入梅の候、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
さて、東日本大震災から5年、とりわけ津波による福島の原子力発電所の未曾有の事故の傷跡が大きく残り、被災地の復興に国を挙げて取り組んでいる中、またもや4月14日以降相次いで発生した熊本県を震源とする大地震により、多くの方々が被災されました。亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたしますとともに、被災された皆様に心からお見舞い申し上げます。
また、この度の震災でも、自衛隊、警察、消防、海保、その他国及び地方団体の各機関が、民間や海外の支援者の方々とともに一丸となって対応する姿を見聞きするにつけ、日本という国について改めて誇らしく感慨を覚えたところであり、被災地の対応に当たられた皆様には深い敬意を表したいと思います。(NN)
お客様の「あたりまえ」を理解する(理事 横山 緑)
「ケンミンショー」というテレビの番組がある。毎回、全国各地の限られた地域に受け継がれている食文化等を紹介している。当該地では、何の疑問もなく「あたりまえ」のこととして引き継がれていることが、全国的には「あたりまえでない」独自の文化であることを紹介している。
少し前になるが、プロ野球選手間で行われていた自チームが勝った時に円陣で声出しをした選手に現金が渡されていた問題、特に疑問を持つことなく多くの球団で行われていた。長年の間、誰からも指摘を受けることがなかったために、プロ野球選手間では「あたりまえ」になっていたのではなかろうか。
さて、同じようなことが公証役場の日常の中でもあるのではないかと思い、公証人を拝命して、これまでに感じた自分の「あたりまえ」と公証役場を利用していただく皆様の「あたりまえ」とが一致しないと感じた事案のいくつかを、振り返りながら紹介させていただく。
1 「○○公証人役場」との名称から「○○市区町役場」の出先と勘違いされ、すべての相談事案を無料で受け、解決してくれるところである、とのあたりまえ。
未だ公証制度、公証人役場の認知度は低く、公証制度・公証業務等について広範囲の者を対象に積極的に広報していくことが必要である。
広報は地道に実施していくとして、窓口へ来られた方をむげにお帰りいただくわけにもいかず、相談事案が、少しでも公証業務に関連する場合は、相談を受けることとし、広報を兼ねて業務拡大につなげている。
2 窓口業務を抱えている官公庁では昼休み時間帯(12時から13時までの時間)も執務しており、当然に公証人役場も執務をしている、とのあたりまえ。
公証人が一人の役場であり、交替制勤務シフトを組むことができないため、事務室入口に、「昼休み時間であり1時までお待ち下さい」とのお知らせを掲出し、事前に昼休み時間帯も執務をしているかの確認をしていただいたお客様には昼休み時間帯の執務ができないことの事情を説明して理解を得ることに努めているが、すんなりと理解を示すお客様は少なく、公証役場を利用する者の事情を最優先し、対応すべきであると主張される。現実の問題として、昼休み時間帯について事務室を施錠しておくこと、着信の電話を受けないわけにもいかず、書記の協力を得て、来訪されたお客様、電話をかけてきたお客様については、通常の執務時間帯と同様の対応をしている。
3 証書作成に必要な書類等の説明を聞くためにわざわざ公証役場に出向くまでもなく、電話ですべてが済ませられるべき、とのあたりまえ。
当役場も公正証書遺言の作成が増加している。これに比例するように士業の者に依頼することなく遺言者自らができるのであれば、必要書類を準備して作成したいとする者が増加している。これらの遺言者は高齢者が多く、公証役場へ出向くのは最小限にしたいとして電話により説明を求める者が多い。戸籍・印鑑登録証明書・住民票・登記事項証明書等の必要書類について説明をするが、本籍と住所の相違が理解できない者も多く、特に必要戸籍について理解を得られるまでに30分を超すことが度々ある。長時間に及ぶ者には、電話回線が1本しかなく他のお客様からの電話利用ができない状況にあることを説明して理解を得ようとするが、自分もお客様であり、そのような扱いをされることは心外であると、さらに長時間電話回線を占有されることになる。
書類の収集等を手伝ってもらえる相続人・受遺者がいないか、あるいは、大切な証書作成であることを説明し、専門家に依頼する方法があることを説明することもありである。
4 公正証書の記載事項、必要書類はネットで見ればわかる、とのあたりまえ。
事案により準備していただく書類が異なる旨を説明しようとすると、インターネットで見て調べてあるので必要はないとの申し出がある場合に多くあるのが、具体的に証書作成する内容と参考にしたネットの事案とが一致していない場合である。必要書類が不足していることを説明すると、インターネットの記載が間違っているのか、なぜそのような情報が誰でも見ることができるのか、と当方の対応に問題があるがごとく責められることになる。
某公証人のホームページでは必要書類として記載がない場合であっても、証書を作成する公証人が必要と判断する書類・情報がある場合の説明には苦慮するが、必要性について丁寧に説明をすれば理解は得られる。
5 公正証書作成にあたり見積書の作成に応じるべき、とのあたりまえ。
公正証書作成の依頼をしたいが費用はいくらか、見積書の作成をお願いするとの電話がある。その際には、公正証書作成手数料の積算方法を説明することとし、どこの公証役場で作成されても公証人手数料令に基づき積算される旨を説明している。
事案の概要を説明するので具体的に積算するように求めてくる者については、あくまでも概算であるとの説明をしたうえで費用を積算することとしているが、見積書の作成に応じることはしていない。
概算を積算して伝えた者から、他の公証役場の見積額と当役場の見積額が違う、なぜ違うのか事細かに説明を求められたことがある。公正証書作成にあたり、相見積もりを取って依頼先公証役場を検討されている者がいることを知ることとなった。
6 自筆証書遺言書についても公証人が内容確認をしてくれる、とのあたりまえ。
公証役場は、遺言書作成に関するすべての業務をしてくれるところとの誤った情報のもと、自筆証書遺言書作成、相続税対策、相続人間の争いの仲裁等を求めて訪れる者がいる。公証人は、公正証書遺言の作成をするものであり、その他については関与できない旨を説明し、それぞれ専門に対応する資格者を紹介し、そこへ相談等にいかれるよう助言すると、「金儲けにならないことは断るのか。」、事務室の書棚にある図書を指し示し、関連する箇所を複写するように求めてくる。「公証人役場」の名称からの勘違いがそのような発言につながっているのではないかと考える。
便宜を図って、何らかの対応をすると、後日、「以前は対応してもらったのに今回は対応できないのか。」との追求を受けることになりかねないので、毅然とした対応が求められる。
7 遺言者の意思確認をしてあるので、証書作成時における公証人による遺言者の意思確認は不要である、とのあたりまえ。
遺言者が、遺言公正証書作成日の事前に説明をしに来ることなく、相続人あるいは士業の者が説明にきた場合には、証書作成時、遺言者に対し、公証人が改めてゼロから遺言内容の説明を求めているが、当役場を初めて利用される士業の者の中には、「遺言者がしっかりしているときに遺言内容を確認してあるので、公証人に対して説明がきちんとできないかもしれないが問題はない。」との発言をされたことがある。案の定、遺言者は、説明をすることができなく、証書の作成をすることはできなかった。また、事前に説明に来た相続人は、「遺言の内容をきちんと覚えさせ、間違いなく説明することを老人に求めても無理である。公証人は老人をいじめるのか。」と発言をされ、このような公証人に作成を依頼することはできないので、他の公証人にお願いするとして、作成依頼を撤回された。
遺言者の意思確認、遺言内容の確認は、公正証書遺言の信頼性確保のため、後日の紛争防止のためにも、厳格に対応しなければならない。公証人は、証書作成当日における遺言者の説明を受けて、遺言内容を変更した証書を作成すること、場合によっては遺言公正証書作成の中止について躊躇してはならない。
8 委任状提出による証書作成時における公証人による委任者の意思確認は不要である、とのあたりまえ。
印鑑登録証明書を添付した委任状による公正証書作成時に、公証人が委任者の意思確認をすることはないとの思い違いをされている(同種事案で公証人が意思確認の手続をこれまでにしたことはなかった。)受任者に対し、委任内容に疑問があり、疑問事項の確認をするために書類の提出を求めたところ、これを拒否したため、委任者が公証役場へ出向くことができず、確認のための書類の提出をされないのであれば、公証人が面談して確認するため委任者宅へ出向き、委任内容を確認する旨伝えたところ、公正証書作成依頼を撤回した。
公証人への任命を受けて間なしのころに、「これまでにも同様の事案について前任者に作成をしてもらっている。」、「他の役場では作成しているのになぜ作成できないのか。」との発言をして公正証書の作成を求められた事案が数件続いた。公証人として任命を受けて間もないことを説明し、適正かつ無効でない証書作成をするために、作成の可否を判断する時間を要する旨説明して対応した。また、処理した同様の事案を確認するので、前任者が作成した事案、他の役場の情報を聴取することが肝要である。他の役場の情報については、当該役場に迷惑をかけることになるから教えることはできないと受任者は説明し、速やかに証書の作成ができないのであればその役場に依頼するとして、作成依頼を撤回した。
9 債務者の居所がわからなくなった場合は、公証役場が探し強制執行の手続をしてくれる、とのあたりまえ。
特に、離婚給付等契約公正証書作成時に交付送達手続をしてある場合であって、債務者の所在が不明となり連絡が取れなくなった場合に債務者の所在確認・探索、強制執行手続の申立てのすべてを公証役場がしてくれるとの思い違いをしている債権者(若くして離婚する者に多い)がいる。証書作成時は、離婚することのみに関心があり、強制執行等についての説明を理解することなく、場合によっては聞いていない。証書作成時における強制執行認諾条項付きの公正証書の意義、効力等について、より丁寧に、かつ具体的に説明をする必要性を痛感する。
お客様の「あたりまえ」への対応
当然のことであるが、お客様への対応は、公証人一人ではなく、公証役場に勤務する公証人・書記全員によるチームプレーが求められる。公証人が対応できるまでお待ちいただく、間違った対応をするよりは良いのかもしれないが、お客様は不満を抱かれることになる。いかに納得してお待ちいただくか、かゆいところに手が届く対応が求められる。お客様の仕草や表情、声に出されなくても、何を求められているのかを的確に察知できなければ、お客様への対応としては不十分であり、お客様にとって「あたりまえ」の対応でないとして、窓口でのトラブルに発展しかねない。
自分もお客様と直接に接する業務から長年月離れていたため、公証人として執務を開始した当初は、お客様の「あたりまえ」に気付くことができなく、少なからず戸惑いを感じることがあった。
お客様の思いを確実に証書の内容に反映するためには、お客様の「あたりまえ」である思い、話を最後まで「ゆっくり、じっくり、穏やかに」肯定を前提に聴くことが大切であるとの結論に至った。
一人でも多くのお客様から「公正証書を作成して良かった。ありがとう。」の言葉がいただけるよう、これからも可能な限り、お客様の「あたりまえ」である思い、話を最後まで「ゆっくり、じっくり、穏やかに」肯定を前提に聴き、証書作成に努めていきたい。
このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。
遺言雑感(由良卓郎)
もしも私が先に死んだらどうなりますか
多くの人が,生まれた順に亡くなるものと思い,そのことにあまり疑問も持たずに生活していると思います。家族間であればなおさらのことであり,想像すらしたくないと思います。
ですから,公正証書の作成に際して相談者とお話しをする際にも,順番通りであろうという漠然とした期待に基づいて話しをしているように思います。
しかし,必ずしもそうならないのが今の時代です。これまで大きな病気に罹ったことのない健康な人でも,いろいろな原因で突然亡くなることがあります。
ある遺言を作成した際,その遺言で財産をもらうこととなっている人から,「もし私が先に死んだらどうなりますか」と質問されたことがありました。
その方は,お元気そうでしたから,私は,その質問に戸惑いながら,その遺言は無効になると思いますよとお答えしました(遺贈は,遺言者の死亡以前に受遺者が死亡したときは,その効力を生じない(民法994①)。相続させる旨の遺言の場合について同旨(最高裁平成23年2月22日第三小法廷判決)。
しかし,その後その方の親族が来られ,先の遺言で財産をもらうこととなっている人が遺言者より先に亡くなってしまったがどうすればよいかとの相談を受けました。
また,別の事案では,遺言で相続させることとしていた子が順に亡くなり,何度か遺言を作り直したことがありましたが,何度目かの遺言の相談の際には,さすがに予備的遺言の話はあまりできませんでした。
遺言により財産をもらうこととなる人が先に亡くなった場合を想定して,予備的遺言をすることは少なくありません。親子間の場合,親にとって子が先に亡くなることは本当に寂しいし,悔しい気持ちになると思いますが,そのことを深く考えず粛々と,予備的遺言をするかどうか本人に確認せざるを得ない場合もあり,そのことが,場合によっては残酷な質問をしていることになるかも知れません。
しかし,万が一,そのような事態が生じたときに,遺言者が遺言能力を失っていた場合には,改めて遺言をすることができませんので,予備的遺言について,一応は,説明をするようにしています。
その際,できるだけ相談者の精神的負担にならないよう,当役場では,遺言の相談者に配布する説明用ペーパーに,「予備的遺言(要・否)」の欄を設け,それに従って事務的に説明し,質問するようにしています。
なぜ,父(母)はこんな遺言をしたんでしょうか
公正証書遺言は,原本を公証役場で保管します。本人が100歳ないし120歳くらいまで保管します。自筆の遺言は,誤って捨てたり,誰かに破棄されたりしてなくなってしまうこともあり得ますが,公正証書遺言の場合は,そのような心配がありません。もし,遺言書が見つからなければ,遺言者本人が亡くなった後,利害関係者である法定相続人は,公証役場に保管されている遺言書原本から謄本の交付を受けることもできます。
公証役場の業務や,公正証書遺言について説明や講演を頼まれた際には,こういった公正証書遺言のメリットを説明しています。
あるとき,「父が亡くなったが,遺言をしているようだ」として,遺言の謄本請求がありました。謄本を見たあと,その方から,「なぜ,父はこんな遺言をしたんでしょうか」と聞かれたことがありました。
それは本人でなければ分かりませんなどとお答えするのですが,遺言者は,それぞれの子の事情や,自分亡き後の〇〇家の存続などを考慮して,遺言内容を決めておられるものと思いますが,亡き親の思いを子がどれだけ理解できるかは,区々であろうと思います。
それで,遺言の相談者には,遺言が効力を生じたときにはあなたはこの世の中にいないのですから,子が,なぜこのような遺言をしたのかと親に聞きたいと思っても聞くことはできませんし,あなたも説明することができません。ですから,残された家族へのあなたの最後のメッセージとして,遺言内容についての説明や家族への思いなどを残されてはいかがですかなどとお勧めするようにしています。
もっとも,皆さんが同調して下さるわけではありませんが。
おわりに
公正証書遺言の作成は増加傾向にあります。だからこそ,遺言の執行が少しでもスムーズにいくようにと思い,上記のほか,財産もできるだけ具体的に記載した方がよい旨お勧めすることもあります。しかし,十分に理解が得られていないように思います。今後とも工夫をして説明して参りたいと思っているこのごろです。
末筆になりましたが,本年4月には,熊本,大分方面で大規模な地震が連続して発生し,甚大な被害が発生しました。
被災された方々に対しまして,改めてお見舞いを申し上げますとともに,一日も早い復旧を心からお祈り申し上げます。
(福山公証役場)
このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。
はじめに
周知のように,公証実務において広く用いられてきた,特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」旨の遺言(以下「相続させる遺言」という。)の法的性質については、最高裁平成3年4月19日判決(民集45巻4号477頁、東京公証人会会報(以下「会報」と略称)平成3年6月号7頁。以下「平成3年最判」という。)において、遺贈(民法964条)と解すべき特段の事情がない限り、遺産分割方法の指定(民法908条)と解するのが相当であり、かつ、これにより何らの行為を要することなく被相続人の死亡の時に直ちに当該遺産が当該相続人に相続により承継されるものと解すべきであるとの判断が示されました。
これにより、相続させる遺言の法的性質をめぐる議論に一応の決着が図られましたが、そもそも相続させる遺言については明文がなく、この遺言の結果どのような法律関係が生ずるかは専ら解釈(判例の集積)に委ねられているため、その後も、相続させる遺言による不動産の取得と登記の要否、あるいは相続させる遺言により遺産を取得するとされた推定相続人が遺言者の死亡以前に死亡した場合の当該遺言の効力等に関する最高裁判例や下級審裁判例が出され、学説上も活発な議論が続いている状況にあります。
そこで、本稿では、平成3年最判以後における相続させる遺言に関する判例等の動向を概観することとしたいと思います。
1 平成3年最判の要旨
(1) 平成3年最判の判示については、今更紹介するまでもないと思われますが、以下に紹介する判例等における判断の前提となっているものですので、その要旨を次に掲げておきます。
① 特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」趣旨の遺言は、遺言書の記載から、その趣旨が遺贈であることが明らかであるか、又は遺贈と解すべき特段の事情のない限り、当該遺産を当該相続人をして単独で相続させる遺産分割の方法が指定されたものと解すべきである。
② 特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」趣旨の遺言があった場合には、当該遺言において相続による承継を当該相続人の受諾の意思表示にかからせたなどの特段の事情のない限り、何らの行為を要せずして、当該遺産は、被相続人の死亡の時に直ちに当該相続人に相続により承継されるものと解すべきである。
(2) 平成3年最判は、特定の遺産を特定の相続人に相続させる遺言に関する事案ですが、その判示は、遺産の全部を1人の相続人に相続させる遺言にも当てはまるものと解されています。また、相続させる遺言により遺産分割方法の指定がされ、その対象財産の価額が当該相続人の法定相続分を超える場合には、相続分の指定(民法902条)を伴う遺産分割方法の指定と解するのが一般的です。
2 相続させる遺言による不動産の取得と登記
(1) 相続させる遺言に関する問題の1つとして、対抗問題すなわち特定の不動産を特定の相続人に相続させる遺言により、当該不動産を取得した相続人は、登記なくして第三者に対抗することができるかという問題が指摘されていました。
この点につき、最高裁平成14年6月10日判決(判時1791号59頁、会報平成14年12月号3頁。以下「平成14年最判」という。)は、被相続人甲が妻に全財産を相続させる遺言を残して死亡した後、甲の子Aの債権者が、相続財産中の不動産についてAに代位して法定相続分による相続登記を経由した上、Aの持分に対する仮差押え及び強制競売を申し立て、これに対する仮差押え及び差押えがされた事案につき、平成3年最判を引用して、特定の遺産を特定の相続人に相続させる遺言は、特段の事情がない限り、何らの行為を要せずに、被相続人の死亡の時に直ちに当該遺産が当該相続人に相続により承継されるとした上、相続させる遺言による権利の移転は、法定相続分又は指定相続分の相続の場合と本質において異なるところはなく、法定相続分又は指定相続分の相続による不動産の権利の取得については、登記なくしてその権利を第三者に対抗することができる(最高裁昭和38年2月22日判決・民集17巻1号235頁、最高裁平成5年7月19日判決・裁判集民事169号243頁)のであるから、これらの場合と同様、相続させる遺言による不動産の権利の取得については、登記なくして第三者に対抗することができると判示しました。
(2) 平成14年最判については、相続させる遺言は、被相続人の意思に基づく財産処分であるという点で、遺贈と共通性を有するところ、不動産の受遺者が自らの権利取得を第三者に対抗するためには登記の具備か要求されていること(最高裁昭和39年3月6日判決・民集18巻3号437頁)との整合性など様々な批判がみられるようです。遺言の内容を知らない第三者の保護の必要性は、既に指定相続分に関する前掲最高裁平成5年判決についても指摘されている点ですが、他方、本件のように、第三者が相続人の債権者である場合、相続開始直後に当該不動産が差し押さえられる可能性が低いとはいえず、被相続人の最終意思(例えば、A・B2人の子があり、Aが多額の借金を抱えているため、自己の遺産がその返済に充てられることを避けて、自分の面倒もみてくれているBに遺産を残したい場合)の実現を大きく制約するおそれがあると思われます。このことから、表見法理(民法94条2項又は32条1項後段の類推適用)や権利濫用法理による第三者の保護の余地を残した上、本判決に一定の積極的評価を与えることができるとする見解もあります(加毛明「相続させる旨の遺言と登記」民法判例百選Ⅲ親族・相続〔別冊ジュリスト〕150頁)。
なお、遺贈による不動産の取得については、遺言執行者が選任されている場合、相続人は遺言の執行を妨げる行為をすることはできず(民法1013条)、相続人が遺贈目的不動産を第三者に譲渡し又は第三者のため抵当権を設定したとしても、相続人の処分行為は無効であるから、受遺者は、当該不動産の取得を登記なくして第三者に対抗できるとされており(最高裁昭和62年4月23日判決・民集41巻3号474頁)、公正証書遺言の場合、遺贈については併せて遺言執行者を指定しておくのが通例ですから、実際上自筆証書遺言等において、その指定がない場合に限られると思われます。
3 相続させる遺言により遺産を相続させるものとされた推定相続人が遺言者の死亡以前に死亡した場合の当該遺言の効力
(1) 次に紹介するのは、相続させる遺言により遺産を相続させるものとされた推定相続人(以下「受益相続人」という。)が遺言者の死亡以前に死亡した場合の当該遺言の効力が争われた最高裁平成23年2月22日判決(民集65巻2号699頁、会報平成23年11月号3頁。以下「平成23年最判」という。)です。
事案は、Aは、遺産全部を子Bに相続させる旨を記載した条項及び遺言執行者の指定に係る条項の2か条から成る公正証書遺言をしていたが、Aが死亡する前にBが死亡したことから、Aのもう1人の子Xが、Aの遺産である土地建物(以下「本件不動産」という。)につき、Aの死亡により2分の1の持分を有すると主張して、Bの子(代襲相続人)であるYらに対し、Xが本件不動産の持分2分の1を有することの確認を求めたものです。
第1審の東京地裁平成20年11月12日判決(金商1366号28頁)は、本件遺言は、遺産分割方法の指定と解され、これを遺贈と解することはできないから、民法994条1項により失効するものではなく、被相続人が特定の相続人に対し、相続により承継させるとした遺産については、原則として代襲相続するものと解するのが相当であり、本件不動産につきXに2分の1の持分を認めることはできないとして、Xの請求を棄却しました。これに対し、第2審の東京高裁平成21年4月15日判決(金商1366号27頁)は、①遺言者が相続分の指定又は遺産分割方法の指定をしても、その対象となった相続人が遺言者の死亡以前に死亡していた場合には、当該遺言はその効力を生じないというべきである、②もっとも、当該遺言の趣旨として、その場合には、当該相続人の代襲相続人にその効力を及ぼす旨を定めていると読み得ることもあるが、これは遺言の解釈の問題であって、遺言が相続分又は遺産分割方法の指定であるというだけで、直ちに当該遺言には代襲相続人にその効力を及ぼす趣旨が含まれていると解するのは相当でない、③本件遺言書の記載からは、Aの死亡以前にBが死亡した場合には、代襲相続人にその効力を及ぼす趣旨が含まれていると解することはできず、本件遺言は、Bの先死亡により失効したものというべきであると判示して、1審判決を取り消してXの請求を認容しました。
(2) Yらは上告しましたが、本判決は、遺産を特定の相続人に単独で相続させる旨の遺産分割の方法を指定する「相続させる」旨の遺言は、当該遺言により遺産を相続させるものとされた推定相続人が遺言者の死亡以前に死亡した場合には、当該「相続させる」旨の遺言に係る条項と遺言書の他の記載との関係、遺言作成当時の事情及び遺言者の置かれていた状況などから、遺言者が当該推定相続人の代襲者その他の者に遺産を相続させる旨の意思を有していたとみるべき特段の事情のない限り、その効力を生ずることはないと解するのが相当であるとした上、本件遺言書には、Aの遺産全部をBに相続させる旨を記載した条項及び遺言執行者の指定に係る条項のわずか2か条しかなく、BがAの死亡以前に死亡した場合にBが承継すべきであった遺産をB以外の者に承継させる意思を推知させる条項はないなどとして、上記特段の事情があるとはいえず、本件遺言は、その効力を生ずることはないと判示して、Yらの上告を棄却しました。
(3) 従前、相続させる遺言における受益相続人が遺言者の死亡以前に死亡した場合、当該遺言は効力を生じないと解するのが一般的であったと考えられます。そこで、公証実務においては、そのような場合に備えて予備的遺言(補充遺言)を併せて残しておくことが少なくなく、また、登記実務においても、その効力が生じないことを前提とした取扱いが行われてきました(昭和62年6月30日民三第3411号民事局第三課長回答)。
ところが、東京高裁平成18年6月29日判決(判タ1256号175頁、会報平成19年6月号4頁)が、遺産分割方法を指定した相続させる遺言により遺産を取得するとされた者が被相続人より先に死亡した場合、相続人に対する遺産分割方法の指定による相続は、指定相続分による相続と性質を異にするものではなく、相続の法理に従い、代襲相続を認めるのが相当であるから、当該受益相続人が相続開始前に死亡していたときは、代襲相続に関する規定の適用ないし準用により、その者の子が代襲相続するものと解するのが相当であるとした以後、本件第1審判決のように、この代襲相続説に立つ下級審裁判例が現れ、学説上もこれを支持するものが出てきたといわれていました。他方、否定説(東京高裁平成11年5月18日判決・金判1068号37頁、本件原審判決など)は、遺言者の意思は受益相続人その人に向けられている点を重視して、受益相続人が先に死亡した場合には、当該遺言は当然に失効し、その代襲者に効力が及ぶことはないとしていました。(4) このような状況の中で、平成23年最判は、遺言者は、一般に各推定相続人との関係においては、その者と各推定相続人との身分関係及び生活状況、各推定相続人の現在及び将来の生活状況及び資産その他の経済力、特定の不動産その他の遺産についての特定の推定相続人の関わりあいの有無、程度等諸般の事情を考慮して遺言をするものであり、相続させる遺言がされる場合もこれと異なるものではなく、相続させる遺言をした遺言者は、通常、遺言時における特定の推定相続人に当該遺産を取得させる意思を有するにとどまるものと解した上で、上記のとおり、特段の事情のない限り、その効力を生ずることはないとしました。
平成23年最判の特徴は、従前議論されてきた代襲相続の可否の問題としてではなく、遺言の解釈の問題としてとらえた点にあると思われます。すなわち同判決は、「当該推定相続人の代襲者その他の者」との文言からも明らかなように、相続させる遺言において受益相続人が先に死亡した場合には、例外なく民法887条2項等による代襲相続は生じないとした上で、当該遺言の解釈により、その場合には、代襲相続人等に当該遺産を承継させる意思が遺言者にあるものと認められれば、当該遺言の効力を認めることができる旨を判示したものと考えられ、同判決をもって「原則として代襲相続」を否定したものと理解するのは正確ではないでしょう(最高裁判所判例解説民事篇平成23年度(上)110頁(注14)〔伊藤正晴〕、浦野由紀子「相続させる旨の遺言により相続させるとされた推定相続人が遺言者の死亡以前に死亡した場合」平成23年重要判例解説(別冊ジュリスト)88頁)。また、このことから受益相続人が先死亡した場合の遺言の効力について、その法的性質が遺贈であるか、相続分の指定又は遺産分割方法の指定であるかによって結論を異にする合理的な理由が見出し難い上、その場合に代襲相続を肯定することが遺言者の一般的意思とは考え難いという点も理解できるのではないかと思われます。例えば、受益相続人である長男が先死亡した場合、遺言者としては、その代襲者である長男の子(孫)ではなく、他の相続人である二男あるいは長女に承継させたいということも十分あり得ることでしょう。
(5) どのような場合にどのような遺言者の意思が認められるか(特段の事情の有無)については、事案ごとの認定問題ですので、今後の事例の集積を待つことになりますが、前掲最判解説106頁〔伊藤〕は、上記東京高裁平成18年6月29日判決の事案のように、複数の相続人それぞれに法定相続分を意識した割合で遺産を割り当てる内容の遺言の場合には、受益相続人先死亡の事態が生ずれば、その代襲相続人に相続させる意思を有していたものと認定し得ることが多いように思われ、逆に複数の相続人のうちの1人のみに全ての遺産を相続させるとし、遺産の承継に関しその余の条項が特に定められていないときは、受益相続人の先死亡の場合の遺言者の意思を認定することは困難であることが多いと考えられるとしています。また、脇村真治・法律のひろば64巻9号53頁は、遺言書中に補充的条項がないにもかかわらず、受益相続人の代襲者等に遺産を相続させる旨の意思を有していたとみるべき特段の事情があると評価できる場合は、そのような意思を有していたことをうかがわせる記載が当該遺言書にある場合に限られるのではないかとしています。
肝要なのは、遺言書の作成に関わる者が受益相続人先死亡の場合に備えた補充的条項を設けることを常に意識しておくことでしょう。公証実務では、これまでも予備的遺言として補充条項を設けておくことが少なくありませんでしたが、今後も本判決及び平成23年7月1日付けの法務局・地方法務局総務課長宛民事局総務課担当補佐官事務連絡の趣旨を踏まえ、積極的に遺言者の意思を確認した上で、予備的遺言を記載しておく必要があると思われます。
4 相続人のうちの1人に対して財産全部を相続させる遺言と相続債務の承継
(1) 次は、相続人のうちの1人に対して財産全部を相続させる遺言があった場合、相続債務は誰が承継するのか、遺留分侵害額の算定に当たって遺留分権利者の法定相続分に応じた債務の額を遺留分の額に加算することの可否が争われた最高裁平成21年3月24日判決(民集63巻3号427頁、会報平成22年2月号2頁。以下「平成21年最判」という。)です。 事案は、相続人の1人であるXが、被相続人から遺産全部を相続させる遺言によりこれを相続した他の相続人Yに対し、遺留分減殺請求権を行使したとして、相続不動産について所有権一部移転の登記手続を求めたというものです。
本判決は、①相続人のうちの1人に対して財産全部を相続させる旨の遺言により相続分の全部が当該相続人に指定された場合には、遺言の趣旨等から相続債務については当該相続人に全てを相続させる意思のないことが明らかであるなどの特段の事情のない限り、当該相続人に相続債務を全て相続させる旨の意思が表示されたものと解すべきであり、これにより相続人間においては、当該相続人が指定相続分割合に応じて相続債務を全て承継すると解するのが相当であるから、②遺留分侵害額の算定に当たり、遺留分権利者の法定相続分に応じた相続債務の額を遺留分の額に加算することは許されないものと解するのが相当であると判示しました。また、本判決は、③当該遺言による相続債務についての相続分の指定は、相続債権者に対してはその効力が及ばず、各相続人は、相続債権者から法定相続分に従った相続債務の履行を求められたときはこれに応じなければならず、他方、相続債権者の方から相続債務についての相続分指定の効力を承認し、各相続人に対し指定相続分に応じた相続債務の履行を請求することは妨げられないとしました。
(2) 本件遺言は、Yの相続分を全部と指定し、その遺産分割方法の指定として遺産全部の権利をYに移転する内容を定めたものですが、この場合、その効力がAの有している相続債務にも及ぶかが問題となり、本判決は、上記のとおり判示して、これを肯定しました。
遺言者の意思解釈の問題ですが、相続させる遺言がされた場合でも、相続債務をも相続させる趣旨とは解されないとする考え方もあるようです。しかし、相続させる遺言により遺産分割の方法が指定され、その財産の価額が当該受益相続人の法定相続分を超える場合には、相続分の指定を伴う遺産分割方法の指定と解するのが一般的であり、また、相続分の指定がされた場合、指定の効力は相続債務にも及び、共同相続人間では、各相続人が相続債務について指定相続分の割合により承継又は負担するものと解されています。したがって、遺産全部を相続人の1人に相続させる遺言がされた場合には、特段の事情がない限り、相続人間においては、相続債務についても全てその者が承継又は負担することとなるでしょう。(3) 最高裁平成8年11月26日判決(民集50巻10号2747頁、会報平成9年11月号2頁)は、被相続人が相続開始時に債務を有していた場合の遺留分の侵害額は、被相続人が相続開始時に有していた財産の価額にその贈与した財産の価額を加え、その中から債務の全額を控除して遺留分算定の基礎となる財産額を確定し、それに法定の遺留分の割合を乗じるなどして算定した遺留分の額から、遺留分権利者が相続によって得た財産の額を控除し、同人が負担すべき相続債務の額を加算して算定すべきものとしています。平成21年最判は、これを前提として、財産全部を1人の相続人に相続させる遺言がされた場合、相続人間においては、遺留分権利者が債務を履行すべき負担部分はないから、遺留分権利者の遺留分侵害額の算定において、遺留分の額に加算すべき相続債務の額は存しないこととなるとしたものです。
(4) 遺言書の作成に当たっては、遺言者の側から相続債務の負担がどうなるのかという質問があることもあると思われますが、この平成21年最判の判示を踏まえ、共同相続人間では、相続分の指定割合に応じた相続債務を負担することとなるとしても、相続債権者から請求があれば、法定相続分の割合に応じて相続債務を履行しなければならない点に留意しておく必要があるでしょう。
なお、相続させる遺言による遺産の取得についても、遺留分減殺請求の対象となることについては後述します。
5 相続させる遺言による特定遺産取得の利益の放棄の可否
(1) ここで取り上げるのは、相続させる遺言によって特定の遺産を相続することとなった受益相続人が、その特定遺産の取得を希望しない場合、これを放棄することができるかという問題です。
すなわち、遺言によって、財産全部を「相続させる」、あるいは包括して遺贈するとされている場合、これを放棄するには、家庭裁判所に対し、相続放棄又は包括遺贈放棄の申述をすることになり、債務を含む全財産を取得するか、全財産を放棄するかの選択しかありません。
これに対し、特定遺贈の場合には、受遺者は、遺言者の死亡後いつでも放棄することができ(民法986条1項)、また、特定遺贈のうちのある財産のみを放棄することも可能と考えられています。特定遺贈の放棄の意思表示には期間の制限がなく、その方式についても特別の制限はありません。
(2) それでは、特定遺産を相続させる遺言の場合はどうでしょうか。この場合、特定遺産を相続させるとされた受益相続人が、相続放棄をすること自体は何ら差し支えありませんが、相続放棄をすれば、さかのぼって相続人の地位を喪失することになります。
問題は、相続させる遺言による特定遺産の取得の利益を放棄することができるかということです。すなわち、相続させる遺言による特定遺産の取得は、遺産分割方法の指定(対象財産の価額が受益相続人の法定相続分を超えるときは、相続分の指定を含む。)であり、その承認・放棄に関する規定がないため、特定遺贈の放棄(民法986条1項)と同様、取得を希望しない特定遺産についてその取得の利益を放棄することができるかという点です。この点については、①遺産分割方法の指定及び相続分の指定については承認・放棄の制度がなく、遺贈のような明文の規定がないこと、あるいは共同相続人は遺言者の意思に拘束され、相続人の1人が無条件かつ一方的に変更することはできないとして、これを否定する考え方と、②被相続人の意思であっても、当該相続人の意思を全く無視してこれを拘束することはできないこと、負担付きなど遺産の承継は必ずしも当該相続人の利益になる場合に限られないこと、当該相続人に対して全く遺産の取得ができなくなる相続放棄か、希望しない特定遺産の取得かの二者択一を迫るのは不当であること等から、民法986条1項の趣旨は相続させる遺言にも妥当するとして、同項の類推適用を肯定する考え方があるとされています(雨宮則夫「相続させる旨の遺言について遺贈の規定の類推適用が認められるか」公証法学44号35頁以下)。
なお、共同相続人全員の合意があれば、遺言の内容と異なる遺産分割協議を成立させることは可能であると考えられており、共同相続人全員の合意が認められる限り、相続させる遺言の対象とされた特定遺産を含めて遺産分割協議の対象とすることは差し支えないものと考えられます。
(3) この点が争われたのが東京高裁平成21年12月18日判決(判タ1330号203頁、会報平成23年5月号5頁)です。事案は、被相続人が不動産全部(主として農地)を相続人の1人Yに相続させる旨の公正証書遺言をしていたが、Yはその取得を望まず、むしろ法定相続分の割合による現金及び貯金債権の取得を望み、他の相続人X、Zも同様であったことから、XがY及びZを相手方として、遺産分割を申し立て、その後の審判手続中において、Yは上記遺言の利益を放棄する旨述べたというものですが、原審判は、Aの遺志を尊重して、Yには本件不動産並びに現金及び貯金債権を法定相続分割合で取得させ、Y及びZには貯金債権のみを法定相続分割合で取得させました。
これに対し、本判決は、①相続させる遺言により特定の不動産を承継した相続人は、相続開始時に当該不動産の所有権を何らの行為を要しないで確定的に取得したものであるから、当該相続人が遺産分割の事件手続中で遺言の利益を放棄する旨述べただけでは、本件不動産が遺産分割の対象となるものではなく、また、全当事者間で本件不動産を遺産分割の対象とする旨の合意が成立している場合とも認められないから、本件不動産は遺産分割の対象とはならないとした上で、②本件不動産については、その現在価値にもかかわらず、全相続人が本件農地とは離れて暮らし、農地等の転売等の見通しも立ちにくいことその他から遺産分割により取得させられることを嫌忌される財産であることにかんがみ、民法903条を類推して生計の資本として贈与を受けたものとは認め難く、仮にこれが認められるとしても、本件遺言には持戻し免除の黙示的な意思表示が包含されているものと解釈するのが相当であると判示して、③原審判を変更し、本件不動産を除くその余の相続財産(現金及び貯金債権)を3等分して各相続人に取得させました。
(4) 本件は、特定遺産を取得させるものとした相続させる遺言の法的性質及びその効果をどう考えるのかとは別に、遺言者の意思を絶対的なものとするか、当該遺言による利益を享受するかどうかについての受益相続人の承認・放棄の自由との調整を認めるかどうかの問題と考えられます。同じく物権的効果が認められている遺贈については、受遺者による承認・放棄の自由が認められていること(民法986条1項)等を勘案すると、相続させる遺言についても、同様の調整が必要であると思われます。
地方の公証役場にいると、「子どもは全員都会に住んでいて、戻ってくるつもりもない、田舎の土地は要らないと言っている。」などと相談を受けることがあります。当該特定遺産の受益相続人がその取得を望まない場合でも、遺言者の最終意思を尊重しつつ、共同相続人全員による話し合いの中で、当該特定遺産を含めた遺産分割協議が円満に成立すれば、それに越したことはないでしょう。雨宮・前掲公証法学44号39頁は、「実際に、遺産分割調停の実務では、特定「相続させる」旨の遺言についてであっても、調停成立(合意)を目指しての話し合いであるので、遺贈と同様に放棄できることを前提として進めることが多いと思われる。」としています。
問題は、遺産分割の協議や調停において全員の合意が成立しなかった場合ですので、今後の事例の集積に注目したいと思います。
6 相続させる遺言による特定遺産の取得と特別受益
(1) 特定の遺産について相続させる遺言があった場合、平成3年最判によれば、当該特定遺産は特段の事情がない限り、何らの行為を要せずして、受益相続人が被相続人の死亡の時に直ちに相続によりその権利を取得することになります。そこで、相続させる遺言の対象とされた特定の遺産のほかに遺産がある場合には、当該特定遺産を除く遺産についての分割手続が行われることになりますが、その場合、遺贈であれば、特別受益として持戻しの対象となる(民法903条1項)ものの、相続させる遺言による特定遺産の取得については明文がないので、生前贈与や遺贈による特別受益との関係でどう処理すべきかが問題となります。
(2) この問題について明確に判示した最高裁判例は見当たりませんが、下級審裁判例として、①相続させる遺言による特定の遺産の承継についても、民法903条1項の類推適用により特別受益として持戻し計算の対象になるとしたもの(山口家裁萩支部平成6年3月28日審判・家月47巻4号50頁)、②特定物を相続させる旨の遺言により、当該特定物は被相続人の死亡と同時に当該相続人に移転しており、現実の遺産分割は残された遺産についてのみ行われるのであるから、それは特定遺贈があって、当該特定物が遺産から逸出し、残された遺産について遺産分割が行われる場合と状況が類似しているということができ、相続させる遺言による特定遺産の承継についても、民法903条1項の類推適用により、特別受益の持戻しと同様の処理をすべきであるとしたもの(広島高裁岡山支部平成17年4月11日決定・家月57巻10号86頁)があります。
(3) この問題については、①相続させる遺言は遺贈と同様、相続開始と同時に権利移転効を有し遺産分割対象財産から直ちに逸出することに着目し、民法903条を類推適用して特定遺産を遺贈財産と同様に特別受益として扱い、持戻し計算の対象になるとする特別受益該当説と、②相続させる遺言は遺産分割方法を指定するものであって、特定遺産は一部分割されたものと解し、残余財産の分割に当たっては、特定遺産を特別受益とすることなく、遺産の一部取得分としてこれを控除した残りの相続分を算定することになるとする特別受益非該当説の両説があるといわれています。雨宮・前掲公証法学44号50頁は、「公証実務では、相続人に対しては遺贈ではなく、「相続させる」旨の遺言をするというのが通常であり、遺言者としても相続人に対する遺贈に限りなく近い趣旨で「相続させる」旨の遺言がなされていることを考慮すると、民法903条を類推適用して特別受益となるとして処理することが相当であると思われる。」としています。
このような問題が生ずるのを避けるためにも、遺言書の作成に当たっては、できるだけ遺産の全部を対象とした遺言を残しておくのが望ましいといえますが、実際に、一部の遺産のみを対象に相続させる遺言を作成することとなった場合において、遺言者が当該遺産だけは別で、その余の遺産を分割するときは、これを考慮しないで分けてほしいと考えているときは、併せて特別受益持戻し免除の意思表示をしておくのがよいでしょう。
7 相続させる遺言による遺産の取得と遺留分減殺
(1) 平成3年最判は、相続させる遺言について、「場合によっては、他の相続人の遺留分減殺請求権の行使を妨げるものではない。」とも判示していますが、傍論的な部分であり、その性質・方法については明らかではありません。 この点に関し、最高裁平成10年2月26日判決(民集52巻1号274頁、会報平成10年10月号13頁)は、相続させる遺言により、特定の不動産を取得した受益相続人に対し、他の相続人が、遺留分減殺請求権の行使により当該不動産について同人に帰属した持分の確認と移転登記を求め、その場合における民法1034条所定の目的価額が争点となった事案につき、相続人に対する遺贈が遺留分減殺の対象となる場合には、当該遺贈の目的の価額のうち受遺者の遺留分額を超える部分のみが民法1034条にいう目的の価額に当たるものというべきであり、特定の遺産を特定の相続人に相続させる趣旨の遺言による当該遺産の相続が遺留分減殺の対象となる場合においても、以上と同様に解すべきであるとしています。
(2) 本判決は、遺留分制度は、遺留分を侵害されていない受遺者・受贈者に対しても、その者の遺留分額を正当に保持し得ることを保障するものであり、遺留分を侵害された者からの遺留分減殺請求により減殺を受けた受遺者の遺留分が侵害されることは遺留分制度の趣旨に反すると考え、いわゆる遺留分超過説を採用したものと考えられ、また、相続させる遺言による相続も、遺留分減殺請求の対象となることを主論において始めて明示的に認めた判例として位置付けられています(最高裁判所判例解説民事篇平成10年度(上)196頁〔野山宏〕)。
(3) この問題については、遺産分割方法の指定が相続承継である点を重視すれば、相続分の指定を含む遺産分割方法の指定が遺留分を侵害するときは、相続分指定に対する遺留分減殺ということになると思われますが、他方、相続させる遺言が遺贈と同様の権利移転効を有することを重視すれば、遺贈と同様の取扱いをすることができると考えられます。雨宮・前掲公証法学44号52頁以下は、後者のように解する方が、遺贈と相続させる遺言とが同時に行われた場合の処理が簡明であり、遺留分減殺がされても遺産共有ではなく、物権的共有となり、遺産分割を必要とせず、また、減殺の順序も遺贈と同順位になるとしています。
この点に関する下級審裁判例として、①遺産全部を特定の相続人に相続させる遺言について遺留分減殺請求権の行使があった場合には、物権共有となり、民法258条の共有物分割の訴えによらなければならないとしたもの(高松高裁平成3年11月27日決定・家月44巻12号89頁、会報平成4年8月号17頁)、②死因贈与と相続させる遺言による相続の減殺の順序について、死因贈与は、通常の生前贈与よりも遺贈に近い贈与として、遺贈に次いで生前贈与より先に減殺の対象となり、相続させる遺言による相続は、遺贈と同様に解するのが相当であるとしたもの(東京高裁平成12年3月8日判決・判時1753号57頁、会報平成14年4月号3頁)等があります。
おわりに
相続させる遺言については、当該遺言による執行(特に遺言執行者の権限)の問題もありますが、本稿の紙数もかなりのものになりましたので、別の機会に譲りたいと思います。
いずれにしろ、相続させる遺言は、早くから公証実務において広く用いられ、登記実務においても、当該遺言により(遺産分割手続を経ないで)相続による所有権移転の登記を認めてきたこと、現在では自筆証書による遺言についても「相続させる」旨の文言が用いられるようになってきたこと等を考慮すると、相続させる遺言について明文の規定がないため、専ら判例や学説上の解釈に委ねられている現状は、相続・遺言という国民にとって最も身近な問題にとって望ましいことではありません(一般の方は法律を見ただけでは分からない。)。立法的解決による明確化が待たれるところといえるでしょう。
(追記)
公証人を退任して10か月が経過しました。地元で庭いじりなどをしながら、のんびりとした日々を過ごしておりますが、そろそろ拙著「設問解説・相続法と登記」の本格的な改訂作業に取りかかりたいと思っております。余談ですが、地元の新聞紙上には、毎日「告別式の案内」が掲載され、故人の氏名・年齢・自宅や式場・喪主のほか、配偶者や子はもちろん、孫や兄弟姉妹・甥姪等親族一同の氏名、町内会や郷友会、門中、友人代表の氏名等が連なっており、併せて故人が役員あるいは勤務していた会社等からの謹告も掲載され、目覚めると、まず「告別式の案内」欄に目を通すのが日課になっています。地元沖縄ならではの縁戚関係の深さや地域等との結びつきの強さを改めて感じていますが、上記2(2)に記した「第三者が相続人の債権者である場合、相続開始直後に当該不動産が差し押さえられる可能性が低いとはいえない」との指摘については、より現実的なものとして受けとめているところです。
(幸良秋夫)
No.36 消費者と事業者間の売買契約の売買代金を目的とした準消費貸借契約において、売買契約とは無関係に付した利息・遅延損害金には利息制限法の適用があるものとして、消費者契約法の上限(14.6%)を超え利息制限法の上限(26.28%)内の遅延損害金を定めて差し支えないか。(質問箱より)
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【質 問】
売主である自動車販売業者甲と買主乙が中古自動車の売買契約を締結し,その売買代金を消費貸借の目的とする準消費貸借契約を公正証書で作成してほしい旨の依頼が,行政書士からされました。
契約の主な内容は,次のとおりです。
債務金額(売買代金) 金157,590円
利息 年18%
支払方法 平成28年から平成29年まで,毎月末日限り,元利均等方式により12回に分割して支払う。
遅延損害金 期限後又は期限の利益を喪失したときは,支払うべき元本に対する当該期限の翌日又は期限の利益を喪失した日の翌日から支払済みまで年26.28%の割合による遅延損害金を支払う。
上記公正証書案を作成するに当たり,以下の点についてご教示をお願いします。
売買代金については消費貸借とは無関係に生じた債権でありこれに利息,遅延損害金を付しても利息制限法の適用はないとされていますが,売買代金を準消費貸借の目的として利息,遅延損害金を付す場合において利息制限法の適用があるか否かは,新旧債務が同一性を有するか否かにより,もし売買代金に付された利息が,賠償金,過怠金の意味のものであれば,新旧債務は同一性を維持しているものとして利息制限法の適用を否定すべきであり,成立した準消費貸借につき純然たる利息の意味で付したのであれば,新旧債務は同一性を失っているものとして利息制限法の適用を認めるべきであり,その判断が困難な場合には,利息制限法の適用があるものとして処理するのが相当であるとされています(公正証書・認証の法律相談(第4版)P87参照)。
上記解釈により,本件契約が利息制限法の適用があるとした場合,依頼のあった契約における利息及び遅延損害金の利率(利息制限法の利率の上限)は利息制限法上は問題はありませんが,一方,本件は,自動車販売業者と買主との間の契約,つまり,消費者と事業者との間の契約であるため消費者契約法が適用されるものであり,消費者契約法第9条第2号では,遅延損害金の利率の上限を14.6%と定めていますので,利息制限法が適用されると遅延損害金(年26.28%)の利率が消費者契約法の上限(年14.6%)を大幅に超えることとなります。
ところで,消費者契約の条項の効力については,民法及び商法以外の別の法律に別段の定めがあるときはその定めるところによるものとされておりますので(消費者契約法第11条第2項),本件のように利息制限法の適用があるものとして契約するものである場合には,消費者契約法は適用されないことになりますが,このような契約を認めると消費者契約法の趣旨に反することにならないでしょうか。
【質問箱委員会回答】
1 売買代金の支払いを準消費貸借契約にした場合の利息制限法適用の可否
利息制限法が適用されるのは、同法第1条で、「金銭を目的とする消費貸借における利息」と定め、また同法第4条で、「金銭を目的とする消費貸借上の債務の不履行による損害」と定めているところから、金銭消費貸借契約があった場合に限られることは明らかであり、自動車の売買代金の支払いについては、同法が適用されることはありません。このことは、従来から判例でも、認められているところです(旧利息制限法当時の判例、大審院大正7年1月28日判決、大審院大正10年5月18日判決、大審院大正10年11月28日判決参照)
それでは、自動車の売買代金の支払いを準消費貸借の目的として、新たに契約を締結した場合、新たな契約は、金銭消費貸借ですから、利息制限法の適用ありとして、そこに付される利息,遅延損害金については、同法の制約が適用されるか否かですが、準消費貸借契約を締結した例について、最高裁判所昭和50年7月17日判決は、「準消費貸借契約に基づく債務は、当事者の反対の意思が明らかでないかぎり、既存債務と同一性を維持しつつ、単に消費貸借の規定に従うこととされるにすぎないものと推定される」としていますので、この判決を受けて、一般的には,準消費貸借が金銭の支払いに関するものだからといって単純に利息制限法が適用されるとすることなく、「新旧債務が同一性を有する場合、旧債務に利息制限法の適用がなければ、新債務である準消費貸借にも適用がなく、旧債務に利息制限法の適用があれば、新債務である準消費貸借にも適用がある。」と解され、実務もそのように取り扱われています。
つまり、旧債務が売買代金支払い債務のように利息制限法の適用がない場合は、新債務である準消費貸借契約についても、利息制限法の適用はないということになります。これを本件にそのまま適用すれば、旧債務が売買代金の支払い債務で、利息制限法の適用がないことになりますから、新たに締結する準消費貸借契約についても、利息制限法の適用はないことになります。
ところが、前述の最高裁判例でも「当事者の反対の意思が明らかでないかぎり、既存債務と同一性を維持」としているので、当事者の反対の意思表示が明らかな場合は、新旧債務は、同一性のない債務として、新債務に利息制限法を適用させる余地が生じます。
当事者間では、すでに成立している準消費貸借契約ですが、これから公正証書にしようとしているところですから、嘱託人に対し、「新たに締結する準消費貸借契約は、旧債務と同一性を維持し、利息制限法の適用がないものとして成立させたいとの趣旨なのか、それとも同一性は維持しないで、利息制限法を適用させるものとして成立させる趣旨なのか。」を聞き、作成すれば問題ないことになります。
しかしながら、「利息 年18%、遅延損害金 期限後又は期限の利益を喪失したときは,支払うべき元本に対する当該期限の翌日又は期限の利益を喪失した日の翌日から支払済みまで年26.28%の割合による遅延損害金を支払う。」の定めをすることは、同一性を維持しているとみるのか、同一性は維持されていないと見るのかは、嘱託人に聞いても答えられる問題ではなく、公証人として、このような場合は、同一性は維持しているとみるかどうかを判断し、作成する必要があるものと思われます。
この点については、
①成立した準消費貸借につき純然たる利息の意味で付したのであれば,新旧債務は同一性を失っているものとして利息制限法の適用を認めるべきであり,その判断が困難な場合には,利息制限法の適用があるものとして処理するのが相当である(公正証書・認証の法律相談(第4版)P87参照)、
②売買代金に対する「利息」及び「遅延損害金」の割合がいずれも利息制限法の上限と一致しており、当事者間の契約内容は、利息制限法を前提としたものであると推測でき、他の面において新旧債務の同一性が維持されているとしても、旧債務において金銭の消費貸借上の「利息」等とは異なる「賠償金」、「過怠金」の意味のものが付され、それをそのまま新債務に引き継いでいることが明確であるという特段の事情がなく、準消費貸借契約締結に当たって改めて「利息」及び「遅延損害金」が定められたのだとすれば、この「利息」及び「遅延損害金」は、売買代金を目的とする金銭の準消費貸借上のものと見るのが相当であり、利息制限法の適用がある、
③新債務に新たな利息及び損害金を付したからといって、それだけで、自動車の売買代金の支払いであるとの法的性質が変更され、同一性の無い金銭消費貸借が新たに成立したとみることは、当事者の一般的な意思に反し相当ではなく、当事者間では、新旧債務の同一性は維持されているとみるのが相当であるから、新契約に利息制限法を適用することは否定されるべきである、
との考え方があります。
①新債務に対して、新たに利息、損害金を付す契約をしただけで新旧債務は同一性を喪失したと解してよいか、
②については、新旧債務に同一性を維持する、すなわち代金支払い債務でありながら、なぜ利息制限法の適用を必要があるのか、
③については、当事者が利息制限法の適用をさせたいというのであれば、それでも否定するのかという疑問があります。準消費貸借に関する判例、学説の動向は、ほぼ同じで、かつては、準消費貸借によって既存債務は消滅し、同一性のない新債務が成立するとの考えでしたが、その後、同一性の有無は当事者の意思によって定まるとし、原則として、同一性が失われると解するものと、同一性が維持されると解するものがありました。最近では、同時履行の抗弁権、担保、時効期間のような問題を考える際に、まず新旧両債務に同一性があるかどうかを判断し、その判断に基づいて、これらの事項を個別に決定しようという考え方がとられるようになりました。例えば、人的担保については、準消費貸借では原則として新旧債務は同一性を保っているから、原則として保証は新債務にも継承される、抗弁権については、準消費貸借では債務の同一性から原則として抗弁権も承継されるというように結論付けています。
そして、商品の売買を行ったその代金について、新たに準消費貸借契約を結んだような典型的な準消費貸借については、準消費貸借契約を締結することで当事者の地位に特段の変更を加えないことが当事者の意思と思われるので、このような場合は旧債務の担保と抗弁は新債務にそのまま承継されるのが、一般的な考えとされています。ただ、どのような考え方にたっても、前述の最高裁判例でも述べられているとおり、新債務の法的性質をどのように捉えるかは当事者の意思によって定まることになりますので、最終的には、この点を考慮して、判断することになると解されています。
以上、判例、学説をみたところで、本件を考えるに、
①は、純然たる利息を付ける意図があるのであれば、新旧債務は同一性を失い、利息制限法の適用がある、
②は、新旧債務は同一性が維持されているとしても、新たに付される利息、損害金等には、利息制限法の適用がある、
③は、新旧債務は、同一性を維持し、利息制限法の適用はない、
との考えですが、一般的には、旧債務の自動車代金支払い債務を準消費貸借契約に変更したからといって、債務の同一性が否定されてしまうものでもなく、旧債務の性質を維持した準消費貸借契約には、当然には利息制限法の適用はないと考えるが相当であるものの、前述の最高裁判例で、「当事者の反対の意思が明らかでないかぎり、既存債務と同一性を維持」と述べているように、本件で、「利息」あるいは「損害金」を付したことが当事者の反対の意思があったと見るかどうか、つまり、このような「利息」あるいは「損害金」を付すことが、一般的に反対の意思が明らかになったものとみるかどうかということです。
この点については、前述した①、②、③のいずれの考え方も成り立つもの思います、つまり、およそこの考えは取りえないということではないので、いずれの考えによって作成したのか明らかにし、嘱託人には、このような趣旨を説明した上で、公正証書を作成することで差し支えないものと思います。
2 利息制限法と消費者契約法との適用優先関係について
前記③のように、準消費貸借契約について、利息制限法の適用がないと考える場合には、消費者契約法のみが適用となりますので、同法第9条で定める損害金の上限14.6%の範囲内でなければ遅延損害金の定めをすることができないことになります。
逆に、前記①、②のように、準消費貸借契約について、利息制限法が適用されると考えると、消費者契約法との優先関係が問題となります。利息制限法の適用があるとすると、利息制限法第4条に定める遅延損害金の利率の最高額は、年26.28%であるのに対し、消費者契約法に定める損害金の利率の上限は、14.6%であり、いずれが優先して適用されるかということが問題となります。
消費者契約の条項の効力については,民法及び商法以外の別の法律に別段の定めがあるときはその定めるところによるものとされていますので(消費者契約法第11条第2項),本件の場合は、消費者契約法は適用されず、利息制限法の適用があるものと解してよいかどうかが問題となります。
この点については、末尾参考判例のとおり、まだ明確な判例が確立していないことから、公証人として判断に迷うところですが、金銭消費貸借の過払金請求訴訟も多く提起されている状況の中で既に消費者契約法施行後15年を経過して、いまだ過払金請求訴訟において利息制限法違反ではなく消費者契約法違反であるという判例(裁判例も含めて。)が示されていないこと自体、金銭の消費貸借については下記参考判例中②及び③のような判断が事実上確立しているように思われますし、消費者契約法第11条2項の明文の解釈としても、金銭を目的とする消費貸借上の「利息」及び「遅延損害金」の定めについては、利息制限法の適用が優先されると解して良いと思われます。
なお、利息制限法の適用が優先されるという結論が消費者契約法の趣旨に反することになるのではないかという疑問ですが、消費者契約法自体に第11条2項の規定が置かれている以上、そのような批判は当たらないものと考えます。
3 まとめ
自動車の売買代金の支払いを準消費貸借契約に変更した場合、金銭の支払い債務を、
⑴売買契約上の債務であるとの性質を有すると同時に準消費貸借契約上の債務であるとの性質を併せ有するものとみるが、この場合
①準消費貸借契約上の債務というのは、単に金銭の支払いを目的とした債務というだけのことであり、利息制限法の適用はないという考え、
②金銭の支払いであるから利息制限法の適用のある債務となるという考え、
の2つがある。
もうひとつの考えは、⑵売買契約上の債務であるとの性質は失い、準消費貸借契約上の債務だけとみる考えである。
⑴①は、利息制限法の適用はなく、消費者契約法の適用がある。
⑴②は、利息制限法が適用され、消費者契約法は、適用されない。
⑵は、利息制限法が適用され、消費者契約法は、適用されない。
参考判例
保証委託契約に基づく求償金元金及び約定遅延損害金請求債権については利息制限法の適用がないとする①の判断と、金銭消費貸借上の遅延損害金について同法第11条2項の規定により利息制限法の規定が優先するという②及び③の判断があります。
①銀行からの借入金につき、債務者から保証委託を受けた保証人が代位弁済して債務者に求償した事案で、消費者契約法第9条第2項の適用はないとした保証人(控訴人)の主張に対し、「控訴人の主張は,本件保証委託契約に基づく求償金元金及び約定遅延損害金請求債権の法律的性質に根ざさない,独自の見解といわざるを得ず,かつ,消費者契約法9条2号の規定の効力をないがしろにするものといわざるを得ない(中略)その他,本件においては,本件保証委託契約につき消費者契約法の適用が排除され,利息制限法が適用されると解すべき事由の主張立証は存しない。」(東京高裁平成16年5月26日判決)、
②「消費者契約法11条2項は、『消費者契約の条項の効力について民法及び商法以外の他の法律に別段の定めがあるときは、その定めるところによる。』と規定しているところ、『金銭を目的とする消費貸借上の債務の不履行による賠償額の予定』については、利息制限法の規定が優先して適用されるものと解するのが相当である。」(東京地裁平成17年3月15日判決)、
③「本件和解契約は、利息制限法の適用がある本件貸金契約に基づく貸金債務について保証した本件保証契約に関して、その債務の額を利息制限法の制限利率内で確認すると共に、その弁済方法及び条件付一部債務免除等を定めたものであって、消費貸借上の債務と取扱いを異にして利息制限法上の制限利率の適用を排除すべき実質的な理由はないというべきだから(中略)本件和解契約について、消費者契約法11条2項により、利息制限法4条1項の適用があり、消費者契約法9条2号は適用されないと解すべきである」(東京高裁平成23年12月26日判決)
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