民事法情報研究会だよりNo.41(令和元年10月)

 初秋の候、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
 さて、令和元年度後期に入り、12月14日開催予定のセミナーでは、講師に、元法務省民事局長で、現在中央更生保護審査会委員長を勤めておられる倉吉 敬先生にお願いしております。演題は未定ですが、興味深いお話しを伺えるものと思います。(NN)


今 日 こ の 頃

   このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

  家事調停委員一年生(由良卓郎)  

-はじめに-
 私は,縁あって公証人として7年間福山で生活をして参りましたが、途中から妻も福山に来て暮らすこととなったために、公証人退任後も福山で生活しています。
 福山は、夫婦とも、地縁も血縁も人との縁もなく、日々出かけていくべき場所もないことから、今後どのようにして暮らしていくかが公証人退任を控えて一つの課題でもありました。
 随分昔になりますが、他省庁の方から、退職後調停委員になりたいとの希望を聞いたこともあり、調停委員制度の大体は知っていたつもりですが、これまで自らが調停委員になることは考えていなかったので、深く考えたことはありませんでした。しかし、前記のような状況や、まだ60代半ばということから、これまでの経験を活かすことができそうで、人とつながりがあり、かつ、地域の方のお役に少しでも立てればと思い、家事調停委員に応募することとしました。
 調停委員については、本誌26号において石戸先生が紹介されているほか、同36号以下において星野先生が詳しい説明をされているので、今更私が何の説明ができるかという思いもありますが、裁判所によって実情は異なるように思われることや、今後調停委員を希望される読者がおられるかも知れませんので、三番煎じ(多分)を承知の上で、少し違う切り口から紹介させていただくこととしました。


-調停委員応募-
 公証人退任を控えた平成30年3月、私は広島家庭裁判所福山支部を訪れ、家事調停委員の応募に必要な書類や調停制度のパンフレットなどをいただきました。
 その際、裁判所から10月1日付け任命の場合、申込期限は4月末になること、支部経由のため申込書類は少し早めに提出して欲しいこと等の説明を受けました。
 ちなみに、任命は4月1日付けと10月1日付けの年2回あるようです。
 推薦状は必要ないようですが、元公証人の某氏に話をしたところ、快く推薦状を書いてくださり、関係図書までいただきました。

―選考・任命―
 申込みのための一件書類を広島家裁福山支部をとおして提出後、裁判所における書面選考を経て、7月中旬に面接選考があり、その後、7月下旬に任命手続に必要な書類の提出などを求める書面が送られてきました。
 面接選考は、一般的な質問に続き、当日事前に配布された仮定の家事調停事案について、調停委員としてどう対応するかなど、場面、場面を想定して質問されました。また、民事調停委員には応募しないのかといった質問もあったように思います。両方応募する方が多いのかも知れません。
 これらの手続を経て、10月1日付けで家事調停委員に任命されました。

―研修―
 任命された月の中旬に広島家庭裁判所(本庁)で研修がありました。この研修は、座学と調停見学です。本庁での研修を前に、その研修がより効果的であるようにとの配慮から、支部での説明や調停見学も実施していただきました。調停委員に任命されて2か月ほど経過した12月にも本庁で調停見学の研修がありました。12月の研修時点で、私は、数回調停期日を経験していましたが、まだ調停期日を経験していない人もいるなど、新任調停委員への事件の配点は慎重にされているようです。
 その後も、折に触れ研修会が開催されるなど、調停委員に対する裁判所の指導・教育は手厚く、調停制度が重要視されていることを実感しています。

―事件の配点・調停期日―
 福山支部では、調停委員任命直後から事件の配点がある訳ではなく、本庁での研修終了後、様子を見ながら少しずつ配点されます。私の場合は、まだ数件程度で、多くの事件を抱える状況には至っていません。
 それはともかく、私は、調停開催日は、月曜日から金曜日まで毎日あると思っていたのですが、福山支部の家事調停の開催日は、月曜日と木曜日の週2日のみであり、午前と午後に分けて別の事件の期日を入れることができるので、フルで期日が入ったとしても、週に2日、合計4期日までとなります。調停期日のために週の大半を自宅外で過ごすということにはなりません。
 月曜日から金曜日まで毎日調停が開催される本庁所属の調停委員とは、配点される事件数に相当の開きがあるようです。
 調停期日は、1事件につき1月~1月半程度の間隔で、当事者双方及び調停委員会(調停委員と裁判官等)の都合と調停室の空き具合を見ながら入れるので、今のところ私が裁判所に行くのは、月に数期日程度です。内容も比較的負担感の少ないものを配点していただいているように思います。
 なお、家事事件手続法別表第2に該当する事件は、調停が不成立になった場合、家事審判に移行する(家事事件手続法272条4項)ため、状況によっては家事審判に移行した場合に備えた資料収集も必要になりますが、当事者の協力が得られず手間取ることもあります。

―身分・給与―
 調停委員の身分は非常勤の裁判所職員(国家公務員)であり、当然法令遵守義務がありますし、違反等した場合の報告義務もありますので、常勤の国家公務員と同様、車を運転するときも常に注意しなければなりません。
 報酬は給与として支給され、期日の回数と一定単位の時間で計算されますが、所定の会費が徴収されるほか、前記のとおり、所属支部では、期日設定に週2日、午前・午後計4回という上限がある上、事件数にもよりますので、相応の給与を期待できる仕事ではなく、社会貢献的な側面の強い業務といえます。

-迅速処理と完結処理-
 平成15年に裁判の迅速化に関する法律が公布・施行され、民事訴訟法も改正されるなど、裁判の迅速化への具体的な取組みが始まって久しいですが、裁判の迅速化に関する法律第1条で「・・・裁判所における手続全体の一層の迅速化を図り」とされているように、家事調停も例外ではなく、迅速処理が期待されているようです。
 ある人から、「委員によっては、すぐに不成立にする」などといった、調停の進め方に対する不満らしき感想を聞いたこともありますが、これも迅速処理の故かもしれません。
 本案訴訟に限らず、調停委員としても、先を見通して、この事件は何回で終わらせるかを想定し、そのためには次回期日までに当事者に何を準備してもらうかを分かりやすく説明するなど、スピード感を持った効率のよい対応が求められているように思いますし、福山支部では庁舎新営のため近々仮庁舎の建設や引越しが始まることを踏まえると、一層効率的で迅速な調停運営が求められているのかも知れません。
 しかし、反目する一方当事者の協力が得られず予定通りに進捗しないこともありますし、突然調停を申し立てられて、戸惑い、どう対応すべきか決めかねている当事者もいます。
 成立した調停内容を変更する契約の公正証書作成依頼なども受けてきた前職時代の経験や、前述の不満らしき感想を踏まえると、調停成立後、間もなく公正証書により変更契約を作るようなことにならないよう、当事者の不満や希望にも十分に耳を傾け、成熟した合意形成に導く必要もあるのではないかと感じています。

―洗礼―
 もっとも、公正証書作成後、家事調停に持ち込まれる事案もあるという悩ましい問題もあります。家事調停委員になった当初、複数の委員から、そのことを示唆するような、あまりうれしくない一言を掛けられたことがありましたが、嘱託受任義務(公証人法3条)のある公証人が、離職後その地元で調停委員になる場合には、避けて通れない洗礼なのかも知れません。

―終わりに―
 情報管理の観点から、調停における記録ツールは、原則として紙と筆(鉛筆、ボールペン等手書き)のみであり、情報を持ち出すこともできません。ワープロに慣れたいま、やや効率の悪い作業をせざるを得ませんが、前職時代も含め、これまで関与してこなかった問題解決に関与できることや、他の調停委員の方との新たな人間関係の形成など、仕事として、また、職場としての面白さもあるので、裁判所にご心配、ご迷惑をお掛けしないよう、任務を全うすべく努めて参りたいと思っている「今日この頃」です。

  ペップトーク(栁井康夫)  

 本稿は、近畿公証情報(2017.7.1・No70)に登載した原稿の一部を 削除の上加筆したものです。

 皆様は、ペップトークをご存じでしょうか。
 ペップトークの第一人者である岩﨑吉純氏(全米アスレティック・トレーナーズ協会(NATA)公認アスレティック・トレーナー(ATC)、日本体育協会公認アスレティック・トレーナー資格を持つ。一般財団法人ペップトーク普及協会代表理事、トレーナーズスクエア株式会社代表取締役社長、他)の著書からやる気を起こす魔法の言葉「ペップトーク」を紹介します。

心に響くコミュニケーション ペップトーク  (岩﨑吉純著・日本ラーニングシステム[監修]・中央経済社)

ペップトークの語源
 英語では、やる気にさせる訓話のことを「ペップトーク(Pep Talk)」と呼びます。
 名詞の「Pep」は「元気」という意味で、香辛料の「Pepper」に通じる「刺激を与える」という意味合いが語源にあります。「Pep up」で「元気づける」という言葉になり、他にも「気合いを入れる」「元気を出す」といった文脈で活用され、アメリカでは栄養剤のことを「ペップドリンク」とも呼ぶそうです。
 さて、この「ペップトーク」の起源ですが、スポーツの現場において監督や指導者が競技前に選手を励まそうとして行う「短い激励のメッセージ」にあります。アメリカでは、「あの子、最近元気がないから励ましてあげて」と言う意味で「あの子、最近元気がないからペップトークしてあげて」という表現を日常的に用いるくらい、一般化されています。

ペップトークの定義
 スポーツの現場で生まれたペップトークは、特にアメリカでは一般家庭やビジネスの現場でも取り入れられるほど浸透しています。上記のような、誰かを元気づけるための「励ましの言葉」が基本ですが、より狭義に定義づけるのであれば、「短く、わかりやすく、行動指針を明確に伝えるショートスピーチ」というものになると、私は理解しています。
 言葉だけの説明ではわかりにくいと思いますので、事例を通してペップトークを紹介しましょう。
 これは、ラフティングという特殊なゴムボートで激流を下る競技の日本代表チーム監督のペップトークです。


 俺は今日この舞台にいられることを誇りに思う
 今日この日のために
 みながどれだけの想いでやってきたか知っているからな
 それは日本で待っている家族も同じ気持ちだと思う
 俺たちはやるだけのことをやってきた
 ここまでは完璧、100点だよ
 でも最後の宿題がある
 俺たちが今日この舞台に立つことは生まれる前から決まっていた
 そして俺たちが世界一になることも決めていたんだ
 魂の底から力を出し切れ、そして何があっても前に出るぞ
 日本の底力を見せつける時だ
 ぶちかませ!

 ラフティングという競技は、日本ではまだ知名度が低いのですが、夏のオリンピックの正式種目としての採用が検討されるほど、世界では競技人口も増えています。
 2010年夏にオランダで開催された世界大会は、世界30ヵ国からの代表チームが出場して行われました。日本は前年度準優勝を成し遂げた日本代表チーム「チームテイケイ」の浅野重人監督を中心にこの大会に挑みました。
 国際大会は、4人乗りボートでの4種目の総合成績で争います。3種目をすべて2位という結果で迎えた最終日、最大のライバルは2007年、2009年総合チャンピオンのブラジルでした。
 しかし、浅野監督は、意識すべきはブラジルではなく、「謙虚さと誇り」という自らの心の状態だと確認し、チームのメンバーに伝えました。そして、見事に世界一の座を手に入れたのです。
 ペップトークにはこのように、ごくわずかな時間の短いスピーチで選手の心を強くして挑戦意欲を高めたり、ネガティブなイメージをポジティブに変換することができます。ときには奇跡的な大逆転をも呼び起こす力があるのです。

やる気をなくす悪魔の言葉vsやる気を起こす魔法の言葉(岩﨑吉純著・中央経済社)

健全な夢のために健全な心をサポートしたい

 家庭での子育て、学校教育、スポーツ指導の現場、ビジネスの現場など、「人を育てる」「能力を伸ばす」現場における指導を見ていて、とても驚くことがあります。それは、「禁止令」を中心とした指導が本当に多いことです。「やめなさい」「やっちゃだめ」「これをしてはいけない」という言葉を耳にしない日はないのではと思います。
 確かに「教育的観点」からは「やってはいけないルール」や「マナー」を教えることは大切ですが、やり過ぎると「自分で考える」「自分で判断する」「自ら実行する」といった自主性は失われてしまいます。
 また、世の中の多くの大人たちも「禁止令」でがんじがらめになっている気がします。「男子の草食化現象」「草食系男子」もそのひとつではないでしょうか。
 スポーツや受験の優先度が高い時期に「大事な時期だから異性と付き合ってはいけない」という禁止令が親や指導者から発令され「自分で考える」「自分で判断する」「自ら実行する」といった「自主性」や「積極性」を奪われると思考はネガティブなスパイラルに入ってしまいます。「女性にアプローチして断られる」「女性と付き合って嫌われる」「付き合い始めたときは良くても別れるときに嫌な思いをする」と失敗のイメージばかりが先行して女性との交際が面倒だと感じたり、文句を言わない理想の「二次元」のキャラクターに愛情を向けたりと、間違ったリスク回避や現実逃避をしているのではないでしょうか。
 このような現象は、現代の大人社会では数多くあり、課題に挑戦する姿勢よりリスクから逃げる思考習慣が当たり前になっています。
 人がやる気を出せないのは、このように「成功イメージが持てない」ことや「失敗のイメージが先行する」からです。人のやる気を引き出すにはどうやって「成功のイメージを持たせるか」が重要なのです。
 そのためには、「禁止令」を多発するのではなく、「禁止令」は命や健康に関わることに留めて、なるべく「やって欲しいこと」を「ポジティブな表現で伝える」ことが重要であると提案しています。
 つまり「廊下を走るな」という禁止令をだすより「廊下は静かに歩きましょう」という表現に切り替えることです。
 「道徳=人の道」を教えるうえでは「なぜ走ってはいけないのか」にある背景や理由を教えることは重要です。しかし、それを教えたうえで実際の行動指針には「廊下は静かに歩きましょう」と肯定的な表現を使う方が、言葉を発する側も、メッセージを受け取る側も気持ちが良いと思うのです。
 それだけでも、コミュニケーションは明るく前向きになり、清々しさもでてくるはずです。
 さらに、このようなポジティブな思考と言語習慣があれば、たとえば相手がミスをしたときにも相手を責めるのではなく、原因を明らかにして新たな行動につながるサポートをする姿勢が生まれるはずです。

「絶対に●●するな」~間違いだらけのスポーツ現場

 少年スポーツの現場にいくと、「きっと、このコーチの指導は子どもには伝わっていないだろうな」と思えるようなシーンに数多く出くわします。
 たとえば、少年野球の試合。
 コーチは子どもがバッターボックスに入る前に「ボール球に手を出すな」と声をかけます。
 すると、子どもは「ボール球に手を出さない」という意識が強くインプットされるため、ボール球ではなくストライクがきても見逃してしまい、結果三振に終わります。すると今度は、「バットを振らなきゃ、ボールに当たらないじゃないか!」とコーチが叱ります。
 笑い話のようですが、小学校低学年の子には理解できません。「ボール球に手を出すな」「バットを振れ」の相反する指示に混乱してしまうのです。
 これは、大人でも同様です。顕在意識では理解できても、潜在意識では「しろ」と「するな」が混在してしまうため、行動につながりにくくなります。
「ストライクだけを狙って打て」「好きな球に的を絞って打て」と、して欲しいことを伝えることが重要です。

積極的な行動が失敗を招いたとき 

 良かれと思って決断・実行したことが裏目に出たときには、誰しも「後悔」「失意」といったネガティブな心境に陥ります。このときに、「何考えてんだ」「何やってんだ」「何てことしてくれたんだ」と追い打ちを掛けるような罵声を浴びせると、失敗を次に活かす意欲を奪い取ってしまいます。「反省し行動を改める」ためには、「ミスの原因がどこにあるのかを解明して次に活かす」という着眼点にもとづく思考が必要です。つまり、「成功するためにはどうすれば良いか」という思考です。しかし、罵声を浴びせると極端な場合には、「二度とミスを起こさないために、積極的に行動することをやめる」という間違った方向へ反省してしまうことがあるのです。

失敗から救って、相手のやる気を引き出すには

 人は失敗すると、どうしても次の行動が慎重になります。そこに追い打ちを掛けるような叱咤があると、どうしても次の行動が慎重になります。
 相手のやる気を引き出すには、日頃から、「失敗から学び、次に活かす」習慣を身につけておく必要があります。そのためには、「試行錯誤」をモットーに失敗を恐れずに正しいと思うことは果敢にチャレンジしていくことが必要です。
 それでも失敗したときは、気分が後ろ向きになり、積極性をなくしてしまいます。このときのフォローが積極性を取り戻したり、維持したりすることに必要な機会になります。

やる気を引き出すコミュニケーションの法則

失敗の共感と共有が信頼と尊敬を生む

苦楽を分かち合うから信頼関係が強くなる

 ビジネスでもスポーツでも、上下関係や仲間との信頼関係は、多くの場合、苦楽をともにすることで生まれ強化されていきます。
 苦しい試練に耐えたからこそ目標達成の喜びも大きく、またその経験があるからこそ新たな試練にチャレンジする勇気が生まれ、試練を乗り越えるファイトに向かうプラスのスパイラルが生まれていくのです。
 上司や監督が試練に耐えている姿を認めて評価しているからこそ、部下や選手もそれを乗り越えるモチベーションを維持することができます。それを乗り越えたときに喜びを分かち合える「共感」があってこそ、信頼は深まるのです。
 信頼は「苦楽の共感」から生まれると言っても過言ではありません。

ミスをお互い受け入れることの重要性

 特に、相手がミスをしたときには、以下のような指導的な言動を通して相手の成長を促すと同時に、信頼関係を強固にするチャンスです。
 ●そのミスを二度と起こさないようにする。
 ●ミスをしたことが次の行動の意欲減退にならないように歯止めをかける
 ●ミスをしたことで落ち込んでいる相手の心の負担を軽くする

 ミスを「許す」のではなく、ミスを「機会」と捉えることで、組織にとっても、相手にとってもミスを「成長の糧」にすることができ、あなたとの信頼となって返ってきます。

ミスは…

 昔昔の話であるが、某法務局長から聞いた話である。A登記調査官は、登記申請書の調査を1日100件処理する。B調査官は、同じく1日20件処理する(比較のため誇張していることを了承願います)。A登記調査官がミスをしたので、内規に従い懲戒の対象とせざるを得ない。そうすると、A登記調査官のやる気をそぐばかりか、人事評価や将来の登用にも影響を与えてしまう。某法務局長はたいへん心を痛めておられた。
 その後の顛末は、承知していないが、組織のため、身を粉にして頑張っている者が、ミスをしたことにより懲戒の対象となるのであれば、だれも、頑張って100件の処理を目標にしなくなり、1日20件の処理に胡座をかくようになるのではないでしょうか。
  法務局では、過誤登記の撲滅をテーマに、各職場毎に過誤の一掃に力を入れているという。しかし、ここでも、誰が過誤登記(ミス)をしたのかということが詮索され、ミスばかりが評価(しかも過大評価)されているとしたら組織としての発展が憂慮されます。
 半沢直樹、下町ロケット、陸王、ノーサイドゲームには、ペップトークが至るところで活用されています。それが視聴者の共感を呼びます。テレビを見ながら、この場面では、自分だったら何を話すだろうかと、主人公になったつもりでテレビを見るのも一興だと思います。

  成長が止まらない(余田武裕)  

 先日、法務局のOB会に出席してきました。採用当時からお世話になっているかつての上司や先輩方に久しぶりにお会いすることができました。先輩方は、相変わらずエネルギッシュで、明るく、人生を前向きに楽しんでおられるようで、会話の中で、懐かしさがこみあげてきただけでなく、元気をいただいたように思えたひとときでした。
 最近,健康寿命という言葉を聞きます。健康寿命というのは「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間」と定義されているようで、男性は、平均寿命が約80歳、平均健康寿命が約72歳であり、その差は約8年もあるとのことです。これによって種々な問題が生じていることから、政府をはじめとして関係機関等から、健康寿命を延ばし、寿命と近づけるための取り組みが検討・提言されているようです。インターネットなどにより、その関連の記事をいろいろ見て、今の自分の生活習慣等と照らし合わせると、考えさせられるものも多くあります。
 ところで私は、昨年6月、公証人となり、やっと1年が経過したところです。公証人になってからの1年間は、長くお世話になった組織を離れ、慣れない仕事に追われたことはもちろんのこと、プライベートでも様々なことがあり、振り返れば、日々、いろんなことに追われているうちに、あれこれ考える時間もなく、あっという間に過ぎ去ってしまったような気がしています。最近になって、ようやく、やや落ち着いてきたような感があります。落ち着いてくると、いろんなことを考えてしまいます。公証人の仕事をしていると、高齢者の方々の人生の一端を知ることができます。いろんな生き様、人生の終わり方があり,中には考えさせられる方にも接することもあり、帰宅して1人になった時、昼間に聞いた言葉などを思い出し、つい自分の人生を重ねてしまうこともあります。また、自分の人生や今後を考えたとき、私には、今の健康状態のうちに、やっておかねばならないことがあるのではないかなど、焦ったりもしています。
 一方で、最近、私のお腹の成長が気になっています。ここ数年で一気に成長したように思います。先日のOB会でも、多くの方々からお腹の成長ぶりにご指摘をいただき、私の健康を心配していただきました。かつて私はスポーツが大好きで、若い頃は地域のソフトボールチームやバドミントンクラブに所属し、市民大会などに出場したり、中年の頃は趣味のカメラを片手に、いくつかの公営の公園のパスポートを購入し、毎週のように四季の花を撮りに行ったり、また大好きな富士山にも何十回通ったことか。その頃は、今より、ずっとスリムでした。久々にお会いする先輩方が驚かれるのも当然だと思います。開き直る訳ではないのですが、このようなご指摘を受けることは日常的なことであり、私自身も常々、食生活と運動を考えなければとは思っているところです。健康年齢に関する記事にも、食生活と運動を改善することが重要との指摘があります。しかし、今の私は、美味しいものがあれば我慢できず、つい食べ過ぎてしまうし、食べた後にはすぐ眠くなり、そのまま寝てしまったり、短い距離でも歩くより車を使ってしまう。このお腹の原因は、まさにこれにあり、それが私の健康寿命を短くすることになることはわかっています。わかっているのに、それができないのは、自分の弱さだと自覚しています。
 今回、この「今日この頃」の原稿を提出することは、私自身を見つめ直すいい機会となり、モヤモヤしていた頭の中が整理できたような気がしています。今の私にとって、健康寿命を延ばすことが最重点課題だということを改めて実感しました。そこで、私が、10年後、いや20年後も、OB会で出会った先輩方や、元気に悔いない人生を送ってこられた高齢者の方々のように、明るく、元気に、前向きに過ごせるように、自分の弱さを克服し、食生活を改善し、適度な運動を行うことにします。
 来年のOB会の頃、私のお腹の成長具合はどうなっているか、過度な期待をせず、気長に見守っていてください。

実 務 の 広 場

   このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.71 相続法改正に伴う遺言書作成に当たっての遺言者への説 明・助言事項について

 公証事務に従事して3年目に入りましたが、遺言書の作成のための面談の際に、「こういう遺言書を書いた場合にはどのような法的効果が生ずるのか」というような、遺言者が遺言書の内容を決めるに当たっての前提知識としての相続法規に関する質問を受けることがよくあります。また、公証人から説明がなかったために遺言者の意図どおりの遺言書にならなかったということがないように、遺言者から質問がされない事項であっても、個別のケースに応じ、なるべく必要な説明や助言を行うように心がけています。
 ところで、平成30年の相続法改正では、配偶者居住権の新設、長期間婚姻している夫婦間で行った居住用不動産の贈与等を保護するための方策の新設、相続された預貯金債権の払戻しを認める制度の新設、自筆証書遺言に関する見直し、遺言執行者の権限の明確化、遺留分減殺請求権の金銭債権化、特定財産承継遺言について法定相続分を超える部分の承継については登記等の対抗要件を備えなければ第三者に対抗することができないこととする規律の見直し、などの大改正がされました。
 これらは、ご案内のとおり、公正証書遺言作成の実務にも大きな影響をもたらすものですが、改正事項が多岐に渡っていること、改正法の施行日が3回に分かれていること、また、経過措置の例外もいくつか定められていることから、遺言書作成の面談時の説明や質問に対する回答を正確に行うことができるよう、備忘として、以下のとおり、改正事項別に施行日と経過措置を整理し、併せて、若干の留意点を整理してみました。

1 自筆証書遺言の方式を緩和する方策(第968条2項)

・改正のポイント
 自書によらない財産目録を添付できることとする。
・施行日:2019年1月13日
・経過措置(法附則第6条)
 施行日後に作成された遺言について適用される。したがって、相続開始が施行日以後であっても、施行日前に作成された遺言については適用されない。
・留意事項
 新たに、法務局における遺言書の保管等に関する法律(2020年7月10日施行)に基づき、指定法務局において本人確認の上で遺言書を保管することにより、自筆証書遺言の検認を不要とする制度も設けられた。

  預貯金の払戻し制度(第909条の2) 

・改正のポイント
 遺産分割前においても、各相続人に一定範囲内の払戻しを認める。
・施行日:2019年7月1日
・経過措置(法附則第5条)
 相続開始が施行日前であっても、施行日以後に預貯金債権が行使される場合は適用される(新法主義を採用)。

3  遺留分制度の見直し(第1046条) 

・改正のポイント
 減殺請求の金銭債権化、計算方法の明文化をする。
・施行日:2019年7月1日
・経過措置(法附則第2条・原則どおり)
 改正法は、施行日後に開始した相続について適用される。
・留意事項
 株式や不動産は共有状態にならない。ただし、不動産等の現物での清算が禁止されたわけではない。
 相続人に対する贈与は、婚姻若しくは養子縁組のため又は生計の資本として受けた贈与の価額に限り、かつ、相続開始前の10年間にされたものに限り(ただし、1044条1項後段の例外がある。)、遺留分を算定するための財産の価額に算入することとなった(1044条)。

  特別の寄与制度の見直し(第1050条) 

・改正のポイント
 相続人以外の親族からの請求を認める。
・施行日:2019年7月1日
・経過措置(法附則第2条・原則どおり)
 改正法は、施行日後に開始した相続について適用される。

5 共同相続における権利の承継の対抗要件(第899条の2)

・改正のポイント
 法定相続分を超える部分の承継については、登記等の対抗要件を備えなければ、第三者に対抗できないこととする。
・施行日:2019年7月1日
・経過措置(法附則第3条)
 施行日前に開始した相続に関し、遺産の分割による債権の承継がされた場合において、施行日後にその承継の通知がされるときにも、適用される。

6 夫婦間における居住用不動産の贈与等(第903条第4項)

・改正のポイント
 婚姻期間20年以上の夫婦間の居住用不動産の贈与等について、持戻し免除の意思表示を推定する。
・施行日:2019年7月1日
・経過措置(法附則第4条)
 持戻し免除の意思表示の推定(第903条第4項)については、施行日後に行われた遺贈又は贈与について適用される。したがって、相続開始が施行日以後であっても、施行日前にされた遺贈又は贈与については適用されない。
・留意事項
 配偶者に居住用不動産を遺贈する旨の遺言書作成を嘱託された場合、持戻し免除の意思を確認し、持ち戻す(持戻しの免除をしない)との意向の場合は、その旨を遺言書に記載する必要がある。

7 遺言執行者の任務開始の通知(第1007条第2項)

・改正のポイント
 任務開始の通知義務を明文化する。
・施行日:2019年7月1日
・経過措置(法附則第8条1項)
 遺言内容の相続人への通知の規定は、施行日前に開始した相続に関し、施行日後に遺言執行者となる者にも適用される。
・留意事項
 遺言執行者は、任務を開始したときは、遅滞なく就任した旨と遺言内容を相続人に通知しなければならないことを説明しておくことが望ましい。

8 遺言執行者の権利義務(第1012条第2項)

・改正のポイント
 特定遺贈と包括遺贈とを問わず、遺贈の履行は遺言執行者のみが行うことができるものとする。
・施行日:2019年7月1日
・経過措置(法附則第8条1項)
 遺贈の履行は遺言執行者のみが行うとの規定は、施行日前に開始した相続に関し、施行日後に遺言執行者となる者にも適用される。
・留意事項
 遺言執行者がある場合、相続人は遺贈の履行義務を負わないというだけのことで、例えば、預貯金債権の債務者が、遺贈による債権譲渡を承諾して、受遺者に直接弁済することは妨げられない。

9 特定財産(預貯金債権を含む。)に関する遺言の執行(第1014条第2項)

・改正のポイント
 遺言執行者は、特定財産承継遺言(相続させる遺言)について対抗要件を備えるために必要な行為をすることができるものとする。
・施行日:2019年7月1日
・経過措置(法附則第8条2項)
 遺言執行者は、施行日前にされた特定財産承継遺言(相続させる遺言)については、対抗要件を備えるために必要な行為をすることができない(遺言執行者は、施行日後にされた特定財産承継遺言について、対抗要件を備えるために必要な行為をすることができる。)。
・留意事項
 特定財産承継遺言については、不動産を相続する者のほか、遺言執行者も登記申請をすることができる。法定相続分を超える部分ある場合だけでなく、それがない場合も登記申請することができる。

※ 令和元年6月27日法務省民事局長通達 2(2)エ
 エ 特定財産に関する遺言の執行
 遺産の分割の方法の指定として遺産に属する特定の財産を共同相続人の一人又は数人に承継させる旨の遺言(以下「特定財産承継遺言」という。)があったときは、遺言執行者は、当該共同相続人が法第899条の2第1項に規定する対抗要件を備えるために必要な行為をすることができるとされた(法第1014条第2項)。
 また、法第1014条第2項の規定にかかわらず、被相続人が遺言で別段の意思を表示したときは、その意思に従うとされた(同条第4項)。 なお、遺言執行者は、一般に、法定代理人であると解されており、これは、改正前後で異なることはない。
 これにより、不動産を目的とする特定財産承継遺言がされた場合に、遺言執行者は、被相続人が遺言で別段の意思を表示したときを除き、単独で、法定代理人として、相続による権利の移転の登記を申請することができることとなる。
 おって、相続人が対抗要件を備えることは、遺言の執行の妨害行為(法第1013条第1項)に該当しないため、当該相続人が単独で、相続による権利の移転の登記を申請することができることは、従前のとおりである。
 この改正後の規定は、改正法の施行の日(令和元年7月1日)前にされた特定の財産に関する遺言に係る遺言執行者によるその執行については適用しないとされた(改正法附則第8条第2項)。 

10 特定財産(預貯金債権のみ)に関する遺言の執行(第1014条第3項)

・改正のポイント
 特定財産承継遺言の対象が預貯金債権の場合には、遺言執行者は、その預貯金の払戻し請求及び解約の申入れをすることができるものとする。
・施行日:2019年7月1日
・経過措置(法附則第8条2項)
 遺言執行者は、施行日前にされた特定財産承継遺言(相続させる遺言)については、預貯金債権の払戻しの請求及び解約の申入れをすることはできない(遺言執行者は、施行日後にされた特定財産承継遺言について、預貯金債権の払戻しの請求等をすることができる。)。
・留意事項
 預貯金以外の金融商品については、今回の改正の対象となっていないが、遺言によって別段の意思表示が可能なことは変わりない。
 当職は、法改正前も、遺言執行者において預貯金債権の払戻しの請求等をすることができるよう、「遺言者は、遺言執行者に対し、この遺言の執行のため、遺言者の有する預貯金等の金融資産について名義変更、払戻し、解約等をする権限、不動産の登記手続、その他この遺言を執行するために必要な一切の行為をする権限(各手続又は行為をするに当たり他の相続人の同意は必要としない。)を与える。」と記載していたが、現在は、特に嘱託人からの文言の希望がない場合、「遺言執行者は、この遺言の執行のため、遺言者の有する預貯金等の金融資産について名義変更、払戻し、解約等をする権限、不動産の登記手続、その他この遺言を執行するために必要な一切の行為をする権限(各手続又は行為をするに当たり他の相続人の同意は必要としない。)を有するものとする。」と記載している(なお、従前と同様に「遺言者は、遺言執行者に対し、権限を与える。」との表現を希望される場合は、そのように記載している。)。

11 遺言執行者の復任権(第1016条)

・改正のポイント
 遺言者の別段の意思表示がない限り、遺言執行者は自己の責任で第三者にその任務を行わせることができるものとする。
・施行日:2019年7月1日
・経過措置(法附則第8条3項)
 施行日前にされた遺言による遺言執行者の復任権については、新法1016条(遺言執行者の復任権)の規定にかかわらず、なお旧法1016条が適用される。この場合は、やむを得ない事由がなければ、遺言執行者は第三者に遺言執行の任務を委任することができない。ただし、遺言で特段の意思表示として復任権を与える旨記載している場合は、第三者に遺言執行の任務を委任することができる。
 施行日後にする遺言については、遺言執行者は、遺言者が遺言において別段の意思表示をした場合を除き、自己の責任で第三者にその任務を行わせることができる。
・留意事項
 当職は、従前、復任権を認める旨を記載してほしいとの遺言者の意向がある場合に、「遺言者は、遺言執行者に対し、第三者にその任務を行わせることができる復任権を与える。」と記載していたが、施行日後は、復任権を与えない旨を記載してほしいとの遺言者の意向がある場合に、「遺言執行者は、第三者にその任務を行わせてはならない。」と記載することとし、復任権を認める旨を記載してほしいとの遺言者の意向がある場合に、確認的に「遺言執行者は、第三者にその任務を行わせることができる復任権を有する。」と記載することとしている。

12 配偶者居住権の新設(第1028条~第1036条)

・改正のポイント
 配偶者が相続開始時に居住していた被相続人所有の建物について、原則として終身の居住権を認める。ただし、遺言等で別段の定めがされたときは、その一定期間とする。
・施行日:2020年4月1日
・経過措置(法附則第10条)
 改正法は、施行日後に開始した相続について適用する。
 施行日前にされた配偶者居住権の遺贈は無効である。
・留意事項
 遺言者に、次の事項について説明しておくことが望ましいと考える。
① 配偶者居住権の存在
② 配偶者居住権は登記によって対抗要件を具備する。
 配偶者居住権を遺贈の目的とした場合、遺言執行者が登記申請する。
③ 配偶者居住権に関する規定(1028条~1036条)は、施行日(2020年4月1日)前にされた遺贈については適用されない。したがって、配偶者居住権を遺贈するには、施行日以後に、その旨の遺言書を作成する必要がある。

13 配偶者短期居住権の新設(第1037条~第1041条)

・改正のポイント
 配偶者は、相続開始時に被相続人の建物に無償で住んでいた場合、少なくとも6か月間は無償で使用することができるものとする。
・施行日:2020年4月1日
・経過措置(法附則第10条)
 改正法は、施行日後に開始した相続について適用する。
・留意事項
 被相続人が居住建物を配偶者以外の者に遺贈した場合や、配偶者に対する使用貸借関係に反対の意思を表示した場合であっても認められる。
 存続期間は、①配偶者が居住建物の遺産分割に関与するときは、居住建物の帰属が確定する日までの間(ただし、相続開始から6か月間は保障される。)。②居住建物が遺贈された場合や、配偶者が相続放棄をした場合には、居住建物の取得者から配偶者短期居住権消滅の申入れがされた日から6か月間。

                                                   (多田 衛)

No.72 遺留分算定の基礎となる財産の額と民法第903条第4項について(質問箱より)

【質 問】

 民法第1043条第1項は、「遺留分を算定するための財産の価額は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与した財産の価額を加えた額から債務の全額を控除した額とする。」と定めています。
 ところで、民法第903条第4項は、「婚姻期間が20年以上の夫婦の一方である被相続人が、他の一方に対し、その居住の用に供する建物又はその敷地について遺贈又は贈与をしたときは、当該被相続人は、その遺贈又は贈与について第1項の規定を適用しない旨の意思を表示したものと推定する。」と定めており、居住の用に供する建物又はその敷地については、民法第1043条第1項の贈与の価額として加える必要がなく、遺留分を算定するための財産の価額から控除することができると考えますが、いささか疑義がありますのでご教示願います。

【質問箱委員会回答】

1 先ず、結論から申し上げますと、民法第903条第4項の規定が遺留分の算定に影響を与えることはないと考えます。
 この規定は、遺産分割の前提となる相続財産の範囲を定める民法第903条第1項の、持戻し(相続人に対する遺贈や、遺産の前渡しと評価される生前贈与の価額を相続財産に含める。)という原則に対する例外(持戻し免除)の意思表示を推定するというものであり、遺留分の問題とは別のものです。

2 遺留分制度は、自らの財産は自由に処分でき、遺言においても自由に死後処分できるという原則(全財産を相続人以外の者に贈与してしまうような処分も有効に行える。)に対し、一定の相続人の期待権を保護し、被相続人死亡後の遺族の生活を保障するために、相続財産の一定割合を一定範囲の遺族のために保障するという制度です。
 被相続人の自由な処分にかかわらず、最低限の遺留分権利者の権利を守る制度ですから、被相続人のみの意思に基づいて遺留分権利者の権利を奪ったり縮減したりすることはできません(被相続人が養子縁組をすることによって、反射的に遺留分権利者の権利が影響を受けることはあります。)。
 したがって、民法第903条第4項の贈与等について、持戻し免除の意思表示があったと推定されたとしても、その贈与等が遺留分を算定するための財産の価額に加えられるべきことに変わりはありません。

3 遺留分に関する考え方ですが、従前は、被相続人の贈与等の処分(持戻し免除の意思表示を含む。)の効力を、遺留分を侵害する限度で否定する(減殺する)というものだったのに対し、今回の民法改正で、被相続人の自由意思による処分の効力はそのまま維持した上で、別途、遺留分権利者に遺留分侵害額に相当する金銭の支払請求権を認めるというものに転換されました。
 持戻し免除の意思表示に関する民法第903条第3項の規定から、「その意思表示は、遺留分に関する規定に違反しない範囲内で、その効力を有する。」という文言が削除されたのは、遺留分制度が、被相続人の自由な処分の効力は維持したまま、別途、遺留分侵害額に相当する金銭の支払請求権を認めるという考え方に転換された結果、被相続人による処分を否定することを前提とした表現が実体に合わなくなったことによるものです(民法第902条第1項ただし書き及び同第964条のただし書きも、同じ理由で削除されました。また、「減殺」という文言も使われなくなりました。)。

4 ちなみに、民法第903条第1項の「被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたもの」という規定と、遺留分を算定するための財産の価額を定める民法第1043条第1項の「被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与した財産の価額を加えた額」という規定は、よく似ていますが、その内容は同じものではなく、連動もしていません。
 例えば、民法第903条第1項の「その贈与」は、相続人以外の者に対する贈与は含みませんし、相続人に対する遺産の前渡しと評価できる贈与であれば、それが10年より前のものでも対象となります。

 これに対し、民法第1043条第1項の「その贈与」は、相続人以外の者に対する贈与(原則として相続開始前の1年間にしたものに限る。)も含むほか、相続人に対する贈与については、遺産の前渡しと評価できる贈与であって、原則として相続開始前の10年間にされたものだけが対象となります。

5 民法第903条第4項の規定は、居住用不動産の贈与等を受けた配偶者が、より多くの財産を取得できる方策として新設されたもので、相続税法上の贈与税の特例(婚姻期間20年以上の夫婦間で、居住用不動産の贈与が行われた場合等に、税法上の特例を認める制度)を参考に、配偶者の長年の貢献に報いるとともに、配偶者の老後の生活を保障するという、一般的な被相続人の意思にも合致するものとして新設された旨説明されています。
 ただし、居住用不動産に限定されており、居住用不動産の購入費用の贈与等は対象とされていません。
 この規定の施行日は令和元年(2019年)7月1日で、施行日前にされた贈与又は遺贈については適用されませんから(改正附則第4条)、施行日前にされた贈与又は遺贈について持戻しの免除をしたい場合は、別途その旨の意思表示をしておかなければなりません。
 なお、死因贈与についても、遺贈の規定が準用されることから(民法第554条)民法第903条第4項の対象となり、配偶者居住権の遺贈についてもこの規定が準用されます(民法第1028条第3項)。

6 最後に、公証人としては、民法第903条第4項が「推定する。」という規定であり、推定は反証によって覆されることがあり得ることに留意し、配偶者に対して居住用不動産を贈与等する場合、被相続人が確実に持戻し免除の効果を生じさせたいと考えているのであれば、推定規定に頼るだけでなく、後日の紛争防止のため、不動産(死因)贈与契約公正証書や遺言公正証書等に、持戻し免除の意思表示を明確に行っておくほか、他の相続人にあいまいな説明を行ったりして反証とされるようなことのないよう、被相続人に注意しておくのが相当と考えます。

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