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民事法情報研究会だよりNo.53(令和4年4月)

 春暖の候、会員の皆様におかれましては、ますますご清祥のこととお喜び申し上げます。

 新型コロナウィルスのオミクロン株による第6波の感染拡大に伴い、18都道府県に発令されていた蔓延防止等重点措置が解除された春を迎えることができました。ただし、専門家の中にはいまだ第6波の途中であると指摘する向きもあるようで、人流が増加する年度始まりの時期と重なり、オミクロン亜種株による再拡大も懸念される状況とのことですので、引き続き感染対策に万全を期していきたいと考えています。できるならば、今年こそは、会員の皆様が参集できる会合やセミナーが開かれる年度になることを願っています。(YF)

今日この頃

   このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

晴ればれ岡山サポートテラス(永井行雄)

岡山県を南北に縦断する国道53号線を北に向けて車を走らせる。車には2人の男が乗っている。年下の男が運転しているが、その男は久しぶりに袖を通す背広にやや窮屈さを感じながらも、道ばたに咲くコスモスにいくぶんか心が癒やされている。この2人はかつて同じ職場の先輩後輩の間柄であり、気心は知れている。しかし、車中での会話はなかなか弾まない。なぜならば、2人とも目的地のことが気になっているからである。

 岡山市を出発して約1時間、町が見えた。津山市だ。人口は約10万人で県北の政治、経済、文化の中心地である。訪問先は津山市役所。緊張しながらアポを入れていた課を訪ねる。ぎこちない声で肩書きを名乗って名刺を差し出す。対応に出た職員は「はい。うかがっております。」と、はきはきした態度で迎えてくれた。ほっとした。公証人を退任して3か月余、新しい環境で初めて外部の機関を訪問したときの情景や心境である。

 私たちは昨年、岡山県出身の法務局OB・OG5人で高齢者の支援のための「一般社団法人晴ればれ岡山サポートテラス」を設立し、10月から活動をスタートさせた。法務局のブランド力や公証人の肩書きはなく、しかも、発足したばかりの一法人の者が市役所を訪問して、果たしてきちんと対応してくれるだろうかという心配があった。それで、車中での会話が弾まなかったのである。しかし、心配をよそに担当者は丁寧に対応してくれた。その理由は後述させていただく。

1 法人設立のきっかけ

 令和元年9月に岡山市で開催された岡山地方法務局のOB会で、当法人のメンバーが久しぶりに再会したとき、今の仕事を辞めた後、何をするのかという話になった。「特にねぇなー。」「家でゴロゴロしとっても、家族に嫌われるしなぁ。」「そうじゃなぁ。」「これまでやってきたことが活かせるような法人でも作ってみたらどうじゃろうか。」「おー!そりゃええなー。」という軽いノリからスタートした。

 それから、開業までの2年半、気心の知れたこのメンバーが10数回集まった。NPO法人か一般社団法人か、事業の適法性、資金面、事務所、需要の予測など、皆で情報を持ち寄り自由に意見を交換し合った。

 今まさに超高齢化社会である。全国の高齢化率は29%、岡山県は30%で特に県北は40%を超える自治体が9つもある。そして、高齢者のうち5人に1人が認知症だといわれているほか、高齢者のみの世帯は全国で28.7%(厚生労働省「令和3年国民生活基礎調査」)もある。

 こういった現状を踏まえ、国は、成年後見制度の利用の促進に関する法律のほか、自筆証書遺言書の方式緩和や法務局保管制度に関する法律を整備した。また、公証人も積極的に講座・講演会・相談会などを通じて遺言や任意後見制度の普及・定着を図っている。

 しかし、実際にこれらの制度利用を促進していくためには、現場においてそれぞれの制度を理解した者が、高齢者(対象者)の気持ちや生活環境などを把握した上で、どのような制度を利用するのが良いのかの水先案内人を務め、担当機関とのつなぎ役を果たしていくことが重要だと思う。実際に、自分で動けない高齢者もたくさんいる。そこで、我々がこのつなぎ役をやってみようということになったのである。

2 法人のメンバー

 前述のとおり気の合う仲間で立ち上げた。イメージは子供の頃の遊び仲間の延長のようなものである。理事長は人望があって、人をまとめられる人物、元広島法務局福山支局長の清水博志さんにお願いすることで一致した。皆の総意である。副理事長以下の役は理事長に一任した。次のとおりである。

●理 事 長 清水博志(総社市出身)

広島法務局訟務部訟務管理官、岡山地方法務局首席登記官(不動産登記担当)、広島法務局福山支局長、家事調停委員(令和3年9月退任)

★バランス感覚がよく、人間観察力に優れている。一日2万歩が日課。野菜作りが上手。かつて麻雀の名手、物事の流れを読む勝負感は今でも健在。常駐

●副理事長 川上幸江(倉敷市出身)

岡山地方法務局勝山支局登記官、同局不動産登記部門総務登記官、広島法務局福山支局総務登記官、現司法書士・行政書士(15年間従事)

★頭の回転が速く決断力があり親分肌。地域で多くの役職を務めるなど周囲の信頼は厚い。ただ、声が大きめなので内緒話はできない。遠路につき非常駐

●専務理事 永井行雄(和気町出身)

法務省大臣官房行政訟務課補佐官、那覇地方法務局長、福岡法務局民事行政部長、都城公証人役場公証人(令和3年7月退任)

 ★登山や飲み会など遊ぶことが大好き。様々な場面で企画力や行動力を発揮。ただ、突き進むところがあるので要注意(以上仲間評)。食材調達が得意。常駐

●常務理事 大河原清人(邑久町出身)

 法務省民事局総務課補佐官、法務省人権擁護局人権啓発課長、広島法務局長、土浦公証役場公証人(令和3年11月退任)

 ★思考力が高く、冷静な判断力がある。相談に丁寧に対応、傾聴力に優れている。数10年ぶりの帰郷、岡山弁取戻し中。看板書きや大根おろしが得意。常駐

●常任理事 笠工博史(久世町出身)

広島法務局上席訟務官、同局総括表示専門官、同局次席登記官(不動産登記担当)、岡山地方法務局備前支局長

★登記のプロ、土地家屋調査士有資格者。動きが軽く、整理整頓能力が高い。彼がいると事務所がすっきり整理される。車の運転が上手。木金のみ出勤

3 法人の名前

 「一般社団法人晴ればれ岡山サポートテラス」と名付けた。岡山県は全国の中でも日照時間が長いので「晴れの国」と呼ばれている。法人の名前は、晴れの国と、岡山県内を活動エリアとして高齢者の方を支援し、高齢者の方にテラスの陽だまりで寛いでいただけるような温かい支援活動を目指すことをイメージしている。

4 法人の仕事

 大きく分けると二つである。一つは高齢者の権利擁護のための手続き(遺言・任意後見契約・尊厳死宣言・死後事務委任契約など)の支援(担当機関へのつなぎ役)と、もう一つは各種講座・講演会・研修会等への講師派遣である。私と大河原さんは、公証人の経験がすぐに活かせるし、他の者も民事関係の法律実務の経験者であり現役の司法書士もいる。人材はそろっている。

 実際、あいさつ回りをしたとき、実務経験者というセールスポイントに対して、相手方の反応はよかった。県内にこういった手続きを支援する法人は、あまり見受けられないようである。

5 作業や費用

    運営資金、事務所の確保、法人の設立登記、電話・インターネット回線の引込み、備品の調達、広報ペーパー・ホームページ・報酬表の作成、税務署・労働基準監督署への届出や銀行口座の開設とか、広報のやり方など、やることは山ほどある。この分野の先駆者である「NPO法人高齢者・障がい者安心サポートネット」(福岡市)や先輩士業者からも情報提供を受けた。

 慣れない作業で大変だったが、皆で相談し、役割分担しながら進めていった。設立登記は現役の司法書士である副理事長がやってくれ、備品は家で使っていない物を持ち寄ったり、リサイクルショップやネットで安価なものを買った。ホームページの作成は、パソコンに詳しいかつての法務局の仲間が力を貸してくれた。費用は、全体の金額を算出して出資金という形で5人が均等に負担することとした。

6 営業活動

 ○地方自治体へのあいさつ回り 

 まずは、我々の業務を知ってもらう必要があるので、県内の地方自治体にあいさつを兼ねて業務紹介に赴くことにした。県内の地方自治体は27ある。そこで、高齢者の支援業務を担当している機関や部署(市町村役場、社会福祉協議会、権利擁護センター、地域包括支援センター、公民館等)のアポ取りをすることにした。アポ取りは、電話の掛け方の均質化を図るためのマニュアルを作成した。皆、最初はぎこちなく、言葉が噛みそうになっていたが、数をこなすうち、徐々に慣れてきた。120か所に電話を掛けまくりアポを取った。アポが取れたらすぐに、相手方に当方の訪問者の役職氏名を書いた書面と広報ペーパー(業務内容と構成メンバーの略歴を書いたもの)をFAXで送付することにした。ねらいは、我々は怪しい者ではないことの証明と、電話を受けた者が上司や関係者に説明する資料として使ってもらうためである。このやり方は効果的であった。当日は、どこも資料に目を通してくれており、時間どおり待っていてくれた。応対は、責任者であったり、担当者であったりとまちまちであったが、結果として、仕事の依頼に発展したのは、担当者に説明をしたところが多い。

 2人1組で約1月半かけて全部回った。皆、笑顔の写真入りの名刺と広報ペーパーを配って回った。まさに営業である。相手方への説明も数をこなすうちに上手になっていった。長居をすると嫌われるので、1か所15分程度とした。県北の自治体はどこも高齢者支援の問題を抱えていた。「こういった法人を設立していただいて、ありがたいです。」と言ってくれた自治体がいくつもあった。

 ナビに行き先を設定したものの、おかしな道を案内したり、建物が分からずウロウロして、車中で相手先に電話を掛けて確認したり、いろいろ失敗もあったが、このあいさつ回りが、後日の仕事の依頼へと発展していったのである。

 それと、もう一つ大事なことがある。あいさつ回りで反応がよかったところには、後日、「近いうちにそちら方面に行く機会があるので、何か用事はありませんか。」と電話を掛けることもあった。すると「実は職員研修を計画しているのですが、よければ講師をお願いできますか。」「いいですよ。いつでしょうか。」と、トントン拍子に話が進む。そして、研修終了後に受講者から個別相談があり、公正証書の作成支援の依頼に発展することもあった。あいさつ回り後のフォローなど、次の手を打つことが大事だと思った。

 ○新聞への掲載 

 岡山県には、山陽新聞という岡山県全域を配達エリアとする新聞社がある。昨年11月始め頃、ここに取材依頼の電話を掛けたが、年内は忙しいので、資料があれば送って欲しいとのことであった。そこで、資料をメール送信したものの、電話の感触として取材は難しいだろうと思っていた。ところが、今年1月の始め頃、記者から電話があり、「取材をしたいので、事務所におじゃましたい。」とのこと。取材の日、記者はこちらの資料をよく読み込んでおり、事務所では細部にわたって取材してくれた。また、1月下旬の公民館講座にも足を運んでくれた。そして、新聞に大きく掲載してくれたのである(山陽新聞2022年2月8日朝刊/山陽新聞社提供・転載許可済)。この新聞掲載の反響は大きく、当日は電話が20本くらい掛かってきたほか、5組の方が事務所に相談に訪れた。

7 仕事の依頼

 ○公正証書作成支援依頼

2月末現在で、公正証書(遺言・任意後見契約・尊厳死宣言等)の作成を支援したのは26件である。依頼は、地方自治体や社会福祉協議会からの紹介によるものが7割、残り3割は講演会や新聞掲載などをきっかけとした個人からの直接依頼のものである。そのほか現在、公正証書作成支援中のものが6件あり、これらは全部、新聞を見た人からの直接の依頼である。参考までに、これまでの取扱事例を2件紹介する。

 <事例1>79歳男性、妻は死亡、一人暮らし。

 長男と長女がいるが、長男とはいざこざがあり、10年以上断絶状態、長女は結婚して東京に住んでいて、親の面倒をみられない。財産は家・宅地、預金約1,000万円。長男には一切財産を残したくない。長女に残したい。今後、自分が動けなくなったとき、お金の管理や病院の手続きなどが不安であるとのこと。これは社会福祉協議会を通じて相談があったものである。

 遺言、任意後見契約、尊厳死宣言の各公正証書の作成を支援したほか、これらの手続きとは別に警備会社による「一人暮らしの高齢者のための見守りサービス」を紹介し、契約締結のお手伝いをした。

 <事例2>84歳女性、独身、一人暮らし。

 末期がん、余命数か月。相続人なし。近所に親しくしている女性(62歳)がいる。財産は家・宅地、預金約600万円。この女性に財産を全部残したい。亡くなった後のことも任せたいとのこと。こちらも社会福祉協議会を通じて相談があった。

 緊急性を要するので、相談があった日の翌日、すぐに本人と面談し、公証人に事情を説明して、約1週間で遺言書、尊厳死宣言、死後事務委任契約の各公正証書の作成にこぎつけた。

以上のとおり、迅速な対応をモットーとし、公正証書の作成支援は2人の元公証人がそれぞれ他の者と組む形で行うことにしている。

 ○講座・講演会・研修会への講師派遣依頼

 現在、講座・講演会・研修会への講師派遣依頼は、派遣済のものも入れて17件あるほか、既に来年度の定期講座の話が2か所(隔月開催)からきている。依頼先は、地方自治体・社会福祉協議会・地域包括支援センター・公民館からが9割、残りの1割が老人クラブである。

 皆で講師の留意事項を三つ決めた。①初めて講師を担当するときは事前に事務所で模擬講話をして、他のメンバーのチェックを受けること、②講話は統一のパワーポイントを使って進めること、③受講者にアンケート票を書いてもらうこと、である。「話」は商品であるから、いい商品を売るためにはチェックが大事ということである。特にアンケート結果にはいつもビクビクさせられる。

 情けないことがあったので一つ紹介する。1月下旬に県北の社会福祉協議会主催の研修に行ったときのことである。雪が心配だったので前泊した。スタッドレスタイヤは持っていないが、未使用のチェーンがあったので念のためそれを積んだ。前日は天気がよかったので、翌日も大丈夫だろうと思っていた。ところが、翌朝外を見ると50センチくらい雪が積もっていた。一晩にである。びっくりした。チェーンの付け方が分からない。困っていると宿泊所の方がJAFを呼んでくれ装着できたが、今度は、帰る途中、コンビニの駐車場で外そうとしたところ、外し方が分からない。車には3人乗っているが誰も分からない。それでまたJAFを呼んだ。装着のときに来た人と同じだ。情けない。着脱の練習をしなければならないと思いながら帰路についた。

8 法務局のブランド力

 地方自治体等を訪問した際、どこも丁寧に対応してくれた。冒頭で「その理由は後述させていただく。」と書いたが、その理由は法務局のブランド力だと感じた。法務局にいた人が作った法人なら信用できると思ってくれたのだろう。訪問先の雰囲気でそれを感じた。

 最初の講師派遣依頼があったのは、あいさつ回りを始めてから1月経った頃である。それからも、どんどん入ってきている。しかも、公的機関が多い。活動を始めて4か月で17件である。法務局のブランド力のお陰だと思っている。本当にありがたい。

9 これから

 「晴ればれ岡山サポートテラス」は発足したばかりの法人である。これから先、存続していくためには、①依頼者や関係者からの信頼を得て、これを積み重ねること、②法人の知名度アップを図ること、この二つが重要だと思っている。依頼があれば、依頼者に寄り添う支援活動をスピーディに、そして、あらゆる手法を用いて効果的な広報・営業活動を展開していこうと思っている。

10 そして、今の気持ち

 今、とても充実している。20数年の時を経てかつての仲間が集結し、もう一度社会の中で動き出そうとしている。人は、信頼という絆の下に、支え合い、力を合わせれば、いろんなことができる。法人という看板は心強い。これから先、気持ちと身体が続く限り、この素晴らしい仲間と同じ時間を過ごせたら、幸せだと思っている。

 今、出航したばかりの「晴ればれ岡山丸」に乗って、クルー全員が仲良く楽しく、ゆっくりでいいから、航行できたらいいと思っている。

   【連絡先】一般社団法人晴ればれ岡山サポートテラス

        〒701-2154 岡山市北区原1119-1

        TEL(086)206-3738 FAX(086)206-3739

        E-mail:harebare0712.hara@outlook.jp

https://harebareokayama.org

                                        (永井行雄)

  “カマス”の悲劇(中垣治夫)  

 相当以前に読んだ本で、「“カマス”の悲劇」を紹介しているものがあります(内橋克人『匠の時代・第5巻』(サンケイ出版))。分かりやすい話であり、Webにも掲げられているので、御存知の方もおられるかと思います。私も在職中、講話や研修などのまとまった時間があるときは、紹介するようにしていました。概要は、次のとおりです。

 水槽の中にカマスを放して餌の小魚を入れると、カマスは追いかけて食べ尽くしてしまいます。数日間餌やりを繰り返した後、水槽の真ん中にガラス板を入れて仕切り、カマスがいない方の半分に餌を入れます。すると、カマスは一生懸命餌を食べようとしますが、コツンとガラス板にぶつかるだけで、食べられません。100回くらいは挑戦するようですが、そのまま数日経つと、カマスはもう餌に関心を示さなくなります。ここで仕切りのガラス板を抜いて餌を入れます。しかし、カマスは、餌を食べられないと決め込んでいるので、せっかくの餌に見向きもしません。目の前にうまそうな小魚が泳いできても、もはや食いつく意欲が湧いてこないのです。放っておくとカマスは死んでしまいます。これを「カマスの悲劇」といいます。

 では、この水槽のカマスにもう一度餌を食べさせるにはどうすればよいか。皆さんは、どう思いますか? 答えは、「もう一匹、別のカマスを水槽に入れる。」です。新しいカマスは、ガラス板のことを知らないので、普通にパクッと食べます。これを見ていて、前のカマスも思い出すのでしょう。あっ、また食えるんだと目を覚ますのです。

 役に立つ新鮮な情報や変革の波が発生し、目の前を通り過ぎているのに、これに見向きもしない。あるいは、数少ない貴重な情報や千載一遇とまでは言わないまでも僅かな機会をやり過ごしてしまう。新しいカマスがいない組織では、それがおいしいものであること、これから必要になる重要なものであることが分からないのです。

 現行の公証人法の施行から、約110年を経過しています。十分に成熟した制度であると言ってよいと考えますが、近時の様々な見直し、動きを見ていると、今後、10年程度で相当大規模な見直し、制度改革が見込まれます。従来の、創成期・成長期の比較的ゆっくりとした変革・見直しから成熟期の、しかも急激な変革へと変わっていく中で、今後は、更に国民・利用者のための見直しが軸足となっていくことでしょう。新しいカマスが必要な時期がすぐ目の前まで来ていると考える次第です。

 ウクライナ侵攻のニュースに接して

 数日間、構想を温め、推敲を重ねて、さあ提出しようとしたところで、「ロシア軍のウクライナ侵攻」のニュースに接しました。

 大いに驚き、憤り、何でこんなことになるのか・・・無力感・・と、いろいろな感情が沸き上がってきます。侵攻前に、侵攻が見込まれる旨の報道はされていたのですが、21世紀の今日、まさかそんなことはないでしょうと思っていました。しかし、そのまさかが、現実のものとなってしまったのです。

 第2次世界大戦以降、各国においては、国内の統治機構や国家間の条約等により、それなりの、紛争、戦闘、戦争の回避・防止のための組織、機構、仕組み造りがされてきたと考えるのですが、今回の事態には、有効に機能しなかったのでしょう。いわゆる西側諸国は、制裁を打ち出していますが、戦闘が収まることはなく、終息には無関係であるかのように戦闘が継続しています。制裁の効果が表れるまでには、それなりの時間が掛かるのでしょう。現時点では、交渉、協議、仲介など、何でもよいので何らかの方策により、また、誰(国・人)でもよいので誰かの尽力により、戦闘が終了し、平和が訪れることを祈ることしかできません。

 10年くらい前の映画で「ハンナ・アーレント」というのがあります。最近、WOWOWで放送されていたので、ご覧になった方もおられるかもしれません。ユダヤ人虐殺に大きく関わり、逃亡していた元ナチスのアイヒマンが逮捕され、哲学者のハンナ・アーレントが、そのアイヒマン裁判を傍聴するなかで、「悪の陳腐さ」について考察するものです。

 アイヒマンは、裁判で「命令に従っただけです。殺害するかどうかは命令次第でした。」等と証言します。ハンナ・アーレントは、これらを踏まえて、アイヒマンは「命令に従っただけ。ただの役人」よと評価します。アイヒマンが20世紀最悪の犯罪者になったのは、”思考不能”だったからであり、本当の悪は、平凡な人間が行う悪であり、これを「悪の陳腐さ」と名付けました。

 考えることを止め、組織の命令に黙々と従う「悪の陳腐さ」、これこそがナチスの本質的罪だとこの映画は訴えるのですが、この映画を今般のロシア軍のウクライナ侵攻のニュースに接し思い出しました。黙々と大統領の命令に従う「ただの役人」がいるだけの国家は、大変危ういのです。「大統領、お言葉ですが・・・。」と侵攻反対を主張する側近がいなかったのか、悔やまれてなりません。                         (中垣治夫)

  函館公証人合同役場の広報活動について(岩渕英喜)  

 令和元年から公証週間の広報活動の一環として、函館市、北斗市及び七飯町の町会に対し、チラシの回覧又は配布及びポスターの掲示を依頼する取組を行いましたので、その概要を説明させていただきます。

 そこで、事件の増加につながるような効果を期待して、町会に対し、各世帯へのチラシの回覧又は配布及び町会会館へのポスターの掲示について協力を依頼する広報活動を行うこととしました。各世帯に回覧又は配布する日公連のチラシには下図(編注:略)のメッセージを裏面印刷し、公証制度のキャッチコピーと日公連の無料電話相談の電話番号のほか、公正証書の種類と当役場の連絡先も周知することにしました。

            

1 取組の日程

日公連と町会のスケジュールを踏まえて、次のような日程で進めました。

(1) 4月下旬:チラシ及びポスターを日公連に申込み

(2) 7月上旬:例年と同じ電話番号を使用するかどうかを北海道会の広報委員を通じて日公連に確認

(3) 7月上旬:裏面印刷したチラシ(サンプル)の作成

(4) 7月上旬:対象市町に対し、町会への広報活動に関する協力又は「町会一覧」(町会会館又は町会会長の住所・電話番号・所属世帯数が記載されたもの)の提供の依頼(上記サンプルを添付)

(5) 7月中旬:日公連から無料・有料チラシ及びポスターの送付

(6) 7月中旬:チラシ裏面印刷を印刷会社に発注

(7) 8月上旬~下旬:町会に対してチラシの回覧(回覧を廃止している町会については配布)及びポスターの掲示を電話で依頼し、承諾が得られた町会にチラシ及びポスターを発送

(8) 8月下旬:日公連から電話公証相談の電話番号の通知

(9) 8月下旬~9月中旬:町会による所属世帯へのチラシの回覧又は配布

2 3市町の町会に対する取組状況

 過去3年のチラシの回覧又は配布数は、表1(編注:略)のとおりです。3市町の対応は次のとおり。

(1) 函館市(令和元年~令和3年)

 最初に函館市でこの取組を実施するときに、町会を担当している市民・男女共同参画課に対し、各町会にチラシ及びポスターの配布を打診したところ、町会側が受け入れるかどうかを決めるので、公証役場の方から町会に個別に依頼してもらいたいとのことでした。

 そこで同課から「町会一覧」を入手し、町会会館があるところは会館に、会館がないところは町会会長に電話し、公証週間の広報活動について趣旨を説明してチラシの回覧又は配布及びポスターの掲示について協力を依頼しました。3年間で、1町会を除いて、電話したほぼ全ての町会から協力する旨の回答をいただきました。

 なお、函館市は140,931世帯(令和3年9月末現在)あり、単年度で全て実施するのは困難なので、年ごとに異なるエリアの町会を選定して実施しています。

(2) 北斗市(令和2年)

 町会を担当している北斗市町会連合会事務局に対し、各町会にチラシの配布を打診したところ、町会への配布物は発出元が北斗市役所のほか、国、北海道などの行政機関、公共機関に限られるとして応じてもらえませんでした。そこで公証人は法務大臣から任命されていること、公証役場は法務局に所属していること、公証制度は公共性が高いことなどを説明したほか、函館市の例を紹介して、チラシを所属世帯に回覧又は配布するか否かについては直接各町会に当方から確認させていただけないかとお願いしたところ、了承されました。

 同事務局から提供された町会名簿によりチラシの回覧又は配布について各町会に電話で依頼しましたが、函館市の場合とは異なり、警戒感の強い反応が多く、協力が得られたのは一部の町会に限られました。

 全町会の約半分に電話したところで、北斗市の担当者から連絡があり、一部の町会から、「町会によって対応が異なるのはおかしい。」という苦言が寄せられたとして、北斗市を通じて全町会にチラシを配布(市役所内に設置されている町会ごとの連絡棚にチラシを入れる方法)し、町会から所属世帯に配布することになりました。

 町会ごとの必要配布部数が記載されたリストの提供を受けて、連絡棚に北斗市の協力依頼文書を添えてチラシを入れました。後日町会が連絡棚のチラシを持ち帰り、所属世帯に配布しています。

(3) 七飯町(令和2年)

 七飯町福祉協議会内にある七飯町町会連合会事務局に電話し、全世帯にチラシの配布を打診したところ、快く承諾していただきました。8月上旬に同事務局にチラシ全世帯分2,250枚を持参し、町会を通じて配布していただきました。

※ 函館市及び北斗市から提供された町会一覧等については、日公連への公証週間活動報告を提出した後に廃棄しています。

3 本広報活動の費用対効果

 私が当役場に着任した平成26年7月以降、遺言公正証書の事件数については、毎年7月から9月の第二四半期はやや少なく10月から12月の第三四半期は増加する傾向にあります。表2(編注:略)は本広報活動の取組前の平成26年から平成30年までの5年間と取組後の令和元年から令和3年までの3年間について、遺言公正証書の第三四半期の手数料額が第二四半期よりいくら増加したのかを年平均で比較したものです。

 第三四半期の方が第二四半期よりも増加する傾向であることはどちらも変わりありませんが、本広報活動の取組後の方が取組前よりも遺言公正証書の手数料額を平均60万円以上押し上げる結果となっています。費用対効果を検討するためには、この押上額と広報活動費用を対比する必要があります。広報活動費用の主な内訳は日公連のチラシ・ポスター購入費、チラシ裏面印刷代及び町会への郵送料ですが、3年間の広報活動費用の平均額は79,954円です。押上額から広報活動費用を差し引いた金額を費用対効果とした場合、その額は548,371円となります。ただし、一昨年と昨年については、新型コロナの感染者数の影響を受けて事件数が増減しており、費用対効果を検討するにはその影響を考慮する必要があると思いますが、公証週間以降「チラシを見た。」と言って遺言公正証書作成について電話をかけてくるお客様が増加しているのは間違いありません。

 今後の課題としては、対象町会を3市町からどう拡大していくのかということになります。北斗市型又は七飯町型の市町村であれば対象を拡大することは比較的容易です。函館市型であっても取組時期を早めるとか、年ごとに対象市町村を設定するなどの工夫をすれば拡大は可能ですので、他の市町村にもアプローチして情報を収集したいと考えています。                            (岩渕英喜)

  

実務の広場

 このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.91 事実実験公正証書の事例紹介(石山順一)

 事実実験公正証書は、貸金庫の開披・点検、知的財産権の保全、尊厳死宣言等多くの場面で利用されていると思われます。当公証役場においては、私の在任中、貸金庫の開披・点検と尊厳死宣言の事実実験公正証書を作成したことしかありませんでしたが、最近、知的財産権に関する事実実験公正証書作成の嘱託が2事例ありましたので、参考になればと思い紹介します。

<事例1> コンピュータゲームソフトの海賊版への対応のための事実実験

1 嘱託の趣旨

 嘱託人は、自社が開発したコンピュータゲームソフト(以下「本件ゲームソフト」といいます。)を独占的に配信する権利を与える契約を中国法人との間で締結していたところ、本件ゲームソフトの海賊版が中国国内において出回り、当該中国法人が損害を被っている。ついては、本件ゲームソフトを配信する正当な権利を当該中国法人が有していることを中国の裁判所において立証するため、本件ゲームソフトの著作権を嘱託人が有することを確認する必要があるというものです。

 そこで、ゲームソフトには、通常、開発した会社の会社名、開発年月日等の記載がされていることから、本件ゲームソフトアプリをパソコンの画面に表示の上、それを公証人が目撃した結果を事実実験公正証書として作成してほしいというものでした。

2 事実実験の内容

 公証役場備付けのパソコンは、本件ゲームソフトをダウンロードする環境が整っていないため、嘱託人が用意したエミュレーターソフト(BlueStacks5)がインストールされたパソコンを使用することにしました。これを本職が自ら操作し、嘱託人が本件ゲームソフトを提供しているグーグルプレイストアを開き、本件ゲームソフトを検索し、パソコン上に表示された本件ゲームソフトの画面左上に、ゲームソフト名及び制作会社名が「○○○○ △△△△ Inc.」と掲載されていることを確認の上、同画面全体をいわゆるハードコピーとしてプリントアウトしました。

 次に、本件ゲームソフトをダウンロードして、その内容を見分し、表示された画面左下に、制作年及び制作会社名が「(C)2018 △△△△ Inc.」、画面右下にバージョン情報が「Ver.1.038.54」と掲載されていることを確認の上、上記と同様にプリントアウトし、目撃した事実実験の結果を公正証書として作成しました。

 この事実実験公正証書によって、嘱託人が望む目的が達せられたかどうかは不確かですが、本件ゲームソフトには、その開発段階で制作者しか知り得ない「隠し著作表示(隠し文字)」が記されているとのことであり、必要があればその事実実験を行うことも検討することを嘱託人に伝えて、今回の事実実験は終えることにしました。なお、これまでのところ嘱託人から新たな依頼はきておりません。

<事例2> 確定日付により封印された技術資料を開封して再封入・封印する事実実験

1 嘱託の趣旨

 嘱託人は、技術資料の先使用権の証拠保全として、約20年前に確定日付の付与手続により封印された段ボール16箱(以下「本件封印資料」といいます。)を保管していたところ、本件封印資料を複写した物を確認することができないため、一旦、本件封印資料を開封し、収納物のコピーを取った上で、改めて再封入・封印したい。ついては、このような事実実験公正証書の作成が可能かとの相談を受けました。

 調べた限りでは、先使用権の保全として、事実実験により封印した物品のサンプルについて、その一部を使用する必要が生じたため、物品のサンプルが収納された封筒を開封し、再封入・封印する事実実験を行った事例を確認することはできましたが、確定日付の付与手続により封印された段ボール箱を開封し、再封入・封印した事例を探し出すことはできませんでした。

 当職としては、上記の前例を参考に、段ボール箱の開封から本件封印資料を再封入・封印するまでの一連の作業について、公証人が立会い、目撃した事実を事実実験公正証書として作成することは可能であると考え、本嘱託を受けることにしました。

2 事前の準備・打合せ

 今回の事実実験は、その対象物が膨大で、かつ、実施回数も複数回に及ぶことが予想されたため、実験の実施方法について嘱託人と綿密な打合せを行いました。特に、本件の目的は、開封前の本件封印資料と、複写後に再封入する資料との同一性を証明することです。そのため、①本件封印資料が確定日付を付与されたままの状態で保管され、現在においても存在し、その状態に異常がないこと、②収納物の内容及び収納の状態を確認すること、③本件封印資料の複写前後で、本件封印資料に異常(変更等)がないことを確認すること、④封印の方法、について公証人が立会い、目撃した事実を公正証書として作成することとしました。

3 事実実験の状況

(1)実験の場所・日程等

 事実実験は、本職が嘱託人会社に赴き、同社の一室にコピー機3台を設置し、その実験の場所をロープで仕切り、嘱託人代理人、複写作業員及び公証人以外の者の立入りができないようにするとともに、筆記具、用紙等の持込みを禁止し、コピー機には、他の用紙が紛れないように、A4用紙及びA3用紙以外の用紙がセットされていないことを、あらかじめ本職が確認しました。

 また、実験の日程については、一週間に1回程度、その日の午後に実施することとしましたが、対象物全ての事実実験を完了するまで約5か月間を要しました。

(2)本件封印資料の保管・封印状況の確認

 まずは、確定日付の付与手続により封印された段ボール箱の封印・保管状況を確認しました。段ボール箱には、収納物の資料名とその明細、作成者の記名押印等がされた私署証書に某公証人による確定日付印が押されたものが貼付され、かつ、その確定日付印をもって私署証書と段ボール箱との間に割印がされた状態で保管されており、本職も封印状況を点検し、異常がないことを確認しました。

(3)段ボール箱の開封、収納物の確認

 開封した段ボール箱には、A4又はA3の文書が、A4サイズのドッチファイルに綴じられたもの、クリップ又はホッチキスにより留められたもの、その他封筒に封入されたものが、整然と収納されていました。

(4)複写前後の収納物に異常がないことの確認

 本件封印資料が複写前後に異常がないことを証明する方法としては、収納されている全ての文書について1枚ごとに写真撮影し、その撮影した文書と複写後の文書とを一枚一枚照合・点検して相違がないことを確認することが万全な方法と思われますが、文書の量が膨大に上る本件では、その方法を執ることは現実的に不可能でした。そのため、本件では、開封後のファイル等に綴じられている文書の枚数と、複写した後の文書の枚数が一致することを確認することにより、本件封印資料の複写前後において、文書の追加、差し替え、抜き取り等がされていないことの証明度を確保することにしました。

 加えて、前述したとおり、実験場所をロープで仕切り、外部の者の立入りを禁止するとともに、筆記具等の持込みができない措置を講じ、本件封印資料への加筆、変更等ができる余地がないようにしました。以上の状況を本職が確認しました。

(5)封入・封印の状況

 封印の方法は、嘱託人代理人が段ボール箱に、布ガムテープを縦横十文字に巻き付け、同ガムテープの交差する段ボール上面中央部に、封入した技術資料の明細のほか、日時、嘱託人代理人の署名押印、公証人の記名押印を施したA4サイズの和紙を糊付けし、同和紙と段ボール箱の継ぎ目4箇所に嘱託人代理人の認印を押印しました。さらに、本職も同様に同和紙と段ボール箱の継ぎ目4箇所に職印で封印しました。

4 公正証書の作成

 本件は、約5か月間に及ぶ事実実験を経て、ようやく公正証書の作成に至りました。本件の事実実験は、対象物が膨大な量であり、かつ、実験の回数も複数回に及んだことから、事実実験公正証書は、添付する写真を含めると、約200ページに及ぶ膨大なものになりましたが、各実験の実施後、速やかに証書案を作成し、嘱託人代理人に内容の確認を求めていたため、最終的な証書の確認についてはスムーズにできたと思っています。また、正本等の製本については、当役場備え付けのホッチキスでは一括して綴じることができないため工夫を要しました。正本等は、約40枚ごとにホッチキスで留めて契印機で打ち抜き、それぞれの連結部には職印で契印して、袋とじによる方法で作成しました。

 証書の作成当日は、嘱託人代理人に来所してもらい、事実実験の内容を記した公正証書案を示し、その内容に相違がないことを確認の上、証書への署名を行い、事実実験公正証書を完成することができました。長期間にわたる作業に対し、お互いが労をねぎらい安堵した瞬間でした。

5 結びに

 事実実験公正証書について、二つ事例を紹介させていただきました。特に、二つ目の事例については、実験の内容自体はそれほど複雑・困難な事案ではありませんでしたが、前例がなく、適切な対応ができたかどうか迷うところです。

 事実実験公正証書については、活用の場面が多く、これからも様々な事実実験についての公正証書作成依頼や相談がされることも多いと思いますが、可能な限り嘱託人の要請に応えることができればと思っています。(石山順一)

No.92 贈与者の生存中は所有権移転登記を行わないとの特約がある不動産贈与契約公正証書作成嘱託について(質問箱より)

【質 問】

「譲渡契約書」と題する不動産(建物)の贈与(親から子へ)について、司法書士から公正証書の作成を依頼されました。

次の点について、ご教示をお願いいたします。

 契約書案を見ると、

  •  譲渡人から譲受人に対する本件物件(建物)の引渡しは、本契約後速やかに行う。
  •  所有権移転登記については、譲渡人が生存中は行わない。
  •  譲渡人死亡後速やかに譲受人へ移転登記手続が行われるよう協力することを、推定相続人に対し、周知しておくものとする。

との条項があります。

 贈与については、意思表示と承諾により効力が生ずることになっています(民法549条)。

しかし、譲受人にとっては、対抗要件を備えるためには登記が必要であり、登記手続を請求する権利は持ち合わせていると思います。

上記のような対抗要件の具備を制限する規定を置くことは可能でしょうか。

 三宅正男・現代法律学全集9契約法(各論)上巻・31ページには、「物の贈与により贈与者の負う義務は、引渡の義務である。贈与者の登記手続は、不動産登記法の建前により義務とされるに過ぎず、贈与の内容即ち本来の意味での履行ではない」との記述があります。

 また、売買の効力については、改正民法では「対抗要件を備えさせる義務を負う」旨の規定(民法560条)が新設されていますが、贈与にはそのような規定は見受けられません。

 当事者双方が合意し、譲受人が不利益を甘受するのを承知の上で公正証書を作成するのであれば、可能とも思います。

 しかし、譲受人(子)が譲渡人(親)に対して移転登記手続の請求をした場合には、譲渡人(親)は拒否できないのではないかとも思いますが、いかがでしょうか。

 なお、司法書士の言によりますと、嘱託人の希望として「親の生存中には当該不動産を売らないでもらいたい」とのことです。

 嘱託人にとっては思い入れのある不動産なのかもしれません。

 そのほかに取り立てて理由はないように言っていました。

【質問箱委員会の回答】

1 契約書案の②の条項は、所有権の内容のうち他のものは速やかに移転させるものの、所有権移転登記請求権の行使時期に不確定期限を付するという内容です。

 表示の登記については、登記義務が定められている場合がありますが、これ まで権利の登記については、いつまでに登記しなければならないという登記義務に関する定めはありませんでした。

 これは、登記が対抗要件であり、通常、登記権利者が早期に対抗要件を備えたいと考えることから、登記義務の定めを置く必要まではないと考えられていたものと思われます(ただし、相続の登記については、令和3年の法律改正により、令和6年4月1日から、不動産を取得した相続人には、その取得を知った日から3年以内に相続登記の申請をすることが義務付けられることとなりました。)。

 現在のところ、贈与によって所有権が移転した場合、一定の期間内にその登記を申請しなければならないという義務はありませんが、取引の安全を確保するという登記制度の趣旨からして、実体と異なる登記をいつまでも放置しておいて良いということにはなりませんから、登記を留保するとしても、合理的な理由がある場合に、それに必要な期間内に止めるのが相当と考えます。

 なお、贈与は無償契約ですから、民法第560条の準用(民法第559条)はありませんが、民法第560条は、従来の判例を条文化したもので、これが準用されないことによって贈与者の不動産登記法上の登記義務が否定されることになったとは考えられません。

 お尋ねの場合、譲渡人の思い入れのある物件なので、自分が生きているうちに他人のものにしてほしくないという気持ちは理解できるものの、相当の程度を超えて長期間実体と異なる登記を現出させる結果となるような場合は相当ではありません。

 おって、登記を留保している間に、二重譲渡や差押えなどがあり得ることも考えると、譲受人には大きなリスクがあります。

 また、契約に譲渡制限の特約を付する方法も考えられますが、所有者の処分権限を制約するものであり、これも、合理的な理由がある場合に、それに必要な期間内に止めるのが相当であることは変わりありません。

 譲受人が承諾しているとしても、譲渡人が優越的な地位を利用して契約させた場合や、特にこれらの特約が相当な程度を超えて長期間に及ぶ場合には、その有効性に疑問が生じる場合があります。

 以上のことから、お尋ねの②のような条項を盛り込んでほしいとの要請があった場合は、まず、その理由について説明を求め(公証人法施行規則第13条第1項)、合理的な理由があるのか、またその条項の内容がその目的からして相当な範囲内のものであるのか、他にその目的をより適切に達する方法がないのか等を検討の上、他に適切な方法があれば適切な方法を教示し、それでも②のような方法を採りたいという場合には、仮登記(不動産登記法第105条第1号)をしておくことが可能かどうか嘱託人から管轄法務局に問い合わせてもらい、可能ということであれば仮登記する旨の条項を追加しておくよう促すのも一つの方法であると考えます。

2 ところで、譲渡人の前述のような希望を適切に実現する方法としては、死因贈与契約を締結する方法もあります。

 死因贈与契約であれば、所有権の移転は譲渡人の死亡時になり、それまで譲渡人の意に反して他人のものになる心配はありません。

 それまでの間、譲受人が当該物件を使用したいときは、使用貸借契約又は賃貸借契約(固定資産税相当額を賃料と定める等)を併せて締結しておけば良いことになります。

 死因贈与契約については、仮登記(不動産登記法第105条第2号)をしておくことができますので、譲受人の権利保全のために仮登記をしておくこともお勧めします。

 また、死因贈与契約に執行者を定めておけば(譲受人を執行者とすることも可)、他の相続人の協力がなくても所有権移転登記ができることになりますので、③のような条項を置く必要もなくなります。

3 ちなみに、贈与をしたという場合でも、譲受人が贈与税を納付(相続時精算

 課税制度を利用する場合も含む。)しておらず、贈与後の固定資産税の負担もしていなかったとすると、③のような特約は、本来、事実上のもので、相続人の登記への協力という法的効果を生じさせるものではありませんから、贈与契約公正証書があったとしても、他の相続人が贈与の事実を否認して、当該財産を遺産分割の対象財産に含めるべきであるとして争ってくる可能性もあります(このような場合、仮に親が生きているうちは贈与について「わかった」と言っていた相続人も、親が亡くなったとたん前言を翻すこともあり得ます。)。

民事法情報研究会だよりNo.52(令和4年1月)

新年あけましておめでとうございます。会員の皆様におかれましては、ますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
 オミクロン株による新型コロナウィルスの爆発的な感染が世界的に起こっている中で、日本では海外からの帰国者にとどまらず、市中感染の事例も散見されるようになり、不安が尽きない中で迎える新年になりました。
 今年こそは、人数制限や場所的制約なく、会合やセミナーが開かれるような年になることを願ってやみません。(YF)

今日この頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

最後の晩餐(佐々木 暁)

新しい年を迎えました。令和4年・寅年の始まりです。あけましておめでとうございます。会員の皆様にはご健勝にて新年をお迎えになられましたこととお慶び申し上げます。又、それぞれにそれぞれの想いを込められて、ある人は古稀に向かい、ある人は喜寿に、傘寿に、米寿に、卒寿に、白寿に、百寿に・・向かって力強く今年の第一歩を踏み出されたのではないでしょうか。
 そういう私はと言えば、いわゆる数え年で、いよいよ「後期高齢者」待機枠に突入する年を迎えてしまいました。予定通りの道程ではあるが、とりあえず無事に喜寿が迎えられることを素直に祈っている。昨年6月に、民事法務協会を退職して、コロナ禍の中をしぶとく生き抜いて、目下、不自由な中、55年ぶりの悠遊自適(自堕落な)生活を満喫している。
 2年余にわたるコロナ禍の中、自由・気ままな生活環境というのも随分と様変わりしたことを実感した。最後の職場を後にしながら、念願の自由の身になったことに思わず「バンザイ」と叫びたくなるような衝動に駆られ、思わず「スキップ」したくなる(したかもしれません)ような、何物にも例えがたい、ホット感、安堵感、開放感に包まれた。多くの先輩諸氏も味わられたであろう人生の一つの区切りとして、天からもらったご褒美感に浸った瞬間である。
 その喜びに浸った瞬間から早半年を過ぎようとしているが、未だ自由の身の使い方も解らず、コロナのせいにするのもいい加減にしてとコロナにも愛想をつかされながら、老後の生き方、過ごし方について、暗中模索、研究?の日々を無駄に過ごしている。悠遊自適、晴耕雨読と言ってみても、私には、耕す畑も、読むべき蔵書もないのである。
 こんな頼りない生活のなかで辛うじて続いているのは「今宵の一品」、「晩酌の友」造り、夕食造りで、夢の小料理屋の開店目指しての板場修行?を玉ねぎを刻みながら、涙と鼻水を流して細々とやっている。
 その昔に、他誌のエッセイに「小さな夢の続き」と題して「いつかは小料理店の親父の役をやるのが夢だ。」と身の程知らずに書いたことがある。諸般の事情により実現可能性は年々低くなっているようであるが、僅かながらも夢は持ち続けている。現役の頃、現職の裁判官から料理人に華麗な転身をされた方の報道に接し、その鮮やかさ振りに大いに刺激された記憶がある。夢の実現のために持ち続けている気持ちの他にもう一つ持ち続けている物がある。包丁である。転勤や退職の度に、とある同僚から天下の名刀ならぬ高級包丁を頂戴し、今も数本が息を潜めて出番を待ち焦がれている。未だ未使用の大きなまな板も時々は、その木肌の感触を楽しませて貰っている。
 夢の小料理屋が開店の運びになったとしても、果たしてお客さんに喜んでもらえる料理が出せるのか、包丁さばきは大丈夫か、はたまた、「みをつくし料理帖」(高田 郁著)の「澪」のような多彩な料理と味は出せるのか等々高レベルな前提条件を作り上げて勝手に挫折しているというか、一人楽しんでいるという有様で笑止千万ものである。それでも認知症予防の一環としての期待も込めて夕食の献立と調理を包丁一本に賭けて(大げさ。)修行?を重ねている。他にも、近所に住んでいるパラサイト家族(子と孫ら8人。)のために、土曜日・日曜日の夕食会の仕込みや各人の誕生会の祝い膳を造ったり、コロナ禍の中では、集合できないので、土・日に限り夕食のおかずの宅配をしたりして、包丁と腕の切れのさび付き加減の確認と献立能力の開発養成に無駄な努力をしている。孫のための料理は、4人それぞれの好みに合わせて毎回工夫を凝らしているが、私と妻の分と言えば誠に簡単質素なもので、冷蔵庫の中にある物、余りもの食材を引き合わせて創る「ひらめき・思いつき料理」が毎日の献立である。これが意外と旨い。酒にも合う(合うように造っていると言う人もいるが。)。残り物には福がある的に最後まで食材を生かし切る(要するに、ケチか貧乏性。)のである。
 ことのついでに調子に乗って言ってしまうと、お正月のおせち料理は、結婚以来この正月まで、すべて私の手造りである。妻の名誉のために言うと、きんとん・黒豆・うま煮・昆布巻き等々は妻の担当である。秋ごろから新聞広告等に掲載されるおせち料理の写真を横目で見るくらいの自信はややある。ただし、高級食材の数では負ける。が、ここは、私の故郷の海の幸が埋めてくれる。後は彩である。ここは料理人のセンスが問われるところであるから、ついつい力が入る。三段重と二段重を基本として、刺身盛り合わせ等を添えて並べて、一人悦に入っている。
 私の料理の基本は、お袋さんのマネと小料理屋さんのカウンター越しに垣間見た料理人さんの下ごしらえの包丁捌きと味付けであり、居酒屋さんの珍味料理である。料理本やテレビの料理番組での、塩〇〇g、砂糖〇〇g、油小さじ一杯、胡椒少々等々は大事なことであるが、私には全く覚えられないので、すべて感覚と想像力での味付けとなる。妻が言うには、私が、テレビの料理番組で高級レストランや高級寿司店の紹介を観ていて、芸能人の方やリポーターの方が「さすがこのお店のこの〇〇は、コクがあって、脂がのって、まろやかで、とろける様で、旨い、美味しい、最高です。」等々のいわゆる食リポを聞きながら発する一言は「当たり前だ。マグロや牛肉の希少部位を使い、キャビア・フォアグラ・アワビ等々の高級食材をふんだんに使った料理が不味いわけがない。何ら手を加えなくてもそもそも食材そのものが良いのだから。料理してない?から旨いんだ。高価が旨いんだ。」と叫んでテレビのチャンネルを替えるらしい。
 さて、我ながらさすがにくど過ぎる程の自慢話満開の前置きが長すぎてお題目が何であったか忘れそうになっていることにようやく気が付き、この辺でお題目に戻ることとする。
 会友の皆様は、「あなたの一番好きな食べ物は何ですか。」と聞かれた時「私は、〇〇が一番好きです。」と即座に答えられますか。大半の方は少し悩み考え込むのではないでしょうか。長い人生で沢山美味しいものを食べてきたことでしょうから。そして「人生の最後に食べたいものは何ですか。」と聞かれ、最初に聞かれた一番好きな食べ物と重なり答えに窮する方も多いことでしょう。一方「我々の歳になれば、趣味・嗜好や最後の晩餐メニューまで、しっかりと固まっているよ。長い人生今更迷いはないよ。」という方もおられるでしょう。
 そういうお前はどうか?と聞かれると、まだ自分は若い?と思っているらしく「未だ悩みの境地をさ迷っている」と言う答えである。要するに最後に食べたい物が沢山あるらしいのである。
 どちらかと言うと、魚は「身」より「頭・アラ」を好み、肉は「牛」より「成吉思汗・ジビエ」を好み、野菜系は、野生の「行者ニンニク・ワラビ・フキ・ボリボリ(キノコの一種)山ワサビ等々」を好む言わば偏食・亜流系・自然派の私である。私は、北海道から東京に転勤となって以来、いつの間にか45年にもなるが、まだ右も左もわからない頃の良き先輩諸氏?に連行され、訓練を受けたのが名高きあの有楽町のガード下である。私は、育った職の環境のせいか、東京に来るまで、マグロ、塩辛、レバー、臓物系はどちらかというとあまり好きではなかった、というより嫌いだった。それが度重なる訓練の成果?でいつしか食べられるようになった。訓練のやり方は、これまた初めて口にするガード下の銘酒「ホッピー」とやらで流し込むのである。訓練の賜物でいつしか有楽町育ちの都会派?になっていました。田舎に帰ってそんな話をすると、近所の人や親戚やら同級生が、「そんなものしか食えないような生活をしているのか。かわいそうに。」と同情され、日高の太平洋の海で採れた、ウニやつぶ貝、カレイやタコの刺身、蟹やホッキ貝等々の正統派?食材を食べさせてくれた。今もである。
 最後の晩餐と言えば、ついつい思い浮かべるのが、高級食材をふんだんに使ったフランス料理、イタリア・スペイン料理を名のある高級店でワイングラスを片手にして・・・最高で最後の一夜を過ごし・・・そしてその余韻に浸りながらの「PPK」(ピンピンコロリ)・・・まさに理想的な終焉の宴である。
 しかしながら、食に関してやや偏屈気味の私の場合は、そういうカッコいい最後の晩餐とはいかないようである。
 目を閉じて浮かんでくるのは、・・・赤々と燃える薪ストーブの上に、無造作に置いた開いた助宗ダラの干物、イカの干物、男爵芋、シシャモなどが並びストーブの横には竹串に刺したハタハタが焙られている。円卓には、バフンウニの塩辛、バター、イカの塩辛がジャガイモにのっかる順番を待っている。刺身は、ホッキ貝、松川(カレイ)、真ツブ貝。鍋物は、助宗たらのタチ(白子)が入った三平汁。漬物は、ニシン漬け、そして伝統の鮭の飯寿司、さらに叶うなら、マンボウの肝和え。・・・等々があればほぼ完璧な我儘な私の最後の晩餐メニューである。
 この空想絵巻は私の好物のオンパレードである。高級感などどこにも漂ってはいない。どこかで体験したような、記憶の中に潜んでいるような風景なのである。そうです。私が高校時代まで過ごした故郷の実家や近所の食事の風景なのである。子供の頃は、毎日のこの食事メニューが嫌で、卵焼きや、ハム・ソーセージが食べたくてたまらなかった。
 私に最後の晩餐のメニューをこのような昔の田舎の実家の食事風景を想起させたのは、酒を嗜むようになったからなのかもしれない。それとも有楽町ガード下で育まれた対応能力?のせいなのか。はたまた高級料理と言われるものを食したことがないのか、高級店と言われる所に入ったことがないからなのか。いずれにしても、見た目からして、はなはだ貧弱で貧相な私の最後の晩餐の絵面である。が、私にとっては、最高級な最後の晩餐メニューなのである。
 ようやくお題目の「最後の晩餐」に少しだけ近づいてきた感はありますが、それにしても男という生き物は、故郷を否応なしに離れて45年も経て今なお心の隅に故郷を残しているんだなとしみじみ思った。恥ずかしながら、この気持ちは今は亡きお袋さんを想う気持ちに似ているのかも(親父さんには悪いが。)。やや気持ちが湿ってきたところで、今日この頃のご報告とさせて頂くこととする。会員の皆様には、毎日の食卓でその日その日の晩餐会をお楽しみ頂き、今年もお元気でお過ごし下さい。       (佐々木 暁)

宇和島公証役場に着任して(川本浩二)

1 はじめに
 公証人となって早1年半になろうとしている。宇和島公証役場は1人役場で、書記も全くの新人。右も左も分からない手探り状態での事務開始となった。予想していたとおり、事務を開始した当初は、バタバタ・オロオロの連続であった。しかし、諸先輩方の多大な力添えで、なんとかここまで務めることができた。歳を重ねるにつれて、「人間は独りじゃ生きられない。」と感じるようになったが、そのことを再認識した。感謝感激である。
 さて、前任の植田先生が座っていたイスに初めて座ってみると、データはどこにあるのか、資料はどこにあるのか、用紙類はどこにあるのか、など戸惑うことが続発した。そんな状況下で、突然の来客や電話照会があると、すぐに対応できない。「なんだったけなぁ」と思って文献や資料を確認しようとするが、なかなか探せない。とにかく、うろたえる日々が続いた。
 こうした経験から、とにかく効率的に仕事ができる環境を整備することが必要と考えた。効率的に仕事ができる環境が整っていれば、突然の来客や電話相談にも、素早く対応できるし、その結果、落ち着きを持って対応できるのである。
そこで、私が、最初の1年目に取り組んだ効率化策について、ご紹介してみる。

2 デュアルモニター化
 Steelcaseがマイクロソフトが仕事環境を機能的にするために行っている調査・研究の紹介記事「How Multiple Monitors Affect Wellbeing」に大変興味深い記事があった。
記事によると、マイクロソフトの技術コンサルタントが「ディスプレイと作業効率を定量化」した報告によると、「シングルモニターをデュアルモニターに変更しただけで、デスクワークの生産性が42%向上した。」という。
 また、別の研究、ウィチタ州立大学の研究レポートでも、スクリーンサイズに関係なく、マルチモニターが仕事のパフォーマンスを高め、実際に、シングルディスプレイからデュアルディスプレイにした人の98%が「仕事をするならデュアルディスプレイを選ぶ。」と回答している。
この情報を受けて、当役場もデュアルモニター化した。追加したモニターは6,000円(右側、中古)。しかも、簡単な作業でデュアル化できた。
 ちなみに、42%作業向上するなら、60分間で従来の60×1.42%=85.2分間の作業ができることになる。1日8時間労働だとすると、デュアル化した後は、8時間×60分÷85.2分=5.63時間=「5時間38分」で仕事が完了することとなる。
私の場合、左のディスプレイに、起案中の証書案や作成中の資料を表示させ、右側のディスプレイには、会計ソフト、ウエブ画面、メール画面、資料などを表示させており、右側の画面に出た情報を参照しながら、また、左側の画面にあるワード等にコピーするなどして作業を進めている。どれくらい効率化できたかを数値で説明することはできないが、かなり効率化されたとの実感は十分ある。もはや、一つのモニターで仕事をする気になど全くなれない。

3 文字情報基盤検索システム
 外字の問題である。標記のシステムは、おそらく多くの方が既に利用されていると思う。しかし、知らないという方もいたので、今回ご紹介してみる。
市販のパソコンにインストールされている規格化された文字数は僅か約1.2万文字しかない。これでは、様々な字体がある氏名に対応できない。そこで、殆どの自治体が、住民票や戸籍の人名に使用できるようにするため、膨大な数の外字を作成していた。しかし、外字の文字コードはそれぞれの役所で異なるため、オンラインによって連携されることの大きな障害になっていた。
そこで、総務省が「文字情報基盤整備作業」を実施して、行政で用いられる人名漢字等約6万文字の漢字フォントを作成した。それが、「IPAmj明朝」フォントである。ちなみに、次図は、葛飾区の「葛」の文字であるが、この一文字だけで、これだけの文字が用意されているのである。
これを利用すれば、外字を使用することはない。もちろん、外字を作成する作業も不要となる。

 ちなみに、IPAmj明朝」フォントは、「文字情報記述促進協議会」のホームページなどからダウンロードできる。もちろん、無料である。
 なお、使い方まで紹介すると長くなってしまうので、今回は省略させていただくことをお許し願いたい。

4 契印機
 前任者は職印で契印していたが、契印機がほしくなったので、思い切って購入した。やはり効率的である。この商品は18枚機であるが、22枚程度は対応してくれる。ただし、契印可能枚数は、紙の厚さによって変動することはいうまでもない。
ちなみに、「契印」と「割印」の意味の違いを知ったのは、最近のことである(笑)

5 LINE
 LINEを使っている方は多いと思う。もちろん、私も使用している。実に使い勝手のよいアプリである。
 嘱託人等とやり取りするのに、LINEを使用することが多々ある。FAXはない、メールは使っていないという嘱託人等がほとんどだからである。なんといっても、「LINEでやり取りしましょう。」というと依頼者に喜ばれるのである。
LINEはスマホというイメージが強いが、パソコン版もある。パソコン版だとファイルを簡単に添付できるし、苦手なフリック入力をしなくて済むのである。

6 会計ソフト
 クラウド型の会計ソフトを使用している。クラウド型会計ソフトの最大のメリットは、預金口座と連動していることにある。預金口座の入金・出金状況が事務所に居ながらにして直ちに確認できる。確認できるだけではなく、会計ソフトと連動しているので、帳簿付けが簡単にできる。
当役場は、電子確定日付センターに指定されているので、電子確定日付の請求があった場合の手数料の入金確認をするのも、会計ソフトで行っている。会計ソフトで確認する場合は、ボタンを一つクリックするだけで足り、インターネットバンキングのように、いちいちログインする必要がないのである。

7 最後に
 業務の効率化は、まだまだある。最初に書いたとおり、執務に必要な情報を迅速に検索できる仕組みも考えたい。こんなことを考えつつ、小さなことからコツコツと効率化に取り組んでいきたい。          (川本浩二)

実務の広場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.90 パートナーシップ合意契約について(小沼邦彦)

 先に5年ぶりの東京オリンピックが様々な批判を浴びながらも開催されました。開会式では、日本の男子旗手は八村塁さん、聖火の最終点火者が大坂なおみさんと、大会の理念である「多様性と調和」ということがクローズアップされた大会でもありました。そして、ちょうどこの大会期間中に当役場で初めてのパートナーシップ合意契約の公正証書が作成されたのです。仲介した行政書士はLGBT関係専門の方のようでしたので、今後、他の役場においてもこの契約の嘱託があろうかと思い、1つの相談事例として紹介します。
1 パートナーシップ合意契約の概要
 この契約は、一言でいえば「同性婚契約」であり、共同生活に関する合意契約ということになります。ここでいう「パートナーシップ」とは、連合会の「証書の作成と文例」(以下「文例」といいます。)によると、婚姻関係(同性・異性を問わない。)ではない2名以上の者による共同関係との一般的な意味で使用すると説明されています。また、渋谷区で初めて開始された「パートナーシップ証明書」を交付するために制定された条例においては、「男女の婚姻関係と異ならない程度の実質を備える戸籍上の性別が同一である二者間の社会生活関係」と定義されています。渋谷区においては、この合意契約と任意後見契約を公正証書で作成したパートナーに証明書が交付されますが、この証明書は、婚姻事項を記載した戸籍謄本の代わりになるものということが言えると思います。
渋谷区においては、生涯を共にすることを誓約するという重要性を考慮し、二つの公正証書の作成を求めているわけですが、例外として任意後見契約の作成を免除する場合もあり、その一つとして、財産形成過程にある年齢の若い方達には、パートナーシップ合意契約の中にその事情と将来的には作成する旨を記載する取扱いも認められています。
 当役場の相談者は、40~50代の方でしたので、渋谷区のそれに倣って各人ごとに任意後見契約をしたいとの希望であり、これは通常の様式によるものでした。
2 パートナーシップ合意契約の内容
ア 契約の内容を簡単に説明しますと、法律婚では婚姻により民法等で認められる法律関係が同性婚では認められませんので、二人の共同生活に必要な内容について契約するものと考えていただければいいのではないかと思います。
 その中で、まず重要な事項が強い愛情で結ばれる関係であることを宣言する第1条の「本証書の趣旨」です。ここには、二人の結びつきや互いに対する強い思いなどを聴取した上で、公証人としてはそれらの事情や思いを十分に加味した内容にして記載すべきと考えます。例えば、このような記載ぶりになります。

第1条(本証書の趣旨)
 甲及び乙は、現在まで〇〇年に渡る共同生活の事実及びそれにより育まれた深い愛情と信頼に基づき、お互いに生涯にわたるパートナーとしての意思が揺るぎなく、添い遂げることをここに誓約するとともに、甲及び乙ができるだけ婚姻における配偶者と同等の権利義務を得られるようにするため、次条以下のとおり合意する。
 なお、甲及び乙は、それぞれの親族、関係者並びに関係機関に対し、本契約の趣旨を尊重され、二人の家族としての共同生活に対し、理解と配慮並びに協力していただくよう強く表明するものである。


イ 第1条において、真摯な愛情と信頼で結ばれた関係にあること、そして生涯のパートナーとして添い遂げることを合意した上で、以下、具体的な内容を規定していきます。まず、同居して、支え合うことを誓う「同居・協力・扶助義務」、共同生活の費用の分担、契約前と契約後の財産の帰属を明記する「財産関係」、本契約が解消された場合の財産分割方法を記載する「財産の清算」、そして、本契約を終了する方法及び終了するについて責任ある相手方の慰謝料支払義務等を定める「本契約の終了」など、財産に関する事項が中心となります。
当役場の相談者は、40~50代の方でしたので、「相互の介護」、「災害時の連絡」、「終末期の対応」、「葬儀・埋葬」等の終末期等に関する事項についての要望も多くありました。
3 パートナーシップ合意契約の特色
ア この契約において特徴的な事項として挙げられるのが「療養看護に関する委任」です。これは、病院で治療や手術を受ける場合に、通常配偶者に与えられる同意などの権利を相互に付与するものです。少し長くなりますが、法律婚でなければ認められないものを条文化したものですので紹介します。


1 甲及び乙は、そのいずれか一方が疾病、事故等により医療機関において治療又は手術等を受ける場合、他方に対して、治療等の場面に立ち会い、本人とともに、又は本人に代わって、主治医その他の医療関係者から、症状や治療の方針、見通し等について十分な説明(カルテの開示を含む。)を受けることを予め委任する。
2 前項の場合において、罹患した本人が自らの意思を表明できない場合、治療方針及び治療行為(人体の切開等の外科手術を含む。)の決定に同意するなど、通常配偶者に与えられる権限を予め相互に付与する。
3 罹患した本人は、その通院、入院、手術時及び危篤時において、他方に対し、入院時の付添い、面会謝絶時の面会、手術同意書への署名、本人が予め同意する臓器提供に係る同意等を含む、通常配偶者に与えられる権利の行使について、本人の最近親の親族に優先する権利を相互に付与する。医療契約、入院契約、介護申請及び医療費の支払も他方に委任する。
 

 これは、文例の記載例とほぼ同じものですが、他の条項に比較して詳細なものになっており、渋谷区の条例制定に伴い公正証書の案文作成に携われた先輩公証人の御労苦に感謝を申し上げなければなりません。公証法学(第49号)に掲載された下川德純公証人の講演論文によれば、この制度が実施された平成27年11月当初は、渋谷区の方が証明書を取得するために公正証書を作成するのが多かったのに対し、翌年からはこの「療養監護に関する委任」条項を求めて、渋谷区外の各地からこの合意契約を行う方々が増加しているとのことです。
 この公正証書を入院した病院に示すことにより、配偶者同様の説明を受け、同性パートナーとして、処置方法について同意することにより、パートナーの命が救われることもあるとのことです。法的根拠はありませんので全ての病院で通用するわけではありませんが、まさに公正証書であるからこその効果であると言えます。
イ この契約のもう一つの特色は、これも前記下川公証人の論文にもあるとおり、契約者にとっては記念的な意味合いを持つものと言うことができます。私は、当初、仲介した東京在住の行政書士に対し、コロナ対策もあり、立会はお断りしたのですが、二人の記念写真を撮ってあげたいと言うので受け入れることにしました。前記の下川論文によれば、彼らにとって公正証書作成日は結婚記念日と同じ意味があり、最後に公証人を囲んでの記念撮影を求められることもあるということを承知していたからです。幸い、当役場の仲介者は、署名をするところの撮影を希望するところまででしたが、嘱託人の要請があれば仲介者を立会人とすることも可能と助言したところ、結果として、公正証書には立会人として仲介者の名前が記載されました。
4 法律婚でないことへの対応
ア 同性パートナーは、この契約を行ったとしても法律婚ではないため配偶 者としての相続人にはなれませんので、各人の死亡後の財産をどうするかという問題が残ります。年齢に応じて、遺言、信託等を行う必要がありますが、当役場の相談者はそれぞれ死因贈与契約を締結することを希望していました。
 そこで、公正証書の形式としては、合意契約と死因贈与契約を一体のものとし、合意契約を第1、死因贈与契約を第2とした上で、死因贈与契約の趣旨の条文においては、「甲及び乙は、第1の合意契約において婚姻に準ずる関係の権利義務を認めたことに伴い、相手方が死亡した場合の財産を承継させるため、相互に死因贈与契約を締結する」とその関係性を明記しました。
手数料は、合意契約で1件、死因贈与契約で各1件(各人の目的価額による計算)、任意後見契約は各人ごとに作成しましたので各1件となり、合計5件分としての計算となります。
イ 「パートナーシップ証明書」が交付されたことに伴い、携帯電話の家族割が認められたり、生命保険の受取人として認められる商品が出てきたりと、少しずつ改善が図られているわけですが、法律婚ではないため、同性パートナーに認められていない権利は現在も少なくありません。
相談者からは、その中でも法律婚の場合には認められる生命保険及び社会保険における配偶者としての権利について、将来のことを考慮し、配偶者として受領する意思を表明しておきたいとの要望がありました。確かに、将来の法整備によっては認められる余地は十分あります。このことは、LGBTの方々の権利擁護を図ることを目的とするパートナーシップ合意契約の趣旨からしても記載すべきものであると考え、合意契約に盛り込むことにしました。
5 最後に
 私が関与したパートナーシップ合意契約書については以上のとおりです。
 公正証書の作成がLGBTの方々の権利を擁護することになることは公証人としても喜びであり、今回のオリンピックの開催と相俟って私にとって印象に残るものとなりました。今後、一層、一人一人の個性を重んじる社会になってほしいと感じた次第です。         (小沼邦彦)

民事法情報研究会だよりNo.51(令和3年10月)

秋涼の候、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
 9月末日までとの期限で、全国各地に出されていた緊急事態宣言は、いずれも解除されることになりましたが、一部の専門家によると、10月以降も感染再拡大のおそれなしとのことで、まだまだ安心はできない状況が続くようです。
 先般、当研究会の理事等で協議した結果、誠に残念ながら、12月11日に予定していたセミナーを中止することを理事会で決議しました。政府で検討している緩和措置の内容の詳細は判明していませんが、現時点では、全国から多くの人が集まって飲酒を伴う会食を行うことが許容される状況にはありませんし、仮に行うとしても、着席による飲食となり、かつ、席の異動を原則禁止とせざるを得ないなど、例年のように、会員各位が相集い、懇親を深められる形態での開催が難しいと判断されたものです。
 今後の情勢の変化等を注視しながら、来年6月18日開催予定の会員総会のときには、例年の形式での開催ができることを期待しているところです。(YF)

今日この頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

爆弾を抱えて(星野英敏)

1 右足の膝から下だけが腫れる
 今年(令和3年)の3月初め、右足のふくらはぎに筋肉痛のような痛みを感じたので、風呂に浸かりながらマッサージでもしてみようかと思って良く見ると、左足に比べて右足の膝から下が異様に腫れていて、腫れた部分を圧迫すると痛みを感じることがわかりました。
2 血栓症を疑う
 インターネットで調べてみると、深部静脈血栓症(いわゆるエコノミークラス症候群)が疑われることから、直ぐに血管外科を受診すべきだということが書かれていました。
右足の腫れは3月4日をピークに5日には引き始めていましたが、念のため、6日の土曜日に近隣の血管外科がどこにあるのかを調べ、車で約1時間の大学病院に行ってみました。
 しかし、土曜日は血管外科の外来受付をしていなかったため、やむを得ず自宅近くの病院で内科の診察を受けた結果、足の静脈に血栓が生じている可能性があることから、改めて次の木曜日にその病院に来る非常勤の循環器内科医に診察してもらうこととして、とりあえず血流を改善し血栓を防止する薬の処方を受けました。
3 深部静脈血栓症確定
 3月11日の木曜日に循環器内科の医師の診察を受け、血液検査とMRI検査の結果から、右足の膝付近で、一番太い深部静脈の血流がほぼ完全に止まっていることが判明しました。
 足の腫れが4日をピークに引いてきたのは、塞がった静脈の代わりに他の静脈がバイパスとなって働きだした結果と思われるとのことでした。
 この間、何らかの原因で血栓がはがれて流れ出していれば、命の危険もある肺動脈塞栓症のほか、脳梗塞や心筋梗塞などを発症する可能性があり、運よく命が助かっても、半身不随といった後遺症が残ることもあるとのことでした。
 そこで、3月25日に別の総合病院の血管外科を受診できるよう予約をとってもらい、紹介状も書いてもらいました(田舎のことで、市内最大の総合病院でも血管外科の専門医は常駐しておらず、診察も週1回だけという事情から、ちょっと先の予約となりましたが、本当は、できるだけ早く専門医の診断を受けるべきです。)。
4 爆弾抱えて
 3月11日から次の受診までの2週間は、いつ爆発するかもしれない時限爆弾を抱えて過ごすような毎日となりましたが、半身不随でも命さえ助かればと覚悟を決め、救急搬送に備えた準備をして、平日は毎日、調停委員として裁判所に通っていました。
 調停委員としての活動中も、右足に刺激を与えないよう、文字通り腫物に触るように、階段も避けてエレベーターを使う毎日でした。
5 血管外科受診
 3月25日、血管外科の専門医を受診し、改めて超音波による検査を受けました。
 場合によっては手術が必要になるかもしれないと思っていましたが、薬が効いて血栓は縮小し、血流も回復しているとのことでした。
 ただし、まだ血栓が飛ぶことも考えられることから、少なくとも3か月は薬を続けることが必要とのことでしたので、最初に受診した病院で投薬と経過観察をしてもらうことになりました。
 また、体質的な要因やがんなどの病気によって血栓ができている可能性もあるとのことから、併行してそれらの要因の有無も検査してもらいましたが、それらは確認されませんでした。
 最終的には、発症から半年程度経った今年の9月か10月ころに再度検査し、その時点で血栓が確認されなければ、今回の治療を終わる予定です。
6 血栓はどこへ
 血栓は縮小したとのことでしたが、少しずつ溶けてしまったのか、小さく分かれてどこかに飛んで行ったのかはわかりません。
 最近の物忘れは血栓による脳梗塞のせいかもしれないと思いましたが、随分前からの症状なので、今回の血栓症が原因ではないようです。
7 血栓ができる原因と予兆と思われること
 この時は、まだ新型コロナウイルスのワクチン接種前だったので、血栓ができる原因としては、血管の老化、運動不足、水分不足などが考えられ、これに加えて体の特定部位の血流を阻害するような姿勢を継続していたこと(我が家の猫たちと一緒に寝ていたので、そうなってしまったのでしょうか。)が引き金になったものと思われます。
 振り返ってみれば、夜中にこむら返りを起こしたり、洗い物で特定の指だけ手荒れがひどくなったりしたのも、一部の血管の流れが良くないことが原因と思われ、このようなことも予兆の一つだったかもしれません。
8 血栓症予防策など
 血栓症を起こさない対策としては、適度な運動、こまめな水分補給(特に就寝前及び起床時の水分補給)、過度の飲酒の抑制(これはなかなか困難です。)、飲酒後にはこれを補う水分を補給しておくこと(これは心掛けています。)などが考えられます。
 また、長時間同じ姿勢をとらないようにすること、やむを得ない場合はこまめに休憩を入れて軽い運動をするか、少しずつでも足を動かしておくことなどです。
 そのほか、前述の予兆のようなことがあれば、水分補給のほか、食事面でも、血液をサラサラにする食品を採るよう心掛けるのも良いと思われます(妻はしばらくの間、毎食玉ねぎスライスを出してくれました。)。
血栓症を発症してみて、自分の体もガタがきていることを思い知らされ、小さな異変も見逃さないよう自分の体に向き合っていかなければとの思いを強くしたところです。(星野英敏)

回想法(小畑和裕)

1 公証人を退職してから8年が過ぎた。辞めた当初は旅行をしたり、図書館やジムに通ったりして仕事から開放さ  れた喜びを満喫していたが、やがて飽きた。NHKのチコちゃんから「ボーッと生きてんじゃねえよ!」と、どやされる日々となるのは意外に早かった。自然の美しさや、様々な出来事に感動することも少なくなった。特に酷くなったのは、人の名や地名を直ぐに思い出せない事だ。テレビを見ていてそのタレントの名が思い出せない。一緒にいる相棒に聞くとやはり分からない。その代わり、その人が最近結婚したこと、誰それの子であることなど、タレントの付属情報などはやけに良く覚えている。暫くすると、何の脈絡もなくフッと思い出す。「認知症になったのかな」という思いが強くなる。
2 ある日、散歩の途中、本屋に立ち寄り吃驚した。長谷川和夫医師の新刊本が目についたのだ。本のタイトルが、「ボクはやっと認知症のことが分かった」とある。今更言うまでもなく彼は、公正証書遺言を作成する際、嘱託人の意思確認をするため幾度となくお世話になった「長谷川式簡易知能評価スケール(HDS―R)の考案者だ。その先生が認知症になられたのだ。その事に驚く一方で、「やっと認知症のことが分かった」とはどういう意味なのか。疑問が湧いてきた。
またある日、新聞で認知症の義父をケアしている親族の苦労話を読んだ。その人は、正しい方法でケアをするために認知症のことを基礎から勉強し、資格試験に挑戦したという。認知症に関心を持ち始めていた私は、漠然とした知識しか持っていなかった認知症について勉強をしてみる気になった。受験のための公式テキストを買い求めた。
3 介護保険法によれば、認知症とは、「脳の器質的な変化により日常生活に支障が生じる程度にまで記憶機能及びその他の認知機能が低下した状態をいう」とある。つまり認知症は、認知機能に障害があり、日常生活に支障が生じる状態にある病気なのだ。前述した人名や地名が一時的に思い出せないのは、老化による、物忘れ・度忘れであり、日常生活に支障は生じておらず病気ではない。認知症ではないのだ。安心した。しかし油断は禁物だ。認知症ではないが軽度認知障害(MCI、Mild Cognitive Impairment)といわれ、認知症予備軍だという。古いデータで恐縮だが、2012年の認知症有病者数は462万人であり第1次団塊の世代がすべて後期高齢者となる2025年には約700万人になると推計されている。また、軽度認知障害(MCI)者は400万人といわれ、その半数は適切なケアを行っても、5年後には認知症に進行するとされている。2025年問題だ。大変な事態になっているのである。
 厚生労働省は、認知症の高齢者が増加する中にあって、当初は早期発見・早期治療を目指していたが、認知症の予防に重点を置くこととし、2012年に介護予防・日常生活総合支援事業を創設した。その事業を実施するための、「介護予防マニュアル」では、「認知症を予防するためには、その前段階とされる軽度認知障害(MCI)の時期で認知機能低下を抑制する方法が現時点では最も効果的である」とされている。つまり、認知症の発病を予防することを最重要視しているのだ。
4 認知症患者の認知機能の改善に回想法という手法がある。回想法は、1960年代にアメリカの精神科医ロバート・バトラーが提唱したもので、当初はうつ病治療に行われていた。過去を語ることで精神が安定し、認知機能の改善も期待できる心理療法であることから、認知症患者のリハビリにも利用されるようになった。認知症は、記憶障害が進んでも古い記憶は比較的最後まで残っている。その特徴を生かした手法だ。回想法にはグループで行う方法と個人で行う方法とがある。最近、この方法は認知症の予防にも効果があると考えられている。多くの人々と出会い、交流し、懐かしい思い出話を語り合う。「話す」、「聞く」、「コミュニケーションをとる」という行為が記憶を維持し、脳の適度な刺激になり、認知機能の維持に効果があるとされている。
5 購入した受験テキストを読んでは忘れ、また読むという生活を三ヶ月ほど続けた。運転免許証取得のための勉強以来、久しぶりの受験だったが楽しかった。受験者は殆ど若い人たちだった。しかも施設で働いている人や家族の介護を現実に行っていると思われる方々が多かった。家族には内緒で受験したが何とか合格し、認知症予防支援相談士の認定証を頂いた。マイスターと我が名が表示されたカードを携帯しているが、相談を受けた実績は全くない。
新型コロナの感染が一日も早く終息し、民事局や法務局のOB会等に参加し、過去の苦労話や楽しかった思い出を語り合い、脳の刺激をうけ、楽しい時を過ごす。その効果として、5年後においても認知証は絶対に発症しない。言い忘れたが、軽度認知障害(MCI)の状態から5年後には、適切なケアをしても、その半数が認知症を発症すると推計されているが、40%は現状維持、10%が正常になるという。適切なケアに努めて10%を目指すのが現在の目標だ。
ボーッと生きてなんかおられないのだ!(小畑和裕)

実務の広場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.89 保証意思宣明公正証書の作成について(アンケート結果)

(羽田豊光)

 保証意思宣明公正証書の作成に当たっては、適正・迅速な事務処理のために様々な工夫をしておられることと思います。そこで、九公会では、昨年、会員に対するアンケートを実施し、各役場における取扱いを取りまとめ、その結果を周知していたところですが、会長の了承を得たので、皆様にご紹介します。

1 作成する上で工夫又留意している事項
⑴ 口授について
○ 保証の法律関係、効果について資料を渡して説明し、理解度を慎重に判断した上で、必要事項を口授させている。
○ 質問事項、特に保証リスクについては、具体的で分かりやすい表現に努めている。
○ 金融機関によって(同一の金融機関でも本店・支店によって)今回の民法の一部を改正する法律で規定された「事業に係る債務についての保証契約」等の理解度や、保証意思宣明公正証書に関わる理解度が異なることから、金融機関の担当者から保証人になろうとする者に対して事前に保証意思宣明公正証書に関して的確な説明がされていないケースが散見されるので、保証人になろうとする者の口授に関しても、時間をとって丁寧な対応を心掛けている。
○ 遺言と同様の方法で口授を求めており、保証意思宣明公正証書として特段の工夫等はしていない(主債務者又は金融機関担当者が同行することがあり、事前に説明等を受けることはあるが、口授の際は退席をお願いしている。)。
○ 民法第465条の6第2項第1号の口授は、保証意思宣明公正証書作成の際に行ってもらうことになるが、これが円滑にいくように、次の手順で、進めている。
 まず、端緒として、債権者、主たる債務者又は保証人予定者から電話が入ってくるので、保証意思宣明公正証書を作成することの趣旨と保証意思宣明公正証書を作成する前提として、保証人予定者が理解していなければならない事項、主たる債務者から情報提供を受けていなければならない情報について説明し、これらを確認するために所定の書類が必要であることを説明する。
 次に、保証人予定者に、当職が説明した書類を持参の上、公証役場に来てもらい、保証人予定者が、主たる債務の内容、自分が負うことになる保証契約の内容と保証リスク、主たる債務者からの情報提供事項について、理解しているかどうか、情報提供を受けているかどうかを聴取し、おおむね理解しているようであれば、保証意思宣明書について、説明をし、記入をしてもらう。保証意思宣明公正証書の作成日について予約をし、帰ってもらう。
○ 保証意思宣明書の各項目について、順次質問し、同質問に答えてもらうという手順で行っている。
○ 嘱託人に保証意思宣明書を準備して来所するよう依頼している。
○ 保証意思宣明書を粛々と読み上げてもらっている(保証意思宣明書を粛々と読み上げれば足りるように作成してもらっている。)。
○ 相談時に保証予定者に対し、公証人から質問する予定の内容を示しており、更に金融機関の担当者からもレクチャーを受けるなどして保証する内容をしっかり把握するよう伝えている。
○ 保証意思宣明書のほかに口授すべき事項を文書で伝えている。
○ 事前相談においては、法改正がされた経緯と改正民法の概要等を十分説明した上で口授を受けている。
○ 質問シートを作成し、それに従って口授を受けている。
○ 嘱託人及び金融機関に対し、公正証書作成当日に公証人が嘱託人に対してする質問事項について、当役場で独自に作成した「手続案内ペーパー」をあらかじめ渡している。作成当日は、嘱託人がメモを見て応答する方法を採っている。
○ 保証意思宣明書を見せないで口授してもらっている。
○ 保証予定者に、あらかじめ、口授をしてもらう事項を記載した資料(他の公証役場と共同で作成したもの)を交付し、口授の進行の一助にしている。
○ 債権者、主たる債務者を確認の上、まず、主たる債務者が借り受ける資金の使途を聞くようにしている。そのほとんどが共同住宅建築のための資金であるため、共同住宅の部屋数、賃料を確認し、それから借入元金、利率等を聴取し、共同住宅の入居率が低下し、金融機関等への支払いが滞った場合に保証人が支払わなければならないことを理解しているかを確認している。
⑵ 公証人使用欄(口授メモ)について
○ チェック式のメモを活用している。
○ 作成当日は、口授メモを利用し書き留めている。
○ 質問及び回答事項を簡潔にメモしている。また、メモ事項は、日公連文例委員会の執務資料の記載を参考に作成している。
○ 「情報提供」、「履行意思」については、保証人が全くの第三者の場合は、債権者との関係、保証人を引き受けた経緯、債務者の他の債務の返済状況等を聴取して、詳細な記載をしている。
○ 「違約金」や「その他」については、口授の後、契約書の当該条項等に当たり確認させた旨記載している。
○ 求償権者農業信用基金協会の求償債務のうち、求償元金の遅延損害金の額が利子補給に絡むものについては、県のホームページ等に掲載されている現在の利子補給率を嘱託人に示して確認させた旨記載している。
○ 口授が予定されている事項について、事前に提出された主債務者の情報提供義務に係る資料及び保証内容の裏付け資料を基にあらかじめ内容を記載しておき、口授内容と齟齬する点がないかどうかチェックするとともに、保証予定者の保証意思、保証リスクの理解度を確認している。
○ 相談があった段階で作成し、口授の際の参考にしている。
○ 主債務者との密接な関係性に着目して聴取しメモするよう心がけている。
○ 面談の際のメモ用として活用はしているが、記録保存用としては適さないと判断し、記録用のメモは別途パソコンで作成している。
○ 保証意思宣明書として公証人印を押印し、原本に連綴している。
○ 都城役場から情報提供を受けた様式を使用している。
○ 質問シートを作成し、利用している。
○ 別途、当役場独自の様式を作成し、使用している。
○ 口授事項に沿ったメモを作成している。
○ 効率化のために、公証人が、事前に提出を受けた「宣明書」に基づき口授メモを記載しておき、作成当日は、保証予定者の口授を受けて、口授メモの記載を確認する方法を採っている。
○ 日本公証人連合会作成の保証意思宣明公正証書執務資料(令和元年9月版)の口授メモを使用し、付属書類として公正証書に添付している。
⑶ 日程調整(口授日と作成日)について
○ 保証意思の有無を十分確認するため、当面、口授日と作成日を分けて行うこととしている。
○ 第1回目の相談日とは別に、公正証書作成日を定め、その日に口授を受け作成している。公正証書作成の場には、保証人予定者しか入れていない。
○ 口授日と作成日は、同一日としているが、事前に「保証意思宣明書」や資料等を持参等してもらい、その時に作成日時を確定している。
○ 口授日と作成日は、同一日としている。
○ 保証意思宣明書を提出して、おおむね1週間後に公正証書作成日をセットしている。
○ 保証人になろうとする者の都合や金融機関の要望も踏まえながら、口授日と作成日を同一日に設定する方向で、日程調整の段階から保証人になろうとする者又は金融機関と綿密な事前打合せを行っている。
○ 必ず事前に保証意思宣明書ほかの資料を持参してもらって口授事項を確認しており、原則、翌日以降に証書を作成(作成日に改めて口授)している。
○ 嘱託人が役場に来るのは、原則1回とする取扱いをしている。そのため、事前に宣明書、身分証、契約書等を郵送、ファクシミリ等により提出させ、電話で日程の調整を行っている。なお、直接、宣明書等を持参して申込みに来た場合にも口授はさせず、宣明書、契約書等の内容を確認する程度にしている。
○ 口授日と作成日を同一日にしているので、保証予定者にはあらかじめ確認事項をきちんと理解した上で来所するよう要請している。事前提出資料の提出を受けてから3日から4日後に口授日及び作成日を設定している。
○ 事前に打合せを行うことによって、口授から作成まで同一日に行っている。
○ 現時点においては、口授日と作成日を分けて行っている。
○ 保証契約日を確認した上で、相談日と証書作成日を調整している。
○ 保証人に資料を持参させている。受付から1週間以内には作成している。
⑷ 作成できなかった事案について
○ 連帯保証人は、92歳で、物上保証人でもある。主たる債務者は、その息子である。連帯保証人が所有する土地に共同住宅を建築する。借り入れる元金は述べたものの、その他の利息、損害金等の口授事項については述べることなく、他の話を繰り返す。認知症ではないかと思われた。その後、金融機関から公正証書を作成できなかった理由を聞かれたが、保証契約の内容を理解していない旨回答した。
⑸ 事務の効率化のために工夫している事項について
○ 口授日と作成日を分けることによって、不足資料の提出、保証意思宣明書の補正、公正証書の作成等がスムーズに行える。
○ 債権者(金融機関)、債務者及び保証人予定者からの照会に対応するため、必要書類のメモを作成し、FAXなどで送信又は交付している。しかし、最も重要なことは、主たる債務の内容(契約当事者、債権額、利息、違約金、損害賠償の定め、弁済期、弁済方法など)及び保証契約の内容が確定していること及び主たる債務者から保証人予定者に対し情報提供が行われていることなので、債務の内容が未確定であったり、主たる債務者からの情報提供がされていないと、保証意思宣明公正証書の作成には着手できない旨伝えている。
○ 作成に必要な書類を箇条書きした案内文書を渡している。また、あらかじめ、必要書類のコピー等をメール・FAX・持参してもらい、口授日に証書を交付できるよう準備している。
○ 事前の面談やファクシミリ等により、保証に関する民法等の説明と本人の保証意思等を確認して、作成当日の公正証書作成がスムーズに行えるようにしている。
○ 債権者(銀行等)へ十分な説明を行っている。銀行に対し、連帯保証人が理解できる資料の作成を依頼している。
○ 初期段階(相談段階)から、金融機関の担当者の理解度又は保証人になろうとする者の属人的要素を考慮した丁寧な対応を心掛けている。その観点からは、事務の効率化のためのツールとしては、公証人の説明段階での、法務省作成の関連パンフレット(法律の素人目線で分かりやすく新制度の要点が記載されたパンフレット)の活用が有用であると実感している。
○ 事案によっては、事前に嘱託人に公正証書案文を手交し、金融機関の確認をお願いしている(嘱託人の考えと金融機関の意向が相違していたため再作成を要した事案がある。)。
※編者注:令和2年1月16日付け日公連総括理事通知により、証書案文
  の事前手交は相当でないとされている。
○ 事前提出資料を基に保証意思宣明公正証書(案)を作成しておくとともに、口授内容が保証意思宣明公正証書(案)と齟齬することがないよう、保証予定者にはあらかじめ確認事項をきちんと理解した上で来所するよう要請している。
○ 主に金融機関の担当者と事前の打合せを行うことによって主たる債務の内容の把握に努めている。
○ 事前相談時に質問シート(保証意思宣明書)を渡し、記入押印し提出させ 
 ている。
○ 当初は、金融機関ごと、貸金、手形貸付、求償、根保証等の案件ごとに類型化しようとしたが、同じ銀行であっても融資案件ごとに口述事項(ひいては証書記載事項)がばらばらであることから、類型化による省力化は困難であった。現在は、保証意思宣明書の作成について、きちんと作成できるよう十分な説明を行い、提出があった保証意思宣明書については、その紙をスキャナで読み込み、OCRソフトでテキスト化し、それをMSワードに貼り付けることで作成している。300 dpiでの読み込みでは、誤読があったが、600 dpiでの読み込みでは、誤読が少なくなった。
○ 「都城公証人作成の案内書」により、相談時にこれを示して説明している。
○ 事前相談においては、債権者及び保証予定者に対して、口授事項と情報提供すべき資料等を十分説明するとともに、金融機関に対して、進捗状況を確認している。
○ 相談の際に、説明資料を渡して公正証書作成の流れを説明し、公正証書の作成ができないことのないように、口授事項については、十分に理解してから公正証書作成に臨むよう話をしている。
○ 事前相談後、主債務目録の内容については金融機関に確認している。
○ 当役場独自に作成した「手続案内ペーパー」を金融機関及び嘱託人に事前配布しておき、作成までの手続をスムーズに進められるようにしている。
○ 最初の相談には、金融機関の担当者を同席させている。本制度スタート直後は、金融機関の担当者の同席を認めなかった。そのため、嘱託人が必要書類を準備するのに、何度も金融機関と公証人役場を往復する等、嘱託人への負担が過大となったので、これを改めた。もちろん、公正証書作成の際には、金融機関の担当者及び主債務者等の同席は認めていない。ちなみに、遺言相談では、受遺者の同席を認めているので、その方法に準じた取扱いとした。
○ 相談段階で、金融機関に内容を確認しなければならない事があり、できるだけ金融機関の担当者も同席させるようにしている。
⑹ その他について
○ 口授の前に、民法改正の経緯及び改正民法の概要等を説明している。

2 主債務目録の記載事項
⑴ 利息(変動利率の場合)について
○ 利息、違約金、遅延損害金その他その債務に従たる全てのものの定めについては、その有無を記載し、有りの場合は、主債務に係る契約書等の定めを原則としてそのまま記載している。保証意思宣明書への記載もそのように指導している。
○ 該当事例がまだないが、変動利率の約定を記載する。
○ 利率に関する特別な事案(変動利率など)はない。
○ 契約書どおり記載する。
○ 変動利率に関して、具体的な利率等を数値で定める予定ではあるものの、保証意思宣明公正証書の作成時は、その利率が確定していないケースにおいて、保証人になろうとする者に保証リスクの上限を認識させる観点から、「年○パーセントの範囲内で定める利率」などと口授させるよう留意した事例があった。
○ 具体的に契約書どおりの記載をしている(保証意思宣明書には該当欄が狭いので別紙で記載(契約書の写し等)してもらっている。)なお、金融機関によっては、保証意思宣明書・契約書に「○○%以内で定める率」と記載されており、その場合は主債務目録にも同様の記載をしている。
○ 利率と金利が固定されている期間があればその年数を記載し、固定期間終了後については、その旨(短期プライムレ―トに連動など)記載している。
○ 金銭消費貸借契約書等などに示された利息の記載を相当程度敷衍して記載している。
 (例)利息 変動金利 年○.○○%(短期プライムレート±○.○○%の割合とし、長期貸出最優遇金利に基づき設定)
○ 「年○%(変動金利)」と記載している。
※編者注:変動利率に関する約定の内容をそのまま口授し、筆記すれば足りるとされている(執務資料10ページ)。
○ 契約書、特約書等のとおりに記載してもらっている。
○ 変動金利であるの旨の記載は行うが、詳細な記載は行っていない。
〇 債権者との確認のもと、契約書に記載されている変動利率の内容をほぼそのまま記載している。
○ 変動利率の記載は、記載事項が大量になるものがあるが、契約書案の利息欄に記載されているとおりに記載している。利息欄に記載されている引用部分は記載していない。なお、口授の際は、引用部分についても口述を求めている。
○ 保証意思宣明書に記載された利息を基に主債務目録を作成している。その前提として保証意思宣明書に記載された利息と金銭消費貸借契約書案とを照合している。保証意思宣明書は、嘱託人が金融機関の協力を得て作成している。
○ 契約書の変動利率の内容をほぼそのまま記載している。
○ 5年間は固定金利で、5年後に合意により金利を見直す。ただし、合意できないときは、変動金利となる事例の場合に、当該変動金利の内容等も記載すべきか苦慮する。
○ 利息〇%(変動金利)短期プライムレート-〇〇%
 ただし、変動金利利用期間中に任意に固定金利に切り替え可能(住宅ローンについては、金利選択型住宅ローンが多く、ただし書きのとおり記載してもらいたい旨要望あり。記載については、口授があれば記載することとしている。)。
⑵ 元金の支払期限又は支払方法について
○ 元金の支払期限等は、法定の記載事項(法定口授事項ではない。)(民法465条の6第2項)ではないため、保証意思宣明書に記載していないので、公正証書にも記載していない。
 ※編者注:法定口授事項ではないことから、保証意思宣明書には記入する欄が設けられていないものの、保証する債権の内容を確認するため、文例では、元金の支払期限(又は支払方法)が記載されています(執務資料37ページ)。
○ 通達及び種々の解説書に従い、「期限の利益喪失条項」などは書いていな 
 いが、保証人が保証リスクについて理解しているかという観点からすれば、本当はこれも書く必要があるかも知れないと考えている。
○ 執務資料14ページ12行以下に該当する事例(同額の金銭消費貸借が複数ある場合)でなければ、記載していない。
○ 支払期限又は支払方法を記載している。
○ 日公連文例委員会の執務資料では記載例が示してあるが、口授事項ではないので、原則記載していない。口授メモに記載することはある。
○ 元金の支払期限のみ記載している。
○ 原則として記載していない。
○ 当初、1か月程度は記載していたが、契約書案では300回の分割払いであったところ、公正証書作成後、銀行から「当初は300回で進めていたのですが、最終的に297回になりました。どうしましょう。」と相談があったこと等から、以後、同一内容の融資があって支払期限等で差別化が必要など、特に必要がない限りは、記載しないこととした。
○ 現在のところ記載しているが、法定の記載事項ではないので、今後は、記載しないようにしたいと考えている。
○ 元金の最終弁済期日を記載している。
○ 最終支払い期限、毎月の支払額を記載している。銀行からは返済期間 〇年〇か月、毎月払い 第1回○○円、第2回から第60回 〇〇円と記載してもらいたい旨の要望あり(年月を記載すると、融資実行日の変更があった場合に対応できず、再度保証意思宣明書の作成が必要になる。)。口授事項でないから、記載しない方向で検討中。
⑶ その他について
○ 日公連作成の執務資料(令和元年9月版)37ページの「主債務目録」に記載はないが、「違約金」及び「その他債務に従たる全てのもの」の2つの事項を追加記載し、「主債務目録」を作成している(民法第465条の6の第2項1号イ及び同項2号から)。
○ 「違約金」及び「その他主たる債務に従たる全てもの」については、法定口授事項であるから、当該項目に関する定めがあるかないかも記載する必要があり、当該項目に関する定めがない場合には、「定めなし」と記載する。
○ 保証人になろうとする者は、主債務の元本の内容については理解しているものの、利息、違約金、損害賠償その他元本債務に従たる全てのものの定めの有無やその内容については「無関心」、「無頓着」な者が散見されることから、保証意思宣明公正証書の制度趣旨等についての公証人による事前説明(金融機関の担当者に対する説明を含む。)の位置付けが重要と考える。
○ 違約金その他の事項の記載に苦慮することがある(執務資料に文例なし。基本的には契約書記載のとおりに記載すべきかと考えている。)。
○ 違約金及びその他保証すべきものについては、原則、主債務目録に記載していないが、例えば、嘱託人が宣明書に違約金「上限200万円」と記載し、また、口授し、かつ資料等からそれが裏付けられる場合などは、嘱託人の口授した事実を証書に反映させる観点から、その旨記載している。
○ 「違約金」、「その他保証すべきもの」を項目として追加している。
○ 違約金がある場合も、契約書の記載をほぼそのまま記載している。
3 保証予定者から提出された主債務者の情報提供義務(改正法第465の10)に係る資料及び保証内容の裏付け資料等の保管方法
⑴ 連綴方法について
○ 附属書類として公正証書原本に連綴(執務資料29ページ)。
○ 保証人予定者の印鑑証明書、保証意思宣明書、金銭消費貸借契約書・保証契約書(信用金庫取引約定書・保証約定書など)、主たる債務者の確定申告書の控え(附属書類を含む。)、財産債務調書、主たる債務者に他に債権者がいる場合の他の債権者の債権額及び履行状況が分かる書面、今回の債権者に担保を提供する場合の担保目録を連綴している。
○ 保証意思宣明公正証書に添付して保管している(資料等は添付の茶封筒の中に保管)。
○ 証書とは別に(連綴せず)保管している(分厚くなるため)。
○ 執務資料29ページによると、「資料を附属書類として公正証書原本に連
 綴することが望ましい」とあるが、「望ましい」との記載に止めてあるため、現時点では、参考資料扱いとし、連綴や契印などはしていない。
○ 主債務者の情報提供義務に係る資料及び保証内容の裏付け資料は、可能な限り保証意思宣明公正証書原本と連綴している。
○ 資料等は量が多いことから、当面は別冊として保管している。
○ 確定申告書、貸借対照表、損益計算書等が提出され、これらの資料により情報提供を受けた旨の記載がある場合は、連綴している。
○ 現在は、仮綴りの状況にある。
○ 資料等は別綴りとしているが、保証意思宣明書は原本に連綴している。
○ 参考資料として、別保管している。
○ 附属書類として保管している。
⑵ 契印について
○ 附属書類であるから契印する。
○ 保証人予定者の印鑑登録証明書のみ契印をしている。
○ 契印はしていない。
○ 連綴する書類には、契印をしている。連綴しない、参考で綴っておくものについては契印していない。
○ 契印を行うのは、本人確認資料までとしており、情報提供の資料等には契印を行っていない。
⑶ その他について
○ 保証人になろうとする者が、債権者や主債務者との間柄や人的関係から強く保証人になることを要請(懇願)されたような諸事情が窺われるケースでは、特に、保証人になろうとする者が「保証のリスク」を正確に認識しているか否かを公証人が確認するために、①情報提供義務の裏付けとなる資料等の確認と、②保証人になろうとする者が保証人になろうと決断した経緯や諸事情についても念入りに確認を心掛けている。
○ 情報提供に関する資料としては、基本的には確定申告書の写しの提供を受け、保管している。
4 その他について
○ 債権者の本店・商号(主たる事務所・名称)、主たる債務者の住所・氏名
 の記載の正確性を確保するため、会社の登記事項証明書、住民票又はそれらのコピーの提出をお願いしている。
○ 令和2年4月1日の改正民法施行前に、公証役場で、地元の主要銀行の融資部門担当者に対して(銀行担当者からの質問・相談を受ける形で)保証意思宣明公正証書に関する簡単な説明会を実施したが、同一の金融機関であっても本店・支店によって保証意思宣明公正証書に対する理解度に差異があることや、中小の金融機関(信用金庫・信用組合等)に対しては丁寧な事前説明が必要と感じるケースが多々あることから、機会を見つけて、公証人が講師となり、県内の全ての金融機関向けの研修等を企画する必要があるかもしれないと考えているところである。
○ 執務資料6ページにおいて「保証意思を確認する際には、この新たに創設された情報提供義務に基づいて提供された情報の内容も確認し、保証予定者がその情報も踏まえて保証人になろうとしているかを見極めることになる。」との説明がされているが、主債務者から保証予定者へ提供された情報中、主債務者の財務及び収支の状況等に関する情報に関する部分について、公証人として、どの程度の資料を求めて把握すれば足りるのか苦慮している。
○ 根保証の「主債務の範囲」について、嘱託人にどこまで口授させるか、また、具体的な記載内容(項目)をどうするかについて苦慮している。
○ 嘱託人は、主たる債務者と同居している配偶者、親、子がほとんどで、これらの嘱託人にどこまでの資料の提出を求めるか、苦慮している。
○ 主債務の内容及び支払方法が明確な債務弁済契約(元金均等分割弁済、利息・損害金なし。)について、事前相談を経ることなく、連帯保証人へのリスクの説明及び質問シート(保証意思宣明書)への記入により、債務弁済契約と連件で作成したことがある。
○ 居住用建物に附属している売電のための太陽光発電設備を含む融資案件についても、作成に応じている。このような融資も事業のための貸金等として保証意思宣明公正証書の作成が必要かどうかについて疑義があるものの、嘱託があれば作成している。
○ 融資案件に保証会社がつく場合の求償債務等保証意思宣明公正証書については、金融機関の担当者も理解していないことがあり、貸金等の原契約の保証意思宣明公正証書作成時に融資金融機関に保証会社の保証が付く案件なのか確認しながら対応した方が良いものがある。
  このような案件は、①原契約である貸金等連帯保証意思宣明公正証書及び②求償債務等連帯保証意思宣明公正証書の2件の公正証書作成が必要となる。(羽田豊光)

民事法情報研究会だよりNo.50(令和3年7月)

 向暑の候、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
 今年は、気象庁による平年値の見直しがされ、梅雨明けはこれまでより2日早い7月19日とのことですが、まだまだ不安定な天気が続くようです。
 高齢者の半数以上が新型コロナのワクチン接種を1回以上終えたとのことで、心理的には少し安堵感が増したような気がしますが、東京などの首都圏では感染再拡大の傾向にあるようで、開催予定のオリムピック・パラリンピックによる影響がどの程度まで及ぶのかが懸念される状況にあります。(YF)

今日のこの頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

コロナ禍の先の希望を夢見て(泉代洋一)

1 突然の電話
 昨年の11月に入って間もない頃、当役場を管轄する大垣保健所から1本の電話が入りました。この時期に保健所からの電話と言えば・・・いやな予感は的中しました。
 「3日前の午後2時頃に大垣公証役場に相談に行かれた方が新型コロナウイルスに感染していたことが判明しました。案内された場所は、役場内の相談室であったということです。感染者からの情報によれば、相談者と対応者双方ともマスク着用、透明ビニールのパーテーションが施され、相談時間も30分以内であったと聴いており、当保健所では公証役場職員は、濃厚接触者に当たらないと判断しています。通常業務は続けていただいて差し支えありませんが、潜伏期間の2週間は、役場職員の健康状態を詳細に把握願います。」との内容でした。
 保健所からは、感染された方について、プライバシー保護の観点からこれ以上の情報提供はありませんでした。ただ、当役場の規模からすれば、相談日時の情報さえあれば概ね該当者を特定することができます。頭の片隅に「あっ、あの相談の方か。」と思い浮かびましたが、特に身体に不調があったように見えなかったことから、無症状であったが関係者に感染があり検査を行って判明したものであろうと推測しました。
 このコロナウイルスのやっかいなところは2週間の潜伏期間があるということです。さすがにこの間怯えながら毎日を過ごすのは辛いものがあると思い、大垣保健所に対し何とか当役場の職員全員のPCR検査を要望しましが、予想どおりの回答で、濃厚接触者に当たらないということからPCR検査は実施できないということでした。
 この頃は、コロナウイルスの第2波が岐阜県内においてもようやく沈静化し、落ち着きを取りもどしていた時期であったので、感染対策は十分行っていたものの、当役場に直接感染者が訪れるとは思ってもいませんでした。書記らと健康状態の確認を毎日行い、カレンダーに×が14個並ぶのをひたすら待ち続けました。
 何とか苦難に満ちた2週間の潜伏期間は過ぎ、誌友の皆様にご迷惑をおかけすることはありませんでした。コロナウイルスが社会を覆い尽くして半年以上がたち、感染への危機感が薄れる「コロナ慣れ」という観点からも長く辛い2週間ではありましたが、役場内職員、改めて気を引き締める意味でこの出来事は良い機会であったと捉えました。
なお、感染した(・・・・と思われる)嘱託人の公正証書作成は、後日、無事完了しました。

2 マスクの弊害
 新型コロナウイルスにより、マスクを着けることが当たり前になったせいで相手の表情が分からない、コミュニケーションが取りにくいと感じます。当役場でも他の役場と同様に入室の際には、必ず手のアルコール消毒及びマスク着用をお願いしており、マスクを持参していないお客様に対しては、当役場からマスクを渡し着用していただいています。
 私たちは人と話す場合、口元の動きや顔の表情を見て推察します。しかし今はマスクに覆われ、感情を表す部分は目と眉毛の二つだけになります。言葉をうまく伝えるには、声質や抑揚、表情などの非言語情報を上手に使うことが重要です。そうしないと誤解を招いてしまうこともあります。例えば、人の話を聞いて「もっともな話でした。」と返すとき、笑いながら抑揚のある声だと問題はありませんが、同じことを抑揚もなく暗い表情で話すと、意思に反して「私は不快でした。」と伝わることになります。
 また、マスクを着用していることで声がこもり、口元が見えないことから、やや耳が遠い方とのコミュニケーションにも工夫が必要です。しっかりと相手の目を見ながら、加えて身振り手振りを交え、ゆっくりとそしていつもより大きな声で(飛沫に気をつけながら・・・)会話するよう配慮しています。
コロナ禍の今こそ、無表情の会話は何としても避けたいものです。
 ところで最近、某首相のコミュニケーションはどうかとマスコミが取り上げています。「人は見た目が9割」の著者、竹内一郎さんの近署「あなたはなぜ誤解されるのか」(新潮新書)の紹介文で分析すると、まず言語自体が、官僚の作文を平板に読むだけでは個性やメッセージ性がないということです。私も前職のとき会議の挨拶等は、なるべく手元の原稿に目を向けること無く出席者の目を見ながら自分の言葉で話すよう心掛けていましたが、振り返れば全ての場面で実践できていたかは疑問であり、今更ながら反省しているところです。
 また、某首相の場合は、表情がなく、人の温かみが感じられない部分が見受けられると野党から言われています。「そんな答弁だから言葉が伝わらない。」と国会で迫られ、「少々失礼じゃないか。」と気色ばんでいますが、その顔もやはり無表情であったと記憶しています。「正論は印象に勝てない。」と竹内さん。やはり「見た目」も大切であると痛感する今日この頃です。

3 コロナ禍の中で良い話
 新型コロナウイルスの勢いが一向に収まりません。長引く我慢の毎日に心が折れそうで、国民全体が精神的にも苛立ちが増し怒りっぽくなっているように感じます。
 そんなとき、ニュースで目にした言葉がありました。「明日は今日よりいい日になる。たとえ今日が普通の日だとしても・・・・」先日100歳で亡くなった英国の退役軍人トム・ムーアさんの名言です。コロナ危機に立ち向かう医療従事者を支援しようと自宅庭を100往復すると宣言し、ネットで寄付を募ったそうです。何しろ高齢です。歩行器を押しながら、少し前かがみで一歩一歩進んでいく挑戦する姿に賛同と激励の輪が広まり、寄付金は目標の13万円をはるかに上回る47億円に達しました。英国民を勇気づける英雄と賞賛され、エリザベス女王からもナイトの爵位が授与されたそうです。
 もう一人、気になった発言がありました。パキスタン出身の人権活動家マララ・ユスフザイさん。17歳でノーベル平和賞を授賞し、昨年、英オックスフォード大を卒業しました。卒業式がなかった世界中の仲間にこう呼びかけました。「ウィルスで何を失ったかではなく、どう対応するか大切である。」そして「私たちはこれから何ができるのか、とても楽しみです。」と締めくくりました。
 ついつい悲観的になりがちですが、先の名言を胸に、前向きに苦境を乗り越えたいものです。

4 希望のひかり
 新たな変異株が猛威を振るい終わりの見えないコロナ禍の中、ワクチンの接種に一縷の望みを託します。高齢者へのワクチン接種を7月末までに終えることとし、また、6月から高齢者以外の国民に対しても企業等による職場接種が一部で開始されるという報道(6月1日現在)がされています。各地で緊急事態宣言が発令・継続される中、接種を希望する国民全員がワクチン接種を終え、以前のような生活に戻れる日は、いつになるのでしょうか。
 ただ、今はその日を夢見て静かに待つことにしましょう。( 泉代洋一)

瀬戸内海放浪記(堀内龍也)

 会員の皆様、いかがお過ごしでしょうか。コロナ禍において皆様にお目にかかる機会も皆無となってしまい、さみしい限りではありますが、とりあえずワクチン接種が進み、世の中に平穏な日々が訪れることを願って止まない今日この頃です。
 もう2年前くらいのことになってしまいましたが、早くあの頃のような平穏な日々に戻らないかという思いを巡らせつつ、当時の出来事を振り返ってみたいと思います。
私は、法務局在職中からセーリングを趣味としていましたが、現職中は夏休みを利用してもせいぜい1週間の連続休暇を取得するのがやっとで、リタイアし自由な時間ができたら思う存分クルージングに時間を費やしてやろうと考えておりました。世界一周は体力的にも経済的にも厳しいので、せめて南太平洋周遊か地中海一周など出来ないかと夢見ておりました。ところが現実には3月に退職、7月に公証人任命と夢の実現はまだまだ先のようですので、公証人になるための勉強でもしておこうと思った矢先に、同じヨットを趣味としている名古屋局勤務時代の先輩で先にリタイアしていたK氏から退職したなら気分転換のつもりで一ヶ月くらい瀬戸内海沿岸を周遊してみないかとのお誘いを受け、二つ返事で出かけてきましたので、その航海日誌から行程と印象に残った出来事を書きしるしてみたいと思います。

 まず旅のコンセプトですが、
※ 艇はK氏所有の愛知県常滑市に係留している32フィートのヨットを利用する。(自分の共同所有している艇は神奈川県の三崎に係留しているので瀬戸内海へは遠い)。
※ 紀伊半島を回り瀬戸内海に入り可能であれば大分県の別府あたりまで足を延ばし温泉でゆっくりしてから帰路につく、時間的余裕があれば復路は四国の南側を回る。
※ 風まかせなので予め目的地は限定せずに臨機応変に翌日の目的地を決める。
※ 経費は飲み代に充てるため宿泊は旅館等を使わず節約し船中泊とする。
※ 朝・昼飯は自炊を原則とするが、夕食は現地の旨い食と酒を堪能する。
※ 航海は決して無理をせず、午前5時起床で遅くとも午前6時には出港し、出来るだけ次の目的地には正午前後に到着し、到着地で観光等を楽しむ。
といったお気軽な構想で出発したものです。とはいえ3月まで大阪局に勤務しておりましたので、赴任先公証役場のある群馬県太田市に住居を借りて引っ越しや各種手続を済ませ、航海の準備となかなか思うように作業が進まず当初は4月の中旬の出発予定でしたが4月22日の出港となってしまいました。

1.知多半島常滑から徳島県伊島まで
 4月21日午後に愛知県入りし、早速、前夜祭と称して港近くのホルモン屋で深酒し、二日酔いも覚めきらない22日の早朝に中部国際空港近くの「常滑」を出港しました。ヨットには30馬力程度のディーゼルエンジンも付いておりますが、そのスピードは平均5~6ノット程度(自転車程度)ですので、1日の移動距離は100km程度といったところです。初日の寄港地は三重県志摩市の「名切漁港」、2日目は尾鷲市の「三木浦港」、そして3日目にしてようやく本州最南端の「串本港」に入港できました。着岸してから最初にやることは晩飯と風呂の確保です。幸い串本には居酒屋や温泉がありますので、「松寿司」で石鯛・カンパチ・鰹料理を堪能させていただきました。その後、潮岬や南紀白浜を抜け、北上し4日目は和歌山県の「田辺港」に入港しました。翌日は和歌山マリーナシティを目指して出港したものの真向かいからの風で艇速が上がらず諦めて田辺港に引き返すこととなりました。そして翌日も強い北風が変わりませんでしたので、少しでも瀬戸内海に近づくために6日目は徳島県阿南市沖の「伊島」に入港しました。伊島は四国最東端の島で人口180人程の小さな島で自動車も走っていない自然豊かな島ですが、水不足にもかかわらず快くシャワーを使わせてくれるような人情味あふれる島でした。
紀伊半島は日本最大の半島だという認識はありましたが、1週間かけて沿岸を航海し、あらためてその大きさを実感することになりました。

2.小鳴門海峡から宮島まで
 7日目にしていよいよ瀬戸内海入りです。伊島を早朝に出港し淡路島と徳島を結ぶ大鳴門橋の手前を左折し、小鳴門海峡を抜け瀬戸内海に入りました。うず潮で有名な大鳴門は帰路の楽しみに取っておき、一度は訪れてみたかったマニアックな狭水路である小鳴門海峡を抜け、徳島県の「きたなだ海の駅」に着岸しました。北灘は天然ものの真鯛で有名な漁港です。こちらでは思う存分、真鯛を堪能させていただきました。8日目は小豆島の東側をすり抜け岡山県の「牛窓ヨットハーバー」に入港です。こちらのヨットハーバーも素晴らしいロケーションで関東のヨット乗りには憧れの場所ですので平成最後となる4月30日も素晴らしい1日となりました。
 明けて航海9日目は5月1日、本日から“令和”という新しい時代が始まりです。風まかせの旅ではありますが、この日ばかりは目的地を決めておりました。行き先は香川県の多度津です。瀬戸大橋を抜け「たどつ金比羅海の駅」に着岸しました。多度津駅から琴平駅まで鉄道で移動し参道の石畳を抜け785段の長~い石段を登り、海の神様「金刀比羅宮」に航海安全祈願です。漁師さんの船で見かける「丸金マークの黄旗」と「航海安全御札」もいただき、令和の初日も良いスタートが切れました。多度津は丸亀からも近く讃岐うどんのメッカですので翌朝は朝6時から開店している港近くのうどん店で朝うどんしてからの出港です。10日目は広島県福山市にあり瀬戸内海のほぼ中央にある景勝地の「鞆の浦」を海上から見学して「弓削島日比港」に入港です。弓削島は広島県尾道市の因島の南東側に位置する島ですが愛媛県に属する島のようです。石灰岩の山の頂にある「フェスパ」という素晴らしく眺望の良い施設でお風呂と夕食いただくことが出来ました。11日目は弓削島からしまなみ海道沿いをさらに西に進み、伯方島と大三島の間にある「鼻栗瀬戸」や呉市と倉掛島の間にある「音戸の瀬戸」といった狭い水路を抜け旧海軍兵学校のあった広島県江田島にある「沖ノ島マリーナ」に入港しました。この港には近くに飲食店がなく、久しぶりの自炊となりましたが、横浜から持参した大量の真空パックのシウマイや積み込んだ缶詰類でそれなりに豪華な晩酌となりました。
 翌12日目は江田島の隣にある厳島に向かい厳島神社の鳥居を海側から参拝しました。
宮島には何回か訪れたことがありましたがヨットでの訪問は初めてでしたので感慨ひとしおでした。その後、広島市の「五日市メープルマリーナ」に入港しました。こちらは700隻を超えるプレジャーボートが停泊する大きな港で周辺には温泉施設やお好み焼き屋が連なっており我々には理想的な環境が整っており、広島焼きで大いに深酒してしまいました。
 ここまで来ればもう一息で大分県の姫島→ゴールの別府温泉と行きたかったのですが、6月からの公証役場での修行のことを考えると5月の中旬には常滑に帰港しないとなりません。そこでこれ以上の西行きを諦め、ここからは東進しながら瀬戸内海を楽しむことにしました。

3.広島から和歌山まで
 13日目は広島から目の前を横切る自衛隊の潜水艦などを眺めながら呉の軍港巡りを行いそのまま60マイル走り再び弓削島の「弓削島海の駅」に着岸です。こちらはコインシャワーや居酒屋もありますので、着岸と同時に居酒屋に駆け込み、とりあえずの生ビールです。翌14日目は連れ潮に乗り8ノットオーバーの艇速で70マイル先の「小豆島海の駅」に着岸です。その晩は海の駅近くにある夕日が絶景の国民宿舎でお風呂と夕食をいただき、翌日はレンタカーを借りて島内観光を行いました。小豆島はオリーブ公園や二十四の瞳映画村、絶景の寒霞渓など見所が満載で1日では回りきれず連泊することとなりました。15日目はヨット仲間に紹介された隠れ家的な焼き肉店「道草」でこれでもかというくらいの焼き肉を堪能しました。
 翌16日目はいよいよ瀬戸内海ともお別れです。大鳴門橋を抜け和歌山を目指します。大鳴門では海賊船の形をした遊覧船に混じり川の流れのように早いうず潮を見学しながら「和歌山マリーナシティ」に着岸しました。和歌山マリーナシティはバブル期の建設された人工島にあるリゾートマンション併設型のマリーナですが黒潮市場や黒潮温泉といった観光施設が充実しているため閑散としているのがもったいないくらいの良い港でした。

4.和歌山から常滑まで
 翌17日目は南下して田辺の「シータイガー」で一泊し、翌18日目には潮岬を抜け串本港に入港。そして翌19日目に最後の楽しみ「那智勝浦」に入港しました。ここはご存じの方もいらっしゃるかもしれませんが、生本マグロの水揚げが多い所でホテル浦島の洞窟風呂で一風呂浴びてから和歌山局勤務時代にお世話になったマグロ料理の「桂城」でマグロのフルコースを堪能しました。
 生マグロの魅力から離れられず翌20日目も勝浦に連泊して昼夜、昼夜と4回マグロ三昧を繰り返してしまいました。翌21日目はそろそろ帰還しないとまずいので、紀伊半島東側を北上し三重県南伊勢町の「VOC志摩ヨットハーバー」に入港しました。こちらは志摩五ヶ所湾の入り江の奥にある静かな港です。このクルージングも最終盤ということで翌22日目は三重県鳥羽市沖にある「答志島」に向かいます。途中風も弱いのでエンジンで走っていたところ突然のスピードダウン。確認すると海面近くに浮いていた海藻をスクリューが巻き込んだようです。海水浴には少し早い時期でしたが潜って船底を見ると巻き付いた海藻がバスケットボールくらいの大きさになっていましたので1時間くらいナイフで海藻と格闘し、どうにか答志島に着岸しました。こちらは以前名古屋勤務の頃に何度か訪ねたことのある島ですのでいつもの「大春鮨」で大将におまかせコースをお願いし最後の1泊を堪能しました。翌23日目の5月11日は伊勢湾に入港する自動車運搬船や貨物船と併走しながら知多半島を北上し無事に母港の「常滑」に帰港することができました。
 長かったようでも終わってしまえばあっという間の23日間でしたが私にとっては法務局生活と公証人生活の一つの節目として非常に有意義な時間を過ごせたと感じている次第です。まもなく公証人を拝命して2年が経過しようとしておりますが、最初の6月間は先輩公証人や会員の皆様方に直接お会いしてご指導ご鞭撻を賜る機会にも恵まれましたが、その後の1年半はコロナ禍に陥り、ただただ役場と赴任先アパートの往復というさみしい日々を過ごしております。1日も早くこの状況が回復し自由にクルージングに出たり、皆様方と懇親できる日々が訪れることを願って止まないところです。(堀内龍也)

実務の広場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.87 事件管理カードについて(中西俊平)

 公証人に任命され,やがて8年目に突入する。
7年間継続して工夫を行ってきたことといえば,公正証書作成にかかる相談・受付から原案作成・証書作成・署名押印・保存までの嘱託事件管理のための「管理カード」を修正・整理してきたことくらいしか思い浮かばない。
先輩公証人の事務所を行脚し,処理の方法や使用する資料のデータをいただき,これらを基にして前任公証人から引き継いだものに改良等を重ね現在に至っているものである。どこの役場においても同様の相談票や管理票を作成しておられると承知しているが,これらの様式等について規定があるわけではないので,他の役場の手法を知った上で,それぞれの役場の実情にあったものを備えることが肝要と思われる。
 そこで,当役場で使用している管理カードをご紹介し,参考に供することとしたい。
1 作成している管理カードの種類等
  現在は,以下の11種類によって事務処理をしている。
 (1) 遺言管理カード -別紙1(編注:省略)
 (2) 離婚等管理カード -別紙2(同上)
 (3) 後見契約等管理カード -別紙3(同上)
 (4) 尊厳死宣言(終末医療等に関する宣言)管理カード -別紙4(同上)
 (5) 賃貸借契約管理カード -別紙5(同上)
 (6) 金銭消費貸借等管理カード -別紙6(同上)
 (7) 保証意思宣明管理カード -別紙7(同上)
 (8) 信託契約管理カード -別紙8(同上)
 (9) 規約設定管理カード -別紙9(同上)
 (10) 事実実験管理カード -別紙10(同上)
 (11) その他の契約管理カード -別紙11(同上)
2 作成に留意している事項
 (1) 管理カードは,1枚で一覧性があること(1枚に固執した)。
 (2) 相談・受付から証書作成・保管までこれのみで対応できること。
 (3) 書記とも共有可能であること。
 (4) 事後の証拠としての補助資料としても活用可能であること。
 (5) 嘱託人からの不足書類や手数料の照会に対して,誰でも迅速に対応することができること。
 (6) 証書作成時(例えば遺言であれば口授の際)に,公証人のための資料として活用可能であること。
 (7) 適法性等のチェックも可能であること(借地権等-別紙5 編注:省略)
3 具体的には
 遺言公正証書の作成を具体例として,別紙1(遺言管理カード、編注:省略)を中心にして,処理の流れを説明 すると以下のとおりである。ご覧いただければご理解いただけると思うが念のため。
 (1) 受付1・・・基本的事項の確定
  ①嘱託人(遺言者)の特定・・・本人に朱枠部分を記載させる。
⇒署名能力と基礎的な認知能力を判断
⇒過去の遺言との関係の考慮
  ②立会証人の確定
  ③出張の場合の緊急性と場所・本人の状態の確認(現在は新型コロナ感染防止対策で病院・施設はそれぞれ対応に差異があるのでこれの確認を含む。)
 (2) 受付2:必要書類と身分関係の確認
⇒必要書類の提出の有無を確認し,チェック・・・提出済み書類と不足書類が即座に確認できる。
⇒親族関係の確認
遺言者本人又は依頼者と面談しながら親族関係図を記載,かつ,財産の種類等を記載する。
 なお,親族関係図中の受遺者には①,②,③・・・を付記して作成している。
⇒遺言内容の確定
 遺言内容が,例えば「①の長男に全部,予備的に③の孫に全部」であれば,空白部分に「①に全部→③に全部」と記載して遺言内容を特定。下部の手数料計算欄の①,②,③・・・と一致させ,各法律行為の額を明確にする。
その他、必要事項(祭祀主宰者・遺言執行者等)を記入。
⇒証書作成日(署名日)が決まれば記載。
 (3) 証書原案作成
 公証人:前記遺言内容・添付資料・戸籍謄本等によって証書原案を作成するとともに,手数料を計算。
書記:前記原案について,管理カード・添付書類等の記載を確認しながら,誤植・脱字等のチェック。
 (4) 証書作成日(署名日)前の準備
 書記:前記原案に基づき,証書原本・正本・謄本案を作成。再度字句等についてチェック。手数料計算欄に基づき計算書作成。
 証書番号を証書原簿により付番し,証書番号に記載。
 手数料の連絡を要するときは,連絡したことを記録。
 (5) 証書作成日
 公証人:公証人は管理カードを基礎として,人定質問(住所・氏名・生年月日・年齢・干支)を行い,加えて,親族関係図によって配偶者や子ども・孫の氏名を陳述させる。
 その後に,遺言の趣旨を口授させる。
 (6) 保存
 公正証書原本に合綴してはいないが,遺言者本人が直接訪れたか否か,遺言内容とその理由は何だったかなどは,管理カードで明らかになる可能性もあり,また,連絡先も記載されているので,将来の訴訟や不測の事態に備えて,年別・証書番号順に別綴りとして保管している。
4 公証人に任命された以降の嘱託事件の全てについて受付票又は管理カードとして保管しているが,改めて見てみると,当初は5種類程度であった。必要を感じる都度,あるいは法改正される度に改良し,又は新たに作成し,現在は前記の11種類で処理している。今のところ,不足は感じていない。
 以上、取留めもない紹介になりましたが,少しでも参考にしていただければ幸いです。(中西俊平)

No.88 ALS患者の遺言作成について
(重度障害者用意思伝達装置を使用した事例)(小山健治)

1 はじめに
 筋萎縮性側索硬化症(以下「ALS」という。)は、手足・のど・舌の筋肉や呼吸に必要な筋肉が徐々にやせて力がなくなっていく病気ですが、筋肉そのものの病気ではなく、筋肉を動かし、かつ運動をつかさどる神経(運動ニューロン)だけが障害を受け、脳から「手足を動かせ」という命令が伝わらなくなることにより、力が弱くなり、筋肉がやせていく一方で、体の感覚、視力や聴力、内臓機能などはすべて保たれることが普通と言われている難病です。
 今回の事例は、手足を動かすことも言葉を発することもできないALS患者から、重度障害者用意思伝達装置(以下「意思伝達装置」という。)を用いれば、本人の意思を伝達することができるとして、遺言公正証書作成の依頼を受けたものです。

2 意思伝達装置について
 このようなALS患者等の意思を伝達するために、厚生労働省において「重度障害者用意思伝達装置」導入ガイドラインが示されており、そこに様々な装置の記載があります。
 今回の事例で遺言者本人が使用する意思伝達装置は、Miyasukuというソフトウェアをパソコンにインストールしたもので、その機能は、①パソコン上に現れるキーボード状のカタカナを、使用者が視線によって特定し、②パソコン上に文字列を表示する視線検出入力装置と言われる形式で、漢字変換も可能であり、また、③パソコン上の文字列をパソコン自体に発音させる(読み上げる)ことができるもので、さらに、④通信機能も付加されているため、メール等により、外部の者とのコミュニケーションも図ることができるというものです。しかし、プリンターは、日常的に必要でなく設置していないため、パソコン上の文字を紙に打ち出すことはできない状態でした。
 当初、相談に来所したのは、遺言者の妻でしたが、当役場のメールアドレスをお伝えしたところ、遺言者本人がメールにより意思伝達装置の機能の説明をしてくれ、公正証書作成の日程調整、病室への入室の手順等についても遺言者本人とのメールのやりとりで、進めることができました。

3 遺言者の意思の確認方法の検討について
 公正証書遺言の作成において公証人は、遺言者の口授などにより、遺言者から遺言趣旨・内容の伝達を受けることが必須ですが、この方法について、以下の3つの方法を検討しました。
① パソコンに遺言者が入力した文字を音声として発音する機能があるため、これを公証人が聞き取り、民法第969条第2号の「口授」とする方法
② パソコンに遺言者が入力した文字を通訳人が読み上げることにより、民 法第969条の2第1項の「通訳人による通訳による申述」として「口授」に代える方法
③ パソコンに遺言者が入力した文字を公証人が確認し、これを民法第96 9条の2第1項の「自書」として、「口授」に代える方法

 ①については、遺言者は口がきけない状態であり、パソコンに遺言者が入力した文字を意思伝達装置の機能として音声として発話することができるとしても、遺言者本人が発声したものではないため、これを「口授」とすることは難しいのではないかと考え、この方法は断念しました。
 ②の通訳人の通訳により申述させる方法については、過去の事例等も参考に、これが確実な方法ではないかと考えました。この場合、通訳人には、意思伝達装置に詳しい者が、確かに遺言者本人がパソコンに入力していることを確認することが重要であると考えられたため、遺言者に通訳人に適している者の有無を確認したところ、病院で看護又は介助を担当している者であれば、通訳人に適していると思われるが、病院関係者は自らの業務外の事柄については、引き受けてくれない旨(実際に病院側に依頼してもらった結果)の回答があり、また、病院外で今回の通訳人に適している者を探すことは難しく、仮に適した者がいた場合でも、現在の新型コロナウイルスに対する病院側の警戒体制から、病室に入る者は必要最小限にしてほしい旨の要請があり、難しいのではないかとの連絡があり、通訳人の通訳による申述以外の方法を考えざるを得ない状況となりました。
 ③の遺言者がパソコンに入力した文字を、遺言者の自書とすることの是非については、以下のように検討しました。
 口がきけない者が公正証書によって遺言をする場合の「自書」は、民法第968条の自筆証書によって遺言をする場合の自書と違い、公証人及び証人の前で、遺言者が遺言の趣旨を伝達するための自書であり、いわゆる筆談と捉えることが可能であることから、遺言者が実際に筆記用具を使用して自ら手書きするだけではなく、ワープロを使用して打ち出した場合も自書に準じるものとしてよいとされています(公証126号294ページ)。
 ところで、ワープロやパソコンに遺言者がそのキーボードを自らの手で操作して入力するのであれば、入力する際の手の動きを公証人及び証人が直接見ることによって、遺言者本人が入力していることを確認できます。しかし、今回のように視線による入力の場合には、それができないため、これに代えて公証人が、遺言内容とは直接関係がなく事前に遺言者に伝えていない質問をし、その回答としてパソコン上に表示された文字を確認し、遺言者が視線入力の方法により意思伝達装置を使って表示させたものであること確認する方法を採ることにしました。
 また、紙に遺言内容を自書した場合には、その紙が残りますし、パソコンの画面をプリントアウトできれば、プリントアウトした紙を証拠書類として残せますが、今回の事例では、プリントアウトができないため、パソコン画面をカメラで撮影して、その写真をプリントアウトして、公正証書の附属書類として保管し、遺言者が自書した遺言内容の証拠書類とすることにしました。

4 事前の準備等について
 遺言者の意思能力等の確認については、遺言者の使用する意思伝達装置により確かに遺言者の意思が確認できるのかという疑問もあり、事前に遺言者に面談し、意思伝達装置を使用しているところを確認したいと考えましたが、病院側の新型コロナウイルス対策によりできなかったため、これに代わる方法として、担当医師に対し、遺言者の病状や意思伝達の方法、意思能力等を照会し、遺言者に意思能力があり、パソコンで意思伝達可能との回答(別紙1、編注:省略)が得られたので、これを一つの資料としました。
 このほかに新型コロナウイルス感染防止のため、病院側から来院1週間以内に県外に出ないこと、体調を十分管理すること等の要請があり、また、当日来院する公証人及び証人2名の住所、氏名、勤務先等の調査に回答する必要がありました。また、遺言公正証書作成時間は10分程度にするよう要請がありましたが、これはお約束できないと回答しました。
 また、遺言内容については、全ての財産を妻に相続させ、遺言執行者にも妻を指定するというシンプルなものでしたので、遺言案を遺言者にメールで送り事前に了承をもらいました。
 メールでの遺言者との連絡は、難病とは思えないほどしっかりしており、また、意思伝達装置であるパソコンを使用し、インターネットを介して投資も行っているとのことでした。

5 遺言公正証書の作成等について
 作成の当日は、遺言者の妻も入院病棟へは入れないため、遺言者の妻とは病院の駐車場で待ち合わせ、その後、私と証人2名の計3名のみで病院の受付から入院病棟に案内されると、使い捨てのフェイスシールドを貸与され、それを着用して、病室に入りました。
 遺言者はベッドに上半身をやや起こした状態で寝ており、顔から約50㎝程度離れた位置にパソコンの画面があり、公証人と証人1名は、遺言者の顔とパソコンの画面を直接見ることのできる位置にいることができました。
 パソコンの画面は下半分にキーボード状の文字列が並び、遺言者が視線を動かすと文字列のキーの色が濃くなることで、遺言者がどの文字を見ているのか確認できるものでした(別紙2、編注:省略)。
 また、遺言者がキーを目視し、文字を確定すると、その文字がパソコン画面の上半分に表示され、キーボードの発話キーを目視すると、パソコン上に現れた文字列をパソコンが音声として読み上げる機能が付いていました。
 画面を直接見ることのできない証人1名については、パソコンの発話を聞くとともに、最後に、公証人がパソコン画面を写真撮影し、その写真の文字をその証人が見て確認することとしました。
 遺言公正証書の作成の応対は、①遺言者の本人確認、②遺言内容と直接関係のない質問に対する回答により遺言者本人がパソコン入力していることを確認、③遺言者による遺言内容のパソコンを使用した自書(公証人と遺言者の問答の形式)、④自書内容が、公証人が事前に用意した遺言公正証書案どおりであることの確認、⑤遺言公正証書案の読み聞かせ及び閲覧、⑥遺言者による遺言公正証書作成の可否の判断、⑦遺言公正証書原本への署名・押印(遺言者については、公証人が代署、代印)という順番で行い、最後に遺言者が入力したパソコン上の文字を写真撮影し、所要時間は40分程度で終了しました。
 ここで失敗したことは、①及び②の問答の際に、パソコン画面に表示された文字列が順次消えていくことに気づいた時はすでに文字が消えた後だったことで、それからは、画面に表示した文字は残すよう依頼したため、③以降に遺言者が入力した文字は画面に残り、それを写真撮影することできました。
 遺言公正証書は、通常の冒頭部分の「遺言者の遺言の趣旨の口述を筆記して」を「遺言者は口がきけないため、重度障害者用意思伝達装置付パソコンを使って自書した遺言の趣旨を筆記して」と記載し、本旨外要件の証書作成部分を「この証書は、民法第969条第1号ないし第4号まで及び第969条の2第1項に掲げる方式に従い作成し、同法第969条第5号及び第969条の2第3項に基づき本公証人が次に署名押印するものである。」として、作成しました。
 また、遺言公正証書の附属書類として、遺言者の入力した文字のパソコン画面を撮影した写真を証拠書類としましたが、パソコン画面上には、遺言者の入力した文字しか現れないため、公証人が質問した事項と遺言者が入力した文字を一覧できるよう問答を記載したメモを作成し、末尾に公証人の職印を押印したものも附属書類としました(別紙3、編注:省略)。

6 おわりに
 今回のALS患者の遺言公正証書作成を終えて、医療機器の発展の早さに驚くと共に、こうした機器を使用することで、意思の伝達が比較的スムーズに行えることが分かりました。
 本稿が、ALS患者等の遺言公正証書作成嘱託に応えるための一助になれば幸いと考えています。
 また、今回の作成にあたり、本誌No.27(平成29年6月号)12ページ、実務の広場No.51を参考にするとともに、多くの先輩公証人の皆様から多大なご指導をいただきました、紙面をお借りして厚く御礼申し上げます。  (小山健治)

前号(No.49)の訂正

 民事法情報研究会だよりNo.49に掲載のNo.86実務の広場「借地に関する、ある相談事例から」の26ページのなお書きを以下のとおり訂正します。
 「なお、この契約を法第23条第1項の事業用定期借地権として、当初30年の存続期間を定めていた場合には、変更契約により、その存続期間を10年延長して40年にすることができます。ただし、変更契約も当初の契約時の適用条項の範囲内となりますから、当初の存続期間の始期から通算50年未満までの範囲内となります(設定ではないので、公正証書によらなくても可能ですが、金銭債権の強制執行を視野に入れるときは公正証書によることが必要となります。)。」

民事法情報研究会だよりNo.49(令和3年4月)

 春暖の候、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
 今年は、桜の開花が例年よりかなり早いようです。すでに満開の時期を終え、葉桜になっている地域もあれば、これから見頃を迎える地域もあると思いますが、マスクを着用し歓声なしで楽しむほかないのが残念です。
 新型コロナウィルスも変異体の増加などが懸念材料となっていますが、いまだに数だけの発表では、どういった行動が感染の拡大を招いているのか等について、エビデンスを示してほしいと思ってしまいます。(YF)

今日この頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

旭川公証人合同役場における新型コロナ対策について(千葉和信)

 今日(令和3年1月26日)、旭川厚生病院(新型コロナウィルス感染の国内最大規模となる311人のクラスターが発生した病院)が、クラスターの終息宣言を行いました。多くの職員が感染し、人手不足に陥る中、濃厚接触者となった職員を働かせたことなどが感染拡大の一因となったようです。
 これを機会に、当公証役場における新型コロナ対策を紹介しようと思います。
1 はじめに
 昨年11月から北海道上川管内で旭川市を中心に猛威を振るった新型コロナの感染は、12月末以降、落ち着き、一時は逼迫した旭川市の病床使用率も19%(令和3年1月9日現在(北海道新聞調べ))に低下しています。深刻な状況を脱したようにも思えますが、気の緩みが再度の感染拡大を招きかねないので、十分に気をつける必要があります。
 旭川管内の感染者は、11月から12月にかけてクラスターが9件相次いだことで急増し、12月8日と同12日は過去最多の51人に上りました。
 旭川市の感染状況は、全国ニュースのトップとして扱われ、コロナ感染拡大で旭川市が有名となり、知り合いの公証人から心配の電話を多数いただきました。
 このころは、正直、コロナ感染の不安を覚え、札幌や東京からの来所者もある中で、非常に緊張しながら勤務していました。
2 新型コロナ感染対策
 昨年4月の緊急事態宣言以降、可能な限りの感染対策を行ってきましたので、当役場が実施している具体的な感染対策を紹介させていただきます。
 ⑴ 周知・広報など
   ①  役場入り口への張り紙
     当公証役場は、6階建てビルの5階にあります。公証役場のエレベーターの降り場及び役場の入り口のドアに「新型コロナウィルス感染症に対する対応について」と題する周知文書を貼り付けました。
 周知文書の内容は、次のとおりです。
・ 入室の際には、除菌スプレーを使用してください。
・ 事務室内スペースの間隔を確保するため、来所するときは、必要最小限の人数でお越しください。
・ ご来所の際は、マスクの着用をお願いします。
・ 利用者の入れ替えごとに、除菌クリーナーによる除菌と換気をさせていただきますので、あらかじめご了承ください。
・ ほかの利用者と接触する機会を極力減らすため、ご予約のお時間をお守りいただくようお願いいたします(早く到着されないよう、お時間の調整をお願いします。)。
・ 出張による遺言作成等は、病院、老人ホーム等、外部からの面会を禁止しているところも多く、緊急事態宣言発令中は、対応できない場合がありますので、あらかじめご了承ください。
  ② 説明会の中止
 当役場では、毎年、数か所において、公証制度をはじめ、遺言、任意後見制度などの周知を図るため、講演会や説明会を実施していますが、令和2年については、すべて中止としました。
 ⑵ 完全予約制による密集の緩和や対面機会の減少
  ① 予約制の徹底
 予約制を徹底し、事務室内が密にならないようにしています。突然の飛び込みの利用者には、次は必ず予約の上来所するように案内をしています。
  ② メールの活用
 離婚給付契約については、当事者のほとんどが、若い世代の者たちであることから、公証役場のホームページを案内し、当役場のメールアドレスを案内して、メールを活用して、必要な情報や公正証書の案文などのやりとりをしています。
 これまでは、来所していただいた上で、相談や公正証書の案文を確認してもらっていたので、来所者は激減しています。また、利用者は、いちいち来所しなくて済むので、好評を得ています。
  ③ 郵便の活用
 一方、遺言については、お年寄りが多いことから、公正証書の作成については、原則として、郵便でのやりとりを行い、公正証書を作成する際にだけ来所する方式に改めています。
  ④ スケジュール管理ソフトの活用
 公証人と書記との間で、スケジュールの共有ソフト(フリーソフトのGroupWatcher)を利用しています。
 このソフトは、フリーソフトでありながらNASシステムに入れておくことで、全員で利用することが可能となる優れものです。
 また、来所する利用者については、スケジュールソフトの備考欄に必ず連絡先の電話番号を記録しています。こうすることによって、万が一、公証役場の職員が新型コロナに感染したり、濃厚接触者になったりして、役場を閉鎖しなければならなくなった場合には、利用者に連絡を入れることが可能となります。
 さらに、厚生労働省が提供している接触アプリケーション(COCOA)にも登録し、毎日、陽性者との接触を確認していますが、「陽性者との接触は確認されませんでした」と表示され安堵しています。
 ⑶ 換気・マスク着用・消毒
  ① 換気の徹底
 事務室内の換気は、新型コロナへの最良の感染防止対策になると考えております。利用者が帰られた後には、必ず、事務室内の空気の入れ換えを行っています。ただ、旭川の真冬は、日中でも最高気温がマイナス気温(真冬日)となることがほとんどであり、時には、日中の最高気温がマイナス10度ということもあります。せっかく暖まった事務室内ですが、感染予防のために、利用者が帰った後は、必ず空気の入れ換えを行っていますが、暖まった室内の気温が一瞬にして、冷やされることになります。事務室内には冷気が入ってきて、しばらくはダウンのオーバーを着ながら仕事をしている職員もおります。
  ② マスク着用
 職員は、必ずマスクを着用し、マスクを着用しないで来所した利用者には、不織布マスクを差し上げております。下図(略)のマスクの効果にあるように、布マスクは、来所者がいない事務室内で仕事をするときに、来所者があるときや出張で遺言を作成する場合は、不織布マスクに取り替えてと、工夫をしながら着用しています。
  ③ 消毒
 事務室内のカウンターには、手を差し伸べれば自動的に消毒液が噴霧される非接触式手指消毒機を置いています。非接触型ですので、利用者には好評です。
 また、ドアノブ、エレベーターのボタン、ソファや椅子については、利用者が帰られた都度、除菌剤を噴霧して拭き取ることを励行しています。
 ⑷ 健康状態の把握
 公証人が、毎日、自分を含め職員の体温を、非接触型の体温器で測っています。
 また、当初は、なかなか踏み切れなかったものの、今では、利用者についても手指の除菌を案内し、この非接触型の体温器で体温測定を行っています。市内の飲食店では、当たり前になっていることであり、皆さん、協力的です。
 ⑸ シールドの設置・利用者との距離の確保
  ① 飛沫防止用パーティションの設置
 ある公証人から紹介してもらった段ボール製の飛沫防止パーテーションを相談机及び利用者が座るソファの前の机に設置しています。段ボール製なので非常に軽く、どこへでも移動ができます。1セット2500円で購入したものです。
 これとは別に、ビニールと木をホーマックなどで購入し、自作のパーティーションを作成して、公証人の机の上と窓口カウンターに設置しています。
  ② 携帯助聴器の活用
 利用者との距離を確保するため、公証人と利用者との距離を2メートル以上、確保するようにレイアウトを工夫しているものの、遺言者など高齢の方の中には、耳が遠くて、公証人の声が聞こえず遺言者の耳元でお話をしなければならないことがあります。
 このような時に威力を発揮するのが、携帯助聴器という電話の受話器のような機器です。この機器もある公証人に紹介していただいたものですが、イヤフォン型のように耳の中に入れるものではないので、清潔ですし、受話器のように耳にあてることで、公証人の声が大きくなって聞こえるものです。新型コロナ感染対策として活用しています。   これまで、何度か利用していますが、利用者にもとても好評です。
 出張の際にも必ず持参している機器です。
 ⑹ 空気清浄機、加湿器の設置
 1台の空気清浄機及び3台の加湿器をフル稼働させています。
 また、気休めかも知れませんが、仕事中は、首掛けタイプのポータブル空間除菌機や体温測定・血圧測定も可能なスマートウオッチをしています。
 ⑺ テレビ電話方式による電子定款認証の推進
 人と接触しないことが一番の新型コロナ感染対策であることから、テレビ電話方式による電子定款の認証手続(以下「テレビ電話方式」という。)を積極的に推進しています。旭川市内以外に在住する司法書士や行政書士(以下「司法書士等」という。)に対して、定款認証の依頼があった場合は、必ず、テレビ電話方式を案内しています。札幌や留萌、深川や富良野の司法書士等は、これまで公共交通機関や自家用自動車で、1時間から2時間もかけて公証役場に来所していました。特に、冬期間は吹雪などで、道路がホワイトアウトで多重事故が発生することもあって、公証役場に来所するにも命がけという状況です。テレビ電話方式は、リスク管理や時間短縮の面からもお勧めですとして案内をしています。旭川市内以外に在住する司法書士等にとっては、メリットが多く、一度、テレビ電話方式を経験した司法書士等は、次の定款認証は必ずテレビ電話方式を希望するようになりました。
3 最後に
 遺言書作成の依頼をしてきた行政書士が、遺言作成当日の朝、「濃厚接触者になったので、今日の遺言作成をキャンセルしたい」と連絡してきたり、遺言書作成のため何度も出張した冒頭の旭川厚生病院(患者様181名、職員及び関係者130名、計311名)や吉田病院(患者様136名、職員77名、計213名)でクラスターが発生するなど、新型コロナが非常に身近に感じ、いつ感染してもおかしくないという気持ちにもなりました。
 紹介しました感染対策は、すでに多くの公証役場でも行っていることかもしれませんが、引き続き、マスク着用、手洗い及び換気を励行しながら、利用者と公証役場で働く職員を守っていきたいと考えています。                          (千葉和信)

いきなり役場を移転するなんて(小山浩幸)

 令和2年5月22日、JR弘前駅を降りて、生まれて初めて弘前の地に足を踏み入れました。7月1日が就任予定日でしたので、本当はもう少し早く訪れて、有名な桜も観てみたかったのですが、当時は日本中が新型コロナに脅かされていたことから(今もそうですが)、移動制限という、じりじりした焦燥感の中、ようやく来訪を果たすことができました。
 駅からタクシーで十数分、弘前公証役場は、住宅街の一画にあり、1階が役場事務所、2階が住居の一戸建てになっていました。
 緊張の面持ちで挨拶を済ませると、早速、前任者から自家用車で岩木山の麓にある道の駅のようなところの喫茶店に案内いただきました。

 開口一番、「小山さんはあそこの役場で開業するつもりですか」と不思議なことを聞かれました。「もちろんです」と答えると、ポケットから紙を取り出され、そこには、現在の役場のメリットとデメリットの対照表が書かれていました。
 メリットは、弘前城が近く桜が楽しめることとスーパーやクリーニング店が近いという2点しかなく、デメリットは8点くらい書いてありました。いわく、交通の便が悪くお年寄りが一人で来られない、目標物がなく電話で案内するのが難しい、融雪装置がなく冬期間の除排雪に苦労する、木造なので火災が心配、役場入口に段差があり車椅子が通れない、飲み屋街まで遠い・・・等でした。最後の点はともかく、例えそうだとしても、それでどうすればいいのかといぶかしんでいると、「役場を移転してはどうですか」と、まさに青天の霹靂(青森産ブランド米)の一言。
 とっさに、「なるほど、状況はおおむね分かりました。ですが、何ぶん地理にも不案内ですので、少し落ち着いてから、候補を探すなどして前向きに検討します」と、見事な公務員トークで返答しました。ところが、「人間は腰を落ち着けると動けなくなる。移転するなら就任と同時がいい。新事務所は私が探してあげるから、小山さんは住むところを探しなさい」と、マスク越しの目がキラリと光り、「日公連と法務局には私から話を通しておくから」と言われては、うなずくしかありませんでした。

 その後、役場に戻って、公証事務のイロハを伝授いただきましたが、頭の中は役場移転のA to Zが渦巻いて、ほとんど覚えられませんでした。新潟の自宅に帰ってからも放心状態でしたが、前任者から移転の日程表や引越業者の見積もりを送っていただくうちに、ようやく気持ちが固まり、とにかく時間がないことから行動に移すことにしました。
 幸いにもネット社会。住まいはサイトで見つけて、仮契約を結び、6月12日に再び弘前に向かい、部屋を確認して、正式に借りることができました。
 同じ日、前任者と不動産業者と共に役場の候補地を見に行きました。2件用意していただきましたが、既に心づもりがあったらしく、私の承諾によって、弘前駅前のビルの一室を確保しました。自分でもネットでそれとなく探してみたときに検索で出てきた物件で、少し賃料が高いので無理だと思っていたのですが、相当値切り攻撃をしていただいたようで、サイトでの価格の4割引にしてもらえました(交渉人でもあったのかと)。

 現在の役場であるその物件は、駅から徒歩で3・4分と交通の便が良く、ヨーカドーさんの真向かいにあるため案内がしやすく、個人で除排雪をする必要がなく、堅固なビルで警備システムも万全、入口は段差なくエレベーターで7階の部屋まで来られる、飲み屋街に近い・・・等、最後の点はともかく、デメリットのほとんどが解消できるものでした。
 ただ、一つだけ誤算がありました。ビルは国内最大手の生命保険会社がオーナーで、担当者が言うには、賃貸借契約の決裁は本社扱いになり、最低1か月必要ですとのことでした。 つまり、就任と同時に移転することは叶わないことになり、翌8月初日をXデーにすることになりました。
 私は、この時、1か月でも余裕が生じたので、かえって良かったと内心では思いましたが、後日その間違いに気がつくのでした。

 7月1日の就任手続は青森地方法務局で行われ、私の公証人生活がスタートしました。これは、諸先輩の皆様の多くがそうであったかと思いますが、公証事務の手強さに、毎日が、毎時間が冷や汗の連続でした。つてにおすがりし、電話で照会させていただきながら何とかやり過ごしましたが、前任者が7月の半ばまで2階の居住室にいてくださったことが大いに助かりました。
 その後、「新しい役場での執務スタートを見られないのが残念だ」と言い残されるのをお見送りし、本当に一人になったわけですが、一人とはこういうことかと思い知らされることになります。
 その頃から、移転に伴う手続の電話が頻繁にかかって来るようになっていましたが、例えば電話の移設だけをとっても、NTTだけでなく、いろいろな関連会社から次々に問合せや書類の提出依頼が入り、専門用語の連発に、その都度確認が必要でした。
 組織にいたとき、庁舎の移転や引越は何度も経験してきましたが、一人ぼっちの公証人には、当たり前ですが、気鋭の会計課長も優秀な用度係長も付いていてはくれません。一方で、よちよち歩きで公証事務をこなし、一方で、移転のための準備をしなければならないという状態に翻弄される毎日で、この頃の記憶が今では少し曖昧になっています。もし、就任と移転が同時であったら、就任前は、前任者のお力添えをいただきながら移転準備をし、就任後は、移転した新しい役場で公証事務に専心することができたはずであり、忙殺されるような毎日は回避できたのではないかと思えてなりません。
 ともあれ、Xデーはやって来ました。本来、その週末は、弘前ねぷた祭りが予定されていて、駅前通りは通行止めになっていたはずなのですが、新型コロナの影響で中止になり、引越作業には何の支障もありませんでした。イベントはそういうものかもしれませんが、始まってしまえば、スケジュールにしたがって淡々と進み、夕方には全ての作業が完了しました。
 何も考えなくていいようにと、什器も含めて前の役場のレイアウトをそっくりそのまま移転するように依頼したので、違和感は最小限に抑えられ、ようやくスタートラインに立ったような気がしました。
 あれから数か月。新役場は利用者にも好評で、買い物ついでに相談にお越しになったり、降雪時も困らず、車椅子の老人も楽々案内できます。また、トイレ、流し台、ゴミ置き場等は共用スペースにあるため、廊下やドアも含めて個別に掃除をする必要がなく、大変助かっています。
 私自身も、公証事務は相変わらず冷や汗の連続ですが、環境にはすっかりなじんできたようです。過ぎてみれば、役場を移転して正解でした。
 いろいろと御助言と御支援を賜った方々に感謝をいたしつつ、新型コロナが沈静したら、近くなった飲み屋街を訪ね回ってみたいと思っている今日この頃です。(小山浩幸)

公証役場の事務所移転顛末記(泉本良二)

1 はじめに
 当役場は、令和2年2月に事務所を移転しました。
 移転の効果として、執務環境の改善、嘱託人の利便性の向上(主に、プライバシー保護とバリアフリー)等が実現できました。
 事務所移転して約1年が経過しましので、移転までの経緯と公証役場の今後の課題等について、報告させていただきます。
 なお、本稿は、単独役場だからこその事情(当職の決断で行動できる)や、個別案件が含まれていますので、これを前提に、参考にしていただければ幸いです。
2 移転前の事務所の状況
(1)旧役場の物理的・客観的な事情(問題点)
 当職は、平成28年7月に当役場に着任しました。着任前の引継ぎ及び着任当初の旧役場の印象は、簡単に言えば「狭い」「古い」というものでした。
 当役場の歴史をたどると、明治26年9月に設置され、旧役場のビルに事務所を置いたのは昭和49年3月です。なんと、約45年間いたことになります。
 旧役場は、立地条件こそJR丸亀駅から徒歩3分程度の便利な場所ですが、6階建ての建物は老朽化し(築50年程度)、エレベーターはあるものの、エレベーター手前(1階)に6段の階段があり、足の弱いお客様には極めて不親切な造りでした。特に、車イスの場合は、この階段が大きな障害です。1階にスロープを付けられれば良いのですが、玄関は狭くて、スロープを設置するスペースの余裕など、とてもありません。現在の建築基準法なら、こんな設計はあり得ないと思いますが、これが現実です。
 また、エレベーターで5階に着いても、狭い廊下を通って行くことになり、悪く言えば、健脚のお客様しか考えていないという構造でした。
 次に、事務室に入ると、書庫を含めて約57㎡というもので、待合の応接セットと公証人が応対する接客テーブルは一つの空間にあり、粗末なパーティションで隔てているだけで、もし、相談や読上げをしている際に、次のお客様がいると、プライバシー情報が筒抜けというありさまでした。
 書庫は、事務室の一角をコンクリートブロックの壁で区切ったもので、古くからの書類と物品が積め込まれた状態でした。
 駐車場は近隣に2台分を確保しているものの、離れているため「不便だ」「分かりにくい」とのご意見を受けることがしばしばでした。
(2)精神的・心理的な事情(問題点)
 上記(1)のような環境であったため、職員は、余裕のある接客ができない状況でした。
 例えば、相談や書類作成は予約制を基本としているものの、予約なし(飛込み)で来るお客様があり、重なった場合、職員は、先のお客様と新たなお客様の対応に振り回されることとなり、顧客サービスはおろそかにならざるを得ませんでした。
 また、電話が鳴れば、応対中の職員もお客様も気が散って(あるいは殺気立ち)、集中できない状態となっていました。
 稀にではあるものの、急ぎのお客様が「ちょっとでいいから、公証人と話したい」と言って、書記の応対を無視して(他のお客様も無視して)、勝手に公証人の前に来て、話し始めるという例がありました。
 もっと重大なことは、(1)で触れたとおり、プライバシー保護の配慮に著しく欠ける点です。遺言では、特定の相続人には絶対に財産をあげたくない理由を話す例や、離婚に伴う養育費では、離婚原因に話が及ぶ例など、極めてプライバシー性の高い会話が交わされることがあります。こんなときは、次のお客様に「廊下で待ってください」とお願いするか、大いに迷います。
 以上のような状況が毎日起きている訳ではありませんが、職員もお客様も、お互いに神経をすり減らす思いをすることがたびたびでした。
(3)移転の検討
 上記の問題点は、前任者においても悩みの種だったらしく、引継ぎの際には、多くの苦労話を聞くとともに、在職中に移転先を見つけられなかったことを悔やんでいました。
 当職は、その課題を引き継いだことになり、着任当時から移転の必要性は感じていました。
 しかし、「まずは、仕事を覚えてから」と思い、すぐに引越しを考える余裕はありませんでした。
 仕事がある程度軌道に乗ってから、休日に市内をさまよったり、仕事で接した不動産業者や司法書士等に相談したり、適当な物件を探していましたが、満足できるものが見つからず、たちまち2年が過ぎました。
 先輩公証人から「事務所移転を考えるなら、早いうちに決断しなさい。退職が近くなってからでは、決断できなくなる。」との忠告を受けていました。当職は「このままでは、先輩が言ったとおり、移転する気力がなくなってしまう」と焦っていました。
 そうしたところ、旧役場の隣の建物が、取壊しに向けて足場を組み始めたことに気がつきました。
 さっそく当職と書記で情報収集し、①取り壊して新ビルを建てるらしい、②新ビルは貸し事務所を考えているらしい、との情報を得て、新築ビルのオーナーA氏に入居を打診しました。
 A氏は「公証役場が入ってくれるんなら、大変ありがたい」との反応で、入居に向けての条件交渉等に移った次第です。
3 移転の交渉と準備
(1)オーナーとの交渉、設計会社との交渉
 隣に引っ越すなら、お客様の混乱は最小限になる。新築なら、設計段階から理想の公証役場作りに意見を言える。この点は、うってつけの話と思いました。
 ここから先、公証人は、交渉をする人に変わりました。
 当職は、個人情報に対する意識の高揚、高齢化社会の進展に伴うフリーアクセスの必要性の高まりを考え、さらなる利用者のサービス向上のために、①プライバシーの保護と②足の弱いお客様に優しい事務所作りという目標を柱にして、A氏と話をしました。A氏は、快く応対し、新ビルの1階に当役場が入ること、希望面積の約80㎡(従前の約1.4倍)を確保すること、ビル前の駐車場3台分を当役場に確保すること等について、気持ちよく了承を得ました。
 しかし、設計会社との交渉は、難航しました。
 最初に示された設計図は、玄関前にスロープはあるものの、曲がりくねった動線となっているなど、玄関の配置がどうしても納得できません。
 その旨を設計担当者Bに話すと、苦い顔で「無理です、ダメです」との返事でした。
 さもありなん。
 当職は入居者の立場であって、入居部分の構造・配置等についての要望ならともかく、玄関の設計に口を出すなんて、当職が考えても、立場をわきまえない発言と思われても仕方がありません。当職の要望は、スロープだけでなく、エレベーターの位置変更にも及んでいたからです。1階の入居者がエレベーターを使うはずはなく、余計な発言です。でも、ここを直さないと車イスがスムーズに公証役場に入れません。引き下がる訳にいかなかったのです。それは、前記②足の弱いお客様に優しい事務所作りという目標達成に大きく影響します。
 でも、これ以上Bと議論しても仕方がないと考え、一度は引き下がる姿勢でお別れして、A氏と話をすることに腹を決めました。
 後日、A氏と面談し、Bとの話の概要を説明した上「これでは、私の重要な目標に届かず、引っ越す意味がなくなる。残念ですが、入居の申出は辞退します。」旨を告げました。これは、本気で諦める覚悟でした。しかし、そうはならないという計算はありました。
 さて、数日後、Bから電話があり「もう一度、話を聞きたい」との由。再度、Bと面談し、要望の内容と理由を熱く語りました。「持ち帰って検討する」との返事を得たものの「さて、どうなるか」と心配していたところ、改めて提示された設計図には、当職の要望が全て満たされていました。
 その結果、車イスがビル前の駐車場からスロープを通じて、ほとんどまっすぐに玄関・役場待合室・事務室へ入ることができるように工夫がされていました。
 当職は、Bに丁寧にお礼を言って、A氏にもお礼を伝えました。
 A氏とBとの間で、どんな話が交わされたかは、知りません。
(2)移転の費用等
 隣への引越しなので、トラックを調達する必要はなく、人海戦術で帳簿等を運びました。旧知の行政書士が手伝いに来てくれたり、出入りのメンテナンス業者の好意にも甘えました。節約できた部分はあったものの、多くの備品を新調したため、おおむね220万円はかかりました。細かい点は省略しますが、内装工事が大きな出費でした。
 移転に際して最も悩んだのは、原状回復です。
 約45年間いたことにより、相当な傷みがあります。経年変化の点はさておき、書庫の壁のコンクリートブロックを撤去するとなると、多くの費用がかかります。
 そこで、旧役場オーナー担当者に「このブロックは、いつ、誰が築いたのか」について、調査を依頼しました。公証人・オーナーのいずれが築いたかによって、撤去の義務・負担が変わってくるからです。調べてもらった結果は「あまりにも昔のことなので、分からない」とのことでした。
 当職は、やんわり「免除してほしいけど、どうします?」と下駄を預けると、検討結果は「そのままでいいです」となりました。
3 移転による効果
(1)お客様の印象
 移転した後、お客様から「分かりやすい」「入りやすくなった」「駐車場が目の前にあって便利」「身障者トイレはすごく立派」等の声を聞くほか、車イス利用の司法書士が新事務所を訪問した際、非常に喜ぶと同時に、褒めてくださり、これまでの苦労が報われたような気分でした。
 また、複数の士業者から「今だから言うけど、前はプライバシーの点で疑問だった。良くなった。」との声をいただきました。
(2)職員の印象(主に精神的効果)
 書記は、大いに喜んでいます。何より大きいのは、ストレスからの解放です。
 役場のドアを開けると、お客様は、まずは待合室に入り、書記は、待合室と事務室との壁に設けたガラス窓から接客が始まる形となっているため、事務室で対応中のお客様とは完全に空間が分断されています。
 これにより、新規のお客様には、用件を聞いた上で「お掛けになって、少しお待ちください」と言えば、不満を言われることはほとんどなく、プライバシー情報に神経をとがらせることも少なくなりました。
 偶然ですが、移転の直後にウイルス感染の懸念がクローズアップされ、ガラス窓を隔てての接客スタートは、時宜にかなったものとなっています。
 職員の健康管理・モチベーションにも大きな効果があると思われ、それが親切・丁寧な接客対応、間違いのない事務処理につながると期待しています。
4 終わりに(課題を含めて)
 新しい事務所は、完璧とまでは言えませんが、おかげさまで、プライバシーの保護と足の弱いお客様に優しい事務所作りという目標に、大きく近づくことができたと思っています。旧役場を知っていて、移転を知らなかったお客様から「来たらすぐ分かった」「前よりずっと良くなった」と言われると、決断して良かったと思います。ただし、箱物だけでなく、中身が重要ですので、更なるサービス改善を図っていきたいと考えています。
 移転前の準備と移転後の整理の期間は、通常事務と並行しての作業だったため、繁忙を極めました。でも、幸いなことに、多くの人から温かい支援を得て、大きな混乱なく移転できました。
 レイアウトなどの工夫については、先輩・同僚の事務所を見学させてもらい、また、親切かつ貴重なご意見を拝聴し、大いに参考とさせていただきました。
 この機会を借りて、厚くお礼申し上げます。
 お客様に満足感をもってもらうことの方策として、当職の掲げた目標は、どこの役場においても配慮すべき課題と思います。しかし、簡単に改善できるものでありません。
 公証事務を取り巻く環境が厳しくなりつつある昨今、現状の問題点を打開していく工夫は、絶えず検討していく必要があると思います。
 僭越な部分がありましたら、ご容赦願います。
 当職の経験が、少しでも参考になればと思います。(泉本良二)

実務の広場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.85 金利の見直しに伴う「保証意思宣明公正証書」作成の可否
    (鎌倉克彦)

 公証人に任命され、1年4か月を過ぎようとしていますが、毎日、業務に追われてバタバタしており、いつになったら諸先輩のように落ち着いてテキパキとこなせるようになるのかと嘆く日々です。
 さて、保証意思宣明公正証書が導入されて、令和3年4月で1年を迎えることとなりますが、この制度は、私が公証人に任命されて5か月後に施行されたものであり、任命早々に新しい仕事が増えることへの戸惑いを強く感じつつ、何とか最初の1件を処理したことが思い起こされます。
 当役場においては、制度導入当初は少ない嘱託件数で推移していましたが、最近になり、コロナ禍の影響もあるのか嘱託件数も多くなり、照会件数も増えている状況です。
 そのような中で、最近当役場において処理した案件について、以下のとおり報告します。

(事案の概要)
1 平成23年(西暦2011年)2月15日、金銭消費貸借契約(アパート建築資金融資)とともに保証契約を
 締結
 ・ 債権者(貸主) 某信用金庫
 ・ 債務者(借主) A
 ・ 連帯保証人   B
 ・  利息 年1.875%(10年固定)、固定期間終了後は変動金利
  (信用金庫所定の長期プライムレートを基準金利とした利率)
2 令和3年(西暦2021年)2月6日、固定金利期間が終了し、約定に基づく変動金利が適用された
(同日における金利は1.075%)
3 令和3年3月5日付けで、以下のとおり借入利率等に関する変更契約を締結する予定
  利息 年0.985%(10年固定)固定期間終了後は変動金利
  (信用金庫所定の長期プライムレートを基準金利とした利率)

(照会内容)
 上記3の変更契約は、債務者Aの金利負担の軽減を目的とするものであり、従前の契約に基づく直近の金利(変動金利:年1.075%)から変更しようとする金利(少なくとも固定金利が適用される10年間は、0.985%)は、連帯保証人Bの保証債務の軽減にも資するものであるが、このような案件についても保証意思宣明公正証書の作成を要するのか。

(検討・対応内容)
 本件は、民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号。以下「新法」という)の施行に伴い導入された、事業のために負担した貸金等債務を保証する保証契約等の特例による「保証意思宣明公正証書」の作成に関して、新法の施行(令和2年3月1日)前に締結した保証契約について、施行日以後に変更契約する場合における同公正証書の作成の要否に関するものです。
 これに関しては、「新法の施行日以後に債権者と債務者との間で目的又は態様を加重するように主債務の内容を変更し、その効力を保証人にも及ぼすには、保証人の同意を得なければならないが(新法第448条第2項)、このような場合に、その変更の対象が保証意思宣明公正証書の法定の口授事項であれば、新法第465条の6に基づいて保証意思宣明公正証書を作成しなければならない。他方で、新法の施行日以後に主債務の目的又は態様が軽減された場合には、保証人の同意の有無にかかわらず、その変更の効力は保証人に及ぶが、この場合には、保証意思宣明公正証書を作成する必要はない。」(「Q&A改正債権法と保証実務」一般社団法人金融財政事情研究会173ページ)とされ、さらに、「新法の施行日以後に債権者と保証人との間で保証の内容を変更する場合には、その変更の対象が保証意思宣明公正証書の法定の口授事項であるときは、(中略)保証意思宣明公正証書を作成しなければならない。」が、「保証契約の変更が保証意思宣明公正証書の法定の口授事項を変更するものであっても、極度額の減額など保証人にとって有利なものであり、保証人の同意が実質的に問題とはならず、債権者の意思表示があれば認められ得るものについては、保証人の保証意思は問題とならないので、保証意思宣明公正証書の作成は不要である。」(同書174ページ)とされています。
 これを本件についてみますと、変更契約による金利の変更は、法定口授事項に関するものであり、変更契約後の金利が変更契約前の金利と比較して重くなる場合は、保証意思宣明公正証書の作成を要し、変更契約後の金利が変更契約前の金利と比較して同等又は軽くなる場合は、保証人Bの責任を加重するものではないことから保証意思宣明公正証書の作成を要しないことになります。例えば利率2パーセントの固定金利の定めを利率1パーセントの固定金利に変更契約する場合は、保証人にとって有利なものであり、負担を軽減させるものであるので、保証意思宣明公正証書の作成を要しないこととなります。本件については、変動金利と保証人の負担との関係をどう考えるかが問題となります。
 変動金利は、返済途中に金利が見直されるものであるところ、将来、保証人に有利に変動するか(負担が軽減されるか)、それとも、不利に変動するか(負担が増加するか)が不明です。本件については、変更契約をしなければ返済まで変動金利が適用され、直近の利率は年1.075%で、変更後の固定金利の利率0.985%よりも高率ですが、将来、固定金利の利率0.985%を下回る利率に変動することも有り得ます。変更契約当初は変更契約前よりも負担が軽減されますが、変更契約をせず当初約定の変動金利を維持した方が結果としてトータルの負担が少ないことが全くないとは言えません。そうすると、連帯保証人Bの保証債務は、変更契約により加重されることも有り得ると考えられ、本件は、保証意思宣明公正証書の作成を要しない案件とは断定できないことになります。
 もっとも、保証人は、当初の契約において10年の固定金利終了後は変動金利になることについて承知しているので、変更契約して金利に変動があったとしても、当初の保証意思に含まれるものであるので、保証意思宣明公正証書の作成を要しないとの考え方もあるでしょう。
 本件については、照会者に対し、新法の趣旨等を説明するとともに、本件は保証意思宣明公正証書の作成を要しない案件であるとは断定できないことについてアドバイスし(注1)、加えて、公正証書の作成を要しない案件についても公証人は作成を拒絶することはないこと(注2)についても説明しました。その結果、連帯保証人Bから保証意思宣明公正証書の作成嘱託を受け、公正証書の作成を行いました。
 本件は、新法施行前の契約の変更(金利の見直し)に伴い保証意思宣明公正証書を作成した当役場における初めての案件でしたので、参考までに報告させていただきました。
 なお、本件の処理については、東京公証人会会報(令和2年12月号53ページ)に掲載された協議結果も参考にさせていただきました。

(注1)
「公証人は、保証予定者から保証意思宣明公正証書の作成を嘱託された場合、基本的には嘱託人の判断を尊重して嘱託に応じるほかない。もとより、保証意思宣明公正証書作成の要否について嘱託人から尋ねられた場合は、嘱託人が適切な判断ができるよう懇切に法の規定を説明し、適切なアドバイスに心がける必要がある。」(保証意思宣明公正証書執務資料(令和元年9月版)の「Q4」20ページ参照)
(注2)
 「保証予定者が保証意思宣明公正証書の作成を求めたときは、公証人は、当該保証契約が保証意思宣明公正証書を作成しなければ有効に成立しないものであるかについて判断すべきではなく、仮に当該保証契約が保証意思宣明公正証書を作成せずとも有効に成立し得るとしても、そのことを理由に、その作成を拒絶することはできない。」(「民法の一部を改正する法律の施行に伴う公証事務の取扱いについて(通達)」(令和元年6月24日法務省民事局長)の第4の1参照))(鎌倉克彦)

No.86 借地に関する、ある相談事例から(古門由久)

 個人Aと社会福祉法人Bとの土地賃貸借契約について、次のような内容を含む契約書案が送付され、その内容の適否について相談されたことがありましたので、その概要等を紹介いたします。

〈事案の概要〉
土地所有者Aは、社会福祉法人Bから、Aが所有する土地をBが建設・運営する介護保険法に基づく居宅サービス事業又は施設サービス事業のための建物の敷地として貸してほしいと依頼された者であり、Bから提示された土地賃貸借契約書と題する案の内容は、次のようなものでした。
(1) この契約は、Bが建設する建物の所有を目的とし、本件土地の賃貸借期間は満30年間とされており、
期間満了後に10年単位で更新することができると記載されている。
(2) Bが建設する建物の用途は、通所介護(デイサービス)を主体とするか、介護老人保健施設(老健)とするか、若しくは介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム)にするかは、今後の所轄庁への届出や許認可等の関係で今のところ決めていない。

〈回答の概要〉
1 普通借地権とする場合について
 契約書案によると、本件土地の賃貸借期間は、満30年とされており、期間満了後に10年単位で更新できることとされています。
 仮に、本件借地権(=建物所有を目的とする土地の賃借権又は地上権)を借地借家法(以下「法」という。)第3条に定める普通借地権として契約する場合には、法第4条の規定により最初の更新は20年、以後の更新は10年とされていますので、そのように定めなければならず、契約書案のように10年単位で更新することはできません。
 また、この契約を法第3条に定める普通借地権の設定とする場合には、期間満了後に、賃借人から賃貸人に対し建物買取請求権(法第13条)を行使することができることになりますが、賃貸人は、このことを了解しているのか疑問が生じます。なお、この規定は強行規定なので、特約で行使しないこととする旨を定めることはできません。
 建築される建物の規模や構造にもよると思われますが、賃貸人が買い取る意向があるのであれば、上記の更新年数を修正する(最初の更新は20年とし、以後は10年とする)ことで足りますが、存続期間満了後に、賃貸人において、建物を買い取る意向がないのであれば、普通借地権を設定することはできないものと考えます。

2 定期借地権(法第22条)とする場合について
 賃借人の建物買取請求権を行使しないこととする旨を定めることができる契約としては、定期借地権(法第22条)と事業用定期借地権等(法第23条)がありますが、建物の利用目的及び存続期間によって、いずれかを選ぶことになるものと考えます。
 このうち、定期借地権は、建物の使用目的を問いませんので、当該建物を居住の用に供しても差し支えありません。したがって、Bが建設する建物を、後述するように、老人福祉施設(特別養護老人ホーム)や老人保健施設(老健)に利用し、施設入居者が恒常的に居住する場合であっても、対応できるものと思われます。
 ただし、法第22条に定める定期借地権の存続期間は50年以上とされており、契約書案記載の満30年を超えることになりますので、その点の検討が必要になります。ただし、更新によって10年単位で延長する旨の内容になっていますので、当事者間で初めから満50年とする契約をすることが可能であれば、法第22条に定める定期借地権を設定することもできるものと思われます。
 なお、契約の更新(更新の請求及び土地の使用の継続によるものを含む)及び建物の築造による存続期間の延長がなく、法第13条の規定による建物買取りの請求をしないこととする旨の特約が必要となり、公正証書等の書面で契約をしなければなりません。

3 事業用定期借地権(法第23条第1項)とする場合について
 専ら事業の用に供する建物の所有を目的とする事業用定期借地権の存続期間は、30年以上50年未満とされていますので、契約書案の期間30年に合致しますが、契約の更新(更新の請求及び土地の使用の継続によるものを含む)及び建物の築造による存続期間の延長がなく、法第13条の規定による建物買取りの請求をしないこととする旨の特約が必要となります。
 普通借地権(法第3条)及び定期借地権(法第22条)では、建物の利用目的を問いませんが、事業用定期借地権等(法第23条)では、専ら事業の用に供する建物の所有(建物の全部又は一部を居住の用に供してはならない)との制約が課されます。
 本件土地に建設予定の建物は、通所介護(デイサービス)用の建物あるいは介護老人保健施設(老健)ないし介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム)とのことですが、通所介護(デイサービス)用の建物の場合を除き、居住の用に供するか否かが問題となってきます。

(参考)
1.特別養護老人ホームは、居住の用に供する場合に当たるか否かについて両説があるとされている(平成12年11月7日法規委員会協議結果・公証128号295ページ)。
2.介護専用型有料老人ホーム・痴呆性高齢者グループホームは、いずれも特定人が継続的に居住するための施設であって、住居に該当するから、これらの事業に供する建物を所有する目的で事業用借地権を設定することはできない(日公連法規委員会協議結果・公証138号331ページ)。
3.有料老人ホームには、①介護付有料老人ホーム、②住宅型有料老人ホーム、③健康型有料老人ホームの3つの形態があるが、①の介護付有料老人ホームは居住施設であり、事業用定期借地権を設定することはできない(東京会実務協議会・会報平成22年第4号37ページ)。
4.老人ホームの運営・利用形態は様々であるから、具体的な事案に即して、特定人が継続して専用使用する建物かどうか等につき検討する必要がある(平成18年6月23日付け日公連ホームページ)。

 公正証書遺言を作成するために、これらの特別養護老人ホームや介護老人保健施設に赴くこともありますが、住民票上の住所を施設に移している例も見受けられるところであり、居住していると評価される実態にある例が多いような気がします。
 本件において、通所介護(デイサービス)メインの使用目的とし、時として短期入所療養看護のため宿泊施設(ショートステイ)として使用する場合もあるということであれば、専ら事業の用に供する建物とみることができるものと考えますので、この事業用定期借地権を設定することも可能と考えます。 
 なお、この契約を法第23条第1項の事業用定期借地権として、当初30年の存続期間を定めていた場合には、変更契約により、その存続期間を10年延長して40年にすることができます。ただし、変更契約も当初の契約時の適用条項の範囲内となりますから、当初の存続期間の始期から通算50年未満までの範囲内となります(設定ではないので、公正証書によらなくても可能ですが、金銭債権の強制執行を視野に入れるときは公正証書によることが必要となります。)。 
 いずれにしても、Bが建設する建物を何に利用する目的なのかが確定した段階で、いずれの契約によるべきかを検討願います。(古門由久)