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民事法情報研究会だよりNo.36(平成30年12月)

歳末の候、会員の皆様におかれましては何かと心せわしい日々をお過ごしのことと存じます。
さて、平成23年3月の東日本大震災発生当時、仙台法務局長をしていた橘田会員(厚木公証人)にそのときの様子を、本号と次号の2回に分けて、寄稿していただきました。災害は忘れた頃にやってくる・・・時が経つと災害の記憶や助け合いの気持ちは薄れがちですが、昨今の次から次に発生する地震・豪雨・台風等の悲惨なニュースを見るにつけ、決して他人事にしてはならないという思いを新たにする今日この頃です。(NN)

今 日 こ の 頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

あの日 それから7年余を経て(その1)(橘田 博)

平成23年3月11日午後2時46分、多くの犠牲者と多くの街を壊滅させ、福島の原発事故の引き金となった、あの日あの時から7年余の歳月が流れました。
今般、本誌編集幹事から、あの時の様子など書いていただけたらとのお話があり、筆をとることにいたしました。
あの日から一月余りは、すべてが無我夢中の中で過ごした日々であり、退職後、当時を記録したデータが引っ越し荷物にまぎれ紛失したことから、曖昧な記憶に基づく回顧になっています。また、とりとめのない話や情緒的な表現が多々登場しますが、寛容な読者の皆様ゆえお許しいただきたくお願いいたします。
この原稿を書き始めようと重い腰を上げたころ、BSNHKの「心旅・2018秋」が始まりました。
毎朝、8時45分から楽しみに視聴している番組です。
今回は、北海道から静岡県までの旅です。その放送の開始直後、北海道胆振東部大地震が発生しました。
地震は、一行が襟裳から帯広に抜け、厚岸に着いた日の夜半に発災し、翌日の行程は、電気、鉄道も止まっているため、中止となった旨、放送は伝えていました。
翌日以降の放送を見ると、その後、旅は続けられ、青森県にわたり、10月中旬には、岩手県、下旬には宮城県を火野正平さんは、走り続けています。
しばらく訪れていない東北の地をテレビで見させていただき、また海岸線の町々の映像を見るたびに、当時のことが昨日のように蘇ってきて、なかなか進まない復興の難しさを感じるとともに、しかしながら、そこに暮らす人々の笑顔に救われる思いをしています。
前書きが長くなりましたが、当時のことを思い返しながら、筆を進めたいと思います。

1 二日前(その前日から)
発災3日前の3月8日、あと数日で、法務局生活にピリオドを打つ最後の職場視察に朝から出かけ、県北の登米支局、気仙沼支局に伺う。気仙沼市にて、いつもの常宿に宿泊。
気仙沼支局において、当時の東海林支局長と地震・津波に備えた防災訓練が話題となり、気仙沼支局が入居する国の港湾合同庁舎では、机上訓練は行っているが、実地訓練は未実施と伺いました。
気仙沼の港周辺の港湾施設の中の中高層ビルは、港湾合同庁舎と県合同庁舎のみであり、付近には缶詰工場など水産加工場が多数あることから、いざというときには、2棟の合同庁舎に避難者が予想されるが、国合同庁舎の出入り口は自動ドアのため、停電により開閉が困難になるので、1階の入居庁に速やかに開けてもらう必要がある等々意見交換をし、できれば実地訓練を行っていくのが管理庁としてベストである旨をお話ししたと記憶しています。
その夜は、支局の皆様と、来るたびにお邪魔する居酒屋「ぴんぽん」さんにて、珍味に舌鼓をうち、楽しい夜をすごしました。
翌日、気仙沼支局から仙台本局への帰途、正午前であったと記憶しています。三陸道を南下中、妻からメールが入り、「今、震度5強の地震があった。どこを走っているか?」とのこと。急ぎ、官用者車備え付けのテレビを見ると、大きな被害はないものの、相当大きな地震のようでありました。私たちは高速道路上(高架ではない)にいたため、気が付かなかったようでした。
東北では、30数年に1度、宮城沖地震が発生すると予測されており、国等の機関の長が集まる月曜会(毎月1度、幹事は持ち回り)においては、必ず地震の話題が出され、参加者も意見交換を行っておりました。私も着任以来、その備えに取り組んでいました。
職場に戻り、地震の様子や庁舎の被害状況等を管内にも照会をし、ほとんど被害がないことを確認しました。
これが宮城県沖地震であったとしても、昔と違い、建物の新営等されたのであるから、大丈夫であろうと、このとき、私自身、都合よく、思いこんでしまった感じがありました。
規模も小さくはありませんでしたが、それほど大きくもありませんでした。それでも震度は5強でしたので、宮城県沖地震が発生したのではないかと思い込んでしまったような気がします。
相当程度地震エネルギーが放出されれば、しばらくは大丈夫かと思い、二日後の大地震について、思いを巡らすことはありませんでした。

2 当日の朝から発災前
当日の朝から発災前にかけての記憶は、あまり鮮明に覚えていませんが、お昼は、奥山技官の案内で、美味しいお蕎麦をいただい後、大河原支局を視察し、大河原公証役場に伺い、前島公証人(当時)にご挨拶し、夕方の会食での再会を約して、大河原から亘理町、岩沼市を経て、名取出張所へ向かう途中でした。
前島公証人、木島公証人(当時古川公証役場公証人)のお二人には、石巻公証役場井上公証人が急逝されたことから、長らく石巻公証役場の代理公証人をお願いしており、夕方、仙台駅前の某所で、お二人に対する御礼とお別れの会食予定でした。
また、会食後、夜半には、当時、東京局総務部長であった西川現所沢公証人と仙台において、一献酌み交わす予定でした。
勤務中ながら、私の気持ちは、早く帰庁し、その準備にと、そちらに傾いていたように思います。

3 発災
亘理町、岩沼市を抜け名取市に入り、国道から法務局に向かう交差点の手前に差し掛かった時、テレビで緊急地震速報がながれ、奥山技官の機転で、交差点を急ぎ抜け、名取出張所へあと数十メートルという地点についたとき、経験のない激しい揺れに襲われ、私たちは官用者の中でしがみついているのが精一杯でした。防いでいても車の天井に頭を何度もぶつけているのが、わかりました。
ゆれる車窓から周りを見ると、車が揺れているせいもあるあったのでしょうが、道路が波を打っているように感じ、横に建つホテルルートインの建物が、右に左に撓るように揺れ、今にも横倒れになるような恐怖感を覚えました。
(名取出張所の事務室内)
少し、揺れが収まり、車外へ出ると、名取出張所から飛び出した人たちが、ある人は街路樹につかまり、ある人は地べたに座りこみ、自分の体を支えるのに必死の状態でした。
当時、名取出張所は、3月下旬の本局への統合を控え、管内から応援職員を派遣し、未済解消に向けて取り組んでいる最中でした。
その中の職員が、「局長、しばらくは車内にいたほうが安全ですよ。」と大きな声で、私たちに車に留まるよう声を張り上げていたのを覚えています。
私としては、とにかく、出張所の中の様子を確認することが大事と思い、中に入りましたが、待合室の記載台はことごとく転倒し、足の踏み場もない状態でした。受付カウンターをはじめ、卓上の端末のほとんどは、落下し、書庫をみれば、これもほとんどの簿冊が落下し、到底、速やかな原状回復は困難なことが確認できました。
名取出張所は、旧バックアップセンターの建物であり、他の施設からみると、強靭に造られた建物であるにも関わらず、これほどのダメージを受けるのかと、大きなショックと他の建物の被害がいかばかりかと、思わず身が震えた記憶があります。
車中のテレビでは、大きな津波が予想される旨、速やかに非難するよう繰り返し伝えておりました。
私としては、本局との連絡がままならない状態の中、とにかく帰庁することを優先し、名取出張所の職員には、速やかに事務所を閉鎖して、最上階へ避難することを指示し、本局への帰途につきました。このときには、津波からの避難を優先するが先と思い、職員には帰宅せず、状況が判明するまで待機すること、併せて、職員個々の単独行動は控え、できる限り情報収集にあたるよう指示し、仙台に向かいました。
(名取から仙台本局まで)
名取出張所を発ったのは、午後3時半過ぎだったと記憶しています。文化会館を回り国道へ出た途端、停電のため信号機が作動せず、大渋滞の中に身を置かざるを得ませんでした。
車窓からは、屋根が大きく壊れ落下している大手電機メーカーの工場、外壁が崩れ落ちている数々のビルが見え、地震エネルギーの凄まじさを感じずにはいられませんでした。
車内テレビでは、自衛隊(若しくは海上保安庁)の航空機が三陸沖に巨大津波が発生し、陸地に向かって押し寄せている様が映し出されました。その時の海側の空は、見たこともない灰色とも黒色ともつかない、濃い群青色に染まっておりました。
私たちは、車の窓を開け、大渋滞に巻き込まれている多くの車に「津波が来るぞー」と山側へ逃げるよう大声で叫びましたが、他の車に届いたどうかわかりません。
仙台に戻るには名取川を越えなければ戻れません。しかし、これは危険と考え、山側へ逃避することにしました。途中、ホームセンターの屋上駐車場に入り、海側を見てみましたが、名取市内までは、相当距離があること、途中高速道路(三陸道東道路)が縦に連なっていることから、幾ばくの安心はありましたが、とにかく山側を通り、八木山を回って仙台市内に戻ることにしました。
幸いにも、同乗者は、名取市在住の石川庶務課長と地理にめっぽう詳しい奥山技官でしたので、道案内に戸惑うことはありませんでした。
帰路の途中、農家の納屋がぺちゃんこに潰れていたり、14条地図を作成した緑ケ丘地区においては、道路が地滑りを起こして迂回を余儀なくされたり等々しながら、渋滞する中、3時間余をかけて、6時半過ぎ仙台本局に到着しました。

4 帰庁
3時間余をかけて到着した本局庁舎は、周囲が停電する中、自家発電を稼働させてひときわ明るく地震がなかったように堂々としておりました。
話はそれますが、本局庁舎新営は仙台局の念願であり、2年余の歳月をかけて、3月14日に落成したばかりでありました。
外観に被害はなく、安堵したのを覚えております。
(安否確認)
庶務課においては、沢藤庶務課長補佐をはじめ多くの職員が、本局、管内支局出張所、ブロック内各局の被害状況、職員及び家族の安否確認に奔走しておりました。
停電の下、安否確認がままならず、頼りは、職員の携帯電話という状況であったと思います。全員無事の報告の度に、安どの声が漏れていました。
しかし、携帯電話の電源も心もとない状況下での、被害状況の確認、安否確認の困難さを実感しました。
戸津統括登記官(現盛岡地方法務局首席登記官)が自家用車を庁内駐車場に持ち込んで来られたので、車載テレビで、沿岸部の被害状況をみていると、気仙沼支局が入居する港湾合同庁舎が周りを火の海に囲まれ、その屋上からは救助を待ちわびる多くの人々が手を振っているのが映し出され、よく見ると、気仙沼支局が所在する2階フロアーは、無残にも大津波の直撃を受けておりました。
気仙沼支局との通信は確保できておらず、ただただ職員の無事を祈ることしかできませんでした。
庶務課、会計課、職員課の職員をはじめ、徹夜での安否確認作業となりました。
(対策本部の立ち上げ)
当日は、人権擁護部長、総務管理官、職員課長、首席登記官をはじめ多くの幹部が、本省等への出張のため不在でありました。
各部課室、各部門から部課長のほか、筆頭の代理者を集め、現在までに収集できた被害状況等、情報の共有化を図るとともに、1日3回(午前8時30分、午後1時、午後5時)の本部会議を行うこととし、当該時間までに収集した情報の共有化、各課室の所掌事務のうち急ぎ取り組まなければならない事項の洗い出し、翌週月曜日からの各所掌事務の復旧の可否、それに向けた取り組み及びその状況を報告することを指示し、毎回の会議においては、報告を受け、私が具体的な指示(短期的なこと、中期的こと)を行う、それを具体的に取り組んでもらい、次の会議において、その取り組み状況の報告を受け、また指示を行うということを繰り返し、徐々にではありますが、数日たち被害の全容と、課題が見えてまいりました。
本来であれば、会議をし、議論することも大事でありますが、今まで誰もが経験のしたことのない事態に遭遇し、また、職員自身が被災者でもあります。会議において各方面の課題を議論すれば、なかなか前向きになれないのが心情かと思い、ここは、とにかく今は私の指示に従い、目鼻が立つまで、頑張ってほしい旨お願いをいたしました。
幹部の皆さん、職員の皆さんの中には、ご親族をこの災害で亡くされた方も少なくなく、心中を察するとおかけする言葉もありませんでしたが、そこを何とか奮い立って頑張っていただき、あの時を乗り越えられたと、感謝の気持ちでいっぱいです。
(気仙沼支局に関する対応)
テレビ映像で、気仙沼支局の被災をみて、至急、気仙沼支局の事務停止と本局への事務の委任措置を行うよう、併せて、名取出張所の本局統合も取り急ぎ延期すること(この時点では、官報公告の準備が進んでいたと記憶しています。)を高橋民事行政調査官(現仙台法務局不動産首席登記官)に指示し、本省と緊密な連絡を取るようお願いしました。
気仙沼支局の状況等については、別途記述したいと思います。
(避難者)
話は前後しますが、帰庁し駐車場を経て、1階ロビーに向かうと多くの避難者の方々がいらっしゃいました。災害時の避難所は、近くの小学校が指定されており、当局庁舎は避難所に指定されてはおりませんでしたが、避難所には大勢の避難者がいて入ることができない等々、当局へ来られた方々には様々な理由があったろうと思います。
当局には、避難所に対応する備品が備わっていないこと等から、職員が避難所に移動されるよう説得をしておりましたが、険悪な状況も見られたことから、当局は避難所でないが、現在来られている方は受け入れる、しかし、物資は備蓄していないので満足なものは供給できないこと等を説明し、大会議室へ案内するともに、自家発電の停止を指示しました。
非常灯以外は、明かりがなくなった庁舎は、災害が嘘のように静寂につつまれ、余震の度に、建物のきしむ音のみが響いていました。
避難者への対応は、避難された方が相当数いたことから、その中から代表を決めていただき、当局も担当者を決め、そこを窓口として要望事項を伺い、また、当方が規律ある避難生活をするために従っていただきたいルール等、お互いの信頼を確保する作業から始めました。
幸いにも、仙台局には、宮城沖地震に備え、水、アルファ米、簡易トイレ、携帯コンロ等、職員数に相当する備蓄をしておりました。
発災翌日の土曜日の朝から、避難者への食事を考えなければならず、とりあえず、水とアルファ米を人数分提供すること、石油ストーブ(1個しかなかった)を提供し、お湯を沸かしてポットにためてもらい、それを避難者で飲料してもらう等々の対応を行いました。
(電源の確保)
仙台本局には、真新しい自家発電があり、この地震対応が初の稼働となるとは思いもよりませんでした。
しかしながら、その発電能力は4時間までで、発災直後に2時間ほど使用してしまっており、重油の残量は2時間分しかない状況でした。その電源は、月曜日各種システムの立ち上げ、点検に要することから、各種通信手段確保のために無駄に使用することはできませんでした。
発電機を探したところ、簡易ボンベの発電機があり使用してみましたが、発電量が小さく、携帯電源程度しかないことがわかり、次に灯油発電機を見つけ、それを使用しようとしたところ、ブースターケーブルがない等々いろいろありましたが、当時の堀内会計課長の自家車用ケーブルを拝借して何とか発電にこぎつけ、人権局との電話及びパソコン回線を確保することができました。この間、職員には、ガソリンスタンドへ灯油の買い出しに何度も往復をお願いしまた。
(被災職員家族の本局への避難)
これは賛否があると思われますが、私の妻も含め職員の家族も本局庁舎へ避難させることを決めました。その際に、冷蔵庫の中のものはできる限り持参してもらうようお願いをしました。これが、その後の籠城に大いに役に立ちました。
発災の夜は、余震が収まらず、震度4を超える大きなものがたびたび発生し、不安もあり寝付かれぬ夜をみんなで過ごしていました。ただ、長丁場になることが予想されたので、できる限り睡眠をとることをみんなに伝えましたが、一睡もできない人々がほとんどであり、不安な夜を過ごしました。
(窓から見る停電した街並み)
東北の大都市仙台も、一帯が暗闇となり舞う小雪に寒さが一段とつのりました。
窓から見える街並みは、建物の外観が、車が通る際のライトに照らされる際に浮かび上がるだけで、加えて寒さも手伝い、知らず知らずに不安感が押し寄せてくるそんな夜でした。
津波の大きさは、車載テレビで見ているものの、どれだけの被害が出ているのか、翌日以降に次々に明らかになる被害の大きさに想像も及びませんでした。
(以下 次号)

世代間のギャップを考える(尾﨑一雄)

いささか旧聞に属するが、世代間ギャップの現状を特集した新聞記事があり、
「そりゃー大変だ」と思ったり、「自分ならどうする」と、思わず引き込まれた。
まず、「先輩のおどろき」ランキングの第1位は、「友達感覚でなれなれしいときがある。」、「何でもマジですかと返してくる。」、「まじめな話をしている時の受け答えが軽い。」などであり、「新人のおどろき」ランキングの第1位は、「余計なことを言うと変な空気になる。」、「事前の根回しで方向性が決まっている。」、「有給があるのに取ってはいけない暗黙のルールがある。」、「休むときは一人一人に理由を説明しなければならない。」などである。
多くの職場は人的な資源が限られており、限られた人員で最も効率的に機能するようにそれぞれの職責が定まっているが、スマホで人と人が直接つながっていることを実感している世代には、なかなか理解しがたいのかもしれない。
限られた人員で構成されるが故に、他人への思いやり、あるいは「忖度」などが不可欠にならざるを得ないが、幼い頃から大事にされて育ってくると、ある日、「あなたは世界の中心ではない。」と突然言われても、「そんな馬鹿な。」ということになるのかもしれない。
次に、「先輩のおどろき」ランキングの第2位は、「会議で突然指名されても堂々と意見を言う。」、「自分が同じ年の頃はそんなにはきはき答えられなかった。」であるのに対し、「新人のおどろき」ランキングの第2位は、「マニュアルがないことでミスが改善されない。」「いちいち口で説明して非効率」、「文字で見た方が覚えやすいのでやりずらい。」というものである。
先輩としては、好意的に教えてあげているのに、非効率とは何だ、「私たちは教えてさえもらえなかった。」と意気込む人も多いのではないかと思う。
「仕事は盗んで覚えろ」と言われて生きてきた我々としては、マニュアルどおりに繰り返されるコンビニのレジ等の味気ない応対に辟易しているので、「マニュアルにない事態が起こったときも、本当に大丈夫?」といらざる心配をしてしまう。
予算担当から事件担当の部署に異動し、判決の要旨を書くことになったときのこと、何度起案しても、係長から返され、4・5回目に「掲載されているものをよく見ろ。」と教えていただいたが、確かに掲載されているものは数行であるのに対し、私のものは、その3・4倍に及ぶものであった。要は判決の前提となった要件事実を書けば良かったものを、事案の概要を書いていたということになる。
当時は、起案文書を放り投げる怖い先輩も皆無ではなかったことなど、今の若い人からは想像もできないかもしれないが、もちろん四六時中怖いわけではなく、飲みに連れて行って、いろいろアドバイスをしていただくなど、優しい面もあるわけで、そういう環境の中で我々はある意味大事に育てられた。
要は人を育てるための手段・方法の違いということであろうが、今にして思えば、何より情が通っていたというのは間違いのないところである。
「要件事実を書くように」と結論だけを明示し、その通りにやれば効率も上がるし,間違いもないというのは、一見素晴らしい手法のように見えるが、長い目で見たときにはどうであろうか。
長い目などと言っている余裕がないと言ってはばからず、効率のみを追求する組織には人も育たず、将来がないように思えるが、いかがであろうか。
「先輩のおどろき」ランキングの第3位は、「トラブルが発生して大変なときに休みを取る。」、「男同士で月1回行く飲み会に誘ったら、きっぱり断った。」などであるのに対し、「新人のおどろき」第3位は、「大きな地震があったが出勤した。」、「台風直撃でも定時に出勤した。」というものである。
いずれもプライベートに関わるものであるが、私の出張所勤務時代を思い出すと、少なくとも週に2・3回は近くの立ち飲み屋、居酒屋などに出かけており、安月給の新人がお金を払うことは、まずなかった。
大げさに言えば、職場の人間関係や、仕事の進め方を理解する場としては、時間中(当時は乙号担当で、一日中、倉庫と閲覧席との間を行ったり来たりしていた。)より、アフター5の方が、大事だったような気がする。
私が係員、係長の時代は、各職場に旅行会があり、給料から天引きされて、年1回近くの温泉地などに出かけたものであった。
関西であれば、白浜温泉など紀伊半島の温泉地、また、芦原温泉など北陸温泉郷がその主な候補地で、電車に乗るなり飲み始め、到着する頃にはすっかりできあがっていて、降りるのはイヤと駄々をこね、幹事を困らせた先輩も今では懐かしい思い出になっている。
こういう飲み会・旅行の場を通じて日頃じっくり話す機会のない職員間・組織のコミュニケーションが図られていたように思う。
できの悪い私などは、係長の前に座らされ、お説教されるのはいつものことで、当時口癖のようになっていた「絶対・・・・・・」についても、世の中に絶対というものはないから、軽々しく口にしてはいけないと指導を受け、その後、気を付けるようになった。
いつの頃からか、旅行会が食事会になったことを覚えているが、今は月1回の飲み会も難しくなっているようで、寂しい限りである。
台風時の出勤なども幾度となく経験したが、公務という仕事の性格からか、皆、普段と同じように対応していたような気がしている。
以下4位以下6位までを見てみると次のとおりである。
「先輩のおどろき」ランキングの第4位は、「覇気がなく平均で満足している感じがする。」、同第5位は、「1から10まで伝えないと理解しない。」「先輩の仕事ぶりを盗もうという姿勢がない。」、同第6位は、「何の努力や工夫もなくできないと平気でいう。」、これに対して、「新人のおどろき」ランキングの第4位は、「飲みに誘われない。」、同第5位は、「残業が美徳と思っている先輩が多く、ちっとも効率を考えて仕事をしない。」、「低賃金だったので、残業代で稼ぐために定時過ぎまで残る先輩がかなりいた。」、同第6位は、「個人の直感的な対応が最終的な対応策になることが多い。」、「長く仕事をしているのに説明が下手だったり、機器が使いこなせていなかったりする。」というものである。
「俺たちが若い頃は、・・・」という言い古された慣用句を待つまでもなく、世代間のギャップはいつの時代にもあったが、情報化が進展し、ありとあらゆる情報が簡単なキィ操作で入手できるようになった今日、それも違った様相を呈しているような気がしてならない。
仕事を進めるに当たって、先輩の経験と実績の重みが昔ほど重要視されなくなってきたのかも知れないが、実際には、経験と実績に裏打ちされたものでなければ使い物にならないような気がするのは、私だけだろうか。
ここまで書いてきて、今から50年ほど前、「珍しい事件だから、記載例をあげる。」と言って、先輩から手刷りの登記記載例を分けていただいたことをふと思い出した。
今、法務局では新規採用が再開され、職場には20代の職員が増えていると聞く、先輩と後輩を繋ぐ絆はどうなっているのか、気になるところである。

主夫、調停委員になる(星野英敏)

―調停委員になる―
昨年9月に公証人を退任後、早く一人前の主夫となれるようにと考えていたところ、認知症予防のためにも何か仕事をしてはどうかという勧めを受けたこともあり、調停委員であれば主夫とも両立可能なことから、自宅から近い家庭裁判所支部の家事調停委員になることにしました。
自宅から一番近い家庭裁判所支部に出向き、家事調停委員になりたい旨を告げると、家事調停委員の任期は2年で、更新はあるけれども70歳になると更新はされないので、私の場合既に66歳でしたから、更新は1回のみで、最長でも4年間ということでした。
70歳近くの方は、任期が短くなってしまうことから、採用が難しくなるようです。
それでも、面接試験を受けた結果採用となり、今年の4月1日付けで家事調停委員の任命を受けることになったのですが、突発的な事情により今年の1月末から5月いっぱいまでは半田公証役場の公証人を勤めなければならないこととなったので、裁判所の方はそれまで待ってもらうこととしました。
6月からは裁判所に行くことができるようになったので、最初に2日間、午前・午後の2期日ずつ先輩調停委員が実際に調停を行っているところを見学させていただき、その後は、ベテランの家事調停委員とのペアで調停を進めることとなりました。
最初のうちは、事件の配分もあまりなかったので、週に1日か2日裁判所に行く程度でしたが、次第に事件の配分が増え、新規事件のほかに継続して2回目、3回目となる事件もあることから、毎週3日は午前と午後に期日が入るという状況になりました。
また、10月からは、家事以外に、地方裁判所の民事事件と簡易裁判所の調停委員にも任命され(そのための面接試験も別途受けました。)、平日はほぼ毎日裁判所に行くことになってきました。

―主夫の朝は大変―
主夫の仕事もあまり手を抜くわけにはいきませんので、特に朝の時間配分が大変です。
毎朝5時ころには起きて薪ストーブに火をつけ(寒い時期のみですが)、みそ汁を作り、猫たちに餌をやり、洗濯をして干し、ラジオ体操をし(腰痛予防のために始めましたが、もう5~6年続けています。)、ふとんを上げ、ゴミの日にはゴミを出し、というところで、朝食(おかずは妻が作ってくれます。)を食べて出勤となってしまいます。
午前中に期日が入っていない日には、朝のうちに掃除機かけもできるのですが、これをサボると部屋の中を猫の毛のかたまりが漂い始めてしまいます。
何よりも、主夫の一番の悩みは、水仕事による手荒れです。
いつの間にか指にひび割れができ、水がしみて痛くなりますので、炊事用手袋や洗濯掃除用手袋のお世話になったり、色々な塗り薬やハンドクリームなどを試してみていますが、思うようには効果がありません。
また、地元の町内会長も引き受けてしまったことから、土日の半分くらいは町内会の行事等でとられてしまい、平日手抜きをした掃除などの穴埋めも難しく、子供たちと遊ぶ時間もなかなか取れません(だんだん子供たちも遊んでくれなくなってきました。)。

―通勤―
下の子が生まれ、それまでのアパートが手狭になってきたことから、西尾市内に家を建ててしまいましたが、アパートも家も、その当時の勤務先であった西尾駅前から徒歩約20分のところを選びました。
健康維持のため、徒歩通勤と考えたことによるのですが、片道30分ではくじけてしまいそうですし、あまり短いのでは意味がないということで、この距離にしました。
現在は、家から駅まで徒歩約20分、駅から電車約40分で裁判所支部の最寄駅、そこからまた徒歩約20分ということになりますが、暑さの酷い時期や悪天候の際には、裁判所支部の最寄駅からはバスを使うこともあります。

―調停委員会―
調停委員は、兼務の制限はないので、別に本業としての仕事を持っている方も多く、弁護士や司法書士、税理士、不動産鑑定士などの専門家もいて、その専門知識が生かされています。
民事や簡易裁判所の事件では、女性の調停委員が少ないことから、男性の調停委員2名と担当裁判官による調停委員会が多くなりますが、家事調停の場合は、原則として女性の家事調停委員と男性の家事調停委員各1名と担当裁判官の3名で調停委員会を組織します。
担当裁判官は、同時に複数の調停委員会を持っていますので、通常の調停の進行は2名の調停委員で行い、随時裁判官と相談しながら進めて、成立時等必要な時には裁判官に出席してもらいます。
本業が忙しい調停委員は、月に1,2回しか調停委員としての仕事ができないという方もおいでになりますので、日常的に裁判所に来ている調停委員は、退職者や主婦(夫)が多くなります。

―調停―
調停は、裁判官が判断を示すというものではなく、当事者間の話し合いによる合意を目指す制度ですが、そもそも当事者どうしでの話し合いがうまくいかないことから調停を利用しているので、双方の当事者を直接話し合わせても非難の応酬となってしまうことが多く、調停委員が間に入って交互に各当事者の話を聞きながら進めていくことになります。
なお、最初に各当事者に調停制度について説明しますが、金銭の支払いについて合意が成立した場合、確定判決と同じ効力を持つことから、強制執行の対象となることも注意しておきます。
離婚等の場合、「相手の方が悪い」という点だけ双方の意見が一致して、真っ向から対立することが多いのですが、それぞれの言い分を十分に聞き、信頼関係を築いてから法制度の考え方を説明し、あなたの気持ちは良くわかるけれども法的には直接それを通すことは難しいので、この点は譲る代わりにこのような方向で合意を目指してはどうかというような提案をしていくことになります。
中には、とにかく早く離婚したいという一心で、支払い不可能と思われる法外な給付を提案したり、相手方の無茶な申し入れに合意しようとしたりということもありますが、すぐに破綻してしまうことにならないか、子供の今後の生活は本当に大丈夫なのかなどの観点から再考を促したり、納得のいかないまま合意を急いではいけませんなどと注意をすることもあります。
また、相手や子供の気持ちを察するよりも、自分の主張に固執する当事者がおり、離婚に当たって子供の親権をどちらが取るかで深刻な争いになることもあります(大岡裁きのように、双方に子供の手を引っ張らせるというわけにはいきません。)。
このような場合、父親も母親もどちらも好きなのにその二人が争っていることで心を痛めている子供の気持ちを察するように促すと、気持ちが動く場合もあり、このような時に調停委員としてのやりがいを感じます。
離婚に関する事件では、双方とも外国人で、それもそれぞれ国籍が違うという場合もあります。
そのような場合は、法の適用に関する通則法や扶養義務の準拠法に関する法律によって適用する法を定め、外国法が適用される場合には関係する外国法を書記官に調べてもらって判断することになりますが、そもそも親権や監護権というような概念自体が日本とは異なっているのではないかと思われる場合もあります。

―算定表―
家事調停では、別居中の夫婦の婚姻費用や子の養育費が問題となることが多く、家庭裁判所のホームページで公開されている「養育費・婚姻費用の算定表」がその目安として使われています。
この算定表は、「新版 証書の作成と文例 家事関係編〔改訂版〕」34ページ以下及び85ページ以下にも掲載されているので、公証人の皆様はご存知と思いますが、その考え方の詳細については、別途実務の広場等でご説明したいと思います。
ここでは、養育費等の算定表で、子の年齢により0~14歳の表と15~19歳の表とに分かれている理由についてだけ指摘しておきます。
これは、公立の中学校までの平均的学費と公立の高等学校の平均的学費の差に基づくもので、本来は、子が高等学校に進学する時点で、適用される算定表が切り替わるのです。
したがって、0~14歳の表に基づいて養育費等の額を定める場合には、「進学に伴う特別な費用については別途協議する」というような条項が必要となりますので、公正証書作成相談の場合にも、別途協議するという条項の追加を助言していただきたいと思います。

―婚姻費用又は養育費に関する合意―
調停では、できるだけ当事者の合意を尊重することから、審判や裁判による裁判官の判断よりは合意の効力が認められる幅は広くなりますが、算定表の目安よりも大幅に低い金額で当事者が合意する場合、子供の将来の生活に支障がないかという観点から再考を促すことになりますし、大幅に高い金額となる場合には、本当に支障なく支払えるのか、破綻してしまうことにならないのか確認することとなります。
また、婚姻費用も養育費も、直面する生活費の問題ですから、その解決は早急にしなければなりませんし、すぐに合意できない場合には、暫定的な支払いを促すことになります。
最終的な金額が決まっていない段階でも、暫定的に一定の金額を支払ってもらい、後日金額が決まった時に、不足していた場合には未払い分の追加支払いということになりますし、過剰だった場合には清算となりますが、支払う側としても暫定的に一部でも支払っておけば、後日の追加未払い分は少なくなりますし、支払いを受ける側としても当面の生活費が確保できることで、双方の利益につながります。

―日々反省―
期日が終わると、もっとこのように説明した方が良かったのではないかとか、あの当事者はこんなことを考えていたのではないかなど、日々反省と新たな気付きの連続で、確かに認知症予防には効果がありそうです(そうは言っても、確実に認知症が進行していることを自覚せざるを得ない毎日です。)。
公証人経験者が調停委員となるには、最初に述べたとおり、年齢的な問題がありますが、可能であれば退職後の認知症予防のための選択肢の一つとして考えてみてはいかがでしょうか。
また、戸籍や登記、訟務、人権などの経験が役立つ仕事で、司法書士等の業務と両立させることも可能ですので、機会がありましたら、後輩の法務局退職者にも声をかけていただければと思います。
ただし、報酬は、週3~4日出勤したとして、月額10万円程度です。


実 務 の 広 場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.65 甲・乙共有地の乙の持分に甲が賃借権を設定したいという事例について

本件については,本紙No.29(平成29年10月)において,3つの事例に絞って検討を試みたもののうち,事例1について再掲するものである。
原稿掲載後いくつかの意見をいただいた。説明不足の感も否めないので,改めて以下のとおり文案を修正して紹介したい。
記載が重複する部分も多いと思うが,書直しなのでご容赦願いたい。また,本稿の内容については,引用文以外筆者の個人的見解であることを,あらかじめお断りしておきたい。
事例1 甲・乙共有地の乙の持分に甲が賃借権を設定したいという事例
概要:甲は,ある事業目的で,乙単独所有地(A地)と甲・乙共有地(B地)を乙から借り受けて一体として使用したい。賃料は,A地とB地(乙持分)併せて金〇〇万円と決めた。この内容で不動産賃貸借契約公正証書を作成して欲しい。
検討:このような事案は、実例としては、ありそうな気がする。例えば、親兄弟で共同相続したB土地全体を、共同相続人の一人が賃貸用駐車場用地として使用し、他の2名には賃料相当額を支払うといった場合などである。
本事例は、法律的には、甲・乙共有のB地について、乙持分を甲が乙から借りるべく、甲・乙間で賃貸借契約を締結することができるかという問題である。
甲・乙共有地に第三者である丙が賃借権を設定できることについては,異論はないであろう。
しかし、甲又は乙の共有持分の全部又はその一部に賃借権の設定ができるかということについては、肯定論もあるようであるが、実務は否定的に運用されていると思われる。なぜなら、賃貸借について、民法601条は、「賃貸借は、当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し、相手方がこれに対してその賃料を支払うことを約することによって、その効力を生ずる」と規定し、賃貸借の成立要件の一つとして「物の使用・・・を約すこと」を掲げている。すなわち、対象が物であることを前提としており、土地であれば当該土地が対象物となり、共有持分権という権利を対象としていないからである。また、民法249条は、「各共有者は、共有物の全部について、その持分に応じた使用をすることができる」とし、「持分に応じた使用」とはしているものの、(共有)物の全部の使用を前提としている。そうすると、乙の持分に賃借権を設定することはできないことになる。登記実務においても、共有持分についての賃借権設定登記を否定している(昭和37年3月26日民甲844号通達・登記研究320-63ページ参照、昭和48年10月13日民三7694号回答)。
それでは、甲がB地全部をある程度長期間使用したい場合、どのような契約を結ぶことができるのかということであるが、大別して以下の3つの方法が考えられる。
①  共有物を現物分割し、分筆して乙所有部分として特定した箇所を甲が賃借する方法
この方法は、甲及び乙が合意しなければできないし、本問では、甲・乙共有のまま甲が使用することを前提としているので、本問の回答にはならない。
②  貸主を甲及び乙とし、借主を甲とする賃貸借契約を締結する方法
この方法は、甲が貸主であるとともに借主になることから、借地借家法15条のような自己借地権の規定がない限り、また、混同の原則により難しいという意見がある。
③ 甲・乙間において、その共有するB土地を甲のみが使用することについての,共有土地の使用に関する合意契約のような契約を締結する方法
債権については、物権法定主義のような縛りはないから、このような契約も可能と考える。
以下において、②、③の説について、共有持分の賃貸借という観点から若干検討してみたい。
まず、共有物の賃貸借が、共有物の変更、管理、保存(民法251条,252条)のいずれに該当するかという問題がある。多少見解の相違もあるようであるが、短期賃貸借はともかく、長期間の賃貸借の場合は、共有物の変更として共有者全員の同意が必要と解されている。したがって、本事例のようにB地を賃貸用駐車場としてある程度長期間にわたり賃貸借する場合も、共有物の変更に当たり、共有者全員の同意が必要と解される。
本事例の場合、乙の同意が得られれば、B地を賃貸借契約の対象とすることには何ら問題がない。ただ、借主がB土地の共有者の一人である甲であっても問題がないかということである。
まず、前記②は、貸主を甲及び乙とし、借主を甲とする賃貸借契約ができないかという問題提起である。この場合、甲は貸主と借主の双方の立場にあるが、貸主は、甲だけではなく甲及び乙であり、しかもその対象は、甲の共有持分権ではなく甲及び乙の共有地という物であることから、単に甲が甲の土地を借りるということではなく、この意味において自己の所有地に自ら権利を設定する混同には必ずしも該当しないと理解することで差し支えないのではないかというものである。
しかし,この意見については,前記②のとおりの問題が指摘される。
ところで、借地借家法第15条(自己借地権)は,借地権設定者が他の者とともに借地権者となれる旨の規定であるが、この法改正(新設)の理由として以下のとおり説明されている。
「建物が区分所有建物である場合あるいは共有にかかる建物である場合には、建物所有者のなかに土地所有者である者とない者が混在するという状況がしばしば生ずる。この場合に建物を建てるための占有権原として借地権を設定しようとしても、現行法体系のもとでは認められない。土地所有者が自らを権利者とする借地権をその所有地に設定することが混同の原則により許されていない(民法179条1項,520条)ということがその基本にある。しかし、法律上、土地と建物とを別個の所有権の対象とし、建物を所有する権利として典型的に借地権を認めておきながら、しばしば生ずる土地所有者が建物所有者の一人であるという状況に対応した借地権を認めないのは不都合である。そこで、新法15条1項では、このような不便を解消するため、他人と共に借地権者となる場合に限り、自己を借地権者として借地権を設定することを認めることとした。」(寺田逸郎・新借地借家法の解説(4)NBL494号28ページ)
私がこの問題を取り上げたのは、借地権者が複数の場合には、自己借地権を創設するという借地借家法の改正により問題解決が図られたが、その逆、すなわち、(借地借家法の適用の有無にかかわらず)共有地を当該共有者の一部の者が使用する場合について、しばしば生ずる問題であるにもかかわらず、法規上明確な方策が示されてないように思われたことによるものである。
この点については、前記、借地借家法の解説(4)において、「借地権者となる者に借地権設定者でない者がいない場合、たとえばA・Bが所有する土地をAだけが使用するような場合には、15条の規定による借地権の設定が認められることはない。この場合には、共有者間の土地利用の合意という形で占有権原が存在するのである」と説明されている。(NBL494号29ページ)
これは、建物の共同所有を目的とする借地権設定については、建物共有事例の不都合を救済するため法15条のような規定を設ける必要があるものの、共有土地の利用にあっては、共有者間の土地利用の合意ということで対応することで足り、特別な規定は必要ないことを前提としたものと解される。
そうであるならば、②の考え方に対する前述の疑問は解消されたことになるが、「貸主を甲及び乙とし、借主を甲とする賃貸借契約」とするよりも、「甲及び乙の共有地を甲が利用する合意契約」とするのが、より的を得た契約であると思われる。
そうすると、このことを明らかにした③の考え方が相当であると思われるが、これには、次の3つの説があり、契約を締結する場合、かかる議論に留意する必要があるとされる(齋藤理・宮城栄司、共有・分有土地上に存在する建物に係る土地利用権について(上)、ARES不動産証券化ジャーナルVol.10,120ページ以下)。
ア:共有者間における共有物利用に関する合意と考える見解
イ:甲を一方当事者とし、甲及び乙を他方当事者とする土地利用の設定契約 と考える見解
ウ:乙の土地共有持分について甲に利用権を設定する合意と考える見解
これらの考え方は、前記②で説明したとおり、共有土地の利用は、「共有者間の土地利用の合意という形で占有権原が存在するのである。」との解説に沿った考え方であり、上記ア、イ、ウは、説明の仕方の相違に過ぎず、いずれの説が正しいということではなく、いずれの考え方によったとしても、具体的な契約方法に変わりはないものと思われる。
それでは、この考えによるとしても、甲が乙に対して、一定額の利用料を支払うということになれば、そのことを決めなければならず、そうなると、合意内容といっても賃貸借契約と同様の内容の契約となってしまうこととなろう。
(結論)
以上のことを踏まえて、本件の契約内容をいかにすべきか考えるに、「共有者間の土地利用の合意」というのは、「甲及び乙の共有地(B地)を甲が単独で利用することに甲と乙が合意し、その利用期間は〇年、利用対価は毎月金〇円、支払時期は月末まで等」を定めることになるものと思われる。
そうであるならば、契約書は「甲乙間における共有物利用の合意」とし、共有地(B地)を甲が単独で使用することに甲及び乙が合意した旨と利用対価等を記載し、公正証書とすることが最も相当な方法であろう。
しかしながら、結局のところ、上記の合意内容は、甲・乙共有地の乙持分に甲が賃借権を設定するのと実質的には同様の結果となるものであり、当事者の意に沿うものであると考えるがいかがであろうか。
(由良卓郎)

No.66 地方自治体と市中銀行が発起人となって株式会社を設立することの可否について(質問箱より)

【質 問】
今般、地方自治体と市中銀行が発起人となって株式会社を設立したいとの相談がありました。
当職といたしましては、昭和42・1・21法規委協議結果(新訂法規委員会協議結果要録(362ページ))を踏まえて、地方自治体については、当該地方自治体の長の会社の発起人となることが地方自治体の目的の範囲内である理由を付した証明書の添付があれば、発起人となることは、可能であると考えます。
一方、昭和42・1・21法規委協議結果(新訂法規委員会協議結果要録(365ページ))においては、市中銀行等が観光開発会社の発起人になることについては、消極とされています。
しかし、現在、産官学連携による地産地消の推進等、地域の活性化が図られているところ、市中銀行が発起人となることについても可能であると考えますが、いささか疑義がありますので照会させていただきます。
併せて、相談時における設立予定の会社の目的は、次のとおりです。当職といたしましては、この内容では、営利事業を行う法人と何ら変わりなく、私人の営業と競争的に営利事業を行うと解される(前掲、新訂法規委員会協議結果要録(363ページ))ので、許可できないと考えますが、一方で、この協議結果は50年以上も前のものであり、特に官民が一体となって地域の活性化を図ることが普及している現在の社会経済に適応していないのではないかとも考えられますので、併せてご教示願います。
(設立予定の会社の目的)
第 条 当会社は、次の事業を営むことを目的とする。
1 発電事業及びその管理・運営並びに電気の売電に関する事業
2 インターネット及び情報サービスに関する事業
3 各種イベントの企画及び運営に関する事業
4 各種研修、教育、セミナー等の企画及び運営に関する事業
5 企業向けの相談窓口に関する事業
6 人材派遣及び雇用支援に関する事業
7 コンサルティングに関する事業
8 不動産、動産管理及びリースに関する事業
9 広告及び宣伝に関する事業
10 食品等販売に関する事業
11 上記各号に附帯する一切の事業

【質問箱委員会回答】
1 法人の行為能力について
法人は、民法第34条に定められているとおり、「定款その他の基本約款で定められた目的の範囲内において、権利を有し義務を負う」ことから、その目的の範囲外の行為はできません。
したがって、新設株式会社の発起人としての権利義務を有することができるかどうかは、新設株式会社の目的が、発起人となる法人の目的の範囲内のものであるかどうかで判断されることとなります。
その判断基準について、判例は、営利法人の場合「定款に記載された目的自体に包含されない行為であっても目的遂行に必要な行為は、社団の目的の範囲に属するものと解すべきであり、その目的遂行に必要かどうかは、問題となっている行為が、会社の定款記載の目的に現実に必要かどうかの基準によるべきでなく、定款の記載自体から観察して、客観的・抽象的に必要となり得るかどうかの基準に従って決すべきものである。」(最判昭和27.2.15)と、非営利法人の場合「法人の行為が法人の目的の範囲内に属するかどうかは、その行為が法人としての活動上必要な行為であり得るかどうかを客観的・抽象的に観察して判断すべきである。」(最判昭和44.4.3)と示しています。
また、具体的な目的の範囲の判断においては、非営利法人より営利法人の方が、比較的広く認められているようにも思われます(他人の債務引き受けに関する大判昭和10.4.13と大判昭和16.3.25等)。
2 地方公共団体の目的について
前記1の観点から、地方公共団体の目的について検討してみますと、地方公共団体は、地方自治法第1条の2第1項の「地方公共団体は、住民の福祉の増進を図ることを基本として、地域における行政を自主的かつ総合的に実施する役割を広く担うものとする。」という規定を基本とし、同法第2条で規定されている自治事務及び法定受託事務を行うものとされていますが、自治事務については定款等その目的を個別具体的に記載したものは存在しません。
このようなことから、地方自治体が特定の新設株式会社の発起人となり得るかどうかについては、それが当該地方自治体の目的の範囲内である理由を付した当該地方自治体の長の証明書によって個別に判断せざるを得ないものと考えられます。
なお、御意見のとおり、地方自治体の目的は、社会経済情勢の変化に応じて変化していくものと考えられますので、地方自治体の目的の範囲外であることが明らかでない限りは、定款の認証を拒むことはできないものと考えます。
おって、地方自治体が発起人となった株式会社が、単に営利を目的として民業を圧迫するようなことをするのは好ましくないと思われますが、定款認証の際に公証人がこの点をチェックしなければならないものではなく、実際に新設株式会社が営業を開始してから、地域住民によってチェックされるべきものと考えます。
3 銀行の目的について
銀行は、株式会社(営利法人)であり(銀行法第4条の2)、その目的は登記されていますので、当該銀行が新設株式会社の発起人となれるかどうかについては、現に登記されている当該銀行の目的の記載自体から観察して、客観的・抽象的に必要となり得るかどうかを判断することになります。
そして、この判断においては、銀行法第1条第1項の「この法律は、銀行の業務の公共性にかんがみ、信用を維持し、預金者等の保護を確保するとともに金融の円滑を図るため、銀行の業務の健全かつ適切な運営を期し、もって国民経済の健全な発展に資することを目的とする。」という規定や、銀行が子会社とすることのできる会社(銀行法第16条の2)及び銀行持株会社が子会社とすることのできる会社(銀行法第52条の23)に関する規定が手掛かりになるものと思われますが、銀行等が子会社とすることのできる子会社対象会社には、社会経済情勢の変化に応じて、いわゆるベンチャー企業等が追加されています。
具体的に当該銀行の目的を確認する必要はありますが、このようなことを前提に、質問箱検討委員の間でも見解が分かれたところです。
一つは、一定の融資先の支援等は銀行の目的に含まれるものの、自ら起業するという前提でご質問の新設会社の目的を見る限り、金融取引で構成された銀行の目的の範囲を超え、また、その目的に関連しているとも言えないのではないかという見解です。
他方は、現在の社会経済情勢を踏まえると、市中銀行が出資して発起人となり、様々な事業を活性化させることも広い意味で銀行の目的と考えて、ご質問の新設会社の目的5、7等がこれに該当するものと考えて差し支えないのではないかという見解です。
質問箱検討委員の間でも見解の分かれているところですので、当該銀行の目的を確認し、不明確なところがあれば嘱託人から説明を求めるなどして、各公証人において判断していただくこととなります。
なお、銀行の出資比率が50%を超えたり、出資比率は少なくても役員を送り込むなど財務及び事業の方針の決定を支配している場合(会社法施行規則第3条第1項)に該当しますと、会社法第2条第3号にいう「子会社」となり、銀行法第16条の2に限定列挙された子会社対象会社であるかどうかも確認しなければなりませんので、銀行の目的の範囲内と判断する場合には、念のためこの点にもご注意願います。

民事法情報研究会だよりNo.35(平成30年10月)

燈火親しむの候、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
さて、本年度の後期会員セミナーは、12月8日を予定しておりますが、講師は、元広島法務局長で、最高検検事で退官後、公証人(溝ノ口)を務められ、退任後は、日本大学大学院法務研究科教授(刑訴)として教鞭を執られていた会員の加藤康榮先生にお願いしております。講演テーマは未定ですが、本年6月導入され司法取引制度についてお話いただけるものと思います。(NN)

今 日 こ の 頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

爺爺(GG)力(佐々木 暁)

私の亡父(大正9年生)は、私(昭和22年生)が物心つく頃には、それまでの馬追業(馬そり又は馬車を使って、山奥から伐採した樹木をトラックが入山できるところまで、馬で運び出す仕事)から自動車運送業に転業した。要するに輸送手段を馬から車に替えたのである。
どうやら父は、馬追より戦後急速に普及し始めた自動車を運転する方がカッコ良いと思ったようである。流行り物に敏感だったようでもある。その証拠に父のすぐ上の兄、伯父、甥などは、その後もしばらくは馬追を続けていたからである。何よりも馬の世話をしなくて良いし、馬糞の臭いよりガソリンの臭いの方がまだ良い。車は、まさに時代の先端を走っていたのである。
そんな流行り物好きの父ではあったが、車はとにかく大事にした。最初の車は、くろがね社の三輪車、その後マツダの○ハンドルの三輪車、四輪車と乗り換えて行ったと記憶している。私はいつも父の運転席の隣の助手席にいた。三輪車の時は雨や風がまともに当たった。父はこれらの車の修理、車検の下準備などの一切を一人でやっていた。田舎の国道は舗装されていなくて、いつもパンクしていた。それらの修理も全部自分でしていた・・・否、半分は、3分の1は私もいつの間にか手伝わされていた。小型トラックのタイヤのチューブを取り出すのは容易ではない。空気を入れるのも、やや大きめの空気入れで千回近く押すこととなる。修理工場は遙か隣町である。従って、車庫には修理工場に負けないくらいの工具があった。
父は、今思うと、専門の整備士よりも知識も技量も持ち合わせ、かつ、すべてのことに器用で、何事にも、かっちり・きっちり屋であった。
そのことが家族や周りの人々にとって災いの元でもあった。合わせものはどこまでもピッタリと、真っ直ぐなものはどこまでも真っ直ぐに、結び目はどこまでもキツく、揃えるものはどこまでもキッシリと、弛み、緩み、不揃い等々は一切許されない。OKが出るまで何度でもやり直しである。子供ながらに反骨精神豊かになったことは言うまでもない。が、父の仕事振りを見ていると、それらのことを難なくやっているのである。しっかりとやるだけに悔しかった。
私も成長し、中学生の頃は自転車(スポーツタイプ)、高校生の頃はバイク(ホンダ125CC)をアルバイトで得た報酬で購入して通学の足とした。隣町の学校まで約8㎞の道程を雨の日も風の日も乗った。国道は卒業まで舗装されることはなかった。従って、よくよくパンクした。全部自分で修理したことは言うまでもない。いつの間にか門前の小僧となっていた。パンクはもちろん、ブレーキの故障、チエ―ンの外れ、ライトの故障、バッテリーの充電、プラグの点検・修理等々の簡単なことはお手の物となっていた。
田舎育ち故、家業の手伝いは半強制的であり、近所の家の仕事の手伝いも当たり前の日常であった。そのおかげで大体の仕事のお手伝いはできるようになっていた。仕事は違っても要領や段取りは共通点が多い。おかげで成人となり、社会人、組織人、家庭人となっても、幼少の頃からの経験が大いに役立ち、大抵の修理や作業は自分で手がけることができる。このことだけは、亡き父に感謝している。
私が法務局に入った頃(昭和41年)からしばらくは、人事異動期の引っ越し作業、新営庁舎への移転作業が頻繁にあった。この時の段取りや荷造りは、本務以上に力を発揮したものである。
そして古稀を迎えた今、少しは何かに役立っているのだろうか。家庭内修理はほぼ完璧にこなしていると自負しているが、一番は、自転車修理である。パンクはもとより、ブレーキ、ライト、もろもろの箇所の修理である。
土・日はもちろん普段でも近所に住む孫・子らが壊れた自転車を押してくる。妻や自分の自転車も当然である。爺ちゃんは自転車屋じゃないと言いながらも孫らの直った時の笑顔が見たくて、いつの間にか工具を手にしている。ただ、車に関しては、今の車は、かすり傷程度は何とかごまかせても、その他のことはボンネットを開けてもさっぱり解らない。せいぜいがオイル点検とバッテリーとウオッシャー液の点検位である。下手に触ると故障の原因?になる。パンク修理もタイヤの構造自体がよく解らないので手を出さない。
かくして、団塊世代の筆頭爺爺にとっては、戦後の田舎で生きるための生活の中での小さな知恵や経験が、そして親の背中から授かった生活の知恵が細々と引き継がれて、今は小さな爺爺力となっているような気がする。修理だけではなく、料理、畑仕事、漁師仕事も教えられた。というよりやらされて体が覚えていた。襖張り、障子張りはお手の物である。
孫に対する爺爺力は、自転車修理の他は、野球・卓球・テニス・水泳(太平洋に限る?)・スケートまでは、ぎりぎり発揮できると自分では思っているが・・・日々(年々ではない)下降線上にある。それでもこの夏も、孫にせがまれ、カブトムシ・クワガタの採集に、大いに爺爺力を発揮して見せたものである。しかし、最近、爺爺の心を深く傷つける情報に出会うこととなる。「パンクしない自転車(タイヤ)」の出現である。参りました、残念である。
でも、でもである。孫らは日々成長する。その過程で、いつか心がパンクすることもあろう、傷つくこともあろう。その時は、いつでも心の修理ができる、必要とされる爺爺力を身につけながら、年を重ねていきたいと思うこの頃である。
さて、自慢の限り、背伸びの限り、思いつく限りの爺爺力を掲げてみたものの最早限界が見えている。会友の皆様もどうせ喜寿までもたない爺爺力だから許してやろう、言わせておこうと思ってくださっていることに感謝しながらこの辺で終わりとしたい。
我が身を我が心を古稀の風がゆっくりと流れてゆく・・・・。
さて、会友の皆様はどんな爺爺(GG)力をお持ちでしょうか。

夢受け継いで50年 未来へ羽ばたけ小笠原(佐藤 努)

本年7月、念願であった小笠原諸島を訪島しましたので、ここにご紹介させて頂きます。
1945年(昭和20年)8月にポツダム宣言を受託し、日本は、連合国軍最高司令官総司令部、所謂GHQの占領下におかれ、この被占領状態は1952年(昭和27年)4月のサンフランシスコ講和条約発効まで続きます。同条約の発効をもって国家としての全権を回復することになりますが、誠に遺憾なことに、日本のすべての領土において主権が回復した訳ではありません。ご承知のとおり奄美群島、小笠原諸島、沖縄県は、引き続きアメリカの施政権下におかれ、奄美群島は講和条約発効翌年の1953年(昭和28年)12月に、小笠原諸島は講和条約発効から何と16年後の1968年(昭和43年)6月に、そして沖縄県はそれより更に4年遅い1972年(昭和47年)5月に、やっと日本復帰が果たせたのです。
沖縄県には、復帰前にも、また復帰後にも私的に幾度となく旅行しましたし、数回出張もさせて頂きました。奄美群島には2003年(平成15年)10月に、奄美大島に出張させて頂く機会がありましたが、偶然にもこの年は奄美群島日本復帰50周年の記念の年に当たり、同年11月には奄美大島で記念式典が開催されています。そして、今回旅行した小笠原諸島も、今年は日本復帰50年目に当たり、6月30日には父島で、7月1日には母島で、それぞれ記念式典が開催されています。因みに、本稿の標題は、小笠原諸島父島に掲げられていた横断幕の標語を借用させて頂きました。
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始めに、旅行中に得た知識も踏まえて、小笠原諸島について若干ご紹介させて頂きます。
小笠原諸島は、父島、母島のほか、今なお海底火山活発な西之島、日本最南端の島である沖ノ鳥島、また最東端の島である南鳥島、更には悲劇的な激戦地となった硫黄島など、大小30余の島々からなり、南北約400キロメートルにも達するとのことです。また、東京都とは言え、東京都心部から小笠原諸島の中心となる父島までは、南南東に約1000キロメートルもあり、東京・鹿児島間が約960キロメートルですので、それより少し遠いことになります。父島の緯度は沖縄とほぼ同じ27度4分、村役場が所在し、小中高等学校が各1校宛あります。面積は23.45平方キロメートル、人口は約2000人、島民が居住しているのは、この父島と母島だけです。7月の気候ですが、最高気温は東京より3度程低く、最低気温は3度程高いとのことですし、降雨量は東京の約3分の1とのことですので、東京より快適な気候とも言えるでしょう。
戦時中、父島には海軍飛行場が建設され、零戦が配備されていたとのことですが、現在の父島に飛行場はありません。飛行場建設は島民の悲願であるものの後述するように世界自然遺産であることもあってか、都との交渉は思うように進展していないようです。従って、小笠原諸島訪島には客船を利用するしかありません。東京・竹芝桟橋と父島・二見港間に定期便「おがさわら丸」が運行しています。原則として6日で1往復、最短で5泊6日の日程となりますが、片道に約25時間を要するため、父島滞在は正味2日間となります。
ところで、2011年(平成23年)小笠原諸島は世界自然遺産に登録されました。これは、小笠原諸島では、海洋性孤島の形成と進化の過程をプレートの沈み込みの初期段階から現在進行中のものまで見ることができること、また、限られた面積の中で独自の種分化が起こり数多くの固有種がみられ、特に陸産貝類や植物、昆虫類においては、今なお進行中の過程を見ることができること(これは「適応放散」と言われ、特にカタツムリのカタマイマイ属が有名です。樹上性、地上性などの生態型により形態変化が見られ、化石種を含めて、過去から現在までの進化系列や種多様性の歴史的変遷を追うことができるとのことです。)、さらに、小さな海洋島(大陸と一度も接したことのない島)でありながら独自の種分化をとげた結果、高い固有種率となっており、世界的に重要な絶滅のおそれのある種の生育・生息地でもあることなどが評価されて登録されたとのことです。小笠原諸島の固有種は、前述のとおり天敵や競争相手の少ない海洋島の中で進化してきたことから、決して強い存在ではなく、外来種の進入に抵抗できず、個体数を減らすことになり(絶滅した種もあるとのことです。)、現在、外来種を持ち込まないようにするだけでなく、既存の外来種の駆除や捕獲対策も実施しています。
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次に、私の旅行をご紹介させて頂きます。今回は、ちょっと贅沢をしてクルーズ客船・飛鳥Ⅱを利用して小笠原諸島父島に行ってきました。5泊6日の行程で、父島には2日間停泊します。旅行初日、夕方に横浜港大桟橋を出航し、2日目は1日中クルージング。船内では、サルサ楽団として世界的に有名なオルケスタ・デ・ラ・ルスのスペシャルステージを楽しみ、また、小笠原諸島が世界自然遺産に登録する際、推薦書を作成された脇山成二氏(一般社団法人自然環境研究センター上席研究員)の講演を拝聴しました。船上での時間に飽きること無く瞬く間に2日目が過ぎ、3日目の早朝には、父島・二見港に入港しました。二見港には全長200メートル以下の船舶しか接岸できないため、錨泊(ブイ係留)となり、飛鳥Ⅱに常備されている救命艇兼用のテンダーボートで上陸することになります。
父島での1日目、早速、遊漁船にて父島の南西約1キロメートルの沖合に浮かぶ南島及びその周辺海域を観光しました。南島の周辺海域は世界自然遺産区域であり、南島自身は国の天然記念物の指定を受け、厳しい上陸制限が課されています。南島への往路、幸運にも海上を飛ぶトビウオや海中を泳ぐウミガメに遭遇し、また、海岸淵には戦時中日本軍が設営したトーチカが見られました。遊漁船の若い船員によれば、このトーチカはアクセスが大変なものの夕日が美しく、恋人達のデートスポットになっているとのことです。南島は0.34平方キロメートルの小さな無人島ですが、周辺には大小、様々な岩礁が隆起し、カルスト地形が海中に沈降した沈水カルスト地形が見られる貴重な区域となっています。南島及びこれらの岩礁には、鋭く尖った岩(「ラピエ」)が幾重にも見られ、また、荒波によって浸食された洞穴があるなど、透明感のある青く美しい海上に幾つもの奇岩が居並ぶと言った絶景に感嘆しました。写真マニアでない私であっても、シャッターを切りまくってしまいました。南島には残念ながら上陸しませんでしたが、同島にある窪地(「ドリーネ」)は扇池と呼ばれ、真っ白な砂浜(この砂浜、アオウミガメの産卵場所とのことです。)に囲まれた美しい水辺と青い海が大地を砕いた洞穴で繋がっていると言う風景は、スタジオジブリ作品「紅の豚」の隠れ家のモデルになったと言われています。
昼食は父島の中心地である大村に戻り、小笠原諸島での食文化の知見を深めるべく、有名な洋辛子を使用した島寿司と、カメの刺身を食べてみました。島寿司は不思議にも何の違和感も無く食べられましたし、またカメの刺身は赤身で臭いも無く、弾力があって美味しいものでした。
午後は、文禄2年(1593年)に創建された大神山神社をお参りしました。宮司さんは研修中のため不在でしたが、居られるときはタコノキ(固有種)の葉細工でできたウミガメのお守りをいただけるそうです。この神社、200段近くある階段を登った高台にあるので、二見港や珊瑚礁による美しい海岸である大村海岸を観望でき、南国の青く清々しい風景を楽しむことができました。
父島2日目は、小笠原諸島における自然、歴史、文化に関する情報を収集すべく、大村海岸沿いに建設された「小笠原ビジターセンター」に行きました。同センターには、戦前・戦後の島民の生活を知る貴重な写真や資料が展示されていたほか、世界自然遺産に関するDVDも放映され、大変勉強になったのですが、残念なことは全て撮影禁止となっていました。
午後は、折角小笠原諸島に来た以上は海水浴を楽しもうと、大村からバスで20分程の小港海岸に行きました(この小港海岸のバス停は、東京都最南端のバス停とのことです。)。小港海岸は白い砂浜が300メートル程続く、波穏やかな開放感のある海岸で、素足でも遊泳できます。海岸には、飛鳥Ⅱに乗船してきた旅行者10名程しかいない上、海水浴を楽しんでいるのは外国人の老夫婦と私と妻の4人程で、プライベートビーチのような、ゆったりとした贅沢な時間を過ごすことができました。岩場でのシュノーケリングでは、南海の色鮮やかな魚は見られなかったもののナマコが居たのには仰天しました。
こうして父島での2日間も終わり、夕方には、係留していた縄を解き、飛鳥Ⅱは帰路に就くのですが、その際、多くの遊漁船等が併走し、南島を案内してくれた若い船員を含む多くの島民の方々の見送りを受けました。お互いに、大声で、別れとお礼の言葉を交わしていると、ほんの一瞬の出会いであったにも拘わらず、いや、それだからこそか一層胸が熱くなってしまいました。
旅行5日目はクルージング。船内では、マスコミでお馴染みの脳科学者・茂木健一郎氏による「脳と自然」と題する講演等が開催され、これまた瞬く間に時は過ぎ、6日目の早朝、横浜港大桟橋に接岸、これにて全行程が終了しました。天候に恵まれたこともあって、殊の外海・空ともに青く、心地よい波音など癒やしの時間・空間を体感でき大変満足な旅行となりました。
日本復帰50年、ますます魅力増す小笠原諸島に、皆様も、是非行かれてみては如何でしょうか。

水戸黄門とAI(安田錦治郎)

昭和から平成に時代が変わる頃、私は法務総合研究所事務局三課で法務局職員を対象とした研修業務に従事していました。当時は研修カリキュラムも余裕があり、研修半ば頃、研修生、教官、事務局担当者が一緒に箱根まで足を運び一泊して親交を深める一大行事がありました。
夕刻になると懇親会が催され、恒例の出し物大会が始まります。ブロック対抗で工夫を凝らした出し物が披露され毎回おおいに盛り上がります。旅館からクレームが寄せられることも少なくありませんでした。教官と事務局担当者も出し物を披露するのですが、水戸黄門の寸劇が恒例となっていました。
シナリオは毎回事務局担当者が書き下ろしていましたが、勧善懲悪のワンパターンストーリーといえども、出演者が毎回入れ替わり、それぞれの個性に合わせた話しを展開させていくため、シナリオ創りは悩みの種でした。
研修三部長は大概チンピラ役で、早々に助けさん、角さんに足蹴にされ切り捨てられ、難しい考査問題を出し研修生からは悪評の教官も悪代官か悪党親分役で、最後は土下座といったいつもどおりの展開となりますが、いかに観客受けするかギリギリまで悩み、結局は旅行前日に徹夜してなんとか書き上げ、新宿発のロマンスカーに乗り込むというのが常でした。
懇親会開催の1時間前に出演者全員が部屋に集まり1回だけリハーサルを行い本番に臨むこととなります。もちろん台詞は覚える時間はありませんからシナリオを手に持ちながらの本番ですが、持ち込んだ芝居道具でにわか役者となった教官の皆さんの姿、そしていつも厳しい教官が足蹴にされるさまは、毎回研修生の皆様には大受けで、にわかシナリオ作家の苦労が報われるときでした。

数分間の寸劇でもシナリオ創りにはずいぶんと苦労したものですが、今話題のAI、すなわち人口知能は、小説や作曲といったこれまで人間の専売特許とされてきた創作分野にもどんどん進出してきているようです。水戸黄門のような筋書きがほぼ決まった勧善懲悪ものは、むしろAIの得意とするところのようです。
2045年には、いよいよ人口知能が人知を超える「シンギュラティー(特異点)」を迎えると言われています。人間の配下の存在であったAIが人間の存在を脅かす存在になってしまうかもしれません。
これまでもSF映画では、AIが兵器をコントロールし、人間を支配するといった作品がいくつかありますが、もっとも現実的で恐怖と考えられているのが、人間の仕事をAIが代替してしまうというものです。多くの人間が失業してしまうのではないか、ということが真剣に議論されています。
単純労働の分野だけでなく、むしろ経営者、医師、会計士、教師、法律家などの高度のコミュニケーション能力と高度な専門性が要求される分野こそAIの進出が加速するといわれています。たとえば、社長業務の内、人事業務といった負担の大きい部分はAIに任せ、人間は会社を左右するような戦略的判断に特化する、といったことを研究開発している企業が既にありますし、弁護士の世界でも、アメリカでは膨大な裁判判例を検索するためにAIを活用することが既に現実となっています。近い将来にAIの裁判官、弁護士、AIの公証人が登場することはないでしょうが、遠い将来はどうなることでしょうか。
AIは、法律がこれまで全く想定しなかった新たな問題を生み出すことになるかもしれません。その一つが、高齢者とAIの問題です。昔、AIBOという犬型ロボットがありましたが、ロボットとしての能力は現在に比べかなり低いものでしたが、長年一緒に接していると愛着がわき最後は供養までしてあげる、といった話を聞いたことがあります。
高齢で配偶者を亡くした人はなかなか話し相手を見つけることが難しく、孤立化していくケースが多いといいますが、これを防ぐために話し相手としてAIが活用されていくだろうといわれています。AIは相手に合わせて話し相手になってくれ、どんなわがままも聞いてくれるわけですから、人間以上に愛着がわいてくることは間違いないでしょう。
2045年頃には、人間とAIとの間で、結婚、離婚、相続といった問題が発生し、法律家の頭を悩ます時代になっているかもしれません。

AIの進出がもはや止まることはないでしょうから、人間は、AIとのつきあい方を真剣に考えないといけない時代が確実にやってきます。判断に間違いがなく、失敗もしない、さらには悩みも抱えないAIが支配する社会よりも、失敗や間違いをし、悩みだらけで弱い人間が支え合う、水戸黄門の物語が成立する社会がこれからも続いていくことを願いますが、はたしてそれが許される時代がくるのでしょうか。

 

実 務 の 広 場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.63 家族信託契約の当初受託者の任務が終了し、新たな受託者を選任する必要がある場合の選任権者について

先日,あるNPO法人が主催する研修会に出席したところ,主に遺言に関する内容であり,その講義の終盤で講師から,「最近は,家族信託という制度を利用する方も増えている」との説明がありました。
「家族信託」は,委託者本人の生活を護り,また,その大切な資産を承継遺贈するという仕組みであるとされ,成年後見制度,遺言や相続制度を補完するといわれており,最近,利用する方が増加しているようです。

家族信託公正証書の作成については,本研究会だよりNo.31に小鹿先生が投稿されており,いつかは作成依頼があるであろうとは思っていましたが,いよいよ当役場にも,資格者から家族信託契約を公正証書により締結したいとの依頼があり,案文が送付されてきました。
その内容を確認したところ,当初受託者と新受託者(後継受託者)に関する定めがされており,指定された新受託者が信託の引き受けをせず若しくはこれ(引き受け)をすることができないときは「信託法第62条の定めにかかわらず,受益者又は信託監督人が単独で選任できる。」との定めがありました。
家族信託において「受託者」は,信託の事務を遂行する者であり,最も重要な関係人であることから,その内容を慎重に検討する必要があると判断したものの,実務先例等が見当たらないこともあり,私なりに,次のような検討をしてみましたので,ご紹介いたします。

信託契約の制度設計にもよるでしょうが,信託の開始から終了・清算までは相当長期間となることが見込まれ,委託者はもとより,受託者が死亡,後見開始又は保佐開始の審判を受けることも考えられます。
受託者にこのような事由が発生したときは,受託者の任務は終了し,新たな受託者が就任しない状態が1年間継続したときは,信託そのものが終了してしまう(信託法第163条3号)ため,新受託者の選任規定は重要となります。
信託法第62条第1項では「委託者及び受益者は,その合意により,新受託者を選任することができる。」とあり,合意が整わない場合には「裁判所は,利害関係人の申立てにより,新受託者を選任することができる。」(同条第4項)とされており,さらには,委託者が現に存しない場合「第1項の「委託者及び受益者は,その合意により」を「受益者は」とする。」(同条第8項)とされています。
これによると,委託者が死亡後であれば,受益者が単独で新受託者を選任することができそうですが,信託監督人が単独で新受託者を選任することができるのかどうかが疑問となります。
信託監督人の権限については,同法第132条に規定されており,「新受託者となるべき者として指定された者に対し,・・就任の承諾をするかどうかを・・催告することができる。」権限を有しているものの,新受託者を選任する権限までは認められていないようです。
しかし,同条のただし書きには,「信託行為に別段の定めがあるときは,その定めるところによる。」とあり,法に定められた権限以外にも,権限を付与してもよいようにも考えられます。
この「別段の定め」との文言は,同法に散見され,一見自由に信託契約を設計できそうではありますが,当然限度はあるはずです。
信託監督人は,受益者が自ら受託者の監督を適切に行えないときに,これを補完的に行う機関として,受託者を監督するために必要な権限(同法第92条に規定された受益者の権利のうち,受益権の放棄等一定の権利を除くものの行使権限)のみが与えられていることからすると,信託監督人の権限を拡大する必要は考えられず,むしろ,この場合の「別段の定め」は,信託監督人の権限を限定する必要があるときに使われるべきものではないかと考えられます。
この点に関して,①「信託法(道垣内弘人著・有斐閣)374頁では「権限範囲について,信託行為における別段の定めは許容されているが(132条1項ただし書き),各受益者の自益的な権利についてまで信託監督人の権限とすることはできず,結局,より制約する定めのみが許されるというべきである。」とされており,また,②条解信託法(弘文堂)597頁では「本条(132条)1項本文に挙げられていない権利の行使を信託監督人に認める旨の信託行為の定めは,どうか(権利の行使を認めてよいか)。そのような権利の代表的なものとして,受益債権の行使及び受益債権の弁済の受領,信託に関する意思決定に係る権利がある。このうち,受益債権の行使及び受益債権の弁済の受領を信託監督人に認めることは,受益者に帰属する個人的な利益を他人である信託監督人が固有の権限として消滅させることができるということであるから,受益権を受益者に権利として与えたことの法的意味を失わせる結果となる。(中略)信託に関する意思決定にかかる権利は,受益債権のように個人的な利益の実現に直接関わるものではないが,受益権(そこに含まれる受益的利益)の内容の変更にもつながりうるものであり,受益債権の行使等と区別すべき積極的な理由はないと思われる。したがって,本条(132条)1項本文に挙げられていない権利行使を信託監督人に認める旨の信託行為の定めも,効力を認められないと解すべきである。このように解したとしても,それらの権利を他人に行使させるための制度として受益者代理人の制度が設けられており,その利用が合理的であるから,実質的に不都合を生ずることもないと思われる。」とされています。
本件については,以上の趣旨を資格者に伝えたところ,公正証書を作成する段階において,あらかじめ新たな受託者を指定しておくという,あっけない結果となりました。

家族信託契約全般にわたる事案ではなく,誌友の皆様には,必ずしも参考とはならないかもしれません。ただ,前述のように,信託法は,信託行為における『別段の定め』を数多く許容しています。この別段の定めが万能のものではないことは当然であるものの,その規定内容が許容されるかどうかについて判例,先例等の積み重ねがない現段階では,当面,「別段の定め」が規定する権利の主体,権限の内容並びに付加又は規制する権利,利益の主体及び内容等を当該条項や信託法全体の趣旨を勘案した上で,解釈で判断していかざるを得ない局面があろうかと思います。
今後,家族信託契約が増加していくであろうことを考え,あえて紹介させて頂きます。
(竹村政男)

No.64 移行型の任意後見契約と家族信託契約を併用する公正証書作成に関する疑義について。(質問箱より)

【質 問】
行政書士から、別添のとおり、移行型の任意後見契約と家族信託契約を併用する公正証書作成依頼がありました。
委託者及び委任者はA(父)であり、信託契約にあっては、受託者をB(孫)、当初受益者をA、後継受益者をE(長女)とD(長女の夫かつ養子)とし、後継受託者をC(孫)、信託代理人をF(孫)とするもので、任意後見契約にあっては、任意後見受任者をEとするものです。
信託契約と任意後見契約の併用については、利便であるとして推奨されているところ、件数的には現段階では少ないものと承知していますが、今後増加することを念頭にすると、考え方を固めておく必要性を感じています。このような趣旨から以下の事項について疑義(やや自信がない。)がありますので、質問箱に質問をさせていただきます。
〈信託契約について〉
1 第2条について
信託の目的として、当職は、「本信託は次条、第4条記載の不動産及び金銭等金融資産を信託財産として管理運用及び処分、その他本信託目的の達成のために必要な行為を行い、受益者に生活・介護・療養・納税等に必要な資金を給付することにより、受益者の幸福で安定した生活及び福祉を確保することを目的とする。」を示したが、嘱託人は、別添のとおりを依頼主が希望しているとしてきた。
「(2) 委託者の財産管理の負担を低減すること。」は、目的ではなく結果というべきと思われるがいかがか。
2 第6条第2項について
後継受託者の就任事由について、「死亡その他の原因により信託事務を行えなくなった場合」は曖昧であって信託行為に別段の定めがあるとはいえないと思われるため、「信託法第56条第1項各号に掲げる事由により当初受託者の任務が終了したときの後継受託者は次の者とする。」が相当と考える。
3 第11条について
受益者代理人の就任原因を「受益者が、受託者に対し書面による意思表示を行った場合」に限定しているが、後見契約と併用する趣旨等を勘案すると、受益者の判断能力が低下することを前提にしていないため相当ではなく、「本信託の受益者につき後見開始若しくは保佐開始の審判を受けあるいは任意後見契約が発効したとき、又は受益者が、受託者に対し書面による意思表示を行った場合、直ちに次の者を受益者代理人として選任する。」が相当と考える。
4 第16条について
信託報酬額の決定に関して受益者に絶対的な権限を付す旨の規定は、事後のトラブルに発展しかねないのでいかがか(遠藤「新しい家族信託」280ページ)。
〈任意後見契約について〉
1 代理権目録15及び16について
本人が信託契約の受益者であるときの、受益権の代理行使は目録に記載可能と思われるが(大野重國「信託フォーラム9号」29ページ)、固有財産の追加信託としての引渡しは問題があると考える。
けだし、追加信託は、信託法には直接規定はないが、可能であるとされているところ、追加信託をすることができるのは委託者本人に限られ(先の遠藤弁護士の講演資料)、任意後見発効後は判断能力がないと考えるのが相当で、かつ任意後見人の権限は身上監護・財産管理であることを勘案すると、追加信託財産の引渡しを行うことは矛盾する。
〈委任契約について〉
1 代理権目録8及び9について
上記の趣旨から、判断能力が有ることを前提にした委任契約に記載することは不相当。

〔別添〕
不動産及び金銭等管理運用処分信託契約
(契約の締結、趣旨)
第1条 委託者Aは、受託者Bに対し、次条記載の信託の目的達成のため、第3条記載の財産を信託財産として管理処分することを信託し、Bはこれを引き受けた。
(信託目的)
第2条 本信託の目的は、以下のとおりである。
委託者の不動産及び金銭等金融資産を信託財産として、受託者が管理運用及び処分、その他本信託目的の達成のために必要な行為を行うことにより、
(1) 受益者の幸福で安定した生活及び福祉を確保すること。
(2) 委託者の財産管理の負担を低減すること。
(3) 財産の承継を実現すること。
(信託財産)
第3条 当初の信託財産は、別紙「信託財産目録」記載の不動産(以下「信託不動産」という。)及び金銭等金融資産(以下「信託金融資産」という。)とする。
(追加信託)
第4条 委託者は、本件信託財産に不動産及び金銭の追加信託をすることができる。
2 第1項の追加信託をする場合、不動産の追加については、本信託に基づく所有権移転及び信託の登記手続きを行い、金銭の追加については、委託者は受託者指定の銀行口座への振込により行うものとし、受託者は、振込を受けたときは、速やかに追加信託を受けた旨を委託者に対し報告を行うものとする。
(信託財産責任負担債務)
第5条 (省略)
(受託者)
第6条 本信託の当初受託者は、次の者とする。
当初受託者 住所 ○○市△△町1230番地
続柄 委託者の孫
氏名 B
生年月日 昭和  年  月  日
2 信託が終了する前に前項の受託者が死亡その他の原因により信託事務を行えなくなった場合には、以下の者を後継受託者とする。
後継受託者 住所 ○○市△△町1230番地
続柄 委託者の孫
氏名 C
生年月日 昭和  年  月  日
3 受託者は、善良な管理者としての注意義務を持って事務処理を行うものとする。
(受益者)
第7条 本信託の当初受益者は、委託者 A とする。
2 当初受益者死亡後の後継受益者は次の者とし、受益権割合は2分の1ずつとする。ただし、当初受益者死亡以前に第二次受益者の一方が死亡していた場合、他方の第二次受益者が全ての受益権を取得する。
第二次受益者 住所 ○○市△△町1230番地
続柄 委託者の養子
氏名 D
生年月日 昭和  年  月  日
第二次受益者 住所 ○○市△△町1230番地
続柄 委託者の子
氏名 E
生年月日 昭和  年  月  日
3 第二次受益者 Dが死亡した場合、Dの受益権は消滅し、Eが全ての受益権を取得する。
4 第二次受益者 Eが死亡した場合、Eの受益権は消滅し、Dが全ての受益権を取得する。
(受益権)
第8条 (省略)
(信託期間)
第9条 (省略)
(信託終了の協議)
第10条 (省略)
(受益者代理人)
第11条 本信託の受益者が、受託者に対し書面による意思表示を行った場合、次の者を受益者代理人として選任する。
受益者代理人 住所 ○○市△△町1079番地2
続柄 当初受益者の孫
氏名 F
生年月日 昭和  年  月  日
2 受益者の1名が前項の意思表示を行った場合、受益者代理人はその意思表示を行った者の代理人とする。
3 複数の受益者が第1項による意思表示を行った場合、受益者代理人は原則として全員の代理人とし、それぞれの受益者の状況を考慮し、各受益者の安定した生活のため、公平に受益権を享受できるようその権利を行使することとする。
(信託財産の管理運用処分及び給付の内容等)
第12条 (省略)
(その他の管理等に必要な事項)
第13条 (省略)
(契約に定めのない事項の処理及び契約の変更等)
第14条 (省略)
(清算受託者及び帰属権利者等)
第15条 (省略)
(信託報酬)
第16条 受益者は受託者の報酬を決定し、支給する権限を有することとし、受益者が複数の場合は、受益者全員の合意が無ければ当該報酬を支給することはできない。また、報酬額は原則として月額10万円若しくは信託不動産の年間賃料収入の5パーセントを月額換算した金額のうち、いずれか低い方の金額とし、毎月末日に支給する。なお、受益者は報酬額を決定することにつき、特に必要な場合は専門的知識を有する第三者に相談することができる。
別紙 信託財産目録(省略)

委任契約及び任意後見契約
契約の内容は、委任者をA、受任者をEとして、日本公証人連合会の文例とほぼ同一で問題はないと考えているが、代理権目録が以下のとおりであり、アンダーライン部分に問題がある。
代理権目録Ⅰ(委任契約)
1 不動産、動産等全ての財産(信託財産に属するものを除く。)の管理、保存
2~7 (省略・・・一般的)
8 Aさんが別途契約締結している不動産及び金銭等管理運用処分信託契約に基づく金銭の受領に関する事項
9 Aさん固有の財産を当該信託契約の追加信託として受託者へ引渡しに関する事項
10 (省略)
代理権目録Ⅱ(任意後見契約)
1 不動産、動産等全ての財産(信託財産に属するものを除く。)の保存、管理及び処分に関する事項
2~14 (省略・・・一般的)
15 Aさんが別途契約締結している不動産及び金銭等管理運用処分信託契約に基づく金銭の受領に関する事項
16 Aさん固有の財産を当該信託契約の追加信託として受託者へ引渡しに関する事項
17以降 (省略)
同意を要する特約目録
Eさんが下記の行為を行うには、個別に任意後見監督人の書面による同意を要します。

1 居住用不動産の購入及び処分
2 不動産その他重要な財産(信託財産に属するものを除く。)の処分
3 Aさん固有の財産を当該信託契約の追加信託として受託者へ引渡しに関する事項
4 弁護士に対する民事訴訟法第55条第2項の特別授権事項の授権を含む訴訟行為の委任
5 復代理人の選任

【質問箱委員会回答】
〈信託契約について〉
質問事項1について
信託契約(信託法第3条第1号)による信託の仕組みは、委託者が受託者に対して信託財産の譲渡等の処分を行い、受託者が信託財産の管理又は処分及びその他の行為を通じて受益者に受益権を享受させることにより、信託契約によって定められた「一定の目的」(信託法第2条第1項)を達成するものであるところ、ご質問の「(2) 委託者の財産管理の負担を低減すること。」は、委託者の財産を信託財産として受託者に譲渡することの反射的利益として実現されるものであり、受益者に受益権を享受させることによって達成される信託法第2条第1項の「一定の目的」とは異質のものと言わざるを得ません。
ただし、委託者の財産管理の負担低減も、信託契約締結の目的ないし動機の一部ではあることから、これが信託契約本来の「一定の目的」に追加して記載されていたとしても、信託契約そのものを無効としてしまうような違法な記載とまでは言えないものと考えます。

質問事項2について
新受託者の選任に関する信託法第62条第1項及び第2項は、「第56条第1項各号に掲げる事由により受託者の任務が終了した場合において」と規定しているところ、「死亡その他の原因により信託事務を行えなくなった場合」という規定もこれと同様のものと解する余地はありますが、ご質問の案による方が明確であり、後日の紛争防止という観点から、より適切であると考えます。

質問事項3について
後日の紛争防止という観点から、ご質問の案のとおり、将来の判断能力低下に備える内容も含めておいた方が、より適切であると考えます。
なお、第1項をご指摘のように変更した場合、第2項の「受益者の1名が前項の意思表示を行った場合」は「受益者の1名が前項に該当した場合」と、第3項の「複数の受益者が第1項による意思表示を行った場合」は「複数の受益者が第1項に該当した場合」と改めることになります。

質問事項4について
受託者の報酬は、「信託行為に受託者が信託財産から信託報酬を受ける旨の定めがある場合に限り、信託財産から信託報酬を受けることができる」(信託法第54条第1項)とされており、「信託報酬の額は、信託行為に信託報酬の額又は算定方法に関する定めがあるときはその定めるところにより、その定めがないときは相当の額とする」(信託法第54条第2項)とされています。
そして、信託報酬の額についての定めがないときは、「受託者は、信託財産から信託報酬を受けるには、受益者に対し、信託報酬の額及びその算定の根拠を通知しなければならない」(信託法第54条第3項)とされています。
したがって、信託報酬については、まず信託報酬を受ける旨の定めが必要なところ、別添の不動産及び金銭等管理運用処分信託契約第16条の規定は、受益者に報酬の決定及び支給の権限があること及び受益者が複数の場合に受益者全員の合意がなければ報酬の支給ができないことを定めているところ、「受託者が信託財産から信託報酬を受ける旨の定め」としてはあまり適切な表現ではなく、後日の紛争防止の観点からは、①受託者が信託財産から信託報酬を受ける旨、②信託報酬の額又は算定方法に関する定め、③受益者が信託報酬の額を変更することができる旨を、明確にしておくのが相当と考えます。
一例としては、「受託者は、毎月末日に信託財産から信託報酬を受けるものとし、その額は月額10万円又は信託不動産の年間賃料収入の5パーセントを月額換算した金額のうちいずれか低い方の金額とする。ただし、受益者は、信託報酬を相当な額に変更することができるものとし、受益者が信託報酬額を決定するにつき、特に必要な場合は専門的知識を有する第三者に相談することができる。なお、受益者が複数の場合、信託報酬額の変更の決定は受益者全員の合意がなければならない。」のように変更することが考えられます。

〈任意後見契約について〉
質問事項1について
代理権目録Ⅱ(任意後見契約)15の受益権に基づく金銭給付の代理受領については、特に問題ないものと考えますが、16の追加信託として本人の固有財産を受託者へ引き渡すことには、問題があります。
そもそも、本人の財産の管理は任意後見人の本来業務であり、本人の生活及び療養看護のため必要な場合には本人の固有財産の処分もできますが、本人の固有財産の保全等を目的とした任意後見制度支援信託を利用する場合以外、任意後見人が自ら財産管理を行わずに信託制度を利用することは、任意後見制度の趣旨から相当ではありませんし、仮にあらかじめ本人が追加信託をすると決定しておいた財産についてその履行行為を行うことだけを委任するという趣旨であるならば、追加信託する財産を具体的に特定した上でその履行行為に必要な事項を記載しておく必要があるものと考えます。
また、任意後見契約の受任者であるEが信託契約の第二次受益者となっていることから、利益相反行為ともなりかねませんので、特に慎重な対応が必要となります。

〈委任契約について〉
質問事項1について
代理権目録Ⅰ(委任契約)8の受益権に基づく金銭給付の代理受領については、任意後見契約の場合と同様特に問題はないものと考えます。
9の追加信託として本人の固有財産を受託者へ引き渡すことについては、受任者には財産の処分権限がないことから、委任者が自ら追加信託することを決定した場合にその履行行為のみを代理して行うという趣旨の規定であるとしても、不動産の追加信託の場合の登記申請の代理権を証する書面としてはこのような包括委任は適当でないと考えますので、任意後見契約について述べたのと同様に、追加信託する財産を具体的に特定した上でその履行行為に必要な事項を記載した委任事項とするか、この委任契約とは別の個別の委任行為とするのが相当と考えます。
また、移行型任意後見契約の委任契約にかかる代理権の濫用等の指摘を受けて、この場合の代理権の範囲を日常的な事項等に限定して作成するなどの工夫をしていることも踏まえて、委任事項の内容については慎重に検討しておく必要があるものと考えます。

 

民事法情報研究会だよりNo.34(平成30年8月)

残暑の候、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
さて、去る6月16日の前期セミナーでは76名の会員が参加して、元法務省人権擁護局長で弁護士の吉戒修一先生から「裁判、行政、企業における人権」についてご講演をいただきました。現在、講演録の冊子の作成中ですが、でき次第皆様にお送りいたします。(NN)

今 日 こ の 頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

成年後見制度低迷の原因・後見人選任のミスマッチ
ミスマッチのない選任システムを構築しよう!
(NPO法人高齢者・障害者安心サポートネット理事長 森 山 彰)

1 利用低迷の原因
我国の成年後見制度は、創設後18年を経過したにもかかわらず、その利用率は、現在おおよそ認知症高齢者約460万人、知的、精神障害者約340万人と推定される中で、平成29年末現在、制度の利用者数は約21万人、その利用率は2.6%程度で、極めて低迷していると言わざるを得ない。
そこで、この利用促進を図るため、平成28年4月「成年後見制度利用促進法」が制定された。次いで、翌29年3月、促進法で明らかにされた利用促進の「基本理念」や「基本方針」に関する施策を総合的かつ計画的に推進するため、「基本計画」が策定されたことは、周知のとおりである。
なぜ利用が低迷しているのか、この基本計画の冒頭に鋭い分析がある。簡潔に要約すると、「後見人に対する地域住民のニーズは、意思決定支援・身上保護重視の後見であるにもかかわらず、家庭裁判所では、財産管理重視の観点から第三者専門家を後見人に選任、ビジネスライクの後見を行ってきたため、利用者のニーズが充たされず、成年後見制度のメリットや素晴らしさが実感されていない。」と指摘し、その主要な原因が選任のミスマッチの積み重ねに求めている。

2 家庭裁判所における選任のやり方
その一般的な具体例を示そう。ここに登場するA女は、子供に恵まれず、長年連れ添った夫にも先立たれて、たまたま近くに住む姪B子の手助けで、細々と生活する独居高齢者である。常々A女はB子に対し、「もし、私が認知になったら、必ずあなたが後見人になって面倒を見てね」と頼み、B子もこれを快諾していた。やがて、A女に認知症状が出て、判断能力の診断をしてもらった結果、「成年後見」相当と出た。そこで、B子は約束に従い、自らを後見人候補として後見開始の審判申立てを行った。
ところで、家庭裁判所では、調査の冒頭、必ず次のような説明がある。「誰を後見人に選任するかは、裁判所の裁量に委ねられているから、後見人選任の審判がでれば、それに不満でも、即時抗告はできない。だからと言って、取下げを願い出ても、家裁の許可を得なければ、それもできない。」
この説明で、大抵の申立人や候補者は、圧倒されて萎縮してしまう。説明の態度は柔和でも、内容は、まったく威圧的である。
それでも、B子は、A女の後見人就任は本人の意思で、A女とは強い信頼関係で結ばれ、生活支援のノウハウも熟知しているので、「適任者は、自分以外にいる筈はない。」と確信していた。しかし、実際に選任されたのは、見ず知らずの専門家Ⅽだった。B子は泣き寝入りするしかなかったが,A女も、後見人Cと信頼関係が築けず、不満だらけの多い生活を送ることになった。
上記のような家裁の後見人選任の取扱いは、もちろん民法や家事事件手続 法に法的根拠があるから、違法ではない。しかし、仮に家裁が本人の自己決定権を尊重し、本人の身上保護を重視する観点から後見人を選任していたら、おそらくB子が選任されていたと思われる。そうだとすれば、選任権の乱用の疑念は残る。
仄聞するところ、このような家裁の選任のやり方は、全国津々浦々で行われているようである。ちなみに、制度創設当初の親族と第三者専門職における後見人の選任比率は、前者が9割で、後者が1割にも満たなかったのに対し、28年には、親族が3割弱に減少、専門職が7割を超えるまでに急増した。この急増の原因が、このような一方的で、威圧的な選任のやり方にあるとしたら、誠に嘆かわしいと言わざるを得ない。と同時に、この選任のやり方が、おそらく家庭裁判所に対する不信感を増幅し、延いては成年後見制度の信用失墜の原因になっていると判断せざるを得ない。

3 ミスマッチの防止策
この度の利用促進法における後見の担い手は、地域連携ネットワークに支援された市民後見人である。そこで、基本計画では、市区町村等一定の地域ごとに、権利擁護の地域連携ネットワークを構築し、そのネットワークが家裁に対し的確な情報を提供して、適切な後見人が選任されるよう支援する仕組みを作る計画である。そのため、検討すべき施策として、①.地域連携ネットワークと家裁との連携の強化、②.市民後見人候補者名簿の整備、③.市民後見人の研修、育成、活用等様々な施策を提案しているが、しかし、この程度の施策では、これまでの柔軟さを欠く家裁の態度から推測して、満足できる成果は期待できないのではないかと危惧される。
やはり、家裁の後見人選任のやり方が、「選任のミスマッチ」の元凶であることを十分認識してもらい、この点は踏み込んだ改善が必要だと思う。
第1の改善点は、地域連携ネットワークやしかるべき団体が、本人との適応性を調査し、後見人候補を推薦したときは、家裁はその推薦を尊重して、被推薦者を後見人に選任する仕組みにすべきである。そうなれば、家裁の裁量の幅が狭まって、身上保護重視のニーズが強い高齢者・障害者に対して、身上保護に殆ど関心を持たない特定分野の専門家を威圧的に押し付けるようなミスマッチは、激減するだろう。
第2の改善点は、現在における後見人選任のミスマッチの状況を見ると、後見人の選任基準を定めた民法843条4項の規定は、有って無きが如く、無視されている印象がある。しかし、このような規定がある以上、家裁が申立による後見人候補者と異なる後見人を選任したときは、そのような事案だけでも、選任基準の妥当性等について即時抗告ができるように改正すべきではないかと考える。
このような改正で、選任における家裁の強引で一方的な裁量が抑制され、即時抗告した者にも、選任理由が明確になるので、そのメリットは大きいと思う。

4 おわりに
成年後見制度利用促進法及びそれを受けた「基本計画」が策定され、33年度までの基本計画の工程表まで明らかにされたが、何と言っても、成年後見制度の運用主体は、家裁である。また、その手続を規律するのは、「家事事件手続法」である。したがって、プログラム法である利用促進法に盛られた基本理念や基本施策が、現実に具体化するかどうかは、制度の中枢に位置する家裁の取組み如何にかかっていることは、明白である。
他方では、促進法に盛られた基本理念や基本施策が、国民の賛同と支持を得ていることも事実であるから、家裁は、成年後見制度が超高齢社会で果たす役割を十分に理解して、率先垂範してその実現に努めることは、家裁に対する国民の信頼性向上に大いに寄与することになると思う。この面での家庭裁判所の積極的なリーダーシップを心から期待したい。

参考 民法843条4項 成年後見人を選任するには、成年被後見人の心身の状態並びに生活及び財産の状況、成年後見人となるべき者の職業及び経歴並びに成年被後見人との利害関係の有無(成年後見人となる者が法人であるときは、その事業の種類及び内容並びにその法人及びその代表者との利害関係の有無)、成年被後見人の意見その他一切の事情を考慮しなければならない。

吉﨑さんのこと(小畑和裕)

吉﨑さんが亡くなった。彼は現役の公証人であり、余りにも早く逝ってしまった。訃報を聞いて驚愕した。悲しさよりも、何故だという気持ちや、彼を襲った病魔に対する怒り、悔しさの感情が先に立った。数か月が経た今もその死を受け容れられない。悲しくやるせない気持ちを解消する方法がなく鬱々とした毎日だ。思えば、彼との付き合いは長い。初めて会ったのは、30年余りも前だ。昭和61年4月から民事局第一課登記情報管理室で予算事務を共にして以来だ。厚生管理官室で活躍していた彼は、抜擢されて当時繁忙を極めていた予算係に異動してきたのだ。その頃の民事局・法務局は、世紀の大事業である登記事務のコンピュータ化に組織をあげて取り組んでいた。その事業の財政的基盤を支えるため登記特別会計制度は創設された。特別会計を所管することは、法務省や、関係省庁である大蔵省主計局司法警察係にとっても初めてのことであり、先例も経験もなくすべてが手探りだった。予算係は、登記特別会計の歳入・歳出予算の概算要求、獲得した予算の執行事務に加えて、毎月の手数料の収入予測に基づく資金の運用管理も重要な仕事だった。特に、6月、12月のボーナス時期には膨大な資金が必要になり、そのやり繰りには苦労が多かった。
また、登記特別会計が創設されたことにより、民事局・法務局が所管する予算も登記事務を中心とする登記特別会計予算と戸籍等を中心とする一般会計予算に分かれた。それにより、職員の所属や人件費、物件費、施設費なども二分して管理することになった。予算事務は複雑かつ困難化した。当然のことながら増員もなく、事務処理は繁忙を極めていた。そんな時に彼は新人として赴任して来たのだった。当時、「花の予算」という言葉があった。予算係が花形だという意味があるのかどうか不明だが、花(桜)の咲く頃がのんびりできる時期だという経験則があった。その時期に彼がひたすら予算書の読み込みをしていたことを思い出す。彼は明るく元気で気力・体力ともに充実していた。付き合いも良く、仕事も前向きで頑張り屋だった。特に彼の功績としていまも忘れられないのは、事務処理に初めてワープロを導入したことだ。というのも、当時は大蔵省に提出する予算の概算要求書は、各担当者ごとに手書きしていた。そのため、要求書に訂正や変更が出ると、全てのページを書き換える必要があり、大変な労力を要した。また、書き手の個性が出て、大蔵省の担当官から書かれている字が読みにくいとして清書して再提出するように求められたこともあった。そこで彼は、ワープロの活用を提案したのだ。ワープロはその当時まだ一般化されてはいなかったので、他の職員はその効果について半信半疑だった。しかし、彼は熱心にワープロの利便性を説き、実現した。出来上がった要求書はきれいで読みやすく、かつ訂正や変更にも簡単に対応できた。また、データや書式を保存しておけば、翌年度も利用できるという効果もあった。事務処理の合理化にもつながり良いことずくめだった。みな賞賛した。ただし、ワープロで要求書を作成したことが初めてなので、大蔵省主計局の担当官に対する説明で変換ミスを指摘され、平身低頭したことも一再ならずあったが。二年目以降の事務処理の合理化に大いに貢献したことは言うまでもない。コンピュータ化が進展するに伴い繁忙の度合いは益々進み、定時に退庁できることは殆どなく、土・日の出勤もごく普通のことだった。大晦日に予算速報を中央郵便局に持参し、全国の法務局に発送して、有楽町で年越しそばを食べて解散するのが通常だった。そんな時、彼がいつも嫌な顔をせず世話役を引き受けてくれた。懐かしい思い出だ。
古稀を過ぎても、老いていくということの意味がまだ何一つ分からない。ただ、彼の死を通じて一つだけ実感したことがある。ここ数年の間に、民事局で指導を受けた清水、藤谷両先輩を始め多くの人たちが亡くなられた。そして今また、彼が亡くなった。老いるとは多くの人々との別れを経験しながら生きるということなのかなと思う。「ハナニアラシノタトヘモアルゾ サヨナラ ダケガ人生ダ ― 井伏鱒二」
今はひたすら彼のご冥福を祈っている。

再登板(本間 透)

プロ野球が開幕して、スポーツニュースで贔屓のチームの勝敗結果が気になるところですが、日本では、中日の松坂投手の復活やソフトバンクの柳田選手の打率4割達成などが話題になり、アメリカでは、エンゼルスの大谷選手が投打二刀流で大活躍し、日米の野球ファンが興奮しています。
これとは全く次元が異なりますが、私は、一端リタイアした身でありながら、本年4月2日から公証人として野球で言えば再登板することとなりました。この経緯等を以下に述べます。
本年3月初旬に法務省の後輩の栄転の内報に接し、送別会の案内を木更津公証役場の吉﨑公証人(以下「吉﨑さん」といいます。)にメールしたところ、都合が悪くて出席できないとのことでした。ところが、数日して吉﨑さんが再手術するため入院したことが判明しましたので、吉﨑さんの病状を気にしていたこところ、3月20日に千葉地方法務局総務課長から自宅に電話があり、吉﨑さんの入院が長引きそうなので、4月から木更津公証役場の代理公証人をしてもらいたい旨の依頼がありました。私と吉﨑さんとは、法務省民事局で登記特別会計発足時の予算係で一緒に仕事をして以来公私にわたり長いお付き合いがあったことから、他ならぬ吉﨑さんのためならと思い、その依頼を受けました。その上で、吉﨑さんに「私が4月から貴殿の代理で木更津公証役場に行くので、治療に専念してじっくり養生してください。」とメールしたところ、「感謝します。早く復帰できるよう頑張ります。」と返信がありました。
代理公証人の発令は、4月2日とのことで、それに必要な書類について千葉地方法務局から取りあえず電話連絡があり、大至急必要書類を用意し、後日送付された書面を作成して同局に送付しました。
3月31日に吉﨑さんの病状が思わしくないとの連絡があったので、私は、4月1日の午後に吉﨑さんが入院している中野の警察病院に見舞いに行きました。
吉﨑さんは、3月20日に予定していた再手術ができず、ベッドから起き上がるのが困難な様子でしたが、私が「明日から吉﨑さんの代理で木更津公証役場に行くので、役場のことは心配しないで早く良くなってください。」と言ったところ、私の手を握って「本間さんに任せることができ、ありがたく安心しました。くれぐれもよろしくお願いします。」とおっしゃいました。
4月2日に千葉地方法務局に赴き、着任したばかりの三橋局長から、法務大臣からの公証人に任ずる辞令と木更津公証役場の代理公証人に任ずる辞令をいただくとともに、局長からの代理期間に関する辞令をいただいた後、木更津公証役場に赴きました。私の公証人の職印と確定日付印は、前任地で使用していたものを保管していましたので、証書作成と確定日付の交付には即対応できましたが、電子定款の認証に必要な電子証明書(カード)は、新たに発行され、19日から使用可能となりました。
それから10日後、吉﨑さんの訃報に接し、生前の何事にもエネルギッシュな吉﨑さんを思いうかべ、あまりにも早い逝去に愕然としました。私としては、少しでも吉﨑さんの霊に報いるためにも木更津公証役場の業務を滞りなく遂行しようと決意した次第です。
4月12日に千葉地方法務局の総務課長から電話があり、12日付けで法務大臣から吉﨑公証人の後任を命ずる辞令が発せられる旨伝達され、後日、同日付で法務大臣からの木更津公証役場の公証人に任ずる辞令をいただきました。そこで、私が4月下旬以降に予定していた平日の旅行等を全部キャンセルするとともに、吉﨑さんの通夜・告別式後、木更津公証役場での今後の業務遂行・役場運営について、改めて書記と打ち合わせました。これに伴い、各種事務機器等に関する契約や各種公共料金における契約者の名義変更の手続も行いました。4月25日に吉﨑さんの奥様が木更津公証役場に来られ、各種支払いに関する書類や経理・労務関係の帳簿等を引き継ぎました。
4月26日に千葉地方法務局長から電話があり、私の任期については、おそらく来年になると思われるが後任者が決まるまでお願いしたいとのことで、ショートリリーフの予定がロングリリーフになり、本格的に1年9か月ぶりに公証人として公証業務を行い、10年ぶりに電車通勤することになりました。
公証業務については、書記が優秀で仕事熱心なこともあり、あまりブランクを感じることなく遂行しております。通勤は、乗り換えに要する時間や電車の混み具合を考慮して往路と復路を変え、3回乗り換えてドア・ツウ・ドア片道2時間の道程です。このような生活は、脳の活性化と足腰の鍛錬になるものと考え、日々精進しております。
さて、毎年、現職の公証人が病で亡くなったり、長期療養を余儀なくされていますが、私も法務局の退職間際に初期胃がんが発見されたことから、その当時の最新の施術方法である内視鏡手術により、その部分の粘膜を電子メスで切除しました(入院期間1週間)。その後、いわき公証役場の公証人就任後2年目にその切除した胃壁に穿孔が生じたことから、あまりの痛みに耐えかねて妻に救急車を呼んでもらいました。救急病院での検査の結果、胃の内容物が腹部に充満して、このままだと腹膜炎になり命にかかわる状態であると医師に言われ、即手術となりました(その日は、私の満60歳の誕生日でした。)。開腹手術の結果、胃がんの前歴があることから、胃の3分の2と回りのリンパ節も切除されました。麻酔から目が覚めたら、集中治療室のベッドに固定され、二日間は面会謝絶でした。それから1か月入院し、退院後、食事制限に慣れ体力を回復するため、1か月自宅療養しました。
この2か月のいわき公証役場の業務は、相馬公証役場の当時の小原公証人に週2~3回来ていただき、代理公証人として対応していただきました。こうして私自身も被代理公証人の経験があり、代理公証人制度のありがたさを本当に痛感し、おかげで療養に専念することができ、病後の早期回復を図ることができました。
両方の立場を経験した私としては、現職の公証人が病気療養を余儀なくされた場合は、代理公証人制度等をもっと柔軟かつ機動的に運用できるような仕組にしていただき、安心して気兼ねなく療養できるようになればと願ってやみません。 (平成30年6月1日記)

静岡まつり大御所花見行列に参加して(板谷浩禎)

静岡市では、毎年4月初旬(今年は3月31日、4月1日)に静岡まつりが二日間にわたって開催されます。
静岡まつりは、「大御所・家康公が、大名・旗本などを引き連れて花見をした」という故事に倣い、駿府の街・静岡だけができる大御所の花見行列をメインに、桜の咲く頃のお祭りとして昭和32年に始まりました。この祭りも今年で第62回を数え「市民が参加するお祭り」となり、今年は二日間とも天候も良く桜も満開となり絶好の花見日和で静岡市中心街は多くの人々で賑わいました。
このように、静岡まつりは桜の咲く頃の静岡市の一大イベントですが、そもそも、なぜに私がその祭りに参加することになったのかというと、それは、これまで私が住んでいる地区(静岡市の東部)は静岡まつりへの関心度が低いため、静岡市と静岡まつり実行委員会が静岡まつりをより一層盛り上げるために、私共の自治会連合会に協力要請があったことによるものです。私は、法務局を退職と同時に自治会役員を10数年間務め現在に至っておりますが、その「お努め」に対するご褒美なのかどうかわかりませんが、約5千世帯の地区代表として大御所・家康公の行列奉行・彦坂光正の役柄で馬に乗り大御所花見行列に指名されることになりました。
さて、行列奉行という大役を引き受けたものの馬に乗るのは初めてであり、かつ、行列時間が約2時間と長時間であること、更には実行委員会から「過去には多くの見物客に驚いて馬が暴れ落馬したこともある」との事例を聞き少し不安を覚えましたが、大御所の行列奉行として静岡まつりに参加するという貴重な体験は、今後ないかもしれないと思い参加を決意しました。
私のように馬乗りの初心者には、2日間(1回の所要時間15分)の練習時間が与えられます。初心者にとって2回の練習は、大変貴重でありました。その効果もあり、本番は予想していたよりも堂々とした乗馬ぶり(?)であると自画自賛したところです。後から聞いた話ですが、11名の乗馬者の中から彦坂光正に一番大人しい馬を当ててくれるという静岡市実行委員会の配慮があったようです。
静岡市は、我が国の人口が少子高齢化・人口減少社会に突入した中で、人口減少対策は当然のこととして交流人口の増加にも力を注いでいます。私共の自治会連合会も静岡市と協調して「活気ある街づくり」に知恵を出していけたらと考えています。外国人を含めた多くの観光客が静岡空港や清水港、東名・新東名高速道路を利用して、来年の駿府の街・静岡まつり大御所花見まつりを盛り上げてくれたらと願っています。

※ 彦坂光正
江戸初期の駿府町奉行、今川義元の家臣の子として徳川家康に仕え、天正12年の長久手の戦で戦功をあげた。家康の駿府引退後は、駿府町奉行を務めた(朝日日本歴史人物事典から抽出引用した)。

遺言で家族の絆を取り戻した話(斎藤和博)

ある日、80歳代のご婦人が、遺言の相談でやってきた。いつものように、公証人室の中にご婦人を導き入れ、私の名前を名乗った後、受付用紙に住所、氏名、生年月日等を記載してもらい、具体的な相談内容に入っていく。
家族関係は、夫は、既に亡くなっており、子どもは長男と二男の二人だけ。私の内心では、そんなに難しい案件ではないなと思いながら、話を進めていく。
すると、長男は、大学進学とともに家を出て、その後、就職もし、結婚もしているが、長男が家を出た後、長男との交流が全くない状況だという。夫の葬儀にも来ないし、その時は、二男の手助けを得ながら夫の葬儀を行ったという。自分も高齢になったので、この際、遺言書を作成したいと考えているが、どのように考えて行けばいいのか分からないので、教えて欲しいというのが相談の趣旨であった。
そこで、「まずは、自分の財産を「不動産」と「預貯金」の大きく二つに分けて考えて、不動産はどのように相続させるのか?預貯金はどのように分配するのか?というように考えてみてはいかがですか。ただし、不動産の場合には、相続人二人の共有関係にすると相続の後に様々な問題が発生する可能性もあるので、なるべくならば、不動産の場合は一人の人に相続させた方がいいと思いますが、不動産については、どのように相続させたいと考えていますか?」と尋ねると、しばらく間があった後、「不動産は、やはり長男に相続させたいと思います。でも、いらないと言われたらどうしよう?…。」という答えが返ってきた。そして、「それでは、預貯金は、どのようにしたいですか?」と尋ねると、「二人に分けてあげたいと思います。どのように分ければいいかは、まだ、わかりません。」いう答えが返ってきたので、とりあえず、聞き取った内容を、【遺言内容(未定)】のタイトルを付して「1 不動産は長男に…。2 預貯金は、二人に(割合は未定)…。」と書いたメモを本人に渡し、「よく考えて、遺言の内容が固まったら、また来てください。」と話し、その日は終了した。
そのご婦人は車の免許を持っていない。近くに待機している車や自転車も見当たらなかったので、タクシーを呼びましょうかと声をかけたら、「いいえ、大丈夫です。歩いて帰りますから。」との一言。(唖然!)そのご婦人の入居しているケアハウスは、公証役場から8km以上はある。車なら15分程度だが、徒歩では2時間ほどはかかる距離。常日頃、何でも車を使って用を済ます私にとっては衝撃的な一言であった。聞けば、亡くなったご主人が介護のために施設に入居した際には、毎日、自宅から夫のいる施設まで歩いて通っていたとのこと。そのような日々を過ごしているうちに、ご婦人自身も体調を崩され、福祉関係者の勧めもあって、夫とは別の現在のケアハウスに入居したとのことでしたが、歩くことは苦になりませんとさらりと言われた。
その後、2か月くらい後に再度来庁され、「長男に電話で遺言の話をしたら、『俺は、一切財産はいらない。』と言われてしまいました。」とのこと。「それでは、不動産は二男に相続させることにしましょうか?…。預貯金はどうしますか?」と尋ねると「預貯金は、いくらもないけれども、私としては長男にも分けてあげたい。」という答えであった。
そこで、【遺言内容(未定)】のタイトルはそのままに先に渡した遺言内容を修正したメモを渡し、2回目の面談は終了した。当然、その日も徒歩で帰られた。
3回目の面談では、ご婦人は、「2回目の面談でもらったメモの内容を、長男、二男に伝えたところ、長男は、『俺は、お金もいらないから、弟に多くやってくれ。』という返事で、二男は、『不動産は自分が相続したい。』と言ってくれたので、不動産は二男に、預貯金は、長男に○分の●、二男に○分の△の割合で決めました。」とのことであった。よくよく聞いてみると、自宅は、現在、二男が住んでいてアトリエとして使っているということなので、落ち着くべきところに落ち着いたなと感じた。あとは、長男が、母の気持をくんで預貯金を受け取ってくれるか?という一抹の不安だけ。
いよいよ遺言公正証書作成日を迎え、滞りなく遺言公正証書は完成!。しばし雑談をしていると、ご婦人から、「先日、仏教でいうところのお盆の催しがあり、その席に、長男も出席してくれて、久しぶりに親子3人の時を過ごすことができました。」と、遺言書作成のいくつかの過程を経て、永らく交流の無かった家族の絆が戻ったことを、とても喜んで語ってくれた。そして、とびっきりの清々しい笑顔で、証人の車に同乗して帰路につかれた。
このご婦人の笑顔を励みに、残りの公証人の任期を全うしたいと思っている。

 

実 務 の 広 場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.60 離婚後の夫婦及び子の氏と戸籍について

1 はじめに
当役場にも、幼い子を抱えた若い夫婦、主にその妻が離婚に関する公正証書の作成について相談に訪れます。その多くは養育費に関することが中心となりますが、離婚前の相談であると、「離婚の合意は?」、「親権者、監護養育者は?」「離婚届出は?」という具合に話を進めているうちに、相談者が離婚後の自身の氏や子の氏がどのようになるのか、また、戸籍がどのようになるのかについて、ほとんど理解していないことに気付かされます。離婚後の氏や戸籍の変動は、離婚後の親子の生活にも大きく関わる問題であることから、当職は、この時とばかり、相談者に法務局時代に培った知識を、聞かれた以上にレクチャーすることになります。
この度、本誌への寄稿の機会をいただいたことから、離婚後の夫婦及び子の氏と戸籍について、少し書かせていただくことにしました。
なお、本稿は、戸籍事務経験のない方の執務の一助となればと思い、寄稿を試みたものでありますので、なにを今さらと思われる方につきましては、御容赦をお願いします。
2 婚姻中の夫婦及び子の氏と戸籍
人の称する氏は出生時に定まり、その後、婚姻・離婚等の身分変動や氏の変更手続に伴い当該人の称する氏も変動します。これら事実及び身分変動等により、当該人の称する氏は、全て民法の規定により定まります。そして、この民法により定まった氏を基に、戸籍法の規定により当該人の入籍する戸籍が定まります。
最も基本的・典型的な例を挙げれば、いずれも親の戸籍に在籍する夫甲野太郎と妻乙川花子が夫の氏を称して婚姻すると、戸籍は甲野の氏で太郎を筆頭者とする夫婦の新戸籍が編製されます(民法750条、戸籍法16条)。この場合の花子について考えると、婚姻という身分変動があり、これに伴い氏を改めるという氏の変動が生じ、入籍戸籍が定まったということになります。そして、この夫婦の婚姻中に生まれた子、長男一郎は父母の氏を称し(民法790条)、父母の戸籍に入ることになります(戸籍法18条)。
3 離婚後の夫婦及び子の氏と戸籍
(1) 上記の太郎・花子夫婦について、その後、離婚という身分変動が生じたときは、婚姻の際に氏を改めた妻花子について、婚姻前の氏に復するという氏の変動が生じます(民法767条)。その結果、花子は、同じ戸籍に在籍していた夫太郎、子一郎と氏を異にすることになりますから、婚姻時の戸籍から出なければなりません。
この場合、花子には3つの選択肢があります。
① 婚姻前の氏(乙川)を称し、親の戸籍(婚姻前の戸籍)に戻る。
② 婚姻前の氏(乙川)を称し、自身を戸籍の筆頭者とする新戸籍を編製する。
③ 婚姻中の氏(甲野)を継続して称し、自身を戸籍の筆頭者とする新戸    籍を編製する。
上記のとおり、花子には3つの選択肢がありますが、留意すべきは、花子が③を選択した場合でも、民法により定まった花子の*民法上の氏(民法767条)は、あくまでも乙川であり、③の花子の称する氏(甲野)は、一旦乙川の氏に復氏した上で、民法の特別な規定及び戸籍法の規定により称することが認められた*呼称上の氏(民法767条2項、戸籍法77条の2)であることです。
したがって、今後、花子について婚姻・離婚、縁組・離縁等の身分変動(特に離婚・離縁)に伴い、花子の称する氏及び入籍する戸籍について判断するときや上記③の花子の戸籍に子が入籍するときの手続等においては、花子の民法上の氏は乙川であることを踏まえておく必要があります。
ただし、公証事務を行うに当たって、この辺りの知識を活用する場面はあまりないかも知れません。
(2) 次に、上記の例で太郎と花子が、子一郎の親権者及び監護養育者を花子と定め、離婚した後の一郎の氏と戸籍はどうなるのでしょう。
結論から述べると、太郎と花子夫婦に離婚という身分変動があっても、一郎の氏に変動はなく、一郎は同じ戸籍に留まることになります。
このような結論となる理由は、父母の離婚という身分変動は、子の身分に何ら影響を及ぼすものではないし、子自身に養子縁組などのような身分変動が生じたわけではありませんから、子の氏に変動をもたらす原因がありません。したがって、上記のとおりの結論となります。この氏と戸籍の取扱いについては、相談者の多くが親権者及び監護養育者は母である自分であるから、当然に母子で同じ氏(乙川)を称し、同じ戸籍になると誤解しているところです。
(3) ただ、この例のように、元の氏に戻った花子が親権者及び監護養育者として一郎を引き取り養育していく場合、花子と一郎の氏及び戸籍が異なると、親子の社会生活上不都合な場面が数多く出てくることが考えられます。
そこで、このような場合には、花子と一郎の氏及び戸籍を同じにする手 続を取る必要があります。この手続については民法791条に定められています。この例では、一郎が(一郎が満15歳未満である場合は、親権者である花子が法定代理人として)家庭裁判所に『子の氏変更許可申立書』を提出して、一郎の氏を変更する許可を申し立てます。家庭裁判所が申立てに問題がないと判断すれば、一郎の氏の変更を認める審判がなされ、許可の審判書が交付されます。一郎又は法定代理人花子がこの審判書を添えて市区町村役場に『母の氏を称する入籍届』を提出すれば、花子と一郎は同じ氏を称して同じ戸籍に入ることになります。なお、花子の戸籍が前記③の場合、花子と一郎は既に同じ「甲野」の氏を称していますが、前述したように民法上の氏は異なっているため、上記手続を取ることが必要となります。
では、花子が『母の氏を称する入籍届』を市区町村役場に提出した場合、花子と一郎の戸籍が具体的にどのようになるのかを前記①から③の例で述べておきます。
前記①の場合:花子を戸籍の筆頭者とする新戸籍が編製され、同戸籍に一郎が入籍します。
前記②の場合:既にある花子を戸籍の筆頭者とする戸籍に一郎が入籍します。
前記③の場合:既にある花子を戸籍の筆頭者とする戸籍に一郎が入籍 します。
ただし、一郎について称する氏は変わりません。
(4) 次に、花子が離婚の際に前記①又は②を選択した後、様々な事情から婚姻時の甲野の氏を称することを望む場合や③を選択した後、婚姻前の乙川の氏を称することを望む場合は、どのような手続を取ることになるかについて述べておきます。
これらの場合、花子が取る手続は、次のとおりです。ただし、これらは民法で定まった民法上の氏を変更する手続ではなく、あくまでも呼称上の氏を変更する手続であることに留意していただきたいと思います。
〈甲野の氏を称したい場合〉
ア 離婚後3ヶ月以内であれば、離婚の際の氏を称する届出により、甲野の氏を称することができます(民法767条2項、戸籍法77条の2)。
イ 離婚後3ヶ月を過ぎてしまうと上記アの届出はできず、戸籍法107条の規定により家庭裁判所に『氏の変更許可申立書』を提出して、家庭裁判所の許可を得た上で市区町村役場に『氏の変更届』を提出することになります。しかし、この場合において、家庭裁判所の許可を得るためには、氏を変更しないと社会生活上著しい支障が生じるなど、やむを得ない事情があることが必要となります。
〈乙川の氏を称したい場合〉
上記イの手続を取ることになります。
4 おわりに
以上、離婚後の夫婦及び子の氏と戸籍について述べてみましたが、冒頭述べたように、多くの相談者は離婚後の氏や戸籍がどのようになるのか、ほとんど理解していない上に、特に離婚後、子の親権者及び監護養育者となる母は、当然に母子で同じ氏を称し、同じ戸籍になるものと誤解していることが多いように思われます。そのようなときに、公証人がやさしくその誤解を指摘し、その後の必要な手続について、的確なアドバイスをすることができれば、公証人への信頼が一層高まることにつながるのではないかと思われます。

*「民法上の氏」とは民法の規定により定まった氏のことを指し、「呼称上の氏」とは、民法の規定により定まった氏はそのままに、戸籍法の規定により呼称だけを変更した氏を指す。「呼称上の氏」の例を挙げると、戸籍法77条の2の離婚の際の氏を称する届により称する氏、戸籍法107条の氏変更届により称する氏がこれに該当する。
(加藤三男)

No.61 任意後見監督人選任前の任意後見契約について、委任者が病気で役場に出頭できない場合、契約解除合意書の代理人による代理自認認証は可能か。(質問箱より)

【質 問】
任意後見監督人選任前の任意後見契約(発効前)について、合意解除の相談がありました。委任者が病気で役場に出頭できない場合、契約解除合意書の認証は、代理人による代理自認認証は可能でしょうか。
【質問箱委員会回答】
1 結論
まず、結論から申し上げますと、任意後見契約に関する法律第9条第1項に規定されている公証人の認証については、代理人による嘱託の場合を排除しているものとは解されませんが、当事者の意思確認に疑問を生じた場合や任意後見契約をめぐって親族間で争いを生じるおそれがある場合など、公証人として慎重に当事者の真意(意思能力の有無も含む。)を確認する必要があるときで、当事者が病気等のため出頭できないときは、公証人が出張して当事者に面接の上認証手続をするのが相当と考えます。
2 公証人の行う「認証」について
公証人の認証は、国の機関である公証人が、その書面にされた署名若しくは捺印について、本人がしたものに間違いないという証明をするものであり、その書面の記載内容を証明するものではありませんが、その書面が作成者の意思に基づいて作成されたものであることを証明するものです。
公証人の認証には、目撃認証と自認認証があり、さらに、自認認証には本人が出頭して自認する場合と代理人が出頭して代理嘱託する場合があります。
外国に提出する文書等で、本人が公証人の面前で署名することが要件とされているものや、戸籍届出の不受理申出書など本人の真意であることを確認する必要があるとされているものについては、本人が病気等のため公証人役場に出頭できないときは、公証人法第18条第2項の「事件ノ性質カ之ヲ許ササル場合」に該当するものとして、公証人が出張して認証を行うこととなります。
なお、本人が公証人役場に出頭できない事情の確認については、医師の診断書の提出等によることになりますが、仮に、出頭できない事情がなかったにもかかわらず公証人が出張して認証した場合、認証の効力に影響はありませんが、当該公証人は公証人法第18条第2項違反として懲戒の対象になる可能性があります(公証人法第79条)。
3 任意後見契約に関する法律第9条第1項の規定について
任意後見監督人選任前の任意後見契約の解除は、任意後見契約に関する法律第9条第1項により、公証人の認証を受けた書面によって行うこととされていますが、この認証について代理人の嘱託によるものを排除するというようなことは明記されておりません。
この点について、日本公証人連合会の平成28年度春期公証人専門研修の講師は、「任意後見契約の解除は、東京地裁の判例があるとおり、代理人による嘱託でもできます。」と述べており(「公証」第184号21ページ)、実際に代理人による自認認証の書面によって任意後見契約が解除されている事例があると承知しています。
ただし、同講師は、上記の後に、「平成18年7月6日の東京地裁の判決では、先行する任意後見契約の解除と後行の任意後見契約の締結が無効とされました。」(前同)と述べていることから、親族間で争いが生ずるおそれのある場合などには、公証人として慎重に本人の真意を確認する必要があるでしょう。
4 任意後見契約解除の際の認証について
民法の一部を改正する法律等の施行に伴う公証事務の取扱いについての民事局長通達(平成12年3月13日付け法務省民一第634号)第2の3(1)アには、「任意後見契約の公正証書を作成するに当たっては、本人の事理を弁識する能力及び任意後見契約を締結する意思を確認するため、原則として本人と面接するものとする(本人が病気等のため公証人役場に赴くことができない場合は、公証人法第18条第2項ただし書の「事件ノ性質カ之ヲ許ササル場合」にあたる。)。」としています。
同じことが、任意後見契約解除の際の認証についても言えるのかどうかということですが、この認証について、「この手続要件も、公証人の関与により、解除についての当事者の明確な意思の存在を担保し、当事者の不利益を回避する趣旨であるとされている」(日本評論社「新基本法コンメンタール 親族」347ページ)との解説や、「任意後見契約の解除については、公証人法第58条以下の規定に従って行うが、認証を必要とした趣旨に鑑みれば、署名の真正の審査に当たっては解除が本人の真意に基づくものであることを確認することが必要であろう。疑いがあるときは、本人と面接するなどして確認することになる。」(「公証」第127号271ページ)との解説は、任意後見契約解除の際の認証についても、任意後見契約締結の際の本人の意思確認と同様の注意を必要とする趣旨と解することができます。
任意後見契約の場合、既に本人の判断能力が不十分な状況になってしまっている可能性があることも考えますと、任意後見契約解除の際の認証についても、前記民事局長通達にあるとおり、本人の事理を弁識する能力の有無の確認も含め、原則として本人と面接するのが相当と考えます。
特に、親族間で争いが生じるおそれがある場合など、より慎重な対応が求められる場合には、代理人による嘱託は避けるべきでしょう。
5 その他
任意後見契約合意解除の際の認証について、仮に、代理人による嘱託で問題ないと公証人が判断した場合でも、受任者が委任者の代理人を兼ねることは、既に合意解除の意思表示がされた書面について認証を受けるだけの行為ではあるものの、利害の対立する相手方を通じて本人の真意を確認することで良いのかという疑問が生じますし、民法第108条(自己契約及び双方代理)の趣旨に反することにもなりかねませんので、受任者とは別の、委任者の代理人から嘱託を受けるのが相当と考えます。
なお、委任者の真意が確認できない場合であっても、受任者が解除の意思を有しているのであれば、受任者からの一方的な解除通知に認証する方法でも任意後見契約の解除が可能です。
ただし、一方的な解除通知の場合には、内容証明郵便の送付が要件となります。

No.62 公正証書作成時に債務者が未成年者である場合の法定代理人がした執行認諾の記載方法について。(質問箱より)

【質 問】
強制執行に服する旨の陳述は,公証人に対する訴訟上の効果を発生させる訴訟行為であるから,嘱託時に債務者が未成年者である場合には,法定代理人自身によってなされることが必要であるとされている(民訴法31条,会報昭和61年4月号23ページ,会報平成2年10月号19ページ)ところ,この場合の執行認諾に服する旨の記載については,①「債務者の法定代理人何某は,本契約による金銭債務を履行しないときは,……」と記載する(新版証書の作成と文例〔三訂〕4ページ)旨と,②通常の記載「債務者は,本契約による金銭債務を履行しないときは,……」と記載する(会報昭和63年3月号16ページ)旨(法定代理人が認諾したように記載する必要がない。)の両説あるが,いずれによるべきか。
【質問箱委員会回答】
1 未成年者の法律行為について
未成年者が法律行為をするには、その法定代理人の同意を得なければならないこととされています(民法第5条第1項)。
一般的に10歳未満の幼児には意思能力も認められていませんが、15歳に達した者は遺言をすることができるとする民法第961条の規定や、15歳以上であれば未成年者が自ら身分上の行為を行えることを前提とした民法の規定(民法第791条、第797条、第811条)があることから、15歳に達した者であれば自ら法律行為を行うことができるものと考えて問題はないでしょう(10歳以上15歳未満の者については、個別に判断されることになります。)。
また、通常、15歳に達した者であれば印鑑の登録が認められていますので、面識のない嘱託人の本人確認の原則である印鑑証明書の提出(公証人法第28条第2項)も可能となりますから、公正証書作成嘱託を受けるのにも支障はありません。
2 法定代理人からの公正証書作成嘱託について
自ら法律行為をすることのできる未成年者の場合であっても、その法定代理人が未成年者に代わって法律行為をすることができるのは当然のことです。
法定代理人が未成年者に代わって公正証書の作成嘱託をする場合、公正証書の本文中に代理人による旨を記載すべきこととはされておりませんし、法定代理人が強制執行認諾の陳述したときもそのことは本旨外要件の記載から明らかですから、この場合には、通常どおりの②の記載方法で問題ありません。
3 未成年者からの公正証書作成嘱託について
(1) 法定代理人の同意を得て行う場合
15歳に達していれば、未成年者であっても自ら法律行為を行うことができ、法律行為に関する公正証書作成嘱託も可能と考えて問題ありませんが、民法第5条第1項の規定により、原則として、その法定代理人の同意を得なければなりません。
この場合、嘱託人である未成年者の印鑑登録証明書等の本人確認資料、法定代理人を確認するための戸籍謄本、法定代理人の同意書(法定代理人の印鑑登録証明書付)の提出が必要となります(法定代理人の当該公正証書への署名押印によって同意書の提出に代えることもできます。)。
ただし、法律行為に関する公正証書の作成嘱託はできても、未成年者が自ら強制執行の認諾を行うことはできませんから(民事訴訟法第31条)、未成年者に強制執行認諾の効果を及ぼすためには、その法定代理人が出頭して強制執行認諾の陳述をするか、法定代理人が選任した代理人によって強制執行認諾の陳述をすることになります。
このときに、法定代理人が未成年者の法律行為に同意を与えただけでなく、法定代理人として強制執行認諾の陳述をしたことを明らかにするためには、①の記載方法による必要があるものと考えます。
(2) 法定代理人の同意を要しない場合
ところで、法定代理人の同意を要せずに未成年者が法律行為を行える場合がいくつかあります。
一つ目は、単に権利を得、又は義務を免れる法律行為(民法第5条第1項ただし書き)です。
当然のことですが、未成年者の側が強制執行認諾の陳述をするということはありません。
この場合、未成年者が面識者でなければ、印鑑登録証明書等の本人確認資料が必要となります。
二つ目は、営業を許可された未成年者がその営業に関する法律行為をする場合(民法第6条)で、許可された営業に関しては成年者と同一の行為能力を有することとされていますので、自ら強制執行認諾の陳述をすることもできます。
この場合、未成年者が営業を許可されていることを証明する未成年者登記簿の登記事項証明書及び印鑑証明書(いずれも法務局から発行されるもので、市町村発行の印鑑登録証明書でないことに注意してください。)が必要となります。
なお、同様に、持分会社の無限責任社員になることを許された未成年者についても、社員の資格に基づく行為については行為能力者とみなされることになります(会社法第584条)。
三つ目は、未成年者が労働契約を締結する場合(労働基準法第58条)及び賃金を請求する場合(労働基準法第59条)で、未成年者が独立して行うことができます。
なお、使用者は、原則として、満15歳に達した日以後の最初の3月31日が終了するまでの未成年者を使用することはできないこととされています(労働基準法第56条)。
この労働契約を公正証書にする場合、未成年者が面識者でなければ、印鑑登録証明書等の本人確認資料が必要となります。
四つ目は、未成年者が婚姻をした場合(民法第753条)で、これによって成年に達したものとみなされ、すべての面において成年者として扱われますので、自ら強制執行認諾の陳述をすることもできます。
この場合、婚姻していることを証明する戸籍謄本の提出が必要となるほかは、通常の成年者の場合と同じです。
4 結論
結論として、未成年者がその法定代理人の同意を得て公正証書の作成嘱託をした場合に当該法定代理人が強制執行認諾の陳述をしたときは①の記載方法により、未成年者の法定代理人が未成年者に代わって公正証書の作成嘱託をして強制執行認諾の陳述をしたときは②の記載方法で差し支えないということになります。

民事法情報研究会だよりNo.33(平成30年6月)

入梅の候、会員の皆様におかれましてはますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
さて、民事法情報研究会だよりについては、広く会員の皆様のご投稿をいただいて、会員情報誌としての充実を図ることとしておりますが、過日開催された通常理事会において6月号から、「今日この頃」、「コラム MY HOBBY」、「実務の広場」等にご投稿を頂いた方にお礼としてクオカードをお送りすることといたしました。皆様のご投稿をお待ちしております。(NN)

今 日 こ の 頃

このページには、会員の近況を伝える投稿記事等を掲載します。

都城市代表監査委員となって(新井克美)

1 監査委員就任経緯
私は、平成25年6月に都城公証人を退職した。東京の自宅マンションは、賃貸に出しているため、東京の自宅には帰れず、当面は都城市に引き続き住むことになった(住まざるを得なかった。)。私は、表示に関する登記の沿革を勉強したいと考えていた。
私は、現都城市長とは、都城公証人在任中、財務省から都城市に出向し副市長として勤務していた関係から、市長主催の市内官公署長の会合(「三水会」と称する。)等を通じて、中央省庁出身者という共通項から意見交換をしていた。その副市長は、参議院議員に転出した市長の後継者として、市長選に立候補し、私の公証人退職時は都城市長となっていた。そんな関係で、私は、公証人を退職した際、都城市長への退職挨拶の際、「当面は都城市にいるので、何か市行政にお役に立てる場面があればお手伝いします」と、伝えた(私は、月一回程度委員会等の委員を想定していた。)。
一方、都城市において、主として成年後見事務を行う「一般社団法人テミス総合支援センタ」において、理事としてお世話になることになった。
平成25年の秋、東京出張中の私の携帯電話に、都城市長から電話。「新井さん、都城市代表監査委員に就任してもらえませんか。年4回の市議会の本会議への出席が主な仕事です。本会議は、1会期10日程度です。任期は平成26年2月から4年間です。詳細は事務職員を説明にいかせます。」との内容。
都城に帰り、市の職員課長から代表監査委員の事務内容の説明を受けた。なんと、市議会本会議への出席のほか、毎週3日間(月・水・金)出勤とのこと。私は、これでは、自分の仕事が思うようにできないと考え、即座に、「週3日勤務では自分の仕事に支障があるので就任は無理です。市長にその旨を伝えてください。」と回答した。
翌日、職員課長から、「市長等と協議した結果、一日の勤務時間は長くなりますが、毎週二日(火・木)出勤でどうか」との回答があった。私は、市長からの勤務形態を変更してまでしての監査委員就任の要請については「断れない」と考え、これを受託した。
平成25年12月定例議会において、私を含めた3人の監査委員の選任につき、議会の同意が得られた。これを受けて、私は、前任者の任期終了後の2月に、市長から、代表監査委員の辞令交付を受けた。

2 監査委員の職務
(1) 監査委員の選任
監査委員は、地方公共団体の執行機関の一つで、地方公共団体の財務や事業について監査を行う機関である。
監査委員は、地方公共団体の長が、議会の同意を得て、次に掲げる者から選任する(地方自治法(以下「地自法」という。)196条1項前段、197条本文)。
① 識見委員 人格が高潔で、普通地方公共団体の財務管理、事業の経営管理その他行政運営に関し優れた識見を有する者。任期は4年
② 議選委員 。任期は議員の任期
(2) 定数等
市の監査委員の定数は、2人(人口25万以上の市は4人)であるが、条例で増加することができる(地自法195条2項)。都城市は、条例で監査委員の定数を3人(識見委員2人、議選委員1人)としている。
監査委員は、複数人いるが、教育委員会(地自法180条の8)、選挙管理委員会(同法181条以下)、農業委員会(同法202条の2)等とは異なり、合議制でなく、委員一人一人が独任制であるため、監査委員会とはいわない。
監査委員は、その職務を遂行するに当たっては、常に公正不偏の態度を保持して、監査をしなければならず(地自法198条の3第1項)、また、職務上知り得た秘密を漏らしてはならない。(同条2項)。
(3) 代表監査委員
監査委員の定数が3人以上の場合は識見委員のうちの1人を、2人の場合は識見委員を代表監査委員としなければならない(地自法199条の3第1項)。
代表監査委員は、次の事務処理を担当する。
① 監査委員に関する庶務を処理する(地自法199条の3第2項)
② 監査委員の処分又は裁決に係る市を被告とする訴訟に関する事務を処理する(地自法199条の3第2項、3項)。
③ 住民訴訟に関する事務を処理する(地自法199条の3第2項、242条の3第5項)。
④ 代表監査委員又は監査委員の処分又は裁決に係る市を被告とする訴訟において、代表監査委員が市を代表する(地自法199条の3第3項)。
(4) 監査委員事務局
監査委員は、事務局に事務局長及び書記を置き(地自法200条2項、3項)、事務局長及び書記は代表監査委員が任免する(同条5項)。
事務局長、書記その他の常勤の職員の定数は、条例で定める(地自法200条6項本文)。都城市は、事務局長1名及び書記6名である。
監査委員の事務処理に当たっては、監査委員事務局の職員である書記が補佐する(地自法200条7項)。
(5) 監査委員の事務
監査委員の行う事務には、大別すると、①監査、②審査及び③検査がある。これらの概要は、以下のとおりである。
ア 監査
(ア) 定期監査
監査委員は、毎会計年度少なくとも一回以上期日を定めて財務に関する事務の執行及び市の経営に係る事業の管理を監査しなければならない(地自法199条4項)。
(イ) 財政援助団体等監査
監査委員は、必要があると認めるとき又は市長の要求があるときは、市が補助金、交付金、負担金、貸付金、損失補償、利子補給その他の財政的援助を与えているもの等の出納その他の事務の執行で当該財政的援助に係るものを監査することができる(地自法199条7項。「財政援助団体等監査」と呼ばれている。)。
(ウ) 随時監査
監査委員は、定期監査のほか、必要があると認めるときは、いつでも市の財務に関する事務の執行及び市の経営に係る事業の管理を監査することができる(地自法199条5項)。
(エ) 住民監査請求による監査
市民は、市長若しくは委員会若しくは委員又は市職員について、違法若しくは不当な公金の支出、財産の取得、管理若しくは処分、契約の締結若しく履行若しくは債務その他の義務の負担があると認めるとき、又は違法若しくは不当に公金の賦課若しくは徴収若しくは財産の管理を怠る事実があると認めるときは、これらを証す書面を提出して、監査委員に対し、監査を求め、当該行為を防止し、若しくは是正し、若しくは当該怠る事実を改め、又は当該行為若しくは怠たる事実によって市の被った損害を補填するために必要な措置を講ずべきことを請求することができる(地自法242条1項)。
監査委員は、この監査請求(住民監査請求)があった場合は、監査を行い、請求に理由がないと認めるときは、理由を付して、その旨を、書面により、請求人通知するとともに、これを公表しなければならない(地自法242条4項)。また、請求に理由があると認めるときは、市議会、市長その他の執行機関又は職員に対し、期間を示して、必要な措置を講ずべきことを勧告するとともに、当該勧告の内容を請求人に通知し、かつ、これを公表しなければならない(地自法242条4項)。
(オ) 行政監査
監査委員は、必要があると認めるときは、普通地方公共団体の事務又は普通地方公共団体の長若しくは委員会若しくは委員の権限に属する事務の執行について監査することができる(地自法199条2項)。
(カ) 議会の要求による事務監査
議会は、監査委員に対し、当該普通地方公共団体の事務に関する監査を求め、その結果の報告を請求することができる(地自法98条2項)。
(キ) 市長の要求監査
監査委員は、当該地方公共団体の長から当該普通地方公共団体の事務の執行に関し監査の要求があったときは、その要求に係る事項について監査をしなければならない(地自法199条6項)。
(ク) 職員の賠償責任監査
市長は、会計管理者等が故意又は重大な過失により、その保管に係る現金、物品を亡失する等によって市に損害を与えたと認めるときは、監査委員に対し、その事実があるかどうかを監査し、賠償責任の有無及び賠償額を決定することを求め、その決定に基づき、期限を定めて賠償を命じなければならない(地自法243条の2第3項)。
イ 審査
(ア) 決算審査
市長は、決算及び証書類その他の書類を監査委員の審査に付さなければならず(地自法233条2項)、監査委員は、毎年度、市長から提出された決算書に基づき決算を審査しなければならない(同条3項)。この審査は、監査委員の合議による(地自法233条4項)。
(イ) 健全化判断比率審査
市長は、毎年度、前年度の決算後、速やかに、健全化判断比率及びその算定の基礎となる事項を記載した書類を監査委員の審査に付し、その意見を付けて当該健全化判断比率を議会に報告し、公表しなければならない(地方公共団体の財政の健全化に関する法律(以下「健全化法」という。)3条1項)。この監査委員の意見の決定は、監査委員の合議による(健全化法3条2項)。
なお、「健全化判断比率」は、地方公共団体の財政状況を客観的に表し、財政の早期健全化や再生の必要性を判断するための制度であり、次の4つの財政指標がある(健全化法3条1項)。
① 実質赤字比率(地方公共団体の「一般会計」等に生じている赤字の大きさを、その地方公共団体の財政規模に対する割合で表したもの)
② 連結実質赤字比率(公立病院や下水道など公営企業を含む「地方公共団体の全会計」に生じている赤字の大きさを、財政規模に対する割合で表したもの)
③ 実質公債費比率(地方公共団体の借入金(地方債)の返済額(公債費)の大きさを、その地方公共団体の財政規模に対する割合で表したもの)
④ 将来負担比率(地方公共団体の借入金(地方債)など現在抱えている負債の大きさを、その地方公共団体の財政規模に対する割合で表したもの)
(ウ) 資金不足比率審査
公営企業を経営する市長は、毎年度、当該公営企業の前年度の決算の提出を受けた後、速やかに、「資金不足比率」及びその算定の基礎となる事項を記載した書類を監査委員の審査に付し、その意見を付けて当該資金不足比率を議会に報告し、公表しなければならない(健全化法22条1項)。この監査委員の意見の決定は、監査委員の合議による(健全化法22条3項で準用する同法3条2項)。
ハ 検査
例月現金出納検査
普通地方公共団体の現金の出納は、毎月例日を定めて監査委員がこれを検査しなければならない(地自法235条の2第1項)。そして、監査委員は、この検査の結果に関する報告を議会及び市長に提出しなければならない(地自法235条の2第3項)。

3 市議会本会議への出席
都城市の定例議会は、3月、6月、9月及び12月に開催されるのが通例とされている。 私たち監査委員3名の就任に関する同意議案は、平成25年 12月開催の定例議会で承認され、翌26年2月25日付けをもって発令された。
都城市議会は、本会議において、市長部局(市長、副市長及び部長、支所長)のほか、行政委員会として、教育長、教育委員長、教育部長、選挙管理委員会委員長、農業委員会会長とともに、代表監査委員が出席すべきこととされていた。このため、私は、平成25年の3月定例議会から代表監査委員として本会議に出席した。本会議におけるメインは、一般質問であった。都城市議会における一般質問は、会派で調整することなく、希望する議員は、事前通告をすれば自由に質問をすることができ、その内容がケーブルテレで生中継されている関係からか、盛況(内容はともかく)であった。一般質問は、一人60分(質問及び答弁を含む。)で、午前10時から、一日5人、1週間程度行われた。私は、議場内において、議員と市長部局との一般質問を拝聴することは、都城市の抱えている問題点を理解することができ、監査委員の職務に関する知識の習得に有益であるところから、真剣に聴いた。しかし、私は、地方行政の経験は皆無であり、また、都城市は公証人として勤務した8年のみであることから、質問の内容(特に、法令、条例の内容、地名等)は良く理解できないものが多かった。そこで、議会事務局に、議場内にタブレットを持ち込むことの許可をお願いし、議会運営委員会の承認を得た。
一方、私は、平成25年度の土地家屋調査士試験委員を拝命していたため、本会議開催日に法務省での試験問題検討会議が重なることがあり、その都度、議長に対して、理由を付して、事前に、欠席届を提出し、議会運営委員会の承認を得なければならなかった。このため、私は、議長に対して、土地家屋調査士試験のため欠席の説明に訪れた際に、監査員に対する質問がほとんどないこと、監査委員室でケーブルテレビを見ていれば本会議の議事の経過を把握することができること、監査委員が本会議に出席しないことになればその間に監査委員の事務を行うことができること等を説明し、監査委員に対する質問要求がない場合は本会議に出席することを要しないとする取扱いを検討してもらえないかをお願いした。その結果、議会運営委員会での議論を経て、9月定例議会から、選挙管理委員会委員長、農業委員会会長及び監査委員については、質問要求がない場合は本会議に出席することを要しないことになった。選挙管理委員会委員長及び農業委員会会長からは、感謝された。

4 住民監査請求
前述のとおり、地方自治法は、住民監査請求を認めている。しかし、都城市においては、オンブズマンがいないこともあり、十数年間、住民監査請求がなかった。
ところが、私が監査委員に就任した直後、住民監査請求書が提出された。私が新たな仕事を呼び込んだのではないかと噂された。市議会議員選挙の際に市から支給される選挙用のポスター及びはがきの印刷費用を水増しして請求しているのではないかというのが請求の趣旨であった。
調査の結果、理由がないとして、請求を棄却した。訴えの提起の動きもあったようだったが、最終的には、収束した。ホットした。採決書の起案に当たっては、住民監査請求制度を勉強するとともに、法務省訟務局等当時の上司にご指導をいただいた。本当にありがたかった。

5 監査等の具体的な事務
監査委員の一年間の事務は、おおむね以下のとおりである。
(1) 監査計画の立案
監査委員及び監査委員事務局は、年度当初、当年度の監査計画(定期監査の対象部課及び重点項目、行政監査実施の有無及びその内容)を立案する。そして、対象部課等に対して、監査項目に応じた監査資料の提出を求める。
(2) 例月現金出納検査
支出命令書等の会計書類が会計課から監査委員に送付される。私が就任にした当時は、事務局職員がこれをすべて点検していた。計算誤り等の有無を再点検し、計算誤り等を発見した場合はその旨を指摘し、その是正結果の報告を求めるのである。この事務量が膨大であるため、監査業務が十分できない状態であった。一方、計算誤り等の件数は年間数件程度あり、その年間の合計額は数千円ないし数万円程度であった。
監査委員就任時の事務局長(会計事務の大ベテラン職員)は、私に対する監査事務の説明の中で、少しの過誤事案でも指摘することが正確な会計事務の処理にとって極めて重要である旨を説明してくれた。そして、事務局職員は、すべての会計書類を調査し、過誤事案がないを一所懸命に点検しており、これが監査委員の基本の職務であると考えていた。
このような状況をみていて、私は、監査委員制度は、非常勤職員である監査委員が、市長部局から独立した行政組織として監査を実施し、しかもその結果を市長及び議会に報告するとともに、公表するという制度の趣旨からすると、計算誤り等の有無を再点検することが主要な事務ではなく、市民目線で、条例改正を含む制度上の問題点を明らかにすることにあるのではないか、と考えた。
そこで、監査委員就任3年目から、監査委員及び事務局職員と議論を重ねた上、会計課との協議を経て、会計課から監査委員に送付された会計書類の点検作業は、これまでの悉皆調査から試査(抽出調査)に変更し、その余力を、定期監査の充実や新たな行政監査の実施に充てることとなった。
(3) 決算審査
会計管理者は、毎会計年度後、決算を調製し、出納の閉鎖後3か月以内に、証書類等と併せて、市長に提出する(地自法233条1項)。市長は、決算を監査委員の審査に付さなければならない(同条2項)。
監査委員事務局は、6月に、決算書等の提出を受けて、決算内容を分析し、意見書を作成する。例年、お盆を返上し、8月中に、市長に提出する。
一般会計及び特別会計(11会計)別に、歳入・歳出の決算の状況を、主として対前年度と比較した表を作成し、意見を述べるのである。水道事業等の公営企業会計についても同様である。これらに併せて、健全化判断比率審査及び資金不足比率審査に対する意見書を作成する。
監査委員に就任した年は、これら意見書作成に当たって、予算・決算の仕組みや会計用語の説明を受けるのであるが、初心者の私にとって内容が理解できない。法務局在職時に会計課長を2年経験したが、当時は登記所の適正配置計画の実行や折衝の仕事が中心であったことや、優秀な部下職員のおかげで、会計手続を全く勉強しないで過ごした。会計法規を勉強していけばよかった。後悔してもどうにもならない。幸いなことに、私と同時に就任した識見委員(以下「相方委員」という。)が、元監査事務局長であり、しかも水道局勤務の経験があったため企業会計に精通していた。私の疑問について、関係法規、条例、規則、マニュアル、文献を示し、親切、丁寧、詳細に教えてくれた。本当にありがたかった。
(4) 定期監査等
ア 定期監査の実施
定期監査は、監査委員の中心的事務である。年度当初に作成した監査計画に基づいて、書記は、2人1組のチームを組んで、例年、9月から翌1月までの間、定期監査を実施する。監査対象部課等から、監査計画に基づいて資料の提出を求めた後、現地に赴いて会計帳簿を精査するとともに、担当職員の立会を求め、疑問点を聴取する等して、会計帳簿の内容が条例、規則等に基づいているか等を調査する。書記は、調査結果を踏まえて、問題点、疑問点等をまとめ、この内容を監査委員事務局全員で議論し、検討する。
財務に関する監査の中心は、事務処理に当たって最少の経費で最大の効果を挙げているか(地自法2条14号)である。私は、このことについては素人であるため、多くは相方委員に頼っている。私は、市長部局は法令及び条例の執行機関であること、市職員は市民に対して平等に行政サービスを提供する義務があること、そして平等な行政サービスを提供するたには法令及び条例に基づいた事務処理を励行する必要があること、と理解し、定期監査の対象事務が法令、条例等に基づいて処理されているかを中心に審査を行った。
そして、監査委員室において、監査委員事務局全員で議論した結果に基づく問題点、疑問点等について対象機関の部長及び課長等の見解を求めた(これを「講評」と称している。)。
2月から3月にかけて、市長及び議長に対する意見書を作成する。意見書作成に当たっては、監査委員(3人)及び職員全員(7人)で、プロジェクター(当初は私個人のものを使用)を用い、意見書案、関係法令・条例等及び会計書類をスクリーンに映し、担当者の説明を受けて、意見書の内容のほか、漢字や送り仮名、句読点の用い方を含め、議論する方法を取り入れた。これは、監査委員室が少人数であったこと、職員の起案能力・弁論能力の向上を図ること、組織の一体化を図ること、事務処理の迅速化・効率化を図ること等を考慮したものである。
イ 財政援助団体等監査の実施
定期監査に併せて、財政援助団体等及びその所管課に対して監査を実施する。その方法は、定期監査とおおむね同様である。
ウ 随時監査の実施
平成28年、富山市議会で、政務活動費(1人15万円)を不正に受給していた14人の議員が相次いで辞職する事件が発生した。この事件の報道を受けて、都城市内のスナックなどで、都城市議会の政務活動費は大丈夫か、との質問を複数回受けた。私は、都城市議会の政務活動費は1人月額3万円と少額であることを説明した。また、前年の議会事務局に対する定期監査において政務活動費について調査したが問題は見つからなかった。
監査委員において、市民の間に政務活動費に関する疑念があるのであれば随時監査を実施するのが相当ではないか、ということになった。しかし、年度計画による定期監査及び新規の行政監査の実施が進行しているため監査事務局には余裕がなかった。そこで、議員選出の監査委員は利害関係人であるため除斥となり(地自法198条の2)、私と相方委員が直接担当することになった。
政務活動費(政務調査費を改称)は、地方議会の議員に政策調査研究等の活動(議員活動の範囲に関係する書籍等の購入費用、民間主催の議員研修会への参加費用、先進地視察の諸費用、事務所経費等)のために支給される費用である。政務活動費の詳細は、条例により定められ、議会の会派又は議員に対して支給される。
監査の結果、政務活動費の使途についておおむね適正であるが、政務活動費に対する市民の不信を払拭するため、更なる使途の透明性を図る必要があり、議会において、条例改正を含めた検討を期待する旨の意見を述べた。これを受けて、議会事務局では、運用で改善できるものについては取扱手続を改善した。当時の議長は、私に対して、条例改正を伴うものについては議会として議論をする必要があるが、選挙が近いので具体的には改選後にならざるを得ないのではないかと、述べていた。その後、本年1月に実施された市議会選挙後に選任された議長は、私が代表監査委員再任の挨拶に赴いた際、議会は、市長が提案する条例の賛否を審議するだけではなく、議員立法の形で条例を作りたいとの希望を述べたので、随時監査の結果を踏まえて、政務活動費に関する条例改正を手がけるのがいいのではないか、との意見を述べた。
エ 行政監査の実施
監査委員は、行政監査を行うことができることとされていたが、都城市では実施していなかった。定期監査は、組織ごとに実施するため、政策目的を横断的に調査することは困難であった。
公の施設の管理に関する指定管理者制度は、公の施設の管理について民間事業者等の有するノウハウを活用する目的から、平成15年の地方自治法の一部改正により創設されたものであるが、平成27年における財政援助団体等監査において、当該財政援助団体等が指定管理者となっている施設において、実施が義務付けられているモリタリングが励行されてない事例が散見された。
そこで、平成28年に実施した行政監査のテーマとして、指定管理者制度を導入しているすべての公の施設を対象として、モリタリングの実施状況、を選定した。市長及び議長に対して、問題点として、①形式的なモニタリングマニュアル、②漫然としたモニタリングの実施情況、及び③定期モニタリングと評価が混在したマニュアルを指摘した上、指定管理者制度の主管課に対しては指定管理施設の規模、利用形態等に応じた効果的かつ具体的なモニタリングの実施を所管課に指導すべき旨を、また、個々の指定管理施設の所管課に対しては規模、利用形態等に応じて実効性のあるモニタリングを実施すべき旨を、それぞれ意見として述べた。
次に、平成28年度決算審査において、徴収未済債権の管理について、担当者は、形式的に、電話で支払のお願いをする程度で、時効の到来を待って欠損処理をしている事例が散見された。このため、平成28年度定期監査の講評において、法令に基づく時効中断の措置を講ずるなどの債権管理の事務を怠り、漫然と時効を到来させた職員は、住民監査請求があると責任を免れないこと、市民の不平等を招くこと等を説明した結果、債権管理条例が制定された。
そこで、平成29年度は、法務局在職時代に経験した債権管理に関する裁判手続(国の債権の管理等に関する法律と地方自治法とでは、若干の違いがある。)を思い出しながら、債権管理条例の内容及び非強制徴収債権に関する債権管理事務手続について、行政監査を実施した。市長及び議長に対して、履行期限到来後の遅延損害金の取扱いや延納特約手続としての債務名義の取得手続等について、債権管理条例の問題点を指摘し、意見を述べた。
オ 定期監査等の意見等に対する市長部局の対応等
年度末に、監査委員全員が、市長室及び議長室に赴き、市長(副市長同席)及び議長に対して、要旨を説明の上、定期監査等の意見書を手交する。
その際、市長に対して、部長を通じて、監査結果及び監査意見を職員に周知させ、事務の改善に利用することを強く求めた。これに対し、市長は、監査結果及び監査意見を高く評価し、職員への周知について、部長等に指示した。

6 監査委員になって
監査委員は、地方自治全般に関する知識が必要である。ところが、私は、地方自治は未経験である。監査委員就任当初、地方自治に関する知識がなく、しかも、勉強する能力が劣化している高齢者の私が、監査委員の職務を遂行できるのだろうか、市民から「税金泥棒」と批判されないだろうか、と心配であった。
法務省・法務局在職中に培った法令解釈の知識や裁判手続、秘書課在職中に経験した国会対応等が監査委員の事務処理に役に立った。そして、なりよりもありがたかったのは、法務省・法務局在職中にお付き合いをいただいた上司、先輩、同僚、そしてかつての部下の助言であった。
そして、相方委員の存在である。彼は、地方自治事務や会計事務はもとより、簿記の知識が豊富であり、いろいろな場面で指導、助言をいただいた。私が各地での講演で不在になる場面でも、私の日程に併せた日程調整に応じてくれた。彼がいなかったら、私の監査委員は務まらなかった。相方委員には本当に感謝している。
また、監査委員の事務局職員は、優秀で、事務処理に支障はなかった。特に、平成29年度のメンバーは、4月に監査事務に配属後の職員を含め、独学で勉強し、全員が、6月に日商簿記3級の資格を取得した(続けて2級の資格を取得した者もいる。)。私は、職員に対して、相方委員の簿記の知識を前提に、指定管理者の監査に当たっては財務諸表を理解する必要があること、地方自治体も将来的には公会計に移行すること、60歳になって定年退職後は、組織で培った市役所での知識経験が求められて民間に再就職した場合、簿記が読めなければ経営に参加できないこと等を説明して、簿記資格取得の必要性を説いてきた。もっとも、私は、公証人在職中、個人事業者として、税務申告のためにパソコンソフトを利用する中で、ちょっぴり勉強したものの、講義を何回か受けたが、体系的には、はっきり言って「無知」ではあるが……。
さらに、市長及び市議会議員の多くは、私が公証人在職中に面識があった。これは、監査委員の仕事をする上で非常にありがたいことであった。
最後に、私たち監査委員の任期は、平成30年2月25日をもって満了した。市長から、昨年秋に、再任の打診があった。私は、71歳(6月で72歳)であり、再任されると75歳まで勤務することになる。後期高齢者である。最近は、年々、「昨年できたことが今年はできない」ことの確認の連続である。妻や子どもに相談したところ、一言「働けるだけ働け」だと。しかたがない、再任を受託しよう。
そこで、市長に対して、①相方委員と一緒であること、②監査報告の結果に対して市長部局として真摯に対応すること、そして、③体調悪化の場合は途中で退任することがあること、の3条件を付して、監査委員再任の受託を伝えた。
その後、議会の同意を得て、平成30年2月26日、議員選出の新任辞令とともに、相方委員と一緒に再任辞令を受けた。
これから、4年間、後期高齢者になるまで、都城市役所で、頑張らなければならない。

犯人は誰だ!!(由良卓郎)

ある休日の朝,事務所に行くべく自車を走らせていたところ,自宅から1キロも行かない間に,今まで聞いたことのない警告音が鳴り続いた。驚いてメーターを見ると,メーターの一角に赤いランプが点灯している。よく見ると左前輪のタイヤの空気圧が異常に低くなっており,パンクの表示がされていた。直ぐに停車して確認したところ,左前輪中央部に大きなボルトが綺麗に刺さっていた。
ディーラーに電話したが休業日のため出ず,やむを得ず行きつけのガソリンスタンドで応急措置としてのパンク修理をしてもらった。スタンドの職員曰く,「とりあえず空気は漏れないようにしたが,このタイヤは修理ができないと思うので,ディーラーに行ってみてもらってほしい。ディーラーではタイヤ交換を勧められると思うし,4本とも交換するよう勧められるかも知れない。」とのこと。自動車に乗り始めて50年近くになるが,パンクした記憶はほとんどない。それが何だってこんな面倒くさいタイヤのときにパンクをするのか。ひょっとして,誰かの仕業ではないのか。などとよからぬ憶測をしたり,いやいや人を疑ってはいけないなどと思ったりしつつ,ディーラーにタイヤ交換の相談をしたりしていた。パンクだけで収まっていれば私も自損と思い「しょうがないな」で済ましたと思う。しかし,それから丁度一週間後の朝,駐車場に行くと,今度は右後輪のそばでネズミが死んでいた。今時ネズミなんて滅多に見ないし,生まれてこの方,自分の車のそばでネズミが死んでいたなんてことは全く経験がないのに,先週は左前輪のパンク,今度はその対角線上にある右後輪のそばにネズミの死骸。やはり誰かの仕業ではないのか。自分の知らないところで,誰かの恨みを買っていているのかも知れないなどと思い始めると,私はちょっと気持ちが悪くなり,マンションの管理会社に電話して,事の顛末を話し,監視カメラの映像をチェックして欲しいと頼んだ。幸いにも私の車の直ぐ上に監視カメラが設置されている。
管理会社は,私の我が儘な要望を快諾してくれて,マンションの管理組合の了承も得て,監視カメラを確認してくれた。
その結果,何と,予想外にも,いや予想できたことかもしれないが,私が車を止めてから翌朝までの間に,右後輪付近を白い子猫がうろついており,その猫がネズミを置いたようだとのことだった。
そういえば,昨夜11時頃車で帰宅し,駐車場に車を止めようとした際,白い子猫がヘッドライトに照らされていたことを思い出した。あの猫か!!
どうもその白い子猫が,取ってきたネズミを「そうだ,あの車,さっきは眩しかったなあ,よーし,このネズミ,あの車の横に置いておいてやろう」と思ったのかも知れない。
侮れない子猫,なかなかの子猫だ。
ちなみに,左前輪付近には,該当する時間帯に人影らしきものは確認できなかったとのことで,これはやはり自損のようで,たまたま滅多に生じない偶然が重なったようだ。

最北の公証役場で(木村 繁)

公証人任命から、瀬戸内笠岡で3年1月、北の大地に帰り名寄で2年8か月、瀬戸内の海の幸も懐かしいものの、もとより北国育ちですから、北の海の幸が口に合い、真冬の寒さ対策は完璧、日ごろの運動不足を除雪作業と昨年新たに買い換えたスキー靴を履き、スキー場で多少でも解消していると言ったところでしょうか。
法務局時代2度通算7年の名寄での勤務があり、勤務時のマイナス35.7℃や冬の降雪量が13メートルに達したころと比べると、昨年の降雪量は7メートルと半減したものの、最低気温はマイナス28.1℃と豪雪地帯の割には、氷の世界は健在です。
マイナスイメージが多い(私は思ってない!)ですが、春から秋にかけての名寄は、夏も最高気温が昨年は31℃、雨が少なく、カラッとして北海道らしい、ひまわりが似合う田舎町です。(そだねー!)
みなさんご存知でしょうが、旭川と名寄の旭川公証人会の管轄エリアは、北は稚内から南は占冠(帯広まで80㌔の村)まで南北に350㎞、東は流氷の町紋別から西はニシン番屋の留萌まで220㌔と、その面積は約2万2000平方㌔㍍で、四国4県に長崎県を加えた面積とほぼ同じです。
ちなみに全国最大の面積は釧路公証人会管轄で釧路、根室、十勝、網走、北見をカバーし、当地域はこれに次ぎます。
最北の公証役場として、2か月に1回は、名寄から稚内まで170㌔超の出張があり、法務局時代は1泊でしたが、1人庁ならではの日帰りです。公共交通機関はJRですが、特急が朝、昼、夜の3本ですので、朝9時過ぎの特急で名寄を出発、稚内に午後1時前到着、証書作成後、帰りは夕方5時過ぎの特急に乗り、名寄には夜10時到着の行程になります。
往復約6時間以上を列車の中で過ごすことになり、効率悪く、しかも、宗谷本線の廃止の声があることも影響してか、雪のため、あるいは線路冠水のため等々、最近はとみに事前運休が多くなり、鹿との遭遇もありますが、冬期間も車で出張することにしています。
地域の多くが、枝幸、紋別、羽幌など、既にJR路線が廃止となり、アクセスが不便な地域の場合は、ハンドルを握って目的地に向かっています。
必然的に、車は必需品ですし、長距離運転しなければならないのは、最北の公証役場の特色と言えます。
長距離運転は、事務所にこもるより、楽しみもありますが、高速はなく、車の比較的少ない国道走行で、夏は良いのですが、真冬に峠を越えるとき、オホーツク海側や日本海側のオロロンラインの海岸線では、悪天候のため出張延期や出張しても猛烈な地吹雪に遭い緊張を強いられます。除雪が行き届いていても、帰路、夜はブラックアイスバーンとなり、意図しないカーブを描くカーリング気分を味わうこともできます。
管轄面積の広大さはあるものの、当地域全体の人口密度は32人/平方㌔㍍、全国の平均人口密度は343人/平方㌔㍍ですから、10分の1。旭川市以外地域の人口密度は17人/平方㌔㍍程度ですから、全国平均の20分の1となりますが公証人を必要とするお客様が広い地域に散らばっている以上、公証人の移動距離が伸びるのは必然かもしれません。
観光案内にもなりませんが、春夏秋冬、様々な景色を愛でながら、楽しく共に生きることを目標に、昨年から離島における公証相談に出かけております。是非、余裕をもって、利尻・礼文島含む北の大地に足を運んでいただければ、ご案内いたします。

断捨離を免れた話材「花嫁の電話」(中垣治夫)

法務省・法務局に在職中は、いい話材があると打合せ会、研修、会食などでの話題のほか、局報等の原稿などで利用・活用するため、いろいろと切り抜いて残していました。退職後1年ほど経った頃、もう使うことはないなということで、世の中の「断捨離」の流れに従って、クリアファイルで3冊あったのですが、全部廃棄したのでした。
退職して2年が経った今、「今日この頃」などの原稿書きの機会に恵まれ?、残念なことをしてしまったと大いに反省しつつ、何か話材がないかと日頃書き留めていたノートを読み返していたところ、1片の紙切れが、そのノートに挟まっていました。話材としての利用がないのでそのノートに挟まっていたのですが、そのおかげで断捨離を免れたのでした。
断捨離を免れた話材ではあるのですが、さて、これを基に一昨年の長男の披露宴の話にしようか、今秋予定の長女の結婚式の話にしようか、それとも結婚観の今・昔のような話をしようかと悩んだのですが、結局、この作品の素晴らしさをそのまま皆さまに届けるのが相当と考え、原文のまま紹介することとしました。
ほんの少しの時間、日頃の苦労を忘れ、緊張から解放された、ゆったりした気持ちで、また皆さんの子供たちの披露宴を思い出しながら、一読し、心を動かせてください。

第4回NTT西日本コミュニケーション大賞 グランプリ受賞作品
作品「花嫁の電話」   作者・神馬せつを(石川県)

由香ちゃんが近所に引っ越してきたのは、まだ小学校三年生のときでした。
ときどき我が家に電話を借りに来るのですが、いつも両親ではなく由香ちゃんが来るので、おかしいなと思っていたのですが、しばらくしてそのワケがわかりました。
由香ちゃんのご両親は、耳が聞こえない聴覚障がいがある方で、お母様は言葉を発することが出来ません。
親御さんが書いたメモを見ながら、一生懸命に用件を伝える由香ちゃんの姿を見ていると、なんだか胸が熱くなる思いでした。
今なら携帯電話のメールがありますが、その時代を生きた聴覚障がいをもつみなさんは、さぞ大変だったろうと思います。
由香ちゃんの親孝行ぶりに感動して、我が家の電話にファックス機能をつけたのは、それから間もなくのことでした。
しかし、当初は明るい笑顔の、とてもかわいい少女だったのに、ご両親のことで、近所の子どもたちにいじめられ、次第に黙りっ子になっていきました。
そんな由香ちゃんも中学生になるころ、父親の仕事の都合で引っ越していきました。

それから十年余りの歳月が流れ、由香ちゃんが由香さんになり、めでたく結婚することになりました。
その由香さんが、
「おじさんとの約束を果たすことができました。ありがとうございます。」
と頭を下げながら、わざわざ招待状を届けに来てくれました。
私は覚えていなかったのですが、「由香ちゃんは、きっといいお嫁さんになれるよ。だから負けずに頑張ってネ」
と、小学生の由香ちゃんを励ましたことがあったらしいのです。
そのとき「ユビキリゲンマン」をしたので、どうしても結婚式に出席してほしいと言うのです。
「電話でもよかったのに」
と、私が言うと、
「電話では迷惑ばかりかけましたから。」
と、由香さんが微笑みました。

その披露宴でのことです。
新郎の父親の謝辞を、花嫁の由香さんが手話で通訳するという、温かな趣向が凝らされました。
その挨拶と手話は、ゆっくりゆっくり、お互いの呼吸を合わせながら、心をひとつにして進みました。
「花嫁由香さんのご両親は耳が間こえません。お母様は言葉も話せませんが、こんなにすばらしい花嫁さんを育てられました。障がいをおもちのご両親が、由香さんを産み育てられることは、並大抵の苦労ではなかったろうと深い感銘を覚えます。嫁にいただく親として深く感謝しています。由香さんのご両親は、『私達がこんな身体であることが申し訳なくてすみません』と申されますが、私は若い二人の親として、今ここに同じ立場に立たせていただくことを、最高の誇りに思います。」
新郎の父親の挨拶は、深く確かに心に沁みる、感動と感激に満ちたものでした。
その挨拶を、涙も拭かずに手話を続けた由香さんの姿こそ、ご両親への最高の親孝行だったのではないでしょうか。
花嫁の両親に届けとばかりに鳴り響く、大きな大きな拍手の波が、いつまでも披露宴会場に打ち寄せました。
その翌日。新婚旅行先の由香さんから電話が入りました。
「他人様の前で絶対に涙を見せないことが、我が家の約束ごとでした。ですから、両親の涙を見たのは初めてでした。」
という由香さんの言葉を聞いて、ふたたび胸がキュンと熱くなりました。
(NTT西日本 ハローインフォメーション 2007・9・第85号)

実務の広場

このページは、公証人等に参考になると思われる事例を紹介するものであり、意見にわたる個所は筆者の個人的見解です。

No.58 事業用定期借地権設定契約公正証書の作成手数料について

1 はじめに
現在,日本公証人連合会の関係委員会において,遺言公正証書作成における不動産の評価基準や予備的遺言手数料の算定方法に関する議論が進んでいます。当職においては,公証人手数料令及び前任者から引き継いだ考え方に従った手数料算定の取扱いをしていますが,嘱託事件の中には判断に苦慮する事案もあるところです。
ところで,青森県内では,平成27年6月にセブンイレブンが青森県に初めて出店したことがニュースになりましたが,八戸市近郊においてもコンビニエンスストアや複合型の大型商業施設の出店などが目立つようになり,事業用定期借地権設定契約の嘱託を受ける機会も多いように感じられます。
本稿では,当職が平成29年中に取り扱った事業用定期借地権設定契約事案の中から,「解体協力金」,「解体保証金」,「外構負担金」などに係る条項が含まれていて,手数料算定に関して若干の疑義が生じたことなどについて記してみたいと思います。

2 賃貸借契約公正証書の手数料算定について
賃貸借契約公正証書の手数料の算定に関しては,「賃料のみに基づいて手数料を算定する。敷金,保証金,権利金,管理費,共益費等賃料以外については手数料算定の基礎としない。ただし,建設協力金については,その具体的な内容に応じて賃貸借契約以外の別の1行為として,手数料を算定する場合がある。」とされています(平成18年2月24日法規委員会協議結果の要旨。新版法規委員会協議結果集録(平成8年~平成24年)264,265ページ。)。
それ以前の法規委員会の協議では,建物賃貸借における建築工事協力金差入条項は付随行為か否かについて,概要,「昭和36年11月27日民事甲第2975号民事局長通達によれば付随行為とあり,印紙税法基本通達では建設協力金保証金は原則として消費貸借に関する契約書として取扱うとしている。ただ,注意すべきことは,印紙税法基本通達は徴税手続上の一つの目安を定めたものに過ぎないのであって問題を積極に解する一つの支えにはなるであろうがこれを積極論のすべての根拠にすることは適当でない。~中略~。前記民事局長通達は,この種事例の少なかった時代のものであり,現時の実状の下において妥当なものかどうか再検討の要があることは間違いない。」としており(昭和45年4月25日法規小委員会協議結果),また,「いわゆる建設協力金については,金銭消費貸借として,別行為とする取扱いが紹介された(昭和51年7月9日法規委員会協議結果)とあります(上記は新訂法規委員会協議結果要録426~428ページ)。
さらに,建設協力金については,「建物の賃貸借契約などにおいて建設協力金等の名義のもとに金銭が支払われる場合がありますが,これは,賃借人から賃貸人に対する貸金とみられるものと解されます。」と解説されているところです(最新公正証書モデル文例集1 388ページ)。

3 具体的事例
以下に,敷金,保証金,管理費,共益費などとは違った名目の金員に関して規定されている事例の具体的条項を紹介します。
事例1
(建物解体保証金)
第◯◯条 乙は,建物解体保証金として,金◯◯,◯◯◯,◯◯◯円を甲に預託するものとする。
2  前項預託金は,乙が建物を解体し,甲への土地明け渡しが完了した後,乙に無利息で返還する。
事例2
(原状回復費用の積立て)
第◯◯条 乙は甲に対し,本件借地契約満了後の原状回復費用として,1か月金◯万円を積み立てるものとし,翌月分を毎月末日までに甲の指定する金融機関口座に振り込んで支払う。
2 甲は,本件借地契約満了時に,積み立てられた金額を乙に返還する。
事例3
(解体協力金)
第◯◯条 甲及び乙は,乙が甲に対し,平成28年◯月◯◯日,別途甲乙間で協議により定めた解体協力金◯,◯◯◯万円を無利息で融資し,甲が本件土地の上に現存した建物及びその附属建物を解体したことを確認した。
2  甲による前項の解体協力金の返済は,初回賃料支払月を第1回として20年間,240回均等の毎月末日払いにて乙に返還するものとし,甲はこれを支払う。
3  第◯条第◯項及び甲を原因とする同条第◯項及び第◯◯条に基づき,本件借地契約が解約・解除となった場合は,その時点で残存する甲の乙に対する解体協力金の返還債務は引き続き存続し,甲は前項に定める本件借地契約期間中と同じ支払条件により,乙に対して,残存する当該解体協力金を返還するものとし,これを支払う。
4  甲は,乙が第◯条の賃料の支払債務と第1項の解体協力金の返還債権とを対当額をもって相殺することを承諾する。
事例4
(外構負担金)
第◯◯条 甲及び乙は,外構負担金について次のとおり合意した。
甲が本件土地を商業施設用地として整備するに当たり,土地造成及び駐
車場舗装工事,外構設計及びこれにかかわる許認可申請,大規模小売店舗立地法に基づく申請業務委託に対する乙の費用負担として,外構負担金◯◯,◯◯◯,◯◯◯円を甲に支払う。その支払方法は次のとおりとする。
①  平成29年◯月◯日 金◯,◯◯◯,◯◯◯円
②  本件建物開店日   金◯◯,◯◯◯,◯◯◯円
事例5
(前払賃料)
第◯◯条 乙は甲に対し,賃料の前払いとして金◯◯◯,◯◯◯,◯◯◯円を平成29年◯月◯日付事業用定期借地権設定予約契約の締結時に甲の指定する下記金融機関の預金口座に振り込みにて支払い,甲はこれを受領済であることを確認する。
2 前払賃料は開店日から20年間分の賃料の一部として均等に充当するものとし,乙は末尾の「賃料支払予定表」に基づき,開店日の翌月以降の月額賃料から毎月金◯◯◯,◯◯◯円を差し引いて支払う。賃貸借期間満了前に本件借地契約が解除又は解約された場合,甲は前払賃料のうち残余期間に相当する金額を解除又は解約と同時に乙に返還する。
3 考察
(1) 事例1及び事例2については,「建物解体保証金」,「原状回復費用」との名目はともかく,借地契約終了時において,借主に建物の解体をはじめとする土地の原状回復を確実に実施させるために預託させる金員であり,貸主に預託された金員は全額借主に返還されるものです。
この金員の性質としては,賃貸借契約に基づき発生する債務を担保す るために差し入れられる敷金と同様のものとみることができ,手数料算定の基礎としない取扱いが妥当であると考えます。
(2) 事例3については,賃貸借契約を締結するに当たり,貸主が借主から融資を受けて対象土地上に現存する建物を解体したというものであり,融資された金員の返還は,借主の賃料支払債務と解体協力金の返還債権とを対当額で相殺するというものです。
この事案では,条文の文言から別行為の金銭消費貸借であるとみることができると考えられますが,念のため,前記2の法規委員会協議結果中の,「建設協力金」の場合に当てはめてみると,建設協力金については,「建物建築時に賃貸人が建設資金として用いることを目的として賃借人から借りる金銭のことを指し,賃貸における保証金と同様のものとして扱われる。」などとされ,その返済については,「月々の賃料の中から相殺する形で,契約期間内に賃貸側から賃借側に全額償却を行うリースバック方式と10~15年程度据え置いた後,一定程度の利息を付けて返済を行う方式」があること,そして,「建設協力金は差入保証金の一種ではあるが,建物を借りる側は賃借の条件となっているため,原則として貸付金として扱われる。」などと解説されています。
法規委員会の協議結果に言う「その具体的な内容に応じて」とは,いかなる内容を言うのかが問題になりますが,ここで言う,「具体的な内容」とは,何のための金員であり,どの時点で支払われるものなのか,また,その金員は返還されるものであるのか,返還される場合の返還方法はどのような形なのかなどを勘案すれば足りるのではないかと考え,その視点で事案を見ると,この金員は貸主所有の既存建物を解体する目的で融資されたものであり,その金員は賃料と相殺する形で返還されること,敷金,保証金,権利金,管理費,共益費など土地の賃貸借契約に付随した一般的な金員ではないことがうかがわれることから,別行為であると判断し,手数料算定の基礎とすることにしました。
ただし,本事例の第3項に,「ただし,本件借地契約の解約・解除が乙の責めに帰すべき事由による場合,乙は,残存する解体協力金の返還請求権を放棄するものとする。」というような条項があった場合,この解体協力金には敷金的要素があるものと解し,別行為ではなく付随行為とすることも考えられます。
なお,解体協力金に関する契約について,公正証書作成の手数料計算上,借地契約とは別の行為とした場合でも,借地契約の付随行為とした場合でも,印紙税法上はいずれも金銭消費貸借契約と扱われることから,印紙税法別表1の課税物件表の適用に関する通則にしたがって公正証書原本に貼るべき印紙額を決めることになります。
(3) 事例4については,貸主が対象土地を商業施設用地として整備するための費用について,借主にも負担を求めるものです。当該土地を賃貸するための整備に要する費用という目的では,事例3の場合と同じ性質の金員と見ることができますが,当該金員を返還しないという点で相違します。
また,この金員は事例3の場合と同様,管理費や共益費と同様のものとして見ることはできないのではないかと考えます。
したがって,賃料,管理費及び共益費とは違う性質の金員であり,貸金でもないことになりますが,この金員を手数料算定の上ではどのように評価すべきであるのか判断に迷います。借主から貸主への給付という別行為であると見ることもできますが,「賃料以外は手数料算定の基礎としない。」との法規委員会協議結果が気になり,結果として手数料算定の基礎としない取扱いにしました。
(4) 以上のとおり,判断に迷うのは事例3及び事例4のように,既存建物の取り壊しや対象土地を整備するための費用という,賃貸借契約を締結するための事前準備的な行為に対する借主の金員の支出をどのように評価するのかということです。
当該金員を借主に返還する場合も返還しない場合でも,土地の賃貸借契約に必須の金員ではないと考えられ,本来,貸主の資力をもって行うべき既存建物の取り壊しや土地の整備を,借主から資金を調達して行うものと見ることができることから,当該金員の授受については別行為として評価しても良いのではないかと考えますがいかがであろうか。
ちなみに,事例5を引き合いにして考えると,事例5そのものは前払賃料であり賃料そのものであるため,手数料算定の基礎になるものですが,事例4のように,貸主の事前準備的な行為に要する資金を,賃料の前払いの形で提供することも考えられます。そうすると,その金員の使用目的は同じであるにもかかわらず,名目が「賃料」か否かで手数料算定の基礎になるかならないかが決まることになり,バランスを欠くことになるのではないかと思います。
また,仮に,名目が「協力金」,「負担金」などであれば,その性質に関係なく手数料算定の基礎としないとした場合,実際は融資のような形態である場合にも,当事者間において,意図的にこのことを前提とした契約条項が作成されることも考えられ,これも望ましい姿ではないと思います。
もとより,事前に当事者間で締結される覚書にはこのような金員に関する事項があっても,公正証書には記載しないのであれば手数料の問題は生じませんが,いずれにしても,このことに関してはどのように判断すべきであるのか悩ましいため,各公証役場での取扱いを承知したいと思っている次第です。
(髙村一之)

No.59 尊厳死宣言公正証書と人生の最終段階における医療

1 はじめに
尊厳死という用語については、「回復の見込みのない末期状態の患者に対し、生命維持治療を差し控え又は中止し、人間としての尊厳を保たせつつ、死を迎えさせること」をいうものとされており(「新版 証書の作成と文例 家事関係編〔改訂版〕」237頁)、尊厳死公正証書第1条には「それが不治であり、かつ、死期が迫っている場合」であって、そのことが「担当医を含む2名以上の医師により診断された場合」に「死期を延ばすためだけの延命措置は一切行わないでください」とされている。
私の在職中、ある嘱託人から「私は、胃瘻を装着しない。」という公正証書を作成してほしいとの依頼を受け、大いに悩み、所属の近公会の勉強会にそのような公正証書を作成することの可否を問題として提出したことがある。
問題点としては、①胃瘻の装着をすれば普通に暮らせるにもかかわらずこれをしないことは、患者が自らの意思で飲食せずに死を早めようとする行為(VSED)*にならないか疑問があり、そういう余地がある以上、本人の意思を表明する文書とは言え、公序良俗に違反するのではないか、②公正証書については、一般市民の意思や取り決めが、将来、紛争となることがないような予防司法の機能を有しているとされているが、その趣旨に反するものとならないか、③尊厳死宣言については、患者の自己決定権を医師が受け入れるかどうかにかかっているが、①のような問題があり、医師において宣言を受け入れることが困難だとすれば、そのような公正証書を作成しても、結局、嘱託人の意思が叶えられないこととなり、嘱託人に無用な経済的負担をかけるのではないかなどと考えたためであったが、記憶によれば、そのときの勉強会の意見も消極とするものであったように思う。
その後在職中そのような嘱託はなかったが、退官後、思わぬことからこういうことだったのかと考えさせられることがあったこと、高齢化による多死社会を見据え、「人生の最終段階における医療」(厚生労働省は、本年3月、「人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドライン(以下「ガイドライン」という。)」を改訂し、従来の「終末期医療」から名称の変更を行った。)に対する考え方が整理されてきたことなどを踏まえ、「人生の最終段階における医療」と尊厳死宣言公正証書との関わりについて考えてみたい。
2 認知症と人生の最終段階における医療
まず、何をもって人生の最終段階にあるとするかは、老衰、事故により生命の維持が人工心肺装置により維持されているというような状態、あるいは積極的治療を試みたにもかかわらず、当該疾患が回復不能な状況に陥っているなど多様であるが、「どのような状態が人生の最終段階かは、本人の状態を踏まえて、医療・ケアチームの適切かつ妥当な判断によるべき事柄です。」(ガイドライン解説編3頁)とされている。
私事で恐縮であるが、私の身内で当時92歳になる者が介護老人保健施設に入所していたところ、あるとき施設から呼び出しがあり、食事を進んで摂らない状態が続いていることから、当該施設の判断は「看取り」の時期に達しており、あと2~3週間で亡くなられると思われること、その事態を回避するためには胃瘻等により栄養の摂取が必要となるが、「看取り」を希望しない場合は当該施設から病院へ転院してほしい旨、告げられた。当時、本人は難しいことはともかく家族を識別できる状況で何より元気であり、食欲がないほかは他に悪いところもなかったため、胃瘻の装着等について、家族で相談することになった。
ちなみに「看取り」とは、近い将来死が避けられないとされた人に対し、身体的苦痛や精神的苦痛を緩和軽減するとともに、人生の最後まで尊厳のある生活を支援することとされており、その開始については、医師により一般に認められている医学的知見から判断して回復の見込みがないと判断し、かつ、医療機関での対応の必要性が薄いと判断した対象者につき、医師より利用者又は家族にその判断内容を説明した上、看取り介護に関する計画を作成し、終末期を施設で介護を受けて過ごすことに同意を得て実施されるものである 。実際には、点滴や酸素吸入などの医療的なケアではなく、食事や排泄の介助、褥瘡の防止など、日常生活のケアを中心に行うこととされている。 平成29年版内閣府高齢社会白書によれば、91.1%の人が、「延命のみを目的とした医療は行わず、自然にまかせてほしい」との意向であるとされているので、普通のことかもしれないが、間もなく亡くなるということを聞かされる家族としては、冷静ではいられないものである。
家族で相談した結果、まだ元気であり、何より餓死させるようなことは避けるべきだということで、胃瘻を装着することとなった。
アルツハイマー型認知症の終末期については、「病理的には大脳皮質機能が広範に失われた状態で、失外套症候群(例えば四肢の随意運動、発語、追視、表情が見られず、尿便失禁の状態)といえる。-略- この時期になると嚥下障害(誤嚥)が見られ、経過とともにその頻度が増して、経口摂取が不能になる。嚥下不能のため、経管栄養を行うことも多く、従って、この期間は数ヶ月から数年続くこともあり、期間を限定することはできない。従って癌の末期とは定義が違うことになる。点滴、経鼻カテーテルや胃瘻による栄養法、中心静脈栄養法(IVH)など強制的な栄養法をとらなければ、間もなく脱水、衰弱などにより死の転帰を迎えることになります。」(NPO法人在宅ケアを支える診療所・市民ネットワークによる「認知症高齢者の在宅生活を支える地域の医療支援システムに関する調査研究Ⅱ報告書」:平成17年3月)とされており、このようなことから、「認知症については、生命予後が極めて悪くなるような身体状況の出現をもって末期と考えます。」(日本尊厳死協会「リビングウィルについて」)とされている。
私の身内の場合、その後、2年余を経過しているが、発語はあるものの意味が不明であったり、何より眠っている時間が長くなり、私自身を分かってくれているのかも判然としない。
自分が意思表示できなくなった状況において、自分の意思と異なり、ただ単に死の瞬間を引き延ばす延命措置を受けずに済むように意思表示しておく尊厳死宣言については、ガイドラインにおいても、「人生の最終段階における医療」においては、本人による意思決定を基本としたうえで、人生の最終段階における医療・ケアを進めることが最も重要な原則であるとされていることから、病態の如何に関わらず、認知症における場合も同様に尊重されるべきものであると思われる。
尊厳死宣言公正証書について相談を受ける際、ややもすると交通事故や癌の末期における状況などを想定し、認知症により意思表示ができなくなった場合も尊厳死宣言は有効であるということを失念しがちであるが、慢性疾患等により予後が長くとも2~3か月と予測ができる場合に比べて「人生の最終段階」が長くなりがちな認知症罹患者においてこそ有用なものだと考えられる。
65歳以上の認知症高齢者数と有病率の将来推計についてみると、平成24(2012)年は認知症高齢者数が462万人と、65歳以上の高齢者の約7人に1人(有病率15.0%)であったものが、37(2025)年には675万人と、約5人に1人になるとの推計(平成29年版内閣府高齢社会白書)があり、今後ますます尊厳死宣言の有用性が増すものと思われるが、「胃瘻を装着しない。」という嘱託人の真意はこういうところにあったのかと、今更ながらに思うところである。
なお、検討に当たっての参考に供するため、末尾に認知症に罹患した場合を想定した尊厳死宣言公正証書(案)を掲載した。
*VSED
Voluntarily Stopping Eating and Drinkingの略で、自力で食べることが可能にもかかわらず、点滴や飲食を拒む行為。米国看護師協会は、2017年、患者にはVSEDの権利があり、その意思を尊重すべきだとの声明を発表したが、欧米では医師がVSEDを容認すべきか、安楽死とともに倫理的な観点から議論されている。

3 「ガイドライン」-本人の意思決定が確認できない場合
厚生労働省は、平成18年3月、富山県射水市における人工呼吸器取外し事件(末期状態の患者7人から医師が人工呼吸器を取り外した後、患者らが死亡)が報道されたことを契機として人生の最終段階における医療のあり方について、患者・医療従事者ともに広くコンセンサスが得られる基本的な点について確認をし、それをガイドラインとして示すことが、よりよき人生の最終段階における医療の実現に資するとして、平成19年5月に「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」を策定していたところ、これを改訂し、本年3月14日「人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドライン」として発表した。
高齢多死社会の進展に伴い、地域包括ケアの構築に対応する必要があることや、英米諸国を中心としてACP(アドバンス・ケア・プランニング)の概念を踏まえた研究・取組が普及してきていることなどを踏まえ改訂を行ったとされているが、本稿では、本人の意思が確認できない場合の「人生の最終段階における医療の決定プロセス」について、「本人の意思決定が確認できない場合には家族等の役割がいっそう重要になります。特に、本人が自らの意思を伝えられない状態になった場合に備えて、特定の家族等を自らの意思を推定する者として前もって定め、その者を含めてこれまでの人生観や価値観、どのような生き方や医療・ケアを望むかを含め、日頃から繰り返し話し合っておくことにより、本人の意思が推定しやすくなります。その場合にも、本人が何を望むかを基本とし、それがどうしても分からない場合には、本人の最善の利益が何であるかについて、家族等と医師・ケアチームが十分に話し合い、合意を形成することが必要です。」(ガイドライン解説編5頁)とされていることについて、考えてみたい。
なお、本文中「家族等」の意味について、「今後、単身世帯が増えることも想定し、本人が信頼を寄せ、人生の最終段階の本人を支える存在であるという趣旨ですから、法的な意味での親族関係のみを意味せず、より広い範囲の人(親しい友人等)を含みますし、複数人存在することも考えられます。」とされている。
ところで、医師が患者に対して医療行為を行うためには、原則として当該医療行為の対象者に対し、治療の内容等についてよく説明を行い、対象者が十分理解した上で、自らの自由意思に基づいて医師と治療について合意すること(インフォームド・コンセント。なお、「同意」だけでなく、説明を受けた上で治療を拒否することも含まれる)が必要とされている。
さらに、インフォームド・コンセントが有効であるためには、患者が自己の状態、当該医療行為の意義・内容、危険性への認識等を理解できる能力が備わっている必要があるとされている。
患者本人に同意能力がない場合に誰が医療行為に同意を与えるかについては、患者本人が未成年の場合は、親権者等の法定代理人が医療行為についての同意権限を有するとするのが判例・通説であるが、患者が成年被後見人における場合は、法律上明確なものはない。
成年後見人には、成年被後見人の生活、療養看護、及び財産の管理の事務を行うなど、身上監護権が認められている(民858)が、契約等の法律行為に関する事項に限られ、成年被後見人に対する治療方針を決定するなどの医療行為に対する代理権は認められていない。これは、医療行為に関する決定は、一身専属権であり、法律行為の意思表示とは異なり代理になじまないことによるものだと思われる。
ガイドラインは、上記法律の不備を前提として、我が国の治療現場では、患者本人の意思が確認できない場合、医師の求めに応じて家族が治療方針を決定し、あるいは選択したりしている実情があるため、その状況を円滑に行うための方策として示されたものと思われる。
したがって、「自らの意思を推定する者」としての家族等は、患者の代理人となって治療方針を決めるのではなく、医療・ケアチームが最善の方針をとることに協力する者であることに注意する必要がある。
「本人が自らの意思を伝えられない状態になった場合に備えて、特定の家族等を自らの意思を推定する者として前もって定め」としていることは、あらかじめ特定の者を指定するという点において、契約型尊厳死宣言公正証書(「公証」138号88頁)の仕組み、即ち、委任者甲が延命のみを目的とする措置は行わないで、苦痛を和らげる措置を執って、人間として自然なかたちで尊厳を保って安らかに死を迎えることができるように甲の主治医に要請することを受任者乙に委任し、乙がこれを承諾するという委任契約上の仕組みに似かよっている。
尊厳死宣言公正証書は、法規委員会の協議結果を踏まえ、契約型が影を潜め、「宣言型」が主流となっているが、今後新たな動きが見られることになるのかもしれない。
(尾﨑一雄)

(尊厳死宣言公正証書案)
平成  年第  号
尊厳死宣言公正証書
本公証人は、尊厳死宣言者 〇〇 〇〇 の嘱託により、平成  年  月  日、その陳述内容が本人の真意であることを確認の上、宣言に関する陳述の趣旨を録取し、この証書を作成する。
第1条 私 〇〇 〇〇 は、私が将来、病気、事故又は老衰等(以下「傷病等」といいます。)により、現在の医学では不治の状態に陥り、かつ、死期が迫っている場合に備えて、私の家族及び私の医療に携わっている方々に以下の要望を宣言します。
なお、ここに明記した特定の医療行為の実施又は拒否については、医師の事前説明は不要とします。
(1) 私の傷病等が現在の医学では不治の状態に陥り既に死期が迫っていると担当医を含む2名以上の医師により診断された場合には、死期を延ばすためだけの延命措置は一切行わないでください。
また、既に延命措置がとられているときは、すみやかに取りやめてください。
しかし、私の苦痛を和らげる処置は、最大限実施してください。
そのために、麻薬などの副作用により死亡時期が早まったとしてもかまいません。
(2) たとえ、死期が定かでなくとも、精神上の障害によって事理を弁識する能力を欠く常況(例えば、重度の認知症)となり、これが回復する見込みのないことを、担当医を含む2名以上の医師により診断された場合には、
① あらゆる循環停止や呼吸停止の場合の蘇生措置をしないでください。
② 私に苦痛を与えたり、私の体に負担のかかる医療措置(他人の組織や臓器の提供を受けることを含むあらゆる手術等)はしないでください(ただし、血液及び血液成分については、私の苦痛を和らげる目的に限って受け容れます。)。
③ 人工的栄養補給や水分補給(口、鼻、腹壁から管を通しての胃への栄養補給、静脈からの栄養補給等)は、私の苦痛を和らげるための必要最小限の援助となるもの以外はしないでください。
これらのことのために、死亡時期が早まったとしてもかまいません。
第2条 この証書の作成に当たっては、あらかじめ私の家族である次の者の了解を得ております。
妻  〇〇 □□(昭和 年 月 日生)
長男 〇〇 ◇◇(昭和 年 月 日生)
長女 △△ △△(昭和 年 月 日生)
2 私に前条記載の症状が発生したときは、医師も家族も私の意思に従い、私が人間として尊厳を保った安らかな死を迎えることができるよう御配慮ください。
第3条 私のこの宣言による要望を忠実に果たして下さる方々に深く感謝申し上げます。
そして、その方々が私の要望に従ってされた行為の一切の責任は、私自身にあります。
警察、検察の関係者におかれましては、私の家族や医師が私の意思に沿った行動をとったことにより、これら方々に対する犯罪捜査や訴追の対象とすることのないよう特にお願いします。
第4条 この宣言は、私の精神が健全な状態にあるときにしたものです。
したがって、私の精神が健全な状態にあるときに私自身が撤回しない限り、その効力を持続するものであることを明らかにしておきます。

法務局長等人事異動(平成30年4月)

大阪高等裁判所判事    森木田邦裕(大阪法務局長)
大阪法務局長       杉浦 徳宏(大阪地方裁判所判事)
辞職(3月31日付)     喜多 剛久(広島法務局長)
広島法務局長       醍醐 邦治(大阪法務局総務部長)
大阪法務局総務部長    堀内 龍也(大阪法務局民事行政部長)
大阪法務局民事行政部長  林  淳史(大分地方法務局長)
大分地方法務局長     友利りつ子(富山地方法務局次長)
富山地方法務局次長    川野 達哉(高知地方法務局総務課長)
辞職(3月31日付)     余田 武裕(福岡法務局長)
福岡法務局長       鎌倉 克彦(札幌法務局長)
札幌法務局長       堀  恩惠(東京法務局総務部長)
東京法務局総務部長    伊藤 武志(東京法務局民事行政部長)
東京法務局民事行政部長  篠原 辰夫(京都地方法務局長)
京都地方法務局長     田中 茂樹(奈良地方法務局長)
奈良地方法務局長     鈴木 通広(福島地方法務局次長)
福島地方法務局次長    齊藤 孝志(青森地方法務局次長)
青森地方法務局次長    木野 忠和(岐阜地方法務局総務課長)
辞職(3月31日付)     秦  愼也(仙台法務局長)
仙台法務局長       西江 昭博(静岡地方法務局長)
静岡地方法務局長     渡辺 富雄(松江地方法務局長)
松江地方法務局長     冨澤 清治(人権擁護局人権擁護推進室長)
辞職(3月31日付)     松尾 泰三(高松法務局長)
高松法務局長       石山 順一(さいたま地方法務局長)
さいたま地方法務局長   境野 智子(宇都宮地方法務局長)
宇都宮地方法務局長    鈴木  朗(名古屋法務局総務管理官)
名古屋法務局総務管理官  永瀬  忠(広島法務局職員課長)
辞職(3月31日付)     前田 幸保(名古屋法務局民事行政部長)
名古屋法務局民事行政部長 泉代 洋一(岐阜地方法務局長)
岐阜地方法務局長     高見 鈴子(徳島地方法務局長)
徳島地方法務局長     岩本 尚文(訟務局訟務調査室長)
辞職(3月31日付)     佐藤  隆(札幌法務局民事行政部長)
札幌法務局民事行政部長  阿部 俊彦(青森地方法務局長)
青森地方法務局長     松田 淳一(福岡法務局総務管理官)
福岡法務局総務管理官   綿谷  修(盛岡地方法務局総務課長)
辞職(3月31日付)     千葉 和信(横浜地方法務局長)
横浜地方法務局長     須藤 義明(高松法務局民事行政部長)
高松法務局民事行政部長  岡田 治彦(長崎地方法務局長)
長崎地方法務局長     齊藤 惠子(静岡地方法務局次長)
静岡地方法務局次長    雨宮 広幸(山形地方法務局次長)
山形地方法務局次長    徳永 勝幸(秋田地方法務局次長)
秋田地方法務局次長    石崎  司(熊本地方法務局総務課長)
辞職(3月31日付)     持田 弘二(千葉地方法務局長)
千葉地方法務局長     三橋  豊(大阪法務局人権擁護部長)
大阪法務局人権擁護部長  梶木 新一(横浜地方法務局次長)
横浜地方法務局次長    樋口 祐子(福岡法務局職員課長)
辞職(3月31日付)     福田  勝(水戸地方法務局長)
水戸地方法務局長     栁田  修(福岡法務局民行部不首席登)
福岡法務局民行部不首席登 東  洋一(松山地方法務局不首席登)
松山地方法務局不首席登  安藤 英昭(高松法務局人権部第一課長)
辞職(3月31日付)     加藤 武志(新潟地方法務局長)
新潟地方法務局長     新井 浩司(鹿児島地方法務局長)
鹿児島地方法務局長    椋野 浩文(那覇地方法務局長)
那覇地方法務局長     鈴木 和男(長野地方法務局次長)
長野地方法務局次長    村井  誠(甲府地方法務局次長)
甲府地方法務局次長    高丸 雅幸(鹿児島地方法務局総務課長)
辞職(3月31日付)     山本 芳郎(神戸地方法務局長)
神戸地方法務局長     阿野 純秀(大津地方法務局長)
大津地方法務局長     數原 裕一(民事局総務課民事調査官)
民事局民事第一課長    杉浦 直紀(津地方法務局長)
津地方法務局長      菅原 武志(大津地方法務局次長)
大津地方法務局次長    坂野 恵美(鳥取地方法務局総務課長)
辞職(3月31日付)     所田 雅一(富山地方法務局長)
富山地方法務局長     小宮山義隆(広島法務局人権擁護部長)
広島法務局人権擁護部長  平出 正良(神戸地方法務局次長)
神戸地方法務局次長    波田野和孝(名古屋法務局職員課長)
辞職(3月31日付)     山﨑 秀義(岡山地方法務局長)
岡山地方法務局長     丸尾 秀一(鳥取地方法務局長)
鳥取地方法務局長     阿部 精治(岡山地方法務局次長)
岡山地方法務局次長    佐竹 昭彦(福井地方法務局次長)
福井地方法務局次長    伊藤いつき(奈良地方法務局総務課長)
辞職(3月31日付)     増永 俊朗(熊本地方法務局長)
熊本地方法務局長     土師実千秋(福岡法務局人権擁護部長)
福岡法務局人権擁護部長  久保 朝則(前橋地方法務局次長)
前橋地方法務局次長    今澤 一也(徳島地方法務局次長)
徳島地方法務局次長    八田 和恵(水戸地方法務局総務課長)
辞職(3月31日付)     巣山 弘清(宮崎地方法務局長)
宮崎地方法務局長     馬場  潤(高松法務局人権擁護部長)
高松法務局人権擁護部長  小田切 学(仙台法務局民行部不首席登)
仙台法務局民行部不首席登 髙橋  誠(札幌法務局人権擁護部長)
札幌法務局人権擁護部長  山本 憲幸(和歌山地方法務局次長)
和歌山地方法務局次長   池田 哲郎(金沢地方法務局総務課長)
定年退職(3月31日付)   原口 克広(函館地方法務局長)
函館地方法務局長     中野  亨(千葉地方法務局次長)
千葉地方法務局次長    小笠原 修(宇都宮地方法務局総務課長)
辞職(3月31日付)     播谷 秀樹(釧路地方法務局長)
釧路地方法務局長     中富 喜浩(仙台法務局人権擁護部長)
仙台法務局人権擁護部長  梅村  上(さいたま地方法務局次長)
さいたま地方法務局次長  大塚 隆夫(旭川地方法務局次長)
旭川地方法務局次長    齋藤 広安(静岡地方法務局総務課長)
辞職(3月31日付)     山本 英司(高知地方法務局長)
高知地方法務局長     齋藤  勤(長崎地方法務局次長)
長崎地方法務局次長    星野 辰守(山形地方法務局総務課長)
辞職(3月31日付)     吉川  隆(松山地方法務局長)
松山地方法務局長     山岡 徳光(盛岡地方法務局長)
盛岡地方法務局長     石打 正己(大阪法務局民行部第一法首)
大阪法務局民行部第一法首 片山 勝也(岡山地方法務局不首席登)
岡山地方法務局不首席登  正井 義一(大津地方法務局首席登記官)
定年退職(3月31日付)   柳澤 育義(金沢地方法務局次長)
金沢地方法務局次長    中井 幸雄(盛岡地方法務局次長)
旭川地方法務局次長    河井 茂行(松江地方法務局総務課長)
定年退職(3月31日付)   山中 正登(東京法務局民行部不首席登)
東京法務局民行部不首席登 小林  敦(横浜地方法務局不首席登)
横浜地方法務局不首席登  江本 修二(水戸地方法務局不首席登)
水戸地方法務局不首席登  西尾 修治(山口地方法務局首席登記官)
辞職(3月31日付)     松下  悟(前橋地方法務局首席登記官)
前橋地方法務局首席登記官 大野 正雄(東京法務局後見登録課長)
辞職(3月31日付)     林  康雄(長野地方法務局不首席登)
長野地方法務局不首席登  穗坂 浩一(神戸地方法務局姫路支局長)
神戸地方法務局姫路支局長 南多 実男(京都地方法務局不首席登)
京都地方法務局不首席登  山照多賀世(津地方法務局不首席登記官)
津地方法務局不首席登記官 大築  誠(和歌山地方法務局首席登)
定年退職(3月31日付)   松尾 雅広(高松法務局民行部不首席登)
高松法務局民行部不首席登 中山 浩行(大分地方法務局総務課長)
定年退職(3月31日付)   平田 和也(福岡法務局北九州支局長)
福岡法務局北九州支局長  柴田 保隆(鹿児島地方法務局不首席登)
鹿児島地方法務局不首席登 田原 昭男(福岡法務局民行部法首席登)
福岡法務局民行部法首席登 井上 隆幸(宮崎地方法務局首席登記官)