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民事法情報研究会だよりNo.20(平成28年8月)
残暑の候、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。 さて、本年2月から5月にかけて、当法人の設立にあたって、設立時社員として深く関与された清水勲先生と藤谷定勝先生が相次いで逝去されました。両先生とも、永年、法務局の発展と職員の待遇改善に尽力され、多大の成果を上げられましたが、最近は病を得て闘病生活を送られておりました。両先生のこれまでのご業績を偲び、心からご冥福をお祈りする次第です。(NN)
熊本地震 ―2度の震度「7」― (理事 冨永 環)
はじめに 人は、一生のうちにM(マグニチュード)7クラスの大地震を何度経験するのであろうか。100年、200年あるいは400年に一度起こるか起こらないかの大地震と言われるが、近年、20年余りの間に①阪神淡路大震災(1995.1.17)、②新潟県中越地震(2004.10.23)、③東日本大震災(2011.3.11)、そして④2016(平成28)年4月14日及び16日から現在も続いている熊本地震でもって、私共は、すでに4度も経験したことになる。 <熊本地震の特徴> この度の熊本地震は、人々に九州地方における大地震の記憶がない熊本・大分その近隣地域で起こった。4月14日午後9時26分と16日午前1時25分の2度のM7クラスの地震は、熊本県及び大分など隣県の人々を恐怖に引きずり込んだ。 地震の特徴の一つ目は、本震と余震が違っていた。4月14日(木)のM6.5(前震)と16日(土)の7.3(本震)(16日の地震で震度計が壊れ、気象庁のその後の調査でM7.3と判明したようだ。)の数字が表わすとおり、本震が後で起こったことである。一般的な知識として、本震が後にやってくると考えておらず、地震発生後は徐々に収束すると判断し、一旦避難先から自宅に戻った人が次の本震により倒壊した建物の下敷きになったことで人的被害が拡大した、と新聞各紙は報じた。 特徴の二つ目は、最大震度M7クラス2回を経験したこと、さらに余震の回数が多く、その震度が大きいことである。余震(震度1以上)の回数が一か月間で1240回発生しており(①阪神淡路で285回、②中越で877回)、その発生が異常に多いことである。なお、大分では、観測史上最大の震度(震度6弱)であったが、14日から20日の間に震度1以上が715回に及んだ。 なお、熊本では、2か月後の6月12日に八代市で震度5弱など、今も続く余震に不安が募る。また、最大の被災地・益城町では、倒壊家屋が今でも手つかずの状況である。 その特徴の3つ目は、くり返す震源の移動である。熊本から隣県の大分へ、再び熊本へ。熊本においても日奈久断層帯から布田川断層帯と、再び大分別府・万年山(はねやま)断層帯(その延長線の四国・本州の中央構造線断層帯へとつながる。)と相互に刺激し合うような、相定外の拡大が連鎖的に起きていることである。 <熊本、大分県の被害状況> 地震発生後の集計では、熊本県が死者49人、関連死19人、不明1人、建物家屋損壊住宅被害14万1970棟、断水39万6600戸、避難生活を余儀なくされた人は18万3882人に及んだ(熊本日日新聞)。熊本では、関連死が19人に及び、車中泊やテント、避難所での生活不安が引き起こすエコノミー症候群での死者が多く、想像を超える余震の影響と言われている(同新聞)。一方、大分県では、1670人が避難し、けが26人、家屋損壊1215棟、断水は、別府、由布、九重など8市町村となっている(大分合同新聞)。 なお、地震発生後2か月後でも、避難所生活者は6400人を超え(熊本日日新聞)、仮設住宅の入居は6月14日(88戸)から始まったばかりである。この時期、九州は梅雨入りしており、高温多湿の日々であり、避難所、テントあるいは車生活をする人の健康が案じられている。一日も早い災害復旧と、日常生活への復帰が急がれる。 なお、被災者等県民に元気と希望が持てる取組みもある。熊本市の“熊本城”は、震災で無残にも壊れ、今なお痕跡が痛々しいが、ようやくライトアップが再開され、人々の希望の灯りになっている。 <大分・自宅での地震の様子> 私が、14日(木)及び16日(土)に震度6弱を体験した状況等は、次のとおりであった。 14日、帰宅後、早目の就寝のため午後9時前に床に就いており、そろそろ“夢の中”に入りかけたころ、携帯“緊急避難メール”がけたたましく鳴り、飛び起きた。以後繰り返す余震の都度、頻繁に鳴る緊急避難メールが家中に異常に響き渡った。家では置物の落下など多少の被害はあったものの、外に避難することもなかったが、結局、出勤までの間は眠れなかった。 15日(金)は、通常より早く出勤し、事務所内の書庫やPC等諸機器の点検を終え、動作が確認できたので、書記ともども安堵した。一部、書籍、簿冊の落下があったものの最少に止まった。 その日は、帰宅後夕食を早めに済ませて、翌16日(土)の県公証人会の定時総会に備え、午後10時には就寝した。ところが、再び、深夜の突然の“緊急避難メール”と同時に大きな音と横揺れで立っておれず、壁に手を当てて、座ったまま揺れの収まるのを待つ状態がどの位続いたか分らないが、一昨日とは全く違う激しさに恐怖を感じ、間断なく続く余震に備えるのみで、避難所へ行けなかった。13階に居住し、初めての大地震を体験した。 その後、間断となく続く余震は、私がこれまで経験したことのない地震であり、この状況では交通機関の不通、道路の寸断が予想され、来賓の出席が危ぶまれたので、直ちに、会員全員で協議の上、午前4時、会議の中止を決定したのは正しかった。 なお、当日は、早くから事務所の整頓に追われた。 結びに この度の熊本地震は、約400年前、1611(慶長16)年の三陸地震があり、その8年後の1619(元和5)年には熊本、八代週辺地震が起こり、麦島城が倒壊し、城下町が全滅して死者も出て、更にその後の1625(寛永2)年に現在の熊本市周辺で断層地震が発生したと記録されていて、これに酷似していると解説する(立命館大学、歴史学、山﨑有恒教授)。また、保立道久(東京大学名誉教授、歴史学)氏は、更にこれよりも1147年前の貞観地震(896年)が起き、その前後に国内外で地震・噴火が相次ぎ、貞観地震の1か月後に肥後国(現在の熊本)で大地震が起きたとする歴史書を発見したとしている。前者の山﨑教授は、文科省の「京都の文化財を災害から守るプロジェクト」に加わっている人であるが、同氏は、当時の記録が少ないので、400年後の検証は不可能としながらも、江戸時代の地震史が参考になると指摘している。そして、地震予知は、極めて難しいとされているが、「正しく怖がることが必要」とも述べている。 日本に住む我々一人一人にとって決して人ごとでないのは、確かである。 要は、これまでに経験したことから学び、現代に生きる以上、防災意識を持ち、これを意識しつつ、日頃からその対策を蓄えておくことが不可欠である。 天災は、忘れた頃にやってくる(寺田寅彦・東京都出身、随筆家)を肝に命じて。
今 日 こ の 頃 |
このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。
野鳥観察に狂う(海老原良宗) |
私は、野鳥の観察に狂っている。対象は日本国内にいる鳥に絞っている。ただ、日本を通過する鳥のように滞在が一時的である場合も、また、日本列島に沿って北上し、あるいは南下する海鳥は、厳密には日本領海内に入らないときもあるかもしてないが、国内航路の船から観察できる場合は、対象の鳥に含められる。日本には、国内に自然に分布する鳥と外国から持ち込まれ繁殖するに至った外来種とを併せ、約670種の野鳥が記録されているが、その内、今までに私は、約500種の鳥を日本国内で自らの目で確認することができた。 それらの鳥には、大きく分けると、一年中日本にいるスズメのような鳥(留鳥)、冬は南の国等で過ごし夏になると日本に渡ってきて繁殖するツバメのような鳥(夏鳥)、ほとんどのカモの仲間のように夏はシベリヤなど北の地で繁殖し寒さが厳しくなると日本に渡ってきて越冬する鳥(冬鳥)、さらには、シギやチドリの仲間のように、夏シベリヤで繁殖し、冬場オーストラリア大陸を含む南の地で過ごすため、春と秋に日本を通過する鳥(旅鳥)などがある。 私が属している「日本野鳥の会・東京」では、毎月第1日曜日は、船橋海浜公園など3箇所、第2日曜日は、多磨霊園など2箇所、第3日曜日は谷津干潟など2箇所、第4日曜日は、葛西臨海公園など2箇所で、それぞれ定例野鳥観察会が行われ、他にも随時鳥の動きに合わせて観察会が開催されている。私は、それらの観察会を適宜選んで参加するとともに、自分でも、湖沼、河川、湿地、休耕田、蓮田などで水辺の鳥を、大型の公園や霊園、近隣の丘陵や高原などで山林や草地にいる鳥を、それぞれ歩き回って鳥を探しているのである。さらに、年に数度、探鳥ツアーに参加し、北は北海道の岬から南は石垣島・与那国島まで出かけ、より珍しい鳥を探し歩いている。今年は、小笠原海運が企画してくれた小笠原列島の父島・母島並びに北硫黄島・硫黄島・南硫黄島3島周遊の探鳥クルーズにも参加することができた。 その結果、まだこの文章を書いているのが6月半ばだというのに、今年になって鳥見に出歩いていた日数が100日に近づいているという狂いかたなのである。特に、冬の大洗・苫小牧航路のフェリー甲板で完全防寒の出で立ちとはいえ寒風にさらされながら一日中ミズナギドリ類その他の海鳥を探している我が身を、第三者の目で見てみたならば、奇人・変人以外の何者でもない。その私に、野口代表理事から、野鳥観察に関して何らかの文章をまとめよとの命が下りてしまった。目的は会員諸兄の頭の休憩のため以外になく、野鳥のことはあまり知らないという方を想定して、駄文をまとめたところである。 ・・・・・ ① ウグイスは、ウグイス色をしていない。 野鳥観察ではメッカの地ともいう戸隠高原の森林植物園で、私が探鳥しているときである。私より少し前方の遊歩道で、中年女性10名ほどを引率して高原の草花の説明をしていた初老の男性が、急に「ウグイスです。ウグイスが出てきましたよ」と声を張り上げた。女性達も「わー、かわいい」などと喜んでいる。見ると頭からの上面が黄緑色をして、目の周りが白い綺麗な鳥、即ちメジロが2羽、近くの枝先に出てきていた。本物のウグイスの色は、頭から背中など上面が地味な灰色味のある緑褐色、腹など下面が汚白色で、とても綺麗とはいえない。繁殖の時期に、ウグイスの雄は、「ホーホケキョ」と囀り、ときには枝先にも出てくるが、繁殖の時期以外は「ジャッ、ジャッ」と舌打に似た声で鳴きながら公園や庭の藪・笹の中を群れることなく単独で移動し、容易に人前には出てこないのである。これに対して、メジロは、色が、上面が黄緑色でウグイス色に近い色、のどが黄色、腹など下面が白色と綺麗で、庭の梅などの木にも頻繁に群で出てくる。そのため、この事例のようにウグイスと間違われることが非常に多いようである。 ② 若いツバメをつくる話。 ツバメは、日本の暖地で少数が越冬するが、原則的には冬南方の国で過ごし、日本には繁殖のため夏鳥として渡来する。つがいで、巣を造り、比較的低空を飛びまわりながら虫を捕らえ、数羽の雛を必死に育てる姿を見ていると誠にほほえましい。ところが、数年前、これらツバメのつがいの雄とそのつがいの下で育っている雛とのDNA鑑定の調査が行われ、その研究結果が公表された。つがいの育てている数羽の雛の内1羽がつがいの雄の子ではなく、別の雄の子であることが結構多い頻度で存在することが判明したのである。自然界ではより強い、より美しい子孫を残したいという自然な欲求がある。雌の心を迷わすような若くてたくましいイケメンの雄のツバメが結構いるようなのである。 ③ 鳥は雄が綺麗に身を飾る。ただし、例外が2種。 一般的に、野鳥の世界では、雄が美しく羽で身をかざる。例えば、初夏の渓谷に行くと谷にせり出した高い木の頂で、遠くまで良く通る声でさえずるオオルリという小鳥がいる。このように繁殖期にさえずるのは雄で、頭からの上面は紺瑠璃色で、腹部は真っ白の美しい小鳥である。これに対しオオルリの雌はほぼ全身が地味な淡褐色である。また、冬鳥として渡ってくる鴨類も同じ種類の雄と雌とを比べると、雌はほとんどが褐色の羽で覆われ地味な存在であるが、雄の方はより華やかに彩られている。なにせ、鳥の世界では、つがいを形成するときに相手を選ぶことができるのは専ら雌と言ってよく、雌に選んでもらうために美しく、たくましく、長い尾羽はより長くする必要があるのである。コアジサシという日本の海岸や河口付近で子育てする海鳥がいるが、この雄は雌につがいを形成してもらうため小魚を取る能力をも示さねばならず、認められるまで何度も魚をめがけて海に飛び込んでは、捕らえた小魚を雌のところへ運び食べさせるという涙ぐましい努力を払わねばならない。このようにして雌に選ばれた雄のみ自分の子孫を残すことができるのである。鳥の中には葦原で「ギョギョシ、ギョギョシ」と鳴くオオヨシキリのように、たくましくイケメンの雄1羽が自分の縄張り内で数羽の雌とそれぞれ営巣するという鳥もある。必然的に、あぶれた雄は何時までも相手を求めてさえずり続けることとなる。 ところが、日本には、上記雄と雌との関係が反対となる鳥が2種類いる。その一つは、水田・湿地に住むタマシギという鳥である。この鳥は、体長は25cm前後で眼の周囲に目立つ勾玉状の白班がある。雌の羽の色が雄に比べて鮮やかで美しく、繁殖期に連続した鳴声を立てて相手を求めるのも雌の方である。雄と結ばれて巣に3個ほどの卵を産むと、その抱卵・育雛はその雄に任せる。そして雌は他の雌に対する自分の縄張り防衛を担当しながら又自分の縄張り内で別の雄とのつがい形成を目指して動き出す。すなわち、一妻多夫の世界を作り出すのである。そして、タマシギの世界では、あぶれた雌がいつまでも雄を求めて鳴き続けることとなる。同じように、雄が抱卵・育雛をするもう1つの鳥が、南西諸島のサトウキビ畑などに住むミフウズラという14cmほどの小鳥である。 ④ 鳥は、鳥目ではない。 「鳥目」という言葉がある。鳥のように、夜になると目が良く見えなくなるという意味である。この言葉があるためか、野鳥は夜目が見えないと思っている方が多い。しかし、真実は、鳥も人間と同じく夜でもよく目が見えている。勿論、フクロウのように人間より良く見えている夜行性の鳥もある。その他の鳥で見ると、まず、シギやチドリは、満潮のときは堤防などの上で休んでいて、潮が引くと餌をとるため干潟に下りるという潮の干満に従った生活をする。そのため、夜中に潮が引くと、真っ暗な干潟で餌取りをしている。ガン類は、日中田畑で餌をとり、夕方湖沼に戻り、夜をすごすが、それと逆にカモ類の多くは、ガンと入れ替わりに、夕方湖沼から付近の田んぼ等に出かけ夜餌を取るのである。普段は昼間に活動しているヒタキ類、ツグミ類など多くの小鳥達も、渡りの季節となると夜に渡っていくことが確認されている。夜は気流が安定することが多いこと、長距離の渡りは重労働であるが体温の上昇を防げること、星と地磁気を頼りに渡りの方向を定める鳥に好都合なことなどから、夜の渡りが進化したようである。渡りの季節には、酒田市沖の飛島、村上市沖の粟島、トカラ列島の平島などに探鳥に行くが、朝、目を覚ますと昨日見られなかった小鳥の群が夜の間に海を越えて渡って来ていて、疲れを癒し、餌を貪り食っている姿に接することが結構ある。 また、普段日中に活動する鳥も、繁殖期には、夜遅くまで、雄は相手を求めて囀り、雌は雄の縄張りを巡って、お気に入りの相手がいないかと品定めをしていることが報告されている。こんなときは、鳥達も夜更かしになるようである。 ⑤ シギ・チドリの親は、幼鳥を繁殖地に置き去りにして南に旅立つ。 毎年8月に入ると、湿地や干潟では、早くも、シベリヤで子育てをしたシギやチドリが南の国へ渡る途中に立ち寄り、休養し体力をつけると、また、旅立ってゆく姿に会う。ところが、この時期の南へ渡るシギ・チドリ類はみな成鳥で、その年生まれた幼鳥が含まれていない。そして、しばらくして秋の気配が感じられる頃には、幼鳥だけのシギ・チドリの群が、日本の湿地・干潟を通過して行くのである。どうも、シギ・チドリ達は、雛が自分で餌を取れるようになると親鳥達だけで南への渡りを開始し、あとに残された幼鳥は、渡りができるまで自ら餌をとって成長し、その後幼鳥だけで南への渡りを開始するらしいのである。成鳥は、その年の春、南の国から日本を通過してシベリヤへ渡って行ったのだから、秋に南の国へ帰るのに何の問題もないと思われる。しかし、その年、卵からかえって成長しつつある幼鳥は、どこへどのようにして渡ってゆくのかの情報をどのようにして知り得るのだろう。自分達が旅立つ時には、親鳥は既に南下済みなのである。どうもDNAに刷り込まれていると考えるほかないようである。 私が「なぜ、こんなことになったのでしょうね?」と、ある野鳥に関して博学の方に尋ねたところ、「成鳥と幼鳥が同じ餌を奪い合ったら幼鳥に餌が回らなくなるから、親は自分の仕事が終わったらすぐ南下するのでは」とのことであったが、皆さんはいかが思われますか? ⑥ 抱卵・育雛を全て他の鳥任せにする鳥がいる。 皆さんも良く知っているカッコウ、ツツドリ、ホトトギスなどは、托卵といって、オオヨシキリ、ホオジロ、コルリなど(仮親)の巣に自分の卵を産み落とし、その抱卵・育雛もその仮親に任せてしまうのである。自分では抱卵も雛を育てることもしない。例えばカッコウのつがいは、営巣を始めている仮親を物色し、雄がおとりとなって仮親を巣からおびき出すなどし、そのすきに雌が仮親の卵の中に自分の卵を1個産み落とし、以後の抱卵を仮親任せにする。カッコウの雛は仮親らの卵より短期間の10日から12日程度で孵化するため、仮親の卵が孵化する前に、カッコウの雛が孵化することが多い。孵化したカッコウの雛には、孵化後一定時間内に自分の背中に接触した物を自分の背中で全て巣の外に押し出してしまうというDNA情報が組み込まれているため、まだ孵化していない仮親の卵は全て巣の外に落とされ、巣にはカッコウの雛だけが残り、仮親から餌を自分だけで受け、最後には仮親の何倍もの大きなカッコウの雛が、仮親であるオオヨシキリなどから餌をもらうという姿が見られることとなる。こんなに図体の大きな雛ならば、自分の子ではないと容易に分かりそうなものではないかと思うのだが、雛の口を開けたその内側の真っ赤な色を見ると、仮親は必死に餌を運ばざるを得なくなるのだろうとのことなのである。 ・・・・・ 鳥を観察して30年に未だ若干足りないが、長期間を経ても、まだまだ不思議なことが多い。「亭主元気で留守が良い」を言い訳にして、いつも、女房が未だ寝ている早朝にそっと家を抜け出し、マイフィールドへ向かうのである。
「世界で一番貧しい大統領」の来日と我が貧乏学生時代の思い出(渡邊玉五知) |
1、「ホセ・ムヒカ」前ウルグアイ大統領が来日 去る4月5日、2010年から昨年2月までウルグアイ大統領を務めたホセ・ムヒカ氏(80歳)が来日しました。 2012年、国連の「持続可能な開発会議」で行った、底を知らない大量消費主義と急速な開発の問題点を指摘、「発展は人類を幸せにするものでなければならない。」「貧乏な人とは、少ししか物を持っていない人ではなく、無限の欲があり、いくらあっても満足しない人のことだ。」とのスピーチは有名です。 貧困家庭に生まれ、花売りなどで家計を助けながら大学を卒業。軍事政権下でゲリラ活動に参加して13年間収監され、その間、母の差し入れる書籍で広範な知識を習得しました。 大統領就任演説で印象的なのは「一番大切なのは教育・教育・そしてまた教育である。」と「教育」を連呼していることです。 大統領になっても国民と同じ暮らしをするため公邸に移らず、トタン葺きの農場に住み、報酬の9割は福祉施設に寄付、愛車は友人からもらった1987年製のフォルクスワーゲン、飛行機はエコノミークラス、時には隣国機に便乗。ノーベル平和賞候補に2度ノミネートされています。(「ホセ・ムヒカ 世界で一番貧しい大統領」訳・大橋美帆 角川文庫) 滞在中、テレビ対談や大学での講演、出版社のサイン会等多くのイベントに出演しましたがすべて無報酬とのこと。残念ながらこうしたニュースは、熊本大震災でかき消されてしまいましたが、来日を機にムヒカ関連本が数社から出版され、書籍ベストセラーランキングの1位~5位を独占し、書店では、こども用絵本版も平積みされていました。 ※ ウルグアイ東方共和国:人口340万人 面積180平方キロ(日本の47%) スペイン語 本年9月・日本人移住110周年記念式典予定 第1回・第4回サッカーワールドカップ優勝 2、夜学生時代の思い出5選 ムヒカの名言集等を読んでいるうち、なぜか、貧乏学生時代のことを思い出しました。私が4年間通ったK大学二部の「天六学舎」は、大阪天神橋商店街の北端にありました。去る4月、造幣局の桜見物の後、天神橋1丁目から7丁目まで、日本一長い商店街2.6キロを家内と共にぶらりと散策、いろんなことが頭を過ぎりました。 (1)忘れられない古書店のおじさんの親切 天六交差点から天六キャンパス跡まで数百メートルの間、今は高層マンション群ですが、当時は古本屋が軒を連ね、貧乏学生にとっては新刊では買えない専門書の貴重な供給源でした。 私はかねてから宮澤俊義の「注釈・日本国憲法」全4巻が欲しかったのですが、買いそびれていました。運よく馴染みの古書店でそれを発見したのですが、その日は持ち合わせが足りません。「あさっての給料日まで待って欲しい」と頼んだところ、店主は黙って棚から降ろし「しばらく預かっておく」と言ってくれました。 2日後に行くと、ちゃんと帳場に置いてあり、値引きまでしてくれました。念願をかなえてくれた無口な店主の親切は、古本屋の前を通る度に思い出します。 (2)中学中退から裁判官になった親友M君 古本情報をよく提供してくれたのは、検察事務官のM君です。彼は中学校を2年で中退して旋盤工となり、中学卒業検定を経て定時制高校を卒業、検察事務官になったのです。 私は3回生の時、大阪地検に隣接する大阪法務局供託課に転任したため、M君とは市電堺筋線で一緒に登校することになり、より親しくなりました。 彼は29歳で大学を卒業し、34歳で司法試験に合格して弁護士になりました。平成6年、法曹3者交流人事で大阪家裁の判事に就任、私は同年に大阪局の民事行政部長に転任したため、戸籍事務の関係で、久々に家裁の判事室で顔を合わせることになりました。 実直で、心優しい信念の人でした。惜しくも平成15年12月、他界しました。 長い間ありがとう。ゆっくり のんびり休んで下さい。 合掌 (3)教育実習で出会った定時制高校生 教員免許取得には、教育関連科目の受講と教育実習が必要です。私は、中学1級と高校2級の社会科免許のため、実習科目は世界史、授業は定時制高校で行うことになりました。 教壇に立って感じたのは、教室が暗いこと、そして学生服にまじり、鉄工所、食堂、パン工場等、社名入りの作業服が目立ち、遅れて入ってくる生徒も多いことです。 実習の最終日、お詫びとお礼を述べた後質問時間を設けたところ、歴史のことではなく、夜間大学の授業時間や授業料、公務員試験等に関する質問が続きました。 うす暗い照明の下、鉄工所の作業服で質問した生徒の、緊張した様子はM君と重なり、今でもはっきり覚えています。彼らのすべてが、大学進学等それぞれの夢を実現し、古稀を過ぎた今、穏やかな日々を送っていることを願っています。 (4)「出世払い」となったレモンスカッシュ 2回生の前期試験が終わった夜、学食でK君と精いっぱい豪華?な夕食を終え、校庭へ出たところで自治委員仲間のY君と出会いました。 試験中の部活等は休止状態のため、一緒に帰ることにしました。駅の近くで喫茶店に入り、その日が給料日のY君に「ここは君のおごりだ。」といったところ彼は、「今日は試験のため会社を休み、定期は持ったが財布を忘れ、夕食も食べていない」というのです。 ところが私とK君の所持金を合わせても、コーヒー3人分には少し足りないのです。そこで、レモンスカッシュ2杯とストロー3本を注文しました。しかしレモンスカッシュは3杯運ばれてきました。「2杯でいいんです。」と言うと、女店員は「1杯はマスターのおごりです。」と笑いながら置いていきました。 それから9時過ぎまで話し込んだ後、レジで「不足分はYが明日持ってきます。」と言うと、カウンターの奥から「社長になってからでいいぞ。」とマスターの声が聞こえてきました。 その喫茶店は、今も同じ場所にありました。 (5)貧しくても活気に満ちていた天六時代 当時は60年安保の最中で、全学連は路線対立から分裂過程にありました。私は1959年(昭和34年)、第14回全国大会(委員長・唐牛健太郎)を、全日本学生新聞連盟(全学新)の記者として取材しました。代議員400名、評議員300名による4日間の大会です。主流派は全学新を批判集団とみなし、撮影禁止、フィルム没収という分科会場もありました。K大でも政権交代が繰り返され、演説、ビラ、立て看板等で騒然としていました。 安保で社会全体が異様な雰囲気に包まれていました。経企庁は「もはや戦後ではない。」と宣言。人々の暮らしは未だ質素でしたが、右肩上がりで、活気に満ちていたように思います。 みんな貧しかったので、夕食は学食の素うどんと前田のランチクラッカーという日が続いても辛いとは思わず、給料日に学友と喫茶店で談笑する、それで十分幸せでした。 大学から二部は消え、「苦学生」「勤労学生」は死語となりましたが、当時の若者たちは、貧しくても将来への希望を胸に、夜の高校や大学でそれぞれ頑張っていました。そして、それが叶えられる時代でもありました。街の人たちが、夜学生に親切だったことも忘れられません。 天六商店街に、フランク永井のSP盤「13,800円」が流れていた頃の話しです。 ムヒカ前大統領は、TV対談で「日本人に問いたい。日本国民は幸せなのかと」
健康管理について(星野英敏) |
あらゆる機会に、公証人、特に一人役場の公証人は、健康管理に留意するよう言われています。 お陰様で、私の場合、これまでの約8年間、業務を休まなければならないような健康上の問題はなく、何とかこのまま体が持ってくれればと願っているところです。 健康管理といっても、傍から見ていると不摂生と思われるような生活を続けている人でも健康を保っていたり、日頃から健康には気をつけていた人が健康を害したりすることもあり、持って生まれた体質や運というようなものもあるのではないかと思われます。 私の場合は、これまでのところは親に感謝し、運の良さに感謝し、何よりも私の健康管理に気を配ってくれている妻(毎日愛妻弁当です。)に感謝しなければならないものと思いますが、それなりに留意していることもあります。 それは、公証人となった際に、少し早めに歩いて片道約20分の所に住むこととし、通勤は徒歩にしていることです。 逆に言えば、これ以外は運動らしい運動をしていないということにもなりますが、最近ではこれに加えて、毎朝のラジオ体操(実際は、毎朝6時30分頃からテレビの体操のお姉さんのお手本を見ながらです。)をしています。 多少のことであっても、やらないよりはましと思って続けています。 皆様の御参考になるかどうかはともかく、健康上の問題で最近ちょっと大変だったことについて2点ほど御紹介しますと、まず一つ目は、40年ぶりの尿路結石のことです。 学生時代に一度やったことがあり、その時は激痛の原因が何なのかわからずに下宿で一人でうなっていたところ、心配した下宿の人たちが救急車を呼んでくれて総合病院に運び込まれ、検査の結果尿路結石とわかり、無事に自然排出したということがありました。 それからちょうど40年後の9月下旬の木曜日の朝に、公証役場に出勤してきてビルの前まで来たところ、覚えのある激痛に襲われ、這うようにして公証役場に入って脂汗を流しながら痛みに耐えていましたが、子供を保育園に送ってから出勤してきた妻が到着したころには石の動きが落ち着いて、痛みも峠を越してきました。 腎臓でできた、金平糖のようないがいが付きの石が細い尿管を傷つけながら出てくるので、石が動いているときは激しい痛みがありますが、途中でいったん止まって落ち着いてしまえば、次に動き出すまでは何でもないような状態になります。 その日は朝10時までに遺言公正証書の出張作成に行く予定でしたので、念のため妻の運転で出張先に向かい、出張先に着く頃には大分落ち着いて、いつもどおり証書作成の手続を終え、午後も予定どおり執務しました。 翌日は金曜日だったので、午後から病院に行くこととして、午後に予約をいただいていた方には事情を説明して変更してもらった上で病院に行き、検査してもらった結果、尿路結石であることが確認され、既に1個は膀胱にあり、もう1個が尿管の途中、もう1個は腎臓内にありました。 とりあえず、痛み止めだけもらって、土日の間、痛みに耐えながらひたすら水分(もちろん利尿剤としてのビールも)を取って、安静にしていては石が止まってしまうのでとにかく動き回り、途中にあった石は出してしまいました。 今でもまだ腎臓内に1個持っていますが、これは深いポケットのような所に入りこんでいて、一生出てこないだろうということでした。 それでも、また40年後にあの激痛が来るのではないかと心配している毎日です。 医者の話によれば、夏の間汗をかいて体の水分が奪われ、体内の水分不足の状態が続いていると石ができやすいということでしたので、皆さんも、暑い間はせいぜい積極的に水分を取るように心がけてください。 ついでながら、夜中に起こるこむら返りも、水分不足が原因の一つ(そのほかに、疲れや冷えも)ということで、寝る前にコップ一杯余分に水を飲むように習慣付けてから、起こらなくなりました。 こむら返りが気になる方は試してみてください(ただし、夜中にトイレに起きなければならないことも覚悟してください。)。 二つ目は、毛虫に刺されたことです。 庭に出た時、左脇腹にちくちくするような感じがあったのですが、そのときはあまり気に留めずにいたところ、上半身に発疹が出てきました。 かゆみは何とか我慢できる範囲のものでしたが、腕も顔も発疹であまりにも見苦しい状態(顔は元々?)になってしまったので医者に行ったところ、かなり強いステロイド剤を服用してみることになり、現在どのような薬を飲んでいるのかを聞かれました。 実際、百薬の長以外、薬の類は飲んでいなかったので、正直に言ったところ、同年代の医者からうらやましがられましたが、処方された薬の効き目はすごく、その日のうちにかゆみも無くなり、発疹もおさまってきました。 ところが、その翌日の朝、出勤途上でしゃっくりが出始め、公証役場に着いてから、コップの水を向こう側から飲んでみたり、書記さんに驚かせてもらったりと、色々やってみましたが、何をやっても効果はなく、尋常なものではありませんでした。 その日の午前中は、たまたま離婚に関する公正証書の作成があり、読み聞かせの最中にもしゃっくりが止まりません。 「甲及び乙は、両名間に -ケクッ- 出生した未成年の長男 -ケクッ- ・・・すいません、今、薬の影響だと思うのですが -ケクッ- しゃっくりが止まらなくなってしまって -ケクッ- 」などと、言い訳しながら何とか作成しましたが、薬の副作用ではないかと疑って、昼の空き時間に医者に行ったところ、医者が薬に関する資料を出してきて調べた結果、その副作用に間違いないということで、薬の服用を中止しました。 結局、この日しゃっくりは約8時間続き、へとへとの状態になりました。 ところが、事はこれだけに止まらず、その翌日、普段使っていなかった横隔膜や胸周辺の筋肉の筋肉痛に悩まされることになりました。 子供の頃、しゃっくりが100回続くと死ぬなどと言われたことがありましたが、あれは嘘で、正しくは、しゃっくりが8,000回くらい続くと死ぬほどの筋肉痛になるということでした。 とにかく、薬の副作用というのは怖いものですから、十分な注意が必要で、あやしいと思うような症状が出たらすぐに服用を中止して、専門医の所へ行くことです。

緑の箱庭 パートⅡ(美ましき国信濃・その一断面)(清水 勲) 《長野地方法務局長随想・法務通信平成元年8月号通巻457号掲載》 「夕焼け小焼けで日が暮れて 山のお寺の鐘が鳴る・・・・」 なんとも響きの良い言葉である。この童謡を口ずさんでいると、誰しもの心が子供の頃の郷愁に駆り立てられる思いがするのではないであろうか。 長野善光寺から徒歩で約20分、局長官舎からだと約15分のところに、この夕焼け小焼けの童謡のモデルとなった「かるかや堂・往生寺」が建立されている。この一帯を「往生地」と称し、特においしいりんごの産地としても名高い。このりんご畑を左右に見ながら、かなり厳しい勾配の坂を登りつめると、あまり大きくない山寺に行き当たる。ここが往生寺である。鎌倉時代の仁平(1151~1154年)の頃、九州博多の大名で加藤佐衛門尉重氏(刈萱上人)という人がいたが、この人が世の無情を感じ、家を捨てて高野山に入り修行中のところへ、その子石堂丸が頼って来て弟子入りを迫ったので止むなく許したものの、親子の情愛に引かれて修行がおろそかになることを恐れて、ここ信濃の善光寺に来て修行を重ね、83歳でその生涯を閉じたと言われている。この往生寺は、刈萱上人の最後の修行地としての遺跡であるとされている。 この往生寺の建つ高台に立つと善光寺平(長野盆地)の大半が一望の下に見下ろすことができる。早朝に遠望するこの街は、実に静かである。街なかの道路は家並にかくれ、行き交う車の影もみえない。遠くに、道が白く、川が青く延びている。 かつて、私は「緑の箱庭」と題する小文を書いたことがある。小学校の6年生の頃であったろうか。私の生まれ故郷、北海道のほぼ中央部に位置する「和寒(わっさむ)町」の中心部から1.5キロメートル程離れた盆地の田園風景を作文にしたものであった。和寒町は、旭川市から20数キロメートル、宗谷本線を北上した所に所在する静かな田園の町であった。今から40数年も前のことであり田園の中を走る車両とて見当たらない、のどかな時代でもあった。碁盤の目のように整備された道路の中に広がる田園、散在する家、遠くの荷馬車は、見た目には静止しているとしか映らないほどの緩やかさで移動している。 物音一つしないこの田園風景を、山の中腹で眺めていると、まるで手造りの緑の箱庭を眺めているような気がして来る。突然、その静寂を引き裂くように、百舌がギャーという叫びにも似た声で鳴くと、これに応えるかのように山鳩がデデッポーと応じる。更に、他の小鳥達が後を追うように囀る。そして、またしじまが戻る。これらの様は、手造りの箱庭の上空に、鳥達の自由な鳴き声が、縦糸と横糸を交互に織り、模様までつけていくカスリの織物を織っている様にも似て、何とも形容のできない長閑な風景である。・・・という趣旨のことを書いたように思う。 ここ、往生地の高台から眺める箱庭は、40数年という時の経過を反映するかのように、見事に開発され、近代都市に変ぼうしてこの善光寺平(長野盆地)に居を移し、静かに横たわっている。 視界の右手下には、戸隠連山と小谷山地の間を流れ、鬼無里(きなさ)村瀬戸山峡や長野市小鍋峡のように両岸急峻な懸崖をなす景勝地を形成し、この地にたどりついた裾花(すそばな)川が南流下し、長野市内の丹波島附近で犀(さい)川に合流している。犀川は、北アルプスに水源を発し、東流する梓(あずさ)川と、松本平を北流する奈良井川が合流したところから、千曲川に注ぐまでの間であるが、その間に、更に安曇郡を南流して来る高瀬川を合流している。この犀川が、長野市内で千曲川と合流する地帯一帯が川中島と称され、その昔の古戦場を彷彿とさせる。この千曲川と犀川の合流地点には、この二つの河川の出合いにふさわしい落合橋という名の橋が掛けられている。この千曲川は埼玉県境の川上村に水源を求め、小海町、佐久市、小諸市、上田市を流れ、長野市を通り、中野市、飯山市を経てJR飯山線に沿って越後国に入り、信濃川となって日本海に注いでいる。千曲川と信濃川の全長が約376キロメートルであるが、その内長野県内を流れる千曲川の全長は、その58%に相当する215キロメートルにも及び、詩情豊かな数々の景観を造り出している。 善光寺平の箱庭は、これらの川と緑、そして善光寺を中心とする多くのお寺によって形成されている。視界の右手下は、長野市街の北のはずれに当たり、この高台に善光寺が南向きで建っている。私の立っている往生寺の高台は、善光寺の建つ高台より相当高い所であるが、私の視界には、善光寺本堂の屋根のみしか映らない。御本尊がまつられているこの善光寺本堂は、数度の火災に見舞われ、現在の本堂は江戸時代の宝永4年(1707年)に建立されたもので、国宝に指定されている。 正面23.7メートル、奥行き52.8メートル、高さ27メートルという大建築物であり、見るからに力強く安定感があり、参拝者の心をなごませてくれる。御本尊は、百済渡来の阿弥陀如来と、観音・勢至両菩薩を一つにおさめた一光三尊仏で、その昔勅封されて以来誰も見たことがないという秘中の仏像であるとされている。御本尊を安置してある地下は回廊になっており、その中は、正にこの世の闇である。そのまっ暗な中を手さぐりで板廊下をひと回りするのを「御戒壇めぐり」といい、回廊の中程にある板戸に取り付けられている鍵に触れることができれば、誰でもが極楽往生ができるといわれている。 少し遠くへ目を移すと、視界正面に、龍が臥したような山容の臥龍(がりゅう)山と、その山に抱きかかえられているような竜ヶ池のある臥龍公園で有名な須坂市が広がり、左手に小布施町が霞んでみえる。ここ小布施町には、江戸時代後期の代表的浮世絵師・葛飾北斎が88歳当時の作といわれる天井絵大鳳凰図で有名な岩松(がんしょう)院が所在する。岩松院本堂の天井(縦5.4メートル、横6.3メートル)のヒノ木板いっぱいに色鮮やかに描かれている大鳳凰図を御本尊の前に寝ころんで見上げていると、何かしら自分が次元の異なる世代に戻ったようにさえ感じさせられる。 この眼下に広がる長野市、須坂市そして小布施町は、いずれも標高350メートルから380メートルに位置し、善光寺平の一部を形成している。 その善光寺平を遮るように妙徳山(1294メートル)、米子山(1404メートル)、明覚山(958メートル)、奈良山(1639メートル)、紫弥萩山(1113メートル)、三沢山(1505メートル)の山並が青黒く目に迫り、更にこれら山並の上から根子岳(2128メートル)、四阿山(2333メートル)、浦倉山(2091メートル)、土鍋山(1999メートル)、御飯岳(2160メートル)、黒湯山(2007メートル)、横手山(2305メートル)、笠ヶ岳(2076メートル)と続き、かつ、まだまだ続く2000メートル級の山々が白い頭で語りかけてくる。実に雄大な、潤いのある箱庭の景観である。 40数年の時の流れによって、田園風景を模した緑の箱庭は、寺院とビルに囲まれ、名所・旧跡を内蔵した近代都市の箱庭に造りかえられているが、川と緑とそして周囲の山々には、まだまだ大自然の潤いを感じさせ、緑の箱庭にふさわしい景観である。 緑の箱庭は、私の永遠の心の故郷でもある。 ・・・・・・・・ 法務局も、戦後司法事務局と改組されてから既に40数年を経た。私が法務局に奉職したのは33年前であるが、当時は、登記簿への記入にはガラスペンを使用していたが、そのペン先さえ満足に支給されず、自費で購入し、使い勝手の良いペン先に調整し、大切に使ったものであった。複写機とてなく、謄抄本は総て手書きである。昭和34、5年頃であったろうか、日光写真機に毛の生えたようなセミコピーが配付された時の喜びは今でも忘れることができない。庁舎も事務機器も総てにおいて貧しい時代であったが、職員一人一人が生き生きとして仕事に取り組んでいたように思う。今は、物質的にも恵まれ、21世紀に向けての行政需要に対応すべく登記事務処理のコンピュータ化を始め種々の対応策が検討されている。往時とは隔世の感を禁じ得ない。 法務局が名実共に近代化していくことは大変喜ばしいことである。 北海道の片田舎に在った緑の箱庭が、40数年の時を経て、ここ長野善光寺平に居を移し、近代都市に変ぼうしても、田園の中に在った時と同じように、なお緑の箱庭としての潤いを保ち続けているように、法務局がどんなに近代化されても、法務局に働く人々の心の中に、ひたむきな情熱と潤いが保ち続けられることを希うのは、私一人であろうか。 (この随想は、故人となった清水さんを偲んで掲載しました。NN)

実 務 の 広 場 |
このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。
No.37 「事業用定期借地権等」について考える。 |
公正証書作成事務の中で、事業用の借地権設定契約というものがかなりの割合を占めていますが、その根拠となる借地借家法(以下「法」と言います。)第23条の標題には、「事業用定期借地権等」とあります。 法第23条の標題に「等」が付いているのは、第1項の「事業用定期借地権」とは別に、第2項の「事業用借地権」もこの条に含まれているということを表しています(ちなみに、法第22条の標題は「定期借地権」となっていて「等」は付いていません。)。 公正証書作成の際に、「事業用定期借地権」と「事業用借地権」とを使い分けていると、時々嘱託人から、これはどう違うのですかと聞かれることもあります。 この点については、一般的な解説書等(日公連のホームページの解説も含めて。)でも明確に区別されていなかったり、30年未満の事業用借地権設定契約のための覚書の標準的な書式にも「事業用定期借地権」という表現があったりして、二つのものが混同されていることが多いように思われます。 現実には、これらが混同されていたとしても、特にそのことがトラブルの原因になるようなこともないので問題はないのですが、一応、公証人として、「事業用定期借地権等」のことと、関連する事柄について整理しておきたいと思います。 1 「事業用定期借地権」と「事業用借地権」について 法第23条第1項の「事業用定期借地権」は、事業用建物所有を目的とし、かつ、存続期間を30年以上50年未満として借地権を設定する場合、契約の更新及び建物の築造による存続期間の延長がなく、並びに建物の買取り請求をしない旨の特約を定めることができるとしていて、この規定振りは、事業用ということと存続期間以外の点については法第22条の定期借地権の規定と同じです。 これに対して、法第23条第2項の「事業用借地権」は、事業用建物所有を目的とし、かつ、存続期間を10年以上30年未満として借地権を設定する場合には、第3条から第8条まで、第13条及び第18条の規定は適用しないとしていて、当事者間の特約ではなく、法律上当然にこれらの規定(存続期間、契約の更新、建物の再築による存続期間の延長、建物買取請求権等)が適用されないこととされています。 結果的には、「事業用定期借地権」も「事業用借地権」も、存続期間が異なるだけで、実質的に同じような内容の契約となりますが、「事業用定期借地権」は当事者間で契約の更新等について特約ができるというものであるのに対し、「事業用借地権」は当事者の特約を要せず法律上当然に更新等ができないということになっています。 2 「事業用定期借地権」と「事業用借地権」の設定契約に関して公証人として注意すべき事柄について 実質的に違いがないのであれば、これを区別する実益はないように思われますが、いずれもその設定契約は公正証書でしなければならないこととされており(法第23条第3項)、法律上の類型が異なることから、公証人として注意しなければならないことがあります。 その第一は、「事業用定期借地権」設定契約公正証書として30年以上50年未満の存続期間を定めていても、①契約の更新及び②建物の築造による存続期間の延長がなく、並びに③建物の買取り請求をしないこととする旨の特約の定めを欠いた場合(この①から③の3つの特約がセットになりますから、このうちの一つでも欠けた場合を含みます。建物買取請求権排除の特約がなくとも定期借地権と認めるべきであるという学説もありますが、登記実務としては認められていません。)は、「事業用定期借地権」と記載していても、これら3つの特約がすべて効力を生じませんから、一般の借地権(更新等あり)になってしまうということです。 これに対して、「事業用借地権」設定契約公正証書の場合は、A)事業用の建物所有を目的とするものであること、B)存続期間が10年以上30年未満のものであることの二つが明記されていれば、契約の更新等がないことを明記していなくても、法律上当然に「事業用借地権」としての効力が認められることになります。 また、注意すべきことの第二は、法第24条の建物譲渡特約で、「事業用定期借地権」にはこの特約(30年以上経過後は建物を相当の対価で譲渡すること)を付することができますが、「事業用借地権」にはこの特約を付することができないということです(法第24条第1項括弧書き。)。 「事業用借地権」のことを「事業用定期借地権」と書いたとしても違法というほどのことにはなりませんが、「事業用借地権」に法第24条の建物譲渡特約を付してしまうと、公証人法第26条違反ということになってしまいます。 ちなみに、契約が終了した際の原状回復に代えて建物等を借地権設定者に無償譲渡することができるという特約は、法第24条の特約とは異なりますのでいずれに付しても問題ありませんが、土地の明渡しを要件とせず、契約終了時に借地権者が建物等の所有権を放棄したものとみなして借地権設定者がこれを任意に使用、収益、処分できるというような特約は、自力救済になりますから違法です(契約終了後も借地権者が明渡しをせずに居座っているような不法占拠の場合や、借地権者が明渡しをせずに行方不明になってしまったような場合であっても、これを原状回復するには、改めて訴訟を提起し判決を得て強制執行するしかありません。)。 これに対し、土地の明渡し行為があった場合については、原状回復義務に違反して残置された建物等に関して、借地権者がその所有権を放棄したものとみなして借地権設定者がこれを任意に使用・収益・処分できるという特約や、借地権設定者がこれを処分してその処分費用を借地権者に請求できるという特約を付することができます。 ただし、通常「事業用定期借地権等」ではあまり考えられませんが、一般の定期借地権(50年以上)を敷地利用権とする区分建物の場合、区分所有者のうち敷地利用権を失った者があったときは、その専用部分の収去を請求する権利を有する者が区分所有権を時価で売り渡すべきことを請求することができるとされている(建物の区分所有等に関する法律第10条)ことから、上記のように借地権設定者に無償譲渡するとか借地権者がその所有権を放棄したものとみなすというような特約はできません。 3 「事業用定期借地権」と「事業用借地権」の変更契約に関する注意点 いずれも、その設定契約は公正証書でしなければならないとされているところ、その変更等の契約は公正証書でする必要はないことになります(もちろん、当事者がこれを公正証書にしたいということであれば、公正証書にすることができます。)。 変更等の中で特に問題となるのは、期間の延長に関するものです。 この点については、当事者の合意による存続期間の延長は可能と考えられています(東京公証人会「会報」平成26年6月号第31頁参照。ただし、この点については、第三者の利益を侵害することになるので認められないという学説もあります。)。 ちなみに、「建物の築造による」という限定を付すことなく、「存続期間の延長ができない」という特約があった場合でも、そもそも当事者の合意で成立した契約である以上、存続期間の「延長」をするのには文言上問題があっても、存続期間の変更(実質延長)契約は可能と考えられます。 ただし、いずれも法定の存続期間の範囲内に限られ、「事業用定期借地権」の場合は当初の存続期間開始日から50年未満、「事業用借地権」の場合は当初の存続期間開始日から30年未満の範囲内に限られることとなります。 それぞれの規定の構造が違い、異なる類型の借地権である以上、法第23条第2項の「事業用借地権」の存続期間を、同条第1項の30年以上50年未満の範囲内にまで延長することはできません。 4 「事業用定期借地権」と「事業用借地権」の生い立ちについて これらの違いを理解するために、それぞれの生い立ちを見てみますと、法第23条第2項の「事業用借地権」は、最初、現在の借地借家法(平成3年法律第90号。平成4年8月1日施行)の第24条に、標題を「事業用借地権」とし、存続期間10年以上20年以下のものとして定められました。 同時に、法第22条に、現在と同じ「定期借地権」の規定も置かれました。 つまり、「定期借地権」も「事業用借地権」も、一般の借地権の特例として定められたことになります。 これに対して、「事業用定期借地権」は、借地借家法の一部を改正する法律(平成19年法律第132号。平成20年1月1日施行)により新設されたもので、その構造は、一般の「定期借地権」(存続期間50年以上)と同様ですが、目的が事業用建物の所有である場合に、存続期間を30年以上50年未満として設定することができるというものです。 また、その際に、新たな「事業用定期借地権」を第23条第1項とし、旧第24条の「事業用借地権」の存続期間の上限を20年以下から30年未満に伸長して切れ目がないようにした上で第23条第2項として整理し、第23条の標題を、これら二つのものを含む意味で「事業用定期借地権等」としたものです。 このような経緯を見ますと、「定期借地権」と「事業用借地権」は一般の借地権の特例(子)として位置付けられるのに対して、「事業用定期借地権」は、一般の借地権の特例である「定期借地権」の更なる特例(孫)という位置付けになるものと考えられます。 5 そもそも「借地権」とは ところで、借地借家法上の「借地権」というものは、法第2条で「建物の所有を目的とする地上権又は土地の賃借権」と定義されていて、民法上の地上権(地上権に関する法律により地上権と推定されるものも含みます。)及び賃借権の特例として規定されているものです。 従って、建物の所有を目的としない駐車場や資材置場のための地上権又は土地の賃借権は、「借地権」とは言いません。 地上権は物権であり、賃借権は債権で、この性質の違うものが「借地権」としてひとくくりにされています。 これは、旧借地法(大正10年法律第49号)の時からこのように規定されており、建物の所有を目的とする賃借権は、地上権と同等に手厚く保護しようという考え方によるものと思われます。 6 「借地権」の前提となる「建物」とは ここで、「建物」とはどういうものかについて考えておかなければなりませんが、民法第86条第1項で「土地及びその定着物は、不動産とする。」とされ、不動産登記規則第111条で「建物は、屋根及び周壁又はこれらに類するものを有し、土地に定着した構造物であって、その目的とする用途に供し得る状態にあるもの」とされています。 借地権の前提となる建物と登記できる不動産としての建物の定義は必ず一致しなければならないというものではないと考えますが、原則としては、上記不動産登記規則に挙げられた3つの要素①外気分断性、②定着性、③用途性を有する建築物を建物と考えて良いと思います。 現実には建物かどうか判断に迷うような物も多く、その客観的物理的な面だけではなく、一般的に建物として経済的取引(担保設定も含む。)の対象となるようなものかどうかという面も含めて総合的に判断しなければならないものと考えます。 具体的に、建物かどうかでよく問題になるのは、コンテナハウスやトレーラーハウスというようなもので、土地に置いてあるだけで簡単に運べるようなものは建物とは言えませんが、専用の基礎工事を行い、その基礎にしっかりと固定されて容易には運べないような状態のものであって、少なくとも10年以上は一定の用途に使用され得るものであれば、建物として扱うことが可能と思われます。 また、最近問題になっているものとして、ソーラー発電施設があります。 ソーラーパネル自体は建物とは認められず、仮にその敷地内に発電施設用機器の収納箱のようなものが設置されているとしても、ソーラーパネルが主である以上、建物所有を目的としたものとは認め難いと思われます。 ちなみに、ソーラー発電施設設置のための土地賃貸借契約は、借地権設定契約ではなく、民法上の土地賃貸借契約(最長20年で更新可)となりますが、その特約として、契約の更新や存続期間の延長をしないこと、施設の買取り請求をせずに原状回復することなどを定めることができますので、存続期間の上限が20年以下となる以外は、実質的に事業用借地権と同様の契約内容にすることが可能です。 7 借地権が地上権である場合と賃借権である場合の違いについて 借地権は、借地借家法が適用される範囲内では、地上権であっても賃借権であっても変わりありませんが、元々異なる権利ですから、その性質による違いが出てくる場面があります。 一つ目は、借地権の譲渡や転貸の場面です。 地上権の場合には、借地権の譲渡や転貸について地上権設定者の承諾は要件とされていませんが、賃借権の場合には、民法第612条の規定により、賃貸人の承諾が要件とされています。 二つ目は、借地権の登記に関する場面です。 地上権は物権ですから、対抗要件として登記を要することになり(民法第177条)、地上権者には登記請求権があって、地上権設定者には登記義務が生じますが、賃借権の場合、賃借人に登記請求権はありませんので、賃貸人が同意しない限り登記はできないという違いがあります。 これらの結果、賃貸人は借地権が譲渡される場合に承諾が要件となっているので現在の賃借人が誰かを知っているのですが、地上権設定者は、借地権が譲渡されても直接はわからないことになり、地上権設定者が現在の地上権者が誰かを知りたければ、登記を確認する必要があるということになります(もっとも、通常は、地代支払い等の関係で直接連絡があるはずです。)。 三つ目は、第三者が土地の使用を妨害しているような場合、地上権であれば、地上権者の権限として直接その第三者に対して妨害をやめるよう請求する権利(物権的請求権)がありますが、賃借人は、賃貸人に対して土地を賃貸借の目的どおりに使用できるように請求する権利があるだけで、妨害している第三者に対して直接請求する権利はありません(賃貸人が賃貸借契約上の義務として、当該第三者に対して妨害をやめるよう請求することになります。)。 また、四つ目として、地上権の場合には、契約終了時に土地所有者が建物等を時価相当額で買い取る権利を有することになります(民法第269条第1項ただし書き)が、賃借権の場合の土地所有者にはこのような権利はありません。 さらに、五つ目として、これは些細なことですが、地上権の場合に土地使用の対価は「地代」(民法第266条第1項)というのに対して、賃借権の場合には、「賃料」(民法第601条)となります。 8 地上権か賃借権かによって公正証書の作成上注意すべきこと 公正証書作成の際に地上権なのか賃借権なのかによって考えておかなければならないこととして、地上権の場合、地代を支払うときは永小作権の規定が一部準用されることから、不可抗力による地代の減免請求、不可抗力により収益が少なくなった場合の権利放棄、地代の支払を怠ったときの地上権の消滅請求について、どこまで永小作権の規定が準用されるのかという問題があります。 これらの条項は、地上権に準用される場合は強行規定ではないと考えられ、地上権者が地代の支払いを2年以上怠らなければ消滅請求ができないのかという点に関して、期間短縮の特約や催告を不要とする特約も、あながち不合理とは認められない事情が存在する場合には、これらの特約を有効とする裁判例(東京高裁平成4年11月16日判決)もありますので、実質的に賃借権による借地権と同等の内容とする特約をしても問題ないと思われます。 ちなみに、地上権である借地権について、「借地権者が賃料の支払いを3か月以上怠り、その滞納額がその時点の賃料の3か月分相当額に達したときは、借地権設定者は催告を要せずして本契約を解除できる。」という覚書の規定は、「借地権者が地代の支払いを3か月以上怠り、その滞納額がその時点の地代の3か月分相当額に達したときは、借地権設定者は催告を要せずして借地権の消滅請求をすることができる。」ということになりますが、これを消滅請求ではなく契約解除の規定として公正証書に記載したとしても、直ちに違法とまでは言えないものと考えます。 9 敷金、保証金、権利金について 「事業用定期借地権等」設定契約に際して、これらの金員が交付されることがありますので、その違い等について簡単に確認しておきます。 まず、一般的に敷金は、賃借人が賃料等の債務を担保するために賃貸人に預託するもので、賃料等の未払債務がなければ、契約終了の際に全額返還されるものということになります。 保証金と言われているものの中には、敷金と同じ性質のものもありますが、そのほかにも様々なものがあり、中には、借地権設定者が土地を賃貸等するために既存の施設を撤去して土地を造成するための資金として交付し、これを別途借地権者に返済する約定があるものなど、実質的には金銭消費貸借となるものもあり、どのような性質のものか判断が難しいものもあります。 権利金は、返還が予定されていないもので、その性質は、良い場所を貸してもらえたという契約締結の対価であったり、賃料又は地代の一部前払い(その分月々の賃料等を安くしてもらう)であったり、賃借権の譲渡や転貸に対する事前の承諾料であったり、様々な性質のものがあります。 公正証書作成の際に注意すべき点としては、公正証書原本に貼付すべき収入印紙の問題があります(いずれも、印紙税法別表第1の第1号文書となります。また、一つの文書が印紙税法上いくつかの課税事項に該当する場合は、最も税率の高いもの一つの文書として課税されます。)。 全額が返還される予定の敷金あるいは同様の保証金については、その金額にかかわらず、印紙税法上は契約の対価等として課税の対象になるものではありませんから、契約金額の記載のない地上権又は土地の賃借権の設定に関する契約書(印紙税法別表第1の第1号の2)となって、200円の収入印紙を貼付することになります。 保証金の場合は、その性質に応じて、敷金と同じものであれば敷金と同様になりますし、実質的に金銭消費貸借である場合は消費貸借に関する契約書(印紙税法別表第1の第1号の3)として、その金額に応じた額の収入印紙(例えば、その金額が500万円であれば収入印紙は2,000円)を貼付することになります。 権利金の場合は、その金額が印紙税法別表第1の第1号の2文書の契約金額となりますので、その金額に応じた額の収入印紙を貼付することになります。 なお、契約終了時に未払債務等がなかったとしても敷金等の一部を償却する特約がある場合、その償却される部分の金額は、権利金と同様に契約金額ということになります。 実際の状況を見てみますと、賃借権設定の場合には敷金(又はこれに類する保証金)が多く、地上権設定の場合には権利金とする例が多いのですが、地上権設定の場合の権利金は、賃借権よりも有利な権利(借地権譲渡等の承諾がいらず、登記もできる等。)を設定したもらった対価として交付されているようです。 もちろん、賃借権だから敷金、地上権だから権利金ということではなく、当事者の合意次第で、どちらとすることもできます。 (星野英敏)
No.38 共有地賃料の事 |
いうまでもなく、土地を賃貸した場合の賃料は、賃貸地の使用の対価として受けるべき金銭であるから賃貸地の法定果実で(民法第88条第2項)、法定果実は、これを収取する権利の存続期間に応じて日割計算によりこれを取得する(民法第89条第2項)。 土地の共有者がその共有する土地を賃貸したことによる賃料債権については、元物である賃貸地の共有者が、その共有持分の割合により共有することになる。 そして、賃料債権は金銭債権であるので分割可能であるから、別段の意思表示がない限り、賃料債権の各共有者は、その共有持分の割合により分割された単独債権をそれぞれ取得することになる(民法第427条)と考えられる。 しかし、債権の目的がその性質上又は当事者の意思表示によって不可分であるときは不可分債権となる(民法第428条)。 そして、共有地の賃貸借契約においては、賃貸地の共有者が賃貸地を賃借人に使用収益させる義務は性質上不可分の給付を目的とする不可分債務であることから、その対価である賃料債権も特段の事情のない限り性質上の不可分債権となると解する下級審の裁判例や学説があった(大阪高裁平成元年8月29日判決・判例タイムス709号208頁など、谷口知平・加藤一郎編「民法例題解説Ⅱ(債権)」(昭和34年)54頁(椿寿夫執筆)。裁判所職員総合研修所監修「執行文講義案(改訂版)」(平成17年8月財団法人司法協会発行)125頁参照)。 勿論当事者の意思表示により不可分債権とすることは出来るが、性質上の不可分債権と解するときは、当事者の合意がなくとも不可分債権となると解するものである。 しかし、各共有者は、元来、共有物の全部について、その持分に応じて使用することが出来るとされており(民法第249条)、収益についても同様と解されている(我妻榮著有泉亨補訂「新訂物權法(民法講義Ⅱ)」(昭和58年)322頁)。勿論果実の取得は収益に外ならない。 そして、共有地を賃貸した場合の賃料債権について、最高裁第一小法廷平成17年9月8日判決(平成16年(受)第1222号・最高裁判所民事判例集第59巻第7号1931頁)は、各共有者の共有持分の割合に応じた分割単独債権となる旨判示した。 事案は、賃貸人が死亡してその賃貸地を被上告人及び上告人らが共同で相続した場合において、相続開始から遺産分割成立までに生じた賃貸地の賃料の帰属に関するもので、相続開始から遺産分割までに遺産から生ずる果実の帰属、それは遺産の一部となるのかどうか、遺産分割の遡及効との関係が問題となり、同判決は、次のように判示した(この判例の解説として、道垣内弘人「共同相続した賃貸不動産の賃料債権の帰属と遺産分割の効力」・『平成17年度重要判例解説』(ジュリスト1313号・平成18年6月10日)90頁以下、「最高裁判所判例解説民事篇平成17年度(下)」553頁以下(松並重雄執筆)参照)。 (判旨) 遺産は、相続人が数人あるときは、相続開始から遺産分割までの間、共同相続人の共有に属するものであるから、この間に遺産である賃貸不動産を使用管理した結果生ずる金銭債権たる賃料債権は、遺産とは別個の財産というべきであって、各共同相続人がその相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得するものと解するのが相当である。遺産分割は、相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずるものであるが、各共同相続人がその相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得した上記賃料債権の帰属は、後にされた遺産分割の影響を受けないものというべきである。 したがって、相続開始から本件遺産分割決定が確定するまでの間に本件各不動産から生じた賃料債権は、被上告人及び上告人らがその相続分に応じて分割単独債権として取得したものであり、本件口座〈引用者註、本件各不動産の賃料等を管理するために開設され、本件各不動産の賃料が振り込まれ、その管理費等を支出して来た口座を指す。〉の残金は、これを前提として精算されるべきである。 勿論当事者の意思表示により不可分債権とすることは可能であるが、この判例によると、特段の意思表示がない場合は、分割単独債権となることになる。 公正証書に記載された金銭債権に基づく強制執行については裁判所の判断によることになるが、強制執行に関する解説書にあっても、共有地の賃料債権について、従前は不可分債権説を中心に説明していたもの(裁判所職員総合研修所監修「執行文講義案(改訂版)」(平成17年8月財団法人司法協会発行)125頁)でも、後には改訂して、上記平成17年9月8日最高裁判決による分割債権説によって説明している(裁判所職員総合研修所監修「執行文講義案(改訂補訂版)」(平成23年5月一般財団法人司法協会発行)123頁以下)。 なお、因みに共同賃借人の賃料債務について付言すると、判例は、賃借人が死亡して複数の共同相続人がいる場合の賃料債務について、「賃貸人トノ關係ニ於テハ各賃借人ハ目的物ノ全部ニ對スル使用収益ヲ爲シ得ルノ地位」にあることを根拠に、「賃料ノ債務ハ反對ノ事情カ認メラレサル限リ性質上之ヲ不可分債務ト認メサルヘカラス」と判示しており(大審院判決大正11年11月24日・大審院民事判例集第1巻670頁)、学説においても、「数人の者の負担する債務が、各債務者が共同不可分に受ける利益の対価たる意義を有する場合には、原則として不可分債務になると解すべきである」(我妻榮「新訂債権總論(民法講義Ⅳ)」(昭和39年)390頁)として、共同賃借人の賃料債務も、目的物の全部を利用できることの対価であることを根拠に、性質上の不可分債務と解されている(我妻榮「新訂債権總論(民法講義Ⅳ)」(昭和39年)391頁、裁判所職員総合研修所監修「執行文講義案(改訂補訂版)」(平成23年5月一般財団法人司法協会発行)124頁以下)が、学説の中には、黙示の意思表示による不可分債務と解するものもあった(「注釈民法(11)」(昭和40年)38頁(椿寿夫執筆)に紹介されている学説参照)。 (五味髙介)
]]>民事法情報研究会だよりNo.19(平成28年6月)
入梅の候、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。 さて、東日本大震災から5年、とりわけ津波による福島の原子力発電所の未曾有の事故の傷跡が大きく残り、被災地の復興に国を挙げて取り組んでいる中、またもや4月14日以降相次いで発生した熊本県を震源とする大地震により、多くの方々が被災されました。亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたしますとともに、被災された皆様に心からお見舞い申し上げます。 また、この度の震災でも、自衛隊、警察、消防、海保、その他国及び地方団体の各機関が、民間や海外の支援者の方々とともに一丸となって対応する姿を見聞きするにつけ、日本という国について改めて誇らしく感慨を覚えたところであり、被災地の対応に当たられた皆様には深い敬意を表したいと思います。(NN)
お客様の「あたりまえ」を理解する(理事 横山 緑) 「ケンミンショー」というテレビの番組がある。毎回、全国各地の限られた地域に受け継がれている食文化等を紹介している。当該地では、何の疑問もなく「あたりまえ」のこととして引き継がれていることが、全国的には「あたりまえでない」独自の文化であることを紹介している。 少し前になるが、プロ野球選手間で行われていた自チームが勝った時に円陣で声出しをした選手に現金が渡されていた問題、特に疑問を持つことなく多くの球団で行われていた。長年の間、誰からも指摘を受けることがなかったために、プロ野球選手間では「あたりまえ」になっていたのではなかろうか。 さて、同じようなことが公証役場の日常の中でもあるのではないかと思い、公証人を拝命して、これまでに感じた自分の「あたりまえ」と公証役場を利用していただく皆様の「あたりまえ」とが一致しないと感じた事案のいくつかを、振り返りながら紹介させていただく。 1 「○○公証人役場」との名称から「○○市区町役場」の出先と勘違いされ、すべての相談事案を無料で受け、解決してくれるところである、とのあたりまえ。 未だ公証制度、公証人役場の認知度は低く、公証制度・公証業務等について広範囲の者を対象に積極的に広報していくことが必要である。 広報は地道に実施していくとして、窓口へ来られた方をむげにお帰りいただくわけにもいかず、相談事案が、少しでも公証業務に関連する場合は、相談を受けることとし、広報を兼ねて業務拡大につなげている。 2 窓口業務を抱えている官公庁では昼休み時間帯(12時から13時までの時間)も執務しており、当然に公証人役場も執務をしている、とのあたりまえ。 公証人が一人の役場であり、交替制勤務シフトを組むことができないため、事務室入口に、「昼休み時間であり1時までお待ち下さい」とのお知らせを掲出し、事前に昼休み時間帯も執務をしているかの確認をしていただいたお客様には昼休み時間帯の執務ができないことの事情を説明して理解を得ることに努めているが、すんなりと理解を示すお客様は少なく、公証役場を利用する者の事情を最優先し、対応すべきであると主張される。現実の問題として、昼休み時間帯について事務室を施錠しておくこと、着信の電話を受けないわけにもいかず、書記の協力を得て、来訪されたお客様、電話をかけてきたお客様については、通常の執務時間帯と同様の対応をしている。 3 証書作成に必要な書類等の説明を聞くためにわざわざ公証役場に出向くまでもなく、電話ですべてが済ませられるべき、とのあたりまえ。 当役場も公正証書遺言の作成が増加している。これに比例するように士業の者に依頼することなく遺言者自らができるのであれば、必要書類を準備して作成したいとする者が増加している。これらの遺言者は高齢者が多く、公証役場へ出向くのは最小限にしたいとして電話により説明を求める者が多い。戸籍・印鑑登録証明書・住民票・登記事項証明書等の必要書類について説明をするが、本籍と住所の相違が理解できない者も多く、特に必要戸籍について理解を得られるまでに30分を超すことが度々ある。長時間に及ぶ者には、電話回線が1本しかなく他のお客様からの電話利用ができない状況にあることを説明して理解を得ようとするが、自分もお客様であり、そのような扱いをされることは心外であると、さらに長時間電話回線を占有されることになる。 書類の収集等を手伝ってもらえる相続人・受遺者がいないか、あるいは、大切な証書作成であることを説明し、専門家に依頼する方法があることを説明することもありである。 4 公正証書の記載事項、必要書類はネットで見ればわかる、とのあたりまえ。 事案により準備していただく書類が異なる旨を説明しようとすると、インターネットで見て調べてあるので必要はないとの申し出がある場合に多くあるのが、具体的に証書作成する内容と参考にしたネットの事案とが一致していない場合である。必要書類が不足していることを説明すると、インターネットの記載が間違っているのか、なぜそのような情報が誰でも見ることができるのか、と当方の対応に問題があるがごとく責められることになる。 某公証人のホームページでは必要書類として記載がない場合であっても、証書を作成する公証人が必要と判断する書類・情報がある場合の説明には苦慮するが、必要性について丁寧に説明をすれば理解は得られる。 5 公正証書作成にあたり見積書の作成に応じるべき、とのあたりまえ。 公正証書作成の依頼をしたいが費用はいくらか、見積書の作成をお願いするとの電話がある。その際には、公正証書作成手数料の積算方法を説明することとし、どこの公証役場で作成されても公証人手数料令に基づき積算される旨を説明している。 事案の概要を説明するので具体的に積算するように求めてくる者については、あくまでも概算であるとの説明をしたうえで費用を積算することとしているが、見積書の作成に応じることはしていない。 概算を積算して伝えた者から、他の公証役場の見積額と当役場の見積額が違う、なぜ違うのか事細かに説明を求められたことがある。公正証書作成にあたり、相見積もりを取って依頼先公証役場を検討されている者がいることを知ることとなった。 6 自筆証書遺言書についても公証人が内容確認をしてくれる、とのあたりまえ。 公証役場は、遺言書作成に関するすべての業務をしてくれるところとの誤った情報のもと、自筆証書遺言書作成、相続税対策、相続人間の争いの仲裁等を求めて訪れる者がいる。公証人は、公正証書遺言の作成をするものであり、その他については関与できない旨を説明し、それぞれ専門に対応する資格者を紹介し、そこへ相談等にいかれるよう助言すると、「金儲けにならないことは断るのか。」、事務室の書棚にある図書を指し示し、関連する箇所を複写するように求めてくる。「公証人役場」の名称からの勘違いがそのような発言につながっているのではないかと考える。 便宜を図って、何らかの対応をすると、後日、「以前は対応してもらったのに今回は対応できないのか。」との追求を受けることになりかねないので、毅然とした対応が求められる。 7 遺言者の意思確認をしてあるので、証書作成時における公証人による遺言者の意思確認は不要である、とのあたりまえ。 遺言者が、遺言公正証書作成日の事前に説明をしに来ることなく、相続人あるいは士業の者が説明にきた場合には、証書作成時、遺言者に対し、公証人が改めてゼロから遺言内容の説明を求めているが、当役場を初めて利用される士業の者の中には、「遺言者がしっかりしているときに遺言内容を確認してあるので、公証人に対して説明がきちんとできないかもしれないが問題はない。」との発言をされたことがある。案の定、遺言者は、説明をすることができなく、証書の作成をすることはできなかった。また、事前に説明に来た相続人は、「遺言の内容をきちんと覚えさせ、間違いなく説明することを老人に求めても無理である。公証人は老人をいじめるのか。」と発言をされ、このような公証人に作成を依頼することはできないので、他の公証人にお願いするとして、作成依頼を撤回された。 遺言者の意思確認、遺言内容の確認は、公正証書遺言の信頼性確保のため、後日の紛争防止のためにも、厳格に対応しなければならない。公証人は、証書作成当日における遺言者の説明を受けて、遺言内容を変更した証書を作成すること、場合によっては遺言公正証書作成の中止について躊躇してはならない。 8 委任状提出による証書作成時における公証人による委任者の意思確認は不要である、とのあたりまえ。 印鑑登録証明書を添付した委任状による公正証書作成時に、公証人が委任者の意思確認をすることはないとの思い違いをされている(同種事案で公証人が意思確認の手続をこれまでにしたことはなかった。)受任者に対し、委任内容に疑問があり、疑問事項の確認をするために書類の提出を求めたところ、これを拒否したため、委任者が公証役場へ出向くことができず、確認のための書類の提出をされないのであれば、公証人が面談して確認するため委任者宅へ出向き、委任内容を確認する旨伝えたところ、公正証書作成依頼を撤回した。 公証人への任命を受けて間なしのころに、「これまでにも同様の事案について前任者に作成をしてもらっている。」、「他の役場では作成しているのになぜ作成できないのか。」との発言をして公正証書の作成を求められた事案が数件続いた。公証人として任命を受けて間もないことを説明し、適正かつ無効でない証書作成をするために、作成の可否を判断する時間を要する旨説明して対応した。また、処理した同様の事案を確認するので、前任者が作成した事案、他の役場の情報を聴取することが肝要である。他の役場の情報については、当該役場に迷惑をかけることになるから教えることはできないと受任者は説明し、速やかに証書の作成ができないのであればその役場に依頼するとして、作成依頼を撤回した。 9 債務者の居所がわからなくなった場合は、公証役場が探し強制執行の手続をしてくれる、とのあたりまえ。 特に、離婚給付等契約公正証書作成時に交付送達手続をしてある場合であって、債務者の所在が不明となり連絡が取れなくなった場合に債務者の所在確認・探索、強制執行手続の申立てのすべてを公証役場がしてくれるとの思い違いをしている債権者(若くして離婚する者に多い)がいる。証書作成時は、離婚することのみに関心があり、強制執行等についての説明を理解することなく、場合によっては聞いていない。証書作成時における強制執行認諾条項付きの公正証書の意義、効力等について、より丁寧に、かつ具体的に説明をする必要性を痛感する。 お客様の「あたりまえ」への対応 当然のことであるが、お客様への対応は、公証人一人ではなく、公証役場に勤務する公証人・書記全員によるチームプレーが求められる。公証人が対応できるまでお待ちいただく、間違った対応をするよりは良いのかもしれないが、お客様は不満を抱かれることになる。いかに納得してお待ちいただくか、かゆいところに手が届く対応が求められる。お客様の仕草や表情、声に出されなくても、何を求められているのかを的確に察知できなければ、お客様への対応としては不十分であり、お客様にとって「あたりまえ」の対応でないとして、窓口でのトラブルに発展しかねない。 自分もお客様と直接に接する業務から長年月離れていたため、公証人として執務を開始した当初は、お客様の「あたりまえ」に気付くことができなく、少なからず戸惑いを感じることがあった。 お客様の思いを確実に証書の内容に反映するためには、お客様の「あたりまえ」である思い、話を最後まで「ゆっくり、じっくり、穏やかに」肯定を前提に聴くことが大切であるとの結論に至った。 一人でも多くのお客様から「公正証書を作成して良かった。ありがとう。」の言葉がいただけるよう、これからも可能な限り、お客様の「あたりまえ」である思い、話を最後まで「ゆっくり、じっくり、穏やかに」肯定を前提に聴き、証書作成に努めていきたい。
今 日 こ の 頃 |
このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。
遺言雑感(由良卓郎) もしも私が先に死んだらどうなりますか 多くの人が,生まれた順に亡くなるものと思い,そのことにあまり疑問も持たずに生活していると思います。家族間であればなおさらのことであり,想像すらしたくないと思います。 ですから,公正証書の作成に際して相談者とお話しをする際にも,順番通りであろうという漠然とした期待に基づいて話しをしているように思います。 しかし,必ずしもそうならないのが今の時代です。これまで大きな病気に罹ったことのない健康な人でも,いろいろな原因で突然亡くなることがあります。 ある遺言を作成した際,その遺言で財産をもらうこととなっている人から,「もし私が先に死んだらどうなりますか」と質問されたことがありました。 その方は,お元気そうでしたから,私は,その質問に戸惑いながら,その遺言は無効になると思いますよとお答えしました(遺贈は,遺言者の死亡以前に受遺者が死亡したときは,その効力を生じない(民法994①)。相続させる旨の遺言の場合について同旨(最高裁平成23年2月22日第三小法廷判決)。 しかし,その後その方の親族が来られ,先の遺言で財産をもらうこととなっている人が遺言者より先に亡くなってしまったがどうすればよいかとの相談を受けました。 また,別の事案では,遺言で相続させることとしていた子が順に亡くなり,何度か遺言を作り直したことがありましたが,何度目かの遺言の相談の際には,さすがに予備的遺言の話はあまりできませんでした。 遺言により財産をもらうこととなる人が先に亡くなった場合を想定して,予備的遺言をすることは少なくありません。親子間の場合,親にとって子が先に亡くなることは本当に寂しいし,悔しい気持ちになると思いますが,そのことを深く考えず粛々と,予備的遺言をするかどうか本人に確認せざるを得ない場合もあり,そのことが,場合によっては残酷な質問をしていることになるかも知れません。 しかし,万が一,そのような事態が生じたときに,遺言者が遺言能力を失っていた場合には,改めて遺言をすることができませんので,予備的遺言について,一応は,説明をするようにしています。 その際,できるだけ相談者の精神的負担にならないよう,当役場では,遺言の相談者に配布する説明用ペーパーに,「予備的遺言(要・否)」の欄を設け,それに従って事務的に説明し,質問するようにしています。 なぜ,父(母)はこんな遺言をしたんでしょうか 公正証書遺言は,原本を公証役場で保管します。本人が100歳ないし120歳くらいまで保管します。自筆の遺言は,誤って捨てたり,誰かに破棄されたりしてなくなってしまうこともあり得ますが,公正証書遺言の場合は,そのような心配がありません。もし,遺言書が見つからなければ,遺言者本人が亡くなった後,利害関係者である法定相続人は,公証役場に保管されている遺言書原本から謄本の交付を受けることもできます。 公証役場の業務や,公正証書遺言について説明や講演を頼まれた際には,こういった公正証書遺言のメリットを説明しています。 あるとき,「父が亡くなったが,遺言をしているようだ」として,遺言の謄本請求がありました。謄本を見たあと,その方から,「なぜ,父はこんな遺言をしたんでしょうか」と聞かれたことがありました。 それは本人でなければ分かりませんなどとお答えするのですが,遺言者は,それぞれの子の事情や,自分亡き後の〇〇家の存続などを考慮して,遺言内容を決めておられるものと思いますが,亡き親の思いを子がどれだけ理解できるかは,区々であろうと思います。 それで,遺言の相談者には,遺言が効力を生じたときにはあなたはこの世の中にいないのですから,子が,なぜこのような遺言をしたのかと親に聞きたいと思っても聞くことはできませんし,あなたも説明することができません。ですから,残された家族へのあなたの最後のメッセージとして,遺言内容についての説明や家族への思いなどを残されてはいかがですかなどとお勧めするようにしています。 もっとも,皆さんが同調して下さるわけではありませんが。 おわりに 公正証書遺言の作成は増加傾向にあります。だからこそ,遺言の執行が少しでもスムーズにいくようにと思い,上記のほか,財産もできるだけ具体的に記載した方がよい旨お勧めすることもあります。しかし,十分に理解が得られていないように思います。今後とも工夫をして説明して参りたいと思っているこのごろです。 末筆になりましたが,本年4月には,熊本,大分方面で大規模な地震が連続して発生し,甚大な被害が発生しました。 被災された方々に対しまして,改めてお見舞いを申し上げますとともに,一日も早い復旧を心からお祈り申し上げます。 (福山公証役場)
実 務 の 広 場 |
このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。
No.35 「相続させる遺言」に関する判例の動向 |
はじめに 周知のように,公証実務において広く用いられてきた,特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」旨の遺言(以下「相続させる遺言」という。)の法的性質については、最高裁平成3年4月19日判決(民集45巻4号477頁、東京公証人会会報(以下「会報」と略称)平成3年6月号7頁。以下「平成3年最判」という。)において、遺贈(民法964条)と解すべき特段の事情がない限り、遺産分割方法の指定(民法908条)と解するのが相当であり、かつ、これにより何らの行為を要することなく被相続人の死亡の時に直ちに当該遺産が当該相続人に相続により承継されるものと解すべきであるとの判断が示されました。 これにより、相続させる遺言の法的性質をめぐる議論に一応の決着が図られましたが、そもそも相続させる遺言については明文がなく、この遺言の結果どのような法律関係が生ずるかは専ら解釈(判例の集積)に委ねられているため、その後も、相続させる遺言による不動産の取得と登記の要否、あるいは相続させる遺言により遺産を取得するとされた推定相続人が遺言者の死亡以前に死亡した場合の当該遺言の効力等に関する最高裁判例や下級審裁判例が出され、学説上も活発な議論が続いている状況にあります。 そこで、本稿では、平成3年最判以後における相続させる遺言に関する判例等の動向を概観することとしたいと思います。 1 平成3年最判の要旨 (1) 平成3年最判の判示については、今更紹介するまでもないと思われますが、以下に紹介する判例等における判断の前提となっているものですので、その要旨を次に掲げておきます。 ① 特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」趣旨の遺言は、遺言書の記載から、その趣旨が遺贈であることが明らかであるか、又は遺贈と解すべき特段の事情のない限り、当該遺産を当該相続人をして単独で相続させる遺産分割の方法が指定されたものと解すべきである。 ② 特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」趣旨の遺言があった場合には、当該遺言において相続による承継を当該相続人の受諾の意思表示にかからせたなどの特段の事情のない限り、何らの行為を要せずして、当該遺産は、被相続人の死亡の時に直ちに当該相続人に相続により承継されるものと解すべきである。 (2) 平成3年最判は、特定の遺産を特定の相続人に相続させる遺言に関する事案ですが、その判示は、遺産の全部を1人の相続人に相続させる遺言にも当てはまるものと解されています。また、相続させる遺言により遺産分割方法の指定がされ、その対象財産の価額が当該相続人の法定相続分を超える場合には、相続分の指定(民法902条)を伴う遺産分割方法の指定と解するのが一般的です。 2 相続させる遺言による不動産の取得と登記 (1) 相続させる遺言に関する問題の1つとして、対抗問題すなわち特定の不動産を特定の相続人に相続させる遺言により、当該不動産を取得した相続人は、登記なくして第三者に対抗することができるかという問題が指摘されていました。 この点につき、最高裁平成14年6月10日判決(判時1791号59頁、会報平成14年12月号3頁。以下「平成14年最判」という。)は、被相続人甲が妻に全財産を相続させる遺言を残して死亡した後、甲の子Aの債権者が、相続財産中の不動産についてAに代位して法定相続分による相続登記を経由した上、Aの持分に対する仮差押え及び強制競売を申し立て、これに対する仮差押え及び差押えがされた事案につき、平成3年最判を引用して、特定の遺産を特定の相続人に相続させる遺言は、特段の事情がない限り、何らの行為を要せずに、被相続人の死亡の時に直ちに当該遺産が当該相続人に相続により承継されるとした上、相続させる遺言による権利の移転は、法定相続分又は指定相続分の相続の場合と本質において異なるところはなく、法定相続分又は指定相続分の相続による不動産の権利の取得については、登記なくしてその権利を第三者に対抗することができる(最高裁昭和38年2月22日判決・民集17巻1号235頁、最高裁平成5年7月19日判決・裁判集民事169号243頁)のであるから、これらの場合と同様、相続させる遺言による不動産の権利の取得については、登記なくして第三者に対抗することができると判示しました。 (2) 平成14年最判については、相続させる遺言は、被相続人の意思に基づく財産処分であるという点で、遺贈と共通性を有するところ、不動産の受遺者が自らの権利取得を第三者に対抗するためには登記の具備か要求されていること(最高裁昭和39年3月6日判決・民集18巻3号437頁)との整合性など様々な批判がみられるようです。遺言の内容を知らない第三者の保護の必要性は、既に指定相続分に関する前掲最高裁平成5年判決についても指摘されている点ですが、他方、本件のように、第三者が相続人の債権者である場合、相続開始直後に当該不動産が差し押さえられる可能性が低いとはいえず、被相続人の最終意思(例えば、A・B2人の子があり、Aが多額の借金を抱えているため、自己の遺産がその返済に充てられることを避けて、自分の面倒もみてくれているBに遺産を残したい場合)の実現を大きく制約するおそれがあると思われます。このことから、表見法理(民法94条2項又は32条1項後段の類推適用)や権利濫用法理による第三者の保護の余地を残した上、本判決に一定の積極的評価を与えることができるとする見解もあります(加毛明「相続させる旨の遺言と登記」民法判例百選Ⅲ親族・相続〔別冊ジュリスト〕150頁)。 なお、遺贈による不動産の取得については、遺言執行者が選任されている場合、相続人は遺言の執行を妨げる行為をすることはできず(民法1013条)、相続人が遺贈目的不動産を第三者に譲渡し又は第三者のため抵当権を設定したとしても、相続人の処分行為は無効であるから、受遺者は、当該不動産の取得を登記なくして第三者に対抗できるとされており(最高裁昭和62年4月23日判決・民集41巻3号474頁)、公正証書遺言の場合、遺贈については併せて遺言執行者を指定しておくのが通例ですから、実際上自筆証書遺言等において、その指定がない場合に限られると思われます。 3 相続させる遺言により遺産を相続させるものとされた推定相続人が遺言者の死亡以前に死亡した場合の当該遺言の効力 (1) 次に紹介するのは、相続させる遺言により遺産を相続させるものとされた推定相続人(以下「受益相続人」という。)が遺言者の死亡以前に死亡した場合の当該遺言の効力が争われた最高裁平成23年2月22日判決(民集65巻2号699頁、会報平成23年11月号3頁。以下「平成23年最判」という。)です。 事案は、Aは、遺産全部を子Bに相続させる旨を記載した条項及び遺言執行者の指定に係る条項の2か条から成る公正証書遺言をしていたが、Aが死亡する前にBが死亡したことから、Aのもう1人の子Xが、Aの遺産である土地建物(以下「本件不動産」という。)につき、Aの死亡により2分の1の持分を有すると主張して、Bの子(代襲相続人)であるYらに対し、Xが本件不動産の持分2分の1を有することの確認を求めたものです。 第1審の東京地裁平成20年11月12日判決(金商1366号28頁)は、本件遺言は、遺産分割方法の指定と解され、これを遺贈と解することはできないから、民法994条1項により失効するものではなく、被相続人が特定の相続人に対し、相続により承継させるとした遺産については、原則として代襲相続するものと解するのが相当であり、本件不動産につきXに2分の1の持分を認めることはできないとして、Xの請求を棄却しました。これに対し、第2審の東京高裁平成21年4月15日判決(金商1366号27頁)は、①遺言者が相続分の指定又は遺産分割方法の指定をしても、その対象となった相続人が遺言者の死亡以前に死亡していた場合には、当該遺言はその効力を生じないというべきである、②もっとも、当該遺言の趣旨として、その場合には、当該相続人の代襲相続人にその効力を及ぼす旨を定めていると読み得ることもあるが、これは遺言の解釈の問題であって、遺言が相続分又は遺産分割方法の指定であるというだけで、直ちに当該遺言には代襲相続人にその効力を及ぼす趣旨が含まれていると解するのは相当でない、③本件遺言書の記載からは、Aの死亡以前にBが死亡した場合には、代襲相続人にその効力を及ぼす趣旨が含まれていると解することはできず、本件遺言は、Bの先死亡により失効したものというべきであると判示して、1審判決を取り消してXの請求を認容しました。 (2) Yらは上告しましたが、本判決は、遺産を特定の相続人に単独で相続させる旨の遺産分割の方法を指定する「相続させる」旨の遺言は、当該遺言により遺産を相続させるものとされた推定相続人が遺言者の死亡以前に死亡した場合には、当該「相続させる」旨の遺言に係る条項と遺言書の他の記載との関係、遺言作成当時の事情及び遺言者の置かれていた状況などから、遺言者が当該推定相続人の代襲者その他の者に遺産を相続させる旨の意思を有していたとみるべき特段の事情のない限り、その効力を生ずることはないと解するのが相当であるとした上、本件遺言書には、Aの遺産全部をBに相続させる旨を記載した条項及び遺言執行者の指定に係る条項のわずか2か条しかなく、BがAの死亡以前に死亡した場合にBが承継すべきであった遺産をB以外の者に承継させる意思を推知させる条項はないなどとして、上記特段の事情があるとはいえず、本件遺言は、その効力を生ずることはないと判示して、Yらの上告を棄却しました。 (3) 従前、相続させる遺言における受益相続人が遺言者の死亡以前に死亡した場合、当該遺言は効力を生じないと解するのが一般的であったと考えられます。そこで、公証実務においては、そのような場合に備えて予備的遺言(補充遺言)を併せて残しておくことが少なくなく、また、登記実務においても、その効力が生じないことを前提とした取扱いが行われてきました(昭和62年6月30日民三第3411号民事局第三課長回答)。 ところが、東京高裁平成18年6月29日判決(判タ1256号175頁、会報平成19年6月号4頁)が、遺産分割方法を指定した相続させる遺言により遺産を取得するとされた者が被相続人より先に死亡した場合、相続人に対する遺産分割方法の指定による相続は、指定相続分による相続と性質を異にするものではなく、相続の法理に従い、代襲相続を認めるのが相当であるから、当該受益相続人が相続開始前に死亡していたときは、代襲相続に関する規定の適用ないし準用により、その者の子が代襲相続するものと解するのが相当であるとした以後、本件第1審判決のように、この代襲相続説に立つ下級審裁判例が現れ、学説上もこれを支持するものが出てきたといわれていました。他方、否定説(東京高裁平成11年5月18日判決・金判1068号37頁、本件原審判決など)は、遺言者の意思は受益相続人その人に向けられている点を重視して、受益相続人が先に死亡した場合には、当該遺言は当然に失効し、その代襲者に効力が及ぶことはないとしていました。(4) このような状況の中で、平成23年最判は、遺言者は、一般に各推定相続人との関係においては、その者と各推定相続人との身分関係及び生活状況、各推定相続人の現在及び将来の生活状況及び資産その他の経済力、特定の不動産その他の遺産についての特定の推定相続人の関わりあいの有無、程度等諸般の事情を考慮して遺言をするものであり、相続させる遺言がされる場合もこれと異なるものではなく、相続させる遺言をした遺言者は、通常、遺言時における特定の推定相続人に当該遺産を取得させる意思を有するにとどまるものと解した上で、上記のとおり、特段の事情のない限り、その効力を生ずることはないとしました。 平成23年最判の特徴は、従前議論されてきた代襲相続の可否の問題としてではなく、遺言の解釈の問題としてとらえた点にあると思われます。すなわち同判決は、「当該推定相続人の代襲者その他の者」との文言からも明らかなように、相続させる遺言において受益相続人が先に死亡した場合には、例外なく民法887条2項等による代襲相続は生じないとした上で、当該遺言の解釈により、その場合には、代襲相続人等に当該遺産を承継させる意思が遺言者にあるものと認められれば、当該遺言の効力を認めることができる旨を判示したものと考えられ、同判決をもって「原則として代襲相続」を否定したものと理解するのは正確ではないでしょう(最高裁判所判例解説民事篇平成23年度(上)110頁(注14)〔伊藤正晴〕、浦野由紀子「相続させる旨の遺言により相続させるとされた推定相続人が遺言者の死亡以前に死亡した場合」平成23年重要判例解説(別冊ジュリスト)88頁)。また、このことから受益相続人が先死亡した場合の遺言の効力について、その法的性質が遺贈であるか、相続分の指定又は遺産分割方法の指定であるかによって結論を異にする合理的な理由が見出し難い上、その場合に代襲相続を肯定することが遺言者の一般的意思とは考え難いという点も理解できるのではないかと思われます。例えば、受益相続人である長男が先死亡した場合、遺言者としては、その代襲者である長男の子(孫)ではなく、他の相続人である二男あるいは長女に承継させたいということも十分あり得ることでしょう。 (5) どのような場合にどのような遺言者の意思が認められるか(特段の事情の有無)については、事案ごとの認定問題ですので、今後の事例の集積を待つことになりますが、前掲最判解説106頁〔伊藤〕は、上記東京高裁平成18年6月29日判決の事案のように、複数の相続人それぞれに法定相続分を意識した割合で遺産を割り当てる内容の遺言の場合には、受益相続人先死亡の事態が生ずれば、その代襲相続人に相続させる意思を有していたものと認定し得ることが多いように思われ、逆に複数の相続人のうちの1人のみに全ての遺産を相続させるとし、遺産の承継に関しその余の条項が特に定められていないときは、受益相続人の先死亡の場合の遺言者の意思を認定することは困難であることが多いと考えられるとしています。また、脇村真治・法律のひろば64巻9号53頁は、遺言書中に補充的条項がないにもかかわらず、受益相続人の代襲者等に遺産を相続させる旨の意思を有していたとみるべき特段の事情があると評価できる場合は、そのような意思を有していたことをうかがわせる記載が当該遺言書にある場合に限られるのではないかとしています。 肝要なのは、遺言書の作成に関わる者が受益相続人先死亡の場合に備えた補充的条項を設けることを常に意識しておくことでしょう。公証実務では、これまでも予備的遺言として補充条項を設けておくことが少なくありませんでしたが、今後も本判決及び平成23年7月1日付けの法務局・地方法務局総務課長宛民事局総務課担当補佐官事務連絡の趣旨を踏まえ、積極的に遺言者の意思を確認した上で、予備的遺言を記載しておく必要があると思われます。 4 相続人のうちの1人に対して財産全部を相続させる遺言と相続債務の承継 (1) 次は、相続人のうちの1人に対して財産全部を相続させる遺言があった場合、相続債務は誰が承継するのか、遺留分侵害額の算定に当たって遺留分権利者の法定相続分に応じた債務の額を遺留分の額に加算することの可否が争われた最高裁平成21年3月24日判決(民集63巻3号427頁、会報平成22年2月号2頁。以下「平成21年最判」という。)です。 事案は、相続人の1人であるXが、被相続人から遺産全部を相続させる遺言によりこれを相続した他の相続人Yに対し、遺留分減殺請求権を行使したとして、相続不動産について所有権一部移転の登記手続を求めたというものです。 本判決は、①相続人のうちの1人に対して財産全部を相続させる旨の遺言により相続分の全部が当該相続人に指定された場合には、遺言の趣旨等から相続債務については当該相続人に全てを相続させる意思のないことが明らかであるなどの特段の事情のない限り、当該相続人に相続債務を全て相続させる旨の意思が表示されたものと解すべきであり、これにより相続人間においては、当該相続人が指定相続分割合に応じて相続債務を全て承継すると解するのが相当であるから、②遺留分侵害額の算定に当たり、遺留分権利者の法定相続分に応じた相続債務の額を遺留分の額に加算することは許されないものと解するのが相当であると判示しました。また、本判決は、③当該遺言による相続債務についての相続分の指定は、相続債権者に対してはその効力が及ばず、各相続人は、相続債権者から法定相続分に従った相続債務の履行を求められたときはこれに応じなければならず、他方、相続債権者の方から相続債務についての相続分指定の効力を承認し、各相続人に対し指定相続分に応じた相続債務の履行を請求することは妨げられないとしました。 (2) 本件遺言は、Yの相続分を全部と指定し、その遺産分割方法の指定として遺産全部の権利をYに移転する内容を定めたものですが、この場合、その効力がAの有している相続債務にも及ぶかが問題となり、本判決は、上記のとおり判示して、これを肯定しました。 遺言者の意思解釈の問題ですが、相続させる遺言がされた場合でも、相続債務をも相続させる趣旨とは解されないとする考え方もあるようです。しかし、相続させる遺言により遺産分割の方法が指定され、その財産の価額が当該受益相続人の法定相続分を超える場合には、相続分の指定を伴う遺産分割方法の指定と解するのが一般的であり、また、相続分の指定がされた場合、指定の効力は相続債務にも及び、共同相続人間では、各相続人が相続債務について指定相続分の割合により承継又は負担するものと解されています。したがって、遺産全部を相続人の1人に相続させる遺言がされた場合には、特段の事情がない限り、相続人間においては、相続債務についても全てその者が承継又は負担することとなるでしょう。(3) 最高裁平成8年11月26日判決(民集50巻10号2747頁、会報平成9年11月号2頁)は、被相続人が相続開始時に債務を有していた場合の遺留分の侵害額は、被相続人が相続開始時に有していた財産の価額にその贈与した財産の価額を加え、その中から債務の全額を控除して遺留分算定の基礎となる財産額を確定し、それに法定の遺留分の割合を乗じるなどして算定した遺留分の額から、遺留分権利者が相続によって得た財産の額を控除し、同人が負担すべき相続債務の額を加算して算定すべきものとしています。平成21年最判は、これを前提として、財産全部を1人の相続人に相続させる遺言がされた場合、相続人間においては、遺留分権利者が債務を履行すべき負担部分はないから、遺留分権利者の遺留分侵害額の算定において、遺留分の額に加算すべき相続債務の額は存しないこととなるとしたものです。 (4) 遺言書の作成に当たっては、遺言者の側から相続債務の負担がどうなるのかという質問があることもあると思われますが、この平成21年最判の判示を踏まえ、共同相続人間では、相続分の指定割合に応じた相続債務を負担することとなるとしても、相続債権者から請求があれば、法定相続分の割合に応じて相続債務を履行しなければならない点に留意しておく必要があるでしょう。 なお、相続させる遺言による遺産の取得についても、遺留分減殺請求の対象となることについては後述します。 5 相続させる遺言による特定遺産取得の利益の放棄の可否 (1) ここで取り上げるのは、相続させる遺言によって特定の遺産を相続することとなった受益相続人が、その特定遺産の取得を希望しない場合、これを放棄することができるかという問題です。 すなわち、遺言によって、財産全部を「相続させる」、あるいは包括して遺贈するとされている場合、これを放棄するには、家庭裁判所に対し、相続放棄又は包括遺贈放棄の申述をすることになり、債務を含む全財産を取得するか、全財産を放棄するかの選択しかありません。 これに対し、特定遺贈の場合には、受遺者は、遺言者の死亡後いつでも放棄することができ(民法986条1項)、また、特定遺贈のうちのある財産のみを放棄することも可能と考えられています。特定遺贈の放棄の意思表示には期間の制限がなく、その方式についても特別の制限はありません。 (2) それでは、特定遺産を相続させる遺言の場合はどうでしょうか。この場合、特定遺産を相続させるとされた受益相続人が、相続放棄をすること自体は何ら差し支えありませんが、相続放棄をすれば、さかのぼって相続人の地位を喪失することになります。 問題は、相続させる遺言による特定遺産の取得の利益を放棄することができるかということです。すなわち、相続させる遺言による特定遺産の取得は、遺産分割方法の指定(対象財産の価額が受益相続人の法定相続分を超えるときは、相続分の指定を含む。)であり、その承認・放棄に関する規定がないため、特定遺贈の放棄(民法986条1項)と同様、取得を希望しない特定遺産についてその取得の利益を放棄することができるかという点です。この点については、①遺産分割方法の指定及び相続分の指定については承認・放棄の制度がなく、遺贈のような明文の規定がないこと、あるいは共同相続人は遺言者の意思に拘束され、相続人の1人が無条件かつ一方的に変更することはできないとして、これを否定する考え方と、②被相続人の意思であっても、当該相続人の意思を全く無視してこれを拘束することはできないこと、負担付きなど遺産の承継は必ずしも当該相続人の利益になる場合に限られないこと、当該相続人に対して全く遺産の取得ができなくなる相続放棄か、希望しない特定遺産の取得かの二者択一を迫るのは不当であること等から、民法986条1項の趣旨は相続させる遺言にも妥当するとして、同項の類推適用を肯定する考え方があるとされています(雨宮則夫「相続させる旨の遺言について遺贈の規定の類推適用が認められるか」公証法学44号35頁以下)。 なお、共同相続人全員の合意があれば、遺言の内容と異なる遺産分割協議を成立させることは可能であると考えられており、共同相続人全員の合意が認められる限り、相続させる遺言の対象とされた特定遺産を含めて遺産分割協議の対象とすることは差し支えないものと考えられます。 (3) この点が争われたのが東京高裁平成21年12月18日判決(判タ1330号203頁、会報平成23年5月号5頁)です。事案は、被相続人が不動産全部(主として農地)を相続人の1人Yに相続させる旨の公正証書遺言をしていたが、Yはその取得を望まず、むしろ法定相続分の割合による現金及び貯金債権の取得を望み、他の相続人X、Zも同様であったことから、XがY及びZを相手方として、遺産分割を申し立て、その後の審判手続中において、Yは上記遺言の利益を放棄する旨述べたというものですが、原審判は、Aの遺志を尊重して、Yには本件不動産並びに現金及び貯金債権を法定相続分割合で取得させ、Y及びZには貯金債権のみを法定相続分割合で取得させました。 これに対し、本判決は、①相続させる遺言により特定の不動産を承継した相続人は、相続開始時に当該不動産の所有権を何らの行為を要しないで確定的に取得したものであるから、当該相続人が遺産分割の事件手続中で遺言の利益を放棄する旨述べただけでは、本件不動産が遺産分割の対象となるものではなく、また、全当事者間で本件不動産を遺産分割の対象とする旨の合意が成立している場合とも認められないから、本件不動産は遺産分割の対象とはならないとした上で、②本件不動産については、その現在価値にもかかわらず、全相続人が本件農地とは離れて暮らし、農地等の転売等の見通しも立ちにくいことその他から遺産分割により取得させられることを嫌忌される財産であることにかんがみ、民法903条を類推して生計の資本として贈与を受けたものとは認め難く、仮にこれが認められるとしても、本件遺言には持戻し免除の黙示的な意思表示が包含されているものと解釈するのが相当であると判示して、③原審判を変更し、本件不動産を除くその余の相続財産(現金及び貯金債権)を3等分して各相続人に取得させました。 (4) 本件は、特定遺産を取得させるものとした相続させる遺言の法的性質及びその効果をどう考えるのかとは別に、遺言者の意思を絶対的なものとするか、当該遺言による利益を享受するかどうかについての受益相続人の承認・放棄の自由との調整を認めるかどうかの問題と考えられます。同じく物権的効果が認められている遺贈については、受遺者による承認・放棄の自由が認められていること(民法986条1項)等を勘案すると、相続させる遺言についても、同様の調整が必要であると思われます。 地方の公証役場にいると、「子どもは全員都会に住んでいて、戻ってくるつもりもない、田舎の土地は要らないと言っている。」などと相談を受けることがあります。当該特定遺産の受益相続人がその取得を望まない場合でも、遺言者の最終意思を尊重しつつ、共同相続人全員による話し合いの中で、当該特定遺産を含めた遺産分割協議が円満に成立すれば、それに越したことはないでしょう。雨宮・前掲公証法学44号39頁は、「実際に、遺産分割調停の実務では、特定「相続させる」旨の遺言についてであっても、調停成立(合意)を目指しての話し合いであるので、遺贈と同様に放棄できることを前提として進めることが多いと思われる。」としています。 問題は、遺産分割の協議や調停において全員の合意が成立しなかった場合ですので、今後の事例の集積に注目したいと思います。 6 相続させる遺言による特定遺産の取得と特別受益 (1) 特定の遺産について相続させる遺言があった場合、平成3年最判によれば、当該特定遺産は特段の事情がない限り、何らの行為を要せずして、受益相続人が被相続人の死亡の時に直ちに相続によりその権利を取得することになります。そこで、相続させる遺言の対象とされた特定の遺産のほかに遺産がある場合には、当該特定遺産を除く遺産についての分割手続が行われることになりますが、その場合、遺贈であれば、特別受益として持戻しの対象となる(民法903条1項)ものの、相続させる遺言による特定遺産の取得については明文がないので、生前贈与や遺贈による特別受益との関係でどう処理すべきかが問題となります。 (2) この問題について明確に判示した最高裁判例は見当たりませんが、下級審裁判例として、①相続させる遺言による特定の遺産の承継についても、民法903条1項の類推適用により特別受益として持戻し計算の対象になるとしたもの(山口家裁萩支部平成6年3月28日審判・家月47巻4号50頁)、②特定物を相続させる旨の遺言により、当該特定物は被相続人の死亡と同時に当該相続人に移転しており、現実の遺産分割は残された遺産についてのみ行われるのであるから、それは特定遺贈があって、当該特定物が遺産から逸出し、残された遺産について遺産分割が行われる場合と状況が類似しているということができ、相続させる遺言による特定遺産の承継についても、民法903条1項の類推適用により、特別受益の持戻しと同様の処理をすべきであるとしたもの(広島高裁岡山支部平成17年4月11日決定・家月57巻10号86頁)があります。 (3) この問題については、①相続させる遺言は遺贈と同様、相続開始と同時に権利移転効を有し遺産分割対象財産から直ちに逸出することに着目し、民法903条を類推適用して特定遺産を遺贈財産と同様に特別受益として扱い、持戻し計算の対象になるとする特別受益該当説と、②相続させる遺言は遺産分割方法を指定するものであって、特定遺産は一部分割されたものと解し、残余財産の分割に当たっては、特定遺産を特別受益とすることなく、遺産の一部取得分としてこれを控除した残りの相続分を算定することになるとする特別受益非該当説の両説があるといわれています。雨宮・前掲公証法学44号50頁は、「公証実務では、相続人に対しては遺贈ではなく、「相続させる」旨の遺言をするというのが通常であり、遺言者としても相続人に対する遺贈に限りなく近い趣旨で「相続させる」旨の遺言がなされていることを考慮すると、民法903条を類推適用して特別受益となるとして処理することが相当であると思われる。」としています。 このような問題が生ずるのを避けるためにも、遺言書の作成に当たっては、できるだけ遺産の全部を対象とした遺言を残しておくのが望ましいといえますが、実際に、一部の遺産のみを対象に相続させる遺言を作成することとなった場合において、遺言者が当該遺産だけは別で、その余の遺産を分割するときは、これを考慮しないで分けてほしいと考えているときは、併せて特別受益持戻し免除の意思表示をしておくのがよいでしょう。 7 相続させる遺言による遺産の取得と遺留分減殺 (1) 平成3年最判は、相続させる遺言について、「場合によっては、他の相続人の遺留分減殺請求権の行使を妨げるものではない。」とも判示していますが、傍論的な部分であり、その性質・方法については明らかではありません。 この点に関し、最高裁平成10年2月26日判決(民集52巻1号274頁、会報平成10年10月号13頁)は、相続させる遺言により、特定の不動産を取得した受益相続人に対し、他の相続人が、遺留分減殺請求権の行使により当該不動産について同人に帰属した持分の確認と移転登記を求め、その場合における民法1034条所定の目的価額が争点となった事案につき、相続人に対する遺贈が遺留分減殺の対象となる場合には、当該遺贈の目的の価額のうち受遺者の遺留分額を超える部分のみが民法1034条にいう目的の価額に当たるものというべきであり、特定の遺産を特定の相続人に相続させる趣旨の遺言による当該遺産の相続が遺留分減殺の対象となる場合においても、以上と同様に解すべきであるとしています。 (2) 本判決は、遺留分制度は、遺留分を侵害されていない受遺者・受贈者に対しても、その者の遺留分額を正当に保持し得ることを保障するものであり、遺留分を侵害された者からの遺留分減殺請求により減殺を受けた受遺者の遺留分が侵害されることは遺留分制度の趣旨に反すると考え、いわゆる遺留分超過説を採用したものと考えられ、また、相続させる遺言による相続も、遺留分減殺請求の対象となることを主論において始めて明示的に認めた判例として位置付けられています(最高裁判所判例解説民事篇平成10年度(上)196頁〔野山宏〕)。 (3) この問題については、遺産分割方法の指定が相続承継である点を重視すれば、相続分の指定を含む遺産分割方法の指定が遺留分を侵害するときは、相続分指定に対する遺留分減殺ということになると思われますが、他方、相続させる遺言が遺贈と同様の権利移転効を有することを重視すれば、遺贈と同様の取扱いをすることができると考えられます。雨宮・前掲公証法学44号52頁以下は、後者のように解する方が、遺贈と相続させる遺言とが同時に行われた場合の処理が簡明であり、遺留分減殺がされても遺産共有ではなく、物権的共有となり、遺産分割を必要とせず、また、減殺の順序も遺贈と同順位になるとしています。 この点に関する下級審裁判例として、①遺産全部を特定の相続人に相続させる遺言について遺留分減殺請求権の行使があった場合には、物権共有となり、民法258条の共有物分割の訴えによらなければならないとしたもの(高松高裁平成3年11月27日決定・家月44巻12号89頁、会報平成4年8月号17頁)、②死因贈与と相続させる遺言による相続の減殺の順序について、死因贈与は、通常の生前贈与よりも遺贈に近い贈与として、遺贈に次いで生前贈与より先に減殺の対象となり、相続させる遺言による相続は、遺贈と同様に解するのが相当であるとしたもの(東京高裁平成12年3月8日判決・判時1753号57頁、会報平成14年4月号3頁)等があります。 おわりに 相続させる遺言については、当該遺言による執行(特に遺言執行者の権限)の問題もありますが、本稿の紙数もかなりのものになりましたので、別の機会に譲りたいと思います。 いずれにしろ、相続させる遺言は、早くから公証実務において広く用いられ、登記実務においても、当該遺言により(遺産分割手続を経ないで)相続による所有権移転の登記を認めてきたこと、現在では自筆証書による遺言についても「相続させる」旨の文言が用いられるようになってきたこと等を考慮すると、相続させる遺言について明文の規定がないため、専ら判例や学説上の解釈に委ねられている現状は、相続・遺言という国民にとって最も身近な問題にとって望ましいことではありません(一般の方は法律を見ただけでは分からない。)。立法的解決による明確化が待たれるところといえるでしょう。 (追記) 公証人を退任して10か月が経過しました。地元で庭いじりなどをしながら、のんびりとした日々を過ごしておりますが、そろそろ拙著「設問解説・相続法と登記」の本格的な改訂作業に取りかかりたいと思っております。余談ですが、地元の新聞紙上には、毎日「告別式の案内」が掲載され、故人の氏名・年齢・自宅や式場・喪主のほか、配偶者や子はもちろん、孫や兄弟姉妹・甥姪等親族一同の氏名、町内会や郷友会、門中、友人代表の氏名等が連なっており、併せて故人が役員あるいは勤務していた会社等からの謹告も掲載され、目覚めると、まず「告別式の案内」欄に目を通すのが日課になっています。地元沖縄ならではの縁戚関係の深さや地域等との結びつきの強さを改めて感じていますが、上記2(2)に記した「第三者が相続人の債権者である場合、相続開始直後に当該不動産が差し押さえられる可能性が低いとはいえない」との指摘については、より現実的なものとして受けとめているところです。 (幸良秋夫)
No.36 消費者と事業者間の売買契約の売買代金を目的とした準消費貸借契約において、売買契約とは無関係に付した利息・遅延損害金には利息制限法の適用があるものとして、消費者契約法の上限(14.6%)を超え利息制限法の上限(26.28%)内の遅延損害金を定めて差し支えないか。(質問箱より) |
【質 問】 売主である自動車販売業者甲と買主乙が中古自動車の売買契約を締結し,その売買代金を消費貸借の目的とする準消費貸借契約を公正証書で作成してほしい旨の依頼が,行政書士からされました。 契約の主な内容は,次のとおりです。 債務金額(売買代金) 金157,590円 利息 年18% 支払方法 平成28年から平成29年まで,毎月末日限り,元利均等方式により12回に分割して支払う。 遅延損害金 期限後又は期限の利益を喪失したときは,支払うべき元本に対する当該期限の翌日又は期限の利益を喪失した日の翌日から支払済みまで年26.28%の割合による遅延損害金を支払う。 上記公正証書案を作成するに当たり,以下の点についてご教示をお願いします。 売買代金については消費貸借とは無関係に生じた債権でありこれに利息,遅延損害金を付しても利息制限法の適用はないとされていますが,売買代金を準消費貸借の目的として利息,遅延損害金を付す場合において利息制限法の適用があるか否かは,新旧債務が同一性を有するか否かにより,もし売買代金に付された利息が,賠償金,過怠金の意味のものであれば,新旧債務は同一性を維持しているものとして利息制限法の適用を否定すべきであり,成立した準消費貸借につき純然たる利息の意味で付したのであれば,新旧債務は同一性を失っているものとして利息制限法の適用を認めるべきであり,その判断が困難な場合には,利息制限法の適用があるものとして処理するのが相当であるとされています(公正証書・認証の法律相談(第4版)P87参照)。 上記解釈により,本件契約が利息制限法の適用があるとした場合,依頼のあった契約における利息及び遅延損害金の利率(利息制限法の利率の上限)は利息制限法上は問題はありませんが,一方,本件は,自動車販売業者と買主との間の契約,つまり,消費者と事業者との間の契約であるため消費者契約法が適用されるものであり,消費者契約法第9条第2号では,遅延損害金の利率の上限を14.6%と定めていますので,利息制限法が適用されると遅延損害金(年26.28%)の利率が消費者契約法の上限(年14.6%)を大幅に超えることとなります。 ところで,消費者契約の条項の効力については,民法及び商法以外の別の法律に別段の定めがあるときはその定めるところによるものとされておりますので(消費者契約法第11条第2項),本件のように利息制限法の適用があるものとして契約するものである場合には,消費者契約法は適用されないことになりますが,このような契約を認めると消費者契約法の趣旨に反することにならないでしょうか。 【質問箱委員会回答】 1 売買代金の支払いを準消費貸借契約にした場合の利息制限法適用の可否 利息制限法が適用されるのは、同法第1条で、「金銭を目的とする消費貸借における利息」と定め、また同法第4条で、「金銭を目的とする消費貸借上の債務の不履行による損害」と定めているところから、金銭消費貸借契約があった場合に限られることは明らかであり、自動車の売買代金の支払いについては、同法が適用されることはありません。このことは、従来から判例でも、認められているところです(旧利息制限法当時の判例、大審院大正7年1月28日判決、大審院大正10年5月18日判決、大審院大正10年11月28日判決参照) それでは、自動車の売買代金の支払いを準消費貸借の目的として、新たに契約を締結した場合、新たな契約は、金銭消費貸借ですから、利息制限法の適用ありとして、そこに付される利息,遅延損害金については、同法の制約が適用されるか否かですが、準消費貸借契約を締結した例について、最高裁判所昭和50年7月17日判決は、「準消費貸借契約に基づく債務は、当事者の反対の意思が明らかでないかぎり、既存債務と同一性を維持しつつ、単に消費貸借の規定に従うこととされるにすぎないものと推定される」としていますので、この判決を受けて、一般的には,準消費貸借が金銭の支払いに関するものだからといって単純に利息制限法が適用されるとすることなく、「新旧債務が同一性を有する場合、旧債務に利息制限法の適用がなければ、新債務である準消費貸借にも適用がなく、旧債務に利息制限法の適用があれば、新債務である準消費貸借にも適用がある。」と解され、実務もそのように取り扱われています。 つまり、旧債務が売買代金支払い債務のように利息制限法の適用がない場合は、新債務である準消費貸借契約についても、利息制限法の適用はないということになります。これを本件にそのまま適用すれば、旧債務が売買代金の支払い債務で、利息制限法の適用がないことになりますから、新たに締結する準消費貸借契約についても、利息制限法の適用はないことになります。 ところが、前述の最高裁判例でも「当事者の反対の意思が明らかでないかぎり、既存債務と同一性を維持」としているので、当事者の反対の意思表示が明らかな場合は、新旧債務は、同一性のない債務として、新債務に利息制限法を適用させる余地が生じます。 当事者間では、すでに成立している準消費貸借契約ですが、これから公正証書にしようとしているところですから、嘱託人に対し、「新たに締結する準消費貸借契約は、旧債務と同一性を維持し、利息制限法の適用がないものとして成立させたいとの趣旨なのか、それとも同一性は維持しないで、利息制限法を適用させるものとして成立させる趣旨なのか。」を聞き、作成すれば問題ないことになります。 しかしながら、「利息 年18%、遅延損害金 期限後又は期限の利益を喪失したときは,支払うべき元本に対する当該期限の翌日又は期限の利益を喪失した日の翌日から支払済みまで年26.28%の割合による遅延損害金を支払う。」の定めをすることは、同一性を維持しているとみるのか、同一性は維持されていないと見るのかは、嘱託人に聞いても答えられる問題ではなく、公証人として、このような場合は、同一性は維持しているとみるかどうかを判断し、作成する必要があるものと思われます。 この点については、 ①成立した準消費貸借につき純然たる利息の意味で付したのであれば,新旧債務は同一性を失っているものとして利息制限法の適用を認めるべきであり,その判断が困難な場合には,利息制限法の適用があるものとして処理するのが相当である(公正証書・認証の法律相談(第4版)P87参照)、 ②売買代金に対する「利息」及び「遅延損害金」の割合がいずれも利息制限法の上限と一致しており、当事者間の契約内容は、利息制限法を前提としたものであると推測でき、他の面において新旧債務の同一性が維持されているとしても、旧債務において金銭の消費貸借上の「利息」等とは異なる「賠償金」、「過怠金」の意味のものが付され、それをそのまま新債務に引き継いでいることが明確であるという特段の事情がなく、準消費貸借契約締結に当たって改めて「利息」及び「遅延損害金」が定められたのだとすれば、この「利息」及び「遅延損害金」は、売買代金を目的とする金銭の準消費貸借上のものと見るのが相当であり、利息制限法の適用がある、 ③新債務に新たな利息及び損害金を付したからといって、それだけで、自動車の売買代金の支払いであるとの法的性質が変更され、同一性の無い金銭消費貸借が新たに成立したとみることは、当事者の一般的な意思に反し相当ではなく、当事者間では、新旧債務の同一性は維持されているとみるのが相当であるから、新契約に利息制限法を適用することは否定されるべきである、 との考え方があります。 ①新債務に対して、新たに利息、損害金を付す契約をしただけで新旧債務は同一性を喪失したと解してよいか、 ②については、新旧債務に同一性を維持する、すなわち代金支払い債務でありながら、なぜ利息制限法の適用を必要があるのか、 ③については、当事者が利息制限法の適用をさせたいというのであれば、それでも否定するのかという疑問があります。準消費貸借に関する判例、学説の動向は、ほぼ同じで、かつては、準消費貸借によって既存債務は消滅し、同一性のない新債務が成立するとの考えでしたが、その後、同一性の有無は当事者の意思によって定まるとし、原則として、同一性が失われると解するものと、同一性が維持されると解するものがありました。最近では、同時履行の抗弁権、担保、時効期間のような問題を考える際に、まず新旧両債務に同一性があるかどうかを判断し、その判断に基づいて、これらの事項を個別に決定しようという考え方がとられるようになりました。例えば、人的担保については、準消費貸借では原則として新旧債務は同一性を保っているから、原則として保証は新債務にも継承される、抗弁権については、準消費貸借では債務の同一性から原則として抗弁権も承継されるというように結論付けています。 そして、商品の売買を行ったその代金について、新たに準消費貸借契約を結んだような典型的な準消費貸借については、準消費貸借契約を締結することで当事者の地位に特段の変更を加えないことが当事者の意思と思われるので、このような場合は旧債務の担保と抗弁は新債務にそのまま承継されるのが、一般的な考えとされています。ただ、どのような考え方にたっても、前述の最高裁判例でも述べられているとおり、新債務の法的性質をどのように捉えるかは当事者の意思によって定まることになりますので、最終的には、この点を考慮して、判断することになると解されています。 以上、判例、学説をみたところで、本件を考えるに、 ①は、純然たる利息を付ける意図があるのであれば、新旧債務は同一性を失い、利息制限法の適用がある、 ②は、新旧債務は同一性が維持されているとしても、新たに付される利息、損害金等には、利息制限法の適用がある、 ③は、新旧債務は、同一性を維持し、利息制限法の適用はない、 との考えですが、一般的には、旧債務の自動車代金支払い債務を準消費貸借契約に変更したからといって、債務の同一性が否定されてしまうものでもなく、旧債務の性質を維持した準消費貸借契約には、当然には利息制限法の適用はないと考えるが相当であるものの、前述の最高裁判例で、「当事者の反対の意思が明らかでないかぎり、既存債務と同一性を維持」と述べているように、本件で、「利息」あるいは「損害金」を付したことが当事者の反対の意思があったと見るかどうか、つまり、このような「利息」あるいは「損害金」を付すことが、一般的に反対の意思が明らかになったものとみるかどうかということです。 この点については、前述した①、②、③のいずれの考え方も成り立つもの思います、つまり、およそこの考えは取りえないということではないので、いずれの考えによって作成したのか明らかにし、嘱託人には、このような趣旨を説明した上で、公正証書を作成することで差し支えないものと思います。 2 利息制限法と消費者契約法との適用優先関係について 前記③のように、準消費貸借契約について、利息制限法の適用がないと考える場合には、消費者契約法のみが適用となりますので、同法第9条で定める損害金の上限14.6%の範囲内でなければ遅延損害金の定めをすることができないことになります。 逆に、前記①、②のように、準消費貸借契約について、利息制限法が適用されると考えると、消費者契約法との優先関係が問題となります。利息制限法の適用があるとすると、利息制限法第4条に定める遅延損害金の利率の最高額は、年26.28%であるのに対し、消費者契約法に定める損害金の利率の上限は、14.6%であり、いずれが優先して適用されるかということが問題となります。 消費者契約の条項の効力については,民法及び商法以外の別の法律に別段の定めがあるときはその定めるところによるものとされていますので(消費者契約法第11条第2項),本件の場合は、消費者契約法は適用されず、利息制限法の適用があるものと解してよいかどうかが問題となります。 この点については、末尾参考判例のとおり、まだ明確な判例が確立していないことから、公証人として判断に迷うところですが、金銭消費貸借の過払金請求訴訟も多く提起されている状況の中で既に消費者契約法施行後15年を経過して、いまだ過払金請求訴訟において利息制限法違反ではなく消費者契約法違反であるという判例(裁判例も含めて。)が示されていないこと自体、金銭の消費貸借については下記参考判例中②及び③のような判断が事実上確立しているように思われますし、消費者契約法第11条2項の明文の解釈としても、金銭を目的とする消費貸借上の「利息」及び「遅延損害金」の定めについては、利息制限法の適用が優先されると解して良いと思われます。 なお、利息制限法の適用が優先されるという結論が消費者契約法の趣旨に反することになるのではないかという疑問ですが、消費者契約法自体に第11条2項の規定が置かれている以上、そのような批判は当たらないものと考えます。 3 まとめ 自動車の売買代金の支払いを準消費貸借契約に変更した場合、金銭の支払い債務を、 ⑴売買契約上の債務であるとの性質を有すると同時に準消費貸借契約上の債務であるとの性質を併せ有するものとみるが、この場合 ①準消費貸借契約上の債務というのは、単に金銭の支払いを目的とした債務というだけのことであり、利息制限法の適用はないという考え、 ②金銭の支払いであるから利息制限法の適用のある債務となるという考え、 の2つがある。 もうひとつの考えは、⑵売買契約上の債務であるとの性質は失い、準消費貸借契約上の債務だけとみる考えである。 ⑴①は、利息制限法の適用はなく、消費者契約法の適用がある。 ⑴②は、利息制限法が適用され、消費者契約法は、適用されない。 ⑵は、利息制限法が適用され、消費者契約法は、適用されない。 参考判例 保証委託契約に基づく求償金元金及び約定遅延損害金請求債権については利息制限法の適用がないとする①の判断と、金銭消費貸借上の遅延損害金について同法第11条2項の規定により利息制限法の規定が優先するという②及び③の判断があります。 ①銀行からの借入金につき、債務者から保証委託を受けた保証人が代位弁済して債務者に求償した事案で、消費者契約法第9条第2項の適用はないとした保証人(控訴人)の主張に対し、「控訴人の主張は,本件保証委託契約に基づく求償金元金及び約定遅延損害金請求債権の法律的性質に根ざさない,独自の見解といわざるを得ず,かつ,消費者契約法9条2号の規定の効力をないがしろにするものといわざるを得ない(中略)その他,本件においては,本件保証委託契約につき消費者契約法の適用が排除され,利息制限法が適用されると解すべき事由の主張立証は存しない。」(東京高裁平成16年5月26日判決)、 ②「消費者契約法11条2項は、『消費者契約の条項の効力について民法及び商法以外の他の法律に別段の定めがあるときは、その定めるところによる。』と規定しているところ、『金銭を目的とする消費貸借上の債務の不履行による賠償額の予定』については、利息制限法の規定が優先して適用されるものと解するのが相当である。」(東京地裁平成17年3月15日判決)、 ③「本件和解契約は、利息制限法の適用がある本件貸金契約に基づく貸金債務について保証した本件保証契約に関して、その債務の額を利息制限法の制限利率内で確認すると共に、その弁済方法及び条件付一部債務免除等を定めたものであって、消費貸借上の債務と取扱いを異にして利息制限法上の制限利率の適用を排除すべき実質的な理由はないというべきだから(中略)本件和解契約について、消費者契約法11条2項により、利息制限法4条1項の適用があり、消費者契約法9条2号は適用されないと解すべきである」(東京高裁平成23年12月26日判決)
]]>民事法情報研究会だよりNo.18(平成28年4月)
陽春の候、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。 さて、当法人は4期目の事業年度を迎えました。法人成立以来、事業活動をいかに充実させるか模索してまいりましたが、現在の会員のほとんどが公証人又は公証人OBとなっている現状から、会員の交流に関する事業以外の活動は公証実務関係が中心となっております。当法人の設立趣意書では、「登記、戸籍、供託、公証等の民事法情報処理の実務」について「会員相互の連絡交流を通じてその知識・経験の一層の集積を図り、民事法情報に関する調査・研究等をすることにより、民事法の普及・発展に寄与することとしたい。」としており、不動産登記・商業法人登記の分野にも事業の充実を図ってはどうかという声も聞かれるところですが、現在のように役員のボランティアによる運営には自ずと限界がありますので、今後の事業展開の前提として将来の法人の運営をどうするかについて現実的な検討が必要ではないかと考えております。 現在、6月18日の定時会員総会に向けて、旧年度の決算、新年度の事業計画等について資料作成中であり、5月中旬までには会員総会の開催通知をお送りいたします。なお、同時に行われるセミナーでは、特別会員の元民事局長、房村精一氏に講師をお願いすることとしておりますので、ご期待ください。(NN)
お伊勢参り(理事 冨永 環) 1 平成25年(2013年)、神宮式年遷宮が日本中の注目を集めたのは記憶に新しい。 この式年遷宮は、伊勢神宮(「神宮」が正式名称であり、狭義の神宮は、「内宮」と「外宮」のみを指す。)で20年に一度、神宮の社殿を新しく造営して神座を遷す行事で、飛鳥時代の天武天皇が定め、持統天皇の治世の690年に第一回が行われたとされる。途中戦国時代に120年中断し、その後延期があったものの、1300年続く大祭である。20年ごとに建て替える理由は諸説あるようだが、定期的な神事であること、木造建築の耐用年数や宮大工の伝統技術の承継、神を想う心を次世代に継承するなどがあるようだ。 神宮は、三重県五十鈴川の川上にあり、皇大神宮(内宮〈ないくう〉)と豊受大神宮(外宮〈げくう〉)の両正宮〈しょうぐう〉を中心とした14所の別宮〈べつぐう〉、109の摂社、末社、所管社から成り立つ、とても広大なエリアに数々の営造物がある。 2 神宮に参る、いわゆるお伊勢参りは、江戸時代に最も盛んに行われたようだが、伊勢参りを歌った伊勢音頭は、江戸時代の伊勢国で唄われ、次第にお伊勢参りの土産として地元に持ち帰り、作り替えられて唄われるほど親しまれ、全国に広まった民謡で、全国伊勢音頭連絡協議会を組織しているほどである。その中の一つ、正調伊勢音頭に次の歌詞がある。 《伊勢はナァーァ、津で持つ、津はナァーァ、伊勢で持つ、尾張名古屋は城で持つ〈中略〉伊勢に行きたい、伊勢路が見たい。せめて一生に一度でも〈略〉》 私が10代後半の頃、田舎暮らしの両親が、「いつかは、お伊勢参りをしたい。」との思いを抱いていたが、10年後に突然他界し、実行できなかったことを思い出し、自分自身が齢を重ねており、そろそろ元気な今のうちに、お伊勢参りをして、両親の心残りを実現しておきたいと考えた。それで、平成25年末にお伊勢参りを実行した。 3 内宮は、五十鈴川に架かる宇治橋を渡って大鳥居をくぐり、神域に入る。そのエリアに一歩足を運ぶと何かが違う気持ちになり、神妙になるのが不思議である。まずもって印象に残っているのは、境内に敷き詰めてある眩いばかりの玉石である。順路には5、6ミリ立方形に砕石された真っ白の玉石が敷き詰められ、一歩一歩踏みしめる度にギュッと鳴り、心が洗われる気持ちがして心地良かった(御利益?もあった。初めてのお参りとあって、靴を新調して参詣したが、立方形の砕石の切れ味がよく、靴のつま先の両方とも縦に深い亀裂が入り、一回でお蔵入りとなった。)。 順路は、参詣者が途切れることのない長蛇の列であったが、人々の話し声が緑の森の中にスーッと消え、静寂にも近いものを覚えた。いよいよ本殿を目の前にして石段が迫り、参詣者の渋滞は極限になる。前方では神宮職員の整列を促す声にしたがっている様子が伝わってくる。石段の付近は、すし詰め状態で危険なため、ゆっくり進み、のぼり詰めたところに立つ「棟持柱〈むねもちばしら〉」をくぐると、目の前に白木の掘立柱造り・萱葺屋根の社殿の全容を拝むことができた。天候にも恵まれ、遷御間もないこともあり、神殿は、神々しい一言である。また、その右側には、遷御前の旧社殿(平成5年造営)が未だ取り壊されることなく建っており、20年の歴史の重みがあり、新・旧を見ることができた。 4 長期にわたり戦争がない時代を実現した江戸幕府にあって、人々のお伊勢参りへの情熱は盛んであったようだ。幕府の記録によると、最も多いとされる1830年(天保元年)は、お伊勢参りに年間約450万人が訪れ、当時の人口が約2600万人とされることから、約5人に1人が参ったことになる。 今でもお伊勢参りの人気は高い。因みに、式年遷宮の平成25年(2013年)にお伊勢参りに訪れた人の数は、1420万4816人に達している(伊勢市観光統計)。 では、当時の人は、どのくらいの日数でお伊勢参りしたのであろうか。当時の旅は、徒歩である。江戸から伊勢までは東海道を歩いて往復30日程度、次いで大和路で大坂さらに京まで物見遊山を加えると、50日を超える長旅であったようだ。お伊勢参りが庶民の旅であったことや、その旅の様子を今に伝える読み物で東海道中膝栗毛(著者・十返舎一九)がある。十返舎一九(本名・重田貞一)は、現在の静岡市葵区生まれ、江戸で作家業を本業とした最初の人物であった。町人の弥次郎兵衛(弥次さん)と北八(北さん)の二人が江戸から桑名を経て伊勢神宮、大和めぐり、京までの旅路で滑稽と醜態の失敗談が、駄洒落、狂歌、各地の風俗、奇聞を交えて語られる。その東海道中膝栗毛には、弥次さん・北さんが内宮と外宮を参った状況について、次のように記述されている。 《すべて処々の宮めぐりをするあいだは 自然と感涙肝に銘じて ありがたさに まじめになって しゃれもなく むだ口もなし しばらくのうちに巡拝を無事終えた》 このように、滑稽な二人がこの参詣の時ばかりは神妙であった様子が伺える。 5 参道からの帰り道には、おはらい町・おかげ横丁がある。おかげとは、恩恵、力添えを指す言葉である(広辞苑)。おかげ横丁には、食事処を始め、伊勢志摩の様々な名産品があり、立ち寄って楽しむのに飽きない。おかげ横丁の往来は、参る人と帰る人が路上で対面通行となり、大変な混雑と賑わいがある。 6 結びに、今年5月、伊勢に世界の首脳が集まり、伊勢志摩サミットが開催される。ここは訪れる人々に日本の精神性を感じて貰う場所である。「安心」「安全」そして「安寧」な世の中の実現を創生する会議であってほしいと願う。 (追記・第62回式年遷宮は、平成27年3月、すべての遷宮祭が執り行われ、諸事完遂したと報じられた。)
今 日 こ の 頃 |
このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。
福島の今(その2)(本間 透) 平成23年(2011年)3月11日に東日本大震災及び東京電力福島第一原子力発電所の事故(以下「原発事故」という。)が発生してから間もなく5年が経過しようとしています。その当時及びその後の福島の状況については、本誌の平成26年4月号(№5)に掲載されましたが、現時点での福島の状況について以下のとおり紹介します。 1 避難状況等 ○ 避難者 震災と原発事故による福島県民の避難者は、最大時から約6万5000人減少したものの、今だに約10万人にのぼり、その内の県外避難者は約4万3000人、県内避難者は約5万7000人です。県内避難者の約8割が、原発事故によりほぼ全域が避難せざるを得なくなっている6町村の住民です。 今なお約1万8000人(最大時約3万3000人)が仮設住宅での暮らしを余儀なくされ、原発事故による避難者向けの災害公営住宅の整備(約4900戸)は、全体の戸数の約21%しか進捗しておらず、災害公営住宅に入居しても近隣同士の繋がりの希薄化や孤立しがちな高齢者の支援をどうするかが課題になっています。 ○ 避難指示区域 原発事故により避難指示区域が設定された12市町村は、それぞれの地域の放射線量と除染の進捗状況に応じて、帰還困難区域、居住制限区域、避難指示解除準備区域に指定されているところ、電気・ガス・水道などの日常生活に必要なインフラや医療・介護・郵便などの生活関連サービスが概ね復旧し、除染が十分に進捗した段階で自治体と住民との十分な協議を踏まえ、避難指示が解除されることとなっています。 徐々に地域復興に向けて住民の帰還と復興拠点の整備が進んでいますが、避難指示が解除されても帰還者の多くが高齢者であったり、インフラが復旧しても医療施設や商業施設がどの程度再開又は整備されるのか不透明なことが住民の帰還に当たっての不安となっています。 2 原発事故対応 ○ 原発の状況 1号機は、炉心が溶解、建屋が水素爆発し、ほとんどの溶解燃料が格納容器に落下しているものと推測され、現在、使用済み核燃料プールからの核燃料取出しに向けた建屋カバーを撤去する作業を行っています。 2号機は、炉心が溶解し、57%の溶解燃料が格納容器に落下しているものと推測され、現在、原子炉建屋内の放射線量が高いので、線量低減対策を行っています。 3号機は、炉心が溶解、建屋が水素爆発し、63%の溶解燃料が格納容器に落下しているものと推測され、現在、使用済み核燃料のプールからの瓦礫を撤去する作業を行っています。 4号機は、建屋が水素爆発しましたが、使用済み核燃料プールからの核燃料の取出しを完了しています。 5・6号機は、冷温停止して原子炉には燃料がなく、使用済み核燃料プールに核燃料が保管され、今後、廃炉に向けた研究施設として利用されることになっています。 今後、1~3号機については、平成32年度までに使用済み核燃料プールからの核燃料の取出しを目指し、最速で平成33年度から原子炉内の溶解燃料の取出しを開始することとされ、最終的に原発を解体・廃炉に至るまでは、30年~40年を要する見込みとのことです。 ところが、溶解燃料の取出しについては、そのためのロボット調査が延期されるなど、確たる見通しが立たないのではと危惧されます。一方、廃炉に向けた技術研究の拠点となる楢葉町の楢葉遠隔技術センターの運用が本年4月から本格化することになっています。 ○ 汚染水の処理 原子炉を冷却した後の汚染水と1日当たり約300トンの地下水が原子炉建屋に流入して汚染水となり、それが溜まり続けて建屋における迅速な作業を阻害していることから、それへの対策が大きな問題となっています。 汚染水を保管するためのタンクが原発敷地内に1115基ありますが、増え続ける汚染水対策としては限界があることから、東京電力は、①汚染源を取り除くための多核種除去設備(ALPS)による汚染水の浄化、海水配管トレンチ内の汚染水の浄化、②地下水を原子炉建屋に流入させないための地下水バイパスによる地下水の汲み上げ、凍土方式による陸側遮水壁の設置、③汚染水を漏らさないための海側遮水壁の設置、海側護岸の井戸からの地下水の汲み上げを行っています。 更に、原子炉建屋付近の井戸から地下水を汲み上げ、浄化後に海に流出するサブドレン計画を立てましたが、福島県漁業協同組合は、漁場への風評被害が悪化することを危惧し、当初反対していたところ、汲み上げた地下水と浄化後の水の放射性物質濃度を複数の分析機関で定期的に分析の上、東電が水質管理と情報公開を徹底・厳守することを確約し、同組合は、この計画を受け入れました。同組合の苦渋の決断は、漁業の再生と原発の廃炉促進を見据えたものと思われます。 ○ 除染等 福島県内では、約3000か所にモニタリングポストを設置し、放射線量を監視していますが、原発事故前にはなかった非日常的な物が存在し、そのデータが毎日新聞紙上に載るということが日常化しています。 原発事故で被害を受けた状況を改善し、避難地域の住民の帰還を促すことにより、原発事故前の生活を取り戻して産業等の復旧・復興を図るため、原発事故で拡散した放射性物質の除染が進められています。除染の必要性は否定できませんが、一方、その程度や範囲、それに要する莫大な予算(平成23年度~27年度にかけて約2兆6000億円の予算措置がなされている。)などの問題もあります。 また、除染に伴い大量に発生した土壌や廃棄物等が仮置場や住宅の敷地内、校庭等に保管されており、その早期の搬出・保管が大きな課題となっています。 これらの除染廃棄物を最終処分するまでの間(最長30年間)、安全かつ集中的に貯蔵するための中間貯蔵施設を整備し、そこに除染廃棄物を輸送する必要があります。 この中間貯蔵施設の建設場所は、福島第一原発の周辺で面積が約16㎢、約3000万トンの貯蔵が可能ですが、建設場所の地権者約2400人との交渉が遅々として進まず、除染廃棄物の搬入ルートについても関係地域との調整が難航しています。 ○ 風評被害 原発事故により放射性物質が拡散されたことから、それが含有等されていないことを証明する検査を行っているにもかかわらず、様々な面でマイナスイメージが生じるという風評被害があります。 福島県は、原発事故前、全国有数の農産物を生産・出荷していましたが、風評被害を払拭するため、各種農産物の放射性物質吸収抑制対策を講じるとともに検査を徹底し、特に、県産米については、全量全袋検査を行い、放射性物質基準超ゼロを確認し、県産米ブランドの再興を目指しています。 漁業では、原発事故に伴う汚染水の発生と海への流出があったことから、近海では全く出漁できない状況の中、原発事故の影響がない漁域で採った魚類を福島の漁港で水揚げしたというだけで、市場価格の半分以下となるなど、大きなダメージを受けました。現在は、近海での試験操業をしながら放射性物質の検査を行い、「常磐もの」の復活を目指しています。 観光では、ふくしまディスティネーションキャンペーンを行うなど様々なイベントを通じて観光客の誘致に努めた結果、福島県を訪れる観光客数は、原発事故後激減したものの、原発事故前の8割まで復活しました。 ○ 損害賠償 原発事故により住民や事業者が強制的に又は自主的に避難をせざるを得ない状況若しくは間接的に制約を受けた状況に置かれ、これに伴う精神的損害、就労不能損害、営業損害、風評被害、財物補償等々に対し、東京電力(国の基金)は、これまで約4兆6000億円の賠償金を支払っています。現在も様々な損害賠償の請求・訴訟がなされていますので、今後も賠償額の増大が見込まれます。 3 明るい動き 福島は、原発事故という未曽有の困難に立ち向かいながら、未来に向けて様々な取組をしています。 教育の場では、原発が立地する双葉郡に5校あった県立高校は、原発事故により県内各地に設けたサテライト校で授業をしてきましたが、郡内で開校している高校が4年間存在しない状況を解消するため、広野町に県内初の中高一貫校で文科省からスーパーグローバルハイスクールの指定を受けた「ふたば未来学園校」が開校されました。また、福島の未来に向け心を一つにして進もうという目的で、全国の中高生46人による「ふくしま未来応援団」と県内の「ふくしま復興大使」16人が集まり、原発事故からの復興の歩みを進める福島のために力を合わせる活動をしていくことになりました。 日本サッカーの聖地ともいうべきJヴィレッジは、原発事故後、その対応の拠点となり、グランドは駐車場として使用され、管理棟は作業員の詰め所となるなど、見る影もなくなりましたが、東京五輪の合宿誘致に向け、新たに全天候型サッカー練習場と宿泊棟を整備し、平成30年7月からJヴィレッジを再開することになりました。 平成26年の人口動態統計によれば、福島県の出生率が全国平均を上回る1.58で全国で最も伸び率が高くなり、全国における順位が9位で東日本では最も高くなりました。これは、原発事故により県外に避難していた若い世代が県内に戻っていることと、福島県が震災後に18歳以下の子供の医療費を無料にするなど、子育て支援を重点的に行っていることが大きな要因になっています。 4 いわき市の状況 私が居住しているいわき市は、福島県内の浜通り(太平洋側)の中核都市として、その中心地は、原発所在地から30㎞以上離れ、放射線量が低いこともあり、原発事故地域からの避難者を含めた実質人口が35万人を超えています。 また、常磐高速道が仙台まで全線開通し、JRの特急が上野駅止まりであったのが、いわき駅から東京、品川駅まで延伸したこともあり、人の動きと物流が増大しています。 さらに、被災者・避難者の転入に伴い、住宅需要が更に増加していることから、昨年7月の地価調査では、いわき市で一番高い住宅地の地価上昇率が全国で二番目に高く、全国上位10か所にいわき市の8地点が入っています。いわき市では、宅地開発の需要に応えるため、市街化調整区域を見直すこととしています。 5 公証業務 いわき公証役場では、震災・原発事故直後は嘱託が激減したものの、平成25年以降、人口増加や震災・原発事故に伴う復旧・復興事業の増大に伴い、各種相談や公正証書作成と定款認証の嘱託が増え、この3年間は、過去15年間における嘱託件数の最高を更新しています。 当職の任期は、残るところ数か月となりましたが、引き続き懇切丁寧な対応に心がけながら職務を全うしたいと思っております。 (福島県いわき公証役場公証人 平成28年2月記)

実 務 の 広 場 |
このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。
No.30 日付情報の付与(電磁的記録に対する電子確定日付の付与) |
1 はじめに
公証人がする民法施行法第5条第2項による日付情報の付与制度は,電子政府を構築するという政府方針を基礎としたものであり,電子公証業務の中では,会社等の電子定款の認証と並んで双璧の業務といえるところ,紙による確定日付の件数と日付情報の付与件数を比較すると日付情報の付与は広く普及しているとはいえないのが現状のようである。
ところで,当役場の所在地である倉敷市には,その南部に中国地方有数の河川である高梁川の河口に形成された三角州と沿岸一体の遠浅海面の埋め立てにより造成された広範な地域に「水島臨海工業地帯」がある。JX日鉱日石エネルギー,三菱化学,旭化成ケミカルズ,JFEスチール,三菱自動車工業などの大手をはじめ,251の事業所(対全県比7.1%)が事業を行っており,約23,200人(対全県比16.5%,いずれも平成25年統計)が従事している。
これら企業からの嘱託は,事業用定期借地権設定,知的財産権利保護のための事実実験公正証書作成などであるが,当該企業の研究室からの確定日付の申請もある。日々の研究日報を週単位あるいは月単位で私署証書化したものに確定日付を付与するものであるが,当然に枚数も多く封緘した形態のものもある。従来はその全部が紙による申請であったが,今般,電子による申請,いわゆる日付情報の付与申請があった。
当役場では処理した前例がなく,地方の公証役場にもついに都市型(?)が来たかと実感し,少々バタバタしつつ,先輩公証人にアドバイスをいただきながら無事に処理を完了した。日付情報の付与については,前述のとおりその申請件数は少なく周知・広報が十分ではないのかとも思える。実際に処理した感想や当該申請人から寄せられた評価等をお知らせしたい。
2 事前相談と対応
(1) 事前の相談における照会内容等は概ね次のとおりである。
① 1冊100ページ前後の研究資料に確定日付の付与を受ける場合,紙で編綴して割印したものに確定日付を受ける方法と電子公証によって行う方法とどちらにメリットがあるか。できれば電子公証の方法によりたい。
② 日付情報の付与申請には電子署名を取得する必要があるか。
③ 紙によるものと電子によるものとの処理時間の差異はあるか。
④ 電子公証の場合,1文書(1ファイル)のページ数・容量に制限はあるか。
⑤ 公証役場での電子情報の保存について詳細に知りたい。
(2) 回答要旨
上記に対して,日本公証人連合会ホームページの「電子公証」,法務省ホームページ「1.3日付情報の付与(確定日付の付与)の請求」及び登記・供託オンライン申請システムの「申請者操作手引書」171ページを紹介した上で,次のとおり回答・説明した。
① 電磁的記録に対する電子確定日付の付与は,従前からの紙による確定日付を電子化したものであること(新訂公証人法,日本公証人連合会編206ページ)。したがって,日付情報を付与する文書は,私署証書(私文書)である必要があること。
② 電子署名は不要であること。
③ 事前に,法務省ホームページ,登記・供託オンライン申請システムの「申請者情報登録」によって申請者情報の登録(IDとパスワード等)を行う必要があること。
④ 申請情報をPDF,XML又はTXT形式で作成する必要があること。
⑤ 紙による確定日付との最大の差異は,電磁的記録を保存(公証人法第62条の7第2項,民法施行法第7条第1項,指定公証人の行う磁気的記録に関する事務に関する省令第23条)することができること(ただし,1件300円の手数料が必要)。
日付情報付与後の文書(データ)を申請人が取得することによって手続は終了し,データの保存は,申請人が取得したデータと公証役場の2箇所で保存することになること。
⑥ 電磁的記録の保存を希望する場合には,申請時にその旨意思表示する必要があること(付与申請の際に,「公証役場で文書を保存する」チェック欄をそのままに。希望しない場合はチェックを外す。)。
⑦ 公証役場へ出向く必要はない(公証役場では受け取ることができない。)ので,少なくともその所要時間は節約できること。ただし,手数料納付のために出頭を要することもある。
⑧ 1ファイルの容量の制限は,10メガバイトであること。
⑨ 日付情報の付与を行う電子文書のファイル名について,文字数の制限があること(全角15文字以内)。
なお,本件においては,申請ファイル数が,複数で内容的に同内容であり,かつ継続的に利用される可能性が高いため,ファイルの名称に符号等を付して分別可能になるよう指導した(例えば,「△△研究室研究資料25-5」)。
(3) 処理の流れ
実際に行った処理流れを図示すると概ね別表のようになる(前記「1.3日付情報の付与(確定日付の付与)の請求・申請手続の流れ」及び(株)日立製作所作成にかかる「法務省オンライン申請対応版・電子公証システム公証人端末手順書」をベースにして,申請人との連絡等も含めて作成)。
3 処理に留意した事項、感想
① 今回は,全17件(17ファイル)の申請で,1ファイルのデータ量は少ないものでも90ページであった。これが紙で申請されるとなると申請人がその全部を持参し,窓口で待機することになるが,電子申請では申請人が役場へ出頭しないので,当方のペースで処理ができるのがメリット。
② 上記の情報量であるため,公証人が私署証書であることを含め内容の確認を行うのにそれなりの時間(本件においては,1ページ目に研究資料である旨及び作成者の所属氏名・作成年月日が記載され,2枚目以降は図面や化学記号等の記載されたものであった。)を要した。
なお,今回は双方初めての処理であったため,正式な申請の前の内容の事前確認として,申請予定のファイルの1つを電子公証システムではないインターネット回線を利用して送信させ,内容確認を行った。私署証書か否かについて申請人はほとんど意識していないと思われるので留意を要する。
③ 紙による確定日付の場合,複数枚のときは割印を行う必要があるが,電子による場合はこれの必要はないこともメリット。
④ 手数料の徴収方法に工夫が必要。なお,今回は振込による支払を希望したので,振込があったことを確認して署名処理したが,これは公証役場の実情によることになる。
4 計算書
計算書は,公証人法施行規則(以下「規則」という。)第23条により公正証書以外のその他に関するものは附録第4号の乙の様式によるものとされ,相当と認めるときは,確定日付に関するものは同号の丙の様式によることを妨げないとされている。また,指定公証人の行う電磁的記録に関する事務に関する省令(平成13年3月1日法務省令第24号,以下「省令」という。)第21条により,指定公証人の計算簿の特例が定められている。
当役場では,電子定款認証のために省令第1号様式の計算書は使用していたが,前述のとおり日付情報の付与の取扱がなかったため省令第2号様式は備え付けがなかった。
暫定的に上記丙の計算書を使用して,同様式にある「確定日付」の文言を「日付情報」「保存料」と追加・修正(訂正)して使用していることも検討したが,当役場においては,省令第21条に基づく附録第1号様式によることとした。なお,定款の電子認証の場合と登簿管理番号が相違するため,日付情報専用の計算書として別冊で処理をすることにした。
新たに計算書を調整する場合には,省令附録第2号様式の計算書を調整することとしている。
5 申請人からの評価
申請人からは,以下の事項を理由に非常に便利でメリットは高いとの評価であった。
① 電子情報による処理であるため,紙(簿冊)によるものと比較すると,完了後の申請人会社における保存場所が省力化できる。
② 秘密に属する知的財産に関する文書・書類の現物を工場・会社等から持ち出しすることの危険負担が全くない。ただし,電子情報としてのセキュリティの問題はある。
③ 電磁的記録として20年間保存してもらうことができるので,二重保存の状態になり,知的財産としての保存に安心感が増す。
④ 謄本(同一情報の提供)請求が可能なこと。
⑤ 公証役場における20年間の保存期間を考慮すれば保存の手数料が安価であること。
6 おわりに
日付情報付与を処理した結果等は以上のとおりであり,処理してみれば意外とスムースで,電子アレルギーだったかなと反省しきりです。
申請人からの評価に加え,公証役場から遠隔地にある企業の活用も考慮し,かつ,電子政府の構築という政府方針を勘案すると,研究開発部門を持つ企業には有意と思われ,積極的に啓発する必要を感じています。
なお,電話による相談の場合は,前述のホームページ等を紹介することで足りるが,窓口で説明する場面に備えて説明資料を作成したので参考に供します。
(中西俊平)

No.31 法人格のない甲地区会所有の土地について、法人格のある乙地区会の名義を借りて登記する旨の私署証書(甲乙間の覚書)の認証の可否(質問箱より) |
【質 問】 下記覚書の認証の嘱託がありましたが、同覚書中「法人格のある乙地区会の名義をお借りし登記する」とあるのは、虚偽の登記を意味するものであり、公証人法第60条(第26条・無効の法律行為)に抵触しないか疑義が生じたところであります。 つきましては、嘱託どおり認証して差し支えないか教示願います。なお、登記事項証明書では、登記原因は委任の終了、名義人は甲地区会の代表者個人名から乙地区会に変更されています。 記 (覚書) 平成27年○○月○○日付けで成立した甲地区会(法人格なし)所有の土地所有権移転登記に際し、甲地区会と乙地区会(法人格あり)との間で、次のとおり申し合わせをする。 甲地区会所有の土地名義変更に際し、今まで個人の名義をお借りし、数年ごとに名義変更、更新をしてまいりましたが、その都度に役員、当事者、親族等大勢の方に多大な労力と費用をかけてまいりました。また、名義人死亡による相続の手続きが、場合によってはできなくなるというリスクも懸念されておりました。 そこで、法人格のある乙地区会の名義をお借りし登記することによって、度々の名義変更による費用と様々なリスクを軽減できることとなります。 今後、上記の土地名義は乙地区会になりますが、今までどおり所有権は甲地区会にあり、管理、納税等の費用負担の義務は甲地区会にあり、甲地区会が負担することとします。 上記の内容を確認し、代表者が署名、押印し、両者が各一部を所有、保存する。 平成27年○○月○○日 ○○県○○番地 甲地区会会長 住所 氏名 ㊞ 同 副会長 住所 氏名 ㊞ ○○県○○番地 乙地区会会長 住所 氏名 ㊞ 同 副会長 住所 氏名 ㊞ 【質問箱委員会回答】 私署証書の認証について、文面に不動産登記法上問題と思われる事項が掲載されているところから、認証の可否に疑義が生じた事案です。私署証書については、公証人法第60条で、公正証書作成について規定する第26条を準用しているところから、そこに定める要件、すなわち「公証人ハ法令ニ違反シタル事項、無効ノ法律行為及行為能力ノ制限ニ因リテ取消スコトヲ得ヘキ法律行為ニ付証書ヲ作成スルコトヲ得ス」を満たしていなければならないことになります。 さて、本件において問題になるのは、甲地区会の所有の土地について、「法人格のある乙地区会の名義をお借りし登記することによって、度々の名義変更による費用と様々なリスクを軽減できることとなります。 今後、上記の土地名義は乙地区会になりますが、今までどおり所有権は甲地区会にあり、管理、納税等の費用負担の義務は甲地区会にあり、甲地区会が負担することとします。」と記載されている箇所です。 ここに記載されているのは、甲地区会の所有の土地であるにもかかわらず、「①乙地区会の名義を借りて登記をする、②登記名義は、乙地区会であるが、今までどおり所有権は甲地区会にあり、管理、納税等の費用負担の義務は甲地区会にある。」との文言は、公証人法第26条で定める「法令ニ違反シタル事項、無効ノ法律行為」に該当することになるのか否かです。 この点について、次の2つの考え方があります。 ⑴ 不動産に関する権利変動を登記簿に正確に反映させることを目的とする登記制度の立場からすると、①のように「他人の登記を借りて登記する。」旨の記載は、公証人法第26条で定める「法令ニ違反シタル事項、無効ノ法律行為」について記述するもので許されない、②についても、前段の箇所は、同様の理由により許されない記述であり、この記載内容のままでは、私署証書の認証は認められないという意見です。 ⑵ これから真実とは異なる所有権名義の登記をしようとする合意だとすると、これは不実の登記を出現させることを内容とするものであるから、公証人法第60条で準用される第26条の「法令に違反したる事項」に該当し、認証を与えることはできないということになりますが、本件の場合は、既に乙地区会名義の登記がされていることを前提として、①と②前段は、真実の所有権は甲地区会にあるという事実の確認であり、②後段は、実体に合った費用負担をすることの確認ということですから、この覚書の内容自体が「法令に違反したる事項」であるとまでは言えないという意見です。いずれの考え方に立って処理しても、誤った処理とまでは言えないとおもいますが、次のような問題があります。 ⑴の意見については、法律に違反する事項があるとの指摘は、そのとおりとしても、現に存在する事実をありのまま記載した箇所についてまでも認証を拒否するのは、認証実務の現状からみて少し行き過ぎではという反論があり得ます。⑵の意見については、事実を記載しているだけといっても、明らかに法律に反する内容をこれでも許されるかのごとくに記載をしている文書をそのまま認証できるとすることは、公証人法第26条で定める要件から、全く問題なしということにはならないという反論があり得ます。 いずれにしても、このままの文言で認証することには、若干問題があると言えそうです。問題になるのは、甲地区会が乙地区会名義を借用して登記できると記載している「法人格のある乙地区会の名義をお借りし登記する」の箇所と、登記名義は乙であるが所有者は甲であると記載している「土地名義は乙地区会になりますが、今までどおり所有権は甲地区会にあり」の箇所です。 この箇所をそのままにして認証すると、公証人は、他の登記名義を借りて登記すること、あるいは、登記名義と所有権者が異なることであっても、法的に問題ないものとして認証したかのごとき印象をもたれてしまいそうです。また、本件は、同じ地区会という名称が付されており、乙地区会は、法人格を取得し登記しているにも関わらず、甲地区会は法人格なしということですから、甲地区会は、法人格を取得して登記できるにもかかわらず、自己都合で法人格を取得せず登記していない団体であるとみることもでき、そうであるならば、甲地区会が乙地区会の名義を借用することが許されるかのごとき記載は許されるものではなく、本件記載のまま、認証することは相当でないと考えます。もっとも、甲地区会が法人格を取得できない団体であるとした場合には、便宜的な登記を認めざるを得ないこととなりますので、その場合は、厳しい指摘もできず、考え方を変えて対処する必要があるものと思われます。 以上のことを前提に、認証できる文書にするには、どのようにしたらよいかですが、次のような方法が考えられます。 ⑴甲地区会が自己都合で法人格を取得していない場合 ①登記に関する箇所について、「本来甲地区会名義で登記すべき事案であること、現実に乙地区会名義で登記をしてしまった経緯及び早急に甲地区会名義に登記を訂正すること」を記載し、その登記が是正できるまでの間、甲地区会と乙地区会の取り扱いを定める内容とした文書に書き改める。 ②登記に関する箇所を削除し、単に甲地区会と乙地区会の取り扱いを定める内容とした文書に書き改める。 ③現在の記載内容に、「乙地区会名義の登記をせざるを得なかった経緯及び早急に甲地区会名義に登記を訂正する」旨を付記する。 ⑵甲地区会が法人格を取得できない団体である場合 ①現在の記載内容に、「乙地区会名義の登記をせざるを得ない事情」を付記する。 ②現実に乙地区会名義で登記をした経緯を記載し、甲地区会と乙地区会の取り扱いを定める内容とした文書に書き改める。 文書の訂正指示については、公証人施行規則第13条に、「公証人は、法律行為につき証書を作成し、又は認証を与える場合に、その法律行為が有効であるかどうか、当事者が相当の考慮をしたかどうか又はその法律行為をする能力があるかどうかについて疑があるときは、関係人に注意をし、且つ、その者に必要な説明をさせなければならない。」と規定しているので、訂正させることは可能です。 (参考) 権利能力なき社団の所有不動産の登記について 判例(最高裁第一小法廷昭和32.11.14判決。最高裁判所民事判例集11巻12号1943頁、裁判所時報247号10頁、判例時報131号23頁、判例タイムズ78号49頁等)は、権利能力なき社団の財産は、権利能力なき社団全員の総有という考え方をとり、これを前提として、権利能力なき社団の所有不動産の登記については、代表者が構成員全員からの受託者たる地位において個人名義(社団の代表者という肩書きを付けることも認められません。)で登記するほかないと判示(最高裁第二小法廷昭和47年6月2日判決。最高裁判所民事判例集26巻5号957頁、判例時報673号3頁、判例タイムズ282号164頁等)し、これによって登記実務が運用されているところです。 しかしながら、現在の不動産登記実務により代表者の個人名義とされた登記も、登記原因を見れば本来の個人財産とは異なるものであることがわかるはずだということかもしれませんが、一見して代表者個人の財産と区別できない登記がされており、真実の所有関係を正確に分かりやすく公示しているとは言い難いものになっていることは否定できません。 このようなことから、登記簿上は代表者個人の財産であるかのように登記されているが真実は権利能力なき社団の財産であること、及び、当該不動産に関する管理費用や税金は権利能力なき社団が負担することを確認するというような内容の公正証書の作成や私書証書の認証を求められることもあり、これらの嘱託には応じているところです。新訂公証人法91,92頁参照 なお、権利能力なき社団については、民事訴訟法第29条に、「法人でない社団又は財団で代表者又は管理人の定めがあるものは、その名において訴え、又は訴えられることができる。」とされているほか、税法上又は行政上の関係では法人とみなされている場合がありますので、権利能力なき社団が所有する不動産についても、その実体にあった利用しやすい登記方法が考えられれば良いのですが、これはすぐには解決できない問題と思われます。
No.32 電気事業者の土地及び権利売買契約について(質問箱より) |
【質 問】 土地所有者甲が所有する土地(競売物件。甲が落札の見込み。150筆)及び甲が取得した電気事業者による再生エネルギー電気の調達に関する特別措置法第6条に基づく経済産業省の設備認定ID及び同IDに基づく地位及び権利、並びに○○電力株式会社からの発電設備系統連係承諾の地位及び権利を、甲から乙に売却するための売買契約について公正証書作成依頼がありました。 上記ID等について経済産業省及び電力会社への名義変更届出を条件とするものですが、そもそも上記ID等が売買の対象になるのか否か(一身専属的な認可ではないか)について疑義があるところ、当役場には関連の資料が乏しく、最終的には経済産業省等へ照会するしかないと考えていますが、同様の案件があればと思い照会いたします。 なお、売買代金は土地及びID権利の総額で1億円です。 【質問箱委員会回答】 電気事業者による再生可能エネルギー電気の調達に関する特別措置法(以下「特別措置法」と言う。)第6条によれば、再生可能エネルギー発電設備を用いて発電しようとする者は、経済産業省で定める基準を満たせば、発電事業者として認定されると定められています。 本件では、売買の目的物が「甲が競落により取得する見込みの土地及び甲が取得した特別措置法第6条に基づく経済産業大臣の設備認定ID及び同IDに基づく地位及び権利並びに○○電力会社からの発電設備系統連係承諾に係る地位及び権利」とされており、売買の対象として、「経済産業大臣の設備認定ID及び同IDに基づく地位及び権利」が含まれておりますので、甲としては、既に再生可能エネルギー発電設備に関する経済産業大臣の認定を受けられており、その地位及び権利も含んで再生可能エネルギー発電設備として必要とされる一切のものを他の者に売却する計画と思われます。 これに関して、経済産業省資源エネルギー庁のホームページには、次のような照会回答事例が掲載されています。 「設備認定を受けた後、発電事業者の名義を変更する必要が生じました。どのような手続が必要ですか?(20150526更新) A.発電事業者を変更する場合、まず、譲渡人と譲受人の間で発電事業の譲渡に関する契約が締結されるなど、発電事業が譲渡された事実があることが必要です。その上で、譲渡人が軽微変更届出を提出することで、認定上の発電事業者たる地位を譲受人へ変更する必要があります。その際、トラブル防止の観点から、譲受人が、発電事業者たる地位を譲渡人から承継した事実、又は譲渡人の承諾を得た事実、を証明する書類と印鑑登録証明書(印鑑証明書)を添付し、軽微変更届出には登録した印鑑を押印してください。なお、原則として、譲渡人が届出を行う必要がありますが、現在の認定者が死亡して相続が生じたなどやむを得ない場合に限って、譲受人が届出を行うことができます。 ○発電事業者たる地位を譲渡人から承継した事実、又は譲渡人の承諾を得た事実、を証明する書類について(写し可。各種書類は最新の内容が記載されたものを提出してください。各種証明書は原則として3か月以内に発行されたものを提出してください。) 【法人の代表者変更の場合】 法人の「現在事項全部証明書」及び「印鑑証明書」 【法人間又は個人間の譲渡の場合】 「譲渡契約書」又は「譲渡証明書」 譲渡人、譲受人双方について、 ・法人である場合には「現在事項全部証明書」及び「印鑑証明書」 ・個人である場合には「印鑑登録証明書」」 従って、経済産業大臣の認定を受けた者が地位を含めて再生可能エネルギー発電設備として必要とされる一切のものを他の者に売却することは、特段問題のないことであり、売買に当たっては、甲について特別措置法第6条第6項に該当する認定取消に関する事由がないことを確認させた上、必要であるならば、甲及び買主が、特別措置法に定められている譲渡に関する諸手続きを確実に履践する旨を明記しておくことで差し支えないものと考えます。
No.33 (1)信託期間の終了事由として、「受益者代理人が受託者に対し、書面により信託の終了を通知したとき」と定めることは問題ないか。(2) 信託財産について、「受託者は、信託事務執行の便宜のため、また生活の本拠として家族などと不動産の一部を無償使用することができる。」と定めることは問題ないか。(質問箱より) |
【質 問】 委託者及び受益者を甲、受託者を乙(甲の姪)、受益者代理人を丙(司法書士)とする信託契約(家族信託)公正証書作成の嘱託がありましたが、以下の事項につき疑義があります。 (1) 信託の終了事由は法定されているところ、以下の第3号は、信託行為に別段の定めがある場合に該当するか。 (信託期間) 第3条 信託期間は、次の各事由が発生したときまでとする。 (1) 甲が死亡したとき (2) 信託財産が消滅したとき (3) 受益者代理人が受託者に対し、書面により信託の終了を通知したとき (2) 信託財産の一部について受託者の個人的使用を認める第2項は有効か。信託財産の法的性質を勘案すると相当ではないと考えていますが、なお、疑義がある。 (信託財産の管理及び給付の内容など) 第9条 乙は、乙が相当と認める方法により、信託財産の管理、運用及び処分並びにその他本信託目的の達成のために必要な行為を行う。 2 乙は、信託事務執行の便宜のため、また乙の生活の本拠として家族などと不動産の一部を無償使用することができる。 3 信託事務の処理に要した費用(公租公課、登記費用、信託事務処理代行者に対する報酬、損害保険料等)は、受益者の負担とし、乙は信託財産よりこれらを支払い、その上で、乙が相当と認める金額、時期及び方法により、甲に対して生活費、医療費及び施設利用費等を支払う。 【質問箱委員会回答】 1 信託期間の終了事由として、「受益者代理人が受託者に対し、書面により信託の終了を通知したとき」と定めることは問題ないか、について 問題ないものと考えます。 信託の終了事由を定める信託法第163条は、信託契約が終了する事由を例示(信託163①~⑧)するとともに、「信託行為において定めた事由が生じたとき」(信託163⑨)にも、信託契約は終了すると規定していますが、「信託行為において定めた事由が生じたとき」の例としては、「信託行為中に定められた存続期間が満了した場合」、あるいは「信託行為中の解除条件が成就した場合」が考えられるとされています(信託法第4版 新井誠 有斐閣 390~392頁)。 また、信託法第164条で、「委託者及び受益者は、いつでも、その合意により、信託を終了することができる。」(信託164Ⅰ)と定めるとともに、「信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによる。」(信託164Ⅲ)と定めています。 この規定の趣旨については、 委託者兼受託者が同一人である場合に委託者が信託の終了を欲している場合は信託契約を終了させても何ら問題ないという旧信託法の趣旨を基に、委託者と受託者が別人であっても双方が合意しているのであれば、信託の終了を認めることが相当であるとして、このような規定を設けるとともに、信託の終了についても、信託行為で別段の定めを設けることができるとしたものであると解されています(逐条解説新しい信託法 前法務省民事局参事官寺本昌広 商事法務365p)。 以上のことから、信託契約において、当事者が合意して、信託の終了事由を定めることは、何ら問題なく、本件のように、「一方的に受益者代理人が受託者に対し、信託の終了を通知したとき」のような定めであっても、そのような定めをすることを当事者において合意しているならば、それは、問題ないということになります。 ところで、この別段の定めは、信託法第163条第9号に定める「信託行為において定めた事由が生じたとき」に基づき定めたものか、信託法第164条第3項「信託行為に別段の定めがあるとき」に基づくものか、いずれとすべきか。信託法第163条は、客観的な事由に基づき信託契約を終了させる場合を規定し、信託法第164条は、当事者の合意に基づき信託契約を終了させる場合を規定したものであると、本件の定めは、信託法第164条第3項「信託行為に別段の定めがあるとき」に基づくものと解することになると思われます。ただ、信託法第163条第9号に定める「信託行為において定めた事由が生じたとき」に基づき定めたものと解しても、明文どおりであり問題ないものと思われます。 また、受益者代理人が信託の終了を通知することについては、「受益者代理人は、その代理する受益者のために当該受益者の権利(第42条の規定による責任の免除に係るものを除く。)に関する一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有する。信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによる」(信託139Ⅰ)と定められており、受益者については、「受益者代理人があるときは、当該受益者代理人に代理される受益者は、第92条各号に掲げる権利及び信託行為において定めた権利を除き、その権利を行使することができない。」(信託139Ⅳ)と定められ、受益者代理人の権限は広範なものであり、本件のような定めをすることには何ら問題はないと思われます。 2 信託財産について、「受託者は、信託事務執行の便宜のため、また生活の本拠として家族などと不動産の一部を無償使用することができる。」と定めることは問題ないか、について 問題ないものと考えます。 信託法第31条は、受託者は、「信託財産に属する財産(当該財産に係る権利を含む。)を固有財産に帰属させる」行為をしてはならないと定めています。受託者は、信託財産に属する財産を第三者に貸与する等活用して受益者にその利益を享受させる義務があるところ、受託者が信託財産について自己に貸与する等自己取引をすることは、受益者の利益を害するおそれがあるとして、禁止しているのです(信託31Ⅰ)。 ところが、「信託行為に当該行為をすることを許容する旨の定めがあるとき」は、自己取引等の行為をすることは許されるとも定めています(信託31Ⅱ①)。 本件の「信託事務執行の便宜のため、また乙の生活の本拠として家族などと不動産の一部を無償使用することができる。」との規定は、受託者が信託財産を他に貸与するなどの利用に供することなく、受託者のために利用することであり、信託対象の不動産につき自己取引をすることになるのですが、自己取引であっても「許容する旨の定めがあるとき」に該当するか疑問が生じたものです。 「信託行為に当該行為をすることを許容する旨の定めがあるとき」とは、どの程度の具体的な定めが要求されるのかについて、「一般論としていえば、例外として許容される行為が他の行為と客観的に識別可能な程度の具体性を持って定められ、かつ、当該行為について、これを許容することが明示的に定められていなければならず、受益者の承認を得たことによる例外(2号)が認められるためには当該行為について、重要な事実を開示することが必要であることに鑑みても、信託行為に単に「自己取引ができる」という程度の定めがあるというだけでは足りないというべきである。他方、自己取引をする信託行為があるとしても、実際に受託者が自己取引をするに当たっては、当該受託者は、別途、善管注意義務を負うから、個別具体的な取引条件まで常に信託行為で明らかにしておくべきものとまではいえないであろう。」とされています(前法務省民事局参事官寺本昌広 商事法務・逐条解説新しい信託法125p) つまり、自己取引行為が他の行為、すなわち受託者が信託契約を履行するために第三者との間で行うとされる行為、本件でいえば、不動産を第三者に貸与する等の行為と客観的に識別可能な程度の「具体性」と「明示性」を持っていることが必要であり、単に「自己取引ができる」という程度の記載では足りないとされています。 本件の自己取引に関する記載は、「乙(受託者)の生活の本拠として家族などと不動産の一部を使用する。」と記載しており、「単に「自己取引ができる」という程度の定め」以上に、具体的でかつ明示的に記載されているとみることができ、この要件を満たしているものと思われます。 なお、「無償使用する」というのは、受託者の利益享受を禁止する信託法第8条に反するとの疑問がありますが、「信託事務執行の便宜のため」に使用するとされており、全く無償ということにはなっていないので、この点からも問題ないと思われます。(新日本法規「ケーススタディにみる専門家のための家族信託活用の手引」(モデル契約書)150p参照) 以上のことから、本件のような記載は、問題ないものと考えます。
No.34 借地借家法第22条に基づき私書証書で締結した定期借地権設定契約について、借地期間開始後に、強制執行認諾文言を付した形で同一内容の公正証書を作成して差し支えないか。(質問箱より) |
【質 問】 借地借家法第22条に基づく定期借地権の設定を、当事者間では書面(私署証書)によって「賃貸借期間を2015年1月1日から2065年12月31日までの満50年間とする」旨の約定(定期借地権としての他の要件は、全て満たしている)で、2014年12月1日に締結済みであるが、今般、当事者間での賃料支払債務と敷金返還債務の双方につき、強制執行認諾文言を付した形で公正証書化したいとして嘱託があった。 既に、当事者間では、法22条が要求する書面化した形で契約が成立しているのに、上記のような強制執行認諾文言を付すだけのため、私署証書の内容どおりでの公正証書化は、可能なようにも考えますが、いかがでしょうか? 【質問箱委員会回答】 借地借家法第22条に定める定期借地権設定契約について、特約事項を含めて既に書面を作成しているとき、契約の成立には何ら問題ないところあり、このように有効に成立している契約については、敢えて公正証書にする必要性は乏しいとおもわれるところ、嘱託人から、公正証書にしておきたいとの要望が寄せられた場合、その申し出を受けても差し支えないかどうかというのが疑問点と思われます。 事業用定期借地権のように公正証書によらなければ契約が成立しないという例を除いて、既に有効に成立している契約を公正証書にすることは、通常の例であり、例えば、金銭消費貸借契約については、既に現金の授受によって契約が成立してから公正証書を作成することとなりますし、債務弁済契約でも当事者に契約内容を決めさせてから公正証書にすることになります。その意味では、公正証書というのは、元々有効に成立している契約を公正証書にしておくのが一般的といえます。 従って、すでに有効に成立している定期借地権設定契約を公正証書にしておきたいということであれば、公正証書として作成することには何ら問題ないといえます。特に、本件については、強制執行のできる契約書にしておきたいということですから、単なる私文書による契約書ではなく、公正証書にしておくべき意義はあるということになります。 それでは、有効に成立している定期借地権設定契約であっても、公正証書として作成する場合には、どのような点に気を付けなければならないかですが、次のような点に留意すべきと思われます。 ⑴ 金銭の支払いに関する事項が、強制執行できるような記載となっていること ⑵ 契約解除条項等につき、借主に不利となるような不適法な文言が用いられていないこと ⑶ 契約終了時に、自力救済禁止の規定に反した内容となっていないこと ⑷ 既に賃貸借契約はスタートしているので、そのことを念頭におき、文言に齟齬が生じないように留意すること
]]>民事法情報研究会だよりNo.17(平成28年3月)
早春の候、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。 さて、民事法情報研究会だよりは原則隔月刊として偶数月にお送りしてきておりますが、既にお知らせしたとおり、「実務の広場」に掲載を予定している質問箱の事例が多いため、臨時の増刊号をお送りいたします。 なお、本研究会だよりの発送をもって本年度の当法人の事業もおおむね終了いたしました。4月に入りましたら、新年度の会費納入のご案内をお送りいたしますが、都合により退会を希望される会員は、3月末日までに郵便・ファックス等でお知らせください。 次期年度は、6月18日(土)に定時会員総会・セミナー・懇親会を、また12月10日(土)にセミナー・懇親会を予定しておりますので、よろしくお願いします。(NN)
遺贈による登記雑感(監事 藤原勇喜) 高齢化社会を迎え、遺言相続に係る不動産登記はいろんな様相を呈してくるような感じを受ける。 例えば、相続人B、C、Dのために相続登記がされている不動産がある。しかし、この不動産には被相続人A(B、C、Dの父)の公正証書によるBへの特定遺贈遺言があり、その遺言を知らないで(あるいは誰かが故意に隠して)、相続人B、C、Dのための共同相続登記がなされている(B、C、Dの共有持分各3分の1)。 この公正証書遺言には「当該不動産は長男Bに遺贈する」旨記載され、遺言執行者甲が指定されている。にもかかわらず相続人B、C、Dのために共同相続登記がされている前記不動産について、この登記を遺言のとおり受遺者Bの単独所有名義とするために、CとDの相続による持分登記について、「遺贈」を登記原因とするBへの持分移転の登記を遺言執行者甲がその資格で申請することができれば、遺言書どおりの登記が実現することになる。しかし、昭和44年10月31日民甲2337号法務省民事局長電報回答はこれを否定している。 前記先例は、被相続人Aから当該不動産の遺贈を受けた共同相続人の一人Bが遺贈による登記をする前に、他の相続人の申請により、相続人全員であるB、C、Dに各3分の1の共有持分による相続登記がされている場合において、その後、受遺者Bを登記権利者、遺言によって指定された遺言執行者甲を登記義務者として、共同申請により、受遺者Bと遺言執行者甲との間の、C、Dの持分移転登記手続をせよとする旨の記載のある和解調書を提供して、「遺贈」を登記原因とする相続人C及びDの持分移転登記申請が各別にあった場合、遺言執行者甲は実質的には遺贈者Aの所有名義の土地についてはその代理人として「遺贈」による登記をする権限を有するが、一旦相続による所有権移転登記がされた後は、登記記録上の所有名義人(B、C、D)と登記義務者(遺贈者A)の表示が符合しないので、不動産登記法の規定(旧不登法49条6号、現不登法25条7号)により却下することになるとしている。 遺贈の効力については、物権的効力があると解されている(昭和34年9月21日民甲2071号法務省民事局長回答)。つまり、被相続人名義に登記されている場合における遺贈による所有権取得の登記手続に関し、遺贈者の相続人名義に所有権保存登記をした上遺贈による所有権移転の登記をすべきか(債権説)、それとも遺贈者つまり被相続人名義に所有権保存の登記をした上遺贈による所有権移転登記をすべきか(物権説)ということにつき、明治33年8月2日民刑798号民刑局長回答及び昭和29年4月7日民甲710号民事局長回答は、前説を採っている。その理由の根底には、死亡者名義に権利の登記をすることができないという考え方があったようである。すなわち、遺贈者はすでに死亡しているのであるから、最早死亡者である遺贈者(被相続人)名義で所有権保存登記をすることができないから、相続人名義(相続人不存在の場合は相続財産たる法人名義)に所有権保存登記をせざるを得ず、その結果、相続人(又は相続財産)から受遺者への遺贈による所有権移転登記をすることになるものとする。 しかし、相続人(又は相続財産)から受遺者への遺贈による所有権移転登記をすることは、権利変動の過程に沿わない登記をすることになる。つまり、受遺者は、被相続人から遺贈を受け、遺贈者の死亡の時に遺贈の効力が生じ、被相続人から受遺者に当該不動産の所有権が移転したのであって、遺贈者の死亡によって相続人が当該財産を相続しているわけではないのである(物権的効力)。要は、相続人から受遺者に所有権が移転するものではないということである。やはり、権利変動の過程と態様を如実に登記記録に反映させることが、不動産登記法の要請であり、その要請を貫くためには、死亡者名義に登記をすることも肯定せざるを得ないと考えられる。このことは、AがBに売買した不動産につき、その登記未了のうちにAが死亡した場合のBの所有権取得の登記手続に関して、死亡者であるA名義に所有権保存登記をした上で、Bへの所有権移転登記をすべき旨の先例(昭和32年10月18日民甲1953号法務省民事局長通達)があり、死亡者名義に登記することはできると解されている。死亡者名義の登記をすることができないとすれば、権利変動の過程と態様を如実に登記に反映することができないことになるからである。 この場合、相続人は、被相続人から当該不動産を買い受けた者との関係においては、相続により当該不動産の所有権を取得したことを主張することができないのみならず、被相続人の負担する買受人への所有権移転の登記を申請する義務を負担しているのであるから、この場合の登記手続としては、一旦相続人名義に相続による所有権移転登記をすることなく、被相続人の登記名義から直接買受人のための所有権移転登記をすべきであって、不登法62条(旧不登法42条)はこの趣旨に基づく規定であると解される。 判例によれば、被相続人から、当該不動産を買い受けた者が、当該被相続人及びその権利義務の包括承継人である相続人以外の第三者に対してその所有権を主張するためには登記を必要とするから、当該被相続人は、当該買受人のための所有権取得の登記がされない間は、当該買受人以外の第三者との関係においては、依然として当該不動産の所有者たる地位を有するのであり、したがって、当該相続人は、このような関係的所有権を承継するものと解され、もし被相続人から当該不動産を買い受けた者がその登記を受けない間において、相続人がその登記をし、当該不動産を他の第三者に譲渡し、その登記をしてしまったときは、その譲受人は完全に所有権を取得し、被相続人から当該不動産を買い受けた者は、その所有権を失うことになるので、この間の関係は、同一不動産の二重売買の様相を呈することになる(大判大正15年2月1日民集5巻1号44頁)とする。 なお、判例によれば、その不動産についてすでに相続登記がされているときは、必ずしもその登記を抹消することなく、当該相続人を登記名義人とする当該買受人のための所有権移転の登記をして差し支えないとしている(大判大正15年4月30日民集5巻6号344頁)。その理由としては、登記は、「不動産に関する現在の真実な権利状態を公示する」ことを目的とするものであるとする判例理論からすると、買受人のための所有権の登記を実現する方法としては、相続人を登記名義人として所有権移転登記を受ける、あるいは被相続人を登記名義人として所有権移転登記を受ける、そのいずれの方法によるとしても差し支えないということになる。裁判のようにすでに発生している紛争を解決することを目的とするという観点からは、権利変動の過程と態様の公示よりも、現在の真実な権利状態の公示に重きを置くことになるというのはやむを得ないと考えられるが、しかし、不動産登記制度は、紛争の解決を主たる目的とする制度ではなく、紛争が発生しないようにすることを主たる目的とする制度、まさに紛争予防を目的とする制度である。裁判制度は紛争の解決に主眼があるが、行政である不動産登記制度は紛争が発生しないように、紛争予防を目的とする制度であり、そのためには現在の所有者を公示して、その所有者に権利者としての御墨付きを与えればよい(対抗要件としての登記)というだけではなく(そのこと自体大変重要な意義を有していることは勿論であるが)、そこに至る物権変動の過程と態様を公示し、国民に調査資料を提供して、安心して物件の購入等の不動産取引ができるようにする必要があるわけである。登記記録のほかに登記原因証明情報を30年間公開することにしているのは、登記記録と同時に登記原因証明情報を提供して、当該不動産について取引をしてもよいかどうかを国民が判断できるようにするためである。 ところで、前記昭和44年の先例の事案は長男Bに遺贈する旨の遺言があるにもかかわらず、相続人全員であるB、C、Dに法定相続分各3分の1の割合による相続登記がされているために、遺言による物権変動の登記ができなくなっている。そこで、遺言による物権変動の登記をするにはどうすればよいかということになるが、この点については、相続人B、C、Dのために相続登記がされている不動産について、これを受遺者Bのために、CとDの持分について、遺贈を登記原因とするBへの持分移転の登記を申請することは前述のごとくできない(前掲昭和44年10月31日民甲2337号法務省民事局長電報回答)としているのであるが、遺贈に物権的効力が認められるとする見解によれば、遺贈不動産につき相続登記がなされた場合には、受遺者と相続登記名義人が異なればその登記が無効であってこれを抹消すべきものであり、受遺者と相続登記名義人が同一であればその登記は有効であると解することも可能である。ただ、遺贈の効力につき債権説をとれば、相続人名義で登記をしたとしてもそれが誤りであるということが判明すれば、受遺者であるBは、遺贈された権利の移転を相続人C、Dに請求することができる債権を取得し、相続人C、Dはその債務を負担するので、受遺者B名義に所有権移転登記をすべき義務を負担すると構成することも考えられなくはないが、判例・通説である前記物権説に立てば、遺贈には物権的効力が認められることになるので、被相続人であるA名義から直ちに受遺者であるB名義に遺贈を登記原因として所有権移転登記をすべきことになる。にもかかわらず、このケースでは遺言による物権変動が実現されず、法定相続によるB、C、Dへの相続登記がなされてしまっているということになる。 このように考えると前記昭和44年の先例の事案では、Bの持分として登記された部分については有効であり、CとDの持分として登記された部分は無効であると解することもできなくはない。このように考えると、一部の者の持分の登記について無効原因がある場合には、当事者が申請によって相続登記全部を抹消した後、遺贈による登記をすることも差し支えないと考えられ、また、Bの登記が有効であるということで、更正の登記によってBの単独所有名義とすることも考えられなくはない。しかし、そのためには、当事者の合意等が前提となり、遺言の内容に沿った登記を実現するには相当の困難を伴うことになる。遺言書の存在を気付かないという、このような事態は通常起こりうるケースでもあると思われ、せっかく作成した公正証書遺言があるにもかかわらず、ひとつ歯車が狂うと遺言書どおりの権利変動を公示する登記が極めて難しくなる。遺言書の保管場所についてのアドバイスの大切さとその重要性を痛感するが、個別事情もあり、これで十分という周知はなかなか難しい。元公証人としては複雑な気持ちである。しかし、翻って考えてみると、ひとつ歯車が狂うとなかなかうまくいかないというのは登記だけではないかも知れない。諸事万端歯車が狂うことがないように細心の注意をすることが必要且つ重要であるということ。絡まった糸を解すのはやはり難しい。年の始めにはいつもそう思ってきたのに今年もまた同じ感じがする。しかし、今年もめげずに安心・安全の道標を求めて頑張ろう、そう思うと気持ちが少し落ち着いてきたかな!! 今年もどうぞよろしくお願いしたいと思います。(平成28年正月)
今 日 こ の 頃 |
このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。
漢字検定に挑戦(坂根資朗) しばらく前のことですが、ある集まりで近況報告をすることになりました。私は、第1に読売カルチャーセンターが主催する月2回の腹式呼吸による健康維持を目的とする「スポーツ吹矢」に通っていること(2段を取得)、第2に春と秋の天気の良い日に、大宮から熊谷経由の秩父線を利用して「秩父三十四観音霊場」を徒歩で8日間かけてお参りをしたこと、第3に「漢字検定」に挑戦したことを報告しました。 漢字検定は1年に3回行われますが、私は6月に5級を、11月に3級を、翌年2月に2級を受けました。5級は小学校6年生が対象ですので、試験会場には、2,3人の大人もいたと思いますが、70半ばを過ぎた受験生は、小学生から見ると注目の的のようで、周囲から興味のある眼で見られたことを報告したように記憶しており、後日、友人から、あの報告が大変楽しかったといううれしいお便りをいただいたことを思い出します。 漢字検定に挑戦しようと思い立った経緯は、今になるとはっきりしませんが、パソコンを利用することが多くなり、漢字を読むことはできても書くことができなくなったことと、俳優や女性アナウンサーが漢字検定で苦労した話等を聞いて、私も挑戦してみようかなと軽い気持ちで始めたように思います。 しかし、折角挑戦するなら基礎からはじめてみようと考え、日本漢字検定協力協会発行の10級(小学校1年生対象)から5級(小学校6年生対象)までの「漢字学習ステップ」と「漢検分野別問題集」を購入し、漢字1006字について、①読むことと書くこと、音読みと訓読みを正しく理解すること、対義語、類義語、同音・同訓異字、四字熟語を正しく理解すること、送り仮名や仮名遣いを正しく書くこと、②筆順を正しく書くこと、③部首として漢字の形を理解すること等を中心に、勉強を進めました。 3級になると1600字が対象で、4級と3級の「漢字学習ステップ」等を購入して勉強しましたが、送り仮名がある漢字については、小学校1年生の分からすべて書き出して一覧表を作り、基本の送り仮名とそうでないもの等を理解しながら、勉強しました。 さらに2級になると、すべての常用漢字の読み書きと、特に高等学校で学習する音・訓を理解し、文章の中で適切に使えることが要請されますので、各「漢字学習ステップ」と、これまでに学習したすべてのことが網羅されている「漢字必携」を購入し、正月を過ぎた頃から2月の試験日まで、毎日2、3時間ほど、今思うと我ながらよくやったと思うほど熱心にこれに取り組みました。 受験願書は大きな書店で扱っており、級によって多少違いますが、それに検定料を添えて申込みをするだけです。試験時間は1時間で、問題数は5級と3級が120問、2級は110問で、いずれも200点満点です。私は、字が下手なことと遅筆のせいで、どの級も結構きつい時間でした。なお、試験日は年3回ですが、試験日の時間割が級によって分かれていますので、受験の級によっては一日に複数受験することもできます。 漢字検定の受検後2週間程で、得点と設問ごとの正解及び不正解箇所についての「検定結果通知書」と「合格証書」(合格証明書2枚付き)が送られてきます。私は受験したどの級も満点を取るつもりでしたが、いずれも数箇所の間違いがあり、あれほど頑張ったのにと残念な思いがありました。しかし、3級の合格率は約50パーセント、2級になると28パーセントということでしたので、1年間努力した自分を褒めてあげたいとも思いました。 受験できる級は、まだ準1級と1級が残っていますが、私の歳では合格は残念ながら困難と思い断念しました。若い皆様には、機会がありましたら是非挑戦してみてください。朗報をお待ちしております。

閑話休題(小口哲男) 少し時間が経ちましたが、昨年の暮れの我が家の過ごし方について書いてみたいと思います。 長野県の岡谷市にある実家には母が住んでいて、2年に一度は、私の家族も共に年越しを実家で過ごすことにしておりますが、母も高齢になり、たくさんの人が泊まるということになると掃除や片付けも大変になってきていることから、母、私の家族、実家の近くに住んでいる姉の家族の総勢12名で(それぞれ婚姻した者もいますので、都合のつく者ということで)温泉に入れるホテル等に泊まって過ごそうという話になりました。 1か月前くらいから宿を探し始めましたが、人数のせいか、はたまた時期のせいか、なかなか手ごろな宿が見つからなかったので、比較的実家に近い宿ということで、奥蓼科の渋御殿湯というところを予約しました。 予約してからではありますが、口コミ等を見たりしたところ、いろいろなことが分かってきました(調べてから予約しなよ、という御批判は、甘んじてお受けしたいと思います。)。 渋御殿湯は、実家から他の候補地と比較して近いとはいえ、茅野駅からバスで50分から1時間くらいかかる終点のバス停の目の前にあること、標高は、1,880メートルくらいであること、信玄公の隠し湯と言われているようで、名前のとおり鄙びた温泉宿らしいこと、温泉が良いのがリピートの理由との書き込みがありましたが、いずれの書き込みも、訪れた時期が春から秋までに限定されており、冬に訪れた人の書き込みがほとんどないこと。 ここまで調べた時点で、すでに、どうしようかと思いましたが、さらに、調べていくと、冬場は、暖房が炬燵と石油ストーブしかないので、点けた時、又は消した時に換気のため、窓を開けると、一気に寒くなること、トイレについては、公共下水道が通っていない(そうでしょうね)ので、ポットンであること、温泉は、良いのですが、源泉は、冷泉(約25度)と温湯(約30度)で、そのほかに沸かした湯があること(沸かし湯にしか入れない!)、お風呂は2か所で源泉のある方には、洗い場がないことと、テンションの下がる内容ばかりでした。冬場のメリットとして書かれていた唯一のことは、うまくするとカモシカを見かけられるかもしれないということでした。 最初に予約を入れた時に、宿の人から、周りは何もないですよ、とわざわざ言われた意味が分かったように思いました。 また、今回は、2年ほど前に母の米寿のお祝いをしたときに、お祝いとして温泉旅行をプレゼントしますとしていたのに、そのままになってしまっていたことの履行を兼ねていましたので、宿の人に、個室での食事に何か特別な料理を加えてもらえないかとお聞きしたところ、当初は、そのような料理は出せないとのことでしたが、その後、鯉丸ごと一本揚げと馬刺しの追加が可能となり解決しました。 さらに、トイレについても、ポットンであることには変わりはないようですが、洋式トイレになっているとのことで、安心しました。 このように、大きな不安材料と少しの安心材料を持ったまま、大晦日を迎えました。 当日は、快晴で、例年に比べて雪も少ないとのこと、問題なく宿に到着しました。 早速、宿自慢の温泉に入りに行きました。 お風呂場は、2か所あるのですが、なんといっても源泉のある方を見てみたいと思い、そちらに行ってみました。 このお風呂場には、沸かし湯、約30度の温湯、約25度の冷泉の3つの湯舟がありましたが、廊下が極めて寒かったためか、約30度の温湯も温かく感じられました。 でも、まずは温まりたいと思い、沸かし湯に先に入りました。 その時点までは、風呂場は、私だけだったのですが、すぐに別の方が入ってこられ、その方は、まず、約30度の温湯の方に入られました。 この温湯が、リピーターの方のお目当てと口コミ等に書かれている温泉で、男湯の湯舟(女湯の方は、この源泉がパイプで運ばれているそうです。)が源泉の上に造られ、底からポコポコ温泉が湧き出してくる足元湧出の源泉です。 天然のジャグジーのようなものですが、一度は入ってみようかと思い、この方の出るのを待っていましたが、一向に出てこられないので、諦めて上がろうかと思い、沸かし湯の木の蓋(短冊形の重いヤツ)をかぶせるか確認しようと声をかけたところ、温湯を替わりましょうと言われ、加えて、下から湧き出してくるので、思ったほど冷たくは感じませんよと言われてしまいました。 こうなると、逃げるわけにもいかず、私もこの温湯におそるおそる入ってみました。 入れることは入れましたが、それなりの温度で、沸かし湯に入る前に入っていた方が温かく感じられたかなというのが正直な感想です。 でも、下から温泉が湧き出してくる感触は、えも言われず不思議かつ心地よく、春から秋の季節ならもっと良かっただろうと思いつつも、源泉を楽しむことができました。 その方は、私が温湯に入っている間に、一度、沸かし湯で体を温めたあとに、約25度の冷泉に入られていましたので、つい、冷たくないですかと声をかけてしまいました。 そこから、その方との会話が始まりましたが、その方いわく、冷泉は、高炭酸泉で、意外と冷たく感じないこと、季節の良い時期は、この源泉の順番待ちが発生するほど人気であることなどをお聞きすることができました。 その方から、是非、冷泉にも入ってみてくださいと言われ、私も、意を決して約25度の冷泉に入ってみました。 確かに、体を締め付けられるような感触があり、思ったほど冷たいとは感じませんでした。 次の日の朝も、沸かし湯から冷泉、温湯、沸かし湯の順番で、温泉を堪能した次第です。 夜の料理は、川魚、山菜中心ですが、特別料理も含め美味しくいただくことができました。 店の人に、ここは高度が高く酔い易いので、飲み過ぎには注意をと言われたのですが、飲み過ぎ、早めに酔っぱらい、すぐ寝てしまいました。 また、熱燗の好きな方がいたのですが、いくら熱くとお願いしても、熱くなかったのは、高度のせいか、運んでくる途中の廊下の寒さからだったのかは、今のところ不明です。 膝が悪くなってきている母からは、階段しかない宿は勘弁してと言われてしまいましたが、秘境の宿の温泉を堪能することができたのは、良い経験であったと思っています。
実 務 の 広 場 |
このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。
No.27 ①債権者を甲、主たる債務者を乙、連帯債務者を丙とする2件の連帯保証契約及び②債権者を甲、債務者を丙とする4件の金銭消費貸借契約が締結されているが、丙の甲に対する①、②の債務を一つの準消費貸借契約にまとめて新たな契約を締結することができるか。(質問箱より) |
【質 問】 嘱託の内容・要旨 債権者を甲、①債務者を乙とする、下記1及び2の金銭消費貸借契約(以下、乙契約という。)、②債務者を丙とする、下記3ないし6の金銭消費貸借(以下、丙契約という。)の双方の契約について、これを準消費貸借契約の一つの契約にまとめて締結したいとして弁護士から相談された。これができない場合は、債務者ごとの二つの準消費貸借契約とすることも構わないとのことである。嘱託人代理人である弁護士の作成原案は次のとおり。 第1条(既存債務の確認) 丙は甲に対し、甲丙間における平成26年12月29日付連帯保証契約(主債務者:乙)に基づく甲に対する債務が本日現在金550万円、平成27年1月29日付金銭消費貸借契約に基づく甲に対する債務が本日現在金450万円、平成27年2月28日付金銭消費貸借契約に基づく甲に対する債務が本日現在金30万円、平成27年5月11日付金銭消費貸借契約に基づく甲に対する債務が本日現在金200万円及び平成27年6月22日付連帯保証契約(主債務者:乙)に基づく甲に対する債務が本日現在金488万円、総額金1768万円の支払義務が存することを認める。 第2条(準消費貸借) 甲丙は、本日、丙の甲に対する前条の債務(1768万円)を丙の借入金とすることに合意し、甲は、丙に対し前条の金額を元本とする貸付債権を有するものとする。 第3条(弁済の条件) 〈略〉 第4条(利息等) 〈略〉 第5条(期限の利益の喪失)〈略〉 第6条(連帯保証) 〈略。なお、連帯保証人の氏名は入っていない。〉 以下省略 記 1 550万円 26.12.29 債務者 乙 連帯保証人 丙 2 670万円 27.9.11残額488万円 27.6.22 債務者 乙 連帯保証人 丙、 丁 3 450万円 27.1.29 債務者 丙 4 30万円 27.2.28 債務者 丙 5 200万円 27.5.11 債務者 丙 6 50万円 27.6.19 債務者 丙 当職意見 準消費貸借の契約の締結に際しては、契約の当事者が原契約の当事者と同一であることが必要であるところ、債務者は乙のものと丙のものとがあって、これらを一契約にまとめる内容となっていることからこのままの内容では準消費貸借契約の締結は不可能であり、また、案によるとその契約の実質には更改契約が含まれており、純粋な準消費貸借契約ではないこと、さらに旧債務が準消費貸借契約締結後消滅することを考えると、乙が債務者である契約は、このような契約を締結しても消滅しないこととなるであろうから、提出された案による依頼には応じられないものと判断しているが、このような考えでよろしいかご指導をお願いします。 ※ 同一債務者ごとの2契約とする予定です。 なお、連帯保証人については、準消費貸借契約も新たな契約ですから、原契約の連帯保証人に追加することも、変更することも可能と考えますが、それでよろしいでしょうか。併せてご教示をお願いいたします。 【質問箱委員会回答】 甲丙間には、①債権者を甲、主たる債務者を乙、連帯債務者を丙とする、2件の連帯保証契約が締結されており、もう一方で、②債権者を甲、債務者を丙とする、4件の金銭消費貸借が締結されているが、この丙の甲に対する①、②の双方の債務をまとめて一つの準消費貸借契約として締結できるか、これができないのであれば、①と②を別々にして、それぞれ準消費貸借契約として締結できるかというのが、質問の趣旨と思われます。 1 ①、②の各々について、丙の債務を準消費貸借契約の目的とすることの可否 ⑴準消費貸借契約の成立要件 民法第588条で、準消費貸借は、ⅰ「金銭その他の物を給付する義務を負う者がある場合」であること、ⅱ「当事者がその物を消費貸借の目的とすることを約したとき」に成立するとしています。 ⑵②について ②の例は、一般的にみられる例であり、まず、これについて前記ⅰ、ⅱの要件を具備しているかを検討してみましょう。②の例で、丙は、金銭を支払う義務を負っているところからⅰの要件は満たしており、甲丙間で金銭の支払いを目的とする合意はできていることからⅱの要件も満たしており、準消費貸借契約の成立に問題はないものと思われます。ただ、次の点について、疑問が生じるかもしれません。 民法第588条の文言が、「消費貸借によらないで」と定めていますので、丙の債務が金銭の支払いである点で、問題にならないかですが、大審院の大正2年1月2日判決(民禄19・11)が、消費貸借による債務を当事者の意思をもって新消費貸借の目的とすることは本条の「消費貸借に因らずして」の文詞にかかわらず、可能であるとしていますので、元の債務が金銭の支払い債務であっても差し支えないことになります。 次に、数個の債務を一つにまとめる契約が、準消費貸借に当たるのか、更改に当たるのかという点があります。この点について、数個の債権を1個の債権にした場合、更改意思が認められるとした判例(大判明35.11.29。民録8輯10巻215ページ)もありますが、旧債務を消滅させるという明確な合意がない限り、更改には当たらないと解するのが相当と考え、本件については、更改には当たらず、準消費貸借に当たると考えます。 以上の点から、②の例については、準消費貸借契約が成立することに問題はないものと考えます。 ⑶①について ①の例は、丙の債務が連帯保証債務であることを除けば、②の例で述べたことがそのまま当てはまり、その点での問題はないと思われます。問題は、丙の甲に対する債務が連帯保証債務であり、主たる債務者は乙であるところから、単に甲丙間に存する債務を準消費貸借契約の目的にする場合とは異なり、このような場合であっても、準消費貸借契約の目的とすることができるかという点にあります。 丙の甲に対する債務は、乙を主たる債務者とする連帯保証債務ですが、連帯保証債務といっても甲と丙との間において締結された、金銭の支払いを目的とする債務であり、丙の連帯保証債務には、補充性がなく(民法454条により、同452条の催告の抗弁権及び同453条の検索の抗弁権を有しないとされています。)、丙は主たる債務者乙とともに甲に対する金銭債務を負担する者ですから、民法第588条で定める、「金銭その他の物を給付する義務を負う者がある場合」に、また、そのことを甲丙間で約束したので、「当事者がその物を消費貸借の目的とすることを約したとき」に、該当することとなり、準消費貸借契約は成立すると考えます。 また、準消費貸借契約の場合、「準消費貸借契約に基づく債務は、当事者の反対の意思が明らかでないかぎり、既存債務と同一性を維持しつつ、単に消費貸借の規定に従うこととされるにすぎないものと推定される」とした判例(最高裁第一小法廷昭和50年7月17日判決。民集29巻6号1119ページ。判例時報790号58頁、判例タイムズ327号181頁、金融・商事判例478号2頁、金融法務事情764号31頁)がありますので、当事者が特別これと異なる合意をしない限り、旧債務は消滅せず、新旧債務の同一性が認められることになります(旧債務を消滅させる合意があると、実質は更改契約となります。)。 なお、前述した数個の債務を一つにまとめる契約が、準消費貸借に当たるのか、更改に当たるのかという点については、連帯保証債務を目的とした場合については、その性質上、むしろ、旧債務は消滅させない前提の合意と考えるのが自然であろうと思います。 このように、丙の連帯保証債務を準消費貸借の目的とした場合、丙の債務が準消費貸借に切り替わっても、丙の債務は既存の連帯保証債務と同一性を維持しつつ、単に金銭消費貸借の規定に従って返済することとされただけですから、乙の主債務に影響はないと考えられます。 そして、連帯保証債務も付従性を有しますから、主たる債務が乙による弁済等によって消滅すれば、当然丙の連帯保証債務も消滅し、その分の準消費貸借契約に基づく債務も消滅することになります。また、丙の準消費貸借契約に基づく債務が履行された場合、丙は乙に対して、求償することができると解されます(民法459Ⅰ)。 2 連帯保証債務と他の債務を合わせて準消費貸借契約の目的とすることの可否 主債務者乙に関する丙の連帯保証債務と丙自身の甲に対する金銭消費貸借債務とを一つにまとめて、準消費貸借契約の目的とした場合、丙の弁済によって、丙の乙に対する求償債権が発生するかどうかという問題が生じます。つまり、丙自身の甲に対する金銭消費貸借債務であれば、その分甲に対する債務が消滅するだけですが、主債務者乙に関する連帯保証債務が弁済されたのであれば、甲に対する債務が消滅するとともに、丙は乙に対する求償債権を取得することになります。丙の甲に対する債務の弁済は、乙に対する求償債権を取得することになるのか、例えばこの弁済は連帯保証債務としての支払いである旨を表示させる等特別の定めをすればあるいは可能かも知れません。例えば、準消費貸借契約の支払いを分割弁済にした場合には、何月分の支払いの○万円のうち、□万円分は求償権発生の支払い、△万円分は求償権不発生の支払い等のような特別の定めをすることになりますが、このような定めは複雑になるばかりで、さらに債務の一部のみの支払いがあった場合、どの部分に充当するのかという問題が生じ、現実には困難な問題が生じます。このようなことになりますと、丙の債務をまとめて一本化して金銭の支払いを目的とする契約にしようとした趣旨が没却されてしまいます。 したがって、これら性質の違う旧債務を一つに合わせてしまうのには問題がありますので、①と②は区別して扱うこととし、準消費貸借契約を締結したいということであれば、①と②でそれぞれのグループ毎に、準消費貸借契約を結結するのが相当と考えます。 ただ、丙の債務総額を金1768万円として、準消費貸借契約の目的にしたいのであれば、①の主たる債務について、債権者甲、主たる債務者乙、引受人丙(甲と丙との合意でも可であるが、債務者の意思に反してなすことは出来ないので、乙の合意を得る。)を契約当事者とする免責的債務引受契約を締結の上、いったん①の債務を甲に対する丙の債務とした上で、②の債務と合わせて、準消費貸借契約を締結することは可能だと思います。 3 連帯保証人の追加・変更について 「連帯保証人については、準消費貸借契約も新たな契約ですから、原契約の連帯保証人に追加することも、変更することも可能と考えますが、それでよろしいでしょうか。」とありますが、原契約に連帯保証人が付されていなくても、新たに締結する準消費貸借契約に連帯保証人を付すことは可能か、原契約の連帯保証人をそのまま新たに締結する準消費貸借契約の連帯保証人にすることなく、新たに締結する準消費貸借契約については、別の者を連帯保証人とするは可能か、という意味でしょうか。準消費貸借契約は、新たな契約ですから、債権者甲と新たに連帯保証人となる者の間で合意があれば可能です。 4 更改契約について 「案によるとその契約の実質には更改契約が含まれており、純粋な準消費貸借契約ではないこと」と記載されていますが、どの箇所からそのように解されるのか判然としませんが、更改契約については、次のように解されていますので、参考に願います。 更改契約は、民法513条第1項により、当事者が債務の要素を変更する契約をすることとされており、債務の要素とは、債務者の交替(同514条)、債権者の交替(同515条)のほか、債権の目的の変更(金銭以外の物の給付を金銭の給付に変更するなど。)をいうものとされています。 そして、更改契約がされた場合、原則として元の債務は消滅し(例外は民法517条)、それとは同一性のない新たな債務が成立することになります。 所問の場合は、いずれも金銭の給付であって、債務の要素ではなく,債務の成立原因を変更するだけのもの(何年何月何日付け連帯保証契約を、何年何月何日付け準消費貸借契約とする等)ですから、それだけの内容の合意であれば、特別に旧債務を消滅させるという明確な合意がない限り、前述のとおり、更改には当たらないものと考えます。
No.28 (1)①債権者甲と債務者乙間の数次にわたる金銭消費貸借に基づく債務と②甲が貸付資金捻出のために銀行から貸付を受け、その費用及び利息を乙が甲に支払うことを約した債務をまとめて旧債務とする準消費貸借契約公正証書作成の可否、(2)同準消費貸借の期限の利益喪失条項に「債権者死亡」を加えることの可否(質問箱より) |
【質 問】 事例 女性(債権者)が男性(債務者)に対し、これまで11回にわたり金銭を貸与(金銭消費貸借:総額約400万円)した。 そのうちの3回の貸与に当たっては、男性への貸与資金捻出のため女性が自己の名で銀行から貸付を受け、その金員で男性へ貸与し、銀行からの貸付費用(印紙代)及び銀行利息は女性が支払っている。なお、女性は、3回目の銀行貸付(本年9月)においては、男性への貸与金額(債権額)に加え、1・2回目の銀行貸付の残高分を併せて借受け、1・2回目の銀行貸付の返済(完済)をした。 ところで、女性が銀行から各貸付を受ける際には、男性との間で、銀行からの貸付費用(印紙代)及び銀行利息は男性が負担し、男性が女性にその分と同額の金銭を支払うとの口頭での約定ができていた。 今般、女性から当職に対し、男性から返済がないとして、男性との間の、①金銭消費貸借の元本、②銀行から貸付を受けた際の契約費用(印紙代)相当額、③1・2回目の銀行貸付の利息(既払い)相当額、④3回目の貸付の銀行利息(ほとんど未払:支払計画書の利息総額分)相当額を旧債務とする準消費貸借契約(126回の分割弁済)公正証書作成の依頼があった。 また、同準消費貸借の期限の利益喪失条項として、「債権者死亡」の文言を加えてほしい旨強い要望がある。 問題点 1 上記②ないし④の契約費用(印紙代)及び銀行利息分相当額を男性が女性に支払う旨の契約の契約名をどうすべきか。 ・・・「填補金支払契約」の名称は妥当か。 2 上記④(利息はほとんど未払)を旧債務とする準消費貸借契約は可能か。 ・・・利息債権は未だ発生しておらず、繰上返済等により利息総額が変わることもあるので、これを旧債務とする準消費貸借契約は妥当でないと考えるがいかがか。 ・・・上記④については、「填補金支払契約」として、準消費貸借とは別に公正証書を作成することは可能と考えるがいかがか。強制執行認諾条項は設けない。 3 期限の利益喪失条項に、「債権者死亡」の文言を加えることは妥当か。 ・・・債務者の責めに帰する事由ではないので、期限の利益喪失条項としては妥当でないと考えるがいかがか。 期限の利益喪失条項とするのではなく、返済期限の特約として、債権者死亡の際は直ちに全額(残額)返済する旨を契約条項に設けることは契約自由の原則から可能と考えるがいかがか。 【質問箱委員会回答】 第1 問題点の整理 はじめに、この問題にお答えする前に、問題点の整理をしておきます。 事例によれば、女性が男性のために銀行からお金を借り、そのお金と自己のお金を合わせて金400万円を男性に貸したところ男性から返済がないので、女性としては、貸したお金と銀行からお金を借りるのにかかった費用(印紙、利息)等含めて、男性が負担すべきお金については、男性との間において準消費貸借契約を締結し、それを公正証書にしておきたいというものです。 ここで、女性が男性との間において締結したいとする準消費貸借契約の前提となる契約とは、当事者間で締結済みの金銭消費貸借契約と、女性が銀行と契約した際に要した費用と利息(今後発生する利息を含む。)相当金額を男性が女性に返済する契約の二つの契約と思われ、この二つの契約を基に、女性は男性との間において、返済されるべき金銭の全てを内容とする準消費貸借契約を締結しようとの要望を有しているものと思われます。 ところで、女性は、男性のために銀行との間に金銭消費貸借契約を締結したのですから、女性が銀行に返済すべき債務は、実質的に男性が返済すべき債務であり、女性と男性との間の契約は、女性と銀行との間の金銭消費貸借契約を前提に、当事者間で協議して決めることとなると思われますが、女性が銀行からお金を借りる行為は、動機は男性に用立てるためであっても、女性と銀行との間の金銭消費貸借契約であり、他方、女性が男性との間においてお金の返済(貸したお金、銀行との間で必要な印紙代、利息等の経費)に関する契約を締結する行為は、あくまでも女性と男性との間の契約であり、女性には、ⅰ銀行の間で締結した金銭消費貸借契約と、ⅱ男性との間で締結する債務の弁済に関する契約の二つの契約が現にあり、当事者の意図もそのように理解されますので、このことを前提に検討してみましょう。 なお、この事例について、女性は、男性に貸与するために銀行からお金を借りたものですが、これは、男性が直接銀行からお金を借りられないので、女性名義を借りて銀行から借り入れをした、いわゆる「名義貸し」行為にあたり、このような女性の行為は許されるべきではないとして、公正証書の作成応じるべきではないとの意見もありますが、「名義貸し」は、女性は名義だけ貸し、銀行への返済等実質的な手続きは全て男性が行うという形になるのが一般的であるところ、この事例では、あくまでも銀行への返済は女性が行うことになっているので、その点は、いわゆる「名義貸し」といわれている例とは異なり、本件のような場合までも、「名義貸し」といえるのか疑問なしとしませんが、質問者の意図は、「名義貸し」となるかどうかではないため、本稿では取り上げないこととし、このような疑問もあるというにとどめておくこととします。 それでは、以下、問題点について、整理しておきましょう。 1 問題点1では、女性が銀行との間に締結した金銭消費貸借契約から生じた債務(②、③、④)について、女性からは、男性との間について準消費貸借契約の希望があるものの、質問者からは、「填補金支払契約」という名称の債務弁済契約を締結できるかが問題とされていますので、準消費貸借契約の成立の可否ではなく、「填補金支払契約」の可否について、検討することとします。 2 問題点2では、女性が銀行との間に締結した金銭消費貸借契約から生じた債務のうち④についてのみ、男性との間の準消費貸借契約の可否、否とした場合の「填補金支払契約」公正証書の作成の可否を問題とするものですが、④は女性の銀行に対する債務であり、それを準消費貸借契約とするのであれば、銀行との間の準消費貸借契約の可否が問題となるのですが、そうではなく女性と男性との間の準消費貸借契約を問題にされているようであり、その観点から、準消費貸借契約の可否について、検討することとします。 3 女性からは、男性との間において、①、②、③、④の全てを旧債務とする準消費貸借契約(126回の分割弁済)の締結の要望がありますので、その可否について検討をしておきます。 4 問題点3では、期限の利益喪失条項が問題とされていますが、本件のどの契約ということでないと思われますので、債務弁済契約について、一般的にこのような条項を付すことができるかという点について、検討することとします。 第2 検討結果 1 問題点1について (質問②ないし④の契約費用(印紙代)及び銀行利息分相当額を男性が女性に支払う旨の契約の契約名をどうすべきか。「填補金支払契約」の名称は妥当か。) 「②ないし④の契約費用(印紙代)及び銀行利息分相当額」とありますが、内容は、女性が銀行に支払った印紙代(「②銀行から貸付を受けた際の契約費用(印紙代)相当額」)、既払い利息(「③1・2回目の銀行貸付の利息(既払い)相当額」)及び未払い利息(「④3回目の貸付の銀行利息(ほとんど未払:支払計画書の利息総額分)相当額」)となります。 これは、女性が銀行との間に締結した金銭消費貸借契約から生じた債務で、②と③は支払済みであり、④は未払いですが、これらの債務は、もともと男性への貸与資金捻出のために女性が負担したものであり、これは、本来男性が負担すべきものであるとして、女性が男性の間において締結した金400万円の金銭消費貸借契約に基づく男性の返済債務と合わせて、これらの支払いを準消費貸借契約の目的として欲しいとの要望があるとのことです。 この点に関し、質問者は、男性が女性に支払う旨の契約名を「填補金支払契約」という名称で差し支えないかという点から問題にしているところからすると、②、③、④の債務を女性と男性との間の準消費貸借契約として構成することは困難とみて、むしろこれらをひとまとめにして、別の名称を付した契約として構成することができるかということを問題にしているものと思われます。 もっとも、次に述べる問題点2で④(未払い利息)については、準消費貸借契約とすることができるかを問題としておられますが、その点については、後述することとします。 さて、ここでの問題は、名称の前に、女性が銀行との間に締結した金銭消費貸借契約から生じた債務(②、③、④)を、女性と男性との間の契約として男性に支払い義務を負わせることができるかどうかがまず検討される必要があります。これについては、女性が銀行から借り入れするに当たってかかった費用がいくらであろうとそれは、銀行から女性がお金を借りるに当たってかかった費用、つまり女性と銀行との関係であり、形式的には、男性には係わりのない事項です。 しかしながら、この費用は、男性のためにかかった費用であり、そのことを男性も了承しており、女性と男性との間で、女性が銀行に支払うべき費用の返済について男性との間で合意がされているなら(民法650参照)、それは、女性と男性との間の約束であり、当事者で債務の弁済を内容とする契約を締結し、それを公正証書にすることは問題ないものと思われます。 具体的にどのような内容になるかというと、②、③、④の支払い総額がわかりますので(②、③については金額が確定、④についても未払いではあるものの支払うべき利息総額は確定)、その総額をもって、男性から女性に返済すべき額とすることで差し支えないかを当事者で確認し、その額で差し支えなければ、それを男性から女性にどのように返済していくのか、例えば、ⅰ合算した額について、毎月の返済額、返済時期、利息(率、支払い時期)、遅延損害金(率)、返済方法等を確定する、あるいは、ⅱ②、③、④のそれぞれについて返済時期、返済方法等を確定する等その定めは当事者で定めることができます。既に、当事者間で、このような定めがされているなら、そのことを確認し、そのことを契約書にすることで足ります。 ただ、④は、未払い利息であり、これについても、同様に扱うことができるかどうかですが、未払い利息といっても、これは女性が銀行に支払うべき金銭であり、これを女性が銀行にどのように支払うかは、銀行と女性との問題であり、その原資となるお金を女性が男性からどのようにして支払いを受けるかは別問題であり、女性としては、少なくとも銀行に支払う利息支払い時期までに男性からそれに見合う額が返済されていれば問題ないと思われますので、そのことに留意して、男性との間で、②、③の債務と合わせて、返済額、時期などを定めるか、④のみ別の返済方法を定めるかは当事者で定めておけば、問題ないものと思われます。なお、④については、未だ銀行との間で支払いが発生していない債務であり、このような利息を女性と男性との間の支払い債務とすることは疑問があるとして、④は②、③とは別に考えるべきであるとして、前記のような考え方はとりえないとの立場もあるかもしれませんが、それについては、次の「問題点2について」で、説明することとします。 そして、契約名については、その実体をわかりやすく表現したものであれば良いと思いますが、既存の債務の存在を承認し、その債務につき新たな履行方法(弁済の期限や支払方法等)を定める契約ということであれば、その名称は、日本公証人連合会発行の「新版 証書の作成と文例 貸金等・人的物的担保編」45p「債務(承認)弁済契約公正証書」ということで良いと思います。 2 問題点2について (上記④(利息はほとんど未払)を旧債務とする準消費貸借契約は可能か。利息債権は未だ発生しておらず、繰上返済等により利息総額が変わることもあるので、これを旧債務とする準消費貸借契約は妥当でないと考えるがいかがか。上記④については、「填補金支払契約」として、準消費貸借とは別に公正証書を作成することは可能と考えるがいかがか。強制執行認諾条項は設けない。) 「④(利息はほとんど未払)を旧債務とする準消費貸借契約は可能か。」とありますが、この④の債務というのは、前述したように女性が銀行に支払う利息債務のことであり、この債務を旧債務として準消費貸借契約の目的とすることは可能かということであるならば、女性と銀行との間の利息支払い債務を準消費貸借契約にすることとなりますが、そうではなく、④未払いではあるものの支払うべき利息総額を、女性と男性との間の債務弁済契約とし、それを旧債務として準消費貸借契約にすることができるかという問題と思われます。 この④未払いではあるものの支払うべき利息総額を、女性と男性との間の債務弁済契約とすることについては、問題点1で述べたとおりであり、契約として成立しますので、これを旧債務として、準消費貸借契約の目的とすることができるかどうかを検討することになります。 準消費貸借契約については、民法第588条で、ⅰ「金銭その他の物を給付する義務を負う者がある場合」であること、ⅱ「当事者がその物を消費貸借の目的とすることを約したとき」に成立するとしています。つまり金銭その他の物を給付する旧債務があり、それを準消費貸借契約の目的とすることに当事者が合意している必要があるということです。 本件における、旧債務に当たるものは、女性が銀行に支払うべき未払い利息相当額を、男性が女性に支払う旨の合意ができていれば、つまり支払うべき利息総額が決まりその額は支払わなければならないものとして確定しているので、それを債務とすることには何ら問題なく、そのことについての合意が債務弁済契約であり、これを、準消費貸借契約の目的とすることには支障がないものと思われます。ただ、この④に関する事項の債務弁済契約だけをもって、準消費貸借契約としても、内容的にみて、例えば数契約を一つにまとめる等の意味はなく、準消費貸借契約とすることの意味はあまりないものと思われます。 ただ、民法で定める要件に該当しているので、準消費貸借契約としたいというのであれば、それを拒むものではありませんが、準消費貸借契約とするということになると、この債務弁済の実態が、将来発生する利息相当分の額であり、現実に女性から男性に貸与した金銭の返済ではないところから、このような債務であっても準消費貸借契約の目的とすることができるかについて、検討を要します。 これについては、当事者が未払い利息相当額と同額の債務が存在することを確認し、それをどのように返済するかという定めをする場合は、既に支払うべき債務が確定しており、個別に支払うべき分割弁済の時期が来ていないというだけですから、別段問題は生じませんが、問題1で述べたように、銀行への利息支払いが発生していないので、現段階では女性の男性に対する債務は発生しておらず、女性が銀行に利息を返済するのに合わせて返済すべき債務が発生するような約束をする場合には、いまだ発生していない債務についての準消費貸借契約を成立させることになりますので、この点から問題となります。 このことに関し、最判昭和44年7月25日判例は、「当事者間において将来金銭その他の物を給付する債務を生ずることがあるべき場合、これを準消費貸借の目的とすることを約し得るのであつて、その後該債務が生じたとき、その準消費貸借は当然にその効力を生ずるものと解すべきであり・・・(昭和40年(オ)第200号同年10月7日第一小法廷判決、民集19巻7号1723頁)」と判示しています(判例時報568号45ページ)。この判例は、保証のために連帯保証人となった者が、その債務を履行した時の求償権でも良いとする判例ですが、本件のように、金銭を支払うべき債務が将来発生するものであっても差し支えなく、これを準消費貸借契約の目的とすることは可能と考えます。また、最判昭和40年10月7日判例も「当事者間において将来金員を貸与することあるべき場合、これを準消費貸借の目的とすることを約しうるのであつて、その後該債務が生じたとき、その準消費貸借契約は当然に効力を発生するものと解すべきである。」と判示しています。 これらの判例は、要物契約である金銭消費貸借契約が未だ金銭の授受がないところから発生していなくても、停止条件付準消費貸借契約の成立は認められるとしたもので(「証書の作成と文例 貸金等人的物的担保編43p 5参照)、このような契約であってもその有効性は認められるとしているので、本件のように、未だ債務は発生していないと考える立場にたっても、契約の内容を工夫し、停止条件付契約にすれば問題ないと思われ、例えば、女性の銀行への利息支払いに応じて返済する内容の債務弁済契約であっても、それを準消費貸借契約の旧債務とすることには、何ら問題はないものと思われます。 このような旧債務について、具体的に債務弁済金額、支払い時期が記載されおり、それを基にして作成された準消費貸借契約であれば、強制執行認諾条項を付することも可能です。現実に、強制執行できるのは、支払い時期が来てからとなるのは、いうまでもありません。但し、停止条件付準消費貸借契約とした場合、未だ効力が生じていないので、当該契約に基づいて作成された公正証書には、強制執行認諾条項は記載できるものの、その公正証書について執行分の付与はできず、具体的な支払い日が到来してから執行分を付すことになります。 なお、これらの債務につき、元本債務の準消費貸借契約とは別に公正証書を作成することについては、そのような当事者の合意があるのであればもちろん可能ですし、強制執行認諾条項を付するかどうかも当事者の自由です。 ただし、公証人は、当事者の合意内容について、違法な内容の是正や、後日の紛争を防止するためのアドバイスはすべきですが、当事者の合意形成そのものに関与すべきではありませんから、仮に、このようなことを一つの方法として提案するとしても、公証人の側からこうするよう強要されたと受け取られることのないように注意しなければなりません(特に、分けることによって手数料が高くなるような場合には、苦情の原因となりかねません。)。 3 女性の要望どおりの準消費貸借契約の可否 女性(債権者)が男性(債務者)に対し、これまで11回にわたり金銭を貸与(金銭消費貸借:総額約400万円)したことに関し、この返済に関する債務弁済契約と②、③、④の契約を合わせて、準消費貸借契約とすることが可能かどうか検討しておきましょう。 まず、11回にわたる金銭貸与と②、③、④の契約をまとめて準消費貸借契約とすることができるかどうかについては、数個の債務を一つにまとめる契約が、準消費貸借に当たるのか、既存の債務を消滅させて新たな債務とする更改に当たるのかという問題がありますが、この点については、「準消費貸借契約に基づく債務は、当事者の反対の意思が明らかでないかぎり、既存債務と同一性を維持しつつ、単に消費貸借の規定に従うこととされるにすぎないものと推定される」とした判例(最高裁第一小法廷昭和50年7月17日判決。民集29巻6号1119ページ。判例時報790号58頁、判例タイムズ327号181頁、金融・商事判例478号2頁、金融法務事情764号31頁)がありますので、当事者が更改契約とするのではなく、旧債務は消滅させずに、新旧債務の同一性が認められる準消費貸借とする合意をすれば、準消費貸借契約になるものと考えます。 これらの債務は、いずれも男性の女性に対する「金銭その他の物を給付する債務」であり、当事者が準消費貸借契約とすることに「当事者が合意」しているならば、民法第588条の要件を満たしているものと思われ、準消費貸借契約として公正証書を作成することは可能と考えます。その際、債務額を合算した額を弁済すべき金額として記載し、具体的な支払い方法を記載することとなると思いますが、旧債務のうちどの債務について返済したことにするのか把握する必要がある場合は、当事者で協議し、その旨特約を付しておく必要があります。 もっとも、④利息の支払い期が未到来なので、女性と男性との間の債務弁済契約は、将来発生するとの立場に立つと、①、②、③と同時に④も含めての準消費貸借契約は、既に成立している債務と未だ成立していない債務を同時に旧債務としてとらえることになり、そのような準消費貸借契約の成立は、困難と思われます。 なお、数個の債務を一つにまとめた場合、一部の弁済がされたときに、それがどの旧債務の弁済に当たるのかという充当の問題については、当事者間で特別の約束があればそれを明記することになりますし、特にそのような特約がなく、弁済の際にその指定(民法第488条)がされなければ、民法第489条の法定充当の規定によって判断されることになります。 4 問題点3について (期限の利益喪失条項に、「債権者死亡」の文言を加える ことは妥当か。債務者の責めに帰する事由ではないので、期限の 利益喪失条項としては妥当でないと考えるがいかがか。期限の利益喪失条項とするのではなく、返済期限の特約として、債権者死亡の際は直ちに全額(残額)返済する旨を契約条項に設けることは契約自由の原則から可能と考えるがいかがか。) 期限については、民法第136条第1項が、「期限は、債務者の利益のために定めたものと推定する」と定めており、民法第137条で期限の利益喪失事項が挙げられています。これらの規定は、強行規定ではありませんので、通常これらに準ずるような条項、例えば、「他の債権者からの強制執行を受けたとき」等が、契約によって定められています。 当事者が民法第136条第1項の推定に反する内容を定めることもできますし、債務者の責めに帰すべき事由も必要ありませんが、具体的に当該条項に該当するかどうかの判断が困難で不明確な条項では後日の紛争の種となってしまいますし、債権者がその優越的な地位を利用して債務者に著しく不利な内容を押しつけるということになると、民法第90条に違反することになります。 仮に債権者の死亡を不確定期限とする債務弁済契約がされた場合、債権者の死亡は、債務者の契約不履行でなく、債務者に責任はないのですが、債務者も納得しているのであれば、それ自体が違法とされるものではありませんから、このような契約と同様に、債権者に相続が発生した場合には債務を清算するという趣旨で、期限の利益喪失事項に当該条項を入れることに債務者も納得しているということならば、債権者の死亡を期限の利益喪失事項とすることも、直ちに違法ということにはならないものと考えます。ただ、例としては、あまりみられない例です。 もっとも、このような定めは、債務者としては、何時発生するか予想もできず、自らそれを防止する等の方策も講じ得ない事由の発生によって期限の利益を失うことになる訳ですから、債務者にとって不利な条項であることに間違いなく、債権者がその優越的な地位を利用して債務者に著しく不利な内容を押しつけたという可能性は否定できません。 このような規定を設けると、例えば、公正証書作成後、1月後に債権者が死亡したとき、債務者は全額の返済を求められ、返済できなければ強制執行を受けることになるわけですが、そのような厳しい内容であることを債務者が理解しているかどうか、また、そのような強制執行がされても現実に債務弁済の効果をあげることができない(無い袖は振れない。)ということであれば、意味のない公正証書を作成してしまうことにもなりかねません。また、現に、債権者が死亡し、一括返済となったとしても、相続人が何人いて誰が相続するかをすぐには解らず、履行遅滞が発生し、債権者不確知で供託することになることが予想され、付す条件としても不適当と考えます。 公証人としては、このような条項を設けるかどうか、慎重に債務者の真意を確認し、債務者の方から申し出たというようなことでもない限り、後日の紛争の種になりかねないこと、予防司法という公証制度の目的から、後日の紛争の種になるような条項を公正証書に入れることはできないということを理解させる必要があるものと考えます。
No.29 損害賠償債務を承認し、その一部を代物弁済した残債務を免除する旨の公正証書作成手数料について(質問箱より) |
【質 問】 次の不法行為事案につき債務承認をし,一部を代物弁済(不動産)した後の残債務については免除する旨の公正証書を作成する場合の手数料は,免除する残債務額を目的価額として差し支えないでしょうか? <事案> ①業務上横領により3億円の損害を与えたことを認め,当該債務を承認する。 ②一部履行としての代物弁済…債務の一部履行として不動産を所有権移転した。充当額は600万円とする(代物弁済に要する諸費用控除後の金額)ことにつき確認・合意した。 ③残債務金2億9,400万円については,弁済に耐えうる資力がなく賠償困難であるから,債権者は債務を免除する。 <参考先例・実例> 1 手数料・債務弁済<債務一部免除(条件付債務免除契約) 債務承認、分割履行契約公正証書において、一定金額を遅滞なく履行したときは残債務を免除する旨の意思表示(条件付債務免除契約)は、債務承認履行契約の従たる法律行為と解すべきであるから、手数料令23条により、主たる法律行為により手数料を算定すべきで、免除額について手数料を徴収すべきでない。(大阪合同役場法規委,公証112-205)。 2 手数料(連帯債務免除) ①連帯債務者の1人に対する債務を免除するとともに、②残債務につき保証する契約を締結する場合は、①については債務全額を目的価額とし、②については残債務額を目的価額とし、各別に手数料を受けるべきである(大正3.6.4民894法務局長回答・先例集718)。先例集718,連合会「公証人手数料令・印紙税法関係資料集(平成19年1月)」4p 【質問箱委員会回答】 1 公証人手数料令のうち関連する条項 本件公正証書に記載されている事項は、「①3億円の債務を承認する。②債務の一部600万円を代物弁済により履行したことを確認・合意した。③残債務金2億9,400万円について債務を免除する。」の3項目とのことです。 このような記載をした場合、公証人手数料令のどの条項に該当するのかですが、本件に関連すると思われる公証人手数料令の条文について、その考え方を整理しておきましょう。 公正証書の作成手数料は、原則として法律行為の目的の価額の区分に応じて決められます(公証人法9)。それは、公正証書の記載内容の経済的利益に着目して手数料を計算するという考え方によるものとされています。 これについて、例外として諸々の条項がありますが、本件に関連するものとしては、「承認、許可若しくは同意又は当事者の双方が履行していない契約の解除に係る証書の作成についての手数料の額は、一万千円とする。」と定められており(公証人手数料令17本文)、また「従たる法律行為について主たる法律行為とともに証書が作成されるときは、その手数料の額は、主たる法律行為により算定する。」と定められています(公証人手数料令23Ⅰ)。 このような例外が定められたのは、前者については、証書作成行為そのものが簡易で定型的なものであること、単に債務の承認だけということであれば執行証書の効力も生じないことなどの理由によるものと思われます(日本公証人連合会平成19年1月発行の公証人手数料令・印紙税法関係資料集5ページの10及び同15ページの19参照)。また、後者については、主たる行為が存在し、それとの関連で行われた行為については、手数料としては、主たる行為で評価されているので、手数料計算の対象とされていないものと思われます。 2 諸説 さて、本件が、公証人手数料令のどの条項に該当すると考えればよいのかについては、公正証書全体をみて判断するか、各記載についてみて判断するか等とらえ方によって異なるものと思われますが、公正証書の果たす役割及び嘱託人の意図するところ等をも考慮する必要があり、次のような考え方が成り立ちうるものと思います。 ⑴甲説 公正証書の手数料は、金11,000円 この公正証書の記載は、「①債務を承認する。②履行したことを確認・合意した。③債務を免除する。」となっていますが、この公正証書作成の趣旨は、全体をみれば、当事者双方が事実関係を確認して、それを承認したことが記載されているので、公証人手数料令第17条に規定されている「承認、同意」に該当し、手数料は11,000円となります。 参考 公証人手数料令・印紙税法 関係法令集(日本公証人連合会)編15頁、45頁 ⑵乙説 公正証書の手数料は、金17,000円+③については債務免除(金95,000円)又は認証の手数料(金11,000円) この公正証書の記載には、「①3億円の債務承認、②その一部の代物弁済、③残額の免除」という3つの法律行為が含まれていると考えます。 この場合、仮に、確定的な3億円の債務についてその全額を弁済するという約束があり、ただし、その一定額までの弁済が約束どおり行われたら残額は免除するという内容であれば、3億円を基礎として手数料計算をすることになりますので、基本的な手数料は95,000円ということになります。 ただし、この事案では、最初から一部の代物弁済のみが予定されており、残額については資力がないことを理由に免除するということですので、御指摘の参考先例・実例1の決議の考え方により、3億円を基礎として手数料計算するのには問題があります。 もし、①と②のみを内容とする証書ということになりますと、②が実質的な弁済契約であり、①は単なる承認(仮にこれだけを証書にするなら定額)ですから、①の承認は②の付随行為と見ることができます。①と②を別個の行為と見ることも可能かもしれませんが、承認のみの証書を定額とした考え方からして、別個に手数料を徴収するのは相当ではないと考えます。 従って、①と②のみの内容の証書の基本的な手数料は、600万円を基礎として、17,000円とするのが相当と考えます。 次に、③の債務免除についてですが、債務免除は、相手方にその分の経済的利益を生じさせるものですから、一般的にはその免除額を基礎として手数料を計算すべきものです。そうすると、仮に③の内容のみを公正証書にする場合、免除額2億9,400万円を基礎として計算することになりますから、基本的な手数料は95,000円となります。 ところで、債務免除は、民法第519条に債権者の単独の意思表示として規定されているとおり、基本的には債権者の単独行為です。債務免除も公正証書で作成することができますが、執行証書となり得るものではありませんし、債権者の意思表示を記載した私書証書の認証によっても同じ効果(公証制度による証明力)を生じさせることができます。 従って、全体を一つの公正証書で作成することも可能ですが、①と②の分の基本的な手数料17,000円と、③の分の基本的な手数料95,000円を合算すると、112,000円と相当高額になってしまいます。 公証人としては、当事者が全体を一つの公正証書にしたいと言ってきた場合でも、その場合の手数料が相当高額になること、③については、私書証書の認証とその効力が変わらず、③を切り離して私書証書の認証で行えば、この事案の場合の債務免除証書の認証手数料は11,000円(公証人手数料令34)となることを説明の上で、当事者にどちらを選ぶか決めてもらうというのが相当と考えます。 ちなみに、このような場合、公証人としてどこまで積極的に説明すべきかという問題もありますが、この事案の場合、債務免除を公正証書にした場合と私書証書の認証で行った場合の差額が84,000円とかなり高額であることから、上記のような教示をしなかった場合、後日、同じ効力でずっと安くできる方法があるのにそれを教示しなかったという苦情を受けるおそれがあります。 なお、御指摘の参考先例・実例2の先例は、主たる契約とは別に、保証人の一人について債務を免除し、それとは別に他人が残債務について新たに保証する契約をするということで、当事者も異なることから、各別に手数料を受けるべきであるというものですから、ご質問の事案には直接当てはまらないと思います。 ⑶丙説 公正証書の手数料は、金95,000円 この公正証書の記載には、「①3億円の債務承認、②その一部の代物弁済の合意、③残額債務の免除」という3つの法律行為が含まれていると考えます。 ①は、3億円の債務を承認する内容ですから、公証人手数料令17条に該当し、手数料は、11,000円となります。 ②は、代物弁済として「不動産を所有権移転した。」と「充当額は600万円とする。」ことにつき確認・合意したと記載されています。これは債務弁済行為を記載したものとみるか、このような行為があったことの承認行為とみるか、議論の余地があると思いますが、すでに終わった弁済行為についての確認・合意とみる方が素直な見方と思われ、そうであるならば、これについては、公証人手数料令17条に該当し、手数料は、11,000円となります。 ③は、「残債務金2億9,400万円について,債権者は債務を免除する。」と記載され、承認・合意とは記載されていませんので、これは、事実関係を記載したというより、ここに債権者の意思表示により債務免除という法律効果が発生する法律行為が記載されているとみることが相当と思われます。 参考先例・実例1として紹介されている例では、「一定金額を遅滞なく履行したときは残債務を免除する旨の意思表示(条件付債務免除契約)は、債務承認履行契約の従たる法律行為と解すべきである」とされていますが、本件は、一定金額600万円相当額については既に弁済済みであり、そのことを踏まえて、債務免除をするというのですから、明らかに先例とは異なる事例であり、この先例は、参考にならないものと思われます。 そうであるとすると、債務免除としての法律行為があったものとみて、公証人手数料令第9条に該当することとなりますので、2億9,400万円に相当する手数料として95,000円を徴収することは可能と思います。 以上のように考えると手数料は、合計117,000円となりますが、これは、各記載を独立したものと考え、それぞれ公証人手数料令に該当するか否かという観点から検討してみたものですが、果たして、このような考え方で、手数料計算してよいかどうかについては、この公正証書の果たすべき法的効果、あるいは経済的効果の観点から、もう一度公正証書全体をみて、その果たすべき役割を検討し直してみる必要があるものと思われます。 嘱託人が①、②については、法律行為の承認を求め、③については、債務免除の法的効果を確実にしておきたいためにこのような公正証書を作成しようとするのであれば、前述した手数料額になるものと思われます。 しかし、3億円の残余金2億9,400万円の支払いは免除するというところに趣旨があり、3億円の債務の存在及び金600万円の債務弁済は、債務免除に至る経緯を記載したものと解するならば、①と②は、③債務免除のためのいわば「従たる法律行為」に該当し、公証人手数料令第23条第1項に該当し、①と②についての手数料は徴収しないことになります。そうすると、この場合は、③債務免除についてのみ手数料95,000円を徴収することとなります。 いずれの考え方相当かは、当事者の意図に照らして判断する必要があると思われますが、①、②について手数料を支払ってまで公正証書を作成したいという意図は薄いと思われますので、当事者には確認する必要がありますが、後者に立って考えるのが相当と思われます。 もっとも、この後者の考え方に立ったとしても、乙説で述べられているような認証の方法によることとの問題がありますので、当事者には事前に、認証による方法もあること、そのときの手数料についても説明をしておくべき必要があると思います。 ⑷丁説 公正証書の手数料は、金95,000円 この公正証書の記載は、「①3億円の債務を承認する。②履行したことを確認・合意した。③残余債務を免除する。」となっているが、これは、当事者双方が3億円の債務があることを確認して、それを弁済する方法について記載するものであるので、公証人手数料令第9条に該当し、金3億円を目的の価額として手数料を算定することとなり、手数料は95,000円である。 3 結論 上記4説について、甲説は、①②③各記載をすべて合わせて当事者が単に承認したものととらえ手数料計算する考え方、乙説は、②債務弁済と③債務免除ととらえ手数料計算するが、債務免除について認証を検討する考え方、丙説は、③債務免除ととらえ手数料計算する考え方、丁説は、①②③各記載をすべて合わせて当事者間には3億円の債務承認弁済が記載されているものととらえ手数料計算する考え方で、それぞれ理由づけはできるものと考えられますので、それに基づき手数料を徴収することはできるものと思われます。 ただ、そうであるとするならば、当事者の意図を慎重に確認し、どのような公正証書にしたいのかを十分把握したうえで、どちらにでも解釈できるのではなく、例えば、「承認」であるのであればそのことが明確になるように、文言を整理して、前記4説の趣旨沿う形での記載になっているかどうか確認して、公正証書を作成する必要があるものと思われます。
]]>民事法情報研究会だよりNo.16(平成28年2月)
立春の候、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。 さて、本年度の事業計画に掲げた「公証事務の照会・回答システムの構築」につきましては、昨年5月の通常理事会における協議の中で、公証人は本来、日公連の照会回答制度を利用するべきではないかとの意見もありましたが、比較的軽微な事務処理上の疑義について、この法人の仲間内で経験豊富な会員が相談相手となって議論し対応すること自体、何ら問題はないだろうとの判断から、とりあえずの試みとして「質問箱」の仕組みを作ることとし、7月から運用を始めました。その結果、12月までに13件の照会があり、質問箱委員会において対応していますが、利用された会員からは大変参考になったという好反応をいただいておりますので、当面この仕組みを続けて行きたいと考えております。 なお、本研究会だよりは隔月発行を原則としておりますが、「実務の広場」に掲載すべき質問箱の事例が多いため臨時に増刊することとし、次回のNo.17は、本年3月にお送りいたします。(NN)
小倉馨著「わが航跡」を読んで(理事 井内省吾)
先頃、法務局・民事局の大先輩である小倉馨先生が自分史として発刊された「わが航跡」を読ませていただきましたが、その随所で、人生、法務局ひいては日本民族ないし日本国の現在過去未来についての様々な気持ちが私の中で去来しました。 ここでその全てを取り上げることは到底できませんので、その中の一つのご論稿「大和特攻と少尉候補生の退艦命令」についてのみ触れてみたいと思います。 「大和特攻」について、ここではその詳細には触れませんが、一般には、戦争が末期に至り物的・人的資源が極めて限られてきた中で、沖縄戦において起死回生を願い立案され遂行されたものと考えられているようです。 しかしながら小倉先生は、大和特攻で出撃した大和を旗艦とする第二艦隊の各艦艇に一旦乗艦した合計73名の少尉候補生が、乗艦3日後に大和特攻が命令された直後に、命令によって全員が退艦したことなどもあり、その後終戦までの間における戦死者が極めて少数であったことを数字的に確認された上で、「軍艦「矢矧」海戦記(井川聡著)」の記述を引用し、少尉候補生の退艦の際の各々の心情を、楠正成が湊川の別れで二十余名の家臣たちとの決別の際にふるさとの後図を託したという故事になぞらえ、「出て行くのも国のためなら、残るのも国のためだった。「大和」特攻は、終戦用意の第一歩でもあったのだ。」とされています。この言葉が私の心に突き刺さったのです。 その理由は二つあります。 第一に、「大和」特攻は、一面「特攻」であると同時に、他面、「終戦用意の第一歩」であり、一度乗艦したが実戦経験のない(という一見もっともな理由のつく)多数の若者に、(遥か昔から先祖代々連綿と続いてきて、明治維新期に植民地化の危機も乗り越えた)日本「国の後図」を託したという面も有していた、と小倉先生は断言されているのです。 そのように考えると、「国の後図」は、軍指導者や特攻で散っていった人々から、生き残った人々、ひいては、その後その子孫としてこの国に生を享け現代に生きる私達全体に託されたものであるとも考えられるのではないでしょうか。 そして、小倉先生の海軍の先輩・仲間たちへの熱い思い、これまでの至る所での常に全力投球のお仕事ぶり、家族・先祖・郷土への限りない愛と感謝の念は、本書「わが航跡」でも随所に垣間見ることができますが、海軍兵学校在学中に終戦を迎えられた先生のその後の命も、この「後図」実現のために捧げられているのではないかという思いに圧倒された次第です。 第二に、「「大和」特攻は、終戦用意の第一歩」という表現の中には、「特攻のような多数の若者の理不尽な死が必要な国には二度としてほしくない」という、小倉先生はもとより、特攻をされた方々、そして少尉候補生に退艦命令を下した軍指導者の痛切な願いが表わされていると思われることです。 時あたかも、現在は、冷戦終結で一極支配が確立したと考えられた米国の油断と力の陰り等から、世界各地でテロとの戦い、グローバリズムと反グローバリズムの戦い、覇権国とそれに挑戦する国の争い等が生じ、第一次・二次世界大戦後に作られ、それなりに安定していた世界秩序が(中東における国境画定のほか、ブレトンウッズ体制や核不拡散体制等)部分的にせよ崩壊の危機に瀕するかもしれないと感じさせるような状況にあります。 このような中にあって、昨年我が国政府は集団的自衛権を認め、安保法制を作り、G21などで明確に反テロ戦線に加わるなど、それなりに旗幟を鮮明にしてきたとも考えられます。とはいえ我が国がいきなり戦争に巻き込まれるなどということはあり得ないとは思うのですが、小倉先生の「わが航跡」を読んで、今後、どのような事態が訪れようとも、感性と文化を共有する日本国民全体の力と叡智を結集して、先人の「特攻が必要な国には二度としてほしくない」という願いに応えていくべく必死の努力していかなければならないと、痛切に感じている次第です。
今 日 こ の 頃 |
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帳箱は物語る(大唐正秀) 1 由来 そのものは、2年前の真夏に、箱に入って公証役場にやってきた。正確には、土地家屋調査士のTとKが自家用車に乗せて、二人がかりで大事に運んできたものである。 そのものは、桐材により制作された縦32.4㎝×横63㎝×高さ32.6㎝の蓋付きの箱で、古い時代から長期にわたり使われてきたことが容易に分かる大型の収納(文)箱とでもいうべき容れ物である。火災・災害時等においては、直ちに持ち出し可能なように設えたものであろう。蓋付きのまま利用すれば、記帳机としても充分機能する広がりである。その時代の大人であれば、一人でも持ち上げ移動できる、いわば現代におけるボストンバッグだと想像してもらえばよろしいかと思われる代物である。 所有者は、そのものを所有すること自体への思い入れがあるからか、この箱の裏面には「名東郡東名東邑御番所下山永左エ門」と大書されている。御番所(注*1参照)の下山永左エ門が設えたものと読むことができる。それに続けて、江戸時代の「安政四丁巳彌生月」(安政4年、1857年)と墨書されていることから、今から158年前に製作されたという計算になる。日米和親条約が締結されたり、安政東海、安政南海地震が数年前に起こった後の封建制の頃から近代国家へと移行した過度期を経て、今日までの時代に耐えてきたものであることから、この箱は、過去からの玉手箱、換言するならば、「時の入り船」ということになろうか。
注*1 御番所(ばんしょ) 「阿波近世用語辞典」(著者:高田 豊輝)によれば、「①関所のこと、②職業の類に番所があり不詳」と説明されている。 川口番所・堺目番所・遠見番所・見張番所・船渡番所には、郡(こおり)奉行支配番人(小高取・切田取・判形人もあり)又は郷士格・庄屋等一人~二人を番に当たらせた。 遠見番所と見張番所は海上・海岸警備の番所である。遠見番所は小屋程度の規模で番人は川口番所等と兼務であった。 番所には幕府の禁令(切支丹・毒薬・耕作損亡・忠孝・捨馬の制禁、諸廻船・異国船・酒造の御定等)の高札及び藩の制札(密告褒美、伴天連訴人銀子百枚黄金拾枚、いるまん訴人銀子五拾枚黄金五枚、切支丹訴人銀子三拾~二拾枚黄金三~二枚)を建ててあった。番所は明治五年に廃止された。 ◎川口・湊口番所の所在地 幕末に四六か所あった。分一所(ぶいちしょ)を兼ねていた川口番所もある。 ◎堺目口番所の類所在地 *(他藩との藩界付近に設置されていた模様で)、幕末に一四か所あった。 ◎船渡番所等の所在地 三好郡白地村本名に船渡番所、海部郡奥浦脇ノ宮に高瀬船番所があった。 ◎遠見番所の所在地 幕末に一六か所。寛政頃設置されたと言う。 ◎見張番所の所在地 幕末に10か所あった。 右は桑井薫氏編著の「阿波淡路両国番所跡探訪記」を基にして書いた(と著者)。 筆者注:前記用語辞典では、「名東郡東名東邑」に御番所が存在したことの記録はない。下山永左エ門さんが勤務していた御番所はどこでどのような番所であったのか、今のところまだ解明できていない。
2 事始め その箱の中には、一見して、おびただしい量の文書類が無造作に収納されていた。 上記のTとKによれば、旧家の土蔵を取り壊すとのことで、建物滅失登記を依頼された関係から、現場調査に行ったところ、その土蔵の二階から収納箱が見つかった。その家の当主は、その存在自体を子どもの頃から薄々知っていたものの、「古い物であり、土蔵の取り壊しと同時に、この際、中身ごと一括して廃棄してもらって結構だ。」ということであった。 そこで、念のため箱の中を覗いたら、どうも古文書類やら昔の地図類が沢山入っている様子なので、「一度、これらを公証役場で見てもらったほうがいいのではないか。」との話になり、所有者の承諾を得て、現状有姿のまま持ち込んだというのである。 板材の樹脂が抜け落ち生暖かい手触りのするその蓋を持ち上げてみると、古家と土蔵の香りが入り混じった遙か昔の香り(実は、埃の臭い)が立ち上がり、そこにはおびただしい量の内容物が詰まっていた。その時の気持ちは、あたかも、古墳を発見した考古学者が、胸の高鳴りを押さえ切れないであろうその動悸と同視できるのではないだろうか。 必要に応じて内容物が出し入れしたことが分かる状態での保管であり、几帳面に整理が行き届いた状態ではなかったものの、和紙に書かれた古文書類、それから古地図類がその大半であることは容易に判明した。何よりも多かったのが地券の類である。そこで、手始めに地券群を整理してみたので、ここで紹介してみたい。 3 地券 収納品を分類整理してみたところ、地券は3種類に大別でき、その内訳は、「地券之證」が10枚、「明治9年改正地券」が88枚あった。 前者は手漉きの和紙製、後者は明治政府により調製され配布を受けたものである。このほか破損した地券が各種類ごとにそれぞれ数枚ずつ存在する。 (1) 地券之證 このうち「地券之證」は、壬申地券創成期のもの(10枚、縦32㎝横43㎝、保管サイズ:二つ折り後に三つ折り)であり、「地券の證」と墨筆により記されている。この10枚は、明治7甲戊年3月発行分(2枚)と明治7甲戊年5月発行分(7枚)の2期に分かれている。 「従来の持地は追って地券を付与すべし」とされた範疇に含まれるものである( 注*2 壬申地券創成期の地券「その3」参照 )。
注*2 壬申地券創成期の地券 壬申地券創成期の地券は、次の3種に区分することができる。 その1は、明治4年12月27日に東京府下の武家地、町地の区別を廃し、土地の所有者に交付したものである。地所の代価の2/100を沽券(証文)税として課税することを意図し券面に記載されたもので、言わば都市型の地券である。 その2は、土地の売買譲渡に伴って交付された地券であって、「地券の證」がその初出である。この地券の様式は、「地所売買譲渡ニ付地券渡方規則」(明5.2.24大蔵省達25号)の公布に伴ってその雛形が示された。この地券の様式は、売買を原由とするものであることから、言わば所有権移転型の地券の発行ということができる。 その3は、明治5年7月4日に至り、「売買譲渡以外の土地の従来所持の者へ最前相達候規則に準じすべて地券を渡すようにせよ」と各府県に通達(大蔵省達第83号)されたものである。前記「地所売買譲渡ニ付地券渡方規則」(明5.2.24大蔵省達25号)において、「従来の持地は追って地券を付与すべし」(同13条)と予定していたものであり、同日公布され、上記の様式がそのまま承継され、交付されることとされた。この地券は、所持事実の現認・認定を原由とするものであることから、言わば所有権保存型の地券の発行ということができよう。 これらその1及びその2に係る地券(「地券の證」)は、いずれも、「地所持主たる確証」(同6条)とされたのである。 なお、地券発行に係る用紙及び地券之證印並びに地券に契印する押切割印について、大蔵省から次のような達が発出されており、当分の間、用紙は強靱な用紙(名東県は和紙)とし、地券状には地券之證印を押印の上、地券状と地券大帳との押切割印は従前の府県印を用いることとされた。
明治5年8月5日大蔵省達第97号 「今般地券発行に付券状に相用候料紙は追て相達候迄其地有合堅牢にて耐久の品可相用證印の儀は各府県へ一顆づつ相渡候條右を相用押切は従前の府縣印可相用此段相達候事 但し證印受取方の儀は租税寮へ可申立事」 (近代デジタルライブラリー「法令全書」・明治5年651p内閣官報局)
明治5年8月28日大蔵省達第115号 地所売買譲渡二付地券渡方規則中第一条第二条左之通改正 第一条 地券相渡候節地券は最前の雛形通りに製し地主へ相渡地券大帳はニツ折帳に仕立 半枚に二筆宛記載し券状と割印可致置事 但腹書多分有之分は見計たる可き事 第二条 地券大帳は年々収税の照準に致し地券渡済の上一村限地所之段別地券金高とも綜合高取調租税寮へ可差出来 但綜合高取調方別紙表式之通可相心得尤表式は追て可相達事 右之通及更正候条此段相達候也 (近代デジタルライブラリー「法令全書」・明治5年663p内閣官報局)
(2)「改正地券」について もう一種類の「明治9年改正地券」は、明治9年式の改正地券(88枚)である。「明治9年改正」と朱書き印刷されているものが多い。 改正地券は、地租改正事務局から明治8年11月20日達乙第8号としてその雛形が示され、洋紙に印刷した全国一律の用紙が各府県庁あて交付された。 これらの88枚は、前記の雛形により示され、各府県庁あてに印刷交付された用紙そのものが使用されており、また、時期を異にして交付された地券であっても同一官印が押印されていることがこれらの地券全部を比較照応する(官印の押印箇所に手ぶれが見られる)ことによって判明する。このうち背景茶地印刷の地券は75枚、背景青地印刷の地券は13枚である。 なお、明治9年8月22日達乙第12号により地券の表題の上部に「明治9年改正」の朱印を押す旨の改正がなされているので容易に識別できる。 その後、地券制度は、土地台帳規則(明治22年3月22日法律第13号)が公布される明治22年まで続いた。 (3)下山家の地券の分析 下山家の地券中、「明治7甲戊年3月発行」地券之證(縦32㎝横43㎝)については、上記「地所売買譲渡ニ付地券渡方規則」の公布に伴い示された雛形と比較して、個々の「地券の證」の表記方法が、次のとおり、相当部分において異なっている。 ① 反別(地積)の表示が記載されていないものの、これは、地券渡方規則第36条の規定に従ったものと思われる。 ② 地代表記部分の左端に「御運上金(注*3参照)」とその額が併記され、「名東御取立」の確認押印が付加されていることから、この税額により、税の賦課が決定されたか、又は、證印税規則(明治5年7月20日大蔵省達第88号)による證印税を納付したか、いずれかの証拠となる。
注*3 運上金(うんじょうきん) 運上は、近代日本における租税の一種で、それが金銭により納付が行われる場合に運上金と呼ばれた。江戸時代では、農業以外の商工業や漁業従事者に対する一定税率が定められ、その課税したものを運上と称した。また、特定の免許を与えられた者に必要に応じ上納させたものは冥加と呼ばれた。 明治維新後も明治2年に運上、冥加は当分の間現状維持とされたが、地租改正が進捗した明治8年には地方の多種多岐にわたる雑税が廃止された際に、これまでの運上・冥加のほとんどは廃止された。
③ 前記②については、下記文献では、「この地券に基づいて課税されることもなかった」と説明されていることに注意されたい。
「㈡ 郡村地券は、郡村の田畑宅地等の幕藩時代からの持主に「持主タル確証」として交付されたが、従来から所持する田畑などには代価も不明であったことから、地券にも「適当ノ代価」が記載されるだけで、地租率なども記載されず、地券だけからは地租額も不明であったので、郡村地券は「土地の持主であることを公証する」だけで、納租の標目でもなく、また、この地券に基づいて課税されることもなかった。 ㈢ 田畑等の持主は検地帳等に登録された地主であり、賦税の照準も検地帳等に書入られた「石高」から「地価」(適当な代価)に変更されるだけであったが、この地価は明治六年地租改正法に基づく改正地券によって確定されることになる。」 以上、「近代的土地所有権の形成と帰属」(古舘 誠吾)118p
④ 本「地券の證」の証明書き本文の内容が「授与」ではなく「相渡置候」となっており、しかも、その根拠として「従前割賦之通」との理由が付記されている。なお、地所を所持する者に壬申地券を交付する名東県庁の達は次のとおりである。
明治5年7月23日名東県達第34号 「先般相達候地所売買規則第13則に従来持地は追而地券渡方之儀可相達旨掲載有之候所今般管下人民地所々持之者は都最前之規則に準じ地券可相渡旨大蔵省より御達に付其旨相心得地所所持之者は田畑従来之位付に不拘方今適当之代価書入来る8月15日迄に不洩様持区限取纏め租税課へ可差出候萬一不得止次第に而取調て及遅延分は右日限前に情実申立相当之日延可願出候 壬申七月廿三日 名東県庁」 (徳島市史料編695p)
⑤ 本「地券の證」の証明者として3名が連署のうえ押印されている。連署者は、3名とも「證」を証明発行する根拠となる権限がいずれも銘記されておらず、「県令、大少属の氏名及び押印」という雛形様式の方式は執られていない。なお、本「地券の證」では10点とも、連署者3名のうち1名は朱印により押印し、うち2名は墨印で押捺しているとの規則性が見られる。このことは、官吏と民間人を峻別するための地域の慣習によるものなのか、あるいは、けん制順を表示するための措置であろうか。朱印と墨印の区別には特段の事情はないのかも知れないとの推測も成り立つ。 敷衍すれば(あくまで私見であるが)、朱印押印者を地券取調掛(官吏)、墨印押印者を実地適宜の者(民間人)であると仮に見立てれば、連署及び押印は「名東郡取立」つまりは證印税規則のとおり取立(つまりは徴収=納入)済であることの証拠となり、ひいては、本「地券の證」が真正に作成されたことの担保になっているとの評価に繋がるのであるが、どうであろうか。 郡村地券発行の目的が、全国の地価総額の緊急の把握にあったことに鑑みれば、地租徴収のための主要な調査対象は田畑、宅地であり、山林、原野等については、劣後する調査対象であったものと思料されるものの、原則的には、明治5年7月4日大蔵省達第83号により、売買譲渡以外の土地の従来所持の者へ「最前相達候規則に準じ」すべて地券を渡すようにせよとの各府県あてに通達( 前記注*2 壬申地券創成期の地券「その3」参照 )されたことから、東名東村としては、山林、原野等であったとしても租税課へ差し出し、地券の証の発行を求めるべきものであろう。 ところが、壬申地券創成期のものである9点の「地券の證」に限っては、そうではなく、雛形様式の方式によらずに「最前相達候規則に準じ 」て「地券の證」を墨筆書きにより調製し、しかも、県庁租税課が関与した痕跡のないままで、それらを土地の従来所持の者へ、いずれも直接に「相渡」すという手法を執っているのである。 県(権)令、大少属等の氏名、署名そして押印はないものの、私文書であるとはとても思えないのである。この地域に独自の様式が認められていたとすれば、その根拠は何であったのか、について今後調査・確認する必要がある。 なお、上勝町誌198p上段には、「明治6年10月付け地券之證」、佐那河内村史(昭和42年1月3日発行)246pには「明治6年10月23日付け地券之證」、美郷村史(昭和44年3月31日発行)189pには「明治不詳年月日付け地券之證」が掲載されており、ここでは、共に同時期、かつ、地券渡方規則雛形様式どおりの交付となっている。このほか、酒井家文書総合調査報告書(編集発行徳島県立文書館)208P表(3)「『地券の証』からみた酒井弥蔵の所有地」によれば、地目「林」、面積「3畝6歩」との表記の後に「険阻、立木これあり」とあり、地券発行年月日欄に「明治9年11月19日」と表示されていると記されているものの現品そのものを確認することが叶わないため、これ以上の詳細情報を入手することはできていない。なお、表記方法は、下山家「地券の證」との類似性が見られる。 ⑥ 「名東御取立」の官(職)印が朱印されている。また、押切割印(官印、印影に「秋」、「庸」の文字の一部が判読される、上納(秋斂)の意味であろうか。)により割付印の措置が施されており、戸長、副戸長、用掛の決済・確認が戸長役場における地券発行事務の一環として行われていたことの証となっている。また、本件証書(正本)のほか本割付印の片方である「地券大帳」の存在を明確に示している。なお、氏名の後の押印は、朱印墨印であることはともかくも、それぞれ個人印が押捺されている。 ⑦ 前記⑥の官印及び割付印の存在から、本「地券の證」は、明治5年7月4日大蔵省達第83号により、「売買譲渡以外の土地の従来所持の者へ最前相達候規則に準じすべて地券を渡すようにせよ」との各府県に通達されたものを受けて、「東名東村」の名において渡されたものであるとの一応の推定が働く。 署名・押印者が戸長、副戸長、用掛かどうかは本「地券の證」では明白になっていないのであるが、徳島市史の記録(同史101P)によれば、署名・押印者は戸長でも、副戸長でもなく、また、用掛にも該当者の掲載がないことは確認済である。 このことから、実地適宜の者として地元の名望家(例えば、伍長等)が本件小区の地券取調掛に任命され、実施機関からその権限(実地下調べを含む。)を付与され、名東県庁から派遣された地券掛官の指導、監督及び検査手続きを経て、地券発行の任にあたったものと考えられるがどうであろうか。大蔵省から短期間における緊急の民有土地全部の調査とその地券発行を命令されていること、田畑調査に劣後する山林調査であることの要請を受け、戸長、副戸長が地元の名望家を動員し、戸長、副戸長、用掛が主体となって、山林について所持の事実を確認認定する証として本「地券の證」の発行措置が図られたのではないだろうか。 土地の把握と所持者の確認という事柄の重要性を認識するならば、官が主導しない限り、私的に単独では実施できない大事業であるからである。 ⑧ 加えて、本「地券の證」証明書き本文記載の文言から、 a.本地券発行検査が行われた、 b.当該山林は従来所持者のものと確認(認定)された、 c.(このことは)従前割賦のとおりである、 d.(そこで)この證書を渡し置く、 と判読できるがどうであろうか。 本「地券の證」の証明書き本文の内容は、土地売買譲渡の場合には、地券の文言を「授与」と直接規定されているものの、売買譲渡以外の土地の従来からの所持者である場合には、「最前相達候規則に準じ」と命じられているのみで、具体的な文言とか雛形までは指示されていない。 このことから、最前相達候規則に準じて、本税(=御運上金)を取り立てている「東名東村(戸長)」としての前記a.ないしc.の確認認定事実を具体的に列記記述する方法によったことから、「授与」ではなく「相渡置」との文言になっているものと推察されるのである。 ⑨ 今日時点における一応の結論 以上①から⑧までの事実から、本件「地券の證」は私文書ではなく、「名東御取立」と押印された官印の印影から、ⓐ所持事実の確認・認定事務を行い、ⓑ賦課ないし證印税の取立権限を持つ「機関」である東名東村が、ⓒ公文書として発行したものであることは明白である。売買に伴うところの地券発行ではなく、明治政府(官)による所持事実の現認・認定による地券発行であることから、この行為は、所有権保存登記に比定することができよう。 なお、地券渡方に関する大蔵省達が下記のとおり発出されていることからは、證印税として徴収したとするのが妥当性が高いもののように思われる。
明治5年7月20日大蔵省達第88号 「今般地券渡方の儀相達候付ては右諸入費は證印税規則之通取立右を以支拂置」 (近代デジタルライブラリー「法令全書」・明治5年648p内閣官報局)
4 「証文・契約書類」及び「一村全図と各字図」ほか 紙面の都合で、帳箱の中身のほんの一部しか言及できていない。地券以外にも、「証文・契約書類」「一村全図と各字図」ほか未分類のものが多く収納されている。 地券以外の「証文・契約書類」は、150本以上(現時点において未整理分を除く。)あり、一応の分類として次のように整理している。 (1) 私人間における契約書類(私文書関係) ○売渡證文、地所売渡約定証、売買契約書・・・・・・・・・・・37本 (地所、地所建物、山林の文言を冠したものを含む。) ○地券預り之証 ・・・・・・・・・・・・・3本 ○金子借用之証、金員借用之証、金銭消費貸借、金子願証、費用金借用証、金円借用証、借用金支払期日契約書、副書・・・・・・・・・・・56本 (地券書入、地所書入、山林書入、土地1番抵当権設定、質付の文言を冠したものを含む。)などと区分けできる。 この中には、明治確定日付が付与されたものも数点存在する。 「質付金銭貸借契約」に「明治43年12月14日、公証人鈴木利行役場」の確定日付印が押印され、今1点は、「動産物売渡證」に「明治44年6月15日、前記公証人役場」となっており、かの時の、かの場所での先人の公証仕事の一つを垣間見て、書証とその証拠が確かに存在することの重さに、ただただ頭が下がる思いがする。 (2) 判決書、公正証書ほか(公文書関係) ○判決言い渡し(明治11年12月4日判決) ○判決言い渡し(明治25年 5月11日判決) ○貸金請求支払命令申請書 ○仮住所届 ○地所貸借契約書(徳島県知事土居直次昭和6年3月31日) ○動産物賃貸借契約証書謄本 ○動産物売買公正証書正本 ○地租計集廿口会報 ○証(落札) ○地所公募落札同所登記願 ○地所売渡付地券御確認願 ○租税代納済證明書 ○地券証印紙税領収 ○東名東村堤防費の納入の証 ○庄外三村継続土木費追徴地方税の納入の証 ○庄外三村明治20度上半期分村費の納入の証 ○租税代納受払帳 (3) 用水開削図((4)以外の図面関係) ○阿波国第八小区相合井掛用水埋樋居込絵図 ○村役場保管の図面写し (4) 一村全図と各字図 また、「一村全図と各字図」(素図)は、東名東村全図一葉、東名東村字図三十七葉(うち字図四葉のみ欠落)、由緒書記載帯封の3セットで構成されている。 この一村全図の特徴は、トラバース測量を実施した上で全図作成がなされていることである。字図には1号から41号までの番号が付され、小字単位で字図が調製されていることから、東名東村は、41の小字を持った村であることが判明する。東名東村全図によって小字の位置及び形状が容易に見分けることができ、字図により明治期の原始筆界(区割り)や道路水路の詳細が一目瞭然となるように記されている。 下山家の「全図、字図」(素図)は、基本的には、地図の作図方法が「地籍編製心得書及び雛形(明治15・8・3徳島県達乙第119号別冊地籍編製心得書)」を踏まえてのものであることから、「地籍地図」に分類することができる。 本地図上で、①山林等で高低差のあるものにはすべからく筆界に「度数及斜面ノ距離」が記入されていること(「筆界度数斜面距離記入達(明治18・5・13徳島県乙第69号達)」)、②「川、旧二等路とか旧二等路の道敷、用水路敷、悪水路敷」つまりは、「道路、水路の敷地」に新に番号を設け、其地順に従い「一ノ二、二ノ二」と枝番(作成当時は「糸番」と呼称している模様)を付し、その番号を朱書しており、改租の際に付した地番と明確に区別し表示されていること、③ 全図は一厘を一間とし、字図は一歩を一間の縮尺としている、いわゆる一歩一間図である。これらの地図調製技法から上記の地図であることが判明するのである。 下山家の地図が上記徳島県達乙第119号の雛形と異なる特徴的な部分を列挙する。 大部分の耕地の筆界線付近(一定箇所)には、細字で「二」の表示が見られる。この表示は、耕地(ほとんどは「田」)を有するいずれの字図にも、等しく付されている。現地の地物を斟酌するならば、「二」の表示は、畦畔の存在を示しているものと考えられる。 現地における用水路(水流)を斟酌するならば、黒細線(実線)の位置により筆界を明示した上で、「二」の表示は内畦畔(長狭物)を指すものとして地図作成者が略記したものと容易に読み解けるのである。その認識をもって耕地を再見すると、「上田」と「下田」の内、「上田」と認識できる側に「二」が表示されているのである。つまり、畦畔は、「二」の表示がされている側の土地の畦畔であること、換言すると、畦畔は、「二」の表示がされている側の土地に属するものであること、がその略号によって図上略記されていることになる。「地図ながめ 二の字、二の字の下駄の跡」との軽口が口ずさみたくなるほど、浮き浮きしてくる。 ① 上田・下田の区別のために必要な措置として「二」の表示による畦畔の存在(この略記表示の段階では、未だ雛形凡例で示された色分け表記にまでは至っていない。)、 なお、色分け表記は、「地籍編製心得書及びその雛形(上記徳島県達乙第119号)」により筆界の内側に着色する方法によることが雛形凡例により示されていることに留意されたい。 ② 実線引きの後に、実線引き自体を削り取ったり、和紙小片を貼付し再度位置を変えての実線引き箇所の存在(修正のための措置が施されている箇所)、 ③ 筆界位置を正確に特定できる工夫として、2.35㎝間隔で罫線が印刷されている和紙を用いていること、 ④ 地図帯封記載由緒書に「地籍下調檢査済ニ付檢本」(検査用地図)との位置付けがなされていること、 以上のことが記録、観察できることから、最終的な製図(清書)を行うための極めて完成度の高い原図(ないし元図)と把握し得るのである。 このことから、下調べを終え、地図業者として納品するための製図(清書)を行うための事前検査を受けた上で、修正を施した検査完了の素図と推察されるのである。①筆界位置修正(第弐号字図、第五号字図、第七号字図、第28号字図)、②字界位置修正(第六号字図)、③字番号自体修正(第30号字図、第39号字図)等の手入れを実行していることの痕跡が存置されている。 5 「時の入り船」での私の旅 このように、地方で住まう者には、息づいている明治に出会える機会がまだ残されており、殊に、この地方で保存されている明治期の絵図や古文書類と比較考量しながら調査でき、アマチュアでも十分楽しむことができる法歴史学的(注*4参照)に価値がある史料がまだまだ埋もれている。 古文書・古地図類(明治期の史料)と出会う楽しみの本質は、何であろうか。 調べ尽くされ過去の出版物に登載され縮小化されたものとか、さらにそれをコピーしたものとか、または、レプリカ(複製物)であるとか、手あかのついたものではなく、眠っていた存在そのものに直接出会いたいとの思いである。そのものが唯一絶対のものとして対峙できること、そのものを直に手に触れて存分に浸り切ることができ、探求心が刺激されて喜びの時を手に入れることができるところにあるのだと思う。つまりは、古文書・古地図類の原本性に魅せられ惹かれているということになろうか。 公証制度も原本を創り出すことにその本質的な意味を見出すことができる。嘱託を受け、唯一無二の原本を作出するところにその苦しみも、また楽しみも併存しているのだということに気付く。 この意味において、 「時の入り船」での私の探求の旅は、これからもまだまだ続いていくのである。 それにしても、肉体的にも精神的にも老いが忍び寄ってきている証左であろうか、時折、ギックリ腰になったり及び腰になりながらも、なお、日々是好日が続いている。
注*4 法歴史学 老後の楽しみに、昨日私が考案した学域であり、領域として、地券、古文書、古地図の3分野からなる。少数無力学派の一つ。3分野の好きな者、この指止まれ。

実 務 の 広 場 |
このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。
No.24 法改正に伴う社会保険労務士法人の定款記載例について |
社会保険労務士法人(以下「社労士法人」という。)については、社会保険労務士法(昭和43年法律第89号、以下「社労士法」または「法」という。)の一部を改正する法律(平成26年法律第116号)が、平成26年11月21日に公布され、また、同法の施行期日を定める政令(平成27年政令第69号)が、平成27年3月6日に公布され、社員が一人の社労士法人の設立等を可能とする規定を除いて、平成27年4月1日に施行されたことから、定款認証実務もそのように運用されてきたところ(「社労士法人を設立するには、その社員となろうとする社労士が2人以上必要であることは明らか」、日公連「各種法人定款認証実務Q&A」113頁参照)ですが、今般、社員が1人の社労士法人の設立を可能とする政令の施行期日が平成28年1月1日とされたことから、同日以降に成立を予定する社労士法人については、社員となろうとする社労士が1名であっても設立可能となりました。 ところで、社労士法の改正は、特定商取引に関する法律の改正に伴い、社会保険労務士の業務範囲が拡大することとなったことによるものですが、具体的には、 ① 紛争目的価額の引上げ(個別労働関係紛争に関する民間紛争解決手続における紛争目的価額の上限が、民事訴訟法第368条第1項に定める額(60万円)から120万円に引き上げられたこと) ② 補佐人制度の創設(事業における労務管理その他の労働に関する事項及び労働社会保険諸法令に基づく社会保険に関する事項について、社労士法人が当該事務の委託を受け、弁護士である訴訟代理人とともに社労士法人の社員等を裁判所に出頭させ、補佐人として陳述することができるようにしたこと) ③ 社員一人の社労士法人(社員が一人でも同法人の設立等が可能となったこと) であり、この改正に伴い、定款の目的及び社員に関する規定等について、若干の変更が生じることとなったものです。 そこで、本稿では、この改正に伴い、変更となる社会保険労務士法人定款記載の一例(さいたま地方法務局と協議済み)を、次に記しておきます。日公連「各種法人定款認証実務Q&A」109頁以下に示された定款記載例と異なる部分に下線を付してあります。 なお、本改正に伴い、全国社会保険労務士会連合会及び各都道府県社会保険労務士会の社会保険労務士法人の規定に係る会則等は既に変更されているとのことですが、社労士法人の定款認証実務における法人社員となり得る資格を有することの資格証明書(特定社員資格証明書等;別添資料)の確認が必要である点は従前と同様であり、また、定款の絶対的記載事項及び相対的記載事項並びに任意的記載事項等については、日公連「各種法人定款認証実務Q&A」109頁以下に詳しく解説されていますので、これを参照願います。 【社会保険労務士法人定款記載例】 社会保険労務士法人○○○○ 定款 第1章 総 則 (法人の名称) 第1条 当法人は、社会保険労務士法人○○○○と称する。 (目的) 第2条 当法人は、次に掲げる業務を営むことを目的とする。 (1) 社会保険労務士法(以下「法」ともいう。)別表第一に掲げる労働及び社会保険に関する法令(以下「労働社会保険諸法令」という。)に基づいて行政機関等に提出する申請書、届出書、報告書、審査請求書、異議申立書、再審査請求書その他の書類(電磁的記録を含む。以下「申請書等」という。)を作成すること (2) 申請書等について、その提出に関する手続を代わってすること (3) 労働社会保険諸法令に基づく申請、届出、報告、審査請求、異議申立て、再審査請求その他の事項(厚生労働省令で定めるものに限る。以下「申請等」という。)について、又は当該申請等に係る行政機関等の調査若しくは処分に関し当該行政機関等に対してする主張若しくは陳述(厚生労働省令で定めるものを除く。)について、代理すること (4) 個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律第6条第1項の紛争調整委員会における同法第5条第1項のあっせんの手続並びに雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律第18条第1項、育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律第52条の5第1項及び短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律第25条第1項の調停の手続について、紛争の当事者を代理すること (5) 地方自治法第180条の2の規定に基づく都道府県知事の委任を受けて都道府県労働委員会が行う個別労働関係紛争(個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律第1条に規定する個別労働関係紛争(労働関係調整法第6条に規定する労働争議にあたる紛争及び行政執行法人の労働関係に関する法律第26条第1項に規定する紛争並びに労働者の募集及び採用に関する事項についての紛争を除く。以下単に「個別労働関係紛争」という。)に関するあっせんの手続について、紛争の当事者を代理すること (6) 個別労働関係紛争(紛争の目的の価額が120万円を超える場合には、弁護士が同一の依頼者から受任しているものに限る。)に関する民間紛争解決手続(裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法律第2条第1号に規定する民間紛争解決手続をいう。)であって、個別労働関係紛争の民間紛争解決手続の業務を公正かつ適確に行うことができると認められる団体として厚生労働大臣が指定するものが行うものについて、紛争の当事者を代理すること (7) 労働社会保険諸法令に基づく帳簿書類(その作成に代えて電磁的記録を作成する場合における当該電磁的記録を含み、申請書等を除く。)を作成すること (8) 事業における労務管理その他労働に関する事項及び労働社会保険諸法令に基づく社会保険に関する事項について相談に応じ、又は指導すること及び裁判所において、補佐人として、弁護士である訴訟代理人とともに出頭し、陳述をすること (9) 社会保険労務士法施行規則第17条の3第1号に定める事業所の労働者に係る賃金の計算を行うこと (10) 社会保険労務士法施行規則第17条の3第2号に定める労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律第2条第3号に規定する労働者派遣事業を行うこと 2 前項第4号から第6号までに掲げる業務(以下「紛争解決手続代理業務」という。)には、次に掲げる事務が含まれる。 (1) 前項第4号のあっせんの手続及び調停の手続、同項第5号のあっせんの手続並びに同項第6号の厚生労働大臣が指定する団体が行う民間紛争解決手続(以下「紛争解決手続」という。)について相談に応ずること (2) 紛争解決手続の開始から終了に至るまでの間に和解の交渉を行うこと (3) 紛争解決手続により成立した和解における合意を内容とする契約を締結すること (事務所の所在地) 第3条 当法人は、主たる事務所を埼玉県○○市に置く。 第2章 社員及び出資 (社員の氏名、住所及び出資) 第4条 当法人の社員の氏名及び住所並びに出資の目的及びその価格は、次のとおりである。 埼玉県○○市○○番地○ ○○○○ 金銭出資 ○○○○○○ 円 現物出資 ○○○○ この価格 ○○○○○○ 円 総出資額 ○○○○○○ 円 (持分譲渡の制限) 第5条 当法人の社員は、社員が1名のときを除き、その持分の全部又は一部を他人に譲渡するには、他の総社員の承諾を得なければならない。 (競業禁止) 第6条 当法人の社員は、自己若しくは第三者のために当法人の業務の範囲に属する取引をなし、又は他の社会保険労務士法人の社員となってはならない。 (社員法人間の取引) 第7条 当法人の社員は、社員が1名のときを除き、他の社員の過半数の承認があったときに限り、自己又は第三者のために当法人と取引をすることができる。 (新加入社員の責任) 第8条 当法人の設立の後に加入した社員は、その加入前に生じた当法人の債務についても、これを弁済する責任を負う。 第3章 法人の代表及び業務執行 (代表社員) 第9条 当法人を代表すべき社員は1名とし、社員が1名のときはその者を代表社員とする。 但し、社員が複数のときは、業務を執行する社員の中から社員の互選をもってこれを定める。 2 前項の規定にかかわらず、紛争解決手続代理業務については、法第2条第2項に規定する特定社会保険労務士である社員(以下「特定社員」という。)のみが当法人を代表する。 (業務の執行) 第10条 当法人の社員は、業務を執行する権利を有し、義務を負う。 2 前項の規定にかかわらず、紛争解決手続代理業務については、当該業務にかかる特定社員のみが業務を執行する権利を有し、義務を負う。 (業務及び財産の状況の報告義務) 第11条 代表社員は、社員が1名のときを除き、他の社員の請求があるときは、いつでも、当法人の業務及び財産の状況を報告しなければならない。 第4章 社員の加入及び脱退 (加入) 第12条 新たに社員を加入させるには、社員全員の同意を得なければならない。 (止むを得ない事由がある場合の脱退) 第13条 止むを得ない事由があるときは、社員は、いつでも、脱退することができる。 (脱退事由) 第14条 社員は、前条及び持分を差し押さえられた場合のほか、次の事由によって脱退する。 (1) 社会保険労務士の登録が抹消されたとき (2) 死亡し、若しくは失踪宣告を受けたとき (3) 破産手続開始の決定を受けたとき (4) 社員が1名のときを除き、総社員の同意があったとき (5) 成年被後見人又は被保佐人になったとき (6) 除名されたとき (除名並びに業務執行権又は代表権の消滅) 第15条 社員又は業務を執行する社員について、次の事由があるときは、当法人は、訴えをもってその社員の除名若しくは業務執行権又は代表権の消滅を裁判所に請求することができる。 但し、社員が複数のときは、対象社員以外の他の社員の過半数の決議に基づき、訴えをもってその社員の除名若しくは業務執行権又は代表権の消滅を裁判所に請求することができる。 (1) 出資の義務を履行しないとき (2) 第6条の規定に違反したとき (3) 業務を執行するに当たり不正の行為をし、又は権利なくして業務の執行に関与したとき (4) 当法人を代表するに当たって不正の行為をし、又は代表権がないのに当法人を代表して行為をしたとき (5) その他重要な義務を尽くさなかったとき (6) 当法人の業務を執行し、若しくは当法人を代表することに著しく不適任であるとき (除名社員と法人間の計算) 第16条 除名により脱退した社員と当法人との間の計算は、除名の訴えを提起した時における当法人の財産の状況に従ってこれをなし、かつ、その時から法定利息を付するものとする。 (除名以外の事由による脱退社員に対する持分の払戻) 第17条 除名以外の事由により脱退した社員に対しては、脱退の時における当法人の財産の状況によってその持分を払い戻すものとする。 (金銭による払戻) 第18条 脱退した社員の持分払戻しは、その出資の目的のいかんにかかわらず金銭をもってするものとする。 第5章 計 算 (事業年度) 第19条 当法人の事業年度は、毎年○月1日から翌年○月31日までとし、その末日をもって決算期とする。 (計算書類の承認) 第20条 社員が1名のときの代表社員は、毎決算期において、次の書類を作成し、主たる事務所に保管しなければならない。 但し、社員が複数のときの代表社員は、毎決算期に次に掲げる書類を各社員に提出して、その承認を求めなければならない。 (1) 財産目録 (2) 貸借対照表 (3) 損益計算書 (4) 事業報告書 (5) 社員資本等変動計算書 (6) 利益の処分又は損失の処理に関する議案 (積立金) 第21条 当法人は、その出資額の4分の1に達するまで、毎決算期に利益の処分として支出する金額の10分の1以上を積み立てるものとする。 (利益の配当) 第22条 当法人は、損失を補填した後でなければ利益の配当をすることができない。 (損益分配の割合) 第23条 社員が1名のときを除き、各社員の損益分配の割合は、その出資額による。 第6章 解散及び合併 (解散の事由) 第24条 当法人は、次に掲げる事由により解散する。 (1) 総社員の同意 (2) 他の社会保険労務士法人との合併 (3) 破産手続開始の決定 (4) 解散を命じる裁判 (5) 法第25条の22第2項の規定に該当することとなったこと (6) 法第25条の24第1項の規定に基づく厚生労働大臣による解散の命令 (合併) 第25条 当法人は、他の社会保険労務士法人と合併する場合には、総社員の同意を得なければならない。 第7章 清 算 (清算人の選任及び解任) 第26条 清算人の選任及び解任は、社員の過半数をもってこれを決する。 (残余財産の分配の割合) 第27条 残余財産は、社員が1名のときを除き、各社員の出資額に応じて分配する。 (任意清算) 第28条 前2条の規定にかかわらず、総社員の同意によって当法人が解散した場合における法人の財産の処分方法は、総社員の同意をもってこれを定めることができる。 第8章 定款の変更 (定款の変更) 第29条 定款の変更をするためには、総社員の同意を得なければならない。 第9章 附 則 (最初の事業年度) 第30条 当法人の最初の事業年度は、当法人成立の日から平成○年3月31日までとする。 (法令の遵守) 第31条 本定款に定めのない事項は、すべて社会保険労務士法その他の法令の規定による。 上記のとおり社会保険労務士法人○○○○設立のため、この定款を作成し、設立時社員が記名押印する。 平成 年 月 日 ○○○○ ㊞
平成 年 月 日 社会保険労務士法人の特定社員資格証明書 住 所 〒 埼玉県○○市○○○○ 番地 氏 名 ○ ○ ○ ○ 社会保険労務士登録番号 第○○○○○号 全国社会保険労務士会連合会 会 長 ○ ○ ○ ○ 貴殿について、下記の事項を証明します。 記 1. 全国全国社会保険労務士会連合会の社会保険労務士名簿に登録された社会 保険労務士であること。 2. 社会保険労務士法第25条の8第2項各号に該当しないこと。 3. 社会保険労務士法第14条の11の2の規定による付記を受けた社会保険労務 士であること。 (注.特定社員でない場合は記載がありません。)(松田謙太郎)
No.25 遺言公正証書の作成に際して、その過程をビデオ撮影したいとの要請があるが、これに応じて差し支えないか。(質問箱より) |
【質 問】 当職が以前作成した遺言公正証書の全部を撤回する遺言書を、遺言者が高齢(99歳)のため遺言者の自宅で作成してほしいとの嘱託があり、あわせて依頼人で証人となる司法書士から作成当日はビデオによる撮影を行いたいとの要請がありましたが、作成手続のビデオ撮影に応じることについてはいささか疑義がありお伺いします。 なお、本件については次のとおりの経緯があることを申し添えます。 記 ・ 当初、関係者から相談があったときに、正本、謄本を回収したい旨伝えたところ、正 本、謄本については手元になく所持者から返してもらえない。また、正本、謄本がなければ作成依頼に応じないのかとの問いには、必要書類ではないが提出をお願いしていると伝えたところ、後日、法務局から電話で遺言撤回の依頼に正本、謄本の提出がなければ作成できないと言われたとの通報があったと連絡があり、その経緯を説明したところ法務局は了承した。 ・ その後、他の司法書士からも同事件の遺言撤回の相談があったが、その際にも経緯を説明したところ、その司法書士も了承し、その後連絡はなく、今回の司法書士からの依頼となった。 ・ また、本件では、別件で訴訟が提起されており、前記当職作成の遺言公正証書が乙号証として提出されている。 ・ 前記当職作成の遺言公正証書は、弁護士を通じて依頼があり、当該弁護士が証人及び遺言執行者となっている。 このような経緯もあることから、本件については、担当の司法書士に対して遺言者の法律的判断能力の有無を確認したところ問題はないとの回答を得ましたが、当日、判断能力に疑問を抱いた場合には執務を中止することや、医師の診断書の提出も促すなど、慎重に進めているところでしたが、ビデオ撮影については、今後の公証事務遂行全体に支障を及ぼすと考えられることから消極と考えておりますが、御教示願います。 【質問箱委員会回答】 1 問題点 本件は、前に作成した遺言公正証書を、撤回する遺言を作成するに際して、その模様をビデオ撮影したいが、差し支えないかというものです。ビデオ撮影を要望している者は、撤回遺言の証人・遺言執行者となる司法書士であり、その者が何故、ビデオ撮影したいのかについては、定かではありませんが、遺言公正証書作成に当たって、ビデオ撮影することには、消極的であるというのがこれまでの一般的な考えで、その理由とするところは、概ね次のようなものと思われます。 2 ビデオ撮影には消極的であるとの考え 遺言書は、死後において効力を生じるものであり、作成のやり直しができないものであるところから、その作成に当たっては、厳格な方式が採られており(民法969以下)、そして、遺言者に安心して遺言書を作成してもらえるよう作成後の遺言公正証書については、遺言の効力発生の前後を問わず、公証人に厳しい守秘義務が課せられています(公証人法4)。このような性質をもつ遺言公正証書について、その作成の過程をビデオ撮影することは、次の理由により問題点があるものと思われます。 ⑴第1に、公証人に守秘義務が課せられていることからの問題点です。当該ビデオは、撮影した司法書士が管理することになるでしょうか。そうなると、当該ビデオが利害関係者の間に流出しないとも限らず、結局のところ、公証人に課せられている守秘義務が守られない恐れが生じます。このような事態を招きかねないビデオ撮影は、許されるべきではないということになります。 ⑵第2に、遺言公正証書は、厳格な方式を踏んで作成されるものである点からも問題と思われます。遺言の方式として、代理に親しまない行為であり、証人2人の面前で遺言者自身が公証人に対して口授する等してすることとされていますが、これは、遺言公正証書の作成に当たって、遺言者の自由な意思が保障されなければならないという意味をも含んでいるものと理解されています。 ところが、通常の方式によらず、遺言者の自由な意思を妨げる状況が発生した場合は、どうでしょうか。そのような例を取り上げた裁判例があります。それによると、「公証人としては、遺言者が自己の真意に基づいて遺言をすることが妨げられるような疑義が生じる事態が生じないよう配慮すべき一般的な注意義務を負う。」ということを前提として、公証人が利害関係者の退去を要請したにもかかわらず、それが聞き入れられなかったことから遺言公正証書の作成を中止した場合に、公証人の判断は違法でないと判示しています(東京高裁平成21年4月8日判決。東京公証人会会報平成22年9月号13ページ)。 このことを踏まえてビデオ撮影について考えてみますと、真に遺言者の意思に基づくもの(自ら記念として撮って自分だけで管理するという場合)であれば特に差し支えはないものとも考えられますが、ビデオ撮影されているということは、遺言公正証書がその効力を発生する前に当該ビデオが流出し、遺言者の意に反して利害関係者に遺言の内容を知られるおそれがあることは当然予測されるところであり、そのことから遺言者にとっては、真意に基づいて遺言をすることが妨げられるおそれがあるものと考えられます。 したがって、公証人としてはまずビデオ撮影をすることについての遺言者の真意を確認する必要がありますが、上記裁判例でいうような疑義が生じるときは、ビデオ撮影をしようとしている者にこれをしないよう要請し、それが聞き入れられず、これが強行されるような場合には、その場での遺言公正証書の作成を中止しても違法とはならないものと考えます。 ⑶第3に、ビデオ撮影が、遺言公正証書の作成の有効性を証明するために、何故必要なのか不明であり、必要性について十分な理解のないまま、司法書士から要望があるからというだけで、ビデオ撮影を認めることは、厳格な方式を採用している遺言公正証書にとっては、むしろ邪魔であり、相当でないと考えます。 遺言公正証書作成に当り、最も重要なことは、遺言者の遺言能力と遺言者の意思の確認です。特に、本件のように、高齢であり、撤回の場合は、遺言者に対し、遺言能力の有無と従前の遺言の内容を確認するとともに、撤回の動機等の意思確認を特に念を入れて行う必要があります。遺言者の遺言能力を証明したいのであれば、医師の診断書を提出させ証明させるほうが効果的であり、ビデオ撮影ではあまり意味がないと思われます。また、従前の遺言の内容の確認と撤回の動機確認は、公証人が証人立会いの下に、口授させその内容を確認して行う必要があり、問題になる恐れがある場合は、日本公証人連合会からやり取りについて記録を残すこととされており、この方法が実務の取扱いとして確立された方法と言えます。ビデオ撮影が効果的とも思われるのですが、そのような扱いにはなっていないのです。このような意味から、遺言公正証書作成の要件でないビデオ撮影は、意味がなく、これに応ずべきではないものと考えます。なお、公証人が確認すべき事項の確認ができず、証書作成が不可となり、これ証明するためのビデオ撮影であったとしても、これに応ずべきではなく、証書作成ができなかった理由を書面で求められた場合は、公証人法施行規則第12条で対応すべきと考えます。 3 例外的にビデオ撮影を認められるとの考えと実例 ⑴例外的扱いの可否 それでは、ビデオ撮影は例外なく許されないかというと、①録画したビデオが流出するおそれがなく、利害関係者がみることができるような状況になることがないということであれば、公証人の守秘義務に反する恐れはなく、②遺言者自身も希望しており、あるいは了解しているような場合は、遺言者の自由な意思を阻害することにはならず、ビデオ撮影も差し支えないとも考えられます。 しかし、ビデオ撮影という民法、公証人法には定められていない方法を取り入れるわけですから、正面からこの問題を議論するとなると、①、②のような問題がないという理由だけでは不十分で、ビデオ撮影する必要があるという積極的な理由の存することが必要と思われます。 つまり、ビデオ撮影が認められるためには、①、②の要件を具備していることは当然のこととして、③例えば、訴訟対応上、ビデオ撮影をしておくことが有益な手段となり得る等、ビデオ撮影の必要性につき納得のいく説明がされるのであれば、認めても差し支えない場合もあるのではないかと思われます。 但し、この③については、様々な事由が考えられ、個別に判断せざるを得ないケースも出てくるので、①、②の要件の外に③の要件が満たされなければ、全くビデオ撮影を認めないとまで言い切るのは、いささか厳しいのではという考えもあり得るとも考えられます。③の要件まで必要と考えるかどうかについては、今後の実例の積み重ねに委ねることとせざるを得ないものと思われます。 ⑵ビデオ撮影をした例(公証法学第35号34頁参照) 目の動き以外に意思伝達方法がない者による公正証書遺言を作成した際、遺言者本人了解の下にその作成状況をビデオ撮影し、公証人の記録として遺した例がある。ビデオは、公証役場において保管されているとのことである。 4 本件についての対応 本件の対応を考えるに当たって、留意しなければならないのは、前の遺言公正証書は、弁護士が証人・遺言執行者となって作成したものであり、その遺言公正証書を巡って現在訴訟が提起されていること、その遺言公正証書を撤回しようとする遺言者の年齢は99歳と高齢であること、今回の撤回の遺言公正証書の証人・遺言執行者は司法書士であり、その司法書士が遺言公正証書作成の状況をビデオ撮影したいとの意向を示していることです。 このことを前提にすると、先に作成した遺言公正証書について不満を持つ者がおり、その者が年齢99歳の遺言者に対して前に作成した遺言公正証書を撤回するよう働きかけ、それで、今回、先の遺言公正証書を撤回しようということになったのではないかという疑問が生じます。もっとも、このような事情がなくても、本件は、年齢99歳の遺言者が本当に遺言公正証書を撤回したいと考え、そのことを公証人の面前で口授できるかどうかというが一番の問題点です。 司法書士としては、遺言公正証書の作成状況をビデオ撮影しておけば、裁判で公正証書の作成が問題になったときに、最も重要な証拠として採用されると考えているのかもしれませんが、訴訟対応としては不十分であり、むしろ、年齢99歳の遺言者の判断能力、撤回の意思確認こそが今回の撤回遺言公正証書の有効性を立証するポイントであることを考えると、司法書士に対して、ビデオ撮影だけでは有効な方策ではないこと、及びむしろ精神科専門の医師による「訴訟に耐えられる遺言者の診断書」を用意することが優先すべき問題であることを説明して、ビデオ撮影しなければならない理由が説明されない以上、認めないとする扱いが相当と思われます。 ただ、遺言者本人が了解し、録画ビデオを公証役場において保管し、診断書も準備でき、その上で、口授の状況だけでも録音を兼ねてビデオ撮影(弁護士と相談させ、訴訟上で有用であるとの確認をさせた上で)しておきたいということであれば、場合によっては、認めても差し支えないとも思われます。
No.26 共有地について事業用定期借地権設定契約をする場合に、共有者ごとに公正証書を作成することは可能か。(質問箱より) |