民事法情報研究会だよりNo.47(令和2年11月)

菊の香漂う霜月を迎えましたが、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
 皆様ご承知のとおり、去る7月18日に当研究会会長の野口尚彦様がご逝去されたこと等に伴い、本だよりの発行が滞っていたことを、この書面をお借りしてお詫び申し上げます。引き続きのご愛読をよろしくお願いいたします。
 GOTOキャンペーンなど、人々の行き来が活発化する中で、新型コロナウイルスの流行は、いまだに終息の気配を見せない昨今でありますので、まだまだ気持ちを緩めてはならないと思う毎日です。(YF)

今 日 こ の 頃

   このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

野口さんのこと(小畑 和裕)

1  野口さん(当協会前理事長)が亡くなられた。訃報に接したとき、悲しさよりも悔しさで胸が一杯になった。何で、どうして今なのか、神は酷いことをされるものだとの思いが溢れた。かねてから肺に疾患があり、闘病されていることは承知していた。しかし、当協会の業務は普段通りこなされていたし、出会っても病が重く辛いというような気振りは全く感じなかった。また、亡くなる直前まで研究会便りの原稿について協議していたが、いつも通りの様子だった。以前から病気の状態をお聞きしていたが、まさかこんなに早くお亡くなりになるとは想像すらしていなかった。

2  野口さんと初めてお会いしたのは、昭和54年の春だった。当時私は、民事局第五課(現民事第一課)から、4月1日付けで第一課(現総務課)一般予算係に転勤を命ぜられた。当時の予算係は係長3名と係員1名の4名体制だった。野口係長は、同日付けで同じ第一課の法務局係長に昇進され、事務官だった岩倉さん(故人)が係長に昇格、私は岩倉さんの後任に配置換を命ぜられたのだ。その際、野口さんが担当されていた業務の一部を引き継いだ。引き継ぎ資料を見て吃驚した。資料は、精緻を極め、詳しくかつ分かり易かった。完璧だった。予算事務は一年がルーチンワークの単位であるため、月ごとに処理すべき仕事の内容がきちっと一覧表で整理されていたし、予算要求の要点や執行上の留意事項が纏められていた。特に新鮮な驚きだったのは、予算と執行の効果をグラフで表すなど、見事なものだった。余りにも立派な資料なので、この先、予算事務が私に務まるのか不安を覚えるほどだった。幸い、野口さんは隣の部屋におられたので、しょっちゅう伺ってお教えを乞うた。私の愚問に対して優しく、丁寧に教えて頂いた。野口さんの説明は疑問点をきちんと捉え、説得力があるものだった。
   一方、趣味は多趣味だった。岩倉さんが碁敵であった。対局は昼休みを利用して毎日行われた。しかも、1局の所用時間が短く、昼休み中に2局も3局も戦っておられた。勝負が昼休み中につかないときは碁石の配置をそのままにして保管し、勤務時間外に持ち越して戦っておられた。両先輩の対局は毎回大勢の観客を集めた。麻雀も職場の仲間と盛んにされていた。大勝ちされたり、大負けされたりしたという噂は聞いたが、詳細は承知していない。カラオケも上手で、私はいつも野口さんに「いい日旅立ち」をリクエストした。

3  野口さんはその後、松山地方法務局の供託課長に異動された。供託事務を行う傍ら、国立愛媛大学では教鞭をとられてもいた。職員との交流も盛んだった。四国八十八カ所の札所を自家用車でお参りされたとか、得意の囲碁では局内で優勝されたということもお聞きした。松山局勤務を終えて再び民事局に帰ってこられてからは、登記事務のコンピュータ化に尽力された。当時の民事局・法務局の最大の課題は登記事務のコンピュータ化であった。特に、予算要求における最重要の課題は、コンピュータ予算の確保であった。野口さんはこの事務の実質的な責任者であり、中心的・精力的に働いておられた。膨大な資料の作成や関係省庁や多方面に渡ってコンピュータ化制度の必要性等を説明するなど、まさに獅子奮迅、の活躍であった。

4 法務局を退職後も、超繁忙庁の公証人として活躍された。私も公証事務の疑問点について数々の教えを頂いた。公証役場の事務が繁忙であるにも拘わらず、適切で素早い回答を頂くと共に、資料等を送付して頂いた。その後、当協会の初代理事長として活躍されたことは会員の皆様がご存じの通りである。総会や理事会の運営、研究会だよりの編集、納税や登記関係、ホームページの管理等大変な業務を熱心に努められた。これらの仕事はすべてボランテイアとして精力的にこなされた。まだ数ヶ月しか経っていないが、未だに亡くなれたことが信じられない。長い間お世話になったお礼を述べる機会もなく亡くなられてしまった。
今はただ衷心よりお礼を申し述べ、ご冥福をお祈りいたします。
野口さん、ありがとうございました。                了

四万十暮らし(竹中 章)

3年前、神奈川の自宅からJR、私鉄、羽田空港から航空機、高知駅からJR、そして第三セクターの土佐くろしお鉄道と乗り継ぎ、約7時間をかけて四万十市へ到着(乗り継ぎが悪い時間帯を利用してしまったようです。)、首都圏から高知県西端の町まではいかに遠いかを実感した次第です。
1 土佐の小京都 中村
 四万十川流域は平成21年、流域全体が文部科学省の「重要文化的景観」に選定されています。中村は、市街地が四万十川と後川に囲まれ、京都鴨川と東山の地形的に似ており景観に恵まれているだけでなく、歴史的にも室町後期に一条家がこの地に入り町が形成されてきたことから、昔から土佐の小京都と呼ばれています。
 関白一條教房が応仁の乱の戦乱の際、1468年に中村の地に下向し、その後、戦乱が終結してからも京都には帰らず幡多の庄(荘)を直接支配することで京都の本家を再興する道を選んだということのようです。
 高知の西端、四万十・宿毛・土佐清水付近は「幡多地方」と呼ばれています。この付近は中世の頃、「幡多の庄」と呼ばれ、一条家の荘園があったそうです。一條教房が中村までやってきたことについては、諸説あるようですが、戦乱を逃れてきたことには間違いないようです。ただ、戦乱を逃れるためであれば、何も遠方の土佐の西端まで行くことはないと思いますが、一説では、戦乱によって畿内や付近の荘園からの年貢が入らなくなって、苦しい一家の経済を少しでも豊かにするために、有名無実となっている「幡多の庄」を回復して、荘園としての実績を挙げようとしたとのことです(中村市史より)。
教房、その子房家は、中村の町づくりに励み、鴨川や東山など京都に見立てた地名やゆかりの神社などがあちこちに残っており、大文字の送り火など、京文化の名残もあります。一昨年(2018年)は、一条家が応仁の乱を機に下向して以来550年を迎えたことから、年間を通じて「土佐の小京都550年祭」が開催されました。

2 四万十の気候
 高知県といえば温暖な気候と思われがちです。
 しかし、当所に赴任してから毎年のことではありますが、今夏も梅雨明け後猛暑に襲われました。平成25年8月には、西土佐地区で41℃台を記録し、それまでの日本の最高気温の記録を塗り替えるなど、観光地として以外でも有名となったところです。今年も、8月に入ってからは3日連続、通算4回も最高気温日本一となるなど、NHKの全国放送などで何回も報道されました。今夏、四万十市内で35℃以上の猛暑日となったのは26日間、かなり耐え難い日々を送ってきました。また、冬は雪はあまり降らないもののことのほか寒く、1月の平均気温は0℃台となっています。
 高知県西南端の土佐清水市は、夏の平均気温は30℃に達しておらず、今年も35度を超えた日は1日しかありません。冬も氷点下に下がることはほとんどなく1月平均気温は5℃台であり、過ごしやすい所のようです。ところが、土佐清水市に隣接しているにも関わらず四万十市は地形のせいでしょうか、冬は寒く、夏は暑く、とても温暖な気候であるとは言い難いところです。ただ、山紫水明の美しい景観に恵まれたところです。

3 新型コロナ禍
 幡多地方には史跡や歴史を感じさせる地域の催し、また、金剛福寺(四国八十八箇所38番札所)、延光寺(同39番札所)、四万十町には岩本寺(同37番札所)、愛媛県愛南町には観自在寺(同40番札所)があります。四国最南端の足摺岬、最後の清流と言われる四万十川の数多くの沈下橋、柏島では沖縄より素晴らしいともいわれる海底まで透き通る海水など、いろんな景色を楽しむことができます。着任以来、時間を見つけては、これらに足を運び、また、途上にある「道の駅」を訪れ地元の物産(主に農産物)を購入するなどして観光を楽しんでいました。
 しかし、新型コロナウイルスの感染の蔓延、特に「幡多地方」においては3月末に最初の感染者が確認されて以後、一気に20人を超える感染者が発生しました。10万人当たりに換算すると30人近くに上り、東京都に匹敵するような状況となりました。今は落ち着いているものの、新型コロナ感染発生以来出歩くことは避け、「幡多地方」から外へ出ることはもちろん、市内から出ることもせず、ほぼ職場と家と間の往復のみとなり、休日は家に籠もる生活となってしまいました。
 役場では受付、打合せテーブルはアクリル板で仕切り、来客にはマスクを着用して対応し、来客後はドアノブ、テーブルなどのアルコール消毒、換気を行い、十分なコロナ対策をしているところです。早く収束することを願っています。

民事法情報研究会だよりNo.46(令和2年8月)

 新型コロナウィルスの影響で、ようやく最小規模で実施した会員総会以外、予定した前期の行事は中止となりましたが、会員の皆様には、いかがお過ごしでしょうか。
 さて、大先輩の川上先生から、少なからず感動を覚える内容のご寄稿をいただきました。川上先生ご夫妻のご多幸を心よりお祈りいたします。(NN)

今 日 こ の 頃

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  鳩寿を迎えて(川上富次)  

1 令和2年は、新型コロナ対策の方針に則って完全隠居生活を余儀なくされました。 
 私は専ら庭の片隅の家庭菜園での野菜作りを楽しみました。
 或る日、一羽の雉鳩がやって来て、作業中の私の周りをうろゝゝ、そのうちに飛び去っていくという日が何日か続き日課のようになりましたがいつしか来なくなりました。
 あの雉鳩は今どうしているだろうと考えているうちに題が“鳩寿を迎えて”となった次第です。

2 閑話休題、私は毎朝、十畳の床の間の「和歌清寂」(掛軸)とその隣室の向い床に掲げた「日新日々新」(縦額)を眺めます。
 いずれも不帰の客となられた香川保一先生に揮毫をお願いしたものであります。
 「書はその人を表す」と申しますが、字の奥底から滲み出てくる温もりや厳しさが感じられ、ふと目を上げると掛物の先生と目が合ったと思えることがあります。
 あの和顔で「奥さん、絵描いとられるか」「奥さん大事にして豊かな人生を満喫しろよ」との声が聞こえてくるのです。
 ご生前、先生は、筆を執る時は朝気持を落着け心身共に集中して机に向かう、とおっしゃっておられました。
 「日新日々新」の額は公証役場に掲げていて持ち帰ったものですが、あの「原爆の図」を描いた画家の丸木位里・俊夫妻が来庁の際、じっと見入って「この字は自分の字ですね」つぶやいておられたことが思い出されます。
 先に、十畳の床の間云々と申し上げましたが、拙宅は築62年の陋屋です。
 50歳の時、もう少し伸び伸びとした心で万事に広い視野が持てればと念じて増築した2階の和室ですが、さて、成果の程はどうでしょう。

3 荊妻の話が出たところで“糟糠の妻”について少々触れたいと思います。
 平成20年5月、二人の結婚50年を記念して、いわゆる金婚式を内々の親族で催しました。
 私は妻に贈る詩として次の様に披露しました。
  ― 金婚を記念して贈る詩 ―
 「長い間、仕送りをありがとう。あんたのことは忘れんからね。」
 と妻に感謝の言葉を残して百一歳の母は逝った。
  私の妻は律儀な人です。
 「この絵は私を元気にしてくれます。」
 とガンを患う婦人が妻の絵を求めて帰った。
  私の妻は芸術の人です。
 「私は声は出ませんが涙は出ます。」
 と老人施設の人が妻達のコーラスを聴いてつぶやいた。
  私の妻は情熱の人です。
 「三人の子を産んで育てたのは、あんたの手柄じゃ!」と妻の母が言っていた。
  私の妻は愚痴をこぼさない人です。

 その後、平成30年5月、87歳の時、今度は結婚60年、いわゆるダイヤモンド婚記念の日となりました。
 私は「ダイヤは高価で未だにプレゼントしたことはありません。今日は、ダイヤに優るものをプレゼントします。」と言って、
『恋女房、60年経っても恋女房』と蛮声を張り上げ、娘や孫達の失笑と朗笑をかいました。

4 私は、令和3年1月15日で満90歳を迎えます。
 「90才。何がめでたい」(佐藤愛子)という書籍がベストセラーとなったことがありましたが、私は、“めでたい”というより生かされていることの尊さ有難さに深く思いをいたすばかりです。特に昭和一桁半ば生まれは生涯、あの戦争で、祖国のため、家族のために散華された方々の「きけわだつみのこえ」「英霊の言乃葉」から離れることはできません。
 残されたこれからの人生、瓦はいくら磨いても鏡にはなりませんが、最後までせっせと磨き続ければ静かに終わりを全うすることができるのでは、と思っています。

 

  三つの顔(永井行雄)  

桜の季節が終わるころ、福岡市を車で出発し、九州自動車道に乗って南に向けて走る。目的地まで約300キロ、先は長い、ゆっくり行こう。途中、以前住んだ久留米や熊本を通過するとき、その当時のことが懐かしく思い出される。出発しておよそ200キロ、長いトンネルを抜けると雄大な霧島連山の山並みが目に映る。そこから宮崎自動車道へと進路を変更する。標高300メートルの山間を抜ける高速道路で車の数は少ない。しばらく走ると、右手に広大な盆地が現れた。その町のインターを下りて国道を南下していると、途中、大きな川のゆったりとした流れと、緑一色に彩った河川敷をランニングしている人の姿が目に入る。そして、インターから15分ほど走っただろうか、右手に都城公証人役場という建物が見えた。ここがこれから仕事をする場所である。緊張感と同時に、土地も人も知らない、大丈夫だろうかという一抹の不安にかられる。

 これは私が今から7年前にこちらに来たときの印象や心境である。この地は酪農が盛んで、宮崎牛は全国ブランドになっている。焼酎の生産量は全国一で、霧島連山からの豊富な湧水が町全体を潤し、米や野菜も美味しい。そして、何よりも土地の人は情に厚い。とても住みよいところである。
 ただ、この地での任務もたいぶ終わりに近づいてきた。そこで、これまで試行錯誤を繰り返しながらであるが、自分なりにイメージする公証人像について思うところを少し紹介させていただくこととしたい。

 公証人には、次の三つの顔が必要だと思っている。

1 法律専門職としての顔

 公証人の主な仕事は公正証書の作成である。公正証書は、証拠力・執行力を有し、国民生活の中で大きな役割を果たしている。したがって、公証人には、高度な法律的知識が求められることは言うまでもない。しかし、日頃の勉強不足がたたって、公証人になった当初は戸惑うことが多かった。どこを紐解けばよいのかが分からない。ところが、仕事は入ってくる。もたつく、焦る。あちこちの先輩公証人に電話を掛けまくって、教えていただいた。参考書もいろいろ買ったが本には相性がある。読みにくい本は途中で読むのを止めて、他の本を買ったりもした。ただ、弁護士や司法書士などの法律のプロから持ち込まれる案件で不明なところは、しっかり調べるようにした。頼りない公証人と思われると後々の仕事に差し支えると思ったからである。
 新米の頃は、失敗もあった。債務承認弁済契約で債権者(甲)と債務者(乙)の署名が逆になって、後で気がついて追いかけたこと。また、出張遺言で遺言者に遺言書正本と謄本を渡さなければならないのに、渡すのを失念して役場に持ち帰ってしまったこともある。法的なことでは、私が作成した遺贈の公正証書の記載内容について、包括遺贈か特定遺贈かの解釈を巡って税務署と見解が対立したこと。もう一つは公証人には押収拒否権があるので、警察が令状をもってきても無条件に応じることはできないことなどである。いずれも先輩公証人の適切な助言を得て対処することができた。
 今、新しい制度がどんどん入ってきている。頭で理解することは重要であるが、実務に使えるような独自の工夫が大事だと思う。私は、新制度が入ってきたときは①まず読み込む→②実務の観点から要旨骨子を引き抜きシンプル化する→③自分用の執務資料(ビジュアル化)を作成する、といった方法を採っている。参考書や日公連からの資料に付箋をつけても、いざというときになかなかそこを見つけ出せない。もっとも、最近は横着になって、後輩公証人に「こういった資料があったらいいだろうなぁー」と暗に作成を示唆して、いいとこ取りをする技が身についてきた。被害に遭った方には、紙面をお借りしてお詫びする。
 ちなみに、保証意思宣明公正証書については、依頼者や金融機関への案内ペーパー(両面印刷1枚)を作成した。また、4月中旬には書記と相談しながら、テレビ電話による電子定款認証マニュアルをビジュアル的に作成した。これを近隣の公証人にも提供して、互いにリハーサルをやってみた。

2 地域人としての顔

公証人は地域に定着して仕事をする。正に地域の一員である。私は、縁あって、都城市が高齢者・障がい者の権利擁護のために発足させた都城市成年後見ネットワーク会議の委員として6年半、そのうち会長を三期5年務めた。委員は弁護士会、司法書士会、公証人役場、保健所、警察署、消費生活センター、地域包括支援センター、社会福祉協議会、社会福祉士会、精神保健福祉士会など12の機関の専門家で構成されている。しかし、専門家集団の組織運営はなかなか難しい。皆プロである。当初はかなり苦労した。指示命令では絶対に動かない。思い出すのが、初めての行事として成年後見シンポジウムの開催について総会に諮ったところ、医療系の委員の猛反対にあってしまった。その委員は実務経験が豊富で皆が一目置く人物である。「しまった。事前に意見を聞いておけばよかった・・・。」と思った。ただ、賛成する委員も何人かいたので、とりあえず試行的にやってみようということで何とか収まった。そこから続きがある。その猛反対した委員に頭を下げてパネリストをお願いし、無理矢理引き受けてもらった。すると、その委員は大活躍してくれたのである。本当に立派な方である。この組織を運営する上で気をつけたことは、情報の共有化・全員参加型の運営と、市民の目に見える活動・達成感の共有である。そのため皆の意見を聞きながら運営するように努めた。素晴らしい見識を持った人たちである。こういった人たちとの人的ネットワークができたのは何よりの財産である。

 主な活動としては、委員合同による市民相談会、講演会、成年後見シンポジウム(3回)、記録誌の発行、各地域に委員が出向いて地元の方々との意見交換会、委員全員の執筆による「高齢者・障がい者支援のためのハンドブック」の発行や、全国に先駆けて「都城市成年後見制度利用促進基本計画」を策定し、逐条解説を加えた冊子を発行したこと、宮崎家庭裁判所や関係機関との情報交換会などである。こういった機会を通じて任意後見制度をしっかりアピールした。そのかいあってか、任意後見契約の件数が近年伸びた。ちなみに、昨年は150件処理した。移行型の任意後見契約は市内の金融機関にもかなり浸透し、中にはお客さんにこの制度の利用を勧めてくれる銀行もある。

3 経営者としての顔

 公証人は、法務大臣から委嘱された公務員である一方、依頼者からの手数料収入で役場を運営する個人事業主である。つまり経営者なのである。経営者には経営理念が必要である。
 そう言う私に初めから経営理念があったわけでない。
 あるとき、いつも利用している銀行に行ったときのことである。顔見知りの窓口担当者が私のところに来て「支店長が替わったので、支店長にあいさ つをさせます。」と言って、私のところに支店長を案内してきた。すると、支店長はカウンター越しでなく、わざわざ待合室に出て、名刺を差し出し、あいさつをされた。なるほど、こういったやり方をするのだなと思った。私はカウンター越しにやっていた。この日を境にやり方を変え、同時にこれを応用した。どう応用したかというと、依頼者が公正証書の作成を済ませて帰るときには、私がカウンターの外に出て、「ありがとうございます。」とお礼の言葉を述べ、書記も立って見送るようにした。また100歳くらいの人が来てくれたときには、車のところまで行って、手を振って見送る。すると笑顔で手を振ってくれる。気持ちがいい。
 公証人は依頼者から貴重なお金をいただいている。「ありがとうございます。」は当たり前である。しかし、それができていなかった。「お疲れ様でした。」という言葉は出ても、「ありがとうございます。」という言葉が出なかったのである。新しい世界の人から学ぶことは多い。
 それと、もう一つは、こちらで受けた人間ドックをきっかけに、信頼できるドクターに巡り会った。そのドクターのお陰で25年来の肝機能障害が改善できた。それでも念のため2か月におきに定期検診を受けている。そのドクターは診察が終わると、次の診察日の予約を入れましょうと言って、自らパソコンに日にちを入力するのである。普通の医者は「また2月くらい先に来てください。」だと思う。しかし、これだと症状が改善しないなど何かなければ、受診に行かない。また先でいいや、ということになる。だけど人間は不思議なもので、予定が決まるとそれを守ろうとするのである。医者にとって患者は客である。都城は特に病院が多い。これが客を逃がさない一つの方法だと思った。
 そこで、私もこの方法を採り入れることにした。遺言の相談を受けると、作成日を決める。その日から逆算して書類を持って来てもらう日を決める。以前は「書類がそろったら持って来て下さい。」というやり方であった。これでは先の見通しが立たないし、依頼者もつい先延ばしにして、中には遺言書作成に至らないケースもある。依頼者は遺言書を作るために相談に来るのである。あなたの依頼はきちんとお請けしましたという意思表示が必要である。そのためにはスケジュールを示すことが大事であるといえる。この方法は依頼者に安心感を与えると同時に、客を逃がさない一つの方法にもなる。
 そして、遺言の依頼があった場合、話の内容によっては任意後見制度を案内している。依頼者にとって何がベストかということを念頭に置くよう努めている。ひいてはサービス向上につながり、公証人役場に好印象をもってもらうと口コミでお客が増える。そうすると役場の経営の安定につながるのである。
 したがって、経営理念は、お客様に感謝すること、お客様の立場に立つこと、そして、笑顔である。
 お客様、地域の人たち、そして、日々の業務を支えてくれる優秀な書記、こうした方々に心から感謝するとともに、一日も早く新型コロナウイルスの感染が収束し、平穏な日々が戻ってくることを願って、筆をとった夏の日である。

  広報活動重点地域に指定されて(関谷政俊)  

1 平成31年4月、日公連から当舞鶴公証役場が平成31年度広報活動重点地域に指定されました。ご存じの方も多いと思いますが、この事業の目的は「嘱託事件が少ない地域で、広報活動の強化により嘱託事件の増加が見込まれる地域、その他特に公証人の公益的な姿勢を国民に広く理解してもらい、嘱託事件の掘り起こしを図ること」と定められています。広報活動の内容として、①講演会の開催、②公証相談員の派遣、③ポスター及びチラシの配布などが示されています。

2 舞鶴公証役場がある舞鶴市は、京都府北部日本海側に位置し、人口8万人弱の地方都市です。舞鶴市は、宮津市、綾部市と隣接し、また福知山公証役場がある福知山市と隣接しています。舞鶴市は、戦後、引き揚げ港に指定され、ソ連、満州、朝鮮などからの帰還邦人を受け入れたこと、海上自衛隊舞鶴基地(総監部)、海上保安学校があることから、地方都市ですが知名度は割合と高い方である思っていますが、基幹産業に乏しく高齢化が進み、人口減少が進んでいます。 舞鶴市は、この事業の目的にある「嘱託事件が少ない地域」には該当しますが、「広報活動の強化により嘱託事件の増加が見込まれる地域」に該当するかはなかなか難しいところがあります。
 舞鶴市は、この事業の目的にある「嘱託事件が少ない地域」には該当しますが、「広報活動の強化により嘱託事件の増加が見込まれる地域」に該当するかはなかなか難しいところがあります。

3 当役場では、以前から広報活動として、京都府北部の舞鶴市、宮津市、京丹後市において自治体の協力を得て、公証相談会(平成30年度20回)、市民講座における講演会等(平成30年度3回)を実施していましたが、今回、広報活動重点地域に指定されたことから、従来の広報活動に加えた活動を検討することとしました。

4 広報活動重点地域に指定される約2か月前、平成31年1月28日付け日本公証人連合会理事長通知「隣県等における公証相談について」が発出されました。この隣県等における公証相談は、「公証人が職務執行区域外の隣県等に赴いて公正証書の作成等を行うことはできないが、地域によっては、住民が居住する県等の公証役場ではなく、隣県等の公証役場に赴く方が、近くて交通の便も良く、利用しやすい場合もあるので、利用者の便宜の観点から隣県等において公証相談を行うことができる。」とするもので、実施に際しての条件として、隣県等の単位公証人会との間で十分なコンセンサスが得られること、所属法務局及び隣県等の地方法務局に対し事前に通知することなどが示されました。

5 舞鶴市に隣接する、福井県高浜町(人口約1万人)は、同町役場から舞鶴公証役場まで一般道を利用して乗用車で約35分(約23㎞)で来ることができますが、同町役場から県内最寄りの公証役場である敦賀公証役場まで一般道を利用すると約1時間30分(約65㎞)を要します。また、以前から同町民から少ない件数ですが公正証書等の作成嘱託を受けていました。

6 広報活動重点地域に指定されたことに伴う新たな広報活動として、隣接する福井県高浜町において講演及び公証相談会を実施することとしました。
 敦賀公証役場小野公証人に内諾を得た上、公証週間がある令和元年10月に開催する予定とし、開催場所等の詳細を検討している最中に、高浜町において原発関連不祥事について報道されたため、その影響を考慮して令和2年3月に開催することとしました。

7 多くの町民の方に公証制度を理解していただくために、公証相談会のほかに、ミニ終活講座として遺言に関する講演会を実施することし、令和元年11月、面識のある高浜町商工会職員から開催場所等についての情報を収集し、駐車スペースが十分確保でき、無料で会場を借りることができる高浜町公民館を会場とすることとし、令和元年11月29日、高浜町公民館と打ち合わせし、会場の予約・申し込み(令和2年3月4日開催)を行いました。また、町民の皆さまへの広報として、同じく小野公証人から紹介された高浜町広報担当者と令和元年12月に広報誌への掲載について打ち合わせを行い、令和2年1月15日、高浜町長に対し、広報誌への広報依頼文書を発出しました。その結果、令和2年3月号(2月28日発行)に掲載されました。さらに、高浜町商工会職員に広報への協力をお願いし、令和2年1月15日、高浜町商工会に広報用チラシ(会員数約300人分)を持参し、会員宛の広報冊子に同封していただくことになりました。その他、令和2年2月7日、日公連事務局に対して日公連ホームページへの登載を依頼し、令和2年2月19日、高浜町公民館に広報依頼(窓口にチラシ50枚を備え付け)も行いました。
 なお、福井公証人会、京都地方法務局及び福井地方法務局に対する事前説明等については、京都公証人会において行っていただきました。

8 原発関連不祥事により開催時期を変更した以外は、福井公証人会の御理解、京都公証人会、高浜町、高浜町公民館、高浜町商工会の御協力、小野公証人ほか関係者の御尽力のおかげで隣県での広報活動の実施について順調に準備することができました。
 ところが、本年2月20日、厚生労働省から「イベントの開催に関する国民の皆様へのメッセージ」が発表され、24日には専門家会議において「この1~2週間の動向が感染拡大の瀬戸際である」とされたため、高浜町においては各種イベント等の開催が中止される状況となりました。2月27日(木)高浜町から当役場に対し、2月29日(土)高浜町公民館から講演会等の実施予定について照会がありました。高浜町公民館からは会議室の使用を禁止はしないとのことであったので、総合的な見地から判断し、急遽3月2日、講演会については中止することとし相談会のみを実施することにしました。高浜町及び日公連のホームページにおいてその旨を広報していただきました。
 相談会開催当日の3月4日は、感染拡大防止のため外出を控える傾向が強まっている中、雨も降り、相談に来られる方がいないのではないかと心配しましたが、2組の相談者が訪れ、相談担当として京都合同公証役場から来ていただいた天野公証人及び会場設営兼受付担当の書記の方と胸をなで下ろしました。

9 今回、新たな広報活動として、隣県での講演会等を企画しましたが、新型コロナウィルスの影響により、その対応を即断する必要が生じ、講演会及び公証相談会を当初予定の内容のとおり開催することもできず、十分な成果を上げることはできませんでした。しかし、町広報誌への掲載及び商工会会員宛冊子へのチラシ同封などによる公証制度の周知という点では一定程度の成果はあったと思っています。
 また、日公連から示された、隣県等における公証相談のスキームに従って、企画・立案し、各所との打ち合わせ、調整など公証人以前の仕事での経験を活かすことができ、公証業務を行うこととは違う意味で充実した日を過ごすこともできました。講演会は実施できませんでしたが、講演会周知用チラシの作成は、新鮮な感覚で行うことができました。

10 広報活動重点地域に指定された昨年度は、公証相談会(21回)、市民講座における講演会等(5回)、隣県での相談会を実施できました。 
 この事業の目的である、広報活動の強化はある程度図ることができたと思いますので、今後は、嘱託事件の掘り起こしを図って行きたいと思います。当然のことですが、隣接公証役場の嘱託事件を減少されることなく、総数の拡大を目指すものであることを申し添えます。

  9ヶ月が過ぎて(醍醐邦治)  

 厚木公証役場(神奈川県厚木市)の公証人に任命されて、早くも9ヶ月が過ぎました。就任前の見通しとは大きく異なり、依然として仕事に追われる日々が続いています(ここ数ヶ月は新型コロナウィルスの影響で遺言の作成、外国文認証を中心に業務量全体が大きく減少していますが、4月から施行された「保証意思宣明公正証書」の作成は予想に反して多くの依頼があります。)。改めて、公証事務の範囲の広さ・深さを実感するとともに、自分自身の知識・勉強不足を痛感することが多く、一方で疑問等に親身になって応えてくださる諸先輩先生方の存在は大変心強く、深く感謝しているところです。

 ところで、公証役場がある神奈川県は、今まで法務局での勤務がないばかりか、自宅のある千葉県とは東京湾を挟んで反対側に位置していますが、これまで、同じ関東の他県と比べると、意外とプライベートでも訪れる機会が少なかったように思います。  神奈川県は、東京都に隣接し、横浜市・川崎市(この二つの市で人口500万人を超え、神奈川県全体の半数以上を占めています。また、横浜は中華街をはじめ異国情緒溢れる港町で屈指の観光スポットです。)といった大都市を擁する一方で、鎌倉幕府誕生の地で歴史情緒あふれる鎌倉(シンボルともいえる大仏やあじさい寺で有名な明月院などがあります。)、日本有数の温泉地である箱根・湯河原、景勝地の江ノ島、マリンスポーツのメッカとして、また、風光明媚な地として四季を通じて賑わいのある湘南海岸など、豊かな自然と歴史・文化に恵まれた地域が多く、まさに見所満載です。縁があってこの地で生活することになりましたので、この機会に近くて意外と遠い存在であった神奈川県の各地を、ゆっくり楽しみたいと思っています。

 ここで、公証役場の所在地であり、私の生活の拠点でもある厚木市について、若干触れますと、同市は神奈川県の中央に位置し、6市2町1村に接しています。都心から約40㎞(電車で約1時間)、横浜から約30㎞(電車で約30分)の圏内にあり、小田急線のほか東名高速道路や新東名高速道路、圏央道、小田原厚木道路のインターチェンジがあるため、東京・名古屋方面はもとより長野県や群馬県などからもアクセスが容易で、地理的条件に恵まれています。ちなみに「厚木」と聞くと「厚木基地」のイメージを抱く方もいらっしゃるかもしれませんが、「厚木基地」は隣接する大和市、綾瀬市及び海老名市の3市にまたがって立地しており、厚木市にはありません。厚木にはないのになぜ「厚木基地」というかは諸説ありますが、どれも確証がなくハッキリしていないようです。

 都心から比較的近い距離にある厚木市ですが、丹沢山系の東端に位置しているため、郊外に出れば深い緑の自然が広がっています。市内から車で15分ほど走ると、本格的な温泉(飯山温泉郷、七沢温泉郷)があり、素朴な一軒宿から老舗旅館まで個性ある温泉宿が点在し、いずれの温泉も強アルカリの泉質で肌をつるつるに整えることから「美人の湯」として有名です。週末には、食事を兼ねて日帰り温泉に行くことが楽しみの一つになっています。
 ちなみに、役場へは、市内にマンションを借りて通っていますが、マンションの西側には丹沢国定公園の一角をなす大山(「おおやま」と読みます。古くから庶民の山岳信仰の対象として親しまれていたようです。)を眺めることができ、四季を通して様々な表情を見せてくれています。毎朝、一日の無事をお願いして出勤しています。

 忙しい中でも、そんなことを思いながら厚木での生活を送っていましたが、今般の新型コロナウィルスの感染拡大によって、状況は大きく変わりました。
 まずは、役場の事業者として報道機関や日公連等からの情報をもとに、3人の書記さんと役場の勤務体制や事務処理方法などについて話し合い、ハード面、ソフト面にわたって出来る限りの感染防止策を採ってきました。当初は、マスクや除菌・消毒剤等が極めて入手困難な状況が続きましたが、そんな中で、ドラッグストアの前に長時間並んでマスクを購入し、また、自宅で入手したフェイスシールドを持って来てくれた書記さん達には、本当に感謝しています。これをきっかけに、書記さん達との一体感もさらに醸成されたような気がします。

 5月25日には緊急事態宣言が全国で解除され、また、6月19日には県をまたぐ移動の自粛要請も全面解除されました。これを待ち望んでいたように、街には以前の賑わいが急速に戻って来ています。厚木市内には、大学4校、短大1校、専門学校7校があり、同市の昼夜間人口比率(常住人口100人当たりの昼間人口の割合)が115%と非常に高いことなどからも、この傾向が顕著に現れている気がします。併せて、小さな「夜の街」も動き出しています。

 「喉元過ぎれば熱さを忘れる」ではありませんが、依然として大都市を中心に全国各地で感染者が報告されている状況からすると、第2波、第3波の襲来が心配です。現在、世界中で新型コロナウィルスの治療薬やワクチンの研究開発が進んでいますが、少なくとも有効な治療薬等が開発されるまでは、直ちにこれまでの日常に戻ることはできません。それまでの間は、適度な緊張感を持ちつつ、これまで実施してきた新型コロナウィルスの感染防止策や「新たな生活様式」の実践例を意識し、油断することなく粛々と生活の中に取り入れて行動することを、日々心掛けています。当初、煩わしく感じていたことも、慣れてくると余り苦にならなくなっているように思います。
 いずれにしても、しばらくは一定の我慢が求められますが、その中でもストレスを溜めないように工夫し、趣味や旅行など、今できること・やりたいことを一つ一つやって行こうと思っています。

実 務 の 広 場

   このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

  No.80 テレビ電話による電子定款認証手続について  

1 はじめに
 現在,テレビ電話による電子定款認証制度が導入されていますが,全国的に取扱事件数が伸び悩んでいた状況に鑑み,法務省民事局においてテレビ電話の利用を更に促進する観点から,令和2年5月11日に関係省令の一部を改正する省令が施行されました。このような折も折,新型コロナウイルスの影響が世界全体を席巻し,日本でも緊急事態宣言を経て新しい生活様式が公表されるなど,感染防止対策上,このテレビ電話による活用の意義が高まることになってきました。
 そこで,決してパソコンに精通しているとは言いがたい私が,今回,テレビ電話による電子定款認証手続について,取りまとめた内容を紹介させていただきます。

2 テレビ電話の導入経緯・対応そして問題点
 ご承知のとおり,平成31年3月29日から,「指定公証人の行う電磁的記録に関する事務に関する省令の一部を改正する省令」が施行され,法人設立手続のオンライン・ワンストップ化の取組として,一定の要件を満たす場合には,公証役場に行かなくてもテレビ電話で本人確認を受け,電子署名を自認することにより,認証を受けることが可能となりました。その事前準備として,日本公証人連合会からは,テレビ電話に関する説明資料,パソコン用のカメラやヘッドセットの送付があり,また,全国統一した電子認証サービスを提供しなければならないことやパソコン操作に対して苦手意識を持つ公証人の意識改革を図ることなどの必要から,各ブロックの電子認証公証委員が分担して,全公証人を対象にテレビ電話操作の事前リハーサルが実施されました。私は,前述のとおり決してパソコンに精通しているわけではなく,むしろパソコン操作の意識改革を図っていかなければならないタイプで,私なりに苦労をしながら,事前に操作マニュアルを何度も読み直し,何とかリハーサルを無事に終了し,安堵した記憶があります。しかし,一方で,発起人が電子署名できない場合は,電子委任状による本人確認ができず,このテレビ電話方式を活用することができないことから,このような制度を導入しても,個人に電子署名の利用が広がっていない現状を見ると,ほとんど需要は期待できないと思っていましたし,その後,全国的にもテレビ電話方式の申出件数が極めて低調であって,当役場においても現実に申出がなかったことから,自然とその操作方法等は忘却の彼方になってしまいました。

3 テレビ電話需要拡大の動き
 ところが,昨年12月に中国湖北省武漢市により原因不明の肺炎患者が報告されて以降,本年1月には日本での最初の感染者が確認され,その後,新型コロナウイルスとして全世界に感染が広がっていったのは皆様ご承知のとおりです。日本国内では,緊急事態宣言を受け,外出の自粛,テレワーク・オンライン会議・オンライン申請の活用が強く求められました。
 法務省民事局において,テレビ電話の利用拡大を図るため,発起人,設立時社員等の実印の押印された紙の委任状と,当該委任者の印鑑証明書を郵送する方式でもテレビ電話による認証を認める「指定公証人の行う電磁的記録に関する事務に関する省令の一部を改正する省令」が既に検討されていて,当初,令和2年7月6日施行を予定していたのを,急遽5月11日に前倒しで施行されたのも,このコロナ禍の影響によるものと思います。
 そんな中,本年4月当初にこれまで何度か定款認証の嘱託を受けたことがある埼玉県内のある業者から,「このコロナ禍の中,予定している定款認証日に復代理人を派遣させたくないのですが,何かいい方法はありませんか。」との問い合わせがありました。「現在,法務省民事局では,発起人から紙の委任状と印鑑証明書を事前に郵送されれば,公証役場に出向く必要がなく,テレビ電話での対応が可能となる省令の一部改正のパブリックコメントが行われていますが,施行日は本年7月6日の予定で,現状では発起人の方が電子署名の利用が可能でない限り,申し訳ありませんが,当役場に来ていただく必要があります。」と応答しました。この照会を受けた時に,当役場においても確実にテレビ電話方式の需要があることを実感しました。

4 テレビ電話方式での作業手順
 このような思いから,まずは,改めてテレビ電話導入時の説明文書を見直し,また,日本公証人連合会からの文書(令和2年5月13日付け「指定公証人の行う電磁的記録に関する事務に関する省令の一部を改正する省令の施行後の公証事務の取扱いについて(通知)」ほか)等を参考に,テレビ電話方式での作業手順を以下のとおり整理してみました。


(1) 電子定款認証の依頼

 ア FAX又はメールによる申込依頼及び事前審査
 最初に,電子定款認証の依頼方法として,FAX又はメールにより依頼文書及び定款案のほか,委任状,印鑑証明書,実質的支配者の申告書等も併せて送信される場合が多い。嘱託人から事前に送信があった定款案のほか,これらの関係資料の事前審査を行い,その結果を嘱託人に連絡する。
 イ テレビ電話方式での認証依頼
 依頼文書等でテレビ電話方式での認証依頼であることが確認できれば,事前の審査結果を嘱託人に連絡する際に,電子委任状によるものか,又は紙の委任状と委任者の印鑑証明書の郵送によるものかを確認しておく(上記アの申込依頼文書で記載されている場合が多いと思われる。)。また,メールによる申込依頼の場合は,嘱託人のメールアドレスをパソコンメモに貼り付けておく。
(2) 認証日時の調整
 事前審査の結果,定款案の内容に問題がなければ認証日時の調整を行う必要がある。特にFAXによる申込依頼で,嘱託人のメールアドレスを承知していないときは,小山公証役場のホームページにある「小山公証役場予約申込みフォーム」で申込みをしてもらい,判明した嘱託人のメールアドレスをパソコンメモに貼り付けておく。

【申込依頼があった場合の返信文言例】

=FAX又はメールによる場合=
 小山公証役場 公証人の松尾です。
 送信いただいた定款案及び関係資料を確認させていただきましたが,特に内容について問題はございません。
 認証の希望日時,書面による同一の情報の提供(謄本)をご希望の場合は,その通数を事前にご連絡願います。(ただし,FAXでの申込依頼の場合は,認証の希望日時について,小山公証役場のホームページにある「電子定款」の「小山公証役場予約申込みフォーム」から予約手続願います。)
 また,今回は,テレビ電話方式による認証をご希望とのことで,後日郵送される委任状,印鑑証明書等を確認後,嘱託人URL,認証手数料,振込先口座等について,別途ご連絡させていただきます。
 なお,委任状等を郵送される際は,返信用のレターパック(返送先の宛名を記載したもの)を必ず同封願います。
 よろしくお願いします。  
=小山公証役場予約申込みフォームによる場合(FAXでの申込依頼で,定款案等の事前確認が終了している前提)=
 小山公証役場 公証人の松尾です。
 今回の定款認証の予約申込につきまして,取り急ぎ,希望日時の令和2年●月●日(●曜日)●時からで承りました。
 つきましては,テレビ電話方式による認証をご希望とのことで,後日郵送される委任状,印鑑証明書等を確認後,嘱託人URL,認証手数料,振込先口座等について,別途ご連絡させていただきます。
 なお,委任状等を郵送される際は,遅くても上記認証予定日の前日までに必着するよう手配願います。
 よろしくお願いします。  
  (注)上記文言例は,状況に応じて修正が必要

(3) テレビ電話用URLの作成
 ① 公証人専用パソコンのGoogle Chromeのアドレスバーに「管理画面のURL」をコピー(当役場ではパソコンメモに既に「管理画面のURL」をコピーしており,それをダブルクリック)して管理画面を開く。
 ② 「公証人用ID」には,8桁の公証人IDを,「嘱託人用ID」には,嘱託人のメールアドレス(上記(1)イ及び(2)でパソコンメモに貼り付けたもの)をそれぞれ入力する。
 ③ 「公証人用URL」と「嘱託人用URL」が自動作成される。作成されたそれぞれのURLを,上記(1)イ及び(2)のパソコンメモに嘱託人のメールアドレスと併せて貼り付けておく。

(4) 嘱託人への連絡
 嘱託人に対して認証日,嘱託人URL,認証手数料,振込先等をメール送信する。
【嘱託人への送信メール例】 

小山公証役場 公証人の松尾です。
 ご依頼のありましたテレビ電話方式による定款認証につきまして,以下の事項をご連絡させていただきます。
 よろしくお願いします。
1 認証日:令和2年●月●日(●曜日)●時
2 嘱託人用URL:
3 認証手数料: 円
4 振込先:金融機関名:●●銀行●●支店   
      口座番号:普通    
      口座名義人:小山公証役場 公証人 松尾泰三
 振込みについては,遅くとも上記1の認証日までに完了願います。
 なお,テレビ電話による電子定款認証が終了し,振込みの確認ができ次第,電子定款をオンライン交付させていただき,また,同一の情報の提供(謄本),申告受理及び認証証明書,領収書等を郵送させていただきます。
【留意事項】
① 嘱託人の側でテレビ電話が利用できる環境の整備〔パソコンの場合はGoogle Chromeブラウザを,スマホの場合はFaceHubアプリを事前インストール〕が必要となります。
② 上記1の「認証日」当日の予約時間に上記2の「嘱託人用URL」をクリックして起動願います。
③ テレビ電話に対応していただく方は,嘱託人本人(法人の場合は代表者)に限られるので,復代理人の対応は不可となります。また,面識のある嘱託人についても,テレビ電話の性質に鑑み,嘱託人本人の顔のほか,運転免許証等の提示を求めて画像撮影及びデータ保存させていただきますので,ご了承願います。
④ 電子定款のオンライン申請は,遅くとも認証日の前日までに完了願います。
以上

(5) 認証日での対応
ア インターネット・バンキングによる手数料の入金確認
 事前に連絡した電子定款の認証手数料が指定口座に振り込まれているかどうかを確認する。振込みを確認した段階で認証行為を行うことになるので,いまだ振り込まれていない場合は,公証人の署名認証ができないことを嘱託人に伝えておく必要がある。なお,電子署名付電子委任状の場合は,郵送料の実費を嘱託人に負担してもらう必要があることから,返信用のレターパック料金を認証手数料に上乗せしておく必要がある。
イ テレビ電話の操作
(ア)公証人側
 認証日の予約時間の少し前にGoogle Chromeを起動し,アドレスバーにパソコンメモの「公証人用URL」を貼り付け待機する。
(イ)嘱託人側
 認証日の予約時間に,公証人から事前に送信された「嘱託人用URL」をクリックすると,公証人が待機中であれば,同時に呼出しが開始する。
(ウ)応答
 応答ボタンをクリックすることにより,嘱託人とのテレビ電話による応答が開始する。
【嘱託人との応答例】 (公):公証人,(嘱):嘱託人

=嘱託人による申請及び電子署名の確認=
(公)こんにちは。私は,小山公証役場公証人の松尾泰三といいます。これから,テレビ電話による定款認証を始めさせていただきますので,よろしくお願いします。
(嘱)よろしくお願いします。
(公)それでは,始めに,お名前をおっしゃっていただけますか。
(嘱)●●です。
(公)本日認証する株式会社▲▲の定款について,作成代理人としてオンライン申請をされたのは,今画面に映っている●●さん自身で間違いないでしょうか。
(嘱)はい。
(公)オンライン申請された定款の電子署名を確認させていただきましたが,これは,●●さん自身の意思に基づいて電子署名されたことで間違いないでしょうか。
(嘱)はい。
(公)発起人の委任状及び印鑑証明書が事前に郵送されてきて,内容を確認させていただきましたが,問題はありませんでした。 (嘱)了解しました。 =本人確認=
(公)次に,本人確認をさせていただきます。本人確認資料として,●●さんの運転免許証又はマイナンバーカードをお持ちでしたら,画面に提示していただけますか。
(嘱)画面提示
(公)提示いただいた運転免許証であなたが●●さんであることが確認できました。この本人確認資料を記録保存しておく必要があるので,あなたのお顔と運転免許証の画像を保存させていただきますが,よろしいでしょうか。 (嘱)はい。
=本人の画像撮影及び保存=
(公)それでは,まず,運転免許証の画像を撮影したいので,免許証をアップで示していただけますか。
(嘱)はい。
(公)次に,あなたのお顔を撮影しますので,もう少し前に出ていただけますか。
(嘱)はい。
(公)ありがとうございました。画像データを撮影して保存することができました。
=公証人の認証手続=
(公)これで,無事に株式会社▲▲の電子定款認証の本人確認が終了しましたので,これから私がこの電子定款に電子署名をして認証させていただきます。しばらくすると,私が認証した電子定款のデータが登記・供託オンライン申請システムを通じて●●さんの方に届きますので,これを原始定款の原本としてCD等に読み込んで,保管しておいてください。
(嘱)はい。
(公)また,請求のありました同一の情報の提供の紙謄本■通と申告受理及び認証証明書は,領収書と共に同封していただいたレターパックにより別途郵送しますので,しばらくお待ちください。
(嘱)はい。
(公)以上でテレビ電話による電子定款の認証手続を終了します。どうもお疲れさまでした。

ウ 本人確認の画像の撮影及び保存
 マウスを操作して,画面の矢印マークを画面の左上に動かすことにより現れた「キャプチャ」をクリックすることにより,表示画面を丸ごと画像データとして写し取ることができる。画面右下にキャプチャされた画像が現れ,それを,画像近くの保存のアイコン(「下向きの矢印をお盆で受けるような形のマーク」又は「一括」の文字)をクリックして,パソコンへの保存作業を行う(注)。なお,この保存作業は,複数キャプチャした画像(顔,免許証)を,「一括」のアイコンでまとめて保存することもできる。
 (注)キャプチャ操作だけでは画像データがパソコンに保存されないので,必ず保存のアイコンのクリックを忘れないように注意する必要がある。
エ 電子定款の署名認証・オンライン交付
 本人確認が終了した時点で,電子公証システムによる署名認証手続を行う。その際には,電子情報システムの申請情報画面の「オンライン交付あり」にレ点を付した状態で完了操作を行うことが必要となる。
オ 手数料領収書等の送付
 オンライン交付手続が終了した時点で,手数料領収書を始め,申出があった同一の情報の提供(謄本)・申告受理及び認証証明書,原本還付請求があった返却原本等を,嘱託人から送られてきた返信用レターパック(電子署名付電子委任状の場合は,当役場で準備した返信用レターパック)に入れ,郵送する。

5 おわりに
 この原稿を作成している6月下旬に,東京都内の業者から初めてテレビ電話による電子定款の認証依頼がありました。おそらく,一度テレビ電話による電子定款認証の手続を経験された業者は,特に遠隔地の役場に嘱託する場合,往復の時間,交通費等の軽減が期待されることから,テレビ電話方式を活用することになり,徐々に需要が増えてくるものと思われます。一方で,委任状の事前郵送手続による時間と事務の増加や,急ぎの認証を求める事案など,特に地元業者においては,当分の間は従前どおりの方式での定款認証手続が維持されていくものと思われます。
 新たな制度の導入について,ある程度の件数が出れば,その手続に慣れることにより問題なく処理することができますが,このテレビ電話方式による電子定款認証手続については,当面、短期間で慣れるほどの事件増になるとは思えず,しばらくの期間は,テレビ電話での手続を忘れかけた頃に嘱託されるといったことも危惧されることから,その際には,すぐに思い出せるような操作マニュアルとしてこの原稿を活用していきたいと思っています。
 これからは,一つ一つテレビ電話方式での手続経験を重ね,この取り急ぎ机上で作成した操作マニュアルをブラッシュアップできればと考えています。
(松尾泰三)

No.81 親権を利用した知的障害のある未成年の子の保護のための任意後見契約

 新型コロナウィルスの感染拡大により,全国の公証役場において,特に3月から6月までの4か月間は,役場運営や事件処理の面で大きな影響があったのではないかと思われます。
 当役場においては,事件数が減少する中,遺言が特に少なくなり,相対的に離婚と定款が多くなるなど,これまでとは少し異なった日常を過ごしていましたが,5月も終わろうとした頃,司法書士の方が珍しく任意後見契約の一般的な相談で来訪されました。
 相談の内容は,知的障害のある未成年の子どもがいる両親が,その子の将来のことを心配し,その子に後見人が必要となったときに,両親のうち,どちらか一方の親が後見人となって,その子の身上監護及び財産管理を行うことができるように,その子が未成年のうちに,両親が親権を使って,一方の親を任意後見受任者として任意後見契約を締結したいとの事案であり,既に,東京法務局管内において公正証書が作成され,登記も経ている事案があり,また,全国的にも何件か作成されているとのことでした。
 ただし,相談者いわく,この趣旨の公正証書を作成することに疑問を持たれる公証人がいるため,今回,当役場の所在地近くにお住まいの方から具体的な希望が出てきたことから,まずは当役場に一般的な相談に来たということです。
 全国的に作成されているとの説明を受けて,不勉強ながらそのような話は聞いたことがないと思いつつ,知的障害のある未成年の子の任意後見契約を締結する場合は,親が信頼できる人を見つけてきて,その人との間で親が親権に基づいて子を代理して契約を締結することができる(ただし,いったん公正証書を作成すると,たとえ子の将来の状況が変化しても,子自身が解除することは困難であると思われることから,公正証書の作成に当たっては,より慎重な判断が求められる。)けれども,そこでの任意後見受任者は,親以外の第三者を想定しているのではないか,果たして親自身を任意後見受任者にすることができるのであろうか,と思わず相談者に疑問をぶつけてしまいました。
 この疑問に対し,相談者は,任意後見人には誰がなってもよく,登記も受理されていること,加えて,知的障害を持つ親にとっては,その子の出生から一番近くでその子のことを見てきた親自身が任意後見人になることが一番ふさわしいし,多くの親はそのことを希望しているとの説明でした。
 任意後見契約に関する法律4条1項3号記載の不適格事由の存否について注意が必要である点は別として,任意後見受任者の資格には法律上の制限がないので,親を任意後見受任者にすることができるというのは,確かにそのとおりです。
 それなのにどうして親を任意後見受任者とすることに疑問を感じたのかと言えば,任意後見契約は,本人に知的障害があるとはいえ,子の自己決定権の尊重の趣旨から本人の意思に合致していなければならないのは当然ですが,最近の親子間の問題事例を念頭に,親を任意後見受任者とした場合,結果的に子の意思や希望が無視されるようなことが懸念される事例が出てくることにならないかと考えたことがまずあります。また,これは手続的なことになりますが,子に知的障害がある場合に親が親自身を任意後見受任者とする契約は利益相反行為になるのではないかと考えたこともあります(なお,寶金敏明監修「活用しよう!任意後見(安心の老後と相続のために)」39ページには,親が親自身を任意後見受任者とする契約は,同一の法律行為について相手方である子の代理人となる自己契約(民法108条)に該当するため,特別代理人と受任者である親とで契約を締結することになるとの趣旨の記載があります。)。
 これについても,相談者は,任意後見人としてふさわしくない親については,任意後見契約の効力発生に際して家庭裁判所がその適格性を判断すること,利益相反行為の点については,既に利益相反行為に当たらないことを前提とした手続により公正証書が作成され,登記がされている事案があり,特別代理人を選任しなくても契約としては有効であると考えているとの説明でした。ただし,後者については法的な判断に係ることであり,公証人の判断にお任せするとのことでしたので,その日は,事件の受否及び手続について検討して回答するとして相談を終えました。
 相談後,東京公証人会の「会報」を確認すると,既に,この趣旨の事案については日本公証人連合会及び東京公証人会において検討がされ,「会報」の令和元年11月号22ページに法規委員会の協議結果が登載されており,令和2年5月号26ページに,東京家庭裁判所と東京公証人会との連絡協議会の協議結果が登載されています。
 二つの協議結果の概略は,夫甲と妻乙との間に知的障害のある未成年の子丙がいる場合,①丙を委任者,甲又は乙を受任者として無報酬の任意後見契約を締結することは可能であること,②甲を受任者として任意後見契約を締結する場合,甲に代わる特別代理人を選任し,特別代理人と乙とが共同代理して契約を締結すべきであるとするのが多数説であるが,乙のみが法定代理人として契約を締結できるとの考え方もあり得るので,特別代理人の選任が必要かどうかは,最終的には家庭裁判所の判断によること,③東京家庭裁判所の事例として,特別代理人の選任申立てがされた後,取下げで終了した事案(同事案は,公正証書作成後,登記されている。)はあるが,東京家庭裁判所として判断に至った事例はなく,東京家庭裁判所としては,現時点では確定的な考え方を述べることはできないということでした。
 今回の事案の検討に当たって特に問題となるのは,上記協議結果における甲と丙との任意後見契約が利益相反行為に該当するか否かということです。
 この点について,民法826条の利益相反行為に該当するか否かの判断基準は,「行為自体」ないし「行為の外形」から外形的に判断すべき(形式的判断説)というのが判例ですが,今回の相談事案については,たとえ,任意後見契約が無報酬の場合でも,被任意後見人の重要な書類等の引渡しを受けて任意後見人が代理行為を行うということが,外形上,任意後見人が利益を得る一方,被任意後見人が不利益を被るものと考えられる余地があります。
 そのように考える限り,既に登記事例はあるものの,家庭裁判所の判断が分かれる可能性もあり,せっかく締結した任意後見契約が,万が一にも将来において無効とされることのないよう,慎重に事を進めた方が良いと考えました。
 そして,6月に入り,相談者に対しては,公正証書を作成することはできること,ただし ,作成に当たっては,嘱託人の方に負担を掛けることにはなるが,特別代理人の選任が必要な事案と考えるので,依頼に当たっては,その準備も同時に進めてほしいとの回答をしました。
 その後,現在まで具体的な依頼はありません。
 特別代理人の選任を必要とするかどうかは,個々の公証人の判断によることになりますが,この趣旨の事案は,全国に知的障害のある子を抱え,その子の将来のことを心配されている両親(又は一人親)が多いのではないかと思われること,また,成人年齢の引下げの施行期日が迫っていることなどから,今後近いうちにある程度の依頼があるかもしれないので,一つの相談事例として紹介します。
(喜多剛久)

  No.82 外字の入力方法  
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民事法情報研究会だよりNo.45(令和2年6月)

 若葉青葉の候、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
 さて、新型コロナウイルスの流行で、社会が大混乱に陥っております。東京都の現状をみると、この混乱収束のために、まだまだ気持を緩めてはならないと思う毎日です。(NN)


今 日 こ の 頃

   このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

  日公連事務局を退職して(西潟英策)  

 昨年末をもって、日本公証人連合会事務局を退職しました。平成29年7月からの2年6月間にわたって勤務したのですが、この間に感じた所感の一部について記したいと思います。

1 健康管理
 在職中の2年6月間に、日公連の役員を含む現役の公証人7人の方が病死・事故死で亡くなりました。それ以外にも、重い病気に罹患し、長期治療を余儀なくされ、退職した方も多数あり、その内退職後に期間を置かずして亡くなられた方も相当数あったことを思うと、改めて健康管理の重要性を痛感した次第です。

 特に一人役場にあっては、体調が思わしくないと自覚しても、つい、仕事優先となってしまい、無理をしがちですが、代理嘱託の制度等を活用するなど、自分の体と相談しながら健康優先で、体調管理に心していただきたいと願う次第です。

2 モデル定款問題
 平成29年11月に、内閣官房の日本経済再生総合事務局が、①モデル定款の活用による公証人による認証の不要化、②面前確認に代替する合理的な手法とする定款認証の見直し案を提示しました。
 内閣官房日本経済再生総合事務局が作成した検討案は、「電子署名のある定款認証では、公証人による面前確認を不要とし、更に、モデル定款を利用した場合には、公証人による定款認証自体を不要とする。」という内容のものでした。
 定款認証は、公証業務の中で大きな比重を占めるものであることから、日公連としましては、我が国における定款認証実務の実情と定款認証の意義、更には諸外国における定款認証制度の概要などについて、適宜法務省に情報提供し、また、電子定款認証について、嘱託人が公証役場に出向くことなく、定款認証をすることができないかについて、電子公証委員会及び制度委員会において検討した状況を法務省に伝え、総合事務局案のモデル定款を利用して公証人による定款認証を不要とすることは絶対に受け入れられない旨の意見を伝えました。
 その結果、法務省では、民事局はもとより、法務大臣、大臣官房が一丸となって、この総合事務局案に反対するとの意思統一がされ、その旨の意見等を検討会で強く主張していただいて、総合事務局が主張した、公証人による定款認証自体を不要化する旨の文言は、平成29年12月8日の閣議決定「新しい経済政策パッケージ」には盛り込まれませんでした。
 しかし、この「新しい経済政策パッケージ」では、「オンラインによる法人設立登記の24時間以内の処理の実現及び世界最高水準の適正迅速処理を目指した事務の徹底的な電子化」、「電子定款に関する株式会社の原始定款の認証の在り方を含めた合理化」ということが謳われたことから、総合事務局は、この閣議決定は、モデル定款の利用による公証人の定款認証自体の不要化を否定するものではないとして、自ら、いわゆるモデル定款案なるものを作成して、これに対する法務省の意見を求めてきました。
 日公連では、全国の公証人の協力を得て、平成29年12月21日から28日までの間に認証した電子定款についての実情調査を実施しました。その結果、調査期間中に認証した電子定款2511件のうち832件が日公連のホームページに掲載されている定款記載例をベースとしたものであり、そのうち356件について、補正を要していたことが確認されたことから、モデル定款が現実的ではないことが実証され、さらに、公証人の審査において、偽造の印鑑が用いられていたのを指摘した事例も報告され、公証人による定款認証が果たしている不正防止という役割も実証される形となりました。これらの調査結果を踏まえて前述のモデル定款案に係る問題点を検討・指摘し、それを法務省民事局に伝え、法人設立オンライン・ワンストップ検討会に対する意見に盛り込んでもらったところです。
 その後、現在まで、モデル定款案に係る攻勢は、休止状態となっていますが、思うに、モデル定款に合わせた会社を設立するのではなく、起業者が目指す会社像に合わせた定款案を作成すべきなのですから、もともと本末転倒ではないかと考えます。

3 テレビ電話による電子認証
 しかし、「新しい経済政策パッケージ」において定められた「電子定款に関する株式会社の原始定款の認証の在り方を含めた合理化」を実現すべく、法務省は、「指定公証人の行う電磁的記録に関する事務に関する省令」第9条を改正して平成31年3月29日から施行し、嘱託人等が公証役場に出頭することなく、テレビ電話を使用することより本人確認及び電子認証を行うことができるという制度を導入しました。これに伴い、日公連では、全国の公証役場のホームページ未設置役場に、ホームページを新設し、ウェブカメラの配付をしたところです。ただし、このテレビ電話による電子認証は、①発起人等が電子定款(電子私署証書を含む以下同じ。)に電子署名をして、嘱託人として、自ら電子定款をオンライン申請する場合、又は②発起人等が委任状に電子署名をし、定款作成代理人が嘱託人として、その委任状と共に、自ら電子署名をした電子定款をオンライン申請する場合に限られるため、これが利用上の制限となって、利用件数は僅かであり、今後の活用対策が待たれるところです。

4 新たな定款認証制度の創設
 平成30年2月27日、法務省民事局長主催の商法及び民法学者、弁護士及び司法書士の有識者で構成する「株式会社の不正利用防止のための公証人の活用に関する研究会」による議論の取りまとめが公表されました。
 ①我が国では、消費者詐欺犯罪、詐欺的投資勧誘やマネーロンダリング等の犯罪において、本来の行為者の隠れ蓑として株式会社が悪用されることが多く、多数の消費者被害が生じており、また、これらの犯罪による収益は暴力団等の反社会的集団の資金源ともなっているという現状もあるため、法人の実質的支配者を把握し、不正使用を防止することが必要となっていること、並びに、②国際的には、1989年のアルシュ・サミットの経済宣言を受けて設立された政府間機関である「資金洗浄に関する金融活動作業部会」(FATF)が、世界各国のマネーロンダリング対策やテロ資金対策の評価・勧告を行っており、法人の実質的支配者情報の把握及びその情報への権限ある当局によるアクセスの確保を各国に求めてから、既にスペインに対して行われたFATF第4次相互審査で、同国では、会社設立時等に公証人が実質的支配者の情報を把握してその情報をデータベース化しているという取組について高い評価を得ているという背景事情を踏まえて、我が国においても、法人の実質的支配者情報の把握及びその情報への権限ある当局によるアクセスの確保の取組が期待されており、これを公証人の活用より実現するための具体的な方策及びこれに関連する論点について議論し、提言がされたものです。
 これを受けて法務省民事局は、パブリックコメントを経て、公証人法施行規則を一部改正し(第13条の4を新設)、公証人が株式会社及び一般社団・財団法人の定款認証を行う場合には、発起人に、当該法人の実質的支配者及びその者が暴力団員又は国際テロリストに該当するか否かを申告させることとし、同規則は、平成30年11月30日から施行されました。
 そして、これに先立ち、日公連では、会長以下の関係役員をメンバーとするプロジェクトチームを立ち上げて頻繁に新制度の下における認証事務に係るQ&Aの作成協議を行い、広報に奔走し、また、電子公証委員会と日立製作所との間で電子公証システムの改修作業を進めて、改正規則の施行を迎えました。
 このFATF対応定款認証制度は、制度導入後、順調に運用されており、公証人各位から日公連に対する照会件数も相当数に上っており、平成元年にFATFによりベストプラクティスの評価を受けたところです。

5 法務局における自筆証書遺言書の保管
 法務局における遺言書の保管等に関する法律(平成30年法律第73号。以下「遺言書保管法」という。)が平成30年7月6日に成立し、同月13日に公布され、本年(令和2年)7月10日施行の予定です。
 従来、自筆証書遺言は、検認手続を要すること及び紛失や改ざんのおそれがあることから、公正証書遺言が安全確実と言われてきましたが、遺言書保管法の施行に伴い、これらの問題が解決されることになって、自筆証書遺言が増加するものと予測されます。令和元年の公正証書遺言件数は、113,137件で、過去最高を記録しましたが、今後、自筆証書遺言の増加が公正証書遺言の件数にどのように影響してくるのか、注視する必要があるものと思います。
 また、遺言者が遺言書保管官に対して遺言書の保管を申請するに際して、本人確認をすることとされています(遺言書保管法5条、法務局における遺言書の保管等に関する政令2条)が、その確認は、形式的審査とされているところ、遺言書保管官の審査権限が具体的にどの範囲に及ぶのか、どのように運用されるのか関心のあるところです。
 さらに、遺言検索に相当すると思われる遺言保管事実証明書(遺言書保管法10条)を有料で発行することとされています(法務局における遺言書の保管等に関する省令43条2項、33条2項7号)が、日公連では無料で検索に応じていることとのバランスの問題、利用者である国民サイドからすると、法務局と日公連の双方で検索しなければならないのかという使い勝手の悪さの問題等、運用が始まってからも課題が残されていると思われます。

6 おわりに
 つらつらと駄文を書き連ねましたが、2年半の短い期間とは言え、日公連事務局で、次々と新たな課題に直面し、勉強させていただきました。
 執行部の役員の皆様は、自ら受託した公証業務を処理しながら、全くの無報酬で会務をこなしており、本当に頭の下がる思いでした。
 内閣府の規制改革推進会議行政手続部会による定款認証手数料引き下げの検討、改正債権法による保証意思宣明公正証書制度の施行、種々の法改正に伴う証書文例の見直しや、遺言のシステム改修等々、公証人会を取り巻く課題は尽きませんが、公証人現役の皆様には、執行部への御支援、御協力を切にお願いしてペンを置かせていただきます。

  武生にて-感染症のことなど(丸尾秀一)  

1 感染症(新型コロナウイルス)の歴史
 北陸越前の地に来てから、1年が過ぎようとしている。前職では、ご多分に漏れず転勤・転勤で、全国各地に住まわせてもらったが、北陸での勤務経験はなかった。縁あって、武生公証役場公証人への任命を受け、福井県越前市という未知の場所で、人生の一時期を過ごしているところであるが、世の中は、今、新型コロナウイルスという未知の感染症の拡大防止に奮闘している最中にある。
 本来であれば、今頃は今夏開催の東京オリンピック・パラリンピックの開催を前に日本中が沸き立っているところであろうが、一寸先は闇というか、世の中というのは、本当に分からないものである。
 当初は、ゴールデンウィークは実家の鹿児島に帰省を予定していたが、政府の緊急事態宣言を受け、当然、それもかなわず、福井の自宅待機となったことから、この機会に感染症の歴史について調べてみることにした。

 まず、新型コロナウイルスについて、厚生労働省のホームページによると、『「新型コロナウイルス(SARS-CoV2)」はコロナウイルスのひとつです。コロナウイルスには、一般の風邪の原因となるウイルスや、「重症急性呼吸器症候群(SARS)」や2012年以降発生している「中東呼吸器症候群(MERS)」ウイルスが含まれます。
 ウイルスにはいくつか種類があり、コロナウイルスは遺伝情報としてRNAをもつRNAウイルスの一種(一本鎖RNAウイルス)で、粒子の一番外側に「エンベロープ」という脂質からできた二重の膜を持っています。自分自身で増えることはできませんが、粘膜などの細胞に付着して入り込んで増えることができます。
 ウイルスは粘膜に入り込むことはできますが、健康な皮膚には入り込むことができず表面に付着するだけと言われています。物の表面についたウイルスは時間がたてば壊れてしまいます。ただし、物の種類によっては24時間~72時間くらい感染する力をもつと言われています。』と記載されている。
 また、感染症とは、病原微生物ないし病原体(細菌、スペロヘータ、リケッチア、ウイルス、真菌、原虫、寄生虫など)がヒトや動物のからだや体液に侵入し、定着・増殖して感染をおこすと組織を破壊したり、病原体が毒素を出したりしてからだに害を与えると、一定の潜伏期間を経た後に病気となることとされている。

 こう書くと、何か難しく感じるが、人類と感染症の関わりの歴史は古く、例えば、エジプトのミイラからは痘瘡(天然痘)に感染した痕が確認されている。ウイルスや細菌の誕生が人類の誕生以前であることから、人類の誕生とともに感染症との闘いの歴史が始まったといわれる。
 人類を脅かしてきた感染症には、天然痘(人類が根絶した唯一の感染症)、ペスト、新型インフルエンザ、新興感染症(AIDS・SARSなど)、再興感染症(結核・マラリアなど)がある。
 原因も治療も十分に確立されていなかった時代には、感染症のパンデミックは歴史を変えるほどの影響を及ぼしてきた。
 中世ヨーロッパにおいて人口の3分の1が死亡したといわれるペスト、世界中で5億人以上の者が感染し、死亡者数が2千万人とも4千万人ともいわれる1918年からのインフルエンザの汎流行(スペイン風邪)など、感染症は多くの人類の命を奪ってきた。いわゆるスペイン風邪は我が国でも大流行し、2500万人が感染し、38万人が死亡したといわれる。ちなみに、スペイン風邪の語源は、本来アメリカ発であるにもかかわらず、当時は第一次世界大戦中であり、世界各国・各地域で諸情報が検閲を受けていたのに対し、スペインは中立国であったため、アルフォンソ13世の重病を初めとする主要な情報源がスペイン発となったため、スペインが特に大きな被害を受けたという誤った印象を生み出したことによるとされている。スペインもとんだ迷惑である(新型コロナウイルスの発生源を巡って大国二つが言い争っているのと大分違う)。
 感染症をもたらす病原体や対処方法が分かってきた19世紀後半からは、感染症による死亡者は激減した。1980年、WHOは、天然痘の根絶宣言を発表するなど、一時は感染症はもはや脅威ではあり続けないと思われていた。
 しかしながら、現代は、開発等により未知の病原体に遭遇する機会が増え、エボラ出血熱(1976)、AIDS(1981)など、新興感染症と呼ばれる感染症が、毎年のように発生しており、また、人や物の移動が高速化大量化しているために病原体が蔓延する速度が速くなっており、短期間で広範囲に蔓延する可能性が高まっていることから、感染症の脅威は大きくなってきている状況にあった。
 2003年2月、21世紀になってから初の新興感染症SARSが出現し、アジア地域を中心に瞬く間に世界各地に広がり、世界的な脅威となったことは記憶に新しい。
 これを契機に、WHOを中心に、世界では、感染症に対する各種対策を行ってきており、今回の事態も一種予測されたものであるが、それが十分でなかったことが証明される結果となったことは誠に残念である。

2 武生公証役場の状況
 新型コロナが全国的に広がる3月、公証事務においても、各種会議が中止や書面での会議となり連合会からも対応策の指示がされ、危機感が高まっている中、当役場においても、感染を予防するための、「3つの密」の内、密閉空間と密接場所を避ける方策として、証書作成部屋の窓の開放、相談机や受付机に飛沫防止パーティションの設置を行った。また、ドアや机の消毒、アルコール消毒液の備付、非接触型体温計での検温も準備したが、役場がある福井県が、県独自に4月14日に緊急事態宣言を出してからは、事件の予約や電話も極端に減少し、来訪者も少ないことから、あまり活躍はしていない。
 不要不急の外出をしないようにとの要請が出ている中、確定日付を郵便でできないかとか、遺言書保管の電話での確認など、こういう状況にあるのだから考慮してもらえないかとの電話も少なからずあり、対応に苦慮している。
 毎月確定日付の付与請求してくる会社から、現在、出張は禁止されているので、直接役場内には入れないとの相談があり、結果、役場玄関で書類を受け取り、待機してもらい、付与手続後、役場玄関で書類を手渡すという、笑えない緊急避難的対応も行っている。

3 武生の歴史
 新型コロナの話ばかりでは気が滅入るので、私が勤務する武生公証役場が所在する越前市について少し紹介したい。
 越前市にあるのになぜ武生(たけふ)公証役場との名称になっているかであるが、越前市は、平成の大合併により、平成17(2005)年10月1日に、武生市・今立郡今立町が合併して発足した市である。既に北隣に越前町がある上、南隣には南越前町があり、ほとんど同じ地名が密集することで、合併協議会のホームページ掲示板では反対意見が大多数を占めたにもかかわらず、少数意見の越前市が採用された。このことは、未だに批判があるようである。そのせいかかどうかは分からないが、今でもJRや福井鉄道の駅名は武生駅であり、高速道路も武生インターである。法務局も武生支局のままである。
 旧名の武生は、明治2年、平安時代の民謡「催馬楽」(さいばら)の一節「みちのくち、たけふのこふ」にちなみそれまでの「府中」を「武生」と改称し、昭和23年に市制が施行されている。
 越前市は、福井県のほぼ中央に位置し、古い歴史と伝統工芸の宝庫である。大化の改新の後、越前の国府が置かれ、国分寺なども建立され、中世には「府中」と呼ばれるなどして、約千年近くも越前地方の中心地として栄えた。
 世界的文学作品「源氏物語」の作者である紫式部も、長徳2(996)年、父藤原為時が越前守に任命され、父親について20歳のころ、府中(武生)にやってきており、1年余り暮らしている。源氏物語の中にも浮舟の巻に、浮舟を母親が慰める言葉の中に、「武生の国府」が出てくる(「たとへ武生の国府にうつろい給うとも・・」(たとえ武生の国府のような遠いところへあなたが行ったとしても・・」)。
 現在、放映中のNHK大河ドラマ「麒麟がくる」では、5月中旬から越前編が始まるが、主人公の明智光秀は、10年ほど称念寺(現在の福井県坂井市丸岡町)の門前に住んでいたとされている(私は大河が放映される前に行ってきたが、普通の寺であった。)。残念ながら、府中(武生)とは特に関係は深くないようですが、同じ織田信長の家臣であった柴田勝家の目付として、不破光治・佐々成正・前田利家が府中三人衆として府中に在住している。
 慶長5(1600)年、関ヶ原の戦いの後、徳川家康の二男結城秀康が福井藩主となると、秀康に仕えていた本多富正が家老として府中領主(4万5千石)となった(叔父は本多作左衛門)。本多家館の地は、今の越前市役所のある一帯にあったが、その正門は、役場の隣にある正覚寺の山門であったとされており、毎日それを眺めながら、歴史を感じている。

【伝統産業】
 「越前打刃物」は、江戸時代の中頃から全国的に名をとどろかせるようになった。武生は、越前鎌を中心に、包丁・鍬・鋤などを生産し、江戸時代の終わり頃から明治時代の初めにかけては、新潟県の三条、大阪府の堺、兵庫県の三木・小野とともに刃物の大産地となった。明治7年には、鎌97万挺(全国1位)、包丁30万挺(全国2位)で、他の産地を大きくリードしていた。近年は、新しいブランド作りにも熱心に取り組んでおり、デザイン性に優れたオリジナル製品の開発が続いている。
 「越前和紙」は、日本に紙が伝えられた4~5世紀頃には紙を漉いていたことが、正倉院の古文書にも示されている。その後、「越前奉書」など最高品質を誇る紙の産地として、幕府、領主の保護を受けて発展してきた。
 横山大観をはじめ多くの芸術家などの支持を得て、現在も、品質、種類、量ともに日本一の和紙産地として生産が続けられている。

 終わりに、日本国民一丸となって新型コロナウイルス感染の難局を乗り越え、一日でも早く、これまでの生活を取り戻し、一年後の東京オリンピック・パラリンピックの開催を迎えたいものです。

  来春は、美しい富士山へ(余田武裕)  

 今年の4月に遺言書を作成する予定にしていたご高齢の方から、自分の入居している施設が新型コロナウイルスの影響によって面会禁止、外出禁止となったため、しばらく遺言書作成を延期したいという連絡をいただいた。ところが、5月のGW明けに、そのご家族の方から、その方が亡くなられた(原因は新型コロナウイルスではない。)との連絡があった。私としては、その方の最後の意思を残すことができなかったことが残念であるとともに、新型コロナウイルスによる影響を改めて痛感させられた出来事であった。
 新型コロナウイルスが全世界に蔓延し、巷でマスクや除菌剤の購入が困難となった1月末ころから、流れてくるニュースはずっと新型コロナウイルスのことばかりである。情報が欲しいのでテレビを見るが、そのたびに感染の恐怖が掻き立てられ、不安な気持ちになる。
 ところで、何となく気になったので、最近話題になっている「100日後に死ぬワニ」という漫画を読んでみた。主人公であるワニが自分が100日後に死ぬことを知らず日々の生活を送っている様子が、カウントダウンの形で4コマ漫画に描かれている。それを読んでいると、今まで元気で活躍されていた方が、新型コロナウイルスによって急に亡くなられてしまったというニュースとなぜかダブってくる。今の健康状態で、自分があと100日で死ぬなんて考えて生活などしていない。しかし、新型コロナウイルスが猛威をふるっている中、突然に新型コロナウイルスにり患し、命を脅かされることになるかもしれない。もしかしたら、カウントダウンが始まっているのではないかという、もやもやした不安感が漂ってくるのである。そんな中、先日、その漫画のワニから遺言書作成の依頼を受けているという、有り得ない変な夢を見た。私の心の中で、何か起こっているのではないかと別な意味で心配になった。
 最近、コロナ疲れとかコロナ鬱という言葉を耳にする。私にとって、それは新型コロナウイルスへの感染とともに心配の種である。そこで、インターネットを使って、コロナ鬱に関する記事を検索してみた。専門家の方がいろいろなアドバイスをされており、私自身に照らすと思い当たることがあり、今後は、次の点を心掛けてみようと思っている。
 まず、1点目は、十分な感染予防。生活上での手洗い、うがい、外出自粛。役場における徹底的な除菌、ソーシャルディスタンスの確保のためのレイアウト変更、パーテーションの設置、電話による相談の実施、書記の勤務時間の短縮など、可能なことは実施しているつもりであり、それが心の安定要素になっている。しかし、予防策には、はっきりとした答えがなく、今何が足りないのか、何をすれば十分なのかわからないので不安にもなる。かといって、あまり気にばかりしていても自分を追い詰めることになる。もちろん、常に状況を見つつ見直しをすることは必要であるものの、過度に神経質にならないよう気を付けたい。また、自分自身、少しでも咳が出たり、疲れが残っていたりすると気になるし、毎日、朝と晩に行っている体温計測の結果も気になる。自分が新型コロナウイルスにり患していないのかを常に気にしているように思え、仮にり患した場合、自分の生命の危機だけでなく、周辺の人への影響、更には役場を閉鎖しなければならないなどと考え、気分的にも滅入ってしまう。もちろん日々の体調把握・管理は必要であるが、ある程度、おおらかでありたい。
 2点目は、情報の選択。今やテレビや新聞では新型コロナウイルスのニュースで溢れている。必要な情報は多くあるが、中には、不安を煽ったり、腹立たしくなってくるような内容もある。最近、以前は何も感じなかったような何気ないニュースが、妙に不愉快になることがある。これは、私の心が新型コロナウイルスの影響を受けているというサインかもしれないと思っている。心が情報に潰されないように、新型コロナウイルス関連の情報を選択し、必要最小限な情報を入手することにしたい。
 3点目は、規則正しい生活と適度な運動。特に運動はしたいと思っている。以前このコラムに投稿した私のお腹の成長は現在も続いており、最近は、そのお腹のせいだと思うが、腰を痛めてしまった。数日前、昔所属していたソフトボールチームの練習で、気持ちよく大きなホームランを打つ夢を見た(眠りが浅いのか最近よく夢を見る。)。身体がソフトボールをしたがっているのであろう。いつか、チームに顔を出したい。でも、今はできないので、諦めて家の中でストレッチを始めた。数日間やってみると、肉体的にも多少効果があるようだし、精神的にも良さそうである。これからも飽きずにちゃんと続けたい。
 4点目は、気分転換。私の気分転換の一つに人との会話がある。迷いや気分の落ち込みがあったりしても、人と会話することによって心が落ち着いてくることがある。最近は多くのイベントが中止になり、そのような機会が極端に減っている。このことも、自分自身の気持ちが塞いでいく要因になると思われる。時折(相手方に迷惑がかからない程度)、電話やメールを活用して、精神状態を維持したい。
 5点目は、今後待ち受ける楽しいことを考えること。数か月先のことだと実現できなかったときに気分が落ち込むので、少し先のことを考えてみる。中期的には公証人を辞めた後にやりたいことを考えたり、短期的には1~2年後のことを考えてみるのである。私の趣味の一つに写真があり、特に風景、草花の写真を撮るのが好きで、15年以上前から、大きな一眼レフカメラを抱え、週末になると、近くの国営公園や風光明媚な場所に通ったものである。最近は仕事の関係もあり、ご無沙汰となっているが、富士山には四季を通じ、通算して50回くらい通ったものである。今年の紅葉は無理かもしれないが、来年の桜の季節には、ぜひ河口湖か西伊豆あたりを訪ね、温泉宿に宿泊し、美しい富士山を存分に堪能したいと思っている。
 昔撮った写真を眺めながら、どこに行こうかワクワクしながら来春を楽しみにしている。

実 務 の 広 場

   このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

  No.79 利能力なき社団を債権者とする執行文の付与について  

1 はじめに
 権利能力なき社団を当事者とする公正証書の作成については、下記文例の解説があり、登記事務に準じて当該社団を表記する扱いがされているところ、今般、裁判所から公証実務と異なる対応を求められたので、概要を紹介するとともに今後の方策等について検討するものです。

 権利能力なき社団とは、社団としての実質を備えていながら法令上の要件を満たさないために法人格を有しない社団をいう。権利能力なき社団の公正証書作成については、新版 証書の作成と文例〔貸金等・人的物的担保編〕7 当事者の一方が権利能力なき社団の場合〔文例8〕(62頁以下参照)に、参考事項として次のように記載されている。
(1)法人格なき社団は、権利能力なき社団ともいわれ、社団の実体を有するにもかかわらず法人格を持たない社団であり、社会的、経済的、文化的諸方面において数多く存在する。法人格を取得していない管理組合(建物の区分所有等に関する法律3条)もその一つである。
(2)法人格なき社団は、権利能力を欠くため公正証書の作成を嘱託することはできないとするのが判例(最判昭和56・1・30判時1000・85。参考判例①)、公証実務(追記:昭和13・2・2民甲104号司法省民事局長回答・公証人法関係解説・先例集842頁、昭和38・3・26民事甲902民事局長回答・公証人法関係解説・先例集842頁)である。最判昭和39年10月15日(民集18巻8号1671頁)は、「①法人に非ざる社団が成立するためには、団体としての組織をそなえ、多数決の原則が行われ、構成員の変更にかかわらず団体が存続し、その組織において代表の方法、総会の運営、財産の管理団体としての主要な点が確立していることを要する。②法人に非ざる社団がその名においてその代表者により取得した資産は、構成員に総有的に帰属するものと解すべきである」と判示する。これらの判例を受け、権利能力なき社団をめぐる財産関係につき公正証書を作成する場合、権利能力なき社団の代表者個人を当事者とするが、権利能力なき社団の総有財産のみがその責任財産となることから、代表者の個人財産が執行の対象にならないようにする必要がある。
*「権利能力なき社団を当事者とする公正証書の作成」については、平成10・10・23法規委員会協議(公証123号205頁)もある。

2 事案の概要
(1)権利能力なき社団野山組合は、会計担当の乙に対して、野山組合の現金及び預金を乙が横領したとしてその金員の返還を求め、調停により乙は横領の事実を認め「乙が野山組合に対し金200万円を支払う」旨の和解が成立した。
(2)その後、乙の債務を丙が重畳的債務引受する旨の公正証書の作成依頼があり、連帯債務者を丙、債権者を「権利能力なき社団野山組合代表者理事長丁」(本旨外要件の債権者の表記も同様に記載)とする重畳的債務引受契約公正証書(以下「本公正証書」という)を締結した。
(3)数か月後、野山組合から丙に対して本公正証書による強制執行を申立てるための執行文の付与申立てがあった。公証人は、「債権者権利能力なき社団野山組合代表者理事長丁は、債務者丙に対し、この公正証書によって強制執行をすることができる。」との執行文を付与した。
(4)後日、裁判所から執行文中「野山組合」の後の「代表者理事長丁」の記載があると執行できない、債権者を野山組合と訂正できないかとの連絡があった。
(5)公証人は、裁判所の指示どおり「債権者権利能力なき社団野山組合は、債務者丙に対し、この公正証書によって強制執行をすることができる。」と本公正証書の執行文を差替えし、併せて「本旨外要件の『権利能力なき社団野山組合代表者理事長丁」とあるのは、「所在地○○県○○市○○123番地、名称野山組合、代表者理事長丁」であると証明する。』との誤記証明書を交付して強制執行申立ては受理された。

3 検討
(1)法人格のない社団等の訴訟当事者能力について、民事訴訟法第29条は「法人でない社団又は財団で代表者又は管理人の定めがあるものは、その名において訴え、又は訴えられることができる。」と規定し、訴訟当事者能力を認めています。予防司法の観点からも、社会において認知され、活動をしている権利能力なき社団からの公正証書作成の嘱託を拒否することはできないと思います。また、公正証書作成の必要書類等としては、権利能力なき社団に特有なものとして、①権利能力なき社団であることを証明する基本規約書等、②理事長(代表者)であることを証明する当該代表者を選出した総会議事録、役員会議事録、③理事長(代表者)の印が必要な場合は、個人の実印がそれに当たるとされています。
(2)公正証書に権利能力なき社団を表記する際は、債権者(又は債務者)権利能力なき社団○○理事長●●とし、債務者の場合は、債務の引き当てになる財産の表記をすること及びこの財産のみが執行対象財産となることの債権者との合意事項を記載する必要があります(前掲文例8第4条)。
(3)裁判所の実務では、「債権者○○会は、債務者乙に対し、この債務名義により強制執行をすることができる。」と執行文を記載するようです。権利能力なき社団に訴訟行為能力を認めているので、法人格のある社団を表記するのと同様な取扱いだと思われます。従って、公正証書を作成する際も、本旨外要件には、権利能力なき社団の所在地、名称を記載しておくことが必要だと思います。なお、公証実務では、権利能力なき社団の所在地・名称を法人格のある社団のように記載する扱いは、認められていないようです(公証実務43頁、103頁。新訂公証人法91頁)。
(4)公証実務では、債権者である権利能力なき社団の代表者が更迭された後に執行文の付与申立てがされた場合は、承継執行文を付与すべきかどうか問題になりますが、裁判所実務では、法人の代表者が更迭されても法人に変更はないとされているので、公証実務でも他の法人の代表者の変更の場合と同様に、代表者が更迭された事実を公証人において確認(総会議事録、就任承諾書等の提示)できれば問題ない(承継執行文の付与は必要ない)といえるでしょう(裁判所に確認済み)。
(5)従って、公正証書で執行がスムースにできないのでは執行証書の意味がありませんから、権利能力なき社団については、裁判所の実務に対応できるように括弧書き等で民事訴訟法上の当事者の表示を併記するなどの工夫が必要であると考えます。

4 権利能力なき社団を債務者とする債務名義に単純執行文を受けて、債権執行や動産執行を行う場合
 権利能力なき社団を債務者とする債務名義に単純執行文を受けて、権利能力なき社団自体を口座名義人とする預貯金等の債権を差し押さえることは可能です。しかし、不動産の場合には、権利能力なき社団は登記名義人となれませんので、権利能力なき社団を債務者とする債務名義に単純執行文を受けて、債権者は、上記不動産が当該社団の構成員全員の総有に属することを確認する旨の確定判決等を添付して、当該社団を債務者とする強制執行の申立てをすることになります(佐藤裕義編著Q&A執行文付与申立ての実務―要件と手続、紛争事例―138頁。参考判例②)。

 権利能力なき社団を当事者とする公正証書作成の嘱託がされた場合は、裁判所は権利能力なき社団の行為能力を認め(参考判例③)、公証実務は登記実務(権利能力なき社団の登記能力を認めていない)に準じて権利能力なき社団の証書作成の当事者能力を認めていないので、後々、問題が生じるおそれがあるので、公証人として留意すべきであると思います。

・参考判例
①昭和56年1月30日最高裁二小判決(集民第132号61頁)
裁判要旨 一 民法上の組合類似の性質を有する頼母子講がその名において公正証書の作成嘱託をすることは許されない。
二 頼母子講に講金の取立、支払等について一切の権限を有する講総代が選任されている場合に、講総代が自己の名においてした嘱託に基づいて作成された講掛戻金に関する公正証書の嘱託人の表示欄に債権者として総代個人の住所氏名等が記載され、その本文中に債権者として総代の肩書を付してその氏名が記載されていても、右各記載の間に齟齬があるとはいえない。

②平成22年6月29日最高裁三小判決(民集第64巻4号1235頁)
裁判要旨 権利能力のない社団を債務者とする金銭債権を表示した債務名義を有する債権者が,当該社団の構成員全員に総有的に帰属する不動産に対して強制執行をしようとする場合において,上記不動産につき,当該社団のために第三者がその登記名義人とされているときは,上記債権者は,強制執行の申立書に,当該社団を債務者とする執行文の付された上記債務名義の正本のほか,上記不動産が当該社団の構成員全員の総有に属することを確認する旨の上記債権者と当該社団及び上記登記名義人との間の確定判決その他これに準ずる文書を添付して,当該社団を債務者とする強制執行の申立てをすべきであり,上記債務名義につき,上記登記名義人を債務者として上記不動産を執行対象財産とする執行文の付与を求めることはできない。平成26年2月27日最高裁一小判決(民集第68巻2号192頁)

③平成26年2月27日最高裁一小判決(民集第68巻2号192頁)
裁判要旨 権利能力のない社団は,構成員全員に総有的に帰属する不動産について,その所有権の登記名義人に対し,当該社団の代表者の個人名義に所有権移転登記手続をすることを求める訴訟の原告適格を有する。

・誤記証明書(注:債権者に交付した書面)
 本公証人作成の、令和○年○月○日第○○号重畳的債務引受契約公正証書の本旨外要件に
「住所 京都府福知山市駅前町322番地
    農業
    野山組合代表者組合長
    債権者(甲) 乙野一郎
    昭和37年2月8日生
上記は運転免許証の提示により人違いでないことを証明させた。」
とあるのは
「所在 京都府福知山市字内記10番地
    債権者(甲)野山組合
    上記代表者組合長 乙野一郎
    昭和37年2月8日生
上記は、野山組合規約、令和○年○月○日開催された同組合総会議事録及び令和○年○月○日付け役員選任書の提出並びに運転免許証の提示により人違いでないことを証明させた。」
の誤記であり同じく本旨外要件の嘱託人列席者の署名箇所に
「債権者(甲)乙野一郎」
とあるのは
「債権者(甲)野山組合代表者組合長乙野一郎」
の誤記であることを証明する。
同記載が誤記であることは、公正証書原本の附属書類である○○地方裁判所○○支部平成○○年(ワ)第○○号第1回口頭弁論調書(和解)の写し並びに野山組合規約、令和○年○月○日開催された同組合総会議事録の写し及び令和○年○月○日付け役員選任書により明らかである。
令和○年○月○日
○○県○○市○○町○○番地
○○地方法務局所属
公証人 ○ ○ ○ ○

(栁井康夫)

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民事法情報研究会だよりNo.43(令和2年2月)

 梅便りが聞こえるこの頃ですが、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
 さて、前号で予告しました、平成30年度司法研究(家事)「養育費、婚姻費用の算定に関する実証的研究」の研究報告が、令和元年12月23日に公表されましたので、星野理事の解説を掲載いたしました。(NN)


今 日 こ の 頃

   このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

  原点(小畑和裕)  

1 法務局に続き公証人も退職して古希を迎えた。大学卒業後も断続的に続いていたゼミの旅行会に久しぶりに参加した。健康や家族の話など様々な会話を楽しんだが、卒業した年の6月に鉄道自殺をした文学部の高野悦子の話になった。彼女は、「孤独であること、未熟であること、これが私の二十歳の原点である」と日記に書いていた。死亡後に「二十歳の原点」として出版され大きな話題になった。参加者はすべて現役を退き、最終的な人生を如何に生きるかという課題を抱いている。そのためには、自らの原点を振り返ることに意味があるのではないか。それぞれの原点を披瀝し有意義かつ楽しい会となった。

2 大学紛争の嵐が吹き荒れていた昭和40年代の初め、希望に溢れて入学した大学は、荒れていた。授業は殆ど休講だったし、期末試験はレポートの提出だった。構内には、白や赤のヘルメットを被った学生が横行し、騒然とした雰囲気だった。「大学解体」「自己否定」が叫ばれていた。学生集会に出ても何が何だかさっぱり分からず、しかも発言は許されなかった。卒業したとしても将来無事に就職出来るかどうか不安な毎日だった。そこで、一度合格すれば卒業するまで効力が持続するという情報を得て、三回生の時、仲間に内緒で公務員試験を受験した。受験がばれて、仲間から「政府の犬になるのか」と罵声を浴びた。(最も、俺は戌年だと反論したが・)将来の職業を見据えた勉強もしていなかったので、就職活動は困惑した。具体的に希望する官庁が見当らないのだ。いろんな官庁の面接を受けたが結果的には法務局に入った。法務局の仕事に惹かれたというよりもその名称がなんとなく格好が良いからというのが本音だ。余談だが、親父に法務局に入ったというと大いに喜んでくれた。ところが、法務局が登記所と同じだという事が分かると、途端に、嫌な顔をした。近くにある登記所(1人庁)の所長には随分面倒をかけさせられたと言う。庁舎内外の清掃奉仕や、薪炭類の提供などを強要されたらしい。下宿の大家も法務局は知らないという。(もっとも、初任の出張所が伏見であり、大量の銘酒が届き、お裾分けをしたところ、素晴らしい役所だと激賞してくれたが・)

3 昭和44年4月1日に京都地方法務局伏見出張所に採用された。京都局の中では一番大きな出張所だった。幸いなことに、庁舎は新築されたばかり。当番制であったが、朝は始業時より30分早く出勤して庁舎内外の清掃をした。職員全員が出勤するまでに、机や閲覧席の掃除をして、お湯を沸かしておかなければいけない。毎月1回、職員全員で庁舎内外の大掃除が行われた。命ぜられた事務は甲号の記載事務だった。しかし乙号事務が超繁忙だったので、その応援が多かった。記載では、先ず邦文タイプに慣れることから始まった。毎日練習をした。活字が見つからず、長い間探してやっと見つけてカチッと打つと、その音を聞き、背中を見せて仕事をしていた先輩のほっとする様子が窺えた。記載例はなく、全て先輩の教えを請うた。難しく、滅多に使わない貴重な記載例は、先輩が机の中に保存しているものを示してくれた。列島改造の兆しが見え始めて事件が増加し、記載事務は繁忙だった。正職員のほか、2名の賃金職員がいた。粗悪用紙の移記要員だ。戦時中に使用された粗悪な登記用紙を通常の登記用紙に移す作業を担当するのだ。しかし、記載事務が繁忙であるため殆どその事務を手伝っており、粗悪移記作業は全く進捗していなかった。そのほか、定期的に全職員が残業してメートル法への書き換え作業を行った。表題部の面積の表示を尺貫法(町、反、畝、歩)からメートル法(㎡)に変更する作業だ。すでにメートル法により表示されているものを変更し、叱られたことも度々あった。京都の住所の表示は長くて大変だった。○○通り○○上ル、下ル○○町○○番地である。しかも地名・町名は難解でタイプに無い文字が多く苦労した。しかし先輩の指導は優しく丁寧だった。若い者を育て養成するという気概がひしひしと感じられた。そのため仕事は辛いが辞めようと思ったことは無かった。むしろ、一日も早く仕事に慣れて実務に貢献したい思いで一杯だった。
 毎日応援した乙号事務は戦場だった。列島改造の兆しがあり、乙号事件数も増大の一途だった。絶対的な職員不足から市役所や司法書士事務所等の補助者の応援を受けざるを得なかった。次から次に登記簿の閲覧、謄抄本の申請、時には手書きの登記簿抄本の請求などもあり、毎日てんてこ舞いの状態だった。保管している地図は古く、枚数も多く閲覧の申請が止むことは無かった。一日中、登記簿の出し入れや甲号で使用中の登記簿探しなどに事務室を走り回った。大変ではあったが、仕事の大変さを職員全員で共有していたので辛いと思うことはなかった。また宿日直勤務もあったが、その際に、先輩からいろいろな指導を受けることも有り難いことだった。一方、仕事を終えると野球大会、ボーリング大会、山登り、春秋の一泊旅行、歓送迎会、各種飲み会など職員全員で友好を図るイベントも多かった。

4 これが私の原点である。この原点を踏まえて法務局、公証人の仕事をしてきた。古希を迎え、これからの人生を有意義に楽しく生きていくためにも、折に触れこの原点を思い出しながら、明るく楽しく過ごしていこうと思っている。

  近況三題(中垣治夫)  

 さて、今回は、「近況三題」と題して、最近思ったことを紹介します。

 まずは、東京オリンピックの聖火リレーのランナーについてです。
 今年開催の東京オリンピックの聖火リレーのランナーが決まったと報道されています。56年前の1964年の前回東京オリンピックで聖火ランナーに選ばれながら、台風の影響で走ることができなかった70歳前後の男女10人が、2020年東京オリンピックの聖火リレー走者に内定したそうです。半世紀以上を経て、途切れた夢をかなえようと仲間と再挑戦を目指した結果です。
 当時、高校生だったその方は、昭和39年9月、聖火ランナーとして走るはずでした。しかし、台風接近で前夜に中止が決定。当日は快晴で、走る予定のコースを訪れ、聖火を運ぶ車をただ見送ることしかできず、「走りたかった」という思いは消えなかったそうです。
 再び東京でのオリンピック開催が決まり、当時の聖火ランナーに選ばれた同級生から「今度こそ走らせてもらえるよう活動しよう」と再挑戦を求める声が上がり、連絡先が分かる人に参加を呼び掛け、再挑戦への準備を進めてきた結果です。
 今回、グループランナー枠で、69~73歳の男女10人が内定。当時兵庫県内の中高生だった方たちです。「前回は走れず悔しかった。走者内定に感激している。仲間と共に東京オリンピックを盛り上げられれば本望だ」とのことです。
 これはこれで念願がかなったということで良いニュースだと受け止めつつ、一方で、当時、多くの中高生たちが選定されていたのが少し驚きでした。残念ながら走ることができなかった中高生たちがいたのですが、多くの中高生たちが聖火リレーのランナーという大役を果たしていたのです。素晴らしい経験であったでしょうし、その経験者たちは、大きな誇りになったことでしょう。その世代の人達が日本の高度経済成長の原動力となり、その後のオイルショック、リーマンショック、地震や水害などの大災害等を乗り切ってきたのです。前回同様、いや前回以上に、2020年東京オリンピックで、次の時代の日本や世界を担う中高生たちに素晴らしい経験が提供できているか、少し気になったところです。

 次は、気候の激化についてです。
 近時、気候が激化しているのではないかと感じています。1日の最高気温が35℃以上の日のことを「猛暑日」というようになってから10年以上が経つのですが、最近の夏季の暑さは更に上位の「激暑日?」などの用語が必要ではないのかと思わせるほどの暑さではないでしょうか。
 今年の冬は、今のところ比較的穏やかで、スキー場等では雪不足と言われていますが、昨年までは各地で大雪や猛吹雪に見舞われ、交通が途絶えたり、車内に閉じ込められたりとニュースになっていました。
 また、梅雨の時季から夏にかけては、前線と低気圧に伴う猛烈な雨や、積乱雲によるいわゆるゲリラ豪雨などのほか、台風による暴風雨など、この1年間だけでも「50年に一度の大雨」が全国で10回以上降っているのだそうです。
 近時、想定外のことが普通に起こることを踏まえ、「50年に一度の大雨」と聞いた時に、その地域が大変な状況になっていると想像ができ、身近な所で起こったときは、危険な状況が迫っているときちんと認識できるよう、そういった想定外の災害を想定する力を磨いておきたいものです。
 ところで、近時の異常気象は、基本的には、地球の温暖化が原因と思われるのですが、確立した定説というものでもないようで、十分に立証されたという人がいる一方で、立証されていない、再生可能エネルギーに関わる事業者などが働き掛けているだけだという人もいるように見えます。何が真実かをきちんと科学的に立証し、十分に議論することをしないまま、イデオロギーや宗教の対立のように、どちらを信じるのかの様相を呈しており、不思議でなりません。

 最後は、人の激化についてです。
 小学校で学級崩壊やモンスターペアレントが話題になって久しいのですが、最近では、モンスター教師も話題になっています。また、人の激化と言えばネット上のいわゆる炎上が最たるものでしょう。SNSなどの容易に利用できる仕組みがあり、ネット上の匿名性と、反射的かつ感情的な投稿の連鎖によって、ちょっとしたきっかけを原因として非難・批判が殺到して、収拾がつかなくなってしまうのです。近年、「不寛容」ということも言われており、自分に直接関係のないことにも「許せない」と過敏に反応する人々が増えているように思えてなりません。不寛容な人が増えるようでは、多くの人が幸せを実感できる地域づくり、国づくりや平和な世界の実現は難しいでしょう。
 また、この「人の激化」の延長線上のこととして捉えているのですが、近時、「幼児化」、「退行」、「幼児退行」等の言葉をよく見聞きするようになりました。なるほど、今の日本や各国の状況を始め国際情勢をよく評価しているなと思ったところです。加藤諦三氏の年頭所感(2020)の標題が「現代は、歴史の岐路〜隠された幼児化が表面化〜」であり、「幼児化」が使用されています。今まで接したことのない評価軸ですので、もう少し勉強したいと思います。

実 務 の 広 場

   このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

  No.74 遺言の競合事案について  

1 はじめに
 遺言作成のきっかけとして,家族から依頼される例があります。
 この中には,遺言者の意向よりも,家族の希望が先行している場合があります。
 このことがすべて悪いこととは言えないものの,家族の希望と遺言者の意思が一致していない場合が問題となります。さらに,別の家族から,異なる内容の遺言作成を依頼された場合は,神経質にならざるを得ません。
 この点で,公証人は,遺言者の意思を慎重に確認して,対応を検討する必要があります。
 当職が扱った例で,高齢の遺言者につき,別々の家族から,異なる内容の遺言作成を依頼され,緊張感をもって対処した事例がありましたので参考に供します。

2 第1事案
 遺言者甲の妹乙から依頼があった。
 乙の話と戸籍資料等によると,甲には子A・Bがあるが,Aは死亡しており,Aの妻が甲の預金通帳や印鑑,印鑑カード等の重要書類を持ち出したまま,返してくれないので困っているとの由。この場合において,「甲の子Bにすべての財産を相続させる。」という趣旨の遺言を作ってほしいという依頼である。
 乙によると,甲は老人施設で寝たきりの状態であるものの,会話はできるとのことだったので,出張対応することで検討を進めた。
 まずは,本人確認資料としての印鑑証明書が提出できず,運転免許証や旅券等の顔写真付きの証明書も持っていないことが分かった。この場合,証人の証言で対応できることとされている。執務資料「公証実務」(日本公証人連合会)30ページによると,「この人違いでないことの資料とするための証人は,遺言における証人とは別のものであり(ただし,同一人でもよい。),公証人法39条の列席者でもないから,署名押印させることも,証書を読み聞かせる必要もない。しかし,この証人が面識のない者である場合は,当事者と同様に印鑑証明書の提出又はこれに準ずべき確実な方法で人違いでないことを証明させ,その旨記載する必要があろう。」とされている。
 この趣旨を乙に説明し,本人確認のための適当な証人がいるかを尋ねたところ,乙からは,自分の幼なじみの友人丙が,甲と面識があり,その協力が得られる見込みとの回答があった。
 また,立会い証人2名は,公証人にお世話願いたいと依頼された。
 出張により事前面談したところ,甲はベッドに寝たままとはいえ,意識はハッキリしている。言葉はたどたどしく,聞き取りにくいものの,会話できる状態で,遺言能力はあり,遺言の趣旨を口授することは可能と判断した。
 次に,日を改めて,証人2名を伴って出張した。
 当職らが老人施設に到着したところ,すでに,人違いでないことの証人丙が待機していたので,丙に面談し,運転免許証の提示を求めて確認し(コピーは先にもらっている。),甲と知り合った経緯や直近に甲と会った時期・場所等を尋ね,メモに残すこととした。
 甲の部屋(個室)に入り,甲と面談し,当職が丙を促して,甲のベッド近くで丙の顔を見てもらい,「この人は分かりますか。」と甲に尋ねたところ,甲は「おぉ,えっちゃん。歳とったのぉ。」と笑顔で応じた。これに対し,丙は「そりゃそうよ。あんたも一緒じゃがね。歳とったよ。」と明るく答えた。当職は,甲と丙がお互いに面識があることは確実と判断し,このやりとりもメモに残した。
 ここまでは,乙とBが同席したが,遺言内容を口授するに当たっては,当職から,『利害関係人は同席を控えてほしい』旨を告げ,乙・Bは退室してもらった。丙には退室を促さなかったものの,あらかじめ,当職は丙に対し,丙が同席する必要はない旨を伝えておいたので,丙も乙・Bとともに退室した。
 次に,当職が甲に質問する形で,遺言の趣旨を口授してもらったが,甲は耳が遠いこと,発言が断片的であること,声が小さいこと,という難点はあったものの,甲の声は聞き取れる範囲であり,当職が甲の耳もとに近づいて,ゆっくり・やや大きめの声で話す工夫を要した程度で,会話は成立している。
 また,要所で,立会い証人に対して「いまのお返事は聞こえましたか。」と尋ね,「はい,聞こえました。」との回答を得ながら進めた。
 読み上げはゆっくり行い,ところどころで用語の説明をしながら進め,「この内容で遺言を作ることでいいですか。」と尋ねたところ,甲は「はい,いいです。」と答えた。
 次に,署名・押印を求めるが,甲は手が不自由のため署名することができなかったので,当職は甲に対し,「私が代わって署名していいですか。ハンコをもらっていいですか。」と尋ね,「お願いします。」との回答を得て,当職が代署・代印した。
 続いて,立会い証人2名の署名・押印,公証人の署名・押印をして,遺言公正証書を完成させた。

3 第2事案
 第1事案の作成後,約10か月を経過した頃,弁護士から遺言作成の依頼があった。
 弁護士の発言によると,甲の子Aの妻からの依頼であり,「Aの子(甲の孫)にすべてを相続させる。」という内容で作ってほしいというものである。
 さらに,甲は後見の審判がされ,被後見人となっている由。この場合,医師2名の立会いと署名・押印等が必要となり(民法973条),このことは弁護士は理解していた。
 また,立会い証人2名は,甲の親戚の者(民法974条の欠格事由に該当しない者)を予定しており,甲は印鑑証明書や運転免許証がないので,人違いでないことの証人は,前記立会い証人2名の内の1名が対応するとの提案だった。
 これらの医師及び証人は,依頼者を通じて手配できる見込みとのことだった。
 なお,弁護士によると,詳細は分からないものの,既に別の遺言公正証書が作られていることを聞いている由。
 当職は第1事案の遺言を思い出したが,あえてそれには触れず,弁護士に対し『あなたは甲と面談したと思うが,甲の遺言能力としての健康状態はどうなのか,心配である』旨を伝えると,「それは,公証人がよく知っている筈です。」と返された。これに対し,当職は「知っているかどうかも含めて,私は,守秘義務があるので答えられない。」と応じた。
 日程調整の上,甲が入居している老人施設へ出張することとなった。
 出張当日,当職は,立会い証人と医師の本人確認をし,立会い証人と甲との続柄を聞いて欠格事由に該当しないことを確認した上で,甲と面談・聴取した。なお,弁護士が同席した。
 甲の本人確認のため氏名・生年月日等を尋ねると,正しい返事があり,会話はできる状態だった。しかし,肝心の遺言内容となると,甲は,当職の質問事項は理解している様子で,要所で頷くなどの反応はするものの,返事が返ってこない。当職が質問を換えるなどして尋ねるも,ポイント部分については,甲は無言だった。
 その状況を見かねた立会い証人の1名が,Aの妻の希望を踏まえた誘導と思われる発言を始めたため,当職は「証人さんは,発言を控えてください。」と制した。
 その後,同証人が「少し話をさせてほしい。」と申し出たので,当職は「それでは中断して,少し休憩しましょう。私は席をはずしますので,穏やかに話しあってください。」と言って廊下に出た。弁護士と医師2名は,その場に残った。
 室内で前記証人が甲に話す声は,廊下で断片的に漏れ聞こえたが,罵倒や強制する発言はなかったように思われる。
 弁護士から「公証人,入ってください。」と招かれたので,再開することとし,改めて当職から甲に対し,遺言内容について「財産は誰に引き継ぎますか。」と尋ねると「全部はいかん。」との発言のほかは,無言だった。当職は,質問の言葉を換えるなど工夫をしたものの,甲が遺言の趣旨を述べることはなかった。
 当職は「お疲れのところを敢えて発言を求めるのは,適切でありません。お医者さんの立場から考えて,これ以上に続けることは遺言者の健康からみてどうなんでしょうか。今日のところは,作成することができませんので,ひとまず終えて,機会があれば出直したいと思います。」と告げたところ,証人・医師・弁護士とも反対することなく,当職とともに部屋を出た。
 廊下では,Aの妻が心配そうに待っていたが,部屋のドアは開いていたため,ことの顛末はおおむね理解している様子だった。
 当職は,証人と医師に対し,協力してくれたことを労った上で,Aの妻と弁護士に対し,作成できなかったことを告げて「今後の予定が調整できたら,改めて連絡してください。」と伝えて,その場を辞した。

4 第2事案の後日談
 第2事案は,目的を達成できなかった。この場合に問題となるのは,中止手数料である。依頼者にとっては気の毒であり,当職としても費用を請求するのは大変心苦しい。
 この点を電話で弁護士に話すと,公証人が請求してくれないと,自分も請求しづらいとの趣旨であり,粛々と請求書を作成し,後日,所要の額が振り込まれた。
 その後,改めて要請があるかも知れないと見守っているが,今のところ,連絡はない。
 戸籍等の関係資料は返却したが、本件については、しばらく注意しておく必要があると考えている。

5 反省点等
 第1事案では,遺言者の家族間で摩擦があると察し,後日紛争になる可能性が予想できたため,慎重な対応が必要と感じたので,事前面談の出張を行った。
 本件のように,家族からの依頼の場合に,わざわざ出張による事前面談を入れるかどうかは,迷うことが多い。近隣の公証人との情報交換では,必ず事前面談をするという意見がある一方,必ずしも事前面談を入れず,電話確認で事前面談に代えることがあるという意見も聞いている。
 当職は,すべての事案で事前面談を入れることはしていないが,事前面談をしなかったために,本番で(作成当日に)打ち合わせた予定と異なる展開となってしまう例があり,辛い対応を何度か経験した。いわゆる,ぶっつけ本番というのは,何があるか分からない点で緊張する。
 第1事案での本人確認・意思能力確認については,前記2に記述したほか,甲に対し,家族状況や日常生活等について質問し,整合性のある回答を得た。例えば,「ご飯は食べていますか」との問に「おかゆさん」と答えたこと,当職らが到着したときにテレビがついていたので,立会い証人が音量を下げて,全過程終了後に同人が音量を戻そうとしているときに,甲が「それぐらいで」と話したことなども含めて,メモに残した。
 なお,先輩公証人から,証人の証言を得て本人確認する場合には,過料の制裁の裏付けがある宣誓認証を作成して対応するのが望ましいとの意見があると情報を得ているが,関係者の負担を考えて,今回はその方法はとらなかった。今後は,事案によっては,この方法が必要な例があるかも知れないと考えている。
 第2事案では,弁護士が面談をしているとのことだったので,事前面談を入れなかった。
 当職は,一般的に,有資格者(弁護士・司法書士等)が,事前面談をしてくれている場合は,敢えて公証人による事前面談は行っていない。今回もそれに倣ったが,もし,事前面談を入れていたら,中止手数料という気まずい展開は避けられたのかもしれないと反省している。
 また,第2事案では,証人が遺言者に対し発言しようとしたので,当職はこれを制した。この点は,普段から心がけていることである。
 もし,証人が「こう言えばよい。」とか,「この内容の発言をしなさい。」などと言って,これを受けて遺言者が口授したとすれば,指図・命令(あるいは強制)を受けて口授した遺言は「無効」となるおそれがあるからである。ただし,証人の発言を制する公証人の言い方によっては,あるいは相手の性格によっては,反感・反論等のトラブルを招く可能性があるので,ずいぶんと気を遣う。
 第2事案においても,当職が証人を制した際,一瞬,凍り付いた雰囲気が漂い,和やかな進行の妨げとなってしまった。

6 おわりに
 同じ遺言者につき,別の家族から,別の内容の遺言作成を依頼される例はあり得ます。
 この場合において,公証人は,守秘義務を意識して対応する必要があり,うっかり個人情報を漏らしてしまうことは,厳に控えなければなりません。この点は,日頃から書記に対して注意喚起し,機会あるたびにお互いの自覚を促しています。
 また,和やかな進行を心がけ,遺言者に無用の緊張を与えないように工夫することが重要ですが,事案によっては,明確に言わなければならないことがあり,工夫の対応はさまざまです。
 以上は,各公証人が日常の業務として留意していることばかりと思いますが,紹介した事例は,珍しい事案であるとともに,将来,遺言能力を争点として,あるいは手続の適正を争点として,紛争になる可能性があることを想定し,慎重に進め,細かい点も含めて,控えのメモに残すことを留意しました。
 至らない点があるかもしれませんが,参考となれば幸です。

(泉本良二)

  No.75  養育費・婚姻費用算定表の改定について  

 養育費・婚姻費用算定表使用上の留意事項については、本研究会だより№39(令和元年6月)に掲載し(以下「前稿」といいます。)、その中でも、最高裁判所において算定表の見直しの研究が進められている旨お知らせしたところですが、その研究結果である司法研究報告書が令和元年12月23日に公表されました。
 この司法研究報告書は、司法研修所編「養育費,婚姻費用の算定に関する実証的研究」(以下「研究報告書」といいます。)として、法曹会から出版されています。
 また、研究報告書中の司法研究の概要(以下「研究概要」といいます。)及び改定版の算定表、並びに研究報告書とは別に研究員が作成した「養育費・婚姻費用算定表について(説明)」(以下「改定の説明書」といいます。)は、裁判所のウェブサイトのサイト内検索で「算定表」と入力して検索することができます(現在は、トップページの「新着情報」令和元年12月23日付けからもアクセスできます。)。
 なお、裁判所のウェブサイトに掲載されている上記資料はここに掲載いたしませんので、裁判所のウェブサイトから御確認願います。

  www.courts.go.jp/about/siryo/H30shihou_houkoku/index.html

 本稿は、研究報告書及び改定の説明書に基づいて、改定内容のご紹介を試みたものですが、算定表の基本的な枠組み等に変更はありませんでしたので、本稿に記載していない事項については、前稿を参照願います。

1 今回の司法研究の目的としては、
(1) 〔従来使われてきた〕標準算定方式・算定表の提案から15年余りが経過していることを踏まえ、これを、より一層社会実態を反映したものとすることに加え、算定方法に改良すべき点がないか検証・対応する。
(2) 改正法〔民法の定める成年年齢を20歳から18歳に引き下げること等を内容とする民法の一部改正法・平成30年法律第59号(以下「改正法」といいます。)〕による成年年齢引下げによる影響(養育費の終期の関係等)について検討する。
の2点が挙げられています。

2 算定方法の基本的な枠組みに関しては、養育費等の対象となる者の生活費に充てられるべき金額を、権利者・義務者の基礎収入額に応じて按分するという、従来と同様の収入按分型を採用していますが、その前提となる基礎収入の算出方法や生活費指数については、直近の統計資料等に基づいて見直しをしています。

3 統計資料や制度等については、最新のものに更新しています。
 税率及び保険料率について、最新の数値として平成30年7月時点のものを使用し、租税については、所得税及び住民税のほか、復興等特別税を加算し、社会保険料については、健康保険料、介護保険料、厚生年金保険料及び雇用保険料を加算して計算しています。
 統計資料は、原則として直近の5年分(平成25年~29年)の平均値を用い、職業費の範囲も一部見直しています。

4 上記2及び3の結果、基礎収入(総収入から、税金や住居費などの固定的な必要経費を控除したもので、衣食等の生活費として自由に使用することが可能な部分とも考えられますが、詳細は、前稿の3を参照願います。)の割合は、給与所得者の場合、総収入の54%~38%(高額所得者の方が割合が小さい。また、年収2,000万円が上限となっています。)、自営業者の場合、総収入の61%~48%(高額所得者の方が割合が小さい。また、算定表では給与所得者の基礎収入と同じ基礎収入となるように年収額が設定されているので、年収1,567万円が上限となっています。)となりました。
 従来の標準算定方式で、給与所得者の場合、42%~34%、自営業者の場合、52%~47%とされていたのと比較すると、全般に高い金額になります。
 なお、前稿の3に、給与収入と事業収入の両方の収入がある場合、算定表に当てはめる方法として、事業収入を給与収入に換算して合算する方法を記載しましたが、算定表には給与収入額と同じ基礎収入額になる事業収入の額が隣の欄に記入されていますので、これと対比して給与収入に換算する方法に訂正させていただきます。

5 親の生活費を100とした場合に、子の生活に充てられる生活費の割合である生活費指数については、厚生労働省によって告示されている生活保護基準のうち、生活扶助基準中の基準生活費を用いてその割合を算出し、これに公立学校教育費相当額を考慮して子の生活費指数を算出するという基本的な考え方を維持し、また、子の年齢区分を14歳以下と15歳以上の2区分とする点も維持して、直近5年間(ただし、高校生の学校教育費については、公立高校の授業料が一律不徴収となっていた平成25年度を除く4年間)の統計を用いて算出しています。
 その結果、0歳から14歳までの生活費指数は62、15歳以上は85となりました。
 従来の標準算定方式で、0歳から14歳までの生活費指数は55、15歳以上は90とされていたのと比較すると、0歳から14歳までは上昇し、15歳以上は低下した結果、その差は小さくなりました。
 これは、全体として子の生活費の割合が上昇していることが基本にありますが、学校教育費の部分で、14歳以下の学校教育費の平均年額が従来の134,217円から131,379円と横ばいであったのに対し、15歳以上の学校教育費の平均年額が従来の333,844円から259,342円と減少したことが影響しているものです。
 ちなみに、子が私立学校に進学した場合で、義務者がそれを承諾していた場合や義務者もその費用を負担するのが相当と判断される場合には、算定表で考慮されている学校教育費と実際の学費との差額を、権利者と義務者が、それぞれの基礎収入額に応じて負担するのが相当と考えられます。
 なお、4で見たとおり、基礎収入割合が全般に高くなったことに加え、子の生活費指数が見直されたことから、従来の算定表と比較すると、おおよそ、14歳以下の子の養育費は2割程度高くなり、15歳以上の子の養育費は1割程度高くなっています(子の数や当事者の収入額によってその割合は異なります。)。

 上記4及び5の結果を前提として、2の収入按分型の計算方法で、どのように養育費が算定されるのかを見てみますと、

  ① 基礎収入=総収入×基礎収入割合

  ② 子の生活費=義務者の基礎収入×子の指数/(義務者の指数+子の指数)

  ③ 義務者の養育費分担額=子の生活費×義務者の基礎収入/(義務者の基礎収入+権利者の基礎収入)

 という、三段階で計算することになります(計算方法は従来と同じで、義務者の基礎収入の方が権利者の基礎収入より大きいことが前提です。権利者の方が高収入のときは、権利者の収入額を義務者と同額とした場合の支払額を限度とします。)。
 具体的に、改定の説明書の4の使用例〈養育費〉の数字を当てはめて計算してみた計算例を示してみます。
 その計算の前提として、基礎収入割合は総収入額の区分によって定められていますので、先にその割合を示しておきます。

 なお、給与収入が2,000万円(事業収入の場合1,567万円。以下同じ。)を超える収入がある場合にどうするかについては、種々の考え方がありますが、少なくとも養育費の算定に当たっては、2,000万円として算定することになります。

  給与所得者の総収入額(万円)と基礎収入割合(%)  
        0~75      54
                 ~100     50
                ~125     46
      ~175     44
                 ~275     43
                 ~525     42
                 ~725     41
               ~1325    40
               ~1475    39
               ~2000    38

  自営業者の総収入額(万円)と基礎収入割合(%)
     0~66      61
                ~82      60
      ~98      59
      ~256     58
                 ~349     57
                 ~392     56
                 ~496     55
                 ~563     54
                 ~784     53
                 ~942     52
               ~1046    51
               ~1179    50
               ~1482    49
               ~1567    48

 まず、①の基礎収入額ですが、給与所得者である権利者の総収入額は2,028,000円ということですから、上記の割合表から、基礎収入割合は43%となり、
   権利者の基礎収入額=2,028,000円×0.43

            =872,040円

となります。
 また、給与所得者である義務者の総収入額は7,152,000円ということで、基礎収入割合は41%となり、

   義務者の基礎収入額=7,152,000円×0.41

            =2,932,320円

となります。

 ②の子の生活費は、生活費指数62の子が2人ということですから、
      子の生活費=2,932,320円×62×2人/(100+62×2人)

       =1,623,248円

となります。

 ③の義務者の養育費分担額は、
  1,623,248円×2,932,320円/(2,932,320円+872,040円)
=1,251,165円

となり、これは2人分の年額ですから、月額はこれを12で割った104,263円(算定表の表3の10~12万円の枠内であることが確認できました。)となり、1人分の月額は、生活費指数が同じですから更にこれを2で割った52,131円が目安ということになります(14歳以下と15歳以上の子がある場合は、算出された合計額を62対85で按分することになります。)。

 ただし、この計算方法によるとこのように細かい単位の数字まで出てきますが、そもそも算定表は、平均値や理論値を基礎として、簡易迅速に一定の幅をもった目安を示すことを目的としたものですから、この細かい数字が正確なものと評価することはできないことに注意願います。
 通常は、改定の説明書に示された方法で算定表を使うこととなり、この計算式を利用することはありませんが、子の数が4人以上の場合や、複数の子を権利者及び義務者がそれぞれ分担して養育している場合等、算定表が使えない場面で目安を算出したいときに利用することになります。

 ちなみに、婚姻費用の計算方法は、
 ①(権利者の基礎収入+義務者の基礎収入)×(権利者世帯の権利者及び子の生活費指数)/(権利者及び義務者並びに子の生活費指数)
 ②上記①で算出された金額-権利者の基礎収入
 という2段階の算式で計算できますので、興味のある方は、改定の説明書の4の使用例〈婚姻費用〉の数字を当てはめて計算してみてください。

6 義務者が低所得の場合、最低生活費を下回っているかどうか、その最低生活費をどう算出するかという問題が生じ、簡易迅速な解決が困難となるおそれがありますが、研究報告書では、自己の生活を保持するのと同程度の生活を被扶養者にも保持させるという生活保持義務の考え方から、0円から2万円(又は1万円)といった算定表の枠内で、個別具体的な事案に応じて検討するという標準算定方式・算定表の考え方を維持し、0円とするかどうかは、権利者及び義務者の状況や子の状況に応じて、事案に即した判断をするのが妥当であるとしています。

7 成年年齢引下げによる影響(養育費の支払義務の終期等)については、選挙権年齢の引下げに伴って、経済取引の面でも18歳、19歳の者を一人前の大人として扱うことが適切と考えられた一方、国会における改正法の審議においても、飲酒・喫煙、競馬等の投票券購入などで20歳という年齢要件が維持されていることなど、20歳未満の者についてはその未成熟な面を考慮していると考えられること、平成30年時点において大学や専門学校などの高等教育機関に進学する者が81.5%に達していることなどから、一般的、社会的に18歳となった時点で子に経済的自立を期待すべき実情にもないということを前提として、

 (1) 改正法成立前に養育費の支払義務の終期として「成年」に達する日(又はその日の属する月)までと定められた公正証書等における「成年」の意義は、合意当時の当事者の意思解釈として、満20歳に達する日(又はその日の属する月)までとの趣旨と解される。

 (2) 養育費の終期を定める合意等は、予測される子の監護状況、子が経済的に自立すると予測される時期、両親の経済状況等種々の事情を考慮して定められたものと考えられるので、改正法の成立又は施行自体は、既に成立した養育費支払義務の終期を18歳に変更すべき事由にはならない。

 (3) 養育費支払義務の終期は未成熟子を脱する時期であって、個別の事案に応じて認定判断されるが、子がまだ幼いなど、子が経済的に自立を図るべき時期を具体的に特定して判断すべき事情が認定できないときには、満20歳に達する日(又はその日の属する月)が養育費支払義務の終期と判断されることになると考える。
 なお、将来の紛争を回避するためには、「成年に達する日まで」又は「大学を卒業する月まで」などの表現ではなく、「満20歳に達する日(又はその日の属する月)まで」又は「満22歳に達した後初めて到来する3月まで」などと具体的に明示すべきである。

 (4) 婚姻費用については、実務上支払義務の終期は「別居解消又は離婚」とされるから、養育費における支払終期のような問題は生じないが、子が18歳に達したことが婚姻費用の変更事由に該当するかどうかが問題となる。
 この点についても、上記(3)と同様の理由で、変更事由には該当せず、子が経済的に自立するなどの理由で未成熟子を脱したときに変更事由に該当すると解すべきである。
としています。

8 今回の改定が養育費等の額を変更すべき事情変更に該当するかどうかということについてですが、改定標準算定方式・算定表は、従来の標準算定方式・算定表の基本的な枠組みを維持しつつ、その算定方法の細部の一部を改良し、公租公課等や統計資料を更新したものであって、従来の標準算定方式・算定表の延長上にあるものであること、改定標準算定方式・算定表が公表されたこと自体は、当事者の収入、身分関係及び社会情勢等の客観的事情の変化とは性質が異なることから、事情変更には該当しないものとしています。

 最後に、今後の家庭裁判所の実務においては、改定標準算定方式・算定表が用いられることになりますので、客観的事情の変更があるなど、既に定めた養育費等を変更すべき場合の養育費等の算定に当たっても、改定標準算定方式・算定表が用いられることになると思われます(当事者が、改定を承知の上で、従来の算定表による旨の合意をしたときはともかくとして、そのような合意ができずに争いとなった場合、最終的には審判等裁判官の判断となりますので、その際には、その時点でより合理性があると判断される改定標準算定方式・算定表が適用されるものと思われます。)。

 参考文献:司法研修所編「養育費,婚姻費用の算定に関する実証的研究」(法曹会)

(星野英敏)

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