発揮した対応ができていれば、それこそ懇切・丁寧な応対に繋げられたのではないかと思っているところです。
 最後になりますが、全国的に新型コロナの感染拡大が収まっておらず、気が抜けない毎日が続いています。誌友の皆様におかれましては、改めて健康管理に十分留意され、来るべき輝かしい新年を迎えられることを祈念し、拙い本文を閉じたいと思います。有難うございました。(元仙台・古川公証役場公証人 工藤 聡)

実務の広場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.96 債務承認弁済契約公正証書作成の可否について

(質問箱より)

【質 問】
(相談要旨)
1 夫甲と妻乙は、協議離婚することに合意しており、長女丙(15歳)の養育費及び財産分与のほか、乙が甲の弟丁に貸し付けた貸金の支払いに関する事項を離婚給付等契約公正証書にしてほしいとして、乙が当公証役場に来所した。
2 公正証書により作成してほしいとする丁への貸金の支払いに関する内容は、以下のとおりである。
 ア 乙は、甲の依頼を受けて婚姻前に蓄財した自らの預貯金から、丁に対し、総額金476万6025円を貸し付けたところ、丁からその一部の支払いはされたものの、その後支払いが滞ったため、別紙のとおり、平成30年6月18日付けで〇〇簡易裁判所から支払督促の発付を受けている。
 イ 丁は、現在所在不明であり、連絡を取ることができず、支払督促による強制執行の手続は行っていない。
 ウ 甲は、この度の離婚に伴い、乙の丁への貸金に対する返済について丁に代わって乙に分割して支払うことを約束している。
上記2の貸金について、甲による第三者弁済として、乙を債権者、甲を
債務者とする債務承認弁済契約公正証書を作成することができるか。
(質問者意見)
 第三者弁済に関して、民法第474条に次のことが定められている。
(1)債務の弁済は、第三者もすることができる。ただし、その債務の性質がこれを許さないとき、又は当事者が反対の意思を表示したときは、この限りでない(改正前同条第1項)。
(2)利害関係を有しない第三者は、債務者の意思に反して弁済をすることができない(改正前同条第2項)。
 ※施行日(令和2年4月1日)前に生じた債務については、施行日以後も旧法によるものとされている(改正法附則第25条第1項)ため、改正前の民法第474条が適用される。

 丁が所在不明で連絡を取ることができない状況にあることから、民法第474条第1項及び第2項の債務者の意思を確認することができない以上、有効な第三者弁済とはいえないので、甲乙間の債務承認弁済契約公正証書を作成することはできないものと考える。
 他方、債務者丁の意思を確認することができない以上、丁の意思に明確に反する弁済とはいえないので、有効な第三者弁済と考え得る余地があり、判断に迷うところである。
 なお、離婚給付等契約公正証書の条項に離婚を原因とする給付とはいえない貸金の返済に関する事項を記載するのは適切ではないので、仮に有効な第三者弁済と認められるときは、債務承認弁済契約公正証書として作成すべきと考える。

【質問箱委員会の回答】
1 第三者弁済を前提とした契約について
 まず、本件は、平成29年法律第44号による改正民法の施行(令和2年4月1日)前に成立した丁の乙に対する債務(以下「本件債務」といいます。)に関するものであることから、以下、この改正前の民法については「旧民法」と、改正後の民法については「改正民法」と、改正民法の附則については「改正法附則」と称することとします。
 お尋ねの、改正法附則第25条第1項により本件債務の弁済に適用される旧民法第474条の規定に基づく、甲による第三者弁済を内容とする債務承認弁済契約公正証書を作成することができるかということですが、第三者弁済は、債務者丁の意思に反してはなし得ないので、仮に甲と乙との間で第三者弁済に関する契約をするとすれば、丁の意思に反しない場合に限り有効という条件を付した第三者の弁済契約ということになります。
このような契約により第三者弁済がなされたとしても、丁が反対の意思表示をすれば、第三者弁済は効力を失い、乙は既に甲から弁済を受けた金員があれば、これを返還しなければならないこととなります。
 また、甲は、道義的責任はともかくとして、法的には本件債務の履行責任のない第三者の立場で弁済するということですから、債務者でない甲と乙との間で債務承認弁済契約を締結することはできないと考えます。
 できるとすれば、前述のとおり、(条件付)第三者の弁済契約ということになりますし、本件債務について、法的には債務者でない甲に対して強制執行をするということは考えられませんから、執行証書とすることができない以上、公正証書にする意味は事実上ありません。

2 併存的(重畳的)債務引受契約について
 相談の目的を達する方法の一つとして、甲と乙との間で、乙と丁との間の本件債務はそのまま存続させておいて、これと併存する本件債務と同一の内容の債務を甲が負担するという契約をすることができます(改正民法第470条第2項)。
 この契約は、債務者丁の意思に反するときでもすることができるとされています(大判大15.3.25民集5.219)ので、第三者の弁済のような問題は生じないものと考えます。
また、甲が、既に支払督促手続で仮執行宣言も付されている本件債務を、分割して支払っていくということですので、併存的債務引受契約に付随して、分割払いによる具体的な弁済契約も締結する必要があります。
 併存的債務引受は、旧民法には規定がなかったものの、従前から判例によって認められていたもので、改正民法第470条以下は、これを整理して明文化したものです。
 元の債務者の債務と引受人の債務は連帯債務になる(改正民法第470条第1項)という点は従来と変わりませんが(最判昭41.12.20民集20.10.2139)、連帯債務に関する旧民法の規定では、一方の債務が時効消滅するとその負担部分において他方の債務に効果が及ぶなど、広く絶対的な効力が認められていたところ(旧民法第439条等)、改正民法では、連帯債務者の一人について生じた事由は、原則として他の連帯債務者に対してその効力を生じないこととされる(改正民法第441条)など、連帯債務者間の関係に違いが生じていることには注意が必要です。
 なお、本件債務が事業に係る債務であった場合、保証と同様の効果を生じさせる契約であることから、次の保証契約の保証人保護規定の潜脱と見られる可能性は排除できません。

3 保証契約について
 上記併存的債務引受契約と同様の効果があるものとして、保証契約を締結する方法も考えられます。
 債務者である丁の委託を受けない保証人として、甲が乙との間で保証契約を締結することは可能であり、分割払いということであれば、保証契約と同時に、具体的な分割払いによる弁済契約も締結する必要があります。
 なお、甲が催告の抗弁(民法第452条)及び検索の抗弁(民法第453条)並びに他にも保証人があった場合の分別の利益(民法第456条)の主張をしないということであれば、甲が本件債務について丁と連帯して債務を負担する連帯保証契約にすることによって、乙の立場はより有利になります。
 新たに(連帯)保証契約を締結する場合は、改正民法が適用されますから、本件債務が事業に係る債務であった場合は、保証人保護のための保証意思宣明公正証書の作成が必要になります(改正民法第465条の6以下)。
 この場合、改正民法第465条の10の情報提供義務に関して、上記のように甲が乙との間で(連帯)保証契約を締結する場合は、主たる債務者の委託を受けない保証人であることから、同条に定める情報の提供がなくとも、甲の履行意思(改正民法第465条の6第2項第1号イ)を確認することができれば、甲から本件債務が生じた際の事情や丁の現状を聞き取るなどすることによって、保証意思宣明公正証書の作成は可能と考えます。
 このように、本件債務が事業に係る債務であった場合には、余分な手間と費用が生ずることとなりますが、ここまでやっておけば、万一甲からの分割金の支払いが滞った場合には、問題なく強制執行をすることができるものと思われます。
 ただし、(連帯)保証債務には、主たる債務の存続、態様、消滅等について主たる債務と運命を共にするという付従性が認められていることから、主たる債務が時効により消滅してしまうと、保証人も主たる債務の消滅時効を援用することができることになります(大判昭8.10.13民集12.2520)。
 本件債務に関する支払督促手続の仮執行宣言(平成30年7月27日)の送達から2週間以内に督促異議の申立てがなかったときは(別途確定証明書を取っておくことをお勧めします。)、支払督促は確定判決と同一の効力を有することになり(民事訴訟法第396条)、本件債務にはその確定から10年間の消滅時効が進行しますから、甲の分割払いの期間がそれより長い場合には、乙は、それまでに丁に対して本件債務の時効中断の措置をしておく必要があります。

4 離婚給付と一つの証書にすることの是非について
 甲乙間の併存的債務引受契約又は(連帯)保証契約と、離婚給付に関する契約は、一つの公正証書にすることも別々の公正証書にすることも可能ですが、同一の当事者間の一方から複数の金銭給付をする場合、充当の問題が生じることがありますので、一つの証書にした上で、充当に関する条項を設けておくのが望ましいと考えます。
 例えば、養育費として毎月3万円、本件債務の弁済分として毎月3万円の合計6万円を支払うこととなっているにもかかわらず、今月は支払いが苦しいからということで5万円しか支払われなかった場合に、どちらの債務がどれだけ履行されているのかが分からないのでは、強制執行をする場合に支障となることがありますので、改正民法第488条の規定に従うということにしておくよりも、まず養育費から充当するというような条項を設けて明確にしておいた方が良いと考えます。

5 結論
 相談の目的を達する方法としては、上記2の併存的債務引受契約とすることも3の(連帯)保証契約とすることも、どちらも可能ということになりますが、その要件や効果に若干違いがありますので、当事者に説明の上、どちらにするかを選択してもらうことになります。
 一般的には、併存的債務引受契約とする方が分かりやすいと思いますが、本件債務が事業に係る債務であった場合には、保証意思宣明公正証書を作成した上で(連帯)保証契約とするのが確実と思われます。
 また、離婚給付契約と一つの公正証書とするのか別々の公正証書にするのかについても、当事者に説明の上で決めてもらうことになります。
 おって、本件債務が事業に係る債務でなければ併存的債務引受契約になると思いますので、併存的債務引受契約に関する条項案を、参考に供します。

〔参考〕
第〇条 甲は、乙に対し、甲の弟〇〇〇〇(以下「丁」という。)が平成22年9月4日から平成29年10月3日までの間に乙から貸付を受けた総額金476万6,025円の内、平成30年6月18日現在の未払残額金430万6,025円の支払債務を、令和〇年〇月〇日、併存的に引き受け、これを令和〇年〇月から令和〇年〇月までの〇回に分割し、毎月〇日限り、毎回金〇〇円(ただし、最終回は金〇〇円)ずつを、丁と連帯して、乙の指定する金融機関の口座に振り込んで支払う。

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