民事法情報研究会だよりNo.35(平成30年10月)

燈火親しむの候、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
さて、本年度の後期会員セミナーは、12月8日を予定しておりますが、講師は、元広島法務局長で、最高検検事で退官後、公証人(溝ノ口)を務められ、退任後は、日本大学大学院法務研究科教授(刑訴)として教鞭を執られていた会員の加藤康榮先生にお願いしております。講演テーマは未定ですが、本年6月導入され司法取引制度についてお話いただけるものと思います。(NN)

今 日 こ の 頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

爺爺(GG)力(佐々木 暁)

私の亡父(大正9年生)は、私(昭和22年生)が物心つく頃には、それまでの馬追業(馬そり又は馬車を使って、山奥から伐採した樹木をトラックが入山できるところまで、馬で運び出す仕事)から自動車運送業に転業した。要するに輸送手段を馬から車に替えたのである。
どうやら父は、馬追より戦後急速に普及し始めた自動車を運転する方がカッコ良いと思ったようである。流行り物に敏感だったようでもある。その証拠に父のすぐ上の兄、伯父、甥などは、その後もしばらくは馬追を続けていたからである。何よりも馬の世話をしなくて良いし、馬糞の臭いよりガソリンの臭いの方がまだ良い。車は、まさに時代の先端を走っていたのである。
そんな流行り物好きの父ではあったが、車はとにかく大事にした。最初の車は、くろがね社の三輪車、その後マツダの○ハンドルの三輪車、四輪車と乗り換えて行ったと記憶している。私はいつも父の運転席の隣の助手席にいた。三輪車の時は雨や風がまともに当たった。父はこれらの車の修理、車検の下準備などの一切を一人でやっていた。田舎の国道は舗装されていなくて、いつもパンクしていた。それらの修理も全部自分でしていた・・・否、半分は、3分の1は私もいつの間にか手伝わされていた。小型トラックのタイヤのチューブを取り出すのは容易ではない。空気を入れるのも、やや大きめの空気入れで千回近く押すこととなる。修理工場は遙か隣町である。従って、車庫には修理工場に負けないくらいの工具があった。
父は、今思うと、専門の整備士よりも知識も技量も持ち合わせ、かつ、すべてのことに器用で、何事にも、かっちり・きっちり屋であった。
そのことが家族や周りの人々にとって災いの元でもあった。合わせものはどこまでもピッタリと、真っ直ぐなものはどこまでも真っ直ぐに、結び目はどこまでもキツく、揃えるものはどこまでもキッシリと、弛み、緩み、不揃い等々は一切許されない。OKが出るまで何度でもやり直しである。子供ながらに反骨精神豊かになったことは言うまでもない。が、父の仕事振りを見ていると、それらのことを難なくやっているのである。しっかりとやるだけに悔しかった。
私も成長し、中学生の頃は自転車(スポーツタイプ)、高校生の頃はバイク(ホンダ125CC)をアルバイトで得た報酬で購入して通学の足とした。隣町の学校まで約8㎞の道程を雨の日も風の日も乗った。国道は卒業まで舗装されることはなかった。従って、よくよくパンクした。全部自分で修理したことは言うまでもない。いつの間にか門前の小僧となっていた。パンクはもちろん、ブレーキの故障、チエ―ンの外れ、ライトの故障、バッテリーの充電、プラグの点検・修理等々の簡単なことはお手の物となっていた。
田舎育ち故、家業の手伝いは半強制的であり、近所の家の仕事の手伝いも当たり前の日常であった。そのおかげで大体の仕事のお手伝いはできるようになっていた。仕事は違っても要領や段取りは共通点が多い。おかげで成人となり、社会人、組織人、家庭人となっても、幼少の頃からの経験が大いに役立ち、大抵の修理や作業は自分で手がけることができる。このことだけは、亡き父に感謝している。
私が法務局に入った頃(昭和41年)からしばらくは、人事異動期の引っ越し作業、新営庁舎への移転作業が頻繁にあった。この時の段取りや荷造りは、本務以上に力を発揮したものである。
そして古稀を迎えた今、少しは何かに役立っているのだろうか。家庭内修理はほぼ完璧にこなしていると自負しているが、一番は、自転車修理である。パンクはもとより、ブレーキ、ライト、もろもろの箇所の修理である。
土・日はもちろん普段でも近所に住む孫・子らが壊れた自転車を押してくる。妻や自分の自転車も当然である。爺ちゃんは自転車屋じゃないと言いながらも孫らの直った時の笑顔が見たくて、いつの間にか工具を手にしている。ただ、車に関しては、今の車は、かすり傷程度は何とかごまかせても、その他のことはボンネットを開けてもさっぱり解らない。せいぜいがオイル点検とバッテリーとウオッシャー液の点検位である。下手に触ると故障の原因?になる。パンク修理もタイヤの構造自体がよく解らないので手を出さない。
かくして、団塊世代の筆頭爺爺にとっては、戦後の田舎で生きるための生活の中での小さな知恵や経験が、そして親の背中から授かった生活の知恵が細々と引き継がれて、今は小さな爺爺力となっているような気がする。修理だけではなく、料理、畑仕事、漁師仕事も教えられた。というよりやらされて体が覚えていた。襖張り、障子張りはお手の物である。
孫に対する爺爺力は、自転車修理の他は、野球・卓球・テニス・水泳(太平洋に限る?)・スケートまでは、ぎりぎり発揮できると自分では思っているが・・・日々(年々ではない)下降線上にある。それでもこの夏も、孫にせがまれ、カブトムシ・クワガタの採集に、大いに爺爺力を発揮して見せたものである。しかし、最近、爺爺の心を深く傷つける情報に出会うこととなる。「パンクしない自転車(タイヤ)」の出現である。参りました、残念である。
でも、でもである。孫らは日々成長する。その過程で、いつか心がパンクすることもあろう、傷つくこともあろう。その時は、いつでも心の修理ができる、必要とされる爺爺力を身につけながら、年を重ねていきたいと思うこの頃である。
さて、自慢の限り、背伸びの限り、思いつく限りの爺爺力を掲げてみたものの最早限界が見えている。会友の皆様もどうせ喜寿までもたない爺爺力だから許してやろう、言わせておこうと思ってくださっていることに感謝しながらこの辺で終わりとしたい。
我が身を我が心を古稀の風がゆっくりと流れてゆく・・・・。
さて、会友の皆様はどんな爺爺(GG)力をお持ちでしょうか。

夢受け継いで50年 未来へ羽ばたけ小笠原(佐藤 努)

本年7月、念願であった小笠原諸島を訪島しましたので、ここにご紹介させて頂きます。
1945年(昭和20年)8月にポツダム宣言を受託し、日本は、連合国軍最高司令官総司令部、所謂GHQの占領下におかれ、この被占領状態は1952年(昭和27年)4月のサンフランシスコ講和条約発効まで続きます。同条約の発効をもって国家としての全権を回復することになりますが、誠に遺憾なことに、日本のすべての領土において主権が回復した訳ではありません。ご承知のとおり奄美群島、小笠原諸島、沖縄県は、引き続きアメリカの施政権下におかれ、奄美群島は講和条約発効翌年の1953年(昭和28年)12月に、小笠原諸島は講和条約発効から何と16年後の1968年(昭和43年)6月に、そして沖縄県はそれより更に4年遅い1972年(昭和47年)5月に、やっと日本復帰が果たせたのです。
沖縄県には、復帰前にも、また復帰後にも私的に幾度となく旅行しましたし、数回出張もさせて頂きました。奄美群島には2003年(平成15年)10月に、奄美大島に出張させて頂く機会がありましたが、偶然にもこの年は奄美群島日本復帰50周年の記念の年に当たり、同年11月には奄美大島で記念式典が開催されています。そして、今回旅行した小笠原諸島も、今年は日本復帰50年目に当たり、6月30日には父島で、7月1日には母島で、それぞれ記念式典が開催されています。因みに、本稿の標題は、小笠原諸島父島に掲げられていた横断幕の標語を借用させて頂きました。
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始めに、旅行中に得た知識も踏まえて、小笠原諸島について若干ご紹介させて頂きます。
小笠原諸島は、父島、母島のほか、今なお海底火山活発な西之島、日本最南端の島である沖ノ鳥島、また最東端の島である南鳥島、更には悲劇的な激戦地となった硫黄島など、大小30余の島々からなり、南北約400キロメートルにも達するとのことです。また、東京都とは言え、東京都心部から小笠原諸島の中心となる父島までは、南南東に約1000キロメートルもあり、東京・鹿児島間が約960キロメートルですので、それより少し遠いことになります。父島の緯度は沖縄とほぼ同じ27度4分、村役場が所在し、小中高等学校が各1校宛あります。面積は23.45平方キロメートル、人口は約2000人、島民が居住しているのは、この父島と母島だけです。7月の気候ですが、最高気温は東京より3度程低く、最低気温は3度程高いとのことですし、降雨量は東京の約3分の1とのことですので、東京より快適な気候とも言えるでしょう。
戦時中、父島には海軍飛行場が建設され、零戦が配備されていたとのことですが、現在の父島に飛行場はありません。飛行場建設は島民の悲願であるものの後述するように世界自然遺産であることもあってか、都との交渉は思うように進展していないようです。従って、小笠原諸島訪島には客船を利用するしかありません。東京・竹芝桟橋と父島・二見港間に定期便「おがさわら丸」が運行しています。原則として6日で1往復、最短で5泊6日の日程となりますが、片道に約25時間を要するため、父島滞在は正味2日間となります。
ところで、2011年(平成23年)小笠原諸島は世界自然遺産に登録されました。これは、小笠原諸島では、海洋性孤島の形成と進化の過程をプレートの沈み込みの初期段階から現在進行中のものまで見ることができること、また、限られた面積の中で独自の種分化が起こり数多くの固有種がみられ、特に陸産貝類や植物、昆虫類においては、今なお進行中の過程を見ることができること(これは「適応放散」と言われ、特にカタツムリのカタマイマイ属が有名です。樹上性、地上性などの生態型により形態変化が見られ、化石種を含めて、過去から現在までの進化系列や種多様性の歴史的変遷を追うことができるとのことです。)、さらに、小さな海洋島(大陸と一度も接したことのない島)でありながら独自の種分化をとげた結果、高い固有種率となっており、世界的に重要な絶滅のおそれのある種の生育・生息地でもあることなどが評価されて登録されたとのことです。小笠原諸島の固有種は、前述のとおり天敵や競争相手の少ない海洋島の中で進化してきたことから、決して強い存在ではなく、外来種の進入に抵抗できず、個体数を減らすことになり(絶滅した種もあるとのことです。)、現在、外来種を持ち込まないようにするだけでなく、既存の外来種の駆除や捕獲対策も実施しています。
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次に、私の旅行をご紹介させて頂きます。今回は、ちょっと贅沢をしてクルーズ客船・飛鳥Ⅱを利用して小笠原諸島父島に行ってきました。5泊6日の行程で、父島には2日間停泊します。旅行初日、夕方に横浜港大桟橋を出航し、2日目は1日中クルージング。船内では、サルサ楽団として世界的に有名なオルケスタ・デ・ラ・ルスのスペシャルステージを楽しみ、また、小笠原諸島が世界自然遺産に登録する際、推薦書を作成された脇山成二氏(一般社団法人自然環境研究センター上席研究員)の講演を拝聴しました。船上での時間に飽きること無く瞬く間に2日目が過ぎ、3日目の早朝には、父島・二見港に入港しました。二見港には全長200メートル以下の船舶しか接岸できないため、錨泊(ブイ係留)となり、飛鳥Ⅱに常備されている救命艇兼用のテンダーボートで上陸することになります。
父島での1日目、早速、遊漁船にて父島の南西約1キロメートルの沖合に浮かぶ南島及びその周辺海域を観光しました。南島の周辺海域は世界自然遺産区域であり、南島自身は国の天然記念物の指定を受け、厳しい上陸制限が課されています。南島への往路、幸運にも海上を飛ぶトビウオや海中を泳ぐウミガメに遭遇し、また、海岸淵には戦時中日本軍が設営したトーチカが見られました。遊漁船の若い船員によれば、このトーチカはアクセスが大変なものの夕日が美しく、恋人達のデートスポットになっているとのことです。南島は0.34平方キロメートルの小さな無人島ですが、周辺には大小、様々な岩礁が隆起し、カルスト地形が海中に沈降した沈水カルスト地形が見られる貴重な区域となっています。南島及びこれらの岩礁には、鋭く尖った岩(「ラピエ」)が幾重にも見られ、また、荒波によって浸食された洞穴があるなど、透明感のある青く美しい海上に幾つもの奇岩が居並ぶと言った絶景に感嘆しました。写真マニアでない私であっても、シャッターを切りまくってしまいました。南島には残念ながら上陸しませんでしたが、同島にある窪地(「ドリーネ」)は扇池と呼ばれ、真っ白な砂浜(この砂浜、アオウミガメの産卵場所とのことです。)に囲まれた美しい水辺と青い海が大地を砕いた洞穴で繋がっていると言う風景は、スタジオジブリ作品「紅の豚」の隠れ家のモデルになったと言われています。
昼食は父島の中心地である大村に戻り、小笠原諸島での食文化の知見を深めるべく、有名な洋辛子を使用した島寿司と、カメの刺身を食べてみました。島寿司は不思議にも何の違和感も無く食べられましたし、またカメの刺身は赤身で臭いも無く、弾力があって美味しいものでした。
午後は、文禄2年(1593年)に創建された大神山神社をお参りしました。宮司さんは研修中のため不在でしたが、居られるときはタコノキ(固有種)の葉細工でできたウミガメのお守りをいただけるそうです。この神社、200段近くある階段を登った高台にあるので、二見港や珊瑚礁による美しい海岸である大村海岸を観望でき、南国の青く清々しい風景を楽しむことができました。
父島2日目は、小笠原諸島における自然、歴史、文化に関する情報を収集すべく、大村海岸沿いに建設された「小笠原ビジターセンター」に行きました。同センターには、戦前・戦後の島民の生活を知る貴重な写真や資料が展示されていたほか、世界自然遺産に関するDVDも放映され、大変勉強になったのですが、残念なことは全て撮影禁止となっていました。
午後は、折角小笠原諸島に来た以上は海水浴を楽しもうと、大村からバスで20分程の小港海岸に行きました(この小港海岸のバス停は、東京都最南端のバス停とのことです。)。小港海岸は白い砂浜が300メートル程続く、波穏やかな開放感のある海岸で、素足でも遊泳できます。海岸には、飛鳥Ⅱに乗船してきた旅行者10名程しかいない上、海水浴を楽しんでいるのは外国人の老夫婦と私と妻の4人程で、プライベートビーチのような、ゆったりとした贅沢な時間を過ごすことができました。岩場でのシュノーケリングでは、南海の色鮮やかな魚は見られなかったもののナマコが居たのには仰天しました。
こうして父島での2日間も終わり、夕方には、係留していた縄を解き、飛鳥Ⅱは帰路に就くのですが、その際、多くの遊漁船等が併走し、南島を案内してくれた若い船員を含む多くの島民の方々の見送りを受けました。お互いに、大声で、別れとお礼の言葉を交わしていると、ほんの一瞬の出会いであったにも拘わらず、いや、それだからこそか一層胸が熱くなってしまいました。
旅行5日目はクルージング。船内では、マスコミでお馴染みの脳科学者・茂木健一郎氏による「脳と自然」と題する講演等が開催され、これまた瞬く間に時は過ぎ、6日目の早朝、横浜港大桟橋に接岸、これにて全行程が終了しました。天候に恵まれたこともあって、殊の外海・空ともに青く、心地よい波音など癒やしの時間・空間を体感でき大変満足な旅行となりました。
日本復帰50年、ますます魅力増す小笠原諸島に、皆様も、是非行かれてみては如何でしょうか。

水戸黄門とAI(安田錦治郎)

昭和から平成に時代が変わる頃、私は法務総合研究所事務局三課で法務局職員を対象とした研修業務に従事していました。当時は研修カリキュラムも余裕があり、研修半ば頃、研修生、教官、事務局担当者が一緒に箱根まで足を運び一泊して親交を深める一大行事がありました。
夕刻になると懇親会が催され、恒例の出し物大会が始まります。ブロック対抗で工夫を凝らした出し物が披露され毎回おおいに盛り上がります。旅館からクレームが寄せられることも少なくありませんでした。教官と事務局担当者も出し物を披露するのですが、水戸黄門の寸劇が恒例となっていました。
シナリオは毎回事務局担当者が書き下ろしていましたが、勧善懲悪のワンパターンストーリーといえども、出演者が毎回入れ替わり、それぞれの個性に合わせた話しを展開させていくため、シナリオ創りは悩みの種でした。
研修三部長は大概チンピラ役で、早々に助けさん、角さんに足蹴にされ切り捨てられ、難しい考査問題を出し研修生からは悪評の教官も悪代官か悪党親分役で、最後は土下座といったいつもどおりの展開となりますが、いかに観客受けするかギリギリまで悩み、結局は旅行前日に徹夜してなんとか書き上げ、新宿発のロマンスカーに乗り込むというのが常でした。
懇親会開催の1時間前に出演者全員が部屋に集まり1回だけリハーサルを行い本番に臨むこととなります。もちろん台詞は覚える時間はありませんからシナリオを手に持ちながらの本番ですが、持ち込んだ芝居道具でにわか役者となった教官の皆さんの姿、そしていつも厳しい教官が足蹴にされるさまは、毎回研修生の皆様には大受けで、にわかシナリオ作家の苦労が報われるときでした。

数分間の寸劇でもシナリオ創りにはずいぶんと苦労したものですが、今話題のAI、すなわち人口知能は、小説や作曲といったこれまで人間の専売特許とされてきた創作分野にもどんどん進出してきているようです。水戸黄門のような筋書きがほぼ決まった勧善懲悪ものは、むしろAIの得意とするところのようです。
2045年には、いよいよ人口知能が人知を超える「シンギュラティー(特異点)」を迎えると言われています。人間の配下の存在であったAIが人間の存在を脅かす存在になってしまうかもしれません。
これまでもSF映画では、AIが兵器をコントロールし、人間を支配するといった作品がいくつかありますが、もっとも現実的で恐怖と考えられているのが、人間の仕事をAIが代替してしまうというものです。多くの人間が失業してしまうのではないか、ということが真剣に議論されています。
単純労働の分野だけでなく、むしろ経営者、医師、会計士、教師、法律家などの高度のコミュニケーション能力と高度な専門性が要求される分野こそAIの進出が加速するといわれています。たとえば、社長業務の内、人事業務といった負担の大きい部分はAIに任せ、人間は会社を左右するような戦略的判断に特化する、といったことを研究開発している企業が既にありますし、弁護士の世界でも、アメリカでは膨大な裁判判例を検索するためにAIを活用することが既に現実となっています。近い将来にAIの裁判官、弁護士、AIの公証人が登場することはないでしょうが、遠い将来はどうなることでしょうか。
AIは、法律がこれまで全く想定しなかった新たな問題を生み出すことになるかもしれません。その一つが、高齢者とAIの問題です。昔、AIBOという犬型ロボットがありましたが、ロボットとしての能力は現在に比べかなり低いものでしたが、長年一緒に接していると愛着がわき最後は供養までしてあげる、といった話を聞いたことがあります。
高齢で配偶者を亡くした人はなかなか話し相手を見つけることが難しく、孤立化していくケースが多いといいますが、これを防ぐために話し相手としてAIが活用されていくだろうといわれています。AIは相手に合わせて話し相手になってくれ、どんなわがままも聞いてくれるわけですから、人間以上に愛着がわいてくることは間違いないでしょう。
2045年頃には、人間とAIとの間で、結婚、離婚、相続といった問題が発生し、法律家の頭を悩ます時代になっているかもしれません。

AIの進出がもはや止まることはないでしょうから、人間は、AIとのつきあい方を真剣に考えないといけない時代が確実にやってきます。判断に間違いがなく、失敗もしない、さらには悩みも抱えないAIが支配する社会よりも、失敗や間違いをし、悩みだらけで弱い人間が支え合う、水戸黄門の物語が成立する社会がこれからも続いていくことを願いますが、はたしてそれが許される時代がくるのでしょうか。

 

実 務 の 広 場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.63 家族信託契約の当初受託者の任務が終了し、新たな受託者を選任する必要がある場合の選任権者について

先日,あるNPO法人が主催する研修会に出席したところ,主に遺言に関する内容であり,その講義の終盤で講師から,「最近は,家族信託という制度を利用する方も増えている」との説明がありました。
「家族信託」は,委託者本人の生活を護り,また,その大切な資産を承継遺贈するという仕組みであるとされ,成年後見制度,遺言や相続制度を補完するといわれており,最近,利用する方が増加しているようです。

家族信託公正証書の作成については,本研究会だよりNo.31に小鹿先生が投稿されており,いつかは作成依頼があるであろうとは思っていましたが,いよいよ当役場にも,資格者から家族信託契約を公正証書により締結したいとの依頼があり,案文が送付されてきました。
その内容を確認したところ,当初受託者と新受託者(後継受託者)に関する定めがされており,指定された新受託者が信託の引き受けをせず若しくはこれ(引き受け)をすることができないときは「信託法第62条の定めにかかわらず,受益者又は信託監督人が単独で選任できる。」との定めがありました。
家族信託において「受託者」は,信託の事務を遂行する者であり,最も重要な関係人であることから,その内容を慎重に検討する必要があると判断したものの,実務先例等が見当たらないこともあり,私なりに,次のような検討をしてみましたので,ご紹介いたします。

信託契約の制度設計にもよるでしょうが,信託の開始から終了・清算までは相当長期間となることが見込まれ,委託者はもとより,受託者が死亡,後見開始又は保佐開始の審判を受けることも考えられます。
受託者にこのような事由が発生したときは,受託者の任務は終了し,新たな受託者が就任しない状態が1年間継続したときは,信託そのものが終了してしまう(信託法第163条3号)ため,新受託者の選任規定は重要となります。
信託法第62条第1項では「委託者及び受益者は,その合意により,新受託者を選任することができる。」とあり,合意が整わない場合には「裁判所は,利害関係人の申立てにより,新受託者を選任することができる。」(同条第4項)とされており,さらには,委託者が現に存しない場合「第1項の「委託者及び受益者は,その合意により」を「受益者は」とする。」(同条第8項)とされています。
これによると,委託者が死亡後であれば,受益者が単独で新受託者を選任することができそうですが,信託監督人が単独で新受託者を選任することができるのかどうかが疑問となります。
信託監督人の権限については,同法第132条に規定されており,「新受託者となるべき者として指定された者に対し,・・就任の承諾をするかどうかを・・催告することができる。」権限を有しているものの,新受託者を選任する権限までは認められていないようです。
しかし,同条のただし書きには,「信託行為に別段の定めがあるときは,その定めるところによる。」とあり,法に定められた権限以外にも,権限を付与してもよいようにも考えられます。
この「別段の定め」との文言は,同法に散見され,一見自由に信託契約を設計できそうではありますが,当然限度はあるはずです。
信託監督人は,受益者が自ら受託者の監督を適切に行えないときに,これを補完的に行う機関として,受託者を監督するために必要な権限(同法第92条に規定された受益者の権利のうち,受益権の放棄等一定の権利を除くものの行使権限)のみが与えられていることからすると,信託監督人の権限を拡大する必要は考えられず,むしろ,この場合の「別段の定め」は,信託監督人の権限を限定する必要があるときに使われるべきものではないかと考えられます。
この点に関して,①「信託法(道垣内弘人著・有斐閣)374頁では「権限範囲について,信託行為における別段の定めは許容されているが(132条1項ただし書き),各受益者の自益的な権利についてまで信託監督人の権限とすることはできず,結局,より制約する定めのみが許されるというべきである。」とされており,また,②条解信託法(弘文堂)597頁では「本条(132条)1項本文に挙げられていない権利の行使を信託監督人に認める旨の信託行為の定めは,どうか(権利の行使を認めてよいか)。そのような権利の代表的なものとして,受益債権の行使及び受益債権の弁済の受領,信託に関する意思決定に係る権利がある。このうち,受益債権の行使及び受益債権の弁済の受領を信託監督人に認めることは,受益者に帰属する個人的な利益を他人である信託監督人が固有の権限として消滅させることができるということであるから,受益権を受益者に権利として与えたことの法的意味を失わせる結果となる。(中略)信託に関する意思決定にかかる権利は,受益債権のように個人的な利益の実現に直接関わるものではないが,受益権(そこに含まれる受益的利益)の内容の変更にもつながりうるものであり,受益債権の行使等と区別すべき積極的な理由はないと思われる。したがって,本条(132条)1項本文に挙げられていない権利行使を信託監督人に認める旨の信託行為の定めも,効力を認められないと解すべきである。このように解したとしても,それらの権利を他人に行使させるための制度として受益者代理人の制度が設けられており,その利用が合理的であるから,実質的に不都合を生ずることもないと思われる。」とされています。
本件については,以上の趣旨を資格者に伝えたところ,公正証書を作成する段階において,あらかじめ新たな受託者を指定しておくという,あっけない結果となりました。

家族信託契約全般にわたる事案ではなく,誌友の皆様には,必ずしも参考とはならないかもしれません。ただ,前述のように,信託法は,信託行為における『別段の定め』を数多く許容しています。この別段の定めが万能のものではないことは当然であるものの,その規定内容が許容されるかどうかについて判例,先例等の積み重ねがない現段階では,当面,「別段の定め」が規定する権利の主体,権限の内容並びに付加又は規制する権利,利益の主体及び内容等を当該条項や信託法全体の趣旨を勘案した上で,解釈で判断していかざるを得ない局面があろうかと思います。
今後,家族信託契約が増加していくであろうことを考え,あえて紹介させて頂きます。
(竹村政男)

No.64 移行型の任意後見契約と家族信託契約を併用する公正証書作成に関する疑義について。(質問箱より)

【質 問】
行政書士から、別添のとおり、移行型の任意後見契約と家族信託契約を併用する公正証書作成依頼がありました。
委託者及び委任者はA(父)であり、信託契約にあっては、受託者をB(孫)、当初受益者をA、後継受益者をE(長女)とD(長女の夫かつ養子)とし、後継受託者をC(孫)、信託代理人をF(孫)とするもので、任意後見契約にあっては、任意後見受任者をEとするものです。
信託契約と任意後見契約の併用については、利便であるとして推奨されているところ、件数的には現段階では少ないものと承知していますが、今後増加することを念頭にすると、考え方を固めておく必要性を感じています。このような趣旨から以下の事項について疑義(やや自信がない。)がありますので、質問箱に質問をさせていただきます。
〈信託契約について〉
1 第2条について
信託の目的として、当職は、「本信託は次条、第4条記載の不動産及び金銭等金融資産を信託財産として管理運用及び処分、その他本信託目的の達成のために必要な行為を行い、受益者に生活・介護・療養・納税等に必要な資金を給付することにより、受益者の幸福で安定した生活及び福祉を確保することを目的とする。」を示したが、嘱託人は、別添のとおりを依頼主が希望しているとしてきた。
「(2) 委託者の財産管理の負担を低減すること。」は、目的ではなく結果というべきと思われるがいかがか。
2 第6条第2項について
後継受託者の就任事由について、「死亡その他の原因により信託事務を行えなくなった場合」は曖昧であって信託行為に別段の定めがあるとはいえないと思われるため、「信託法第56条第1項各号に掲げる事由により当初受託者の任務が終了したときの後継受託者は次の者とする。」が相当と考える。
3 第11条について
受益者代理人の就任原因を「受益者が、受託者に対し書面による意思表示を行った場合」に限定しているが、後見契約と併用する趣旨等を勘案すると、受益者の判断能力が低下することを前提にしていないため相当ではなく、「本信託の受益者につき後見開始若しくは保佐開始の審判を受けあるいは任意後見契約が発効したとき、又は受益者が、受託者に対し書面による意思表示を行った場合、直ちに次の者を受益者代理人として選任する。」が相当と考える。
4 第16条について
信託報酬額の決定に関して受益者に絶対的な権限を付す旨の規定は、事後のトラブルに発展しかねないのでいかがか(遠藤「新しい家族信託」280ページ)。
〈任意後見契約について〉
1 代理権目録15及び16について
本人が信託契約の受益者であるときの、受益権の代理行使は目録に記載可能と思われるが(大野重國「信託フォーラム9号」29ページ)、固有財産の追加信託としての引渡しは問題があると考える。
けだし、追加信託は、信託法には直接規定はないが、可能であるとされているところ、追加信託をすることができるのは委託者本人に限られ(先の遠藤弁護士の講演資料)、任意後見発効後は判断能力がないと考えるのが相当で、かつ任意後見人の権限は身上監護・財産管理であることを勘案すると、追加信託財産の引渡しを行うことは矛盾する。
〈委任契約について〉
1 代理権目録8及び9について
上記の趣旨から、判断能力が有ることを前提にした委任契約に記載することは不相当。

〔別添〕
不動産及び金銭等管理運用処分信託契約
(契約の締結、趣旨)
第1条 委託者Aは、受託者Bに対し、次条記載の信託の目的達成のため、第3条記載の財産を信託財産として管理処分することを信託し、Bはこれを引き受けた。
(信託目的)
第2条 本信託の目的は、以下のとおりである。
委託者の不動産及び金銭等金融資産を信託財産として、受託者が管理運用及び処分、その他本信託目的の達成のために必要な行為を行うことにより、
(1) 受益者の幸福で安定した生活及び福祉を確保すること。
(2) 委託者の財産管理の負担を低減すること。
(3) 財産の承継を実現すること。
(信託財産)
第3条 当初の信託財産は、別紙「信託財産目録」記載の不動産(以下「信託不動産」という。)及び金銭等金融資産(以下「信託金融資産」という。)とする。
(追加信託)
第4条 委託者は、本件信託財産に不動産及び金銭の追加信託をすることができる。
2 第1項の追加信託をする場合、不動産の追加については、本信託に基づく所有権移転及び信託の登記手続きを行い、金銭の追加については、委託者は受託者指定の銀行口座への振込により行うものとし、受託者は、振込を受けたときは、速やかに追加信託を受けた旨を委託者に対し報告を行うものとする。
(信託財産責任負担債務)
第5条 (省略)
(受託者)
第6条 本信託の当初受託者は、次の者とする。
当初受託者 住所 ○○市△△町1230番地
続柄 委託者の孫
氏名 B
生年月日 昭和  年  月  日
2 信託が終了する前に前項の受託者が死亡その他の原因により信託事務を行えなくなった場合には、以下の者を後継受託者とする。
後継受託者 住所 ○○市△△町1230番地
続柄 委託者の孫
氏名 C
生年月日 昭和  年  月  日
3 受託者は、善良な管理者としての注意義務を持って事務処理を行うものとする。
(受益者)
第7条 本信託の当初受益者は、委託者 A とする。
2 当初受益者死亡後の後継受益者は次の者とし、受益権割合は2分の1ずつとする。ただし、当初受益者死亡以前に第二次受益者の一方が死亡していた場合、他方の第二次受益者が全ての受益権を取得する。
第二次受益者 住所 ○○市△△町1230番地
続柄 委託者の養子
氏名 D
生年月日 昭和  年  月  日
第二次受益者 住所 ○○市△△町1230番地
続柄 委託者の子
氏名 E
生年月日 昭和  年  月  日
3 第二次受益者 Dが死亡した場合、Dの受益権は消滅し、Eが全ての受益権を取得する。
4 第二次受益者 Eが死亡した場合、Eの受益権は消滅し、Dが全ての受益権を取得する。
(受益権)
第8条 (省略)
(信託期間)
第9条 (省略)
(信託終了の協議)
第10条 (省略)
(受益者代理人)
第11条 本信託の受益者が、受託者に対し書面による意思表示を行った場合、次の者を受益者代理人として選任する。
受益者代理人 住所 ○○市△△町1079番地2
続柄 当初受益者の孫
氏名 F
生年月日 昭和  年  月  日
2 受益者の1名が前項の意思表示を行った場合、受益者代理人はその意思表示を行った者の代理人とする。
3 複数の受益者が第1項による意思表示を行った場合、受益者代理人は原則として全員の代理人とし、それぞれの受益者の状況を考慮し、各受益者の安定した生活のため、公平に受益権を享受できるようその権利を行使することとする。
(信託財産の管理運用処分及び給付の内容等)
第12条 (省略)
(その他の管理等に必要な事項)
第13条 (省略)
(契約に定めのない事項の処理及び契約の変更等)
第14条 (省略)
(清算受託者及び帰属権利者等)
第15条 (省略)
(信託報酬)
第16条 受益者は受託者の報酬を決定し、支給する権限を有することとし、受益者が複数の場合は、受益者全員の合意が無ければ当該報酬を支給することはできない。また、報酬額は原則として月額10万円若しくは信託不動産の年間賃料収入の5パーセントを月額換算した金額のうち、いずれか低い方の金額とし、毎月末日に支給する。なお、受益者は報酬額を決定することにつき、特に必要な場合は専門的知識を有する第三者に相談することができる。
別紙 信託財産目録(省略)

委任契約及び任意後見契約
契約の内容は、委任者をA、受任者をEとして、日本公証人連合会の文例とほぼ同一で問題はないと考えているが、代理権目録が以下のとおりであり、アンダーライン部分に問題がある。
代理権目録Ⅰ(委任契約)
1 不動産、動産等全ての財産(信託財産に属するものを除く。)の管理、保存
2~7 (省略・・・一般的)
8 Aさんが別途契約締結している不動産及び金銭等管理運用処分信託契約に基づく金銭の受領に関する事項
9 Aさん固有の財産を当該信託契約の追加信託として受託者へ引渡しに関する事項
10 (省略)
代理権目録Ⅱ(任意後見契約)
1 不動産、動産等全ての財産(信託財産に属するものを除く。)の保存、管理及び処分に関する事項
2~14 (省略・・・一般的)
15 Aさんが別途契約締結している不動産及び金銭等管理運用処分信託契約に基づく金銭の受領に関する事項
16 Aさん固有の財産を当該信託契約の追加信託として受託者へ引渡しに関する事項
17以降 (省略)
同意を要する特約目録
Eさんが下記の行為を行うには、個別に任意後見監督人の書面による同意を要します。

1 居住用不動産の購入及び処分
2 不動産その他重要な財産(信託財産に属するものを除く。)の処分
3 Aさん固有の財産を当該信託契約の追加信託として受託者へ引渡しに関する事項
4 弁護士に対する民事訴訟法第55条第2項の特別授権事項の授権を含む訴訟行為の委任
5 復代理人の選任

【質問箱委員会回答】
〈信託契約について〉
質問事項1について
信託契約(信託法第3条第1号)による信託の仕組みは、委託者が受託者に対して信託財産の譲渡等の処分を行い、受託者が信託財産の管理又は処分及びその他の行為を通じて受益者に受益権を享受させることにより、信託契約によって定められた「一定の目的」(信託法第2条第1項)を達成するものであるところ、ご質問の「(2) 委託者の財産管理の負担を低減すること。」は、委託者の財産を信託財産として受託者に譲渡することの反射的利益として実現されるものであり、受益者に受益権を享受させることによって達成される信託法第2条第1項の「一定の目的」とは異質のものと言わざるを得ません。
ただし、委託者の財産管理の負担低減も、信託契約締結の目的ないし動機の一部ではあることから、これが信託契約本来の「一定の目的」に追加して記載されていたとしても、信託契約そのものを無効としてしまうような違法な記載とまでは言えないものと考えます。

質問事項2について
新受託者の選任に関する信託法第62条第1項及び第2項は、「第56条第1項各号に掲げる事由により受託者の任務が終了した場合において」と規定しているところ、「死亡その他の原因により信託事務を行えなくなった場合」という規定もこれと同様のものと解する余地はありますが、ご質問の案による方が明確であり、後日の紛争防止という観点から、より適切であると考えます。

質問事項3について
後日の紛争防止という観点から、ご質問の案のとおり、将来の判断能力低下に備える内容も含めておいた方が、より適切であると考えます。
なお、第1項をご指摘のように変更した場合、第2項の「受益者の1名が前項の意思表示を行った場合」は「受益者の1名が前項に該当した場合」と、第3項の「複数の受益者が第1項による意思表示を行った場合」は「複数の受益者が第1項に該当した場合」と改めることになります。

質問事項4について
受託者の報酬は、「信託行為に受託者が信託財産から信託報酬を受ける旨の定めがある場合に限り、信託財産から信託報酬を受けることができる」(信託法第54条第1項)とされており、「信託報酬の額は、信託行為に信託報酬の額又は算定方法に関する定めがあるときはその定めるところにより、その定めがないときは相当の額とする」(信託法第54条第2項)とされています。
そして、信託報酬の額についての定めがないときは、「受託者は、信託財産から信託報酬を受けるには、受益者に対し、信託報酬の額及びその算定の根拠を通知しなければならない」(信託法第54条第3項)とされています。
したがって、信託報酬については、まず信託報酬を受ける旨の定めが必要なところ、別添の不動産及び金銭等管理運用処分信託契約第16条の規定は、受益者に報酬の決定及び支給の権限があること及び受益者が複数の場合に受益者全員の合意がなければ報酬の支給ができないことを定めているところ、「受託者が信託財産から信託報酬を受ける旨の定め」としてはあまり適切な表現ではなく、後日の紛争防止の観点からは、①受託者が信託財産から信託報酬を受ける旨、②信託報酬の額又は算定方法に関する定め、③受益者が信託報酬の額を変更することができる旨を、明確にしておくのが相当と考えます。
一例としては、「受託者は、毎月末日に信託財産から信託報酬を受けるものとし、その額は月額10万円又は信託不動産の年間賃料収入の5パーセントを月額換算した金額のうちいずれか低い方の金額とする。ただし、受益者は、信託報酬を相当な額に変更することができるものとし、受益者が信託報酬額を決定するにつき、特に必要な場合は専門的知識を有する第三者に相談することができる。なお、受益者が複数の場合、信託報酬額の変更の決定は受益者全員の合意がなければならない。」のように変更することが考えられます。

〈任意後見契約について〉
質問事項1について
代理権目録Ⅱ(任意後見契約)15の受益権に基づく金銭給付の代理受領については、特に問題ないものと考えますが、16の追加信託として本人の固有財産を受託者へ引き渡すことには、問題があります。
そもそも、本人の財産の管理は任意後見人の本来業務であり、本人の生活及び療養看護のため必要な場合には本人の固有財産の処分もできますが、本人の固有財産の保全等を目的とした任意後見制度支援信託を利用する場合以外、任意後見人が自ら財産管理を行わずに信託制度を利用することは、任意後見制度の趣旨から相当ではありませんし、仮にあらかじめ本人が追加信託をすると決定しておいた財産についてその履行行為を行うことだけを委任するという趣旨であるならば、追加信託する財産を具体的に特定した上でその履行行為に必要な事項を記載しておく必要があるものと考えます。
また、任意後見契約の受任者であるEが信託契約の第二次受益者となっていることから、利益相反行為ともなりかねませんので、特に慎重な対応が必要となります。

〈委任契約について〉
質問事項1について
代理権目録Ⅰ(委任契約)8の受益権に基づく金銭給付の代理受領については、任意後見契約の場合と同様特に問題はないものと考えます。
9の追加信託として本人の固有財産を受託者へ引き渡すことについては、受任者には財産の処分権限がないことから、委任者が自ら追加信託することを決定した場合にその履行行為のみを代理して行うという趣旨の規定であるとしても、不動産の追加信託の場合の登記申請の代理権を証する書面としてはこのような包括委任は適当でないと考えますので、任意後見契約について述べたのと同様に、追加信託する財産を具体的に特定した上でその履行行為に必要な事項を記載した委任事項とするか、この委任契約とは別の個別の委任行為とするのが相当と考えます。
また、移行型任意後見契約の委任契約にかかる代理権の濫用等の指摘を受けて、この場合の代理権の範囲を日常的な事項等に限定して作成するなどの工夫をしていることも踏まえて、委任事項の内容については慎重に検討しておく必要があるものと考えます。

 

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