民事法情報研究会だよりNo.33(平成30年6月)

入梅の候、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
さて、民事法情報研究会だよりについては、広く会員の皆様のご投稿をいただいて、会員情報誌としての充実を図ることとしておりますが、過日開催された通常理事会において6月号から、「今日この頃」、「コラム MY HOBBY」、「実務の広場」等にご投稿を頂いた方にお礼としてクオカードをお送りすることといたしました。皆様のご投稿をお待ちしております。(NN)

今 日 こ の 頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

都城市代表監査委員となって(新井克美)

1 監査委員就任経緯
私は、平成25年6月に都城公証人を退職した。東京の自宅マンションは、賃貸に出しているため、東京の自宅には帰れず、当面は都城市に引き続き住むことになった(住まざるを得なかった。)。私は、表示に関する登記の沿革を勉強したいと考えていた。
私は、現都城市長とは、都城公証人在任中、財務省から都城市に出向し副市長として勤務していた関係から、市長主催の市内官公署長の会合(「三水会」と称する。)等を通じて、中央省庁出身者という共通項から意見交換をしていた。その副市長は、参議院議員に転出した市長の後継者として、市長選に立候補し、私の公証人退職時は都城市長となっていた。そんな関係で、私は、公証人を退職した際、都城市長への退職挨拶の際、「当面は都城市にいるので、何か市行政にお役に立てる場面があればお手伝いします」と、伝えた(私は、月一回程度委員会等の委員を想定していた。)。
一方、都城市において、主として成年後見事務を行う「一般社団法人テミス総合支援センタ」において、理事としてお世話になることになった。
平成25年の秋、東京出張中の私の携帯電話に、都城市長から電話。「新井さん、都城市代表監査委員に就任してもらえませんか。年4回の市議会の本会議への出席が主な仕事です。本会議は、1会期10日程度です。任期は平成26年2月から4年間です。詳細は事務職員を説明にいかせます。」との内容。
都城に帰り、市の職員課長から代表監査委員の事務内容の説明を受けた。なんと、市議会本会議への出席のほか、毎週3日間(月・水・金)出勤とのこと。私は、これでは、自分の仕事が思うようにできないと考え、即座に、「週3日勤務では自分の仕事に支障があるので就任は無理です。市長にその旨を伝えてください。」と回答した。
翌日、職員課長から、「市長等と協議した結果、一日の勤務時間は長くなりますが、毎週二日(火・木)出勤でどうか」との回答があった。私は、市長からの勤務形態を変更してまでしての監査委員就任の要請については「断れない」と考え、これを受託した。
平成25年12月定例議会において、私を含めた3人の監査委員の選任につき、議会の同意が得られた。これを受けて、私は、前任者の任期終了後の2月に、市長から、代表監査委員の辞令交付を受けた。

2 監査委員の職務
(1) 監査委員の選任
監査委員は、地方公共団体の執行機関の一つで、地方公共団体の財務や事業について監査を行う機関である。
監査委員は、地方公共団体の長が、議会の同意を得て、次に掲げる者から選任する(地方自治法(以下「地自法」という。)196条1項前段、197条本文)。
① 識見委員 人格が高潔で、普通地方公共団体の財務管理、事業の経営管理その他行政運営に関し優れた識見を有する者。任期は4年
② 議選委員 。任期は議員の任期
(2) 定数等
市の監査委員の定数は、2人(人口25万以上の市は4人)であるが、条例で増加することができる(地自法195条2項)。都城市は、条例で監査委員の定数を3人(識見委員2人、議選委員1人)としている。
監査委員は、複数人いるが、教育委員会(地自法180条の8)、選挙管理委員会(同法181条以下)、農業委員会(同法202条の2)等とは異なり、合議制でなく、委員一人一人が独任制であるため、監査委員会とはいわない。
監査委員は、その職務を遂行するに当たっては、常に公正不偏の態度を保持して、監査をしなければならず(地自法198条の3第1項)、また、職務上知り得た秘密を漏らしてはならない。(同条2項)。
(3) 代表監査委員
監査委員の定数が3人以上の場合は識見委員のうちの1人を、2人の場合は識見委員を代表監査委員としなければならない(地自法199条の3第1項)。
代表監査委員は、次の事務処理を担当する。
① 監査委員に関する庶務を処理する(地自法199条の3第2項)
② 監査委員の処分又は裁決に係る市を被告とする訴訟に関する事務を処理する(地自法199条の3第2項、3項)。
③ 住民訴訟に関する事務を処理する(地自法199条の3第2項、242条の3第5項)。
④ 代表監査委員又は監査委員の処分又は裁決に係る市を被告とする訴訟において、代表監査委員が市を代表する(地自法199条の3第3項)。
(4) 監査委員事務局
監査委員は、事務局に事務局長及び書記を置き(地自法200条2項、3項)、事務局長及び書記は代表監査委員が任免する(同条5項)。
事務局長、書記その他の常勤の職員の定数は、条例で定める(地自法200条6項本文)。都城市は、事務局長1名及び書記6名である。
監査委員の事務処理に当たっては、監査委員事務局の職員である書記が補佐する(地自法200条7項)。
(5) 監査委員の事務
監査委員の行う事務には、大別すると、①監査、②審査及び③検査がある。これらの概要は、以下のとおりである。
ア 監査
(ア) 定期監査
監査委員は、毎会計年度少なくとも一回以上期日を定めて財務に関する事務の執行及び市の経営に係る事業の管理を監査しなければならない(地自法199条4項)。
(イ) 財政援助団体等監査
監査委員は、必要があると認めるとき又は市長の要求があるときは、市が補助金、交付金、負担金、貸付金、損失補償、利子補給その他の財政的援助を与えているもの等の出納その他の事務の執行で当該財政的援助に係るものを監査することができる(地自法199条7項。「財政援助団体等監査」と呼ばれている。)。
(ウ) 随時監査
監査委員は、定期監査のほか、必要があると認めるときは、いつでも市の財務に関する事務の執行及び市の経営に係る事業の管理を監査することができる(地自法199条5項)。
(エ) 住民監査請求による監査
市民は、市長若しくは委員会若しくは委員又は市職員について、違法若しくは不当な公金の支出、財産の取得、管理若しくは処分、契約の締結若しく履行若しくは債務その他の義務の負担があると認めるとき、又は違法若しくは不当に公金の賦課若しくは徴収若しくは財産の管理を怠る事実があると認めるときは、これらを証す書面を提出して、監査委員に対し、監査を求め、当該行為を防止し、若しくは是正し、若しくは当該怠る事実を改め、又は当該行為若しくは怠たる事実によって市の被った損害を補填するために必要な措置を講ずべきことを請求することができる(地自法242条1項)。
監査委員は、この監査請求(住民監査請求)があった場合は、監査を行い、請求に理由がないと認めるときは、理由を付して、その旨を、書面により、請求人通知するとともに、これを公表しなければならない(地自法242条4項)。また、請求に理由があると認めるときは、市議会、市長その他の執行機関又は職員に対し、期間を示して、必要な措置を講ずべきことを勧告するとともに、当該勧告の内容を請求人に通知し、かつ、これを公表しなければならない(地自法242条4項)。
(オ) 行政監査
監査委員は、必要があると認めるときは、普通地方公共団体の事務又は普通地方公共団体の長若しくは委員会若しくは委員の権限に属する事務の執行について監査することができる(地自法199条2項)。
(カ) 議会の要求による事務監査
議会は、監査委員に対し、当該普通地方公共団体の事務に関する監査を求め、その結果の報告を請求することができる(地自法98条2項)。
(キ) 市長の要求監査
監査委員は、当該地方公共団体の長から当該普通地方公共団体の事務の執行に関し監査の要求があったときは、その要求に係る事項について監査をしなければならない(地自法199条6項)。
(ク) 職員の賠償責任監査
市長は、会計管理者等が故意又は重大な過失により、その保管に係る現金、物品を亡失する等によって市に損害を与えたと認めるときは、監査委員に対し、その事実があるかどうかを監査し、賠償責任の有無及び賠償額を決定することを求め、その決定に基づき、期限を定めて賠償を命じなければならない(地自法243条の2第3項)。
イ 審査
(ア) 決算審査
市長は、決算及び証書類その他の書類を監査委員の審査に付さなければならず(地自法233条2項)、監査委員は、毎年度、市長から提出された決算書に基づき決算を審査しなければならない(同条3項)。この審査は、監査委員の合議による(地自法233条4項)。
(イ) 健全化判断比率審査
市長は、毎年度、前年度の決算後、速やかに、健全化判断比率及びその算定の基礎となる事項を記載した書類を監査委員の審査に付し、その意見を付けて当該健全化判断比率を議会に報告し、公表しなければならない(地方公共団体の財政の健全化に関する法律(以下「健全化法」という。)3条1項)。この監査委員の意見の決定は、監査委員の合議による(健全化法3条2項)。
なお、「健全化判断比率」は、地方公共団体の財政状況を客観的に表し、財政の早期健全化や再生の必要性を判断するための制度であり、次の4つの財政指標がある(健全化法3条1項)。
① 実質赤字比率(地方公共団体の「一般会計」等に生じている赤字の大きさを、その地方公共団体の財政規模に対する割合で表したもの)
② 連結実質赤字比率(公立病院や下水道など公営企業を含む「地方公共団体の全会計」に生じている赤字の大きさを、財政規模に対する割合で表したもの)
③ 実質公債費比率(地方公共団体の借入金(地方債)の返済額(公債費)の大きさを、その地方公共団体の財政規模に対する割合で表したもの)
④ 将来負担比率(地方公共団体の借入金(地方債)など現在抱えている負債の大きさを、その地方公共団体の財政規模に対する割合で表したもの)
(ウ) 資金不足比率審査
公営企業を経営する市長は、毎年度、当該公営企業の前年度の決算の提出を受けた後、速やかに、「資金不足比率」及びその算定の基礎となる事項を記載した書類を監査委員の審査に付し、その意見を付けて当該資金不足比率を議会に報告し、公表しなければならない(健全化法22条1項)。この監査委員の意見の決定は、監査委員の合議による(健全化法22条3項で準用する同法3条2項)。
ハ 検査
例月現金出納検査
普通地方公共団体の現金の出納は、毎月例日を定めて監査委員がこれを検査しなければならない(地自法235条の2第1項)。そして、監査委員は、この検査の結果に関する報告を議会及び市長に提出しなければならない(地自法235条の2第3項)。

3 市議会本会議への出席
都城市の定例議会は、3月、6月、9月及び12月に開催されるのが通例とされている。 私たち監査委員3名の就任に関する同意議案は、平成25年 12月開催の定例議会で承認され、翌26年2月25日付けをもって発令された。
都城市議会は、本会議において、市長部局(市長、副市長及び部長、支所長)のほか、行政委員会として、教育長、教育委員長、教育部長、選挙管理委員会委員長、農業委員会会長とともに、代表監査委員が出席すべきこととされていた。このため、私は、平成25年の3月定例議会から代表監査委員として本会議に出席した。本会議におけるメインは、一般質問であった。都城市議会における一般質問は、会派で調整することなく、希望する議員は、事前通告をすれば自由に質問をすることができ、その内容がケーブルテレで生中継されている関係からか、盛況(内容はともかく)であった。一般質問は、一人60分(質問及び答弁を含む。)で、午前10時から、一日5人、1週間程度行われた。私は、議場内において、議員と市長部局との一般質問を拝聴することは、都城市の抱えている問題点を理解することができ、監査委員の職務に関する知識の習得に有益であるところから、真剣に聴いた。しかし、私は、地方行政の経験は皆無であり、また、都城市は公証人として勤務した8年のみであることから、質問の内容(特に、法令、条例の内容、地名等)は良く理解できないものが多かった。そこで、議会事務局に、議場内にタブレットを持ち込むことの許可をお願いし、議会運営委員会の承認を得た。
一方、私は、平成25年度の土地家屋調査士試験委員を拝命していたため、本会議開催日に法務省での試験問題検討会議が重なることがあり、その都度、議長に対して、理由を付して、事前に、欠席届を提出し、議会運営委員会の承認を得なければならなかった。このため、私は、議長に対して、土地家屋調査士試験のため欠席の説明に訪れた際に、監査員に対する質問がほとんどないこと、監査委員室でケーブルテレビを見ていれば本会議の議事の経過を把握することができること、監査委員が本会議に出席しないことになればその間に監査委員の事務を行うことができること等を説明し、監査委員に対する質問要求がない場合は本会議に出席することを要しないとする取扱いを検討してもらえないかをお願いした。その結果、議会運営委員会での議論を経て、9月定例議会から、選挙管理委員会委員長、農業委員会会長及び監査委員については、質問要求がない場合は本会議に出席することを要しないことになった。選挙管理委員会委員長及び農業委員会会長からは、感謝された。

4 住民監査請求
前述のとおり、地方自治法は、住民監査請求を認めている。しかし、都城市においては、オンブズマンがいないこともあり、十数年間、住民監査請求がなかった。
ところが、私が監査委員に就任した直後、住民監査請求書が提出された。私が新たな仕事を呼び込んだのではないかと噂された。市議会議員選挙の際に市から支給される選挙用のポスター及びはがきの印刷費用を水増しして請求しているのではないかというのが請求の趣旨であった。
調査の結果、理由がないとして、請求を棄却した。訴えの提起の動きもあったようだったが、最終的には、収束した。ホットした。採決書の起案に当たっては、住民監査請求制度を勉強するとともに、法務省訟務局等当時の上司にご指導をいただいた。本当にありがたかった。

5 監査等の具体的な事務
監査委員の一年間の事務は、おおむね以下のとおりである。
(1) 監査計画の立案
監査委員及び監査委員事務局は、年度当初、当年度の監査計画(定期監査の対象部課及び重点項目、行政監査実施の有無及びその内容)を立案する。そして、対象部課等に対して、監査項目に応じた監査資料の提出を求める。
(2) 例月現金出納検査
支出命令書等の会計書類が会計課から監査委員に送付される。私が就任にした当時は、事務局職員がこれをすべて点検していた。計算誤り等の有無を再点検し、計算誤り等を発見した場合はその旨を指摘し、その是正結果の報告を求めるのである。この事務量が膨大であるため、監査業務が十分できない状態であった。一方、計算誤り等の件数は年間数件程度あり、その年間の合計額は数千円ないし数万円程度であった。
監査委員就任時の事務局長(会計事務の大ベテラン職員)は、私に対する監査事務の説明の中で、少しの過誤事案でも指摘することが正確な会計事務の処理にとって極めて重要である旨を説明してくれた。そして、事務局職員は、すべての会計書類を調査し、過誤事案がないを一所懸命に点検しており、これが監査委員の基本の職務であると考えていた。
このような状況をみていて、私は、監査委員制度は、非常勤職員である監査委員が、市長部局から独立した行政組織として監査を実施し、しかもその結果を市長及び議会に報告するとともに、公表するという制度の趣旨からすると、計算誤り等の有無を再点検することが主要な事務ではなく、市民目線で、条例改正を含む制度上の問題点を明らかにすることにあるのではないか、と考えた。
そこで、監査委員就任3年目から、監査委員及び事務局職員と議論を重ねた上、会計課との協議を経て、会計課から監査委員に送付された会計書類の点検作業は、これまでの悉皆調査から試査(抽出調査)に変更し、その余力を、定期監査の充実や新たな行政監査の実施に充てることとなった。
(3) 決算審査
会計管理者は、毎会計年度後、決算を調製し、出納の閉鎖後3か月以内に、証書類等と併せて、市長に提出する(地自法233条1項)。市長は、決算を監査委員の審査に付さなければならない(同条2項)。
監査委員事務局は、6月に、決算書等の提出を受けて、決算内容を分析し、意見書を作成する。例年、お盆を返上し、8月中に、市長に提出する。
一般会計及び特別会計(11会計)別に、歳入・歳出の決算の状況を、主として対前年度と比較した表を作成し、意見を述べるのである。水道事業等の公営企業会計についても同様である。これらに併せて、健全化判断比率審査及び資金不足比率審査に対する意見書を作成する。
監査委員に就任した年は、これら意見書作成に当たって、予算・決算の仕組みや会計用語の説明を受けるのであるが、初心者の私にとって内容が理解できない。法務局在職時に会計課長を2年経験したが、当時は登記所の適正配置計画の実行や折衝の仕事が中心であったことや、優秀な部下職員のおかげで、会計手続を全く勉強しないで過ごした。会計法規を勉強していけばよかった。後悔してもどうにもならない。幸いなことに、私と同時に就任した識見委員(以下「相方委員」という。)が、元監査事務局長であり、しかも水道局勤務の経験があったため企業会計に精通していた。私の疑問について、関係法規、条例、規則、マニュアル、文献を示し、親切、丁寧、詳細に教えてくれた。本当にありがたかった。
(4) 定期監査等
ア 定期監査の実施
定期監査は、監査委員の中心的事務である。年度当初に作成した監査計画に基づいて、書記は、2人1組のチームを組んで、例年、9月から翌1月までの間、定期監査を実施する。監査対象部課等から、監査計画に基づいて資料の提出を求めた後、現地に赴いて会計帳簿を精査するとともに、担当職員の立会を求め、疑問点を聴取する等して、会計帳簿の内容が条例、規則等に基づいているか等を調査する。書記は、調査結果を踏まえて、問題点、疑問点等をまとめ、この内容を監査委員事務局全員で議論し、検討する。
財務に関する監査の中心は、事務処理に当たって最少の経費で最大の効果を挙げているか(地自法2条14号)である。私は、このことについては素人であるため、多くは相方委員に頼っている。私は、市長部局は法令及び条例の執行機関であること、市職員は市民に対して平等に行政サービスを提供する義務があること、そして平等な行政サービスを提供するたには法令及び条例に基づいた事務処理を励行する必要があること、と理解し、定期監査の対象事務が法令、条例等に基づいて処理されているかを中心に審査を行った。
そして、監査委員室において、監査委員事務局全員で議論した結果に基づく問題点、疑問点等について対象機関の部長及び課長等の見解を求めた(これを「講評」と称している。)。
2月から3月にかけて、市長及び議長に対する意見書を作成する。意見書作成に当たっては、監査委員(3人)及び職員全員(7人)で、プロジェクター(当初は私個人のものを使用)を用い、意見書案、関係法令・条例等及び会計書類をスクリーンに映し、担当者の説明を受けて、意見書の内容のほか、漢字や送り仮名、句読点の用い方を含め、議論する方法を取り入れた。これは、監査委員室が少人数であったこと、職員の起案能力・弁論能力の向上を図ること、組織の一体化を図ること、事務処理の迅速化・効率化を図ること等を考慮したものである。
イ 財政援助団体等監査の実施
定期監査に併せて、財政援助団体等及びその所管課に対して監査を実施する。その方法は、定期監査とおおむね同様である。
ウ 随時監査の実施
平成28年、富山市議会で、政務活動費(1人15万円)を不正に受給していた14人の議員が相次いで辞職する事件が発生した。この事件の報道を受けて、都城市内のスナックなどで、都城市議会の政務活動費は大丈夫か、との質問を複数回受けた。私は、都城市議会の政務活動費は1人月額3万円と少額であることを説明した。また、前年の議会事務局に対する定期監査において政務活動費について調査したが問題は見つからなかった。
監査委員において、市民の間に政務活動費に関する疑念があるのであれば随時監査を実施するのが相当ではないか、ということになった。しかし、年度計画による定期監査及び新規の行政監査の実施が進行しているため監査事務局には余裕がなかった。そこで、議員選出の監査委員は利害関係人であるため除斥となり(地自法198条の2)、私と相方委員が直接担当することになった。
政務活動費(政務調査費を改称)は、地方議会の議員に政策調査研究等の活動(議員活動の範囲に関係する書籍等の購入費用、民間主催の議員研修会への参加費用、先進地視察の諸費用、事務所経費等)のために支給される費用である。政務活動費の詳細は、条例により定められ、議会の会派又は議員に対して支給される。
監査の結果、政務活動費の使途についておおむね適正であるが、政務活動費に対する市民の不信を払拭するため、更なる使途の透明性を図る必要があり、議会において、条例改正を含めた検討を期待する旨の意見を述べた。これを受けて、議会事務局では、運用で改善できるものについては取扱手続を改善した。当時の議長は、私に対して、条例改正を伴うものについては議会として議論をする必要があるが、選挙が近いので具体的には改選後にならざるを得ないのではないかと、述べていた。その後、本年1月に実施された市議会選挙後に選任された議長は、私が代表監査委員再任の挨拶に赴いた際、議会は、市長が提案する条例の賛否を審議するだけではなく、議員立法の形で条例を作りたいとの希望を述べたので、随時監査の結果を踏まえて、政務活動費に関する条例改正を手がけるのがいいのではないか、との意見を述べた。
エ 行政監査の実施
監査委員は、行政監査を行うことができることとされていたが、都城市では実施していなかった。定期監査は、組織ごとに実施するため、政策目的を横断的に調査することは困難であった。
公の施設の管理に関する指定管理者制度は、公の施設の管理について民間事業者等の有するノウハウを活用する目的から、平成15年の地方自治法の一部改正により創設されたものであるが、平成27年における財政援助団体等監査において、当該財政援助団体等が指定管理者となっている施設において、実施が義務付けられているモリタリングが励行されてない事例が散見された。
そこで、平成28年に実施した行政監査のテーマとして、指定管理者制度を導入しているすべての公の施設を対象として、モリタリングの実施状況、を選定した。市長及び議長に対して、問題点として、①形式的なモニタリングマニュアル、②漫然としたモニタリングの実施情況、及び③定期モニタリングと評価が混在したマニュアルを指摘した上、指定管理者制度の主管課に対しては指定管理施設の規模、利用形態等に応じた効果的かつ具体的なモニタリングの実施を所管課に指導すべき旨を、また、個々の指定管理施設の所管課に対しては規模、利用形態等に応じて実効性のあるモニタリングを実施すべき旨を、それぞれ意見として述べた。
次に、平成28年度決算審査において、徴収未済債権の管理について、担当者は、形式的に、電話で支払のお願いをする程度で、時効の到来を待って欠損処理をしている事例が散見された。このため、平成28年度定期監査の講評において、法令に基づく時効中断の措置を講ずるなどの債権管理の事務を怠り、漫然と時効を到来させた職員は、住民監査請求があると責任を免れないこと、市民の不平等を招くこと等を説明した結果、債権管理条例が制定された。
そこで、平成29年度は、法務局在職時代に経験した債権管理に関する裁判手続(国の債権の管理等に関する法律と地方自治法とでは、若干の違いがある。)を思い出しながら、債権管理条例の内容及び非強制徴収債権に関する債権管理事務手続について、行政監査を実施した。市長及び議長に対して、履行期限到来後の遅延損害金の取扱いや延納特約手続としての債務名義の取得手続等について、債権管理条例の問題点を指摘し、意見を述べた。
オ 定期監査等の意見等に対する市長部局の対応等
年度末に、監査委員全員が、市長室及び議長室に赴き、市長(副市長同席)及び議長に対して、要旨を説明の上、定期監査等の意見書を手交する。
その際、市長に対して、部長を通じて、監査結果及び監査意見を職員に周知させ、事務の改善に利用することを強く求めた。これに対し、市長は、監査結果及び監査意見を高く評価し、職員への周知について、部長等に指示した。

6 監査委員になって
監査委員は、地方自治全般に関する知識が必要である。ところが、私は、地方自治は未経験である。監査委員就任当初、地方自治に関する知識がなく、しかも、勉強する能力が劣化している高齢者の私が、監査委員の職務を遂行できるのだろうか、市民から「税金泥棒」と批判されないだろうか、と心配であった。
法務省・法務局在職中に培った法令解釈の知識や裁判手続、秘書課在職中に経験した国会対応等が監査委員の事務処理に役に立った。そして、なりよりもありがたかったのは、法務省・法務局在職中にお付き合いをいただいた上司、先輩、同僚、そしてかつての部下の助言であった。
そして、相方委員の存在である。彼は、地方自治事務や会計事務はもとより、簿記の知識が豊富であり、いろいろな場面で指導、助言をいただいた。私が各地での講演で不在になる場面でも、私の日程に併せた日程調整に応じてくれた。彼がいなかったら、私の監査委員は務まらなかった。相方委員には本当に感謝している。
また、監査委員の事務局職員は、優秀で、事務処理に支障はなかった。特に、平成29年度のメンバーは、4月に監査事務に配属後の職員を含め、独学で勉強し、全員が、6月に日商簿記3級の資格を取得した(続けて2級の資格を取得した者もいる。)。私は、職員に対して、相方委員の簿記の知識を前提に、指定管理者の監査に当たっては財務諸表を理解する必要があること、地方自治体も将来的には公会計に移行すること、60歳になって定年退職後は、組織で培った市役所での知識経験が求められて民間に再就職した場合、簿記が読めなければ経営に参加できないこと等を説明して、簿記資格取得の必要性を説いてきた。もっとも、私は、公証人在職中、個人事業者として、税務申告のためにパソコンソフトを利用する中で、ちょっぴり勉強したものの、講義を何回か受けたが、体系的には、はっきり言って「無知」ではあるが……。
さらに、市長及び市議会議員の多くは、私が公証人在職中に面識があった。これは、監査委員の仕事をする上で非常にありがたいことであった。
最後に、私たち監査委員の任期は、平成30年2月25日をもって満了した。市長から、昨年秋に、再任の打診があった。私は、71歳(6月で72歳)であり、再任されると75歳まで勤務することになる。後期高齢者である。最近は、年々、「昨年できたことが今年はできない」ことの確認の連続である。妻や子どもに相談したところ、一言「働けるだけ働け」だと。しかたがない、再任を受託しよう。
そこで、市長に対して、①相方委員と一緒であること、②監査報告の結果に対して市長部局として真摯に対応すること、そして、③体調悪化の場合は途中で退任することがあること、の3条件を付して、監査委員再任の受託を伝えた。
その後、議会の同意を得て、平成30年2月26日、議員選出の新任辞令とともに、相方委員と一緒に再任辞令を受けた。
これから、4年間、後期高齢者になるまで、都城市役所で、頑張らなければならない。

犯人は誰だ!!(由良卓郎)

ある休日の朝,事務所に行くべく自車を走らせていたところ,自宅から1キロも行かない間に,今まで聞いたことのない警告音が鳴り続いた。驚いてメーターを見ると,メーターの一角に赤いランプが点灯している。よく見ると左前輪のタイヤの空気圧が異常に低くなっており,パンクの表示がされていた。直ぐに停車して確認したところ,左前輪中央部に大きなボルトが綺麗に刺さっていた。
ディーラーに電話したが休業日のため出ず,やむを得ず行きつけのガソリンスタンドで応急措置としてのパンク修理をしてもらった。スタンドの職員曰く,「とりあえず空気は漏れないようにしたが,このタイヤは修理ができないと思うので,ディーラーに行ってみてもらってほしい。ディーラーではタイヤ交換を勧められると思うし,4本とも交換するよう勧められるかも知れない。」とのこと。自動車に乗り始めて50年近くになるが,パンクした記憶はほとんどない。それが何だってこんな面倒くさいタイヤのときにパンクをするのか。ひょっとして,誰かの仕業ではないのか。などとよからぬ憶測をしたり,いやいや人を疑ってはいけないなどと思ったりしつつ,ディーラーにタイヤ交換の相談をしたりしていた。パンクだけで収まっていれば私も自損と思い「しょうがないな」で済ましたと思う。しかし,それから丁度一週間後の朝,駐車場に行くと,今度は右後輪のそばでネズミが死んでいた。今時ネズミなんて滅多に見ないし,生まれてこの方,自分の車のそばでネズミが死んでいたなんてことは全く経験がないのに,先週は左前輪のパンク,今度はその対角線上にある右後輪のそばにネズミの死骸。やはり誰かの仕業ではないのか。自分の知らないところで,誰かの恨みを買っていているのかも知れないなどと思い始めると,私はちょっと気持ちが悪くなり,マンションの管理会社に電話して,事の顛末を話し,監視カメラの映像をチェックして欲しいと頼んだ。幸いにも私の車の直ぐ上に監視カメラが設置されている。
管理会社は,私の我が儘な要望を快諾してくれて,マンションの管理組合の了承も得て,監視カメラを確認してくれた。
その結果,何と,予想外にも,いや予想できたことかもしれないが,私が車を止めてから翌朝までの間に,右後輪付近を白い子猫がうろついており,その猫がネズミを置いたようだとのことだった。
そういえば,昨夜11時頃車で帰宅し,駐車場に車を止めようとした際,白い子猫がヘッドライトに照らされていたことを思い出した。あの猫か!!
どうもその白い子猫が,取ってきたネズミを「そうだ,あの車,さっきは眩しかったなあ,よーし,このネズミ,あの車の横に置いておいてやろう」と思ったのかも知れない。
侮れない子猫,なかなかの子猫だ。
ちなみに,左前輪付近には,該当する時間帯に人影らしきものは確認できなかったとのことで,これはやはり自損のようで,たまたま滅多に生じない偶然が重なったようだ。

最北の公証役場で(木村 繁)

公証人任命から、瀬戸内笠岡で3年1月、北の大地に帰り名寄で2年8か月、瀬戸内の海の幸も懐かしいものの、もとより北国育ちですから、北の海の幸が口に合い、真冬の寒さ対策は完璧、日ごろの運動不足を除雪作業と昨年新たに買い換えたスキー靴を履き、スキー場で多少でも解消していると言ったところでしょうか。
法務局時代2度通算7年の名寄での勤務があり、勤務時のマイナス35.7℃や冬の降雪量が13メートルに達したころと比べると、昨年の降雪量は7メートルと半減したものの、最低気温はマイナス28.1℃と豪雪地帯の割には、氷の世界は健在です。
マイナスイメージが多い(私は思ってない!)ですが、春から秋にかけての名寄は、夏も最高気温が昨年は31℃、雨が少なく、カラッとして北海道らしい、ひまわりが似合う田舎町です。(そだねー!)
みなさんご存知でしょうが、旭川と名寄の旭川公証人会の管轄エリアは、北は稚内から南は占冠(帯広まで80㌔の村)まで南北に350㎞、東は流氷の町紋別から西はニシン番屋の留萌まで220㌔と、その面積は約2万2000平方㌔㍍で、四国4県に長崎県を加えた面積とほぼ同じです。
ちなみに全国最大の面積は釧路公証人会管轄で釧路、根室、十勝、網走、北見をカバーし、当地域はこれに次ぎます。
最北の公証役場として、2か月に1回は、名寄から稚内まで170㌔超の出張があり、法務局時代は1泊でしたが、1人庁ならではの日帰りです。公共交通機関はJRですが、特急が朝、昼、夜の3本ですので、朝9時過ぎの特急で名寄を出発、稚内に午後1時前到着、証書作成後、帰りは夕方5時過ぎの特急に乗り、名寄には夜10時到着の行程になります。
往復約6時間以上を列車の中で過ごすことになり、効率悪く、しかも、宗谷本線の廃止の声があることも影響してか、雪のため、あるいは線路冠水のため等々、最近はとみに事前運休が多くなり、鹿との遭遇もありますが、冬期間も車で出張することにしています。
地域の多くが、枝幸、紋別、羽幌など、既にJR路線が廃止となり、アクセスが不便な地域の場合は、ハンドルを握って目的地に向かっています。
必然的に、車は必需品ですし、長距離運転しなければならないのは、最北の公証役場の特色と言えます。
長距離運転は、事務所にこもるより、楽しみもありますが、高速はなく、車の比較的少ない国道走行で、夏は良いのですが、真冬に峠を越えるとき、オホーツク海側や日本海側のオロロンラインの海岸線では、悪天候のため出張延期や出張しても猛烈な地吹雪に遭い緊張を強いられます。除雪が行き届いていても、帰路、夜はブラックアイスバーンとなり、意図しないカーブを描くカーリング気分を味わうこともできます。
管轄面積の広大さはあるものの、当地域全体の人口密度は32人/平方㌔㍍、全国の平均人口密度は343人/平方㌔㍍ですから、10分の1。旭川市以外地域の人口密度は17人/平方㌔㍍程度ですから、全国平均の20分の1となりますが公証人を必要とするお客様が広い地域に散らばっている以上、公証人の移動距離が伸びるのは必然かもしれません。
観光案内にもなりませんが、春夏秋冬、様々な景色を愛でながら、楽しく共に生きることを目標に、昨年から離島における公証相談に出かけております。是非、余裕をもって、利尻・礼文島含む北の大地に足を運んでいただければ、ご案内いたします。

断捨離を免れた話材「花嫁の電話」(中垣治夫)

法務省・法務局に在職中は、いい話材があると打合せ会、研修、会食などでの話題のほか、局報等の原稿などで利用・活用するため、いろいろと切り抜いて残していました。退職後1年ほど経った頃、もう使うことはないなということで、世の中の「断捨離」の流れに従って、クリアファイルで3冊あったのですが、全部廃棄したのでした。
退職して2年が経った今、「今日この頃」などの原稿書きの機会に恵まれ?、残念なことをしてしまったと大いに反省しつつ、何か話材がないかと日頃書き留めていたノートを読み返していたところ、1片の紙切れが、そのノートに挟まっていました。話材としての利用がないのでそのノートに挟まっていたのですが、そのおかげで断捨離を免れたのでした。
断捨離を免れた話材ではあるのですが、さて、これを基に一昨年の長男の披露宴の話にしようか、今秋予定の長女の結婚式の話にしようか、それとも結婚観の今・昔のような話をしようかと悩んだのですが、結局、この作品の素晴らしさをそのまま皆さまに届けるのが相当と考え、原文のまま紹介することとしました。
ほんの少しの時間、日頃の苦労を忘れ、緊張から解放された、ゆったりした気持ちで、また皆さんの子供たちの披露宴を思い出しながら、一読し、心を動かせてください。

第4回NTT西日本コミュニケーション大賞 グランプリ受賞作品
作品「花嫁の電話」   作者・神馬せつを(石川県)

由香ちゃんが近所に引っ越してきたのは、まだ小学校三年生のときでした。
ときどき我が家に電話を借りに来るのですが、いつも両親ではなく由香ちゃんが来るので、おかしいなと思っていたのですが、しばらくしてそのワケがわかりました。
由香ちゃんのご両親は、耳が聞こえない聴覚障がいがある方で、お母様は言葉を発することが出来ません。
親御さんが書いたメモを見ながら、一生懸命に用件を伝える由香ちゃんの姿を見ていると、なんだか胸が熱くなる思いでした。
今なら携帯電話のメールがありますが、その時代を生きた聴覚障がいをもつみなさんは、さぞ大変だったろうと思います。
由香ちゃんの親孝行ぶりに感動して、我が家の電話にファックス機能をつけたのは、それから間もなくのことでした。
しかし、当初は明るい笑顔の、とてもかわいい少女だったのに、ご両親のことで、近所の子どもたちにいじめられ、次第に黙りっ子になっていきました。
そんな由香ちゃんも中学生になるころ、父親の仕事の都合で引っ越していきました。

それから十年余りの歳月が流れ、由香ちゃんが由香さんになり、めでたく結婚することになりました。
その由香さんが、
「おじさんとの約束を果たすことができました。ありがとうございます。」
と頭を下げながら、わざわざ招待状を届けに来てくれました。
私は覚えていなかったのですが、「由香ちゃんは、きっといいお嫁さんになれるよ。だから負けずに頑張ってネ」
と、小学生の由香ちゃんを励ましたことがあったらしいのです。
そのとき「ユビキリゲンマン」をしたので、どうしても結婚式に出席してほしいと言うのです。
「電話でもよかったのに」
と、私が言うと、
「電話では迷惑ばかりかけましたから。」
と、由香さんが微笑みました。

その披露宴でのことです。
新郎の父親の謝辞を、花嫁の由香さんが手話で通訳するという、温かな趣向が凝らされました。
その挨拶と手話は、ゆっくりゆっくり、お互いの呼吸を合わせながら、心をひとつにして進みました。
「花嫁由香さんのご両親は耳が間こえません。お母様は言葉も話せませんが、こんなにすばらしい花嫁さんを育てられました。障がいをおもちのご両親が、由香さんを産み育てられることは、並大抵の苦労ではなかったろうと深い感銘を覚えます。嫁にいただく親として深く感謝しています。由香さんのご両親は、『私達がこんな身体であることが申し訳なくてすみません』と申されますが、私は若い二人の親として、今ここに同じ立場に立たせていただくことを、最高の誇りに思います。」
新郎の父親の挨拶は、深く確かに心に沁みる、感動と感激に満ちたものでした。
その挨拶を、涙も拭かずに手話を続けた由香さんの姿こそ、ご両親への最高の親孝行だったのではないでしょうか。
花嫁の両親に届けとばかりに鳴り響く、大きな大きな拍手の波が、いつまでも披露宴会場に打ち寄せました。
その翌日。新婚旅行先の由香さんから電話が入りました。
「他人様の前で絶対に涙を見せないことが、我が家の約束ごとでした。ですから、両親の涙を見たのは初めてでした。」
という由香さんの言葉を聞いて、ふたたび胸がキュンと熱くなりました。
(NTT西日本 ハローインフォメーション 2007・9・第85号)

実務の広場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.58 事業用定期借地権設定契約公正証書の作成手数料について

1 はじめに
現在,日本公証人連合会の関係委員会において,遺言公正証書作成における不動産の評価基準や予備的遺言手数料の算定方法に関する議論が進んでいます。当職においては,公証人手数料令及び前任者から引き継いだ考え方に従った手数料算定の取扱いをしていますが,嘱託事件の中には判断に苦慮する事案もあるところです。
ところで,青森県内では,平成27年6月にセブンイレブンが青森県に初めて出店したことがニュースになりましたが,八戸市近郊においてもコンビニエンスストアや複合型の大型商業施設の出店などが目立つようになり,事業用定期借地権設定契約の嘱託を受ける機会も多いように感じられます。
本稿では,当職が平成29年中に取り扱った事業用定期借地権設定契約事案の中から,「解体協力金」,「解体保証金」,「外構負担金」などに係る条項が含まれていて,手数料算定に関して若干の疑義が生じたことなどについて記してみたいと思います。

2 賃貸借契約公正証書の手数料算定について
賃貸借契約公正証書の手数料の算定に関しては,「賃料のみに基づいて手数料を算定する。敷金,保証金,権利金,管理費,共益費等賃料以外については手数料算定の基礎としない。ただし,建設協力金については,その具体的な内容に応じて賃貸借契約以外の別の1行為として,手数料を算定する場合がある。」とされています(平成18年2月24日法規委員会協議結果の要旨。新版法規委員会協議結果集録(平成8年~平成24年)264,265ページ。)。
それ以前の法規委員会の協議では,建物賃貸借における建築工事協力金差入条項は付随行為か否かについて,概要,「昭和36年11月27日民事甲第2975号民事局長通達によれば付随行為とあり,印紙税法基本通達では建設協力金保証金は原則として消費貸借に関する契約書として取扱うとしている。ただ,注意すべきことは,印紙税法基本通達は徴税手続上の一つの目安を定めたものに過ぎないのであって問題を積極に解する一つの支えにはなるであろうがこれを積極論のすべての根拠にすることは適当でない。~中略~。前記民事局長通達は,この種事例の少なかった時代のものであり,現時の実状の下において妥当なものかどうか再検討の要があることは間違いない。」としており(昭和45年4月25日法規小委員会協議結果),また,「いわゆる建設協力金については,金銭消費貸借として,別行為とする取扱いが紹介された(昭和51年7月9日法規委員会協議結果)とあります(上記は新訂法規委員会協議結果要録426~428ページ)。
さらに,建設協力金については,「建物の賃貸借契約などにおいて建設協力金等の名義のもとに金銭が支払われる場合がありますが,これは,賃借人から賃貸人に対する貸金とみられるものと解されます。」と解説されているところです(最新公正証書モデル文例集1 388ページ)。

3 具体的事例
以下に,敷金,保証金,管理費,共益費などとは違った名目の金員に関して規定されている事例の具体的条項を紹介します。
事例1
(建物解体保証金)
第◯◯条 乙は,建物解体保証金として,金◯◯,◯◯◯,◯◯◯円を甲に預託するものとする。
2  前項預託金は,乙が建物を解体し,甲への土地明け渡しが完了した後,乙に無利息で返還する。
事例2
(原状回復費用の積立て)
第◯◯条 乙は甲に対し,本件借地契約満了後の原状回復費用として,1か月金◯万円を積み立てるものとし,翌月分を毎月末日までに甲の指定する金融機関口座に振り込んで支払う。
2 甲は,本件借地契約満了時に,積み立てられた金額を乙に返還する。
事例3
(解体協力金)
第◯◯条 甲及び乙は,乙が甲に対し,平成28年◯月◯◯日,別途甲乙間で協議により定めた解体協力金◯,◯◯◯万円を無利息で融資し,甲が本件土地の上に現存した建物及びその附属建物を解体したことを確認した。
2  甲による前項の解体協力金の返済は,初回賃料支払月を第1回として20年間,240回均等の毎月末日払いにて乙に返還するものとし,甲はこれを支払う。
3  第◯条第◯項及び甲を原因とする同条第◯項及び第◯◯条に基づき,本件借地契約が解約・解除となった場合は,その時点で残存する甲の乙に対する解体協力金の返還債務は引き続き存続し,甲は前項に定める本件借地契約期間中と同じ支払条件により,乙に対して,残存する当該解体協力金を返還するものとし,これを支払う。
4  甲は,乙が第◯条の賃料の支払債務と第1項の解体協力金の返還債権とを対当額をもって相殺することを承諾する。
事例4
(外構負担金)
第◯◯条 甲及び乙は,外構負担金について次のとおり合意した。
甲が本件土地を商業施設用地として整備するに当たり,土地造成及び駐
車場舗装工事,外構設計及びこれにかかわる許認可申請,大規模小売店舗立地法に基づく申請業務委託に対する乙の費用負担として,外構負担金◯◯,◯◯◯,◯◯◯円を甲に支払う。その支払方法は次のとおりとする。
①  平成29年◯月◯日 金◯,◯◯◯,◯◯◯円
②  本件建物開店日   金◯◯,◯◯◯,◯◯◯円
事例5
(前払賃料)
第◯◯条 乙は甲に対し,賃料の前払いとして金◯◯◯,◯◯◯,◯◯◯円を平成29年◯月◯日付事業用定期借地権設定予約契約の締結時に甲の指定する下記金融機関の預金口座に振り込みにて支払い,甲はこれを受領済であることを確認する。
2 前払賃料は開店日から20年間分の賃料の一部として均等に充当するものとし,乙は末尾の「賃料支払予定表」に基づき,開店日の翌月以降の月額賃料から毎月金◯◯◯,◯◯◯円を差し引いて支払う。賃貸借期間満了前に本件借地契約が解除又は解約された場合,甲は前払賃料のうち残余期間に相当する金額を解除又は解約と同時に乙に返還する。
3 考察
(1) 事例1及び事例2については,「建物解体保証金」,「原状回復費用」との名目はともかく,借地契約終了時において,借主に建物の解体をはじめとする土地の原状回復を確実に実施させるために預託させる金員であり,貸主に預託された金員は全額借主に返還されるものです。
この金員の性質としては,賃貸借契約に基づき発生する債務を担保す るために差し入れられる敷金と同様のものとみることができ,手数料算定の基礎としない取扱いが妥当であると考えます。
(2) 事例3については,賃貸借契約を締結するに当たり,貸主が借主から融資を受けて対象土地上に現存する建物を解体したというものであり,融資された金員の返還は,借主の賃料支払債務と解体協力金の返還債権とを対当額で相殺するというものです。
この事案では,条文の文言から別行為の金銭消費貸借であるとみることができると考えられますが,念のため,前記2の法規委員会協議結果中の,「建設協力金」の場合に当てはめてみると,建設協力金については,「建物建築時に賃貸人が建設資金として用いることを目的として賃借人から借りる金銭のことを指し,賃貸における保証金と同様のものとして扱われる。」などとされ,その返済については,「月々の賃料の中から相殺する形で,契約期間内に賃貸側から賃借側に全額償却を行うリースバック方式と10~15年程度据え置いた後,一定程度の利息を付けて返済を行う方式」があること,そして,「建設協力金は差入保証金の一種ではあるが,建物を借りる側は賃借の条件となっているため,原則として貸付金として扱われる。」などと解説されています。
法規委員会の協議結果に言う「その具体的な内容に応じて」とは,いかなる内容を言うのかが問題になりますが,ここで言う,「具体的な内容」とは,何のための金員であり,どの時点で支払われるものなのか,また,その金員は返還されるものであるのか,返還される場合の返還方法はどのような形なのかなどを勘案すれば足りるのではないかと考え,その視点で事案を見ると,この金員は貸主所有の既存建物を解体する目的で融資されたものであり,その金員は賃料と相殺する形で返還されること,敷金,保証金,権利金,管理費,共益費など土地の賃貸借契約に付随した一般的な金員ではないことがうかがわれることから,別行為であると判断し,手数料算定の基礎とすることにしました。
ただし,本事例の第3項に,「ただし,本件借地契約の解約・解除が乙の責めに帰すべき事由による場合,乙は,残存する解体協力金の返還請求権を放棄するものとする。」というような条項があった場合,この解体協力金には敷金的要素があるものと解し,別行為ではなく付随行為とすることも考えられます。
なお,解体協力金に関する契約について,公正証書作成の手数料計算上,借地契約とは別の行為とした場合でも,借地契約の付随行為とした場合でも,印紙税法上はいずれも金銭消費貸借契約と扱われることから,印紙税法別表1の課税物件表の適用に関する通則にしたがって公正証書原本に貼るべき印紙額を決めることになります。
(3) 事例4については,貸主が対象土地を商業施設用地として整備するための費用について,借主にも負担を求めるものです。当該土地を賃貸するための整備に要する費用という目的では,事例3の場合と同じ性質の金員と見ることができますが,当該金員を返還しないという点で相違します。
また,この金員は事例3の場合と同様,管理費や共益費と同様のものとして見ることはできないのではないかと考えます。
したがって,賃料,管理費及び共益費とは違う性質の金員であり,貸金でもないことになりますが,この金員を手数料算定の上ではどのように評価すべきであるのか判断に迷います。借主から貸主への給付という別行為であると見ることもできますが,「賃料以外は手数料算定の基礎としない。」との法規委員会協議結果が気になり,結果として手数料算定の基礎としない取扱いにしました。
(4) 以上のとおり,判断に迷うのは事例3及び事例4のように,既存建物の取り壊しや対象土地を整備するための費用という,賃貸借契約を締結するための事前準備的な行為に対する借主の金員の支出をどのように評価するのかということです。
当該金員を借主に返還する場合も返還しない場合でも,土地の賃貸借契約に必須の金員ではないと考えられ,本来,貸主の資力をもって行うべき既存建物の取り壊しや土地の整備を,借主から資金を調達して行うものと見ることができることから,当該金員の授受については別行為として評価しても良いのではないかと考えますがいかがであろうか。
ちなみに,事例5を引き合いにして考えると,事例5そのものは前払賃料であり賃料そのものであるため,手数料算定の基礎になるものですが,事例4のように,貸主の事前準備的な行為に要する資金を,賃料の前払いの形で提供することも考えられます。そうすると,その金員の使用目的は同じであるにもかかわらず,名目が「賃料」か否かで手数料算定の基礎になるかならないかが決まることになり,バランスを欠くことになるのではないかと思います。
また,仮に,名目が「協力金」,「負担金」などであれば,その性質に関係なく手数料算定の基礎としないとした場合,実際は融資のような形態である場合にも,当事者間において,意図的にこのことを前提とした契約条項が作成されることも考えられ,これも望ましい姿ではないと思います。
もとより,事前に当事者間で締結される覚書にはこのような金員に関する事項があっても,公正証書には記載しないのであれば手数料の問題は生じませんが,いずれにしても,このことに関してはどのように判断すべきであるのか悩ましいため,各公証役場での取扱いを承知したいと思っている次第です。
(髙村一之)

No.59 尊厳死宣言公正証書と人生の最終段階における医療

1 はじめに
尊厳死という用語については、「回復の見込みのない末期状態の患者に対し、生命維持治療を差し控え又は中止し、人間としての尊厳を保たせつつ、死を迎えさせること」をいうものとされており(「新版 証書の作成と文例 家事関係編〔改訂版〕」237頁)、尊厳死公正証書第1条には「それが不治であり、かつ、死期が迫っている場合」であって、そのことが「担当医を含む2名以上の医師により診断された場合」に「死期を延ばすためだけの延命措置は一切行わないでください」とされている。
私の在職中、ある嘱託人から「私は、胃瘻を装着しない。」という公正証書を作成してほしいとの依頼を受け、大いに悩み、所属の近公会の勉強会にそのような公正証書を作成することの可否を問題として提出したことがある。
問題点としては、①胃瘻の装着をすれば普通に暮らせるにもかかわらずこれをしないことは、患者が自らの意思で飲食せずに死を早めようとする行為(VSED)*にならないか疑問があり、そういう余地がある以上、本人の意思を表明する文書とは言え、公序良俗に違反するのではないか、②公正証書については、一般市民の意思や取り決めが、将来、紛争となることがないような予防司法の機能を有しているとされているが、その趣旨に反するものとならないか、③尊厳死宣言については、患者の自己決定権を医師が受け入れるかどうかにかかっているが、①のような問題があり、医師において宣言を受け入れることが困難だとすれば、そのような公正証書を作成しても、結局、嘱託人の意思が叶えられないこととなり、嘱託人に無用な経済的負担をかけるのではないかなどと考えたためであったが、記憶によれば、そのときの勉強会の意見も消極とするものであったように思う。
その後在職中そのような嘱託はなかったが、退官後、思わぬことからこういうことだったのかと考えさせられることがあったこと、高齢化による多死社会を見据え、「人生の最終段階における医療」(厚生労働省は、本年3月、「人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドライン(以下「ガイドライン」という。)」を改訂し、従来の「終末期医療」から名称の変更を行った。)に対する考え方が整理されてきたことなどを踏まえ、「人生の最終段階における医療」と尊厳死宣言公正証書との関わりについて考えてみたい。
2 認知症と人生の最終段階における医療
まず、何をもって人生の最終段階にあるとするかは、老衰、事故により生命の維持が人工心肺装置により維持されているというような状態、あるいは積極的治療を試みたにもかかわらず、当該疾患が回復不能な状況に陥っているなど多様であるが、「どのような状態が人生の最終段階かは、本人の状態を踏まえて、医療・ケアチームの適切かつ妥当な判断によるべき事柄です。」(ガイドライン解説編3頁)とされている。
私事で恐縮であるが、私の身内で当時92歳になる者が介護老人保健施設に入所していたところ、あるとき施設から呼び出しがあり、食事を進んで摂らない状態が続いていることから、当該施設の判断は「看取り」の時期に達しており、あと2~3週間で亡くなられると思われること、その事態を回避するためには胃瘻等により栄養の摂取が必要となるが、「看取り」を希望しない場合は当該施設から病院へ転院してほしい旨、告げられた。当時、本人は難しいことはともかく家族を識別できる状況で何より元気であり、食欲がないほかは他に悪いところもなかったため、胃瘻の装着等について、家族で相談することになった。
ちなみに「看取り」とは、近い将来死が避けられないとされた人に対し、身体的苦痛や精神的苦痛を緩和軽減するとともに、人生の最後まで尊厳のある生活を支援することとされており、その開始については、医師により一般に認められている医学的知見から判断して回復の見込みがないと判断し、かつ、医療機関での対応の必要性が薄いと判断した対象者につき、医師より利用者又は家族にその判断内容を説明した上、看取り介護に関する計画を作成し、終末期を施設で介護を受けて過ごすことに同意を得て実施されるものである 。実際には、点滴や酸素吸入などの医療的なケアではなく、食事や排泄の介助、褥瘡の防止など、日常生活のケアを中心に行うこととされている。 平成29年版内閣府高齢社会白書によれば、91.1%の人が、「延命のみを目的とした医療は行わず、自然にまかせてほしい」との意向であるとされているので、普通のことかもしれないが、間もなく亡くなるということを聞かされる家族としては、冷静ではいられないものである。
家族で相談した結果、まだ元気であり、何より餓死させるようなことは避けるべきだということで、胃瘻を装着することとなった。
アルツハイマー型認知症の終末期については、「病理的には大脳皮質機能が広範に失われた状態で、失外套症候群(例えば四肢の随意運動、発語、追視、表情が見られず、尿便失禁の状態)といえる。-略- この時期になると嚥下障害(誤嚥)が見られ、経過とともにその頻度が増して、経口摂取が不能になる。嚥下不能のため、経管栄養を行うことも多く、従って、この期間は数ヶ月から数年続くこともあり、期間を限定することはできない。従って癌の末期とは定義が違うことになる。点滴、経鼻カテーテルや胃瘻による栄養法、中心静脈栄養法(IVH)など強制的な栄養法をとらなければ、間もなく脱水、衰弱などにより死の転帰を迎えることになります。」(NPO法人在宅ケアを支える診療所・市民ネットワークによる「認知症高齢者の在宅生活を支える地域の医療支援システムに関する調査研究Ⅱ報告書」:平成17年3月)とされており、このようなことから、「認知症については、生命予後が極めて悪くなるような身体状況の出現をもって末期と考えます。」(日本尊厳死協会「リビングウィルについて」)とされている。
私の身内の場合、その後、2年余を経過しているが、発語はあるものの意味が不明であったり、何より眠っている時間が長くなり、私自身を分かってくれているのかも判然としない。
自分が意思表示できなくなった状況において、自分の意思と異なり、ただ単に死の瞬間を引き延ばす延命措置を受けずに済むように意思表示しておく尊厳死宣言については、ガイドラインにおいても、「人生の最終段階における医療」においては、本人による意思決定を基本としたうえで、人生の最終段階における医療・ケアを進めることが最も重要な原則であるとされていることから、病態の如何に関わらず、認知症における場合も同様に尊重されるべきものであると思われる。
尊厳死宣言公正証書について相談を受ける際、ややもすると交通事故や癌の末期における状況などを想定し、認知症により意思表示ができなくなった場合も尊厳死宣言は有効であるということを失念しがちであるが、慢性疾患等により予後が長くとも2~3か月と予測ができる場合に比べて「人生の最終段階」が長くなりがちな認知症罹患者においてこそ有用なものだと考えられる。
65歳以上の認知症高齢者数と有病率の将来推計についてみると、平成24(2012)年は認知症高齢者数が462万人と、65歳以上の高齢者の約7人に1人(有病率15.0%)であったものが、37(2025)年には675万人と、約5人に1人になるとの推計(平成29年版内閣府高齢社会白書)があり、今後ますます尊厳死宣言の有用性が増すものと思われるが、「胃瘻を装着しない。」という嘱託人の真意はこういうところにあったのかと、今更ながらに思うところである。
なお、検討に当たっての参考に供するため、末尾に認知症に罹患した場合を想定した尊厳死宣言公正証書(案)を掲載した。
*VSED
Voluntarily Stopping Eating and Drinkingの略で、自力で食べることが可能にもかかわらず、点滴や飲食を拒む行為。米国看護師協会は、2017年、患者にはVSEDの権利があり、その意思を尊重すべきだとの声明を発表したが、欧米では医師がVSEDを容認すべきか、安楽死とともに倫理的な観点から議論されている。

3 「ガイドライン」-本人の意思決定が確認できない場合
厚生労働省は、平成18年3月、富山県射水市における人工呼吸器取外し事件(末期状態の患者7人から医師が人工呼吸器を取り外した後、患者らが死亡)が報道されたことを契機として人生の最終段階における医療のあり方について、患者・医療従事者ともに広くコンセンサスが得られる基本的な点について確認をし、それをガイドラインとして示すことが、よりよき人生の最終段階における医療の実現に資するとして、平成19年5月に「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」を策定していたところ、これを改訂し、本年3月14日「人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドライン」として発表した。
高齢多死社会の進展に伴い、地域包括ケアの構築に対応する必要があることや、英米諸国を中心としてACP(アドバンス・ケア・プランニング)の概念を踏まえた研究・取組が普及してきていることなどを踏まえ改訂を行ったとされているが、本稿では、本人の意思が確認できない場合の「人生の最終段階における医療の決定プロセス」について、「本人の意思決定が確認できない場合には家族等の役割がいっそう重要になります。特に、本人が自らの意思を伝えられない状態になった場合に備えて、特定の家族等を自らの意思を推定する者として前もって定め、その者を含めてこれまでの人生観や価値観、どのような生き方や医療・ケアを望むかを含め、日頃から繰り返し話し合っておくことにより、本人の意思が推定しやすくなります。その場合にも、本人が何を望むかを基本とし、それがどうしても分からない場合には、本人の最善の利益が何であるかについて、家族等と医師・ケアチームが十分に話し合い、合意を形成することが必要です。」(ガイドライン解説編5頁)とされていることについて、考えてみたい。
なお、本文中「家族等」の意味について、「今後、単身世帯が増えることも想定し、本人が信頼を寄せ、人生の最終段階の本人を支える存在であるという趣旨ですから、法的な意味での親族関係のみを意味せず、より広い範囲の人(親しい友人等)を含みますし、複数人存在することも考えられます。」とされている。
ところで、医師が患者に対して医療行為を行うためには、原則として当該医療行為の対象者に対し、治療の内容等についてよく説明を行い、対象者が十分理解した上で、自らの自由意思に基づいて医師と治療について合意すること(インフォームド・コンセント。なお、「同意」だけでなく、説明を受けた上で治療を拒否することも含まれる)が必要とされている。
さらに、インフォームド・コンセントが有効であるためには、患者が自己の状態、当該医療行為の意義・内容、危険性への認識等を理解できる能力が備わっている必要があるとされている。
患者本人に同意能力がない場合に誰が医療行為に同意を与えるかについては、患者本人が未成年の場合は、親権者等の法定代理人が医療行為についての同意権限を有するとするのが判例・通説であるが、患者が成年被後見人における場合は、法律上明確なものはない。
成年後見人には、成年被後見人の生活、療養看護、及び財産の管理の事務を行うなど、身上監護権が認められている(民858)が、契約等の法律行為に関する事項に限られ、成年被後見人に対する治療方針を決定するなどの医療行為に対する代理権は認められていない。これは、医療行為に関する決定は、一身専属権であり、法律行為の意思表示とは異なり代理になじまないことによるものだと思われる。
ガイドラインは、上記法律の不備を前提として、我が国の治療現場では、患者本人の意思が確認できない場合、医師の求めに応じて家族が治療方針を決定し、あるいは選択したりしている実情があるため、その状況を円滑に行うための方策として示されたものと思われる。
したがって、「自らの意思を推定する者」としての家族等は、患者の代理人となって治療方針を決めるのではなく、医療・ケアチームが最善の方針をとることに協力する者であることに注意する必要がある。
「本人が自らの意思を伝えられない状態になった場合に備えて、特定の家族等を自らの意思を推定する者として前もって定め」としていることは、あらかじめ特定の者を指定するという点において、契約型尊厳死宣言公正証書(「公証」138号88頁)の仕組み、即ち、委任者甲が延命のみを目的とする措置は行わないで、苦痛を和らげる措置を執って、人間として自然なかたちで尊厳を保って安らかに死を迎えることができるように甲の主治医に要請することを受任者乙に委任し、乙がこれを承諾するという委任契約上の仕組みに似かよっている。
尊厳死宣言公正証書は、法規委員会の協議結果を踏まえ、契約型が影を潜め、「宣言型」が主流となっているが、今後新たな動きが見られることになるのかもしれない。
(尾﨑一雄)

(尊厳死宣言公正証書案)
平成  年第  号
尊厳死宣言公正証書
本公証人は、尊厳死宣言者 〇〇 〇〇 の嘱託により、平成  年  月  日、その陳述内容が本人の真意であることを確認の上、宣言に関する陳述の趣旨を録取し、この証書を作成する。
第1条 私 〇〇 〇〇 は、私が将来、病気、事故又は老衰等(以下「傷病等」といいます。)により、現在の医学では不治の状態に陥り、かつ、死期が迫っている場合に備えて、私の家族及び私の医療に携わっている方々に以下の要望を宣言します。
なお、ここに明記した特定の医療行為の実施又は拒否については、医師の事前説明は不要とします。
(1) 私の傷病等が現在の医学では不治の状態に陥り既に死期が迫っていると担当医を含む2名以上の医師により診断された場合には、死期を延ばすためだけの延命措置は一切行わないでください。
また、既に延命措置がとられているときは、すみやかに取りやめてください。
しかし、私の苦痛を和らげる処置は、最大限実施してください。
そのために、麻薬などの副作用により死亡時期が早まったとしてもかまいません。
(2) たとえ、死期が定かでなくとも、精神上の障害によって事理を弁識する能力を欠く常況(例えば、重度の認知症)となり、これが回復する見込みのないことを、担当医を含む2名以上の医師により診断された場合には、
① あらゆる循環停止や呼吸停止の場合の蘇生措置をしないでください。
② 私に苦痛を与えたり、私の体に負担のかかる医療措置(他人の組織や臓器の提供を受けることを含むあらゆる手術等)はしないでください(ただし、血液及び血液成分については、私の苦痛を和らげる目的に限って受け容れます。)。
③ 人工的栄養補給や水分補給(口、鼻、腹壁から管を通しての胃への栄養補給、静脈からの栄養補給等)は、私の苦痛を和らげるための必要最小限の援助となるもの以外はしないでください。
これらのことのために、死亡時期が早まったとしてもかまいません。
第2条 この証書の作成に当たっては、あらかじめ私の家族である次の者の了解を得ております。
妻  〇〇 □□(昭和 年 月 日生)
長男 〇〇 ◇◇(昭和 年 月 日生)
長女 △△ △△(昭和 年 月 日生)
2 私に前条記載の症状が発生したときは、医師も家族も私の意思に従い、私が人間として尊厳を保った安らかな死を迎えることができるよう御配慮ください。
第3条 私のこの宣言による要望を忠実に果たして下さる方々に深く感謝申し上げます。
そして、その方々が私の要望に従ってされた行為の一切の責任は、私自身にあります。
警察、検察の関係者におかれましては、私の家族や医師が私の意思に沿った行動をとったことにより、これら方々に対する犯罪捜査や訴追の対象とすることのないよう特にお願いします。
第4条 この宣言は、私の精神が健全な状態にあるときにしたものです。
したがって、私の精神が健全な状態にあるときに私自身が撤回しない限り、その効力を持続するものであることを明らかにしておきます。

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