会長挨拶
会員の皆様には、師走のお忙しい中、当一般社団法人民事法情報研究会の後期セミナーにお集まりいただき、ありがとうございました。
当法人の会員は、平成25年5月の発足当時の150名から徐々に増加して、現在は200名を超えるに至っております。増加してきたのは、新規に公証人に任命される方がほとんど入会していただいたことによるものですが、おかげさまで、法務局で働いたOBの全国的交流の機会を設けるという趣旨からからは一応の成果を上げているものと考えております。しかし、6月と12月の研究会の会合に出席していただくことには、体調の不良や行事の重複等の理由で支障がある方も多く、特に東京から遠隔の地に居られる会員にとってその度合いも大きいものと思われますので、昨年来、会員の交流を補助する意味合いで、隔月お送りしている民事法情報研究会だよりを会員情報誌として充実させることとしております。会員の皆様には、この趣旨をご理解のうえ、積極的なご投稿をよろしくお願いしたいと思います。
本日のセミナーの講師には、会員の加藤康榮先生にお願いいたしました。特別会員の房村先生、倉吉先生には、本日は他の予定と重なったため欠席されていますが、加藤先生と皆様によろしくお伝えしてくれとのことです。
お手元にお配りしたレジメの最後のページに加藤先生のプロフィールが載っていますが、加藤先生は長く刑事法の分野でご活躍され、本日の講演テーマも、「刑事司法の歩みと近時の司法改革関連法」ですが、日産自動車のゴーン元会長について目下話題になっている司法取引等、皆さんの興味をもっていただける内容が多いものと思っております。
平成30年12月8日民事法情報研究会セミナーのレジメ
概観―刑事司法の歩みと近時の司法改革関連法
はじめに
第1 刑事司法発展の歴史
1 近世以降の英米法系と大陸法系の刑事法制の比較
(1)英米法系の刑事法制
神判裁判を禁止し、起訴陪審による弾劾主義
アメリカ法―イギリスとは検察官制度などで異なる。
(2)大陸法系の刑事法制
神判(盟神深湯(くがたち)等)の廃止等を経て糺問(きゅうもん)主義→我が国では江戸時代の奉行制度もこの訴訟構造。
*フランス革命(1789年)を経て、1808年に刑事訴訟法典を発布。→我が国も明治以降これを継受
2 我が国の刑事法制発展の歴史
(1)律令による刑事法制
大宝律令(701年)、養老律令(757年)→「弾正台(だんじょうだい)」を経て、「検非違使庁(けびいしちょう)」が布かれるも、拷問は許容。
(2)江戸時代の刑事法制―独自の発展
「吟味筋」→幕府直轄地に寺社奉行・勘定奉行・町奉行の3奉行を置いて、各所管の訴訟を担当させていた。
*南町奉行-大岡越前守忠相(ただすけ)、北町奉行-遠山左衛門尉影元
(3)明治初頭期から治罪(ちざい)法へ至る刑事法制
〔明治維新〕(1868年)→四民平等化を図って中央集権化し、裁判権も統一して近代的な司法制度を布いた。
・明治4年―司法省設置(裁判所・検事局・明法寮を管掌)
・明治5年―司法省職務定制で、検事公訴官制度とする。
・明治8年―司法権独立の礎となる大審院を頂点とし、下
級裁判所として上等裁判所・府県裁判所を置く。
・明治12年―太政官布告で、明文をもって拷問廃止。
・明治13年―太政官布告で、治罪法を制定。
(4)明治中期以降―明治刑訴法から大正刑訴法へ
ア 治罪法や明治刑訴法の制定・運用―フランス法系導入後、ドイツ法系の影響になる裁判所構成法等制定。
イ 戦前の刑事法制の特徴点
検事の権限―公訴権を行使する弾劾官(公訴官)
起訴法定主義の下でも起訴便宜主義が慣行化し、大浦事件を経て明文化されて定着し、現在に至る。
(5)戦後の予審制度廃止と改正現行刑訴法
ア 予審制度の改廃
・ドイツ―1975年予審制度を廃止し書面審査だけで公判に付することを決める「中間手続」に改正。
フランス―1897年の大幅改正など紆余曲折を経ながらも、現在も予審制度自体は維持している。
・我が国―予審制度は戦後旧刑訴法を現行刑訴法へ全面改正する過程で刑訴応急措置法により廃止。
イ 戦後の法改正過程でのGHQの関与
GHQ(連合国軍総司令部)から法務当局へのステートメント―東洋文明の後進性の観念を背景とする。
ウ 戦後の司法制度関連の組織改革
〇 検察庁と裁判所―戦前は、判事と検事が同じ司法官として司法省に属していたが、戦後これが分離され「裁判所」は最高裁判所を頂点としてその司法権の独立が名実ともに実現した。
〇 警察組織
エ 権限集中型の検察官―検察ファッシヨ批判
第2 歴史的主要事件
1 日糖事件
〔事件の概要〕
大日本製糖(株)の役員7名が、明治39年(1906)の原料輸入砂糖戻税法改正案、翌年の砂糖官営法成立のためにした、政友会等代議士21名への一大贈収賄事件。
〔事件の特徴〕
2 大逆(たいぎゃく)事件
〔事件の概要〕
明治43年(1910)5月発覚の天皇暗殺未遂の大逆事―数百名が逮捕されたが、結局26名が大逆罪で起訴され、一審が大審院終審の裁判により、被告人全員が有罪判決で、うち24名が死刑判決となった。
〔事件の特徴〕
3 帝人事件
〔事件の概要〕
台湾銀行の頭取ら役員が、日銀へ自行の債務担保として差し入れ中の担保流れの帝国人造絹糸(株)の22万株式を政官財界の有力者へ安く売却した一大背任・贈収賄事件。
〔事件の特徴〕
*箴言―宮沢俊義東大教授の随筆「検察官と世評」
本事件の判決が「空中楼閣事件」と断じて、全員無罪判決とした「判決文」について、「裁判官があまり痛快無比の言葉を使って、留飲を下げたり、世間に快哉をさけばせたりするのは、邪道である。そういう言葉は、法廷で相争う当事者たちに任せておくべきで、裁判官は、それにつりこまれず、どこまでも冷静に節度ある態度でものをいうべきである。・・裁判官として、判決を通じて発言する場合に、不当に大げさな形容語を使って相手をやっつけるのは、自分が占めている特殊な権威的地位を乱用する卑劣な態度と評すべきである」との箴言論評を発表した。
4 昭電疑獄事件
〔事件の概要〕
戦後の昭和22年4月、衆議院不当財産取引委員会で行われた昭和電工への復興金融金庫融資を巡る汚職疑惑の追及から東京地検の捜査が開始され、同年6月には日野原昭電社長を商工省課長らに対する贈賄被疑者として逮捕し捜査を続けるうちに、これが大疑獄事件に発展。
同年12月までの間に福田赳夫(当時大蔵省主計局長。後の首相)、栗栖赳夫(経済安定本部長)、西尾末広(前首相)ら官僚、現職閣僚、党幹部らが収賄容疑で相次いで逮捕され、芦田均内閣は総辞職。そして芦田前首相も逮捕され、49名が起訴されたが、日野原社長や栗栖氏は有罪であったものの、重要被告人の殆どが無罪で終る。
〔事件の特徴〕
5 造船疑獄事件
〔事件の概要〕
利子補給法等を巡る贈収賄事件と、船会社が造船発注に際し代金の一部をリベートとして賄賂の裏金とした特別背任事件。横田社長の献金メモ押収で一大疑獄事件へと発展。
捜査は、吉田内閣の緒方竹虎副総理、後に首相となる佐藤栄作自由党幹事長、池田勇人同党政調会長、三木武夫同党元幹事長ら大物にも及び、122名の被疑者中、71名が逮捕されて34名が起訴された。
昭和33年7月の判決では、収賄側の有田自由党副幹事長と運輸省官房長は有罪だったが、議員1名と贈賄者側1名は無罪、特別背任の10名は無罪であった。
〔事件の特徴〕
・指揮権発動
・宮沢俊義「検察官と世評」―指揮権発動に対する寸評
6 ロッキード事件
〔事件の概要〕
昭和50年8月、アメリカ上院銀行委員会でロッキード社の日本関係者への賄賂提供が問題となり、翌年2月、アメリカ上院外交委員会多国籍企業小委員会公聴会でコーチャン元ロッキード社副会長らの証言から、同社が航空機売り込みにからんで日本の「右翼の大物」に多額の手数料を支払い、日本政府高官に多額の金員を渡して斡旋工作を行ったことが発覚したのが端緒であった。
東京地検特捜部は、同年7月27日には田中角栄前首相を外為法違反で逮捕。勾留後同罪と受託収賄罪で起訴した。
この事件で起訴された橋本元運輸相、若狭全日空社長ら11名が有罪で終結。田中前首相は一、二審では受託収賄罪等で懲役4年・追徴金5億円の実刑判決後、最高裁で審理中に死亡したため、公訴棄却となっている。
〔事件の特徴〕
7 リクルート事件
〔事件の概要〕
江副リクルート社会長が、子会社リクルートコスモス社の値上がり確実な未公開株式を中曽根前首相、当時の竹下現首相、宮沢蔵相ら有力な政治家など政官財界、マスコミ関係者76名に譲渡して利益を上げさせたことが問題となり、一大贈収賄の疑獄へと発展した事件。
東京地検特捜部は、同年10月20日、松原リクルー室長を贈賄の嫌疑で逮捕し、同年11月10日起訴。その後、翌平成元年2月以降、贈賄者は江副会長。収賄者側は、元NTT役員2名とNTT会長秘書1名を始め、真藤NTT会長、加藤前労働次官、高石前文部次官らを相次いで逮捕し、4月25日、竹下内閣は総辞職するに至った。
〔事件の特徴〕
第3 刑事司法の現状と近時の司法改革
1 刑事司法の現状及び検察官、裁判に対する権限控制と国民の「司法参加」
(1)刑事司法の現状
我が国の刑事司法は、「国民性に根ざしながら、綿密な捜査と起訴の厳選、そして精密な裁判審理、すなわち精密司法で行われている」との見方が支配的。
(2)検察官に対する控制機能
2 近時の司法改革関連法等の概観
(1)国民の司法参加―裁判員制度と起訴強制制度
ア 裁判員制度の創設
〇 裁判員法(裁判員の参加する刑事裁判に関する法律)第1条(趣旨)
この法律は国民の中から選任された裁判員が裁判官と共に刑事訴訟手続に関与することが司法に対する国民の理解の増進とその信頼の向上に資することにかんがみ、裁判員の参加する刑事裁判に関し、裁判所法及び刑事訴訟法の特則その他の必要な事項を定めるものとする。
〇 裁判員制度の手続概観
(拙著『刑事訴訟法(第2版)』163頁から引用)
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