民事法情報研究会だよりNo.53(令和4年4月)

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 春暖の候、会員の皆様におかれましては、ますますご清祥のこととお喜び申し上げます。

 新型コロナウィルスのオミクロン株による第6波の感染拡大に伴い、18都道府県に発令されていた蔓延防止等重点措置が解除された春を迎えることができました。ただし、専門家の中にはいまだ第6波の途中であると指摘する向きもあるようで、人流が増加する年度始まりの時期と重なり、オミクロン亜種株による再拡大も懸念される状況とのことですので、引き続き感染対策に万全を期していきたいと考えています。できるならば、今年こそは、会員の皆様が参集できる会合やセミナーが開かれる年度になることを願っています。(YF)

今日この頃

   このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

晴ればれ岡山サポートテラス(永井行雄)

岡山県を南北に縦断する国道53号線を北に向けて車を走らせる。車には2人の男が乗っている。年下の男が運転しているが、その男は久しぶりに袖を通す背広にやや窮屈さを感じながらも、道ばたに咲くコスモスにいくぶんか心が癒やされている。この2人はかつて同じ職場の先輩後輩の間柄であり、気心は知れている。しかし、車中での会話はなかなか弾まない。なぜならば、2人とも目的地のことが気になっているからである。

 岡山市を出発して約1時間、町が見えた。津山市だ。人口は約10万人で県北の政治、経済、文化の中心地である。訪問先は津山市役所。緊張しながらアポを入れていた課を訪ねる。ぎこちない声で肩書きを名乗って名刺を差し出す。対応に出た職員は「はい。うかがっております。」と、はきはきした態度で迎えてくれた。ほっとした。公証人を退任して3か月余、新しい環境で初めて外部の機関を訪問したときの情景や心境である。

 私たちは昨年、岡山県出身の法務局OB・OG5人で高齢者の支援のための「一般社団法人晴ればれ岡山サポートテラス」を設立し、10月から活動をスタートさせた。法務局のブランド力や公証人の肩書きはなく、しかも、発足したばかりの一法人の者が市役所を訪問して、果たしてきちんと対応してくれるだろうかという心配があった。それで、車中での会話が弾まなかったのである。しかし、心配をよそに担当者は丁寧に対応してくれた。その理由は後述させていただく。

1 法人設立のきっかけ

 令和元年9月に岡山市で開催された岡山地方法務局のOB会で、当法人のメンバーが久しぶりに再会したとき、今の仕事を辞めた後、何をするのかという話になった。「特にねぇなー。」「家でゴロゴロしとっても、家族に嫌われるしなぁ。」「そうじゃなぁ。」「これまでやってきたことが活かせるような法人でも作ってみたらどうじゃろうか。」「おー!そりゃええなー。」という軽いノリからスタートした。

 それから、開業までの2年半、気心の知れたこのメンバーが10数回集まった。NPO法人か一般社団法人か、事業の適法性、資金面、事務所、需要の予測など、皆で情報を持ち寄り自由に意見を交換し合った。

 今まさに超高齢化社会である。全国の高齢化率は29%、岡山県は30%で特に県北は40%を超える自治体が9つもある。そして、高齢者のうち5人に1人が認知症だといわれているほか、高齢者のみの世帯は全国で28.7%(厚生労働省「令和3年国民生活基礎調査」)もある。

 こういった現状を踏まえ、国は、成年後見制度の利用の促進に関する法律のほか、自筆証書遺言書の方式緩和や法務局保管制度に関する法律を整備した。また、公証人も積極的に講座・講演会・相談会などを通じて遺言や任意後見制度の普及・定着を図っている。

 しかし、実際にこれらの制度利用を促進していくためには、現場においてそれぞれの制度を理解した者が、高齢者(対象者)の気持ちや生活環境などを把握した上で、どのような制度を利用するのが良いのかの水先案内人を務め、担当機関とのつなぎ役を果たしていくことが重要だと思う。実際に、自分で動けない高齢者もたくさんいる。そこで、我々がこのつなぎ役をやってみようということになったのである。

2 法人のメンバー

 前述のとおり気の合う仲間で立ち上げた。イメージは子供の頃の遊び仲間の延長のようなものである。理事長は人望があって、人をまとめられる人物、元広島法務局福山支局長の清水博志さんにお願いすることで一致した。皆の総意である。副理事長以下の役は理事長に一任した。次のとおりである。

●理 事 長 清水博志(総社市出身)

広島法務局訟務部訟務管理官、岡山地方法務局首席登記官(不動産登記担当)、広島法務局福山支局長、家事調停委員(令和3年9月退任)

★バランス感覚がよく、人間観察力に優れている。一日2万歩が日課。野菜作りが上手。かつて麻雀の名手、物事の流れを読む勝負感は今でも健在。常駐

●副理事長 川上幸江(倉敷市出身)

岡山地方法務局勝山支局登記官、同局不動産登記部門総務登記官、広島法務局福山支局総務登記官、現司法書士・行政書士(15年間従事)

★頭の回転が速く決断力があり親分肌。地域で多くの役職を務めるなど周囲の信頼は厚い。ただ、声が大きめなので内緒話はできない。遠路につき非常駐

●専務理事 永井行雄(和気町出身)

法務省大臣官房行政訟務課補佐官、那覇地方法務局長、福岡法務局民事行政部長、都城公証人役場公証人(令和3年7月退任)

 ★登山や飲み会など遊ぶことが大好き。様々な場面で企画力や行動力を発揮。ただ、突き進むところがあるので要注意(以上仲間評)。食材調達が得意。常駐

●常務理事 大河原清人(邑久町出身)

 法務省民事局総務課補佐官、法務省人権擁護局人権啓発課長、広島法務局長、土浦公証役場公証人(令和3年11月退任)

 ★思考力が高く、冷静な判断力がある。相談に丁寧に対応、傾聴力に優れている。数10年ぶりの帰郷、岡山弁取戻し中。看板書きや大根おろしが得意。常駐

●常任理事 笠工博史(久世町出身)

広島法務局上席訟務官、同局総括表示専門官、同局次席登記官(不動産登記担当)、岡山地方法務局備前支局長

★登記のプロ、土地家屋調査士有資格者。動きが軽く、整理整頓能力が高い。彼がいると事務所がすっきり整理される。車の運転が上手。木金のみ出勤

3 法人の名前

 「一般社団法人晴ればれ岡山サポートテラス」と名付けた。岡山県は全国の中でも日照時間が長いので「晴れの国」と呼ばれている。法人の名前は、晴れの国と、岡山県内を活動エリアとして高齢者の方を支援し、高齢者の方にテラスの陽だまりで寛いでいただけるような温かい支援活動を目指すことをイメージしている。

4 法人の仕事

 大きく分けると二つである。一つは高齢者の権利擁護のための手続き(遺言・任意後見契約・尊厳死宣言・死後事務委任契約など)の支援(担当機関へのつなぎ役)と、もう一つは各種講座・講演会・研修会等への講師派遣である。私と大河原さんは、公証人の経験がすぐに活かせるし、他の者も民事関係の法律実務の経験者であり現役の司法書士もいる。人材はそろっている。

 実際、あいさつ回りをしたとき、実務経験者というセールスポイントに対して、相手方の反応はよかった。県内にこういった手続きを支援する法人は、あまり見受けられないようである。

5 作業や費用

    運営資金、事務所の確保、法人の設立登記、電話・インターネット回線の引込み、備品の調達、広報ペーパー・ホームページ・報酬表の作成、税務署・労働基準監督署への届出や銀行口座の開設とか、広報のやり方など、やることは山ほどある。この分野の先駆者である「NPO法人高齢者・障がい者安心サポートネット」(福岡市)や先輩士業者からも情報提供を受けた。

 慣れない作業で大変だったが、皆で相談し、役割分担しながら進めていった。設立登記は現役の司法書士である副理事長がやってくれ、備品は家で使っていない物を持ち寄ったり、リサイクルショップやネットで安価なものを買った。ホームページの作成は、パソコンに詳しいかつての法務局の仲間が力を貸してくれた。費用は、全体の金額を算出して出資金という形で5人が均等に負担することとした。

6 営業活動

 ○地方自治体へのあいさつ回り 

 まずは、我々の業務を知ってもらう必要があるので、県内の地方自治体にあいさつを兼ねて業務紹介に赴くことにした。県内の地方自治体は27ある。そこで、高齢者の支援業務を担当している機関や部署(市町村役場、社会福祉協議会、権利擁護センター、地域包括支援センター、公民館等)のアポ取りをすることにした。アポ取りは、電話の掛け方の均質化を図るためのマニュアルを作成した。皆、最初はぎこちなく、言葉が噛みそうになっていたが、数をこなすうち、徐々に慣れてきた。120か所に電話を掛けまくりアポを取った。アポが取れたらすぐに、相手方に当方の訪問者の役職氏名を書いた書面と広報ペーパー(業務内容と構成メンバーの略歴を書いたもの)をFAXで送付することにした。ねらいは、我々は怪しい者ではないことの証明と、電話を受けた者が上司や関係者に説明する資料として使ってもらうためである。このやり方は効果的であった。当日は、どこも資料に目を通してくれており、時間どおり待っていてくれた。応対は、責任者であったり、担当者であったりとまちまちであったが、結果として、仕事の依頼に発展したのは、担当者に説明をしたところが多い。

 2人1組で約1月半かけて全部回った。皆、笑顔の写真入りの名刺と広報ペーパーを配って回った。まさに営業である。相手方への説明も数をこなすうちに上手になっていった。長居をすると嫌われるので、1か所15分程度とした。県北の自治体はどこも高齢者支援の問題を抱えていた。「こういった法人を設立していただいて、ありがたいです。」と言ってくれた自治体がいくつもあった。

 ナビに行き先を設定したものの、おかしな道を案内したり、建物が分からずウロウロして、車中で相手先に電話を掛けて確認したり、いろいろ失敗もあったが、このあいさつ回りが、後日の仕事の依頼へと発展していったのである。

 それと、もう一つ大事なことがある。あいさつ回りで反応がよかったところには、後日、「近いうちにそちら方面に行く機会があるので、何か用事はありませんか。」と電話を掛けることもあった。すると「実は職員研修を計画しているのですが、よければ講師をお願いできますか。」「いいですよ。いつでしょうか。」と、トントン拍子に話が進む。そして、研修終了後に受講者から個別相談があり、公正証書の作成支援の依頼に発展することもあった。あいさつ回り後のフォローなど、次の手を打つことが大事だと思った。

 ○新聞への掲載 

 岡山県には、山陽新聞という岡山県全域を配達エリアとする新聞社がある。昨年11月始め頃、ここに取材依頼の電話を掛けたが、年内は忙しいので、資料があれば送って欲しいとのことであった。そこで、資料をメール送信したものの、電話の感触として取材は難しいだろうと思っていた。ところが、今年1月の始め頃、記者から電話があり、「取材をしたいので、事務所におじゃましたい。」とのこと。取材の日、記者はこちらの資料をよく読み込んでおり、事務所では細部にわたって取材してくれた。また、1月下旬の公民館講座にも足を運んでくれた。そして、新聞に大きく掲載してくれたのである(山陽新聞2022年2月8日朝刊/山陽新聞社提供・転載許可済)。この新聞掲載の反響は大きく、当日は電話が20本くらい掛かってきたほか、5組の方が事務所に相談に訪れた。

7 仕事の依頼

 ○公正証書作成支援依頼

2月末現在で、公正証書(遺言・任意後見契約・尊厳死宣言等)の作成を支援したのは26件である。依頼は、地方自治体や社会福祉協議会からの紹介によるものが7割、残り3割は講演会や新聞掲載などをきっかけとした個人からの直接依頼のものである。そのほか現在、公正証書作成支援中のものが6件あり、これらは全部、新聞を見た人からの直接の依頼である。参考までに、これまでの取扱事例を2件紹介する。

 <事例1>79歳男性、妻は死亡、一人暮らし。

 長男と長女がいるが、長男とはいざこざがあり、10年以上断絶状態、長女は結婚して東京に住んでいて、親の面倒をみられない。財産は家・宅地、預金約1,000万円。長男には一切財産を残したくない。長女に残したい。今後、自分が動けなくなったとき、お金の管理や病院の手続きなどが不安であるとのこと。これは社会福祉協議会を通じて相談があったものである。

 遺言、任意後見契約、尊厳死宣言の各公正証書の作成を支援したほか、これらの手続きとは別に警備会社による「一人暮らしの高齢者のための見守りサービス」を紹介し、契約締結のお手伝いをした。

 <事例2>84歳女性、独身、一人暮らし。

 末期がん、余命数か月。相続人なし。近所に親しくしている女性(62歳)がいる。財産は家・宅地、預金約600万円。この女性に財産を全部残したい。亡くなった後のことも任せたいとのこと。こちらも社会福祉協議会を通じて相談があった。

 緊急性を要するので、相談があった日の翌日、すぐに本人と面談し、公証人に事情を説明して、約1週間で遺言書、尊厳死宣言、死後事務委任契約の各公正証書の作成にこぎつけた。

以上のとおり、迅速な対応をモットーとし、公正証書の作成支援は2人の元公証人がそれぞれ他の者と組む形で行うことにしている。

 ○講座・講演会・研修会への講師派遣依頼

 現在、講座・講演会・研修会への講師派遣依頼は、派遣済のものも入れて17件あるほか、既に来年度の定期講座の話が2か所(隔月開催)からきている。依頼先は、地方自治体・社会福祉協議会・地域包括支援センター・公民館からが9割、残りの1割が老人クラブである。

 皆で講師の留意事項を三つ決めた。①初めて講師を担当するときは事前に事務所で模擬講話をして、他のメンバーのチェックを受けること、②講話は統一のパワーポイントを使って進めること、③受講者にアンケート票を書いてもらうこと、である。「話」は商品であるから、いい商品を売るためにはチェックが大事ということである。特にアンケート結果にはいつもビクビクさせられる。

 情けないことがあったので一つ紹介する。1月下旬に県北の社会福祉協議会主催の研修に行ったときのことである。雪が心配だったので前泊した。スタッドレスタイヤは持っていないが、未使用のチェーンがあったので念のためそれを積んだ。前日は天気がよかったので、翌日も大丈夫だろうと思っていた。ところが、翌朝外を見ると50センチくらい雪が積もっていた。一晩にである。びっくりした。チェーンの付け方が分からない。困っていると宿泊所の方がJAFを呼んでくれ装着できたが、今度は、帰る途中、コンビニの駐車場で外そうとしたところ、外し方が分からない。車には3人乗っているが誰も分からない。それでまたJAFを呼んだ。装着のときに来た人と同じだ。情けない。着脱の練習をしなければならないと思いながら帰路についた。

8 法務局のブランド力

 地方自治体等を訪問した際、どこも丁寧に対応してくれた。冒頭で「その理由は後述させていただく。」と書いたが、その理由は法務局のブランド力だと感じた。法務局にいた人が作った法人なら信用できると思ってくれたのだろう。訪問先の雰囲気でそれを感じた。

 最初の講師派遣依頼があったのは、あいさつ回りを始めてから1月経った頃である。それからも、どんどん入ってきている。しかも、公的機関が多い。活動を始めて4か月で17件である。法務局のブランド力のお陰だと思っている。本当にありがたい。

9 これから

 「晴ればれ岡山サポートテラス」は発足したばかりの法人である。これから先、存続していくためには、①依頼者や関係者からの信頼を得て、これを積み重ねること、②法人の知名度アップを図ること、この二つが重要だと思っている。依頼があれば、依頼者に寄り添う支援活動をスピーディに、そして、あらゆる手法を用いて効果的な広報・営業活動を展開していこうと思っている。

10 そして、今の気持ち

 今、とても充実している。20数年の時を経てかつての仲間が集結し、もう一度社会の中で動き出そうとしている。人は、信頼という絆の下に、支え合い、力を合わせれば、いろんなことができる。法人という看板は心強い。これから先、気持ちと身体が続く限り、この素晴らしい仲間と同じ時間を過ごせたら、幸せだと思っている。

 今、出航したばかりの「晴ればれ岡山丸」に乗って、クルー全員が仲良く楽しく、ゆっくりでいいから、航行できたらいいと思っている。

   【連絡先】一般社団法人晴ればれ岡山サポートテラス

        〒701-2154 岡山市北区原1119-1

        TEL(086)206-3738 FAX(086)206-3739

        E-mail:harebare0712.hara@outlook.jp

https://harebareokayama.org

                                        (永井行雄)

  “カマス”の悲劇(中垣治夫)  

 相当以前に読んだ本で、「“カマス”の悲劇」を紹介しているものがあります(内橋克人『匠の時代・第5巻』(サンケイ出版))。分かりやすい話であり、Webにも掲げられているので、御存知の方もおられるかと思います。私も在職中、講話や研修などのまとまった時間があるときは、紹介するようにしていました。概要は、次のとおりです。

 水槽の中にカマスを放して餌の小魚を入れると、カマスは追いかけて食べ尽くしてしまいます。数日間餌やりを繰り返した後、水槽の真ん中にガラス板を入れて仕切り、カマスがいない方の半分に餌を入れます。すると、カマスは一生懸命餌を食べようとしますが、コツンとガラス板にぶつかるだけで、食べられません。100回くらいは挑戦するようですが、そのまま数日経つと、カマスはもう餌に関心を示さなくなります。ここで仕切りのガラス板を抜いて餌を入れます。しかし、カマスは、餌を食べられないと決め込んでいるので、せっかくの餌に見向きもしません。目の前にうまそうな小魚が泳いできても、もはや食いつく意欲が湧いてこないのです。放っておくとカマスは死んでしまいます。これを「カマスの悲劇」といいます。

 では、この水槽のカマスにもう一度餌を食べさせるにはどうすればよいか。皆さんは、どう思いますか? 答えは、「もう一匹、別のカマスを水槽に入れる。」です。新しいカマスは、ガラス板のことを知らないので、普通にパクッと食べます。これを見ていて、前のカマスも思い出すのでしょう。あっ、また食えるんだと目を覚ますのです。

 役に立つ新鮮な情報や変革の波が発生し、目の前を通り過ぎているのに、これに見向きもしない。あるいは、数少ない貴重な情報や千載一遇とまでは言わないまでも僅かな機会をやり過ごしてしまう。新しいカマスがいない組織では、それがおいしいものであること、これから必要になる重要なものであることが分からないのです。

 現行の公証人法の施行から、約110年を経過しています。十分に成熟した制度であると言ってよいと考えますが、近時の様々な見直し、動きを見ていると、今後、10年程度で相当大規模な見直し、制度改革が見込まれます。従来の、創成期・成長期の比較的ゆっくりとした変革・見直しから成熟期の、しかも急激な変革へと変わっていく中で、今後は、更に国民・利用者のための見直しが軸足となっていくことでしょう。新しいカマスが必要な時期がすぐ目の前まで来ていると考える次第です。

 ウクライナ侵攻のニュースに接して

 数日間、構想を温め、推敲を重ねて、さあ提出しようとしたところで、「ロシア軍のウクライナ侵攻」のニュースに接しました。

 大いに驚き、憤り、何でこんなことになるのか・・・無力感・・と、いろいろな感情が沸き上がってきます。侵攻前に、侵攻が見込まれる旨の報道はされていたのですが、21世紀の今日、まさかそんなことはないでしょうと思っていました。しかし、そのまさかが、現実のものとなってしまったのです。

 第2次世界大戦以降、各国においては、国内の統治機構や国家間の条約等により、それなりの、紛争、戦闘、戦争の回避・防止のための組織、機構、仕組み造りがされてきたと考えるのですが、今回の事態には、有効に機能しなかったのでしょう。いわゆる西側諸国は、制裁を打ち出していますが、戦闘が収まることはなく、終息には無関係であるかのように戦闘が継続しています。制裁の効果が表れるまでには、それなりの時間が掛かるのでしょう。現時点では、交渉、協議、仲介など、何でもよいので何らかの方策により、また、誰(国・人)でもよいので誰かの尽力により、戦闘が終了し、平和が訪れることを祈ることしかできません。

 10年くらい前の映画で「ハンナ・アーレント」というのがあります。最近、WOWOWで放送されていたので、ご覧になった方もおられるかもしれません。ユダヤ人虐殺に大きく関わり、逃亡していた元ナチスのアイヒマンが逮捕され、哲学者のハンナ・アーレントが、そのアイヒマン裁判を傍聴するなかで、「悪の陳腐さ」について考察するものです。

 アイヒマンは、裁判で「命令に従っただけです。殺害するかどうかは命令次第でした。」等と証言します。ハンナ・アーレントは、これらを踏まえて、アイヒマンは「命令に従っただけ。ただの役人」よと評価します。アイヒマンが20世紀最悪の犯罪者になったのは、”思考不能”だったからであり、本当の悪は、平凡な人間が行う悪であり、これを「悪の陳腐さ」と名付けました。

 考えることを止め、組織の命令に黙々と従う「悪の陳腐さ」、これこそがナチスの本質的罪だとこの映画は訴えるのですが、この映画を今般のロシア軍のウクライナ侵攻のニュースに接し思い出しました。黙々と大統領の命令に従う「ただの役人」がいるだけの国家は、大変危ういのです。「大統領、お言葉ですが・・・。」と侵攻反対を主張する側近がいなかったのか、悔やまれてなりません。                         (中垣治夫)

  函館公証人合同役場の広報活動について(岩渕英喜)  

 令和元年から公証週間の広報活動の一環として、函館市、北斗市及び七飯町の町会に対し、チラシの回覧又は配布及びポスターの掲示を依頼する取組を行いましたので、その概要を説明させていただきます。

 そこで、事件の増加につながるような効果を期待して、町会に対し、各世帯へのチラシの回覧又は配布及び町会会館へのポスターの掲示について協力を依頼する広報活動を行うこととしました。各世帯に回覧又は配布する日公連のチラシには下図(編注:略)のメッセージを裏面印刷し、公証制度のキャッチコピーと日公連の無料電話相談の電話番号のほか、公正証書の種類と当役場の連絡先も周知することにしました。

            

1 取組の日程

日公連と町会のスケジュールを踏まえて、次のような日程で進めました。

(1) 4月下旬:チラシ及びポスターを日公連に申込み

(2) 7月上旬:例年と同じ電話番号を使用するかどうかを北海道会の広報委員を通じて日公連に確認

(3) 7月上旬:裏面印刷したチラシ(サンプル)の作成

(4) 7月上旬:対象市町に対し、町会への広報活動に関する協力又は「町会一覧」(町会会館又は町会会長の住所・電話番号・所属世帯数が記載されたもの)の提供の依頼(上記サンプルを添付)

(5) 7月中旬:日公連から無料・有料チラシ及びポスターの送付

(6) 7月中旬:チラシ裏面印刷を印刷会社に発注

(7) 8月上旬~下旬:町会に対してチラシの回覧(回覧を廃止している町会については配布)及びポスターの掲示を電話で依頼し、承諾が得られた町会にチラシ及びポスターを発送

(8) 8月下旬:日公連から電話公証相談の電話番号の通知

(9) 8月下旬~9月中旬:町会による所属世帯へのチラシの回覧又は配布

2 3市町の町会に対する取組状況

 過去3年のチラシの回覧又は配布数は、表1(編注:略)のとおりです。3市町の対応は次のとおり。

(1) 函館市(令和元年~令和3年)

 最初に函館市でこの取組を実施するときに、町会を担当している市民・男女共同参画課に対し、各町会にチラシ及びポスターの配布を打診したところ、町会側が受け入れるかどうかを決めるので、公証役場の方から町会に個別に依頼してもらいたいとのことでした。

 そこで同課から「町会一覧」を入手し、町会会館があるところは会館に、会館がないところは町会会長に電話し、公証週間の広報活動について趣旨を説明してチラシの回覧又は配布及びポスターの掲示について協力を依頼しました。3年間で、1町会を除いて、電話したほぼ全ての町会から協力する旨の回答をいただきました。

 なお、函館市は140,931世帯(令和3年9月末現在)あり、単年度で全て実施するのは困難なので、年ごとに異なるエリアの町会を選定して実施しています。

(2) 北斗市(令和2年)

 町会を担当している北斗市町会連合会事務局に対し、各町会にチラシの配布を打診したところ、町会への配布物は発出元が北斗市役所のほか、国、北海道などの行政機関、公共機関に限られるとして応じてもらえませんでした。そこで公証人は法務大臣から任命されていること、公証役場は法務局に所属していること、公証制度は公共性が高いことなどを説明したほか、函館市の例を紹介して、チラシを所属世帯に回覧又は配布するか否かについては直接各町会に当方から確認させていただけないかとお願いしたところ、了承されました。

 同事務局から提供された町会名簿によりチラシの回覧又は配布について各町会に電話で依頼しましたが、函館市の場合とは異なり、警戒感の強い反応が多く、協力が得られたのは一部の町会に限られました。

 全町会の約半分に電話したところで、北斗市の担当者から連絡があり、一部の町会から、「町会によって対応が異なるのはおかしい。」という苦言が寄せられたとして、北斗市を通じて全町会にチラシを配布(市役所内に設置されている町会ごとの連絡棚にチラシを入れる方法)し、町会から所属世帯に配布することになりました。

 町会ごとの必要配布部数が記載されたリストの提供を受けて、連絡棚に北斗市の協力依頼文書を添えてチラシを入れました。後日町会が連絡棚のチラシを持ち帰り、所属世帯に配布しています。

(3) 七飯町(令和2年)

 七飯町福祉協議会内にある七飯町町会連合会事務局に電話し、全世帯にチラシの配布を打診したところ、快く承諾していただきました。8月上旬に同事務局にチラシ全世帯分2,250枚を持参し、町会を通じて配布していただきました。

※ 函館市及び北斗市から提供された町会一覧等については、日公連への公証週間活動報告を提出した後に廃棄しています。

3 本広報活動の費用対効果

 私が当役場に着任した平成26年7月以降、遺言公正証書の事件数については、毎年7月から9月の第二四半期はやや少なく10月から12月の第三四半期は増加する傾向にあります。表2(編注:略)は本広報活動の取組前の平成26年から平成30年までの5年間と取組後の令和元年から令和3年までの3年間について、遺言公正証書の第三四半期の手数料額が第二四半期よりいくら増加したのかを年平均で比較したものです。

 第三四半期の方が第二四半期よりも増加する傾向であることはどちらも変わりありませんが、本広報活動の取組後の方が取組前よりも遺言公正証書の手数料額を平均60万円以上押し上げる結果となっています。費用対効果を検討するためには、この押上額と広報活動費用を対比する必要があります。広報活動費用の主な内訳は日公連のチラシ・ポスター購入費、チラシ裏面印刷代及び町会への郵送料ですが、3年間の広報活動費用の平均額は79,954円です。押上額から広報活動費用を差し引いた金額を費用対効果とした場合、その額は548,371円となります。ただし、一昨年と昨年については、新型コロナの感染者数の影響を受けて事件数が増減しており、費用対効果を検討するにはその影響を考慮する必要があると思いますが、公証週間以降「チラシを見た。」と言って遺言公正証書作成について電話をかけてくるお客様が増加しているのは間違いありません。

 今後の課題としては、対象町会を3市町からどう拡大していくのかということになります。北斗市型又は七飯町型の市町村であれば対象を拡大することは比較的容易です。函館市型であっても取組時期を早めるとか、年ごとに対象市町村を設定するなどの工夫をすれば拡大は可能ですので、他の市町村にもアプローチして情報を収集したいと考えています。                            (岩渕英喜)

  

実務の広場

 このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.91 事実実験公正証書の事例紹介(石山順一)

 事実実験公正証書は、貸金庫の開披・点検、知的財産権の保全、尊厳死宣言等多くの場面で利用されていると思われます。当公証役場においては、私の在任中、貸金庫の開披・点検と尊厳死宣言の事実実験公正証書を作成したことしかありませんでしたが、最近、知的財産権に関する事実実験公正証書作成の嘱託が2事例ありましたので、参考になればと思い紹介します。

<事例1> コンピュータゲームソフトの海賊版への対応のための事実実験

1 嘱託の趣旨

 嘱託人は、自社が開発したコンピュータゲームソフト(以下「本件ゲームソフト」といいます。)を独占的に配信する権利を与える契約を中国法人との間で締結していたところ、本件ゲームソフトの海賊版が中国国内において出回り、当該中国法人が損害を被っている。ついては、本件ゲームソフトを配信する正当な権利を当該中国法人が有していることを中国の裁判所において立証するため、本件ゲームソフトの著作権を嘱託人が有することを確認する必要があるというものです。

 そこで、ゲームソフトには、通常、開発した会社の会社名、開発年月日等の記載がされていることから、本件ゲームソフトアプリをパソコンの画面に表示の上、それを公証人が目撃した結果を事実実験公正証書として作成してほしいというものでした。

2 事実実験の内容

 公証役場備付けのパソコンは、本件ゲームソフトをダウンロードする環境が整っていないため、嘱託人が用意したエミュレーターソフト(BlueStacks5)がインストールされたパソコンを使用することにしました。これを本職が自ら操作し、嘱託人が本件ゲームソフトを提供しているグーグルプレイストアを開き、本件ゲームソフトを検索し、パソコン上に表示された本件ゲームソフトの画面左上に、ゲームソフト名及び制作会社名が「○○○○ △△△△ Inc.」と掲載されていることを確認の上、同画面全体をいわゆるハードコピーとしてプリントアウトしました。

 次に、本件ゲームソフトをダウンロードして、その内容を見分し、表示された画面左下に、制作年及び制作会社名が「(C)2018 △△△△ Inc.」、画面右下にバージョン情報が「Ver.1.038.54」と掲載されていることを確認の上、上記と同様にプリントアウトし、目撃した事実実験の結果を公正証書として作成しました。

 この事実実験公正証書によって、嘱託人が望む目的が達せられたかどうかは不確かですが、本件ゲームソフトには、その開発段階で制作者しか知り得ない「隠し著作表示(隠し文字)」が記されているとのことであり、必要があればその事実実験を行うことも検討することを嘱託人に伝えて、今回の事実実験は終えることにしました。なお、これまでのところ嘱託人から新たな依頼はきておりません。

<事例2> 確定日付により封印された技術資料を開封して再封入・封印する事実実験

1 嘱託の趣旨

 嘱託人は、技術資料の先使用権の証拠保全として、約20年前に確定日付の付与手続により封印された段ボール16箱(以下「本件封印資料」といいます。)を保管していたところ、本件封印資料を複写した物を確認することができないため、一旦、本件封印資料を開封し、収納物のコピーを取った上で、改めて再封入・封印したい。ついては、このような事実実験公正証書の作成が可能かとの相談を受けました。

 調べた限りでは、先使用権の保全として、事実実験により封印した物品のサンプルについて、その一部を使用する必要が生じたため、物品のサンプルが収納された封筒を開封し、再封入・封印する事実実験を行った事例を確認することはできましたが、確定日付の付与手続により封印された段ボール箱を開封し、再封入・封印した事例を探し出すことはできませんでした。

 当職としては、上記の前例を参考に、段ボール箱の開封から本件封印資料を再封入・封印するまでの一連の作業について、公証人が立会い、目撃した事実を事実実験公正証書として作成することは可能であると考え、本嘱託を受けることにしました。

2 事前の準備・打合せ

 今回の事実実験は、その対象物が膨大で、かつ、実施回数も複数回に及ぶことが予想されたため、実験の実施方法について嘱託人と綿密な打合せを行いました。特に、本件の目的は、開封前の本件封印資料と、複写後に再封入する資料との同一性を証明することです。そのため、①本件封印資料が確定日付を付与されたままの状態で保管され、現在においても存在し、その状態に異常がないこと、②収納物の内容及び収納の状態を確認すること、③本件封印資料の複写前後で、本件封印資料に異常(変更等)がないことを確認すること、④封印の方法、について公証人が立会い、目撃した事実を公正証書として作成することとしました。

3 事実実験の状況

(1)実験の場所・日程等

 事実実験は、本職が嘱託人会社に赴き、同社の一室にコピー機3台を設置し、その実験の場所をロープで仕切り、嘱託人代理人、複写作業員及び公証人以外の者の立入りができないようにするとともに、筆記具、用紙等の持込みを禁止し、コピー機には、他の用紙が紛れないように、A4用紙及びA3用紙以外の用紙がセットされていないことを、あらかじめ本職が確認しました。

 また、実験の日程については、一週間に1回程度、その日の午後に実施することとしましたが、対象物全ての事実実験を完了するまで約5か月間を要しました。

(2)本件封印資料の保管・封印状況の確認

 まずは、確定日付の付与手続により封印された段ボール箱の封印・保管状況を確認しました。段ボール箱には、収納物の資料名とその明細、作成者の記名押印等がされた私署証書に某公証人による確定日付印が押されたものが貼付され、かつ、その確定日付印をもって私署証書と段ボール箱との間に割印がされた状態で保管されており、本職も封印状況を点検し、異常がないことを確認しました。

(3)段ボール箱の開封、収納物の確認

 開封した段ボール箱には、A4又はA3の文書が、A4サイズのドッチファイルに綴じられたもの、クリップ又はホッチキスにより留められたもの、その他封筒に封入されたものが、整然と収納されていました。

(4)複写前後の収納物に異常がないことの確認

 本件封印資料が複写前後に異常がないことを証明する方法としては、収納されている全ての文書について1枚ごとに写真撮影し、その撮影した文書と複写後の文書とを一枚一枚照合・点検して相違がないことを確認することが万全な方法と思われますが、文書の量が膨大に上る本件では、その方法を執ることは現実的に不可能でした。そのため、本件では、開封後のファイル等に綴じられている文書の枚数と、複写した後の文書の枚数が一致することを確認することにより、本件封印資料の複写前後において、文書の追加、差し替え、抜き取り等がされていないことの証明度を確保することにしました。

 加えて、前述したとおり、実験場所をロープで仕切り、外部の者の立入りを禁止するとともに、筆記具等の持込みができない措置を講じ、本件封印資料への加筆、変更等ができる余地がないようにしました。以上の状況を本職が確認しました。

(5)封入・封印の状況

 封印の方法は、嘱託人代理人が段ボール箱に、布ガムテープを縦横十文字に巻き付け、同ガムテープの交差する段ボール上面中央部に、封入した技術資料の明細のほか、日時、嘱託人代理人の署名押印、公証人の記名押印を施したA4サイズの和紙を糊付けし、同和紙と段ボール箱の継ぎ目4箇所に嘱託人代理人の認印を押印しました。さらに、本職も同様に同和紙と段ボール箱の継ぎ目4箇所に職印で封印しました。

4 公正証書の作成

 本件は、約5か月間に及ぶ事実実験を経て、ようやく公正証書の作成に至りました。本件の事実実験は、対象物が膨大な量であり、かつ、実験の回数も複数回に及んだことから、事実実験公正証書は、添付する写真を含めると、約200ページに及ぶ膨大なものになりましたが、各実験の実施後、速やかに証書案を作成し、嘱託人代理人に内容の確認を求めていたため、最終的な証書の確認についてはスムーズにできたと思っています。また、正本等の製本については、当役場備え付けのホッチキスでは一括して綴じることができないため工夫を要しました。正本等は、約40枚ごとにホッチキスで留めて契印機で打ち抜き、それぞれの連結部には職印で契印して、袋とじによる方法で作成しました。

 証書の作成当日は、嘱託人代理人に来所してもらい、事実実験の内容を記した公正証書案を示し、その内容に相違がないことを確認の上、証書への署名を行い、事実実験公正証書を完成することができました。長期間にわたる作業に対し、お互いが労をねぎらい安堵した瞬間でした。

5 結びに

 事実実験公正証書について、二つ事例を紹介させていただきました。特に、二つ目の事例については、実験の内容自体はそれほど複雑・困難な事案ではありませんでしたが、前例がなく、適切な対応ができたかどうか迷うところです。

 事実実験公正証書については、活用の場面が多く、これからも様々な事実実験についての公正証書作成依頼や相談がされることも多いと思いますが、可能な限り嘱託人の要請に応えることができればと思っています。(石山順一)

No.92 贈与者の生存中は所有権移転登記を行わないとの特約がある不動産贈与契約公正証書作成嘱託について(質問箱より)

【質 問】

「譲渡契約書」と題する不動産(建物)の贈与(親から子へ)について、司法書士から公正証書の作成を依頼されました。

次の点について、ご教示をお願いいたします。

 契約書案を見ると、

  •  譲渡人から譲受人に対する本件物件(建物)の引渡しは、本契約後速やかに行う。
  •  所有権移転登記については、譲渡人が生存中は行わない。
  •  譲渡人死亡後速やかに譲受人へ移転登記手続が行われるよう協力することを、推定相続人に対し、周知しておくものとする。

との条項があります。

 贈与については、意思表示と承諾により効力が生ずることになっています(民法549条)。

しかし、譲受人にとっては、対抗要件を備えるためには登記が必要であり、登記手続を請求する権利は持ち合わせていると思います。

上記のような対抗要件の具備を制限する規定を置くことは可能でしょうか。

 三宅正男・現代法律学全集9契約法(各論)上巻・31ページには、「物の贈与により贈与者の負う義務は、引渡の義務である。贈与者の登記手続は、不動産登記法の建前により義務とされるに過ぎず、贈与の内容即ち本来の意味での履行ではない」との記述があります。

 また、売買の効力については、改正民法では「対抗要件を備えさせる義務を負う」旨の規定(民法560条)が新設されていますが、贈与にはそのような規定は見受けられません。

 当事者双方が合意し、譲受人が不利益を甘受するのを承知の上で公正証書を作成するのであれば、可能とも思います。

 しかし、譲受人(子)が譲渡人(親)に対して移転登記手続の請求をした場合には、譲渡人(親)は拒否できないのではないかとも思いますが、いかがでしょうか。

 なお、司法書士の言によりますと、嘱託人の希望として「親の生存中には当該不動産を売らないでもらいたい」とのことです。

 嘱託人にとっては思い入れのある不動産なのかもしれません。

 そのほかに取り立てて理由はないように言っていました。

【質問箱委員会の回答】

1 契約書案の②の条項は、所有権の内容のうち他のものは速やかに移転させるものの、所有権移転登記請求権の行使時期に不確定期限を付するという内容です。

 表示の登記については、登記義務が定められている場合がありますが、これ まで権利の登記については、いつまでに登記しなければならないという登記義務に関する定めはありませんでした。

 これは、登記が対抗要件であり、通常、登記権利者が早期に対抗要件を備えたいと考えることから、登記義務の定めを置く必要まではないと考えられていたものと思われます(ただし、相続の登記については、令和3年の法律改正により、令和6年4月1日から、不動産を取得した相続人には、その取得を知った日から3年以内に相続登記の申請をすることが義務付けられることとなりました。)。

 現在のところ、贈与によって所有権が移転した場合、一定の期間内にその登記を申請しなければならないという義務はありませんが、取引の安全を確保するという登記制度の趣旨からして、実体と異なる登記をいつまでも放置しておいて良いということにはなりませんから、登記を留保するとしても、合理的な理由がある場合に、それに必要な期間内に止めるのが相当と考えます。

 なお、贈与は無償契約ですから、民法第560条の準用(民法第559条)はありませんが、民法第560条は、従来の判例を条文化したもので、これが準用されないことによって贈与者の不動産登記法上の登記義務が否定されることになったとは考えられません。

 お尋ねの場合、譲渡人の思い入れのある物件なので、自分が生きているうちに他人のものにしてほしくないという気持ちは理解できるものの、相当の程度を超えて長期間実体と異なる登記を現出させる結果となるような場合は相当ではありません。

 おって、登記を留保している間に、二重譲渡や差押えなどがあり得ることも考えると、譲受人には大きなリスクがあります。

 また、契約に譲渡制限の特約を付する方法も考えられますが、所有者の処分権限を制約するものであり、これも、合理的な理由がある場合に、それに必要な期間内に止めるのが相当であることは変わりありません。

 譲受人が承諾しているとしても、譲渡人が優越的な地位を利用して契約させた場合や、特にこれらの特約が相当な程度を超えて長期間に及ぶ場合には、その有効性に疑問が生じる場合があります。

 以上のことから、お尋ねの②のような条項を盛り込んでほしいとの要請があった場合は、まず、その理由について説明を求め(公証人法施行規則第13条第1項)、合理的な理由があるのか、またその条項の内容がその目的からして相当な範囲内のものであるのか、他にその目的をより適切に達する方法がないのか等を検討の上、他に適切な方法があれば適切な方法を教示し、それでも②のような方法を採りたいという場合には、仮登記(不動産登記法第105条第1号)をしておくことが可能かどうか嘱託人から管轄法務局に問い合わせてもらい、可能ということであれば仮登記する旨の条項を追加しておくよう促すのも一つの方法であると考えます。

2 ところで、譲渡人の前述のような希望を適切に実現する方法としては、死因贈与契約を締結する方法もあります。

 死因贈与契約であれば、所有権の移転は譲渡人の死亡時になり、それまで譲渡人の意に反して他人のものになる心配はありません。

 それまでの間、譲受人が当該物件を使用したいときは、使用貸借契約又は賃貸借契約(固定資産税相当額を賃料と定める等)を併せて締結しておけば良いことになります。

 死因贈与契約については、仮登記(不動産登記法第105条第2号)をしておくことができますので、譲受人の権利保全のために仮登記をしておくこともお勧めします。

 また、死因贈与契約に執行者を定めておけば(譲受人を執行者とすることも可)、他の相続人の協力がなくても所有権移転登記ができることになりますので、③のような条項を置く必要もなくなります。

3 ちなみに、贈与をしたという場合でも、譲受人が贈与税を納付(相続時精算

 課税制度を利用する場合も含む。)しておらず、贈与後の固定資産税の負担もしていなかったとすると、③のような特約は、本来、事実上のもので、相続人の登記への協力という法的効果を生じさせるものではありませんから、贈与契約公正証書があったとしても、他の相続人が贈与の事実を否認して、当該財産を遺産分割の対象財産に含めるべきであるとして争ってくる可能性もあります(このような場合、仮に親が生きているうちは贈与について「わかった」と言っていた相続人も、親が亡くなったとたん前言を翻すこともあり得ます。)。

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