民事法情報研究会だよりNo.25(平成29年2月)

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立春の候、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。 さて、本年度予定した事業は、この2月号の発行をもっておおむね終了しました。民事法情報研究会だよりについては、本年度は9月号と11月号を臨時に増刊し、実務の広場の記事を増やして現職公証人の会員への利便を図りましたが、会員情報誌としての性格上、記事の構成のバランスをどうするか、今後の検討課題となっています。ご意見があれば、お寄せください。 また、会員交流事業については、次年度は、6月17日(土)に定時会員総会・セミナー・懇親会を、また12月9日(土)にセミナー・懇親会を予定しておりますので、よろしくお願いします。 なお、4月に入りましたら、新年度の会費納入のご案内をお送りいたしますが、都合により本年度限り退会を希望される会員は、3月末日までに郵便・ファックス等でお知らせください。(NN)

「まさか」で済まされない時代(副会長 小林健二)

最近、高齢者ドライバーによる悲惨な事故が相次いで起きている。アクアセルとブレーキを踏み間違えたということが原因のようであるが、高齢者になると本来ありえないことが起きてしまうということであろう。ただ、このような高齢者が絡んだ事故に関する新聞記事等を見ても、まだ、自分には関係ない記事と思いがちであるが、最近、立て続けに、こんなことはあり得ないと思われることに遭遇した。 一例は、最寄り駅の上りのエスカレーターに乗っていた時、私の前に老夫婦がいて、先にいた夫がその後ろにいた奥さんに乗りかかるように突然倒れ、そのあおりで私も二人を支えきれず、私の後ろにいた家内を巻き込んで倒れてしまった。 エスカレーターに乗るときは、前の人との間隔は、階段状の板一枚程度しかないことが多く、足元は前に進んでいるので、上半身が前から押されるといとも簡単に後ろに転がってしまうのである。とっさにベルトを強くつかんだので、後ろに勢いよくひっくり返るということはなく、大事にならずに済んだが、傾斜がついていることもあって仰向けに倒れてしまうこととなった。 もう一つの例は、夕方、車を運転中、踏み切り待ちをしていて、遮断機があいたので、前の車に続いて、発車しようとしたところ、前の車と私の車の間に、私から見て左前方から自転車に乗ってきた初老の男性が自転車と共に突然倒れ込んだのである。もちろん慌ててブレーキを踏んだ。自転車が接触した感じもなかったが、とりあえず声をかけたところ、男性はすぐに立ち上がり手を挙げて「すいません。」と言いながら去っていった。この踏切は、渡った先も混むので、前の車が渡り切っても、更に余裕がないと発車できないところであり、ゆっくりとした発車せざるを得ないという事情もあったことで、事なきを得た。 インターネットで、エスカレーター事故や自転車事故を検索すると、「エスカレーターでの事故にご用心 都内だけで年間1000件以上!」とか、「高齢者に多い自転車乗用中の事故」とあり、意外にエスカレーター事故や自転車事故が多いのに驚く。そこでは、高齢者の加齢に伴う平衡感覚等の衰え足腰の衰えが原因となる事故が増加していると、警鐘を鳴らしている。 私自身、今回の出来事に遭遇しても、高齢化に伴って生じる事故は、身近でも起きることがあるのだという程度にしか思っていなかった。しかし、振り返ってみると、かつて、問題なくできたことが最近スムーズにできなくなっていることに気付く。例えば、様々なスイッチを度々消し忘れたり、一度できれいに収まった車庫入れが何回も切り返しが必要になったり、いくつかの用事の一つをうっかり忘れたり等いろいろある。何も考えなくてもスムーズにできていたことが、前の通りにはできなくなっており、「うっかり」をなくするために何か工夫をしなければできなくなっている。いくら気持ちは前向きであっても、高齢者から準高齢者と言い換えられも、能力低下が始まっていることを認めざるを得ない。皆さんは、いかがでしょうか。 遭遇したありえない出来事も、転んだ本人にとってみれば、まさか、こんなことを起こすなんてと思ったことであろう。でも、着実に、自分もその者と同じ年齢に近づいているわけであり、そう思うと、他人事と笑っていられない。自分もいつ加害者になるかもしれないのである。個人差はあるが、高齢者の行動には、大丈夫だろうという安易な予測は当てはまらないということであり、高齢化するということは、加害者となるか被害者となるかは別として、思わぬ出来事が常に起きる危険性を抱えているということなのであろう。 ところで、現在65歳以上の者は日本の人口の3割弱であるが、平成72年(2060年)には4割となる、いわゆる「超高齢化社会」になるという予測を盛り込んだ「高齢社会白書」が閣議決定されたとのことであり、人口の4割が高齢者ということになると、今は、特定の老人についてのみ発生した、思わぬ出来事として片付けられていることが、日常的に起こりうる出来事になるということになろう。そうなると、「まさか」では済まなくなる時代がやって来るということになる。 きたるべき高齢化社会に向けて、自動ブレーキが付いた車の開発等が行われており、それは、もちろん、必要で有意義な取り組みの一つであるが、機械だけではなく、身体能力や判断能力が衰えてくる高齢者を前提にした、公共の場における設備や通行のルール作りの見直しが必要になってきているのではないかと思う。 これまでの、公共の場における設備や通行のルールは、健常者の身体能力や判断能力を中心に設定され、それを補うように身体の不自由な人の身体能力も考慮して作り上げられているが、人口の4割が高齢者ということになると、「平衡感覚の衰えた人」、「足腰の弱い人」だけにとどまらず、「聴覚」、「視覚」、「嗅覚」等あらゆる能力が健常者に比べて劣ることとなるので、このような能力の劣る高齢者を前提にした、公共の場における、ドアー、階段、トイレ、エスカレーター、エレベーター等各種設備のあり方、電車、バス等公共交通機関の設計、あるいは歩車道の通行地帯における新たなルール作りが求められているのではないかという感じがしている。

今 日 こ の 頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

第3の人生は成年後見制度の活性化で! NPO法人高齢者・障害者安心サポートネット― 森山 彰)

 1 はじめに 福岡・東京間は飛行機に乗れば、すぐに着く。しかし、生活感覚から言えば、東京は、私の住む筑紫野市(福岡)からは実に遠い。東京に限らず、遠隔地の情報は、メディアが提供する以外は、ほとんど接する機会が無いからかもしれない。そんな中、「民事情報研究会だより」は、その昔、一緒に仕事をした同僚や後輩の情報や消息を伝えてくれる。有難い話である。 そこでの最関心事は、第2の人生を終えられた皆さんの第3の人生の送り方である。悠々自適の生活を選ぶ人もいれば、趣味三昧の人、家事や介護に追われる人もいれば、サークル活動に熱心な人、いろいろのボランティアを楽しんでいる人、十人十色で,人様々である。そんな人達の近況話に接するにつけ、大変羨ましく思ったり、賛同したり、時に同情したりもする。 私達が現役の頃は予期し得なかった、このような長寿社会になると、生き甲斐ある人生とか、充実した人生を送れたというためには、第3の人生をどう生きるかが、大変重要な意義を持つようになったと思う。 そこで、第2の人生を終えて、これから、第3の人生の選択が必要となる皆さんのために、何らかの参考になればという少し出しゃばった思いと、折角の機会だから、当法人すなわち安心サポートネットの理念を啓発、宣伝して、いささかでも、共鳴者を増やしたいという思いがあって、拙稿を投稿するに至った次第である。

2 第3の人生はボランティアで! 私自身筑紫公証役場公証人を拝命して2・3年後には、第3の人生をどう送るかという課題に向き合った。自らの性向を「小人閑居して不善をなす。」類であることをよく認識していたからである。そのうち、公証役場の運営が地域住民の皆さんの信頼と支援によることを実感するようになると、地元への恩返しの意味も含めて、「第3の人生は、ボランティアによる社会貢献!だと決心し、できれば、恒久的に持続可能な社会貢献がベストだと思った。 その当時、九州国立博物館が設立準備中であった。そこで、最初は、多数のボランティア活動で支えられた、あの有名なスミソニヤン博物館の例にならって、催し物の企画のボランティアを志し、設立準備会に参加した。 ところが、平成12年成年後見制度の創設を知るや、「第3の人生は、これだ!と迷うことなく飛び付いた。その当時、いわゆる「老人病院」では、魔の3ロック(注1)より寝たきり老人が急増し、また、他方では、親族による着服等の無法行為が横行する等、高齢者を取り巻く劣悪な環境を憂慮していたからである。

注1 魔の3ロックとは、1つ目が手足等を縛り付ける身体拘束、2つ目が麻酔薬等薬物による拘束、3つ目が暴言等のスピーチによる拘束、のことを言うが、これがその当時社会問題化していた。

3 NPO法人の構想と立上げ 15年9月公証人を退任すると、早速設立準備に取りかかり、翌16年5月にはNPO法人高齢者・障害者安心サポートネットを立ち上げた。 成年後見制度は、介護保険制度が順調な滑り出しを見せたのに対し、極めて低調に推移した。そこで、当法人は、「成年後見制度の活性化」を旗印に、主たる事業目的を「後見人の受任、指導、育成」としてスタートした。 問題は、「成年後見制度の活性化」をいかに実現するかである。この観点から、次の3つの活動指針を策定したが、この指針が当法人の武器となり、特徴にもなって、現在に至っている。 第1に、個人の尊厳保持と自立支援という福祉の根本理念により活動すること。後見における財産管理中心から身上監護重視への転換を明確にした。 第2に、ボランティアを視野に入れて活動すること。 この指針により人を支え、役立つことに喜びや生き甲斐を感じる「市民後見人」が当法人における後見人候補の有力な供給源であること、また、これにより身上監護重視の後見が可能になり、後見が地域住民の助け合いの中で行われる基盤ができること。 第3に、各専門家によるネットワークを構築し、それを活用して活動すること。このネットワークの支援を受けて市民後見人が活動する方針を明確にした。 以上の構想のもとに、市民後見人が、支援ネットワークを活かし、身上監護重視の後見を展開すれば、親族後見人や専門職後見人とは全く異質の後見人の誕生となる。そして、このような市民後見人が親族後見人や専門職後見人と良い意味で競い合い、刺激し合えば、相互の質の向上につながり、地域住民の多様なニーズにも応えることが可能になって、成年後見制度の活性化は果たされるだろう。この3つの指針のもとに、当法人は、法律実務や福祉・介護等各専門分野のネットワークを構築し、会員は44名、事業所は福岡市の本部と筑紫野市の出張所の2か所で順調なスタートを切ることができた。

4 地域後見の実現 全国的視野でみると、成年後見制度の利用は、依然として低迷し、活性化の兆しは見られない侭である。その原因としては、多重的に種々の原因が指摘されているが、低迷の最大の原因は、被後見人たる本人の身近に、本人を支援できる適切な後見人候補が見当たらないことだと思う。 そこで、このような憂慮すべき状況を打開し、その利用促進を図るためには、地域住民の多様なニーズに応えうる理念なり目標を提唱し、その共感を得ることが必要だと考えた。その目的で当法人が提唱した新理念が、「判断能力の不十分な高齢者・障害者の皆さんが、いつでも、どこでも、容易に成年後見制度を利用して、安心して生活のできる社会をつくろう!」という「地域後見の実現」である。 この地域後見を担う後見人として、その資質の第1は、いつでも全国津々浦々どこでも、容易に育成ができ、また活用ができること、第2が地域住民のニーズに最も良く応えられること、であるが、この資質要件に最もふさわしいのは、市民後見人だと思う。その意味で、地域後見の主役は「市民後見人」である。ただし、この市民後見人は、ボランティアを視野に入れて地域後見を担う者であれば、専門家であろうと、親族であろうと構わない。 地域後見が実現すれば、そのメリットは、全国いたるところの地域で、同地域の後見人の支援により安心・安全な生活が送れるというだけでなく、後見の職務遂行が、地域の人達の協力や助け合いの中で行うことができ、また、地域を知悉していれば、地域の諸資源のネットワークを有効に利用することもできる。更には、将来新しい地縁の絆つくりや地域包括ケアシステムの中核機能さえ果たすことができる有力候補だと考えられる(注2)。 そんなことも念頭にあってか、厚労省は23年度に後見人供給の多様化を図る見地から地域後見と理念を同じくする「市民後見推進事業」を創設した。この推進事業は、将来に明るい展望を拓くものとして歓迎されたが、現在では、残念ながら当初の勢いを失っている。

注2 詳しくは、森山彰・小池信行編著『地域後見の実現』(日本加除出版2014年)参照。この地域後見の理念は、28年4月成立した成年後見制度利用促進法にも取り入れられ、制度の実践の場でも、重要な理念となっている。

5 身上監護重視の後見 後見事務とは、ご承知の通り身上監護と財産管理の双方を合わせた事務を言い(民法858条)、このうち、身上監護事務とは、本人の生活及び療養看護に関する事務で、いわゆる本人の生命、身体を守り、健康を維持し、安心した生活を保持(支援)するために行う事務であるから、判断能力の減退者にとって、これほど重要な事務は、他に見当たらないと断言しても過言でない。 そのため、当法人では、設立当初から後見は財産管理中心ではなくて、身上監護中心であるべきとして、この視点から後見事務を処理してきた。 ところが、そこには大きな障壁が横たわっていた。その障壁は何かといえば、身上監護事務の範囲を画する通説(立法担当者を含む。)である。すなわち、通説では「身上監護事務とは、契約等の法律行為及びその法律行為に当然随伴する事実行為を指し、同じ事実行為でも、例えば、介護やケアプランの同意のように法律行為に当然随伴しない事実行為は含まない。」と説明する。この考え方が実務上根深く定着していたからである。 この通説に従うと、身上監護に関する事実行為には、法律行為に随伴する行為と法律行為と無関係に行われる独立完結的事実行為があることになる。そして、後者に属する事実行為、例えば、①.本人の見守り行為や寄り添い行為、②.本人の不自由にしている行為を手助けする行為、③.介護サービス計画の説明を受け、その計画に同意する行為、④.医療上の説明を受け、その医療行為に同意する行為等、身上監護上極めて重要な事実行為が法律行為と無関係に行われると、身上監護事務つまり後見事務から除外される結果になる。 こんな解釈では、身上配慮義務(民858条)を新設して、身上監護面の職務の質を向上させる目的と矛盾するばかりか、地域住民の身上監護に関する強いニーズには応えられず、実務上の混乱を惹起する原因となった。 そこで、すべてを白紙に戻して、わが民法特に後見立法を素直に解釈するとどうなるか? 通説とは逆に、「身上監護事務は、上記の独立完結的事実行為を含む。」という見解に辿り着く。しかし、この独立事実行為包含説では、当法人の会員等の指導上も混乱を招くので、この説が正しいとの「お墨付き」が欲しくて、成年後見制度立法当時の官房審議官であった小池さんにこの論稿を送って検証をお願いした。その結果、小池さんは躊躇なく賛同された上、この包含説の理論を深めていただいた。更に、福祉事業で第一人者である堀田弁護士も賛同され、その後の学者等の動きを見る限り、この包含説は有力説としての地位を確保し得たものと理解される(注3)。 身上監護重視の後見は、この独立事実行為包含説の理論を前提にしない限り、その実現は無理であり、この理論によってはじめて地域住民のニーズに応える後見が可能となる。

注3 身上監護重視の後見、独立事実行為包含説等の詳細は、前出『地域後見の実現』参照。

6 成年後見制度利用促進法 現行の成年後見制度の運用を見てみると、全体的に依然として利用は頭打ちの低迷状態が続いており、その中で顕著な現象は、発足5年後の平成17年に80%の割合で選任されていた親族後見人が27年には30%を割り込むまで減少し、それに代わって、第三者専門家後見人の選任が急増していることである(注4)。法人後見を含む市民後見人の数は増加しているものの、苦戦の様相は否定できない。 このような状況は、地域後見の実現の視点から見ると、まったく憂慮すべき自体と言わざるを得ない。こんな憂慮する多数の人達の声を反映してか、28年4月、議員立法ではあるが、成年後見制度利用促進法が成立した。 この法律は、①「判断能力の不十分なことにより、財産管理や日常生活等に支障がある者を社会全体で支え合うことが高齢社会における喫緊の課題である。」とした上で、②.成年後見制度がこれらの者を支える重要な手段であるにも関わらず、十分に利用されていない事実を指摘し、③.この制度の利用促進策の総合的かつ計画的な推進を目的として、基本理念及びその基本方針に基づく施策等を定め、国、地方自治体等の責務や実施方法等を明らかにした。 この法律自体は、成年後見制度のあるべき姿を描いたプログラム法に過ぎないが、特に注目すべきことは、当法人の提唱してきた理念や施策が、この法律の推進目標である基本方針の柱となっている点である。 その第1は、制度利用促進の基本理念として新たに身上の保護(身上監護)の重視が掲げられたことである。そして、その施策として、被後見人等本人が医療、介護等を受けられるよう後見人等の事務の範囲について検討・見直しを図ることが明記された。 その第2は、地域における人材の確保策として、市民後見人の育成と活用を図る施策が織り込まれたことである。まさに、地域後見の具体化である。 ところで、本来なら、成年後見制度法制の主管庁は法務省であるから、同省が制度の利用促進策を講ずべきであるが、医療、介護面に疎く、市民後見人の育成と活用には縁遠い存在という事情がある。他方、医療、介護を主管し、制度利用の最大の恩恵を受ける厚労省は、利用促進を図りたくとも、主管庁でないという負い目がある。こんな事情が重なって、この促進法は議員立法になったと推測するが、議員立法とは言え、れっきとした「法律」である。内閣をはじめ各行政機関は勿論、家庭裁判所等の司法機関、更には国民に至るまで、この法律を誠実に遵守する義務がある。したがって、この法律による利用促進策がうやむやとなったり、又は先送りされたりする心配はないと思いたい。 何はともあれ、この法律の中身をみると、制度に対する地域住民のニーズに応えるためには、この法律が必要不可欠なことが理解できる。今後はこの法律の基本理念、関連する施策の審議及びその具体化が、万事順調に進捗し、実りある成果が得られるよう心から期待したい。

注4 成年後見人等の選任は、家庭裁判所の職権による。民法上選任の基準は定められているが(民843条4項)、近時の選任の傾向は、被後見人本人の意見等自己決定権の尊重の理念等に基づき後見人候補が推薦されても、推薦候補は無視され、裁判所と密接な関係のある職能団体から選任される傾向が際立っている。この裁判所のやり方が職権乱用だとか裁判所による自己保身だと批判され、また、後見制度の魅力を削いでいる一因であるとの声が上がっている。

7 任意後見移行型・・・・後見型委任契約 任意後見制度は、自己決定権の尊重の理念が最も素直に反映されているシステムであるから、その利用度は高いのが通常だが、利用度の低い法定後見と比較しても、比較しようのない程利用度が低い。この事実は異状であるから、この制度の利用促進策が講じられるのは当然であって、それも焦眉の急である。 そこで、上記の利用促進法でも、「任意後見制度の積極的な活用」が基本理念の具体化策の1つとして明記されている。 100歳超えも珍しくない現代の長寿社会では、高齢者・障害者は、次のいずれかのパターンをたどって生涯を終える。すなわち、①.身体能力の低下で自立生活は困難となったが、死ぬまで判断能力は失わない。②.身体能力の低下で自立生活は困難となった後、判断能力も失う。③.いきなり判断能力を失って、その状態が続く。 このいずれのパターンをも支援する方策が、「任意後見移行型」の契約である。任意後見移行型の前段階の契約である「財産管理等委任契約」が上記①と②前段の支援を、任意後見契約が②後段と③の支援を、それぞれ担うことになるから、活用促進策の対象は、任意後見移行型全体でなければならない。 (1)任意後見契約 この分野では、先ず、身上保護重視の観点から全体をリニューアルすることである。寝たきり状態の防止、能力の保持、尊厳死条項等身上配慮義務に基づく細則規定等を織り込んで、身上保護を強化することが重要である。 次いで、任意後見人と同監督人に対する二重の報酬支払いの負担軽減策である。監督人を公的機関又はボランティア団体等への移行を検討すべきである。 (2)「財産管理等委任契約」・・後見型委任契約 この契約も、身上監護と財産管理に関する事務の委託を対象とする契約である。したがって、任意後見契約と同質であるから、任意後見と同等のレベルまで身上監護重視を図ることが必要である。財産管理から身上監護重視に衣装替えをすると、任意後見契約に劣らないぐらい有用性が増加する(注5)。 また、弱点だった受任者に対する指導監督も、受任者による報告の仕組みを改善し、あるいは第三者や法人による無料監督制を導入して、その強化を図ることが課題だと思う。 この刷新の結果、旧来の「財産管理等委任契約」は、財産管理中心から身上保護重視に変貌する。受任者に対する指導監督も強化されて、その中身が一新されると、新酒ができたわけだから、「新しき酒は新しき革袋に盛れ!」という故事のとおり、この契約の新しき革袋としては、「後見型委任契約」の新名称がふさわしい。現在当法人は、名実相伴う「後見型委任契約」を活用して、その普及を図っている(注6)。

注5 特に財産管理等委任契約において身上保護重視の観点から認知症予防・早期治療が規範化され、その処理が効果を上げると、この契約が持続し、任意後見に移行しないケースが増加することも予想される。こうなると、この契約の有用性については、任意後見に優るとも劣らない契約に変貌する可能性が強い。 注6 当法人は、発足当初は任意後見重視だったが、次第に法定後見の受任が多数を占めるようになった。ところが、従前の「財産管理等委任契約」を刷新して、「後見型委任契約」を誕生させた26年以降は、法定後見から任意後見に移行、すなわち、後見型委任契約を前段階の契約とする「任意後見移行型」に軸足を移し、その利用拡大に努めている。

8 地域後見・出番は無限に 以上、我が国の成年後見制度の実情を述べてきた。本来、成年後見制度には、判断能力の不十分となった高齢者や障害者の人権擁護機能と自立した生活の保持機能があるから、これほど素晴らしい制度はないといっても過言ではない。しかし、残念ながら、現在の同制度の運用には課題が山積、利用度が低迷して、本来の魅力が発揮されていない。現時点は丁度、成年後見制度利用促進法をきっかけとして、この行き詰りを打開し、これから改善の方向に歩み出そうとするターニングポイントにある。 改善の方向は、地域後見の実現だと思う。そのためには、全国津々浦々、住民のニーズに応えることのできる後見人が存在し、活動していることが大前提となる。 当法人は、地域後見の旗印を掲げて、これまで、いろいろと創意工夫して、下図のようなNPOのシステムづくりとその充実・強化を図ってきた。また、22年には熊本市にも同様のNPO法人を設立し、相互が協力し合う「安心サポートネット・グループ」を形成した。そして、28年当初には、福岡市に生活支援・死後事務処理を事業目的とした新たなNPO法人を立ち上げて、同グループの総合力の強化を図った。 また他方では、当法人主催の本格的な「市民後見人養成研修」を5回にわたり実施し、1回あたり70人、延べ350人の修了生を社会に送り出し、更に、地方自治体主催の市民後見推進事業(直方市、筑紫野市、宗像市)も、それぞれ受託して、厚労省の意図するレベルの研修を実施した。また、グループ全体で後見人等の受任数も190人を超えて、身上監護重視の後見活動を展開している(28年末現在)。 しかし、「安心サポートネット・グループ」のような零細法人が、いかに地域後見の実現への活動を活発に展開しても、その成果は取るに足りない微々たるものである。日本地図を俯瞰すれば、針の穴にも等しい。このことは、弁護士、司法書士等の「職能団体」の後見人活動を含めても、同様である。 このことを逆から見れば、地域後見を志向すれば、この分野は、仕事が無限にあることを意味する。 しかも、地域後見の分野は、その仕事たるや、社会貢献事業で、人の役に立つ仕事であるから、やり甲斐もあり、充実感もあり、地域住民の皆さんから感謝もされる。幸いにも、これから第3の人生を選択される皆さんは、使命感と助け合い精神に富み、法律実務的能力に優れ、地域後見の一翼を担う資質と能力を十分に持ち合わせている有能な人達である。それに加えて、悠々自適という環境を得て、事業に対する精神力を集中させることができる。 地域後見の分野では、皆さんのような有能な人材のニーズがひと際高い。是非とも、その強いニーズに応えて挑戦されることを期待したい。 (NPO法人高齢者・障害者安心サポートネット 理事長)

(安心サポートネット)  http://anshin-net.jp/

65歳の手習い(本間 透)

公証人を退任して半年が過ぎましたが、公証人の任期が残り少なくなり、高齢者といわれる65歳に達したとき、退任後の過ごし方を如何にしようかと考えるようになりました。本誌においても諸先輩がその過ごし方について書いておられるように、「今日用と今日行く」を念頭において、目的をもって生活することが肝要です。各地の法務局OB会の会報等を拝見すると、人それぞれにこれまでの趣味を深めたり、国内に限らず海外へも旅行したり、また、新たな研究をされたりするなど、その後の人生を大いに謳歌されています。 私にとって趣味といえるのは、ゴルフですが、在任中のいわきにおいてもゴルフ仲間ができ、いわき以外でもお誘いがあれば、北海道から九州にかけて各地でプレーを楽しんでいました。妻からすると、連休のしかも観光シーズンに遠くまで出かけて行って連日ゴルフだけをしてくることは、今では呆れるどころか感心されるようになりました。これだけ熱心にゴルフをしていると、さぞかし腕前が上がるように思われ、そういう時期もありましたが、最近は、スコアアップどころか低迷が続き、数多くプレーすればいいというものではないことを痛感しています。低迷の言い訳として、体力や視力の衰えとか、クラブが合わないとかのせいにしていますが、以前よりもゴルフに対する熱意が段々薄れてきているのではと思うようになりました。しかしながら、相変わらずお誘いがあれば遠距離にもかかわらず出かけて行ってゴルフをしておりますが、偶々、思ったよりも飛んだり、良いスコアが出たり、コンペで入賞したりしますので、止められないのかもしれません。 さて、ここでは、私の下手の横付きのゴルフのことではなく、本題に入ります。それは、65歳になった平成26年の3月からいわきで陶芸を習い始めたことです。妻が先に習っており、陶芸の工房に妻を送迎したり、作品の展示会等に通っているうちに、妻や先生に勧められたわけではなく、気軽に気分転換のつもりでやってみようかと思い、それを妻に告げたところ、大変驚き、本当なのかと半信半疑でした。私自身も、いわゆる芸術的才能や創作能力には全くと言っていいほど縁がないことを自覚していましたので、陶芸に関する何の予備知識もなくても、あの先生だったら習ってみようと思ったのが、一番の動機でした。 その先生(以下「K先生」といいます。)は、奥さんのY先生と二人で工房を営み、私と同年代で、50歳で会社を辞め、それから東京と京都の美術学校に入学して陶芸とガラス工芸を本格的に習得し、いわき市内の自宅には作品の展示・販売のためのアトリエがあり、郊外には生家がある敷地内に陶芸とガラス工芸の工房、陶器を焼く窯、各種工作室があります。また、バーベキューができる庭や設備があるなど、しかも、それらをほとんど二人で設計・施工をして、とても意匠を凝らした素敵な工房で、裏には川が流れ、川向うは山林で春には山桜、秋には紅葉が楽しめるなど素晴らしい環境です。 さらに、K先生は、若い時から空手もやっており、工房に行かないときは、空手道場で指導に当たるなど、正しく多芸多才そのものです。 陶芸の方法としては、手びねり、たたら、轆轤がありますが、K先生は、専ら轆轤による作陶を指導していることから、私も止むを得ず難しいとされる轆轤(電動)による陶芸を習うことにしました。 轆轤による作陶の手順として、先ずは、「土練り」から始めますが、荒練り、菊練りの作業があり、粘土の硬さを均一にして、中に入っている空気を抜きます。菊練りをマスターするには、こつと経験を要し、未だにうまくできずに先生からやってもらっています。これをちゃんとしないと、作品に小さいながらも穴ができて焼いたときに割れる原因になります。次に、粘土を轆轤の中心に据え、押し付けて固定し、「土ころし」をします。これは、轆轤をゆっくり回しながら手に水をつけて粘土を押し上げてから押し下げる作業を繰り返し、土を締めてひび割れしにくい粘土にするためで、この時、轆轤の回転の中心と粘土の中心を合わせて作品が歪まないようにします。 いよいよ作陶にとりかかりますが、その際の姿勢が大事で、左肘は太ももに付けて固定し、右肘はしっかりと脇を締めて安定させ、粘土を真上から見下ろすように座ります。右足で轆轤の速度を調整して回転させ、粘土のてっぺんを平にしてイメージした作品に応じてその底となる部分の横に窪みをつけて「土取り」をし、粘土のてっぺんに両親指を差し込んで穴を開け広げていきます。ある程度穴が広がったら、右手の人差し指、中指、薬指で中心を押さえて底を作ります。そして、「本のばし」と言って、手に水をつけながら粘土の穴の内側に右手の指を、外側に左手の指をそれぞれ添えて粘土を包み込むようにして引き上げていきます。この引き上げを繰り返してイメージした作品に仕上げますが、この時、微妙な力加減や轆轤の速度によって作品が歪んだり、へたったりしますので、一番集中してできる限り素早くすることが求められます。なお、最終工程の本焼き後の作品は、粘土の中の水分が抜けて焼き締まって2割くらい縮まるので、それを見込んだ大きさで作陶する必要があります。 成形した作品を粘土から切り離し、乾燥させた後(生乾き状態)、「削り」を行います。これは、作品の厚さを均一にし、高台をつけるための作業で、作品を逆さにして轆轤に据え付けて四方を小さい粘土で固定し、轆轤を回しながら作品の外側を小型のカンナで削り出していきます。 次に作品を「素焼」した後、ベンガラやゴスなどの顔料又は陶芸用絵具で「絵付け」をします。絵心がない私は、この絵付けが悩みの種です。 そして、作品の表面にガラス質の被膜を作り、耐水性を増すため、「釉掛け」を行います。 作品に釉薬を浸けたり、掛けたりしますが、本焼き後の作品の仕上がりの雰囲気をイメージし、下絵を引き立たせる釉薬を調合することになります。 最後の工程として「焼成」があります。K先生の工房には、大型の灯油窯があり、1200度近くの高温で「本焼き」をし、それにより釉薬が溶け、中に含まれる成分によって色が付き、ガラス質が溶けて作品がコーティングされます。窯の中の作品の位置や、熱の影響で思いがけない色や模様が出たりします。私の最初の作品が焼き上がったときは、わくわくどきどきして、大袈裟ですが生まれたばかりの我が子を見る感じでした。 陶芸の各工程には、様々な技法があり、とても奥深いものがあり、私は、まだまだ初心者で納得のいく作品に至っておりませんが、拙い感性ながら熱中して物づくりができる喜びを感じております。せっかく始めた陶芸ですので、公証人を退官して千葉の柏市に引っ越してからも、月に一回程度は、姉弟子の妻と共にいわき市に行き、K先生の陶芸教室に通っています。

「水戸黄門」を録画中(田村耕三)

『 水戸光圀(黄門さま):「助さん、格さん、懲らしめてやりなさい ! 」 佐々木助三郎(助さん)・渥美格之進(格さん):「鎮まれ !鎮まれ ! 」 格さん:「この紋所が目に入らぬか ! こちらにおわす御方をどなたと心得る ! 畏れ多くも前(さき)の副将軍・水戸光圀公にあらせられるぞ ! 」 助さん:「一同 ! 御老公の御前である ! 頭が高い ! 控え居ろう ! 」  』

このセリフは、長い間(42年間)お茶の間に親しまれてきたテレビ時代劇「水戸黄門」のクライマックスでのセリフです。 ところで、平成19年7月に岡山県津山市に居住して間もなく、地元のRSKテレビが「水戸黄門」の再放送(毎週月曜日~金曜日の午後4時)をしていることを知りました。 「水戸黄門」と言えば、私が学生の頃、実家(栃木県大田原市)に帰省すると、亡父が毎週欠かさず「水戸黄門」を観ていたのを、今でも鮮明に思い出します。当時、亡父はどのような思いで「水戸黄門」を観ていたかは分かりませんが、私も「水戸黄門」を観たいとの思いが強まり、平成21年7月にブルーレイテレビを購入し、同月6日(火)に第1回目となる「水戸黄門」(第4部第20話「湖水の女(十和田)」)を録画し観ることができました。 さて、「水戸黄門」の放送回数、配役について、インターネットで調べたところ、次のことが分かりました。 1 放送回数 1,228回 (1) 第1部(昭和44年8月4日放送)~第43部(平成23年12月12日放送) (2) 1000回記念スペシャル(平成15年12月15日放送) (3) ナショナル劇場50周年SP(平成18年3月13日放送) (4) 最終回スペシャル(平成23年12月19日放送) (5) スペシャル(平成27年6月29日放送) 2 主な配役 (1) 水戸光圀(黄門さま)役 東野英治郎さん(第1部~第13部)・西村晃さん(第14部~第21部) 佐野浅夫さん(第22部~第28部)・石坂浩二さん(第29部~第30部) 里見浩太朗さん(第31部~第43部) (2) 佐々木助三郎(助さん)役 杉良太郎さん(第1部~第2部)・里見浩太朗さん(第3部~第17部) あおい輝彦さん(第18部~第28部)・岸本祐二さん(第29部~第31部) 原田龍二さん(第32部~第41部)・東幹久さん(第42部~第43部) (3) 渥美格之進(格さん)役 横内正さん(第1部~第8部)・大和田信也さん(第9部~第13部) 伊吹吾郎さん(第14部~第28部)・山田純大さん(第29部~第31部) 合田雅吏さん(第32部~第41部)・的場浩司さん(第42部~第43部)

これらのインターネットの情報を基に、「水戸黄門一覧」及び「水戸黄門様御一行の旅先一覧」を作成しました。 「水戸黄門一覧」は、検索のために作成したもので、「部・話」、「タイトル」、「水戸黄門役」、「再放送日」、「CDのNo」を一覧にしたものです。現在の「CDのNo」は「100」、すなわち、「CD」の枚数は「100枚」になりました。 また、「水戸黄門様御一行の旅先一覧」は、都道府県別に「旅先」、「放送回数」、「放送された部・話」を一覧にしたものです。この一覧は、1,228回放送された「水戸黄門」のうち、私のこれまでの居住地【大田原市⇒宇都宮市⇒甲府市⇒横浜市⇒港区⇒徳島市⇒中野区⇒鎌倉市⇒世田谷⇒福島市⇒松山市⇒長野市⇒江東区⇒高知市⇒長野市⇒津山市】が何回ぐらい登場したのか知りたいとの思いから作成したものです。 「水戸黄門」の録画を開始して8年6か月が経過し、未録画数は計102話となりました。公証人を退任する頃には、この102話の録画も終了していると思います。公証人退任後、録画した「水戸黄門」を観るのを楽しみにしていますが、第1部第1話から順番に観るべきか、私と所縁のある地から優先して観るべきか迷っているところです。

 

実 務 の 広 場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.46 遺言無効の裁判に対する陳述書

1 昨年11月、「命のビザ」で有名な故杉原千畝氏の妻が作成した公正証書遺言は遺言能力がなく無効という判決が東京地裁であったという新聞記事がありました。公正証書遺言が無効となる判決が出ることは稀だと思いますが、謂わば有名人である人の公正証書遺言が無効無効になったということで大きな驚きでした。 当研究会の会員の中には在職中に作成した公正証書遺言書について遺言無効の裁判が提起され、証人として裁判所に呼び出され、あるいは公正証書作成についての陳述書の提出を求められた会員もあるのではないかと思います。当研究会の会員が遺言書を作成する場合は意思確認や内容の確認を極めて厳格に行っており、その遺言が無効となるような事態は生じていないものと思っておりますが、裁判所から呼出しや陳述書の提出、あるいは遺言書の作成状況について説明を求められたりすると、こころ穏やかに過ごすことはなかなか難しいものです。そこで少しでも会員の参考になればと思い、私の数少ない経験を記してみたい。

2 公証人を退職して4年ほど経った平成27年2月ごろ、某弁護士から「平成〇〇年〇〇月〇〇日付け第〇〇号で樋口公証人が作成した遺言者△野△子の遺言公正証書により母から財産を相続することになる長女に対し、他の姉妹から遺言無効の裁判が提起されている。ついては、被告の代理人として公正証書作成時の状況を伺いたい。」旨の連絡がありました。 当該遺言書は6年ほど前に作成したもので、当然のことながら作成時の状況について具体的な記憶があるはずもなく、見せてもらった遺言公正証書謄本を参考に下記の文書を作成し、これに基づき弁護士に詳しく説明しいたしました。弁護士は、「この文書は公正証書作成時の状況がよく分かり、特に附言事項の部分は遺言者自身が明確な意思を有していたことを表すものであって本遺言が有効であることを証する有力な証拠になると考えられる。」ので、これを陳述書として裁判所に提出したいという申し出があり、差し支えない旨回答いたしました。その後この文書は公証人の陳述書として裁判所に提出されて裁判の役に立ったようで、私自身が裁判所から出頭を求められることはありませんでした。裁判の結果については不明ですが、何の連絡もなくすでに2年以上経過しているので、遺言無効の判決はなかったものと思っているところです。 なお前記の弁護士が言うように、附言事項は遺言者が遺言作成時に遺言能力を有していたことを証する有力な証拠になり得るものと考えられますので、将来の紛争防止のために、遺言者自身の言葉や言い回し(例えば方言)などで具体性のある何らかの附言事項を記しておくのも効果があるのではと思っているところです。

                 記 ○ ○ 弁護士 殿 柏 公証役場 元公証人 樋 口 忠 美  ㊞ 平成〇〇年〇〇月〇〇日付け第〇〇号で作成した遺言者△野△子の遺言公正証書について、次のとおり回答します。 1 柏公証役場において遺言公正証書を作成する場合の一般的な手順 事前準備 柏公証役場において遺言公正証書を作成する場合は、まず必要書類(遺言者などの戸籍謄本、住民票、印鑑証明書、土地建物の登記簿謄本、固定資産評価証明書等)を集めるよう伝え、これらが揃った段階で遺言書作成のための事前相談日を設定しています。 ①事前相談 ⅰ 遺言書作成のための事前相談日には、遺言者本人または本人の意思を正確に公証人に伝えることができる者(親族、委託を受けた銀行、弁護士、司法書士、行政書士、税理士など(以下これらの者を「親族等」という。)に公証役場に出向いてもらい公証人と面談します。 ⅱ 事前相談は、公証人が遺言者本人または親族等から遺言公正証書に記載する遺言の内容(誰に、何を相続させるか、遺言公正証書に記載する附言事項等)を聴き取ることを目的とするものです。 ア 遺言者本人と面談する場合は、まず雑談(天気、公証役場までの交通手段、親族関係、居住関係など)をして雰囲気を和らげながら、遺言者が遺言をする意思と能力を持っていることを確認し、その後に遺言の内容を聴き取るようにしています。 イ 遺言者本人が来所せず親族等と面談する場合は、遺言者本人と親族等との関係、遺言者本人の健康状態(特に遺言書作成について支障の有無、)、遺言書に記載する内容を聴き取り確認します。 なお、銀行、弁護士等の場合は、遺言者と打合せをして作成した遺言の原案を持参することが多いが、この場合でも銀行、弁護士等に遺言内容を聴き取り確認します。 ⅲ 遺言の内容が他の相続人の遺留分を侵害するおそれがあるようなときは、必ず遺留分についての説明をしています。 また、遺言公正証書を作成するに当たっては、利害関係がない証人2名が立ち会うことが必要であり、遺言公正証書作成日に遺言者が証人を連れてくる必要があることを説明しています。 ⅳ 柏公証役場では、この事前相談に基づき遺言公正証書案の作成にかかり、相談の日から、おおむね1週間から10日ぐらい後の遺言者の都合の良い日時に遺言公正証書作成日時を設定して遺言者および証人に公証役場に出向いてもらい、遺言公正証書を作成しています。 ②遺言公正証書作成 遺言公正証書作成時には、公証人、遺言者本人および証人2人が一つのテーブルに着席します。なお、家族が付き添って公証役場に来ている場合であっても、この席に同席することは認めず、遺言者から見えない離れた場所にいさせるようにしています。 ⅰ 公証人が遺言者本人に対し、氏名、生年月日を述べさせます。(公証人から、「○○さんですね」とか、「何年何月何日生れ」ですね、といった聞き方はせず、必ず遺言者本人に氏名、生年月日を述べてもらう。)。その後、遺言者本人に実印を提出させ、提出済みの印鑑証明書と照合し本人であることを確認する。 なお、事前相談の際に親族等が来所したため公証人が遺言者本人と面談していない場合には、最初に雑談(天気、公証役場までの交通手段、親族関係、居住関係など)をして雰囲気を和らげながら、遺言者が遺言をする意思と能力を持っていることを確認した後、氏名、生年月日を述べてもらい、実印を照合する。 ⅱ 公証人が遺言者本人および証人に対し、その関係を聞きます。 ⅲ 遺言者の意思およびその内容を確認するため、遺言者本人に遺言の内容「誰に何を相続させる。」や「附言事項」等、遺言書に記載する内容の要旨を口述してもらいます(公証人から、「誰に何を相続させることでいいですか。」といった聞き方はせず、必ず遺言者本人に遺言の内容の要旨を具体的に口述してもらいます。)。 ⅳ 公証人は、前記の口述が事前相談日の面談に基づき作成している遺言公正証書案と齟齬がないことを確認し、遺言者および証人に対し、必ず遺言公正証書全文を読み聞かせ、遺言者本人および証人に対し「いま読み上げた内容で間違いありませんか」と確認します。 ⅴ 遺言者本人および証人が「間違いがない」旨述べたときは、遺言公正証書原本に遺言者本人および証人に自ら署名してもらい、また押印してもらう。(なお、遺言者本人が自ら署名できないときは、本人に代わって公証人が署名することはできることになっているが、その場合には本人が署名できない理由および公証人が代わって署名する旨を公正証書に記載しなければならない。) ⅵ 遺言者本人および証人に署名押印させ、公証人が署名押印することによって遺言公正証書の作成が完了し、遺言者に対し遺言公正証書正本および謄本を交付する。 ⅶ 遺言公正証書を作成する過程(ⅰ~ⅵ)において、異常な事態や遺言能力に疑問を抱かせるような事態が見受けられた場合には、直ちに遺言公正証書の作成を延期し、または中止します。 2 本件△野△子の遺言公正証書作成について ① 私は、公証人として在職中は毎年相当数の公正証書を作成しており、そのために多数の依頼者等と面談を行っていますので、よほど特殊な状況や異常な事態がない限り、公正証書作成当時の依頼者の状況等について記憶していることはありません。 ② 本件遺言者△野△子の遺言公正証書作成についても特別に記憶していることはありませんので、本件遺言公正証書は、公証人が遺言者に遺言内容の要旨を口述させ、かつ、その内容を記載した遺言書案を公証人が遺言者および証人に読み聞かせ、その内容に誤りがないことを確認した後、遺言者本人および証人に自署させ、かつ押印させて遺言公正証書の作成を完了するという柏公証役場における一般的な手順に従って作成したものと考えます。したがって、本件遺言公正証書を作成する過程において、異常な事態や遺言能力に疑問を抱くような事態はなかったものと考えます。 ③ 本件遺言公正証書には、附言事項として 「平成××年××月××日に私の夫が死亡して開始した相続につき、その相続分をめぐって争いが起きてしまいました。(現在は調停が成立しています。) 今回遺言するにあたり、私の相続財産をめぐってこのような肉親間での争いを再燃させることが無いようにお願いします。 これまでに弐女・〇田〇子には新築の時に便宜を図ったり、参女・〇藤△子には度々お金を貸して欲しいと言われ、その都度お金を渡してきました。ですから〇子、△子の二人には、これ以上やらなくてもよいと考えます。」と記載されています。 遺言公正証書に記載する附言事項は、遺言者本人から公証人に特別に申し出をしたときにのみ記載するものであり、かつ上記のような具体的な内容の附言事項は遺言者本人が明確に口述しない限り記載することはできませんので、遺言者がその内容を具体的に口述したものと考えます。 (樋口忠美)

No.47 執行文付与等に関する経験談

1 公正証書は、民事執行法の要件を具備する場合は債務名義として直ちに強制執行ができるとされている。執行力を有する公正証書が執行証書となるためには、①金銭の一定額の支払いを目的とする請求権であること、②債務者の強制執行認諾文言があることとされており、また、公正証書作成後には、債権者から公正証書に執行文の付与を求められることになるが、執行文の付与については、いわゆる単純執行文、事実到来執行文と承継執行文がある。 しかしながら、実務においては、その取扱いに疑義が生じることが多々あり、その都度、諸先輩の指導、裁判所への問い合わせながら処理しているが、主に裁判所からの指摘又は問い合わせて処理した事例の一部を参考までご紹介することとする。なお、これは、正しい処理かどうかではなく、あくまでも筆者の「経験談」ですので、ご了承願います。 2 事実到来執行文 (1) 離婚給付公正証書の執行文付与の申し立てがあり、単純執行文を付与して申立人に手渡したところ、後日、申立人が裁判所から子の大学の在学・卒業見込み証明書が必要と言われた旨の連絡があった。公正証書の養育費支払期間について改めて確認したところ「・・それぞれ満20歳に達する日の属する月まで(大学・専門学校等に進学したときは、それぞれ満22歳に達した直後の3月又はその卒業の日の属する月のいずれか早いときまで)」となっていた。これまで、子が満20歳に達した後の執行文付与の例があまりないことから単純執行文を付与したが、本件は執行文付与申立て時点で子は満20歳に達していた。申立人に、子の卒業見込みを記載した大学在学証明書を依頼し、申立人の相手方に大学在学証明書の謄本と公正証書謄本を送達した上、事実到来執行文を付与した。なお、本件は、公正証書作成時に公証人送達がされていた事案である。 (2) 債務弁済契約公正証書の執行文付与に際して、当該公正証書の記載中の期限利益喪失条項に「・・分割金の支払いを2回怠ったとき」の記載があり、これが債権者が証明すべき事実到来執行文に該当するか照会したところ、事実到来執行文には当たらないとの回答があり、単純執行文で処理した(参照 司法協会発行「執行文講義案(改訂再訂版)」92ページ)。 (3) 離婚給付公正証書を作成する際、親権者は夫、監護権者は子が高校卒業するまでは夫で卒業後は妻とする合意から公正証書に「親権者は甲とし、〇年〇月から×年3月までの監護者は甲、×年4月からの監護者は乙とすることを合意し、甲は乙に対して、子の養育費として×年4月から子が満20歳に達する日の属する月まで、・・」と記載した場合に、執行文の付与の際には、乙が監護権者になったことを証明する事実到来ではなく、単純執行文で良いことに若干の疑義が生じ、裁判所に念のため確認したところ、確定期間なので単純執行文で可能との回答を得た。 3 承継執行文 (1) 強制執行認諾条項がある公正証書の債権者に相続が発生し、その承継人から戸除籍謄本、遺産分割協議書等相続を証する書類を添付して執行文付与の申立てがあった。債務者に対して債権者に相続が発生したことを証する謄本を添付し特別送達することになるが、血縁関係のない債務者に債権者の個人情報満載の戸除籍謄本を送付することに疑義が生じ、これに替えて公証人が債権者の承継人であることを確認した相続関係説明図をもって可能か裁判所に照会したが、積極的な回答がなかったので、債権者に戸除籍謄本を送付することについて了承を得た上で送達した。今後、法務局で法定相続人の証明書が発行された場合には、その証明書が活用できるようになるのではないかと思っている。 (2) 強制執行認諾条項がある公正証書の債務者に相続が発生したとして、債権者から債務者の戸除籍謄本・住民票等を添付してその承継人に対して執行文付与の申立てがあった。承継人は複数であり、その住所は異なり、裁判所管轄も異なったため、執行文は承継人全員を記載したものを管轄裁判所の通数を作成するか、裁判所管轄に住所を有する承継人ごとに作成するか疑義が生じ、裁判所に問い合わせたところ、後者の取扱いによることの説明を受けたので、同様の処理をした。 (西川 優)

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