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民事法情報研究会だよりNo.45(令和2年6月)

 若葉青葉の候、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
 さて、新型コロナウイルスの流行で、社会が大混乱に陥っております。東京都の現状をみると、この混乱収束のために、まだまだ気持を緩めてはならないと思う毎日です。(NN)


今 日 こ の 頃

   このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

  日公連事務局を退職して(西潟英策)  

 昨年末をもって、日本公証人連合会事務局を退職しました。平成29年7月からの2年6月間にわたって勤務したのですが、この間に感じた所感の一部について記したいと思います。

1 健康管理
 在職中の2年6月間に、日公連の役員を含む現役の公証人7人の方が病死・事故死で亡くなりました。それ以外にも、重い病気に罹患し、長期治療を余儀なくされ、退職した方も多数あり、その内退職後に期間を置かずして亡くなられた方も相当数あったことを思うと、改めて健康管理の重要性を痛感した次第です。

 特に一人役場にあっては、体調が思わしくないと自覚しても、つい、仕事優先となってしまい、無理をしがちですが、代理嘱託の制度等を活用するなど、自分の体と相談しながら健康優先で、体調管理に心していただきたいと願う次第です。

2 モデル定款問題
 平成29年11月に、内閣官房の日本経済再生総合事務局が、①モデル定款の活用による公証人による認証の不要化、②面前確認に代替する合理的な手法とする定款認証の見直し案を提示しました。
 内閣官房日本経済再生総合事務局が作成した検討案は、「電子署名のある定款認証では、公証人による面前確認を不要とし、更に、モデル定款を利用した場合には、公証人による定款認証自体を不要とする。」という内容のものでした。
 定款認証は、公証業務の中で大きな比重を占めるものであることから、日公連としましては、我が国における定款認証実務の実情と定款認証の意義、更には諸外国における定款認証制度の概要などについて、適宜法務省に情報提供し、また、電子定款認証について、嘱託人が公証役場に出向くことなく、定款認証をすることができないかについて、電子公証委員会及び制度委員会において検討した状況を法務省に伝え、総合事務局案のモデル定款を利用して公証人による定款認証を不要とすることは絶対に受け入れられない旨の意見を伝えました。
 その結果、法務省では、民事局はもとより、法務大臣、大臣官房が一丸となって、この総合事務局案に反対するとの意思統一がされ、その旨の意見等を検討会で強く主張していただいて、総合事務局が主張した、公証人による定款認証自体を不要化する旨の文言は、平成29年12月8日の閣議決定「新しい経済政策パッケージ」には盛り込まれませんでした。
 しかし、この「新しい経済政策パッケージ」では、「オンラインによる法人設立登記の24時間以内の処理の実現及び世界最高水準の適正迅速処理を目指した事務の徹底的な電子化」、「電子定款に関する株式会社の原始定款の認証の在り方を含めた合理化」ということが謳われたことから、総合事務局は、この閣議決定は、モデル定款の利用による公証人の定款認証自体の不要化を否定するものではないとして、自ら、いわゆるモデル定款案なるものを作成して、これに対する法務省の意見を求めてきました。
 日公連では、全国の公証人の協力を得て、平成29年12月21日から28日までの間に認証した電子定款についての実情調査を実施しました。その結果、調査期間中に認証した電子定款2511件のうち832件が日公連のホームページに掲載されている定款記載例をベースとしたものであり、そのうち356件について、補正を要していたことが確認されたことから、モデル定款が現実的ではないことが実証され、さらに、公証人の審査において、偽造の印鑑が用いられていたのを指摘した事例も報告され、公証人による定款認証が果たしている不正防止という役割も実証される形となりました。これらの調査結果を踏まえて前述のモデル定款案に係る問題点を検討・指摘し、それを法務省民事局に伝え、法人設立オンライン・ワンストップ検討会に対する意見に盛り込んでもらったところです。
 その後、現在まで、モデル定款案に係る攻勢は、休止状態となっていますが、思うに、モデル定款に合わせた会社を設立するのではなく、起業者が目指す会社像に合わせた定款案を作成すべきなのですから、もともと本末転倒ではないかと考えます。

3 テレビ電話による電子認証
 しかし、「新しい経済政策パッケージ」において定められた「電子定款に関する株式会社の原始定款の認証の在り方を含めた合理化」を実現すべく、法務省は、「指定公証人の行う電磁的記録に関する事務に関する省令」第9条を改正して平成31年3月29日から施行し、嘱託人等が公証役場に出頭することなく、テレビ電話を使用することより本人確認及び電子認証を行うことができるという制度を導入しました。これに伴い、日公連では、全国の公証役場のホームページ未設置役場に、ホームページを新設し、ウェブカメラの配付をしたところです。ただし、このテレビ電話による電子認証は、①発起人等が電子定款(電子私署証書を含む以下同じ。)に電子署名をして、嘱託人として、自ら電子定款をオンライン申請する場合、又は②発起人等が委任状に電子署名をし、定款作成代理人が嘱託人として、その委任状と共に、自ら電子署名をした電子定款をオンライン申請する場合に限られるため、これが利用上の制限となって、利用件数は僅かであり、今後の活用対策が待たれるところです。

4 新たな定款認証制度の創設
 平成30年2月27日、法務省民事局長主催の商法及び民法学者、弁護士及び司法書士の有識者で構成する「株式会社の不正利用防止のための公証人の活用に関する研究会」による議論の取りまとめが公表されました。
 ①我が国では、消費者詐欺犯罪、詐欺的投資勧誘やマネーロンダリング等の犯罪において、本来の行為者の隠れ蓑として株式会社が悪用されることが多く、多数の消費者被害が生じており、また、これらの犯罪による収益は暴力団等の反社会的集団の資金源ともなっているという現状もあるため、法人の実質的支配者を把握し、不正使用を防止することが必要となっていること、並びに、②国際的には、1989年のアルシュ・サミットの経済宣言を受けて設立された政府間機関である「資金洗浄に関する金融活動作業部会」(FATF)が、世界各国のマネーロンダリング対策やテロ資金対策の評価・勧告を行っており、法人の実質的支配者情報の把握及びその情報への権限ある当局によるアクセスの確保を各国に求めてから、既にスペインに対して行われたFATF第4次相互審査で、同国では、会社設立時等に公証人が実質的支配者の情報を把握してその情報をデータベース化しているという取組について高い評価を得ているという背景事情を踏まえて、我が国においても、法人の実質的支配者情報の把握及びその情報への権限ある当局によるアクセスの確保の取組が期待されており、これを公証人の活用より実現するための具体的な方策及びこれに関連する論点について議論し、提言がされたものです。
 これを受けて法務省民事局は、パブリックコメントを経て、公証人法施行規則を一部改正し(第13条の4を新設)、公証人が株式会社及び一般社団・財団法人の定款認証を行う場合には、発起人に、当該法人の実質的支配者及びその者が暴力団員又は国際テロリストに該当するか否かを申告させることとし、同規則は、平成30年11月30日から施行されました。
 そして、これに先立ち、日公連では、会長以下の関係役員をメンバーとするプロジェクトチームを立ち上げて頻繁に新制度の下における認証事務に係るQ&Aの作成協議を行い、広報に奔走し、また、電子公証委員会と日立製作所との間で電子公証システムの改修作業を進めて、改正規則の施行を迎えました。
 このFATF対応定款認証制度は、制度導入後、順調に運用されており、公証人各位から日公連に対する照会件数も相当数に上っており、平成元年にFATFによりベストプラクティスの評価を受けたところです。

5 法務局における自筆証書遺言書の保管
 法務局における遺言書の保管等に関する法律(平成30年法律第73号。以下「遺言書保管法」という。)が平成30年7月6日に成立し、同月13日に公布され、本年(令和2年)7月10日施行の予定です。
 従来、自筆証書遺言は、検認手続を要すること及び紛失や改ざんのおそれがあることから、公正証書遺言が安全確実と言われてきましたが、遺言書保管法の施行に伴い、これらの問題が解決されることになって、自筆証書遺言が増加するものと予測されます。令和元年の公正証書遺言件数は、113,137件で、過去最高を記録しましたが、今後、自筆証書遺言の増加が公正証書遺言の件数にどのように影響してくるのか、注視する必要があるものと思います。
 また、遺言者が遺言書保管官に対して遺言書の保管を申請するに際して、本人確認をすることとされています(遺言書保管法5条、法務局における遺言書の保管等に関する政令2条)が、その確認は、形式的審査とされているところ、遺言書保管官の審査権限が具体的にどの範囲に及ぶのか、どのように運用されるのか関心のあるところです。
 さらに、遺言検索に相当すると思われる遺言保管事実証明書(遺言書保管法10条)を有料で発行することとされています(法務局における遺言書の保管等に関する省令43条2項、33条2項7号)が、日公連では無料で検索に応じていることとのバランスの問題、利用者である国民サイドからすると、法務局と日公連の双方で検索しなければならないのかという使い勝手の悪さの問題等、運用が始まってからも課題が残されていると思われます。

6 おわりに
 つらつらと駄文を書き連ねましたが、2年半の短い期間とは言え、日公連事務局で、次々と新たな課題に直面し、勉強させていただきました。
 執行部の役員の皆様は、自ら受託した公証業務を処理しながら、全くの無報酬で会務をこなしており、本当に頭の下がる思いでした。
 内閣府の規制改革推進会議行政手続部会による定款認証手数料引き下げの検討、改正債権法による保証意思宣明公正証書制度の施行、種々の法改正に伴う証書文例の見直しや、遺言のシステム改修等々、公証人会を取り巻く課題は尽きませんが、公証人現役の皆様には、執行部への御支援、御協力を切にお願いしてペンを置かせていただきます。

  武生にて-感染症のことなど(丸尾秀一)  

1 感染症(新型コロナウイルス)の歴史
 北陸越前の地に来てから、1年が過ぎようとしている。前職では、ご多分に漏れず転勤・転勤で、全国各地に住まわせてもらったが、北陸での勤務経験はなかった。縁あって、武生公証役場公証人への任命を受け、福井県越前市という未知の場所で、人生の一時期を過ごしているところであるが、世の中は、今、新型コロナウイルスという未知の感染症の拡大防止に奮闘している最中にある。
 本来であれば、今頃は今夏開催の東京オリンピック・パラリンピックの開催を前に日本中が沸き立っているところであろうが、一寸先は闇というか、世の中というのは、本当に分からないものである。
 当初は、ゴールデンウィークは実家の鹿児島に帰省を予定していたが、政府の緊急事態宣言を受け、当然、それもかなわず、福井の自宅待機となったことから、この機会に感染症の歴史について調べてみることにした。

 まず、新型コロナウイルスについて、厚生労働省のホームページによると、『「新型コロナウイルス(SARS-CoV2)」はコロナウイルスのひとつです。コロナウイルスには、一般の風邪の原因となるウイルスや、「重症急性呼吸器症候群(SARS)」や2012年以降発生している「中東呼吸器症候群(MERS)」ウイルスが含まれます。
 ウイルスにはいくつか種類があり、コロナウイルスは遺伝情報としてRNAをもつRNAウイルスの一種(一本鎖RNAウイルス)で、粒子の一番外側に「エンベロープ」という脂質からできた二重の膜を持っています。自分自身で増えることはできませんが、粘膜などの細胞に付着して入り込んで増えることができます。
 ウイルスは粘膜に入り込むことはできますが、健康な皮膚には入り込むことができず表面に付着するだけと言われています。物の表面についたウイルスは時間がたてば壊れてしまいます。ただし、物の種類によっては24時間~72時間くらい感染する力をもつと言われています。』と記載されている。
 また、感染症とは、病原微生物ないし病原体(細菌、スペロヘータ、リケッチア、ウイルス、真菌、原虫、寄生虫など)がヒトや動物のからだや体液に侵入し、定着・増殖して感染をおこすと組織を破壊したり、病原体が毒素を出したりしてからだに害を与えると、一定の潜伏期間を経た後に病気となることとされている。

 こう書くと、何か難しく感じるが、人類と感染症の関わりの歴史は古く、例えば、エジプトのミイラからは痘瘡(天然痘)に感染した痕が確認されている。ウイルスや細菌の誕生が人類の誕生以前であることから、人類の誕生とともに感染症との闘いの歴史が始まったといわれる。
 人類を脅かしてきた感染症には、天然痘(人類が根絶した唯一の感染症)、ペスト、新型インフルエンザ、新興感染症(AIDS・SARSなど)、再興感染症(結核・マラリアなど)がある。
 原因も治療も十分に確立されていなかった時代には、感染症のパンデミックは歴史を変えるほどの影響を及ぼしてきた。
 中世ヨーロッパにおいて人口の3分の1が死亡したといわれるペスト、世界中で5億人以上の者が感染し、死亡者数が2千万人とも4千万人ともいわれる1918年からのインフルエンザの汎流行(スペイン風邪)など、感染症は多くの人類の命を奪ってきた。いわゆるスペイン風邪は我が国でも大流行し、2500万人が感染し、38万人が死亡したといわれる。ちなみに、スペイン風邪の語源は、本来アメリカ発であるにもかかわらず、当時は第一次世界大戦中であり、世界各国・各地域で諸情報が検閲を受けていたのに対し、スペインは中立国であったため、アルフォンソ13世の重病を初めとする主要な情報源がスペイン発となったため、スペインが特に大きな被害を受けたという誤った印象を生み出したことによるとされている。スペインもとんだ迷惑である(新型コロナウイルスの発生源を巡って大国二つが言い争っているのと大分違う)。
 感染症をもたらす病原体や対処方法が分かってきた19世紀後半からは、感染症による死亡者は激減した。1980年、WHOは、天然痘の根絶宣言を発表するなど、一時は感染症はもはや脅威ではあり続けないと思われていた。
 しかしながら、現代は、開発等により未知の病原体に遭遇する機会が増え、エボラ出血熱(1976)、AIDS(1981)など、新興感染症と呼ばれる感染症が、毎年のように発生しており、また、人や物の移動が高速化大量化しているために病原体が蔓延する速度が速くなっており、短期間で広範囲に蔓延する可能性が高まっていることから、感染症の脅威は大きくなってきている状況にあった。
 2003年2月、21世紀になってから初の新興感染症SARSが出現し、アジア地域を中心に瞬く間に世界各地に広がり、世界的な脅威となったことは記憶に新しい。
 これを契機に、WHOを中心に、世界では、感染症に対する各種対策を行ってきており、今回の事態も一種予測されたものであるが、それが十分でなかったことが証明される結果となったことは誠に残念である。

2 武生公証役場の状況
 新型コロナが全国的に広がる3月、公証事務においても、各種会議が中止や書面での会議となり連合会からも対応策の指示がされ、危機感が高まっている中、当役場においても、感染を予防するための、「3つの密」の内、密閉空間と密接場所を避ける方策として、証書作成部屋の窓の開放、相談机や受付机に飛沫防止パーティションの設置を行った。また、ドアや机の消毒、アルコール消毒液の備付、非接触型体温計での検温も準備したが、役場がある福井県が、県独自に4月14日に緊急事態宣言を出してからは、事件の予約や電話も極端に減少し、来訪者も少ないことから、あまり活躍はしていない。
 不要不急の外出をしないようにとの要請が出ている中、確定日付を郵便でできないかとか、遺言書保管の電話での確認など、こういう状況にあるのだから考慮してもらえないかとの電話も少なからずあり、対応に苦慮している。
 毎月確定日付の付与請求してくる会社から、現在、出張は禁止されているので、直接役場内には入れないとの相談があり、結果、役場玄関で書類を受け取り、待機してもらい、付与手続後、役場玄関で書類を手渡すという、笑えない緊急避難的対応も行っている。

3 武生の歴史
 新型コロナの話ばかりでは気が滅入るので、私が勤務する武生公証役場が所在する越前市について少し紹介したい。
 越前市にあるのになぜ武生(たけふ)公証役場との名称になっているかであるが、越前市は、平成の大合併により、平成17(2005)年10月1日に、武生市・今立郡今立町が合併して発足した市である。既に北隣に越前町がある上、南隣には南越前町があり、ほとんど同じ地名が密集することで、合併協議会のホームページ掲示板では反対意見が大多数を占めたにもかかわらず、少数意見の越前市が採用された。このことは、未だに批判があるようである。そのせいかかどうかは分からないが、今でもJRや福井鉄道の駅名は武生駅であり、高速道路も武生インターである。法務局も武生支局のままである。
 旧名の武生は、明治2年、平安時代の民謡「催馬楽」(さいばら)の一節「みちのくち、たけふのこふ」にちなみそれまでの「府中」を「武生」と改称し、昭和23年に市制が施行されている。
 越前市は、福井県のほぼ中央に位置し、古い歴史と伝統工芸の宝庫である。大化の改新の後、越前の国府が置かれ、国分寺なども建立され、中世には「府中」と呼ばれるなどして、約千年近くも越前地方の中心地として栄えた。
 世界的文学作品「源氏物語」の作者である紫式部も、長徳2(996)年、父藤原為時が越前守に任命され、父親について20歳のころ、府中(武生)にやってきており、1年余り暮らしている。源氏物語の中にも浮舟の巻に、浮舟を母親が慰める言葉の中に、「武生の国府」が出てくる(「たとへ武生の国府にうつろい給うとも・・」(たとえ武生の国府のような遠いところへあなたが行ったとしても・・」)。
 現在、放映中のNHK大河ドラマ「麒麟がくる」では、5月中旬から越前編が始まるが、主人公の明智光秀は、10年ほど称念寺(現在の福井県坂井市丸岡町)の門前に住んでいたとされている(私は大河が放映される前に行ってきたが、普通の寺であった。)。残念ながら、府中(武生)とは特に関係は深くないようですが、同じ織田信長の家臣であった柴田勝家の目付として、不破光治・佐々成正・前田利家が府中三人衆として府中に在住している。
 慶長5(1600)年、関ヶ原の戦いの後、徳川家康の二男結城秀康が福井藩主となると、秀康に仕えていた本多富正が家老として府中領主(4万5千石)となった(叔父は本多作左衛門)。本多家館の地は、今の越前市役所のある一帯にあったが、その正門は、役場の隣にある正覚寺の山門であったとされており、毎日それを眺めながら、歴史を感じている。

【伝統産業】
 「越前打刃物」は、江戸時代の中頃から全国的に名をとどろかせるようになった。武生は、越前鎌を中心に、包丁・鍬・鋤などを生産し、江戸時代の終わり頃から明治時代の初めにかけては、新潟県の三条、大阪府の堺、兵庫県の三木・小野とともに刃物の大産地となった。明治7年には、鎌97万挺(全国1位)、包丁30万挺(全国2位)で、他の産地を大きくリードしていた。近年は、新しいブランド作りにも熱心に取り組んでおり、デザイン性に優れたオリジナル製品の開発が続いている。
 「越前和紙」は、日本に紙が伝えられた4~5世紀頃には紙を漉いていたことが、正倉院の古文書にも示されている。その後、「越前奉書」など最高品質を誇る紙の産地として、幕府、領主の保護を受けて発展してきた。
 横山大観をはじめ多くの芸術家などの支持を得て、現在も、品質、種類、量ともに日本一の和紙産地として生産が続けられている。

 終わりに、日本国民一丸となって新型コロナウイルス感染の難局を乗り越え、一日でも早く、これまでの生活を取り戻し、一年後の東京オリンピック・パラリンピックの開催を迎えたいものです。

  来春は、美しい富士山へ(余田武裕)  

 今年の4月に遺言書を作成する予定にしていたご高齢の方から、自分の入居している施設が新型コロナウイルスの影響によって面会禁止、外出禁止となったため、しばらく遺言書作成を延期したいという連絡をいただいた。ところが、5月のGW明けに、そのご家族の方から、その方が亡くなられた(原因は新型コロナウイルスではない。)との連絡があった。私としては、その方の最後の意思を残すことができなかったことが残念であるとともに、新型コロナウイルスによる影響を改めて痛感させられた出来事であった。
 新型コロナウイルスが全世界に蔓延し、巷でマスクや除菌剤の購入が困難となった1月末ころから、流れてくるニュースはずっと新型コロナウイルスのことばかりである。情報が欲しいのでテレビを見るが、そのたびに感染の恐怖が掻き立てられ、不安な気持ちになる。
 ところで、何となく気になったので、最近話題になっている「100日後に死ぬワニ」という漫画を読んでみた。主人公であるワニが自分が100日後に死ぬことを知らず日々の生活を送っている様子が、カウントダウンの形で4コマ漫画に描かれている。それを読んでいると、今まで元気で活躍されていた方が、新型コロナウイルスによって急に亡くなられてしまったというニュースとなぜかダブってくる。今の健康状態で、自分があと100日で死ぬなんて考えて生活などしていない。しかし、新型コロナウイルスが猛威をふるっている中、突然に新型コロナウイルスにり患し、命を脅かされることになるかもしれない。もしかしたら、カウントダウンが始まっているのではないかという、もやもやした不安感が漂ってくるのである。そんな中、先日、その漫画のワニから遺言書作成の依頼を受けているという、有り得ない変な夢を見た。私の心の中で、何か起こっているのではないかと別な意味で心配になった。
 最近、コロナ疲れとかコロナ鬱という言葉を耳にする。私にとって、それは新型コロナウイルスへの感染とともに心配の種である。そこで、インターネットを使って、コロナ鬱に関する記事を検索してみた。専門家の方がいろいろなアドバイスをされており、私自身に照らすと思い当たることがあり、今後は、次の点を心掛けてみようと思っている。
 まず、1点目は、十分な感染予防。生活上での手洗い、うがい、外出自粛。役場における徹底的な除菌、ソーシャルディスタンスの確保のためのレイアウト変更、パーテーションの設置、電話による相談の実施、書記の勤務時間の短縮など、可能なことは実施しているつもりであり、それが心の安定要素になっている。しかし、予防策には、はっきりとした答えがなく、今何が足りないのか、何をすれば十分なのかわからないので不安にもなる。かといって、あまり気にばかりしていても自分を追い詰めることになる。もちろん、常に状況を見つつ見直しをすることは必要であるものの、過度に神経質にならないよう気を付けたい。また、自分自身、少しでも咳が出たり、疲れが残っていたりすると気になるし、毎日、朝と晩に行っている体温計測の結果も気になる。自分が新型コロナウイルスにり患していないのかを常に気にしているように思え、仮にり患した場合、自分の生命の危機だけでなく、周辺の人への影響、更には役場を閉鎖しなければならないなどと考え、気分的にも滅入ってしまう。もちろん日々の体調把握・管理は必要であるが、ある程度、おおらかでありたい。
 2点目は、情報の選択。今やテレビや新聞では新型コロナウイルスのニュースで溢れている。必要な情報は多くあるが、中には、不安を煽ったり、腹立たしくなってくるような内容もある。最近、以前は何も感じなかったような何気ないニュースが、妙に不愉快になることがある。これは、私の心が新型コロナウイルスの影響を受けているというサインかもしれないと思っている。心が情報に潰されないように、新型コロナウイルス関連の情報を選択し、必要最小限な情報を入手することにしたい。
 3点目は、規則正しい生活と適度な運動。特に運動はしたいと思っている。以前このコラムに投稿した私のお腹の成長は現在も続いており、最近は、そのお腹のせいだと思うが、腰を痛めてしまった。数日前、昔所属していたソフトボールチームの練習で、気持ちよく大きなホームランを打つ夢を見た(眠りが浅いのか最近よく夢を見る。)。身体がソフトボールをしたがっているのであろう。いつか、チームに顔を出したい。でも、今はできないので、諦めて家の中でストレッチを始めた。数日間やってみると、肉体的にも多少効果があるようだし、精神的にも良さそうである。これからも飽きずにちゃんと続けたい。
 4点目は、気分転換。私の気分転換の一つに人との会話がある。迷いや気分の落ち込みがあったりしても、人と会話することによって心が落ち着いてくることがある。最近は多くのイベントが中止になり、そのような機会が極端に減っている。このことも、自分自身の気持ちが塞いでいく要因になると思われる。時折(相手方に迷惑がかからない程度)、電話やメールを活用して、精神状態を維持したい。
 5点目は、今後待ち受ける楽しいことを考えること。数か月先のことだと実現できなかったときに気分が落ち込むので、少し先のことを考えてみる。中期的には公証人を辞めた後にやりたいことを考えたり、短期的には1~2年後のことを考えてみるのである。私の趣味の一つに写真があり、特に風景、草花の写真を撮るのが好きで、15年以上前から、大きな一眼レフカメラを抱え、週末になると、近くの国営公園や風光明媚な場所に通ったものである。最近は仕事の関係もあり、ご無沙汰となっているが、富士山には四季を通じ、通算して50回くらい通ったものである。今年の紅葉は無理かもしれないが、来年の桜の季節には、ぜひ河口湖か西伊豆あたりを訪ね、温泉宿に宿泊し、美しい富士山を存分に堪能したいと思っている。
 昔撮った写真を眺めながら、どこに行こうかワクワクしながら来春を楽しみにしている。

実 務 の 広 場

   このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

  No.79 利能力なき社団を債権者とする執行文の付与について  

1 はじめに
 権利能力なき社団を当事者とする公正証書の作成については、下記文例の解説があり、登記事務に準じて当該社団を表記する扱いがされているところ、今般、裁判所から公証実務と異なる対応を求められたので、概要を紹介するとともに今後の方策等について検討するものです。

 権利能力なき社団とは、社団としての実質を備えていながら法令上の要件を満たさないために法人格を有しない社団をいう。権利能力なき社団の公正証書作成については、新版 証書の作成と文例〔貸金等・人的物的担保編〕7 当事者の一方が権利能力なき社団の場合〔文例8〕(62頁以下参照)に、参考事項として次のように記載されている。
(1)法人格なき社団は、権利能力なき社団ともいわれ、社団の実体を有するにもかかわらず法人格を持たない社団であり、社会的、経済的、文化的諸方面において数多く存在する。法人格を取得していない管理組合(建物の区分所有等に関する法律3条)もその一つである。
(2)法人格なき社団は、権利能力を欠くため公正証書の作成を嘱託することはできないとするのが判例(最判昭和56・1・30判時1000・85。参考判例①)、公証実務(追記:昭和13・2・2民甲104号司法省民事局長回答・公証人法関係解説・先例集842頁、昭和38・3・26民事甲902民事局長回答・公証人法関係解説・先例集842頁)である。最判昭和39年10月15日(民集18巻8号1671頁)は、「①法人に非ざる社団が成立するためには、団体としての組織をそなえ、多数決の原則が行われ、構成員の変更にかかわらず団体が存続し、その組織において代表の方法、総会の運営、財産の管理団体としての主要な点が確立していることを要する。②法人に非ざる社団がその名においてその代表者により取得した資産は、構成員に総有的に帰属するものと解すべきである」と判示する。これらの判例を受け、権利能力なき社団をめぐる財産関係につき公正証書を作成する場合、権利能力なき社団の代表者個人を当事者とするが、権利能力なき社団の総有財産のみがその責任財産となることから、代表者の個人財産が執行の対象にならないようにする必要がある。
*「権利能力なき社団を当事者とする公正証書の作成」については、平成10・10・23法規委員会協議(公証123号205頁)もある。

2 事案の概要
(1)権利能力なき社団野山組合は、会計担当の乙に対して、野山組合の現金及び預金を乙が横領したとしてその金員の返還を求め、調停により乙は横領の事実を認め「乙が野山組合に対し金200万円を支払う」旨の和解が成立した。
(2)その後、乙の債務を丙が重畳的債務引受する旨の公正証書の作成依頼があり、連帯債務者を丙、債権者を「権利能力なき社団野山組合代表者理事長丁」(本旨外要件の債権者の表記も同様に記載)とする重畳的債務引受契約公正証書(以下「本公正証書」という)を締結した。
(3)数か月後、野山組合から丙に対して本公正証書による強制執行を申立てるための執行文の付与申立てがあった。公証人は、「債権者権利能力なき社団野山組合代表者理事長丁は、債務者丙に対し、この公正証書によって強制執行をすることができる。」との執行文を付与した。
(4)後日、裁判所から執行文中「野山組合」の後の「代表者理事長丁」の記載があると執行できない、債権者を野山組合と訂正できないかとの連絡があった。
(5)公証人は、裁判所の指示どおり「債権者権利能力なき社団野山組合は、債務者丙に対し、この公正証書によって強制執行をすることができる。」と本公正証書の執行文を差替えし、併せて「本旨外要件の『権利能力なき社団野山組合代表者理事長丁」とあるのは、「所在地○○県○○市○○123番地、名称野山組合、代表者理事長丁」であると証明する。』との誤記証明書を交付して強制執行申立ては受理された。

3 検討
(1)法人格のない社団等の訴訟当事者能力について、民事訴訟法第29条は「法人でない社団又は財団で代表者又は管理人の定めがあるものは、その名において訴え、又は訴えられることができる。」と規定し、訴訟当事者能力を認めています。予防司法の観点からも、社会において認知され、活動をしている権利能力なき社団からの公正証書作成の嘱託を拒否することはできないと思います。また、公正証書作成の必要書類等としては、権利能力なき社団に特有なものとして、①権利能力なき社団であることを証明する基本規約書等、②理事長(代表者)であることを証明する当該代表者を選出した総会議事録、役員会議事録、③理事長(代表者)の印が必要な場合は、個人の実印がそれに当たるとされています。
(2)公正証書に権利能力なき社団を表記する際は、債権者(又は債務者)権利能力なき社団○○理事長●●とし、債務者の場合は、債務の引き当てになる財産の表記をすること及びこの財産のみが執行対象財産となることの債権者との合意事項を記載する必要があります(前掲文例8第4条)。
(3)裁判所の実務では、「債権者○○会は、債務者乙に対し、この債務名義により強制執行をすることができる。」と執行文を記載するようです。権利能力なき社団に訴訟行為能力を認めているので、法人格のある社団を表記するのと同様な取扱いだと思われます。従って、公正証書を作成する際も、本旨外要件には、権利能力なき社団の所在地、名称を記載しておくことが必要だと思います。なお、公証実務では、権利能力なき社団の所在地・名称を法人格のある社団のように記載する扱いは、認められていないようです(公証実務43頁、103頁。新訂公証人法91頁)。
(4)公証実務では、債権者である権利能力なき社団の代表者が更迭された後に執行文の付与申立てがされた場合は、承継執行文を付与すべきかどうか問題になりますが、裁判所実務では、法人の代表者が更迭されても法人に変更はないとされているので、公証実務でも他の法人の代表者の変更の場合と同様に、代表者が更迭された事実を公証人において確認(総会議事録、就任承諾書等の提示)できれば問題ない(承継執行文の付与は必要ない)といえるでしょう(裁判所に確認済み)。
(5)従って、公正証書で執行がスムースにできないのでは執行証書の意味がありませんから、権利能力なき社団については、裁判所の実務に対応できるように括弧書き等で民事訴訟法上の当事者の表示を併記するなどの工夫が必要であると考えます。

4 権利能力なき社団を債務者とする債務名義に単純執行文を受けて、債権執行や動産執行を行う場合
 権利能力なき社団を債務者とする債務名義に単純執行文を受けて、権利能力なき社団自体を口座名義人とする預貯金等の債権を差し押さえることは可能です。しかし、不動産の場合には、権利能力なき社団は登記名義人となれませんので、権利能力なき社団を債務者とする債務名義に単純執行文を受けて、債権者は、上記不動産が当該社団の構成員全員の総有に属することを確認する旨の確定判決等を添付して、当該社団を債務者とする強制執行の申立てをすることになります(佐藤裕義編著Q&A執行文付与申立ての実務―要件と手続、紛争事例―138頁。参考判例②)。

 権利能力なき社団を当事者とする公正証書作成の嘱託がされた場合は、裁判所は権利能力なき社団の行為能力を認め(参考判例③)、公証実務は登記実務(権利能力なき社団の登記能力を認めていない)に準じて権利能力なき社団の証書作成の当事者能力を認めていないので、後々、問題が生じるおそれがあるので、公証人として留意すべきであると思います。

・参考判例
①昭和56年1月30日最高裁二小判決(集民第132号61頁)
裁判要旨 一 民法上の組合類似の性質を有する頼母子講がその名において公正証書の作成嘱託をすることは許されない。
二 頼母子講に講金の取立、支払等について一切の権限を有する講総代が選任されている場合に、講総代が自己の名においてした嘱託に基づいて作成された講掛戻金に関する公正証書の嘱託人の表示欄に債権者として総代個人の住所氏名等が記載され、その本文中に債権者として総代の肩書を付してその氏名が記載されていても、右各記載の間に齟齬があるとはいえない。

②平成22年6月29日最高裁三小判決(民集第64巻4号1235頁)
裁判要旨 権利能力のない社団を債務者とする金銭債権を表示した債務名義を有する債権者が,当該社団の構成員全員に総有的に帰属する不動産に対して強制執行をしようとする場合において,上記不動産につき,当該社団のために第三者がその登記名義人とされているときは,上記債権者は,強制執行の申立書に,当該社団を債務者とする執行文の付された上記債務名義の正本のほか,上記不動産が当該社団の構成員全員の総有に属することを確認する旨の上記債権者と当該社団及び上記登記名義人との間の確定判決その他これに準ずる文書を添付して,当該社団を債務者とする強制執行の申立てをすべきであり,上記債務名義につき,上記登記名義人を債務者として上記不動産を執行対象財産とする執行文の付与を求めることはできない。平成26年2月27日最高裁一小判決(民集第68巻2号192頁)

③平成26年2月27日最高裁一小判決(民集第68巻2号192頁)
裁判要旨 権利能力のない社団は,構成員全員に総有的に帰属する不動産について,その所有権の登記名義人に対し,当該社団の代表者の個人名義に所有権移転登記手続をすることを求める訴訟の原告適格を有する。

・誤記証明書(注:債権者に交付した書面)
 本公証人作成の、令和○年○月○日第○○号重畳的債務引受契約公正証書の本旨外要件に
「住所 京都府福知山市駅前町322番地
    農業
    野山組合代表者組合長
    債権者(甲) 乙野一郎
    昭和37年2月8日生
上記は運転免許証の提示により人違いでないことを証明させた。」
とあるのは
「所在 京都府福知山市字内記10番地
    債権者(甲)野山組合
    上記代表者組合長 乙野一郎
    昭和37年2月8日生
上記は、野山組合規約、令和○年○月○日開催された同組合総会議事録及び令和○年○月○日付け役員選任書の提出並びに運転免許証の提示により人違いでないことを証明させた。」
の誤記であり同じく本旨外要件の嘱託人列席者の署名箇所に
「債権者(甲)乙野一郎」
とあるのは
「債権者(甲)野山組合代表者組合長乙野一郎」
の誤記であることを証明する。
同記載が誤記であることは、公正証書原本の附属書類である○○地方裁判所○○支部平成○○年(ワ)第○○号第1回口頭弁論調書(和解)の写し並びに野山組合規約、令和○年○月○日開催された同組合総会議事録の写し及び令和○年○月○日付け役員選任書により明らかである。
令和○年○月○日
○○県○○市○○町○○番地
○○地方法務局所属
公証人 ○ ○ ○ ○

(栁井康夫)

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民事法情報研究会だよりNo.43(令和2年2月)

 梅便りが聞こえるこの頃ですが、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
 さて、前号で予告しました、平成30年度司法研究(家事)「養育費、婚姻費用の算定に関する実証的研究」の研究報告が、令和元年12月23日に公表されましたので、星野理事の解説を掲載いたしました。(NN)


今 日 こ の 頃

   このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

  原点(小畑和裕)  

1 法務局に続き公証人も退職して古希を迎えた。大学卒業後も断続的に続いていたゼミの旅行会に久しぶりに参加した。健康や家族の話など様々な会話を楽しんだが、卒業した年の6月に鉄道自殺をした文学部の高野悦子の話になった。彼女は、「孤独であること、未熟であること、これが私の二十歳の原点である」と日記に書いていた。死亡後に「二十歳の原点」として出版され大きな話題になった。参加者はすべて現役を退き、最終的な人生を如何に生きるかという課題を抱いている。そのためには、自らの原点を振り返ることに意味があるのではないか。それぞれの原点を披瀝し有意義かつ楽しい会となった。

2 大学紛争の嵐が吹き荒れていた昭和40年代の初め、希望に溢れて入学した大学は、荒れていた。授業は殆ど休講だったし、期末試験はレポートの提出だった。構内には、白や赤のヘルメットを被った学生が横行し、騒然とした雰囲気だった。「大学解体」「自己否定」が叫ばれていた。学生集会に出ても何が何だかさっぱり分からず、しかも発言は許されなかった。卒業したとしても将来無事に就職出来るかどうか不安な毎日だった。そこで、一度合格すれば卒業するまで効力が持続するという情報を得て、三回生の時、仲間に内緒で公務員試験を受験した。受験がばれて、仲間から「政府の犬になるのか」と罵声を浴びた。(最も、俺は戌年だと反論したが・)将来の職業を見据えた勉強もしていなかったので、就職活動は困惑した。具体的に希望する官庁が見当らないのだ。いろんな官庁の面接を受けたが結果的には法務局に入った。法務局の仕事に惹かれたというよりもその名称がなんとなく格好が良いからというのが本音だ。余談だが、親父に法務局に入ったというと大いに喜んでくれた。ところが、法務局が登記所と同じだという事が分かると、途端に、嫌な顔をした。近くにある登記所(1人庁)の所長には随分面倒をかけさせられたと言う。庁舎内外の清掃奉仕や、薪炭類の提供などを強要されたらしい。下宿の大家も法務局は知らないという。(もっとも、初任の出張所が伏見であり、大量の銘酒が届き、お裾分けをしたところ、素晴らしい役所だと激賞してくれたが・)

3 昭和44年4月1日に京都地方法務局伏見出張所に採用された。京都局の中では一番大きな出張所だった。幸いなことに、庁舎は新築されたばかり。当番制であったが、朝は始業時より30分早く出勤して庁舎内外の清掃をした。職員全員が出勤するまでに、机や閲覧席の掃除をして、お湯を沸かしておかなければいけない。毎月1回、職員全員で庁舎内外の大掃除が行われた。命ぜられた事務は甲号の記載事務だった。しかし乙号事務が超繁忙だったので、その応援が多かった。記載では、先ず邦文タイプに慣れることから始まった。毎日練習をした。活字が見つからず、長い間探してやっと見つけてカチッと打つと、その音を聞き、背中を見せて仕事をしていた先輩のほっとする様子が窺えた。記載例はなく、全て先輩の教えを請うた。難しく、滅多に使わない貴重な記載例は、先輩が机の中に保存しているものを示してくれた。列島改造の兆しが見え始めて事件が増加し、記載事務は繁忙だった。正職員のほか、2名の賃金職員がいた。粗悪用紙の移記要員だ。戦時中に使用された粗悪な登記用紙を通常の登記用紙に移す作業を担当するのだ。しかし、記載事務が繁忙であるため殆どその事務を手伝っており、粗悪移記作業は全く進捗していなかった。そのほか、定期的に全職員が残業してメートル法への書き換え作業を行った。表題部の面積の表示を尺貫法(町、反、畝、歩)からメートル法(㎡)に変更する作業だ。すでにメートル法により表示されているものを変更し、叱られたことも度々あった。京都の住所の表示は長くて大変だった。○○通り○○上ル、下ル○○町○○番地である。しかも地名・町名は難解でタイプに無い文字が多く苦労した。しかし先輩の指導は優しく丁寧だった。若い者を育て養成するという気概がひしひしと感じられた。そのため仕事は辛いが辞めようと思ったことは無かった。むしろ、一日も早く仕事に慣れて実務に貢献したい思いで一杯だった。
 毎日応援した乙号事務は戦場だった。列島改造の兆しがあり、乙号事件数も増大の一途だった。絶対的な職員不足から市役所や司法書士事務所等の補助者の応援を受けざるを得なかった。次から次に登記簿の閲覧、謄抄本の申請、時には手書きの登記簿抄本の請求などもあり、毎日てんてこ舞いの状態だった。保管している地図は古く、枚数も多く閲覧の申請が止むことは無かった。一日中、登記簿の出し入れや甲号で使用中の登記簿探しなどに事務室を走り回った。大変ではあったが、仕事の大変さを職員全員で共有していたので辛いと思うことはなかった。また宿日直勤務もあったが、その際に、先輩からいろいろな指導を受けることも有り難いことだった。一方、仕事を終えると野球大会、ボーリング大会、山登り、春秋の一泊旅行、歓送迎会、各種飲み会など職員全員で友好を図るイベントも多かった。

4 これが私の原点である。この原点を踏まえて法務局、公証人の仕事をしてきた。古希を迎え、これからの人生を有意義に楽しく生きていくためにも、折に触れこの原点を思い出しながら、明るく楽しく過ごしていこうと思っている。

  近況三題(中垣治夫)  

 さて、今回は、「近況三題」と題して、最近思ったことを紹介します。

 まずは、東京オリンピックの聖火リレーのランナーについてです。
 今年開催の東京オリンピックの聖火リレーのランナーが決まったと報道されています。56年前の1964年の前回東京オリンピックで聖火ランナーに選ばれながら、台風の影響で走ることができなかった70歳前後の男女10人が、2020年東京オリンピックの聖火リレー走者に内定したそうです。半世紀以上を経て、途切れた夢をかなえようと仲間と再挑戦を目指した結果です。
 当時、高校生だったその方は、昭和39年9月、聖火ランナーとして走るはずでした。しかし、台風接近で前夜に中止が決定。当日は快晴で、走る予定のコースを訪れ、聖火を運ぶ車をただ見送ることしかできず、「走りたかった」という思いは消えなかったそうです。
 再び東京でのオリンピック開催が決まり、当時の聖火ランナーに選ばれた同級生から「今度こそ走らせてもらえるよう活動しよう」と再挑戦を求める声が上がり、連絡先が分かる人に参加を呼び掛け、再挑戦への準備を進めてきた結果です。
 今回、グループランナー枠で、69~73歳の男女10人が内定。当時兵庫県内の中高生だった方たちです。「前回は走れず悔しかった。走者内定に感激している。仲間と共に東京オリンピックを盛り上げられれば本望だ」とのことです。
 これはこれで念願がかなったということで良いニュースだと受け止めつつ、一方で、当時、多くの中高生たちが選定されていたのが少し驚きでした。残念ながら走ることができなかった中高生たちがいたのですが、多くの中高生たちが聖火リレーのランナーという大役を果たしていたのです。素晴らしい経験であったでしょうし、その経験者たちは、大きな誇りになったことでしょう。その世代の人達が日本の高度経済成長の原動力となり、その後のオイルショック、リーマンショック、地震や水害などの大災害等を乗り切ってきたのです。前回同様、いや前回以上に、2020年東京オリンピックで、次の時代の日本や世界を担う中高生たちに素晴らしい経験が提供できているか、少し気になったところです。

 次は、気候の激化についてです。
 近時、気候が激化しているのではないかと感じています。1日の最高気温が35℃以上の日のことを「猛暑日」というようになってから10年以上が経つのですが、最近の夏季の暑さは更に上位の「激暑日?」などの用語が必要ではないのかと思わせるほどの暑さではないでしょうか。
 今年の冬は、今のところ比較的穏やかで、スキー場等では雪不足と言われていますが、昨年までは各地で大雪や猛吹雪に見舞われ、交通が途絶えたり、車内に閉じ込められたりとニュースになっていました。
 また、梅雨の時季から夏にかけては、前線と低気圧に伴う猛烈な雨や、積乱雲によるいわゆるゲリラ豪雨などのほか、台風による暴風雨など、この1年間だけでも「50年に一度の大雨」が全国で10回以上降っているのだそうです。
 近時、想定外のことが普通に起こることを踏まえ、「50年に一度の大雨」と聞いた時に、その地域が大変な状況になっていると想像ができ、身近な所で起こったときは、危険な状況が迫っているときちんと認識できるよう、そういった想定外の災害を想定する力を磨いておきたいものです。
 ところで、近時の異常気象は、基本的には、地球の温暖化が原因と思われるのですが、確立した定説というものでもないようで、十分に立証されたという人がいる一方で、立証されていない、再生可能エネルギーに関わる事業者などが働き掛けているだけだという人もいるように見えます。何が真実かをきちんと科学的に立証し、十分に議論することをしないまま、イデオロギーや宗教の対立のように、どちらを信じるのかの様相を呈しており、不思議でなりません。

 最後は、人の激化についてです。
 小学校で学級崩壊やモンスターペアレントが話題になって久しいのですが、最近では、モンスター教師も話題になっています。また、人の激化と言えばネット上のいわゆる炎上が最たるものでしょう。SNSなどの容易に利用できる仕組みがあり、ネット上の匿名性と、反射的かつ感情的な投稿の連鎖によって、ちょっとしたきっかけを原因として非難・批判が殺到して、収拾がつかなくなってしまうのです。近年、「不寛容」ということも言われており、自分に直接関係のないことにも「許せない」と過敏に反応する人々が増えているように思えてなりません。不寛容な人が増えるようでは、多くの人が幸せを実感できる地域づくり、国づくりや平和な世界の実現は難しいでしょう。
 また、この「人の激化」の延長線上のこととして捉えているのですが、近時、「幼児化」、「退行」、「幼児退行」等の言葉をよく見聞きするようになりました。なるほど、今の日本や各国の状況を始め国際情勢をよく評価しているなと思ったところです。加藤諦三氏の年頭所感(2020)の標題が「現代は、歴史の岐路〜隠された幼児化が表面化〜」であり、「幼児化」が使用されています。今まで接したことのない評価軸ですので、もう少し勉強したいと思います。

実 務 の 広 場

   このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

  No.74 遺言の競合事案について  

1 はじめに
 遺言作成のきっかけとして,家族から依頼される例があります。
 この中には,遺言者の意向よりも,家族の希望が先行している場合があります。
 このことがすべて悪いこととは言えないものの,家族の希望と遺言者の意思が一致していない場合が問題となります。さらに,別の家族から,異なる内容の遺言作成を依頼された場合は,神経質にならざるを得ません。
 この点で,公証人は,遺言者の意思を慎重に確認して,対応を検討する必要があります。
 当職が扱った例で,高齢の遺言者につき,別々の家族から,異なる内容の遺言作成を依頼され,緊張感をもって対処した事例がありましたので参考に供します。

2 第1事案
 遺言者甲の妹乙から依頼があった。
 乙の話と戸籍資料等によると,甲には子A・Bがあるが,Aは死亡しており,Aの妻が甲の預金通帳や印鑑,印鑑カード等の重要書類を持ち出したまま,返してくれないので困っているとの由。この場合において,「甲の子Bにすべての財産を相続させる。」という趣旨の遺言を作ってほしいという依頼である。
 乙によると,甲は老人施設で寝たきりの状態であるものの,会話はできるとのことだったので,出張対応することで検討を進めた。
 まずは,本人確認資料としての印鑑証明書が提出できず,運転免許証や旅券等の顔写真付きの証明書も持っていないことが分かった。この場合,証人の証言で対応できることとされている。執務資料「公証実務」(日本公証人連合会)30ページによると,「この人違いでないことの資料とするための証人は,遺言における証人とは別のものであり(ただし,同一人でもよい。),公証人法39条の列席者でもないから,署名押印させることも,証書を読み聞かせる必要もない。しかし,この証人が面識のない者である場合は,当事者と同様に印鑑証明書の提出又はこれに準ずべき確実な方法で人違いでないことを証明させ,その旨記載する必要があろう。」とされている。
 この趣旨を乙に説明し,本人確認のための適当な証人がいるかを尋ねたところ,乙からは,自分の幼なじみの友人丙が,甲と面識があり,その協力が得られる見込みとの回答があった。
 また,立会い証人2名は,公証人にお世話願いたいと依頼された。
 出張により事前面談したところ,甲はベッドに寝たままとはいえ,意識はハッキリしている。言葉はたどたどしく,聞き取りにくいものの,会話できる状態で,遺言能力はあり,遺言の趣旨を口授することは可能と判断した。
 次に,日を改めて,証人2名を伴って出張した。
 当職らが老人施設に到着したところ,すでに,人違いでないことの証人丙が待機していたので,丙に面談し,運転免許証の提示を求めて確認し(コピーは先にもらっている。),甲と知り合った経緯や直近に甲と会った時期・場所等を尋ね,メモに残すこととした。
 甲の部屋(個室)に入り,甲と面談し,当職が丙を促して,甲のベッド近くで丙の顔を見てもらい,「この人は分かりますか。」と甲に尋ねたところ,甲は「おぉ,えっちゃん。歳とったのぉ。」と笑顔で応じた。これに対し,丙は「そりゃそうよ。あんたも一緒じゃがね。歳とったよ。」と明るく答えた。当職は,甲と丙がお互いに面識があることは確実と判断し,このやりとりもメモに残した。
 ここまでは,乙とBが同席したが,遺言内容を口授するに当たっては,当職から,『利害関係人は同席を控えてほしい』旨を告げ,乙・Bは退室してもらった。丙には退室を促さなかったものの,あらかじめ,当職は丙に対し,丙が同席する必要はない旨を伝えておいたので,丙も乙・Bとともに退室した。
 次に,当職が甲に質問する形で,遺言の趣旨を口授してもらったが,甲は耳が遠いこと,発言が断片的であること,声が小さいこと,という難点はあったものの,甲の声は聞き取れる範囲であり,当職が甲の耳もとに近づいて,ゆっくり・やや大きめの声で話す工夫を要した程度で,会話は成立している。
 また,要所で,立会い証人に対して「いまのお返事は聞こえましたか。」と尋ね,「はい,聞こえました。」との回答を得ながら進めた。
 読み上げはゆっくり行い,ところどころで用語の説明をしながら進め,「この内容で遺言を作ることでいいですか。」と尋ねたところ,甲は「はい,いいです。」と答えた。
 次に,署名・押印を求めるが,甲は手が不自由のため署名することができなかったので,当職は甲に対し,「私が代わって署名していいですか。ハンコをもらっていいですか。」と尋ね,「お願いします。」との回答を得て,当職が代署・代印した。
 続いて,立会い証人2名の署名・押印,公証人の署名・押印をして,遺言公正証書を完成させた。

3 第2事案
 第1事案の作成後,約10か月を経過した頃,弁護士から遺言作成の依頼があった。
 弁護士の発言によると,甲の子Aの妻からの依頼であり,「Aの子(甲の孫)にすべてを相続させる。」という内容で作ってほしいというものである。
 さらに,甲は後見の審判がされ,被後見人となっている由。この場合,医師2名の立会いと署名・押印等が必要となり(民法973条),このことは弁護士は理解していた。
 また,立会い証人2名は,甲の親戚の者(民法974条の欠格事由に該当しない者)を予定しており,甲は印鑑証明書や運転免許証がないので,人違いでないことの証人は,前記立会い証人2名の内の1名が対応するとの提案だった。
 これらの医師及び証人は,依頼者を通じて手配できる見込みとのことだった。
 なお,弁護士によると,詳細は分からないものの,既に別の遺言公正証書が作られていることを聞いている由。
 当職は第1事案の遺言を思い出したが,あえてそれには触れず,弁護士に対し『あなたは甲と面談したと思うが,甲の遺言能力としての健康状態はどうなのか,心配である』旨を伝えると,「それは,公証人がよく知っている筈です。」と返された。これに対し,当職は「知っているかどうかも含めて,私は,守秘義務があるので答えられない。」と応じた。
 日程調整の上,甲が入居している老人施設へ出張することとなった。
 出張当日,当職は,立会い証人と医師の本人確認をし,立会い証人と甲との続柄を聞いて欠格事由に該当しないことを確認した上で,甲と面談・聴取した。なお,弁護士が同席した。
 甲の本人確認のため氏名・生年月日等を尋ねると,正しい返事があり,会話はできる状態だった。しかし,肝心の遺言内容となると,甲は,当職の質問事項は理解している様子で,要所で頷くなどの反応はするものの,返事が返ってこない。当職が質問を換えるなどして尋ねるも,ポイント部分については,甲は無言だった。
 その状況を見かねた立会い証人の1名が,Aの妻の希望を踏まえた誘導と思われる発言を始めたため,当職は「証人さんは,発言を控えてください。」と制した。
 その後,同証人が「少し話をさせてほしい。」と申し出たので,当職は「それでは中断して,少し休憩しましょう。私は席をはずしますので,穏やかに話しあってください。」と言って廊下に出た。弁護士と医師2名は,その場に残った。
 室内で前記証人が甲に話す声は,廊下で断片的に漏れ聞こえたが,罵倒や強制する発言はなかったように思われる。
 弁護士から「公証人,入ってください。」と招かれたので,再開することとし,改めて当職から甲に対し,遺言内容について「財産は誰に引き継ぎますか。」と尋ねると「全部はいかん。」との発言のほかは,無言だった。当職は,質問の言葉を換えるなど工夫をしたものの,甲が遺言の趣旨を述べることはなかった。
 当職は「お疲れのところを敢えて発言を求めるのは,適切でありません。お医者さんの立場から考えて,これ以上に続けることは遺言者の健康からみてどうなんでしょうか。今日のところは,作成することができませんので,ひとまず終えて,機会があれば出直したいと思います。」と告げたところ,証人・医師・弁護士とも反対することなく,当職とともに部屋を出た。
 廊下では,Aの妻が心配そうに待っていたが,部屋のドアは開いていたため,ことの顛末はおおむね理解している様子だった。
 当職は,証人と医師に対し,協力してくれたことを労った上で,Aの妻と弁護士に対し,作成できなかったことを告げて「今後の予定が調整できたら,改めて連絡してください。」と伝えて,その場を辞した。

4 第2事案の後日談
 第2事案は,目的を達成できなかった。この場合に問題となるのは,中止手数料である。依頼者にとっては気の毒であり,当職としても費用を請求するのは大変心苦しい。
 この点を電話で弁護士に話すと,公証人が請求してくれないと,自分も請求しづらいとの趣旨であり,粛々と請求書を作成し,後日,所要の額が振り込まれた。
 その後,改めて要請があるかも知れないと見守っているが,今のところ,連絡はない。
 戸籍等の関係資料は返却したが、本件については、しばらく注意しておく必要があると考えている。

5 反省点等
 第1事案では,遺言者の家族間で摩擦があると察し,後日紛争になる可能性が予想できたため,慎重な対応が必要と感じたので,事前面談の出張を行った。
 本件のように,家族からの依頼の場合に,わざわざ出張による事前面談を入れるかどうかは,迷うことが多い。近隣の公証人との情報交換では,必ず事前面談をするという意見がある一方,必ずしも事前面談を入れず,電話確認で事前面談に代えることがあるという意見も聞いている。
 当職は,すべての事案で事前面談を入れることはしていないが,事前面談をしなかったために,本番で(作成当日に)打ち合わせた予定と異なる展開となってしまう例があり,辛い対応を何度か経験した。いわゆる,ぶっつけ本番というのは,何があるか分からない点で緊張する。
 第1事案での本人確認・意思能力確認については,前記2に記述したほか,甲に対し,家族状況や日常生活等について質問し,整合性のある回答を得た。例えば,「ご飯は食べていますか」との問に「おかゆさん」と答えたこと,当職らが到着したときにテレビがついていたので,立会い証人が音量を下げて,全過程終了後に同人が音量を戻そうとしているときに,甲が「それぐらいで」と話したことなども含めて,メモに残した。
 なお,先輩公証人から,証人の証言を得て本人確認する場合には,過料の制裁の裏付けがある宣誓認証を作成して対応するのが望ましいとの意見があると情報を得ているが,関係者の負担を考えて,今回はその方法はとらなかった。今後は,事案によっては,この方法が必要な例があるかも知れないと考えている。
 第2事案では,弁護士が面談をしているとのことだったので,事前面談を入れなかった。
 当職は,一般的に,有資格者(弁護士・司法書士等)が,事前面談をしてくれている場合は,敢えて公証人による事前面談は行っていない。今回もそれに倣ったが,もし,事前面談を入れていたら,中止手数料という気まずい展開は避けられたのかもしれないと反省している。
 また,第2事案では,証人が遺言者に対し発言しようとしたので,当職はこれを制した。この点は,普段から心がけていることである。
 もし,証人が「こう言えばよい。」とか,「この内容の発言をしなさい。」などと言って,これを受けて遺言者が口授したとすれば,指図・命令(あるいは強制)を受けて口授した遺言は「無効」となるおそれがあるからである。ただし,証人の発言を制する公証人の言い方によっては,あるいは相手の性格によっては,反感・反論等のトラブルを招く可能性があるので,ずいぶんと気を遣う。
 第2事案においても,当職が証人を制した際,一瞬,凍り付いた雰囲気が漂い,和やかな進行の妨げとなってしまった。

6 おわりに
 同じ遺言者につき,別の家族から,別の内容の遺言作成を依頼される例はあり得ます。
 この場合において,公証人は,守秘義務を意識して対応する必要があり,うっかり個人情報を漏らしてしまうことは,厳に控えなければなりません。この点は,日頃から書記に対して注意喚起し,機会あるたびにお互いの自覚を促しています。
 また,和やかな進行を心がけ,遺言者に無用の緊張を与えないように工夫することが重要ですが,事案によっては,明確に言わなければならないことがあり,工夫の対応はさまざまです。
 以上は,各公証人が日常の業務として留意していることばかりと思いますが,紹介した事例は,珍しい事案であるとともに,将来,遺言能力を争点として,あるいは手続の適正を争点として,紛争になる可能性があることを想定し,慎重に進め,細かい点も含めて,控えのメモに残すことを留意しました。
 至らない点があるかもしれませんが,参考となれば幸です。

(泉本良二)

  No.75  養育費・婚姻費用算定表の改定について  

 養育費・婚姻費用算定表使用上の留意事項については、本研究会だより№39(令和元年6月)に掲載し(以下「前稿」といいます。)、その中でも、最高裁判所において算定表の見直しの研究が進められている旨お知らせしたところですが、その研究結果である司法研究報告書が令和元年12月23日に公表されました。
 この司法研究報告書は、司法研修所編「養育費,婚姻費用の算定に関する実証的研究」(以下「研究報告書」といいます。)として、法曹会から出版されています。
 また、研究報告書中の司法研究の概要(以下「研究概要」といいます。)及び改定版の算定表、並びに研究報告書とは別に研究員が作成した「養育費・婚姻費用算定表について(説明)」(以下「改定の説明書」といいます。)は、裁判所のウェブサイトのサイト内検索で「算定表」と入力して検索することができます(現在は、トップページの「新着情報」令和元年12月23日付けからもアクセスできます。)。
 なお、裁判所のウェブサイトに掲載されている上記資料はここに掲載いたしませんので、裁判所のウェブサイトから御確認願います。

  www.courts.go.jp/about/siryo/H30shihou_houkoku/index.html

 本稿は、研究報告書及び改定の説明書に基づいて、改定内容のご紹介を試みたものですが、算定表の基本的な枠組み等に変更はありませんでしたので、本稿に記載していない事項については、前稿を参照願います。

1 今回の司法研究の目的としては、
(1) 〔従来使われてきた〕標準算定方式・算定表の提案から15年余りが経過していることを踏まえ、これを、より一層社会実態を反映したものとすることに加え、算定方法に改良すべき点がないか検証・対応する。
(2) 改正法〔民法の定める成年年齢を20歳から18歳に引き下げること等を内容とする民法の一部改正法・平成30年法律第59号(以下「改正法」といいます。)〕による成年年齢引下げによる影響(養育費の終期の関係等)について検討する。
の2点が挙げられています。

2 算定方法の基本的な枠組みに関しては、養育費等の対象となる者の生活費に充てられるべき金額を、権利者・義務者の基礎収入額に応じて按分するという、従来と同様の収入按分型を採用していますが、その前提となる基礎収入の算出方法や生活費指数については、直近の統計資料等に基づいて見直しをしています。

3 統計資料や制度等については、最新のものに更新しています。
 税率及び保険料率について、最新の数値として平成30年7月時点のものを使用し、租税については、所得税及び住民税のほか、復興等特別税を加算し、社会保険料については、健康保険料、介護保険料、厚生年金保険料及び雇用保険料を加算して計算しています。
 統計資料は、原則として直近の5年分(平成25年~29年)の平均値を用い、職業費の範囲も一部見直しています。

4 上記2及び3の結果、基礎収入(総収入から、税金や住居費などの固定的な必要経費を控除したもので、衣食等の生活費として自由に使用することが可能な部分とも考えられますが、詳細は、前稿の3を参照願います。)の割合は、給与所得者の場合、総収入の54%~38%(高額所得者の方が割合が小さい。また、年収2,000万円が上限となっています。)、自営業者の場合、総収入の61%~48%(高額所得者の方が割合が小さい。また、算定表では給与所得者の基礎収入と同じ基礎収入となるように年収額が設定されているので、年収1,567万円が上限となっています。)となりました。
 従来の標準算定方式で、給与所得者の場合、42%~34%、自営業者の場合、52%~47%とされていたのと比較すると、全般に高い金額になります。
 なお、前稿の3に、給与収入と事業収入の両方の収入がある場合、算定表に当てはめる方法として、事業収入を給与収入に換算して合算する方法を記載しましたが、算定表には給与収入額と同じ基礎収入額になる事業収入の額が隣の欄に記入されていますので、これと対比して給与収入に換算する方法に訂正させていただきます。

5 親の生活費を100とした場合に、子の生活に充てられる生活費の割合である生活費指数については、厚生労働省によって告示されている生活保護基準のうち、生活扶助基準中の基準生活費を用いてその割合を算出し、これに公立学校教育費相当額を考慮して子の生活費指数を算出するという基本的な考え方を維持し、また、子の年齢区分を14歳以下と15歳以上の2区分とする点も維持して、直近5年間(ただし、高校生の学校教育費については、公立高校の授業料が一律不徴収となっていた平成25年度を除く4年間)の統計を用いて算出しています。
 その結果、0歳から14歳までの生活費指数は62、15歳以上は85となりました。
 従来の標準算定方式で、0歳から14歳までの生活費指数は55、15歳以上は90とされていたのと比較すると、0歳から14歳までは上昇し、15歳以上は低下した結果、その差は小さくなりました。
 これは、全体として子の生活費の割合が上昇していることが基本にありますが、学校教育費の部分で、14歳以下の学校教育費の平均年額が従来の134,217円から131,379円と横ばいであったのに対し、15歳以上の学校教育費の平均年額が従来の333,844円から259,342円と減少したことが影響しているものです。
 ちなみに、子が私立学校に進学した場合で、義務者がそれを承諾していた場合や義務者もその費用を負担するのが相当と判断される場合には、算定表で考慮されている学校教育費と実際の学費との差額を、権利者と義務者が、それぞれの基礎収入額に応じて負担するのが相当と考えられます。
 なお、4で見たとおり、基礎収入割合が全般に高くなったことに加え、子の生活費指数が見直されたことから、従来の算定表と比較すると、おおよそ、14歳以下の子の養育費は2割程度高くなり、15歳以上の子の養育費は1割程度高くなっています(子の数や当事者の収入額によってその割合は異なります。)。

 上記4及び5の結果を前提として、2の収入按分型の計算方法で、どのように養育費が算定されるのかを見てみますと、

  ① 基礎収入=総収入×基礎収入割合

  ② 子の生活費=義務者の基礎収入×子の指数/(義務者の指数+子の指数)

  ③ 義務者の養育費分担額=子の生活費×義務者の基礎収入/(義務者の基礎収入+権利者の基礎収入)

 という、三段階で計算することになります(計算方法は従来と同じで、義務者の基礎収入の方が権利者の基礎収入より大きいことが前提です。権利者の方が高収入のときは、権利者の収入額を義務者と同額とした場合の支払額を限度とします。)。
 具体的に、改定の説明書の4の使用例〈養育費〉の数字を当てはめて計算してみた計算例を示してみます。
 その計算の前提として、基礎収入割合は総収入額の区分によって定められていますので、先にその割合を示しておきます。

 なお、給与収入が2,000万円(事業収入の場合1,567万円。以下同じ。)を超える収入がある場合にどうするかについては、種々の考え方がありますが、少なくとも養育費の算定に当たっては、2,000万円として算定することになります。

  給与所得者の総収入額(万円)と基礎収入割合(%)  
        0~75      54
                 ~100     50
                ~125     46
      ~175     44
                 ~275     43
                 ~525     42
                 ~725     41
               ~1325    40
               ~1475    39
               ~2000    38

  自営業者の総収入額(万円)と基礎収入割合(%)
     0~66      61
                ~82      60
      ~98      59
      ~256     58
                 ~349     57
                 ~392     56
                 ~496     55
                 ~563     54
                 ~784     53
                 ~942     52
               ~1046    51
               ~1179    50
               ~1482    49
               ~1567    48

 まず、①の基礎収入額ですが、給与所得者である権利者の総収入額は2,028,000円ということですから、上記の割合表から、基礎収入割合は43%となり、
   権利者の基礎収入額=2,028,000円×0.43

            =872,040円

となります。
 また、給与所得者である義務者の総収入額は7,152,000円ということで、基礎収入割合は41%となり、

   義務者の基礎収入額=7,152,000円×0.41

            =2,932,320円

となります。

 ②の子の生活費は、生活費指数62の子が2人ということですから、
      子の生活費=2,932,320円×62×2人/(100+62×2人)

       =1,623,248円

となります。

 ③の義務者の養育費分担額は、
  1,623,248円×2,932,320円/(2,932,320円+872,040円)
=1,251,165円

となり、これは2人分の年額ですから、月額はこれを12で割った104,263円(算定表の表3の10~12万円の枠内であることが確認できました。)となり、1人分の月額は、生活費指数が同じですから更にこれを2で割った52,131円が目安ということになります(14歳以下と15歳以上の子がある場合は、算出された合計額を62対85で按分することになります。)。

 ただし、この計算方法によるとこのように細かい単位の数字まで出てきますが、そもそも算定表は、平均値や理論値を基礎として、簡易迅速に一定の幅をもった目安を示すことを目的としたものですから、この細かい数字が正確なものと評価することはできないことに注意願います。
 通常は、改定の説明書に示された方法で算定表を使うこととなり、この計算式を利用することはありませんが、子の数が4人以上の場合や、複数の子を権利者及び義務者がそれぞれ分担して養育している場合等、算定表が使えない場面で目安を算出したいときに利用することになります。

 ちなみに、婚姻費用の計算方法は、
 ①(権利者の基礎収入+義務者の基礎収入)×(権利者世帯の権利者及び子の生活費指数)/(権利者及び義務者並びに子の生活費指数)
 ②上記①で算出された金額-権利者の基礎収入
 という2段階の算式で計算できますので、興味のある方は、改定の説明書の4の使用例〈婚姻費用〉の数字を当てはめて計算してみてください。

6 義務者が低所得の場合、最低生活費を下回っているかどうか、その最低生活費をどう算出するかという問題が生じ、簡易迅速な解決が困難となるおそれがありますが、研究報告書では、自己の生活を保持するのと同程度の生活を被扶養者にも保持させるという生活保持義務の考え方から、0円から2万円(又は1万円)といった算定表の枠内で、個別具体的な事案に応じて検討するという標準算定方式・算定表の考え方を維持し、0円とするかどうかは、権利者及び義務者の状況や子の状況に応じて、事案に即した判断をするのが妥当であるとしています。

7 成年年齢引下げによる影響(養育費の支払義務の終期等)については、選挙権年齢の引下げに伴って、経済取引の面でも18歳、19歳の者を一人前の大人として扱うことが適切と考えられた一方、国会における改正法の審議においても、飲酒・喫煙、競馬等の投票券購入などで20歳という年齢要件が維持されていることなど、20歳未満の者についてはその未成熟な面を考慮していると考えられること、平成30年時点において大学や専門学校などの高等教育機関に進学する者が81.5%に達していることなどから、一般的、社会的に18歳となった時点で子に経済的自立を期待すべき実情にもないということを前提として、

 (1) 改正法成立前に養育費の支払義務の終期として「成年」に達する日(又はその日の属する月)までと定められた公正証書等における「成年」の意義は、合意当時の当事者の意思解釈として、満20歳に達する日(又はその日の属する月)までとの趣旨と解される。

 (2) 養育費の終期を定める合意等は、予測される子の監護状況、子が経済的に自立すると予測される時期、両親の経済状況等種々の事情を考慮して定められたものと考えられるので、改正法の成立又は施行自体は、既に成立した養育費支払義務の終期を18歳に変更すべき事由にはならない。

 (3) 養育費支払義務の終期は未成熟子を脱する時期であって、個別の事案に応じて認定判断されるが、子がまだ幼いなど、子が経済的に自立を図るべき時期を具体的に特定して判断すべき事情が認定できないときには、満20歳に達する日(又はその日の属する月)が養育費支払義務の終期と判断されることになると考える。
 なお、将来の紛争を回避するためには、「成年に達する日まで」又は「大学を卒業する月まで」などの表現ではなく、「満20歳に達する日(又はその日の属する月)まで」又は「満22歳に達した後初めて到来する3月まで」などと具体的に明示すべきである。

 (4) 婚姻費用については、実務上支払義務の終期は「別居解消又は離婚」とされるから、養育費における支払終期のような問題は生じないが、子が18歳に達したことが婚姻費用の変更事由に該当するかどうかが問題となる。
 この点についても、上記(3)と同様の理由で、変更事由には該当せず、子が経済的に自立するなどの理由で未成熟子を脱したときに変更事由に該当すると解すべきである。
としています。

8 今回の改定が養育費等の額を変更すべき事情変更に該当するかどうかということについてですが、改定標準算定方式・算定表は、従来の標準算定方式・算定表の基本的な枠組みを維持しつつ、その算定方法の細部の一部を改良し、公租公課等や統計資料を更新したものであって、従来の標準算定方式・算定表の延長上にあるものであること、改定標準算定方式・算定表が公表されたこと自体は、当事者の収入、身分関係及び社会情勢等の客観的事情の変化とは性質が異なることから、事情変更には該当しないものとしています。

 最後に、今後の家庭裁判所の実務においては、改定標準算定方式・算定表が用いられることになりますので、客観的事情の変更があるなど、既に定めた養育費等を変更すべき場合の養育費等の算定に当たっても、改定標準算定方式・算定表が用いられることになると思われます(当事者が、改定を承知の上で、従来の算定表による旨の合意をしたときはともかくとして、そのような合意ができずに争いとなった場合、最終的には審判等裁判官の判断となりますので、その際には、その時点でより合理性があると判断される改定標準算定方式・算定表が適用されるものと思われます。)。

 参考文献:司法研修所編「養育費,婚姻費用の算定に関する実証的研究」(法曹会)

(星野英敏)

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民事法情報研究会だよりNo.42(令和元年12月)

 初冬の候、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
 さて、12月14日開催の後期セミナーでは、中央更生保護審査会委員長(元法務省民事局長)の倉吉 敬先生に講演をお願いしておりますが、演題は「行政は運動神経~法務省思い出噺~」となります。(NN)

今 日 こ の 頃

   このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

  所沢・さいたま(西川 優)  

 所沢市に居住して7年半になりますので、所沢のことを少しご紹介します。
 以前、さいたま市南区に2年ほど居住したことがあり、通算すると10年弱、埼玉県人であることになりますが、さほど、埼玉県のことについて詳しくはありません。埼玉県は何となく地味なイメージがありますが、最近、映画「翔んで埼玉」、「のぼうの城」がヒットし、また、史跡・名産品等ではもっとメジャーになれるものが多くあると感じています。
 これまでは、あまり県内の史跡等の探訪ができなかったので、これから、すこしずつ、探訪したいと思っています。

1 所沢市の交通機関

 所沢は、埼玉県南西部に位置し、東京都清瀬市、東村山市、武蔵村山市と接しており、所沢駅から一駅で東村山市であり、東京と近接しています。
 所沢駅は、西武鉄道が新宿から本川越までの「西武新宿線」と池袋から飯能・秩父までの「西武池袋線」で乗り入れており、また、「JR」は武蔵野線の東所沢駅があります。新宿まで約30分、池袋まで約20分で行くことができます。
 所沢駅では、東京方面に向かう西武新宿線の新宿行と西武池袋線の池袋行の電車が同じ方向に向かわず、逆方向に進行しますので、最初は戸惑うことがあります。
 最寄りの公証役場としては、西武新宿線沿いに新宿、高田馬場、川越、西武池袋線沿いに池袋、練馬、秩父の各公証役場があり、交通機関沿いではありませんが、近隣に立川公証役場があります。
 公正証書の作成等にあたり、急ぐもので時間的に処理することが困難な事案は川越を、外国文の私署証書は練馬を紹介していました。また、遺言については、相談から遺言書作成までの間に遺言者が近接の東京の病院に入院することがあります。この場合、改めて、東京の公証役場に依頼するか、外出許可を得て来庁していただいて作成することになります。

2 所沢市内等

 東京から交通至便の位置にあることもあり、人口が30数万人で埼玉県で4番目の規模にもかかわらず、所沢駅周辺にビジネスホテルが1軒ほどしかなく、また、百貨店・デパート、イオン、大型書店等が余りありません。駅周辺は、タワーマンションが林立し、現在も建設中です。当方の週末の買い物は、入間市・武蔵村山市のイオンを利用しています。
・ 航空記念公園・西武ドーム
 所沢に何があるかと問われたときは、「航空記念公園」と「西武ドーム」と説明します。
 「航空記念公園」は、所沢が日本の航空発祥の地として、米軍所沢基地の返還に伴い整備された公園で、飛行機が展示された記念館、テニスコート、野球場、サッカー場、野外ステージ等がある広大な公園で、週末には家族連れで賑わっています。公証役場は、この「航空記念公園」沿いにあり、西武新宿線の「航空公園駅」から徒歩10~15分程度のところに在ります。この「航空記念公園」を挟んだ反対側にさいたま地方法務局所沢支局があり、時々、来庁者が間違われるようです。また、「西武ドーム」は、プロ野球西武ライオンズの本拠地球場で、周辺には、遊園地、ゴルフ場、狭山湖があります。当方の子供、孫が遊びに来たときは、「航空記念公園」を案内しています。
・ 名産・特産
 地名「所沢」は、古くは山の芋を意味する「野老沢」と表記されていたそうですが、それが名産とは余り聞くことはなく、うどん、焼き団子などが名産と言われていますが、お土産品として利用するには今一つというところです。
 埼玉県には、甲府のブドウ、静岡のミカンというような名産品が思い浮かびませんが、浦和の鰻、草加せんべい、深谷ネギ、川越のサツマイモ、狭山・入間の狭山茶、東松山の焼き鳥などは比較的に知名度があると思います。最近は、パワースポットとして三峯神社・秩父神社がある秩父が注目されており、わらじカツどんが名物になりつつあります。埼玉県は市町村数が日本一であり、その市町村ごとに名産がありますので、今後、注目され、ブームになる名産品が現れることを期待しています。
・ 史跡等
 所沢には、小手指(こてさし)という地名と駅があり、小手指ヶ原という古戦場の碑があります。新田義貞と鎌倉幕府軍の戦場となり、新田義貞が勝利し、鎌倉入りしたことから鎌倉幕府が滅亡したと「太平記」に記されているそうです。
 埼玉県には、「埼玉(さきたま)古墳群」、「吉見百穴横穴墓群」などの多くの古墳があり、奈良時代には高麗人・百済人が入植しています。また、武蔵武士は平氏でしたが、源頼朝の旗揚げ時から源氏に被官し、熊谷氏・畠山氏・河越氏・比企氏など鎌倉幕府を支えた武士を輩出し、現在、地名・史跡として残っています。このように、古くからの歴史を有する県は、東日本には少ないものと思われます。

  信託で心多苦(心がクタクタ)(栁井康夫)  

第1信託契約

 4月某日、当公証役場に初めての信託契約の公正証書作成の依頼があった。委託者は福知山市在住の両親(以下、「甲」「乙」という)、その所有する財産(父所有の不動産、父母各自の預金)を信託財産として、神奈川県在住の息子を受託者(以下「丙」又は「受託者」という)、受益者は甲と乙として信託契約を締結するという内容で、詳細な信託契約書案がメールで送信されてきた。
 当初の信託目的は、第1条(信託の設定)委託者甲及び乙は、受託者丙に対し、次条記載の信託の目的を達成するため、第3条記載の財産を信託財産として管理、運用及びその他当該目的達成のために必要な行為をすることを信託し、受託者丙はこれを引き受けた(以下「本件信託」という。)。第2条(信託の目的)「本件信託は、受託者による資産の適正な管理・保全・運用を通じて、受益者の生活・介護・療養・納税等に必要な資金を確保及び給付するなどして、受益者が長寿天寿を全うできるように安全かつ安定した生活及び福祉を確保するとともに、資産の有効活用を図り、円滑な資産の承継を目的とするものである。特に、受益者の健康の回復が見込めなくなったときには、受益者に肉体的及び精神的苦痛を与えることのないように、医療関係者、介護関係者等の協力を仰ぎながら、自宅またはケアハウス等において、穏やかに天寿を全うできるよう、必要に応じて緩和ケア等を行うために、最善の福祉を確保することとする資産を活用することとする。」(原文のまま。)とあった。
 丙からの聴取では、将来介護施設等に入るような状況になったら、土地建物を売却してその費用を甲又は乙のために充てることができるように信託契約を設定したいとのことであった。
 丙は、独自に書籍やインターネット上の書式等を調査して、信託契約書案を起案したとのことである。
 甲の不動産の信託について、受益者を甲とすれば課税されることはないが、信託不動産の所有者以外の乙を加えると、甲から乙に贈与されたとみなされ課税されるおそれがあることを丙に伝えたが、それでもよいとのことであった。
 信託を、甲と丙、乙と丙の2つの信託として信託契約書を作成することとし、信託の目的を次のとおり変更した。

第1条 (信託の設定)
 委託者:甲と乙は、受託者:丙に対し、令和元年○月○日、第2条記載1及び2の信託の目的を達成するため、第3条第1項記載の不動産及び同第2項記載の金融資産を信託財産として管理処分することを信託し、受託者丙は、これを受託する。

第2条(信託の目的)
(1) 甲信託
 甲所有の信託不動産及び信託金融資産を信託財産とし、これと乙が所有する下記信託財産とを一体とする適正で有効、かつ、効率的な管理運用及び処分を行い、受益者甲の住居の確保と生活費の確保を図ることにより甲の幸福な生活と福祉の確保を図ることを目的とする。
(2) 乙信託
 乙所有の信託金融資産を信託財産とし、これと甲が所有する下記信託財産とを一体とする適正で有効、かつ、効率的な管理運用及び処分を行い、受益者乙の幸福な生活と福祉の確保を図ることを目的とする。

第8条(受益者及び受益権)
 本信託の受益者は、委託者甲及び乙である。
1 甲及び乙の受益権の割合は、甲が2分の1、乙が2分の1とする。ただし、受益者各々の身体能力低下の度合いによって、受託者と各受益者又は受益者代理人が協議して受益権の割合を変更決定することができるものとする。
2 本信託の受益権は、相続により承継せず、第1項記載の受益者の一方が死亡した場合は他方の受益者がすべてを取得する。
(金銭・追加信託)
 甲は、土地、建物(自宅)と預金、乙は預金のみとし、当初の現金は、0円とし、現金は、丙の指定する金融機関の口座に追加信託することとして、「次条の金融資産受託用銀行口座への入金により追加信託するものとし、当該入金の事実をもって追加信託の合意があったものとする。」と記載されていた。委託者が追加信託すること自体は、問題ないが、将来、委託者の判断能力に問題が生じた場合に、信託の追加の是非を判断することができないことになるので、この条項を次のとおり修正した。「委託者所有の次の(1)~(4)の金融資産については、委託者から受託者に対する書面の通知により金銭を下記金融資産から追加信託することができる。追加信託については、受益者の身体能力低下の進行に伴い、受益者代理人と受託者が協議の上、適宜行うことができるものとする。」。また、信託当初の現金を信託しないと、信託の登記費用等をまかなえない旨伝えたところ、各金50万円信託するとの指示があった。
(信託専用口座)
 信託専用口座を、「前条2項の金融資産受託用銀行口座は受託者丙名義の次の1の口座とし、必要に応じて1の口座から2の口座とも本件信託の専用口座とする。口座の記載略」と表記していた。倒産隔離機能のある信託専用口座は、福知山市所在の金融機関では、まだ信託専用口座の開設を認めた例がないため、受託者の希望する口座名をそのまま表記することとした。
(受託者の義務)
 受託者が負う義務として、善管注意義務、分別管理義務、各受益者について公平にその職務を行わなければならない公平の義務を明記した。
 その後、何度か案文を修正した後に、公正証書を締結することができた。

第2信託契約

 福知山市内で活動するフィナンシャルプランナーからの持ち込みで、家族信託契約を公正証書で締結したいと信託契約案が持ち込まれた。宅建業者の書式例を参考にしたとのことであった。委託者父、受託者は長女、当初受益者は委託者、第二受益者は母、信託財産は、アパート2棟(敷地を含む)である。
 信託目的が、「本信託は、受託者が信託財産を、管理及び処分することを目的とする。」とあり、肝心の目的の記載がなかった。
 信託の期間を、「本契約締結時から第○条(信託の終了事由)による本信託の終了の日までとする。」 とあったり、信託終了時の帰属権利者を受益者とするなど、この家族信託は、委託者が希望する信託内容に合わないことが確認できたことから相談者に差し戻した。
 信託契約は、信託法上、公正証書の作成が義務づけられるものではなく、また、委託者や受益者の権限を信託契約で特段の定めをすることで権限を付与したり縮小することができるので、公証人として、特段の定めをどこまで許容すべきか、どこまで厳格に契約内容を定義すべきか難しいところである。

・・・・・・・・

 以上、信託で私の心がくたくた(心多苦)になったという近況報告とさせていただきます。

 なお、参考にした書籍として、①宮田房枝 そこが知りたかった!民事信託Q&A100、②伊庭潔 信託法からみた民事信託の実務と信託契約書例 をあげておきます。

  改めて感じたこと(喜多剛久)  

 公証人となって1年6か月が過ぎようとしている。現在、縁があって自宅のある相模原市内の公証役場で勤務している。
 私が初めて相模原市の住民となったのは、今から約19年前の平成12年4月、当時、本省訟務局の庶務係長のときであった。家族が増えたことを機に都内の公務員住宅から、相模原市内の公務員住宅に移り住んだのが始まりである。その後、自宅を構える場所を探していたところ、やはり家族にとっては、既に生活の基盤となっていた公務員住宅の近くがいいということになって、たまたま見つけた今の地に自宅を構え、引き続き相模原市民となっている。
 家族と住む自宅から公証役場には、毎日約50分かけて通っているが、全国的に見ると、自宅から遠く離れた公証役場で勤務されている公証人が多い中で、とても恵まれた環境にあるといえる。
 自宅から通勤できることが決まった直後は、まだ独立していない三人の子どもたちに、これまであまり父親らしいことをしてこなかったことを反省し、これから少しは父親らしいことができると考えていたが、いざ公証人となると、今のところなかなか家族との時間をとる余裕がない状況にある。
 加えて、月日がたつのに合わせて、家族内での自分の立ち位置が変わってきていた。いつの間にか、皆それぞれが自分の道を歩いているかのようである。一人、将来の自分の進む道が分からないと嘆いている高校生の二男も、毎日がスマホとサッカーに多忙のようである。将来については、機会がある都度、法務局のことを話すものの、残念ながら今のところは全く関心を示していない。
 仕事が多忙、昔と状況が変わったとはいえ、せっかく自宅から通勤しているので、昔のような家族との関係ではなく、今の家族の状況に合わせて少しでも多くの時間と会話のある関係を持つように心がけている今日この頃である。

 仕事に目を向けると、公証事務は範囲も広く、まだまだ分からないことが多く、しかもそれなりに案件も多いため、毎日忙しくさせていただいている。というより、日々の案件を処理するために毎日の仕事に追われ、まとまって勉強する時間もなかなかとれない。正直時間が足りないと感じているが、これは日々工夫していくしかない。
 また、仕事上の生活は、昔の本省勤務時代の自分に戻ったような感覚を覚えるところがあるが、残念ながら昔とは違って、自分の体の状況は大きく変わってきている。身体的な機能が、年を重ねて衰えてくるのは仕方がないのかもしれないが、最近顕著に体力の衰えを感じている。
 昨年、着任してしばらくは、多くのことが訳が分からなく、心身とも大きな負荷を感じていたせいもあってか、忙しい毎日を積み重ねていくうちに、気がつくと、法務局時代と比較してかなり体重を減らしてしまった(ただし、公証人生活が1年を過ぎた頃から下げ止まり、現在は若干回復?傾向にある。)。
 ところで、公証人の仕事はマスコミの報道に左右される面もある。最近の高齢者の財産管理に関する報道、特に週刊誌の特集記事の影響は少なからずあるようで、つい先頃も、心配になったという高齢の女性の方が公証役場を訪れて、これからの自分の財産管理は、任意後見がいいのか、家族信託がいいのか、どちらでしょうかとの質問があった。また、電話での問合せもときどきある。家族信託が一般の方にも浸透しつつあることを感じるし、士業者から持ち込まれる案件にも、家族信託が顕著に増えてきている。この家族信託は、自分自身が不勉強のせいもあるが、その内容は自由度が高く、しかも一般人には分かりにくいこともあり、公正証書による契約の読み聞かせの際などに、その内容を分かりやすく置き換えて説明を加えるとなると、非常に骨が折れる。
 さらに、最近は、遺言と移行型任意後見に加えて信託を公正証書で作成するという案件もあり、その際の読み聞かせが終わると明らかに疲れを感じて誠に情けない話である(嘱託人にお疲れではないですかと言いつつ、自分の方が疲れている。)。もともと体力に自信がないのであるから当然であるとはいえ、何とかしなければとも感じている。
 ただし、そう簡単に体力が付くものでもなく、せいぜい日頃の健康管理に気をつけて毎日の体調管理をしっかりとしていくしかない。しかも、衰え始めた注意力を最大限に発揮する上でもこの体調管理というのは大切である。
 忙しさにかまけて昨年行かなかった人間ドックに行くことはもちろん、努めて毎日の規則正しい生活に心がけている。
 体調管理が大切であるということは、仕事をする上では当たり前のこととはいえ、大きな組織の中で仕事をしていた時とは違う今の立場、年齢を重ねた今の状況において、これまで以上に自覚と責任が求められていると感じる今日この頃である。
 極めて個人的な話題で恐縮ですが、改めて感じた今日この頃でした。

実 務 の 広 場

   このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

  No.73 遺言による胎児についての未成年後見の指定(事例紹介)  

1 はじめに

 公証人になって2か月ほど経ったある日、出産を控えた女性からの相談を受けた。話の内容はおおむね次のようなものであった。
 3か月前に夫と離婚したが、別れた夫との間にできた子を4か月後に出産する予定である。無事に出産できれば問題はないが、万が一、出産の時に私が死亡してしまった場合、生まれてくる子のことが心配だ。別れた夫には親権を取らせたくないし、面倒もみてほしくない。遺言で未成年後見人の指定ができると聞いたので、遺言書を作りたい。また、私が死んだ場合でも、別れた夫が子の親権者とならないようにしてほしいし、子が別れた夫の戸籍に入らないようにもしたいと考えており、それらについても遺言で何とかならないか。

2 対応

(1)未成年後見人の指定
 未成年者に対して最後に親権を行う者は、遺言で、未成年後 見人を指定することができるとされている(民法第839条第1項)。また、子の出生前に父母が離婚した場合には、親権は母が行うとされている(民法第819条第3項)。そこで、当職は、相談者について、遺言により未成年後見人を指定することにして、次により遺言書を作成した。

 第1条 遺言者は、遺言者が現在懐胎している胎児の未成年後見人として、次の者を指定する。(以下略)

(2)親権者の死亡後における未成年後見人と生存親との関係
 日公連の文例集には、離婚後単独で親権を行使する親が死亡し、他の一方が生存する場合は、生存親の親権は当然には回復せず未成年後見が開始すると解するのが通説であるが、生存親を親権者とすることが子の福祉にかなうと認められるときは、親権者の指定又は変更の審判により生存親を親権者とすることもできると解する学説があり、これに同調する審判例も多く見受けられるとの記述がある(証書の作成と文例・遺言編〔改訂版〕169ページ)。他の文献にも、本件のような離婚後単独で親権を行使する親が死亡した場合、当然に後見が開始するという説や生存親の親権に復するので後見は開始しないとする説などのいくつかの説が存在するとの記述があった。
 そこで当職は、これらを踏まえ、相談者に対しては、遺言で未成年後見人を指定しておいても、それが最優先され、子の父が絶対に親権者とならないというものではないようであり、例えば父が親権を主張したような場合は、最終的には、家庭裁判所の判断によることになると思われる旨説明した。

(3) 子の戸籍の問題
 嫡出である子について、子の出生前に父母が離婚したときは、離婚の際における父母の氏を称するとされている(民法第790条第1項ただし書)。これは、離婚後の親権者や監護者がだれであるかにはかかわらず、離婚の際の父母の氏が子の氏となるということであり、結論として、父が戸籍の筆頭者であった場合、本件の子は、出生により、父(親権者でない)の戸籍に入ることになる(戸籍法第18条)。
 一般的に、母が婚姻によって氏を改めていた場合、母は協議離婚によって婚姻前の氏に復するとされており(民法第767条第1項)、その結果、子と母とは氏が異なることになる。しかし、子は、家庭裁判所の許可を得て、戸籍法の定めるところにより届け出ることによって、母の氏を称することができるとされている(民法第791条第1項)ので、子(子が15歳未満の場合はその法定代理人)がそれらの手順を踏めば、母の戸籍に入ることは可能である。
 しかしながら、本件のように、母がすでに死亡している場合には、父の戸籍に入っている子について、父の戸籍を離れ、母の戸籍に入れることは戸籍実務として難しいようであり、また、仮に15歳未満の子についてその手続きをするにしても、法定代理人がだれになるのかによって、手続きできる者も変わってくることになり、いずれについても最終的な判断は、家庭裁判所や戸籍実務がすることになると思われることから、遺言でもって、決めておくことはできない。
 相談者には、以上を説明し、理解していただいた。

3 おわりに

 本件を振り返ってみると、遺言による未成年後見人の指定については、相談者の希望に応じることができたが、それ以外については応えることができなかったように思える。これは制度上やむを得ないことではあろうが,せめて、相談者の遺言書の附言事項として、生まれてくる子の親権や監護権を子の父に渡したくない事情や、戸籍についての要望内容を記載しておけば、後日、裁判所が判断する場面があったときには、その判断の参考になるのではないかと思い、多少悔いているところである。
 あれから1年少々経過した。予定どおり生まれていれば、その子は1歳の誕生日を迎えたばかりの頃である。無事に生まれて母の戸籍に入り、母親の愛情を受け、すくすく元気に育っていることを願っている。
(余田武裕)

平成30年度司法研究(家事)「養育費、婚姻費用の算定に関する実証的研究」の研究報告が、令和元年12月23日に公表される予定となっておりますので、その内容が判明しましたら、これを受けての家庭裁判所の動向なども含めてお知らせする予定です。
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民事法情報研究会だよりNo.41(令和元年10月)

 初秋の候、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
 さて、令和元年度後期に入り、12月14日開催予定のセミナーでは、講師に、元法務省民事局長で、現在中央更生保護審査会委員長を勤めておられる倉吉 敬先生にお願いしております。演題は未定ですが、興味深いお話しを伺えるものと思います。(NN)


今 日 こ の 頃

   このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

  家事調停委員一年生(由良卓郎)  

-はじめに-
 私は,縁あって公証人として7年間福山で生活をして参りましたが、途中から妻も福山に来て暮らすこととなったために、公証人退任後も福山で生活しています。
 福山は、夫婦とも、地縁も血縁も人との縁もなく、日々出かけていくべき場所もないことから、今後どのようにして暮らしていくかが公証人退任を控えて一つの課題でもありました。
 随分昔になりますが、他省庁の方から、退職後調停委員になりたいとの希望を聞いたこともあり、調停委員制度の大体は知っていたつもりですが、これまで自らが調停委員になることは考えていなかったので、深く考えたことはありませんでした。しかし、前記のような状況や、まだ60代半ばということから、これまでの経験を活かすことができそうで、人とつながりがあり、かつ、地域の方のお役に少しでも立てればと思い、家事調停委員に応募することとしました。
 調停委員については、本誌26号において石戸先生が紹介されているほか、同36号以下において星野先生が詳しい説明をされているので、今更私が何の説明ができるかという思いもありますが、裁判所によって実情は異なるように思われることや、今後調停委員を希望される読者がおられるかも知れませんので、三番煎じ(多分)を承知の上で、少し違う切り口から紹介させていただくこととしました。


-調停委員応募-
 公証人退任を控えた平成30年3月、私は広島家庭裁判所福山支部を訪れ、家事調停委員の応募に必要な書類や調停制度のパンフレットなどをいただきました。
 その際、裁判所から10月1日付け任命の場合、申込期限は4月末になること、支部経由のため申込書類は少し早めに提出して欲しいこと等の説明を受けました。
 ちなみに、任命は4月1日付けと10月1日付けの年2回あるようです。
 推薦状は必要ないようですが、元公証人の某氏に話をしたところ、快く推薦状を書いてくださり、関係図書までいただきました。

―選考・任命―
 申込みのための一件書類を広島家裁福山支部をとおして提出後、裁判所における書面選考を経て、7月中旬に面接選考があり、その後、7月下旬に任命手続に必要な書類の提出などを求める書面が送られてきました。
 面接選考は、一般的な質問に続き、当日事前に配布された仮定の家事調停事案について、調停委員としてどう対応するかなど、場面、場面を想定して質問されました。また、民事調停委員には応募しないのかといった質問もあったように思います。両方応募する方が多いのかも知れません。
 これらの手続を経て、10月1日付けで家事調停委員に任命されました。

―研修―
 任命された月の中旬に広島家庭裁判所(本庁)で研修がありました。この研修は、座学と調停見学です。本庁での研修を前に、その研修がより効果的であるようにとの配慮から、支部での説明や調停見学も実施していただきました。調停委員に任命されて2か月ほど経過した12月にも本庁で調停見学の研修がありました。12月の研修時点で、私は、数回調停期日を経験していましたが、まだ調停期日を経験していない人もいるなど、新任調停委員への事件の配点は慎重にされているようです。
 その後も、折に触れ研修会が開催されるなど、調停委員に対する裁判所の指導・教育は手厚く、調停制度が重要視されていることを実感しています。

―事件の配点・調停期日―
 福山支部では、調停委員任命直後から事件の配点がある訳ではなく、本庁での研修終了後、様子を見ながら少しずつ配点されます。私の場合は、まだ数件程度で、多くの事件を抱える状況には至っていません。
 それはともかく、私は、調停開催日は、月曜日から金曜日まで毎日あると思っていたのですが、福山支部の家事調停の開催日は、月曜日と木曜日の週2日のみであり、午前と午後に分けて別の事件の期日を入れることができるので、フルで期日が入ったとしても、週に2日、合計4期日までとなります。調停期日のために週の大半を自宅外で過ごすということにはなりません。
 月曜日から金曜日まで毎日調停が開催される本庁所属の調停委員とは、配点される事件数に相当の開きがあるようです。
 調停期日は、1事件につき1月~1月半程度の間隔で、当事者双方及び調停委員会(調停委員と裁判官等)の都合と調停室の空き具合を見ながら入れるので、今のところ私が裁判所に行くのは、月に数期日程度です。内容も比較的負担感の少ないものを配点していただいているように思います。
 なお、家事事件手続法別表第2に該当する事件は、調停が不成立になった場合、家事審判に移行する(家事事件手続法272条4項)ため、状況によっては家事審判に移行した場合に備えた資料収集も必要になりますが、当事者の協力が得られず手間取ることもあります。

―身分・給与―
 調停委員の身分は非常勤の裁判所職員(国家公務員)であり、当然法令遵守義務がありますし、違反等した場合の報告義務もありますので、常勤の国家公務員と同様、車を運転するときも常に注意しなければなりません。
 報酬は給与として支給され、期日の回数と一定単位の時間で計算されますが、所定の会費が徴収されるほか、前記のとおり、所属支部では、期日設定に週2日、午前・午後計4回という上限がある上、事件数にもよりますので、相応の給与を期待できる仕事ではなく、社会貢献的な側面の強い業務といえます。

-迅速処理と完結処理-
 平成15年に裁判の迅速化に関する法律が公布・施行され、民事訴訟法も改正されるなど、裁判の迅速化への具体的な取組みが始まって久しいですが、裁判の迅速化に関する法律第1条で「・・・裁判所における手続全体の一層の迅速化を図り」とされているように、家事調停も例外ではなく、迅速処理が期待されているようです。
 ある人から、「委員によっては、すぐに不成立にする」などといった、調停の進め方に対する不満らしき感想を聞いたこともありますが、これも迅速処理の故かもしれません。
 本案訴訟に限らず、調停委員としても、先を見通して、この事件は何回で終わらせるかを想定し、そのためには次回期日までに当事者に何を準備してもらうかを分かりやすく説明するなど、スピード感を持った効率のよい対応が求められているように思いますし、福山支部では庁舎新営のため近々仮庁舎の建設や引越しが始まることを踏まえると、一層効率的で迅速な調停運営が求められているのかも知れません。
 しかし、反目する一方当事者の協力が得られず予定通りに進捗しないこともありますし、突然調停を申し立てられて、戸惑い、どう対応すべきか決めかねている当事者もいます。
 成立した調停内容を変更する契約の公正証書作成依頼なども受けてきた前職時代の経験や、前述の不満らしき感想を踏まえると、調停成立後、間もなく公正証書により変更契約を作るようなことにならないよう、当事者の不満や希望にも十分に耳を傾け、成熟した合意形成に導く必要もあるのではないかと感じています。

―洗礼―
 もっとも、公正証書作成後、家事調停に持ち込まれる事案もあるという悩ましい問題もあります。家事調停委員になった当初、複数の委員から、そのことを示唆するような、あまりうれしくない一言を掛けられたことがありましたが、嘱託受任義務(公証人法3条)のある公証人が、離職後その地元で調停委員になる場合には、避けて通れない洗礼なのかも知れません。

―終わりに―
 情報管理の観点から、調停における記録ツールは、原則として紙と筆(鉛筆、ボールペン等手書き)のみであり、情報を持ち出すこともできません。ワープロに慣れたいま、やや効率の悪い作業をせざるを得ませんが、前職時代も含め、これまで関与してこなかった問題解決に関与できることや、他の調停委員の方との新たな人間関係の形成など、仕事として、また、職場としての面白さもあるので、裁判所にご心配、ご迷惑をお掛けしないよう、任務を全うすべく努めて参りたいと思っている「今日この頃」です。

  ペップトーク(栁井康夫)  

 本稿は、近畿公証情報(2017.7.1・No70)に登載した原稿の一部を 削除の上加筆したものです。

 皆様は、ペップトークをご存じでしょうか。
 ペップトークの第一人者である岩﨑吉純氏(全米アスレティック・トレーナーズ協会(NATA)公認アスレティック・トレーナー(ATC)、日本体育協会公認アスレティック・トレーナー資格を持つ。一般財団法人ペップトーク普及協会代表理事、トレーナーズスクエア株式会社代表取締役社長、他)の著書からやる気を起こす魔法の言葉「ペップトーク」を紹介します。

心に響くコミュニケーション ペップトーク  (岩﨑吉純著・日本ラーニングシステム[監修]・中央経済社)

ペップトークの語源
 英語では、やる気にさせる訓話のことを「ペップトーク(Pep Talk)」と呼びます。
 名詞の「Pep」は「元気」という意味で、香辛料の「Pepper」に通じる「刺激を与える」という意味合いが語源にあります。「Pep up」で「元気づける」という言葉になり、他にも「気合いを入れる」「元気を出す」といった文脈で活用され、アメリカでは栄養剤のことを「ペップドリンク」とも呼ぶそうです。
 さて、この「ペップトーク」の起源ですが、スポーツの現場において監督や指導者が競技前に選手を励まそうとして行う「短い激励のメッセージ」にあります。アメリカでは、「あの子、最近元気がないから励ましてあげて」と言う意味で「あの子、最近元気がないからペップトークしてあげて」という表現を日常的に用いるくらい、一般化されています。

ペップトークの定義
 スポーツの現場で生まれたペップトークは、特にアメリカでは一般家庭やビジネスの現場でも取り入れられるほど浸透しています。上記のような、誰かを元気づけるための「励ましの言葉」が基本ですが、より狭義に定義づけるのであれば、「短く、わかりやすく、行動指針を明確に伝えるショートスピーチ」というものになると、私は理解しています。
 言葉だけの説明ではわかりにくいと思いますので、事例を通してペップトークを紹介しましょう。
 これは、ラフティングという特殊なゴムボートで激流を下る競技の日本代表チーム監督のペップトークです。


 俺は今日この舞台にいられることを誇りに思う
 今日この日のために
 みながどれだけの想いでやってきたか知っているからな
 それは日本で待っている家族も同じ気持ちだと思う
 俺たちはやるだけのことをやってきた
 ここまでは完璧、100点だよ
 でも最後の宿題がある
 俺たちが今日この舞台に立つことは生まれる前から決まっていた
 そして俺たちが世界一になることも決めていたんだ
 魂の底から力を出し切れ、そして何があっても前に出るぞ
 日本の底力を見せつける時だ
 ぶちかませ!

 ラフティングという競技は、日本ではまだ知名度が低いのですが、夏のオリンピックの正式種目としての採用が検討されるほど、世界では競技人口も増えています。
 2010年夏にオランダで開催された世界大会は、世界30ヵ国からの代表チームが出場して行われました。日本は前年度準優勝を成し遂げた日本代表チーム「チームテイケイ」の浅野重人監督を中心にこの大会に挑みました。
 国際大会は、4人乗りボートでの4種目の総合成績で争います。3種目をすべて2位という結果で迎えた最終日、最大のライバルは2007年、2009年総合チャンピオンのブラジルでした。
 しかし、浅野監督は、意識すべきはブラジルではなく、「謙虚さと誇り」という自らの心の状態だと確認し、チームのメンバーに伝えました。そして、見事に世界一の座を手に入れたのです。
 ペップトークにはこのように、ごくわずかな時間の短いスピーチで選手の心を強くして挑戦意欲を高めたり、ネガティブなイメージをポジティブに変換することができます。ときには奇跡的な大逆転をも呼び起こす力があるのです。

やる気をなくす悪魔の言葉vsやる気を起こす魔法の言葉(岩﨑吉純著・中央経済社)

健全な夢のために健全な心をサポートしたい

 家庭での子育て、学校教育、スポーツ指導の現場、ビジネスの現場など、「人を育てる」「能力を伸ばす」現場における指導を見ていて、とても驚くことがあります。それは、「禁止令」を中心とした指導が本当に多いことです。「やめなさい」「やっちゃだめ」「これをしてはいけない」という言葉を耳にしない日はないのではと思います。
 確かに「教育的観点」からは「やってはいけないルール」や「マナー」を教えることは大切ですが、やり過ぎると「自分で考える」「自分で判断する」「自ら実行する」といった自主性は失われてしまいます。
 また、世の中の多くの大人たちも「禁止令」でがんじがらめになっている気がします。「男子の草食化現象」「草食系男子」もそのひとつではないでしょうか。
 スポーツや受験の優先度が高い時期に「大事な時期だから異性と付き合ってはいけない」という禁止令が親や指導者から発令され「自分で考える」「自分で判断する」「自ら実行する」といった「自主性」や「積極性」を奪われると思考はネガティブなスパイラルに入ってしまいます。「女性にアプローチして断られる」「女性と付き合って嫌われる」「付き合い始めたときは良くても別れるときに嫌な思いをする」と失敗のイメージばかりが先行して女性との交際が面倒だと感じたり、文句を言わない理想の「二次元」のキャラクターに愛情を向けたりと、間違ったリスク回避や現実逃避をしているのではないでしょうか。
 このような現象は、現代の大人社会では数多くあり、課題に挑戦する姿勢よりリスクから逃げる思考習慣が当たり前になっています。
 人がやる気を出せないのは、このように「成功イメージが持てない」ことや「失敗のイメージが先行する」からです。人のやる気を引き出すにはどうやって「成功のイメージを持たせるか」が重要なのです。
 そのためには、「禁止令」を多発するのではなく、「禁止令」は命や健康に関わることに留めて、なるべく「やって欲しいこと」を「ポジティブな表現で伝える」ことが重要であると提案しています。
 つまり「廊下を走るな」という禁止令をだすより「廊下は静かに歩きましょう」という表現に切り替えることです。
 「道徳=人の道」を教えるうえでは「なぜ走ってはいけないのか」にある背景や理由を教えることは重要です。しかし、それを教えたうえで実際の行動指針には「廊下は静かに歩きましょう」と肯定的な表現を使う方が、言葉を発する側も、メッセージを受け取る側も気持ちが良いと思うのです。
 それだけでも、コミュニケーションは明るく前向きになり、清々しさもでてくるはずです。
 さらに、このようなポジティブな思考と言語習慣があれば、たとえば相手がミスをしたときにも相手を責めるのではなく、原因を明らかにして新たな行動につながるサポートをする姿勢が生まれるはずです。

「絶対に●●するな」~間違いだらけのスポーツ現場

 少年スポーツの現場にいくと、「きっと、このコーチの指導は子どもには伝わっていないだろうな」と思えるようなシーンに数多く出くわします。
 たとえば、少年野球の試合。
 コーチは子どもがバッターボックスに入る前に「ボール球に手を出すな」と声をかけます。
 すると、子どもは「ボール球に手を出さない」という意識が強くインプットされるため、ボール球ではなくストライクがきても見逃してしまい、結果三振に終わります。すると今度は、「バットを振らなきゃ、ボールに当たらないじゃないか!」とコーチが叱ります。
 笑い話のようですが、小学校低学年の子には理解できません。「ボール球に手を出すな」「バットを振れ」の相反する指示に混乱してしまうのです。
 これは、大人でも同様です。顕在意識では理解できても、潜在意識では「しろ」と「するな」が混在してしまうため、行動につながりにくくなります。
「ストライクだけを狙って打て」「好きな球に的を絞って打て」と、して欲しいことを伝えることが重要です。

積極的な行動が失敗を招いたとき 

 良かれと思って決断・実行したことが裏目に出たときには、誰しも「後悔」「失意」といったネガティブな心境に陥ります。このときに、「何考えてんだ」「何やってんだ」「何てことしてくれたんだ」と追い打ちを掛けるような罵声を浴びせると、失敗を次に活かす意欲を奪い取ってしまいます。「反省し行動を改める」ためには、「ミスの原因がどこにあるのかを解明して次に活かす」という着眼点にもとづく思考が必要です。つまり、「成功するためにはどうすれば良いか」という思考です。しかし、罵声を浴びせると極端な場合には、「二度とミスを起こさないために、積極的に行動することをやめる」という間違った方向へ反省してしまうことがあるのです。

失敗から救って、相手のやる気を引き出すには

 人は失敗すると、どうしても次の行動が慎重になります。そこに追い打ちを掛けるような叱咤があると、どうしても次の行動が慎重になります。
 相手のやる気を引き出すには、日頃から、「失敗から学び、次に活かす」習慣を身につけておく必要があります。そのためには、「試行錯誤」をモットーに失敗を恐れずに正しいと思うことは果敢にチャレンジしていくことが必要です。
 それでも失敗したときは、気分が後ろ向きになり、積極性をなくしてしまいます。このときのフォローが積極性を取り戻したり、維持したりすることに必要な機会になります。

やる気を引き出すコミュニケーションの法則

失敗の共感と共有が信頼と尊敬を生む

苦楽を分かち合うから信頼関係が強くなる

 ビジネスでもスポーツでも、上下関係や仲間との信頼関係は、多くの場合、苦楽をともにすることで生まれ強化されていきます。
 苦しい試練に耐えたからこそ目標達成の喜びも大きく、またその経験があるからこそ新たな試練にチャレンジする勇気が生まれ、試練を乗り越えるファイトに向かうプラスのスパイラルが生まれていくのです。
 上司や監督が試練に耐えている姿を認めて評価しているからこそ、部下や選手もそれを乗り越えるモチベーションを維持することができます。それを乗り越えたときに喜びを分かち合える「共感」があってこそ、信頼は深まるのです。
 信頼は「苦楽の共感」から生まれると言っても過言ではありません。

ミスをお互い受け入れることの重要性

 特に、相手がミスをしたときには、以下のような指導的な言動を通して相手の成長を促すと同時に、信頼関係を強固にするチャンスです。
 ●そのミスを二度と起こさないようにする。
 ●ミスをしたことが次の行動の意欲減退にならないように歯止めをかける
 ●ミスをしたことで落ち込んでいる相手の心の負担を軽くする

 ミスを「許す」のではなく、ミスを「機会」と捉えることで、組織にとっても、相手にとってもミスを「成長の糧」にすることができ、あなたとの信頼となって返ってきます。

ミスは…

 昔昔の話であるが、某法務局長から聞いた話である。A登記調査官は、登記申請書の調査を1日100件処理する。B調査官は、同じく1日20件処理する(比較のため誇張していることを了承願います)。A登記調査官がミスをしたので、内規に従い懲戒の対象とせざるを得ない。そうすると、A登記調査官のやる気をそぐばかりか、人事評価や将来の登用にも影響を与えてしまう。某法務局長はたいへん心を痛めておられた。
 その後の顛末は、承知していないが、組織のため、身を粉にして頑張っている者が、ミスをしたことにより懲戒の対象となるのであれば、だれも、頑張って100件の処理を目標にしなくなり、1日20件の処理に胡座をかくようになるのではないでしょうか。
  法務局では、過誤登記の撲滅をテーマに、各職場毎に過誤の一掃に力を入れているという。しかし、ここでも、誰が過誤登記(ミス)をしたのかということが詮索され、ミスばかりが評価(しかも過大評価)されているとしたら組織としての発展が憂慮されます。
 半沢直樹、下町ロケット、陸王、ノーサイドゲームには、ペップトークが至るところで活用されています。それが視聴者の共感を呼びます。テレビを見ながら、この場面では、自分だったら何を話すだろうかと、主人公になったつもりでテレビを見るのも一興だと思います。

  成長が止まらない(余田武裕)  

 先日、法務局のOB会に出席してきました。採用当時からお世話になっているかつての上司や先輩方に久しぶりにお会いすることができました。先輩方は、相変わらずエネルギッシュで、明るく、人生を前向きに楽しんでおられるようで、会話の中で、懐かしさがこみあげてきただけでなく、元気をいただいたように思えたひとときでした。
 最近,健康寿命という言葉を聞きます。健康寿命というのは「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間」と定義されているようで、男性は、平均寿命が約80歳、平均健康寿命が約72歳であり、その差は約8年もあるとのことです。これによって種々な問題が生じていることから、政府をはじめとして関係機関等から、健康寿命を延ばし、寿命と近づけるための取り組みが検討・提言されているようです。インターネットなどにより、その関連の記事をいろいろ見て、今の自分の生活習慣等と照らし合わせると、考えさせられるものも多くあります。
 ところで私は、昨年6月、公証人となり、やっと1年が経過したところです。公証人になってからの1年間は、長くお世話になった組織を離れ、慣れない仕事に追われたことはもちろんのこと、プライベートでも様々なことがあり、振り返れば、日々、いろんなことに追われているうちに、あれこれ考える時間もなく、あっという間に過ぎ去ってしまったような気がしています。最近になって、ようやく、やや落ち着いてきたような感があります。落ち着いてくると、いろんなことを考えてしまいます。公証人の仕事をしていると、高齢者の方々の人生の一端を知ることができます。いろんな生き様、人生の終わり方があり,中には考えさせられる方にも接することもあり、帰宅して1人になった時、昼間に聞いた言葉などを思い出し、つい自分の人生を重ねてしまうこともあります。また、自分の人生や今後を考えたとき、私には、今の健康状態のうちに、やっておかねばならないことがあるのではないかなど、焦ったりもしています。
 一方で、最近、私のお腹の成長が気になっています。ここ数年で一気に成長したように思います。先日のOB会でも、多くの方々からお腹の成長ぶりにご指摘をいただき、私の健康を心配していただきました。かつて私はスポーツが大好きで、若い頃は地域のソフトボールチームやバドミントンクラブに所属し、市民大会などに出場したり、中年の頃は趣味のカメラを片手に、いくつかの公営の公園のパスポートを購入し、毎週のように四季の花を撮りに行ったり、また大好きな富士山にも何十回通ったことか。その頃は、今より、ずっとスリムでした。久々にお会いする先輩方が驚かれるのも当然だと思います。開き直る訳ではないのですが、このようなご指摘を受けることは日常的なことであり、私自身も常々、食生活と運動を考えなければとは思っているところです。健康年齢に関する記事にも、食生活と運動を改善することが重要との指摘があります。しかし、今の私は、美味しいものがあれば我慢できず、つい食べ過ぎてしまうし、食べた後にはすぐ眠くなり、そのまま寝てしまったり、短い距離でも歩くより車を使ってしまう。このお腹の原因は、まさにこれにあり、それが私の健康寿命を短くすることになることはわかっています。わかっているのに、それができないのは、自分の弱さだと自覚しています。
 今回、この「今日この頃」の原稿を提出することは、私自身を見つめ直すいい機会となり、モヤモヤしていた頭の中が整理できたような気がしています。今の私にとって、健康寿命を延ばすことが最重点課題だということを改めて実感しました。そこで、私が、10年後、いや20年後も、OB会で出会った先輩方や、元気に悔いない人生を送ってこられた高齢者の方々のように、明るく、元気に、前向きに過ごせるように、自分の弱さを克服し、食生活を改善し、適度な運動を行うことにします。
 来年のOB会の頃、私のお腹の成長具合はどうなっているか、過度な期待をせず、気長に見守っていてください。

実 務 の 広 場

   このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.71 相続法改正に伴う遺言書作成に当たっての遺言者への説 明・助言事項について

 公証事務に従事して3年目に入りましたが、遺言書の作成のための面談の際に、「こういう遺言書を書いた場合にはどのような法的効果が生ずるのか」というような、遺言者が遺言書の内容を決めるに当たっての前提知識としての相続法規に関する質問を受けることがよくあります。また、公証人から説明がなかったために遺言者の意図どおりの遺言書にならなかったということがないように、遺言者から質問がされない事項であっても、個別のケースに応じ、なるべく必要な説明や助言を行うように心がけています。
 ところで、平成30年の相続法改正では、配偶者居住権の新設、長期間婚姻している夫婦間で行った居住用不動産の贈与等を保護するための方策の新設、相続された預貯金債権の払戻しを認める制度の新設、自筆証書遺言に関する見直し、遺言執行者の権限の明確化、遺留分減殺請求権の金銭債権化、特定財産承継遺言について法定相続分を超える部分の承継については登記等の対抗要件を備えなければ第三者に対抗することができないこととする規律の見直し、などの大改正がされました。
 これらは、ご案内のとおり、公正証書遺言作成の実務にも大きな影響をもたらすものですが、改正事項が多岐に渡っていること、改正法の施行日が3回に分かれていること、また、経過措置の例外もいくつか定められていることから、遺言書作成の面談時の説明や質問に対する回答を正確に行うことができるよう、備忘として、以下のとおり、改正事項別に施行日と経過措置を整理し、併せて、若干の留意点を整理してみました。

1 自筆証書遺言の方式を緩和する方策(第968条2項)

・改正のポイント
 自書によらない財産目録を添付できることとする。
・施行日:2019年1月13日
・経過措置(法附則第6条)
 施行日後に作成された遺言について適用される。したがって、相続開始が施行日以後であっても、施行日前に作成された遺言については適用されない。
・留意事項
 新たに、法務局における遺言書の保管等に関する法律(2020年7月10日施行)に基づき、指定法務局において本人確認の上で遺言書を保管することにより、自筆証書遺言の検認を不要とする制度も設けられた。

  預貯金の払戻し制度(第909条の2) 

・改正のポイント
 遺産分割前においても、各相続人に一定範囲内の払戻しを認める。
・施行日:2019年7月1日
・経過措置(法附則第5条)
 相続開始が施行日前であっても、施行日以後に預貯金債権が行使される場合は適用される(新法主義を採用)。

3  遺留分制度の見直し(第1046条) 

・改正のポイント
 減殺請求の金銭債権化、計算方法の明文化をする。
・施行日:2019年7月1日
・経過措置(法附則第2条・原則どおり)
 改正法は、施行日後に開始した相続について適用される。
・留意事項
 株式や不動産は共有状態にならない。ただし、不動産等の現物での清算が禁止されたわけではない。
 相続人に対する贈与は、婚姻若しくは養子縁組のため又は生計の資本として受けた贈与の価額に限り、かつ、相続開始前の10年間にされたものに限り(ただし、1044条1項後段の例外がある。)、遺留分を算定するための財産の価額に算入することとなった(1044条)。

  特別の寄与制度の見直し(第1050条) 

・改正のポイント
 相続人以外の親族からの請求を認める。
・施行日:2019年7月1日
・経過措置(法附則第2条・原則どおり)
 改正法は、施行日後に開始した相続について適用される。

5 共同相続における権利の承継の対抗要件(第899条の2)

・改正のポイント
 法定相続分を超える部分の承継については、登記等の対抗要件を備えなければ、第三者に対抗できないこととする。
・施行日:2019年7月1日
・経過措置(法附則第3条)
 施行日前に開始した相続に関し、遺産の分割による債権の承継がされた場合において、施行日後にその承継の通知がされるときにも、適用される。

6 夫婦間における居住用不動産の贈与等(第903条第4項)

・改正のポイント
 婚姻期間20年以上の夫婦間の居住用不動産の贈与等について、持戻し免除の意思表示を推定する。
・施行日:2019年7月1日
・経過措置(法附則第4条)
 持戻し免除の意思表示の推定(第903条第4項)については、施行日後に行われた遺贈又は贈与について適用される。したがって、相続開始が施行日以後であっても、施行日前にされた遺贈又は贈与については適用されない。
・留意事項
 配偶者に居住用不動産を遺贈する旨の遺言書作成を嘱託された場合、持戻し免除の意思を確認し、持ち戻す(持戻しの免除をしない)との意向の場合は、その旨を遺言書に記載する必要がある。

7 遺言執行者の任務開始の通知(第1007条第2項)

・改正のポイント
 任務開始の通知義務を明文化する。
・施行日:2019年7月1日
・経過措置(法附則第8条1項)
 遺言内容の相続人への通知の規定は、施行日前に開始した相続に関し、施行日後に遺言執行者となる者にも適用される。
・留意事項
 遺言執行者は、任務を開始したときは、遅滞なく就任した旨と遺言内容を相続人に通知しなければならないことを説明しておくことが望ましい。

8 遺言執行者の権利義務(第1012条第2項)

・改正のポイント
 特定遺贈と包括遺贈とを問わず、遺贈の履行は遺言執行者のみが行うことができるものとする。
・施行日:2019年7月1日
・経過措置(法附則第8条1項)
 遺贈の履行は遺言執行者のみが行うとの規定は、施行日前に開始した相続に関し、施行日後に遺言執行者となる者にも適用される。
・留意事項
 遺言執行者がある場合、相続人は遺贈の履行義務を負わないというだけのことで、例えば、預貯金債権の債務者が、遺贈による債権譲渡を承諾して、受遺者に直接弁済することは妨げられない。

9 特定財産(預貯金債権を含む。)に関する遺言の執行(第1014条第2項)

・改正のポイント
 遺言執行者は、特定財産承継遺言(相続させる遺言)について対抗要件を備えるために必要な行為をすることができるものとする。
・施行日:2019年7月1日
・経過措置(法附則第8条2項)
 遺言執行者は、施行日前にされた特定財産承継遺言(相続させる遺言)については、対抗要件を備えるために必要な行為をすることができない(遺言執行者は、施行日後にされた特定財産承継遺言について、対抗要件を備えるために必要な行為をすることができる。)。
・留意事項
 特定財産承継遺言については、不動産を相続する者のほか、遺言執行者も登記申請をすることができる。法定相続分を超える部分ある場合だけでなく、それがない場合も登記申請することができる。

※ 令和元年6月27日法務省民事局長通達 2(2)エ
 エ 特定財産に関する遺言の執行
 遺産の分割の方法の指定として遺産に属する特定の財産を共同相続人の一人又は数人に承継させる旨の遺言(以下「特定財産承継遺言」という。)があったときは、遺言執行者は、当該共同相続人が法第899条の2第1項に規定する対抗要件を備えるために必要な行為をすることができるとされた(法第1014条第2項)。
 また、法第1014条第2項の規定にかかわらず、被相続人が遺言で別段の意思を表示したときは、その意思に従うとされた(同条第4項)。 なお、遺言執行者は、一般に、法定代理人であると解されており、これは、改正前後で異なることはない。
 これにより、不動産を目的とする特定財産承継遺言がされた場合に、遺言執行者は、被相続人が遺言で別段の意思を表示したときを除き、単独で、法定代理人として、相続による権利の移転の登記を申請することができることとなる。
 おって、相続人が対抗要件を備えることは、遺言の執行の妨害行為(法第1013条第1項)に該当しないため、当該相続人が単独で、相続による権利の移転の登記を申請することができることは、従前のとおりである。
 この改正後の規定は、改正法の施行の日(令和元年7月1日)前にされた特定の財産に関する遺言に係る遺言執行者によるその執行については適用しないとされた(改正法附則第8条第2項)。 

10 特定財産(預貯金債権のみ)に関する遺言の執行(第1014条第3項)

・改正のポイント
 特定財産承継遺言の対象が預貯金債権の場合には、遺言執行者は、その預貯金の払戻し請求及び解約の申入れをすることができるものとする。
・施行日:2019年7月1日
・経過措置(法附則第8条2項)
 遺言執行者は、施行日前にされた特定財産承継遺言(相続させる遺言)については、預貯金債権の払戻しの請求及び解約の申入れをすることはできない(遺言執行者は、施行日後にされた特定財産承継遺言について、預貯金債権の払戻しの請求等をすることができる。)。
・留意事項
 預貯金以外の金融商品については、今回の改正の対象となっていないが、遺言によって別段の意思表示が可能なことは変わりない。
 当職は、法改正前も、遺言執行者において預貯金債権の払戻しの請求等をすることができるよう、「遺言者は、遺言執行者に対し、この遺言の執行のため、遺言者の有する預貯金等の金融資産について名義変更、払戻し、解約等をする権限、不動産の登記手続、その他この遺言を執行するために必要な一切の行為をする権限(各手続又は行為をするに当たり他の相続人の同意は必要としない。)を与える。」と記載していたが、現在は、特に嘱託人からの文言の希望がない場合、「遺言執行者は、この遺言の執行のため、遺言者の有する預貯金等の金融資産について名義変更、払戻し、解約等をする権限、不動産の登記手続、その他この遺言を執行するために必要な一切の行為をする権限(各手続又は行為をするに当たり他の相続人の同意は必要としない。)を有するものとする。」と記載している(なお、従前と同様に「遺言者は、遺言執行者に対し、権限を与える。」との表現を希望される場合は、そのように記載している。)。

11 遺言執行者の復任権(第1016条)

・改正のポイント
 遺言者の別段の意思表示がない限り、遺言執行者は自己の責任で第三者にその任務を行わせることができるものとする。
・施行日:2019年7月1日
・経過措置(法附則第8条3項)
 施行日前にされた遺言による遺言執行者の復任権については、新法1016条(遺言執行者の復任権)の規定にかかわらず、なお旧法1016条が適用される。この場合は、やむを得ない事由がなければ、遺言執行者は第三者に遺言執行の任務を委任することができない。ただし、遺言で特段の意思表示として復任権を与える旨記載している場合は、第三者に遺言執行の任務を委任することができる。
 施行日後にする遺言については、遺言執行者は、遺言者が遺言において別段の意思表示をした場合を除き、自己の責任で第三者にその任務を行わせることができる。
・留意事項
 当職は、従前、復任権を認める旨を記載してほしいとの遺言者の意向がある場合に、「遺言者は、遺言執行者に対し、第三者にその任務を行わせることができる復任権を与える。」と記載していたが、施行日後は、復任権を与えない旨を記載してほしいとの遺言者の意向がある場合に、「遺言執行者は、第三者にその任務を行わせてはならない。」と記載することとし、復任権を認める旨を記載してほしいとの遺言者の意向がある場合に、確認的に「遺言執行者は、第三者にその任務を行わせることができる復任権を有する。」と記載することとしている。

12 配偶者居住権の新設(第1028条~第1036条)

・改正のポイント
 配偶者が相続開始時に居住していた被相続人所有の建物について、原則として終身の居住権を認める。ただし、遺言等で別段の定めがされたときは、その一定期間とする。
・施行日:2020年4月1日
・経過措置(法附則第10条)
 改正法は、施行日後に開始した相続について適用する。
 施行日前にされた配偶者居住権の遺贈は無効である。
・留意事項
 遺言者に、次の事項について説明しておくことが望ましいと考える。
① 配偶者居住権の存在
② 配偶者居住権は登記によって対抗要件を具備する。
 配偶者居住権を遺贈の目的とした場合、遺言執行者が登記申請する。
③ 配偶者居住権に関する規定(1028条~1036条)は、施行日(2020年4月1日)前にされた遺贈については適用されない。したがって、配偶者居住権を遺贈するには、施行日以後に、その旨の遺言書を作成する必要がある。

13 配偶者短期居住権の新設(第1037条~第1041条)

・改正のポイント
 配偶者は、相続開始時に被相続人の建物に無償で住んでいた場合、少なくとも6か月間は無償で使用することができるものとする。
・施行日:2020年4月1日
・経過措置(法附則第10条)
 改正法は、施行日後に開始した相続について適用する。
・留意事項
 被相続人が居住建物を配偶者以外の者に遺贈した場合や、配偶者に対する使用貸借関係に反対の意思を表示した場合であっても認められる。
 存続期間は、①配偶者が居住建物の遺産分割に関与するときは、居住建物の帰属が確定する日までの間(ただし、相続開始から6か月間は保障される。)。②居住建物が遺贈された場合や、配偶者が相続放棄をした場合には、居住建物の取得者から配偶者短期居住権消滅の申入れがされた日から6か月間。

                                                   (多田 衛)

No.72 遺留分算定の基礎となる財産の額と民法第903条第4項について(質問箱より)

【質 問】

 民法第1043条第1項は、「遺留分を算定するための財産の価額は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与した財産の価額を加えた額から債務の全額を控除した額とする。」と定めています。
 ところで、民法第903条第4項は、「婚姻期間が20年以上の夫婦の一方である被相続人が、他の一方に対し、その居住の用に供する建物又はその敷地について遺贈又は贈与をしたときは、当該被相続人は、その遺贈又は贈与について第1項の規定を適用しない旨の意思を表示したものと推定する。」と定めており、居住の用に供する建物又はその敷地については、民法第1043条第1項の贈与の価額として加える必要がなく、遺留分を算定するための財産の価額から控除することができると考えますが、いささか疑義がありますのでご教示願います。

【質問箱委員会回答】

1 先ず、結論から申し上げますと、民法第903条第4項の規定が遺留分の算定に影響を与えることはないと考えます。
 この規定は、遺産分割の前提となる相続財産の範囲を定める民法第903条第1項の、持戻し(相続人に対する遺贈や、遺産の前渡しと評価される生前贈与の価額を相続財産に含める。)という原則に対する例外(持戻し免除)の意思表示を推定するというものであり、遺留分の問題とは別のものです。

2 遺留分制度は、自らの財産は自由に処分でき、遺言においても自由に死後処分できるという原則(全財産を相続人以外の者に贈与してしまうような処分も有効に行える。)に対し、一定の相続人の期待権を保護し、被相続人死亡後の遺族の生活を保障するために、相続財産の一定割合を一定範囲の遺族のために保障するという制度です。
 被相続人の自由な処分にかかわらず、最低限の遺留分権利者の権利を守る制度ですから、被相続人のみの意思に基づいて遺留分権利者の権利を奪ったり縮減したりすることはできません(被相続人が養子縁組をすることによって、反射的に遺留分権利者の権利が影響を受けることはあります。)。
 したがって、民法第903条第4項の贈与等について、持戻し免除の意思表示があったと推定されたとしても、その贈与等が遺留分を算定するための財産の価額に加えられるべきことに変わりはありません。

3 遺留分に関する考え方ですが、従前は、被相続人の贈与等の処分(持戻し免除の意思表示を含む。)の効力を、遺留分を侵害する限度で否定する(減殺する)というものだったのに対し、今回の民法改正で、被相続人の自由意思による処分の効力はそのまま維持した上で、別途、遺留分権利者に遺留分侵害額に相当する金銭の支払請求権を認めるというものに転換されました。
 持戻し免除の意思表示に関する民法第903条第3項の規定から、「その意思表示は、遺留分に関する規定に違反しない範囲内で、その効力を有する。」という文言が削除されたのは、遺留分制度が、被相続人の自由な処分の効力は維持したまま、別途、遺留分侵害額に相当する金銭の支払請求権を認めるという考え方に転換された結果、被相続人による処分を否定することを前提とした表現が実体に合わなくなったことによるものです(民法第902条第1項ただし書き及び同第964条のただし書きも、同じ理由で削除されました。また、「減殺」という文言も使われなくなりました。)。

4 ちなみに、民法第903条第1項の「被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたもの」という規定と、遺留分を算定するための財産の価額を定める民法第1043条第1項の「被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与した財産の価額を加えた額」という規定は、よく似ていますが、その内容は同じものではなく、連動もしていません。
 例えば、民法第903条第1項の「その贈与」は、相続人以外の者に対する贈与は含みませんし、相続人に対する遺産の前渡しと評価できる贈与であれば、それが10年より前のものでも対象となります。

 これに対し、民法第1043条第1項の「その贈与」は、相続人以外の者に対する贈与(原則として相続開始前の1年間にしたものに限る。)も含むほか、相続人に対する贈与については、遺産の前渡しと評価できる贈与であって、原則として相続開始前の10年間にされたものだけが対象となります。

5 民法第903条第4項の規定は、居住用不動産の贈与等を受けた配偶者が、より多くの財産を取得できる方策として新設されたもので、相続税法上の贈与税の特例(婚姻期間20年以上の夫婦間で、居住用不動産の贈与が行われた場合等に、税法上の特例を認める制度)を参考に、配偶者の長年の貢献に報いるとともに、配偶者の老後の生活を保障するという、一般的な被相続人の意思にも合致するものとして新設された旨説明されています。
 ただし、居住用不動産に限定されており、居住用不動産の購入費用の贈与等は対象とされていません。
 この規定の施行日は令和元年(2019年)7月1日で、施行日前にされた贈与又は遺贈については適用されませんから(改正附則第4条)、施行日前にされた贈与又は遺贈について持戻しの免除をしたい場合は、別途その旨の意思表示をしておかなければなりません。
 なお、死因贈与についても、遺贈の規定が準用されることから(民法第554条)民法第903条第4項の対象となり、配偶者居住権の遺贈についてもこの規定が準用されます(民法第1028条第3項)。

6 最後に、公証人としては、民法第903条第4項が「推定する。」という規定であり、推定は反証によって覆されることがあり得ることに留意し、配偶者に対して居住用不動産を贈与等する場合、被相続人が確実に持戻し免除の効果を生じさせたいと考えているのであれば、推定規定に頼るだけでなく、後日の紛争防止のため、不動産(死因)贈与契約公正証書や遺言公正証書等に、持戻し免除の意思表示を明確に行っておくほか、他の相続人にあいまいな説明を行ったりして反証とされるようなことのないよう、被相続人に注意しておくのが相当と考えます。

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民事法情報研究会だよりNo.40(令和元年8月)

 残暑の候、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
 さて、去る6月15日の前期セミナーでは77名の会員が参加して、元法務省民事局長で前最高裁判所長官の寺田逸郎先生から「法と裁判――平成をふりかえって」と題するご講演をいただきました。時宜に適った含蓄のあるお話しでしたが、講師のご意向により講演録としての文字おこしはいたしませんでした。欠席された会員の皆様には、講演レジュメと資料を本号に掲載いたしましたのでご了解ください。(NN)


今 日 こ の 頃

   このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

  ❝事件です❝の50年(五十嵐 徹)  

本稿は、近畿公証情報(2014.10.1・No59)に登載した原稿の一部を 削除の上加筆修正したものです。

3億円事件と日本武道館

 1968年(昭和43年)国連総会は、世界人権宣言採択20周年に当たるこの年を国際人権年と指定し、テヘランで国際人権会議を開催しました。法務省では、記念切手・記念たばこ(ピース)を発売し、NHK歌謡コンサートにおいて記念コインの宣伝をしてもらうなど多種多様の啓発活動をしました。
 そして、12月10 日の「人権デ-」に日本武道館において、皇太子、同妃両殿下のご臨席のもとに国際人権年記念式典が挙行されました。私は、一担当職員として、文字どおり走り回っていました。


日本武道館

 同日午前9時20分ころ、東芝府中工場従業員のボーナスのための現金約3億円を積んだ日本信託銀行の現金輸送車が、府中刑務所北側の路上で、後を追ってきた白バイ警官に止められました。警官は、爆発物を発見したといって、行員たちを車外へ退避させ、運転席に乗り込み、そのまま走り去りました。
 この事件のため、国際人権年記念式典の模様は、ほとんど報道されませんでした。
 残念。

浅間山荘事件と富良野スキー場

 昭和46年4月1日付けで北海道の釧路地方法務局訟務課長を命ぜられました。雪と濃霧のため釧路空港には着陸できず、帯広空港で下ろされ、航空会社の手配したタクシーで釧路の宿舎まで行き、なんとか期限内に着任できました。

 翌年2月28日、札幌での会議を終え、帰路につきました。片道350キロメートルです。列車は、大雪のため、富良野駅で運行停止となりました。見知らぬ町で降ろされ、途方に暮れました。そうだ、出張所があるはずだ。飛び込みで入りました。所長宿舎が併設されており、一晩泊めていただくことができました。

 その夜、テレビに釘づけになりました。

 連合赤軍5名による寵城事件と警察による人質(山荘の管理人泰子さん)解放作戦です。警察と過激派との攻防は、映画の戦闘場面を見るようでした。テレビは、雪の降り続く中、連続10時間を超える中継を行いました。犯人逮捕・人質救出の午後6時から7時まで、民放を合わせたテレビの総世帯の最高視聴率は、89.7パーセントに達したとのことです。所長ご夫妻との会話も少なく、見入っていました。

浅間山荘

 これがご縁で、富良野スキー場(旧・北の峰スキー場)とのお付き合いができました。

立山・富士山・キリマンジャロ

 昭和58年4月30日、立山3山の一つ雄山(2992メートル)登頂を目指しました。最高峰は、北隣りの大汝山(3015メートル)です。室堂を中心とする立山高原は、330度(360度-30度)どの方角へ向かっても山で、残りの西30度方向を下れば、富山市へ出ます。
 グラグラする岩、ゴロゴロ落ちる石にハラハラしながらも、なんとか山頂に着き、雄山神社へのおまいりもそこそこに、360度ひと回りすると、見えました。富士山が、はるか彼方にくっきりと。一斉に歓声が挙がりました。手前の槍、穂高も、今日は脇役です。
 立山から富士山までは約170キロメートルですが、直線上には、松本、甲府盆地があり、北アルプス、南アルプスにより視界をさえぎられることはないのです。
 2週間後、富士山へ行きました。スバルライン終点の手前から、雪渓を利用して、7,8合目位まで登ります。雪が氷のように堅くなっているので、斜め登行はできません。直登です。快晴無風で、物音ひとつしません。しかし、立山は見えませんでした。立山からは見えたのに。

 昭和60年11月21日海外青年協力隊の隊員6名が死亡しました。彼らは、マラウイで活動中でしたが、休日を利用して北方に位置するアフリカ最高峰のキリマンジャロ(タンザニア)へ登頂しての帰り道、乗車していたマイクロバスが暴走対向車と正面衝突したのです。遺体の帰国後、当時の海部俊樹文部大臣も出席して、盛大に葬儀が執り行われました。


キリマンジャロ

 死亡者の一人は、立山登頂に同行したゴリラこと林君(享年28歳)です。その名を不二夫(ふじお)といいます。法務省(営繕課技官)を休職して、隊員として頑張っていたのです。無念です。

地下鉄サリン事件と小伝馬町駅

 平成7年3月20日午前8時ころ、東京都内の地下鉄丸の内線、日比谷線の各2編成、千代田線の1編成、計5編成の地下鉄の車内で、化学兵器として使用される神経ガス・サリンが一斉に散布されました。日比谷線の目黒行き電車には、上野駅で林泰男(死刑囚)が乗車し、秋葉原駅付近でサリンのビニール袋に傘で穴を開けて床へ置いて下車し、小伝馬町駅で乗客がこれをプラットホームへ蹴り出し、築地駅で電車は非常停止しました。各駅のホームは、ガス中毒の症状に苦しむ乗客であふれました。小伝馬町駅では、後続の列車の乗客も次々に被害を受け、8名が死亡しました。全体では13人が死亡し、約6,300人が重軽傷を負いました。

 この日私は、いつものように午前8時30分ころ上野駅で日比谷線に乗り換え、勤務先である財団法人抵当証券保管機構(平成24年8月1日解散しました。)のある小伝馬町駅へ向かった途端、地下鉄は、運行を停止しました。およそ10分の差で地獄を見なかったわけです。


小伝馬町駅

東日本大震災と安比高原スキー場

 平成23年3月4日岩手県安比高原スキー場へ行きました。コース数が21もある広大なスキー場です。そして翌週には、東北新幹線全線開通記念ツアーに参加し、35年振りに青森を訪問する予定でしたが、直前に定員オーバーという連絡があり、断念しました。
 そして1 1日、あの大地震が発生しました。仙台市生まれということもあり、できる限りの支援をしてきましたが、なんといってよいか。まだまだ、復旧したとはいえません。


安比高原スキー場

 平成26年8月東野圭吾のベストセラー小説(120万部)「白銀ジャック」が渡辺謙の主演でドラマ化されて、テレビ朝日の土曜ワイド劇場で放送されました。これは、安比高原スキー場とホテル安比高原グランドを舞台にしたサスペンスで、数多くのコースで撮影されていました。最後に、ダイナマイト爆破により雪崩が発生したゲレンデは、しっかりと記憶に残っているコースでした。

氷河を滑る?

 平成24年5月立山・雄山と剱岳にある3つの雪渓が、氷河であると認められました。氷河とは、雪渓(万年雪)が長期にわたって斜面を流動する氷の塊をいいます。日本には存在しないとされてきました。北海道には高い山がないため、また、富士山は降雪量が少ないため、いずれも氷河はできないのです。

 赤道直下のキリマンジャロの山頂クレーターには、巨大な氷河があるそうです。しかし、ゴリラ君が見たこの氷河は、地球温暖化の影響を受けて、早ければ、2020年ころには消滅するのではないかといわれています。


【カナディアンロッキーを滑る】

 カナダのウイスラー山とブラッコム山には4つの氷河があります。2004年4月にはヘリコプターをチャーターして、この氷河を滑ることができました。

 世界最大の氷河は、スイスのアレッチ氷河でしょう。2001年に世界遺産に登録されています。 2007年3月にスキーツアーでスイスに行ったときに、グリンデルバルトからユングフラウヨッホに上がり、雄大な流れを見ることができました。滑ることはできません。

公益財団法人? 東京都スキー連盟

 公益財団法人は、一般財団法人のうち、公益事業を主な目的としている法人で、申請により公益性を認定された法人です。この公益財団法人は、いきなり公益認定を受けられるわけではなく、まず一般財団法人を設立し、次に「公益認定」の申請をすることになります。ただし、東京都スキー連盟(以下「都連」という。)のように既存の法人は、平成26年11月30日までは「公益財団法人」への移行認定申請をすることができました。全日本スキー連盟は、その申請をして認定されましたが、都連は、申請をしなかったため、「一般財団法人」のままです。

 同年8月IOC副会長などを歴任した猪谷千春氏(1956年冬季オリンピック大会の回転競技で銀メダル・アルペン競技で日本人ただ一人の受賞者)が会長に就任しました。会長は、「公益移行」の方針を示し、規約審議委員会に対して、定款その他の規約の全面的な見直しを諮問しました。
 同委員の私は、そのころから体調不良を生じ、通院、入院を繰り返すことになりました。しかし、審議をストップすることはできないため、麹町にある都連へは、入院中を除いては欠席せず、また、メールをフル活用して審議を進め、平成27年8月に答申をし、翌年4月には再答申をしました。猪谷会長は、これを受けて、内閣府に対して、認定申請をしました。
 ところが、内閣府のOKは1年以上出ず、猪谷会長の平成29年7月満了までに「公益財団法人」化はなりませんでした。会長への“はなむけ”になると思っていたのですが、残念です。そしていまだに一般のままです。


【猪谷千春(右)・金メダルのトニー・ザイラー(中央)】
  こんな男に誰がした?(佐々木 暁)  

 古稀を過ぎた身には、夏の日差しがじんわりと堪える。熱中症対策用の飲料を持たされ、ベランダの窓際の椅子にもたれて、生温い風に吹かれながら、久しぶりの東京の蒼い空を見上げているうちに、いつしか自分の生きてきた道などにつらつらと想いが流れた。
 私と言えば、・・・そう、昭和の時代には、戦後生まれ、団塊世代の旗頭、亥年生まれの猪突猛進型と揶揄されつつ、戦争知らない若者代表、競争社会の代表世代として、良くも悪くも一生懸命生きてきて、平成を経て令和の今がある。
 思えば、北海道の田舎の次男坊として生を受けたが、長男たる兄が幼くして他界したため、実質5人弟妹の長男格として君臨?したものの、非力で、潮風にも対抗できず、早々に跡継ぎレースからは脱落、というより、親にも当てにもされず、絶対に合格しないと太鼓判を押された公務員初級試験に見事?に合格して見せたところから、苦難?の法務局人生が始まる。
 窓際にいる私の目の前を、名前も知らない大きな黒い蝶がふわりふわりと花から花へと自由そのままに飛んでいる。私が何を想い耽っているのかと言わんばかりに。私もこの蝶のように自由に今日まで生きてきたんだろうか。もちろん、公務員としては、法律・規則・倫理等々のなかでそうそう自由とはいかなかっただろうし、一人の人間としても、夫や親としても目の前の蝶のようにはいかないこれまでの人生ではある。
 ぼんやりと遠くの空を見上げながら、ふと、最近、元同僚や後輩たちの私に関する何気ない?遠慮のない?言葉のやりとりを思いだし、一体私はどんな人間で、どんな男で、世間の皆様方からどんな風に看られているんだろうと言う思いに駆られた。
 かって、何かの会報に、私は、妻に対して、「ありがとう」「ごめん」と言えないし、加えて「妻の名前を呼べない、呼んだことがない」、そんなところをどうにか改善したい、と反省の弁を述べたことがある。しかし、しかしである。そのことが未だ改善されていない。よく言えば、改善途上であると言えなくもないが、要するに、口先だけのいい加減な人間なのである。他にも我が人格(性格)上、おかしなところが山ほどにあるらしい。自分も気が付いている。その極々一部を挙げてみた。
 ・・・・・・
 「ゴルフは、自分よりスコアの悪い人としかやらない。つまり、自分より旨い人とはやらない。だから今はしていない。新しいクラブも、3年間封印したまま。」
 「ギャンブルはしないと言うより嫌いである。パチンコは人生で二度・計200円の損失。競馬は、年一回有馬記念のみ1000円」
 「煙草は、生涯2本。吸い込んではいない。煙を揺らせただけ。不味い。」
 「甘党・辛党、両党使い」
 「非を簡単に認めない。自説を曲げない。強情っ張り?。」
 「涙もろい。人情に弱い」
 「将来見込みのある者しか叱らない。自分はあまり叱られた記憶がない。」
 「理不尽なことには、とことん立ち向かう。相手が誰であろうが。」
 「東京ガス以上の強力瞬間湯沸かし器と陰で評されている。」
 「都会のホテルより、田舎の囲炉裏のある温泉宿が好きだ。」
 「高価な車は買わない。その代わり車検も取らない?」
 「家に架かる電話は絶対に取らない。20回鳴ったら出るかも。」
 「何か頼まれたら、断れない。借金以外は。」
 「信頼関係ができた友人との付き合いはしつこいかも。」
 「女性を食事に誘うのは不得手。断られるのが怖い。」
 「他人には厳しいが、自分に甘い。孫には、まるでまるで甘いらしい。」
 「飛行機の座席は、前方通路側と決めている。」
 「大きな夢がない。身近な目標もない。」
 「趣味がない。得意なことがない。その気になればいつでもできると思っている。」
 「法務局は大好きと言っているが、訟務の経験がない。」
 「昔の登記所の庁名1200を全部覚えたことがある。」
 「魚は大抵尾頭付きを買う。身以外のアラ部分が旨いから。」
 「机の上に物を置くのが嫌いである。整理・整頓好きである。」
 「メールより葉書や手紙が好きだ。」
 「酒を飲む容器・グラスにこだわる。酒の種類毎、冷・温毎に。」
 「背広のポケットに余計な物は入れない。」
 「嫌は嫌、好きは好きと速攻で言う。」
 「頑張っても一番にはなったことがない。」
 ・・・・・・・・
 以上は、あくまで思いついた一例である。数え上げたらきりがない。これ以上の列挙は裸の王様状態となり恥の上塗りとなる。これだけでも充分に変人男である。どんな人間像が浮かび上がるのであろうか。捉えようのない複雑怪奇な人間像が想像される。
 人の性格は、「良い方向へと治す」との努力の甲斐もなく、実は一生死ぬまで変わらないもの、治らないものと悟る境地に間もなく辿りつきそうである(本当は、もうとっくにその境地に辿り着いているのに、まだ進化、改善の努力中と無駄な抵抗をしているようにも見えるから可笑しい。)。
 古稀から喜寿への旅路も更に険しくなりそうな予感がする。旅の途中で失いそうな、体力、知力、活力、視力、聴力、記憶力、財力等々(もともと持ち合わせていない力も多くあるが)。
 結局のところ、こんな男になったのは誰の所為でもなく、すべて私自身の所為であり、自業自得の結果である事は、百も承知の筈なのだが。
 空模様が急におかしくなってきた。夕立が来て我が身の心底まで洗い流してくれたらと願いつつ、・・♪♪誰の所為でもありゃしない・・みんな俺が悪いのさ・・♪♪・・と昔流行った唄を口ずさみながら、今日も一日無事に終わりそうである。
 会友の皆様には、こんな私でも、今少しの間、温かく、辛抱強く、ご指導、ご助言、ご交誼下されば幸いである。

  秋山伊左衛門(秋山重紀)  

 私は、転勤の都度、家族と公務員宿舎に入居させていただき、退職の1年前に、札幌市郊外の閑静な地に終の住まいを設け、僅かな敷地にトマト、茄子、サツマイモ等をそれぞれ数株植えその収穫と、家に衝突しそうに向かって来る電車や丘珠空港から飛び立つ航空機を窓越しに見るのを楽しみにしている。
 拙宅の建築にあたり、100歳に近づいていた父は祭司承継等について何も語らなかったが、長男の勤めとして仏間を設け、宗派に相応しい金仏壇を購入し、以前から保管していた過去帳を納めた。この過去帳には、明治42年に66歳で他界した曾祖父伊左衛門まで、三代の長男夫婦について記録されている。

過去帳

 幼い頃に聞いた祖母の教えに従い、朝夕仏前に座し南無阿弥陀仏を唱え、家族の皆が健康であることへの感謝と、これまでを顧みている。法務局時代は、私なりに気遣いしたつもりだったが,退職し組織の外から過去を振り返ると赤面することが多く、今更ながら一人で反省している。
 私は、春耕のころ斜里岳からの強烈な風がオホーツク海に向けて吹き抜ける地で生まれ育った。両親は、小規模な農業を営み、種まき、草取りそして収穫までのほぼ全てを手作業で行い、5月の連休から11月の初雪の頃まで、休むことなく、畑に出ると日が沈み暗くなるまで戻ることなく働いていた。私達の食事等の世話は、母に代わり祖母の仕事であった。祖母は、明治の女、武士の娘らしく凜として無駄口は叩かず寡黙であったが、私には昔話や戦争体験等を聞かせてくれた。また、祖母は、幼くして母と死別したためか孫には平等に優しく、私は祖母から叱られた記憶がない。床の間には、曾祖父伊左衛門の辞世の句をしたためた掛け軸があり「66歳まで健康で生きたことに感謝していること。他人様のこと(悪口)は言わないこと。家族は争うことなく助け合い繁栄に努めること。戦争のない平和な世が続いて欲しい。」と書かれていると祖母に教えられた。さらに、曾祖父は地域の心配ごとや揉めごとの相談を受けることが多々あり皆から頼りにされていたとも聞いた。私は、疑うことなく祖母の話を素直に聞き入れ、曾祖父伊左衛門を敬い、このことを心の片隅に記憶していた。

 私は,曾祖父の他界した66歳を超えたが健康に恵まれ、夏は車を利用し、冬は徒歩3分の百合が原駅から電車に乗り札幌駅で特急に乗換え岩見沢駅で下車、事務所までは歩き約1時間かけて通勤している。この通勤時間を利用して警察小説等を楽しんでいる。厳冬期の札幌は氷点下10度程になり、早朝の札幌駅ホームはわずかの風でも文庫本をめくる手が痛く感じることがある。そんな朝は、コートの袖を伸ばして本を持つ手の露出を少なくし、特急が入線するまでの十数分を耐えている。

 雪祭りが終わり中国人観光客が減少したシバレの厳しい日、寒さを凌ぎながら「黒書院の六兵衛(浅田次郎・上巻:文春文庫)」を手にしていた。この物語は,大政奉還後の江戸城の明渡しにあたり、それを執り行う官軍の俄か隊長に命ぜられた御徒組頭加倉井隼人が江戸城西の丸御殿に赴いたところ、一介の御書院番藩士六兵衛が梃でも動かず座り続けているところから始まる。江戸城は不戦開城とされ、仮にこの六兵衛を移動させるために力を用い争いが起こり刃傷沙汰となることは断じて許されないとされていた。加倉井は六兵衛の属していた八番組頭の命により六兵衛を立ち退かせることとした。
 さて,その御書院番八番組の御頭は「秋山伊左衛門(あきやま いざえもん)」様と同書157頁に振り仮名を付して記してある。この組頭は、徳川将軍家に仕える千石格の旗本である。
 私の心臓は高鳴り鼓動が伝わる。目は止まり活字を追わない。2月の寒さは感じられない。半世紀以前に祖母に聞かされ写真や遺影もなかった曾祖父秋山伊左衛門の登場である。曾祖父伊左衛門は、明治42年に66歳で他界したのであるから明治維新には20歳を過ぎていた。加えて、家には曾祖父伊左衛門のものとされる裃や刀が保管されていた。
 何と、今も徳川幕府が続いていたならば、私は、組頭を世襲し、騎兵80人を従える千石高の旗本、月代は十分にあるがちょん髷は心配などと勝手に想像を膨らませた。
 特急に乗車後、いつもの5号車10番C席に着き、心を落ち着かせ文庫本を開き読み続け、事務所に到着後も同様で、お客様からの電話に「本日は予約で一杯です。」とは答えることはなかったが、時間の限り読み続けた。この組頭伊左衛門は、50歳に近く、江戸城を離れ千葉の妾宅に身を寄せている状態であり、八番組の組頭であったが信頼されておらず下命することはなかった。
 組頭と曾祖父とは、年齢が異なること、曾祖父は岐阜県から渡道していたこと、何より組頭に人望がないことにより別人と思われたが、上下巻を読み終わるまでの間、これまでの小説で得ることのない期待と感動を覚えた。
 浅田次郎が小説に使用する名前や人物設定に興味を持ったが、一笑に付されそうで浅田事務所に問合わせることは思いとどまった。蛇足であるが、浅田次郎が第2次世界大戦終戦当時のカムチャッカ半島に近い占守島の知られざる戦を書いた「終わらざる夏(上・中・下:集英社文庫)」は,終戦記念日を迎え、北方領土から命がけで引き揚げた元島民のご苦労を知るうえでもお勧めである。

 まもなく迎える毎日が日曜日の準備として、二人の子供の家の草むしりと野菜作り、暇なときは今回のような出会いを期待して文庫本を読む「晴耕雨読」の今日このごろである。

  「伊勢の国から」(福田 勝)  

 伊勢公証役場公証人に任命され、一年が経過しました。この一年間は、毎日が勉強、勉強の日々でした。法改正、新規手続の導入など、自己学習だけでは対応できず、諸先輩からの御指導や、名公会研究会での協議問題の検討、日公連、四公会主催の講演会への出席等、様々の 所で御教授をいただき、何とかこの一年、公証業務を行うことができました。今後も法改正等が続き、日々の自己学習を続け、適正・公正な公証業務を行うためにも、様々な勉強会等への出席を心がけていきたいと思います。

 ところで、業務に慣れるとともに、地域とその地域の人たちにも慣れることも重要です。気候、人柄、言葉(方言)など、早くその地域に馴染むことも大事です。
 遺言公正証書の読み聞かせでは、住所や本籍等を読み上げますが、どうしても読み方が理解できない地名があります。ここ伊勢は、難読地名が非常に多く、一例ですが、「朝熊」と書いて「あさま」、「佐八」を「そうち」、「相差」を「おうさつ」、「石鏡」を「いじか」と読みます。就任当初は、読み方が違うため、嘱託人や証人から何度も指摘され、四苦八苦しました。そこで地名の読み方一覧を作成し、机上に貼り付け、指摘を受けないように努め、今は、ほとんど間違えなく読めるようになりました。
 また、意味がよく理解できない言葉(方言)もあります。「わしの遺産をオイボシにやりたいさかい、先生、公正証書をまいてもらいたいんやが。」この意味わかりますか。遺言相談における嘱託人との会話の一部ですが、嘱託人は、「私の遺産を甥に相続させたいので、遺言公正証書を作成してほしい。」と述べているのです。「オイボシ」とは、「甥」のこと。「まく」とは、「作る」という意味です。 「オイボシ」は何となく「甥」のことかなと感じ取れますが、「まく」を「作る」と理解するには苦慮しました。公正証書をまくの、ん?配る?ばらまくっていうこと?「オイボシ」は「甥」、では「姪」は何というのか。「姪」は「めい」です。なぜ「甥」だけ「オイボシ」というか、「これだ。」と、はっきりした理由はないそうです。今は私も、「オイボシに遺贈ですね。」、「公正証書をまくのでいいんですね。」と言ってます。

 伊勢の人びとは、やはり伊勢神宮とともに生きていると言っても過言ではありません。「お伊勢さん」に守られ生活しているんだという気持ちを少なからず持っていると思います。年間1500回に及ぶ伊勢神宮の恒例のお祭りの中で、最も重要なお祭りが「神嘗祭(かんなめさい)」です。その年に収穫された新穀を最初に天照大御神にささげて、御恵みに感謝するお祭りです。「神嘗祭」では、「初穂曳」という行事があります。これは、米の実りに感謝を込め、全国から集められたお初穂をお木曳車(大型の荷車)に載せ、陸路で外宮までの陸曳(おかびき)と、五十鈴川から内宮へ船を曳き入れる川曳(かわびき)の一連の行事を「初穂曳」と言います。「初穂曳」は、多くの伊勢っ子が参加します。私も、伊勢に住んでいるからには、「初穂曳」に是非、参加したいと思っています。

  地方では、その地域の風土や人々と慣れ親しむことは、公証業務を行う上では、重要なことと思います。
 現在、伊勢公証役場では、伊勢市は毎月1回、志摩市及び鳥羽市は隔月に1回、公証相談を各市役所で行わせていただいています。また、伊勢市広報に毎月1回、「公証相談」の案内を載せていただくなど、 少しずつですが、自治体等の御協力を得ながら、地域の皆様に公証業務の周知を図って、公証業務を通じて地域に貢献できる公証役場を築いて行けたらと、誌友の皆様に、「伊勢の国から」お伝えします。

実 務 の 広 場

 このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.70 年金分割の請求に関する文例について

 本稿は、私が、平成25年度の近公会研究委員として、「新任公証人の文例等のメモ(離婚給付等)」をまとめ、同年度の四公会有志合同研究会において概要を発表したもののうち、年金分割請求に関する部分について、その後の年金分割請求に関する取扱い変更を踏まえて加筆修正したものです。

1 年金分割合意

注:年金分割の請求は、離婚後、厚生年金を所管する年金事務所(厚生年金の運営主体は、平成22年1月1日から、社会保険庁が廃止・解体され、厚生労働大臣から委任を受けた日本年金機構である。)に対して行う。平成27年10月1日以降、国家公務員共済組合、地方公務員共済組合及び私立学校教職員共済組合の各共済制度は厚生年金に一元化されることになり、請求の名宛人は、厚生労働大臣又は日本年金機構理事長(以下、注の中では「厚生労働大臣等」という。)となった。

合意分割による離婚時年金分割請求における公正証書には、①標準報酬 の改定又は決定の請求をすることの合意、②請求すべき按分割合についての合意のほか、③第1号改定者の氏名、生年月日及び基礎年金番号並びに、④第2号改定者の氏名、生年月日及び基礎年金番号が記載されることが必要である。

新版「証書の作成と文例」家事関係編〔改訂版〕(以下「文例」という。)204頁以下参照。ただし、文例の【文例22の1】及び【文例22の3】は、上記①の合意が明記されていないことから、誤記証明書の交付を請求される場合があるので留意すること。

 2 被保険者が国家公務員共済組合員であるとき(年金分割のみ合意)

注:共済組合の手続は、組合員である甲が所属組合にしたほうがスムーズにできる場合があるので、この条項を記載した。共済組合の種別により、○○県市町村職員共済組合等と記載する。 

 3 年金分割合意(情報通知書を別紙として添付する場合

 4 いわゆる3号分割のみの合意

注:平成20年5月1日以後に離婚し、平成20年4月1日以後に国民年金の第3号被保険者(第2号被保険者の配偶者であって主として第2号被保険者の収入により生計を維持する者のうち20歳以上で60歳未満の者)としての婚姻期間がある場合、第3号被保険者であった者は、按分割合の合意なくして対象期間(平成20年4月1日以降)の標準報酬の分割(3号分割)を厚生労働大臣等に請求できるので、公正証書に記載を要しないが、嘱託人から記載する旨請求があったときは、備忘録として記載することになる。

 5 年金の分割について認証手続をした例

 6 離婚時年金分割の請求をしない旨の合意

注:年金分割の制度は、年金制度が夫婦双方の老後等のための所得保障という社会保障的意義を有しており、厚生労働大臣等に対する公法上の請求権であって、財産分与とは異なる制度であるが、離婚当事者は、財産分与の一つとして考える傾向がある。離婚に当たって離婚給付等契約公正証書で、年金分割の合意をせずにその余の財産分与等の請求をしない旨、他に債権債務がないことの清算条項が合意されても、後に年金分割の請求をすることは、同請求権が上記のとおり厚生労働大臣等に対する公法上の請求権であることから妨げられない。ただし、同公正証書等で、年金分割の申立てをしないとの合意(年金分割の請求をしない旨又は年金分割事件の申立てをしない旨)をすることは、公序良俗に反するような事情がない限り有効とされ、この場合には(3号分割の請求は別として)、年金分割の請求をすることができなくなる。

この合意に係る公正証書を作成することは、公証人としても慎重に判断すべきであろう(文例210頁参照)。

(栁井康夫)


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