民事法情報研究会だよりNo.31(平成30年2月)

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立春の候、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。 さて、民事法情報研究会だよりについては、会員の交流を補助する会員情報誌として12月号から「今日この頃」の記事の充実を図ることとしております。会員の皆様の積極的なご投稿をお願いします。 なお、昨年12月9日のセミナー講演録は、研究会だよりの号外として作成中です。でき次第お送りしますので、しばらくお待ちください。 次年度の会員交流事業については、6月16日(土)に定時会員総会・セミナー・懇親会を、また12月8日(土)にセミナー・懇親会を予定しておりますので、よろしくお願いします。 おって、4月に入りましたら、新年度の会費納入のご案内をお送りいたしますが、都合により本年度限り退会を希望される会員は、3月末日までに郵便・ファックス等でお知らせください。(NN)

今 日 こ の 頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

自分流で心豊かに(小林健二)

高齢者になれば、誰しも、介護や家事を抱え、自分の健康問題もあり、これらことに時間が割かれるのはやむを得ないが、それは当然の前提として、それ以外の時間、つまり、いつ訪れるかわからない人生の終末までの残された時間を、日々どう過ごしていけばよいのかは、なかなか難しく、人生最後の難問ともいえよう。もっとも、日本人の平均寿命は、やがて90歳時代が到来するとも言われており、末期までの過ごし方は、そんなに急ぐ問題でもなく、まだまだ先のことと思われがちであるが、振り返ってみても、年々時の経過が早く感じられる時代であり、その時は意外に早く訪れるのではないかと思う。 もちろん、書店には、退職後の一般的な過ごし方を取り上げた本が人気を博し、「定年後」という本はベストセラーとなっていると報じられているが、一方で、「人間は、最後は一人で逝くのだから、群れることばかりでなく、一人で過ごすべき時間をもっと大切にすべきである。」とする、自分のための生き方を取り上げている本や新聞記事が目立つようになってきた。 これは、多くの者が終末を意識しながら過ごしているという時代性を反映しているのではないかと思われる。ただ、これらの本は、文才にたけた人が頭の中だけで考えたことであり、参考にならないとは言えないものの、人生最後の難問解決のためにストレートに役立つかというと、疑問である。人生ドラマは人の数だけあるといわれるように、人の生き方は様々であり、この問題については、自分で答えを出さなければならないのである。 私も、退職したての頃は、やれ趣味を持て、旅行に出かけろ、ボランティア活動に参加すべきという言葉に踊らされて、趣味を持たなければならないかのごとき気持ちで、自分に合った趣味はどれだろうかとあちこち手を出したり、方々に出かけたり、町内会活動に時間を費やしてきた。時間が埋まっていることが有意義な過ごし方であるかのように感じ、空いた時間にテレビを見ることは、無駄な時間を過ごしたと思っていた。 確かに趣味も旅行も楽しい時間であり、それなりに有意義で、時間つぶしにはなるが、それはそれだけのこと、つまり絵を描いた、旅行したというだけのことであり、趣味や旅行等に必要以上にのめり込んでしまうものを見いだせずに、逆に、こんなことで、時間を潰してしまっていいのかと、もやもやした気持ちが募るようになってきた。趣味や旅行は、これからも続けていくことになろうが、もっと有意義に時間を使い、悔いの無い心豊かに過ごす方法がないものだろうかと感じるようになった。 そんな時、以前、「絵は見るものではなく、絵は読み解くものである。」をテーマにした、美術史家による講座で、「絵を読み解くには、絵の「テーマ」、「画家の人物像」、「描かれている事物の意味」、「技法」を理解することは当然のこととして、「時代背景」を理解しなければ、絵を見てもその絵を理解できたとは言えない。」といわれていたことを思い出した。これまで、時代背景をしっかりつかんでいなかったために、理解できなかったテレビドラマ、小説があったことも思い出され、これからも、テレビドラマの鑑賞や読書にかなりの時間を割くことになるので、それなら、時代背景ぐらいは理解できるようにしておこうと思った。それに、歴史に関して、キリスト教とローマ帝国皇帝の関係、日本各地に点在する平氏と源氏の出自、あるいは室町時代の終焉あたりがどうもあやふやな感じで何時かはきちんと整理しておきたいとも思っていたこともあって、歴史を整理してみようと思い立った。 そこで、歴史書を数冊買ってきて、世界史、中国・朝鮮史、日本史に区分し、起こった出来事を、紀元前から今日まで年号順にエクセルにインプットし、併せて著名な芸術家とその作品もインプットする作業を始めた。この作業は、時間があるとき、好きな時間だけパソコンに向かえばできる作業なので、いつでもできた。歴史をこのようにまとめるのは、高校時代以来久しぶりのことであり、歴史は、年号ばかり覚えさせられた面白みのない科目との記憶が残っており、続くかなと思ったのであるが、それは危惧に終わった。 歴史上の出来事を順に追って入力すると、いろいろ疑問に感じていた事がどんどん解決した。「ああ、そうだったのか」と謎が解け、いろいろ新しい知識が詰まって行くことに喜びが感じられ、とても楽しい作業となった。加えてもやもやしていた問題も解消した。 ただ、新しい知識が得られると同時に疑問も湧いてきて、それを解消するためいろいろ調べなくてはならなくなり、歴史を整理する作業は延々と続くことになりそうである。最近、「応仁の乱」という本がベストセラーとなっているとのことであるが、歴史のもやもやしたところを理解しておきたいという人が増えてきていることの証であろうか。 このように歴史を整理することで、映画、テレビドラマ、小説を時代背景を踏まえて鑑賞でき、そうすると、映画監督や小説家がなぜこのような表現を使っているのかが理解できるようになり、映画、テレビドラマや小説がこれまでとは比べ物にならないくらいに深く味わえるようになった。もちろん、NHKの大河ドラマの嘘にも気づかされてしまう。 私は、こんな方法で、一日のうち空いた僅かな時間を過ごすことにしたのであるが、新しい知識が得られることは、本当に、人の心を豊かにしてくれる。人間である以上、煩悩を捨て去ることはできず、人生の終焉を迎えたとき、満足だと思えるようにはならないかもしれないが、当面、自分流の心豊かな方法を見つけて、過ごすことができれば良いのではないのだろうかと思っている。皆さんは、どのような自分流を見つけて、心豊かな生活を送られていますか。

登記官になれなかった男の見果てぬ夢物語(佐々木 暁)

その日、法務局に採用が決まった少年Aは、お世話になった知り合いの甲さん宅に旅立ちの挨拶に向かった。甲さんは、少年Aの同級生の父親で役場職員の乙さんと懇意で、乙さんの家の隣に住んでいた。甲さんの職業はわからなかったが、何かの事務所らしきところで、普段は「旦那さん」と呼ばれていた。 少年Aと甲さんとが知り合うきっかけとなったのは、同級生と共に甲さんの家の日曜日の留守番を頼まれたことが始まりである。家は、事務所と住宅が長屋のようにくっついた建物である。留守番の時は、冬支度の薪割りをしてあげたり、石炭を小屋に運んだり、草取りをしてあげたりしていた。もちろん、無報酬である。留守番のお駄賃は、冷蔵庫の中のたっぷりの飲料全部とお菓子である。甲さんは、40歳ぐらいのとても優しい方で、奥様も綺麗で優しい方でした。その優しい甲さんが一つだけ厳しい顔で言ったのは、「留守番をお願いするのは、住宅の方だけ。事務所の方は、鍵をかけてはいるが、絶対に立ち入らないこと」ということでした。少年Aらは、その約束ごとをしっかりと守ったことは言うまでもありません。そんなことが何回かあり、甲さんは、少年Aらの高校卒業後の就職のことも心配してくれたりもしていた。 このような甲さんとの関係から、甲さん宅(事務所)に挨拶に伺ったのである。「おかげさまで何とか就職先が決まりました。お世話になりました。明日の汽車で札幌に行きます。」「そうかそうか、それは良かった。ところで、就職先は?」「はい、国家公務員になります。札幌法務局と言うところです。」「何、法務局、なんだなんだそれは、・・私のところじゃないか、そうかそうか、私の後輩になるか、なぜそれを早く言わないんだ。」「だって、甲さんは、旦那さん、登記所の・・それが何で後輩になるの?札幌法務局って、札幌の大通りにある6階建てのビルですよ。甲さんの事務所は平屋で木造で小さいし、甲さん一人しかいないし・・・看板も見たことないし・・」。甲さんは、狐に包まれたような顔をしている少年Aを門のところまで連れて行き、丸太の門柱に掛かっている立て看板を指さして、「ほら、見てごらん札幌法務局様似出張所と書いてあるだろう」と言って笑った。かくして少年Aは、甲さんの住んでいる建物が法務局の出張所であり、街の人からは登記所と呼ばれていたこと、甲さんは旦那さんと呼ばれていたが所長であることを初めて知ることとなった。 翌日札幌に向かう日高線のジーゼルカー(汽車)の中で、少年Aの頭の中は、札幌の6階建てのビルと甲さんの働く建物とが交錯し、少年Aは、複雑な想いでまだ雪の残る札幌駅に降り立ったのである。昭和41年3月末少年A、18歳の春である。 さて、札幌法務局登記課に配属となった少年Aは、夢に描いていた「法律を専門とする国家公務員」像とは全く違った日常というか公務員生活を送ることとなる。六法全書どころか個人の机もなくロッカーは5人で共用、配布された事務服は女性用でボタンの位置が違う(少年Aの名前の所為らしい。女性の補助者に指摘されるまでまじめに着用)。 来る日も来る日も大量に申請される登記簿閲覧申請書を片手に、書庫から閲覧室までバインダー式登記簿・図面綴込帳の搬出入の繰り返しの毎日である。 登記簿が所定の書棚に格納されていないときは大変である。登記課中探し回る。申請人からは、「未だか、遅い」の声が飛んでくる。時として、調査・記入をしている先輩の机の上に高々と積み上げている登記簿の山を崩してしまい怒鳴られ、ひたすら謝る日々を繰り返して1年。2年目は、これまた来る日も来る日も全自動謄抄本作成機を駆使しての謄抄本作成でアンモニア臭まみれの日々。一日コピー用紙の箱を何箱焼けるか、一度に抄本を何枚複写できるか、同僚とのやけくそ紛れの競争。時にアンモニアのポリタンクを倒してしまうこともあったが、決して嫌になって蹴飛ばしたのではない。いわゆる新人の大登記所乙号事務5年の修行時代である。 そんな頃、先輩・上司といえば、一人一個の机に向かい、調査・記入事務に専念。ときに登記小六法を開き、時に先例集や分厚い本を開いては難しい顔をしている。夢に見た法務事務官らしい仕事をしているではないか。さらに、係長と言えば、校合とやらをしていて、登記簿に記入したものを点検しながら何やら重々しく判子を押している。時々「○○君、何だこれは。間違ってるじゃないか。」と怒鳴っている。凄い、格好いい、これだ、早く先輩や係長のようになりたい。これぞ法務事務官の仕事である。事務員少年Aもいつか法務事務官Aとなっていた。 Aは、係長の押していた判子が「登記官印」であり、係長は、登記官印を押す時は、「登記官」であることを肌で知ることとなり、一日も早く「登記官」になり、「登記官印」を押すことができる日を夢に見て、目標とすることとなる。 Aが登記官を目指すこととなるもう一つのきっかけは、係長(登記官)が部下職員の疑問・質問にまるで神業のように難なく即答している姿である。「それは、不登法○○条」「それは、何年何月民事局長通達」「解説集の○○頁」「何年の最高裁判例」等々。これぞ「登記官」のカッコ良さというところを目の当たりにしたからである。 Aは、入局後3年目にして、初めて一人庁の代理官として出張することとなった。所長が登記官会同で不在となるためである。初めて登記官印を押すことができるチャンスが訪れたのである。代理官登録簿にAの私印を登録する。もちろん正式の登記官でもなく、法上の登記官印でもないが、Aの心は躍る。しかし、しかしである。所長は、Aに対して「A君は調査と記入をしておいてくれるだけでいいから。私が帰ってから再度点検して、私が登記官印を押すから。よろしく。」と言って会同にと出かけた。Aにとっては非情ともいえるお達しで、かくして、Aの登記官印は押されることなく、最初で最後(後で想えば)の機会は幻と化したのである。 それでも法務局の仕事が少しずつわかってきたAは、いつの間にか「登記」こそが法務局の最大の仕事であり、やりがいのある仕事であると思うようになり、自分の最終の目標は「登記の神様」になることだと心に決めた(当時は各地に登記の神様がいると聞いた。)。 不登法第9条(登記官)登記所における事務は、登記官(略)が取り扱う。 不登法第11条(登記)登記は、登記官が登記簿に登記事項を記録することによって行う。 Aは、この二つの条文の虜となり、少ない給与から、登記小六法を買い、登記研究、登記先例解説集を買い、登記実務総覧等々を買った。正に登記官への道まっしぐらである。 ところが、今度は、まさか、まさかである。世の中自分の思うようにはいかない、何が起こるかわからないということを知るのは、もう少し大人になってからである。入局10年目にして、会計課に配置換え、その1年後に、晴天の霹靂たる本省民事局への転任。何やらおかしい。登記官への道からどんどん外れている。それでも送り出して頂いた?上司から、「2,3年、長くても5,6年だから」と変な説得をされて、Aは津軽海峡の冷たい、二度と戻ることのかなわぬ海を渡ることとなる。 そこからである。Aはまるで奈落の底にでも落ちるように、別の世界に迷い込んだように、登記官への道から遠ざかるのである。 「何年の民事局長通達」「解説集の○○頁」「何年の最高裁判例」といとも簡単に出てくる夢に見た先輩登記官の姿に重ねるAの姿はどこにもない。「増員」「定数」「予算」「国籍」「人権」・・・・どこにもない・・「登記」の「登」の字もである。 目標がいつの間にか夢と化し、その夢も見果てぬ夢物語となり、Aはいよいよ42年間の法務事務官としての法務局生活に別れを告げるときが来た。 Aは、最後の悪あがきと知りながらも、法務事務官を42年間も勤めたのだから、せめて司法書士試験の受験資格は付与されるだろうと、担当職員に問いかけたところ、「Aさんは、法務事務官の経歴だけは十二分にありますが、肝心の登記官経験が全くありませんので、残念ながら受験資格はありません。」との解ってはいたが誠に簡単明瞭で冷たい回答である。かくして、Aの登記の道は霞の彼方に完全に消えたのである。あれほどに登記官の増員、登記官の級別定数の切り上げ、常直庁の廃止、登記所の新営、登記事務の様々な改善のための予算要求・・・等々登記官・登記所に関わるありとあらゆる仕事に携わってきたのに・・・である(Aの単なる悔し紛れの放言である。)。 パソコンに映し出された登記記録の「画面」に「カチ」というのも今様でなかなか能率的でカッコ良いが、今は無きブック式「登記簿」に登記官(校合官)として朱肉たっぷりの「登記官」印を押すことのできる日を目標とし(ア・・そんなことを言いながら、Aは、船橋辺りでブックレス化に何かと関与していたではないか。裏切り者か?。)、そして、「登記の神様」と呼ばれる日を夢見た法務局職員は、決してAだけではなかったのではなかろうか。そして、今も多くの法務局職員が「登記官」「登記の神様」を目標として、日夜頑張っていることを願う日々である。

作成されなかった遺言書(尾﨑一雄)

公証人の職を離れて4年近くなり、それなりに仕事はしてきたと思うものの、個々の事件については具体的に思い出すことが難しくなった。多くの公証人がそうであるように、私も遺言書の作成が主たるものであったので、いささかなりとも現役の皆様にお役に立つことがあればと思い、私が作成しなかった遺言書のことを、かすかな記憶を元に掘り起こすこととしたい。

1 事前面接の不備で遺言の意思が確認できなかった場合 顔見知りの先生から紹介された遺言者の長女が相談に来たもので、遺言の内容は、特定の不動産を長女に相続させるというものであった。 紹介した先生に遺言者について確認すると、現在入院しているが、よく知った人で間違いないというので、遺言書を作成することとした。 後日、遺言書作成のため病院へ出向き、遺言者に遺言書の作成に来ましたと言うと、キョトンとした風で、「それは長女が言っているのでしょう。」と言われ、念のため遺言書を作成するつもりがないかを確認し、直ちに中止することとした。 私は、遺言書の作成に当たっては、原則として事前に本人と面接することにしていたが、この件で改めて遺言者との事前面接の必要性を痛感することとなった。以後、遠隔地の弁護士等からの依頼であっても、原則として事前に役場へ出向いていただくこととし、遺言者の体調がそれを許さないような場合は、先生による事前面接で、遺言能力、遺言内容等について確認を求めることとした。また、それもできない場合は、自分で出向いて面接することとした。 2 提出書類の遺産総額と本人が承知している遺産総額が大きく異なる場合 その嘱託は顔見知りの先生から依頼されたものであったが、提出された書類によれば、遺言者には、複数の法定相続人がおり、また、全国各地に一棟建の賃貸マンションを所有しているほか、多額の金融資産等もあった。 遺言内容は、一切の財産を長男に相続させるというものであり、先生も事前に遺言者に面接し、遺言能力に欠けることはないとの話であった。 遺言書作成の期日には、遺言者は長男と同行されたが、足が不自由ということで、車内(宇治公証役場は2階にあるがエレベータがないため、近くの役場も紹介しながら、どうしても宇治でという場合は、ビル内の地下駐車場に駐車した車内で作成することとしていた。)で作成することとした。 私は遺言書の作成に当たって、住所、氏名、生年月日はもちろんのこと、同行者、来所手段、入室方法、動作、顔色、視力、聴力、発話、家族関係について確認することとしていたので、それらの事項について質問し、問題がないことを確認した上、次に遺産の内容等について、質問したところ、「あんまりありません。」を繰り返されるだけであった。貸家を十数棟所有しているにもかかわらず、「現預金はない。」と言いつのる人もいないわけではないが、嘘を言っておられるようでもないので、更に質問すると、「もう少しあれば、孫にもあげられるのに。」と言われるので、いくらぐらいありますかと具体的に聞くと、「K銀行に200万円ぐらい。」と言われる。 遺言者の財産の総額は、不動産を含め数億円に上るものであるが、それを200万ぐらいの預貯金と認識していること、さらに、200万円を超える財産があれば、孫にも遺贈したいとの意思があることから、遺言者が自己の所有財産を正確に把握したときには、作成した遺言書と異なる遺言がされることが考えられたので、この遺言書は作成しないこととした。 ところで、遺言の効力については、民法第5編第7章第3節に規定されているが、遺言の効力に関する規定は、その効力発生時期を定める985条以外見当たらない。遺言も法律行為であるので、民法総則に規定する法律行為との関係を意識せざるを得ないが、本件の場合、遺言者に錯誤があるのではないかと思い、作成しないこととしたものである。 3 長男の死亡を認めない遺言者 この案件は、遺言者とその長女による相談であったが、いつものように事前面接を行うも何ら問題がなかったが、最後に家族関係を確認すると、提出された戸籍謄本に死亡事項が記載されている長男を相続人として言われるので、父親に席を外してもらい長女から事情を聞くと、長男が事故死したため、将来、相続が難しくなるのではないかと考え、父親に遺言書を作成してもらうこととして来庁されたとのこと、遺言者は、普段は何の問題もなく一人で暮らしており、長女が面倒をみているが、長男が死亡したことだけは受け入れてもらえないとのことであった。そこで、しばらく日を置いて遺言者の精神状態が落ち着いてから再度遺言の手続きをすることとした。 数ヶ月後、再度来庁され、前回と同様事前面接を行い特に問題もなかったため、遺言の内容を確認すると、長男に相続させる旨を言われる。死者が相続することはないので、その時点で作成手続きを中止した。 長男が既に死亡していることについて積極的に触れることはなかったが、公証人として執るべき対応としてはよかったのか、少し心残りがある案件である。 4 不倫関係にある相手方への遺贈 中年の男女が来庁され、話を聞くと、二人は、職場関係で知り合い、数十年にわたって不倫の関係あること、男は他県に居住しているが、男名義で相手方のために住宅を取得したので、それを遺贈したいというものである。 いわゆる公序良俗が問題となる案件であり、この問題については、論説等も多数あり、それなりに検討し、近公会の勉強会でも協議いただいたが、公証人としては、作成した上、遺言の有効無効は裁判所に委ねれば良いとする意見、無効となるおそれのある遺言書の作成は控えるべきであるとの意見もあり、明確な結論は得られなかったため、私としては、作成しないこととし、二人には、法律的にはいろいろな考え方のあるところなので、他の公証人にも相談されるよう勧めた。 なお、気になって後日確認したところ、他の公証人により作成してもらったとのことであった。

以上、思い出したものを書いてみたが、現役当時、私が遺言書の作成に当たって特に気を付けていたことは、①遺言者は、所有財産の概要を確認できるか、②遺言者は、自分の法定相続人を承知しているか、③法定相続人以外の者に対する遺贈については、その理由などであるが、そのいずれかが欠けた場合は慎重に対応することとしていた。

実務の広場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.56 信託法に基づく家族信託公正証書の作成について

1 はじめに 遺言について相談したいという依頼人からの相談を受け、その内容を聴取していったところ、定期贈与契約、遺言、家族信託などの説明を求められ、結果として、家族信託による公正証書の作成に至ったが、何分初めての経験であり、日本公証人連合会の「証書の作成と文例」や各種解説本の説明だけでは私の頭脳では容易に理解できず、先輩公証人のお知恵も拝借して何とか嘱託に応じることができ、ほっと安堵したその経緯を参考までにご紹介させていただきたい。 2 嘱託者からの相談の内容 高齢の女性(母A)とその二人の娘(B及びC。Aの推定相続人はB及びCの二人のみである。)及び娘Bの夫(D)の計4人からの相談である。 相談の内容は、概ね次のとおりである。 母Aは、自分の資産を今後二人の娘、B及びCに対し、贈与税として課税されても構わないので、自分が生きている限り、毎年一人当たり金110万円を贈与したい。また、自分が亡くなった後は、残った財産はこの二人に渡したいというものであった。 この相談を受け、当初は定期贈与契約と遺言書の作成を行うための準備をしようとして相談を終了させようとしたところ、次のような事情の説明がされた。 Aは、近いうちに高齢者施設に入ることを希望しており、全ての財産を入居する施設に持ち込んで管理することは適当ではないと考えていること、自分の娘又は信頼のおける娘の夫に財産の管理をお願いし、生活に必要な経費を毎月自分に渡してもらいたいこと、毎年娘二人に贈与するお金を確実に渡してほしいこと、自分の死亡後に残された財産の引継ぎをお願いしたいとのことであった。 上記のような内容を包含した家族信託ができないか、具体的には、信託財産から、自分の毎月の生活に必要な資金を渡して貰うこと、施設に入所した際には、施設への費用の支払をお願いしたいこと、その他支払等の債務の弁済もお願いしたいとのことである。 また、Aは、必要があれば、財産を管理する者において、将来不動産を換価処分して、その換価金をもって債務の弁済や生活資金の給付等に充ててほしいという意向である。 そして、自分が亡くなった後は、残余の財産は自分の娘二人に均等に分けたいとの意向であり、仮に娘が自分より先に亡くなったときは、その娘の法定相続人に財産を引き継がせたいとのことである。そして、信託財産の管理は、娘二人に任せることにしたいとのことであった。 3 検討 本件相談の検討に際しては、日本加除出版・弁護士遠藤英嗣著、新訂「新しい家族信託」(以下、「参考本」という。)を特に参考にさせていただいたが、本件相談は家族信託における財産管理機能のうち、長期的管理機能、利益分配機能、財産の承継機能(参考本40頁、41頁参照)を用いることによって、すべて適えることが可能であり、家族信託の典型的な事案と考えて公正証書の作成を検討することとした。 ・ 信託契約の内容 ① 信託の内容 受益者Aの生活資金等の給付及び債務等の支払並びに受益者B及びCの生活資金の給付である。 ② 信託の目的・類型 いわゆる高齢者福祉型信託(参考本421頁以下参照)の方法によることとなる。 ③ 信託財産 信託財産は不動産及び現金・預貯金等の金融資産のすべてである。 ④ 信託期間 Aが死亡するまでの間 ⑤ 受託者 Aの娘B及びCの二人 ⑥ 受益者 委託者であるAの生活資金の給付を内容とするため、受益者はAとなるが、このほか、定期贈与も含めることが可能であれば、B及びCも受益者とすることとなる。 ところで、定期贈与の贈与者は母Aであり、受贈者は娘二人であるが、信託契約の内容に当てはめると、母Aは委託者、娘二人は受託者という関係になる。信託法(以下「法」という。)第8条は、「受託者は、受益者として信託の利益を享受する場合を除き、何人の名義をもってするかを問わず、信託の利益を享受することができない。」とされているので、娘二人に定期贈与をすることも信託の内容に含めて、娘二人を受益者兼受託者とする契約であれば、信託契約は可能と考えられる。 次に、受託者を娘二人とするということであるが、信託法では受託者が二人以上ある信託の特例を定めており、法第79条では信託財産が合有であること、法第80条では信託事務処理は受託者の過半数をもって決するなどの特例が定められている。本件嘱託については、娘二人を受託者とした場合、受託者の意見が相違した場合のことなどを考慮すると二人とすることが適当か否か検討の余地があるのではないかと思われ、その旨を相談者に伝えて、検討をお願いした。 ⑦ その他 信託の変更、管理処分行為、清算事務及び権利帰属者について定めること。 ・ 信託契約公正証書の文例の検討 新版「証書の作成と文例」(売買等編の文例28の1、信託(委託者生前の自益信託)P139)を参考にして、信託契約の公正証書を作成することしたが、当初は、Aの生活資金の給付を目的とすることから、Aは委託者であり、かつ、受益者とすること、B及びCは受託者であり、かつ、受益者であるとしてB及びCへの生活資金の給付(ただし、B及びCへの給付は毎年1回12月末日までに特定の金額を給付。)をすることを内容として作成することとした。 また、当初、受託者はB及びCの二人であることから、「証書の作成と文例」の中には例示されていないが、法第80条第1項ないし第3項までの規定を参考までに契約の条文として掲記することとした。 4 相談者とのその後の経緯について 嘱託人を含む4人の相談者のその後の検討において、受託者はB及びCの二人からD一人を受託者とすることとし、B及びCへの定期贈与も信託の内容とはせずに、別に公正証書を作成したいとのことであった。 また、母Aは、Bの夫であるDに対し、無償で信託の受託者を引き受けて貰うには申し訳ないので、何らかの手当をあげたいが可能かとの相談がされた。Dはお金は一切不要であるとのことであったが、Aの気持ちを考慮して応じることとしたが、少額であればということであった。法第8条では、受託者の利益の享受は禁止されているが、受益者として信託の利益を享受することは可能であることと、法第54条で受託者の信託報酬について定められ、契約中にその定めがあれば受託者は信託財産から信託報酬を受けることができることとなっている。したがって、このどちらかの規定に基づいて公正証書中に定めるならば可能であることを説明した。Aからは、報酬額をいくらとするのが良いか相談されたが、相談者らのこれまでの相談の内容及び諸事情を勘案すると、あくまでも参考としてではあるが、後見人の報酬を参考にして決められてはいかがかということを説明した。 5 引受金融機関への確認について 信託契約を締結したとして、実際に預貯金等を管理するためには、受託者の固有財産との分別管理が必要となるが、金融機関が信託財産としての引受を行ってくれるか否かを確認しておいた方が無難である旨伝えた。受託者であるDが旭川市内にある金融機関の全てに出向いて引受をお願いしたところ、皆無であったとのことで、どうしたらよいかとの相談を受けた。札幌の公証人からは、札幌市内にある銀行の一支店のみが引き受けているという情報が伝えられたので、同銀行の旭川にある支店に再度相談してはいかがかとアドバイスしたところ、引き受けてくれることになったとのことであった。 6 信託契約の文案について 以上のような経緯を踏まえ、次のとおりの文案を作成して、公正証書を作成することとした。 ******************* 第1条(契約の趣旨) 委託者母Aは、受託者Dに対し、次条記載の信託の目的達成のため、委託者の財産を信託財産として管理処分することを信託し、受託者はこれを引き受けた。 第2条(信託財産及び信託の目的) この信託は、別紙信託財産目録記載の不動産(以下「信託不動産」という。)及び同目録記載の現預金(以下「信託金融資産」という。)を信託財産として管理及び処分を行い、受益者に生活・介護・療養・納税・債務の弁済等に必要な資金を給付して、受益者の幸福な生活及び福祉を確保することを目的として信託するものである。 第3条(信託期間) この信託の契約期間は、受益者の死亡の時までとする。 第4条(受託者) この信託の当初受託者は、次の者とする。 住所 <略> 職業 <略> 氏名 D 生年月日 <略> 2 信託法第56条第1項各号に掲げる事由により当初受託者の任務が終了したときは、委託者は、次の者を新たな受託者として指定する。 住所 <略> 職業 <略> 氏名 B 生年月日 <略> 第5条(受益者) この信託の受益者は、委託者とする。 第6条(信託の内容) 受託者は、本件信託不動産の管理を行い、賃貸用不動産についてはこれを賃貸して、同不動産から生ずる賃料その他の収益及び信託金融資産をもって、公租公課、保険料、管理費及び修繕積立金、敷金保証金等の預り金の返還金、管理委託手数料、登記費用その他の本件信託に関して生ずる一切の必要経費等を支払う。 2 受託者は、必要に応じて、信託金融資産を銀行等の金融機関に預金し、管理・運用することができる。 3 受託者は、受益者の要望を聞き、受託者が相当と認める受益者の生活・介護・療養・納税・債務の弁済等に必要な費用を前項の収益及び信託金融資産の中から受益者に給付し、また、受益者の医療費、施設利用費等を支払う。 4 受託者は、前三項の業務につき、業務遂行上必要と認めた場合、第三者にその任務を行わせることができるものとし、その選任については、受託者に一任する。 第7条(信託の変更等) 受託者は、受益者との合意により、この信託の内容を変更し、若しくはこの信託を一部解除し、又はこの信託を終了させることができる。 第8条(管理処分行為) 信託財産の管理処分のために受託者がすべき行為は、次の各号に掲げる行為とする。 (1) 信託不動産については信託による所有権移転又は所有権保存の登記及び信託の登記手続をする。 (2) 信託不動産の保存又は管理運用に必要な処置、特に信託不動産の維持・保全・修繕又は改良は、受託者が適当と認める方法、時期及び範囲において行うものとする。なお、信託不動産については、第三者に賃貸することができる。 (3) 受託者は、信託の目的に照らして相当と認めるときは、信託財産を換価処分することができる。 (4) 信託金融資産の保存又は管理運用に必要な処置は、受託者が必要と認める方法、時期及び範囲において行うものとする。 (5) 受託者は、この信託の開始と同時に、①信託財産目録、②会計帳簿、③事務処理日誌を作成し、受益者又はその法定代理人等からの求めに応じ書面にて報告する。 (6) 受託者は、受益者又はその法定代理人等から報告を求められたときは、速やかにその求められた事項をその者に報告する。 (7) 受託者は、信託事務処理に必要な諸費用(旅費を含む。)を立替払したときは、これについて信託財産から償還を受けることができる。 (8) この信託が終了したときは、受託者は、第5号記載の書面を作成して信託財産及び関係書類等について清算受託者に引き渡し、事務の引継ぎを行うものとする。 第9条(清算事務) 清算受託者として、この信託終了時の受託者を指定する。 2 清算受託者は、信託清算事務を行うに当たっては、この信託の契約条項及び信託法令に従って事務手続を行うものとする。 第10条(権利帰属者) 残余の財産については、委託者の長女B及び同二女Cに均等の割合で帰属する。 2 前項に定める委託者の長女B及び同二女Cのいずれかが、委託者より先に又は委託者と同時に死亡したときは、当該死亡した者に帰属すべき財産は、その者の法定相続人に法定相続分の割合で帰属する。 第11条(信託報酬) 信託報酬は、1か月金<略>円とし、毎月末日に受託者自らが信託財産から受け取ることができる。 ******************* 7 終わりに 相談者からの当初の相談から数ヶ月経過していたため、嘱託はされないのであろうとの想いから、検討資料等を処分しようとしていたところ、作成に至ったものである。 初めての経験で、かつ、戸惑いもあり、できばえについても心配な部分がないわけではない。少しでも参考になれば幸いである。 (小鹿 愼)

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